【論文】周牧之:北京は何故強い!? 世界三大科学技術クラスターパフォーマンスに関する比較分析(Ⅰ)

A Comparative Study of the Science and Technology Innovation Performance of Three Global Science and Technology Clusters

周牧之 東京経済大学教授

■ 編集ノート: 
 世界で最も集積度の高い科学技術クラスターは何処か?周牧之東京経済大学教授が論文の前半で、東京-横浜、広州-深圳-香港、北京という世界三大科学技術クラスターのパフォーマンスを比較分析し、それぞれの特色を解き明かす。


始めに


 世界知的所有権機関(以下、WIPO)[1]は2022年9月、「グローバル・イノベーション・インデックス(以下、GII)」[2]報告書を公開し、世界の科学技術クラスター(以下、クラスター)のランキングを発表した。これは、各国・地域における科学技術の集積を評価するものである。同年、東京-横浜、広州-深圳-香港、そして北京がこの評価でトップ3に名を連ね、イノベーションにおけるアジアの存在感を示した[3]。

 GIIによるクラスター評価は2017年に始まって以来、毎年公表されている。東京-横浜、広州-深圳-香港の2つのクラスターは、これまでのランキングでも常に第1位と第2位を維持してきた。一方、北京は2017年の第7位から2021年の第3位へと大きく順位を上げている。

 GIIランキングは、PCT出願件数[4]とクラリベイト・アナリティクス[5]が提供する「Science Citation Index Expanded(SCIE)」[6]に掲載される科学論文出版数を主要な指標として使用する。

 本論は、この二つの指標に、『中国都市総合発展指標』[7]のデータシステムをも活用し、三大クラスターのイノベーション活動のより包括的な評価を試みた。さらに北京のイノベーションセンターとしての在り方についていくつかの提案を行った[8]。

1.異なる強みを示す三大クラスター


 GIIランキングは、発明者や科学論文著者の所在地情報から各クラスターを評価しているのが特徴である。GII の2017年版では、PCT出願件数のみが評価の基準として採用されていた。2018年から科学論文の指標が追加された。

 本論はまず、この二つの指標で、三大科学技術クラスターの実績を詳しく比較分析し、各クラスターの特性を明らかにする。

表1 2018年の三大科学技術クラスターの実績

注:科学論文の発表データは2012年~2016年のものである。
出典:世界知的所有権機関(WIPO)「グローバル・イノベーション・インデックス」報告書より作成。

表2 2022年の三大科学技術クラスターの実績

注:科学論文の発表データは2012年~2016年のものである。
出典:世界知的所有権機関(WIPO)「グローバル・イノベーション・インデックス」報告書より作成。

(1)東京-横浜:科学論文の発表よりも特許申請が活発

 表1および表2に示すように、東京-横浜は、日本のイノベーションセンターとして、特にPCT出願において強みを持つ。

 東京–横浜の特許申請数は2018年には104,746件となり、世界の11%を占め、2位の広州-深圳-香港を約6ポイント上回った。2022年には特許申請件数が122,526件に達し、世界シェア第1位を保持した。但し、広州-深圳-香港の追い上げを受け、同クラスターとの差は2.5ポイントにまで縮小している。

 一方、東京-横浜の科学出版物論文発表数における優位性は近年、著しく低下している。2018年には、141,584件の科学論文が発表され、1.8%の世界シェアで、世界第2位だった。しかし、2022年には同発表数が2018年比で20%減少し、世界シェアも1.6%に下がり、世界第5位にまで落ち込んだ。

 つまり、東京-横浜においては、科学論文の発表よりも特許申請の方がより活発であり、イノベーションの実用性が重視されている。

 三大クラスター間のギャップは、この4年間で縮小している。この傾向は、東アジアにおけるテクノロジー競争の激化を反映している。

(2)広州-深圳-香港:特許申請と論文発表で急速に追い上げ

 広州-深圳-香港は、近年の中国経済の発展により、イノベーションセンターとしての地位を急速に上げてきた。特に深圳は、「中国のシリコンバレー」とも称される。

 同クラスターは、特許と科学論文の両面で急成長している。2018年のPCT出願件数は48,084件、5.1%の世界シェアで、世界第2位であった。2022年には、PCT出願件数が2018年の倍に達し、世界シェアが8.2%となり、東京-横浜との差が大幅に縮まった。

 同クラスターが発表した科学論文は2018年には40,920件で、世界シェアはわずか0.5%、世界第32位だった。しかし、2022年には科学論文の発表数が2018年の3倍以上に激増し、世界シェアが1.9%に上昇、東京-横浜を超えて世界第3位に躍進した。

(3)北京:科学論文の発表で優位に

 中国の首都北京は、国のイノベーションセンターであり、科学論文の発表において圧倒的な強みを持っている。

 北京の科学論文発表数は2018年、197,175件に達し、世界シェア2.5%で、東京-横浜の1.4倍となり、世界第1位を獲得した。2022年には、北京の科学論文発表数は2018年に比べ24%増加し、世界シェアを3.7%に伸ばし、世界第1位を維持した。

 これに対して、北京の特許申請はまだ追い上げ途上にある。2018年のPCT出願件数は18,041件で、世界シェア1.9%、世界第8位だった。2022年には世界シェアを2.8%に伸ばし、世界第6位に上昇した。

 中国科学院[9]、清華大学、北京大学など一流の大学と研究機関が、北京の科学論文力の強固な基盤を作り上げている。科学論文発表数の持続的な増加が、世界的な科学技術クラスターとしての北京の地位を固めている。

2.北京:行政地区の面積が最大、人口規模が第二、経済規模が最小


 図1が示すように、三大クラスターの中で、北京の行政地区面積は最大で、16,410平方キロメートルに達し、広州-深圳-香港の1.3倍、東京-横浜の6.2倍となる。

 人口規模は、広州-深圳-香港の人口が最も多く4,390.5万人で、これは北京の2倍、東京-横浜の2.5倍である。

 経済規模は、広州-深圳-香港のGDPが東京-横浜をわずかに上回り、約171兆円(8兆5,506億元、1元=20円換算、以下同様)に達する。対する北京の経済規模は、広州-深圳-香港の半分程度にすぎない。

 三大クラスターの中では、東京-横浜の人口一人当たりGDPが最も高く、926万円(約46.3万元)である。これに対して、広州-深圳-香港と、北京の一人当たりGDPはそれぞれ約390万円(19.5万元)、約380万円(19.0万元)である。東京-横浜の人口一人当たりGDPはこの二つのクラスターのそれぞれ約2.4倍となっている。

図1 三大科学技術クラスター行政区域面積・人口規模・GDP比較

出典:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2021』などより作成。

3.北京:研究開発強度は最高


(1)研究開発費:東京-横浜が最大

 三大クラスターの中で、東京-横浜の研究開発費が最も多く、105.9兆円(約5兆2,950億元)に達している。これは広州-深圳-香港の1.2倍、北京の2倍である。一方、広州-深圳-香港の研究開発費は北京の1.7倍となっている。

 北京は三大クラスターの中で研究開発費総額が最も少ない。

(2)研究開発強度:北京が最大

 国や地域の経済規模は異なるため、研究開発費を比較する際、研究開発費とGDPの比率、即ち「研究開発強度」[10]という指標が利用されることが多い。

 三大クラスターの中で、北京の研究開発費の総額は最も少ないにも関わらず、その研究開発強度は6.5%と最も高く、東京-横浜をわずかに上回り、広州-深圳-香港を1.2ポイント上回る。

(3)研究開発人員数:北京が最少

 研究開発を推進する上で、人員の投入は非常に重要な要素である。三大クラスターの中で、広州-深圳-香港と東京-横浜の研究開発人員数はそれぞれ643,000人、629,000人と、大きな差は見られない。北京の同人員数は473,000人で、他の2つのクラスターの四分の三に過ぎない。

(4)研究開発人員1人当たり研究開発費:東京-横浜が最多

 研究開発人員1人当たり研究開発費から見ると、東京-横浜が最も多い1,684万円(約84.2万元)である。広州-深圳-香港の約1,368万円(68.4万元)が続き、北京は約1,112万円(55.6万元)と最も少なく、東京-横浜の66%にすぎない。

図2 三大クラスター研究開発人員・研究開発費・研究開発強度比較

出典:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2021』などより作成。

4.北京:アジア随一の大学を持ちながら大学数と大学生数は最少


 大学はイノベーション人材を育成する“ゆりかご”であり、同時に研究開発の重要な拠点である。本論は、三大クラスターの大学リソースについても比較する。

(1)大学数:東京-横浜が最多

 東京-横浜には、大学が159校あり、三大クラスターの中で大学数が最も多い。次いで広州-深圳-香港が113校、北京は92校で東京-横浜の58%に過ぎない。

(2)大学生数:広州-深圳-香港が最多

 広州-深圳-香港は、在籍する大学生数が170.2万人と最も多い。東京-横浜は85.1万人、北京は59万人で広州-深圳-香港の35%に過ぎない。これは、中国が北京での大学設置と定員数を厳しく制約していることを反映している。

(3)北京:トップ500の大学数は最少

 タイムズ・ハイアー・エデュケーション[11]が2022年に発表した「世界大学ランキング」[12]によれば、トップ500にランクインした大学数では、東京-横浜が42校で、広州-深圳-香港の16校、北京の14校を圧倒した。

 北京は同ランキング内でアジアトップ10大学第1位の清華大学と第2位の北京大学を有している。東京-横浜は、同アジアトップ10大学に東京大学が第6位と1校がランクインしている。広州-深圳-香港は、第4位に香港大学、第7位に香港中文大学、第9位に香港科技大学の3校が入った。

 すなわちアジアトップ10大学には三大クラスターから6校も占めている。

図3 三大クラスター大学数・在籍大学生数・世界トップクラス大学数比較

出典:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2021』などより作成。

5.北京:学術研究レベルは高いが、実戦能力は相対的に弱い


 前述までの分析から、北京は、三大クラスターの中で研究開発人員数、研究開発経費、研究開発人員1人当たり研究開発費が最も少ない。しかし、研究開発強度が最も高い。中国の地級市以上の297都市[13]の中でも北京は、研究開発強度が最高である。これは北京のイノベーションに対する積極姿勢を表している。

 さらに北京には、清華大学、北京大学、中国科学院を始めとする一流の大学及び研究機関が集積し、中国の三分の一の「国家重点実験室」[14]を配している。また「二院院士(中国科学院・中国工程院士)」[15]の半数近くが北京に在職している。

 結果、北京は科学論文の発表数で他のクラスターを圧倒し、特許のPCT出願件数でも追い上げている。

 だが、東京-横浜と広州-深圳-香港に比べ、北京のイノベーションの産業界との協働はやや弱い。


[1] 世界知的所有権機関(WIPO: World Intellectual Property Organization)は、国際連合の専門機関として知的所有権に関する国際協力を促進している。WIPOは、1970年に設立され、本部はスイスのジュネーヴにある。

[2] グローバル・イノベーション・インデックス(GII: Global Innovation Index)とは、WIPOや欧州経営大学院、コーネル大学などの協力のもと、2007年から毎年発表され、132国・地域のイノベーション能力や実績を評価する指標である。同インデックスでは、2017年から「科学技術クラスター」の100位までのランキングを公表している。GII科学技術クラスターについて詳しくは、WIPOのホームページ(https://www.wipo.int/about-wipo/ja/offices/japan/news/2022/news_0034.html)(最終閲覧日:2023年8月14日)を参照。

[3] 2022年度版のGII科学技術クラスターランキング上位10地域は、東京-横浜が第1位、広州-深圳-香港が第2位、北京が第3位、ソウルが第4位、サンノゼ-サンフランシスコが第5位、上海-蘇州が第6位、大阪-神戸-京都が第7位、ボストン-ケンブリッジが第8位、ニューヨークが第9位、パリが第10位と続く。日本では他に名古屋が第12位にランクインし、金沢が第80位、浜松が第85位となっている。

[4] PCT出願とは、「特許協力条約(PCT: Patent Cooperation Treaty)」に基づく国際特許出願を指す。PCTは、1970年に締結され1978年に発効、2023年現在、157カ国・地域が加盟。特許出願者が一つの出願を行うことで、PCT加盟国であるすべての国や地域での特許保護を求めることができる国際的な制度である。

[5] クラリベイト・アナリティクス(Clarivate Analytics)は、研究情報や特許情報、学術出版情報などの分析・提供を行う国際的な企業である。同社は、多くのデータベースやツールを提供しており、その中でも学術論文の引用情報を中心にした研究情報データベース「Web of Science」や特許情報の包括的なデータベース「Derwent World Patents Index」などは、学術研究や特許情報の分析に広く利用されている。

[6] Science Citation Index Expandedとは、学術論文の引用情報を中心に収集・提供するデータベースである。SCIEは、クラリベイト・アナリティクス社が提供する「Web of Science」の一部として存在し、自然科学や社会科学の分野における論文の引用情報を広範囲にわたってカバーしている。同データベースは、論文の引用情報を提供することで、研究の影響度や質を評価するための重要なツールとして利用される。また、特定の研究者や研究機関の業績を評価する際の基準としても活用されている。SCIEについて詳しくは、クラリベイト・アナリティクス社のホームページ(https://clarivate.com/products/scientific-and-academic-research/research-discovery-and-workflow-solutions/webofscience-platform/web-of-science-core-collection/science-citation-index-expanded/)(最終閲覧日:2023年8月14日)を参照。

[7] 『中国都市総合発展指標』は、雲河都市研究院と中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司(局)が共同開発した都市評価指標である。2016年以来毎年、内外で発表している。同指標は、環境・社会・経済という3つの軸(大項目)で中国の都市発展を総合的に評価している。評価対象は、中国297地級市以上都市(日本の都道府県に相当)全てをカバーし、評価基礎データは882個に及び、その内訳は31%が統計データ、35%が衛星リモートセンシングデータ、34%がインターネットビッグデータである。その意味で、同指標は、異分野のデータ資源を活用し、「五感」で都市を高度に知覚・判断できる先進的なマルチモーダル指標システムである。同指標は、中国語で『中国城市総合発展指標』人民出版社、日本語で『中国都市ランキング』NTT出版、英語で『China Integrated City Index』Pace University Pressが書籍として出版されている。『中国都市総合発展指標』について詳しくは、周牧之ら編著『環境・経済・社会 中国都市ランキング2018―大都市圏発展戦略』、NTT出版、2020年10月10日を参照。

[8] 北京市人民政府参事室の要請を受け、筆者は2023年4月に『世界三大技術クラスターの技術革新パフォーマンスに関する比較研究(全球三大科技集群科技創新表現比較研究)』レポートを提出した。

[9] 中国科学院(CAS: Chinese Academy of Sciences)は、中国の国立研究機関であり、自然科学と高度技術の研究・開発を行う最も権威ある学術機関である。1949年に設立され、現在は多数の研究所や実験室を持つ。中国科学院は、基礎研究から応用研究、技術革新に至るまでのさまざまな研究活動を行い、国内外の学術交流や協力も積極的に進める。筆者は2012年より中国科学院科技政策与管理科学研究所特任研究員を5年間務めた。

[10] 研究開発強度は、研究開発費をGDPや売上高などの経済指標で割った値として表され、研究開発への投資意欲や技術革新への取り組みの度合いを示す。

[11] タイムズ・ハイアー・エデュケーション(Times Higher Education)は、高等教育に関する専門誌である。同誌は、高等教育機関のニュース、意見、特集記事などを提供しており、教育関係者や研究者、学生などの間で広く読まれている。

[12] 「世界大学ランキング(Times Higher Education World University Rankings)」は、世界中の高等教育機関を評価・ランキングする主要な指標の一つである。同ランキングは、タイムズ・ハイアー・エデュケーション誌が毎年発表している。ランキングは、教育環境、研究(研究のボリューム、収入、評判)、論文の引用数(研究の影響)、国際的展望(スタッフ、学生、研究)、産業収入(知識移転)の指標を基に、大学の総合的な実力や影響力を評価している。特に、研究の質や影響、国際的な連携や協力の度合いなどが重視されている。世界大学ランキングについて詳しくは、タイムズ・ハイアー・エデュケーション誌のホームページ(https://www.timeshighereducation.com/world-university-rankings)(最終閲覧日:2023年8月14日)を参照。

[13] 地級市以上の297都市は、4つの直轄市、27の省都・自治区首府、5つの計画単列市と261地級市から成る。中国の都市の行政区分について詳しくは周牧之など編著『環境・社会・経済 中国都市ランキング−中国都市総合発展指標』NTT出版、2018年6月、p5を参照。

[14] 国家重点実験室とは、中国の特定研究分野や技術領域における先端的な研究を行うための研究機関である。

[15] 院士とは、中国における最高の学術称号であり、二院院士とは、中国科学院(CAS)と中国工程院(CAE)の院士を総称して呼ぶものである。この称号は、科学とエンジニアの分野で特筆すべき業績を上げた研究者や専門家に与えられる。


(本論文では栗本賢一、甄雪華、趙建の三氏がデータ整理と図表作成に携わった)


 本論文は、周牧之論文『世界三大科学技術クラスターパフォーマンスに関する比較分析』より抜粋したものである。『東京経大学会誌 経済学』、319号、2023年。

(※論文後半はこちらから)

【論文】周牧之:誰が中国の穀物供給を支えている? 増え続ける世界そして中国の人口をどう養うか?(Ⅱ)

How to feed the growing world and Chinese population?

