【激論】周牧之・索継栓・岩本敏男・石見浩一・小手川大助:GXが拓くイノベーションインパクト

■ 編集ノート:東京経済大学は2024年11月30日、国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」を開催した。後援は北京市人民政府参事室。中国インターネットニュースセンターがメディア支援を担当した。
   福川伸次元通商産業事務次官、鑓水洋環境事務次官、岡本英男東京経済大学学長、楊偉民中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、中井徳太郎元環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、邱暁華中国統計局元局長、徐林中米グリーンファンド会長、田中琢二IMF元日本代表理事、周其仁北京大学教授、尾崎寛直東京経済大学教授をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、日中両国のGX政策そしてイノベーションへの努力などについて議論し、未来に向けた提言を行った。実行委員長は東京経済大学の周牧之教授が務めた。
   セッション2「GXが拓くイノベーションインパクト」では、周牧之教授、索継栓中国科学院ホールディングス元会長、岩本敏男NTTデータグループシニアアドバイザー・元社長、石見浩一エレコム社長・トランス・コスモス元共同社長、小手川大助大分県立芸術文化短期大学理事長兼学長・IMF元日本代表理事が日中両国企業の取り組みと成果を報告し、GX分野での日中協力について展望した。


【激論】周牧之・索継栓・岩本敏男・石見浩一・小手川大助:GXが拓くイノベーションインパクト
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東京経済大学国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」

周牧之:セッション1でのマクロ的な議論を受け、このセッション2では、ややミクロ的な議論を展開していきたいと思います。早速、本題に入ります。

■ ムーアの法則駆動時代

周牧之 東京経済大学教授
司会を務める周牧之 東京経済大学教授

周:1965年、後のインテル創業者のひとりになったゴードン・ムーアが、半導体集積回路の集積率が18カ月間ごとに2倍になる、そしてその価格が半減すると予測をしました。これが所謂「ムーアの法則」です。
 ムーアの法則は、物理的な法則ではありません。一つの目標値に過ぎないです。しかしムーアの法則を信じ、多くの技術者出身の企業家が半導体産業に沢山投資し続けてきました。その結果、半導体はその後60年間今日まで、ほぼムーアの法則通りに進化しました。これまで無かった製品やサービス、産業が生まれました。既存の産業も大きな変化を余儀なくされました。
 私はこの間の人間社会を「ムーアの法則駆動時代」と定義しています。ムーアの法則駆動時代では、ハイテクをベースにしたイノベーションが社会発展の原動力となります。
セッション2の第1グラウンドでは、中国科学院ホールディングス、NTTデータグループ、そしてエレコムという日本と中国を代表するテックカンパニーのリーダーに、其々の取り組みを紹介していただきます。
 先ほど総合司会が紹介してくださったのですが索さんは急用で来日できなくなったのですが事前に録画されたビデオで参加してくださいます。まず索さんのビデオを8分間流します。次に、岩本さん、石見さんの順で話してください。続いて小手川さんにコメントをお願いします。では索さんのビデオをお願いします。

ムーアの法則

■ イノベーションでGXと低炭素発展に貢献


索継栓(ビデオ参加): 私は中国科学院の索継栓です。仕事の都合により本日の会議に直接参加できず、大変残念です。ビデオを通じて皆さまと交流し、学べることを光栄に存じます。
 今回の会議テーマはGX、中国語でいう「双碳(カーボンピークアウト、カーボンニュートラル)」です。これは世界が共通して関心を持つテーマで、「双碳」は中国政府が打ち出した地球規模の気候変動に対応する重要な取り組みです。「双碳」の実現は、エネルギー転換、低炭素発展を促進し、経済の高品質で持続可能な発展のための重要な手段です。今後の発展理念と生態文明建設への中国の決意を表し、国際社会への責任ある大国としての姿勢を示すものです。
 中国科学院は、中国の科学技術戦略の主幹として、GXと低炭素発展を推進するため数々の措置をとり、一定の成果を上げてきました。

索継栓 北京市人民政府参事、中国科学院ホールディングスシニアディレクター、元会長
ビデオで参加する索継栓 中国科学院ホールディングス元会長

索:「双碳」戦略を実施するため、イノベーションに支えられる行動計画を発表しました。ビックイノベーションの突破にフォーカスし、特に0から1へのイノベーション、すなわち革新的な基盤技術の突破に注力しています。企業と研究機関との協力で、基礎研究から重要技術の突破、そして総合的な実証まで一体化した発展システムを築いています。こうした行動計画のもとで、中国科学院は、化石エネルギーのクリーン化、再生可能エネルギーの核心技術、先進的な原子力システム、気候変動対策、汚染防止と総合的環境管理など、多くの分野で世界的にもオリジナルな成果を挙げました。沢山の重要な実証プロジェクトを実施し、数多くのイノベイティブスタートアップ企業も育成しています。
 中国は「石炭が豊富、石油が不足、天然ガスが少ない」というエネルギー構造を持っています。毎年5億トンを超える石油を輸入する一方で、石炭資源が化石燃料全体の90%以上を占めています。石炭のクリーン且つ効率的な利用は、GXのカギとなります。これは、従来の石油を原料とする化学工業の発展経路をシフトさせる重要課題でもあります。中国科学院は石炭による合成油、オレフィン、エタノーなどの精製に関する多くの技術上の難題を克服しました。
    これら技術に関しては、中国科学院山西石炭化学研究所が長年にわたる研究開発を通じて、多くの技術において、世界をリードする成果を上げました。こうした成果をもとに中科合成油公司を設立し、技術移転と応用を進めています。現在、千万トン規模の石炭による油精製工業装置を建設し、石炭資源の効率的かつクリーンな利用に有効なアプローチを獲得しました。
 また、中国科学院大連化学物理研究所が、石炭によるオレフィン精製技術を数十年にわたって研究してきました。現在、この技術は内モンゴル、陝西、新疆、寧夏といった主要な石炭産地で実用化されています。すでに23基の大規模工業装置が稼働し、オレフィンの年間生産規模は年間3,000万トンを超えました。
 再生可能エネルギーや蓄電技術においても、中国科学院は大きな成果を上げました。再生可能エネルギーの拡大にあたっては、蓄電技術のイノベーションが不可欠です。蓄電技術は、大規模な再生可能エネルギー発電を電力網へ接続する際の不安定性を緩和する基盤です。
 中国科学院物理研究所は、蓄電分野において、長期にわたり研究を積み重ね、特にリチウム電池で顕著な成果を収めています。中国のリチウム電池産業の発展は、同研究所の研究成果に大きく支えられていると言っても過言ではありません。
 2016年に衛藍新能源を設立、固体リチウム電池製品を開発し、電気自動車、ドローン、電気船舶など多くの分野に応用され、広範な将来性を持っています。例えば、衛藍新能源の固体リチウム電池を搭載した蔚来(NIO)の電気自動車は、航続距離が1000キロを超えました。また、低空経済をはじめとする新たな分野においても広い応用の可能性を秘めており、さらに蓄電分野においても大きな発展余地を有しています。
 同時に、中国科学院はナトリウムイオン電池の開発に力を入れ、すでにエネルギー貯蔵産業において大規模な実証を行い、中国エネルギー貯蔵産業の発展に基盤を築いています。
中国科学院工程熱物理研究所は、圧縮空気エネルギー貯蔵分野で継続的に研究開発を行い、大きな成果を上げました。2021年と2024年には、それぞれ世界初の100メガワット級、300メガワット級の圧縮空気エネルギー貯蔵実証プロジェクトを完成させました。
さらに、中国科学院は、フロー電池、核融合などのエネルギー技術で大きな成果を上げています。
 中国科学院はイノベーションを通じて、GXと低炭素発展に大きく貢献し、中国の「双碳」目標の実現と、経済社会の持続可能な発展を支えています。

周:中国科学院は中国最大の、世界でもあまり例を見ないテック集団です。100を超える研究所を抱えています。索さんが会長を務めた中国科学院ホールディングスカンパニーはこれらの研究所から起業した企業をまとめる元締めです。次は岩本さんよろしくお願いします。

岩本敏男 NTTデータグループシニアアドバイザー、元社長
パネリストを務める岩本敏男 NTTデータグループ元社長

■ センシング技術で世界をカバーするデジタル3D地図

  岩本敏男:NTTデータグループの岩本と申します。今日は、周先生の司会で、小手川さんにコメントをお願いし、石見さん共々このパネルに参加できることを大変光栄に思っています。よろしくお願いします。私は画面を使いながらお話ししますので、画面を見ていただければと思います。NTTデータグループといっても案外ご存知ではない方もおられるので、簡単にご紹介させてください。NTTデータの前身は電電公社の中に出来たコンピュータ開発部隊です。電電公社は1985年に民営化してNTTになり、私どもNTTデータはその3年後に最初に分離独立してできた企業です。
 NTTグループはこの2年ぐらいで大きく集約をしていて、一つはドコモとコミュニケーションズを中心としたグループ。もう一つは地域会社の東日本、西日本の国内通信を手掛けているグループです。そして、最後が私どものNTTデータグループです。つい最近は海外の事業を全てNTTデータグループが引き受けることになりまして、約4.4兆円の売り上げになっている。こういう企業グループになっています。

岩本:私が社長を務めたのは2012年からでありますが、NTTデータは1988年、昭和63年が分離独立の年で、昨年まで35期ありますが一度も減収を経験していません。毎年増収に次ぐ増収で、先ほど申し上げたように2023年度で約4.4兆円です。2025年度が中期の最終年ですが5兆円近い売上まで達成する見込みです。海外の展開も、私が社長の時に思い切ってグローバル化にアクセスを踏みましたので、今ですと50カ国以上、従業員数は20万人に近い数です。日本の従業員が約44,000人なので、4倍くらいが海外、合わせて20万人ぐらい、こういう企業グループになっていると考えてください。

岩本:今日テーマになっているグリーントランスフォーメーションも世界のいろいろなところで非常に重要なことになっています。私たちはITビジネスの観点から、この達成をお手伝いしています。
 一巡目のプレゼンテーションでは、グリーンとは直接は関係ないかもしれませんが、みなさんにお伝えしたいNTTデータグループが持っているイノベーションの例を二つ紹介します。
まず一つ目は、全世界デジタル3D地図の活用です。これはJAXAのだいち、ALOSという衛星を打ち上げそのデータをIT処理し、三次元のデータ地図を作っています。そこに書いてあるように様々な用途で使われます。もちろんセンシング技術が入っていますので、当然GXは大変重要な一つのファクターです。映像を見ながらご説明します。
 これはエベレストです。別に飛行機で撮ったわけではありません。先ほど申し上げた衛星から撮影したものを画像処理し、こうした形にしています。衛星にはいくつものセンサーを積んでありますので、高さ方向のデータも全部撮ることができます。かなり細かい形で立体地図ができます。使われているのはこうした自然災害のビフォー&アフターですとか、或いは鉄道を作る、或いは自動車道路を作るというようなインフラの造成にも役立っています。
 このシステムの分解能ですが、最初は5mでしたが、今は都市部ですと50cm分解能まで可能です。例えば無線通信のアンテナ設置を設計するとき、どのビルのどこに無線アンテナを置くと、5Gがうまく通信出来るかというようなことのシミュレーションに役立ちます。いま世界中125カ国に輸出していて非常に使っていただいています。
 GXでは山林の利用が大変重要です。よくテレビでブラジルのアマゾンの森林がすごいスピードで消滅していることが放映されますが、こうした衛星からの撮影データを画像処理することで、手に取るようにわかってくる事例もあります。

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■ バチカン図書館の文化遺産をデジタルアーカイブ

 岩本:もう一つ、これは直接GXとは関係ないかもしれませんが、私自身も携わったのでご紹介したい話があります。バチカン図書館のデジタルアーカイブ・プロジェクトです。バチカン図書館、みなさんご存知だと思いますが、ここには羊皮紙、パピルス、和紙などに書かれたマニュスクリプト、手書きのものが貯蔵されています。手紙もありますし、絵もあります。日本からのものも沢山あります。オペラ発祥の地、イタリアにありますので、楽譜などもあります。そういったものも羊皮紙、パピルス、和紙などに書かれていますから、放っておくと壊れてしまうこともあります。デジタルアーカイブするプロジェクトですが、この下に書いた3行は、私が言ったことではなくバチカンの人が言ったことです。「これらのマニュスクリプトはバチカンのものではない。バチカンの宝ではなく、人類の遺産である。」これをデジタルアーカイブすると、インターネットで世界中の研究者の研究室に届けることができます。それまではローマやギリシャを勉強したい研究者は、バチカン図書館に来て手続きを経て実際に見ていくわけですが、その必要がない。

岩本:私はローマに行って塩野七生さんともいろいろお話しをしましたが、彼女もここでいろいろな文献にあたった上で、ローマ人の物語、ギリシャ人の物語を書いているわけです。
 これがバチカン図書館の中の様子でありまして、私は何回も入っていますが素晴らしい美術館のようなところです。一般の人は入れませんが、私は仕事柄入ることができました。実はここにこういうものがあります。何だかお分かりですか?そんな大きなものではありませんが、和紙に金箔が張ってありました。金箔はかなり無くなっていましたが、ラテン語が書いてあり、右下に伊達陸奥守政宗と書いて花押が押してあります。

岩本:2011年の大震災は大変でしたが、400年前、まったく同じところで、月は違いますが1611年12月に大地震と大津波が起こっています。そしてその時の領主が伊達陸奥守政宗です。彼が実はローマ法王パウロ5世にあてて親書を出し、遣いを出しています。それが支倉常長という男です。彼は太平洋を渡ってアカプルコからメキシコに上陸し、その後スペインに渡り、国王に会おうとしました。なかなか会えなかったのですが。そして、地中海を抜けてローマに行くわけです。
 これは伊達政宗がローマ法王パウロ5世に当てた手紙です。実はこれのレプリカが仙台の博物館にあり、私はラテン語で書かれた横書きの手紙を見ていたのです。伊達陸奥守政宗は達筆だったので、祐筆を使っていません。いろいろな手紙をほとんど全部自ら書いていました。ラテン語が書けるわけがありませんので、横書きの親書は政宗が書いているわけではありません。実はバチカンに行ってみると、縦書きの和文があったのです。
 つまり、縦書きの和文と、横書きのラテン語の手紙が2通あったのです。いずれも伊達政宗の直筆のサインと花押が押されていました。
 伊達政宗の直筆の書に何と書いてあるか。伊達政宗が支倉常長をパウロ5世に派遣したのは、震災復興プロジェクトです。彼は実はメキシコと貿易をやりたかった。メキシコはスペインの植民地でしたから、スペイン国王に、ぜひメキシコとの貿易をさせてくれということを頼みたかった。
 パウロ5世には何と書いたか。嘘もいっぱい書いてあり、「もしこれを認めてくれたら仙台に教会を建て宣教師を迎える」と書いてあります。でもその頃、徳川幕府はキリスト教禁止令を出していますからあり得ないのですが、「ローマ法王パウロ5世もスペイン国王のフィリップ3世に、ぜひ日本との貿易をするように促して欲しい」ということが書かれていて、もし助力してくれたら先程のようなことをすると書いてある手紙ですね。こういったものを、デジタルアーカイブしたことが、私にとっても大変記憶に残ることです。

周:ありがとうございます。石見さんどうぞ。

石見 浩一  エレコム社長、トランス・コスモス元共同社長
パネリストを務める石見 浩一エレコム社長・トランス・コスモス元共同社長

■ THINK ECOLOGYでGXを


 石見浩一:周牧之教授の文献を読ませていただいて、実際1979年までの世界CO2排出量が、現在の蓄積の約54%に相当し、1980年から99年の増加分は現在の蓄積の15.3%、2000年から2019年までの20年間の増加分は現在の蓄積の30.7%を占め、もう世界は至急の状態になっていることが分かります。また中井徳太郎さんによると0.03%くらいが産業革命時の全大気の中のCO2量だったのが、今もう0.04%を超え、(CO2濃度)400ppmを超えて急激に進んでいるとのことです。実際GXの取り組みはマクロの部分では大勢の方が話していただいたので、私は1100億円くらいの企業のトップですから、そういう企業がこうしたことを積み重ねないとより良くならないのではないかという、何かヒントになるような話が出来たらと思います。
 私の簡単な自己紹介から入らせていただきます。私自身は味の素とトランス・コスモスとエレコムの3社に在籍し、新しい事業の創造や海外事業の発展、経営に携わってきました。実質156カ国にビジネスとして訪問しその市場を見、事業を作ってきました。CVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)や関係会社の経営や取締役を200社近くさせていただき、いろいろな形で上場企業も含め経営を見てきた経験があります。よりGXのグローバル化への取り組みは重要だと身をもって感じます。
 エレコムは、創業38年周年目に入り、葉田順治という創業者と共に経営を一緒にしています。エレコム自身はPC、モバイルなどの製品を開発、発売し、BtoCからBtoBへ事業拡大し、今はグローバル事業への発展を取り組んでいる企業です。最近、調理家電やペット家電、ドライヤーなど通電系の事業も広がりを見せ始めています。
 エレコムブランドの70%以上は中国で製造しています。私たちはファブレスメーカーですので、私たちが開発、デザインをし、中国のメーカーと一緒になってモノを製造する。そして販売、営業をエレコムが担うことで、日本の量販店、B to B市場へ販売しているという事業プロセスです。
 エレコムの企業の目的である「Better Being」とその取り組みとしてここで書いています。ポイントでは、製品開発、調達面はエレコムが担い、よりお客様にご満足いただける製品やソリューションを提供する。中国も含めたサプライチェーンを一緒にきちんと実行することにより、より価値の高い製品やコスト効率の良い製品を生産する。そしてそれらの製品を日本のみならずこれからグローバル市場という成長の高い市場に提供していきたい。海外市場販売はまだ全体の3%の売上です。次の5年間でグローバル市場を20%まで持っていきたいと考えています。事業の根幹である従業員、「人」が一番重要だという経営感を私は持っています。Better beingをパーポスにし、これからもより良い製品、より良いアクションを続けていきたいと思っています。

石見:エレコムグループが最初にGX活動らしく進めていることの一つに、森を再生することです。これは結構時間がかかります。2009年と2012年に海辺と山に対して、再度森林を再生の取組を実施しています。10年、15年単位で森を、防風林を、再生していく。これを実際進めることによって、他の場所にも広げられるパターンを作りつつあり、各自治体とも話をし、エレコム自身のノウハウとして今後も進めていきたいとと考えています。

石見:また、棚田100選に選ばれた丸山千枚田という景観を維持、広げる活動も実施しています。この棚田は熊野にあります。実際自治体へ寄付する中でこの素晴らしい景観をより早く、継続的に再生していきたいと感じ取り組んでいます。実際行っているときに知見のある方が言われていたのは、棚田を守ることだけが答えではない。棚田と上流にある山、森が繋がっているのでその森、山からどの様に水が下りてきて、棚田と連携しているかの循環を見据えて設計しないといけない。森の適宜伐採も含め進めていかないと丸山棚田がきちんと管理出来ていることにならないと指導を受けました。森からつながって、田んぼがあり、結果としてお米ができるという点を私自身が認識しました。

石見:現在のエレコムがGXの主流が、CO2排出を吸収できる取組、森をつくる、棚田を再生する活動を中心に進めています。今後さらにサステイナビリティを考える上で、強力に実現していけないと考えていることが、(エレコムグループGX活動)2と3です。
 2と3は実際私たちが再生エネルギーを使って、モノを作っていく。日本にも松本と伊那に工場があり、湘南国際村に研修所があるので、そこは太陽光の発電パネルを中国から仕入れ、そこで再生エネルギーを使って動く取組を進めています。

石見:また石油由来のプラスチックをなるべく減らしたいということから、2021年に、「THINK ECOLOGY」というブランドをエレコムとして作りました。そのTHINK ECOLOGYが付く製品をより多く出していこうということを、凄く今考えてやっています。例えば、ケーブルですが、このケーブルは土に還ります。とうもろこし由来のプラスチック再生を使っています。ただ、こういう製品にかかるコストが1.3倍から1.4倍くらいになるので、製品の意味を伝えて高く製品を販売できる消費者を作るとか経済的な形をどう作っていくかが、大きな課題だと思います。
 「THINK ECOLOGY」ブランドで、パッケージやプラスチックの再生や、マニュアルのWeb化を、2021年と比して、10%、20%落とした製品であればこのマークを付けて良いと決めて、いま全型番の52%まで来ています。これが100%になっていくことを目指し、そして従来より今プラスチック74トン分くらいは効率化で使わなくなってきていますので、そうしたことを迅速に実行していくことが企業として大切に考え、動いてる最中です。

周:ありがとうございます。このセッションの登壇者三人(岩本敏男NTTデータグループ元社長、石見浩一エレコム社長、小手川大助IMF元日本代表理事)には共通の特徴が一つあります。それは、御三方がいずれも日本のグローバル化を推し進める旗手であるということです。国際人であるだけでなく、それぞれの企業グループのグローバル化を、猛烈に推し進めてきた方々です。
 私の隣の小手川大助さんは、英語は勿論、ロシア語や中国語もできます。先ほど(セッション1)の田中琢二さんの先輩で、IMFの日本代表理事も務めてきた方です。このグラウンドのコメントをよろしくお願いいたします。

コメンテーターを務める小手川大助 大分県立芸術文化短期大学理事長兼学長・IMF元日本代表理事
コメンテーターを務める小手川大助 大分県立芸術文化短期大学理事長兼学長・IMF元日本代表理事

■ 環境対策と産業競争力の両立が鍵

小手川大助:私の方から、環境問題について若干、地政学的な観点から説明申し上げます。先ほど話に出た2024年11月8日がアメリカ大統領選挙でしたが、それと同じくらい重要だったのが、2024年11月9日にドイツの政権が破綻したことでした。理由は、財務大臣を務めていた自由民主党党首のリントナーが、環境予算の継続と、ウクライナに対する支援の継続の二つに最後まで反対したため、ショルツ首相がその財務大臣を解任したからです。
 その結果、ドイツ政府は瓦解し、2025年1月中旬に総選挙になりました。実はこの問題が生じる前に、ドイツでは2024年9月に3つの州で州選挙があった。そこでこれまで極右と言われていたドイツのための選択肢(AFD)と、半年前に出来たばかりの新しい党で極左と言われているザーラ・ヴァーゲンクネヒト同盟(BSW)という、女性が作った新しい政党BSWの、二つの党が大勝利しました。そして、三つの州全てで。緑の党と自由民主党の議席がゼロになりました。
 いま言いました極右・極左の二つの政党に共通している政策があります。一つは、ウクライナ戦争反対、ドイツはウクライナに対して支援をするべきではないということ。もう一つは、行き過ぎた環境政策をすぐに止めるべきである、という二つでした。
 なぜかと言うと、この環境政策のために、ドイツの主要企業の60%が海外へ行ってしまったからです。先週ドイツの有名企業フォルクスワーゲンが中国の工場を閉めると発表しましたが、いよいよ今晩のうちに合意をしなければ、明日からフォルクスワーゲンの組合はストライキに入ります。
 そういうことで、ドイツは、環境政策やウクライナ支援より経済重視に大きく舵を切ってきていますので、これは非常に注目しなければいけないと思います。
 ちなみに2025年1月に総選挙があったらどうなるか。予想ですが、もともと政権を持っていたキリスト教社会民主同盟(CDU)はおそらく第一党で残るだろう。一方で、緑の党と自由民主党はほぼ議席はゼロになると言われています。それに代わってドイツのための選択肢(AFD)がおそらく社会民主党を抜いて第二党になる。それから新しい政党であるBSWも、下手をすると社会民主党を抜くかもしれないと言われています。
 まず、ヨーロッパの環境政策の一つの中心であるドイツが、大きく変わっていきそうだということになります。

周:要するに、環境問題と国内産業の競争力を両立できるかどうかについて、ヨーロッパもアメリカも、いま大変に揺れ動いています。激動の時代に入ったのですね。
 一方、中国では、先ほど皆さんの紹介でわかるように、EV(電気自動車)、そして自然エネルギー等々の環境関連産業がいま大発展し、国際競争力がかなり身についた。むしろ、環境問題と国内産業の競争力が両立できるような形になりつつあります。

司会の周牧之氏とコメンテーターの小手川大助氏
司会の周牧之教授とコメンテーターの小手川大助氏(左から)

■ ムーアの法則駆動産業が世界経済をリード

周:「ムーアの法則駆動時代」で、世界の産業構造はがらっと変化しています。時代が昭和から平成に切り替わった1989年、当時の世界時価総額ランキングトップ10企業の中で日本企業は7社も占めていました。GICSという世界産業分類基準の中分類から見ると、これらトップ10企業は、「銀行」の中分類は日本興業銀行、住友銀行、富士銀行、第一勧業銀行、三菱銀行5社が入っています。「石油・ガス・消耗燃料」に、エクソン(Exxon)、シェル(Shell)の2社が入っています。「電気通信サービス」はNTTの1社。「公益事業」は東京電力の1社、「ソフトウェア・サービス」はIBMの1社が入っていました。この第6位のIBMが、当時トップ10企業の中で唯一のテックカンパニーでした。

周:これに対して、35年後の2024年1月のデータでは、世界時価総額ランキングトップ10企業の構成は完全に塗り替えられました。テックカンパニーの存在感は一気に高まり、GICS産業中分類で見ると、首位のマイクロソフト(Microsoft)は「ソフトウェア・サービス」の中分類に分類され、第2位のアップル(Apple)は「テクノロジー・ハードウェア及び機器」です。第6位のエヌビディア(NVIDIA)が「半導体・半導体製造装置」です。この三つはいずれもGICSでは、「情報技術」という大分類に属しています。つまり、この3社は典型的な「ムーアの法則駆動産業」のリーディングカンパニーです。
 「メディア・娯楽」に中分類される第4位のアルファベット(Alphabet、グーグル)と第7位のメタ(Meta、旧Facebook)は歴然としたIT企業です。第5位のアマゾン(Amazon)は「一般消費財・サービス流通・小売」に中分類されていますが、ネット販売、データセンター、OTTのリーディングカンパニーです。第9位のテスラ(Tesla)は「自動車・自動車部品」に分類されていますが、この4つの企業は、すべて実は情報技術を使って既存産業の在り方を転換させたテックカンパニーです。なぜかというと、テスラは自動車メーカーというよりは自身をIT企業だと一生懸命アピールしています。実際もトップ級のIT企業です。つまりこの4社は、まさしくDXでこれら伝統的な産業を「ムーアの法則駆動産業」へと置き換えたリーディングカンパニーです。

周:これらテックカンパニー7社の時価総額は、いま12兆ドルを超え、世界の時価総額合計の13%弱を占めています。これはどのくらいの規模かというと、東証の全ての企業の時価総額の合計の約2倍に相当します。

■ スタートアップテックカンパニーがパラダイムシフトの主役

周:このテックカンパニー7社は圧倒的存在感から、アメリカでは「Magnificent 7」(マグニフィセント・セブン)と表現されています。注目すべきは、マグニフィセント・セブンがすべてスタートアップテックカンパニーだったことです。
 ムーアの法則のもとでの成功は、斬新な製品・サービス及びビジネスモデルを描く想像力が必要です。また、開発に膨大な時間とリソースが要るため、企業を起こし、自分でリスクを引き受けられるリーダーシップと、それを支えるチーム力が欠かせません。
対する大企業は、日本だけでなく国を問わず、何故かムーアの法則駆動時代でのパフォーマンスが、精彩に欠けています。
 これは大企業が組織の性格上、リスクテイクが苦手であること、また個人をベースにした想像力、リーダーシップの発揮がしにくいからでしょう。
 スタートアップテックカンパニーは、リスキーで長いトンネルを抜けた後、ようやく成功にたどり着きます。マグニフィセント・セブンは全てに、いまこのエヌビディアの株価で見られるパターンがあります。長い間非常に低迷し、急に伸びてくる。これは、(成功に至るまでの株価曲線が)左側に倒れた“L”字に見えるため、私はこれを「L字型成長」と定義しています。

周:1989年の世界時価総額ランキングトップ10企業で、第6位のIBMは、当時は唯一のテックカンパニーでした。しかし当時IBMはすでに100歳に近い巨大な古参企業で、斬新な製品・サービス及びビジネスモデルにチャレンジできる体質を持っていませんでした。世界に君臨したIBMは沢山のチャンスを逃し、業績が低迷し、現在、世界時価総額ランキングで、第79位に後退しました。

周:これに対し、マグニフィセント・セブンは鮮度が高い。創立順で見ると、マイクロソフトは1975年、アップルは1976年、エヌビディアは1993年、アマゾンは1994年、アルファベット1998年、テスラは2003年、一番若いメタが2004年です。7社の平均年齢は32歳です。特に創業者がCEOを務めるテスラ 、エヌビディア、メタの 3社は勢いがすさまじい。これら企業の鮮度の良さは、イノベイティブな体質を保つカギだと私は思います。
 日本、米国、中国3カ国それぞれの時価総額トップ100企業を最近私は比較分析しました。この分析で3カ国の企業の鮮度に大きな違いがあると判明しました。
 日本は、2024年の時価総額トップ100のうち1980年以降の創業は僅か5社。その中に岩本さんのNTTデータが入っています。しかし、21世紀創業の企業はゼロでした。大企業の官僚化で、リスクのある新規事業に消極的になりがちです。ですから結果、ムーアの法則駆動産業の発展が遅れ、日本は海外のテックカンパニーに支払うデジタル赤字が、2023年5.5兆円にまで膨らんだ。5年間で2倍増となりました。

周:対照的に、米国トップ100企業のうち、1980年以降の創業は何と32社にのぼります。そのうち21世紀創業の企業は、8社もあります。これら鮮度の高いスタートアップカンパニーこそ、ムーアの法則駆動産業を牽引しています。
 中国はトップ100企業のうち1980年以降の創業は82社にも達しています。そのうち21世紀創業の企業は、4分の1の25社にものぼります。中国のトップ企業の鮮度の良さは極めて顕著です。創業者のリーダーシップでイノベーションや新規事業への取り組みが素早いです。
 つまり、今日の世界における企業発展のロジックは完全に変わりました。技術力と起業家精神に秀でたイノベーティブなスタートアップ企業が、世界経済パラダイムシフトを起こす主要な勢力となっています。
 ここでいう起業家精神とは、企業を興す起業家精神です。GX時代も、まさしく起業家精神の有る無しに、かかっています。
 このセッション登壇者の皆さまのNTTデータ、そしてエレコム、また中国科学院ホールディングス傘下のレノボ(Lenovo)は、すべて1980年代に創業したテック企業です。このグラウンドでは、起業家精神の突破力でテック企業の発展、そしてGX推進をどう進めていくかについてご説明ご紹介いただきます。

■ レノボに代表される起業家精神が開花

索:中国科学院は、中国の戦略科学技術の主幹として、中国の科学技術進歩を推進し、高水準の科学技術自立自強を実現する重要な使命を担っています。特に起業家精神を発揮し、イノベイティブなスタートアップ企業を奨励するために、一連の取り組みを進めてきました。
 まず中国科学院の投資企業については、中国科学院の研究成果の市場化、産業化という重大な使命を担っており、新たな生産力を育成する重要な「イノベーションの発信拠点」として、また産学研融合を推進する重要な「インキュベーション拠点」としての役割を果たしています。これら企業は、新興産業に焦点を当て、重要なコア技術分野での研究開発に取り組んでいます。そのことによって、中国の経済社会発展を支える科学技術基盤を提供しています。
 中国科学院が出資する企業は1900社を超え、その多くはAI、半導体、ソフトウェア、環境保護などの分野に集中しています。現時点で、そのうち52社が上場しています。これら企業はそれぞれの分野で業界をリードする存在になりつつあります。中国科学院の成果を基盤として設立された企業は、技術を改良・高度化するため、科学院との連携を緊密に保っています。中国科学院高能物理研究所が2021年、国科控股と共同で設立した企業国科中子が一つの好例です。同社は加速器を用いたホウ素中性子捕捉療法(BNCT)の成果を産業化しました。
 2015年の「科学技術成果転化促進法」の改正が研究者の起業意欲を大いに喚起し、企業と研究機関との人材交流を促進しました。それ以降、中国科学院の直接投資で555社の企業を設立し、そのうち90%が科学技術成果の産業化を目的としたものです。
 起業を促す制度保障、資金支援、人材育成などの政策も打ち出しました。まず人事や評価制度に関する政策を策定し、研究者が科学技術成果の産業化に積極的に参加できるよう奨励し、その権益を保障します。資金支援の面では、科学技術成果の産業化を促す行動計画を立ち上げ、重要な科学技術成果の実用化を後押しします。さらに人材育成と交流の面では、大学や企業と協力し、科学技術産業化の専門人材を育成、各種交流活動を行い、企業と研究機関との交流・協力を強化し、イノベーション企業に人材的支えを提供しています。

シンポジウム当日の東京経済大学キャンパス
シンポジウム当日の東京経済大学スキャンパス

索:皆さんもよくご存じのレノボグループ(Lenovo:聯想)は、実は中国科学院から生まれた企業です。1984年、柳伝志氏は中国科学院計算所の研究者10人と共に、わずか20万元の設立資金で、聯想の前身となる「中科院計算所新技術発展公司」を創立しました。創業初期、聯想は主にIBM、HP、SUN などの海外ブランドの販売代理を手掛けました。当時の中国産業はまだ非常に遅れていたため、聯想は積極的に事業を模索しました。同時に、研究開発を強化し、独自に「聯想式漢字カード」を開発、英語のオペレーティングシステムの中国語翻訳に成功しました。これが聯想発展の基盤となりました。
 聯想は2004年、 IBMのパーソナルコンピュータ事業を買収し、本格的に国際化の道を歩み始めました。IBMのPC事業は世界的に大きな影響力を持っていたからです。当時、零細企業聯想が大企業IBMを飲み込んだとして大きな話題になりました。この買収を通じ、聯想はより広大な市場と先進的な技術を獲得し、産業システム化によって国際競争力を一層高めました。
 その後、聯想は 2011年にNECのノートパソコン事業を買収し、さらに2014年にはグーグルからモトローラ・モビリティを買収しました。そして2017年には富士通の完全子会社FCCLの株式51%を取得しました。聯想は一連の国際的な買収を通じて、グローバルな経営体制を整え、世界のPC市場でチャンピオンとなりました。聯想は、国際市場を積極的に開拓し、自ら挑戦し続ける、いまや中国企業の代表的存在となりました。
 レノボグループの発展は、まさに起業精神に満ちた奮闘の歴史です。また中国科学院の成果の産業化、そして国際化への一つの典型的な事例です。これらの企業は、中国のイノベイティブなスタートアップに貴重な経験を提供し、中国の科学技術分野に大きく貢献しました。

国際シンポジウム会場の模様

■ GHG排出量の可視化C-Turtleプラットフォームで排出量削減を

岩本:NTTデータグループが、GXでどんなことをしているか、そして将来どういうエネルギー分野でどんなビジネスを考えていかなければいけないか、ということについてお話ししてみたいと思います。先ずGXで当社がやっていることは国と同じく、2050年カーボンニュートラルを達成するということを公表したのですが、2023年に10年早めて2040年にはカーボンニュートラルが出来るということを公表しています。

岩本:これからお話しをする様々な取り組みは当社自身もそうですが、当社のサプライチェーンの上下流には多くのIT企業がいますので、そういうメンバーを巻き込みながらやれるかなということです。
 カーボンニュートラルは、はっきり言うとCO2を排出することと、CO2を吸収することとの差分を実質ゼロにすればいいと言うことになるわけですので、この原則を見ながら議論する必要があるかなと思います。

岩本:排出量の概要をいまさらお話しするわけではありませんが、GHG(温室効果ガス)は二酸化炭素だけでなく、他にもさまざまなものがあります。これらを二酸化炭素に換算すると、最近の統計では日本は11億トンレベルまで削減しているはずです。これを算定するのが重要なので、繰り返しで恐縮ですが、GHG排出量は活動量と排出原単位をかけたものだということを確認しておきます。
 企業のGHG削減計画は、国の指導もあって大体は2050年カーボンニュートラル、2030年はその半分ということです。このことをサステナブル報告書で公表しているのが日本のほとんどの大企業です。
 お分かりの通り、「Scope1」と「Scope2」は、いい悪いは別にして、分かりますし、やればいいんじゃないかと。「Scope1」と「Scope2」だけで十分だという人もいます。皆がやれば全部なくなるのだからということですが、でもそれだけでは十分ではないので、上流と下流のいわゆる「Scope3」というのがあり、これにどう対応するかが企業として一番悩んでいるところです。

岩本:どうやって計算するのか、本当にそれで削減につながるのか、というのが大変な課題になっているのは皆さんもご存知だと思います。
 二種類のGHG排出量の可視化、見方が違うと言ってもいいわけですが、一つは企業全体の排出量を可視化するということと、もう一つは企業が生み出す製品やサービス別の排出量の可視化。これはどちらも重要です。

岩本:この右側は、カーボンフットプリントと言われるわけですが、どちらも重要です。さらに言うと、それぞれには良い点と悪い点があります。目的によっていろいろ使い方を変えなければいけないのですが、いずれにせよ全社ベースで出すものと、其々の製品或いはサービスごとに出すフットプリントをちゃんとやらないとわからない、ということです。

岩本:そこで、可視化のプラットフォームをNTTデータはかなり前からご提案して、多くの企業に使っていただいています。
 つまり、先程申し上げた上流から下流にいくサプライチェーン、原料を買ってきて、自分の資本材を作る、自分のところでいろいろなScope1或いはScope2で出すのと、実際製品として出荷した後、それを消費する人、或いは最後は廃棄まで行くわけですが、そこでどのくらいCO2が排出されるか、このトータルをマネージしないと本当の意味でカーボンニュートラルにならないのです。

