【論文】中国の二酸化炭素排出構造及び要因分析

周牧之 東京経済大学教授


▷CO2関連論文①:周牧之『世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題』
▷CO2関連論文②:周牧之『二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧』
▷CO2関連論文③:周牧之『アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準』


1.中国都市CO2排出量ランキング


 中国の国土の中で、経済活動が行われる主なエリアは地級市[1](日本の都道府県に相当)以上の297都市[2]から成る。これらの都市は中国の人口の94.7%、GDPの96.6%を占めている。中国におけるCO2排出構造を知るには、都市レベルでの実態把握が必要であるが、これまでそのような分析は難しかった。本論は、中国都市総合発展指標のデータシステムを活用し、衛星データのGIS解析を駆使して、中国における都市レベルのCO2排出に関する実態分析に挑む。中国都市総合発展指標は、雲河都市研究院と中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司(局)が共同開発した都市評価指標である。2016年以来毎年、内外で発表してきた。同指標は、環境・社会・経済という3つの軸(大項目)で中国の都市発展を総合的に評価している。評価対象は、中国297地級市以上都市の全てをカバーし、評価基礎データは882個に及ぶ[3]

 中国都市総合発展指標は毎年、衛星データのGIS解析を駆使して、中国各都市のCO2排出状況をモニタリング[4]し、評価している。図1は、新型コロナウイルスパンデミック直前の2019年における中国都市CO2排出量トップ30都市を示している。同ランキングのトップ10都市は、上海、北京、天津、蘇州、広州、唐山、ハルビン、寧波、青島、重慶となった。また、11位から30位は、東莞、無錫、済南、鄭州、徐州、台州、長春、棗荘、張家口、太原、保定、オルドス、武漢、大慶、南通、西安、南京、フフホト、杭州、深圳であった。これら30都市は中国CO2の32.6%を排出している。その排出規模は、世界第3位のインドの排出量の1.3倍にあたる。

 同トップ10都市に限って見ると、そのCO2排出量は中国全体の16.2%を占める。その排出規模は、世界第4位のロシアの排出量の1.1倍に当たり、日本の排出量の1.6倍に相当する。

 その意味では、同30都市のCO2排出構造を分析することには大きな意味がある。

図1 中国都市CO2排出量2019ランキング トップ30

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2020』データセットより作成。

2.CO₂排出量トップ30都市のグルーピング分析


 中国CO2排出量トップ30都市は三つのグループに分類できる。一つは直轄市や省都などから成る中心都市[5]、二つ目は三大メガロポリス[6]を始めとする沿海部で製造業が盛んな都市、三つ目は石油、石炭の産地、または電力、鉄鋼などCO2を大量に排出する産業が盛んなエネルギー・重化学工業都市である。その分類には、上海のように中心都市であると同時に沿海部の製造業スーパーシティでもあり、鉄鋼産業もかなりの規模を有するなど、複数の性質を有し、重複している都市がある。

(1)中心都市

 中国CO2排出量トップ30都市のうち、中心都市としては上海、北京、天津、広州、ハルビン、寧波、青島、重慶、済南、鄭州、長春、太原、武漢、西安、南京、フフホト、杭州、深圳の18都市が数えられる。人口と経済の大集積地として、生活水準の高い中心都市が、CO2排出においても大きな存在となっている。

(2)製造業スーパーシティ

 中国都市総合発展指標では中国都市製造業輻射力も毎年モニタリングしている。輻射力とは都市の広域影響力の評価指標である。製造業輻射力は都市における工業製品の移出と輸出そして、製造業の従業者数を評価したもので、中国各都市で公表された統計年鑑や国民経済和社会発展統計公報を参照し算出した。

 図2が示すように、中国都市製造業輻射力2020ランキングのトップ30都市は、深圳、蘇州、東莞、上海、寧波、仏山、成都、広州、無錫、杭州、厦門、恵州、中山、青島、天津、北京、南京、嘉興、金華、鄭州、珠海、泉州、紹興、煙台、常州、西安、台州、南通、大連、威海である[7]。その中で「中国都市CO2排出量ランキング2019[8]」トップ30にも名を連ねる都市は、深圳、蘇州、東莞、上海、寧波、広州、無錫、杭州、青島、天津、北京、南京、鄭州、西安、台州、南通の16都市である。その中で鄭州、西安を除く都市が三大メガロポリス(京津冀・長江デルタ・珠江デルタ)に所属している。グローバルサプライチェーンで輸出力を誇る製造業スーパーシティが、CO2排出においても大きなプレイヤーになっている。

 ちなみに中国都市製造業輻射力2020ランキングのトップ10入りの成都と仏山は、「中国都市CO2排出量ランキング2019」のトップ30には入っていないものの、33位と42位となっている。

図2 中国都市製造業輻射力2020ランキング トップ30

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2020』データセットより作成。

(3)エネルギー・重化学工業都市

 「中国都市CO2排出量ランキング2019」のトップ30都市には、石油、石炭の産地、または電力、鉄鋼、石油化学などCO2を大量に排出する産業が盛んな、エネルギー・重化学工業都市が多い。本論では『中国都市総合発展指標』の中の「都市発電量」、「都市鉄鋼産業輻射力」、「都市石炭鉱業輻射力」などの指標を使い、これらエネルギー・重化学工業都市の実態を分析する。

① 中国都市発電量ランキング2020

 火力発電はCO2を大量に排出する産業である。中国都市総合発展指標では中国各都市の発電量をモニタリングしている。「中国都市発電量ランキング2020」は、中国各都市で公表された統計年鑑や国民経済和社会発展統計公報を参照し算出した[9]

 図3が示すように、「中国都市発電量ランキング2020」のトップ30都市は順に、楡林、宣昌、オルドス、浜州、蘇州、銀川、上海、嘉興、重慶、深圳、福州、天津、寧波、包頭、煙台、淮南、麗江、成都、唐山、聊城、昭通、陽江、通遼、フフホト、済寧、大連、徐州、ウランチャプ、西寧、寧徳である。

 中国CO2排出量トップ30都市のうち、上記ランキングでトップ30入りした電力生産基地としてオルドス、蘇州、上海、重慶、深圳、天津、寧波、唐山、フフホト、徐州の10都市が数えられる。これらの都市において石炭火力が大量のCO2を排出している。

 ちなみに「中国都市発電量ランキング2020」ランキングのトップ10入りの楡林、宣昌、浜州、銀川、嘉興は、「中国都市CO2排出量ランキング2019」のトップ30には入っていないものの、楡林31位、嘉興44位、浜州78位、銀川84位となっている。宣昌は三峡ダムでの水力発電がメインとなっているためCO2の排出量は少ない。

図3 中国都市発電量2019ランキング トップ30

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2020』データセットより作成。

② 中国都市鉄鋼産業輻射力2020

 鉄鋼産業は製造業の中で最もCO2を排出している産業である。中国都市総合発展指標では中国各都市の鉄鋼産業輻射力をモニタリングしている。鉄鋼産業輻射力は都市における同産業の従業者数、企業集積状況、営業収入、資産などを評価した。中国都市鉄鋼産業輻射力2020は、2019年から2020年にかけて中国各都市で公表された「第4回全国経済センサス」も参照し算出した。図4が示すように、中国都市鉄鋼産業輻射力2020ランキングの上位30都市は順に、唐山、邯鄲、天津、蘇州、無錫、済南、常州、本渓、包頭、武漢、太原、馬鞍山、安陽、上海、中衛、嘉峪関、攀枝花、日照、新余、営口、ウルムチ、石家荘、南京、運城、廊坊、柳州、玉溪、許昌、漳州、仏山である。特に、トップの唐山の同輻射力は抜きん出ている。これらの都市には中国主要鉄鋼メーカの本社や主力工場が立地している。

 中国CO2排出量トップ30都市のうち、上記ランキングでトップ30入りした鉄鋼生産基地として唐山、天津、蘇州、無錫、済南、武漢、太原、上海、南京の9都市が数えられる。これらの都市の鉄鋼産業が大量のCO2を排出している。

 ちなみに中国都市鉄鋼産業輻射力2020ランキングのトップ10入りの邯鄲、常州、本渓、包頭は、「中国都市CO2排出量ランキング2019」のトップ30には入っていないものの、邯鄲38位、常州41位、包頭110位、本渓203位となっている。

図4 中国都市鉄鋼産業輻射力2020ランキング トップ30

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2020』データセットより作成。

③ 中国都市石炭鉱業輻射力2020

 中国の一次エネルギーは著しく石炭に偏っている。現在なお、一次エネルギーに占める石炭の割合は、56%に達している。これは、中国のエネルギー消費量当たりCO2排出量(エネルギー炭素集約度)を悪化させ、CO2を大量に排出する構造要因となっている。また、中国では、石炭の産地で火力発電し、消費地に送電する政策を長年採っている。故に石炭産地の都市はCO2を大量に排出する傾向がある。

 中国都市総合発展指標では中国各都市の石炭鉱業輻射力をモニタリングしている。石炭業輻射力は都市における同産業の従業者数、企業集積状況、営業収入、資産などを評価した。「中国都市石炭業輻射力2020」は、2019年から2020年にかけて中国各都市で公表された「第4回全国経済センサス」も参照し算出した。

 図5が示すように、「中国都市石炭鉱業輻射力2020」ランキングの上位30都市は順に、済寧、オルドス、大同、晋城、長治、呂梁、楡林、晋中、陽泉、臨汾、太原、朔州、淮南、銀川、淮北、鄭州、唐山、泰安、忻州、三門峡、徐州、鶴壁、咸陽、棗荘、畢節、焦作、フルンボイル、延安、銅川、烏海であった。同30都市が排出するCO2は、中国全体の13.9%に相当する。

 中国都市CO2排出量トップ30都市のうち、上記ランキングでトップ30入りした石炭鉱業基地としてオルドス、太原、鄭州、唐山、徐州、棗荘の6都市が数えられる。またCO2排出量ランキングトップ30入りの大慶は、石油鉱業都市として名高い。これらのエネルギー産業都市が大量のCO2を排出している。

 ちなみに「中国都市石炭鉱業輻射力2020」ランキングのトップ10入りの済寧、大同、晋城、長治、呂梁、楡林、晋中、陽泉、臨汾は、「中国都市CO2排出量ランキング2019」のトップ30には入っていないものの、大同57位、晋城61位、済寧70位、長治82位、楡林93位、臨汾114位、晋中121位、呂梁124位、陽泉239位となっている。

図5 中国都市石炭鉱業輻射力2020ランキング トップ30

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2020』データセットより作成。

3.CO₂排出量トップ30都市の6大要素分析


 中国CO2排出量トップ30都市について、前述したCO₂排出評価6大要素、すなわちエネルギー消費量当たりCO2排出量(エネルギー炭素集約度)、GDP当たりエネルギー消費量(エネルギー効率)、GDP当たりCO2排出量(炭素強度)、一人当たりGDP、人口の規模、一人当たりCO2排出量から分析する。

(1)エネルギー消費量当たりCO2排出量(エネルギー炭素集約度)(2019年)

 中国CO2排出量トップ30都市について、「エネルギー消費量当たりCO2排出量」[10]をみると、トップ10都市は、張家口、台州、保定、長春、棗荘、北京、ハルビン、天津、南通、オルドスであった。これら都市の大半は、石炭の産地あるいは火力発電、鉄鋼や石油・石炭製品などの素材産業が盛んな地域である。

 また、11位から30位までは、大慶、東莞、フフホト、西安、太原、寧波、蘇州、上海、鄭州、済南、徐州、青島、無錫、広州、唐山、杭州、重慶、南京、武漢、深圳であった。

 CO2排出量トップ30都市全体のエネルギー消費量当たりCO2排出量平均は2.590(t-CO2/TCE)で、中国全国平均の1.986(t-CO2/TCE)をはるかに上回る。なお、同30都市の中で全国平均を上回った都市は、23都市ある。他方、深圳、武漢、南京、重慶、杭州、唐山、広州、無錫、青島の7都市は全国平均を下回った。

図6 中国CO2排出量トップ30都市におけるエネルギー消費量当たりCO2排出量分析図(2019年)

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2020』データセットより作成。

(2)GDP当たりエネルギー消費量(エネルギー効率)

 中国CO2排出量トップ30都市について、「GDP当たりエネルギー消費量」をみると、トップ10都市は、唐山、棗荘、大慶、フフホト、張家口、太原、オルドス、徐州、武漢、ハルビンであった。これらはすべて資源都市あるいはエネルギー産業や素材産業に傾斜している都市でもある。

 また、11位から30位までは、南京、保定、青島、済南、重慶、無錫、寧波、東莞、杭州、鄭州、蘇州、広州、上海、天津、西安、深圳、台州、南通、長春、北京であった。

 CO2排出量トップ30都市のGDP当たりエネルギー消費量平均は0.551(TCE/万元)で、全国平均の0.569(TCE/万元)を下回る。しかし上記トップ10都市のGDP当たりエネルギー消費量は全国平均を上回った。なお、同11位から30位までの20都市のGDP当たりエネルギー消費量は全国平均を下回った。つまりこれら中心都市や製造業スーパーシティはCO2を大量に排出するものの、エネルギー効率パフォーマンスは全国平均より良い。

図7 中国CO2排出量トップ30都市におけるGDP当たりエネルギー消費量分析図(2019年)

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2020』データセットより作成。

(3)GDP当たりCO2排出量(炭素強度)

 中国CO2排出量トップ30都市について、「GDP当たりCO2排出量」をみると、トップ10都市は、張家口、棗荘、大慶、フフホト、保定、オルドス、ハルビン、太原、台州、唐山であった。これらトップ10都市は台州を除いてすべて中国北部の内陸地域に属する地方都市であり、石炭・石油、鉄鉱石の採掘を中心とした資源都市でもある。これら都市では火力発電、鉄鋼や石油・石炭製品などの素材産業が盛んである。

 また、11位から30位までは、長春、徐州、天津、済南、青島、東莞、寧波、蘇州、西安、南通、無錫、鄭州、上海、北京、広州、南京、重慶、武漢、杭州、深圳であった。

 CO2排出量トップ30都市のGDP当たりCO2排出量平均は1.491(t-CO2/万元)で、中国全国平均の1.043(t-CO2/万元)よりはるかに高い。なお同30都市中で全国平均を上回った都市は、16都市ある。他方、深圳、杭州、武漢、重慶、南京、広州、北京、上海、鄭州、無錫、南通、西安、蘇州、寧波の14都市は、全国平均を下回る。これら中心都市や製造業スーパーシティの炭素強度パフォーマンスは、全国平均より良い。

図8 中国CO2排出量トップ30都市におけるGDP当たりCO2排出量分析図(2019年)

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2020』データセットより作成。

(4)一人当たりGDP

 中国CO2排出量トップ30都市について、「一人当たりGDP」をみると、トップ10都市は、無錫、北京、オルドス、南京、蘇州、深圳、上海、杭州、広州、寧波市であった。オルドスという資源都市を除く他9都市が製造業スーパーシティと中心都市である。

 また、11位から30位までは、南通、武漢、青島、済南、天津、鄭州、唐山、東莞、フフホト、徐州、台州、太原、重慶、西安、大慶、長春、ハルビン、棗荘、張家口、保定であった。

 中国CO2排出量トップ30都市の一人当たりGDP平均は106,490(元/人)で、中国全国平均の72,568(元/人)よりはるかに高い。なお、30都市で全国平均を上回った都市は、26都市にのぼる。他方、ハルビン、棗荘、張家口、保定の北方4都市は、大量のCO2を排出するものの一人当たりGDPが全国平均を下回った。

図9 中国CO2排出量トップ30都市の一人当たりGDP分析図(2019年)

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2020』データセットより作成。

(5)人口規模

 中国CO2排出量トップ30都市について、「人口規模」をみると、そのトップ10都市は、重慶、上海、北京、広州、深圳、天津、西安、蘇州、鄭州、武漢であった。四大直轄市をはじめとする中心都市や、改革開放後人口が膨らんだ製造業スーパーシティである。

 中国で市街地人口が1000万人を超えメガシティ(超大都市)として指定されている上海、北京、深圳、重慶、広州、成都、天津の7都市の中で、6都市が上記のトップ10都市に入っている。

 さらに、常住人口で図る中国都市人口規模ランキングで、トップ30都市は、重慶、上海、北京、成都、広州、深圳、天津、西安、蘇州、鄭州、武漢、杭州、臨沂、石家荘、東莞、青島、長沙、ハルビン、南陽、温州、仏山、邯鄲、寧波、濰坊、合肥、南京、保定、済南、徐州、長春であった。このランキングの中で、重慶、上海、北京、広州、深圳、天津、西安、蘇州、鄭州、武漢、杭州、東莞、青島、ハルビン、南京、保定、済南、徐州、長春の19都市が、CO2排出量トップ30にも名を連ねた。

 上記の分析から、都市の人口規模がCO2排出量に大きく影響していることがわかる。CO2排出量トップ30都市の常住人口合計は3.3億人に達し、中国全人口の23.5%を占める。

 また、人口規模が全国平均水準を下回るオルドス、大慶、フフホト、棗荘、張家口の5都市はすべて北方の地方資源都市で、人口は少ないものの大量にCO2を排出している。

図10 中国都市CO2排出量トップ30都市の人口規模分析図(2020年)

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2020』データセットより作成。

(6)一人当たりCO2排出量

 中国CO2排出量トップ30都市について、「一人当たりCO2排出量」をみると、トップ10都市は、オルドス、大慶、フフホト、棗荘、張家口、太原、蘇州、唐山、無錫、天津であった。蘇州、無錫という二つの製造業スーパーシティを除き、他は中国北部内陸地域に属する石炭、石油そして鉄鉱石を産出する地方都市である。それら都市では火力発電及び鉄鋼や石油・石炭製品などの素材産業が盛んである。

 また、11位から30位までは、台州、寧波、青島、北京、東莞、上海、長春、ハルビン、済南、南通、徐州、南京、広州、鄭州、保定、西安、杭州、武漢、重慶であった。

 CO2排出量トップ30都市全体の一人当たりCO2排出量平均は13.7(t-CO2/人)で、全国平均は、7.4(t-CO2/人)のほぼ2倍にも達している。なお、30都市中で全国同平均を上回った都市は、26都市に及ぶ。他方、重慶、深圳、武漢、杭州の4都市は、全国同平均を下回った。

図11 中国CO2排出量トップ30都市における一人当たりCO2排出量分析図(2019年)

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2020』データセットより作成。

4.中国のCO2問題への取り組みは都市の本気度による


 本論は、中国の都市を網羅したCO2に関する分析で、排出量トップ30都市のCO2排出構造を、グルーピング分析や6大要素分析を通じて明らかにした。こうした分析で、都市のCO2排出には人口規模や生活水準そして産業構造が複雑に絡んでいることが明らかになった。CO2排出量トップ30都市の中には、膨大な人口を抱える中心都市でありながら、上海、天津、武漢に代表されるように、製造業スーパーシティやエネルギー・重化学工業都市の顔も見せる都市が多い。また、深圳、蘇州、東莞、無錫、寧波、青島、南通のように輸出産業をベースに、製造業スーパーシティとして膨大な人口を吸引して猛成長する都市がある。さらに、唐山のような石炭や鉄鉱石の鉱業をベースに、世界最大の鉄鋼シティに成長した都市がある。大慶のように油田をベースに、一大石油化学シティに成った街もある。オルドス、棗荘、フフホト、徐州に代表されるように、石炭鉱業をベースに火力発電基地となった都市もある。

 その意味では、中国都市のCO2問題には、都市問題、産業問題、エネルギー問題の三つの軸が絡んでいる。

 都市問題として、ライフスタイル向上や公共交通の徹底などによる都市構造の進化が、重要となってくる。また、建築物の省エネルギーも一つ大きな課題である。低温地域にCO2排出量が多いのは、建築物の断熱性問題から生じている。過去20年間、急ピッチで進んできた中国の都市化は、これらの問題にまだ対応しきれていない部分が多い[11]。今後、都市化の第二のステージとして、都市の質的な進化を図る必要がある。

 また、産業問題では、世界に冠たる製造業スーパーシティにおける産業構造の高度化を、一層進める必要がある。加えて、石炭・石油鉱業、発電や鉄鋼産業、そして石油化学を始めとするエネルギー・重化学産業の効率化、省エネルギー化も急ぐべきだろう。

 さらに、エネルギー構造問題として、石炭に偏重するエネルギー産業構造を大きく変え、再生エネルギーへのシフトも欠かせない。

 図12は2000-2019年の20年間における中国CO2排出量トップ30都市のCO2排出量の増加率を示している。同じ製造業スーパーシティで蘇州、無錫はこの間のCO2排出量が其々613%増、485%増となったのに対して、深圳は同128%増にとどまった。つまり深圳は、CO2排出量の少ない成長モデルを見せた。中心都市の中でも西安、上海、杭州、南京、寧波、鄭州、天津、北京、武漢、重慶などはCO2排出量を200% 以上増やした。これに対して広州はより少ないCO2排出量の増加の中で長期にわたる成長を実現させた。

図12 中国CO2排出量トップ30都市のCO2排出量増加率(2000-2019年)

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2020』データセットより作成。

 中国都市のトップである書記や市長は選挙で選ばれるのではなく、実績に基づいて抜擢される。これまでGDPが重要な実績であったため、各都市は経済成長を第一に競い合っていた。近年、PM2.5などの環境問題も実績に加わったため、都市レベルにおける環境対策が急速に進んだ。CO2問題について一般市民は、従来なかなか実感できず、数字化もされてこなかった。『中国都市総合発展指標』における「都市CO2排出量ランキング」でのCO2問題の見える化、また本論のような中国全都市のCO2排出構造に関する分析は、意義が大きい。CO2問題への取り組みが目に見える実績となれば、都市の取り組みの本気度も上がるだろう。

 CO2問題に取り組む中国の本気度は、中国の都市の本気度にかかっている。都市問題、産業問題、エネルギー問題での努力を重ねることで、中国はようやく「2060年までにカーボンニュートラルを目指す」公約の達成が可能となる。

(本論文では栗本賢一、甄雪華、趙建の三氏がデータ整理と図表作成に携わった)


[1] 現在、中国の地方政府には省・自治区・直轄市・特別行政区といった「省級政府」と、地区級、県級、郷鎮級という4つの階層に別れる「地方政府」がある。都市の中にも、北京、上海のような「直轄市」、南京、広州、ラサのような「省都・自治区首府」があり、蘇州、無錫のような「地級市(地区級市)」、昆山、江陰のような「県級市」もある。なお、地級市は市と称するものの、都市部と周辺の農村部を含む比較的大きな行政単位であり、人口や面積規模は、日本の市より都道府県に近い。

[2] 地級市以上の297都市は、4つの直轄市、27の省都・自治区首府、5つの計画単列市と262地級市から成る。

[3] 『中国都市総合発展指標』は2016年以来毎年、中国都市ランキングを内外で発表してきた。同指標は環境・社会・経済という3つの軸(大項目)で中国の都市発展を総合的に評価している。同指標の構造は、各大項目の下に3つの中項目があり、各中項目の下に3つの小項目を設けた「3×3×3構造」で、各小項目は複数の指標で構成される。これらの指標は、合計882の基礎データから成り、内訳は31%が統計データ、35%が衛星リモートセンシングデータ、34%がインターネットビッグデータである。その意味で、同指標は、異分野のデータ資源を活用し、「五感」で都市を高度に知覚・判断できる先進的なマルチモーダル指標システムである。現在、中国語(『中国城市総合発展指標』人民出版社)、日本語(『中国都市ランキング』NTT出版)、英語版(『China Integrated City Index』Pace University Press)が書籍として出版されている。『中国都市総合発展指標』について詳しくは、周牧之ら編著『環境・経済・社会 中国都市ランキング2018―〈大都市圏発展戦略〉』、NTT出版、2020年10月10日を参照。

[4] 『中国都市総合発展指標』において、各都市のCO2排出量は、人為的CO2排出量データセット「ODIAC」の推定値を使用している。ODIACデータセットは、人為的CO2排出量を全世界カバーし、約1kmメッシュ(3次メッシュ)で構成され、2000年1月から2019年12月(最新)まで毎月公開されている。『中国都市総合発展指標』では、地理情報システム(GIS)を用いて、年・都市別データに加工・集計している。CO2排出量は、2000年からODIACデータセットについて、詳しくは、ODIACホームページ(https://db.cger.nies.go.jp/dataset/ODIAC/)(最終閲覧日:2022年10月12日)を参照。

[5] 中心都市とは、中国にある4つの直轄市、22の省都、5つの自治区首府、5つの計画単列市、合計36都市を指す。中国の中心都市について詳しくは、周牧之「メインレポート:中心都市発展戦略」、周牧之ら編著『環境・社会・経済 中国都市ランキング2017〈中心都市発展戦略〉』、NTT出版、2018年12月26日、pp167-223を参照。

[6] 三大メガロポリスとは、珠江デルタメガロポリス(9都市)、長江デルタメガロポリス(26都市)、京津冀メガロポリス(10都市)を指す。三大メガロポリス、そして中国のメガロポリス政策について詳しくは、周牧之「メインレポート:メガロポリス発展戦略」、周牧之ら編著『環境・社会・経済 中国都市ランキング 〈中国都市総合発展指標〉』、NTT出版、2018年5月31日、pp129-213を参照。

[7] 「中国都市製造業輻射力2020」について詳しくは、雲河都市研究院「中国で最も輸出力の高い都市はどこか? 〜2020年中国都市製造業輻射力ランキング」、In Japanese.China.org.cn、2022年9月22日(http://japanese.china.org.cn/business/txt/2022-09/22/content_78433666.htm)(最終閲覧日:2022年10月19日)を参照。

[8] 衛星データのGIS解析を駆使して算出した中国都市CO2排出量データは、2019年が最新である。本論では、中国都市製造業輻射力など他のデータを、CO2排出量データと比較する際、データを2019年に合わせず、最新のデータを使用する。

[9] なお、一部都市では、2020年度の発電データが公表されていない。その際は、一番近い年次のデータを参照した。また、データが未公開の都市については、省ベースのデータからGDP及び人口などのデータを用いて推計した。

[10] 中国都市別におけるエネルギー消費量データは公開されていない。『中国都市総合発展指標』では、各都市から公表されている「GDP当たりエネルギー消費量(TCE; ton of coal equivalent、標準石炭換算トンベース)」をそれぞれ収集し、GDPおよびCO2排出量データを組み合わせることで、エネルギー消費量当たりCO2排出量を推計している。

[11] 中国の都市化について詳しくは、周牧之「メインレポート:大都市圏発展戦略」、周牧之ら編著『環境・経済・社会 中国都市ランキング2018―〈大都市圏発展戦略〉』、NTT出版、2020年10月10日、pp170-241を参照。


 本論文は、周牧之論文『都市から見た中国の二酸化炭素排出構造と課題―急増する中国とピークアウトした日米欧―』より抜粋したものである。『東京経大学会誌 経済学』、317号、2023年。

【論文】アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準

周牧之 東京経済大学教授


▷CO2関連論文①:周牧之『世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題』
▷CO2関連論文②:周牧之『二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧』
▷CO2関連論文③:周牧之『中国の二酸化炭素排出構造及び要因分析


 一般的には、経済成長がCO2排出を増大させていると思われがちである。現に中国はそのようなパターンで突き進んでいる。他方、同じ経済大国でもアメリカは近年、経済成長を維持しながらCO2排出を削減するパターンを作り出している。もちろんその他の先進諸国のほとんども、CO2の排出量を削減してきている。但し、それら諸国の経済規模は米中と比べて小さく、またその大半が現在、低成長に喘いでいる。本論ではアメリカと中国の、成長とCO2排出の関係について分析し、異なる経済水準の実態を明らかにする。


1.6大要素から見た世界のCO2排出状況


 一国のCO2排出水準を左右する最も決定的な要因は何だろうか。拙論『世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題』で基本的な6大要素を提示した[1]。一国のCO2排出状況は、下記の6大要素を指標として、総合的に評価する必要がある。

① エネルギー消費量当たりCO2排出量(carbon intensity of energy、エネルギー炭素集約度)[2]

 この指標は、一次エネルギー源の品質と効率に関連している。例えば、現在、石炭が一次エネルギーの主役である中国のようなエネルギー構造では、エネルギー消費量当たりCO2排出量が多い。今後、火力発電の一次エネルギーを石炭から天然ガスに転換することや、風力、太陽光、水力などの再生可能エネルギーの割合が増えること、また原子力発電の発展などにより、エネルギー消費量当たりCO2排出量は減少していくと考えられる。エネルギー炭素集約度を引き下げるためには、炭素の少ないエネルギー源を選択することが必要となる。

② GDP当たりエネルギー消費量(energy intensity、エネルギー効率)[3]

 この指標は、工業化の初期においては悪化するが、工業化の進展に伴う産業構造の高度化、低効率生産能力の淘汰、技術の向上などにより、エネルギー効率は好転する。したがって、長期的には、一国のGDP当たりエネルギー消費量の曲線は、工業化の初期には急上昇し、工業化が順調に進めば、いずれ減少傾向を迎える。エネルギー効率を引き下げるためには、省エネルギーの推進などが必要となる。

③ GDP当たりCO2排出量(carbon intensity、炭素強度)[4]

 この指標は、一国の経済とCO2排出量の関係を示す重要な指標である。エネルギー消費量当たりCO2排出量とGDP当たりエネルギー消費量の相互作用により、炭素強度のレベルが決まる。炭素強度は、技術進歩や経済成長に伴い低下していく。 

 ④ 一人当たりGDP[5]

 生活水準の向上はCO2排出に大きな影響を及ぼす。一人当たりGDPは経済発展の度合いを測る指標である。経済発展の初期では、産業活動が拡大し、衣食住および交通など生活パターンの近代化をもたらす。よって、一人当たりエネルギー消費量が増加し、それに相まってCO2排出量も増加する。しかし、現在の先進諸国は既にこの段階を卒業し、産業構造の高度化やクリーンエネルギーの発展などにより、一人当たりGDPを成長させながら、CO2排出量を削減している。

人口の規模[6]

 人口規模がCO2排出に直接影響を与える。人口が多くなるほど経済規模も大きくなり結果としてCO2排出量も多くなる。また、人口構造がエネルギー消費に与える影響も無視できない。

一人当たりCO2排出量[7]

 この指標は、上記5つの要素の相互作用の結果を反映する。実際、これは一国におけるCO2排出量をはかる最も重要な指標である。一人当たりCO2排出量の変曲点がCO2排出量の本当の意味でのピークアウトとなる。

図1 世界におけるCO₂排出量および6大要素の推移(1990-2020年)

出所:Global Carbon Project (GCP)データセット、国連データセット、BPデータセットより作成。

 図1は、1990年を起点とし、1990年の値に対するそれぞれの指標の変化率で、世界全体における6大要素及び年間CO2排出量の経年的な相対変化を示した。過去30年間、世界全体は人口増加以上にGDPを大きく成長させた。これによって、一人当たりGDPが151.3%成長し、人類にとって最も富の創出がなされた時期となった。但し、世界全体の人口増、そして経済規模の拡大により、CO2排出量も50.6%増加した。

 この間、技術進歩や省エネルギーへの努力、そして自然エネルギーの導入などにより、世界全体のGDP当たりエネルギー消費量(エネルギー効率)は55.8%減少し、エネルギー消費量当たりCO2排出量(エネルギー炭素集約度)は8.2%減少した。それにより、GDP当たりCO2排出量(炭素強度)も59.4%減少した。世界は総じてよりCO2をより出さない成長へと向かっている。しかし、CO2排出総量はいまだ増え続け、その排出規模自体が現在の地球生態にとって耐え難いものとなっている。「2℃目標[8]」と「1.5℃の追及[9]」の達成には、更に抜本的な取り組みが急がれる。

 上記の分析から分かるように、CO2排出水準は、人口動態だけでなく、経済成長そして産業構造、エネルギー効率、一次エネルギー構成などからなる成長パターンと大きく関係している。

 経済成長とCO2排出水準の関係は、上記期間での二つの世界的な経済危機がCO2排出量に与えた影響からも、明らかである。2008年の金融危機の後、世界のCO2排出量は大きく減少した。さらに、新型コロナウイルス・パンデミックによって、2020年に世界のGDPが前年比2.8%減少したことで、CO2排出量も前年比で6.3%減少した。

 人口動態、経済成長そして成長パターンがどう複雑に絡み合って各国のCO2排出水準に影響を与えているかを、個別に見ていく必要がある。本論では、世界最大のCO2排出大国である中国とアメリカを取り上げ、6大要素を用いて分析する。

2.アメリカ:CO₂排出量削減と共に成長を実現


 上述したように、世界全体で見た場合、経済成長とCO₂排出量には、強い相関関係がある。多くの場合、国が豊かであれば、より多くのCO2を排出する。これは、化石燃料を燃やすことで得られるエネルギーをより多く使っていることに由来する。

 しかし現在、先進国では自然エネルギーや原子力発電の導入、また省エネルギーへの努力や産業構造の高度化により、CO2排出量を削減しながら経済成長を実現している。その最たる例が、アメリカである。

 図2でアメリカにおけるCO₂排出6大要素推移をみると、1990年から2020年までの30年間で同国の一人当たりGDPは158.7%と著しく拡大した一方、CO₂排出量は減少した。アメリカのCO₂排出量は1990年代にはまだ増加傾向にあり、2005年をピークに減少傾向に反転した。現在同国のCO₂排出量は、1990年よりも下回っている。2005年以降、アメリカではGDPが上昇しながらCO₂排出量は大きく減少している。

 アメリカでCO2排出量を削減できた主な理由は2つ考えられる。1つ目は、グローバリゼーションを積極的に推し進め、産業の高度化を図った結果である。すなわち、サプライチェーンのグローバル展開により、国内ではエネルギー使用量が少なく付加価値の高い部門に特化する努力がなされた。アメリカでは、経済のエネルギー集約型から知識集約型へのシフトがかなり成功したと言えよう。

 2つ目は、エネルギー革命がある程度成功した結果である。アメリカは、クリントン大統領の時代から再生エネルギーの開発とCO2排出量削減のための政策を打ち出した。その後大統領の交代により何度か浮き沈みはあったものの、エネルギーミックスの高度化が図られてきた。2017年にアメリカ西部の11州では、総電力量の42%もが再生可能エネルギーで賄われている。対照的に、CO2を大量に出す石炭火力は同国で衰退し続けている。特筆すべきは、カーター大統領時代に始まった小規模天然ガス火力発電を開発する政策によって、2002年には小規模天然ガス火力発電がアメリカの電源構成で最大のシェアを占めるまでになった。シェールガス革命はこの傾向をさらに強めた[10]。小規模天然ガス火力発電は、石炭火力と比べCO2排出量を削減できると同時に、消費地に近い立地が可能なことで、発電に伴う廃熱を熱源として消費地に供給できるコージェネレーション(熱電併給)[11]の構築に有利である。これにより、エネルギー効率はかなり向上させられる。

 こうした努力の結果、アメリカではCO2排出量だけでなく、エネルギー消費量当たりCO2排出量、GDP当たりエネルギー消費量、GDP当たりCO2排出量、および一人当たりCO2排出量が共に減少した。

図2 アメリカにおけるCO₂排出量および6大要素の推移(1990-2020年)

出所:Global Carbon Project (GCP)データセット、国連データセット、BPデータセットより作成。

3.中国:CO₂排出量削減と共に成長する経済水準に至らず


 中国は世界CO₂排出量におけるシェアを1990年の10.9%から2020年の30.7%へと急拡大させた。図3は6大要素推移で中国CO₂排出状況を分析している。まず圧倒的な変化は、一人当たりGDPの成長である。中国の一人当たりGDPは、この30年間で約30倍の規模にまで膨れ上がった。

 一方、大規模な産業発展、急速な都市化、巨大な人口の生活パターンの近代化により、エネルギー消費量が急拡大し、中国のCO2排出量は30年間で4.3倍の規模にまで増加、いまだピークに達していない。一人当たりCO2排出量も3.5倍に拡大した。つまり中国は、アメリカのように、経済成長とCO2排出量の削減を同時に実現させる経済水準にはまだ至っていない。

 しかしながら、中国ではエネルギー当たりCO2排出量(エネルギー炭素集約度)、GDP当たりエネルギー消費量(エネルギー効率)、GDP当たりCO2排出量(炭素強度)のいずれもがすでに変曲点に達し、明確な減少傾向を示している。エネルギー当たりCO2排出量では、中国は1990年に比べて2020年に16.3%減少した。この間、GDP当たりエネルギー消費量とGDP当たりCO2排出量も其々86.2%と88.4%も減少した。これらは、中国が近年、省エネの奨励、クリーンエネルギーの開発に多大な努力を払ってきた結果である。中国が推進する「循環低炭素型の発展」政策[12]は、すでに一定の成果を上げている。とはいえ、世界の「2℃目標」を達成するためには、CO2排出量最大国としては速度不足の感が否めない。

 2020年12月12日開催の国連気候野心サミットで発表した「2030年までにCO₂排出量のピークアウトに努め、2060年までにカーボンニュートラルを目指す」中国の公約[13]を達成するには、各都市が主役となり競い合って努力することが肝要となる。

図3 中国におけるCO₂排出量および6大要素の推移(1990-2020年)

出所:Global Carbon Project (GCP)データセット、国連データセット、BPデータセットより作成。

(本論文では栗本賢一、甄雪華、趙建の三氏がデータ整理と図表作成に携わった)


[1] 周牧之『世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題』、東京経大学会誌(経済学)、2021年12月、311号、pp.55-78。

[2] エネルギー消費量当たりCO2排出量は、エネルギー消費量に対するCO2の排出量を表す指標であり、エネルギー源による環境負荷を表す重要な指標である。エネルギー消費量当たりCO2排出量を減らすことで、気候変動を引き起こす原因であるCO2の排出量を抑えることができる。これにより、環境負荷を軽減することができる。エネルギー消費量当たりCO2排出量を減らすためには、エネルギー源を変えることが有効である。例えば、化石燃料を使わないエネルギー源を使うことで、CO2の排出量を減らすことができる。また、同じ化石燃料の中でも石炭、石油、天然ガスの、CO2の排出量は異なるため、石炭から石油、天然ガスに切り替えるだけでもエネルギー消費量当たりCO2排出量を低減できる。さらに、エネルギー効率を高めることで、エネルギー消費量を減らすことができる。これにより、エネルギー消費量当たりCO2排出量も減少できる。また、CO2を吸収する植物を増やすことや、温室効果ガスを地下に封じ込むことなども同指標の改善につながる。

[3] GDP当たりエネルギー消費量は、経済成長とエネルギー消費の関係を表す指標である。同指標は、産業構造がエネルギー多消費型産業の製造業から、知識産業やサービス産業へと高度化することにより、改善される。また、技術と設備の高度化により、エネルギー効率が向上し、同指標の改善が図られる。さらに、コンパクトシティの推進、省エネ建築・省エネ器具などの導入も同指標の改善につながる。そうした努力によって、経済成長を維持しつつも、エネルギー消費を抑制することができる。

[4] GDP当たりCO2排出量は、GDPに対するCO2の排出量を示し、経済活動による環境負荷を表す重要な指標である。同指標を改善するためには、農業や林業の振興で、CO2を吸収する植物を増やすこと。また、サービス業や情報技術分野の振興で、経済活動を資源やエネルギーをより使わない分野へシフトすること。さらに、エネルギー源のクリーン化や、省エネの推進なども同指標の改善につながる。

[5] 一人当たりGDPは、それぞれの国の一人あたりの生産能力を示す指標であり、経済発展度を表す重要な指標とされている。一人当たりGDPを高めることで、国民の生産能力が高まり、購買力も高まる。

[6] 人口の規模とは、ある地域や国の人口を表す指標で、経済や文化、政治などに大きく影響を与える重要な指標である。人口の規模は、出生率や死亡率、人口移動など様々な要因によって変化する。人口激増、少子化、高齢化、人口縮小、移民問題など人口にまつわるイシューは、世界各国のさまざまな発展段階で、大きな課題となっている。当然、人口規模とエネルギー資源との関係は深い。人口規模の多い方がよりエネルギー消費が多い。

[7] 一人当たりCO2排出量は、ある地域や国の一人当たりのCO2排出量を示す指標であり、環境負荷を表す重要な指標である。発展段階によって同指標は変化する。経済発展の初期は、同指標は大きく伸びる。経済発展の高度化の段階では、エネルギー源のクリーン化、省エネ推進、産業構造の変化などにより、同指標は改善される。

[8] 2℃目標とは、気候変動による地球温暖化を防止するために、地球全体の平均気温の上昇を、産業革命前(すなわち人為的な温暖化が起きる前)と比べて2℃未満に抑えることを目指す国際的な目標である。この目標は、2015年、気候変動枠組条約締約国会議(COP)にて、「パリ協定(国連気候変動枠組条約)」が発効した際に採択された。2℃目標を達成するためには、温室効果ガスの排出を大幅に減らすことが必要とされる。これには、脱化石燃料の推進や省エネの取り組み、温室効果ガス吸収技術の開発などが含まれる。世界の主要各国では、2℃目標の達成に向けて、温室効果ガスの排出削減を目指す政策が採用されている。

[9] 1.5℃の追求は、2015年の「パリ協定」が発効した際に、世界全体の長期目標として、2度目標とともに、1.5度に抑える努力の追求(1.5度目標)も示された。平均気温上昇を1.5℃に抑えると、2℃上昇する場合と比べて極端な豪雨や熱波が少なくなり、2100年までの海面上昇は約10cm低くなるといわれている。2018年には、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)より「1.5℃」目標に関する特別報告書が発表された。

