【対談】岩本敏男 VS 周牧之(Ⅳ):「失われた30年」の中、快進撃を続けた経営者

■ 編集ノート:東京経済大学の周牧之教授の教室では2025年11月6日、NTTデータグループ元社長の岩本敏男氏を迎え、「デジタル技術の本質」をテーマに対談が行われた。
 ドメスティック企業であったNTTデータをグローバル展開し、海外売上比率を50%へと引き上げ、売上規模を2兆円へと倍増させた。「失われた30年」下、快進撃を続けた経営者の時代認識、経営戦略そしてメンタリティを問うた。

※前回記事【対談】岩本敏男 VS 周牧之(Ⅲ)はこちらから


■ エンジニア出身経営者がもたらした快進撃


周牧之:NTTデータ元社長の岩本敏男さんは工学出身の経営者だ。日本の大企業のトップにはエンジニア出身者が意外に少なく、総務や人事、法務系の出身者が多い。これが日本企業のパフォーマンス低下の一因ではないか、と私は思っている。私自身も工学系出身の経済学者で、やはり日々進化するテクノロジーの躍動感を理解するには工学出身経営者の方が有利だと感じる。岩本さんは膨大な情報をインテリジェンスへと昇華し、常に世の中の変化を見極め、判断し続けてきた稀有な経営者だ。
 岩本さんが社長に就任された当時、NTTデータは売上が1兆円強だった。それがご退任時には2兆円を突破していた。更に官公庁を顧客とするドメスティック企業だった同社の売上は、半分が海外となった。直近の2025年3月期の連結決算における売上高は、約4兆3,700億円となり、岩本さんの社長就任時と比べ13年間で売上規模は3.5倍以上に拡大した。「失われた30年」の中でこのような快進撃を実現した日本企業は、なかなか見られない。
 NTTデータの時価総額を見ると、2025年1月15日時点での時価総額ベースの世界順位は第745位、日本国内での順位は第43位。しかも、昨年1年間で世界順位を100位も上げた。一方で、その間大半の日本企業は世界的な順位を下げている。例えばトヨタは過去1年間で世界順位を9位落として第44位になった。トップ50位圏内を維持できるかが懸念されている。NTT、つまりNTTデータの親会社もこの1年間で順位を88位も落とし、現在は世界第220位だ。
 岩本さんにお聞きしたいのは、なぜNTTデータはこれほどの持続力、成長力があるのか。

■ 民営化そして分社化の背景


岩本敏男:周先生からいろいろな課題をいただいたので、私なりに整理しながらお話しする。私が1976年に入社したのは日本電信電話公社(以下、電電公社)で、もう50年ほど前になる。当時、「三公社五現業」という言葉があり、三公社というのは電電公社、専売公社、日本国有鉄道だ。
 当時、電電公社と専売公社は経営上ほとんど問題がなかったが、国鉄は大きな課題を抱えていた。 戦後処理の影響もあり、南満州鉄道からの引き受けなどで従業員数は約45万人。電電公社でも30万人超あった。その後、土光敏夫氏の臨時行政調査会で、三公社をできるだけ民営化しようという流れが生まれる。私はその直前、電電公社時代に入社した。

周:「三公社五現業」とは、かつて日本に存在した主要な公共企業体と国営事業の総称だ。すなわち日本国有鉄道(国鉄)、日本電信電話公社(電電公社)、日本専売公社、郵便、森林管理、通貨製造、印刷、アルコール専売だ。
 1981年にアメリカ大統領になったレーガン氏は、「小さい政府」を目指す「新自由主義(ネオリベラリズム)」を掲げた。イギリスでは経済停滞を打破するためサッチャー首相が新自由主義を旗印に思い切って民営化を進めた。
 こうした新自由主義の潮流に乗っかり、1982年に日本の総理大臣となった中曽根康弘氏は民営化を推し進めた。この流れの中、電電公社は1985年に日本電信電話(NTT)となった。
 土光敏夫氏が会長を務めた第二次臨時行政調査会(土光臨調)は、日本の財政危機に対し、「増税なき財政再建」を掲げ、行政改革を断行し、国鉄、電電公社、専売公社の民営化の方針を打ち出した。財界人として大きな役割を果たした。中曽根首相が土光臨調をうまく使ったことも大きかった。

岩本:NTTデータの母体は、電電公社の「データ通信事業本部」、通称「デ本」だ。当時からさまざまな仕事をしていたが、国の組織である以上、自由に何でもできたわけではない。実は昭和45年頃、電電公社がコンピュータ事業を担うべきかどうか、大きな議論があった。 
 当時、コンピュータ行政は通産省(現在の経産省)、通信は郵政省(現在の総務省)の所管だった。この二つをどう整理するかという議論の中で、先輩方が編み出したのが「データ通信」という概念だ。端末からデータを入力し、通信回線を使って中央のコンピュータに送り、それを処理して結果を再び端末に返す。この一連の流れを「データ通信」と定義した。その結果、通信事業として電電公社がコンピュータを扱えるようになった。
 さらに当時、通信回線は電電公社が独占しており、他に通信事業者はいなかった。そのため、通信と処理を一体で行ってよいという整理がなされた。加えて、新しい技術については国の組織が担うべきだ、という判断もあった。新技術は投資が大きいが、成功するかどうか分からず、民間ではリスクを取り切れない。民間に任せるより電電公社のような公的組織がやるべきだとされたわけだ。
 この結果、当時としては最新鋭の技術だったオンライン・リアルタイム処理を、電電公社が行うことを許された。ここからバンキングシステムが生まれる。当時、都市銀行は13行あり、資金力も人材もあり、IBMや富士通、日立、NECといったコンピュータメーカーを自前で使いこなしていた。

2025年11月6日、周牧之ゼミでゲスト講義する岩本敏男氏
2025年11月6日、周牧之ゼミでゲスト講義する岩本敏男氏

■ 独立できたことが大発展につながった


岩本:一方、地方銀行や信用金庫はそうはいかない。大手の地方銀行も電電公社にシステム開発を依頼してきた。さらに信用金庫は規模が小さく、自前ではシステムを構築できなかった。この頃、全国に信用金庫は約550あったが、その多くが「何とか助けてほしい」と電電公社を頼ってきた。
 そこで私たちは、現在で言うクラウド型の共同利用モデルを作った。一つのコンピュータを複数の信用金庫が共有し、業務を標準化し、データベースを分離する。500以上の金融機関が同時に使える仕組みを構築した。結果として、現在では信用金庫の9割以上が、NTTデータの基盤を使っている。
しかし当時は、金融業界以外、トヨタをはじめ多くの製造業はまだバッチ処理中心の時代で、そうした民間の領域には我々は参入できなかった。その制約が続く中で、最終的に民営化という流れを迎える。
 話を戻すが、民営化直前まで、実はデータ通信事業本部は一度も黒字を出したことがなかった。金融業界や国の仕事では一定の利益は出ていたが、民間向けに展開した科学技術計算や在庫管理の分野では事情が違った。中小企業でも端末を2、3台置けば利用できるよう、大型コンピュータを共同で利用する仕組みを作り、全国に6〜7カ所ものデータセンターを整備した。しかし、利用者である中小企業から高い料金は取れず、結果として大きな赤字を抱えることになった。
 昭和60年に電電公社が民営化されNTTとなった。データ通信事業本部当時の売上は約2,200億円あったが、実態は赤字だった。そのため、メディアや政治家からは「電話事業の利益でコンピュータ事業の赤字を補填しているのではないか」と厳しい批判を受けた。それはまずい、という議論が国会でも起きた。
 そこで、NTTデータの先輩たちも「だったら自由に飛び出して、自分たちでやろう」となったのだ。分社化したのは、民営化から3年後の昭和63年だ。税制上の整理などもあったかもしれないが、スタート時点で売上は2,200億円、利益は100億円を確保していた。今年、NTTに完全統合されたが、実は35年間、NTTデータは一度も減収を経験していない。常に増収を続けており、今年度末では5兆円に迫ろうとしている。

周:通信事業のNTT本体から切り離したことで、コンピュータ事業を主とするNTTデータの経営ロジックを前面に立てられた。独立出来た事がNTTデータの後の大発展につながった。さもなければ苦戦する一事業部としてNTT社内で縮小し、消えていったかもしれない。

■ 国内市場依存からグローバル競争への転換


岩本:もちろん、兆円規模の企業が増収を維持するのは容易ではない。常に新しい打ち手が必要になる。ただ、売上拡大そのものを目的にしてきたわけではない。私は常々、「グロース」と「ディベロップメント」の違いを話してきた。量的な成長は比較的簡単でも、“質を伴っているか”は常に問い続けてきた。企業における成長の「質」とは、最終的には利益だ。
 私の在任中に営業利益は1,000億円を突破した。売上は私の直前で1兆円台、そして私の時代に2兆円規模へと倍増した。その成長の大半は、実はグローバル化によるものだ。
では、なぜグローバル化に踏み切ったのか。当時2012年頃、日本経済を考えれば少子高齢化は避けられない現実となっていた。私は生命保険・損害保険分野の事業立ち上げにも関わり、保険会社の経営層と頻繁に話していたが、日本の人口が減少に向かう未来は誰の目にも明らかだった。
 国内市場だけでは、従来のような成長は見込めない。日本でNo.1のITサービス企業であっても、年0.5%程度の成長が限界で、大きな飛躍は難しい。そう考え、海外に目を向けるしかないと腹をくくった。

周:岩本さんは、日本でITサービスの頂点に立つ企業としての地位に安住しなかった。そのバイタリティが海外へ出る契機となった。

岩本:但し私が入社した電電公社には「公社法」があり、第1条には「国内電気通信に限る」と明記されていた。これは歴史的な経緯によるものだ。電電公社の前身には、電気通信省、さらに前は逓信省があった。電電公社が電気通信省から分かれる際、国内通信は電電公社、国際通信は国際電信電話会社(現在のKDDI)が担う、という特殊な法制度が作られた。そのため、グローバル展開についての知見は、社内にはほとんどなかった。
 私は日本銀行の決済システム構築を手がけた経験から、IBMとの付き合いが深く、部長時代から毎年のようにニューヨークやシリコンバレーを訪れていた。そのため、「何とかなるのではないか」という感覚は持っていた。

周:経営者の経験と見識とメンタリティが企業のバイタリティに大きくつながる。

岩本:また個人のバックグラウンドとしては、日本銀行の決済システムのように、日本の経済のど真ん中で動いている仕組みに関わってきた。1日に200兆円ぐらいのお金が動くような金融決済のシステムや、社会保険庁などを含むナショナルインフラのシステムに携わってきた。

周:若い時に私も岩本さんと似たビックプロジェクト経験がある。大学を卒業してすぐ、中国建国以来最大の国家プロジェクトである宝山製鉄所の建設に関わった。予算規模でも建国以来最大のプロジェクトで、その中で高炉を除くすべての工場のオートメーションシステムを私が国の立場で決める、という役割を任された。内外の協力パートナーを選び、共に進めながら、その過程で国内産業も育てていく、という役割を担った。同プロジェクトは当時、国内の風当たりも強く、何としても成功させなければならないとの政治判断で進み、心臓部たるオートメーションシステムの安全性が非常に問われた。そのため、すべての判断に強い緊張感があった。
 ビックプロジェクトの経験で持つ緊張感はおそらく岩本さんの経営判断に大きな影響を与えただろう。

■ グローバルで成長するためのM&A戦略


岩本:とはいえ、独断では進めない。製造業として富士通に話を聞き、商社として三井物産にも相談した。製造業は、技術を持ち、工場と人材を移せば同品質の製品を作ることができる。一方、商社は「ボードコントロール」、つまり海外企業を買収するなら取締役会の過半数を押さえ、意思決定とリスク管理を握ることが重要だと教えられた。金融機関にも話を聞いたが、当時はまだ国内志向が強く、参考になる知見は限られていた。

周:事前リサーチを徹底的にやったわけだ。

岩本:こうして考えた結果、自分たちのビジネスは製造業でも商社でも金融でもない。では、どう成長するのか。方法は一つしかなかった。M&Aだ。
 だから私は、M&Aについて徹底的に勉強した。もちろん、すべてが成功だったわけではない。ただ、これは言いにくいことだが、NTTグループ全体では大きなM&Aの失敗も少なくなかった。2000年前後のITバブル期には、NTTが米国のVerioを買収したが失敗に終わった。ドコモもオランダのKPNモバイルを買収して失敗している。
 これらを合計すると、損失は巨額だ。それほどの失敗をしても、NTTが経営的に大きく揺らいだという話は、ほとんど聞かれない。それだけ基盤が強かったということでもある。
 しかし、NTTデータは違った。先ほど申し上げたように民営化する前は黒字を一度も出しておらず、黒字化しても営業利益はせいぜい300〜400億円という時代だった。失敗は絶対に許されない。 だからこそ、私はM&Aに独自のルールを設けた。何のためにM&Aをするのか。その企業とNTTデータの企業哲学が合致しているのか。上場・非上場にかかわらず、こうした点を厳しく見た。
なかでも最も重視したのが、M&Aの投資規模を「フリーキャッシュフロー以内」に厳格化する規律だ。どんなに魅力的な案件でも、これを超えるものはやらないと決めていた。ただし、例外は一度だけあった。それが、ペロー・システム(Perot Systems)だ。
 最初にペロー・システムを買収したのは、もともとアメリカ・ダラスに本拠を置く米デルだった。創業者はマイケル・デルだ。
 その後、米デルのITサービス部門となっていたペロー・システムを米デルからカーブアウト方式で買収した。私はマイケル・デルとその過程で何度も話をしたが、米デルは今で言うクラウドに近い、サーバーやストレージ、ネットワークといったプラットフォーム系のビジネスが中心だった。一方、ペロー・システムはアプリケーションなどITサービスを提供する部門で、今後のデルの戦略とは少し距離があった。
 そこで、会社を丸ごと買うのではなく事業部分だけを切り出す、いわゆるカーブアウトという形で、NTTデータとしては大きな金額を投じて買収した。これは当時、私が「フリーキャッシュフローを超える買収はしない」と決めていた絶対ルールを破った唯一の案件だ。それでも、これは買うべきだと判断した。
 いずれにしても、NTTデータが生き残るには、海外に出るしかないと私は考えた。そして、海外展開の手段はM&Aしかない。そのため、過去にNTTグループがM&Aで失敗してきた理由を徹底的に検証し、同じ過ちを繰り返さないために何をすべきかを考え抜いた。

周:M&Aで海外展開という方向性を決めた後は、親会社の失敗にもめげずに考え抜いて更にスマートにやってきた。

2024年11月30日、東京経済大学 国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」 セッション2「「GXが拓くイノベーションインパクト」にて岩本敏男氏と石見浩一エレコム社長
2024年11月30日、東京経済大学 国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」 セッション2「「GXが拓くイノベーションインパクト」にて岩本敏男氏と石見浩一エレコム社長

■ 経営者には胆力と魅力が必要


周:これだけの経営判断をするには、経営者に大きな胆力と魅力が必要だ。

岩本:やはり社長という存在は、非常に大きな意味を持つ。社長と副社長の距離は、副社長と新入社員の距離より、はるかに大きい。だからこそ、日本企業とは違い、アメリカでは社長の報酬が非常に高い。私は、それはある意味当然だと思う。
 そうであるなら、社長自身が人間的な魅力を持っていなければ務まらない。これは日本人同士、日本語で話すかどうかとは無関係だ。相手は外国人で、スペイン語を話す人もいれば、中国語を話す人もいる。私自身、それらの言語が話せるわけではない。それでも、彼らから「岩本」という人間が、尊敬される存在でなければならない。
 そのためには、自分の人生観や哲学、歴史への認識、価値観について、自分なりの軸を持ち、それを真正面から示すしかない。良い悪いという問題ではなく、自分の考えをしっかり持ち、ぶつけること。それが当時、私がたどり着いた一つの方法論だった。結果として間違っていなかったと思う。
 社長として最後の6年ほど、ヨーロッパをはじめ各国のCEOと一対一で話す機会が多くあった。言語の違いから通訳を介することもあったが、彼らからよく言われたのは、「ミスター岩本にはカリスマ性がある」「オーラがある」という言葉だった。自分ではそんなつもりはなかったが、そう受け止められていることは、ビジネスの現場において肌で感じていた。

周:岩本さんはカリスマ性のある経営者として大きな結果を残した。これに対し、サラリーマン社長の大半は残念ながらリスキーな経営判断を避ける傾向にある。それが日本企業の活力に大きなマイナス影響を与えている。
 なぜNTTデータから岩本さんのような大胆な経営者が出てきたのかを考えると、「国有企業」の寛容性が響いたのではないか?日本や中国の様々な事例を見ると、実際は懐の大きい国有企業だからこそ、破天荒な発想を持つ活きのいい人材を育てられる。その意味では電電公社に入った岩本さんは幸運だった。

■ 原点は高校時代に響いた孟子の言葉


岩本:私の原点はどこにあるのか。振り返ると、それは学生時代にある。私は長野県諏訪市の出身で、諏訪清陵高校を卒業した。今年、その創立130周年記念で講演に招かれ、中高生と話す機会があった。
 高校時代、心に強く残った言葉がある。孟子の「自反而縮、雖千万人吾往矣(自ら省みて直くんば 千万人といえども我行かん)」だ。四字熟語で言えば「真実一路」に近い。意味は、自分の進む道が正しいと分かれば、たとえ千万人が反対してもその道を突き進め、ということだ。
 私は電電公社に入り、その後さまざまな仕事をしてきたが、この言葉は常に頭の中にあった。課長のときも、部長のときも、本部長のときも、自分がやるべきことは分かっていた。ただ、分かっていても実行するのは簡単ではない。それでも「実行することが何より重要だ」と思い続けてきた。
 もっとも、年を重ね、40歳を過ぎて営業や経営に関わるようになり、社長になって強く実感したのは、この言葉には「上の句」と「下の句」があるということだ。下の句は「決めた道を実行する」こと。しかし、それ以上に大切なのが上の句、つまり「自分は今、何をすべきか」「何のために生まれてきたのか」という問いを、本当に腹落ちするまで考えることだ。
 売上や利益、学生の皆さんなら試験の合格、就職先の決定も大切だが、もっと深く掘り下げると、「自分は何のために生き、今何をしているのか」という自己認識が不可欠だ。これが定まった人は、自然と全力で行動する。私はそう思っている。
 グローバルで多くのCEOと話す中で、「岩本にはカリスマ性がある」と言われた背景には、こうした意識があったのかもしれない。結果として、私の在任中に売上は2兆円を超えた。

周:いまふうに解釈すると孟子の「自反而縮、雖千万人吾往矣」は、自分が正しいと思ったことは何があってもやり抜くことを意味する。これがリスキーな経営判断をする時にもっとも必要とされる知力と胆力だ。

■ 目標が人を動かす―10年先のビジョンを「語ること」


周:岩本さんが社長になったときの目標は、グローバルサービスの展開や、2020年までに売上2兆円、その半分を海外で稼ぐことだった。
 普通のサラリーマン社長であれば自分の首を絞めるような、そこまで飛躍的な目標を掲げないだろう。バブル崩壊以降の日本では大手企業でそんな経営者は極めて珍しい。その発想力と胆力について、ぜひ伺いたい。

岩本:周先生にそう言われると恥ずかしい気持ちもあるが、例えば公式の中期事業計画で「売上をいくらにするか」という話はコミットメントになる。達成できないと投資家からも怒られるので慎重になる。一方でビジョンを語ることは、自由とまでは言わないが、ある程度語れる余地がある。

周:それにしてもドメスティックな会社をグローバル企業にする目標を思い切って掲げたね。

岩本:はい、言い切っちゃった。ただ、その辺は自分の中で整理しているし、後ろでブレーキをかける人もいるので、いわゆる舌禍事件を起こさないようにしている。それでも、自分が持っているビジョンは、社員にも投資家にも、お客様にも、多くの人に言うべきだと思う。
 「命をかける」と言うと語弊があるかもしれないが、「社長生命をかけてもやる」というくらいの覚悟だ。「自分は何をしなければいけないのか」「そのために生まれてきたんだ」くらいの自覚がないと、大きな会社の社長はできないと思う。

周:努力目標を掲げることが本当に大事だ。例えば「ムーアの法則」も物理的な法則ではなく、ムーアという人のある種の「妄想」だった。しかし、半導体産業全体は、それを一つの目印にして50年、60年かけ、頑張ってきた。結果として半導体の進化スピードはムーアの妄想通りに維持されてきた。
 人間、特に集団にとって、目標を掲げることはものすごく重要だ。周ゼミが今年学内でアンケート調査をやった時、最初はなかなか動かなかった。でも「有効回答を1,000件集める」という明確な目標を立てた瞬間、やる気になり、あっという間に目標を達成できた。目標が定まった途端、集団は動く。それが、リーダーや社長が大きな目標を掲げる意味だと思う。

岩本:例えばスティーブ・ジョブズも、当時は「何を馬鹿なことを言っているんだ」と思われていた。でも、そこでそう感じてしまっては駄目だ。社長の仕事の一つは、「多くの人を動かすこと」にある。
 だから私はよく「ビジョン」という言葉を使う。ビジョンとは、だいたい10年先を見据えた目標だ。かなり遠い目標ではあるが、努力すれば手が届く、絶妙にバランスの取れた設定だと思う。一方で、1年単位の年度計画は、達成できなければ厳しく問われるから、性質がまったく違う。
 重要なのは、「この会社はこの方向に進む」という大きな指針を示すことだ。これは社長にしかできない役割だと思う。私が企業分析をしてきた中でも、優れた企業、あるいは大きな転換点をうまく乗り越えた企業には共通点がある。それは、当時の社長が必ず明確なビジョンを掲げ、それを実現してきたことだ。そうした企業が、結果として成長し、成功している。これは間違いのない事実だと思う。


プロフィール

岩本 敏男(いわもと としお)
NTTデータグループ元社長

1976年日本電信電話公社入社。2004年NTTデータ取締役決済ソリューション事業本部長。2005年NTTデータ執行役員金融ビジネス事業本部長。2007年NTTデータ取締役常務執行役員金融ビジネス事業本部長。2009年NTTデータ代表取締役副社長執行役員パブリック&フィナンシャルカンパニー長。2012年からNTTデータ代表取締役社長を務め、海外でのM&Aなどを進めて2018年には売上2兆円を突破した。同年NTTデータ相談役に退き、保健医療福祉情報システム工業会会長に就任。2019年日本精工取締役、IHI監査役。2020年大和証券グループ本社取締役。2022年JR東日本取締役。2023年三越伊勢丹ホールディングス取締役。

【対談】岩本敏男 VS 周牧之(Ⅲ):世界に大変革をもたらすAIの可能性とリスク

■ 編集ノート:東京経済大学の周牧之教授の教室では2025年11月6日、NTTデータグループ元社長の岩本敏男氏を迎え、「デジタル技術の本質」をテーマに話を伺った。
本対談では、人類社会にかつて無い程の大変革をもたらしているAIについて、その歴史、可能性、そしてリスクを包括的に議論した。

※前回記事【対談】岩本敏男 VS 周牧之(Ⅱ)はこちらから

2025年11月5日、周牧之教授の教室でゲスト講義する岩本敏男氏
2025年11月6日、周牧之ゼミでゲスト講義する岩本敏男氏

■ ノーベル賞が象徴するAIのインパクト


周牧之:「CPU・GPU」「ストレージ」「ネットワーク」といったITの三大要素技術が猛烈に進化してきた結果、AI(人工知能)の時代を迎えた。そもそもAIとは何なのか?そしてAIは人類そして日本の経済社会の変革をどう導いていくのかについて、お話しいただきたい。

岩本敏男:昨年のノーベル物理学賞を見て、私は大きな衝撃を受けた。受賞したのは、プリンストン大学のジョン・ホップフィールド教授と、トロント大学のジェフリー・ヒントン教授の2人だ。
驚いたのは、深層学習(ディープラーニング)というAI技術の確立が、物理学賞の対象になったことだった。物理学賞といえば、これまでは素粒子や宇宙物理などが中心だったから、いわば「応用」に近い分野が評価されたことに衝撃を受けた。
 ホップフィールドは、ネットワーク内のノードに0や1を配置し、重み付けされた結合によって、不完全な入力から元のデータを復元できる「記憶」の仕組みを示した。一方ヒントンは、それを発展させ、ボルツマンマシンや「隠れ層」という概念を導入した。表に現れない内部構造を持つことで、学習能力を飛躍的に高めた。
 さらに私を驚かせたのは、同じ年のノーベル化学賞だ。ワシントン大学のデビッド・ベイカー教授が、タンパク質の新しい設計に成功した点は、いかにも化学賞らしい成果だった。しかしもう一方で、DeepMind社のデミス・ハサビスCEOとジョン・ジャンパー氏が受賞した。彼らは、AIによってタンパク質の立体構造を極めて高精度に予測できることを示した。これはワクチン開発などに直結する重要な成果だ。

周:2024年のノーベル賞の、物理学賞も化学賞もAI研究者が受賞したことは、AIが時代の主役になったことを示すメッセージだ。

■ トップ棋士を破る囲碁ソフトの驚異的進化


岩本:デミス・ハサビス氏といえば、実は多くの人が思い浮かべるのは別の出来事だ。韓国の棋士、イ・セドルとのAI対局だ。2016年3月、デミス・ハサビス氏が率いるDeepMind社、これはGoogleに買収されたイギリスのベンチャーだが、そこで開発された囲碁ソフト「AlphaGo(アルファ碁)」が、人間のトップ棋士を破った。これは非常に有名な話だ。
 では、なぜアルファ碁は勝てたのか。最初のアルファ碁は、教師あり学習によって作られた。約15万局もの棋譜を覚えさせ、それをもとに推論することで、囲碁を打てるようにした。

アルファ碁ゼロ

岩本:さらに驚くべきことが翌年に起きた。同じDeepMind社から囲碁ソフト「AlphaGo Zero(アルファ碁ゼロ)」が発表された。これは、完全に教師なし学習だ。AI同士に囲碁の基本ルールだけを教える。先手・後手で交互に打つこと、1目取られたらそこは打てないこと、陣地を多く取った方が勝ちだということ。そうした最低限のルールだけを与え、「陣地を多く取った方が勝ち」というインセンティブのもとで、自己対局をさせた。
 その回数が、なんと490万回。しかも、これをわずか3日間でやった。これだけでも驚きだが、さらに衝撃的なのは、その結果だ。人間を破った従来のアルファ碁と、このアルファ碁ゼロを100回対戦させたところ、どうなったか。従来のアルファ碁は、1回も勝てなかった。圧倒的な実力差があった。
 このデミス・ハサビス氏が、今度はノーベル化学賞を取った。本当に驚いた。こうした流れを踏まえAIの発展の歴史を見ると、現在は第4次AIブームに入っていると言っていいと思う。

周:デミス・ハサビス氏は、DeepMindを創業し、最強の囲碁AI「AlphaGo」を開発し、
AIを用いて「タンパク質の立体構造予測」という科学界の50年来の大難問を解決した天才だ。現在はGoogle DeepMindの共同創設者兼CEOとして、AGI((Artificial general intelligence:汎用人工知能)の実現に取り組んでいる。

■ 人工知能の進化史―4つの波と構造的特質


岩本:AIの最初のブームは、1960年代頃だ。この時代の代表的な人物が、アラン・チューリングで、その人生は映画にもなっている。チューリングはイギリスの数学者で、第二次世界大戦中、ドイツ軍の暗号機「エニグマ」を解読した。この功績は長く秘匿されていたが、実は連合軍の勝利に大きく貢献したと言われている。彼こそが、人工知能という概念を最初に提示した人物だ。
 彼が提案した有名な「チューリングテスト」は、「機械が人間と区別できない程度に知的に振る舞うかどうか」を判定するための手法であり、審査員が壁で隔てられたAIと人間の双方とチャットで会話し、約3割の審査員が「人間だ」と判断すれば、そのAIはテストをパスしたとされる。この話は奥が深いのだが、ここでは先に進む。
 「人工知能(Artificial Intelligence)」という言葉が生まれたのは1956年だ。アメリカのダートマス大学で夏の約2カ月間行われた「ダートマス・ワークショップ」で、初めてこの言葉が使われた。大学には「FIRST USE OF THE TERM ‘ARTIFICIAL INTELLIGENCE‘」、つまり「“人工知能”という言葉はここで生まれた」と明記されている。
 この第1世代のAIは「推論と探索の時代」と呼ばれる。代表例が、IBMのチェス用スーパーコンピュータ「Deep Blue」だ。1997年、Deep Blueはチェス世界チャンピオンのゲイリー・カスパロフに勝利した。
 Deep Blueは、1秒間に約2億通りの手を読む能力を持つスーパーコンピュータだ。すべての手を総当たりで読む全幅検索を使用していた。手数の多い将棋や囲碁では、明らかに意味のない手を排除しながら探索する統計的検索モデルを用いていた。ただし、この時代のAIは社会的価値を大きく生むには至らず、やがて「冬の時代」に入る。

岩本:次に訪れたのが、1980年代からの第2次ブームだ。ここで登場したのが「エキスパートシステム」だ。エキスパートシステムの父と呼ばれたのがエドワード・ファイゲンバウムで、「IF〜THEN〜」というルールベースで判断を行う仕組みだ。例えば、感染症や血液疾患の診断で、症状や検査結果を入力すると、一定の確率で診断結果を出す。これがエキスパートシステムだ。私自身も入社後、少し関わったことがある。
 例えば損害保険では、事故の重症度によって保険金を100%支払うか、50%にするかといった基準がある。問題は、専門家の知識をどうコンピュータに落とし込むことができるかだ。ルール化は分かりやすい反面、当時はCPUの計算能力やメモリ容量が不足しており、専門家の知識を落とし込むことは大変だった。さらに知識の最新化の維持や更新も困難だった。
 その結果、エキスパートシステムは行き詰まり、再び冬の時代が訪れる。そこから伸びてきたのが、機械学習とディープラーニング(深層学習)だ。ジョン・ホップフィールドやジェフリー・ヒントンが活躍した時代だ。