岩本:とはいえ、企業にはさまざまな課題があります。つまり、どう算定方法を出せばいいのか。細かくやればやるに越したことはないが、それをやる人の事務負担はたいへんで堪らない。
 それから、何のために可視化をするのかと言えば、CO2削減するためにやるわけですが、2次データを使って、この製品で大体このくらいの排出量だと計算するわけです。
 例えばパソコンを購入する例です。先ほどのレノボの話もありましたが、単にコストや能力だけでパソコンを買ってくるのではダメです。パソコンメーカーがカーボンフットプリントの観点で、自分のところのパソコンはこうだと出してくれると、それによってコストは高いがこちらの製品を買うかという判断ができます。
 鉄もそうです。水素還元で製造した鉄を買うと値段は高いがカーボンニュートラルの観点からはそちらを買うか、ということが出来るのでCO2削減ができる。

岩本:Scope1或いはScope2はもちろん大きな意味があります。問題なのはScope1、Scope2ではなくScope3です。私たちが提案しているC-Turtle のプラットフォームを使うと、自分のところ以外で排出される温室効果ガス、先ほど申し上げたように活動量✖︎排出原単位15カテゴリーがあることを皆さんご存知でしょうけれど、これが簡単に算出できます。  
 重要なのは一番上と二つ目です。買ってくる製品・サービス、或いは自分のところの資本材を作る。ここが凄く大きいので、これをどうやるかということですが、さきほど申し上げたように算出のやり方はさまざまですし、最初は皆さんエクセルなんかでやっていたのですが、とてもやり切れないわけです。従って私共のC-Turtle を提供することになったわけです。
 ちょっと簡単にまとめてみましたが、左側に書いてあるのは、N年度のサプライヤーの排出量です。このScope3をきちんと計測できるようになると、次の年にはサプライヤーからそれぞれ自分のところがこれだけ排出量が減りましたということが出てくる訳です。
 そうすると、それが自分のところのScope3の排出量削減につながるので、この仕組みを大きな負荷をかけないでやれるようにする。しかもこれが国際的なプラットフォーム、例えばCDPとかいろいろなところと連携をしながら、単に日本だけの独りよがりでは無い形にしていく。これが私どものC-Turtleのプラットフォームです。現在、多くの方々にご利用いただいています。
 実際に私どもでやってみると平均の排出原価単位が40%くらい改善できました。これは我々のサプライチェーンにつながる方々と、こういうことを理解してもらい、そうしたソフトプラットフォームをやってもらわないと出来なかったことです。

■ 膨大な電力を消費するAI時代への対処

岩本:二つ目。我々はデータセンターを山のように持っています。先ほどもNVIDIAの話がありましたけれど、AIもあり今データセンターは世界中で物凄い需要があります。NTTデータグループは、延べ床面積がたぶん世界でNo.3のデータセンターを世界中に保有しています。このデータセンター自身をグリーンにしていくというのは、大切なことです。
 東京都三鷹市に私が社長時代に建てたデータセンターがありますが、このデータセンターは最初から自然界のエネルギーを最大限に使う。もちろん太陽光パネルもそうですが、外気温が低い時は自然の外気温の冷却空気をうまく使う。ホットアイルとコールドアイルを上手く使うということが仕掛けられています。
 さらに、これはうちのデータセンターだけではありませんが、いろいろなデータセンターの中にサーミスタを置き、ワイヤレスでこの温度センサモジュールをコントロールすると、データセンター全体で、どこがどのくらいの温度になっているかが、可視化出来ます。これが可視化できれば、何故そういうことになるのか手を打つことが出来るので、こういう地道なところからデータセンターのグリーン化が進められています。

岩本:もう一つ、最近のAIの使用にも関係して、一般的に空調は実際の負荷がどのくらいあるかということとあまり関係なしに、ある一定の冷媒を流すようなことをやっています。つまり冷房用の消費電力が高止まりしているのですが、実際の温度は先ほどセンサーにサーミスタを付けると、どこがどのくらい時間別に発熱しているか分かるので、出来ればそれに合った形で、実際の冷媒を出すという形がいいわけです。こうしたことによってかなりの削減効果が得られてきています。

岩本:それから、ショートサーキットも、ちょっと専門的ですがお話しします。データセンターの中にラックがあり、そこにいろいろなパネルが入っているのですが、全部埋まっていないで空いているところがあると、(排熱が)漏れてきてしまい、冷房能力が低下します。簡単な話、そこのブランクを詰めてしまうと、いわゆるショートサーキットが起こらない。こうした地道な事もやりながら、データセンターの電力を下げる努力をしています。これがショートサーキットの防止で、付ける前の状態と、付けた後の状態では大きな差があります。

岩本:それからもう一つは、オンプレミスで、自分のところでデータセンターを構築したり、自分のところでプライバシークラウドを作ることがあるのですが、最近は、いわゆるオープンクラウドに移ってきています。この時も、出来るだけカーボンニュートラルが進んでいるパブリッククラウドへの移行をしていくとか、或いは、消費電力効率の高い最新のデータセンターを選択する、ここには当然ディザスタリカバリの装置なども考える必要がありますが、こういったこともトータルのカーボンニュートラルを削減する意味では大きな効果があると思います。

岩本:このデータセンターの電力消費で面白い仮説をお話しします。2016年の全世界の電力使用量は、せいぜい1ペタワット(1000テラワット)くらいです。ペタは1000倍ですから。これはIT関係の電力使用量ですからデータセンターだけでなく、いろいろな通信に使う設備などを全部入れています。
 これが2030年だと、たぶん42ペタワットくらいになるのではないかと言われています。さらに、2050年には桁違いに使うのではないかと言われています。消費電力がIPトラフィックに単純に比例したらという前提ですが。
 実際は、こんなことは起こらないです。何故かというと、2016年が1.1ペタワットくらいだと言いましたが、実際に世界中で発電される量は2016年が25ペタワットくらいで、2023年度は29.7ペタワットくらいです。だから2030年の世界発電量は多分伸びて、おそらく40ペタワット位まで行くのかもしれません。それでも2030年には世界発電量の全てをITだけで使うということになり、そんなことはあり得ません。現在、全世界の発電量の中で、ITでの使用率はせいぜい数%くらいです。

岩本:ただ、トラフィックは間違いなく伸びますし、データ量も圧倒的に伸びていきます。いまのは単純な試算値ですので、ITで全世界の発電量全てを使うなどということは起こらないですが、このくらいIT系、デジタル系で使う電力が増加していくということです。
 最近は、AIのデータセンターの電力使用量がものすごく多いと言われています。チャットGTP-4o(オムニ)は、公式な発表はありませんがパラメータ数が1兆を超えてきています。GTP3は1750億個のパラメータでしたが、そんなに時間がかからず人間の脳に匹敵する10兆、あるいはそれ以上なると思います。AIは大量のデータを学習させます。チャットGTPもそうですが、学習させるというのはNVIDIAなどの半導体を駆使し、大量のコンピュータパワーを必要とします。つまり、電力をものすごく必要とします。大体、原発1基分です。
 さきほど周牧之先生が、NVIDIAがなぜ急激にL字型で伸びたかと言いましたが、元々彼らはゲーム用の半導体メーカーです。ゲーム用の画面処理をするので、パラレルコンピュータ、パラレルプロセッシングできるように考案されたグラフィックプロセッサーです。GPU(Graphics Processing Unit)というのです。CPUと言わないです。ところが、AIが登場して爆発的に伸びてきたのです。AIの学習もかなり並列的な処理ですので、これが使えるということです。
 AIは膨大な電力を消費することがわかってきています。学習だけでなく、使うときもそうです。例えば、皆さんがGoogleで一つ検索を出すと大体0.3ワットくらいです。だがチャットGTPでやると10倍くらい、3ワットくらいかかるのです。

■ IOWNで究極のデータセンターGXを

岩本:冒頭申し上げたように、世界中で、日本でもそうですが、DC(データセンター)の需要はものすごい勢いで増えてきています。世界中で要請があります。たぶんDCを次々と構築しても足りないくらいです。DCの構築には電力問題を解決していかなければいけない。電力会社からの必要電力の供給を保証してもらうことが重要です。
 結論、電気を使うからいけないのです。電気を使わなければいいのでは、というので、NTTグループが提唱しているのが「IOWN(アイオン)(Innovative Optical and Wireless Network)」計画です。つまり、光を使う。

岩本:皆さん方も、通信に光が使われているのは、当たり前のように知っています。FTTH(ファイバー・ツー・ザ・ホーム)で、家までも光で入ってきています。光はそれほど電力は必要としません。でも昔は光で通信するとき、途中でルートを変更して中継するとき、一旦電気に落として、また電気から光というステップを踏みました。いま通信は中継なども含めて全部光で行います。
 最近出たIOWNの1番目のステージは、もうすでにサービス開始しましたが、これは遅延も少なく、大変素晴らしいネットワークです。次のような実験しています。東京に指揮者がいて、大阪のオーケストラを振る。ここには音楽に詳しい人がいると思いますが、ちょっとした遅延があっても、音楽家は絶対だめです。ところが、IOWNを使うと、音楽家の敏感な耳ですら、違和感を覚えないほどの低遅延ですので、東京の指揮者が大阪のオーケストラを指揮することができるということです。  
 ここまでだったら、なんだ、通信の話か、ということになると思うのですが、従来の銅線を使った通信もそうですが、電気通信技術でした。それを光と電子を融合する技術、光電融合技術(フォトエレクトロニクス)を使うと、とんでもない良い事が出てくる、ということになります。
 IOWN計画は、さきほど申し上げたように大容量、低遅延、低消費電力などを実現するのですが、IOWN1.0、オールフォトニクスネットワークは、すでに動き出しています。これができると、データセンター同士をつないで、ディザスタリカバリをやるのでも、遅延問題がなかなか大変でしたが、問題なく解決できるようになります。
 遅延問題では金融取引所でも数十ミリ秒くらいの遅延ですら問題になっていました。だから取引所サーバーの横に、其々の証券会社のサーバーを置かしてもらって取引をすることが起こっています。
 IOWN1.0でも凄いのですが、ステージは2.0、3.0、4.0と上がります。2.0はサーバーの中のボードとボードの間を光で結ぶ。これも出来るかもしれません。3.0はボードの中の半導体のチップのパッケージ同士を光で結びます。最後は、チップ中も光でやってしまう。つまり光半導体を作ることですが、技術的には出来る見込みです。ただ問題は、製造技術であるとか、品質のコントロールとか、コストとか、そこまで考えると私は実現までには2つ3つまだ課題があると思っています。
 ここまで行くとエネルギーは電気の100分の1になります。ということは、先ほどこんなことは絶対ありませんと言ったものの、100分の1なので、IT分野でのコンピュータパワーの大幅な伸びがあっても、電力はそれほど伸びないということになりますので、十分賄えるということになります。
 これは大きなイノベーションを起こすということです。周先生の先ほどの指摘とちょっと違うのは、大企業だってやれます。ベンチャー企業だけがやるのではありません。とくに日本の場合は、大企業はやります。日本製鐵ですら、水素還元を頑張ってやっています。まだ出来ていませんが、技術的には実現可能です。でも将来はコスト的にも実用化できるレベルに達すると思いますので、ぜひ頑張っていただきたいと思います。

■ IOWNで再びNTTを世界一に

周:また飲みながら議論をしましょう(笑)。大企業でもやれるというのは、岩本さんのような方がいるからこそやれるのです。こういうチャレンジャーのリーダーシップのもとで、大企業のリソースが十分使えるのです。岩本さんが言っているIOWNは、最先端の技術です。いまは世界的にAIブームです。AIブームはいま投資競争です。NVIDIAのチップを買って、ガンガン皆投資しています。何に投資しているかというと、データセンターです。これが「AI軍備」大競争です。
 アメリカはNVIDIAのチップすら中国に買わせないようにしているんです。この大競争の中で大問題が浮上していまして、エネルギー問題です。膨大なエネルギーが必要とされます。かつデータセンターは熱をバンバン出して、冷やすのも大変です。これは計算していくと仕方がない程のエネルギー規模になっていきます。原子力復活論に繋がってきていまして、原子力ブームにまで繋がる大問題です。
 これを解決するには、岩本さんたちがいまやっているIOWNは、光技術を使いエネルギーはあまり消耗しない。究極のデーターセンターのGXです。
 これは人類の歴史をひっくり返すくらいのインパクトを持つビックイノベーションです。私はこれが実現できれば、実際マーケットに投入してうまくいけば、NTTはもう一回時価総額世界一のカンパニーになる。平成元年から30数年後に、もう一回世界一の時価総額カンパニーになるのは間違いない。何故かというと今、NVIDIAはいま時価総額で世界一です。IOWNがうまく出来たらNVIDIAがひっくり返される。NTTデータが世界一になります。期待しましょう。

岩本:ありがとうございます。

■ 起業家精神の極意

石見:いま岩本敏男さんがおっしゃっていたScope1と2、これは自社内なので、ある程度出来ます。どうしてかというと私たちがルールを決めて、私たちが測って、私たちが課題に対して対応策を取れるからです。
 一番重要なのは、PPTの右側の小さいものですが、(CO2)90%はメーカー、中国、台湾、ベトナムのメーカーで出てきます。ですから、この90%のScope3に手を付けないと、結局ファブレスのようなメーカーは最終的な答えが充分出ないです。そこをどういうやり方、どういう取組、ルール化を進めていくかは将にこれからが重要だと思って進めていきます。
 ですので、メーカーを選ぶ時に、原料から全部指定して対応するとか、製造工程をきちんと見させていただいてから動くなど、私たちは深圳の福田区にR&Dセンターを作りました。そこからきちんと中国メーカーと共にScope3に対応を進めていきたいと思っています。
 きょうは学生さんが結構いらっしゃるので、起業家精神を私なりに、全部英語で書きました。私が経営を携わり200以上の企業と関わる中で、重要なことを記しました。前職のトランスコスモスでは、中国にもメンバーが7000人くらいいましたから、投資をした様々な企業の方々にもお会いし、中国でも上場企業の社外取締役を勤めました。
 当時日本で最短で一部上場までいったマクロミルという会社が、2003年から従業員が数10人ぐらいだった時から社外取締役をやり、その経営のプロセスをみてきました。当時どういうことが起きていたかを考えた時に、Entrepreneurship、起業家精神は、どういうことかとで、最初に僕が浮かんだのは、経営は実行であるということです。Discipline of Getting things done、実行ができなかったら経営ではない。ここが私の中では一番重要なポイントです。
実行をするためにどうするのかを、起業家精神の中では考え続けることが重要です。

石見:これは左と右に分けています。左は、計画策定など考えること、起業をするときに、企業を大きくするときに考えること、プランニングするところです。もちろん市場調査、戦略戦術を練るところもあります。
 私自身が起業の時に重要だと思ったのは、ビジョン、何になりたいのか。10年後20年後に何になりたいのか。何の目的のためにやっているのか。そして使命は何なのかです。その企業の、カルチャーも作る企業としての将来の方向性なしでは、起業家の精神が本当の形では生まれない。そればかり話していたのが、マクロミルを始め重要な成功しているベンチャー企業の経営陣でした。
 その部分があってStrategy、タクティクス(戦術)があり、そして、なおかつ市場は動き、テクノロジーも動きますから、そこを考えていくところが計画です。
 それにも増して一番重要なのは右側です。Executionです。これは実行力、実行あるのみという部分で、先ず浮かぶ四つの言葉は、リーダーシップです。
 中国の企業家でもあった、中国のマイクロソフト代表と会い、マイクロソフトと上海最大ベンチャーキャピタルと一緒になってウィクルソフトとJV会社を作り、その後そのCSサポートを実施するJVを作った会社を買い取り、その後大きくなり5000人を超える会社になったとき、彼らの優秀さと、彼らの権限移譲されたディシジョンの速さに、リーダーシップの強さ、その場で決める力は、日本の企業を凌駕していることを感じました。そこがEntrepreneurshipの中で重要なポイントです。
 あとは、ベンチャーをスタートして3年5年のときに、さっき周先生の文献も読ませていただいたのですが、L字型の成長は、新しい製品やサービス及びビジネスモデルを開発し、既存の産業の再定義をすることで生まれてくる。
 要するに変わり続けることです。市場の動向、市場の状況、競合の動きのところでチェンジマネージメントをしない限り、優位性は出ない。ベンチャーはお金がないから、変わり続けたスピードで勝つしかないです。
 チェンジマネージメントのスピードをやりながら、どうビジネスのスケールをアップしていくか。この市場に入るとこのスケールがある程度取れるから、インターネット市場調査をやって大手企業に食い込んでいこうか等、スケーリングを大きくするためにすることが次の成長を考える上で重要です。
 チャレンジと変革、そしてもう一つ、レジリエンスをやっていても、事業というのは失敗します。ときに転びます。転びながらも復活力、回復力で強い意志を持ち続け、次のステップにいく。それはリーダーシップの重要な取組の一つでもあります。

石見:エレコムでGXを推進するところで、私自身が一番重要だと思うのは「協働」です。GXを実現するには意味があるわけで、グループ会社や中国の製造会社と、どれくらい私たちの目的、やるべきこと、実際やることによって得られるものが協働できるか。そこがGXを進める上で、一番重要な要素だと心から思っています。この協働がきちんとすべてのScopeで対応できていくことが重要だと思います。
 政府のレギュレーション、政府の助成金、政府の考えている項目は、企業にとっては重要です。そこにきちんとキャッチアップし対応していく。あとはビジネスの機会への発想、ビジネスの機会があるから、このGXを進めていく、また、CSRやコストの効率化で持ち続けること。そして経済との新しい価値の連動、エレコムの中ではGPIFもそうですし、再生材のコストでより高い価値の製品を作ることもそうです。
 そうした発想を、経済と新しい価値の創造をしていかないと、なかなか価格の転換はできないので、この三つの協働、ビジネスの機会への発想転換と行動、そして経済との新しい価値創造を視点に、私自身がGXをより進めていきたいと思います。

周:ありがとうございます。もうちょっと紹介します。石見さんは若い時に香港で最初のスタートアップ企業を自分で作ったんですね。

石見:はい。「宅配小僧」という通販のスタートアップ企業を、1年半くらいで形を作りました。失敗だらけでした。

周:企業を創業した経験も、また普通の企業を巨大企業に育てた経験もおありです。さらに200社以上の企業の面倒を見ている。沢山のスタートアップ企業を育成しています。その気力もすごいなと思います。私はとても200社は頭に入らないと思います。日本のスタートアップがいまちょっと少ないという、ある意味で日本社会の大問題がある中、一番大事なのは彼のような存在です。スタートアップの面倒を見て、育てていく。本当に貴重な存在です。
 岩本さんも、大企業の社長はみんなが岩本さんのような方ではないので、日本においても世界においても貴重な存在です。
 私の隣の小手川さんも、貴重な存在です。高級官僚で、財務省は中国の皆さんはまだピンと来ないかもしれませんが、中国の財務部と国家発展改革委員会を足したような存在です。この財務官僚の時代に産業再生機構を作り、バブル以降問題となっていた企業を再生させました。何社くらいですか?

小手川:40社です。

周:ダイエーなど巨大企業を再生させた実績があります。その後、私が知っている限りでは退官されたあとも、中国の日本に進出している企業を含めてたくさんの企業の面倒を見てきた貴重な存在の方、どうぞコメント、総括してください。

司会の周牧之氏とコメンテーターの小手川大助氏
司会の周牧之教授とコメンテーターの小手川大助氏

■ 大口献金者から見えるトランプ政権の政策志向

小手川:第1ラウンドでヨーロッパの中心であるドイツの話をしましたので、第2ラウンドでは当然ながら、アメリカの話になります。2024年11月8日、私どもが思っていた通り、圧倒的にトランプが勝ちました。
 実は、2016年の時も、私とフジテレビの木村太郎さんの二人だけが当時トランプが勝つと言っていました。日本に比べると、アメリカの選挙は物凄くお金がかかります。前回2020年の大統領選挙、上院議員選挙、下院議員選挙で使われたお金は2兆2000億円です。
 これは、日本でキックバックの問題になっている安倍派が使ったとされるお金が5年間で5億円というのと比較すると、アメリカの選挙資金の莫大さがお分かりになると思います。
 アメリカの場合、政治活動委員会「PAC」ポリティカル・アクション・コミッティがあり、PACは、どのような趣旨のお金がどう使われたかを、一応全部発表しています。
 しかも、PACはどんな団体がお金を入れてきたかも発表します。ところが、いまアメリカで何が行われているかというと、PACにお金を入れる団体が、殆ど免税団体になっています。いわゆるNPOです。NPOにどういう人たちがお金を出しているかは全く匿名です。大口の献金者等の名前は全然出てこない。
 2020年のときと比較すると、バイデンの献金者はほとんどが大口です。軍事産業とウォール街の銀行で、面白いのは、2020年の時から、トランプの献金者はほとんどが小口です。献金者の数が多いのです。今回もその傾向は基本的には変わっておりません。ところが、その中にひとりだけ大口献金者がいました。これは有名なテスラのイーロン・マスクではなく、日本では全然名前が知られていない石油関係の方で、中東と非常に良い関係があった方です。
 いますでに交渉が水面化で始まっていまして、2025年1月20日にトランプが大統領に就任したら、現在ロシアが占領している地域と、ウクライナとの間にいわゆる朝鮮半島形式で約5キロメートルの緩衝地帯を置き、そこにPKO(平和維持軍)を入れる。いま交渉しているのは、PKOを誰にするかという話と、それからウクライナが将来も含めてNATOに入るか入らないか、そこのところの文言を水面化で交渉している状況です。
 ウクライナとの停戦が行われると、何が起こるかというと、いま経済制裁の関係で、一般のマーケットに出てきていないロシアの石油天然ガスがどんどん出てきます。
 従って、基本的に一般のマーケットでは石油価格が下がります。そうすると困るのが、いま言ったような中東の国です。しかも今度の政権のエネルギー長官の第一候補は、アメリカのシェール産業の一番のリーダーです。当然、シェール産業の生産も増えます。そうすると石油の供給量が世界的に増えますから、ほっておけば当然価格は下がっていきます。
 それでは最大の献金者も困るだろということで、政府の唯一の方法は消費を増やすことです。アメリカの国内の石油の消費は相当に増えると思います。
 その延長線上に、アメリカがパリ協定から脱退する話が決められてくるので、そこがこれから非常に注目に値するところではあるとは思います。

国際シンポジウム会場の模様

■ ムーアの法則で水平分業加速

周:2007年から2009年の間に、私はアメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)で客員教授をやっていました。その時、小手川さんはIMFの日本代表理事だったので、アメリカでも交流を重ねていたのですが、ちょうどその時、オバマが大統領選に出ていたんです。非常に面白かったです。オバマに使いきれない程の金が集まった。相手の共和党のマケインは、最後は金が底をついてコマーシャルが出せなくなった。一方、オバマは金を残してもしょうがないので、ばんばんと分単位でなく30分単位でコマーシャルを流していたんです。民主党政権の変質がひしひしと感じられた経験だった。
 近年、小手川大助さん、田中琢二さんとも、本学のゲスト講義で議論を重ねてきたのですが、やはりアメリカという世界の唯一の覇権国家のブレ、選挙によるブレの、世界に対する影響は極めて大きい。おそらく、中国の国内にいる皆さんが感じる以上に、世界に対する影響が非常に大きく、それがGXに如何に影響されてくるのか。おそらく周其仁先生の仰る通りに、我々は乾杯して飲むべきものは飲んでいくしかない。GXに関しては、我々はやれることからやるしかないと痛感しているところです。
 産業というのは、ムーアの法則駆動型になっていくと、実はその成長が大きく加速していくんです。さらに投資も巨大化し、世界市場とグローバル分業に依存せざるを得なくなってきます。つまり、ムーアの法則駆動産業は、グローバリゼーションを後押しします。
 私の分析では、ムーアの法則に沿った半導体の60年間の進化と世界の貨物商品輸出拡大との相関関係は一致しています。要するに、グローバリゼーションがいわばムーアの法則で急拡大しています。私はグローバリゼーションの本質は、ムーアの法則が駆動していると結論付けています。しかし今の話の中で出てきていますが、アメリカが中国に対するハイテク分野、そしてGX分野での貿易規制などを発動し、いま中国の電気自動車がアメリカになかなか入れない。太陽光パネルなどの輸出にもいろいろな制約をかけています。
 すなわちアメリカ自らグローバリゼーションに急ブレーキをかけています。世界の一番政治力を持っている国が、グローバリゼーションに急ブレーキをかけています。
 とはいえ、温暖化という地球規模の課題に、世界が一丸となって対処すべきです。
 最後に、GXそして二酸化炭素削減に向けて、日中の協力の可能性について、皆さん、其々の立場からお話ください。

司会の周牧之教授

■ 日中技術交流に更なる可能性拡げるGX

索:私は、日中両国が科学技術分野において、広範な協力基盤があると確信しています。日中両国は低炭素・GXに向けて共通の目標とニーズを有し、幅広い共通利益と協力の余地を持っています。
 石油や天然ガスといった化石エネルギーは、その埋蔵量の有限性、地理的依存性、分布の不均衡性から、強い地政学的属性を帯びています。日中両国はいずれも化石エネルギーの対外依存度が高く、輸入先が集中しているため、資源獲得をめぐる競争は不信感やエネルギー安全保障の不安を招きやすい状況にあります。それに対して、風力、太陽光、グリーン水素、原子力といったクリーンエネルギーは、その供給力がイノベーションに依存し、気候変動緩和とエネルギー安全保障の両立を支える柱です。したがってGX分野は、今後さらに両国の産業構造やエネルギー構造に大きな変化をもたらし、相互補完と相互依存を一層強め、技術交流と協力に可能性を拡げるでしょう。GX分野における協力は、日中両国の共通の利益に合致しています。
 中国は広大な市場を有し、再生可能エネルギー設備、省エネ技術、二酸化炭素回収・貯留(CCS)など日本の技術に大きなマーケットを提供できます。中国における社会実装は日本企業に豊富な技術応用シナリオや実証機会を提供し、技術の絶え間ない改善と高度化に寄与します。
 水素エネルギーを例に挙げると、日本はいち早く同分野の技術開発に取り組み、高分子電子材料、電磁力、極板などの重要技術において世界をリードしています。他方、中国は重化学工業のサプライチェーンが強く、水素エネルギーの大規模産業化において優位性を持っています。中国政府も現在、水素利用を強力に支援し、大規模な水素利用に必要な条件を備えています。水素産業の発展で、日中両国のカーボンニュートラル目標の達成に大きく寄与するでしょう。
 中国が新たな発展段階に入るにつれて、科学技術分野における日中協力の可能性は更に拡がります。産業協力で両国はそれぞれ強みを持ち、相互補完性も高いです。日本はマテリアルサイエンス、特に高性能複合素材や特殊金属素材の分野で顕著な優位性を持ち、さらに高精度測定機器、光学機器、産業用ロボットなどの先端装備製造においても豊富な蓄積があります。また、省エネ・環境保護技術、エネルギー管理や資源循環利用の分野で豊かな経験を有しています。他方、中国は5G通信やビッグデータなど情報技術の分野で急速に発展し、新エネルギー産業化でも顕著な成果を挙げています。特に太陽光発電や風力発電の設備容量は世界最大規模となりました。EV、リチウム電池、太陽光発電製品はいまや中国の輸出における新“三種の神器”となっています。
 日中両国は、幅広い共通の利益を持ち、広大な協力の可能性を持っています。両国の科学技術分野、とりわけGXでの協力は、必ずやアジアの発展、さらには人類の発展に重要な貢献を果たすものと確信しています。

壇場で周牧之教授、小手川大助氏、岩本敏男氏、石見浩一氏(左から)

■ 民間ベースでの協力とルール作りを

岩本:私自身、中国との歴史は30年ほど前に世界銀行の50億円くらいの融資を使い、中国人民銀行さんの決済システムのパイロット版を作ったことから始まりました。そして今日まで、100数十回ぐらい中国を訪問しています。今でも、中国には10カ所くらい拠点があり、4千人くらいの従業員がいますので、ついこの間も、北京、上海、無錫に行ってきました。来週、周先生もよくご存知の、今年で第20回目になる「東京―北京フォーラム」というフォーラムが東京で開催されます。今回、中国側からもかなりの大物の方々が来られて、20回目の大会ということもあるのでしょうけれど、色々なテーマで議論をします。私はそこではデジタル分科会で、AIのガバナンスについて、議論させていただくことになっています。 
 私の長年の中国との個人的なつきあいも含めて考えてみますと、このGXにおいても、基本的には双方のルールをお互いにどう認識し合うのかということだと思います。いろいろな政府同士の取り決めもあるでしょうが、ベースは民間だと思っています。民間ベースがいろいろなビジネスをする上で、必要なものは契約に書かれてくる訳ですが、さきほど言いましたようにサプライチェーンの問題もありますから、それなりに手を突っ込んだ議論をしなければならないところもあります。互いにこういうことをしようと言うルールをagreeすることが第一歩だと思います。
 ルールをagreeすることは、そのルールを互いに守っているよねということを認め合う、或いは、場合によっては、検証するようなことも必要になります。モニタリングといってもいいですが、こういった仕組みを、双方の政治体制が違うことも前提の上で、agree出来るかどうか。私はできると思います。
 それから、さっき小手川さんからも何回も出ているように、世界中で、今年は選挙の年で1月から毎月のように、インドネシアがあり、ロシアがあり、インドがあり、フランスがあり、イギリスがあり、今回のドイツもあり、他にもいくつもありますが、本当に選挙の年です。日本もありましたが。
 こういう世の中が大きく変わる年に、私は昔からこれをパラダイムシフトといっているのですが、凄い大きなパラダイムシフトの来る時代だからこそ、民間ベースのルールを作ってお互いに認め合って、それをモニタリングして検証していくという、こういうプロセスをお互いが尊重し合う。これが一番だなと思っています。私の今までの付き合いから見ても、充分、中国のさまざまな企業との間では出来ると思っています。

周:ありがとうございます。石見さんお願いします。

パネリストの岩本敏男氏、石見浩一氏
パネリストの岩本敏男氏、石見浩一氏(左から)

■ 日中協力でアジアのバリューチェーンを

石見:中国は、私たちのビジネスには欠かせないので、逆に言うと、どう一緒にやらせていただくのかが一番重要なイシューです。
 前述の通り、90%近い製造を中国のメーカーさんに担ってもらっている。深圳に私たちは新しくR&Dセンターを作り、いまどんどん中国との取引、ビジネスも広がっています。そこで多くの製品の品質を検証する。そしてその製品を持って日本市場、もしくはASEAN市場、その他の市場、米国市場に持っていく形もあります。
 これは笑い話ですが、脱中国だということで中国メーカーではないところに形を作ろうと言っても、中国の技術は圧倒的なので、ASEAN、ベトナムやフィリピンへ行っても、中国メーカーがそこで製造している、そういう状況がほとんどです。
 ですから逆に、どう一緒に世界の市場を開拓していくか、そして(世界の)GDP も大体60%くらいはアジア、インドを含むところから今後出てきますから、アジアの市場は、やはり中国と共に、より形を作っていく。グローバリゼーションは、いろいろな事が起きても最終的には続くと私は思っています。
 ですから、其の時に、アジアで、中国と日本、日本と中国で、どうバリューチェーンを作り、そして実際アジアの市場で戦っていくのか。グローバル市場で戦っていくのか。そこを模索し続けること。いろんなことは起きても、模索し続けることが結果としてGXの取り組みを協働することが重要です。
 再生可能エネルギーやエネルギーの使用量減はすぐできますし、いまも太陽光パネルは中国から調達し進めています。蓄電も、リチウムも圧倒的です。2月に私たちも中国の技術を使ってナトリウム電池を初めて発売しますが、リチウムとナトリウムの電池を中国で開発し、アジアで販売を強化していく。
 最終的にはグローバル化につながって、私たちはよりアジアの市場できちんとプレゼンスを残していきたいと考えています。
 エレコムのパーポスは、「Better being」です。より良き製品、より良きサービス、より良き会社、より良き社会を一緒になって作っていきます。

周:ありがとうございます。小手川さんどうぞ。

石見 浩一  エレコム社長、トランス・コスモス元共同社長
石見 浩一 エレコム社長・トランスコスモス元共同社長

■ トランプ氏は個人的な交渉や取引を重視

小手川:やはり日中は、地理的にも近いですし、経済的な関係も非常に深いので、当然今後仲良くやっていく必要があります。が、残念ながら日本の後ろには怖い怖い姑さんがいます。姑さんは、日本は自分の最大の同盟国とは言っているのですが、なかなか難しい人ですから、どうしてもこの姑さんがどういうことを考えているのかを、しっかり捉えていくことが重要だと思います。
 そんな観点からいうと、トランプさんは商売人です。戦争が大嫌いです。オバマやバイデンと違い、人権、民主主義、それからLGBTQなどへのドグマはありません。とにかく商売が好きで、しかも彼は自分の経験から一対一での交渉が大好きです。マルチの交渉、マルチの機関、IMFや世界銀行は大嫌いです。
 従って彼はとにかく一対一の交渉の場に出れば、自分が絶対に勝てると思っていますので、とにかく彼にとっては、どうやって相手を交渉の席に引っ張り出すかが最大の課題になります。
 そのため彼は物凄く高いボールを投げます。ところが実際に交渉の席につきますと、非常に話のわかる人に変わってしまい、とにかくディールをしたいというふうになってきます。
 トランプはニューヨークのちょっと東のクイーンズ地区の出身です。クィーンズ出身の人のことをニューヨークの人たちはどう言っているかというと、「Don’t listen to him」彼が言うことには耳を傾けるな。「Watch what he does」彼が何をするかを見ておけ、です。
 要するにトランプが色々な事を言っても全然気にする必要はない。実際彼が何をやってくるかが一番重要です。
 もう一つ付け加えますと、私も1980年代から90年代にかけて、アメリカを相手とした二国間交渉を嫌というほどやりました。相手は米財務省やUSTRで、当時のUSTRは、大体75名くらいいました。
 ところが2016年にトランプ大統領になり、ライトハイザー等がやってきて交渉に入ったのですが、その当時のUSTRは、なんと25名しかいませんでした。それで、どうなるかと言いますと、日本の外務省が作った合意案文を全部ほぼ丸呑みで、少しだけ変えてくるのですが、充分検討するような人間もいないようで非常に簡単に交渉がまとまりました。当時の外務省の人たちは万々歳だったことだけちょっと申し上げたいと思います。

シンポジウム当日の東京経済大学キャンパス

■ 日中、交流進化が問題を解決

周:トランプが交渉好きということは、中国の皆さんも実はよくその話を議論していまして、実は中国人ほど交渉好きな民族もあまりないです。市場のおばあちゃまからビックカンパニーの社長たちまで、政治家まで、みんな交渉が大好きなんです。問題は、交渉の相手が信用できるかどうか。交渉した後は信用できないで、また全部違う話になってくると、これはまた違う話になります。

小手川:最後にひとこと。先ほどのセッションで徐林先生がおっしゃったことに関係しますが、アメリカは、最後は物凄く利己的になります。例えば、いまウクライナの関係で(ロシアに)経済制裁をやっているのですが、経済制裁にもかかわらずアメリカはずっとロシアから輸入しているものが三つあります。一つはウラニウムの鉱石、二つ目はディーゼルオイル、三つ目は化学肥料の原料になるケイ素です。とにかくアメリカは常に自分中心ですので、ルールとかはあまり考えない方がいいと思います。

周:アメリカという島国は、ユーラシア大陸から見ると島国なんですが、彼らの対ユーラシア政策も、島国、日本ではなくイギリスみたいな島国の伝統的な考え方、戦略でやっていますので。その話は私と田中琢二さんはかなり議論を重ねてきたんです。
 僕から見ると、日中関係もアメリカの影響をかなり受けます。GXもアメリカの影響をかなり受けます。我々はやはり周其仁先生がきょうおっしゃっていたように、やるべきことをやっていくしかないです。
 僕は実は日中関係を非常に楽観的に見ています。われわれ今回、中国から70名くらいの企業家あるいは、政府関係者、学者が来ています。泊まるところが大変でした。ホテルニューオータニに数十名入れるというのはとんでもない話だった。なかなか予約が取れない。最後は中国大使館の力を借りて、ようやくニューオータニに沢山の人たちが泊まることが出来るようになった。無事に多くの人たちが泊まることができました。
 何故かと言うといま日本には沢山の中国の皆さんが来ています。おそらく今年は1000万人を超えるでしょう。日本と中国の人と人との交流を重ねていくと、まったく話が違ってきます。3000万人になった場合、5000万人になった場合、実はこれはかなり近い将来の話になります。
 5000万人の中国の皆さんが毎年日本を訪ねてきた時に、日中関係のいままで我々が憂鬱になっていた話は、全部ふっとんでしまうと僕は信じています。
 はい。時間もだいぶ回りました。きょうは素晴らしいパネリストとコメンテーターに恵まれ、イノベーションや企業家精神、そして国際協力に至るたいへん示唆に富んだ話をしていただきました。
 GXに取り組む若い世代、あるいはこれからのグローバリゼーションに取り組む若い世代には、大変参考になります。
 どうもありがとうございました。
 これでお開きになります。どうもご清聴ありがとうございました。