周牧之 東京経済大学教授

■ 編集ノート: 
 誰が中国を養うのか?論文の後半は、中国が巨大な人口を如何に養ってきたか、また世界最大の食糧輸入大国としての中国が何処から何を輸入しているのか、について、周牧之東京経済大学教授が解き明かす。さらに『中国都市総合発展指標』のデータシステムを活用し、衛星データのGIS解析を駆使して、中国における都市レベルの食糧生産に関する実態を分析する。中国の農業生産性が最も高い地域はどこか。そして中国は将来、食糧問題にどう取り組むべきか。

(※論文前半はこちら)


1.『誰が中国を養うのか』の衝撃


 1995年にアメリカの学者レスター・ブラウンが著書『誰が中国を養うのか』[1]を発表した。同氏は、13億人口を持つ中国の食糧供給能力、そして世界の食糧供給網に及ぼす潜在的な影響に対して強い危機感を示した。

 ブラウン氏の主張に煽られ、当時の朱鎔基首相が急進的な食糧生産拡大政策を進めた[2]。しかし、その後中国の主食である小麦とコメの供給力が国内で満たされ、ブラウン氏の予言は当たらなかった。むしろ、食糧増産政策による過度な開墾が環境問題を引き起こした。その後、中国政府は傾斜面など一部の耕地を森林に戻す「退耕還林」政策[3]を採り、朱鎔基農業政策を修正した。

 図1では、1961年を起点とし、今日までの中国の人口、穀物耕地面積、穀物生産量、そして平均単位面積穀物生産量の推移を整理した。同図が示すように、中国の穀物生産量は人口増以上に増えてきた。この間、中国人口は約2.2倍になったのに対し、中国の穀物生産量は約5.9倍となった。しかし穀物耕地面積は僅か12%しか増えていない。つまり、中国で穀物生産量を伸ばした最大の要因は、耕地の拡大ではなかった。

 中国での穀物生産量増大の最大の要因は、単収(単位面積当たりの穀物収穫量)の伸びであった。中国も開墾による耕地の拡大よりは「緑の革命」で食糧供給力を伸ばした。さらに注目すべきは、この間、耕地単位面積当たりの穀物収穫量は、世界平均が3.1倍になったのに対して、中国は同5.3倍になった。言い換えれば、中国は「緑の革命」の優等生として土地の生産性を劇的に向上させた。

図1 中国人口、穀物生産量、穀物耕地面積、単収の推移(1961〜2021年)

出所:国連食糧農業機関(FAO)、オックスフォード大学Our World in Dataデータセットより作成。

 もっともその間、中国の経済発展に伴い、中国の一人当たりカロリー供給量も顕著に増加した。図2では1947年から2018年までの中国一人当たりの一日カロリー供給量(年)を示した。現在一人当たり一日カロリー供給量は食糧難の1960年当時に比べて、2.3倍となった。

 世界の8%の耕地と6%の淡水資源で18%の人口を養えたのは、中国の農業生産性の向上に因るものであった。

 中国の穀物生産性の向上は、中国の食糧供給を安定させ、小麦、コメといった主食の国際価格の安定化にも寄与した。

図2 中国一人当たりの一日カロリー供給量(1947〜2018年)

出所:国連食糧農業機関(FAO)、オックスフォード大学Our World in Dataデータセットより作成。

2.なぜ中国は大豆とトウモロコシの一大バイヤーに


 中国が小麦とコメといった主食で自給自足であるのに対し、大豆とトウモロコシなど飼料穀物に関しては国際市場に依存している。

 図3は、2022年中国の主要穀物輸入量を示している。同図から中国の穀物輸入においては主に大豆、トウモロコシ、高粱といった飼料穀物が主体であることを確認できる。2022年、これら3種の穀物が中国の穀物輸入全体に占める割合は89.7%に達した。

図 3 中国の主要穀物輸入量(2022年)

出所:国連貿易開発会議(UNCTAD)データセットより作成。

 改革開放後、中国で肉の消費量は急激に上がり続けた。図4が示すように、2020年、中国の年間一人当たりの肉の消費量は62キロに達した。世界平均の同42.3キロをはるかに超え、肉食の比重が高いアメリカの同126.7キロには及ばないものの、日本の同54キロを超えている。中国の膨大な人口規模に鑑み、肉の消費量を支える畜産業の大発展が欠かせない。

図4 国・地域別一人当たり食肉消費と一人当たりGDP(2020年)

出所:オックスフォード大学「Our World in Data」データセットより引用、加筆。

 図5は、1979年から2022年までの中国の食肉生産量を表している。1979年改革開放直後の1,062万トンから今日2022年の9,328万トンまで大きく伸びた。

 食肉生産に使用される飼料穀物の成分として、特にトウモロコシと大豆が重要である。中国食肉生産の大きな伸びを支えたのが飼料穀物の海外調達であった。

図 5 中国の食肉生産量 (1979~2022年)

出所:中国国家統計局データセットより作成。

 図6は2022年世界地域別大豆輸入量を示している。同図で中国が78.9%のシェアを持つ世界最大のバイヤーであることが確認できる。中国の大豆輸入の59.7%はブラジルからであり、32.4%がアメリカからである。

 図7は2022年世界地域別トウモロコシ輸入量を示している。同図で中国が37.8%のシェアを持つ世界最大のバイヤーであることが確認できる。中国のトウモロコシ輸入の72.1%はアメリカからであり、25.5%がウクライナからである。

 飼料穀物の最大のバイヤーとして世界穀物貿易に依存する中国にとって、安定的な供給先の確保が重要である。その重要性は米中貿易摩擦や、ロシアによるウクライナ侵攻によって更に強まっている。

図 6 世界地域別大豆輸入量(2022年)

注:HSコード[4]は1201。
出所:国連「UN Comtrade」データセットより作成。

図 7 世界地域別トウモロコシ輸入量

注:トウモロコシのHSコードは1005。
出所:国連「UN Comtrade」データセットより作成。

3.中国穀物生産の都市別実態分析


 中国の国土の中で、経済活動が行われる主なエリアは地級市[5](日本の都道府県に相当)以上の297都市[6]から成る。これらの都市は中国の人口の94.7%、GDPの96.6%を占めている。中国における食糧生産構造を知るには、都市レベルでの実態把握が必要である。本論は、『中国都市総合発展指標』のデータシステムを活用し、衛星データのGIS解析を駆使して、中国における都市レベルの食糧生産に関する実態分析に挑む。『中国都市総合発展指標』は、雲河都市研究院と中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司(局)が共同開発した都市評価指標である。2016年以来毎年、内外で発表してきた。同指標は、環境・社会・経済という3つの軸(大項目)で中国の都市発展を総合的に評価している。評価対象は、中国297地級市以上都市の全てをカバーし、評価基礎データは882個に及ぶ[7]。

(1)耕地面積

 図8は、『中国都市総合発展指標』がGISを活用して算出した「耕地面積」[8]のランキングである。上位10都市はチチハル、重慶、ハルビン、ジャムス、綏化、フルンボイル、黒河、通遼、長春、南陽である。また、11位から30位にかけての都市は白城、松原、信陽、臨沂、鶏西、双鴨山、赤峰、駐馬店、塩城、四平、濰坊、大慶、滄州、滁州、吉林、牡丹江、荊州、周口、遵義、菏沢となっている。

 上記トップ10都市の耕地面積は全国の15.4%を、トップ30都市は同31.4%を占めている。つまり297都市の10分の1に当たるトップ30都市は、中国耕地面積の3分の1弱を占める。これら都市は主に黒竜江省、吉林省、内モンゴル自治区、山東省、河北省、河南省、安徽省、江蘇省といった東北・華北の平原地帯に位置している。これらの地域は、小麦の主要な生産地として、食糧供給の基盤となっている[9]。これに対して長江以南は、重慶と遵義の2都市のみがトップ30入りした。そもそも直轄市である重慶の行政エリアは桁違いに大きい。

図8 中国都市耕地面積ランキング トップ30都市

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標』データセットより作成。

(2)穀物生産量

 図9は、中国都市の「穀物生産量」ランキングトップ30を示している。トップ10都市は、ハルビン、チチハル、長春、綏化、ジャムス、重慶、周口、通遼市、駐馬店、菏沢となる。次いで11位から30位にかけては、徳州、商丘、南陽、塩城、松原、赤峰、フルンボイル、鶏西、信陽、双鴨山、聊城、保定、邯鄲、阜陽、黒河、白城、亳州、徐州、石家荘、淮安という順序となる。

 上記トップ10都市の穀物生産量は全国の15.3%を、トップ30都市は同32.9%を占めている。つまり297都市の10分の1に当たるトップ30都市は、中国穀物生産量の3分の1を占める。これら都市は耕地面積トップ30同様、主に東北・華北の平原地帯に位置している。耕地面積トップ30と比べて、穀物生産量トップ30には江蘇省と安徽省の都市が増えたことが目立つ。これに対して、南の都市は、重慶のみになった。

図 9 中国都市穀物総生産量ランキング  トップ30都市

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標』データセットより作成。

(3)耕地生産性

  しかし耕地面積当たりの第一産業のGDPでランキング分析を行うと、様相が一転する。図10は中国都市の耕地面積当たり第一次産業GDPで示した耕地生産性ランキングである。トップ10都市は三明、竜岩、福州、寧徳、舟山、汕頭、南平、漳州、楽山、麗水の順に並ぶ。11位から30位までの都市は、茂名、莆田、潮州、長沙、株洲、三亜、台州、肇慶、海口、巴中、儋州、萍郷、杭州、紹興、寧波、黄山、掲陽、泉州、広州、仏山である。

 このトップ30都市はすべて長江以南にある。名を連ねる福建省、浙江省、広東省、湖南省、海南省、四川省を中心とした南部の都市が上位にある背景として、これらの地域の温暖かつ湿潤な気候が考えられる。穀物生産はコメが中心で、さらに茶、果物、タバコ、野菜など付加価値の高い農産品生産が盛んである。また、これらの地域は北方と比べて耕地面積が小さい。豊かで資金力があるため農業生産に資金と手間を投じる傾向が強い。結果、耕地の生産性は高まる。ランキングではさらに福州、長沙、杭州、紹興、寧波、泉州、広州、仏山といった大都市の名が目立つ。これは、大都市近郊農業の優位性を示している。

図10 中国都市耕地生産性ランキング トップ30都市

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標』データセットより作成。

(4)穀物生産輻射力

 本論はさらに、穀物生産に関連する都市の広域的影響力を分析するため、「穀物生産輻射力」[10]を用いた。図11は、中国都市穀物生産輻射力ランキングトップ30を示す。上位10都市は順にジャムス、チチハル、綏化、ハルビン、長春、通遼、松原、双鴨山、鶏西、周口であり、11〜30位にはフルンボイル、徳州、駐馬店、黒河、白城、赤峰、塩城、菏沢、商丘、四平、大慶、聊城、信陽、鉄嶺、滁州、鶴崗、淮安、亳州、南陽、吉林が続く。

 中国都市穀物生産輻射力ランキングトップ30にも、主に東北・華北の平原地帯の都市が中心であり、且つすべて長江以北の都市である。

 「中国都市穀物生産輻射力」と「中国都市穀物生産量」、「中国都市耕地面積」について相関分析[11]を行ったところ、相関係数は各々0.7、0.6に達した。つまり都市穀物生産輻射力は、穀物生産量と耕地面積と相関関係を持つ。

 一方、「中国都市穀物生産輻射力」と「中国都市耕地生産性」について相関分析を行ったところ、その相関係数は-0.3であった。つまり、穀物生産輻射力が高い都市は、必ずしも土地生産性は高くない。これは小麦生産を中心とする北方の穀物生産地域の収入水準が低いことを示している。北方と比べ、中国南方地域では耕地面積は狭いものの、その収入水準は高い。

図11 中国都市穀物生産輻射力ランキング トップ30都市

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標』データセットより作成。

4.中国穀物供給の安定化を図るには


 上記の分析が明らかにしたのは、穀物生産量を増やすには耕地の拡大よりも農業生産性を高める方が効果的だということである。中国は「緑の革命」の優等生として小麦とコメのほぼ100%の自給を成し遂げた。しかし、過度な化学肥料と農薬使用で、土壌汚染や健康被害などの問題も引き起こした。また、農業収入の南北格差が依然として大きい。今後、農業生産に、より高い投資を注ぎ、技術とインフラレベルの向上で、生産量と品質そして収入の向上を継続して計ることが欠かせない。とくに農業生産性において南北格差が顕著であるため北方地域における農業生産性の向上が肝要である。

 一方、大豆、トウモロコシといった飼料穀物の対外依存構造は、そう簡単に変えることはできない。そのためには安定した輸入先の確保が不可欠である

図12 ユーラシアランドブリッジ構想

出所:周牧之『現代版「絹の道」、構想推進を―欧州から日本まで資源の開発・輸送で協力―』日本経済新聞、1999年4月1日。

 1990年代末、筆者は、ユーラシア大陸における広域インフラ整備構想を考案した。同構想はカスピ海から中国沿岸部に至るガス・石油パイプライン、鉄道、高速道路、光ファイバー網の整備を含み「現代版シルクロード」とも形容された。主な目的は、中国そして東アジアの発展に必要とされるエネルギー資源や食糧の安定供給を図り、来るべき世界の需給ひっ迫を緩和することであった[12]。

図13 ユーラシアランドブリッジ構想(英訳版)

出所:Zhou Muzhi, Eurasian Land Bridge carries great promise, The Nikkei Weekly, 1999年5月17日.

 同構想の核心は輸出先の安定した供給能力の開発を前提とした「開発輸入」というコンセプトである。それは、冷戦後のユーラシア大陸における石油や天然ガス資源と、膨大な穀倉地帯の潜在的な可能性に鑑み、国際共同参画を前提とし、その開発と輸出入のインフラ整備を進め、中国及び東アジアのエネルギー及び食糧の安定供給を計るものであった。当時、中国はエネルギーも食糧も輸出国であったが、将来的に一大輸入国に転じると予測していた。

 同構想の国際協力において江沢民政権と小渕恵三政権の間に一時、日中両国の同意が得られたものの、その後日本の参加は見送られた。しかし同構想の予測が見事に当たり、中国はエネルギーそして食糧の一大輸出国に転じた。中国から中央アジア方面へのパイプラインの建設も着々と進んでいる。

 「開発輸入」のコンセプトは、その後中国が提唱する「一帯一路」[13]政策にも取り入れられた。中国が進める「開発輸入」は世界の農産物貿易の拡大と安定に大きく寄与するであろう。


[1] 米国民間シンクタンク・地球政策研究所元所長のレスター・R・ブラウン(Brown)氏が1994年に『ワールド・ウォッチ』誌で論文「誰が中国を養うのか」を発表した。1995年に論文名と同名の著書を発表した。Lester R. Brown, Who Will Feed China? W. W. Norton & Company, Inc., 1995を参照。

[2] 当時中国の朱鎔基首相は中国の食糧安全保障を確保するために、「‘米袋’省長責任制」、「食糧無制限買付け政策」、「食糧リスクファンドの超過備蓄への補填措置」などの制度や政策を急進的に展開した。これらの政策は中国の食糧生産能力の向上と食糧安全保障の強化に寄与したものの、過度な開墾が環境問題も引き起こした。

[3] 「退耕還林」とは、中国の環境保護および土地管理政策の一環として実施された「農地を森に戻す」政策である。同政策は1999年に開始され、一部の耕地に適さない農地を森林や草地に戻すことで、過度な開墾によってもたらされた環境問題を緩和するものであった。中国政府の発表によると1999年から2008年まで、全国で合計2,687万ヘクタール(4億300万畝)の農地が森林に戻された。

[4] HSコード(Harmonized System Code)は、国際的に統一された商品の分類・識別システムである。このコードは、6桁の数字で構成され、世界各国の税関や統計機関で使用されている。HSコードは、世界関税機構(WCO)によって管理され、定期的に見直されている。

[5] 現在、中国の地方政府には省・自治区・直轄市・特別行政区といった「省級政府」と、地区級、県級、郷鎮級という4つの階層に分かれる「地方政府」がある。都市の中にも、北京、上海のような「直轄市」、南京、広州、ラサのような「省都・自治区首府」があり、蘇州、無錫のような「地級市(地区級市)」、昆山、江陰のような「県級市」もある。なお、地級市は市と称するものの、都市部と周辺の農村部を含む比較的大きな行政単位であり、人口や面積規模は、日本の市より都道府県に近い。

[6] 地級市以上の297都市は、4つの直轄市、27の省都・自治区首府、5つの計画単列市と262地級市から成る。

[7]『中国都市総合発展指標』は2016年以来毎年、中国都市ランキングを内外で発表してきた。同指標は環境・社会・経済という3つの軸(大項目)で中国の都市発展を総合的に評価している。同指標の構造は、各大項目の下に3つの中項目があり、各中項目の下に3つの小項目を設けた「3×3×3構造」で、各小項目は複数の指標で構成される。これらの指標は、合計882の基礎データから成り、内訳は31%が統計データ、35%が衛星リモートセンシングデータ、34%がインターネットビッグデータである。その意味で、同指標は、異分野のデータ資源を活用し、「五感」で都市を高度に知覚・判断できる先進的なマルチモーダル指標システムである。現在、中国語(『中国城市総合発展指標』人民出版社)、日本語(『中国都市ランキング』NTT出版)、英語版(『China Integrated City Index』Pace University Press)が書籍として出版されている。『中国都市総合発展指標』について詳しくは、周牧之ら編著『環境・経済・社会 中国都市ランキング2018―〈大都市圏発展戦略〉』、NTT出版、2020年10月10日を参照。

[8] 『中国都市総合発展指標』の耕地面積は、「Copernicus Climate Change Service」の「Land cover classification gridded maps」データセットを用いて算出した。このデータセットは、FAOの土地利用区分22分類に基づいて構成され、解像度は300メートルメッシュである。データセットから「耕地」分類のメッシュデータを、GISを用いて中国各都市の耕地面積を集計した。

[9] 中国の小麦生産の限界緯度は、主に「秦嶺-淮河線」によって示されている。秦嶺-淮河線は中国の自然地理の分界線で、北方の寒冷な気候と南方の温暖な気候に分けている。地域的には、秦嶺-淮河線は秦嶺(Qin Mountains)と淮河(Huai River)によって形成される。秦嶺-淮河線の北側が小麦栽培地域で、南側は主に水稲が栽培されている。

[10] 『中国都市総合発展指標』で使用する「輻射力」とは広域影響力の評価指標であり、都市のある業種の周辺へのサービス移出・移入量を、当該業種従業者数と全国の当該業種従業者数の関係、および当該業種に関連する主なデータを用いて複合的に計算した指標である。穀物生産輻射力は穀物生産量も加味した。

[11] 相関分析とは、二つまたはそれ以上の変数間の関係の強さと方向を評価する統計的手法である。この分析は、変数間の相関係数を計算して行い、相関係数は-1から1の範囲の値を取る。相関係数が1に近い場合、変数間に強い正の関係があることを示し、-1に近い場合は強い負の関係を示し、0は変数間に関係がないことを示す。一般的に、相関係数は、0.9~1が「完全相関」、0.8~0.9が「極度に強い相関」、0.7~0.8が「強い相関」、0.5~0.7が「相関がある」、0.2~0.5が「弱い相関」、0.0~0.2が「無相関」であると考えられる。

[12] 同構想について、1999年4月1日に日本経済新聞の経済教室欄に筆者の署名文『現代版「絹の道」、構想推進を―欧州から日本まで資源の開発・輸送で協力―』を参照。

[13] 一帯一路(Belt and Road Initiative, BRI)は、中国が推進する広域経済圏構想である。同構想は、古代のシルクロードを現代の経済回廊に再構築し、陸上の「シルクロード経済帯」と海上の「21世紀海上シルクロード」を通じて、中国と他の参加国間の貿易と投資を促進し、地域経済の発展を支援することを目的としている。


 本論は東京経済大学個人研究助成費(研究番号21-15)を受けて研究を進めた成果である。

(本論文では栗本賢一、甄雪華、趙建の三氏がデータ整理と図表作成に携わった)


 本論文は、周牧之論文『増え続ける世界そして中国の人口をどう養うか?』より抜粋したものである。『東京経大学会誌 経済学』、321号、2024年。

【論文】周牧之:緑の革命・食糧貿易の光と影 ー 増え続ける世界そして中国の人口をどう養うか?(Ⅰ)

How to feed the growing world and Chinese population?

