【コラム】日中関係、新次元への昇華の途を探る 〜質の高い経済社会の実現と新グローバリズムの形成に向けて〜/福川伸次・東洋大学総長、元通商産業事務次官

福川 伸次

東洋大学総長、元通商産業事務次官



本稿英語版『Tokyo and Beijing can pave way for global trust』(CHINA DAILY, 3 Dec 2021)


1.日中関係新次元への昇華への期待

 日中両国は、2022年9月国交正常化50周年を迎える。中国は、その間、目覚ましい経済成長を遂げ、政治、経済を通じて世界で重要な地位を占めるに至った。両国の協力関係も中国が「改革と開放」政策に重点を置いた段階から新たな次元に昇華しなければならない。

 1979年12月、私は、故大平首相の訪中に秘書官として同行する機会を得た。毛沢東主席も、周恩来首相もすでに他界され、中国は1978年に実施した「改革と開放」政策のもと、「新しい中国」への歩みを始めていた時期であった。

 12月7日、政協礼堂で講演した大平首相は、国交正常化交渉の当時を振り返り、「我々の胸中は、大きな期待とそれに匹敵する不安に満たされておりました。しかし、その不安も故周恩来首相の『小異を残して大同を求める』という言葉によって表現された中国の指導者、並びに中国国民の大きな度量によって解消され、日中国交の正常化の大業は成就いたしました」と当時の思いを語った。大平氏は、当時外相として田中首相を補佐し、国交正常化に向けて緻密に準備し、その実現に漕ぎつけただけに、その後の中国の動向には深い関心を懐いていた。

日本経済新聞「私の履歴書」をベースにした福川伸次著『ジャパナビリティ 世界で生き抜く力』

 「改革と開放」政策に確かな手応えを感じた大平首相は、滞在中に中国の産業活動の基礎となるインフラ整備などに円借款供与の方針を明らかにした。

 その後、中国は、日本をはじめ諸外国の経済改革の経験を取り入れながら構造改革を着実に進めた。1990年代以降高度成長の過程に入り、2001年には世界貿易機構(WTO)に加盟した。そして2010年には日本の経済規模を抜いて世界第2の経済大国となり、現在では日本の約3倍の経済規模を持つ。その間、中国は、経済改革と技術開発を進め、日本の最大の貿易相手国となり、先端技術分野において米国に迫る能力を持つようになった。その反面、政治、経済、技術、軍事などの運営について他の先進国から警戒感をもって見られている。

 故大平首相は、先に引用した演説を将来への警告で締めくくっている。「国と国との関係において最も大切のものは、国民の心と心の間に結ばれた強固な信頼関係であります。日中両国は、一衣帯水にして2000年の歴史的文化的なつながりがありますが、このことのみをもって両国国民が十分な努力なしで理解し合えると考えることは極めて危険なことではないかと考えます。・・・一時的なムードや情緒的な親近感、さらには経済的な利益、打算の上にのみ日中関係の諸局面を築きあげようとするならば、所詮砂上の楼閣に似たはかないものになるでありましょう」と。

 当時、両国では大平演説におけるこの部分はさして注目を惹かなかったが、彼は、長きにわたる日中関係の信頼と発展を真摯に願い、次世代の政治家、経済人、研究者に真剣な努力を求めたのである。 

 歴史は、世界の政治経済構造が常に変化することを教えている。中国は、やがて経済力で米国と比肩し得る水準に達し、国際政治の運営にそれなりの責任と役割を担うことになろう。情報関連分野をはじめ高度技術の分野でも、世界に知的な貢献を果たすに違いない。

 2021年1月米国大統領に就任したバイデン氏は、自由経済と民主主義に基づく世界秩序の再建に努力しようとしている。同年7月習近平国家主席はAPEC非公式首脳会議で「新発展枠組みを構築し、より高いレベルの開放型経済新体制」を築くと述べた。日本は、「平成の停滞」を超えて、新しい次元に立った「令和の改新」の途を探求し始めている。

