【コラム】「人新世」(アントロポセン)時代の曲がり角 〜都市は文明を先導、だが崩壊危険要因も顕在化〜 /初岡昌一郎・国際関係研究者、姫路独協大学元教授

初岡 昌一郎
国際関係研究者、姫路独協大学元教授


 百科事典で検索すると、文明とは都市化であるという意味の解説が一般的になされている。広く日本で用いられている『広辞苑』では、「都市化(civilization)」と記載されている。歴史を振り返ると、これまでのところ都市文明は発展の一途をたどってきたように見える。しかし、すべてが生成し、発展の後に、やがては没落・消滅するという万物の一般的法則から見ると、都市文明の永続的な繁栄が右肩上がりに持続的に続くのを想定するのは根拠不十分な楽観論にすぎない。


メガ都市化で危険がメガ化した現代


 歴史を紐解いて見れば、戦争や外部からの侵略によって破壊された都市もあるし、火山の噴火や自然環境の変化によって消滅したものもあった。 それだけではなく、自らの発展に起因する内在的な要因により自滅したものもある。例えば、ごみ処理や水の安定供給を組織できず、居住不能となり放棄された例もある。現代の都市も自らの発展が生みだした発展や成功の重みで自滅する要因を抱えており、メガ都市はその潜在的な危険もメガ化している。

 自然災害や予期しない人災は、巨大都市におい想定外にそのインパクトを増幅させ、制御不能な深刻な危機を生む。現下のコロナ禍はそれを可視的に警告している。都市の過密はパンデミックの温床となりやすい。ばい菌やビールスは人類を今後も脅かし続けるだろうが、都市の特性である過密自体が高い伝染の蓋然性を内包しているし、自然災害をも増幅する条件となっている。都市の将来を考察する時、都市工学的な技術主義的視点だけではなく、地球史的なマクロの観点も視野に入れる必要がある。

 多くの巨大都市は沿岸部に位置しているので地球温暖化による気候変動の影響を受けやすく、自然災害に脆弱な構造を内包している。海水位の上昇は多くの国で基幹的都市部の水害・水没の危険を招来する。すでに、洪水と高波による浸水と氾濫による災害を頻発させている。さらに、工業化や都市生活に急増するす資源需要を賄う地下水の過剰な汲み上げが規制されていない都市も少なくなく,広範囲の地盤沈下による海没の危機を生みつつある都市さえ増加している。


成長神話と過剰消費からの脱却が不可避


 最近、「人新世」という、これまでに聞きなれない用語を時々見かけるようになった。アントロポセンという原語はもともとドイツの科学者が地球史的時代区分に用いたのを嚆矢とするそうだ。人間が自然に従ってその環境の中で暮らす生活から、自然環境を自分の都合に合わせて改変する時代に移行したこと表す用語である。

 瞥見するところ、その時代区分上の定義は確立しているとはみえない。人が「火」を用い始めたことや、農耕と定住に人新世の起源を求める人もいるが、時代区分としては産業革命と化石燃料に依存した工業化の時代以後を指してこの概念を用いるのがその趣旨から見て分かり易い。 

 地球環境の本格的な改造と破壊は産業革命以後のことだから、アントロポセン史観は地球環境の保全に人類とすべての生物の未来を託することを当然最重視する。したがって、産業革命とその後の工業化の否定的な側面の規制と今後の資源利用の抑制を重視することになるが、それだけではなく、人間とそれを取り巻く動植物種の保全を含む、自然環境の保護・再生を目指している。

 地球環境と資源の過大な利用や乱用が問題視され、持続的発展が国際的な幅広い合意とされている現代は、人新世後期の入り口に差し掛かっていると理解されよう。この時代には、従来の価値観とこれまで当然とされてきた前提や開発目標が再検討を求められずにはおかないし、資源消費度の高い産業や地球環境を破壊する恐れのある産業と経済活動はより厳しい規制ないし禁止の対象となる。これは、現行の人間生活様式の全般的な見直し、特に都市型文明の再検討をラジカルに迫るものである。


近未来の水不足と食糧危機に備える環境政策と行動を


 都市生活はこれまで継続的かつ飛躍的にエネルギー、水、食料の消費を拡大してきたが、それらの原料や資源、生産物の大部分を外部に依存しており、その安定的かつ継続的な供給がほぼ自明のこととされてきた。こうした文明の形は資源を食い荒らし、すべての都市文明が国土、特に森林を犠牲にしてきた。その結果、大規模な自然環境破壊と森林喪失、大気汚染や地球温暖化を招いている。全般的な環境悪化の中で、特に深刻なのは、水(真水)の不足が顕在化していることだ。農業と工業化は水の大量需要に依存している。生活が高度化している国・地域では水の消費量が拡大し、都市における水不足はますます深刻化すると予測されている。さらに、森林の急速な喪失が国土の保水力を低下させ、水資源の枯渇に拍車をかけている。枯渇が騒がれた石油には自然エネルギーという代替が準備されているが、真水には代替できるものがない。海水の淡水化はまだ実用化にほど遠く、莫大なコストがかかる。現状では国土の大規模な緑化と節水と効率的利用など、重層的かつ総合的な対策が求められている。

 水不足に劣らない切迫した危機は近未来における食糧供給難であり、その不安の足音が昨今聞こえてくるようになった。これまで「人の増加が食料供給力を上回る」という、マルサスの予言は幸いにして現実とならなかった。私の人生スパン中の1935年から80有年の間に人類は3倍近く急増し、今世紀半には100億人の大台を突破することは確実とみられている。3分の2以上の人口が都市に住んでおり、その割合は増加の一途をたどっている。これは、半面では農村の過疎化、農地の荒廃と農地の粗放的使い捨て的な利用をほうちして、若者の農業離れと都市生活への移動を招いてきた。

 しかしながら、都市と農村の生活格差を縮小し、その間の双方向的な移動を促進する可能性を生かす知恵と技術を現代のわれわれは持っている。これをもっと意識的に追求すべきだ。生活と労働のIT化により、居住地にかかわりなく情報を共有しうる。加えて交通輸送手段の発達が、都市と農村の格差と壁を引下げ、新しい有機的な融合の可能性を生んでいる。

 安全で健康的な生活を保障するために、水と食料の供給をグローバルな視点から構築するチャンスを人類はまだ生かせるはずだ。そのためには、人類は地球環境の限界と可能性より良く認識し、人類の間でより調和のとれた連帯と公正な関係を実現するように努力するだけでなく、すべての動植物と共生する生活様式を獲得しなければならないだろう。謙虚に身を処し、身の丈に応じた暮らしを薦めた先人の知恵を噛みしめるために、私たちは脚下照顧の時を迎えている。


鉄とセメントによる強靭化よりも共生と連帯の社会


 時代の変化につれて、都市の発展度を測る尺度も当然変化する。人口、GDP、集積度などの量的な指標よりも、人間開発指標と社会文化的なインフラ、そして指数化困難な社会的レジリエンシー(耐性、弾力性)が重視されるだろう。都市の社会経済的なインフラだけではなく、それにもまして市民の社会的な参加と連帯(自発的な活動と協力、ボランティア活動や助け合い)という、社会の強靭性によって都市生活の質を高めることが評価の重要な側面となる。

 都市と文明の成熟は鉄とコンクリの工学的な強度よりも、人間的な結びつきの成長と社会的結束力によって評価される時代になる。そして、都市とヒンターランドである農山村部ともっと調和のとれた発展、さらに地球環境保全のために地域と国境を越えた都市の貢献を都市政策の根幹に据えるべきだ。大気汚染対策は世界的に進んできているが、大量なごみが投棄による深刻化する海洋汚染により魚類と海中生物の急減が進んでいる現状を国際的な連携により改善することが急務となっている。海が死することは、その中から生まれた生物の仲間である人類の死の前兆に他ならない。

 

サハリンで開催のセミナーにて、右から周牧之、初岡昌一郎、江田五月(2019年8月29日)

プロフィール

初岡 昌一郎(はつおか しょういちろう)

 国際郵便電信電話労連東京事務所長、ILO条約勧告適用員会委員、姫路獨協大学教授を歴任。研究分野は、国際労働法とアジア労働社会論。

【専門家レビュー】明暁東:〈中国総合都市発展指標2019〉から見た中国都市化の新局面

明暁東
中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司元一級巡視員、中国駐日本国大使館元公使参事官


 2016年末、中国都市総合発展指標(以下、〈指標〉)が発表されたことを受け、私は大変嬉しく思った。当時、私は在日中国大使館に勤務していた。東京経済大学の周牧之教授が同指標に取り掛かる段階から、私は同研究の方向性や指標の選定について非常に注目していた。というのも、私の中国国内における勤務先は、中国の新型都市化の戦略や計画を主管する部署であるからだ。具体的な指標を用いて都市発展を定量的に分析することは、中国の都市発展や都市化戦略を研究する上で、斬新なツールになると思い、私は周教授にメールで、指標が正式に発表されたことへの賞賛、そして指標が都市の総合評価における国際標準になることへの期待を伝えた。2018年春、中国に帰国する際、私は周教授に「指標の作成を継続し、毎年更新するようにしては如何か」と提案した。実は、周教授はすでにそのように進めていた。現在、指標の第1弾が公表されてから4年が経過し、指標の第4弾(2019年版)が正式に発行される運びとなった。

 指標は、中国都市の発展に焦点を当てたもので、297都市を対象としている。これら都市は、中国のすべての地級市およびそれ以上の都市(日本の都道府県に相当)をカバーしている。指標は、環境、社会、経済の3つの軸から、27の小項目で191の評価指標を用いて、297都市の経済発展、社会進歩、環境改善を体系的に分析・評価している。これらの191の評価指標は、878の基礎データによって支えられている。指標では、膨大な情報量で中国の主要な開発戦略および新型都市化関連政策の実施状況や、都市発展における多くのメカニズムを発見し検証できる。最近、私は指標を注意深く研究し、多くの有益な発見を得られた。

 1.データと現状


 指標のデータを総合的に分析すると、近年の中国の都市発展におけるいくつかのシナリオが見えてくる。

図 2019年中国都市GDP、DID人口、製造業輻射力ランキング トップ30


 (1)GDPランキング

 4度の発表にわたりGDPランキングとDID(人口集中地区:Densely Inhabited District)ランキングのトップ30都市の構成は基本的に安定している。特にGDPトップ10都市は、上海、北京、深圳、広州、重慶、天津、蘇州、成都、武漢、杭州で、2016年から2019年に至るまで、年次によってわずかに順位が入れ替わるものの、10都市の顔ぶれ自体に変化はなかった。地理的な分布を見ると、これら10都市は、京津冀(北京・天津・河北)、長江デルタ、粤港澳大湾区(広東・香港・マカオ)、長江中上流地域に位置し、2019年のGDP総額は国家全体のGDP総額の23.2%を占める。これらは、世界経済との関わりの深い成長地域である。

 GDPトップ11~30都市は、主に中心都市であり、その地理的な分布特徴も明らかである。例えば、鄭州と西安はそれぞれ中原と関中に位置する中心都市であり、済南、青島、煙台は山東半島メガロポリス、長沙は長江中游メガロポリス、大連は遼中南メガロポリス、福州と泉州は福建省沿岸部メガロポリス、長春はハルビン・長春メガロポリスの代表都市である。GDPで見ると、これらの都市は顕著な雁行型発展の構図を示している。

 (2)DID人口ランキング

 指標2019のDID人口ランキングからは、トップ30都市はGDPのトップ30都市と相似度が高く、異なるのは5都市のみである。人口の集積は経済の集積と高い相関関係があることが伺える。2017年と2019年のDID人口ランキングを比較すると、トップ30都市の顔ぶれは変わらないが、順位には変動がある。上海、北京、広州、深圳はトップ4を維持し、成都、南京、杭州、泉州、福州、鄭州、昆明、済南、長沙は順位を上げ、天津、瀋陽、西安、寧波、汕頭、合肥、青島、無錫、長春は順位を下げた。これらの変化は、東部のメガシティが引き続き強い集積能力を維持していることを示し、中部・西部地域から沿岸地域への人口移動が進み、中西部および東北地区では外部へ人口が流出すると同時に地域の中心都市にも人口が集積しつつある。

 (3)人口流動分析

 指標の「人口流動」指標から、2019年における人口流入のトップ10都市は、上海、深圳、北京、東莞、広州、天津、佛山、蘇州、寧波、杭州で、人口流出のトップ10都市は、周口、重慶、畢節、富陽、信陽、朱馬店、南陽、商丘、遵義、茂名となっている。 2016年と2019年における人口流入都市と流出都市の規模・順位の変化を比較すると、中国の流動人口の規模が変化していることがわかる。流動人口のデータと照らし合わせると、以下のような人口移動の特徴が見えてくる。

 まず、流動人口の規模が減少している。2016年から2019年にかけて、中国の流動人口の規模は、2016年の2億4,500万人から2019年の2億3,600万人へと、年々減少している。

 2つ目は、都市間の流動人口の割合が増えたことである。人口流入・流出都市とDID人口ランキングの変化を総合的に分析すると、農村から都市へのパターンより、都市から都市への人口流動の割合が継続的に増加していることがわかる。2019年に県庁所在地や市区から流出した割合は45.1%で、前年より6ポイント増加し、急速な増加傾向を示している。