周牧之 東京経済大学教授

■ 編集ノート: 
 ロシア・ウクライナ戦争は、世界の食糧価格に大きな変動を引き起こし、食糧危機が国際社会で再びトピックとなった。周牧之東京経済大学教授が、論文の前半で、増え続ける地球人口を如何に養ってきたか、また世界食糧供給システムの罠、そして脆弱さを解き明かす。


 いまから半世紀前の1972年、ローマクラブという学術団体から『成長の限界』[1]と題したレポートが公開された。地球はこれ以上の人口を支えられないと警告したことで、大きな反響を巻き起こした。人口増加がもたらす食糧問題へのリスク意識を一気に高めた同レポートは当時、各国の政策立案者たちの重要な道標となった。

 『成長の限界』の警鐘にもかかわらず、いま、世界人口は1972年から倍増した。もっとも、世界の食糧供給は人口増を上回るペースで増え続けた。

 世界の食糧供給増大の要因は何か?これによって生じた不利益とは?現在の世界食糧供給システムを脅かす要因は何だろうか?本論は以上の問題意識に基づいて展開する。後半ではさらに中国の食糧問題についても言及する。

1.「緑の革命」に支えられた食糧供給


 図1は1800年から今日までの世界人口を各地域別に表したものである。同図が示すように、世界人口は、『成長の限界』が発表された1972年から今日まで2倍以上増加した。同報告書の警鐘をよそに、世界人口はアジアとアフリカを中心に猛スピードで増えた。

図1 世界人口増加の推移と予測(1800〜2100年)

出所:オックスフォード大学「Our World in Data」データセットより作成。

 図2では、1961年を起点として、今日までの世界人口、世界穀物耕地面積、世界穀物生産量、そして世界平均単位面積穀物生産量の推移を整理した。同図が示すように、世界穀物生産量は人口増以上に増えてきた。この間、世界人口は約2.5倍になったのに対し、世界の穀物生産量は約3.5倍となった。しかし穀物耕地面積は僅か14%しか増えていない。つまり、穀物生産量を伸ばした最大の要因は、耕地の拡大ではなかった。

 穀物生産量増大の最大の要因は、単収(単位面積当たりの穀物収穫量)が3.1倍になったことである。言い換えれば、土地の生産性が劇的に向上した。これは「緑の革命」の成果である。

 「緑の革命」については解釈が様々あるが、基本的には、化学肥料や農薬の投入、灌漑施設の整備、遺伝子組み換えを含む高収量品種の開発、そして農業の機械化及び組織化などを指す。これらの取り組みは農業生産性を大幅に向上させた。

 「緑の革命」は『成長の限界』で取り上げられた食糧危機を回避し、増え続けた人口を養った。

図2 世界人口、穀物生産量、穀物耕地面積、単収の推移(1961〜2021年)

出所:国連食糧農業機関(FAO)、オックスフォード大学「Our World in Data」データセットより作成。

2.農業生産性における先進国と途上国の格差拡大


 「緑の革命」は、人口を養う能力を地球規模で大きく高めた。しかし、「緑の革命」が農業への資金投入度を高め、農業を「資本集約産業」にしたことで、先進国と途上国の農業生産性の格差拡大ももたらされた。

 灌漑施設の整備、品種の改良、化学肥料と農薬の大量投入、大規模な農場化、機械化、先進的な農業管理技術の導入などは、膨大な資本力を必要とする。農業、とくに小麦産業を大規模な資本投入産業へと変貌させた結果、資本力と補助金とで強い生産体制を築いたアメリカそしてEUで農業の生産性は高まり、輸出産業にまで成長した。

 一方で、多くの発展途上国、特にアフリカ諸国は、資本力の欠如により「緑の革命」の恩恵から疎外されている。図3は、世界各国を所得別に高所得国、高中所得国、低中所得国、低所得国の四つのグループ[2]に分け、其々の農業就業者一人当たり農業付加価値額、つまり農業の労働生産性を計算したものである[3]。同図が示すように、農業の労働生産性を見ると、所得の高い国ほど高い。最上位の高所得国と最下位の低所得国との間の農業労働生産性の格差が、49倍にもなった。すなわち農業は資本投入により、付加価値も相応に増える「資本集約型産業」になった。これが農業の労働生産性だけでなく、耕地の単収にそのまま反映されている。

図3 農業就業者一人当たり農業付加価値額(2019年)

注:アルゼンチンは通貨安の影響により異常値となっていることからランキングから除外。
出所:国連食糧農業機関(FAO)、オックスフォード大学「Our World in Data」データセットより引用、加筆。

3.食糧貿易の光と影


 そもそも各国の気候、地理、風土などの自然条件で農業の生産性は異なる。加えて、上記の資本力と補助金などで農業の生産性はさらに拡大した。こうした農業生産力のギャップを埋めたのは、食糧貿易であった。

 貿易がアフリカを始めとする食糧不足地域の人口増を支えた。しかし安い食糧輸入は、食糧生産コストの高い国の食糧産業を圧迫し、壊滅に追い込みさえした。これらの地域の食糧対外依存は構造的なものとなり、資本が乏しい国々では、先進国への食糧供給依存が深まった。

 なかでもアメリカの穀物生産力の捌け口として、アフリカ諸国は重要だった。しかし、中国をはじめとするアジアの飼料需要の急増や、穀物のバイオ燃料化という新ニーズの出現[4]によって、アメリカにとってのアフリカ市場の重要性が低まった。そこの穴を埋めたのがロシアとウクライナの小麦の輸出であった。

図 4 世界四大食糧輸出量の推移(1961〜2021年)

出所:国連食糧農業機関(FAO)データセットより作成。

 図4は、1961年から2021年までの60年間、世界の小麦、トウモロコシ、大豆、コメの四大穀物の輸出量の推移を表している。小麦は最も輸出比率の高い穀物である。特に、アメリカにおいては、生産される小麦の大半が輸出されている。

 中国を始めとする新興国家の輸入増大などによってトウモロコシや大豆の輸出も急速に拡大している。

 小麦、トウモロコシ、大豆の主要な輸出地域はアメリカ、EU、カナダ、およびオーストラリアであるが、21世紀に入ってからは、ロシアやウクライナも小麦の輸出において重要な地位を占めている。ロシアによるウクライナ侵攻の直前、ロシアとウクライナを合わせた小麦の輸出の世界シェアは30%に達した。また、米中貿易摩擦の影響で最近、大豆の輸出国としてブラジルも大きな存在感を示し始めた。

 一方で、コメの輸出比率は低く、大きな伸びを見ない。これは、コメが、生産地と消費地がほぼ一致する典型的な自給自足型穀物だからである。なお、近年、インドのコメ輸出が増大し、世界最大の輸出国となっているが、輸出規模はまだ限定的かつ不安定である[5]。

図 5 世界農産物貿易フロー(付加価値額ベース)(2020年)

出所:英国王立国際問題研究所データベースより引用、加筆。

 図5で、2020年における付加価値額ベースの世界農産物貿易フローを整理した。農産物貿易アイテムとして、金額ベースで多いものから順に、園芸作物(野菜、果樹、花など)、油用種子、穀物、肉類、そして魚介類・水産物となる。

 農産物輸出のトップ5は、多い順にアメリカ、ブラジル、オランダ、ドイツ、中国である。同輸入のトップ5は、多い順に中国、アメリカ、ドイツ、オランダ、日本である。

 二国間の農産物貿易量で最も多いのがブラジルから中国への輸出であり、次いでアメリカから中国、メキシコからアメリカ、オランダからドイツ、そしてカナダからアメリカへの輸出が続く。中国は農産物貿易のバイヤーとしての存在が目立つ。

 各国で農業生産性の格差はあるものの、農産物貿易は世界全体の食糧供給を支えている。しかし、ロシアによるウクライナ侵攻は、世界の食糧供給システムを大混乱させた。図6は、1990年から2023年4月までの世界穀物価格の月別推移を示している。同図で分かるように世界穀物価格は同侵攻によって激しく乱高下した。中でも構造的に食糧を対外依存するアフリカ諸国への打撃が深刻である。国連食糧農業機関(FAO)や世界食糧計画(WFP)の報告[6]によると、2022年に急性飢餓人口[7]は過去最高の2億5,800万人に達し、前年比で6,500万人も増えた。これは、食糧価格の急騰が主な要因として挙げられる。ロシアとウクライナからの食糧輸出の激減で、「食糧危機」という近年忘れ去られていた政策イシューが、再び浮上してきた。

図6 世界穀物価格推移(1990〜2023年)

出所:国連食糧農業機関(FAO)データセットより作成。

4.化学肥料のグローバルトレード


 ロシアによるウクライナ侵攻は、化学肥料のグローバルトレードにも大きな影響を及ぼしている。「緑の革命」の立役者としての化学肥料の供給も国際貿易に依存している。図7は、2020年の化学肥料貿易フロー(付加価値額ベース)を整理したものである。同図によると、化学肥料輸出国のトップ5国は、多い順にロシア、中国、カナダ、モロッコ、アメリカである。一方、化学肥料輸入国のトップ5国は、多い順にブラジル、インド、アメリカ、中国、フランスである。

 二国間化学肥料貿易で最も多いのが、カナダからアメリカへの輸出である。ロシアからブラジルへ、中国からインドへ、アメリカからカナダへ、そしてモロッコからブラジルへの輸出が続く。

 化学肥料貿易の動向から、各国間で化学肥料のトレードが複雑に絡み合っていることが分かる。それは化学肥料生産資源の分布や各国の土壌特性などに因る。ロシアによるウクライナ侵攻はこうした複雑な貿易システムに打撃を与え、世界の農業生産に大きな影響を及ぼしている。

図 7 化学肥料貿易フロー(付加価値額ベース)(2020年)

出所:英国王立国際問題研究所データベースより引用、加筆。

[1] ローマクラブの『成長の限界』は、人口や経済の急激な成長が続けば地球の資源や環境に限界が訪れると予測した​​。同レポートは、資源と地球の有限性に焦点を当て、マサチューセッツ工科大学のデニス・メドウズ(Dennis Meadows)を主査とする国際チームが「システムダイナミクス」の手法を使用してまとめた研究である。詳細はドネラ・H・メドウズら著『成長の限界—ローマ・クラブ人類の危機レポート』、ダイヤモンド社、1972年を参照。

[2] 世界銀行は国々の所得水準に基づいた分類を定義しており、2023年度の基準によれば、1人あたりの国民総所得(GNI)が13,205ドル以上の国を「高所得国」とし、4,256ドルから13,205ドルまでの国を「高中所得国」とし、1,086ドルから4,255ドルまでの国を「低中所得国」とし、1,085ドル以下の国を「低所得国」として分類している​。

[3] 農業就業者一人当たりの農業付加価値額は、農業、林業、漁業から生み出される付加価値を、これらの部門で働く人の数で除したものである。このデータは米ドルで表示されており、インフレ調整済みだが、各国間の生活費の差は考慮されていない。

[4] 2021年、全世界のトウモロコシの16%がバイオ燃料として使われた。アメリカではその比率がさらに高く、34%に達している。

[5] 2023年7月、インドはコメの輸出を部分的に禁止した。同輸出制限措置は、インド国内のコメ価格の安定と供給とを目的に実施されたが、コメの輸入国、特にアフリカ諸国に食糧価格の上昇や飢餓問題の深刻化などの影響を及ぼしかねない。

[6] 「食料危機に関するグローバル報告書(Global Report on Food Crises, GRFC)」は、急性食料供給不安の状況と原因を評価し、提言を行う目的で年次発表されている。同報告書は「食料危機対策グローバルネットワーク」の事業の一環であり、国連食糧農業機関、世界食糧計画、欧州連合、ユニセフ、アメリカ、世界銀行など16のパートナー機関により支援されている。同ネットワークは、人道的および開発行動を促進するための独立したかつ合意に基づいた証拠と分析を提供する。今年5月に発表された2023年版報告書では緊急の食料と生計の支援を必要とする人々の数が増加し、ロシアのウクライナ侵攻や経済不況が影響しているとした。

[7] 急性飢餓人口とは、食料不足や栄養不十分により、健康と生命が直接脅かされている人々を指す。急性飢餓は通常、食料不足、高い食料価格、戦争や紛争、天候変動などの緊急事態により発生する。


本論は東京経大学個人研究助成費(研究番号21-15)を受けて研究を進めた成果である。

(本論文では栗本賢一、甄雪華、趙建の三氏がデータ整理と図表作成に携わった)


 本論文は、周牧之論文『増え続ける世界そして中国の人口をどう養うか?』より抜粋したものである。『東京経大学会誌 経済学』、321号、2024年。

(※論文後半はこちらから)

【論文】周牧之:中国で最もCO2を出している都市は? 中国の二酸化炭素排出構造及び要因分析

周牧之 東京経済大学教授


▷CO2関連論文①:周牧之『世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題』
▷CO2関連論文②:周牧之『二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧』
▷CO2関連論文③:周牧之『アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準』


1.中国都市CO2排出量ランキング


 中国の国土の中で、経済活動が行われる主なエリアは地級市[1](日本の都道府県に相当)以上の297都市[2]から成る。これらの都市は中国の人口の94.7%、GDPの96.6%を占めている。中国におけるCO2排出構造を知るには、都市レベルでの実態把握が必要であるが、これまでそのような分析は難しかった。本論は、〈中国都市総合発展指標〉のデータシステムを活用し、衛星データのGIS解析を駆使して、中国における都市レベルのCO2排出に関する実態分析に挑む。〈中国都市総合発展指標〉は、雲河都市研究院と中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司(局)が共同開発した都市評価指標である。2016年以来毎年、内外で発表してきた。同指標は、環境・社会・経済という3つの軸(大項目)で中国の都市発展を総合的に評価している。評価対象は、中国297地級市以上都市の全てをカバーし、評価基礎データは882個に及ぶ[3]。

 〈中国都市総合発展指標〉は毎年、衛星データのGIS解析を駆使して、中国各都市のCO2排出状況をモニタリング[4]し、評価している。図1は、新型コロナウイルスパンデミック直前の2019年における中国都市CO2排出量トップ30都市を示している。同ランキングのトップ10都市は、上海、北京、天津、蘇州、広州、唐山、ハルビン、寧波、青島、重慶となった。また、11位から30位は、東莞、無錫、済南、鄭州、徐州、台州、長春、棗荘、張家口、太原、保定、オルドス、武漢、大慶、南通、西安、南京、フフホト、杭州、深圳であった。これら30都市は中国CO2の32.6%を排出している。その排出規模は、世界第3位のインドの排出量の1.3倍にあたる。

 同トップ10都市に限って見ると、そのCO2排出量は中国全体の16.2%を占める。その排出規模は、世界第4位のロシアの排出量の1.1倍に当たり、日本の排出量の1.6倍に相当する。

 その意味では、同30都市のCO2排出構造を分析することには大きな意味がある。

図1 中国都市CO2排出量2019ランキング トップ30

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2020』データセットより作成。

2.CO₂排出量トップ30都市のグルーピング分析


 中国CO2排出量トップ30都市は三つのグループに分類できる。一つは直轄市や省都などから成る中心都市[5]、二つ目は三大メガロポリス[6]を始めとする沿海部で製造業が盛んな都市、三つ目は石油、石炭の産地、または電力、鉄鋼などCO2を大量に排出する産業が盛んなエネルギー・重化学工業都市である。その分類には、上海のように中心都市であると同時に沿海部の製造業スーパーシティでもあり、鉄鋼産業もかなりの規模を有するなど、複数の性質を有し、重複している都市がある。

(1)中心都市

 中国CO2排出量トップ30都市のうち、中心都市としては上海、北京、天津、広州、ハルビン、寧波、青島、重慶、済南、鄭州、長春、太原、武漢、西安、南京、フフホト、杭州、深圳の18都市が数えられる。人口と経済の大集積地として、生活水準の高い中心都市が、CO2排出においても大きな存在となっている。

(2)製造業スーパーシティ

 〈中国都市総合発展指標〉では「中国都市製造業輻射力」も毎年モニタリングしている。輻射力とは都市の広域影響力の評価指標である。製造業輻射力は都市における工業製品の移出と輸出そして、製造業の従業者数を評価したもので、中国各都市で公表された統計年鑑や国民経済和社会発展統計公報を参照し算出した。

 図2が示すように、「中国都市製造業輻射力2020」ランキングのトップ30都市は、深圳、蘇州、東莞、上海、寧波、仏山、成都、広州、無錫、杭州、厦門、恵州、中山、青島、天津、北京、南京、嘉興、金華、鄭州、珠海、泉州、紹興、煙台、常州、西安、台州、南通、大連、威海である[7]。その中で「中国都市CO2排出量ランキング2019[8]」トップ30にも名を連ねる都市は、深圳、蘇州、東莞、上海、寧波、広州、無錫、杭州、青島、天津、北京、南京、鄭州、西安、台州、南通の16都市である。その中で鄭州、西安を除く都市が三大メガロポリス(京津冀・長江デルタ・珠江デルタ)に所属している。グローバルサプライチェーンで輸出力を誇る製造業スーパーシティが、CO2排出においても大きなプレイヤーになっている。

 ちなみに「中国都市製造業輻射力2020」ランキングのトップ10入りの成都と仏山は、「中国都市CO2排出量ランキング2019」のトップ30には入っていないものの、33位と42位となっている。

図2 中国都市製造業輻射力2020ランキング トップ30

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2020』データセットより作成。

(3)エネルギー・重化学工業都市

 「中国都市CO2排出量ランキング2019」のトップ30都市には、石油、石炭の産地、または電力、鉄鋼、石油化学などCO2を大量に排出する産業が盛んな、エネルギー・重化学工業都市が多い。本論では『中国都市総合発展指標』の中の「都市発電量」、「都市鉄鋼産業輻射力」、「都市石炭鉱業輻射力」などの指標を使い、これらエネルギー・重化学工業都市の実態を分析する。

① 中国都市発電量ランキング2020

 火力発電はCO2を大量に排出する産業である。〈中国都市総合発展指標〉では中国各都市の発電量をモニタリングしている。「中国都市発電量ランキング2020」は、中国各都市で公表された統計年鑑や国民経済和社会発展統計公報を参照し算出した[9]。

 図3が示すように、「中国都市発電量ランキング2020」のトップ30都市は順に、楡林、宣昌、オルドス、浜州、蘇州、銀川、上海、嘉興、重慶、深圳、福州、天津、寧波、包頭、煙台、淮南、麗江、成都、唐山、聊城、昭通、陽江、通遼、フフホト、済寧、大連、徐州、ウランチャプ、西寧、寧徳である。

 中国CO2排出量トップ30都市のうち、上記ランキングでトップ30入りした電力生産基地としてオルドス、蘇州、上海、重慶、深圳、天津、寧波、唐山、フフホト、徐州の10都市が数えられる。これらの都市において石炭火力が大量のCO2を排出している。

 ちなみに「中国都市発電量ランキング2020」ランキングのトップ10入りの楡林、宣昌、浜州、銀川、嘉興は、「中国都市CO2排出量ランキング2019」のトップ30には入っていないものの、楡林31位、嘉興44位、浜州78位、銀川84位となっている。宣昌は三峡ダムでの水力発電がメインとなっているためCO2の排出量は少ない。

図3 中国都市発電量2019ランキング トップ30

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2020』データセットより作成。

② 中国都市鉄鋼産業輻射力2020

 鉄鋼産業は製造業の中で最もCO2を排出している産業である。〈中国都市総合発展指標〉では中国各都市の鉄鋼産業輻射力をモニタリングしている。鉄鋼産業輻射力は都市における同産業の従業者数、企業集積状況、営業収入、資産などを評価した。「中国都市鉄鋼産業輻射力2020」は、2019年から2020年にかけて中国各都市で公表された「第4回全国経済センサス」も参照し算出した。図4が示すように、「中国都市鉄鋼産業輻射力2020」ランキングの上位30都市は順に、唐山、邯鄲、天津、蘇州、無錫、済南、常州、本渓、包頭、武漢、太原、馬鞍山、安陽、上海、中衛、嘉峪関、攀枝花、日照、新余、営口、ウルムチ、石家荘、南京、運城、廊坊、柳州、玉溪、許昌、漳州、仏山である。特に、トップの唐山の同輻射力は抜きん出ている。これらの都市には中国主要鉄鋼メーカの本社や主力工場が立地している。

 中国CO2排出量トップ30都市のうち、上記ランキングでトップ30入りした鉄鋼生産基地として唐山、天津、蘇州、無錫、済南、武漢、太原、上海、南京の9都市が数えられる。これらの都市の鉄鋼産業が大量のCO2を排出している。

 ちなみに「中国都市鉄鋼産業輻射力2020」ランキングのトップ10入りの邯鄲、常州、本渓、包頭は、「中国都市CO2排出量ランキング2019」のトップ30には入っていないものの、邯鄲38位、常州41位、包頭110位、本渓203位となっている。

図4 中国都市鉄鋼産業輻射力2020ランキング トップ30

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2020』データセットより作成。

③ 中国都市石炭鉱業輻射力2020

 中国の一次エネルギーは著しく石炭に偏っている。現在なお、一次エネルギーに占める石炭の割合は、56%に達している。これは、中国のエネルギー消費量当たりCO2排出量(エネルギー炭素集約度)を悪化させ、CO2を大量に排出する構造要因となっている。また、中国では、石炭の産地で火力発電し、消費地に送電する政策を長年採っている。故に石炭産地の都市はCO2を大量に排出する傾向がある。

 〈中国都市総合発展指標〉では中国各都市の石炭鉱業輻射力をモニタリングしている。石炭業輻射力は都市における同産業の従業者数、企業集積状況、営業収入、資産などを評価した。「中国都市石炭業輻射力2020」は、2019年から2020年にかけて中国各都市で公表された「第4回全国経済センサス」も参照し算出した。

 図5が示すように、「中国都市石炭鉱業輻射力2020」ランキングの上位30都市は順に、済寧、オルドス、大同、晋城、長治、呂梁、楡林、晋中、陽泉、臨汾、太原、朔州、淮南、銀川、淮北、鄭州、唐山、泰安、忻州、三門峡、徐州、鶴壁、咸陽、棗荘、畢節、焦作、フルンボイル、延安、銅川、烏海であった。同30都市が排出するCO2は、中国全体の13.9%に相当する。

 中国都市CO2排出量トップ30都市のうち、上記ランキングでトップ30入りした石炭鉱業基地としてオルドス、太原、鄭州、唐山、徐州、棗荘の6都市が数えられる。またCO2排出量ランキングトップ30入りの大慶は、石油鉱業都市として名高い。これらのエネルギー産業都市が大量のCO2を排出している。

