【論文】世界三大科学技術クラスターパフォーマンスに関する比較分析(Ⅱ)

A Comparative Study of the Science and Technology Innovation Performance of Three Global Science and Technology Clusters

周牧之 東京経済大学教授

■ 編集ノート: 
 イノベーションと企業発展との関係は如何に?周牧之東京経済大学教授が論文の後半で、東京-横浜、広州-深圳-香港、北京の世界三大科学技術クラスターにおける企業発展を比較分析し、それぞれの特色を解き明かす。さらに北京の課題を整理し対策について提案する。

(※論文前半はこちらから)


1.広州-深圳-香港:メインボード上場企業数が最多


 イノベーションと企業との関係を探るため、本論は三大クラスターの企業パフォーマンスも比較した。

 上場企業は最も活力のある経済主体の一つである。上場企業数は地域の総合的な経済力を表している。

 北京証券取引所が2021年11月15日に開設され、上海証券取引所、深圳証券取引所に続く中国本土の3番目の証券取引所となった[1]

 本論は、中国本土の三大証券取引所と香港証券取引所、そして東京証券取引所に上場する三大クラスターの企業数を抽出して比較した。

 メインボードにおいては、広州-深圳-香港の上場企業数は1,596社と最も多く、東京-横浜はそれに続き1,517社であった。一方、北京の上場企業数は447社と、他の二つの科学技術クラスターの三分の一に過ぎなかった。

2.東京-横浜:ベンチャー企業上場企業数が最多


 主要な証券取引所はメインボード以外にも、ベンチャーや中小企業などを受け入れる市場を併設している。上海証券取引所の科創板[2]、深圳証券取引所の創業板[3]、そして東京証券取引所のグロース市場[4]がこれに相当する。本論は、これらの市場に上場する三大クラスターの企業数も抽出し比較した。

 東京-横浜は、東京証券取引所グロース市場の上場企業数が383社に達している。

 一方、広州-深圳-香港と、北京は、上海証券取引所科創板と深圳証券取引所創業板のいずれかに上場する企業数が、それぞれ210社と169社であった。

図1 三大クラスターメインボード上場企業数、グロース上場企業数、フォーチュン・グローバル500企業数比較

注1:ここでのメインボード上場企業数は、日本企業の場合、東京証券取引所のプライム市場に上場する企業のデータを使用している。
注2:ここでのグロース上場企業数は、中国企業の場合、上海証券取引所の科創板、深圳証券取引所の創業板に上場する企業のデータを使用している。
出典:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2021』より作成。

3.北京のフォーチュン・グローバル500企業数:広州-深圳-香港の2.8倍


 世界的に評価されている企業の中で、三大クラスターに立地する企業数を比較した。本論は2022年版「フォーチュン・グローバル500」[5]から、三大クラスターに立地する企業を抽出した。「フォーチュン・グローバル500」は、世界の企業間での収益ランキングとしての認識が高い。同ランキングに名を連ねることは、企業の国際的な競争力と認知度を示している。

 フォーチュン・グローバル500の企業数は、北京が最も多く、56社にのぼる。広州-深圳-香港は20社で、二つのクラスターの同企業数は中国全体145社の半分を占めている。

 一方、東京-横浜の同企業数は36社で、日本全体47社の77%を占めている。

 以上の分析から、三大クラスターの中で、北京の上場企業数は最少だが、フォーチュン・グローバル500企業数は最多であることが見て取れる。

4.北京のユニコーン企業数:東京-横浜の12倍


 ユニコーン企業とは、企業の評価額が10億ドル以上に達しながら上場していないスタートアップ企業を指す[6]。ユニコーン企業の数は、地域が新興企業やベンチャーキャピタルを引き付ける能力を示す指標として注目されている。

 本論は、米国の研究機関であるCB Insights社[7]による2022年のデータに基づき、三大クラスターのユニコーン企業数を抽出し分析した。

 ユニコーン企業数では、北京が圧倒的に多く、61社に達している。広州-深圳-香港地域は30社である。両クラスターが、中国のユニコーン企業全168社の約54%を占めている。東京-横浜のユニコーン企業は5社にとどまり、北京の8%に過ぎない。

5.北京:本社機能が集中する一方で、研究開発への投資は低水準


 大手企業の本社が北京に集中していることは、中国経済の一つの特徴である。前述したように、北京には56社のフォーチュン・グローバル500企業がある。これは中国の同企業数の39%に当たる。政府が所有する大手国有企業、特にいわゆる「中央企業」の半数以上が、北京に本社を構えている。

 しかし、北京に集中する本社機能の中で、研究開発の機能は低い。

 北京市と全国各都市の研究開発経費の内訳を比較分析した結果、2021年の北京の研究開発経費に占める企業、政府研究機関、大学の割合は、それぞれ43.2%、43.6%、11.1%となった。これに対して全国平均の企業、政府研究機関、大学の同割合は、それぞれ76.9%、13.3%、7.8%となっている。

 全国平均と比べ、北京の研究開発経費支出の内訳は、政府研究機関が突出し、企業の比重は低い。

 本論では、GIIのレポートが公表する世界のPCT申請件数トップ50企業の所在地を抽出し、分析した。2021年には、同トップ50に、中国から13社がランクインした。うち深圳は7社で、全国の半数以上を占めた。これに対して本社が集中する北京からは、わずか3社のランクインとなった。

 これに対して、広州-深圳-香港は、実践的なイノベーションが地域の活力を盛り立てている。特に深圳を代表するハイテク企業であるファーウェイ[8]、ZTE[9]、DJI[10]、テンセント[11]などが研究開発への大規模な投資を行い、研究成果の実用化も進んでいる。

6.北京市への提案


 本研究で得られた分析結果や知見をもとに、筆者は北京市政府に改善の政策提案を行った。本論の最後にこれらの提案について簡単に紹介する。

(1)社会実装戦略

 「北京のイノベーションは、学術研究レベルは高いが、実戦能力は相対的に弱い」というジンクスに対して筆者は、社会実装でイノベイティブな企業を育てる戦略を提示した。

 北京は巨大なエリアと経済力を持つ。その強みを活かし、北京で新エネルギーシステム、LRT[12]を始めとする次世代公共交通システム、スマートシティ技術による都市デジタル化[13]、新型省エネ建築[14]などの実装を積極的に進め、北京の都市インフラ水準を向上させると同時に、これらの領域において、イノベイティブな企業を発展させる。

 実装戦略の成功例として、新幹線が挙げられる。1964年に日本が世界で初めて新幹線を実装し、国土経済の高速化を実現するとともに、多数の新幹線関連企業を発展させた。同様に、中国も大規模な高速鉄道(新幹線)の実装を通じて、巨大な高速鉄道経済生態圏を育成した。現在、その高速鉄道システムを海外へも輸出している。一方、アメリカは高速鉄道の実装を行わなかったため、同分野で関連企業をほとんど育てられなかった。 

 新エネルギー産業の発展も実装と密接に関連している。例えば、東京では新エネルギー技術の実装計画が進行中である。現状の、周辺地域で大規模に発電し、それを長距離輸送して東京で消費する電力供給構造に対して、東京都は屋根での太陽光発電パネルを普及させることで、「大規模集中発電+長距離送電」から「電力自産自消」への転換を図る計画を立てている。これによりエネルギー構造の転換、効率と安全性の向上を図りつつ、太陽エネルギー、水素エネルギー、ITなどの関連企業の発展を促す[15]

 北京の電力供給構造が東京と類似していることを考慮し、北京は東京が現在電力構造転換に向けて実施する政策的、制度的な試みを研究し、新エネルギー技術を用いて電力構造を改革する実装案を、早急に実施すべきであると提案した。

(2)税制政策で研究開発機能を強化

 イノベーションの促進には、産学官の連携が欠かせない。日本の経験は、この点で参考になる。

 日本政府は主要な研究開発分野で産学官協力を推進し[16]、企業と研究機関が共同で研究開発体制を築くことを重視している。強力な「国家チーム」の形成、政府資金を投じた研究開発の成果を関連企業で共有、該当分野での技術力の総体的な向上、国際的な競争力の向上などが図られている。

 例として、東京都が水素エネルギーの開発を進める際の取り組みは、注目に値する。福島県にある国の水素エネルギー研究基地と協力し[17]、さらに都内の各区、大学、協会、企業など100以上の団体と共同で「Tokyoスイソ推進チーム」を設立し[18]、産学官間の協力を一層強化している。北京市でも類似の取り組みが検討できる。

 筆者はさらに北京政府に、企業本社機能における研究開発機能を強化するための税制政策を講じるべきであると提案した。

(3)北京証券取引所をイノベイティブな中小企業の資本市場に

 北京の上場企業数は三大クラスターの中で最も少ない。その一因として、北京にはつい最近まで証券取引市場が存在しなかったことが考えられる。東京、香港、深圳にはそれぞれ証券取引所があり企業の成長を引っ張ってきた。資本市場の重要性は無視できない。

 北京のユニコーン企業数は、三大クラスターの中で圧倒的に多い。これは北京のベンチャーキャピタルを引き付ける魅力を示している。北京における証券取引所の設置は、イノベイティブな企業に更なるチャンスをもたらすであろう。

 北京証券取引所の設立から1年以上が経過した。その実績は、上場企業のうち中小企業の割合は93%、民間企業は92%となっている。上場企業の80%以上がいわゆる「戦略的新興産業」[19]や「先進製造業」[20]である。

 北京にはもともと「新三板」と呼ばれる全国中小企業株式移転システムがある[21]。これは、北京証券取引所の上場予備軍として巨大なポテンシャルを蓄えている。実際、これまで北京証券取引所に上場した企業の多くは、新三板から昇格した。2022年の新三板には6,580社が上場しており、総時価総額は約42兆円(2.1兆元)に達している。新三板に上場する北京の企業は913社にのぼり、広州-深圳-香港の1.5倍である。

 筆者は、北京が資本市場の役割を更に重視し、新三板に上場する企業を活かし、北京証券取引所をイノベイティブな中小企業の資金調達市場として発展させることを提案した。そのため、北京証券取引所を中心に、中小企業の発展を支援するベンチャーキャピタル、証券会社、法律事務所などのエコシステムの形成をも重視すべきである。

 さらに、北京証券取引所を「一帯一路」[22]につながる国と地域に開放し、北京を中小企業発展の国際的なプラットフォームとすることが望ましい。

(4)北京をアジア最大の国際会議センターに

 グローバリゼーションが進む時代において、分業を重視する製造業は交易経済であるのに対して、IT産業などイノベーションを重視する産業は、交流経済である。人的交流を重視するイノベイティブな企業はいま、世界経済を牽引し、都市の革新的な発展のエンジンとなっている。2023年6月末現在、世界時価総額企業トップ10の中で、アップル、マイクロソフト、グーグル、アマゾン、NVIDIA、テスラ、フェイスブック、TSMCの8社がまさしくこうしたイノベイティブなIT企業である。

 「中国都市総合発展指標」の「中国都市IT産業輻射力2022」[23]ランキングでは、北京、上海、深圳、杭州、広州、成都、南京、重慶、福州、武漢がトップ10に名を連ねている[24]。首位の北京は中国IT従業者の19%、メインボード上場IT企業の28.7%を占め、圧倒的な優位性を誇っている。

 本論は、「中国都市製造業輻射力」と「中国都市IT産業輻射力」の、都市インフラやサービスとの相関関係分析を行った。両輻射力が都市に求めるインフラとサービスが異なることが明らかとなった。広域交通インフラについては、製造業輻射力は主にコンテナ港との関係が深く[25]、IT産業輻射力は国際空港との関連性が高かった。

 また、製造業輻射力は、貿易との相関関係が高く、IT産業輻射力は国際会議との相関関係が高い。これは、製造業が交易経済で、IT産業が交流経済であることを示している。

 さらに、IT産業輻射力は、飲食・ホテル業輻射力、高等教育輻射力、文化・娯楽輻射力、医療輻射力との関連性も高いのに対して、製造業輻射力は、これらの都市機能との相関関係が低い。

 こうした分析から、交流経済の代表格としてのIT産業従業者による教育水準及び都市サービスへの要求は、製造業従事者のそれと比べ、はるかに高いことがわかった。

 上記の分析に基づき、筆者は、北京をアジア最大の国際会議センターとするよう目指し、国際交流を促し、交流経済を一層発展させるよう提案した。


[1] 現在、中国本土には上海証券取引所、深圳証券取引所、そして北京証券取引所の三大証券取引所がある。上海証券取引所は、1990年11月26日に上海の浦東新区に設立された。同取引所は、主に大手企業や業界の先導的企業を対象とし、メインボード(主板)を中心にサービスを提供している。さらに、2019年にはハイテク企業の成長をサポートするための新しい市場、科学技術イノベーションボード(科創板)が開始された。深圳証券取引所は、1990年12月1日に広東省の深圳市で設立された。同取引所は、中国の多様な経済ニーズに応えるため、メインボード、中小企業ボード、そしてベンチャーボード(創業板)という三つの市場を有している。特に、中小企業や新興企業をサポートすることを重視している。北京証券取引所は、中小企業のイノベイティブな発展をサポートしている。同取引所は、イノベーション型、創業型、成長型の中小企業向けの株式市場として2021年9月2日に設立された。

[2] 上海証券取引所の科創板(科技創新板)は、2019年に新設され、イノベイティブな企業を対象とし、特に新興のテクノロジー企業やスタートアップにとって、資金調達の新たな場となっている。従来の取引板と比べて上場要件が緩和されている。

[3] 深圳証券取引所の創業板は2009年に設立され、成長性の高い中小企業を対象とする。特にイノベイティブなスタートアップにとって、資金調達の場となっている。従来のメインボードに比べ上場要件が緩和され、黒字化していない企業や業績履歴の短い企業でも上場が可能となっている。

[4] 東京証券取引所のグロース市場は、2022年4月4日に導入された新市場区分の一部であり、比較的規模の小さい企業などが参加する市場である。同新市場区分は、企業の流動性、ガバナンス水準、経営成績、財政状態などの項目に基づいて「プライム市場」、「スタンダード市場」、「グロース市場」の3つに区分されている。グロース市場は「高い成長可能性を有する企業向けの市場」と位置づけられている。

[5] フォーチュン・グローバル500は、アメリカの経済誌「フォーチュン」が毎年発表する、総収益を基にランキングした世界の上位500社の企業リストである。同ランキング2022年版では、国別数で1位が中国で136社、2位がアメリカで124社、3位が日本で47社だった。フォーチュン・グローバル500について詳しくは、フォーチュン誌のホームページ(https://fortune.com/ranking/global500/)(最終閲覧日:2023年8月14日)を参照。

[6] ユニコーン企業とは、未上場のスタートアップ企業の中で、創業から10年以内、企業評価額が10億ドル以上で、テクノロジー分野に属するものを指す。

[7] CB Insights社は、テクノロジー産業やスタートアップのトレンド、投資、マーケット動向に関するデータと分析を提供するアメリカの市場調査会社である。同社は、ベンチャーキャピタル、企業、投資家、政府機関などのクライアントに対して、データベース、調査レポート、市場予測などの情報サービスを提供する。CB Insights社について詳しくは、同社ホームページ(https://www.cbinsights.com/)(最終閲覧日:2023年8月14日)を参照。

[8] ファーウェイ(華為技術)は、深圳市に本社を置く、通信機器および情報通信技術ソリューションの提供を行う新興企業である。1987年に創業し、現在はスマートフォン、タブレット、PC、ネットワーク機器、クラウドサービスなどの製品やサービスを提供している。同社は、通信ネットワークや、5G技術、スマートフォンなどにおいて世界の先頭を行く。そのためアメリカからかなり制約をかけられている。それにも関わらず、同社は積極的なイノベーションとグローバル展開を続け、情報通信技術産業における主要なプレイヤーとしての地位を確立している。PCT申請件数ランキングで、ファーウェイは5年連続で世界第1位を維持している。

[9] ZTE(中興通訊)は、深圳市に本社を置く、ファーウェイと並ぶ大手通信機器メーカーである。ZTEは、1985年に創業され、モバイル通信機器、ネットワーク機器、通信ソリューションなどの製品やサービスを提供しており、世界中での通信ネットワークの構築や研究開発において活動している。1997年に深圳証券取引所および2004年に香港証券取引所に上場し、2023年8月11日の時点で、ZTEの市場時価総額は約1,693億元(約3兆3,860億円)である。同社は、約7万人の従業員を抱えている。ZTEは、その技術力とグローバル展開を通じて、情報通信技術産業における主要なプレイヤーとしての地位を確立している。しかし、ZTEもアメリカから制裁を受けた。

[10] DJI(大疆創新科技)は2006年に創業した深圳市に本社を置くドローン製造企業である。同社は、高い技術力とブランド力で世界のドローン産業発展を牽引してきた。

[11] テンセント(腾訊)は、1998年に設立された深圳市に本社を置くハイテクノロジー企業である。同社の事業は、インターネット関連サービスやエンターテインメント、AIに及ぶ。特にソーシャルメディアプラットフォーム「WeChat」やオンラインゲームで知られる。

[12] 次世代型路面電車システム(LRT: Light Rail Transit)は、近年の都市交通の発展とともに注目される交通手段である。LRTは、都市の中心部や郊外を結ぶ軽軌道交通システムを指し、その特徴は、低床設計、環境に優しい電気駆動、そして都市の景観や歩行者空間との調和を重視したデザインにある。次世代型としてのLRTは、従来の路面電車やトラムとは異なり、より高速で効率的な運行を可能とし、騒音や振動が少ないことから、都市部での導入が進められている。また、バスや自動車と比べても大量の乗客を一度に輸送できるため、交通渋滞の緩和や公共交通の利便性向上に貢献している。筆者はLRTの中国での普及を提唱してきた。筆者が総合プロデューサー・総括を務めた「中国江蘇省鎮江生態ニューシティマスタープラン」ではLRTをベースにした100万人都市の計画をまとめた。

[13] スマートシティ技術の導入により、都市の運営やサービスが効率化され、市民生活の質の向上がはかられる。IoT、ビッグデータ、AIのような先進技術を利用した都市管理システムの開発と導入は、都市経済の新しい成長エンジンと成り得る。

[14] 建築のエネルギー消費を削減するための新しい技術や材料の採用は、都市のエネルギー効率を向上させる鍵となる。

[15] 東京都は、2050年までの温室効果ガス排出量を実質0%にする目標「2050年ゼロエミッション」と、2030年までの排出量を2000年基準で50%削減する目標「2030年カーボンハーフの実現」を掲げている。この取り組みの一環として、2025年4月から「新築建物を対象とした太陽光発電の設置義務化精度」を導入する予定である。この制度の対象は、延べ床面積2000平方メートル未満の新築建物で、年間延べ床面積2万平方メートル以上を施工・販売する業者約50社に限定される。地域の日照量に応じて、設置すべき建物の割合が区分され、都心部は30%、区部の大半は70%、市部の多くは85%と定められている。ただし、屋根面積20平方メートル未満の建物や日当たりの不良な建物は対象外とされる。義務達成が困難な場合、罰則は設けられていないが、都が指導や勧告、事業者名の公表を行うこととなっている。また、2000平方メートル以上の大規模建物や駐車場付きの住宅には、電気自動車の充電設備の設置も義務付けられている。

[16] 日本政府は、産学官の連携を強化するため2000年に制定の「産業技術力強化法」をはじめとする、研究者への特許料の減免措置や技術移転の促進など、具体的な施策を実施してきた。さらに、第2期(2001~2005年度)と第3期(2006年~2010年度)の科学技術基本計画では、大学における産学官連携や知財管理の部門設置が進められ、イノベーションの創出を重視している。

[17] 東京都は水素社会の実現を目指しており、その一環として燃料電池自動車の普及や水素ステーションの整備を進めている。さらに2016年5月に東京都は、再生可能エネルギーの導入を推進する先駆けの地として水素の研究開発を行う福島県、そして産業技術総合研究所と共に、CO2フリー水素や再生可能エネルギーの研究開発に関する協定を締結した。

[18] 東京都は水素エネルギーの普及を目的とし、官民連携の「Tokyoスイソ推進チーム」を2017年11月に設立した。同チームは、民間企業、業界団体、自治体、学校など、水素エネルギーの普及に関心を持つ119の団体から成る。都は同チームを通じて水素エネルギーの利活用を拡大し、情報の共有や共通の情報発信を行うことを目指す。

[19] ここでの「戦略的新興産業」とは、重要な先端科学技術の進展を基盤とし、未来の科学技術や産業の新たな方向性を示唆するとして中国政府が指定した産業である。同産業は、省エネ・環境保護、新世代情報技術、生物、ハイエンド設備製造、新エネルギー、新材料、そして新エネルギー自動車の7分野に区分される。

[20] ここでの「先進製造業」は、産業の高度化とイノベーションを代表するものとして中国政府が指定した分野であり、新世代情報技術、新素材、生物医学薬学、ハイエンド医療機器、高品質かつ高機能消費財、新エネルギー、インテリジェントネットワーク自動車などに及ぶ。

[22] 一帯一路は、2017年から中国が提唱する経済協力の枠組みである。具体的には、陸上の「シルクロード経済帯(一帯)」と海上の「21世紀の海上シルクロード(一路)」の2つのルートから成る。同枠組みは、アジア、ヨーロッパ、アフリカを結ぶ広域経済圏の形成を目指し、インフラ整備、貿易、投資、資源開発など多岐にわたる協力が進んでいる。

[21] 「新三板」とは、中国における「全国中小企業株式転換システム」の通称である。これは、中小企業の資本を調達するための非公開株の取引プラットフォームとして、2006年に設立された。新三板は、上海と深圳の証券取引所に上場する前のステップとして、中小企業が資本市場にアクセスするための橋渡しの役割を果たす。

[23] 「中国都市総合発展指標」で使用する「輻射力」とは都市の広域影響力の評価指標であり、都市のある業種の商品やサービス移出・移入量を、当該業種従業者数と全国の当該業種従業者数の関係、および当該業種に関連する主なデータを用いて複合的に計算した指標である。

[24] IT産業輻射力について詳しくは、雲河都市研究院「【ランキング】中国IT産業スーパーシティはどこか?〜2020年中国都市IT産業輻射力ランキング」(https://cici-index.com/3957/)(最終閲覧日:2023年8月14日)を参照。

[25] 製造業輻射力について詳しくは、雲河都市研究院「【ランキング】中国で最も輸出力の高い都市はどこか? 〜2020年中国都市製造業輻射力ランキング」(https://cici-index.com/3888/)(最終閲覧日:2023年8月14日)を参照。


(本論文では栗本賢一、甄雪華、趙建の三氏がデータ整理と図表作成に携わった)


 本論文は、周牧之論文『世界三大科学技術クラスターパフォーマンスに関する比較分析』より抜粋したものである。『東京経大学会誌 経済学』、319号、2023年。

【論文】世界三大科学技術クラスターパフォーマンスに関する比較分析(Ⅰ)

A Comparative Study of the Science and Technology Innovation Performance of Three Global Science and Technology Clusters

周牧之 東京経済大学教授

■ 編集ノート: 
 世界で最も集積度の高い科学技術クラスターは何処か?周牧之東京経済大学教授が論文の前半で、東京-横浜、広州-深圳-香港、北京という世界三大科学技術クラスターのパフォーマンスを比較分析し、それぞれの特色を解き明かす。


始めに


 世界知的所有権機関(以下、WIPO)[1]は2022年9月、「グローバル・イノベーション・インデックス(以下、GII)」[2]報告書を公開し、世界の科学技術クラスター(以下、クラスター)のランキングを発表した。これは、各国・地域における科学技術の集積を評価するものである。同年、東京-横浜、広州-深圳-香港、そして北京がこの評価でトップ3に名を連ね、イノベーションにおけるアジアの存在感を示した[3]

 GIIによるクラスター評価は2017年に始まって以来、毎年公表されている。東京-横浜、広州-深圳-香港の2つのクラスターは、これまでのランキングでも常に第1位と第2位を維持してきた。一方、北京は2017年の第7位から2021年の第3位へと大きく順位を上げている。

 GIIランキングは、PCT出願件数[4]とクラリベイト・アナリティクス[5]が提供する「Science Citation Index Expanded(SCIE)」[6]に掲載される科学論文出版数を主要な指標として使用する。

 本論は、この二つの指標に、『中国都市総合発展指標』[7]のデータシステムをも活用し、三大クラスターのイノベーション活動のより包括的な評価を試みた。さらに北京のイノベーションセンターとしての在り方についていくつかの提案を行った[8]

1.異なる強みを示す三大クラスター


 GIIランキングは、発明者や科学論文著者の所在地情報から各クラスターを評価しているのが特徴である。GII の2017年版では、PCT出願件数のみが評価の基準として採用されていた。2018年から科学論文の指標が追加された。

 本論はまず、この二つの指標で、三大科学技術クラスターの実績を詳しく比較分析し、各クラスターの特性を明らかにする。

表1 2018年の三大科学技術クラスターの実績

注:科学論文の発表データは2012年~2016年のものである。
出典:世界知的所有権機関(WIPO)「グローバル・イノベーション・インデックス」報告書より作成。

表2 2022年の三大科学技術クラスターの実績

注:科学論文の発表データは2012年~2016年のものである。
出典:世界知的所有権機関(WIPO)「グローバル・イノベーション・インデックス」報告書より作成。

(1)東京-横浜:科学論文の発表よりも特許申請が活発

 表1および表2に示すように、東京-横浜は、日本のイノベーションセンターとして、特にPCT出願において強みを持つ。

 東京–横浜の特許申請数は2018年には104,746件となり、世界の11%を占め、2位の広州-深圳-香港を約6ポイント上回った。2022年には特許申請件数が122,526件に達し、世界シェア第1位を保持した。但し、広州-深圳-香港の追い上げを受け、同クラスターとの差は2.5ポイントにまで縮小している。

 一方、東京-横浜の科学出版物論文発表数における優位性は近年、著しく低下している。2018年には、141,584件の科学論文が発表され、1.8%の世界シェアで、世界第2位だった。しかし、2022年には同発表数が2018年比で20%減少し、世界シェアも1.6%に下がり、世界第5位にまで落ち込んだ。

 つまり、東京-横浜においては、科学論文の発表よりも特許申請の方がより活発であり、イノベーションの実用性が重視されている。

 三大クラスター間のギャップは、この4年間で縮小している。この傾向は、東アジアにおけるテクノロジー競争の激化を反映している。

(2)広州-深圳-香港:特許申請と論文発表で急速に追い上げ

 広州-深圳-香港は、近年の中国経済の発展により、イノベーションセンターとしての地位を急速に上げてきた。特に深圳は、「中国のシリコンバレー」とも称される。

 同クラスターは、特許と科学論文の両面で急成長している。2018年のPCT出願件数は48,084件、5.1%の世界シェアで、世界第2位であった。2022年には、PCT出願件数が2018年の倍に達し、世界シェアが8.2%となり、東京-横浜との差が大幅に縮まった。

 同クラスターが発表した科学論文は2018年には40,920件で、世界シェアはわずか0.5%、世界第32位だった。しかし、2022年には科学論文の発表数が2018年の3倍以上に激増し、世界シェアが1.9%に上昇、東京-横浜を超えて世界第3位に躍進した。

(3)北京:科学論文の発表で優位に

 中国の首都北京は、国のイノベーションセンターであり、科学論文の発表において圧倒的な強みを持っている。

 北京の科学論文発表数は2018年、197,175件に達し、世界シェア2.5%で、東京-横浜の1.4倍となり、世界第1位を獲得した。2022年には、北京の科学論文発表数は2018年に比べ24%増加し、世界シェアを3.7%に伸ばし、世界第1位を維持した。

 これに対して、北京の特許申請はまだ追い上げ途上にある。2018年のPCT出願件数は18,041件で、世界シェア1.9%、世界第8位だった。2022年には世界シェアを2.8%に伸ばし、世界第6位に上昇した。