 私は、こうした変化を見るとき、故大平首相が示唆したように日中関係を絶えず新しい基盤の上に昇華する努力を続けなければならないと考えている。

2.AI(人工知能)基軸の「質の高い経済」を構築すること

(1)「質の高い経済」の目指すもの

 日中両国が21世紀において努力すべき課題の第一は、AI主導の革新的な情報通信技術を基軸とした「質の高い経済」を実現することである。世界経済が資源の有限性と地球環境の悪化に苦悩しているとき、我々が選択できる道は、資源への依存度や地球環境への負荷が低く、創造性と付加価値が高く、人間機能が発揮できる「質の高い経済」の実現でしかない。幸いにして、人類は、AIを活用した情報革新を進め、これによって「質の高い」新しい経済(New Economy)を実現する手段を手に入れることができた。

 日本産業は、1980年代から90年代前半にかけて世界でトップ・レベルの産業力と技術力を誇ったが、その後バブル経済が崩壊して産業力が停滞し、現在その回復に努力している。中国は、情報通信技術を先導した米国を追って優れた成果をあげ、先端技術分野では米国に比肩し得るようになった。米国はこれを警戒し始めている。

 2020年初頭から急速に拡大した新型コロナ感染症(COVID-19)は、人類の健康と生命に脅威を与え、経済社会を停滞に追い込んでいるが、一方でDX(Digital Transformation) を加速し、「新しい経済」システムの構築の契機ともなっている。

 「質の高い経済」の実現に向けて日中両国が協力すべき分野は多方面にわたる。

(2)イノベーションの積極展開

 第一は、イノベーションの積極展開を図ることである。21世紀は、AIなどを中心に、イノベーションが新展開をみせる時代である。20世紀に入った当時、世界は石油時代を迎え、ヨーゼフ・シュンペーター教授は、1910年イノベーションを「経済活動の中で資源、労働力などの生産手段を今までと異なる方法で新結合すること」と定義したが、私は、現代の情報通信革命時代のそれを「経済活動の中で革新的なIT技術の活用を通じて情報を整理、統合、活用し、新しい知的価値を創造すること」と定義したい。

 我々は、今や、AIなどの情報技術の活用により人間の肉体的限界を超越して情報価値の伝達を効率化し、複雑性の限界を克服して付加価値の向上を実現することができる。サイバー空間と物質空間の融合を通じて正確性の確保、効率性の向上、時間価値の充実を実現し、経済活動を物的生産主義から価値利用主義へと進化させることになる。

 AIの活用は、設備の自動化により工場や店舗の無人化を実現し、高度な遠隔治療を可能にし、スマホ決済、キャッシュレス化、仮想通貨を実用化する。情報伝達の正確性、迅速性、効率性、最適選択性を高め、付加価値の向上を実現することが可能となる。

 イノベーションの進展分野は、高度情報技術を軸に、生化学、新素材、宇宙、海洋、高度医療、新エネルギー、電気自動車、蓄電装置、ドローン、水素利用など多岐に及ぶ。

 イノベーションの国際競争は、ますます激しさを増し、先導する米国を中国が迫っている。ドイツ、英国、フランス、イスラエル、そして日本、台湾、韓国などがこれに続く。日本は、1990年代に入っていわゆる「バブル経済」が崩壊して経済が停滞し、イノベーション力が落ちてきたが、最近それに気づき、政策的に力を入れ始めている。

 イノベーションを加速するため、主要国は、研究開発への政策支援、知的人材の育成、新たな競争条件の整備などに力を入れている。市場条件の整備に当たっては、革新性、公平性、効率性、そして競争性が鍵となる。最近のイノベーションは、米国のシリコンバレー、中国北京の中関村、深圳の南山区などが示すように、都市の知的機能の集積が大きく貢献している。周牧之教授が指導する「中国都市総合発展指標」の研究は重要な意義をもつ。

