【対談】鈴木正俊 VS 周牧之(Ⅱ): IT革命の本質はテックパワーの民主化

講義を行う鈴木正俊 ミライト・ホールディングス元社長

編集ノート:
 NTTドコモ副社長、ミライトホールディングス社長を歴任された鈴木正俊氏は、日本のインターネットの黎明期を支え、IT時代の発展を一貫して引っ張ってこられた経営者の一人だ。東京経済大学の周牧之教授の教室では2025年6月5日、鈴木氏を迎え、IT革命の本質と行方について伺った。

※前回の記事はこちらから


IT革命が個人の能力を無限大に


周牧之:鈴木さんには前回、デジタル時代、インターネット時代の本質のお話をしていただいた(【講義】鈴木正俊: 激動する時代を生き抜くための要件とは)。この時代の本質は「テックパワーの民主化」だと私は思う。私が通信のパワーを、自分の人生の中で初めて感じたのは1985年、中国の経産省とも言える機械工業部(省)に配属された時だった。自分の机の上に、世界のどこへでもかけられる国際電話があった。当時は、中国ではまだ地域間の通話料金が高く、長距離電話がなかなかかけられなかった。個人が当時、海外へ自由に電話できるような状況にはなかった。机の上から国際電話がかけられるのは凄いパワーだと実感した。

 いまは皆SNSどこへでも通信できる。これは一種の通信パワーの民主化だ。コンピューティングパワーからすると、鈴木さんがおっしゃっていたように今のスマホは、20年前の大型コンピュータの数台分のコンピューティングパワーを持っている。誰でも物凄いテックパワーを持てるようになった。これはテックパワーの民主化だ。

 大学での私の専門はオートメーションだったので、この40年間、IT革命とは何かとずっと考えて研究していた。私はIT革命の本質は、「個人の能力を無限大にすること」と考えている。コンピューティング力、通信力、発信力…。SNSで個人でも数百万のフォロワーを集めることができる。つい最近まで考えられなかったことだ。これは素晴らしい話だ。

 しかし、個人のテックパワーは無限大になったが、格差はむしろ広がっている。大型コンピュータ数台分のパワーを持つ携帯電話を所有するだけで、みんながスーパーマン並みの潜在力を持つこととなった。しかし、このスーパーパワーを十分に使いこなせるかが問題だ。学歴や才覚そして努力を結合させ、テックパワーを活かし、富を作れる人が沢山出てくる。もちろん、こうしたテックパワーを破壊的に使う人もいるだろう。

 テックパワーを活かせる人たちと、潜在力を持っていながら活かせない人たちとの間に、当然格差が起きる。国と関係ない。昔は、日本国民或いはアメリカ国民である以上は、中国やインドの人々よりは、良い生活が保証されていた。今そういう時代ではなくなった。中国にも億万長者はいっぱいいる。インドもいる。新しい産業を興している人たちがどこの国にも現れている。他方、アメリカの白人も貧困化し、スーパーマン的な可能性を持ちながら、貧困が急激に進む人が増えている。こうした中、若い人はどうしたらいいか?

世界で格差問題による分断


鈴木正俊:これは難しい問題だ。いま世界で注目されるトランプ政権の本質的なところは何かを考えたい。アメリカ建国の父が独立宣言で自由と民主主義と書いた。自由で、公平で差別がない世界を目指した。それから200年間経って、差別はなくならない。建国当時は自由と民主主義は、ヨーロッパでは動きがなかった。王がいて、革命勢力がいるかもしれないが、投票で政府が決まっていくこともなかった。アメリカという国を、大きなフロンティアとして、貧しいながらも自由と民主主義の理想的な国を世界に作ると言った。今トランプが掲げた鎖国のような「アメリカンファースト」は、歴史の中でいくつも現れてきた。

周:実はアメリカの独立宣言に民主主義という言葉は書いていない。建国の父とされている人たちの中には、むしろ民主主義に対して強い警戒心や懐疑的な見方を持つ人が多かった。彼らが強調するのは独立だ。一種の「アメリカンファースト」とも言える。

鈴木:モンロー主義のようにアメリカは、ヨーロッパにアメリカの市場を使われているだけだ、関係を断って関与しない、アメリカは独立していなければいけない、と言うことは度々あった。黒人を差別してはいけないとリンカーンは宣言したが、現実を見れば今も相変わらずある。理想と現実のギャップで、みんな悩んでいる。アメリカは、ものすごい金持ちがいる反面、自動車産業の労働者は報われない、いつも差別されている。そこにトランプが登場し、製造業と労働者を主人にしようというギャップを埋める運動が始まった。

周:アメリカの非農業部門の雇用者のうち、製造業で働く人の比率は第二次世界大戦直後の40%弱から一貫して減り続け、現在数%しか残っていない。今からこの傾向を反転させるのはそう簡単ではない。

鈴木:その前の時代の民主党はあまりに理想的だった。米軍の女性士官に日本大使の富田浩司氏が「最近アメリカの女性の司令官がどんどんパージされ、解職させられていく。これは、女性は軍隊にはいられないということなのか」と質問した。「アメリカはDEIすなわちDiversity=Inclusion で、多様性、公平性、公正性を考え、女性士官は勿論、属性を割り当てなければならない。有色人種は黒人も主要なポストに入らなきゃいけない」と答えた。ところがトランプになってから、有色人種の閣僚はいない。黒人の閣僚は1人もいない。女性が軍隊に行っても、女性を登用しなければいけない代わりに、本来登用されるべき男がなれなかったという不満が軍の中でもの凄く多い。しかし世界は変わっている。

 女性を地位につけたことでなるべき人がなれなかったという不満が大変に大きいことで、政府が制度を変えるといったことも起こっている。キャスターが国防長官になるということも出てきた。

 そうした矛盾は、ものすごく出ている。多様性を言ったら建前ばかりになり、そんな政治をするから惨めな人たちが出るとする勢力が大勢いてトランプ革命につながった、と解説をする人が多い。理想と現実のギャップがあり、周先生がおっしゃった格差もある。

 中国も勿論格差がある。インドも世界の金持ち上位10位内に必ずインド人が2〜3人入っている。その格差はものすごく大きい。中国もお金のある方は沢山いる。日本に大勢観光に来ている。

 アメリカも格差が激しい。紙屑だらけの街があり、この通りから向こうは危険なので行ってはいけないとされる街も沢山ある。

周:アメリカの街の中ですら、格差によってかなり分断されている。

鈴木:世界を見れば、微動だにしないような不公平性がある。日本は格差がまだ小さいというが数字的には多少格差が広がってきている。

ニューヨークで行われたDEI支持のデモ

エリートをどう選ぶかが大事


周:鈴木さんは、前の授業で、日本の大卒の初任給がどの人も大体同じことが本当に良いことなのか、と言っていた(【講義】鈴木正俊:通信の世紀、サイバーの時代)。先週、ここでIMFの日本代表理事だった小手川大助さんがゲスト講義をされた時に、日本では相続税が高すぎたかどうかについて学生と議論された。どこの国でも歴史上常に格差と平等の話がある。

 格差を是正するには如何に公平にエリートを抜擢するかが最も大事だ。中国は紀元前356年商鞅の大改革(変法)で秦国に世界で最初の官僚システムをつくった。世襲をする貴族ではなく、官僚が地方を支配し国政をするシステムで、約2370年前のことだ。後に官僚政治の導入で強くなった秦国による中国統一で、秦王朝は官僚制を一気に全国へ導入した。しかし、官僚をどう選ぶかの模索にその後千年もかかった。隋の時代にようやく科挙制度が出来た。科挙試験に参加し成績がよければ、貧乏人でも、外国人でも、選ばれる。遣唐留学生だった阿倍仲麻呂(中国名:晁衡)も科挙に合格した。その後中国では永遠に続く大門閥がなくなった。社会末端の出身者も官僚そして首相にまでなれる道が開かれた。

鈴木:戸籍問題がまだ残っている。

周:中国では戸籍問題は現在だいぶ緩和された。計画経済の中で戸籍問題が一番厳しかった時でさえ、地方貧農の息子でも大学試験に受かれば幹部になれる。試験成績だけではなく、仕事も頑張るヤツが出世するシステムになっている。例えば私は大卒後、機械工業省に入った。何千人ものいる役所の中で課長クラス以上の幹部出身地はどこが多いのかについて、仲間たちが冗談半分で数えたことがある。結果、北京出身の人はほとんどいなかった。地方から出て来た御上りさんたちが出世していたわけだ。

鈴木:日本の役所も一緒だ。

周:日本の初任給が皆な同じことは工業化時代での仕組みだ。しかし情報化時代では 大問題だと思う。才能のある人、結果を出す人を無視するような仕組みは、IT革命以降日本の発展を邪魔している。例えば私は経済学博士号を取っているが、そのことが私の給料に反映したことは一度もない。そうした個人の教育投資を評価しない風潮のせいで、主要国の中でも日本は博士号取得者数が少なく、さらに減少傾向にある。

鈴木:就職する時にアメリカとのギャップで悩むのが、初任給だ。日本では大学を卒業すると、初任給は工学部卒でも経済学部卒でもどの学部でも一緒だ。こんな国は世界にない。IR(Investor Relations:インベスター・リレーションズ)で、仕事に賃金がリンクし、博士号取得者は給与が違うのが当たり前のアメリカやイギリスの投資家に説明に行くときに、日本の初任給の話は通用しない。日本の場合は、会社はドクターだろうがマスターだろうが一律だ。これは海外では説明できない。グローバル化しなければいけないのに困っている状態にある。

 皆さんも就職するときに、会社に行くとしたら、初任給が一律であれば技術を持っている人間は不満なはずだ。日本はいい国だが、非常に特殊なところもたくさんある。

 大学で勉強するときに、国の現実が違うという点は認識をする。日本で働いていても、お客さんは海外かもしれない。遠洋漁業ビジネスもある。近海漁業だけ食べてるわけではない。

2012年3月24日、北京で開催の国際シンポジウム「中国の生活革命と日本の魅力の再発見」にて参加者と交流する鈴木氏と周教授

各国に各社会制度の理由有り


鈴木:確かに平等ではないことがどこの国でもある。イスラム諸国に行ったことがあったが、イスラム文化圏は相続税が無い。だから金持ちの息子に生まれたら金持ちで、いい大学に行けて、社会的地位が高い。日本は三代続くと無一文になる。金持ちの息子は金持ちではなくなる。

周:日本の高い相続税はいいシステムだ。

鈴木:日本はシステム的に珍しい。皇室があるが、こんなに金のない皇室は世界で珍しい。イスラム諸国では大学も国王がお金を出して作っている。自分の私財がある。イギリスの王室も土地を持っている金持ちだ。デンマークもそうだ。国家の予算だけで何も財産を持っていない皇室は珍しい。皇室を讃美するために言っているわけではない。システムとして日本は珍しい国だ。

 力のある人間がいた方がいいと民衆が信じているのは、例えば、ロシアや中国で、トップの人は力がものすごく強い。ある意味独裁制といわれるかもしれない。強い人がいる方が、やはり社会が安定すると思っている。いつも社会が混乱にまみれていると被害を被るのは庶民だと。日本はすぐ内閣総辞職などして総選挙を使ってやるが、人々の間に絶対的な違いのある社会を是とはしない。

周:それぞれの国にそれぞれの社会制度の理由がある。他国の制度を鵜呑みにして導入すると大変なことになる。例えば日本は消費税を上げる議論の時、北欧諸国も消費税が高いじゃないかという話がよく持ち出された。だから日本も消費税を導入するんだ、という結論につなげた。小選挙区導入するときも、北欧の話が取り上げられ根拠にされた。しかしそれは、最初から議論を間違えている。人口数百万人の北欧の国と、人口1億3千万人の日本はサイズが違う。サイズの桁が違う国の制度を一緒に考えてはいけない。これを間違えると大惨事になる。

 中国では、秦という初めての統一帝国があった。官僚制度を導入した帝国だ。秦は中国を統一したが10数年しか持たなかった。なぜ10数年しか持たなかったのか?これはその後2000年間ずっと中国の為政者を悩ませてきた大きなテーマだった。最近、その理由について「サイズ」だという新説が出た。つまり、戦国時代に秦王国は数百年かけて自分の諸侯国で自国の制度を磨いてきた。秦は他の諸侯国を倒し中国を統一したことを機に、自国の制度を一気に中国全土へ導入した。しかし、一諸侯国の制度で、膨らんだ国土と人口を統治しようとした途端、システムはパンクし、王朝崩壊につながった。

 日本は、人口は一億人強だが、人口10億人を超える国の社会制度が自国のそれとはかなり違うことを意識する必要がある。ましてやサイズだけでなく、陸続きのユーラシア大陸の国の在り方と、島国の国の在り方は全然違う。

鈴木:オーストリアの人口は700万人、スイスは900万人。1,000万人以下の国が一国としてみんな成立している。ヨーロッパは、フランス、ドイツ、英国、スペインを除けば小さく少数単位でやっている話し合いの国と、やはり14億人いる国は違う。日本の1億2,000万人は世界で12番目の人口規模で、決して少なくない。

周:少なくない。ただ、小選挙区でうまくいった国はサイズが小さい。村社会型だ。

鈴木:村社会だ。

周:日本は1億人以上が暮らす国で、決して小さい国ではない。税金をたくさん集めてうまくやれるのは小さい国だ。やっていることが皆に見える国だ。人口が1億人ぐらいになると霞ヶ関が、永田町が実際何をやっているのかが人々には見えなくなる。それで予算規模がどんどん大きくなっている。

鈴木:見えない。官僚組織という中間層が多くなって、現場と上の間が全然見えない。台湾ではコロナ禍で、オードリータンというIT大臣がコロナの情報を集約し活躍したが、彼が言っていたのは、台湾は透明性があり、下から見ても上から見ても何をやっているかが分かる。

東京経済大学創立120周年記念シンポジウム「コロナ危機をバネに大転換」 で講演を行う鈴木正俊・ミライト・ホールディングス元社長

小選挙区と消費税導入が日本停滞へ


鈴木:テーマが少しずれてしまうかもしれないが、インターネットの世界ではグローバル化がガンガン進み、国境がないようにも思える。日本企業の例ではカメラのオリンパスは今、主力製品は胃カメラだ。胃カメラで、世界の圧倒的なシェアをオリンパスが持つ。カメラではなく、医療機器でトップを走っている。

 オリンパス本社は東京だが、法務担当はワシントンにいる。何故ワシントンにいるのか?マーケットがグローバルだから、日本の法律担当がいても役に立たない。アメリカの法に触れるかどうかがわかる人が必要だ。健康に対してアメリカは厳しいので、事故が起きて医療機器として安全を守っているかどうか対策をやらなければいけない時に日本でやっていても駄目だ。ワシントンのヘルスケアでOKになれば、グローバルでもOKとなる。だから本社は東京でも、グローバルに適応する法務担当はワシントンにいる。

 マーケットが日本で、会社も日本にあり、社長も日本人で成立するのは、日本に閉じているから成り立つ。だから、Amazonのように、東京で注文すると、注文はアメリカのサーバーに行き、アメリカのサーバーから世田谷に住む鈴木に発送しろという指示だけが千葉の倉庫に飛び、千葉の倉庫に集めたものが配達される。

 政府の審議会で言ったら、それはおかしいと。アメリカに注文したら消費税がかからず日本のスーパーに行ったら消費税がかかるのはどういうことだと。税金を直してもらわなきゃいけないと。当然だが日本の消費税に合わせて、アメリカが修正するわけでもない。税率も違う。

 でもマーケットは世界になり、商品がどこの国のものかよくわからなくなっている。安全、税など社会システムに密着しているものが、国境がグローバルに広がっている中で、端境期の不整合性が今起こっている。

周:日本の消費税は名前と実態がかなりかけ離れていて、実際は取引税だ。関税も取引税だ。これらの取引税金は分業を妨げる。社会の活力を損なわせる。グローバリゼーションで関税が限りなく低くなっていく中、日本は消費税を導入した。その途端、経済成長が止まった。日本の失われた30年の原因についていろいろな人がいろいろな事を言っているが、私はその一番大きな原因は、消費税と小選挙区制の導入だと思う。

【激論】武田信二・鈴木正俊・周牧之:コロナ危機で加速する産業のデジタル化(※画像をクリックすると動画ページに移動します)

■ 利益率低い製造業をアメリカ自ら切り捨てた


周:トランプは持っている帳簿が違う。例えば、日本ではデジタル赤字が今6.7兆円あるが、トランプはその話に触れない。日本のデジタル赤字のほとんどが実はGAFAが稼いでいる。モノの貿易だけに注目しているのが今のトランプ政権だ。アメリカの製造業が衰退したのは、中国のせいでもないし、日本のせいでもない。30年前は日本のせいにして、今は中国のせいにしているがそれは事実ではない。

 クリントン政権の2期目にルービン財務長官がいた。クリントン政権の変質は実に面白かった。1期目は日本の製造業と競争するためドル安円高政策を掲げた。しかし1995年にゴールドマン・サックス会長だったルービンが財務長官になると、ドル高がアメリカの国益だと言い、ドル高政策を進めた。日本では、内閣官房長官だった加藤紘一らがそれに合わせて、円安政策を進めた。

 実はその瞬間、アメリカは製造業を捨てたことになった。つまり、アメリカはお金を世界中から集め、IT産業に突っ込む政策を取った。ITバブルにつながったがIT産業は今やアメリカで大成功した。

 トランプはアメリカ自らが捨てた製造業を、もう一回復活させると躍起になっている。しかしその政策はアメリカの半導体や、ソフトウエアなどの中国への輸出に制約をかけるものとなっている。アメリカのITの王者たちはトランプの政策に困惑している。例えば、INVEDIAのCEOは中国マーケットに入れないことを大いに嘆いている。

鈴木:アメリカのIRを見ればよく分かる。Investor Relationsは、投資家に年に一回、説明に行く。彼らの考えている利益率は違う。利益率が20%ぐらい。日本の中では抜群に高い。しかしアメリカに行くと、お前は経営する能力があるのかと非難される。アメリカの携帯電話会社は利益率30%が当たり前だった。

 日本の当時の製造業の利益率は3%だ。日本の製造業のいろいろなメーカーとはアメリカとはこの辺の価値観が違う。アメリカは利益率が高いところに向かうムーブメントができるのが、経営者として優秀であるとなる。そうすると、製造業は、実際のものを作っているので、利益率が低い。だから、利益率の低いところは、極端に言えば、アメリカにとっては製造業は日本とか中国とかアジアに作らせてやればいい。結局、金融だ。株式投資や投資リターンというものを売る、会社をM&Aをやって買収するなど金融の世界、物の形のない世界の方が、利益率が高い。

廃墟となったデトロイトの自動車工場

周:利益率が低いものづくりをどんどん辞めて利益率が高いハイテクや金融に集中していたのはアメリカ自身の選択でした。

鈴木:モノの形をしたものを製造する時は自分たちで外に出してしまっている。それをトランプになって製造業を戻せと言うが、製造業を戻すとしても技術もないと同時に、経営者としては、そんなに低い利益で国内に持ってくることは出来ない。これは投資家との関係でいけば、自分のポストを自分でクビにするようなものだ。そこでアメリカ自身も矛盾を抱えている。利益率の価値観は国によって、ものすごく違う。

 日本は、稼がなくても社会に貢献しているからいいではないかというのが、十分まかり通っている。逆に、ちょっと利益率が高いと、お前ら暴利を貪っているという。今のコメ騒動もそうだ。なぜ米が出回らない。安くしたら農家が困るからもっと高くしろ、安くすればいいということではない、ということになってしまう。価値観が、国によって物凄く違っているということは、頭に入れておいた方がいい。

周:自国が切り捨てた製造業を取り戻すために全世界に高関税をかけようとするトランプのやり方は理不尽だ。

鈴木:脱線するが、先月息子の嫁さんと孫がカナダのオタワから帰って来た。アメリカではトランプが登場した瞬間に、テスラのイーロンマスクが気に入らないから、アメリカ製品不買運動をやり、テスラは全然売れなくなった。カナダを第51番目の州などと言ったものだから、カナダでは抵抗運動になっている。アメリカ製品のボイコットをやっている。カナダの家の近くのスターバックスはガラガラだ。ボイコットだから、暴力を使っているわけではなく、みんな行かないことで意識を示している。東京に来ると、スターバックスの店が満杯で、日本ではトランプがいいのか悪いのかどうでもいいようで、あまりにも日本人はのんびりしていると言われた(笑)。世の中で起こっていることが、身近なことに置き換えられるというのは、やはり凄いと思う。

周:日本人はもう少し世界の変化に敏感になった方がいいと思う。急激に進むパラダイムシフトは身近な変化につながっている。この自覚のある無しが重要だ。

【対談】鈴木正俊 VS 周牧之(Ⅲ): 情報化時代の波にどう乗るか?に続く)

講義を行う鈴木正俊・ミライト・ホールディングス元社長(左)と周牧之・東京経済大学教授(右)

プロフィール

鈴木 正俊 (すずき まさとし)
NTTドコモ元代表取締役副社長、ミライト・ホールディングス元代表取締役社長

 1951年静岡県生まれ。1975年東北大学経済学部卒業、日本電信電話公社入社。NTTドコモ取締役広報部長、同取締役常務執行役員、同代表取締役副社長。ミライト・ホールディングス代表取締役社長、ミライト代表取締役社長、ミライト・ホールディングス取締役相談役などを歴任。

【対談】鈴木正俊 VS 周牧之(Ⅰ): 通信の世紀、サイバーの時代

講義を行う鈴木正俊 ミライト・ホールディングス元社長

編集ノート:
 NTTドコモ元代表副社長、ミライトホールディングス社長を歴任された鈴木正俊氏は、日本の情報通信業界を引っ張ってきたビジネスリーダーの一人だ。東京経済大学の周牧之教授の教室では2025年6月5日、鈴木氏を迎え、「通信の世紀、サイバーの時代」と題して、情報通信という日本戦後経済史上まったく新しい一時代を、総括していただいた。


牧之きょうは通信業界のビジネスリーダーである鈴木正俊さんに通信史から見た世界と日本の過去、現在そして未来についてお話しいただく。

海底ケーブル切断がもたらす緊張感


鈴木正俊:私はNTTの前身、電電公社に勤めていた。その後、通信建設を行うミライトホールディングスの社長をし、今は半導体企業の社外取締役を務め、一貫して通信関係のそばにいた。

 最近の新聞記事を見ると、海底ケーブルが頻繁に切られている。先々月、台湾の海底ケーブルを切ったのは中国だろうとも言われる。ケーブル切断は、ちょっと古い2018年から23年迄の5年間で、世界で27本切られている。バルト海に中国貨物船がいたということで電力送電線、海底送電ケーブルもバルト海のところで切られた。戦争が始まる前は必ず通信を切るところから始まる。日清戦争の前日も日本海海底ケーブルを切っている。要するに通信を遮断したところから実は戦争が始まっている。通信は非常に大事な情報のためプラスの面もあるが、マイナスの面では戦争時の武器になっている。それが頻繁に今起こっている。

 いまは放送、通信の世界の中で99%が海底光ケーブルだ。そこを切られると情報は全然止まる。皆ネットを普通に日本語で見ているかもしれないが、アメリカのサーバーから経由しているものが非常に多い。だから、通信ケーブルが切れると、パッと見えなくなるサイトがたくさんある。これは日本の中のサイトで見ていてもアメリカ経由できている、あるいはヨーロッパから来ている。通信の状態は、生活の環境が日本で日本語を使っているから日本の活動なのかと言われると、必ずしもそうではない。 あるいは日本で発信し、アメリカ経由で日本に来るということだ。

 Amazonで買い物する時は、今はだいぶ変わったが、当初は注文するとアメリカ大陸のサーバーに行った。靴を買いたいとなってサーバーに入ると、注文が千葉の倉庫に行き、千葉の倉庫から家に宅配される。注文したら翌日すぐに届くため、自分では日本国内で注文し送付されているつもりになる。

 アメリカに注文すると何が違うか?消費税がかからない。日本のリアルのスーパーでは、10%消費税がかかる。ネットであれば国際ルールが消費税で統一されていないため、国の制度設計によって、その分の収入はアメリカに上がる仕組みになっている。それでいいとか悪いとか申し上げているわけでは無く、そうした世界に私たちの生活がかなり深く入っていることを申しあげたい。

 ケーブルの切断事件が最近頻発をしていることは、非常に緊張感があり、軍関係の方はアメリカ軍もそうだが、海底ケーブルが切られたら翌日から戦争が始まるんじゃないかという物凄い緊張感がある。そういうことが歴史の前提としてある。

