【フォーラム】高井文寛:自然回帰で人間性の回復を

ディスカッションを行う高井文寛・スノーピーク副社長

 東京経済大学は2022年11月12日、学術フォーラム「供給サイドから仕掛ける地域共創の可能性」を開催した。和田篤也環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、中井徳太郎前環境事務次官、新井良亮ルミネ元会長をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、周牧之ゼミによるアンケート調査をネタに、新しい地域共創の可能性を議論した。高井文寛・スノーピーク副社長がセッション2「地域経済の新たなエンジン」のパネリストを務めた。

 

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学術フォーラム「供給サイドから仕掛ける地域共創の可能性」
セッション2:地域経済の新たなエンジン

会場:東京経済大学大倉喜八郎進一層館
日時:2022年11月12日(土)


■ すべての社員、会員の組織でアーバンフィールドから自然の中までつなぐ


 周牧之(司会)今回東京経済大学周ゼミのアンケート調査で面白い数字があった。国分寺にキャンパスがある東経大の学生のうち4割近くが国分寺の豊かな自然資源に接していなかった。私も非常に驚いた。コロナという特別の事情があったにせよ、自然資源はそこにあるだけではなく、アクセスさせるための仕掛けが必要だと強く感じさせられる調査結果だった。

 その点で、スノーピークは自然へのアクセスを仕掛けるビジネスを展開し、コロナ下でもキャンプ事業、関連事業を含めて業績を伸ばしている。本社は新潟にあり、キャンプ場も併設されていることで、地域密接型の事業を展開し、学生からも高い関心を集めている。アンケートの中で「あなたが知っているアウトドアキャンプ企業を教えてください」という設問に対して、スノーピークは第3位にランキングされた。国内の企業では1位だった。

高井文寛:ます、学生さんのアンケートで3位に入ってほっとしている。ようやくアウトドアのブランドとして日本では認知されたかなと、ありがたい。

 スノーピークは野遊び、地方創生ということで取り組みをしている。本社を置くのは新潟県燕三条だ。地場産業で金属加工が得意な地域で、1958年に地場産業の金属加工でキャンプのギアを作り始めたところからブランドがスタートした。今では先ほどご紹介いただいたように、地域密着企業で地方創生型の企業だと思う。2011年に地元の遊休地に本社を移し、年間大体4万人以上のキャンパーさんがここを訪れてくださる。スパやホテル、レストランも今年併設したので、今年でいうと大体6万人以上の方がお越しいただけるというような状況だ。

 スノーピークが地方に貢献できる強みを少し紹介させていただきたい。事業領域というところ、スノーピークは全ての社員がキャンパーであるという企業だ。そのキャンパーの集まりが、「アーバンアウトドア」というまちづくりから自分たちのフィールドの自然の中までを繋ぐ形で多くのビジネスを展開している。その事業領域を包括的に地方創生の場に活かしている形だ。

 もうひとつは、スノーピークには国内に76万人ほどの会員の組織がある。この会員の組織を使うとともに、日本全国に100店舗ほどスノーピークのスタッフがついている店舗があるので、地方創生で生まれた商品の販売という形でも貢献させていただいている。さらに、デジタルコミュニティあるいはデジタルのプラットホームという形で、76万人の会員さんとさらに新規の方を取り入れるために「野遊び」というコミュニティアプリを展開している。デジタル上でもお客様とのコミュニケーションを重視している。

 今、日本の話をさせていただいたが、実はグローバルに拠点を展開しており、英国、米国、韓国、それと地域では台湾で拠点を持っている。このグローバルのネットワークでは、地方創生に携わらせていただいた地域へグローバルでのブランディングをさせていただいている。

第2セッション・ディスカッション風景

■ 地元の遊休地を人と自然、人と人がつながるプラットフォームに


高井文寛:地方創生の方法について、ご説明したい。スノーピーク自体が地元燕三条に根ざした地方創生型企業で、キャンプ場をオープンさせてから年間では6万人、過去を振り返ると20万人以上のキャンパーさんにご利用いただいている。本社でやるイベントには9万人が参加する形で、地元の遊休地を自然と人、人と人が繋がるプラットフォームに変えてきた。

 その燕三条での地方創生型の拠点運営で培ったソリューションとして、製品開発、体験開発、運営ノウハウがある。それと会員の基盤だ。さらには顧客基盤と地域との繋がり、地域密着をノウハウとして持っている。それらを利用し、具体的に地域課題の解決と、地域の持続可能な開発に貢献していきたいということで、4つの開発を行っている。ひとつ目が、拠点の開発。2つ目が体験開発。3つ目が製品開発。そして4つ目に顧客開発だ。拠点開発・体験開発は特に地方創生という部分に貢献できている。プラットフォームを通じて製品開発と顧客開発は持続可能な地域の創生に貢献できているかなと思う。

■ 地域課題の解決をビジネスモデルに


高井文寛:拠点開発の事例では、長野県白馬村でグランピング施設をやっている。こちらは地域課題として、ホワイトシーズンに強い地域だが、グリーンシーズンは通過型の町になってしまうという課題があった。そこで、夏のスキー場を活かし、夏しかオープンしないオンリーワンなグランピングにし、今では稼働率も高く運営できている。

 体験開発においては、ローカルツーリズムという体験を各地でやっている。これは衣食住働遊というところに掛けて、地元の地場産業、文化、食をツーリズム商品として展開している。

 製品開発でひとつの事例としては、地方創生に携わった奥日田で地元の林業に根差した製品である日田下駄をアウトドア用にプロデュースさせていただき、例えばアメリカニューヨークの店舗でも販売した。実は全国でもグローバルでも、これが一番売れたのがニューヨークだったということが起きている。

■ 地域課題の解決をビジネスモデルに


高井文寛:拠点開発の事例では、長野県白馬村でグランピング施設をやっている。こちらは地域課題として、ホワイトシーズンに強い地域だが、グリーンシーズンは通過型の町になってしまうという課題があった。そこで、夏のスキー場を活かし、夏しかオープンしないオンリーワンなグランピングにし、今では稼働率も高く運営できている。

 体験開発においては、ローカルツーリズムという体験を各地でやっている。これは衣食住働遊というところに掛けて、地元の地場産業、文化、食をツーリズム商品として展開している。

 製品開発でひとつの事例としては、地方創生に携わった奥日田で地元の林業に根差した製品である日田下駄をアウトドア用にプロデュースさせていただき、例えばアメリカニューヨークの店舗でも販売した。実は全国でもグローバルでも、これが一番売れたのがニューヨークだったということが起きている。

■ 地域資源を魅力的にリデザインしてコンテンツ化する


高井文寛:具体的な地方創生の事例を3つだけご紹介したい。スノーピークでは、都市から自然の中までということで、4つの形態で地方創生の拠点を開発している。今、全国では14拠点に携わらせていただいた。まずは十勝ポロシリという地域だ。見過ごされていた冬の魅力をコンテンツ化し、既存の施設の活用を通して、キャンパー、アウトドアパーソンの皆さんに届けたところ、利用者数を3.6倍、施設収入を36倍ぐらいにできている。

次に、大分県の奥日田。こちらは既存施設の改修のコンサルをさせていただいた。林業の町の地域資源を野遊びでリデザインする形で、利用者数を3.3倍、施設収入を6.5倍にした。

あとは高知県の仁淀川だ。仁淀川は最後の清流と言われ、すごい自然資源を持ちながら、滞在型の拠点がなかったことで観光としては通過型の町になっていた課題があった。そこで町と一緒に本当の新規開発ということでキャンプ場を出現させた。それにより、この越知町の宿泊において新規観光入込数1万人を年間で獲得できた。

以上のように、スノーピークという自然を知っている企業が、その地域とのプラットフォームとコミュニティを通じ、我々が持っている会員組織とリソースをその地域に集約していく形で地方創生を行わせていただいている。

周牧之:スノーピークという社員は全員キャンパーで、非常に現場力が強いという印象を持っている。野遊びで地域の活性化につながるビジネスなどを展開することで、若者の心をつかんでいる。

高井文寛:全員がキャンパーで、本社がキャンプ場にあるという変わった立地なので、入社応募してくる方もほぼキャンパーというような、その辺うまくできていると思う。地方創生の展開をしていることもあるのか、最近新卒の方でスノーピークに入社したら一番何がやりたいかという話をすると、地域貢献、地方創生と言ってくる学生さんがすごく増えている現状もある。

周牧之:今回のアンケートにあったように、東京経済大学が立地する学生の町、国分寺では学生がたくさんいるにも関わらず、地元と若い人たちとの関係性はそれほど強くない。豊かな地域資源があるにもかかわらず、若い人たちはあまり接していない、使っていない。駅に大型の集合施設があっても、そんなに使っていないようで、その結果、地元の国分寺に対する愛着もそれほど強くはない。

実はこうした現象はおそらく国分寺だけではなく、全国的に起こっている。やはり若い人たちと地元との関係性をいかに強めていくかが、ひとつの地域活性化の根幹に関わる話だと思う。

高井文寛:地方創生をやるにあたってわれわれが一番大事にしているのが、モニタリングキャンプだ。一方通行にならないように、われわれ事業者も、行政とそこに暮らす人たち、町のキーパーソンも、企業の方々も、みんなを巻き込んで、焚き火をし、まずどういう地域課題があり、どういうものがあったらいいか、地域の特徴など全部お話しさせていただく。すごい小さな変化かもしれないが、それをやることによって、みんな「自分ごと」になる。拠点ができた時にみんなが関心を持ってくれる。

うまくいかない「地方創生」は、みんながやはり「自分ごと」に思わず、関心を持ってくれない。それによって事業者だけで孤立する状況もよく見てきている。小さな変化だが、そういうエリアが増えていくことによって、連携が深まっていくのかなと感じている。

周牧之:最後に一言、コロナ世代の学生へのメッセージを。

高井文寛:僕もキャンパーとして言うと、どれだけデジタル化が進んで働き方が変わっても、実際やはり、人間性が回復できるという部分では、もう自然の中、自然に触れるということが絶対役立つと思うので、ぜひ無理してでも自然の中へ行ってほしい。


プロフィール

高井文寛(たかい ふみひろ)/スノーピーク 代表取締役副社長

 1973年、新潟県生まれ。91年入社、営業管轄の役職を歴任、取締役執行役員営業本部長、専務取締役を経て、2020年より現職。近年は地方創生の業務にも従事、2019年スノーピーク地方創生コンサルティング代表取締役社長に就任。


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ディスカッションを行う内藤達也・国分寺市副市長

 京経済大学は2022年11月12日、学術フォーラム「供給サイドから仕掛ける地域共創の可能性」を開催した。和田篤也環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、中井徳太郎前環境事務次官をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、周牧之ゼミによるアンケート調査をネタに、新しい地域共創の可能性を議論した。内藤達也・国分寺市副市長がオープニングセッション「学生から見た地域共創ビジネスの新展開」のパネリストを務めた。

 

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学術フォーラム「供給サイドから仕掛ける地域共創の可能性」
オープニングセッション:学生から見た地域共創ビジネスの新展開

会場:東京経済大学大倉喜八郎進一層館
日時:2022年11月12日(土)


■ 自治体経営上、汲み取りにくい20代の若者の意見


尾崎寛直(司会):周ゼミの皆さんから非常に網羅的なアンケート、そしてまた鋭い分析を提示していただいた。そして、学生の皆さんからそれぞれコメンテーターの皆様にも問題提起が投げかけられたので、これよりコメンテーターの皆さんも含めてパネルディスカッションを進めていきたい。

 今回のアンケートはコロナ時代の若者、とくに学生を対象にしたものだ。次世代を担う若者というのはやはり大事なキーワードであり、供給サイドからどのようにその若者に対して仕掛けていくのかも大きく問われていくところだろう。