[10] アメリカのエネルギー政策に関して詳しくは、小林健一著『米国の再生エネルギー革命』、日本経済評論社、2021年2月25日を参照。

[11] コージェネレーション(熱電併給)とは、火力発電に伴う余熱を工業プロセスや建物の空調、温水供給などに使う熱エネルギーとして利用するシステムである。コージェネレーションは、熱エネルギーを効率的に利用することで、エネルギー効率が高く、環境に優しい技術とされている。従来の火力発電システムでは、一次エネルギー利用率は40%程度なのに対し、コージェネレーションシステムは70〜80%の利用率となる。環境負荷の低い小型天然ガス発電所を消費地に隣接し、コージェネレーションを効率的に進めることが肝要である。

[12] 2012年中国共産党第18回党大会は「グリーン発展、循環発展、低炭素発展」をベースにした「生態文明建設」を打ち出した。2017年中国共産党第19回党大会では「循環低炭素型の発展」を正式に打ち出し、中国新時代社会主義建設の一大戦略と位置付けた。詳しくは、中国共産党第18回党大会コミュニケ(中国語版)http://cpc.people.com.cn/n/2012/1118/c64094-19612151.html(最終閲覧日:2022年10月19日)及び第19回党大会コミュニケ(中国語版)http://www.gov.cn/zhuanti/2017-10/27/content_5234876.htm(最終閲覧日:2022年10月19日)を参照。

[13] 中国の習近平国家主席は2020年12月12日、同日開幕した国連気候野心サミットの演説で、「GDPを分母とした二酸化炭素の原単位排出量を2030年までに2005年比65%削減する」との目標を新たに発表した。


 本論文は、周牧之論文『都市から見た中国の二酸化炭素排出構造と課題―急増する中国とピークアウトした日米欧―』より抜粋したものである。『東京経大学会誌 経済学』、317号、2023年。

【論文】二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧

周牧之 東京経済大学教授


▷CO2関連論文①:周牧之『世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題』
▷CO2関連論文②:周牧之『アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準』
▷CO2関連論文③:周牧之『中国の二酸化炭素排出構造及び要因分析


 エジプトのシャルム・エル・シェイクで、2022年11月6日から11月20日まで開催された国連気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)は、閉会予定を48時間も超過する長丁場の交渉を行った。交渉の焦点は、二酸化炭素(CO2)排出量の責任問題であった。とくに累積排出量でトップのアメリカと、現在の排出量でトップの中国の存在が目立った。CO2をはじめとする温室効果ガスは、長期にわたって残存する[1]。そのため、気候変動の責任について考える際は、歴史をさかのぼって累積の排出量を考慮しなくてはならない。

 CO2の累積排出量ではアメリカが群を抜く最大の排出国であり、EU及びイギリスと合わせれば、全排出量の46%を占める。欧米は化石燃料をエネルギーとして数世紀にわたり経済成長を謳歌してきた。他方、中国を始めとする途上国は、急速な経済成長を実現し、CO2の排出を急拡大している。こうした複雑な構図は、CO2削減における国際的な議論と合意を困難にしている。

 世界における二酸化炭素排出構造を明らかにするためには、産業革命以来今日までの長いスパンで、各国の二酸化炭素排出状況を分析する必要がある。本論はこうした地球規模のCO2排出構図を、産業革命以来のデータを用いて解明する。


1.地球温暖化が確実に進行


 地球温暖化が確実に進行している。図1が示すように、陸域における地表付近の気温と海面水温の平均からなる世界の平均気温は、1961〜1990年の30年平均値の基準値から2019年までの偏差が、+0.74℃と急激に上がった。世界の平均気温は、産業革命以前に比べ1℃以上も上昇している。

図1 世界平均気温の変化(1850-2019年)

出所:Met Office Hadley Centre「HadCRUT4」データセットより作成。

 地球の長い歴史の中で、気温と温室効果ガス、特にCO2の濃度には強い相関のあることが、IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change:気候変動に関する政府間パネル)で、立証され[2]産業革命後、著しく増加した温室効果ガスが世界平均気温の急激な上昇をもたらしている。地球温暖化を抑えるには、人為起源のCO2の排出量を抑えなければならない。2015年12月の「国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)」は気候変動緩和策について協議し、「パリ協定」を締結した。世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保つとともに、1.5℃に抑える努力を追求すること、いわゆる「2℃目標」と「1.5℃の追及」が示された。


  また、2018年10月のIPCCでは、『1.5℃特別報告書』[3]が採択された。地球温暖化がかつてない勢いで進行する中、世界は「産業革命後の気温上昇を1.5℃に食い止める」目標に向かって邁進している。

2.急増するCO2濃度が地球温暖化をもたらす


 世界を急進的なCO2削減目標へと向かわせたのは、CO2濃度の大幅かつ急激な上昇が、地球温暖化を加速し、地球規模の気候災害や生態破壊をもたらしているからである。図2が示すように、世界平均の大気中CO2濃度は過去80万年間変動はあったものの、300ppmを超えることはなかった。しかし、産業革命が起こり、化石燃料の燃焼による人為的なCO2排出が増加したことで、この状況は一変した。過去数世紀、特にここ数十年間に、地球上のCO2濃度は急上昇している。

 20世紀半ばまで、排出量の増加は比較的緩やかで、1950年の世界全体におけるCO2排出量は60億トンであった。それが1990年になると約4倍の220億トン以上に拡大した。その後も排出量は急増し、現在では毎年340億トン以上が排出されている。その結果、世界の大気中CO2濃度は80万年間300ppm以内で推移した局面が崩れ、現在では400ppmをはるかに超える濃度に達している。新型コロナウイルス・パンデミックの影響により、直近の2年間は世界全体のCO2排出量の伸びが鈍化しているものの、いまだピークアウトしていない。

 また、地球上の大気中のCO2濃度が増加しただけでなく、その変化速度が極めて急激であることにも注目すべきである。CO2濃度の変化は、数百年、数千年、そして数万年単位で起こってきた。しかし、20世紀後半以降のCO2濃度の急上昇は、急速な温暖化をもたらし、地球全体のシステムにとって適応に必要な時間を遥かに超え、気候災害や生態破壊をもたらしている。

図2 世界の大気中CO2濃度の推移(803,720BCE-2022年)

注:土地利用変化は含まない。
出所:アメリカ海洋大気庁(NOAA)データセットより作成。

3.CO2排出量を増やし続ける中国とインド、ピークアウトした日欧米


 CO2排出量の急増をもたらした国はどこだろう?図3は、世界のCO2排出量メインプレイヤーの1750年から2020年における、化石燃料および産業由来のCO2排出推移を分析している。 2020年の時点でCO2排出量の最も多い5カ国は、中国、アメリカ、インド、ロシア、日本である。分析は、これにEU(27カ国合計)[4]とイギリスを加えた。2020年において、これら6カ国とEUは、合計で年間233.6億トンのCO2を排出し、世界の排出量の67.1%を占めた。

 2020年における世界最大の排出国は中国である。中国は、世界貿易機関(WTO)に加盟した2001年から、経済発展と比例するように年間CO2排出量を急増させている[5]。2020年に中国のCO2排出量は106.7億トンに達し、世界の30.7%を占めた。

 2020年、アメリカのCO2排出量は47.1億トンで、世界の13.5%を占め、中国に次ぐ排出大国となっている。次いで、EU(27カ国合計)のCO2排出量は26億トンで、世界の7.5%を占めている。インドは同24.4億トンで世界の7.0%を占め、ロシアは同15.8億トンで世界の4.5%を占めている。日本は同10.3億トンで、世界の3.0%を占めている。産業革命後100年以上にわたりCO2排出量の最も多かったイギリスは同3.3億トンで、世界シェアは0.9%に縮小した。

 これらの国と地域の中で、中国とインドはまだピークアウトしておらず、CO2排出量は増え続けている。他方、日米欧はすでにピークアウトし、CO2排出量は減り続けている。

図3 国・地域別年間CO2排出量の推移(1750-2020年)

注1:化石燃料および産業起原CO2排出量である。
注2:土地利用変化は含まない。
出所:Global Carbon Project (GCP)データセットより作成。

4.パワーシフトを反映するCO2排出量シェアの増減


 時間軸で見ると、これまで、世界のCO2排出量のメインプレイヤーは幾度も変わってきた。図4は、1750年から2020年までの上記国・地域の年間CO2排出量シェア推移を分析している。この分析で、CO2排出量の分布が、時代とともに大きく変化していることが伺える。産業革命発祥の国イギリスは、1888年にアメリカに追い越されるまで、世界最大のCO2排出国であった。イギリスは石炭を大量に燃やし、工業生産と生活水準の向上を成し遂げる工業化モデルを、世界で最初に実現させた国である。

 その後アメリカが、大量生産大量消費の発展モデルを確立し、石油を石炭に代わるエネルギーの主役に置き、モータリゼーションを押し進め、世界最大の経済大国にのし上がった。第二次大戦後、安価の石油、天然ガスを世界中から調達して繁栄を謳歌し、世界経済を牽引した。2000年にはアメリカは世界におけるCO2排出量のシェアを、23.8%とピークにした。なおアメリカのCO2排出量ピークは2005年で、同年の世界シェアは20.7%であった。

 中国は改革開放後、長期にわたる経済成長を実現してきた。石炭を中心とする化石燃料の大量消費によって、世界におけるCO2排出量のシェアも急激に上昇し、2006年に同シェアは21.2%に達し、アメリカを超えて世界最大のCO2排出国となった。

 化石燃料をベースとした近代経済の発展は、世界経済におけるパワーシフトに如実に反映され、各国のCO2排出量シェアを増減させた。こうした状況の打開には、化石燃料をベースとした発展モデルからの脱却が不可欠となる。

図4 国・地域別年間CO2排出量シェアの推移(1750-2020年)

注1:化石燃料および産業起原CO2排出量である。
注2:土地利用変化は含まない。
出所:Global Carbon Project (GCP)データセットより作成。

5.アジア地域は世界CO2排出量急増のメインプレイヤー


 地球温暖化の緊急性を高めたのは、CO2排出総量を急拡大させたアジア地域である。図5は、1750年から2020年までにおける国・地域別のCO2排出量推移を示している。欧米は20世紀中頃まで、世界のCO2の大半を排出していた。1900年には排出量の95.7%が欧米によるもので、1950年時点でも排出量の82.1%を欧米が占めていた。しかし、1980年になると、世界における欧米のCO2排出量シェアは64.4%に下がった。

 一方、アジア地域のCO2排出量は急増し、1980年にはアジア全域での同世界シェアが22.6%を占めるまで上昇した。その後、アジア地域のCO2排出量は拡大し続けた。2001年には、世界におけるアジア全域のCO2排出量シェアは36.4%となり、2020年に同シェアは58.4%に至った。世界の約6割のCO2をアジアが排出する事態となった。

 アジアがCO2排出量を急増させる中、世界における欧米のCO2排出量シェアは相対的に低下した。2001年には、欧米のCO2排出量シェアは47.9%と5割を下回り、2020年に同シェアは27.8%と3分の1を下回った。

 CO2排出量におけるアジアシェアの急拡大は、日本、NEIS、中国、ASEAN、インドが立て続けに行った工業化や都市化に因る。なかでも13億人口を抱える中国の影響は大きい。  

 改革開放政策の初期にあたる1980年、中国の世界CO2排出量におけるシェアは7.7%であった。2001年には、中国の同世界シェアは13.8%となり、20年間で2倍近くになった。それから更に20年後の2020年に中国の同世界シェアは30.7%となり、一国で欧米全体のCO2排出シェアを上回るに至った。

 CO2排出量におけるアジア地域の存在が高まる中、アフリカと南米の両地域は、それぞれ同世界シェアの3〜4%に留め、メインプレイヤーにはなっていない。

 欧米のCO2排出量世界シェアの低下は、アジアの排出量の急増によると同時に、この間の欧米の排出量がピークアウトし、減り続けてきたことも大きな要因である。

 しかし、世界のCO2排出量は1980年から2020年までの40年間で、1.8倍に急増した。図5の分析からわかるように、この間の急増ぶりに最も貢献したのは、アジア地域である。急増するアジアの排出量は、未だピークアウトの兆しを見せていない。

 大気中のCO2濃度を安定させ、さらに削減させるには、大気中に排出される温室効果ガスと大気中から除去される温室効果ガスが同量でバランスが取れている「ネットゼロ」[6]をまず達成する必要がある。そのためには、アジアでの大規模かつ迅速な排出量削減が不可欠である。メインプレイヤーとしての中国のCO2削減圧力は極めて高い。

図5 国・地域別年間CO2排出量推移(1750-2020年)

注1:化石燃料および産業起原CO2排出量である。
注2:土地利用変化は含まない。
注3:国際航空・海運輸送は、国や地域の排出量に含まれていない。
出所:Global Carbon Project (GCP)データセットより作成。

6.累積で最もCO2排出した欧米と、現在CO2を大量排出するアジア


 しかし、産業革命以降、CO2を最も排出している国はどこだろう?上記の分析では1980年代以降、世界におけるCO2排出量を急増させたのがアジア地域であることが明らかになった。但し、CO2の大部分は一度排出されると何百年もの間、大気中に残ることが知られている。CO2の排出問題においては、これまでの累積排出量に関わる議論が必要となる。

 図6及び図7の分析では、いままで長い間CO2を排出してきた欧米諸国と、ごく最近大量にCO2を排出し始めたアジア地域との対立的な構図が見える。

 本論での1750年からの計算により、産業革命以来これまで人類は1兆7千億トンものCO2を排出してきた。大気中にCO2を最も排出してきた国は、CO2問題に取り組む上で最大の責任を負うべきだとのロジックがある。

 図6は、1750年から2020年までにおける国・地域別の累積CO2排出量推移を示している。アメリカは累積で約4,167億トンのCO2を排出し、世界における累積排出量の24.6%も占めた[7]。アメリカの累積CO2排出量は、中国の同13.9%シェアの1.8倍以上である。EU(27カ国)も、累積CO2排出量における世界シェアは17.1%と極めて大きい。産業革命の発祥地であるイギリスの同シェアは4.6%で、日本の同シェアは3.9%[8]である。

 現在のCO2排出量上位に占めるインドやブラジルなどの新興国は、累積CO2における貢献度はまだそれほど大きくない。アフリカ地域の貢献度は、その人口規模に比して非常に小さい。現在においても、アフリカ地域の一人当たりのCO2排出量はまだ少ない。

 過去に大量にCO2を排出してきた欧米諸国は長い時間をかけてピークアウトをした。これに対して、最近大量にCO2を排出し始めた新興国は、短期間でピークアウトしなければならない。そこにCO 2削減に関する国際交渉において、時間軸的ロジックの対立がある。

図6 国・地域別累積CO2排出量の推移(1750-2020年)

注1:化石燃料および産業起原CO2排出量である。
注2:土地利用変化は含まない。
出所:Global Carbon Project (GCP)データセットより作成。

 図7は、1750年から2020年までの国・地域別累積CO2排出量シェア推移を示している。1950年まで、累積CO2排出量の半分以上はヨーロッパによるものであった。とくにイギリスの排出量が大きい。1882年までは世界の累積CO2排出量の半分以上を同国が出していた。

 その後、アメリカが100年以上に渡り、CO2排出量の拡大を牽引した。アジア地域がCO2排出量を伸ばしたのは直近50年ほどのことである。世界に占めるアジア地域のCO2排出量の割合は近年、非常に増加している。

 累積でCO 2を最も排出した欧米諸国のほとんどは、ピークアウトを経て、世界におけるCO2排出量のシェアを急減させた。なかでも長期にわたり大量のCO2を出してきたイギリスは、2020年CO2排出量の世界シェアが1%を切った。これに対して、ごく最近CO2を大量に排出し始めた中国を始めとするアジア地域は現在、世界CO2排出量拡大を牽引している。こうした複雑な構図は、CO2削減における国際的な議論と合意を困難にしている。

図7 国・地域別累積CO2排出量シェアの推移(1750-2020年)

注1:化石燃料および産業起原CO2排出量である。
注2:土地利用変化は含まない。
出所:Global Carbon Project (GCP)データセットより作成。

(本論文では栗本賢一、甄雪華、趙建の三氏がデータ整理と図表作成に携わった)


[1] 温室効果ガスが大気中に残存する時間(大気寿命)は、ガスの種類や放出量によって異なり、一般的には数十年から数百年程度とされている。例えば、二酸化炭素は平均して100年〜1000年程度、メタンは約12年、フッ素化物(HFC)は約15年とされている。ただし、これらの数値はあくまでも平均値であり実際の値はさまざまな要因によって異なる。

[2] IPCC, 2013: Climate Change 2013: The Physical Science Basis. Contribution of Working Group I to the Fifth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [Stocker, T.F., D. Qin, G.-K. Plattner, M. Tignor, S.K. Allen, J. Boschung, A. Nauels, Y. Xia, V. Bex and P.M. Midgley (eds.)]. Cambridge University Press, Cambridge, United Kingdom and New York, NY, USA.

[3] 同報告書の正式名称は、『気候変動の脅威への世界的な対応の強化、持続可能な発展及び貧困撲滅の文脈において工業化以前の水準から1.5℃の気温上昇にかかる影響や関連する地球全体での温室効果ガス(GHG)排出経路に関する特別報告書』である。

[4] EUは通常、集団として交渉を行い、目標を設定することから、地域として分析対象に加えた。

[5] WTO加盟後の中国経済の成長について、詳しくは、周牧之・陳亜軍・徐林編著『環境・社会・経済 中国都市ランキング2017: 中心都市発展戦略』、NTT出版、2018年11月、p.167-174を参照。

[6] ネットゼロ(Net-zero)とは、「温室効果ガスの人為的な大気中への排出量と、一定期間における人為的な除去量が釣り合った状態」と定義され、温室効果ガスの排出量が完全にゼロになるように調整された状態のことを指す。また、ネットゼロは、パリ協定の1.5℃目標の達成に整合する排出量削減が求められている。一方、よく似た概念として、カーボン・ニュートラル(Carbon neutral)が存在するが、カーボン・ニュートラルは、温室効果ガスの排出量と吸収量・除去量を均衡させることを指す。

[7] アメリカのCO2排出量データは1800年からである。

[8] 日本のCO2排出量データは1868年からである。


本論文は、周牧之論文『都市から見た中国の二酸化炭素排出構造と課題―急増する中国とピークアウトした日米欧―』より抜粋したものである。『東京経大学会誌 経済学』、317号、2023年。

【論文】世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題

Global CO2 emissions and China’s challenges

周牧之 東京経済大学教授

編者ノート:

 二酸化炭素(CO2)排出量の急増による地球温暖化は、世界各地で異常気象災害を頻繁に引き起こしている。地球規模の気候変動はもはや人類共通の課題となっている。このような背景から、2021年4月22日開催の気候変動サミット(Leaders’ Summit on Climate)に出席した40カ国・地域の首脳がこぞって、2030年までのCO2排出量削減目標を明確に示した。

 中国は、今回のサミットで、「CO2排出量のピークアウトとカーボンニュートラルを生態文明建設の全体計画に組み込む」と宣言した。中国はすでに2020年9月22日の国連総会で「CO2排出量を2030年までにピークアウトさせ、2060年までにカーボンニュートラルを達成するよう努力する」と誓った。

 本論は、CO2排出量上位30カ国のデータを用いて、現在世界のCO2排出構造はどのようになっているのか?CO2排出量に影響を与える主な要因は何か?各国が直面している課題とは?等問題について、分析する。


▷CO2関連論文①:周牧之『二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧』
▷CO2関連論文②:周牧之『アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準』


 2021年4月26日に「全球碳排放格局和中国的挑战」と題した中国語レポートを中国の大手ネットメディア『中国網』で発表[1]、好評を得て百を超える中国のメディアやプラットフォームに転載された。5月8日には同レポートの英語版「Global CO2 emissions and China’s challenges」が『China Net』に掲載され[2]、『China Daily』や中国国務院新聞弁公室『China SCIO Online』にも転載された。同レポートの日本語版「世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題」も、5月19日に『チャイナネット』に掲載された[3]

 メディアの性質上、注釈や図表などの制限があったため、本論文では、このレポートをベースに注釈を加え、最新情報をアップデートし、問題提起をさらに掘り下げて検証する。

レポート「世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題」の
中国語、英語、日本語版


 21世紀最初の20年間は人類史上CO2排出量が最も増えた時代である。世界のCO2排出量を、3つに分けて考えると図1が示すように、①1979年までに積み上げた排出量は現在の54%と約半分に相当する。②1980〜1999年の20年間での増加分は現在の15.3%に相当する。③2000〜2019年の20年間での増加分は現在の30.7%を占めている。つまり、今日世界のCO2排出量の半分弱が1980年以降に増えたのである。さらに特筆すべきは、21世紀最初の20年間で増加したCO2排出量は、1980〜1999年の20年間に増加した分量と比べさらに2倍になったことである。21世紀におけるCO2排出量の急増ぶりは凄まじい。

図1 世界におけるCO2排出量拡大の推移

出所:英BPデータベースより作成。

1.世界におけるCO2排出構造


 現在、CO2排出量が明確に把握できる79カ国・地域を概観すると、そのCO2排出量合計は世界の96.7%を占めている[4]

 2000〜2019年の20年間に、上記79カ国・地域のうち、アメリカ、イギリス、ドイツ、ウクライナ、日本、イタリア、フランス、ギリシャ、ベネズエラ、スペイン、チェコ、オランダ、デンマーク、ウズベキスタン、ルーマニア、フィンランド、ベルギー、スウェーデン、ポルトガル、ハンガリー、スロバキア、アイルランド、スイス、ブルガリア、スロベニア、クロアチア、北マケドニア、ノルウェーの計28カ国がCO2排出量を削減している。

 これらの国々は、アメリカ、イギリス、ドイツ、日本、イタリア、フランス、スペイン、オランダ、デンマーク、フィンランド、ベルギー、スウェーデン、ポルトガル、アイルランド、スイス、ノルウェーといった先進諸国と、ウクライナ、ギリシャ、ベネズエラ、チェコ、ウズベキスタン、ルーマニア、ハンガリー、スロバキア、ブルガリア、スロベニア、クロアチア、北マケドニアといった経済的衰退に喘ぐ諸国の2つのグループに概ね大別できる。

 同じようにCO2排出量が減少していても、その原因は異なる。先進諸国グループの場合はCO2削減の努力がCO2排出量の減少に大きく寄与した。他方、後者のグループには東欧や旧ソ連の国々が多く含まれている。これらの国々のCO2排出量の減少は、冷戦後長期にわたる経済低迷によるものである。

 一方、その他51カ国は、この期間CO2排出量が拡大し続けた。この51カ国の大半は発展途上国で、とくに中国を筆頭とした新興工業国のCO2排出量の増加は著しい。特に注目すべきは、これらの国のCO2排出量の増加規模が、前述の28カ国のCO2排出量の削減量よりもはるかに大きいことである。28カ国のCO2排出量削減量は51カ国のCO2排出量増加分のうち、僅か15.7%に過ぎない。つまり、この期間の世界CO2排出量を急増させたのは、中国をはじめとする発展途上国で急速に進む工業化と都市化であった。 

 今日の世界CO2排出構造には、以下の3つの特徴が挙げられる。

 1つ目は、CO2排出量を減らしている国と、いまだに排出量を増やし続けている国に二分できることである。

 2つ目は、世界CO2排出量が上位国に集中していることである。図2が示すように、2019年では、中国、アメリカ、インド、ロシア、日本といったCO2排出量の上位5カ国が、世界CO2排出量の実に58.3%を占めている。つまり、世界CO2排出量の6割近くが、排出量上位5カ国で占められている。もう少し順位を拡大すると、排出量上位10カ国で世界CO2排出量の67.7%、排出量上位30カ国で同87%を占めていることがわかる。気候変動サミットにおいて、第2位のアメリカと第5位の日本は、2030年までにCO2排出量をそれぞれ50〜52%(2005年比)、46%(2013年比)削減すると約束した[5]。両国のチャレンジングな目標は、劇薬としてエネルギー・産業構造の高度化を推し進めるであろう。

図2 CO2排出量上位30カ国パフォーマンス(2019)

出所:英BPデータベースより作成。

 3つ目は、世界CO2排出量シェア28.8%の中国が断トツトップに立っていることである。2019年の中国CO2排出量は、第2位から第5位までのアメリカ、インド、ロシア、日本の4カ国の合計値にほぼ匹敵する。そのため、中国が国連総会で「2060年までにカーボンニュートラルを達成するよう努力する」[6]と表明したことは、意義が大きいと同時に、大変なチャレンジでもある。

2.CO2排出量に関わる6大要素


 CO2排出量を考える上で欠かせない基本的な要素は6つある。

 1つ目は「エネルギー消費量当たりCO2排出量」で、「エネルギー炭素集約度[7]」とも呼ばれる。この指標は、一次エネルギー源の品質と効率に関連している。例えば、現在、石炭が一次エネルギーの主役である中国のようなエネルギー構造では、エネルギー消費量当たりCO2排出量が多い。今後、火力発電の一次エネルギーを石炭から天然ガスに転換することや、風力、太陽光、水力などの再生可能エネルギーの割合が増えること、また原子力発電の発展などにより、エネルギー消費量当たりCO2排出量は減少していくと考えられる。

 2つ目は「GDP当たりエネルギー消費量」で、「エネルギー効率[8]」とも呼ばれる。工業化の初期においてはこの指標は悪化するが、工業化の進展に伴う産業構造の変化、低効率生産能力の淘汰、技術の向上などにより、エネルギー効率は好転する。したがって、長期的には、一国のGDP当たりエネルギー消費量の曲線は、工業化の初期には急上昇し、工業化が順調に進めば、いずれ減少傾向を迎えることになる。

 3つ目は「GDP当たりCO2排出量」で、「炭素強度[9]」とも呼ばれる。この指標は、一国の経済とCO2排出量の関係を示す重要な指標である。エネルギー消費量当たりCO2排出量とGDP当たりエネルギー消費量の相互作用により、炭素強度のレベルが決まる。

 4つ目は、経済発展の度合いを測る「一人当たりGDP」である。経済発展が、産業活動を拡大し、衣食住および交通など生活パターンの近代化をもたらす。よって、一人当たりエネルギー消費量が増加し、それに相まってCO2排出量も増加する。

 5つ目の大きな要因は「人口の規模と構造」である。人口が多くなるほど経済規模も大きくなり結果としてCO2排出量も多くなる。また、人口構造がエネルギー消費に与える影響も無視できない。

 6つ目は「一人当たりCO2排出量」で、上記5つの要素の相互作用の結果が最終的にこの指標に反映される。実際、これは一国におけるCO2排出量をはかる最も重要な指標である。一人当たりCO2排出量の変曲点がCO2排出量の本当の意味でのピークアウトとなる。

 一般的に、社会経済が一定の発展水準に達すると、エネルギー当たりCO2排出量(エネルギー炭素集約度)とGDP当たりエネルギー消費量(エネルギー効率)の変曲点が先に現れ、一人当たりCO2排出量のピークアウトはその後になる。その意味では、CO2排出量の本当のターニングポイントは、一人当たりCO2排出量が持続的に減少し始めたときだと捉えるべきである。

3.中国の成果と課題


 WTO加盟後、中国経済は、輸出と都市化という2つのエンジンを原動力に大きく発展した[10]。図3が示すように、2000年から2019年の間に、中国の輸出規模は10倍、アーバンエリア(建築用地やインフラ用地として一定の基準を満たす都市型用地の面積)[11]は2.9倍、DID(人口集中地区)[12]人口は2割増、そして実質GDPは5.2倍になった。

図3 中国経済パフォーマンス
(2000-2019)

出所:雲河都市研究院〈中国都市総合発展指標〉より作成。

 高い経済成長により、2000年に2,151米ドルだった中国の一人当たり実質GDPは、2019年には9,986米ドルと4.6倍になった。大規模な産業発展、急速な都市化、巨大な人口の生活パターンの近代化により、エネルギー消費量が急速に増加し、それが中国のCO2排出量増加の基本的な原因となっている。

 幸い、中国ではエネルギー当たりCO2排出量(エネルギー炭素集約度)、GDP当たりエネルギー消費量(エネルギー効率)、GDP当たりCO2排出量(炭素強度)のいずれもがすでに変曲点に達し、明確な減少傾向を示している。エネルギー当たりCO2排出量では、中国は2000年に比べて2019年に1割減少した。この間、実質GDP当たりエネルギー消費量とGDP当たりCO2排出量はともに4割も減少した。これらは、中国が近年、省エネの奨励、クリーンエネルギーの開発に多大な努力を払ってきた結果である。中国が推進する循環低炭素型の発展は、すでに一定の成果を上げている。

 しかし中国の一人当たりCO2排出量は、2000年から2019年の間に2.6倍になった。エネルギー当たりCO2排出量、GDP当たりエネルギー消費量、炭素強度のいずれもピークアウトしたが、一人当たりCO2排出量はまだ変曲点に達していない。一人当たりCO2排出量の変曲点にどう早く到達させるかが、「2030年までにCO2排出量のピークアウトに努め、2060年までにカーボンニュートラルを目指す」公約[13]を達成する鍵となる。

4.CO2排出量上位30カ国・地域の分析


 CO2排出量上位30カ国は、世界のCO2排出量の90%近くを占めるだけでなく、世界の人口の69%、GDPの84%を生み出している。さらに、この30カ国は、2000年から2019年の世界のCO2排出量の増加分の92.7%をもたらしている。そのため、まずはこの30カ国のCO2排出状況を徹底的に分析する必要がある。

  (1)CO2排出量の増減

 2000年から2019年にかけて、世界のCO2排出量は4割増加している。図4が示すように、CO2排出量上位30カ国は、アメリカ、日本、ドイツ、イギリス、イタリア、フランス、スペインの欧米主要7カ国ではCO2排出量が減少した。そのうち、イギリスは3割、ドイツ、イタリア、フランスは2割、アメリカ、日本、スペインは1割のCO2排出量削減を実現した。

図4 CO2排出量変化における上位30カ国の比較
(2000-2019)

出所:英BPデータベースより作成。

 他方、中国やインドを筆頭に、CO2排出量が増加している国が23カ国もある。しかも、これらの国のCO2排出量の増加は、上記7カ国の削減効果をはるかに上回った。7カ国のCO2排出量の削減は、23カ国のCO2排出量の増加分の僅か13.2%にしかなっていない。結果、世界のCO2排出量は急増した。

 この間、中国とインドのCO2排出量はそれぞれ2.9倍、2.6倍にも膨らんだ。中国は、2005年にアメリカを抜いて世界最大のCO2排出国となった。インドも、日本とロシアを抜いて世界第3位のCO2排出国となった。CO2排出量では、ベトナムは6.1倍と増加スピードが最も速く、世界第22位のCO2排出国となった。

  (2)一次エネルギー消費量の増減

 2000年から2019年にかけて、世界の一次エネルギー消費量は48%増加した。図5が示すように、中でも中国の一次エネルギー消費量は3.3倍となり、この期間で一次エネルギー消費量が最も拡大した国であった。2009年に中国は一次エネルギー消費量でアメリカを抜いて世界第1位となった。インドの一次エネルギー消費量も2.6倍となり、世界第3位の一次エネルギー消費国となった。一次エネルギー消費量が5.5倍になったベトナムは、この期間の増加スピードが最も速く、一次エネルギー消費量で第22位だった。

図5 一次エネルギー消費量変化におけるCO2排出量上位30カ国の比較
(2000-2019)

出所:英BPデータベースより作成。

 逆に、この期間に一次エネルギー消費を削減させた国は世界で22カ国存在する。そのうち、一次エネルギーの削減量が大きい順に、日本、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、アメリカの6カ国である。これらの国は、すべて先進国でCO2排出量上位30カ国に含まれる。特筆すべきはアメリカがこの期間、実質GDPの45.4%増を実現させたと同時に、一次エネルギー消費削減を達成した。すなわち、先進諸国の省エネとCO2排出削減への取り組みは見事に実を結んだ。

  (3)エネルギー消費量当たりCO2排出量(エネルギー炭素集約度)の増減

 図6が示すように、2000年から2019年にかけて、世界のCO2排出量上位30カ国・地域は、インド、日本、インドネシア、南アフリカ、ベトナム、カザフスタンを除き、エネルギー消費量当たりCO2排出量が減少した。このうち、イギリスとタイは2割、中国、アメリカ、ロシア、ドイツ、イラン、サウジアラビア、カナダ、ブラジル、オーストラリア、トルコ、イタリア、ポーランド、フランス、アラブ首長国連邦、台湾(中国)、スペイン、シンガポールはエネルギー消費量当たりCO2排出量を1割削減した。その間、世界のエネルギー炭素集約度は、若干改善された。

図6 エネルギー炭素集約度変化におけるCO2排出量上位30カ国の比較
(2000-2019)

出所:英BPデータベースより作成。

 アメリカでは、クリントン大統領の時代から再生エネルギーの開発とCO2排出量削減のための政策を打ち出し、その後大統領の交代により何度か浮き沈みはあったものの、エネルギーミックスの高度化が図られている。2017年にアメリカ西部の11州では、総電力量の42%もが再生可能エネルギーで賄われている。対照的に、同国では石炭火力は衰退し続けている。特筆すべきは、カーター大統領時代に始まった小規模天然ガス火力発電を開発する政策によって、2002年には小規模天然ガス火力発電がアメリカの電源構成で最大のシェアを占めるまでになった[14]

 先進国の中で日本は、2011年の福島第一原子力発電所事故により全国の原子力発電所が停止したため、火力発電に傾斜しなければならなかった。特に電源構成における石炭火力の占める割合が31.8%(2019年)にまで高まったため[15]、エネルギー消費量当たりCO2排出量が増加した。

 発展途上国では、石炭火力発電は重要な電源となっている。例えば、東南アジアでは、電源構成に占める石炭火力発電の割合が40%となっている[16]

 現在、如何にして迅速に石炭火力発電から他のクリーンエネルギー発電に移行させていくかが、カーボンニュートラを実現させる最重要課題の1つである。2021年4月21日、アントニオ・グテーレス国連事務総長が日本経済新聞に寄稿し、2030年までに先進国は石炭火力発電を完全に停止し、2040年までにその他の国も石炭火力発電を完全に停止する必要があると提唱した[17]

 中国の電源構成は石炭火力発電に大きく依存している。中国のエネルギー消費量当たりCO2排出量は減少しているものの、一次エネルギー消費構造に占める石炭の割合は依然として57.7%と極めて高い。エネルギー構造の高度化が求められる。

 2021年4月22日に開催された「気候サミット」では、中国は「石炭発電プロジェクトを厳格に抑え、第14次5カ年計画期間中には石炭消費量の増加を厳格に抑制し、第15次5カ年計画期間中には確実に削減していく」と公約した[18]。これは、中国が一次エネルギー構造の高度化を加速させることを意味する。 

 上記30カ国・地域のエネルギー消費量当たりCO2排出量の分析で、技術進歩、設備投資、エネルギーミックスの高度化により、ほとんどの国でエネルギー消費量当たりCO2排出量が減少し続けていることが浮かび上がる。しかし、日本のように原子力発電所の事故によりエネルギーミックスが急激に悪化したことや、インド、インドネシア、ベトナムのように急激な工業化によるエネルギー消費量当たりCO2排出量が増大した例もある。

  (4)GDP当たりエネルギー消費量(エネルギー効率)の増減

 図7が示すように、2000年から2019年の間に、世界のCO2排出量上位30カ国・地域は、イラン、サウジアラビア、ブラジル、タイ、ベトナム、アラブ首長国連邦を除き、GDP当たりエネルギー消費量が減少した。中でも、中国、ロシア、イギリス、ポーランドが4割、アメリカ、日本、ドイツ、韓国、フランス、台湾(中国)、カザフスタンが3割、インド、インドネシア、カナダ、南アフリカ、オーストラリア、イタリア、スペイン、マレーシアが2割、メキシコ、トルコ、シンガポール、エジプト、パキスタンは1割、GDP当たりエネルギー消費量を減少させた。

図7  エネルギー効率変化におけるCO2排出量上位30カ国の比較
(2000-2019)

出所:英BP、国連データベースより作成。

 このように、大半の国では、技術進歩、設備投資、エネルギーミックスの高度化により、エネルギー効率が向上している。その結果、世界のGDP当たりエネルギー消費量は、2000年から2019年の間に2割も大幅に減少した。もちろん、アメリカの制裁により経済状況が悪化したイランや、急速な工業化によりエネルギー効率が悪化したベトナムなど、例外はある。GDP当たりエネルギー消費量は、イランでは5割、ベトナムでは6割増加した。

  (5)GDP当たりCO2排出量(炭素強度)の増減

 図8が示すように、2000年から2019年の間に、世界のCO2排出量上位30カ国・地域は、イラン、サウジアラビア、ベトナム、アラブ首長国連邦を除き、実質GDP当たりCO2排出量は減少している。中でも、実質GDP当たりCO2排出量を5割削減したイギリスとポーランドは、炭素強度の減少幅が最も大きい。また、中国は炭素強度を4割と大幅に削減した。同様に、アメリカ、ロシア、ドイツ、フランス、台湾(中国)も、4割の炭素強度削減を実現させた。韓国、カナダ、オーストラリア、イタリア、スペイン、カザフスタンは3割減、インド、日本、南アフリカ、トルコ、マレーシア、シンガポール、エジプトは2割減、インドネシア、メキシコ、タイ、パキスタンは1割減となった。

図8 GDP当たりCO2排出量変化におけるCO2排出量上位30カ国の比較
(2000-2019)

出所:英BP、国連データベースより作成。

 しかし炭素強度が増加した国は4カ国ある。サウジアラビアとアラブ首長国連邦は1割、イランは4割、ベトナムは8割、実質GDP当たりCO2排出量が増加した。

 主要なCO2排出国の炭素強度が大幅に低下した結果、2000年から2019年の間に、世界の実質GDP当たりCO2排出量は18.1%減少した。

 中国は炭素強度を下げる努力で大きな成果を上げており、現在の炭素強度はインドの76.1%、ロシアの64.9%、ベトナムの60.3%である。しかし、先進国と比較すると未だ大きな隔たりがあり、現在、中国の炭素強度は、アメリカと日本の水準の2.8倍、ドイツの3.6倍、イギリスの5.5倍、フランスの6倍となっている。そのため、第14次5カ年計画では、「GDP当たりCO2排出量の抑制に重点を置き、それを補完する形で二酸化炭素排出総量の抑制を行う」としている。いかにして炭素強度を急速に低減させ、低炭素発展モデルを実現させるかが、極めて大きな挑戦である。

5.CO2排出量上位30カ国・地域におけるCO2排出量のピークアウト分析


 本レポートでは、CO2排出量ピークアウトの分析において、単年度の異常値による混乱を避けるため、「移動平均」の概念を導入し、「移動平均線」によるCO2排出量のピークアウト分析を行っている。移動平均とは、一定期間のデータを平均化し、その平均値を時間軸で結んだ移動平均線によってトレンドを分析する手法である[19]

 本稿では、5年間の移動平均値を算出し、1980年から2019年の間で、各国の一人当たりCO2とCO2排出量という2つの主要指標を分析する。これにより変曲点やトレンドをより正確に判断し、CO2排出量や省エネ・CO2排出削減における各国のパフォーマンスを評価する。

 (1)一人当たりCO2排出量のピークアウト分析

 図9が示すように、一人当たりCO2排出量の5カ年移動平均線の分析から、CO2排出量上位30カ国・地域のうち、アメリカ、ロシア、日本、ドイツ、サウジアラビア、カナダ、南アフリカ、メキシコ、ブラジル、オーストラリア、イギリス、イタリア、ポーランド、フランス、スペイン、マレーシア、エジプトなど17カ国がすでにピークアウトし、一人当たりCO2排出量が継続的に減少する傾向にある。

図9 CO2排出量上位30カ国の一人当たりCO2排出量の5カ年移動平均線

出所:英BP、国連データベースより作成。

 しかし、中国、インド、イラン、韓国、インドネシア、トルコ、タイ、ベトナム、アラブ首長国連邦、台湾(中国)、カザフスタン、シンガポール、パキスタンなどの13カ国・地域では、一人当たりCO2排出量がまだ増加傾向にある。

 世界全体で見ると、一人当たりCO2排出量は2011年にピークを迎え、その後は減少傾向にある。世界の一人当たりCO2排出量が減少しているのは、第一に、先進国での排出削減努力が功を奏していることによる。

 2000年から2019年の間に、イギリスは一人当たりCO2排出量を4割、アメリカ、イタリア、フランス、アラブ首長国連邦は3割、ドイツとスペインは2割、日本、カナダ、オーストラリアは1割削減した。主要先進国では、省エネ・CO2排出削減に目覚ましい成果を上げている。

 しかし、中国に代表される新興工業国では、工業化、都市化、生活様式の高度化に伴うエネルギー消費量の増加により、CO2排出量が拡大している。この間、一人当たりCO2排出量は、中国では2.6倍、インドでは2倍、ベトナムでは5倍になった。カザフスタンは9割、インドネシアは8割、イランは7割、タイは6割、トルコ、マレーシア、シンガポールは4割、韓国、サウジアラビア、エジプト、パキスタンは3割、ブラジルは2割、ロシアと台湾(中国)は1割、一人当たりCO2排出量が増加した。新興工業国・地域の多くは、一人当たりCO2排出量を増加させ続けた。

  特に、現在の中国の一人当たりCO2排出量は、すでにイギリスやフランスを上回っていることは注目に値する。中国は一人当たりCO2排出量の早期ピークアウトを政策目標と据えるべきであろう。

 (2)CO2排出量のピークアウト分析

 図10が示すように、CO2排出量上位30カ国・地域のCO2排出量の5カ年移動平均線を分析したところ、アメリカ、ロシア、日本、ドイツ、南アフリカ、メキシコ、ブラジル、イギリス、イタリア、ポーランド、フランス、スペインなど12カ国が、すでにピークアウトし、CO2排出量が減少傾向にあることが明らかとなった。