民間企業がサイバー戦の立役者に


鈴木:ロシアとウクライナ戦争もある。2022年の開戦以来、2014年のクリミア併合をテレビなどで翻って見ると、当時はあっという間にクリミア半島が占領されてしまった。ロシアは元々自分の領土だとし侵略したとは思っていないかもしれないが、ウクライナになっていたところを占領し、セバストポリという海軍の軍港をロシアが取り戻してしまった。そこから戦争が続き、2022年にロシアが攻め込んで徹底的にウクライナの自由革命をひっくり返そうとした。

 2014年の時は、ロシアがまずサイバー戦をやり、軍あるいは政府の情報をみんな遮断した。だから、ウクライナは何が起こっているか分からず気がついたらクリミアにロシアの軍隊がいた状態だった。そこで反省し、アメリカ、イギリスの応援を得て、マイクロソフトなどの民間企業が応援し、サイバー戦への対抗を10年間ずっとやっている。

 従って2020年ロシアは、前段で通信遮断をしようとし、実際の部隊がキーウに進軍すれば終わりだと考えて来た瞬間、反撃に遭い死者を出して撤退した。そこから戦争が続いている。ロシアは2014年に味を占めたが、いわば麻酔が効かず、覚醒剤をソフトで作ったのでロシアの的が外れ、戦いが長引いているのが今の実態だ。軍隊だけでない。マイクロソフトの社内報は、ロシアとウクライナのそれぞれの軍隊組織のあり方の特集を組んでいる。これが民間企業だろうかと思うような状況がある。そこにサイバー戦が出てきているのが実情だ。

 目に見える画像では大砲を撃ったり、ミサイルを打ったりだが、その裏の半分はサイバー戦を戦っている。そこで、通信が遮断されたので、イーロンマスクがスターリンクという低軌道衛星を使い、それをウクライナに開放した。ウクライナは諸外国と交渉なり連絡ができるようになった。陸上経由ではできなくとも低軌道衛星経由で各国と話ができる。イーロンマスクは「赤字だ、費用をもらっていない」と騒いでいるが、それがいまある現象の一つだ。

東京経済大学創立120周年記念シンポジウム「コロナ危機をバネに大転換」 で講演を行う鈴木正俊・ミライト・ホールディングス元社長

■ 身近に広がるサイバー攻撃


鈴木:もう1つは、新聞、週刊誌でたくさん報道されているサイバー犯罪だ。金融機関や政府がDDoS攻撃(Distributed Denial of Service attack/分散型サービス拒否攻撃)をされ通信機能を麻痺させられる。或いは、ランサムウェアという「身代金をよこさないと通信を回復しない」という犯罪被害に遭っている。これは日本で頻繁に起こり昨年は約220件あった。

 インターネット空間を利用した犯罪もある。インターネットバンキングのフェイク画面が出てくる。「Amazonから請求があります」とか、銀行からの「口座を確認しなければいけないので返信してください」の通知に返信した瞬間に情報を取られることが身近に頻繁にある。インターネットバンキングの被害総額が87億円という古い統計があるが、いまはこんなものでは済まなくなっている。フィッシング被害は昨年171万件だった。私もドコモが止まったのでドコモに電話をしたら3件怪しい送金履歴があったので止めた。「そこで買い物した記憶がありますか」と聞かれたが無い。通信会社に止めてもらったお陰で助かったが、アイルランド経由通信だと分かった。現実に身の回りで起こっている。サイバー犯罪の頻発、SNSの拡散、参議院選挙でもどうSNSの不正選挙を防げるのかに取り組んでいる。

 能動的サイバー防御法、アクティブサイバーディフェンス(Active Cyber Defense: ACD)の法律が今年成立した。早く攻撃を受けた発生源を先制的に止めに入り、そのための通信管理を行うものだ。国内通信は対象外だ。サイバー犯罪の99%は国外から来ているからだ。外から日本に、日本から外に行く、あるいは日本をホップして外から日本、日本からまた海外へとサーバーをホップする。その情報を、政府が一元的に救い、情報の内容は見ないという制度を作っている。一応恣意的な運用を始めるための制度がある。情報を先制攻撃して止めるという法律が5月16日に出来た。

 インターネットの利用率は一昨年で86%、9割近い人が使っている。今日話すことは皆さんの身の回りで起こっている、全体で起こっている現象を自分で理解できるように歴史を紐解いていきたい。個別現象と全体の仕組みは、ますます裏表の密接な状態になっている。そういう思考を持っていただくことが大事だ。

電信で世界が1日で情報を伝え合う


鈴木:日本の通信事始めを言うと、電線導線1本で昔の電報のような信号送りが最初にできたのは明治2年、1869年だ。 そこで東京-横浜間で電信網が出来た。その翌翌年、1871年、明治4年、明治政府になってからウラジオストックー長崎―上海まで海底ケーブルができた。ノーザンテレコム社というデンマークの会社が引いた。日本はまだ東京―横浜間ぐらいしかできていなかった。 彼らは国際通信網で、長崎とウラジオストックを結んだ。それは、南回りの回線をイギリスのグレートイースタンテレコム社、オールレッドルートにイギリスが情報網を引いたことに対抗した。ドイツやロシアがこれを承認し自分がアジアに対して通信網を持たなければいけないとしてデンマークの会社がやった。

 デンマーク王室には王女が2人いて、1人はロマノフ王朝に、1人はイギリスの王朝に嫁いだ。デンマークは国が小さいから情報を取っても戦争にならないということで、デンマークの会社が担い、ロンドンからサンクトペテルブルク、ロシアのシベリア大陸を通り、ウラジオストックまで出ていった。

 日本はウラジオストック経由でロシアに発信できる、上海へもノーザンテレコムという会社の投資で通信ができるので認めた。まだ日本国内はそれができない時に、次から次に、イギリス対その他フランス、ロシア、ドイツの戦いが通信網を巡ってあった。

 1980年以降どんどん海底ケーブルが増えてきた。現在、太平洋に光ケーブルが入っていて、いま通信業をやっている人たちにはNTT、ソフトバンク、KDDIなどの通信会社があるが、一番多いのグーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル、マイクロソフトなどいわゆるガーファム(GAFAM)の会社だ。彼らが独自に海底ケーブルを使う。太平洋の海底ケーブルの7割はガーファムが使っている。

周:つまり一番通信需要の多いGAFAMが自ら海底ケーブルを次々敷いている。NTTのような通信インフラをベースとした企業にとっては大変な脅威だ。

鈴木:日本の通信も世界の中に組み込まれている。典型的な通信網がここに象徴されている。ケーブルの結節点がグアムなどいくつかにあり、非常に重要な地域になっている。

 電信が現れたのは早くは1851年と言うが、日本は明治時代からようやく電信が現れた。電信は情報を電気信号に変えることだ。電気信号に変わる前までは狼煙(のろし)、駅伝、飛脚、手旗信号、伝書鳩などが通信手段だった。日本は飛脚と船がほとんどだった。

 船は、例えば長崎から東京まで大体3日は最低かかった。が、電気信号に変えると1時間で行く。世界も1日で行く。目に見える通信は雨の日か晴れの日か天候により見える時と見えない時あった。また、夜になると手旗信号や狼煙は見えにくかった。ところが電気信号は天候も昼夜の別も全く関係なく、瞬間的に伝わる。モールス信号しかりだ。

 日本で言えば1870年の明治が始まって少ししてから、情報伝達が月日単位から時間単位に変わる画期的なことが起こった。国際間をつなぐ海底ケーブルができてから、世界が1日で情報を伝えるようになった。

■ 電信と切っても切れない暗号


鈴木:伝送技術の観点では、有線通信即ち線のある通信か、あるいは電波による無線通信かで、各々長所と短所がある。イギリスが有利になったのは盗聴が出来たからだ。電報が読まれ、信号の途中で情報が抜かれる。情報を持っているところが圧倒的有利になることは、近年までずっと続いている。通信ケーブルにすると高いと言われ、無線にした時代もあったが無線は途中で電波が捕まると聞こえてしまう。情報が取られることになる。

 最初はイギリスが海底ケーブルでやっていた。無線に転換しても秘密が漏れる。また海底ケーブルに戻る、を行ったり来たりしている。現在は海底ケーブルが99%で、量的にも経済的にも非常に重要な存在になっている。

 有線通信の欠点は、例えば、台湾海峡のケーブルを傷けられると通信ができなくなる。切断されるとつながらなくなる。無線通信は切断されないが、盗聴や傍受には弱く情報戦が非常に複雑になる。暗号を使い分からないようにすると今度は暗号解読の戦いが始まる。第二次大戦も含めずっとこの歴史が続いている。最近ネット見ていると、中国のある大学の方が海底線ケーブルを切断する技術を学会に論文で発表したとあった。そんな技術をどうするのかと思うが、世界はみんなやっている。

 電信にとって切っても切れないのは暗号だ。暗号表を使い、いろいろなことが起こっている。岩倉具視対外使節団の時も世界のこの動きを認識したが、第二次大戦の時もそうだった。一方のタイプライターで打つと、他方のタイプライターには暗号化された情報が出てくる。それを送り合うので第三者が見ても分からない機械式暗号だ。

 日本は、開戦暗号があった。真珠湾攻撃時に「ニイタカヤマノボレ一二〇八」だった。「ひとふたまるはち」という。何言っているかわからないが日本で一番高い山、当時台湾にあった山が新高山だった。

 ドイツのエニグマなど機械式の暗号があった。今インターネットになると秘密キーがある。ネットスケープが組み込んだSNL暗号がある。htttpでなく、htttpsと書いてあるのがある。これはインターネットで疑似的な、秘密暗号式が入っている。これはほとんど解けてしまうので、次世代の暗号合戦が起こっている。通信の裏側には他人に見られるということがある。これは通信が始まった時から起こっている問題だ。

ユダヤ資本が情報をカネに


鈴木:通信社が誕生し、世界にAP通信社、ロイター、アバスなどが出来た。通信社は、国際的な情報で何を送ったのかをみんな収集する。収集された情報の中から国別の各新聞社が情報を拾い、新聞紙面に載せる産業だ。アバスもAP通信もロイターもみんなユダヤ系がやっている。情報が早ければカネになる。相場情報、株価、金、先物の情報は、昔から非常に大事だった。フランクルトの相場が動くと次はロンドンの相場に反映する。ロンドンの相場とパリの相場が連動する。最初は伝書鳩を飛ばし、その日の終値はフランクフルトが引け値だとロンドンで同じ金融商品を買い、この値段から始めるような事をやっていた。通信は非常に金融情報と密接だ。伝書鳩の時は、時間がかかることも着かないこともあった。電信ができたら瞬間的に伝わる。フランクフルトに相場が回ったら、次はロンドンの相場が始まる。 次はニューヨークの相場が始まる。地球は回っているので相場が時差によって生まれてくることが非常に盛んになった。

 最初の1850年代に、ヨーロッパに三大通信社すなわちフランスのアバス通信社 、ドイツのヴォルフ電報局、イギリスのAFPの前身のロイター通信社があった。この三社が 独占した。アジア地域はロイター通信社の管轄範囲にしようと、3社がそれぞれ特派員を派遣するのは無駄だとし、 アジアのロイター通信が発する通信が現実になった。だから、ロイターがどう情報を出すかによって、日本、台湾、香港などアジア全体の情報がヨーロッパやアメリカに伝達されることになっていた。秘密協定でロイター社が日本のことを伝えるのが独占だと知らなかった。これが後に日露戦争に非常に大きな影響をもたらした。日本が有利なのか、ロシアが有利なのかの情報は全部そのロイター社が出す。ロイターが出す情報によって、お金を調達しなきゃいけない。 高橋是清が「借金をしないと戦争が継続できない」と言う。ロンドンやニューヨークで金利をいくらにするか情報で決める。日本が勝っているか勝っていないかで金利が上下に変化する。戦争に対する情報は全てロイター社だったことが日露戦争そのものにも影響が出た。

日本海海戦で日本が世界に先駆けて無線通信


鈴木:明治時代、有線通信で電報しか通じなかった時に日本海海戦で日本が世界に先駆けて無線通信をやった。無線通信で連合艦隊の機動あるいはバルチック艦隊が来ることを探知するのを世界で初めてやった。日本の技術は実用化に向いていた。それまでは手旗信号をしたが手旗信号は晴れていないと見えない。対馬海峡は広い。敵の近くに船を並べるわけにいかないので、発見した船が無線で直ちに連絡する警戒体制を世界で初めて取った。信濃丸が、戦艦三笠に、敵の第二艦隊が二〇三地点に現れたと暗号方式を用いて明治36年製の無線機で連絡をした。これが非常に画期的な通信方式だった。 

 ただ、その旗艦三笠は朝鮮にいて、そこから東京の大本営に連絡しなければならない。この大海戦で負けたら日本は敗戦しロシアの艦隊に蹂躙され滅亡すると危機感で、東京の大本営に海底ケーブルで連絡するが無線ではできなかった。当時できた海底ケーブルを通じて広島まで送り、広島から東京までの陸上ケーブルを使い電信が行き「敵艦隊見ゆとの警報に接し、連合艦隊は直ちに出動、これを撃滅せんとす。本日天気晴朗にて波高し」と海底ケーブルの有線で電報を打った。無線の1世代前の通信方式だった。

 次にバルチック艦隊と戦う時に「皇国の興廃此の一戦に在り、各員一層奮励努力せよ」と指示を発した有名な言葉がある。旗艦三笠にZ旗を掲げると、これから戦闘が始まる合図と認識する。古い方式だ。国際信号旗といって船は国を越えていくので信号機を国際的に取り決めていた。文字型の一次信号の組み合わせでAから順番にBC と続き、最後はZ。それぞれの旗に意味がある。本来のZ旗の意味は、「港に入る引き船をよこしてくれ」だ。日本の軍部が勝手に変えてしまった。これは軍だけでなくて民間でも使っていた信号だ。ちなみに、ニュースで見るとロシア軍がウクライナに侵攻した時、戦車の後ろにZ旗がかかった。昔ウクライナはソ連だったので、ロシアもウクライナも同じ戦車を使った。そうすると、どれが敵かどれが味方か分からないからZ旗を掲げたのがロシア軍で、Z旗が無い戦車はウクライナのだと識別用に使っただけだった。

1890年日本で電話サービス開始、大倉喜八郎は最初の加入者


鈴木:1890年、明治23年に東京―横浜間で電話サービスが始まった。この電話サービスは開始当初、東京で155加入、横浜で42加入だった。お客さんがかけると交換手が出て、相手につなぐ。1番、2番、3番、4番という電話番号だ。今のような03から始まって桁数が多いのではなく、あの人は1番、あの人は2番という具合だった。東京府庁という今の都庁は1番、2番は電報局、 3番は司法省、と役所まで軒並みだった。内務省、外務など。155加入には個人もいた。例えば渋沢栄一とか。その中に159番に大倉喜八郎という名前が出てくる。東京経済大学の創設者、大学に銅像が立っている。最初に電話が始まった当初に入っている個人はごく少数だった。司法省も一回線だけであり、大倉さんも自宅に一回線あった。日本で初めての電話サービスの加入者だ。

周:これはお金を払っているのか? それとも特権なのか?

鈴木:払っているが、ある種の特権だ。ほとんどの財閥が入った。入っているのは官庁すなわち役所、日銀、第一銀行など一部だ。十五銀行が入っていた。軍、新聞社など日本の骨格となるところもだ。一社1本で、渋沢栄一が入っていたのは第一銀行の役員であると同時に、非常に財界の力があったからだ。大倉さんの位置付けも非常に高かった。産業の世界でいろいろなことを手掛けて相談事も引き受けていたからだ。

 様々な通信方式が起こったが、最初は銅線1本だった。マレーシアで見つかったゴムの樹脂のようなものを銅線の周りに巻き海底に沈めると水が入ってこない。それに回線を張って信号を送る。1分間に20文字送れればいい方だ。非常に貴重で、暗号で取り決め通信をやれば通信料が安くなり、非常に便利だったのが有線の歴史だ。無線、有線、衛星、光ケーブルと、いろいろな変遷をたどってきた。

 ようやく1970年の大阪万博の時に、モバイル、携帯電話の原型が、いまから55年前に出た。当時は電話を申し込んでもなかなか全国につながらない。遠距離は交換手がつなげた。

 私は電電公社に入社し、最初は鹿児島に赴任した。郵便局に「3番からかかってきた」と言われて行くと「酒屋の5番だ」と交換手、つまり人が伝えていた。その時代に私は入社した。1970年代で大型の交換機がビルの2フロア全部が1つのシステムだった時代だった。ようやくモバイルの原型が出てきた。 

 1980年代になると自動車電話、モバイル電話が出た。自動車電話は自動車の中で通話ができる。なぜ自動車電話かというとバッテリーが大きくトランクにしか入らないからだ。バッテリーの能力がよくないため、自動車で電話しないとバッテリーがもたない。最大のクレームはバッテリーを自動車電話につけることで、ゴルフバッグが乗らないからゴルフに行けない、なんとかしろというのが1980年代の一番のクレームだった。

モバイルは40年間で通信速度が100万倍に


鈴木:コンピューターが小さくなりネットワーク化され1990年にインターネットの商用利用が始まった。1995年にウインドウズ95という画期的なパソコンOSがあり、そこからはインターネットの革新が始まる。1990年代には携帯電話がどんどん広がった。携帯電話機の最初は、今のようなスマホではなく小さな肩掛けカバンのようなもので新聞社や政治家が提げていた。モバイル電話が出てきてインターネットが始まった。1997年にネットワークがデジタル化した。0と1の記号で、一文字を1ビット8桁で表現する。情報を数字の組み合わせに置き換えられるようになったことが非常に大きい革新だった。ネットワークを整備するNTTが急速に光ケーブルを進めた。2000年代にブロードバンド、ADSLという銅線を使ったインターネットで光ファイバー、モバイルが3Gに進化してきた。2010年のスマホの能力は1970年の大型コンピューターの能力と同等で、電池は小さくなり能力は高くなった。2010年ぐらいから急速にスーパーコンピューターが始まった。2020年になり低軌道衛星でAIが広まり、大阪関西万博にも出ている。サイバーは、インターネットが形成する情報空間で、サイバースペースと呼ぶ。情報空間で起こっているテロをサイバーテロという。サイバーセキュリティは、インターネット空間でのセキュリティ問題、テロ問題で大きくなっている。

 1970年に携帯を出来てモバイルでは40年間で通信速度が100万倍と、情報あたりの速度がもの凄く速くなり映像が使えるようになった。インターネットは1990年代から30年間に急速に進んだ。インターネットが意味するのは、国境のないグローバルな情報、社会のシステムだ。とすれば、日本語、英語、フランス語は表現上いくらでも違うが、システム上はグローバルにつながってしまう。夜中に電話がかかって国番号を見ると、ヨーロッパの国の電話だ。ガチャンと切ると次はポーランド、次はイタリア、次はイギリスの国番号で、犯罪者にとって国境は関係ない。TCP/IPというプロトコル(通信手順)がインターフェースを決めたことにより、世界でこれを統一しさえすれば、通信ができる。一時期、インターネットは原爆を落とされてもアメリカの通信が途絶しないようにするため作ったとの話が出た。これは都市伝説だ。アメリカでも軍用インターネットを民間に開放した。日本では大学で使っていたのを民間の我々が使えるようになったのが1988年だ。

固定通信の仕組みは地域割


鈴木:1990年にようやくWWW(ワールド・ワイド・ウェッブ)の仕組みが出てきた。つい30年ちょっと前のことだ。日本はウインドウズ95で、インターネットが爆発的に広がった。基本的に使っているものは光ファイバー、電線、無線通信、あるいはそこにルーター、サーバーがつながっている。学術あるいは軍のネットワークから日常生活のインフラに転換した。インターネット以前の仕組みは電話だった。それぞれ電話をすると、その都市内の交換局に行く。例えば国分寺市の交換局が大阪に通信し、大阪の高槻市の利用者に電話が入る。順番に回線を辿り通信がいく。東北の例をあげると加入者の方が古河市の電話局を通じて仙台に上げて、仙台から東京に行く。こうした回線を取っていく仕組みが日本全国にある。局番が振られていて、北海道はゼロ1から始まる。東北は02から始まる。 東京は03、04は関東、05号は東海、06は大阪、07は中国地方、09は九州のように番号が土地に応じて振られている。最近、電話による詐欺が起こっている。電話番号が地元の交換局についているので、物理的にお金を取りに行くには、その地域でやらざるを得ない。携帯電話でやるとどこにいるか分からず電話が北海道につながったりするのでお金を取りに行けない。必ず地域ごとに発生するのは固定電話を使うからだ。自宅の地元警察から、「防犯のために固定電話は留守番電話に設定してください」と言われる。「私はこの電話をつける仕事をずっとやってきた」と思わず言いたくなるが、言えずに留守番電話に切り替えて通じないようにしている。固定通信の仕組みは、地域割りになっている。 携帯電話も全国どこでも動けるようになるが、一応その地域の移動通信局があり、そこから通じている。 例えば北海道だと札幌の基地局から光ファイバーで東京まで行き、東京の基地局から個人のところに無線でいき電話をし合う仕組みだ。

 インターネットは無秩序とは言わないが、ルーターがバラバラで、ルーターも日本の中だけでなく世界のルーターがつながっている。アメリカも通じている。世界のルーターがITPCの仕組みの中で、ルーターを使い合って通信ができている。土地にくっついていない。どこにこのルーターがあり、どこにサイバーがあるのかと問われる。金融決済をネットで決済すると、今シンガポールにAmazonのサーバーがあり、互いに隣同士で「周さんが今日これを買います」といった情報を計算し、シンガポールでお金が出たり香港でお金が出たりしている。決して日本で決済しているから日本にお金が入っているわけではない。インターネットの世界は、こういうものが非常に完成されてきている。

現実社会とサイバー空間が融合


鈴木:今まで衛星通信は3万6,000キロの上空にあり、地球の自転と同じで地球が回ると衛星も一緒に同じように回るので、衛星を通じて通信をする。しかし3万6,000キロも離れているので大きなアンテナが必要になり、放送設備は大きいものが要る。3万6,000キロの距離を往復すると、画像が悪かったり、アメリカと国際同時通訳をテレビでやると音声が遅れ、ディレーする。しゃべってるうちに日本語がどんどん遅れていく状態が起こるのは、やはり距離が遠いからだ。

 それに対して、Elon Musk氏が率いるSpaceX社の低軌道衛星スターリンクは、高度550キロぐらいまで上がる。いま地球の周りを7,000基ぐらいのスターリンクが飛んでいる。アメリカの連邦通信委員会FCCの 許可を得ている1万2,000基のうち7,000基だ。さらに許可が下りて、今後4万基まで増やしたいと言っている。

 Amazonも独自に衛星を打ち上げた。1つのロケットに60個ぐらいの衛星を載せ一度に打ち上げ宇宙空間にばらまいている。中国もインドも2030年までにやると言われている。2030年を予測計算すると大体10万機ぐらい上がっているのではないか。今は7000基にならずまだ5,000基ぐらいと思うが日経新聞に載った図を見ると、夜空に衛星の軌道がピュンピュン飛んでいる。これが10万機になるとどんな夜空になるだろうと思う。iPhoneの15、16、17は直接通信する機能が載っている。これからはその510キロの衛星であれば動画はゆっくりになるかもしれないが、ファイルだったら自由に直接できるようになる。

 これだけのものが打ち上がった時、どういうことになるか。情報が途中から入れることになると、当然その会社は見ることが出来る。情報も全部知られることも可能性として高い。

周:衛星で世界のどこでも通信サービスが受けられるとNTTのような通信インフラ企業にとっては大変な脅威になる。

鈴木:今の現実の社会で起こっていることと、自分ではちょっと確認できないサイバー空間で起こっていることが、融合してくる。スマホを使いながら生活すると、リアルな世界からではないサイバー空間が残っていることを認識せざるを得ない。ヘルスケア、自動運転もそうだ。アメリカのロサンゼルスで自動運転が開放され、次にフロリダ、ニューヨークだという。順番に来年、再来年とアメリカで自動運転の車が実際走っていく。タクシーは日本はどうなるか?

