【天津】中国北方玄関口の直轄市【中国都市総合発展指標】第11位

中国都市総合発展指標2022
第11位



 天津は中国都市総合発展指標2022総合ランキング第11位であり、前年度から順位を1つ下げた。

 「経済」大項目は第9位であり、前年度の順位を維持した。3つの中項目で「都市影響」は第6位、「発展活力」は第8位であり、この2項目がトップ10入りを果たした。「経済品質」は第12位であった。小項目では、「広域中枢機能」は第5位、「都市圏」は第7位、「ビジネス環境」「開放度」は第8位、「経済規模」は第9位、「イノベーション・起業」は第10位と、9つの小項目のうち、6項目がトップ10入りした。なお、「広域輻射力」は第11位、「経済構造」は第13位、「経済効率」は第109位であった。「経済効率」は、「被扶養人口指数」や「1万人当たり失業者数」の悪化により、順位を大きく下げる結果となった。「経済効率」を除き、「経済」の成績は、各項目ともに全体的に高い結果となった。

 「社会」大項目では第11位であり、前年度の順位を維持した。3つの中項目の中で「ステータス・ガバナンス」は第5位、「生活品質」は第10位、「伝承・交流」は第14位と、3項目のうち1項目がトップ10入りを果たした。小項目で見ると、「都市地位」は第4位、「生活サービス」は第5位、「歴史遺産」は第9位、「人口資質」「文化娯楽」は第10位と、9つの小項目のうち、5項目がトップ10内にある。なお、「居住環境」は第15位、「消費水準」は第20位、「人的交流」は第22位、「社会マネジメント」は第12位であった。「社会」の成績は、全体的に高い結果となった。 

 「環境」大項目は第37位となり、前年度から順位を1つ上げた。3つの中項目の中で「空間構造」は第7位と1項目がトップ10入は果たしたが、「環境品質」は第162位、「自然生態」は第229位であった。小項目では、9つの小項目のうち、「都市インフラ」は第4位、「環境努力」は第8位、「コンパクトシティ」「交通ネットワーク」は第10位と、4項目がトップ10入りした。トップ10以下は、「水土賦存」は第136位、「資源効率」は第154位、「気候条件」は第211位、「自然災害」は第224位、「汚染負荷」は第225位であった。

 天津は、社会や経済と比較して環境のパフォーマンスが劣っている。近年は南の都市の勢いと比べ、社会と経済の成績も下降気味であり、都市間競争の中でやや苦しんでいる。


京津冀メガロポリスの臨海中心都市


 天津市は、中国の四大直轄市の1つであり、北京の玄関口として発展した京津冀(北京・天津・河北)メガロポリスの臨海中心都市である。元、明、そして清王朝時代は、江南から物資を運ぶ大運河の北京への入り口だった。現在は、渤海湾の港としての北京の玄関口となっている。さらに、洋務運動の時代に全国に先駆けて西洋から制度や技術を最も早く取り入れた窓口であった。

 天津市の面積は約11,917平方キロメートルで、日本の秋田県とほぼ同じ面積にあり、2021年の人口は約1,363万人を誇るメガシティである。2022年にGDPは16,311億元(約32.6兆円、1元=20円換算)に達し、中国で第11位の都市となった。

 天津港は、世界第8位のコンテナ取扱量を持つ巨大な港であり、その後背地は、モンゴルやカザフスタンにまで広がる。中国都市総合発展指標2022において、天津の「コンテナ港利便性」は中国第5位になっている(詳しくは、「【ランキング】世界で最も港湾コンテナ取扱量が多い都市はどこか? 〜2020年中国都市コンテナ港利便性ランキング」を参照)。

 このような背景から、天津市には国内外の企業が進出し、多くの産業が集積し、製造業、情報技術、金融サービス、物流、観光などの分野に及んでいる。

ナイトエコノミーの推進


 天津では、サービス業の発展を促進するために、ナイトエコノミー政策を推進している。2018年11月に発表された同政策では、海に面する立地を活かした景観づくりや、東西文化の融合を図ったナイトエコノミー集積地の形成、さまざまな娯楽コンテンツの充実などが打ち出されている。

 中国北方の都市では、夜の営業時間が短いことが一般的である。首都北京ですらレストランの閉店時間が早く、南から北京に来る客の不満が絶えなかった。実際、中国都市総合発展指標2022において、天津の「レストラン・ホテル輻射力」は中国12位と、トップ10圏外になっている。

 計画経済時代、商業都市の面影薄い天津の夜は、長く闇に包まれていた。活気を入れるため打ち出したナイトエコノミー施策には、政府の過剰な介入やインフラ整備中心だとの指摘がある。ナイトエコノミーは本来、市民や事業者が自発的に取り組むことが重要であり、政府の役割は環境整備や支援に留めるべきだという意見も存在する。

 今後、天津市がナイトエコノミーの発展をさらに推進するためには、政府の適切な役割と市民や事業者の自発的な取り組みをバランス良く組み合わせることが重要である。また、地域の特性や文化を生かした独自の魅力を打ち出すことで、ナイトエコノミーが持続的に発展し、地域経済の活性化につながることが期待される。

天津エコシティ:環境配慮型都市開発のモデルと課題


 天津エコシティ(中新天津生態城)は、中国とシンガポールが共同で開発を進める環境配慮型の次世代都市建設プロジェクトである。2007年に建設が開始され、​2025年頃の完成を目指している。​

 同プロジェクトは、天津中心部から40キロ、​北京から150キロメートル離れた場所で開発されており、​天津郊外の約30キロメートルの塩田跡地(浜海新区)に建設されている。2020年までに人口35万、住戸11万戸を建設する予定で、投資額は約500億元である。街の至るところに緑地を設置し、​次世代の廃棄マネジメントシステムの導入も計画されている。​交通に関しては、​自動車の利用を抑制するために、​トラムやバスなどの公共交通を拡充している。​また、​多くのテクノロジー企業や研究機関が拠点を構えている。このような取り組みによって、天津エコシティは環境配慮型都市開発のモデルとして期待されていた。

 しかし、浜海新区全体の開発は遅れが続いており、閑散とした様子から「鬼城(ゴーストタウン)」と揶揄されることもある。さらに、2015年8月に開発区内の危険物倉庫で発生した大規模爆発事故により、天津港の機能が一時的に麻痺状態となり、経済損失額は直接的なものだけで約68.7億元(約1,200億円)にのぼるとされている。

 これらの問題が重なり、天津エコシティや浜海新区の開発は遅れがちとなっているが、今後も環境配慮型都市開発のモデルとして、持続可能な発展に向けた取り組みが求められている。適切な対策や改善策が講じられれば、今後の発展に期待が持てるプロジェクトである。

日中経済・文化交流の歴史と現代の役割


 アヘン戦争後の1860年にイギリスが天津市に租界を置いてから、新中国成立に至るまで日本を含む9カ国が天津市に租界を設立していた。近代日本と中国の最初の接点は上海市と天津市であり、天津市からは華北地域の特産品である「栗」が日本に多く輸出されたことで、「天津甘栗」の名前が馴染みである。

 中国の改革開放後、日本政府は巨額な有償・無償の経済援助を行い、日本企業の対中直接投資も拡大を続け、天津にも多くの日系企業が進出した。

 貿易については、中国の輸入先として2021年、日本は国・地域別で第3位に、金額は1,605億ドル(約22.5兆円、1ドル=140円換算)となった。輸出でも1,575億ドル(約22.1兆円)で同第2位となり、日本は中国にとって重要な貿易パートナーとなっている。中国北方の玄関口としての天津が果たした役割は大きい。

 そうした日中関係を象徴するように、新型コロナウイルス・パンデミック以前の2019年に天津を訪れた外国人は約56万人であった。ちなみに同年に中国を訪れた観光客の出身国のトップ10は順に、日本、オーストラリア、韓国、米国、カナダ、英国、タイ、フィリピン、カンボジア、マレーシアで、日本がトップであった。

国際工業博覧会:製造業からサービス産業への挑戦


 2022年8月、「第18回中国(天津)国際工業博覧会」が開催された。同博覧会は世界三大工業博覧会の1つとされ、今回の博覧会には世界20以上の国と地域から有名企業約千社が一堂に会し、世界中の先進的な設備や技術が展示された。

 天津は清朝末期、「洋務運動」で中国の工業化を牽引する役割を果たしただけではなく、国際的な商業都市としても栄えた。新中国建国後は、計画経済のもとで工業都市に特化した。改革開放以降も工業を中心として発展を遂げてきた。

 その結果、中国都市総合発展指標2022によると、「製造業輻射力」全国ランキングにおいて、天津は第16位を獲得した(詳しくは、「【ランキング】中国で最も輸出力の高い都市はどこか? 〜2020年中国都市製造業輻射力ランキング」を参照)。

 同じ直轄市の中でも北京や上海は国際的な商業都市として、サービス産業の発展が著しい。これに対して、天津はサービス産業の発展が相対的に遅れている。中国都市総合発展指標2022によると、「飲食・ホテル輻射力」ランキングで上海は第1位、北京は第2位であるのに対して、天津は第12位と引き離された。「文化・スポーツ・娯楽輻射力」ランキングでは北京が第1位、上海が第2位に対して、天津は第11位だった。さらに、「卸売・小売輻射力」ランキングでは北京が第1位、上海が第2位、天津は第12位であった。

 近年、中国ではIT産業の発展が目覚ましい。しかし製造業とは異なり、IT産業の発展は、都市の商業環境に大きく左右される。南開大学、天津大学といった名門大学を抱えながら、天津のIT産業の発展は芳しくない。「IT産業輻射力」ランキングは第24位と、直轄市にふさわしくないパフォーマンスを見せた。

ブームが去ったシェア自転車


 かつて中国が自転車王国だった時代、三大国産自転車ブランドの1つが天津産だった。天津ブランドの自転車は、当時若者にとって新婚生活“三種の神器”の1つとして、人気が高かった。

 急激なモータリゼーションにより中国の街で自転車の存在感はだいぶ薄まった。自転車が再び注目を集めたのは、シェア自転車ブームであった。シェア自転車は中国で2015年に誕生し、1年も経たないうちに爆発的に全国に拡大した。北京などの大都市では、街そのものがシェア自転車駐輪場の様相を呈した。

 天津は、シェア自転車ブームに乗って、上海、深圳と並んで三大自転車産地になった。中国北部で最大の自転車生産規模を誇っていた。

 だが、過当競争や放置自転車問題、保証金トラブルなどを理由に、5年経つとシェア自転車ブームは急激に色あせていった。それでも都市交通に自転車を呼び戻した功績は大きい。また、中国経済や文化に「シェア」という概念を持ち込んだことは大きな意味をもつ。

「相声」:天津の伝統文化が再び脚光を浴びる


 近年、中国では再び「相声」ブームが巻き起こっている。相声とは日本の「漫才」に似た中国の伝統的な大衆芸能の一つである。諸説あるが、「相声」はおよそ100年前に北京で生まれたとされ、その後天津で発達し、今や天津を代表する文化となっている。「相声」を含む天津の「無形文化財」は中国都市総合発展指標2022で全国第3位と好成績を誇る。

 一時は低迷した「相声」に再び脚光を浴びせた立役者が、天津出身の相声芸人・郭徳綱である。郭徳綱は伝統的な「相声」を現代風にアレンジし、ユーモアに溢れながらも世相を辛辣に皮肉ることで人々の心をつかんでいる。今や彼の人気は老若男女問わず高く、相声界のフロントランナーとして中国内外で活発な活動を展開している。郭徳綱は2017年夏、日本をはじめて訪れ、東京公演で在日華人らを爆笑の渦に巻き込んだ。好評のため翌2018年に再び東京公演を行い、ファンを増やしている。

 「相声」は2008年に中国の国家無形文化遺産に登録された。天津の歴史的な民俗文化と市民文化の象徴として、天津人の精神の拠り所ともなっている。

浜海新区文化センター:天津が誇る近未来的な図書館と社交空間


 天津市の経済開発区、浜海新区に2017年末、従来の中国の図書館のイメージを覆す公共図書館「浜海新区文化センター」がオープンした。新たなランドマークとなった同センターは、地上6階建てで高さは約29.6 メートル、総面積は3.4万 平方メートルにもおよび、開館時の蔵書数は20万冊で、収蔵能力は120万冊の規模を誇る。

 建物は流線形の近未来的なデザインで構成され、壁沿いには天井から床まで覆う階段状の書架がうねりながら棚田のように連続している。来館者は書棚の横を歩きながら自由に上下階を行き来できる。設計・デザインは、世界的に著名なオランダの建築設計会社「MVRDV」が手がけて話題を呼んだ。

 「浜海新区文化センター」の様子がネットで公開されるやいなや、国内外のさまざまなメディアが取り上げ、米国『タイム』誌は2018年の観光地ランキング「行く価値のある世界100カ所」の中で、「浜海新区文化センター」を映えある第1位にランク付けした。

 「公共図書館蔵書量」全国第9位の天津に相応しい「浜海新区文化センター」には、週末に平均1.5万人が訪れるという。もはや図書館だけの機能にとどまらず、世界中の人々を魅了する21世紀の社交空間としても存在感を増している。

天津進出30周年を迎えた伊勢丹


 日本の老舗百貨店伊勢丹が2023年、天津進出30周年を迎える。1993年オープンした上海淮海路店に続き、同店は中国第2号店である。当時、天津市政府側には、北京、上海に次ぐ中国第三の都市として国際的な百貨店を誘致したいとの意向があり、外資系大型百貨店としては同店が天津市で第1号となった。2013年には浜海新区に天津2号店もオープンしている。

 1992年の中国小売業の開放により、日系百貨店は早い段階から中国市場に進出した。

 参入初期、日系百貨店は売場、商品、販売サービスなどの面で消費者の支持を得て業績を伸ばしたものの、現在では業績不振が続き、撤退を余儀なくされる店も少なくない。中国の百貨店は全体として国内資本のパワーアップも相まって競争が激化し、消費者ニーズの変化や、日系店のeコマースへの対応も後手に回り、大いに苦戦を強いられている。

 伊勢丹も中国内の一部地域では業績が伸び悩んでいるものの、天津での売上は好調である。その強さの理由は、顧客満足度の高さだという。困難な時代を乗り越えていくために顧客情報の丁寧な分析を実施した。常に顧客ニーズに合った商品を展開し、店舗づくり、組織改革、商品開発などあらゆる面で、徹底的な改革を続けている。日本の百貨店が中国都市総合発展指標2022の「卸売・小売輻射力」第12位の天津で善戦を続ける現状は、小売業界の中国展開にひとつの示唆を与えている。