 3つ目は、人口流動の方向が多様化していることである。中国における人口流動の一般的な傾向は、中西部地域・東北地域から東部沿岸地域へと向かうベクトルである。しかし、人口流動データを見ると、近年、中西部・東北地域における一部の中心都市ではDID人口が大きく増加しており、地域内の人口が中心都市へ集約していると同時に、中西部に人口が還流し始める兆しすら見える。


 2.分析と考察


 指標の経済総量および人口流動のデータに加え、製造業輻射力、高等教育輻射力、科学技術輻射力、コンテナ港利便性ランキングを加え総合的に分析を行った結果、以下のような考察を得ることができた。

 (1)新しい都市空間フレームワークの形成

 「第11次5カ年計画」では、メガロポリスを中国都市化の主要な形態とすることを唱った。10数年の歳月を経て、中国における都市集積効果は顕著に現れ、人口、技術、資源などが急速に中心都市やメガロポリスに集中している。これを受けて従来の行政区経済は都市圏経済やメガロポリス経済にシフトしている。都市化は空間的にいくつかの極に集中するような傾向が現れた。

 北京、上海、広州、深圳などのメガシティを中心に、京津冀(北京・天津・河北)、長江デルタ、粤港澳大湾区(広東・香港・マカオ)の三大メガロポリスが形成され、中国経済成長の最も重要な原動力となっている。

 また、成都、重慶、武漢、鄭州を中心に、成渝(成都・重慶)メガロポリス、長江中游メガロポリス、中原メガロポリスの3つの内陸メガロポリスが形成され、青島、済南、煙台、西安、大連、長春、福州を中心に、山東半島、遼東半島、ハルビン・長春地域、福建省沿岸部などにメガロポリスが形成され、中国の経済成長の新たなエンジンとなっている。同時に、多く中心都市の都市圏的な展開が進み、中国経済の新たな成長の柱となっている。

 (2)都市発展における格差の顕現

 指標にDID人口の概念が導入されたことで、都市の管轄区域に農村部が含まれることによる都市人口密度データの歪みの問題が解消され、都市人口の変化をより正確に把握できるようになった。例えば、重慶市は人口流出の多い都市であるが、DID人口は近年大幅に増加している。DIDエリアではなく、行政エリアのみで人口変化を測定すると、都市の人口変化の方向性を見誤ることになる。DIDの人口データを利用することで多くの都市開発の課題を発見することが可能となる。例えば、DID人口ランキングを年次で比較すると、一部の都市のDID人口が大幅に増加している一方で、一部の都市のDID人口が急激に減少しており、中国の都市の発展に分化が生じていることがわかる。特に、中西部・東北地方の多くの中小都市では人口減少が継続しており、全国で100近くの人口減少都市が存在している。これらの縮小都市は2種類に分けられ、1つは人口減少が継続する一方で、人口構成の変化が少なく安定した経済成長が維持されている都市である。もう1つは高齢化や産業の縮小を伴う人口減少で経済が低迷している都市である。

 (3)都市化発展の新たな傾向

 長い間、中国都市化の主な原動力は、農村から都市への人口移動であり、大量の余剰農業労働者が土地を離れて都市で働くことで、都市の常住人口が増加してきた。中国の都市化率は、改革開放当初の17.9%から2019年には60.6%まで上昇した。指標2019の「DID人口ランキング」と「人口流動・広域分析」を総合的に分析すると、一部の都市のDID人口は増加していると同時に、一部の都市では減少している。これは都市間の人口移動が徐々にトレンドになっていることを意味する。東部地域の都市で人口は純流入しているが、同地域での農民工(農村部からの出稼ぎ労働者)の数は2016年に48万人減少し、2019年にはさらに108万人減少した。かつて、都市への移住は農村若者の夢であったが、現在、大半の都市で戸籍制限が解除されたにもかかわらず、多くの農民工が都市への移住を躊躇している。中国の都市化のダイナミクスとパターンは、新たな変化が生じている。


 3.目標と課題


 以上の分析から、中国都市化の空間フレームワークは着実に形成され、大半の都市では農村人口への戸籍制限が緩和され、都市の人口収容力が大幅に向上した。「第11次5カ年計画」で示された都市化の促進、都市化空間フレームワークの形成、都市計画と都市建設の管理強化といった都市化の課題は基本的に達成した。中国の都市化は今後、新たな発展段階に入り、新たな目標と課題に直面するであろう。今後の重点は、都市・農村の二元体制を打破し、都市と農村の融合的な発展を促進し、中小都市の活力を高めることへと変化していくだろう。

 (1)都市・農村の二元体制打破

 戸籍や土地利用制度の違いに基づく都市・農村の二元体制が、貧富の格差拡大や地域の不均衡発展の主な原因となっている。中国の都市化率は60%を超え、都市と農村の関係は重要な変化が生じ、今後の政策の重心は都市・農村の二元体制の改革にある。

 まず、農村から都市への定住制限を全面的に撤回し、人々が定住先を自由に選択できるようにし、住民戸籍の自由な移動を実現させる。農村・都市部を問わず、都市に移り住む人々は皆市民の一員である。移住者は「新しい市民」として迎え、移住できない「農民工」をなくす。都市に移り住む新市民とその家族が自由に移動できるだけでなく、中間所得層に入る機会を得られるようにしなければならない。

 第二に、農村の土地管理制度を改革し、集団経営の建設用地が国有建設用地と同様の開発権利などを得て、農民が自分の土地から資産収入を得られるようにするべきである。

 第三に、公共サービス制度を改善し、人口の規模に応じた公共サービスの提供を進め、住民各々が同質の公共サービスを享受できるようにする。

 (2)都市と農村の融合発展の推進

 日本では、急速な都市化の過程において、都市の「過密化」と農村の「過疎化」が共存する時期があった。現在、人口の半分以上が三大都市圏に集中している一方、農村部は高齢化と空洞化が進んでいる。また、国としては海外への食料依存度が極めて高い。これに対して、急速な都市化を経験している中国は、日本の教訓に学び、都市と農村の融合発展を推進し、都市の発展と農村の繁栄を共に図るべきである。

 そのためには、都市と農村の相互作用を促すことが重要である。都市は、資本、技術、人材を農村へ投下することを奨励し、農業開発の恩恵を受けると同時に、農村との人的交流を促進すべきである。農村は、規模経営をはかり、都市へ原材料や農産物を供給すると同時に、都市との産業の融合発展を促進することである。同時に、農村部の居住地の集約化をはかり、都市部の公共サービスの農村部への拡大を進め、都市部と農村部の公共サービスの均質化を求める。

 (3)中小都市活力の向上

 現在中国では一部の中小都市が、人口減少、産業縮小、経済成長鈍化に苦しんでいる。しかし農村と大都市とをつなぐ県庁所在地を含む中小都市の存在が、健全な国土空間にとっては不可欠である。中小都市の発展は、大都市の一部機能の分散化に空間を提供すると同時に、農民の地方都市への就職・定住を誘導し、農村・農耕文化の保存にもつながる。したがって、中小都市の発展は今後の中国都市化の重要な課題の一つであり、中小都市における生活環境の改善、公共施設の建設、公共サービスの質の向上、産業力の高度化への政策支援を強化すべきである。

 (4)都市再生の推進

 改革開放以降、中国で都市化は進み、都市のアーバンエリアは急速に拡大している。急進的な「都市づくり」の中で、低品質の建物が大量に建設されたと同時に、建物の老朽化も進み、都市の再開発が急務となっている。日本には、都市の再開発を手がける「都市再生機構」(UR機構)がある。中国では国土空間計画制度が確立され、都市開発の境界線が厳密に定められることで、都市発展の重心は規模の拡大から再開発へと移行している。都市再開発は、既存の都市を美しくし魅力を高め、住民の生活環境を改善するものである。そのため、スマート・シティ、ヒューマニスティック・シティ、ヘルスケア・シティなどの新しい目標を掲げ、より良い生活を求める都市住民のニーズに応えるよう努力していかなければならない。


中国網日本語版(チャイナネット)」2021年4月2日

【刊行によせて】新型コロナウイルス禍と国際大都市の行方/周牧之・東京経済大学教授

中国都市総合発展指標2018日本語版・発刊にあたって

周牧之
東京経済大学教授

1. 新型コロナウイルス禍が世界の大都市を直撃


 新型コロナウイルスパンデミックが世界の都市を襲い、大きな被害を与えている。なかでも特にニューヨーク、ミラノ、東京、北京などグローバルシティの感染者が際立って多い。
 外出自粛、休業要請、そしてロックダウンにより、都市生活は一変した。国内はもとより国境を越えた人の往来も止まった。国際都市を支える航空輸送はストップし、滑走路は離陸の機会を失った旅客機で埋め尽くされた。インバウンドの女王ともてはやされた豪華客船は、大規模感染源と化し、地域間を結ぶ高速鉄道(新幹線)は大幅減便され、ひと気の無い車両が行き来している。
 日本は観光立国を掲げ、昨年まで国際観光客数を順調に伸ばしてきた。2019年度の国際観光客数が3,188万人であったことを踏まえ、2020年には4,000万人の受け入れを目指していた。しかし、コロナショックで4月以降、海外観光者数はほぼゼロとなった。
 都市の日常生活も一変した。オフィスワークからテレワークへの強制的な切り替えによりオフィス街は静まり返った。賑やかだった商店街も閑散とした。分業と交流を糧とした高密度の大都市は、「三密」回避の恐怖により「疎の社会」へと化した。

2. 大都市の医療崩壊


 新型コロナウイルスはまず、大都市の医療システムを脅かした。
 中国の武漢市は新型コロナウイルスの試練に世界で最初に向き合った都市であった。同市は27カ所の三甲病院(最高等級病院)を持ち、医師4万人、看護師5.4万人そして医療機関病床9.5万床を擁する。
 雲河都市研究院が公表した「中国都市医療輻射力2019」全国ランキングで武漢は第6位の都市である。しかし、武漢のこの豊富な医療能力が新型コロナウイルスの打撃により、一瞬で崩壊した。
 ニューヨークやミラノといった国際都市の医療キャパシティも同様に、新型コロナウイルスに瞬く間に潰された。第二波にある東京都も目下、医療システム崩壊の危機に直面している。新型コロナウイルスはまさに全世界の都市医療能力を崩壊の危機に晒している。
 新型コロナウイルス禍による都市の「医療崩壊」は、以下の三大原因によって引き起こされた。

(1) 医療現場がパニックに
 新型コロナウイルス禍のひとつの特徴は、感染者数の爆発的な増大だ。とりわけオーバーシュートで猛烈に増えた感染者数と社会的恐怖感とにより、感染者や感染を疑う人々が医療機関に大勢駆け込み、検査と治療を求めて溢れかえった。病院の処置能力を遥かに超えた人々の殺到で医療現場は混乱に陥り、医療リソースを重症患者への救済にうまく振り向けられなくなった。医療救援活動のキャパシティと効率に影響を及ぼし、致死率上昇の主原因となってしまった。さらに重大なことに、殺到した患者、擬似患者、甚だしきはその同行家族さえ長期にわたり病院の密閉空間に閉じ込められ、院内感染という大災害を引き起こした。
 人口1千人当たりの医師数でみると、イタリアは4人で、医療の人的リソースは国際的に比較的高い水準に達している。しかし新型コロナウイルスのオーバーシュートで医療機関への駆け込みが相次ぎ、医療崩壊を招いた。
 アメリカ、日本、中国の人口1千人当たりの医師数は、各々2.6人、2.4人、2人であり、医療の人的リソースはイタリアに比べ、はるかに低い水準にある。
 よくも悪くも中国の医療リソースは中心都市に高度に集中している。武漢は人口1千人当たりの医師数は4.9人で全国の水準を大きく上回る。武漢と同様、医療の人的リソースが大都市に偏る傾向はアメリカでも顕著だ。ニューヨーク州の人口1千人当たりの医師数は4.6人にも達している。
 しかし武漢、ニューヨークの豊かな医療リソースをもってしても、新型コロナウイルスのオーバーシュートによる医療崩壊は防ぎきれなかった。5月31日までに、中国の新型コロナウイルス感染死者数の累計83.3%が武漢に集中していた [1]その多くが医療機関への駆け込みによるパニックの犠牲者だと考えられる。
 東京都は人口1千人当たりの医師数が3.3人で、これは武漢より低く、ニューヨークと同水準にある。日本政府は当初から、医療崩壊防止を新型コロナウイルス対策の最重要事項に置いていた。新型コロナウイルス検査数を厳しく制限し、人々が病院に殺到しないよう促した。目下、こうした措置は一定の効果を上げ、医療崩壊をかろうじて食い止めている。しかし、検査数の過度の抑制は、軽症感染者及び無症状感染者の発見と隔離を遅らせ、治療を妨げると同時に、莫大な数の隠れ感染者を生むことに繋がりかねない。軽症感染者、無症状感染者の放置は日本の感染症対策に拭い切れない不穏な影を落としている。

