【レポート】周牧之:長江経済ベルト発展戦略分析

周牧之 東京経済大学教授

2016年7月、日中ビジネス情報誌である『日中経協ジャーナル』三大地域発展戦略の展望特集に周牧之論文「長江経済ベルト発展戦略分析」掲載された。

NOTE:長江経済ベルトは「一帯一路」、「京津冀(北京市、天津市、河北省)一体化」と同様に、近年中国で最も重要な国家戦略の一つである。中国の東部、中部、西部を貫く長江経済ベルトは、中国経済の「背骨」であり、沿海地域から内陸部までの開発を連動させる役割が大きく期待されている。
長江経済ベルトとは、上海市、江蘇省、浙江省、安徽省、江西省、湖北省、湖南省、重慶市、四川省、貴州省、雲南省の9省と2直轄市をカバーし、長江流域に位置する巨大な経済エリアである。総面積はおよそ205万k㎡で、中国全土の約21%を占める。同ベルト内の地級市以上の都市数は110都市あり、中国全土の地級市以上295都市のうち4割弱を占めている。長江経済ベルトでは2015年、常住人口は5.4億人、域内総生産は30.3兆人民元に達し、前者は全国の42.1%、後者は同42.2%を占めるに至っている。

1.長江経済ベルト政策の概要

  中国国務院は2014年9月25日、「長江黄金水道による長江経済ベルト発展に関する指導意見」及び「長江経済ベルト総合立体交通回廊計画 (2014-2020)」を発表した。また、2016年3月25日には中国共産党中央政治局が「長江経済ベルト発展計画要綱」を審議・採択し、同年9月、中国国家発展和改革委員会地区経済司が「長江経済ベルト発展計画要綱」を正式に配布した。

 長江経済ベルトは「一帯一路」、「京津冀(北京市、天津市、河北省)一体化」と同様に、近年中国で最も重要な国家戦略の一つである。中国の東部、中部、西部を貫く長江経済ベルトは、中国経済の「背骨」であり、沿海地域から内陸部までの開発を連動させる役割が大きく期待されている。

 長江経済ベルトとは、上海市、江蘇省、浙江省、安徽省、江西省、湖北省、湖南省、重慶市、四川省、貴州省、雲南省の9省と2直轄市をカバーし、長江流域に位置する巨大な経済エリアである。総面積はおよそ205万k㎡で、中国全土の約21%を占める。同ベルト内の地級市以上の都市[1]数は110都市あり、中国全土の地級市以上295都市のうち4割弱を占めている。長江経済ベルトでは2015年、常住人口は5.4億人、域内総生産は30.3兆人民元に達し、前者は全国の42.1%、後者は同42.2%を占めるに至っている。

図1 長江経済ベルト概念図
注: 人口集中地区 (DID):人口密度 ≧ 5,000人/ k㎡
出所:雲河都市研究院作成

2.長江経済ベルト発展とメガロポリス政策

 「長江経済ベルト発展計画要綱」では、その発展の重要任務を、新型都市化の推進とする。また発展のフレームワークを、長江黄金水道という「一つの軸」と、長江デルタ、成渝、長江中游の三つのメガロポリスから成る「三つの極」と定めた。

現在、中国では都市化を経済社会発展の要に据え、メガロポリスを都市化の基本形態としている。長江経済ベルト発展計画はまさにメガロポリス化を中心に、都市構造と産業構造の質的な向上を促す政策である。

 中国は建国以来、人口移動を制限する「アンチ都市化」政策をとってきた。アンチ都市化からメガロポリス化への政策大転換には、日本と中国の政策研究における協力事業が大きな役割を果たした。1999年から2002 年までの3年間、日本国際協力事業団(JICA)は中国国家発展計画委員会と共同で中国の都市化政策に関わる開発調査を実施した。調査の責任者を務めた筆者は、中国の国土のあり方について、産業と人口を集中し集約すべきであるとの観点から「メガロポリス構想」を打ち出し、中国政府に提案した。この提案を踏まえて調査団は、2001年9月に中国国家発展計画委員会、チャイナ・デイリー社、中国市長協会と共同で「中国都市化フォーラム:メガロポリス戦略」を開催し、メガロポリス政策を提唱、中国でのメガロポリスに関する政策議論を一気に進めた。さらに同調査研究の最終報告書を『城市化:中国現代化的主旋律 (Urbanization: Theme of China’s Modernization)』として中国国内の一般向け刊行物として出版した。こうした努力が功を奏し、都市化、そしてメガロポリスに関する議論は、その後中国で最もホットな政策議論となった。