【武漢】新型コロナウイルス禍と最初に対峙したメガシティ【中国都市総合発展指標】第10位

中国都市総合発展指標2022
第10位



 武漢は中国都市総合発展指標2022総合ランキング第10位であり、前年度に比べ順位が1つ上がった。

 「社会」大項目は第10位であり、前年度の順位を維持した。3つの中項目で「生活品質」は第8位、「ステータス・ガバナンス」は第9位、「伝承・交流」は第11位と、3項目のうち2項目がトップ10入りした。小項目で見ると、「人口資質」は第7位、「都市地位」「消費水準」は第8位、「人的交流」「居住環境」「生活サービス」は第10位と、9つの小項目のうち6項目がトップ10に入った。なお、「文化娯楽」は第11位、「社会マネジメント」は第13位、「歴史遺産」は第35位であった。

 「経済」大項目は第11位であり、前年度の順位を維持した。3つの中項目で「経済品質」は第9位、「都市影響」は第10位、「発展活力」は第11位で、3項目のうち2項目がトップ10入りした。小項目では、「都市圏」は第8位、「イノベーション・起業」は第9位、「経済規模」「広域輻射力」は第10位と、9つの小項目のうち4項目がトップ10内に入った。「経済構造」「開放度」は第11位、「広域中枢機能」は第14位、「ビジネス環境」は第19位、「経済効率」は第26位であった。

 「環境」大項目は第10位となり、前年度に比べ順位が5位も上がった。3つの中項目の中で「空間構造」は第5位、「環境品質」は第52位、「自然生態」は第111位と、3項目のうち1項目がトップ10に入った。小項目では、「交通ネットワーク」「資源効率」は第5位、「コンパクトシティ」は第8位、「都市インフラ」は第9位と、9つの小項目のうち、4項目がトップ10入りした。「環境努力」は第35位、「気候条件」は第119位、「水土賦存」は第121位、「自然災害」は第187位、「汚染負荷」は第229位であった。

 中国都市総合発展指標2022について詳しくは、中心都市がメガロポリスの発展を牽引:中国都市総合発展指標2022を参照。


中部地域の最大都市


 湖北省の省都、武漢は中国中部地域の最大都市であり、新型コロナウイルスの試練に最初に向き合った都市として近年、国際的な注目を浴びた。

 武漢の総面積約は8,569平方キロメートルで広島県とほぼ同じ。その広大な総面積の4分の1が、琵琶湖の面積の約3.3倍となる水域である。

 近代の武漢は中国東西軸の長江と、南北軸の鉄道大動脈が交差する立地を背景に発展してきた。故に、交通のハブ機能が発達している。中国都市総合発展指標2022の「空港利便性」項目では中国第6位、「航空旅客数」は第12位である(詳しくは【ランキング】中国で最も空港利便性が高い都市はどこか?を参照)。「高速鉄道便数」は中国第9位で、「準高速鉄道便数」は第5位であった。

 2004年から新型コロナウイルス・パンデミック直前の2019年までの15年間、武漢のGDPは年平均12%を超える成長を実現した。2022年のGDPは約1兆8,866億元(約37.7兆円、1元=20円換算)で中国第8位、1人当たりGDPは13万7,320元(約275万円)となった(詳しくは【ランキング】世界で最も経済リカバリーの早い国はどこか? 中国で最も経済成長の早い都市はどこか?を参照)。

 武漢は、面積は湖北省の5.6%にすぎないものの、同省全体のGDPの約37.9%を占めている。2021年に湖北省における武漢の輸出額と輸入額のシェアは、それぞれ52.9%、75.3%に達している(詳しくは【ランキング】中国で最も輸出力の高い都市はどこか?を参照)。

ロックダウンでコロナ感染拡大を封じ込む


 武漢は新型コロナウイルスショックに世界で最初に向き合った都市であった。武漢は中国都市総合発展指標2022の「医療輻射力」ランキングで全国第7位の都市である。27カ所の三甲病院(最高等級病院)を持ち、医師約4万人、看護師5.4万人と医療機関病床9.5万床を擁する。しかしながら、武漢のこの豊富な医療能力が、新型コロナウイルスの打撃により、一瞬で崩壊した(詳しくは【レポート】新型コロナパンデミック:なぜ大都市医療能力はこれほど脆弱に?を参照)。

 よくも悪くも中国の医療リソースは中心都市に高度に集中している。武漢は1千人当たりの医師数は4.9人で全国の水準を大きく上回る。武漢と同様、医療の人的リソースが大都市に偏る傾向はアメリカや日本でも顕著だ。ニューヨーク州の1千人当たりの医師数は4.6人にも達している。東京都は人口1千人当たりの医師数が3.3人で、これは武漢より少なく、ニューヨークと同水準にある。

 しかし、武漢、ニューヨークはその豊かな医療リソースをもってしても、新型コロナウイルスのオーバーシュートによる医療崩壊を防ぎきれなかった。2020年末までは、中国の新型コロナウイルス感染死者数累計の83.5%が武漢に集中していた。その多くが医療機関への集中的な駆け込みによる集団感染や医療崩壊による犠牲者だと考えられている(詳しくは【ランキング】ゼロコロナ政策で感染拡大を封じ込んだ中国の都市力を参照)。

 武漢は2020年1月23日からの2カ月半にわたる都市封鎖(ロックダウン)で難局を切り抜けた。ゼロコロナ政策によって普段の日常を取り戻した。

 新型コロナウイルス禍と最初に対峙した都市が、医療リソースの豊富な武漢だったのは、ある意味、不幸中の幸いだったかもしれない。武漢における教訓は、新型コロナウイルス感染症に関する数多くの研究論文として昇華され、世界中でかつてない勢いで「知の共有」が進んでいる。

図 武漢ロックダウン期間における新規感染者数・死亡者数

出典:中国湖北省衛生健康委員会HPなどにより雲河都市研究院作成。

全土から集まった医療支援


 新型コロナウイルスのオーバーシュートが発生した当時、武漢に中国全土から多くの支援が集まった。感染者数の爆発的増大で、多くの医療スタッフも院内感染に巻き込まれ、医療従事者の大幅な不足状況が発生した。これに対処するため中国各地から大勢の医療従事者が応援に駆けつけ、その数は4.2万人にも達した。

 病床数の不足については、国の支援で、新型コロナウイルスの専門治療設備の整う「火神山病院」と「雷神山病院」という重症患者専門病院を10日間で建設し、前者で1,000床、後者で1,600床の病床を確保した。このほかに、武漢は体育館16カ所を軽症者収容病院に改装し、素早く1.3万床を確保し、軽症患者の分離収容を実現させた。これによって先端医療リソースを重症患者に集中させ、病床不足は解消された(当時の武漢の取り組みについて詳しくは「【論文】ゼロコロナ政策 Vs ウイズコロナ政策を参照)。

 こうした措置が武漢の医療崩壊の食い止めに繋がった。感染地域に迅速かつ有効な救援活動を施せるか否かが、新型ウイルスを封じ込める鍵となる。しかし、すべての国がこうした力を備えているわけではない。ニューヨーク、東京の状況からみても、医療リソースがかなり整う先進国でさえ救援動員はなかなか難しいことが分かる。

人口引き留め政策


 武漢は約1,374万人の常住人口を抱え、中国第8位の都市人口規模を持っている。人口の流出入を示す「人口流動(非戸籍常住人口)」では、湖北省内12都市のうち10都市で、人口が他都市へ流出している。これに対して武漢は、流動人口が約431万人の大幅プラスにあり、全国で第9位の人口流入都市となっている。

 一方、武漢は89の大学、95の科学研究所、130万人弱の大学生を抱えながら、大卒者のうち同市に残る者は5分の1にも満たない。そこで、2017年、武漢市政府は向こう5年間で大卒者100万人を同市内に引き留めるプロジェクトを発表した。これにより、同市の大卒者は市場価格を2割下回る値段で住宅を購入できるか、あるいは市場価格を2割下回る価格で住宅を借りられる。さらに、最低年収の設定、就職の斡旋、起業のサポートなど「大卒者に最も友好的な都市」へ向けたさまざまな政策を打ち出した。経済のグローバル化と知識集約型産業が進展していくなかで、中国の各都市間の人材の育成と獲得競争が激しくなっている。

青山長江大橋の建設


 武漢は、長江と漢江によって「武昌」「漢口」「漢陽」という3つの地域(武漢三鎮)に分けられる。3つの地域間を多くの橋がつなぎ、大都市の大動脈として機能している。1957年10月、全国で初めて長江の両岸をつないだのは武漢長江大橋であった。2020年末には両岸をつなぐ11本目の青山長江大橋が開通した。都市インフラに積極的に投資してきた武漢は、橋の建設を進め、橋の数が増えるごとに都市の一体化も進んだ。

 中国都市総合発展指標2022によると、武漢は「環境」の「固定資産投資規模指数」が中国第5位である。「橋の武漢」と称されるように、橋の景観は武漢に多彩な表情をもたらしている。

中国で3番目に高いビル「武漢緑地中心」を建設


 世界中で超高層ビルの建設ラッシュが起こっている。高層建築ブームの先頭をいく中国で近年最も注目されているのが、2011年から建設が始まった「武漢緑地中心(Wuhan Greenland Center)」である。竣工予定は2023年末で、総投資額は300億元(約6,000億円)以上になるという。完成すると高さ595メートル、延床面積約300万平方メートルの、世界で7番目に高いビルとなる。ブルジュ・ドバイや上海金茂タワーなど、世界で最も有名な超高層ビルの設計を数多く手がける建築設計チーム「Adrian Smith + Gordon Gill Architecture」が担当した。五つ星ホテル、高級ショッピングモール、オフィス、高級マンションを備えた超高層複合都市を目指している。

 世界の建築専門家らが編集する「高層ビル・都市居住評議会(CTBUH)」のレポートによると、中国は超高層ビルの竣工面積が最も多い国となっている。現在、世界で建設された超高層ビルトップ100のうち、43棟が中国にある。


【南京】知識産業化が進む「十朝都会」【中国都市総合発展指標】第8位

中国都市総合発展指標2022
第8位



 南京は中国都市総合発展指標2022総合ランキング第8位であり、前年度の順位を維持した。

 「社会」大項目は第6位であり、前年度に比べ順位が1つ上がった。3つの中項目で「伝承・交流」は第4位、「生活品質」は第6位、「ステータス・ガバナンス」は第11位と、3項目の中で2項目がトップ10入りを果たした。小項目で見ると、「歴史遺産」は第4位、「人口資質」「人的交流」「消費水準」は第6位、「都市地位」「文化娯楽」「居住環境」「生活サービス」は第7位と、9つの小項目のうち8項目がトップ10入りした。なお、「社会マネジメント」は第27位であった。「社会」の成績は、全体的に高い結果となった。

 「経済」大項目は第10位であり、前年度の順位を維持した。3つの中項目で「都市影響」は第8位、「発展活力」は第9位、「経済品質」は第10位で、3項目すべてがトップ10入りを果たした。小項目では、「経済効率」は第6位、「イノベーション・起業」「広域輻射力」は第7位、「広域中枢機能」は第8位、「経済構造」「ビジネス環境」は第9位と、9つの小項目のうち6項目がトップ10入りした。なお、「経済規模」は第12位、「都市圏」は第16位、「開放度」は第17位であった。「経済」の成績は、各項目ともに全体的に高かった。

 「環境」大項目は第17位となり、前年度の順位を維持した。3つの中項目の中で「空間構造」は第9位とトップ10入を果たしたが、「環境品質」は第56位、「自然生態」は第136位であった。小項目では、「交通ネットワーク」は第6位、「都市インフラ」は第8位と、9つの小項目のうち、2項目がトップ10入りした。なお、「コンパクトシティ」は第11位、「環境努力」は第17位、「資源効率」は第33位、「自然災害」は第43位、「気候条件」は第130位、「汚染負荷」は第151位、「水土賦存」は第195位であった。

 中国都市総合発展指標2022について詳しくは、中心都市がメガロポリスの発展を牽引:中国都市総合発展指標2022を参照。


 南京は江蘇省の省都であり、同省の政治、経済、科学技術、教育、文化の中心である。長江の入江から380キロメートルに位置し、長江下流の南岸に面しているポジションから、南京には古くから王朝の都が数多く設けられてきた。「南京」とは「南の都」という意味で、面積は6,587平方キロメートル、栃木県と同程度の規模である。

 最初に南京に都を構えたのは、約2,800年前、春秋時代の呉国である。その後、東晋、六朝、南唐、明といった王朝が南京を帝都と定め、「十朝都会」と呼ばれた。太平天国や中華民国統治時代にも都となっていた。14世紀から15世紀にかけては、世界最大の都市として栄華を誇った。

 南京は、古来より戦略的な要所とされていた。そのため、同市には今も立派な城壁がそびえ立っている。明の時代には、全長約35キロメートル(山手線の1周分に相当)、高さ14〜21メートル、13の城門という巨大な城壁が市内を囲むように建設された。

知識産業化が進む南京


 中国都市総合発展指標2022より、2022年に南京のGDPは1兆6,908億元(約33.8兆円、1元=20円換算)に達し、中国で第10位、1人当たりGDPは198,257元(約397万円)で中国第9位となった(詳しくは【ランキング】世界で最も経済リカバリーの早い国はどこか? 中国で最も経済成長の早い都市はどこか?を参照)。

 南京の経済規模では同省内の蘇州(中国第6位)に劣るものの、省都としての立場を活かし、教育・科学技術の集積と人材ストックをベースにした知識産業を発展させている。中国の科学技術分野の最高研究機関である中国科学院と技術分野の最高機関である中国工程院のメンバーの輩出度合いを示す「中国科学院・中国工程院院士指数」は中国第3位で、研究開発人材の蓄積が実に分厚い。

 従業員数を比較するとそれは顕著である。例えば、製造業の従業員数は南京が約40万人、蘇州が約182万人であり、蘇州は工業都市としての側面が強い(詳しくは【ランキング】中国で最も輸出力の高い都市はどこか? を参照)。対照的に、IT関係の従業員数は南京が約18.7万人、蘇州が約4.1万人である。特に南京はソフトウェア産業において、北京、上海、成都、深圳、広州に続く中国で6番目の規模を持つ(詳しくは、【ランキング】中国IT産業スーパーシティはどこか?を参照)。但し、研究開発要員数は南京が約12.9万人、蘇州が約15.9万人であり、蘇州の研究開発要員数が南京を上回る。かつては南京の科学技術力が蘇州より高かったが、いま製造業スーパーシティ蘇州が工業力をベースに、科学技術力を高めている(詳しくは「【ランキング】科学技術大国中国の研究開発拠点都市はどこか?」を参照)。