周:テスラを始め、いま米中のEVメーカーは争って自動運転のロボタクシーサービスを開始している。タクシーの無人化がすでに現実となっている。問題は規制大国の日本がいつこれを受け入れるかだ。

プライバシー保護の対策が要


鈴木:インターネット社会は、少なくとも概念上は国境がない。利便性が非常に高い。だが、脆弱性を持ちサイバー攻撃があり、社会的なものが麻痺する危険性は非常にある。日本ではあまり身近に感じないがテロ対策が重要だ。インターネットは社会的にも基本的にもまだ安定していない。商取引でもプライバシーをどう守るかが非常に大事な問題だ。インターネットでは多くのサーバーがアメリカにあるということだ。アメリカが確実に情報の中心になっている。政権が変わり様々なことが起きている。通信アプリのシグナルを大統領補佐官が使い、入れてはいけない仲間がシグナルに入りホワイトハウスの情報が漏洩した事件が起こった。脆弱性と隣り合わせだ。通信の秘密は、日本は憲法上検閲してはならない。実際にどうするかを考えていかなければならない。

 ハッカーの世界に簡単に触れたい。ちょうど独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が挙げた情報セキュリティの重大脅威2025が出た。この中で1番目に挙がっているのがランサム攻撃、身代金だ。身代金ビジネスの攻撃と被害が脅威になっている。2番目はサプライチェーンの中から情報を抜いたり紛れ込ませたりすること。3番目はシステムの脆弱性を突いた攻撃だ。最近心配なのは地政学的リスクに起因するサイバー攻撃だ。誰が攻撃しているのか分からないが何となくわかりそうなところがある。ロシアはGDPで言えば日本の二分の一ぐらいの規模しかないがサイバー攻撃が技術的に強い。北朝鮮も韓国の1/30しかGDPがないが、この分野が強い。大元をたどるとロシア、北朝鮮、中国あたりらしいとわかる。日常的な脅威がある。

 一企業からすると毎回起こるわけではないが、社会全体とすると結構な件数だ。サイバー攻撃が進化している。最初は 環境団体がどこかを訴える、或いは中国を攻撃するなどが多かったが、最近は人権侵害、攻撃の右傾化が目立つ。フェイク事件もAIを使った攻撃も多い。少し前はロボットが様々なものを分散する通信が多かったがだいぶ変わってきた。これらが丸ごと起こり ディスコードもランサムウェアもある。

 ランサムコードの例では、サイバー攻撃というと1人か2人でやっていると思われがちだが、基本的には身代金を取る脅しをするのも組織的にやっている。客を集める人、専用の情報を集める人も、事業者が沢山いて、このビジネスが成立している。身代金を請求する者、集める者、攻撃する者など分業体制が、1つの業界を形成している。身代金を払うと次はあまりやらない。警察の人に聞くと仁義がなければ身代金を払ってもなお攻撃が来る。すると新しいお客さんが身代金を払わなくなり効率が悪いという。いったん身代金を払っていただいた方は終わりにし、次の人にする。ビジネスのようだが信用がそれなりに大事な世界だ。サプライチェーンは情報を取ると次の取引先のところにジャンプしていく。その取引先から情報を取るとき一斉に送りつけるとみんなの情報が企業から漏れる。金融機関から漏れていつも申し訳ないと記者会見をしているが、あの情報はいろいろなところに蓄積している。それをポンと投げる先のリストを一生懸命作っている。

 サイバー攻撃は普通の戦争、犯罪と一緒だ。無作為にやることはない。斥候や偵察隊を出し、どこをやれば効果的であるかを考えている。私の友人に聞くと、車は絶対に傷つけられない方法がある。駐車場へ行ったらものすごくゴージャスな車の隣に止める。家を建てる時は、屋敷の隣に小さい質素な家を建てる。犯罪者は絶対に、同時に2つはできず、効率の高いところから行くから、防犯のためにはその逆を行けばいいと言われる。だから目立つやつが横にいると被害が少ない。サイバー攻撃は、ソフトウェアの斥候ファイルのようなものが出て、いろんなところにいて探っていく。そうすると、ある場所の取引額が多くシステムが弱いことがわかる。脆弱性のある企業がわかったら、そこに向かって本体が攻撃に行く。

 サイバー会社の仕事は斥候すなわちソフトが飛んでくるのを如何に早く発見するかにある。発見し偵察隊がいるうちに遮断することだ。警備会社と一緒の仕事だ。パトロールが大事なのは交番と一緒だ。サイバーの世界だからといって、やってることは突拍子もないことではない。現実の世界で人間のやることを置き換えてやっている。手順があり防ぎようがある。と同時に技術的に追いかけるのが大変だ。普通に入社した企業との間のやり取りから入っていき、その企業に穴を見つけ、そこから侵入し斥候隊を送る。この企業のシステムは脆弱だと思えばドーンと入る。偽サイトも含め、サイバーセキュリティについては、アメリカの標準化団体がフレームワークを作っている。それぞれリスクを特定し防御をどんな形でやるのか考え、脅威があれば検知する。検知したら対処法は実はいくらでもあるのでそれで復旧させていく。

被害情報収集からの防御法


鈴木:今の日本の話をすると、サイバーテロで先ほど防御法を話した。サイバーディフェンスの確立について前述したが、今の日本に対するサイバー攻撃では統計を取ると99%は海外からだ。すべて影響があるかどうかわからない。海外の1カ所ではなく何カ所かホップしてくる。被害は年々増加しているのが現実だ。情報通信機構がとった統計では 13秒に一回ずつ攻撃が来ている。攻撃が来てすぐ被害が現れるわけではないが、現実は攻撃が日本でもかなり頻繁になっている。電力設備、銀行の金融システムなどインフラになるところに入られると、影響がものすごく大きい。ウクライナでも攻撃は電力設備、製鉄所、製造工場を狙っていく、あるいは放送局を狙うなど目的はかなり特定されている。

 能動的サイバー防御として防御法が完成した。実を言うと政府、警察では既に起こっていることが分からない。個別の企業や個別の人間に起こっているため被害があると認知できない。そのため認知できるように被害のあった企業は、情報を上げてくださいという法律だ。航空会社、電力会社でも被害があったら知らせ、それを解析し、みんなの情報をひっくるめて相手を特定し、そのサーバーを事前に防御するのが前提の仕組みだ。軍隊のように戦争が起こって戦地に行くというのではない。どこで起こるか分からないのがサイバーの世界に難しいところなので、法律で担保をしないと実際に活動できない。実際に無害化する行動は、警察や自衛隊など専門的なところがやる。前段の状況は国内の協力がないとできないので法律が出来た。とくにインシデント情報、携帯インフラの会社から電子計算機の情報を取る。あるいは通信情報を取る、行政機関の中から被害情報を取るなど、いろいろな情報を集め分析をしていくのは第一歩だ。

遅延の無い新通信技術で文化を体感


鈴木:2025年の3次元の空間を、前の万博をやっていた吹田からNTTパビリオンという夢の島のあるところに3次元伝送をし、空間を伝送する実験をやろうとしている。新しい通信のシステムはどうなるのか。IOWN (Innovative Optical and Wireless Network)構想という光技術、無線のネットワーク技術を革新的にやろうという光電融合だ。電気の信号ではなく光の信号によって通信をやっていく技術を実験的にやっている。吹田でやり、台湾ともやった。台湾は京劇、日本は歌舞伎をIOWNパビリオンでやる。非常に文化的な融合が現実に出てくる。知らないものを目で見ることにより、単なる音声で聞く或いは目で見るだけではなく体感的に感じることができる可能性が非常に大きいと言う。このシステムで実現しようとするのが省電力だ。情報データセンターの電力問題だ。関東周辺では、データセンターを作るのは電力的に限界になりつつある。電力を百分の一ぐらいに抑えるような仕組みを考えなければいけない。これが1つの技術の問題で、伝送容量も125倍、遅延は200倍、 1/200だ。この前、大阪万博で北海道から九州まで日本全国合唱団が歌を歌った。万博会場で1つの音楽にして流したところ違和感が全くなかった。演奏会場の同期の技術だ。次の技術がどうなるか。非常に時間がかかり、2030年までにうまく行けばいいような息の長い話になる。

 通信の歴史はこの150年、インターネットはこの30年で劇的に変わった。150年前の時間と今とは、時間単位が全く違う。岩倉使節団は明治4年、不平等条約を直す手はじめにするため、あるいは欧米の各国の現場を調べるため、日本から52人が船に乗り、120日間で世界を一周してきた。岩倉がサンフランシスコに船が着き、東京の政府に無事にサンフランシスコに着いたと知らせることになった。長崎県知事に向けて日本政府に知らせてくれとの文章を電信で打った。当時は太平洋ケーブルがないので、実はサンフランシスコからニューヨークまでアメリカの陸路を横断して電報を打った。ニューヨークから海底ケーブルでロンドンへ行き、ロンドンから海底ケーブルでロシアのサンクトペテルブルグ、当時のロマノフ王朝の首都に行ってそれからシベリアをイルクーツクからウラジオストックを出て長崎へ行ったので、長崎県知事に送ることになった。この長崎知事宛への電信が一日で来た。ところが長崎から飛脚で東京まで10日間かかった。翻訳をしなければならないから合計14日かかって東京に行き、「サンフランシスコに無事到着した」との知らせが届いた。ネットワーク自体はノーザンテレコム社のネットワークを通じて行っているが、日本はそれくらいの遅れ、ギャップがあって、長崎などの海底線のおかげで、ようやく連絡がついた。飛脚で行ったのが明治の実情だ。そこからたどたどしく開発が始まった。日本の最初の国際通信は、デンマークの会社が日本との通信をやったことに始まる。

 インターネットができてから30年、大変な変化を引き起こした。これからの時代に更にどれくらい変化があるかわからないが、非常に情報量が多い世界になってくる。急速にスピードが速くなっているところに立ち至っている。

サイバーでもリアルでも外と付き合うことで逞しくなる


周:鈴木さんに150年の時間軸で、壮大なスケールで情報の時代を語っていただいた。150年前の人類の情報伝達は本当に限られていた。私の最初の専門はITで、博士論文のテーマは50年前から爆発的に成長した電子産業についてだった。情報の伝達を扱う電子機器機械が今から50年くらい前に爆発的に発展した。テレビ、コンピューター、携帯電話、半導体など、いまは当たり前のものが半世紀前にはほとんど存在しなかった。情報の伝達も早くなったと同時に、それを処理するハードウェアも大発展した。

 アジア工業化を一番引っ張った産業が電子産業だった。電子産業が日本、中国、ASEAN、NIES、NEICSで発展した。地政学的に大きな変化が起こったのは、情報伝達がスピードアップし、さらにそれを扱う電子機器を生産する産業が世界最大産業となったからだ。さらにハードウェア、ソフトウェアのネットワークのスピードが上がり、コンテンツ産業もものすごく発展した。世の中が変わるスピードはどんどんアップし、基礎の部分は、鈴木さんが大きな貢献をしてくださった通信産業だった。今日はこの歴史を非常にクリアにまとめていただいた。

鈴木:日本は難しいなと今思う。通信は、技術的にはものすごく進んだが例えば日本語は非常に特殊な言語だ。日本語は、主語が出てこない。例えば、紫式部が書いた『源氏物語』には主語が出てこない。人との関係で誰が話しているかを判断する。敬語、丁寧語、あるいは命令などの言葉によって、誰が誰に向かって話しているかをはっきりわからせる言語だ。例えば求婚をする時に、英語では「アイラブユー」、日本語の中ではそのフレーズを今の若い人は使うかもしれないが、「 私はあなたを愛しています」ということは言わない。「好きです」とか「結婚してください」だろう。極端な話、互いに向かい合いベンチに座って月を見て夏目漱石のように「今晩の月がきれいだ」など、何を言ってんだろうかと思うわけだ。互いにいい空間にいるねと知らせる。日本語は主語が出てこないゲームだ。

 ところが通信を媒介すると、誰が誰に向かって何をするか、物事を構成をするものが大事になる。皆は親しければ親しいほど同じ空間にいるから分かる。同じ空間にいるからどこかへ行こうとか言うが、違う空間にいた時には通じない。日本語が通じる中にいるから、そうした言葉でしゃべっても非難されない。日本語のように国に1つだけの言語という国は珍しい。中国も最近はマンダリンで統一化しつつあるが、地方によって全然言葉が通じないことはしょっちゅうある。インドの標準語はヒンズー語でも3億人しかしゃべっていないという。英語は3億4,000万人話している。違う言語で話をしていると、例えばジュネーブのお土産屋のおばさんは、フランス語も 英語も完璧にしゃべる。もちろん生活用語だ。そういうことに慣れていないまま日本語だけでやっていると何の違和感もなく会話がパンパン進む。

 だが、サイバーの世界、通信の世界は、誰が何をしているか、はっきりしないとわからない世界だ。ましてや国際間の自動翻訳が出てきた。どうするか? このあいだある会社でCEOが怒り狂っていた。「うちはマーケットの8割が海外なのに、海外の株主からみると日本の経営は解らない」。初任給制度は日本しかなく、経済学部、教育学部、工学部、どこであれ大学を卒業すれば、同じ初任給だ。海外で「一律初任給を2割上げた」と日本人が言ってもそんなことは通じない。要するに職業の能力によってそれぞれ給料が違う。大学を卒業した人も当然ながら給料が違うのは当たり前なのが世界の標準だ。言語の問題以前だ。

 言語の主語の問題も含め、日本のシステムは、いい制度といいシステムがたくさんある。が、日本のシステムは世界とは異なることを、自分の頭の中に認識をしておくことだ。言葉のやりとりを含め、ソフトウェア的なものが 非常にこれから大事になる。技術的な話だけではない。翻訳ができればできるほど分からない。英語でやっていたから互いに通じていた。だが自動翻訳を通じてやると間違える。

周:日本は本当に幸せな島国だ。同じ島国でもイギリスと比べ歴史上攻めてくる外敵もあまりなく外から受けた攻撃があっても神風が吹いて助かると言う。こういう国はユーラシア大陸から来た私から見るとすごく幸せだ。幸せの国で何が起こるか。例えばインドネシアあたりの島で原始人が絶滅した原因は、外と交流しなかったため脳がものすごく小さくなってしまった。外からの攻撃を受けた途端たちまち絶滅した。内に閉じこもる幸せに浸りすぎると思考力がなくなる。だから、そういうサイバー空間でさまざまなところと付き合うことでむしろ若者はさらに鍛えられ、逞しくなっていくと良い。

【対談】鈴木正俊 VS 周牧之(Ⅱ): IT革命の本質はテックパワーの民主化に続く)

講義を行う鈴木正俊 ミライト・ホールディングス元社長(左)と周牧之 東京経済大学教授(右)

プロフィール

鈴木 正俊 (すずき まさとし)
NTTドコモ元代表取締役副社長、ミライト・ホールディングス元代表取締役社長

 1951年静岡県生まれ。1975年東北大学経済学部卒業、日本電信電話公社入社。NTTドコモ取締役広報部長、同取締役常務執行役員、同代表取締役副社長。ミライト・ホールディングス代表取締役社長、ミライト代表取締役社長、ミライト・ホールディングス取締役相談役などを歴任。

【対談】小手川大助 VS 周牧之(Ⅵ):アジア経済の成長が日本のチャンスに

対談を行う小手川氏と周牧之教授

■ 編集ノート: 
 小手川大助氏は、財務官僚として1990年代終わりの日本の金融機関の破綻処理や公的管理を担った。その後、産業再生機構を設立し、日本企業の再生を行った。また、2008年秋以降はIMF日本代表理事としてリーマンショック後の世界金融危機に尽力した国際通でもある。東京経済大学の周牧之教授の教室では2025年5月22日、小手川氏を迎え、激動する世界情勢の現状と行方について伺った。

※前回の記事はこちらから


2025年1月20日、ワシントンDCの米国議会議事堂のロタンダで行われたトランプ大統領就任式

■ トランプ政権で「Don’t panic!」


小手川:トランプ政権になったことで、日本はあまり心配する必要はない。ハガティ前駐日大使は1980年代ボストンコンサルティンググループの東京支店で働いた。当時非常に元気がよかった日本の企業の工場を、自分の出身地であるテネシー州に誘致した。彼はずっとトランプを応援し、2016年トランプが勝った選挙後に、誰を政府の重要な地位につけるかを決める非常に少人数の委員会のトップになった。彼は希望すればどんなポジションでもつくことができたが、彼は自分を駐日大使に指名した。ハガティは1980年代の日本駐在の経験で、日本に対していいイメージを持っていたため、もう一度日本に行きたいと思っていたのである。3年務め、選挙の準備でアメリカに帰り、地元から立候補し、上院議員になった。

 ハガティが上院議員になりバイデン政権下で最初にやったことがある。共和党も民主党も全員賛成で、中国との間で問題になっている尖閣列島について「日米安保条約の対象内である。」すなわち尖閣列島について必要があれば、アメリカ軍は尖閣列島を守るとの決議をアメリカ上院下院で通した。それの仕掛け人がハガティだった。

 今回の選挙後もハガティは国務長官か財務長官になるのではないかといろいろと言われたが、結局、彼はどれにもならなかった。その代わり、ハガティはトランプに一番近い人たちが集まるキッチンキャビネット、台所の内閣と言われる5人から10人の集まりの中心人物になった。

 昔ポルトガル大使をしていた新しい駐日大使のグラスは、別荘がトランプの近隣だとのことで、トランプとはツーカーの仲だ。グラスは御子息が英語の先生として神戸に20年住んでいることもあり、生まれた初孫の顔を見たいと駐日大使として来日した。トランプ大統領と近い関係にあるので、何か問題があったらすぐに電話できる。ハガディとも毎日のように連絡を取っている。

 東京の米国大使館でのハガディのメッセージはずっと変わっていない。最初の3カ月間のメッセージは「Don’t panic!」慌てるな、騒ぐな、全然心配する必要はない、という言葉だった。淡々と交渉をやっていけばいいということだ。ただ、心配なのは、トランプの頭の中が、2000年に書いた自著当時の認識から、あまり進んでない可能性がある。

ローレンス・サマーズ米財務長官と小渕恵三首相

■ アメリカの交渉ターゲットは日本から中国に


小手川:今、日本政府が一生懸命トランプに言っているのは、当時とは違うということだ。私がアメリカと交渉をした1991年初め頃はアメリカの貿易赤字の3分の2、すなわち67%が対日だった。だから日本との交渉は、アメリカにとって本当に重要だった。

 ところが現在はがらりと変わり、日本が占める赤字の割合は、昔の10分の1で、6%しかない。中国との間の赤字はアメリカ赤字全体の26%で、EUとの間の赤字は同20%だ。これだけでもアメリカの貿易赤字の半分ぐらいになる。基本的にはアメリカのターゲットは、この2つの地域だ。

 しかも日本は6%で、それでもアメリカに対して貿易黒字を約8.6兆円持っているが、実は、日本人が使っているGoogleなどデジタル対米赤字が6.6兆円ある。8.6兆対6.6兆円で、実質はアメリカの赤字が2兆円に過ぎないということになる。

 1960年代から1990年代までのいろいろなアメリカとの摩擦を踏まえ日本の企業はどんどんアメリカに出ていきアメリカに工場を作った。結果、自動車で見ていくとアメリカ国内で日本の会社は1,067万台今生産している。そのうち約3分の1の330万台を、アメリカの車として海外に輸出している。だからむしろ日本の自動車会社はアメリカの貿易赤字の減少に、非常に貢献している。

 その全く逆が韓国だ。韓国にゼネラルモーターズの工場があり、韓国で作られたゼネラルモーターズの車がアメリカに輸出されている。その数が42万台。

 私が最後にアメリカと厳しい交渉をしたのは1994年だが、その後は中国が日本の役割を全部変わってくれた。1995年以降はすべてのアメリカの交渉のターゲットは中国になった。私のカウンターパートだった有名なローレンスサマーズというノーベル賞を取ったゼネラリストがいる。2019年暮れに中国の有名なテレビ局の開催で、北京でシンポジウムがあった。そこに私が行くとサマーズがいて「今のアメリカと中国の交渉の状況は、お前と俺が30年前にやった交渉のデジャブだな」とニコニコしながら私に言った。

周:2024年アメリカの貿易赤字相手国ダントツ1位は中国で、対米赤字規模は日本の4.4倍だ。当然、アメリカの貿易戦争の第1のターゲットになる。日本は対米貿易赤字国で第8位になっているが、同第2位はメキシコ、第3位はベトナムだった。この二つの国の対米輸出の相当の部分が日系、中国系の工場によるものだ。

米国通商代表部(USTR)

■ トランプ式対外交渉術への対処を


周:トランプ関税の観点からすると、小手川さんがおっしゃった通りのトランプの交渉パターンが出ている。2025年4月初め中国との間で最後は140%を超える高関税をかけるとしたものの、その一カ月後には中国との交渉で高関税が見直された。米中会議に参加した人の話では、会議は非常にハッピーだった。トランプの交渉力は現実主義の一つの表れだ。とんでもない要求を出すが、テーブルに座れば相互利益を考える。

小手川:一番大事なことは交渉することであって、交渉の結果ではない。

周:プロセスをエンジョイするタイプだ(笑)。

小手川:そういうことをちゃんとやっていると、自分のサポーターであるアメリカ国民に示したい。だから交渉では一番難しい問題に、任期が切れるまでずっと取り組む姿勢だ。その間トランプは「やっている」ことを、自国民に示している。結果がどうなるかは関係ない。それを日本政府はきちんと辿っていけばいい。

周:日本は今回、トランプ政権との貿易交渉では珍しく頑張った。石破政権がかなり強気で臨んだ印象だ。

小手川:私たちが1994年ぐらいまで日米交渉を担当した時、アメリカから最強硬派として出てきたのはUSTR通商代表だった。当時USTRにはスタッフが75人いた。だが、前回のトランプ一期目は25人しかいなかった。今回は人数がどうなるか?前回USTRスタッフ数が減った時、一番喜んでいたのは日本の外務省だった。アメリカの方から「そろそろ合意したいので、合意の案を作ってくれないか」と言われ、日本の外務省で合意案を作ってアメリカ側に投げると、殆ど変更なしで向こうから「これで良い」と返ってきたからだ。日本はアメリカの下請けをやっていると言われても、実際は日本が欲しいところを外務省は全部書いていた。今回もそういう格好になってくると思う。

周:強気でも通る秘訣をつかんだわけだ(笑)。

小手川:ミャンマーで大地震があった当時、各国がミャンマーに救援隊を出し、アメリカも出した。アメリカ兵がミャンマーに着き飛行機から降りてきたら、大使館から連絡がありそのメンバーの半分がクビになっていた。アメリカの行政改革で人員削減をしていたからだ。出動したアメリカ兵の半分が公務員ではなくなっていたそうだ。

周:実際のところ、どこまで改革ができるのか?

小手川:イーロン・マスク以外にも急進的な行政改革担当をしている人たちがいる。彼らは公務員無しでもほとんどの公務を遂行できると思っている。

2025年5月4日、インド・ジャンムー・カシミール州スリナガルの街路をパトロールするインド準軍事部隊兵士。4月22日、人気の観光地パハルガムで観光客グループが銃撃され26名が死亡したことを受け、インド領カシミールでは警備が強化された

■ コモンウエルス・カントリー


周:インド・パキスタン問題は何故このタイミングで沸騰したのか?

小手川:あまり心配する必要はないと私は思う。一定の期間をおいて両国はそれぞれの存在を世界に知らしめたいと思う。

また、コモンウェルス・カントリーといってオーストラリア、ニュージーランド、カナダなどが加わる英連邦がある。私の友人のカナダ人が言うには、コモンウェルス・カントリーは人事が共通で、カナダ人の彼はイギリスの中央銀行で働いていた。アメリカが加わるのではという意見があったが、彼は有り得ないと言う。アメリカがコモンウェルスに加わることになったら、コモンウェルス・カントリーの間での移動は全部自由になり、いまアメリカが一生懸命やっている移民の完全シャットアウトが壊れてしまうからだ(笑)。コモンウェルスは、英語圏のカナダ、イギリス、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドが全部集まって、一つの国を作っている、ということだ。

周:全部元々はイギリスの植民地だ。

小手川:そう考えておかないと読み間違えると思う。

周:インドとパキスタンはもともとイギリス植民地だが、その対立の根っこはイギリス植民地の禍根とも言える。更に言えば、パキスタンはイスラム教国家だ。中東情勢も絡んでくる。

東京証券取引所

東京を国際金融都市にする条件


小手川:中国関連では、2022年12月頃から中国人がどんどん日本でマンションなどを買っている。昔は投資物件として買っていたがいまはマンションを買った人は一家で引っ越してくる。その人たちが「一家で食事をした後に楽しめる場所を作ってほしい」と言う。私が「東京には世界で一番有名なアーティストがたくさん訪問してきている。コンサート等に行ったら如何か」と言うと、「それをやりたいが一つ問題がある」。「ぴあに中国語版と英語版がない」。ぴあの社長が友人なので「こういう声がある」と伝えた。これから日本の人口は減り、集客にはインバウンドの人たちが重要になる。

 実際いま日本にいる中国人は100万人を越した。これまで在日韓国人が62万人くらいだったのをあっという間に抜いた。これから住宅を買おうと言う人は大変だと思うが、山手線の内側の住宅地価が1年間で二倍になった。次いで大阪が上がり。名古屋が上がっている。いまのところ九州で福岡はあまり人気がなく、長崎や大分の地価が上がっている。熊本はTSMC(台湾積体電路製造)の進出で地価が3倍になった。

周:最近、時折中国の友人から電話があり「東京のこの場所はいい場所か?」と聞かれる。「いいところだ」と言うと彼らは物件を買ってしまう。東京で今山手線の内側で3億円前後の物件が人気だそうだ。

小手川:それに関連して子どもの入試状況が変化した。昨年の入試から始まったが、今年の春の高校入試で判ったのが、東京の有名な開成、麻布、筑波大附属、女子は桜蔭などの高校は、中国人学生が2割いるとのことだ。

周牧之、エズラ・ヴォーゲル対談『ジャパン・アズ・ナンバースリー』『Newsweek 』2010年2月10日号

周:中国人の子弟がこうした名門校にも続々入っているのか?