(2) 医療従事者の大幅減員
 ウイルス感染による医療従事者の大幅な減員が、新型コロナウイルス禍のもう1つの特徴である。
 とくに、ウイルス感染拡大の初期、各国は一様に新型コロナウイルスの性質への認識を欠いていた。マスク、防護服、隔離病棟などの資材不足がこれに重なり、医療従事者は高い感染リスクに晒された。こうした状況下、PCR検体採取、挿管治療など、暴露リスクの高い医療行為への危険性が高まった。これにより各国で現場の医療人員の感染による減員状態が大量に起こった。オーバーシュートで、もとより不足していた医療従事者が大幅に減員し、危機的状況はさらに深刻化した。
 強力な感染力を持つ新型コロナウイルスは、医療従事者の安全を脅かし、医療能力を弱め、都市の医療システムを崩壊の危機に陥れている。

(3) 病床不足
 新型コロナウイルス感染拡大後、マスク、防護服、消毒液、PCR検査薬、呼吸器、人工心肺装置(ECMO)などの医療リソースの枯渇状況が各国で起こった。とりわけ深刻なのは病床の著しい不足である。感染力の強い新型コロナウイルスの拡散防止のため、患者は隔離治療しなければならない。とりわけ重症患者は集中治療室(ICU)での治療が不可欠だが、実際、各国ともに病床の著しい不足に喘いでいる。
 問題なのは、すべての病床が新型コロナウイルス治療の隔離要求に耐えるものではない点にある。これに、爆発的な患者増大が加わり、病床不足が一気に加速した。

3. 迅速な支援がカギ


 武漢の医療従事者大幅減員に鑑み、中国は全国から大勢の医療従事者を救援部隊として武漢へ素早く送り込んだ。武漢への救援医療従事者は最終的に4万2,000人に達した。この措置が武漢の医療崩壊の食い止めに繋がった。
 さらに武漢は国の支援で迅速に、専門治療設備の整う火神山病院と雷神山病院という重症患者専門病院を建設し、前者で1,000床、後者で1,600床の病床を確保した。このほかに、武漢は体育館などを16カ所の軽症者収容病院へと改装し、1万3,000床の抗菌抗ウイルスレベルの高い病床を素早く提供し、軽症患者の分離収容を実現させた。先端医療リソースを重症患者に集中させ、パンデミックの緩和を図った。武漢は火神山、雷神山両病院そして軽症者収容病院建設により、病床不足は解消された。
 感染地域に迅速かつ有効な救援活動を施せるか否かが、新型ウイルスへの勝利を占う1つのカギである。しかし、全ての国がこうした力を備えているわけでない。ニューヨーク、東京の状況からすると、医療リソースがかなり揃っている先進国でさえ救援できるに足りる医療従事者を即座に動員することは難しい。
 最も深刻なことは、医療リソースに著しく欠ける発展途上国、アフリカはいうに及ばず巨大人口を抱えるアジアの発展途上国の、人口1千人当たりの医師数はインドが0.8、インドネシアは0.3である。1千人当たりの病床数は前者が0.5、後者は1だ。こうした元々医療リソースが稀少かつ十分な医療救援能力を持たない国にとって、新型コロナウイルスのパンデミックで引き起こされる医療現場のパニックは悲惨さを極める。グローバルな救援力をどう組織するかが喫緊の解決課題となっている。問題は、大半の先進国自体が、新型コロナウイルスの被害の深刻さにより、他者を顧みる余裕を持たないことにある。

4. グローバルサプライチェーンを寸断


 新型コロナウイルス禍はグローバルサプライチェーンを寸断させ、産業活動に大きな打撃を与えた。
 IT革命、輸送革命、そして冷戦後の安定した世界秩序から来る安全感によって製造業のサプライチェーンは、国を飛び出し、グローバルに展開した。工場やオフィスの最適立地が世界規模で一気に進んだ。中国の沿海部での急激な都市化、メガロポリス化がまさにグローバルサプライチェーンによってもたらされた。
 グローバルサプライチェーンは世界規模に複雑に組み込まれて進化してきた。例えば、アメリカのカリフォルニアで設計され、中国で組み立てられるiPhoneの場合、その部品調達先の上位200社だけとってみても28カ国・地域に及ぶ。
 しかし新型コロナショックによるロックダウン、国境封鎖など強力な措置により、グローバルに巡らされたサプライチェーンは寸断され、これまで当たり前のように動いていた供給体制は機能不全に追い込まれた。海外からの部品供給が止まったことで日本国内の工場は操業停止のケースが相次いだ。
 「世界の工場」中国もサプライチェーンの寸断で大きな被害を受けることとなった。雲河都市研究院が公表した「中国都市製造業輻射力2019」ランキングトップ10位都市の深圳、蘇州、東莞、上海、仏山、寧波、広州、成都、無錫、廈門は、2020年第一四半期の一般公共予算収入が軒並みマイナス成長となった。とくに、深圳、東莞、上海、仏山、成都、廈門の6都市の同マイナス成長は二桁にもなった。中国の貨物輸出額の50%を実現してきた同トップ10都市は、まさに世界に名だたる製造業都市である。これら都市の大幅な税収低迷は、中国の輸出工業が大きな試練に晒されていることを意味している。
 物理的、一時的な寸断よりは、長期的な価値判断の変化がより大きな影響を及ぼす。先行きの不透明さや不確実性により、企業経営は効率と成長一辺倒の姿勢から、もしもの事態に備えた在庫のあり方や資金確保など「冗長性」が重視されるようになった。「Just in time」から「Just in case」へと急転換する経営姿勢が、サプライチェーンのあり方に大きな影響を及ぼしつつある。
 サプライチェーンの過度の海外依存も国の危機管理の脆さを露呈した。例えば、アメリカの医薬品の材料の72%は外国産である。抗生物質に限ると97%が外国産に頼っている。こうした医療資材の海外依存は、オーバーシュート時における医療品不足に拍車をかけた。日本でもマスクの海外からの供給が止まったことで、市場からその姿が消えた。本来、効率を優先して組み立てられたグローバルサプライチェーンは、経済の安全保障化(Securitization)により、再組織の機運が高まっている。
 もとよりグローバルサプライチェーン自体のあり方も変質している。従来のサプライチェーンのグローバル化は、労働集約型の部分と、知識集約型の部分を地理的に分けて最適立地を進めてきた。しかしここに来てむしろ得意の部分と不得意の部分を地理的に分けてつなげ、最適立地を促すようになった。すると、サプライチェーンがさらに複雑かつ高速に絡み合うことになる。そうした変化がサプライチェーンを潤滑に進めるための契約の集約度 [2]を一層高める。よってサプライチェーンに関わる国の法制度の質が、この契約集約的な生産体制の効率を左右することとなる。
 だが、こうした動きはサプライチェーンのグローバル化を止めることはなく、そのより健全な展開を促すであろう。例えば、半世紀前の石油危機では石油のグローバル供給の脆弱性が認識され、それを備蓄で対処した。その後各国は備蓄のキャパシティを高めたが、石油貿易自体は止まらなかった。世界経済の石油貿易に対する依存度はむしろ深まった。
 世界経済のグローバルサプライチェーンへの依存度は今後さらに深まるだろう。ただし、サプライチェーンのグローバル展開はグローバリゼーションの回復力をテコに、冗長性、セキュリティ、法制度の質などをキーワードとして再編され、進化していくだろう。

5. 地球規模の失敗


 大航海時代から今日まで、人類は一貫して感染症拡大の脅威に晒され、この間、幾度となく悲惨な代償を払ってきた。例えば、1347年に勃発したペストで、ヨーロッパでは20年間で2,500万もの命が奪われた。1918年に大流行したスペインかぜによる死者数は世界で2,500万〜4,000万人にも上ったとされる。
 ここ100年余りにわたる抗菌薬とワクチンの開発及び普及により、天然痘、小児麻痺、麻疹、風疹、おたふく風邪、流感、百日咳、ジフテリアなど人類の健康と生命を脅かし続けた感染症の大半は、絶滅あるいは制御できるようになった。1950年代以降、先進国では肺炎、胃腸炎、肝炎、結核、インフルエンザなどの感染疾病による死亡者数を急激に減少させ、癌、心脳血管疾患、高血圧、糖尿病など慢性疾患が主要な死因となった。
 感染症の予防と治療で勝利を収めたことで、人類の平均寿命が伸び、主な死因も交代した。世界の国々の中でもとりわけ先進国の医療システムの焦点は、感染症から慢性疾患へと向かった。その結果、各国は感染症予防と治療へのリソース投入を過少にし、現存する医療リソースを主として慢性疾患に傾斜させる構造的な問題を生じさせた。医療従事者の専門性から、医療設備の配置、そして医療体制そのものまで新型ウイルス疾患の勃発に即座に対応できる態勢を整えてこなかった。
 その意味では、新型コロナウイルスが全世界に拡散した真の原因は、国際的な人的往来の速度と密度ではなく、人類が長きに渡り、感染症の脅威を軽視したことにこそある。
 世界経済フォーラム(WORLD ECONOMIC FORUM)が公表した「グローバルリスク報告書2020(The Global Risks Report 2020)」の、今後10年に世界で発生する可能性のある十大危機ランキングに、感染症問題は入っていなかった。また、今後10年で世界に影響を与える十大リスクランキングでは、感染症が最下位に鎮座していた。
 不幸にして世界経済フォーラムの予測に反し、新型コロナウイルスパンデミックは、人類社会に未曾有の打撃を与えた。新型ウイルスとの闘いにおいて、武漢、ニューヨーク、ミラノといった分厚い医療リソースを持つ大都市さえ対策が追いつかず、悲惨な代償を払うことになった。
 ビル・ゲイツは2015年には、ウイルス感染症への投資が少な過ぎる故に世界規模の失敗を引き起こす、と警告を発していた [3]。新型コロナウイルス禍はビル・ゲイツの予言を的中させた。

6. 科学技術進歩を刺激


 緊急事態宣言、国境封鎖、都市ロックダウン、外出自粛、ソーシャルディスタンスの保持など、各国が目下進める新型コロナウイルス対策は、人と人との交流を大幅に減少かつ遮断することでウイルス感染を防ぐことにある。こうした措置は一定の成果を上げるものの、ウイルスの危険を真に根絶させ得るものではない。ウイルス蔓延をしばらく抑制することができても、その効果は非常に脆弱だと言わざるを得ない。次の感染爆発がいつ何時でも再び起こる可能性がある。
 しっかりとした対策が成果をあげるにはやはり科学技術の進歩に頼るほかない。新型コロナウイルス危機勃発後、アメリカをはじめとする各国でPCR検査方法を幾度も更新し、検査結果に要する時間を大幅に短縮した。安価で、ハイスピードかつ正確な検査方式が大規模な検査を可能にした。特効薬とワクチンの開発においても各国がしのぎを削っている。
 人類は検査、特効薬、ワクチンの三種の神器を掌握しなければ、本当の意味で新型コロナウイルスをコントロールし、勝利を収めたとは言えないだろう。
 危機はまた転機でもある。近現代、世界的な戦争や危機が起こるたびに人類は重大な転換期に向き合い、科学技術を格段に進歩させてきた。第二次世界大戦は航空産業を大発展させ、核開発の扉を開けるに至った。冷戦では航空宇宙技術の開発が進み、インターネット技術の基礎をも打ち立てた。新型コロナウイルスも現在、関連する科学技術の爆発的な進歩を刺激している。
 新型コロナウイルスが作り上げた緊迫感は技術を急速に進歩させるばかりでなく、技術の新しい進路を開拓し、過去には充分に重視されてこなかった技術の方向性も掘り起こす。例えば、漢方医学は武漢での抗ウイルス対策で卓越した効き目をみせ、注目を浴びている。漢方医学は世界的なパンデミックに立ち向かうひとつの手立てになりうる。
 オゾンもまた偏見によりこれまで軽視されてきた。筆者は2020年2月18日にはオゾンについて論文を発表し、「自然界と同レベルの低濃度オゾンであっても新型コロナウイルスに対して相当の不活化力を持つ」との仮説を立て、新型コロナウイルス対策として、オゾンの強い酸化力によるウイルス除去を呼びかけた [4]。オゾンは室内空間のすべてに行き届き、その消毒殺菌に死角は無い。また、酸化力によるオゾンの消毒殺菌は有毒な残留物を残さない。さらに、オゾンの生成原理は簡易で、オゾン生産装置の製造は難しくない。オゾン発生機のサイズは大小様々あり、個室にも大型空間にも対応できる。設置が簡単なため、バス、鉄道、船舶、航空機などどこでも使用可能である。こうしたオゾンの特質を利用し、室内のウイルス感染を抑えることができる。
 オゾンは非常に優れた殺菌消毒のパワーを持つが、個人差はあるものの一定の濃度に達した場合に人々に不快感を与え、また、粘膜系統に刺激を与えることもある。そのため、目下、主に無人の空間で使用されている。有人空間の利用を可能とするには、オゾン濃度のコントロールが必要である。自然界に近い濃度のオゾンを室内に取り入れられれば、人々に不快感を与えることはない。しかし問題は目下、低濃度のオゾンを高精度に測定するセンサーが大変高価なことである。高精度のオゾンセンサーを容易に使えないため、普及型低濃度オゾンのコントロールはいまだ実現できていない。オゾンセンサーの開発にも技術の急激な進歩が期待される。