図10  CO2排出量上位30カ国のCO2排出量の5カ年移動平均線

出所:英BP、国連データベースより作成。

 一人当たりCO2排出量がピークアウトした17カ国と比較すると、サウジアラビア、カナダ、オーストラリア、マレーシア、エジプトなど5カ国はその中に含まれていない。つまりこの5カ国は、一人当たりCO2排出量はピークアウトしたものの、CO2排出量はまだピークアウトしていない。その主な理由は、人口の大幅な増加によるものと考えられる。2000年から2019年の間に、サウジアラビアは7割、カナダは2割、オーストラリアは3割、マレーシアは4割、エジプトは5割の人口増加となった。人口の大幅な増加は、CO2排出量のピークアウトを遅らせる。

 同じ状況はアメリカでも見られ、同国の人口は2000年から2019年の間に4,735万人増加しており、大量の人口増によって2つのピークアウトにラグが生じている。アメリカは、一人当たりのCO2排出量が2000年にピークアウトしたのに対し、CO2排出量が2007年になってようやくピークを越えた。

 現在、中国のCO2排出量の増大ぶりは鈍化しているものの、まだピークアウトしていない。中国政府は2030年までにCO2排出量をピークアウトする目標を掲げている。目下、各地域、各企業は削減に向かってアクションプラン策定を急いでいる。

6.中国とアメリカはグローバリゼーションの最大の推進者と受益者


 21世紀、世界はグローバリゼーションの新たな段階に入った。

 (1)貿易急拡大による人類史上最大の繁栄期

地球規模で貿易、投資、技術取引、人的交流が飛躍的に拡大している。輸出を例にとれば、2019年までの世界の総輸出量を3分割すると図11が示すように、①1979年の輸出規模は現在の10.8%に過ぎない。②1980〜1999年の輸出純成長分だけで1979年当時の2倍以上になり、現在の総輸出量の23.2%に当たる。③2000〜2019年の輸出はさらに爆発的に伸び、この間の増加分は現在の輸出総額の66%に当たる。つまり、今日の世界の輸出総額の約7割は、21世紀に入ってから増えたものである。富のメカニズムが国民経済からグローバル経済へと急速に移行していることは明らかである。

 2000年以降世界輸出総額の増加分において最も大きなシェアを占めているのは中国であった。そのシェアは17.9%で、同シェア第2位のドイツと第3位のアメリカを大きく引き離した。中国こそは人類史に例を見ない21世紀初頭における世界貿易急拡大の立役者である。

 他方、輸出拡大で世界第2位の経済大国を築き上げた日本は、21世紀世界貿易急拡大期においてのパフォーマンスは芳しくなかった。2000年以降世界輸出総額の増加分における日本のシェアは僅か1.8%であった。同シェアにおける各国の順位の中で日本は18位に過ぎず、世界貿易拡大における貢献では極めて小さい存在でしかなかった。

図11 世界における輸出規模拡大の推移

出所:国連貿易開発会議(UNCTAD)データベースより作成。

 グローバル化が富を爆発的に増加させた。2000年から2019年にかけて、世界の実質GDPは74.5%も増加した。この間、中国の実質GDPは5.2倍となり、世界の経済成長に最も貢献した国となった。他方その間、実質GDPを45.4%拡大させたアメリカは、成長率から見れば、世界平均を下回ったものの、その母数は巨大であるため、富の増大は著しかった。

 結果、図12が示すように、この期間の世界の実質GDP増加分の半分近い49.6%が中国とアメリカによってもたらされた。そのうち、中国は32.2%、アメリカは17.4%で、GDP増加分のシェアで世界第1位と第2位を占めている。第3位から第10位までは、順にインド5.4%、イギリス2.4%、韓国2.3%、ドイツ2.1%、ロシア1.9%、インドネシアと日本1.8%、ブラジル1.7%となっている。第3位以降の国の割合は、中国やアメリカに比べて如何に小さいかがわかる。

図12 世界における実質GDP規模拡大の推移

出所:国連データベースより作成。

 図13が示すように、2000年以降における中国の急成長が、世界経済に占める中国のシェアを急激に4%から17.4%へと押し上げ、見事なV字回復を見せた。突如現れた経済大国に世界は驚いた。

 その結果、2009年に中国の経済規模は日本を超え、世界第2位の経済大国となった。さらに2020年には中国の経済規模は日本の2.9倍となり、その急成長ぶりを見せつけた。

図13 世界経済に占める中国のシェアの変化

出所:Paul Kennedy, The Rise and Fall of The Great Powers, Random House, 1987および国連データベースより作成。

 21世紀初頭、グローバリゼーションを推し進め、人類史上類を見ない富の大爆発時代を作ったのは、中国とアメリカの協働だったと言えよう。中国とアメリカは、グローバリゼーションの最大の推進者であり、最大の受益者でもある。

(2)CO2排出量無き経済成長を目指す

 この間の経済成長と二酸化炭素排出量の関係はどうか。実質GDP成長率とCO2排出量増加率を見ると、CO2排出量の多い上位30カ国・地域は3つのグループに分類できる。

 第1のグループは、実質GDPの成長率が低く、CO2排出量が削減した国で、アメリカ、日本、ドイツ、イギリス、イタリア、フランス、スペインなど先進7カ国が属している。

 第2のグループは、経済成長率が中低速で、CO2排出量の増加が少ない国・地域である。このグループには、ロシア、イラン、韓国、サウジアラビア、カナダ、南アフリカ、メキシコ、ブラジル、オーストラリア、トルコ、ポーランド、タイ、アラブ首長国連邦、台湾(中国)、マレーシア、シンガポール、エジプト、パキスタンの18カ国・地域が含まれる。

 第3のグループは、経済成長が中高速で、CO2排出量が急激に増加している国である。インド、インドネシア、ベトナム、カザフスタンのアジア4カ国が含まれる。特にベトナムのCO2排出量の増加ぶりが際立っている。

 第4グループは、世界でも類を見ない高い経済成長率を持続的に達成している中国である。そのCO2排出量の伸び率は第3グループの平均レベルとほぼ同様である。

図14 実質GDP成長率とCO2排出量増加率(2000-2019)

出所:英BP、国連データベース作成。

 以上の分析から、21世紀の最初の20年間は、イノベーションとグローバリゼーションに推し進められ、世界の富が爆発的に増大した時代であったことがわかる。大分業によって大発展を遂げ、CO2も大排出した人類史上極めて特殊な時期であった。

 これまで築き上げた繁栄を守るため、次の時代、人類は地球規模で協力し、大幅な省エネ・CO2排出削減を進め、グリーン循環経済成長を実現し、気候変動に対処していく必要がある。

 2021年4月、解振華中国気候変動事務特使とアメリカのジョン・ケリー大統領気候問題特使が上海で気候変動問題に関する会談を行った。会談後に発表された共同声明で、中国とアメリカは互いに協力し、他国とも手を携え、気候変動問題に対処することを約束し、パリ協定の実施を強調した。

 国際エネルギー機関(IEA)は、2021年の世界のCO2排出量が昨年に比べて4.8%増加すると予想している[20]。CO2排出量の増加圧力は依然として厳しい。グローバリゼーションの最大の推進者であり、その最大の受益者でもある中国とアメリカは、グリーン循環経済成長の牽引者となる義務を負う。

(本論文では雲河都市研究院主任研究員栗本賢一氏がデータ整理と図表作成に携わった)


[1] 周牧之「全球碳排放格局和中国的挑战」、『中国網(China.com.cn)』、2021年4月日26(http://www.china.com.cn/opinion/think/2021-04/26/content_77441000.htm)。

[2] Zhou Muzhi, “Global CO2 emissions and China’s challenges” In China.org.cn, 8 May 2021(http://www.china.org.cn/opinion/2021-05/08/content_77475411.htm)。

[3]  周牧之「世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題」、In Japanese.China.org.cn、2021年5月19日(http://japanese.china.org.cn/business/txt/2021-05/19/content_77507977.htm)。

[4] 国別CO2データは、英BPデータベースより。

[5] 気候サミットは、地球の平均気温上昇を摂氏1.5度に抑制するために、気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)に向けて主要国の対策強化を図るものである。本サミットにおいて、アメリカは「2030年までに2005年比で温室効果ガス(GHG)50~52%削減」という目標を発表し、日本は2030年度に2013年度比で46%削減に引き上げることを宣言した。

[6] 2020年9月22日、中国の習近平国家主席は国連総会の会合にオンラインで出席し、「CO2排出量を2030年までに減少に転じさせ、2060年までにカーボンニュートラルを目指す」と表明した。中国は、初めて総量としての目標を打ち出し話題を呼んだ。

[7] エネルギー炭素集約度(carbon intensity of energy)は、「炭素集約度」とも呼ばれる。これを引き下げるためには、炭素の少ないエネルギー源を選択することが必要となる。

[8] エネルギー効率(energy intensity)は、「エネルギー集約度」、あるいは「エネルギー消費原単位」とも呼ばれる。これを引き下げるためには、省エネルギーの推進などが必要となる。

[9] 炭素強度(carbon intensity)は、技術進歩や経済成長に伴い低下していく。

[10] WTO加盟後の中国経済の成長について、詳しくは、筆者が中心となってまとめた、中国国家発展改革委員会発展計画司、雲河都市研究院著、周牧之・陳亜軍・徐林編著『環境・社会・経済 中国都市ランキング2017: 中心都市発展戦略』、NTT出版、2018年11月、p.167-174

[11] アーバンエリアについて、詳しくは、中国国家発展改革委員会発展計画司、雲河都市研究院著、周牧之・陳亜軍編著『環境・社会・経済 中国都市ランキング2018: 大都市圏発展戦略』、NTT出版、2020年10月、p.174。

[12] DIDについて、詳しくは、周牧之前掲書、p.174。

[13] 中国の習近平国家主席は2020年12月12日、同日に開幕した国連気候野心サミットの演説で、「GDPを分母とした二酸化炭素の原単位排出量を2030年までに2005年比65%削減する」という目標を新たに発表した。

[14] アメリカのエネルギー政策に関して詳しくは、小林健一著『米国の再生エネルギー革命』、日本経済評論社、2021年2月25日を参照。 

[15] 資源エネルギー庁『エネルギー白書2021』、2021年6月、p.134。

[16] 国際エネルギー機関(IEA)『Southeast Asia Energy Outlook 2019』、2019年11月、p.32。

[17] アントニオ・グテレス事務総長「石炭発電、40年までに全廃を」、『日本経済新聞』、2021年4月21日朝刊。

[18] 気候サミットでは、中国の習近平国家主席は石炭に依存したエネルギーシステムを改善し「グリーン開発」に取り組む考えを示し、2026〜30年の石炭消費量を2021〜25年の水準から段階的に削減する方針を明らかにした。中国は2020年3月にまとめた2021~25年までの第十四次5カ年計画で、石炭の消費量を「厳しく抑制する」と決めたのに続き、2026年以降に石炭消費量の減少にかじを切る方向性を示した。世界最大である中国の石炭消費量は2025年にピークを迎え、その後は減少に転じることになる。

[19] 「移動平均(Moving Average)」とは、時系列データから傾向変動を見出すための方法であり、時系列データを一定区間ごとの平均値を連続的に求めて平滑化することである。本研究は5カ年移動平均を用いており、下式で表す。ここでは、年度における変数である。

[20] 国際エネルギー機関(IEA)は2021年4月20日年次レポート『Global Energy Review 2021』を公開し、2021年のCO2排出量が前年比4.8%増え、2019年とほぼ同水準にまで戻るとの予測を発表した。新型コロナで低迷していた景気が回復してきたことによりエネルギー需要も戻りつつあり、中国を中心に石炭の消費が増加しCO2排出量を押し上げるとの見通しを述べている。


周牧之「世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題」。『東京経大学会誌』、311号、2021年12月1日、pp.55-78


日本語版『世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題』(チャイナネット・2021年5月19日)

中国語版『全球碳排放格局和中国的挑战』(中国網・2021年4月26日)

英語版『Global CO2 emissions and China’s challenges』(China Net・2021年5月8日、中国国務院新聞弁公室・2021年5月8日、China Daily・2021年5月9日)

【論文】東京オリンピックから見たもう1つの金メダル攻防戦 ―スポーツにおけるアジア人的交流のフレームワーク―


Another path of winning and securing Olympic gold medals
A look at Asia’s people-to-people exchanges from Tokyo 2020

周牧之 東京経済大学教授
Zhou Muzhi Professor of Tokyo Keizai University


 2020東京五輪は、新型コロナウイルスパンデミックによる1年の延期を経て、2021年7月23日から8月8日まで開催された。様々な困難を乗り越え競技自体は順調に展開された。

 同大会での金メダルランキングを見ると、中国は38枚、日本は27枚と、アメリカに次いで第2位、第3位に入った。オリンピック125年の歴史上、金メダルトップ3に、初めてアジアの国が2カ国入った。本論は、五輪でのアジア躍進の裏にあるもう1つの金メダル攻防戦を解き明かす。

 2020東京五輪について、筆者はこれまで三つの文章を発表してきた。

 为 “紧急事态宣言”下的东京奥运会祈福と題した中国語の文章が2021年7月23日に、中国の大手ネットメディア『中国網』で発表された[1]。7月28日には同文章の英語版Praying for Tokyo Olympics under state of emergencyが『China Net』に掲載された[2]

 同8月19日には奥运金牌攻防战的亚洲之路と題した中国語の文章が、『中国網』で発表された[3]。同9月7日には同文章の英語版Asian path of winning and securing Olympic gold medalsが『China Net』に掲載された[4]

 2021年8月31日に从东京奥运会看亚洲人文交往格局と題した中国語の文章が、『中国網』で発表された[5]。9月6日には同文章の英語版A look at Asia’s people-to-people exchanges from Tokyo 2020が『China Net』に掲載された[6]

 これらの文章は『China Daily』や中国国務院新聞弁公室China SCIO Onlineを始め多くのメディアとプラットフォームに転載された。本論文では、これらの文章をベースに注釈や図表を加え、最新情報をアップデートし、問題提起をさらに掘り下げて検証する。

A look at Asia’s people-to-people exchanges from Tokyo 2020』 2021年9月24日付中国国務院新聞弁公室HPで発表

1.金メダルの鉱脈をどう作る?


 日本は2020東京オリンピックで27枚の金メダル、14枚の銀メダル、17枚の銅メダルを獲得、計58枚のメダル奪取は日本の五輪大会参加史上最高数となった。とくに柔道は、金メダル9枚を奪い、日本の金メダル総数の三分の一を稼ぐ最大のゴールド競技種目となった。

 表1で示すように2020東京五輪は、史上最多の33競技種目が行われ、なかでも柔道は15枚の金メダル数を誇る一大競技種目だった。

 柔道は1964東京五輪で初めて採用された競技種目で、当初の金メダル数は僅か4枚であった。その後、種目メダル数を徐々に増やした柔道は、水泳、陸上、体操、自転車、レスリング、カヌーに次いでメダル数を誇る五輪競技種目となった。まさに「小さく産んで大きく育てた」成功事例である。

表1 2020東京五輪33競技種目における金メダル数

注1:順位は競技種目の金メダル数順、同数の場合は五輪正式種目になった時期順である。
注2:太文字の競技種目は1964東京五輪、1988ソウル五輪、2020東京五輪で初めて正式競技種目及び公開競技となったものである。
出所:2020東京五輪公式サイト、各競技種目国際連盟公式サイトなどより作成。

 柔道は、正式なオリンピック競技種目となって以来、一貫として日本の最大の金メダル競技種目であり続けた。表2で示すようにとくに、1992バルセロナ五輪、1996アトランタ五輪、2000シドニー五輪、2004アテネ五輪において柔道は、日本の金メダル総数のそれぞれ67%、100%、80%、50%を稼いだ。柔道は、これらの五輪大会で日本の金メダル争奪戦の支柱であった。

 柔道が競技種目から外された1968メキシコシティ五輪及び日本が参加をボイコットした1980モスクワ五輪を除き、これまでに柔道競技種目のあった五輪大会は計13回あった。日本はこれら13回の大会で獲得した計134枚の金メダルのうち、柔道だけで48枚をも稼いだ。メキシコシティ五輪を入れても、1964東京以降の五輪大会における日本の金メダル獲得総数の中で、柔道種目が占める割合は33%に至った。全体として見ても日本にとって柔道は、五輪で最も貢献度の高い競技種目であった。

 これらの五輪大会での柔道種目の金メダルは計152枚あり、日本はその32%を勝ち取った。同種目における王者ぶりを見せつけた。

表2 各五輪大会において日本が獲得した柔道金メダル数

注1:1968メキシコシティ五輪では柔道は競技種目から外された。
注2:日本は1980モスクワ五輪参加をボイコットしたため金メダル数はゼロである。
出所:2020東京五輪公式サイト、日本オリンピック委員会公式サイトなどより作成。

 2020東京五輪では新たにスケートボード、スポーツクライミング、サーフィン、空手、野球・ソフトボール[7]の5つの競技種目が加わった。これらの新設競技種目も直ちに日本の金メダル獲得に大きく貢献した。日本は同新設5競技種目で、金メダル6枚、銀メダル4枚、銅メダル4枚を勝ち取った。これは今大会で日本が得た金メダル総数の22%、銀メダル総数の29%、銅メダル総数の24%に当たる。新設競技種目が果たした効果は絶大であった。

 表3で示すように、1964東京五輪で新設した柔道とバレーボールの2競技種目も加えれば、二度の東京五輪で新設した計7競技種目で、今大会の日本チームに、合わせて15枚の金メダルがもたらされた。これは2020東京五輪における日本の金メダル獲得総数の56%にも相当する。

表3  2020五輪各競技種目における日本の金メダル数

注1:競技種目順は表1同様。
出所:2020東京五輪公式サイト、日本オリンピック委員会公式サイト、各競技種目国際連盟公式サイトなどより作成。

2.アジア四度の五輪における種目新設ゲーム


 初回の1896アテネ五輪大会では陸上、競泳、ウエイトリフティング、射撃、自転車、レスリング、体操、フェンシング、テニスの9競技種目しかなかった。2020東京五輪になると、種目数は33に増え、金メダル数も339枚に上った。1896アテネ五輪から2020東京五輪までの125年間で多くの国が、自国に有利な競技種目をオリンピックに引き入れた。

(1)国際オリンピック委員会と開催国とのパワーバランス

 オリンピックにおける競技種目の新設はハードルが高く、審議の過程が複雑である。しかし競技種目の新設に関しては、時期によって多少違いはあるものの、五輪開催国が一定の提案の権限を持つ[8]。大雑把に整理すると、1984ロサンゼルス五輪まで、五輪大会のビジネスモデルが確定せず赤字続きで大会開催国(都市)の確保が困難だった。そのため、国際オリンピック委員会(IOC:International Olympic Committee)と開催国(都市)のパワーバランスはより後者にあり、競技種目の新設に関する主導権も後者に有利だった。

 1984五輪では開催都市の申請はロサンゼルスのみであった。それを契機に、ロサンゼルス五輪ではピーター・ユベロス[9]の主導で放送料権の入札、1業種につき1社に限定でのスポンサー契約など思い切った取り組みが行われ、テレビ放送料権、スポンサード(協賛金)、観戦チケット販売の3本柱からなるビジネスモデルが確立され、五輪大会の収益が急増した。さらに、衛星伝送技術による全世界に向けたテレビ中継により五輪人気が高まった。これにより、IOCのパワーが増大し、新設種目に関するIOCの規制も徐々に強まった。

(2)アジア五輪での競技種目の新設

 アジアにおいて、初めてのオリンピック開催は1964東京五輪であった。日本は開催国の地位をうまく活かし、柔道とバレーボールを新設競技種目として取り入れることに成功した。

 1964東京五輪で、日本は4枚あった柔道の金メダルのうちの3枚を取った。バレーボールでは2枚の金メダル争いのうち、いわゆる「東洋の魔女」が女子の金メダルに輝き[10]、男子は銀メダルを獲得した。同大会で日本は合わせて16枚の金メダルを獲得し、その四分の一を新設競技種目の柔道とバレーボールが占めた。

 アジアでの二度目のチャンスは、1988ソウル五輪であった。この大会では卓球が新設競技種目入りし、バドミントン、テコンドー、野球も初めて公開競技としてオリンピックの舞台に登場した。

 ソウル五輪で、卓球は直ちに韓国に2枚の金メダルをもたらした。バドミントンと野球はソウル五輪での公開競技を経て1992バルセロナ五輪に、テコンドーは2000シドニー五輪でそれぞれ正式競技種目となり、韓国の金メダル獲得種目となった。卓球、バドミントン、テコンドー、野球の4種目はこれまでの五輪大会で、韓国に合わせて22枚の金メダル、13枚の銀メダル、27枚の銅メダルをもたらした。

 残念ながら2008北京五輪において、競技種目の新設は成らなかった。中国は自ら金メダル鉱脈を掘るチャンスを逃した。

 日本は、競技種目の新設にあたり、1964東京五輪の経験と、その後半世紀の準備期間を踏まえ、2020東京五輪で一挙に5つの競技種目を新設することに成功、金メダル攻防戦における礎をさらに強固にした。

3.中国のオリンピック金メダル鉱脈:強くても、メダル数に欠け


 二度の東京五輪とソウル五輪で新設された競技種目は、10種目にのぼる(公開競技として登場し、その後正式競技種目になったものを含む)。この10種目すなわち柔道、バレーボール、卓球、バドミントン、テコンドー、スケートボード、スポーツクライミング、サーフィン、空手、野球・ソフトボールのほとんどは、アジア人の身体能力に適した競技種目である。

 実は、こうした競技種目は中国の金メダル獲得にも多大な貢献を果たした。今回の東京五輪大会で、中国はこの10種目で金メダル6枚、銀メダル8枚、銅メダル2枚を獲得した。

 とりわけ中国は卓球で4枚、バドミントンで2枚の金メダルを奪った。これは、この2つの競技種目の金メダル数の、各々五分の四、五分の二に当たる。

 これまでの五輪大会で、中国は卓球で累計32枚の金メダルを獲得した。これは同競技種目の金メダル数の86%を占めている。バドミントンでは中国は合計20枚金メダルを獲得し、これは同競技種目の金メダル数の51%を占めた。卓球とバドミントンの両競技種目は圧倒的優位で、中国金メダルの大鉱脈となった。

 しかし、金メダル数からすると、この二競技種目で獲得できる枚数はなかなか増えていない。卓球はソウル五輪以来、金メダル数は4枚に止まり、2020東京大会でようやく5枚となった。

 バドミントンも、1992バルセロナ五輪で正式種目となり4枚の金メダルを据え、1996アトランタ五輪でバドミントンの金メダル数は5枚になったものの、その後金メダル数に変化はない。

 卓球とバドミントンの金メダル数は、柔道のように当初の4枚から現在の15枚へと大金脈に発展するような展開にはなっていない。

 それにも関わらず、中国のこれまでの五輪での金メダル獲得総数の中で卓球は、水泳、ウエイトリフティング、体操に次いで第4位の競技種目である。バドミントンも同第6位の種目となっている。

 上記の分析から、強い競技種目における金メダル数を如何に増やしていくかについても、オリンピック金メダル攻防戦における一つ重要な課題であることが分かる。

4.武術の五輪への道程


 武術をオリンピック競技種目にするのは中国人の夢である。特に柔道、テコンドー、空手が相次ぎ五輪正式競技種目となったいま、夢実現への思いはさらに強まっている。

(1)武術はこれまで、なぜ五輪の正式競技種目になれなかったのか。

 武術にとって2008北京五輪は正式競技種目になる絶好のチャンスであった。しかし主催国(都市)の「特権」を駆使したにも関わらず、武術は最終的に同五輪期間では「2008北京五輪武術トーナメント」としての特別開催にとどまった[11]。その後の五輪大会においても武術はいまだオリンピック正式競技種目にはなれていない。

 十分な準備期間がなかった故であろうか?柔道の場合は、1951年に国際柔道連盟(IJF:International Judo Federation)の設立から1964東京五輪で正式競技種目になるまで13年かかった。テコンドーの場合は、1973年にワールドテコンドー(WT :World Taekwondo)[12]が設立し2000シドニー五輪で正式競技種目となるまで27年かかった。空手は、1970年の世界空手連合(WUKO:World Union of Karate Organizations)[13]設立から2020東京五輪での正式競技種目採用まで50年を費やした。

 武術の場合は、1990年国際武術連盟(IWUF:International Wushu Federation)の設立から2008年の北京五輪まで18年もあった。この時点ですでに柔道の場合より準備期間が長かった。さらに2020東京五輪までは30年の準備期間を擁していた。その意味では決して時間が足りなかったとは言えないだろう。

 実際の問題は、武術の競技種目としての中身の設置戦略にあった。

 武術を北京五輪正式競技種目として申請するにあたり、2001年に国際武術連盟がIOCに提出した設置案の中身には、男子は長拳、南拳、刀術、棍術の4種目が、女子は長拳、太極拳、剣術、槍術の4種目が挙がった。競技種目としての中身が煩雑で統一したルールもなく、審議が通らなかったのも当然であった。

(2)柔術をスポーツへと生まれ変わらせた柔道

 前述のように、武術と対照的な事例は柔道である。柔道の成功要因には、嘉納治五郎[14]が早くも1882年に柔術理論及び技術の体系をとりまとめ、危険性のある技を取り除き、近代的な訓練方法を制定したことが挙げられる。これにより伝統的な柔術は、近代的な柔道というスポーツへと生まれ変わった。1909年東洋人として初のオリンピック委員会委員となった嘉納治五郎のような近代スポーツに理解のある人物による柔術のスポーツへの改造が、極めて重要な役割を果たした。

 第二次大戦後、日本は世界に柔道を積極的に広めると同時に、スポーツとしての柔道の規範をさらに改善し、世界に受け入れられる競技へと発展させた。

 1964東京五輪で日本は柔道を金メダル4枚の正式競技種目として、織り込んだ。その後徐々に性別、重量別の金メダル数を増やし、最終的に15枚の金メダルを誇る一大競技種目に仕立て上げた。柔道は、いまやオリンピックにおける日本の金メダル大鉱脈となっただけでなく、日本の歴史文化を世界へ伝える一大ソフトパワーともなっている。

 柔道の経験から見ると、武術の五輪への道は先ず種目の中身をシンプルに絞る必要がある。数多くの武術種目をいくつかの競技種目に分け、段階的にオリンピックに織り込んでいくことが考えられる。

 何より大事なのは、伝統的な武術を近代的なスポーツへと変貌させていくことである。そのためには、柔術を柔道へ変身させた嘉納治五郎や、テコンドーを近代スポーツとして形を整えた崔泓熙[15]のような人物を中心に協議を重ね、五輪競技種目化への整備を進めることが重要となる。

(3)太極拳に的を絞る

 上記の分析から、武術の五輪への道は先ず、国際的な愛好者の多い太極拳に的を絞って進めることが考えられる。

 現在、世界の太極拳愛好者は億人単位にのぼると言われ、国際的な知名度も好感度も高い。太極拳を五輪種目入りさせるには、以下に挙げる3つのステップが必要であろう。

  • 数多くの流派がある太極拳を、近代スポーツとしての太極拳へと変身させ、その統一的な競技ルールを取り決める。
  • 太極拳を国際武術連盟に属するひとつの種目として留め置くことなく、独立した国際太極拳連盟を設立し、IOCの認可を得る。
  • 国際的な普及を進め、オリンピック正式競技種目として申請する。正式競技種目となった後にも継続して同種目における金メダルの設置数を増やしていく。

 自国の伝統文化をオリンピックの金脈として形作るには、正確な戦略と長期にわたる努力が欠かせない。

5.アジア五輪での新設競技種目はアジアに貢献


 前述したように初開催の1896アテネ五輪大会では9つの競技種目のみであった。当時アジアでは近代スポーツに関する認識がまだ薄かった。これらの種目にもアジア発のものはなかった。

 アジアで、これまで四度行われた五輪のうち、東京五輪とソウル五輪で新設された競技は、10種目にのぼる(公開競技として登場し、その後正式種目になったものを含む)。表1が示すように、これらアジア五輪新設種目は今回の東京五輪の33種目の30%にあたり、その金メダル数も全種目合計339枚の16%に当たる。

 アジア五輪で新設された競技種目のほとんどは、アジア人の身体能力に適した種目である。こうした競技種目の増設により、アジア諸国のオリンピックにおける存在感も高まった。2020東京五輪で金メダル獲得数のトップ3に中国と日本という2つのアジアの国が入ったことは、競技種目の新設努力によるものが大きい。

 表4が示すように1964東京五輪以来、アジア五輪新設競技種目が稼ぎ出した金メダル数は、日本の金メダル獲得総数の40%にものぼった。

表4 アジア五輪の新設競技種目で日本が獲得した金メダル数

出所:2020東京五輪公式サイト、日本オリンピック委員会公式サイトなどより作成。

 表5が示すように、韓国が1964東京五輪以来、アジア五輪新設競技種目で稼ぎ出した金メダル数は、同国の金メダル獲得総数の34%にものぼった。アジア五輪新設競技種目は韓国の五輪の成績にも大きく貢献した。

表5 アジア五輪の新設競技種目で韓国が獲得した金メダル数

注:野球は1988ソウル五輪で公開競技となった。1992バルセロナ五輪で正式競技種目となったが、2012ロンドン五輪で正式競技種目から外された。2020東京五輪で野球・ソフトボールとして正式競技種目になった。本表は便宜のため野球の金メダルを野球・ソフトボール欄に入れた。
出所:2020東京五輪公式サイト、Korean Sport & Olympic Committee公式サイトなどより作成。

 表6が示すように中国は1984ロサンゼルス五輪で初参加して以来、アジア五輪新設競技種目が稼ぎ出した金メダル数は、同国の金メダル獲得総数の26%にのぼった。アジア五輪新設競技種目は中国の五輪成績に大きく貢献した。前述したように卓球とバドミントンがすでに中国の強い競技種目となっていた。それだけではなく、これまでに柔道、テコンドーでもそれぞれ8枚、7枚の金メダルを獲得した。バレーボールも人気が高く、これまでに3枚の金メダルを獲得している。これらのアジア五輪新設競技種目は中国に金メダルをもたらしただけではなく、人気スポーツとして中国での普及も進んでいる。

表6 アジア五輪の新設競技種目で中国が獲得した金メダル数

出所:2020東京五輪公式サイト、中国国家体育総局公式サイトなどより作成。

 アジア五輪新設競技種目には柔道、テコンドー、空手などアジア諸国の歴史文化のバックグラウンドを持つ競技もある。これらの競技種目は、関係国のソフトパワーを世界へ発信する大きなチャンネルとなった。

 特記すべきは、こうした新設競技種目が、アジアにおける人的交流をも一層促進したことである。

6.中国における卓球の「北強南弱構造」


 卓球は1988ソウル五輪から正式競技種目になって以来、合計37枚の金メダルが出た。中国はそのうち86%に当たる32枚を獲得した。卓球はいまやオリンピックおける中国の最強種目となっている。

 中国を、長江を境として北部と南部とに大雑把に分け、これまでの計29人の卓球五輪金メダリストを出身地別に見た。21人が北部出身であり、特に東北地方出身者は10人にのぼった。南部出身者は8人であった。すなわち中国卓球五輪金メダリストの出身地では北部は72%、南部は28%となっている。

表7 中国の卓球五輪金メダリスト出身地

注:金メダリストの中には一人で複数の金メダルをとる選手もいるが、金メダリスト一人として換算する。
出所:中国国家体育総局公式サイト及び中国卓球各オリンピック金メダリストの公開情報により作成。

 中国の卓球オリンピック金メダリストに北部出身者が多いだけではない。興味深いのは、日本のトップクラスの卓球選手の多くが、流暢な北部訛りの中国語を喋ることである。日本の一流選手のコーチに、中国北部出身者が多い故である。

 中国の卓球選手が選手として、そしてコーチとして、世界各国で活躍して久しい。

 この現象はスポーツとしての卓球の世界的普及に大きな役割を果たしてきた。日本でも大勢の中国出身の卓球コーチが日本人選手育成に尽力している。これら中国北部出身のコーチは日本で教えるだけでなく、教え子をふるさと中国での強化合宿に連れて行く。中国での特訓で育てられた日本人選手は、自然と北部訛りの中国語を会得する。

 例えば四度の五輪出場を果たした日本人卓球選手の福原愛は、専属コーチも専属スパーリングパートナーも中国東北地方出身者であった。彼女はまた中国遼寧省にある本渓鋼鉄クラブに所属したことで、東北訛りの中国語にさらに磨きをかけた。

 卓球のオリンピック金メダル分布は、中国で「北強南弱構造」になっているだけではなく、世界的に見ても中国、日本、韓国といった北東アジアに集中する構造となっている。

 これまでのオリンピック大会の卓球競技の結果を見ると、中国は金メダル32枚、韓国は同3枚、日本は同1枚を取り、三カ国合計で同種目97%の金メダルをものにした。唯一の例外は1992バルセロナ五輪でスウェーデンの選手が金メダルを1枚獲得したことである。

 北東アジア三カ国が、オリンピックにおける卓球金メダルを総ナメできたことは、同地域における濃厚な人的交流の賜物である。

 卓球は日本ではオリンピックで決して強い種目ではないものの、人気が高い。これは中国の選手との長い交流や切磋琢磨の歴史が寄与しているといっていい。

 これに加え、卓球を介した歴史的なエピソードも残っている。1971年、愛知県名古屋市で行われた第31回世界卓球選手権に、中国が6年ぶりに出場し、大会終了後に中国がアメリカの卓球選手を自国に招待したことを契機に世界のパワーバランスが大きく変わった。同年7月にキッシンジャー大統領補佐官が極秘に訪中、1972年2月にニクソン大統領が訪中、のちの日中国交正常化もすべてがこの「ピンポン外交」の賜物であった。中国の改革開放そしてソ連の崩壊も、こうしたパワーバランスの変化の結果といえよう。卓球を介したこの歴史的大転換を記念する行事は、いまなお日本で開催されている[16]

 AI対話アプリを提供するSELFが2020東京五輪の直後に実施した「東京オリンピックに関するアンケート調査」では、「東京オリンピックで、あなたが最も楽しんだ競技は?」の回答で、ダントツ1位に輝いたのは卓球だった。オリンピックで最も金メダルを稼いだ柔道は第3位であった[17]。卓球の絶大な人気には、アジアの人的交流の積み重ねがある。

 歴史のさまざまな要因で北東アジアの国と国との関係と感情には、いまだ対立と不信感が残っている。しかし、長い交流の歴史があるゆえに、北東アジアにおける個人と個人の間には、強い磁力がある。

7.中国におけるバドミントンの「南強北弱構造」


 中国での卓球の「北強南弱構造」と真逆なのが、バドミントンの「南強北弱構造」である。

 バドミントンは1988ソウル五輪で公開競技種目となり、1992バルセロナ五輪で正式競技種目となった。その後のほぼ30年間の五輪大会で、バドミントンは合計39枚の金メダルを出した。中国はそのうち51.2%にあたる20枚をも獲得した。バトミントンは中国にとってオリンピックで金メダルを稼げるもうひとつの強い競技種目であった。

 五輪史上中国の計22人のバドミントン金メダリストの出身を調べると、表8が示すように今度はなんと南部出身者が多かった。具体的には、長江以北が僅か5人で、長江以南が17人に上った。すなわち中国バドミントン五輪金メダリストの出身地では南部は77%、北部は23%となっている。

表8 中国のバドミントン五輪金メダリスト出身地

注:金メダリストの中には一人で複数の金メダルをとる選手もいるが、金メダリスト一人として換算する。
出所:中国国家体育総局公式サイト及び中国バドミントン各オリンピック金メダリストの公開情報により作成。

 視野を中国からアジアに拡げると、オリンピックのバドミントン金メダル数は累積で中国のほかインドネシア8枚、韓国6枚、日本1枚、中華台北1枚となっている。オリンピックのバドミントン金メダルにおけるアジアの国と地域の獲得率は92%にものぼる。ここに、もう1つアジアにおける人的交流の道が見えてくる。

 中国でのバドミントンの発展は、インドネシア華僑の貢献が大きい。1954年王文教ら4人の華僑がインドネシアから中国に帰国したことが、スポーツとしてのバドミントンの中国展開の始まりであった[18]。1960年、インドネシアから湯仙虎、侯家昌、方凱祥、陳玉娘ら青年選手が相次いで帰国したことが、中国のバドミントンパワーのさらなるアップにつながった[19]。これらインドネシア華僑が選手として、またコーチとして中国のバドミントンの礎を築いた。

 上記に鑑みれば、これら華僑のルーツにあたる中国の南部でのバドミントンの人気と強さは当然であろう。

8.新時代におけるさらなる国際交流を


 歴史の流れで見れば、今日のアジア諸国は周辺の国々との交流の中で形作られてきた。中国の北部と北東アジアにしろ、南部と東南アジアにしろ、それぞれ密接な人的交流を重ねてきた。こうした脈絡はオリンピックで活躍する選手の背中から伺える。

 アジアの国家間のセンシティブな関係は多くの場合、歴史的な重荷として捉えられている。だが、いま、アジアにおける濃厚な人的交流をこそ、貴重な歴史遺産として認識すべきである。今日、世界のパラダイムシフトの中で、こうした歴史遺産を活かし、アジアにおける平和と繁栄を築いていくべきである。

 1984年ロサンゼルス五輪以来、テレビ中継をテコに、オリンピックは人気と収益の増大を実現させた。しかし、時代はすでにテレビからネットへ、そして国本位から人間本位へと急速にシフトしている。こうした新時代にふさわしい競技種目の選定、そして五輪の新しいビジネスモデルの確立が大きな課題となっている。IOCもこれを意識し、2021年3月12日の第137次IOC総会で採択された「オリンピック・アジェンダ2020+5」は、「連帯」、「デジタル化」、「持続可能な開発」、「信頼性」、「経済的・財政的なレジリエンス」を訴えている[20]

 IOCの改革を受けて、ネット時代におけるデジタル交流を含む人的国際スポーツ交流の一層の深まりが期待される。

(本論文では甄雪華、趙建の両氏がデータ整理に携わった)


[1] 周牧之「为 “紧急事态宣言”下的东京奥运会祈福」、『中国網(China.com.cn)』、2021年7月23日(http://www.china.com.cn/opinion2020/2021-07/23/content_77646834.shtml)。

[2] Zhou Muzhi, “Praying for Tokyo Olympics under state of emergency” In China.org.cn, 28 July 2021(http://www.china.org.cn/opinion/2021-07/28/content_77657768.htm)。

[3] 周牧之「奥运金牌攻防战的亚洲之路」、『中国網(China.com.cn)』、2021年8月19日(http://www.china.com.cn/opinion/think/2021-08/19/content_77702955.htm)。

[4] Zhou Muzhi, “Asian path of winning and securing Olympic gold medals” In China.org.cn, 7 September 2021(http://www.china.org.cn/sports/2021-09/07/content_77738406.htm)。

[5] 周牧之「从东京奥运会看亚洲人文交往格局」、『中国網(China.com.cn)』、2021年8月31日(http://www.china.com.cn/opinion/think/2021-08/31/content_77725398.htm)。

[6] Zhou Muzhi, “A look at Asia’s people-to-people exchanges from Tokyo 2020” In China.org.cn, 6 September 2021(http://www.china.org.cn/sports/2021-09/06/content_77736385.htm)。

[7] 野球は1988ソウル五輪で公開競技となり、1992バルセロナ五輪で正式種目となったが、2012ロンドン五輪で正式種目から外された。2020東京五輪で野球・ソフトボールとして正式種目となった。ゆえに本論では野球をソウル五輪での新設競技種目として扱うと同時に、野球・ソフトボールを2020東京五輪での新設種目とする。

[8] 五輪開催国が新設種目で有する提案の権限は、時期によって違いがある。第二次大戦終戦までの10度の五輪大会では、主催国が競技種目数と種目類ついて選択の権限を持っていた。戦後、発展途上国も五輪に相次いで参加するようになり、五輪の影響力が高まった。開催国申請及び競技種目新設“熱”が嵩じ、五輪競技種目数も急速に膨らんだ。2000年以降、競技種目数に対する制限の動きが強まり、2002年メキシコシティーで開催されたIOC総会で今後の五輪競技種目を28種目、金メダル数301枚、参加選手10500人以内に収めることが決議された。これ以降、競技種目の新設は厳しくなった。しかし、2014年のIOC臨時総会は、中長期改革「五輪アジェンダ2020」を承認、開催国は、IOCの承認を条件に1競技を追加提案でき、さらに開催都市がその大会に限り追加種目を提案できることになった。

[9] ピーター・ヴィクター・ユベロス(Peter Victor Ueberroth、1937〜)は、アメリカの実業家、1984年ロサンゼルス五輪の大会組織委員長を務め、テレビ放映権の競売やスポンサープログラムの改革を実施し、赤字続きだった五輪大会を黒字に転換させた。

[10] 「東洋の魔女」は、大日本紡績(のちの、ユニチカ)貝塚工場の女子バレーボールチームからスタートし、活躍した女子バレーボール日本代表チームの呼び名である。1964東京五輪では、圧倒的な力でソ連チームを破って金メダルを獲得し、絶大な人気を得た。

[11] 「2008北京五輪武術トーナメント」はIOCが承認し、北京オリンピック組織委員会(BOCOG)が主催して実施した。会期はオリンピック期間の最後の4日間にあたる8月21日(木)~24日(日)。会場は北京オリンピック公園内にあるオリンピックスポーツセンター体育館。「武術トーナメント」には43の国・地域から126人(套路86人、散手40人)のトップ選手が参加、世界の注目を集める歴史的な大会となった。「北京武術トーナメント」では套路競技男女5種目計10種目と散手男女計5種目のあわせて15種目が実施される。出場枠と参加資格は2007年11月の「第9回世界武術選手権大会」(北京)の成績によって定められ、日本は男女太極拳、男女南拳、男子長拳の計5種目と散手70㎏級の1種目、計6種目で6人が参加し、銀1、銅2を獲得した。