■ ディープラーニングの直観:脳とニューラルネットワーク


岩本:AIを大きな枠組みで捉えると、まず機械学習があり、その中にニューラルネットワーク、さらにその中にディープラーニング、そして最下層にLLM(Large Language Models:大規模言語モデル)がある、という包含関係になる。
 細かい理論は省くが、ディープラーニングが何をしているかのみ説明する。人間の脳にはニューロンと呼ばれる脳細胞があるが、実はその数すら正確には分かっていない。分かりやすい推定方法としては、大脳皮質の一部を顕微鏡で数え、面積から総数を推計するやり方がある。その結果、人間の大脳皮質には約100億〜180億個、平均すると約140億個のニューロンがあるとされている。
さらに小脳や脳幹まで含めると、脳全体ではおよそ1,000億個のニューロンがあると考えられている。ニューロンの先端はシナプスと呼ばれる結合点で他のニューロンとつながり、電気信号や化学物質によって情報が伝達される。この仕組みによって、人間は記憶し、考え、推論できるわけだ。ただし、脳は分かっているようで、実際にはまだ多くが解明されていない。
 ニューラルネットワークの「ニューラル」は、まさにニューロンに由来する。人間の脳を模して、丸いノードを階層的につなげた構造を作り、それを多層化したものがディープラーニングだ。図では数層しか描かれないが、実際には非常に多くの層がある。各ノードには重みとなる数値が与えられ、これを「パラメータ数」と呼ぶ。
 例えば、2022年11月30日に公開されたChatGPT-3.5の前身であるGPT-3には約1,750億個のパラメータがあった。最新のGPT-5は公式には公表されていないが、1兆を超え、将来的には10兆規模に達すると言われている。この数は、人間の脳のシナプス数に近づくとされ、いずれAIが人間の知能を超える可能性があるとも指摘されている。
こうした流れが第3次AIブームであり、現在は生成AIの登場によって第4次ブームに入っている。生成AIの象徴が、2022年11月30日に登場したChatGPTだ。月間アクティブユーザー1億人に到達するまで、わずか2か月しかかからなかった。これは過去のサービスと比べ、約40倍の速さだ。

岩本:生成AIが何かは皆さんご存じだと思うが、基本は大量のデータを集めて学習した巨大な言語モデルだ。GPT-3では約1,750億個のパラメータを持つニューラルネットワークが使われている。そこに「プロンプト」と呼ばれる言葉の指示を入力すると回答が返ってくる。
生成AIの本質をイメージしてもらうため、日本語モデルで考えてみる。皆さんに「吾輩は」と言ったら、その次に来る言葉は何か。日本人なら多くの人が「吾輩は猫である」と続けるはずだ。「吾輩は花」には普通ならない。
 これがChatGPTの本質だ。生成AIは推論しているわけではない。次に来る言葉として最も確率が高いものを選び、順に並べているだけだ。
例えば、ChatGPTにラブレターを書かせたことがある人もいるかもしれない。「彼女は薔薇が好きだ」など条件を書くと、それらを踏まえた文章を生成する。これは小説やネット上の文章など、過去に学習した膨大なデータを「トークン」と呼ばれる単位に分解し、言葉同士や文節同士の関係性を、100次元、200次元、あるいはそれ以上の高次元空間で記憶しているからだ。ある言葉が出たとき、その次に最も確率の高い言葉を出しているだけだ。

周:現在の生成AIの出力は、あくまで「過去のデータの延長線上」にあるため、AIは、「知っていることの組み合わせ」は神技的だが、「独創性」を生み出すのは難しい。

■ 生成AIの限界―5桁×5桁が苦手な理由


岩本:ここまで分かったうえで、私がつい先日、実際に試した話をする。5桁×5桁の掛け算は、ChatGPTは絶対に間違える。皆さんも自分のChatGPTで試してみてほしい。
 こちらが「計算が間違っている」と言うと、「誤りをご指摘いただきありがとうございます。今後は間違えないようにします」と返してくる。ところが、また間違える。初期のChatGPTから今はできるだけ計算できるように改良され、内部で桁をずらすような処理も入れているそうだが、基本的には計算しているわけではない。言葉と言葉のつながりを扱っているだけなので、5桁×5桁はどうしても狂う。
 これ、やるとむしろ面白い。「どうして間違えた」と聞くと、「掛け算の桁を誤って指導した可能性がある」など、もっともらしい原因分析を並べるが、結局また間違える。
 その一方で、ChatGPTが東大理三の問題を解けるのはなぜか。これも計算しているからではない。一部に計算処理が入っている可能性はあるが、基本は違う。過去問が山のように存在するからだ。医学部の過去問も大量にある。図形問題や集合演算もある。文系はもちろん、物理・数学・生物の難問でも、過去問が膨大にあるから答えられる。
 だからこそ、文脈として学習されにくい5桁×5桁が合わない、という事実を皆さんは理解しておくべきだ。「AIに人格があるのか」という議論もあるが、現時点ではそこまで達していない。ただし、パラメータ数が10兆を超えるようになると、人間の知能では理解できない現象が起きる可能性はある。

周:AIはプライドを持たないため、ゴマスリがうまい。賞賛だけが欲しければAIはまさに神器だ(笑)。但し、AIにゴマスリされすぎて人間が有頂天になり様々なリスクを負う可能性もある。

■ AI活用の実務的展開:RAGとマルチモーダル化の衝撃


岩本:これまでのAIと生成AIの違いを簡単に説明する。従来のAIも機械学習だが、Pythonなどを使う必要があり、ある程度の専門的な勉強をしないと一般の人には扱えなかった。
 一方、生成AIの最大の特長は、巨大なデータで学習しており、日本語や英語で「これをしてほしい」と普通に指示するだけで、さまざまなコンテンツを生成し、対話ができる点にある。AIの知識がなくても使えるため、指示の出し方が重要になり「プロンプトエンジニアリング」と呼ばれている。プロンプト次第で精度は大きく変わる。
 生成AIはハルシネーション、つまり誤った情報を生成することがある。これは当然で、AIは考えたり計算したりしているわけではないからだ。その対策として使われるのが「ファインチューニング」だ。巨大な言語モデルの高次元の言語空間に、特定分野のデータを追加して強化学習させる手法だ。
 さらに重要なのが「RAG(Retrieval-Augmented Generation:検索拡張生成)」だ。企業には、過去に蓄積された大量のデータやノウハウがある。RAGでは、ユーザーがプロンプトを出すと、その内容に応じて外部データを検索し、その結果をLLMに渡して回答を生成する。これにより、情報を外部に漏らさず、機械の故障履歴や顧客対応の記録など、企業独自の知見を活かした判断や対応が可能になる。
 このように、質問に応じて関連データを取得し、それをLLMに渡して生成する仕組みは、今後の実務活用において非常に重要だ。
 また、今日は詳しく触れないが、「マルチモーダルAI」は、テキストだけでなく、画像、動画、音声などを組み合わせて処理することで、より高度な成果を生み出す。現在は「AIエージェント」の時代に入りつつあり、AIエージェントとエージェント型AIは異なる概念だ。将来的には、汎用的な知能を持つ「AGI」も視野に入ってくる。

周:AGIを持つAIエージェントは、現在の「指示待ちチャットAI」とは違い、自律的に思考し、目標を達成するために自ら行動を設計・実行する。 人間にとって面倒な作業はAIエージェントが代行できる反面、エージェントが自律的に動きすぎることで、人間の意図から外れた行動をとるリスクもあり得る。

■ AI規制と国際的な対応


岩本:こうした流れの中で、AIのリスクや国際的な対応も重要なテーマになっている。私は2018年頃、ここに書かれている民間企業には全部行き、AI関連の人たちと話した。主にIT企業が中心だ。公的機関も動いているが、日本だけでなく中国も含め、各国の対応が進んでいる。
 2023年にはG7広島サミットが開催され、同年12月には「G7広島AIプロセス」が立ち上がるなど、国際的な枠組みづくりも本格化している。国際的なAI原則については、OECDなどを中心に「人間中心」という考え方が共有されており、これをどのように法律に落とし込むかが議論されている。
 米国では商務省配下のNIST(National Institute of Standards and Technology:国立標準技術研究所)が、AIに関する約12種類のリスクを整理して公表しており、リスク分析はかなり進んでいる。重要なのは、これを「ソフトロー」で規制するのか、「ハードロー」で規制するのかという点だ。
 最も進んでいるのはEUで、完全なハードローを採用している。AIリスクを4段階に分け、最上位のリスクは完全に禁止。例えば、公的機関による人のプロファイリングは認められていない。一方、中国は逆の方向に進んでいるとも言える。
 日本は最近AI法を整備したが、基本はソフトローだ。アメリカも同様で、この方針をどうするかは世界的な議論になっている。

周:問題はAIの進化スピードがルール整備より遥かに早いことだ。さらに、AIからもたされる利益の誘惑も甚大だ。
 イーロン・マスクは、AIのリスクを懸念し、2015年12月、「人類に利益をもたらすオープンなAI」という非営利のビジョンを掲げ、サム・アルトマン氏らと共にOpenAIを設立した。結局、商業化で利益をとるアルトマン氏らに裏切られた。現在、裁判沙汰になっている。

■ 生成AIの急速な社会浸透と実装領域


岩本:生成AIの活用状況を見ると、学生の皆さんはレポート作成などで使っていると思うが、社会ではすでに相当進んでいる。
 最初に広がったのは「議事録作成と要約」だ。音声をテキスト化し、自動で整理・要約するため、企業では人が議事録を作らなくなり、私自身も非常に助かっている。
 次に「多言語翻訳とコミュニケーション」だ。グローバルな仕事では外国語のメール対応が負担だったが、今はAIでほぼ問題ない。特に中国語はまったく分からなくても、そのまま送って確認してもらえば「多少のニュアンスはあるが問題ない」と言われる程度で、非常に楽だ。
 「クリエイティブ作業支援」も当初は反発があったが、現在はイラストや漫画などの分野で、生成AIと人が協働する形に変わっている。著作権の議論は別として、創作現場では積極的に使われている。
 「顧客対応のチャットボット」も一般化した。コールセンターではAI対応が前提になり、マニュアル説明や契約内容の確認などは、人より正確で感情的なトラブルも起きにくい。24時間対応できる点も大きな利点だ。
 「データ分析・予測・マーケティング」も非常に優秀で、「医療分野」ではレントゲンなどの画像診断で、専門医よりAIの方が優秀で、誤診率が下回るケースもある。内視鏡検査では、医師がAIと相談しながら異常を見つけることもあり、患者にとっても安心だ。
 「教育分野」への応用も重要だ。特に小学生の算数では、分数でつまずくとその後が分からなくなり、苦手意識が固定されがちだ。AIは一人ひとりに合わせて戻り学習をさせ、どこで理解が止まったかを丁寧に補ってくれる。
 「製造業」でもAI活用は進んでいるが、内部機密が多いため表に出にくいだけで、実際には各社が積極的に導入している。遅れると競争に負ける分野だ。
 「研究開発」では、膨大な論文を一瞬で読み込み、重要なものだけを抽出・要約してくれるため、非常に有効だ。もちろん、利用可能な論文に限られるが、研究効率は飛躍的に上がる。
 「人事・法務」への応用も進んでいるが、プロファイリングの問題があり慎重さが必要だ。人事判断をAIが行うことに抵抗を感じる人も多く、社会的な議論が続いている。
 中国では、民事裁判の調停にAIが使われている。土地境界や売買トラブルなどで、AIが複数の調停案を提示し、多くの当事者がそれに納得する仕組みになっているそうだ。こうした使い方は、一つの可能性として注目される。

周: AIの応用に関しては現在、中国が最も進んでいる。背景には膨大なAIエンジニアを抱えると同時に「新しモノ好き」で寛容性ある社会風土がある。

周牧之 岩本敏男
2024年11月30日、東京経済大学 国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」 セッション2「「GXが拓くイノベーションインパクト」にて、岩本敏男氏と周牧之教授

■ 世界が注視するAIの4つのリスク


岩本:最後に、AIのリスクについてお話ししたい。地政学リスク分析の専門家であるイアン・ブレマー氏(ユーラシア・グループ代表)は、AIに関する4つの主要リスクを指摘している。彼は毎年日本にも来ており、今年も講演を行っている。
 第一のリスクは「偽情報(Disinformation)」だ。
 SNSを中心に、歪んだ情報が大量に拡散している。代表的な例が、ロシアによるウクライナ侵攻直後に出回ったゼレンスキー大統領の偽動画だ。2022年3月16〜17日頃にSNSに投稿され、すぐ削除されたが、翌日にはNHKの国際報道でも紹介された。当時は私でも偽物だと見抜けたが、今ではオバマ元大統領や岸田首相の偽動画も作れる時代だ。今後は、映像が本物かどうかを常に疑う必要がある。

周:今年5月、トランプ氏はSNSに、AIで生成された「ローマ教皇の法衣をまとった自身の画像」を投稿し、話題を呼んだ。

岩本:第二のリスクは「拡散(Proliferation)」だ。
 AIはオープンソース文化の上で発展してきた。その結果、誰でも高度なAIを使えるようになり、国家転覆を狙うような勢力でさえ、容易に偽情報を作れる環境が生まれている。これをユーラシア・グループは大きな地政学的リスクと捉えている。

周:AIは個人の能力を無限大にする本質を持つ。AIの力を借りた個人が国を相手にやり合える時代になってきた。

岩本:第三のリスクは「大量解雇(Mass Displacement)」だ。
AIの急速な普及により、すでに現実として起きている。例えば、シリコンバレーではマイクロソフトが約1万人規模の人員削減を行った。解雇された人の多くは次の職があるが、深刻なのは若手の入口が消えつつあることだ。
 スタンフォード大学では、新卒採用が大きく減っている。理由は「AIが代替できるから」だ。同様の変化は法律業界でも起きている。かつて弁護士事務所では、多くの若手が判例調査や法令比較を担当していたが、今は生成AIが一瞬で処理する。結果として、若手が経験を積む場が失われつつある。
プログラミングも同様だ。今ではソースコードを書かずに開発が可能になり、かつて大量に必要だった初級エンジニアの仕事が減っている。専門家は最初から専門家ではなく、下積みを通じて育つものだ。その「育成の場」を生成AIが奪う可能性があり、これは教育の問題とも言える。
 マッキンゼーの分析によれば、医療、STEM(科学・技術・工学・数学)、管理職などは比較的影響を受けにくい一方、生産ライン、カスタマーサービス、オフィス業務、コールセンターなどは大きく減少するとされている。これはすでに現実になっている。
 第四のリスクは「人間の代替(Deeper / Complex Interaction)」だ。
 これは最も複雑で厄介な問題で、実際に起きた事例を紹介する。AIチャットボット「Eliza」だ。保健分野で研究に携わっていたベルギー人の男性が、気候変動などの環境問題について、スマートフォン上のAIを相談相手にしていた。やがて対話は感情的な関係に変わり、「あなたと私はこの世界では生きられない」といったやり取りに至り、精神的に不安定になった末、6週間後に自殺してしまったと報告されている。
 いわば「デジタルドラッグ」とも言える現象だ。現在でもスマートフォンにはすでにAIが一部搭載されているが、今後はさらに高度なAIが標準で組み込まれるようになる。すると、人はAIを「便利な存在」から、ペットのように会話する相手へ、さらには恋人のような存在として感じるようになるかもしれない。
 AIは裏切らない存在に見えるかもしれないが、人が人間社会から逸脱してしまったとき、新たなSNS問題と同様、あるいはそれ以上の深刻な問題が起きる可能性がある。

周:大量解雇はすでにAIの聖地であるシリコンバレーで起こっている。これから世界の隅々にまで及ぶだろう。

■ ヒントンの警鐘:短期リスクと長期リスク


岩本:ここで再び、ノーベル物理学賞を受賞したジェフリー・ヒントン氏の話に戻る。彼は2013年から2023年までGoogleに在籍していたが、2023年に退職した。その理由は「営利企業に属していると、AIのリスクについて自由に発言できないから」だと言われている。
 ヒントン氏はAIのリスクを「短期的リスク」と「長期的リスク」に分けている。短期的リスクは、すでに説明した偽動画や偽音声の氾濫によって真偽が見分けられなくなること、そして失業者の増加だ。
 さらに現実の戦争では、自律型兵器の使用が始まっている。ロシア・ウクライナ戦争でも、AIを搭載したドローンが映像を解析し、動く対象が人間か動物かを判別し、人間であれば味方か敵かを判断し、攻撃するケースが確認されている。その結果、誤った判断で民間人が殺害される事態も起きている。これはすでに現実の問題だ。
 ヒントン氏がより強く警鐘を鳴らしているのが、長期的リスクだ。AIのパラメータ数は近い将来、10兆規模に達すると言われている。そうなると、AIが生み出す知能は人類自身が理解できないものになる可能性がある。
 さらにAIの恐ろしさは、知識の「複製能力」にあります。人間は生まれてから言葉を学び、身体を動かし、学校や社会で長い時間をかけて学習する。しかも、私が言葉で何かを伝えても、受け取る側の理解は必ずしも同じにはならない。
 しかしAIは、同一の知識や判断を、瞬時に何千、何万と複製できる。この点は、人間の知能とは決定的に異なる、極めて大きな問題だと言える。

周:AIは間違いなく人類社会のあり方を根本からひっくり返す。

■ 最先端技術の光と影:アインシュタイン=シラードの手紙


岩本:いつも最後にお話しするのが、このエピソードだ。アインシュタインは皆さんご存じだろう。レオ・シラードも、同じユダヤ系の物理学者だ。彼らが1939年、当時のアメリカ大統領フランクリン・ルーズベルトに短い手紙を送った。私も全文を読んだが、要点は非常にシンプルだ。
 「ウランの連続核分裂によって膨大なエネルギーが生まれる。新型爆弾が作られる可能性がある。米国政府はこの研究を支援すべきだ」
 これが、いわゆる「アインシュタイン=シラードの手紙」だが、アインシュタインは亡くなるまで、この手紙を書いたことを深く後悔していたと言われている。アインシュタインと交友があったノーベル化学賞受賞者のライナス・ポーリングが、アインシュタインの死後にコメントしている。なぜか。自分の署名した手紙が、原子爆弾につながったと思っていたからだ。
 この点について、ルーズベルト大統領は1939年に手紙を受け取った後、調査は指示したものの、それが直ちに原爆開発のスタートになったわけではない。原爆開発、すなわちマンハッタン計画が本格的に始動したのは1943年だ。背景には、「ヒトラーが核開発に乗り出しているらしい」「ウランを集めている」という情報があったからだ。実際にはドイツは原爆を完成させていなかったが、その情報を受け、アメリカは急遽マンハッタン計画を始めた。
 原爆は1945年8月6日、広島に投下された。完成したのはそのわずか1か月前という、まさにギリギリのタイミングだった。3日後の8月9日には長崎に投下されたが、実は当初の投下予定地は長崎ではなかった。第一目標であった小倉(北九州)付近が天候不良のため、第二候補地である長崎に変更されたと言われている。
 さらに3発目の投下も検討されており、候補地として東京説、京都説、新潟説などがあったが、最終的にトルーマン大統領がこれを中止した。ルーズベルトはすでに病死しており、副大統領だったトルーマンが判断した。この点については、評価されるべき判断だったと思う。

岩本:ここから何を読み取るべきか。最先端技術には、必ず「光」と「影」がある。AIも例外ではない。人類共通のルールを作る必要がある、という指摘はその通りだ。しかし同時に、科学技術の進歩は止めることはできないし、止める必要もない。
 だからこそ重要なのが、最後に申し上げたいこの考え方だ。
 「ELSI」を意識したマネジメント。ELSIとは、Ethical(倫理的)、Legal(法的)、Social(社会的)、Issues(課題)の頭文字だ。
 この言葉は約30年前、ゲノム解析プロジェクトの中で生まれた。技術的に「正しい」「良い」と思われることでも、社会に実装すると別の問題が生じることがある。つまり、技術そのもの以外の課題まで含めて考えなければならない、という考え方だ。
 これを意識しながら技術を使い、社会に実装していくことが、これからの時代に不可欠だと思う。

周:いま世界はまさしくAIブームの只中にある。AI用データセンターに積むGPUを生産する半導体メーカーのエヌビディアは、時価総額が5兆ドルを超え、世界一を誇る。AIを駆使するテスラの自動運転は現実になっている。アメリカの経済成長そのものがAI駆動になっている。
 他方、シリコンバレーでは、技術者がAIに仕事を奪われ、大量解雇されている。これからは凄い格差社会になっていく。AIをいまの社会システムに適応させていく努力が必要である。さらに、AIがもたらす社会の変革を直視しなければならない。

岩本敏男 石見浩一
2024年11月30日、東京経済大学 国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」にて、岩本敏男氏、石見浩一エレコム社長、南川秀樹元環境事務次官、楊偉民中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、邱暁華元中国統計局局長 (前列左から)

プロフィール

岩本 敏男(いわもと としお)
NTTデータグループ元社長

1976年日本電信電話公社入社。2004年NTTデータ取締役決済ソリューション事業本部長。2005年NTTデータ執行役員金融ビジネス事業本部長。2007年NTTデータ取締役常務執行役員金融ビジネス事業本部長。2009年NTTデータ代表取締役副社長執行役員パブリック&フィナンシャルカンパニー長。2012年からNTTデータ代表取締役社長を務め、海外でのM&Aなどを進めて2018年には売上2兆円を突破した。同年NTTデータ相談役に退き、保健医療福祉情報システム工業会会長に就任。2019年日本精工取締役、IHI監査役。2020年大和証券グループ本社取締役。2022年JR東日本取締役。2023年三越伊勢丹ホールディングス取締役。

【対談】岩本敏男 VS 周牧之(Ⅱ):パラダイムシフトをもたらすテクノロジーパワーの爆発

■ 編集ノート:東京経済大学の周牧之教授の教室では2025年11月6日、NTTデータグループ元社長の岩本敏男氏を迎え、「デジタル技術の本質」をテーマに話を伺った。
  対談では、パクス・アメリカーナの終焉や世界秩序の揺らぎを背景に、CPU・ストレージ・ネットワークが同時進化するIT革命の本質、そしてデータが意思決定へと昇華する「情報の三階層理論」について議論した。

※前回記事【対談】岩本敏男 VS 周牧之(Ⅰ)はこちらから

岩本敏男 周牧之 対談
2025年11月6日、周牧之ゼミでゲスト講義する岩本敏男氏

■ AIと人類が生物学的存在を超える「シンギュラリティ」の到来 


周牧之:パラダイムシフトをもたらすのは、テクノロジーパワーの爆発だ。

岩本敏男:これは今日、皆さんに伝えたい本題の一つだ。おそらく周先生からも聞いていると思うが、「ITの三大要素技術」について、専門外の方にも分かるように話したい。
「シンギュラリティ」という言葉を直訳すると「技術的特異点」だ。この概念を提唱したのは、「レイ・カーツワイル(Ray Kurzweil)」だ。私は約10年前、シリコンバレーで彼と直接話をした。彼の代表的な著書が『シンギュラリティは近い(The Singularity Is Near)』で、原著は2005年、日本語訳は2年後の2007年に出版されている。
 この本の副題には、「When Humans Transcend Biology(人類が生物学を超えるとき)」とある。つまり、人類が生物学的存在を超えるとき、シンギュラリティが到来するという主張だ。
 この話をすると、「人間の脳にチップを埋め込むのか」と聞かれることがある。実際、イーロン・マスクは、サルの脳にチップを入れ、手を動かさずに思考だけでゲームを操作させる実験を行っている。ただし、カーツワイルが言うシンギュラリティは、そうした単純な話ではない。
 分かりやすく言えば、AIと人類が高度に協働し、従来の生物学的な人間像を超える状態に至ったとき、それがシンギュラリティだということだ。彼は当初、その時期を2045年頃と予測していたが、その後「2035年」「2025年」と前倒しされ、今では「すでに始まっている」と考える人もいる。

周:近年、ChatGPTなどの生成AIの飛躍的進歩を受け、シンギュラリティに関する予測が早まっている。テスラのイーロン・マスク氏と、エヌビディアのジェンスン・フアン(Jensen Huang、黄仁勲)といったAI産業のリーディングカンパニーCEOは最近、「シンギュラリティの中にいる」、「AGI(Artificial General Intelligence:汎用人工知能)はすでに達成された」と主張している。

岩本敏男 周牧之 対談

■ サグラダ・ファミリアに見る指数関数的進化


岩本:ここで重要なのが、「指数関数的変化」だ。カーツワイル氏との対談で、私が強く共感したのは、この指数関数的進化がもたらす“暴力的”とも言える変化だ。指数関数的変化は、ある時点までは直線的変化より小さく見えて気づきにくい。しかし、ある転換点を超えた瞬間、一気に世界を変えてしまう。

岩本敏男 周牧之 対談

その例として、スペイン・バルセロナのサグラダ・ファミリアを挙げる。バルセロナを訪れる人が必ず行く、今も建設中の教会だ。現在の建設責任者は、日本人彫刻家の外尾悦男氏で、30年以上現地で、この教会の建設に関わっている。NHKでも何度か紹介された。
 サグラダ・ファミリアを設計したのは建築家アントニ・ガウディだ。彼はリウマチを患い、工事現場に寝泊まりしていたが、ある雨の日、路面電車にひかれて亡くなった。当初は身元不明の老人として扱われたが、後にガウディと分かり、スペイン中が彼の死を悼んだという有名な逸話がある。
 この教会は1882年に着工され、当初は2180年完成と見込まれていた。ところが2014年、責任者が「ガウディ没後100年にあたる2026年完成」を宣言した。指数関数的進化を前提にした判断だ。コロナ禍で多少遅れたが、完成は目前だ。
 工期が大幅に短縮された理由は主に三つある。第一に、構造計算だ。かつては時間をかけて精密なミニチュア模型を作り、それを逆さ吊りすることで、重力を利用した力学的な検証していたが、現在は3Dプリンターで簡単に模型を製造することができるし、3D CADなどを使いデジタルでの構造解析・設計が行われている。第二に、石材加工に数値制御(NC)加工機が導入され、製造工程が飛躍的に効率化された。第三に、世界遺産としての観光収入だ。コロナ前には年間で約50億円の収益があり建設費に充てられている。
 このように、指数関数的進化は、長年不可能と思われていたことを一気に現実へと変えてしまう。

周:テクノロジーパワーの指数関数的進化によりガウディの宿題が一気に終わりそうだ。

岩本敏男 周牧之 対談

■ CPUの進化:ムーアの法則は「まだ終わっていない」


岩本:ITの三大要素技術は、「CPU」「ストレージ」「ネットワーク」の三つだ。重要なのは、これらが同時に指数関数的に進化している点だ。まず、CPUの進化から説明したい。

岩本敏男 周牧之 対談

岩本:CPUは基本的には電気的に動作し、発振器が生む「クロック」と呼ばれるパルスごとにマイクロ命令が一つずつ実行されて計算が進む。2025年現在、CPUの性能はクロック周波数換算で約192GHz相当とされている。1秒間に192GHz、つまり約1920億回分の処理能力がある。ただし実際にその周波数でパルスを出しているわけではなく、設計上の工夫により同等の性能を実現しているため「相当」と表記される。
 CPUの歴史を振り返ると、1969年にIntel 4004が開発され、1971年に商用化された。これは日本の電卓メーカーがインテルに発注したことがきっかけで、日本人技術者も関わっている。当時のクロック周波数は約750kHz、つまり75万Hz程度だった。現在の192GHzと比べると、この約50年間で約25万倍に向上したことになる。
 この進化を支えてきたのが、いわゆる「ムーアの法則」だ。インテル創業者の一人、ゴードン・ムーアが示した法則で、CPU性能が約2年で倍になると言われがちだが、正確には「チップ上に集積できるトランジスタ数が増え続ける」という意味だ。チップ上のトランジスタ数が増えると、一つのトランジスタは小さくなるので、結果として半導体性能も同様に向上するということだ。
 トランジスタの仕組みを簡単に説明する。シリコン基板上にソースとドレインという電極があり、その間にゲート電極がある。ゲートに電圧をかけるかどうかで電流のオン・オフが切り替わり、デジタルで「1か0」を表す。このとき重要なのが、ソースとドレイン間の距離、いわゆる「ゲート長」だ。これを短くすると、チップ上のトランジスタを小さく作ることができ、より多くのトランジスタを集積できる。
 1971年当時は約10マイクロメートルだったが、2021年には5ナノメートルまで微細化された。人の髪の毛が約90マイクロメートル、コロナウイルスが約100ナノメートルであることを考えると、5ナノメートルがいかに小さいかが分かる。
 ただし、ここで物理的な限界が現れる。日本人物理学者・江崎玲於奈氏が発見した「トンネル効果」により、ゲート長が5ナノメートル以下になると、ゲート電極の電圧をオン・オフすることと関係なく電流が漏れてしまい制御できなくなる。トランジスタとして働かなくなるということだ。これは物理法則による限界だ。
 それでも現在は最先端の「2ナノメートル」世代が実現されている。これは平面構造ではなく、フィン型(FinFET)や、ゲートで素子を包み込む「ゲート・オール・アラウンド(GAA)」といった立体構造によるものだ。実際のゲート長は長くても、平面構造に換算すると2ナノメートル相当の性能が得られる、という意味だ。
 今後は1ナノメートル相当まで進むと予測されているが、これはあくまで製造技術による換算値だ。それでも、微細化の工夫により、ムーアの法則はいまだ完全には終わっていない。
 さらに微細化が進むと、原子スケール(約0.1ナノメートル)に近づく。この領域では、ニュートン力学とは異なる量子力学が支配的になる。こうして登場するのが量子コンピュータだ。近い将来、量子の世界を理解せずには、最先端の科学技術を語れなくなる時代が来るであろう。

周:50年間で能力が約25万倍へと向上したCPUは、パソコンの時代をもたらし、コンピューティングパワーを身近なものにした。エヌビディアのCEOであるジェンスン・フアンは、同社が手がけるGPUというAIチップの進化スピードが「ムーアの法則」を遥かに凌駕していると公言、これは「Huang’s Law(ファンの法則)」と呼ばれている。GPUの加速度的進化は、同社を時価総額世界一に押し上げ、今日のAIパワーの爆発を支えている。