 もうひとつは、若者✕地域という2つが大きなキーワードになる。大学の地元・国分寺市についての学生のアンケート結果では、なかなか親しみを感じるという割合が多くなかったと。たぶん国分寺市の本当の良さが伝わっていない側面もあるかも知れない。現在、地方自治体も人口減少の中で、住民の住みやすさをめぐって大きな自治体間競争の渦中にあると思う。

内藤達也:私どもが市民の皆さんの意見をいただき、市政に活かすという時に一番難しい世代が、実は皆さんの世代だ。20代の方の回答が非常に少ないもので・・・。実は国分寺市も市民アンケートを毎年やっていて、全体の回答率40.8%という中で、20代のところは8.2%という感じだ。そのため行政の経営の中で皆さんの世代の意見をどうやって反映するかが非常に厳しい時代になってきている。高校生までは学校に直接お願いをする方法があり、意見はいただくことはできるが、20代の方をつかむのは非常に難しい。そのため今回のアンケート調査の結果は、私どもにとっても非常にありがたいなと思う。

 ご指摘はご指摘という形で受け止め、皆様にまだまだ国分寺市の魅力が周知されていない現状が把握できましたので、これからお知恵を借りながら、どうやったら国分寺の魅力をさらに知っていただけるのか展開していきたい。こちらの市民アンケートの方でも、実は交通の便が良いというのが、市民が国分寺市を選択してお住まいになった理由の一番に来ている。これは学生の皆さんも最終的には交通、利便性というところで国分寺市に愛着を感じている。これをさらに高めるためにどうすればいいのかは、私どもだけではなく、東京都も巻き込んで行っていることは、まず中央線の連続立体交差事業があり、三鷹で停まっている複々線を立川まで持ってこようということをお願いしている。実はもう都市計画ができていて、あとは実行のボタンをいつ押してもらえるかという状況だ。これができると、三鷹の次は国分寺、が一般化されるので、さらに便利が増すと思う。

■ 地場産業の「供給サイドから仕掛ける」


内藤達也:そういったハードの部分に加えて、私どもの考え方は、国分寺も市民の皆さんとさまざまなイベントを展開していて、あるいは定着をしている。今回の「供給サイドから仕掛ける」というところでは地場の農業、農家の皆さんが国分寺市の地場野菜を国分寺市で消費できる仕組みをつくろうということで、10年目を迎えている。その「こくベジ」が浸透してきている。それをさらに若い人達に手伝ってもらうという言い方はおかしいが、この良さを知ってもらう。良いこと尽くめであることは確かだ。国分寺で作った野菜を皆さんが食べる、食堂や飲み屋さんで供給される。そうすると、当然移動コストがなくなる。SDGsにも貢献できる。

 国分寺にはイタリアン、中華レストランなど、たくさん飲食店があるが、実はこれまで作っていなかった野菜について、農家の皆さんがオーナーシェフやシェフの希望の野菜を作っていくことによって、品種が非常に増えてきている。今まで私どもが見たことないような野菜も、国分寺で育てて作っている。これは非常にいい展開になっているなと思っている。そういった取り組みを皆さんが知っているかどうかも含め、私ども行政の仕事を知っていただく部分、さらにそこに加わってもらう仕組みを考える必要があると思う。

 これまでの地域の産業をどうやったら、さらにもう一歩上に向かせられるのか。これはたぶん、若い人の支えや、若い人の思いが加わることによってひとつ突破できる気はしている。皆さんの意見を汲んだ店舗経営や、地域経営をしていかないとじり貧になってしまう。そういった視点での新たな地域おこしができないかなと思っている。

■ 若年世代の定着をめざす仕掛けづくり


内藤達也:あとはアンケートの中にもあったが、やはり若者が定着していただける、国分寺にこれから住んでみたいなと思うようなまちづくりができていけるか。これは逆に言えば、どんなまちに住みたいかっていうことになる。国分寺の魅力は農地があり、湧水があり、そして雑木林が残っていて、歴史がある。そういったことを知っていただいて、さらに一緒に仕掛けづくりができないかなと思っている。それがまちの魅力になって、相乗効果を生んでいくのではないか。あとは、集客を重んじた、若い人達が足を運んでくれるようなイベントをどう展開するか。実は今月の末から「ぶんぶんウォーク」という国分寺の地域の皆さんと立ち上げた新しいイベント、これも8年目になるが、やっとコロナが解禁されてフルで行うようになる。ここに参加すると、畑をめぐるとか、それから野菜を採るとか、芋を掘るとかそういうような体験もできるし、それを食べることもできる。ぜひ一緒にイベントを作っていって地域の皆さんとWin-Winの関係が作れるまちにしていければなと思う。

尾崎寛直:私が見る限り、かなり国分寺地域では若い方々が仕掛けたお祭り、ぶんぶんウォーク、音楽やアートのイベントとかたくさん育ってきているかと思うので、そこにもう一段若い人達が絡んでいくと、大きなうねりになるだろうなという気がする。 

 エンタメだとか、市民の文化ニーズに応えようとすると、自治体の今までの施策としては、やれ立派な文化会館を造るとか、ホールを造るとか、インフラ投資、設備の整備が主目的になりがちだったと思う。これまで議論してきたように、エンタメはいろいろなレベルであり得るし、ある意味どこででもできる。国分寺市には大きなオープンスペースもあるし、史跡だってある。自治体経営の中で今後のエンタメの取り入れ方と可能性についてはいかがか。

オープニングセッション風景

内藤達也:実は2022年、武蔵国分寺が史跡に指定されて100周年という記念の年になる。そのためにイベントをひとつ企画し、史跡の金堂後に舞台を設置して、そこで東経大OBも加わるバンド「荒川ケンタウロス」のライブを行った。これが非常にヒットして、皆さんに喜ばれる使い方ができた。史跡の金堂跡であれば、それほど騒音もなく皆さんにご迷惑掛からない。ひとつ感触をつかんだので、今後は違う使い方も出てくると思っている。

尾崎寛直:従来だったら、文化財の場所でそんなことをやったら罰当たりだと言われる(笑)?

内藤達也:はい(笑)。文化庁の方も大きく転換をして、「保存」だけじゃなくて「活用」もしろと。「活用」があっての史跡だということになったので、それを受けて、われわれもひとつ突破したような手応えがある。ぜひこれからは、今日知り合ったぴあの白井様とか、皆様のアドバイスをいただきながら、若い人の思いを実現できるような仕掛けを作れる場所ができたらいいかなと思う。新しい展開が見えている。文化会館は造るまで何年かかるか分からないが、史跡を転用する分なら借用書1枚でできそうではないかということでやっていきたい。


プロフィール

内藤 達也(ないとう たつや)/国分寺市副市長

 公務のかたわら、青少年育成活動、自治会活動をはじめ、相模原や多摩の里山保全ボランティア活動に従事。現在、(NPO法人)さがみはら環境活動ネットワーク副代表理事。また、協働政策、地域活性化政策の研究を行う。(株)公共経営・社会戦略研究所客員研究員、明治大学大学院兼任講師。日本協働政策学会理事、日本地方自治学会会員、日本ソーシャルイノベーション学会会員。地元の鎮守である内藤神社宮司も務める。


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ディスカッションを行う白井衛・ぴあグローバルエンタテインメント会長

 東京経済大学は2022年11月12日、学術フォーラム「供給サイドから仕掛ける地域共創の可能性」を開催した。和田篤也環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、中井徳太郎前環境事務次官をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、周牧之ゼミによるアンケート調査をネタに、新しい地域共創の可能性を議論した。白井衛・ぴあグローバルエンタテインメント会長がオープニングセッション「学生から見た地域共創ビジネスの新展開」のパネリストを務めた。

 

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学術フォーラム「供給サイドから仕掛ける地域共創の可能性」
オープニングセッション:学生から見た地域共創ビジネスの新展開

会場:東京経済大学大倉喜八郎進一層館
日時:2022年11月12日(土)


■ コロナ下、円安下でのエンタメ業界の困難


尾崎寛直(司会):周ゼミの皆さんから非常に網羅的なアンケート、そしてまた鋭い分析を提示していただいた。そして、学生の皆さんからそれぞれコメンテーターの皆様にも問題提起が投げかけられたので、これよりコメンテーターの皆さんも含めてパネルディスカッションを進めていきたい。

 今回のアンケートはコロナ時代の若者、とくに学生を対象にしたものだ。次世代を担う若者とはやはり大事なキーワードであり、供給サイドからどのように若者に対して仕掛けていくのかも大きく問われていくところだろう。

 ぴあは、大学生が立ち上げた雑誌から始まっているという意味で、まさに若者のエンターテインメントのニーズに応えることが、会社の発展の歴史だっただろうと思う。

白井衛:約44年にわたって、エンタメにどっぷり浸かっている。早速、周ゼミの皆さんが一生懸命調べていただいたことに対するお答えを申し上げたい。最初にいただいた提言が、エンタメの追い風をどのように高めていくかということ、コロナから約2年半、やっと少しお客様が戻ってきて、7割から8割方回復しつつある状況だ。興行によっては、売ったらすぐ完売みたいなケースもあるが、まだまだ、コロナ前に比べると100%というわけにはいかない公演も多い。

 ただ、コロナ前から考えてみると、ちょっと幾つか課題がある。ひとつは会場だ。これは日本だけではないが、大から小、ライブハウスに至るまで都市の非常に交通の利便性の高いところに集中してしまう。ライブハウスはやはりアーティストを育てる場なので、そこから旅立っていく、あるいはSNS、YouTubeだとか、あるいはFacebookを使って、Adoみたいなアーティストが生まれてくるということを考え、ぴあは横浜の桜木町にぴあアリーナMMを造った。もちろんぴあだけでできるわけでもないし、このあとスポーツリーグなんかを中心にいくつかの大型のアリーナができるんだろうと思う。やっぱり小さいものから中ぐらいのものまで、非常に使い勝手のいいサイズのものが生まれてきたらいいなと思う。

大型アリーナ(ぴあアリーナMM)

 ふたつ目は、我々だけではどうしようもないが、円安ということがある。円安が起こると海外のアーティストを呼べなくなる。ギャラがものすごく高騰する。要するに、100万ドルで買えたギャラ、130円だったら1億3,000万のギャラが、今は1億5,000万になる。輸送費も何も全部高くなることで、日本の皆様が日本のアーティストしか見られなくなる、と。これは非常に辛い結果を招く。

 3つ目にコロナ対策というのも、なかなかイベントを作る側にはしんどくて、今までなかった余計な人員の配置をしなければならず、入場前の検温だとか、換気対策もしなければいけない。マスクをつけない人にはマスクを配るとか、大声を上げている皆さんに対してご注意申し上げなきゃいけない。これもスタッフ増や、経費増につながってしまう。

 それから4つ目が、コロナによって興行主そのものも弱った。興行主と一緒に動いている映像を撮っている皆さんとか、音声をやられる方だとか、舞台芸術をやられる方々の仕事が本当になくなってしまった。そういうものを多少なりとも応援するために、今は経産省のJ-LOD(コンテンツグローバル需要創出促進・基盤強化事業費補助金)だとか、文化庁のAFF(ARTS for the future!:コロナ禍を乗り越えるための文化芸術活動の充実支援事業)だとか、国際交流基金の皆様がご支援していただいて、少しずつ興行の世界が活発になりつつあるが、まだまだ予算は足りない。皆さんに関しても、新たに始まった「イベントわくわく割」という制度がある。興行チケットの20%かつ上限2,000円が補助されるという。今はライブ配信にも使えるし、スポーツ・映画館・演劇、それから美術館・博物館・遊園地・テーマパークなどが対象にはなっているが、これは主催者側が「イベントわくわく割」に乗るよという意思表示をしないと割引にならないので、本当はすべての公演にこのイベント割が使えるようになればいいかなと思う。