[12] 世界テコンドー連盟(WTF :World Taekwondo Federation)1973年に設立された。2017年6月23日にワールドテコンドー(WT:World Taekwondo)に改称した。

[13] 1993年に世界空手連合(WUKO:World Union of Karate Organizations)から世界空手連盟(WKF:World Karate Federation,)へ改称された。

[14] 嘉納治五郎(1860〜1938)は、東京大学文学部卒業、1882年講道館を設立、柔術から柔道への理論及びルール作りを手がけた。1909年東洋初のオリンピック委員会委員になった。

[15] 柔術から柔道への変身では嘉納治五郎の役割が大きかったと同様、テコンドーを近代スポーツとして形を整え、国際的に普及させ、さらに五輪競技種目としたのには、崔泓熙(1918〜2002)の役割が大きかった。

[16] 名古屋市を舞台に行われたピンポン外交を記念し、2021年8月26日に「ピンポン外交50周年記念シンポジウム」が盛大に行われた。詳細は2021年8月27日『中日新聞』を参照。

[17] SELFが2020東京五輪の直後に実施した「東京オリンピックに関するアンケート調査」に関してはhttps://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000082.000018339.html を参照。

[18] 1954年にインドネシアから中国に帰国した王文教はもとよりインドネシアのバドミントン若手選手としてスター的存在であった。1972年から中国のバドミントンナショナルチームのコーチとなった。中国のバドミントン競技の礎を築いただけでなく、同氏が率いた中国チームは様々な国際大会で優勝を重ねた。

[19] 1960年、インドネシアから中国に帰国した若手選手の中で特に湯仙虎の業績が秀でていた。選手として国際大会で数々の優勝経験を持つだけでなく1982年から中国チームのコーチとして数多くの若手選手を育成した。

[20] 詳しくは「オリンピック・アジェンダ2020+5」https://www.joc.or.jp/olympism/agenda2020/pdf/agenda2020-5-15-recommendations_JP.pdfを参照。


『東京経大学会誌 経済学』 313号  2022年2月 刊行


为 “紧急事态宣言”下的东京奥运会祈福』(中国網、2021年7月23日)

Praying for Tokyo Olympics under state of emergency』(China.org.cn、2021年7月28日)

奥运金牌攻防战的亚洲之路』(中国網、2021年8月19日)

Asian path of winning and securing Olympic gold medals』(2021年9月7日)

从东京奥运会看亚洲人文交往格局』(中国網、2021年8月31日)

A look at Asia’s people-to-people exchanges from Tokyo 2020』(China.org.cn、2021年9月6日) 

【レポート】ゼロ・コロナ対策により成長を続ける中国都市

周牧之 東京経済大学教授


編集ノート:
2020年からの中国における都市政策や都市のパフォーマンスを語るには新型コロナウイルスパンデミックとその対策の分析が避けられない。本稿では様々な情報を収集・分析し、中国また各方面の動向をふまえながら、中国のコロナ下における都市の動静についてマクロ的・ミクロ的観点から考察を加える。


 2020年の中国における都市政策や都市のパフォーマンスを語るには新型コロナウイルスパンデミックとその対策の分析が避けられない。

 2020年1月23日に、中国政府は新しい感染症の爆発を封じ込めるために湖北省の省都武漢を始め3都市をロックダウン(都市封鎖)した。このニュースは世界を震撼させた。翌24日に、湖北省全域が緊急対応レベルを1級にする措置を取った。その後緊急対応1級措置は中国全土に及んだ。

 新型コロナウイルスに襲われた大都市・武漢は、医療崩壊に陥り、数多くの感染者と死者を出した。武漢のみならず世界中数多くの大都市で、医療崩壊危機が起こった。3月11日にWHOが同ウイルスの脅威に対してパンデミック宣言をした。

 筆者はこうした緊迫した状況に鑑み、逸早く武漢の医療崩壊及びその後の対応について研究し、数少ない情報を収集しながら世界各国の動向を踏まえ、4月20日に新冠疫情冲击全球化:强大的大都市医疗能力为何如此脆弱?をテーマとした文章を発表した。同文は、豊かな医療リソースを持つ大都市が、なぜ新型コロナウイルスにより一瞬で医療崩壊に陥ったのかについて解析し、ロックダウンを始めとするゼロ・コロナ対策を検証した。中国語だけでなく、英語、日本語でも発表され、内外の多くのメディアに転載、未知のウイルスとの闘いに苦しむ多くの都市の政策当事者に一定の示唆を与えた。

 2020年11月11日には全球抗击新冠政策大比拼:零新冠感染病例政策Vs.与新冠病毒共存政策という論文を発表し、中国の厳しいコロナ対策を “ゼロ・COVID-19 感染者対策”と位置づけ、日本及び欧米がとってきた “ウイズ・COVID-19 対策”と比較し、そのパフォーマンスを評価した。同論文も中国語だけでなく、英語、日本語でも発表し、内外の多くのメディアに転載された。

1.感染抑制を優先するゼロ・コロナ対策

 2002年〜2003年に起きたSARSの経験を踏まえ、中国政府は『中華人民共和国伝染病防治法』に基づき、『突発公共衛生事件応急条例』、『国家突発公共事件総体応急預案』、『国家突発公共衛生事件応急預案』など公共衛生に関わる突発的な事態に対する条例やガイドラインなどを整備した。さらに、『中華人民共和国突発事件応対法』をもって、上記の法律、条例、応急預案を法的に体系化した。武漢をロックダウンするのに先立ち、2020年1月20日、中国国家衛生健康委員会が、2020年第1号公告をもって、新型コロナウイルス感染症を『中華人民共和国伝染病防治法』で定めた乙類伝染病に該当させ、且つ甲類伝染病の予防、抑制措置を取ることとした。これで、新型コロナウイルス禍との闘いの幕が切って落とされた。

 武漢でのロックダウン及び各地域への緊急対応1級措置の実施は、こうした法的整備があったゆえに可能となった。しかも、これら法律、条例、応急預案は、感染症抑制を優先する傾向が強い。これに該当させ、発動させた以上は、経済と感染抑制の両立の議論は成り立たなくなった。実際、地方政府から、経済の落ち込みを避けるため経済活動の早期再開を求める声はあったものの、新規感染ゼロ状態を待たなければならなかった。

 中国では武漢のロックダウンの解除には厳しかった。解除は、新規感染者がゼロになるだけでなく、ゼロ状態が16日間も続いた後にようやく実施された。徹底的なゼロ・COVID-19 感染者政策である。

 武漢だけではなく他の地域でも、新型コロナウイルス感染症の低リスク地域とするまでには、新規感染者ゼロ状態を14日間以上も継続させる厳しいハードルを設けた。 

 新型コロナウイルス流行第1波を制圧した後も、中国は全国各地でゼロ・COVID-19 感染者状況維持に心血を注いでいる。新規感染者が見つかるたびに、大量検査、厳しい行動制限などの措置を局地的に実施してきた。モグラ叩きのように感染エリアを潰していく厳しい管理政策である。例えば、2020年10月11日、山東省青島市に3人の新型コロナウイルスの無症状感染者が出たことを受け、同市は市内全員を対象とするPCR検査を実施した。すでに市外に移動した者も追跡検査する徹底ぶりだった。同16日までに実施したPCR検査数は1,000万人を超えた。

図 中国COVID-19新規感染者数・死亡者数の日別推移(2020年)


 図が示すように中国では、COVID-19感染者をゼロにする徹底的なロックダウン政策を取ったことによって、逸早く新型コロナウイルスの感染拡大を鎮圧した。これにより、国内においてほぼ普段通りの経済活動を再開させることに成功した。長いスパンで見ると、一時的な痛みを伴う劇薬的な措置が、事態を早期収束に導いたと言えよう。

 その結果、2020年、中国の都市別コロナ新規感染者は、初期の混乱で感染が拡大した武漢をはじめとする湖北省に集中した。雲河都市研究院の集計によると中国297地級市以上の都市(日本の都道府県に相当)における新規感染者数ランキングでみると、新規感染者数の8割がトップ10都市に集中した。これらの都市のすべてが湖北省に属した。つまり他都市での爆発的感染が厳しいゼロ・コロナ対策により抑えられた。

 

2.市民生活がいち早く正常化、世界一の映画市場へ

 ゼロ・コロナ対策の中で市民生活が逸早く正常を取り戻した。

 新型コロナウイルスパンデミックで最も打撃を受けた分野の1つは映画興行であった。中国では、2020年の映画興行収入が前年比68.2%も急落した。だが幸いなことに、中国では新型コロナウイルスの蔓延を迅速に制圧したことで、映画市場は急速に回復した。

 一方、これまで世界最大の映画興行収入を誇ってきた北米(米国+カナダ)は、新型コロナウイルスの流行を効果的に抑えることができず、2020年には映画興行収入が前年比80.7%も急減した。

 その結果、世界で最も速く回復した中国の映画市場が、映画興行収入で世界トップに躍り出た。

 雲河都市研究院は、中国都市総合発展指標を元に、中国297地級市以上の都市を対象とした「中国都市映画館・劇場消費指数2020」を公表した。

 2020年、297都市のうち、「映画館・劇場消費指数」の上位10都市は、上海、北京、深圳、広州、成都、重慶、杭州、武漢、蘇州、西安となっている。これら10都市は、中国全土における映画興行収入の28.9%、映画鑑賞者数の32.1%、映画館・劇場数の21%を占めている。つまり、上位10都市で全国の映画興行収入と映画入場者数の3分の1近くを占めた。

 「映画館・劇場消費指数」の第11位から第30位の都市は、鄭州、南京、長沙、東莞、天津、仏山、寧波、合肥、無錫、瀋陽、昆明、青島、温州、南通、南昌、長春、石家荘、ハルビン、済南、南寧となっている。

 上位30都市は、映画興行収入の53.9%、映画鑑賞者数の51.3%、映画館・劇場数の39.3%を占めている。つまり、297都市の10分の1に過ぎない上位30都市が、映画興行収入と映画入場者数の半分を占めた。

 特に注目すべきは、中国では新型コロナウイルスパンデミック下でも、スクリーン数や映画館数が減るどころか増えていたことである。中国のスクリーン数は、2005年の2,668枚から2020年には75,581枚へと、28倍にもなった。

 映画市場の急回復に支えられ、2020年は中国国産映画の興行成績が非常に目を引く年であった。「Box Office Mojo」によると、2020年の世界興行ランキングで中国映画『八佰(The Eight Hundred)』が首位を獲得した。また、同ランキングのトップ10には、第4位にチャン・イーモウ監督の新作『我和我的家郷(My People, My Homeland)』、第8位に中国アニメ映画『姜子牙(Legend of Deification)』、第9位にヒューマンドラマ『送你一朶小紅花(A Little Red Flower)』の中国4作品がランクインした。また、歴史大作『金剛川(JingangChuan)』も第14位と好成績を収めた。中国映画市場の力強い回復により、多くの中国映画が世界の興行収入ランキングの上位にランクインした。

 2005年以来、中国における映画興行収入に占める国産映画の割合は50%から60%の間で推移していたが、2020年には一気に83.7%まで上昇した。

 新型コロナウイルスが効果的に抑制されたことで、中国の映画興行収入は2021年にはさらに上昇すると期待される。世界最大の興行市場の支えで、中国国産映画は輝かしい時代を迎えるだろう。

 

3.グローバルサプライチェーンの寸断から輸出の急回復へ

 2020年は中国の輸出産業にとってアップアンドダウンが大変激しい年であった。

 IT革命、輸送革命、そして冷戦後の安定した世界秩序から来る安全感によって製造業のサプライチェーンは、国を飛び出し、グローバルに展開した。工場やオフィスの最適立地化が世界規模で一気に進んだ。中国の沿海部での急激な都市化、メガロポリス化がまさにグローバルサプライチェーンによってもたらされた。

 グローバルサプライチェーンは世界規模に複雑に組み込まれて進化してきた。例えば、アメリカのカリフォルニアで設計され、中国で組み立てられるiPhoneの場合、その部品調達先の上位200社だけとってみても28カ国・地域に及ぶ。

 しかし新型コロナショックによるロックダウン、国境封鎖など強力な措置により、グローバルに巡らされたサプライチェーンは寸断され、これまで当たり前のように動いていた供給体制は機能不全に追い込まれた。激化する米中貿易摩擦はさらに追い打ちをかけた。サプライチェーンの乱れによる海外からの部品供給が止まったことで日本国内の工場も操業停止のケースが相次いだ。

 幸い中国国内におけるコロナの制圧により、生産は再び軌道に乗り、輸出も拡大した。その結果2020年、中国の輸出は4%成長を実現した。

 297都市を俯瞰すると、中国輸出全体の73.7%を占めるトップ30都市の中で、蘇州、東莞、北京、無錫、中山、福州、恵州、大連の8都市の輸出がマイナス成長となったものの、他都市はすべてプラス成長であった。「世界の工場」を支える中国のスーパー製造業都市の実力を見せつけた。

 ちなみに金額ベースで輸出規模トップ10都市の順位は深圳、上海、蘇州、東莞、寧波、広州、北京、金華、重慶、仏山となった。トップ10都市は中国輸出全体の45.3%を占めている。

 輸出規模第11位から第30位の都市は、成都、青島、杭州、廈門、無錫、南京、天津、鄭州、紹興、嘉興、煙台、温州、中山、常州、南通、福州、西安、台州、恵州、大連となっている。

 

4.コロナ禍でのGDPプラス成長の実現

 ウイズ・COVID-19政策で新型コロナウイルス感染拡大の波に喘ぐ諸国をよそに、中国はゼロ・コロナ対策が功を奏した。日本、アメリカをはじめとする世界の主要国が軒並みマイナス成長に陥ったのに対し、2020年中国は2.3%の経済成長を実現した。

 297都市を俯瞰すると、中国GDP全体の43%を占めるトップ30都市の中で、唯一武漢が−4.7%成長となったものの、他都市はすべてプラス成長であった。中国の都市、とくに大都市の強靭さを見せつけた。

 ちなみにGDP規模トップ10都市の順位では上海、北京、深圳、広州、重慶、蘇州、成都、杭州、武漢、南京となった。トップ10都市は中国GDP全体の23.3%を占めている。

 GDP規模第11位から第30位の都市は、天津、寧波、青島、無錫、長沙、鄭州、仏山、泉州、済南、合肥、南通、西安、福州、東莞、煙台、常州、徐州、唐山、大連、温州となっている。

 

5.〈中国都市総合発展指標2020

 中国都市総合発展指標2020は、中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司と雲河都市研究院が共同開発した同指標の5年目の発表に当たる。環境・社会・経済のトリプルボトムライン(TBL:Triple Bottom Line)の観点から都市の持続可能な発展を立体的に評価・分析する同指標は、297地級市以上の都市をすべて網羅し研究分析対象とする。

 中国都市総合発展指標のデータ構成にも工夫がある。従来、都市に関連する指標は、統計データによるものであった。しかし、統計データだけでは複雑な生態系と化した都市を描き切れない。〈中国都市総合発展指標〉は、統計データのみならず、衛星リモートセンシングデータ、そしてインターネット・ビックデータをも導入し、都市を感知する「五感」を一気にアップさせた。現在、指標のデータリソースは、統計、衛星リモートセンシング、インターネット・ビックデータは、各々ほぼ3分の1ずつの分量となった。中国都市総合発展指標は、こうした垣根を超えたデータリソースを駆使し、都市を高度に判断できるマルチモーダルインデックス(Multimodal Index)へと進化した。

 近年、中国では“主体功能区”、“新型都市化” 、“メガロポリス政策” 、“都市圏政策”などの斬新な政策が相次いで出された。中国都市総合発展指標はまさにマクロ的には都市化政策を考案する物差しとして、ミクロ的には、各都市のパフォーマンス評価のツールとして開発された。5年を経て同指標はいま政策と評価をサポートする指標システムとして定着している。

 中国都市総合発展指標2020総合ランキングトップ10の都市は、北京、上海、深圳、広州、成都、重慶、南京、杭州、天津、蘇州である。コロナの爆発的感染を受けた武漢はトップ10から脱落した。

 総合ランキング第11位から第30位の都市は、武漢、廈門、西安、寧波、長沙、鄭州、青島、東莞、福州、昆明、合肥、仏山、無錫、済南、珠海となっている。

 中国経済社会発展の底力は都市にある。都市をきちんと分析することで中国の真の姿が見えてくる。


本稿では雲河都市研究院の栗本賢一、甄雪華、趙建氏がデータ整理と図表作成に携わった。


『日中経協ジャーナル』2022年2月号(通巻337号)掲載

【レポート】東京オリンピックから見たもう1つの金メダル攻防戦

周牧之 東京経済大学教授

 

編者ノート:2020東京五輪は、新型コロナウイルスパンデミックによる1年の延期を経て、2021年7月23日から8月8日まで開催された。様々な困難を乗り越え競技自体は順調に展開された。

   同大会での金メダルランキングを見ると、中国は38枚、日本は27枚と、アメリカに次いで第2位、第3位に入った。オリンピック125年の歴史上、金メダルトップ3に、初めてアジアの国が2カ国入った。東京経済大学周牧之教授は、五輪でのアジア躍進の裏にあるもう1つの金メダル攻防戦を解き明かす。



1.  金メダルの鉱脈をどう作る?


 日本は2020東京オリンピックで27枚の金メダル、14枚の銀メダル、17枚の銅メダルを獲得、計58枚のメダル奪取は日本の五輪大会参加史上最高数となった。とくに柔道は、金メダル9枚を奪い、日本の金メダル総数の三分の一を稼ぐ最大のゴールド競技種目となった。

 表1で示すように2020東京五輪は、史上最多の33競技種目が行われ、なかでも柔道は15枚の金メダル数を誇る一大競技種目だった。

   柔道は1964東京五輪で初めて採用された競技種目で、当時の金メダル数は僅か4枚であった。その後、種目メダル数を徐々に増やした柔道は、水泳、陸上、体操、自転車、レスリング、カヌーに次いでメダル数を誇る五輪競技種目となった。まさに「小さく産んで大きく育てた」成功事例である。

表1 2020東京五輪33競技種目における金メダル数

注1:順位は競技種目の金メダル数順、同数の場合は五輪正式種目になった時期順である。
注2:太文字の競技種目は1964東京五輪、1988ソウル五輪、2020東京五輪で初めて正式競技種目及び公開競技となったものである。

出所:2020東京五輪公式サイト、各競技種目国際連盟公式サイトなどより作成。

 柔道は、正式なオリンピック競技種目となって以来、一貫として日本の最大の金メダル競技種目であり続けた。

   表2で示すようにとくに、1992バルセロナ五輪、1996アトランタ五輪、2000シドニー五輪、2004アテネ五輪において柔道は、日本の金メダル総数のそれぞれ67%、100%、80%、50%を稼いだ。柔道は、これらの五輪大会で日本の金メダル争奪戦の支柱であった。

   柔道が競技種目から外された1968メキシコシティ五輪及び日本が参加をボイコットした1980モスクワ五輪を除き、これまでに柔道競技種目のあった五輪大会は計13回あった。日本はこれら13回の大会で獲得した計134枚の金メダルのうち、柔道だけで48枚をも稼いだ。メキシコシティ五輪を入れても、1964東京以降の五輪大会における日本の金メダル獲得総数の中で、柔道種目が占める割合は33%に至った。全体として見ても日本にとって柔道は、五輪で最も貢献度の高い競技種目であった。

   これらの五輪大会での柔道種目の金メダルは計152枚あり、日本はその32%を勝ち取った。同種目における王者ぶりを見せつけた。

表2 各五輪大会において日本が獲得した柔道金メダル数

注1:1968メキシコシティ五輪では柔道は競技種目から外された。
注2:日本は1980モスクワ五輪参加をボイコットしたため金メダル数はゼロである。
出所:2020東京五輪公式サイト、日本オリンピック委員会公式サイトなどより作成。

 2020東京五輪では新たにスケートボード、スポーツクライミング、サーフィン、空手、野球・ソフトボールの5つの競技種目が加わった。これらの新設競技種目も直ちに日本の金メダル獲得に大きく貢献した。

 日本は同新設5競技種目で、金メダル6枚、銀メダル4枚、銅メダル4枚を勝ち取った。これは今大会で日本が得た金メダル総数の22%、銀メダル総数の29%、銅メダル総数の24%に当たる。新設競技種目が果たした効果は絶大であった。

 表3で示すように、1964東京五輪で新設した柔道とバレーボールの2競技種目も加えれば、二度の東京五輪で新設した計7競技種目で、今大会の日本チームに、合わせて15枚の金メダルがもたらされた。これは2020東京五輪における日本の金メダル獲得総数の56%にも相当する。

表3  2020五輪各競技種目における日本の金メダル数

注1:競技種目順は表1同様。
出所:2020東京五輪公式サイト、日本オリンピック委員会公式サイト、各競技種目国際連盟公式サイトなどより作成。
2021年7月24日、東京五輪柔道男子60キロ級決勝で日本選手の高藤直寿(左)が中華台北選手の楊勇緯を破り、金メダルを獲得。

2.アジア四度の五輪における種目新設ゲーム


 初回の1896アテネ五輪大会では陸上、競泳、ウエイトリフティング、射撃、自転車、レスリング、体操、フェンシング、テニスの9競技種目しかなかった。2020東京五輪になると、種目数は33に増え、金メダル数も339枚に上った。1896アテネ五輪から2020東京五輪までの125年間で多くの国が、自国に有利な競技種目をオリンピックに引き入れた。

(1)国際オリンピック委員会と開催国とのパワーバランス

   オリンピックにおける競技種目の新設はハードルが高く、審議の過程が複雑である。しかし競技種目の新設に関しては、時期によって多少違いはあるものの、五輪開催国が一定の提案の権限を持つ。

   大雑把に整理すると、1984ロサンゼルス五輪まで、五輪大会のビジネスモデルが確定せず赤字続きで大会開催国(都市)の確保が困難だった。そのため、国際オリンピック委員会(IOC:International Olympic Committee)と開催国(都市)のパワーバランスはより後者にあり、競技種目の新設に関する主導権も後者に有利だった。

   1984五輪では開催都市の申請はロサンゼルスのみであった。それを契機に、ロサンゼルス五輪ではピーター・ユベロスの主導で放送料権の入札、1業種につき1社に限定でのスポンサー契約など思い切った取り組みが行われ、テレビ放送料権、スポンサード(協賛金)、観戦チケット販売の3本柱からなるビジネスモデルが確立され、五輪大会の収益が急増した。さらに、衛星伝送技術による全世界に向けたテレビ中継により五輪人気が高まった。これにより、IOCのパワーが増大し、新設種目に関するIOCの規制も徐々に強まった。

2021年7月27日、東京五輪の試合で中国女子バレーボール選手、朱婷がスパイク。

(2)アジア五輪での競技種目の新設

   アジアにおいて、初めてのオリンピック開催は1964東京五輪であった。日本は開催国の地位をうまく活かし、柔道とバレーボールを新設競技種目として取り入れることに成功した。

 1964東京五輪で、日本は4枚あった柔道の金メダルのうちの3枚を取った。バレーボールでは2枚の金メダル争いのうち、いわゆる「東洋の魔女」が女子の金メダルに輝き、男子は銀メダルを獲得した。同大会で日本は合わせて16枚の金メダルを獲得し、その四分の一を新設競技種目の柔道とバレーボールが占めた。

 アジアでの二度目のチャンスは、1988ソウル五輪であった。この大会では卓球が新設競技種目入りし、バドミントン、テコンドー、野球も初めて公開競技としてオリンピックの舞台に登場した。

   ソウル五輪で、卓球は直ちに韓国に2枚の金メダルをもたらした。バドミントンと野球はソウル五輪での公開競技を経て1992バルセロナ五輪に、テコンドーは2000シドニー五輪でそれぞれ正式競技種目となり、韓国の金メダル獲得種目となった。卓球、バドミントン、テコンドー、野球の4種目はこれまでの五輪大会で、韓国に合わせて22枚の金メダル、13枚の銀メダル、27枚の銅メダルをもたらした。

 残念ながら2008北京五輪において、競技種目の新設は成らなかった。中国は自ら金脈を掘るチャンスを逃した。

   日本は、競技種目の新設にあたり、1964東京五輪の経験と、その後半世紀の準備期間を踏まえ、2020東京五輪で一挙に5つの競技種目を新設することに成功、金メダル攻防戦における礎をさらに強固にした。

2021年8月7日、東京五輪野球決勝戦で日本チームが優勝を祝う。


3.中国のオリンピック金脈:強くても、メダル数に欠け


 二度の東京五輪とソウル五輪で新設された競技種目は、10種目にのぼる(公開競技として登場し、その後正式競技種目になったものを含む)。この10種目すなわち柔道、バレーボール、卓球、バドミントン、テコンドー、スケートボード、スポーツクライミング、サーフィン、空手、野球・ソフトボールのほとんどは、アジア人の身体能力に適した競技種目である。

   実は、こうした競技種目は中国の金メダル獲得にも多大な貢献を果たした。今回の東京五輪大会で、中国はこの10種目で金メダル6枚、銀メダル8枚、銅メダル2枚を獲得した。

   とりわけ中国は卓球で4枚、バドミントンで2枚の金メダルを奪った。これは、この2つの競技種目の金メダル数の、各々五分の四、五分の二に当たる。

   これまでの五輪大会で、中国は卓球で累計32枚の金メダルを獲得した。これは同競技種目の金メダル数の86%を占めている。バドミントンでは中国は合計20枚金メダルを獲得し、これは同競技種目の金メダル数の51%を占めた。卓球とバドミントンの両競技種目は圧倒的優位で、中国金メダルの大鉱脈となった。

2021年8月5日、東京五輪の卓球女子団体決勝で中国チームの陳夢(上左)/王曼昱(上右)が日本チームと対戦。

   しかし、金メダル数からすると、この二競技種目で獲得できる枚数はなかなか増えていない。その理由は、卓球がソウル五輪以来、金メダル数は4枚に止まり、2020東京大会でようやく5枚となったことにある。

   バドミントンも、1992バルセロナ五輪で正式種目となり、4枚の金メダルを据え、1996アトランタ五輪でバドミントンの金メダル数は5枚になったものの、その後金メダル数に変化はない。

   卓球とバドミントンの金メダル数は、柔道のように当初の4枚から現在の15枚へと大金脈に発展するような展開にはなっていない。

   それにも関わらず、中国のこれまでの五輪での金メダル獲得総数の中で卓球は、水泳、ウエイトリフティング、体操に次いで第4位の競技種目である。バドミントンも同第6位の種目となっている。

   上記の分析から、強い競技種目における金メダル数を如何に増やしていくかについても、オリンピック金メダル攻防戦における一つ重要な課題であることが分かる。

2021年7月27日、東京五輪ソフトボール決勝戦で日本チームが金メダルを獲得。


4.武術の五輪への道程


 武術をオリンピック競技種目にするのは中国人の夢である。特に柔道、テコンドー、空手が相次ぎ五輪正式競技種目となったいま、夢実現への思いはさらに強まっている。

(1)武術はこれまで、なぜ五輪の正式競技種目になれなかったのか。

   武術にとって2008北京五輪は正式競技種目になる絶好のチャンスであった。しかし主催国の「特権」を駆使したにも関わらず、武術は最終的に同五輪期間では「2008北京五輪武術トーナメント」としての特別開催にとどまった。その後の五輪大会においても武術はいまだオリンピック正式競技種目にはなれていない。

 十分な準備期間がなかった故であろうか?

   柔道の場合は、1951年に国際柔道連盟(IJF:International Judo Federation)の設立から1964東京五輪で正式競技種目になるまで13年かかった。テコンドーの場合は、1973年にワールドテコンドー(WT :World Taekwondo)が設立し2000シドニー五輪で正式競技種目となるまで27年かかった。空手は、1970年の世界空手連合(WUKO:World Union of Karate Organizations)設立から2020東京五輪での正式競技種目採用まで50年を費やした。

   武術の場合は、1990年国際武術連盟(IWUF:International Wushu Federation)の設立から2008年の北京五輪まで18年もあった。この時点ですでに柔道の場合より準備期間が長かった。さらに2020東京五輪までは30年の準備期間を擁していた。その意味では決して時間が足りなかったとは言えないだろう。

 実際の問題は、武術の競技種目としての中身の設置戦略にあった。

 武術を北京五輪正式競技種目として申請するにあたり、2001年に国際武術連盟がIOCに提出した設置案の中身には、男子は長拳、南拳、刀術、棍術の4種目が、女子は長拳、太極拳、剣術、槍術の4種目が挙がった。競技種目としての中身が煩雑で統一したルールもなく、審議が通らなかったのも当然であった。

2021年8月6日、東京五輪の空手男子形の決勝で日本選手の喜友名諒が金メダルを獲得。

(2)柔術をスポーツへと生まれ変わらせた柔道

 前述のように、武術と対照的な事例は柔道である。柔道の成功要因には、嘉納治五郎が早くも1882年に柔術理論及び技術の体系をとりまとめ、危険性のある技を取り除き、近代的な訓練方法を制定したことが挙げられる。これにより伝統的な柔術は、近代的な柔道というスポーツへと生まれ変わった。1909年東洋初のオリンピック委員会委員となった嘉納治五郎のような近代スポーツに理解のある人物による柔術のスポーツへの改造が、極めて重要な役割を果たした。

 第二次大戦後、日本は世界に柔道を積極的に広めると同時に、スポーツとしての柔道の規範をさらに改善し、世界に受け入れられる競技へと発展させた。

 1964東京五輪で日本は柔道を金メダル4枚の正式競技種目として、織り込んだ。その後徐々に性別、重量別の金メダル数を増やし、最終的に15枚の金メダルを誇る一大競技種目に仕立て上げた。柔道は、いまや日本のオリンピックにおける大金脈となっただけでなく、日本の歴史文化を世界へ伝える一大ソフトパワーともなっている。

   柔道の経験から見ると、武術の五輪への道は先ず種目の中身をシンプルに絞る必要がある。数多くの武術種目をいくつかの競技種目に分け、段階的にオリンピックに織り込んでいくことが考えられる。

   何より大事なのは、伝統的な武術を近代的なスポーツへと変貌させていくことである。そのためには、柔術を柔道へ変身させた嘉納治五郎や、テコンドーを近代スポーツとして形を整えた崔泓熙のような人物を中心に協議を重ね、五輪競技種目化への整備を進めることが重要となる。

2021年7月 25日、東京五輪のテコンドー男子68キロ級の試合で、中国選手の趙帥(右)が韓国選手の李大勲を破り、銅メダルを獲得。

(3)太極拳に的を絞る

   上記の分析から、武術の五輪への道は先ず、国際的な愛好者の多い太極拳に的を絞って進めることが考えられる。

   現在、世界の太極拳愛好者は億人単位にのぼると言われ、国際的な知名度も好感度も高まっている。太極拳を五輪種目入りさせるには、以下に挙げる3つのステップが必要であろう。

   ① 数多くの流派がある太極拳を、近代スポーツとしての太極拳として、その統一的な競技ルールを取り決める。

   ②  太極拳を国際武術連盟に属するひとつの種目として留め置くことなく、独立した国際太極拳連盟を設立し、IOCの認可を得る。

   ③  国際的な普及を進め、オリンピック正式競技種目として申請する。正式競技種目となった後にも継続して同種目における金メダルの設置数を増やしていく。

   自国の伝統文化をオリンピックの金脈として形作るには、正確な戦略と長期にわたる努力が欠かせない。

2018年4月28日、愛好家がマルタ共和国の首都バレッタで太極扇を披露。


5.
アジア五輪での新設競技種目はアジアに貢献


   前述したように初開催の1896アテネ五輪大会では9つの競技種目のみであった。当時アジアでは近代スポーツに関する認識がまだ薄かった。これらの種目にもアジア発のものはなかった。

   アジアで、これまで四度行われた五輪のうち、東京五輪とソウル五輪で新設された競技は、10種目にのぼる(公開競技として登場し、その後正式種目になったものを含む)。表1が示すように、これらアジア五輪新設種目は今回の東京五輪の33種目の30%にあたり、その金メダル数は全種目合計339枚の16%に当たる。

   アジア五輪で新設された競技種目のほとんどは、アジア人の身体能力に適した種目である。こうした競技種目の増設により、アジア諸国のオリンピックにおける存在感も高まった。2020東京五輪で金メダル獲得数のトップ3に中国と日本という2つのアジアの国が入ったことは、競技種目の新設努力によるものが大きい。

   表4が示すように1964東京五輪以来、アジア五輪新設競技種目が稼ぎ出した金メダル数は、日本の金メダル獲得総数の40%にものぼった。

表4 アジア五輪の新設競技種目で日本が獲得した金メダル数

出所:2020東京五輪公式サイト、日本オリンピック委員会公式サイトなどより作成。

 表5が示すように、韓国が1964東京五輪以来、アジア五輪新設競技種目で稼ぎ出した金メダル数は、同国の金メダル獲得総数の34%にものぼった。アジア五輪新設競技種目は韓国の五輪の成績にも大きく貢献した。

表5 アジア五輪の新設競技種目で韓国が獲得した金メダル数

:野球は1988ソウル五輪で公開競技となった。1992バルセロナ五輪で正式競技種目となったが、2012ロンドン五輪で正式競技種目から外された。2020東京五輪で野球・ソフトボールとして正式競技種目になった。本表は便宜のため野球の金メダルを野球・ソフトボール欄に入れた。
出所:2020東京五輪公式サイト、Korean Sport & Olympic Committee公式サイトなどより作成。

   表6が示すように中国は1984ロサンゼルス五輪で初参加して以来、アジア五輪新設競技種目が稼ぎ出した金メダル数は、同国の金メダル獲得総数の26%にのぼった。アジア五輪新設競技種目は中国の五輪成績に大きく貢献した。前述したように卓球とバドミントンがすでに中国の強い競技種目となっていた。それだけではなく、これまでに柔道、テコンドーでもそれぞれ8枚、7枚の金メダルを獲得した。バレーボールも人気が高く、これまでに3枚の金メダルを獲得している。これらのアジア五輪新設競技種目は中国に金メダルをもたらしただけではなく、人気スポーツとして中国での普及が進んでいる。

表6 アジア五輪の新設競技種目で中国が獲得した金メダル数

出所:2020東京五輪公式サイト、中国国家体育総局公式サイトなどより作成。

 アジア五輪新設競技種目には柔道、テコンドー、空手などアジア諸国の歴史文化のバックグラウンドを持つ競技もある。これらの競技種目は、関係国のソフトパワーを世界へ発信する大きなチャンネルとなった。

 特記すべきは、こうした新設競技種目が、アジアにおける人的交流をも一層促進したことである。

2009年8月8日、愛好家34,000人が北京の五輪スタジアム前で太極拳を披露。


6.中国における卓球の「北強南弱構造」


 卓球は1988ソウル五輪から正式競技種目になって以来、合計37枚の金メダルが出た。中国はそのうち86%に当たる32枚を獲得した。卓球はいまやオリンピックおける中国の最強種目となっている。

 中国を、長江を境として北部と南部とに大雑把に分け、これまでの計29人の卓球五輪金メダリストを出身地別に見た。21人が北部出身であり、特に東北地方出身者は10人にのぼった。南部出身者は8人であった。すなわち中国卓球五輪金メダリストの出身地では北部は72%、南部は28%となっている。

表7 中国の卓球五輪金メダリスト出身地

:金メダリストの中には一人で複数の金メダルをとる選手もいるが、金メダリスト一人として換算する。
出所:中国国家体育総局公式サイト及び中国卓球各オリンピック金メダリストの公開情報により作成。

 中国の卓球オリンピック金メダリストに北部出身者が多いだけではない。興味深いのは、日本のトップクラスの卓球選手の多くが、流暢な北部訛りの中国語を喋ることである。日本の一流選手のコーチに、中国北部出身者が多い故である。

 中国の卓球選手が選手として、そしてコーチとして、世界各国で活躍して久しい。

 この現象はスポーツとしての卓球の世界的普及に大きな役割を果たしてきた。日本でも大勢の中国出身の卓球コーチが日本人選手育成に尽力している。これら中国北部出身のコーチは日本で教えるだけでなく、教え子をふるさと中国での強化合宿に連れて行く。中国での特訓で育てられた日本人選手は、自然と北部訛りの中国語を会得する。

 例えば四度の五輪出場を果たした日本人卓球選手の福原愛は、専属コーチも専属スパーリングパートナーも中国東北地方出身者であった。彼女はまた中国遼寧省にある本渓鋼鉄クラブに所属したことで、東北訛りの中国語にさらに磨きをかけた。

2021年8月25日、「ピンポン外交」50周年記念の友好試合が愛知県名古屋市で開催。福原愛が技を披露。

 卓球のオリンピック金メダル分布は、中国で「北強南弱構造」になっているだけではなく、世界的に見ても中国、日本、韓国といった北東アジアに集中する構造になっている。

 これまでのオリンピック大会の卓球競技の結果を見ると、中国は金メダル32枚、韓国は同3枚、日本は同1枚を取り、三カ国合計で同種目97%の金メダルをものにした。唯一の例外は1992バルセロナ五輪でスウェーデンの選手が金メダルを1枚獲得したことである。

 北東アジア三カ国が、オリンピックにおける卓球金メダルを総ナメできたことは、同地域における濃厚な人的交流の賜物である。

 卓球は日本ではオリンピックで決して強い種目ではないものの、人気が高い。これは中国の選手との長い交流や切磋琢磨の歴史が寄与しているといっていい。

 これに加え、卓球を介した歴史的なエピソードも残っている。1971年、愛知県名古屋市で行われた第31回世界卓球選手権に、中国が6年ぶりに出場し、大会終了後に中国がアメリカの卓球選手を自国に招待したことを契機に世界のパワーバランスが大きく変わった。同年7月にキッシンジャー大統領補佐官が極秘に訪中、1972年2月にニクソン大統領が訪中、のちの日中国交正常化もすべてがこの「ピンポン外交」の賜物であった。中国の改革開放そしてソ連の崩壊も、こうしたパワーバランスの変化の結果といえよう。卓球を介した歴史の大転換を記念する行事は、いまなお日本で開催されている。

 AI対話アプリを提供するSELFが2020東京五輪の直後に実施した「東京オリンピックに関するアンケート調査」では、「東京オリンピックで、あなたが最も楽しんだ競技は?」の回答で、ダントツ1位に輝いたのは卓球だった。オリンピックで最も金メダルを稼いだ柔道は第3位であった。卓球の絶大な人気には、アジアの人的交流の積み重ねがある。

 歴史のさまざまな要因で北東アジアの国と国との関係と感情には、いまだ対立と不信感が残っている。しかし、長い交流の歴史があるゆえに、北東アジアにおける個人と個人の間には、強い磁力がある。

2021年7月30日、東京五輪の卓球男子シングルス決勝で中国選手の馬龍がチームメイトの樊振東を破り、金メダルを獲得。


7.中国におけるバドミントンの「南強北弱構造」


   中国での卓球の「北強南弱構造」と真逆なのが、バドミントンの「南強北弱構造」である。

   バドミントンは1988ソウル五輪で公開競技種目となり、1992バルセロナ五輪で正式競技種目となった。その後のほぼ30年間の五輪大会で、バドミントンは合計39枚の金メダルを出した。中国はそのうち51.2%にあたる20枚をも獲得した。バトミントンは中国にとってオリンピックで金メダルを稼げるもうひとつの強い競技種目であった。

   五輪史上中国の計22人のバドミントン金メダリストの出身を調べると、表8が示すように今度はなんと南部出身者が多かった。具体的には、長江以北が僅か5人で、長江以南が17人に上った。すなわち中国バドミントン五輪金メダリストの出身地では南部は77%、北部は23%となっている。

表8 中国のバドミントン五輪金メダリスト出身地

注:金メダリストの中には一人で複数の金メダルをとる選手もいるが、金メダリスト一人として換算する。
出所:中国国家体育総局公式サイト及び中国バドミントン各オリンピック金メダリストの公開情報により作成。

   視野を中国からアジアに拡げると、オリンピックのバドミントン金メダル数は累積で中国のほかインドネシア8枚、韓国6枚、日本1枚、中華台北1枚となっている。オリンピックのバドミントン金メダルにおけるアジアの国と地域の獲得率は92%にものぼる。ここに、もう1つアジアにおける人的交流の道が見えてくる。

   中国でのバドミントンの発展は、インドネシア華僑の貢献が大きい。1954年王文教ら4人の華僑がインドネシアから中国に帰国したことが、スポーツとしてのバドミントンの中国展開の始まりであった。1960年、インドネシアから湯仙虎、侯家昌、方凱祥、陳玉娘ら青年選手が相次いで帰国したことが、中国のバドミントンパワーのさらなるアップにつながった。これらインドネシア華僑が選手として、またコーチとして中国のバドミントンの礎を築いた。

   上記に鑑みれば、これら華僑のルーツにあたる中国の南部でのバドミントンの人気と強さは当然であろう。

2021年8月2日、東京五輪のバドミントン女子ダブルスの表彰式で、インドネシアのグレイシャ・ポリイ/アプリヤニ・ラハユ組が金メダル、中国の陳清晨/賈一凡組が銀メダル、韓国の金昭映/孔熙容組が銅メダル。


8.新時代におけるさらなる国際交流を


   歴史の流れで見れば、今日のアジア諸国は周辺の国々との交流の中で形作られてきた。中国の北部と北東アジアにしろ、南部と東南アジアにしろ、それぞれ密接な人的交流を重ねてきた。こうした脈絡はオリンピックで活躍する選手の背中から伺える。