製造業スーパーシティ蘇州に勝る省都南京の中心都市機能


 製造業スーパーシティ蘇州に経済規模で抜かれたとはいえ南京は、中心都市としての力がなお強い。南京は文化教育都市として名高く、市内には南京大学、東南大学、南京師範大学など、創立100年以上の歴史を持つ名門大学が肩を並べ、国から重点的に経費が分配される「国家重点大学(211大学)」は8校も有する。中国都市総合発展指標2022より、「中国都市高等教育輻射力」は南京が中国第3位で、蘇州が同第30位である。

 「中国都市文化・スポーツ・娯楽輻射力」では、南京が中国第5位、蘇州が同第13位(詳しくは【レポート】中日比較から見た北京の文化産業を参照)。ただし、「映画館・劇場消費指数」では南京が中国第10位、蘇州が同第9位となっており、若者の多い蘇州が南京を上回る(詳しくは【ランキング】世界で最も稼ぐ映画大国はどこか?を参照)。

 医療面においては、「中国都市医療輻射力」は南京が中国第8位と、蘇州の同第35位を大きく引き離している(詳しくは【レポート】新型コロナパンデミック:なぜ大都市医療能力はこれほど脆弱に?を参照)。

 南京は中国の一大交通ハブでもある。「空港利便性」では南京が中国第10位、蘇州が同第192位(詳しくは【ランキング】中国で最も空港利便性が高い都市はどこか?を参照)。「鉄道利便性」では南京が中国第4位、蘇州市が同第12位である。

 他方、上海、深圳、香港のメインボード(主板)市場に上場している企業の総数(2022年末)は、南京は99企業で中国第7位、蘇州は116企業で同第6位であり、本社機能では蘇州に抜かれた。


ユネスコ「文学都市」


 2019年10月、ユネスコは、新たに66の都市を「ユネスコ創造都市ネットワーク」として選出し、南京がアジアで3番目、中国では初となる「文学都市」に選ばれた。

 2004年、ユネスコは「創造都市ネットワーク」を設立した。文学、映画、グルメ、デザインなどの7分野に分け、世界の都市間でパートナーシップを結び、国際的なネットワークを作っている。2022年末には世界295の都市が参与している。中でも「文学都市」は現在、42都市が選出されている。その多くは欧米の都市が占め、アジアでは、南京の他に韓国の富川と現州、パキスタンのラホール、インドネシアのジャカルタが選出されている。残念ながら、「文学都市」ではまだ日本の都市は選出されていない。

 中国都市総合発展指標2022によると、南京は「社会」項目の「傑出人物輩出指数」、「傑出文化人指数」ランキングでそれぞれ中国第4位、第5位である。古来より文化資源が豊富で、文人が多く集った。中国最初の詩歌の評論「詩品」が南京で編まれたほか、中国最初の文学評論の「文心雕龍」が編さんされ、最初の児童啓蒙書「千字文」、現存最古の詩文総集「昭明文選」などが、南京で誕生した。中国初の「文学館」も南京に設立された。

 「紅楼夢」、「本草網目」、「永楽大典」、「儒林外史」に代表されるように、南京にゆかりのある中国古典作品は1万作以上ある。

 魯迅、巴金、朱自清、兪平伯、張恨水、張愛玲など近代の文豪も南京とつながりが深い。アメリカのノーベル文学賞受賞作家、パール・バックは、代表作「大地」を南京で創作した。

 「文学都市」の選出には、出身作家数など以外にも、文学を育む都市の環境も重視され、出版文化、書店文化、図書館の整備、市民の読書量なども評価対象である。南京は〈中国都市総合発展指標〉の「公共図書館蔵書量」ランキングで中国第7位にランクインした。

 CNN、BBCなどから「世界で最も美しい書店」と評価された「南京文学客庁」といった24時間営業の書店は、新たな文化スポットとして、市民に人気が高い。市内の公園、観光スポット、デパート、ホテル、地下鉄などに無料の読書スペースが150カ所以上設けられ、読書文化を盛り上げている。

人材争奪戦に励む


 南京の豊かな文化の香りは、市民の教育水準の高さに因るものが大きい。中国都市総合発展指標2022において、市民の教育水準を示す「人口教育構造指数」は中国第6位である。

 中国も日本と同様、労働者人口の増加がピークを過ぎ、高齢化社会が迫る中、都市の発展のカギを握る有能な若手人材の争奪戦が、全国の都市間でヒートアップしている。

 中国では2022年の大学卒業生が前年比167万人増の1,076万人と、初めて1,000万人を超え、過去最高を更新した。この中で注目されたのは、北京の大学・大学院卒業生28.5万人のうち、修士・博士課程の大学院卒業生数が、全国で初めて学部の卒業生数を超えたことである。他の都市でも同様の傾向が見られ始め、中国の名門大学である上海交通大学、華東師範大学、西安交通大学でも、大学院の卒業生数が学部生を上回る現象が起きている。南京の名門校である南京大学においても、2022年卒業者は9,563人で、そのうち学部卒業生は33%で全体の三分の一となった。

 南京市政府は、大学卒業生という高度人材の若者たちをそのまま市内に定住させるために、市内定住のハードルを低くし、家賃補助や起業補助を普及するなど、さまざまな政策を打ち出している。南京市政府の積極的な取り組みが、人材育成や都市発展において他の都市にも影響を与え、全国的な人材争奪戦の激化が続くと予想される。

中国三大博物館のひとつ南京博物院


 古都・南京には、中国三大博物館のひとつ「南京博物院」がある。北京故宮博物院、台湾故宮博物院と肩を並べる存在となっている。

 南京博物院には、「南遷文物」といわれる元は北京故宮博物院にあった文物を所蔵している。日中戦争の戦火を避けるため、1933年、北京故宮博物院から木箱で2万個といわれる大量の文物が南京博物院(当時は中央博物院)に移送された。南京に戦火が及ぶと、文物は重慶に移されたが、戦後再び南京に戻った。だがその後国共内戦の混乱の中、3千箱が台北に運ばれ、7千箱が北京の故宮博物院に戻された。現在、台北の故宮博物院が所蔵する至宝はこのときに運ばれた文物である。大陸に残った物のうち1万箱が南京博物院にあり、「南遷文物」と呼ばれる。

 中国都市総合発展指標2022では、南京は「社会」項目の「博物館・美術館」ランキングは中国第10位であり、市内には一級の博物館が5館、二級は4館、三級は5館、無級は48館の合計62館が存在している。南京訪問の際は、名勝見物と併せて博物館巡りを行えば、より中国の歴史文化への理解が深まるだろう。


【重慶】「三線建設」「西部開発」「一帯一路」で力を付けた直轄市【中国都市総合発展指標】第7位

中国都市総合発展指標2022
第7位



 重慶は中国都市総合発展指標2022総合ランキング第7位であり、前年度の順位を維持した。

 「経済」大項目は第8位であり、、前年度より1つ順位を下げた。3つの中項目で「経済品質」は第5位、「都市影響」は第9位、「発展活力」は第10位で、3項目すべてがトップ10入りを果たした。小項目では、「経済規模」「都市圏」は第4位、「ビジネス環境」は第6位、「経済構造」は第7位と、9つの小項目のうち4項目がトップ10入りした。ただし、「イノベーション・起業」は第11位、「広域中枢機能」「広域輻射力」は第12位、「開放度」は第20位、「経済効率」は第117位であった。

 「社会」大項目は第8位であり、前年度に比べ順位が1つ上がった。3つの中項目で「ステータス・ガバナンス」は第4位、「伝承・交流」は第9位、「生活品質」は第17位と、3項目のうち2項目がトップ10入りを果たした。小項目で見ると、「社会マネジメント」は第3位、「文化娯楽」は第4位、「都市地位」は第5位、「歴史遺産」は第6位と、9つの小項目のうち4項目がトップ10入りした。なお、「人的交流」「生活サービス」は第11位、「居住環境」は第12位、「人口資質」は第14位、「消費水準」は第30位であった。

 「環境」大項目は第15位となり、前年度に比べ3つ順位を下げた。3つの中項目の中で「自然生態」は第17位、「環境品質」は第30位、「空間構造」は第33位と、3項目のうち2項目がトップ30入りした。小項目では、「水土賦存」は第2位、「都市インフラ」は第3位、「環境努力」は第4位と、9つの小項目のうち、3項目がトップ10入りした。なお、「資源効率」は第18位、「交通ネットワーク」は第39位、「コンパクトシティ」は第45位、「気候条件」は第84位、「汚染負荷」は第171位、「自然災害」は第294位であった。

 中国都市総合発展指標2022について詳しくは、中心都市がメガロポリスの発展を牽引:中国都市総合発展指標2022を参照。


■ 戦時首都だった重慶


 重慶は長江上流に位置し、上海の約2,500キロメートル西南にある直轄市である。同市は長江と嘉陵江という2本の河川が合流する地点に開け、山や川の入り組んだ高低差の激しい地形を持つ。市内の標高差は220メートル近くもあり、長い階段が街の随所に見られる独特の風景をつくりだしている。重慶は北海道に相当する8.2万平方メートルの面積に約3,212万人という世界の都市の中で最大の人口規模を抱える。夏季の気候が高温多湿であるため、南京市、武漢市と並び三大「かまど」と言われている。

 重慶は長い歴史を持つ都市であり、『三国志』の「蜀」に属する地として日本でも有名である。1891年に開港し、中国西南部における近代化の拠点となった。1937年から1946年までは中華民国政府の「戦時首都」が置かれ、日中戦争時代の中国の心臓部であった。

■ 最も若い直轄市


 四川盆地南東部に位置する重慶は、中国西南部の中心都市であり、中国の最も若い「直轄市」である。重慶の名は第二次大戦時に「戦時首都」として世界に知られるようになった。1949年の新中国成立後、重慶は一旦、中央直轄市となったが、1954年に四川省に編入された。1983年に「計画単列市(日本の政令指定都市に相当)」に昇格し、1997年には再び四川省から分離して北京、上海、天津に次ぐ直轄市となった。

 「直轄市」とは、省と同格で、他の都市よりも強い行政権限を持っている。重慶には日本の総領事館も設置されている。

 面積や人口において、重慶は中国最大の都市である。市下には13市区、4市、18県、5自治区があり、広大な土地には都市や農村、自然環境など豊富で多様な空間が混在している。

 重慶は、古来より水運で栄え、重要な交通の要所であった。三峡ダムの完成後は、1万トン級の船舶も直接重慶まで航行できるようになった。現在、「コンテナ取扱量」は中国第35位にまで成長し、内陸都市としては好成績を上げている(詳しくは【ランキング】世界で最も港湾コンテナ取扱量が多い都市はどこか?を参照)。

 鉄道や空港を含む広域インフラも整備され、重慶の空港利便性は中国第6位で、極めて高い(詳しくは【ランキング】中国で最も空港利便性が高い都市はどこか?を参照)。

「三線建設」から「西部開発」へ、そして「一帯一路」


 内陸都市の発展は、国家的な戦略推進が欠かせない。重慶は、毛沢東時代の「三線建設」で工業力を蓄え、改革開放後は「西部大開発」政策でインフラ整備を強化し、現在は「一帯一路」政策で海外とのリンケージを強めている。

 重慶には2010年、中国国内3番目の国家級新区「重慶両江新区」が設置された。同年、内陸港唯一の保税区も整備された。2017年には貿易や投資などの規制緩和を重点的に進める「自由貿易試験区(重慶自貿区)」が開設され、国際貿易都市としての性格を強めている。現在、重慶から貴州、広西チワン自治区を経由してシンガポールまでをつなぐ物流ルートが開通し、「一帯一路」構想における一大国際交流交易拠点としての発展が期待されている。

 直轄市となって以来の20年間、重慶市のGDPは年平均12.0%の成長率を達成した。2022年に重慶のGDPは2兆9,129億元(約58.3兆円、1元=20円換算)で中国第4位の規模に達したが、1人当たりGDPは9万650元(約181万円)で中国第79位に留まり、同じ西部地域の中心都市である成都の同9万7,882元(約196万円)には及ばない(詳しくは【ランキング】世界で最も経済リカバリーの早い国はどこか? 中国で最も経済成長の早い都市はどこか?を参照)。

 重慶を拠点とする「メインボード上場企業」は、中国第11位の73社に達している。

■ 人口流出都市


 2021年における人口の流出入を示す「人口流動(非戸籍常住人口)」で、重慶は中国全土297地級市以上の都市でワースト9位であった。流出人口は202万人にも達した。すなわち札幌市と同規模の人口が戸籍を移さずに市外へ流れている。中国の経済規模トップ30の都市の中で、重慶は唯一人口流出都市となっている。重慶には広大な農村エリアがあり、中心市街地が吸収しきれないほどの膨大な農村人口を抱えているからである。

 農村部では収入も低く雇用の機会も少ないため、億単位の出稼ぎ労働者(農民工)が、重慶や四川省、河南省、安徽省、貴州省といった内陸部から、沿海部の大都市に流出している。戸籍制度のもとで人口は「農村戸籍」と「都市戸籍」に分けられ、出稼ぎ労働者のほとんどは農村戸籍である。農村戸籍から都市戸籍への転換は厳しく制限され、都市部で農村戸籍者は教育や福祉、就職の機会などにおいて多くの不利益を被っている。

 中国国務院は2014年、戸籍制度改革に乗り出し、現在、戸籍制度そのものが緩和されつつある。

■ 一大観光都市


 重慶は中国屈指の観光都市である。中国都市総合発展指標2022によると、「社会」大項目の指標「国内旅行客」は中国第57位、「海外旅行客」は第66位である。〈指標2021〉では「国内旅行客」は中国第9位であったが、コロナ禍の影響もあり、順位は大きく落ち込んでいる。「世界遺産」は中国第2位にランキングされ、「環境」大項目の「国家公園・保護区・景観区指数」は中国第1位であった。豊かな自然と文化遺産の調和ある観光資源が、国内外から多くの観光客を魅了している。  