 中国科学院[9]、清華大学、北京大学など一流の大学と研究機関が、北京の科学論文力の強固な基盤を作り上げている。科学論文発表数の持続的な増加が、世界的な科学技術クラスターとしての北京の地位を固めている。

2.北京:行政地区の面積が最大、人口規模が第二、経済規模が最小


 図1が示すように、三大クラスターの中で、北京の行政地区面積は最大で、16,410平方キロメートルに達し、広州-深圳-香港の1.3倍、東京-横浜の6.2倍となる。

 人口規模は、広州-深圳-香港の人口が最も多く4,390.5万人で、これは北京の2倍、東京-横浜の2.5倍である。

 経済規模は、広州-深圳-香港のGDPが東京-横浜をわずかに上回り、約171兆円(8兆5,506億元、1元=20円換算、以下同様)に達する。対する北京の経済規模は、広州-深圳-香港の半分程度にすぎない。

 三大クラスターの中では、東京-横浜の人口一人当たりGDPが最も高く、926万円(約46.3万元)である。これに対して、広州-深圳-香港と、北京の一人当たりGDPはそれぞれ約390万円(19.5万元)、約380万円(19.0万元)である。東京-横浜の人口一人当たりGDPはこの二つのクラスターのそれぞれ約2.4倍となっている。

図1 三大科学技術クラスター行政区域面積・人口規模・GDP比較

出典:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2021』などより作成。

3.北京:研究開発強度は最高


(1)研究開発費:東京-横浜が最大

 三大クラスターの中で、東京-横浜の研究開発費が最も多く、105.9兆円(約5兆2,950億元)に達している。これは広州-深圳-香港の1.2倍、北京の2倍である。一方、広州-深圳-香港の研究開発費は北京の1.7倍となっている。

 北京は三大クラスターの中で研究開発費総額が最も少ない。

(2)研究開発強度:北京が最大

 国や地域の経済規模は異なるため、研究開発費を比較する際、研究開発費とGDPの比率、即ち「研究開発強度」[10]という指標が利用されることが多い。

 三大クラスターの中で、北京の研究開発費の総額は最も少ないにも関わらず、その研究開発強度は6.5%と最も高く、東京-横浜をわずかに上回り、広州-深圳-香港を1.2ポイント上回る。

(3)研究開発人員数:北京が最少

 研究開発を推進する上で、人員の投入は非常に重要な要素である。三大クラスターの中で、広州-深圳-香港と東京-横浜の研究開発人員数はそれぞれ643,000人、629,000人と、大きな差は見られない。北京の同人員数は473,000人で、他の2つのクラスターの四分の三に過ぎない。

(4)研究開発人員1人当たり研究開発費:東京-横浜が最多

 研究開発人員1人当たり研究開発費から見ると、東京-横浜が最も多い1,684万円(約84.2万元)である。広州-深圳-香港の約1,368万円(68.4万元)が続き、北京は約1,112万円(55.6万元)と最も少なく、東京-横浜の66%にすぎない。

図2 三大クラスター研究開発人員・研究開発費・研究開発強度比較

出典:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2021』などより作成。

4.北京:アジア随一の大学を持ちながら大学数と大学生数は最少


 大学はイノベーション人材を育成する“ゆりかご”であり、同時に研究開発の重要な拠点である。本論は、三大クラスターの大学リソースについても比較する。

(1)大学数:東京-横浜が最多

 東京-横浜には、大学が159校あり、三大クラスターの中で大学数が最も多い。次いで広州-深圳-香港が113校、北京は92校で東京-横浜の58%に過ぎない。

(2)大学生数:広州-深圳-香港が最多

 広州-深圳-香港は、在籍する大学生数が170.2万人と最も多い。東京-横浜は85.1万人、北京は59万人で広州-深圳-香港の35%に過ぎない。これは、中国が北京での大学設置と定員数を厳しく制約していることを反映している。

(3)北京:トップ500の大学数は最少

 タイムズ・ハイアー・エデュケーション[11]が2022年に発表した「世界大学ランキング」[12]によれば、トップ500にランクインした大学数では、東京-横浜が42校で、広州-深圳-香港の16校、北京の14校を圧倒した。

 北京は同ランキング内でアジアトップ10大学第1位の清華大学と第2位の北京大学を有している。東京-横浜は、同アジアトップ10大学に東京大学が第6位と1校がランクインしている。広州-深圳-香港は、第4位に香港大学、第7位に香港中文大学、第9位に香港科技大学の3校が入った。

 すなわちアジアトップ10大学には三大クラスターから6校も占めている。

図3 三大クラスター大学数・在籍大学生数・世界トップクラス大学数比較

出典:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2021』などより作成。

5.北京:学術研究レベルは高いが、実戦能力は相対的に弱い


 前述までの分析から、北京は、三大クラスターの中で研究開発人員数、研究開発経費、研究開発人員1人当たり研究開発費が最も少ない。しかし、研究開発強度が最も高い。中国の地級市以上の297都市[13]の中でも北京は、研究開発強度が最高である。これは北京のイノベーションに対する積極姿勢を表している。

 さらに北京には、清華大学、北京大学、中国科学院を始めとする一流の大学及び研究機関が集積し、中国の三分の一の「国家重点実験室」[14]を配している。また「二院院士(中国科学院・中国工程院士)」[15]の半数近くが北京に在職している。

 結果、北京は科学論文の発表数で他のクラスターを圧倒し、特許のPCT出願件数でも追い上げている。

 だが、東京-横浜と広州-深圳-香港に比べ、北京のイノベーションの産業界との協働はやや弱い。


[1] 世界知的所有権機関(WIPO: World Intellectual Property Organization)は、国際連合の専門機関として知的所有権に関する国際協力を促進している。WIPOは、1970年に設立され、本部はスイスのジュネーヴにある。

[2] グローバル・イノベーション・インデックス(GII: Global Innovation Index)とは、WIPOや欧州経営大学院、コーネル大学などの協力のもと、2007年から毎年発表され、132国・地域のイノベーション能力や実績を評価する指標である。同インデックスでは、2017年から「科学技術クラスター」の100位までのランキングを公表している。GII科学技術クラスターについて詳しくは、WIPOのホームページ(https://www.wipo.int/about-wipo/ja/offices/japan/news/2022/news_0034.html)(最終閲覧日:2023年8月14日)を参照。

[3] 2022年度版のGII科学技術クラスターランキング上位10地域は、東京-横浜が第1位、広州-深圳-香港が第2位、北京が第3位、ソウルが第4位、サンノゼ-サンフランシスコが第5位、上海-蘇州が第6位、大阪-神戸-京都が第7位、ボストン-ケンブリッジが第8位、ニューヨークが第9位、パリが第10位と続く。日本では他に名古屋が第12位にランクインし、金沢が第80位、浜松が第85位となっている。

[4] PCT出願とは、「特許協力条約(PCT: Patent Cooperation Treaty)」に基づく国際特許出願を指す。PCTは、1970年に締結され1978年に発効、2023年現在、157カ国・地域が加盟。特許出願者が一つの出願を行うことで、PCT加盟国であるすべての国や地域での特許保護を求めることができる国際的な制度である。

[5] クラリベイト・アナリティクス(Clarivate Analytics)は、研究情報や特許情報、学術出版情報などの分析・提供を行う国際的な企業である。同社は、多くのデータベースやツールを提供しており、その中でも学術論文の引用情報を中心にした研究情報データベース「Web of Science」や特許情報の包括的なデータベース「Derwent World Patents Index」などは、学術研究や特許情報の分析に広く利用されている。

[6] Science Citation Index Expandedとは、学術論文の引用情報を中心に収集・提供するデータベースである。SCIEは、クラリベイト・アナリティクス社が提供する「Web of Science」の一部として存在し、自然科学や社会科学の分野における論文の引用情報を広範囲にわたってカバーしている。同データベースは、論文の引用情報を提供することで、研究の影響度や質を評価するための重要なツールとして利用される。また、特定の研究者や研究機関の業績を評価する際の基準としても活用されている。SCIEについて詳しくは、クラリベイト・アナリティクス社のホームページ(https://clarivate.com/products/scientific-and-academic-research/research-discovery-and-workflow-solutions/webofscience-platform/web-of-science-core-collection/science-citation-index-expanded/)(最終閲覧日:2023年8月14日)を参照。

[7] 『中国都市総合発展指標』は、雲河都市研究院と中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司(局)が共同開発した都市評価指標である。2016年以来毎年、内外で発表している。同指標は、環境・社会・経済という3つの軸(大項目)で中国の都市発展を総合的に評価している。評価対象は、中国297地級市以上都市(日本の都道府県に相当)全てをカバーし、評価基礎データは882個に及び、その内訳は31%が統計データ、35%が衛星リモートセンシングデータ、34%がインターネットビッグデータである。その意味で、同指標は、異分野のデータ資源を活用し、「五感」で都市を高度に知覚・判断できる先進的なマルチモーダル指標システムである。同指標は、中国語で『中国城市総合発展指標』人民出版社、日本語で『中国都市ランキング』NTT出版、英語で『China Integrated City Index』Pace University Pressが書籍として出版されている。『中国都市総合発展指標』について詳しくは、周牧之ら編著『環境・経済・社会 中国都市ランキング2018―大都市圏発展戦略』、NTT出版、2020年10月10日を参照。

[8] 北京市人民政府参事室の要請を受け、筆者は2023年4月に『世界三大技術クラスターの技術革新パフォーマンスに関する比較研究(全球三大科技集群科技創新表現比較研究)』レポートを提出した。

[9] 中国科学院(CAS: Chinese Academy of Sciences)は、中国の国立研究機関であり、自然科学と高度技術の研究・開発を行う最も権威ある学術機関である。1949年に設立され、現在は多数の研究所や実験室を持つ。中国科学院は、基礎研究から応用研究、技術革新に至るまでのさまざまな研究活動を行い、国内外の学術交流や協力も積極的に進める。筆者は2012年より中国科学院科技政策与管理科学研究所特任研究員を5年間務めた。

[10] 研究開発強度は、研究開発費をGDPや売上高などの経済指標で割った値として表され、研究開発への投資意欲や技術革新への取り組みの度合いを示す。

[11] タイムズ・ハイアー・エデュケーション(Times Higher Education)は、高等教育に関する専門誌である。同誌は、高等教育機関のニュース、意見、特集記事などを提供しており、教育関係者や研究者、学生などの間で広く読まれている。

[12] 「世界大学ランキング(Times Higher Education World University Rankings)」は、世界中の高等教育機関を評価・ランキングする主要な指標の一つである。同ランキングは、タイムズ・ハイアー・エデュケーション誌が毎年発表している。ランキングは、教育環境、研究(研究のボリューム、収入、評判)、論文の引用数(研究の影響)、国際的展望(スタッフ、学生、研究)、産業収入(知識移転)の指標を基に、大学の総合的な実力や影響力を評価している。特に、研究の質や影響、国際的な連携や協力の度合いなどが重視されている。世界大学ランキングについて詳しくは、タイムズ・ハイアー・エデュケーション誌のホームページ(https://www.timeshighereducation.com/world-university-rankings)(最終閲覧日:2023年8月14日)を参照。

[13] 地級市以上の297都市は、4つの直轄市、27の省都・自治区首府、5つの計画単列市と261地級市から成る。中国の都市の行政区分について詳しくは周牧之など編著『環境・社会・経済 中国都市ランキング−中国都市総合発展指標』NTT出版、2018年6月、p5を参照。

[14] 国家重点実験室とは、中国の特定研究分野や技術領域における先端的な研究を行うための研究機関である。

[15] 院士とは、中国における最高の学術称号であり、二院院士とは、中国科学院(CAS)と中国工程院(CAE)の院士を総称して呼ぶものである。この称号は、科学とエンジニアの分野で特筆すべき業績を上げた研究者や専門家に与えられる。


(本論文では栗本賢一、甄雪華、趙建の三氏がデータ整理と図表作成に携わった)


 本論文は、周牧之論文『世界三大科学技術クラスターパフォーマンスに関する比較分析』より抜粋したものである。『東京経大学会誌 経済学』、319号、2023年。

(※論文後半はこちらから)

【論文】増え続ける世界そして中国の人口をどう養うか?(Ⅱ)

How to feed the growing world and Chinese population?

周牧之 東京経済大学教授

■ 編集ノート: 
 誰が中国を養うのか?論文の後半は、中国が巨大な人口を如何に養ってきたか、また世界最大の食糧輸入大国としての中国が何処から何を輸入しているのか、について、周牧之東京経済大学教授が解き明かす。さらに『中国都市総合発展指標』のデータシステムを活用し、衛星データのGIS解析を駆使して、中国における都市レベルの食糧生産に関する実態を分析する。中国の農業生産性が最も高い地域はどこか。そして中国は将来、食糧問題にどう取り組むべきか。

(※論文前半はこちら)


1.『誰が中国を養うのか』の衝撃


 1995年にアメリカの学者レスター・ブラウンが著書『誰が中国を養うのか』[1]を発表した。同氏は、13億人口を持つ中国の食糧供給能力、そして世界の食糧供給網に及ぼす潜在的な影響に対して強い危機感を示した。

 ブラウン氏の主張に煽られ、当時の朱鎔基首相が急進的な食糧生産拡大政策を進めた[2]。しかし、その後中国の主食である小麦とコメの供給力が国内で満たされ、ブラウン氏の予言は当たらなかった。むしろ、食糧増産政策による過度な開墾が環境問題を引き起こした。その後、中国政府は傾斜面など一部の耕地を森林に戻す「退耕還林」政策[3]を採り、朱鎔基農業政策を修正した。

 図1では、1961年を起点とし、今日までの中国の人口、穀物耕地面積、穀物生産量、そして平均単位面積穀物生産量の推移を整理した。同図が示すように、中国の穀物生産量は人口増以上に増えてきた。この間、中国人口は約2.2倍になったのに対し、中国の穀物生産量は約5.9倍となった。しかし穀物耕地面積は僅か12%しか増えていない。つまり、中国で穀物生産量を伸ばした最大の要因は、耕地の拡大ではなかった。

 中国での穀物生産量増大の最大の要因は、単収(単位面積当たりの穀物収穫量)の伸びであった。中国も開墾による耕地の拡大よりは「緑の革命」で食糧供給力を伸ばした。さらに注目すべきは、この間、耕地単位面積当たりの穀物収穫量は、世界平均が3.1倍になったのに対して、中国は同5.3倍になった。言い換えれば、中国は「緑の革命」の優等生として土地の生産性を劇的に向上させた。

図1 中国人口、穀物生産量、穀物耕地面積、単収の推移(1961〜2021年)

出所:国連食糧農業機関(FAO)、オックスフォード大学Our World in Dataデータセットより作成。

 もっともその間、中国の経済発展に伴い、中国の一人当たりカロリー供給量も顕著に増加した。図2では1947年から2018年までの中国一人当たりの一日カロリー供給量(年)を示した。現在一人当たり一日カロリー供給量は食糧難の1960年当時に比べて、2.3倍となった。

 世界の8%の耕地と6%の淡水資源で18%の人口を養えたのは、中国の農業生産性の向上に因るものであった。

 中国の穀物生産性の向上は、中国の食糧供給を安定させ、小麦、コメといった主食の国際価格の安定化にも寄与した。

図2 中国一人当たりの一日カロリー供給量(1947〜2018年)

出所:国連食糧農業機関(FAO)、オックスフォード大学Our World in Dataデータセットより作成。

2.なぜ中国は大豆とトウモロコシの一大バイヤーに


 中国が小麦とコメといった主食で自給自足であるのに対し、大豆とトウモロコシなど飼料穀物に関しては国際市場に依存している。

 図3は、2022年中国の主要穀物輸入量を示している。同図から中国の穀物輸入においては主に大豆、トウモロコシ、高粱といった飼料穀物が主体であることを確認できる。2022年、これら3種の穀物が中国の穀物輸入全体に占める割合は89.7%に達した。

図 3 中国の主要穀物輸入量(2022年)

出所:国連貿易開発会議(UNCTAD)データセットより作成。

 改革開放後、中国で肉の消費量は急激に上がり続けた。図4が示すように、2020年、中国の年間一人当たりの肉の消費量は62キロに達した。世界平均の同42.3キロをはるかに超え、肉食の比重が高いアメリカの同126.7キロには及ばないものの、日本の同54キロを超えている。中国の膨大な人口規模に鑑み、肉の消費量を支える畜産業の大発展が欠かせない。

図4 国・地域別一人当たり食肉消費と一人当たりGDP(2020年)

出所:オックスフォード大学「Our World in Data」データセットより引用、加筆。

 図5は、1979年から2022年までの中国の食肉生産量を表している。1979年改革開放直後の1,062万トンから今日2022年の9,328万トンまで大きく伸びた。

 食肉生産に使用される飼料穀物の成分として、特にトウモロコシと大豆が重要である。中国食肉生産の大きな伸びを支えたのが飼料穀物の海外調達であった。

図 5 中国の食肉生産量 (1979~2022年)

出所:中国国家統計局データセットより作成。

 図6は2022年世界地域別大豆輸入量を示している。同図で中国が78.9%のシェアを持つ世界最大のバイヤーであることが確認できる。中国の大豆輸入の59.7%はブラジルからであり、32.4%がアメリカからである。

 図7は2022年世界地域別トウモロコシ輸入量を示している。同図で中国が37.8%のシェアを持つ世界最大のバイヤーであることが確認できる。中国のトウモロコシ輸入の72.1%はアメリカからであり、25.5%がウクライナからである。

 飼料穀物の最大のバイヤーとして世界穀物貿易に依存する中国にとって、安定的な供給先の確保が重要である。その重要性は米中貿易摩擦や、ロシアによるウクライナ侵攻によって更に強まっている。

図 6 世界地域別大豆輸入量(2022年)

注:HSコード[4]は1201。
出所:国連「UN Comtrade」データセットより作成。

図 7 世界地域別トウモロコシ輸入量

注:トウモロコシのHSコードは1005。
出所:国連「UN Comtrade」データセットより作成。

3.中国穀物生産の都市別実態分析


 中国の国土の中で、経済活動が行われる主なエリアは地級市[5](日本の都道府県に相当)以上の297都市[6]から成る。これらの都市は中国の人口の94.7%、GDPの96.6%を占めている。中国における食糧生産構造を知るには、都市レベルでの実態把握が必要である。本論は、『中国都市総合発展指標』のデータシステムを活用し、衛星データのGIS解析を駆使して、中国における都市レベルの食糧生産に関する実態分析に挑む。『中国都市総合発展指標』は、雲河都市研究院と中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司(局)が共同開発した都市評価指標である。2016年以来毎年、内外で発表してきた。同指標は、環境・社会・経済という3つの軸(大項目)で中国の都市発展を総合的に評価している。評価対象は、中国297地級市以上都市の全てをカバーし、評価基礎データは882個に及ぶ[7]

(1)耕地面積

 図8は、『中国都市総合発展指標』がGISを活用して算出した「耕地面積」[8]のランキングである。上位10都市はチチハル、重慶、ハルビン、ジャムス、綏化、フルンボイル、黒河、通遼、長春、南陽である。また、11位から30位にかけての都市は白城、松原、信陽、臨沂、鶏西、双鴨山、赤峰、駐馬店、塩城、四平、濰坊、大慶、滄州、滁州、吉林、牡丹江、荊州、周口、遵義、菏沢となっている。

 上記トップ10都市の耕地面積は全国の15.4%を、トップ30都市は同31.4%を占めている。つまり297都市の10分の1に当たるトップ30都市は、中国耕地面積の3分の1弱を占める。これら都市は主に黒竜江省、吉林省、内モンゴル自治区、山東省、河北省、河南省、安徽省、江蘇省といった東北・華北の平原地帯に位置している。これらの地域は、小麦の主要な生産地として、食糧供給の基盤となっている[9]。これに対して長江以南は、重慶と遵義の2都市のみがトップ30入りした。そもそも直轄市である重慶の行政エリアは桁違いに大きい。

図8 中国都市耕地面積ランキング トップ30都市

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標』データセットより作成。

(2)穀物生産量

 図9は、中国都市の「穀物生産量」ランキングトップ30を示している。トップ10都市は、ハルビン、チチハル、長春、綏化、ジャムス、重慶、周口、通遼市、駐馬店、菏沢となる。次いで11位から30位にかけては、徳州、商丘、南陽、塩城、松原、赤峰、フルンボイル、鶏西、信陽、双鴨山、聊城、保定、邯鄲、阜陽、黒河、白城、亳州、徐州、石家荘、淮安という順序となる。

 上記トップ10都市の穀物生産量は全国の15.3%を、トップ30都市は同32.9%を占めている。つまり297都市の10分の1に当たるトップ30都市は、中国穀物生産量の3分の1を占める。これら都市は耕地面積トップ30同様、主に東北・華北の平原地帯に位置している。耕地面積トップ30と比べて、穀物生産量トップ30には江蘇省と安徽省の都市が増えたことが目立つ。これに対して、南の都市は、重慶のみになった。

図 9 中国都市穀物総生産量ランキング  トップ30都市

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標』データセットより作成。

(3)耕地生産性

  しかし耕地面積当たりの第一産業のGDPでランキング分析を行うと、様相が一転する。図10は中国都市の耕地面積当たり第一次産業GDPで示した耕地生産性ランキングである。トップ10都市は三明、竜岩、福州、寧徳、舟山、汕頭、南平、漳州、楽山、麗水の順に並ぶ。11位から30位までの都市は、茂名、莆田、潮州、長沙、株洲、三亜、台州、肇慶、海口、巴中、儋州、萍郷、杭州、紹興、寧波、黄山、掲陽、泉州、広州、仏山である。

 このトップ30都市はすべて長江以南にある。名を連ねる福建省、浙江省、広東省、湖南省、海南省、四川省を中心とした南部の都市が上位にある背景として、これらの地域の温暖かつ湿潤な気候が考えられる。穀物生産はコメが中心で、さらに茶、果物、タバコ、野菜など付加価値の高い農産品生産が盛んである。また、これらの地域は北方と比べて耕地面積が小さい。豊かで資金力があるため農業生産に資金と手間を投じる傾向が強い。結果、耕地の生産性は高まる。ランキングではさらに福州、長沙、杭州、紹興、寧波、泉州、広州、仏山といった大都市の名が目立つ。これは、大都市近郊農業の優位性を示している。

図10 中国都市耕地生産性ランキング トップ30都市

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標』データセットより作成。

(4)穀物生産輻射力

 本論はさらに、穀物生産に関連する都市の広域的影響力を分析するため、「穀物生産輻射力」[10]を用いた。図11は、中国都市穀物生産輻射力ランキングトップ30を示す。上位10都市は順にジャムス、チチハル、綏化、ハルビン、長春、通遼、松原、双鴨山、鶏西、周口であり、11〜30位にはフルンボイル、徳州、駐馬店、黒河、白城、赤峰、塩城、菏沢、商丘、四平、大慶、聊城、信陽、鉄嶺、滁州、鶴崗、淮安、亳州、南陽、吉林が続く。

 中国都市穀物生産輻射力ランキングトップ30にも、主に東北・華北の平原地帯の都市が中心であり、且つすべて長江以北の都市である。

 「中国都市穀物生産輻射力」と「中国都市穀物生産量」、「中国都市耕地面積」について相関分析[11]を行ったところ、相関係数は各々0.7、0.6に達した。つまり都市穀物生産輻射力は、穀物生産量と耕地面積と相関関係を持つ。

 一方、「中国都市穀物生産輻射力」と「中国都市耕地生産性」について相関分析を行ったところ、その相関係数は-0.3であった。つまり、穀物生産輻射力が高い都市は、必ずしも土地生産性は高くない。これは小麦生産を中心とする北方の穀物生産地域の収入水準が低いことを示している。北方と比べ、中国南方地域では耕地面積は狭いものの、その収入水準は高い。

図11 中国都市穀物生産輻射力ランキング トップ30都市

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標』データセットより作成。

4.中国穀物供給の安定化を図るには


 上記の分析が明らかにしたのは、穀物生産量を増やすには耕地の拡大よりも農業生産性を高める方が効果的だということである。中国は「緑の革命」の優等生として小麦とコメのほぼ100%の自給を成し遂げた。しかし、過度な化学肥料と農薬使用で、土壌汚染や健康被害などの問題も引き起こした。また、農業収入の南北格差が依然として大きい。今後、農業生産に、より高い投資を注ぎ、技術とインフラレベルの向上で、生産量と品質そして収入の向上を継続して計ることが欠かせない。とくに農業生産性において南北格差が顕著であるため北方地域における農業生産性の向上が肝要である。

 一方、大豆、トウモロコシといった飼料穀物の対外依存構造は、そう簡単に変えることはできない。そのためには安定した輸入先の確保が不可欠である

図12 ユーラシアランドブリッジ構想

出所:周牧之『現代版「絹の道」、構想推進を―欧州から日本まで資源の開発・輸送で協力―』日本経済新聞、1999年4月1日。

 1990年代末、筆者は、ユーラシア大陸における広域インフラ整備構想を考案した。同構想はカスピ海から中国沿岸部に至るガス・石油パイプライン、鉄道、高速道路、光ファイバー網の整備を含み「現代版シルクロード」とも形容された。主な目的は、中国そして東アジアの発展に必要とされるエネルギー資源や食糧の安定供給を図り、来るべき世界の需給ひっ迫を緩和することであった[12]

図13 ユーラシアランドブリッジ構想(英訳版)

出所:Zhou Muzhi, Eurasian Land Bridge carries great promise, The Nikkei Weekly, 1999年5月17日.