7. 一気に加速するデジタル化


 新型コロナウイルスショックは世の中の価値判断の基準を一気に変えた。これから成長する企業とそうではない企業に対するジャッジメントは、時価総額により見て取れる。コロナパンデミック以降、投資マネーが次の成長企業を探して急激に動いていることで、時価総額の順位は激しく変動している。
 まず、新型コロナウイルス禍の影響で、他業種は軒並み時価総額を減らしているのに対して、IT企業が大きく伸びた。2020年5月初め、アルファベット(グーグル持ち株会社)、アマゾン、フェイスブック、アップル、マイクロソフトを合わせたGAFAM5社の時価総額は、東証一部約2,170社の合計を上回った。
 今から30年前、平成が幕を開けた1989年、世界の企業時価総額ランキングトップ10企業のうち、7社が日本企業で占められた。通信、金融、電力の企業であった。IBMは大型コンピューター業界の巨人として同ランキングで第6位を獲得し、かろうじて当時のIT業界の存在感を示していた。
 これに対して2020年8月末には、世界の企業時価総額ランキングトップ10企業のうち、7社がネット関連のIT企業となった。特にアップルは2兆ドルを突破し(米国初)、企業時価総額世界第1位に躍り出た。GAFAMに続き、中国のネット関連企業、テンセントとアリババがそれぞれ同ランキングで第7位、第8位だった。
 企業の成長性に対する期待感を表すプライス・トゥー・レベニュー(Price to Revenue:時価総額対売上の倍率)でもIT企業が高く、例えばフェイスブックの場合は9倍となる。それに対して、トヨタを含む自動車メーカーの場合は1倍に割り込むものがほとんどで、産業による明暗が大きく分かれた。しかし同じ自動車メーカーでもテスラの場合、10倍になった。テスラの時価総額が2020年7月、トヨタを抜いて自動車産業のトップに立ったことが話題になった。売上はトヨタの11分の1、販売台数は30分の1でしかない。
 テスラにIT企業並みの成長への期待感が出た最大の原因は、同社が、自動車を、ソフトのダウンロードにより性能のアップデートを可能とした「電気で走るIT機器」へと大変身させたことにある。シリコンバレー発の自動車メーカーと、伝統的な自動車メーカーの発想は違う。発想の斬新さに、投資家がテスラを次代のリィーディングカンパニーとして高く評価した。新興勢力のテスラは既存の王者を追い抜き、自動車業界の時価総額で世界首位となった。8月末、世界の企業時価総額ランキングにおけるテスラの順位は7月の第22位から、第10位へと大躍進した。
 非IT業界でも、デジタルトランスフォメーション(DX)の巧拙が企業の明暗を分けている。DXに遅れた企業は、業績もマーケットの評価も振るわない場合が多い。デジタル化の対応力が企業の運命を左右している。コロナショックで小売業界が厳しい試練に晒される中、アメリカでは5月7日に高級百貨店のニーマン・マーカスが、5月19日には大衆百貨店のJCペニーが、相次ぎ経営破綻した。これに対してウォルマートは2〜4月期の純利益が、前年同期比4%増の39億9,000万ドルに達した。これを牽引したのは売上高が同7割増したネット販売だった。
 メディア業界でも地殻変動が起こっている。娯楽・メディアの王者ウォルト・ディズニーの時価総額世界ランキングが下がったのに対し、動画コンテンツ配信新興勢力のネットフリックスが、時価総額を急上昇させ、同順位は前者のそれを超えた。

8. 接触の経済性が交流経済を後押し


 グローバリゼーションの中で、大都市化そしてメガロポリス化も一層世界の趨勢となった。1980年から2019年の間、世界で人口が100万人以上純増したのは326都市となり、この間これらの都市の純増人口は合計9億4,853万人にも達した。とりわけ、人口が1,000万人を超えたメガシティは1980年の5都市から、今日33都市にまで膨れあがった。こうしたメガシティはほとんどが国際交流のセンターであり、世界の政治、経済発展を牽引している。これらメガシティの人口は合わせて5億7,000万人に達し、世界の総人口の15.7%をも占めている。
 グローバリゼーションが進むにつれ、国際間の人的往来はハイスピードで拡大し、世界の国際観光客数は30年前の年間4億人から、2018年には同14億人へと激増した。しかし、国際間における大量の人的往来は新型コロナウイルスをあっという間に世界各地へ広げ、パンデミックを引き起こした。国際交流が緊密な大都市ほど、新型コロナウイルスの爆発的感染の被害を受けている。
 新型コロナウイルスのパンデミックで、各国はおしなべて国境を封鎖し都市をロックダウンして国際間の人的往来を瞬間的に遮断した。グローバリゼーションの未来への憂慮、国際大都市の行方に対する懸念の声が絶えず聞こえてくるようになった。
 こうした懸念に答えるためには巨大都市化の本質を理解する必要がある。200年余りの近代都市化のプロセスにおいて、都市を支える経済エンジンは実に目まぐるしく変化してきた。この経済エンジンの変化は、巨大都市化を突き動かしている。
 工業社会から情報社会へ急速にシフトする中、情報革命が都市のあり方をどう変えるかについて希望的観測がある。人々は煩わしい大都市から離れ、田舎の牧歌的な生活を楽しみながら、情報社会における高い生産性を実現できるというものである。これであれば、知識経済における大都市の役割と必然性はかなり薄まる。ところが実際には、大都市の役割は薄まるどころか、強まる一方である。産業と人口を大都市へ集中させる力は、工業社会より情報社会の方が格段に強くなっている。
 なぜこのような事態が生じたのか?それに答えるためには知識経済の本質を探らなければならない。知識経済の本質は、人間という情報のキャリアにある。情報キャリアとしての人間が、情報交換や議論の中で、知の生産と情報の判断を行うことが知識経済の本質である。効率的な情報交換と議論こそが、知識経済の生産性の決め手となる。
 しかし、人間の持つ情報は2種類ある。1つはITでやりとりできる「形式知」である。もう1つはITでやりとりできないか、あるいは、人と人との信頼関係によってしか流れない「暗黙知」である。前者と比べ後者ははるかに重要である。その意味では、情報の空間克服技術であるIT のみに頼る情報交換や議論は不完全なものである。つまり、IT を通じて外に出せる情報と、IT 社会においても外に出せない情報を人間は持っている。外に出せる情報は情報革命によって、毎秒30万キロのスピードで世界を駆け巡っている。情報技術の向上はまた外に出せない情報を持つ人と人との接触を増やしている。
 上記の分析に基づけば、工業経済では「規模の経済性」原理が働くのに対して、知識経済では「接触の経済性」[5]原理が働くと言えよう。知識経済の生産性において、接触の多様性、意外性、そしてスピードは非常に重要である。情報の均一性を重んじる工業経済とは対照的に、知の生産においては同質の情報しか持たない人間同士の接触より、異質の情報キャリア間の接触の方が重要性を増す。情報キャリアの多様性と接触の意外性、そして接触のスピードは情報経済の生産性の決め手となる。その意味では、知識経済は正に「交流経済」である。
 知識経済の時代は人と人との触れ合いの時代である。フェイス・トゥ・フェイスコミュニケーションの中で、瞬間的に情報と知識の創造と交換が起こる。多種多様な情報キャリアたる人々が往来し、生活する大都市は、接触の多様性、意外性、そしてスピード性を実現できる格好の空間である。こうした都市で知識は企業、組織の境界を超えてスピルオーバー(漏出)効果が働き、知識の生産性が一層高まる。
 人と人とが触れ合うプラットフォームを提供する場としての重要性が高まる国際大都市の役割は、ますます大きくなっている。これがゆえに、知識経済における大競争に勝ち残った国際大都市への、経済と人口の集中は、より進んできた。
 ジェット機、コンテナ輸送、高速鉄道といった輸送革命が、経済的な地理、心理的な地理を縮めてきた。情報革命もこうした地理感覚をさらに圧縮してきた。コロナ禍で急速に進むオンライン化は、結果的に情報の一層のグローバル化に拍車をかける。よって経済地理、心理的地理は一層縮まるだろう。オンラインとフェイス・トゥ・フェイスとの組み合わせによる新しいコミュニケーションスタイルが生まれ、国際大都市の役割はさらに高まるだろう。

9. グローバリゼーション、そして大都市化は止まらない


 IT産業は代表的な交流経済である。雲河都市研究院が公表した「中国IT産業輻射力2019」のトップ10都市は、北京、深圳、上海、成都、広州、杭州、南京、福州、武漢、西安であった。この10都市は中国のIT産業従業者数の6割を有し、73%のメインボード(香港、上海、深圳)に上場するIT企業を持つ。
 この10都市は、共通して中国を代表する国際都市であると同時に、人口流入都市でもある。IT産業は、まさに国際交流を糧に成長し、都市の繁栄と人口増大をもたらしている。
 日本では、一都三県からなる東京圏の人口も、1950年の1,000万人台から今日の3,700万人へと膨れ上がった。そのコアとなる東京都は2020年5月1日に人口が1,400万人を突破した。2009年4月1日の1,300万人突破から11年で、100万人増加した。東京の2019年の合計特殊出生率は1.15と全国最低だ。人口増の7割以上が都外からの転入による社会増だった。
 東京は、日本でダントツにIT輻射力の高い都市である。東京圏には東証メインボード上場のIT企業の8割が集中し、IT産業従業者数は100万人を超えている。
 東京圏は、ITを始め魅力的な仕事が多いだけでなく、225カ所の大学も立地し、全国の4割に当たる118万人の大学生、全国の半数となる15万人の留学生を集めている。
 総務省によると2019年、生産年齢人口(15〜64歳)の東京への転入超過数は、9.6万人に達した。
 日本政府は早い段階から東京圏への一極集中是正にさまざまな政策を打ち出しているが、東京への人口流入を止めることはできなかった。
 コロナパンデミックの中で、東京から地方へ人口が流出する予測が高まっている。しかし、筆者は東京都市圏のシュリンクはそう簡単に進まないと見ている。国際大都市を魅力と感じる人々が集まってくる傾向がこれからも続く。
 さらに注目すべきは、世代を重ねて人口が東京圏に定着してきたことである。現在、首都圏 [6]在住者の7割が東京圏出身であり、地方出身は3割だ。首都圏で生まれた30歳未満の若い世代は、両親とも首都圏出身者が5割に達する [7]。地方との縁の薄い人々が首都圏で増えているなかで、コロナショックがあっても地方への人口の逆流はあまり期待できない。実際、NHKが6月に都民1万人を対象に実施したアンケート調査によると、東京に住み続けたいかとの質問に対して、コロナ禍の真最中にも関わらず、87%が住み続けたいと回答した [8]
 大都市の人口密度がコミュニケーションの密度を高め、効率性、生産性、創造性を促してきた。最も人口集積の高い東京都の一人当たりの所得水準は、日本で最も高く、全国平均の約1.7倍にもなる。この高い所得水準もさらに若者を惹きつけている。
 しかし、新型コロナの影響で3密が危険視され、人と人の距離が隔たった。「疎の社会」がニューノーマルになると考える人も少なくない。これに対して筆者は、より楽観的である。安くて性能に優れたオゾンセンサーが開発できれば、有人空間でオゾン利用が可能になる。これにより、室内における飛沫感染が解消され、3密問題は根本的に解決する。人と人の距離は疎から密に戻すことができると確信している。
 グローバル化に猛進する21世紀はすでに3度のグローバル的なショックを受けている。ひとつは、2001年の9.11のテロ事件で、2度目は2008年リーマンショック、3度目は今回の新型コロナウイルス禍である。しかし、やがて人類は、新型コロナウイルス禍を乗り越える。新型コロナウイルスパンデミックを収束させた後には、より健全なグローバリゼーションとより魅力的な国際大都市が形作られるであろう。

10.〈中国都市総合発展指標2018〉の特色


 中国都市総合発展指標は、データをもって価値判断を実証する側面が強い。環境、社会、経済の三つの側面から都市を評価すると同時に、「DID」「輻射力」などの概念を数字化し、中国で人口密度と輻射力の大切さを植え付けた。筆者が20年前から提唱してきたメガロポリスや都市圏政策も、同指標の力を借りて一層浸透できた。中国都市総合発展指標のメインレポートは、2016年度は「メガロポリス発展戦略」、2017年度は「中心都市発展戦略」、2018年度は「大都市圏発展戦略」として展開してきた。また、こうした戦略を促すために、同指標をベースに「中心都市&都市圏発展指数」をも開発し、公表した。
 現に、中国政府はメガロポリス、中心都市、都市圏などをコアに、都市化政策を展開するようになってきた。同指標に関わった専門家らにはいささかの達成感がある。
 中国都市総合発展指標の評価の公開度もアップしてきた。総合ランキングの公表は2016年度のトップ20都市から、2017年度はトップ150都市へ、そして2018年度になると全298都市になった。
 中国都市総合発展指標のデータ構成にも工夫がある。従来、都市に関連する指標は、統計データによるものであった。しかし、統計データだけでは複雑な生態系と化した都市を描き切れない。中国都市総合発展指標は、統計データのみならず、衛星リモートセンシングデータ、そしてインターネット・ビックデータをも導入し、都市を感知する「五感」を一気にアップさせた。現在、指標のデータリソースは、統計、衛星リモートセンシング、インターネット・ビックデータは、各々ほぼ3分の1ずつの分量となった。中国都市総合発展指標は、こうした垣根を超えたデータリソースを駆使し、都市を高度に判断できるマルチモーダルインデックス(Multimodal Index)へと進化した。
 2020年7月に米PACE大学出版社から中国都市総合発展指標の英語版が出版された。これで、中国語版、日本語版、英語版が揃った。これを契機に、指標をさらに進化させていく所存である。
 コロナ禍のさなか、大切な研究仲間、山本和彦さんの訃報にふれた。山本さんは森ビル副社長の時代から「江蘇省鎮江ニューシティマスタープラン」や中国都市総合発展指標の議論に参加してくださり、国内外での研究会や飲み会でたくさんの叡智を授かり、幾度も楽しい時間を一緒に過ごした。ご退院後にお手紙をいただき、体調が回復したら吉祥寺で飲みましょうとの嬉しいお言葉を頂戴していた。これが実現できなくなったいま、山本さんのご期待に応えるべく一層の研究成果を出し続けるほかない。