   アジアの国家間のセンシティブな関係は多くの場合、歴史的な重荷として捉えられている。だが、いま、アジアにおける濃厚な人的交流をこそ、貴重な歴史遺産として認識すべきである。今日、世界のパラダイムシフトの中で、こうした歴史遺産を活かし、アジアにおける平和と繁栄を築いていくべきである。

   1984年ロサンゼルス五輪以来、テレビ中継をテコに、オリンピックは人気と収益の増大を実現させた。しかし、時代はすでにテレビからネットへ、そして国本位から人間本位へと急速にシフトしている。こうした新時代にふさわしい競技種目の選定、そして五輪の新しいビジネスモデルの確立が大きな課題となっている。IOCもこれを意識し、2021年3月12日の第137次IOC総会で採択された「オリンピック・アジェンダ2020+5」は、「連帯」、「デジタル化」、「持続可能な開発」、「信頼性」、「経済的・財政的なレジリエンス」を訴えている。

   IOCの改革を受けて、ネット時代におけるデジタル交流を含む人的国際交流の一層の深まりが期待される。

2021年8月1日、中国選手陳雨菲が東京五輪のバドミントン女子シングルスで金メダルを獲得。

(本稿では雲河都市研究院主任研究員の甄雪華、趙建の両氏がデータ整理に携わった)


日本語版『東京オリンピックから見たもう1つの金メダル攻防戦』(チャイナネット・2021年10月19日)

中国語版『从东京奥运会看亚洲人文交往格局』(中国網・2021年8月31日)

英語版『A look at Asia’s people-to-people exchanges from Tokyo 2020』(China Net・2021年9月6日)

【論文】ゼロコロナ政策 Vs ウイズコロナ政策

周牧之 東京経済大学教授

 2020年1月23日に、中国政府は新しい感染症の爆発を封じ込めるために湖北省の省都武漢を始め3都市をロックダウン(都市封鎖)した。このニュースは世界を震撼させた。翌1月24日に、湖北省全域が緊急対応レベルを1級にする措置を取った。その後緊急対応1級措置は中国全土に及んだ。中国国務院は2月8日、記者会見で同感染症を「新型コロナウイルス肺炎(NCP:Novel coronavirus pneumonia)と称した。2月11日には、WHOが同感染症をCOVID-19と命名した。

 新型コロナウイルスに襲われた大都市・武漢は、医療崩壊に陥り、数多くの感染者と死者を出した。武漢のみならず新型コロナウイルスで数多くの大都市で、医療崩壊危機が起こった。3月11日にWHOが同ウイルスの脅威に対してパンデミック宣言をした。

 筆者はこの緊迫した状況に鑑み、早くから武漢の医療崩壊及びその後の対応について研究し、数少ない情報を収集しながら世界各国の動向を踏まえ、4月20日に「新冠疫情冲击全球化:强大的大都市医疗能力为何如此脆弱?」をテーマとしたレポート(以下「4月周レポート」と略称する)を発表した[1]。同レポートは、豊かな医療リソースを持つ大都市が、なぜ新型コロナウイルスにより一瞬で医療崩壊に陥ったのかについて解析し、武漢の対策を検証した。その上でグローバリゼーションそして国際大都市の行方を展望した。中国の大手ネットメディアである中国網での「4月周レポート」の発表は、瞬く間に人民日報(ネット版)、新華通訊社(ネット版)、光明日報(ネット版)を始めとする100を超えるメディアに転載された。

 4月21日には「4月周レポート」の英語版が「COVID-19: Why is the medical system in metropolises so vulnerable?」のテーマで中国網英語版(China.org.cn)にて発表された[2]。中国国務院新聞弁公室(english.scio.gov.cn)、チャイナ・デイリー(China Daily.com.cn)など内外のメディアに転載された。

 そしてその日本語版も5月12日、「新型コロナパンデミック:なぜ大都市医療能力はこれほど脆弱に?」と題して中国網日本語版(チャイナネット)で公表された[3]

 「4月周レポート」はいち早く武漢の教訓と経験を踏まえ、新型コロナパンデミックの中で都市の医療体制が直面する課題を整理し、取るべき対策を内外に広く示した。これは当時、未知のウイルスとの闘いに苦しむ多くの都市の政策当事者に一定の示唆を与えたであろう。

 「4月周レポート」はメディアの性質上、注釈などの制限があったため、本論文では、この「4月周レポート」をベースに注釈と図表を加え、最新情報をアップデートし、同レポートの論点をさらに掘り下げて検証する。

1.中国都市医療輻射力2019

 「中国都市総合発展指標」に基づき 雲河都市研究院は中国全国297の地級市以上の都市を網羅した“中国都市医療輻射力2019”を発表した。北京、上海、広州、成都、杭州、武漢、済南、鄭州、南京、太原が同輻射力の上位10都市にランクインした。天津、瀋陽、長沙、西安、昆明、青島、南寧、長春、重慶、石家庄が第11位から20位、ウルムチ、深圳、大連、福州、蘭州、南昌、貴陽、蘇州、寧波、温州が第21位から30位を占めた。

図1 中国都市医療輻射力2019 ランキングトップ30
出所:雲河都市研究院 “中国都市医療輻射力2019”より作成。

 「中国都市総合発展指標」は、雲河都市研究院と中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司(局)が共同開発した都市評価指標である。2016年以来毎年、中国都市ランキングを内外に発表してきた。現在、中国語(『中国城市総合発展指標』人民出版社)、日本語(『中国都市ランキング』NTT出版)、英語版(『China Integrated City Index』Pace University Press)が書籍として出版されている[4]。筆者は同指標開発の専門家委員会の委員長、そして上記書籍の主編の一人として、指標開発をリードしてきた。

 同指標の特色は、環境、社会、経済の3つの軸(大項目)で中国の都市発展を総合的に評価したことにある。大項目ごとに3つの中項目を置き、3つの中項目ごとに3つの小項目を置く3×3×3構造となっている。小項目ごとにさらに複数の指標が支えている。“中国都市医療輻射力”は、こうした指標のひとつである。

 これらの指標は、785のデータによって構成されている。指標はまた、統計データのみならず、衛星リモートセンシングデータ、そしてインターネット・ビックデータから成る。「中国都市総合発展指標」は、こうした垣根を超えたデータリソースを駆使し、都市を「五感」で感知し高度に判断できるマルチモーダルインデックス(Multimodal Index)である。

 輻射力とは広域影響力の評価指標であり、都市のある産業の製品やサービスの外部への移出・移入の力を測る指標である。輻射力が高いと、当該産業が外部へ製品やサービスを移出・移入する能力を持つ。輻射力が弱い場合は、都市は当該産業の製品やサービスを外部から購入しなければならない。

  “中国都市医療輻射力”において、医療輻射力の高さを表す評価対象の一つとなったのは、都市の医師数と三甲病院(トップクラス病院)数である。輻射力ランキング上位30位の都市に全国の15%の医師、30%の病床と45%の三甲病院が集中している。中国の医療リソース、とりわけ先端医療機関が、医療輻射力ランキング上位都市に集中している状況が顕著である。ランキングの前列にある都市は良質な医師と一流の医療機関に支えられ、市民の衛生と健康を担うだけでなく、周辺地域あるいは全国の患者に先端医療サービスを提供している。

 「4月周レポート」がまず問題提起したのは、なぜ武漢のような医療リソースが豊富で医療輻射力に富んだランキング上位都市が、突如として現れた新型コロナウイルスにしてやられ、医療崩壊状態に陥ったのか、である。

2.新型コロナウイルスが世界の都市医療能力に試練を

 武漢は新型コロナウイルスの試練に世界で最初に向き合った都市であった。武漢は27カ所の三甲病院を持ち、医師約4万人、看護師5.4万人と医療機関病床9.5万床を擁する名実ともに“中国都市医療輻射力2019”全国ランキング第6位の都市である(2018年同ランキング第7位から1位上昇)。

 しかしながら、武漢のこの豊富な医療能力が新型コロナウイルスの打撃により、一瞬で崩壊した。

 国際都市ニューヨークの医療キャパシティも同様、新型コロナウイルスに瞬く間に潰された。2020年4月7日に発出された「緊急事態宣言」を受け、緊急事態措置を実施した東京都も当時、医療システムの崩壊の危機に直面していた。新型コロナウイルスはまさに全世界の都市医療能力に途轍もないプレッシャーを与えた。

 「4月周レポート」は、新型コロナウイルス禍による都市の「医療崩壊」が、以下の三大原因によって引き起こされたと仮説を立て、検証した。

(1) 医療現場がパニックに

 新型コロナウイルス禍のひとつの特徴は、感染者数の爆発的な増大だ。とりわけオーバーシュートで猛烈に増えた感染者数と社会的恐怖感により、武漢では大勢の感染者や感染を疑う人々が医療機関に駆け込み、検査と治療を求めて溢れかえった。

 病院の処置能力を遥かに超えた人々の殺到で医療現場は混乱に陥り、医療リソースを重症患者への救済にうまく振り向けられなくなった。医療救援活動のキャパシティと効率に影響を及ぼし、致死率上昇の主原因となってしまった。

 さらに重大なことに、殺到した患者、擬似患者、甚だしきはその家族が長期にわたり病院の密閉空間に閉じ込められ、大規模な院内感染という災害を引き起こした。

表1 中国、日本及び主要欧米諸国の医療リソース比較
出所:OECDデータベース、カイザーファミリー財団データベース、厚生労働省『厚生統計要覧』、中国国家統計局『中国都市統計年鑑』などより作成。

 表1から伺えるようにアメリカ、日本、中国の1千人あたりの医師数は、各々2.6人、2.5人、2人であり、医療の人的リソースはドイツの4.3人、イタリアとスペインの4人に比べ、はるかに低い水準にある。 

 よくも悪くも中国の医療リソースは中心都市に高度に集中している。武漢は1千人あたりの医師数は4.9人で全国の水準を大きく上回る。しかし、こうした分厚い医療リソースをもってしても、新型コロナウイルスのオーバーシュートによる医療崩壊は防ぎきれなかった。「4月周レポート」の日本語版発表する前日の2020年5月11日までに、中国の新型コロナウイルス感染死者数の累計83.3%が武漢に集中していた[5]。その多くが医療機関への駆け込みによるパニックの犠牲者だと考えられる。

 武漢と同様、医療の人的リソースが大都市に偏る傾向はアメリカでも顕著だ。ニューヨーク州の1千人あたりの医師数は4.6人にも達している。しかし武漢と同様、ニューヨークの豊かな医療リソースをもってしても、医療崩壊の大惨事は防げなかった。

 1千人あたりの医師数でみると、イタリアは4人で、医療の人的リソースは国際的に高い水準にある。しかし新型コロナウイルスのオーバーシュートで医療機関への駆け込みが相次ぎ、医療崩壊を招いた。

 イタリアのミラノ市にあるロンバルディア州の感染者数は3月2日に1千人を突破、同14日に10倍の1万人へ、3月末には4万人、5月上旬には8万人へと膨れ上がり、大勢の重症患者が有効な治療を受けられないまま置かれた。5月11日の時点で、イタリアの感染者は22万人、死者数は3.1万人に達し、致死率(死亡者数/患者数)も14%へと跳ね上がった。

 東京都は人口1千人あたりの医師数が3.3人で、これは武漢、ニューヨーク州より低い。政府は当初から、医療崩壊防止を新型コロナウイルス対策の最重要事項に置いていた。保健所のチェックという制度を設け、新型コロナウイルス検査数を厳しく制限し、人々が病院に殺到しないよう促した[6]。こうした措置は一定の効果を上げ、院内感染によるウイルス蔓延をある程度抑えた。また重症患者に医療リソースを集中させて致死率を下げ、5月11日の時点では致死率を同時期のニューヨーク州の7.9%より低い5.3%に抑え込んでいた。

表2 中国、日本、欧米主要諸国COVID-19感染者数等比較
注:中国感染者数の中に無症状感染者数データは含まれない。
出所:Worldometerデータベース、カイザーファミリー財団データベース、東京都・新型コロナウイルス感染症対策サイト、湖北省衛生健康委員会HPなどより作成。

 表2は「4月周レポート」の日本語版を発表する前日の5月11日と、本論締め切り直前の10月11日という2つの時点における世界平均、中国、日本、欧米主要諸国及び武漢市、東京都、ニューヨーク州の新型コロナウイルスによる感染者数、死者数、致死率、人口10万人当たり死者数を表している。

 人口10万人あたりの新型コロナウイルス死者数でみると、5月11日時点で、スペインの56.9人、イタリアの50.5人、フランスの40.4人、アメリカの24.4人と比べて日本は0.5人に留まった。その意味では日本は新型コロナウイルスの第1波において医療機関でのパニックを封じ込め、医療崩壊を防いだと言えよう。

 5月11日までの時点でのCOVID-19致死率を見ると、フランスの19.1%を始め、イギリス、イタリア、スペインともに2桁に達していた。第1波を鎮圧した中国は5.6%で日本は4%に押さえ込んだ。とは言え、この時点で新型コロナウイルスは世界平均で12.4%という極めて致死率の高い感染症として、社会に強い衝撃を与えていた。

 しかし、5月11日から10月11日までの5カ月間に限った致死率で見ると、各国・都市で軒並み激減したことがわかる。中国はこの間、COVID-19死者数は出なかったため致死率はゼロとなった。日本も1.4%に下がった。とくに当初致死率が極めて高かったフランス、スペインともに1%にまで抑えられた。これまで累積で20万人を超えるCOVID-19死者数を出したアメリカでも、同期間において致死率は2.1%まで下がった。

 これは、新型コロナウイルス流行第1波の混乱による医療現場のパニックが抑えられてきたこと、また、医療キャパシティの逼迫が改善されたことによるものであろう。加えて、特効薬は未だないものの、ある程度有効な治療法が確立されたことにも起因すると考えられる。これにより、致死率は大幅に抑えられた。同時に、PCR検査の普及に因る母数の増大で、致死率がさらに低まった。

 世界平均の致死率は2.2%に下がったことで、致死率だけで見ると、新型コロナウイルスはそれほど怖くない感染症であるとの見方も出てきた。しかし異なる年齢層における新型コロナウイルスの致死率には大きな差異がある。実際は年齢の若い感染者の致死率は低く、高齢者のそれは高い。例えば日本の8月のデータでは全体の致死率は0.9%で、年齢別に見ると0歳〜69歳の致死率は0.2%であるのに対し、70歳以上では8.1%に跳ね上がる[7]

 トランプ大統領は10月14日に行った演説(President Trump Addresses The Economic Club of New York)で、これまでに20万人以上のCOVID-19死者を出したアメリカで、50歳以下の感染者の生存率は99.98%であるのに対し、持病のある高齢者のリスクは高いと述べた。高齢者やリスクの高い人々の保護、医療をいかに充実させるかが致死率を低下させる重要なポイントになる。

(2) 医療従事者の大幅減員

 ウイルス感染がもたらした医療従事者の大幅な減員が、新型コロナウイルス禍のもう一つの特徴である。

 ウイルス感染拡大の初期、各国は一様に新型コロナウイルスの性質への認識を欠いていた。マスク、防護服、隔離病棟などの資材不足がこれに重なり、医療従事者は高い感染リスクに晒された。こうした状況下、PCR検体採取、插管治療など、暴露リスクの高い医療行為への危険性が高まった。これにより各国で現場の医療人員の感染による減員状態が大量に発生した。オーバーシュートで、元より不足していた医療従事者が大幅に減員し危機的状況はさらに深刻化した。

 救護過程のリスクばかりでなく、3月、慶應義塾大学病院の研修医の会食で引き起こされた医療従事者の集団感染とそれに伴う隔離治療は、もともと緊迫していた当時の、東京の医療人的リソースに大打撃を与えた[8]

 国際看護師協会(ICN)が公表した情報によると、2020年5月6日までに報告された30カ国のデータでは、少なくとも9万人の医療従事者が新型コロナウイルスに感染した。個々の状況では、スペインでは5月5日までに、4万3956人(全感染者の18%)の医療従事者が新型コロナウイルスに感染した。イタリアでは、4月26日までに、1万9,942人の医療従事者が感染し、150人の医師と35人の看護師が亡くなった。さらに9月16 日にICNが公表した情報では、世界全体で、300万人近くの医療従事者が感染した可能性があると推測した[9]

 東京都の発表では、1月〜6月までに48の医療機関で院内感染が発生し、医師、看護師そして患者計889人が感染、うち140人が亡くなった。院内感染者数は都内同期間の感染者の14%に相当した。院内感染による死者数は都内同期間感染死者数の43%にも達していた。院内感染は医療関係者の戦力を削いだだけでなく、持病のある患者に院内感染させたことで致死率が格段に上がってしまった。

 10月になっても東京では医療機関の院内感染はまだ頻繁に起こっている。例えば、足立区の大内病院では、同15日時点で患者39人、職員12人の計51人の感染を確認。練馬区にある順天堂大医学部付属練馬病院でも患者23人を含む計58人に感染が広がった。

 強力な感染力を持つ新型コロナウイルスは、医療従事者の安全を脅かし、医療能力を弱め、都市の医療システムを崩壊の危機に陥れている。院内感染をいかに防ぐかが新型コロナウイルス対策の肝心要となっている。

(3)病床不足

 新型コロナウイルス感染拡大後、マスク、防護服、消毒液、PCR検査薬、呼吸器、人工心肺装置(ECMO)などの医療リソースの枯渇状況が各国で起こった。とりわけ深刻なのは病床の著しい不足である。感染力の強い新型コロナウイルスの拡散防止のため、患者は隔離治療しなければならない。とりわけ重症患者は集中治療室( ICU )での治療が不可欠だが、実際、各国ともに病床の著しい不足に喘いでいる。

 人口1千人あたりの病床数データで見ると、日本は13床で世界でも最高水準にある。12万8,000病床数を有する東京は、1千人あたりでみると9.3床となる。そんな東京でも、新型コロナウイルス流行の第1波では病床不足に悩まされた。

 東京と比べイタリアの人口1千人あたりの医師数は若干高いものの、1千人あたりの医療機関病床数では、僅か3.1床でしかない。アメリカの1千人あたりの医療機関病床数は2.9床で、ニューヨーク州はアメリカ全土の平均よりさらに少なく2.6床となっている。病床不足が医療機関の患者収容能力を制約し、新型コロナウイルス患者治療のボトルネックとなっている。

 中国は人口1千人あたりの医療機関病床数が4.3床で、日本の四分の一にすぎないもののイタリアよりは高く、アメリカと同等の水準である。とりわけ9万5,000の病床を持つ武漢市は、1千人あたりの病床数が8.6床と高く、東京の水準に迫っている。しかし、武漢も新型コロナウイルスオーバーシュート期は、深刻な病床不足状態に置かれた。

 特に問題なのは、すべての病床が新型コロナウイルス治療の隔離要求に耐えるものではない点にある。これに、爆発的な患者増大が加わり、病床不足状況が一気に加速した。

3.有効な対策は何か

 しかし、上記のような医療崩壊の大惨事を最初に経験した武漢は、77日間のロックダウンを経て、新型コロナウイルス禍を乗り越えた。早くも2020年6月中旬には条件付きながら中国全土で平穏な日常生活を取り戻した。

 中国は如何にして事態を収拾していったのか?中国の経験の検証は、いまもなおパンデミックに苦しむ世界にとっては極めて貴重である。

(1)ロックダウン政策

 中国政府は2020年1月23日に湖北省の武漢市の公共交通、空港、鉄道駅をシャットアウトし、市民に市外へ移動しないよう要請した。いわゆるロックダウンを開始した[10]。翌24日には『湖北省突発公共衛生事件応急預案』に基づき、湖北省全域に対して緊急対応(Emergency response)レベルを1級にする措置を取った。緊急対応レベルとは認定された感染症エリアに対するロックダウンを含む措置の度合いを規定するもので、1級とは、休業、休講を要請し、交通を遮断し、極力移動と接触を避ける措置である[11]

 『湖北省突発公共衛生事件応急預案』の上位法規である『国家突発公共衛生事件応急預案』は、2003年に起きた重症急性呼吸器症候群(SARS)の経験から整備され、2006年2月26日に公布された国家的対策措置である[12]

 その後他の省・自治区[13]も相次ぎ緊急対応レベルを1級に引き上げる措置が取られた。1月29日、最後にチベット自治区が1級に引き上げられたことにより、緊急対応1級措置は中国全土に及んだ。

図2 武漢でのロックダウンとCOVID-19新規感染者数・死亡者数の日別推移
注:ロックダウン当日の2020年1月23日及び2月11日のデータは無い。2月12日の新規感染者数が極めて多いのは、恐らく前日のデータが加算されたことによると考えられる。
出所:中国湖北省衛生健康委員会HP[14]などに基づいて作成。

 図2は、武漢のロックダウン直前の1月20日からロックダウン解除までの間に同市の新規感染者数及び死亡者数を日々記録したものである。未知のウイルスのオーバーシュートに遭遇し、医療崩壊など大変な困難を経てロックダウンの約3週間後にようやく新規感染者数がピークアウトした。ロックダウン56日後の3月18日には新規感染者数がゼロになった。その後3月23日に新規感染者が一人出たのを最後に、4月8日のロックダウン解除まで16日間新規感染者はゼロが続いた。

 交通を遮断し休業、休講を伴う移動と接触規制を徹底するロックダウンは劇薬であった。武漢ではロックダウンにより、77日間で新型コロナウイルスのオーバーシュートを鎮圧した。

 全国民を対象とした厳しい行動抑制措置が功を奏して中国全土でも新規感染者数が急激に抑えられた。甘粛省が早くも2月21日に緊急事態対応レベルを1級から、条件付きで日常生活が出来る3級へと下げた。その後他の地域も相次ぎ緊急事態対応レベルを1級から、3級へと下げた。6月13日に湖北省が3級へと下がったことを受け、中国全土が緊急事態対応レベル3級となった。経済的損失を度外視した徹底的なロックダウン政策の実施により、中国は新型コロナウイルス禍の第1波を制した。 

 中国はその後、感染状況に応じて各地で緊急事態対応レベルを上げ下げしている。例えば、北京市は6月16日にクラスター感染により3級から2級へと上げて警戒を強め、状況緩和に応じて7月20日には再び3級に下げた。

(2)迅速な人的支援

 武漢の医療従事者大幅減員と深刻な不足に鑑み、中国は素早く全国から大勢の医療従事者を動員し、救援部隊として武漢へ送り込んだ。ロックダウンの翌日、2020年1月24日に早くも上海から医療チームが、最初に武漢に到着した。同チームは、上海の52カ所の病院から集められた呼吸科、感染症疾病科、病院感染管理科、重症医学科の医師及び看護師の136人から成った。最終的に中国全土から武漢を含む湖北省へ346の救援医療チームが送り込まれた。派遣された救援医療従事者は合計4万2,600人に達した。

 3月8日の中国国務院の記者会見によると、全国各地の医療機構で要請を受けてから応援医療チームの結成までに要した時間は2時間以内、チーム結成から武漢到着に要した時間は24時間以内という迅速さであった。

 こうした緊急措置が武漢の医療圧力を緩和し、医療崩壊を有効に食い止めた。感染地域に逸早く有効な救援活動を施せるか否かが、新型ウイルスへの勝利を占う一つの鍵である。

 しかし、全ての国がこうした動員力を備えているわけでない。ニューヨーク、東京の状況からすると、医療リソースがかなり揃っている先進国でさえ救援できるに足りる医療従事者を即座に動員することは難しい。

 さらに深刻なことには、医療リソースに著しく欠ける発展途上国、アフリカはいうに及ばず巨大人口を抱えるアジアの発展途上国の、人口1千人あたりの医師数はインドが0.8、インドネシアは0.3である。1千人あたりの病床数は前者が0.5、後者は1だ。こうした元々医療リソースが稀少かつ十分な医療救援能力を持たない国にとって、新型コロナウイルスのパンデミックで引き起こされる医療現場のパニックは悲惨さを極める。グローバル的な救援力をどう組織するかが喫緊の解決課題となっている。問題は、大半の先進国自体が、目下新型コロナウイルスの被害が深刻で、他者を顧みる余裕を持たないことにある。

(3)専門病院の建設

 武漢は国の支援で迅速に、専門治療設備の整う火神山病院と雷神山病院という重症患者専門病院を建設し、ロックダウン12日後の2020年2月3日には1,000病床のキャパシティを持つ火神山病院が開院した。2月8日には雷神山病院の開院でさらに1,600病床を確保した。このほかに、武漢は体育館などを16カ所の軽症者収容病院へと改装し、2月3日から順次患者を受け入れ、1万3,000床の抗菌抗ウイルスレベルの高い病床を素早く提供して軽症患者の分離収容を実現させた。先端医療リソースを重症患者に集中させ、パンデミックの緩和を図った。武漢の火神山、雷神山そして軽症者収容病院建設により、病床不足は解消された。

 日本は病床数不足により新型コロナウイルス感染流行第1波の時期、感染患者の在宅隔離も実施していた。こうしたやり方は患者の家族を感染の危険に晒し、家庭内での集団感染を生む可能性がある。また、患者は有効な専門治療を施されず、健康状況の把握がされないまま、病状急変により救援治療が間に合わないこともありうる。

 幸いにして、こうした在宅隔離はその後ほぼ改められ、ホテルなどの施設を利用し、軽症患者を収容している。

 東京での更に深刻な問題はICU(集中治療室)の驚くべき不足である。2018年の時点で、日本全国の人口10万人あたりのICU病床数は4.3床でしかない。アメリカの35床、ドイツの30床、フランスの11.6床、イタリアの12.5床、スペインの9.7床に比べても圧倒的に少ない。

 日本国内で最も感染者数を抱える東京都は新型コロナウイルス感染第1波流行期、ICU病床が764床しかなく、人口10万人あたりのICU病床数は5.5床に過ぎない。感染症流行のピーク時における重症患者を受け入れられるだけの病床数の確保が、医療システムの崩壊を避ける鍵となっている。

 新型コロナウイルス治療用病床の確保のため、各国がとった措置は実に様々であった。アメリカに至っては、海軍の医療船まで派遣した[15]

 「緊急輸入病院」も一種新しい選択肢となった。新型コロナウイルスオーバーシュートに伴う深刻な病床数逼迫に喘いだ韓国は、中国企業遠大グループから「病院」を丸ごと輸入した。遠大はステンレス製プレハブ建築方式を用いて、韓国にオゾン技術を活用した空気清浄・陰圧化ユニットで構築された「陰圧隔離病棟」を迅速に輸出した。現地では僅か2日間の工程で、施設の使用が可能となった。

4.経済と感染抑制の両立は可能か?

 新型コロナウイルス対策において、経済と感染抑制とのバランスは大きな政策イシューとなっている。中国では強力なロックダウン措置により、“ゼロ・COVID-19 感染者(Zero COVID-19 Case)”状況を実現し、目下多大な努力でゼロ・COVID-19 感染者状況を保とうとしている。他方、日本を含むほとんどの国ではロックダウンや緊急事態宣言などを実施してもゼロ・COVID-19 感染者状況よりは“ウイズ・COVID-19 (Coexisting with COVID-19)”の状況で経済活動の復活を目指している。本論の後半は、感染者ゼロを目指すゼロ・COVID-19 感染者政策(Zero COVID-19 Case Policy)とも言うべき中国の取り組みと、ウイズ・COVID-19政策(Coexisting with COVID-19 Policy)とも言うべき日本及び欧米諸国の取り組みを、比較検証する。

(1)感染抑制を優先する中国

 2002年〜2003年に起きたSARSの経験を踏まえ、中国政府は『中華人民共和国伝染病防治法』に基づき、『突発公共衛生事件応急条例』、『国家突発公共事件総体応急預案』、『国家突発公共衛生事件応急預案』など公共衛生に関わる突発的な事態に対する条例やガイドラインなどを整備した。さらに、『中華人民共和国突発事件応対法』をもって、上記の法律、条例、応急預案を法的に体系化した。武漢をロックダウンするのに先立ち、2020年1月20日、中国国家衛生健康委員会が、2020年第1号公告をもって、新型コロナウイルス感染症を『中華人民共和国伝染病防治法』で定めた乙類伝染病に該当させ、且つ甲類伝染病の予防、抑制措置を取ることとした。これで、新型コロナウイルス禍との闘いの幕が切って落とされた。

 武漢でのロックダウン及び各地域への緊急対応1級措置の実施は、こうした法的整備があったゆえに可能となった。しかも、これら法律、条例、応急預案は、感染症抑制を優先する傾向が強い。これに該当させ、発動させた以上は、経済と感染抑制の両立の議論は成り立たなくなった。実際、地方政府から、経済の落ち込みを避けるため経済活動の早期再開を求める声はあったものの、新規感染ゼロ状態を待たなければならなかった。

 図3が示すように中国では、COVID-19感染者をゼロにする徹底的なロックダウン政策を取ったことによって、逸早く新型コロナウイルス感染症を鎮圧した。これにより、国内においてほぼ普段通りの経済活動を再開させることに成功した。長いスパンで見ると、一時的な痛みを伴う劇薬的な措置が、事態を早期収束に導いたと言えよう。ただ、感染力の極めて強い新型コロナウイルスで新規感染者ゼロの状態を維持するのは大変な緊張感を伴う。中国では新規感染者が見つかるたび局地的に全員へのPCR検査及びロックダウン並みの行動制限を実施し、感染拡大を防いでいる。

図3 中国COVID-19新規感染者数・死亡者数の日別推移
注:中国感染者数の中に無症状感染者数及び海外から輸入感染者数データは含まれない。
出所:中国国家衛生健康委員会HP[16]などに基づいて作成。

(2)Report 9とイギリス、アメリカの対応

 武漢がロックダウンに踏み切った53日後の2020年3月16日、イギリスのインペリアル・カレッジ・ロンドンの理論疫病学者ニール・ファーガソン教授が「Report 9: Impact of non-pharmaceutical interventions (NPIs) to reduce COVID-19 mortality and healthcare demand」(以下Report 9と略称)を発表し、もしイギリスで何も対策を取らなければ僅か4カ月で人口の約8割が感染し、51万人の死者が出ると予測した。たとえ発症者の隔離、その家族の自宅待機、高齢者の外出規制などの施策を講じたとしても、死者数は25万人に及ぶという。Report 9が示した対策として、全国民に厳しい行動制限を要請するロックダウンを実施した場合は、死者は2万人まで抑え込むことが可能だと述べた[17]。ファーガソン氏は、イギリスの下院科学技術委員会で、ある程度の感染を許しながら経済と医療のバランスを保てるか、については否定的で、長期のロックダウン以外の選択肢はないと明言した。Report 9発表の1週間後3月23日に、イギリス政府は事実上の外出禁止令、ロックダウン政策に踏み切った。

 Report 9は、アメリカについても最大220万人の死者が出ると予測した。トランプ政権は同レポートの影響を受け、連邦政府により国民に社会距離を保つためのガイドラインを4月30日まで延長した。

 6月8日に英科学誌ネイチャーのオンライン版に「The effect of large-scale anti-contagion policies on the COVID-19 pandemic」という論文が掲載された。中国、韓国、イタリア、イラン、フランスそして米国の6カ国で実施されたウイルス封じ込め政策の効果を分析し、(1 )旅行制限、(2)イベント・教育・商業・宗教行事の停止、(3)隔離とロックダウン、(4)緊急事態宣言等の封じ込め政策で、2020年1月〜4月6日の3カ月弱で、6カ国だけでも億単位の人のCOVID-19感染を防いだとの試算が報告された[18]

 しかし、ロックダウンなどの厳しい行動制限政策の有効性が明確であったにも関わらず、社会経済にかけるストレスの大きさから反発も大きく、多くの国ではこうした政策は途中で緩めざるを得なかった。

(3)ゼロ・COVID-19 感染者政策Vsウイズ・COVID-19政策

 中国では武漢のロックダウンの解除には厳しかった。解除は、新規感染者がゼロになっただけでなく、ゼロ状態が16日間も続いた後にようやく実施された。徹底的なゼロ・COVID-19 感染者政策である。

 武漢だけではなく他の地域でも、新型コロナウイルス感染症の低リスク地域とするまでには、新規感染者ゼロ状態を14日間以上も継続させる厳しいハードルを設けた[19]。 

 新型コロナウイルス流行第1波を制圧した後も、中国は全国各地でゼロ・COVID-19 感染者状況維持に心血を注いでいる。新規感染者が見つかるたびに、大量検査、厳しい行動制限などの措置を局地的に実施してきた。モグラ叩きのように感染エリアを潰していく厳しい管理政策である。例えば、2020年10月11日、山東省青島市に3人の新型コロナウイルスの無症状感染者が出たことを受け、同市は市内全員を対象とするPCR検査を実施した。すでに市外に移動した者も追跡検査する徹底ぶりだった。同16日までに実施したPCR検査数は1,000万人を超えた。

 中国とは異なり、欧米諸国ではロックダウンの政策は取ったものの、感染拡大の抑制と経済との両立を急いだ。5月13日、ドイツ・IFO経済研究所+ヘルムホルツ感染研究センターが共同研究レポートを出した[20]。これに因ると、経済と感染拡大制御との最適なバランスはRt(実効再生産数:1人の感染者が何人に移すかを表す数字)0.75となる。つまり、Rtを0.75に抑えれば、経済への影響を最小限に留めながら感染拡大を早期に終息できるという。いわゆるウイズ・COVID-19政策の提唱である。しかし、感染力が極めて強い新型コロナウイルスに対してどうRtを0.75に抑え、維持するのかが、見えてこない。レポートの執筆者らが提唱した黄金のバランスも、空虚にしか見えない。しかし、欧米諸国では、同レポートのような学術的な「お墨付き」を得た形で、感染拡大の再来という禍根を残したまま、ウイズ・COVID-19政策を進めた。

 実際、秋になり欧州では、新規感染者が急増している。10月14日に欧州の日別新規感染者数は10万5,000人を超え、アジアの同10万3,200人を上回った。当のドイツも10月15日に、過去24時間の新規感染者数が6,638人だったと公表した。これは春のピークを超え最高記録更新であった。

 Report 9を生み出したイギリスでも、長期のロックダウンによる経済への影響を懸念し、同レポートへの批判の声が強い。何の措置も取らなければイギリスでは51万人の感染死者が出ると予測したのに対して、ロックダウンなどの措置を実施したことにより、10月11日までの死者は4.3万人に留まった。ロックダウンの効果を出したにも関わらず、経済活動再開への圧力により、イギリスでは、全域に及ぶ新規感染者がゼロになるまでのロックダウンは実行しなかった。こうしたウイズ・COVID-19政策の下、秋の新規感染者の急増で10月15日、ロンドンの警戒レベルを「中」から「高い」に程度を引き上げざるを得なくなった。

 イタリアは5月11日までには3.1万人の新型コロナウイルス感染死者を出した。しかし、経済活動の再開を急ぎ、5月上旬に2カ月間のロックダウンを解除した。表2から伺えるように、5月11日から10月11日までの5ヶ月に限ってみるとこれまで14%だった致死率を4%まで大幅に下げた。医療崩壊の最悪の状況から脱出した。しかし、ウイズ・COVID-19政策を取ったイタリアでは、新規感染者は10月14日に7,300人を超え、3月のピーク時を上回った。これを受け、イタリアは向こう約1カ月間、パーティを禁止し、飲食店の営業を深夜0時までに限定するなどの措置をとった。

 10月25日、新型コロナウイルス大流行の第2波に対抗するためスペインは再び全土に緊急事態宣言を発令した。10月29日、スペイン議会は緊急事態宣言を2021年5月9日まで延長した。

 フランスも10月14日、公衆衛生上の緊急事態を閣議決定し、パリなど9都市圏で夜間外出禁止に踏み切った。翌15日に、24時間以内の新型コロナウイルス新規感染者が過去最高の3万人に達したと発表した。フランスは10月30日に全土で外出制限を行い、2度目のロックダウンを実施した。11月6日、フランスの日別新規コロナ感染者数は6万人を突破し記録を塗り替えた。

 アメリカも、トランプ大統領は5月下旬、全米規模の封鎖は長期的な解決策ではないとし、経済活動を取り戻すため、感染拡大の中での、すべての州での経済活動再開に踏み切った。しかし新規感染者の増大に対して、ニューヨーク市では10月4日、区域を限った封鎖を実施した。11月4日から連日、アメリカでは日別新規コロナ感染者数は10万人を超えた。11月7日にはアメリカでの累積コロナ感染者数は1,000万人を超えた。累積死亡者数も24万2,339人に達した。

 ウイズ・COVID-19政策を取ってきた欧米諸国は、いま再びロックダウン措置に踏み切らざるを得ない感染拡大状況にある。ただ、これら諸国は春の感染拡大時には国全体あるいは大きなエリアを対象にしたロックダウンを実施したものの、目下、夜間限定や地域限定など部分的な規制強化に留まっている。

表3 各国・地域 前年同期比実質GDP成長率及び予測の比較
出所:中国国家統計局、日本内閣府、アメリカ商務省経済分析局、イギリス国民統計局、イタリア国家統計局、スペイン国家統計局、ドイツ連邦統計局、フランス国立統計経済研究所、韓国銀行、台湾行政院主計総処、アジア開発銀行、IMFなどのデータから作成。

 ウイズ・COVID-19政策で新型コロナウイルス感染拡大の再来に喘ぐ欧米諸国をよそに、中国は徹底したゼロ・COVID-19 感染者政策の恩恵により、多くの地域では4月後半から経済活動も日常生活もほぼ正常化した。とくに新型コロナ禍で延期していた全国人民代表大会が5月28日に終了後、経済活動は本格的に再開した。国慶節の10月1日から1週間強の長期にわたる連休では、国内観光者数は6.4億人にも達した。2020年の第1四半期はロックダウンで中国の実質GDP成長率は−6.8%に落ち込んだ。しかし、第2四半期から経済は急速に回復し、3.2%の同成長率を実現した。IMFの予測では2020年の通年で、中国の実質GDP成長率は1.9%となる。

 他方、ウイズ・COVID-19政策を取った日本及び欧米諸国は、第2四半期となっても軒並みマイナス成長で、第1四半期よりさらに悪くなっている。なかには2桁のマイナスに喘ぐ国がいくつも出てきた。IMFの予測では2020年の通年で、これら諸国の実質GDP成長率はすべてマイナスとなる。

 韓国、台湾、シンガポール、ベトナムなど中国同様SARSを経験した国・地域は、ゼロ・COVID-19 感染者に近い政策を取った。なかでも台湾、ベトナムの経済パフォーマンスは良くIMFの予測では2020年の通年で、台湾はゼロ成長に踏みとどまり、ベトナムは1.6%の成長を実現する。韓国はIMFの予測では2020年の通年で、実質GDP成長率は−1.9%となるが、日本及び欧米諸国ほどの落ち込みではない。シンガポールは、貿易依存度が高く世界経済に極端に影響されやすい経済構造にあるため、第2四半期になってからの落ち込みが著しい。

 ゼロ・COVID-19 感染者政策に比べ、ロックダウンによる経済の痛みを和らげるためのウイズ・COVID-19政策は、結果的に長期にわたる経済不況をもたらす結果となった。

 新型コロナウイルスの特効薬と有効なワクチンの開発が確実にできるまでは徹底的なゼロ・COVID-19 感染者政策をとるべきである。

 11月8 日に、世界の新型コロナウイルス感染者数は5,000万人を超えた。冬季の到来に向けて第2波の大流行で感染者数の増加ベースが早まっている。とくにウイズ・COVID-19政策をとってきた欧米各国は新型コロナウイルス禍の激震地となった。これに対して筆者は、新型コロナウイルスの特効薬や有効なワクチンが世に出るまでは、各国は新型コロナウイルスの流行を迅速に抑えるゼロ・COVID-19 感染者政策をとるべきだと強く提唱する。

(4)経済と感染抑制に揺れ動く日本

 日本で初めて新型コロナウイルスの感染者を確認したのは2020年1月16日であった。1月29日には乗客206人を乗せた政府のチャーター機第1便が武漢市から帰国した。2月13日には国内で初めて感染による死亡者が出た。2月28日には北海道で独自の「緊急事態宣言」が出された。3月13日に『新型インフルエンザ対策特別措置法』の改正法が成立し、新型コロナウイルス感染症を、新型インフルエンザ等とみなして同特措法を適用した。これにより、「緊急事態宣言」の法的な裏付けができた。

 4月7日に東京、埼玉、神奈川、千葉、大阪、兵庫、福岡において「緊急事態宣言」を発令、4月16日に「緊急事態宣言」の対象を全国に拡大した。「緊急事態宣言」は、中国のような徹底的なロックダウンではなく「人の接触 最低7割極力8割削減」を目標としたいわゆる緩い行動制限要請であった。それでも新規感染者数は急速に減少した。図4で見られるように、緊急事態宣言の感染抑制の効果は顕著であった。しかし、状況改善を受け、政府は5月25日に全国「緊急事態宣言」解除をした。ここでも中国と違い、解除当日も新規感染者は未だ20人いた。新規感染者数がゼロにならない状況でのウイズ・COVID-19的な解除であった。

 中国では感染エリアを低リスク地域とするまでには、新規感染者数を2週間にわたってゼロにする必要がある。相反して、感染症の蔓延を断つことが出来ないままの日本の「緊急事態宣言」解除は、感染力の極めて強い新型コロナウイルスの感染再拡大という禍根を残した。東京では早くも「緊急事態宣言」解除1週間後には「東京アラート」で都民に警戒を呼びかけることになった。

 日本は7月22日に、経済活動を刺激する観光振興策「Go Toトラベル」キャンペーンを東京を除外してスタートさせた。その日、新規感染者は792人も出ていた。これは「緊急事態宣言」時ピークの1.1倍の数字であった。まさしくなり振り構わぬ敢行であった。その結果、日別新規感染者は急増し、10日後には1,575人となった。これは、「緊急事態宣言」の際の新規感染者数ピークの2.2倍の規模であった。