 しかし、観光業の成績で見ると、重慶とライバル都市である成都とは、様相を異にする。2022年の観光客数および観光収入では、成都が重慶に優った。成都の国内観光客数は2億人、国内観光収入は2,042億元(約4兆840億円)に達した。一方、重慶の国内観光客数は5,456万人、国内観光収入は1,063億元(約2兆1,260億円)と、いずれも成都に及ばなかった。

 観光産業を考える際、重要な点は、観光客にいかにその都市で消費をしてもらうかである。中国都市総合発展指標2022で各産業の輻射力で両都市を比較すると、その実態が見えてくる。都市の購買吸引力を示す「経済」大項目の指標「卸売・小売輻射力」で、重慶は第6位、成都は第3位という結果で、成都の方が消費者にとってはより魅力的なショッピング都市であった。また、都市の飲食業やホテルの吸引力を示す同大項目の指標「飲食・ホテル輻射力」では、重慶は第14位、成都は第4位となり、歴然たる差を見せつけた。

■ 「横向き摩天楼」という新しいランドマーク


 2019年9月、重慶に新たなランドマーク「ラッフルズシティ(来福士広場)」が誕生した。ラッフルズシティは、長江と嘉陵江が合流する朝天門広場に位置し、総工費38億ドル(約4,066億円)を投じた巨大プロジェクトである。敷地面積は9.2ヘクタール、総床面積は112万平方メートルであり、23万平方メートルのショッピングモール、16万平方メートルのオフィス、1,400戸の住宅、ホテルなどの機能を兼ね備えている。

 スケールは巨大で、イスラエルの建築家モシェ・サフディ氏が設計した外観は、驚く程の奇抜さである。敷地内には8棟の高層ビルが林立し、南側にある6棟は高さ250メートル、北側の2棟は350メートルを誇る。注目すべきは、長さ300メートル以上の橋形建築物「ザ・クリスタル(水晶連廊)」である。「横向き摩天楼」とも呼ばれる通路は、高層ビル4棟を接続し、高層ビル群を三次元の「帆」のように見立てている。2020年5月には、この連結部分もオープンし、地上250メートルの「世界一高い」空中通路が話題を集めている。

■ SNSで一大人気スポットとなった「洪崖洞」


 重慶には名跡が多く存在する。市の南部に位置する「洪崖洞」は、地元の伝統的な建築様式「吊脚楼」を採用して再建された商業施設である。全長約600メートル、総面積は6万平方メートルで、「国家4A級旅遊景区」に指定された屈指の観光地である。GWなどの連休初日には数万人以上が訪れるほど人気で、その理由は、中国発祥の人気スマートフォン・アプリ「抖音(TikTok)」の口コミ効果とされている。

 「洪崖洞」が日本の大ヒットアニメーション映画『千と千尋の神隠し』の舞台「湯屋」に「酷似している」との投稿が「抖音」に上がったことから、美しい「洪崖洞」の夜景を捉えた動画も多数投稿されるようになり、若者の間で瞬く間に大きな話題を呼んだ。中国の観光名所がSNSという新たな手段によって次々と再発見されている好例である。

■ 中国西部最大の旅客輸送ターミナル「重慶西駅」


 重慶西駅が2018年1月に完成し、重慶市と貴州省貴州市を結ぶ鉄道「渝貴鉄路」が同時に開業した。「渝貴鉄路」は全長347キロメートルで、営業最高時速は200キロメートルである。この鉄道は、中国の成渝地区(成都と重慶の間の地区)と西南地区から華南・華東地区に至る高速鉄道ルートを形成し、重慶・貴州間の移動時間が大幅に短縮された。地域の交通利便性がさらに向上し、沿線の中小都市の発展や観光資源開発を牽引している。

 起点となる重慶西駅は、中国西部最大の旅客ターミナルで、完成した第1期の建築面積は約12万平方メートルに及び、年間利用客数4,000万人のキャパシティを持つ。2018年の春運(旧正月前後の帰省ラッシュに伴う特別輸送体制)の期間中、1日あたりの旅客数は10.3万人を記録し、旅客数が10万人を突破した大型旅客輸送ターミナルとなった。

 中国都市総合発展指標2022では、重慶の「鉄道利便性」は中国第23位であるが、今後の順位上昇が期待される。

■ 世界有数の自動車生産基地


 中国は現在、世界最大の自動車大国である。2022年に中国の自動車生産台数は約2,702万台で世界第1位であり、その世界シェアは31.8%を誇っている。

 重慶も、中国有数の自動車生産基地の一つであり、2022年の同市の自動車生産台数は約210万台に達した。中国都市総合発展指標2022では、重慶の「自動車産業輻射力」は中国第3位である(詳しくは【ランキング】自動車大国中国の生産拠点都市はどこか?を参照)。

 重慶の「1万人当たり自家用車保有量」は全国第114位とかなり低いが、都市としての全体規模で見ると自家用車保有量は中国第3位の約442万台である。

 一方、重慶の自動車産業は、ライバルである上海や長春に比べると、一車両あたりの生産額が低いことが課題となっている。そのため、同市はEVやスマートカーへの研究開発を進めている。その結果、直近3年間で重慶のEV車生産台数は、2020年の43,200台から、2021年には前年比252.1%増の152,200台、2022年には前年比140%増の365,200台へと急増している。


中国の新たな質の生産力、世界経済の新たなチャンスに 東京経済大学周牧之教授

編者ノート:

 今年、中国の国会に相当する全国人民代表大会「全人代」の報告の中で、質の高い生産力による経済成長の推進に、国際社会の大きな関心が集まっている。東京経済大学の周牧之教授は中国網(チャイナネット)の取材に応じ、「中国はさらに高品質な発展へ向けて大きな一歩を踏み出した。これは中国経済のモデル転換及び高度化の将来性を示すもので、世界経済に新たなチャンスをもたらす」と述べた。


(一)中国の半導体産業、大発展の時期到来


 半導体産業は世界経済発展の重要な柱だ。周氏は、中国の半導体産業が大発展期を迎えたとし、「中国の半導体産業はスタートが遅れ、ハイエンド半導体はかつて長い間輸入に依存していた。しかし政府は積極的な支援策を打ち出し、関連企業が取り組みを続けてきた。世界最大規模の中国半導体市場の需要も相まって、中国の半導体産業は猛成長している」と述べた。

 日本はかつて世界最大の半導体大国だったが、その後徐々に衰退した。周氏はこれについて、「投資リスクへの過度な忌避が原因で、巨額の半導体投資が持続しなかった」との見方を示した。「日本の半導体産業はムーアの法則が駆動する発展のリズムについていけなくなった」とし、「日本はいまも世界の半導体産業チェーンにおける多くの分野で優位性を維持している。日中両国は本来半導体産業における協力の可能性が少なくないが、米国主導の半導体技術封鎖により多くの制限が生じている」と指摘した。

(二)中国のAI産業、「世界2強」に躍進


 AI産業は現在、世界の科学技術革命の中核を成している。これはイノベーション駆動型の経済発展モデルへの転換、新興産業の発展及びデジタル経済の発展につながる。中国はAI技術への投資と研究開発を強化し、AIと経済の融合発展を促している。

 周氏によると、「中国はAIの社会浸透率が世界各国の中でもトップクラスに高い。米国との間にまだ一定の開きはあるものの、AI技術の研究開発投入、ビッグデータ、応用などの面で高い実力を示しており、中国と米国は「世界2強」と呼べる。これはハイテクに対する中国政府の開放度を反映しており、新しい物事への中国社会全体の許容度も示している」という。

(三)中国のEV自動車が大きく発展


 中国の自動車産業は近年躍進している。特に2023年、中国の自動車輸出台数は初めて日本を超え、世界一になった。これについて周氏は、「中国自動車産業はEVというチャンスを掴み、バッテリー、モーター、電気制御、自動運転などの中核分野だけでなく、EV完成車の研究開発や生産でも高い国際競争力を手にした。EVを代表とする中国自動車産業の輸出は始まったばかりで、中国自動車産業は今後数年でさらに強い輸出力を見せるだろう」と述べた。

 中国のEVが急発展する一方、日本の自動車業界とメディアからはその見通しを懸念する声が後を絶たない。周氏はこれについて、「EV発展の将来性を読み誤っているためだ。また、ガソリン車を中心とする日本自動車メーカーによる一種のガソリン車擁護の宣伝攻勢と言っていい」と解説した。

(四)越境ECサイト、海外進出モデルを変える


 周氏は、中国越境ECサイト「SHEIN」と「Temu」の日本市場での進展にも注目している。報道によると、Temuは2023年7月に日本市場に上陸後、ユーザー数が毎月220万人のペースで増加し、強い勢いを示している。Temuの日本ユーザー数は2024年1月に1,500万人を突破した。

 周氏は、「中国の越境ECサイトはビジネスモデルのイノベーションにより伝統的な小売り業界の壁を打破し、海外市場と中国製造を直接つなげた。海外の消費者により便利で割安且つ多様な選択肢をもたらした。中国越境ECサイトの日本での発展は、両国の産業チェーンのさらなる融合を促しており、両国の経済協力に新たなチャンスをもたらしている」と述べた。

(五)イノベーティブスタートアップ企業による快進撃


 イノベーティブスタートアップ企業は、現在の世界経済発展の重要なエンジンだ。周氏は、「今日の世界における企業発展のロジックは完全に変わった。高い技術力を持ち創業精神を持つイノベーティブスタートアップ企業が新種として、世界経済を率いパラダイムシフトを起こす主要勢力になっている。現在の世界の時価総額トップ10企業のうち、8社がイノベーティブスタートアップ企業だ。これらの企業のうち最も古いのは1975年創業のマイクロソフトで、最も新しいのは2004年創業のフェイスブックだ」と述べた。

 周氏は、日米中3カ国の時価総額トップ100企業を分析し、「中国のトップ100社のうち1980年以降の創業は82社。対照的に、米国は32社で日本は5社のみ。中国のトップ企業の若年化とハイテク化の傾向は顕著で、今後に期待できる」と展望した。

 周氏は、「日本企業のトップ100社のうち21世紀創業はゼロだ。日本の大企業の官僚化により、投資リスクの大きな新規事業に消極的になりがちだ。対照的に、中国企業トップ100社のうち21世紀創業は25社にのぼり、イノベーションに積極的だ」と指摘した。

 周氏は最後に、「海外メディアには最近、中国経済の衰退論が見られるが、中国の新たな質の生産力にこそ注目し、いまが中国との経済・貿易協力でウィンウィンの発展を実現する好機と捉えるべきだ」と力説した。


【日本語版】
チャイナネット『中国の新たな質の生産力、世界経済の新たなチャンスに 東京経済大学周牧之教授』(2024年3月7日)

【中国語版】
中国網『东京经济大学教授周牧之:蓬勃发展的中国新质生产力是世界经济的新机遇』(2024年3月7日)

他掲載多数 

【杭州】歴史とハイテクが交差する古都【中国都市総合発展指標】第6位

中国都市総合発展指標2022
第6位



 杭州は2年連続で総合ランキング第6位を維持した。

 「社会」大項目では第7位であり、前年度より1つ順位を下げた。3つの中項目の「生活品質」では第4位、「伝承・交流」は第6位、「ステータス・ガバナンス」は第10位であり、3項目ともトップ10入りを果たした。小項目で見ると、「生活サービス」は第4位、「人口資質」「歴史遺産」「消費水準」は第5位、「都市地位」「文化娯楽」「居住環境」は第6位、「人的交流」は第8位と、9つの小項目のうち、9項目がトップ10位内にある。なお、「社会マネジメント」は第21位であった。「社会」の成績は、全体的に極めて高く、バランスも良い。 

 「経済」大項目は第7位であり、前年度より1つ順位を上げた。3つの中項目の中で「発展活力」は第6位、「経済品質」「都市影響」は第7位であり、3項目ともトップ10入りを果たした。小項目では、「経済構造」は第4位、「イノベーション・起業」は第5位、「広域輻射力」は第6位、「ビジネス環境」は第7位、「経済規模」は第8位、「開放度」は第9位、「広域中枢機能」は第10位と、9つの小項目のうち、7項目がトップ10入りを果たした。なお、「都市圏」は第12位、「経済効率」は第16位であった。「経済」の成績は、各項目ともに全体的に極めて高い結果となった。

 「環境」大項目は第12位となり、前年度より順位を上げる結果となった。3つの中項目の中で「空間構造」は第11位と良好であるが、「環境品質」は第43位、「自然生態」は第66位であった。小項目では、「都市インフラ」は第6位、「交通ネットワーク」は第8位と、9つの小項目のうち、トップ10入りを果たしたのは2項目のみであった。トップ10以下は、「資源効率」は第11位、「環境努力」は第13位、「コンパクトシティ」は第22位、「気候条件」は第71位、「水土賦存」は第92位であった。また、第87位の「自然災害」、第180位の「汚染負荷」は、いずれも全国平均を下回った。

 杭州は、社会や経済と比較すると環境の成績は少し劣るものの、三者のバランスは相対的によく取れている。


長江デルタメガロポリスの中核を担う「地上の楽園」


浙江省の北部に位置する杭州は同省の省都であり、西安、洛陽、南京、北京、開封、安陽、鄭州と並ぶ「中国八大古都」の1つである。「地上の楽園」と称賛されるほど美しい風景が広がり、古くから繁栄している。世界遺産の西湖や京杭大運河をはじめとする有名な観光地が点在し、国内外から多くの観光客を惹きつける観光都市である。中国都市総合発展指標2022の「国内旅行客数」項目では中国第26位、「国内旅行収入」は第16位であった。杭州は長江デルタメガロポリスの主要都市として、GDPは2015年に1兆元の大台を突破し、いわゆる「1兆元クラブ」都市に仲間入りした。2022年に同市のGDPは18,753億元(約37.5兆円、1元=20円換算)に達し、中国では第9位となった。

アリババグループのホームタウン


 中国は現在、世界で最も「キャッシュレス生活」が進んでいると言われ、その牽引役は「Alipay(支付宝)」と「WeChat Pay(微信支付)」の二大サービスである。「Alipay」は、杭州に本拠地を置くアリババグループ(阿里巴巴集団)が提供するオンライン決済サービスである。

 世界最大規模の電子取引で知られるアリババグループは、1999年の設立当時から杭州市内に本社を置き、同市の経済発展を牽引している。

 毎年11月11日に同社が開催するEC販促イベント「独身の日(双十一)」の売上は、1日で約1.1兆元(約22.2兆円)にも上る。同社は、杭州を拠点に世界中の企業や消費者にITサービスを提供し、同市を一大イノベーションシティへと押し上げた。