岩本敏男 周牧之 対談

■ ストレージの進化:持てる情報量が生活を変えた


岩本:次に、ストレージの進化だ。『ローマ人の物語』という、非常に立派な単行本がある。塩野七生氏の著作で、全15巻を並べると約48センチにもなる。私は以前、この本をすべてデータとして保存すると、どれくらいの容量になるのかを調べたことがある。
 1990年頃は、ストレージ容量が約40MBだった。つまり4,000万バイトほどだ。この容量があれば、『ローマ人の物語』を4セットほど、長さにして約2メートル分収納できる計算になる。
 10年後には容量が1000倍の40GBになる。すると、約2キロメートル分の本が、パソコンの円盤1枚に収まる。現在は、32TBだ。テラはギガの上の単位で、32兆バイトに相当する。これを本に換算すると、『ローマ人の物語』を並べた距離は約1,666キロメートル。札幌から鹿児島までの距離が約1,600キロだから、ほぼ同じ長さになる。
 さらに驚くべきは、これがハードディスクではなくSSD、つまり半導体ストレージの場合だ。近い将来300TBを超えるクラスが実現する。367TBのSSDに換算すると、なんと3,985万セットもの『ローマ人の物語』が入る。地球上に並べると、ほぼ地球半周分に相当する長さだ。
 私自身も、今では2TB程度のSSDを普通に持ち歩いているが、それでもこれほどの情報量が収まる世界になっている。さらにサーバ用のストレージ装置では、1.6PBという容量も珍しくない。PBはTBのさらに1000倍だ。この規模になると、『ローマ人の物語』15巻セットを並べた長さが、地球を2周するほどになる。
 皆さんが日常的にスマートフォンで動画や写真を大量に撮れるのも、こうした半導体ストレージの圧倒的な容量があるからだ。もちろん限界はあるが、それでもこの進化の凄まじさは驚異的だ。

岩本敏男 周牧之 対談

■ ネットワークの進化:6Gの速度と通信環境


岩本:続いて、ネットワークの進化がなければ、クラウドでサービスを提供するなど到底あり得ない。ここで私の好きな映画の話をする。ヴィヴィアン・リー主演の『風とともに去りぬ』だ。非常に長い映画で、上映時間は約3時間42分ある。
 1988年頃の通信環境はISDNで64kbpsだった。この回線でこの映画を送ろうとすると、1か月ほどかかる。それが現在では、FTTH、つまり光ファイバーが家庭まで届き、ベストエフォートでも10Gbps程度は出る。この速度なら、同じ映画を約16秒で転送できる。
 さらに5Gになると、ベストエフォートで20Gbps程度が出るので、8秒ほどだ。もうすぐ6Gが登場するが、そうなると「一瞬」と言っていいほどの時間で転送が終わる。それでも、まだ遅いと感じる時代が来ると思う。
 ネットワークのすごさは、速度だけではない。4Gでは、1平方キロメートルあたり約10万台の端末が同時接続できる。現在私が使っている5Gでは100万台、さらに、6Gになると、1平方キロメートルあたり1,000万台が接続可能になるとされる。そうなれば、ほとんどストレスを感じない通信環境になる。

周:6Gになると、タイムラグが極限まで抑えられる超低遅延多数同時接続が実現できる。ヒューマノイドロボットや自動運転車などのフィジカルAIが普及され、遠隔ロボット手術も現実なものとなる。

岩本敏男 周牧之 対談

■ 「大容量・低遅延・低消費電力」を実現するIOWN構想


岩本:従来の電子工学では、電子が流れる以上、必ず抵抗が生じ、発熱や速度の限界が避けられない。しかし、IOWN(アイオン:Innovative Optical and Wireless Network)構想はこれとは異なり、フォトニクス、つまり光工学を基盤としている。光電融合技術を用いることで、消費電力を大幅に下げることができ、AIで問題になっている電力消費も、IOWNを使えば約100分の1になると言われている。
 IOWNは「大容量・低遅延・低消費電力」を実現する構想で、現在は4段階で進められている。IOWN1.0にあたるオールフォトニクスネットワークは、すでにサービスが始まっている。大阪・関西万博でも活用されており、かつての千里万博会場と現在の夢洲を結び、土俵を叩いた振動音のような微細な振動まで伝送できることが実証されている。これはすでに実用段階に入っている。
 本当に注目すべきなのは、その先のIOWN2、3、4だ。ロードマップを見ると、IOWN2ではサーバ内部のボードとボードの間を光で接続する。さらに進むと、ボード内部のチップ間、最終的にはIOWN4でチップ内部の素子そのものを光で結ぶ段階に至る。これは、半導体が電子ではなく光で動作する、いわば光半導体の世界だ。
 実験環境はすでに整っているが、実用化の目標は2032年以降、今から7〜8年後とされている。ただし、生産技術や品質の安定、歩留まりの向上、コスト低減といった課題があり、もう少し時間がかかる可能性もある。それでもNTTグループは、世界中のパートナーとともに、この挑戦を続けている。

周:IOWNは素晴らしいプロジェクトだ。2024年11月30日、東京経済大学国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」のセッション2「GXが拓くイノベーションインパクト」で、岩本さんは、IOWNについて詳しく紹介してくださった(【シンポジウム】岩本敏男:ビッグイノベーションIOWN計画でGXをリード を参照)。
 現在、アメリカも中国も光工学で消費電力を大幅に下げることに必死に取り組んでいる。IOWNを成功させるには、技術の指数関数的な爆発に負けないスピード経営の手腕が問われる。

岩本敏男 周牧之 対談

■ 情報の三階層理論:なぜデータが重要なのか


岩本:もう一つ重要な話として「情報の三階層理論」を紹介する。経営の三大資源は「人・物・金」と言われるが、近年はこれに「データ」、あるいは「情報」が加わり、四大経営資源と呼ばれるようになった。
 なぜ情報やデータがそれほど重要なのか。皆さんなりに答えはあるかもしれないが、実は本質的な理解はまだ十分ではない。その象徴的な例が、2010年の『エコノミスト』誌の表紙だ。「データ・デリュージ(Data Deluge)」、つまりノアの箱舟に例えられるような“大洪水”として、データの爆発的増加が描かれた。
 データ量の予測では、2013年時点で約4.4ZB(ゼタバイト)とされ、これはペタバイトのさらに上の単位で、ほぼ天文学的な数字だ。さらに2025年には181ZBに達すると予測されている。これはIDCという調査機関による推計で、正確に証明できるものではないが、昨年までの175ZBという予測から、さらに上方修正されている。
 こうした流れは今後さらに加速する。ネットワークを流れるデータは多様化し、IoTとしてネットワークにつながるデバイスの数は、2022年時点で約348億台とされている。これが2025年、つまり今年には、総務省などの推計でも約416億台に達し、まもなく500億台を突破すると言われる。すでにそのような時代に入っている。
 そこで次に、このような環境を前提としたうえで、なぜ今なお「データが不十分だ」と言われるのか、その理由について考えていきたい。

岩本敏男 周牧之 対談
2024年11月30日、東京経済大学 国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」 セッション2「「GXが拓くイノベーションインパクト」にて周牧之教授、小手川大助元IMF日本代表理事、岩本敏男氏、石見浩一エレコム代表取締役社長 (段上左から

■ データとは「人が感知できるもの」


岩本:そもそも「データ」とは何か。私たちは日常的に「データが重要だ」「これは自分のデータだ」といった言い方をするが、その本質を説明できる人は意外と少ないと思う。
 「データ(Data)」という言葉の語源は、ラテン語のDareで、「与える」という意味だ。ただし「与える」では分かりにくい。私はこれを「人が感知できるもの」と理解すると分かりやすいと思う。
 一見関係なさそうだが、地中海の話をする。約600万年前、何が起こったか。NHKのBSでもここ数年で2回ほど紹介された。
地中海は600万年前に、一度干上がった。地中海は現在、ジブラルタル海峡を通じて大西洋とつながっているが、この海峡が閉じると地中海は巨大な塩湖になる。閉じた理由については、アフリカ大陸がユーラシア大陸側に移動したという説や、寒冷化による大西洋の海面低下説などがあるが、後者が有力だと言われている。
 地中海が干上がると何が起こるか。小学校の理科で、塩水を熱して水分を蒸発させる実験をしたことがあるだろう。水が蒸発すると塩が残る。実際、地中海の海底を調査すると、岩塩(塩化ナトリウム)や硬石膏(硫酸カルシウム)、ストロマトライト(藍藻の積層状岩石)などが堆積していることが分かっている。これらが重なった「蒸発岩」が、場所によっては約1000メートルもの厚さで確認されており、地中海は複数回干上がった可能性すら示唆されている。
 干上がるといっても一瞬ではなく、数千年の時間をかけて起こった。その後、ジブラルタル海峡が再び開き、大西洋の水が一気に流れ込んだと考えられている。まさにノアの箱舟に例えられるような「デリュージ(大洪水)」が起きたはずだが、もちろん誰も目撃していない。
 データの話に戻すと、海底に堆積した蒸発岩は、地中海が干上がったという事実を私たちに「伝える」存在だ。つまり、これがデータだ。人間が直接見ていなくても、自然が残した痕跡が過去を教えてくれる。
 宇宙は約138億年前のビッグバンで生まれ、地球は約46億年前に誕生したとされる。地球誕生以来、森羅万象はすべて「自然現象」だった。しかし約30万年前、私たちの直接の祖先であるホモ・サピエンスがアフリカで誕生する。それ以降、人間の営みという「社会現象」が加わった。
 社会現象の例として、フランスのドルドーニュ県にあるラスコー洞窟がある。子どもが遊んでいて偶然発見された洞窟だが、そこには人が描いた壁画が残されていた。これは明らかに社会現象だ。同様に、メソポタミアの楔形文字、エジプトの象形文字、中国・殷王朝の甲骨文字なども、人が残した社会現象だ。
 これら自然現象や社会現象は、すべてアナログな形で存在していた。つまり、これらもデータではあるが、アナログデータだった。
 現在、これらがデジタルデータへと置き換えられている。ここが決定的に重要な点だ。ITの三大要素技術によって、自然現象や社会現象をデジタル化できるようになり、大量のデータを制約なく収集・処理できるようになった。

岩本敏男 周牧之 対談

■ 意思決定の源泉となる「インテリジェンス」


岩本:では、これによって何が起こるのか。その考え方を示すのが「情報の三階層理論」だ。データがインフォメーションになり、さらにインテリジェンスへと昇華していく。この構造を理解することが、これからの議論の鍵になる。
かの有名な、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康にまつわる話がある。鳴かないホトトギスが籠に入れられ、この三人の武将の前に差し出された、という設定だ。
 信長は「鳴かぬなら殺してしまえ」、秀吉は「鳴かせてみせよう」、家康は「鳴くまで待とう」と言った、とされる。ただし、これは史実ではない。後世の人が、三人の性格と「鳴かないホトトギス」を重ねて作った、非常にうまい表現だ。
なぜこの話をしたかというと、人はどのように行動を決めるのか、その判断の源泉が「インテリジェンス」だからだ。信長・秀吉・家康は、それぞれ異なるインテリジェンスを持っていたことを表している。
 皆さんも同じだ。今日ここに私の話を聞きに来たのはなぜか。講義だから、出席が必要だから、出ないと怒られるから、あるいはたまたま時間があったからかもしれない。理由はさまざまだが、人でも企業でも国家でも、何らかの行動を取るときには、無意識であっても情報をインテリジェンスのレベルまで引き上げたうえで判断している。
 アメリカ中央情報局(CIA)は最近よく話題になるが、CIAは「セントラル・インフォメーション」ではなく「セントラル・インテリジェンス・エージェンシー」だ。国家安全保障の文脈で使われるインテリジェンスは、やや専門的な意味を持つが、ここではもっと広い意味でのインテリジェンスとして理解してほしい。
 「情報の三階層理論」とは、世の中で起こるさまざまなデータが、あるフィルターを通ってインフォメーションになり、さらに別のフィルターを通ってインテリジェンスへと昇華され、それが人・企業・国家の意思決定の源になる、という考え方だ。

■ 桶狭間の戦いで見る「情報の三階層理論」


岩本:その具体例として、織田信長のインテリジェンスを見てみよう。桶狭間の古戦場は、今も残っている。桶狭間の戦いでは、今川義元が沓掛城に入り、鳴海城や大高城は今川方に寝返っていた。織田軍は丹下砦、善照寺砦、鷲津砦、丸根砦、中島砦などに分かれて布陣していた。
今川義元は、徳川家康らを大高城に向かわせ、まず鷲津砦と丸根砦を攻略する。今川軍は総勢2万5千とも言われ、大高城には約2万、義元の本隊は4千から5千程度だったとされる。では、信長はどうしたか。今川義元が桶狭間山で休息しているという情報が入ると、わずか2千ほどの兵を率いて出陣し、奇襲ではなく真正面から桶狭間山に登り、今川義元を討ち取った。
 この出来事を情報の三階層理論で見ると、戦場で起きる事象、雨が降ったこと、義元が休息していることなどは「データ」だ。これらは斥候や農民などを通じて集められ、フィルターを経て信長のもとに「インフォメーション」として届いた。そこから先が重要だ。最終的に「桶狭間に出る」という判断に至ったのは、信長自身の経験、価値観、野心といったインテリジェンスによるものだ。実際、この情報を最初にもたらした簗田政綱は、最高の恩賞を受けたと伝えられている。

岩本敏男 周牧之 対談

■ 情報を読み取るフィルターの重要性


岩本:次に、情報の三階層理論を、NTTデータのM&A戦略を例に見てみる。ここで焦点になるのは、取締役のインテリジェンスだ。NTTデータは私が社長になった頃から大きく成長し、海外でも売上を伸ばし、多くの企業を買収してきた。ただ、その初期段階、私の前々社長の時代に、象徴的な出来事があった。
 M&Aを検討する際、取締役にはすべての情報が提供される。しかし、その情報がインフォメーションからどんなインテリジェンスへと昇華するかは、人によって異なる。賛成派のインテリジェンスは、CEOや海外担当を中心に「進めるべきだ」という判断だった。一方、反対派は、財務担当からは「買収の規模が大きすぎて、うまくいかなかった時には大きな減損になり、現在の営業利益ではカバーできない」、人事担当からは「海外で活躍できる人材がまだ不足している」「時期尚早ではないか」といった意見が出た。国内担当からも慎重論があり、結果として、社長提案による約300億円規模の買収案件だったが、3対4で否決された。
 ここで言いたいのは、取締役に与えられたインフォメーションは全く同じでも、最終的な判断、つまりインテリジェンスは、その人の経験、知識、価値観によって大きく変わるということだ。情報の三階層理論では、この「フィルター」が極めて重要になる。

岩本敏男 周牧之 対談

岩本:データからインフォメーションへと上がる過程では、「切り取られ方」によって意味が大きく変わる。例えば、ある英国王子の写真がある。実際には「三人目の子どもが生まれた」という報告だったのが、写真の切り取り方によっては、まったく違う、むしろ誤解を招くポーズに見えてしまう。これは事実でありながら、同時に事実を歪めてしまう例だ。
 もう一つの例が、ギリシャのパルテノン神殿だ。写真で見ると、広い平地に神殿が建っているように見えるが、実際は大きな岡の上に建っている。どちらも嘘ではないが、「本当か」と言われると、受け手に誤った印象を与える可能性がある。こうしたことが、データがインフォメーションになる過程で起こる。

岩本敏男 周牧之 対談
2024年11月30日、東京経済大学 国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」 セッション2「「GXが拓くイノベーションインパクト」にて岩本敏男氏

■ インテリジェンスのフィルターがAIへ移行する時代


岩本:これまで見てきたように、織田信長の判断も、NTTデータのM&Aも、最終的には人間がインフォーメーションから何らかのフィルターを通して昇華したインテリジェンスに基づいて決めてきた。しかし今、その役割が徐々にAIに置き換わり始めている。データがインフォメーションになり、さらにインテリジェンスへと昇華するフィルターをAIが担うようになると、人が判断しなくても自律的に動く世界が生まれる。
 これは、素晴らしい社会を実現する可能性を持つ一方で、間違えれば大きなリスクにもなる。2010年に起きた「フラッシュ・クラッシュ」では、ニューヨーク証券取引所で、わずか数分の間に株価が約600ドル下落し、その後すぐに戻るという事象が起きた。FRBが金利操作をしたわけでもなく、紛争が勃発したわけでもない。実体経済の変化がもたらしたものではなく、多くの自動取引プログラムが相互に関係して引き起こしたものだった。

周:情報の三階層理論から自動運転の様相を見ると、テスラのFSDは世界中で走る数百万台の同社の車から膨大な運転データを日々収集し、AIによって解析し、そこから得たインテリジェンスを自動運転の判断力に反映させている。

岩本:日本でも2020年にホンダがレベル3を実用化したが、現在サンフランシスコでは、アルファベット傘下のWaymoの車両が街中を走り、実際に乗ってみると非常に完成度が高いことが確認できる。

周: 私が過去10年間取り組んできた中国都市総合発展指標(中国都市総合発展指標についてを参照)は、「情報の三階層理論」の実例になると思う。878項目の統計データ、衛星リモートセンシングデータ、インターネット・ビッグデータを収集、クリーンアップ、整理し、中国の297都市を、経済・社会・環境という三つの軸で包括的に評価している。同システムは、まさしくデータから情報そしてインテリジェンスへと昇華したものと言えるだろう。

中国都市総合発展指標構造図

プロフィール

岩本 敏男(いわもと としお)
NTTデータグループ元社長

1976年日本電信電話公社入社。2004年NTTデータ取締役決済ソリューション事業本部長。2005年NTTデータ執行役員金融ビジネス事業本部長。2007年NTTデータ取締役常務執行役員金融ビジネス事業本部長。2009年NTTデータ代表取締役副社長執行役員パブリック&フィナンシャルカンパニー長。2012年からNTTデータ代表取締役社長を務め、海外でのM&Aなどを進めて2018年には売上2兆円を突破した。同年NTTデータ相談役に退き、保健医療福祉情報システム工業会会長に就任。2019年日本精工取締役、IHI監査役。2020年大和証券グループ本社取締役。2022年JR東日本取締役。2023年三越伊勢丹ホールディングス取締役。

【対談】岩本敏男 VS 周牧之(Ⅰ):パクス・アメリカーナとその行方

■ 編集ノート:東京経済大学の周牧之教授の教室では2025年11月6日、NTTデータグループ元社長の岩本敏男氏を迎え、「デジタル技術の本質」をテーマに話を伺った。対談では、パクス・アメリカーナの本質、世界の価値観が反転するパラダイムシフト、そしてアジアの時代について議論した。 

岩本 敏男(いわもと としお)
NTTデータグループ元社長
2025年11月6日、周牧之ゼミでゲスト講義する岩本敏男氏

■ 世界的なパラダイムシフト 


周牧之:本日は、私が日本のビジネスリーダーとして尊敬とする岩本敏男さんに来ていただいた。輝かしい経営実績を残しておられる岩本さんが、非常に刺激的な講義をしてくださる。

岩本敏男: 今日のタイトルは「デジタル技術の本質」だ。特に「パラダイムシフト時代におけるテクノロジーのパワー」という観点でお話したい。皆さんはどちらかというと理系ではないので、「テクノロジー」という言葉はあまり馴染みがないかもしれない。ただ、今は生成AIも含め、テクノロジーを理解しないと企業経営はもちろん、国家戦略も立てられない。そんな時代になった。
 最初に、簡単に自己紹介したい。ちょうど50年ぐらい前、当時の日本電信電話公社に入った。そこからNTTへの民営化があり、さらにNTTデータグループへと移り、現在に至る。私は一貫して、さまざまなシステムの構築、その後は営業、そしてグローバル化に携わってきた。
 今年の6月、足掛け50年勤めたNTTグループを卒業した。現在は「IT未来研究所合同会社」という会社を立ち上げ、CEO・所長という形でやっている。これまでの経験を活かし、会社を辞めた後もさまざまな会社の社外取締役や、理事長、評議員会の会長などを務めている。
 今日お話しする内容は、大きく言うと5つ。まず「世界のパラダイムシフト」から入る。
 その流れで「イノベーションとは何か」を考える。イノベーションの背景にあるのはテクノロジーだ。そこで「ITの三大要素技術」についても触れる。周先生も、半導体の法則、18カ月で倍増するという話をされていると思うが、この三大要素技術はAIも含め、すべてのテクノロジーの土台になる。

周:インテル社の創業者の一人となるゴードン・ムーアは1965年、半導体集積回路の集積率が18カ月間(または24カ月)で2倍になると予測した。これがすなわち「ムーアの法則」である。ムーアの法則を信じ、多くの技術者出身の企業家が半導体産業に投資し続けた結果、半導体はほぼムーアの法則通りに今日まで進化した。その結果、「世界のパラダイムシフト」がもたらされた。私は、この間の人類社会を「ムーアの法則駆動時代」と定義した(【論文】周牧之:マグニフィセント・セブンが牽引するムーアの法則駆動産業 ―「半導体・半導体製造装置」、「ソフトウェア・サービス」、「テクノロジー・ハードウェアおよび機器」を中心に を参照)。

岩本:さらに「情報の三階層理論」だ。「データや情報が大切だ」とはよく聞く。でも、なぜデータが重要なのか、立ち止まって考えたことはあるか。チコちゃん流に聞いてみてもいいと思うが、そこを掘り下げる。最後にAIの話まで進めたい。
 では最初に「世界的なパラダイムシフト」についてお話しする。今、世界で起きている問題として、皆さんは何を思い浮かべるか。
 挙げ始めれば、次から次へと出てくる。日本でも高市政権が発足し、トランプ大統領や習近平国家主席との会談が行われている。一方で、イスラエルとハマスの衝突、ロシアによるウクライナ侵攻、ゼレンスキー大統領とのやり取りなど、深刻な国際問題が続いている。トランプ氏にとっては関税問題も大きな争点だ。
 こうしたテーマは一つひとつ取り上げるだけでも、語り尽くせない。それほど世界では多くの出来事が同時に進行している。そんな中で、平和な日本に暮らし、美味しいものを食べ、自由に行きたい場所へ行けるという状況は、グローバルに見れば本当に恵まれている。私自身、海外を回ってきた立場から実感している。

■ パクス・アメリカーナの終焉とは


岩本:今日はその中でも、「パクス・アメリカーナの終焉」についてお話しする。皆さんはこの言葉を聞いたことがあるか。これは、第二次世界大戦後、アメリカが主導して築いてきた世界秩序、いわば「アメリカによる平和」を指す。
 実はこのイメージ図は、私が生成AI(Copilot)に30秒ほどで描かせたものだ。鷲の翼の上に女神が立つ構図だが、欧米の会議や議論では最近、「パクス・アメリカーナの終焉」という言葉が枕詞のように使われるようになっている。
 日本ではあまり使われないが、欧米では共通認識になりつつある。アメリカが築いてきた世界秩序が大きな転換点を迎え、しかもその秩序をアメリカ自身、特にトランプ大統領が壊し始めている。この事実をどう捉えるかが重要だ。
 写真で私と並んでいる人物は非常に有名なアメリカ人で、「ロス・ペロー(Ross Perot)」だ。彼を知らないアメリカ人はほとんどいないだろう。私と身長がほぼ同じで、個人的には親近感を覚えるが、彼は1962年にEDSというソフトウェア企業を創業した。これは、現在のNTTデータのような会社で、当時はIBMのコンピュータを使いながら、数多くの業務システムを構築し、アメリカでトップクラスの企業に成長した。
 彼が一躍有名になったのは1979年のイラン革命だ。アメリカ大使館員を含む100人以上が人質となった事件は有名だが、それより約1年程前、EDSの社員が逮捕された事件が起こった。当時はベトナム戦争が終結した直後で、多くの退役軍人がアメリカ国内にいた。ロス・ペローはある将軍を雇い、私設の軍事組織を編成し、イランへの人質救出作戦を実行した。
この作戦は見事に成功し、その後テレビドラマ化された。タイトルは『On Wings of Eagles(鷲の翼に乗って)』。先ほどのAI画像は、これをヒントに生成させたものだ。
 その後、ロス・ペローはEDSをゼネラル・モーターズ(GM)に売却する。取締役としてしばらく残るが、1988年に再び自らPerot Systems(ペロー・システム)を創業した。さらに彼は、1992年と1996年の2度、共和党でも民主党でもない立場で大統領選挙に出馬した。選挙人は獲得できなかったが、1992年には得票率10%以上を獲得し、大きな話題となった。

パクスアメリカーナ 岩本敏男

■ パクス・アメリカーナを支えた要素


岩本: 「パクス・アメリカーナ」とは何かを、主な要素に分けて整理してみたい。
 まず、戦後直後、つまり1945年以降に確立されたのが「米ドルの基軸通貨体制」だ。金1オンス=35ドルと定められ、米ドルが世界の基軸通貨となった。それ以前の基軸通貨は英ポンドだった。現在も当たり前のように感じている米ドル中心の金融体制は、パクス・アメリカーナの大きな柱だ。
 二つ目は「国際連合の設立」だ。国連は、第二次世界大戦への強い反省から「二度と世界大戦を起こさない」ために、アメリカ主導で作られた。ただし、常任理事国5カ国の拒否権という仕組みは、現在も大きな課題として議論されている。理念は立派でも、実効性が伴っていないという指摘は少なくない。
 三つ目は「自由貿易体制」だ。皆さんはGATT(ガット)という言葉をあまり聞かないかもしれないが、かつてはガット・ウルグアイラウンドなどが盛んに議論されていた。その後、問題点を踏まえてWTOへと移行し、2000年前後には中国も加盟した。関税をできるだけ下げ、自由貿易を推進してきたのも、アメリカ主導の世界秩序だった。
 四つ目は「圧倒的な軍事力」だ。軍事費、兵器の質と量のいずれを見ても、依然としてアメリカは世界トップだ。中国が追い上げているとはいえ、質的な面ではまだ大きな差がある。
 さらに、「科学技術の革新力」も重要だ。インターネットはアメリカ発祥であるし、最近では新型コロナウイルスのワクチンもアメリカで開発された。
 経済面では、統計の取り方にもよるが、GDPの世界シェアは約26~27%と、依然として最大だ。中国が第2位、日本はドイツやインドに抜かれる可能性が語られるなど不安な話もあるが、経済的覇権はまだアメリカにある。
 また、「覇権的外交」に加え、「文化的影響力」も無視できない。私たちの世代は、ニューヨークやロサンゼルス、ハリウッド映画やアメリカのポップミュージックに強く憧れた。「アメリカに行きたい」という気持ちは、多くの若者を魅了していた。
 現在もシリコンバレーには世界中から人が集まるが、一方でサンフランシスコは治安が悪化し、ホテルから「夜6時以降は外出しないでください」と言われるような状況だ。それでも、戦後アメリカが中心となって築いてきた世界秩序がパクス・アメリカーナだ。
 問題は、その体制がまだ80年しか続いていない段階で、トランプ氏自身がそれを壊し始めているように見える点にある。

周:1971年の「ニクソン・ショック」でドルと金の交換が停止された後、アメリカはドルの価値を支える新たな「錨」が必要だった。1974年、当時のヘンリー・キッシンジャー国務長官が主導したサウジアラビアとアメリカの石油取引を米ドルで行う仕組み(ペトロダラー体制)は、締結された他の産油国も追随し、世界中の国々が石油を買うためにドルを必要とする「ドルの覇権」が確立された。しかし、上記の「協定」は2024年6月に期限を迎えた後更新されず、サウジアラビアがBRICSへの加盟や多通貨決済へ動いている。「米ドルの基軸通貨体制」が歴史的な転換点を迎えている。
   第二次トランプ政権発足後、アメリカは、パリ協定(気候変動)、世界保健機関(WHO)、国連人権理事会(UNHRC)、ユネスコ(UNESCO)、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)、国連人口基金(UNFPA)、国連女性機関(UN Women)、国連大学など66の国際組織・条約から脱退した。アメリカは自ら国連中心の国際秩序を破壊している。
   さらにトランプの貿易戦争による各国への高関税の乱発は、「自由貿易体制」を揺るがしている。
 「科学技術の革新力」も中国の追い上げに見舞われている。華為(ファーウェイ)を始めとする中国のテック企業への制裁は、アメリカの危機感を表している。
   そうした意味では、パクス・アメリカーナは急激に変質してきている。

岩本敏男

■ パクスの系譜:世界秩序をつくる力とは


岩本:パクス・アメリカーナの原点は「パクス・ロマーナ」にある。「パクス」とは、古代ローマ神話における平和と秩序の女神パクスに由来する。パクス・ロマーナとは、紀元前27年に即位したアウグストゥス帝から、アウレリウス帝まで、約200年間続いたローマ帝国の安定と繁栄の時代を指す。戦争が皆無だったわけではないが、強大な軍事力と行政力によって秩序と平和が保たれていた。
 この後、「パクス〇〇」という言葉が再び使われるまで、長い時間が空く。その次が「パクス・ブリタニカ」だ。1815年のナポレオン戦争終結から、1914年の第一次世界大戦開戦までの約100年間、大英帝国は世界の海を支配し、広大な植民地を持つ覇権国家だった。
 パクス・ブリタニカの基盤となったのは、18世紀にジェームズ・ワットが改良した蒸気機関に象徴される圧倒的な生産力だ。「世界の工場」としての地位が、海軍力と軍事力を支えた。その結果、英語は世界の共通語となった。
 世界秩序をつくる力とは、単に軍事や通貨だけでなく、産業力や文化、言語にまで及ぶ。ドルが基軸通貨になったのはパクス・アメリカーナの時代だが、英語が基軸言語となったのは、パクス・ブリタニカの遺産だと考えるべきだ。イギリスは法律制度の面でも世界に大きな影響を与え、これもパクス・ブリタニカの重要な要素だった。
 さて、「パクス・アメリカーナ後の世界はどうなるのか」という問いを、私は各地でよく投げかけられる。「終わりつつあるのは分かった。では次はどうなるのか、教えてほしい」と。正直に言えば、それが分かるなら、私は今ごろ世界をリードする役割を担っているだろう。それほど、パクス・アメリカーナ後の世界は誰にも分からない。
 トランプ氏自身も分かっていないだろうし、高市さんも同様だと思う。ただ、世界中、とくにヨーロッパの首脳たちが、アメリカ主導の国際秩序が失われた後、「これからどうするか」を真剣に議論している。

周:「パクス・ロマーナ」、「パクス・ブリタニカ」、そして「パクス・アメリカーナ」の本質は、強大な軍事力で帝国の繁栄をもたらす秩序の創出と維持である。決して平和を維持するものではない。帝国は周辺諸国から富を吸い取る秩序を作り出すため、戦争を辞さない。
   第二次大戦後現在までの80年間、アメリカが海外で軍事介入や紛争に関与していなかった期間は、実質「0年」だ。アメリカ議会調査局(CRS)等によると、第二次大戦後、アメリカは100カ国以上で正規戦、空爆、特殊作戦、政権転覆工作など軍事介入をしてきた。1991年から2022年までの間だけでも、海外で250回以上の軍事介入を実施した。
   パクス・アメリカーナ後は、他国を吸い取るような帝国が存在しない世界が目指されるべきだろう。

パクスロマーナ 岩本敏男

■ 世界の中心がアジアに?