 同構想の核心は輸出先の安定した供給能力の開発を前提とした「開発輸入」というコンセプトである。それは、冷戦後のユーラシア大陸における石油や天然ガス資源と、膨大な穀倉地帯の潜在的な可能性に鑑み、国際共同参画を前提とし、その開発と輸出入のインフラ整備を進め、中国及び東アジアのエネルギー及び食糧の安定供給を計るものであった。当時、中国はエネルギーも食糧も輸出国であったが、将来的に一大輸入国に転じると予測していた。

 同構想の国際協力において江沢民政権と小渕恵三政権の間に一時、日中両国の同意が得られたものの、その後日本の参加は見送られた。しかし同構想の予測が見事に当たり、中国はエネルギーそして食糧の一大輸出国に転じた。中国から中央アジア方面へのパイプラインの建設も着々と進んでいる。

 「開発輸入」のコンセプトは、その後中国が提唱する「一帯一路」[13]政策にも取り入れられた。中国が進める「開発輸入」は世界の農産物貿易の拡大と安定に大きく寄与するであろう。


[1] 米国民間シンクタンク・地球政策研究所元所長のレスター・R・ブラウン(Brown)氏が1994年に『ワールド・ウォッチ』誌で論文「誰が中国を養うのか」を発表した。1995年に論文名と同名の著書を発表した。Lester R. Brown, Who Will Feed China? W. W. Norton & Company, Inc., 1995を参照。

[2] 当時中国の朱鎔基首相は中国の食糧安全保障を確保するために、「‘米袋’省長責任制」、「食糧無制限買付け政策」、「食糧リスクファンドの超過備蓄への補填措置」などの制度や政策を急進的に展開した。これらの政策は中国の食糧生産能力の向上と食糧安全保障の強化に寄与したものの、過度な開墾が環境問題も引き起こした。

[3] 「退耕還林」とは、中国の環境保護および土地管理政策の一環として実施された「農地を森に戻す」政策である。同政策は1999年に開始され、一部の耕地に適さない農地を森林や草地に戻すことで、過度な開墾によってもたらされた環境問題を緩和するものであった。中国政府の発表によると1999年から2008年まで、全国で合計2,687万ヘクタール(4億300万畝)の農地が森林に戻された。

[4] HSコード(Harmonized System Code)は、国際的に統一された商品の分類・識別システムである。このコードは、6桁の数字で構成され、世界各国の税関や統計機関で使用されている。HSコードは、世界関税機構(WCO)によって管理され、定期的に見直されている。

[5] 現在、中国の地方政府には省・自治区・直轄市・特別行政区といった「省級政府」と、地区級、県級、郷鎮級という4つの階層に分かれる「地方政府」がある。都市の中にも、北京、上海のような「直轄市」、南京、広州、ラサのような「省都・自治区首府」があり、蘇州、無錫のような「地級市(地区級市)」、昆山、江陰のような「県級市」もある。なお、地級市は市と称するものの、都市部と周辺の農村部を含む比較的大きな行政単位であり、人口や面積規模は、日本の市より都道府県に近い。

[6] 地級市以上の297都市は、4つの直轄市、27の省都・自治区首府、5つの計画単列市と262地級市から成る。

[7]『中国都市総合発展指標』は2016年以来毎年、中国都市ランキングを内外で発表してきた。同指標は環境・社会・経済という3つの軸(大項目)で中国の都市発展を総合的に評価している。同指標の構造は、各大項目の下に3つの中項目があり、各中項目の下に3つの小項目を設けた「3×3×3構造」で、各小項目は複数の指標で構成される。これらの指標は、合計882の基礎データから成り、内訳は31%が統計データ、35%が衛星リモートセンシングデータ、34%がインターネットビッグデータである。その意味で、同指標は、異分野のデータ資源を活用し、「五感」で都市を高度に知覚・判断できる先進的なマルチモーダル指標システムである。現在、中国語(『中国城市総合発展指標』人民出版社)、日本語(『中国都市ランキング』NTT出版)、英語版(『China Integrated City Index』Pace University Press)が書籍として出版されている。『中国都市総合発展指標』について詳しくは、周牧之ら編著『環境・経済・社会 中国都市ランキング2018―〈大都市圏発展戦略〉』、NTT出版、2020年10月10日を参照。

[8] 『中国都市総合発展指標』の耕地面積は、「Copernicus Climate Change Service」の「Land cover classification gridded maps」データセットを用いて算出した。このデータセットは、FAOの土地利用区分22分類に基づいて構成され、解像度は300メートルメッシュである。データセットから「耕地」分類のメッシュデータを、GISを用いて中国各都市の耕地面積を集計した。

[9] 中国の小麦生産の限界緯度は、主に「秦嶺-淮河線」によって示されている。秦嶺-淮河線は中国の自然地理の分界線で、北方の寒冷な気候と南方の温暖な気候に分けている。地域的には、秦嶺-淮河線は秦嶺(Qin Mountains)と淮河(Huai River)によって形成される。秦嶺-淮河線の北側が小麦栽培地域で、南側は主に水稲が栽培されている。

[10] 『中国都市総合発展指標』で使用する「輻射力」とは広域影響力の評価指標であり、都市のある業種の周辺へのサービス移出・移入量を、当該業種従業者数と全国の当該業種従業者数の関係、および当該業種に関連する主なデータを用いて複合的に計算した指標である。穀物生産輻射力は穀物生産量も加味した。

[11] 相関分析とは、二つまたはそれ以上の変数間の関係の強さと方向を評価する統計的手法である。この分析は、変数間の相関係数を計算して行い、相関係数は-1から1の範囲の値を取る。相関係数が1に近い場合、変数間に強い正の関係があることを示し、-1に近い場合は強い負の関係を示し、0は変数間に関係がないことを示す。一般的に、相関係数は、0.9~1が「完全相関」、0.8~0.9が「極度に強い相関」、0.7~0.8が「強い相関」、0.5~0.7が「相関がある」、0.2~0.5が「弱い相関」、0.0~0.2が「無相関」であると考えられる。

[12] 同構想について、1999年4月1日に日本経済新聞の経済教室欄に筆者の署名文『現代版「絹の道」、構想推進を―欧州から日本まで資源の開発・輸送で協力―』を参照。

[13] 一帯一路(Belt and Road Initiative, BRI)は、中国が推進する広域経済圏構想である。同構想は、古代のシルクロードを現代の経済回廊に再構築し、陸上の「シルクロード経済帯」と海上の「21世紀海上シルクロード」を通じて、中国と他の参加国間の貿易と投資を促進し、地域経済の発展を支援することを目的としている。


 本論は東京経済大学個人研究助成費(研究番号21-15)を受けて研究を進めた成果である。

(本論文では栗本賢一、甄雪華、趙建の三氏がデータ整理と図表作成に携わった)


 本論文は、周牧之論文『増え続ける世界そして中国の人口をどう養うか?』より抜粋したものである。『東京経大学会誌 経済学』、321号、2024年。

【論文】増え続ける世界そして中国の人口をどう養うか?(Ⅰ)

How to feed the growing world and Chinese population?

周牧之 東京経済大学教授

■ 編集ノート: 
 ロシア・ウクライナ戦争は、世界の食糧価格に大きな変動を引き起こし、食糧危機が国際社会で再びトピックとなった。周牧之東京経済大学教授が、論文の前半で、増え続ける地球人口を如何に養ってきたか、また世界食糧供給システムの罠、そして脆弱さを解き明かす。


 いまから半世紀前の1972年、ローマクラブという学術団体から『成長の限界』[1]と題したレポートが公開された。地球はこれ以上の人口を支えられないと警告したことで、大きな反響を巻き起こした。人口増加がもたらす食糧問題へのリスク意識を一気に高めた同レポートは当時、各国の政策立案者たちの重要な道標となった。

 『成長の限界』の警鐘にもかかわらず、いま、世界人口は1972年から倍増した。もっとも、世界の食糧供給は人口増を上回るペースで増え続けた。

 世界の食糧供給増大の要因は何か?これによって生じた不利益とは?現在の世界食糧供給システムを脅かす要因は何だろうか?本論は以上の問題意識に基づいて展開する。後半ではさらに中国の食糧問題についても言及する。

1「緑の革命」に支えられた食糧供給


 図1は1800年から今日までの世界人口を各地域別に表したものである。同図が示すように、世界人口は、『成長の限界』が発表された1972年から今日まで2倍以上増加した。同報告書の警鐘をよそに、世界人口はアジアとアフリカを中心に猛スピードで増えた。

図1 世界人口増加の推移と予測(1800〜2100年)

出所:オックスフォード大学「Our World in Data」データセットより作成。

 図2では、1961年を起点として、今日までの世界人口、世界穀物耕地面積、世界穀物生産量、そして世界平均単位面積穀物生産量の推移を整理した。同図が示すように、世界穀物生産量は人口増以上に増えてきた。この間、世界人口は約2.5倍になったのに対し、世界の穀物生産量は約3.5倍となった。しかし穀物耕地面積は僅か14%しか増えていない。つまり、穀物生産量を伸ばした最大の要因は、耕地の拡大ではなかった。

 穀物生産量増大の最大の要因は、単収(単位面積当たりの穀物収穫量)が3.1倍になったことである。言い換えれば、土地の生産性が劇的に向上した。これは「緑の革命」の成果である。

 「緑の革命」については解釈が様々あるが、基本的には、化学肥料や農薬の投入、灌漑施設の整備、遺伝子組み換えを含む高収量品種の開発、そして農業の機械化及び組織化などを指す。これらの取り組みは農業生産性を大幅に向上させた。

 「緑の革命」は『成長の限界』で取り上げられた食糧危機を回避し、増え続けた人口を養った。

図2 世界人口、穀物生産量、穀物耕地面積、単収の推移(1961〜2021年)

出所:国連食糧農業機関(FAO)、オックスフォード大学「Our World in Data」データセットより作成。

2.農業生産性における先進国と途上国の格差拡大


 「緑の革命」は、人口を養う能力を地球規模で大きく高めた。しかし、「緑の革命」が農業への資金投入度を高め、農業を「資本集約産業」にしたことで、先進国と途上国の農業生産性の格差拡大ももたらされた。

 灌漑施設の整備、品種の改良、化学肥料と農薬の大量投入、大規模な農場化、機械化、先進的な農業管理技術の導入などは、膨大な資本力を必要とする。農業、とくに小麦産業を大規模な資本投入産業へと変貌させた結果、資本力と補助金とで強い生産体制を築いたアメリカそしてEUで農業の生産性は高まり、輸出産業にまで成長した。

 一方で、多くの発展途上国、特にアフリカ諸国は、資本力の欠如により「緑の革命」の恩恵から疎外されている。図3は、世界各国を所得別に高所得国、高中所得国、低中所得国、低所得国の四つのグループ[2]に分け、其々の農業就業者一人当たり農業付加価値額、つまり農業の労働生産性を計算したものである[3]。同図が示すように、農業の労働生産性を見ると、所得の高い国ほど高い。最上位の高所得国と最下位の低所得国との間の農業労働生産性の格差が、49倍にもなった。すなわち農業は資本投入により、付加価値も相応に増える「資本集約型産業」になった。これが農業の労働生産性だけでなく、耕地の単収にそのまま反映されている。

図3 農業就業者一人当たり農業付加価値額(2019年)

注:アルゼンチンは通貨安の影響により異常値となっていることからランキングから除外。
出所:国連食糧農業機関(FAO)、オックスフォード大学「Our World in Data」データセットより引用、加筆。

3.食糧貿易の光と影


 そもそも各国の気候、地理、風土などの自然条件で農業の生産性は異なる。加えて、上記の資本力と補助金などで農業の生産性はさらに拡大した。こうした農業生産力のギャップを埋めたのは、食糧貿易であった。

 貿易がアフリカを始めとする食糧不足地域の人口増を支えた。しかし安い食糧輸入は、食糧生産コストの高い国の食糧産業を圧迫し、壊滅に追い込みさえした。これらの地域の食糧対外依存は構造的なものとなり、資本が乏しい国々では、先進国への食糧供給依存が深まった。

 なかでもアメリカの穀物生産力の捌け口として、アフリカ諸国は重要だった。しかし、中国をはじめとするアジアの飼料需要の急増や、穀物のバイオ燃料化という新ニーズの出現[4]によって、アメリカにとってのアフリカ市場の重要性が低まった。そこの穴を埋めたのがロシアとウクライナの小麦の輸出であった。

図 4 世界四大食糧輸出量の推移(1961〜2021年)

出所:国連食糧農業機関(FAO)データセットより作成。

 図4は、1961年から2021年までの60年間、世界の小麦、トウモロコシ、大豆、コメの四大穀物の輸出量の推移を表している。小麦は最も輸出比率の高い穀物である。特に、アメリカにおいては、生産される小麦の大半が輸出されている。

 中国を始めとする新興国家の輸入増大などによってトウモロコシや大豆の輸出も急速に拡大している。

 小麦、トウモロコシ、大豆の主要な輸出地域はアメリカ、EU、カナダ、およびオーストラリアであるが、21世紀に入ってからは、ロシアやウクライナも小麦の輸出において重要な地位を占めている。ロシアによるウクライナ侵攻の直前、ロシアとウクライナを合わせた小麦の輸出の世界シェアは30%に達した。また、米中貿易摩擦の影響で最近、大豆の輸出国としてブラジルも大きな存在感を示し始めた。

 一方で、コメの輸出比率は低く、大きな伸びを見ない。これは、コメが、生産地と消費地がほぼ一致する典型的な自給自足型穀物だからである。なお、近年、インドのコメ輸出が増大し、世界最大の輸出国となっているが、輸出規模はまだ限定的かつ不安定である[5]

図 5 世界農産物貿易フロー(付加価値額ベース)(2020年)

出所:英国王立国際問題研究所データベースより引用、加筆。

 図5で、2020年における付加価値額ベースの世界農産物貿易フローを整理した。農産物貿易アイテムとして、金額ベースで多いものから順に、園芸作物(野菜、果樹、花など)、油用種子、穀物、肉類、そして魚介類・水産物となる。

 農産物輸出のトップ5は、多い順にアメリカ、ブラジル、オランダ、ドイツ、中国である。同輸入のトップ5は、多い順に中国、アメリカ、ドイツ、オランダ、日本である。

 二国間の農産物貿易量で最も多いのがブラジルから中国への輸出であり、次いでアメリカから中国、メキシコからアメリカ、オランダからドイツ、そしてカナダからアメリカへの輸出が続く。中国は農産物貿易のバイヤーとしての存在が目立つ。

 各国で農業生産性の格差はあるものの、農産物貿易は世界全体の食糧供給を支えている。しかし、ロシアによるウクライナ侵攻は、世界の食糧供給システムを大混乱させた。図6は、1990年から2023年4月までの世界穀物価格の月別推移を示している。同図で分かるように世界穀物価格は同侵攻によって激しく乱高下した。中でも構造的に食糧を対外依存するアフリカ諸国への打撃が深刻である。国連食糧農業機関(FAO)や世界食糧計画(WFP)の報告[6]によると、2022年に急性飢餓人口[7]は過去最高の2億5,800万人に達し、前年比で6,500万人も増えた。これは、食糧価格の急騰が主な要因として挙げられる。ロシアとウクライナからの食糧輸出の激減で、「食糧危機」という近年忘れ去られていた政策イシューが、再び浮上してきた。

図6 世界穀物価格推移(1990〜2023年)

出所:国連食糧農業機関(FAO)データセットより作成。

4.化学肥料のグローバルトレード


 ロシアによるウクライナ侵攻は、化学肥料のグローバルトレードにも大きな影響を及ぼしている。「緑の革命」の立役者としての化学肥料の供給も国際貿易に依存している。図7は、2020年の化学肥料貿易フロー(付加価値額ベース)を整理したものである。同図によると、化学肥料輸出国のトップ5国は、多い順にロシア、中国、カナダ、モロッコ、アメリカである。一方、化学肥料輸入国のトップ5国は、多い順にブラジル、インド、アメリカ、中国、フランスである。

 二国間化学肥料貿易で最も多いのが、カナダからアメリカへの輸出である。ロシアからブラジルへ、中国からインドへ、アメリカからカナダへ、そしてモロッコからブラジルへの輸出が続く。

 化学肥料貿易の動向から、各国間で化学肥料のトレードが複雑に絡み合っていることが分かる。それは化学肥料生産資源の分布や各国の土壌特性などに因る。ロシアによるウクライナ侵攻はこうした複雑な貿易システムに打撃を与え、世界の農業生産に大きな影響を及ぼしている。

図 7 化学肥料貿易フロー(付加価値額ベース)(2020年)

出所:英国王立国際問題研究所データベースより引用、加筆。

[1] ローマクラブの『成長の限界』は、人口や経済の急激な成長が続けば地球の資源や環境に限界が訪れると予測した​​。同レポートは、資源と地球の有限性に焦点を当て、マサチューセッツ工科大学のデニス・メドウズ(Dennis Meadows)を主査とする国際チームが「システムダイナミクス」の手法を使用してまとめた研究である。詳細はドネラ・H・メドウズら著『成長の限界—ローマ・クラブ人類の危機レポート』、ダイヤモンド社、1972年を参照。

[2] 世界銀行は国々の所得水準に基づいた分類を定義しており、2023年度の基準によれば、1人あたりの国民総所得(GNI)が13,205ドル以上の国を「高所得国」とし、4,256ドルから13,205ドルまでの国を「高中所得国」とし、1,086ドルから4,255ドルまでの国を「低中所得国」とし、1,085ドル以下の国を「低所得国」として分類している​。

[3] 農業就業者一人当たりの農業付加価値額は、農業、林業、漁業から生み出される付加価値を、これらの部門で働く人の数で除したものである。このデータは米ドルで表示されており、インフレ調整済みだが、各国間の生活費の差は考慮されていない。

[4] 2021年、全世界のトウモロコシの16%がバイオ燃料として使われた。アメリカではその比率がさらに高く、34%に達している。

[5] 2023年7月、インドはコメの輸出を部分的に禁止した。同輸出制限措置は、インド国内のコメ価格の安定と供給とを目的に実施されたが、コメの輸入国、特にアフリカ諸国に食糧価格の上昇や飢餓問題の深刻化などの影響を及ぼしかねない。

[6] 「食料危機に関するグローバル報告書(Global Report on Food Crises, GRFC)」は、急性食料供給不安の状況と原因を評価し、提言を行う目的で年次発表されている。同報告書は「食料危機対策グローバルネットワーク」の事業の一環であり、国連食糧農業機関、世界食糧計画、欧州連合、ユニセフ、アメリカ、世界銀行など16のパートナー機関により支援されている。同ネットワークは、人道的および開発行動を促進するための独立したかつ合意に基づいた証拠と分析を提供する。今年5月に発表された2023年版報告書では緊急の食料と生計の支援を必要とする人々の数が増加し、ロシアのウクライナ侵攻や経済不況が影響しているとした。

[7] 急性飢餓人口とは、食料不足や栄養不十分により、健康と生命が直接脅かされている人々を指す。急性飢餓は通常、食料不足、高い食料価格、戦争や紛争、天候変動などの緊急事態により発生する。


本論は東京経大学個人研究助成費(研究番号21-15)を受けて研究を進めた成果である。

(本論文では栗本賢一、甄雪華、趙建の三氏がデータ整理と図表作成に携わった)


 本論文は、周牧之論文『増え続ける世界そして中国の人口をどう養うか?』より抜粋したものである。『東京経大学会誌 経済学』、321号、2024年。

(※論文後半はこちらから)

【対談】小手川大助(Ⅱ)複雑な国際情勢をどう見極めるか?

■ 編集ノート: 
 小手川大助氏は財務官僚として、三洋証券、山一證券の整理、長期信用銀行、日本債券信用銀行の公的管理、日本政策投資銀行の再生ファンドの設立、産業再生機構の設立などを担当し、平成時代の金融危機の対応に尽力した。また、優れた国際感覚を持ちIMF日本代表理事を務めるなど世界で活躍している。
 東京経済大学の周牧之教授の教室では、リアルな学びの一環として第一線の経営者や研究者、ジャーナリスト、官僚らをゲスト講師に招き、グローバル経済社会の最新動向を議論している。2023年10月26日、小手川大助氏を迎え、講義していただいた。

※前半の記事はこちらから


■ 米英が絡む中東問題の複雑さ


小手川大助:今回ハマスによるキブツ奇襲を考えるには長い歴史を遡る必要がある。第2次世界大戦まで戻るのでは足りない。16世紀にオスマントルコ帝国の支配下で、パレスチナ地域に主にアラブ人が住んでいた。第一次世界大戦時、イギリスが3枚舌を使い、アラブ人には、アラブ国家の設立を認める「フセイン・マクマホン協定」をした。一方でフランスと合議し「サイクス・ピコ協定」で英仏による中東勢力圏分割をした。ユダヤ人には、ユダヤ人居住地建設に賛成する「バルフォア宣言」を送った。そんな完全に矛盾した内容を約束した。これが今の紛争の根にある。第一世界大戦後しばらくはイギリスが委任統治していたが、ヨーロッパで迫害されたユダヤ人がこの地域に越してきた。1948年にイスラエルが独立宣言し,委任統治が終了するが、第一次から第四次まで中東戦争が起こり、基本的にイスラエルが勝ってきた。

中東戦争の勝利を祝うイスラエル軍兵士たち

小手川:唯一良い方向に行ったのが1993年9月のキャンプデービッド和平合意で、イスラエルと、パレスチナの二つの国家を作ることで合意した。これに反対したのが、今のイスラエル首相のネタニヤフだ。ネタニヤフの祖父はイスラエル建国時のタカ派で、ロシア出身のユダヤ人アドバイザーかつ科学者だったジャボチンスキーのスタッフだった。

1978年9月17日キャンプデービッド和平合意の調印式で、握手を交わすエジプトのサダト大統領、アメリカのカーター大統領、イスラエルのベギン首相

小手川:今回の事件は、ネタニヤフ政権が選挙に敗れ、極右勢力との連立内閣を組織せざるを得なくなり、極右の意見を入れて司法権へ介入する法律案を国会に提出したために、国内で激しい反対運動がおこり、警察も機能しなくなったという状況で起こった。ハマスが事件を起こす3日前、エジプトが、ハマスの計画をイスラエル政府に伝えたのに、イスラエルが全然気がつかなかったという大失敗がある。遡るとハマスを作ったのはイスラエルだ。シャロンという国防大臣とネタニヤエフが、パレスチナの政治勢力を分断させる目的で作ったのがハマスだった。

2017年7月20日ガザで軍事イベントを行うハマス武装勢力

小手川:一番困っているのが中国だ。中国は石油の価格が安定して欲しいのに、中東がおかしくなると石油の価格が上がる為困っている。

 この地域の人口を見ると、イスラエルの人口が900万で、そのうち4分の1ぐらいが1991年のソ連崩壊後ロシアからの移住者だ。ガザの人口は200万だ。アメリカ国内ではユダヤ人が非常に強いと思われるが、米国内全部含めてユダヤ人口は800万。

 1993年9月のキャンプデービッド和平合意の背景については、1991年12月のソ連解体が大きい。ソ連崩壊後はソ連にいたユダヤ人が500万人位来ると予測し、イスラエルが広い土地を準備した。結果、予想の半分の250万人が来た。必要なくなった土地を、パレスチナへの譲歩の材料としたのがキャンプデービッドの合意だった。

 2001年9.11事件と今回のハマスの襲撃は似ている。私のカウンターパートの元アメリカ外務次官は今回の事件はイスラエルの9.11だと言う。その裏には9.11も防ぐことができたのに米国西部内(FBIとCIA)の連絡の失敗で起こり、その失敗を隠すためにアメリカは9.11後、国連を無視しイギリスと組んで本来化学兵器を持たないイラクに侵入するという大失態をした。

 私が4回もアメリカ政府と激しい交渉をしたが、その経験から、アメリカ政府は縦割りで連絡が悪く交渉がまとまっても後に内部の連絡不足で引っ繰り返されたことがあった。合意内容が向こうの関連部署と共有されたことを確認してからでないと危ない。9.11もまさにこの一例だ。

2001年9月11日旅客機の衝突で炎上するワールドトレードセンター

小手川:1975年.エジプトのナセル大統領に近づいていたファイサル国王を、サウジ皇太子のうちの1人が銃で暗殺した。その背景にCIAがいるとされ、それをサウジの人は恨んでいた。アメリカへの報復が9.11として現れた。

 2008年リーマンショック時、私はIMFの理事としてワシントンにいた。当時イギリスが破綻した場合には資金不足が生じるという計算だったことから、私は交渉の議長として、破綻した国にIMFが借金する資金源として新たに60兆円の借り入れの合意に導いた。1956年にエジプトがスエズ運河を国有化させようとした時、運河を作ったフランスと運河を持つイギリスが、イスラエルを焚きつけて戦争を起こした。ところが戦争は西側が負け、イギリスは経済危機になった。それでイギリスがIMFから借金したのが、IMFのメンバーがIMFから借金した最初の例だった。同様なことが起こると大変だとの怖れで、上述の60兆円が用意された。

スエズ運河を航行するコンテナ船

■ オバマ政権の本質


小手川:アラブの春は最初のチュニジアを始めエジプト、リビア、シリアに起こった。これは実際の原因は、リーマンショック後の物価の高騰だ。このときもアメリカが大失敗した。その時はオバマ政権の2度目で、酷い状態だった。オバマ政権内の優秀な人たちは1回目の政権後に皆辞めていたからだ。オバマはひどい恐妻家で、ミッシェル・オバマに頭が上がらない。オバマはハーバードを出てシカゴで州議会議員になろうと思ったが金がなかった。その時ミッシェルと知り合った。結婚後、ミッシェルの友人のヴァレリー・ジャロットというシカゴで有名な黒人女性実業家が、シカゴ最大財閥のハイアットリージェンシーのオーナーファミリーを紹介した。このハイアットリージェンシーがオバマの選挙資金を全部出した。それでオバマは州議会議員から、最後は上院議員になった。

オバマ大統領とミシェル夫人

小手川:オバマはアメリカ初の黒人の大統領でありながら、奴隷制のことは一度も言ってない。それには理由がある。オバマの父親はケニアの少数民族の出身で、この民族は昔、奴隷狩りをし、欧米の奴隷商人に売りさばいていた。それが明るみに出ないようオバマは一切、奴隷制について発言しなかった。これに対してミッシェル・オバマはアメリカに連れてこられた奴隷の子孫であった。

 オバマの大統領選のときの対抗馬はヒラリー・クリントンだった。2008年の選挙の際にヒラリーは、ウォールストリートの金融に対して非常に厳しい態度をとっていた。しかも2008年選挙当時はリーマンショック直前で、ウオールストリートは金融危機が起こると予想しており、ウオールストリートに厳しいヒラリー・クリントンが大統領になるのを防ごうとした。アメリカ初の女性大統領の対抗馬に勝つ為には、初のアフリカンアメリカン大統領だ、として探したところ、当時上院議員で唯一アフリカンアメリカンだったオバマが浮上した。オバマにウオールストリートの金融機関が莫大なお金を注ぎ込んだ。オバマの選挙基金は、草の根募金選挙のイメージだったが、実際はその8割がヘッジファンドからだった。オバマが当選し、そしてリーマン・ショックが起こった。

 私がこの背景を調べたのは、大問題を起こしたウォールストリートの責任をオバマ大統領が全く追求せず、むしろウオールストリートに税金を注ぎ込み、果ては製造業のゼネラルモータースまで全部救済したことに疑問を抱いたからだ。疑問を持って調べることが大変重要だ。

2008年9月15日ニューヨークのニューヨーク証券取引所、メリルリンチがバンク・オブ・アメリカに身売りをするというニュースが流れ、株が急落

周牧之:オバマが大統領選に出たときに私も小手川さんもアメリカにいた。オバマの選挙資金の潤沢さに自分も驚いた。選挙終盤になって相手の共和党マケインは金が無くなり、コマーシャルも流せなくなった。対するオバマ側は本来秒単位のコマーシャルを、10分単位でどんどん流していた。当時私は新華社に頼まれて書いたコラムで、「この候補者は悪魔と手を組んでいる、でなければ、こんなにお金が出るはずはない」と書いた。要するに、金融街とガッチリ手を組んでいたわけだ。

2008年、オバマ大統領選挙広報用コマーシャル「Barack Obama: My Plans for 2008」(https://youtu.be/H5h95s0OuEg?si=bsLkwp5_AeI8jfgs

■ なぜ米の政治は妥協しなくなったのか?