 アリババは地元のITインフラにも力を入れており、杭州でスマートシティプロジェクト「ETシティブレイン(城市大脳)計画」を推進する。これにより、都市の交通、公共サービス、環境保護などの分野でデジタル技術を活用し、市民の生活の質を向上させている。

メガシティへと成長


 都市経済の成長は全国から多くの若者を惹きつけている。杭州の常住人口は、2019年に1,000万人台に達し、メガシティへの仲間入りを果たした。同市の常住人口は2022年、1,220万人に達し、中国第12位となった。なお、中国には現在、メガシティが17都市存在している(詳しくは、【ランキング】メガシティの時代:中国都市総合発展指標2021ランキング」『中心都市がメガロポリスの発展を牽引:「中国都市総合発展指標2022」を参照。)。

 2019〜2022年の4年間の常住人口の純増は、それぞれ55.4万人、157.6万人、26.8万人、17.2万人と急成長している。また、「流動人口(非戸籍常住人口)」も中国第10位の385.9万人に達した。

 こうした杭州の人口増には、北京、上海が人口抑制政策を取るのに対して、杭州市が人材獲得に積極的である背景がある。

 また、中国都市総合発展指標2022によると、トップクラス人材の集積を表す「傑出人物輩出指数」「中国科学院・中国工程院院士指数」は中国第6位となり、人材の量も質も兼ね備えている。膨大な人口と高度人材の集積が進む杭州は、今後どのような発展を遂げてくのか、国内外の注目を集めている。


スタートアップ都市


 アリババグループホームタウンの効果で、杭州には企業の本社機能が集積している。中国都市総合発展指標2022によると、本社機能を示す「メインボード上場企業」で杭州は広州を抜いて第4位である。同じく、「フォーチュントップ500中国企業」も前年度に引き続き中国第4位を獲得、とりわけ、中国を代表する民営大企業の集積を示す「中国民営企業トップ500」においては前年度同様、全国トップを堅守した。

 背景にあるのは、スタートアップの活力である。中国のスタートアップ都市といえば、北京、上海、深圳というイメージが強い。しかし、杭州の活気はそれらの都市に劣らない。

 ユニコーン企業の集積を示す「ユニコーン企業指数」で杭州は、北京、上海、深圳に続いて広州と同順位の中国第4位という好成績を収めている。ここで、ユニコーン企業とは、評価額10億米ドルを超える未上場企業のことである。2023年、ユニコーン企業は北京に最も多く79社が所在し、第2位の上海には66社、第3位の深圳には33社、第4位の杭州および広州には22社ある。なお、企業価値では第1位の北京に続き、杭州は中国第2位となっている。

 杭州のスタートアップ熱には、アリババの存在が大きい。世界最大級のユニコーン企業「アント・フィナンシャル」を筆頭に、杭州にはアリババが出資する数々のベンチャーが、一大IT経済圏を形成している。その結果、2022年の「メインボード上場企業」で、杭州のIT企業数は中国第4位と高い成績を誇っている(詳しくは【ランキング】中国IT産業スーパーシティはどこか?を参照)。

幸福感溢れる「茶の都」


 杭州は「茶の都」としても名高い。西湖周辺の龍井村を産地とする最高級緑茶「龍井茶」は古くから中国十大銘茶の一つに数えられている。清の乾隆帝が西湖で龍井茶を賞味し、その味を絶賛したエピソードが有名である。毛沢東も周恩来も龍井茶を愛飲し、外国の賓客へのプレゼントにしばしば選んだことで、世界に名を広げた。

 杭州のお茶がおいしい理由の一つは、同地の「水」にある。杭州には西湖に代表されるように水源が豊かで、泉も多い。地元の「虎跑」泉などの名水で入れた龍井茶が贅沢の極みとされている。中国都市総合発展指標2022によると、杭州の年間降水量は約1,500ミリで、「降雨量」は中国第40位である。また、年間平均気温は16℃、茶樹の成長には適した気候である。茶葉が芽を出し続け、摘み取り時期も長く、摘み取り頻度が高いとされる。中でも、春の「清明節」(春分の日から15日後にあたる祝日)の直前に摘む一番茶が最高級で、時の皇帝への献上品とされていた。

 杭州は古くは南宋の都として栄え、江南の美と贅沢を育んだ。国内有数の美術大学の1つ「中国美術学院」がある。美食都市としても名高い。中国都市総合発展指標2022によると、杭州は、「社会」大項目のうち、「世界遺産」は第2位、「海外高級ブランド指数」は第4位、「無形文化財」「海外飲食チェーンブランド指数」「1万人当たり社会消費財小売消費額」は第5位と好成績を誇る(詳しくは【ランキング】誰がラグジュアリーブランドを消費しているのか?を参照)。「経済」大項目においても、「トップクラスレストラン指数」が第6位となっている。

 中国国家統計局と中国中央電視台(CCTV)は毎年、全国から「中国幸福感都市」を10都市選んでいる。杭州はその中で選出累積回数が最多で、中国の「幸福感」ナンバー1都市である。

2023年・第19回杭州アジア競技大会が開催


 アジアのスポーツの祭典「アジア競技大会(アジア大会)」が、2023年9〜10月に杭州で開催された。当初、当大会は2022年に開催される予定であったが、新型コロナウイルスパンデミックの影響で、開催予定が引き伸ばされた。中国では1990年の北京、2010年の広州に次いで3度目の開催となる。

 杭州では2017年から大会組織委員会が本格的に稼働しはじめ、「グリーン・スマート・節約・マナー」の開催理念のもと、インフラ整備をはじめ、大会準備が着々と進行している。

 中国都市総合発展指標2022によると、「スタジアム指数」は中国で第21位、「文化・スポーツ・娯楽輻射力」は第6位となっている。杭州はアジア大会を契機にスポーツ都市としての飛躍を目指している。

 2018年のアジア大会で話題となった競技は多数あったが、特に注目されたのは「eスポーツ」であった。eスポーツとはオンラインゲームの総称であり、格闘ゲーム、シューティング、戦略ゲーム、スポーツゲームなど、ジャンルは多種多様である。2018年大会ではあくまで公開競技としてのみの採用だったが、2023年の杭州大会では、eスポーツの公式種目化が実現し、大会の一つの目玉となっている。アリババホームタウンの杭州で、eスポーツの新たな歴史の幕が開ける。

G20杭州サミットと進むコンベンション産業


 2016年9月、20カ国・地域(G20)首脳会議「G20杭州サミット」が杭州で開催された。2日間にわたり、「革新、活力、連動、包摂の世界経済構築」をテーマに、多岐にわたった議論が各国の参加者の間で交わされた。

 コンベンション産業の経済波及効果は大きく、現在では世界各国がその産業育成に力を入れている。中国政府も、同国を国際コンベンション大国にまで成長させる目標を掲げている。「G20杭州サミット」の開催はその最たる動きである。

 国際見本市連盟(UFI)のレポート『UFI World Map Of Exhibition Venues 2022 Edition』によると、中国の施設屋内展示面積はすでに米国を抜いて世界第1位になった。施設屋内展示面積(2022年末)において、中国は213施設で約1,022万平方メートルとなり世界シェアは25.2%である。アメリカは305施設で約694万平方メートルとなり世界シェア17.1%となっている。中国の面積規模はアメリカの約1.5倍となっている。上位5カ国(中国、米国、ドイツ、イタリア、フランス)が、世界の屋内展示場面積の60%以上を占める。なお、日本は、13施設で約45万平方メートルと世界ランキングで第16位で、中国と日本の規模は約22.7倍の差が開いている。一方、中国のコンベンション産業の発展には会場施設の過剰、低稼働率などの問題も指摘されている。

 中国都市総合発展指標2022によると、杭州の「展示会業発展指数」は中国第6位、「国際学術会議」は第11位となっている。

 杭州市政府は、「第19回アジア競技大会」開催を契機に、観光、レジャー、コンベンションをツーリズム産業発展の三大エンジンとする政策を打ち出し、コンベンション都市としての発展を目指している。


【成都】美食とエンタメを満喫できる内陸メガシティ【中国都市総合発展指標】第5位

中国都市総合発展指標2022
第5位



 成都は3年連続で総合ランキング第5位を維持した。

 「社会」大項目で成都は第4位であり、前年度の順位を維持した。3つの中項目の 中で「伝承・交流」は第5位、「ステータス・ガバナンス」は第6位、「生活品質」は第7位であった。小項目から見ると、成都の「居住環境」は第3位、「社会マネジメント」は第4位、「文化娯楽」「人的交流」は第5位、「生活サービス」は第6位、「都市地位」は第9位と、9つの小項目のうち、半数以上の6項目がトップ10位内にある。なお、「人口資質」「消費水準」は第12位、「歴史遺産」は第16位であった。

 「経済」大項目で成都は第5位であり、前年度より1つ順位を上げた。3つの中項目の中で「都市影響」は第5位、「発展活力」は第7位、「経済品質」は第8位であった。小項目では、「広域輻射力」は第4位、「ビジネス環境」「都市圏」は第5位、「開放度」は第6位、「経済規模」「広域中枢機能」は第7位、「経済構造」「イノベーション・起業」は第8位と、9つの小項目のうち、1項目を除いた8項目がトップ10位内にある。なお、「経済効率」は第63位であった。

 「環境」大項目で成都は第13位とり、前年度より順位を大きく上げる結果となった。3つの中項目の中で「空間構造」は第10位と良好であるが、「環境品質」は第51位、「自然生態」は第94位と順位が落ち込んでいる。小項目では、「交通ネットワーク」「都市インフラ」は第7位、「環境努力」「資源効率」は第9位と、9つの小項目のうち、4項目がトップ10位内にある。トップ10以下は、「コンパクトシティ」が第14位、「自然災害」が第58位、「気候条件」は第112位であった。第103位の「水土賦存」、第224位「汚染負荷」は、いずれも全国平均を下回った。

 成都は、社会や経済と比較すると環境の成績は少し劣るものの、西部地域で最も成長する都市として近年順調に総合順位を上げてきている。


■ 西部大開発の拠点都市


 四川省の省都・成都は、四川盆地西部に位置し、快適な気候と自然資源に恵まれ、四川省の政治、経済、文化、教育の中心地となっている。2300年の歴史を持ち、古くから「天府の国」と呼ばれている。成都は、四川料理の本場、パンダの生息地、「三国志」の蜀漢の都として日本でも知られている。

 同市の面積は約1.2万 平方キロメートルで新潟県とほぼ同じ大きさである。同市は、現在は「西部大開発」の主要な拠点都市と位置付けられ、「一帯一路」や「長江経済ベルト」など国家戦略の重要な拠点として期待されている。

 ここで、「西部大開発」とは、中国政府が2000年に策定した国家戦略であり、中国の内陸部に位置する西部地域の経済発展を促進し、東部沿海部との経済・社会格差を縮小することを目的としている。この政策は、中国西部の12省・自治区・直轄市を対象としており、「西電東送」、「南水北調」、「西気東輸」、「青蔵鉄道」の四大プロジェクトが主体となっている。この政策により、西部地域のインフラ整備や投資環境の整備、科学教育の発展などが進められ、現在でも継続している。また、大開発は経済発展を沿海部から内陸部へ及ぼす内需振興と同時に、内陸部の余剰雇用の吸収、少数民族地域の安定など社会不安を解消するねらいがあるとされている。

 西部開発政策の下でインフラ整備を進めた結果、成都は「空港利便性」が中国第5位(詳しくは【ランキング】中国で最も空港利便性が高い都市はどこか?〜2020年中国都市空港利便性ランキングを参照)、「鉄道利便性」は第15位となっている。近年の成都の躍進は、インフラ整備が1つの大きな要因となっている。高速道路、鉄道や空港の整備により、広域アクセスが向上し、観光客やビジネス客が容易に訪れることができ、交流経済が活発化しただけでなく、都市間や国際間の物流・貿易も容易にしている。上海等に代表される臨海都市とは異なる内陸メガシティ発展パターンを見せる。

 2022年に成都の常住人口は約2,127万人に達し、中国第4位の規模を誇るメガシティである。「農民工(出稼ぎ労働者)」の主要な流出地である四川省は、同省に属する地級市の18都市中、実に16都市が「人口流出都市」である。その純流出人口は、2021年で合計約1,249万人以上にのぼる。これに対して、同省成都は中国第6位の「人口流入都市」であり、現在約574万人もの非戸籍人口を外部から受け入れている。成都のGDPは四川省全体のGDPのおよそ4割を占め、同省の経済・人口ともに成都に一極集中している。四川省の将来は成都が担っていると言っても過言ではない(中国の人口移動について詳しくは【ランキング】中国メガロポリスの実力:〈中国都市総合発展指標〉で評価を参照)。

■ 都市ブランド構築アクションプラン「三城三都」


 成都は独自の都市ブランドアクションプラン「三城三都」を推し進めている。「三城」とは文化都市、観光都市、スポーツ産業都市を指す。「三都」とは、グルメ都市、音楽都市、コンベンション都市である。2017年に発表されたこのプランは、ソフトパワーを向上させるものである。

 「三都」のひとつ、グルメといえば中国四大料理の「四川料理」であり、これは日本でもなじみが深い。成都は四川料理の発祥地であり、ユネスコに「アジア初めてのグルメ都市」と称された美食の街である。中国都市総合発展指標2022によると、「経済」大項目の指標「レストラン・ホテル輻射力」において中国第4位の成績に輝いている。また、四川料理以外にもマクドナルド、ケンタッキー、ピザハット、スターバックス、ハーゲンダッツなど海外の飲食チェーン店も多く、同指標の「海外飲食チェーン指数」でも中国第9位にランクインした。

 成都は時間が止まったような、ゆったりとした都市である。喫茶店でお茶を飲みながら雑談や麻雀を楽しむ光景がいたるところで見られる。喫茶店は1万軒を超え、スターバックスの数も中西部地区で一番多い。

■ スポーツ産業都市


 上記「三城」の1つ、スポーツ産業も好調である。中国都市総合発展指標2022によると、「経済」大項目の指標「文化・スポーツ・娯楽輻射力」は、中国第3位にランクインした。

 同市では、スポーツ産業の発展を加速させるために、「成都サッカー改革発展実施計画」、「成都万人フィットネス実施計画」などの政策を相次いで発表し、資金提供、選手の育成、有名スポーツ企業の誘致など、様々な施策を打ち出している。