オープニングセッション風景

■ エンタメ業界における地域共創の可能性~スポーツ


白井衛:いただいた提言の2で、エンタメと地方との共創をどう考えるのかと。これは極論を言えば、供給側と言えるかどうか分からないが、観客数でいうと日本の場合は圧倒的にプロ野球だ。世界、アメリカを見ればプロ野球だけではなくフットボールだとか、アイスホッケーだとかバスケットがあるが、日本の場合にはプロ野球が断トツだ。年間で2,100万人。もちろん延べだが、858試合で1試合平均2万5,000人。イベント1試合2万5,000人集めるのはなかなか大変なことだ。

 2つ目は、Jリーグだ。JリーグもJ1、J2、J3とあるが、J1、J2だけでも40チーム。試合数にして768試合が行われている。観客数もJ1で438万人。1試合平均で1万4,000人くらい。J2になると観客数232万人で1試合平均だと5,000人になる感じだ。

 これ以外にもバスケットのBリーグ、バレーボールのVリーグ、卓球のTリーグ、ラグビーのリーグワン。さらにスポーツと考えれば、大相撲。大相撲も東京場所が多いが、地方場所もあるし、地方行政の方から来てくれと言うと、わりとそこそこの価格で呼ぶことができることもあり、大相撲の地方巡業はなかなか価値が高いのかなと思う。

 スポーツの場合には、皆さんで新たに手を挙げてチームを誘致することは、もちろんお金は非常に掛かかるが、できなくはない。どうしてもプロスポーツは動員を考えると、東京、大阪だとか都市部に集中してしまうが、今ご紹介したような各チームで言えば、北は北海道から南の沖縄まで、各スポーツの各チームがいろんなところに存在し、地元のイベントというと必ず協力していて、その場を盛り上げることをしてくださっている。スポーツは、ある意味で非常に分かりやすいということだ。

ぴあアリーナMM(CLUB38)

■ エンタメ業界における地域共創の可能性~音楽・演劇・映画


白井衛:もうひとつは、文化系と書いたが、これもすごい数が日本では行われていて、例えば、夏フェスとか秋フェスとかいわれるものだ。ここに書かれている「ROCK IN JAPAN」など千葉で行われるものは、27万人くらい集まる。北海道では「RISING SUN」とか、有名な「SUMMER SONIC」、それから「FUJI ROCK」はこれまでに10万人クラスの人を集めている。弊社でやっているものでは、「PIA ​MUSIC COMPLEX」はもともと会場がないから、自然豊かな場所で大きなステージを建ててやっていたが、今は夏フェスから秋フェス、さらには冬フェスも開催されるようになり、どんどん広がってきている。

 次に演劇祭。規模は音楽フェスほどではないが、実は北海道から沖縄までいろんなものが行われていて、有名なものだと兵庫豊岡演劇祭、あと東京池袋演劇祭がある。高校生でいうと全国高校生演劇祭があり、その予選も都道府県ごとに開催されていて、ここもそこそこの人達を集めている。同じような流れでいうと映画祭。映画祭は国際映画祭といわれるものが全世界で作られている。東京はつい先だって終わった東京国際映画祭。それから沖縄でやる沖縄国際映画祭。それからぴあがやっているぴあフィルムフェスティバルなどは有名ではあるが、実際100を超える映画祭が開催されている。

 なかでもちょっと面白いなと思ったのは、知多半島映画祭といって、地元の5市5町が協力して知多半島出身の監督や、俳優が出ている映画だけを上映するものや、地元で撮られた映画のコンペティションをやっている。さらには昔の映画をもう1回観ようということで、午前10時だと映画館が比較的空いているので、「午前10時の映画祭」という映画館を使う映画祭も開催されている。非常に面白いのは瀬戸内国際芸術祭だ。これは3年に1回、瀬戸内海の12の島と2つの港を舞台にして開かれるもので、見に行くと感動的で、「あ、こんなところにこんなものがあるんだ」という非常に驚きがある。

 「仕掛ける」ということで言うと、演劇祭とか映画祭は、規模の大小を問わずにいきなりでかいものを作るのでなく、発想として地元密着型でも良いので、そういうものを作ってみてはどうかと思う。

 あとは、ちょっと面白いなと思うのは花火。花火も夏の風物詩になっているが、実は雪と花火というのも、ものすごくきれいに見える。冬はちょっと風があって、外で見るのもしんどいが、風で煙が流れてきれいに見えるので、冬の花火はなかなか素晴らしい。これ以外にも食博系といってラーメン博だとか、鍋フェス、肉フェスも非常に面白いと思う。

 これから新しい顧客を日本国内だけでなく、さらに海外から来られるお客様も取り込みが必要だ。2019年時に3,118万人まで増えたインバウンド旅行者も必ず戻ってくる。最近、浅草とか銀座へ行っても、大勢の外国人の方がお見えになっているが、この人達もイベントに行きたいという希望が非常に強い。さらには、デジタル技術の利用だ。アナログの生の感動は素晴らしいが、今は5Gもあり、AIだとかICTもあるので、こことうまく組み合わせるという手もある。

ディスカッションを行う登壇者。左から、 近藤正美・丸井上野マルイ店長、白井衛・ぴあグローバルエンタテインメント会長、内藤達也・国分寺市副市長

尾崎寛直:先ほど白井さんからお話があった瀬戸内の国際芸術祭など、今までだったらあまり人が訪れるようなことがないところに、アートだとか、さまざまなイベントを点在させることによって、人が巡り、また人と人との出会いが生じる。そうした無限の可能性があり得るこれからの時代のエンタメについて、もうひと言。

白井衛:まさに今尾崎先生がおっしゃったように、規模の大小ではないと思う。自分のまちは小さいし、過疎化が進んでいるからもうできない、ではなくて、そこにいらっしゃる人達が逆に供給者、供給側になるという点もあると思う。学生の皆さんは自分の好きなものが何かあるはず。こういう時代だからデジタルで自分の作品をお見せすることもあるけれども、もう一方でアナログの世界である会場で、自分の描いた絵を何人かに見てもらいたいという欲求。あるいは自分が作って歌った音楽をみんなの前で発表したいなどのニーズは、間違いなくあると思う。そういう誰しもが供給側になり得ることが、もうひとつのポイントだ。


プロフィール

白井 衛(しらい まもる)/ぴあグローバルエンタテインメント取締役会長

 1955年生まれ、東京都出身。79年ヤマハを経て、ぴあ株式会社入社。広告営業(電通担当)、大阪支社・名古屋支局開設責任者、新規事業開発(グルメぴあなど)、会員事業担当、アメリカ・カナダでの事業開発、ぴあ株式会社取締役アジア事業開発担当、ぴあグローバルエンターテインメント代表取締役社長、北京ぴあ希肯副董事長を経て、現職は、ぴあグローバルエンタテインメント取締役会長。


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開会挨拶を行う和田篤也・環境事務次官

 東京経済大学は2022年11月12日、学術フォーラム「供給サイドから仕掛ける地域共創の可能性」を開催した。南川秀樹元環境事務次官、中井徳太郎前環境事務次官、新井良亮ルミネ元会長をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、周牧之ゼミによるアンケート調査をネタに、新しい地域共創の可能性を議論した。和田篤也・環境事務次官が開会の挨拶をした。

 

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学術フォーラム「供給サイドから仕掛ける地域共創の可能性」

会場:東京経済大学大倉喜八郎進一層館
日時:2022年11月12日(土)


■ GXは目的ではなく、戦略ツール、手段だ


 今日のテーマ、「供給サイドから仕掛ける地域共創の可能性」に非常にインパクトを受けている。「供給サイド」という言葉はあまり好きではなかったが、ちょっと好きになった。理由は、「仕掛ける」という言葉が後ろについていることにある。供給サイドの意図だけではなくて、きちんと何か目的のために仕掛ける。地域共創とは何だろう。市民のニーズとは何だろう。どんな思いを持って、どんな未来に市民は住みたいと思っているのか。これらを理解して、供給サイドは仕掛けてやろうという意気込みが感じられるテーマかと、非常に面白いと思っている。ワクワク感満載かと思っている。

 私のテーマは「戦略的思考としてのGXから地域共創」とした。もう少し平たく言うと、GXは戦略的ツールである。GXは目的ではなく、戦略ツール、手段だ。それも極めてエッジの効いた、切れ味抜群のツールである。

 もうひとつは、「GXから地域共創」としたが、英語で言えばby、いわゆる「地域共創 by GX」となる。最近では「地域共創 by カーボンニュートラル」。なぜかというとニーズは市民の目線にあるためだ。GXは別にニーズではなく、手段であって地域共創がニーズである、というところから始めた方がいい。

 カーボンニュートラルに少し深く切り込む。カーボンニュートラルはGXの中で一番バッターと言っている。かつては本当に温暖化するか、気候変動するかと言われていたが、2000年に入って、どんな影響があるのだろうと心配しだした。

 今やそれも越えて、対策のステージに移っている。気候変動の国際会議「COP27」で新聞を賑わしているのは「ロス&ダメージ」と言われ、いわゆる適応を指す。もう気候変動問題はある程度起こってしまう、それにどう適応するのかというのが人類課題だ。対策も打つが、適応もする。そういうステージに入っているのが、今の国際社会の共通認識だ。

 日本は野心的な2030年と2050年に向けての温室効果ガスの削減目標を掲げる。ここで違う目線から伝えたいのは、カーボンニュートラルが目的ではないということだ。最終着地点がカーボンニュートラルというだけではダメで、より早くから下げなきゃダメだということだ。最後にカーボンニュートラルに着地すればいいのではなくて、なるべく早い段階から傾きを下げて削減していないと地球全体は救われない。

 「やれる」と「やらなくてはならない」がテーマになる。「やれる」とは、「今からやれる」という意味だ。産業分野のようにイノベーションがなかったとしてもできる気候変動対策は、地域暮らしの分野に非常に多い。

 もうひとつは「やらないといけない」だが、これが難しい。地域暮らしの分野の方がイノベーションがなくて今すぐできるが、みんなにやってもらわなくてはならない。

 主体の数が無限に多いような形になる。自動車の数、世帯の数、人口…というように、すべてを面的にやってもらわなければならない。点的に工場とか事業場にやってもらう温暖化対策とは違うという難しさが残っている。

オープニングセッション風景

■ GXに必要な3つの移行


 次はいよいよメインの「GXに必要な3つの移行」だ。GXの一番バッターということでカーボンニュートラルを伝えたが、次に控えているのはサーキュラーエコノミーとネイチャーポジティブだ。これももう近未来的に、直ちにエッジの効いたツールになる。

 今、新聞では「byカーボンニュートラル」が賑わっている。「ビジネス by カーボンニュートラル」というように。次は「ビジネス by サーキュラーエコノミー」、その次は「ビジネス by ネイチャーポジティブ」という流れに、必ず、この10年以内どころか数年でなると思っている。ここで大事なのは、カーボンニュートラル、サーキュラーエコノミー、ネーチャーポジティブ、いずれも目的ではなくてツールということだ。

 今日のテーマ「地域共創」のツールとして、この3つのテーマがあるのではないか。例えばカーボンニュートラルをやれと言われても、自分は何をすればいいのか。必ず地域のニーズ、一人ひとりの市民の目線から考えなければならないのではないか。

 経済・雇用、いわゆる地域ビジネスかもしれない。お金が儲かる地域、快適・利便性、さらには防災・安全性などを目的にして、「byカーボンニュートラル」につながると思っている。

開会挨拶を行う和田篤也・環境事務次官

■ 脱炭素先行地域のチャレンジ


 環境省で大胆なチャレンジを試みたのが、脱炭素先行地域だ。2050年に向けてカーボンニュートラルを進めていくが、「20年前倒しにチャレンジする地方自治体はありませんか?」と募っている。なぜ地方自治体に注目したか。市民目線のことを一番しっかり本当は分かっているのは自治体ではないか。中央官庁ではないと考えている。地域のコーディネーターである。仕掛人は地方自治体を含めたいろんなコーディネーターではないかなと思っており、その点に注目したプロジェクトだ。