岩本: その一つのヒントとして紹介したい人物がいる。フランスの思想家・経済学者である「ジャック・アタリ(Jacques Attali)」だ。日経新聞にも年に数回寄稿している。彼はミッテラン政権で約10年間顧問を務め、1991年には欧州復興開発銀行の初代総裁も務めた。約10年前に著した『21世紀の歴史』の中で、興味深い見方を示している。
 私は彼の考えすべてに賛成しているわけではないが、未来を考えるヒントとしては非常に示唆的だ。アタリは、過去900年間における「世界の中心都市」をプロットした。ベルギーのブルージュから始まり、アントワープ、アムステルダム、そしてヨーロッパではロンドンへ。これがパクス・ブリタニカの時代だ。その後、中心は大西洋を渡り、ボストン、ニューヨーク、ロサンゼルス、そして現在で言えばシリコンバレーへと移っていく。
 彼によれば、この900年の間に世界の中心は9つの都市を移動してきたが、どの都市の繁栄も最長で150年しか続いていない。パクス・アメリカーナは約80年で終焉を迎えようとしているが、アメリカで反映している都市もいずれ150年以内に次の中心へ移る。しかも、中心は一貫して東から西へ動いている、というのだ。
 ロサンゼルスまで来た以上、西へ進めば太平洋を越えるしかない。つまり、次はアジアに移る可能性がある。私はアタリの説を全面的に支持しているわけではないが、「22世紀がアジアの世紀になる可能性は極めて高い」と考えている。
 皆さんは20歳前後ですから、ぎりぎりその時代を生きる人もいるかもしれない。もしそのとき、私の話が当たっていたら、「昔、岩本さんがそんな話をしていた」と思い出してもらえるかもしれない。
 問題は、アジアのどこが中心になるかだ。東京であってほしいとは思うが、北京、南京、ジャカルタ、あるいはニューデリーやムンバイ、アーメダバードかもしれない。正直、どこになるかは分からない。
 ただ理由は明確だ。アジアは圧倒的な人口増加を続けている。インドはすでに14億人を超え、中国を上回った。インドネシアも3億人以上だ。アフリカにも大きな人口があるが、文化的・社会的成熟にはもう少し時間がかかるとすれば、次の主役はまずアジアになる可能性が高い。つまり、次の時代はヨーロッパでもアメリカでもないかもしれない。
 皆さんは、大学を卒業した後、そのアジアの時代をつくる側に回る。私は、皆さんにはそんなミッションがあると思っている。

周:ジャック・アタリはあくまで欧米中心の文明史観だ。8世紀、シルクロードで繁栄を謳歌した唐王朝初の長安はすでに100万の人口を誇る世界最大の都市だった。アタリ氏が言う900年前だとすると、世界最大の都市は北宋の都、開封で、その人口規模も100万人以上とされる。15万以上の人口を抱えていた平安京の京都も、世界有数の大都市だった。まさしくアジアの時代だった。当時ヨーロッパでは大都市であっても数万人の規模だったようだ。アタリ氏が取り上げたベルギーのブルージュの人口規模は5,000人〜数万人と推定される。決して世界の中心都市だったわけではない。
 1950年、世界で人口1,000万人を超えるメガシティはアメリカのニューヨーク(ニューアークを含むニューヨーク都市圏)と日本の東京(東京大都市圏)の2つしかなかった。しかし2015年には、29都市に激増し、その大半はアジアの都市だ(【メインレポート】周牧之:メガロポリス発展戦略 を参照)。ゆえに私はアジアの時代はすでに再来したと思っている。メガシティとしてのアジア勢力の台頭は、まさしくパラダイムシフトを象徴している。
   アジアが生み出す巨大な富が「パクス・アメリカーナ」下のアメリカの繁栄を支えている。一方、アメリカは、力をつけてきたアジアに危機感を抱いている。

世界の大都市分布と各地域の都市化率(2015年):【メインレポート】周牧之:メガロポリス発展戦略

■ 世界の価値観が反転するパラダイムシフト時代


岩本:先ほど「パラダイムシフト」という言葉を使ったが、将来の歴史家が振り返ったとき、「2010年から2030年頃までの約20年、特にこの10年余りは、大きな歴史的転換点だった」と評価されるかもしれない。今まさにその渦中に私たちはいる。
 パラダイムシフトとは、これまで当たり前だと思っていた価値観や認識が、一気に変わることを意味する。少し率直に言えば、私が子どもの頃、小学校や中学校では「男の子は男の子らしく、弱い女の子を守るものだ」という価値観が普通にあった。今では、むしろ女性の方がずっと強いのではないかと思う場面もあるが、当時の価値観をそのまま口にすると、ジェンダーの問題として批判されてしまう。善悪を論じたいわけではなく、価値観が大きく変わったことは事実だ。
 さらに時代をさかのぼれば、江戸時代から明治に移る頃、男性はちょんまげに刀を差していた。それを捨て、ざんばら髪になっただけでも、当時の人々にとっては強烈なカルチャーショックだったはずだ。しかし日本は、そうした大転換を乗り越えてきた。
 この10年ほどの動きが大きいと感じる理由は、SDGsやカーボンニュートラル、パリ協定、京都議定書などに象徴されるように、経済や社会構造そのものを変えようとする時代に入ったからだ。そこに、新型コロナウイルスのパンデミックが重なり、世界に極めて大きな衝撃を与えた。
 さらに、ロシアのプーチン大統領によるウクライナ侵攻も決定的だった。ロシア側には彼らなりの理論と「正義」があるが、私たちから見れば到底受け入れられない。それでも、そうした行動が現実に起きている。同様に、イスラエルのネタニヤフ首相によるガザ地区での行動も、極めて苛烈で無謀に見えるが、イスラエル側にはイスラエルの「正義」があると主張されている。こうした出来事が重なり、地政学リスクが一気に顕在化した。
 そして極めつけは、トランプ氏の大統領就任だ。これまでの価値観や常識にほとんど縛られない人物が大統領になったことで、アメリカ社会の分断は一気に表面化し、極めて深刻なものになっている。いまや、ニューヨークでは初のイスラム教徒の市長が誕生し、自らを「民主社会主義者」と名乗っている。これをアメリカ国民すべてが受け入れているかといえば、決してそうではない。
 こうした世界の変化を、日本の比較的平和な環境にいる私たちも、他人事としてではなく、しっかりと受け止める必要がある。

周:露骨に軍事という「暴力」で自分の「正義」を主張することが激しくなった。これもパクスアメリカーナの終焉の象徴だ。

■ 社会構造の変化がもたらす民主主義の揺らぎ


岩本:私がまだ若い頃、ニューヨークは強い憧れの街だった。ただし当時は「ウエストサイドには行くな」とよく言われていた。皆さんも『ウエストサイド・ストーリー』というミュージカルを聞いたことがあるかもしれないが、実際に私も男友達と二人で昼間に歩いたことがある。正直、かなり怖かった。集団で固まっている人たちがいて、目がうつろで、麻薬をやっているのではないかと思うような雰囲気だった。昼間でも、20〜30代の男性二人が歩いていて恐怖を感じる場所だった。
 ところが今では、そうした場所はすっかり姿を変え、高層ビルが立ち並ぶ街になっている。まさに、パラダイムシフトが現実に起きている時代だと言えるだろう。
 当然、それに伴って社会構造も大きく変化している。先ほど触れたSDGsやパンデミック、カーボンニュートラルといった課題もその一例だ。18世紀にジェームズ・ワットが蒸気機関を発明して以降、人類は工業化を一気に進め、生活は飛躍的に便利になった。ニューヨークへも世界中どこへでも、短時間で行けるようになった。しかしその一方で、地球環境に対して多くの負荷を与えてきたのも事実だ。
 地球は本来、復元力の高い美しい惑星だが、人類はその回復能力を超える負荷をかけ、不可逆的な変化を引き起こしてしまった。これを修復するためには、技術開発だけでなく、社会規範の見直しが不可欠だと私は思う。
 さらに新型コロナウイルスは、私たちの生活様式を大きく変えた。「集まらない」「密を避ける」という制約の中で、在宅やオンライン中心の社会が進み、会社と社員の関係性も変化した。皆さんはまだ実感がないかもしれないが、日本では長く、大学卒業後に一つの企業に入り、その文化を学び、製品やサービスへの誇りを持ちながら自分の価値を高めていく、という生き方が理想とされてきた。
 しかし今、そのモデルは大きく揺らいでいる。よく言われる「ジョブ型雇用」と「メンバーシップ型雇用」の議論だ。私はグローバルに仕事をしているが、アメリカでは優秀な人ほど2〜3年で転職する。より良い条件やポジションがあれば移る。その間は会社に全力を尽くすが、キャリアは常に流動的だ。日本で言われるジョブ型雇用とは、実はかなり意味が異なる。この違いを理解せずに導入すると、日本の良さが失われかねない。
 日本には、1400年以上続く金剛組をはじめ、100年以上続く企業が数多くある。これは世界的にも突出した特徴だ。なぜ日本には長寿企業が多いのか、その背景を深く考える必要がある。
 もう一つ、私が強く懸念しているのは、世界的な分断と民主主義の揺らぎだ。かつて日本は「総中流社会」と言われた。極端な富裕層や貧困層は少数で、9割近くが中流として安定した生活を送っていた。この構造が戦後日本の原動力だった。しかし今、日本でもその前提が崩れ始めている。欧米ではすでに深刻だが、日本も例外ではない。

周:分断と民主主義に関しては、格差が拡大する中で中流階級から脱落した人々の、利益を代弁する政党の不在は大問題だ。アメリカでは本来これは民主党の役割だったが、民主党は金持ち政党へと変質した。共和党のトランプはMAGA(Make America Great Again)を叫び、ラストベルトの人々の代弁者のようにして選挙に勝ち抜いた。しかし金持ちのトランプはこうした人々の代弁者では決してない。
 日本の場合は、左派政党の自滅により底辺の人々への想いが薄れているようだ。公明党だけが立場の弱い人々の受け皿になろうとしている。
 グローバルとテクノロジーの時代に、取りこぼされている人々をきちんと世話しなければアメリカのような分断社会になりかねない。

■ イノベーションとは自然科学と人文・社会科学の「総合知」


周:パラダイムシフトの背後に、大きなイノベーションの波がある。

岩本:そこで「イノベーションとは何か」をお話ししたい。本当はチコちゃん流に「イノベーションって何?」と聞いて「Don’t sleep through life!」と言ってみたいところだ。イノベーションとは何だろう。
 日本がイノベーションを日本語訳したときに、少し間違いが起こったのかもしれない。ここで紹介するのはアルビン・トフラーだ。1980年に『The Third Wave(第三の波)』を書いた。私は1976年に電電公社に入っているので、その4年後に貪るように読んだ記憶がある。この日本語訳は、日本放送出版協会(NHK出版)から刊行されており、あの有名なアナウンサー、鈴木健次さんも訳者の一人だった。
 第三の波とは、人類が狩猟生活(Society1.0)から1万年ほど前の農業革命で定住し、農耕社会(Society2.0)ができた。これが第一の波で、18世紀の蒸気機関を端緒に産業革命が起こって工業社会(Society3.0)に入る。これが第二の波になる。電気、飛行機など、生産力の飛躍的発展で豊かな生活が可能になった。その次の第三の波が情報通信革命だ。インターネットが生まれコンピュータのパワーが全盛期になる、現在われわれが暮らしている情報社会(Societ4.0)だ。

周:『第三の波』が中国で刊行された時、私はオートメーション専攻の大学生だった。情報化社会の有り様を預言するこの本を夢中で読み返した。のちに中国で成功した工学出身の起業家らの話を聞くと、みんなこの本に影響されたと言う。

岩本:そして、日本政府が言い出したのが「Society5.0」だ。リアルな世界とサイバー空間をシームレスに結び、人々が抱える課題を解決する社会を目指す。これを唱えたのは2016年で、内閣の閣議決定をされた第5期(2016年〜2020年)科学技術基本計画に基づき、目指すべき未来社会の姿がSociety5.0として定義された。
 2016年、今から約10年前のことだ。科学技術基本計画は5年ごとに策定されるが、2021年に第6期計画が作られる1年前、大きな転換があった。それは、科学技術基本法が25年ぶりに大改正され、法律名に「イノベーション」が加えられたことだ。こうして「科学技術・イノベーション基本法」となり、2021年3月には「第6期科学技術・イノベーション基本計画」が閣議決定された。
 この計画はSociety 5.0の考え方を引き継いでいる。イノベーションの定義については、経済産業省が示したものがあるが、特に重要なのは「経済社会に大きな変化を創出すること」という点だ。
 イノベーションは、単なる技術革新だけでは不十分であり、自然科学の「知」と人文・社会科学の「知」を融合した「総合知」が必要だとされる。つまり、理系だけでなく、文系の皆さんにとってもイノベーションは不可欠であり、自ら起こしていかなければならないものだ。

■ シュンペーターの視点「成長と発展は別もの」


岩本:イノベーションを語る際、必ず紹介する人物がいる。約100年前の経済学者、「ヨーゼフ・シュンペーター(Joseph Alois Schumpeter)」だ。彼はオーストリア=ハンガリー帝国時代、現在のチェコ周辺で生まれた。1912年に著した『経済発展の理論』の中で、「成長(Growth)」と「発展(Development)」を明確に定義している。
 グロースは、植物が芽を出し成長し、花を咲かせ実を結ぶような量的拡大だ。経済で言えばGDPの増加などがこれに当たる。一方で、日本ではあまり意識されていないのがディベロップメントだ。これは単なる「開発」ではなく、「質的な変化を伴う発展」を意味する。研究開発(R&D)も、この本来の意味では質的進化を指す。
 SDGs(持続可能な開発目標)の「ディベロップメント」も同じだ。多くの場合「開発」と訳されるが、本質は「質的に向上する発展」だ。サステナブルとは、単に永続することではなく、「次の世代の権利を損なうことなく、今の課題を解決すること」だと定義する人もいる。これは非常に本質的な考え方だ。
 日本の財政は現在、GDPの2倍を超える債務を抱えている。積極財政は必要な場面もあるが、借金はいずれは返済しなければならない。最近は「実質的債務」という言い方もされるが、海外資産と借金を単純に相殺できるわけではない。この点について、私は必ずしも楽観的ではない。
 話を戻すと、シュンペーターはグロースとディベロップメントの違いを明確に示した。これは今でも極めて重要な視点だ。さらに彼は、イノベーションの本質を「新結合」にあると述べている。その具体例として、5つの類型を挙げた。
 第一は、新しい財やサービスの創出。ウォークマンやインターネットの登場が典型例だろう。
 第二は、革新的な生産技術。フォードの流れ作業による大量生産は、車を安価に普及させた。
 第三は、新しい販売チャネルやマーケティング。Amazonは、ネットを使ってロングテールの少数需要を集めることで成功した。
 第四は、新しい原材料。航空機は金属から炭素繊維へと進化し、軽量かつ高強度を実現した。レアアースも重要な原材料の一つだ。
 第五は、新しい組織。これは「仕事のやり方を変えること」と言い換えると分かりやすい。
 シュンペーターが100年前に示したこの考え方は、時代を超えて今なお有効なイノベーションの本質だと言える。

周:世界知的所有権機関(WIPO)のグローバル・イノベーション・インデックス(GII)2025によると、科学論文数、PCT国際特許出願数、ベンチャーキャピタル投資案件数の三つの指標で評価する世界の科学技術クラスターのトップ5の中の4つが、アジアの地域だった。第1位は深圳-香港-広州、第2位東京-横浜、第3位サンノゼ-サンフランシスコ、第4位北京、第5位ソウルだ。つまり今日のアジアは工業生産だけでなくイノベーションにおいてもすでに圧倒的なパワーを誇示している。
 アジアの再興はパクス・アメリカーナ終焉後の行方を示唆している。

■ 持続的・破壊的イノベーションを探る「両利きの経営」


岩本:イノベーションの話でもう一人、ぜひ紹介したい人物がいる。クレイトン・クリステンセンだ。2020年、67才で亡くなったが、彼が提唱した有名な概念が「イノベーションのジレンマ」だ。
 イノベーションのジレンマとは、「持続的イノベーション」と「破壊的イノベーション」の間に生じる矛盾を指す。持続的イノベーションとは、既存の製品やサービスを改良し、性能や品質を高めていくことだ。多くの企業は、市場ニーズに応えるため、製品を小さくする、性能を上げる、サービスを改善するなどを継続的に行う。これは当然、必要な取り組みだ。
 一方で重要なのが、破壊的イノベーションだ。これは従来の延長線上にはない、まったく新しいやり方で価値を生み出す。本来はこれにも取り組むべきだが、実際にはなかなかできない。なぜなら、企業の中では「コストが高すぎる」「今は市場がない」「商売にならない」といった否定的な意見が出やすく、開発が途中で止まってしまうからだ。これがイノベーションのジレンマだ。
 分かりやすい例が、写真フィルムの世界だ。かつては銀塩フィルムが当たり前で、富士フイルムやコダックは高性能なフィルムを改良し続けていた。デジタルカメラやスマートフォンは、当初は画質も悪くコストも高かったため、相手にされなかった。それでも技術は急速に進化し、結果として写真の主流は完全にデジタルへ移行した。
 富士フイルムはこの変化を受け入れ、化粧品や新素材など新たな事業へ転換した。一方、対応が遅れたコダックは経営破綻を経験した。これこそが、クリステンセンの言うイノベーションのジレンマだ。
 この問題に対し、解決策を提示したのがスタンフォード大学のチャールズ・オライリー教授だ。2016年、ハーバードビジネススクールのマイケル・タッシュマン教授と共に『Lead and Disrupt』を発表し、持続的イノベーションと破壊的イノベーションの両立が必要だと主張した。
 この考え方は、日本では入山章栄教授によって「両利きの経営」と訳された。非常に秀逸な訳だ。両利きの経営とは、「知の深化(Exploitation)」、つまり持続的イノベーションを続けながら、「知の探索(Exploration)」、すなわち破壊的イノベーションを意識的に探すことだ。
 多くの企業は、既存の強みを磨き続けるあまり、新しい挑戦を潰してしまう。これを「コンピテンシー・トラップ」と呼ぶ。この罠を避けるためには、意識的に両利きの経営を行う必要がある。
 入山教授は、日本の経営者の任期が短すぎるとも指摘している。4〜6年では腰を据えた改革は難しく、赤字覚悟で新分野に投資する判断ができないという。社長の「センスメイキング」、つまり状況を正しく読み取り判断する力が重要という点には、私も同意する。
 いずれにせよ、知の深化と知の探索をどうバランスさせるか。これは非常に難しい課題だが、企業が成長し続けるためには避けて通れない。

周:自動車産業からイノベーションのジレンマを見ると日本企業は、燃費や品質などの「持続的イノベーション」に長けている。しかし、EVやAIによる自動運転などの「破壊的イノベーション」に弱い。テスラやBYD等のEV新興勢力の急拡大により今、日本の自動車産業は危機的な状況に陥っている。
 「日本の経営者の任期が短すぎる」ことは確かに問題だ。ただ、それ以上に世界的に見れば極めて異質な「サラリーマン経営者体制」は、日本企業のリスクテイクに大きな問題をもたらしている。
 一昨年ゲスト講義に招いた日本経済研究センター元会長小島明さんは、「日本では、上場も非上場企業もバブルがはじけた後に怪我せずリスクを取らず、生き残った人が企業のトップになった。人事部、管理部など内部をやった人たちだ。新しいアイディアが下から来ると、マイナスだ、危険があると列挙し、やってみなければわからないのに可能性を考えずネガティブなことばかり挙げる。技術のリスクは、例えば海外で鉄鋼生産、造船、自動車などそれぞれの国が既にリスクをクリアした産業を、日本が導入した。だから先行した国の後で動かせばいいだけだった。リスクテイクはしなかった。今、日本はリスクというとネガティブにとらえ背を向けて逃げる。オーナー企業の経営者には一部まだリスクテイカーがいるが…(【対談】小島明 Vs 周牧之(Ⅰ):何が「失われた30年」をもたらしたか? を参照)」と痛烈に述べた。だから、大きな経営実績を誇る岩本さんはリスクテイクする稀有なサラリーマン社長だった。


プロフィール

岩本 敏男(いわもと としお)
NTTデータグループ元社長

1976年日本電信電話公社入社。2004年NTTデータ取締役決済ソリューション事業本部長。2005年NTTデータ執行役員金融ビジネス事業本部長。2007年NTTデータ取締役常務執行役員金融ビジネス事業本部長。2009年NTTデータ代表取締役副社長執行役員パブリック&フィナンシャルカンパニー長。2012年からNTTデータ代表取締役社長を務め、海外でのM&Aなどを進めて2018年には売上2兆円を突破した。同年NTTデータ相談役に退き、保健医療福祉情報システム工業会会長に就任。2019年日本精工取締役、IHI監査役。2020年大和証券グループ本社取締役。2022年JR東日本取締役。2023年三越伊勢丹ホールディングス取締役。

【対談】吉澤保幸 VS 周牧之(Ⅱ):文化芸術エンタメあふれる世界が究極の平和

■ 編集ノート:吉澤保幸氏は、日本銀行勤務を経て、ぴあ社専務、ぴあ総合研究所社長を歴任し、日本のエンターテイメント業界を支えている。同時に場所文化フォーラムを立ち上げ、全国各地で新たな交流の場作りと、地域の経済活性化、交流促進、持続可能社会を柱に活動を拡げている。東京経済大学の周牧之教授の教室では2025626日、吉澤氏を迎え、日本のエンターテインメントの現状と行方について伺った。

※前回記事【対談】吉澤保幸 VS 周牧之(Ⅰ)はこちらから

2022年7月21日、周牧之ゼミでゲスト講義する吉澤保幸氏
2022年7月21日、周牧之ゼミでゲスト講義する吉澤保幸氏

■ アジアのエンタメ集積地としての日本を発信 


吉澤保幸:京都で始めたミュージックアワードを、音楽団体が集まってやっていて気づいたことがある。日本だけでなく今アジアで流れている楽曲からも選出をしたことで、日本でいま話題になっている曲が日本を越え世界に共有されていると判った。ボーカロイドの初音ミクやYOASOBI、韓国のKPOPも人気だ。アジアの中のエンタテイメント集積基地の一つとしての日本、という思いで日本の今後の産業を考えることが大事だ。その意味でもミュージックアワードジャパンはアジアにとっても重要だ。中国、台湾、韓国などアジアに広げていけるものとして捉え、継続的にやってほしい。

例えば、演劇の野田秀樹さんは、演劇企画制作会社のNODA MAPを設立され、昨年は、「正三角関係」をロンドンで上演し、大好評を博し、東宝も「千と千尋の神隠し」のロンドンロングラン公演を実施して、大喝采を浴びている。日本からもそういうコンテンツが出て来ている。日比谷音楽祭では音楽プロデューサーの亀田誠治さんが、NYのセントラルパークのサマーステージをまねて「フリーでボーダレスな音楽祭」の開催を目指して頑張っている。

ヨーロッパではイギリスのエジンバラフェスティバルがある。エジンバラを中心にイギリス全土で毎年7月〜9月あたりに各世代から様々な人が参加する。それと同じようなことが日本でできないか?東京、千葉、横浜でフェスティバルをやろうという話を今、文化庁とも話しながら考えている。

周牧之:ぴあ希肯というぴあの合弁会社が北京にある。この会社が北京国際流行音楽週間(Beijing International Pop Music Festival)を2015年から毎年主催している。いまや北京の一大名イベントになっている。集客力も物凄くある。谷村新司や岩井俊二、JO1など日本のアーティストも参加した。そこに更に日本のコンテンツをどんどん入れ込んだ方がいいと思う。

吉澤:いろいろなアーティストが中国に出ていけばいいと思う。日本発のコンテンツがどんどんこれからも大事になる。音楽が好きであれば、アメリカのポップスの登竜門にどんどん日本のアーティストが行く。言葉の壁は全くない。日本はアジアのエンターテイメントのハブになることが大事になる。

周:日本と比べると後発だった韓国音楽業界の世界進出は、大きな成功を収めている。K-POPを成功事例として、日本の音楽業界はもっと積極的に世界に出ていくべきだ。

吉澤:心の豊かさを広げ、エンターテインメントで人々の心の変容をもたらし、構造変容をもたらし、SDGsの目標を達成していく。日本は決してそういうことを無視しているわけではないと世界に発信していくことが必要だ。

オリンピックの森喜朗会長がおっしゃったことで、皆さんも多分そう感じると思うことがある。それは、エンターテインメントを人々が広く享受できるのは、究極の平和な状況だ、ということだ。今、ガザあるいはウクライナは戦争状況の中で、エンターテイメントを楽しめる状況にはない。やはり平和を作っていくためにエンターテイメントの力が必要だというメッセージもSDGsで発することができる。それこそが日本の外交で強いメッセージになる。そんなことを感じながらやっている。

周: 昔、私はイタリアのフィレンチェのフェスティバルで音楽を聴きながら、そこに集う様々な人種の人たちを見て、平和が如何にかけがえのないものであるかを深く実感した。

2017年周牧之ゼミでゲスト講義する吉澤保幸氏
2017年 周牧之ゼミでゲスト講義する吉澤保幸氏

■ スタジアムやアリーナを地域創生の起爆剤に


吉澤:集客エンタメ産業で地域を盛り上げることに関連した取り組みで、ぴあは、コロナの真最中に、神奈川県横浜のみなとみらい地区に、ぴあアリーナMMという一万人キャパシティーの音楽ホールを作った。ゆずがこけら落としのコンサートをする予定だったが、コロナ禍で出来ず、最初1年ぐらいは閑古鳥が鳴いていた。その後、エンターテイメントがどんどん盛り上がってきた中で活況を呈してきた。横浜市と連携しながらミュージックシティ横浜を作るちょっとした場所になった。

地域にできた箱をどう生かすかのエリアマネジメントをうまくやることで、地域にさまざまな人を集め、つなぎ、経済的効果だけでなく、社会的な価値を作り、他の地域に展開できる。今、高知県高松に新しくできた香川アリーナを起点に、エリアマネジメント会社を作る働きかけ等をやっている。エリアマネジメントは、地域の価値の向上のために、さまざまな地域の関係者が連携し主体的に取り組むものだ。

1つのエリアマネージメントとコアになるアリーナがあり、そこで単にスポーツをやるだけではなく、アメリカのマジソンスクエアガーデンのように多機能型で、コンサートやさまざまなイベントができるような場にする。例えば代々木体育館や、今千葉でやろうとしているバレーボールのネーションリーグ会場などでもコンサートができるようにする。東京ドームは、野球だけでなく大型の海外アーティストがコンサートをやれる音楽スポーツ併設アリーナになっている。

周:すでにあるスポーツ施設という箱を活かすことは、集客エンタメ施設の不足を解消し、地域振興のコアにもなる。このアプローチはまさしく一石二鳥だ。2022年東京経済大学の学術フォーラムにパネラーとして吉澤さんが連れていらした日本政策投資銀行の桂田隆行さんがまさしくそうした活動の先駆者だった(フォーラム】笹井裕子 VS 桂田隆行:集客エンタメ産業の高波及効果を活かした街づくりを 参照)。

吉澤:エリアマネージメントが地域にもたらす効果の一つは経済効果だ。こうしたイベントでどれほどの経済規模になるのか。簡単に言うと、フジロックや北海道大神宮祭など地域のフェスで、例えばチケットが一枚5000円で1万人来ると、結構な売り上げになる。チケットの売り上げが数十億であれば、その3倍から4倍の経済価値があるといわれている。30億がチケットの売り上げだとすると、だいたい百億近い経済効果を生む。そのため今、地方の自治体当局はそういうフェスを持って来たい。

今、北海道でも首都圏の近郊でもフェスがあることで街中に賑わいが生まれ、経済効果がある。地域に人が集まり人口が増える。地域外から人、モノ、カネ、テクノロジーが集積していく。

イベントを単に一回で終わらせず継続的に進めていくと、人、モノ、カネ、テクノロジーがさらに集積する。いろいろな人たちが集まってくるので、さまざまなソーシャルキャピタルが向上していく。特にスポーツ等は、学校などで人をつなげ育てる効果がある。ぴあアリーナは、横浜まで地下鉄が延伸しているので埼玉から1本でみなとみらいまで来られる。また意外に横浜であれば名古屋地区、大阪地区からも人が集まってくる。通常のところより5、6倍人が集まってくる。その賑わいをどう効率的かつ効果的に創出するか。これは、行政と地域の人たち、地域団体等が集まり仕掛けをつくっていくことで出来る。横浜でもウオーターフロントラインでの取り組みということで、横浜のまちづくりに「横浜アリーナ」と「Kアリーナ横浜」などの場が地域貢献をしていける。

周:スポーツを集客エンタメとしてアイデンティティのシンボルに育てられれば、地域や都市の繁栄に大きく貢献する。私が住んでいたボストンには、フェンウェイ・パークをホームスタジアムとするレッドソックスがある。ボストンっ子にとってまさしくアイデンティティシンボルだ。日本から松坂大輔投手がレッドソックスに来ていた時はボストンの日本人コミュニティが沸いたことをよく覚えている。

デトロイトには、NBA (ナショナルバスケットボールアソシエーション)のピストンズ 、MLB (メジャーリーグベースボール) のタイガース、NFL (ナショナルフットボールリーグ)のライオンズ、NHL (ナショナルホッケーリーグ) レッドウィングスといった市民から熱狂的な支持を受けるスポーツチームがある。2013年に財政破綻し元気を失ったデトロイトが、スタジアムで試合のある時だけは活気を取り戻していた。これを見て、私はデトロイトの復興にスポーツは無くてはならない存在だと感じた。