:2016年も一つの転換点だ。トランプとヒラリーの選挙でアメリカは二つに割れた。大都市はヒラリー支持、大都市以外がトランプ支持。今でもこの構図が変わらないばかりか対立が更に激化した。互いに妥協しなくなったという点で、中国の文革に似てきたかなと私は最近思う。文革と選挙はどこが違うか。選挙は妥協があり、選挙後は仲良くやろうよ、ということになるがアメリカは今妥協しなくなった。互いに、相手を倒し切るまでやっている。

2016年米国大統領選挙投票分布図

小手川:今日の学生さんの両親の世代、祖父母の世代は日本が負けた第二次世界大戦後、アメリカの敷いた路線を教科書で勉強してきている。因って基本的にアメリカのやり方は正しいというイメージを持っている。

 私は合計8年アメリカに住んだ。アメリカはイメージと実際が異なるところが随分ある。例えばアメリカの政治は非常に清潔で、アジアは買収された汚い政治だと言う。しかし、ワシントンのロビイストたちは、ローファームという弁護士事務所で働く弁護士だ。ロビイストは、民間会社からお金をもらい国会議員を買収する仕事だ。民間会社が直接国会議員に金を渡せば法律上買収、収賄になるが、間に一つロビイストが挟まると収賄にはならない。これがアメリカの法律だ。

 私は4年前から、アジアの人たちに頼まれ、政治の腐敗にどう戦うかの委員会のメンバーをしている。政治は何らかの手段をもってやる。ルールに則るのか則らないかに違いがある。アメリカの例を出し、ルールを作ってやったらどうかと申し上げている。ワシントンにいた時、東京で言うと中央環状線のような高速道路の分岐点に大きなボードがあり、「このハイウェイは、バージニア州の何々上院議員が作った」と書いてあるので驚いた。それがアメリカでは普通だ。アメリカが言っていることを鵜呑みにし、すべて正しいという前提で日本に押し付ける人がいるがそれは違う。各国にはそれぞれの歴史と国の背景があり、その中でルールが作られていることを皆さんも頭に置いてほしい。

:鵜呑みにして押し付ける人は、どこの国にもいる。

ワシントンの高速道路

小手川:アメリカは、5年に1回国勢調査をし、10年に1回選挙区割りを変える。選挙区割りを変える際、現職議員に有利な選挙区割りをしてしまう。結果、アメリカの全ての選挙区を100とすると約93は共和党が強いか民主党が強いか、完全に決まってしまっている。どちらが議会の選挙、あるいは大統領選挙に勝つかは、残りの7%がどう転ぶかで決まるのが最近の傾向だ。

 すると、共和党か民主党かという最後の本戦より、自分が候補者になれるかどうかの予備選で自分が共和党あるいは民主党の候補になるかが重要になる。93%の選挙区については共和党か民主党が勝つことが間違いないからだ。これらの選挙区では予備選でそれぞれ強い党の候補者になれば間違いなく議員になれる。民主党党員が予備選に勝とうと思えば、急進的な左寄りの主張した方が勝つ。共和党は右寄りの保守的な主張する人が勝つ。従ってアメリカの議員は右と左の両極に主張が分かれ、ワシントンでは主張が離れすぎて、なかなか合意できないという状況になっている。

 加えてオバマがやった二つの大失敗があった。アメリカは世界でナンバー1の国だという自負があるため、本当はアメリカの国民としてはやりたくないと思っても世界の指導者たるアメリカとしてやらざるを得ない政策がある。自分の選挙のためにはならないが賛成してもらわないと困ることがあるときに、伝統的に議員に対しポークバレルをする。ポークは豚肉、バレルは樽。豚の餌箱だ。陣笠議員は日本にもいる。法律に賛成してもらうためポークバレルに予算を振込む。議員が自分の選挙区のために地方に金を引っ張ってきた形にし、地方議員の賛成を取り付けるか或いは黙ってもらう手段だ。これをオバマが止めた為、できなくなった。

 もう一つは、ロビイストの活動だ。確かに問題があるが実際にはロビイストがあちこち根回しをして最終的な合意に到達した案件が多かった。オバマは選挙の公約で、ロビイスト活動を取り締まると言ったため、できなくなった。議会の中が混乱し、各々が勝手なこと言って合意ができなくなった。それが今のアメリカの状況だ。

2005年5月4日ワシントンでの倫理・ロビー活動改革法案に関する記者会見

小手川:2016年トランプが大統領になった時、アメリカの地図で、民主党クリントン支持は国土の両端だった。東海岸のニューヨークとボストン。西海岸はカリフォルニア。沿岸部の大都市が民主党で、あとは全て共和党。理由は、リーマン・ショックだ。ゼネラル・モーターズまで税金を使い救済された。救済された会社は銀行からの借金を棒引きにしてもらうか国がお金を入れて資本を増やし、財務諸表を綺麗にしてもらった。債務超過で破綻するはずの会社が救済され債務超過ではない、となった。

 このように一方で借金の棒引きを大企業にさせながら、例えばゼネラル・モーターズの正規の労働者は首を切られるか正規職員からパートタイムに移された。失業者やパートタイマーになった人たちがトランプを支持した。トランプの選挙公約の第一は、仕事を作り、競争相手の中南米からの移民をシャットアウトすることだった。

 トランプの最重要課題は、従来からアメリカに住む主として白人の生活を守るため仕事を増やすことだった。仕事を増やす観点からトランプは中国企業にもアメリカに来て欲しいと言った。とにかくアメリカで工場を作り、人を雇ってもらえばいい。そういう意味でトランプは完全なビジネスマンで、交渉事、特に一対一の交渉が大好きだ。今までの自分の人生で様々交渉し全部勝ったという自信があるから、中国とも交渉するのも、ロシアとの交渉も好む。そういう意味で非常にわかりやすい人ではある。

 北米自由貿易協NAFTA はメキシコなどと結んだ条約だ。メキシコのアメリカ国境に近い工場で作った製品が非常に低い関税でアメリカに出せるといったメキシコに有利な内容をトランプは見直し、さらに国境に壁を作り移民を排除、財政出動をして公共事業で人を雇おうとした。オバマ前大統領の健康保険の見直し、TPP貿易の問題、CO2環境問題など、自分の支持者の仕事が増えないものには興味がなかった。

2017年1月20日ワシントンで就任演説を行うドナルド・トランプ大統領

■ ドルークになれなかった安倍首相の対ロシア外交


小手川:2012年から安倍首相はロシアとの交渉を様々行ったが、モスクワに長くいる日本人は、「安倍さんではない人が総理大臣だったら2018年に北方領土は日本に帰ってきた」と口を揃える。安倍さんはプーチンと生涯の友人になれなかった。ロシアに「ドルーク」という男性の間しか使えない言葉がある。俺はお前の「ドルーク」だという関係になると、どんな無茶苦茶なことを言ってきても、やらないといけない。逆にこちらがどんな無茶苦茶な要求をしても相手はやってくれる。プーチンは、安倍さんに何度もそういう球を投げた。チェチェンが柔道の熱心な場所で「ぜひ日本からいい柔道の講師を送ってきてほしい」というのを安倍さんは逃げた。何とかやってほしいのでJOCのトップだった山下泰裕さんにお願いした。山下さんは立派な人で、日本でチェチェンは怖いイメージがあり誰も行く人いなかったため、ご自身が行った。チェチェンは最近景気がよい。イスラム教国なためアラブ首長国連邦などからお金がものすごく入り大繁栄している。立派なモールができている。

 安倍さんはプーチンから頼まれた話が5つも6つもあったのを全部断った。プーチンは些細な事さえやらない安倍さんと北方領土の交渉ができるわけないと考えた。   

 2018年にロシアが日本を試そうとボールを投げてきたことがあった。総理のアドバイザーの谷内さんがロシア側から言われたのは、「もし北方領土を日本に返還しアメリカから北方領土に米軍基地を作ると言われたら日米安全保障条約上、日本は拒否できないだろう?」だった。ロシア国防次官が北方領土を初めて口にした大変重要な場面だった。 

 谷内さんは総理のアドバイザーとして、大事な話は自分1人の判断で決まらないから東京に話を持ち帰って総理と相談すると言えばよかった。ところが谷内さんは外務省条約局という自己判断できる立場にいた人だったので、自ら相手側に「条約の解釈をすればそうなる」と返答した。ボールを投げる為にロシア外務省で苦労した人たちが面子を潰され交渉は終わった。領土問題のようなややこしい問題は、双方の政権が安定していないと出来ない。プーチンが安定し、安倍さんも安定していた当時だから出来た。ある意味で北方領土返還の最後のチャンスが失敗したと言っていい。

2019年1月22日クレムリンでの記者会見で握手するロシアのプーチン大統領と日本の安倍首相

■ 中国との関係は岸田政権の大きな課題


小手川:岸田さんは総理になるとき、大きな問題が三つあった。一つは2023年の春の統一地方選挙で、自民党が勝利した。二つ目は、夏の広島のサミットで先進国、特にアメリカは人類最大の戦争犯罪の場の広島行きを嫌がったが、何とか実現した。

 三つ目の課題が最大の課題である原発の処理水だ。岸田さんは対ロシア問題で、アメリカとNATOと離れずにいこうとしてきて、その成果が表れたのが7月末だ。リトアニアでのNATOの会合にNATOメンバーでない岸田さんが参加した会議で、EUが、2011年の3.11以降、日本の水産物に課した輸入制限撤廃を発表した。それで8月末に原発処理水を流す決定をした。

 三課題は全部解決したので、内閣改造し、自分自身の意思で動く。十分注視していく必要があるがマスコミが重要なことを書かない。岸田内閣ほど大臣で英語ができる人が多い内閣は歴史上なかった。岸田さん自身父親が通産省にいた関係で、ワシントンにいた。他に河野太郎さん、林芳正さん、法務大臣の斉藤さん。経産相の西村さん、高市さん、福田康夫さんの息子さんなど全員がワシントンにいてアメリカの生活を経験している。アメリカの私のZOOMの相手方も、ぜひ日本に米中の間をとりもってほしいと最近一生懸命言っている。

:原発処理水を流すことで悪化した中国との関係を、修復するのが大きな課題だ。

2023年9月5日ASEANインド太平洋フォーラムでスピーチする岸田総理

小手川:残念ながら、今の一番問題は日本と中国の間のパイプラインがないことだ。福田康夫さんが中国に行き、民間ベースで一生懸命日本側からアプローチしているが、中国側がまだいわゆるIT監視国家で懸念が残る。

 日本に中国の人を呼びよせ、いろんな話をすることが大切だと私は思う。中国人観光客にどんどん日本に来てもらう。いまは来日する中国観光客数はかなり新型コロナ前に復活している。残念ながら日本から中国に行く人が、昔の6割しかない。本来は10月1日から日本人についてもビザなしになるはずが原発処理水問題の関係で中国側が先延ばししている。それがなくなれば、大勢行くようにはなると思うが、とにかく一般の人の交流が重要だ。

 百貨店に聞いた話だと、関西や福岡はまだそれほどではないが、少なくとも東京は、国慶節の1週間で、百貨店が準備した品物は根こそぎ中国人客が買い在庫がゼロになった。普通のベースで交流をすることが非常に重要だと私は思う。来年にビザが不要になったら、皆さん勇気を出して中国に行ってみていただきたい。中国は南と北の格差があると言う。できれば、上海と北京、大連 など南と北を両方行き、違いを自分の目で確かめことが重要だ。

 今日本には中国以外にも多くの人が来ている。円安のせいでベトナムの留学生も最近はほとんど日本に来なくなった。日本に行ってもいいことはないと彼らはいう。ネパールとかバングラディシュの人が増え、インドネシア、フィリピンの人たちが日本に旅行に来ている。東南アジアの人たちが日本に来るのは5月連休前だ。東南アジアその時期は一番暑く、湿度が高い為東京に避暑に来る。それを念頭に商売上の付き合いや催し物をやるとうまくいく。中国人は、10月の国慶節と、1月から2月の春節に、交流を盛んにしてもらえばと思う。

2023年10月中国の国慶節連休中、銀座の店舗外で列をつくる中国人観光客ら

■ 2024年米大統領選が大きな転機に


学生:中国経済は読者の関心もあるが、報道では中国が世界最大自動車輸出国であることや、中国の人材の厚みを断片的にしか報じていない。

小手川:最近は日本の新聞もテレビも見ない。iPhoneでニュースは見る。さまざまなアプリを使い自分の自由な意見を書いているのを私は読んでいる。

学生:台湾、アメリカで選挙を控える今後、国際的に動きそうなことは?

小手川:一番大きいのは2024年11月のアメリカ大統領選挙だ。バイデンは、この10カ月間、記者会見していない。記者会見する力がない。Zoom会議で私がアメリカ人に聞いたのは、インドのモディ首相とバイデンが久しぶりに記者会見をした際、バイデンの机にプレートが4枚置いてあった。最初の紙に質問するマスコミ名。2枚目に質問をする人の名前、三つ目にはその質問内容、四つ目にはそれに対する答弁が書いてあり、それを読むだけだ。

 インドのモディとのときは、双方で質問が2問と制限された。モディが怒り、意味のない記者会見をキャンセルしそうになったので、慌てて説得し、インド側も一つだけ質問することになった。認識能力が落ちている為、民主党の人たちはバイデンに自ら辞めて欲しい。ところがバイデンは、来年トランプと勝負できるのは自分だとして降りない。

 民主党員だったロバート ケネディ ジュニアは、大統領選挙に出ると言ったところ、一度もバイデンとの討論の機会を民主党が作らないので、第3党から出ると発表した。ロバート ケネディ ジュニアとトランプは、自分が大統領になったらロシアとの戦争をやめると言っている。アメリカの政治は問題も多いが、アメリカをさしおいては動けない。

2024年1月選挙イベントで演説するバイデン大統領

小手川:韓国大統領の任期は5年。再選が禁止で3年半すぎると、誰も言うことを聞かなくなる。韓国は基本的には日韓協定ができたときから国の方針として日本からの賠償金を少数の財閥に集中して渡している。5%の財閥企業が国の経済を引っ張り、日本の大企業とほぼ同じ給与水準だ。残りの95%は、下請け企業で給料が大企業の半分或いは3分の1しかない。経済が財閥企業に引っ張られ生活が良くなった間は、保守政権が続いていたが、経済がうまくいかなくなると保守政権は負ける。 

 今のユン大統領は、1990年代末以来久しぶりに、韓国の最高学府ソウル大学を卒業し検事総長まで行った聡明な人だ。総理大臣のホンさんは三年前まで駐米大使で私も前からよく知っており、私が知る韓国人の中で一番頭のいい人。だから今の大統領と総理の組み合わせは最高だ。失敗しないように日本もアメリカもしっかり支えることが、日中関係で欠かせない。韓国経済がうまくいくかどうかが近場では非常に重要だ。

 アジアで、一番今経済がうまくいっているのはフィリピン。フィリピンの経済成長は今、中国より上を行っている。ベトナムも人口は大体フィリピンと同じで、今年ぐらいに日本の人口を抜く。私もベトナム政府のアドバイザーを何回かやったが、ベトナムは汚職がひどい。

 付き合いにくいが信頼できるのはタイ人だ。タイは伝統があり本音は言わないけれどこちらを観察する。要注意はシンガポールだ。周りの国の人がシンガポールのことをcheerfulな、つまり陽気な北朝鮮と言っている。というのはシンガポールに行くと全部盗撮盗聴され、特に政府の人間と日本の大企業のトップがシンガポールに行ったら、全員盗聴と盗撮されている。

2022年5月10日就任式で宣誓する尹錫烈(ユン・ソクヨル)大統領

■ 生活文化産業で新しい繁栄を


:日本の世界経済におけるシェアを1960年から今日までの60数年のスパンで見ると、1960年が、5.4%、平成初めは10%で、今5.1%に戻った。平成からの30数年をどう評価するか。

日本の政局変化と経済成長分析図

小手川:一言で言えば量から質への転換の時だった。今、世界で一番金融が安定しているのは日本だ。製造業を下支えしていくことが重要だ。今、世界中の人が日本に観光に来るのは世界最高の生活の質があるからだ。量が重要なのではなく、住んでみてどうかの質が重要だ。

 今の日本をどう見るか?みんながどう健康で長生きできるかが、世界中の人々にとっての一番の関心事項。健康で、長生きするには、良いものを食べ、良いものを飲み、良い音楽を聞くなど癒しも必要だ。それを調べていくと全て日本が世界のナンバー1だ。

 東京にはポリスボックス(交番)が826ある。歩いて10分で電車の駅がある。そういうことは世界中にあまりない。自分のうちのすぐ隣に病院があり誰でも行ける。アメリカのように特定の組合に入っていないと病院へいけないことはない。自動車の保険も日本は強制保険だから100%入る。介護保険制度を始めたのは日本が最初だ。人間が気持ちの良い生活をし、長生きしようと思ったら圧倒的に日本だ。自動販売機があるのは日本とロシアくらいだ。治安がいいからだ。歩いて10分で24時間営業のコンビニがある。ここまでになった日本を、おかしくしてはいけない。

周:東京のクオリティは世界一だ。私はアメリカから帰って内閣府と一緒に北京で「生活文化産業交流シンポジウム」を企画し実施した。小手川さんも参加されたこのシンポジウムに、日本企業が何十社も来た。生活文化産業とは生活を支える全ての産業という意味で、日本のクオリティは世界一だと思う。しかし、これらの企業は元々内需型企業で、体質的に海外進出になかなか向かない。だが、海外から日本に来て、楽しむことはできる。これがインバウンドを引き寄せる最大の力だ。

 日中関係も、中国人が毎年3,000万人来日すると変わる。5,000万人くると更によくなる。だから私は長期的に見ると日中関係はあまり心配していない。

2012年3月24日北京で開催の国際シンポジウム「中国の生活革命と日本の魅力の再発見」

小手川:例えば、東京には、寿司屋が5,000軒、中華料理が1万軒、フランス料理が3,621軒、イタリア料理が1,800軒、インド料理屋さんが2,000軒ある。 

:ミシュランのレストランは東京が世界で一番多い。

小手川:高級なものもあれば、5ドルで美味しいものも手っ取り早く食べられる。

:私が暮らす吉祥寺では、駅の500メートル圏内に1,000軒以上のレストランがある。アメリカで住んでいたハーバード大学周辺の集積とは大違いだ。日本のさまざまな魅力が磁力になり、世界中の人が来て金を落とし、交流し、更にいいものが新たに生まれればいい。

(了)

講義をする小手川氏と周牧之教授

プロフィール

小手川 大助(こてがわ だいすけ)
大分県立芸術文化短期大学理事長・学長、IMF元日本代表理事 

 1975年 東京大学法学部卒業、1979年スタンフォード大学大学院経営学修士(MBA)。
 1975年 大蔵省入省、2007年IMF理事、2011年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹、2016年国立モスクワ大学客員教授、2018年国立サンクトペテルブルク大学アジア経済センター所長、2020年から現職。
 IMF日本代表理事時代、リーマンショック以降の世界金融危機に対処し、特に、議長としてIMFの新規借入取り決め(NAB)の最終会合で、6000億ドルの資金増強合意を導いた。
 1997年に大蔵省証券業務課長として、三洋証券、山一證券の整理を担当、1998年には金融監督庁の課長として長期信用銀行、日本債券信用銀行の公的管理を担当、2001年に日本政策投資銀行の再生ファンドの設立、2003年には産業再生機構の設立を行うなど平成時代、日本の金融危機の対応に尽力した。

【対談】小手川大助(Ⅰ)転換点で激動の国際情勢を見つめる

講義をする小手川氏

■ 編集ノート: 
 小手川大助氏は財務官僚として、三洋証券、山一證券の整理、長期信用銀行、日本債券信用銀行の公的管理、日本政策投資銀行の再生ファンドの設立、産業再生機構の設立などを担当し、平成時代の金融危機の対応に尽力した。また、優れた国際感覚を持ちIMF日本代表理事を務めるなど世界で活躍している。
 東京経済大学の周牧之教授の教室では、リアルな学びの一環として第一線の経営者や研究者、ジャーナリスト、官僚らをゲスト講師に招き、グローバル経済社会の最新動向を議論している。2023年10月26日、小手川大助氏を迎え、講義していただいた。


2001年9月11日 旅客機の衝突で炎上するワールドトレードセンター

歴史には転換点がある


周牧之:歴史には転換点がある。今から20年前の2001年は一つの歴史の転換点だった。同年9月、私は上海、広州と立て続けに「中国都市フォーラムーメガロポリス戦略」シンポジウムを中国国家発展改革委員会と合同で開催した。このシンポジウムはまさしく中国都市化の幕開けとなった。

 シンポジウム直後に9.11事件が起こり、それまでアメリカが難色を示していた中国のWTO加盟交渉が一気に進み、同年末に中国はWTOに加盟した。

 その後20年間、輸出と都市化を盾に中国は大成長した。その間、中国の輸出は10倍、都市の人口は2倍、GDPは10倍に膨れ上がり、中国はメガロポリス時代に突入した。

 きょうは小手川さんをお迎えし、最近の歴史のターニングポイントについて解説していただきたい。

小手川大助: 私の人生で3回、日本経済もしくは世界経済が潰れかけた事態に直面した。最初は1997年、日本の全ての金融機関が崩壊寸前になった。2回目は、東京三菱銀行がシティバンクに買収されかけた。3回目は私がアメリカ滞在中で、「あと半日で世界中の銀行が潰れる」と聞いた時だ。

 きょうは、真実はどこにあるのかについて考えるヒントを、以下三つの事件で説明したい。一つは2022年2月24日のロシアのウクライナ侵攻。二つ目は2022年8月のナンシーペロシアメリカ下院議長の台湾訪問と米中の緊迫。三つ目が、2023年10月7日のハマスによる襲撃だ。

2023年10月7日、ハマスによるイスラエル襲撃

■ ロシアのウクライナ侵攻の背後にある史実


小手川:私は学生時代にロシア語の通訳アルバイトで旧ソ連に3度行った。2010年後はロシア政府に頼まれ毎年4〜5回ロシアに行っているので最近の状況はよくわかっている。

 ウクライナはロシアの西南側にあり、ウクライナの北西側はポーランドに接している。第一次世界大戦までウクライナ西側の一部分は、ロシアの領土ではなかった。オーストリアハンガリー帝国の領地だった。第一次世界大戦前独立国ではなかったポーランドの貴族が、このウクライナ西地域の社会構造の一番上にいて大土地を所有していた。ウクライナ人はポーランド貴族の下で農民として搾取されていた。ポーランド人とウクライナ人の間に入ったのがユダヤ人で、ポーランド貴族の番頭的な役割で年貢の取り立てをしていた。

 ウクライナ人は、第一次世界大戦後、西ウクライナ地域を中心に独立する動きを起こしたが、新生ソ連共産軍に鎮圧された。西ウクライナの上層部は西側に亡命した。

 第二次世界大戦ではヒトラーがソビエトに侵攻した際、西ウクライナの出身者が自警団をつくって同調した。キエフのバビ・ヤールという深い谷の崖っぷちに、3日間で3万5000人のユダヤ人、ポーランド人、ロシア人を集めて銃殺し、死体を谷に放り込んだ。当時のリーダーで有名だったバンデラとレベジの2人は第二次世界大戦後、西側に逃げた。バンデラはイギリスのMI6のスパイになり、レベジはCIAに雇われニューヨークに移った。バンドラは1950年、西ドイツにいた時ロシアKGBに暗殺された。 

 海外に逃げた西ウクライナ人は、オーガナイゼーションオフユークレイニアンナショナルズ(OUN)という組織を作り、本部をニューヨークに構え、いまでもロシア政府をひっくり返し、自分たちの国を取り戻したいと活動している。

OUNによる抗議デモ

小手川:東欧にはこのように歴史的にロシアに反感を持つ人々が大勢いる。そうした人たちがアメリカの政府高官になったときに問題が起きる。いまはアメリカのブリンケン国務長官がハンガリー系ユダヤ人で、国務省次官ヴィクトリア ヌーランドは祖父が西ウクライナのユダヤ人、彼女の夫でネオコンの理論的指導者のロバート ケイガンの家族はリトアニア出身のユダヤ人だ。

 他方、ウクライナの東の地域ドネツク、ルガンスクは、ウクライナの工業の中心地で人口の3分の1が住み、旧ソ連時代は宇宙産業で有名だった。石炭も豊富に出るためウクライナでは豊かで人口も多く、経済的にも進んでいた。2014年のキエフのクーデター時には、自治権を求めウクライナから離れたいと分離独立運動を始めた。

 キエフはロシア発祥の地。ロシア語とウクライナ語は東京の言葉と関西弁の違い程しかない。ゼレンスキー大統領自身も元々の母国語はロシア語だ。彼はウクライナ語よりロシア語の方が上手で、大統領になってからウクライナ語を真剣に勉強し始めた。

:要するに、ウクライナの最西地域と最東地域ではロシアとの歴史的な絡みや気持ちがまったく違うことが今日の問題の土台にある。

ウクライナの地理的位置

■ 情報戦がフェイクニュースを生む


小手川:私は週2回、アメリカ政府OB、CIA、軍、国務省、国防省のOBたちとZoom会議を十数年続けている。相手方は二つに割れている。一つは、バイデン賛成派。もう一つはバイデン反対派だ。両方の話があればバランスの取れた生の情報が入る。

 2022年2月28日のロシアのウクライナ侵攻の少し前、バイデンに近い人たちから、ロシアがウクライナを攻めるとの話が出た。彼らは、「ウクライナのために血を流す気はない。ウクライナに欧米のナショナルインタレストはないからだ」とし、欧米は実力行使しないから、全面戦争にはならないと仄めかした。

 戦争が始まり、バレエダンサーや音楽家になるためロシアに留学した日本人のご両親から私に「戦争が始まったが大丈夫か」との問い合わせがあった。外務省が日本人に帰国を促したからだ。私は上記の情報があった為、「ロシアにいる限りは安全だがウクライナにいる人はすぐに逃げなさい」と言った。

 実力行使がない戦争は情報戦争になる。自分たちが勝っていて正義であると主張する。残念ながら、日本のマスコミはこれを検証なしに流している。例えば、ロシアが原発を砲撃したと西側が言ったが、実は砲撃の3日前にロシアが原子力発電所を支配下に置き、原発担当国際機関であるIAEAに状況を日々報告していた。だからIAEAはウクライナの嘘がわかっていたが、国際機関は西側に近いため、ウクライナの言うことをはっきり否定しないでいる。

 二つ目は、南の黒海近くのマリオポリで、ロシア軍が産婦人科病院を砲撃し妊娠中の女性が死亡したと西側マスメディアが流した件だ。数日後亡くなったはずの妊婦がテレビに出て「自分は生きている、実際に病院を爆破したのはウクライナのネオナチの連中だ」と言っていた。

 ブチャの虐殺もでっち上げだ。直前の3月29日にロシアとウクライナで和平合意があった。翌30日、ロシア軍が合意に従って撤退した。翌日ブチャ市長が街に入り、「すべて正常だ」とキエフに報告した。4月1日に、ウクライナ軍がブチャに入り「街中はカラだ」とキエフに報告した。ところが3日後の4月4日、AP通信が虐殺があったと報道し、道路両側に死体が転がっている映像を流した。しかし報道の最後の場面で、車の右サイドミラーに死体として転がっていた人がむっくり起き上がったのが見えて、この報道の嘘が明るみになった。

:情報戦はフェイクニュースを生む。

フェイクニュースは世界を惑わす

■ 報道機関の本質の見極めが必要


小手川:マスコミのことを申し上げると、例えばBBCの国内放送はNHKと同様、基本的に国民の視聴料で経営していて中立だ。しかしながら、BBCというと皆信用しがちだが、BBCの国際放送は100%政府資金で賄われ、政府の言うままに報道している。

 NHKは海外取材の力が無いことを自認し、アメリカのCNNをコピーしている。そのためNHKの海外報道は結果として誤りがあっても、悪いのはCNNだと言える構造になっている。朝日新聞とテレビ朝日は、ニューヨーク・タイムズと契約しており、戦争関連についての記事はニューヨーク・タイムズの翻訳版だ。

 最近、割とバランスが取れた報道をしているのは、アルジャジーラという中東の報道機関だ。実は、アルジャジーラは以前、バランスがとれた報道機関ではなかった。アルジャジーラ職員の大半は昔BBCサウジアラビア支局で働いていた。サウジの王様のファミリーに関する報道してはいけないニュースを流したため全員がサウジアラビアから追放され、やむを得ず隣のカタールに移って始めたのがアルジャジーラだ。カタールのアルジャジーラ本社の同じ街路の左4軒目か5軒目がCIAのカタール本部、道の向かいの右側2軒目あたりがイギリスのMI6本部だ。昔は非常に偏向報道が多かったが、独立して20年経ち、最近割合偏向のないニュースを流すので、私は朝のアルジャジーラは欠かさず聞いている。

アルジャジーラのニュースサイト

■ 対ロシア制裁の実態


小手川:日本には正しいニュースが入ってきてないと思う。例えば、欧米も含めた所謂民主主義国の大多数が「ひどいことをやるロシアをやっつけよう」との構図になっているように見えるが、ロシアに制裁をする国は48カ国しかない。全世界に180ぐらいある国の4分の1に過ぎない。アジアでは日本と韓国、シンガポールしかロシアに制裁していない。

 アメリカのお膝元の中南米で、ロシアに制裁をする国は全くない。9.11後アメリカにひどい目に遭った中東では、制裁に参加する国はない。アフリカでも制裁をする国は半分ぐらいだ。制裁に参加するのはEUとカナダ、オーストラリア、ニュージーランド、日韓、シンガポールだけで実際には圧倒的少数派だ。

 ロシアに制裁をする国にしても、自分の都合のいいように例外や抜け道を作っている。例えば韓国は、金融制裁はやってない。

ロシアのウクライナ侵攻後、ロシアの原油を輸入する国ランキング(出典:ELEMENTS “The Countries Buying Russian Fossil Fuels Since the Invasion”)

小手川:また、天然ガスは制裁の対象外とする国もある。制裁対象にすると自国に天然ガスが入ってこなくなるからだ。イギリスは2022年末までにロシアからの石油の輸入を停止すると言いつつ停止せず、むしろ同年3月のロシアからの石油輸入は前年に比べ増加した。

 現在ロシアの原油を輸入する国は、1位は中国、2位はドイツだ。トルコ、インド、オランダ、イタリアとヨーロッパの国が続き、日本は13位で、韓国のすぐ上ぐらいだ。つまりヨーロッパの国々は事実上制裁はやってない。

 実はアメリカが今でもロシアから輸入するものが三つある。一つはウラニウム、二つ目はディーゼルオイル、三つ目はポタシという化学肥料の原料だ。他国には制裁に加われと言いながら自分はちゃっかりロシアから輸入しているのは、各国共通だ。

 皆さんには様々なニュースを聞く中で、理解できない所に疑問を持ち自分で調べてほしい。携帯電話で検索しても納得いかない場合が相当多いはずだ。そうした時は歴史をさかのぼり、何故今こういうことになっているか調べることが重要だ。

ロシアの天然ガス採掘場

■ ウクライナの経済を見れば、今後がわかる


小手川:経済とは、そこに住んでいる人たちがちゃんと生活をやっていけるかどうかだ。政治や戦争で国が滅ぶことは短期間では起こらない。だが経済は違う。食うものがなかったら即、餓死するしかない。経済がいちばん重要だ。

 今回の件に照らしてみると、ウクライナの貿易額の6割強がロシアと旧ソ連関係だ。アメリカのタカ派が「中国を攻めろ、ロシアを抹殺しろ」等と言う。この人たちに対して、私が申し上げるのは、「そういうことをやった後に、その土地に住む人たちの生活をあなた方は面倒見るのか?」だ。今までの例を見ると、アメリカはイラクに対してもアフガニスタンに対しても、2014年のウクライナクーデター後に対しても、全く援助していない。当時ロシアはウクライナに、175億ドル(約1兆7000億円)の援助を毎年すると約束し、且つ、ロシアからの天然ガスを2割引するとした。ヨーロッパ諸国がクーデター後にウクライナに送った経済援助は5億ドル(約500億円)だった。当然ウクライナの経済は破綻した。

 ソ連崩壊の1992年にウクライナ人口は約5000万あった。5000万というと、ヨーロッパでは大国だ。ヨーロッパで一番人口の多い国はドイツで8500万。イギリス、フランス、イタリアがほぼ一緒で大体5500万から6000万。次がポーランドとスペインで4000万。当時のウクライナはポーランドやスペインよりも人口が多かったが、経済がうまくいかなかった。特に戦争になってウクライナから大勢が海外に逃れた。海外への出国とはいえ、実際は大部分がロシアに行っている。東ウクライナ人はロシアに近く、ロシアに数百万の人が移住した。先月末ウクライナは人口が2000万と、30年間で人口は半分以下になった。人口の数字を見るといかに酷いことになっているかが解る。

ロシアの攻撃から逃れるウクライナ避難民

■ ロシアとウクライナはなぜ今日の状況に?