 どんなプロジェクトが出てきたか紹介したい。北海道の十勝エリア、私の出身地が大規模アメリカ型の畜産業になっている。したがって、ふん尿が多く、産業廃棄物でコストが非常にかかってしまう。ところが、そのエリアは後背地に農業を持っており、バイオマスエネルギーとして活用して、最後に残る「液肥」を肥料で使えるという特殊な掛け算ができる。ふん尿をバイオマスとして活用し、農業に液肥を使える。どうしても残ってしまう液肥を農業とコンビネーションできる。これはすべての畜産業ができるわけではなく、十勝だからできる。

 また、離島は過疎の典型で、もう人が住まない方がいいとも言われる。だが、グリッドが小さいことでもあり、再生可能エネルギーが無理なく入る。ということは、離島の方が再生可能エネルギーに有利ということを活用して、ビジネスを創生して利潤を生む選択肢がある。どうぞ地方に安心して住んでほしい。

 災害が起きた時でも、再生可能エネルギーで停電しない、などといった掛け算ができると考えている。

 最後に、(東京経済大学周ゼミ)学生のアンケート調査をみて、非常に感銘を受けた。なぜかというと、「私達はこんなふうに思っている」だけではなく、「いや、市民のニーズはこんなんじゃないか」という点にハイライトし、そのニーズに応えることが「供給サイドから仕掛ける」につながっていく。エッジの利いたアウトプットではないかと考えている。


プロフィール

和田 篤也(わだ とくや)/環境事務次官

 1963年北海道生まれ。1988年北海道大学大学院工学研究科情報工学専攻修了、環境庁入庁。環境省地球環境局地球温暖化対策課調整官、地球環境局地球温暖化対策課長、大臣官房廃棄物・リサイクル対策部廃棄物対策課長、大臣官房参事官、環境再生・資源循環局総務課長、大臣官房審議官、大臣官房政策立案総括審議官、総合環境政策統括官。2022年から現職。


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ディスカッションを行う中井徳太郎・前環境事務次官

 東京経済大学は2022年11月12日、学術フォーラム「供給サイドから仕掛ける地域共創の可能性」を開催した。和田篤也環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、新井良亮ルミネ元会長をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、周牧之ゼミによるアンケート調査をネタに、新しい地域共創の可能性を議論した。中井徳太郎・前環境事務次官がセッション2「地域経済の新たなエンジン」のパネリストを務めた。

 

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学術フォーラム「供給サイドから仕掛ける地域共創の可能性」
セッション2:地域経済の新たなエンジン

会場:東京経済大学大倉喜八郎進一層館
日時:2022年11月12日(土)


■ コロナ世代大学生の高いSDGs意識


周牧之(司会):今回、周ゼミが実施した東京経済大学の学生へのアンケートは、大学生活のほとんどを新型コロナ禍で過ごした学生が対象となった。まさしくコロナ世代の意識調査で、コロナは大半の学生に大きな影響を与えているという調査結果が出た。また、今回の調査で明らかになったのは、学生のSDGsに関する意識の高さだ。SDGs世代とも言えるだろう。さらに驚いたのが将来地方で過ごしたい学生の割合は高かった。地方出身の学生の55.9%が地方で暮らしたいと希望していた。都市出身の学生の17.6%も、地方で暮らしたいと答えた。東京の大学に来て、東京で就職するというかつての構図が変わってきているようだ。これはコロナとSDGsの影響が大きいと思われる。実際、彼らが暮らしたい場所への要望を見ると、都市派にせよ、地方派にせよ、まず挙がるのは生活のしやすさだ。

 都市派は、さらに娯楽と交流に重心を置き、地方派は、自然環境と子育てへの意識が高い。地方の活性化はこうした若い人たちの要望に応え、地域との関係性を強めることが大切なアプローチとなる。これについては、中井さんが提唱する「地域循環共生圏」に私は大いに賛同している。2015年、パリ協定の直後に行われた東経大の国際シンポジウム「環境とエネルギーの未来」では、中井さんと和田さんは共に周ゼミの学生の問題提起に応える形で、環境で地域を元気にする構想を披露された。中井さんと和田さんのご努力で、現在こうした構想は「地域循環共生圏」という政策になった。

 コロナが発生した初年度の2020年、東経大の創立120周年記念シンポジウムでは、中井さんは地域循環共生圏について大西隆先生と共に議論した。今日はこのセッションで、まず中井さん、コロナの世代の若者、地域を元気にする話をいただきたい。

中井徳太郎:周先生から学生のアンケートの紹介があった。学生はまったく「SDGsネイティブ」だというデータが出た。都市と地方でどちらに暮らすかというところで、地方出身者のかなり多くが地方に戻りたいという。

 ただ、全体の数字からいうと65%が都市に住みたい、35%が地方となっている。SDGsに関心あるのがほぼ8割近く、SDGsに対する関心はあるけれども、ではどこに住むかというと、都市に住むほうがやはり生活しやすいと。

 昔よりは地方を選好する方向にいっている。若い世代の意識はSDGsの大事さ、地球の危機など、自然環境をはじめさまざまな危機への問題意識はあるが、いざ自分が暮らすとなると、やはり快適な生活が必要になる。これは非常に正直なところが出ているのではないか。

第2セッション・ディスカッション風景

■「地域循環共生圏」への3つの移行


中井徳太郎:周先生からご紹介いただいたように、「地域循環共生圏」の構想が今、環境政策、サステナビリティ、GX、SXの環境省が提唱している根本的な概念ということになる。ちょっと難しい言葉だが、これはまさしくSDGsができた2015年の前から、環境省が英知を結集して作った概念だ。これには3つの移行があり、3つの切り口で考えるのが分かりやすい。ひとつが脱炭素社会、カーボンニュートラル。この前提として、エネルギーを化石燃料、地下資源に依存して熱帯雨林を伐ったので、CO₂が増えてこの異常気象になっていると科学的にも証明された状況の中で、エネルギーの使い方を地球に負荷が掛からないようにする。このメルクマールはCO₂がもう増えない世界、カーボンニュートラルと、こういうことだ。これを2050年まで達成しようということで、エネルギーを地球の生態系システムからもたらす再生エネルギーとか、さまざまなものを使って、もうCO₂が増えない形で回していこうということだ。

 もうひとつが循環経済、サーキュラーエコノミーという世界になる。これはプラスチックが海に捨てられて大変な問題になっており、2050年には魚の数を超えてしまうぐらいまでプラスチックの量が増えてしまうという推計が出ている深刻さがある。これは同じく化石燃料からプラスチックなどを大量に作り、大量に消費して捨てて、地球は広いから商品にして捨てまくっても大丈夫という発想から、気付いたら地球は有限であって海も有限だったということで、全部がものの繋がりという発想でデザインし直さないとやっていけないことが明確になった。ありとあらゆるものが繋がっているので、「ゴミではない」という考えからすべては「資源である」というぐらいの発想でものをとらえるということだ。

 プラスチック、金属素材、そして生物系のバイオマスがすべてゴミという発想ではなく、今のプラスチックも地上資源としてとらえてペットボトルの再生であったり、さまざまな衣服に変えるケミカルリサイクルの技術もある。鉱山から持ってきて作った金属もリサイクル・リユースする、生ゴミも重油を入れて焼却炉で燃やすような無駄なことはせず、堆肥化することもあるわけだ。したがってリサイクル、リユース、リデュースの3Rに、リニューアブルする、を加えた(4R)循環の仕組みができているかの見方でつねに考えていく。

 さらにもうひとつは、分散型自然共生社会だ。最近では、これからの世界の潮流である「ネイチャーポジティブ」という言い方に変えようというところもある。自然生態系や地の利をあまりにも無視して都市に人口空間を造ったがために、コロナになった今、いま「三密」だとかリスクが高いということで、一気に分散の方向にいった。それがデジタルツールで可能な時代になった。ここでもう一度人間だけでない自然のメカニズム、生態系、生物のさまざまなものと折り合いをつけて、私たちがこのリアルな空間を使っていくという発想で、生命・生き物と調和する。これはもう分散型だ。

 この3つの見方をちゃんと軸に据え、そちらに向いていないものはたぶん駄目、アウトだ。生物、生態系という仕組みに寄り添い、自然の一部であるという発想で、この3つのメルクマールで私たちの地域のことを考えると、都市や地方と分かれてしまったが、身の回りには森里川海の自然の恵みから、エネルギーや食や観光資源や健康になるものが全部ある。デジタル技術などを使い、地産地消・自律分散をネットワーク型でやっていく。これが地域循環共生圏という大きな構想だ。ここは非常に今進み、打ち出してから政策的にも大きな手応えを感じている。

ディスカッションを行う中井徳太郎・前環境事務次官

■ 新しい「豊かな暮らし」の未来像への連携


中井徳太郎:ベースとしては、これは冒頭で和田次官が言ったように、CO₂を減らすとか、循環型にするとか、そのこと自体が目的ではない。そのことによって、私たちが豊かで快適でウェルビーイングを実感できる、そちらが目的であり、そういうことをイメージしないと幾らカーボンニュートラルだ、サーキュラーだ、ネイチャーポジティブだとか言ってもどうにもならない。そこで今は、新しい「豊かな暮らし」という視点で、環境省でいうと「森里川海プロジェクト」のような大きなプロジェクトがある。そういうものが結集してわかりやすい未来像に向かって連携していこうという動きも始めている。

 まさしく今日のテーマは「供給サイドから仕掛ける」ということで、この供給サイドというものがやはりアウトサイドインと言うか、私たちのベースである暮らしや地域の現場であり、日々、その供給したものを受けるサイドが、どういう立ち位置にあってどういうニーズがあるのか。この方向感は、環境省が今、自然共生型のネイチャーポジティブという言い方をしており、ここら辺がまさしくド真ん中、本流だ。

 今日はもうひとつのテーマが集客エンタメ産業ということで、この運動の隊員のようにしてみんなが共有し、供給サイドが仕掛けるターゲットとして、需要サイドの方でこういうことであればみんながハッピーになり、かつその結果、経済事業も回る、そんなところに集客エンタメ産業の未来がある。

■ CO₂を出さない鉄鋼産業へ


周牧之:1985年に私は中国の宝山製鉄所というプロジェクトの担当をやっていた。その時は千葉県にある君津製鉄所をモデルにし、1,000万トンの最新鋭の製鉄所の設備を作ろうとした。その時はいかに国のわずかな予算を使ってこれを実現させるかを精一杯頑張った。当時はまったくCO₂のことは考えなかった。今は、CO₂を出さない製鉄産業をどう作っていくか、まさしく供給サイドからの変革、革命を、どう起こしていくか、だ。中井さんの腕に期待したい(笑)。

中井徳太郎:日本製鉄は2050年カーボンニュートラルをコミットし、橋本社長の陣頭指揮で、本気だ。今、周先生がおっしゃったように、鉄なり金属なりは便利なので、人類はこれを求めてきた。文明の発祥から言うと、レバノン杉を切って鉄文明ができ、金属が便利だとわかり、それが広がれば広がるほどもう森が伐られた。けれど今、2050年カーボンニュートラルを全体でやろうとしているわけで、人類文明のパラダイムシフトというか、大きな文明の転換であり、金属文明と木材・森林の調和ができるかという大きな文脈だと思う。

 それを可能にするには、供給サイドでやはり技術の進歩、石炭などでCO₂が出る形ではない形で鉄を精錬することにトライする技術の開発。それだけではなく、すでに地上に上がった鉄や金属をリサイクルすること、さらに鉄から出てくるスラグは、実は海の中に入れると鉄分などがあるので、藻場が再生できてCO₂を吸収する効果もある。そういうトータルな循環という発想に立ち、鉄を作るプロセス、そういうものが森林と関わったり、海の吸収と関わったり、自然生態系の話と関わったり、またプラスチックという地上資源をまた活用して鉄の作る時の材料に使うなど、いろいろな絡みが出てくる局面になっている。