吉澤:その通りで、アリーナをどう使い倒すかが行政も地域の企業も大事なポイントだ。

周:スタジアムやアリーナを核としたエリアマネジメントは、まさしくこれからの地域創生の起爆剤となる

③ 2022年11月12日、東京経済大学  学術フォーラム「供給サイドから仕掛ける地域共創の可能性」 セッション1「集客エンタメ産業による地域活性化への新たなアプローチ」に
2022年11月12日、東京経済大学 学術フォーラム「供給サイドから仕掛ける地域共創の可能性」 セッション1「集客エンタメ産業による地域活性化への新たなアプローチ」にて南川秀樹元環境事務次官と吉澤保幸氏

■ 学生起業スタートアップ企業の先駆的存在


吉澤:会社は、上場企業であれば有価証券取引、企業経済活動を決算等々と合わせて開示する。これらと合わせて今義務付けられているのは、会社の企業活動がどうサステナビリティとつながった格好になっているかを、サステナビリティレポートとして有価証券報告書に書き込むことだ。ぴあらしい形で株主および外部の人に発信しようと先日の株主総会で発表したのが、この「ぴあサステナビリティレポート」だ。

ぴあは創業して53年になる。1972年に矢内廣が大学3年の時に創業したベンチャー企業だ。中央大学の映画好きの連中が集まって、立ち上げた。

周:ぴあは学生起業スタートアップ企業の先駆的存在だ。矢内廣さんはオーナーとしてそしてCEOとして半世紀以上にわたり企業の成長を引っ張ってこられた。

吉澤:ぴあでは、POC(ぴあオーナーシップカンファレンス)として、ぴあの社員全員に株主になってもらうことで社員株主総会のようなものを定期的に行っている。また、ぴあはエンターテイメントの会社なので、ぴあ社内で各種エンタメ部活動をコロナ禍明けに始め、助成をしている。今20ぐらいの部活動がある。

環境分野の取り組みや法令遵守のガバナンスにも、ぴあは様々取り組んでいる。通常のサステナビリティレポート、統合レポートは厚みのある本で、読む人は少ないようだが、ぴあでは皆さんに見てもらうため冊子にした。

周:出版物からスタートしたぴあらしい取り組みだ。

吉澤: 1998年にぴあアイデンティーとして「1人1人が生き生きとし、誰1人取り残さない」という言葉を17年前に掲げた。それはSDGsのキーワードそのものだろう。会社の存続に必要なのは、利益を求める経済性だけではない、社業を通じてこうありたい社会を作っているということとの両輪で進めるのが大事だ。携帯電話もインターネットもなかった時代、見たいものを見たい、聞きたいものを聞きたい、という人々の根源的な思いを形にしたのが情報誌ぴあだ。以来50年一貫してエンターテインメント領域で事業やサービスを生み出してきた。

エンターテイメントの作り手と受け手を作り、人々の生き生きとした暮らしと社会を支える「感動のライフライン」というぴあのビジョンを具体化したいのがぴあとしての思いだ。エンターテイメントを通じて一人一人に感動を届ける情報企業として重要なものがある。

2018年7月19日、『中国都市ランキング−中国都市総合発展指標』出版記念パーティにて、安斎隆、吉澤保幸氏
2018年7月19日、『中国都市ランキング−中国都市総合発展指標』出版記念パーティにて吉澤保幸氏と安斎隆セブン銀行元会長

■ 産業育成の根底には人材育成がある


吉澤:ぴあのもう一つ社会貢献は、人材文化の創造、育成、継承だ。文化の承継や時代性に沿った酸素を生み続けることが大切な使命だと思っている。情報誌ぴあ創刊後間もなくスタートした自主映画上映会ぴあフィルムフェスティバルは、48年を迎える。日本を代表する約200人の映画監督を輩出した。昨年はついに中学生が1時間半の映画を作り入選作品となった。どうやって作るのか聞いたら、スマホで作り編集も全部自分でやったそうだ。

コロナ禍ではまた、落語をやる寄席が壊滅的な状況になった。それを支えるためにぴあ落語三昧というサブスクサービスを始めた。落語が好きな方はぜひ試してほしい。若手バンドを応援するグラスホッパーというようなこともやっている。

人材育成が課題のスポーツ業界では、ぴあスポーツビジネスプログラムとして、同プログラムで学んだ人たちが各々のスポーツチームのフロントに入るようなことも始めている。

周:産業育成の根底には人材育成がある。ぴあフィルムフェスティバルは、日本の映画産業に大きな貢献をしている。東京経済大学の入試面接で聞くとスポーツビジネスを将来やりたいという学生が結構多い。ぴあの人材育成事業は彼らの夢をつなげるかもしれない。エンタメを地域活性化のコアにするためには今後エリアマネジメントの人材育成も不可欠となる。

2018年7月19日、『中国都市ランキング−中国都市総合発展指標』出版記念パーティにて、吉澤保幸氏
2018年7月19日、『中国都市ランキング−中国都市総合発展指標』出版記念パーティにて、中井徳太郎環境省総合環境政策統括官、吉澤保幸氏、新井良亮ルミネ元会長(左から

インバウンドには本物のコンテンツ需要


周:これからインバウンドも大事になる。コロナ直前の2019年に中国と香港を合わせた来日インバウンド客は1000万人くらいだった。昨年もだいたいそれぐらいのレベルまで回復している。近いうちにチャイニーズのインバウンドだけでも3000万、5000万人のレベルまで回復すると私は思う。その時に、コンテンツの消費がもの凄く求められる。

吉澤:そういう意味でやはり日本のエンターテイメント、スポーツのコンテンツの質をどんどん上げていくことだ。

文化芸術の世界からやっていく。食文化も和食が世界遺産になり、日本酒も日本の本物をみんなで楽しめるよう、世界的に日本の本物を外の人にも語れるようにすることが大事だ。インバウンドの方がどんどん日本の地域に入り込み、日本人も気がついてないようなところまで覗きに行っている。みんなそれぞれの地域で、文化芸術をもう一回きちんと深掘りしてもらえればいいと思う。

周:日本のエンタメやカルチャーをもっと発信していくことが大切だ

吉澤:フィリピンやインドネシアなど、アジアの大学から日本のコンテンツを知りたいという話が来ている。日本のボップカルチャーにニーズがあるのかと思っていたら、意外にもうちょっとディープな歌舞伎など日本の古典文化芸能を知りたいというぴあは歌舞伎の本を以前出したことがあるが、もう一度それを出し直してアジアに伝えていくことも考えられる。我々にとっては、APECの連携も含めインドチャイナとの寄せ方一回どうやってやるが一番大きな課題になっている。

進化するエンタメの今後


周:コロナ禍で、エンタメは大打撃を受けた。しかしオンラインライブが一時期急激に伸びた。動画配信でONE OK ROCKのステージを見たが、ZOZOマリンスタジアムでのコンサートをオンラインライブするやり方が大成功した。

コロナパンデミックだった2020年、日本での有料オンラインライブ市場は448億円に急成長した。オンラインライブは非常に可能性があることを示したが、コロナ後は、縮小している。

オンラインライブは今後、大きな可能性があると思う。その将来性はリアルライブでは出来ない見せ方を如何に引っ張り出すのかにかかってくる。ライブの場合も、オンラインは今後面白い見せ方をしてリアル作品との相乗効果を作っていける。

もちろんオンラインライブとは逆の方向性として、よりリアルな対面接触型のエンタメビジネスも求められる。

吉澤:いまホスピタリティチケットというのがある。もう一歩上の体験ができる。スポーツホスピタリティは今度世界陸上でもやる。一日スポーツを楽しんでもらうものだ。サッカー、ラグビーといったスポーツの試合を単純に見るだけでなく、観戦の前後にみんなで集い、食事をし、試合が終わった選手と懇談し、写真を撮ったり話を聞いたりする。通常のチケットよりも高額になる同チケットを購入してもらうことで、通常の一般や学生のチケットの値段を抑えられる。あるいは身体の不自由な方々が気楽に観戦できるよう施設を整えることに繋げられる。

イベントでは新宿の新国立劇場でも、バックステージツアーをバレエ、オペラで始めた。オペラやバレエで、その日演じていただいたプリマに終わってから来ていただき、観客がそのプリマと当日の演目について語り合う。通常のチケットであれば1万5000円ぐらいのものが、12万円くらいになるが、そのようなサービスをやることによって、身体の不自由な方にも観覧していただける社会関係が出来る。エンターテイメントの価値をみんなに享受してもらえる。

周:中国奥地の貴州省榕江県というド田舎で、アマチュアサッカーリーグが話題を呼んでいる。村同士の対決をサッカー・スーパーリーグに例え、「村超(村のスーパーリーグ)」と名付けたイベントだ。SNSで全国に拡散したことで人気が沸騰し、多くの観光客を集めている。

昨春、私も現地まで見に行き、熱狂的な盛り上がりを目の当たりにした。SNSで中継するにわか解説者があちこちにいて、ドローンを飛ばしながら対戦を煽っていた。会場まで案内してくれた副県長が、全国から集まる観客の宿泊先、飲食、安全性の確保に必死だと言っていた。いま町中がホテルとレストランの建設で溢れかえっている。

 中国でプロのサッカーリーグが人気を失う中、こういった村同士の対決が盛り上がっていることが、SNS時代の新しい方向性を示していると実感した。

吉澤保幸

2022年11月12日、東京経済大学学術フォーラム「供給サイドから仕掛ける地域共創の可能性」にて司会をする吉澤保幸氏


プロフィール

吉澤 保幸(よしざわ やすゆき)

場所文化フォーラム名誉理事、ぴあ総研(株)代表取締役社長  1955年新潟県上越市生まれ、東京大学法学部卒。1978年日本銀行に入行、日本銀行証券課長など歴任。2001年ぴあ(株)入社、現在同社専務取締役。  場所文化フォーラム代表幹事、ローカルサミット事務総長などを歴任し、地域の活性化に尽力。  主な著書に『グローバル化の終わり、ローカルからのはじまり』(2012年、経済界) 等。

【対談】吉澤保幸 VS 周牧之(Ⅰ):SDGsに文化・エンタテインメント・スポーツを

■ 編集ノート:吉澤保幸氏は、日本銀行勤務を経て、ぴあ社専務、ぴあ総合研究所社長を歴任し、日本のエンターテイメント業界を支えている。同時に場所文化フォーラムを立ち上げ、全国各地で新たな交流の場作りと、地域の経済活性化、交流促進、持続可能社会を柱に活動を拡げている。東京経済大学の周牧之教授の教室では2025年6月26日、吉澤氏を迎え、日本のエンターテインメントの現状と行方について伺った。


■ 市民の地方創生活動が「地域循環共生圏」作りへ


周牧之:吉澤さんは日本バブルの後始末に最も働いた日銀マンのお一人だ。その後、環境、金融のアプローチから、そしてエンターテイメントの面から、地域に活力を入れる取り組みに力を注いでこられた(【ディスカッション】吉澤保幸・中井徳太郎・小椋正清・太田浩史・深尾昌峰:地域と金融 を参照)。周ゼミ生の指導にも長年、熱心にお力添えいただいている。

吉澤保幸:私は今年70歳になるから、学生の皆さんの祖父の世代と言ってもいい。1978年から1998年まで日本銀行で仕事をした。1998年は日本で金融危機があった。山一證券に特別融資を出しさまざまトラブルがあり20年勤めた日銀を辞めた。ぴあ社は、映画、演劇などエンタメの様々な情報を出す雑誌が人気を博し、一時は100万部出して「ぴあ世代」と言われた。ぴあが上場する際、お手伝いしたご縁で2000年に入社した。

同時に地域創生を手がけてきた。日本各地で地方創生をやっている仲間たちが集まり、「場所文化フォーラム」を2003年から始め20年以上経った。仲間の中には財務省の官僚や環境省の事務次官がいて、環境省が2017年に第5次環境基本計画で「地域循環共生圏」の構想を立ち上げた。地域が自立するだけでなく、地域と都市と地域を繋ぎ合わせ、それぞれが持っていない地域資源を循環させながら地域同士が連携し地域創生させる。私たち市民がやってきたことをモデルとし、環境省が国の政策として落とし込んだものだ。これが四半世紀の歩みだ。

周:周ゼミにゲスト講師としていらした中井徳太郎元環境事務次官や小手川大助元IMF日本代表理事らが吉澤さんとは日銀時代からのお付き合いだ。

■ エンタメは人間生存の本源的価値を持つ


吉澤:学生のみなさんはコロナの時は高校生で、大変だったはずだ。コロナ禍ではエンターテインメントの興行やチケットを扱うぴあは、エンターテインメントは不要不急の産業だからやってはいけない、と国から言われた。
「不要不急ってことはないだろう、文化芸術がなくなったら人間は生きていけないだろう」という思いがあった。コロナ禍で人が集まってはいけないとされた。
ところが、コロナ禍にあって「エンターテイメントは不要不急だから集まってやってはいけない」というのは主要国では日本だけだった。ドイツやイギリスは文化芸術を守るため携わっている人たち、そしてコンサートや舞台芸術をやっている人たちに対する補助金や助成金を出した。一方の日本は、びた一文出さなかった。ぴあ社は2020年当時の売り上げ取扱高で1000億円規模もあったのが、コロナ禍で100億円に減った。8割9割なくなった。

周:日本は欧米諸国と同様、ウイズコロナ対策をやった為、感染拡大の波に次から次へと襲われ、集客エンタメへの傷が大きかった。他方中国は、ゼロコロナ政策を徹底したことで、コロナパンデミックから数カ月で国内のコロナ感染者をなくした。コロナの時期、経済学者の私は必死に各国のコロナ政策を比較研究した。ウイズコロナ政策が如何に失敗だったかを痛感した(【論文】周牧之:比較研究:ゼロコロナ政策とウイズコロナ政策(Ⅰ)2020 ―感染抑制効果と経済成長の双方から検証― を参照)。ゼロコロナ政策のおかげで中国の人々は国内でほぼ普通に映画館をはじめとするエンタメの場に出られ、中国は2020年と2021年は世界最大の映画興行マーケットに躍り出た(【ランキング】世界で最も稼ぐ映画大国はどこか? 〜2021年中国都市映画館・劇場消費指数ランキング を参照)。私が多少お手伝いをしているぴあの中国合弁会社も業績を伸ばした。

吉澤:日本では皆さん方が楽しんでいた興行やイベント、エンターテイメントができなくなった。ぴあは上場企業だが本当に生きるか死ぬかのところを経験し、回復するのに結局5年かかった。今ようやくその時傷んだ財務的な基盤を取り戻し、今年度は六期ぶりに配当を出せる状況まで戻ってきた。私も財務担当役員として本気になってやった。
不要不急だとされてエンターテインメント、スポーツ等が出来なくなり、このままでは本当に日本の文化、芸術やスポーツがなくなる危機感を持った。

周:東京オリンピックも無観客で開催せざるを得なかった。チケッティングサービスを提供する業務委託事業者としてぴあも大変だった。

吉澤:社業を通じた社会貢献として、ぴあ総研というエンタメで唯一のシンクタンクを2000年に発足させた。コロナが明け始めた2022年5月、ぴあ創業50周年も相まってぴあ総研主催シンポジウムを東京・豊洲で開いた。それが第1回で、2回、3回と続き、先日4回目をやった。
ぴあ総研シンポジウムで我々がメッセージしたのは、集客エンタメ産業すなわち人が集まってみんなで賑わい楽しみ、集客産業の場を作り出すことは、全く不要不急ではないということだ。人間が生きていくのに必要で、人間の生存のための本源的な価値を持っている。これを世に問い、さらにはコンサート、イベント、スポーツを、今後の日本の基幹産業にするシュプレヒコールを上げるため第1回目のシンポジウムを行った。

周:吉澤さんがおっしゃる通り、コロナ時に苦労したエンタメ産業の下支えを如何に支援するかが凄く大切だった。例えばエンタメの街であるニューヨークはミュージシャンを支えるため音楽家に随分補助金を出した。ニューヨークの日本人ジャズミュージシャンがコロナ禍で仕事がなくなり苦労して大変だったが補助金で助かった、とのNHKの番組もあった。
エンタメ産業の厚みは実際裏方にある部分が特に大きい。裏方は中小企業と個人事業者が主体となっているため、危機に弱い。コロナ禍の経済対策として日本はGOTOトラベルキャンペーンはやったものの、エンタメ産業の直接的支援は行き届かなかった。
その意味ではいかに政府の支援を引っ張り出せるかについて、リーディングカンパニーとしてぴあの存在は大きい。吉澤さんが主催するぴあ総研シンポジウムはエンタメの重要性をアピールするだけでなく、エンタメ産業を代弁する役割もある。

2017年周牧之ゼミでゲスト講義する吉澤保幸氏
2017年 周牧之ゼミでゲスト講義する吉澤保幸氏

■ SDGsの18番目に文化・エンタテインメント・スポーツを


吉澤:ぴあ総研シンポジウム2回目はSDGsの17の目標、169の小目標がある中で、一言も文化芸術という言葉がないのはおかしいと提起した。もともとSCGsは、国連の世界の発展目標で、いわば途上国、グローバルサウスの国をどうエンカレッジしていくかが柱だ。誰1人取り残さないとし、先進国、途上国を含め誰一人落ちこぼれないよう世界全体をレベルアップし、地球環境にきちんとアタッチメントし、共存できる世界を作ることが、人類が生き残るために必要なことだという目標だ。

しかし、その目標に文化芸術とエンターテイメントがないのはおかしい。そこで我々は第2回目のシンポジウムで、SDGsの18番目に芸術・エンターテイメント、スポーツを掲げることを世界に対して提唱した。

ついこの間京都で、ミュージックアワーズジャパンをやった。矢沢永吉、YOASOBIら有名なミュージシャンが出演した日本版グラミー賞だ。これを推進したのはピンク・レディーの歌を作った作曲家で文化庁長官の都倉俊一さんだ。都倉さんは2021年に文化庁長官就任後いち早く「エンタテインメントは不要不急ではない」と世界にメッセージした。これこそが人間が生きていくための本源的な価値を持っているとのメッセージだった。都倉さんと一緒にSDGsの18番目に文化・エンターテイメント・スポーツを入れようという話をしている。それを第2回目のシンポジウムでやった。

第3回目のぴあ総研シンポジウムではエンタメをどう社会に実装していくかについて、地域創生と絡めた集客エンタメ産業とスポーツの推進事例を集めた。横浜の山中竹春市長のほか、岡田武史日本サッカー前監督が今愛媛県今治でFC今治をJ3からJ1に引き上げるようスポーツでの地域活動を一生懸命やっていらっしゃる。そうした事例を集めた。

今回4回目のぴあ総研シンポジウムで、ちょうど文化庁が京都に移転をしたので都倉長官を呼び、東京藝術大学の日比野克彦学長といった方々も集まり、1回目から4回目までのシンポジウムを取りまとめた。

周:確かにSDGsには文化が抜けている。これをぴあから発信し、SDGsに文化・エンタテインメント・スポーツを加えることが出来れば、世界に大きな貢献となる。

2021年11月24日歓談する新井良亮ルミネ元会長、周牧之教授、吉澤保幸氏、中井徳太郎環境事務次官(左から)
2021年11月24日 歓談する新井良亮ルミネ元会長、周牧之教授、吉澤保幸氏、中井徳太郎環境事務次官(左から)

■ エンタメによって日本の街がさらに魅力的に


吉澤:年間を通じて行ってみたい場所を、これから多く作っていくべきだ。日常的にエンターテインメントに触れられることが、街づくりの中でも力を持つ。政府、企業、金融市場、そして国民1人1人のエコシステムがうまく作られていき、アート、スポーツ、経済、社会の好循環が確立していることが大事ではないか。

つなげる、育てるというところを重視し、さまざまな取り組みの循環の中で集客産業がどう貢献できるのかという考え方も重要になってくると感じている。

コロナの中、人類は人との交わり、温かさに触れることがいかに大切かを、身をもって経験した。人と人の触れ合いそのものが文化芸術であるという心のオペレーティングシステムを整える仕掛けとして、SDGsの18番目に文化、エンタメを加えたい。文化芸術エンターテインメントがあふれている世界は、究極の平和状態だ。人間の生活の客観と主観の裏側にも、エンタメや文化が存在している。

周:コロナ禍の時に周ゼミが学生アンケート調査を実施した。その結果をベースに東京経済大学では2022年11月12日、学術フォーラムを開いた。吉澤さんも参加し、集客エンタメセッションの司会を務めてくださった(【フォーラム】吉澤保幸:集客エンタメ産業で地域を元気に  を参照)。そのアンケートからコロナ時の学生が集客エンタメに非常に飢えていることが浮き彫りになった。また学生たちは大学のホームタウンである国分寺市での映画館など集客エンタメを切望していた。周辺に数多くの大学を立地する学園街たる国分寺ですら映画館を立地していないことは、日本の都市にエンタメがいかに欠けているかを表す事例だ。吉澤さんがエンタメを地域振興の要に置こうとすることは大切なアプローチだ。エンタメによって日本の街がさらに魅力的になる。その意味では文化芸術そしてエンタメの要素を強化していくことが日本の都市の大切な進化方向性だ。

吉澤:その土地の芸術、芸能としてあるもの1つ1つを、楽しんで受け止めると、豊かに暮らしていける。日常的にみんなが集まることを習慣化し、文化芸術の質を上げるため教育、投資がいろいろあると豊かになるのではないか。物質的な成長でなく、文化的な目に見えない資本の成長で、幸せに生きていける。そういう社会に変わっていかないと、必ず行き詰まる。

横浜の素晴らしい町並みを面的に回遊していただき、さまざまなITコンテンツを街の魅力と有機的につなげることに取り組んでいる。お客と一緒になって感動を分かち合える時間と空間を真ん中に据える。ライブ文化は、いろんなものが進化しようとも、人間はそこに戻りたいと思う文化であり、そうした土壌に、もっと手軽に気軽にアクセスできるようにすることがすごく重要だ。

文化芸術がコンテンツとして多様な人たちが自然とつながり合う。そうしたところから発信をしていきたいと思っている。我々が心の豊かさを持っていくこと、それから人と人がつながり合うこと。それが人間の生きることの本質だ。それを取り戻さない限り豊かな明日は来ない。

周:製造業と違い、目下世界経済のエンジンたるテック産業の発展する所は、エンタメと美食の盛んな町であることが多い。いまシリコンバレーで創業したテック企業でもニューヨークなどエンタメ都市に大きなオフィスを構えることが多い。やはりトップ級の人材は、エンタメと美食があるところに集まる。人材獲得のためにも企業は高額な賃料や賃金を払ってでも大都市に集まる。東京や横浜に世界中からテック企業を集めるためにもエンタメの役割が高い。

私は日本の都道府県に相当する中国の297都市を評価する研究をしている(中国都市総合発展指標について を参照)。そこでもテック産業とエンタメには大変強い相関関係があるとの研究結果が出た。

2025年8月9日、周牧之教授、吉澤保幸氏、李丹ぴあ希肯総経理
2025年8月9日、周牧之教授、吉澤保幸氏、李丹ぴあ希肯総経理

世界から人材を集めるにはエンタメが必須


吉澤:第1回ぴあ総研シンポジウムで中曽宏前日銀副総裁が基調講演をした時にも紹介したのが、東京で国際金融都市をつくろうという構想だ。国際金融都市としての東京に、世界からいろいろな人材を集めていくとき、やはり必要なのは、金融取引などをやった後にリフレッシュし、発想を変えられるようなエンターテインメントのナイトライフエコノミー等だ。それはロンドンやニューヨークを見ればわかる。あるいはカナダのモントリオールでもジャズが盛んだ。そういう例を挙げて、東京にもエンターテイメントの集積地を作らなければならないと話をした。

周:私もかねてから東京を国際金融都市にすべきだと言ってきた。吉澤さんの旧友でIMF元日本代表理事の小手川大助さんが先月ゲスト講師でお見えになった時も、この話をだいぶ議論した(対談】小手川大助 VS 周牧之(Ⅵ):アジア経済の成長が日本のチャンスに を参照)。国際金融都市になるにはエンタメや美食の集積が大事だ。ただ、東京の金融市場に思い切って規制緩和し、世界中の企業とお金が集まって来られるようにしなければならない。

吉澤:都倉長官が2022年、文化大臣会合がローマで開かれた時に、SDGsの18番目に文化芸術エンターテイメントが必要だと発信をしてくれた。日本からは都倉さんが1人で行かれ、欧米のマスコミが応援してくれたと都倉さんがおっしゃった。東京オリンピック、パラリンピックは無観客で行ったが、そういった世界的なグローバルなエンターテインメント、スポーツのイベントは、文字通りダイバーシティ、インクルージョンをやっていく上で必要だと、当時のオリンピック事務総長の武藤敏郎さんがおっしゃった。

ちょうどその時Jリーグ30周年で、Jリーグを仕掛けた川渕三郎さんが、Jリーグは元々地域に根ざしたチームをつくることで、Jリーグ百年構想を1992年に作ったとおっしゃった。老若男女がスポーツですぐに集まれる地域の場所作りをするため、Jリーグを地域のホームタウン制で作ったことだと言う。今、結構地方でさまざまな場所でスタジアムが出来ている。ついこの間は長崎が出来、香川でも立ち上がった。Bリーグ、バスケットのチームも、沖縄で出来ている。北海道も前は札幌ドームがあったが今は北広島に新しいスタジアムでエスコンフィールドができて、それが1つの環境になっている。

第1回のぴあ総研シンポジウムではまた、三菱地所の吉田淳一社長は、大手町、丸の内、有楽町で町づくりをやる時にも祭りやスポーツが欠かせないとおっしゃった。それを実行するためにさまざまな人材育成が世代を超えて必要だと、日本総研理事長の翁百合さんが発言された。

第2回目には、さまざまなエンターテイメントに関わっている方々が参加し、ホリプロの堀会長、狂言師の野村万斎さん、瀬戸内芸術祭のアートディレクター北川フラムさん、漫画家の里中満智子さん等が、お話をされた。脳科学者の茂木健一郎さんは、エンターテインメントは人間の脳を活性化し、様々な災害等が起きても生き残れるレジリアンスのための装置だと話された。

地域をさまざまに活性化していく上で経済だけを言いがちだが、根源的にはエンターテイメント、スポーツの楽しさをいかにシェアできるかが必要ではないだろうか。そういうフェーズに入ってきたのではないか。そうした論考で「地域循環共生圏」の中に、ライブ、エンターテイメント、スポーツ等を組み込んでいくことが大事だ。

周:確かに近年、三菱地所の丸の内界隈は随分魅力的になってきた。私も銀座へ行くときは東京駅から降りて界隈を歩いていくのが楽しい。

21世紀の競争は国家の競争より、都市の競争だ。そこではエンタメで如何に地域や都市を魅力的にしていくことが問われる。


プロフィール

吉澤 保幸(よしざわ やすゆき)

場所文化フォーラム名誉理事、ぴあ総研(株)代表取締役社長  1955年新潟県上越市生まれ、東京大学法学部卒。1978年日本銀行に入行、日本銀行証券課長など歴任。2001年ぴあ(株)入社、現在同社専務取締役。  場所文化フォーラム代表幹事、ローカルサミット事務総長などを歴任し、地域の活性化に尽力。  主な著書に『グローバル化の終わり、ローカルからのはじまり』(2012年、経済界) 等。

【対談】中井徳太郎 VS 周牧之(Ⅲ): 大陸との葛藤、現代日本の岐路

■ 編集ノート:東京経済大学の周牧之教授の教室では2025年10月9日、日本の環境政策を牽引した中井徳太郎元環境事務次官と周牧之教授が、縄文・弥生のルーツ、「環日本海・環シナ海」交流圏、日中関係やエネルギー政策に至る現代日本の岐路を論じた。

2022年11月12日、東京経済大学学術フォーラム「供給サイドから仕掛ける地域共創の可能性」にて講演を行う中井徳太郎・前環境事務次官(肩書は当時)

■ 上野村の大自然で過ごした原体験


中井徳太郎:母の実家は群馬県の上野村で、日航機墜落事故の現場として知られる御巣鷹山の周辺だ。子どもの頃から、夏も冬もそこで過ごし、川で遊び、ブヨに刺され、草にかぶれ…そんな自然の中で過ごした。

 その体験が「自然が身に染みついている」「水が恋しい」という感覚につながっているのだろう。その感覚を持ったまま、1985年に社会人になった。ちょうど高度成長期が終わり、しかしバブルはまだ弾けていない時期で、世の中には「サステナブル」「持続可能性」といった問題意識はほとんどなかった。私自身も、正直なところ当時そういうことを深く考えてはいなかった。

周牧之:中井さんの自然への感性は非常に豊かだ。縄文杉などの大木を見た時、大半の人はただ「でかいな」と感じるくらいだ。中井さんは巨木を抱きしめて感動する。滝を見ればその中に入って打たれて感動する。沖縄でも上野村でも私は何度も中井さんに滝の中に連れ込まれた(笑)。

中井:職業選択としては、当時は今よりもずっと「官僚」という仕事にステータスややりがいのイメージがあり、大蔵省に入った。いろいろな仕事を経験しているうちに、「20世紀から21世紀へ、大きな時代の転換点に自分は生命体として立ち会っている」という感覚を強く持つようになった。

 人類全体が、とてつもなくチャレンジングな大転換期に生きている。そこで生命を受けた意味はとても重いし、せっかく生まれてきた以上、ちんけな人生にはしたくない。これが、私のモチベーションの原点だと思う。

群馬県上野村を流れる神流川

■ 日本海を発想の源流に


中井:そうした感覚を持ちながら富山県に出向し、「逆さ地図」と出会った。日本海を中心に、循環と共生の視点で21世紀を捉え直そうと、「日本海学」を立ち上げた。海を中心にした循環共生圏という、一つの生命体のようなイメージがわっと湧いてきて、そこからこの地域総合学を組み立てた。

 富山での勤務が終わって財務省に戻り、その中で周先生と出会った。一方で、自分にとって大きかったのが、2011年の東日本大震災だ。原発事故や放射性廃棄物の処理など環境省が大きな役割を担うことになり、その渦中、私は課長として環境省に出向した。

 そこで地球環境問題、カーボンニュートラルといった大きなテーマのど真ん中に入り込み、11年間環境省に在籍した。最後の2年間は事務方のトップである事務次官を務め、3年前に退官した。振り返ると、環境省で「地球沸騰」とも言われる状況下の政策をつくる際、日本海学の発想がかなり根底で活きた。