■ レセプション

シンポジウム終了後、東京オペラシティ52階エムティーアイのラウンジにてレセプションを開催、登壇者及び来賓、参加者が交流を深めた。

   冒頭、前多俊宏エムティーアイ社長が歓迎挨拶をし、中井徳太郎日本製鉄顧問・元環境事務次官が乾杯の音頭をとった。
   有賀雄二勝沼醸造社長、汪雅平紹興国稀酒醸造会長、高溪蔓茅台生態農業戦略合資運営パートナー・上海溪桐実業会長が日中両国の自慢の甲州ワイン、紹興酒、茅台酒を紹介し、会場を盛り上げた。
   次いで莫懿鑫資本集団会長、張晓北京玄鸟錾文化发展有限公司会長、徐玄北京玄鸟錾文化发展有限公司社長がシンポジウムの日本側登壇者に、中国ミャオ族の職人が手作りしたプレゼントを手渡した。
   西正典元防衛事務次官、安庭中国全国政治協商会議委員・北京希肯琵雅国際文化発展会長、土屋了介エムティーアイ社外取締役・国際学園理事長・国立がんセンター中央病院元院長、李国平・北京大学首都発展研究院院長、林惠春北京師範大学一带一路学院教授、清水昭NPO健康医療開発機構理事長・川越リハビリテーション病院院長、王志学中国国新資産管理有限公司会長、都築明寿香日本経済大学学長、岩熊正道RKB毎日放送代表取締役専務取締役が、来賓を代表して挨拶し、シンポジウムの成功を讃えた。
 楊偉民第十三回中国全国政治協商会議経済委員会副主任、中井徳太郎元環境事務次官、徐林米中グリーンファンド会長、周牧之東京経済大学教授が壇上に上がり、20数年来の友情を回顧し、閉会挨拶をした。
    井上裕行東京経済大学教授、倉中るな画家・タレントが司会を務めた。

シンポジウムの日本側登壇者に中国ミャオ族の職人手作りのプレゼントを手渡す莫懿鑫資本集団会長、張晓北京玄鸟錾文化发展有限公司会長
シンポジウムの日本側登壇者に中国ミャオ族の職人手作りのプレゼントを手渡す莫懿鑫資本集団会長、張晓北京玄鸟錾文化发展有限公司会長
乾杯の音頭をとる中井徳太郎日本製鉄顧問・元環境事務次官
乾杯の音頭をとる中井徳太郎日本製鉄顧問・元環境事務次官
歓迎挨拶をする前多俊宏エムティーアイ社長
歓迎挨拶をする前多俊宏エムティーアイ社長
司会をする井上裕行東京経済大学教授、倉中るな画家・タレント
司会をする井上裕行東京経済大学教授、倉中るな画家・タレント
来賓挨拶をする安庭中国全国政治協商会議委員・北京希肯琵雅国際文化発展会長
来賓挨拶をする安庭中国全国政治協商会議委員・北京希肯琵雅国際文化発展会長
来賓挨拶をする岩熊正道RKB毎日放送代表取締役専務取締役
来賓挨拶をする岩熊正道RKB毎日放送代表取締役専務取締役
来賓挨拶をする王志学中国国新資産管理有限公司会長
来賓挨拶をする王志学中国国新資産管理有限公司会長
来賓挨拶をする高溪蔓茅台生態農業戦略合資運営パートナー・上海溪桐実業会長
来賓挨拶をする高溪蔓茅台生態農業戦略合資運営パートナー・上海溪桐実業会長
来賓挨拶をする清水昭NPO健康医療開発機構理事長・川越リハビリテーション病院院長
来賓挨拶をする清水昭NPO健康医療開発機構理事長・川越リハビリテーション病院院長
来賓挨拶をする西正典元防衛事務次官
来賓挨拶をする西正典元防衛事務次官
来賓挨拶をする都築明寿香日本経済大学学長
来賓挨拶をする都築明寿香日本経済大学学長
来賓挨拶をする土屋了介エムティーアイ社外取締役・国際学園理事長・国立がんセンター中央病院元院長
来賓挨拶をする土屋了介エムティーアイ社外取締役・国際学園理事長・国立がんセンター中央病院元院長
来賓挨拶をする有賀雄二勝沼醸造社長
来賓挨拶をする有賀雄二勝沼醸造社長
来賓挨拶をする李国平・北京大学首都発展研究院院長
来賓挨拶をする李国平・北京大学首都発展研究院院長
来賓挨拶をする林惠春北京師範大学一带一路学院教授
来賓挨拶をする林惠春北京師範大学一带一路学院教授
来賓挨拶をする汪雅平紹興国稀酒醸造会長
来賓挨拶をする汪雅平紹興国稀酒醸造会長
閉会挨拶をする中井徳太郎、楊偉民、周牧之、徐林
閉会挨拶をする中井徳太郎氏、楊偉民氏、周牧之教授、徐林氏(左から)
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【シンポジウム】周牧之:ストック依存から抜けて情報革命へ真摯に向かう

■ 編集ノート:中国の台頭を軸とした世界のドラスティックな変化。取り残されかねない日本は将来をかけた国内改革をどう進め、世界にどう向かい合うか。
 2003年3月7日に経団連会館で開催した「言論NPOのアジアシンポジウム」で周牧之教授は、榊原英資(慶應義塾大学教授)、安斎隆(アイワイバンク銀行社長)、柳井正(ファーストリテイリング代表取締役)、ドナルド・P・ケナック(AIGカンパニーズ日本・韓国地域社長)、イェスパー・コール(メリルリンチ日本証券チーフエコノミスト)、加藤隆俊(東京三菱銀行顧問)、谷口智彦(日経ビジネス主任編集委員)らと議論した(肩書きは当時)。
 バブル崩壊後35年を経て日本は今なお経済停滞に喘いでいる。23年前に周牧之教授が鳴らした日本社会への警鐘を今一度振り返る。


周牧之 柳井正 安斎隆 榊原英資 加藤隆俊 谷口智彦 ドナルド・P・ケナック イェスバ・コール

■ ストック神話は改革を妨げる


 いまの日本人は1840年に起こったアヘン戦争後の中国人とよく似ていると私は思います。と言うのは、この十数年間、日本はストック(資産)に対する神話を持ち過ぎてきたのです。社会においても家庭においても個人においても、ストックを持っていれば大丈夫だとの認識が根強くありました。このストックへの過信、あるいは依存症は危機感を薄め、日本の経済社会の改革を妨げています。
 この200年間にアジアを変えた欧米発の革命が二つありました。ひとつは産業革命、もうひとつは情報革命です。この二つの革命によってもたらされた変化への対応には、二つアプローチがあります。ひとつはストックでしのいで行くこと、もうひとつは新しいシステムを作り対応していくことです。革命への対応の違いによってアジアの国々の運命の明暗は分かれました。

東西の貿易の三つのルート

東西の貿易の三つのルート
出典:周牧之著『中国経済論』図1-8、木下康彦ほか編『詳説世界史研究』山川出版社,1995年を参考に作成。

■ 構造的貿易黒字がアヘン戦争を招いた


 中国の失敗はアヘン戦争後の対応から始まります。15世紀末にヨーロッパ人は喜望峰をまわり、インド、東南アジア、中国、日本に到達できる航海ルートを発見しました。これによりヨーロッパと東アジアとの東西貿易も直接かつ大規模に行われるようになりました。中国から茶、シルク、綿製品、陶器など中国産のさまざまな農産品と工業製品が大量にヨーロッパへ輸出されていきました。特に1684年に清朝政府が海禁政策を緩和したことにより、対ヨーロッパ輸出はさらに拡大していきました。
 この輸出ブームに支えられた18世紀は、中国にとって黄金の世紀でした。輸出代金としてヨーロッパから入った白銀は、中国で一世紀にわたりインフレーションを引き起こしたほど大量でした。好景気の中で中国の人口は18世紀中に著しく増加し、18世紀末に初めて3億人を突破しました。後世はこの空前の繁栄を「康乾之治」(康熙帝から乾隆帝までの繁栄時期)と呼んでいます。その意味では、18世紀の中国は大航海時代の一大受益者でした。
 中国の好景気と対照的に、当時のイギリスをはじめとするヨーロッパの対中国貿易は、莫大な経常赤字を計上することとなりました。銀の中国への大量流出はイギリスに大変な財政危機をもたらしました。対中国貿易の赤字構造を打開するためイギリスが考え出したのは、インド植民地で阿片(アヘン)を栽培し、中国に持ちこむ方策でした。
 その結果、アヘン貿易は茶の貿易を上回り、18世紀末にはイギリスと中国の貿易構造が逆転しました。アヘン貿易によって大量の白銀が中国からイギリスへと逆流していきました。今度は中国が深刻な財政難に陥り、社会は麻薬吸引者の増大で混乱の一途をたどっていきました。
危機感を抱いた中国政府は1837年、アヘン貿易の全面禁止に乗り出しました。これ対してイギリス政府は、貿易保護と称して艦隊を派遣し、中国と一戦を交えました。これがいわゆるアヘン戦争です。アヘン戦争は、イギリスが本国では禁止されていたアヘンを、中国向けに輸出するために仕掛けた戦争でした。
 産業革命によって国力を著しく増大させていたイギリスの海軍力を前に、海軍をほとんど持たなかった中国は、まともな戦争相手にさえなりませんでした。「巨象の中国」、「世界帝国の中国」はあっという間にイギリスという新興工業国に破れました。1842年南京において中国は初めて不平等条約にサインしました。南京条約で中国は、香港をイギリスに租借し、イギリスが要求する貿易条件を飲みました。

世界の生産高に占める各国シェア

世界の生産高に占める各国シェア
出典:周牧之著『中国経済論』表1-4、Paul Kennedy,The Rise and Foll of The Great Powers,1987(『大
国の興亡』鈴木主税訳,草思社,1993年,草思社,1993年)第6表より作成。

■ 敗戦は抜本的改革に活かせなかった

    Paul Kennedyの『大国の興亡』によると、アヘン戦争が起きる前の1830年に中国の世界の生産高に占めるシェアは29.8%でした。しかも1684年に清朝政府が海禁を緩和してから1840年のアヘン戦争までの1世紀半あまりの輸出ブームによって巨大な富のストックを貯めました。そのストックは今の日本のそれに劣らないほどでした。当時の中国は近代社会への改革のすべての条件を揃えていました。その条件とは改革の体力、富のストック、そしてアヘン戦争という警鐘でした。
 しかし、アヘン戦争に負けた清朝政府はお金を払えば済むと考えていました。また中国の官僚や知識人は、これまで有効に働いていた中国の既存の社会システムを過信していました。1860年代から始まった洋務運動は西洋の武器・弾薬・船舶の国産化を図るものでしたが、農村を中心とした既存の社会秩序を改革するものではありませんでした。洋務運動の目的は、むしろ既存の農業社会秩序を維持するための軍事力づくりでした。
 洋務運動という事実上軍事工業に偏った近代化プロセスの限界が、19世紀末に起きた日清戦争における中国の敗北によって、証明されることとなりました。日清戦争後の中国は最貧国のひとつに転落しました。巨大な富のストックはアヘン戦争後の60年の間に消えたのです。中国の近代化を、富のストックが無くなった条件のもとスタートせざるを得なかったことが、20世紀の中国の苦難をもたらしたとも言えましょう。
 アヘン戦争は中国に対する警告だったのです。日清戦争までには約60年という時間が中国にありました。だからアヘン戦争は、中国にとってはある意味でチャンスだったのです。警告、ストック、時間のすべてが与えられていました。
 にもかかわらず中国の先人たちは、今日の日本人のようにストックを過信し、欧米発の産業革命がもたらす変化に真剣に対応しませんでした。それによって、中国は大航海時代の受益者から産業革命時代の被害者に転落しました。

19世紀における中国アヘン密輸入量

19世紀における中国アヘン密輸入量
出典:周牧之著『中国経済論』図5-3、並木頼寿・井上裕正著『世界の歴史―中華帝国の危機』中央公論社,1997年p73データより作成。

■ 日本経済停滞は情報革命への乗り遅れから

 日本の社会に警鐘を鳴らしたい。バブルが崩壊した後の日本を見てみると、「いまの状態はバブルの処理とバブル時の政策が悪かったことからもたらされた」と皆が思い込んでいます。情報革命に対応できなかった事実に、きちんと向き合っていないのです。情報経済に適した経済社会システムを作り直す努力が今ひとつです。その理由の恐らく一つはストックへの過信、もう一つは既存の工業経済社会システムへの過信でしょう。この現象はアヘン戦争後の中国の様相によく似ています。
   情報革命への対応はアジア問題と関連しています。情報社会と工業社会はどこが違うかと言うと、一番の特徴は工業社会は均一社会なのです。均一であればあるほどいいのです。
 これと対照的に、情報社会は多様化社会です。多様性を持たない議論は不毛です。同じインフォメーションを持つ人が議論しても情報生産にはなりません。情報経済の勝者になるには多様化社会をどう作るかという話に尽きるのです。日本人の中には未だに「われわれはアジア人ではない」と言う人もいるのですが、私は批判しません。他者のアイデンティティはどうであれ尊重しなければなりません。ただし今は、情報経済に適した多様性のある社会をどう作っていくかについて議論しなくてはいけない時期に来ています。こうした議論の中でアジアとの関わりを見直すべきです。

サプライチェーンのグローバルな拡張

サプライチェーンのグローバルな拡張
出典:周牧之著『中国経済論』図1-3。

■ グローバルサプライチェーンが国民経済を再定義


 産業問題について研究してきた者の視点から見ると、現在、世界の産業集積は組み替えられている最中です。今までの産業集積は、ある国或いはある地域にフルセットの産業集積を作るもので、それを守っていたのは国民経済という壁でした。フルセット型産業集積にいろいろな不合理性があっても国民経済という壁が守ってくれる。もちろんそれと引き換えにフルセット型産業集積は国民経済を支える。つまり国民経済とフルセット型産業集積とは相互依存してきたのです。
 しかし、この相互依存関係は情報革命によって崩壊してしまいました。産業技術体系の変革によって、どこでもだれでも工業生産活動を展開できるようになったいま、製造業の競争力のカギは、徹底的な効率追求にあるといえます。世界大競争の中で、効率こそが今日、企業生存の最大のファクターとなりました。効率を追求するため、企業は国民経済の壁に閉じ込まれたフルセット型産業集積の不合理性を乗越えなければならない。企業は世界最適調達を目的にグローバルサプライチェーンを構築することに、或いはグローバルサプライチェーンに組み込まれることに、活路を求めざるをえなくなったのです。
 その意味では、情報革命に引き起こされた産業技術体系の変革は現在、フルセット型産業集積を解体し、国民経済そのものを変貌させています。
 グローバルサプライチェーンというビジネス・モデルが普遍的になった今、昔のフルセット型の産業集積はどんどん崩壊しています。グローバルサプライチェーンに対応する形で新しい産業集積が世界のあちこちにいろいろな形態で出てきたのです。たとえばアメリカのシリコンバレー、台湾の新竹、インドのバンガロール、中国では上海を中心とする長江デルタ、香港・広州・深圳を中心とする珠江デルタなど多種多様な産業集積が、新たに作られたグローバルサプライチェーン型産業集積であると言えるでしょう。
 これらの新型産業集積は昔のフルセットの産業と違い、工程間の世界分業を基本とするネットワーク型です。恐らくこれから成功する企業は、こうしたグローバルサプライチェーンに組み込まれるか或いは自分がそれを構築する努力をする企業に限られます。そうした努力をしない企業は失敗するでしょう。つまりグローバルサプライチェーンというネットワークに対応できるか否かが恐らく21世紀の企業の生死にかかわる話なのです。その波の中で、日本と中国の間には新しい産業協力像、企業協力像が出てくると思います。

■ グローバルサプライチェーンでウィン・ウィンゲームに


 中国はグローバルサプライチェーンにうまく適応したことで伸びたと私は思います。中国では現在大規模な産業集積が形成されつつあります。
 もうひとつ申し上げたいのは産業集積地の流動化です。産業革命以降、「世界の工場」の場所がどんどん変わりました。世界規模の産業集積が次々と場所を移しています。フルセット産業集積と国民経済の時代、産業集積地の変化はオセロゲームによく似ていました。新しい産業集積地の出現によって既存の産業集積地は崩壊してしまう。オセロゲームのように、こちらが黒になるとあちらが白になるのです。
 幸い従来とは異なり、グローバルサプライチェーンは各国それぞれの強みを繋ぎ、世界的な新型産業集積のネットワークが構築していきます。ウィン・ウィンゲームになる可能性を持っています。
 ウィン・ウィンで成り立つビジネス・モデルを作ることが出来れば、グローバルサプライチェーンでの成功が得られるでしょう。もっとも、産業の変化の要請に怠慢に対応する限りオセロゲームのように全て失う事になりかねません。
中国経済論

【経済教室】周牧之:現代版「絹の道」、構想推進を 欧州から日本まで 資源の開発・輸送で協力

■ 編集ノート:2026年春から続くアメリカとイランとの戦争で、原油輸送の大動脈であるホルムズ海峡が遮断され、日本の石油輸入は大きなダメージを受けている。多様なエネルギー調達ルートの重要性が改めて示された。
 20世紀末、周牧之教授は石油・天然ガス資源をパイプラインでカスピ海・中央アジア及び新疆から中国の沿海部まで運び日中韓でシェアする「ユーラシアランドブリッジ構想」を打ち立てた。
 同構想は、パイプラインだけではなく、中国の沿海部からオランダのロッテルダムまでをつなぐユーラシア大陸横断広域インフラ(鉄道、高速道路、航空網、光ファイバーなど)を整備し、その沿線開発も進める。交流と繁栄をもたらしたシルクロード(絹の道)の現代版であった。
 1998年秋、中国の江沢民国家主席が日本を訪問した際、同構想は「日中両国の二十一世紀に向けた協力強化に関する共同プレス発表」の中で、今後の両国経済協力の目玉の一つに取り上げられた。
 しかし、日本はその後、同構想から降りた。他方、中国は同構想を「西気東送」そして「一帯一路」戦略へと発展させた。
 現在、ホルムズ海峡封鎖で困窮する日本とは対照的に、多様なエネルギーの調達ルートを確保した中国は、混沌とする世界の中でその強靭さを際立たせている。周教授が1999年4月1日付日本経済新聞朝刊「経済教室」欄に寄稿した同構想について、改めて振り返る。

ホルムズ海峡
原油輸送の大動脈であるホルムズ海峡

日本経済新聞 経済教室 1999年4月1日

(1)日本と中国の大型協力案件として欧州から日本に至るユーラシア大陸横断の広域インフラ(パイプライン、鉄道、道路、光ファイバー網など)整備と沿線開発を進める構想がでてきた。
(2)現代版「絹の道」といえるこの構想が進めば、エネルギー資源や食糧の輸送が効率化でき、それらの世界的な需給ひっ迫も防げる。
(3)計画が大掛かりなだけに、公的な資金だけでは賄えず、民間の長期資金を呼び込む工夫が求められる。

■ 中央アジアの問題解決のカギ


    中国の江沢民国家主席が昨秋日本を公式訪問した際に行われた「日中両国の二十一世紀に向けた協力強化に関する共同プレス発表」の中で「ユーラシアランドブリッジ構想」が、今後の両国経済協力の目玉の一つとしてとり上げられた。
 この構想は、直接には中国の江蘇省連雲港を中心とする東部沿海地域からオランダのロッテルダムまでをつなぐユーラシア大陸横断広域インフラ(鉄道、高速道路、航空網、光ファイバー、パイプラインなどで構成)を整備し、その沿線開発も進めるものである。政府レベルでの青写真づくりはこれからで、それに向け筆者の考えを述べたい。
 ユーラシア(日本を含む)は人口、国内総生産(GDP)、エネルギー資源確認埋蔵量で世界の約四分の三を占める最大の大陸である。冷戦時代、ユーラシアは、その東・西端に市場経済体制の国を有し、中間の広大な地域は計画経済体制下にあった。冷戦後中央アジアはソ連から解放されたが、民族主義、宗教などをめぐる問題が噴き出している。
 その意味でユーラシアでの広範なインフラ整備は、中央アジアはもちろん域内全体、及び域外との連携を強め、「開かれたユーラシア」の実現に重要な役割を担う。ユーラシアランドブリッジ(以下ランドブリッジ)は、ユーラシア大陸の東西の基軸を成すものである。古代ユーラシアに交流と繁栄をもたらしたシルクロード(絹の道)の現代版として、日本を含むユーラシア諸国の産業構造、貿易構造を大きく変えうる。
 カスピ海・中央アジアには巨大なエネルギー資源が眠っている。この地域の多くの国にとっては、資源輸出が当面の開発戦略のなかで唯一けん引力を期待しうる分野となっている。欧州では石油、天然ガスの需要増が当面既存の供給者からの調達で賄えるうえ、複雑な国際政治・民族問題により中央アジアから欧州へのパイプライン建設が阻まれる状況では、東向けのルートがより現実的だろう。
 中央アジア諸国の国民経済の形成、市場経済への移行、民族問題の沈静化は、各国の資源輸出戦略の成否にかかっているといっても過言ではない。

周牧之『現代版「絹の道」、構想推進を―欧州から日本まで資源の開発・輸送で協力―』日本経済新聞、1999年4月1日
周牧之『現代版「絹の道」、構想推進を―欧州から日本まで資源の開発・輸送で協力―』日本経済新聞、1999年4月1日

■ 石油輸送拡充し環境対策も促進

 他方、中国の急速かつ大規模な工業化は、深刻な環境問題を招き、その影響は日本を含む周辺諸国に及んでいる。中国の環境問題の原因は同国のエネルギー供給が、汚染度の高い石炭に依存していることにある。
 同国の一次エネルギー消費に占める石炭の比率は現在七五%で、石炭需要量は二〇〇〇年には十四億トンを超えると予測されている。抜本的な環境対策は、一次エネルギー構造を石油・天然ガス、水力などクリーンエネルギー主体に転換していくこと以外にない。
 ランドブリッジの沿線には、中国国内で最有望視される新疆ウイグル自治区の大油田がある。そこでの石油・天然ガスの開発、及びカスピ海・中央アジアなどからのパイプライン構想が実現すれば、中国のエネルギーの構造転換が加速し、環境汚染は大幅に緩和できる。それは世界の石油市場の安定化にも寄与しよう。
 日本に関しては、中国沿海とさらに日本の港まで延びるパイプラインからカスピ海・中央アジア及び新疆産の石油・天然ガスが輸入できれば、石油の中東依存も緩和され、エネルギー源を多様化できるだろう。
 膨大な人口と高度な文明を何千年も支えてきた中国の国土が疲弊して久しい。工業化、都市化による耕地の大規模な転用、砂漠化や塩害による耕地の浸食、過度の耕作による地力の低下などは同国の食糧供給能力を下げている。人口増に伴う食糧需要と、経済成長による一人当たりたんぱく質摂取量の増大に伴う飼料需要は、穀物消費量を加速度的に増大させている。
 中国内陸部の農業は、過度に地下水に依存するため、地下水の枯渇が穀物生産に深刻な打撃を与えるとみられる。中国での穀物の需給ギャップは将来、相対的に規模の限られた国際穀物市場にも大きな影響を及ぼしかねない。こうした混乱を避けるには、北米・南米に加え、ウクライナや中央アジアなど穀物増産余力のある地域からの開発輸入が重要になる。
 ランドブリッジの形成は、中央アジア及びロシアの穀倉地帯と中国さらには日本との輸送ルートの確立も意味する。このルートと、北米・南米からアジアへの穀物・鉱石の大量海上輸送を柱とする「アジアポート構想」とが組み合わされば、北米・南米の穀倉地帯からアジアへの輸送ルートが確保される。
 構想の実現は北米はもとより発展途上にある南米とアジアとの経済の結び付きを強め、南米の農業開発、鉱業開発にも貢献し、南米諸国にさらなる発展の機会をもたらす。それは多くの食料を輸入に頼る日本にとって死活問題である国際穀物市場の安定に役立つだろう。
 こうした構想は、インフラ整備だけが目的だと思われがちだが、そのインフラを活用して沿線地域の開発を進め、広域経済圏の形成を目指すことが重要だ。

Zhou Muzhi, Eurasian Land Bridge carries great promise, The Nikkei Weekly, 1999年5月17日.
Zhou Muzhi, Eurasian Land Bridge carries great promise, The Nikkei Weekly, 1999年5月17日

民間資金導入へ日中がけん引


 ランドブリッジは、全体でみればユーラシアでの広域市場の形成を促す。今までの地域ごとのワンセット型の産業構造を打破して産業立地の再配置と沿線地域での分業体制づくりを促進するものとなる。
 新たな東西軸の形成は、内陸開発と地域格差是正をもたらす。この軸には日本、韓国、中国、中央アジア諸国があり、これらの国々の経済関係強化により、一大広域経済圏が形成される可能性がある。
 それは日本では、太平洋側に比べ経済的に比重が小さい日本海沿岸地域の活性化と日本海国土軸の形成を促し、国土の均衡ある発展が可能になる。
 日中両国にとって同構想に向けた経済協力は、環境、エネルギー、食糧など世界規模の解決が必要とされる今日的な問題に共同で取り組む点でその意義は大きい。広域経済圏の形成が来世紀の両国の経済発展に寄与することは明らかである。
 従来日本は多くの分野で中国に協力してきたが、同構想のような長期的視野に立つ経済協力の展開は、より効果的で、かつ顔の見える援助になり得る。
 鉄道面のランドブリッジはすでに、中国の連雲港とカザフスタンを結ぶ国境貿易列車が九二年末開通したことで始まっている。それを機にランドブリッジに関する様々なインフラ計画案が内外の複数の機関から相次いで出された。国連開発計画(UNDP)、世界銀行、アジア開発銀行などの国際機関も同構想に関連した援助を実施または検討している。
 問題は資金手当てである。例えばトルクメニスタンから連雲港を経てさらに日本の新潟に至る天然ガスパイプラインを設ける構想がある。その建設に限ってみても、約百億ドルの資金が必要との試算があることからもわかるように、ランドブリッジ構想は、壮大なゆえに巨額の資金を要する。これは到底公的資金だけで賄える規模ではない。
 それだけに日中両国の同構想への取り組みは、ビジョンを描いたうえで、民間を含め世界の資金と英知を集めるための環境作りに重点を置くべきであろう。
 経済協力はすぐに結果を求められがちであるが、この構想に関しては、二十一世紀のユーラシアの繁栄を左右するだけに、長期的視野で地道に取り組むことが重要であろう。


【激論】 船橋洋一・加藤紘一・海江田万里・周牧之:東アジア時代へのイマジネーション

■ 編集ノート:16年前の2010年、中国は金融危機を乗り越え世界経済の牽引車となった。当時は中国経済規模が日本経済のそれを超えたところで、アメリカを始め国際的に「中国期待論」が高まっていた。新しいアジアの時代への高揚感が膨らむ中、周牧之教授は東京経済大学主催シンポジウムで、船橋洋一、加藤紘一、海江田万里の各氏を招き、アジアの時代のイマジネーションについて語った。

    2026年現在、中国経済の規模は日本経済の5倍前後にまで成長している。今日の日米中関係に照らして往時の議論を振り返る。

周牧之教授、海江田万里氏、加藤紘一氏、船橋洋一氏
登壇者:周牧之教授、海江田万里氏、加藤紘一氏、船橋洋一氏(左から)

東京経済大学創立110周年記念
「次の10年」を考える環球国際シンポジウム
~ 東アジア改革の行方 ~

■ Session 4 ■  東アジア時代へのイマジネーション

司 会   船橋洋一 朝日新聞社主筆、法学博士
パネリスト 加藤紘一 衆議院議員、元内閣官房長官 
      海江田万里 衆議院議員、内閣府特命担当大臣 
      周牧之 東京経済大学教授、経済学博士
                 (肩書きは当時)

日時 2010年10月1日(金)10:00~18:00(開場9:30)
会場 六本木ヒルズ森タワー アカデミーヒルズ49


司会を務める船橋洋一氏
司会を務める船橋洋一氏

■ 東アジア時代は果たして可能か?


船橋洋一:船橋でございます。よろしくお願いいたします。もう最後のセッションになりましたので、だいぶお疲れと思いますけれども、いちばん最後は少し長期的な時間の長いスパンでもって東アジア時代というものが果たして可能なのだろうか、どのように可能なのだろうか、そもそもそれはどういうものなのだろうかというようなこととか、今日の「次の10年」を考える環球国際シンポジウム~東アジア改革の行方~ですから、改革ということを今日締めくくりに少ししっかりと考えてみたいとも思います。
 私のほうからは、今まで3つのセッションでそれぞれ相当深い議論が既にございましたので、前置きは一切抜きにして、早速3人のパネリストの方々に最初のプレゼンテーションを、お一人最初は10分ということでお願いします。
 それでは最初に、加藤紘一さん、お願いいたします。

パネリストを務める加藤紘一氏
パネリストを務める加藤紘一氏

加藤紘一:加藤でございます。21世紀は私はアジアの世紀になるだろうと思っています。いや、もうなっている、なり始めていると皆さんお思いだと思います。全世界68億の人口のうち、トルコまで入れますと52~53%はアジア。東アジアをどこまで定義するかですが、中国、日本、南北朝鮮、台湾、ここだけを見ても優に15億ぐらいになるはずでございます。
 アジアの人々、特に東アジアの今後の強みは、私、人口の多さだけではなくて教育水準だと思います。具体的にまず第1に、識字率というところから言えるのではないかと思います。東アジアの約15億程度の人口の人々が自分の国の母国語で読んだり書いたりできる率はどの程度あるか。おそらく95%以上になるのではないかと思います。これはほかの発展途上地域とは大きな違いがあります。例えば機械を備え付けるときに、取扱説明書はなかなか面倒くさいものですけれども、それを自国語で読める。読めなければ作業できないわけです。若い医学生が看護師さんに説明する。医療機器の使い方の説明書を看護師さんが読めなければ、その国の医療水準は上がっていかないわけです。などから考えると、われわれはものすごいアドバンテージを持っているのではないかと思います。
 さあ、そこでその国々がしっかりとした協力関係を今後もてるかどうか。将来はもちろんもてると思うのですけれども、なかなかまだフラジャイル(脆弱、壊れやすい)という点があることは事実であります。第1は、朝鮮半島がまだ分裂して安定していないということです。きょうは時間が限られておりますので、端的に申しますれば、やはり北朝鮮が国際社会の通常の一員としてジョインしてくるという状況が早くこなければいけません。今度、金正恩という人がどういう政治をするのか、またその保護者たちがどういうかじ取りを新しい指導者に対してするのか、そこはよく分かりませんけれども、やはり北朝鮮の核の脅威がある段階ではいろいろな北東アジアの協力関係はできない。
 では、早くそれについて話し合いをすればいいではないか。六者会談が行われてもなかなかそれがうまくいかない。私はその1つの鍵はやはり日朝関係にあると思っています。日朝関係がなかなかスムースにいかない。特に、六者会談をやるときに、北朝鮮側が「日本がいないほうが会議が早く進む」などと失礼なことを言っている限りにおいては、それはなかなかうまくいかないのですけれども、わが国のほうも考えなければならないのは、北東アジアの非核の状況をつくるという話と拉致の話が同時並行的に議論する雰囲気がなければいけないのではないかと思います。拉致の問題の解決がない限り……。もっと具体的に言えば、めぐみさんの遺骨の問題が解決できなければ核の討議に入れないという形になりますと、これはなかなかデッドロックを乗り切れないのではないか。韓国政府も拉致の話と核の話は同時に話し合いのテーブルに載せるという態度をとっておって、日本にもそのようにやってほしいと言っていますけれども、日本はなかなかそこに乗り切れない。ここはわがほうが考えなければならない1つのテーマではないかと私は思います。
 もう1つは中国をめぐる関係ですけれども、中国が経済的に大変台頭してきているということで、いろいろな意味で、あまりにも速度が速いのでフリクションが起きているようなところがございます。実は大平正芳さんが総理のときに、ですから今から25年ぐらい前ですかね、鄧小平さんが国連総会に出席する往路か復路のどっちかで、日本に寄られました。そのときに、私は大平首相の下で内閣官房副長官というバッジを付けた秘書官みたいな仕事をしておりました。首相官邸の小さな食堂で、大平さんが鄧小平さんに昼ご飯を差し上げながら、日本と中国を話し、そして中国の経済を話していました。そのときに大平さんが鄧小平さんに「われわれも協力する。おたくの国づくりに協力する。ただ、あまり経済発展のスピードを早くすると、いろんな問題が出ますよ」と説教しているのですね。中国問題を習ってきた私にしてみれば鄧小平さんは偉大な存在だったのですが、その鄧小平さんにわが親分説教してらいと非常に驚き、ある意味では誇らしげに思ったのをきのうのように覚えていますけれどね。やはり経済発展のスピードが早すぎることが中国国内でもこれから問題になるでしょうし、また諸外国、周辺諸国、日本も含めて(including our country )いろいろ構えるところが出てきたのではないかと思います。
 今回の尖閣(釣魚島)事件も、そういった中でわがほうは一生懸命中国に対して負けてはいけない、自主性を持たなければならないという感じで一生懸命頑張るし、一方中国のほうは尖閣(釣魚島)という非常にセンシティブな問題の現状を日本が打破しにきたなという感じで、異常なる反応を示して、結果的には両方が損した。日本も大変損しました。中国は、自分たちの外交政策・経済政策のためには、通常の経済活動のために行っている日本の社員4名、社員さえ簡単に逮捕してしまうのか、本当に怖い国だなあ、というふうなイメージを一般庶民まで持ってしまった。また、中国も損したと思います。領土に関してあそこまで強い態度をとるならば、今後、南沙諸島、西沙諸島についてもめている東南アジアの国々に対しても、同じ態度をとってくるのかもしれないというふうに思うのかもしれません。
 したがって、今いちばん重要なのは、今回の件はお互いをお互い強く見過ぎて、そしていろいろな過剰反応をした結果生じている摩擦でありますので、やはり日中の指導者が率直にしゃべる率直さのレベルをもっともっと深くする。そうしない限り、日中の友好関係といっても非常に壊れやすいものになっているのではないか。ある意味では、両国にとって非常に大きないいレッスンを与えてくれたのではないかなと思っています。
 今、いくつか問題点を挙げました。しかし、総体的に言えば、日中韓が一緒になって平壌を国際社会のステークホルダーの一員として引っ張り出すことができれば、私は北東アジアの今後の発展は世界のリーディングリージョンになるぐらいの大きな希望のある地域になってくるのではないかと思います。ありがとうございました。

船橋:加藤さん、ありがとうございました。それでは引き続き、海江田万里さんにお願いしたいと思いますが、海江田さんは私が紹介するまでもなく、この菅政権のマクロ経済政策の司令塔でいらっしゃいます。よろしくお願いいたします。

パネリストを務める海江田万里(左)
パネリストを務める海江田万里(左)