小手川:最初に西側がウクライナにマスコミを使って横槍を入れたのが2004年12月の大統領選挙だった。東側の国を潰すときに使われるのがNPOだ。NPOは一見格好よく見えるが、NPOほど酷いところはない。NPOが選挙の不正などの問題を最初に報道し、それを西側のマスコミが流す。NPOの問題は活動資金の出どころにある。それは誰も言えない。そのリソースはいろいろある。なかでも有名なのはジョージソロスという大金持ちだと言われている。ハンガリー出身のユダヤ人だ。彼はイギリスポンドの投げ売りで大儲けした。最近はアメリカで大麻が合法化され、ジョージソロスはアメリカ最大のマリファナ販売会社の社長として大儲けした。ワシントンにナショナルエンダウンメント・オフ・デモクラシー(NED)という1960年代にCIAが資金を出して作ったファンドがあり、旧共産主義国に金を入れNPOを作らせて政府への反乱を起こすことを明確に目的にしている。最近では香港騒乱時、学生運動にお金を出したのがNEDだ。尖閣列島に中国人が上陸したのも、NEDが別のNPOにお金を出してやらせたことだ。NPOが自分のバックグラウンドを隠し、世界的なマスコミと組み、情報戦争をしている。

 2004年12月ウクライナの大統領選挙でヤンコビッチが勝った時に、NPOが選挙に関して不正があったと主張し、その結果、再度大統領選挙をやり直したところ最初に負けたユーシェンコが当選した。ユーシェンコは中央銀行に勤め、大学教授時代に毒を盛られ顔が変わったことで有名な人物だ。いまだ毒を盛ったのがロシア側か西側かはっきりしていない。はっきりしているのは、ユーシェンコはウクライナ女性と結婚した後、大学教員を辞めて大統領選に出る時、アメリカから来た亡命ウクライナ人女性と懇意になり、妻と離婚してその新しい女性と結婚した。この女性はOUNの重要人物で、彼女はウクライナに行く前にアメリカのCIAと財務省の秘書をやり勉強を積んだ後、ウクライナに送り込まれてユーシェンコを籠絡し結婚した。ユーシェンコは欧米に接近するが上記の理由で、ウクライナ経済が破綻した。その結果、2010年の大統領選では、前回敗れたヤルコビッチが新しく選ばれた。

2014年2月、ヤヌコーヴィッチ政権を崩壊へと導いたクーデター「マイダン革命」

小手川:これに対して、2014年2月にウクライナでクーデターが起こった。クーデターを仕組んだのはアメリカ国務省の当時局長だったヴィクトリア・ヌーランドという女性だ。昔の名前はヌーデルマン。ヌーデルマンのMANは、ドイツ系の名前で、最後のところがNが二つなのは、普通のドイツ人。Nが一つなのはユダヤ人だ。夫はロバートケイガンというリトアニア出身のユダヤ人で、アメリカの新保守派の理論家でロシアを地上から抹殺しようなどと激しいことを言っている。ビクトリアヌーランドがCIAやMI6と仕組んでやったのが2014年のクーデターだ。結果、2014年にポロシェンコがウクライナの新しい大統領になった。

 これに対して、ロシアが住民投票の形でクリミアを併合した。東ウクライナは独立宣言をし、自治権を主張した。なぜロシアがクリミアを欲しがったかについて、キエフ生まれのロシアの有名な学者グラジエフに聞いたところ、クリミアは暖かいと。その南側に、セバストーポリという街がありロシアの海軍基地がある。セバストーポリの住民の95%は、海軍OBのロシア人で、同地が良い場所だからリタイア後の住処としたそうだ。

 この後ウクライナは内戦状態になった。ウクライナ軍が訓練されていない酷い軍隊だった為、ロシア義勇兵に負けた。2014年9月のミンスク合意前日、4000人のウクライナ部隊がドネツクの飛行場に包囲され、全員殺される直前だった。ロシア大統領プーチンは昔、東ドイツにいた関係で、欧米が好きで完全に敵対したくない為、停戦した。

 ミンスク合意はロシア、ウクライナに加えて、ドイツ、フランスの間で行われた。アメリカは入ってない。最近になって当時のドイツ首相メルケルと、フランス大統領のオランドが、新聞記者会見で公然と「ミンスク合意を守る気は一切なかった、ウクライナ軍が弱く、彼らを再訓練する時間稼ぎのためだけだった」と述べた。合意はあったがウクライナ経済は破綻した。ロシアとうまくやらないとウクライナは経済が立ちいかない。 

 2019年4月にゼレンスキー大統領は、ロシアと仲直りをして、東ウクライナに関しては住民投票で決めようとの選挙公約で、72%の得票で勝った。ところが人口比では3%のネオナチから暗殺するとゼレンスキーは脅された。このためゼレンスキーは180度主張を変え、戦争になった。

 2022年3月29日、ロシアとの対面交渉でウクライナ側が書面で、NATOには入らず中立になると約束した。ロシアはこれを信頼し撤退した。しかし、その後ウクライナ側のこの時の交渉官がネオナチに暗殺され、合意はなかったことになった。

ベルギー・ブリュッセルのNATO本部

■ うまくいった中国と停滞に陥った旧ソ連諸国


:小手川さんのお話をサポートするデータがある。最近私は世界の二酸化炭素排出構造を研究している。2000年から2019年の20年間、世界でメインに二酸化炭素を出している国は79カ国のうち、28カ国は二酸化炭素排出量が減少していると分かった。興味深いのは、二酸化炭素減少国に、旧ソ連の諸国が10カ国入っている。残りは全部先進国だ。二酸化炭素が減少した理由は国によって異なる。先進国は省エネやエネルギーリソースのシフトに資金を投じ、二酸化炭素を減らした。他方、ロシア、ウクライナをはじめ旧ソ連10カ国は、経済が停滞し、二酸化炭素を出す力もないから二酸化炭素排出量が減った。ウクライナ問題の背後に経済問題があるとの小手川さんのお話はまさしくその通りだ。

旧ソ連諸国の二酸化炭素排出量変化分析図(2000〜2019年)

:2009年、私が『ジャパンアズナンバーワン』を書いたハーバード大学のエズラ・ボーゲル教授と対談した。その時、ちょうど中国経済が日本経済を超えた。「ジャパン・アズ・ナンバースリー」と題して『Newsweek』誌に載った対談で、中国の経済成長は、日本の高度成長と同様、輸出拡大が牽引したが、その違いは、日本はフルセット型のサプライチェーンが中心で、中国はグローバルサプライチェーンが中心だ、とした。つまり中国経済は、時代が変わった中で成功した。

日本語版『Newsweek』誌2010年2月10日号に掲載されたカバーストーリー『ジャパン・アズ・ナンバースリー』

:グローバルサプライチェーンが進んだ結果、今日世界輸出総額の71%は2000年以降に作られた。この中で中国の輸出は最も伸びた。増えた世界輸出総額の内訳を見ると、中国は2割を占めた。次はドイツの6.8%、アメリカが6.1%、日本はわずか1.7%だ。

 中国の急成長に対して、アメリカは2018年頃から貿易戦争を発動し、グローバルサプライチェーンの再構築をしようとしている。中国と反対に、冷戦後、旧ソ連諸国は長い経済停滞に陥っている。これもロシアとウクライナ問題の大きな要因になっている。

世界の輸出総額推移分析図(1948〜2021年)

■ ソ連のアフガニスタン侵攻の遠因にオイルマネー


小手川:疑問点がある時は、歴史を振り返って考えることだ。短期間の歴史でわかることもあるが、長いスパンで見ないとわからないこともある。1975年以降、一番重要な事件は二度のオイルショックだった。石油の値段が上がった結果、ソ連と中東の産油国が当時の石油生産の大半を占めていたため、ソ連と中東に急にお金が流れた。ところが中東は消費能力が非常に低かった。それを見て頭の良いイギリス人がロンドンにユーロ市場を作り、ソ連と中東のお金を受け入れた。ユーロ市場は、それぞれの国の金融市場のいわゆる例外的なマーケットになり、ユーロが全世界で暴れた。これに因って非常に儲かったソ連が調子に乗って、1979年から10年間アフガニスタン戦争に突入した。結果、経済が停滞し、最終的にはソ連崩壊のシナリオにつながった。 

 もう一つ重要なのは、1985年2月にプラザ合意があり、大幅な円高になったこと。当時、1ドルが270円だったものが、プラザ合意の結果、130円へと2倍になった。プラザ合意の円高で二つ大きなことが起こった。一つは日本国内で人件費が高騰し日本の製造業が東南アジア、中国に進出した。1980年代半ばにはアジアが世界の製造業の中心になった。もう一つは、お金を持った日本の金融機関がロンドンに殺到した。その結果、ロンドンの金融機関が儲けていた金利の幅が10分の1になった。SGWarbergなどイギリス王室関連の銀行がバタバタ潰れた。日本の金融機関の進出をストップしようと日本を唯一のターゲットに作られたのが1988年のバーゼル規制だ。

食糧を求めるアフガニスタン難民

■ 米英主導のクーデターが大混乱をもたらす


小手川:遡って1953年には民主的な選挙で選ばれたイランの政府が石油会社を国有化したことに対し、英米がイランにクーデターを仕掛けた。アメリカのCIAと、イギリスのMI6が組んだクーデターが、選挙で選ばれたモサデック総理を失脚させた。モサデック総理がそれまでイランの石油産業を独占的に支配し膨大な利益をあげてきた英国資本のアングロ・イラニアン・オイル会社(現:BP)のイラン国内の資産国有化を断行した為である。

 モサデック総理を退けた後に英米が立てたのがシャーだった。シャーはしばらく国王を務めた。イランの人々はアメリカとイギリスがしたことを覚えていて1979年にイラン革命が起こった。シャーが追放されて、今のようなイランになった。イランはひどい国だと一方的に思いがちだが歴史をさかのぼると、一番悪いのはイギリスだ。選挙で選ばれた人が自分たちの判断で国営化したことに、外国がいろいろ言う権利はない。実はイランの今の状況は、そこからスタートしている。

 アメリカは自分の足元の中南米で、ニカラグアやパナマを始め何回もクーデターを起こしている。中南米以外では1953年のイラン、1986年のフィリピンのクーデターだ。フィリピンのクーデターで、マルコス大統領が失脚した。その後、フィリピン経済はひどいことになった。日本中にフィリピンパブができ、フィリピン人女性が日本中の飲み屋に働きに来たきっかけになった。

 1991年12月ソ連の解体は、本来、ソ連をアメリカ的な民主主義にする最大のチャンスだった。ところがアメリカが教条主義的な学者を送り、自由主義経済、フリートレード、自由化、民営化を主張してソ連経済がおかしくなった。私が学生時代一緒に働いていたバレエダンサーたちと1990年代末に再会した。彼女たちの話によるとロシアの通貨ルーブルは下落、年金は据え置きになり、物価が200倍になったと言う。役人、軍人、教員、科学者だった親たちがもらう年金が、通貨暴落と経済の破綻で一カ月3000円になり、生活できないのが8〜9年続いた。その大変な状況に陥っている時に出てきたのがプーチンだ。ロシア人は1990年代の苦しい時を覚えていてプーチンには頑張ってほしいと願っている。

プーチン大統領を支持する市民デモ

■ ペロシ米下院議長の台湾訪問が問題を激化


小手川:最近の台湾問題は2022年8月のナンシー・ペロシアメリカ下院議長の台湾訪問が発端だ。当時は、彼女はすでに同年11月の中間選挙で負け、11月以降自分が下院議長ではなくなると知っていた。だから、彼女はアメリカ初の女性下院議長として台湾訪問をしたかった。何故かと言うとペロシの選挙区はサンフランシスコで選挙民の3分の1が台湾系の中国人だからである。つまり彼女は自身の選挙運動のために行った。ペロシの出身は東海岸のボルティモアで祖父は有名なマフィアのトップだった。父はボルティモア市長だった。結婚相手がサンフランシスコに住む弁護士だった為同地で立候補した。

 ペロシの台湾訪問は大きな緊張をもたらした。当時もし中国が台湾を攻めるとなれば中国が最初にやることは制空権を取るため沖縄の米軍基地を爆撃するだろうから、日本は米中戦争に巻き込まれると騒ぎになった。ナンシーペロシが台湾に行った当初と比べ、今は米中問題は少しヒートダウンしている。

 当時、もう一つ考えられたシナリオは、中国が台湾と中国本土の間にある金門島と馬祖島を攻めることだ。2島はアメリカと台湾の安全保障条約の対象外だから仮に2島が中国に取られても、アメリカは防衛の義務がない。

 ナンシー・ペロシのような人が出てくるのは、今アメリカは製造業が衰え、役人の天下り先が軍事産業しかないからだ。昔はアメリカにも言うべきことを言う人がいたが今は誰も言わない。自分の再就職先の軍需産業に行けなくなるからだ。

 もっとも心配なのは、米中間には、大臣同士ではなく次官同士のバックチャンネルや民間を使ったサイドチャンネルがない。これらが存在する米露間と異なり、米中間に思わぬ事故が起こる可能性はないとはいえない。

 アメリカは2020年5月に政府全体で米国対中戦略を作った。アメリカ国内には対中関係では三つの勢力がある。一つは中国取り込み派だ。主として金融機関の中国で商売したい人たちだ。次は妨害派だ。アメリカの軍や国防省の人たちで、中国にちょっかいを出し続けている。もう一つが敵対派で、アメリカの上院下院の議員たちだ。

2022年8月、ナンシー・ペロシアメリカ下院議長の台湾訪問

■ 中国そして中国人の本音は何処に?


小手川:2000年には中国に日本人と生活水準が同じ人はいなかったが、2010年に1億人、2020年には日本人の約5倍の7億人が同じ生活水準になった。中国の課題は、一つは2025年からの若年労働者の急激な減少だ。二つ目は、1980年代の半ばから中国が取った一人っ子政策のもと小皇帝と呼ばれた世代が50代になり社会と政治のリーダーシップをとる。彼らは以前の人たちに比べ苦労していない。習近平時代は最後の文化大革命経験世代で、当時ひどい目にあっているから国は安定が一番重要だと信じている。その経験がない人たちがリーダーになる不安定さがある。三つ目は、中国人の投資減。中国でも限界収益比率が下がっており、2025年に日本と同等になる。儲からないから投資をしなくなる。

 私は中国が大好きで何度も行っていた。最近締め付けが厳しくなりシンガポールのように監視カメラを駆使している。2017年の共産党大会前に私は上海へ行った時、党大会直後でお店は再開したのに街中が静かで、運転手さんも全然クラクションを鳴らさない。共産党大会の前後で、上海だけで監視カメラが2億個ついたからだった。クラクションを鳴らすなどの交通違反をすると、監視カメラから判別した車のナンバーが街頭に設置したボードに載り、載ると自動的に銀行から罰金が引き落とされるから、違反がなくなった。新型コロナで監視が更に激化した。

 中国は2022年の北戴河会議で、三つの柔軟と三つの強行という政策を作った。

北戴河会議が行われる河北省秦皇島市北戴河のリゾート地

小手川:柔軟にするのは対米、対西欧、ベトナム、日本と韓国。一方、強行は国内向けで、この中には台湾、香港が入る。そして対外広報。2023年秋の共産党大会で完全に習近平体制になった。

 今週私は北京に行ってきた。同郷の日本大使の垂さんと昼食をした。これからの中国で一番大変なのは共産党の正当性を中国国民にどう認めてもらうかだと垂さんが言ったことに私は共感した。毛沢東はこれを抗日戦争と独立に求めた。鄧小平は共産党と一緒に頑張れば生活は良くなると言った。実際、経済成長したら人々の生活が良くなり安定した。ところが習近平は共産党の元で中国が強くなると言う。生活が良くなることは一般の人たちにもわかるが、中国が強くなることを一般の人にどう感じてもらうのか。そこがうまくいくかどうかにかかっている。

 海外の我々にとって一番重要なことは、中国政府の発表はすべてが国内向けだと知っておくことだ。日本人やアメリカ人が発表を聞いてどう思うかは考えていない。中国の自国民が政府の言うことに同調することだけ考えて発表している。そこは別モノだときちんと整理して認識しておいた方がいい。

 2023年3月頃から日中間の航空便が昔通りになり、私の中国の知り合いが久しぶりに日本に来ている。昔は日本に来るとみんな率直に政府批判もしていたが、いまは率直な話しは、一対一で会った時だけだ。みんな言っていることは同じで、日本の会社を買収したいと言う。昔のように技術が欲しいとかが動機ではない。できる限り早く、自分の会社、自分の工場を中国から日本に移したい。中国政府から接収されるかわからないから日本に移す受け皿として、赤字でもいいから会社を紹介してほしいと言う。東京でマンションを買うのもそれが理由だ。不動産を買ったら妻子を東京に引っ越しさせる。日本の生活の質は最高だからだ。健康保険、交通面で住みやすい国が日本以外ないと、地理的に一番近い中国の人が分かっている。

 私は皆さんに、外国人受け入れに寛容であってほしいと願っている。日本に来た人たちが日本人の考え方に賛成してくれるのは日本が平和、平等、清潔な国だからだ。外国人を日本に取り込み日本の生活が全世界に広まれば戦争もなくなっていく。ぜひとも寛容であってほしい。

※以降、Ⅱに続く

講義をする小手川氏(右)と周牧之教授(左)

プロフィール

小手川 大助(こてがわ だいすけ)
大分県立芸術文化短期大学理事長・学長、IMF元日本代表理事 

 1975年 東京大学法学部卒業、1979年スタンフォード大学大学院経営学修士(MBA)。
 1975年 大蔵省入省、2007年IMF理事、2011年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹、2016年国立モスクワ大学客員教授、2018年国立サンクトペテルブルク大学アジア経済センター所長、2020年から現職。
 IMF日本代表理事時代、リーマンショック以降の世界金融危機に対処し、特に、議長としてIMFの新規借入取り決め(NAB)の最終会合で、6000億ドルの資金増強合意を導いた。
 1997年に大蔵省証券業務課長として、三洋証券、山一證券の整理を担当、1998年には金融監督庁の課長として長期信用銀行、日本債券信用銀行の公的管理を担当、2001年に日本政策投資銀行の再生ファンドの設立、2003年には産業再生機構の設立を行うなど平成時代、日本の金融危機の対応に尽力した。

【フォーラム】笹井裕子 VS 桂田隆行:集客エンタメ産業の高波及効果を活かした街づくりを

ディスカッションを行う笹井裕子・ぴあ総研所長(左)と桂田隆行・日本政策投資銀行地域調査部課長(右)

 東京経済大学は2022年11月12日、学術フォーラム「供給サイドから仕掛ける地域共創の可能性」を開催、学生意識調査をベースに議論した。和田篤也環境事務次官、中井徳太郎前環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、新井良亮ルミネ元会長、吉澤保幸場所文化フォーラム名誉理事をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、周牧之ゼミによるアンケート調査をネタに、新しい地域共創の可能性を議論した。笹井裕子・ぴあ総研所長と桂田隆行・日本政策投資銀行地域調査部課長がセッション1「集客エンタメ産業による地域活性化への新たなアプローチ」のパネリストを務めた。

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セッション1の動画が
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東京経済大学・学術フォーラム
「供給サイドから仕掛ける地域共創の可能性」

会場:東京経済大学大倉喜八郎進一層館
日時:2022年11月12日(土)13:00〜18:00


■ コロナ禍で大打撃を受けたライブエンターテインメント市場


笹井裕子:弊社は2000年から2025年まで、ライブエンターテインメント市場規模の時系列推移の数字を作り続けてきた。

 ライブエンターテインメント市場は、実は政府の統計のようにきちっとしたものがなく、自分達でチケットぴあの販売実績や、情報誌ぴあでやってきた公演の開催情報などのデーターベースをもとに、チケットが何枚ぐらい売れ、その総額がどのくらいになるのか推計をしてきた。

 ライブエンターテインメント市場は2000年から2019年コロナ前まで、好調に推移してきた。特に2011年の東日本大震災後の8年間、わりと世の中が停滞していた時期にも年平均成長率が8.3%とかなり健闘していた。それが、コロナの影響で2020年、一時期はほとんどの公演活動が自粛、ストップした。年間で見ると、コロナ禍前は6295億円。ライブエンターテインメント市場は音楽とステージの合計であり、その8割のマーケットが消失した。

 その中で、何とか持ちこたえながら、イベントの収容人数や政府の制限が徐々に段階的に解除され、緩やかに、遅々としながら回復に向かって動いた。そして2021年の数字が、3072億円。これもコロナ禍前のまだ半分だ。2022年1月から12月までのデータの推計ではかなり戻ってきた。先ほどの学生さん達のアンケートでも、この反動増があるとの前向きな受け取りがあり、勇気をもらった気持ちだ。

 それでもやはり感染状況が厳しい状況もあり、まだまだライブエンターテインメント、イベント、集客エンタメに足を運ぶのに漠然と不安を抱いている方々もいらっしゃるのでまだ8割だ。2023年こそはコロナ禍前の水準に戻るという推計を出した当時は、ちょっと楽観的過ぎるという声を一部聞いたが、今見るとそれほど楽観的でもない。今後の感染状況など何とも言えない部分はあるものの、実現可能な数字ではないか。

エンタメ産業は「不要不急」なのか?


