【論文】世界三大科学技術クラスターパフォーマンスに関する比較分析(Ⅰ)

A Comparative Study of the Science and Technology Innovation Performance of Three Global Science and Technology Clusters

周牧之 東京経済大学教授

■ 編集ノート: 
 世界で最も集積度の高い科学技術クラスターは何処か?周牧之東京経済大学教授が論文の前半で、東京-横浜、広州-深圳-香港、北京という世界三大科学技術クラスターのパフォーマンスを比較分析し、それぞれの特色を解き明かす。


始めに


 世界知的所有権機関(以下、WIPO)[1]は2022年9月、「グローバル・イノベーション・インデックス(以下、GII)」[2]報告書を公開し、世界の科学技術クラスター(以下、クラスター)のランキングを発表した。これは、各国・地域における科学技術の集積を評価するものである。同年、東京-横浜、広州-深圳-香港、そして北京がこの評価でトップ3に名を連ね、イノベーションにおけるアジアの存在感を示した[3]

 GIIによるクラスター評価は2017年に始まって以来、毎年公表されている。東京-横浜、広州-深圳-香港の2つのクラスターは、これまでのランキングでも常に第1位と第2位を維持してきた。一方、北京は2017年の第7位から2021年の第3位へと大きく順位を上げている。

 GIIランキングは、PCT出願件数[4]とクラリベイト・アナリティクス[5]が提供する「Science Citation Index Expanded(SCIE)」[6]に掲載される科学論文出版数を主要な指標として使用する。

 本論は、この二つの指標に、『中国都市総合発展指標』[7]のデータシステムをも活用し、三大クラスターのイノベーション活動のより包括的な評価を試みた。さらに北京のイノベーションセンターとしての在り方についていくつかの提案を行った[8]

1.異なる強みを示す三大クラスター


 GIIランキングは、発明者や科学論文著者の所在地情報から各クラスターを評価しているのが特徴である。GII の2017年版では、PCT出願件数のみが評価の基準として採用されていた。2018年から科学論文の指標が追加された。

 本論はまず、この二つの指標で、三大科学技術クラスターの実績を詳しく比較分析し、各クラスターの特性を明らかにする。

表1 2018年の三大科学技術クラスターの実績

注:科学論文の発表データは2012年~2016年のものである。
出典:世界知的所有権機関(WIPO)「グローバル・イノベーション・インデックス」報告書より作成。

表2 2022年の三大科学技術クラスターの実績

注:科学論文の発表データは2012年~2016年のものである。
出典:世界知的所有権機関(WIPO)「グローバル・イノベーション・インデックス」報告書より作成。

(1)東京-横浜:科学論文の発表よりも特許申請が活発

 表1および表2に示すように、東京-横浜は、日本のイノベーションセンターとして、特にPCT出願において強みを持つ。

 東京–横浜の特許申請数は2018年には104,746件となり、世界の11%を占め、2位の広州-深圳-香港を約6ポイント上回った。2022年には特許申請件数が122,526件に達し、世界シェア第1位を保持した。但し、広州-深圳-香港の追い上げを受け、同クラスターとの差は2.5ポイントにまで縮小している。

 一方、東京-横浜の科学出版物論文発表数における優位性は近年、著しく低下している。2018年には、141,584件の科学論文が発表され、1.8%の世界シェアで、世界第2位だった。しかし、2022年には同発表数が2018年比で20%減少し、世界シェアも1.6%に下がり、世界第5位にまで落ち込んだ。

 つまり、東京-横浜においては、科学論文の発表よりも特許申請の方がより活発であり、イノベーションの実用性が重視されている。

 三大クラスター間のギャップは、この4年間で縮小している。この傾向は、東アジアにおけるテクノロジー競争の激化を反映している。

(2)広州-深圳-香港:特許申請と論文発表で急速に追い上げ

 広州-深圳-香港は、近年の中国経済の発展により、イノベーションセンターとしての地位を急速に上げてきた。特に深圳は、「中国のシリコンバレー」とも称される。

 同クラスターは、特許と科学論文の両面で急成長している。2018年のPCT出願件数は48,084件、5.1%の世界シェアで、世界第2位であった。2022年には、PCT出願件数が2018年の倍に達し、世界シェアが8.2%となり、東京-横浜との差が大幅に縮まった。