周牧之:おっしゃる通りだ。これからの大きなうねりを皆さんの想像力と努力で支えなきゃいけない。

第2セッション・ディスカッション風景

■「地域経営」を地域活性化の根幹に


周牧之:今回のアンケートにあったように、学生の町である国分寺では学生がたくさんいるにも関わらず、この地元と若い人たちとの関係性はそれほど強くない。豊かな地域資源があるにもかかわらず、若い人たちはあまり接していない、使っていない。駅に大型の集合施設があっても、そんなに使っていない。結果、地元の国分寺に対する愛着もそれほど強くはない。

 実はこうした現象はおそらく国分寺だけでなく、全国的に起こっている。やはり若い人たちと地元との関係性をいかに強めていくかが、ひとつの地域活性化の根幹に関わる話だと思う。

中井徳太郎:地域経営という形で、長期の視点で、行政や企業だけではなく、みんながそういう発想を持たなければいけないというのはその通りだと思う。先ほどの集客エンタメと絡むと思うが、今の時代は、新井さんがおっしゃったように、根本にみんなが何故こういうものがあるのかとか、こういうものが存在し続けられるのかとか、そういう根本的なテーマについて、これから何十年も生きていく学生の皆さんが頭を使って考え抜くこと、薄っぺらい話でなく真剣に人生をどうするか考えることが必要だ。やはり核になるところが要ると思う。

 また、ぴあさんが集客エンタメという産業の分析をしているとなれば、そこにもちろん哲学が欲しい。スポーツも入って、それが健康寿命を延伸し、地域を繋ぐ。先ほどの3つの分析で人間だけの調和というより、自然生態系すべての文明転換点だから奥深い、根源的な問題だが、その集いの仕掛けが集客エンタメであり得ると思う。環境省の森里川海のプロジェクトでは、フェスもやっている。小川町のフェスは、まさしくオーガニックフェスといって新井さんにも出てもらっており、さまざまな仕掛けをやっている。これは集客エンタメそのもので、いろいろ意識喚起をしている。

 環境省で今、30by30という自然生態系にちゃんと人が関わって維持されているものを認定し、それに企業が取り組んでいたら株の評価になるような「自然共生サイト」の仕組みを考えている。脱炭素の方は100カ所を5年以内に先行地域でやるつもりだ。

周牧之:せっかくのチャンスなので、最後に一言、コロナ世代の学生へのメッセージを送ってください。

中井徳太郎:海や川に入り森に入っていってもいい。本物の生の自然の、気持ちいいとか心地いい風だとか、リアルなところをぜひみんな体験してほしい。毎日水を浴びるのでもいい。まず、リアルな肌の感覚、これを取り戻そう。


プロフィール

中井 徳太郎(なかい とくたろう)/日本製鉄顧問、前環境事務次官

 1962年生まれ。大蔵省(当時)入省後、主計局主査などを経て、富山県庁へ出向中に日本海学の確立・普及に携わる。財務省広報室長、東京大学医科学研究所教授、金融庁監督局協同組織金融室長、財務省理財局計画官、財務省主計局主計官(農林水産省担当)、環境省総合環境政策局総務課長、環境省大臣官房会計課長、環境省大臣官房環境政策官兼秘書課長、環境省大臣官房審議官、環境省廃棄物・リサイクル対策部長、総合環境政策統括官、環境事務次官を経て、2022年より日本製鉄顧問。


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【フォーラム】鑓水洋:地域活性化策には明確なコンセプトが求められる

ディスカッションを行う鑓水洋・環境省大臣官房長

 東京経済大学は2022年11月12日、学術フォーラム「供給サイドから仕掛ける地域共創の可能性」を開催した。和田篤也環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、新井良亮ルミネ元会長をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、周牧之ゼミによるアンケート調査をネタに、新しい地域共創の可能性を議論した。鑓水洋・環境省大臣官房長がセッション2「地域経済の新たなエンジン」のパネリストを務めた。

 

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学術フォーラム「供給サイドから仕掛ける地域共創の可能性」
セッション2:地域経済の新たなエンジン

会場:東京経済大学大倉喜八郎進一層館
日時:2022年11月12日(土)


■ エンタメ、デジタル、自然、カーボンニュートラルを起爆剤に


 1990年代半ばに生産年齢人口が下がりはじめて、それから2008年からは総人口が減少している状況が続いているといったことが、もともとの背景としてあろうかと思う。この問題は、意識としては長らく捉えられてきてはいた。だが、これといった解決策がまだ見つかっていない状況というのが正直なところではないかと思う。私自身は山形の出身だが、最近、もともと山形にあった老舗のデパートが立て続けに2つ倒産した。山形はもうデパート不毛地帯となってしまっている。食べ物も大変おいしいし、住みやすいと思っているし、そういう場所だが、過疎や倒産が現実に起こってしまっている。

 もう実行しなければいけないステージに本当に入っている。もう1つ経験から申し上げたいことは、周ゼミの皆さんがちょうど生まれた頃、2000年代前半になるが、熊本県庁に3年ほど出向していた経験がある。その当時から、もはや熊本県は高齢化も相当進んでおり、限界集落といわれるような問題も発生していた。

 実際、これをどう対処するのかといった議論は、既に当時からも行われていた。例えば都市でリタイアした人たちを呼び込むにはどうしたらいいか。そんな議論もしていたが、私自身はやはり今日、学生の皆さんが主張したように、若い人が定着する、呼び込むということがない限り活性化はないだろうと考えている。そのためには周ゼミのアンケートにもあったように、快適な暮らしももちろんだが、やはり働く場所がないと実現できないと考えている。

 したがって働く場があって、快適な暮らしが提供されるような町を目指すというのが、やはり大切なポイントだ。もう1点だけ申し上げると、地域活性化策というのは、実現するには、どんな町にするのかという明確なコンセプトと、一体何が問題で、どう解決するのかという明確な問題意識が求められる。

 これらについて地域の方々のコンセンサスを得なければいけないが、あまりに論点が大きく、明確な指針を打ち出せない状況が続いてきたのではないか。そうした中で今日、まさしくエンタメといった切り口やスポーツ、デジタル、自然、あるいはカーボンニュートラルといったさまざまなツールが提供されている。それぞれが、やはり起爆剤であるというふうに強く思っている。

ディスカッションを行う鑓水洋・環境省大臣官房長

■ カーボンニュートラルを切り口に分散型モデルへ


  私は環境省の人間なので、カーボンニュートラルについて一言申し上げたい。これまでも議論があったが、やはり一つの大きな有効なツールになるだろうと考えている。それはなぜかというと、ひとつは明確な国家目標があるということだ。2050年にはカーボンニュートラルにするという目標があるなかで、地域とか暮らし、それから産業のあり方を含めて抜本的に変えなければいけない。そういったターニングポイントにあるということだ。

 ある意味、一種の危機感が醸成されているということだ。それから、そういった国家目標を実現していくには、これを各地域で実践して実現していかなければいけないということなので、そのカーボンニュートラルといった切り口を用いて地域の課題は何かということを明らかにして、どんな町にするのかということを描くという絶好の機会だろうというように考えている。

 カーボンニュートラルを切り口とする優れた点を私なりに考えると、ひとつは面的な対応が必要なことだ。地域の共生、コンセンサス、これを醸成しなければいけないという考え方に立つということだ。

 それがひとつ。一方的に誰かが進めればいいという話では多分ないということ。それからもうひとつは、さまざまな地域資源は地域によってまちまちだ。熱が利用できるところとか、風力があるところとか。さまざまな地域資源を活用するということなので、さまざまなモデルケースが可能であるということだ。

 金太郎飴にならなくて、多様で分散型のモデルを提示できるという機会が、提供できるといった意味で、それをカーボンニュートラルの切り口にするというのは、大変ある意味優れた手法かなというふうに自分自身は考えている。

ディスカッションを行う登壇者。左から、鑓水洋・環境省大臣官房長、周牧之・東京経済大学教授

■ 大学の果たす役割が非常に重要


 地域と若者の関係性という観点からすると、 私は大学の果たす役割が非常に重要かなと思っている。熊本に勤務していた時期には、一般的に大学が地域貢献するという考え方がまだまだ根付いていなかったと思う。あれだけ知が結集しているところのノウハウを地域貢献に活かさない手はない。したがって、当時経済界とか大学の協力も得て、大学にその地域貢献をする研究拠点みたいなものを作っていただいた経験がある。

 今回このように周ゼミが地域のことを考えて、それを大学としてどういうことができるかという。その一環で。このようなセッションを作られているということは、そういう意味で、地域貢献にこの大学が関わっていきたいという姿勢の表れではないかと思っている。ちょっと偉そうなこと言うが、こういうことはぜひ続けていただければ大変いいと考えている。

 コロナ禍では、これまで経験したことのないような経験を味わっているのは、学生の皆さんだけではない。だが、学生という貴重な時間、機会がコロナに見舞われてしまったということは、やはり我々とはちょっと違うダメージ、インパクトがあるのではないかと思う。とはいえ、人生は長い。本物、リアルの世界にぜひ触れてもらい、自分をまた磨いてもらいたい。あとせっかくなので、こういうゼミで学習されている学生さんだから、環境省のフィーリングとぴったりマッチすると思うので、ぜひ環境省の門を叩いていただきたい(笑)。


プロフィール

鑓水 洋(やりみず よう)/環境省大臣官房長。

 1964年山形県生まれ。1987年東京大学法学部卒業後、大蔵省入省。大蔵省主計局総務課長補佐、熊本県総合政策局長、財務省大臣官房企画官、主計局主計官、財務省大臣官房付兼内閣官房内閣審議官、財務省大臣官房審議官、理財局次長、国税庁次長等を経て、2021年から現職。


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ディスカッションを行う新井良亮・ルミネ顧問

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学術フォーラム「供給サイドから仕掛ける地域共創の可能性」
セッション2:地域経済の新たなエンジン

会場:東京経済大学大倉喜八郎進一層館
日時:2022年11月12日(土)


■ 「地域共創」はもはや実行の段階、時間的猶予はない


周牧之(司会):学術フォーラム開催に当たって実施した周ゼミによる東経大の学生の意識調査のアンケートの中で中央線沿線の「将来住みたい場所」を聞いてみた。吉祥寺や東京が圧倒的人気だった。あとは三鷹、立川が続いた。しかし、昔人気あった国立が今の若い人たちにはあまり人気がないようだ。もちろん、今回は東京経済大学学生のアンケート結果なので、国立に立地する大学の学生から聞くと答えが違ってくると思うが、中央線を運営するJR東日本の元副社長、またルミネの元社長・会長の新井さんは、このような結果をどうご覧になるか。また新井さんがこれまで手がけてきた地域活性化への取り組みに関しても、ぜひご紹介ください。

新井良亮:私は昭和41年に八王子国鉄の八王子管区の機関助士、機関士、電車運転士として三鷹、中野で電車運転しましたから、ここはすべて知り尽くしている。昭和40年代からこのエリアでずっとお付き合いをしていて、なぜこのように国分寺が学生たちにとって不人気なのかは大変理解しづらい。実は国分寺はホテルメッツ(JR東日本のホテルチェーン)ができたのが、たしか武蔵境と共に初めての第1号だ。さらに、駅付きの託児所(保育所)ができたのも国分寺が第1号。そういう意味では住みやすい町だ。それをどう活用していくのか、もっとポテンシャルを上げていくのかに、関わっていくことが大切なことだ。

 今日の表題は「地域共創の可能性」だ。可能性というより、実行する時期に差し掛かっている、もうそんなに時間的な猶予はないと率直に感じている。供給側と需要側がまさにコミュニケーションをとり、連携しながら何を作り出していくのかがものすごく大切だ。そこに個人なり、組織なり、社会なり、国がどう関わっていくのか。その根幹は個人がどのように強い意志をもって考え、実践をしていくかだ。

