【刊行によせて】中国大都市の生命力の源泉は何か/南川秀樹・日本環境衛生センター理事長


南川 秀樹
日本環境衛生センター理事長、中華人民共和国環境に関する国際協力委員、元環境事務次官


-歴史的視点と現状の分析-


 1.都市は国の一部であり、また、国全体の代表でもある。東京、横浜と言えば日本の象徴であり、北京や上海は中国の代名詞でもある。代表的な大都市は、歴史的にも地理的にも、それらが栄えた時代の代表として評価される。

 私の手元には、「清明上河図」(Riverside Scene on Qingming Festival) がある。最も好きな絵の一つである。現在、私は中国政府の環境国際協力委員会の委員を務めており、中国の様々な情報に接する機会が多いが、以前から中国オタクであり、政治や経済はもとより、文化、学問などあらゆる分野の中国の歴史探求が趣味である。上記の絵を評価するのも、そこに示されている宋の都である開封市の経済的な繁栄や、それを支える人々の仕事と遊びが描かれていることにある。この時代から中国の本格的な商工業が成立したと考えており、南宋時代も含めた300年が中国資本主義のスタートと捉えている。そして、その象徴がこの絵に込められている。最も関心を寄せる歴史上の人物は、この宋の時代に変革者として現れ、政治と経済の改革に全力を尽くした王安石である。彼の目指したところは、大商人・大地主などの利益を制限して農民や中小の商人を保護する、そして、経済活動全体を活性化し、政府も納税額を確保しようというものである。中国の長い歴史の中でも特筆すべき新たな経済思想に裏付けられた改革であった。当然のごとく既得権を有するグループからの反対は強く、道半ばにして改革は頓挫したが、こうした挑戦がある程度行われたこと自体が、宋という時代の特徴をなしている。

 開封市、杭州市という二つの首都は、この時代の世界的な大都市であり、経済の中心としてよく機能している。日本でも、初めて武士による政治と経済のリーダーとなった平清盛は、この宋という国と首都の機能を高く評価していた。

 

 2.生産、流通、消費の機能を備えた都市の成立は、中国がヨーロッパに先行した。それは高い経済力とセットであり、世界一の経済力と高度な技術力(火薬、羅針盤、活版印刷の発明)が裏づけとなった。宋、元の時代を経て、明の初期には、鄭和率いる大船団がアフリカにまで達した。優れた工学技術力がその基礎にあった。しかし、その後の、事実上の鎖国政策、片や欧州では保険などの金融システムや株式資本といった文科系技術の導入があり、その結果として欧州、そして遅れてきたアメリカによる世界支配の時代に入った。

 

 3.中国が長期の停滞から脱却したのは、1980年頃からであり、改革開放路線の導入による。北京、上海は当然のこととして、天津、武漢、重慶、瀋陽、広州、仏山、長春などの工業都市、鞍山、撫順、大慶などの鉱業都市の大都市化が進んだ。中国は、「世界の工場」として成長し、重要な労働力として農村部から都市部への人口移動が行われた。そうした地域では、当初、一部地区のスラム化現象が見られたが、徐々に生活環境が整備され、新たに形成された中産階級の生活の舞台として、効率の良い都市となっていった。例外は香港であり、連合王国の監督の下、1960年頃からアジアの金融のハブとして成長を遂げいち早くアジアを代表する大都市となった。

 

 4.現在も、中国は大都市の起爆力を維持しながら経済的な力を増しつつある。その力は、いくつかの源を有する。まず①「世界の工場」であり続けることである。経済成長に伴う賃金水準の急激な上昇により「安かろう悪かろう」の製品作りの時代は終わり、ハイテクを用いたレベルの高い工業製品の製造に転換しつつある。現実に、時代の最先端を行く再生可能エネルギーの製品は、ソーラーパネルを筆頭に中国製品が世界の市場を席巻している。質は日本製と変わらず、値段が圧倒的に安いのである。これは、スマホ生産でも同じである。②ついで、BATと称されるGAFAに匹敵する企業の躍進である。百度、阿里巴巴、騰訊に加え、ネクストBATとしてTMDの成長も見られ、知識集約型の都市の成長も見られる。③AI、IoT分野を中心に大学での研究も世界のトップレベルを走っている。清華大学を始め、北京大学、天津大学、復旦大学、中国科学技術大学、武漢大学、湖南大学などが、大都市区域の中心に位置し、それぞれの都市に活力を与えている。④ユニコーン企業の大都市での誕生と成長が顕著なことも注目される。ユニコーン企業の数では、世界のトップをアメリカと競っている。杭州、北京、上海、深圳などの大都市に更なる魅力と活力を加えている。