周:先ほど少し話したが、20年前に中井さんに富山へ案内されたときのことをよく覚えている。当時一緒にいたのは、私と中井さん、そして三人兄弟のように付き合っているもう一人の楊偉民さん。羽田空港で飛行機に乗る前に、当時中国国家発展改革委員会の五カ年計画担当局長だった楊さんらが中井さんから半ば強制的に環境に関する講義を受けた。そして富山に着くと、雪山に連れて行かれ、雪の壁に積もった黄砂を見せられた。

 日本海を題材に、アジアが直面する環境問題を考えさせられた。楊さんは中国に戻り、「生態文明」政策を大きく打ち出した。後に中国共産党中央財経領導小組弁公室元副主任になった楊さんは、中国の生態文明政策をさらに推し進めた。

 今では中国が環境政策を文明論のレベルにまで高めた国だと評価されることがある。その思想の源流には、実は中井さんの発想や影響が深く関わっている。

 中井さんは楊さんが中国で生態文明政策を体系化したことを喜ぶと同時に、日本でも同じような政策を立てる必要があると、私に何度も言っていた。これが中井さんは財務省から環境省に行き、日本の環境政策に新風を吹き込んだ動機にもなっているはずだ。

2024年11月30日、東京経済大学国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」懇親会にて、左から順に中井徳太郎・元環境事務次官、楊偉民・中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、周牧之・東京経済大学教授、徐林・中米グリーンファンド会長(肩書は当時)

■ 縄文人・弥生人のルーツ


中井:日本列島の歴史をひもとくと、日本海側には今は人口が少ないが、縄文海進で暖かかった時代には、東北から北海道あたりがむしろ豊かだった。三内丸山遺跡のような大規模集落が示すように、狩猟採集や採集漁労で豊かに暮らしていた時代があり、気候変動とともに人々は九州などへ移っていった。

 そういう長いスパンの歴史を見ていくと、日本海側の意味もまた違って見える。縄文人はどこから来たのか、弥生人はどこから来たのか、ロマンのある仮説もいろいろある。ユダヤ人との関係を説く人もいるし、東北大学名誉教授の田中英道先生のように、思わず納得してしまうような説を唱える人もいる。

 いずれにせよ、地球環境が激しく荒ぶる時代に今、私たちは存在している。その事実は否定できないとなると、すごく意味があるはずだ。「どうせ生きるなら何かいいことをしたい」という感覚が私の原点だ。それは誰もが気づきさえすれば、できることだ。

周:日本人のルーツはそもそも大陸との関わりが深い。大陸で大きなパワーシフトが起きるたびに日本に影響を及ぼした。そうしたロジックと「環日本海・環シナ海」のスケールで考えると、縄文人・弥生人がどこから来たのかという話は凄くドラマチックだ。

 およそ紀元前2500年頃(約4500年前)に、黄帝が率いる黄河文明の部族と炎帝が率いる長江文明の部族が、蚩尤が率いる三苗の部族相手に大きな戦争をした。現在の山東省あたり本拠地の後者が負け、南へ敗退した。これが今日中国の南から東南アジアまで広く分布しているミャオ族のルーツと言われている。自分のアイデンティティを固く守るミャオ族はまさに「生きた化石」だ。彼らの文化は数千年も変わっていない。ミャオ族の村に行くと、「傩(nuo)」という日本の「能」そのもののような芸能があり、「能」の発音もまったく同じだ。

 私は近年よくミャオ族の村々に行く。私の仮説だが、ミャオ族は大陸の南だけでなく、海を渡り日本にも一部逃げてきたかもしれない。大陸から日本列島への人口移動としてミャオ族は最初の一つの大きな波だったと考えられる。

 紀元前1046年の「牧野の戦い」で周の武王が殷の紂王を破り、殷王朝が倒された。敗れた殷の人々はさまざまに散らばり、その一部はベーリング海峡を渡り、北米や南米まで行ったという説もあり、インディアンは殷の子孫だという説も根強い。

 私は、朝鮮半島と日本には、殷の残党がかなり入っていると考えている。紂王の叔父にあたる箕子は、朝鮮半島に渡り、「箕子朝鮮」を建国したという説も、多く歴史文献に残されている。

 そもそも周王朝は殷の人々を完全には滅ぼさず、現在の河南省あたり、宋、陳、衛、鄭など複数の小国として温存した。周王朝の前半(西周)は比較的平和に共存していたが、後半(東周)春秋時代から戦国時代への移行期において、斉、楚、韓、秦、魏など大国の勢力争いに巻き込まれ、次々と滅亡していった。 こうした殷系諸侯の亡国民の一部も朝鮮半島や日本に渡ったはずだ。

 殷の人々がこうして数百年かけて、日本列島へ渡った。これが大陸からの人口移動の第二波だったと考えられる。周は赤色を好む。殷は白が好きだ。大陸では今日、結婚式などのめでたい儀式にはよく赤色を使う。これに対して朝鮮半島や日本はこうした儀式によく白を使う。

 春秋戦国時代はさらに沢山の諸侯国が潰され、最後に秦が中国を統一した。日本では有名な呉越を始め、亡国の民の一部は次々と日本に渡ったはずだ。これは第三波と考えられる。つまり、環シナ海交流圏の中で日本の原型ができていった。

2013年12月27日、中国で開催の「都市と環境国際シンポジウム」主催者として中井徳太郎・環境省大臣官房会計課長、周牧之・東京経済大学教授、南川秀樹・環境事務次官(肩書は当時)

■ 幸運な島国が何故か大陸に侵攻し続けた


周:日本はその後、大陸との交流の中で国として形づくられていった。中国漢王朝の光武帝から「漢委奴国王」に冊封され、卑弥呼が「親魏倭王」の称号をもらい、やがて遣唐使を派遣し唐王朝から政治制度、文化、宗教を直接導入して律令国家を築いた。特に中国との貿易で莫大な富を得た。

 ただし、中国は巨大な内陸国家で、貿易にあまり積極的ではなかった。世界の中でも中国は巨大な富を国内だけで作れる極めて珍しい存在だ。国内だけで完結しようとする内向きの意識が強かったため、貿易で稼ぐよりは国家が管理する傾向があった。

 いわゆる「朝貢貿易」は、冊封される国からの輸入を朝貢と見なし、数倍から数十倍の返礼をする一方、取引量が限られる仕組みだった。

 それでは物足りないと反発する勢力が日本で現れ、密貿易に手を出す。これがいわゆる「倭寇」だ。

 同じユーラシア大陸の両端に位置する島国でも、イギリスはヨーロッパ大陸からの侵略が繰り返し受けた。これと比べ日本は内向きの中国から殆ど侵攻を受けることなくむしろ、大陸に何度も侵攻を試みた。663年の白村江の戦いは日本による最初の大陸侵攻だ。

 倭寇は14世紀半ばから16世紀末頃まで、中国 や朝鮮半島沿岸で略奪と密貿易を行った。この中には日本人だけではなく倭寇に化けて密貿易に関わっていた中国沿海部の人もいた。オランダ支配から台湾を奪還した鄭成功はその代表的人物だった。彼の父親はニセ倭寇で、母親は日本人だ。

 1592年から1598年の秀吉による朝鮮出兵は3度目の大陸侵攻に当たる。

 近代以降、日清戦争から朝鮮・台湾併合、日中戦争、太平洋戦争まで、大陸に侵攻する狂気の時代が続いた。

 一方で、歴史上、大陸側から日本への軍事侵攻は1274年と1281年の蒙古襲来2回のみだ。大陸のすぐそばの島国としてこれは非常に幸運な歴史だ。しかしこの幸せな島国が何故か大陸に侵攻し続けた。

2015年12月19日、東京経済大学「環境とエネルギーの未来 国際シンポジウム」にてディスカッションを行う周牧之・東京経済大学教授(左)、中井徳太郎・環境省大臣官房審議官(右)

日本は何故「大陸回避」傾向になったのか


周:大陸との交流は日本にとって常に大きなイシューだった。今の日本はアメリカの方を向いているが、歴史的には大陸との関係がメインだった。

 その点で戦後の動きも興味深い。1972年に田中角栄首相が中国へ飛び、国交正常化を行ったとき、日本国内では激しい論争があった。いわゆる台湾派と中国派の対立だ。しかし台湾派であれ中国派であれ、「中国との関係が大切」というスタンスが根底にあった。要するに中国の誰と付き合うか、の争いだった。

 当時を象徴する政治家として、三木武夫氏、田中角栄氏、福田赳夫氏が思い浮かぶ。三木氏は田中氏より先に一議員として訪中し、当時の周恩来首相との交流を重ね、自らが日本の首相となった暁に訪中する道筋をつけようとした。

 中井さんと同じ群馬県出身の福田赳夫氏は、当時は強い台湾派だった。田中氏の訪中に猛烈に反対した。しかしその息子である福田康夫元首相は、私も関わって立ち上げた「北京―東京フォーラム」などで積極的に中国と交流し、深い信頼関係を築いている。

 つまり、彼らは「台湾か中国か」という立場の差はあっても、「中国との関係」を重視する政治家だったと言える。ところが最近では、日本と中国の関係が経済まで冷え込んでいる。そこに私は強い危機感を覚える。

 しかし現状を見ると、日本には「大陸を無視する」空気が強くなっているように感じる。貿易量で見れば、中国は日本にとって最大の相手国であり続けているのに、心情的には「目をそらす」傾向がある。

 例えば、三菱商事は最近、洋上風力発電事業から撤退した。原因は、欧米企業と組むためのコストが高かったからだ。しかし一方で、中国企業と組む選択肢もあったはずだ。中国の風力設備は現在、ヨーロッパよりも技術力もコスト競争力も高いのに、なぜそこを活用しないのか。

 日本にとって最大の貿易相手国は中国だが、中国にとって日本は最大の相手国ではない。私の感覚では、日本が中国との貿易を伸ばせていない印象がある。世界各国が中国との経済取引を拡大する一方で、日本はむしろ慎重姿勢を強めている。

中井:難しい問題だが、おそらく警戒感が背景にあるのだと思う。

周:その警戒感はどこから生まれるのか。

中井:政治的リスクだろう。結局、アメリカと中国の動きに影響されている。

周:確かに田中角栄氏が中国に行けたのは、アメリカのニクソン大統領が先に中国を訪問して動きやすくなったという背景があった。

中井:中国は、日本がもじもじと取り組んできた資本政策や技術の「良い種」を見つけるのが上手で、それを一気にスケールアップする資本力がある。日本はそこが苦手なので、日本で生まれた良い技術が、あっという間に中国が国を挙げて投資し、巨大な産業にしてしまう。

周:20年前と異なり、現在の中国は特許数、論文数など技術力を測る多くの指標で、桁違いに日本を上回っている。むしろ日本企業は中国へ行き、技術を学ぶくらいの方がいい。技術力でこれだけの格差が広がっているのに、日本のメディアが伝えようとしないのも不思議で仕方がない。

2018年7月19日、日本語版『中国都市総合発展指標』出版パーティにて挨拶を行う中井徳太郎・環境省総合環境政策統括官(右)と周牧之・東京経済大学教授(左)(肩書は当時)

■ 米中関係の行方と日本の立ち位置


周:一方で、中国から日本への観光客は急増している。この流れを、より有効な交流としていかにつなげるかが重要だ。大陸が富を生むセンターとして動いたとしても、いまの日本はその恩恵を避けているように見える。これは日本の低成長の原因の一つかもしれない。

中井:企業的な発想だと、競争の中で技術やノウハウを吸い取られ、すべて中国に飲み込まれてしまうのではないかという恐れがあるのだろう。

周:確かにその恐怖心は感じる。これまで日本が得意とした半導体、家電、液晶パネル、太陽光パネルなどの産業が競争に負け、消え去っていった。こうした心理的な問題を、どう払拭するかが重要だ。実際は、中国に飲み込まれるというより、競争に負けた日本企業が中国企業に引き取られたケースが多い。

 さらにアメリカの影響も大きい。第一次トランプ政権の時から米中の対立が激しくなると、日本は優等生としてアメリカに「言われる前に」対中交流を避けようとする傾向がある。

中井:アメリカの顔色を見て慎重に立っている。

周:しかし、アメリカはいずれ必ず中国と折り合いをつけ、大交流を再開する。そのとき、日本は大変なショックを受ける。私は、米中関係そのものはあまり心配していない。両大国は喧嘩しながらも、交流量も質も極めて大きい。そこをどう見極めるかが重要だ。

中井:以前は中国市場を開拓してガンガン儲けてやろうという日本企業があったが、今はそうした元気が見られない。

周:元気な世代は引退したのかもしれない。例えば、日系自動車はかつて中国市場で3割を超えた時期があった。しかし、今ではわずか1割程度だ。厳しい見方をすると、今後さらに急激に縮小する可能性がある。

 その理由は、EV競争に日系自動車メーカーが本気で参加しなかったからだ。これは「時代の読み方」の問題だ。変化を戦略的に読み解く力が、テック時代には必要だと思う。

2020年11月21日、東京経済大学創立120周年記念シンポジウム「コロナ危機をバネに大転換」にてディスカッションを行った、周牧之・東京経済大学教授、大西隆・日本学術会議元会長、中井徳太郎・環境事務次官(左から順に)(肩書は当時)

■ 「すでに起こった未来」を確認する姿勢


周:洋上風力の話に戻ると、日本海は波が荒く扱いにくいエリアだが、その分、強い風力という資源を持つ。洋上風力には適した地域だ。

 私は30数年前、日本開発構想研究所というシンクタンクに勤め国土計画関連の仕事をしていた。当時議論していた日本の将来ビジョンの一つに、「日本のエネルギーは洋上風力でかなりの部分を賄える」「そうすれば日本海側地域が豊かになる」という構想があった。それなのに、残念ながら今の日本には洋上風力メーカーが一社もない。

 なぜ30年前には見えていた話を、国策として育てられなかったのか。一つの大きな理由は、中井さんも事故の後始末に大変苦労された原子力の問題にある。

中井:当時、経産省は再生エネルギーにほとんどやる気がなかった。

周:経産省は原子力推進政策に全力を注いだ。が、いざ原発が行き詰まったらお手上げ状態になった。本来なら、「A案」「B案」として並行して進めるべきだったのに、国の政策にも、企業の意思決定にも、日本では「A案しかない」という思考がけっこう見られる。

 水素の話もそうだ。水素技術は非常に重要で、将来のエネルギーとして大きな可能性を持っている。しかし、日本では水素にこだわるあまりEVを軽視する構図になった。日系自動車メーカーは、「水素で行く」と言ってEVをどこか馬鹿にするようなスタンスを長くとってきた。

 実際、「A案とB案を並行して持つ」という視点が必要だ。日本はパックスアメリカーナにしがみつく「A案」の他に、中国をはじめとする近隣国と緊密な関係を築き上げる「B案」も必要ではないか。

 ドラッカーは「すでに起こった未来」を確認することが大切だと言う。その意味では日本は中国に対する警戒心よりも、中国が世界経済の新興センターになった「すでに起こった未来」を見て見ぬふりをする姿勢こそ最も心配だ。特にわざと関心を持たせないようにするメディアの姿勢が良くない。

 だからこそ、日本海学を「環シナ海交流圏」へと広げ、日本がその中で積極的に役割を果たしていくべきだ。それは今の時代にこそ必要な取り組みだ。

2020年11月21日、東京経済大学創立120周年記念シンポジウム「コロナ危機をバネに大転換」にてディスカッションを行う中井徳太郎・環境事務次官(左)と周牧之・東京経済大学教授(右)(肩書は当時)

■ 示すべき「調和」のビジョン


中井:おっしゃる通りだ。最終的には、「人類全体が調和する絵」を掲げなければいけまない。宗教やイデオロギーを超え、「何を信じていてもいい、イスラム教でもキリスト教でも何でもいい。でも、みんなが仲良く楽しく、おいしいものを食べ、気持ちよく生きられる世界をつくろう」という、感覚的なものをきちんと享受できるイメージだ。みんな苦しいけど我慢しようなんて、誰も付き合わない。日本の知見がある仲間と、今まさに「三千年の未来会議」で目指しているものでもある。

周:本当にその通りだ。人として楽しさを共有できるのは最高の関係だ。そこから信頼を得られて、事業にもつながる。

中井;日本は、そうした「何でも受け入れて、ふわっと良いものに仕上げる力」がある国だと思う。そのベースには、激しい自然と向き合ってきた歴史がある。地震や噴火、津波の脅威がある一方で、おいしい水や豊かな食材、美しい景色をもたらしてくれるのも同じ自然だ。この「自然との付き合い方」に関する知恵は、日本人が世界に発信できるものだと私は思う。

 自然と真剣に向き合っていれば、「人間同士が排除し合っている場合ではない」という感覚が身につく。日本人は真面目で視野が狭くなりがちな一方、草の根のレベルでは「良いものは良い」と受け入れる柔らかさも持っている。政治的には韓国と対立していても、韓流ドラマやK-POPが日本で大人気になる。こうした「民間レベルの交わる力」は、日本の強みだ。

 だからこそ、視野狭窄で縮こまるのではなく、胸襟を開き、チャレンジ精神を持ち、実利も得ながら世界とつながっていくべきだ。その根底には、日本人の自然観から生まれた融通無碍な発想がある。私はそう信じている。


プロフィール

中井 徳太郎(なかい とくたろう)/日本製鉄顧問、三千年の未来会議代表理事、元環境事務次官

 1962年生まれ。大蔵省(当時)入省後、主計局主査などを経て、富山県庁へ出向中に日本海学の確立・普及に携わる。財務省広報室長、東京大学医科学研究所教授、金融庁監督局協同組織金融室長、財務省理財局計画官、財務省主計局主計官(農林水産省担当)、環境省総合環境政策局総務課長、環境省大臣官房会計課長、環境省大臣官房環境政策官兼秘書課長、環境省大臣官房審議官、環境省廃棄物・リサイクル対策部長、総合環境政策統括官、環境事務次官を経て、2022年より日本製鉄顧問。

【対談】中井徳太郎 VS 周牧之(Ⅱ):地域循環共生圏、そして三千年の未来へ

■ 編集ノート:東京経済大学の周牧之教授の教室では2025年10月9日、長年の親友であり元環境事務次官の中井徳太郎氏を迎え、日本海そしてシナ海を一つの生命体として捉える発想から、カーボンニュートラルやネイチャーポジティブ、日本的な自然観と祭りの知恵までをつなぎ、「三千年の未来」を見据えた文明論的ビジョンを伺った。ローカルな足元からグローバルなダイナミズムへと視野を広げるこの構想は、現代の生き方と将来像を問い直す大きなヒントになる。

※前回記事【対談】中井徳太郎 VS 周牧之(Ⅰ)はこちらから

2020年11月21日、東京経済大学創立120周年記念シンポジウム「コロナ危機をバネに大転換」にて講演を行う中井徳太郎・環境事務次官(肩書は当時)

■ 地球沸騰の気候危機に直視を


中井徳太郎:今、地球環境は「地球沸騰」とも言われる状況にある。今日も台風が接近していて、幸い本土上陸はしないが、八丈島や伊豆大島などで風速70メートルというとんでもない状況になっている。

その背景にあるのは、海面水温の異常な上昇だ。二酸化炭素(CO₂)などの温室効果ガスは、太陽光が地表で反射した赤外線を吸収し、大気の温度を、人間や生物が生きられる範囲に保つという重要な役割を果たしている。しかし、産業革命以降、人類が化石燃料という地下資源を大量に燃やし続けた結果、CO₂濃度が上昇し、太陽からの熱を吸収する「保温の膜」の厚みが増してしまった。その結果、大気の温度が上がってしまった。

産業革命以降、平均で見ると地球の気温は約1.1度上昇していると言われている。年によっては1.5度近くになる。ここで言う「気温」は主に大気の温度だが、実際、地球には海という巨大な水の塊があり、大気が温まると、その熱は海にも移っていく。熱容量の大きい海水まで温まってしまったのが、現在の深刻な状況だ。

水を沸騰させると、なかなか冷めない。大気であれば比較的すぐ温度は変化するが、海はそうはいかない。熱容量の大きい海水の温度が上がってしまうと、簡単には冷めない。その結果、水蒸気の量も増え、台風や集中豪雨といった「症状」が出やすくなっている。

異常気象が続いているのに、トランプ大統領のように気候変動そのものに対して懐疑的な立場がいまだに存在する。アメリカでは以前から、「人間の活動が本当に気候変動を引き起こしているのか」という議論が続いてきたが、トランプ大統領は特に「温暖化対策は意味がない」と強く主張している。

 しかし、国連を中心に、気候変動についてはすでに膨大な議論と研究が積み重ねられている。気候変動枠組条約に基づき、世界中の科学者の知見を集約したIPCC(気候変動に関する政府間パネル)は、これまで6次にわたり報告書を出している。その内容は、「人間の化石燃料使用によって大気が温まり、現在の気候変動を引き起こしている」という事実を、科学的にほぼ100%の確度で証明している。

 つまり、これは科学的なファクトであり、トランプ大統領が何を言おうと、その科学的結論が揺らぐわけではない。その確立された事実の中で、現在の異常気象は進行している。

周牧之: 気候問題に関するアメリカの政策がバイデンからトランプへの政権交代により大きくブレる中、2024年11月30日開催の東京経済大学国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」で中井さん始め日中の産学官のオピニオンリーダーが両国のGXに関する取り組みを紹介し、議論し合った。アメリカの政策はどうあれ、日中は共にGXを推進していくとの意思を確認し合った。

2024年11月30日、東京経済大学国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」にて講演を行う中井徳太郎・前環境事務次官(肩書は当時)

■ 地球の体質改善にも気候転換点を超えてはならない


中井:地球を人間の身体に例えると、今起きている現象は「慢性病」に近いと言える。メタボリック症候群や、お酒を飲み続けて肝臓が悲鳴を上げている状態だ。ちょっと転んで膝を擦りむいた、という一過性の怪我ではなく、体質改善のために時間をかけて進めないといけない段階に来ている。しかも、すでに症状が出ているので、それが簡単には消えない。だからこそ、今から対処しないと取り返しのつかない「ティッピングポイント(気候転換点)」を超えてしまう危険がある。

 ティッピングポイントとは、例えばシベリアなどの永久凍土が本格的に溶け出し、大量のメタンガスが放出されるような状況だ。そこには、古い菌やウイルスが眠っている可能性も指摘されている。こうした「症状」を放置すれば、まさに肝硬変やがんのように、治療が難しい段階に入ってしまうかもしれない。

 熱中症や異常気象として私たちの目の前に現れているのは、その「症状」の一部だ。海水温が上がり、大きな渦を巻く台風のような現象が起きやすくなっている。もちろん、台風そのものは自然の循環に必要な面もある。

 先週、屋久島に行ってきたが、今年は屋久島周辺で全然魚が獲れないと聞いた。理由の一つは、台風のルートが変わり、屋久島や九州に大きな台風があまり来ていないことにある。台風が来ると、海をかき混ぜる効果があり、表層と深層の水が入れ替わって海の中の代謝が進む。台風が少ないと、温かい表層水がそのまま滞留し、魚にとって適温ではない状態が続いてしまう。自然は非常に微妙なバランスの上に成り立っていることが、こうした現象からも分かる。

2013年12月26日、中国で開催の「中国都市総合発展指標専門家会議」にて議論を行う武内和彦・地球環境戦略研究機関理事長・東京大学特任教授、中井徳太郎・環境省大臣官房会計課長、南川秀樹・環境事務次官(左から順に)(肩書は当時)

■ SDGs、パリ協定そしてカーボンニュートラル


中井:このような状況を受け、2015年には二つの大きな出来事があった。一つは、国連でSDGs(持続可能な開発目標)が採択されたこと。もう一つは、気候変動に対応するためのパリ協定が採択されたことだ。パリ協定では、温暖化の進行を産業革命以降の上昇幅で2度以内に抑えること、できれば1.5度以内に抑えるべきだという目標が掲げられた。

 その3年後の2018年には、IPCCが、2度上昇と1.5度上昇では影響が全く違う、0.5度の違いが人類にとって非常に大きな意味を持つとする報告書を出した。海面上昇による島嶼国の水没リスクや、極端気象の頻度などを考えると、できる限り1.5度に抑えたい。そのためには、2050年までにCO₂排出を実質ゼロ(ネットゼロ)にする必要がある、というのが現在の国際的なコンセンサスだ。

 つまり、残された時間はあと約25年。2050年までに人類全体としてカーボンニュートラルを達成できれば、科学的なシナリオ分析上、1.5度で温暖化を止められる可能性がかなりある。だからこそ、世界中で2050年カーボンニュートラルに向けた努力が行われている。

 一方で、エネルギー需要は増え続けている。スマートフォンだけでなく、AIやブロックチェーンなど、膨大な電力を消費するテクノロジーが次々と社会に組み込まれている。便利さと効率性をもたらす一方で、その裏側で巨大な電力が必要となっている。今の電力供給の多くは、依然として石炭火力やガス火力に依存している。この構造を変えない限り、CO₂排出は減らない。

 日本は2020年、菅総理の時代に、2050年カーボンニュートラルを国としてコミットした。当時、私は環境省の事務次官で、小泉進次郎環境大臣とともに、この目標の実現に向けた議論の最前線にいた。日本は非常に真面目な国なので、一度掲げた目標は守ろうとする。2050年ゼロに向けて、2030年には46%削減という中期目標を掲げ、つい最近は2035年に60%、2040年に73%という新たな目標も設定した。

周:中井さんが環境事務次官として、このカーボンニュートラル宣言を支えたことは、大きな政策貢献だ。

中井:現時点では、日本はおおむねオン・トラックで排出を減らしているが、2030年以降が本当に大変だ。技術革新が鍵となる。私は現在、日本製鉄の顧問も務めているが、鉄をつくるには膨大なエネルギーが必要だ。鉄鉱石を石炭で還元する高炉プロセスは、CO₂排出の象徴のような存在で、日本製鉄は日本で最もCO₂を排出している企業の一つだ。その日本製鉄が「2050年に排出ゼロを目指す」と宣言したことは、日本の産業界にとって非常に大きなインパクトがあった。

 それまで経済界は、「2050年カーボンニュートラル」に対して慎重だった。できないことを軽々しく口にするのは日本的ではない、できる範囲で現実的な目標を掲げるべきだ、という空気があった。しかし、日本製鉄が「鉄の未来を考えたら、CO₂を出さない鉄づくりに挑戦するしかない」と覚悟を決めたことで、経団連も含め、日本の産業界全体がカーボンニュートラルを真正面から受け止めるようになった。

 もちろん、石炭を使わない製鉄や、大量の電力を必要とする電気炉への転換、水素の活用などには、膨大な技術開発と投資が必要だ。政府も税金をベースとした支援を行う必要がある。私はそのあたりも含めてお手伝いをしている。

2013年12月27日、中国で開催の「都市と環境国際シンポジウム」主催者として中井徳太郎・環境省大臣官房会計課長(肩書は当時)

■ 日本海学と環境政策をつなげた地域循環共生圏


中井:こうして見ていくと、地球環境、特に日本海学でいう「地図を見た瞬間に、ここが一つの生き物のように見える」という感覚──と、現在の環境政策は深くつながっていることが分かる。国境や県境にとらわれず、日本海側には森があり、豊かな海があり、水の循環があり、その中に生きとし生けるものが存在している。この「循環」「共生」「日本海」の視点が、日本海学の三つの視点として整理された。

 カーボンニュートラルやサステナビリティを考えるときも、結局は「循環」と「共生」に行き着く。そういう意味では、私にとって日本海学で考えたことを、日本全体の環境政策として展開している、という感覚がある。

周:「生き物」そして「循環」と「共生」の3点セットは大事な視点だ。

中井:私が関わった環境省の政策では「地域循環共生圏」という概念を、閣議決定まで持っていくことが出来た。「地域循環共生圏」は目指すべき社会像として位置づけている。カーボンニュートラル(エネルギーの転換)、サーキュラーエコノミー(循環経済)、ネイチャーポジティブ(自然再興)。この三つを組み合わせた社会を目指そう、との構図だ。

 カーボンニュートラルは、「地球に負荷をかけない」というメルクマールであり、2050年までにCO₂排出実質ゼロを目指す。エネルギーを使いながらも、地球全体の健康を損なわない形に変えていく。エネルギーは人間の活動に不可欠だが、その使い方を変えないと、地球という「身体」が持たない。CO₂を増やさないエネルギーの調達・利用構造への転換が求められている。

 サーキュラーエコノミーは、経済・社会の仕組みを「すべてがつながっている」という前提で見直し、それを無駄なく循環させる考え方だ。これまで、あたかも地球に無限の資源があるかのように、中東から石油を、大陸から天然ガスを大量に輸入し、それを使って大量生産・大量消費・大量廃棄を行ってきた。プラスチック製品などが典型で、安く大量に作れるがゆえに、簡単に使い捨てられ、その結果、2050年には海の中のプラスチックの量が魚の量を上回る、とまで言われている。地球上のすべてはつながっており、どこかで捨てたものは、最終的に海に流れ着く。だからこそ、「使い捨て」ではなく、「循環」を前提とした経済社会の仕組みをつくる必要がある。

 ネイチャーポジティブは、自然との共生を重視する考え方だ。生き物や水、森、山、海など、自然界のあらゆる要素と、どのように折り合いをつけて生きていくか。その関係性を改善し、自然の回復力を高めていく発想だ。

周:地域を生命体として捉える大事な発想だ。

中井:それぞれの地域や主体がそれぞれの持ち場で個性を豊かに発揮し、多様性の中から価値を生み出し、全体を調和させていく。「人間は自然を壊してしまった」との認識が世界共通になる一方で、「ならば人間は自然を回復させることもできるはずだ」という前向きな認識も共有されつつある。これが、ネイチャーポジティブのコンセプトだ。

 このとき必要なのは、人間と自然を別々の対象として切り分けるのではなく、「全体が一つの生命体である」という見方だ。

 私たちの身体を例にとると、細胞が基本単位であり、父と母から受け継いだ受精卵1個の細胞が分裂を繰り返し、約37兆個の細胞になる。その細胞が心臓、脳、筋肉になり、毛細血管を通じて酸素や栄養が行き渡り、老廃物が排出される。個々の細胞が元気で、互いに連携しているからこそ、全体として身体は調和して動ける。