 また、「成都スポーツ産業活性化発展計画(2020−2025年)」では、同市のスポーツ産業の規模をさらに現行の倍以上の1,500億元(約3兆円、1元=20円換算)へと目標を定めている。

 成都に限らず、中国ではスポーツやフィットネスに対する意識は大幅に高まっている。スポーツ産業は、都市経済はもちろん、都市の魅力やライフクオリティ向上の面でもその重要性を増している。

■ 国際コンベンション都市


 「三城三都」のうち、「三都」の1つはコンベンション都市だ。中国都市総合発展指標2022によると、成都は、「社会」大項目の指標「国際会議」ランキングは、前年度とより順位を上げ中国第1位に輝いている。同項目の指標「コンベンション産業発展指数」ランキングも、前年度と引き続き中国5位を維持している。

 この躍進ぶりは「三城三都」の政策効果が大きい。現代の経済・文化交流において、コンベンション産業は非常に重要な役割を担っており、経済発展に大きな影響を与えている。成都市政府は、同市を国際コンベンション都市にするため、さまざまな政策を打ち出している。

 同市博覧局は2020年、全国初となる「展示活動管理規範の協調防疫対策」を発表し、大規模展示会の開催における感染症対策マニュアルを示した。2021年には、展示会開催に大規模な補助金を設け、2022年の「国際会議展覧都市成都建設第14次5カ年計画」では、2025年までに、成都を世界に冠たる国際コンベンション都市に成長させると明言している。市政府は、コンベンション産業市場を1,600億元(約3.2兆円)にまで成長させる目標を定めている。主要な展示活動の数は1,200以上、総展示面積は1,450万平方メートル以上との数値目標を掲げている。

■ 成都ハイテク産業開発区(高新区)


 「西部大開発」の拠点都市として成都は重慶と同様、市内に国家級のハイテク産業開発区や経済技術開発区などが置かれ、中央政府関係部門からのさまざまなサポートを受け重点的に産業が集積されている。重慶は従来から自動車、石油化学、重電などの重厚長大型産業が集中している。これに対して成都には電子産業、製薬・バイオ産業、IT関連産業などが集積している。

 「成都ハイテク産業開発区」が1988年に発足し、1991年には国家級開発区に認定された。同開発区は成都市の西部と南部に位置する二つの地域からなり、総面積は130平方キロメートル(山の手線内の面積の約2倍)で、そのうち南部地域が87平方キロメートル、西部地域が43平方キロメートルである。南部地域には金融、ソフトウェア開発、BPO関連のサービスを提供する企業が集積し、西部地域はエレクトロニクス産業、バイオ医学産業、IT関連産業などの企業が進出している。同開発区の域内総生産はすでに成都市の約30%を占めている。

 同開発区に支えられた成都の発展は、本指標でその成果を見ることができる。中国都市総合発展指標2022では、「科学技術輻射力」は中国第10位、「IT産業輻射力」は第6位、「創業板・新三板上場企業指数」は第7位、「特許取得数指数」は第13位となっている。

■ 宵越しの金は持たない一大消費都市


 成都は歴史的に消費が盛んな都市である。「宵越しの金は持たない」という成都人気質は、本指標にも顕著に表れている。中国都市総合発展指標2022では、成都の「平均賃金(都市・農村部全体)」は中国第38位(都市部は第10位)であり、決して突出した状況ではないにもかかわらず、「映画館消費指数」は第4位(詳しくは【ランキング】世界で最も稼ぐ映画大国はどこか? 〜2021年中国都市映画館・劇場消費指数ランキングを参照)、「卸売・小売輻射力」に至っては第3位である。また、「美食の都」と評されるような豊かな食の文化と消費力が合わさった結果、「トップクラスレストラン指数」は第4位、「飲食・ホテル輻射力」も第4位となっている。成都人はファッション感覚にも優れ、世界から相次ぎ同市に進出した高級ブランドにも飛びつき、「海外高級ブランド指数」では上海、北京に次ぐ第3位に躍り出ている。

 豊かな土地にゆったりと過ごす価値観を持つ成都の人々は、蓄えることより消費を好む社会を築いている。この旺盛な消費市場を狙い、日系を含む外資サービス産業の進出が相次いでいる。 


【広州】世界に誇る交易都市【中国都市総合発展指標】第4位

中国都市総合発展指標2022
第4位



 広州は7年連続で総合ランキング4位を獲得した。

 「社会」大項目で、広州は6年連続中国第3位であった。中項目の「ステータス・ガバナンス」「伝承・交流」「生活品質」は、いずれも第3位となった。小項目から見ると、「都市地位」「文化娯楽」「人的交流」「消費水準」「生活サービス」は揃って第3位、「人口資質」「居住環境」は第4位と、9つの小項目のうち、7つの指標がトップ5に入った。なお、「歴史遺産」は第21位、「社会マネジメント」は第22位と、全国平均を上回るものの、順位は他の7項目と比較すると目立たない。

 広州の「経済」大項目は、7年連続で中国第4位を維持した。3つの中項目の中で「経済品質」「発展活力」「都市影響」は、いずれも第4位となった。9つの小項目のうち、8つの指標がトップ10に入り、その中でも「ビジネス環境」「広域中枢機能」が第3位と優れ、「イノベーション・起業」は第4位、「経済規模」「経済構造」「開放度」「広域輻射力」は第5位となった。なお、「都市圏」は第6位、「経済効率」は第29位となっている。

 「環境」大項目で広州は、2年連続で第3位を維持した。3つの中項目指標 の中で「空間構造」は第4位を維持したものの、「環境品質」は第15位となり、「自然生態」は第21位に甘んじた。小項目から見ると、「コンパクトシティ」は第3位、「資源効率」「交通ネットワーク」は第4位、「都市インフラ」は第10位と、4項目はトップ10入りしているものの、「環境努力」は第19位、「気候条件」は第20位、「汚染負荷」は第89位に留まった。「自然災害」は第163位、「水土賦存」は第227位と、いずれも全国平均を下回った。

 広州は、ごく一部の小項目が全国平均を下回っているものの、環境・経済・社会の各項目の成績は非常に高く、トリプルボトムラインのバランスもよく取れている。


■ 開放感溢れる貿易都市


 広東省の省都である広州は、同省の東南部、珠江デルタに位置し2000年以上にわたり交易の中心地として繁栄してきた。特に明朝と清朝では数百年にわたって中国対外貿易の唯一の窓口で、世界最大の貿易大国を支えた。

 新中国建国後もその交易機能を活かし、厳しい国際環境のなか1957年に始まった広州交易会(中国輸出商品交易会)は一時、中国の輸出の半分までを稼いでいた。

 広州の2022年GDPは2.88兆元(約57.6兆円、1元=20円換算)に達し、前年比1.0%の伸びを実現した。これは、北京、上海、深圳、重慶に続き中国第5の経済規模である(詳しくは、【ランキング】世界で最も経済リカバリーの早い国はどこか? 中国で最も経済成長の早い都市はどこか?を参照)。

 2022年広州の常住人口は約1,873万人で、中国第5位となっている。改革開放後、広州は外部から多くの人口を受け入れてきた。広州の戸籍を持たない常住人口、いわゆる「流動人口」は約870万人に達し、中国第3位の規模である。

■ 珠江デルタメガロポリスの交通ハブ


 中国政府は広州を中国の重要な総合交通ターミナルと位置づけている。中国都市総合発展指標2022における陸・海・空の交通パフォーマンスはいずれも全国トップクラスの成績を収めている。

 鉄道・道路において、「鉄道利便性」は中国で第2位、「道路輸送指数」は同第5位である。なかでも、広州南駅は中国最大クラスの旅客輸送量を誇る鉄道駅であり、北京―広州高速鉄道、広州―深圳―香港高速鉄道をはじめとした鉄道網の重要なハブ駅となっている。中国の国家戦略「一帯一路」は、広州を国際貨物輸送ハブとし、粤港澳ビッグベイエリアはもちろん、東南アジア、中東、さらには欧州向けの一大交通拠点になることを目指している。

 市内の交通インフラ整備は進み、2021年末には市の地下鉄営業距離が合計622キロメートルに達した。この距離は中国で第4位である。

 港湾では、「コンテナ港利便性」が中国で第6位、「コンテナ取扱量」が年間2,460万TEU(20フィートコンテナ1個を単位としたコンテナ数量)で、中国第6位、世界第5位である(詳しくは、『【ランキング】世界で最も港湾コンテナ取扱量が多い都市はどこか?を参照)。

 2018年4月には、広州白雲国際空港の第二ターミナルが運用開始した。同新ターミナルの総面積は65.9万平方メートル(羽田国際空港の約2.8倍)、カウンター数は339カ所。2022年に広州白雲国際空港の利用客2,611万人にのぼり、北京首都国際空港、上海浦東国際空港を抜いて中国第1位となった。郵便貨物取扱量は188万トンに達し、中国で第2位である。中国都市総合発展指標2022でも広州の「空港利便性」は全国第2位である(詳しくは【ランキング】中国で最も空港利便性が高い都市はどこか?を参照)

■ ずば抜けた都市輻射力


 省都としての広州市は、文化、生活、教育などの面で周辺地域にさまざまな都市機能を提供している。珠江デルタメガロポリスの二大中心都市である広州と深圳の「輻射力」を比較すると、広州の優位性が明らかである。

 例えば、「医療輻射力」では広州が中国第2位であるのに対して深圳は同21位である(詳しくは【レポート】新型コロナパンデミック:なぜ大都市医療能力はこれほど脆弱に?を参照)。

 また、「高等教育輻射力」では、広州が中国第4位に対して深圳は同36位。文化・スポーツ・娯楽輻射力」では、広州が中国4位、深圳が同7位となっている。いずれの分野でも広州がより高い順位を獲得している(詳しくは【レポート】中日比較から見た北京の文化産業を参照)。

 このように、広州は交通インフラ、経済規模、人口規模、教育文化輻射力などの面で優れ、珠江デルタメガロポリスの発展を牽引している

■ 粤港澳ビッグベイエリア発展が加速


 中国政府は2019年2月に、現在推進中の粤港澳大湾区(広東省・香港・マカオ・ビッグベイエリア)構想の発展計画綱要を発表した。これは中国で初めて香港とマカオを国の地域発展計画に組み入れたものである。同計画は2035年までの長期計画で、対象都市は香港・マカオの2特別行政区と広東省9都市(広州、深圳、珠海、佛山、惠州、東莞、中山、江門、肇慶)の合計11都市となっている。

 ビックベイエリアの総面積は5.6万平方キロメートルで、ニューヨーク、サンフランシスコ、東京大都市圏の3つの都市圏を合わせた面積よりも大きい。ビッグベイエリアのGDP総額は2022年、約13.0兆元(約260兆円)に達し、その経済力はすでにイタリアの名目GDPを上回り、世界第8位の規模に当たる。

 ビッグベイエリアは「世界の工場」として、中国で最も開放的で活気に満ちた地域である。産業の発展が加速する中、人口集積も進み、現在の総人口は約8,600万人を超えている。

 同計画における広州、深圳、香港、マカオの4つの中心都市の位置づけはそれぞれ異なる。広州は、「国際経済センター」「総合交通ハブ」「科学技術・教育・文化センター」として位置づけられている。

 世界最大のベイエリア構想がどう実現していくか、その行方を世界が注目している。

■ 広仏都市圏の形成


 中国都市総合発展指標2022総合ランキング第4位の広州と同23位の仏山は、地理的に隣接し、その人口密集エリアもかなり絡み合っている。行政区画は異なっていても人口密集エリアにつながりのある点で、東京都と千葉、神奈川、埼玉各県との関係に似ている。

 中心都市として発展してきた広州と、製造業を中心に成長してきた仏山との一体化は現在進んでいる。

 周牧之教授は、早くから広州と仏山を1つの都市圏として整備していくべきだと提唱していた。しかし、つい最近まで中国では都市圏の概念もなく、そういった政策もなかった。

 中国国家発展改革委員会は2019年2月19日、「現代化都市圏の育成発展に関する指導的意見」を公布し、初めて都市圏政策を打ち出した。これを追い風に、広州と仏山は行政区域を超えた1つの都市圏としての形成が期待される。

 広州と仏山を「広仏都市圏」として捉えた場合、その面積は11,232平方キロメートルで、東京大都市圏(一都三県)の8割程度の大きさになる。その経済規模は、2022年で約4.15兆元(約83.0兆円)となり、深圳を超えて北京とほぼ同等の中国第3位となる。また、常住人口規模は約2,829万人となり、上海と北京を超えて第1位になる。

 広仏都市圏の一体化は、地域経済の活性化やインフラ整備、産業の高度化に寄与し、広東省や粤港澳ビックベイエリア構想の重要な要素となると期待されている。

■ 一大国際コンベンションシティ


 1957年から始まった「広州交易会(中国輸出入商品交易会)」は、当時中国の輸出の半分を稼ぎ出し、新中国経済の救手になっていた。

 広州は今も中国でコンベンション経済が最も活発な都市の1つである。中国都市総合発展指標2022で、広州は「社会」大項目の「国際会議」「コンベンション産業発展指数」で中国第3位の成績を誇っている。

 コンベンション産業は、様々なコンテンツを網羅した高収益の交流経済である。会議、イベント、展示会、フェスティバルは、都市にさまざまな利益をもたらす。

 しかし、新型コロナウイルスパンデミックは、国際コンベンションの開催に大きな影響を与えた。2020年以降、多くの国際会議が延期、中止、またはオンライン開催へと切り替わった。国際会議協会(ICCA)によると、2019年に世界で13,269件開催された国際会議は、2020年は763件、2021年は534件と急激に縮小した。

 「広州交易会」も例外ではなかった。2020年はオンライン開催となった。ハイテクを駆使し、仮想現実(VR)の展示が世界各地で閲覧できたことで、出展者を維持した。こうした新しい試みは、広州交流経済の新たな展開にもつながるだろう。

■ ECの一大拠点都市


 広東省の越境EC(電子商取引)市場は、持続的かつ急速な成長を遂げている。2015年から2022年にかけて、広東省の越境EC取引の輸出入額は148億元(約2,960億円)から6,454億元(約12.9兆円)へと増加し、その規模は約43倍にも拡大した。また、この期間の年平均成長率は72%に達し、全国の越境EC取引規模の31%を占めるに至った。

 この急成長の中心にあるのが、広州である。2013年に「国家越境電子商取引サービス試験都市」としての指定を受けて以来、広州の越境EC取引の輸出入額は93倍に増加し、2022年には1,376億元(約2.8兆円)に達し、初めて千億元の大台を突破した。