■ 東アジア共同体の実現に向けて


海江田万里:ご紹介いただきました海江田でございます。私も中国との関係は、最初の訪中が1975年でしたか、それ以来何度も中国にお邪魔をしておりますが、やはりこの21世紀、これからの20年、30年先のことを考えると、日中関係がこの地域の安定、あるいは発展のために非常に重要な位置を占めているのではないだろうかと思います。そんな中で今回の尖閣列島(釣魚島)の問題でございますが、ご承知のように尖閣列島(釣魚島)の問題では、1970年代の初めに中国側が尖閣列島(釣魚島)の領有権をまず主張してきています。ところがこの70年代は、まさに周恩来総理の尖閣列島(釣魚島)の問題を日中間でことさら自分たちの主権を主張しあわないということで収まって、それから80年代に入ってまたこの尖閣列島(釣魚島)の問題が出てきたときに、これは今、加藤先生からお話があったまさに鄧小平さんが、自分たちの次の世代はもっと賢いはずだ、だから次の世代にこの問題の解決を委ねようではないかとおっしゃったと私は記憶しております。
 それから四半世紀たって、今回の状況はどうであったかということで言うと、私はこの周恩来総理、あるいは鄧小平さん――あのときは最高実力者ですか――の言っていたこととずいぶん違ってきたのではないだろうかと思っております。何が違ってきたのかというと、経済的な結び付きなどでは、これはもちろん日中間の結び付きは70年代、80年代と比べると飛躍的に緊密になっているわけでございます。にもかかわらず、こういうような大変大きな亀裂が生まれてきた。どこが違っているのか考えると、今日は率直に物を言いますけれども、やはり中国の中での民族の問題、あるいは国境の問題が大きくなっているのではないだろうかと私は思っております。チベットの問題もございますし、あるいはウイグルの問題もございますし、そういう問題の中で、やはり領土の問題は非常にセンシティブになっているということが1つあるのではないでしょうか。
 それからもう1つは、中国が経済発展をする中で、当然資源・エネルギーが大切になってくる。特に海洋権益という形で呼ばれておりますけれども、その海洋での権益を守ろうという意識が非常に強くなっているわけでありまして、ですから私は、本当の意味で日中間がまさに体制の違いを乗り越えて仲良くしていくためには、中国が今抱えている問題を一定程度解決しなければ根本的な解決はないのではないだろうかと思っております。
 これは私どもがどうこうすることではありません。中国自身がその問題を解決しなければいけないわけでありますが、これは今の社会主義の体制の中でも解決できる問題だと私は思っておりますので、やはり一日も早くこの問題を解決してもらいたい。そうすることによって、本当に日本と中国の関係が安定して、日本と中国の関係が安定すると、この東アジアの発展、平和と安定がさらに増進するのではないだろうかと思っております。
 それから、今回の問題もそうでありますが、もう少し前からこれから20年先、30年先を考えますと、今の若い人たち、20代でありますとか、あるいは10代でありますとか、こういう人たちがそれぞれお互いの国をどういうふうに思っているかが非常に大切になってくるだろうと思います。この10代、20代の人たちの中の中国の日本観、日本人観、あるいは日本人の中国観は二通りの流れがあろうかと思います。
 1つは特に中国の方たちで、日本の文化ですね。ファッションとか、音楽とか、あるいはアニメとか、そういうものに非常に親近感を持って、台湾の人たちがいち早くそういう形で日本の文化を取り入れた。それから、韓国との間でも、これは日韓の不幸な歴史もありましたから、なかなか韓国には日本の文化が入っていくことが難しかったわけでありますが、しかし最近になってそれも韓国の人たちが日本文化を受け入れるようになったということもありまして、それが中国にも影響して、中国の若い人たちがそういう日本を高く評価しています。英語でCool Japan=格好いいと呼んでいます。
 その一方で、日本に対して非常に嫌悪感、嫌日感というのが、増していることも重大でありまして、この問題がやはり今回の尖閣列島(釣魚島)の問題でも影響を与えたということ、これは否めない事実だろうと思います。
 ですから、今回の問題を本当に教訓化するというか、まず日本と中国がどういうお互いの共通の利益があるのかということ、日本ももう一度中国と経済的に結び付く、あるいは政治的に交流を不断に続けることによって、どういうメリットがあるのか。先ほど、加藤先生から北朝鮮の拉致の問題の話もありました。あるいは、北朝鮮の非核化の問題もあります。そういった政治的な面、それから経済的な面、経済的な面についてはもう言うまでもないことでありますけれども、そういうことをもう1回しっかりと点検してみる必要があるのではないだろうか。
 これは中国にとっても同じことでありまして、日本と密接な関係を持っていくことの意味をぜひ検証していただきたいと思うわけでございますから、事態は日々刻々推移しておりますので、これらはなかったことにして、忘れたいという思いもあるかもしれませんが、ここは今回の事態がここまで大きな問題になってきたわけですから、私たちはその問題から目をそらすことなくしっかりと、この問題の本質はなんなのか、この問題の解決のための方策はなんなのかということを、少し時間がかかってもいいですから、やり直すべきではないだろうと思っております。その中から初めてこの東アジアの将来が開けてくるのではないだろうかと思っております。
 それから、東アジアの将来ということで言うと、私は言うまでもなく民主党所属の議員でございますが、特に鳩山総理のときに東アジア共同体をアピールいたしました。この東アジア共同体は、ヨーロッパのまさに今EUという形で形成されております歴史を学んで、東アジアでもなんとかそういう共同体がつくれないかという構想であります。私は鳩山総理と何度かこのことで膝を交えて議論しましたけれども、この場合東アジアという地理的なくくりを、さっき加藤先生がおっしゃった、厳密に言いますと、やはり日本、韓国、北朝鮮、中国、ファーイーストということで言えばそのあたりが地域的に入るのではないだろうか。そこからだんだん広げていって、ASEANのところまで入っていくのではないだろうかと思いますけれども、私どもはまずいろいろな形で東アジアで、特に経済的、あるいは政治的な議論を進めていくうえでは、1つはやはりインドもその中に入れる必要があるのではないだろうか。あるいは、オーストラリアとニュージーランドということでありますが、これらの国々も一体化をして、そしてそこでいろいろな議論をしていくべきではないだろうかというようなお話をしました。
 このインド、オーストラリア、ニュージーランドを入れるということは、1つはアメリカという太平洋の向こう側に大変大きな国がありまして、もちろんアメリカの力も総体的に低下はしておりますが、まだまだ大きな力を持っております。このアメリカが東アジアの国々だけで、特にASEANとプラスした日本、中国、そして朝鮮半島の韓国、北朝鮮に対して、やはりそれなりの警戒感を持つこともあるだろうということから、オーストラリア、ニュージーランドあるいは将来的な潜在的な成長力、もうすでにテイクオフはしておりますけれども、インドを入れたアジアを念頭に置いて、この中でどういうふうに経済を一体化していくべきか、あるいは政治的な協調の枠組みをつくっていくかを考えようではないだろうかということであります。
 いずれにしましても、この21世紀、とりわけ21世紀の前半が東アジアの時代だということはまごうことなき事実であります。その東アジアの時代が本当に安定した、そして地域全体として繁栄した時代になるか、あるいは東アジアが不安定な地域として見られるのか、経済的にも問題のある地域として見られるのかは、まさにこれからの私どもの努力にかかっているのではないだろうかと思っております。
 だいたい10分ぐらいのお話をいたしました。少し10分には足りないかもしれませんが、とりあえず最初の発言はここまでにしておきます。

船橋:海江田さん、ありがとうございました。引き続き、周牧之先生にお願いいたします。

パネリストを務める周牧之教授
パネリストを務める周牧之教授

■ 中国経済成長の背後にある中華文明の早熟さと強靱さそして開放性


周牧之:はい。最初の10分間、長いスパンでお話をするということで、僕は百年のスパンと千年のスパン、2つの話を用意しました。
 まず、百年のスパンからお話しましょう。今の中国の発展がそれなりに続いていけば、これからの30年は間違いなく中国の時代になってきます。少なくとも東アジアにおける中国の時代になると思います。中国社会はより活力を増し、公正や平等を重んじる社会になるでしょう。しかし、中国だけでは寂しいです。やはり日本、朝鮮半島、ASEANと一緒に本当の東アジアの時代をつくることこそ大切です。実はここは中国も努力しなければいけないし、日本も努力しなければなりません。日本は第二次大戦後、アメリカへの戦後処理は非常に素早く行いました。これで日本は冷戦時代の寵児となり、その後の60年間の平和と繁栄を勝ち取りました。
 問題は、対アジアの戦後処理は必ずしも徹底していなかったことです。中国および東アジアの国々の経済的な台頭によって、戦後処理の曖昧さが今、さまざまなレベルで問題になってきています。今回の中国船長の逮捕も、この延長線上に出てきた問題ではないでしょうか。日本が対アジアの戦後処理をきちんと行えば、東アジアとの本当の信頼関係が築かれ、戦争の呪縛から解放され、東アジアの共同体は早く、そしてうまく進むと確信しています。
 千年単位のスパンの話にまいります。日本では、中国の30年間の高度成長は幸運な出来事、あるいは偶然の出来事としてとらえがちですが、私から見ると実は幸運でも偶然でもありません。中華文明の強靱さがその背後にあると認識しなければなりません。中華文明は、世界の古代文明の中で唯一今日まで綿々と続いてきました。これには理由があります。中華文明は非常に早熟で、かつ活力のある文明です。
 私なりに3つの特徴を整理してみました。まず、中華文明は早い時期から、神と人との関係において、人の優位性を確立しました。商王朝(殷)の時代は神への信仰が絶対視されていました。約3000年前、商王朝を倒した周王朝は、民を幸せにすることを天命としました。それによって中国王朝の天命は神から民へとシフトしました。これは非常に大きな出来事で、それ以後中国では神を絶対視する王朝は誕生しませんでした。大きな宗教戦争の時代もありませんでした。中国に神を巡る大きな争いがなかったことは、東アジアにも大きな影響を与えました。今、世界の宗教戦争を見渡すと、中華文明がいかに早熟であったかがお分かりになるでしょう。
 第2の特徴は開放性のある文明だったことです。中華文明は外のものを受け入れ、従来のものを進化させる歴史の連続でした。シルクロードを通じて西域から多くのものを手に入れました。ご存じのように、インドから入ってきた仏教も、その後中華文明の神髄の一部分となりました。歴代王朝の半分は実は漢民族以外の民族が興しました。多数の民族がお互いに混合吸収しあい、1つ大きな中華文明を築き上げました。その意味では、外の良いものを飲み込んでいく開放性が中華文明の生命力ではないでしょうか。漢民族と一言で言っても、実際さまざまな血と文化が混ざっています。第1セッションで申し上げましたが、改革開放の30年間は、改革より開放のほうがうまくいきました。それは中華文明の開放性がうまく機能した結果だと私は思っています。
 第3の特徴は、中華文明の優れた政治システムです。約2330年前、戦国時代諸侯の秦は「商鞅の変法」で郡県制を導入しました。貴族を抑制し、政治と地方の統治を官僚に任せるシステムを始めました。これにより辺境にあった秦という諸侯国は力を強め、それから100年後、他の諸侯国を滅ぼし、中国を統一しました。秦の始皇帝はさらに郡県制を中国全土に広めました。その後の歴代王朝はそのシステムを進化させてきました。中国で王朝は民をきちんと治めているかどうかを巡って数十年、あるいは数百年単位で易姓革命が繰り返してきました。いわば易姓革命の頂点に立つ皇族と試験で選ばれた官僚との組み合わせが、中華政治システムの神髄でした。明治維新のあと日本がようやく廃藩置県や官僚の選抜を始めたところから見ると、中華文明の政治システムがいかに早熟だったかが分かります。
 私から見ると、現在の中国の政治システムはその延長線にあります。共産党は民衆の支持を得て政権を勝ち取りました。その後は共産党のトップと、選抜された官僚との組み合わせで国を治めてきました。これからの30年、中国では政治家を選ぶシステムの民主性、そして透明性を高め、さらに官僚システムとどう組み合わせていくのかが、大きな課題として出てきます。解決しなければいけないです。そして、このような改革がうまくいけば、新しい中国政治モデルが誕生するでしょう。日本でも今や、試験で選ばれた官僚と選挙で選ばれた政治家との組み合わせがうまく機能していないことが大きな問題となっています。日中双方、政治システムの改革における模索はしばらく続くでしょう。

日本経済新聞に掲載したシンポジウムの広告
日本経済新聞に掲載したシンポジウムの広告

■ 相互信頼関係なしには東アジア時代はない


船橋:周先生、ありがとうございました。これは、「次の10年」を考えるということで、東アジア時代を考えようというセッションですが、先ほど加藤さんが大平元総理のお話をしていらっしゃいましたね。79年なのですね。ちょうど31年前、実は大平総理が79年12月に中国を訪問して、加藤さんが官房副長官として同行される。私も記者として同行いたしまして、取材記者としての中国とのご縁はそれ以来ですが、加藤さんが西安で見事な中国語でスピーチをなさいまして、大平さんが目を細めて「頼もしいな、こいつは」というふうにね、今でも顔を思い出しますけれども。
 それから30年、当時誰も想像もできなかった。どんなにイマジネーションを働かせても、この今の中国とこの今の日本と考えようもない、すさまじい30年だったと思います。最初に、3人の方々に同じ質問をするので、手短に答えていただきたいです。クイズみたいなもので申し訳ないですけれど。
 向こう10年、本当に東アジア時代を育てる、最大の壁といいますかリスクはなんでしょうか。それぞれ皆さんもう触れていらっしゃいますけれども、あれもこれもではなくて1つだけ。周先生からお願いいたします。

周:一言で言えば相互信頼関係ですね。

船橋:日中のですか。

周:日中の間、あるいは日本と朝鮮半島、そして、程度の差はあれASEANとの間も恐らく同じ問題があります。今回の中国漁船の船長の逮捕で、われわれが築いてきた日中関係が一気に悪化しました。多くのイベントが次々とキャンセルされた中でこのシンポジウムが実現できたのは、本当にさまざまな方々の努力と熱意のおかげです。そこで私が改めて感じたのは日中関係のもろさ、と同時に、日中関係を大事にしようとする人々の絆の強さです。ここはやはり皆で努力してこのもろさを強靱さに変え、絆をさらに強靱にしていくことが、われわれのいちばん大きな目標とならなければいけないです。

船橋:相互信頼がまだそこまで育っていないと。10年たっても、その問題が依然として 問題であり続けると。そういうことですか。

周:はい。

船橋:はい。海江田さん、お願いいたします。

海江田:いちばんのリスクは狭隘な愛国主義といいますか、やはりナショナリズムという、もう消えたはずというのはおかしいですけれども、先の戦争で特に日本はしっかり反省して、そしてそういうものがなくなったはず。それから、中国の狭隘な愛国主義は克服したはずでありますが、そういう亡霊がまたよみがえったということ。これが今、まさにこれから、そのまま亡霊として消えてしまうのか、あるいはそれが実体をもっていくのかがいちばん気掛かりですね。

船橋:狭隘な愛国主義、ナショナリズム、民族主義、これが怖いと。加藤さん、お願いいたします。

加藤:中国の人口の多さだと思いますね。世界で68億、現在中国が13億5000万ぐらいかな。これは、1つの共産党という政党、ないし1人の国家主席、党主席、この1人のリーダー、1つの党でコントロールするには多すぎます。当然のことながら、中国はだんだん一人一人が自分の意見を持ち、発言し、豊かさがゆえにいろいろな欲望も開放されていく社会で、そのすべての希望、主張、それから夢、こういうものを1人の指導者がコントロールできるだろうか。その指導者の下で17~18人の政治局員がコントロールしていくシステムがつくれるだろうか。私はかなり難しいのではないかなあと思います。そうすると、よほどいいシステムをまた考えていかない限り中国が不安定になる。そこがリスクになるような気がしますね。

船橋:ただ、中国も2030年とか過ぎてくると、人口も一気にバーストといいますかね。ですから、日本のあとを追って問題も非常に深刻だという、そういう指摘も……。その問題はまた後ほど。ありがとうございました。 海江田大臣、今回の尖閣問題(釣魚島)、特に中国が経済を絡めてきた、レアアースにしても、通関手続きにしても。中国政府はそれはしていないという公式の立場ですけれども、日本のビジネスのほうは、被害が及んでいるということなのですね。日本の中に経済における中国リスク、これは国策として真剣にどうリスクを克服するか考えるべきだという主張が今非常に強くなっておりますけれども、ここはどういうふうにお考えでしょうか。

海江田:ケンカをする場合、この人とは本当に仲良くやっていきたいのだ、だけど一時期ケンカもしなければいけないときもあるのだというケンカのやり方は、相手の本当に嫌がることはやらないですね。ところが今回の場合、中国はまさにレアアースという、日本が98%ぐらい中国に依存していて、しかも日本のハイテク企業のいちばんの、言ってもみると米のようなところを、政府は別に禁輸措置をとっているのではないということですけれども、事実上の禁輸措置がとられたということ。
 日本とすれば当然、それに代わる代替製品を考えなければいけない。あるいは、80年代まではアメリカがずいぶんレアアースの生産をして、日本もそこから輸入していたわけですが、そのとき中国がまさに価格破壊をして、もうアメリカの鉱山は採掘しても経済的に立ちゆかないことになって、全部鉱山が閉鎖した。そこで中国が圧倒的にシェアを占めて、そしてだんだん価格をつり上げていったということがあるわけですから、日本とすればそういうところまでやってくるならば、これは代替製品を開発するか、あるいは別なところから輸入するかというところに入るのは、これはもう経済合理性からいって当たり前のことでありまして、そういう動きは、「これは日中友好が大事だから、それから中国もおそらくこれから安定的に供給するはずだから、前のように」というわけには私はいかないと思いますので、その意味では今回の措置、とりわけ経済的に日本がいちばん弱いところを締めてくるやり方は、本当にこれから仲良くしようといううえでのケンカのしかたではないと思っております。

会場で周牧之教授、海江田万里氏、加藤紘一氏、船橋洋一氏(左から)
壇場で周牧之教授、海江田万里氏、加藤紘一氏、船橋洋一氏(左から)

■ リスクを煽らずチャンスに変える


船橋:もう1つ続けて質問させていただきたいのですけれども、先ほど海江田さんは、「東アジア共同体」理念を追求していく際に、インド、オーストラリア、ニュージーランド、単にASEAN+3のコアだけではなくて、広がりも重要なのだというお話をなさいました。日中の年間貿易額に比べると、日本とインドの貿易額は日中の5%にしかならない。ここ7~8年インド、インドと言いながら、日中の経済は2005年の反日暴動とかいろいろ問題があってもどんどん深まっていく。上海に今5万人住んでいる。日本の企業は3万社中国にある。5兆円日本が直接投資している。なぜ、国策としてはインドと言いながら、インドと日本の経済が、中国ほどはいかないにしても、成長しないのか、発展しないのか、深まらないのか。これはどう考えたらいいのでしょうか。
 
海江田:1つは、地理的な条件があるということはもう言うまでもありませんね。原材料をインドから輸入してくる場合でも、例えば船で持ってくるにしろ、飛行機で持ってくるにしろ、それはコストがかさむということもあります。
 それからもう1つは、先ほど周さんがお話しになった歴史的、あるいは文化的なこれまでの日中間の長い交流もこれありで、基本的に私は日本人は中国人に親近感を持っていると思うのですね。ところが、やはり今回のようなこと、あるいは前回の反日暴動のようなことがあると、いわゆる裏切られたという思いが非常に強いのですね。
 それは、もともと日本とアメリカ、あるいは日本とインドとの関係においてもそうですけれども、例えばアメリカ人とつきあうときは異国の人だ、あるいは異文化を持った人だと思って一定の距離を置いてつきあっていくわけでありますが、だから何かそこで違うことがあっても、「まあ、それはそうだね。歴史も文化も伝統も違うんだから」ということで、腑に落ちることがあるわけです。
 日本の場合、中国とつきあって、そして裏切られたという感情を持つケースが多々あるわけです。それは非常にマイナスになるのではないだろうか。だけど、そこにいく前にしっかりとした手立てを講じると、そこはやはり親近感がありますから、中国のほうと関係を強くしていくことがあろうかと思います。
 
船橋:周先生に1つ伺いたいのですけれど、われわれは今回、チャイナリスクいう言葉で、さっき怖い国だという表現もありましたけれども、まあ危ない国だというようなパーセプションが広がっていますね。しかし中国から見ると、たぶんジャパンリスクも相当あるのではないか、また見えるのではないかと。今回、中国の皆さんの中にもそういうことを感じられる方がいるのではないかと思うのですけれども、周さんから見て最大のジャパンリスクはなんですか。
 
周:まずは、チャイナリスクもジャパンリスクも、煽ってはいけません。戦後処理をもっときちんとやることもリスクの解決になるのです。われわれはリスクよりはチャイナチャンス、ジャパンチャンスを考えるべきです。東アジアを1つの舞台にしたとき、どのくらいチャンスが生まれてくるか、ということなのです。
 世界は過去20年、30年で大きく変わってきています。IT革命、グローバリゼーション、低炭素革命が、人々に次々と大きなチャンスを与えています。ただし、必ずしもすべての国、すべての企業、すべての人々がそれをつかんだわけではない。チャンスと認識した国々、 企業、人々がそれをつかめるのです。だから、日本の企業の中で、これからチャイナチャンスをつかむ企業はたくさん出てきます。おそらく10年後、20年後、30年後は、日本の産業界の構造は徹底的に変わってきます。チャイナチャンスをつかんだ企業、つかんだ人々がどんどん伸びると思います。日本チャンスをつかんだ中国企業、中国の人々も、どんどん伸びてくる。そういう人たちが増えていくことでアジアが安定します。アジアのリスクが取り除かれると思います。これからの10年、30年を展望すると、日本からグローバリゼーションに乗ろうとする優良企業や有能な人材が、たくさん出てくるはずです。こうした企業、人材が大成功を収めれば、日本経済も大きく変わっていくでしょう。反対に時代の流れを無視する企業は停滞します。これから日本の産業界がグローバリゼーションというキーワードで、激しく浮き沈みすることになるでしょう。
 
船橋:海江田大臣に同じ質問をしたいと思います。いちばんのジャパンリスクはなんでしょうか。
 
海江田:ジャパンリスクですね、それは日本の経済が慢性的にだんだん落ち込んでいって、そして日本からの投資が期待できない、あるいは日本の技術はもうすでに過去のものになってしまうということで、これは別に中国から見放されるということだけではありませんけれども、世界から見放されていくことがやはりいちばん大きなジャパンリスクだろうと思います。日本自身が世界から注目される、あるいは世界から資金が流れ込んでくる、世界から観光客が来るというふうに、日本自身を磨いていかなければいけないと思います。
 
登壇者:周牧之教授、海江田万里氏、加藤紘一氏、船橋洋一氏(左から)
壇場で周牧之教授、海江田万里氏、加藤紘一氏、船橋洋一氏(左から)

■ 中国の改革開放でドラスチックに変化


船橋:ありがとうございます。加藤さん、先ほどスピードの話をなさいましたね。中国の経済成長はちょっと早すぎるのではないかと。ちょっと突飛な質問で申し訳ないのですけれども、もし大平さんが今生きていらっしゃったとして、これはどうなのですか。円借款は25年間で3兆6000億円です。あのときにより豊かで、より近代化した、そういう中国を一緒になってつくっていきたいと。それが日本の国益にも、アジアのためにも、東アジアのためにもなると。こういうことだったですね。その後のスピードとともに、一種の中国の方向性といいますか、中国はそういう国になったのか。十分になったのかどうか。大平さんがもし生きていらっしゃったら、どういうふうに……。

加藤:大平さんが今生きていたら、「あー」なんて言ってね、「その質問まあー」なんて答えたと思います。(笑)あの方向性は正しかった。最近になってあれだけ豊かになって日本のライバルになった中国にまだお金を貸しているのか、それも低い金利で、などと時々『週刊新潮』などに書かれたりするのですけれども、でもやはり今みんなこう言っているでしょ。「日本国内の内需は限界がある。内需で経済を発展させようと思ったら限界がある。今これからはアジアの内需が日本の内需であると考えなければいけない」と、経済界もみんな言っているでしょ。そこまで中国とかアジアの購買力が日本の経済にとって将来の発展の道みたいになったわけで、それは、大平さんとか当時の外交政策を決定した人間は、中国がわれわれと同じ経済体制、自由主義体制の国になってくれることを望むと。そして、それは経済発展すればきっと中国はその道に行くと。
 まだ発展段階が中途半端なときには、国家の統制経済が必要かもしれないけれども、発展すれば自然に自由主義経済になっていくのだよと言っていたら、だんだん改革開放になってきたわけですね。途中において社会主義市場経済というから、「なんだろうな、これ。暖房と冷房と一緒にするような言葉、まあ、あるのかなあ」と思ったけれども、まあまあ世の中なんとなく感じは分かるねえと。一挙に市場経済にできないから、社会主義を頭に付けながら混合経済でいくという意味かなあと思いながらもやってみたら、今ワイルドキャピタリズム。ものすごい日本でも驚くような自由主義経済になっているではないか、みたいなことがきたわけですから、方向としては正しかった。
 船橋さんはスピードが早すぎないか。今、大平さんが生きていたらなんて言うだろうというと、「うーん、な、だから言ったろ。スピード早すぎちゃ、近隣諸国も脅威に感じるし、国内もいろいろ不平等が出てきて、それで摩擦が出て、時には汚職もいっぱい出てくるぞ」。温家宝さんが去年の全人代に対して報告したセリフの中に、過去1年間わが中国で汚職で逮捕された官僚の数は4万4000人であったと。はて、これを日本語に直すと、人口10分の1だから4400人だ。ということは相当なもので、日本では年間40人か50人ぐらいではないですかね。(笑)
 だから、やはりこれから中国は平等化の問題と官僚の綱紀粛正、これをやり遂げられるかどうかは、私はかなりの問題になるのではないか。だから、「あんまり急ぐなよ」と、まだ大平さんは言うのではないかなと思います。(笑)

船橋:分かりました。ありがとうございます。調和社会・和解社会ということを中国のリーダーの方もおっしゃっているから、たぶんそういう意識は非常におありになるのではないかと思います。
 海江田先生、時間がもう迫ってまいりました。最後にもう1つだけ伺いたいのですけれども。今、加藤さんがワイルドな一種の西部大開拓史のような、西部みたいなものすごく荒々しい資本主義、自由主義とおっしゃったのだけれども、どうなのでしょうかね。しかし、実際のところは、やはり中国にしてもエマージングな新興国は官も民もない。ある意味では、結局最後は政府がいちばん物を言うような、たぶんそういう時代に入ってきたのではないか。そうすると、在野のエコノミストとして、石橋湛山の流れをくむ民の役割、企業の役割を一貫して主張してこられた海江田さん……。

海江田:そうですね。

船橋:ここは、中国と相対するときに、もっと日本も官民協調というか、官民そろってやる体制が必要になってきているのかどうか。そのへんはどうでしょうか。

海江田:鄧小平さんの改革開放の経済は、どういうふうに私がそれを評価するかというと、1つは政治がしっかりとした方向を出せば世の中は変わるということですね。今から三十数年前、改革開放政策に出る前の中国と、それから今日の中国を見ると、これ、国が違うのではないかと思うような変化です。しかも、それが30年ぐらいの間に行われているということ。日本は実は、30年前の政治と経済のありよう、それから現在の政治と経済のありようは、中国のようにドラスチックに変わっていないということで、やはり政治が正しい方向を示せば経済は変わる、国民生活は変わるだろうと思います。
 その中で今お話のあった官民との協力関係でいうと、日本は特に民間の中国との投資ですとか、あるいは中国とのいろいろな交渉にしても、やはり民間ベースは民間ベースで、あまり政府が後押しをしてこなかったわけでありますが、私も中国でいろいろな所を回っておりまして、南通という上海の北の長江を渡った向こう側の南で、まさに南に通じる南通という市でしたけれども、そこに行って、そこは繊維の工場がたくさんありまして――もう今から12~13年前ですかね、私どもが行くと相手の市のいわゆる政治家が出てきて、そこでいろいろな話をしますから、そのときに民間の人も一緒に入ってもらって、一つ一つの注文を聞いて相手の市につなげたら、その相手の市の政治家がそのあとすぐ直してくれたというような報告も受けました。
 これまで、日本の政府あるいは政治家は、そういうことをあまりやってこなかったのではないだろうかと思っておりますから、これは別に私と中国の関係だけでありませんで、今それぞれの閣僚が政府として各国に対するインフラ輸出などに力を入れていますので、これは特に、これから東アジアの国々の発展と、それから日本経済の活性化を結びつけるうえでは、政府がある程度前に出て、そして民間企業と一緒になって、交渉をやるとか、あるいは民間が出ていく後押しをもっともっと積極的にやる必要があるかなあと思っています。

船橋:ありがとうございました。はい、加藤さんどうぞ。

加藤:今、海江田さんがおっしゃったのは、まさにそう思うので。きょうの朝日新聞でしたかね、日本は、イラン、イラク、あのへんの中近東の油田開発から撤退すると。おそらくほかの国、例えば中国などは海外に出て油田の採掘権を得る、開発権を得るためには政府がバックアップするわけですね。日本も昔バックアップして、アブダビとかサウジアラビアとか、いろいろな所で国家の先兵として、いろいろなアラセキ(アラビア石油?)の人たちが苦労しながら開発した。そうしたときに、そういうのは特定の企業に対する応援だということで、もう政府は手を引くというようなことで、政府は特定産業分野の国際的なプロジェクトを応援しないのだとやってきて、若干開発銀行などが応援しているのはまだあるけれども、その官民のバランスをどうするかというのは、海江田さん、これは大問題ですね。

海江田:はい。まさにそうであります。特に加藤先生は野党の重要人物でございますので、ほとんど加藤先生の言うことには逆らわないで、きょうここに臨んでいるわけですが。
 確かに一時反省がありましたけれども、やはり改めて、特に私は、東アジアあるいは中近東もそうですけれども、いわゆる新興国に日本の企業が出ていくときは、政府がバックアップする必要があろうかと思っています。1つバックアップというのは、対相手国との交渉でバックアップをするやり方と、それから新興国に出ていくことはいろいろな意味でリスクのあることですから、そのリスクをどういうふうに政府が担保するかも考えなければいけない。企業はどんどん出て行けで、出て行って失敗して、それで終わりではいけないので、出ていったときのリスクを国としてどういうふうに担保するかも考えなければいけないと思っています。

会場で海江田万里氏、加藤紘一氏(左から)
壇場で海江田万里氏、加藤紘一氏(左から)

■ 荒々しい活力を活かすべし


船橋:先ほど、中国は鄧小平が進めてきた低姿勢路線というか、「能ある鷹は爪を隠す」ではありませんけれども、そういうのが少し変わりつつあるのではないかと、海江田さんはそういう疑問を呈されたわけですけれども、周先生どうなのでしょうか。鄧小平路線、ここからその次のステージに中国は向かいつつあるのかどうなのか。

周:僕は鄧小平さんを批判するつもりはないのですけれども、イマジネーションが足りなかったのではないでしょうか。鄧小平さんだけではなくて私たちも30年前、20年前に今日の世界と今日の東アジア、今日の中国が想像できただろうか、おそらく鄧小平さんはできなかったと思います。
 中国の経済発展のスピードの話が出ました。今、ここにいらっしゃる楊偉民国家発展改革委員会秘書長は、10年前から今日までずっと中国の経済政策・計画の責任者です。たぶん彼にとって一番悩まされるのは、いかにこのスピードを落としていくかということです。落とす努力をしても10%成長なのです。 日本は頑張っても1%になるかならないかです。これはなぜですか?中国ではいま最初の30年で閉じ込められた活力が一気に吹き出したと、第1セッションで僕は少し申し上げたけれども、みんな豊かになりたい、みんな社長になりたい、みんな世界に飛び出したいという元気良さ、荒々しさは非常にいいと思う。いろいろ問題ももたらしてはいても、この荒々しさこそ元気の素です。アメリカ、中国、日本、僕はこの3つの国の間を飛び回って生活しているのですが、アメリカもウォール街にしても西海岸にしてもかなり荒々しいです。中国もかなり荒々しい。金融危機、環境問題、格差問題、いろいろな問題をもたらしたけれども、元気です。日本に戻ってくると、おとなしい国だと思います。非常に穏やかではあるけれども、何かがちょっと欠けていると感じます。
 私のMITのアメリカ人の同僚が日本に来たときに僕に「日本の景気は本当に悪いですね」と言いました。「なぜ悪いと思うのですか」と言ったら、「電車の中でみんな黙っているじゃないか。みんな厳しい顔をしている」と言うのです。電車の中でみんなに迷惑をかけたくないから、お互いにしゃべらないのが日本のマナーです。また、携帯電話をかけていけないのがある種の規制です。それは外国人から見ると不思議でしょうがないのです。なぜもっと荒々しくならないのかと思わされるのです。
 私は東京の井の頭公園付近に住んでいまして、アメリカから戻ってきて、今年の花見でびっくりしたのは、午後11時に警察が出てきてみんなを追い出してしまうのです。みんな一生懸命陣取って花見をしていたのに、警察は事故防止するために11時ぐらいでみんなを追い出してしまうのです。私のふるさと長沙市は今、中国でエンターテインメントが最も盛んな町ですけれども、そのにぎやかさは夜の11時からですよ(笑)。ようやく皆さんが町に出ていって騒ぐ時間ですけれど、せっかく年に一度しかない花見が11時でおしまいというのは、僕から見ると規制がいきすぎているのではないでしょうか。
 日中の処方箋がお互いに違うのは面白いですね。日本に対しては、もうちょっと規制を緩和して元気を出してもらおう。中国に対しては、もうちょっと荒々しさのマイナス部分を抑え、格差を是正する必要があります。非常に面白いアジアの時代になってきたのではないかと思います。

船橋:はい。加藤さん、お願いいたします。

加藤:荒々しさというのがテーマで討論会が始まったようなものですが、日本も荒々しかったのですよね。それは、目標がはっきりしていて、そして勉強すればいい、それからこうやって努力すれば何かが得られると思うと、人間はエネルギーを出します。30年前初めて中国に行ったときに、「中国共産党の下で発言も自由がないし、政治的な自由もないんだけれど、あんたたち幸せか。開放によって何が得られたんだ」と聞いたら、「<中国語>」と言いました。つまり、「開放されたあと、飯がとりあえず食えて、そして住むところがあって、そして寒いときの衣服がちゃんとあるようになったんだよ。だから、われわれは若干政治的な自由がなくても共産党を認めるんだよ」、こう言っていましたよ。
 さあ、そこで今、この間万博を見に行った。中国館がずーっとあるけれど、わが国の建設はこう進んでいると。ダーッと山の間に高速道路ができて、その建設の具合をずーっと表現するのだけれど、「ああ、これ、われわれの30年前」であって、今この公共事業でいきましょうと言うと、民主党がすぐ票を集めてしまって「コンクリートから人へ」などと言うわけですよ。(笑)だから、フェーズが違うのですね。
 われわれが今なぜ元気ないか。一応アメリカ並みのテレビも持ったし、冷蔵庫も持ったし、セルシオに至っては、アメリカ人も垂涎の的の車だし、だからこのあと何をやるのだという次の目標が見えなくなっているところの悩みの状態なのですね。悩みの先進国なのですよ。(笑)だから、いずれ中国もGNPパーキャピタ、そうねえ、1万から2万になると悩みの先進国になって、「そう考えれば、北京の小さな道も全部コンクリートにしちゃって味はなくなったし、われわれ過去10年、15年のことは間違えたのかもしれないね。特に上海なんかもう本当に、まあ正直言うとコンクリートビルディングの味のない上海になっちゃったね」という議論がこれから中国に出てくると思います。
 今、日本と同じぐらいのGNPですね。人民元高にすると米ドル換算で全体では日本の上をいくと思うけれども、パーキャピタでいったらまだ10分の1ですよ。そこの追い掛けていくエネルギーと、それから次にアメリカのウォール街はワイルドマネーキャピタリズムのエネルギー、これは正しくないはた迷惑なエネルギーだと私は思っているけれども、それとわれわれのようなバブルの一時のエネルギー、この国・社会が持っているエネルギーの質を論じてみる必要があるのではないか。
 そして、悩みの先進国としては、そこに問題があるのだと分かったら、必ず日本人は答えを出します。問題がここにあると分かったら、必ずそのときにはもう答えが出始めているときだと。これは僕が哲学的に言っているのではなくて、僕の師匠 大平正芳が言っていたことですから、お伝えしますけれど。(笑)そういう各国のフェーズの違いではないかという気がします。

船橋:ありがとうございます。周先生は鄧小平さんにはイマジネーションがちょっとなかったのではないかとおっしゃったけれど、鄧小平さんはある意味では古典的なマルキシストで、革命家で、社会主義者で、社会主義体制を最後まで信じていらっしゃった。そういう意味では、その次のものすごくイマジネーションを働かせた中国の将来像までは考えなかったかもしれませんけれども、しかしものすごい知恵と洞察があった指導者ではないかなとつくづく思うのです。それは、このみなぎるエネルギー、言ってみればアニマルスピリッツのようなものがすごく横溢していると思います。方向性はちゃんと与える、それから制御すると。どんなに一国だけエネルギーがあっても、そのエネルギーを世界の何に使うのだ、どういう世界にするのか、ほかの国々とどういうふうに協調してやるのかということがないと、今の加藤さんの言葉を使うと「はた迷惑エネルギー」になってしまいます。そこは別に中国だけの問題ではないのですね。ほかの新興国のインドにしてもブラジルにしても、このエネルギーによって次から次へと新しいグローバリゼーションが駆動してきているわけです。

周牧之、楊偉民主編『第三の三十年 中国のニューディレクション』
周牧之、楊偉民主編『第三个三十年(第三の三十年 中国のニューディレクション)』

■ より平和でより開放された社会システムを目指す

船橋:周先生にちょっと伺いたいのですけれども、どういう東アジアを中国は実は望んでいるのだろうか。そのために中国はどのような役割を果たすのだろうか、どのように汗をかくのだろうかと。それは、グローバルなガバナンス、国際システムとどう連動させて、東アジア時代を中国はつくろうとするのか。単にエネルギーだけではないだろう。格差を是正するのは当然でしょうけれども、対外構想はどうなっているのだろうか。そのへんをちょっと教えてください。

周:私が「鄧小平さんはイマジネーションが足りない」と言うのは、鄧小平さんだけではなくて、われわれみんな30年前、20年前は今日の中国の姿を想像できなかった。ただし、鄧小平さんはディレクションを示してくれたのです。しかし、ディレクションは示してくれたけれども、やり方は教えてくれませんでした。
 中国にとっていちばんありがたいのは平和の環境です。この30年、僕が繰り返し言っているのですけれども、開放はやりました。ただし、政治改革にしろ、戸籍問題にしろ、改革にはまだ残された課題がたくさんあります。それが将来の潜在的な成長力になるに違いありません。改革をやればさらに成長していきます。
 開放によってこの30年、閉鎖的な国が今日までに、世界の企業、世界の有能な人々がそこで夢を実現できる、富を手に入れられる国になったことは、誰にも想像できなかったのです。このおかげで中国は今日の成長があるわけです。われわれはさらなる開放を進め、この開放を制度的に強固なものにしなければいけません。これはおそらくみんな感じているわけです。なぜなら中国は開放の恩恵に最もあずかった国の1つです。30年間の開放がなければ、今日の中国の成長はないわけです。だから、東アジアという時代においては、中国はさらなる開かれた国にしようとする意識が非常に強いです。

船橋:その場合はあれですか、政治改革も視野に入れて向こう10年の中でしっかり位置づける、そういうようなビジョンになりますか。

周:先ほど申し上げたのですが、政治改革は中国が必ずやらなければいけない課題だと思います。ここで私がどうだこうだ、いつかやれと言うのは、とてもそういう立場ではありませんので。ただし、一学者から見ると、あるいは中国の知識人の気持ちを代弁すると、政治改革はもっと早く、もっと徹底的にやってほしいという期待があります。