2008年9月19日「北京―東京フォーラム晩餐会」にて

(3)グローバル市場の効率運用

 第二は、グローバル市場の効率運用に協力することである。それには、グローバル市場ができるだけ自由で、合理的で、かつ公平、安全なルールのもとに運用される必要がある。日中両国は、それに向けて米国、EUなどと協力して合意を形成するとともに、世界貿易機構(WTO)の機能の復活に先導機能を果たす必要がある。 

 そのつなぎとしては、RCEP、TPP、APECなど地域的な自由貿易協定を合理的に推進、活用する必要がある。日中両国は、人口、世界貿易規模で世界の3割を占めるRCEPの早期発効とインドなどの加盟国の拡大に努める必要がある。TPPに関しては、英国が参加を表明し、中国が加入の検討を示唆しているが、その具体化は、世界貿易体制の整備に役立つに違いない。また、米国と英国の間で、新大西洋憲章の締結が協議されている。

 情報通信技術の進歩は、技術独占など世界の競争条件に大きな影響を与え、企業活動の拠点が集中化する危険がある。これらについても、適正な国際ルールを設定する必要がある。日中両国がこうしたルール設定に向けて、先ずはその経験を持ち寄り、「質の高い経済」の実現に向けて先導すべきだと思う。

(4)企業経営の改革

 第三は、企業の経営手法の改革に協力することである。経営の側面では、情報通信技術の進展によってその効率化が進むとともに、電子オフィスなど働き方の改革が進む。コロナ感染症の拡大は、企業経営のDX化を促進する契機となっている。企業経営のDX化は、それに止まらず、企業経営を根本から変革する力をもつ。例えば、利益構造を規模の利益から情報、連結、時間の利益へと変革し、全体最適を実現する手法を可能にする。企業経営の目的は、収益価値、顧客価値、従業員価値及び社会価値の総和の極大化にあるが、AIは、これを実現する手法を提供してくれる。

 今後の企業経営には、人間安全保障の実現など新しい制約要因が加わる。同時に、知的所有権の保護、情報独占の弊害の除去などの市場管理が求められる。こうした市場の枠組みは、合理的で、全体最適でなければならない。日中両国は、その最適な条件整備に英知を結集する必要がある。

3.政治安全保障体制の確立を図ること

(1)国際構造の歴史的変化

 国内利益の擁護と拡大を図ることは、政治の宿命である。トランプ前大統領が「米国第一主義」を掲げ、国内産業を保護しようとしたことは、短期的には、政治の必然である。しかし、それは、国際政治体制を動揺させ、長期的には米国経済の衰退を招く。

 18世紀から19世紀にかけて、欧州を中心に、君主制が崩れ、市民社会が形成されたが、主要国の政治は、拡張主義、強国主義、軍国主義、植民地支配を志向した。その結果、主要国の間で熾烈な抗争が生じ、20世紀には2度の世界大戦を招く。そして、主要国は、国際連合を設立し、国際協調主義を志向するようになる。しかし、政治体制の違いから米ソの東西対立の時代となるが、1989年ベルリンの壁が崩壊し、世界の政治は、これを契機にグローバリズムを志向するようになる。

(2)国際社会の多極化

 かかる国際社会構造の変化は、自由な経済活動の動きから中進国、発展途上国の経済拡大を招き、世界経済は多極化へと向かう。その結果、主要国の主導力が低下し、多極化した世界の政治構造では、国連をはじめ国際機関の合意形成が困難となり、世界秩序が動揺する。

 こうした中で、米国ではトランプ前大統領が前述のように、国内利益を擁護する政策に出た。一方中国が経済力を強化し、技術力を充実させ、米国との間で貿易紛争が厳しさを増し、さらに経済、政治、技術、軍事などの面で米国と覇権を争うようになる。

 こうした変化と並行して、情報関連技術は益々進歩し、経済活動は、世界で同じルールによって運営することが求められる。かつてのように、特定の国がその政治力を背景に国際市場を支配することはもはや困難になっている。加えて、地球温暖化など国際協力が不可欠な現象が起きている。国際政治は、もはや国内政治の延長では律しられない。