 混迷する時代、ビジネスは正解がない。成長していくことがすべての問題を解決するという認識の上に立って、一人ひとりが覚悟をしていくことが大切だ。

第2セッション・ディスカッション風景

■ 鉄道事業におけるターニングポイントとパラダイムシフト


新井良亮:コロナ時代の地方創生ということで、JR東日本とルミネの話をさせていただきたい。パラダイムシフトが始まって産業が一変し、人と金が動かなくなった時代の中で、鉄道の役割を考えると、1987年に新会社(国鉄分割民営化)になって以来35年間黒字で来たのが、コロナになった途端に5,000億円を超える赤字になった。ようやく今年上期は黒字になったが、果たして第8波が来た時にどうするのかという危機的な状況にあるのがひとつ。

 もうひとつは、鉄道が明治5年にスタートしてから150年を迎え、ひとつの産業構造として鉄道はこのままでいいのか、大きなターニングポイントを迎えている。新会社以前に国鉄で採用された人たちがいなくなり新しい世代交代を迎えている。

 さらにもうひとつは、鉄道は技術が進歩しないと成長はないわけで、これから鉄道会社が新しい路線を造ることはもうほとんどない。これ以上、環境を破壊してまでスピードアップすることが、何千億という金を使い5分短縮することに血眼になって取り組むことに、どれほどの価値を見出すのか。

 そうなると、社会でどう妥当性を作っていくのかも含めて考えていかなければならない。鉄道はどうするのか。ひとつはやはり地域との共生・共創をしっかり取り組む。これは限りなく地域貢献をしていくことだ。観光・農業・まちづくりを、経済合理性だけではなく社会妥当性をしっかり作ってやっていくことに尽きる。

 そういう意味ではビジネスは得して、得して、大損をするのではなくて、損して、損して、損して、得を取ると。その得は経済上の損得もあるが、企業としての人徳を含めて考えていかなくてはいけない時代に入っている。駅を考えた時に、ステーションという駅があり、もうひとつはベネフィットする社会益を作る役割をしっかり果たすことが、まさに企業価値として存在理由になる。そのことを会社の中でどれほどオーソライズされ、一人ひとりの社員の心の中に納得性を持たせられるかが大切だ。

 もうひとつ、やはり新しい鉄道ビジョンをどう作るかだ。新しいビジネスを考えると、需要側の問題を、今まで首都圏輸送でやっていたのを都市間輸送に変えていかなければならない。今回、大都市のJRでいえば、都内も含め近郊の輸送はもう100%戻っている。問題は、都市間輸送が4割ぐらいしか戻っていない。赤字の原因を変えていかないと駄目だとなれば、地方にもっと力をつけていかなければならない。県庁がある中核都市は何としても支えていく。そのためのビジネスをやる。そのために人を運び、農業をつけ、環境に対して優しいことを企業として取り組むということではないか。

ディスカッションを行う登壇者。左から、中井徳太郎・前環境事務次官、新井良亮・ルミネ顧問、前多俊宏・エムティーアイ社長、高井文寛・スノーピーク代表副社長

■ 産地の特産物に鉄道事業の強みを活かす


新井良亮:今JRが取り組む施策を紹介すると、新幹線ができて青森市は旧市街地が大変な状況になるということで、旧市街地にリンゴを活用したシードルを作り、農業とタイアップしてさまざまな取り組みをしている。それがフランスで世界有数の1、2位のシードルとして認められ、今13工場、13社が進出し、大変なマーケットを作っている。駅ビルを建て直す中で旧市街地を含め抜本的に見直していく。駅ビルの建った前にシードルの工場があるわけで、新しいまちづくりをしている。

 主要な駅では「のもの」という、農産物を駅の中で販売をしていく取り組みを進めている。今まで新幹線は旅客だけだったのを、旅客だけではなく荷物も運ぶ。やはりこれだけのスペースがあるので、朝採りをそのまま届けて店舗に並べている。

■ ニーズをベースに鉄道資源をさまざま活用する


新井良亮:もうひとつは、北海道などの地方ローカル線が話題になっているが、お客さんが鉄道に乗らないから鉄道をなくすということではなく、鉄道のあり方をもっと考え直していく必要がある。只見線の例では、災害が起きて何年ぶりかに10月1日に運転を再開するが、これは上下分離で、施設を自治体が持ち、運行を鉄道が持つということで、只見線の鉄道は存続させる。おそらくこれは北海道とか四国とかでも活用される。

 あとはBRTだが、被災地の新しいバス路線で鉄道の用地と普通の道路を両方渡れるような形でフリークエンシーを高めていく。エリアへの配車の取り組みをし、その駅から車がない、足がないことがないように利便性を高める。

 新しいビジネスとしては、シェアオフィス。これは建築上問題があるとか、国交省も含めていろいろやったが、可動式にすれば可能だということで認めてもらった。わざわざいろいろなところに出かけなくて済むので、実際、非常に稼働率が高い。隣の西国分寺駅では、スマート健康シティに取り組んでいる。隣でできるのであれば国分寺でもできるというような、ポテンシャルを上げる取り組みをしていったらいい。エンタメもありうるし、ニーズをベースに考えてさまざまな利便性を高めたらいいと思う。

■ もう一度川下から物事を徹底して見ていく


新井良亮:ルミネは今の状況を見ると、2018年ベースではほぼ95%まで来た。対前年比はもう130%になった。それはなぜか。コロナでお客様が来ていないと言うが、買いたいという心はずっと持っておられる。やはり若い女性の購買力はすごい。本当にそういう意味では我々はもっと勉強しなければならない。「供給サイドから」で言えば、ビジネスサイドからもう1回川下から物事を見ていくということだ。

 今、ルミネの中でやろうとしているのは、銀行と同じように「ルミネがなくなる日」を想定して何ができるのか、もう一回考えようということだ。たまたまコロナが来たという問題よりも、平成30年を過ぎた段階で30年企業説があるとすれば、ルミネの企業はもう終わりに近づいている。ビジネスとしてこれでいいのかを考えてもらいたいということだ。

 2つ目は、マーケットを徹底して見ていく。川下から、本当にお客様は何を求めているのか。済んだ過去のことをデータから見るだけでなく、お客様の真実を見た上でマーケットを作っていくことに、我々がどれほどの心血を注いでいけるかだ。

 私たちは、不動産賃貸業をやるつもりはないと明確に宣言している。お客様とショップのスタッフと、賃料をこれだけもらえればいいということでなく、お客様とオーナーさんとWin-Winの関係で、いつも成長していく前提に立って物事を考えている。賃料だけ取れればいいという関係は一切、そこにはない。コロナの時は賃料、最低家賃も全部取っ払った。そういうことも含めて考えていかないと、相手が弱るだけだ。

■ 小売りとは何なのか?何を売っていくのか?


新井良亮:小売業とは、読んで字の通り小さな売り方をしているということ。小売りとは売る場で小さく売っているだけで、大本は大量に作っている。それを小分けして売り、最後、売れなくなったらバーゲンするわけだ。不動産だったら、家だったら訴訟が起きることが小売だったらまかり通るのは、何かお客様を小馬鹿にしていることにもなりかねない。

 やはり需要に見合ったものづくりをしていく。そうするとものづくりをする人が、利が取れる。大量に作らせておいて、叩くだけ叩いて安売りして、原価割までして売っている姿では、ものづくりする次の世代は辞めますということになる。

 そういうことをやるよりも、個を売る、個性を売る。品物の要素はクオリティであり、モノの価値を売っていく。モノの価値を売るとは、言ってみればお客様の価値を見出していく。モノの価値を売っていく人とものづくりの人たちが関わりながら一緒に共創していくことが大切だ。これに今ルミネは取り組んでいる。

■ 文化は金にならない?ビジネスの真髄とは


新井良亮:文明は金になるが文化は金にならないと言われるが、そうではない。われわれはファッション文化、食文化だ。成長し続けなければ課題が解決しないというスタンスで物事を進める。ひとつひとつをきちんと作っていかない限りビジネスにならない。

 男性のビジネススーツは、背広とワイシャツ、靴が何足、何種かあればいい。女性は毎日替える。あるいは時間によって替える。とてつもなく感性が豊かで、その需要は多い。ここにルミネが耐えられるかどうか。お店に来ていただけることが、ビジネスの真髄だ。私たちは、お客様と寄り添っていくという大きな狙いをもってファッション文化、食文化に取り組んでいる。社員の75%が女性で、平均年齢33歳。私は例外中の例外で、こういう人がいるのかと言われる(笑)。でも、まだ若い人だけの世代だけでは社会はまとまらないので、やはりバランス良く、お互いの存在をきちんと認識しながらビジネスで日々を過ごしている。ぜひルミネの取り組みをいろいろ見ていただきたい。「価値づくり」と、「顧客感動形」でお客様に感動を与えて再来店を促している。

ディスカッションを行う新井良亮・ルミネ顧問

周牧之:私と新井さんとの付き合いは長くなった。毎回新井さんの話を伺うと、問題意識の鋭さとビジネスのセンス、実行力に敬服する。

 新井さんは長年、地域との関係性を強める視点に立ったビジネスを心がけている。単年度ではなく、長いスパンに立ち、大局観で地域を経営すべきだと提唱されている。実は2017年の東京経済大学の学術フォーラムでも、新井さんは長期的なスパンで企業が周りとのネットワークを重視する経営が重要だと話した。今回のアンケートにあったように、学生の町国分寺は学生が大勢いるにも関わらず、地元と若い人たちとの関係性はそれほど強くない。豊かな地域資源があるにもかかわらず、若い人たちはあまり接していない、使っていない。駅に大型の集合施設があっても、そんなに使っていない。結果、地元の国分寺に対する愛着もそれほど強くはない。こうした現象はおそらく国分寺だけでなく全国的に起こっている。若い人たちと地元との関係性をいかに強めていくかが、地域活性化の根幹に関わる。

新井良亮:学生の皆さんがニーズを出す前に、学生の皆さんでまず議論してほしい。頭から血を出すぐらい考えないと、新しいアイデアは生まれない。皆さんでそこのところを1歩でも2歩でも先んじることだ。

 企業側も行政側も、そこに商工会議所や自治会が入ってこないのは、お客様という視点が欠けているがゆえだ。供給サイドという違う面から見ると、上から目線だ。学生の若い世代から、あるいはカスタマーというお客様の目線で、町を、全体を見た時にとてつもない経営資源があることを、それぞれが自覚することだ。

周牧之:最後に一言、コロナ世代の学生へのメッセージを送ってください。

新井良亮:人生100年時代と言われている中でのコロナの3年間、自分の人生の中で何を位置づけたのか、自分なりにしっかり考えてほしい。ただ、100年時代を迎えた時の3年間がどれほどの価値があるのかをもう一度、違った意味で考えてほしい。問題は、そこで自分が何をやるのか、社会に対して自分は何を目指していくのか、あるいは社会のために何を役立てるか明確な目標をしっかり持つことだと思う。


プロフィール

新井 良亮(あらい よしあき、)/(株)ルミネ顧問

 1946年生まれ、1966年日本国有鉄道に入社。八王子機関区に勤務しながら夜学に通い中央大学法学部を卒業。JR東日本取締役・事業創造本部担当部長、同常務、同副社長を経て、ルミネ社長、同会長、取締役相談役を歴任。


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【フォーラム】前多俊宏:ルナルナとチーム子育てで少子化と闘う

ディスカッションを行う前多俊宏・エムティーアイ社長

 東京経済大学は2022年11月12日、学術フォーラム「供給サイドから仕掛ける地域共創の可能性」を開催した。和田篤也環境事務次官、中井徳太郎前環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、新井良亮ルミネ元会長をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、周牧之ゼミによるアンケート調査をネタに、新しい地域共創の可能性を議論した。前多俊宏・エムティーアイ社長がセッション2「地域経済の新たなエンジン」のパネリストを務めた。