加藤:キッシンジャーさんが15年ぐらい前によく言っていたことだけれども、社会主義大国は2つあったと。ソビエト・ロシアと中国だ。その改革のやり方、段取りは違う。まずロシアは、政治を自由にした、そして経済はまだ社会主義を続けた。おかげでめちゃくちゃになってしまった。中国は、経済の改革はやった、でも政治のコントロールは残した。こっちのほうがずーっと賢いねと。その後の姿を見ると、なるほどなと思えますよね。それで、キッシンジャーさんはこう言ったのですね。でも、中国が先進国の仲間入りするのはあと何十年もかかるだろうと。これはちょっと間違えていたのですね。
 中国の場合、これから2つテーマがあると思います。それは国内の平等化の問題にどう対応するか。農村戸籍と都市戸籍、これの平等化もまだできないわけですね。これは大きいと思いますよ。
 もう1つは、この間船橋さんと韓国のある新聞社に招かれて、アジアの将来というようなテーマで議論してきたときに、誰かが言っていた。これは船橋さんかな、どこかの学者かな。中国は今までいろいろなことをやっていたけれども、一生懸命国づくりしながら常に被害者(押さえられる立場の人間)のポジションをとることが許されてきた。だから、こうしてほしい、ああしてほしいということを世界に訴えることができたけれども、今度は逆に上に立つ支配者みたいな立場になってきたから、これからは風当たり強いよと。こういうことを言っていた人がいましたね。

船橋:ええ。中国の学者が言っていましたね。

加藤:この視点は中国にとって大変だし、でも分析としては面白い視点だなあと思いました。

周:加藤先生の話にちょっと一言付け加えたいのですが。中国の政治改革というのは、僕が冒頭に申し上げたのは、中華文明の政治システムを意識しなければいけないです。われわれはある意味では、数十年、数百年単位で血と血の争いで選ばれた天命を授かっている皇族と、試験で選ばれた官僚との組み合わせのシステムを2000年以上やってきたわけです。
 今日の中国の政治システムは、中国共産党が革命を通じて民衆に選ばれた政党としてトップに立ち、楊偉民さんのようにコツコツ努力を重ねて育てられた官僚とが組み合わさって成り立っている。これは実は昔のシステムの延長線にあるわけです。中国の人々は、この政治システムの強靭さ、優位性を熟知しているため、アメリカやヨーロッパのポピュリズム的な政治システムに安易に飛びつくことはできません。中国の近代史の根底に、本来の政治システムへのこだわりと近代的なものへの模索との葛藤があることを、皆さんにご理解いただきたいところです。

船橋:それはあれですか。周先生のいちばん眼目とする改革ですか。

周:はい。

船橋:ありがとうございます。時間がなくなってまいりましたので、このへんで終わりたいと思います。お話を伺っていますと、東アジア時代とひと言でくくっても、これはそう簡単ではないなと。中国はたぶん先ほどのエネルギーでもってまだばく進していくだろうという感じがいたします。中国の時代は見えますけれども、果たしてそれが東アジア全体に一緒に成長し、発展し、平和をつくっていくような関係になれるかどうか。これはまだまだ大変大きな課題があります。中国と日本が特にアジアの中でどのように協調して、あえて言えばリーダーシップを共に発揮していけるのか。このへんもほとんどまだ十分に筋道が見えていない。少しずつ始まってきたとは思いますけれども。ですから、そういうことも考えたときに、なかなか東アジア時代というふうに予定調和があるわけではないと感じました。
 いちばん最初に加藤さんがおっしゃった朝鮮半島の問題、これを軽視してはならないと思います。朝鮮半島がいずれ統一したときに、どういう統一ビジョンで中国、日本、アメリカ、ロシア、それから統一朝鮮、この北東アジアの安定ビジョンができるのか、統一後のビジョンを共有できるのか。ここからして非常に大きい課題だと思いますし、もうすでにいろいろな兆候が見えていますけれども、海洋の安定、海洋の体制(マリタイムレジーム)、これをどういう形で一緒につくっていけるか。これはまだまだまったくこれからですよね。その上にエネルギーとか環境とかいう大きな地球的な課題も、アジアの場合は特に深刻な課題を抱えています。ですから、そういうことを考えたときに、イマジネーションがさらに必要になってきているのだと思います。
 きょうは、加藤先生、それから海江田先生、周先生、お三方がいろいろなところからこの大きな課題について光を当ててくださったと思います。改めて感謝をしたいと思います。以上でこのセッションを終えたいと思います。ありがとうございました。

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壇場で周牧之教授、海江田万里氏、加藤紘一氏、船橋洋一氏(左から)

【激論】 周牧之・楊偉民・胡存智・杉本和行・安斎隆・高木勇樹:第三の三十年 中国の行方

■ 編集ノート:いまから16年前の2010年、中国は金融危機を乗り越え世界経済の牽引車となった。当時は中国経済規模が日本経済のそれを超えたところで、アメリカを始め国際的にも「中国期待論」が高まっていた。そうした中、周牧之教授は、日本と中国の経済政策のキーパーソンを招き、東京経済大学創立110周年記念シンポジウムで真摯に議論した。中国の60年の来し方を辿りながら日本、中国そしてアジアの新しい方向性を展望した。

    16年後の2026年現在、中国経済規模は日本経済の5倍前後にまで成長した。今日の米中関係、日中関係に照らし、往時の議論を振り返る。

会場で髙木勇樹氏、安斎隆氏、杉本和行氏、胡存智氏、楊偉民氏、周牧之教授
壇場で髙木勇樹氏、安斎隆氏、杉本和行氏、胡存智氏、楊偉民氏、周牧之教授(左から)

東京経済大学創立110周年記念
「次の10年」を考える環球国際シンポジウム
~ 東アジア改革の行方 ~

■ Session 1 ■ 「第三の三十年 中国の行方」

司 会   周牧之 東京経済大学教授
パネリスト 楊偉民 中国国家発展改革委員会秘書長 
      胡存智 中国国土資源部総計画師 
      杉本和行 東京大学大学院教授、元財務事務次官
      安斎隆 セブン銀行会長 
      髙木勇樹  日本プロ農業総合支援機構副理事長、元農水事務次官 
                               (肩書きは当時)

日時 2010年10月1日(金)10:00~18:00(開場9:30)
会場 六本木ヒルズ森タワー アカデミーヒルズ49


司会を務める周牧之教授
司会を務める周牧之教授

■ 第三の三十年をどう迎えるか?


周牧之:きょうは新中国の第61回目の誕生日です。
 ここで過去の60年間を振り返りながら次の30年を展望することは、特別な意味があると思います。新中国のこれまでの歩みを、ざっと計画経済の30年間と改革開放の30年間に分けてみます。最初の30年間は計画経済の総動員力を発揮し、侵略と内戦で疲弊した中国は一定の産業力と国防力を身に付けました。米ソ両スーパーパワーにも屈しない独自の国のあり方を貫きました。もちろん人民公社や大躍進のような試行錯誤や、文化大革命のような政治運動に翻弄された時期もありました。第1の30年、中国は厳しい国際環境の中で生存権を確立しました。しかし、経済の活力を失ってしまいました。
 第2の30年間は改革開放で、これまで閉じ込められていた活力が一気に吹き出しました。グローバリゼーションとIT革命の大チャンスにも恵まれ、瞬く間に「世界の工場」となり、今年はさらに日本を超え世界第2位の経済大国となりました。
 しかし、第2の30年間は負の遺産も残しています。第1の30年間でかなり平均化された中国社会が一瞬にして階層社会・格差社会に変わりました。特に国民を農村戸籍と都市戸籍に分ける戸籍制度によって、億単位の農民工と呼ばれる出稼ぎ労働者が都市、特に大都市で、制度的に定住できない深刻な社会問題をもたらしました。こうした戸籍制度の上につくられた社会保障制度や医療制度なども、さらに社会的な分断に拍車を掛けました。
 これからの第3の30年間はまず分配、そして再分配をより平等、かつ公平に行う必要があると思います。さらに、戸籍制度などの改革を通じて分断された社会をユニファイしなければなりません。
 また、急速に進んだ工業化や都市化は、中国に水やエネルギー、そして土地をはじめとする資源利用量を急拡大させています。これに環境問題や地球温暖化による気候変動が加わり、資源と環境の制約が中国に大きくのしかかっています。中国はこうした環境と資源の制約に対応した成長モデルに転換しなければなりません。
 急速な都市化は人々のライフスタイルも大きく変化させています。深圳は、30年前には一介の小さい村に過ぎませんでしたが、今や一千万人級の超大都市へと変貌しました。上海浦東地区は、20年前はまだ草ボウボウの荒れ果てたエリアでしたが、今や世界屈指の金融センターとなっています。30年前に中国人はほとんど私有財産を持ちませんでしたが、今ではマイカー・マイホームの生活を手に入れる人も増えてきました。自転車王国も一瞬にして自動車大国へと姿を変えました。しかし、マイホーム・マイカーの上に成り立つ中国の都市社会は、今は渋滞、大気汚染などに苦しんでいます。マイカー・マイホームの夢を実現した人々が幸せに暮らしているとは必ずしも言い難い状況です。高密度・大規模都市社会をいかに構築していくかが、中国の経済、そして人々の幸せを左右しています。

周牧之、楊偉民主編『第三の三十年 中国のニューディレクション』
周牧之、楊偉民主編『第三个三十年(第三の三十年 中国のニューディレクション)』

周:今年の6月に中国人民出版社から、きょう私の隣に登壇されている楊偉民さんと私が主編を務め、『第三个三十年(第三の三十年 中国のニューディレクション)』という本を出しました。きょうの他のセッションにご登壇予定の周其仁さんや杜平さんなどと一緒に議論してつくったこの本は、中国の新しい方向性を探るものです。この本の出版記念環境国際シンポジウムにおいて、きょう登壇している杉本さん、そして第2セッションの司会を務める平野さんらとご一緒して北京で同じテーマで一度議論してまいりました。きょうはさらにここでこのテーマで、胡存智さん、安斎さん、高木さんに加わっていただき議論を深めてまいりたいと思います。
 まず、1人ずつ7分間前後スピーチしていただいて、その後議論を交わしていきたいと思います。それでは、楊偉民さんから7分間お願いいたします。

パネリストを務める楊偉民氏
パネリストを務める楊偉民氏

■ 中国が直面する課題と新しいディレクション


楊偉民:先ほど周先生のおっしゃった通り、中華人民共和国は既に二つの30年間を歩いてきました。第1の30年は、自力更生で初めて比較的に完備した工業システム及び国民経済体制を作り上げました。第2の30年は、改革開放で持続的な高度経済成長を実現できました。この30年間では、中国経済の平均成長率が9.8%で、今年の国内GDPが38万億元に達するとの見込もあります。一人あたりのGDPも4000ドルを超えますが、1人当たりGDPがまだ日本の10分の1でしかないです。世界銀行の基準によると、中国は既に中等収入国家の仲間入りをしたことになりますが、まだ低い水準レベルで中等収入国家の下位に位置しています。これからは第3の30年に入りますが、これからの30年間も安定した持続的で健康な経済発展が遂げれば、30年後の中国が初歩的に繁栄、富強、文明、調和的な近代化国になれると思います。このような目標を実現するには、これからの30年の道を如何に歩くべきかが一番重要な課題です。カギは我々の経済発展モデルの転換にあります。今年の初め頃、中国ではある重要な研究会が開かれました。各省の指導幹部、各部の部長及び中央の指導幹部が参加し、これからの中国経済発展モデルの転換加速の基本方針について議論しました。それは我々がある一致した基本認識を持っているからです。今回の国際金融危機のうわべだけ見れば確かに中国の経済発展速度に衝撃を与えました。中国経済の成長率は2007年の13%から2008年の9%へ、一気に4%を下げました。我々の経済発展モデルに問題がある、つまり我々自身の経済発展体制が病を患っているから、このような外来の寒流(衝撃)で風邪を引いて熱が出たのではないかと認識しました。ですので、積極的に金融危機に対応しながら安定した高度経済成長を維持すると同時に、中国政府も経済発展モデルをどう転換し、経済体制をどう調整するか研究し続けています。
 長い目でこれからの30年について見れば、私は以下9つの転換が非常に重要だと考えています。①供給増加から、需要拡大への転換を図ること。今までの中国は製鉄・自動車の生産能力の拡大で経済成長を促しました。現在、中国の製造業の生産能力は既に日本を超え、世界第2位のレベルまで大きくなりました。しかし、我々自身ではこれほどの生産量を消化できず、大量輸出を図らなければなりません。ですので、これからの30年は、積極的に消費需要を拡大すべきです。②外需依存型から、内需依存型への転換を図ること。言い換えれば、これからの中国経済は、中国国内の需要に支えられた経済成長への転換を図っていく必要があります。中国は発展途上大国として、この面で大きな潜在力を持っています。さきほど周先生もおっしゃいましたが、現在、中国の需要拡大は順調ですが、実際に3億余の半都市化人口の需要がまだ放出されていません。③エネルギー源及び鉱産物資源への投入から、人材や技術革新への投入への転換を図ること。労働力資源の豊富さ、労働力人件費の低さが我々の競争優位ですが、今後の5~10年間では中国が労働力のターニング・ポイントに差し掛かるかもしれません。人口の増加がまだ最高値に達していませんが、繰り上げて労働力のピークを迎えることになります。そうなると、過去の無限に労働力を供給できる環境が消え、存在しなくなります。④モノや土地の高度化によって、農民工の都市化への転換を図ること。この30年間、都市化発展のスピードが早く、例えば深圳は「無」から「有」へと変貌し、上海浦東新区は一面の稲田からビルが立ち並ぶ金融センターとなりました。但しこのような都市化発展の中、3億余の農民工や農村人口の消費需要がまだ満たされておらず各種の権利もまだ保障されていません。需要拡大はこの層の人々の需要を満たすことです。それが将来の中国経済成長を支えることになります。⑤行政区経済から、主体功能区の推進への転換を図ること。現在の中国経済発展速度は、一つひとつの地方がそれぞれ独立した経済体となって競争し合う体制に大幅に依存しています。これは経済成長を促進しましたが、資源・環境・生態等面で各種の問題ももたらしました。⑥高炭素経済から、低炭素経済への転換を図ること。中国は「第11期五カ年計画」でGDPの1単位につき20%のエネルギー消費量を減らす目標を挙げました。今現在のところ、この目標を実現するのは難しいですが、今後半年近くの努力で一定の目標を実現することができると信じております。この5年近く、高経済発展スピードによりエネルギー消費総量の増加スピードも上昇しました。次の5年、10年は如何にエネルギーの消費を抑え、二酸化炭素の排出を減らすかを考えています。⑦環境破壊と共に成長を遂げるのではなく、環境と友好な関係を作りながらの発展へと転換を図ること。⑧格差拡大の成長から、格差を徐々に是正する成長への転換を図ること。⑨政府主導の経済成長から、市場配置資源主導の経済成長への転換を図ること。以上です。             

周:ありがとうございます。中国が直面している課題と新しいディレクションを非常に簡潔に示してくださいました。
 それでは、胡存智さん、7分間お願いいたします。

パネリストを務める胡存智氏
パネリストを務める胡存智氏

■ 中国土地制度改革の方向性


胡存智:来賓の皆様、中国土地制度のこれからの行方について手短に述べさせて頂きます。現在までの所、中国の土地制度は比較的に成功していると言えます。専門家の皆様及び関係有識者は、中国過去30年間の高度経済成長の中、良い土地制度がなければ今のような見事な成果を収めることができないと中国の土地制度を高く評価しています。
 まず土地制度について簡単に振り返ります。中国土地制度は1949年に新中国の建国の際まで溯り60年の歴史を持っています。この60年間、中国土地制度は以下のような歴史過程を経てきました。所有権制度から見れば、封建地主所有の土地制度から農民個人所有制へ、最終的に集団所有制と国家所有制へと移り変わりました。管理方法から見れば、計画経済手段から段々と市場経済手段へと変わり続けています。このような歴史的な変化は、概ね次の幾つかの段階に分けることができます。①1949-1952年、封建地主所有制から農民土地私有制と変わりました②1953-1957年、社会主義改造を通して農民土地私有制から集団所有制と一歩一歩変わりました③1957-1977年、農民土地私有制から農村土地の集団所有制へ段々と変わりました④1978-1986年つまり中国改革開放の30年間で、都市部から見れば、主に本来の土地無償使用から有償使用に変わりました。農村部から見れば、改めて生産責任制へ取って代わり、かつ農民が自分の土地で家屋を建てることも認められるようになりました。加えて1982年に制定された憲法は、「都市部の土地は、国家所有に属する」と初めて明確に宣言し、中国の土地制度の基本基礎を定めました⑤1987-1994年、土地改革が活躍期に入り、国有土地の所有権と使用権が分離されました。つまり市場経済需要に応じるため、国有土地が市場で取引・譲渡・貸出・抵当できるようになりました。この時期に土地管理法も制定されました。1994年になると、都市部の国有土地が基本的に計画経済管理手段から市場経済管理手段へと変わりました⑥1995-2010年、今実施されている土地管理制度が生まれました。1998年に中華人民共和国土地管理法が再び改正されました。つまり、農村耕地を厳格に保護し、建設用地を確保すると同時に市場化の方法で土地を配置することが確立されました。この段階では、農村の集団所有土地をどう国有土地にするかという土地徴用制度改革のスイッチも入りました。
 我々は中国の今後30年の土地改革に大きな望みを託しています。2007年末の中国共産党十七回三中全会では、土地管理制度の改革を一層推進し、所有権の明確・使い道の管制・節約集約・厳格管理の原則で土地を管理すると提唱しました。
 今後30年の土地改革は主に次のいくつかの特徴があります。1.土地の所有権制度を一層整備すること。主に都市部土地と農村部土地の所有権が同等な機能を持つように一致させることです。農村部の土地が譲渡できなくなります。2.土地に近い箇所の管理制度を強化すること。土地所有権を明確にした後に土地の用途を厳格にコントロールしなければなりません。つまり、農村部の土地を任意に建設用地として使ってはいけません。同時に、地域発展及び城郷建設を促進するため、きちんとした空間構造計画立てなければなりません。3.統一された城郷市場を作ること。現在では都市部と農村部の土地市場が離れていますが、これらを統一する必要があります。4.一層集約的・節約的に土地を使用すること。このことについては、日本の集約的・節約的な土地利用方法を学ぶことに力を入れるべきです。各種の経済・法律・行政の手段を使い、わずかな土地でも利用できるように土地を節約することです。5.土地の経済関係を一層調整すること。主に土地の利益分配関係を三つの点で調整する必要があると考えています。(1)現在実施されている土地税費体系の調整(2)中央と地方の土地収益分配関係の調整(3)土地徴収後補償関係の調整、以上です。

周:胡さん、ありがとうございます。胡さんは今、中国で最もホット、かつ最もデリケートな土地問題を非常に簡潔に整理し、改革の方向性を示してくださいました。中国の急激な都市化とすさまじい勢いのインフラ整備が実現できたのは、公有制、土地制度があったからです。しかし、この土地制度にも大きな問題があり、土地所有者の権利が非常に弱いと同時に、低開発・難開発をかなりもたらしています。新しい土地制度改革のディレクションが中国の経済、そして都市のあり方の新しいモデルをかなり左右すると思います。
 それでは、次に杉本さん、お願いいたします。

パネリストを務める杉本和行氏
パネリストを務める杉本和行氏

■ リーマン・ショック後世界経済の環境変化と課題


杉本和行:はい。東京大学大学院の杉本と申します。よろしくお願いいたします。私は本日、3つの点について述べたいと思っております。第1点は、リーマン・ショックからちょうど2年たちましたけれども、いわゆるポストクライシス、リーマン・ショック後の世界経済を安定的に発展させていくために、中国、日本をはじめとする東アジア経済が果たすべき役割でございます。第2点は、リーマン・ショックで明らかになりましたように、これから世界経済における通貨・金融の役割をどう考えていくか、アジアにおける人民元、日本の円の役割についてもどう考えていくか、について述べたいと思っております。第3点目は、財政・税制を背景とする社会保障をはじめとします制度的なインフラストラクチャー、こういうものについて今後どういうことを考えていくべきかです。以上、3点についてお話ししたいと思っております。
 先ほどからお話がありますように、リーマン・ショックに至ります10年は、世界経済にとって非常に順調な時代でございました。リーマン・ショックに至る前の10年、1998年から2008年までの世界経済を考えますと、世界のGDPはその10年間で2倍になっております。その間、中国経済の規模は4.5倍ぐらいの大きさに成長したわけでありますし、アジアの経済規模も3倍以上の大きさになっているわけでございます。同時にそのときの貿易量を考えてみますと、98年から2008年までに世界の貿易量は実に3倍になっておりますが、中国の輸出・輸入を平均しました貿易量は実に8倍という状況で、世界経済が大きくなる中で、中国は貿易量が非常に大きくなって、今の経済発展につながったということであります。
 2000年代の初めからリーマン・ショックまでは、世界的にグレート・モデレーションとも言われる時代でございまして、世界経済が安定的に大緩和の時代というのでしょうか、グレート。デプレッション(大恐慌)の逆でしょうけれども、非常に安定した時代でございました。その背景にありますのは、やはり自由な物、金、サービスの移動が確保されたということでありまして、それを背景に中国経済は大きく発展してきまして、今やGDP で世界経済第2位のレベルにまで大きくなってきたわけでございます。
 そういたしますと、今度は中国経済と世界経済の関係はまさにいわば互恵の関係でございまして、中国経済が逆に世界経済のインフラを引っ張っていかなければいけないと思います。自由な物の移動、自由なサービスの移動、自由な資本の移動を背景に世界経済が発展してきて、それで中国経済も発展したわけでございますから、今後そういった世界経済のインフラ、自由でかつ保護主義に走らない、物の移動の制限をしない、お金が自由に動いていくような、そういったものを逆に世界経済2位になりました中国が保障していくといいますか、担保していくようなことが必要ではないかと思うわけでございます。
 世界経済は結局、リーマン・ショックに至る前までは、アメリカ経済の消費過剰構造に依存することによって発展してきた面がありまして、その矛盾がある意味では吹き出たのがリーマン・ショックだったわけでございますけれども、そういった面からも、中国経済はこれからは、楊さんの話にもありましたように、内需、特に個人消費に支えられた経済への転換を図っていく必要があると考えられるところでございます。経済発展パターンの転換は、楊さんの話にありましたように、中国においても追求されているところであります。
 1つの統計によりますと、2020年にはアジアの消費は日本の消費の約4.5倍になるという数字もございます。現状では日本の消費は中国の消費の2倍近くあるわけでございますが、20年後には中国の消費は日本の消費を抜きますし、大きく上回りましてアジア最大の消費市場になると見込まれておりますし、先ほど申し上げましたように、アジア全体の消費は日本の消費の4.5倍にもなるということでございますので、アジアの内需をどう考えていくかが非常に重要になってくるわけでございます。そのためにもアジア全体のつながりの強化を図っていくのが大変重要な課題と考えておりまして、この課題に向けて一歩ずつ歩を進めていく必要があると思っております。そういった意味でも、アジア全体のEPA、FTAという自由な体制をつくっていくことは非常に重要でございまして、まずは日中間のFTAの進捗が望まれるところであります。
 2つ目は金融の問題でございますが、リーマン・ショックで明らかになりましたように、世界にとって金融のインフラが非常に重要な役割を果たしているということでございます。中国経済がこれだけ大きくなりますと、中国の人民元、それから世界3位になりましたけれども日本の円、こういったものがアジア市場において果たす役割は非常に重要になってくると思います。中国経済の世界的な地位に応じた人民元の役割がどんどん推進されていかなければならないと考えております。そういった意味におきましても、人民元がある意味ではもっと広く使われ、かつ交換可能になっていく道筋を追求すべきものだと思っております。アジア経済において、人民元、それから日本の円がいわば車の両輪になって通貨体制を支え、かつ貿易体制、お金の面を支えていく体制が必要ではないかと考えているわけでございます。そういった意味でも、アジア全体で債券市場をつくっていくアジア債権市場育成イニシアティブ、それから通貨間のスワップ網でございますチェンマイイニシアティブ、こういったものを拡充していき、日本円、人民元の役割拡大を目指すべきではないかと考えているところでございます。
 それから3つ目は、社会的なインフラの関係でございます。先ほどからお話がありますように、労働人口の高齢化という話は、日本のみならず中国、タイにおきましても、東アジアの国におきましても重要な話でございまして、日本の生産労働人口がピークアウトいたしましたのは1990年の半ばだと思いますけれども、中国におきましても、この10年でおそらく労働人口がピークアウトしまして、いわゆる「人口ボーナス」がなくなっていく状況になっていくのだと思います。
 それと中国国内の所得格差の問題等々を考えますと、社会保障制度をどういうふうに構築していくかは、ある意味でわが国だけの問題ではなく、アジア全体の問題ではないかと思っております。持続可能で、かつサスティナブルな社会保障制度をどういうふうに確立していくか。それはアジア経済にとっても非常に重要なことであります。国民生活の安定を図りながら、先ほど申し上げました、消費量が拡大する中で国民生活の充実を図っていくという意味でも、社会保障制度をどういうふうに考えていくか。さらには、国と地方の関係を考えましても、中国におきましても地域間格差が非常に大きなものでございましょうから、国と地方の格差、中央と地方の格差をどういうふうに考えていくかということも重要な課題であると考えております。こうしたことについて一歩一歩努力を進めていくことが、今後の世界経済にとって非常に重要なことだと考えております。私からは以上でございます。

周:ありがとうございます。中国が大発展できた世界経済の環境、リーマン・ショックによって何がどう変わっていったか、さらに中国の経済発展モデルのシフトやFTAの重要性、人民元と日本円の役割の重要性、社会保障制度の整備の重要性などを具体的に示してくださいました。
 次は、安斎さん。

パネリストを務める安斎隆氏
パネリストを務める安斎隆氏

■ 平和の重要性、謙虚の大切さ


安斎隆:お3人によって明快なお話がありました。皆さんお疲れでしょうから、ちょっと軟らかい話をしたいと思います。私、中国経済を見てもう37年になります。第1の30年のうちの7年と第2の30年です。文化大革命、大躍進について、周先生はあのように分析しましたけれども、私は最初の30年は国家統合のための努力であって、経済的にはほとんど発展していなかったように感じます。
 生産増強といって鉄鋼生産を増やすというと、泥でつくった溶鉱炉に自分が住んでいる家の屋根の鉄板を持っていって溶かして、ゴロゴロの黒い鉄の塊をつくるという状態でした。そういう中で、「鄧小平打倒」といったような激しい運動をしました。そういう中で外貨準備も枯渇し飢饉が起こり餓死者がずいぶん出ていたが、穀物の輸入すらできない。そういうときに、中国は自力更生の中でどのようにして生き延びていくかという状態でした。一種のごまかしですけれども、借金できないなら外貨預金を受け入れてはどうか、借金できないなら設備投資するときにリースで受けなさい、あるいは信託という制度もあるので毛沢東にはそういう説明をしたらどうかと先方に教えていました。そしてその危機を乗り越えました。それから間もなく鄧小平が登場してまさに改革開放、これが大成功したから今日あるわけです。もっとも第2の30年のうち10年位はその成果はほとんどなかった。1990年代の前半に鄧小平が南巡講話をした。南に行って、発展できる所から発展させるよう、なんでも平等ではなくてよい、そういうふうに発展させていくのだということがありました。
 そこで、私も市場経済化の中で金融面のお手伝いをしました。そこで分かったことは、まさに共産主義のやり方では経済は発展しない。象徴的なのは、物の売買をしても国有企業同士ではお金での決済をしていない。決済は、個人に賃金を払うのと個人が物を買うところにしかない。要するに規律のない売買ということなのですね。それから、償却制度がないです。もうけるという概念がないからです。そうすると、設備が摩耗したときには借金がさらに増えてくる。要するに国民の貯蓄という資源を無駄遣いしていく。こういうことが分かりました。こういうのを直していくということです。この改革開放の部分が今日のものすごい中国の発展をもたらした。ですから、ここ十数年のことだと思います。
 また、ここにはいい条件がありました。それは世界が平和であったのです。それは冷戦構造が崩壊した。これは、経済が発展するために平和がいかに重要かということを物語っています。平和でなかったら経済取引はしぼみます。民間の資本は自由に動きません。心配で心配でならないとなったら動きません。経済は発展しない。さらに、ここにアメリカという基軸通貨国が、われわれにとっては幸いですけれども、高慢な経済運営をしてくれます。借金して消費する、輸入して経済を発展させる。われわれ日本もそうですけれども、中国もまさにこれに乗ってきたのですね。
 しかし、これが立ちゆかなくなったのは、あのサブプライム問題であり、それからリーマン・ショックです。今、私は自由主義諸国の市場経済が方向感のない状態に入っていると思っております。そういう中で直ちに脱出できたのは中国でございます。4兆元の財政支出、これは公的資金がすべてではありません。それから、民間貸出による支えです。そうすると、中国経済はまったくデ・カップリング、いわゆる自由主義市場経済とはまったく別のいき方ができるのか、という希望を持たせてくれました。まさに今そういう状態になって、自由主義諸国がなんか底を打ったような感じがしているけれど、次のステップにいけるという自信をどこの国も持てないでいる状態だと思うのですね。そういうときに、中国はこういう世界の中で本当に今までのような状態を続けられるだろうか、という局面にあると思います。
 そういう意味で、私どもも経験しましたけれど、本当に調子いいときは傲慢になります。日本経済が今日の状態になったのは、1980年代後半における傲慢さの結果です。それから、アメリカがなぜああいうふうになったかというと、いろいろな冷戦構造の崩壊の中で世界はアメリカの経済発展に依存しながら生きていく、基軸通貨の思うとおりにいくという傲慢さの結果、あのサブプライム問題が起こり、そして今日の停滞があるのですね。苦悶している。ですから、中国は絶対アロガント(傲慢)にならないで、次の10年をどういうふうにしていくかということを考えなければいけない。しかも、世界全体の中での責任が増してきています。経済は相手あってのものです。自分だけが良くなるということは絶対あり得ないのです。ですから、楊さんはまさに中国国家発展改革委員会の中心人物ですからそういうお考えでぜひやっていただきたい。こういう要請をして私のプレゼンテーションは終わります。(笑)

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周:ありがとうございます。 長いおつきあいの中で、 安斎さんはいつも僕に自慢話を2つされます。1つは、「お前の生まれる前の中国経済をおれは知っている」(笑)、もう1つは、「オレは長年中国に経済のアドバイスをしてきた」です。だから、中国経済発展にもし重大な問題があるとしたら、安斎さんに重大な責任があります(笑)。きょう安斎さんはまた、平和の重要性、謙虚の大切さをおっしゃってくださいました。ありがとうございます。
 次は、高木さん、お願いいたします。

パネリストを務める髙木勇樹氏
パネリストを務める髙木勇樹氏

■ 農業問題、農村問題、農民問題にどう向き合うか?


髙木勇樹:高木でございます。よろしくお願いいたします。安斎先生は大変軟らかいお話で分かりやすくお話しになりましたが、私これまで携わってきたのが農政といいますか、農業、農村、食料の問題なので、ちょっとまた堅い話に戻させていただきたいと思います。
 先ほど楊先生、胡先生のおっしゃったことに、おそらくアジアだけではなくて、世界全体が中国の農業、農村、そしてまた食料に対するいろいろな政策はどうなのか、これが大きくかかわっているのではないかと思います。中国においても「三農問題」ということで、ここのところ1号文献には農業の問題、農村の問題、農民の問題が非常に重要な問題として取り上げられているのはそういうためではないかと思います。今や中国は世界で4番目の食料輸入国で、5番目の輸出国です。そういう意味でも、これからの経済発展、それから13億という巨大な人口を考えれば、世界、アジア、そういうところにおける食料問題に大きく影響している。もちろん日本という国との関係においてもそうであります。先ほど、楊先生は今後の発展上の問題を指摘されましたし、胡先生は土地問題を指摘されました。私はそう詳しいわけでございませんが、改革開放以来、今日までに1200万haの農地が減少したという統計を承知しております。1200万haは日本の農地の2.5倍ぐらいにあたるわけで、大変大きな面積であります。
 先ほど、土地問題のお話がありました。生産力の基盤は農地でございますから、この農地を中国がどういうふうにこれからの10年の中で維持し、そして効率的な農地利用が行い得るようにしていくのか、そしてその上にいわゆる農地の使い方、より使いやすいようにということになるのか、ということです。例えば農業をやる場合には資金が必要です。資金を借りることになれば普通は担保が必要ですね。今の状況ですと、農業者が資金を借りようとしてもなかなか担保という形で農地を提供するのは難しい。いろいろな問題があるようでございまして、そういう意味でも、これから農業を発展させて、そして世界の食料・アジアの食料問題に大きなかかわりをもたれている中国が食料問題について非常に大きな責任を果たしていかれる。そのためには農地をどういうふうに使いやすいものにしていくか、農地問題は非常に重要だと思います。
 もう1つ、先ほどのお話の中にもありましたけれども、農村の問題でございます。これは農村と都市の格差の問題だけではありません。農村においてのいわゆるインフラであり、水の問題や所得格差もあります。いちばんの問題は、先ほどちょっと農民工のお話がありましたけれども、農村から非常に若いといいますか壮年者を含めて農業を担う方々がかなり都市に出ているということは、これから農業を近代化していく、効率化していくときに、担い手が脆弱化している。この問題を人の問題として、これから中国においてどう全体的なバランスをとりながら対処していかれるのか。これは先ほど申し上げましたように、世界・アジアの食糧問題に非常に大きなかかわりをもっていくと思います。
 最近、東アジアで1つの動きが出てきています。それは、共通の食料資源であるコメについて、東アジアの米備蓄構想が現実化してきておりまして、中国も二十何万tとか、日本も20万tとか、それぞれが拠出しあって、いざというときのために共通の食料である米を備蓄しておく動きが出てきております。こういう動きはさらに先ほどのお話にみんな関連していくわけですが、東アジアおよび世界の食料を考えたときに、非常に重要な1つのやり方だろうと思っております。
 いずれにしても、中国の農業、農村、食料にかかわるいろいろな政策は、制度を含めてこれからの10年、30年というタームでアジア、そして世界全体――日本はもちろんでございますが――が大きな影響を受ける。このへんについての先ほど来のお話が政策として明確に示されていくことが非常に重要かなということで、私の最初のお話にさせていただきます。ありがとうございました。

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周:ありがとうございます。中国のもう1つホットかつデリケートな三農問題、いわゆる農業問題、農村問題、農民問題に関してアドバイスと提言をしてくださいました。高木さんもこれまでいろいろな場面で中国の農業・農村行政にアドバイス、提言をしてくださっています。ありがとうございます。

日本経済新聞に掲載したシンポジウムの広告
日本経済新聞に掲載したシンポジウムの広告

■ 社会の公正・安定と経済発展の両立を如何に実現するか?