 最近、中国をめぐる国際情勢は、複雑なものがある。4月16日の日米首脳会談では、尖閣列島の帰属、台湾海峡の安全問題などが取り上げられた。日米を中心にインド太平洋の協力、QUAD(Quad-lateral Security Dialogue) の協力体制などが進められ、中国は、「一帯一路」政策を推進している。これらについて、相互理解が進むよう緊密な対話が期待される。

(3)グローバリズムの意義

 国際社会においては、人権の尊重、自由貿易の保証、主権の尊重、法の支配が保証されなければならない。そうしたうえで、国際協力が展開される必要がある。

 国際社会を形成する各国がどのような政治体制を取るかは各国の選択である。問題は、各国が国際社会のルールを設定するにあたり、グローバリズムの健全な運営に貢献することが決め手となる。日中両国は、連帯、信頼、自由、創造に支えられた望ましい世界の構造は何か、人類が人間としての価値と能力を発揮できる国際環境はいかなるものか、世界に「新しい経済」を導く最善の仕組みをいかに形成するかなどにつき議論を深め、米国、EUなど他の主要国との対話を進める必要がある。

2004年「アジアシンポジウム」にて、上段左から福川伸次、邱暁華(中国国家統計局副局長)、加藤紘一(日本衆議院議員);第二段左から楊偉民(中国国家発展改革委員会計画司長)、周牧之(東京経済大学助教授)、馬建堂;(中国国有資産監督管理委員会副秘書長)第三段左から安斎隆(セブン銀行社長)、林芳正(日本参議院議員)、小林陽太郎(富士ゼロックス会長);下段左から横山禎徳(産業再生機構監査役)、塩崎恭久(日本衆議院議員)、国分良成(慶應大学教授)

4.人間の安全保障体制を充実すること

(1)人間の安全保障の必要性

 私は、日中両国が人間の安全保障体制の充実に向けて共同して世界をリードすることを期待したい。これは、「中国都市総合発展指標」においても、重要な機能を持つ。

 国連環境開発計画(UNDP)は、1994年人間の安全保障政策を公表し、健康、医療、教育、テロ防止、自然災害への対応などを提案した。そして、国連総会は、これを発展させ、2015年9月SDGs(Sustainable Developments Goals)を目標に、No Poverty、Zero Hunger、 Decent Work and Economic Growth、Climate Actionsなど17の目標、169の行動計画を採択した。SDGs は世界の各企業が真剣、かつ、効果的に実践すべきものであり、日中企業もその展開に協力する必要がある。

(2)新型コロナ感染症

 新型コロナ感染症(COVID-19)への対応は、人間安全保障の確立の重要な一環をなす。日中両国は、主要国と協調してこれに対応する体制を先導すべきである。残念ながら、世界保健機構(WHO)は、感染源の特定、治療法の確立、ワクチンの普及などに十分な機能を発揮できず、主要な感染国はロックダウンと経済回復策の選択に苦悩している。

 2021年に入って、コロナ感染症対策として、英国、イスラエル、米国、中国などでワクチンの普及が広がってきた。ワクチンの有効性の確認と供与は、政治上の駆け引きの対象とすることなく、人道上の見地に立って、国際協力のもとに供与すべきものである。日中両国は、そういった意識を世界に定着させるとともに、今後の感染症の拡大に備えてその原因と考えられる諸要因、例えば自然破壊の防止、”Human-Animal Relations”の健全化などにも貢献することを期待したい。

(3)地球温暖化対策

 地球温暖化現象は、今や、人類の最大の脅威となっている。米国、中国、欧州などでは今年もすでに激しい熱波や豪雨に見舞われ、多くの犠牲者が出た。地球温暖化の主要な原因である二酸化炭素の排出の抑制や循環経済(Circular Economy)体制への移行は、もはや人類にとって喫緊の課題となっている。