 中国政府は、それまでの大都市抑制政策を改め、とくに第11次五カ年計画において、メガロポリス戦略を政策的に打ち出した。この政策転換があったからこそ、今日の中国のメガロポリスの大発展があるといっても過言ではない。

 メガロポリス政策を受けて従来抑制されていた都市化のエネルギーが大噴出し、世界経済低迷の中にあって中国は大成長した。とくに上海・江蘇省・浙江省を中心とする長江デルタ、広東省を中心とする珠江デルタ、北京・天津・河北省を中心とする京津冀の三地域では、いま巨大なメガロポリスが形成されている。三大メガロポリスは2015年、中国のGDPの36.4%、輸出の66.6%を稼ぎ出し、成長センターとして中国経済の高度成長を牽引している 

 上記『城市化:中国現代化的主旋律』で示した中国メガロポリス戦略図(図2)に照らしてみると、戦略図上のメガロポリス及び長江国土軸は、まさしく現在の「長江経済ベルト発展計画要綱」の根幹となる「一つの軸」と「三つの極」の原型として読み取れる。さらに同戦略図と現在の中国の人口移動状況を表したグラフ(図3) とを比べると、外部人口を大規模に受け入れているエリアがまさしく珠江デルタ、長江デルタ、京津冀の三大メガロポリスであることが明白である。当時提唱したメガロポリス構想が、15年後の今日、まさしく現実となっている。

図2 中国メガロポリス戦略図、中国人口移動広域分析図
出所:周牧之主編、中国国家発展計画委員会地区経済司・日本国際協力事業団『城市化:中国現代化的主旋律(Urbanization: Theme of China’s Modernization)』(湖南人民出版社、2001年、中国語・英語対訳版) 、
周牧之・徐林主編、中国国家発展和改革委員会発展計画司・雲河都市研究院『中国城市総合発展指標2016』(人民出版社、2016年)。

3.中国都市総合発展指標で見た長江経済ベルト

  雲河都市研究院は、筆者を開発責任者として、中国国家発展和改革委員会発展計画司の協力で中国都市総合発展指標(China Integrated City Index、以下CICI)[2]を開発、中国の都市化を計るバロメータともなる同指標は2016年末、人民出版社から正式に出版された[3](2020年現在、地級市以上の都市は合計297都市に増加している)。同指標は中国すべての地級都市以上の295都市[4]を網羅している。各都市の環境、社会、経済に関連する数々の指標を用いて都市の状況を様々な角度から可視化し、分析、評価するシステムを、中国で初めて確立した。

  本論の後半は、CICIを利用し、長江経済ベルトの現状と課題を分析する。

  (1) エンジンとしての長江デルタメガロポリス

 CICI2016の全国都市総合ランキングにおいて、上海の成績は抜群で北京に次ぐ第2位であった。また、上位20位以内に上海を含め、蘇州市(第6位)、杭州市(第7位)、重慶市(第8位)、南京市(第9位)、武漢市(第10位)、成都市(第11位)、寧波市(第12位)、無錫市(第15位)、長沙市(第18位)の10都市がランクインし、長江経済ベルトには強力な拠点都市が存在していることを示している。

 国を挙げて工業化を進めている中国では、ほとんどの都市が経済振興の最も重要な手段として工業の発展を挙げており、中国の輸出工業は長江経済ベルトに最も集中している。長江経済ベルトが中国全土に占める工業総生産額、貨物輸出額の割合はそれぞれ42.8%と51.2%に達している。

 長江経済ベルトの各メガロポリスのパフォーマンスからする(表1)と、全国工業生産総額における割合は長江デルタが21.5%、長江中游は11.4%、成渝は5.1%で、長江デルタメガロポリスの圧倒的な強さが読み取れる。貨物輸出額でみるとその強さが更に最たるものであることが確認できる。メガロポリスが全国の貨物輸出総額に占める割合は40%に達している。長江中游と成喩の二つのメガロポリスに占める同割合は、4.7%と4.2%に止まっている。