 10月1日、東京都も「Go Toトラベル」キャンペーンに加わった。10月15日、東京都の新規感染者数は284人となり、再び新たな上り坂を見せている。

 11月になると日本は新型コロナウイルス感染拡大が加速し、同18日には1日の新規感染者数が初めて2,000人を超えた。「Go Toトラベル」キャンペーンの一時停止や見直しをせざるを得なくなった。重症患者が増えるにつれ、病床の緊迫状態も生じた。

 表2で示すように、10月11日までの時点で人口10万人あたりの新型コロナウイルス死者数でみると、スペインの70.7人、アメリカの66.3人、イギリスの63人、イタリアの59.8人、フランスの50.1人、ドイツの11.6人と比べて日本は1.3人に留まり、先進諸国の中では最も低かった。しかし、間も無くインフルエンザウイルスが猛威を振るう冬がやってくる。懸念される新型コロナウイルスとの同時流行を、どう乗り越えるか?大きな試練が待ち構えている。同時に長期にわたるウイズ・COVID-19状況は日本経済の活力を萎めている。IMFの予測では2020年の日本の実質GDP成長率はマイナスに陥り、−5.3%となる。

図4 日本COVID-19新規感染者数・死亡者数の日別推移
出所:厚生労働省HP『新型コロナウイルス感染症について・陽性者データベース』、NHK『特設サイト新型コロナウイルス・日本国内の死者数』などにより作成。

5.「ジャレド・ダイヤモンド仮説」と「周牧之仮説」

 2020年11月11日までの、日本の10万人あたり新型コロナウイルス死亡者数は1.5人であった。これはスペインの同85.8人、アメリカの同74.6人、イギリスの同74人、イタリアの同71.1人、フランスの同65.1人、ドイツの同14.1人と比べ、格段に低い数字であった。同じ「ウイズ・COVID-19政策」を取ってきた日本が、欧米先進諸国よりはるかに低い死亡者数に抑えられている理由は、ファクターXとして諸説ある。

 諸説の中で最も説得性があるのは「交差免疫」説である。これまで日本人が持っていた免疫が、新型コロナウイルスにある程度働き、感染予防あるいは感染しても症状を抑えられる、というものである。

 なぜ日本人が交差免疫を持つのだろうか。アメリカの生物学者ジャレド・ダイヤモンド氏が著書『銃・病原菌・鉄』の中で、ユーラシア大陸での家畜との密接な暮らしが、人々にさまざまな病原菌に対する免疫力を持たせたとしている。ヨーロッパ人がアメリカ大陸に進出した際、病原菌を持ち込んだことで、これまで家畜との密接な暮らしを持たず免疫の無い原住民に壊滅的な打撃を与えた。ヨーロッパ人が家畜との長い親交から免疫を持つようになった病原菌を「とんでもない贈り物」と氏は捉えた[21]

 上記「ジャレド・ダイヤモンド仮説」に筆者は賛成する。但し同仮説では、同じユーラシア大陸に位置するヨーロッパ諸国と、日本を含む東アジアの国々の新型コロナウイルスにおける死亡者数の大きな相違を説明仕切れない。11月11日までの、中国、韓国、台湾、香港、ベトナム、タイの10万人あたりの新型コロナウイルス死亡者数はそれぞれ、0.3人、0.9人、0.03人、1.4人、0.04人、0.09人であった。医療リソースの豊かなヨーロッパ諸国の同死亡者数と比べ、極度に低い。中国、台湾、韓国、香港などの好成績には、「ゼロ・COVID-19 感染者政策」が果たした役割もあったものの、交差免疫の恩恵も大きいと考えられる。

 筆者は、稲作の水田を囲んだ湿潤な生活様式こそが、交差免疫をもたらす決定的な要因ではないかとの仮説を立てる。「周牧之仮説」の詳細は下記である。湿潤な稲作地帯の里山は、豊かな生態多様性に恵まれている。里山は、自然に対する人間の適度な介入がもたらした新しい生態系であり、原始の自然に比べ生態の多様性はさらに豊かである。生態の多様性は微生物の多様性を意味する。こうした人間と自然と家畜との密接に影響し合う稲作里山は、病原菌の巨大な繁殖地となることが考えられる。同じユーラシア大陸でも、東アジアの湿潤な稲作地帯はウイルスの多様性に一層富んでいる。さまざまなウイルスと共生してきた稲作地帯の人々は強い交差免疫を持つと推理できる[22]

 新型コロナウイルスに対する交差免疫メカニズムの解明は、まだ始まったばかりであるが、季節性コロナウイルスに感染した経験が新型コロナウイルスへの交差免疫をもたらし、その重症化を防ぐとの研究を、ボストン大学のマニッシュ・サーガル氏が発表した[23]。東京大学先端科学技術センターの児玉龍彦氏は、日本人の新型コロナウイルス感染者50人の血液を分析した結果、その75%が交差免疫を持っていたことから「多くの日本人が新型コロナウイルスに効く交差免疫を持っているのではないか」と考える[24]

 実際、季節性のコロナウイルスは東アジアの湿潤地帯で頻繁に流行を繰り返してきた。季節性コロナウイルスは、新型コロナウイルスに対して交差免疫力をもたらすとすると、まさに稲作地帯の里山暮らしからの「とんでもない恩恵」だと筆者は考える。

 こうした観点から、里山の持つ価値を再考し、これからの生活様式に組み込まなければならない。

6.地球規模の失敗から地球規模での抗ウイルスへ

 感染症は昔から人類の命を脅かす最大の敵であった。例えば、1347年に勃発したペストで、ヨーロッパでは20年間で2,500万もの命が奪われた。1918年に大流行したスペインかぜによる死者数は世界で2,500万〜4,000万人にも上ったとされる。

 100年余りにわたる抗菌薬とワクチンの開発及び普及により、天然痘、小児麻痺、麻疹、風疹、おたふく風邪、流感、百日咳、ジフテリアなど人類の健康と生命を脅かし続けた感染症の大半は絶滅あるいは制御できるようになった。1950年代以降、先進国では肺炎、胃腸炎、肝炎、結核、インフルエンザなどの感染疾病による死亡者数を急激に減少させ、癌、心脳血管疾患、高血圧、糖尿病など慢性疾患が主要な死因となった。

 感染症の予防と治療で勝利を収めたことで、人類の平均寿命が伸び、主な死因も交代した。世界とりわけ先進国の医療システムの焦点は、感染症から慢性疾患へと向かった。その結果、各国は目下感染症予防と治療へのリソース投入を過少にし、同時に現存する医療リソースを主として慢性疾患に傾斜するという構造的な問題を生じさせた。医療従事者の専門性から、医療設備の配置、そして医療体制そのものまで新型ウイルス疾患の勃発に即座に対応できる態勢を整えてこなかった。

 よって、新型ウイルスとの闘いにおいて、武漢、ニューヨーク、ミラノといった巨大な医療リソースを持つ大都市は対策が追いつかず悲惨な代償を払うことになってしまった。

 ビル・ゲイツは早くも2015年には、ウイルス感染症への投資が少な過ぎる故に世界規模の失敗を引き起こす、と警告を発していた。新型コロナウイルス禍は不幸にしてビル・ゲイツの予言を的中させた。

7.科学技術の爆発的進歩

 緊急事態宣言、国境封鎖、都市ロックダウン、外出自粛、ソーシャルディスタンスの保持など、各国が目下進める新型コロナウイルス対策は、人と人との交流を大幅に減少かつ遮断することでウイルス感染を防ぐことにある。こうした措置は一定の成果を上げるものの、ウイルスの危険性を真に根絶させ得るものではない。中国のように強力なゼロ・COVID-19 感染者政策を実施して、ウイルス蔓延をしばらく抑制することができても、非常に脆弱だと言わざるを得ない。次の感染爆発がいつ何時でも再び起こる可能性がある。

 安心安全な世界を取り戻すには、科学技術の進歩に頼るほかない。目下、新型コロナウイルスの特効薬とワクチンの開発を各国は緊急課題として急ぎ取り組んでいる。

 人類は検査、特効薬、抗体の三種の神器を掌握しなければ、本当の意味で新型コロナウイルスをコントロールし、勝利を収めたとは言えないだろう。

 危機はまた転機でもある。近現代、世界的な戦争や危機が起こるたびに人類は重大な転換期に向き合い、科学技術を爆発的に進歩させてきた。第二次世界大戦は航空産業を大発展させ、核開発の扉を開けるに至った。冷戦では航空宇宙技術の開発が進み、インターネット技術の基礎をも打ち立てた。新型コロナ危機も現在、関連する科学技術の爆発的な進歩を刺激すると同時に、社会全般におけるデジタルトランスフォメーション(DX)を強くプッシュしている。

 新型コロナウイルスパンデミックが作り上げた緊迫感は技術を急速に進歩させるばかりでなく、技術の新しい進路を開拓し、過去には充分に重視されてこなかった技術の方向性も掘り起こす。例えば、漢方医学は武漢での抗ウイルス対策で卓越した効き目をみせ、注目を浴びている。漢方医学は世界的なパンデミックに立ち向かうひとつの手立てになりうる。

 オゾンもまた偏見によりこれまで軽視されてきた。筆者は2月18日にはオゾンについてレポートを発表し、新型コロナウイルス対策としてのオゾン抗菌利用を呼びかけた[25]。現在、日本では、感染しやすい環境として「3密」環境が取り上げられている。筆者は、有人環境下でのオゾン利用を積極的に導入し、室内空間のウイルス感染を抑え、3密問題を解消させることを提唱している[26]

8.グローバリゼーションは止まらない

 新型コロナウイルスのパンデミックで、各国はおしなべて国境を封鎖し都市をロックダウンして国際間の人的往来を瞬間的に遮断した。グローバリゼーションの未来への憂慮、国際大都市の行方に対する懸念の声が絶えず聞こえてくるようになった。

 確かに、グローバリゼーションが進むにつれ、国際間の人的往来はハイスピードで拡大し、世界の国際観光客数は30年前の年間4億人から、2018年には同14億人へと激増した。

 グローバリゼーションで、大都市化そしてメガロポリス化も一層世界の趨勢となった。1980年から2019年の間、世界で人口が250万人以上純増したのは117都市、この間これらの都市の純増人口は合計6億3,000万人にも達した。とりわけ、人口が1,000万人を超えたメガシティは1980年の5都市から、今日33都市にまで膨れあがった。こうしたメガシティはほとんどが国際交流のセンターであり、世界の政治、経済発展を牽引している。これらメガシティの人口は合わせて5億7,000万人に達し、世界の総人口の15.7%をも占めている。

 高密度の航空網と大量の国際人的往来は新型コロナウイルスをあっという間に世界各地へ広げ、パンデミックを引き起こした。国際交流が緊密な大都市ほど、新型コロナウイルスの爆発的感染の被害を受けている。

 しかし、新型コロナウイルスが全世界に拡散した真の原因は、国際的な人的往来の速度と密度にあるのではない。人類が長きに渡り、感染症の脅威を軽視してきたことにこそある。これは冷静に認識しておくべきである。

 大航海時代から今日まで、人類は一貫して感染症の脅威に晒され、この間、幾度となく悲惨な代償を払ってきた。

 第二次大戦後は感染疾病対策で効果を上げ、ほとんどの感染症が抑えられた。よって、先進国でも世界機関でも長期にわたり感染症の脅威を軽視してきた。

 世界経済フォーラム(WORLD ECONOMIC FORUM)が公表した「グローバルリスク報告書2020(The Global Risks Report 2020[27])」に並ぶ今後10年に世界で発生する可能性のある十大危機ランキングでも、感染症問題は入っていなかった。また、今後10年で世界に影響を与える十大リスクランキングでは、感染症が最下位に鎮座していた。

 不幸にして世界経済フォーラムの予測に反し、新型コロナウイルスパンデミックは、人類社会に未曾有の打撃を与えた。

 中国、台湾、シンガポール、香港、韓国など、2003年に起きたSARSを経験した国と地域が、新型コロナウイルスの対策において、より良いパフォーマンスを見せたのは、SARS時で得たリスク感覚によるものが大きい。また、中国のようにSARSから得た経験を法律、条例、総体応急預案に反映させ、対策のマニュアル化、ガイドライン化を進めたことで、今回の新型コロナウイルスの感染爆発時に早急かつ有効な対策を講じられた[28]

 その意味では我々は悲観的になる必要もない。新型コロナウイルス禍は、感染症対策への関心と投資を世界的に高め、大幅な技術革新と社会変革をもたらす。人類は必ずや感染症の脅威を克服し、世界規模の失敗を世界規模の勝利へと導くに違いない。

 新型コロナウイルス禍はグローバリゼーションと国際大都市化を阻むものではない。新型コロナウイルスパンデミックを収束させた後には、より健全なグローバリゼーションとより魅力的な国際大都市が形作られるであろう。

(本論文では栗本賢一、甄雪華、趙建の三氏がデータ整理と図表作成に携わった)


[1] 周牧之「新冠疫情冲击全球化:强大的大都市医疗能力为何如此脆弱?」、中国網(China.com.cn)、2020年4月20日(http://www.china.com.cn/opinion/think/2020-04/17/content_75944655.htm)。

[2] Zhou Muzhi, “COVID-19: Why is the medical system in metropolises so vulnerable?” In China.org.cn, 21 April 2020(http://www.china.org.cn/opinion/2020-04/21/content_75957964.htm?from=singlemessage&isappinstalled=0)。

[3] 周牧之「新型コロナパンデミック:なぜ大都市医療能力はこれほど脆弱に?」、In Japanese.China.org.cn、2020年5月12日(http://japanese.china.org.cn/business/txt/2020-05/12/content_76035553.htm)。

[4] 「中国都市総合発展指標」について詳しくは、周牧之ら編著『環境・経済・社会 中国都市ランキング2018―大都市圏発展戦略』、NTT出版、2020年10月10日を参照。

[5] 2020年5月11日以降に武漢では新型コロナウイルスによる死者は出ていない。

[6] PCR検査に保健所による事前チェックを設けたことで、感染者が医療機関に殺到することを防いだ。しかし、検査数の過度の抑制は、軽症感染者及び無症状感染者の発見と隔離を遅らせ、治療を妨げると同時に、莫大な数の隠れ感染者を生むことに繋がる。また、保健所によるPCR検査前のチェックは、保健所のキャパシティをパンクさせたことで多くの批判を生じさせた。

[7] NHK総合テレビ『NHKスペシャル 令和未来会議「新型コロナの不安 どう向き合う?」』、2020年10月11日。

[8] 国および東京都から大人数の会食等の自粛要請が出された中、慶応義塾大学病院では2020年3月に研修医の約40人の集団会食を主な原因として18人がPCR陽性となり物議を醸した。

[9] 2020年9月16 日に国際看護師協会(ICN)が公表した最新の情報では、8月14日までに32カ国の33看護師団体から報告されたデータによると、世界全体では、300万人近くの医療従事者が感染した可能性がある。詳しくはICNのHP(https://www.icn.ch/news/new-icn-report-shows-governments-are-failing-prioritize-nurses-number-confirmed-covid-19-nurse)を参照。

[10] 中国交通運輸部(省)『交通运输部关于做好进出武汉交通运输工具管控全力做好疫情防控工作的紧急通知』、2020年1月23日を参照。

[11] 緊急対応(Emergency response)措置は中国語では「応急反応措施」という。4つのレベルに分けられる。もっとも強力な措置である第1級を実施する場合は、国務院の決定を仰ぐ必要がある。詳しくは中国『国家突発公共衛生事件応急預案』を参照。

[12] 2002年〜2003年に起きたSARSの経験を踏まえ、中国政府は『中華人民共和国伝染病防治法』(1989年9月1日から施行)に基づき、2003年5月7日に『突発公共衛生事件応急条例』を公布した。2006年1月8日には『国家突発公共事件総体応急預案』を公布した。『国家突発公共衛生事件応急預案』とは、こうした法律、条例、総体応急預案に基づき、公共衛生に関わる突発的な事態に対して整備された。2007年8月30日に、中国全国人民代表大会常務委員会は、『中華人民共和国突発事件応対法』を批准し、上記の法律、条例、応急預案をさらに法的に体系化した。武漢をロックダウンするのに先立ち、1月20日に中国国家衛生健康委員会が2020年第1号公告で新型コロナウイルス感染症を『中華人民共和国伝染病防治法』規定の乙類伝染病に該当させ、且つ甲類伝染病の予防、抑制措置を取ることとした。

[13] 中国では、行政階層は5つある。中央政府を頂点とし、省・自治区・直轄市を第2層とする。中国行政の階層について詳しくは、周牧之ら編著前掲書、p.5を参照。

[14] 中国湖北省衛生健康委員会HPで公開された日毎の感染者数及び死亡者数を集計し作成。詳しくは湖北省衛生健康委員会HP(http://wjw.hubei.gov.cn)を参照。

[15] トランプ大統領は3月下旬に医療船マーシー号(USNS Mercy)とコンフォート号(USNS Comfort)をそれぞれロサンゼルスとニューヨークに配備した。各々1千病床を持つ2隻の医療船は、新型コロナウイルス感染者の治療に適していないものの大勢の一般患者を受け入れられる。これにより、現地の総合病院でより多くの病床を新型コロナウイルス治療へと振り当てられる。

[16] 中国国家衛生健康委員会HPで公開された日毎の感染者数及び死亡者数を集計し作成。詳しくは中国国家衛生健康委員会HP(http://www.nhc.gov.cn)を参照。

[17] 詳しくは、Ferguson NM, Laydon D, Nedjati-Gilani G, et al., “Report 9: Impact of non-pharmaceutical interventions (NPIs) to reduce COVID-19 mortality and healthcare demand”, in Imperial College London HP , 16 Mar 2020(http://hdl.handle.net/10044/1/77482)を参照。

[18] 詳しくは、Solomon Hsiang, Daniel Allen, Sébastien Annan-Phan, Kendon Bell, Ian Bolliger, Trinetta Chong, Hannah Druckenmiller, Luna Yue Huang, Andrew Hultgren, Emma Krasovich, Peiley Lau, Jaecheol Lee, Esther Rolf, Jeanette Tseng & Tiffany Wu, “The effect of large-scale anti-contagion policies on the COVID-19 pandemic”, in Nature, 08 June 2020を参照。

[19] 中国国務院は2020年2月18日、『关于科学防治精准施策分区分级做好新冠肺炎疫情防控工作的指导意见』を公布した。同『意見』は、新型コロナウイルス感染症低リスク地域とするまでには、14日間以上の新規感染者ゼロ状態を継続させる厳しいハードルを設けた。 

[20] Wohlrabe Klaus, Peichl Andreas, Link Sebastian ,Leiss Felix, Demmelhuber Katrin, “Die Auswirkungen der Coronakrise auf die deutsche Wirtschaft”, in ifo Schnelldienst Digital, No.7, 18 May 2020。

[21] ジャレド・ダイヤモンド著『銃・病原菌・鉄』、草思社、2000年10月。

[22] 「周牧之仮説」は、2020年11月21日に開催の東京経済大学120周年記念シンポジウム『コロナ危機をバネに大転換』にて発表した。

[23] マニッシュ・サーガル(Manish Sagar)氏の研究に関して詳しくは、Manish Sagar, Katherine Reifler, Michael Rossi, Nancy S. Miller, Pranay Sinha, Laura White, and Joseph P. Mizgerd, “Recent endemic coronavirus infection is associated with less severe COVID-19”, in Journal of Clinical Investigation, 30 Sep 2020を参照。

[24] 児玉龍彦氏の研究に関して詳しくは、東京大学アイソトープ総合センターのHP・「児玉龍彦氏参議院予算委員会提出資料」(https://www.ric.u-tokyo.ac.jp/topics/2020/ig-20200716_1.pdf)、2020年7月16日を参照。

[25] 周牧之《这个“神器”能绝杀新冠病毒》中国網(China.com.cn),2020年2月18日(http://opinion.china.com.cn/opinion_84_217684.html)。同レポートの英語版:Zhou Muzhi, “Ozone: a powerful weapon to combat COVID-19 outbreak” In China.org.cn, 26 February 2020(http://www.china.org.cn/opinion/2020-02/26/content_75747237.htm)。同レポートの日本語版:周牧之「オゾンパワーで新型コロナウイルス撲滅を」、In Japanese.China.org.cn、2020年3月19日(http://japanese.china.org.cn/business/txt/2020-03/19/content_75834590_2.htm)。

[26] これについて詳しくは周牧之「オゾン利用で新型コロナウイルス対策を」、『東京経大学会誌』307号、2020年12月2日を参照。

[27] “The Global Risks Report 2020”,in World Economic Forum HP ,15 Jan 2020 (https://www.weforum.org/reports/the-global-risks-report-2020)。

[28] 中国がSARSから得た経験を法律、条例、総体応急預案に反映させ、対策のマニュアル化、ガイドライン化を進めたのに相反して、アメリカでは5月上旬に米疫病対策センター(CDC)から発表予定だった経済活動再開のための厳格なガイドラインが、トランプ政権から「細かすぎ」だとして却下された。


周牧之「新型コロナパンデミック : ゼロ・COVID-19 感染者政策Vs ウイズ・COVID-19 政策」、『東京経大学会誌』309号、2021年2月3日

【論文】オゾン利用で新型コロナウイルス対策を


Ozone: a powerful weapon to combat COVID-19 outbreak

周牧之 東京経済大学教授
ZHOU Muzhi Professor of Tokyo Keizai University


 2019年12月から、中国の南で重症急性呼吸器症候群(SARS)に似た感染症の流行が取り沙汰されるようになった。湖北省では年明けて2020年1月23日、同感染症を封じ込めるため省都の武漢を始め3都市がロックダウン(都市封鎖)された。その後、湖北省のほぼ全域がロックダウンとなり、中国全土においても多くの都市が封鎖された。中国国務院は2月8日、記者会見で同感染症を「新型コロナウイルス肺炎(NCP:Novel coronavirus pneumonia)と称した。2月11日には、WHOが同感染症をCOVID-19と命名した。

 筆者は1月中旬から新型コロナウイルス対策の打つ手となるオゾン研究に取り組んだ。2月18日に这个“神器”能绝杀新冠病毒をテーマとしたレポート(以下「2月周レポート」と略称する)を発表[1]、オゾンの謎を解き明かして疫病流行の収束メカニズムを探り、新型コロナウイルス対策にオゾンを利用するよう提唱した。中国の大手ネットメディアである中国網での「2月周レポート」の発表は、瞬く間に多くのメディアに転載され、新型コロナウイルス対策におけるオゾン利用に一役買うこととなった。「2月周レポート」の発表は3月11日のWHOによるパンデミック宣言より3週間早かった。

 2月26日には「2月周レポート」の英語版がOzone: a powerful weapon to combat COVID-19 outbreakのテーマで中国網英語版(China.org.cn)にて発表された[2]。そしてその日本語版も3月19日、オゾンパワーで新型コロナウイルス撲滅をと題して中国網日本語版(チャイナネット)で公表された[3]

 「2月周レポート」はメディアの性質上、注釈などの制限があったため、本論文では、この「2月周レポート」をベースに注釈を加え、最新情報をアップデートし、同レポートの仮説をさらに掘り下げて検証する。

1.地球における命の守護神

 新型コロナウイルスが武漢で爆発的に発生して以来、筆者は中国の遠大科技集団(BROAD Group)総裁、張躍氏とオゾンを利用した殺菌消毒について議論を重ねてきた[4]。張躍氏はオゾン利用による殺菌消毒を提唱する先駆者の一人である。しかし世間の反響はこれまで芳しくなかった。筆者も、オゾン利用に関する国内外専門家へのヒヤリングや関連資料の調査を通じて、オゾンについての人々の警戒心を強く感じた。オゾンに関する誤解を取り除き、コロナ禍という緊急事態に、オゾンの積極利用を進めて事態の打開をはかるため、オゾンの極めて解りにくい特性に関して、総合的な整理を試みた。

 地球大気圏約0~10数kmの最低層は対流圏と呼ばれ、そこでの温度と高度の関係は上冷下熱である。対流圏の上部には約10数~50kmの成層圏がある。成層圏では温度と高度との関係が対流圏と相反して上熱下冷である。濃度約10~20ppmのオゾン層はこの成層圏にある。

 オゾン層は地球上の生命にとっては掛け替えのない存在である。紫外線の地球上生物に危害を加える部分を、オゾン層は吸収する[5]。よって、有害な紫外線による生物細胞の遺伝子の破壊を、オゾン層は押し止め、地球上の生命に生存条件を与えている。

 オゾン層の濃度が現在のレベルに達した時期と、地球上の生命が海から上陸した時期はほぼ一致している[6]。言い換えれば、オゾン層がまだ希薄な時期、有害な紫外線を避けるため生命は海の中に潜伏せざるを得なかった。オゾン層の濃度の向上を待ってようやく陸に上がることができた。

 オゾン層の保護がなければ、地球上には微生物一つすら存在不可能であったということになる。もちろん今日の豊かな生命の繁栄もあり得なかった。

 しかし、人類の産業活動によって大量に排出されたフロンガスや揮発性有機化合物(VOC:Volatile Organic Compounds)などが、オゾン層を破壊し[7]、人類の免疫システムを弱め、皮膚ガンや白内障などの発病率を高める被害を及ぼした[8]。オゾンホールは地球温暖化と並び、いまや地球環境問題となっている[9]。オゾン層の破壊問題は同時に、オゾンが一般大衆の視野に入るきっかけともなった。

 オゾン層はその地球生物を保護する性質に鑑み、“アース・ガーディアン”と呼ばれる。

 オゾンは、三つの酸素原子から構成され、酸素の同素体であり、特殊な匂いがする[10]。オゾンは主に太陽の紫外線が酸素分子を二つの酸素原子に分裂させ、その酸素原子がさらに酸素と結合することで作られている。

 紫外線によって作られたオゾンは、高濃度のオゾン層となり天然のバリアとして、地球上の生物を太陽光にある有害な紫外線の攻撃から守り、地球生命の繁栄をもたらしている。実に面白い関係である。

2.天上のGood Ozone,地上のBad Ozone

 オゾンは高い空の成層圏にあるだけではなく、対流圏たる我々の周囲にも存在している。酸素分子は低空で多く、高空では少ない。これに対して、酸素原子は低空で少なく、高空に多い。ゆえに、酸素分子と酸素原子がともにある成層圏に、オゾン層が高濃度で作られている。相反して地面と、オゾン層より高い場所のオゾン濃度は薄い。つまり、大気中のオゾン濃度は地面から約10kmのところより高くなり、成層圏のオゾン層で最大値となる。さらにその上空に行くと、オゾン濃度はまた急激に下がる。

 対流層のオゾン濃度は一般的に0.02〜0.1ppmである。この自然界のオゾン濃度は人類を含む大型生物には無害である。しかし、高い濃度のオゾンは人に不快感を与え、目や呼吸器官などの粘膜組織を刺激することもある。よって、アメリカ食品医薬品局(FDA)は室内環境基準のオゾン最大濃度を0.05ppmに規定している[11]。日本産業衛生学会は産業環境基準のオゾン許容濃度を0.1ppmと規定する[12]。中国衛生部(省)もオゾンの安全濃度を0.1ppmと規定している[13]

 以上のように高濃度オゾンに対する警戒感は元よりあった。加えてオゾンの悪名を轟かせたのは、光化学スモッグ汚染である。光化学スモッグは、目や呼吸器官の粘膜組織に刺激を与え、目の痛み、頭痛、咳、喘息などの健康被害を引き起こす。また植物の成長を抑制し農作物の減産をもたらす。酸性雨の原因ともなっている。

 光化学スモッグの中には一次汚染物質と二次汚染物質が混在する。一次汚染物質とは窒素酸化物 (NOx)や揮発性有機化合物(VOC)などである。一次汚染物質に紫外線が照射されることによって「二次汚染物質」にされたオゾンが発生する。光化学スモッグにおけるオゾン成分は80〜90%までにも達するが故に、光化学スモッグ汚染イコールオゾン汚染だ、と世間は捉えがちである。

    産業革命以来、大量のNOx排出により対流圏のオゾンが増加した[14]。過去100年、対流圏のオゾン全量は4倍になった[15]。とくに近年、中国を始めとする東アジアでの急速な工業化と都市化に伴い、NOxなど光化学スモッグ生成物質排出量は激増し、対流圏のオゾン増加傾向を加速させている。

 対流圏のオゾン量は成層圏の10分の1に過ぎないが、二酸化炭素(CO2)、メタン(CH4)に次ぐ第3の地球温暖化ガスとなっている。温暖化ガスになったことで、オゾンのイメージはさらに悪化した。

 こうした様々な理由により、世間では“対流圏のオゾンは生物に有害な汚染物質である”との認識が広がった。ゆえにオゾンは“天上のGood Ozone,地上のBad Ozone”とも言われている。日本では対流圏オゾンの地球規模の越境汚染に対するモニタリングが、重要な課題となっている。

 本論文で明確にしたいのは、光化学スモッグのオゾン濃度が、対流圏の自然界での正常な濃度ではなく、人的活動の汚染排出でもたらされた非自然的な高濃度であることだ。さらに光化学スモッグのオゾンにはNOxやVOCなど有害物質が多く含まれている。これもまた自然界の澄み切ったオゾンとは全く異なっている。

 オゾン濃度は季節と地域によって高低の差異が生じるが[16]、一般的には対流圏自然界のオゾンが人体に害を及ぼすことはない。自然界のオゾンは無害であるばかりかむしろ有益である。例えば雷の高圧放電では、空気中の酸素を分裂させ、オゾンを作る。高濃度のオゾンは空気を浄化するために、雷の後、往々にして空気はより清々しいものとなる。また、晴天の海岸や森林はオゾンの濃度が高いため空気は一層清らかである。自然界のオゾンと光化学スモッグとの違いを区別しなければならない。

 対流圏のオゾンも、人類生存の守護神である。ただ我々は長い間その恩恵に対する研究と認識を欠いていた。

 対流圏自然界のオゾン濃度は、大型生物に無害であるものの、微生物にとってはスーパーキラーとなる。強い酸化力を持つオゾンは、自然界の微生物の繁殖を抑制し、地球生態バランスを保ってきた。しかし、これまで地球という生命体の中で微生物を抑制するオゾンの役割は十分には重視されてこなかった[17]

 その理由の一つは、一般的に低濃度のオゾンには殺菌作用があまり無いと考えられてきたからである。しかし、実際は、一定の暴露時間をかければ極めて低濃度のオゾンも十分な殺菌消毒力を持つことが確認できている[18]

 低濃度オゾンによる殺菌消毒効果の認識に基づき、筆者は、「自然界の低濃度オゾンが地球上の細菌やウイルスといった微生物の過度な繁殖と拡散を防いできた」と仮説する(以下「仮説1」と略称する)。

 オゾンはまた、自然界においては有害有機物を分解する。さらに、オゾンは動植物に季節の変化を知らせるシグナルであるとも考えられる。

 オゾンのこうした大切な役割から見ると、成層圏のオゾンはもちろん、対流圏のオゾンが無ければ、地球は人類の生存さえあり得ない環境であった。

 実際、オゾンは“天上のGood Ozone,地上のGood Ozone”である。人類がもたらした汚染廃棄物こそが、地上のオゾンを“Bad Ozone”に仕立て上げたのである。

3.“神の手”の仮説:オゾンは疫病を駆逐する?

 2002年冬から2003年春にかけて、SARSの大流行が社会的な大パニックを引き起こした。しかし2003年の5月〜6月になるとSARSは消え去った。

 SARSだけではなく、インフルエンザなど飛沫感染のウイルスのほとんどが秋冬に爆発し、春夏には消滅する。季節ごとにハッキリとした消長パターンが見られる。まさに見えざる“神の手”がこれらの病毒を駆逐しているが如くである。

 世界中の研究者の多くがこれまでウイルスと温度、或いはウイルスと湿度との相関関係を追ってきた[19]。しかし、これらの研究では、ウイルスと気温変化との関係が未だはっきり説明できていない。インフルエンザを例に取れば、一般的に、低温、低湿の環境ではウイルスが比較的長時間活性を保ち、温度と湿度の上昇に従いその活性が抑制されると考えられている。しかし、実験では、湿度を上げることによってインフルエンザウイルスの消滅度が上がったことが確認できた[20]。自然界での温度変化の幅はインフルエンザのウイルスにはあまり影響がなかった。実際、赤道付近では気温が最高であるにもかかわらず、インフルエンザウイルスがむしろ年中蔓延している[21]

 筆者は、上記「自然界の低濃度オゾンが地球上の細菌やウイルスといった微生物の過度な繁殖と拡散を防いできた」との「仮説1」に基づき、さらに「2月周レポート」では「酸化力を持つオゾンこそが、真の“神の手”である」と仮説を立てた(以下「仮説2」と略称する)。

 オゾン濃度は季節により変化する特性を持つ。しかも秋冬が低く、春夏に高い。気象庁のオゾン観測情報によると、オゾン全量[22]は2月から5月の間に、札幌、筑波、鹿児島、那覇と、北から南まで順にピークを迎える。北へ行けば行くほどそのピークの時期は早く訪れる。南ではピークが遅くなる[23]

 地域によってオゾンの濃度も違っている。同じ気象庁の観測情報によるとオゾン全量ピーク時の濃度は北へ行けば行くほど高い。逆に、南では濃度が低くなる。オゾン全量は緯度の変化でその分布も明らかに変化している。赤道近くではオゾン量が最も少なく、南北両半球とも中・高緯度域で多く、緯度60°付近の北方地域で最も多い。また、オゾン量は中緯度では北半球が南半球に比べて多く、とくに日本上空は多い[24]

 本来、紫外線が強いほど酸素分子の分解スピードは早い。赤道付近は太陽の照射が最大であり、オゾンは最も産出し易いはずである。しかし、オゾン濃度の変化をもたらす要素は多く、そのメカニズムも極めて複雑である。紫外線が強いほどオゾンは作り易くなると同時に、オゾン自体の分解も進む。また、オゾンの分解スピードは温度とも関係がある。温度が高いほどその分解スピードは早まる[25]。さらに、地球規模の大気環流も無視できない。その土地で作られたオゾンが他地域に運ばれることもあり得る。

 対流圏オゾンの大半は成層圏のオゾン層から来ている。同時に植物の光合作用が生むオゾンの量や、雷で作られるオゾン量、人類の産業活動が排出するNOxとVOCの量、そして火山噴火によるオゾン破壊なども対流圏のオゾン濃度に影響を与える。

 要するに、酸素分子と原子の奇妙な集合離散によって左右されるオゾン濃度は、秋冬が低く春夏に高いリズムを持つ。また、温度が高いほど、オゾンの分解速度は早まる。さらに、湿度も重要で、湿度はオゾンのウイルスを不活化するパワーを高める。乾燥状態ではオゾンのウイルス不活化力は劇的に落ちる[26]

 よって筆者は大胆に「オゾンこそが、真の“神の手”である」「仮説2」を立てた。つまり季節が冬から暖かくなるにつれ、オゾン濃度は高まり、空気の湿度も増すと同時に、オゾンは“神の手”となって疫病を駆逐する。

 さらにこの仮説を厳密に説き明かすと、ウイルスを抑える主力は季節変化の中で高まるオゾンであり、上昇する温度と湿度はこれの威力をさらに高める。オゾン、温度、湿度の三者は相まってウイルスという病魔を駆逐する。勿論、紫外線も微生物の一大キラーであり、室外の細菌病毒を死滅させる重要なファクターである。

 新型コロナウイルスの大流行によるパンデミックはいつ収束するのか。これがいま、世界の最大の関心事となっている。経済活動の復興や、社会の緊張緩和はこれにかかっている。もし、「仮説2」が成立すれば、今回の新型コロナウイルスもSARSやインフルエンザと同様、季節の変化によるオゾン濃度の向上によって消え去ると、「2月周レポート」は希望的観測をした。

 しかし、夏が過ぎたいまも、新型コロナウイルスは未だ我々を苦しめ続けている。これは恐らく、新型コロナウイルスがSARSと比べ、オゾン濃度が上がる前に地球規模に蔓延したことと関係しているのではないか。但し、実際中国や日本の状況で見ると夏に入ってから新型コロナウイルスの猛威は大分衰えた。自然界のオゾン濃度の高まりが一役買ったことは間違いないだろう。

 「2月周レポート」では、大胆な仮説は精密な立証を必要とするとして、上記の仮説に対して学者、専門家に様々な角度から検証及び批評を呼びかけた。

4.有人空間でのオゾン利用へ

 オゾンは自然界の病毒の駆逐者であるばかりでなく、近代以来、人類にもその強い酸化力を活かし、消毒、殺菌、除臭、解毒、漂白などの分野で広く活用されてきた。

 オゾンは、今回の地球規模でのコロナウイルスとの戦いの中でも活かされるべきである。しかもオゾンには以下の三つの特性がある。

 ①死角無く充満:オゾン発生機などから作られたオゾンは、室内に充満し、空間のすべてに行き届く。その消毒殺菌の死角は無い。これに対して、紫外線殺菌は直射であるため死角が生じる。

 ②有害残留物が無い:オゾンはその酸化力を持って細菌と病毒を消滅させる。有害の残留物は残さない。相反して現在広く使用されている化学消毒剤は人体そのものに有害であるばかりでなく、有害残留物による二次汚染も引き起こす。中国での疫病対策の中で、すでに消毒剤の濫用による深刻な問題がもたらされた。

 ③利便性:オゾンの生成原理は簡易で、オゾン生産装置の製造は難しくない。また、オゾン発生機のサイズは大小様々あり、個室にも大型空間にも対応できる。設置が簡単なためバス、鉄道、船舶、航空機などにも設置が可能である。

 オゾンの殺菌消毒効果は、オゾン自体の濃度だけでなく環境の温度、湿度そして暴露時間とも関係する。さらに、ウイルスの種類とも一定の関係を持つ。

新型コロナウイルスに有効か否かについては、「2月周レポート」の時点では、直接の実験は未だ無いものの、下記の類似の実験で推測した。

 2003年、北京工業大学教授で中国オゾン産業連合会技術委員会の専門家、李澤琳教授が中国国家P3実験室で行ったオゾンによるSARSウイルスの不活化実験結果によると、オゾンはSARSウイルスに対して強い不活化効果があり、総合死滅率が99.22%に達した(以下「李実験」と略称する)[27]。今回の新型コロナウイルスは、SARSウイルスと同様にコロナウイルスに属している。新型コロナウイルスのゲノム序列の80%はSARSウイルスと一致しているという[28]。よって、「2月周レポート」ではオゾンが新型コロナウイルスに対しても相当の除染力を持つことが推理できた。

 自然界でのオゾンの殺菌消毒パワーに関する上記の仮説や、「李実験」の結果などを踏まえ、「2月周レポート」は、「自然界と同じレベルの低濃度のオゾンであっても新型コロナウイルスに対して相当の不活化力を持つ」との仮説を立てた(以下「仮説3」と略称する)。この仮説に基づき、「2月周レポート」では、オゾンは新型コロナウイルスを駆逐し、空気を浄化させ得るとし、広く有人空間で使用するよう提唱した。

 ウイルスに対して、オゾンは非常に優れた除染消毒のパワーを持つが、個人差はあるものの一定の濃度に達した場合に人々に不快感を与え、また、粘膜系統に刺激を与えることもある。そのため、これまで、主に無人の空間で使用されている。これに対して、「仮説3」に基づく低濃度オゾンによる有人環境での利用が、病院、職場、公共空間、公共交通機関、住宅の室内に行き渡れば、ウイルス対策にとって大きな福音になると言えよう。

 コンクリートジャングルの大都市では、そもそもオゾン濃度は低い[29]。人が集まる室内ではなおさらそうである。コロナウイルスが世界的に蔓延している現在、有人空間でのオゾン利用こそ究極の「3密問題」[30]解消対策である。

5.新型コロナウイルス対策におけるオゾン利用と課題

 深刻な病床不足を解消するために、武漢は国の支援で迅速に専門治療設備の整う火神山病院と雷神山病院といった重症患者専門病院を建設し、前者で1,000床、後者で1,600床の病床を確保した。このほかに、武漢は体育館を16カ所の軽症者収容の「方艙病院」へと改装し、素早く1万3,000床の抗菌抗ウイルスレベルの高い病床を提供し、軽症患者の分離収容を実現させた。

 遠大科技集団は火神山病院、雷神山病院、そして方艙病院をはじめ武漢の多くの病院にオゾン発生機能付き空気清浄機を寄付した[31]。特記すべきは、武漢青山方艙病院、武漢楠姆方艙病院に、オゾン発生機能付き空気清浄機を大量に寄付し、病院を開業すると同時に稼働させたことである。体育館などを改装して作られた方艙病院は、大部屋に大勢の患者と医療従事者を集中させているため、院内感染の危険性が極めて高かった。しかし、上記の二つの方艙病院の医療従事者に感染者は出なかった[32]。オゾンが大きな役割を果たしたと思われる。

 新型コロナウイルス感染拡大の初期、同ウイルスの性質への認識を欠き、マスク、防護服、隔離病棟などの資材不足がこれに重なり、医療従事者は高い感染リスクに晒された。これにより武漢では現場の医療人員の感染による減員状態が大量に起こった。そのために中国全土から大勢の医療従事者が武漢を含む湖北省へ駆けつけた。救援に当たった医療従事者は最終的に4万2,000人に達した。幸いにしてこれら応援医療従事者の中から感染者は出なかった。オゾンによる殺菌作用により院内感染が防げられたことが一役かったと思われる。

 オゾン利用の普及にとって最大の課題は、オゾンに対する正しい理解を広めることである。

 2020年3月8日、遠大科技集団は韓国から、オゾン消毒殺菌機能を持つ空気清浄機付きコロナウイルス対策用救急病院の建設を依頼された。その後、遠大の中国工場で作られた緊急病院は、韓国の現地へ運ばれて組み立てられ、4月6日には使用可能となった。しかし、韓国の現場ではオゾン使用に抵抗が強く、結局空気清浄機に付属のオゾン発生機能をOFFすることとなった。こうしたことから伺えるように、オゾンの活用へのハードルはまだ高く、人々にオゾンの安全性を説明する努力が欠かせない。

