【刊行によせて】生態環境社会への移行に寄与/中井徳太郎・環境事務次官


中井 徳太郎
環境事務次官


 気候変動・地球温暖化の影響が深刻化し、猛暑や豪雨、巨大ハリケーンなどによる人的・物的災害が大きな経済・社会的負担となり、異常気象を日々実感する状況が地球全体に及んでいる。2015年、国際社会は地球エコシステムと人類社会の未来への危機感を共有し、2つのエポックメーキングな合意に至った。すなわち、21世紀中に脱炭素化を実現し地球温暖化を2℃までにくい止める目標を掲げるパリ協定と、「環境・経済・社会」の17の目標を掲げ2030年までにその統合的達成を目指す国連の持続可能な開発目標(SDGs)である。

 2018年4月、我が国が閣議決定した第5次環境基本計画では、パリ協定とSDGsという世界の大潮流を受け止め、目指すべき脱炭素でSDGsを実現するサステナブルな経済・社会の姿として「地域循環共生圏」を提唱し、これが実現する真に持続可能な循環共生型の社会である「環境・生命文明社会」を目指すとしている。

 「地域循環共生圏」とは、情報通信技術をはじめテクノロジーをフル活用し、各地域において再生エネルギーや衣食住を支える地域資源の活用をすることで自立・分散型の地域を形成しつつ、地域の特性に応じた人的・物的資源を補完し支え合うネットワークをつくりだすことで、脱炭素でサステナブルな循環共生型の経済・社会構造を目指すものである。森里川海といった自然資本に支えられ、水の循環系に象徴される自然のエコシステムの一部として人類は生存しているという原点にまで立ち返って、この人類生存の基盤であるエコシステムが、テクノロジーの有効活用によりそのポテンシャルを発揮し、いかに健全でありうるかという視点で地域や経済・社会をとらえ直すものである。循環・共生という生命・生態系の基本原理すなわち自然界の摂理に人類活動が調和することにより、地下資源依存型の大量生産・大量消費・大量廃棄の経済から脱却し、結果的に脱炭素が達成されることになる。日本の産業界はテクノロジーが切り拓く調和型の未来社会Society5.0を提唱しているが、「地域循環共生圏」とはSociety5.0が描くスマート・テクノロジーの展開を地域において具体化するものに他ならない。この「地域循環共生圏」に向かった経済・社会の資源配分シフトが今後数十年規模で起こるであろうし、またそれを加速しなければならない。そしてこのシフトこそが世界の新たな成長の原動力となるであろう。中国では一足先に「生態文明建設」を国家方針として掲げたが、我が国からの「環境・生命文明社会」の創造、それを具体化する「地域循環共生圏」はまさしくこれと軌を一にしており、今後日本から世界に発信していくこととしている。

 パリ協定により、今世紀後半には従来通りには化石燃料を燃やせない時代が到来するというコンセンサスが共有される中で、すでに脱炭素でSDGsを実現するサステナブルな経済・社会を目指したビジネスの潮流が世界において主流化し、産業構造、経済・社会システムの転換が始まっている。そして、これを金融面で牽引しているのが、ESG投資の顕著な拡大である。2015年のパリ協定とSDGsの採択以降、ESG投資は世界で急拡大をしている。日本のESG投資が世界に占めるウエイトはまだ小さいものの直近の2年で2.4倍になった。またこの文脈で大手の金融機関や機関投資家が石炭関連投融資から撤退するダイベストメントも広がっている。このような資金の流れの潮流により、脱炭素でサステナブルな経済・社会に沿ったビジネスが成長すると同時に、これに逆行するビジネスは、資金調達等が困難になってきている。また、主要なグローバル大企業が、事業活動に必要なエネルギーを全て再生エネルギーで賄うことを目指すRE100に参画してきており、参画企業数は今後さらに増えていくと見られる。この動きはサプライチェーン全体での動きになりつつあり、調達先となる地域の企業で環境経営に優れたところにはグローバル大企業からも注文が入る一方で、環境面で遅れた企業はサプライチェーンから外されるということが現実になってきている。

 21世紀は本書『中国都市ランキング』が指摘するように「大都市の世紀」である。グローバルな資源獲得、生産、流通上の便益や効率性を求めての競争の結果、本書の研究対象である中国をはじめ、世界においては人口移動とビジネスの集中が都市化をもたらした。都市機能の充実が更なる大都市化につながり、周牧之教授が早くから着目してきたようにメガロポリス化は世界の必然の趨勢であった。そのプロセスが進む中で世界は気候変動や資源枯渇をはじめとした環境制約に直面した。今やこの環境制約に目覚めることで人類の文明パラダイムの転換が起きつつある。今後の都市においては、脱炭素化とSDGsの要請を受けて、都市のサステナブルなエコシステムの構築が最重要課題となり、それへの移行こそが新たな成長をもたらすであろう。「環境、社会、経済」の三大項目で構成される本書の〈中国都市総合発展指標〉が「生態環境」を広義に評価し、指標化によりその質的充実度を促す役割を担うことは極めて重要である。

 SDGsの国連での採択以前から、都市化という大潮流の中でいかに生態環境調和を実現するかという問題意識を持ち、周牧之教授を統括プロデューサーに、我が国環境省と中国国家発展改革委員会発展計画司の協力プロジェクトとして、環境、社会、経済のトータルな観点で都市を評価することを研究してきた。その研究がベースになり、〈中国都市総合発展指標〉がサステナブルな経済・社会への移行に寄与すべく発展していることを心から喜びたい。


プロフィール

中井 徳太郎 (なかい とくたろう)

1962年生まれ。大蔵省(当時)入省後、主計局主査などを経て、富山県庁へ出向中に日本海学の確立・普及に携わる。財務省広報室長、東京大学医科学研究所教授、金融庁監督局協同組織金融室長、財務省理財局計画官、財務省主計局主計官(農林水産省担当)、環境省総合環境政策局総務課長、環境省大臣官房会計課長、環境省大臣官房環境政策官兼秘書課長、環境省大臣官房審議官、環境省廃棄物・リサイクル対策部長、総合環境政策統括官を経て、2020年より環境事務次官。

(『環境・社会・経済 中国都市ランキング 2017―中心都市発展戦略』に収録