[1] 2020年5月31日以降に武漢では新型コロナウイルス感染による死者は出ていない。

[2] 「米ハーバード大学ネイサン・ナン教授は、複雑なサプライチェーンを通して生産される製品は様々な取引を伴うので「契約集約的」という言い方もできると指摘する」、猪俣哲史「制度の似た国同士で分業へ 国際貿易体制の行方」、『日本経済新聞』2020年7月14日朝刊。

[3] ビル・ゲイツ氏、2015年3月「TED TALK」での講演「The next outbreak? We’re not ready」。

[4] オゾンに関する筆者の論文はまず中国語版が2020年2月18日に「这个“神器”能绝杀新冠病毒」とのタイトルで中国の大手メディアである中国網で発表された。その後、英語版はOzone: a powerful weapon to combat COVID-19 outbreakのタイトルで2月 26日に China.org.cnで発表された。日本語版は「オゾンパワーで新型コロナウイルス撲滅を」とのタイトルで2020年3月19日にチャイナネットで発表された。半年後の8月26日に学校法人藤田医科大学は、同大学の村田貴之教授らの研究グループが、低濃度のオゾンガスでも新型コロナウイルスに対して除染効果があるとの実験結果を発表した。この実験は筆者の2月論文の仮説にとって貴重なエビデンスとなった。

[5] 接触の経済性について、詳しくは、周牧之著『中国経済論—高度成長のメカニズムと課題』日本経済評論社、2007年、pp231〜233を参照。

[6] 首都圏整備法は、首都圏を埼玉県、千葉県、神奈川県、茨城県、栃木県、群馬県および山梨県と規定している。

[7] 斉藤徹弥「首都圏出身者は地方を向くか」、『日本経済新聞』2020年7月16日朝刊。

[8] NHK「東京都知事選 都民1万人アンケート」2020年6月21〜24日。

【刊行によせて】中国大都市の生命力の源泉は何か/南川秀樹・日本環境衛生センター理事長


南川 秀樹
日本環境衛生センター理事長、中華人民共和国環境に関する国際協力委員、元環境事務次官


-歴史的視点と現状の分析-


 1.都市は国の一部であり、また、国全体の代表でもある。東京、横浜と言えば日本の象徴であり、北京や上海は中国の代名詞でもある。代表的な大都市は、歴史的にも地理的にも、それらが栄えた時代の代表として評価される。

 私の手元には、「清明上河図」(Riverside Scene on Qingming Festival) がある。最も好きな絵の一つである。現在、私は中国政府の環境国際協力委員会の委員を務めており、中国の様々な情報に接する機会が多いが、以前から中国オタクであり、政治や経済はもとより、文化、学問などあらゆる分野の中国の歴史探求が趣味である。上記の絵を評価するのも、そこに示されている宋の都である開封市の経済的な繁栄や、それを支える人々の仕事と遊びが描かれていることにある。この時代から中国の本格的な商工業が成立したと考えており、南宋時代も含めた300年が中国資本主義のスタートと捉えている。そして、その象徴がこの絵に込められている。最も関心を寄せる歴史上の人物は、この宋の時代に変革者として現れ、政治と経済の改革に全力を尽くした王安石である。彼の目指したところは、大商人・大地主などの利益を制限して農民や中小の商人を保護する、そして、経済活動全体を活性化し、政府も納税額を確保しようというものである。中国の長い歴史の中でも特筆すべき新たな経済思想に裏付けられた改革であった。当然のごとく既得権を有するグループからの反対は強く、道半ばにして改革は頓挫したが、こうした挑戦がある程度行われたこと自体が、宋という時代の特徴をなしている。

 開封市、杭州市という二つの首都は、この時代の世界的な大都市であり、経済の中心としてよく機能している。日本でも、初めて武士による政治と経済のリーダーとなった平清盛は、この宋という国と首都の機能を高く評価していた。

 

 2.生産、流通、消費の機能を備えた都市の成立は、中国がヨーロッパに先行した。それは高い経済力とセットであり、世界一の経済力と高度な技術力(火薬、羅針盤、活版印刷の発明)が裏づけとなった。宋、元の時代を経て、明の初期には、鄭和率いる大船団がアフリカにまで達した。優れた工学技術力がその基礎にあった。しかし、その後の、事実上の鎖国政策、片や欧州では保険などの金融システムや株式資本といった文科系技術の導入があり、その結果として欧州、そして遅れてきたアメリカによる世界支配の時代に入った。

 

 3.中国が長期の停滞から脱却したのは、1980年頃からであり、改革開放路線の導入による。北京、上海は当然のこととして、天津、武漢、重慶、瀋陽、広州、仏山、長春などの工業都市、鞍山、撫順、大慶などの鉱業都市の大都市化が進んだ。中国は、「世界の工場」として成長し、重要な労働力として農村部から都市部への人口移動が行われた。そうした地域では、当初、一部地区のスラム化現象が見られたが、徐々に生活環境が整備され、新たに形成された中産階級の生活の舞台として、効率の良い都市となっていった。例外は香港であり、連合王国の監督の下、1960年頃からアジアの金融のハブとして成長を遂げいち早くアジアを代表する大都市となった。

 

 4.現在も、中国は大都市の起爆力を維持しながら経済的な力を増しつつある。その力は、いくつかの源を有する。まず①「世界の工場」であり続けることである。経済成長に伴う賃金水準の急激な上昇により「安かろう悪かろう」の製品作りの時代は終わり、ハイテクを用いたレベルの高い工業製品の製造に転換しつつある。現実に、時代の最先端を行く再生可能エネルギーの製品は、ソーラーパネルを筆頭に中国製品が世界の市場を席巻している。質は日本製と変わらず、値段が圧倒的に安いのである。これは、スマホ生産でも同じである。②ついで、BATと称されるGAFAに匹敵する企業の躍進である。百度、阿里巴巴、騰訊に加え、ネクストBATとしてTMDの成長も見られ、知識集約型の都市の成長も見られる。③AI、IoT分野を中心に大学での研究も世界のトップレベルを走っている。清華大学を始め、北京大学、天津大学、復旦大学、中国科学技術大学、武漢大学、湖南大学などが、大都市区域の中心に位置し、それぞれの都市に活力を与えている。④ユニコーン企業の大都市での誕生と成長が顕著なことも注目される。ユニコーン企業の数では、世界のトップをアメリカと競っている。杭州、北京、上海、深圳などの大都市に更なる魅力と活力を加えている。

 

 5.大都市が抱える課題もまた多い。中国が悩まされている問題の一つに環境汚染がある。報道されることの多い大気汚染については、いまだ不十分だが徐々に改善されつつある。習近平主席のリーダーシップによるものであろう規制が急速に強化された成果だと思われる。水質の分野でも大気汚染と同様にEU並みの厳しい基準が施行されている。しかし、いずれもいまだ改善は不十分であり、全く手のついていない土壌汚染対策を含め一層の対策の充実が必要である。また、廃棄物については都市廃棄物と産業廃棄物を総合的に律する法体系がないことから統計が乏しく、現時点での都市ごとの評価は困難である。衛生面からも課題がある。日本では1900年に廃棄物処理の最初の法制化が行われたが、これの狙いは、廃棄物の散乱や不適正な処理に伴うハエや蚊などの衛生害虫の発生を抑制し、コレラ、ペストなどの感染症の拡大を防ぐことにあった。中国での廃棄物処理の一元的な管理制度の実現が待たれる。

 

 6.衛生といえば、今回のCOVID-19の拡散といった事態を今後未然に防ぐ、あるいは拡大を防ぐ機能は極めて重要である。医師、病院の数の確保、あるいは野味市場(食用の野菜動物を扱う市場)の整備整頓など具体的対策は今後の検討が待たれるが、感染症の発生を未然に防止する、あるいは最小限にとどめるといった衛生状態の改善策は、今後の中国大都市の重要な課題である。

 

 7.文化面も評価を加えたい。私の中国の知り合いで日本を頻繁に訪れる友人は、時間があれば、京都や奈良を訪れる。そして、かつての唐の長安を偲び、唐招提寺では鑑真和上を偲んでいる。中国の大都市に歴史地域の保全と復元を強く希望するものである。

 

 8.本当に人が住みたくなる、そして住んで楽しいと思える場所はどこなのだろうか。それは、その人が自分の持っている才能の全てを出せると実感するところだと考える。人の幸せが何かはそれぞれに異なるが、種田山頭火が詠う「山あれば山を観る 雨の日は雨を聴く 春夏秋冬 あしたもよろし ゆふべもよろし すなほに咲いて白い花なり」という、出逢うもの全て受け入れるという気持ちと、A.Einsteinの言う”Anyone who has never made a mistake has never tried anything new. “に代表される積極的、能動的な気持ちの双方が、時にばらばらに、また同時に、実現できる環境が必要である。人の幸せは、周囲の人の言動や評価にあまり影響されてはいけないし、またあまり断絶していることも良くない。その微妙な線の幅を自らつかんで展望を開きうる環境とは何か、どこか、という難しい問題がある。各人が持つやわらかな頭脳と心意気を大いに伸ばして活躍したい、そんな望みを持つ彼ら、彼女らが、喜んで住み、働ける魅力ある都市づくりを進めていきたいものである。自然環境や人情に溢れた都市を造っていきたい。周牧之教授が中心になって取りまとめられた〈中国都市総合発展指標〉は、以上に述べた私の思考の迷い道に新しい道標を与えてくれるものと期待している。


プロフィール

南川秀樹 (みなみかわ ひでき)

 1949年生まれ。環境庁(現環境省)に入庁後、自然環境局長、地球環境局長、大臣官房長、地球環境審議官を経て、2011年1月から2013年7月まで環境事務次官を務め、2013年に退官。2014年より現職。早稲田大学客員上級研究員、東京経済大学経済学部客員教授等を歴任。地球環境局長の在職中は、地球温暖化対策推進法の改正に力を尽くした。また、生物多様性条約の締約国会議など多くの国際会議に日本政府代表として参加している。
 主な著書に『日本環境問題 改善と経験』(2017年、社会科学文献出版社、中国語、共著)等。

(『環境・社会・経済 中国都市ランキング 2018―大都市圏発展戦略』に収録

【刊行によせて】〈中国都市ランキング〉に寄せて/趙啓正・中国国務院新聞弁公室元主任


趙 啓正
中国国務院新聞弁公室元主任、中国人民大学新聞学院院長


 

編集ノート:中国国家発展委員会発展戦略和計画司と雲河都市研究院が合同で主催した中国都市総合発展指標2018シンポジウムが2018年12月27日、北京で行われた。趙啓正氏は祝辞を寄せ、中国都市総合発展指標を高く評価した。祝辞は、同指標の研究開発の意義を称え、今後の方向性についても示唆した。本書では趙啓正氏の祝辞を序言として掲載する。


 周牧之教授をはじめとする都市発展研究に携わる学者の皆さんへ:

 私は周牧之教授から2018年10月、中国都市総合発展指標2017を東京で手渡された。周牧之、陳亜軍そして徐林各氏の序言およびメインレポートを丹念に読んだ。都市発展における著者の「現代的」理念とフロンティア性に富んだ学識に感銘を受けた。中国都市総合発展指標は都市を理解し、マネジメントするための理念、コンセプト、フレームワークを提供したと、私は確信している。

 私はこの一冊が、中国の各都市の市長をはじめとする政策担当者にとって非常に有用な参考書となると思う。1990年代には私自身、上海市副市長を務め、浦東新区の主任及び書記を兼務し、浦東新区開発の重責を負っていた。残念なことに当時は、同「指標」のような良い参考書はなかった。

 今日、人間の成長は数多くの指標によって表される。私たちが人間ドックを受ける際には、少なくとも数十の指標を用いる。今なら一般市民にとって馴染み深い健康指標も、30年前の中国では我々自身はもとより医師でさえ、それについて知識を持たなかった。つまり、自分の体を「科学的に管理」しようがなかった。
 30年前、中国人の平均寿命は70歳に至らなかった。それが今は、80歳に近づいている。健康指標の功績は大きい。

 同様に、数十年前、私たちは都市という「大きな体」を、どのような指標で測るかについてあまり意識していなかった。ただごく単純に政治、経済、文化などのマクロ的視点で、都市発展の計画を制定した。今振り返れば一種粗雑で、独断的ですらあった。

 今日、もし都市について緻密な計画と管理とで臨もうとすれば、まず都市に対しての明晰な理念と研究が必要である。そのための、総合的な指標による分析が欠かせない。従って、中国の都市発展には中国都市総合発展指標が提供する理念、合理性そして総合分析のフレームワークが貴重である。このような指標の精密なデータをもとに、研究を重ね、都市をどうマネジメントしていくかを模索するべきである。これは時代の要請である。