 ちなみに「中国都市石炭鉱業輻射力2020」ランキングのトップ10入りの済寧、大同、晋城、長治、呂梁、楡林、晋中、陽泉、臨汾は、「中国都市CO2排出量ランキング2019」のトップ30には入っていないものの、大同57位、晋城61位、済寧70位、長治82位、楡林93位、臨汾114位、晋中121位、呂梁124位、陽泉239位となっている。

図5 中国都市石炭鉱業輻射力2020ランキング トップ30

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2020』データセットより作成。

3.CO₂排出量トップ30都市の6大要素分析


 中国CO2排出量トップ30都市について、前述したCO₂排出評価6大要素、すなわちエネルギー消費量当たりCO2排出量(エネルギー炭素集約度)、GDP当たりエネルギー消費量(エネルギー効率)、GDP当たりCO2排出量(炭素強度)、一人当たりGDP、人口の規模、一人当たりCO2排出量から分析する。

(1)エネルギー消費量当たりCO2排出量(エネルギー炭素集約度)(2019年)

 中国CO2排出量トップ30都市について、「エネルギー消費量当たりCO2排出量」[10]をみると、トップ10都市は、張家口、台州、保定、長春、棗荘、北京、ハルビン、天津、南通、オルドスであった。これら都市の大半は、石炭の産地あるいは火力発電、鉄鋼や石油・石炭製品などの素材産業が盛んな地域である。

 また、11位から30位までは、大慶、東莞、フフホト、西安、太原、寧波、蘇州、上海、鄭州、済南、徐州、青島、無錫、広州、唐山、杭州、重慶、南京、武漢、深圳であった。

 CO2排出量トップ30都市全体のエネルギー消費量当たりCO2排出量平均は2.590(t-CO2/TCE)で、中国全国平均の1.986(t-CO2/TCE)をはるかに上回る。なお、同30都市の中で全国平均を上回った都市は、23都市ある。他方、深圳、武漢、南京、重慶、杭州、唐山、広州、無錫、青島の7都市は全国平均を下回った。

図6 中国CO2排出量トップ30都市におけるエネルギー消費量当たりCO2排出量分析図(2019年)

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2020』データセットより作成。

(2)GDP当たりエネルギー消費量(エネルギー効率)

 中国CO2排出量トップ30都市について、「GDP当たりエネルギー消費量」をみると、トップ10都市は、唐山、棗荘、大慶、フフホト、張家口、太原、オルドス、徐州、武漢、ハルビンであった。これらはすべて資源都市あるいはエネルギー産業や素材産業に傾斜している都市でもある。

 また、11位から30位までは、南京、保定、青島、済南、重慶、無錫、寧波、東莞、杭州、鄭州、蘇州、広州、上海、天津、西安、深圳、台州、南通、長春、北京であった。

 CO2排出量トップ30都市のGDP当たりエネルギー消費量平均は0.551(TCE/万元)で、全国平均の0.569(TCE/万元)を下回る。しかし上記トップ10都市のGDP当たりエネルギー消費量は全国平均を上回った。なお、同11位から30位までの20都市のGDP当たりエネルギー消費量は全国平均を下回った。つまりこれら中心都市や製造業スーパーシティはCO2を大量に排出するものの、エネルギー効率パフォーマンスは全国平均より良い。

図7 中国CO2排出量トップ30都市におけるGDP当たりエネルギー消費量分析図(2019年)

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2020』データセットより作成。

(3)GDP当たりCO2排出量(炭素強度)

 中国CO2排出量トップ30都市について、「GDP当たりCO2排出量」をみると、トップ10都市は、張家口、棗荘、大慶、フフホト、保定、オルドス、ハルビン、太原、台州、唐山であった。これらトップ10都市は台州を除いてすべて中国北部の内陸地域に属する地方都市であり、石炭・石油、鉄鉱石の採掘を中心とした資源都市でもある。これら都市では火力発電、鉄鋼や石油・石炭製品などの素材産業が盛んである。

 また、11位から30位までは、長春、徐州、天津、済南、青島、東莞、寧波、蘇州、西安、南通、無錫、鄭州、上海、北京、広州、南京、重慶、武漢、杭州、深圳であった。

 CO2排出量トップ30都市のGDP当たりCO2排出量平均は1.491(t-CO2/万元)で、中国全国平均の1.043(t-CO2/万元)よりはるかに高い。なお同30都市中で全国平均を上回った都市は、16都市ある。他方、深圳、杭州、武漢、重慶、南京、広州、北京、上海、鄭州、無錫、南通、西安、蘇州、寧波の14都市は、全国平均を下回る。これら中心都市や製造業スーパーシティの炭素強度パフォーマンスは、全国平均より良い。

図8 中国CO2排出量トップ30都市におけるGDP当たりCO2排出量分析図(2019年)

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2020』データセットより作成。

(4)一人当たりGDP

 中国CO2排出量トップ30都市について、「一人当たりGDP」をみると、トップ10都市は、無錫、北京、オルドス、南京、蘇州、深圳、上海、杭州、広州、寧波市であった。オルドスという資源都市を除く他9都市が製造業スーパーシティと中心都市である。

 また、11位から30位までは、南通、武漢、青島、済南、天津、鄭州、唐山、東莞、フフホト、徐州、台州、太原、重慶、西安、大慶、長春、ハルビン、棗荘、張家口、保定であった。

 中国CO2排出量トップ30都市の一人当たりGDP平均は106,490(元/人)で、中国全国平均の72,568(元/人)よりはるかに高い。なお、30都市で全国平均を上回った都市は、26都市にのぼる。他方、ハルビン、棗荘、張家口、保定の北方4都市は、大量のCO2を排出するものの一人当たりGDPが全国平均を下回った。

図9 中国CO2排出量トップ30都市の一人当たりGDP分析図(2019年)

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2020』データセットより作成。

(5)人口規模

 中国CO2排出量トップ30都市について、「人口規模」をみると、そのトップ10都市は、重慶、上海、北京、広州、深圳、天津、西安、蘇州、鄭州、武漢であった。四大直轄市をはじめとする中心都市や、改革開放後人口が膨らんだ製造業スーパーシティである。

 中国で市街地人口が1000万人を超えメガシティ(超大都市)として指定されている上海、北京、深圳、重慶、広州、成都、天津の7都市の中で、6都市が上記のトップ10都市に入っている。

 さらに、常住人口で図る中国都市人口規模ランキングで、トップ30都市は、重慶、上海、北京、成都、広州、深圳、天津、西安、蘇州、鄭州、武漢、杭州、臨沂、石家荘、東莞、青島、長沙、ハルビン、南陽、温州、仏山、邯鄲、寧波、濰坊、合肥、南京、保定、済南、徐州、長春であった。このランキングの中で、重慶、上海、北京、広州、深圳、天津、西安、蘇州、鄭州、武漢、杭州、東莞、青島、ハルビン、南京、保定、済南、徐州、長春の19都市が、CO2排出量トップ30にも名を連ねた。

 上記の分析から、都市の人口規模がCO2排出量に大きく影響していることがわかる。CO2排出量トップ30都市の常住人口合計は3.3億人に達し、中国全人口の23.5%を占める。

 また、人口規模が全国平均水準を下回るオルドス、大慶、フフホト、棗荘、張家口の5都市はすべて北方の地方資源都市で、人口は少ないものの大量にCO2を排出している。

図10 中国都市CO2排出量トップ30都市の人口規模分析図(2020年)

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2020』データセットより作成。

(6)一人当たりCO2排出量

 中国CO2排出量トップ30都市について、「一人当たりCO2排出量」をみると、トップ10都市は、オルドス、大慶、フフホト、棗荘、張家口、太原、蘇州、唐山、無錫、天津であった。蘇州、無錫という二つの製造業スーパーシティを除き、他は中国北部内陸地域に属する石炭、石油そして鉄鉱石を産出する地方都市である。それら都市では火力発電及び鉄鋼や石油・石炭製品などの素材産業が盛んである。

 また、11位から30位までは、台州、寧波、青島、北京、東莞、上海、長春、ハルビン、済南、南通、徐州、南京、広州、鄭州、保定、西安、杭州、武漢、重慶であった。

 CO2排出量トップ30都市全体の一人当たりCO2排出量平均は13.7(t-CO2/人)で、全国平均は、7.4(t-CO2/人)のほぼ2倍にも達している。なお、30都市中で全国同平均を上回った都市は、26都市に及ぶ。他方、重慶、深圳、武漢、杭州の4都市は、全国同平均を下回った。

図11 中国CO2排出量トップ30都市における一人当たりCO2排出量分析図(2019年)

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2020』データセットより作成。

4.中国のCO2問題への取り組みは都市の本気度による


 本論は、中国の都市を網羅したCO2に関する分析で、排出量トップ30都市のCO2排出構造を、グルーピング分析や6大要素分析を通じて明らかにした。こうした分析で、都市のCO2排出には人口規模や生活水準そして産業構造が複雑に絡んでいることが明らかになった。CO2排出量トップ30都市の中には、膨大な人口を抱える中心都市でありながら、上海、天津、武漢に代表されるように、製造業スーパーシティやエネルギー・重化学工業都市の顔も見せる都市が多い。また、深圳、蘇州、東莞、無錫、寧波、青島、南通のように輸出産業をベースに、製造業スーパーシティとして膨大な人口を吸引して猛成長する都市がある。さらに、唐山のような石炭や鉄鉱石の鉱業をベースに、世界最大の鉄鋼シティに成長した都市がある。大慶のように油田をベースに、一大石油化学シティに成った街もある。オルドス、棗荘、フフホト、徐州に代表されるように、石炭鉱業をベースに火力発電基地となった都市もある。

 その意味では、中国都市のCO2問題には、都市問題、産業問題、エネルギー問題の三つの軸が絡んでいる。

 都市問題として、ライフスタイル向上や公共交通の徹底などによる都市構造の進化が、重要となってくる。また、建築物の省エネルギーも一つ大きな課題である。低温地域にCO2排出量が多いのは、建築物の断熱性問題から生じている。過去20年間、急ピッチで進んできた中国の都市化は、これらの問題にまだ対応しきれていない部分が多い[11]。今後、都市化の第二のステージとして、都市の質的な進化を図る必要がある。

 また、産業問題では、世界に冠たる製造業スーパーシティにおける産業構造の高度化を、一層進める必要がある。加えて、石炭・石油鉱業、発電や鉄鋼産業、そして石油化学を始めとするエネルギー・重化学産業の効率化、省エネルギー化も急ぐべきだろう。

 さらに、エネルギー構造問題として、石炭に偏重するエネルギー産業構造を大きく変え、再生エネルギーへのシフトも欠かせない。

 図12は2000-2019年の20年間における中国CO2排出量トップ30都市のCO2排出量の増加率を示している。同じ製造業スーパーシティで蘇州、無錫はこの間のCO2排出量が其々613%増、485%増となったのに対して、深圳は同128%増にとどまった。つまり深圳は、CO2排出量の少ない成長モデルを見せた。中心都市の中でも西安、上海、杭州、南京、寧波、鄭州、天津、北京、武漢、重慶などはCO2排出量を200% 以上増やした。これに対して広州はより少ないCO2排出量の増加の中で長期にわたる成長を実現させた。

図12 中国CO2排出量トップ30都市のCO2排出量増加率(2000-2019年)

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2020』データセットより作成。

 中国都市のトップである書記や市長は選挙で選ばれるのではなく、実績に基づいて抜擢される。これまでGDPが重要な実績であったため、各都市は経済成長を第一に競い合っていた。近年、PM2.5などの環境問題も実績に加わったため、都市レベルにおける環境対策が急速に進んだ。CO2問題について一般市民は、従来なかなか実感できず、数字化もされてこなかった。『中国都市総合発展指標』における「都市CO2排出量ランキング」でのCO2問題の見える化、また本論のような中国全都市のCO2排出構造に関する分析は、意義が大きい。CO2問題への取り組みが目に見える実績となれば、都市の取り組みの本気度も上がるだろう。

 CO2問題に取り組む中国の本気度は、中国の都市の本気度にかかっている。都市問題、産業問題、エネルギー問題での努力を重ねることで、中国はようやく「2060年までにカーボンニュートラルを目指す」公約の達成が可能となる。

(本論文では栗本賢一、甄雪華、趙建の三氏がデータ整理と図表作成に携わった)


[1] 現在、中国の地方政府には省・自治区・直轄市・特別行政区といった「省級政府」と、地区級、県級、郷鎮級という4つの階層に別れる「地方政府」がある。都市の中にも、北京、上海のような「直轄市」、南京、広州、ラサのような「省都・自治区首府」があり、蘇州、無錫のような「地級市(地区級市)」、昆山、江陰のような「県級市」もある。なお、地級市は市と称するものの、都市部と周辺の農村部を含む比較的大きな行政単位であり、人口や面積規模は、日本の市より都道府県に近い。

[2] 地級市以上の297都市は、4つの直轄市、27の省都・自治区首府、5つの計画単列市と262地級市から成る。

[3] 『中国都市総合発展指標』は2016年以来毎年、中国都市ランキングを内外で発表してきた。同指標は環境・社会・経済という3つの軸(大項目)で中国の都市発展を総合的に評価している。同指標の構造は、各大項目の下に3つの中項目があり、各中項目の下に3つの小項目を設けた「3×3×3構造」で、各小項目は複数の指標で構成される。これらの指標は、合計882の基礎データから成り、内訳は31%が統計データ、35%が衛星リモートセンシングデータ、34%がインターネットビッグデータである。その意味で、同指標は、異分野のデータ資源を活用し、「五感」で都市を高度に知覚・判断できる先進的なマルチモーダル指標システムである。現在、中国語(『中国城市総合発展指標』人民出版社)、日本語(『中国都市ランキング』NTT出版)、英語版(『China Integrated City Index』Pace University Press)が書籍として出版されている。『中国都市総合発展指標』について詳しくは、周牧之ら編著『環境・経済・社会 中国都市ランキング2018―〈大都市圏発展戦略〉』、NTT出版、2020年10月10日を参照。

[4] 『中国都市総合発展指標』において、各都市のCO2排出量は、人為的CO2排出量データセット「ODIAC」の推定値を使用している。ODIACデータセットは、人為的CO2排出量を全世界カバーし、約1kmメッシュ(3次メッシュ)で構成され、2000年1月から2019年12月(最新)まで毎月公開されている。『中国都市総合発展指標』では、地理情報システム(GIS)を用いて、年・都市別データに加工・集計している。CO2排出量は、2000年からODIACデータセットについて、詳しくは、ODIACホームページ(https://db.cger.nies.go.jp/dataset/ODIAC/)(最終閲覧日:2022年10月12日)を参照。

[5] 中心都市とは、中国にある4つの直轄市、22の省都、5つの自治区首府、5つの計画単列市、合計36都市を指す。中国の中心都市について詳しくは、周牧之「メインレポート:中心都市発展戦略」、周牧之ら編著『環境・社会・経済 中国都市ランキング2017〈中心都市発展戦略〉』、NTT出版、2018年12月26日、pp167-223を参照。

[6] 三大メガロポリスとは、珠江デルタメガロポリス(9都市)、長江デルタメガロポリス(26都市)、京津冀メガロポリス(10都市)を指す。三大メガロポリス、そして中国のメガロポリス政策について詳しくは、周牧之「メインレポート:メガロポリス発展戦略」、周牧之ら編著『環境・社会・経済 中国都市ランキング 〈中国都市総合発展指標〉』、NTT出版、2018年5月31日、pp129-213を参照。

[7] 「中国都市製造業輻射力2020」について詳しくは、雲河都市研究院「中国で最も輸出力の高い都市はどこか? 〜2020年中国都市製造業輻射力ランキング」、In Japanese.China.org.cn、2022年9月22日(http://japanese.china.org.cn/business/txt/2022-09/22/content_78433666.htm)(最終閲覧日:2022年10月19日)を参照。

[8] 衛星データのGIS解析を駆使して算出した中国都市CO2排出量データは、2019年が最新である。本論では、中国都市製造業輻射力など他のデータを、CO2排出量データと比較する際、データを2019年に合わせず、最新のデータを使用する。

[9] なお、一部都市では、2020年度の発電データが公表されていない。その際は、一番近い年次のデータを参照した。また、データが未公開の都市については、省ベースのデータからGDP及び人口などのデータを用いて推計した。

[10] 中国都市別におけるエネルギー消費量データは公開されていない。『中国都市総合発展指標』では、各都市から公表されている「GDP当たりエネルギー消費量(TCE; ton of coal equivalent、標準石炭換算トンベース)」をそれぞれ収集し、GDPおよびCO2排出量データを組み合わせることで、エネルギー消費量当たりCO2排出量を推計している。

[11] 中国の都市化について詳しくは、周牧之「メインレポート:大都市圏発展戦略」、周牧之ら編著『環境・経済・社会 中国都市ランキング2018―〈大都市圏発展戦略〉』、NTT出版、2020年10月10日、pp170-241を参照。


 本論文は、周牧之論文『都市から見た中国の二酸化炭素排出構造と課題―急増する中国とピークアウトした日米欧―』より抜粋したものである。『東京経大学会誌 経済学』、317号、2023年。

【論文】周牧之:アメリカ VS 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準

周牧之 東京経済大学教授


▷CO2関連論文①:周牧之『世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題』
▷CO2関連論文②:周牧之『二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧』
▷CO2関連論文③:周牧之『中国の二酸化炭素排出構造及び要因分析』


 一般的には、経済成長がCO2排出を増大させていると思われがちである。現に中国はそのようなパターンで突き進んでいる。他方、同じ経済大国でもアメリカは近年、経済成長を維持しながらCO2排出を削減するパターンを作り出している。もちろんその他の先進諸国のほとんども、CO2の排出量を削減してきている。但し、それら諸国の経済規模は米中と比べて小さく、またその大半が現在、低成長に喘いでいる。本論ではアメリカと中国の、成長とCO2排出の関係について分析し、異なる経済水準の実態を明らかにする。


1.6大要素から見た世界のCO2排出状況


 一国のCO2排出水準を左右する最も決定的な要因は何だろうか。拙論『世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題』で基本的な6大要素を提示した[1]。一国のCO2排出状況は、下記の6大要素を指標として、総合的に評価する必要がある。

① エネルギー消費量当たりCO2排出量(carbon intensity of energy、エネルギー炭素集約度)[2]

 この指標は、一次エネルギー源の品質と効率に関連している。例えば、現在、石炭が一次エネルギーの主役である中国のようなエネルギー構造では、エネルギー消費量当たりCO2排出量が多い。今後、火力発電の一次エネルギーを石炭から天然ガスに転換することや、風力、太陽光、水力などの再生可能エネルギーの割合が増えること、また原子力発電の発展などにより、エネルギー消費量当たりCO2排出量は減少していくと考えられる。エネルギー炭素集約度を引き下げるためには、炭素の少ないエネルギー源を選択することが必要となる。

② GDP当たりエネルギー消費量(energy intensity、エネルギー効率)[3]

 この指標は、工業化の初期においては悪化するが、工業化の進展に伴う産業構造の高度化、低効率生産能力の淘汰、技術の向上などにより、エネルギー効率は好転する。したがって、長期的には、一国のGDP当たりエネルギー消費量の曲線は、工業化の初期には急上昇し、工業化が順調に進めば、いずれ減少傾向を迎える。エネルギー効率を引き下げるためには、省エネルギーの推進などが必要となる。

③ GDP当たりCO2排出量(carbon intensity、炭素強度)[4]

 この指標は、一国の経済とCO2排出量の関係を示す重要な指標である。エネルギー消費量当たりCO2排出量とGDP当たりエネルギー消費量の相互作用により、炭素強度のレベルが決まる。炭素強度は、技術進歩や経済成長に伴い低下していく。 

 ④ 一人当たりGDP[5]

 生活水準の向上はCO2排出に大きな影響を及ぼす。一人当たりGDPは経済発展の度合いを測る指標である。経済発展の初期では、産業活動が拡大し、衣食住および交通など生活パターンの近代化をもたらす。よって、一人当たりエネルギー消費量が増加し、それに相まってCO2排出量も増加する。しかし、現在の先進諸国は既にこの段階を卒業し、産業構造の高度化やクリーンエネルギーの発展などにより、一人当たりGDPを成長させながら、CO2排出量を削減している。

