【講演】周牧之:誰が中国を養っているのか?

周牧之 東京経済大学教授

2023年10月10日「第四回世界食学フォーラム」で講演を行う周牧之教授。

編者ノート:
ロシア・ウクライナ戦争は、世界の食糧価格に大きな変動を引き起こし、食糧危機が国際社会で再び注目を集めるトピックとなった。東京経済大学の周牧之教授は2023年10月、中国海南省・海口で開催の「第四回世界食学フォーラム」で講演を行い、世界食糧事情について詳説した。誰が世界そして中国を養っているのか。世界の食糧貿易の罠は何か。中国の農業生産性が最も高い地域はどこか。そして中国は将来、食糧問題にどう取り組むべきか。

1.誰が世界を養っているか


 今から半世紀前の1972年、ローマクラブという欧米のエリートが集まる学術団体がレポート『成長の限界』を公開した。戦後の世界的な人口の急増に警鐘を鳴らしたこのレポートは、このままでは地球が持続的な人口増加を支えることができないとの主張で、大きな関心を集めた。

 現実はしかしまるで逆の結果となった。その後の半世紀で、アジアとアフリカの両地域における人口の爆発的な増加で、世界人口は倍増した。ところが、食糧問題は『成長の限界』で警告されたような危機には陥らなかった。世界の食糧生産量は当該人口を養うだけでなく、余裕さえ持っていた。

 なぜ世界の食糧生産は持続的に増加できたのか。データ分析から見ると、1961年から約60年間、世界の穀物耕地面積はわずか14%しか増加していない。耕地の拡大による増加はそれほど大きくない。この間、世界の人口は158%増加したのに対して、世界の穀物総生産量は250%増加した。地球が急増する人口を養えたのは、穀物生産の増加速度が、人口増加速度を上回った為だ。

 では、何が世界の食糧生産量の持続的な増加を実現したのか。その答えは、耕地面積の増加ではなく、「単収(単位面積当たりの穀物収穫量)」の増加にあった。過去60年間で、世界の穀物収穫量、つまり一定の耕地面積当たりの穀物生産量は207%も増加した。

 何が単収をこれほど大幅に増加させたのか。それは、農薬や化学肥料の大量投入、灌漑や道路などの農業インフラ施設の普及、農業の組織化や機械化、そして品種改良など農業技術の向上である。これらは、すべて「緑の革命」と呼称される。まさに「緑の革命」が食糧生産量を増やし、今日の膨大な人口を養った。

2.食糧貿易の罠


 「緑の革命」は、世界の食糧生産能力に南北格差をもたらした。世界銀行は、世界の各国を所得別に低所得、低中所得、高中所得、高所得の4つのグループに分けている。雲河都市研究院によれば、所得が高い国ほど農業の生産性が高く、高所得国と低所得国の間の農業の労働生産性の格差は49倍にも達した。「緑の革命」により、自然条件に依存していた農業は、高資本・高技術投入の「資本集約型産業」へと変わった。農業にきちんと投資ができる国・地域が、農業の高収益を実現できる。これは、世界の食糧問題を考える際に重視すべき視点である。

 食糧生産能力の南北格差が、先進国が発展途上国へ食糧輸出をするという奇妙な現象をもたらしている。現在、世界最大の農産物輸出国はアメリカであり、3位はオランダ、4位はドイツである。一方、最大の農産物輸入国は中国である。多くの発展途上国が、農産物の純輸入国となっている。農産物貿易の優位性は、土地、水、気候などの自然資源に依存するだけでなく、農業の生産性にも大きく左右される。

 生産性の低い発展途上国にとって、食糧輸入は人々を飢餓から救うものの、安価な輸入農産物はこれらの国の農業の破壊にもつながる。世界には今なお約8億人が飢餓の危機に瀕し、その多くは農業の生産性が低く、先進国から安い食糧輸入の影響を受ける国の人々である。アフリカの多くの国々がそうした犠牲に晒されている。

3.『誰が中国を養うのか』の衝撃


 1995年、アメリカの学者レスター・ブラウンはレポート『誰が中国を養うのか』を発表し、14億の中国人口の養い手を問うて、中国の巨大な食糧需要が世界の食糧供給に脅威をもたらすと指摘した。

 同レポートは当時、中国政府にも高い関心を持たれた。しかしその後、中国の食糧問題は大事には至らなかった。現在、中国の主食、すなわち米と小麦はほぼ自給を維持している。

 では、誰が中国を養っているのか。データ分析から見ると、1961年から約60年間、中国の穀物耕地面積はわずか12%しか増えなかった。一方、中国の人口は118%増加した。これに対して、中国の穀物生産量は491%増加し、食糧生産の増加率は人口増加率を大きく上回った。これは「緑の革命」のお陰である。

 この間、世界の穀物単収、すなわち単位面積当たりの穀物収穫量は207%増加したのに対し、中国の穀物単収は430%も増加した。これは、中国が「緑の革命」の優等生であることを示している。

 1960年は、中国の1人当たりの一日摂取カロリーが最も少なかった年であった。現在その数値は当時の2.3倍になった。国産の主食で中国の膨大な人口を養っている。

4.世界最大の飼料穀物輸入国


 満腹するだけでなく、食の質も重要である。その意味では肉の供給も欠かせない。現在、中国は一人当たり年間肉の消費量が62kgに達し、世界平均の同42kgを大きく上回り、日本の同54kgも超えている。改革開放以来、中国の食肉生産量は約8倍も増加した。中国人の肉消費はすでに高い水準に達している。