 日本では、菅政権が2050年にカーボン・ニュートラルの実現を公約し、中国も2060年に同様の目標を掲げている。地球環境問題は、「中国都市総合発展指標」でも取り上げられ、その精緻化によってこの問題の解決に役立つに違いない。

 米国は、バイデン政権がパリ議定書への復帰を宣言し、今や世界は「グレート・リセット」の体制を整えつつある。それには、技術開発を軸に循環経済への改革が決め手であり、太陽光、風力などの新エネルギーの開発と供給のネットワーク化、電気自動車の開発普及、蓄電設備の改革、二酸化炭素の固定化、さらにはSmart Cityの実現などが喫緊の課題である。EUは炭素税の導入を検討しており、フランスのジャック・アタリ氏は、世界共通の炭素税を提案されたことがある。本年10月にはG20が、11月にはCOP26が予定されており、日中両国が積極的な貢献を果たすことを期待したい。

 日中両国は、これまでもエネルギー消費の効率化、公害防止技術の移転などについて、日本側経済産業省、中国側商務部の連携のもと、日中経済協会などがエネルギー・環境フォーラムなどの開催を通じて協力を続けてきたが、両国は、今後とも、技術開発を含めて広範な協力を展開し、世界にその技術成果を普及する努力を続けることが肝要である。

(4)少子化、高齢化対策

 もう一つの課題は、少子化と高齢化による人口構造の変化への対応である。日本は、すでに人口減少と高齢化の段階に入っている。中国も、最近人口政策を変更し、「一人っ子政策」を打ち切っているが、近い将来おそらく人口の減少過程に入るであろう。日本では、人口の高齢化に対応して、高齢者の健康、介護、医療など社会保障の充実が財源の確保も含めて深刻な課題となっている。中国でも、やがてその問題に直面することになる。両国は、相互に経験を交流し、社会福祉政策の充実に協力する必要がある。

2006年5月11日「日中産学官交流フォーラム−中国のメガロポリスと東アジア経済圏」にて、上段左から福川伸次、楊偉民(中国国家発展改革委員会副秘書長)、保田博(元大蔵事務次官);第二段左から星野進保(元経済企画事務次官)、杜平(中国国務院西部開発弁公室総合局長)、塩谷隆英(日本総合研究開発機構理事長、元経済企画事務次官);第三段左から船橋洋一(朝日新聞社特別編集員)、周牧之(東京経済大学助教授)、寺島実郎(日本総合研究所会長);第四段左から中井徳太郎(東京大学教授)、朱暁明(中国江蘇省発展改革委員会副主任)、佐藤嘉恭(元駐中国日本大使);下段左から大西隆(東京大学教授)、小島明(日本経済研究センター会長)、横山禎徳(産業再生機構監査役)

5.文化により国際社会の絆を強めること

(1)文明の衝突

 サミュエル・ハンチントン教授は、1996年「文明の衝突」と題する著書を発表した。これは、世界を8つの文明圏に分け、21世紀中にイスラム文明の中の争い、キリスト教文明とイスラム文明の衝突、そしてキリスト教文明と儒教文明の対立を予言した。確かに米国ではトランプ前大統領時代からそのイスラエル支援をめぐってアラブ諸国との対立が深刻となったほか、米中間では2018年頃から貿易紛争が激化し、さらに政治、経済、軍事、技術、通貨などをめぐって覇権争いが激しさを増している。

(2)文化の持つ力

 人類発展の歴史を見ると、文明は、目覚ましく進歩したが、文化もまた確実に進化してきた。ギリシャ、ローマ時代の文化の発達は目覚ましく、やがてこれが中世の欧州文化に開花した。中国、インド、イスラムなどはそれぞれに固有の文化の発達を競い合ってきた。日本は、遣隋使、遣唐使を派遣してその文化を取り入れ、固有の文化との融和を図るとともに、その後も欧米の技術や文化を導入し、社会発展の基礎を創った。日本は、伝統的に異文化に対して寛容であり、歴史的に積極的に異文化を取り入れてきた。