 9月1日、東京・上野旅館組合の要請を受けて筆者は、台東区上野区民館にて「武漢に学ぶ 今私たちに出来ること」と題した講演会を行った[33]。ホテルやレストランの経営者に対して、オゾンの知識及び新型コロナウイルス対策における活用の可能性について話した。講演会終了後、45枚のアンケートを回収した。「オゾンについて理解を深められたか」の設問に対して、40人が「はい」と答えた。オゾン利用についても説明努力すれば理解が得られるとの感触が得られた。新型コロナウイルスパンデミックが作り上げた緊迫感はオゾンに関する偏見を払拭し、有人環境でのオゾン利用という新しい技術進路を開拓する好機として捉えられよう。

6.低濃度オゾンで新型コロナウイルス不活化を確認

 「2月周レポート」発表から約3カ月後の2020年5月14日に、公立大学法人奈良県立医科大学は、同大学の矢野寿一教授(微生物感染症学)、笠原敬センター長(感染症センター)とMBTコンソーシアム(感染症部会会員企業:クオールホールディングス株式会社、三友商事株式会社、株式会 社タムラテコ、丸三製薬バイオテック株式会社)との研究グループが、世界で初めてオゾンガス曝露による新型コロナウイルスの不活化を確認した(以下「矢野・笠原実験」と略称する)と公表した[34]

 「矢野・笠原実験」は、「2月周レポート」で出された三つの仮説の前提である「オゾンが新型コロナウイルスを不活化できる」とのエビデンスを提供した。但し、「矢野・笠原実験」に使われたオゾン濃度は、6ppmと1ppmと高く、無人状況でのオゾン利用を想定している。

 「2月周レポート」の発表から半年後の2020年8月26日に、学校法人藤田医科大学は、同大学の村田貴之教授(ウイルス・寄生虫学)らの研究グループが、低濃度(0.05 ppmまたは0.1ppm)のオゾンガスでも新型コロナウイルスに対して除染効果があるということを、世界に先駆けて実験的に明らかにした(以下「村田実験」と略称する)と、リリースした[35]

 「村田実験」は、自然界と同じレベル濃度のオゾンであっても新型コロナウイルスに対して相当の不活化力を持つという「2月周レポート」の「仮説3」にとって貴重なエビデンスである。

 さらに「村田実験」は、湿度が上がれば、オゾンの新型コロナウイルスに対する除染効果が向上する実験結果を出したことから、「2月周論文」の「仮説2」で、湿度の向上がオゾンによるウイルス不活化力を高めるとした説に、新型コロナウイルスでのエビデンスを提供した。 

 こうした貴重なエビデンスが揃ったことは、有人環境でのオゾン利用による新型コロナウイルス対策に、大きな後押しとなった。

7.高精度かつ安価なオゾンセンサーの開発がカギ

 しかし、有人環境でのオゾン利用による新型コロナウイルス対策の、本格利用には、もう一つの決め手が必要である。それは、低いレベルのオゾン濃度をコントロールするセンサーである。

 自然界に近い濃度のオゾンを室内に取り入れる場合、人々に不快感を与えることはない。しかし新型コロナウイルスに一定の不活化力を持ちながら、なお人体に影響を及ぼさないよう室内のオゾンの濃度を、例えば「村田実験」同様の0.05ppm〜0.1ppm[36]のレベルに維持させるのは、困難である。オゾンは極めて不安定な性質を持つために、一定の濃度にコントロールするには常に濃度を高精度に測る必要がある。問題は目下、低い濃度のオゾンを高精度に測定するオゾンセンサーが大変高価なことである[37]。高精度のオゾンセンサーが容易に使えないため、安くて低濃度オゾンをコントロールできる普及型のオゾン発生機は未だ世に出ていない。

 もし安価でオゾン濃度を安全にコントロールできれば、オゾン利用は容易に世間に受け入れられ、有人空間におけるオゾン利用も一気に進むであろう。精度を高く保ちながらなお安価なオゾンセンサーの開発に、喫緊の課題として取り組むべきである。もちろん、新型コロナウイルスの脅威に晒されている今現在、安くて正確なセンサーが無くても、さまざまな工夫でオゾンの室内利用を広めていくことが急務である。

 オゾンと微生物との関係は、地球生命体の絶妙なバランスを表している。もしオゾン層の保護が無ければ、ウイルスや細菌などの微生物は存在しえなかった。他方、オゾンの強い酸化力もウイルスの天敵である。人類は未だオゾンに対する認識が不十分である。筆者はオゾンに対する偏見と過度な警戒心を捨て、オゾンにまつわる数々の謎を解き明かし、オゾンの特性を十分に理解し、活かしていくべきであると考える。とりわけこの新型コロナウイルスとの戦いの中では、オゾンの力を十分に発揮させていくことが急務である。


[1] 周牧之「这个“神器”能绝杀新冠病毒」、中国網(China.com.cn)、2020年2月18日(http://opinion.china.com.cn/opinion_84_217684.html)。

[2] Zhou Muzhi, “Ozone: a powerful weapon to combat COVID-19 outbreak” In China.org.cn, 26 February 2020(http://www.china.org.cn/opinion/2020-02/26/content_75747237.htm)。

[3] 周牧之「オゾンパワーで新型コロナウイルス撲滅を」、In Japanese.China.org.cn、2020年3月19日(http://japanese.china.org.cn/business/txt/2020-03/19/content_75834590_2.htm)。

[4] 張躍氏は1988年に遠大科技集団(BROAD Group)を創業し、同社を世界最大手の非電力エアコンメーカーに育て上げた中国を代表とする企業家。2020年1月中旬から筆者が同氏とオゾンに関する議論をオンラインで日夜重ねてきた。

[5] 紫外線は波長によりUV-A(315~400nm)、UV-B(280~315nm)、UV-C (<280nm)に区分され、特に生物に強い害を与えるUV-Bの大部分とUV-Cのすべてがオゾン層によって吸収される。

[6] いまから約28億年前、地球上に原始的な植物(ランソウ類)が発生し光合成が始まった。光合成により大気中の酸素濃度が増加し、今から約4億年前にオゾン層が形成され、生物は水の保護なしで陸上生活ができるようになった。これについて詳しくは、秋元肇「フロンガスと成層圏オゾン」、日本化学会『化学と教育』、36巻6号、1988年12月20日、pp.554-557を参照。

[7] 「人間活動によって塩素原子や臭素原子を含有するオゾン層破壊物質が排出されているこれらの物質の多くは、非常に安定して反応性がなく、雨や海水にも溶解しないため、大気中の寿命が極めて長く、下層の対流圏大気中に蓄積する(大気中寿命の短いものは一部が大気中に蓄積する)。これらは非常にゆっくりではあるが大気の運動を通じて成層圏に輸送され、そこでオゾン層で遮蔽されない短波長の太陽紫外線によって分解され、反応性の高い物質に変換される。生じた反応性物質が、成層圏オゾンを連鎖反応により破壊する」。「第2部 特定物質等の大気中濃度」、環境省『平成30年度オゾン層等の監視結果に関する年次報告書』、2019年8月、p91より抜粋。

[8] 「一般的に、紫外線は波長が短いほど生物に対する有害作用が大きいが、UV-Cは大気圏上部の酸素分子及び成層圏のオゾンによって完全に吸収されてしまうため、オゾン量が多少減少しても地表面には到達せず、生物に対して問題にはならない。また、UV-A の照射量はオゾン量の変化の影響をほとんど受けない。UV-B については、最近の知見によれば、成層圏オゾンが1%減少した場合、特定の太陽高度角(23度)において、約1.5%増加するという結果が得られている。UV-B は、核酸などの重要な生体物質に損傷をもたらし、皮膚の老化や皮膚がん発症率の増加、さらに白内障発症率の増加、免疫抑制など人の健康に影響を与えるほか、陸域、水圏生態系に悪影響を及ぼすことが懸念される」。「第3部 太陽紫外線の状況」、環境省前掲報告書、p.139より抜粋。

[9] 米カリフォルニア大学ローランド教授とモリーナ博士により1974年、クロロフルオロカーボン(CFC)がオゾン層を破壊すると初めて指摘された。これを機にオゾン層保護の取組が進められ、1985 年には「オゾン層保護のためのウィーン条約」が、1987年には「オゾン層を破壊する物質に関するモントリオール議定書」が採択され、主要なオゾン層破壊物質の生産量・消費量が期限を定めて削減されてきた。2016年にはオゾン層破壊物質でないものの高い温室効果を有する代替フロン(HFC)が、段階的削減の対象物質に追加される改正が合意された。改正議定書は 2019年1月1日に発効した。オゾン層保護対策に関する国際的取り組みの経緯について詳しくは、「第4部 巻末資料 1-3. 国際的なオゾン層保護対策」、環境省前掲報告書、pp.188-192を参照。

[10] オゾン( ozone)は、3つの酸素原子からなる酸素の同素体で、分子式はO3。沸点は−111.9℃で、酸化力が強く、常温では特有の臭いを持つ無色の気体である。

[11] FDA以外にも、アメリカ政府は、オゾン暴露の基準または推奨濃度を定めている。アメリカ連邦環境保護庁(USEPA)のホームページに各基準をまとめた表が掲載されている。これについて詳しくは、「Ozone Generators that are Sold as Air Cleaners」、アメリカ連邦環境保護庁(USEPA)HP(https://www.epa.gov/indoor-air-quality-iaq/ozone-generators-are-sold-air-cleaners、最終閲覧日:2020年9月7日)を参照。

[12] オゾン許容濃度の勧告年度は1963年と古く、以来改定されていない。詳しくは、「許容濃度等の勧告」、日本産業衛生学会『産業衛生学雑誌』、61巻5号、2019年5月12日、p.172を参照。

[13] 中国国家衛生部(省)『臭氧発生器安全与衛生標准』、2011年12月30日。

[14] 産業革命以来の対流圏オゾンの増加は、特に南半球に比べて北半球の方が遙かに大きく、対流圏オゾンは北半球ではCH4を凌駕する第2の温室効果気体と成り得るまで増加してきたと報告されている。これについて詳しくは、秋元肇「気候変化と大気環境」、大気環境学会『大気環境学会誌』、44巻6号、2009年12月10日、p.398を参照。

[15] 過去100年間のうちにオゾン濃度が約10 ppbvから、約45ppbvまで増加しているとの報告がある。詳しくは、Alain Marenco, Hervé Gouget, Philippe Nédélec, Jean-Pierre Pagés, Fernand Karcher,“Evidence of a long-term in- crease in tropospheric ozone from Pic du Midi data series: Consequences: Positive radiative forcing”, in Journal of Geophysical Research , Vol.99, 20 Aug 1994, pp.16617-16632を参照。

[16] 太陽紫外線照射の変化やオゾンの大気中輸送メカニズムなどが原因で、緯度・経度や季節によってオゾン量は違う。これについて詳しくは、 環境省前掲報告書「第1部 オゾン層の状況」、pp9-13を参照。

[17] 対流圏自然界のオゾンに関してその役割をポジティブに捉える学術論文や論説は希少である。学術的ではないがエコデザイン株式会社HP(https://www.ecodesign-labo.jp/ozone/ozone/、最終閲覧日:2020年9月6日)に対流圏オゾンに関するポジティブな解説があり貴重である。

[18] 0.025ppm低濃度オゾン暴露によって、浮遊ウイルスの除去効果が認められた報告がある。これについて詳しくは、中室克彦、岡上晃、津田浩司「小型低濃度オゾン発生器による浮遊ウイルスの除去効果」、日本医療・環境オゾン学会『日本医療・環境オゾン学会会報』、22巻3号、2015年8月、pp.73-77を参照。また、ホウレンソウ、レタス、イチゴなどの野菜について、低濃度オゾンによる殺菌・防カビ効果が報告されている。これについて詳しくは、池田彰、河相好孝、江崎謙治、中山繁樹「低濃度オゾンによる低温貯蔵時の野菜の殺菌」、日本生物環境工学会『植物工場学会誌』、10巻4号、1998年12月1日、pp.237-242を参照。

[19] インフルエンザウイルスの流行と季節の関係は相対湿度よりも絶対湿度が相関するとの報告がある。詳しくは、庄司眞「季節とインフルエンザの流行」、国立保健医療科学院『公衆衛生研究』、Vol.48(4)、1999年12月、pp.282-290を参照。また、インフルエンザウイルスの感染率や生存率についての実験結果から、絶対湿度が低いとき、インフルエンザウイルスの生存期間は延長し、感染率が上昇するとの報告もある。詳しくは、Jeffrey Shaman, Melvin Kohn,“Absolute humidity modulates influenza survival, transmission, and seasonality”, in Proc Natl Acad Sci USA, Vol.106, 10 Mar 2009, pp.3243-3248を参照。

[20] オゾンは湿度の影響を受けやすく、低湿度環境下で除染効果率(除染能)が低下するとの報告がある。詳しくは、Miei Sakurai, Ryoji Takahashi, Sakae Fukunaga, Shigefumi Shiomi, Koji Kazuma, Hideharu Shintani,“Several Factors Affecting Ozone Gas Sterilization”,in Biocontrol Science, Vol.8(2), 10 Jun 2003, pp.69-76を参照。

[21] インフルエンザは「北半球では12-3月、南半球では6-9月頃に流行がピークとなる。赤道周辺では明瞭なピークを形成せず、通年性に発生する」、川名明彦「インフルエンザ(季節性)」(2019年7月23日)、日本感染症学会HP(http://www.kansensho.or.jp/ref/d04.html、最終閲覧日:2020年9月6日)。

[22] オゾン全量とは、地表から大気上端までの鉛直気柱に含まれるすべてのオゾンを積算した総量のことで、単位のm atm-cm(ミリアトムセンチメートル)は、その総量を仮に0℃、1気圧の地表に集めたときの厚さを表す。

[23] 気象庁オゾン観測点のデータについて詳しくは、「オゾン層に関するデータ」、気象庁HP(https://www.data.jma.go.jp/gmd/env/ozonehp/info_ozone.html、最終閲覧日:2020年9月7日)を参照。

[24] オゾン量の地球規模の分布について詳しくは、「第1部 オゾン層の状況」、環境省前掲報告書、p.11を参照。

[25] オゾンの半減期は、温度の他に、相対湿度、気流にも依存すると報告されている。詳しくは、「気体オゾンの自己分解速度実測値」、関西オゾン技術研究会『技術ノート』、No.17、2012年7月8日、pp.1-4を参照。

[26] オゾンガスを用いた室内環境除染について、相対湿度の上昇に伴い殺滅対象となるウイルスの死滅率が高まるという報告がある。詳しくは、佐藤浩、渡辺洋二、宮田博規「オゾンによる実験動物ウイルスの不活化」、日本実験動物学会『Experimental Animals』39巻2号、1990年4月1日、pp.223-229を参照。

[27] 李澤琳教授が行ったオゾンによるSARSウイルスの不活化実験について詳しくは、『北京日報』、2003年11月6日付記事を参照。

[28]「新型コロナウイルスの遺伝子はSARSコロナウイルスの遺伝子と相同性が高い(約80%程度)」、松浦善治、神谷亘「新型コロナウイルス感染症について」(2020年2月10日)、日本ウイルス学会HP(http://jsv.umin.jp/news/news200210.html、最終閲覧日:2020年9月6日)。

[29] オゾン濃度は季節性があり、また、高度、気象、観測点近くの地形によって大きく左右されることが報告されている。マウナロワ(ハワイ)、アロサ(スイス)、ロンドン、東京のオゾン濃度比較を行い、マウナロワやアロサに比べ、ロンドン、東京のオゾン濃度が低いことを示した調査報告がある。なお、都市部においては、自動車排気ガスのなどの影響により局部的にオゾン濃度が高い地域が発生する。これについて詳しくは、川村清「大気オゾンの生成機構, 地表面のオゾン濃度とその測定方法」、日本ゴム協会『日本ゴム協会誌』、40巻4号、1967年4月15日、pp.262-269を参照。

[30] 「3つの密(3密)」とは2020年3月、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大期に集団感染防止のため厚生労働省クラスター対策班が掲げた標語。密閉・密集・密接を避けることを、日本政府は新型コロナウイルス感染拡大の予防策として掲げた。

[31] 武漢青山方艙病院と武漢楠姆方艙病院に、寄付および購入された遠大科技集団のオゾン発生機能付き空気清浄機は合わせてTB100(オゾン発生能力1g/h/台)が22台、TA2000(オゾン発生能力7g/h/台)が35台、TD5000(オゾン発生能力14g/h/台)が12台であった。

[32] 遠大科技集団の担当責任者へのヒアリングによる。

[33] 上野旅館組合の渡辺定利組合長は、コロナ禍でホテル業界が集客困難という大打撃を受けている中で、オゾンによる新型コロナウイルス対策に活路を見出したいとして筆者に協力を求めた。2020年9月1日の講演会はこの流れの一環として開催された。講演会の様子は同9月20日『台東区民新聞』1面参照。その後ホテル業界関係者へのオゾン普及の講演会は3度に渡って開かれた。

[34] 「矢野・笠原実験」について詳しくは、奈良県立医科大学プレスリリース(http://www.naramed-u.ac.jp/university/kenkyu-sangakukan/oshirase/r2nendo/documents/press_2.pdf 、最終閲覧日:2020年9月6日)を参照。

[35] 「村田実験」について詳しくは、奈良県立医科大学プレスリリース(https://www.fujita-hu.ac.jp/news/j93sdv0000007394.html、最終閲覧日:2020年9月6日)を参照。

[36] 「村田実験」がオゾンの濃度を0.05ppm〜0.1ppmとしたのは、恐らく日本産業衛生学会が産業環境基準のオゾン許容濃度を0.1ppmと規定しているのを意識してのことであろう。Withコロナ時代に鑑み、オゾンの新型コロナウイルスに対する不活化力を一層高めるため、こうした基準もある程度緩和することが肝要であろう。

[37] アメリカの2B Technologies社のオゾンセンサーは精度が高いものの、高価である。例えば、同社製品の紫外線吸収式オゾンモニターPOM、紫外線吸収式オゾン計 Model 106-Hの日本販売価格は、各々1,120,000 円と960,000 円である。オゾン利用の普及には適さない価格となっている。


周牧之「オゾン利用で新型コロナウイルス対策を」、『東京経大学会誌 経済学』 307号、2020年12月2日

【メインレポート】大都市圏発展戦略

『環境・社会・経済 中国都市ランキング2018 〈中国都市総合発展指標〉』掲載

周牧之 東京経済大学教授

1. 21世紀の中国経済発展と都市化


(1)二大エンジンで大発展を促進

 中国40年の改革開放は、WTO加盟を境に概ね2つの段階に分けることができる。第一段階は、一方で計画経済から市場経済への制度改革に取り組み、その一方で国際市場への輸出に努めた。だが、中国製品には西側諸国による高い関税の壁が立ちはだかっていた。

 長年の交渉を経て2001年、中国はWTO加盟でついに国際自由貿易体制に入った。国際市場の門戸が中国に向かって大きく開かれた。世界自由貿易体制への参入許可が中国で巨大なエネルギーを生み出した。中国は一瞬にして「世界の工場」となり、世界No.1の輸出大国に躍進した[1]

 WTO加盟までの改革開放第一段階では、中国経済の歩みは困難を極めた。しかし、WTO加盟を機に、中国は一気に大発展の第二段階へ踏み出した。力強い輸出工業の発展が、中国経済を飛躍させた一つ目の原動力となった。

図1 主要国家輸出規模拡大の比較(2000-2019年)
出典:国連貿易開発会議(UNCTAD)データより作成。

 WTO加盟までの改革開放第一段階では、中国経済の歩みは困難を極めた。しかし、WTO加盟を機に、中国は一気に大発展の第二段階へ踏み出した。力強い輸出工業の発展が、中国経済を飛躍させた一つ目の原動力となった。

 図1が示す通り、2000年から2019年までに世界の輸出総額は1.9倍に膨れ上がった。主要諸国の内訳は、ドイツの輸出が5,504億米ドルから1兆4,892億米ドルへと2.7倍になった。アメリカの輸出は7,819億米ドルから、1兆6,456億米ドルとおよそ倍額になった。フランス、イギリス、日本はそれぞれ74%、65%、47%アップした。これらの先進工業国と比べ、中国は2000年にはまだ2,492億米ドルだった輸出額が、2019年には10倍規模に当たる2兆4,990億米ドルへと膨張した。成長速度にしても拡張規模にしても他国にはおよびもつかない凄さだった。改革開放が解き放った活力と、WTO加盟とが組み合わさったことで、中国には巨大な国際貿易ボーナスがもたらされた。

 輸出工業の猛烈な発展により、中国沿海地域に著しい都市化の波が押し寄せた。

 21世紀に入り、中国経済大発展をもたらした2つ目の原動力が急激な都市化である[2]。新中国建国以来、長期にわたってアンチ都市化政策を取ってきたため、人口移動を制限する戸籍制度、および都市空間の拡張を制限する土地利用制度が厳格に実行されてきた。これらの政策は長きにわたり人口の都市化率を低く抑え、同時に都市の空間的拡大を厳しく制限した。改革開放初期でも、中国政府はなお都市化に対して保守的な態度を取ってきた。政策的には、まずは農民に村での「郷鎮企業」[3]興しを勧め、これに続いて「小城鎮政策」[4]を推進し、農民の大都市への流入阻止を図った。

 2001年9月、中国国家発展改革委員会と国際協力事業団などの主催の「中国都市化フォーラム—メガロポリス発展戦略」が上海と広州で相次いで開催された[5]。筆者は基調報告で、「都市化が中国現代化の主旋律であり、大都市圏、メガロポリスが中国都市化の重要な戦略として位置づけられるべきである」と提言した[6]

 これで一挙に「都市化」、「都市圏」、「メガロポリス」が世論の注目を浴び、これまで封じ込められていた中国における都市化問題の議論を一気に解き放った。

 その後、一貫して都市化問題は中国の政策議論の焦点となった。2006年に第11次五カ年計画では「メガロポリス発展戦略」が打ち出され[7]、「メガロポリスを都市化の主要形態とする」方針を明確にし、中国の急速な都市化の引き金となった[8]

図2 主要国都市人口推移の比較(2000年−2019年)
出典:国連データより作成。
図3 主要国都市化率変化の比較(2000年−2019年)
出典:国連データより作成。

 その結果、図2が示すように、2000年に4億6,000万人だった中国の都市人口は、2019年になって8億5,641万人にまで押し上げ、ほぼ倍増した。図3が示すように、中国の都市化率も2000年の36.2%から2019年には60.3%にまで膨れ上がった。

図4 主要国実質GDP成長の比較(2000年−2018年)
出典:国連データより作成。

 輸出と都市化の二大エンジンに引っ張られ、中国経済は奇跡的な大発展を遂げた。2019年、中国のGDPは99兆865億人民元(約14兆1,400億米ドル)を超え、1人当たりGDPも1万米ドルを超えた。

 図4に示したように、2000−2018年の間で、アメリカ、イギリスの実質GDPはともに40%拡大した。ドイツ、フランスの経済規模はともに25%、日本は15%拡大した。これに対して、この間、中国の実質GDPは4.8倍にもなった。中国はアメリカに代わり、世界経済発展に貢献する最大の国となっ[9]。中国経済に牽引され、同時期、世界の実質GDPは70%拡大した。

図5 中国経済&都市化の主要指標(2000年−2018年)
注:CO2排出量は2000−2017年のデータである。
出典:国連、国際エネルギーセンター、〈中国都市総合発展指標2018〉データにより作成。

(2)高速発展の粗放性

 図5が示すように、2000年−2017年、中国のアーバンエリア(Urban Area)[10]は93%も拡大した。この間、中国の人口は10%増えたものの、DID (Densely Inhabited District:人口集中地区)[11]人口は20%しか増えなかった。これらのデータは中国のアーバンエリアが急激に膨張したのに対して、高密度人口の集積が大幅に遅れていたことを示している。すなわち、中国ではこの間、人口の都市化が土地の都市化に遠く及ばなかった。

 猛スピードかつ低密度の都市化は、中国における都市発展のスプロール化と経済発展の低効率化を招いた。

図6 主要国のGDP単位当たり二酸化炭素排出量変化の比較(2000年−2017年)
出典:国際エネルギー機関データにより作成。

 中国都市化のこうした問題を二酸化炭素の排出量で分析すると、図6が示すように、2000年−2017年、中国のGDP単位当たり二酸化炭素排出量は29%下がったものの、なおフランスの9倍、イギリスの7.6倍、日本の5.5倍、ドイツの5.2倍、エネルギー大量消費国アメリカの3.7倍であることがわかる。全世界においては2.4倍であることが報告されている。

 さらに注目すべきは、図7が示すように同時期、先進国の1人当たり二酸化炭素排出量は大幅に下がったにもかかわらず[12]、中国人の1人当たり二酸化炭素排出量が逆に2.7倍になったことである。今日、中国の1人当たり二酸化炭素排出量はすでにフランスとイギリスを超え、ドイツと日本の水準に近づいている。

図8 主要国二酸化炭素排出量変化の比較(2000年−2017年)
出典 : 国際エネルギー機関データにより作成。

 図8で明らかなように、2000−2017年、中国の二酸化炭素排出量は約3倍の規模に拡大した。一次エネルギーの石炭への過度な依存と粗放的な発展により中国は、アメリカを超えて世界最大の二酸化炭素排出大国となった。2017年、中国の二酸化炭素排出量はアメリカの1.9倍、日本の8.2倍、ドイツの12.9倍、イギリスの25.8倍、フランスの30.2倍にも達した。

 中国での著しい大気汚染は、中国の人々の健康を蝕むだけではなく、地球温暖化を加速させている。

 人口、そしてGDPに対する二酸化炭素排出量は、産業水準、生活水準およびインフラ水準を反映する。上記の二酸化炭素排出量に関する分析で、中国の際立つ二酸化炭素排出量は、その急速な発展が極めて粗放的であることが明らかになった。中国経済を質の高い発展へとどう転換させるかが、今後中国の都市化の最大の課題となる。産業構造、人口構造、空間構造、そして生活品質の向上を図っていかなければ、中国都市のさらなる発展は成し得ない。

 

2. 中国都市発展の趨勢:集中と分化


 中国の都市発展には今日、集中と分化というトレンドが非常に明確に表れている。各種機能がトップの都市に高度に集中する現象が日増しに突出し、その機能が高度であるほど集中傾向が強い。

 本報告では〈中国都市総合発展指標2018〉を用いて、12の重要指標で集中度について分析し、中国都市における集中と分化のトレンドを検証した。

図9 GDPランキングトップ30都市

(1)GDPランキングトップ30都市

 図9が示すように、中国298地級市以上の都市のGDPランキングで、トップ10位都市は、上から順番に上海、北京、深圳、広州、重慶、天津、蘇州、成都、武漢、杭州であり、このトップ10都市のGDP総額が全国のそれに占める割合は、23.6%である。さらに同ランキングトップ30都市のGDP総額の全国に占める割合は、43.5%にも達している。

 トップ10%の都市は全国の4割以上のGDPをつくり出し、中国経済発展がGDPランキングトップ30都市に高度に依存していることは明らかである。

 GDPにおけるこうした集中は特定の都市に見られるばかりでなく、地域的にはメガロポリスへの傾斜も顕著である。京津冀、長江デルタ、珠江デルタの三大メガロポリスの全国GDPに占める割合は、8.6%、19.8%、9.0%であり、三大メガロポリスの全国に占めるその割合は37.4%に達している。三大メガロポリスの中国経済発展を牽引する構造は明確である。

図10 DID人口ランキングトップ30都市

(2)DID人口ランキングトップ30都市

 図10が示す通り、中国298地級市以上の都市のDID人口ランキングで、トップ10都市は、上から順に上海、北京、広州、深圳、天津、重慶、成都、武漢、東莞、温州である。トップ10都市のDID総人口が全国のそれに占める割合は、22.8%である。さらに同ランキングトップ30都市のDID総人口は全国の43.2%に上る。つまり、DID人口ランキングのトップ10%の都市に、中国全土の4割超のDID人口が集中している。

 三大メガロポリスで見ると、京津冀、長江デルタ、珠江デルタの三大メガロポリスが全国DID人口に占める比重は各々、7.9%、17.1 %、9.3%に達し、三大メガロポリスの中国全土に占める割合は34.3%と極めて高い。

 中国298地級市以上の都市のGDPとDID人口の相関関係を分析すると、両者の間には高度な相関関係が存在することが分かった。その相関係数は0.93にも達し、いわゆる「完全相関」の関係を示している[13]。しかも、GDPおよびDID人口の両指標ランキングトップ30都市と比較すると、26都市もが重複している(順序不同)。これらの分析結果はGDPにとってのDID人口の重要性を表しており、今後、中国の都市発展については、DID人口の規模と質とを注視すべきであることを示している。

図11 メインボード上場企業ランキングトップ30都市

(3) メインボード上場企業ランキングトップ30都市

 上海、深圳、香港の三大証券取引所のメインボードでの上場企業数ランキングトップ3位の都市は、図11が示すように、上から順に上海、北京、深圳である。この3つの都市の上場企業総数の、全国のそれに占める割合は39.6%に及ぶ。ランキングトップ30都市の上場企業総数となると全国のそれの69.7%にも達する。すなわち今日、上場企業ランキングトップ10%の都市に、全国の上場企業の7割が集中していることになる。

 三大メガロポリスで見ると、京津冀、長江デルタ、珠江デルタの三大メガロポリスが中国の上場企業数に占める割合は、各々15.9%、28%、10.3%に達し、三大メガロポリスの中国全土に占める割合は54.2%と極めて高い。三大メガロポリスに全国の半数以上の上場企業が集中している。

 上場企業が大都市、とりわけ中心都市に高度に集中する傾向は極めて強い。

図12 フォーチュントップ500中国企業ランキングトップ28都市

(4) 「フォーチュントップ500」入り中国企業ランキングトップ28都市

 今から30年前の1989年、「フォーチュントップ500」ランキング内に入った中国企業は僅か3社であった。しかし2018年、中国は105の企業がランクインを果たし、その数はアメリカの126社に迫る第2位であった。特に注目を浴びたのはランキングトップ10に中国企業が3社も入ったことであった。

 図12が示すように、「フォーチュントップ500」にランクインした中国企業は28都市に分布しており、そのうち66.7%が、北京、上海、深圳の3都市に集中している。普通の上場企業に比べ、「フォーチュントップ500」入りの企業は中心都市への集中集約志向がさらに強い。

 三大メガロポリスで見ると、京津冀、長江デルタ、珠江デルタの三大メガロポリスが「フォーチュントップ500」入り中国企業数に占める割合は、各々54.3%、14.3%、11.4%に達し、三大メガロポリスの中国全土に占める割合は80%にも達している。

 メインボード上場企業ランキングトップ30都市と「フォーチュントップ500」中国企業ランキングトップ28都市の分析から見て取れるのは、中国の最優良企業の本社、いわゆる経済中枢管理機能が高度に集中しているのは、北京、上海、深圳に代表される上位の中心都市である。

図13 製造業輻射力ランキングトップ30都市

(5)製造業輻射力ランキングトップ30都市

 図13が示すように、製造業輻射力ランキングトップ10都市は上から順に深圳、上海、東莞、蘇州、仏山、広州、寧波、天津、杭州、廈門である。この10都市は例外なくすべて大型コンテナ港利便性に恵まれている。こうした優位性を背景に、10都市の貨物輸出総額は全国の48.2%を占めている。ランキングトップ30都市の輸出総額はさらに高く、全国の74.9%に達している。つまり中国の今日の製造業輻射力トップ10%の都市が全国の4分の3の貨物輸出を担っている。

 三大メガロポリスで見ると、京津冀、長江デルタ、珠江デルタの三大メガロポリスが中国貨物輸出総額に占める比重は、各々6.2%、32.7%、28.8%に達し、三大メガロポリスの中国全土に占める割合は67.7%と高くなっている。三大メガロポリス、とりわけ長江デルタと珠江デルタが中国輸出工業発展の巨大なエンジンとなっている。

図14 コンテナ港利便性ランキングトップ30都市

(6)コンテナ港利便性[14]ランキングトップ30都市

 図14が示すように、コンテナ港の利便性ランキングトップ10都市は順に、上海、深圳、寧波、広州、青島、天津、廈門、大連、蘇州、営口となっている。この10都市のコンテナ取扱量は全国の82%に達し、ランキングトップ30都市のコンテナ取扱量はさらに高く97.8%を占めている。言い換えれば今日、中国のほとんどのコンテナ取扱が、コンテナ港利便性ランキングトップ10%都市で執り行われている。

 三大メガロポリスで見ると、京津冀、長江デルタ、珠江デルタの三大メガロポリスが中国全土の港湾コンテナ取扱量に占める比重は、各々8.3%、35.2%、26%に達し、三大メガロポリスの中国全土に占める割合は69.5%と高くなっている。三大メガロポリスの優位性は極めて高い。

 本報告では〈中国都市総合発展指標2018〉を用いて、港湾における中国298地級市以上の都市の貨物輸出額とコンテナ港取扱量の相関について分析した。結果、両者の間に極めて高い相関関係があることがわかった。両者の相関係数は0.81と高く、いわゆる「極度に強い相関」関係にある。しかも、製造業輻射力とコンテナ港利便性の両指標ランキングトップ30都市のうち、24都市が重複している(順不同)。これら一切が示しているのは、製造業、特に輸出工業が、優良な港湾条件に高度に依存していることである。今後、中国の製造業、特に輸出工業が港湾条件の整った都市にさらに向かい、高度に集中・集約し続けることが予測できる。 

 工業発展と港湾条件との関係について上記の認識は、中国の工業における立地政策にとって、非常に重要な意義をもつ。中国はこれまで、立地条件を無視し、ほぼすべての都市が工業化を強力に推し進めてきた。都市が工業化の効率を競う今、内陸地域で分散的に推し進められてきた工業化の不合理と低効率とが顕著になってきた。これらの現実を真摯に受け止め、各都市が自らの身の丈にあった産業のあり方を真剣に見直す時期に来ている。

図15 IT産業輻射力ランキングトップ30都市

(7) IT産業輻射力ランキングトップ30都市

 図15が示すように、IT産業輻射力ランキングトップ10都市は順に北京、上海、深圳、成都、杭州、南京、広州、福州、済南、西安で、この10都市のIT産業就業者総数、上海・深圳・香港のメインボード上場IT企業数、中小板上場IT企業数、そして創業板IT上場企業数の全国に占める比重は各々、52.8%、76.1%、60%、81%である。ランキングトップ30都市のIT産業従業者総数、メインボード上場IT企業数、中小板上場IT企業数、そして創業板IT上場企業数の全国に占める比重は各々、68%、94%、78.2%、91.2%である。こうした数字から今日、中国のIT産業が同輻射力ランキングトップの都市に高度に集中集約している状況が明らかである。

 三大メガロポリスで見ると、京津冀、長江デルタ、珠江デルタの三大メガロポリスが中国全土のメインボードIT企業数に占める比重は、各々32.5%、24.8%、14.5%に達し、三大メガロポリスの中国全土に占める割合は71.8%と極めて高い。

 今日、中国の大半の都市がIT産業を重要産業として力を入れ発展への努力を重ねているが、現状ではIT産業は北京、上海、深圳、成都、杭州、南京、広州の7つの中心都市に高度に集中している。IT産業が中心都市に収斂する度合いは製造業が沿海都市に収斂する度合いに比べてなお強くなっている。こうしたことから、IT産業の発展を希求する都市は、IT産業が求める立地条件への事細やかな研究と分析とが欠かせない。

図16 空港利便性ランキングトップ30都市

(8) 空港利便[15]ランキングトップ30都市

 図16が示すように、空港利便性ランキングトップ10都市は順に、上海、北京、広州、深圳、成都、昆明、重慶、杭州、西安、廈門である。この10都市の旅客取扱量と郵便貨物取扱量の全国に占める割合は49.9%、73.5%となっている。ランキングトップ30都市の旅客取扱量と郵便貨物取扱量は、全国に占める量が81.3%と92%と極めて高い。これらの数字は、中国で今日大半の空港運輸が、空港の利便性ランキングトップ10%の都市に高度に集中していることを意味する。

 三大メガロポリスで見ると、京津冀、長江デルタ、珠江デルタの三大メガロポリスが中国全土の空港旅客取扱量に占める比重は、各々11.9%、18.7%、10.9%に達し、三大メガロポリスの中国全土に占める割合は41.5%に上った。

 京津冀、長江デルタ、珠江デルタの三大メガロポリスの中国全土の空港郵便貨物取扱量に占める割合は14.7%、34.6%、18.5%となっており、三大メガロポリスの全土に占める割合はさらに67.8% に達した。

 本報告は〈中国都市総合発展指標2018〉を利用し、中国298地級市以上の都市のIT産業輻射力と空港利便性との相関分析を行った。結果、両者の間には高度な相関関係が見られ、相関係数は0.84と高く、いわゆる「極めて強い相関」関係が示された。ここで注目すべきは、IT産業輻射力と空港利便性との相関関係は、製造業輻射力とコンテナ港利便性との相関関係よりさらに高いことである。

 IT産業輻射力と空港利便性の2つの指標ランキングトップ30都市のうち、21都市が重複している(順不同)。 

 上記の分析が示すのは、交流経済の代表産業たるIT産業の発展が、空港の利便性に高度に依存していることである。今後のIT産業がさらに空港条件の優れた都市に高度に集中集約するであろうことが見て取れる。

図17 高等教育輻射力ランキングトップ30都市

(9) 高等教育輻射力ランキングトップ30都市

 図17が示すように、高等教育輻射力ランキングトップ10都市は順に、北京、上海、武漢、南京、西安、広州、長沙、成都、天津、ハルビンである。この10都市のトップ大学[16]総数、大学在校生総数はそれぞれ全国の69.3%、26.0%となっている。ランキングトップ30都市のトップ大学総数、大学在校生総数は各々全国の92.8%、57.1%となっている。これらの数字は、現在、中国の高等教育資源、特にトップレベルの高等教育資源が、高等教育輻射力ランキングトップの都市に高度に集中している状況を示している。

 三大メガロポリスで見ると、京津冀、長江デルタ、珠江デルタの三大メガロポリスの中国全土のトップ大学数に占める比重は、各々26.8%、20.9%、3.9%に達し、三大メガロポリスの中国全土に占める割合は51.6%に上った。

(10) 科学技術輻射力ランキングトップ30都市

 図18が示すように、科学技術輻射力ランキングトップ10位の都市は上から順に北京、上海、深圳、成都、広州、杭州、西安、天津、蘇州、南京である。この10都市のR&D要員数、特許取得数は全国の36.3%、33.2%である。ランキングトップ30都市のR&D要員数、特許取得数はさらに全国の59.8%、62.6%となっている。中国の科学技術資源が今日、科学技術輻射力ランキングトップの都市に高度に集中する状況は十分明らかである。

 三大メガロポリスで見ると、京津冀、長江デルタ、珠江デルタの三大メガロポリスが中国全土のR&D要員数に占める比重は、各々12.2%、28.5%、12.7%に達し、三大メガロポリスの中国全土に占める割合は53.3%に上った。

 京津冀、長江デルタ、珠江デルタの三大メガロポリスが中国全土の特許取得数に占める比重は、各々10.3%、30.9%、14.4%に達し、三大メガロポリスの中国全土に占める割合は55.6%に上った。

 とりわけ注目に値するのは、R&D要員数の集中度と特許取得数から見ると、科学技術輻射力ランキングトップ30都市にせよ、三大メガロポリスにせよ、これら科学技術資源が集約する都市またはメガロポリスはことごとく、その他の地域と比べて研究開発効率が高く、研究成果の市場化効率も高くなっていることである。

図19 文化・スポーツ・娯楽輻射力ランキングトップ30都市

(11)文化・スポーツ・娯楽輻射力ランキングトップ30都市

 図19が示すように、文化・スポーツ・娯楽輻射力ランキングトップ10位の都市は上から順に、北京、上海、成都、広州、深圳、武漢、杭州、南京、西安、鄭州である。この10都市の興行収入額、観客動員数は各々全国の34%、30.6%を占めている。ランキングトップ30都市の興行収入額、観客動員数は各々全国の57.7%、54.6%を占めている。つまり、トップ10%の都市は、中国全土の興行収入額、観客動員数を半分以上独占している。

 三大メガロポリスで見ると、京津冀、長江デルタ、珠江デルタの三大メガロポリスが中国全土の興行収入額に占める比重は、各々9.6%、23.6%、12.8%に達し、三大メガロポリスの中国全土に占める割合は45.9%に上った。

 京津冀、長江デルタ、珠江デルタの三大メガロポリスが中国全土の観客動員数に占める比重は、各々8.5%、22.8%、11.9%に達し、三大メガロポリスの中国全土に占める割合は43.3%に上った。

 中国では現在、文化・スポーツ・娯楽資源においても、興行収入においても、文化・スポーツ・娯楽輻射力ランキングトップの都市あるいは三大メガロポリスが極めて大きなウエイトを占めている。

図20 飲食・ホテル輻射力ランキングトップ30都市

(12) 飲食・ホテル輻射力ランキングトップ30都市

 図20が示すように、飲食・ホテル輻射力ランキングトップ10都市は上から順に、上海、北京、成都、広州、深圳、杭州、蘇州、三亜、西安、廈門である。この10都市の五つ星ホテル数、国際トップクラスレストラン[17]数は各々全国の35.7%、77.1%を占めている。さらに、同輻射力ランキングトップ30都市の五つ星ホテル数、国際トップクラスレストラン数は各々全国の61.1%、91.8%を占めている。中国のトップクラスのホテルやレストランが同輻射力ランキングトップの都市に高度に集中する状況が十分明らかである。

