【講義】竹岡倫示:流転する国際秩序 ― パクスなき世界―

2022年11月24日 東京経済大学教室にて、竹岡倫示氏(左)VS 周牧之

編集ノート:
 東京経済大学の周牧之教授の教室では、リアルな学びの一環として第一線の経営者やジャーナリスト、官僚らをゲスト講師に招き、グローバル経済社会の最新動向を議論している。十数年来、日本経済新聞社の竹岡倫示氏は毎年のゲスト講義で世界情勢の最新動向を話してきた。2022年11月24日(木)の講義では、漂流する国際秩序、中国共産党大会のねらい、バイデン政権の国家安全保障戦略などについて解説した。


■ 激動する多極世界への移行


 2022年は多くの偉人が旅立った年でもあった。

 まず挙げられるのがミハイル・ゴルバチョフ氏(2022年8月31日逝去、91歳)だろう。旧ソ連で「ペレストロイカ」(立て直し)、「グラスノスチ」(情報公開)と呼ばれる改革を断行、西側との平和共存を目指す「新思考外交」を展開した。旧ソ連最後の指導者として東西冷戦を終結させたほか、ベルリンの壁を1989年に崩壊に導き、東西ドイツ統合に道を開いた。冷戦の終結、中距離核戦力(INF)廃棄条約の調印、共産圏の民主化などを理由に1990年、ノーベル平和賞を受賞した。

 エリザベス英女王(2022年9月8日逝去、96歳)は在位70年7カ月。第2次世界大戦後の英国史をほぼ全て見守った。1952年に25歳で即位した時は、英国が第2次世界大戦に勝利したものの、世界の覇権国の地位を米国に譲りつつあった時期だった。当時の首相はチャーチル氏で、以来、トレス氏まで計15人の首相が仕えた。「君臨すれども統治せず」の伝統の下、政治への直接関与は避けつつ、かつての威光が陰る戦後の英国を一貫して見守ってきた。国民から絶大な支持と尊敬を集め、歴史的な難局では常に国民に寄り添ったメッセージを発し続けた。

 安倍晋三・元首相(2022年7月8日逝去、67歳)は首相通算在任日数が3,188日と最長だった。アベノミクス(大胆な金融政策、機動的な財政出動、民間投資を喚起する成長戦略)を主導したほか、外交面では「地球儀を俯瞰する外交」という理念を掲げ、世界の各地域で日本が主体的な役割を担う外交を展開した。2016年には、自由と民主主義に基づく国際秩序の維持を目的とした「自由で開かれたインド太平洋」(FOIP)構想を提唱。後に米トランプ政権が採用した。集団的自衛権を行使できるようにする安保関連法を成立させた。

 これら冷戦前後を代表する指導者の逝去は、大きな秩序の変化を感じさせる。

 ここで覇権の移り変わりを振り返ってみたい。

 1~2世紀ごろのローマ帝国の五賢帝時代はパクス・ロマーナと呼ばれた。領土内では水道や道路などのインフラが整えられ年が発達、人々は繫栄を謳歌した。13~14世紀のパクス・モンゴリカではモンゴル帝国がユーラシア帝国を支配、東西の交易が盛んになった。19~20世紀初めのパクス・ブリタニカは、産業革命をいち早く進めた英国が経済力と軍事力を背景に、世界に植民地を開いた。そして2度の世界大戦を経て覇権はアメリカへ(パクス・アメリカーナ)。今はパクスなき多極世界、もしくはパクス・シニカ(中華治世)への変動期か?

■ 第20回中国共産党大会の真の意義


 その中国では2022年10月、共産党の指導体制や基本方針を定める最高意思決定機関、党大会が開かれた。続く1中全会(第20期中央委員会第1回全体会議)では、党大会で選ばれた中央委員が最高指導部の政治局常務委員7人、政治局員24人を選出。中央軍事委員会の人事も決定した。

 党大会では冒頭に党トップの総書記(すなわち習近平氏)が過去5年を振り返り、将来を展望する活動報告をする。ここで習氏が何を語ったかは非常に重要な意味合いをもつ。

 過去5年の回顧では、小康(ややゆとりある)社会の全面的完成という第1の100年目標を達成したと強調。また、人民中心の発展思想を貫き、「共同富裕(ともに豊かになる)」が新たな成果を収めたと指摘した。

 続いて、共産党の使命として、社会主義現代化強国の全面的完成という第2の100年の奮闘目標を実現すること。また、2035年までに社会主義現代化を基本的に実現し、今世紀半ばまでに社会主義現代化強国を築くこと。中国式現代化によって中華民族の偉大な復興を全面的に推し進めることを掲げた。これからの5年間は、社会主義現代化国家の全面的な建設が始まる重要な時期であり、最悪の事態も想定した思考を堅持しなくてはいけないと主張した。

 国家建設の方針としては、製造強国・品質強国・宇宙強国・交通強国・インターネット強国・「デジタル中国」の建設を加速すると述べた。ハイレベルの科学技術の自立自強の早期実現を目指すほか、基幹的な核心技術の争奪戦に必ず勝利し、自主イノベーションの能力を高めるとした。台湾を巡っては、平和的統一の未来を実現しようとしているが、決して武力行使の放棄を約束せず、あらゆる必要な措置をとるという選択肢を残した。