周:続いて、分配と再分配について皆さんに伺いたいです。中国の次の30年を考えますと、まず分配と再分配の話は避けて通れません。今年になって、中国では労働者によるストライキが頻発しています。特に日系企業のストライキは日本でも大々的に報道されています。その報道のほとんどがストライキをネガティブに捉えていますが、しかし私にとっては長い間待ち望んだ状態が中国でようやく現実となってきたと思えるのです。
 なぜかというと、30年間の高度成長を続けてきた中で、中国では労働分配率が向上するどころか、むしろ下がってきています。労働者は高度成長の恩恵に十分あずかっていません。これは労働運動が行われず、不健全な労使関係が長く続けられてきたことにかなり由来しています。ようやくストライキができるような時代になったことで、労働者の権利や労働条件が徐々に改善されると期待されます。こうしたことは、社会の公正・安定に寄与すると同時に、中国の経済発展が輸出依存型から内需依存型にシフトしていくためにも不可欠です。分配と再分配に関して、お一人2~3分ずつお話をお願いします。楊さんから。

会場で高木勇樹氏、安斎隆氏、杉本和行氏、胡存智氏、楊偉民氏、周牧之教授(左から)
壇場で高木勇樹氏、安斎隆氏、杉本和行氏、胡存智氏、楊偉民氏、周牧之教授(左から)

楊:これは経済問題だけではなく、同時に政治・社会問題であり、目下民衆が特に関心を持っている問題でもあります。第一次分配から見れば、どう調整するのかが激しい議論を呼びました。議論の焦点は、政府と企業、どちらが利益を減らすべきかにあります。政府の税金収入が多いため、政府の利益を減らすべきではないか、というのが一部の産業界の考えです。中国の現状から見れば、政府の収入割合が減ると、中西部及び多くの貧困地域で社会保障、医療衛生体制の確立にとって極めて不利になります。全体的に見れば、90年代以降企業と労働者の間の分配関係が逆転しました。つまり企業の収入割合が次第に上げ、労働者の収入成長率が比較的鈍くなって来ました。日系企業だけではなく、国内の一部企業でも、労働者が自分の合理的な報酬を求めるため活動する動きが出てきました。もちろん中国政府としては、このような激しいやり方を望んでいません。報酬集団協議制度を呼び掛けています。つまり、企業、労働者、組合が落ち着いて協議しながら問題を解決していくことです。全体の方向性から見れば、労働者報酬の引き上げ問題は避けられないと思います。   

周:ありがとうございます。胡さん、お願いいたします。

胡:これからの30年は、三つの問題を解決しなければならないと思います。1.政府と農民の間で、土地徴収過程に生じた土地価値上昇利益の分配問題です。今まで農民側の分配額が少なく、このような実践結果はあまり望ましくないため、将来の改革方向として第一次分配時に農民への分配額を上げるべきです。2.現在の土地市場や不動産市場で、中国も日本の当時の「不動産バブル」の問題を持っています。ですので、不動産開発側と所有者の間にどう合理的な利益分配をできるかは、考えるべき問題です。3.政府と不動産所有者の間の価値上昇の面での分配問題です。  

周:ありがとうございます。それでは、杉本さん。

杉本:中国の経済に占める個人消費の割合はだいたい35%ぐらいではないかと思うのですけれども、日本ですと60%弱だったと思いますし、アメリカは70%に近いようなのが国民経済に占める個人消費の割合だったと思います。そういう意味で中国の個人消費が経済に占める割合はある意味では相当低いわけでございまして、経済が安定的に発展していくためにも、個人消費のウエートを高めていくことは中国経済にとって大変大きな問題だと思います。現在のように投資が経済の非常に大きな部分を占めているのがいつまでも持続可能かどうか、という観点からの問題であると思います。そのためにも、労働の分配率を高めていくことは非常に重要な課題ではないかと考えております。そのやり方はいろいろあるので、賃金という面もあるでしょうし、あとは社会保障という面もあると思います。
 振り返ってみますと、日本で国民年金制度ができ、国民健康保険制度ができて、国民皆年金、国民皆保険の制度が整ったのは1961年(昭和36年)でございます。そのときはまだ東京オリンピックの前でありまして、今、中国は北京オリンピックを終え、上海万博をやったわけでございますので、その発展段階をもう超えているわけでございますから、当然きたるべき高齢社会、人口構造の変化に向けて社会保障制度をきちっとつくっていく。それによって分配という問題をその面からも考えていくことも重要になっていくのだと思っております。

周:ありがとうございます。それでは、安斎さん。

安斎:そうはっきりした定見があるわけではないですけれども、世界第2位になり、しかも今発展しているのは自分の国だけだという、民衆の意識は相当大きな変化をしてきていますよね。このこと自体は、行政というか国家にとっては、これから先は今までのような調子での発展モデルではなくなる、ということだけははっきりしております。だからといって楊さんのところがメチャクチャ計画経済的なものを高めると、これは活力が落ちてきます。
 そういう意味で私は、これまでの――はっきり言うと十数年――この発展モデルをこれから先はどのように変えていくか。これについては私自身も定見はありません。周先生は、労働組合によるストライキは今まで分配率が低かったから当然だとおっしゃっている。しかし、今までのやり方からそういうやり方にした場合に、中国の競争力は落ちてもいい、二兆数千億ドルの外貨準備があるのだから、それを使い果たすならやってもいい、そういう考え方もありうると思いますけれども、そうした場合、世界の中国に対する目はまた違った意味で変わってきます。ここは私自身定見がないのですけれども、そこは漸進方式しかないですね。そうなる過程で成長率は落ちます。確実に今までの成長率は維持できなくなります。そのときに失業者の増大あるいは社会保障関係をどうするか。ここが最大のテーマになってくるのでしょう。
 そういう意味で、日本とガチャガチャやっているような状況にはないと思います。(笑)13億の民、あるいは1億2千万の民に平和な気持ちで食べてもらう、生きてもらうのは非常に大変なことですね。しかも技術革新による成長は、今までのような技術革新とちょっと違うと思うのですね。新たな技術革新の目が出ていないのです。ですから、ここはある面で中国はどういう方向をとるのか。日本は傲慢になりすぎて、80年代の後半にはもうアメリカに学ぶことはないと言いました。そういう傲慢さがあのような結果を招来したのです。中国には、そうなった場合は大変ですよということをぜひ知ってほしいのです。だから、国民まで含めて絶対傲慢にならないと。いつでも謙虚でなければ、あの13億の民の富の格差とか不満をコントロールしていくことは極めて難しくなるでしょう。だから、本当に謙虚でなければならない。お説教して申し訳ないですね。(笑)

周:ありがとうございます。それでは、高木さん、お願いいたします。

髙木:はい。時間がだいぶ押していますので簡単にと思います。今、安斎先生もおっしゃいましたけれども、これからの30年といいますか、これからの10年といいますか、いわゆる中国がこれまで発展してきたモデルはやはり変えざるを得ないというか、変わらざるを得ないだろうと思います。それはアジアとか世界全体との関連でもそうならざるを得ないのではないか。
 なぜかというと、経済を安定的に持続的に発展させることになれば、先程出た格差の問題というか分配の問題ですけれども、中国の13億の方々が基本的に都市に住んでいようが農村に住んでいようが、同じレベルの、まあ最低限の生活水準(シビルミニマム)をきちんと享受できることが、内需の拡大路線に転換するとか経済の発展モデルを変えるときに、そういう基本的な考えがやはり必要になってくるのではないかと思うのですね。
 そうすると、そういう基本的な考えにたって、税制とか土地問題とか、国と地方の配分の問題とか、いろいろなことがきちんとされたうえで、おそらく制度的・政策的に出来上がる。中国がこれから安定的な経済発展に入るには、そういう基本的な考え方を持つこと、今もお持ちだと思いますが、もっと明確に持って、それを1つの物差しにしていくことによって分配問題を解決しないと、これから先のアジアの発展、それから日本との関係、世界との関係、そういうものがスムーズにいかなくなる面が出てくるのではないか、こんな感じがします。

周:ありがとうございます。皆さんから分配と再分配の重要性、具体的な方向性、そしてアドバイス、さらに警鐘までいただきました。スライドお願いいたします。

登壇者:楊偉民氏、髙木勇樹氏、安斎隆氏(上段左から)、胡存智氏、杉本和行氏、周牧之教授(下段左から)
登壇者:楊偉民氏、髙木勇樹氏、安斎隆氏(上段左から)、胡存智氏、杉本和行氏、周牧之教授(下段左から)

■ メガロポリスと環境保護を両立させる「主体功能区」


周:第2ラウンドの話はこれまでの延長線にあると思いますけれども、中国が工業化と都市化、そして環境や資源の制約などの問題に対処するためには、まず水やエネルギーが豊富で、しかも環境制約の少ない所に人口と産業を集中させ、もう一度ダイナミックに国の形をつくり直す必要があると思います。十数年前に、実は先ほどJICAの北野さんのご挨拶の中に出てきた話ですけれども、中国の国家発展改革委員会と日本のJICAと共同で中国都市化政策において調査を行いました。私はその調査の責任者を務め、きょうの第3セッションにご登壇する杜平さんが実は中国側の責任者でした。きょう、この会場にこのプロジェクトにかかわった日本の有識者が大勢ご来場してくださっています。
 私たちは、中国の国土のあり方は資源と環境の制約の少ない所に産業と人口を集中すべきだと痛感していまして、メガロポリス構想を打ち出しました。具体的には、中国で最も水資源が豊富な長江デルタ、珠江デルタに億単位の人口を集約する巨大なメガロポリスを構築し、中国の経済発展のエンジンとすることです。この2つのデルタ地域は水資源が豊富です。それだけではなく海に直面し、大規模な輸出・輸入を行いやすく、世界大分業をベースとした工業化に非常に適しています。同時に、大規模なエネルギーや食料の輸入も実施しやすい利点があります。当時、5カ年計画策定の取りまとめ役の責任者の楊偉民さんは、われわれのチームと幾度も会合を重ね、第11次5カ年計画において、それまでの大都市抑制政策を改めメガロポリス戦略を打ち出しました。この政策転換があったからこそ、今日の中国のメガロポリスの大発展があると言っても過言ではありません。
 中国では、これまでの開発による環境破壊、地球の温暖化などで痛めつけられた水資源地域、水源地域の環境改善、貯水力の強化なども急がなければなりません。中国政府は現在、「主体功能区」という政策を打ち出しまして、国土を開発高度化地域、開発重点地域、開発抑制地域、開発禁止地域の4つに分けて、開発地域からのフィードバックによって開発禁止あるいは制約地域の環境改善を図っています。このダイナミックな空間政策は、中国内陸の環境改善や所得向上には大きく寄与すると期待しています。
 この政策の取りまとめ責任者も楊さんです。楊さん、簡単にこの政策のポイントを皆さんに紹介してください。その後ほかの登壇者の皆さんには、この中国の新しい空間政策、そして成長センターであるメガロポリスに次の30年どのような役割を求め、どう実現させていくか、簡単に一言ずつコメントをお願いいたします。
 それでは、楊さん、お願いいたします。

楊:先ほど周先生のおっしゃった通り、我々は主に次のいくつかの点について考えて見ました。1.この30年近く、中国の農地面積の減少が多過ぎ且つ早過ぎました。多くの県、郷鎭が工業を発展させるため、大量肥沃な農地を占用したことがこの結果を引き起こしたのです。2.中国の多くの地域では、生態環境が莫大な破壊を被りました。例えば2010年8月に起きた中国甘粛省舟曲の土石流災害の原因も、専門家はこの地域の生態環境が破壊されたためと指摘しました。ですので、我々はこのような生態環境の脆い地域を安易に開発してはいけません。まさしくこのような生態環境の脆い地域での貧困人口が多く、彼らの生活水準も大変低いのです。しかし彼らがこの土地から出たら何処へ行ったらいいのでしょうか。3.中国では既に長江デルタ地区、珠江デルタ地区及び環渤海地区の3大メガロポリスが出来ています。これらの地域の開発強度は既に非常に高くなり、資源荷重能力も次第に弱くなっています。例えば先日、北京で酷い交通渋滞を経験しました。現在、北京の自動車台数は既に450万台に達し、東京の総台数と並んでいますが、東京の渋滞状況は北京より緩やかです。以上の面を総合的に考えてみれば、中国の未来空間構造を調整しなければなりません。一定の地域では中国18億haの農地を守るため農業を優先すべきです。また、国家生態安全体制を構築していきたいと考えています。「両屏三態」地域では工業化や農業化の開発を制限します。生態環境が地球気候変化を左右する重要な役割を果たしているためです。中国は東部地域の3大メガロポリス以外にも、中西部地区、長江中流地区、中原地区等で若干のメガロポリスを築き上げ、これらの地区で開発・発展を行い、内需主導型の経済区を構築していこうと考えています。長江デルタ、珠江デルタの両メガロポリスは、主に外需主導型の経済区として発展させていきます。もちろん、このような空間戦略構造を形成させるには、中国の財政、投資、土地、環境、人口、民主等の政策も情勢に応じて調整し、整える必要もあります。

周:ありがとうございます。胡さん、一言お願いいたします。

胡:中国の「主体功能区」については、先ほど楊先生がはっきりと述べました。一国の発展には、一つの科学的合理的な国家土地空間開発構造が必要とされますが、中国のこれからの30年にとってそれは最も重要な課題でもあります。先ほど楊先生が中国の「十一五計画」にも触れましたが、中国では主体功能の計画が既に立てられ、中国の発展にとって一つ大きな突破口になっています。ただそれだけではまだまだ不十分ですので、国家が一歩進んで国家土地計画を立て、つまり現在の主体功能区で戦略的な考えを一層実現できるよう、中国の生態環境、人口の荷重情況、及び生産、都市計画を合理的に配置したうえ、主体功能区の機能を存分に発揮させることができると思います。

周:ありがとうございます。杉本さん、よろしくお願いいたします。

杉本:はい。手短にコメントさせていただきたいと思います。日本におきましても、列島改造論から始まって全国総合開発計画、国土計画、都市化の問題、それから地方と大都市の問題はいろいろ苦労して考えてきたところだと思っておりますが、むしろ今は地方と大都市の格差の問題も激しくなっておりますので、そういった観点からどう地方経済、地方を考えていくのかが、非常に難しい課題になっているのだと思います。
 そういった意味で1つ考えられますのは、地方間の税源格差がどうしても出てきますので、税源格差の調整というようなことも考えていく必要が中国においてもあるのではないかと思っています。日本の場合は、地方交付税という制度で税源格差の是正をやっておりますので、そういったことも1つの検討課題とされる必要があるのかもしれないと思っています。

周:ありがとうございます。それでは、安斎さん。

安斎:杉本さんとちょっと違うのかもしれませんけれど、日本は地域間格差がほとんど出ないようにしてきました。地方交付税交付金があります。コメの代金も高く上げてきたこともあります。公共事業もそうでした。これは全体の税収が豊富なときはそれなりによかったのですけれど、経済成長率が落ちて税収が落ちてからは結局、この負担は子孫にすべて残した。すなわち国債大量発行によって地域間格差を是正する形になってしまった。こういう歩みをしてきたのですね。そのこと自体、中国から見ても「日本というのはなんと社会主義経済の典型ではないか」と思うぐらい、そういう平等をつくってきたのです。今、それがものすごい負担になってきているのです。
 ですから、中国もおそらくこの格差を是正しない限りは次の政治の安定も経済の発展もないから、いろいろな努力をされるのでしょうけれども、それをわれわれがやってきたようにやるのか、やらないのか。むしろ違う方法、今は都市間移動その他いろいろな規制をしているから、あまりにも貧富の格差が目立っていますから、それを是正する。それから、やはり基本は所得を生まないところに金をつぎ込んでも駄目なのですよ。ですから、格差是正をやるための施策はある一定の限界があるということを認識してやらないと、ズルズルズルズルいく。これが後世、次の世代の負担になっている。これは日本のケースですから。ぜひ楊さんには、計画経済ではないけれども、全体を描くときにはそういうふうにならないようにどうするかを考えて欲しい。
 民政の安定のためにはいいのですよ。それが税収でできるうちは問題はないのです。おそらく今中国に行くと「税金も好調ですよ」と言うでしょ。それから、「不良資産もない」と言うのです。バブルであれば不良資産はないのです。日本もそうでした。バブルの最中は不良資産はなく税収は好調でした。そういう中でホイホイとやっていくと、今日の日本の苦しさが出てくるのです。ですから、13億人口を変な方向に動かさないためにも、しかも民政の安定のためにも、あまりにもそこの部分に踏み込みすぎないほうがいいと思います。

周:貴重なご警告をありがとうございます。高木さん、お願いいたします。

髙木:はい、簡単に。私は、先ほど来もお話ししたように、中国においてこれから農業と農村をどういうふうに位置づけてやっていかれるかが、おそらく今のお話を進めていくうえで非常に重要な要素ではないかと思います。

周:ありがとうございます。中国の新しい空間政策の紹介と、日本の経験に関する貴重な対立意見をいただきました。ありがとうございます。

会場で髙木勇樹氏、安斎隆氏、杉本和行氏、胡存智氏、楊偉民氏、周牧之教授(左から)
壇場で髙木勇樹氏、安斎隆氏、杉本和行氏、胡存智氏、楊偉民氏、周牧之教授(左から)

■ 世界により開かれた社会へ


周:最後の第3ラウンドを、ぜひ次のセッションにつなげたいと思いまして話題を少々変えます。中国の経済成長は対外開放によってもたされました。中国のみならず、 IT革命とグローバルゼーションの中で繁栄と成長を謳歌しているところは、 実はほとんど開放政策をとり世界から人材と企業そして資金を集められる場所です。例えばアメリカのウォール街、シリコンバレーはその典型です。アジアではシンガポール、ドバイなどが挙げられます。
 その意味では、これからの30年の世界競争はプラットフォームの競争になると思います。日本も中国も含めたアジアは、こうしたプラットフォームの競争の中で、より魅力的、より効率的、より連携的になるでしょう。開かれたプラットフォームをいかにしてつくっていくかに関して、最後皆さんに一言ずつ展望してください。
 まず楊さんから。

楊:中国の対外開放政策は経済発展の一つの重要な原動力でありますが、現在は確かに新しい問題や新しい段階に直面しています。今までのいわゆる対外開放は、日本の対中国投資も含め、主に中国で工場を設立して、生産した製品を再びアメリカ、ヨーロッパ、または日本に売るということです。世界を北アメリカ、東南アジア、ヨーロッパという三つの経済圏に分けることができます。東南アジアを全体的に見れば、生産力過剰で製品を欧米に売込むという経済体です。今、中国と日本の間では、勿論東南アジア、韓国や台湾も含め、生産分野においては既に密接な提携関係を持っています。他国で作り上げた部品や製品の技術により最終的には中国で組み立てます。中国の次のステップの対外開放は、新しい方向や分野で考える必要があると思います。また、先ほど杉本先生もおっしゃいましたが、いかなる金融分野で提携するのか、この点においても日中が協力してやるべきことがたくさんあると思います。全体的に言えば、将来我々は互恵互利、ダブルウィンの原則に則って対外開放戦略を遂行し、傲慢にはなりません。最近、中国の総書記も寛容的な成長に言及しました。つまり、自分のこと(利益)ばかり考えるのではなく、皆がともに発展、進歩、ともに利益を得ることです。行動する前に、相手がどのように行動するか、どのように考えているか、自分の行動が他人の利益を損ねるか等を考えます。ありがとうございます。

周:ありがとうございます。胡さん、お願いいたします。

胡:プラットフォームの問題について、私も楊先生の意見に賛成します。確かに過去の30年間に中国は改革開放で大きな成果をあげました。同時に、改革開放のプロセスの中、中国と提携し、中国を支えてきた日本も大きな利益を得ることができました。これからの30年は、世界経済一体化に立脚点を置き、改革開放というプラットフォームを十分に利用し、国境なしの提携を行い、各自の優勢・市場経済の法則・分業のルールによって、最大限に改革開放や提携を行うべきです。今の国家土地の角度から分析すれば、目下東南アジアとの提携環境が一番整っており、現在中国は東南アジアと提携していますが、尚一層有利な提携要素を作り出す必要もあります。ですので、アジア全体から考えても、傲慢にならずに謙虚な態度でこのプラットフォームをよく利用し、今後の発展を加速させることが大事です。私からは以上です。ありがとうございます。 

周:ありがとうございます。杉本さん、お願いいたします。

杉本:アジア全体をそれぞれの国の内需と考え、アジア全体をサプライチェーンと考えてやっていくことではないかと思っています。そのためには、1つは、例えば安全性の基準とか、そういったアジア全体の規格を統一していくことも必要ではないかと思いますし、物・サービス・金がアジア内で自由に通用するためには、金の面におきましても、最初に申し上げましたように、人民元・日本円が自由に使える、自由に移動するという体制をつくっていくことも重要だと思っています。
 そのためにも、アジア全体の金融市場、債権市場もそうですし、中国では間接金融が主流でございますので、直接金融をどういうふうにやっていくか。そういったことも踏まえて、アジア全体のマーケットを金融面でも作るというプラットフォームづくり。それから物の面では、これもEPA、FTAという形をさらに進めていく。そういったものを一歩ずつ進めていくことが、アジア全体のプラットフォームとして重要だと思っております。

周:ありがとうございます。それでは、安斎さんお願いいたします。

安斎:楊さんと胡さんがいらっしゃるから、ぜひ私の田舎の漢詩を紹介したいと思います。福島県二本松という町の、お城に上るところにこういう碑があります。「戒石銘」です。漢詩が入っています。これは「爾俸爾禄 民膏民脂 下民易虐 上天難欺(爾の俸 爾の禄 民膏 民脂なり 下民虐げ易しといえども 上天欺き難し)」というものです。この意味は、お城に侍が上って殿様に会うときに、君らこれを心してくれという、そういう戒めです。「君たちの給料は民の汗と脂から生まれる。その下民を虐げることはできても、上にいる神様を欺くことはできないよ」ということなのですね。
 ですから、中国が次の発展をしていくためには、楊さんとか胡さん、国家に尽くす者はみんなこういう気持ちでやらないといけませんね。私は中国と37年つきあってきて、いろいろな賄賂の問題が出るたびに悲しくなります。これは日本でも同じです。天下り問題として日本は象徴的に出ていますけれども、これも一種のそういう面があるかもしれません。やはり民に尽くす心構えをしっかりと、きょうは楊さんと胡さんにお説教になるけれども、ぜひ持ち帰って、これを中国の皆さんにおっしゃってください。実はこの漢詩は、我々が中国からもらったものなのですね。お返しします。

周:ありがとうございます。この漢詩は私のふるさとから安斎さんのふるさとへと渡りました。中国と日本は同じ思想、同じ教えを共有してきました。安斎さんが今おっしゃりたいのは、こういう思想と教えをこれからも共有していきましょう、ということですね。

安斎:そうです。

周:ありがとうございます。高木さん、お願いいたします。

高木:はい。時間ですから簡単に申し上げます。私は例えばコメの世界で考えると、アジア共通の食糧ですから、さっき申し上げたように、東アジア米備蓄というものが今始まっていますが、こういう共通のものについて共通の対応をすることがいちばん大事だと思います。そして一方では、それぞれの国がそれぞれ持っている歴史、文化、伝統、そういうものをしっかりと認め合い、それをプラットフォームの中で生かせるようなことにしていく。ですから、共通にしなければならないことと、そうでないことがあるはずなので、そこのところきちんとおさえておくことが大事なことではないかと思います。

周:ありがとうございます。改革開放のこれまでの30年間、中国は計画経済から市場経済へシフトし、多くの経済改革を成し遂げてきました。私個人の考えでは今日までの中国の成長のなかで、改革よりは開放政策のほうがより大きな役割を果たしてきたと思います。これは、中国が政治改革、また戸籍制度などを含む多くの課題をまだ残しているということです。その分次の30年間、改革がもたらす成長の潜在力は非常に大きいと考えます。中国はさらなる改革開放によって成長していくだけではなく、より平等で、より調和がとれた、より世界に開かれた社会になることへの確信を深めました。

 ご清聴ありがとうございました。

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周:第1セッションのパネリストの皆さん、大変ありがとうございました。どうぞもう一度盛大な拍手をお願いいたします。

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会場で髙木勇樹氏、安斎隆氏、杉本和行氏、胡存智氏、楊偉民氏、周牧之教授(左から)
壇場で髙木勇樹氏、安斎隆氏、杉本和行氏、胡存智氏、楊偉民氏、周牧之教授(左から)

【対談】エズラ・ボーゲル VS 周牧之:ジャパン・アズ・ナンバースリー

編集ノート:周牧之教授は2009年、アメリカのボストンで、ハーバード大学のエズラ・ボーゲル教授と2度にわたり時間をかけて対談した。この対談はまず中国新華社『環球』雑誌で3度にわたり連載された。その後、『ジャパン・アズ・ナンバースリー』(以下『対談』と略)と題して日本語版『Newsweek』誌2010年2月10日号にカバーストーリーとして掲載された。当時はちょうど中国のGDP規模が日本を超えたところであり、中国と日本の成長モデルの同異性や日米中の過去、現在と未来を論じた『対談』は大きな話題を呼んだ。
    2019年には『Newsweek』誌の特別号『ニューズウィークが見た「平成」』に『対談』が選ばれた。平成の30年間に同誌で掲載された膨大なコンテンツの中で、最も時代を代表するものを選び、平成の歴史を回顧する特別号企画で、『対談』は2008〜2019(平成20年〜31年)の10年間で選ばれた3本のうちのひとつであった。『対談』が平成の歴史を飾った。
    2026年現在、中国経済は日本経済の5倍前後にまで成長した。つまり『対談』が公表されて以来、4〜5年ごとに中国は日本経済一つ分を積み上げてきた。いまこそ、同対談を振り返り、中国経済の爆進の要因を真摯に整理、日本経済の停滞ぶりの原因を探る。

エズラボーゲル 周牧之
ボストンのボーゲル宅にて

対談:中国が世界第2位の経済大国に
―環太平洋のパワーシフトは3国の関係とアジアの未来をどう変えるのか


   中国13億人市場の躍進はアジアの覇権を競い合ってきた日本、アメリカ、中国の関係を劇的に変化させつつある。『ジャパン・アズ・ナンバーワン』の著者エズラ・ボーゲルが語る「日米中トライアングル」の将来像とは。

   今年、中国はGDP(国内総生産)で日本を抜いて世界第2位の経済大国となる。複雑な国内矛盾を抱える中国は金融危機後も成長軌道を変えず、一方で高い技術力と生産性で「奇跡」を起こした日本経済にかつての活力はない。

 多極化が進む世界でアメリカ、日本、中国の関係はどう変わるのか。アジア太平洋地域の命運を握る3国の未来について、『ジャパン・アズ・ナンバーワン』の著者で日本研究の第一人者であるエズラ・ボーゲル・ハーバード大学名誉教授と気鋭の中国人経済学者、周牧之・東京経済大学教授が対談した。

日本語版『Newsweek』誌 2010年2月10日号 カバーストーリー

周牧之 第二次大戦後、東アジアでは時間のズレはあるにせよ、日本も中国も高度経済成長を実現してきた。両国の発展には、アメリカ市場依存という共通点がある。09年の金融危機直後にはどこかアメリカの災難を喜ぶような空気もアジアにあったが、今では中国、日本、アメリカ経済が一体であるという意識が共有されている。

エズラ・ボーゲル 同感だ。99年のNATO軍の旧ユーゴスラビア中国大使館誤爆事件、01年の南シナ海の米中軍用機衝突事故の際には米中関係は緊張した。今はあのときのような緊張感はない。中国の指導者はアメリカ経済がうまくいかなくなることは自分たちにとっても不利だと理解している。

周 中国と日本の発展には農村から都市への急速な人口移動があった点で共通している。ただ、日本では農村人口が比較的スムーズに都市に溶け込んだのに対し、中国では出稼ぎ労働者がいまだに都市住民になれず、大きな犠牲を強いられている。金融危機直後、数千万人の出稼ぎ労働者が職を失って農村に戻らざるを得なかった。

ボーゲル 出稼ぎ農民は農村に帰っても構わないと思う。沿海地区のような生活レベルではないが、暮らせないわけではない。沿海地区での経験や学んだ積極性を生かせば新しい仕事を探せるはずだ。

周 その後中国では景気が急速に回復し、大半の出稼ぎ労働者が都市部へ戻ることができている。

■ 日本が活力を失った訳

周 中国と日本は社会的活力の沸騰によって経済発展が支えられた点も共通する。しかし日本では90年代にバブル経済が崩壊するとその活力が失われた。なぜか。

ボーゲル 成長が突然止まったことが理由だ。当時の日本人には経済は一貫して成長を続けるものだという認識があった。終身雇用制や年功序列といった高度成長期の組織ルールがその後の時代に合わなくなったこともある。

周 日本の社会や企業は経済が右肩上がりで成長する前提でつくられている。

ボーゲル 日本は70年代も毎年10%増の成長をしていくと思われていたが、成長率は実際には5%前後に落ちていた。当時の日本人はそれを受け入れることができた。しかしここ最近、日本経済はあまりにも停滞している。

周 日本では従業員利益が重視され、社会保障も充実している。しかしこれに頼る社会的風潮が人々の意欲不足を招いている面も否めない。他方、中国はセーフティーネットの不備によって社会の緊張感が高まり、多くの問題をもたらしている。と同時に、それが経済の活力を刺激している部分もある。

ボーゲル 日本と中国の発展を比較する上で異なるのはその「起点」だ。50年代の日本の技術・教育レベルは既にかなり高かった。(経済開放が始まった)78年の中国の技術レベルは50年代の日本に及んでいなかったと思う。
 対外開放の面でも両国は大きく異なる。日本には島国思想があり、外国人が国内で働くのを好まない。外国企業にも極力進出させないから、本当の意味の「開国」はしたがらない。外国人が果たした役割の大きさという点で、中国は日本をはるかにしのいでいる。

■ 中国の発展は30年続く

周 日本は市場こそ国外にあるが、その発展を担ってきたのは主に国内企業だ。

ボーゲル 帰属意識も違う。日本人は1つの企業で働き続けることを望むが、そう考える中国人は少ない。中国では80年代から転職が一般化し、今では学校を卒業して退職するまで同じ企業に勤める人は少ない。

周 日本は中央政府が財政の再分配で地方の公共サービスや義務教育、社会保障を支えてきた。中国はそうした発想に乏しかった。

ボーゲル 中国は沿海地区が発展しているとはいえ、まだ貧しい国だ。日本は50年代に社会保障や医療体制も確立されていた。
 中国が勝っているのは、発展がより長く続くという点。日本の50年代から80年代の発展はスピードこそ速かったが労働力のコストも右肩上がりで、最後は製造業の国際競争力が失われた。
 中国は人口が多く、高度成長が30年続いてなお都市に出稼ぎに行く農民がいる。まだ労働力集約型産業が通用する。中国はあと20年から30年は発展の余地があると思う。

エズラ・ボーゲル著『ジャパン・アズ・ナンバーワン』と周牧之著『中国経済論』

■ 「小聡明」なエリート

周 経済発展の過程で政府の果たす役割が非常に大きかったことも、日本と中国に共通している。ただし日本と比べて中国は、中央による地方政府へのコントロールがそれほど徹底していない。他方、地方の自主性が少ない日本では、地方政府が積極性に欠けることが、地方経済の衰退を招いた。

ボーゲル 中国のように大きい国で、中央政府が省から鎮、村レベルまで完全にコントロールするのは難しい。鄧小平は地方政府に権力を分け与え、その積極性を高めた。

周 (経済開放の必要性を訴えた)92年の鄧小平の南巡講話以降、地方同士の競争が激しくなった。地域間の競争は経済発展の一大原動力になっている。
 ただ財政の再分配システムが不十分なため地方の格差が広がっている。特に農村の教育が深刻だ。

ボーゲル 50年代には日本の教育は既に高いレベルにあった。50年代から60年代は懸命に外国に学んでいたが、その後内向きになり90年代には外国に注意を払わないようになった。
 日本のもう1つの特徴は国内に文化的な差異がないこと。関東と関西といってもその差は小さい。一方、中国は文化が多様で少数民族も多い。
 私は、毎月1回自宅に日本人を招いている。彼らは日本人同士での意思疎通は非常にスムーズだが、アメリカ人との交流はそれほど得意でない。文化的背景が異なる人と交流する経験が少ないからだ。中国人はその経験がある。文化の多様性の長所だ。
 中国政府が現在行っている高級幹部の留学制度は素晴らしい。外国といかにコミュニケーションするかを学ぶ上で有利だ。

周 その多くはハーバード大学に来ている。

ボーゲル 日本人ももちろん来ている。しかし彼らは帰国した後、企業や政府機関に「籠もって」しまう。日本人は聡明は聡明だが中国人が言うところの「小聡明(小才)」。一定の範囲内の聡明さに限られる。中国人のほうが大局的だ。

周 社会背景の複雑さが違う。中国に比べて日本のエリート層は対処する問題の複雑さや深刻度が異なり、もまれる機会も相対的に少ない。

ボーゲル 国内問題が複雑でないことが、外国との交渉や国連の場でコミュニケーション力のある日本のリーダーがなかなか生まれない事態を招いている。

中国新華社『環球』雑誌 2009年12月1日号 カバーストーリー(後に3号に渡り対談を掲載)

■ 日本を避ける留学生

周 中国は今年GDPで日本を抜くだろうが、日本はまだ多くの分野で中国の前を走っている。

ボーゲル 中国向けの技術移転に際して、日本企業は核心技術の「ブラックボックス化」を進めている。

周 技術移転に関して日本企業は欧米企業よりずっと保守的だ。

ボーゲル アメリカ企業の経営者が利益を重視するのに対し、日本企業のリーダーは未来を重視する。核心技術部門は国内にとどめようとする。必ずしも数字の上だけで経営判断をしない。

周 グローバル化時代のビジネスモデルが勝敗を決める。金融危機後、巨額赤字を計上したパナソニックが世界で230にも上る製造拠点を抱えるのに対し、アップルは自前の工場を持たず、iPodもiPhoneもほとんどは中国で委託生産している。身軽なため、非常に高い利益率を達成している。
 80年代には優秀な中国人が日本に留学に来たが、今は皆アメリカに行きたがる。これは日本社会が外国人にあまりチャンスを与えないことと関係している。

ボーゲル アメリカは開放されている。われわれユダヤ人がいい例だ。昔は企業でも大学でも職を得ることが難しかった。しかし第二次大戦後は大企業や大学で職を得るだけでなく、指導的地位に就く人も増えた。

周 日本の貿易総額に占める中国との貿易のウエートは既に20%に達した。対してアメリカは14%に低下した。日本企業が中国で雇用する中国人労働者は1000万人を超え、両国経済がますます密接になっている。当然摩擦も増える。

ボーゲル 日本では、企業は従業員の待遇を重視している。中国でも日本企業の中国人労働者に対する待遇は一般に悪くないはずだ。

周 ただし、大半の日系企業が日本人と中国人の境界をなくしていない。中国に進出した欧米企業の現地法人トップには中国人が多いが、日系企業にはまだ少ない。こうした傾向は、アメリカに進出する日系企業にも見られる。

エズラボーゲル 周牧之
ボストンのボーゲル宅にて

■ 米中の新しい関係

周 米中は第二次大戦で共に日本と戦い、冷戦期にも共同でソ連に立ち向かった。オバマ大統領は、米中関係を「21世紀で最も重要な2国間関係」と評しているが、これは「3度目の協力関係」を意味するのだろうか。

ボーゲル アメリカ政府は中国との信頼関係を築くことを目指している。ジェームズ・スタインバーグ国務副長官の言う「戦略的再確認」だ。そのためには相互の誠実な交流、とりわけ双方が軍事分野の透明性を拡大することが欠かせない。われわれは両国が排外的なパートナーシップを結ぶことは望んでいない。

周 アメリカに明確なアジア政策はあるのか。

ボーゲル アメリカ大統領は基本的なアジア政策を有しているが、必ずしも統一された、連続性がある長期的なものではない。人権問題は(1989年の)天安門事件直後こそ重要だったが、今ではかなりトーンダウンしている。

周 中国はいわばアメリカ中心の世界システムの「外」で発展した。中国の台頭をアメリカはどうみているのか。

ボーゲル 私は中国がアメリカの「外」にいるとは思わない。中国の発展は米中関係が正常化した後に始まった。われわれが中国への支援を開始した78年当時は冷戦期で米中関係は同盟に近かった。天安門事件以後、関係に変化があったが、それはソ連が崩壊し冷戦が終結したからだ。
 米中関係が最も緊張したのは、李登輝がアメリカを訪れた95年からの数年間だと思う。台湾の独立宣言をアメリカが止めることができるか中国は懸念していた。

周 馬英九政権の誕生で両岸関係は完全に変化し、台湾が独立を持ち出すことはなくなった。このような状態はアメリカにとって想定内か?

ボーゲル 想定内だ。だがそのスピードはアメリカの想定を超えている。馬は大陸との良好な関係を望んでおり、これは大陸にとっても台湾にとってもいいことだ。
 台湾と特別な関係を維持してきたと思う日本だけが面白くないだろうが、反対するすべはない。アメリカにとって両岸関係の改善は歓迎すべきものだ。アメリカの対中問題のなかで最も解決困難なのが台湾問題だったからだ。

エズラ・ボーゲル著『鄧小平時代』と周牧之著『步入雲時代』

■ 日米同盟はどこへ行く

周 中国の発展に対する日米の態度の違いはどこにある?