 

 5.大都市が抱える課題もまた多い。中国が悩まされている問題の一つに環境汚染がある。報道されることの多い大気汚染については、いまだ不十分だが徐々に改善されつつある。習近平主席のリーダーシップによるものであろう規制が急速に強化された成果だと思われる。水質の分野でも大気汚染と同様にEU並みの厳しい基準が施行されている。しかし、いずれもいまだ改善は不十分であり、全く手のついていない土壌汚染対策を含め一層の対策の充実が必要である。また、廃棄物については都市廃棄物と産業廃棄物を総合的に律する法体系がないことから統計が乏しく、現時点での都市ごとの評価は困難である。衛生面からも課題がある。日本では1900年に廃棄物処理の最初の法制化が行われたが、これの狙いは、廃棄物の散乱や不適正な処理に伴うハエや蚊などの衛生害虫の発生を抑制し、コレラ、ペストなどの感染症の拡大を防ぐことにあった。中国での廃棄物処理の一元的な管理制度の実現が待たれる。

 

 6.衛生といえば、今回のCOVID-19の拡散といった事態を今後未然に防ぐ、あるいは拡大を防ぐ機能は極めて重要である。医師、病院の数の確保、あるいは野味市場(食用の野菜動物を扱う市場)の整備整頓など具体的対策は今後の検討が待たれるが、感染症の発生を未然に防止する、あるいは最小限にとどめるといった衛生状態の改善策は、今後の中国大都市の重要な課題である。

 

 7.文化面も評価を加えたい。私の中国の知り合いで日本を頻繁に訪れる友人は、時間があれば、京都や奈良を訪れる。そして、かつての唐の長安を偲び、唐招提寺では鑑真和上を偲んでいる。中国の大都市に歴史地域の保全と復元を強く希望するものである。

 

 8.本当に人が住みたくなる、そして住んで楽しいと思える場所はどこなのだろうか。それは、その人が自分の持っている才能の全てを出せると実感するところだと考える。人の幸せが何かはそれぞれに異なるが、種田山頭火が詠う「山あれば山を観る 雨の日は雨を聴く 春夏秋冬 あしたもよろし ゆふべもよろし すなほに咲いて白い花なり」という、出逢うもの全て受け入れるという気持ちと、A.Einsteinの言う”Anyone who has never made a mistake has never tried anything new. “に代表される積極的、能動的な気持ちの双方が、時にばらばらに、また同時に、実現できる環境が必要である。人の幸せは、周囲の人の言動や評価にあまり影響されてはいけないし、またあまり断絶していることも良くない。その微妙な線の幅を自らつかんで展望を開きうる環境とは何か、どこか、という難しい問題がある。各人が持つやわらかな頭脳と心意気を大いに伸ばして活躍したい、そんな望みを持つ彼ら、彼女らが、喜んで住み、働ける魅力ある都市づくりを進めていきたいものである。自然環境や人情に溢れた都市を造っていきたい。周牧之教授が中心になって取りまとめられた〈中国都市総合発展指標〉は、以上に述べた私の思考の迷い道に新しい道標を与えてくれるものと期待している。


プロフィール

南川秀樹 (みなみかわ ひでき)

 1949年生まれ。環境庁(現環境省)に入庁後、自然環境局長、地球環境局長、大臣官房長、地球環境審議官を経て、2011年1月から2013年7月まで環境事務次官を務め、2013年に退官。2014年より現職。早稲田大学客員上級研究員、東京経済大学経済学部客員教授等を歴任。地球環境局長の在職中は、地球温暖化対策推進法の改正に力を尽くした。また、生物多様性条約の締約国会議など多くの国際会議に日本政府代表として参加している。
 主な著書に『日本環境問題 改善と経験』(2017年、社会科学文献出版社、中国語、共著)等。

(『環境・社会・経済 中国都市ランキング 2018―大都市圏発展戦略』に収録