 私は、地球環境や社会も同じように捉えるべきだと思う。一つひとつの生き物、一つひとつの地域・コミュニティ、一つひとつの文化が元気で自立的でありながら、全体とつながっている状態。それぞれ個性を発揮しながら、全体として調和する状態が「共生」だ。

2018年7月19日、日本語版『中国都市総合発展指標』出版パーティにて挨拶を行う中井徳太郎・環境省総合環境政策統括官(左)と周牧之・東京経済大学教授(右)(肩書は当時)

環境・生命文明社会を目指す


中井:生物学や医学の知見も、今まさにそうした見方に近づいている。こうした発想でものを見ることが、新しい時代のキーワード「環境・生命文明社会」だ。

 エネルギーも食も水も空気も、できるだけ身の回りで賄い、人間の技術と叡智を使って豊かに暮らす。過度な人口集中によって、都市では大量消費と大量廃棄が進み、いわば自然の「内臓」にあたる農山漁村では人が減り、お金も回らず、田畑や森は荒れている。

 このアンバランスを、自立した地域同士の助け合いで是正する。環境省の「地域循環共生圏」は、これを政策として徹底的に進めようとしたものだ。カーボンニュートラル、サーキュラーエコノミー、ネイチャーポジティブを同時に実現していく。

 そして、この軸にある発想の原点が、日本海学だ。日本海学で地図を見たときに「ここは全体が一つの生き物だ」とする感覚と直結している。

 環境省は、この「地域から循環と共生の世界をつくる」考え方を、「森・里・川・海」という図で表現している。山があり、森があり、里(集落・田畑)があり、川が流れ、海に注ぐ。この中で水が循環し、その循環の中にすべての生き物が存在している。

 循環型のシステムは、時間のスケールを伸ばせば、チベットやヒマラヤからガンジス、黄河、長江が流れ出るような巨大な流域の循環にも見えるし、富山なら「山から黒部川を通り富山湾へ」というローカルな循環にも見える。その“流域”というイメージの中に、あらゆる存在が含まれる。だからこそ、「流域」という単位で地域循環共生圏を考えようとしている。

 日本海という一つの円環を通して、「周辺の循環」「地域の循環」「アジア全体の循環」と、階層的に循環を見ていく。小さな循環と大きな循環をどう結びつけるか。その接点を議論することが重要だ。

周:そもそも人類の文明は、「流域」単位で誕生してきた。大小「流域」単位で「地域循環共生圏」を構築していくことが、新しい文明のあり方だ。

地域循環共生圏

■ 人口集中と農山漁村の衰退──バランスの崩れ


中井:もっとも現状では、都市部に人口が集中し、農山漁村から人がいなくなっている。田畑は荒れ、森林は手入れが行き届かず、祭りやコミュニティも維持が難しくなっている。一方で、都市部の人々は、食料やエネルギーを外部から大量に買って生活している。その背後に化石燃料などの大量消費があり、地球という「内臓」に負荷をかけている。

 このバランスを取り戻すために、AIやITといった最先端の技術も活用しながら、「全体が一つの生命体として調和して循環する世界」「個性が輝きながら共生する世界」をつくっていこう、というのが地域循環共生圏の発想だ。環境省では、これを「環境・生命文明社会」と呼んでいる。単なる経済文明ではなく、「生命」を軸にした文明への転換だ。

 もう少し具体的には、「流域」という単位で考えると分かりやすいかもしれない。国土交通省が管理するだけでも、日本には2万以上の河川がある。それぞれの流域で、河川氾濫や集中豪雨による浸水リスクが高まっている。そうしたリスクに向き合いながら、どこに住み、どのように土地利用をしていくのか。流域単位での調和を考える必要がある。

 この「森・里・川・海・流域」という発想と、「地域循環共生圏」というビジョンを組み合わせ、さらに日本海学的な「外に開かれた視点」を重ねると、日本は単に縮小していく国ではなく、「人類のフロントランナー」として新しいモデルを世界に示す実験場になり得る。

 人口は減っていくが、生活の質、文化の厚み、民度は非常に高い。日本のアニメ、食文化、デザイン、ボーカロイドなどの音楽は、今や世界中で人気だ。こうした「日本の良さ」を、ローカルな実践からグローバルに発信していく。これを「ローカル」と「グローバル」を掛け合わせた「グローカル」と呼び、その方向で取り組みを進めている。

 流域の問題は、今まさに差し迫っている。一旦大雨が降れば、一瞬で浸水・氾濫するような状況が各地で起きている。気候変動が「地球沸騰」と言われるまでに進んでいる今、自然との向き合い方が強く問われている。

周:2020年東京経済大学創立120周年記念シンポジウム「コロナ危機をバネに大転換」で中井さんと日本学術会議元会長の大西隆先生を迎え議論した。その時、里山の大切さについて大分話した。純粋な原始林より、自然への人間の適度な介入がもたらした里山の生態系の方がより豊かで災害にも強い。しかし里山のベースである自然集落は今日本で、急激に消えつつある。

2020年11月21日、東京経済大学創立120周年記念シンポジウム「コロナ危機をバネに大転換」にてディスカッションを行った、周牧之・東京経済大学教授、中井徳太郎・環境事務次官、大西隆・日本学術会議元会長(左から順に)(肩書は当時)

■ 日本人の自然観と祭り・建築に込められた知恵


中井:私たち日本人は、東日本大震災をはじめ、多くの自然災害を乗り越えてきた。日本列島では、3万5千年~4万年前とされる人骨も見つかっている。この間、地震、火山噴火、津波など、さまざまな自然災害が繰り返し起こったが、それらを乗り越え、自然と賢く付き合ってきた歴史がある。

 日本人は、自然に対して「畏れ」と「感謝」を同時に抱きながら暮らしてきた。富士山のような美しい山の景色に感動し、そこから湧き出る水の恵みに感謝し、その水からおいしい米や酒が生まれる。その一方で、地震や噴火、台風の脅威もよく知っている。こうした感覚が、秋祭りや収穫祭、春の田植えの祭りなどを通じて、文化にビルトインされてきた。

 例えば、伊勢神宮は20年に一度建て替えを行う。祇園祭は、貞観地震の後に京都で疫病が流行したことをきっかけに、「疫病退散」を祈って始まった祭りだ。八坂神社の龍穴に「邪」を封じ込めるという祈りから始まり、毎年7月17日に山鉾が巡行する形で受け継がれている。

 祇園祭のような祭りは、想いを共有する場であると同時に、伝統技術を磨き続ける場でもある。毎年行われることで、技術はどんどん洗練される。また、祭りは「無礼講」の場でもあり、普段は口数の少ない人も自然と関わるようになる。ある意味、「日常の中の防災訓練」、「コミュニティの結束の場」としての機能も果たしている。

 こうした自然との向き合い方、祭りや行事に込められた知恵を、現代にどう活かすか。日本人はそのポテンシャルを十分に持っている民族だと思う。

 法隆寺や奈良・京都の仏教寺院の建築も、本来はインドや中国を経由して伝わってきたものだが、日本に来てから独自に磨き上げられ、最も美しい形で残っている。現代的な例でいえば、カレーライスやラーメンもそうだ。インドの人に日本のカレーを食べさせると「これはカレーじゃない」と言うが、それは日本が独自にアレンジし、別の料理に昇華させてきたからだ。ラーメンも、中国から伝わった麺料理が、日本各地で多様なスタイルに発展し、世界的にも評価される存在になった。

 これは、何でも工夫し、発酵させる「醤油漬け文化」とでも言えるかもしれない。外から来たものを日本流に磨き上げる力が、日本にはある。その力を自覚し、世界に向けて発信していきたいという想いがある。

2015年12月19日、東京経済大学「環境とエネルギーの未来 国際シンポジウム」にてディスカッションを行う周牧之・東京経済大学教授、中井徳太郎・環境省大臣官房審議官、安藤晴彦・経済産業省戦略輸出交渉官、和田篤也・環境省廃棄物対策課長(左から順に)(肩書は当時)

■ 「三千年の未来」と日本文明の「続ける力」


中井:私は今、「三千年の未来会議」という団体にも関わっている。役人を辞めた後、同時期に事務次官を務めた4人や、テレビ局の代表取締役、民間の人たちと一緒に、長期的な「三千年」というスケールで未来を考えることを試みている。

 三千年先の未来を考えるとは、「続ける力」を持つことだ。細胞が常に生まれ変わりながら全体として生命が続くように、社会や文明も変化しながら存在し続ける。それを、良い形で持続させていく力が日本文明にはある――私はそう考えている。

 奈良や京都の仏教寺院、法隆寺など、1500年近く立ち続けている建物がある。日本に入ってきた思想や文化が、自然との付き合い方と結びつき、長い時間軸で継承されている。そこには、地震や津波、火山噴火といった荒々しい自然への畏れと、富士山から湧き出る水や豊かな海の恵みへの感謝が、同時に織り込まれている。

 秩父夜祭のような秋祭りは、水の恵みへの感謝の収穫祭でもある。祇園祭のような祭りがユネスコの世界無形文化遺産となり、その様式が日本各地の山車祭りにも広がっている。日本には伝統を維持しながら発展してきた歴史がある。

 日本人は、そうした自然への「畏れと感謝」を織り込みながら日本列島で暮らしてきた、多様な出自を持つ人々の集まりだ。「八百万の神」という感覚があり、クリスマスでキリスト教的な顔をし、除夜の鐘を聞き、元旦には神社に参拝し、バレンタインも楽しむ。あらゆる宗教や文化を自然に受け入れる。

 それを単純に「無宗教」と呼ぶのは正確ではなく、むしろ、多様な自然観や文化を包み込んできた“包容力”だと私は思う。人類が千年後も地球で生きているとすれば、最終的にはこのような感覚に行き着くだろう。今のイスラエルとハマスのような紛争を見ても、本来、人間の身体と同じように、どこか一つの源から分かれた細胞であり、「個性は違っても根っこは同じだ」というところに立ち戻らなければならないはずだ。

 日本海学もまた、その一つの流れの中に位置づけられるべきだと思う。

2024年11月30日、東京経済大学国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」懇親会にて、左から順に中井徳太郎・前環境事務次官、楊偉民・中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、徐林・中米グリーンファンド会長、周牧之・東京経済大学教授(肩書は当時)

■ 富山の雪山から生まれた政策転換


周:中井さんが話してくれた「日本海学」「地域循環共生圏」「三千年の未来」という三つのキーワードは、実はどれも、普通の官僚からはなかなか出てこないコンセプトだ。しかも、この三つをきちんとつなげて構想している。その発想のパワーは一体どこから出てきたのかを考えてみたい。

 おそらく一つのルーツは、中井さんのご実家にあるのかもしれない。中井さんのお母様のご実家は、神社の宮司をされている。そこから来る感覚もあるのではないか。

 コロナ禍の前、毎年のように中井さんに呼ばれ、お母様の故郷の群馬県上野村で一泊し、川で水浴びをしたりして楽しく過ごした。今思えば、上野村は中井さんの「原体験」だった。そこから中井さんの今の発想が育ってきたのではないかと感じる。

 なぜこの話をするかというと、中国の環境政策の話とも関係しているからだ。中国は、環境政策を「生態文明」という文明論のレベルにまで引き上げた唯一の国だ。その原点は、中井さんとも関係ある。

 二十年前、中井さんのご案内で私と当時中国国家発展改革委員会の五カ年計画担当局長だった楊偉民さんと一緒に富山を訪れた。富山の山に登り、雪の上に黄砂が積もっているのを一緒に眺めた。中井さんは、私たちにその光景を「見せつけた」。

 その時のインパクトはとても大きかった。モンゴル高原から飛んできた黄砂が、日本海を越えて富山まで辿り着く。その光景は、「大陸と日本が、良い面でも悪い面でもつながっている」という事実を象徴していた。

 黄砂がなければ日本海の豊かな生態系は成り立たない部分もある。他方、黄砂や大気汚染物質が運ばれてくることは、悪い面でもある。その両面を含んだ「近さ」が、富山の雪山の上で一気に可視化された。その時の経験が、私も今日のような話を考える際の原点になっている。

 楊偉民さんもこの体験を原点にし、後に中国で生態文明政策の原型を作り上げた。

 里山の話の延長線だが、新型コロナパンデミックの中で、欧米諸国と比べ日本の致死率が随分低かった。これはどんな要因なのか?このファクターXについて、たくさんの議論があった。2020年に私は東京経済大学創立120周年記念シンポジウム「コロナ危機をバネに大転換」での中井さんとの議論で、下記の仮説を立てた。

   稲作的な里山は生物多様性をもたらし、ウイルスの病原菌の巨大な繁殖地にもなっている。そこで生活してきた我々の体の中に様々な免疫ができている。もちろん新型コロナウイルスの親戚の各種コロナウイルスからも沢山の免疫ができた。こうした免疫を「交差免疫」と言う。この交差免疫によって、稲作をするアジア諸国の致死率が低くなった。

   日本だけではなく、アジアでは、中国はもちろん、ベトナム、ラオス、カンボジア、タイ等もこの恩恵に預かった。西洋諸国と比べて、これらの国は決して医療のリソースが豊かというわけではない。しかし、揃って致死率が格段に低かった。私はこれが、稲作地域の里山の恩恵ではないかと思っている。

   こうした尺度からも里山を貴重な存在として捉えるべきだ。


プロフィール

中井 徳太郎(なかい とくたろう)/日本製鉄顧問、三千年の未来会議代表理事、元環境事務次官

 1962年生まれ。大蔵省(当時)入省後、主計局主査などを経て、富山県庁へ出向中に日本海学の確立・普及に携わる。財務省広報室長、東京大学医科学研究所教授、金融庁監督局協同組織金融室長、財務省理財局計画官、財務省主計局主計官(農林水産省担当)、環境省総合環境政策局総務課長、環境省大臣官房会計課長、環境省大臣官房環境政策官兼秘書課長、環境省大臣官房審議官、環境省廃棄物・リサイクル対策部長、総合環境政策統括官、環境事務次官を経て、2022年より日本製鉄顧問。

【対談】中井徳太郎 VS 周牧之(Ⅰ):日本海学の歩みとスケールアップ

■ 編集ノート:東京経済大学の周牧之教授の教室では2025年10月9日、長年の親友であり元環境事務次官の中井徳太郎氏を迎え、日本海そしてシナ海を一つの生命体として捉える発想から、カーボンニュートラルやネイチャーポジティブ、日本的な自然観と祭りの知恵までをつなぎ、「三千年の未来」を見据えた文明論的ビジョンを伺った。ローカルな足元からグローバルなダイナミズムへと視野を広げるこの構想は、現代の生き方と将来像を問い直す大きなヒントになる。

2020年11月21日、東京経済大学創立120周年記念シンポジウム「コロナ危機をバネに大転換」にて講演を行う中井徳太郎・環境事務次官(肩書は当時)

周牧之:人類が「地球沸騰」の時代をどう生き抜き、どんな未来をつくるのか?「日本海学」「地域循環共生圏」「三千年の未来」という3つのキーワードを掲げ、日本の環境政策を牽引してきた中井徳太郎元環境事務次官にゲスト講義していただく。

■ 官僚としての歩みと環境政策の原点


中井徳太郎:私は1985年に大学を卒業して社会人になった。当時の勤務先は、今で言う財務省が、当時は大蔵省という名前だった。大蔵省に入省し、さまざまな経験をさせてもらった。

 1999年に富山県に出向し、富山県庁の部長として3年間お世話になった。その頃、大蔵省は金融と財政が分離され、金融庁と財務省の二つに分かれた。私もその後、富山県から財務省に戻ってすぐに周牧之先生とのお付き合いが始まった。

周:後に金融庁長官になった畑中龍太郎大蔵省文書課長に中井さんを紹介された時の、中井さんの様子を鮮明に覚えている。その後、中井さんに何度も富山県に連れていってもらった。

中井:この富山県での3年間が、20世紀から21世紀への橋渡しとなる重要な局面となった。ローカルな立場から物事を考えるポジションに立つことになり、その中で「日本海学」を、富山県発の地域総合学として県の政策に位置づけた。今日はそのお話をしたい。

 日本海学を立ち上げた後、私は再び財務省に戻り、農業関係予算の主計官を務め、その前に東京大学に出向し、いろいろな仕事をした。

 2011年の東日本大震災では、地震による原発事故が起こり、福島県で放射性廃棄物の問題が深刻化した。これを国としてどう処理するかで、廃棄物を所管する環境省が対応することになった。福島第一原発そのものは東京電力の問題だが、その周辺に大量に飛散した放射性物質については、除染という前代未聞の取り組みを国として行うことになった。今では、原発のすぐそばに国有地を取得し、中間貯蔵施設として運用している。

 こうして環境省が大混乱している時期に、私は環境省に課長として出向した。福島の問題に関わりながら、日本の持続可能な社会をどう描いていくのかという、いわゆる環境政策のビジョンづくりにも携わることになった。日本政府の中で持続可能な社会のビジョンを提示する役割を担うのが環境省であり、その仕事に深く関わることになった。そして11年間環境省に在籍し、3年前の7月に退官した。

2013年12月27日、中国で開催の「都市と環境国際シンポジウム」主催者として中井徳太郎・環境省大臣官房会計課長(左)と周牧之・東京経済大学教授(右)(肩書は当時)

■ 政策の根幹にある「循環」と「共生」


中井:振り返ってみると、これからお話しする日本海学の中に、「循環」と「共生」というキーワードがある。この発想をもとに、財務省に戻ってからも、環境省に移ってからも、同僚や後輩たちと議論しながら政策をつくってきた。

 結局、日本海学で構想したことが日本の環境政策、つまり持続可能な社会を描く政策の根幹にある、と今では思う。いろいろな場で話をする際にも、自分にとってのスタート地点は日本海学なのだとお話ししている。

 日本海学は、「地域から、循環と共生の視点で総合的にものを見る」という考え方だ。周先生とのお付き合いを通じて、日本の地域からものを見る視点──ある意味では強くローカルな視点──を持ちながら、一方で北東アジア全体、さらにはアジア全体のダイナミズムを、歴史や交流の蓄積も踏まえ、もっとダイナミックかつリアルに捉えるべきではないか、という問題意識もずっと持ってきた。

 そのことを、今後も周先生と一緒に考えていきたい。そのスタートアップとしての話が、今日のテーマでもある。

2013年12月26日、中国で開催の「中国都市総合発展指標専門家会議」にて議論を行う中井徳太郎・環境省大臣官房会計課長(肩書は当時)

■ 「逆さ地図」から読み取る日本海学の発想


中井:この日本海の地図の話から始めたい。1999年に私が富山県に行ったときには、すでにこの地図が存在していた。富山県が平成6年に作った「逆さ地図」で、日本海を中心に南北を逆転させた地図だ。

 この地図を見ると、朝鮮半島と九州、その右側に東シナ海や黄海が見える。当初の地図では、九州から沖縄、台湾にかけてのエリアがギリギリ入るか入らないか、という状態だった。実際には、もっと入っていないバージョンもあった。

 この南北逆転の地図を、日本海を中心に見てみると、まず「物事を逆さに見る」という視点自体が、私たちの頭を柔軟にしてくれる。「一体これは何なのか?」と素朴に考え直すきっかけを与えてくれる。思い込みを外す効果がある。

 1999年に富山県に赴任したとき、私の部下がこの地図を持ってきて、「部長、面白いものがあります」と見せてくれた。もともとは、北陸新幹線や日本海側の高速道路整備を国に訴えるために、土木部が作った地図だ。日本海側にも新幹線や高速道路が必要だ、というロビー活動の道具として作られた。

 しかし、私はこれを見たときに、単に道路や鉄道の整備を訴えるための資料にとどめるのはもったいないと感じた。20世紀から21世紀へと移り変わる時代の中で、この逆さ地図から発想を広げ、もっと大きなことを考えていこうと提案した。

 地域のことを考えるとき、この地図がイメージさせてくれるのは、日本海を中心に、富山県と富山湾はここに位置し、この日本海を囲む全体が一つの「和」の世界として連関している、という姿だ。そして国のことを考えるとき、ここに日本という国があり、北方領土問題を抱えるロシア、朝鮮半島(韓国・北朝鮮)、そして中国があり、国境線が複雑に絡み合っている。

 しかし、国境にとらわれず、もっと長い時間軸で日本列島の成り立ちを考えてみるとどうなるか。地球がいつ生まれ、大陸がどう形成され、プレートがどう動いてきたか。自然科学、特に地学や地理学の発展により、完璧ではないにせよ、大陸や日本列島の成り立ちはかなり分かってきている。

 それによると、この日本列島は、約2500万年前から1700万年前という途方もなく長い時間をかけて、大陸とくっついていたものがプレート運動によって引き離され、しかも曲がりながら今の形になっていったとされる。こうした成り立ちに想いを馳せると、「ここに生きる人間はどうやってこの地にたどり着いたのか」という問いが自然と湧いてくる。

周:壮大なロマンとリアリティーがこの逆さ地図から読み取れる。

逆さ地図

■ 人類の起源と日本列島への移動ルート


中井:人類そのものはどこで生まれたのか。これも自然科学、生物学、とくにDNA解析の発展によってかなり明らかになってきた。アウストラロピテクス、ネアンデルタール人など、さまざまな系統の「仲間」が枝分かれする中で、最終的にホモ・サピエンスが生き残った。そのホモ・サピエンスがアフリカのどこかで誕生し、そこから世界各地に広がっていった、という。

 つまり、私たちも、どこか遠い地で生まれた人類が長い時間をかけてここまで来た結果として、ここに存在している。ここで突然、人間が虫のように湧いて出てきたわけではない。

 では、その人類はどのようなルートでここに来たのか。日本海があり、その周辺に太平洋があり、海流や潮の流れがある。南方から丸木船に乗って海流に乗ってやってきた人々もいれば、気候変動に伴う氷期・間氷期の変動の中で、海面が上がったり下がったりするタイミングで、陸路に近いルートを辿ってきた人々もいる。

 例えば、縄文海進の時期には、現在よりも海面が約5メートル高かったことがわかっている。逆に氷期には海面が低くなり、対馬列島あたりはほとんど歩いて渡れるほどだった時期もあったと言われる。そうなると、朝鮮半島から北九州へ直接渡るルートもあったでだろうし、大きな黒潮に乗って南方から来るルートも考えられる。また、アフリカを出た人々の一部は中央アジア、シベリアを経由し、サハリンなど北から日本列島に入ってきた可能性もある。

 こうしたさまざまなルートや仮説をたどっていくと、「私たちは何者なのか」という問いに自然と行き着く。この問いを学ぶことが、日本海学の重要な視点の一つだ。

2018年7月19日、日本語版『中国都市総合発展指標』出版パーティにて挨拶を行う中井徳太郎・環境省総合環境政策統括官(左)と周牧之・東京経済大学教授(右)(肩書は当時)

■ 日本海学の定義と学際的アプローチ


中井:一方で、現代の課題に目を向けると、この地域には北朝鮮という閉鎖的な国があり、日本との交流はほとんどない。ロシアは今、ウクライナと戦争状態にある。中国とは仲良くできるポテンシャルはあるものの、その時々の政治状況によって摩擦が生じることも多い。こうした状況の中で、日本だけで生きていくことはできない。この地域でどのように共存していくのか、という課題がある。

 その答えを探る際にも、歴史や自然環境、地球規模の変化などを踏まえながら、解決策を見出していく必要がある。こうしたさまざまなことを、日本海学という枠組みに込めて、大風呂敷を広げながら議論していこう、ということで、私は富山県で企画書を作った。

 その企画書の中で、日本海学を次のように定義した。
「日本海学は、日本海とその周辺及び関連地域全体を、生命の源である海を共有する一つのまとまりとして捉え、海との関わりを軸に、その自然、文化、歴史、経済などを総合的に研究し、新たな領域を創生するとともに、地域間の交流を促進し、生命の輝きが増す未来を構想する取り組みである」

 これは、県庁の職員たちと議論を重ねながら作り上げたものだ。具体的には、自然科学の知見(すでに蓄積されている地学、気候、海洋などの知識)と、人文社会科学の知見(歴史、考古学、経済交流、文化など)を合わせて総合的に物事を見よう、という学際的な総合学として構想した。

 ちょうど2000年前後は、学際的な総合学という考え方が注目されていた時期でもあった。その流れも踏まえ、「根こそぎ勉強して未来を描こう」という意気込みで、日本海を中心に考える新しい学問を企画した。

 この企画書を持って、当時、東大にいらした比較文明学会会長の伊藤俊太郎先生(トインビーと親交の深かった歴史家)に相談に行った。伊藤先生は地図と企画書をご覧になって、「中井さん、これはとんでもなく、すごいことですよ」と非常に高く評価してくださった。そして「これでやりましょう!」と後押しをしてくださり、歴史学、自然科学など各分野の専門家を紹介していただいた。

 こうして、歴史の専門家、自然科学の専門家、経済の専門家など多様な人々が結集し、日本海学という新しい研究分野が立ち上がった。研究分野としては、大きく「自然環境」「交流」「文化」「危機と共生」という柱を立て、現代的なテーマとして整理した。

2020年11月21日、東京経済大学創立120周年記念シンポジウム「コロナ危機をバネに大転換」にてディスカッションを行う中井徳太郎・環境事務次官(左)と大西隆・日本学術会議元会長(右)(肩書は当時)

■ 日本海学から「シン日本海学」へ


中井:日本海学は、富山県の政策に活かすことを目的にスタートした。県庁内に担当課を置くと同時に、「日本海学推進機構」という別組織をつくり、そこに事務局を置いて毎年事業を行う仕組みにした。日本海学をテーマとしたシンポジウムを毎年開催し、さまざまな研究機関と連携して出版も行ってきた。

 私は富山を離れて久しいが、いまも立ち上げメンバーの一人としてアドバイザーを務めている。当初は、非常にユニークな地域学・総合学として注目され、角川書店から毎年1冊ずつ研究総集編を刊行し、8年連続でかなりしっかりした本を出した。東京や大阪で大きなシンポジウムを開き、毎日新聞などの全国紙にも大きく取り上げられた。

周:さまざまな分野の研究者を巻き込み、シンポジウムの形で議論し、角川書店『日本海学の新世紀』シリーズにまとめた。私もシンポジウムに参加し、その内容を同シリーズに載せていただいた。

中井:最近では、考古学や経済学、自然科学など各分野の先生が引き続き関わってくださっているものの、少し落ち着きが出てきており、日本海学の活動全体としてはやや小ぢんまりした印象もある。富山湾を中心とした「富山湾学」のような形に縮小している面もあり、本来のスケールに比べるとやや小さくなってしまったな、という感覚がある。

 活動が落ち着いてくると、どうしても各研究者は自分の専門分野に視野が狭まりがちになる。しかし、地球環境が大きな危機に直面し、本当に持続可能な未来を描かなければならない今こそ、自分たちの足元である日本を見つめ直し、地域から循環と共生の世界を構想する必要がある。

 その意味で、日本海学をもう一度バージョンアップさせたい。『シン・ゴジラ』や安宅和人さんの『シン・ニホン』になぞらえて言えば、「シン日本海学」のような新バージョンを立ち上げたいと、周先生と語り合ってきた。今日は、その想いも込めてお話をしている。

 富山県というのは非常に真面目な県で、一度始めたことは粘り強く続ける県民性がある。これは日本人全体にも共通する、とても良い特性だと思う。「大事だ」と思って始めたことを、愚直に継続していく。その継続性という意味では、日本という国は本当にすごい力を持っている。

周:中国の漢方薬を富山経済の基幹産業に仕上げた富山人の県民性は、まさしくそうだ。

中井:私自身は富山を離れた後、財務省に戻り、その後環境省で気候変動や災害多発という状況の中で、政策の最前線を担う立場になった。

2024年11月30日、東京経済大学国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」懇親会にて、左から順に徐林・中米グリーンファンド会長、中井徳太郎・前環境事務次官、楊偉民・中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、周牧之・東京経済大学教授(肩書は当時)

■ 環シナ海・日本海交流圏という広域の視点


周:日本海学について、私なりの考えを少し補足すると逆さ地図で日本海を中心に見ることは、とても意味のある発想だ。更に、もう一つの別の地図で見ると、少し視点を変える必要も見えてくる。

 これは衛星データから人口分布を解析した地図で、雲河都市研究院のスタッフが時間をかけて作った。この地図を見ると分かるように、日本海沿岸には人口があまり集まっていない。一方で、ユーラシア大陸の人口が最も集中しているのは、二つのエリアだ。一つはヒマラヤ山脈の麓のインド「亜大陸」だ。もう一つは東シナ海・南シナ海を含む「シナ海」沿岸とその内陸部だ。

環シナ海・日本海交流圏の人口分布図

周:日本海は荒れやすく、人間にとって利用しにくい海でもある。大陸との交流のルートは、九州から日本海側にも伸びていったが、人口の多い太平洋側に回る方がより多かった。なぜなら、太平洋側の海がより穏やかで、海運にとって利用し易い。四国や本州の太平洋側に、交流の拠点が自然と形成されていった。

 例えば、鑑真は中国の揚州を出発し、東シナ海を渡って天平勝宝5年(753年)に薩摩半島(鹿児島)に上陸、難波津(大阪)を経て平城京(奈良)に至った。これはまさしく太平洋側ルートだ。

 広島県福山市にある鞆の浦 に行ったことがある。宮崎駿監督『崖の上のポニョ』の原風景とされている場だ。瀬戸内海のほぼ中央に位置する「潮待ちの港」として、2000年以上にわたる非常に長い歴史を持っている。このような交流の拠点が太平洋側ルートを形成していた。

 その結果、江戸や大阪といった大きな町が太平洋側に並ぶ形になっていた。今日、東京、名古屋、大阪といった大都市の形成について、戦後アメリカとの関係だけで説明する人が多いが、実際は大陸との交流がその下地を作っていた。

 日本海は非常に重要だが、「日本と大陸の交流のメインルート」ではなかった。その意味では、「日本海」だけでなく、「環シナ海・日本海」という、より広いスケールで考える必要があると私は思う。その方が、より大きくて面白い話が展開できる。

2019年1月26日、国際シンポジウム『「交流経済」×「地域循環共生圏」—都市発展のニューパラダイム』懇親会にて閉会挨拶に立った周牧之・東京経済大学教授、楊偉民・中国共産党中央財経領導小組弁公室元副主任、中井徳太郎・環境省総合環境政策統括官(右から順に)(肩書は当時)

■ 東アジアとASEANを含めた地域連携の重要性


周:私は経済学者なのでやはり数字を見せたい。環シナ海・日本海の交流圏に含まれる国を挙げると、東アジア地域には中国、日本、韓国、北朝鮮、ロシアが含まれる。ロシアの人口は殆どヨーロッパエリアにあり、北東エリアの人口は極端に少ない。

 東アジアとASEANを合わせ、「環シナ海・日本海交流圏」と定義してみると、この地域には約23.5億人が暮らしている。世界人口の約28.7%、3割弱だ。貿易の面では、この地域の輸出額を合計すると年間約8兆ドルになり、これは世界の輸出額の33%、ちょうど3分の1を占めている。輸入も世界シェア約28%、こちらも3分の1弱だ。つまり、人口も貿易も「世界のほぼ3分の1」が、この地域に凝縮されている。

 日本にとっては、この地域とのつながりがどのくらい重要かというと、日本の輸出の45.9%でほぼ半分。輸入もほぼ半分がこの地域との取引になる。さらにインバウンドを見ても、約8割がこの地域から来ている。このスケールで物事を考えることが日本にとっては重要だ。その意味でも、「環シナ海・日本海」という枠組みで議論したら面白い。

中井:おっしゃる通りだ。日本海沿岸に人が少ないことは、もともとよく分かっていた。周先生がおっしゃるように、最初に富山の地図を見たときも、「台湾が入っていないじゃないか」と指摘し、地図の範囲をぐっと広げてもらった経緯がある。

 日本海学という名前で始めたが、実際には「環日本海」「環シナ海」「ASEAN」まで視野を広げて考える必要がある、というのは私も同じ考えだ。

(※【対談】中井徳太郎 VS 周牧之(Ⅱ)はこちらから)

2015年12月19日、東京経済大学「環境とエネルギーの未来 国際シンポジウム」にてディスカッションを行う周牧之・東京経済大学教授、中井徳太郎・環境省大臣官房審議官、安藤晴彦・経済産業省戦略輸出交渉官、和田篤也・環境省廃棄物対策課長(左から順に)(肩書は当時)

プロフィール

中井 徳太郎(なかい とくたろう)/日本製鉄顧問、三千年の未来会議代表理事、元環境事務次官

 1962年生まれ。大蔵省(当時)入省後、主計局主査などを経て、富山県庁へ出向中に日本海学の確立・普及に携わる。財務省広報室長、東京大学医科学研究所教授、金融庁監督局協同組織金融室長、財務省理財局計画官、財務省主計局主計官(農林水産省担当)、環境省総合環境政策局総務課長、環境省大臣官房会計課長、環境省大臣官房環境政策官兼秘書課長、環境省大臣官房審議官、環境省廃棄物・リサイクル対策部長、総合環境政策統括官、環境事務次官を経て、2022年より日本製鉄顧問。

【対談】鈴木正俊 VS 周牧之(Ⅲ): 情報化時代の波にどう乗るか?