 雲河都市研究院に関わる学者、研究者は今後も、多くの重要な事柄に取り組み、成就させていくと信じている。例えば、現代的な都市学を打ち立て、都市研究に科学的なフレームワークを提供し、世に受け入れられるような基本コンセプト、用語、研究アプローチなどを提起する。また各都市の市長に役立つような手引きや書籍を継続して出版し、論文やオピニオンを世に出していく。毎年、「都市発展フォーラム」を主催し、全国の市長や関係者を招聘し、都市発展の新しい見解について議論し、中国都市発展への道筋を探求し続ける。

 目下、メガロポリスはすでに中国都市化の主体となっている。長江デルタ、珠江デルタ、京津冀の三大メガロポリスについてその輻射力の重要性が、共通認識となっている。中国でのメガロポリス研究にとっては、海外メガロポリスの経験が重要となる。例えば、アメリカのニューヨーク、ボストン、ワシントンといった大西洋沿岸メガロポリス。シカゴ、デトロイト、トロント、モントリオールの北米五大湖メガロポリス。日本の東京、名古屋、大阪の東海道メガロポリス。ヨーロッパのパリ、アムステルダムの西北部メガロポリス。イギリスのロンドン、マンチェスターの中南部メガロポリス。国内外のメガロポリスの比較研究は、メガロポリス発展のメカニズムへの認識を深める。国際シンクタンクとしての雲河都市研究院はこの点、大いにその力を発揮させるだろう。

 上海市長を務めた汪道涵氏は生前、私にこう言ったことがある。「私は長年、長江デルタおよび長江流域の協調発展委員会の主席を務めていた。しかし残念なのはそのエリアの連携発展が緩慢であったことだ」と。

 私が考えるに、その原因の一つは、当時、各地の経済発展が主に政府主導によって進められた点にある。メガロポリス化は市場メカニズムをベースとした原動力を必要とする。もっとも当時は、中国の市場経済のパワーがまだそれほど大きくはなかった。そのため、メガロポリスをどう発展させるかについて、雲河都市研究院に関係する皆さんには多くの研究貢献が期待されている。

 上海を例にすると、中国指導部は最近次の見解を示した。「上海が対外開放においてさらなる重要な役割を果たすための、中央政府の決定:第一、浦東の中国(上海)自由貿易試験区のエリアを拡大すること。その目的は、上海が投資と貿易の自由化と利便性を推し進め、全国での複製と推進が可能となる経験を積み重ねること。二、上海証券取引所にハイテク新興企業向けの新たな株式市場「科創板」を設置する。この目的は、上海国際金融センターと科学技術イノベーションセンターの建設を推し進めることにある。三、上海を始めとする「長江デルタ地域の一体化」を国家戦略へと格上げする。その目的は新発展理念を着実なものとし、現代的な経済システムを構築し、改革を更に推進し、対外開放を一層進めることにある。同時に、「一帯一路」建設、京津冀の連携発展、長江ベルト経済発展、粤港澳大港湾区建設と併せ、中国改革開放の空間構造を完成させる」。

 これまで数多くの中央政府の政策にも、上海の任務が挙げられてきた。

 たとえば、2016年6月に公布された中国国家発展改革委員会の「長江デルタメガロポリス発展計画」は、「長江流域メガロポリスを発展させ、上海を世界都市へ」と述べている。

 また更に2017年12月には「国務院による上海都市総合計画への返答」が「上海をイノベーション都市、文化都市、生態都市、卓越した世界都市にし、また現代化国際大都市へと作り上げるよう努力せよ」と要請した。

 上海はこのように多くの任務を抱え、北京、広州、深圳などの都市も同様に、たくさんのことを成し遂げなければならない。こうした重責は市長、学者、そしてシンクタンクが担うものである。

 雲河都市研究院の絶え間なき新しい貢献に期待するとともに、中国都市総合発展指標が更に世に広がり、都市建設に関わる人々に歓迎されるものとなることを願ってやまない。


プロフィール

趙 啓正 (Zhao Qizheng)

 1940年生まれ。1963年中国科学技術大学核物理学科卒業後、科学技術研究及び設計の仕事に20年間従事する。
 1984年から、上海市共産党委員会組織部長、上海市副市長、浦東新区管理委員会初代主任を歴任。1998年から2005年まで中国国務院(政府)新聞弁公室主任。2005年から2013年まで全国政治協商会議外事委員会副主任・主任。2009年からは全国政治協商会議の第11回二次、三次、四次および五次会議においてスポークスマンを務めた。
 現在、中国人民大学新聞学院院長、南開大学浜海開発研究院院長。

 主な著作に『向世界説明中国(上・下)』、『江辺対話:一位無神論者和一位基督徒者的友好交流』、『浦東逻輯:浦東開発和経済全球化』、『在同一世界—面対外国人101題』、『対話:中国模式』、『公共外交与跨文化交流』、『跨国対話:公共外交的智慧』、『跨国経営公共外交十講』、『直面媒体20年』など多数。以上の中には複数の外国語による翻訳書が多数含まれる。

(『環境・社会・経済 中国都市ランキング 2018―大都市圏発展戦略』に収録

【刊行によせて】都市のハイクオリティ発展を促す指標システム/楊偉民・中国共産党中央財経領導小組弁公室元副主任

楊 偉民
全国人民政治協商会議常務委員、中国共産党中央財経領導小組弁公室元副主任


 中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司と雲河都市研究院の研究成果である中国都市総合発展指標は、これまで私が目にした中国都市発展状況を測るものの中で、最も時代性、国際性、実用性に富んだ総合評価である。同指標は、中国都市の健康状況を見極める総合的な「健診報告」と言ってもいいだろう。そこから各都市は自分のどの指標が健全で、どこが劣っているかあるいは不健全であるかが見て取れる。各都市はこれによって健康を保持し、都市病を予防し、病症をいち早く治すことができる。

 「健診報告」である以上、毎年「健診」を重ねることが肝要である。新しい指標を絶えず追加し、新しい状況を反映させ、新たな課題を見出すことも大切である。

 都市化は中国経済社会発展の原動力である。中国の都市化の道のりはまだ遠く、長い。中国経済はすでにハイクオリティを目指す発展段階に至った。都市化とハイクオリティ発展の二つの歴史の潮流が合わさっている。都市は経済発展の主体であり、またハイクオリティ発展の空間でもある。都市のハイクオリティな発展が、中国全体のハイクオリティな発展につながる。

 中国は経済発展、社会発展、持続可能な発展の空間均衡をはからなければならない。
 いわゆる発展の意味について三つにまとめられる。

 1つは経済発展で、主にGDP成長である。2つ目は、人間の開発あるいは社会の発展、とりわけ人々の幸福と、社会の進歩である。3つ目は、持続可能な発展であり、自然再生または生態環境の保護である。

 ハイクオリティな発展は経済発展だけで語るべきものではない。ある都市の経済規模が大きくなったとしても、生態環境が破壊され、街がスモッグに覆われているとしたら、それはハイクオリティな発展とは言い難い。

 同様に、経済指標が良くても、住民の居住問題さえ解決できず、大勢の人々、特に常住外来人口が、住まいを購入できないどころか賃貸さえままならなければ、社会の発展は語るべくもない。こうした都市は「歪(いびつ)」であり、ハイクオリティとは言えない。

 中国は現在、都市のクオリティ向上、効率向上、そして原動力シフトを推し進めている。従来、中国経済のハイスピードな発展は、生産規模の拡大、資本投入の拡大、労働力の無限の提供による輸出の拡大と、不動産投資の拡大に引っ張られてきた。こうした発展は、再生不可能な耕地、エネルギー、鉱山資源を大量に消耗してきた。

 クオリティの向上には、量的な生産拡大に頼った発展から、製品の質的向上による発展へと、転換させなければならない。

 効率を高めるには、要素投入の規模拡大による成長から、労働効率、資本効率、土地効率、エネルギー効率、環境効率の向上へと転換することが必要である。

 原動力も、労働力依存型の成長から、改革開放型成長、科学技術イノベーション型成長にシフトしなければならない。もちろん内需、特に消費拡大という牽引力も欠かせない。

 上記の三大変革の主な舞台は都市にある。ハイクオリティを促す指標システムがあれば、各都市は、単純なGDP競争から発展クオリティの向上、効率の向上、原動力のシフトにおける競争へと切り替えられる。

 中国では、実体経済、イノベーション、現代金融、人的資源などうまく協働できる現代産業体系を作って行く必要がある。

 都市の基礎は産業にあり、都市の繁栄は産業の振興にある。都市の産業発展はフルセット型と決別すると同時に、モノカルチャーになってもいけない。とりわけ製造業と、IT産業との協働が欠かせない。

 科学技術イノベーションと実体経済とのタイアップの発展が大切である。科学技術イノベーションと実体経済が別々のものであってはならない。その意味では、イノベーションを評価する際、研究開発の投資規模だけではなく、研究成果が実際の生産力に置き換えられたか否かに、着目するべきである。 
 金融も実体経済のために役立つことが重要であり、金融の自己循環型発展があってはならない。それゆえGDPに占める金融の比重だけを見て、その都市が金融センターであるかどうかを判断してはいけない。

 その意味では教育は、実体経済、科学技術イノベーション、現代金融の発展潮流に追い付くことが必要だ。経済社会発展のニーズに応えなければならない。

 不動産開発も住民の支払能力に見合ったものとし、また住民のニーズを満たす形で発展させるべきだ。不動産供給が過剰であれば空き家問題が生じ、過少であれば供給不足に陥る。都市機能や人口集積に適合したものにしなければならない。

 中国では、市場メカニズムを有効に働かせ、ミクロが活力に溢れ、マクロコントロールが機能する経済を打ち立てる必要がある。ハイクオリティな発展を推し進めるにはそれに見合った制度環境へのシフトが欠かせない。

 世界銀行は「ビジネス環境の現状2019」で、190カ国・地域のランキングにおける中国の順位が第46位と、昨年より32位高まったことを報告した。これは主に北京と上海の状況を反映している。もちろん、ビジネス環境における都市間の違いは極めて大きい。自然環境の差異を除き、その多くは制度における差異である。各都市は、自身の状況に応じて改革のスピードを速め、ハイクオリティな発展段階に見合ったビジネス環境を整えなければならない。

 中央経済工作会議は昨年、ハイクオリティの発展を促す指標システムの迅速な開発を求めた。このような指標をもってハイクオリティ発展における都市間の競争を促す必要がある。〈中国都市総合発展指標〉はすでにこうした機能を備えている。今後は下記に掲げる改善点に考慮し、さらに完成度を高めて欲しい。

 第一に、さらに一歩、時代性を増すことである。指標は現在、世界の発展潮流と、中国の発展趨勢を反映させ、ハイクオリティ、高効率、協調性、新たな原動力を焦点とする。また、科学技術革新と産業変革の趨勢を反映させ、クラウド、ビックデータ、新エネルギー、スマートシティなどの進歩を焦点とする。さらに、改革開放を反映させ、規制改革、ビジネス環境の改善などを焦点とする。

 第二に、科学性をさらに一歩高めることである。目下、中国では都市に関する評価指標は他にも存在する。しかし、その大半が科学性に欠いている。〈中国都市総合発展指標〉の優位性は、環境、社会、経済の3つの角度から都市の発展を評価していることにある。これに、さらにハイクオリティに関する指標を充実させれば、都市ハイクオリティ発展を総合的に評価する、中国初の指標システムとなる。各都市がこぞってこれを参照するような指標システムとなるだろう。

 第三に、国際性をさらに強化させることだ。中国都市総合発展指標の優位性の1つは、国際比較が可能となっていることである。これは決して容易ではない。都市のエリアに関する定義一つを取ってみても、中国の都市では行政地域、都市内部の区と県レベルの行政地域、建成区という3つのレベルがある。後者の二つのエリアは、なかなか国際比較ができないことで国際間の都市比較研究の大きな妨げとなっていた。〈中国都市総合発展指標〉は、衛星リモートセンシングの技術を用いて、行政地域、アーバンエリア、そしてDIDエリアという3つのコンセプトを持ち、国際間の比較を可能とした。こうした努力を一層重ねてほしい。

 第四は、実用性をさらに一歩、高めることである。今後、指標の価値をさらに一歩高め、必要とする都市にはハイクオリティ発展の「健診報告」を行うと同時に、評価の範疇は上下へと拡張してほしい。上はメガロポリスと都市圏をカバーし、京津冀の協調発展や、長江デルタの一体化、粤港澳大湾区の評価を可能とすること。下は、県級都市の評価も網羅してほしい。指標は発展の結果を評価したものであり、また、都市発展を進める上での基準でもある。中国各都市のニーズに応えるために、中国都市総合発展指標を中国都市のハイクオリティな発展を検証する指標体系として明確に位置付けなければならない。そのために、中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司は、それを上級指導機関へ報告すると同時に、各都市へも中国都市総合発展指標を推薦する。


(『環境・社会・経済 中国都市ランキング 2018―大都市圏発展戦略』に収録


プロフィール

楊 偉民 (Yang Weimin)