⑤ 人口の規模[6]

 人口規模がCO2排出に直接影響を与える。人口が多くなるほど経済規模も大きくなり結果としてCO2排出量も多くなる。また、人口構造がエネルギー消費に与える影響も無視できない。

⑥ 一人当たりCO2排出量[7]

 この指標は、上記5つの要素の相互作用の結果を反映する。実際、これは一国におけるCO2排出量をはかる最も重要な指標である。一人当たりCO2排出量の変曲点がCO2排出量の本当の意味でのピークアウトとなる。

図1 世界におけるCO₂排出量および6大要素の推移(1990-2020年)

出所:Global Carbon Project (GCP)データセット、国連データセット、BPデータセットより作成。

 図1は、1990年を起点とし、1990年の値に対するそれぞれの指標の変化率で、世界全体における6大要素及び年間CO2排出量の経年的な相対変化を示した。過去30年間、世界全体は人口増加以上にGDPを大きく成長させた。これによって、一人当たりGDPが151.3%成長し、人類にとって最も富の創出がなされた時期となった。但し、世界全体の人口増、そして経済規模の拡大により、CO2排出量も50.6%増加した。

 この間、技術進歩や省エネルギーへの努力、そして自然エネルギーの導入などにより、世界全体のGDP当たりエネルギー消費量(エネルギー効率)は55.8%減少し、エネルギー消費量当たりCO2排出量(エネルギー炭素集約度)は8.2%減少した。それにより、GDP当たりCO2排出量(炭素強度)も59.4%減少した。世界は総じてよりCO2をより出さない成長へと向かっている。しかし、CO2排出総量はいまだ増え続け、その排出規模自体が現在の地球生態にとって耐え難いものとなっている。「2℃目標[8]」と「1.5℃の追及[9]」の達成には、更に抜本的な取り組みが急がれる。

 上記の分析から分かるように、CO2排出水準は、人口動態だけでなく、経済成長そして産業構造、エネルギー効率、一次エネルギー構成などからなる成長パターンと大きく関係している。

 経済成長とCO2排出水準の関係は、上記期間での二つの世界的な経済危機がCO2排出量に与えた影響からも、明らかである。2008年の金融危機の後、世界のCO2排出量は大きく減少した。さらに、新型コロナウイルス・パンデミックによって、2020年に世界のGDPが前年比2.8%減少したことで、CO2排出量も前年比で6.3%減少した。

 人口動態、経済成長そして成長パターンがどう複雑に絡み合って各国のCO2排出水準に影響を与えているかを、個別に見ていく必要がある。本論では、世界最大のCO2排出大国である中国とアメリカを取り上げ、6大要素を用いて分析する。

2.アメリカ:CO₂排出量削減と共に成長を実現


 上述したように、世界全体で見た場合、経済成長とCO₂排出量には、強い相関関係がある。多くの場合、国が豊かであれば、より多くのCO2を排出する。これは、化石燃料を燃やすことで得られるエネルギーをより多く使っていることに由来する。

 しかし現在、先進国では自然エネルギーや原子力発電の導入、また省エネルギーへの努力や産業構造の高度化により、CO2排出量を削減しながら経済成長を実現している。その最たる例が、アメリカである。

 図2でアメリカにおけるCO₂排出6大要素推移をみると、1990年から2020年までの30年間で同国の一人当たりGDPは158.7%と著しく拡大した一方、CO₂排出量は減少した。アメリカのCO₂排出量は1990年代にはまだ増加傾向にあり、2005年をピークに減少傾向に反転した。現在同国のCO₂排出量は、1990年よりも下回っている。2005年以降、アメリカではGDPが上昇しながらCO₂排出量は大きく減少している。

 アメリカでCO2排出量を削減できた主な理由は2つ考えられる。1つ目は、グローバリゼーションを積極的に推し進め、産業の高度化を図った結果である。すなわち、サプライチェーンのグローバル展開により、国内ではエネルギー使用量が少なく付加価値の高い部門に特化する努力がなされた。アメリカでは、経済のエネルギー集約型から知識集約型へのシフトがかなり成功したと言えよう。

 2つ目は、エネルギー革命がある程度成功した結果である。アメリカは、クリントン大統領の時代から再生エネルギーの開発とCO2排出量削減のための政策を打ち出した。その後大統領の交代により何度か浮き沈みはあったものの、エネルギーミックスの高度化が図られてきた。2017年にアメリカ西部の11州では、総電力量の42%もが再生可能エネルギーで賄われている。対照的に、CO2を大量に出す石炭火力は同国で衰退し続けている。特筆すべきは、カーター大統領時代に始まった小規模天然ガス火力発電を開発する政策によって、2002年には小規模天然ガス火力発電がアメリカの電源構成で最大のシェアを占めるまでになった。シェールガス革命はこの傾向をさらに強めた[10]。小規模天然ガス火力発電は、石炭火力と比べCO2排出量を削減できると同時に、消費地に近い立地が可能なことで、発電に伴う廃熱を熱源として消費地に供給できるコージェネレーション(熱電併給)[11]の構築に有利である。これにより、エネルギー効率はかなり向上させられる。

 こうした努力の結果、アメリカではCO2排出量だけでなく、エネルギー消費量当たりCO2排出量、GDP当たりエネルギー消費量、GDP当たりCO2排出量、および一人当たりCO2排出量が共に減少した。

図2 アメリカにおけるCO₂排出量および6大要素の推移(1990-2020年)

出所:Global Carbon Project (GCP)データセット、国連データセット、BPデータセットより作成。

3.中国:CO₂排出量削減と共に成長する経済水準に至らず


 中国は世界CO₂排出量におけるシェアを1990年の10.9%から2020年の30.7%へと急拡大させた。図3は6大要素推移で中国CO₂排出状況を分析している。まず圧倒的な変化は、一人当たりGDPの成長である。中国の一人当たりGDPは、この30年間で約30倍の規模にまで膨れ上がった。

 一方、大規模な産業発展、急速な都市化、巨大な人口の生活パターンの近代化により、エネルギー消費量が急拡大し、中国のCO2排出量は30年間で4.3倍の規模にまで増加、いまだピークに達していない。一人当たりCO2排出量も3.5倍に拡大した。つまり中国は、アメリカのように、経済成長とCO2排出量の削減を同時に実現させる経済水準にはまだ至っていない。

 しかしながら、中国ではエネルギー当たりCO2排出量(エネルギー炭素集約度)、GDP当たりエネルギー消費量(エネルギー効率)、GDP当たりCO2排出量(炭素強度)のいずれもがすでに変曲点に達し、明確な減少傾向を示している。エネルギー当たりCO2排出量では、中国は1990年に比べて2020年に16.3%減少した。この間、GDP当たりエネルギー消費量とGDP当たりCO2排出量も其々86.2%と88.4%も減少した。これらは、中国が近年、省エネの奨励、クリーンエネルギーの開発に多大な努力を払ってきた結果である。中国が推進する「循環低炭素型の発展」政策[12]は、すでに一定の成果を上げている。とはいえ、世界の「2℃目標」を達成するためには、CO2排出量最大国としては速度不足の感が否めない。

 2020年12月12日開催の国連気候野心サミットで発表した「2030年までにCO₂排出量のピークアウトに努め、2060年までにカーボンニュートラルを目指す」中国の公約[13]を達成するには、各都市が主役となり競い合って努力することが肝要となる。

図3 中国におけるCO₂排出量および6大要素の推移(1990-2020年)

出所:Global Carbon Project (GCP)データセット、国連データセット、BPデータセットより作成。

(本論文では栗本賢一、甄雪華、趙建の三氏がデータ整理と図表作成に携わった)


[1] 周牧之『世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題』、東京経大学会誌(経済学)、2021年12月、311号、pp.55-78。

[2] エネルギー消費量当たりCO2排出量は、エネルギー消費量に対するCO2の排出量を表す指標であり、エネルギー源による環境負荷を表す重要な指標である。エネルギー消費量当たりCO2排出量を減らすことで、気候変動を引き起こす原因であるCO2の排出量を抑えることができる。これにより、環境負荷を軽減することができる。エネルギー消費量当たりCO2排出量を減らすためには、エネルギー源を変えることが有効である。例えば、化石燃料を使わないエネルギー源を使うことで、CO2の排出量を減らすことができる。また、同じ化石燃料の中でも石炭、石油、天然ガスの、CO2の排出量は異なるため、石炭から石油、天然ガスに切り替えるだけでもエネルギー消費量当たりCO2排出量を低減できる。さらに、エネルギー効率を高めることで、エネルギー消費量を減らすことができる。これにより、エネルギー消費量当たりCO2排出量も減少できる。また、CO2を吸収する植物を増やすことや、温室効果ガスを地下に封じ込むことなども同指標の改善につながる。

[3] GDP当たりエネルギー消費量は、経済成長とエネルギー消費の関係を表す指標である。同指標は、産業構造がエネルギー多消費型産業の製造業から、知識産業やサービス産業へと高度化することにより、改善される。また、技術と設備の高度化により、エネルギー効率が向上し、同指標の改善が図られる。さらに、コンパクトシティの推進、省エネ建築・省エネ器具などの導入も同指標の改善につながる。そうした努力によって、経済成長を維持しつつも、エネルギー消費を抑制することができる。

[4] GDP当たりCO2排出量は、GDPに対するCO2の排出量を示し、経済活動による環境負荷を表す重要な指標である。同指標を改善するためには、農業や林業の振興で、CO2を吸収する植物を増やすこと。また、サービス業や情報技術分野の振興で、経済活動を資源やエネルギーをより使わない分野へシフトすること。さらに、エネルギー源のクリーン化や、省エネの推進なども同指標の改善につながる。

[5] 一人当たりGDPは、それぞれの国の一人あたりの生産能力を示す指標であり、経済発展度を表す重要な指標とされている。一人当たりGDPを高めることで、国民の生産能力が高まり、購買力も高まる。

[6] 人口の規模とは、ある地域や国の人口を表す指標で、経済や文化、政治などに大きく影響を与える重要な指標である。人口の規模は、出生率や死亡率、人口移動など様々な要因によって変化する。人口激増、少子化、高齢化、人口縮小、移民問題など人口にまつわるイシューは、世界各国のさまざまな発展段階で、大きな課題となっている。当然、人口規模とエネルギー資源との関係は深い。人口規模の多い方がよりエネルギー消費が多い。

[7] 一人当たりCO2排出量は、ある地域や国の一人当たりのCO2排出量を示す指標であり、環境負荷を表す重要な指標である。発展段階によって同指標は変化する。経済発展の初期は、同指標は大きく伸びる。経済発展の高度化の段階では、エネルギー源のクリーン化、省エネ推進、産業構造の変化などにより、同指標は改善される。

[8] 2℃目標とは、気候変動による地球温暖化を防止するために、地球全体の平均気温の上昇を、産業革命前(すなわち人為的な温暖化が起きる前)と比べて2℃未満に抑えることを目指す国際的な目標である。この目標は、2015年、気候変動枠組条約締約国会議(COP)にて、「パリ協定(国連気候変動枠組条約)」が発効した際に採択された。2℃目標を達成するためには、温室効果ガスの排出を大幅に減らすことが必要とされる。これには、脱化石燃料の推進や省エネの取り組み、温室効果ガス吸収技術の開発などが含まれる。世界の主要各国では、2℃目標の達成に向けて、温室効果ガスの排出削減を目指す政策が採用されている。

[9] 1.5℃の追求は、2015年の「パリ協定」が発効した際に、世界全体の長期目標として、2度目標とともに、1.5度に抑える努力の追求(1.5度目標)も示された。平均気温上昇を1.5℃に抑えると、2℃上昇する場合と比べて極端な豪雨や熱波が少なくなり、2100年までの海面上昇は約10cm低くなるといわれている。2018年には、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)より「1.5℃」目標に関する特別報告書が発表された。

[10] アメリカのエネルギー政策に関して詳しくは、小林健一著『米国の再生エネルギー革命』、日本経済評論社、2021年2月25日を参照。

[11] コージェネレーション(熱電併給)とは、火力発電に伴う余熱を工業プロセスや建物の空調、温水供給などに使う熱エネルギーとして利用するシステムである。コージェネレーションは、熱エネルギーを効率的に利用することで、エネルギー効率が高く、環境に優しい技術とされている。従来の火力発電システムでは、一次エネルギー利用率は40%程度なのに対し、コージェネレーションシステムは70〜80%の利用率となる。環境負荷の低い小型天然ガス発電所を消費地に隣接し、コージェネレーションを効率的に進めることが肝要である。

[12] 2012年中国共産党第18回党大会は「グリーン発展、循環発展、低炭素発展」をベースにした「生態文明建設」を打ち出した。2017年中国共産党第19回党大会では「循環低炭素型の発展」を正式に打ち出し、中国新時代社会主義建設の一大戦略と位置付けた。詳しくは、中国共産党第18回党大会コミュニケ(中国語版)http://cpc.people.com.cn/n/2012/1118/c64094-19612151.html(最終閲覧日:2022年10月19日)及び第19回党大会コミュニケ(中国語版)http://www.gov.cn/zhuanti/2017-10/27/content_5234876.htm(最終閲覧日:2022年10月19日)を参照。

[13] 中国の習近平国家主席は2020年12月12日、同日開幕した国連気候野心サミットの演説で、「GDPを分母とした二酸化炭素の原単位排出量を2030年までに2005年比65%削減する」との目標を新たに発表した。


 本論文は、周牧之論文『都市から見た中国の二酸化炭素排出構造と課題―急増する中国とピークアウトした日米欧―』より抜粋したものである。『東京経大学会誌 経済学』、317号、2023年。

【論文】周牧之:CO2排出量増減のメカニズム:急増する中国 VS ピークアウトした日米欧

周牧之 東京経済大学教授


▷CO2関連論文①:周牧之『世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題』
▷CO2関連論文②:周牧之『アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準』
▷CO2関連論文③:周牧之『中国の二酸化炭素排出構造及び要因分析』


 エジプトのシャルム・エル・シェイクで、2022年11月6日から11月20日まで開催された国連気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)は、閉会予定を48時間も超過する長丁場の交渉を行った。交渉の焦点は、二酸化炭素(CO2)排出量の責任問題であった。とくに累積排出量でトップのアメリカと、現在の排出量でトップの中国の存在が目立った。CO2をはじめとする温室効果ガスは、長期にわたって残存する[1]。そのため、気候変動の責任について考える際は、歴史をさかのぼって累積の排出量を考慮しなくてはならない。

 CO2の累積排出量ではアメリカが群を抜く最大の排出国であり、EU及びイギリスと合わせれば、全排出量の46%を占める。欧米は化石燃料をエネルギーとして数世紀にわたり経済成長を謳歌してきた。他方、中国を始めとする途上国は、急速な経済成長を実現し、CO2の排出を急拡大している。こうした複雑な構図は、CO2削減における国際的な議論と合意を困難にしている。

 世界における二酸化炭素排出構造を明らかにするためには、産業革命以来今日までの長いスパンで、各国の二酸化炭素排出状況を分析する必要がある。本論はこうした地球規模のCO2排出構図を、産業革命以来のデータを用いて解明する。


1.地球温暖化が確実に進行


 地球温暖化が確実に進行している。図1が示すように、陸域における地表付近の気温と海面水温の平均からなる世界の平均気温は、1961〜1990年の30年平均値の基準値から2019年までの偏差が、+0.74℃と急激に上がった。世界の平均気温は、産業革命以前に比べ1℃以上も上昇している。

図1 世界平均気温の変化(1850-2019年)

出所:Met Office Hadley Centre「HadCRUT4」データセットより作成。

 地球の長い歴史の中で、気温と温室効果ガス、特にCO2の濃度には強い相関のあることが、IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change:気候変動に関する政府間パネル)で、立証された[2]。産業革命後、著しく増加した温室効果ガスが世界平均気温の急激な上昇をもたらしている。地球温暖化を抑えるには、人為起源のCO2の排出量を抑えなければならない。2015年12月の「国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)」は気候変動緩和策について協議し、「パリ協定」を締結した。世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保つとともに、1.5℃に抑える努力を追求すること、いわゆる「2℃目標」と「1.5℃の追及」が示された。


  また、2018年10月のIPCCでは、『1.5℃特別報告書』[3]が採択された。地球温暖化がかつてない勢いで進行する中、世界は「産業革命後の気温上昇を1.5℃に食い止める」目標に向かって邁進している。

2.急増するCO2濃度が地球温暖化をもたらす


 世界を急進的なCO2削減目標へと向かわせたのは、CO2濃度の大幅かつ急激な上昇が、地球温暖化を加速し、地球規模の気候災害や生態破壊をもたらしているからである。図2が示すように、世界平均の大気中CO2濃度は過去80万年間変動はあったものの、300ppmを超えることはなかった。しかし、産業革命が起こり、化石燃料の燃焼による人為的なCO2排出が増加したことで、この状況は一変した。過去数世紀、特にここ数十年間に、地球上のCO2濃度は急上昇している。

 20世紀半ばまで、排出量の増加は比較的緩やかで、1950年の世界全体におけるCO2排出量は60億トンであった。それが1990年になると約4倍の220億トン以上に拡大した。その後も排出量は急増し、現在では毎年340億トン以上が排出されている。その結果、世界の大気中CO2濃度は80万年間300ppm以内で推移した局面が崩れ、現在では400ppmをはるかに超える濃度に達している。新型コロナウイルス・パンデミックの影響により、直近の2年間は世界全体のCO2排出量の伸びが鈍化しているものの、いまだピークアウトしていない。

 また、地球上の大気中のCO2濃度が増加しただけでなく、その変化速度が極めて急激であることにも注目すべきである。CO2濃度の変化は、数百年、数千年、そして数万年単位で起こってきた。しかし、20世紀後半以降のCO2濃度の急上昇は、急速な温暖化をもたらし、地球全体のシステムにとって適応に必要な時間を遥かに超え、気候災害や生態破壊をもたらしている。

図2 世界の大気中CO2濃度の推移(803,720BCE-2022年)

注:土地利用変化は含まない。
出所:アメリカ海洋大気庁(NOAA)データセットより作成。

3.CO2排出量を増やし続ける中国とインド、ピークアウトした日欧米


 CO2排出量の急増をもたらした国はどこだろう?図3は、世界のCO2排出量メインプレイヤーの1750年から2020年における、化石燃料および産業由来のCO2排出推移を分析している。 2020年の時点でCO2排出量の最も多い5カ国は、中国、アメリカ、インド、ロシア、日本である。分析は、これにEU(27カ国合計)[4]とイギリスを加えた。2020年において、これら6カ国とEUは、合計で年間233.6億トンのCO2を排出し、世界の排出量の67.1%を占めた。

 2020年における世界最大の排出国は中国である。中国は、世界貿易機関(WTO)に加盟した2001年から、経済発展と比例するように年間CO2排出量を急増させている[5]。2020年に中国のCO2排出量は106.7億トンに達し、世界の30.7%を占めた。

 2020年、アメリカのCO2排出量は47.1億トンで、世界の13.5%を占め、中国に次ぐ排出大国となっている。次いで、EU(27カ国合計)のCO2排出量は26億トンで、世界の7.5%を占めている。インドは同24.4億トンで世界の7.0%を占め、ロシアは同15.8億トンで世界の4.5%を占めている。日本は同10.3億トンで、世界の3.0%を占めている。産業革命後100年以上にわたりCO2排出量の最も多かったイギリスは同3.3億トンで、世界シェアは0.9%に縮小した。

 これらの国と地域の中で、中国とインドはまだピークアウトしておらず、CO2排出量は増え続けている。他方、日米欧はすでにピークアウトし、CO2排出量は減り続けている。

図3 国・地域別年間CO2排出量の推移(1750-2020年)

注1:化石燃料および産業起原CO2排出量である。
注2:土地利用変化は含まない。
出所:Global Carbon Project (GCP)データセットより作成。

4.パワーシフトを反映するCO2排出量シェアの増減


 時間軸で見ると、これまで、世界のCO2排出量のメインプレイヤーは幾度も変わってきた。図4は、1750年から2020年までの上記国・地域の年間CO2排出量シェア推移を分析している。この分析で、CO2排出量の分布が、時代とともに大きく変化していることが伺える。産業革命発祥の国イギリスは、1888年にアメリカに追い越されるまで、世界最大のCO2排出国であった。イギリスは石炭を大量に燃やし、工業生産と生活水準の向上を成し遂げる工業化モデルを、世界で最初に実現させた国である。