 しかし、中国の食肉生産を支える飼料は、輸入に大きく依存している。前述したように、中国は世界最大の農産物輸入国であり、特に大豆、トウモロコシ、高粱、大麦などの飼料用穀物で世界最大の輸入国である。例えば、中国の大豆輸入量は、現在全世界の約80%を占めている。中国による大豆輸入の60%はブラジルから、32%はアメリカからである。また、中国によるトウモロコシ輸入は、世界の約22%を占めている。中国のトウモロコシの輸入の72%はアメリカから、26%は戦争中のウクライナからである。

 農産物貿易の大きな問題の一つは、様々な理由で価格が大きく変動することである。特に、ロシアのウクライナ侵攻をはじめとする各種の紛争が食糧貿易に与える影響は非常に大きい。食糧価格変動の最大の被害者は、発展途上国である。例えば、最近、多くのアフリカの指導者がウクライナやロシアを訪問し、対話による戦争の早急解決を求めている。これは、アフリカが双方から安定した食糧供給の再開を望むからである。

5.中国の農業生産性が最も高い地域はどこか


 中国は食糧問題にどう取り組むべきだろうか。中国には297の地級市以上の都市があり、雲河都市研究院は、これらの都市すべての農業生産性、すなわち「耕地面積当たりの第一次産業GDP」を比較分析した。

 その結果、中国で農業生産性が最も高い30の都市は、三明、竜岩、福州、寧徳、舟山、汕頭、南平、漳州、楽山、麗水の順に並ぶ。11位から30位までの都市は、茂名、莆田、潮州、長沙、株洲、三亜、台州、肇慶、海口、巴中、儋州、萍郷、杭州、紹興、寧波、黄山、掲陽、泉州、広州、仏山である。トップ30位の都市はすべて南部に位置している。その中には、福州、長沙、海口、杭州、広州など、省会(省政府所在地)大都市も多く含まれている。

 「緑の革命」は農業生産性の南北格差をもたらし、資金や技術の面での投入力が高い地域で、農業がより発展する。農業生産性のランキングは、この現象が中国でも顕著であることを示している。もちろん、農業生産性に影響を与える要因には、気候、土地資源、水資源、農作物の品種などもあろう。しかし、北部に比べ、南部が農業により多くの投資をしていることは見逃せない。

 換言すれば、北部の農業には、まだ大きな収益向上の余地がある。農薬や化学肥料に過度に依存せず、よりスマートに、より高度な技術を用いて農業をするならば、北部の農業には大きな可能性がある。私はこうした取り組みを「新・緑の革命」と呼びたい。

 中国は、主食の問題を自給自足で解決した。さらに飼料用穀物を大幅に増産し、世界の食糧貿易への負荷を緩和する必要がある。そのため、農業への投資を大幅に増やし、農業を高生産性、高品質、高収益の産業に昇格させる必要がある。「新・緑の革命」を通じて、人々をただ満腹させるだけでなく、安全で豊かで健康的な食を保障しなくてはならない。

6.開発輸入の重要性


 今から25年前の1990年代末、私は、ユーラシアに跨る国際協力プロジェクトの企画に参加した。冷戦終結後、中央アジア地域には多くの資源がアクセス可能となった。私は、ユーラシア大陸を横断するインフラ建設で日中協力を提案し、中央アジアのエネルギーと食糧を上海や連雲港に運び、それを日本や韓国など東アジアの国々と共有する構想をした。

 同構想はカスピ海から中国沿岸部に至るガス・石油パイプライン、鉄道、高速道路、光ファイバー網の整備を含み、「ユーラシアランドブリッジ構想」と呼ばれた。主な目的は、中国そして東アジアの発展に必要とされるエネルギー資源や食糧の安定供給を図り、来るべき世界の需給ひっ迫を緩和することであった。 

 私は1999年4月1日、『現代版「絹の道」、構想推進を―欧州から日本まで資源の開発・輸送で協力―』とのタイトルで日本経済新聞に記事を寄稿し、このプロジェクトを公開、国際的な注目を集めた。

 同構想の核心は、輸出先の安定した供給能力の開発を前提とした「開発輸入」というコンセプトである。食糧貿易やエネルギー貿易において、最大の課題はその変動性を最小限にすることである。開発輸入とは、輸入国と輸出国が共同で投資し、長期的な協力を通じて変動性を低減する概念である。上記構想は、ユーラシア大陸における石油や天然ガス資源と、膨大な穀倉地帯の潜在的な可能性に鑑み、国際共同参画の開発輸入を進め、中国及び東アジアのエネルギー及び食糧の安定供給を計るものであった。当時未だエネルギーも食糧も純輸出国だった中国が、将来、一大輸入国に転じると私は予測した。

 同構想の国際協力において江沢民政権と小渕恵三政権の間に一時、日中両国の同意が得られたものの、その後日本の参加は見送られた。しかし構想の予測が見事に当たり、中国はエネルギーそして食糧の一大輸出国に転じた。中国から中央アジア方面へのパイプラインの建設も着々と進んでいる。

 「開発輸入」のコンセプトは、その後中国が提唱する「一帯一路」にも取り入れられた。

 今日、このフォーラムには40以上の国・地域から参加者が集まっている。一部は食糧を輸入する国から、一部は輸出する国から来ている。互いに協力し合って開発輸入を活用し、世界の食糧問題を真に解決するよう期待したい。

「第四回世界食学フォーラム」会場写真。

【日本語版】『周牧之:誰が中国を養っているのか?』(チャイナネット・2023年12月8日)

【中国語版】『周牧之:谁在养活中国?』(中国網・2023年10月30日)

【英語版】『Who is feeding China?』(China.org.net・2023年11月15日)