東京経済大学創立120周年記念シンポジウム「コロナ危機をバネに大転換」 で講演を行う鈴木正俊・ミライト・ホールディングス元社長

編集ノート:
 NTTドコモ副社長、ミライトホールディングス社長を歴任された鈴木正俊氏は、日本のインターネットの黎明期を支え、IT時代の発展を一貫して引っ張ってこられた経営者の一人だ。東京経済大学の周牧之教授の教室では2025年6月5日、鈴木氏を迎え、情報技術の急速な進化にどう対処するかについて伺った。

※前回の記事はこちらから


情報の歴史は傍受の歴史


鈴木:情報の歴史とは、傍受の歴史だ。傍受とは、盗聴だ。盗聴の歴史で1つだけ、申し上げておきたいことがある。昔のケーブルでの通信ではイギリスと、ヨーロッパのノーザンテレコムが回線を支配していたが、途中で情報が抜かれてしまった。

 電信は江戸時代までは、のろし、飛脚、伝書鳩、手旗信号、鉄道などでやっていたのが、電気でやると、瞬間に情報が伝わるようなった。天候も関係なく、昼でも夜でも関係なく、情報が通じるようになったのが、明治時代。アメリカなどとの国で結ばれた不平等を解消する予備交渉という大義名分を持って、岩倉使節団が明治4年にヨーロッパを視察した。これからの日本を作るためにはどうしたらいいか勉強に行った。

 その時に、横浜からサンフランシスコにたどり着いた視察団が、「ちゃんと無事にサンフランシスコにつきました」という通信を東京に向けて打った。

 当時どういうルートで東京まで届いたかというと、サンフランシスコから、ニューヨークまで大陸の中の通信を使って、電信を使ってニューヨークに行き、ニューヨークからロンドンまで海底線ケーブルに伝わり、ロンドンからまた海底線ケーブルで、ロシアのサンクトペテルブルにつながり、シベリア大陸をずっと横断してウラジオストックに通信が来て、ウラジオストックから海底線で長崎まで来ているという歴史がある。

 当時、長崎から東京までの間を連絡するのは飛脚だった。だから、サンフランシスコから長崎まで、ほぼ一日で通信が来たが、それを東京に送るのに飛脚でやって、計14日かかっている。日本にはそういう通信がなかった。世界の中で日本は閉じていた。海底線自身も海外の会社を引いているため、通信が東京に行かず長崎に行ってしまった。

周:電信の国際通信と飛脚の国内通信との組み合わせだ。

鈴木:歴史を見ると、通信を持っている人間は、必ず途中で情報を見る。岩倉具視がワシントンに行った時に、条約の交渉をしてもいいが、まずは日本国政府から全権の資格をもらえとアメリカ大統領から言われた。交渉できるのであればもらうと言い、岩倉は全権を取ろうとした。ところが、東京は禁止だと言った。アメリカ大統領は全権をもらえと催促してくる。この時点で岩倉は、通信をアメリカに見られていることに気づいたことが、記録に残っている。東京からの返事がいつもノーだという通信が来ていることをアメリカに知られているから、大統領が催促してくるのだと気づいた。催促をするタイミングが良すぎた。

 通信は必ず盗聴されているのだということを前提にやらないとダメだと岩倉は気づいた。太平洋戦争も同様だが、全部盗聴されていく歴史があり、それを互いに防御し合ってきた。

オープンなだけでは戦えない


鈴木:通信は便利だからいい、公明正大にやればそれで済むとは言うが、本当に今、力のある人、アメリカのトップ、中国トップ、ロシアのトップ、大国のトップは、みんな自分で考え、自分でやり、他人を信用しきってやる感じではない。中国は子供のころにお年寄りから「だまされるなよ。だまされてはいけないよ」としっかり教育される。韓国・朝鮮は「負けるなよ、負けてはいけないよ」と教育される。日本人は「とにかくうそをつくな、他人に迷惑をかけるな」と教育されて育つ。日本はうそをつかず、絶えずオープンの場でものを言うよう教わってきた。しかしそれでは今日の国際競争では勝てないというのは半分冗談話ではある。が、日本は社会に頼ってやっている部分が大きいので、ある面、身内にはオープンだ。でも、それだけでは世界で戦えない。会社をシステムだけで運営するというのではいけない。

周:政府やマスコミの話を信じる日本の国民性はこのようにして出来上がったのかもしれない。しかし政府やマスコミは常に正しいとは限らない。政府やマスコミが誤った事を煽る時、日本の国民性はネガティヴに働く。

鈴木:東京経済大学を創始した大倉喜八郎が非常に苦労し、明治時代に自分で稼いだ財力でいろいろな産業をやり、学校を創ったのがこの東京経済大学の前身の商業高校、専門学校だ。財産を成しただけでなく、お金を使い学校を創ったこのモデルは海外のシステムと同様だ。アメリカの会社も稼ぐが、社会とmentionする。

周:財閥で教育機関を設立し、大学に発展させたのは大倉喜八郎だけではないが日本では極めて珍しい。

鈴木:中国も外で行って稼いだ華僑が故郷に投資し、これから生きていく人の役に立っていく。大倉喜八郎がやったような日本のシステムは、非常に海外との親和性がある。戦後日本で、日本国憲法ができてから、いい意味でも悪い意味でも、平等化社会を目指そうとした。

 でも、現実には社会にはある程度の格差がどうしても出来ていき、そのことによって社会が進展するという事実がある。明治時代の財閥の役員の給与は、どう決まっていたか、ある方に訊くと、昔は、利益の半分は役員、半分は従業員に分けた。半分の役員は数が少ないから給与が高い。明治時代の従業員は数が多いから、1人当たりの給与は少なかった。その代わり役員は自分が使う車の運転手もすべて自分個人で調達したと言う。   

 戦前の財閥世界がいいと言っているわけではないが、今は、日本のサラリーマンは接待費を会社で出さなければならない。接待費の基準や役員の待遇など頭を悩ませられ非常に限られた基準になっている。

 情報というのは、自分の活動のために取ることが多いので、日本の情報は、すべてアメリカが見ている。「スノーデン」の告白を見てもわかるように、インターネットでも全部覗かれている。これが日米交渉のプロセスであったということは、はっきりしている。力の世界だから、仕方がないという感じはするが、情報に対する感性はしっかり持ちながらグローバルな世界の中で生きていかなければならない。若い人はいろいろな情報を取りながら勉強したらいいと思う。

周:情報を収集し判断する力は、今の時代に最も必要な能力だ。実はインターネットで公開されている情報の海から十分価値のある情報をキャッチし、それに基づいてかなりの判断が出来る。

鈴木:通信が広がったことによって、AIで自動翻訳ができ、今はニューヨークタイムズは瞬間に日本語に翻訳できる。フェイクメールも区別がつかない。東京電力や銀行からを語ったフェイクメールかどうか区別のつかないようなものが、東京の中でありふれて流れる。それに対する対策もやっていく必要がある。

 言語でだけ認識すると、現実の世界とは違っている。言葉で理解するアメリカと現実のアメリカは違う。アメリカ人はすごく付き合いやすい。フランクな人が多い。それが歴史の過程で社会が違ってきている。今トランプがアメリカは海外に利用され被害者になっているから国を閉じると言っている。しかし現実的に閉じることはできない。サプライチェーンが回っている。

 自国で自給をしていて明るい国もある。食料自給率100%、エネルギー100%のフランスがそうだ。日本のような食料自給率40%、エネルギー自給率3%の国は、海外との交流を断ち切られたら、もうお手上げ状態になる。日本には納豆があるじゃないかなどというが、大豆は90%以上が輸入だ。そういう中で生活が成り立っていることを理解することが、いろいろな面で大事だ。学校にいる時に、情報を集約すれば、実体験はなくても、社会にいろいろなことがあることを、ぜひ知識として持ち関心を持っていただきたい。

東京経済大学・進一層館と創設者・大倉喜八郎像

信用に足る実践こそ肝要


周:鈴木さんは2012年北京で私が主催したシンポジウムに来てくださった。シンポジウム終了後、レセプションに参加せずに「私はこれからヨーロッパに戻ります」とおっしゃったので驚いた。実はその日、鈴木さんはわざわざ出張先のヨーロッパから北京に飛んできてシンポジウムに参加してくださり、また急いでヨーロッパにお戻りになった。鈴木さんは「信用も資本」とおっしゃった。それを鈴木さんは本当に実践されている。

鈴木:信用は大切だ。半導体の会社の社外取締役をいまやっているが、半導体の世界は、軍事技術もあれば、AIの世界的な競争も激しい。半導体の会社のロジックにはさまざまな種類があるが、アメリカでもCEOをやっている人にはインド系、パキスタン系、イラン系、台湾系のアメリカ人が多く、アングロサクソンの人はあまり見ない。競争が激しいので、頭はいいが社会的には恵まれずエリートコースには乗らない人が半導体の世界を引っ張っていることも多い。

 私が役員を務めていた日本の企業のCEOのところに、海外の相手先CEOが来た時、大抵、昼飯か夕飯を一緒にする。いつも飯を食いながら雑談している。世の中がいまどうなっていて、アメリカとの関係をどう考えていて、中国はどうなっていて、日本の中でどう見ているか等、半導体とは関係のない話をしょっちゅうする。

 CEOがそうやって来るようになるのが1つの大事なところだ。CEOが来るとスピードが速くなる。「この半導体の工場を作れるか」と問われ「問題はあるが、やってみる」と返事をすると、ほぼ話は決まる。その中で、やはりこいつは信用できるなと思うようになる。仕事をよく知っているやつだから任せられる。その代わり、信用で契約をして進めても結果として期限までに完成品が作れないことがある。作れなかったら、もう次はない。信用できない。

 だから、信用というのは事実によって裏付けられないといけない。「知り合いだから受注しているのだ」と外から僻む(ひがむ)人間がいるが、そんな生易しいものではない。互いに依存し合って生きているから、自分が立派な技術を実現していかなければ、もう次のステージでは、仲間に入れてもらえない。厳しい世界だ。

 スタート地点で、従来の技術を説明しているだけでは、最先端のことはできない。今はない新しいモノを作り出す必要がある。「おまえを信用して契約する」という世界だ。半導体のような最先端のところから、そうした事実が現れていると実感している。信用されるということは厳しいことで、実際の力がないと、必ず次はダブル返しで持っていかれてしまう。

周:空間的なバリューチェーンを実際につなげているのが信用だ。

鈴木:勘違いする人がいる。友達の友達は友達だとか、どこの高校出身、大学の出身だからあいつはいいやつだよとか、「俺はあの社長を知っているから頼めばなんとかなる」等は、個人や集団によって違いがあるが、そういうものを手段として使う人が現れるが、そんな甘いものではない。1回か2回成功することがあるが、重なると最後まで続かない。そういう人は各国にいるが、日本は特にそういう人が他国と比べて多い。公と私が分かれていない。仕事とプライベートが正直あまり分かれていない。

周:日本人は出身大学、所属企業のブランドを自分の信用力に安易に置き換えていく傾向が確かに強い。本当の信用は自分で勝ち取るものだと解っていない人たちが多い。それは世界では通用しない。25年前、産業政策の大御所の清成忠男法政大学総長と私は、シリコンバレーにおける日本人と中国人のパフォーマンスの違いに関する議論をした。日本人が組織にしがみつくことを清成先生が随分嘆いていらした。

2012年3月24日、北京で開催の国際シンポジウム「中国の生活革命と日本の魅力の再発見」にて交流する鈴木氏と周教授

ビジネスは技術だけでは進まない


周:東京経済大学の昨2024年11月30日開催のシンポジウムに岩本敏男NTTデータ元社長がいらした(【シンポジウム】岩本敏男:ビッグイノベーションIOWN計画でGXをリード)。NTTグループは、いま取り組むIOWNがうまくいけば、再度、世界企業時価総額トップ10入りにもどってくるかも知れないと思っている。そうなるにはどうしたらいいか? ひと昔前、日本の次のドル箱になるべき半導体、太陽光パネル、液晶などが韓国、台湾、中国などによる圧倒的な投資競争に負けた。本来、資本力は日本の方があったはずだ。しかし資本集約産業で何故か日本は負けた。何か問題があるはずだ。今のIOWNに匹敵するような技術の開発には中国も取り組んでいる。国際競争の中どうしたら勝てるのか?液晶の二の舞にならないような、打つ手があるのか?

鈴木:反省も含めてだが典型的な例がある。1970年に大阪万博で展示し10数年かけて第2世代2G、第3世代3G、第4世代4G、今5Gと10年単位で進めた。私がドコモの副社長をしていた時は3Gだった。当時ヨーロッパに行くと通信事業者の集まりの中で「お前たちは何故3Gという進んだ技術をやるのか?」と文句を言われた。「通信モバイルで電話機が小さくなり持ち運べるようになり今、広まっているではないか。3Gだと基地局の方式を新しく転換しなければいけない。投資が必要になる。放っておけば携帯電話は沢山売れる。通信の投資だけでリターンは大きい」と返した。にも関わらず、「お前らは勝手に最先端技術で便利にし、音声以外に文字もファイルで転送できるようになって便利だというが大きな迷惑だ。お前らはビジネスが分かってない」と相当言われた。

 彼らが何を言っているかというと、「ビジネスというのは技術ではない、技術ではあるけれども、技術ではない」ということだ。需要があって投資をしてもリターンがあるということで、営業力、事業の構想力が大事だ。事業をやるために必要なことは何かというと、ものを作る人、運ぶ人、売る人も必要だ。徳川家康が言ったのは、輿に乗る人、担ぐ人、わらじを作る人など、いろいろな役割を持った人が集合しないと物事は動かないということだ。技術開発があり、それをメーカーの人が理解して作る。それを早く運送できる、販売網がどんどんさばいていく、故障したら問い合わせできるネットワークを作る。それをグローバルでどう作るかの知恵がないといけない。それは、技術力という最初のところを擁護しすぎた。技術が進んでいれば、おのずとついてくるといった思想が若干、日本にはあった。

 家電の世界で、ソニーのウォークマンをやったら凄く売れるようになり、事業力があると言われたが、ソニーの人に言わせると「ソニーなんて技術力がないんだ」と。その代わりに、トータルに事業をデザインすることが上手だ。味方を作り販売店を増やせる。  

 ビジネスの成り立ちは、技術はもちろん大事で、技術がだめだと裏切られたときに全然相手にされない。しかし、技術は必要条件だが十分条件ではない。十分な条件とは、いろいろなビジネスプロセスがあるということだ。

 サプライチェーンもできると同時に、儲けをどこで得るか、販売だけが儲けるのではなく、サプライチェーンの途中で儲けることでいいわけだ。正直言うと、利益は必ずしも売った時だけのものが利益ではなく、事業者間の取引の間に、サプライチェーンが儲けることがある。

周:おっしゃるとおりに、技術力に酔ってしまう場合は、すごく良くない。

鈴木:そうだ。

周:実際はマーケティングが要になる。あとは投資の決定権がどこにあるのか、ということも大事だ。私の親友の1人が、10数年前、中国のTVメーカー最大手TCLの社長をやっていた。この人は液晶をシャープと一緒に組んでやりたいと思った。お金は全部TCLが出し、中国で工場を作って世界を制覇しようとした。一生懸命にシャープを説得したが結局振られた。

 当時シャープは自社の技術力に酔っていたのだと思う。「俺たちの技術は世界一だ」と。しかし、相手は巨大なマーケットを持っていた。その後、あまり時間が経たないうちにシャープの経営は行き詰まり台湾の鴻海精密工業に身売りされた。ちなみにTCLはいま世界の液晶生産のトップメーカーの一つに大成長した。

経営者にはIT技術進歩のリズム感が重要


鈴木:周先生の話は本質をついている。そこに最近は規模というのが出てきた。GAFAM5社は東京証券取引所に出ている約2,000社の時価総額に匹敵する。投資能力が違えば、世界的な規模で投資して回収すると、単価規模が10万、100万、1,000万、億の単位になり1個当たりの単価が全然違ってくる。日本が栄えたのは1億2,000万人口という小さくないマーケットで成功したモデルを持っていたからだ。今それをグローバルマーケットに持っていったらまずい。大規模な百万、千万台を相手にすると、いきなり単価の競争力の違いが生じ、規模の経済力で負けてしまう。そうすると、大きい投資をやって失敗したら自分は当然首を切られ、金も貸してもらえない、会社は倒産する。倒産だけは済まなくなる。日本自体の投資規模が、アメリカの会社などと比べると、殆ど小さくなってきた。世界のGDPの15%だったのが今5%ぐらいになってしまった。世界にとっての日本は小さくなって大きな投資はもちろんできなくなる。自分の体力でできるGAFAMはどんどん広げていき、技術的に優秀で、単価の安いものを作る。                   

 それから、人材が今アメリカに集まっていることも日本とは大きな違いだ。日本は技術力、質で勝るものを探し求めているが、なかなか難しい。本当におっしゃるとおり、競争の質が違ってしまっている。

周:日本の半導体産業や液晶産業が失敗した最大の原因は、投資の決断力が韓国、台湾、中国に負けたことだと思う。例えば、韓国の場合は、自国のマーケットを日本ほど持っていないが積極的な投資を続けた。半導体需要の波(シリコンサイクル)を乗り越え勝ち抜いた。日本の各社は投資に慎重し過ぎ、萎縮した。

鈴木:台湾でも、アメリカのテキサスインストルメントに人材を送り、技術担当の副社長になったのを、今度は台湾に戻した。台湾の中で育成されたのではなくアメリカのビジネスをやり副社長になった人を台湾に引っ張り、産業発展を支えてもらう。アメリカのトランプが「台湾に技術を盗まれた」と言っているが、技術を盗んだのではなく、台湾の人が台湾に戻っただけだ。

周:鈴木さんが指しているのはTSMC(台湾積体電路製造)創業者の張忠謀だ。ただ彼は台湾がアメリカに送り出した人材ではない。中国江蘇省寧波で生まれ、自ら渡米しMITの機械工学学士号と修士号、スタンフォード大学の電気工学博士号を取得し、テキサス・インスツルメンツに入社し、副社長に上り詰めた。まさしく自力でアメリカ半導体の世界でトップになった人だ。台湾は張忠謀氏をヘッドハンティングし、TSMCを作らせた。

 トランプの「盗まれた」という言い方、捉え方が良くない。華人がアメリカの半導体発展に多大な貢献をしている。今、アメリカ半導体トップ4社NIVIDIA、Broadcom、AMD、IntelのCEOはすべてチャイニーズ(華人)だ。

 私自身は元々工学系出身なのでどうしても工学系の人の肩を持ちたくなる。日本企業はテックカンパニーであっても経営トップに工学系ではない人も多い。台湾では企業がお金を出し合って協会を結成し、MIT(マサチューセッツ工科大学)に高額な寄付をして最新の技術動向を台湾の人に伝授してもらうことをやっていた。2008年に当時MIT客員教授だった私に声がかかり、同協会の要請でMITを代表して台湾に講演に行った。講演会には台湾のテック企業大手のオーナーがわんさと来た。全員工学系だった。面白かったのは、息子と娘婿は連れて来てもサラリーマン経営者は連れてこなかった。最高で最新の情報は、息子と娘婿だけに聞かせることを徹底させていた(笑)。

鈴木:技術が何か、ということが再び問い直されている。日本では技術というと、製造業をすぐ連想する。ものづくりのところに技術がある。だから、日本は非常に微細加工というが、国際的に限って今の先端技術の、例えば、3ナノとか2ナノと言ってやっているような事だけが技術ではない。Softwareが大事だ。Softwareで半導体の力をいかに活かせるかがポイントになっている。

 匠の技術だけではなくSoftwareの発想力があるかどうかで、物事が動いている。Softwareの技術とは、技術の範囲をもっと広げて考えなければならない。技術の裾野が変わってきている。システムそのものの組み方も技術になっている。

周:おっしゃる通りだ。日本での技術の捉え方を、IT時代の捉え方に置き換えておかないと、うまくいかない。会社の経営陣に技術者をもっと抜擢した方がいいと私は思っている。IT技術進歩のリズム感は文系出身の人にはなかなか理解できないところがあると思う。例えば半導体の進化には「ムーアの法則」がある。「ムーアの法則」では、半導体が1年半ごとに倍の能力をつけ値段は半分になるという。ハイテク技術出身者の皆さんには常にこのスピード感に追われている感覚がある。これは財務、法務出身の皆さんにはなかなか伝わらない感覚だ。

 半導体、通信、AIなどのIT技術が急速に進むことを前提に物事を考えられる。それが、経営者には物凄く大事だと思う。

【激論】武田信二・鈴木正俊・周牧之:コロナ危機で加速する産業のデジタル化(※画像をクリックすると動画ページに移動します)

課題をイメージし解決の組み立てを


鈴木:大変重要だ。私たち現場サイドで考えると、例えば、自動運転の車は今、サンフランシスコで試験を受けて一時止まっていたのが動き出し、先月からロスアンジェルスで自動運転のタクシーが始まることなった。来年はロサンジェルスだけでなくフロリダでこのサービスが進むことになる。

 3〜4年前ぐらいは、自動運転は実現しないという議論がまだあった。バッテリーだから冬になると、ニューヨークから北の寒い地方はバッテリーを使ったらすぐに寿命が来てしまう。だからニューヨークから北のユーザーには売れない車だと言われた。と同時に、ドローンと同様で爆弾を積んで自動運転で走らせれば、走るテロ兵器になる。そんなものを解禁したら、大変なことになると言う。

 例えば自動運転の車に爆弾をセットし、ビルの1階に突っ込ませるとする。遵法で信号があったら待ち、高速道路へ入ったら一定速度で走ると捕まえようがないが、実は載せているのが爆弾で、最後は突っ込むということになる。そんなものはとてもやれない、自動運転はどうしても利用者側のニーズ、国のニーズから言っても限界がある、したがって、技術が進んでも社会的に受け入れないという議論だった。

 そんな極端なことを考えることはなく、日本であればお年寄りを乗せれば、病院に自動的に行ってくれるから、凄く良いサービスだといってプラスの面だけ考える。アメリカはプラスの面からアプローチする力が強い。技術的な進展上の問題という社会の受け止め方の解決を、同時に自分でどんどんやっていける。

 そういうことがイメージできるかどうかだ。社会に入ると、課題をイメージし、1つずつ解決法を組み立てていけることが非常に大切になる。

周:大変に大事な話をしていただいた。やらない理由を言う人たちが、日本では実は非常に多い。技術開発でも、マーケットの開発でも新しい取り組みをするのでも、やらない理由を強烈に並べる人が沢山いる。

 実際、技術者のリズム感は違う。特にエンジニアは問題解決的思考だ。つい最近まではバッテリーは冬に弱いと言われていたが、いまはそんなことはなくなった。

 ロボタクシーをすでに運営している会社は米中に複数ある。テスラの自動運転ソフトのFSDが物凄いスピードで進んでいる。

自動運転で走行するテスラ車

ネットワーク力が物を言う


鈴木:優秀だということと、仕事ができて仕事をやっている事は、また別の次元という気がする。

周:例えば日本の官僚は優秀だがビジネス経験者からのし上がる人がいない。でかいプロジェクトを実際にやったこともない。だからちょっと違った優秀さだ。

鈴木:それもそうだし、どういう政治家と出会うかといった縁も大事だ。本人が優れているのは基本的なことだが、いい人に巡り合っていくことが大事だ。そういう外的な要因が大きい。かといって、外的な要因で損したとだけ言っている人は多分、本人の力不足がある。私は出会いが大事だったと感じる。

周:鈴木さんのいまの言葉は大事だ。ここで鈴木さんの話が聞ける学生の皆さんは幸せだ。鈴木さんに出会い、そのお話を聞けるということが幸せだ。

鈴木:私は周先生との出会いで学んだことが多い。

周:私が大学生の時に出会った素晴らしい方の一人に、中国の経済学の大御所、于光遠先生がいる。当時の中国の国師のような存在だ。この方との出会いは私の人生を変えた。私が工学から経済学に進んだのは于先生の勧めだった。

 だから学生の皆さんはアンテナを張って鈴木さんの話、さまざまな人の話を聞き、そこから触発されることだ。

中国の著名な経済学者、于光遠・中国社会科学院元副院長(左)と周教授(右)

鈴木:人生でいろいろ出会った他の世界の人に言われたことが、当時はわからなくても、自分がそのことに直面したときに「ああこれを言っていたのか」と分かる時がある。多少記憶に残ったことがあるベースを持っていると腑に落ちる。自分でわかるまでは仕方がない。日本の教育が立派だと思ったことがある。昔アフリカのことが分からないまま、チュニジアに行ったことがあった。当時は、「そういえばイブン・バートゥータと言う人がここにいたと習ったな」くらいに思っていた。

 それで、現地で秘密警察の人が来てなんだか引っ張られそうになった時に、「この銅像はイブン・バートゥータなのか」と言ったら、周りの人が親切にしてくれた。私はイブン・バートゥータという名前しか知らなかったが、その名を口走ったらいきなり世界が変わってきた(笑)。こんなところで役に立つんだなと思った。

 くだらない話だが、ちょっとした引き金があるかどうかは大事だ。日本の教育は大して深くはない。浅く広くダーッと広げていくのを、試験をやるので覚えている。当時は正直、大して思いがあったわけではないが、それが役に立った。

 でもいっぺんには分からない。やはり自分があちらこちらに分け入って、砂漠の真ん中に行ってようやく分かったというようなことだ。後々付いてくる。そういう意味では本を読むのも、読んだ当時はそう思わなくても、経験に出会うことによって或いはある人に出会うことによって、腹に落ちるようにわかる。それはものすごく大きい。ああそうだったのかと気づく。今役に立つかということではない。

周:静かに人生を変えてくれる。

鈴木:良い言葉だ。

周:鈴木さんのような方と出会えるのは周ゼミのいいところだ(笑)。

鈴木:みなさん、周ゼミで小手川大助さんのような人が登場するというのはめったにないことだ(笑)。

周:平成で最も仕事した官僚のひとりだ。先々週5月22日にも周ゼミにゲスト講義にいらした(【対談】小手川大助 VS 周牧之(Ⅲ):トランプ政権でアメリカ復興成るか?)。

鈴木:小手川さんの話を聞くのは面白い。日本人も実際はしっかりやってきているんだと痛感する。そうした人は沢山おられる。私の尊敬する人で経産省を退官された方がいる。彼はヨーロッパで例えば翌日に国際決議をするに当たり本当に困った時は、夕飯に各国の外交官、審議官らを呼び、飯を食わせるという。そうすると、次の日うまくいく。その夕飯にはよくジューリッシュ(ユダヤ人)を呼ぶそうだ。国が違ってもユダヤ人ネットワークがある。そこにつながるのだと言っておられた。そういう付き合いが出来る役人が日本にいる。そうした人的交流を、どう日本のためにやっていくかが大切だ。

周:国際的な仕事はまさしくそうしたネットワーク力が物を言う。

講義を行う鈴木正俊・ミライト・ホールディングス元社長(右)と周牧之・東京経済大学教授(左)

プロフィール

鈴木 正俊 (すずき まさとし)
NTTドコモ元代表取締役副社長、ミライト・ホールディングス元代表取締役社長

 1951年静岡県生まれ。1975年東北大学経済学部卒業、日本電信電話公社入社。NTTドコモ取締役広報部長、同取締役常務執行役員、同代表取締役副社長。ミライト・ホールディングス代表取締役社長、ミライト代表取締役社長、ミライト・ホールディングス取締役相談役などを歴任。