 その後アメリカが、大量生産大量消費の発展モデルを確立し、石油を石炭に代わるエネルギーの主役に置き、モータリゼーションを押し進め、世界最大の経済大国にのし上がった。第二次大戦後、安価の石油、天然ガスを世界中から調達して繁栄を謳歌し、世界経済を牽引した。2000年にはアメリカは世界におけるCO2排出量のシェアを、23.8%とピークにした。なおアメリカのCO2排出量ピークは2005年で、同年の世界シェアは20.7%であった。

 中国は改革開放後、長期にわたる経済成長を実現してきた。石炭を中心とする化石燃料の大量消費によって、世界におけるCO2排出量のシェアも急激に上昇し、2006年に同シェアは21.2%に達し、アメリカを超えて世界最大のCO2排出国となった。

 化石燃料をベースとした近代経済の発展は、世界経済におけるパワーシフトに如実に反映され、各国のCO2排出量シェアを増減させた。こうした状況の打開には、化石燃料をベースとした発展モデルからの脱却が不可欠となる。

図4 国・地域別年間CO2排出量シェアの推移(1750-2020年)

注1:化石燃料および産業起原CO2排出量である。
注2:土地利用変化は含まない。
出所:Global Carbon Project (GCP)データセットより作成。

5.アジア地域は世界CO2排出量急増のメインプレイヤー


 地球温暖化の緊急性を高めたのは、CO2排出総量を急拡大させたアジア地域である。図5は、1750年から2020年までにおける国・地域別のCO2排出量推移を示している。欧米は20世紀中頃まで、世界のCO2の大半を排出していた。1900年には排出量の95.7%が欧米によるもので、1950年時点でも排出量の82.1%を欧米が占めていた。しかし、1980年になると、世界における欧米のCO2排出量シェアは64.4%に下がった。

 一方、アジア地域のCO2排出量は急増し、1980年にはアジア全域での同世界シェアが22.6%を占めるまで上昇した。その後、アジア地域のCO2排出量は拡大し続けた。2001年には、世界におけるアジア全域のCO2排出量シェアは36.4%となり、2020年に同シェアは58.4%に至った。世界の約6割のCO2をアジアが排出する事態となった。

 アジアがCO2排出量を急増させる中、世界における欧米のCO2排出量シェアは相対的に低下した。2001年には、欧米のCO2排出量シェアは47.9%と5割を下回り、2020年に同シェアは27.8%と3分の1を下回った。

 CO2排出量におけるアジアシェアの急拡大は、日本、NEIS、中国、ASEAN、インドが立て続けに行った工業化や都市化に因る。なかでも13億人口を抱える中国の影響は大きい。  

 改革開放政策の初期にあたる1980年、中国の世界CO2排出量におけるシェアは7.7%であった。2001年には、中国の同世界シェアは13.8%となり、20年間で2倍近くになった。それから更に20年後の2020年に中国の同世界シェアは30.7%となり、一国で欧米全体のCO2排出シェアを上回るに至った。

 CO2排出量におけるアジア地域の存在が高まる中、アフリカと南米の両地域は、それぞれ同世界シェアの3〜4%に留め、メインプレイヤーにはなっていない。

 欧米のCO2排出量世界シェアの低下は、アジアの排出量の急増によると同時に、この間の欧米の排出量がピークアウトし、減り続けてきたことも大きな要因である。

 しかし、世界のCO2排出量は1980年から2020年までの40年間で、1.8倍に急増した。図5の分析からわかるように、この間の急増ぶりに最も貢献したのは、アジア地域である。急増するアジアの排出量は、未だピークアウトの兆しを見せていない。

 大気中のCO2濃度を安定させ、さらに削減させるには、大気中に排出される温室効果ガスと大気中から除去される温室効果ガスが同量でバランスが取れている「ネットゼロ」[6]をまず達成する必要がある。そのためには、アジアでの大規模かつ迅速な排出量削減が不可欠である。メインプレイヤーとしての中国のCO2削減圧力は極めて高い。

図5 国・地域別年間CO2排出量推移(1750-2020年)

注1:化石燃料および産業起原CO2排出量である。
注2:土地利用変化は含まない。
注3:国際航空・海運輸送は、国や地域の排出量に含まれていない。
出所:Global Carbon Project (GCP)データセットより作成。

6.累積で最もCO2を排出した欧米と、現在CO2を大量排出するアジア


 しかし、産業革命以降、CO2を最も排出している国はどこだろう?上記の分析では1980年代以降、世界におけるCO2排出量を急増させたのがアジア地域であることが明らかになった。但し、CO2の大部分は一度排出されると何百年もの間、大気中に残ることが知られている。CO2の排出問題においては、これまでの累積排出量に関わる議論が必要となる。

 図6及び図7の分析では、いままで長い間CO2を排出してきた欧米諸国と、ごく最近大量にCO2を排出し始めたアジア地域との対立的な構図が見える。

 本論での1750年からの計算により、産業革命以来これまで人類は1兆7千億トンものCO2を排出してきた。大気中にCO2を最も排出してきた国は、CO2問題に取り組む上で最大の責任を負うべきだとのロジックがある。

 図6は、1750年から2020年までにおける国・地域別の累積CO2排出量推移を示している。アメリカは累積で約4,167億トンのCO2を排出し、世界における累積排出量の24.6%も占めた[7]。アメリカの累積CO2排出量は、中国の同13.9%シェアの1.8倍以上である。EU(27カ国)も、累積CO2排出量における世界シェアは17.1%と極めて大きい。産業革命の発祥地であるイギリスの同シェアは4.6%で、日本の同シェアは3.9%[8]である。

 現在のCO2排出量上位に占めるインドやブラジルなどの新興国は、累積CO2における貢献度はまだそれほど大きくない。アフリカ地域の貢献度は、その人口規模に比して非常に小さい。現在においても、アフリカ地域の一人当たりのCO2排出量はまだ少ない。

 過去に大量にCO2を排出してきた欧米諸国は長い時間をかけてピークアウトをした。これに対して、最近大量にCO2を排出し始めた新興国は、短期間でピークアウトしなければならない。そこにCO 2削減に関する国際交渉において、時間軸的ロジックの対立がある。

図6 国・地域別累積CO2排出量の推移(1750-2020年)

注1:化石燃料および産業起原CO2排出量である。
注2:土地利用変化は含まない。
出所:Global Carbon Project (GCP)データセットより作成。

 図7は、1750年から2020年までの国・地域別累積CO2排出量シェア推移を示している。1950年まで、累積CO2排出量の半分以上はヨーロッパによるものであった。とくにイギリスの排出量が大きい。1882年までは世界の累積CO2排出量の半分以上を同国が出していた。

 その後、アメリカが100年以上に渡り、CO2排出量の拡大を牽引した。アジア地域がCO2排出量を伸ばしたのは直近50年ほどのことである。世界に占めるアジア地域のCO2排出量の割合は近年、非常に増加している。

 累積でCO 2を最も排出した欧米諸国のほとんどは、ピークアウトを経て、世界におけるCO2排出量のシェアを急減させた。なかでも長期にわたり大量のCO2を出してきたイギリスは、2020年CO2排出量の世界シェアが1%を切った。これに対して、ごく最近CO2を大量に排出し始めた中国を始めとするアジア地域は現在、世界CO2排出量拡大を牽引している。こうした複雑な構図は、CO2削減における国際的な議論と合意を困難にしている。

図7 国・地域別累積CO2排出量シェアの推移(1750-2020年)

注1:化石燃料および産業起原CO2排出量である。
注2:土地利用変化は含まない。
出所:Global Carbon Project (GCP)データセットより作成。

(本論文では栗本賢一、甄雪華、趙建の三氏がデータ整理と図表作成に携わった)


[1] 温室効果ガスが大気中に残存する時間(大気寿命)は、ガスの種類や放出量によって異なり、一般的には数十年から数百年程度とされている。例えば、二酸化炭素は平均して100年〜1000年程度、メタンは約12年、フッ素化物(HFC)は約15年とされている。ただし、これらの数値はあくまでも平均値であり実際の値はさまざまな要因によって異なる。

[2] IPCC, 2013: Climate Change 2013: The Physical Science Basis. Contribution of Working Group I to the Fifth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [Stocker, T.F., D. Qin, G.-K. Plattner, M. Tignor, S.K. Allen, J. Boschung, A. Nauels, Y. Xia, V. Bex and P.M. Midgley (eds.)]. Cambridge University Press, Cambridge, United Kingdom and New York, NY, USA.

[3] 同報告書の正式名称は、『気候変動の脅威への世界的な対応の強化、持続可能な発展及び貧困撲滅の文脈において工業化以前の水準から1.5℃の気温上昇にかかる影響や関連する地球全体での温室効果ガス(GHG)排出経路に関する特別報告書』である。

[4] EUは通常、集団として交渉を行い、目標を設定することから、地域として分析対象に加えた。

[5] WTO加盟後の中国経済の成長について、詳しくは、周牧之・陳亜軍・徐林編著『環境・社会・経済 中国都市ランキング2017: 中心都市発展戦略』、NTT出版、2018年11月、p.167-174を参照。

[6] ネットゼロ(Net-zero)とは、「温室効果ガスの人為的な大気中への排出量と、一定期間における人為的な除去量が釣り合った状態」と定義され、温室効果ガスの排出量が完全にゼロになるように調整された状態のことを指す。また、ネットゼロは、パリ協定の1.5℃目標の達成に整合する排出量削減が求められている。一方、よく似た概念として、カーボン・ニュートラル(Carbon neutral)が存在するが、カーボン・ニュートラルは、温室効果ガスの排出量と吸収量・除去量を均衡させることを指す。

[7] アメリカのCO2排出量データは1800年からである。

[8] 日本のCO2排出量データは1868年からである。


本論文は、周牧之論文『都市から見た中国の二酸化炭素排出構造と課題―急増する中国とピークアウトした日米欧―』より抜粋したものである。『東京経大学会誌 経済学』、317号、2023年。

【論文】周牧之:世界で最もCO2を出している国はどこか? 世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題

Global CO2 emissions and China’s challenges

周牧之 東京経済大学教授

編者ノート:

 二酸化炭素(CO2)排出量の急増による地球温暖化は、世界各地で異常気象災害を頻繁に引き起こしている。地球規模の気候変動はもはや人類共通の課題となっている。このような背景から、2021年4月22日開催の気候変動サミット(Leaders’ Summit on Climate)に出席した40カ国・地域の首脳がこぞって、2030年までのCO2排出量削減目標を明確に示した。

 中国は、今回のサミットで、「CO2排出量のピークアウトとカーボンニュートラルを生態文明建設の全体計画に組み込む」と宣言した。中国はすでに2020年9月22日の国連総会で「CO2排出量を2030年までにピークアウトさせ、2060年までにカーボンニュートラルを達成するよう努力する」と誓った。

 本論は、CO2排出量上位30カ国のデータを用いて、現在世界のCO2排出構造はどのようになっているのか?CO2排出量に影響を与える主な要因は何か?各国が直面している課題とは?等問題について、分析する。


▷CO2関連論文①:周牧之『二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧』
▷CO2関連論文②:周牧之『アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準』


 2021年4月26日に「全球碳排放格局和中国的挑战」と題した中国語レポートを中国の大手ネットメディア『中国網』で発表[1]、好評を得て百を超える中国のメディアやプラットフォームに転載された。5月8日には同レポートの英語版「Global CO2 emissions and China’s challenges」が『China Net』に掲載され[2]、『China Daily』や中国国務院新聞弁公室『China SCIO Online』にも転載された。同レポートの日本語版「世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題」も、5月19日に『チャイナネット』に掲載された[3]。

 メディアの性質上、注釈や図表などの制限があったため、本論文では、このレポートをベースに注釈を加え、最新情報をアップデートし、問題提起をさらに掘り下げて検証する。

レポート「世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題」の
中国語、英語、日本語版


 21世紀最初の20年間は人類史上CO2排出量が最も増えた時代である。世界のCO2排出量を、3つに分けて考えると図1が示すように、①1979年までに積み上げた排出量は現在の54%と約半分に相当する。②1980〜1999年の20年間での増加分は現在の15.3%に相当する。③2000〜2019年の20年間での増加分は現在の30.7%を占めている。つまり、今日世界のCO2排出量の半分弱が1980年以降に増えたのである。さらに特筆すべきは、21世紀最初の20年間で増加したCO2排出量は、1980〜1999年の20年間に増加した分量と比べさらに2倍になったことである。21世紀におけるCO2排出量の急増ぶりは凄まじい。

図1 世界におけるCO2排出量拡大の推移

出所:英BPデータベースより作成。

1.世界におけるCO2排出構造


 現在、CO2排出量が明確に把握できる79カ国・地域を概観すると、そのCO2排出量合計は世界の96.7%を占めている[4]。

 2000〜2019年の20年間に、上記79カ国・地域のうち、アメリカ、イギリス、ドイツ、ウクライナ、日本、イタリア、フランス、ギリシャ、ベネズエラ、スペイン、チェコ、オランダ、デンマーク、ウズベキスタン、ルーマニア、フィンランド、ベルギー、スウェーデン、ポルトガル、ハンガリー、スロバキア、アイルランド、スイス、ブルガリア、スロベニア、クロアチア、北マケドニア、ノルウェーの計28カ国がCO2排出量を削減している。

 これらの国々は、アメリカ、イギリス、ドイツ、日本、イタリア、フランス、スペイン、オランダ、デンマーク、フィンランド、ベルギー、スウェーデン、ポルトガル、アイルランド、スイス、ノルウェーといった先進諸国と、ウクライナ、ギリシャ、ベネズエラ、チェコ、ウズベキスタン、ルーマニア、ハンガリー、スロバキア、ブルガリア、スロベニア、クロアチア、北マケドニアといった経済的衰退に喘ぐ諸国の2つのグループに概ね大別できる。

 同じようにCO2排出量が減少していても、その原因は異なる。先進諸国グループの場合はCO2削減の努力がCO2排出量の減少に大きく寄与した。他方、後者のグループには東欧や旧ソ連の国々が多く含まれている。これらの国々のCO2排出量の減少は、冷戦後長期にわたる経済低迷によるものである。

 一方、その他51カ国は、この期間CO2排出量が拡大し続けた。この51カ国の大半は発展途上国で、とくに中国を筆頭とした新興工業国のCO2排出量の増加は著しい。特に注目すべきは、これらの国のCO2排出量の増加規模が、前述の28カ国のCO2排出量の削減量よりもはるかに大きいことである。28カ国のCO2排出量削減量は51カ国のCO2排出量増加分のうち、僅か15.7%に過ぎない。つまり、この期間の世界CO2排出量を急増させたのは、中国をはじめとする発展途上国で急速に進む工業化と都市化であった。 

 今日の世界CO2排出構造には、以下の3つの特徴が挙げられる。

 1つ目は、CO2排出量を減らしている国と、いまだに排出量を増やし続けている国に二分できることである。

 2つ目は、世界CO2排出量が上位国に集中していることである。図2が示すように、2019年では、中国、アメリカ、インド、ロシア、日本といったCO2排出量の上位5カ国が、世界CO2排出量の実に58.3%を占めている。つまり、世界CO2排出量の6割近くが、排出量上位5カ国で占められている。もう少し順位を拡大すると、排出量上位10カ国で世界CO2排出量の67.7%、排出量上位30カ国で同87%を占めていることがわかる。気候変動サミットにおいて、第2位のアメリカと第5位の日本は、2030年までにCO2排出量をそれぞれ50〜52%(2005年比)、46%(2013年比)削減すると約束した[5]。両国のチャレンジングな目標は、劇薬としてエネルギー・産業構造の高度化を推し進めるであろう。

図2 CO2排出量上位30カ国パフォーマンス(2019)

出所:英BPデータベースより作成。

 3つ目は、世界CO2排出量シェア28.8%の中国が断トツトップに立っていることである。2019年の中国CO2排出量は、第2位から第5位までのアメリカ、インド、ロシア、日本の4カ国の合計値にほぼ匹敵する。そのため、中国が国連総会で「2060年までにカーボンニュートラルを達成するよう努力する」[6]と表明したことは、意義が大きいと同時に、大変なチャレンジでもある。

2.CO2排出量に関わる6大要素


 CO2排出量を考える上で欠かせない基本的な要素は6つある。

 1つ目は「エネルギー消費量当たりCO2排出量」で、「エネルギー炭素集約度[7]」とも呼ばれる。この指標は、一次エネルギー源の品質と効率に関連している。例えば、現在、石炭が一次エネルギーの主役である中国のようなエネルギー構造では、エネルギー消費量当たりCO2排出量が多い。今後、火力発電の一次エネルギーを石炭から天然ガスに転換することや、風力、太陽光、水力などの再生可能エネルギーの割合が増えること、また原子力発電の発展などにより、エネルギー消費量当たりCO2排出量は減少していくと考えられる。

 2つ目は「GDP当たりエネルギー消費量」で、「エネルギー効率[8]」とも呼ばれる。工業化の初期においてはこの指標は悪化するが、工業化の進展に伴う産業構造の変化、低効率生産能力の淘汰、技術の向上などにより、エネルギー効率は好転する。したがって、長期的には、一国のGDP当たりエネルギー消費量の曲線は、工業化の初期には急上昇し、工業化が順調に進めば、いずれ減少傾向を迎えることになる。

 3つ目は「GDP当たりCO2排出量」で、「炭素強度[9]」とも呼ばれる。この指標は、一国の経済とCO2排出量の関係を示す重要な指標である。エネルギー消費量当たりCO2排出量とGDP当たりエネルギー消費量の相互作用により、炭素強度のレベルが決まる。

 4つ目は、経済発展の度合いを測る「一人当たりGDP」である。経済発展が、産業活動を拡大し、衣食住および交通など生活パターンの近代化をもたらす。よって、一人当たりエネルギー消費量が増加し、それに相まってCO2排出量も増加する。

 5つ目の大きな要因は「人口の規模と構造」である。人口が多くなるほど経済規模も大きくなり結果としてCO2排出量も多くなる。また、人口構造がエネルギー消費に与える影響も無視できない。

 6つ目は「一人当たりCO2排出量」で、上記5つの要素の相互作用の結果が最終的にこの指標に反映される。実際、これは一国におけるCO2排出量をはかる最も重要な指標である。一人当たりCO2排出量の変曲点がCO2排出量の本当の意味でのピークアウトとなる。

 一般的に、社会経済が一定の発展水準に達すると、エネルギー当たりCO2排出量(エネルギー炭素集約度)とGDP当たりエネルギー消費量(エネルギー効率)の変曲点が先に現れ、一人当たりCO2排出量のピークアウトはその後になる。その意味では、CO2排出量の本当のターニングポイントは、一人当たりCO2排出量が持続的に減少し始めたときだと捉えるべきである。

3.中国の成果と課題


 WTO加盟後、中国経済は、輸出と都市化という2つのエンジンを原動力に大きく発展した[10]。図3が示すように、2000年から2019年の間に、中国の輸出規模は10倍、アーバンエリア(建築用地やインフラ用地として一定の基準を満たす都市型用地の面積)[11]は2.9倍、DID(人口集中地区)[12]人口は2割増、そして実質GDPは5.2倍になった。

図3 中国経済パフォーマンス
(2000-2019)

出所:雲河都市研究院〈中国都市総合発展指標〉より作成。

 高い経済成長により、2000年に2,151米ドルだった中国の一人当たり実質GDPは、2019年には9,986米ドルと4.6倍になった。大規模な産業発展、急速な都市化、巨大な人口の生活パターンの近代化により、エネルギー消費量が急速に増加し、それが中国のCO2排出量増加の基本的な原因となっている。