 同クラスターが発表した科学論文は2018年には40,920件で、世界シェアはわずか0.5%、世界第32位だった。しかし、2022年には科学論文の発表数が2018年の3倍以上に激増し、世界シェアが1.9%に上昇、東京-横浜を超えて世界第3位に躍進した。

(3)北京:科学論文の発表で優位に

 中国の首都北京は、国のイノベーションセンターであり、科学論文の発表において圧倒的な強みを持っている。

 北京の科学論文発表数は2018年、197,175件に達し、世界シェア2.5%で、東京-横浜の1.4倍となり、世界第1位を獲得した。2022年には、北京の科学論文発表数は2018年に比べ24%増加し、世界シェアを3.7%に伸ばし、世界第1位を維持した。

 これに対して、北京の特許申請はまだ追い上げ途上にある。2018年のPCT出願件数は18,041件で、世界シェア1.9%、世界第8位だった。2022年には世界シェアを2.8%に伸ばし、世界第6位に上昇した。

 中国科学院[9]、清華大学、北京大学など一流の大学と研究機関が、北京の科学論文力の強固な基盤を作り上げている。科学論文発表数の持続的な増加が、世界的な科学技術クラスターとしての北京の地位を固めている。

2.北京:行政地区の面積が最大、人口規模が第二、経済規模が最小


 図1が示すように、三大クラスターの中で、北京の行政地区面積は最大で、16,410平方キロメートルに達し、広州-深圳-香港の1.3倍、東京-横浜の6.2倍となる。

 人口規模は、広州-深圳-香港の人口が最も多く4,390.5万人で、これは北京の2倍、東京-横浜の2.5倍である。

 経済規模は、広州-深圳-香港のGDPが東京-横浜をわずかに上回り、約171兆円(8兆5,506億元、1元=20円換算、以下同様)に達する。対する北京の経済規模は、広州-深圳-香港の半分程度にすぎない。

 三大クラスターの中では、東京-横浜の人口一人当たりGDPが最も高く、926万円(約46.3万元)である。これに対して、広州-深圳-香港と、北京の一人当たりGDPはそれぞれ約390万円(19.5万元)、約380万円(19.0万元)である。東京-横浜の人口一人当たりGDPはこの二つのクラスターのそれぞれ約2.4倍となっている。

図1 三大科学技術クラスター行政区域面積・人口規模・GDP比較

出典:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2021』などより作成。

3.北京:研究開発強度は最高


(1)研究開発費:東京-横浜が最大

 三大クラスターの中で、東京-横浜の研究開発費が最も多く、105.9兆円(約5兆2,950億元)に達している。これは広州-深圳-香港の1.2倍、北京の2倍である。一方、広州-深圳-香港の研究開発費は北京の1.7倍となっている。

 北京は三大クラスターの中で研究開発費総額が最も少ない。

(2)研究開発強度:北京が最大

 国や地域の経済規模は異なるため、研究開発費を比較する際、研究開発費とGDPの比率、即ち「研究開発強度」[10]という指標が利用されることが多い。

 三大クラスターの中で、北京の研究開発費の総額は最も少ないにも関わらず、その研究開発強度は6.5%と最も高く、東京-横浜をわずかに上回り、広州-深圳-香港を1.2ポイント上回る。

(3)研究開発人員数:北京が最少

 研究開発を推進する上で、人員の投入は非常に重要な要素である。三大クラスターの中で、広州-深圳-香港と東京-横浜の研究開発人員数はそれぞれ643,000人、629,000人と、大きな差は見られない。北京の同人員数は473,000人で、他の2つのクラスターの四分の三に過ぎない。

(4)研究開発人員1人当たり研究開発費:東京-横浜が最多

 研究開発人員1人当たり研究開発費から見ると、東京-横浜が最も多い1,684万円(約84.2万元)である。広州-深圳-香港の約1,368万円(68.4万元)が続き、北京は約1,112万円(55.6万元)と最も少なく、東京-横浜の66%にすぎない。

図2 三大クラスター研究開発人員・研究開発費・研究開発強度比較

出典:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2021』などより作成。

4.北京:アジア随一の大学を持ちながら大学数と大学生数は最少


 大学はイノベーション人材を育成する“ゆりかご”であり、同時に研究開発の重要な拠点である。本論は、三大クラスターの大学リソースについても比較する。

(1)大学数:東京-横浜が最多

 東京-横浜には、大学が159校あり、三大クラスターの中で大学数が最も多い。次いで広州-深圳-香港が113校、北京は92校で東京-横浜の58%に過ぎない。

(2)大学生数:広州-深圳-香港が最多

 広州-深圳-香港は、在籍する大学生数が170.2万人と最も多い。東京-横浜は85.1万人、北京は59万人で広州-深圳-香港の35%に過ぎない。これは、中国が北京での大学設置と定員数を厳しく制約していることを反映している。