小手川:入っている。私の姪が九州大学の医学部に入ったが、同級生でトップと2番が共に中国人の子どもだった。

周:東京の金融市場は、アジアの企業がIPO新規上場をし易いようにすれば、アジアの優良企業がわんさと来ると思う。これに関連し、アジアの企業家やその家族は大勢東京に移住することになるだろう。お金も人も、東京に流れることにより、新たな繁栄を呼ぶはずだ。金融政策キーマンの小手川さんが仕掛けたらすごいことになる。

小手川:アメリカのくびきが外れたらやれると思う。マネーロンダリングの問題があるため、日本がやることにアメリカは絶対反対する。

周:マネーロンダリングよりはアメリカにお金がいかなくなってしまうことを恐れているだろう。アジアのお金がアメリカではなく日本に流れてきてしまうとアメリカの金融マーケットに大きな変化が起こるはずだ。

小手川:そうだ。

周:いま東京都の小池百合子知事が、東京をアジアの国際都市にしようと頑張っても、東京都知事の力だけでは東京金融マーケットの国際化は難しい。

小手川:10年前に、ワンストップサービスで、海外の人が来た時に住宅問題だけでなく学校の問題などを全部相談できるオフィスを作った。それに一番制限を掛けてきたのが、私が元いた金融庁だ。そのバックにいるのがアメリカで、マネロン規制を使い、ぎゅうぎゅうに絞ってくる。日本が日米安保条約を破棄してもいいと言って金融マーケットの国際化を進めないと難しい。

周:東京がアジアの金融センターになれれば、アジアの成長を取り込み、日本はより大きな繁栄を謳歌できるはずだ。

故・エズラ・ボーゲル氏と周牧之教授(詳しくは、【コラム】周牧之:エズラ・ボーゲル氏を偲ぶ/『ジャパン・アズ・ナンバースリー』を参照)

■ 5年毎に中国は日本経済一個分のGDPを新たに作る


周:先週イギリスの『エコノミスト』のカバーストーリーに、「Make China great again」と文字が入ったトランプの帽子を習近平がかぶっているフェイク写真が出た。トランプは「Make America great again」。習近平は言うならば「Make China great again」だ。もう一つ習近平は、「共同富裕」というスローガンを持つ。ボトムアップして中国の底辺層の底上げをしていきたい。この二人をみると同じ政治的な使命を抱えている気がする。

小手川:習近平は中国共産党の存在意義をどう表明するかがポイントだ。中国の弱みは政治、民主主義だ。中国共産党の存在意義を毛沢東は独立、反日闘争に求めた。鄧小平は中国共産党の下でみんな頑張れば生活水準が上がる、党と政府の力が強くなるとした。実際に経済成長には官僚の努力が必要だった。

 習近平はそれをどこに求めたか?一つは、共産党の下で中国が世界の強国になる。問題はそれが一般の人にはなかなかわかりにくい。富裕になったかは分かり易いかもしれない。これをどう上手く分かりやすくするかが、中国のいま最大の問題だと思う。

英『エコノミスト』に掲載されたMake China great again

周:強国になる必要性を、中国人は皆痛切に感じている。中国は1840年にイギリスにアヘン戦争でやられた。当時の中国の経済規模は世界の三分の一、貿易規模は今同様、世界トップだった。なのに、アヘン戦争でイギリスにやられた。経済、貿易をいくら頑張っても大丈夫ではなかった。二度とそういうことにならないよう強国にすることに国民は反対しない。

 共産党は平等な社会づくりを一貫として訴えている。それが、共産党がうまくいっているかどうかの、最大の試金石であるといってもいい。例えば今年、中国で最も経済水準の低い地域の貴州省に行った。ところが同省のミャオ族の街は、アメリカのバンス副大統領の出身地の経済水準よりはるかに高いと感じた。山脈地帯でも高速道路や高速鉄道などの世界的にハイレベルなインフラ整備が整っている。大規模なインフラ整備によって、これまで閉ざされていた少数民族地域が世界に開かれ、豊かになるストーリーが現実となっている。

小手川:トランプは共産主義を特に嫌っているわけではない。

周:今年の春節前後に 3カ月近く中国に戻っていて、貴州省、福建省、広東省は余裕綽々になってきたと感じた。大変な成長ぶりだった。

 ハーバード大学教授のエズラ・ボーゲル氏と「Japan as number three」と題して対談した2009年に、中国の経済規模が日本を超えて大きくなったことが話題になった。いまの中国経済の規模は日本経済規模の4倍になった。つまり対談後、5年毎に中国は日本経済一個分のGDPを新たに作り上げた。その点について日本では余り議論されていない。日本のマスコミにはむしろ中国経済が破綻するといった報道で溢れている。中国の社会経済の発展をきちんと認識し、付き合っていくことが、日本の大きなチャンスにつながるはずだ。

 日本と中国の関係がもっと互いに協力し合うようになるといい。中国の観光客がいま1,000万人規模で日本に来ている。これがさらに3,000万人、5,000万人レベルになれば面白い展開になる。日本の皆さんも、もう少し中国に行けばさらに良くなる。

中国人インバウンドで賑わう東京・浅草寺

■ ひとたび戦争が起これば人類壊滅に


学生:私は台湾出身だ。ウクライナとロシアとの関係は、台湾と中国との関係に影響を及ぼすか?

小手川:それは全く無いと思う。プーチンは領土を拡張する欲望はない。東ウクライナのロシア語を話している人たちが「自分たちを守ってくれ、ゼレンスキー政権が酷いことをしているのをストップさせてくれ」と言ってきていた事が今回の侵攻の原因である。プーチンは自分の選挙民、自分を支持してくれる人を幸せにしたいというのが最大の願いだ。今回の戦争は、イギリスとバイデンが仕組んだことなので、台湾と中国とは全然違う。

 もし習近平が本気で台湾をなんとかしようとしたら、台湾の弱みは電力だ。天然ガスを利用しており、天然ガスの備蓄は二週間分しかない。台湾海峡の周りに船を派遣し、天然ガスの輸入をストップすれば台湾は電力がすぐになくなる。しかもアメリカなどがそれを抗議したとしても「これは国内問題である。台湾は中国の一部だから」と言えば済む。このことが、台湾の人からすると一番リスキーだと思う。ただそれだけのリスクを中国が取るかどうか?むしろ一番怖いのは中国国内の政治経済がうまくいかなくなり、外に仮想敵を作って国内をまとめるというナショナリズムに訴えることだ。

 これはあまり知られていないが、軍事力で台湾を攻めることは凄く大変だ。台湾の北は浜辺があるが中国に面している西側は全部断崖だ。上陸することができない。更に台湾を自分のものにしようと思ったら台湾の制空権、空軍力を全部自分のものにしなければならない。そうなると最初に攻撃しなければならないのは沖縄の嘉手納基地だ。これは直ぐに中米戦争に発展する可能性があり物凄くリスキーだ。米台相互防衛条約の対象になっていない金門島と馬祖島の二つの島の占領は、アメリカとの間では問題にはならない。

周:製造業の衰退で、アメリカではいま最新鋭の飛行機を作れない程になっている。造船能力も随分なくなっている。このような国が中国を叩く力があるとは思えない。

小手川:いまアメリカの造船能力は中国の200分の1だ。第2次世界大戦時に日本軍がなぜ負けたか。1つの大きな理由は輸送船が足りなかったから戦争が続かなかった。しかし、今の戦争でそれは関係ない。原爆一発で終わりだ。

周:中国も核保有国で、そこまでアメリカはやるつもりなのか?

小手川:そこまでやるつもりだ。今どこの国の指導者にも言いたいのは、戦争をやったら本当に人類は滅びる、そのひとことだ。

(終)


プロフィール

小手川 大助(こてがわ だいすけ)
大分県立芸術文化短期大学理事長・学長、IMF元日本代表理事 

 1975年 東京大学法学部卒業、1979年スタンフォード大学大学院経営学修士(MBA)。
 1975年 大蔵省入省、2007年IMF理事、2011年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹、2016年国立モスクワ大学客員教授、2018年国立サンクトペテルブルク大学アジア経済センター所長、2020年から現職。
 IMF日本代表理事時代、リーマンショック以降の世界金融危機に対処し、特に、議長としてIMFの新規借入取り決め(NAB)の最終会合で、6000億ドルの資金増強合意を導いた。
 1997年に大蔵省証券業務課長として、三洋証券、山一證券の整理を担当、1998年には金融監督庁の課長として長期信用銀行、日本債券信用銀行の公的管理を担当、2001年に日本政策投資銀行の再生ファンドの設立、2003年には産業再生機構の設立を行うなど平成時代、日本の金融危機の対応に尽力した。

【対談】小手川大助 VS 周牧之(Ⅴ):激しく揺れ動くヨーロッパ

対談を行う小手川氏と周牧之教授

■ 編集ノート: 
 小手川大助氏は、財務官僚として金融機関破綻後の公的管理を担った。その後、産業再生機構を設立し、バブル崩壊後の処理に当たった。日本の金融危機の対応に継続して努めたのみならず、IMF日本代表理事としてリーマンショック後の世界金融危機に尽力した国際通でもある。東京経済大学の周牧之教授の教室では2025年5月22日、小手川氏を迎え、激動する世界情勢の現状と行方について伺った。

※前回の記事はこちらから


2022年4月9日、ウクライナ・キーウを電撃訪問し、ゼレンスキー大統領と会談したボリス・ジョンソン英首相

■ イギリスの介入が戦争を長期化


小手川:2020年3月29日にイスタンブールでウクライナとロシアが交渉をし、一旦合意した。しかしその5日後にイギリスのボリスジョンソンがキエフに行き、「もっと戦争しろ」と言ったのだ。

 これは本当にひどい話で、あの時もし止めていれば、今ロシアが占領するウクライナ西側のケルソン、東側のマリウポリ、それからザポロージエを、まだ当時ロシアは占領していなかったので、今の状況に比べれば圧倒的にウクライナの領土は大きいままだった。ところが、ジョンソンの介入の結果、今日のようになってしまった

 だから、それはイギリスが責任を全部取るべきだと私は思う。ちなみにこの時のウクライナ側の交渉官は、その1カ月後にキエフの街中で夜、轢死体で発見されている。

周:誰に殺されたかは分かったのか?

小手川:今でも分からない。おそらくネオナチの連中だろうと言われている。

 欧米は嘘ばかりついていたが、ついにトランプが大統領になったこともあり、正直な意見を言う人が出てきた。今年3月の初めに『ザ・ヒル』という信頼できるアメリカの議会雑誌に、アランクーパーという大学教授が正直なペーパーを書いた。この人はもともと民主党のスタッフで反トランプで、軍事戦略と紛争管理が専門だ。

 その人が「ロシアのウクライナ侵攻は防ぐことができた。一番責任があるのはゼレンスキーとバイデンだ」「これまでマスコミが一貫してロシアの侵攻は挑発されたものではないとしてきた論調は、全くの誤りだ」と言い、そこで大事な3つの理由を述べている。「ドイツ、フランスと一緒に打ち方止めの合意をしたのに、それをウクライナのネオナチが壊し、あのような事態になったということ。2つ目はミンスク合意を何回も違反したのは、ゼレンスキーだということ。そして2021年11月と12月にバイデンに対してプーチンが、『そろそろ堪忍袋の緒が切れるから何とかしろ』と何回も警告した。それに対してバイデンは何もしなかった」つまりすべて責任は彼らにあることを公に発表した。

周:ボリス・ジョンソンは、当時イギリスの首相だった。過去数百年、イギリスは一貫してヨーロッパでのまとまろうとする勢力を潰してきた。今回、ロシアとウクライナを戦わせる事に執念を燃やすのも、その一環だと思われる。ちなみに、ボリス・ジョンソンは、2016年イギリスのEU離脱を主導した人物だ。

ノーベル賞授賞式晩餐会の会場・ストックホルム市庁舎

■ 固定化するイギリス階級社会


周:イギリス年金基金の7〜8割が外国株を買っている。恐らく主にアメリカ企業の株を買っている。イギリス国内企業株を買うのは1割もいない。つまり投資先としての良い企業はイギリスに無くなっている。金融立国のイギリスは自国に投資しなくなった。これはイギリス経済の困窮ぶりを表している。

 にもかかわらず、なぜイギリスは、ヨーロッパの中で最も戦争を煽るのか?同じ島国の日本からイギリスはどう見えるのか。

小手川:イギリスに残っている産業は金融業と兵器産業だけだ。イギリス製兵器のパーツを作っているのはスウェーデンだ。だからスウェーデンはいつもイギリスと同じような行動をする。ノーベル賞もそうした観点から選ばれる。例えばノーベル賞を受賞する中国人はことごとく中国政府に反対している人たちだ。

周:ノーベル賞はダイナマイトを開発し戦争で築いた巨万の富を元に設立された。とくにノーベル平和賞や文学賞などは反体制的なイメージも強い。トランプは自分が幾つかの戦争を終結させたことでノーベル平和賞を取ると訴えていたが、それはノーベル平和賞の本質を理解していなかったわけだ(笑)。

小手川:イギリスと日本の1番の違いは、イギリスが階級社会であることだ。貴族の称号を持っている人は、一生どころか永遠に保障される。

 正確に言うと、イギリス人は土地の使用権しか持てない。すべての土地は国王陛下が持っているため、一般国民は使用権しか持ってない。だが、貴族たちは、その所有権を未来永劫何代にわたってずっと持っていられる。王室は表に出ない隠された資産をたくさん持っていて、それを使いWWF等さまざまなNPOの援助をしている。

 日本との違いはイギリスが階級社会で階級間の移動がないため社会がものすごく固定化している点だ。低い階層に生まれた人は希望がない。

 私がいろいろな場面で感じたのは、世界で一番日本人を嫌っているのはイギリス人だという事だ。めったに表に出さないが、何かのきっかけでイギリス人は、彼らが第二次世界大戦前一番進んでいた鉄鋼業、造船業、ミントンという有名な陶磁器さえ、日本との競争に敗れたと、日本側に被害感情を見せることがある。1990年代半ばに「フルモンティー」という映画があった。失業しガス自殺を図った若者が男性ストリップをして何とか暮らしていく悲惨な映画だ。イギリスの昔の工場地帯が舞台になっている。

周:「世界の工場」としてのイギリスにとどめを刺したのは日本だ(笑)。

ウィンストン・チャーチル英国元首相

■ アメリカを上手に抱き込んだチャーチル


小手川:もう少し古い歴史から紐解くと、ロシアの仇敵はイギリスだ。イギリスはロシアが大嫌いだ。イギリスにとって一番重要な植民地だったアメリカが独立したときに、アメリカの独立を一番助けたのがロシアだったからだ。

 もちろんフランスも助けたが、ラファイエット公爵の個人的な感情があったためだ。一方ロシアは、エカテリーナという元ドイツ人だった女帝が有名なフランスの啓蒙思想家ヴォルテールに感化され、民主主義を良しとし、アメリカ独立を支援した。それは百年後、南北戦争時のイギリスの南軍との関係に連なる。南は主たる産業が綿花で、奴隷をたくさん使っていた。その頃のイギリスは奴隷貿易で儲かっていた。産業革命時に、蒸気船を作った有名なアメリカ人フルトンに投資していたのが奴隷商人だった。それに対し当時のロシア皇帝アレクサンドル2世はリンカーンをサポートした。ロシア艦隊をアメリカ東海岸に送り、イギリスの艦隊は南軍と一緒に北を攻められていた。1776年のアメリカ独立以来、アメリカの最大の脅威はイギリス、一番の仲間はロシアとなった。

 これが変わったのは1939年の6月だ。第2次世界大戦が始まろうかという時に首相になったチャーチルは母親がアメリカ人だった。ドイツに勝とうと思ったらアメリカを引っ張り込むしかない。それで当時のイギリス国王に頼み、国王夫妻にカナダに行ってもらっている間に、アメリカ政府と交渉した。ニューヨークのハドソン川にあったルーズベルト大統領の私邸で、アメリカ風のピクニックをやった。これは「ハドソン川のピクニック」という映画にもなっている。

 その時、有名なルーズベルト夫人エレノアが、王妃に対してファーストネームでアメリカ風に名前を呼ぶので、王妃はものすごく嫌な顔をするものの立ち場上ひっくり返すわけにはいかない。その時に初めてイギリスとアメリカの関係が良くなった。それは、ドイツがポーランドに侵入する1カ月前だった。これはイギリスにとっては大博打だった。その一年半後、日本が真珠湾攻撃をした時、喜んでシャンパンを開けたのがチャーチルだった。地団駄を踏んだのがヒットラー。まさに現代化の流れがそのようになっている。そう考えると全体が見えてくる。

周:第二次大戦勝利の一手はチャーチルがアメリカを上手に抱き込んだことだ。これと対極に、日本の真珠湾攻撃は、負け戦の一手だった。蒋介石は真珠湾攻撃のニュースを聞き、興奮のあまり一晩眠れなかった。

ドイツ・ツヴィッカウにあるフォルクスワーゲンの電気自動車工場

■ 恵まれ過ぎて失敗したドイツ


小手川:ヨーロッパがいま大失敗しているのはあまりにも恵まれすぎたからだ。1991年にソ連が崩壊し、東ヨーロッパ、ロシアまでヨーロッパの新しいマーケットになった。モノがどんどん売れた。一番儲かったのがドイツだった。ユーロが出来るまではドイツマルクが強すぎてドイツの人件費がスペインの二倍くらいあった。通貨が統一されたあとユーロでドイツの人件費とスペインの人件費がイコールになった。単に東ヨーロッパの国々がマーケットになっただけでなく、西の貧しかったスペインやポルトガルもモノを買う力がどんどん付いてきた。

 市場は伸び、しかも彼らが買ったのがドイツ製品だったため、これがドイツ人を甘やかしてしまった。緑の党という最悪の党が出来た。私のよく知っている日本人女性でドイツ人と結婚した人が1カ月に2回くらい面白いペーパーをYouTubeに出している。ドイツの環境省次官がいきなり環境NGOのトップになる。環境NGOのトップが環境省の局長になるといった事が頻繁に起こる。非常に腐った関係になる。さらに彼らはつるんでドイツの有名な企業、シーメンスやフォルクスワーゲンに対して「環境規制をごまかしているだろう」などと脅迫をする。「証拠はある。公開されたくなければ緑の党に政治献金を出せ」と迫る。

 このままいけば近々フォルクスワーゲンも潰れる。この前、大分に来たエストニアの有名な指揮者が言っていたのは「ベルリンフィルハーモニーが、今お金がなくなっている。いま中国政府に支援をお願いしている」。今年のバイロイト音楽祭、ザルツブルク音楽祭の予算は3文以下っとになるなど、ドイツは本当に悲惨な状況になった。2024年11月末にフォルクスワーゲンは労使交渉が終わり、合意したが、その内容はひどい。2030年までにフォルクスワーゲンのドイツ国内工場の従業員を30万人クビにする。それを組合が飲んだ。そうでないともうやっていけない。

 その最大の失敗は、中国と組んだことだ。これからはEVの時代だとして中国企業と合弁した。中国の企業にEVのノウハウを全部渡した。その時ドイツは、中国が自分たちの最大のマーケットになると思い、これで成功したと思った。中国政府が国内の自動車会社に補助金を出し、あっという間に中国に物凄い数のEV生産工場が出来て世界最大のEV車生産国になった。ドイツにはEVの分野で将来はない。主要政党である緑の党は少しも問題意識を持っていない。緑の党を応援している人がほとんど公務員で、社会の経済状況の良し悪しは自分たちには関係ないと考えているからだ。

周:ドイツはガソリン車に強いが、EVには弱い。バッテリーにしても自動運転にしても、そもそもドイツの自動車メーカーには技術が無い。中国は逆で、EVが強い。バッテリーは世界で大半のシェアを取っている、自動運転も、テスラと真正面から勝負しているのは、中国企業くらいだ。ドイツの問題は、あまりにも恵まれすぎてIT革命に乗り遅れ、産業技術が何世代も遅れていることだ。もう1つ、ロシアとウクライナの戦争でエネルギー不足が大問題になっている。

小手川:そうだ。ドイツが非常に恵まれていたことの大きな要因は、ロシアからパイプラインで送られる天然ガスが非常に安価だったことだ。それが今度の戦争で全部止めになった。

 ドイツの私の知り合いがベルリンで会議があるから行ってみたら、ベルリンの立派なパーティ会場が暗かった。「もっと明るく」と言ったら「できません。この3年間で電気料金が8倍になったから」。すでに電力がないから使えない状況になっている。

周:知人の経済学者の話では、ドイツでは中国の技術やサプライがないとモノが作れなくなっている。10年前の中国の製造業のイメージとは真逆なことが起こっている。

ベンジャミン・ネタニヤフ・イスラエル首相と会談を行うドナルド・トランプ米大統領

「帝国」のブレが「周辺」と大きな摩擦を生む


周: 外交面においては、トランプはバイデン政権との逆をやっている。バイデン政権は一生懸命に同盟国をまとめようとしたのに対して、トランプは同盟国を「ゆすり集団」として容赦なく高関税を課している。こうした帝国のブレが、関係諸国との大きな摩擦を起こす。

 歴史から見ると、これに似ているパターンが第二次大戦後に2つ事例として取り上げられる。1つは、1956年にソ連のフルシチョフによるスターリン批判が起こった時、中国と東欧の一部がソ連に反発したこと。結果、中国とソビエトとの関係は、とことん悪化し、1969年ウスリー川の珍宝島での中ソ国境紛争に発展した。

 もう1つは、鄧小平が実権を握り毛沢東批判をした時、毛沢東の盟友たる北朝鮮やベトナムとの関係が悪化した。1979年の中越戦争もその延長線上で考えれば見えてくる風景が違ってくる。

 第2次トランプ政権は、ヨーロッパの盟友、そして隣国カナダにも厳しい姿勢を取っている。つまりトランプはヨーロッパの現在の首脳らを、バイデン政権の「代理人」と見做しているところがある。これに対してヨーロッパ諸国やカナダもトランプのアメリカに批判的だ。 

 そもそも帝国とはそういうものだ。帝国内部で起こる大転換は、それまで付いてきた周りの諸国の人々にとっては困惑させられるものだ。いまのヨーロッパの情勢を判断する一つの視点となる。

学生:第1次トランプ政権時、彼を支持するいわゆるユダヤ系の人が政権の中枢を占め、イスラエル問題に強く介入するイメージがあった。今回のガザ地区での紛争に関して、トランプはどの方向へ動くのだろうか?