 幸い、中国ではエネルギー当たりCO2排出量(エネルギー炭素集約度)、GDP当たりエネルギー消費量(エネルギー効率)、GDP当たりCO2排出量(炭素強度)のいずれもがすでに変曲点に達し、明確な減少傾向を示している。エネルギー当たりCO2排出量では、中国は2000年に比べて2019年に1割減少した。この間、実質GDP当たりエネルギー消費量とGDP当たりCO2排出量はともに4割も減少した。これらは、中国が近年、省エネの奨励、クリーンエネルギーの開発に多大な努力を払ってきた結果である。中国が推進する循環低炭素型の発展は、すでに一定の成果を上げている。

 しかし中国の一人当たりCO2排出量は、2000年から2019年の間に2.6倍になった。エネルギー当たりCO2排出量、GDP当たりエネルギー消費量、炭素強度のいずれもピークアウトしたが、一人当たりCO2排出量はまだ変曲点に達していない。一人当たりCO2排出量の変曲点にどう早く到達させるかが、「2030年までにCO2排出量のピークアウトに努め、2060年までにカーボンニュートラルを目指す」公約[13]を達成する鍵となる。

4.CO2排出量上位30カ国・地域の分析


 CO2排出量上位30カ国は、世界のCO2排出量の90%近くを占めるだけでなく、世界の人口の69%、GDPの84%を生み出している。さらに、この30カ国は、2000年から2019年の世界のCO2排出量の増加分の92.7%をもたらしている。そのため、まずはこの30カ国のCO2排出状況を徹底的に分析する必要がある。

  (1)CO2排出量の増減

 2000年から2019年にかけて、世界のCO2排出量は4割増加している。図4が示すように、CO2排出量上位30カ国は、アメリカ、日本、ドイツ、イギリス、イタリア、フランス、スペインの欧米主要7カ国ではCO2排出量が減少した。そのうち、イギリスは3割、ドイツ、イタリア、フランスは2割、アメリカ、日本、スペインは1割のCO2排出量削減を実現した。

図4 CO2排出量変化における上位30カ国の比較
(2000-2019)

出所:英BPデータベースより作成。

 他方、中国やインドを筆頭に、CO2排出量が増加している国が23カ国もある。しかも、これらの国のCO2排出量の増加は、上記7カ国の削減効果をはるかに上回った。7カ国のCO2排出量の削減は、23カ国のCO2排出量の増加分の僅か13.2%にしかなっていない。結果、世界のCO2排出量は急増した。

 この間、中国とインドのCO2排出量はそれぞれ2.9倍、2.6倍にも膨らんだ。中国は、2005年にアメリカを抜いて世界最大のCO2排出国となった。インドも、日本とロシアを抜いて世界第3位のCO2排出国となった。CO2排出量では、ベトナムは6.1倍と増加スピードが最も速く、世界第22位のCO2排出国となった。

  (2)一次エネルギー消費量の増減

 2000年から2019年にかけて、世界の一次エネルギー消費量は48%増加した。図5が示すように、中でも中国の一次エネルギー消費量は3.3倍となり、この期間で一次エネルギー消費量が最も拡大した国であった。2009年に中国は一次エネルギー消費量でアメリカを抜いて世界第1位となった。インドの一次エネルギー消費量も2.6倍となり、世界第3位の一次エネルギー消費国となった。一次エネルギー消費量が5.5倍になったベトナムは、この期間の増加スピードが最も速く、一次エネルギー消費量で第22位だった。

図5 一次エネルギー消費量変化におけるCO2排出量上位30カ国の比較
(2000-2019)

出所:英BPデータベースより作成。

 逆に、この期間に一次エネルギー消費を削減させた国は世界で22カ国存在する。そのうち、一次エネルギーの削減量が大きい順に、日本、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、アメリカの6カ国である。これらの国は、すべて先進国でCO2排出量上位30カ国に含まれる。特筆すべきはアメリカがこの期間、実質GDPの45.4%増を実現させたと同時に、一次エネルギー消費削減を達成した。すなわち、先進諸国の省エネとCO2排出削減への取り組みは見事に実を結んだ。

  (3)エネルギー消費量当たりCO2排出量(エネルギー炭素集約度)の増減

 図6が示すように、2000年から2019年にかけて、世界のCO2排出量上位30カ国・地域は、インド、日本、インドネシア、南アフリカ、ベトナム、カザフスタンを除き、エネルギー消費量当たりCO2排出量が減少した。このうち、イギリスとタイは2割、中国、アメリカ、ロシア、ドイツ、イラン、サウジアラビア、カナダ、ブラジル、オーストラリア、トルコ、イタリア、ポーランド、フランス、アラブ首長国連邦、台湾(中国)、スペイン、シンガポールはエネルギー消費量当たりCO2排出量を1割削減した。その間、世界のエネルギー炭素集約度は、若干改善された。

図6 エネルギー炭素集約度変化におけるCO2排出量上位30カ国の比較
(2000-2019)

出所:英BPデータベースより作成。

 アメリカでは、クリントン大統領の時代から再生エネルギーの開発とCO2排出量削減のための政策を打ち出し、その後大統領の交代により何度か浮き沈みはあったものの、エネルギーミックスの高度化が図られている。2017年にアメリカ西部の11州では、総電力量の42%もが再生可能エネルギーで賄われている。対照的に、同国では石炭火力は衰退し続けている。特筆すべきは、カーター大統領時代に始まった小規模天然ガス火力発電を開発する政策によって、2002年には小規模天然ガス火力発電がアメリカの電源構成で最大のシェアを占めるまでになった[14]。

 先進国の中で日本は、2011年の福島第一原子力発電所事故により全国の原子力発電所が停止したため、火力発電に傾斜しなければならなかった。特に電源構成における石炭火力の占める割合が31.8%(2019年)にまで高まったため[15]、エネルギー消費量当たりCO2排出量が増加した。

 発展途上国では、石炭火力発電は重要な電源となっている。例えば、東南アジアでは、電源構成に占める石炭火力発電の割合が40%となっている[16]。

 現在、如何にして迅速に石炭火力発電から他のクリーンエネルギー発電に移行させていくかが、カーボンニュートラを実現させる最重要課題の1つである。2021年4月21日、アントニオ・グテーレス国連事務総長が日本経済新聞に寄稿し、2030年までに先進国は石炭火力発電を完全に停止し、2040年までにその他の国も石炭火力発電を完全に停止する必要があると提唱した[17]。

 中国の電源構成は石炭火力発電に大きく依存している。中国のエネルギー消費量当たりCO2排出量は減少しているものの、一次エネルギー消費構造に占める石炭の割合は依然として57.7%と極めて高い。エネルギー構造の高度化が求められる。

 2021年4月22日に開催された「気候サミット」では、中国は「石炭発電プロジェクトを厳格に抑え、第14次5カ年計画期間中には石炭消費量の増加を厳格に抑制し、第15次5カ年計画期間中には確実に削減していく」と公約した[18]。これは、中国が一次エネルギー構造の高度化を加速させることを意味する。 

 上記30カ国・地域のエネルギー消費量当たりCO2排出量の分析で、技術進歩、設備投資、エネルギーミックスの高度化により、ほとんどの国でエネルギー消費量当たりCO2排出量が減少し続けていることが浮かび上がる。しかし、日本のように原子力発電所の事故によりエネルギーミックスが急激に悪化したことや、インド、インドネシア、ベトナムのように急激な工業化によるエネルギー消費量当たりCO2排出量が増大した例もある。

  (4)GDP当たりエネルギー消費量(エネルギー効率)の増減

 図7が示すように、2000年から2019年の間に、世界のCO2排出量上位30カ国・地域は、イラン、サウジアラビア、ブラジル、タイ、ベトナム、アラブ首長国連邦を除き、GDP当たりエネルギー消費量が減少した。中でも、中国、ロシア、イギリス、ポーランドが4割、アメリカ、日本、ドイツ、韓国、フランス、台湾(中国)、カザフスタンが3割、インド、インドネシア、カナダ、南アフリカ、オーストラリア、イタリア、スペイン、マレーシアが2割、メキシコ、トルコ、シンガポール、エジプト、パキスタンは1割、GDP当たりエネルギー消費量を減少させた。

図7  エネルギー効率変化におけるCO2排出量上位30カ国の比較
(2000-2019)

出所:英BP、国連データベースより作成。

 このように、大半の国では、技術進歩、設備投資、エネルギーミックスの高度化により、エネルギー効率が向上している。その結果、世界のGDP当たりエネルギー消費量は、2000年から2019年の間に2割も大幅に減少した。もちろん、アメリカの制裁により経済状況が悪化したイランや、急速な工業化によりエネルギー効率が悪化したベトナムなど、例外はある。GDP当たりエネルギー消費量は、イランでは5割、ベトナムでは6割増加した。

  (5)GDP当たりCO2排出量(炭素強度)の増減

 図8が示すように、2000年から2019年の間に、世界のCO2排出量上位30カ国・地域は、イラン、サウジアラビア、ベトナム、アラブ首長国連邦を除き、実質GDP当たりCO2排出量は減少している。中でも、実質GDP当たりCO2排出量を5割削減したイギリスとポーランドは、炭素強度の減少幅が最も大きい。また、中国は炭素強度を4割と大幅に削減した。同様に、アメリカ、ロシア、ドイツ、フランス、台湾(中国)も、4割の炭素強度削減を実現させた。韓国、カナダ、オーストラリア、イタリア、スペイン、カザフスタンは3割減、インド、日本、南アフリカ、トルコ、マレーシア、シンガポール、エジプトは2割減、インドネシア、メキシコ、タイ、パキスタンは1割減となった。

図8 GDP当たりCO2排出量変化におけるCO2排出量上位30カ国の比較
(2000-2019)

出所:英BP、国連データベースより作成。

 しかし炭素強度が増加した国は4カ国ある。サウジアラビアとアラブ首長国連邦は1割、イランは4割、ベトナムは8割、実質GDP当たりCO2排出量が増加した。

 主要なCO2排出国の炭素強度が大幅に低下した結果、2000年から2019年の間に、世界の実質GDP当たりCO2排出量は18.1%減少した。

 中国は炭素強度を下げる努力で大きな成果を上げており、現在の炭素強度はインドの76.1%、ロシアの64.9%、ベトナムの60.3%である。しかし、先進国と比較すると未だ大きな隔たりがあり、現在、中国の炭素強度は、アメリカと日本の水準の2.8倍、ドイツの3.6倍、イギリスの5.5倍、フランスの6倍となっている。そのため、第14次5カ年計画では、「GDP当たりCO2排出量の抑制に重点を置き、それを補完する形で二酸化炭素排出総量の抑制を行う」としている。いかにして炭素強度を急速に低減させ、低炭素発展モデルを実現させるかが、極めて大きな挑戦である。

5.CO2排出量上位30カ国・地域におけるCO2排出量のピークアウト分析


 本レポートでは、CO2排出量ピークアウトの分析において、単年度の異常値による混乱を避けるため、「移動平均」の概念を導入し、「移動平均線」によるCO2排出量のピークアウト分析を行っている。移動平均とは、一定期間のデータを平均化し、その平均値を時間軸で結んだ移動平均線によってトレンドを分析する手法である[19]。

 本稿では、5年間の移動平均値を算出し、1980年から2019年の間で、各国の一人当たりCO2とCO2排出量という2つの主要指標を分析する。これにより変曲点やトレンドをより正確に判断し、CO2排出量や省エネ・CO2排出削減における各国のパフォーマンスを評価する。

 (1)一人当たりCO2排出量のピークアウト分析

 図9が示すように、一人当たりCO2排出量の5カ年移動平均線の分析から、CO2排出量上位30カ国・地域のうち、アメリカ、ロシア、日本、ドイツ、サウジアラビア、カナダ、南アフリカ、メキシコ、ブラジル、オーストラリア、イギリス、イタリア、ポーランド、フランス、スペイン、マレーシア、エジプトなど17カ国がすでにピークアウトし、一人当たりCO2排出量が継続的に減少する傾向にある。

図9 CO2排出量上位30カ国の一人当たりCO2排出量の5カ年移動平均線

出所:英BP、国連データベースより作成。

 しかし、中国、インド、イラン、韓国、インドネシア、トルコ、タイ、ベトナム、アラブ首長国連邦、台湾(中国)、カザフスタン、シンガポール、パキスタンなどの13カ国・地域では、一人当たりCO2排出量がまだ増加傾向にある。

 世界全体で見ると、一人当たりCO2排出量は2011年にピークを迎え、その後は減少傾向にある。世界の一人当たりCO2排出量が減少しているのは、第一に、先進国での排出削減努力が功を奏していることによる。

 2000年から2019年の間に、イギリスは一人当たりCO2排出量を4割、アメリカ、イタリア、フランス、アラブ首長国連邦は3割、ドイツとスペインは2割、日本、カナダ、オーストラリアは1割削減した。主要先進国では、省エネ・CO2排出削減に目覚ましい成果を上げている。

 しかし、中国に代表される新興工業国では、工業化、都市化、生活様式の高度化に伴うエネルギー消費量の増加により、CO2排出量が拡大している。この間、一人当たりCO2排出量は、中国では2.6倍、インドでは2倍、ベトナムでは5倍になった。カザフスタンは9割、インドネシアは8割、イランは7割、タイは6割、トルコ、マレーシア、シンガポールは4割、韓国、サウジアラビア、エジプト、パキスタンは3割、ブラジルは2割、ロシアと台湾(中国)は1割、一人当たりCO2排出量が増加した。新興工業国・地域の多くは、一人当たりCO2排出量を増加させ続けた。

  特に、現在の中国の一人当たりCO2排出量は、すでにイギリスやフランスを上回っていることは注目に値する。中国は一人当たりCO2排出量の早期ピークアウトを政策目標と据えるべきであろう。

 (2)CO2排出量のピークアウト分析

 図10が示すように、CO2排出量上位30カ国・地域のCO2排出量の5カ年移動平均線を分析したところ、アメリカ、ロシア、日本、ドイツ、南アフリカ、メキシコ、ブラジル、イギリス、イタリア、ポーランド、フランス、スペインなど12カ国が、すでにピークアウトし、CO2排出量が減少傾向にあることが明らかとなった。

図10  CO2排出量上位30カ国のCO2排出量の5カ年移動平均線

出所:英BP、国連データベースより作成。

 一人当たりCO2排出量がピークアウトした17カ国と比較すると、サウジアラビア、カナダ、オーストラリア、マレーシア、エジプトなど5カ国はその中に含まれていない。つまりこの5カ国は、一人当たりCO2排出量はピークアウトしたものの、CO2排出量はまだピークアウトしていない。その主な理由は、人口の大幅な増加によるものと考えられる。2000年から2019年の間に、サウジアラビアは7割、カナダは2割、オーストラリアは3割、マレーシアは4割、エジプトは5割の人口増加となった。人口の大幅な増加は、CO2排出量のピークアウトを遅らせる。

 同じ状況はアメリカでも見られ、同国の人口は2000年から2019年の間に4,735万人増加しており、大量の人口増によって2つのピークアウトにラグが生じている。アメリカは、一人当たりのCO2排出量が2000年にピークアウトしたのに対し、CO2排出量が2007年になってようやくピークを越えた。

 現在、中国のCO2排出量の増大ぶりは鈍化しているものの、まだピークアウトしていない。中国政府は2030年までにCO2排出量をピークアウトする目標を掲げている。目下、各地域、各企業は削減に向かってアクションプラン策定を急いでいる。

6.中国とアメリカはグローバリゼーションの最大の推進者と受益者


 21世紀、世界はグローバリゼーションの新たな段階に入った。

 (1)貿易急拡大による人類史上最大の繁栄期

地球規模で貿易、投資、技術取引、人的交流が飛躍的に拡大している。輸出を例にとれば、2019年までの世界の総輸出量を3分割すると図11が示すように、①1979年の輸出規模は現在の10.8%に過ぎない。②1980〜1999年の輸出純成長分だけで1979年当時の2倍以上になり、現在の総輸出量の23.2%に当たる。③2000〜2019年の輸出はさらに爆発的に伸び、この間の増加分は現在の輸出総額の66%に当たる。つまり、今日の世界の輸出総額の約7割は、21世紀に入ってから増えたものである。富のメカニズムが国民経済からグローバル経済へと急速に移行していることは明らかである。

 2000年以降世界輸出総額の増加分において最も大きなシェアを占めているのは中国であった。そのシェアは17.9%で、同シェア第2位のドイツと第3位のアメリカを大きく引き離した。中国こそは人類史に例を見ない21世紀初頭における世界貿易急拡大の立役者である。

 他方、輸出拡大で世界第2位の経済大国を築き上げた日本は、21世紀世界貿易急拡大期においてのパフォーマンスは芳しくなかった。2000年以降世界輸出総額の増加分における日本のシェアは僅か1.8%であった。同シェアにおける各国の順位の中で日本は18位に過ぎず、世界貿易拡大における貢献では極めて小さい存在でしかなかった。

図11 世界における輸出規模拡大の推移

出所:国連貿易開発会議(UNCTAD)データベースより作成。

 グローバル化が富を爆発的に増加させた。2000年から2019年にかけて、世界の実質GDPは74.5%も増加した。この間、中国の実質GDPは5.2倍となり、世界の経済成長に最も貢献した国となった。他方その間、実質GDPを45.4%拡大させたアメリカは、成長率から見れば、世界平均を下回ったものの、その母数は巨大であるため、富の増大は著しかった。

 結果、図12が示すように、この期間の世界の実質GDP増加分の半分近い49.6%が中国とアメリカによってもたらされた。そのうち、中国は32.2%、アメリカは17.4%で、GDP増加分のシェアで世界第1位と第2位を占めている。第3位から第10位までは、順にインド5.4%、イギリス2.4%、韓国2.3%、ドイツ2.1%、ロシア1.9%、インドネシアと日本1.8%、ブラジル1.7%となっている。第3位以降の国の割合は、中国やアメリカに比べて如何に小さいかがわかる。

図12 世界における実質GDP規模拡大の推移

出所:国連データベースより作成。

 図13が示すように、2000年以降における中国の急成長が、世界経済に占める中国のシェアを急激に4%から17.4%へと押し上げ、見事なV字回復を見せた。突如現れた経済大国に世界は驚いた。

 その結果、2009年に中国の経済規模は日本を超え、世界第2位の経済大国となった。さらに2020年には中国の経済規模は日本の2.9倍となり、その急成長ぶりを見せつけた。

図13 世界経済に占める中国のシェアの変化

出所:Paul Kennedy, The Rise and Fall of The Great Powers, Random House, 1987および国連データベースより作成。

 21世紀初頭、グローバリゼーションを推し進め、人類史上類を見ない富の大爆発時代を作ったのは、中国とアメリカの協働だったと言えよう。中国とアメリカは、グローバリゼーションの最大の推進者であり、最大の受益者でもある。

(2)CO2排出量無き経済成長を目指す

 この間の経済成長と二酸化炭素排出量の関係はどうか。実質GDP成長率とCO2排出量増加率を見ると、CO2排出量の多い上位30カ国・地域は3つのグループに分類できる。

 第1のグループは、実質GDPの成長率が低く、CO2排出量が削減した国で、アメリカ、日本、ドイツ、イギリス、イタリア、フランス、スペインなど先進7カ国が属している。

 第2のグループは、経済成長率が中低速で、CO2排出量の増加が少ない国・地域である。このグループには、ロシア、イラン、韓国、サウジアラビア、カナダ、南アフリカ、メキシコ、ブラジル、オーストラリア、トルコ、ポーランド、タイ、アラブ首長国連邦、台湾(中国)、マレーシア、シンガポール、エジプト、パキスタンの18カ国・地域が含まれる。

 第3のグループは、経済成長が中高速で、CO2排出量が急激に増加している国である。インド、インドネシア、ベトナム、カザフスタンのアジア4カ国が含まれる。特にベトナムのCO2排出量の増加ぶりが際立っている。

 第4グループは、世界でも類を見ない高い経済成長率を持続的に達成している中国である。そのCO2排出量の伸び率は第3グループの平均レベルとほぼ同様である。

図14 実質GDP成長率とCO2排出量増加率(2000-2019)

出所:英BP、国連データベース作成。

 以上の分析から、21世紀の最初の20年間は、イノベーションとグローバリゼーションに推し進められ、世界の富が爆発的に増大した時代であったことがわかる。大分業によって大発展を遂げ、CO2も大排出した人類史上極めて特殊な時期であった。