 1956年生まれ。中国国家発展改革委員会計画司司長、同委員会副秘書長、秘書長を歴任。中国のマクロ政策および中長期計画の制定に長年携わる。第9次〜第12次の各五カ年計画において綱要の編纂責任者。中国共産党第18回党大会、第18回3中全会、同4中全会、同5中全会の報告起草作業に参与した。同党中央第11次五カ年計画、第12次五カ年計画、第13次五カ年計画提案の起草に関わるなど、重要な改革案件に多数参画した。

 主な著書に、『中国未来三十年』(2011年、三聯書店(香港)、周牧之と共編)、『第三の三十年:再度大転型的中国』(2010年、人民出版社、周牧之と共編)、『中国可持続発展的産業政策研究』(2004年、中国市場出版社編著)、『計画体制改革的理論探索』(2003年、中国物価出版社編著)。

【刊行によせて】現代化都市圏を育成、新型都市化を推進/周南・中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司副司長

周 南

中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司副司長


 中国の改革開放が始まってすでに40年過ぎた。この40年の成就の一つは、疑いなく都市化である。40年の間に、中国の都市化率は17.9%から、59.8%へ大幅に上昇した。都市人口も1.7億人から8.1億人にまで一気に増えた。都市建成区面積は7,438平キロメートルから5.6万平方キロメートルにまで拡大した。しかし近年、都市が両極化する趨勢も表れてきた。〈中国都市総合発展指標2018〉では、順調に発展する都市を確認することができると同時に、“大都市病”、そして人口流出による“収縮都市”もうかがえる。これは、従来拡張志向で突っ走った都市発展モデルが、最早通用しなくなったことの現れである。

 先進諸国ではロンドン、パリ、ニューヨーク、東京などを代表とする、周辺の地域を含んだ都市圏が形成されて久しい。それは、高度に集積する人口が、中心都市における各種のコストを押し上げ、一部の産業と都市機能が行政区画を超えて外へと押し広がり、中心都市と組み合わさって発展した圏域である。数多くの先進国が、都市圏の発展を促すための計画や法案を制定した。例えばイギリスは早くも1940年代から大ロンドン計画に着手し、21世紀になっても、その第4回目の空間発展戦略計画を制定した。日本は1956年から5度にわたり首都圏基本計画を制定した。政策に導かれ、これら都市圏は、グローバル経済における最も効率のよい、イノベーション活力に満ちた地域となっている。中国の都市化も、高速の発展からクオリティ重視の発展へシフトする中、都市圏の形成を促していくのは一種の必然である。

 2019年2月、中国国務院(政府)の同意のもと、中国国家発展改革委員会は「現代化都市圏育成発展に関する指導的意見」(以下「意見」)を公布した。「意見」は、都市圏の発展が問題意識を鮮明にし、中心都市と周辺との連携発展を重視し、新しい体制づくりに着手し、インフラ整備の一体化を図り、産業の分業を進め、市場の統一を促し、生態環境の連携保護などに取り組むことを求めた。

 「意見」はまた、2022年までにインフラ整備の一体化レベルを大幅に向上させ、生産要素の流通を阻害する障壁を基本的に取り除き、都市機能を補完し合う空間構成を明確にし、環境と調和した住みやすい都市圏の建設を目標とする。2035年には国際的に影響力をもつ都市圏をいくつか作り上げると明記した。

 都市圏の育成には、域内インフラの整備が前提である。「意見」は、メガロポリス内部のメガシティあるいは輻射機能をもつ大都市を中心に、1時間の通勤圏を基本範囲とする都市空間を都市圏として定義した。

 通勤は都市圏の主な特徴の一つで、交通インフラが通勤の前提条件となる。中国では高速道路、高速鉄道、橋梁などの整備が世界でも注目されている。しかし、都市圏における交通網の整備はまだ多くの問題を抱えている。例えば、行政エリアを超える通勤鉄道の整備が遅れている。都市境界にまたがる道路整備も、途切れるなどの問題が多発している。都市圏建設には交通という要を捉え、都市圏交通網の連結性を強化するため、行政エリアを超えた計画、建設、管理の一体化を進めることが大切である。

 都市圏の育成には、域内の分担が肝心である。現在、中国では都市圏の中心都市と周辺との社会経済連携は緊密さに欠けている。2017年、深圳中心部と周辺との人口流動規模は、1日平均12万人回でしかない。しかもこれは中国の都市圏の中では最大規模である。これに対して、東京都市圏内の三県が東京都に通勤する人数は1日平均86万人に達している。

 中国の大部分の都市圏において中心都市と周辺との間は、相互投資規模が50億人民元にも達していない。その原因は、中国では中心都市と周辺との間で分業が進まず、地方の保護主義のもとで、労働力、資本、科学技術などの流動を制約する障壁が多いことにある。

 都市圏建設においては、地方の保護主義を改め、統一市場の妨げを除去することが必要である。他方、都市圏内で中心都市と周辺のそれぞれの特色を鮮明に打ち出し、分業分担を推し進めていくべきである。都市圏育成においては、教育、医療などの公共サービスの均質化も図らなければならない。中国では、行政エリアによって公共サービスの差異が大きい。複数の行政エリアを含む都市圏においては、圏域内の公共サービスの均質化が大きな課題となる。

 都市圏建設は、生態圏の建設でもある。圏域内の地域が共同で環境保護の計画、法案を編成し、グリーンネットを構築し、生態環境の連携保護に取り組み、その品質を高めていくことだ。

 都市圏には、エリアとして、都市と農村双方が存在する。人口としては、都市戸籍と農村戸籍の人々双方が存在している。圏内の、都市と農村の連携発展を図り、また都市戸籍と農村戸籍との人々の間で公共サービスなどにおける差異をなくしていくことが欠かせない。

 都市圏の育成は新型都市化建設の新しい課題である。理論から実践まで探求し続けなければならない。政府の後押しが必要となるが、あくまで市場の主導で進めるべきである。海外の経験に照らせば、都市圏の形成には数十年の時間がかかる。中国でも焦らず時間をかけて、努力を重ねていくことが肝要である。

 中国の地域発展は不均衡で、都市圏の発展段階の差異も大きい。どのような都市が都市圏発展の条件を兼ね備えているのか。都市圏の発展はどのような特色が活かされるべきなのか。これらについては、中国都市総合発展指標の中で答えが見つかるだろう。


プロフィール

周 南 (Zhou Nan)

 1962年生まれ。中国国家発展改革委員会にて、「第8次五カ年計画」以来5度にわたり五カ年計画の編成に直接携わった。近年、農村戸籍人口の市民化推進、またメガロポリスおよび都市圏建設、都市と農村の融合発展などの政策を担当している。『国家新型都市化報告』(2017年版、2018年版)編纂。

(『環境・社会・経済 中国都市ランキング 2018―大都市圏発展戦略』に収録

【刊行によせて】世界経済のパラダイムシフトと大都市化/周牧之・東京経済大学教授

中国都市総合発展指標2017日本語版・発刊にあたって

周牧之
東京経済大学教授

 

 20世紀が「都市化の世紀」であるなら、21世紀はまさに「都市の世紀」、ひいては「大都市の世紀」である。
 20世紀、世界の都市人口は2.5億人から、10倍増の28億人にまで膨れ上がった。20世紀は地球規模での「都市化の世紀」と位置づけられよう。都市化率は猛然と高まり、都市化のスピードは勢いを増した。
 世界の都市人口は2008年、初めて農村人口を超え、地球は正真正銘の「都市惑星」となった。国連の予測によれば、世界人口は2050年に90億人に達し、都市人口は60億人を超えると見られている。

1.急激に進む大都市化、メガシティ化


 さらに注目すべきは、1980年代から急激に進んだ大都市化の潮流である。1980年から2015年までの35年間、人口が100万人以上増えた都市が全世界で何と274都市を数えた。その中で人口が250万人以上増えた都市が92都市、500万人以上増えた都市は35都市、さらに1,000万人以上増えた都市は11都市もあった。この間、同274都市で7.8億人もの人口が増えた。人類はかつてない勢いで大都市に集まった。
 今日、世界には1,000万人以上の人口を抱えるメガシティが29都市ある。この大半は1980年以降、急速に人口が膨れ上がってできたものである。この29都市のうち19都市が臨海型都市、8都市が内陸部に位置する首都で、2都市が内陸部の地域中心都市であった。臨海部あるいは首都などの中心都市であることが、都市経済巨大化の要であることを示している。
 大都市の爆発的発展は、世界経済のパラダイムシフトによって生まれた。1980年代以降、情報革命とグローバリゼーションとが相まって、異なる技術、異なる産業、異なる領域の間での大融合が起こった。同時にそれは、国と国、都市と都市、都市と農村の大融合も起こった。大融合は大変革を生み、大変革は大発展を引き起こした。交流と交易の上に立った融合と変革は、大都市を急速に発展させた。国民経済はまさにこの大融合によってその役割を弱め、これに対して大都市はグローバル化の波に乗り、世界経済の新しい主役として登場してきた。とりわけ沿海都市と行政センター都市は、その開放性、交通利便性そして各種のセンター機能をもって、大融合、大変革、大再編の大舞台となった。

2.中国の都市大発展は世界経済のパラダイムシフトの産物


 世界の大都市化、メガシティ化の時期は、ちょうど中国の改革開放期と重なった。上述の1980年から2015年までの間、中国で人口が100万人以上増えた都市が72に達し、世界の同様の都市の3分の1を占めた。その中で250万人以上増加した都市は中国で30都市を数え、これも世界のおよそ同3分の1を占めた。人口が500万人以上増えた都市は中国で12都市となり、これも世界の3分の1を超えた。都市人口が1,000万人以上増加したのは中国で5都市にのぼる。
 この間、中国の都市人口は3.8億人増加し、同時期、世界の都市人口増加分の3割を占めた。中国で人口が250万人以上増加した30都市の合計人口増加数は1.7億人に達し、同時期の世界同92都市の人口増加総量の3割を占めるに至った。
 さらに注目すべきは、中国の都市で人口が250万人以上増えた30都市(上海、北京、深圳、広州、重慶、天津、東莞、仏山、南京、成都、武漢、杭州、蘇州、西安、廈門、鄭州、汕頭、青島、ハルビン、中山、昆明、大連、長沙、瀋陽、済南、寧波、ウルムチ、南寧、合肥、福州)が、ことごとく首都、直轄市、省都など行政センター都市および沿海地区に集中していたことである。
 言うなれば、中国の急速な都市化、大都市化、メガロポリス化は世界の趨勢と高度に一致し、世界経済のパラダイムシフトの産物と言っても過言ではない。

3.イノベーションと起業の条件


 イノベーションと起業は、交流交易経済の大融合と大変革の時代に繁栄を生み出す重要なアプローチである。上場企業数はイノベーションと起業の進展を測る一つの重要な指数として捉えられる。筆者は〈中国都市総合発展指標2017〉を利用して、中国の地級市以上の297都市を対象とし、上海・深圳・香港の3証券取引所のメインボードに上場する企業数と都市の交通中枢機能、開放交流状況、各輻射力(都市の、ある機能を外部が利用する度合い)などとの相関関係を分析した。
 相関分析は、二つの要素の相互関連性の強弱を分析する手法である。「正」の相関係数は0—1の間で、係数が1に近いほど二つの要素の間の関連性が強い。中でも0.9—1の間は「完全な相関」、0.8—0.9は「非常に強い相関」、0.6—0.8は「強い相関」とする。
 分析の結果、上場企業と空港の利便性、コンテナ港の利便性、鉄道の利便性との相関係数は各々、0.79、0.7、0.66であった。つまり上場企業数と都市の各交通中枢機能とは「強い相関」にあった。
 また、上場企業と貨物輸出・輸入、実行ベース外資導入額、海外旅行客との相関係数は各々0.83、0.74、0.71に達した。つまり上場企業数と都市対外交流の各ファクターとは「強い相関」あるいは「非常に強い相関」にあった。
 さらに、上場企業と金融業輻射力、IT産業輻射力、卸売・小売輻射力、飲食・ホテル輻射力、科学技術輻射力、文化・スポーツ・娯楽輻射力、高等教育輻射力との相関係数は各々0.97、0.93、0.89、0.88、0.88、0.86、0.84に達した。すなわち上場企業数と都市の各輻射力との間にはっきりした「非常に強い相関」あるいは「完全な相関」があった。ここでの輻射力とは、産業の広域影響力を評価する指標である。輻射力が高いことは、当該産業の外部への輸出・移出力が高いことを示す。
 以上のことから、上場企業と交通中枢機能、開放交流、都市輻射力といった数多くの要素との間に、極めて強い相関関係があることがわかった。都市機能が豊富多彩なことが、企業の成長に大きな影響を与えている。つまり、都市における多種多様な要素の融合こそが、新時代の繁栄の基礎を形作っているのだ。
 当然ながら、豊富で強大な都市機能は、都市人口を膨れ上がらせる。上場企業数とDID(人口集中地区)人口規模との相関係数は、0.85にまで高まり、「非常に強い相関」を示している。
 もっとも、都市人口規模の膨張は、都市の積載力にかかわってくる。インフラ整備や都市マネジメント能力のレベルアップにより、都市は人口密度と人口規模の積載力を大幅に伸ばすことができる。1都3県から成る東京大都市圏を例にとると、1950年前後に1,000万人口を突破した同大都市圏は、環境汚染、交通渋滞、住宅不足、インフラ未整備などの「大都市病」に悩まされ、深刻な「過密」問題が起こった。これを受けて日本政府は人口と産業の東京一極集中の阻止を図る一連の政策措置を採り、一時は東京からの遷都さえ取り沙汰された。しかしながら、インフラ整備と都市マネジメント能力が上がり、都市としての積載力が大幅に高まったことで、東京大都市圏の人口規模は今や世界最大で3,800万人となった。同時に「大都市病」もほとんど弾け飛んだ。