 

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学術フォーラム「供給サイドから仕掛ける地域共創の可能性」
セッション2:地域経済の新たなエンジン

会場:東京経済大学大倉喜八郎進一層館
日時:2022年11月12日(土)


■ 年間30万人の妊娠に寄与するアプリ


周牧之(司会)学術フォーラム開催に当たって実施した周ゼミによる東経大の学生の意識調査に関して面白いのは、半分以上は都市の出身の子どもたちですけれども、72%の学生が地方の過疎化が問題だと回答しています。また、実際暮らしたい場所の理由につきましては、都市派にせよ地方派にせよ、子育てのしやすさ・子育て支援が非常に重要なイシューだと意識しています。

 エムティーアイという会社は、女性健康管理のアプリを開発して女性の健康をサポートされています。さらに、少子化問題の解決や子育て支援に関する事業にも取り組んでおられます。地域をベースにした子育て支援の展開について、前多さんから紹介してください。

第2セッション・ディスカッション風景

前多俊宏:アンケートを拝見しても、子育てというのが非常に重要なテーマになっている。

 実際、「供給サイドからの地域共創」というなかでも、子どもというのが非常に重要だと考えられるし、子どもがいないと未来がないわけであって、たくさんの子どもが元気であるということは、地域活性化の基本的な条件だと思っている。弊社は携帯電話とかスマートフォンのアプリなどを作っている会社だが、その中で女性の健康管理をサポートする「ルナルナ」というアプリがある。

 これは生理日管理を基本の機能として作られたもので、もう既に20年以上、ガラケーの時代からこのサービスをスタートして展開しており、日本だけで1,800万ダウンロード(2022年6月時点)もされている。最近は妊娠を目的に使う人が増えてきており、このアプリの利用者の中で約30万人の妊娠に寄与するという状況になっている。これは日本の出生数の3分の1以上に関わっていると考えている。

 ルナルナに蓄積された約300万人分のデータを分析し、一人ひとりが違う周期を持っているので、それを予測するアルゴリズムを開発している。いろいろな大学や研究機関などとも共同研究して、特許や論文などもたくさん出しているが、従来知られている方法と比べると、1.4倍近い妊娠の成功率を実現できている。これは少子化対策に対して非常に貢献できているのではないか。

■ 子育ての不安を解消する母子手帳のアプリ


前多俊宏:しかし、妊活の支援だけでは不十分で、子どもが生まれると、続いては安心して子どもを産んで育てられる環境づくり、子育て支援というのが必要になってくる。

 ただ、この子育てに対する不安や負担は非常に重い。例えば手続きだけをとっても100を超える。市町村によるが、例えばシングルマザーの場合は市役所、区役所に直接行かないとダメなどということもある。2週間以内にシングルマザーが子どもを連れて出世届を出しに行くなどは難しさがある。こんな馬鹿げた制度がたくさんある。こうした手続きをより簡単にしていくということが、我々でもできるのではないか。

 もうひとつは社会の変化、核家族化の進行の結果、子育ての知識や知恵といったものがなくなってしまっている。これら不足している部分の不安などを解消することも、デジタル技術を使ってできるのではないか。

 母子手帳のアプリの「母子モ」というのをスタートしている。8年経っており、約1,700の自治体のうち500、3分の1弱の自治体で使っていただいている。こちらの方も出生数でいうと28万人をカバーしており、こちら側からいっても3人にひとりはお手伝いさせていただいている。

 これは母子手帳なので、妊娠した時から、そして出産して子どもが6歳になるまでこれを使っていただいている。我々の考え方としては「チーム子育て」と呼んでおり、クラウドの技術を使って住民を中心として自治体、行政機関と、それから医療機関、病院やそれから薬局こういったものを繋げることで面倒くさいことをカバーしたり、不安を取り除くようなさまざまなサービスを提供させていただいたりしている。

 その中で、単なる母子手帳の記録だけではなく、2021年から千葉県の市原市で始めた小児予防接種のサービスでは、まず市からQRコードが予防接種のときに行く。このQRコードを読み込むと、まず問診を入力して、そして予約していくだけ。

 6歳になるまで約30本の予防接種を打つので、非常に大変だし、期間を正しく空けていかなければいけないのだが、これがまた難しい。それから順番も難しい。お母さんも大変だし、病院側も間違って時々事故が起きる。こういったものを裏側で全部コントロールしている。QRを読めば、問診票の記入も1回で終わる。1回書くと次は若干の修正で済む。行くとアプリに全部登録が終わっているから、手続きも非常に簡単に病院で終わる。医者がワクチンのロット番号を読み込む。

 打ち終わると、すぐに電子母子手帳の中身がばらっと書き換わるので、非常にお互いに便利になっている。

ディスカッションを行う登壇者。左から、中井徳太郎・前環境事務次官、新井良亮・ルミネ顧問、前多俊宏・エムティーアイ社長、高井文寛・スノーピーク代表副社長

■ 手続きを簡略化して母親へのケアに注力できる仕組みづくり


前多俊宏:もうひとつ北九州市で2022年4月からスタートしたものだが、妊娠すると妊娠届を市役所に出しに行かなければいけないが、その時もいろいろな窓口をたらい回しになるが、それが1回行ったら終わる。スマホから申請や来庁時間の予約もできるので、これはお母さんにとっても職員にとっても、非常に手続きが簡素化する。先ほどの予防接種のアプリの場合も、この妊娠届の場合は、80%以上の人がデジタル化の方にシフトした。

  それ以外に、乳幼児健診のスマホで全部記録を取っていくというのが、2023年度4月からスタートしたりするというようなことで、お母さんが手続きが面倒くさい、不安があるといったものを解消し、職員もその住民のケアに集中できるようになっていく仕組みを提供している。

周牧之:要するに、この「チーム子育て」によって、地域にばらばらに存在していた子育てのステークホルダーが有機的に連携できるようになる。それによって子育てのクオリティや利便性はだいぶ高められる。

■ 人口を増やすということに対する戦い方の徹底


周牧之:今回のアンケートにあったように、東京経済大学が立地する学生の町、国分寺では学生がたくさんいるにも関わらず、地元と若い人たちとの関係性はそれほど強くない。豊かな地域資源があるにもかかわらず、若い人たちはあまり接していない、使っていない。駅に大型の集合施設があっても、そんなに使っていないようで、その結果、地元の国分寺に対する愛着もそれほど強くはない。

 実はこうした現象はおそらく国分寺だけではなく、全国的に起こっていることだ。やはり若い人たちと地元との関係性をいかに強めていくかが、ひとつの地域活性化の根幹に関わる話だと思う。

前多俊宏:地域の魅力という観点では、生活するにあたって細かく面倒な手続きが積み上がってくると、ものすごく不便になり、そこに住むのが面倒になってしまう。そういう摩擦を本当に減らしていかなければならないということと、過疎と闘うという感覚は日本にはない。

 例えば先進国で本当に人口が増えていて出生率が高いのはフランスだが、そのフランスが今年の8月2日に作った法律では体外受精がシングルマザーでもできる。レズビアンでもできる。日本はどうかというと、婚姻を通じて戸籍がちゃんと成立していないと、体外受精は基本的に受け付けないと産婦人科が断る。フランスと比べた場合、過疎というか、人口を増やすということに対する闘い方の徹底ぶりが全然違う。

周牧之:最後に一言、コロナ世代の学生へのメッセージを。

前多俊宏:弊社では、一昨年コロナが始まってすぐに完全テレワークに移して、もうみんな引っ越してどこかに行っちゃった(笑)。もう、こういう変化は始まったら戻らない。だったらその変化の先端まで行って、徹底的に新しい変化した時代のやり方を追求してみるのもいいと思う。


プロフィール

前多 俊宏(まえた としひろ)/エムティーアイ社長

 1965年青森県青森市出身。1987年千葉大学工学部機械工学科卒業、日本アイ・ビー・エムに入社。後に光通信に転じ、1990年に同社の取締役となる。1996年8月にエムティーアイを創業し、同社の代表取締役社長となった。


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【講義】竹岡倫示:流転する国際秩序 ― パクスなき世界―

2022年11月24日 東京経済大学教室にて、竹岡倫示氏(左)VS 周牧之

編集ノート:
 東京経済大学の周牧之教授の教室では、リアルな学びの一環として第一線の経営者やジャーナリスト、官僚らをゲスト講師に招き、グローバル経済社会の最新動向を議論している。十数年来、日本経済新聞社の竹岡倫示氏は毎年のゲスト講義で世界情勢の最新動向を話してきた。2022年11月24日(木)の講義では、漂流する国際秩序、中国共産党大会のねらい、バイデン政権の国家安全保障戦略などについて解説した。


■ 激動する多極世界への移行


 2022年は多くの偉人が旅立った年でもあった。

 まず挙げられるのがミハイル・ゴルバチョフ氏(2022年8月31日逝去、91歳)だろう。旧ソ連で「ペレストロイカ」(立て直し)、「グラスノスチ」(情報公開)と呼ばれる改革を断行、西側との平和共存を目指す「新思考外交」を展開した。旧ソ連最後の指導者として東西冷戦を終結させたほか、ベルリンの壁を1989年に崩壊に導き、東西ドイツ統合に道を開いた。冷戦の終結、中距離核戦力(INF)廃棄条約の調印、共産圏の民主化などを理由に1990年、ノーベル平和賞を受賞した。

 エリザベス英女王(2022年9月8日逝去、96歳)は在位70年7カ月。第2次世界大戦後の英国史をほぼ全て見守った。1952年に25歳で即位した時は、英国が第2次世界大戦に勝利したものの、世界の覇権国の地位を米国に譲りつつあった時期だった。当時の首相はチャーチル氏で、以来、トレス氏まで計15人の首相が仕えた。「君臨すれども統治せず」の伝統の下、政治への直接関与は避けつつ、かつての威光が陰る戦後の英国を一貫して見守ってきた。国民から絶大な支持と尊敬を集め、歴史的な難局では常に国民に寄り添ったメッセージを発し続けた。

 安倍晋三・元首相(2022年7月8日逝去、67歳)は首相通算在任日数が3,188日と最長だった。アベノミクス(大胆な金融政策、機動的な財政出動、民間投資を喚起する成長戦略)を主導したほか、外交面では「地球儀を俯瞰する外交」という理念を掲げ、世界の各地域で日本が主体的な役割を担う外交を展開した。2016年には、自由と民主主義に基づく国際秩序の維持を目的とした「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)構想を提唱。後に米トランプ政権が採用した。集団的自衛権を行使できるようにする安保関連法を成立させた。

 これら冷戦前後を代表する指導者の逝去は、大きな秩序の変化を感じさせる。

 ここで覇権の移り変わりを振り返ってみたい。

 1~2世紀ごろのローマ帝国の五賢帝時代はパクス・ロマーナと呼ばれた。領土内では水道や道路などのインフラが整えられ年が発達、人々は繫栄を謳歌した。13~14世紀のパクス・モンゴリカではモンゴル帝国がユーラシア帝国を支配、東西の交易が盛んになった。19~20世紀初めのパクス・ブリタニカは、産業革命をいち早く進めた英国が経済力と軍事力を背景に、世界に植民地を開いた。そして2度の世界大戦を経て覇権はアメリカへ(パクス・アメリカーナ)。今はパクスなき多極世界、もしくはパクス・シニカ(中華治世)への変動期か?