小手川:イスラエル問題に関するポジションは、いまのところネタニヤフとの関係を損なわない方が米国の国内政治的にいいとトランプは思っている。トランプはドイツ系とスウェーデン系で、親戚にユダヤ系はあまりいないが娘婿のクシュナーがユダヤ人だ。トランプの父親は不動産業をニューヨークのクイーンズで成功させたが、クイーンズはニューヨークではトップの地区ではない。トップはマンハッタンだ。マンハッタンの不動産は全てユダヤ系が握っている。トランプはマンハッタンに進出しようと自分の娘にユダヤ系の人を選び、娘婿と一緒にマンハッタンの土地開発をやった。娘婿クシュナーは、ユダヤ系の少数派メンバーだ。彼の属する少数派のユダヤ人グループの発祥地は白ロシアの境目のところにある。ユダヤ人ではないが、同地域の出身で有名な作曲家にラフマニノフがいる。ロシアのユダヤ系マフィアはプーチンが大統領になった時、選択肢を与えられた。亡命する等して出ていくか、或いは、経済力を剥奪された。例外は有名なロンドンのサッカーチームのチェルシーを持つアブラモビッチというロシアの大金持ちで、彼も同じユダヤ教の非常に少数の宗派のメンバーで、彼はプーチンとの関係を保っている。

モスクワ国際ビジネスセンター(MIBC)に林立する超高層オフィスビル

ロシア人は日本好き


小手川:私は日本の一番いいところは日本では職業に貴賎がないところだと思う。いい仕事悪い仕事がない。例えば、お手洗いの掃除をしている人の仕事ぶりを周りの人はよく見ていて、その人が真剣にプロフェッショナリズムで任された仕事をきっちりやれば、その人は日本では尊敬される。最高の美徳とされる。

周:社会主義国家中国で育った人間からすると、それは1番素晴らしいことだと思う。階級を無くし平等を訴える毛沢東はまさしくそうした発想を中国社会に植え付けた。私は小学校から農村で農作業をする課外授業を受けていた。農民や労働者に敬意を払うべきであると強く教えられた。

小手川:社会は変わっている。昔と違いGDPが増えたとか、パワーキャピタルがどれだけ多いかが、競争の題材になっている。一度しかない人生をどこでどう過ごすのが幸せか?その選択の時代に入っていると思う。

 新型コロナ明けの人々の行動を見て分かるのは、日本人が認識しているかどうかは別にして、世界の人々の認識は、特にロシア人は、日本が1番いい、日本に来たいという事になっている。日本は清潔で、美味しいものが安く買える。治安の心配がない。夜9時以降の電車に女性が一人で乗っていられる場所を世界中で日本以外に見たことはない。文化的に癒されるものが沢山ある。温泉他さまざまな日本の文化を見て、日本は世界で1番愛される国だとロシア人の84%が言っている。二番目はブラジルだ。ただブラジルは日系人が多いことも影響していると思う。

 ロシア人がなぜ日本を好きかというと、まず、日本製品が信頼できて壊れない。日本人は嘘を言わない。長い関係を重要視している。それから日本の文化が素晴らしいという。古い日本の文化にお茶、お花がある。生け花教室が世界で一番多い都市は、モスクワだ。冬場は雪道がずっと続くので、せめて家の中ぐらいは綺麗な花で飾りたい、ということだ。そうした日本の古い文化だけでなく、アニメとコスプレはロシアの若い人たちにとって最大の憧れだ。

 ロシア人は日本好きで、逆にロシア人が一番嫌いなのは中国だとも言われる。面白いのは、世界各国にいくと必ず中華料理屋があるが、モスクワで中華料理屋を探すのは難しい。日本料理屋はモスクワに山のようにある。モスクワだけで、寿司屋と名が付く店は650件ある。

周:ところがマスコミや外交政策で見ると何故か日本人はロシアが余り好きでは無いようだ。

バンス米国副大統領による著書『ヒルビリー・エレジー』

■ 戦後の社会システムが日本の支え


周:アメリカの友達はアメリカ社会の基盤が壊れていると言う。例えばバンス副大統領の著書『ヒルビリー・エレジー』を読んでみると分かるように地方や家庭が痛々しいほど崩壊している。

 それに対して、グローバリゼーションを経験しある程度の格差社会になった日本では、社会の崩壊は起きていないのは何故かということだ。これは、戦後日本の社会システムがかなり効いているからではないか。この社会システムこそ非常に大きな強みだ。グローバル社会の中でどうしても格差が生じているが、幸いにして日本文化の影響もあり、社会システムそのものの良い面がまだ活きている。

小手川:そうだ。中国政府の方から聞いて面白いなと思った言葉は、「中国は多くを日本から学んだが、1つだけ日本から学べなかったことがある。それは社会主義だ」。日本は今世界で一番社会主義的な国だという。

 これは別に社会主義がいいとかではなく、もともと日本は農業社会だと思う。農業社会はどうしても皆で一緒にいろいろな仕事をしないといけないので、共同意識が強い。確かに、私の出身の九州の田舎は、みんなが自分を見ていて、うるさく感じることがあるが、結果的にそれが平等につながる。いわゆる欧米の狩猟民族的なところとは全然違うところがあると、私は思う。そういう意味で日本人に近いのがロシア人であり、また東ヨーロッパ人であり、双方農耕社会だ。

周:ロシアはソビエトという共産主義国家の70年間で、かなり社会主義的な思想が浸透しているはずだ。それも「社会主義的な日本」に親近感を持つ一つの理由かもしれない。

対談(Ⅵ)に続く


プロフィール

小手川 大助(こてがわ だいすけ)
大分県立芸術文化短期大学理事長・学長、IMF元日本代表理事 

 1975年 東京大学法学部卒業、1979年スタンフォード大学大学院経営学修士(MBA)。
 1975年 大蔵省入省、2007年IMF理事、2011年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹、2016年国立モスクワ大学客員教授、2018年国立サンクトペテルブルク大学アジア経済センター所長、2020年から現職。
 IMF日本代表理事時代、リーマンショック以降の世界金融危機に対処し、特に、議長としてIMFの新規借入取り決め(NAB)の最終会合で、6000億ドルの資金増強合意を導いた。
 1997年に大蔵省証券業務課長として、三洋証券、山一證券の整理を担当、1998年には金融監督庁の課長として長期信用銀行、日本債券信用銀行の公的管理を担当、2001年に日本政策投資銀行の再生ファンドの設立、2003年には産業再生機構の設立を行うなど平成時代、日本の金融危機の対応に尽力した。

【対談】小手川大助 VS 周牧之(Ⅳ):ロシア・ウクライナ戦争が危うく人類滅亡の危機に

講演を行う小手川氏

■ 編集ノート: 
 小手川大助氏は、財務官僚として金融機関破綻後の公的管理を担った。その後、産業再生機構を設立し、バブル崩壊後の処理に当たった。日本の金融危機の対応に継続して努めたのみならず、IMF日本代表理事としてリーマンショック後の世界金融危機に尽力した国際通でもある。東京経済大学の周牧之教授の教室では2025年5月22日、小手川氏を迎え、激動する世界情勢の現状と行方について伺った。

※前回の記事はこちらから


2024年12月16日、労働省で演説するバイデン米大統領

■ 2024年9月の人類滅亡危機


小手川大助:実は私は2024年9月15日、あと3日ぐらいで自分が死ぬと思っていた。なぜか。核戦争が始まると思っていたからだ。核戦争が始まると生き残るのはアメリカ、ロシア、中国のように国土が広い国だ。日本のように狭い場所に人口が集中する所は全滅する。イギリスとウクライナが組んでロシアを挑発し、核戦争を始めようとする事件が9月13日から15日にかけて何回か起こった。

イギリスは、残っている産業がアメリカと同様に兵器産業しかない。金融業も危機に陥っているので戦争するしかない。そこでアメリカの部品で作ったイギリスのミサイルを、ウクライナがロシアに打ち込むようにしたかった。その許可をバイデンにもらうためにワシントンにスターマーが行った。バイデンはアルツハイマーで何の話か分からなかったと思うがNOと言った。その1週間後に、今度はゼレンスキー自身がバイデンのところへ行き、言質を取ろうとした。その時にはアメリカ政府にその話が十分入っていたため政府がバイデンに説明し「ゼレンスキーには絶対NOと言ってください。そうでないと本当に核戦争が始まる」と言ったのが9月13、14、15日だった。

最初の段階でバイデンがYESと言っていたら恐らく私たちは死んでいた。日本全体が核爆弾の犠牲になったからだ。一番困るのはそういう戦争になると、地球の周りに核の雲が出来、全世界の平均気温が10度ぐらい下がる。そして全世界はひどい農業問題が起こり人々は飢餓になる。原爆1発で、人は数日間も経たずに死ぬ恐れがある。生き延びても数年間のうちに飢え死にする。そんな状況が非常に近づいたのが2024年9月だった。

 なんとかその状況は脱した。その状況を知っていた我々の仲間は、11月にトランプが勝った時、「本当によかった、バイデンが勝っていたら核戦争が始まり、人類が滅亡したかもしれない」と、本当に真剣に互いに話し合った。

周牧之:バイデン政権は、何故そこまでやるのか?

小手川:バイデン大統領はあの時脳が動いていなかった。

周:いまのトランプ政権の国務省の中にそうした考えの人はまだいるのか?

小手川:まだそういう考え方を持っている人が、若干残っていることは間違いない。ただ、その人たちの上に国務長官、それから国家情報局長になったハワイ出身の女性トゥルシー・ギャバードが立っている。

周:もともと民主党議員だった人か?

小手川:そうだ。民主党から国会議員になった人でお父さんがポリネシア人、お母さんは白人だが、白人では珍しいヒンズー教徒だ。ギャバード自身は今も軍人で、軍資格を持ったまま議員をやっている。ちょうどバンス大統領がイラクに行った時期とほぼ同じ時に、ギャバードも自ら進んでイラクに行っていた。

 トゥルシー・ギャバードは、CIAなどアメリカの16ぐらいある情報関係局の一番上に立っている。情報関係局は毎日大統領にブリーフィングペーパーで説明する。そのペーパーを全部彼女がチェックし、彼女がOKしたものだけが取り上げられる。極めて重要なポジションだ。彼女がアメリカ議会の承認を得るときは大変な騒ぎだった。いわゆるディープステート、今まで勝手なことをしていたFBIなどの人たちが大反対し、ギャバードに問題があるというキャンペーンをやった。結局、ギャバード本人が非常に素晴らしい人で、人格の良さにより案外順調に承認された。今回はそうした人がいて、目を光らせていることは大きい。

2025年10月17日、トルコ・イスタンブールで開催された「ゼロ・ウェイスト・フォーラム」でスピーチを行う様子ジェフリー・サックス コロンビア大学教授

■ ネオコンに乗っ取られたアメリカの対露政策


周:私が常に疑問視するのは、何故アメリカにロシアを最後まで潰そうという勢いがあるのかだ。

小手川:ロシアの経済改革を後押ししたアメリカの著名な経済学者ジェフリー・サックスがいる。ロシアに行った時は30代初めぐらいだった。そのジェフリー・サックスが、1990年代の初めソ連に行き、ゴルバチョフに会い、エリツィンに会った際の話の内容が少し長いが1時間半ぐらいのインタビューでYouTubeに全部載っている。読む価値がある。彼はポーランドに行き、ポーランドが共産主義をやめれば、アメリカ政府は多額の経済援助をすると言い、それを実践してポーランドは経済が良くなった。それを横目で見ていたロシアは、ゴルバチョフもエリツィンも、同じようなことを自分たちにもやってくれと依頼し、ジェフリー・サックスは了承してワシントンに帰った。ところが、当時ワシントンでブッシュ政権を固めていたのはネオコンのメンバーだった。その人たちのほとんどが東欧圏にいたユダヤ人だ。彼らはソ連への援助に反対しサックスの計画は潰れた。

周:ソビエト政権樹立の中心メンバーの大半はユダヤ人だった。ロシアではユダヤ人が共産主義政権を作ったと思っている人が多い。しかし、スターリンが政権を握るとユダヤ人幹部を大粛清した。レフ・カーメネフ、イオナ・ヤキール、グリゴリー・ソコリニコフ、カール・ラデック、レフ・トロツキーなど著名なユダヤ系の政治家も犠牲になった。とにかくロシア帝国時代以来、ロシアとユダヤとの関係は、非常にややこしくて、酷い。大勢のユダヤ人がこのためロシアからアメリカに移民した。この人たちの流れがいまネオコンの勢力に化け、アメリカという覇権国家を乗っ取りロシアに復讐しているようにも見える。

小手川:ジェフリー・サックスのインタビューの中に、1990年代初めの段階で、ウクライナの2014年クーデターにかかわったビクトリア・ヌーランドが出てくる。面白いので、一度読むといい。

周:ジェフリー・サックスのインタビューYouTubeを見た。前回の講義で小手川さんはビクトリア・ヌーランドがウクライナ問題で果たした役割を詳しく紹介した。彼女はニューヨーク生まれだが、父親が東欧系ユダヤ人移民だ。クリントン政権では国務副長官の首席補佐官、ブッシュ政権では国家安全保障問題担当大統領補佐官首席次官、オバマ政権では国務省報道官、国務次官補、バイデン政権では国務次官を務めた。共和党政権、民主党政権共に仕えた国務畑のディープステイトの代表的存在としてウクライナで反ロシア政策を煽り、反ロシア政権を打ち立てた。

ヴィクトル・ヤヌコヴィッチウクライナ前大統領

■ ウクライナ問題の座標軸は人口


小手川:ウクライナ問題の一番の座標軸は人口だ。ソ連が崩壊した時にウクライナは人口が5,000万人いた。これはヨーロッパでは相当な人口で、スペインより大きい。一番多いのはドイツ、次いでイギリス、フランス、アルメニアだ。ドイツが8,500万、イギリス、フランスが其々6,000万ぐらい。それに続いてウクライナの5,000万、次がスペインの4,000万だ。人口の多いウクライナが、25年後のいまは当時の半分の人口に減った。

 なぜ5,000万人が25年間で半分になったのか。経済が悪いからみんな外国に行ってしまった。戦争開始後、ウクライナから亡命者が増えている。ここまではマスコミは言うが、マスコミが言わないのは、亡命している人の8割が全部ロシアに行っていることだ。当然と言っていい話だ。問題になっている東ウクライナの人たちの母国語はロシア語だ。ゼレンスキー自身も母国語はロシア語。彼は大統領になってから慌ててウクライナ語を勉強したため、今でも彼のウクライナ語は上手くない。

 ヨーロッパでは歴史のこともあり残念ながらウクライナ人は信用されていない。「ウクライナ人は信用できず、何をするか分からない」というのが、ヨーロッパ人が普段ウクライナ人に持つ印象だ。ウクライナがNATOのメンバーになることはない。ロシアが嫌がっているからでなく、今のNATOのメンバーは皆嫌がっているからだ。ウクライナがNATOのメンバーになりどこかで戦争を始めたら、自分たちはそれに共連れになる。ウクライナと一緒に叩かれるのは絶対嫌だとウクライナ以外のヨーロパ人は思っている。

 いまウクライナは厳しい状況なので、東京に最近、若いウクライナ人女性がどんどん増えている。しかも相当いいところの出身で父親が弁護士、医者という人が多い。その人たちは日本でいろいろな学校に入って勉強している。なぜ来たか聞くと、両親から「今のうちだから早く行けと言われた」「今は難民として日本に入れてくれる。戦争が終わったら難民の地位はなくなり、日本に入れてくれなくなる」と言う。ウクライナ人もみんなもうそろそろ戦争が終わると思っている。

 実際に現場で苦労している人と話すと極めてよくわかる。2004年の12月大統領選挙で、ヤヌコビッチという人が当選したが、選挙に不正があった事を西側のマスメディアがどんどん書いた。これはソ連崩壊のいつものパターンの一つだ。世界を支配していると自認するマスメディアがキャンペーンを始め、イギリス政府とジョージ・ソロスという有名なお金持が作った様々なNPOが煽る。

 イギリス政府がやっているのはWWFという環境保全のNPOで、お金を払いデモに参加する人を募る。それでデモが発生すると、その模様を映像にし、民主化の動きが起こっているとしてニュースをどんどん流す。結果、2004年の選挙でユシチェンコが大統領になった。が、このユシチェンコが欧米に接近して経済が破綻した。ウクライナの貿易の3分の2はロシアや旧ソ連諸国が相手だ。その3分の2に代わるだけのお金をEUやアメリカがくれたら、経済は何とかやっていけた。だがそれはやらずに、ちょっかいだけ出して政権を変え、当然経済が破綻した。2010年2月に大統領選をやった結果、もう選ばれなかった。

2013年12月11日、キエフの独立広場における市民抗議運動(「ユーロマイダン」または「尊厳の革命」)

■ プーチンは軍事行動に極めて慎重


小手川:その前、ちょうど私がIMFにいた時に大変な話が起こった。ロシアからウクライナを通ってヨーロッパに天然ガスのパイプラインが引かれている。このパイプラインは、ヨーロッパがあまりガスの必要がない夏の間にロシアから送ってもらう。ウクライナの西の方にガスの貯蔵施設があり、冬になると、天然ガスを必要とするヨーロッパに天然ガスを売る。夏の終わりに最後の輸送をしてから後の約6カ月間、冬まで間隔がある。だから、ウクライナ政府がロシアに天然ガス代金を渡すのを6月まで待ってもらい、いよいよ冬の初め、ヨーロッパにお金が入ってきたら相殺するような格好で、6月まで政策投資銀行、政府関係の金融機関が関わってやっていた。 ところが2009年、この政策投資銀行がいきなり廃止された。一体何が起こったのか?ウクライナとロシアの間の話は、実は国家対国家の話ではなく、ウクライナのマフィアとロシアのマフィアの間のさまざまなグループの間の関係で話し合われ、極めて分かりにくい。そこで私のカウンターパートのロシアの代表に、何が起こるか聞いてみた。明快な答えが返ってきた。

 「2004年の大統領選挙のやり直しで勝った大統領ユーシェンコ、女性首相のティモシェンコの2人が、2008年ぐらいから完全に仲違いした。2009年にティモシェンコ首相が、ウクライナの政策投資銀行のトップがユーシェンコの選挙資金を相当出していることに気付き、政府命令でその銀行を廃止した。」

 そうすると、6月からファイナンスをする人がいなくなった。これで大騒ぎになり、当時のIMFトップのフランス大蔵大臣ドミック・ストラス・カーンが「このまま放っておくとヨーロッパの冬にガスがなくなる。なんとかIMFにお金を出してほしい」ということになった。

 IMFはそもそもウクライナを全然信用しないので、お金を貸したら何時返ってくるか分からない。議論した挙げ句、年明けて2010年の1月の選挙で、ヤヌコーヴィチが帰って来ればロシアとの関係も良くなり、経済も良くなり、普通の状況になるだろう。だからヤヌコーヴィチが帰ってきた後にIMFもお金を出そうということになった。その通りだったのでヨーロッパが破綻することはなかった。

 2013年に、ロシアのプーチンがヤヌコーヴィチに対し、「毎年175億ドル、約2兆円の援助をする」と言い、しかも天然ガスの割引についても、引き続きやると言った。「その代わりEUと自由貿易交渉に入るのはやめなさい。あなたのためにならない。EUと貿易交渉になって例えば農産物を自由化したら、ヨーロッパの農産物は政府の補助金漬けなので、その農産物が山のようにウクライナに入り、ウクライナの主要産業の農業が破綻する。だからやめた方がいい」と言って、双方で約束した。

 ところが、それを見て、ウクライナの西部の人たち、ヨーロッパに近い人たちは反対運動を起こした。2014年2月22日にクーデターが起きた。前日にロシアとフランスとドイツが、再交渉しようと約束したが、それをウクライナが無視してのクーデターだった。2月22日夜に銃撃戦が起こり政府側の警察もデモ隊のメンバーも何人か死んだ。 この死んだ人たちの面倒を見たのが、私の知り合いのウクライナ人の女性医師だった。その人のレポートには、「同じ弾で打たれた」とあった。

周:撃ったのは第三者だったのか?

小手川:そうだ。間違いなくMI6 あるいはCIAが戦争を起こした。

周:昔クリミアで起こったのと同じだ。

小手川:その通りだ。クーデターが起こった途端、クリミアの住民が独立を宣言し、ロシアの一部になる。それから東ウクライナの2つの州、ルガンスク州と、ドネスク州も自分たちで投票し自治をしたいと宣言する。それで内戦になったが、2014年9月にベラルーシの首都ミンスクで停戦合意が成った。これはドイツ、フランス、ウクライナ、ロシアで仕組んだことだ。 アメリカは入っていない。

 最近判ったことが、その時の当事者のドイツのメルケルと、フランスのオランドが、「当時、戦争が始まったが、ウクライナ軍がものすごく弱く、放っておくとすぐにロシアに占領されることが明確だった。そのため時間稼ぎの合意をした。自分たちはミンスク合意にのっとって平和を続けようという気は全くなかった」と、公の席で発表した。 だから何も知らないTVコメンテーターが「プーチンは嘘をついた」「プーチンは騙した」というが、全く逆だ。だましたのは西側で、常にだまされているのはロシアだ。それが1つの原因だ。

 2019年にゼレンスキーは経済を良くしたいと言い、ロシアと仲良くしたら経済が復活すると発表し、73%の票をとって大統領になった。大統領になった途端にゼレンスキーはネオナチから、殺人の脅迫を受けた。その半年後にアメリカの政権がバイデンに変わったことでゼレンスキーは180度姿勢を変えた。ロシア語を禁止するなど、ロシアを次々挑発した。

 プーチンが一番弱いのは、自分が治めている民衆からの陳情だ。特に東ウクライナ、ロシア語を話す人たちが、「なぜこれだけウクライナから砲撃を受けているのに、ロシアは自分たちを助けてくれないのか? 」といった陳情をし、また、東ウクライナに対するウクライナ政府からの砲撃が、ミンスク合意に反して2021年暮れから激しくなった。

 結局この陳情に我慢できなくなり、プーチンは軍事行動を始めてしまった。最初は3日で終わるつもりだった。2014年12月に作戦が成功したので、今回も機動部隊を大型ヘリコプターに乗せ、キエフを急襲し3日で終えるつもりで始めた。ところが、この約10年間に、イギリスのMI6とアメリカのCIAががっちり情報網をキエフの周りに張り巡らせたため、ヘリコプターが全部打ち落とされた。

 それで3日では終わらずに少し長引いたが、やはりロシアが優勢だった。そのため2020年3月29日にイスタンブールでウクライナとロシアが交渉をした。ウクライナを信用してないロシアは事前にウクライナのポジションをペーパーで出すよう要求した。ウクライナ政府の提案には、ウクライナは永世中立としてNATOに入らない、クリミアはロシアの領土として認めるとあった。

周:しかし、イギリスのちょっかいで、せっかくまとまった交渉も破綻し、戦争が今日まで長引いている。

2025年2月28日、ホワイトハウスで、トランプ米大統領とヴァンス副大統領がゼレンスキー大統領と会談

ゼレンスキー大統領は「俳優」?


周:ゼレンスキーは2025年2月28日、アメリカのホワイトハウスでトランプと口論になり、大失敗した。ウクライナとロシアの戦争はゼレンスキーでソフトランディングができるのか。彼はもともと大統領としての任期も終わっているはずだ。トランプは何度もゼレンスキーにこの点を指摘している。

小手川:ソフトランディングとは?

周:例えばウクライナの次の大統領選で平和を望む声が出て、ゼレンスキーが退くような事があり得るか。現実離れした話を持ち出して対ロシア交渉に臨むゼレンスキーの発想は、個人の発想か、それとも後ろ盾のイギリスの発想なのか、或いは周りの誰かが言わせているのか?トランプもずっとゼレンスキーは「俳優だ」と言っている。俳優でも脚本がいる。一体誰が脚本を書いているのか。そもそもゼレンスキーは一体どういう人なのか。

小手川:ゼレンスキーの母語はロシア語だ。ウクライナには、ロシア語でクリボイドローク、ウクライナ語でクリーブイリークという名の、日本でいう広島ぐらいの町がある。ゼレンスキーはその町の出身で、彼は俳優、コメディアンだった。

 2014年2月キーウでネオナチがクーデターを起こし、同年6月に大統領選挙がありポロシェンコが大統領になった。ポロシェンコも欧米寄りであまりロシアとはうまくいってなかったので、どんどん経済が悪くなった。ウクライナは、マフィアというかオリガルヒという大金持ちの人たち、昔の中国でいう地方豪族の集まりで成り立っている。ウクライナで1番大きい町がキーフ、2番目がハリコフ、3番目がオデッサだ。このハリコフという町の知事をやっていたのがコロモイスキーで、名前から分かる通り純粋のユダヤ系だ。コロモイスキーは大金持ちでウクライナのマスメディアを握っていた。彼は最初新しい大統領のポロシェンコとうまくやっていたが、途中で喧嘩を始めた。

 結局、ポロシェンコが大統領在任中にコロモイスキーをクビにし、州知事の地位を失わせたばかりか州知事時代の買収や不法行為の捜索を始めた。身の危険を感じたコロモイスキーは、最初はスイスに逃げ、その後イスラエルに逃げて今イスラエルに住んでいる。コロモイスキーは恨みを晴らしたいと自分が握っていたマスコミを使い、ポロシェンコを茶化す番組を作り、一般国民から凄く受けた。そのコメディの中でポロシェンコ役を演じたのがゼレンスキーだった。ゼレンスキーは完全な傀儡で、周りにいるのはイギリスのMI6とアメリカのCIAだ。彼の個人としての意思は殆ど無い。

2025年10月31日、ウクライナ戦没者墓地で行われた戦没兵士への追悼式

アメリカが本気になれば戦争は終わる


小手川:一番明確なのは、周先生が冒頭おっしゃったようにゼレンスキーがホワイトハウスで大失敗し、その後アメリカが8日間、ウクライナへの援助を全部ストップした。武器援助だけではなく、さらに重要なのは現金の援助だった。アメリカは現金をどんどんウクライナに送っている。もう1つは情報のシェアリングで、ロシアの今の動きなど情報のシェアリングをしていたのも8日間ストップした。

 8日間ストップした間に、あっという間にウクライナはロシアに攻め込まれ、クルスクという都市が完全にロシアの領土に復帰してしまった。

 つまりトランプが本当にこの戦争をやめさせようと思ったら、援助をやめればいい。これに対しウクライナは何もできない。ヨーロッパも力もお金もない。

 なぜ現金が重要かというと、現金は今のウクライナの兵士の給料になるからだ。完全に代理戦争で、ヨーロッパとアメリカがウクライナ人の兵士を雇い、自分たちの代わりにロシアと戦わせている構図だ。

 トランプがプーチンと話をし「もうこれでいい」と思ったらウクライナにその決定を飲ませる。飲まなければ援助をストップすると言えば終わる。

 ちなみにウクライナは今兵隊が足りない。すでに戦死者が58万人いる。私の知り合いのウクライナ人で今招集令状が来ている人は55歳だ。この年齢の人に招集令状が来ている程だ。若者はほとんどが招集を嫌がり国外に脱出している。甚だしい例は、召集を避けるために自分の足を自分の銃で撃ち、病院に入院して兵隊にならずに済ませる。そういう人たちが随分いるのが実情だ。

周:むごい事だ。

ヴァレリー・ザルジニー駐英ウクライナ特命全権大使

■ ゼレンスキー大統領では終わらない戦争


周:ユダヤ人はイギリスを乗っ取り、アメリカを乗っ取ったことで、世界の覇権国家をある程度掌握した。バイデン政権時、セキュリテイ関連のトップは殆どユダヤ人が占めていた。外交政策の対ロシア、対イスラエル問題で、恐らくいまトランプはロシアと仲良くしたいと考えている。ところが、中東問題をどう解決するのか?