ボーゲル アメリカ人は単に金を稼ぎたいだけ。金を稼げるなら場所や方法は問わない。現在多くのアメリカ人が上海や北京でビジネスをしているが、彼らは中国を1つのチャンスと捉えている。金を稼げればいいから国家などのことはあまり考えない。
 日本は違う。資源のない島国で工業分野の国際競争力があるだけで、金融分野ではアメリカ、イギリスはもちろん香港にさえ及ばない。アメリカは、何でもうまくやれると楽観的だ。中国の発展を恐れてはいない。

周 第二次大戦中、中国人はアメリカ人を偉大な友人と思っていた。だからその後、アメリカが日本と同盟を結んで中国に向かい合っていることを理解し難い。

ボーゲル 第二次大戦後、日本人が謙虚に変わったことが1つの原因だ。戦争が間違いだったと知り、平和を求めるようになった。58年に初めて日本に行って以来日本人と付き合っているが、日本人は礼儀正しく面倒見も良く頼りになる。もう1つの原因はソ連だ。

周 冷戦が終わって20年たった今、日米同盟はアメリカにとって何を意味するのか。

ボーゲル 日米同盟はもともとソ連に対抗するものだったが、冷戦後、その意味はアジアでのプレゼンス維持に変わった。われわれには頼れるパートナーが必要だ。
 2つ目の理由は、世界のGDPにおけるアメリカの占める割合の減少が関係している。第3の理由は、日本が協力的なこと。ヨーロッパは日本より大きいが、国の数が多く事情が複雑だ。日本は1人の首相で事が定まる。日本ほど協力的で力量があり、態度が好ましい国はない。

周 万一、釣魚島(尖閣諸島)で中国と日本が衝突したらアメリカはどうするか。

ボーゲル 政府内でこの問題を討議したことがある。日本を支持するという者もいたが、大多数は国際法上の結論が出ない以上、日本を支持できないという意見だった。ただし、もし他国が日本を攻撃した場合は別だ。われわれは当然日本を支持する。

『Newsweek』誌の特別号『ニューズウィークが見た「平成」』

■ 日中接近の「根拠」

周 日中関係は微妙な状態が長く続いている。今後、米中関係にどのような影響を与えるだろうか。

ボーゲル ホワイトハウス関係者に「日中関係が良くなることは脅威でないのか」と聞いたことがある。彼が言うには、(日中関係は)それほど良くはならない、恐れているのはそのことではない、と。

周 おそらく彼はむしろ日中関係が険悪になることを恐れている。

ボーゲル 日中関係が悪くなれば、いろいろ面倒が起きる。ただ20〜30年後は状況が変わるだろう。19世紀末の世界の最強国家はイギリスだった。当時日本とイギリスの関係は非常に良かった。1930年代にはドイツが世界最強国の1つだったが、やはり日本はドイツと関係が良かった。第二次大戦後、日本はアメリカと緊密な関係を築いている。日本の近代史から分かるように、日本は最強国と良い関係を結ぶということだ。

周 かつて中国が強かった時代には中国と関係が良かった。

ボーゲル 当然、中国側がどう出るかという問題がある。目指しているのは真の友人関係でなく、「まあまあの友人関係」というところだろう。

周 日米関係も最近微妙に変化している。 民主党代表だったときの小沢一郎が「極東の米軍は第7艦隊で十分」と発言した。

ボーゲル 英語には「ヘッジ(リスク回避)」という言葉がある。万一の問題が起きたときの逃げ道を用意するという意味だが、多くの日本人はこのような考え方をしている。万一アメリカとの関係に問題が生じた場合に備えて、中国やほかの国との関係を良くしておかねばならない。

傅高义《领先一步:改革开放的广东》与周牧之《第三个三十年》
エズラ・ボーゲル著『领先一步:改革中的広東』と周牧之・楊偉民主編『第三个三十年』

■ 東アジア構想の狙い

周 鳩山政権は対等な日米関係と同時に東アジア共同体構想を提唱している。アメリカが含まれるかについて鳩山由紀夫首相と岡田克也外相の意見は必ずしも一致していないようだ。

ボーゲル 過去50年間で初めて日本に全面的な政権交代が起きた。民主党は与党の経験がなく、内部でそのビジョンも統一されていない。もし夏の参院選で勝って政権基盤が固まれば、きちんとした政策が出てくるだろう。

周 中国政府は一貫してASEAN(東南アジア諸国連合)プラス日中韓の東アジア共同体構想を提唱しているが、鳩山政権が示した東アジア共同体構想にはインド、オーストラリア、ニュージーランドも新たに加わっている。その真意はどこにあるのか。

ボーゲル 日本がアジアでさらに重要な役割を果たしたいと思っていることは理解できる。オバマ政権は現在、アメリカがアジアで果たすべき役割を強化しようとし、 そこには当然、アジアにおける重要な議論に参加することが含まれる。アメリカは日本の新政権が新しい政策を固めるのに時間が必要なことは理解しているし、待つこともできる。

エズラボーゲル 周牧之
ボストンのボーゲル宅にて

エズラ・ボーゲル(Ezra F. Vogel)
 1930年オハイオ州生まれ。67年から00年までハーバード大学教授。58〜60年と75〜76年に日本に滞在し社会構造を研究。79年に『ジャパン・アズ・ナンバーワン』を出版した。93〜95年にはクリントン政権の東アジア担当国家情報分析官を務めた。

周牧之(Zhou Muzhi)
 1963年中国湖南省生まれ。湖南大学卒。中国国務院機械工業部勤務を経て88年に日本留学。07年から東京経済大学教授。07〜09年、マサチューセッツ工科大学客員教授。著書に『中国経済論―高度成長のメカニズムと課題』(日本経済評論社)がある。

(※敬称略。所属・役職等は『対談』当時のもの)

【コラム】周牧之:エズラ・ボーゲル氏を偲ぶ/『ジャパン・アズ・ナンバースリー』

【参考】中国新華社『環球』雑誌 『対談』掲載記事

周牧之与傅高义对谈:中日经济崛起奇迹的异同 【漫说风云第一季 】

周牧之与傅高义对谈:回顾从老布什到奥巴马时代,中美关系会陷“新冷战 ”吗?【漫说风云第二季 】

周牧之与傅高义对谈:回望中美日三国恩怨纠缠,展望亚洲未来 【漫说风云第三季】

【コラム】周牧之:知の巨人、横山禎徳氏を偲ぶ/世界への理解と個性の主張

周牧之 東京経済大学教授

■ 編集ノート:横山禎徳氏は卓越した経営プロフェッショナルで「社会システム・デザイン」のパイオニアである。東京大学工学部建築学科卒業後、ハーバード大学デザイン大学院、マサチューセッツ工科大学経営大学院で学び、前川國男建築設計事務所を経て、マッキンゼー・アンド・カンパニー東京支社長。社会システムデザイナーとして国内外で幅広く活躍した。
 横山禎徳氏と周牧之教授は四半世紀に及び親交を深めてきた。2024年12月13日、周牧之教授は横山氏の奥様を始め、南川秀樹元環境次官、土屋了介元国立がんセンター中央病院長、清水昭健康医療開発機構理事長、前多俊宏MTI社長ら関係者を募い横山氏を偲ぶ会を開いて同氏との親交を回顧した。

2018年「中国都市総合発展指標」出版記念パーティにて、横山禎徳、竹岡倫示・日本経済新聞社専務執行役員、横山禎徳氏、大西隆・豊橋技術科学大学学長、周牧之教授
2018年7月19日「中国都市総合発展指標」出版記念パーティにて、横山禎徳氏、竹岡倫示・日本経済新聞社専務執行役員、横山禎徳氏、大西隆・豊橋技術科学大学学長、周牧之教授(左から)

 2024年4月4日、MTIの前多俊宏社長から電話で横山禎徳さんの訃報を知らされた時、私は北京にいた。まさに青天の霹靂であった。「大変な悲しみがほんの少し整理できた時に偲ぶ会を」と、その電話で前多さんと話した。
 同年12月13日、横山さんと私との共通の友人が集まり、横山さんのご夫人をお招きし、偲ぶ会を行なった。偲ぶ会は少人数の集まりで、参加者それぞれが横山さんを偲び、その人となりについて語った。互いにまだ知らなかった横山さんの一面について分かち合った。
 横山さんは、時代を代表する知の巨人であった。天下国家の議論から、大学経営、企業のコンサルタントまで、その尽きない叡智を発揮され、さまざまな場面で活躍された。

横山禎徳 周牧之
2006年5月11日「日中産学官交流フォーラム−中国のメガロポリスと東アジア経済圏」懇親会にて、周牧之教授と横山禎徳氏(左から)

■ 東京-北京フォーラムの創設


 横山さんと出会ったのは、2002年前後だった。言論NPOで、政治改革の一環としてのマニフェスト作りと評価について盛んに議論した。
 社会システムデザイナーを自任される横山さんの「国家の強さ・弱さ」を検討するための方法論は、非常に魅力があった。横山さんは言論NPO設立当時からの理事で、その後私も理事となり、出来立ての言論NPOを一緒に盛り立てた。なかでも元通産事務次官で電通顧問の福川伸次さんを座長とする言論NPO「アジア戦略会議」の中で、日本の未来に関して盛んに議論した。とりわけ横山さんとアイワイバンク銀行社長の安斎さんとの喧喧諤諤のやり取りが面白かった。やがて、日中関係が大切なファクターだと気付くに至った。
 「アジア戦略会議」コアメンバーの横山さん、福川さん、安斎さん、東京大学の深川由紀子教授、慶應義塾大学の国分良成教授、言論NPO代表の工藤泰志さんと私は、日中両国の責任のある人たちで議論し合うプラットフォームを作ろうと決めた。これを受け、私は程永華駐日中国公使、趙啓正中国国務院新聞弁公室主任、陳昊蘇中国人民対外友好協会会長、唐聞生中華全国帰国華僑連合会副主席ら中国政府の関係者と相談し、東京-北京フォーラムを作ることへの協力を引き出した。中国の関係者にフォーラム設立について正式に提案する際は、横山さん、安斎さん、工藤さんらと私が一緒に訪中した。
 これまで日中の議論は平行線のままが多かったことに鑑み、横山さんは、東京-北京フォーラムで日中の議論を収斂させるため事前に世論調査を日中同時に実施することを提案した。調査項目の原案作りにも尽力された。のちにこの世論調査の結果を議論することが同フォーラムの一つの特色となった。
 2005年8月、小泉政権下で日中関係が悪化する中、北京で第1回東京-北京フォーラムを開き、横山さんは発足メンバーの一人としてこれに参加した。横山さんはフォーラムで、小泉首相が掲げたインバウンド1,000万人目標は慎ましいとし、アメリカ、スペイン並みの外国人観光者数にならなければいけないと仰った。当時はまだ数十万人しかなかった来日中国人観光者数を3,000万人まで押し上げる必要があると力説された。そのためのシステムデザインが日本で欠かせないと言われた。まさに20年後の今日の状況を見据えた洞察力のある発言だった。
 翌2006年8月、東京で第2回を開催時に、安倍晋三内閣官房長官が登壇し、「日中関係は最も重要な二国関係の一つ」と強調した。冷え込んでいた日中関係について、「日中関係改善のために努力する」という強い意思表明をした。安倍氏は同年9月26日、総理大臣に就任し、10月8日に電撃訪中した。東京-北京フォーラムは日中関係が一気に良好へと向かう土台作りの一役を大きく担った。

2005年8月北京で開催の第1回東京-北京フォーラム終了後の共同記者会見にて、工藤泰志・言論NPO代表、横山氏、小島明・日本経済研究センター会長、国分良成・慶應義塾大学教
2005年8月北京で開催の第1回東京-北京フォーラム終了後の共同記者会見にて、工藤泰志・言論NPO代表、横山禎徳氏、小島明・日本経済研究センター会長、国分良成・慶應義塾大学教授、周牧之教授(左から)

■ 中国でメガロポリス政策の打ち立て


 横山さんは建築家で都市問題にも造詣が深い。2000年代初め、私は中国でメガロポリス戦略を提唱し、その政策導入を推し進めた。第1〜10回までの中国の五カ年計画は、すべて大都市抑制政策を掲げていた。第11回目の五カ年計画では、メガロポリス政策を掲げようという破天荒な話を、五カ年計画策定担当の楊偉民中国国家発展改革委員会計画司(局)司長らと協力しながら進めた。
 ちょうどその頃、私は、大蔵事務次官を務めた長岡實氏と豊田章一郎トヨタ自動車名誉会長から、とある日中交流機構の再生を頼まれた。それは後の日中産学官交流機構だった。同機構を土台に、畑中龍太郎財務省大臣官房文書課長、中井徳太郎財務省広報室長らの協力で、中国のメガロポリス政策作りを支援した。

報告書『都市創新ワークショップ議事録』、『日中産学官交流フォーラム:転換点に立つ中国経済と第11次五カ年計画』、『都市創新ワークショップ:中国のメガロポリス・ビジョンとインフラ構想研究会(長江船上会議)』、『日中産学官交流フォーラム:中国のメガロポリスと東アジア経済圏』

 中国での現地調査、日中の専門家会議を重ねた。とくに財務省、国際協力銀行、日中産学官交流機構の協力を得て開かれた「都市創新ワークショップ」の東京会議、北京会議、長江船上会議や、日中産学官交流フォーラムの「中国のメガロポリスと東アジア経済圏」及び「転換点に立つ中国経済と第11次五カ年計画」で、国土政策における日本の専門家を大勢集め、中国国家発展改革委員会発展計画司と、メガロポリス政策に関する意見交換を頻繁に持った。横山さんは、これらの交流に積極的に参加してくださった。

横山禎徳 周牧之
2006年5月11日「日中産学官交流フォーラム−中国のメガロポリスと東アジア経済圏」懇親会にて、横山禎徳氏、星野進保・元経済企画事務次官、塩谷隆英・元経済企画事務次官、保田博・元大蔵事務次官、進和久・全日空専務(左から)

 当時、横山さんの知恵を沢山お借りした。時には中国五カ年計画の策定班が東京に来て、原案について、横山さんをはじめとする日本の専門家に直接アドバイスを求めることもしばしばあった。
 その成果としてメガロポリス政策が中国の第11次五カ年計画の中に、大々的に掲げられ、中国の都市化を一気に押し上げた。都市化は、やがて輸出と並び二大エンジンとなって後の中国の高度成長を底支えした。

2006年5月11日「日中産学官交流フォーラム−中国のメガロポリスと東アジア経済圏」にて、上段左から福川伸次・元通商産業事務次官、楊偉民・中国国家発展改革委員会副秘書長、保田博・元大蔵事務次官;第二段左から星野進保・元経済企画事務次官、杜平・中国国務院西部開発弁公室総合局長、塩谷隆英・元経済企画事務次官;第三段左から船橋洋一・朝日新聞社特別編集員、周牧之教授、寺島実郎・日本総合研究所会長;第四段左から中井徳太郎・東京大学教授、朱暁明・中国江蘇省発展改革委員会副主任、佐藤嘉恭・元駐中国日本大使;下段左から大西隆・東京大学教授、小島明・日本経済研究センター会長、横山禎徳氏

■ 鎮江ニューシティのマスタープランと「中国都市総合発展指標」

 横山さんとの議論は、都市の経済発展に留まらず、環境問題や健康医療問題についても盛んに行なった。
 私は2012年、中国江蘇省鎮江市で、100万人のニューシティのマスタープラン策定を任された。横山さんを始めとする大勢の日本、イタリアの専門家が現地に赴き、沢山の叡智をさずけてくださった。これを受けて、立派なプランをまとめ上げ、中国で環境を重視した路面電車中心の高水準な都市マスタープランを打ち出すことが出来た。
 2013年11月8日、鎮江市ニューシティマスタープランの発表も兼ねて横山さんは、北京の人民大会堂で開催された国際健康環境機関(IHEO)主催の「国際健康フォーラム」にも登壇してくださった。その前夜のウォーミングアップで、北京飯店貴賓楼でイタリアの著名な建築家マリオ・ビリーニさん、国立がんセンターの中央病院長土屋了介先生、森ビル副社長の山本和彦さんらと美味しいワインを飲みながら、語り合ったときの横山さんはとても楽しそうだった。

北京の人民大会堂で開催された「国際健康フォーラム」にて講演する横山禎徳氏
2013年11月8日北京の人民大会堂で開催された「国際健康フォーラム」にて講演する横山禎徳氏

 一つの都市だけでなく、もう少し普遍的に都市の成長を手助けすることが出来ないかとの議論を進めていく中で、横山さんは指標作りが大事だとおっしゃった。それを受けて、中国国家発展改革委員会発展計画司と一緒に、297に及ぶ中国の地級市以上の都市(都道府県相当)を全て網羅する評価指標に取り組むこととなった。これは今日の「中国都市総合発展指標」だ。横山さんは環境、社会、経済という三つの大項目だけでなく、各大項目に三つの中項目、各中項目に三つの小項目という指標体系を提案された。これを受けて、800以上のデータを美しい「3×3×3構造」の指標体系へと仕上げた。

 「中国都市総合発展指標」の日本語版が出版され、横山さんは「普遍性ある新たな指標体系」というコラムで同指標を解説してくださった。さらに、「都市デザインの発展段階説」、「都市のアメニティ」、「中心都市の「移動」戦略」と題したコラムでご自身の都市論を展開し、「中国都市総合発展指標」の書籍及びWebsiteに寄稿した。

《中国都市総合発展指標2018》中国語版・日本語版・英語版
《中国都市総合発展指標2018》中国語版・日本語版・英語版

 2018年7月19日「中国都市総合発展指標」出版記念パーティで横山さんはパネリストとして、指標の特徴と意義を解説してくださった。たくさんの友人に囲まれて横山さんも満面の笑顔だった。

2018年「中国都市総合発展指標」出版記念パーティにて横山禎徳氏、周牧之教授、福川伸次・元通産事務次官
2018年7月19日「中国都市総合発展指標」出版記念パーティにて横山禎徳氏、周牧之教授、福川伸次・元通産事務次官

 私からの急な海外渡航要請や作業のお願いで、横山さんが奥様との旅行までキャンセルされたこともあった。「また無理なスケジュールを持ちかけられちゃったなあ」、「48時間内でやれと言われたら寝る時間もなくなっちゃうよ」と笑いながらも、こちらを優先してくださった。
 2015年上海臨港地区の戦略を議論する「中国都市化ハイレベル国際シンポジウム」に参加するため、とある大銀行の取締役会をキャンセルして訪中した。講演直後、横山さんは「こっちの方がずっと面白かったよ」とジョークを飛ばせた。上海臨港地区はいま、テスラ初のスーパーファクトリーで大変有名になった。

2015年「中国都市化ハイレベル国際シンポジウム」終了直後の会場にて横山禎徳氏
2015年4月17日「中国都市化ハイレベル国際シンポジウム」登壇直前の横山禎徳氏

■ エムティーアイの戦略検討会議

 私の誘いで、横山さんにMTIの社外取締役になっていただき、同社の発展に尽力していただいた。とくに「戦略検討会議」を設置し、フランクな議論の中で、横山さんに経営論のご教示をいただいた。事業部門のトップらに大きな影響を与えた。
 特記すべきはMTIグループ内のモチベーションワークスの若手起業家への支援を、逆風の中で、私と力を合わせて行なった。その見識と胆力は類稀なかった。いまやモチベーションワークスは、MTI全体を牽引する成長エンジンとなった。
 2024年の1月10日は、前多さん、土屋先生と一緒に、前多さんのお嬢さんがシェフを務める店で新年会をご一緒した。南極の旅から戻ったばかりの横山さんはやや疲れ気味に見えたが、楽しそうだった。同1月26日のMTIの役員懇親会にも出席してくださった。それが、私が横山さんにお目にかかった最後となった。

2024年1月10日の新年会にて、前多俊宏・MTI社長、周牧之教授、前多、横山禎徳氏、土屋了介・MTI社外取締役
2024年1月10日の新年会にて、前多俊宏・MTI社長、周牧之教授、横山禎徳氏、土屋了介・MTI社外取締役

 コロナが猛威を振るっていた時も、横山さんとの議論をZOOMで絶やさなかった。2020年夏、横山さんと「コロナ禍で、如何に危を機にしていくか?」、「アフターコロナの時代、国際大都市は何処へ向かう?」といった対談をした。対談は、日本語はもちろん、中国語、英語でさまざまメディアに取り上げられ、先の見えないコロナ禍にあって多くの人々に元気を与えた。
 この対談で、横山さんは、これから「世界への理解と個性の主張」が大事だと強調した。これが、我々がこの激動の時代を乗り切るための、横山さんのメッセージだ。

(肩書は全て当時)

中国で開催の「中国都市総合発展指標」検討会議にて、南川秀樹・環境事務次官、横山禎徳氏、山本和彦・森ビル副社長
2013年12月27日中国で開催の「中国都市総合発展指標」検討会議にて、南川秀樹・環境事務次官、横山禎徳氏、山本和彦・森ビル副社長(左から)

プロフィール

横山 禎徳 (よこやま よしのり)

   1942年生まれ。東京大学工学部建築学科卒業、ハーバード大学デザイン大学院修了、マサチューセッツ工科大学経営大学院修了。前川國男建築設計事務所を経て、1975年マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社し、同社東京支社長を歴任。経済産業研究所上席研究員、産業再生機構非常勤監査役、福島第一原発事故国会調査委員、東京大学総長室アドバイザー、県立広島大学経営専門職大学院経営管理研究科研究科長等を歴任。

 主な著書に『アメリカと比べない日本』(ファーストプレス)、『「豊かなる衰退」と日本の戦略』(ダイヤモンド社)、『マッキンゼー 合従連衡戦略』(共著、東洋経済新報社)、『成長創出革命』(ダイヤモンド社)、『コーポレートアーキテクチャー』(共著、ダイヤモンド社)、『企業変身願望−Corporate Metamorphosis Design』(NTT出版)。その他、企業戦略、 組織デザイン、ファイナンス、戦略的提携、企業変革、社会システムデザインに関する論文記事多数。

【ランキング】中国都市総合発展指標:青島・東莞・福州・鄭州・無錫・済南・合肥・仏山など二線都市が独自の強みを発揮

雲河都市研究院

■ 編集ノート:中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司と雲河都市研究院が共同で開発した「中国都市総合発展指標2016」の公表以来、雲河都市研究院は中国の297都市 を、経済・社会・環境という三つの軸で、包括的に評価してきた。このほど、9年目となる2024年度「中国都市総合発展指標」を発表、中国都市発展の成果と課題を多角的に分析し、今後を展望した。本稿は「中国都市総合発展指標2024」発表の第3弾として、多数の指標ランキングを示し、二線都市の発展特性を分析した。

左から、《中国都市総合発展指標2022》、《中国都市総合発展指標2023》、《中国都市総合発展指標2024》

■ 中国都市の経済規模は一国を超越


 「中国都市総合発展指標」(以下、「指標」)では、経済、社会、環境の3つの大項目偏差値の合計300を基準とし、偏差値200以上を一線都市と定義している。
 例年と同様に、「中国都市総合発展指標2024」では、北京、上海、深圳、広州の4都市が引き続き一線都市にランクインした。
 偏差値175以上200未満の準一線都市は、杭州、成都、重慶、南京、武漢、蘇州、天津、西安、厦門、寧波、長沙の11都市となった。
 偏差値150以上175未満の二線都市は68都市、偏差値150未満の三線都市は214都市を数える。

 二線都市は中国の社会経済を支える中核的な存在であり、青島、東莞、福州、鄭州、無錫、済南、合肥、仏山、珠海、昆明、瀋陽、海口、貴陽、大連、泉州、南昌、温州、南寧、三亜、常州といった二線都市の上位20都市の顔ぶれからも、その総合的な実力の高さが明らかである。

 2024年世界の国・地域別経済規模ランキングで見た場合、上海のGDPは第21位のポーランド一国の経済規模に相当する。北京は第23位のベルギーに、深圳は第32位のノルウェーに、広州は第36位のデンマークのそれぞれ一国の経済規模を上回る。
 一線都市や準一線都市が一国に匹敵する経済規模を持つだけでなく、二線都市も相当な経済規模に達している。例えば、二線都市のトップとしての青島のGDPは、世界第56位のハンガリーとほぼ同水準であり、同じく二線都市の最下位のオルドスでさえ、世界第78位のコートジボワールを上回る。
 東京経済大学の周牧之教授は、「数多くの中国都市の経済規模が、世界の国・地域別ランキングでトップ20の国に相当するのはもはや時間の問題だ。経済規模にとどまらず、国際貿易、企業競争力、科学技術、文化・芸術など各分野で、中国都市の国際的影響力は急激に拡大している」と指摘する。

城市分类_CICI2024

■ 製造業スーパーシティが二線都市に集中


 一人当たりGDPから68の二線都市を見ると、最高水準のオルドスは全国平均の約3倍に達する一方、最低水準の桂林は全国平均の約半分にとどまる。石炭を中心とする資源開発で潤うオルドスと世界に名を馳せる観光地の桂林の両都市の間には、約6倍の開きがある。このことから、経済、社会、環境の総合ランキングで同じ高偏差値帯で位置する都市であっても、二線都市は各々異なる分野で競争力を発揮していることが分かる。すなわち、二線都市は総括することが難しく、各都市が独自の強みを発揮している。
 二線都市の分布状況を見ると、「第13次五カ年計画」において計画された19のメガロポリスのうち、京津冀に1都市、長江デルタに15都市、長江中遊に4都市、珠江デルタに7都市、北部湾に7都市、山東半島に5都市、粤閩浙沿海に13都市、中原に2都市、滇中に1都市、哈長に2都市、呼包鄂楡に1都市、蘭州―西寧に1都市、遼中南に2都市、黔中に2都市、山西中部に1都市、天山北坡に1都市が位置している。
 沿海部のメガロポリスに属する二線都市は49都市に達し、二線都市全体の72%を占めている。
 常住人口の分布を見ると、一線都市4都市の全国シェアは5.9%、準一線都市11都市は11.0%、二線都市68都市は27.9%、三線都市214都市は49.3%となっている。全国の常住人口規模ランキングトップ3都市は、重慶、上海、北京である。二線都市では、鄭州、石家荘、東莞がそれぞれ同ランキングの第10位、第13位、第16位に位置している。
 GDPの分布では、一線都市が全国の12.7%、準一線都市が16.1%、二線都市が32.5%、三線都市が34.4%を占めている。全国GDPランキングトップ3都市は、上海、北京、深圳である。二線都市は、青島、無錫、鄭州が各々第13位、第14位、第16位に入っている。
 輸出総額を見ると、一線都市の全国シェアは23.3%、準一線都市は24.1%、二線都市は36.3%、三線都市は11.6%である。全国輸出額ランキングトップ3都市は、深圳、上海、蘇州である。二線都市の東莞、金華、無錫はそれぞれ第5位、第6位、第11位に位置し、全国輸出トップ10都市のうち二線都市が2都市を占めている。
 製造業就業者数の分布では、一線都市が全国の7.7%、準一線都市が14.7%、二線都市が36.4%、三線都市が31.1%を占めている。全国の製造業就業者数ランキングトップ3都市は、東莞、深圳、蘇州である。二線都市の東莞が首位に立ち、仏山、無錫、温州がそれぞれ第5位、第8位、第10位に入っている。全国製造業就業者数トップ10都市のうち、二線都市は4都市を占めている。
 周教授は「全体として見ると、68の二線都市は中国人口の約3割を抱え、全国GDPの3割強を創出し、人口とGDPの全国に占める割合は概ね均衡している。二線都市は全国の製造業就業者数の約4割、輸出総額の約4割を占め、極めて強い製造業基盤を持つ。二線都市の7割以上が沿海地域に分布していることからも、この点は明らかである」
 「一方で、二線都市の中には、三亜、ラサ、桂林、黄山のように文化・観光を特色とする都市もあり、またオルドスのような資源型都市も含まれている」と特徴付けた。

メガロポリス比較分析 雲河都市研究院

■ 高時価総額企業は一線都市に高度に集中


 香港、上海、深圳、北京の4大メインボード上場企業数を見ると、一線都市が31.3%、準一線都市が20.7%、二線都市が33.9%、三線都市が14.0%を占めている。全国のメインボード上場企業数ランキングトップ3都市は、北京、上海、深圳である。二線都市では、無錫、嘉興、紹興がそれぞれ第9位、第13位、第14位に位置している。
 全国の時価総額トップ100社の企業数を見ると、一線都市が67%、準一線都市が12%、二線都市が15%、三線都市が6%を占めている。全国の同ランキングトップ3都市は、北京、深圳、上海である。二線都市では、仏山が第6位、無錫、青島、合肥が揃って第8位となっている。
 全国の時価総額トップ100社の時価総額合計を見ると、一線都市が74.9%、準一線都市が8.0%、二線都市が13.8%、三線都市が3.3%を占めている。全国の同ランキングトップ3都市は、北京、深圳、上海である。二線都市では、遵義、寧徳、仏山がそれぞれ第5位、第6位、第7位に位置している。
 ユニコーン企業数では、一線都市が58.9%、準一線都市が22.2%、二線都市が15.2%、三線都市が3.8%を占めている。全国のユニコーン企業数ランキングトップ3都市は、北京、上海、深圳である。二線都市では、青島、合肥、無錫が並んで第10位となっている。
 ユニコーン企業の評価額総額では、一線都市が65.6%、準一線都市が18.4%、二線都市が13.3%、三線都市が2.7%を占めている。全国のユニコーン企業の評価額総額ランキングトップ3都市は、北京、上海、深圳である。二線都市では、東莞、無錫、常州がそれぞれ第6位、第7位、第10位に位置している。
 周教授は「二線都市は全国のメインボード上場企業数の約3分の1を占めているものの、時価総額トップ100企業の時価総額合計およびユニコーン企業の評価額合計における全国シェアはいずれも13%強にとどまっている。これに対し、一線都市は時価総額トップ100企業の時価総額合計で全国の約4分の3、ユニコーン企業の評価額合計で約3分の2を占め、高時価総額企業は一線都市に高度に集中している」と指摘している。

■ 莫大な研究開発投資が製造業スーパーシティの支えに


 PCT特許出願数を見ると、一線都市の全国シェアは52.7%、準一線都市は17.2%、二線都市は22.9%、三線都市は3.8%である。全国のPCT出願数ランキングトップ3都市は、深圳、北京、上海である。二線都市では、東莞、寧徳、仏山がそれぞれ第4位、第7位、第11位に位置し、製造業で知られる二線都市2都市が上位10位に入っている。

 「ネイチャー・インデックス」世界研究機関トップ500を見ると、一線都市が28.3%、準一線都市が36.2%、二線都市が32.6%、三線都市が2.9%を占めている。全国ランキングトップ3都市は、北京、南京、上海である。二線都市では、合肥、青島、済南がそれぞれ第7位、第9位、第11位に位置し、二線都市2都市がトップ10入りを果たしている。
 各研究分野で論文引用数上位1%に入る高被引用研究者を見ると、一線都市が52.9%、準一線都市が32.1%、二線都市が13.5%、三線都市が1.5%を占めている。全国ランキングトップ3都市は、北京、上海、南京である。二線都市では、合肥、ハルビン、大連がそれぞれ第9位、第14位、第15位に位置している。
 科学研究・技術サービス業の就業者数を見ると、一線都市が19.6%、準一線都市が22.5%、二線都市が31.4%、三線都市が19.5%を占めている。全国ランキングトップ3都市は、北京、上海、深圳である。二線都市では、鄭州、済南、青島がそれぞれ第8位、第15位、第16位に入っている。
 周教授は「二線都市は、全国の約3分の1に相当する研究者・技術者数及び『ネイチャー・インデックス』世界研究機関数トップ500を有しながら、全国の2割強のPCT出願数と1割強の高被引用研究者を生み出している。効率面では一線都市や準一線都市に及ばないものの、こうした膨大な研究開発投資こそが、二線の製造業スーパーシティの発展を力強く支えている」と述べている。
 明暁東中国国家発展改革委員会発展戦略計画司元一級巡視員・駐日中国大使館元公使参事官は「『指標』第3篇は、これまで以上に精彩を放っている。全編を通じて詳細なデータを根拠とし、中国都市の階層とポジショニングを明確に示し、中国都市発展の構造的特徴を的確に描き出している。これは、中国の都市化と産業発展を理解する上で、極めて重要な参考資料である」
 「例えば、経済規模から見ると、中国都市の経済規模は、すでに一国のGDPに匹敵する水準に達している。一線都市、準一線都市、二線都市はいずれも、世界各国GDPランキングにおいて上位80位以内に位置する規模を有し、中国都市の経済的ポテンシャルの高さを際立たせている。これは、中国都市が世界経済の中で占める比重の高まりを示している」
 「都市構造の観点では、二線都市がすでに中国製造業の中核的担い手となっている。産業発展において、二線都市は中国製造業および対外貿易の骨格を成し、空間配置の面でも二線都市の分布は中国製造業の『沿海部への集積』という現実的特徴と合致している」
 「一方で、質の高い資本およびイノベーション資源は一線都市に高度に集中している。これは、金融、イノベーション、人材といった分野における一線都市の優位性を反映する。と同時に、二線都市が一定の産業基盤を有しながらも、高付加価値・高成長企業の育成では、なお一線都市との間に明確な格差があることを浮き彫りにしている」
 「しかし、イノベーション投資の観点から見れば、投入規模そのものが産業発展を強力に下支えしている。まさにこの膨大な研究開発投資こそが、二線都市が中国製造業発展において重要な地位を占めることを可能にしており、二線都市は中国経済の新たな重要な原動力へと着実に成長している」と評価している。

『中国都市総合発展指標2023』発表会にてディスカッションを行う、周牧之・東京経済大学教授、楊偉民・中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、邱暁華・中国国家統計局元局長、李国平・北京大学首都発展研究院院長(左から)。
『中国都市総合発展指標2023』発表会にてディスカッションを行う、周牧之・東京経済大学教授、楊偉民・中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、邱暁華・中国国家統計局元局長、李国平・北京大学首都発展研究院院長(左から)。

【対談】岩本敏男 VS 周牧之(Ⅴ): AI時代のNTTグループ再統合の行方

■ 編集ノート:東京経済大学の周牧之教授の教室では2025年11月6日、NTTデータグループ元社長の岩本敏男氏を迎え、「デジタル技術の本質」をテーマに対談した。
 対談の最終回は、AI時代におけるNTTグループの再統合の戦略について、議論した。

(※前回記事【対談】岩本敏男 VS 周牧之(Ⅳ)はこちらから)

岩本敏男
2025年11月6日、周牧之ゼミでゲスト講義する岩本敏男氏

■ グローバル競争で日本企業が勝ち抜くために


周牧之:2025年5月にNTTは、NTTデータグループに対して株式公開買い付け(TOB)を実施し、完全子会社化することを正式に発表した。NTTデータは同9月30日にNTTの完全子会社となった。なぜ成長が鈍化しているNTTが成長を続けるNTTデータを吸収するのか。現在すでに両社の経営のロジックはまったく違うものになっているにも関わらず。伸び悩んでいるドメスティックなインフラ企業がグローバルに快進し続けるテックカンパニーの指揮権を取ってしまいかねない。その方程式の勝算はどこにあるのか?

岩本敏男:私は電電公社にいたので、その後の変化、例えばドコモの分社化や東西分割についてもよく知っている。ただ、当時の幹部たちは皆、同じ電電公社に入った仲間で、今でも時々集まって話をしている。そういう意味では、「元のさやに戻った」と言えば、それまでかもしれない。

周:つまりNTTがドコモやNTTデータを再統合するのは、強い仲間意識が働いたところがあるようだ。

岩本:土光臨調の時代には、合理化のために国の仕事はできるだけ民営化すべきだ、国がやるより民間に任せた方がよい、という考え方があった。これは一理あるし、決して否定するものではない。
 ただ、当時のNTTデータはまだ赤字で、ホールディングのNTTから切り離されたと言えなくもない。メディアからは、「電話料金でコンピュータ事業の赤字を補填しているのはおかしい」という厳しい批判もあった。そうした状況を乗り越える中で、NTTグループは最初に大きく分割されることになった。
 背景には、NTTがあまりにも強く、通信回線を事実上独占していたため競争原理を働かせるには力を弱める必要がある、という考えがあった。そのために分割したこと自体は理解できる。ただ、国鉄と違い、電気通信やコンピュータの世界は、1秒間に地球を7周半もするスピードの世界だ。そんな分野を、日本という小さな国の中だけで分ける意味があるのかと、当時から疑問に感じていた。
 今では総務省を含め、多くの人が、日本が成長するための競争相手は国内ではなく海外にいる、という点を理解している。例えば私が社長になった当時、コンピュータ事業では「グローバルトップ5に入ろう」と掲げていた。その頃の代表的な競争相手はIBMだったが、今では当時の面影はない。アクセンチュアもあったが、現在はGoogleのように、まったく異なる領域から伸びてきた企業がトップクラスにいる。NTTデータも、ようやくトップ5前後の位置に来た。
 これからの日本企業は、グローバルな競争の中で競争相手が何をしているのかを見極め、自分たちのコア・コンピタンスは何かを本気で考えなければ、うまくいかないと思う。
そういう意味で、日本製鉄によるUSスチールの買収は、大きな決断だったと感じている。方法論には問題があり、アメリカの労働組合の対応など、もう少し工夫があればよりスムーズに進んだはずだ。それでも、大きなリスクを承知の上で挑戦した判断自体は評価すべきだ。

周:日本で銀行の平成の大合併の時、海外と競争するためにもっと体力をつけようとの理屈が強く働いた。結局、合併後の日本の銀行のパフォーマンスは芳しくなかった。大合併前の平成元年、5つの日本の銀行は世界企業時価総額ランキングトップ10に入っていた。しかし、いま同トップ50位内に日本の銀行は一つも入っていない。大きくなったとしても必ずしも国際競争に勝てるわけではない。企業の体質そして経営ロジックの方がより問われる。

NTTデータ 岩本敏男

■ AI時代にNTTグループの再統合が目指すもの


周: 岩本さんがお話しされた、海外でのM&Aを成功させた理由の一つは、各地域にCEOを置き、現地で判断できる体制をつくったことだと思う。今の時代は、その場その場で迅速にジャッジできる人材が不可欠だ。そうした人を採用し、権限を与えていくことが極めて重要だ。
 とくに大手企業にとっては経営環境が急速に変わるIT時代に、現場に自由度がなければ適切な判断はなかなかできない。そういう意味で、NTTデータがNTTから分社され、自由に事業を展開できたこと、そして岩本さんのようにオーナーシップと想像力、判断力を持つ社長がいたことは、大きな強みだったと思う。
 一方で、今回のNTT再統合については少し不思議に感じている。ドコモは外に出してうまくやって大きくなった。NTTデータも十分に成果を上げている。しかし、それを再び統合する必要があるのかが、正直なところ見えてこない。

岩本:周先生のご指摘は、非常に的を射た質問だと思う。私は電電公社に入ってから約50年間、さまざまな変化を見てきた。NTTが分社化してきた理由の一つは、あまりにも強大な電電公社という組織が存在すると競争が生まれず、社会が発展しないと考えられたからだ。そのため、組織を分け、競争原理を働かせようとした。この考え自体は間違っていなかったと思う。
 ただし、当時と今とでは決定的に違う点がある。それは「競争相手がまったく変わった」ということだ。私はすでにNTTグループを離れているが、外から見ていても、いわゆる通信キャリアだけのビジネスでは、もはや世界と戦えない時代になっている。5Gの次には6Gがあるが、これは中国のファーウェイを含め、エリクソンなど世界中の企業が取り組んでいる。日本企業だけが圧倒的に優位な分野は、正直ほとんどない。
 かつて光ファイバーの時代には、アメリカのコーニング(Corning)に加え、住友電工など日本企業が強みを持っていた。しかし現在では、完全なコモディティとは言えないまでも、状況はかなり均質化している。単なる通信キャリアの世界で、NTTグループが世界と競争できるかというと、もはや違うフェーズに入っていると思う。
 国内を見ても、携帯電話事業はNTTドコモ、KDDI、ソフトバンクの三社が競争しており、ドコモのシェアは依然30%台あるものの、下落傾向にある。営業利益も落ちており、NTTグループにとって「ドコモをどうするか」は大きな課題だ。キャリア事業がすぐになくなるわけではないが、成長の中心になるとは言いにくい。
 これから伸びるのは、AIを含む、いわば「上部構造」の領域だ。その分野で長年グローバルに事業を展開してきたのがNTTデータであり、今後NTTグループを牽引する存在は、必然的にNTTデータがその中核を担うことになると展望している。
 NTTグループの現社長の島田も、データ系の事業に関わってきた人物で、その前の澤田社長、さらに鵜浦社長の時代から、「これからはNTTデータがグループを引っ張らざるを得ない」という認識は共有されていた。その実現方法として、統合以外にも選択肢はあったかもしれないが、最も分かりやすい論理として一本化を選んだのだろう、というのが私の見方だ。

周:まず、NTTデータの経営ロジックが合併後にも貫いていけるかが鍵だ。さらに、成長事業のNTTデータがNTTグループを牽引する存在になれれば、NTT再統合は成功につながる。