  外資利用額、特許取得件数、上場企業数において長江経済ベルトが全国に占める割合はそれぞれ48.1%、54.2%、44%である。特に長江デルタメガロポリスが全国に占める同割合はそれぞれ24.2%、35.9%、28.7%に達している。

表1 長江経済ベルト三メガロポリス・経済指標比較(全国比、2015年)
出所:CICI2016より雲河都市研究院作成。

(2) 大規模なインフラ整備

 こうした活発な産業活動の展開を支えてきたのは同ベルト地域のすぐれた輸送条件である。

 2015年の世界におけるコンテナ港上位10位のうち、7つの席を中国が占めている。そのうち、第1位の上海と第6位の寧波−舟山は長江経済ベルトに属している。さらにCICI2016の「コンテナ港利便性」指標の上位30都市中、長江経済ベルトは14都市をも占めている。具体的には、上海市(第1位)、舟山市(第4位)、寧波市(第8位)、蘇州市(第13位)、嘉興市(第14位)、南通市(第15位)、無錫市(第17位)、湖州市(第19位)、常州市(第21位)、紹興市(第22位)、杭州市(第23位)、連雲港市(第24位)、南京市(第27位)、泰州市(第28位)であり、長江経済ベルトは中国におけるコンテナ輸送条件で優れた地域であることを示している。

 水運貨物取扱量で見ると、長江経済ベルトは全国の66.7%をも占めている。各メガロポリスの内訳はデルタが41.3%、長江中游が20.3%、成渝が3.8%となっている。

 長江経済ベルトは現在74の民間旅客輸送用空港を有しており、特に上海浦東国際空港は2015年、乗降客数、貨物郵便取扱量が中国全土でそれぞれ第2位と第1位の空港であり、フライト数でもアジア第4位の国際ハブ空港である。

 CICI2016の「空港利便性」指標の上位30都市中、長江経済ベルトは9都市を含めている。具体的には上海市(第1位)、成都市(第5位)、昆明市(第8位)、貴陽市(第9位)、杭州市(第12位)、重慶市(第16位)、武漢市(第25位)、紹興市(第26位)、長沙市(第27位)であり、長江経済ベルトは中国の航空輸送において最も利便性が高い地域である。

 空港乗降客数では、2015年長江経済ベルトを構成する各メガロポリスが全国に占める割合は、それぞれ長江デルタが19.3%、長江中游が6.4%、成渝が8.9%で、長江経済ベルト全体が中国全土に占める同割合は42.0%に達している。

 2015年の郵便貨物取扱量ランキングでは、長江経済ベルトの中国全土に占める割合は46.5%にも達している。長江経済ベルトを構成する各メガロポリスが全国に占める割合は、それぞれ長江デルタが33.8%、長江中游が2.8%、成渝が6.4%となっており、「世界の工場」である長江デルタメガロポリスの圧倒的なシェアが確認できる。

 大型空港や港を有する長江経済ベルトと国内外との交流・交易のビジネス環境は、航空、内陸河川航路、高速道路、高速鉄道ネットワークが高度に結びつくことによって分業化され、巨大な産業集積の有機体を形成している。長江経済ベルト発展政策でこうした広域インフラがさらに強化され、同経済ベルトの内外とのリンケージがより強固なものとなっていくだろう。

表2 長江経済ベルト三メガロポリス・インフラ指標比較(全国比、2015年)
出所:CICI2016より雲河都市研究院作成。

  (3) 巨大都市の膨張

 長江経済ベルトの地級市以上110都市のうち、常住人口が1000万人を超えるメガシティは5都市もある。具体的には、重慶市が3,017万人、上海市が2,415万人、成都市が1,443万人、蘇州市が1,062万人、武漢市が1,061万人であり、さらに500〜1000万人クラスの特大都市は34都市にのぼる。長江経済ベルトの常住人口規模の総計は5.4億人にのぼり、全国の人口の42.1%を占める。

 中国では人口の都市化率や都市化エリアにおける人口密度的な定義に明確なものがない。それに鑑み、CICIでは人口密度5,000人/km2以上の地域を「人口集中地:Densely Inhabited District」[5]と定め、その地域に属する人口を「DID人口」として定義し、分析を行っている。