小手川:バイデン政権の最大の失敗は、中国をロシアに近づけてしまったことだ。ロシアを中国側に追いやってしまった。なんとかしてロシアを中国から引き剥がし自分たちの方に持ってきたいというのが、トランプの最大の問題意識だ。ウクライナとの戦争を止めさせたいと思っているが、世界中でウクライナの戦争、イスラエルの戦争を絶対にやめたくないと思っている人が二人いる。戦争が終わった途端に自分たちは殺されると思っている二人で、一人はゼレンスキー、一人はネタニヤフだ。

 順番からするとまずゼレンスキーを切って、昨年春にイギリス大使になったウクライナ人が戻ってきて大統領に推されるだろうとされている。

周:ゼレンスキーに解任されたウクライナ軍総司令官のヴァレリー・ザルジニーだ。この人はウクライナでゼレンスキーより人気がある。

小手川:現在ロシアに占領されている地域はそのままにし、朝鮮戦争方式で間に緩衝地帯を起き、現場をそのままにする。それを最終的にやるには戦争を始めたゼレンスキーが大統領のままではまずいので、新しい大統領を立てて掌握する話が2024年11月末、アメリカとロシアの双方から入っている。

 イスラエルに住むユダヤ人は全部で600万から700万人いる。アメリカに住むユダヤ人600万人を加え、世界のユダヤ人は全部で1億人はいない。

 一方アラブ人は全世界に3億人いる。イスラエル全人口900万人の200万人はアラブ人だ。民主主義の数の論理でいけばアラブが優勢だ。ユダヤ人になかなか明るい未来が来ないとされるのは、アメリカの中であまり好かれていないこともある。

対談(Ⅴ)に続く


プロフィール

小手川 大助(こてがわ だいすけ)
大分県立芸術文化短期大学理事長・学長、IMF元日本代表理事 

 1975年 東京大学法学部卒業、1979年スタンフォード大学大学院経営学修士(MBA)。
 1975年 大蔵省入省、2007年IMF理事、2011年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹、2016年国立モスクワ大学客員教授、2018年国立サンクトペテルブルク大学アジア経済センター所長、2020年から現職。
 IMF日本代表理事時代、リーマンショック以降の世界金融危機に対処し、特に、議長としてIMFの新規借入取り決め(NAB)の最終会合で、6000億ドルの資金増強合意を導いた。
 1997年に大蔵省証券業務課長として、三洋証券、山一證券の整理を担当、1998年には金融監督庁の課長として長期信用銀行、日本債券信用銀行の公的管理を担当、2001年に日本政策投資銀行の再生ファンドの設立、2003年には産業再生機構の設立を行うなど平成時代、日本の金融危機の対応に尽力した。

【対談】小手川大助 VS 周牧之(Ⅲ):トランプ政権でアメリカ復興成るか?

講義を行う小手川氏

■ 編集ノート: 
 小手川大助氏は、財務官僚として金融機関破綻後の公的管理を担った。その後、産業再生機構を設立し、バブル崩壊後の処理に当たった。日本の金融危機の対応に継続して努めたのみならず、IMF日本代表理事としてリーマンショック後の世界金融危機に尽力した国際通でもある。東京経済大学の周牧之教授の教室では2025年5月22日、小手川氏を迎え、激動する世界情勢の現状と行方について伺った。


周牧之:小手川さんは、財務官僚として日本のバブル時代の後始末に尽力された。ある意味では小手川さんは平成時代に最も仕事をした財務官僚だ。バブルの後始末に力を尽くされただけではなく、国際政治経済への知見、視点、そして国際的なコミュニケーション力と情報収集力で小手川さんの上に行く方はいないと思う。

 きょうの講義では、トランプ大統領はなぜ再選できたか、また、これがアメリカの社会、経済に与えたインパクト、そして国際政治に与えた影響について伺いたい。選挙中、トランプ大統領はロシア・ウクライナ戦争について「私が大統領なら1日で終わらせる」と述べた。しかしロシア・ウクライナ戦争の行方はいまだ混沌としている。なぜヨーロッパの方がなかなかこの戦争を終わらせようとしないのか。また、イスラエルのガザ地区への攻撃はどうなるのか、中東情勢はどうなっていくのか。南アジアでは、インドとパキスタンの関係が激化したのは何故か。さらに、トランプ関税の行方も含めて幅広いお話をいただきたい。

IMF(国際通貨基金)本部

■ 国内外の破綻処理に奔走


小手川大助:私は財務省に35年務め、この間スタンフォード大学ビジネススクールに留学し大蔵省の役人としてでは初めてMBAを取った。その後ずっと日本とアメリカの金融や貿易の交渉をした。また、世界銀行のスタッフとして、これも日本人として初めて事務方として、交渉がどう裏側で行われているのかを当時、私の上司のアメリカ人とパキスタン人の2人から徹底的に教えてもらった。

 1996年から大蔵省の金融担当になり2年目に山一証券が破綻した。1998年に大蔵省が分割され金融庁ができ、私が最初のメンバーとして担当したのが長銀、日債銀の破綻処理だ。その後、2002年に産業再生機構を作る話になり、2003年春、同機構を作り40社の再生を担った。

 2007年にIMF国際通貨基金の日本代表として、ワシントンに行った。翌年リーマンショックが起こり、今度はリーマンショックの破綻処理をするために必要なお金を全世界から60兆円を集めた。例えばイギリス経済が破綻してもお金がなくて助けられないということがないようにした。

 私は学生時代アルバイトでロシア語通訳をやっていて、日本人の中には経済がわかりロシア語ができる人間があまりいないということで、2010年に役所を辞めてからはロシアで行われた多くの経済フォーラムに呼ばれた。ほぼ毎年4〜5回はロシアに行く生活が続いた。昔私が通訳の仕事をした時の相手方が有名な音楽家、指揮者、バレエダンサーになっていたことから、ほぼ世界中の有名な指揮者、オペラ歌手と知り合いになった。例えば、ボリショイバレー団のトップ15人のうちの10人が私の親友という非常に楽しい人生をこれまで送ってきた。

周:小手川さんは国内外の破綻処理に奔走し、また人生も謳歌されている。

2016年米大統領選にてヒラリー・クリントン氏とドナルド・トランプ氏が直接対決したテレビ討論会

■ 幅広い人間付き合いが判断力に


小手川:2004年まだ役所にいた頃からマスコミの報道がおかしいと感じた。報道に出る事と私が実際に会った人たちの話が違うからだ。私が最初に感じたのは日本に出稼ぎに来たウクライナ人女性達で、彼女らの意見は普段マスコミで聞く情報と全く違っていた。それで、マスコミ報道を信じてはいけないと思うようになった。その後アメリカに行った時に、世界中の情報が集まるワシントンの中でも最もできる人たちで構成される2つのグループと知り合い、日本に帰ってからも、彼らと毎週2度ZOOM会議をしている。

 一つはトランプに近い親トランプ派、共和党派。もう一つは反トランプ派すなわち民主党系の人たちで、毎週土曜朝と月曜朝にZOOM会議を1時間やっている。その人たちを選んだのは、まずその人たちが言っていることが全部当たっていたからだ。なぜ当たるかいろいろ調べて分かった。彼らはいわゆるアメリカの情報筋、CIA、FBI、軍、国務省、国防省のOBだ。今は皆OBだが昔は相当有名人だった人ばかりだ。

 例えば、自分が仕事している時に、偉くなった大学の先輩から「今君たちはこんな仕事をしていると聞くが、それはこうした理解でいいのか」と聞かれたら、先輩に対して全く嘘を言うわけにはいかない。だから会議の相手方も皆肝心な時は自分の後輩に聞きに行く。後輩は真実を言えないにしても真逆のことは言えないので、ほぼ正しい情報が集まるという訳だ。

 そのおかげで私は2016年に、トランプが大統領選挙で勝つと予測できた。日本では私ともう1人、フジテレビの木村太郎さん2人だけがトランプ勝利を予測した。実は当時、日本の外務省、アメリカの国防省に随分知り合いがいたが、彼らは完全に予測が外れた。トランプの当選が決まった時の日本の外務省、アメリカの国務省の慌てふためきぶり狼狽ぶりは、本当に忘れられない。トランプが4年やり、バイデンになり、昨年11月の大統領選挙になった。

 前回2023年10月の周先生のゲスト講義(【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅱ)複雑な国際情勢をどう見極めるか?)で、2024年大統領選挙を予言したが、私が申し上げたことがそのまま当たったと思う。

周:私の小手川さんとのお付き合いは四半世紀を超えている。私から見ると、小手川さんはそもそも人間が大好きで、さまざまな国のさまざまな立場にある人と幅広く付き合い、それを楽しむと同時に、得てきた事柄をご自身の判断力の強みに置き換えてこられた。

2008年9月15日に倒産したリーマン・ブラザーズ社

■ 全てリーマンショックから始まった


小手川:全て今起こっていることは、2008年のリーマンショックから来る。変だなと思った最初は、リーマンショックの時だ。なぜか。2008年9月にリーマンショックが起こり、11月に共和党政権が倒れ大統領選挙でオバマが勝ち、共和党のブッシュ大統領からオバマ大統領に変わった。

周:リーマンショックそしてオバマが大統領選に出た時、小手川さんはIMFの日本代表理事としてワシントンにいらした。私もMITの客員教授としてボストンにいた。リーマンショックとオバマ大統領誕生という二つの出来事が、アメリカの転換点になったことを現場で強烈に感じた。

小手川:私が担当した1998年の日本の金融危機当時、同時期に起こったアジア経済危機の当時の担当者が逮捕され牢獄に送られ、私の友人を含め何人かが責任を感じ、自殺した。

 アメリカも政権が変わったため、本当はそうした責任追求ができるはずだった。にもかかわらず、新大統領として赴任したオバマは誰1人として責任追及しなかった。政府の人間だけでなく、リーマンショックに一番責任があったウォール・ストリートの銀行マンを1人も捕まえなかった。アジアの政府では、相当数の人たちが捕まった。アジアの政策のトップの人たちだ。日本と同じように自殺する人もずいぶんいた。

 それがアメリカではなぜ起こらなかったか疑問を抱いたのがスタートだった。日本には「銀行を救済するな」と言っていたアメリカが自分自身の問題になると、責任追及が無かったのだ。

 更に、オバマ政府は、ゼネラルモーターズを莫大な金額の税金を使って救済した。これは基準や規則あるいは法律を、自分の場合と他人の場合で全く別の扱いをするダブルスタンダードだ。これで苦労したアジアの人たちは、「俺たちには厳しくしたのに、自分の話になると手のひら返して何でもやる」と、アメリカを全く信用しなくなってしまった。

 大企業と大銀行を税金使って救済していながら、結果、GMは、バランスシートは綺麗になったが、代わりに従業員を大量に解雇した。完全な失業者あるいはパートタイマーになってしまったブルーカラーの人たちの不満が、トランプを大統領にした。今でもトランプはアメリカに工場を戻し、その人たちに仕事を与えていると言っている。

周:オバマ政権でリーマンショックという世界的な金融危機の責任追求が完全に無くなった。なぜこのような金融危機が起こったかについての反省も欠いたまま同じゲームが繰り返されている。

 私は2007年夏にワシントンで小手川さんと会った。その時アメリカの金融市場がおかしいという議論をした。秋に東京に戻った時、小手川さんが産業再生機構の社長に引っ張った斉藤惇さんが東京証券取引所の社長をやっていた。私は斉藤さんにアメリカの金融危機が有り得るから早めに準備した方がいいと申し上げた。斉藤さんは、日本はバブルの債務をきれいにしたところで、大丈夫だと言っていたが、1年後見事にやられ日本経済も大変なことになった。

2025年1月20日、ドナルド・トランプ氏大統領就任式に出席するバラク・オバマ前米国大統領

■ なぜオバマが大統領に選ばれたか


小手川:思い返すと、2016年選挙の前の2008年にオバマが大統領に選ばれた時の対抗馬はヒラリー・クリントンだった。当時は皆ヒラリーが当然勝つと思っていたがオバマが勝った。私もアメリカにいて疑問に思った。しばらくたってその原因が分かった。2008年の選挙時のヒラリー・クリントンは8年後の2016年の選挙時のヒラリー・クリントンとは全く別人だった。2008年の選挙時ヒラリー・クリントンは、ウォールストリートに厳しい立場を取っていた。リーマンが破綻したのは2008年9月で、その半年前の3月にベアースターンズという中堅の証券会社が破綻し、ウォールストリートに暗い雰囲気が漂い始めていた。私の周りの国際通貨基金のアメリカ人スタッフが、アメリカ政府の要請で急遽アメリカの中央銀行や財務省に帰り、ベアースターンズに続く金融危機が起きないよう懸命に頑張っていた。実際、後で聞いたら、3月の事件が起こり、リーマン破綻までの6カ月間、彼らは週末さえ一日も休みがなかった。全休日返上でなんとか金融危機を避けたいと粘ったが、リーマンショックが起こってしまった。そうした雰囲気の中、ウォールストリートとしては自分たちに厳しいヒラリー・クリントンが大統領になると困る。

 もし当選すればアメリカ史上初の女性大統領になるヒラリーに対抗できるような大統領候補は、初のアフリカ系アメリカ人がいいとなった。それで当時、上院議員として唯一のアフリカ系アメリカ人だったオバマが選ばれた。

 オバマが候補になってからは、とにかくオバマに関するイメージ作りをウォール・ストリートが莫大なお金を出して始めた。オバマは新しいタイプの政治家で草の根の活動をしツイッターなどを使ってお金を集めたとのイメージが作られたが、実際はそうでない。オバマの選挙資金の8割はヘッジファンドから来ていた。アメリカはとにかく、選挙が日本とは比較にならないぐらい腐敗している。

周:アメリカにいた時に私は中国新華社の『環球』誌にコラムを書いていた。オバマ政権がなぜ誕生したのか、また、リーマンショックの後始末の不可解さ等について、小手川さんとまったく同じ問題意識を持ち、「オバマは悪魔と取引をした」と結論付けて書いたことがあった。民主党大会でオバマに負けたヒラリーによる敗北スピーチは実に素晴らしかった。それをネタにコラムを書いたこともある。

小手川:安倍派が3年間で5億円を自分のポケットに入れたというキックバック問題があった事を、私がアメリカのZOOM会議の相手方にしたら皆びっくりした。当時のレートで5億円は300万ドルだ。「お前それはジョークだろう」と言うので「アメリカならその1万倍は使うのか?」と聞くと、「その通りだ」との答えだった。

 ZOOM会議の仲間の1人が非常に細かいレポートを作り、私に送ってくれた。2020年の選挙では、大統領選挙と上院議員選挙、下院議員選挙、全部が一緒に行われた。当然お金がかかる。実際選挙に使われた金は20兆円だった。20兆円は、安倍派の問題になった5億円の2万倍だ。

 同選挙でバイデンは10億ドル、1500億円を集めた。バイデンはアメリカ大統領候補の中で、初めて10億ドル以上を集めた候補だ。それに対しトランプは6億ドル。どういう人が、バイデンとトランプに献金したかの調査結果を、私のZOOMグループが全部送ってくれた。非常に明確で、トランプに金を出している人は皆小口で、人数が多かった。一方バイデンはほとんどが大口のウォール・ストリートからで銀行、大金持ちが献金し、件数、人数は非常に少なかったことがはっきり分かった。

2024年9月10日、ドナルド・トランプ氏とカマラ・ハリス副大統領候補によるテレビ討論会

■ 2016年大統領選での3つの敗者


小手川:2016年に勝ったトランプを支持したのは白人労働者だった。トランプは候補の中で唯一、金融機関、銀行業から献金をもらっていなかった。

 一方で完全に負けた3グループがあった。1つはウオール・ストリートだ。2つ目のグループはネオコン。ネオコンとは新しい保守派のことで、この人たちはソ連が崩壊した後もソ連を徹底的にやっつけようと主張した。それがアメリカの国の利益になるからではない。その人たちはほとんどが父親、祖父の代がロシア、あるいはソ連に住んでいたユダヤ人でロシア革命後あるいはスターリン時代に、アメリカに亡命してきた。その個人的な恨みを晴らしたい。それが2つ目のネオコングループだ。今マスコミで出ているネオコンの人の経歴を見ると明らかなのは、ほとんどの出身がロシア、ウクライナ、ポーランド、バルト諸国出身のユダヤ人の子孫だ。したがって、彼らはアメリカの国の利益でなく、自分たちの個人の利益のために戦争を仕掛けている。

 3つ目の敗者は、主要マスメディアだ。アメリカには、ABC、NBC、CBSという三大テレビ網やCNNに加えて新聞のニューヨークタイムズ、ワシントンポストなど有名なマスメディアがある。2016年トランプが勝った時の主要マスメディアの幹部の名前を見ると、みんなオバマの関係者だった。

 当然のことながら、その人たちは正確な情報を報道するわけがない。次の2020年の選挙も同様だった。今回の選挙も同様で、民主党候補カマラ・ハリスを一生懸命持ち上げ、ハリスが勝つイメージを作ったのが、主要マスメディアだった。

 カマラ・ハリスは、選挙演説でどういうことを言っていたのか?一番重要なのは経済問題だったが、「物価が上がっています。パンの値段が上がる。ガス料金が上がる。私たちは、その意味するところを理解したいのであります。それはすなわち自分たちの生活費が上がるということです。人の生活に少しずつ影響があるということです。だからこれは大問題であります」で終わった。インフレ問題をどう解決するのかの主張が全くなく、インフレの定義を述べることしか発言しなかった。

 Perplexityという面白いアプリがある。優秀なアプリで、キーワードを入れるといろいろな話がわっと出てくる。このアプリにカマラ・ハリスと名前を入れ、もう一人ウィリー・ブラウンという有名なサンフランシスコの政治のドンだった人の名を入れる。すると「カマラ・ハリスはどうやって偉くなったか?彼女は弁護士をしていた29歳の時に、当時サンフランシスコ市議会議長をしていた60歳で既婚のウィリー・ブラウンの愛人になった。この愛人関係を利用し、彼女はどんどん上に上がっていった」と回答が出てくる。私の知り合いのロシアの情報筋の人物が「これはすごい話になるよ。人類の歴史上、初めて売春婦が主要国の大統領になる」と言った。

周:この3グループの反発も凄まじかった。それゆえにトランプ政権の1期目はトラブル続きだった。トランプがホワイトハウスに連れて行った最初の側近の大半は、FBIのでっち上げ調査でやられた。メディアはトランプを「妖怪」に仕立て上げただけでなく、大統領選最中の2021年1月にツイッター、グーグル、アップル、アマゾン各社が「暴力行為をさらに扇動する恐れがある」として、トランプ大統領の個人アカウントを永久凍結しサービス提供を停止した。つまりアメリカ大統領としてのトランプのSNS言論封じ込めまで仕出かした。

 2021年にトランプ政権を1期だけで終わらせ、バイデン政権を樹立させた勢力はイデオロギー政治を暴走させた。ロシア・ウクライナ戦争はその「傑作」のひとつである。カマラ・ハリスを副大統領にし、次いでトランプ対抗馬の大統領候補にしたのは、もう一つの「傑作」というべきだ。

『尊敬できるアメリカ(America we deserve)』

■ 労働者に仕事を与えるスローガンで大統領に


小手川:トランプのやりたい一番重要なことは、白人労働者に仕事を与え、彼らの収入を増やすことだ。NAFTA(北米自由貿易協定:North American Free Trade Agreement)は昔アメリカが結んだメキシコとカナダとの協定だ。メキシコやカナダに工場を作ると有利になるので、アメリカ企業そして日本の自動車産業もどんどんメキシコやカナダで工場を作り、そこからアメリカに輸出することになった。今から40年ぐらい前の話だ。

 今は時代が変わり、アメリカの仕事がどんどん逃げている。これを見直そうとしている。メキシコとの国境に壁を作り、賃金が安く白人労働者の競争相手になる人たちのアメリカ入境をSTOPしようというのがトランプの基本的な路線だ。

 さまざまなニュースに惑わされず、次に何が起こるかを見る事が必要だ。トランプを理解するための鍵が、彼が2000年に出した著作『尊敬できるアメリカ(America we deserve)』にある。その中に将来大統領選挙に出て必ず勝つと述べていた。尊敬する歴代大統領はフランクリン・ルーズベルトとニクソンで、両者の共通点はアメリカの労働者に市場を与え、仕事を与えたことだ。

周:不動産屋の大金持ちのトランプが、その対極にある製造業の労働者に目を付けたのは凄い政治的センスだ。グローバリゼーションの中で、金融やハイテクに突き進むアメリカでは、製造業がどんどんなくなり、旧産業地帯が廃れていった。私は何度も自動車産業の中心地だったデトロイトに調査に出かけた。ゴーストタウンや廃墟となった都市と工場の跡地風景は悲哀に満ちていた。日本のような国土政策が無いアメリカでは、その地域の人たちに対するケアは殆ど無い。逃げられる人は逃げ、残された人はどうしようもない状況に置かれている。でも、票田としては大きな政治的価値がある。トランプはここに目を付けた。この結果、労働者に仕事を与えるスローガンでこれらの地域で大勝したトランプが、2016年の大統領選をものにした。しかし、トランプ関税まで発動しても、製造業を今後どれほどアメリカに取り戻し、これら地域を再生できるか?そのリアリティは未知数だ。

リビエラカントリークラブ(HPより)

■ アメリカでの製造業復活は茨の道


小手川:いまトランプがやろうとしている製造業の復活は、プラットフォームとしてはいいと思う。単に貿易赤字を言うのでなく、一番の問題はアメリカが生産をアウトソーシングし海外で作って自分のところへ持ってくることだ。製造業を復活させないといけないとトランプは考えている。新しい動きとしてはいいと思う。実際トランプが就任後100日間でやったことは、バイデンが4年でできなかったことで、それをどんどん進めている。

 しかしおっしゃるように製造業の復活は茨の道だ。例を挙げる。ロシア人の娘さんでロサンジェルスに長らく住み、ヨーロッパ人の大金持ちの為にロスの土地や豪邸を買って商売をしている知り合いがいる。最近大火事が起こった現地にパシフィック・パリセーズという有名な大豪邸群がある。その真中にリビエラカントリークラブという1988年に日本人に買収された最高のゴルフクラブがあり、有名なPGA大会が毎年2月末にそこで開催されている。周りが高いところでゴルフ場は谷底にあったため、大火事で周りは全部焼けたがそこは残った。その時、彼女が言っていたのは、今ロスでいい土地を見つけ、買って設計して家を作り上げるまで最低2年はかかる。日本でいう大工さんがいない。左官がいないからだ。家を作れる人がいないのが今のアメリカの現状だ。