笹井:2020年の最初の段階では、この集客エンタメ産業は「不要不急」の筆頭のように言われ、その中の産業に身を置いている側としてかなり傷ついたところがあった。いや、そうではないと声を挙げたいということもあり、2022年5月、ぴあ総研主催でシンポジウムを開催した。「集客エンタメ産業による日本再生の意義」と題し、文化庁の都倉俊一長官、元Jリーグの川淵三郎チェアマンらにご登壇いただき、日本の集客エンタメ産業の重要性や、日本社会にどれだけ意義があるかをご議論いただいた。

 その一部として、今日一緒にご登壇いただいている日本政策投資銀行の桂田さんと「集客エンタメ産業の社会的価値と新たな地域貢献のあり方」の共同調査について報告をした。

■ 「集客エンタメ産業」の市場規模、経済波及効果


笹井:そもそも集客エンタメ産業とは、私どものぴあ総研では、コンサートや演劇、映画、スポーツイベント等の興行の場に、鑑賞・観戦等を主な目的として観客をその興行の開催場所に集める産業、と一旦定義をしている。ゆえに集客エンタメ産業というと、先ほどのライブエンターテインメント市場に加え、スポーツや映画なども入るので、もう少し大きな規模になるとご理解いただきたい。

 さらに音楽、ステージ、映画、スポーツという4ジャンルに加えて、例えば花火大会で有料の観客席を設けるなど、4ジャンルに入らないその他のイベントもいろいろ行われており、そういったものを含めると、入場料収入、チケット代の合計は、コロナ禍前の数字で1兆1,000億円ぐらいと推計している。

 また、そういったイベント開催に伴う直接需要として、入場料の横にその他の欄を設けているが、入場料とその他を合わせると、入場料の約4倍、4兆9,300億円になる。さらに経済波及効果を考えると、直接需要と波及効果を合わせて13兆500億円になり、入場料売り上げの10倍ぐらいの経済波及効果はあると考えらえる。実は日本経済にとって微々たる産業ではない、と思っている。

 さて、コロナ禍でどのような影響を受けたかについて、日本政策投資銀行で出された数字では、都道府県別イベント合計の経済損失額という直接損失で1.6兆円、波及効果を含めると3兆円の損失となった。もともと大都市が中心の産業、市場であるため、大都市において損失額が大きくなっている。

 ただし実際、より重要なのは、都道府県別の県内総生産への影響度で、大都市以外のその他の地域において大きなダメージが出た。先ほどは単に市場規模、市場規模と言ったが、やはり地方においてはこの県内の総生産影響度により大きなダメージがあったことをお伝えしたい。

■ 「地域に集める」「地域に繋げる」「地域を育てる」社会的価値


笹井:以上、市場規模、経済波及効果の話をしたが、我々の共同調査では集客エンタメ産業の重要性はそれに留まらず、社会的価値を明示することが主題であった。集客エンタメ産業の社会的価値ということで、「地域に集める」「地域に繋げる」「地域を育てる」の3つの社会的価値で整理し、共同調査を行った。

 まずは、地域内外から人を集める、モノ・金・テクノロジーを集積する。地方で大型のフェスを開催すると、何十万人という人が一気に集まる。大規模のアリーナドームの公演で、何万人という人が一日、一夜にして集まることもある。

 次に、その集める効果を地域の中に繋げていく。例えば、地域におけるソーシャル・キャピタルの向上や、シビックプライドの醸成など効果もあるのではないか。そして3番目は、地域を育てる部分で、住民の健康寿命の延伸や、心を豊かにする効果もある。人が生きていく上で衣食住が足りているだけではなく、やはり心身を健全化することが大切だ。さらに、若い世代の健全な成長にも寄与すると考え、整理している。

■ 製造業撤退後のオープンスペースの活用策


桂田隆行:今日ご登壇の皆様のようにスポーツ界、エンタメ業界については専門ではないが、銀行員のポジションでスポーツ分野をもう9年くらい長く担当している。私どもの銀行がスポーツというテーマで主張しているコンセプトとして、「スマートメニュー」という名を提唱している。

 私どもの銀行は、もともと設備投資分野に資金を出す銀行で、きっかけは9年前、各地域において製造業系の工場が相次いで撤退し各地域で大きな土地が空いてしまった課題が発生した時に、それを何でリカバーしたらいいかという話が企業立地の観点から私どもの部署に飛び込んできた。そこで、スタジアムアリーナが整備されれば、スポーツというコンテンツと相まって地域活性化になり、中心市街地にも貢献すると考え、東京ドームシティのイメージに基づく概念を提唱した。

 これは当時、私にスポーツというテーマをご示唆いただいた間野早稲田大学教授からのもので、東京ドームシティを大小はあっても日本中に作り、将来のまちづくりモデルとして海外に輸出できたらいいと、20年前ぐらいからおっしゃっていたのを私どもも9年前ぐらいから絵にした。スポーツ業界の人はよくご存じの通り、そういうものを作れば、交流人口や街中のにぎわい創出、地域のシビックプライド、アイデンティティの醸成になるというように、スタジアムアリーナが地域にもたらす価値を考えている。

 先ほどの地域に「集める、繋げる、育てる」の概念にあったように、集客エンタメ産業の社会的価値ということで取り組んでいたが、エンタメの中にスポーツというテーマも入れていただき、そこに音楽とか文化、芸術とも合わせて集客エンタメ産業としてみると、社会的価値の効果が非常に大きく、種類が増えたと実感した。例えば、教育や健全な成長という精神的な部分にも、今後社会的価値を突き詰めていくと非常に有益ではないかと思う。

 地域の住民や企業が資金を投下していくことで、街中にスタジアムアリーナができれば、ビジターや地域の購買活動という経済的価値の創出、コミュニティ機能の補完という形で貢献できると考えている。

笹井:先ほど周ゼミの学生さんのアンケートでも、地方活性化するためには娯楽、スポーツが必要で、国分寺にそういった娯楽施設がないというご意見があった。必ずしも大規模な施設があることが必須ではなく、そうした施設ができると、そこで日常的に、定常的にイベントが開催されるようになり、そこに他のエリアからも人が集まるという流れができる。ひとつのきっかけとして、大小問わず、街中にアリーナや劇場ができることによって文化芸術の振興や、クリエイティブ産業の支援、コミュニティの形成にも繋がり、それが地域住民や地域の企業にとっても利用されることで、ゆくゆくは税金や資金に繋がり、それがさらに再投下される好循環が生まれると考えている。

ディスカッションを行う笹井裕子・ぴあ総研所長(左)と桂田隆行・日本政策投資銀行地域調査部課長(右)

■ 交流人口・関係人口が生み出す効果


笹井:さらに「交流人口」、「関係人口」を誘発し、その人達が街中で購買行動を行うことで、雇用や所得増加につながり好循環が生まれる。そこから地域の住民はもちろん、今のデジタル社会を考えると、ビジターもその関係人口自体も、ローカルアイデンティティの緩やかな構築やシビックプライドの醸成に貢献できるということも、共同調査の中で検討した。

桂田:日本地図をブラッシュアップして、スポーツ庁に継続的にご提供申し上げていた構想が2020年の時点で90件ぐらいあった(「スポーツ庁スタジアムアリーナ改革について」)。実は、この日本地図を作り始めた2013年は18件しかなかった。僕自身もずっと、この数字が毎年増えていくたびに若干の喜びを感じたが、反省として、スタジアムアリーナという箱だけが増えすぎて、それを担ってくれるコンテンツや人材が育っていないことに気づいた。これは逆に危ないと最近思うようになっている。

■ スポーツをエンタメの括りに入れていく意義


桂田:スタジアムアリーナの整備検討の委員会に入れていただいた時、とある時の国の委員会でスポーツ界の人が「アリーナを整備するために、ライブや音楽の収入をすごく期待している」と言ったら、ライブ音楽業界からの出席者の人が、「スポーツのエゴでアリーナを造るのに何故稼ぎを音楽業界に委ねるのか」と若干喧嘩になったことがあった。スポーツの理由でアリーナを造るのに、それを音楽に寄せるのかと。

 やはり、スポーツとエンタメを分けてはダメで、先ほど吉澤さんもおっしゃったようにエンタメという広いテーマの中にスポーツも取り扱うことだと思う。エンタメの方の知見もいただきながら、スポーツもブラッシュアップし、アイデアももっと一緒に議論する形で、スタジアムアリーナを整備する。集客エンタメ産業という括りの中にスポーツも一緒に入り、経済的な価値だけではなく人の本能に訴えかける社会的な価値を、もっと追求していかなければならないと申し上げたい。

笹井:「スマートメニュー」の発展に関して、いろいろなアイデアが進んでいる。そのひとつが愛媛県今治市でFC今治が掲げている里山スタジアム構想だ。また、スポーツだけでなく演劇においても、「演劇の町」ということで単に演劇を持ってくる劇場を造るだけではなく平田オリザさんが社会生活のさまざまな場面に染み込んだまちづくりを目指す「学校」を作るなど、さまざまな工夫のある活発な動きが地方でいろいろと起こっている。

■ 集客エンタメにまちづくりをリンクさせる


笹井:弊社ぴあで、観光庁の実証実験に寄った形で、スマートフォン向けアプリの「ユニタビ」をリリースした。これはスタジアムに行ってサッカーを見るだけではなくて、ユニフォームを着て町の中をその日一日歩き回って楽しむ。そんなコンセプトに近い。アプリで一日の交通、飲食やお土産などの情報も含めて提供することで町の中での回遊を促すアイデアだ。この「ユニタビ」のアプリのさらなる実証実験や、ここから町にもたらされる社会的価値について、もう少し研究したい。

 ライブエンタメは先ほど申し上げたように、大都市集中なかでも東京集中で、たぶん国分寺にいれば、都内でいろいろ開催されているライブイベントにもわりと気軽に参加し楽しめる環境にあると思う。それはすごくすばらしいことだが、一方で、東京中心の何か画一的な展開を打破する何かがあるといい。

 国分寺ならではの自然環境なのか、人なのか。その地域の特色を活かした発信があり地産地消されるような流れを、小さくてもいいから少しずつ始めてみることだ。



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【講義】誰が増え続ける世界人口を養うのか 〜阮蔚 Vs 周牧之〜

レクチャーをする阮蔚氏

■ 編集ノート: 

 東京経済大学の周牧之教授の教室では、リアルな学びの一環として第一線の経営者や研究者、ジャーナリスト、官僚らをゲスト講師に招き、グローバル経済社会の最新動向を議論している。2023年5月18日、農林中金総合研究所理事研究員の阮蔚氏を迎え、講義していただいた。

 緑の革命と貿易拡大によって支えられた世界食糧供給体制と、戦争などがもたらす食糧危機について議論した。


■ ローマクラブの「成長の限界」


周牧之:きょうは世界の食糧と農業に関して深い知識を持つ阮蔚氏を招き、世界の食糧需給バランスと主要国の政策の変遷について講義いただく。その前に、私から現在の世界食糧需給の背景について説明したい。

 1972年、ローマクラブという欧米のエリートが集まる学術団体から『成長の限界』というレポートが公開された。同レポートは、地球がこれ以上の人口を支えられないと予言し、警告したもので、大きな反響を巻き起こした。その内容は当時の政策立案者たちの重要な道標となった。

 同レポートの警鐘にもかかわらず、世界人口は1972年から現在に至るまで倍増し、今もなお増加し続けている。

 『成長の限界』で大きな問題として取り上げられたのが食糧供給問題だが、同レポートの憂慮をよそに、世界食糧供給は増え続けた人口を養えただけでなく、いまや供給過剰になっている。

■ 人類の繁栄を支えた「緑の革命」


周牧之:世界食糧供給を拡大させた要因は主に二つある。一つ目は「緑の革命」だ。「緑の革命」については解釈が様々あるが、基本的には、化学肥料や農薬、品種改良、灌漑施設、遺伝子組み換え、機械化、組織化などの導入を通じて、農業の生産性向上をはかったものである。

 グラフ「緑の革命:単位面積当たりの穀物生産量が大幅に向上」の作成にはかなりの時間を費やしたが、非常に興味深い。『成長の限界』より遡る1961年のデータから始め現在まで、世界の穀物生産用地面積は、たった14%しか増えていない。それに対して人口は1961年から2.5倍に増えた。これに対して、穀物の生産量は、人口の増加率を超え、なんと250%増、すなわち3.5倍になった。穀物生産量増大の最大の要因は、単収(単位面積当たり収穫量)が急激に増加したからだ。言い換えれば、土地の生産性が劇的に向上した。これは「緑の革命」の成果である。

■ 農産物のグローバル・トレード


周牧之:増大し続ける地球の人口を養うもう一つの要素は、農産物の貿易だ。農産物貿易アイテムとして、金額ベースで多いものから順に、園芸作物(野菜、果樹、花など)、油用種子、穀物、肉類、そして魚介類・水産物となる。

 農産物輸出量が最も大きい国は順に、アメリカ、ブラジル、オランダ、ドイツ、中国だ。一方、最も多く輸入している国は中国、アメリカ、ドイツ、オランダ、そして日本となる。

 農産物の二国間貿易において、取引量がトップ5に入る組み合わせを見てみると、最も多いのはブラジルから中国への貿易だ。次いで、アメリカから中国への取引、メキシコからアメリカ、オランダからドイツ、そしてカナダからアメリカへの貿易、と続く。

 こうした大規模でかつ複雑な農産物の貿易と、「緑の革命」によって、我々の生活は支えられてきた。「化学肥料貿易フロー」のグラフが示すように、実は、「緑の革命」自体も、化学肥料貿易に支えられている。

 ところが、1年前のロシアによるウクライナ侵攻は、世界の食糧供給システムを大混乱させた。石油の価格と同様に、穀物価格は急騰した。今は少し落ち着いてきたが、「食糧危機」という近年忘れ去られていた政策イシューが、再び浮上してきた。

 本日のゲスト講師、阮さんに、この複雑な世界の食糧事情について講義していただく。

■ 2022世界食糧危機は人災


阮蔚:周先生が只今説明された世界食糧問題の全体像の詳細について、また、なぜそうなったのかについて、少々時間をかけて説明したい。主に私の著書『世界食料危機』の要点を抽出してお伝えする。

 日本にお住まいの方にはあまり感じられないと思うが、実は世界ではいま食糧危機が発生している。まずはその現状から説明したい。

 昨年、人為的な要因により世界的な食糧危機が発生した。国連食糧農業機関(FAO)、世界食糧計画(WFP)などの報告によれば、2022年に紛争や自然災害で深刻な食糧不足に陥った人々(急性飢餓人口)の数が、過去最多の2億5,800万人に達した。これは日本の人口の倍にあたり、前年に比べて6,500万人増加したことになる。

 この状況はなぜ生じたのか、周先生の説明の中にも含まれていたが、要因の一つに、食糧価格の急騰が挙げられる。昨年、ロシアのウクライナ侵攻によって小麦の国際価格は史上最高値を記録した。

 ロシアとウクライナは近年、世界有数の小麦輸出国となり、両国の小麦輸出量は世界全輸出量の約3割も占めるようになった。ところが、戦争によって両国の小麦は輸出できなくなり、小麦の国際価格が高騰した。小麦の自給率が低く輸入に頼るアフリカなど途上国は、輸入量の減少で大きな打撃を受けた。

 しかし、近年の世界全体の小麦生産量と輸出量、及び期末在庫は中長期的スパンでみると決して低い水準ではない。つまり、世界には「モノ」が存在している。飢餓問題は単に食糧不足や農業問題だけで片付けられない。それより遥かに広範囲で複雑な課題を抱えている。これらの問題を理解するためには多角的な視点が必要となる。

 経済学を専攻している皆さんなら、飢餓問題が食糧供給の問題だけでなく、分配の問題、政治的問題でもあることをすぐに思い起こすだろう。

 例えば、充分な食糧が存在しながらも、不平等な分配やアクセスの格差が原因で、一部の人々が適切な食糧を得られない状況が生じる。また、政治的混乱や紛争は、食糧の生産、輸送、分配にネガティブな影響を与え、飢餓を引き起こす原因となり得る。

 よって、飢餓問題はただ食糧不足の問題というより、むしろ社会経済的な問題、政治的問題としての側面を持つ。ここで私が特に強調したいのは以上の点だ。

レクチャーをする周牧之東京経済大学教授

コメ価格の圧倒的な安定性


阮蔚:2022年に世界の食糧は不足していなかった。そう言い切れる一つのデータがある。それは、世界のコメ価格と小麦価格の関係性を示したデータだ。これまでの数十年間に、コメ価格は一貫して小麦価格を上回っていた。ところが、昨年は世界全体で食糧危機が叫ばれていたにもかかわらず、世界のコメ価格は大きく上がらなかった。さらに、昨年小麦価格が史上最高値を記録した同時期に、小麦価格がコメ価格を上回る逆転現象が発生した。これは、世界では食糧という「物資」が不足していないことを示している。

 小麦とコメは世界の2大主食穀物だ。ただ、世界の多くの国で消費している小麦に比べて、コメは主としてアジアの主食となっている。またアジアのコメは自給自足の色合いが強く、生産量に対する輸出比率は低い。

 アジアの特徴は人口の多さと、その農業規模の小ささだ。零細農家が大半を占めることから、コメの価格が小麦より高い。

 小麦の輸出国は主として米国や欧州、豪州等先進国であり、生産は大規模化・機械化が進み、一般的に小麦の価格は低めに推移していた。

 昨年、その傾向が逆転し小麦の価格が急上昇したが、コメの価格はほとんど変わらなかった。モノ(物資)としての食糧は十分に存在していたからだ。コメの価格は今年に入ってから少し上昇している。昨年の肥料や燃料の価格高騰伴い、コメの生産コストが上がったことが、コメの価格上昇につながった。

■ 貿易財としての小麦


阮蔚:麦のもう一つの特徴は、小麦が貿易材としての役割を果たしている点だ。世界の全体的な輸出比率を見ると、小麦(赤い折れ線)は常に2割以上を占めており、近年ではおよそ25%になっている。これはつまり、小麦生産の2割以上は輸出のためであることを示している。特にアメリカでは、生産される小麦の約半分が輸出用に供されている。

 一方、コメの輸出比率は数パーセントに過ぎない。近年、僅かながら増加傾向にあるが、1961年から2020年までの半世紀以上にわたり、コメの輸出比率は4%から6.9%にでしかない。これは、コメが主に自給自足で用いられ、貿易材としてはあまり重視されていないことを意味する。中国やインドに代表されるアジアの国々では、コメの完全な自給を目指しており、わずかな過不足の調整としてコメを輸出入している。

 輸出量を見ると、小麦は折れ線グラフで示され、下のブルーのラインは米を示している。近年特徴的なのは、トウモロコシと大豆の輸出量が急激に増えていることで、これは中国の影響が大きいと考えられる。

 世界の主要な小麦輸出国に目を向けると、歴史的に長期にわたってのリーダーはアメリカで、これに欧州、カナダ、オーストラリアが続いた。21世紀以降、ロシアとウクライナからの輸出が増加し、2014年以降ロシアがアメリカに代わり世界最大の小麦輸出国となった。

■ 「マルサスの罠」の克服


阮蔚:この半世紀で世界の人口は2.1倍に増えたが、それに伴い穀物生産量は2.5倍、化学肥料の使用量は2.7倍に増加した。これは化学肥料の投入増加により、穀物の増産が可能になり、それによって世界の人口が維持されていることを示している。多くの地域で化学肥料が効果を発揮するための灌漑設備が必要となり、世界の灌漑面積も同様に拡大した。つまり、世界全体でみると、私たちが「マルサスの罠」を克服してきた事実が浮かび上がる。

 化学肥料の輸出は、首位はロシア、次いでベラルーシが多い。一方、アフリカやブラジル、アジアなどの途上国の多くはロシアからの化学肥料輸入に依存している。しかし、現在、米欧がロシアの化学肥料輸出に制裁に近い措置を実施しているため、ロシアの化学肥料輸入に依存する多くの途上国の食糧生産に、影響を及ぼす可能性がある。

レクチャーをする阮蔚氏

■ 異常気象が食糧生産に影響


阮蔚:今、私たちはまた別の重大な問題にも直面している。それは食糧生産における気候変動のリスクだ。以前は「異常気象」と称されていた現象が、近年では常態化し、事実上の「新常態」になりつつある。

 昨2022年の急性飢餓人口のうち、自然災害に起因するのは約6,000万人にものぼった。これは日本の人口の半分に匹敵する数だ。対して2021年の自然災害が原因となる急性飢餓人口は、それの半分程度だった。では、昨年何が起こったのか。一つの要因として挙げられるのが、「アフリカの角」(エチオピア、ソマリア、ケニア、ジブチ、エリトリア等、アフリカ大陸東部の地域)における連続する干ばつだ。これが5期連続となったのは、歴史を見ても初めての事態で、私たちが新たに直面する大きな課題である。

 2022年はまた、世界の三大河に干ばつが発生した。北半球にある三つの大河すなわちライン川、ミシシッピ川、中国の長江が、昨年、同時期に干ばつに見舞われた。これは記録史上初めての現象だ。昨年は干ばつだけでなく、パキスタンなどで大洪水が発生した。干ばつも洪水も、食糧生産に大きな影響を及ぼした。

■米欧の農業「補助金」とアフリカの小麦輸入依存


阮蔚:世界の飢餓に苦しむ人口は、主としてアフリカや中東、南アジアの途上国で増えている。なぜこのような状況になったのか。それはこれら途上国がロシアやウクライナなどからの輸入小麦に大きく依存しているからだ。国別でみると、エジプト、トルコ、ナイジェリア、イエメン、タンザニアなどはロシアとウクライナの小麦の主な輸入国だ。

 国連食糧農業機関が昨年11月に出したレポートによると、昨年10月まで、先進国の食糧輸入量は増加したが、途上国の食糧輸入量は前年比10%も減少している。まさに昨年、アフリカなどの途上国の食料輸入減により、これらの国々で飢餓人口が増えた。

 では、なぜアフリカが輸入に大きく依存しているのか、そしてなぜアメリカとEUが最大の輸出国と輸出地域となっているのか。

 主な要因は米欧の農業分野における巨額の「補助金」にある。EUを例に取れば明らかだ。EUの予算のうち、1990年代までは農業予算が6割から7割を占めていた。1990年代以降、EUは度重なる改革により、農業予算のウエートを低下させたものの、依然として約4割を占めている。アメリカも手厚い農家所得支持措置を採っている。

 こうした補助金の下でアメリカとEUの農家は、穀物の市場価格が下がっても生産が続けられる。主として米欧の穀物供給過剰により、世界は長い間、「穀物供給過剰と価格低迷」という構造問題を抱えている。

 過剰小麦は主としてアフリカに輸出された。言い換えればアフリカは欧米の過剰小麦のはけ口となった。アフリカの主食はもともと非常に多様で、キャッサバやトウモロコシ、バナナなどが今日でも主食だ。また、キャッサバとトウモロコシは粉にして食べる習慣がある。しかし、米欧などからの輸入小麦の拡大により、アフリカの都市部ではこうした多種多様な主食の習慣が廃れつつある。

■ 終焉を迎える米欧の穀物供給過剰


阮蔚:世界は長い間、主として米欧が主導する穀物供給過剰と価格低迷という構造問題を抱えていたが、こうした米欧の穀物供給過剰の状況は終焉を迎えようとしている。要因の一つは世界の飼料原料需要が人間の主食穀物の需要を上回るスピードで増えていることにある。

 1980~2020年までの40年間、世界の主食穀物(小麦とコメ)生産量の年間平均伸び率は、同期間の人口伸び率に見合う程度の伸びしか達成していない。だが、飼料原料となるトウモロコシ生産の年間平均伸び率は2.7%、大豆は3.8%といずれも人口伸び率を大きく上回った。同期間の世界の食肉(鶏肉、豚肉、牛肉)生産量が2.5倍に拡大したことは、トウモロコシと大豆の生産急拡大を支えていることを示す。また、こうした食肉生産の拡大を支えるのは、主として中国やベトナムなどのアジアの食肉需要増加だ。

 一人当たりの食肉消費量をみると、2019年は、アメリカが依然として最も多い。一方で、中国も食肉消費量が増加し、一人当たり64kgに達した。ミャンマーは62kg、ベトナムは57kg、マレーシアは54kgといずれも日本の51kgを上回る。

 中国の食肉増産を支えているのは国内のトウモロコシ生産拡大と大豆の輸入増だ。中国は2000年に世界最大の大豆輸入国となり、2012年以降世界大豆輸入の6割も占めるようになった。近年、インドネシアやベトナムなどアジア諸国の大豆輸入も増加している。今後、途上国での食肉需要が増える中、世界の飼料穀物の生産及び貿易も拡大するとみられる。

■ バイオ燃料による穀物需要の拡大


阮蔚:米欧先進国が主導する世界の穀物供給過剰状況が終焉を迎えているもう一つの要因は、米欧主導の穀物によるバイオ燃料の消費拡大だ。バイオ燃料とは、トウモロコシや大豆など再生可能な有機性資源(バイオマス)を原料に、発酵、搾油、熱分解などによって生産した燃料を指す。現在、バイオ燃料の代表格はバイオエタノール(アルコール)とバイオディーゼルで、それぞれ自動車など輸送用燃料のガソリンとディーゼル油に混合して使われている。

 アメリカで2005年に成立した「2005年エネルギー政策法」では、トウモロコシ由来を主とするバイオエタノール等の再生可能エネルギー使用を義務付ける「再生可能燃料基準 (RFSⅠ= Renewable Fuel Standard)」の導入が決定された。自動車燃料に含まれるバイオ燃料の混合基準量(製油業界に義務付けるバイオ燃料の混合目標量)が義務化されたことで、2005年からトウモロコシ由来のバイオエタノール生産が急増し、2006年以降、アメリカは世界最大のバイオエタノール生産・消費国となった。

 同時に、EUは世界最大のバイオディーゼルの生産・消費地域となった。アメリカのバイオエタノールの原料はトウモロコシ由来で、EUのバイオディーゼルの原料は主として菜種油由来となっている。

 USDAのデータによると2021年、アメリカでバイオエタノール向けのトウモロコシ使用量は1億3076万㌧と生産量の34.1%にも達しており、これはアメリカの畜産飼料(1億4288万㌧)と肩を並べる需要で、輸出量6350万㌧の2倍以上を占めた。生産量に占める輸出の割合は2005年の19.2%から2021年の16.4%と低下をたどり、アメリカのトウモロコシ輸出拡大の意欲は大幅に弱まっている。

 さらに、近年、注目すべきは、バイオ燃料が地球温暖化対策の柱であるカーボンニュートラルへの大潮流のさなかにあることだ。バイオ燃料は自動車などに使えばCO2を排出するものの、もとは大気中のCO2を光合成で吸収、固定化した原料から製造されたもので、CO2を排出しても吸収分と相殺されると見なされ、カーボンニュートラルの燃料とされる。

 米国環境保護庁(EPA)は昨年、トウモロコシだけでなく大豆油を持続可能な航空燃料(SAF)の主な燃料にする目標を発表した。

 バイオ燃料需要が新たに増大している今、穀物輸出大国アメリカは今後、穀物の輸出を抑え、国内市場回帰により一層傾く可能性がある。穀物供給過剰時代の終焉を迎えつつある。

 世界はまさに食糧安全保障強化の時期に来ている。世界各国の穀物増産、食糧自給自足向上の動きは、大きな流れとなるだろう。世界が巨大な人口を養うためには、穀物の輸出入は欠かせない。現在進みつつある「世界の分断」とは異なる「開かれたグローバル穀物市場」を、世界は維持していく必要がある。

ディスカッションを行う周牧之東京経済大学(左)と李海訓東京経済大学准教授(右)

■ 質疑応答


周牧之: 緑の革命は、農業、とくに小麦産業を大規模な資本投入産業へと変貌させた。よって、アメリカとEUは補助金の投入で、強い生産体制を築いた。その捌け口がアフリカなどの途上国となった。しかし、中国をはじめとするアジアの飼料需要の急増や、バイオ燃料という新ニーズの出現によって、欧米にとってのアフリカ市場の重要さが失われた。そこの穴を埋めたのがロシアとウクライナの小麦の輸出であった。しかしロシアのウクライナ侵攻により、この輸出が急速に減少し、アフリカを食糧危機へと陥れた。

 きょうのゲスト講義に参加された本学の農業経済学専門の李海訓准教授から質問やコメントをいただきたい。

李海訓:2000年代末の穀物価格高騰時、インドやサウジアラビアをはじめとする世界の大手穀物メジャーや投資家が新たな投資先を探していた時期、未開発または開発可能な地域は、アフリカ、南米、ウクライナの3つだったと理解している。その中で、ウクライナが開発対象として選ばれた理由は、南米やアフリカに比べ、ウクライナには旧ソ連時代の灌漑施設を含むインフラがある程度整っていたからだ、というのが私の理解だ。今日の講義で阮先生はウクライナには灌漑施設がないとのお話があった。これは、特定の地域に限定された話なのか、それともウクライナ全体を指すのか、詳細をお聞きしたい。

阮蔚:ご指摘いただいた通り、ウクライナには旧ソ連時代に、コルホーズ(旧ソビエト連邦の集団農業制度の一部で、共同所有と共同労働に基づいた農業生産協同組合)など、中国の人民公社に似た組織が存在し、ある程度の灌漑設備が整備されていた。しかし、ソ連解体後、これらのインフラへの再投資が行われず、老朽化により使用不能な状態のものも多い。これは、新たな投資が必要という事態を示している。なお、当時の輸出は少なく、輸出用の港などは限られていた。そういったインフラの整備も必要だ。

会場:ウクライナへの投資について、中国は投資を行った一方で、日本は投資を見送ったとのこと、その選択の背後には、ウクライナ産小麦の品質が影響しているのか。

阮蔚:確かにその視点もあるが、日本が投資しなかった大きな理由は、日本の穀物輸入が大部分をアメリカから依存している事実があると思う。

レクチャーをする周牧之東京経済大学

■ 「開発輸入」による農産品貿易の安定化


周牧之:農産品貿易を安定化させるために「開発輸入」という考え方がある。これに基づき私は20〜30年前、シルクロード沿いでパイプラインを敷設しカスピ海から石油や天然ガスを中国まで引く大規模プロジェクトを計画した。日本、中国、韓国が共同で参画し、沿線開発を進めるアイデアだ。同プロジェクトでは、エネルギーだけでなく食糧の「開発輸入」も行う。当時、中国はまだ食糧の輸出国だったが、中国がいずれ大輸入国になるとの予測があった。それを前提に作った大型プロジェクトだった。

 プロジェクトに当時の小渕恵三内閣と江沢民政権が賛同し、両国間で、ロシアから中央アジアを経由して中国に石油、天然ガス、穀物を供給する包括的な大プロジェクトが動き出した。しかし後に、日本はプロジェクトから降りた。もっとも、中国は、プロジェクトを続行し、新疆から始めて次第にロシアに向けてパイプラインを伸ばした。開発輸入という考え方も、中国の食糧調達の基盤となり、やがて一帯一路政策に組み込まれていったのだと私は思う。

周牧之『現代版「絹の道」、構想推進を―欧州から日本まで資源の開発・輸送で協力―』、日本経済新聞経済教室、1999年4月1日

■「資本集約型産業」に変貌した農業


周牧之:「緑の革命」に話を戻すと、農業が「資本集約型産業」に変貌したことが重要な要素だ。つまり、大きな投資を必要とする産業になったということだ。グラフ「農業の労働生産性:一人当たり農業付加価値額」が示すように、世界各国の農業労働者一人当たりの付加価値額、すなわち労働生産性を見ると、所得の高い国ほど、労働生産性が高いことがわかる。アフリカのような低所得国と先進国との間には、約50倍の差がある。すなわち農業は資本が投入されれば、付加価値も相応に増える「資本集約型産業」だ。