祝辞を述べる島田明日本電信電話副社長
2018年7月19日、『中国都市ランキング−中国都市総合発展指標』出版記念パーティにて、祝辞を述べる島田明日本電信電話副社長(肩書当時)

■ 思考ロジックギャップへの懸念


周:しかし私自身の経験から言えばまだ少し懸念が残る。私が若いとき中国機械工業部(省)で宝山製鉄所などのプロジェクトを担当するときに、一番話が通じないのは隣の部局の皆さんだった。オートメーションシステムに関わる自分たちと、高炉などの設備を作る重機械を担当する部局の人たちとは話しが合わなかった。彼らはすべて重量ベースで考え、「何トンの設備をいくらで売るか」の世界だ。こちらは重量ではなくコンピューティング力だ。だからなかなか議論が噛み合わなかった。
 通信とコンピューティング、AIとは実はかなり違う世界だ。AIを理解できない人たちが資本や組織の論理で支配権を持つと、NTTデータにとって良い方向になるのかどうか?あくまで傍観者としての立場からだが、やや心配している。

岩本:周先生のご懸念はもっともだと思う。ただ、現在NTTの経営を担っているメンバーと、NTTデータのメンバーの間では、かなり前から自由に意見を言い合えるカルチャーがある。これは私の時代から続くNTTデータの良さでもある。発言できないような損得勘定に縛られた空気はほとんどなく、比較的、率直に好きなことを言える環境があった。その点は、あまり心配していない。
 一方で、私は「資本の論理」は非常に重要だと考えている。仮にNTTデータ、通信事業、ドコモ、研究開発部門など、それぞれに役割の違いがあったとしても、現在の資本構成を見ると、NTTのホールディングカンパニーは純粋持株会社であり、事業そのものは行っていない。実際の事業や研究開発は、各グループ会社が担っている。
 その意味では、ホールディングスが資本と組織のメカニズムを設計する役割を果たすこと自体は、理にかなっているとも言える。本当の意味での主流や方向性がどこに置かれるのかは、今後の人事や組織再編の中で徐々に見えてくるはずで、私はそこに期待している、というのが率直な考えだ。

■ スターリンクの脅威とデータセンター先行の強み


周:実はスペースXによるスターリンクの通信サービスは、すでに無視できない存在になっている。イーロン・マスクによる衛星を使う通信サービスだ。これが現実のものとなった。これまでのNTTの伝統的な通信基盤に大きな打撃を与える可能性がある。中国のようにこのサービスを国内で「使わない」と割り切れる国とは違い日本はそうはいかない。アメリカ発の衛星通信の時代、どう対応するのか。これは避けて通れない、非常に大きな問題だ。今年6月、NTTドコモ元代表副社長の鈴木さんがゲスト講義に来られた際にもこの話題になった(【対談】鈴木正俊 VS 周牧之(Ⅰ): 通信の世紀、サイバーの時代 を参照)。なかなか簡単に答えが出る問題ではない。NTTグループが独自にスターリンクのような衛星通信網を構築する、といった選択肢も現実的ではない。しかし、スターリンクの衛星通信サービスの携帯電話ユーザーへの普及は確実に進み、しかも想像以上に早い。価格がどんどん下がり、安定性も益々向上している。ケーブルと基地局をベースにした通信網の時代とはまったく違う絵になってきた。
 こうした激変の時代の中で、私が本当にすごいと思うのは、NTTデータがデータセンター事業に非常に早い段階から取り組んできた点だ。しかもグローバルのデータセンター市場で世界3位にまで成長している。まさにAI時代を見据え、先に進んで待っているような経営判断ができていたのではないか。その点は高く評価すべきで、ぜひそのあたりの話も伺いたい。

岩本:結果として偶然そうなった面も、もちろんあるかもしれない。ただ、NTTデータ自身の立場から言えば、お客様に良いサービスを提供するにはデータセンターを自前で持つ必要があると最初から考えていた。実際に持てばどんな技術が必要になるのか、さまざまな要素が不可欠になることも当初から想定していた。
 これは非常に大きな強みだ。ただ、周先生とは少し違う言い方になるが、データセンタービジネスは本質的には「不動産ビジネス」だと考えた方が分かりやすい。もちろん中身には高度なテクノロジーが詰まっているが、ビジネスモデルとしては資産の流動化(オフバランス化)を伴う、典型的な不動産ビジネスモデルだ。
 一方で、私たちが長年取り組んできたのは、企業でも個人でも、お客様の要望に応じてコンピュータやAIを活用し、業務を改善したり、新しいサービスを生み出したりすることだった。つまり、プロジェクトマネジメントを軸とした世界だ。そうした視点から見ると、データセンターはまったく異なるビジネスモデルであり、別の専門性が求められる。
 そのため、NTTデータが早い段階からそうした専門人材を取り込んできたことは、一つの強みだった。NTTグループ全体としても、そのモデルを世界で展開してきたことは、結果的に良かったのではないかと思う。

■ ビックイノベーションたるIOWN構想


周: データセンター事業といっても異なるタイプがある。NTTデータは、世界中で大規模なデータセンター拠点を展開し、建物そのものを建設・運営し、GoogleやAmazonなどの巨大IT企業に場所を売る、あるいは貸す「インフラ提供者」としての側面が強い。同じ日本企業でも日立や富士通などは、自社データーセンターを、主に自社のITシステムを動かすため、活用する傾向にある。
 学生のために「データセンター」、特にAI時代での重要性について説明をお願いしたい。

岩本:AIの話題が出たが、AIを動かすうえでデータセンタービジネスは極めて重要だ。もともとコンピュータは、大型メインフレームの時代から、電力・空調・通信回線を備えた大きな建物が必要だった。こうした設備をまとめたものがデータセンターだ。私たちは50年以上前から自前でデータセンターを構築してきたため、社内には一級建築士がいるほどで、設備づくりも自分たちで担ってきた。
 AIには、学習段階とプロンプトに応じて結果を返す実行段階の両方で、膨大な計算能力が必要だ。そこで使われるのが「GPU」だ。中央処理装置であるCPU(Central Processing Unit)に対し、GPU(Graphical Processing Unit)はグラフィックス処理装置で、もともとはゲーム用に開発された。画像処理は多数の画素を並列処理できるため、GPUはこの用途に最適だった。
 NVIDIAが有名だが、2000年以前にはシリコングラフィックスという先行企業もあった。ただ、AIモデルの性能向上の訓練には莫大な電力が必要だ。規模によっては、原子力発電所1基分、約100メガワット級の電力を消費すると言われる。現在、世界全体の電力消費は約42ペタワットで、コンピュータや通信が占める割合は数%に過ぎない。
 しかし、今後データ量が急増し、仮にそれをすべてAIが処理するとすれば、単純計算では2035年頃に世界の総発電量を使っても足りない、という試算すら出る。現実にはそこまで極端にはならないにせよ、AIの電力消費が最大の課題であることは間違いない。
 そこで重要になるのが、NTTのIOWN構想だ。最終段階のIOWN4.0では、半導体を光で動かすことで、電力消費を100分の1に抑えることが可能になるとされている。仮にAIの電力需要がこの水準まで下がれば、社会は十分に回る。だからこそ、IOWNはぜひ成功させたい取り組みだ。
 最後にもう一つ。通信の世界で、携帯電話とインターネットを最初に結びつけたのはNTTドコモだった。しかし、世界標準にならなかった理由は、自社だけで進めようとしたからだ。世界中のパートナーと連携し、標準を共につくる発想が欠けていた。
 その反省を踏まえ、今回のIOWNはNTT単独では進めていない。インテルやソニーを含む国内外の企業、約100社と連携し、プラットフォームづくりを進めている。技術的に成功するかは未知数だが、少なくとも、ドコモの失敗を繰り返さない姿勢は明確だ。もし当時この考え方ができていれば、世界は今とは違っていたかもしれない。

周:世界的なAIブームの中で、皆争ってNVIDIAのチップを買い、データセンターにどんどん投資している。所謂「AI軍備」大競争だ。この大競争の中でエネルギーという大問題が浮上している。データセンターには膨大な電力が必要とされる。AI競争は、計算力の競争だけではなく電力競争にまで発展している。
 これを解決するためのNTTが打ち出すIOWNは、光技術を使い、あまり電力を消耗しないアプローチだ。究極のデーターセンターのGXとなる。これはかなりインパクトを持つビックイノベーションだ。東京経済大学が2024年11月30日開催した国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」で、岩本さんはIOWN計画について詳しく説明してくださった(【シンポジウム】岩本敏男:ビッグイノベーションIOWN計画でGXをリード を参照)。
 但し、アメリカも中国も同じアプローチでいこうとする企業がある。スピード競争になる。また、イーロン・マスクが最近データーセンターそのものを宇宙に打ち上げ、無限にある宇宙の太陽光エネルギーを使おうとの構想がある。まさに構想力と実行力の大競争時代だ。

■ 横展開なのかコア・コンピタンスへの拘りか


周:今、NTTデータのデータセンタービジネスの規模は?

岩本:ワールドワイドで見るとNTTグループは世界3位。国内では、いろいろな企業がそれぞれデータセンタービジネスを展開している。利用しているユーザーも、AI系の企業やGoogleのようなグローバルプレイヤーを顧客としている事業者が多い。

周: 世界の半導体市場は、今およそ7,000億ドル規模だ。2024年、中国は4,000億ドル弱の半導体を輸入した。世界の半導体市場は中国で成り立っていると言っても過言ではない。   NVIDIAなどのアメリカメーカーの半導体は、実はその多くを中国に輸出していた。ところが現在は、アメリカの規制で中国向けの輸出ができなくなった。その結果、行き場を失った半導体の需要が、AIブームの中でデータセンター向けへと一気にシフトしている。これがAIバブルになるという危惧も聞こえてくる。
 一方、日本ではどうか。例えばNTTデータのように、データセンター分野へ積極的に投資を続けているのか、それとも少し傍観しているのか?

岩本:日本では他の企業も数多くデータセンターに参入しているので、NTTグループのシェアが圧倒的に高いかというと、そこまでではない。とはいえ、投資自体はかなり行っている。NTTグループでは投資額ベースで言うと、日本国内よりも海外のほうが圧倒的に多い。
 その中でやっているのが、いわゆる「回転ビジネス」だ。回転ビジネスというのは、すでに一定の価値がある資産は売却しキャッシュを回収し、その資金を別のデータセンター投資に振り向ける、というやり方だ。私がデータセンタービジネスを「不動産ビジネス」だと言ったのは、まさにそういう意味だ。
 実際、今はかなり良い流れになっている。ただし、データセンターは建設に大きな投資が必要で、回収までには時間がかかる。短期間で回収できるものではなく、基本的には数十年単位のビジネスだ。
 だからこそ、保有し続けるだけでなく、タイミングを見て売却し、一気に回収した資金を次の投資に回す。こうした資金循環ができる点が、「回転ビジネス」と呼ばれる所以であり、実際に有効なやり方だと思っている。

周:今のNTTデータでは、経営面で一番稼いでいるのがデータセンター事業か?

岩本:単年度の利益ベースで見ると、確かにかなり稼いでいる。利益水準は高い。ただし、投資総額の回収という観点で見ると、必ずしも効率が良いとは言えない。まだ本格的な回収期に入っているわけではないからだ。
 とはいえ、周先生がおっしゃる通り、今はAIブームの真っただ中で、データセンターはどれだけ作っても足りない状況にある。需要が供給を先行しているので、その意味では非常に良い局面にあるのは間違いない。
 不動産ビジネスも同じだが、良いものを作っても回収が遅いとCCC(キャッシュ・コンバージョン・サイクル)が長くなり、投資額ばかりが膨らむ。もし借入金でそれを賄っていれば金利負担が重くなり、経営的にはかなり厳しくなる。だからこそ、投資と回収のバランスをきちんと見極めることが重要だ。

周:イーロン・マスクは、テスラの自動運転という物理的なAIの応用を展開する為に巨大なデータセンターを建てている。さらにいまや自前のデータセンターに詰め込む半導体の開発まで手がけている。ビジネスの連続性と完結性にものすごくこだわっている。これに対してNTTデータはデータセンターをコア・コンピタンスとし、AIにおけるインフラとして整備して売るモ デルだ。
 私は、2020年12月19日東京経済大学創立120周年記念シンポジウム「コロナ危機をバネに大転換」 特別Sessionで、武田信二TBSホールディングス会長、鈴木正俊NTTドコモ元代表副社長の両氏と対談した(【激論】武田信二・鈴木正俊・周牧之:コロナ危機で加速する産業のデジタル化 を参照)。
 同対談で私は、同じ通信業者でありながらNTTとAT&Tの対極的な事業展開を紹介した。NTTが4兆円を投資し、ドコモを完全子会社にしたのと対照的に、AT&Tが2018年に854億ドルを投入し「Time Warner」というメディアのコングロマリットを傘下に置いた。さらにこの傘下の「HBO」というケーブルテレビの放送局をベースに、「HBO Max」というOTT事業を立ち上げた。通信業者のAT&Tが傘下にコンテンツメーカーを置き、OTTで配信する横展開戦略だ。これに対して武田さんは、NTTが TBS を買収したらどうなるか、と切り出した。これを受けて、もしNTTがAT&Tのように放送局の買収に乗り出せば、Netflixやアマゾンプライムのような大きなOTTプラットフォームが日本でも出来た可能性がある、との議論になった。
 結局、産業大変革の激動の時代に、巨大な資本力を持ちながら、NTTはそうした思い切った横展開をしなかった。平成元年、1989年時価総額世界一だったのがいまや同220位に転落した。さまざま原因はあると思うが、横展開を積極的にしなかったことも一つの原因かもしれない。
 若い時読んだ、フランスの名作『赤と黒』を思い起こす。処刑直前の主人公ジュリアン・ソレルが、踏みつけられる蟻の気持ちを味わう箇所が強烈だった。急激なイノベーションによるパラダイムシフトの中で、蟻のように踏み潰される企業がたくさんある。誰に踏まれ何故踏まれたのかもわからないまま只潰されていく。これを乗り越えるにはひたすら学び、自身の思考力を時代に追い付かせるしかない。
 その意味ではきょう、この大変革の時代の中で、大変な業績を上げた経営者たる岩本さんのゲスト講義は、未来を見据えるための知識とインテリジェンスが満載だった。


プロフィール

岩本 敏男(いわもと としお)
NTTデータグループ元社長

1976年日本電信電話公社入社。2004年NTTデータ取締役決済ソリューション事業本部長。2005年NTTデータ執行役員金融ビジネス事業本部長。2007年NTTデータ取締役常務執行役員金融ビジネス事業本部長。2009年NTTデータ代表取締役副社長執行役員パブリック&フィナンシャルカンパニー長。2012年からNTTデータ代表取締役社長を務め、海外でのM&Aなどを進めて2018年には売上2兆円を突破した。同年NTTデータ相談役に退き、保健医療福祉情報システム工業会会長に就任。2019年日本精工取締役、IHI監査役。2020年大和証券グループ本社取締役。2022年JR東日本取締役。2023年三越伊勢丹ホールディングス取締役。

【対談】岩本敏男 VS 周牧之(Ⅳ):「失われた30年」の中、データセンタービジネスで快進撃を続けた経営者

■ 編集ノート:東京経済大学の周牧之教授の教室では2025年11月6日、NTTデータグループ元社長の岩本敏男氏を迎え、「デジタル技術の本質」をテーマに対談が行われた。
 ドメスティック企業であったNTTデータをグローバル展開し、海外売上比率を50%へと引き上げ、売上規模を2兆円へと倍増させた。「失われた30年」下、快進撃を続けた経営者の時代認識、経営戦略そしてメンタリティを問うた。

(※前回記事【対談】岩本敏男 VS 周牧之(Ⅲ)はこちらから)


■ エンジニア出身経営者がもたらした快進撃


周牧之:NTTデータ元社長の岩本敏男さんは工学出身の経営者だ。日本の大企業のトップにはエンジニア出身者が意外に少なく、総務や人事、法務系の出身者が多い。これが日本企業のパフォーマンス低下の一因ではないか、と私は思っている。私自身も工学系出身の経済学者で、やはり日々進化するテクノロジーの躍動感を理解するには工学出身経営者の方が有利だと感じる。岩本さんは膨大な情報をインテリジェンスへと昇華し、常に世の中の変化を見極め、判断し続けてきた稀有な経営者だ。
 岩本さんが社長に就任された当時、NTTデータは売上が1兆円強だった。それがご退任時には2兆円を突破していた。更に官公庁を顧客とするドメスティック企業だった同社の売上は、半分が海外となった。直近の2025年3月期の連結決算における売上高は、約4兆3,700億円となり、岩本さんの社長就任時と比べ13年間で売上規模は3.5倍以上に拡大した。「失われた30年」の中でこのような快進撃を実現した日本企業は、なかなか見られない。そこには岩本さんが非常に早い段階からデータセンタービジネスに取り組んできた事が大きい。NTTデータはグローバルのデータセンター市場で世界3位にまで成長している。
 NTTデータの時価総額を見ると、2025年1月15日時点での時価総額ベースの世界順位は第745位、日本国内での順位は第43位。しかも、昨年1年間で世界順位を100位も上げた。一方で、その間大半の日本企業は世界的な順位を下げている。例えばトヨタは過去1年間で世界順位を9位落として第44位になった。トップ50位圏内を維持できるかが懸念されている。NTT、つまりNTTデータの親会社もこの1年間で順位を88位も落とし、現在は世界第220位だ。
 岩本さんにお聞きしたいのは、なぜNTTデータはこれほどの持続力、成長力があるのか。

■ 民営化そして分社化の背景


岩本敏男:周先生からいろいろな課題をいただいたので、私なりに整理しながらお話しする。私が1976年に入社したのは日本電信電話公社(以下、電電公社)で、もう50年ほど前になる。当時、「三公社五現業」という言葉があり、三公社というのは電電公社、専売公社、日本国有鉄道だ。
 当時、電電公社と専売公社は経営上ほとんど問題がなかったが、国鉄は大きな課題を抱えていた。戦後処理の影響もあり、南満州鉄道からの引き受けなどで従業員数は約45万人。電電公社でも30万人超あった。その後、土光敏夫氏の臨時行政調査会で、三公社をできるだけ民営化しようという流れが生まれる。私はその直前、電電公社時代に入社した。

周:「三公社五現業」とは、かつて日本に存在した主要な公共企業体と国営事業の総称だ。すなわち日本国有鉄道(国鉄)、日本電信電話公社(電電公社)、日本専売公社、郵便、森林管理、通貨製造、印刷、アルコール専売だ。
 1981年にアメリカ大統領になったレーガン氏は、「小さい政府」を目指す「新自由主義(ネオリベラリズム)」を掲げた。イギリスでは経済停滞を打破するためサッチャー首相が新自由主義を旗印に思い切って民営化を進めた。
 こうした新自由主義の潮流に乗っかり、1982年に日本の総理大臣となった中曽根康弘氏は民営化を推し進めた。この流れの中、電電公社は1985年に日本電信電話(NTT)となった。
 土光敏夫氏が会長を務めた第二次臨時行政調査会(土光臨調)は、日本の財政危機に対し、「増税なき財政再建」を掲げ、行政改革を断行し、国鉄、電電公社、専売公社の民営化の方針を打ち出した。財界人として大きな役割を果たした。中曽根首相が土光臨調をうまく使ったことも大きかった。

岩本:NTTデータの母体は、電電公社の「データ通信事業本部」、通称「デ本」だ。当時からさまざまな仕事をしていたが、国の組織である以上、自由に何でもできたわけではない。実は昭和45年頃、電電公社がコンピュータ事業を担うべきかどうか、大きな議論があった。 
 当時、コンピュータ行政は通産省(現在の経産省)、通信は郵政省(現在の総務省)の所管だった。この二つをどう整理するかという議論の中で、先輩方が編み出したのが「データ通信」という概念だ。端末からデータを入力し、通信回線を使って中央のコンピュータに送り、それを処理して結果を再び端末に返す。この一連の流れを「データ通信」と定義した。その結果、通信事業として電電公社がコンピュータを扱えるようになった。
 さらに当時、通信回線は電電公社が独占しており、他に通信事業者はいなかった。そのため、通信と処理を一体で行ってよいという整理がなされた。加えて、新しい技術については国の組織が担うべきだ、という判断もあった。新技術は投資が大きいが、成功するかどうか分からず、民間ではリスクを取り切れない。民間に任せるより電電公社のような公的組織がやるべきだとされたわけだ。
 この結果、当時としては最新鋭の技術だったオンライン・リアルタイム処理を、電電公社が行うことを許された。ここからバンキングシステムが生まれる。当時、都市銀行は13行あり、資金力も人材もあり、IBMや富士通、日立、NECといったコンピュータメーカーを自前で使いこなしていた。

2025年11月6日、周牧之ゼミでゲスト講義する岩本敏男氏
2025年11月6日、周牧之ゼミでゲスト講義する岩本敏男氏

■ 独立できたことが大発展につながった


岩本:一方、地方銀行や信用金庫はそうはいかない。大手の地方銀行も電電公社にシステム開発を依頼してきた。さらに信用金庫は規模が小さく、自前ではシステムを構築できなかった。この頃、全国に信用金庫は約550あったが、その多くが「何とか助けてほしい」と電電公社を頼ってきた。
 そこで私たちは、現在で言うクラウド型の共同利用モデルを作った。一つのコンピュータを複数の信用金庫が共有し、業務を標準化し、データベースを分離する。500以上の金融機関が同時に使える仕組みを構築した。結果として、現在では信用金庫の9割以上が、NTTデータの基盤を使っている。
しかし当時は、金融業界以外、トヨタをはじめ多くの製造業はまだバッチ処理中心の時代で、そうした民間の領域には我々は参入できなかった。その制約が続く中で、最終的に民営化という流れを迎える。
 話を戻すが、民営化直前まで、実はデータ通信事業本部は一度も黒字を出したことがなかった。金融業界や国の仕事では一定の利益は出ていたが、民間向けに展開した科学技術計算や在庫管理の分野では事情が違った。中小企業でも端末を2、3台置けば利用できるよう、大型コンピュータを共同で利用する仕組みを作り、全国に6〜7カ所ものデータセンターを整備した。しかし、利用者である中小企業から高い料金は取れず、結果として大きな赤字を抱えることになった。
 昭和60年に電電公社が民営化されNTTとなった。データ通信事業本部当時の売上は約2,200億円あったが、実態は赤字だった。そのため、メディアや政治家からは「電話事業の利益でコンピュータ事業の赤字を補填しているのではないか」と厳しい批判を受けた。それはまずい、という議論が国会でも起きた。
 そこで、NTTデータの先輩たちも「だったら自由に飛び出して、自分たちでやろう」となったのだ。分社化したのは、民営化から3年後の昭和63年だ。税制上の整理などもあったかもしれないが、スタート時点で売上は2,200億円、利益は100億円を確保していた。今年、NTTに完全統合されたが、実は35年間、NTTデータは一度も減収を経験していない。常に増収を続けており、今年度末では5兆円に迫ろうとしている。

周:通信事業のNTT本体から切り離したことで、コンピュータ事業を主とするNTTデータの経営ロジックを前面に立てられた。独立出来た事がNTTデータの後の大発展につながった。さもなければ苦戦する一事業部としてNTT社内で縮小し、消えていったかもしれない。

■ 国内市場依存からグローバル競争への転換


岩本:もちろん、兆円規模の企業が増収を維持するのは容易ではない。常に新しい打ち手が必要になる。ただ、売上拡大そのものを目的にしてきたわけではない。私は常々、「グロース」と「ディベロップメント」の違いを話してきた。量的な成長は比較的簡単でも、“質を伴っているか”は常に問い続けてきた。企業における成長の「質」とは、最終的には利益だ。
 私の在任中に営業利益は1,000億円を突破した。売上は私の直前で1兆円台、そして私の時代に2兆円規模へと倍増した。その成長の大半は、実はグローバル化によるものだ。
では、なぜグローバル化に踏み切ったのか。当時2012年頃、日本経済を考えれば少子高齢化は避けられない現実となっていた。私は生命保険・損害保険分野の事業立ち上げにも関わり、保険会社の経営層と頻繁に話していたが、日本の人口が減少に向かう未来は誰の目にも明らかだった。
 国内市場だけでは、従来のような成長は見込めない。日本でNo.1のITサービス企業であっても、年0.5%程度の成長が限界で、大きな飛躍は難しい。そう考え、海外に目を向けるしかないと腹をくくった。

周:岩本さんは、日本でITサービスの頂点に立つ企業としての地位に安住しなかった。そのバイタリティが海外へ出る契機となった。

岩本:但し私が入社した電電公社には「公社法」があり、第1条には「国内電気通信に限る」と明記されていた。これは歴史的な経緯によるものだ。電電公社の前身には、電気通信省、さらに前は逓信省があった。電電公社が電気通信省から分かれる際、国内通信は電電公社、国際通信は国際電信電話会社(現在のKDDI)が担う、という特殊な法制度が作られた。そのため、グローバル展開についての知見は、社内にはほとんどなかった。
 私は日本銀行の決済システム構築を手がけた経験から、IBMとの付き合いが深く、部長時代から毎年のようにニューヨークやシリコンバレーを訪れていた。そのため、「何とかなるのではないか」という感覚は持っていた。

周:経営者の経験と見識とメンタリティが企業のバイタリティに大きくつながる。

岩本:また個人のバックグラウンドとしては、日本銀行の決済システムのように、日本の経済のど真ん中で動いている仕組みに関わってきた。1日に200兆円ぐらいのお金が動くような金融決済のシステムや、社会保険庁などを含むナショナルインフラのシステムに携わってきた。

周:若い時に私も岩本さんと似たビックプロジェクト経験がある。大学を卒業してすぐ、中国建国以来最大の国家プロジェクトである宝山製鉄所の建設に関わった。予算規模でも建国以来最大のプロジェクトで、その中で高炉を除くすべての工場のオートメーションシステムを私が国の立場で決める、という役割を任された。内外の協力パートナーを選び、共に進めながら、その過程で国内産業も育てていく、という役割を担った。同プロジェクトは当時、国内の風当たりも強く、何としても成功させなければならないとの政治判断で進み、心臓部たるオートメーションシステムの安全性が非常に問われた。そのため、すべての判断に強い緊張感があった。
 ビックプロジェクトの経験で持つ緊張感はおそらく岩本さんの経営判断に大きな影響を与えただろう。

■ グローバルで成長するためのM&A戦略


岩本:とはいえ、独断では進めない。製造業として富士通に話を聞き、商社として三井物産にも相談した。製造業は、技術を持ち、工場と人材を移せば同品質の製品を作ることができる。一方、商社は「ボードコントロール」、つまり海外企業を買収するなら取締役会の過半数を押さえ、意思決定とリスク管理を握ることが重要だと教えられた。金融機関にも話を聞いたが、当時はまだ国内志向が強く、参考になる知見は限られていた。

周:事前リサーチを徹底的にやったわけだ。

岩本:こうして考えた結果、自分たちのビジネスは製造業でも商社でも金融でもない。では、どう成長するのか。方法は一つしかなかった。M&Aだ。
 だから私は、M&Aについて徹底的に勉強した。もちろん、すべてが成功だったわけではない。ただ、これは言いにくいことだが、NTTグループ全体では大きなM&Aの失敗も少なくなかった。2000年前後のITバブル期には、NTTが米国のVerioを買収したが失敗に終わった。ドコモもオランダのKPNモバイルを買収して失敗している。
 これらを合計すると、損失は巨額だ。それほどの失敗をしても、NTTが経営的に大きく揺らいだという話は、ほとんど聞かれない。それだけ基盤が強かったということでもある。
 しかし、NTTデータは違った。先ほど申し上げたように民営化する前は黒字を一度も出しておらず、黒字化しても営業利益はせいぜい300〜400億円という時代だった。失敗は絶対に許されない。 だからこそ、私はM&Aに独自のルールを設けた。何のためにM&Aをするのか。その企業とNTTデータの企業哲学が合致しているのか。上場・非上場にかかわらず、こうした点を厳しく見た。
    なかでも最も重視したのが、M&Aの投資規模を「フリーキャッシュフロー以内」に厳格化する規律だ。どんなに魅力的な案件でも、これを超えるものはやらないと決めていた。ただし、例外は一度だけあった。それが、ペロー・システム(Perot Systems)だ。
 最初にペロー・システムを買収したのは、もともとアメリカ・ダラスに本拠を置く米デルだった。創業者はマイケル・デルだ。
 その後、米デルのITサービス部門となっていたペロー・システムを米デルからカーブアウト方式で買収した。私はマイケル・デルとその過程で何度も話をしたが、米デルは今で言うクラウドに近い、サーバーやストレージ、ネットワークといったプラットフォーム系のビジネスが中心だった。一方、ペロー・システムはアプリケーションなどITサービスを提供する部門で、今後のデルの戦略とは少し距離があった。
 そこで、会社を丸ごと買うのではなく事業部分だけを切り出す、いわゆるカーブアウトという形で、NTTデータとしては大きな金額を投じて買収した。これは当時、私が「フリーキャッシュフローを超える買収はしない」と決めていた絶対ルールを破った唯一の案件だ。それでも、これは買うべきだと判断した。
 いずれにしても、NTTデータが生き残るには、海外に出るしかないと私は考えた。そして、海外展開の手段はM&Aしかない。そのため、過去にNTTグループがM&Aで失敗してきた理由を徹底的に検証し、同じ過ちを繰り返さないために何をすべきかを考え抜いた。

周:M&Aで海外展開という方向性を決めた後は、親会社の失敗にもめげずに考え抜いて更にスマートにやってきた。

2024年11月30日、東京経済大学 国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」 セッション2「「GXが拓くイノベーションインパクト」にて岩本敏男氏と石見浩一エレコム社長
2024年11月30日、東京経済大学 国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」 セッション2「「GXが拓くイノベーションインパクト」にて岩本敏男氏と石見浩一エレコム社長

■ 経営者には胆力と魅力が必要


周:これだけの経営判断をするには、経営者に大きな胆力と魅力が必要だ。

岩本:やはり社長という存在は、非常に大きな意味を持つ。社長と副社長の距離は、副社長と新入社員の距離より、はるかに大きい。だからこそ、日本企業とは違い、アメリカでは社長の報酬が非常に高い。私は、それはある意味当然だと思う。
 そうであるなら、社長自身が人間的な魅力を持っていなければ務まらない。これは日本人同士、日本語で話すかどうかとは無関係だ。相手は外国人で、スペイン語を話す人もいれば、中国語を話す人もいる。私自身、それらの言語が話せるわけではない。それでも、彼らから「岩本」という人間が、尊敬される存在でなければならない。
 そのためには、自分の人生観や哲学、歴史への認識、価値観について、自分なりの軸を持ち、それを真正面から示すしかない。良い悪いという問題ではなく、自分の考えをしっかり持ち、ぶつけること。それが当時、私がたどり着いた一つの方法論だった。結果として間違っていなかったと思う。
 社長として最後の6年ほど、ヨーロッパをはじめ各国のCEOと一対一で話す機会が多くあった。言語の違いから通訳を介することもあったが、彼らからよく言われたのは、「ミスター岩本にはカリスマ性がある」「オーラがある」という言葉だった。自分ではそんなつもりはなかったが、そう受け止められていることは、ビジネスの現場において肌で感じていた。

周:岩本さんはカリスマ性のある経営者として大きな結果を残した。これに対し、サラリーマン社長の大半は残念ながらリスキーな経営判断を避ける傾向にある。それが日本企業の活力に大きなマイナス影響を与えている。
 なぜNTTデータから岩本さんのような大胆な経営者が出てきたのかを考えると、「国有企業」の寛容性が響いたのではないか?日本や中国の様々な事例を見ると、実際は懐の大きい国有企業だからこそ、破天荒な発想を持つ活きのいい人材を育てられる。その意味では電電公社に入った岩本さんは幸運だった。

■ 原点は高校時代に響いた孟子の言葉


岩本:私の原点はどこにあるのか。振り返ると、それは学生時代にある。私は長野県諏訪市の出身で、諏訪清陵高校を卒業した。今年、その創立130周年記念で講演に招かれ、中高生と話す機会があった。
 高校時代、心に強く残った言葉がある。孟子の「自反而縮、雖千万人吾往矣(自ら省みて直くんば 千万人といえども我行かん)」だ。四字熟語で言えば「真実一路」に近い。意味は、自分の進む道が正しいと分かれば、たとえ千万人が反対してもその道を突き進め、ということだ。
 私は電電公社に入り、その後さまざまな仕事をしてきたが、この言葉は常に頭の中にあった。課長のときも、部長のときも、本部長のときも、自分がやるべきことは分かっていた。ただ、分かっていても実行するのは簡単ではない。それでも「実行することが何より重要だ」と思い続けてきた。
 もっとも、年を重ね、40歳を過ぎて営業や経営に関わるようになり、社長になって強く実感したのは、この言葉には「上の句」と「下の句」があるということだ。下の句は「決めた道を実行する」こと。しかし、それ以上に大切なのが上の句、つまり「自分は今、何をすべきか」「何のために生まれてきたのか」という問いを、本当に腹落ちするまで考えることだ。
 売上や利益、学生の皆さんなら試験の合格、就職先の決定も大切だが、もっと深く掘り下げると、「自分は何のために生き、今何をしているのか」という自己認識が不可欠だ。これが定まった人は、自然と全力で行動する。私はそう思っている。
 グローバルで多くのCEOと話す中で、「岩本にはカリスマ性がある」と言われた背景には、こうした意識があったのかもしれない。結果として、私の在任中に売上は2兆円を超えた。

周:いまふうに解釈すると孟子の「自反而縮、雖千万人吾往矣」は、自分が正しいと思ったことは何があってもやり抜くことを意味する。これがリスキーな経営判断をする時にもっとも必要とされる知力と胆力だ。

■ 目標が人を動かす―10年先のビジョンを「語ること」


周:岩本さんが社長になったときの目標は、グローバルサービスの展開や、2020年までに売上2兆円、その半分を海外で稼ぐことだった。
 普通のサラリーマン社長であれば自分の首を絞めるような、そこまで飛躍的な目標を掲げないだろう。バブル崩壊以降の日本では大手企業でそんな経営者は極めて珍しい。その発想力と胆力について、ぜひ伺いたい。

岩本:周先生にそう言われると恥ずかしい気持ちもあるが、例えば公式の中期事業計画で「売上をいくらにするか」という話はコミットメントになる。達成できないと投資家からも怒られるので慎重になる。一方でビジョンを語ることは、自由とまでは言わないが、ある程度語れる余地がある。

周:それにしてもドメスティックな会社をグローバル企業にする目標を思い切って掲げたね。

岩本:はい、言い切っちゃった。ただ、その辺は自分の中で整理しているし、後ろでブレーキをかける人もいるので、いわゆる舌禍事件を起こさないようにしている。それでも、自分が持っているビジョンは、社員にも投資家にも、お客様にも、多くの人に言うべきだと思う。
 「命をかける」と言うと語弊があるかもしれないが、「社長生命をかけてもやる」というくらいの覚悟だ。「自分は何をしなければいけないのか」「そのために生まれてきたんだ」くらいの自覚がないと、大きな会社の社長はできないと思う。

周:努力目標を掲げることが本当に大事だ。例えば「ムーアの法則」も物理的な法則ではなく、ムーアという人のある種の「妄想」だった。しかし、半導体産業全体は、それを一つの目印にして50年、60年かけ、頑張ってきた。結果として半導体の進化スピードはムーアの妄想通りに維持されてきた。
 人間、特に集団にとって、目標を掲げることはものすごく重要だ。周ゼミが今年学内でアンケート調査をやった時、最初はなかなか動かなかった。でも「有効回答を1,000件集める」という明確な目標を立てた瞬間、やる気になり、あっという間に目標を達成できた。目標が定まった途端、集団は動く。それが、リーダーや社長が大きな目標を掲げる意味だと思う。

岩本:例えばスティーブ・ジョブズも、当時は「何を馬鹿なことを言っているんだ」と思われていた。でも、そこでそう感じてしまっては駄目だ。社長の仕事の一つは、「多くの人を動かすこと」にある。
 だから私はよく「ビジョン」という言葉を使う。ビジョンとは、だいたい10年先を見据えた目標だ。かなり遠い目標ではあるが、努力すれば手が届く、絶妙にバランスの取れた設定だと思う。一方で、1年単位の年度計画は、達成できなければ厳しく問われるから、性質がまったく違う。
 重要なのは、「この会社はこの方向に進む」という大きな指針を示すことだ。これは社長にしかできない役割だと思う。私が企業分析をしてきた中でも、優れた企業、あるいは大きな転換点をうまく乗り越えた企業には共通点がある。それは、当時の社長が必ず明確なビジョンを掲げ、それを実現してきたことだ。そうした企業が、結果として成長し、成功している。これは間違いのない事実だと思う。


プロフィール

岩本 敏男(いわもと としお)
NTTデータグループ元社長

1976年日本電信電話公社入社。2004年NTTデータ取締役決済ソリューション事業本部長。2005年NTTデータ執行役員金融ビジネス事業本部長。2007年NTTデータ取締役常務執行役員金融ビジネス事業本部長。2009年NTTデータ代表取締役副社長執行役員パブリック&フィナンシャルカンパニー長。2012年からNTTデータ代表取締役社長を務め、海外でのM&Aなどを進めて2018年には売上2兆円を突破した。同年NTTデータ相談役に退き、保健医療福祉情報システム工業会会長に就任。2019年日本精工取締役、IHI監査役。2020年大和証券グループ本社取締役。2022年JR東日本取締役。2023年三越伊勢丹ホールディングス取締役。