(3)北京:トップ500の大学数は最少

 タイムズ・ハイアー・エデュケーション[11]が2022年に発表した「世界大学ランキング」[12]によれば、トップ500にランクインした大学数では、東京-横浜が42校で、広州-深圳-香港の16校、北京の14校を圧倒した。

 北京は同ランキング内でアジアトップ10大学第1位の清華大学と第2位の北京大学を有している。東京-横浜は、同アジアトップ10大学に東京大学が第6位と1校がランクインしている。広州-深圳-香港は、第4位に香港大学、第7位に香港中文大学、第9位に香港科技大学の3校が入った。

 すなわちアジアトップ10大学には三大クラスターから6校も占めている。

図3 三大クラスター大学数・在籍大学生数・世界トップクラス大学数比較

出典:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2021』などより作成。

5.北京:学術研究レベルは高いが、実戦能力は相対的に弱い


 前述までの分析から、北京は、三大クラスターの中で研究開発人員数、研究開発経費、研究開発人員1人当たり研究開発費が最も少ない。しかし、研究開発強度が最も高い。中国の地級市以上の297都市[13]の中でも北京は、研究開発強度が最高である。これは北京のイノベーションに対する積極姿勢を表している。

 さらに北京には、清華大学、北京大学、中国科学院を始めとする一流の大学及び研究機関が集積し、中国の三分の一の「国家重点実験室」[14]を配している。また「二院院士(中国科学院・中国工程院士)」[15]の半数近くが北京に在職している。

 結果、北京は科学論文の発表数で他のクラスターを圧倒し、特許のPCT出願件数でも追い上げている。

 だが、東京-横浜と広州-深圳-香港に比べ、北京のイノベーションの産業界との協働はやや弱い。


[1] 世界知的所有権機関(WIPO: World Intellectual Property Organization)は、国際連合の専門機関として知的所有権に関する国際協力を促進している。WIPOは、1970年に設立され、本部はスイスのジュネーヴにある。

[2] グローバル・イノベーション・インデックス(GII: Global Innovation Index)とは、WIPOや欧州経営大学院、コーネル大学などの協力のもと、2007年から毎年発表され、132国・地域のイノベーション能力や実績を評価する指標である。同インデックスでは、2017年から「科学技術クラスター」の100位までのランキングを公表している。GII科学技術クラスターについて詳しくは、WIPOのホームページ(https://www.wipo.int/about-wipo/ja/offices/japan/news/2022/news_0034.html)(最終閲覧日:2023年8月14日)を参照。

[3] 2022年度版のGII科学技術クラスターランキング上位10地域は、東京-横浜が第1位、広州-深圳-香港が第2位、北京が第3位、ソウルが第4位、サンノゼ-サンフランシスコが第5位、上海-蘇州が第6位、大阪-神戸-京都が第7位、ボストン-ケンブリッジが第8位、ニューヨークが第9位、パリが第10位と続く。日本では他に名古屋が第12位にランクインし、金沢が第80位、浜松が第85位となっている。

[4] PCT出願とは、「特許協力条約(PCT: Patent Cooperation Treaty)」に基づく国際特許出願を指す。PCTは、1970年に締結され1978年に発効、2023年現在、157カ国・地域が加盟。特許出願者が一つの出願を行うことで、PCT加盟国であるすべての国や地域での特許保護を求めることができる国際的な制度である。

[5] クラリベイト・アナリティクス(Clarivate Analytics)は、研究情報や特許情報、学術出版情報などの分析・提供を行う国際的な企業である。同社は、多くのデータベースやツールを提供しており、その中でも学術論文の引用情報を中心にした研究情報データベース「Web of Science」や特許情報の包括的なデータベース「Derwent World Patents Index」などは、学術研究や特許情報の分析に広く利用されている。