 結果、資本が乏しい国々では食糧供給が問題となり、先進国への食糧供給依存が深まり、構造的な問題が浮き彫りになる。

 グラフ「カロリー供給と繁栄:平均寿命と一人当たりGDP」が、経済力と平均寿命との間の強い相関関係を示している。カロリーをしっかり供給できる国で平均寿命も長くなっている。

■ 「緑の革命」の恩恵と課題


周牧之:しかし「緑の革命」には未だ解決すべき多くの課題が残っている。大いに成果を挙げ、人口増を支えてきた一方で、農地の過度な開発、化学肥料の過剰使用、農薬問題、種子会社の独占、遺伝子組み換えなど、多くの課題もある。これは地球全体の大きな課題であり、日本経済や中国経済について考える際も、無視できない。


プロフィール

阮 蔚 (ルアン ウエイ)
農林中金総合研究所 理事研究員

中国・湖南省生まれ。1982年上海外国語大学日本語学部卒業。1992年来日。1995年上智大学大学院経済学修士修了。同年農林中金総合研究所研究員。2005年9月~翌年5月米国ルイジアナ州立大学アグリセンター客員研究員。2017年より現職。ジェトロ・日本食品等海外展開委員会委員(2005・2006年度)、アジア経済研究所調査研究懇談会委員(2004年7月~2006年6月)、関税政策・税関行政を巡る対話委員(財務省、2002年度)。

【講義】塩谷隆英:地域格差と格闘する国土計画

レクチャーをする塩谷隆英氏

 中国は現在、主体効能区、メガロポリス(大都市群)、大都市圏といった国土政策・都市化政策を体系的に実施している。都市化政策に後発な中国はこれらの政策の立案において日本の経験を大いに参考にした。なかでも中国政策立案者は日本の国土政策の当事者との交流から貴重な経験と智慧を得た。塩谷隆英元経済企画事務次官は2015年1月31日、来日した杜平中国国家信息中心常務副主任岳修虎中国国家発展改革委員会発展計画司副司長らに、日本の国土計画に関するレクチャーをおこなった。国土計画作りの真髄と苦労を語り、また「北東アジアグラウンドデザイン」についても展望した。舘逸志国土交通省大臣官房審議官(国土政策局担当)、張仲梁中国国家統計局財務司司長、穆栄平中国科学院創新発展研究中心主任、胡俊凱新華社『瞭望』週刊誌執行総編集長、周牧之東京経済大学教授、杉田正明雲河都市研究院研究主幹が参加した。

(※役職は当時)


■ 日本も中国も地域格差是正が大きな課題


塩谷隆英:日本の国土計画が地域格差是正のためにいかなる役割を果たしたかの経験を、失敗の歴史も含めてお話します。良いところだけを参考にされて中国の国土計画作りに生かしていただくことを願っています。

 2004年3月に上海で行われた中国国家発展改革委員会のシンポジウムに招かれ、「日本における総合開発計画の役割」と題する報告を英語でさせていただいたことがあります。

 そのとき、きょうこの場においでくださっている杜平主任にお目にかかりました。そのときから新しい勉強をしておりませんので、おそらく同じ話を今度は日本語ですることになりますが、新しい状況に関しては館審議官から説明していただきます。

 周牧之教授が書かれた『中国経済論』を読むと冒頭に、いま中国は大きな課題の解決を迫られており、第一に地域格差の拡大とそれに伴う地方経済のひずみをただしていかなければならないとあります。そして、中国経済は三大メガロポリスというエンジンによって牽引され、三大メガロポリスとは香港、マカオ、広東を中心とする珠江デルタ、第二は上海、江蘇省、浙江省を含む長江デルタ、そして3番目は北京、天津、河北からなる京津冀。これらエンジンである三つの地域に形成されたメガロポリスに、中国が依存する構造が出来上がった。そのために、地方ごとの自給自足を基本とした地域秩序が崩れ、大規模な人口移動と産業集積ができているとのことです。結果、大発展を謳歌するメガロポリスと、内陸との格差が広がっている。この格差是正が大きな課題であると言っておられます。

 この現象は日本と非常に似ているように思えます。日本の場合1960年代から地域格差の是正が大きな宿題となっており、その宿題がいまだに解決されていない。日本ではこれからお話する第一次全国総合開発計画から、第五次全国総合開発計画まで五本の国土計画が策定されております。政府として閣議決定をした計画ですが、それらの計画はすべて地域格差の是正が中心課題となっています。

塩谷隆英著『下河辺淳小伝 21世紀の人と国土』(商事法務、2021年)

■ 工業を地方分散させる第一次全国総合開発計画


塩谷隆英:まず、第一次全国総合開発計画です。出発点は1960年、池田勇人内閣によって策定された国民所得倍増計画にあります。日本の高度経済成長の出発点が、この国民所得倍増計画にあるといってよろしいと思います。中国経済で申しますとたぶん鄧小平さんの1992年の南巡講和あたりから改革開放が進み、中国の高度経済成長が始まったわけですが、日本の場合にはこの国民所得倍増計画のころから高度成長が始まりました。京浜、名古屋、阪神、北九州という四大工業地帯によって日本経済を牽引していこうという考え方を中心にした経済計画です。

 この四大工業地帯はほとんど太平洋岸にあります。北九州は日本海側ですけれど、これらの工業地帯を結ぶ帯状の地域は「太平洋ベルト地帯」と呼ばれることがあります。ちょうど中国と同じように沿岸部のエンジンによって経済全体を牽引していこうという考え方です。

 しかしこれを閣議決定しようとしたときに、後進地域から猛烈な批判が起こりました。そこで、所得格差是正のために全国総合開発計画を策定し、地域格差の是正をするので、この計画を決定させてほしいということにして、計画の前文に但し書きをつけて、ようやく決定しました。日本において地域間の所得格差が政治的な問題となった最初の事案だったと思います。

レクチャー当日の風景

 そうした経緯があり、2年間の検討を経たのちに1962年に第一次全国総合開発計画が策定されました。その計画の基本的な考え方は、地域の所得格差の是正のために工業を地方分散させる計画でした。工業の地方分散といった場合に、まんべんなく分散するのでなく、いくつかの拠点をつくりそこに工業を分散させ、それを起爆剤に地方を発展させる考え方でした。これを「拠点開発方式」と呼んでおります。

 その具体的な戦略手段として特別に法律が制定され、1964年から66年にかけて、新産業都市が15地区、それから工業整備特別地域として6地域の整備が行われました。これらの法律は、拠点へと工業分散をはかり、それから周辺地域に産業を拡大していく考え方に立っています。

 この新産業都市工業整備特別地域に関しては、西暦2000年度を目標年次とする第6次計画まで策定され、特にインフラ整備を特別な補助率の嵩上げをして促進する計画が作られました。

 累積で97兆円の投資が行われたと言われています。しかしは八戸とか秋田、仙台など、いま振り返ると多くの地域で格差是正の起爆剤にはなっていなかったことが分かります。比較的うまくいったと思われるのが茨城県鹿島地区です。それから瀬戸内海の岡山地区、九州の大分地区。これらの地区を除く他は、いまだに工業開発が行われていません。とくに秋田はほとんど工場が分散されなかった結果になっています。

 第一次全国総合開発計画の想定した計画成長率は7.2%、これは国民所得倍増計画の想定した成長率と同じでした。7.2%で成長するとちょうど10年間で国民所得が倍になることから、「国民所得倍増計画」と名付けたわけです。

 ところが実際の経済成長はそれをはるかに上回る10%以上の経済成長が続いた。結果、計画の意図した方向とは異なり、人口、産業の大都市への集中は依然として続き、過密の弊害が一層深刻化する一方、急激に人口が流出した地域では過疎問題が生じるようになりました。このころから過密過疎問題という言葉が言われるようになりました。

第一次全国総合開発計画コンセプト図・新産業都市及び工業整備特別地域指定図

■ 国土利用の抜本的再編成を図った第二次全国総合開発計画


塩谷隆英:これを解決するために1969年に第二次全国総合開発計画が策定されました。第二次全国総合開発計画、当時は「新全総」と呼ばれていました。この計画は日本の国土計画の中で最も戦略性に富んだ優れた計画だと私は思いますが、策定当初から高度成長の歪みとして公害問題などが続発したため、国民の間に環境破壊の元凶といったいわれなきレッテルを貼られ、あまり評判がよくありませんでした。

 この第二次全国総合開発計画を中心となって策定したのが中国でもかなり有名な下河辺淳という方です。上海市の顧問などもされた方で中国の国土計画作りのお手伝いも随分されました。この第二次全国総合開発計画は、情報化、高速化という社会の新しい変化に対応するために、新幹線や高速道路によって非常なスピードをもって移動ができるという新たな観点から国土利用の抜本的再編成を図り、国土を有効に利用開発するための基本的な方向を示した点に特徴があります。

 基本的なツールとしては、まず「大規模開発プロジェクト方式」が採られました。大規模開発プロジェクト方式の第一は、全国のネットワーク作りを図ることです。東京を中心に北は札幌まで、西は福岡までの1000キロを国土の主軸と位置づけ、その主軸を中心に日本列島のネットワークを形成しようという形です。

 この手段として新幹線と高速道路が用いられました。新幹線は東京から福岡まで、建設が早く完成しました。東京から札幌までの新幹線はいまようやく青森から函館までが青函トンネルを使い、間も無く開通することになっています。札幌まではまだまだかかります。計画してから60〜70年かかるわけです。長期戦略の国土計画でした。

 第二のタイプは大規模工業基地を東京から離れた地域に作るものです。そのプロジェクトとしては北海道苫小牧東部、東北のむつ小川原、それから南九州の志布志湾という三つの場所が計画されました。しかし直後に石油ショックの影響で日本経済が屈折をし、高度成長から安定成長に向かったことと、石油ショックを契機に石油をたくさん使う工業が減っていく産業構造の転換があり、重工業のために用意された広大な土地が当初の目的に使われず放置されて今日に至っています。むつ小川原地域は青森県ですが、行ってみるといまの時期だと地吹雪で、荒涼たる大地がそのまま残っています。石油ショックの経験から石油の備蓄が政策課題となり、ちょうどむつ小川原に広大な土地があり、そこが石油タンクの国家備蓄をするために使われています。

 しかし広大な敷地が当初の目的に使われることなく放置されている状況です。大規模工業基地の政策は失敗に終わっているということです。

塩谷隆英、星野進保両氏が寄稿した周牧之主篇『大転折(The Transformation of Economic Development Model in China )』(世界知識出版社、2005年)

 もう一つ「広域生活圏構想」がこの計画に盛り込まれています。この構想は地域開発の基礎単位となるもので、中核となる地方都市を整備し、これと圏域内各地の交通体系を結ぶことによって広域生活圏を形成する考え方です。この考え方は、次の第三次、第四次、第五次の総合開発計画にずっと受け継がれています。しかしこの第二次の運命は、先ほど申しましたように環境問題の悪化とそれによる市民の反開発感情、オイルショック、狂乱物価で翻弄されました。

 それに輪をかけて田中角栄内閣が1972年に発足し、日本列島改造論を政策の中心に据えました。それは第二次総合開発計画の考え方をほとんど踏襲しておりましたが、田中内閣はロッキード事件と金脈事件で倒れ、日本列島改造論は絵に描いた餅になってしまいました。それと共に高度経済成長が終わったと言っていいと思います。日本の高度成長は1960年代の初めから1970年代の初めくらいまでせいぜい15年くらいの間、と言えます。中国の高度成長は1990年代の初めからいまだに7%を上回る数字が続いています。もう20数年です。日本の当時の高度成長は奇跡であると世界中から言われましたが、中国の経済成長はもっと奇跡で、世界中が驚いています。

第二次全国総合開発計画コンセプト図・国土利用の考え方

■ 定住圏構想の第三次全国総合開発計画


塩谷隆英:高度成長が終わった時代に作られたのが第三次総合開発計画です。この計画の考え方は「定住圏構想」です。全国を200から300の定住圏に分けて人と自然の安定した居住環境を作っていこうというものです。江戸時代の藩をモデルにした川の流域に沿って森と田畑と町が相互に依存しながら循環型の居住地域を形成するいわゆる「流域圏」の概念を掲げています。これはさきほど申しました下河辺淳さんが国土庁の計画調整局長として策定した計画で大変ユニークな計画です。その後大平内閣が田園都市国家構想を政権の中心に据えました。この第三次全国総合開発計画に従って全国に44のモデル定住圏が制定され、一定の財政援助が行われる仕組みを作ったのですが、運命はあまり芳しいものではなく、ほとんどモデル定住圏がうまく作られた話は聞きません。従って第三次総合開発計画もあまり成功したものではないという評価になると思います。

第三次全国総合開発計画コンセプト図・モデル定住圏構想

■ 多極分散型国土を作る第四次総合開発計画


塩谷隆英:第四次総合開発計画が1987年に作られますが、これは石油ショックが1973年、79年と二度あり、その時は人口の東京圏への集中はちょっと鈍りましたが、80年代に再び首都圏への一極集中がひどくなりました。この状況に対応して第四次総合開発計画が作られました。この計画の理念は「多極分散型国土」を作るという考え方です。全国に高規格道路1万4000キロ、高速道路にすると1万1000キロのネットワークを創り、日本全国が地方中枢中核都市及びその周辺から一時間程度でその道路を利用できるようにする計画でした。

 この高速道路は閣議決定では7300キロまでに縮小しまして、その7300キロも民主党政権の仕分けを経てかなり凍結されている部分が出てきています。それと同時に東京を国際金融都市にしようということで事務所をたくさん作ろうとの提唱があり、ビルをたくさん建設する計画でした。いま振り返ると、時代背景はバブルで、そのバブルを一層煽る計画になったと思います。

 この第四次全国総合開発計画を作ったのは星野進保さん(元経済企画事務次官)で、周先生の親友です。星野さんが国土庁計画調整局長時に作った計画です。星野さんがいらっしゃらないところで批判をするのもなんですが、バブルを煽った罪作りな計画であったとも言われています(笑)。

第四次全国総合開発計画コンセプト図・総合保養地域整備同意基本構想分布図

■ 並列的な国土構造を目指す第五次総合開発計画


塩谷隆英:次は私が批判を受ける番で、第五次全国総合開発計画です。これは私が国土庁の計画・調整局長として作った計画です。最後までやらずに経済企画庁に呼び戻されましたので最後の閣議決定まで担当はいたしませんでしたが、原案はすべて私が局長に時代に作ったものです。考え方は、新しい時代に変化する世界の状況を視野にいれ、従来の行政縦割りやブロックを超えた国土構造の再編成が求められている、ということで従来の延長線上にはない新しい理念に基づいた計画を作ることが出発点でした。

 新しい概念として国土軸という概念を導入しました。「太平洋新国土軸」、「日本海国土軸」、「北東国土軸」、「西日本国土軸」という四つの国土軸を日本列島に考えました。ポイントは日本列島の主軸を東京を中心にして南北に一つ、その他にもう三本の軸を作ろうということで、一番喫緊の課題は日本海側に太平洋ベルト地帯と並ぶような軸、「日本海国土軸」を作ろうというのが出発点でした。

 なぜその発想が出たかというと1995年1月17日に起きた阪神淡路大震災の教訓からです。この震災で国土の主軸と言われた太平洋ベルト地帯が真ん中で寸断されてしまった。これにより日本経済が3カ月くらい麻痺したと言っていいです。東海道新幹線は、1月17日から4月15日まで3カ月ストップしました。日本列島が一本の太平洋ベルト地帯で支えられていた。それが切れてしまって、麻痺した。だから太平洋ベルト地帯に依存しない国土軸をもう一本つくっておけば、一つが切れたとしても他に一本あればやっていける。さらに全体で4本の軸で経済を支えていけば、つまり直列的ではなく並列的な国土構造です。

 その構造を作るための四つの戦略として、一つは多自然居住地域の創造、二つ目は大都市のイノベーション。三つは地域連携軸の展開、四つ目は広域国際交流圏の形成という四つの戦略を練りました。とくに四つ目の広域国際交流圏の形成では、「東アジア一日交通圏」を考えました。東アジアの主要都市まで1日で行って帰ってこられるような広域国際交流圏を構想しました。

 この計画がどう評価をされたかは私の口から申し上げにくいです。作った本人がきょう参っておりますので問題提起をなさってください(笑)。

第五次全国総合開発計画コンセプト図・国土軸

■「東アジア共同体」を視野にいれた国土計画を


岳修虎:日本の第一次全国総合開発計画からその後の計画に至って、流域圏、生活圏、国土軸など空間的にさまざまなコンセプトを作ってきた。実施してみて必ずしも理想的ではなかったとの話もありましたが、中国の国土開発計画を策定するにあたり、必須なもの、あってもいいもの、なくていいものは何でしょうか。

塩谷隆英:基本的な要素としては、人口の推移が重要だと思います。中国もたぶん2030年くらいから人口が減ってくるのではないでしょうか。また、13億の人口の高齢化率が高まってくる社会にどう対応するかが、中国の国土計画の一番の要素だと思います。

 第二に中国経済は20年以上7%を超える高度経済成長していますが、環境制約、エネルギー制約をどう克服していくかが大きな課題です。周牧之教授のお話にあった三大メガロポリスは人口と産業の集中によって、環境が著しく悪化しています。その状況をどう解決していくか、です。

 もうひとつ、中国は高速道路を年間1万キロ伸ばすような猛スピードで建設しています。2006年に東京で周先生が主催したシンポジウムでは楊偉民さんも杜平さんもこられて討論しました。中国の交通体系をどうするかという問題では、自動車に依存しない鉄道交通体系の見直しの必要があると私は問題提起を当時しました。いまもこの考え方は変わりません。新幹線、リニアモーターカーのネットワークなど中国大陸でこそメリットを発揮できるような交通手段を交通体系に取り入れていくことではないでしょうか。そうすれば、エネルギー制約、環境改善に対してもかなり解決の方向が大きく見えてくると思います。

2006年5月11日「日中産学官交流フォーラム−中国のメガロポリスと東アジア経済圏」にて、上段左から福川伸次(元通商産業事務次官)、楊偉民(中国国家発展改革委員会副秘書長)、保田博(元大蔵事務次官);第二段左から星野進保(元経済企画事務次官)、杜平(中国国務院西部開発弁公室総合局長)、塩谷隆英(日本総合研究開発機構理事長、元経済企画事務次官);第三段左から船橋洋一(朝日新聞社特別編集員)、周牧之(東京経済大学助教授)、寺島実郎(日本総合研究所会長);第四段左から中井徳太郎(東京大学教授)、朱暁明(中国江蘇省発展改革委員会副主任)、佐藤嘉恭(元駐中国日本大使);下段左から大西隆(東京大学教授)、小島明(日本経済研究センター会長)、横山禎徳(産業再生機構監査役)

舘逸志:過去の計画の中で最も重視すべきだったのは、正確に人口動態を予測し、より現実的な計画を早くから立てていたらよかったと思います。また、国土計画というビジョンではどうしても夢を語りたい、こうあるべきだという政治的なメッセージを出したくなるが、振り返ると、やはり市場経済のメカニズムには逆らえません。さまざまにこれまで出してきた政治的な構想の中で、市場原理に逆らったものは成功していない。

 一方で中国が有利だと思うのは、急速なインフラ整備ができる点にあります。短期間に効率的に先取りして土木を中心にインフラ整備ができています。日本はこれに失敗しています。

 大規模なインフラ整備、都市計画には強大な権力の集中が必要だが、これは民主化の過程で失われていくもので、世界を見ても立派な都市だと思うものは王政時代に築かれたものが多いです。権力が集中できる時代に、大規模な土木工事を中心としたインフラ整備を急ぐべきだとわたしは思います。但しその時に、塩谷先生もおっしゃったようにきめ細やかで合理的な計画をベースとすべきです。

 市場の失敗をどう制御するかが世界的な課題です。中国のような大きな影響力を持つ大きな経済が市場失敗をどう克服するか。これが世界にとっても最大の課題です。環境問題、住宅投資バブルをどう制御し、貧富の格差をどう是正し、市場の失敗をどう克服するかが大きな課題です。もう一つ言えることは、技術革新は予想できない。物凄いイノベーションは次々と生活サービス、電気機械、ITの分野で起こってくるがゆえに、既存のものの前提にとらわれると失敗します。

岳修虎:中国では「主体効能区」という国土政策を打ち出し、その中でも日本の経験を参考にしています。中国の国土の中に開発を制限或いは禁止する地域を設けて、生態環境と農業生産拠点をできるだけ保護していく方針です。また、高速交通網によって都市地域をつなげていきます。いま直面する課題は、生態地域に制定されていても自然環境を保護するのは難しいことです。また、内陸においていくつか都市発展を促す地域を制定したが、なかなか成長しません。環境が守られ各地域のバランスのとれた発展をしていくことは、実際はたいへん難しいです。

レクチャー当日の風景

塩谷隆英:第二次全国総合開発計画の失敗について申し上げました。新幹線を東西南北に向けて東京を中心として整備をしたら、東京にどんどん人口が集まる。ストロー効果になった。地方に分散をはかるために高速ネットワークを作ろうとしたのが、逆の効果になって現れました。

 それは雇用機会の問題があったからです。地方に雇用機会がない状況で高速交通ネットワークを作ると、雇用機会のある大都市に人口が集まる。中国も、内陸の都市に雇用機会がないと成長しない。雇用機会をいかにして内陸に作るかが大きな課題です。内陸だから大規模な工業立地は難しいので、あまり公害を出さない機械工業などを内陸に分散することを考える必要があるのかもしれません。機械工業に関しては中国でも西安などでかなり発展していると聞いているが、そうした先例を内陸全体に発展させていくのが一つの方向かと思います。

岳修虎:国土開発計画の実施のためにどういった法律を作ったのでしょうか。

塩谷隆英:ひとつは国土総合開発法という法律がありました。1950年に作られた法律で、戦後間も無くで、全国総合開発計画の前に特定地域総合開発計画を、国土総合開発法で作り、全国で22の特定地域開発をしました。これは戦後の復興の起爆剤にしようということで、アメリカのTVA方式を勉強し、これにならって特定地域開発をしました。二番目は第一次全国総合開発計画の拠点開発方式を実施するため、新産業都市建設促進法という法律と、工業整備特別地域整備促進法という法律を作りました。その法律の要は、インフラ整備に対して国庫補助を優遇する点です。例えば新しい法律によって、国庫補助を三分の二にするといった仕組みです。定住圏構想を促進するためには、モデル定住圏を44指定して、予算で補助率をあげていく措置がなされました。高速道路1万1千キロに対しては新しい法律でなく、従来の国土幹線道路建設促進法に従い建設しました。

舘逸志:工業等制限法といった人口の東京への流入を防ぐ法律もあります。東京での工場と大学の建設を制限する法律で、工場を新産業都市などに移させるものです。またハイテク製造業の地方立地を促進するテクノポリス法もあります。

塩谷隆英:先ほど申し上げた内陸に機械産業を持っていくものとして、テクノ法、頭脳立地法などは、高度な技術を使う機械産業をなるべく地方に立地するという考え方を実施するための法律です。中国でもこうした法律を研究されたら如何かと思います。

周牧之:塩谷先生と館審議官に話を伺い、国土計画において大変なご苦労と模索の連続だったと改めて感じました。都市と国土の未来の計画策定は、人類にとって未知への挑戦です。担保になっているのは、国土の形と人々の幸せであり、これは重大な責任を伴います。人類の最高の叡智と想像力を結集させる戦いと言っていいでしょう。

 この日本の国土計画の紹介の中で、塩谷先生も館審議官も、「失敗」という言葉を何度もおっしゃっていた。これは計画が失敗したわけではなく計画策定当事者としての悔しさから出てきた言葉だと思います。計画があったゆえに今日の日本の国土の形と人々の幸せがある。この模索と挑戦の故にたくさんの経験値を積むことができた。この経験値は、これからの中国の国土計画にとっても非常に貴重な価値があります。

 今日の話からいくつか思い当たることがあります。日本の国土計画の一番の悔しさはおそらく人口移動に関するものです。人口については、東京を始めとする大都市圏に集中集約する力が非常に強かった。これはいかなる計画を用いてもうまく是正することが出来なかった。

 もうひとつは計画と市場の力関係で、市場の力が非常に大きかったことです。市場の失敗を是正するには大変な努力と知恵が必要です。

 三つ目は、大規模なインフラ整備の重要性と、戦後日本の制度から来るさまざまな制約の中でやらざるを得なかった苦労だと思う。塩谷先生から中国の皆さんに向けた言葉を私なりに翻訳すると、「中国はいまや大規模なインフラ整備や都市開発をやれる時期ですが、戦略的に体系的なデザインを描くことを綿密にやる必要性がある」、これは大変貴重で重要なメッセージです。

 環境制約、エネルギー制約、交通体系の構築に関する日本の経験は、中国の現在と将来にとって非常に大きな意味を持ちます。

 下河辺さんが偉大だったのは、新全総のときから情報化、高速化という当時としては大変先見性のある発想を持って、時代を大きく先取りした飛躍感がある国土計画を作り出したことです。こういうところで国土計画を担った方々の偉大さがわかります。ぜひ中国は学ぶべきでしょう。

 日本の国土計画の流れで感じ取ったのは、継承と進化です。脈々と継承されてきた部分と、従前の計画に関する自己批判、そして新たなチャレンジへのこの流れは、敬意を表すべきものです。きょうの会合を通じて、中国の国土計画に携わる皆さんと日本の国土計画に携わってきた皆さんとの交流が、日本にとって中国にとって、アジアにとって非常に大切だと改めて感じました。

塩谷隆英:その通りです。すばらしいまとめで、大変勉強になりました。最後にひとこと、21世紀、将来の国土計画はいかにあるべきかを申し上げます。「東アジア共同体」を視野にいれた国土計画を作りたいと思います。例えば交通ネットワーク、石油・天然ガスパイプライン、あるいは電線網などは、北東アジア全体の、国境を超えるインフラ整備の建設が必要だと思っています。政府ではないですが、NIRA(総合研究開発機構)で「北東アジアグラウンドデザイン」を作ったことがあります。こういう構想をまず作り、各国が其々の国土計画に落としていく発想が必要かなと思います。


プロフィール

塩谷 隆英(しおや たかふさ)
元経済企画事務次官、総合研究開発機構元理事長

 1941年生まれ。東京大学法学部卒業後、経済企画庁に入庁。調査局審議官、国民生活局審議官を経て、国土庁計画・調整局長、経済企画庁調整局長、経済企画事務次官、総合研究開発機構理事長を歴任。

【講義】鈴木正俊: 激動する時代を生き抜くための要件とは

東京経済大学創立120周年記念シンポジウム「コロナ危機をバネに大転換」 で講演を行う鈴木正俊・ミライト・ホールディングス元社長

編集ノート:
 東京経済大学の周牧之教授の教室では、リアルな学びの一環として第一線の経営者やジャーナリスト、官僚らをゲスト講師に招き、グローバル経済社会の最新動向を議論している。ミライト・ホールディングス元社長の鈴木正俊氏が2022年6月23日のゲスト講義で、激動の時代に生きる心構えについて学生に説いた。グローバル化、環境制約、少子高齢化という日本を襲う三大変化には、デジタルとSDGsそして個性をもって乗り切ることだと力説した。


■ リモート技術がコロナ禍の救世主に


 コロナ禍で日常が大きく変化した部分を、IT 関係でプロットしてみると、リモートシステムが整い、カメラ付きパソコンが普及し、ZOOMが出現した。 Wi-Fi やスマホがすでに存在していたため、これらが急激に進んだ。