■ 第20回中国共産党大会の真の意義


 その中国では2022年10月、共産党の指導体制や基本方針を定める最高意思決定機関、党大会が開かれた。続く1中全会(第20期中央委員会第1回全体会議)では、党大会で選ばれた中央委員が最高指導部の政治局常務委員7人、政治局員24人を選出。中央軍事委員会の人事も決定した。

 党大会では冒頭に党トップの総書記(すなわち習近平氏)が過去5年を振り返り、将来を展望する活動報告をする。ここで習氏が何を語ったかは非常に重要な意味合いをもつ。

 過去5年の回顧では、小康(ややゆとりある)社会の全面的完成という第1の100年目標を達成したと強調。また、人民中心の発展思想を貫き、「共同富裕(ともに豊かになる)」が新たな成果を収めたと指摘した。

 続いて、共産党の使命として、社会主義現代化強国の全面的完成という第2の100年の奮闘目標を実現すること。また、2035年までに社会主義現代化を基本的に実現し、今世紀半ばまでに社会主義現代化強国を築くこと。中国式現代化によって中華民族の偉大な復興を全面的に推し進めることを掲げた。これからの5年間は、社会主義現代化国家の全面的な建設が始まる重要な時期であり、最悪の事態も想定した思考を堅持しなくてはいけないと主張した。

 国家建設の方針としては、製造強国・品質強国・宇宙強国・交通強国・インターネット強国・「デジタル中国」の建設を加速すると述べた。ハイレベルの科学技術の自立自強の早期実現を目指すほか、基幹的な核心技術の争奪戦に必ず勝利し、自主イノベーションの能力を高めるとした。台湾を巡っては、平和的統一の未来を実現しようとしているが、決して武力行使の放棄を約束せず、あらゆる必要な措置をとるという選択肢を残した。

2022年11月24日 東京経済大学教室にて、講義を行う竹岡倫示氏

 また、中央宣伝部の孫業礼副部⾧が先進国パターンとの違いを解説したように、「中国式現代化」が強調された。これは以下の5点からなる。

 ① 巨大な人口規模の現代化
 14億人を上回る人口規模や資源・環境上の制約の大きさゆえ、中国の現代化は外国のモデルを踏襲するわけにはいかず、発展の道と推進の方法において自らの特徴を持たねばならない。これほど大規模な人口の現代化は、困難さと複雑さが前例のないもので、その意義と影響も前例のないものとなる。人類社会への多大な貢献でもある。

 ② 全ての人々が共同富裕の現代化
 これは中国の特色ある社会主義制度の本質によって決定づけられるものであり、我々は二極分化のパターンを受け入れるわけにはいかない。

 ③ 物質文明と精神文明の調和のとれた現代化 
 過去の一部の国々の現代化の重大な弊害は、物質主義の過度の膨張であった。

 ④ 人と自然の調和のとれた共生の現代化

 ⑤ 平和的発展の道を歩む現代化
 戦争、植民、略奪などの手段で現代化を実現したかつての一部の国々の道は歩まない。

■ 米国の警戒とバイデン政権の国家安全保障戦略


 米国は中国の長期戦略に警戒を隠さない。その戦略の1つ、「中国製造2025」は中国の先端産業、製造業を世界トップレベルに引き上げる長期計画であり、2015年5月に中国政府が行動綱領を打ち出している。

 目標として2015~25年に製造強国の列に加わり、25~35年に製造強国陣営の中等水準に到達する、35~49年に製造強国の前列に入りグローバル世界を引っ張る技術と産業体系を作り上げることを掲げる。

 米国の警戒の証拠として、米通商代表部(USTR)は、制裁対象候補リストの品目に関して「『中国製造2025』に基づいて特定した」と説明したことが挙げられる。具体的には産業用ロボットや工作機械、航空機・部品、通信衛星、船舶・タンカー、タービン、発電機、農業・林業機械、化学品、超音波診断装置、カテーテルなど医療機器が含まれる。トランプ政権時代の2019年9月には、米中二大貿易大国が平均20%超の高関税をかけ合っていた。

 また、バイデン政権は2022年10月に国家安全保障戦略を発表した。

 ①(中ロを念頭に) 「独裁者は民主主義を弱体化させ、国内での抑圧と国外での強制による統治モデルを広げようとしている」

 ②「我々は、ルールに基づく秩序が世界の平和と繁栄の基礎であり続けなければならないという基本的な信念を共有するいかなる国とも協力する」

 ③ 北大西洋条約機構(NATO)、米英豪の安全保障の枠組み「オーカス」、日米豪印の「クアッド」に触れて、「侵略抑止だけでなく、国際秩序を強化する互恵的な協力の基盤だ。米国や同盟・パートナー国への攻撃や侵略を抑止し、外交や抑止に失敗した場合に国家の戦争に勝利する準備をする」

 ④(台湾について) 『いかなる一方的な現状変更にも反対し、台湾の独立を支持しない。「一つの中国」政策を堅持し、台湾関係法に基づく台湾の自衛力維持を支援する』

■ 「トゥキディデスの罠」は回避できるか?


 これらが骨子となる一方、世界の経済成長の約60%はアジア、30%は中国が寄与しており、単純な対立構造という見方も正確ではない。

 米国はFIVE EYESと呼ばれる米英カナダ豪ニュージーランドの枠組みや、日本やインドが参画するQUAD、米英豪のAUKUSなど、軍事・安全保障の体制を積み重ねている。同時に中国との直接対話も続けている。2022年11月の米中首脳会談は対面では3年5カ月ぶりとなり、衝突回避への対話を継続することで一致した。

 より具体的には衝突回避、気候変動や食糧問題などの課題解決に向けた高官対話の維持、ウクライナでの核兵器使用と仕様の威嚇への反対では一致。台湾問題や米国の輸出規制、中国の人権問題などは相違点として残った。

 今後は「トゥキディデスの罠」をどう回避するかが重みを増す。古代ギリシャ時代の約2500年前、トゥキディデスは台頭するアテネと覇権を握るスパルタの間で長年にわたって戦われた「ペロポネソス戦争」を記録し、「アテネの台頭と、それによってスパルタが抱いた不安が、戦争を不可避にした」と記した。

 新興国が覇権国に取って代わろうとするとき、2国間で生じる危険な緊張の結果、戦争が不可避となる状態を、米ハーバード大学教授で国際政治学者のグレアム・アリソンは「トゥキディデスの罠」と呼んだ。過去500年の歴史で新興国が覇権国の地位を脅かしたケースは16件あり、うち12件が戦争に発展し、戦争を回避できたのは4件だけだったという。


プロフィール

竹岡倫示 (たけおか りんじ)
日本経済新聞社 客員

 1956年生まれ。1980年横浜国立大学経済学部卒、日本経済新聞社に入社後、バンコク支局長、東京本社編集局経済部次長、中国総局長、国際本部アジア担当部長、東京本社編集局次長、常務執行役員、専務執行役員を歴任。


【フォーラム】南川秀樹:コミュニケーションの場としてのエンタメを

ディスカッションを行う南川秀樹・元環境事務次官

 東京経済大学は2022年11月12日、学術フォーラム「供給サイドから仕掛ける地域共創の可能性」を開催、学生意識調査をベースに議論した。和田篤也環境事務次官、中井徳太郎前環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、新井良亮ルミネ元会長をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、周牧之ゼミによるアンケート調査をネタに、新しい地域共創の可能性を議論した。南川秀樹・元環境事務次官がセッション1「集客エンタメ産業による地域活性化への新たなアプローチ」のコメンテーターを務めた。

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学術フォーラム「供給サイドから仕掛ける地域共創の可能性」
セッション1:集客エンタメ産業による地域活性化への新たなアプローチ

会場:東京経済大学大倉喜八郎進一層館
日時:2022年11月12日(土)


 先日、熱海に足を運んだ。秋、冬にも花火大会を催しているので見に行こうと考えた。花火を鑑賞し、駅前の仲見世通りや一帯がきれいに作り替えられていて、様々な人を呼び込む企画にも事欠かなかった。東京からでも名古屋からでも日帰りでも楽しめる街になっていた。熱海のような街は供給サイドから自ら「仕掛け」、整備していかないと作れない。

 せっかく東経大で議論しているのだから、やはり東経大のためにならなければいけない。さらには、国分寺地域全体として、スポーツなり、エンタメの世界なり、もちろん、バーチャルの世界もあると思うが、より活性化できる仕掛けは何か、国分寺市民であること、あるいは東経大の学生であることが誇りに思える仕掛けは何か、に知恵を出していかなければならない。

第1セッション・ディスカッション風景

スポーツもエンタメもコミュニケーションが大切


 私もスポーツ自身がエンタメの一部だと思っている。ただ、地域にとっては単に人が集まっていればいいのではなくて、そこにいることによって心のコミュニケーションができることが必要だ。2週間前に実は水戸マラソンを走った。8,000人以上の人が集まって、町の中をずっと音を立てながら走り回った。あれこそコミュニケーションだなと強く感じた。

 私自身は毎週、代々木の織田フィールドで走っている。必ず居られるのが目の悪い方が伴走者で一緒に走っている。それから足の悪い方が義足を履いて走っておられる。それで皆さん1人で来ても、一緒に会うと楽しそうに話の輪ができる。とても大事なことだ。それがひとつ大きな生きがいとなっている。その方達と僕もよく話すが、とても明るく、最初来た時に戸惑っていた人が随分変わってきている。とても嬉しい。ただ、それはなかなか陸上ランニング以外の競技では難しいようだ。もっと広げたいと思う。

 スポーツクラブは地域社会の核となる存在だ。例えばスポーツクラブで同じエクササイズをとっている人同士が親しくなり、非常に頻繁にコミュニケーションができ、言ってみれば家庭以外あるいは職場以外のところで仲間ができる。そういったことが大事かと思う。

 現代は、かつてのように農業を通じ、否応なしに地域の中で生きるしかないという世界ではなくなった。そういう意味では仕事を離れ、心が通い、癒せる、コミュニケーションができる仲間を、スポーツクラブなどで得ることは大変貴重だ。それが、実際に可能性があって働いているのかどうかにも関心がある。

 エンタメも同じだ。私自身も寄席が好きでよく寄席に行くが、やはりそういったところでいつも会う人というのは、結構気が合う。そういった場であってほしい。

ディスカッションを行う南川秀樹・元環境事務次官(左)と吉澤保幸・場所文化フォーラム名誉理事(右)

■ 人材育成の場作りを


 最後に人材育成、場所作りを挙げたい。「仕掛け」を作れる人材の育成は欠かせない。今日のフォーラムにも参加したユナイトスポーツは東京五輪の中で、例えばマラソンの開催地が変わるような出来事があるなかで、やり遂げたことは非常に重要なことだ。ここで育った人材は他の所でも活躍できる。また、先ほど挙げたスポーツクラブは大事で、人材にとっては平時の収入源にもなる。

 それから、スポーツもエンタメもその表舞台に立つ人とその舞台を作る人がいて、要はその両方がある。プレーする、それを支える、両方あって初めて大きな大会ができる。両方を経験する人をできるだけ増やしたい。そういう人が企業マインドを持ち、新しい産業を起こすことによってある種の実効性がありアニマルスピリッツのあるアントレプレナーができると私は思う。エンタメもスポーツも、プレーし、支え、の両面から応援していかなければならない。


プロフィール

南川秀樹 (みなみかわ ひでき)
東京経済大学元客員教授、日本環境衛生センター理事長、中華人民共和国環境に関する国際協力委員、元環境事務次官

 1949年生まれ。環境庁(現環境省)に入庁後、自然環境局長、地球環境局長、大臣官房長、地球環境審議官を経て、2011年1月から2013年7月まで環境事務次官を務め、2013年に退官。2014年より現職。早稲田大学客員上級研究員、東京経済大学客員教授等を歴任。地球環境局長の在職中は、地球温暖化対策推進法の改正に力を尽くした。また、生物多様性条約の締約国会議など多くの国際会議に日本政府代表として参加。現在、中華人民共和国環境に関する国際協力委員を務める。

 主な著書に『日本環境問題 改善と経験』(2017年、社会科学文献出版社、中国語、共著)等。


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