 現在の中国全土のDID人口比率はまだわずか31.6%である。三大メガロポリスを見ると、同比率が最高水準の珠江デルタは61.1%であり、長江デルタは39.0%、京津冀は28.7%である。

 CICIの分析によると、長江経済ベルトのDID総人口は1.73億人であり、全国DID人口の41.2%を占め、中国最大の都市人口群体となっている。しかし、同ベルト全体のDID人口比率は29%と全国平均より低く、さらに内部の110都市の都市化における格差が大きい。上海市のDID人口比率は79.3%を達成しているものの、同比率で最低の眉山市はわずか5.6%である。

 都市化のプロセスにおいて現在、人口が各地域内の中心的な大都市に流れていくと同時に、地域外大都市とくに沿海部のメガロポリスに移動していることが顕著になってきている。それによって大都市の膨張がさらに続くであろう。

CICI2016の常住人口と戸籍人口の比較分析によれば、2015年の「流入人口(戸籍人口を超える常住人口数)」の上位30都市中、13都市が長江経済ベルトに属する都市である。同ベルト内各メガロポリスのパフォーマンスからすると、長江デルタは2,190万人を受け入れている。一方、長江中游から847万人、成渝から1,178万人口が流出している。

表3 長江経済ベルト三メガロポリス・人口指標比較(全国比、2015 年)
出所:CICI2016より雲河都市研究院作成。

  (4) 厳しい環境問題への挑戦

 CICI2016の全国の都市における環境分野ランキングにおいて、上位20都市には、上海市(第5位)、麗江市(第9位)、臨滄市(第15位)、普洱市(第17位)、蘇州市(第20位)の長江経済ベルトの5都市がランクインしている。

 急速な工業化と都市化が現在中国で重大な環境危機を引き起こしており、産業、生活、移動による汚染(大気、水質、土壌)、生物多様性の喪失、ごみによる都市の包囲など、都市やその周辺の生態環境にかつてない破壊をもたらしている。

 とくに中国の都市では水不足が非常に深刻な問題となっている。長江経済ベルトも例外ではない。国連の1人当たりの水資源の定義に従えば、2015年、長江経済ベルトには7都市が極度の水不足、23都市が重度の水不足に陥っている。同ベルトでは、著しい水問題に悩まされる都市が三分の一弱に達している。

 大気汚染も見逃せない大問題である。CICIによるPM2.5の年間平均値を分析すると、2015年長江経済ベルトの年間平均値は全国平均値をやや下回っているものの、長江経済ベルトを構成する中心的な12都市のうち6都市が、全国平均値を大きく下回っている。PM2.5の年間平均値におけるその6都市の全国259都市の順位は各々南京市が第173位、重慶市が第203位、長沙市が第205位、武漢市が第220位、合肥市が第221位、成都市が第236位である。ちなみに長江経済ベルトのPM2.5の年間平均値は東京都の同平均値の3倍近くとなっている。

  長江経済ベルトは都市化を進展させつつ、工場経済から都市経済への移行を加速する。そのためには、サービス型経済の発展と、都市生活の質の向上や経済活動の効率化が欠かせない。都市マネジメントレベルやインフラレベルのアップデートを図り、高密度大規模都市社会の構築を模索しなければならない。特に低炭素・節水などの生態環境重視の発展を遂げることが、至上命題であろう。


(本論文では雲河都市研究院の栗本賢一、数野純哉両氏がデータ整理と図表作成に携わった。)


[1] 中国の都市は直轄市、省会都市、計画単列市、地級市そして県級市に分かれる。

[2] 「中国環境都市指標」は、簡潔な三・三・三構造から成る。環境、経済、社会の三大項目が、それぞれ三つの中項目で構成され、九つの中項目指標がさらにそれぞれ三つの小項目で構成されている。

[3] 周牧之・徐林主編、中国国家発展和改革委員会発展計画司・雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2016』(人民出版社、2016年)

[4]「中国都市総合発展指標」は、すべての直轄市、省会都市、計画単列市、地級市を網羅する。2020年現在、地級市以上の都市は合計297都市に増加している。

[5] 日本ではDIDは4000人/km2以上の連続的なエリアと定め、これを都市化エリアとみなしている。CICIでは衛星データなどの解析の都合上、DIDを5000人/km2以上の地域とし、その連続性にはとらわれない。


『日中経協ジャーナル』2017年7月号(通巻282号)掲載