 現在、広州に位置する白雲国際空港や南沙港は、天猫、京東、唯品会、アマゾン、小紅書、得物、洋葱など、一流の越境EC企業を引き寄せており、越境EC関連企業は1,200社を超え、世界的に見ても顕著な越境EC産業の集積地を形成している。

 2022年、広州の「卸売・小売業輻射力」は中国で第5位となったが、特にECを通じた小売総額は2,518億元(約5.0兆円)に達し、前年比で13.4%の増加を見せている。このECの急速な発展は、広州の宅配業にも大きな影響を与えており、2022年の宅配業務量は101.31億件に達し、浙江省金華(義烏を含む)に次ぐ国内第2位の成果を上げている。

 ECが地域経済に与える影響は顕著であり、広州は今後も中国、さらには世界の越境EC市場におけるリーダーシップを拡大していくことが期待されている。


【対談】岸本吉生 Vs 周牧之(Ⅳ):相互依存をどう考えるか

2018年7月19日「『中国都市ランキング−中国都市総合発展指標』出版記念パーティ」にて、前列左から岸本吉生、中井徳太郎(環境省総合環境政策統括官)、清水昭(葛西昌医会病院院長)(※肩書きは2018年当時)

■ 編集ノート:

 岸本吉生氏は経産官僚として、経済産業省環境経済室長、中小企業庁経営支援課長、愛媛県警察本部長、中小企業基盤整備機構理事、九州経済産業局長、中小企業庁政策統括調整官、経済産業研究所理事を歴任し、幅広く経済産業政策を研究し、推進した。現在、ものづくり生命文明機構常任幹事。

 東京経済大学の周牧之教授の教室では、リアルな学びの一環として第一線の経営者やジャーナリスト、官僚らをゲスト講師に招き、グローバル経済社会の最新動向を議論している。2023年1月5日、岸本吉生氏を迎え、講義をして頂いた。

(※前半はこちらから)


■ 相互依存が最も富を生む


岸本吉生1980年代と1990年代のキーワードは、相互依存だった。ソビエト連邦が崩壊し、中国は改革開放路線を取り、世界で社会体制の対立はなくなるとされた。体制を巡る闘争はなくなるから、世界が目指すべきは経済関係の相互依存で、相互依存が深まれば、核兵器もいらない、お互い豊かに平和になれる、と信じられていた。

 相互依存を最も果敢にやった国は欧州だ。EUは最初6つの国から始まり、12カ国に増えた。イギリスがその後入り離脱した。

 北米では北太平洋自由貿易協定(NAFTA)が締結された。東南アジア諸国連合(ASEAN)も自由貿易地域の設立を宣言した。相互依存の枠を1990年代から2000年代にかけてどんどん作り、近い人とはより強力に、遠い人とも諍いなく関係を深化させようとした。

 日本では経済安全保障法が制定された。自国が生産しない物が輸入できなくなると、国の運営に関わる。自分で作る力を持つ或いは確実に輸入できる手段を作る。そのキーワードは輸出からサプライチェーンへの転換だ。相互依存の時代は輸出は自分の所得になるからそこに力点を置いていた。今は、輸入が途絶えたらどうするかに政策の力点を置いている。

周牧之:1990年代、私は中国で「開発輸入」を提唱した。これは、後の政策を大きくシフトさせたコンセプトだ。当時、中国でこのまま経済成長や都市化が進むといずれエネルギーや食糧は足りなくなると考え、安全保障の概念が非常に強かった。足りないから輸入したいがエネルギーや食糧輸入はさまざまな理由から不安定だ。輸入に頼ってはいけないというムードが強かった。そこで「開発輸入」だと主張し、「ユーラシアランドブリッジ構想」をぶち上げた。同構想はカスピ海から中国沿岸部に至るガス・石油パイプライン、鉄道、高速道路、光ファイバー網の整備を含み、主な目的は、中国そして東アジアの発展に必要なエネルギー資源や食糧の安定供給を図り、来るべき世界の需給ひっ迫を緩和することであった。

 開発輸入することで相互のベネフィットは固くなる。安定的な輸入ができる。当時そのコンセプトは中国であまり知られていなかった。一生懸命に話しをして徐々に普遍的になった。1999年4月1日、私は『現代版「絹の道」、構想推進を―欧州から日本まで資源の開発・輸送で協力―』とのタイトルで日本経済新聞「経済教室」欄に記事を寄稿し、この構想を公開、国際的な注目を集めた。いま中国は、開発輸入事業が世界で最大になった。

岸本:そうだ。日本の石油自給率はゼロ、天然ガスもゼロ、鉄鉱石もゼロ、小麦と砂糖は10パーセントあるかどうか、銅はゼロ。石炭はゼロ、バナナもゼロ。日本は開発輸入の国で、必死でその努力をした。開発輸入は相互依存の基本だ。

周:そうだ。相互依存を進めることは、最大の安全保障だ。

岸本:いまは半導体、外貨、データ、鉱物資源、食物は、開発輸入では満足できないかもしれない。例えば今、銅の年間生産量は2400万トン。2030年の世界の需要が3000万トンと言われている。8年で600万トンの増産ができなければ、銅を使うのを諦める人たちが出てくる。銅が高くなって需要が減るから問題がないというのは、大学の教室の中の経済学の話であって、銅の値段がもし2割3割と上がったら困る。今だってみんな困っている。サンドイッチや自動車の値段が2割も3割も上がるのは困る。経済安全保障と開発輸入は、これからどうなるか。肝心なところに来ている。

周:忘れてはいけないのは相互依存の世界が、最も富が作れる世界だということ。それをやめてしまうこと自体、人類にとって最大のリスクといっていい。岸本さんは、一度私に電話をかけてきて、ロシアとウクライナの戦争について話をされ、相互依存は最大の安全保障だとおっしゃったことに、私は大いに賛同する。いまは相互依存を否定する論調が横行し、おかしな状況だ。

出所:周牧之『現代版「絹の道」、構想推進を―欧州から日本まで資源の開発・輸送で協力―』日本経済新聞、1999年4月1日。

勝者のない時代


岸本:アメリカとソ連は、軍事上の違いがある。ロシアの国境線は陸地で隣接している国がいくつもあり、相手国と緊張関係にある国はいくつもある。ロシアはいつまでたっても平和な配当をもらえない。

 アメリカの場合は、カナダもメキシコも武力を持っているかもしれないがアメリカと領土の脅威はない。国境は軍事的には脅威ではない。ソビエト連邦が崩壊した瞬間、平和の配当を世界が得た。

周:冷戦後、平和の配当を最も得た国は中国とアメリカだ。なぜかアメリカはこの平和の配当を否定しはじめている。

岸本:そうだ。「平和の配当」という言葉は、ゴルバチョフがソビエトを解体したときにアメリカが言い始めた。核兵器や軍事力を持つ意味がなくなり、それに費やしていた金を社会発展、産業発展に使うという思想だ。

周:もう一つ、平和の配当をたくさんもらった国はドイツだ。ドイツはロシアを身内に取り込み懸命に経済的利益を作ろうとした。今それ自体を否定しようとしていることが理解できない。

 冷戦の時代はソビエトとアメリカの指導者は、互いに緊張感があり敬意もあった。いまのアメリカのやり方を見ていると、危なくて仕方がない。何千発もの核弾頭を持っている国に対して、どこまでやるのか、と思う。核の時代は勝者がない。いまの時代が「勝者がない時代」であることを分かっていないのだろうか。

岸本:ロシアとウクライナの紛争が続いている。元は同じ国だった同士の戦争という意味では、1990年台のユーゴスラビアがそうだった。ロシアとウクライナの紛争は、他地域に軍事的な問題を波及しかねない。

周:外部の勢力が煽っている。

岸本:相互依存を深め、軍事的な問題を起こすまいとの国際的合意がかつてあった。「平和の配当」が言われた1990年代だ。ロシアとウクライナの紛争が始まったから、そうした時代は終わったという人がいる。終わったという人がいるから終わったと思うのか、そう思わないのか。私たち次第だ。

 周先生が「過去をどう見て、未来に投射する」と仰った。いろいろなものの見方があり、隣の人とは価値観が違う。自然観も一人ひとり違う。歴史観も違う。ある国、ある場所に住んでいれば自然と共通化するものもある。皆さんが80年間、同じ村に隣り合わせて住んだら歴史観や自然観が似てくるだろう。他人が聞いて、あなたの言う通りだと共感を呼ぶことが大切だ。

 同じことは二度とおきない。しかし同じことを繰り返している。

周:歴史は人間が作り出すものだ。本質的に捉えると歴史は時代や空間を超えて繰り返される。

岸本:だから歴史を学ぶことで、この辺に来るのではないかという大雑把なことはわかる。

ロシアのウクライナ侵攻で被害を受けた市街地

■ 通商産業政策は「任せる」が基本


岸本:今年度、兵庫県の甲南大学でアダム・スミスについて一年間の講座が開かれている。中村聡一准教授が指導官。1952年からの日本の通商産業政策をアダム・スミスの国富論を参照しながら論じてほしいとの依頼だった。『国富論(中公文庫、2020年)』の全2000ページを通読してみた。300年前、アダム・スミスは通商産業政策を明快に提唱していた。通商産業政策は、幾つもの選択肢があり、どのあり方が国の富を増やすかを論じている。当時、イギリス、フランス、オランダ、スペインなどの王国が競争していた。植民地争いで負けないために国家の財政を豊かにしようと切磋琢磨していた。輸出を増やし、輸入を減らす方法論を競っていた。重商主義の時代だった。アダム・スミスはイギリス、フランス、スペイン、オランダの競い合いを見て、イギリスがこのゲームに勝つにはどうしたらいいか日々考え、書き連ねた。それが『国富論』だ。

 彼は提言は三つある。一つ目は、商売は、王様や官僚にはわからないのだから、商人に任せて好きにやってもらおう。国が許可した特別の商社を設けること、輸出入を政府の許可制にすることはやめた方がいい。

 二つ目は、商人が仕事をしやすくなるためにビジネスインフラを整備する。裁判制度、外国為替制度といった制度は、政府が責任を持つ。

 三つ目は、一般の民間人を徴兵するのはやめて軍隊を持ち、国が職業軍人を雇って軍隊を創設しよう。

 アダムスミスの提言の一部は通商産業政策、一部は社会政策だ。インターネットで詐欺をする人がいるから、インターネット詐欺防止法を作るというのは、通商産業政策、社会政策どちらの面もある。規制が強すぎると個人の創意工夫が削がれてしまう。

周:バランスは政策のミソだ。先ほどの経済安全保障政策と相互依存政策の関係もそうだ。

アダム・スミス

■ SNSが誰一人残さない社会を引き寄せる


岸本:誰ひとり取り残さないことを政策として標榜する日本の役所は、デジタル庁だ。日本の全ての省庁が、誰一人取り残さないためにある。

 SNS社会は、誰一人取り残さないことと深く連動している。どんな境遇にいてもSNSがあれば他人とコミュニケーションできる。知らない人から来たメッセージに返信できるのがSNSの強みだ。SNSは誰一人取り残さない社会を引き寄せる力がある。

 この10年で10回ぐらい中東に出張した。中東の男性はひげがあり、女性はベールで顔が見えない。すんなり仲良くなったわけではないが、中東の人は驚くほど日本人に親しみを持っている。イスラム教といえばアラーの唯一の神を拝み、超越した存在と個人とが対話をしていると考えがちだが、彼らもご先祖様を数珠で拝み、母親孝行を何より大切にしている。中東の文化と日本文化に通じるものがあり、通商文化交流の将来性を感じている。

 中国と日本もそうだ。懐かしいものが目の前に現れるという経験は、中国を訪れる日本人、日本を訪れる中国人が等しく経験することだ。

周:私は国際結婚をしていまして、妻とは互いを外国人だと思ったことがない。

岸本:あーやっぱり。

周:私の親友は、今は日本人にも中国人にも大勢いる。昔、日本にはいろいろな国があった。中国にもいろいろな国があった。ヨーロッパだって現にいろいろな国がEUになり統合していく最中だ。我々はもっと大きなスケールで物事を考えた方がいい。

岸本:そうだ。ジョンレノンさんの「イマジン」は、世界はわかり合えるという歌だ。私はそのことに子供の頃から憧れた。きっかけは8歳の時、大阪万博に何度も通ったことだ。インド人、ドイツ人、アメリカ人、世界中の人がいた。世界がこんなに繋がる時代になり、自分が20歳の頃にはもっと世界中から人々が日本に来るだろう。世界中に行く仕事をしようと私は思った。その頃ベトナム戦争があった。世界平和のために関わりのある仕事に就きたいと思っていた。

 これからはSNSの時代だ。個人の発するメッセージ、データによって互いの感覚で分かり合える。イマジンの歌詞の願いが叶う日は近くまで来ている。

周:但し、デジタル・ディバイドの問題があり、SNS時代の恩恵に預かれる個人格差や世代格差がある。そこを如何に解消していくかが大きな問題だ。

ジョン・レノン

■ 客が喜んで金を払う商売、自分はつらくても頑張れる商売を


岸本:2018年からスタートアップのエコシステムを研究した。日本は世界で最もスタートアップが少ない先進国の一つだとされてきた。成長する社会では良い勤め先がたくさんあったし、大企業に就職した方が中小企業より良いという人が多かった。

 客は喜んでお金を払うのか、仕方がないから金を払うのか。喜んで金を払う客がいるなら、規模の大小は別でも商売にはなる。仕方なく払っている客が多ければ、もっといい売り手があれば客が移っていく。喜んでお金を払っているなら、客はよっぽどのことがなければ移らない。

 喜んでお金を払う客を作る方法はアメリカでは学校の教室で教えられる時代に入っている。ピーター・F・ドラッカーは、1940年台に自動車会社GMから、「会社をもっと発展させるため提案を書いてくれ」と言われ「あなたの会社はこのままでは駄目になる。なぜなら」と、いくつかの理由を書いた。過激な提案だったために出入り禁止になったが、同社はドラッカーが言ったことをやらざるを得なくなった。

ピーター・ドラッカー

周:1946年、ドラッカーはGMでの経験を題材に『Concept of the Corporation 』(邦訳『企業とは何か(ダイヤモンド社、2008)』)を刊行した。企業の存在意義は、社会的な目的、使命を実現し、社会、コミュニティー、個人のニーズを満たすことにあると提唱した。