4.決め手は都市の智力水準


 とはいえ、世界各地にまだまだ「過密」問題で苦しむ大都市が沢山ある。例えばインドのニューデリー、ムンバイ、メキシコのメキシコシティ、エジプトのカイロ、バングラデシュのダッカ、パキスタンのカラチ、ナイジェリアのラゴス、ブラジルのリオデジャネイロなど発展途上国のメガシティは、巨大なスラム街を抱えたままにある。
 同じような大規模人口を有していても、都市のパフォーマンスはまったくかけ離れている。これは都市発展にかかわる「智力水準」の格差ゆえであろう。都市智力とは、都市計画、インフラ整備、交通システム、エネルギーシステム、環境対策、そして富の分配などを含む都市のマネジメントとガバナンス能力である。
 このような問題意識をもとに、中国都市総合発展指標は世界経済のパラダイムシフトと都市発展メカニズムを研究し、さらに膨大なデータ指標を用いて都市を評価することで、中国の都市「智力」アップにつなげたい。

5.〈中国都市総合発展指標2017〉の特色


 大都市化、メガロポリス化の本質は、すなわち中心都市の競争にある。都市のセンター機能の強化により、人、企業の吸引力と積載力を高めることが、中心都市の競争力を高める肝心要である。中国都市総合発展指標2016のメインレポートでは、「メガロポリスの発展戦略」に焦点をあてたが、続く中国都市総合発展指標2017では、「中心都市の発展戦略」をテーマとする。
 また、同2017同2016のフレームワークを継承した上、衛星リモートセンシングデータとビックデータの採用を増やし、指標の数を133から175へと大幅に増やした。評価システムとして一層の進化を目指した。
 さらに、同2016はトップ20都市のランキングだけを公表していたのに対して、同2017では150都市のランキングを一気に公表し、読者の中国都市の分析をより広範囲にした。
 このように進化した同2017が、都市センター機能の評価を通して、中心都市の発展を促し、世界に広がる大都市、メガシティ間競争において、参考となる指針を示すことができるよう願っている。

【刊行によせて】生態環境社会への移行に寄与/中井徳太郎・環境事務次官


中井 徳太郎
環境事務次官


 気候変動・地球温暖化の影響が深刻化し、猛暑や豪雨、巨大ハリケーンなどによる人的・物的災害が大きな経済・社会的負担となり、異常気象を日々実感する状況が地球全体に及んでいる。2015年、国際社会は地球エコシステムと人類社会の未来への危機感を共有し、2つのエポックメーキングな合意に至った。すなわち、21世紀中に脱炭素化を実現し地球温暖化を2℃までにくい止める目標を掲げるパリ協定と、「環境・経済・社会」の17の目標を掲げ2030年までにその統合的達成を目指す国連の持続可能な開発目標(SDGs)である。

 2018年4月、我が国が閣議決定した第5次環境基本計画では、パリ協定とSDGsという世界の大潮流を受け止め、目指すべき脱炭素でSDGsを実現するサステナブルな経済・社会の姿として「地域循環共生圏」を提唱し、これが実現する真に持続可能な循環共生型の社会である「環境・生命文明社会」を目指すとしている。

 「地域循環共生圏」とは、情報通信技術をはじめテクノロジーをフル活用し、各地域において再生エネルギーや衣食住を支える地域資源の活用をすることで自立・分散型の地域を形成しつつ、地域の特性に応じた人的・物的資源を補完し支え合うネットワークをつくりだすことで、脱炭素でサステナブルな循環共生型の経済・社会構造を目指すものである。森里川海といった自然資本に支えられ、水の循環系に象徴される自然のエコシステムの一部として人類は生存しているという原点にまで立ち返って、この人類生存の基盤であるエコシステムが、テクノロジーの有効活用によりそのポテンシャルを発揮し、いかに健全でありうるかという視点で地域や経済・社会をとらえ直すものである。循環・共生という生命・生態系の基本原理すなわち自然界の摂理に人類活動が調和することにより、地下資源依存型の大量生産・大量消費・大量廃棄の経済から脱却し、結果的に脱炭素が達成されることになる。日本の産業界はテクノロジーが切り拓く調和型の未来社会Society5.0を提唱しているが、「地域循環共生圏」とはSociety5.0が描くスマート・テクノロジーの展開を地域において具体化するものに他ならない。この「地域循環共生圏」に向かった経済・社会の資源配分シフトが今後数十年規模で起こるであろうし、またそれを加速しなければならない。そしてこのシフトこそが世界の新たな成長の原動力となるであろう。中国では一足先に「生態文明建設」を国家方針として掲げたが、我が国からの「環境・生命文明社会」の創造、それを具体化する「地域循環共生圏」はまさしくこれと軌を一にしており、今後日本から世界に発信していくこととしている。

 パリ協定により、今世紀後半には従来通りには化石燃料を燃やせない時代が到来するというコンセンサスが共有される中で、すでに脱炭素でSDGsを実現するサステナブルな経済・社会を目指したビジネスの潮流が世界において主流化し、産業構造、経済・社会システムの転換が始まっている。そして、これを金融面で牽引しているのが、ESG投資の顕著な拡大である。2015年のパリ協定とSDGsの採択以降、ESG投資は世界で急拡大をしている。日本のESG投資が世界に占めるウエイトはまだ小さいものの直近の2年で2.4倍になった。またこの文脈で大手の金融機関や機関投資家が石炭関連投融資から撤退するダイベストメントも広がっている。このような資金の流れの潮流により、脱炭素でサステナブルな経済・社会に沿ったビジネスが成長すると同時に、これに逆行するビジネスは、資金調達等が困難になってきている。また、主要なグローバル大企業が、事業活動に必要なエネルギーを全て再生エネルギーで賄うことを目指すRE100に参画してきており、参画企業数は今後さらに増えていくと見られる。この動きはサプライチェーン全体での動きになりつつあり、調達先となる地域の企業で環境経営に優れたところにはグローバル大企業からも注文が入る一方で、環境面で遅れた企業はサプライチェーンから外されるということが現実になってきている。

 21世紀は本書『中国都市ランキング』が指摘するように「大都市の世紀」である。グローバルな資源獲得、生産、流通上の便益や効率性を求めての競争の結果、本書の研究対象である中国をはじめ、世界においては人口移動とビジネスの集中が都市化をもたらした。都市機能の充実が更なる大都市化につながり、周牧之教授が早くから着目してきたようにメガロポリス化は世界の必然の趨勢であった。そのプロセスが進む中で世界は気候変動や資源枯渇をはじめとした環境制約に直面した。今やこの環境制約に目覚めることで人類の文明パラダイムの転換が起きつつある。今後の都市においては、脱炭素化とSDGsの要請を受けて、都市のサステナブルなエコシステムの構築が最重要課題となり、それへの移行こそが新たな成長をもたらすであろう。「環境、社会、経済」の三大項目で構成される本書の〈中国都市総合発展指標〉が「生態環境」を広義に評価し、指標化によりその質的充実度を促す役割を担うことは極めて重要である。

 SDGsの国連での採択以前から、都市化という大潮流の中でいかに生態環境調和を実現するかという問題意識を持ち、周牧之教授を統括プロデューサーに、我が国環境省と中国国家発展改革委員会発展計画司の協力プロジェクトとして、環境、社会、経済のトータルな観点で都市を評価することを研究してきた。その研究がベースになり、〈中国都市総合発展指標〉がサステナブルな経済・社会への移行に寄与すべく発展していることを心から喜びたい。


プロフィール

中井 徳太郎 (なかい とくたろう)

1962年生まれ。大蔵省(当時)入省後、主計局主査などを経て、富山県庁へ出向中に日本海学の確立・普及に携わる。財務省広報室長、東京大学医科学研究所教授、金融庁監督局協同組織金融室長、財務省理財局計画官、財務省主計局主計官(農林水産省担当)、環境省総合環境政策局総務課長、環境省大臣官房会計課長、環境省大臣官房環境政策官兼秘書課長、環境省大臣官房審議官、環境省廃棄物・リサイクル対策部長、総合環境政策統括官を経て、2020年より環境事務次官。

(『環境・社会・経済 中国都市ランキング 2017―中心都市発展戦略』に収録

【刊行によせて】発展する都市と発展する指標/陳亜軍・中国国家発展改革委員会発展計画司司長


陳 亜軍
中国国家発展改革委員会発展計画司司長、管理学博士


 世界は「フラットではない」。アメリカ、EU、日本を代表とする先進国は世界経済の中で主導的な地位を占め、大多数の発展途上国は従属的地位にある。こうした「不均衡」は、一国の中でも見られる。世界銀行の『2009年世界発展報告』は、都市を単位に地域発展の差異を図解し、その驚くべき格差を示した。例えば、東京大都市圏は世界最大の“都市”で、人口は3,800万人にも達し、3.6%の国土面積で日本の32.3%のGDPを生み出している。また日本全国の上場企業の58.2%、科学技術者の68.7 %、そして特許取得数の60.6%がこの大都市圏に集中している。大都市は内外から人材、資金、企業を吸収し、急激に膨張している。これに対して他の地方都市の発展は相対的に不十分で、都市間の格差は時に国家間の格差さえ超える勢いで広がっている。

 この意味では、中国もまた「フラットではない」。

 中国では「黒河・騰衝線(胡煥庸線)」 [1] 東南側に位置する43%の国土に、なんと94%の人口が集中している。これに対して、国土の57%に当たる西北地域にはわずか6%の人しか住んでいない。これが中国の空間構造の最も基本的な特徴である。

 また、「胡煥庸線」東南側でさえ、内部の差異は顕著で、都市と農村、そして都市間においてその発展水準の格差は極めて大きい。

 2016年、上海の常住人口は2,419万人で1人当たりGDPは約11.4万元であったのに、安徽省の省都合肥の常住人口が786万人で1人当たりGDPは約8万元、貴州省の省都貴陽の常住人口は469万人で1人当たりGDPは僅か約6.8万元である。3都市の人口規模および1人当たりGDPの格差は極めて大きい。しかし、これは省都以上の中心都市の比較であり、中心都市とその他の地方都市とを比較すると、その格差は尚、著しい。

 もちろん、GDPという単一的な指標による描写だけでは人を納得させることはなかなか難しい。願わくば、都市発展の実態をしっかり反映できる総合的な指標が必要である。数多くの領域の差異を整理し、より総合的に都市の差異を反映させる指標であることが望ましい。こうした指標は、都市の現状を知り、ビジョンを描き、そして公共政策を導入することに役立つ。

 中国国家発展改革委員会発展計画司と雲河都市研究院が協力して開発した中国都市総合発展指標は、まさしく先駆的な都市総合指標である。

 同指標は、都市発展の国際的経験に鑑み、環境、社会、経済を3つの主軸に都市を評価する。それによって中国の都市をより環境に優しく、彩りある社会につなげ、イノベーティブな産業活動を促せるよう期待したい。

 中国都市総合発展指標は指標を用いて、都市発展の水準を評価し、データを活用して都市発展の方向を探る目的で開発された。都市発展は、動態的過程で、それに影響が及ぶ要素はきわめて複雑であり、さまざまな評価手法が有り得る。同指標はこれに一石を投じるものである。

 今後、進む情報化が「不均衡」をさらに複雑化させるだろう。ビックデータや人口知能など現代技術が都市発展構造に与える影響もさらに広がる。

 中心都市は、最新技術開発と応用における優位性でその集約趨勢はさらに強まるであろう。中小都市も、情報技術を利用し、その低コスト空間における優位性を活かせる道を見つけられるよう願いたい。

 その意味では、中国都市総合発展指標が、都市発展における変化に対してリアリティのある追跡を行うことが重要な意味を持つ。

 中国では将来、個々の都市の単独発展よりは、都市が連携するメガロポリス的な発展がメインになるだろう。情報ネットワークと交通インフラ整備によって、都市間におけるさまざまな機能の共有が進んでいく。中国都市総合発展指標の評価対象は個々の都市より、メガロポリスへと重点を移していくだろう。

 都市の発展メカニズムの変化に応じて、中国都市総合発展指標も進化していく。


[1] 黒河・騰衝線とは、中国東北部国境の黒竜江省黒河市から、西南部国境の雲南省保山市騰衝市まで、地図上で引いた線で、中国人口分布の極端な偏りを示す。中国の人口地理学者・胡煥庸が 1933年に提唱した。璦琿・騰衝線、あるいは提唱者の名をとって胡煥庸線とも呼ばれる。


プロフィール

陳 亜軍Chen Yajun

 1965年生まれ。国家産業政策や中長期計画制定に長年携わり、第10次五カ年計画〜第14次五カ年計画を立案する主要メンバーである。また「成渝メガロポリス発展計画」などのメガロポリス発展計画を立案するメンバーでもある。

(『環境・社会・経済 中国都市ランキング 2017―中心都市発展戦略』に収録