 三大メガロポリスで見ると、京津冀、長江デルタ、珠江デルタの三大メガロポリスが中国全土の五つ星ホテル数に占める比重は、各々11.4%、29.5%、10.9%に達し、三大メガロポリスの中国全国に占める割合は51.8%に上った。

 京津冀、長江デルタ、珠江デルタの三大メガロポリスが中国全土の国際トップクラスレストラン数に占める比重は、各々20.0%、37.5%、15.4%に達し、三大メガロポリスの中国全土に占める割合は72.9%に上った。

 〈中国都市総合発展指標2018〉を利用し、本報告はIT産業輻射力と飲食・ホテル輻射力との相関分析を行った。結果は、両者の相関係数は0.9と高く、いわゆる「完全相関」関係が示された。交流経済の典型としてのIT産業で、その担い手たちにとって、レストランは紛れもなく彼らの「交流」の場となっている。

 北京、上海、深圳、成都、杭州、南京、広州は、中国のIT産業輻射力ランキングトップ7都市はすべて中国で「美食」に名高い都市である。今日、「美食」は、都市の交流経済発展上、軽視できない「重要な生産力」となっている。

 相反して、製造業輻射力と飲食・ホテル輻射力の相関係数は0.68でしかない。IT産業に比べると、製造業従事者の「美食」に対する感度は低い傾向があるようだ。

図21 主要指標における三大メガロポリスの全国シェア

 以上の分析から見て取れるのは、今日、中国はGDPにおいてもDID人口においても、また国際交流機能や中枢管理機能においても、ことごとく中心都市、メガシティに高度に集中していることである。

 メガロポリスへの集約も進んでいる。図21が示すように、GDPから国際トップクラスレストランに至るまで、様々な指標において三大メガロポリスは大きなウエイトを占めている。

 さらに、注目すべきは、高度先端機能であればあるほど中心都市やメガロポリスに集中集約する現象がはなはだしいことである。今後もこうした趨勢はさらに強まることが予測される。よって、これら各種中心機能を進化させることが中心都市、メガシティ、そしてメガロポリスの経済構造および空間構造の高度化につながるだろう。

3. DIDと中国都市の高品質発展


 都市を都市たらしめている肝心要は、その高い人口密度の規模と質である。

(1) DID人口の重要性

 本報告では、298地級市以上の都市のDID人口指標と〈中国都市総合発展指標2018〉の9つの中項目指標を用いて、相関分析を行なった。

図22 DID人口と〈中国都市総合発展指標〉中項目、小項目指標との相関関係分析

 結果、図22で示したように、DID人口と経済大項目の「都市影響」、「経済品質」そして「発展活力」の3つの中項目指標の相関係数は、各々0.93、0.91、0.91と高く、すべて「完全相関」関係を表していた。DID人口と社会大項目の「伝承・交流」中項目指標の相関係数も0.9と高く、「完全相関」関係であった。これと社会大項目の、「ステータス・ガバナンス」、「生活品質」の両中項目の相関係数は各々0.85と0.83で、「極めて強い相関」関係であった。

 DID人口と環境大項目の「空間構造」中項目の相関係数も0.82に達し、極めて「強い相関」関係を表した。しかし、これと環境大項目の「環境品質」と「自然生態」の相関係数は0.32と0.05で、相関関係は微弱であった。

 DID人口と9つの中項目指標の相関係数の分析から、DID人口と都市の社会経済発展との関係は非常に重要であり、その都市空間構造も深く関係している。相反して、DID人口と都市の「環境品質」および「自然生態」との間の相関関係は、微弱である。これはいわゆる「人口が多い都市ほど生態環境への圧力が強まる」という伝統的な概念を覆す重要な研究発見である。

 DID 人口指標と〈中国都市総合発展指標2018〉との相関関係分析をさらに27の小項目指標まで進めると、DID人口と「文化娯楽」、「イノベーション・起業」、「経済規模」、「広域輻射力」、「経済構造」、「人的交流」、「広域中枢機能」など小項目の間の相関係数が0.93〜0.91と高く、「完全相関」関係となっている。

 DID人口と「生活サービス」、「開放度」、「コンパクトシティ」、「ビジネス環境」など小項目の間の相関係数は0.88〜0.82と高く、「極めて強い相関」関係となっている。 

 DID人口と「都市インフラ」、「消費水準」、「人口資質」、「交通ネットワーク」など小項目の間の相関係数は、0.79〜0.71と高く、「強い相関」関係にある。

 DID人口と「社会マネジメント」、「都市農村共生」、「経済効率」、「資源効率」、「居住環境」など小項目の間の相関係数も、0.68〜0.43と一定の相関関係にある。

 この一連のデータにより、DID人口の、都市の社会経済発展の各側面における役割の重要度が明確になった。

 相反して、DID 人口と「汚染負荷」、「水土賦存」の小項目の間の相関係数は、僅か0.05、−0.07である。これらデータは、DID人口が環境に与える実際の影響がそれほど強烈ではないことを示している。実際、一般的にDID人口規模が大きいほど都市は富裕で、産業構造も比較的高度である。その社会マネジメントの能力と、環境マネジメントの能力も比較的優れていることが多い。よって、これら都市では汚染負荷を軽減し、自然生態を修復する力が強い。

 これと反対に、産業構造が悪い中小都市の場合は、環境マネジメント能力が低く、環境問題が深刻なケースが多い。

 同時に、人口集積自体も、交通、エネルギーなど都市機能の効率を上げるのに有利である。東京大都市圏の単位当たりGDP二酸化炭素排出量が、日本の全国平均の10分の1に抑えられていることが何よりの証拠である。

 しかし中国では、今日に至るまで依然として多くの都市の政策関係者や学者らが、高密度の人口集積が大きな環境負荷になると懸念している。従って中国では大都市、とりわけメガシティの人口規模の拡大には慎重な姿勢を取り続けている。北京を始めとするいくつかの中心都市に至っては近年、都市の人口規模を規制または圧縮しようとしている。

 DID人口と社会経済発展の相関関係は極めて強く、都市の経済と社会発展に非常に重要である。しかし、この点についての十分な認識が、中国では従来から一貫して欠如していた。DID人口が環境や自然生態および社会マネジメントにもたらす負の影響が誇張されてきた。このような長期にわたる間違った認識が中国の都市の健全な発展を阻んできた。人口集積に関するこのような誤った認識を改めるべきである。〈中国都市総合発展指標〉が中国で初めてDID分析を導入した意味は極めて大きい。

(2) ステータス・ガバナンスと過密

 注意すべきは、同じ高密度の都市であっても、その発展の質は、同一ではないということである。肝心なのは「過密」か否かという点である。

 今日、世界で最も人口を多く抱える都市は東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県から成る東京大都市圏である。同大都市圏の人口規模は3,673万人にも達している。東京大都市圏は日本の3%の国土面積に、日本のほぼ3分の1のGDPと輸出、そして60.6%の特許取得数を有している。さらに同大都市圏は世界のメガシティの中で、最も安全かつ平和で環境の質も高い。

 この東京も過去の一時「過密」に苦しめられた。しかし、今や高密度でありながら「過密」ではない都市へと見事に転身した。 

 これに相反して、ブラジルのサンパウロ、インドのムンバイ、ナイジェリアのラゴスに代表される新興諸国のメガシティは、当該国の中心都市ではあるものの、膨大な貧民街を抱え、貧富の差が激しく、深刻な治安問題と環境汚染とに悩まされている。ここで留意しなければならないのは、これら「過密」に陥った都市の人口規模が、東京大都市圏のそれに遠く及ばないことである。

 新興国の大都市には往々にして大都市病が見られる。何が原因であるかは、熟考すべき問題である。中国では、この問題が「人口の過多」、「高密度」に帰結されている。

 だが、実際はそうではない。大都市病は都市マネジメント力の低下によるものである。都市マネジメント力は都市空間計画、基礎インフラ整備、交通やエネルギーの配備、生活のあり方、生態環境マネジメント、文化教育、開放交流、治安管理、富の分配に至る様々な内容を含んでいる。都市マネジメント力の高低が、直接、都市発展の質の優劣を左右する。

 雲河都市研究院の研究によると、ブラジルの悪名高いリオデジャネイロ貧民窟の最高人口密度は1平方キロメートル当たりわずか1.5万人であった。これに対して同じリオデジャネイロのCBD地区の人口密度は1平方キロメートル当たり2.7万人にものぼる。東京都豊島区、中国の北京市西城区と上海市黄浦区、米ニューヨークのマンハッタンの1平方キロメートル当たりの人口密度が、それぞれ2.4万人、3.8万人、5.9万人、10.9万人で、すべてリオデジャネイロの貧民窟の人口密度よりはるかに高い。

図23 都市智力概念図

 しかも、これら超高密度人口を抱える地域は、すべて同メガシティの中で最も富裕なエリアである。こうしたことからわかるように、人口の高密度集積は決して都市の治安や環境の質を悪くする元凶ではない。肝心なのは、都市マネジメント能力を統括する「都市智力」[18]である(図23)。「過密」は、実際は都市智力の欠如をもたらすという残酷な現実の現れである。

 注目すべきは、多くの状況で、高DIDによる集約と規模が大きなメリットを生んでいることである。例えば東京大都市圏の単位当たりGDP二酸化炭素排出量は日本全国平均の10分の1にすぎない。また、多くの高級サービス業と交流経済産業の発展には、一定の規模の高密度人口の下支えが欠かせない。

 都市病は、大都市の専売特許ではない。それが都市である限り、どの都市でも罹患する可能性はある。大都市の「病状」がより人目を引くということだけである。都市病は途上国だけの専売特許でもない。先進国の都市も昔、都市病に悩まされていた。都市マネジメント力の向上によって、東京大都市圏のような成功の典型が現れただけでなく、先進国の大多数の大都市は概ね都市病の症状を大幅に改善してきた。

 相反して、注意されるべきは、先進国にしろ発展途上国にしろ、中小都市の衰退問題が今日、厳しさを増していることである。

 中国では都市問題において、「高密度人口への警戒」、「技術とハードウエアへの盲信」が横行している。これに対して、雲河都市研究院は「都市智力」を掲げ、都市のマネジメント力の向上を通じて、人口集積の利益を最大化し、都市のハイクオリティな発展を求めるよう提唱している。

図24 北京大都市圏のDID比較分析図
図25 東京大都市圏のDID比較分析図

 

4. なぜ都市圏か


 中国国家発展改革委員会は2019年2月19日、「現代化都市圏の育成と発展に関する指導意見」を公表した。そこでは、メガロポリスを新型都市化の主要形態とし、全土の経済成長を支え、地域の協調発展を促し、国際競争と協力を担う重要なプラットフォームとする、と謳っている。ここでいう都市圏とはメガロポリス内部のメガシティ、あるいは輻射機能の強い大都市を中心とし、1時間通勤圏を基本範囲とした都市空間形態である。この指導意見は、中国で都市圏育成政策を打ち出したことを意味している[19]

 なぜ中国はいま、都市圏育成政策を前面に押し出したのだろうか。

 この問題を解き明かすため、本報告は東アジア地域の両大都市圏—北京大都市圏と東京大都市圏との比較分析を実施した。図24、25で示すように北京大都市圏の範囲は、北京市域であるのに対して、東京大都市圏は東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県から成る。

図26 北京大都市圏と東京大都市圏の重要指標データの比較−1

 本報告では両大都市圏の土地面積、常住人口、DID人口、GDP、二酸化炭素排出量などにおいて数値を比較分析した。図26が示すように、北京市域の面積は東京大都市圏より大きく、1.2倍である。これに対して、北京の常住人口とDID人口はいずれも東京大都市圏の60%であった。北京のGDP規模も概ね東京大都市圏の3割で、1人当たりGDPも東京大都市圏の半分でしかない。しかし、北京の単位当たりGDP二酸化炭素排出量は東京大都市圏の4.7倍にものぼっている。その結果、人口規模とGDP規模で東京大都市圏に遠く及ばない北京が、二酸化炭素排出量では東京の1.2倍になっている。

図27 北京大都市圏と東京大都市圏の重要指標データの比較−2
図28 北京大都市圏と東京大都市圏の重要指標データの比較−3

 本報告がとりわけ高い関心をもつ国際交流に関わる指標においては、両大都市圏の差異は特に顕著である。東京大都市圏を来訪する海外旅行客数は北京の5.6倍にも達している。国際会議開催件数に至っては東京大都市圏は北京の1.1倍となっている。また国際トップクラスレストラン、インターナショナルスクール、留学生数、国際トップブランド店舗数については、各々、北京は東京大都市圏の10%、70%、60%、50%にすぎない。

 北京は、〈中国都市総合発展指標2018〉総合ランキングで全国第一位の都市である。しかし、東京大都市圏との国際比較で明らかになったように、北京はこれから空間構造、経済構造、生活モデル、資源利用効率、国際交流など様々な面で、向上や改善を図らなければならない。

 早くも2001年に筆者は、中国が都市圏政策を実施すべきであると提唱し、都市構造の向上を図り、開発区による低密度乱開発を断つべきだと主張した[20]。しかしながら非常に残念なことに、その後中国の都市化は却って開発区の乱立と不動産乱開発の2つの大きな流れに押されることとなった。結果、先に述べた通り、一方で都市の低密度開発が蔓延し、一方でDID人口の増加が緩慢で、いびつな都市化が進んだ。多くの中国都市が不合理な都市構造、不便な生活、低効率の経済に悩まされている。

 新しい段階に入った中国の都市化はいま、高密度人口集約への認識を改めて重視し、DID人口やDIDエリアの量と質を向上させていくべきである。これがおそらく都市圏政策の第1の意義であろう。

 都市圏政策のもう1つの重点は、周辺の中小都市である。

 「大都市の居住機能と産業集積の拡張を受け止める空間が、周辺の中小都市である。だからこそ、大都市周辺の中小都市は大都市圏の重要構成部分なのである。大都市は周辺に対し、機能と集積の分散を不断に行い、大都市病の緩和をはかるとともに、大都市圏の範囲を徐々に拡大していく。中小都市は大都市圏の近郊、遠郊あるいは衛星都市へ役割を発揮することを通して、発展の原動力を獲得する」[21]。中心都市と、周辺の中小都市の相互発展を推し進めることが、疑いなく都市圏政策の重要な目標の1つとなる。

 都市圏が「都市圏」と称される、その要因の1つは、普通の都市にはない高度な中心機能をもっていることにある。これにより、都市圏政策のもう1つの重要な目標が、いかにして中心

機能の輻射力を育成強化するか、となる。例えば行政中心機能、交通中枢機能、金融センター、科学技術イノベーションセンター、そして、高等教育、文化娯楽、飲食ホテル、卸売・小売、医療保険など領域の輻射力も軽視できない。

 ここでとりわけ強調したいのが国際交流プラットフォームとしての中心機能である。グローバリゼーションの時代にあって、国際競争と国際交流は国の命運を握る根幹である。1つの国の国際競争と国際交流の水準は、最終的にはその大都市圏の国際性に現れる。しかも、ITとコンテンツに代表される交流経済の重要性は、不断に高まっており、国際交流プラットフォーム間の競争は熾烈をきわめている。大都市圏にとって、国際交流機能の向上は何よりも重要である。

 

5. 都市圏とは何か


 都市圏に関しては、国によって、また時期によって各種各様の定義がある。特に国によって都市人口密度の差異があることも、都市圏の定義が多様であることの1つの重要な原因となっている[22]。しかしながら都市圏に関する定義は概ね、以下の3つの要素を含んでいる。1つは、通勤圏[23]、2つ目は都市空間の一定の連続性、3つ目は一定の人口密度である。

 2012年、OECD(Organisation for Economic Co-operation and Development:経済協力開発機構)とEU(European Union:欧州連合)は都市圏を、新しく定義した。連続性と人口密度上でヨーロッパ、日本、韓国、メキシコの都市圏は、1平方キロメートルごとに1,500人以上の人口をもつ連続した地域、と定義した。アメリカ、カナダ、オーストラリアの都市圏の場合は1平方キロメートルごとに1,000人以上人口をもつ連続した地域とした[24]。OECD-EUはさらに人口が50万人以上150万人以下の都市圏を大都市圏と定義し、人口150万人以上の都市圏は巨大都市圏(Large Metropolitan Area)と定義している[25]

 しかしOECD-EUのこうした定義は、人口規模であれ密度であれ、大規模な高密度人口都市をもつ中国ひいてはアジアの現実にとって、ふさわしいとはいえない。さらに増え続ける超大都市を中心に発展する世界の大都市圏の現況にもマッチしない。

 これに対して、雲河都市研究院は、衛星リモートセンシングデータ解析による都市人口の規模と密度の定量分析に成功した。本報告ではそれを基礎に、1平方キロメートルごとに10,000人口以上の地域を超DID地域と、1平方キロメートルごとに5,000人口以上の地域をDID地域[26]と、1平方キロメートルごとに2,500人以上5,000人以下の人口の地域を準DID地域と、それぞれ定義した。さらに都市圏の定義を準DID以上の、基本的に連続した地域と定めた。

 本報告ではこの定義の基礎に立ち、中国の都市圏を全面的に整理し、2018年に公表した「中国中心都市指数」を土台にし、「中国中心都市&都市圏発展指数」を研究開発した。これについて本報告では後半で詳述する。

 密度と連続性における都市圏に対する統一的な定義も、大都市圏間の国際比較を可能とした。上述した北京大都市圏と東京大都市圏の比較分析は、すなわちこの定義に基づいて実施したものである。「大都市圏が今日、グローバリゼーション下の国際競争における基本単位である」[27]故に、大都市圏の国際比較が極めて重要である。

 もちろん、もう1つ見落とせないことは、大都市圏の中身である。IT革命の勃興に基づき、グローバリゼーションは深化し、世界経済を主導するエンジンは交替し続ける。大都市圏はその多様性と抱擁力とで、様々に主役が入れ替わる主役の舞台となる。

 現代的な都市圏は、現代的な経済を中身とする必要がある。ゆえに今日、都市圏の発展は「交流経済」を抱え込まなければならない。

 

6. リーディング産業の交替


(1) 交易経済から交流経済へ

 今から30年前、平成が幕を開けた1989年、世界の企業時価総額ランキングトップ10企業のうち、7社が日本企業で占められていた。当時、日本の製造業は世界を席巻する存在となっていた。しかし、トップ10に名を連ねる日本企業は製造業ではなくすべて金融、通信、電力の企業であった。中でも突出していたのは銀行で、その数は5行にのぼり、バブル経済の凄まじさを推し量る現象であった。当時、電子産業発展を主導とするIT革命バージョン1.0がすでに興っていたものの、「電子立国」として世界に名だたる日本でありながら、電子関連企業は1社も同ランキングトップ10に顔を出していなかった。世界の企業時価総額ランキングで首位となったNTTは、電話業務を主体とする通信会社で、営業範囲は基本的に日本国内に限られていた。これに対してアメリカのIBMは大型コンピューター業界の巨人として同ランキングで6位を獲得し、かろうじて当時のIT業界の存在感を示していた。

 1995年、マイクロソフトのWindows95が世界をインターネット時代に引き入れた。その後、製造業サプライチェーンのグローバル化からなる交易経済の大発展と並行して、情報技術の開発や、情報コンテンツの生産と伝播のグローバル化を代表とする交流経済も勃興し始めた。

 30年後、平成が幕を閉じた2019年4月末には、世界の企業時価総額ランキングトップ10企業のうち、7社がネット関連のIT企業であった。今日のインターネット経済の強靭さが見て取れよう。もう1つ注目すべきは、中国の2つのネット関連企業、アリババとテンセントがそれぞれ同ランキングで第7位、第8位となったことである。

図29 グローバル企業時価総額ランキングトップ10企業(1989年vs 2019年)
出典:1989年のデータは、アメリカ経済週刊誌(1989年7月17日号)『THE BUSINESS WEEK GLOBAL 1000』による。2019年のデータは雲河都市研究院が世界の各証券取引所の同年4月末データから作成。

 30年前と比較して、これら世界の企業時価総額ランキングトップ企業の規模は、計り知れないほど大きくなった。図29で示されるように、2019年首位だったマイクロソフトの時価は30年前に首位だったNTTの4倍以上である。2019年第2位はアマゾン、第3位はアップル、第4位はグーグルで、それぞれ30年前第2位の日本興業銀行、第3位の住友銀行、第4位の富士銀行の13.2倍、13.6倍、12.4倍となった。世界を市場とするインターネット企業の資金吸収能力は、30年前の国民国家を市場としていた企業とは比べられないほどの大きさになっている。

 世界経済の重心はいま、交易経済から交流経済へシフトしている。このシフトは、都市における繁栄条件をも変化させている。

 改革開放40年来、中国は主に交易経済、すなわち製造業サプライチェーンにおける国際大分業がもたらした輸出貿易により、高度経済成長を成し遂げた。数多くの沿海都市が勃興し、珠江デルタ、長江デルタ、京津冀の三大メガロポリスを形成した。

 上述したように、全国貨物輸出額の74.9%は製造業輻射力ランキングトップ30位の都市に集中していた。図13で示されるように、これら30都市の大多数が広東省、江蘇省、浙江省、福建省、天津など東部沿海の省で、特に珠江デルタ、長江デルタ、京津冀三大メガロポリスに集中していた。1970年代末には漁村だった深圳が、今や〈中国都市総合発展指標2018〉総合ランキング第3位のメガシティに成長した。

 グローバルサプライチェーンは、中国の沿海都市を大発展させたといっても過言ではない。問題は、交流経済がすでに世界経済を引っ張る主要なエンジンとなった今日、交流経済の繁栄条件をどう認識するかにある。交流経済が求める環境をつくり出せるかどうかが、都市の未来、ひいては国の未来の発展を左右する。

図30 製造業輻射力と主要都市機能との相関関係分析

(2) 製造業vs IT産業

 産業をどう発展させるのかが、都市の行政トップにとって最重要課題の1つであろう。リーディング産業のシフトに伴い、都市機能への要求の変化を捉えるため、本報告では、交易経済の主体としての製造業と、交流経済の象徴としてのIT産業の、都市の主要な機能との相関関係について比較分析した。

 〈中国都市総合発展指標2018〉を利用し、本報告では、まず中国298地級市以上都市の製造業輻射力と都市の主要機能の相関分析を行った。

 図30で示されるように、広域中枢機能から見ると、製造業輻射力とコンテナ港利便性との相関係数は最も高く、0.70で「強い相関関係」であった。同輻射力と鉄道利便性、空港利便性との間の相関係数はそれぞれ0.68、0.57であった。

 開放交流の分野で見ると、製造業輻射力と貨物輸出入との相関関係は最も強く、相関係数は0.90にまで達し「完全相関」関係を示した。同輻射力と海外旅行客との相関係数は0.78になり「強い相関」関係が存在した。これと実行ベース外資導入額、国際会議、国内旅行客との相関係数は各々0.65、0.53、0.41となった。

 輻射力の分野で見ると、製造業輻射力と科学技術輻射力、金融輻射力との相関関係は高く、その相関係数はそれぞれ0.77、0.72となり「強い相関」関係が見られた。同輻射力と飲食・ホテル輻射力、卸売・小売業輻射力、文化・スポーツ・娯楽輻射力、医療輻射力、そして高等教育輻射力との相関係数はそれぞれ0.68、0.67、0.65、0.53、0.43となった。

 製造業発展はこのようにたくさんの都市機能の支えを要し、必然的に一定規模の高密度人口を必要とする。製造業輻射力とDID人口との相関係数は0.72と高く、「強い相関」関係にある。

 本報告ではさらに、中国298地級市以上都市のIT産業輻射力と上述した都市機能指標について相関分析した。

図31 IT産業輻射力と主要都市機能との相関関係分析

 図31で示されるように、まず交通中枢機能からみると、IT 産業輻射力と空港利便性との相関係数は0.82と高く、「極めて高い相関」関係にあった。同輻射力と鉄道利便性とコンテナ港利便性の間の相関係数はそれぞれ0.63と0.57であった。製造業輻射力と比べIT産業が求める交通中枢とは相当の開きがある。製造業がコンテナ港利便性を重視するのに対して、IT産業が空港利便性により頼っていることが見て取れる。

 開放交流の分野で見ると、IT産業輻射力と国際会議の相関係数は0.80と高く、両者の間には「極めて高い相関」関係が見られた。同輻射力と海外旅行客、貨物輸出入との相関係数はそれぞれ0.76、0.75と高く、「強い相関関係」があった。実際ベース外資導入額、国内旅行客の間の相関係数はそれぞれ、0.58、0.54であった。ここで特に注意すべきは、製造業輻射力と比べて、IT産業輻射力と国際会議、海外旅行客との相関関係は特に強く、IT産業が典型的な交流経済産業であることを示している。

 輻射力の分野で見ると、IT産業輻射力と飲食・ホテル輻射力、文化・スポーツ・娯楽輻射力、卸売・小売輻射力など生活型サービス産業輻射力の相関関係は極めて強く、その相関係数は、各々0.90、0.90、0.83と高い。同輻射力と医療輻射力、高等教育輻射力の相関係数も0.70、0.70に達した。製造業輻射力と比べて、IT産業輻射力とこれら輻射力の相関関係がさらに高くなっている。こうした現象から、IT産業に関わる人々が製造業に関わる人々と比べて収入が高く、生活サービスと医療サービスへの要求も強いことがうかがえる。それゆえにIT産業が中心大都市に集約する傾向は強い。

 多種多様な都市機能の支えを必要とするIT産業は、当然一定の規模の高密度人口を求める。IT産業輻射力とDID人口との間の相関係数は0.75と高く、「強い相関関係」にある。しかも、製造業よりIT産業が必要とする人口の教育水準などはさらに高い。ゆえに、製造業輻射力と比べ、IT輻射力と高等教育輻射力との相関関係ははるかに高くなっている。

 以上の分析からわかるように、製造業とIT産業が都市機能に求めるものはかなり違う。改革開放以来、中国のほとんどの都市は産業発展の重点を製造業に置き、都市の機能も構造も、開発区の設置など製造業を後押しすることに引っ張られていた。しかし、IT産業に代表される交流経済を育成するためには、まったく違うアプローチが必要とされる。

図32 メインボード上場企業と主要都市機能との相関関係分析

(3) 企業誘致から交流イノベーションへ

 改革開放の前期、中国のほとんどの都市では産業発展は、外部からの企業誘致と直接投資によるものであった。21世紀に入ってから、内生メカニズムの活力が高まり、イノベーションや起業が活発になった。広東・深圳・香港という三大マーケットで上場することが、こうした内生型企業の成功のシンボルとなった。成功した企業の本社機能と都市機能との関係を研究するために、本報告では中国の298地級市以上都市のメインボード(広東・深圳・香港)上場企業数および、主要都市機能との相関分析を行った。

 図5-31が示すように、まず交通中枢機能から見ると、メインボード上場企業と空港利便性との相関係数が最も高く0.87で、両者の間に「極めて強い相関」関係があった。同企業数とコンテナ港利便性、鉄道利便性の間の相関係数はそれぞれ0.70、0.63であった。この分析結果から見ると上場企業の本社機能でいえば、世界との交流往来に、空港利便性が極めて重要であることが見て取れた。

 開放交流の分野で見ると、本社機能は典型的な交流経済であり、メインボード上場企業と国際会議との相関関係が0.91と高く、「完全相関」関係にあった。同企業数と貨物輸出入、海外旅行客、実行ベース外資導入額、国内旅行客の相関係数もそれぞれ0.81、0.72、0.70、0.64であった。これら一連のデータから見ると、上場企業の本社機能と国際交流との関係の重要性がわかる。

 輻射力の分野で見ると、メインボード上場企業は金融輻射力との相関関係が最も強く、その相関係数は0.9に達し、両者は「完全相関」関係にあった。次に、同企業数と、文化・スポーツ・娯楽輻射力、飲食・ホテル輻射力、科学技術輻射力、卸売・小売輻射力との相関係数は、各々0.87、0.87、0.86、0.80で皆「極めて強い相関」関係にあった。ここでとりわけ重視したいのは、上場企業と文化・スポーツ・娯楽輻射力、飲食・ホテル輻射力、卸売・小売輻射力との強い関係である。しかしながら、これら生活文化産業の重要性が、中国ではいまだ十分に認識されていない。

 メインボード上場企業と高等教育輻射力、医療輻射力との相関係数も各々0.72、0.71と「強い相関」関係を示した。上場企業の高等教育人材への需要と医療サービスへの要求を反映する結果となっている。

 都市に企業が誕生して成長し、上場するまでには数々の都市機能の支えが必要である。これには当然、一定規模の高密度人口が必要とされる。メインボード上場企業とDID人口との相関係数が0.85と高く、「極めて強い相関」関係が示されたことも当然であろう。

 メインボード上場企業とDID人口との相関係数は、IT産業輻射力と製造業輻射力に比べて大幅に高くなっている。これは、企業中枢管理機能を効率的に動かすためには膨大なDID 人口を必要とすることを意味する。

(4) 交流経済への転換

 中国では、交易経済から交流経済へのシフトも起こりつつある。珠江デルタを例に取れば、これに属する9つの都市は、「粤港澳大湾区」発展の国家戦略の号令による追い風で勢いが増している。しかしこうした都市の間には交流経済へのシフトに関する差異は相当大きい。

 図13で示すように、上述した全国製造業輻射力ランキングトップ30都市に珠江デルタは8都市もランクインした。深圳は第1位を獲得し、東莞、仏山、広州、恵州、中山、珠海、江門はそれぞれ第3位、5位、6位、11位、13位、19位、30位であった。珠江デルタの貨物輸出額が全国に占める割合は高く28.8%に上った。同地域は製造業、とりわけ輸出貿易を代表とする交易経済において繁栄を極めている。

 しかしながら、図5-15で示すように、IT産業輻射力ランキングトップ30都市の中で、珠江デルタからは僅か3都市がランクインした。深圳、広州、珠海はそれぞれ同ランキングが第3位、第7位、第20位であった。IT産業従業員数から見ると、珠江デルタの全国に占める割合は僅か10.2%で、メインボード(上海、深圳、香港)の上場IT企業数から見ると、珠江デルタは全国の14.5%にすぎない。 

 珠江デルタメガロポリスにおけるIT産業と製造業のパフォーマンスは、相当の差異があることがわかる。

 中国改革開放40年は活力に溢れた時代であった。今日の成果は、グローバリゼーションの恩恵によるものが大きい。珠江デルタ地域は、まさに製造業のサプライチェーンのグローバル展開を受けて成功した典型である。しかし、時代は変化し、いまや世界は交流経済の時代に突入した。IT技術の開発、コンテンツ制作を中心とする交流経済が全世界を席巻し、珠江デルタも例外ではない。

 〈中国都市総合発展指標2018〉の分析によると、中国全土のDID人口比率は30%であるのに対して、珠江デルタ地域のDID人口比率は64.2%にも達している。また、同地域のDID人口も全国のDID総人口の30.9%に達している。すなわち珠江デルタの都市化は全国最高水準にある。しかし同デルタの都市の大半は、交易経済の基礎の上に発展したものであり、人口の大多数が製造業の発展と関係して増えてきた。こうした意味からすると、珠江デルタ各都市の交流経済への転換は簡単ではない。一方で、同地域は中国の工業化そして都市化の先行地域として交流経済への転換が成功すれば、そのモデル効果は絶大である。

 転換の成否を決める鍵は、開放と交流にある。粤港澳大湾区には国際都市の香港と、マカオがある。イノベーション力が強大な深圳、そして包容力の極めて高い中心都市広州がある。同地域が、交流経済発展の潮流の中で、再び大きく跳躍するものであってほしい。


[1] 2009年中国は世界一の輸出大国となった。2019年世界輸出総額ランキングで10位内に入った国と地域は、1位から順に中国、アメリカ、ドイツ、オランダ、日本、フランス、韓国、香港、イタリア、イギリス。

[2] 筆者は早くも2009年の米国ハーバード大学エズラ・ボーゲル教授との対談の中で、輸出と都市化が21世紀以降の中国大発展をもたらした二大原動力だったと指摘。さらにこの時期の中国大発展と日本の高度成長との比較分析を行った。これについて詳しくは『Newsweek』日本語版2010年2月10日号巻頭記事「ジャパン・アズ・ナンバースリー」を参照。

[3] 郷鎮企業の前身は人民公社時代の「社隊企業」。1978年の改革開放以降、社隊企業は急速に発展した。人民公社の解体に伴い、1984年「中国共産党中央4号文件」で社隊企業を正式に郷鎮企業と改称した。その後、郷鎮企業の猛烈な発展に対して、国務院は「国発(1992)19号」および「国発(1993)10号文件」において郷鎮企業の重要性を認めた。1995年には郷鎮企業数は2,460万社に達し、就業人口は1.26億人へと膨れ上がり、中国工業経済の半分を担うに至った。1996年は中国歴史上初めて郷鎮企業を保護する法律「中華人民共和国郷鎮企業法」が制定された。集団企業の形をした郷鎮企業はその後、ほとんどが民営企業と化した。

[4] 農村の余剰労働力の流出を抑制するために、中国政府は農村部における「小城鎮」といった小さな都市集積をつくることを進めた。1978年中国共産党第11回3中全会は「中国共産党中央の農業発展加速における若干の問題に関する決定」を可決し、「小城鎮建設を計画的に発展させ、都市の農村への支援を加速する」とした。1998年、中国共産党第15回3中全会は、さらに「小城鎮発展は、農村経済と社会発展をもたらす大戦略」だとした。これがいわゆる「小城鎮発展戦略」である。

[5] 中国国家発展改革委員会地区計画司と日本の国際協力事業団(JICA、現在名は国際協力機構)は共同で、3年間にわたる中国都市化政策に関する大型協力調査案件を実施した。同調査の成果を公表するため、中国国家発展改革委員会地区計画司、国際協力事業団、中国日報(CHINA DAILY)、中国市長協会による合同主催で「中国都市化フォーラム—メガロポリス発展戦略」が、2001年9月3日に上海、9月7日に広州で相次いで開かれた。両フォーラムで提起された「メガロポリス発展戦略」は、大きな社会的関心を呼び起こした。同調査の責任者を務めた周牧之が、両フォーラム開催を主導した。同調査の内容について詳しくは、中国国家発展計画委員会地区計画司と国際協力事業団による同調査の最終報告書『都市化:中国現代化的主旋律』(湖南人民出版社、2001年8月)を参照。

[6] 「中国都市化フォーラム−—メガロポリス発展戦略」における周牧之の基調報告の主な内容については、2001年9月8日付け『南方日報』、2001年9月12日『人民日報』を参照。同基調報告の全文については周牧之著『歩入雲時代』(人民出版社2010年6月)、pp255-281を参照。

[7] 「第11次五カ年計画」策定担当部署である中国国家発展改革委員会発展計画司が「メガロポリス発展戦略」の策定にあたり、周牧之をはじめとする海外の専門家に助言を求めた。同テーマについて、財務省、国際協力銀行などの協力を得て、日中間で幾度にもわたる意見交換が行われた。これについて詳しくは、日中産学官交流機構報告書「都市創新ワークショップ議事録」、「転換点に立つ中国経済と第11次五カ年計画」、「中国のメガロポリスと東アジア経済圏」、「中国のメガロポリス・ビジョンとインフラ構想研究会」などを参照。

[8] 2006年3月14日に第10回全国人民代表大会第4回会議で批准された「中華人民共和国国民経済と社会発展第11次五カ年計画綱要」を参照。

[9] 第二次世界大戦後、アメリカは大半の時期において世界経済成長への貢献度が最大の国家であり続けた。1991年、1993年と1995年の3つの年度では、中国がアメリカを超えて世界経済成長において最大の貢献国となった。しかし、それでもアメリカは依然として世界経済成長の最大エンジンであり続けた。2001年以降、中国は恒常的に世界経済成長における最大の貢献国となり、その地位は揺るぎないものとなった。

[10] アーバンエリア(Urban Area)とは、一定の建築用地と基礎インフラ用地の水準に達した都市型用地面積である。本報告はアーバンエリアについてEuropean Space Agencyの基準を採用している。

[11] 密度は、都市問題を議論する上での重要なカギである。〈中国都市総合発展指標〉は、5,000人/㎢以上の地域をDID(人口集中地区)と定め、正確で有効な密度分析に努めている。

[12] 2011年3月11日、東日本大震災による原子力発電所の放射能漏れ事故で、日本全国の原子力発電所が全面操業停止となった。この事件で、日本の電源構成は化石燃料火力発電に傾斜し、石炭ガス排出量が大幅に増大した。これにより、2000年−2017年の期間、日本の1人当たり平均二酸化炭素排出量は減るどころかかえって増大した。

[13] 相関関係分析は、2つの要素の相互関連性の強弱を分析した。“正”、“負”の相関関係数が0−1の間で、係数が1に近ければ近いほど両者の関連性は高くなる。0.9−1までを「完全相関」、0.8−0.9を「極強相関」、0.7−0.8を「強相関」、0.4−0.7を「相関」、0.2−0.4を「弱相関」、0.0−0.2を「無相関」という。

[14] コンテナ港利便性は、港湾のコンテナ取扱量(万TEU)、都心から港までの距離(キロメートル)などのデータから算出して作成した。

[15] 空港利便性は旅客取扱量(万人)、郵便貨物取扱量(万トン)、運行数(回)、ダイヤ正確率(%)、滑走路総距離(メートル)、滑走路(本)、都心から空港までの距離(キロメートル)などデータから算出して作成。

[16] ここでのトップ大学とは、いわゆる “211大学”および“985大学”である。“211大学”とは、1995年中国国務院の批准を経て選ばれた中国のトップレベル大学を指す。“985大学”とは、1998年5月4日、江沢民国家主席(当時)が、北京大学創立110周年大会にて、「中国がいくつか世界の先進レベルの一流大学をもつべきだ」と宣言したのを契機に選ばれた大学を指す。現在は211大学、985大学の選定制度はなくなったが、これらの大学が中国のトップレベルの大学であるとの認識は一般的となっている。

[17] 国際トップクラスレストランは、ミシュラン(軒数)、Tripadvisor 国際トップクラスレストラン(軒数)、The Asia’s 50 Best Restaurants国際トップクラスレストラン(軒数)などのデータにより算出し作成。

[18] 都市智力とは、雲河都市研究院が提唱するコンセプトで、都市空間計画、基礎インフラ整備、交通やエネルギーの配備、生活のあり方、生態環境マネジメント、文化教育、開放交流、治安管理、富の分配に至る様々な都市政策と計画を推進する能力を指す。

[19] 詳細は中国国家発展改革委員会「現代化都市圏の育成と発展に関する指導意見」参照(発改計画〈2019〉328号)。

[20] これについて詳細は、中国国家発展改革委員会地域計画司と日本国際協力事業団が編纂した『城市化:中国現代化的主旋律 (Urbanization: Theme of China’s Modernization)』、湖南人民出版社(中国)、2001年8月、周牧之「総論」pp30-31を参照。

[21] 前掲書、周牧之「総論」p27。

[22] 異なる国の異なる時期で、大都市圏の定義は異なる。例えばアメリカでは、1947年に「標準大都市圏(Standard Metropolitan Areas, SMA)」の概念を打ち出した。1959年に「標準大都市統計圏(Standard Metropolitan Statistical Areas, SMSA)」、1983年に「大都市統計圏(MSA :Metropolitan Statistical Area)」へと改称。1990年にMSAが「複合都市統計圏(Consolidated Metropolitan Statistical Area、CMSA)」に改称され、「主要大都市統計圏(Primary Metropolitan Statistical Area PMSA)」と一緒に「大都市圏(Metropolitan Areas, MA)」と総称した。2000年、アメリカはまた「コアベース統計圏(Core based Statistical Area、CBSA)」概念を提起した。イギリスでは、「標準大都市労働圏(Standard Metropolitan Labour Areas,SMLA)」と、「大都市経済労働圏(Metropolitan Economic Labour Area ,MELA)」の概念がおおむね、アメリカの「標準大都市統計圏」と同様である。日本では1960年、東京都および政令指定都市を中心に、通勤通学人口比率を利用して大都市圏とする旨議論された。1975 年には50万人口以上の都市を都市圏の中心都市として考えるようになった。

[23] 「大都市圏(Metropolitan Area)」についてはたくさんの定義がある。その中で比較的簡単な定義は通勤圏である。大都市が近郊や遠郊を構築することにより、通勤距離が20キロメートル、50キロメートル、100キロメートルないしはそれ以上延びる。こうした通勤圏域を大都市圏と呼ぶことができる」。周牧之主編『大転折—解読城市化与中国経済発展模式(The Transformation of Economic Development Model in China)』、世界知識出版社(中国)、2005年5月、p48。

[24] OECD、Redefining “Urban”: A New Way to Measure Metropolitan Areas、OECD Publishing, Paris, 2012

[25] OECD-EUは小都市圏(Small Metropolitan Areas):人口20万以下、中都市圏(Medium-sized Urban Areas):人口20万以上50万以下;大都市圏(Metropolitan Areas):人口50万以上150万以下、超大都市圏(Large Metropolitan Areas):人口150万以上と定義した。

[26] 本報告では超DIDの概念を用いた分析をしていない時は、DID人口には超DID人口部分も含んでいる。

[27] 「グローバライゼーションの意味するところは、グローバル都市圏間の分業、交流、合作、競争関係の激化である。大都市だけが世界の分業、交流が必要とする整った基礎インフラを持ち、大都市だけが十分な集積と集約とで、グローバル都市間競争に参画できる。大都市圏はグローバリゼーション下の国際競争の基本単位である」。前掲書、周牧之「総論」p26。


環境・社会・経済 中国都市ランキング2018大都市圏発展戦略』

中国国家発展改革委員会発展計画司 / 雲河都市研究院 著
周牧之/陳亜軍 編著
発売日:2020.10.09