岸本:顧客の喜びはどこにあるのか。顧客が喜び、かつ、あなたにとってそれが正しいことであれば、つらくても頑張れる。

 アメリカの100年前の映画『モダンタイムス』では、工場労働者が9時から5時まで黙々と仕事をした。今はコンピュータがあり、SNSもあれば、リモートワークもできる。クリエイティブな仕事をただで発信することができる。この仕事の時間と稼ぎの時間をどうデザインするか。そのときどきの仕事の時間から稼ぎが生まれるパターンが増える。お金にならないと思ってやっていることがビジネスになるかもしれない。

周:情報革命は人間という個体の創造力、コミュニケーション力を無限に伸ばした。スマートフォンの計算能力は20年前の大型コンピュータの数台分にも匹敵する。このような文明の力を活かし、世界とどう繋がるのか、どう富を増やすか。それは世界の相互依存をどう深めるのかにかかっている。

講義をする岸本氏と周牧之教授

プロフィール

岸本 吉生

ものづくり生命文明機構常任幹事

 1985年東京大学法学部卒業後通商産業省入省。経済産業省環境経済室長、中小企業庁経営支援課長、愛媛県警察本部長、中小企業基盤整備機構理事、九州経済産業局長、中小企業庁政策統括調整官、経済産業研究所理事、中小企業基盤整備機構シニアリサーチャー、中小企業庁国際調整官を経て現職。コロンビア大学国際関係学修士、日本デザインコンサルタント協会会員。

【対談】岸本吉生 Vs 周牧之(Ⅲ):格差是正を時代目標に

2023年1月5日、東京経済大学周牧之ゼミでゲスト講義をする岸本吉生氏

■ 編集ノート:

 岸本吉生氏は経産官僚として、経済産業省環境経済室長、中小企業庁経営支援課長、愛媛県警察本部長、中小企業基盤整備機構理事、九州経済産業局長、中小企業庁政策統括調整官、経済産業研究所理事を歴任、経済産業政策を幅広く研究し、推進した。現在、ものづくり生命文明機構常任幹事。

 東京経済大学の周牧之教授の教室では、リアルな学びの一環として第一線の経営者やジャーナリスト、官僚らをゲスト講師に招き、グローバル経済社会の最新動向を議論している。2023年1月5日、岸本吉生氏を迎え、講義をして頂いた。


■ 結党3度目の渾身の「決議」


岸本吉生:周先生と私は同い年で、同じ頃に大学を出て、ほぼ同じころに私は経済産業省、周先生は中国の機械工業省、日本でいう経産省に入った。もう20年以上のお付き合いになる。

 私が大学に入ったのは1981年で、語学の授業は中国語を選んだ。1000人の東京大学の文系学生のうち、中国語を履修したのは80人。8%の学生が中国語を選んだ動機は大きく二つに分かれていた。一つは、21世紀は中国の世紀になるから先行投資だという人。もう一つは、中国語を専攻すれば大学の友達と麻雀ができるという人(笑)。1981年は中国で改革開放が始まって3年目の頃だ。大学1年生の教科書の内容は、ほとんどが共産党と毛沢東のことだった。30年経って大学生に中国語が一番人気だった時期は、1000人のうち300人ぐらいが中国語を選んだ。時代は変わり、今はスペイン語が一番人気だと聞いている。

 SNSでもマスメディアでも、話題にのぼる国として中国は世界のトップ3に入る。アメリカの関心は相対的に下がったと感じる。音楽、政治、経済などさまざまがアメリカ中心だとしても、アメリカと中国の両方を見る時代になった。

 皆さんは周先生と勉強され、いろいろな感覚を身につけられたと思う。今日はまず習近平国家主席の「歴史決議」について話したい。

周牧之:「歴史決議」には意味がないという感覚の人が多い中、「歴史決議」を真剣に読み解いた方は私の周りでは岸本さんだけだ。

岸本:歴史決議に関心を寄せた理由はシンプルだ。1921年に中国共産党が結党して100年の間に、中国共産党の主席が渾身の力で書いた「歴史決議」は二つある。一つは1945年に毛沢東が書いた「若干の歴史問題に関する決議」。二つ目は改革開放をした鄧小平が1981年に書いた「建国以来の党の若干の歴史問題に関する決議」。結党100年目に習近平が書く歴史決議を楽しみにしていた。

 一昨年の11月20日に歴史決議が発表されると、日本ではNHKと読売新聞など何社かが短いニュースを流した。しかし3日経っても1週間経っても日本語の翻訳が出ない。全体の文章を誰も報道しない。中国に対する関心がないのか、中身が読むに値しないのか、訝しんでいたところ新華社通信が日本語で全文を発表した。A4版63ページ。私は3回読んだ。共産党の歴史は1回ではわからなかった。これは大変な文章だと思った。日本の公文書でここまで質の高いものはない。

 昨年の周先生の中国経済論のゲスト講義で、その全体について話をした。今回は全63ページを8ページぐらいに抜粋した。私の主観が入り、説明を省いてあるため、理解できないところがあるかもしれないが皆さんと一緒に考えたいことを抜粋した。

1945年「若干の歴史問題に関する決議」と1981年「建国以来の党の若干の歴史問題に関する決議」報告書

■ 経済と社会のバランスを重んじる


岸本:明確に思った一つは、共産党結党からの100年を振り返り、未来の50年を展望している点だ。日本の歴代の総理で、100年前を回顧し50年後を展望するロングスパンの文書を書いた人はいない。

 二つ目に、100年前、毛沢東は共産主義が必要だと考え闘争を始めた。100年前の課題は、民の貧困、社会の動乱、権力の腐敗で、これを是正するために、共産主義が必要だとした。何かを良くするためのものであった。習近平は、中国は世界一の発展途上国だと言う。国家の目標は共同富裕だとはっきり書いている。

 アヘン戦争にまみれた1840年代の清王朝当時、中華民族は欧米から劣った民族だと言われていた。そこから脱却するために中国が選んだ道は中華人民共和国だったと決議では明快に論じている。

 鄧小平の決議が出たのは1980年代だ。1960〜70年代、中国共産党が結党して50年ぐらいのころ、毛沢東政権は文化大革命という過ちを犯した。1920年ないしは国が出来たころ目指した方向を、時代に合わせて調整するのを怠ったためだ。その過ちを正すために、鄧小平がやった改革開放は間違ってないと、決議ははっきり言っている。その後の32年間の改革開放路線は間違ってない。今後も継続する。しかしそれだけでは足りない。

 ロシアを見ても中国を見ても国家体制の問題は根深い。ソ連が解体されてロシアは資本主義の国になった。中国以上に改革開放されたと言ってもよい。しかし社会の病理はある。どんな国にも社会の病理があるがロシアのようになってはいけないということだろう。社会的な問題を解決しながら改革開放を続ける。社会政策と自由経済政策のバランスをとる。それが中国共産党の課題だ。

鄧小平中国共産党総書記

■ 1980年代は自由主義経済が世界の潮流に


岸本:皆さんがまだ生まれていない1980年代、世界に3人の自由主義経済のリーダーが出てきた。この3人は、社会の安定は多少犠牲にしても経済の自由化が必要だと言った。西側諸国でも1970年代までは社会の安定にウエートを置いていた。1980年代に入り自由主義経済を推し進め政府の役割を小さくするのがいいとなった。

周:アメリカのレーガン、イギリスのサッチャー、そして中国の鄧小平に引っ張られ、自由主義経済がその時期の世界の潮流となった。

岸本:鉄鋼、電力、セメントなど重化学産業のウエートが高く、環境問題も、働く人の健康問題も酷かった。そこのバランスをとるための新しい産業が出てくる。コンピュータの出現で、情報化の時代になった。情報化で、小さい企業も成長できることになった。

周:当時は、社会主義の中国と、資本主義の日本、アメリカ、イギリスすべてが国営企業の改革をした。

岸本:それまでは、大きい企業は資本が足りず国から資本を投入していた。日本は1980年代、例えば電電公社がNTTへ民営化し、国有鉄道がJRへと民営化した。中国の国営企業も元気になった。

周:元気がないところは切り捨てられた。

岸本:自由と社会のバランスをどうとるかについては、この30〜40年間、いろいろなアプローチ、アイディアが出された。日本が20年前にやったのは、日本中にインターネットがただで使える環境を作った。光ファイバーを稚内から八重山諸島まで引いたのが20年ぐらい前。Wi-Fiを家に引いたらほとんどお金かからない。

 大学でベンチャーの社長になる人を育て始めたのもこの20〜30年だ。スタンフォード大学では、ビジネススクールを出て大企業へ入ったら「成績悪かったの」と言われる。教育内容を改め情報化社会で活躍する人作りを進めた。

マーガレット・サッチャー首相とロナルド・レーガン大統領

■ 30年間の中国の変化と新しい時代の目標設定


岸本:今の中国は民主主義の国ではないとする人もいるが、憲法を見ると民主主義でないわけではない。

周:中国はこの30年間は変わっていない、とアメリカの一部の人は言う。私は、中国は相当変わったと思う。

岸本:変わった。

周:なぜ変わらないと言われるのかわからない。

岸本:それは政権交代がないように見えるからだ。政権を選択する自由がない。

周:しかし、30年前の日本も同じことを言われた。政治改革をやり、小選挙区をやり、果たしてこれが正しかったのかどうか、非常に疑問を持っている。「歴史決議」の一番大事なところは総括と、新たなテーマ設定だ。

岸本:そうだ。

周:正しい総括と、正しい時代目標の設定が、いま中国の直面する課題だ。実際はアメリカも中国も日本も直面する問題は似ている。制度は民主主義だといっても、不平等、生活格差の問題がある。鄧小平時代は活力はあったものの富の分配に問題があった。共同富裕はそこを意識している。

岸本:習近平は、中国共産党ではエリート中のエリートだ。若いときには文化大革命で父とともに苦労され、共産党入党後は早くから大きな仕事をやってきた。だからある意味、苦しむ人の気持や、貧しい人の気持ちは、自分の体験として知っている。

周:毛沢東の教育を最も受けていた世代だ。文化大革命は何のためだったのか。私はいまこれに関する本を書こうとしているが、文化大革命の本質の一つは人作りだった。今の中国の指導者は、文化大革命の中で教育された世代だ。

 私の歴史観からすると、中国の改革開放が始まったのは1972年、ニクソン訪中と日中国交正常化があった年だ。新中国建国からそこへ持っていくまで相当時間がかかった。毛沢東のリーダーシップの元で世界が中国を受け入れた。今の北朝鮮は、世界に受け入れられないから苦しんでいる。

岸本:そうだ。

周:改革開放は6年後の1978年代に始まったというのが通説になっているが、毛沢東の偉大さを見落とし、鄧小平に改革開放の功績を全部持っていかれた故だ。

1972年2月、ニクソン大統領の中国訪問

■ 時代が決めた目標に応え、人民が採点


岸本:「決議」の抜粋の最後に、新時代の共産党101年目から150年まで、とある。中国共産党は結党以来の最盛期にあり、二つ目の100周年の奮闘目標、中長期的な目標に向けて歩き出した。何をすべきかは時代が決め、答えを書くのは共産党だ。採点するのは12億人の人民だ。これは建前かもしれないが、共産党の公式文書で明快に民主主義を謳っている。

周:本音で書いていると思う。

岸本:そうでなければ共産党が続くはずがない。

周:中国のリーダーは歴史評価を意識している。古来、中国の指導者は、皇帝も宰相も誰もが猛烈に意識するのが、後世に何を言われるのか、だ。

岸本:中国の普遍的な考えだ。中国が抱える課題は、12億人が素晴らしい生活をするために必要なものを供給できる社会だ。中華民族はずいぶん豊かになって発展したように見えても、需要と発展の不均衡があり「まだ道半ばで私達は世界最大の発展途上国」としている。経済成長が7%未満になったなど数字的な問題の先に課題があるとはっきり書いている。そのために次世代の育成をすると言う。清廉潔白で愛国心があり献身的で責任を果敢に負う次世代だ。そうした青年を育てるのは至極真っ当だ。

周:業績重視の幹部育成を非常に意識している。アメリカのように一期目の議員経験しかない人物が大統領になるのを幸せなこととは思えない。

岸本:そう思う。だから習近平も末端からのし上がた。引き抜き、飛び越えは一回もない。

 公式文書が拝金、享楽、自己中心、ニヒリズムの四つを打破すると言うのはインパクトがある。国家が人心に踏み込んでいる。

周:鄧小平、江沢民の時代は経済発展を優先した。

岸本:私も覚えている。習近平は経済優先はよくないと是正しようとしている。「歴史決議」にはいろいろな意味があるが、日本人の私からすると、この部分が一番強い印象を与える。

 習近平が目指しているのは助け合うことだ。助け合うから共同富裕に到達する。格差は社会主義で是正していく。清王朝を振り返ると、皇帝がいて民は貧しい階級社会、格差社会だった。共産党が国家を担い社会を指導もする方が良かったと思うか。

周:レーガン、サッチャー、そして鄧小平のリーダーシップで1980年代から始まった自由主義経済の推進が、経済の効率化やグローバリゼーションそしてIT革命を加速し、人類規模の富の生産拡大をもたらした。中国も一気に豊かになった。しかし格差の拡大が中国のみならずアメリカ、日本にも広がり、世界的な課題になっている。日本は一億総中流社会から格差社会になった。アメリカでは格差拡大により、トランプを大統領に押し上げた。 

講義をする岸本氏と周牧之教授

周:2010年、中国国家発展改革委員会の秘書長だった楊偉民氏をはじめとする政策当局の幹部を集め『第三の三十年』という本を出した。新中国の発展段階を1949年から1979年、1980年から2009年、2010年から2039年の三つの三十年に分け、政策目標の違いを明らかにした。この本では、第三番目の三十年において格差の是正を大きな目標とするべきだと主張した。

 中国はもちろんアメリカもヨーロッパも日本も、格差の是正が大きな課題となっている。

(※後半はこちらから)

周牧之、楊偉民主編『第三個三十年』

プロフィール

岸本 吉生

ものづくり生命文明機構常任幹事

 1985年東京大学法学部卒業後通商産業省入省。経済産業省環境経済室長、中小企業庁経営支援課長、愛媛県警察本部長、中小企業基盤整備機構理事、九州経済産業局長、中小企業庁政策統括調整官、経済産業研究所理事、中小企業基盤整備機構シニアリサーチャー、中小企業庁国際調整官を経て現職。コロンビア大学国際関係学修士、日本デザインコンサルタント協会会員。