2022年11月24日 東京経済大学教室にて、講義を行う竹岡倫示氏

 また、中央宣伝部の孫業礼副部⾧が先進国パターンとの違いを解説したように、「中国式現代化」が強調された。これは以下の5点からなる。

 ① 巨大な人口規模の現代化
 14億人を上回る人口規模や資源・環境上の制約の大きさゆえ、中国の現代化は外国のモデルを踏襲するわけにはいかず、発展の道と推進の方法において自らの特徴を持たねばならない。これほど大規模な人口の現代化は、困難さと複雑さが前例のないもので、その意義と影響も前例のないものとなる。人類社会への多大な貢献でもある。

 ② 全ての人々が共同富裕の現代化
 これは中国の特色ある社会主義制度の本質によって決定づけられるものであり、我々は二極分化のパターンを受け入れるわけにはいかない。

 ③ 物質文明と精神文明の調和のとれた現代化 
 過去の一部の国々の現代化の重大な弊害は、物質主義の過度の膨張であった。

 ④ 人と自然の調和のとれた共生の現代化

 ⑤ 平和的発展の道を歩む現代化
 戦争、植民、略奪などの手段で現代化を実現したかつての一部の国々の道は歩まない。

■ 米国の警戒とバイデン政権の国家安全保障戦略


 米国は中国の長期戦略に警戒を隠さない。その戦略の1つ、「中国製造2025」は中国の先端産業、製造業を世界トップレベルに引き上げる長期計画であり、2015年5月に中国政府が行動綱領を打ち出している。

 目標として2015~25年に製造強国の列に加わり、25~35年に製造強国陣営の中等水準に到達する、35~49年に製造強国の前列に入りグローバル世界を引っ張る技術と産業体系を作り上げることを掲げる。

 米国の警戒の証拠として、米通商代表部(USTR)は、制裁対象候補リストの品目に関して「『中国製造2025』に基づいて特定した」と説明したことが挙げられる。具体的には産業用ロボットや工作機械、航空機・部品、通信衛星、船舶・タンカー、タービン、発電機、農業・林業機械、化学品、超音波診断装置、カテーテルなど医療機器が含まれる。トランプ政権時代の2019年9月には、米中二大貿易大国が平均20%超の高関税をかけ合っていた。

 また、バイデン政権は2022年10月に国家安全保障戦略を発表した。

 ①(中ロを念頭に) 「独裁者は民主主義を弱体化させ、国内での抑圧と国外での強制による統治モデルを広げようとしている」

 ②「我々は、ルールに基づく秩序が世界の平和と繁栄の基礎であり続けなければならないという基本的な信念を共有するいかなる国とも協力する」

 ③ 北大西洋条約機構(NATO)、米英豪の安全保障の枠組み「オーカス」、日米豪印の「クアッド」に触れて、「侵略抑止だけでなく、国際秩序を強化する互恵的な協力の基盤だ。米国や同盟・パートナー国への攻撃や侵略を抑止し、外交や抑止に失敗した場合に国家の戦争に勝利する準備をする」

 ④(台湾について) 『いかなる一方的な現状変更にも反対し、台湾の独立を支持しない。「一つの中国」政策を堅持し、台湾関係法に基づく台湾の自衛力維持を支援する』

■ 「トゥキディデスの罠」は回避できるか?


 これらが骨子となる一方、世界の経済成長の約60%はアジア、30%は中国が寄与しており、単純な対立構造という見方も正確ではない。

 米国はFIVE EYESと呼ばれる米英カナダ豪ニュージーランドの枠組みや、日本やインドが参画するQUAD、米英豪のAUKUSなど、軍事・安全保障の体制を積み重ねている。同時に中国との直接対話も続けている。2022年11月の米中首脳会談は対面では3年5カ月ぶりとなり、衝突回避への対話を継続することで一致した。

 より具体的には衝突回避、気候変動や食糧問題などの課題解決に向けた高官対話の維持、ウクライナでの核兵器使用と仕様の威嚇への反対では一致。台湾問題や米国の輸出規制、中国の人権問題などは相違点として残った。

 今後は「トゥキディデスの罠」をどう回避するかが重みを増す。古代ギリシャ時代の約2500年前、トゥキディデスは台頭するアテネと覇権を握るスパルタの間で長年にわたって戦われた「ペロポネソス戦争」を記録し、「アテネの台頭と、それによってスパルタが抱いた不安が、戦争を不可避にした」と記した。

 新興国が覇権国に取って代わろうとするとき、2国間で生じる危険な緊張の結果、戦争が不可避となる状態を、米ハーバード大学教授で国際政治学者のグレアム・アリソンは「トゥキディデスの罠」と呼んだ。過去500年の歴史で新興国が覇権国の地位を脅かしたケースは16件あり、うち12件が戦争に発展し、戦争を回避できたのは4件だけだったという。


プロフィール

竹岡倫示 (たけおか りんじ)
日本経済新聞社 客員

 1956年生まれ。1980年横浜国立大学経済学部卒、日本経済新聞社に入社後、バンコク支局長、東京本社編集局経済部次長、中国総局長、国際本部アジア担当部長、東京本社編集局次長、常務執行役員、専務執行役員を歴任。