周:私のアメリカの友人も、家を建てる時に大工集めに大変苦労した。

ニューヨーク・マンハッタン島

■ 思い込みが強いオバマとディール好きなトランプ


小手川:トランプがニュヨーク出身であることも見逃せない。ニューヨークと言ってもいろいろなニューヨークがあり、中心となるのはマンハッタン島だ。トランプの出身地はその東側のクイーンズ地区で、南に行くとブルックリン地区があり、もう少し北に行くとブロンクス地区がある。ニューヨークでクイーンズ出身者について何が言われているのかが、トランプを理解するもう一つの鍵になる。「彼が何を言っているかを気にする必要はない。実際どういう行動をするかが重要だ(Don’t listen to him, Watch what he does)」。この言葉通りで、トランプ政権は言っていることと実際の行動が全く違う。

 オバマと違うのは、トランプは現実主義者のビジネスマンだ。とにかく交渉し、ディールをして、双方がプラスになるのが大好きだ。相手をやっつけようとかというのではない。

 オバマは思い込みが強く、人権、環境保護、民主主義など抽象的な話しかしない。オバマの8年間のことをアメリカ人は「ハイスクールボーイ、テキストブックポリシー」と言う。高校生が習うような政治教科書の中に書いてあることしかオバマは言わない。そんなことは誰でもできる、という意味だ。

 オバマはアメリカで初めてのアフリカンアメリカンだったが、大統領在職8年間、奴隷制のことを1つも言わなかった。これを私はおかしいなと思った。偶然、私がワシントンでIMFに勤めていた時、私が今まで会った中でも極めて優秀な同僚のカンボジア人がいた。彼はクメールルージュ時代に親戚が全員殺されてしまった。戦争中日本軍がプノンペンを占領した時に建てた日本語学校で日本語を勉強したので、彼は日本語が出来る。戦後、カンボジアが独立した時に、彼のお父さんが初代の駐ソ連大使になり、一緒にロシアに行ったためロシア語も出来る。彼の父親はカンボジアに戻り総理大臣になるが、その後赤いクメールに処刑されてしまう。本人はカンボジアに戻らずヨーロッパに残り、フランスの大学を卒業後、アメリカに渡りサンランシスコでPHDを取った。その後IMFに入りスタッフになった。サンフランシスコに行く前に、当時ハワイに設立されたイーストウエストセンターという、日本政府も随分関係した新しい学校に、彼はしばらく入っていた。第1期生で、同級生は8人。日本政府から日本銀行、大蔵省の2人が行っていた。その8人の中にいたのがオバマの父親だった。 オバマの父親はアメリカのケニアから来た。オバマの父親は非常に頭が良く、ケニアで一番西にあるビクトリア湖のほとりに住んでいる少数民族で、日本と同じ主食が魚で頭脳明晰な民族として名高い。だが少数民族のため、ケニアの中ではリーダーになれないとして、オバマの父親はアメリカに留学した。

 問題はこの少数民族は奴隷狩りをする民族だったことだ。周りのアフリカ人を捕まえ、場合によっては誘拐し、それを白人の奴隷商人に売るのが、その少数民族の伝統的な仕事になっていた。だからオバマは絶対に奴隷制のことは言えなかった。一方、オバマの妻のミシェル・オバマは、アメリカに連れてこられた奴隷の子孫だった。

 対するトランプは、現実主義者で交渉が大好き、特に1対1の交渉を好む。従来一貫して不動産業で成功してきた自信があるため、1対1の交渉になれば、自分は絶対勝つと思っている。何が一番重要かというと、どう相手を交渉の場に引っ張り出すかだ。相手が交渉の席に着いたら、オレの勝ちだと思っている。

 ではどうすれば相手が交渉の席に出てくるかというと、交渉の席に出ないと大変なことになるという意識を相手に与える必要があり、相手を交渉の席に引っ張り出すためトランプは常にその高いボールを投げる。今回で言うと関税率が何百%になると言うわけだ。相手が交渉の席に出て交渉が始まるとあっという間に現実的になり折れてくる。

周:キッシンジャー元国務長官は、トランプについて、何でも取引として考え、戦略的な発想がないと言っていた。それが本当であれば、トランプの取引大暴走が、アメリカそして世界に何をもたらすのだろうか?

トランプ大統領とバンス副大統領

■ ガラッと変わったトランプ政権2期目のスタッフ


小手川:2期目のトランプ政権に対してそれ程心配する必要はなく、ちょっと頭に置いておくといいと思われるのは、1回目のトランプと今回のトランプは少し違うという点だ。むしろ、いい方に違っている。一番大きいのは人事の失敗がないことだ。2016年の時は、彼は初めてワシントンに来たので、ワシントンにどんな人がいるのか全然知らなかった。そのため誤って戦争好きな人物達を重要なポジションに任命してしまった。国務長官ポンペオ、国務次官ボルトン、国連大使ニッキー・ヘイリー、中国に対する最強硬派のスティーブ・バノンといったメンバーだ。

 今問題の日本製鉄によるUSスティール買収が一度潰れてしまった。当初何が間違っていたかというと、日本製鉄がポンペオをアドバイザーに雇ってしまったことだ。トランプが一番嫌っているポンペオだ。なぜそんなことをしたのか?理由は2つ。1つは、日本製鉄は経済産業省と全く相談せずに話を進めた。発表2日前に、経済産業省に伝えたため、経済産業省に残っているいろいろな知識を日本製鉄に伝え、ポンペオは絶対ダメだと言う時間もなかった。そのため、経済産業省はどうぞ勝手に1人でおやりくださいとのスタンスだった。2つ目は、誰が一体ポンペオを紹介したのか?安倍晋三さんと菅義偉さんのもとで、絶大な権力を持っていた警察官僚の北村滋氏は私と同じ大学出身で、もともと警察官僚で経済の方は全然知らないものの安倍・菅時代に約10年間権力を握っていて、今回、日本製鉄にポンペオを紹介した。「この人を介せばすべてが動き出す」と進言し、日本製鉄がそれを信用し、ポンペオを雇った背景がある。

 アメリカ政府の人事の失敗は今あまりないが、1人だけ危なっかしい人がいる。ヘグセス国防長官だ。もともとテレビのコメンテーターだった。今回の選挙を仕切っていたのはスーザン・ワイルズという女性で、お父さんはアメリカンフットボールのヒーローだった。ニックネームは「氷の女」で、すごく落ち着いている人だ。唯一トランプに対して「Shut up(黙れ」」と言い、トランプがそれに言い返せないという女性だ。彼女がヘグセス以外の重要人物については全部スクリーニングにかけて議会に推薦しうまくいった。ところが、へグセスだけが決まるのが非常に早くスクリーニングを受けていなかった。

 2024年7月13日にトランプ暗殺未遂があり、あの時は1cmの違いでトランプが助かった。実はあの事件の1週間前に、選挙の状況からトランプが絶対勝つだろうとわかってきた。そうなるとイギリスのMI6、アメリカのFBI、CIAに残された道は1つ、それはトランプ暗殺だと私はある公の場所で1週間前に喋っていた。すると本当にその1週間後に暗殺事件が実際に起こったのでみんなびっくりし、「どこからそんな情報がその入った?」と問われた。情報は入ってないが論理的に考えればそうだ。

 その2日後にJDバンスが副大統領候補になった。これはものすごいメッセージになった。JDバンスはトランプ以上に戦争反対だ。だから「俺を暗殺しても、もっとすごい奴がくるぞ!」というのがトランプの明確なメッセージとなった。JDバンスは大変苦労した人で、お母さんが麻薬中毒になり3回離婚した。それでお姉さんと2人で祖父母に、ずっと育てられた。バンスは頭が良かったが、アメリカは日本以上にひどいところで教育についてはお金がないと将来はない。ハーバード、イエールといったアメリカの有名大学はほとんどが私立大学だ。公立大学はせいぜいUCLA、バークレーなどカリフォルニア以外にない。大学に進学したいがお金が無い人たちは軍人になる。JDバンスは志願して軍人になった。軍人になると、軍が大学へ推薦して奨学金を出してくれるからだ。

 バンスは唯一、自分が大学に行ける道として軍に入隊した。バンスが実際に送られたのは戦争が始まったばかりのイラクだった。彼はイラクで2年間過ごし、戦争がいかにひどいものか、身に染みて経験した。2年後にアメリカに帰り、地元のオハイオ州にあるお金がかからないオハイオ州立大学に入る。軍の方からはいい奴だと話が行き、オハイオ州立大学で極めて優秀な成績を取ったため、4年後にスカラシップをもらい、イエール大学法学部に入った。イエール大学でインド系の大金持ちの娘さんと知り合い結婚したのが今の妻だ。

 副大統領JDバンスは戦争が嫌いなことに加え、麻薬の問題解決に極めて熱心だ。今アメリカで問題の麻薬はモルヒネやコカインではない。一番の問題はフェンタニルという強烈な痛み止めだ。歯が痛い時に飲むロキソニンの最も強烈なタイプだ。このフェンタニルはパーツが全部中国で作られ、中国政府が補助金を出している。パーツが東南アジア経由でメキシコとカナダに持ち込まれて最終製品になり、国境を越えアメリカに密輸されている。だからバンスが国境を封鎖しろというのは、まさに自分の母親が麻薬問題の犠牲者だという強い経験から来ている。トランプが高い関税を提案した時に中国、メキシコ、カナダに対しフェンタニル問題を自ら解決しない限り交渉に応じない、と非常に強い態度を取るのもJDバンスの思いがあるからだ。

周:2期目トランプ政権のスタッフは確かに豪華だ。但し、その経験値と団結力については大きな課題がある。すでにイーロン・マスクが政権を離脱し、政権内の喧嘩も絶えない。

対談(Ⅳ)に続く

 

講義(【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅰ)転換点で激動の国際情勢を見つめる)をする小手川氏(右)と周牧之教授(左)

プロフィール

小手川 大助(こてがわ だいすけ)
大分県立芸術文化短期大学理事長・学長、IMF元日本代表理事 

 1975年 東京大学法学部卒業、1979年スタンフォード大学大学院経営学修士(MBA)。
 1975年 大蔵省入省、2007年IMF理事、2011年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹、2016年国立モスクワ大学客員教授、2018年国立サンクトペテルブルク大学アジア経済センター所長、2020年から現職。
 IMF日本代表理事時代、リーマンショック以降の世界金融危機に対処し、特に、議長としてIMFの新規借入取り決め(NAB)の最終会合で、6000億ドルの資金増強合意を導いた。
 1997年に大蔵省証券業務課長として、三洋証券、山一證券の整理を担当、1998年には金融監督庁の課長として長期信用銀行、日本債券信用銀行の公的管理を担当、2001年に日本政策投資銀行の再生ファンドの設立、2003年には産業再生機構の設立を行うなど平成時代、日本の金融危機の対応に尽力した。

【対談】岸本吉生 Vs 周牧之(Ⅵ):グローバリゼーション下の格差拡大には平等思想が大切

講義を行う岸本吉生氏

■ 編集ノート:

 岸本吉生氏は経済産業省の官僚として長年第一線で日本の産業政策、国際交渉を担ってきた。退官後はものづくり生命文明機構常任幹事として輪島塗、播州織など日本のモノづくり文化の継承と発展に力を注いでいる。

 東京経済大学の周牧之教授の教室では、2025年5月23日、岸本吉生氏を迎え、トランプ関税発動後の国際社会への影響と行方について、また現代日本の社会、文化の様相についてお話しいただいた。

※前半はこちらから


ニヒリズムが蔓延


岸本:『西洋の敗北』の著者エマニュエル・トッド氏の専門は人口と歴史だ。人口数が違えば国の政策は違う。若い人がたくさんいれば未来への希望が溢れる。高齢者が多く若い人が少なければ若い人の負担は大きい。ある国の人口構成がその国の国際政治にどんな影響を与えるかが著者のライフワークだ。

 ウクライナとロシアの戦争後に出したトッド氏の『西洋の敗北』を読むとニヒリズムに注目している。周先生が大学生の頃、中国にニヒリズムはあったか?

周:私が大学生だった時は中国の改革開放直後だったので社会は高揚感に包まれていた。頑張れば夢をつかめられる時代だった。しかし40年後の今はニヒリズムが社会的な現象になっているようだ。「躺平」つまり何もしないという言葉が若い人の間で流行っている。

岸本:私が大学生の頃はニヒリズムがあった。ニヒリズムとは「どうせ俺なんて」ということだ。将来どんな希望があるかを言わない。思っても言わない。「私たちはどうせダメだ。こんな社会で頑張っても無駄だ」と斜に構えた感じだ。とくに2000年前後の日本にはニヒリズムが強かった。

 ニヒリズムが台頭すると他人は他人、私は私になる。前を歩く人が大事なキーホルダーを落としても声もかけない。

 トッド氏が指摘するニヒリズムの要因は高学歴だ。大学に行く人が増えるとニヒリズムが出てくる。大学が好きではない人もいる。大学を出てどうなるという悲観的な思いもある。就職氷河期の世代は、せっかく大学まで卒業したのに報われない結果になった人が百万人以上生まれてしまった。

周:努力しても報われないことが大きい。長期的な不景気や階層の固定化などがニヒリズムをもたらす。

エマニュエル・トッド『西洋の敗北』

格差社会になる中で日本の社会システムはなお健全


周:ニヒリズムは格差社会になってきたことに起因している。40年前のNHKの調査で、日本では98%の人が自分は中流だと答えた。1億総中流社会だ。アメリカも1970〜80年代は大半が中流社会だと思っていた。いま日本は格差社会になりつつあるがアメリカほどではない。

 アメリカでは今まで共和党の支持層ではなかった人がトランプ氏を支持している。本来、労働組合に組織されていた労働者が、民主党から離れ共和党支持になるねじれ現象が起きている。グローバリゼーションが進み、もたらされた分裂と格差が激しくなっている。

 さらに深刻な問題は、アメリカの場合、階層社会の底辺にいる人々の生活基盤が崩壊している。バンス副大統領が自身の前半生を描いた小説『ヒルビリー・エレジー』がこの崩壊現象をリアルに描いている。これが今アメリカ社会における政治分裂を引き起こす最大のパワーとなっている。

 日本はそこまで行っていない。東京経済大学はもともと左派的な学校だった。マルクス経済学の一大牙城のような大学とのイメージを持たれていた。私がこの大学に初めて来た時には、マル経の大物教授が沢山いた。

 国際的に見て、日本の社会システムはかなり左派的な社会思想が浸透し、それがアメリカとの違いをもたらしている。この30年、日本は格差がある程度広まったが生活基盤が崩壊する階層がまだそれほど表面化していない。世界的に見ると、グローバリゼーションで富の作り方が更に効率的になったが、分配の仕方がまだよく出来ていない。

 日本は社会のあり方が、アメリカと比べると断然うまくいっている。戦後の日本の社会システムを作るときに左派的な考えが強く働いたからではなかったかと思う。日本社会には格差を是正する社会主義的な思想や仕組みが強く働いている。

岸本:全く同感だ。エマニュエル・トッドの『西洋の敗北』を今日の話題になぜ選んだかというと、周先生が今おっしゃったことを、同書は偏見なく捉えていることに共感を覚えたからだ。トッド氏の結論は周先生とほぼ同じだ。日本は西洋のようには敗北しない。

 『西洋の敗北』の結論は、ヨーロッパとアメリカが敗北するということだ。それは何故か。フランス人研究者である自分がこのことを書くのは辛いとも書いている。欧米に住めない、反逆行為で嫌われるとも書いている。

 同書において、トッド氏はキリスト教の影響を分析している。プロテスタントは「人間は平等ではない、よくできる人間とダメな人間がいる」と教える。西洋が敗北するのは当たり前だと述べている。日本の仏教にそうした考え方はない。お寺のお坊さんは、優秀な人間とあかんたれがいるとは言わない。他人があかんたれと呼んでも、やりようでちゃんとできると教えている。

周:儒学の祖の孔子は「有教無類」、つまりどのような人であってもきちんと教育することを教育理念とした。平等主義の思想だ。日本の仏教は、インドから中国に伝わり中国の道教や儒学と融合され改造された中国仏教が源流だ。そこには、仏教が言う「衆生平等」つまり皆が平等という思想が根底にある。平等主義は中国の政治思想にも深く浸透している。西暦587年、隋文帝から始まった科挙で官僚を選ぶことも、世襲的な貴族支配を排除し、有能な人材を取り入れるためだ。選挙制度が1400年以上続いた中国では、政治的に平等思想が根深くある。そうした平等主義は、左派的な思想に通じ合うところがある。その意味では、マルクス主義が中国で一気に広がったことは決して偶然ではなかった。 

岸本:仏教の平等思想は日本社会においても基盤になっている。

 日本的精神は、神社、お寺、俳句、短歌、平家物語、お茶など沢山ある。集約すると自然崇拝だ。四季折々、今このときに感謝する。これは古来日本の普遍の原理だ。中国には5000年前からそうしたものが沢山ある。その中で、日本人が賛同したものが漢文として輸入された。日本に残る漢文を読めば日本人と中国人の同じ部分がわかる。 

周:平等主義を含め、日本は選択的に中国から取り入れた。

岸本:親しみを感じ尊敬して取り入れた。日本の仏教は自然崇拝という生活慣習が基盤になっている。輸入された経典が日本の文化を作ったわけではない。神社もそうだ。祀られる神様が日本の文化を作ったわけではない。神様は自然と同体だ。日本には先祖崇拝がある。位牌や墓がある。過去の人類は全部先祖だと考えているから、他人は他人のようで他人でない。

周:中華文明の中で、先祖崇拝を確立したのは周王朝だ。殷王朝は、神の崇拝をやり過ぎ大勢の人々を生贄にした。殷王朝を倒した周王朝は、先祖崇拝で人間の優位性を確立した。中国王朝の天命は神から民へシフトした。これは非常に大きな出来事で、それ以降中国では神を絶対視する王朝は誕生していない。大きな宗教戦争の時代もなかった。これは日本を含む東アジアにも大きな影響を与えた。世界の宗教戦争と対立を見渡すと、中華文明が早熟であったことが分かる。

岸本:核家族、集合住宅、学校制度。現在の日本社会を全部かけ合わせたらそんな風になる気がする。集合住宅の頃は友達が自分の家にいるのは普通だった。今は他人の家に行くのは遠慮がある。親の了解が要る。他人の子が夕方遊びに来ていたら夕飯を一緒に食べさせた。よその子は自分の子と変わらなかった。

孔子とその弟子たち

■ アメリカ製日本国憲法はなぜうまく機能したのか?


岸本:習近平氏の「歴史決議」では中国共産党結党時の1921年の中国は悲惨だったと書かれている。日本でも明治維新で政府ができた頃は大変だったと書かれている。さらに昭和の前半は、恐慌からはじまる暗黒の時代が続き、自国だけでも300万人以上の犠牲者を出して戦争が終わった。

 『坂の上の雲』という司馬遼太郎氏の小説がある。他人のためを思って一生懸命頑張る。自己中心は否定され、他人のために頑張る人だけがいい人だという社会。それが悲惨な結果を生んだ。江戸時代からつながっていた日本的な精神が否定された。

 私は昭和37年生まれで小学校に入ったのは昭和43年、戦後20年だ。戦争前のことを良かったという同級生がいたら、みんなで意地悪する感じだった。「私の祖父は軍人で偉かった」などと言おうものなら先生も「そんなこと言うものではない」と否定された。

周:日本国憲法を作ったのは日本人ではなく占領軍だ。占領軍の中の左派だ。彼らはアメリカでやれないことをやった。

岸本:占領下において社会運営の方針と制度づくりは占領軍の左派が担当した。労働組合法もGHQが起草した。明治時代にドイツ、フランスの制度を自らの意思で輸入したのとは違う。

周:日本国憲法のもとで日本社会がここまでうまく出来上がって来たのは、日本的な精神があったからだ。

講義を行う岸本氏

日米同盟は瓶の蓋


周:トランプ氏の対日関税交渉の姿勢は何故これほど強いのか?

岸本:トランプは、日米安全保障体制がアメリカにプラスだと思っていないのではないか。日米安全保障条約は瓶の蓋だ。日本はいつかアメリカに復讐するかもしれない。日米安全保障体制がある限り日本の再軍備は必要ない。

 憲法九条の規定がありながら、防衛費に10兆円近くを使うよう日米政府が動いているのは周先生にはどう見えるか?

周:瓶の蓋だ。トランプは日本だけでなくドイツに対しても瓶の蓋を開けた。

岸本:瓶の蓋を開ける。自国を自衛できないようではいけないというのが自民党の一部の主張だ。社会党、共産党は日米安保に反対だ。立場がいろいろあって構わない。アメリカ大統領で日本に防衛費を増やせと言った人は過去何人もいるが、日米安保体制をなくして瓶の蓋を外してあげようかと明言した人はいない。トランプさんも明言はしていない。

 日本の総理大臣が、軍事力を増強し日米安保条約を破棄すると言ったらどうなるか。関税、自動車工場、製鉄所という次元の問題ではない。 

周:トランプ氏はカナダを「51番目の州」にすると言った。日本を52番目の州にするという要求はあり得るのか?

岸本:1950〜60年代はそれに近い要求を受けてきた。日米関係と日中関係を天秤にかけて打開していくのが良い総理大臣だと言う人がいる。アメリカとの関係、中国との関係を天秤にかけることはできない。それぞれが大事だからだ。中国と日本、東アジアの調和と進展。ロシアや北朝鮮との関係もその一部だ。52番目の州を考える前に、このテーマを深めていくことが大切だ。

講義を行う岸本氏と周牧之教授

プロフィール

岸本 吉生

ものづくり生命文明機構常任幹事

 1985年東京大学法学部卒業後通商産業省入省。経済産業省環境経済室長、中小企業庁経営支援課長、愛媛県警察本部長、中小企業基盤整備機構理事、九州経済産業局長、中小企業庁政策統括調整官、経済産業研究所理事、中小企業基盤整備機構シニアリサーチャー、中小企業庁国際調整官を経て現職。コロンビア大学国際関係学修士、日本デザインコンサルタント協会会員。


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講義を行う岸本吉生氏

■ 編集ノート:

 岸本吉生氏は経済産業省の官僚として長年第一線で日本の産業政策、国際交渉を担ってきた。退官後はものづくり生命文明機構常任幹事として輪島塗、播州織など日本のモノづくり文化の継承と発展に力を注いでいる。

 東京経済大学の周牧之教授の教室では、2025年5月15日、岸本吉生氏を迎え、トランプ関税発動後の国際社会への影響と行方について、また現代日本の社会、文化の様相についてお話しいただいた。


■ 米中のグランドデザインの折り合いで決着


周牧之:トランプ大統領は、2025年4月、日本も含めアメリカの貿易相手国に対して「相互関税」として高い関税を課すと発表した。とくに中国に対して145%にのぼる関税をかけるとした。これに対して中国もアメリカへの対等の報復関税を即座に発表した。

 僅か1カ月後の5月12日、米中両国は経済と貿易に関する会談の共同声明を発表し、アメリカが中国に課している相互関税率を大幅に引き下げ、中国側も同様の措置をとるとした。まさにドラマティックな展開だった。アメリカが中国にここまで迅速かつ徹底して関税を引き下げた理由をどう考えるか?

 岸本さんは現役官僚の時、国際交渉をされていた。大半のアメリカの経済学者が反対する中で、トランプは何故高関税を発動したのか?自由貿易を提唱してきたアメリカは、何故ここまで高い関税を武器に世界を相手に喧嘩を売るのか?