 文化は、本来人類が持つ高次元の価値であり、精神文明の極致である。「美」は、人類の共通の憧れである。日本は、自然との共生のなかに「美」を見出し、自然との調和の中に文化を形成してきた。「匠の技」によって優れた芸術品を産み、自然と人工の調和によって「美」を表現する日本庭園を造り、自然の味覚を尊重して独特の日本料理を提供し、世界から高い評価を受けている。一方、中国は、優れた文学、書画、陶磁器、仏像などスケールの大きい文化を提供している。中国料理は世界中に広がっている。

 こうした伝統的な文化に加えて、最近では情報通信技術の粋を集めた新しい文化が生まれている。2001年米国のジャーナリスト、ダグラス・マックグレイは、「日本はGNPでは停滞しているが、GNC(Gross National Cool)では優れたものがある」と指摘した。アニメ、漫画、キュイジンヌ、ファッション、文化情報関連機器などがそれである。情報関連技術は、産業と文化、技術と芸術の融合発展に新境地を開いている。最近、中国でも伝統的な文化、そして新しい文化を対象に情報関連技術を取り入れつつ、文化の振興、文化市場の拡大、芸術家の育成などに力を入れている。

(3)文化による世界の融和

 「文明の衝突」はあり得るが、「文化の衝突」は先ずないというのが私の考えである。「文化」は、芸術性と技術性の総和であり、国際融和の象徴である。とりわけAIなどの情報関連技術の進歩は、商品、サービスそのものの文化性の向上、表現方法の芸術化、文化情報伝達の高度化、文化性と効率性の両立を実現する。

 日中両国がこの分野で協力する可能性は大きい。文化の交流により文化市場の拡大を図るとともに、市場における文化性の測定方法の開発、関連データの収集、技術と文化の適合可能性の研究などがそれである。感性価値の計量化もその例である。「中国都市総合発展指標」においても、この分野の研究に貢献することが期待される。

 私は、日中両国が、産業と文化、技術と芸術の融合に協力していくことは、人間の価値意識の向上を通じて文化の相互理解を導き、ひいては世界の安定と人類の融和に大きく貢献できるであろうと考えている。

6.質の高い経済社会の実現と新グローバリズムの形成に向けて

 私は、最近の内外の政治経済社会を分析するとき、日中両国の協力が世界の安定と人類の進化に貢献する可能性が高まっていると考えている。

 日中両国の国民は、一時期の不正常な時期を除いて、二千年余の長きにわたり、経済、技術、文化、教育などの分野で密接な交流を続けてきた。私は、今後、両国の国民が百年、二百年、そして千年に向けて固い「信頼の絆」で結ばれ、その交流を通じて人間の「知」を深め、「価値」を高めていくことを期待したい。それができれば、地球社会の安定と繁栄に大きく貢献していくことができると確信している。

2018年7月19日「『中国都市ランキング−中国都市総合発展指標』出版記念パーティ」にて、前列右から杉本和行(日本公正取引委員会委員長、元財務事務次官)、安斎隆(東洋大学理事長)、福川伸次、古川実(日立造船会長)、阿部和彦(日本開発構想研究所理事)、竹内正興(国際開発センター理事長)、竹岡倫示(日本経済新聞社専務)

(※肩書きは各イベント開催当時)


プロフィール

福川 伸次(ふくかわ しんじ)/東洋大学総長、地球産業文化研究所顧問

通商産業事務次官、神戸製鋼所代表取締役副社長・副会長、電通顧問、電通総研代表取締役社長兼研究所長、日本産業パートナーズ代表取締役会長、東洋大学理事長、機械産業記念事業財団会長、日中産学官交流機構理事長、日本イベント産業振興協会会長など歴任。


英語版『Tokyo and Beijing can pave way for global trust』(CHINA DAILY, 3 Dec 2021)