 携帯電話で従来とはっきり変化が出たのは4Gからだ。いわゆるガラケーからスマホ=4Gになり、次いで4Gから5Gに変わると、トランスクリプト量が2.5倍になり、中身の仕様がどんどん進化した。5年前ならリモートはできなかっただろう。見えないところで進んできた技術と、コロナという疫病蔓延の事態が重なり、リモートが救世主となった。

 日本で一番大きい変化は、Wi-Fi の環境だ。私がドコモにいるとき、役所から電話がかかった。「Wi-Fi を広げなければオリンピックの開催地に日本は立候補できない。海外からの観客が通信できないような国は、開催地には選ばれない」。これは大問題だと大急ぎで進め、4、5年後にようやくWi-Fi 環境が整った。オリンピックがなかったらWi-Fiはこれほど進まなかったかもしれない。Wi-Fi があったからZoom を円滑に使えた。接続量が格段に増えて、データ量が1000倍ぐらいになり、これに耐えられる通信網ができた。

▼東京経済大学創立120周年記念シンポジウム
「コロナ危機をバネに大転換」
画像をクリックすると動画がご覧になれます

■ 見る角度によって異なる事実


 皆さんの目に見える現実の世界と、クラウドの世界の間に情報の往復がある。メタバースが既に現実に起こっている。これをどう考えるか。

 皆さんの意識にはないかもしれないが、30年前を知る我々の年代の意識には「日本の製造業は素晴らしい、日本は輸出大国だ」と信じ込んでいるところがある。それは30年前のことで、今はとんでもない状態にあり、日本はもうそんな国ではなくなった。

 私が生まれた1951年の日本は、農業人口が半分だった。今は数パーセントしかいない。社会の生活基盤が大きく変わっている。過去の経験を持って見ているか、今の現実をしっかり見ているかによって、物の見え方は違う。持つ宗教によっても違う。政治の状態や経済の状態でも見える姿は違う。あるいは、どこの国に生まれたかによっても見る角度が違う。見方は一つではないことを心に留めておく必要がある。自分たちの見えている姿だけが事実ではない。見る人や考える人分の事実があり、事実は一つではない。どの角度から見るかが非常に重要だ。

 今から60年以上前、1961年にソ連が人工衛星を上げ、ガガーリンが地球一周して帰ったときの有名な言葉が「地球は青かった」。たかだか60年前は、地球が青いことが意外だった。若い皆さんからしたら当然のことかもしれない。1969年には、アメリカがロケットを打ち上げ月に人が行き、「地球は浮かんでいる」と認識した。頭の中だけでわかっていたことが視覚で確認でき、「地球には国境がない」とわかった。地球がブルーだということもわかった。

 今から52年前、1970年に、ローマクラブ宣言が「成長の限界」を叫んだ。もうこれ以上地球は成長し続けると駄目になる。食糧生産は人口の増加に追いつかないと52年前に言っていた。先駆的な人がこれは問題だといい、研究者や有力者が議論をし、穀物輸入は水を輸入することと同様で水がなければだめだと宣言した。その後、井戸は枯れ、水は枯れ、温暖化も深刻になり、だんだん認識し問題視するまで40年も50年もかかった。頭で思っていたことを現実の行動に移すまで、長い距離があった。

 今から7年前、2015年9月の国連サミットで採択された持続可能な開発目標SDGs が世に向けて唱えられた。Society 5.0が出て情報化が進む新しい世界の中で、グリーンリカバリーは、テクノロジー、デジタル化を利用しないと対処できないと叫ばれた。続いてのテーマはグレートリセットだ。グレートリセットしないと環境問題はアウトになると分かり、IT を駆使し、テクノロジーを使えば克服できると考え、それがデータートランスフォーメーションに繋がった。コロナで一斉にリモートになり、非常にプリミティブで、以前から言われながら気がつかなかったこと、つまり、デジタル化によって解決する道があることがわかった。コロナパンデミックによるマイナスは多いが、あえてプラスがあるとするなら、さまざまな気付きを得たことだろう。

■ 環境とデジタルが時代の要


 皆さんは、資本主義そのものを議論する時代、そして環境とエネルギーと経済をセットに考えなければいけない時代になったいま、大学におられる。いまの時代は、デジタルとグリーンが要だ、ということは、ぜひ忘れないでいただきたい。

 CO2排出量を2030年、2050年に向けてどう減らしていくか。アメリカも中国も2050年に向けてものすごい勢いで減らす方向で動いている。各企業単位でも提案が出されている。皆さんが卒業後に勤める企業でも事業計画、経営計画が変わっているはずだ。企業は売り上げを出し、株価を上げ、利益を出すために従来、事業計画を立てた。姿が変わったのは非財務の目標だ。非財務とは例えば女性雇用率向上、CO2削減といった会社の経営的な利益の数字以外の計画。実施しなければ追いつかないのが今の環境問題だ。

 例えば四国の四万十川保全運動では、川を保全するために山を守らなきゃいけない。海があり雲があり雨を降らして、山が保水して川に水を出し、また海に流れる。この循環の間を人が暮らしているという当たり前に戻ろうということだ。森里川海の確保だ。過疎化、高齢化、人口減少、気候変動といった問題の中で循環を作っていかなければならない。過疎化によって、田舎の山が植林できなくなり、あるいは伐採する人がなくなって山が茂り過ぎて自然機能や補整機能が落ちている。補整機能が落ちると川に良い水ができない。水ができないと、海の魚が健康に育たない。こうした状態がもう目の前に現れていながら見えていない。どう対処していけばいいのかもわからない。

 46億年ぐらい前に地球が誕生し、生物が出てきたのは40億年前、人間が出てきたのは40万年前から25万年前、農業が始まったのが1万年前と言われている。地球が生まれてから今までの時間軸を1日24時間とすると、人類の誕生は55秒からスタートし、文明を起こしてからは0. 1秒しか時間が経っていないことになる。

 いま石油、ガスの供給が滞ることでロシアが非難されているが元はと言えば資源は人間が作ったのではなく、地球が作ってきたものを線引きし、これは俺たちのものだと主張している。地球には国境がない。人間は自分で稲作をし、自分で収穫していると言うが、実際は、地球が延々と土を作ってきたプロセスがあって初めて畑ができ、農業ができている。種を植えるのは人間がやっていても、土自体は人間の意思に関わりなく出来てきた。温暖化で地球が危機的な状況になり、どう解決すべきか考えざるを得ない時代に入ったことに、皆さんの認識を合わせていただきたい。

■ グローバルに繋がり変化する現状を捉え


 世界人口が急激に膨れ上がった。第二次大戦が終わった頃が23億人、現在80億人。3.5倍近く増えた。牛がゲップをするとCO2が増えるといった話をすることがあるが、人間もCO2を吐き出している点では牛どころの話ではない。人間はCO2を活用して生きている。温暖化問題は生命の根源的な問題になっている。

 工業化社会になってから長い時間が経ったが、IT 社会が立ち上がったのは最近だ。今皆さんが向かう世の中は、大変便利でいい世界かもしれないが変化が急激だ。さまざまな問題で、昔と最近との差が著しい。変化率が速い時代に皆さんは生きていることをぜひ頭の片隅に置いていただきたい。地理的にもいろいろなことが起きている。グローバル化と言われて久しいが、自分と家族が暮らす地域あるいは国が、急激にグローバルに他と繋がっている。資本主義は非常に大きく変わってきている。グローバル資本主義で、世界中で物が国境を越え移動し始めることは経済の不安定要因にもなる。伸びている国と伸びていない国、モノがありあまる国と限られている国など極端な差が生じてくる。IT 化で現状を逸早く見ることが大事だ。大学でも問題意識を持って学んでほしい。蟻の目鳥の目とよく言われるが、上から見た姿と細部の動きは、両方が繋がっていると考えていただきたい。

 物の売り買いの手法もどんどん変化している。私が会社に入ったころは、M&Aは考えられなかった。会社自体が売れるものと認識したのは、せいぜい30年前からだ。当初はアメリカで会社を買うのは理解できても、日本で会社を買うことは想像できなかった。つい30年前までは考えられなかったことが世界中で起こり、普通になっている。利益主導で食い付くことが、環境破壊に繋がっている部分も結構大きい。

■ どのようなグレートを求めるか(ショートトーク)


鈴木正俊:グローバル競争の結果、言われるのが富の分散の滞りだ。アメリカ人口の1%が国の所得の20%を保持している程格差が広がった。以前、社長の給料が新入社員の何倍か、について世界各国の事例を比べる調査をした。日本は15倍から20倍だ。アメリカは500倍とか600倍とか圧倒的な差がある。日本は世界から見るとまだ平均的な社会だ。

周牧之:文革以前の中国は平等だった、悪平等だったかもしれない。私の祖父の給料は最高部類で300人民元台だった。当時国営企業の若手労働者の給料は18元だ。この18元で家族を養えた。この格差も20倍くらいだ。だから祖父は相当の数の友達とその家族に送金し、養っていた(笑)。改革開放後その格差は格段に広がった。現在、格差は大きな問題になっている。

鈴木:わかりやすい例を出すと、私がバングラデシュに行った時、現地で、日本の大手アパレル企業に製品を収める工場作りについて、相談を受けたことがある。当時、現地の給料水準がいくらか聞いたところ、日本円換算で1日120円程だった。日本では500円の新品Tシャツを安いと感じるが、そのうち人件費はいくらかといえば数円だ。今、皆さんの入る会社の新入社員給与は20万円、あるいは最低賃金制で東京都は時給1,041円となったから1日で9,000円になる。ユニクロやH & M の服の裏側のタグを見るとバングラデシュ製とある。消費する側は、物が安くていいと思うが、原価はもっと低い。当然今中国は人件費が高くなっているが、かつて日本の企業は人件費の安さを理由に中国に行った。

周:ひと昔前、中国労働者の給料と日本のそれとは40倍の差があった。いまだいぶ縮まった。

鈴木:企業は人件費の安い国へどんどん行った。従来日本の中で生産し日本の中で買えばよかったのが、そういう世界ではなくなった。アメリカのトランプ大統領が「Make America Great Again」と大声で叫んだ。考えてみれば、最近アメリカが、いやロシアもみんな“Great”なりたいと言う。第二次世界大戦が終わったときに核兵器を持った二大パワーの大国意識は強い。
 ロシアの面積はアメリカの倍ある。人口はアメリカの半分で日本とほぼ同じ1億4000万だ。しかしGDP はアメリカの7%、日本の4分の1以下だ。グレートなのは国土か軍隊か。経済的にはグルートではなくても歴史的にグレートであるとの意識を持ち続けている。

 中国も中華帝国の復興をしようと言っている。英語で言えば「Make China Great Again」だ。清の時代は、世界GDPの4割が中国だった。当時は世界の中心部は中国以外の何者でもなかった。グレートは一体何なのか。どういう国を作ればいいのか、何を目標にするのかが、新しい課題として現れている。

 明治時代の日本は、列強に占領されないよう富国強兵で経済を強くし軍隊を強くしようとした。戦後も貧しいから豊かになりたい一等国になりたいとグレート路線を採った。復興し、高度経済成長してきたが、この30年で成長が止まった。そして環境問題が深刻化した。物量的な限界が来るときに今後どう新しいものを作るのかがテーマになった。

周:分断的な国民国家の枠組みでなく、グローバルな経済社会におけるグレートを目指して欲しい。

ディスカッションを行う鈴木正俊・ミライト・ホールディングス元社長(右)と周牧之・東京経済大学教授(左)

■ 日本に特徴的な集団志向


 一橋大学の中谷巌先生によると「日本は特徴的」だ。西欧の植民地にならなかった。旧来、四方が海に囲まれた混合民族の国だ。征服された意識があまりない。日本人の怖いものは、古い落語を聞くと地震、雷、火事、親父で、戦争でも疫病でもない。いまの感覚では疑問もあるが、とかく自分たちのペースでやってこられたという意識がある。農民が大半だった時期、畑作をやり村の生活をやり、コンビニもスーパーマーケットもない時代、みんなが寄り添っていないと生活できなかった。非常に周りを大事にし、嫌われたくない気持ちが強い。陸続きの国とは全然違っていた。

 外国の文明と文化を、自分流に焼き直すのが上手い。日本に合うように変えるのが得意だ。人々の行動パターンについて各国別に個人志向と集団志向を調べた資料を見ると、同じ国でも全員が均一でない。アメリカ人だから、スペイン人だからといった違いではなく、個人個人さまざまだ。なるほどと思う点もある。日本は集団志向で、細く長く付き合おうという傾向が強い。アメリカは、個人志向で短期的にどんどん変化し、儲からない事業はカットし、勤める投資会社が駄目ならすぐ辞めて別の職場に行く傾向がある。

 中国、韓国、日本、ベトナムは遠からず集団志向の傾向はあると思う。各国別調査によると、ハイコンテクスト文化と、ローコンテクスト文化、つまり微に入り細に入り丁寧な国と、ストレートの国とがある。日本は、直接的な表現よりは、持って回った描写、曖昧な表現が多く、論理的な飛躍があると言われる。IとかYOUの主語がなく、直接的な事を言わずに推測で会話が成立する珍しい国だとされる。日本は、沈黙は金、饒舌は銀とされ、余計なこと言うとたたかれるから黙っている。昔の日本は徹底的にそういう文化だった。プレゼンする人に質問するのは失礼で、質問すると周りの人間が自分をどう見るか気になるからなかなか手が挙がらない。相手の気持ちを慮り、空気を読む。

 ローコンテクストは、直接的でわかりやすい表現をする。単純でシンプルで明確に言う。架空のことは評価しない。アメリカでは質問は?と聞くと、はいはいと一斉に手が上がる。欧米では相手に質問するのは、その人やその人が喋ったことに関心がある表れで、失礼でもなんでもない。私はあなたの話をよく聞き、わからないこともあるから聞くプラスのイメージだ。日本では最初に理由を言い最後に答えはこうなると言う。対して欧米ではストーリーよりも結論が大事で、結論を言ってからbecause なぜなのかを言う。彼らはNoと言われてもそんなに傷つかない。違うのであれば違うでいい、そういう意見なのだろうという感覚が非常に大きい。わからないことは、聞かなければわからないのが当たり前だから思ったことを言う。これはグローバル化においては大切だ。

■ 日本の三つの変化:グローバル化、環境制約、少子高齢化


 日本人は新しいものが入ると、どんどん理解して進めていけるが、他の人を押しのけるようなことはせずに、根底は仲良くした上で新しいものを取り入れる。私にはアメリカとの貿易摩擦に挟まれてやる仕事が多かった。当時アメリカは非常に寛容なところがあり、工場見学したいと言うと自慢して見せてくれた。日本はアメリカのものを真似し、発展させてきたことが、アメリカからすれば「日本人はわが工場を見にきて真似をし、自分のところでもっと良いものを作る。これはおかしい」という感覚が、貿易摩擦のころはあった。アメリカの本のマーケットに行って「いまはどんな本が話題か?」と聞き、その本を持ち帰って日本語に翻訳し、本屋に並べると売れた。日本より進んだ国、文明的に先を行くアメリカからものを持ってきて日本に合うものにする発想でやってきた時代が、いまは完全に切り替わった。

 日本を襲う三つの変化として挙げられていることの一つは、グローバル化、ボーダレス化だ。物差しがみんな世界の物差しになっている。利益、売上、あるいは ROE といった物差しががはっきりし始め、主体になる。次に、環境制約、資源制約だ。環境対策抜きに物事を進めていくことはできなくなった。三つ目は少子高齢化。日本は真っただ中にあり、大変なインパクトだ。日本の人口は2000年から減少してきた。大河ドラマ「鎌倉殿の13人」が放映されているが、鎌倉時代の日本人口はだいたい800万人だった。江戸時代は3,000万人、明治維新で3,300万、戦後は7,000万人だった。1億2,690人に上がってから下がり始め、将来予測で2100年は4,700万人になる。あと80年ほどで人口は江戸時代くらいに戻る。この人口変動幅はものすごく大きい。

 成長の半分は人口が増えているところで起こる。経済成長での人口数のウエイトは大きい。日本が少子高齢化国家として、うまくいくかどうか別にして対応を取らざるを得ない。

 そういう意味で、今皆さんは、ジェットコースターのこの地点に乗っていると考えていただきたい。問題を考えるときに悲観する必要はないが、こうなることがほぼ確実な将来に向かって、何がみんなに必要とされるか、大事にされるものは何なのか、重要なことは何かを、考えなければいけない。

■ SDGsへの目的を持った企業の取り組みを


 日本は景気変動も含めて、40年周期説、30年周期説さまざま言われる。江戸時代から大政奉還で明治時代に入り、帝国憲法を作って陸海軍を作ったような富国強兵は、日清戦争で中国、日露戦争でロシアに一応勝ったころピークになった。日露戦争の日本海開戦で東郷平八郎がバルチック艦隊を打ち破った記録があるが、日本海軍の軍艦に日本製は1隻もなく、イギリス製、イタリア製の軍艦を買って使っていた。

 その後第二次大戦までがまた一つの節目で、全艦艇全て日本製だった。技術、産業の基礎ができたと考え、極端に言えば気分だけは、自分たちは何でもできる、となった。第二次大戦に負け、日本国憲法で民主制度になり世の中が変わった中で成長した。1975年に変動相場制になり、アメリカが一方的な為替政策をやり、日本が伸びすぎてニューヨークのビルなどアメリカのものを買い漁ったとマスコミから攻撃された。対日感情が最悪になった1985年を機に、為替がガラリと変わった。日本の成長が頭打ちになった。95年にバブルがはじけて以降の30年間、日本経済は停滞し続けた。

 私が新卒入社したときは、毎年給料が5%から8%上がった。1990年から給料も物価も上がらない時代が30年間も続いた。経済研究所のある役員が、「30年間賃上げもインフレもなかったため経済予測する側もインフレが肌でわからない。物価が上がりインフレが起こることが頭ではわかっても、実感としてはわからない」と言う。

 大きな変化の時代だ。中国の製品は品質がよく、マーケットが大きい。日本は人口も経済環境も変わり、追いつかない状態になった。非常に勤勉で、異質のものを吸収し、繊細な感性を生かして実績をあげた経験を活かし、意識して工夫を重ね、イノベーション、技術力を高め、考えてやっていかなければならない。

 さまざまな企業が、SDGs になる自らのパーパスを定めようとしている。世の中に貢献するにはパーパスがなければいけない。会社は儲けさえすればいいところではない。企業、団体、あるいは集団で、ミッションを明確にしていこうとの流れになっている。パーパスを日本語で目的と翻訳すると少々違う。自分たちはどう行動するかは、国により人により異なる。過去の蓄積や管理者の価値観も違う。次に求められているものを再度見直さなければいけない。日本は、繊維業、自動車産業もほとんど海外生産をし、国内市場は縮んでいる。大企業の相手は世界だ。日本は、中堅中小の企業数が99%。中小企業が普段目の前に見ている日本の風景と世界とは、ちょっと違う。しかしその違いを生かすやり方もある。世界のニーズは何か、自分の持つ能力は何かをよく考え、社会の中で独自の強みを生かしていくことが、一つの大きな流れだ。

■ 人生100年時代とはいうけれど


 人生100年の時代と言われる。私は大きい病気をしているので、頭で考える自分の状態と実際の体とは違うとの実感がある。体の成長のピークは思春期で、その後、体は確実に劣化する。人により個人差はあるが、皆さんも既に体力的には劣化の過程に入り、免疫力を含めてピークを過ぎている。

 職業人生が40年という人生ステージでいくと、私は職業人生の終わりに来ている。30代、40代が働き盛りで、私は50代が非常に能力を発揮できるだろうと思っていたが、体力が落ちたのを実感した。精神活動が人の進化を決めるとはいえ体力あってこそだ。体は自分の頭でコントロールできない面が多いことに、なかなか気がつかない。

 衰え方でいえば、厄年とされる47歳前後から体力は段階的に落ち、ある年齢になって、がたっと落ちる。典型的なのは70代だ。免疫力は15歳くらいまでに完成し20歳以降徐々に低下すると科学で明らかになっている。データを集めた専門家によれば、40歳代の中頃から変わるという。40代に肌が変わり、筋肉量が1%ずつ減る。30年経てば30%減る。年をとったら腰が痛くなるから、薬を飲みましょうとなる。高齢者は腰が痛くなり、歩きにくくなり、足がしびれる。明らかに筋肉量が減るからだ。

 日本人が実施した「嘘つき能力」の研究がイグノーベル賞を受賞したと、ある大学の医学部長に聞いた。嘘つきの能力を各年齢別に3000人ほどサンプル取り、嘘を一番つく年齢は何歳か調べたら、一番多いのは思春期で、年とともに嘘をつく回数が減った。 原因について医学部長は「年をとると記憶力が衰え、つじつまが合わなくなる。思春期は頭の回転が良く、自分の嘘を覚えていて、小さな嘘は修正を効かせられる。歳をとると面倒くさくなり、嘘はバレるから最初からつかない方が気楽だ、と考える」と半分冗談で言っていた。思春期は記憶力でも体力でも大事な時代だ。体力の落ち方は皆共通といっていいが、能力は違う。経験などを組み合わせて伸びていく。磨いていけば能力は高まる。

■ 目前と全体の両方捉える視線を


 ロシアがウクライナ侵略したときのアメリカの世論調査で「強い関心がある」との答えは26%だった。先週の世論調査では「関心がある」が6%だった。人間の気持ちは時間とともに移ろう。人間は変化する多様な存在であるがゆえに、協力する力、知識や技術や経験を蓄積しつつ工夫をし、協力して生きていく必要がある。人間は愛情もあるが嫉妬もあり、多様ではあるが、基本的には友達の友達は友達という世界で出来上がっている。各々特徴を持ち、様々考えながらやっていることが、良いところに収斂してくる。私の考えは「人生は思った通りには進まないが、結構面白い」だ。

 神道の考え方に「今中」がある。真ん中だ。過去現在未来の中心に今中があるというのが、日本古来の教えだ。今が繋がっているから将来があるとの思想だ。大きな世界の中の日本人として、行動し、考えていくことが大事だ。質問があるか問われてシーンとなっていていいのだろうか?周りの言うことも大事だが最後は自分の立つところで考えることを意識していただきたい。

 作家遠藤周作が、仕事とは何かと問われ「一番面白い仕事は、楽しいけど苦しい仕事だ」と答えた。楽しいばかりは楽しくない。苦しいばかりでも続かない。楽しく、苦しいのを乗り越えていく仕事は面白い。

 皆さんには大学で、徹底的に勉強する、本を読む、ディスカッションするなど、なんでもいいから、いろいろな材料に深くぶつかってほしい。自由な時間はもうあまりない。今この時間はものすごく貴重だ。いろいろやっていると何か化学反応が起こる。ああ、こういうことだったのだと気がつく。私が非常に感心したのは宇宙飛行士の山崎直子さんが講演の中で言っていたことばだ。彼女は火星に行くかと聞かれ、行きたいと答えた。彼女の一番大好きな言葉は「Wonderful」。「Wonder」はわからないとか不思議だということで、「Ful」というのはいっぱいあるということ。「不思議でわからないことがいっぱいあることが楽しく、素晴らしい。これが「Wonderful」の実感だ」と言われた。すごい人だと感心した。

 わからないことに挑戦するのは苦しいが、わかってくるとまた一歩進もうと思う。これは人類共通だ。全てが予定されている世界が続いても魅力的ではない。変化を怖がる必要は全くない。変化によって生活の実感が湧いてくる。

講義を行う鈴木正俊・ミライト・ホールディングス元社長(右)と周牧之・東京経済大学教授(左)

■ 環境の異なる場所に身を置く


 知識、技術、経験は力だが、経験だけを重視しすぎると稀に間違えてしまう。昔はこうだったとの考えに繋がってしまう。世の中変化しているから昔とは違うことがある。経験が邪魔になることがある。

 一番のポイントは、クエスチョン能力だ。何がわからないかをはっきりさせる。何がわからないかがわからないままなのは、最悪だ。何がわからないか知るために勉強する。勉強するとわからないことがよりはっきりする。クエスチョン能力は一番大きなドライバーだ。

 全体がどうなっているのかは、ぼんやりしかわからなくても、目の前で見えていることと、全体との、両方見ることを絶えず意識してほしい。目の前のものが全てと思っていたことが、コロナ禍になり極端に変わった。体験の中で知識を学ぶしかない。自分なりにものを見ながら、目の前と全体との両方を考えれば、自分にとっての物差し、自分の価値観が得られる。日本ではどうしても、私も含めて、儲けとか利益の着地点を最初に考える。それは当然だが自分の物差しで何を大切にしようか考えることが必要だ。現実にさまざまなことが起こったとき、やるかやらないかが図れる自分の物差しを作ってほしい。

 コロナ禍でなかったら皆さんも国内、海外問わず行ってきたはずだ。違う場所に体を移せば違う環境の中で学ぶことは多い。考えているだけでなく体を移すことをやられた方がいい。環境を自分で意識して変えていく。1日のうちでも環境を変えれば、ずいぶん気づくものが多くなる。コロナ禍の制限が解除されたら、活発に活動をしてほしい。

■ 個性と好感を兼ね備えた若者に(ショートトーク)


周:企業のトップから見て、どんな若者に入社して欲しいか。どんな若者に期待しているか?

鈴木:基本は自分の見方を持っていること。それから忍耐力のある人だ。集団では自分の意見だけ通るとは限らない。そのときこの場は合わせようという忍耐力が必要だ。情熱があり忍耐力のある人が一番ほしい。インターネットなどからパクってこうだ、と言うような省力化する人は要らない。自分はこう考えるが、皆で決めればそのようにやっていくと言える人、自分と他者の違いを糧にし、やがて自分が主体になったときに次の結論が出せる人が欲しい。過去の採用面接で「私はいろいろ努力した、サークルではキャプテンをやり、こんな活動を取りまとめた」という同じ答えが、人は違うのに続いて嫌になった。なぜこれを言うのかの理由に、自分の考え方が出てくる人が貴重だ。

周:決まった解答でなく、個性を上手に出すことが求められている。

鈴木:そうだ。個性を強く出そうと認識する人もどうかと思う。違うことを強調するだけの人も困る。

周:ごく自然に個性を出せる人がいい。

鈴木:そうだ。一番の早道は、環境の違うところに身を置き、環境の違いを自分で経験してみることだ。家庭環境が違い、田舎育ち都会育ちの違いで、見てきたものは違ってくる。さらに海外行くと、様々な視点で物事を見られるようになる。違う国へ行けば歴史も学ぶ。人の営みは、歴史を見て時間軸の違いを見るなかで理解できる。自分で様々経験するのがやはり一番早い。

 運を呼び寄せる方法を問われた松下幸之助の答えは、「ありがとうと言えばいい」だ。なんでも感謝し、些細なことを良かった、ありがたかったと言って回ると、必ず好感を持たれて次に続く。好感を持てない人に「こんなチャンスがある」と人は言わない。他国比較の統計で「自分のキャリアビジョンはいつ考えたか?」の日本人の答えは、圧倒的に大学時代だった。他国の答えは、中学以前、中学時代、高校時代など分布していた。日本では受験プロセスに皆がはめこまれる教育システム、家庭システムがあるためか、大部分の人が、大学卒業時にさて仕事はどうするかと突然考え、難しいことになるという統計だった。自分で意識し様々見たり聞いたり言っていくことが大事だ。

周:要するに企業にとっては個性と好感を兼ね備えた若者が欲しい(笑)。

▼東京経済大学創立120周年記念シンポジウム
「コロナ危機をバネに大転換」
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プロフィール

鈴木 正俊 (すずき まさとし)
NTTドコモ元代表取締役副社長、ミライト・ホールディングス元代表取締役社長

 1951年静岡県生まれ。1975年東北大学経済学部卒業、日本電信電話公社入社。NTTドコモ取締役広報部長、同取締役常務執行役員、同代表取締役副社長。ミライト・ホールディングス代表取締役社長、ミライト代表取締役社長、ミライト・ホールディングス取締役相談役などを歴任。