岸本吉生:周先生と私は同い年だ。私が大学を出て日本政府の職員になった時、周先生は大学を出て中国政府に入った。私は通商産業省、周先生は機械工業省に入省した。周先生は入省3年で来日し、研究者になられさまざま研究及び社会活動をされている。1990年代から今までの30年、数多くの問題解決に貢献されている。

 私が周先生に出会った頃、中国の社会問題で一番大きいのは三農問題だった。中国に8億人ぐらいの農民がいた。日本では農民は1,000万人以下しかいない。農民を農業以外の仕事に就けるようにすることは、中国社会で最大の問題だった。これに対して、周先生はメガロポリスの政策を提唱し、中国の政策当事者と協力して都市化を推し進めた。

 2023年1月5日、習近平主席の「歴史決議」について周先生と対談した。中国共産党の「歴史決議」は3つしかない。毛沢東と鄧小平、習近平が其々一回ずつ出している。習近平氏の歴史決議は、共産党結党100年目の2021年に発表された。習近平氏は自身の社会運営、グランドデザインを渾身の力で書いたのだと思う。関税が下がったのは、習近平氏のグランドデザインと、トランプ氏の社会運営に折り合いがついたからだと思う。

周:トランプ氏のスローガンはMake America great againだ。習近平氏は「中華民族の偉大なる復興」を掲げている。英語に訳せば「Make China great again」だ。19世紀の初頭、中国は世界最大の経済大国だった。世界経済におけるシェアは1990年にはわずか1.7%であるが19世紀初めは33%を超えていた。

岸本:中国の経済規模はかつて世界最大だった。清朝末期から西洋に侵略された。

周:習近平氏の「共同富裕」もトランプ氏と共通点がある。

岸本:「皆でいい暮らしをしよう」だ。2050年には皆がそう感じるようにしようというのが習近平氏のビジョンだ。トランプ氏は悠長なことは言えず4年の任期を考えて急進的にやるしかない。

1945年「若干の歴史問題に関する決議」と1981年「建国以来の党の若干の歴史問題に関する決議」報告書

産業の勝ち負けが大事


岸本:トランプ氏は移民を合法の移民に制限する。製造業を力強いものにすると言っている。アメリカの製造業を弱くしている国は中国だ。その前は日本だった。私が通産省に入った時に、日本のアメリカに対する貿易黒字は毎年10兆円以上、GDPの5%くらいだった。

周:対米黒字GDP比から見ると、その時の日本は今の中国より更に凄かった。

岸本:日本が戦後得た産業技術の大半はアメリカから得たものだ。アメリカの技術を工業生産に結びつけてアメリカに輸出した。アメリカにとって安全保障上問題が大きい産業は鉄、半導体、飛行機だ。鉄と半導体を日本に依存するのは怖い。

周:アメリカは意外に恐怖心の強い国だ。

岸本:コンピューターネットワークにおいてコンピューターは他国のものでもいいがネットワークは他国のものでは怖い。自動車と繊維産業は、労働者を多く使うため他国に依存したくない。アメリカはこれらの産業競争力を守りたい。中国との間でも同じだ。

“MAKE AMERICA GREAT AGAIN”キャップとホワイトハウス

■ 製造業を取り戻す為のトランプ関税


岸本:アメリカ人の勤労者の家庭の日常は仕事が終わったらテレビだった。スポーツ観戦だ。野球、アイスホッケー、アメフト、バスケットボール。アメリカに生まれた人の望みはいろいろあるが、人並みで暮らせたら十分だという人は、仕事が終わったらバドワイザーを飲みテレビを見る。夫婦でおめかしして音楽やダンスに興じる。

 日本はどうか。食品も着る物も中国製、衣食住を担う仕事がなくなっている。

 トランプ大統領は関税を上げる。驚きだ。経済学の教科書と逆だ。物価が上がり貧しくなる。しかし、関税が高くなればアメリカに工場を作ろうかとなる。アメリカは自由貿易を標榜していた頃、ヨーロッパは失業率25%で深刻な不景気だった。12カ国がEUを始めた1992年の合言葉は、Fortress Europeだ。関税はメンバー間にはゼロ、外に対してだけかける。アメリカもかつてのEUと同じことをやろうとしていた。

周:1992年にアメリカ、カナダ、メキシコ3カ国は自由貿易協定(NAFTA: North American Free Trade Agreement)を結んだ。 

岸本:ヨーロッパは12カ国で人口3億人ぐらい。アメリカとカナダ、メキシコ3国のNAFTAは内には自由貿易、外に対しては関税だ。

周:NAFTAは5億人を抱えている

2018年7月19日「『中国都市ランキング−中国都市総合発展指標』出版記念パーティ」にて、前列左から岸本吉生、中井徳太郎(環境省総合環境政策統括官)、清水昭(葛西昌医会病院院長)(※肩書きは2018年当時)

アメリカへの工場誘致は進むのか


岸本:トランプはカナダに「51番目の州」になることを提案している。

周:カナダをさらに取り込もうとしている。

岸本:日本が提唱したのはアジア太平洋経済協力(APEC:Asia-Pacific Economic Cooperation)だ。アメリカも中国もはいっている。

 トランプ大統領は自国だけの関税政策でMake America great againを成し遂げようとしている。うまくいくかどうか分からない。工場が増えるのには何年もかかる。アメリカの政策の先行きを懸念して海外から投資が進まないかもしれない、中間選挙や次の大統領選挙まで信頼が続かないかもしれない。

周:トランプ関税は、世界最大の市場を武器に出来るからやれるが、その効果は狙い通りになるのか誰も分からない。

岸本:共和党が自由貿易を放棄した理由は何か?かつて共和党は自由貿易を提唱し企業が黒字になれば失業は構わないというスタンスだった。労働者を守るのは民主党と労働組合の仕事だった。これが逆転している。いまや民主党が自由貿易と言い、共和党が関税政策を提唱している。

周:グローバリゼーションで繁栄を謳歌する大都市をベースにした民主党に対し、トランプは見捨てられた旧工業地帯や田舎を抱き込む為にそうした挑戦をせざるを得ない。

アジア太平洋経済協力(APEC)2025

■ マンネリ化を産む高関税


周:そもそも高い関税で国を豊かにできるのか? 

岸本:いま皆さんの毎日に、仕事が終わったらプロスポーツをテレビで見るという感覚はないのではないか。見たいものがあれば見たい時間に見る。柔軟だ。働き方もそうではないか?決まった時間に決まった服を着て職場に行き終業時間になれば帰宅するのではなく、インターネットを使い、いろいろな人とコミュニケーションして仕事をする。

周:多様性の時代は選択肢が広がる。グローバリゼーションは一部の人の仕事を奪うと同時に、大勢の人の選択肢を広げる。

岸本:先進国には大学が沢山あり、子供を大学に通わせる余裕がある。大卒は先進国に多くバングラデシュやアフリカには少ない。先進国では大学生が余っている。全ての品目を同率の高関税にするトランプ大統領のやり方は、私のように通商政策に携わった人間からすると、良い雇用や産業競争力の向上に効果があるか疑問もある。

周:トランプ氏は孤立主義だ。輸出するつもりはないかもしれない。

岸本:輸入がなく輸出をしないとなると経済活動が停滞する。製造業がアメリカに戻るようにというトランプ大統領のメッセージに各国は協力できるだろうか。

周:トランプ大統領の4年間の任期でどこまでやれるか。

岸本:戦後80年間誰も思いつかなかったことだ。効果はあるかもしれない。

周:一定の効果はあるはずだがマンネリ化は避けられない。

※後半に続く

講義を行う岸本氏と周牧之教授

プロフィール

岸本 吉生

ものづくり生命文明機構常任幹事

 1985年東京大学法学部卒業後通商産業省入省。経済産業省環境経済室長、中小企業庁経営支援課長、愛媛県警察本部長、中小企業基盤整備機構理事、九州経済産業局長、中小企業庁政策統括調整官、経済産業研究所理事、中小企業基盤整備機構シニアリサーチャー、中小企業庁国際調整官を経て現職。コロンビア大学国際関係学修士、日本デザインコンサルタント協会会員。


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【シンポジウム】周牧之:こくベジーGXの波をいかに大変革に繋げるか

講演を行う周牧之・東京経済大学教授

編集ノート:第10回東京経済大学・国分寺地域連携推進協議会フォーラム「国分寺市GXスタートアップシンポジウム」が2024年5月30日に開催された。東京経済大学の周牧之教授が基調講演し、都市農業こくベジプロジェクトについて語った。


 産業革命の前からの世界の平均気温上昇を2℃未満に抑えるというパリ協定が採択されたのは2015年の12月12日。実はその1週間後に東京経済大学が「環境とエネルギーの未来 国際シンポジウム」を行いました。同シンポジウムに中井徳太郎さん、安藤晴彦さん、和田篤也さんという当時霞が関の環境政策と資源政策の最先端を推進するお三方が登壇し、周ゼミの学生と真剣に議論したことは、学生にとっては忘れられない経験だったと思います。

 このグラフから分かるように、1750年から今日までの累積のCO2排出量から見て、世界各国にとってCO2の削減は大きな責任ある課題となっています。2020年10月26日、菅義偉首相が所信表明演説で2050年のカーボンニュートラル宣言をしました。その大決断の裏で、当時環境事務次官を務めていた中井さんが大きな役割を果たしました。

 中井さんは元財務官僚で、GXや環境政策には大きなコストがかかるという当時のネガティブな考え方に対してNOを言い、これが新しい変革、新しい産業、新しい技術のイノベーションにつながるとの信念を持つ人です。私もこの考え方に大いに賛同し、今日のテーマ「GXの波をいかに大変革につなげるか」は私どものフィーリングに全くマッチしていると思っています。

 GXは今大変革に繋がってきています。事例を二つ申し上げます。

 ひとつは電気自動車(EV)。日本ではまだそれ程走っていませんが、中国は2024年すでに電気自動車が新車販売の割合で50%を超えています。さらに、電気自動車の時代を牽引しているのがアメリカのテスラです。テスラの販売台数はトヨタと比べ、ずっとまだ少ないのですが、時価総額からみるとトヨタの数倍になっています。要するに、世界の資本から見ると非常に評価される立場になっていまして、さらに面白いのは、中国のBYÐという会社です。もともとバッテリーを作っていた会社ですが、電気自動車生産に参入し、2023年に販売台数と生産台数が共にテスラを超えています。中国の自動車の輸出台数が2023年、日本を超えて世界一になったことは、GXの大変革に繋がった事例だと思います。

 もうひとつ申し上げたいのは、東京都についてです。東京都の2030年目標は非常に野心的で、カーボンハーフ、二酸化炭素排出を5割落とすと言っています。目標だけでなく、実際さまざまなアプローチも取られています。中でも私が一番注目しているのは、電源を地産地消に切り替えることです。屋根の上に太陽光パネル設置を義務化し、確実にやっていく。世界最大の都市のひとつ東京で、この大変革が起こっていることを、皆さんに大いに知っていただきたいと思います。

 こくベジという話を聞いた時に、私の頭の中で最初に浮かんだのは半世紀前のローマクラブの『成長の限界』というレポートです。これは、増え続ける世界の人口に対して、これ以上増えると大変な食料問題になってくるという警告を発したレポートとして有名です。

 実際どうなったか。これは私が1961年から今日までの穀物の生産量と、人口、穀物の用地のデータを集めて作ったグラフです。ここからわかるように、世界の人口は1961年から2021年までの60年間で+158%になっています。穀物生産はそれを上回って増産してきたので+250%になっています。興味深いのは、穀物用地はそれほど増えていないことです。この60年間、世界の穀物用地は14%しか増えていないのです。

 ではなぜ、このように食料事情に恵まれているかというと「緑の革命」のおかげです。化学肥料、農薬、品種改良、灌漑施設、機械化、組織化などが世界的に浸透したことで生産効率が良くなり、増え続ける人類を養えるようになった。しかし、同時に食の安全・安心問題が発生しました。過度に使われる農薬や肥料は大きな問題になっており、この課題をどう克服していくか。こくベジが、われわれの目の見えるところであまり農薬を使わない、化学肥料を使わない都市農業であることが、私は非常にいいアプローチだと思っています。

 さらに、世界の食料事業を支えるもうひとつのシステムがあります。それは世界の農産物の貿易です。これによって世界の食の供給システムが保障されていますが、世界で最も農産物を輸入している国のトップ5は、多い順に中国、アメリカ、ドイツ、オランダ、日本です。しかし、この5番目の日本の食糧自給率が38%と大変に低いわけです。日本が世界経済にここまで依存しているのは非常に素晴らしい数字として見えるかもしれません。が、いまロシアによるウクライナ侵攻が穀物価格の乱高下をもたらし、久しぶりに食の安全保障問題が世界の話題となっています。その意味からも、日本において、都市農業という身の回りで食の供給システムが努力して作られていることは魅力的だと思っているところです。

 国分寺市の話を続けます。2年前に私ども周ゼミで東経大の学生を対象にアンケート調査をやりました。そのアンケート調査の中で、国分寺に関してもいくつかの話がありまして、ひとつは「国分寺市に愛着を抱いていますか?」という問いに、「ある」とはっきり答えている学生は16.4%しかいなかった。「ない」はそれを上回る22.1%。これ自体、われわれにとって非常にショッキングなことで、若い人たちにどう国分寺の魅力を伝えていくかが大きな課題ではないか、という問題提起になりました。若い人たちにどういった仕掛けが必要か、で言えば、こくベジは非常に魅力的であり、大いに期待しています。

 最後にこくベジとGXとの関係をまとめます。世界のCO2の排出量の1/4以上は食の供給システムから発生しています。皆さん普通はあまりそういう認識がないのですが、実際1/4以上は食の供給システムから排出されています。こくベジGXプロジェクトが素晴らしいと思うところは、野菜の栽培だけでなく、栽培から食卓、レストラン、そして廃棄物まで全部カバーしようとするプロジェクトの構想、コンセプトです。これが成功できれば、世界に対し一つの先進事例として提供できるのではないかと思っています。

 こくベジの可能性は、CO2の削減はもとより、GXを盾にして新たな成長やイノベーション、社会的なイノベーションを含め、緑の革命がもたらした課題をも乗り越えられるのではないか。さらに食の安全保障にも貢献できる。そういう意味で、この地産地消型の都市農業のGXがまさしく国分寺をさらに魅力的にする大きなパンチになる可能性があると信じています。



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【シンポジウム】郭旭傑・周其仁・徐林・安庭・林惠春:中国企業海外進出のチャンスと課題

■ 編集ノート:雲河東京国際シンポジウム「中国企業の新たなチャレンジ:イノベーション、集積、海外進出」が2024年12月1日、東京オペラシティで開催された。主催は雲河都市研究院、メディアサポートは中国インターネット情報センター。 
 中国駐日本大使館の郭旭傑経済参事官、北京大学国家発展研究院の周其仁教授、中米グリーンファンドの徐林会長、北京希肯琵雅国際文化発展株式会社の安庭会長、北京師範大学一帯一路学院の林惠春教授が登壇し、中国企業海外進出のチャンスと課題について議論した。


2024年雲河東京国際シンポジウム「中国企業の新たな旅立ち:イノベーション、集積、海外進出」会場

林惠春:中国企業海外進出の2つの課題


 きょうの中国企業海外進出に関する討論の議題は2つある。1つは、米国トランプ政権の逆グローバル化で、中国企業は海外進出をどう図るべきか。2つ目は、中国の一帯一路が中国企業の海外進出にとってどのような意味と役割があるかだ。

林惠春 北京師範大学一帯一路学院教授

郭旭傑:中国企業はどう包囲網を打ち破り、足場を固めるか


 トランプ政権二期目が始まり、世界自由貿易体制と経済グローバル化に対する懸念が世界的に高まっている。中国経済が直面するこれらの課題は、結局のところ中国企業の肩にかかってくる。新しい時代において、中国企業が国際舞台で包囲網を打ち破り、足場を固めることが重要な課題となっている。

 APEC首脳非公式会合期間中、習近平主席は石破茂首相と会談し、両国首脳が戦略的互恵関係を全面的に推進し、新しい時代に適した建設的で安定した日中関係を構築することを再確認した。経済貿易、グリーン成長、医療・介護などの分野で協力を強化し、グローバルな課題に共同で対応していくと強調した。石破茂首相は施政演説で、両国間のあらゆるレベルでの交流を推進し、中日関係が改善・発展の重要な時期を迎えることを表明した。

 近年、日本市場に進出する中国企業も増加している。日本貿易振興機構の統計によると、2023年末時点で、中国の対日投資残高は80億米ドルに達し、2015年の4倍に増加した。主な分野は貿易、投資、金融、物流、観光、人材派遣など多岐にわたり、地域的には東京、大阪、名古屋の3大都市圏に集中している。 日本に投資する中国企業では、BYD、TEMU(テム)、SHEIN(シーイン)、ハイアールなどのブランドが好調で、日本において中国の良いブランドイメージを確立している。

郭旭傑 中国駐日本大使館経済参事官

安庭:輸出と進出の促進で、文化の運命共同体創りを


 中国の文化公演の海外進出について、私はいくつかの展望を持っている。

 第一に、文化公演と国際市場との有効な連携を強化し、エンターテインメントの優良作品がスムーズに海外進出できるよう推進する必要がある。

 第二に、情報交流の強化は、中国の舞台芸術の傑作を海外に進出させる上で最も重要な課題となっている。

 第三に、積極的に海外へ作品を紹介し、理解を深めることが必要だ。そこを国家レベルで支援する必要がある。

 国家間、都市間の文化の相互理解、産業連携、社会の融合を促進し、海外からの輸入と海外進出を促し、文化の運命共同体を作り上げよう。

安庭 北京希肯琵雅国際文化発展株式会社会長

徐林:一帯一路は中国企業の海外進出を支援し、開かれたプラットフォームに


 グローバル化には多様な側面がある。経済分野では逆グローバル化の傾向が見られるが、経済だけを見てはいけない。他の多くの分野ではグローバル化は逆行していない。

 第一に、中国企業は国際資本市場への進出を奨励する必要がある。先ほど周牧之教授が述べたように、企業の上場は資金調達手段であるだけでなく、国際投資を誘致し、透明性を高め、認知度を高める重要な手段でもある。

 過去数年間、一部の海外上場の中国企業は上場廃止とされたが、私はこれは間違っていると思う。より多くの中国企業が海外資本市場に上場し、外国投資家が中国企業について理解を深め、中国企業の成長による利益を外国投資家が共有できるようにする必要がある。

 第二に、現在、中国の海外での利益は10兆ドルを超えている。中国政府は、海外のこの利益をどう保護するのか?何によって保護するのか?

 従来、中国の外交は他国の内政に干渉しない方針だったが、中国は現在、世界中のあらゆる地域で利益分配がある。他国の内政に干渉しない方針で海外の利益を保護できるのか?外交の手段や戦略を変更する必要はないのか?

 他国の内政に干渉しない方針を堅持するには、国際ルールや協定に依拠する必要がある。そのためには、主要な利害関係者と早期に協定を結び、制度を確立する必要がある。そうすることで、中国の海外利益を保護することができる。実際、中国は現在これらの点で不十分だ。

 第三に、ますます増加する企業の海外進出のニーズをどう管理するか。資本は海外へ流出するが、政府はその流出に対してどのような態度を取るべきか?どのようなルールを設けるべきか?

 多くの中国の名高い企業が海外進出の際に、資本規制などさまざまな障害に直面している。こうした問題は、中国企業の海外進出の波の中で、政府が解決しなければならない課題だ。

 第四に、中国の金融サービス業は企業の海外進出のニーズに対応できるだろうか?

2024年雲河東京国際シンポジウム「中国企業の新たな旅立ち:イノベーション、集積、海外進出」会場

 海外の金融機関は、自国の企業とともに海外に進出し、多くの優れたサービスを提供している。しかし、中国の金融システムは、こうした要求に対応できていない。多くの中国企業は、海外で海外の金融機関のサービスを利用できない時、中国の金融機関は彼らに十分なサービスを提供できていない。

 私は、一帯一路は地理的な概念と理解している。しかし、欧米人は一帯一路を地政学的な概念として捉える傾向がある。実際、中国が一帯一路を最初に提唱したのは、地政学的な考慮ではなかった。

 当時、中国は多額の外貨を稼いでおり、その外貨をより有効に活用するため、アジアインフラ投資銀行(AIIB)やBRICS銀行を設立し、一帯一路を提唱した。日本を見習い、その外貨を利用し、多額の収益を得た後に黒字を国内に還流させ、一帯一路参加国の発展を促進したいと考えていた。

 しかし、その後、これは地政学的な戦略と解釈された。そのために中国では「一帯一路戦略」と呼ばず、「一帯一路イニシアチブ」と呼ぶようになった。

 私は、一帯一路が真に影響力を持つためには、中国企業の海外進出を支援し、開かれたプラットフォームとして構築すべきだと考える。もちろん、中国の対外姿勢は依然として開かれたものであり、閉鎖的でなく、中国が完全に主導するものではない。第三者の参加も歓迎する。

 また、一帯一路には、基本的なルールや制度が不可欠だ。それがない場合、一帯一路の投資はリスキーなものになる。

(右)徐林 中米グリーンファンド会長、中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司元司長(左)周其仁 北京大学国家発展研究院教授

■ 周其仁:企業を主体としたグローバル化を


 現実の世界は非常に興味深く、地政学の本質は異なる地域間の利益衝突を表わす。

 人類は動物から進化し、狩猟文明と農耕文明を経てきた。動物界にも領土意識があり、生存のために生物は自分の領土を広く、豊かに、強くしたいと考える。隣接する2つの勢力はしばしば矛盾や衝突を起こす。これが地政学的紛争の根源のひとつである。

 人類社会は21世紀にまで発展したが、戦争や紛争は絶えず発生し、これは根深い競争が依然として存在していることを示している。

 一方、国境で囲まれた国家は存在しているものの、企業の海外進出は政治体制と直接には関係がない。顧客さえあれば、企業はさまざまな政治体制の国に容易に進出できる。企業は契約を結ぶ組織であり、契約は人類の経済的利益と文化的利益をネットワークで結びつけている。

 このように地域紛争が絶えない一方、市場のグローバル化とネットワーク化で企業の活動は世界中に広がっている。この両者は世界に矛盾なく共存している。

 2019年に北京大学での講演で、私は「国本位のグローバル化は重大な挫折に直面しているが、市場本位のグローバル化はまさに台頭しつつある」と述べた。この市場本位とは企業本位である。

 米大統領は対中の貿易戦争と技術戦争を発動したが、テスラは上海にスーパー工場を建設した。国家間の政治関係がどうであれ、企業は複数の、時には対立する顧客と取引を行うことが可能だ。

 今日、ナショナリズムや貿易保守主義が台頭し、国家安全保障が極限まで拡大しているが、最終的に勝利するのは企業中心のグローバル市場というネットワークである。そのネットワークの相互作用が、人類が古くから抱える地域紛争を克服するだろう。

(左)周其仁 北京大学国家発展研究院教授/(右)周牧之 東京経済大学教授

 中国の希音(SHEIN)社は、オンラインでZARAのようなビジネスを展開している。世界には、少ないお金で新しい服を着たいという消費者層が存在する。同社は、この需要をターゲットに、インターネットを通じて欧米市場に週5万点の新しい商品の電子サンプルをアップし、注文が入ると佛山、番禺一帯の中小企業で大量生産し、需要に応えている。オンラインでヒット商品が出ると、生産システムが迅速に対応する。彼らのネットワークを通じて数十機の飛行機で世界中に輸送される。

 先ほど周牧之教授が述べたように、希音の日本での売上高はユニクロに迫っている。しかし、中国国内の大多数の人々は、この会社の存在すら知らない。

 私の学生にアマゾンで働いている者がいるが、彼はアマゾンの株価が中国の2つのアプリに圧迫されていると言う。一つは拼多多(ピンドゥオドゥオ)、もう一つが希音だ。これらの企業の頭の中の世界地図は、私たちが目にする世界地図とは異なっている。私たちは境界が明確な国家として国々を見ているが、彼らはサプライチェーン、顧客チェーン、中間サービスプロバイダーでつながった商業ネットワークの世界を見ている。

中国都市総合発展指標2023」報告書

 この記事の中国語版は2024年12月26日に中国網に掲載され、多数のメディアやプラットフォームに転載された。


■ WEB掲載記事


【日本語版】

チャイナネット『海外進出した中国企業、現地社会に溶け込むのが肝心=中米グリーンファンドの徐林会長』(2025年5月15日)

チャイナネット『企業を主体としたグローバル化を=北京大学国家発展研究院の周其仁教授』(2025年5月15日)

チャイナネット『製造から投資、管理の力量まで問われる海外進出=北京大学国家発展研究院の周其仁教授』(2025年5月15日)

チャイナネット『高成長する文化産業は「輸入」と「海外進出」が両輪=北京希肯琵雅国際文化発展股份有限公司の安庭会長』(2025年5月15日)

チャイナネット『近年、日本市場に進出する中国企業が増加=中国駐日本大使館の郭旭傑経済参事官』(2025年5月15日)

チャイナネット『中国企業の海外進出は世界を再構築=周牧之教授』(2025年5月16日)

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【シンポジウム】メガロポリス発展を展望:中国都市総合発展指標2023

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 【専門家レビュー】周其仁:生態都市建設と都市総合発展指標

【刊行によせて】徐林:中国の発展は都市化のクオリティ向上で

【刊行によせて】周牧之:新型コロナウイルス禍と国際大都市の行方

【論文】周牧之:二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧

【論文】周牧之:アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準

【論文】周牧之:世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題