[6] Science Citation Index Expandedとは、学術論文の引用情報を中心に収集・提供するデータベースである。SCIEは、クラリベイト・アナリティクス社が提供する「Web of Science」の一部として存在し、自然科学や社会科学の分野における論文の引用情報を広範囲にわたってカバーしている。同データベースは、論文の引用情報を提供することで、研究の影響度や質を評価するための重要なツールとして利用される。また、特定の研究者や研究機関の業績を評価する際の基準としても活用されている。SCIEについて詳しくは、クラリベイト・アナリティクス社のホームページ(https://clarivate.com/products/scientific-and-academic-research/research-discovery-and-workflow-solutions/webofscience-platform/web-of-science-core-collection/science-citation-index-expanded/)(最終閲覧日:2023年8月14日)を参照。

[7] 『中国都市総合発展指標』は、雲河都市研究院と中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司(局)が共同開発した都市評価指標である。2016年以来毎年、内外で発表している。同指標は、環境・社会・経済という3つの軸(大項目)で中国の都市発展を総合的に評価している。評価対象は、中国297地級市以上都市(日本の都道府県に相当)全てをカバーし、評価基礎データは882個に及び、その内訳は31%が統計データ、35%が衛星リモートセンシングデータ、34%がインターネットビッグデータである。その意味で、同指標は、異分野のデータ資源を活用し、「五感」で都市を高度に知覚・判断できる先進的なマルチモーダル指標システムである。同指標は、中国語で『中国城市総合発展指標』人民出版社、日本語で『中国都市ランキング』NTT出版、英語で『China Integrated City Index』Pace University Pressが書籍として出版されている。『中国都市総合発展指標』について詳しくは、周牧之ら編著『環境・経済・社会 中国都市ランキング2018―大都市圏発展戦略』、NTT出版、2020年10月10日を参照。

[8] 北京市人民政府参事室の要請を受け、筆者は2023年4月に『世界三大技術クラスターの技術革新パフォーマンスに関する比較研究(全球三大科技集群科技創新表現比較研究)』レポートを提出した。

[9] 中国科学院(CAS: Chinese Academy of Sciences)は、中国の国立研究機関であり、自然科学と高度技術の研究・開発を行う最も権威ある学術機関である。1949年に設立され、現在は多数の研究所や実験室を持つ。中国科学院は、基礎研究から応用研究、技術革新に至るまでのさまざまな研究活動を行い、国内外の学術交流や協力も積極的に進める。筆者は2012年より中国科学院科技政策与管理科学研究所特任研究員を5年間務めた。

[10] 研究開発強度は、研究開発費をGDPや売上高などの経済指標で割った値として表され、研究開発への投資意欲や技術革新への取り組みの度合いを示す。

[11] タイムズ・ハイアー・エデュケーション(Times Higher Education)は、高等教育に関する専門誌である。同誌は、高等教育機関のニュース、意見、特集記事などを提供しており、教育関係者や研究者、学生などの間で広く読まれている。

[12] 「世界大学ランキング(Times Higher Education World University Rankings)」は、世界中の高等教育機関を評価・ランキングする主要な指標の一つである。同ランキングは、タイムズ・ハイアー・エデュケーション誌が毎年発表している。ランキングは、教育環境、研究(研究のボリューム、収入、評判)、論文の引用数(研究の影響)、国際的展望(スタッフ、学生、研究)、産業収入(知識移転)の指標を基に、大学の総合的な実力や影響力を評価している。特に、研究の質や影響、国際的な連携や協力の度合いなどが重視されている。世界大学ランキングについて詳しくは、タイムズ・ハイアー・エデュケーション誌のホームページ(https://www.timeshighereducation.com/world-university-rankings)(最終閲覧日:2023年8月14日)を参照。

[13] 地級市以上の297都市は、4つの直轄市、27の省都・自治区首府、5つの計画単列市と261地級市から成る。中国の都市の行政区分について詳しくは周牧之など編著『環境・社会・経済 中国都市ランキング−中国都市総合発展指標』NTT出版、2018年6月、p5を参照。

[14] 国家重点実験室とは、中国の特定研究分野や技術領域における先端的な研究を行うための研究機関である。

[15] 院士とは、中国における最高の学術称号であり、二院院士とは、中国科学院(CAS)と中国工程院(CAE)の院士を総称して呼ぶものである。この称号は、科学とエンジニアの分野で特筆すべき業績を上げた研究者や専門家に与えられる。


(本論文では栗本賢一、甄雪華、趙建の三氏がデータ整理と図表作成に携わった)


 本論文は、周牧之論文『世界三大科学技術クラスターパフォーマンスに関する比較分析』より抜粋したものである。『東京経大学会誌 経済学』、319号、2023年。

(※論文後半はこちらから)