 これまで築き上げた繁栄を守るため、次の時代、人類は地球規模で協力し、大幅な省エネ・CO2排出削減を進め、グリーン循環経済成長を実現し、気候変動に対処していく必要がある。

 2021年4月、解振華中国気候変動事務特使とアメリカのジョン・ケリー大統領気候問題特使が上海で気候変動問題に関する会談を行った。会談後に発表された共同声明で、中国とアメリカは互いに協力し、他国とも手を携え、気候変動問題に対処することを約束し、パリ協定の実施を強調した。

 国際エネルギー機関(IEA)は、2021年の世界のCO2排出量が昨年に比べて4.8%増加すると予想している[20]。CO2排出量の増加圧力は依然として厳しい。グローバリゼーションの最大の推進者であり、その最大の受益者でもある中国とアメリカは、グリーン循環経済成長の牽引者となる義務を負う。

(本論文では雲河都市研究院主任研究員栗本賢一氏がデータ整理と図表作成に携わった)


[1] 周牧之「全球碳排放格局和中国的挑战」、『中国網(China.com.cn)』、2021年4月日26(http://www.china.com.cn/opinion/think/2021-04/26/content_77441000.htm)。

[2] Zhou Muzhi, “Global CO2 emissions and China’s challenges” In China.org.cn, 8 May 2021(http://www.china.org.cn/opinion/2021-05/08/content_77475411.htm)。

[3]  周牧之「世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題」、In Japanese.China.org.cn、2021年5月19日(http://japanese.china.org.cn/business/txt/2021-05/19/content_77507977.htm)。

[4] 国別CO2データは、英BPデータベースより。

[5] 気候サミットは、地球の平均気温上昇を摂氏1.5度に抑制するために、気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)に向けて主要国の対策強化を図るものである。本サミットにおいて、アメリカは「2030年までに2005年比で温室効果ガス(GHG)50~52%削減」という目標を発表し、日本は2030年度に2013年度比で46%削減に引き上げることを宣言した。

[6] 2020年9月22日、中国の習近平国家主席は国連総会の会合にオンラインで出席し、「CO2排出量を2030年までに減少に転じさせ、2060年までにカーボンニュートラルを目指す」と表明した。中国は、初めて総量としての目標を打ち出し話題を呼んだ。

[7] エネルギー炭素集約度(carbon intensity of energy)は、「炭素集約度」とも呼ばれる。これを引き下げるためには、炭素の少ないエネルギー源を選択することが必要となる。

[8] エネルギー効率(energy intensity)は、「エネルギー集約度」、あるいは「エネルギー消費原単位」とも呼ばれる。これを引き下げるためには、省エネルギーの推進などが必要となる。

[9] 炭素強度(carbon intensity)は、技術進歩や経済成長に伴い低下していく。

[10] WTO加盟後の中国経済の成長について、詳しくは、筆者が中心となってまとめた、中国国家発展改革委員会発展計画司、雲河都市研究院著、周牧之・陳亜軍・徐林編著『環境・社会・経済 中国都市ランキング2017: 中心都市発展戦略』、NTT出版、2018年11月、p.167-174

[11] アーバンエリアについて、詳しくは、中国国家発展改革委員会発展計画司、雲河都市研究院著、周牧之・陳亜軍編著『環境・社会・経済 中国都市ランキング2018: 大都市圏発展戦略』、NTT出版、2020年10月、p.174。

[12] DIDについて、詳しくは、周牧之前掲書、p.174。

[13] 中国の習近平国家主席は2020年12月12日、同日に開幕した国連気候野心サミットの演説で、「GDPを分母とした二酸化炭素の原単位排出量を2030年までに2005年比65%削減する」という目標を新たに発表した。

[14] アメリカのエネルギー政策に関して詳しくは、小林健一著『米国の再生エネルギー革命』、日本経済評論社、2021年2月25日を参照。 

[15] 資源エネルギー庁『エネルギー白書2021』、2021年6月、p.134。

[16] 国際エネルギー機関(IEA)『Southeast Asia Energy Outlook 2019』、2019年11月、p.32。

[17] アントニオ・グテレス事務総長「石炭発電、40年までに全廃を」、『日本経済新聞』、2021年4月21日朝刊。

[18] 気候サミットでは、中国の習近平国家主席は石炭に依存したエネルギーシステムを改善し「グリーン開発」に取り組む考えを示し、2026〜30年の石炭消費量を2021〜25年の水準から段階的に削減する方針を明らかにした。中国は2020年3月にまとめた2021~25年までの第十四次5カ年計画で、石炭の消費量を「厳しく抑制する」と決めたのに続き、2026年以降に石炭消費量の減少にかじを切る方向性を示した。世界最大である中国の石炭消費量は2025年にピークを迎え、その後は減少に転じることになる。

[19] 「移動平均(Moving Average)」とは、時系列データから傾向変動を見出すための方法であり、時系列データを一定区間ごとの平均値を連続的に求めて平滑化することである。本研究は5カ年移動平均を用いており、下式で表す。ここでは、年度における変数である。

[20] 国際エネルギー機関(IEA)は2021年4月20日年次レポート『Global Energy Review 2021』を公開し、2021年のCO2排出量が前年比4.8%増え、2019年とほぼ同水準にまで戻るとの予測を発表した。新型コロナで低迷していた景気が回復してきたことによりエネルギー需要も戻りつつあり、中国を中心に石炭の消費が増加しCO2排出量を押し上げるとの見通しを述べている。


周牧之「世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題」。『東京経大学会誌』、311号、2021年12月1日、pp.55-78


日本語版『世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題』(チャイナネット・2021年5月19日)

中国語版『全球碳排放格局和中国的挑战』(中国網・2021年4月26日)

英語版『Global CO2 emissions and China’s challenges』(China Net・2021年5月8日、中国国務院新聞弁公室・2021年5月8日、China Daily・2021年5月9日)

【論文】周牧之:東京オリンピックから見たもう1つの金メダル攻防戦 ー アジアスポーツ交流のフレームワーク


Another path of winning and securing Olympic gold medals
―A look at Asia’s people-to-people exchanges from Tokyo 2020―

周牧之 東京経済大学教授
Zhou Muzhi Professor of Tokyo Keizai University

『A look at Asia’s people-to-people exchanges from Tokyo 2020』 2021年9月24日付中国国務院新聞弁公室HPで発表

 2020東京五輪は、新型コロナウイルスパンデミックによる1年の延期を経て、2021年7月23日から8月8日まで開催された。様々な困難を乗り越え競技自体は順調に展開された。

 同大会での金メダルランキングを見ると、中国は38枚、日本は27枚と、アメリカに次いで第2位、第3位に入った。オリンピック125年の歴史上、金メダルトップ3に、初めてアジアの国が2カ国入った。本論は、五輪でのアジア躍進の裏にあるもう1つの金メダル攻防戦を解き明かす。

 2020東京五輪について、筆者はこれまで三つの文章を発表してきた。

 「为 “紧急事态宣言”下的东京奥运会祈福」と題した中国語の文章が2021年7月23日に、中国の大手ネットメディア『中国網』で発表された[1]。7月28日には同文章の英語版「Praying for Tokyo Olympics under state of emergency」が『China Net』に掲載された[2]。

 同8月19日には「奥运金牌攻防战的亚洲之路」と題した中国語の文章が、『中国網』で発表された[3]。同9月7日には同文章の英語版「Asian path of winning and securing Olympic gold medals」が『China Net』に掲載された[4]。

 2021年8月31日に「从东京奥运会看亚洲人文交往格局」と題した中国語の文章が、『中国網』で発表された[5]。9月6日には同文章の英語版「A look at Asia’s people-to-people exchanges from Tokyo 2020」が『China Net』に掲載された[6]。

 これらの文章は『China Daily』や中国国務院新聞弁公室『China SCIO Online』を始め多くのメディアとプラットフォームに転載された。本論文では、これらの文章をベースに注釈や図表を加え、最新情報をアップデートし、問題提起をさらに掘り下げて検証する。


1.金メダルの鉱脈をどう作る?


 日本は2020東京オリンピックで27枚の金メダル、14枚の銀メダル、17枚の銅メダルを獲得、計58枚のメダル奪取は日本の五輪大会参加史上最高数となった。とくに柔道は、金メダル9枚を奪い、日本の金メダル総数の三分の一を稼ぐ最大のゴールド競技種目となった。

 表1で示すように2020東京五輪は、史上最多の33競技種目が行われ、なかでも柔道は15枚の金メダル数を誇る一大競技種目だった。

 柔道は1964東京五輪で初めて採用された競技種目で、当初の金メダル数は僅か4枚であった。その後、種目メダル数を徐々に増やした柔道は、水泳、陸上、体操、自転車、レスリング、カヌーに次いでメダル数を誇る五輪競技種目となった。まさに「小さく産んで大きく育てた」成功事例である。

表1 2020東京五輪33競技種目における金メダル数

注1:順位は競技種目の金メダル数順、同数の場合は五輪正式種目になった時期順である。
注2:太文字の競技種目は1964東京五輪、1988ソウル五輪、2020東京五輪で初めて正式競技種目及び公開競技となったものである。
出所:2020東京五輪公式サイト、各競技種目国際連盟公式サイトなどより作成。

 柔道は、正式なオリンピック競技種目となって以来、一貫として日本の最大の金メダル競技種目であり続けた。表2で示すようにとくに、1992バルセロナ五輪、1996アトランタ五輪、2000シドニー五輪、2004アテネ五輪において柔道は、日本の金メダル総数のそれぞれ67%、100%、80%、50%を稼いだ。柔道は、これらの五輪大会で日本の金メダル争奪戦の支柱であった。

 柔道が競技種目から外された1968メキシコシティ五輪及び日本が参加をボイコットした1980モスクワ五輪を除き、これまでに柔道競技種目のあった五輪大会は計13回あった。日本はこれら13回の大会で獲得した計134枚の金メダルのうち、柔道だけで48枚をも稼いだ。メキシコシティ五輪を入れても、1964東京以降の五輪大会における日本の金メダル獲得総数の中で、柔道種目が占める割合は33%に至った。全体として見ても日本にとって柔道は、五輪で最も貢献度の高い競技種目であった。

 これらの五輪大会での柔道種目の金メダルは計152枚あり、日本はその32%を勝ち取った。同種目における王者ぶりを見せつけた。

表2 各五輪大会において日本が獲得した柔道金メダル数

注1:1968メキシコシティ五輪では柔道は競技種目から外された。
注2:日本は1980モスクワ五輪参加をボイコットしたため金メダル数はゼロである。
出所:2020東京五輪公式サイト、日本オリンピック委員会公式サイトなどより作成。

 2020東京五輪では新たにスケートボード、スポーツクライミング、サーフィン、空手、野球・ソフトボール[7]の5つの競技種目が加わった。これらの新設競技種目も直ちに日本の金メダル獲得に大きく貢献した。日本は同新設5競技種目で、金メダル6枚、銀メダル4枚、銅メダル4枚を勝ち取った。これは今大会で日本が得た金メダル総数の22%、銀メダル総数の29%、銅メダル総数の24%に当たる。新設競技種目が果たした効果は絶大であった。

 表3で示すように、1964東京五輪で新設した柔道とバレーボールの2競技種目も加えれば、二度の東京五輪で新設した計7競技種目で、今大会の日本チームに、合わせて15枚の金メダルがもたらされた。これは2020東京五輪における日本の金メダル獲得総数の56%にも相当する。

表3  2020五輪各競技種目における日本の金メダル数

注1:競技種目順は表1同様。
出所:2020東京五輪公式サイト、日本オリンピック委員会公式サイト、各競技種目国際連盟公式サイトなどより作成。

2.アジア四度の五輪における種目新設ゲーム


 初回の1896アテネ五輪大会では陸上、競泳、ウエイトリフティング、射撃、自転車、レスリング、体操、フェンシング、テニスの9競技種目しかなかった。2020東京五輪になると、種目数は33に増え、金メダル数も339枚に上った。1896アテネ五輪から2020東京五輪までの125年間で多くの国が、自国に有利な競技種目をオリンピックに引き入れた。

(1)国際オリンピック委員会と開催国とのパワーバランス

 オリンピックにおける競技種目の新設はハードルが高く、審議の過程が複雑である。しかし競技種目の新設に関しては、時期によって多少違いはあるものの、五輪開催国が一定の提案の権限を持つ[8]。大雑把に整理すると、1984ロサンゼルス五輪まで、五輪大会のビジネスモデルが確定せず赤字続きで大会開催国(都市)の確保が困難だった。そのため、国際オリンピック委員会(IOC:International Olympic Committee)と開催国(都市)のパワーバランスはより後者にあり、競技種目の新設に関する主導権も後者に有利だった。

 1984五輪では開催都市の申請はロサンゼルスのみであった。それを契機に、ロサンゼルス五輪ではピーター・ユベロス[9]の主導で放送料権の入札、1業種につき1社に限定でのスポンサー契約など思い切った取り組みが行われ、テレビ放送料権、スポンサード(協賛金)、観戦チケット販売の3本柱からなるビジネスモデルが確立され、五輪大会の収益が急増した。さらに、衛星伝送技術による全世界に向けたテレビ中継により五輪人気が高まった。これにより、IOCのパワーが増大し、新設種目に関するIOCの規制も徐々に強まった。

(2)アジア五輪での競技種目の新設

 アジアにおいて、初めてのオリンピック開催は1964東京五輪であった。日本は開催国の地位をうまく活かし、柔道とバレーボールを新設競技種目として取り入れることに成功した。

 1964東京五輪で、日本は4枚あった柔道の金メダルのうちの3枚を取った。バレーボールでは2枚の金メダル争いのうち、いわゆる「東洋の魔女」が女子の金メダルに輝き[10]、男子は銀メダルを獲得した。同大会で日本は合わせて16枚の金メダルを獲得し、その四分の一を新設競技種目の柔道とバレーボールが占めた。

 アジアでの二度目のチャンスは、1988ソウル五輪であった。この大会では卓球が新設競技種目入りし、バドミントン、テコンドー、野球も初めて公開競技としてオリンピックの舞台に登場した。

 ソウル五輪で、卓球は直ちに韓国に2枚の金メダルをもたらした。バドミントンと野球はソウル五輪での公開競技を経て1992バルセロナ五輪に、テコンドーは2000シドニー五輪でそれぞれ正式競技種目となり、韓国の金メダル獲得種目となった。卓球、バドミントン、テコンドー、野球の4種目はこれまでの五輪大会で、韓国に合わせて22枚の金メダル、13枚の銀メダル、27枚の銅メダルをもたらした。

 残念ながら2008北京五輪において、競技種目の新設は成らなかった。中国は自ら金メダル鉱脈を掘るチャンスを逃した。

 日本は、競技種目の新設にあたり、1964東京五輪の経験と、その後半世紀の準備期間を踏まえ、2020東京五輪で一挙に5つの競技種目を新設することに成功、金メダル攻防戦における礎をさらに強固にした。

3.中国のオリンピック金メダル鉱脈:強くても、メダル数に欠け


 二度の東京五輪とソウル五輪で新設された競技種目は、10種目にのぼる(公開競技として登場し、その後正式競技種目になったものを含む)。この10種目すなわち柔道、バレーボール、卓球、バドミントン、テコンドー、スケートボード、スポーツクライミング、サーフィン、空手、野球・ソフトボールのほとんどは、アジア人の身体能力に適した競技種目である。

 実は、こうした競技種目は中国の金メダル獲得にも多大な貢献を果たした。今回の東京五輪大会で、中国はこの10種目で金メダル6枚、銀メダル8枚、銅メダル2枚を獲得した。

 とりわけ中国は卓球で4枚、バドミントンで2枚の金メダルを奪った。これは、この2つの競技種目の金メダル数の、各々五分の四、五分の二に当たる。

 これまでの五輪大会で、中国は卓球で累計32枚の金メダルを獲得した。これは同競技種目の金メダル数の86%を占めている。バドミントンでは中国は合計20枚金メダルを獲得し、これは同競技種目の金メダル数の51%を占めた。卓球とバドミントンの両競技種目は圧倒的優位で、中国金メダルの大鉱脈となった。

 しかし、金メダル数からすると、この二競技種目で獲得できる枚数はなかなか増えていない。卓球はソウル五輪以来、金メダル数は4枚に止まり、2020東京大会でようやく5枚となった。

 バドミントンも、1992バルセロナ五輪で正式種目となり4枚の金メダルを据え、1996アトランタ五輪でバドミントンの金メダル数は5枚になったものの、その後金メダル数に変化はない。

 卓球とバドミントンの金メダル数は、柔道のように当初の4枚から現在の15枚へと大金脈に発展するような展開にはなっていない。

 それにも関わらず、中国のこれまでの五輪での金メダル獲得総数の中で卓球は、水泳、ウエイトリフティング、体操に次いで第4位の競技種目である。バドミントンも同第6位の種目となっている。

 上記の分析から、強い競技種目における金メダル数を如何に増やしていくかについても、オリンピック金メダル攻防戦における一つ重要な課題であることが分かる。

4.武術の五輪への道程


 武術をオリンピック競技種目にするのは中国人の夢である。特に柔道、テコンドー、空手が相次ぎ五輪正式競技種目となったいま、夢実現への思いはさらに強まっている。

(1)武術はこれまで、なぜ五輪の正式競技種目になれなかったのか。

 武術にとって2008北京五輪は正式競技種目になる絶好のチャンスであった。しかし主催国(都市)の「特権」を駆使したにも関わらず、武術は最終的に同五輪期間では「2008北京五輪武術トーナメント」としての特別開催にとどまった[11]。その後の五輪大会においても武術はいまだオリンピック正式競技種目にはなれていない。

 十分な準備期間がなかった故であろうか?柔道の場合は、1951年に国際柔道連盟(IJF:International Judo Federation)の設立から1964東京五輪で正式競技種目になるまで13年かかった。テコンドーの場合は、1973年にワールドテコンドー(WT :World Taekwondo)[12]が設立し2000シドニー五輪で正式競技種目となるまで27年かかった。空手は、1970年の世界空手連合(WUKO:World Union of Karate Organizations)[13]設立から2020東京五輪での正式競技種目採用まで50年を費やした。

 武術の場合は、1990年国際武術連盟(IWUF:International Wushu Federation)の設立から2008年の北京五輪まで18年もあった。この時点ですでに柔道の場合より準備期間が長かった。さらに2020東京五輪までは30年の準備期間を擁していた。その意味では決して時間が足りなかったとは言えないだろう。

 実際の問題は、武術の競技種目としての中身の設置戦略にあった。

 武術を北京五輪正式競技種目として申請するにあたり、2001年に国際武術連盟がIOCに提出した設置案の中身には、男子は長拳、南拳、刀術、棍術の4種目が、女子は長拳、太極拳、剣術、槍術の4種目が挙がった。競技種目としての中身が煩雑で統一したルールもなく、審議が通らなかったのも当然であった。

(2)柔術をスポーツへと生まれ変わらせた柔道

 前述のように、武術と対照的な事例は柔道である。柔道の成功要因には、嘉納治五郎[14]が早くも1882年に柔術理論及び技術の体系をとりまとめ、危険性のある技を取り除き、近代的な訓練方法を制定したことが挙げられる。これにより伝統的な柔術は、近代的な柔道というスポーツへと生まれ変わった。1909年東洋人として初のオリンピック委員会委員となった嘉納治五郎のような近代スポーツに理解のある人物による柔術のスポーツへの改造が、極めて重要な役割を果たした。

 第二次大戦後、日本は世界に柔道を積極的に広めると同時に、スポーツとしての柔道の規範をさらに改善し、世界に受け入れられる競技へと発展させた。

 1964東京五輪で日本は柔道を金メダル4枚の正式競技種目として、織り込んだ。その後徐々に性別、重量別の金メダル数を増やし、最終的に15枚の金メダルを誇る一大競技種目に仕立て上げた。柔道は、いまやオリンピックにおける日本の金メダル大鉱脈となっただけでなく、日本の歴史文化を世界へ伝える一大ソフトパワーともなっている。

 柔道の経験から見ると、武術の五輪への道は先ず種目の中身をシンプルに絞る必要がある。数多くの武術種目をいくつかの競技種目に分け、段階的にオリンピックに織り込んでいくことが考えられる。

 何より大事なのは、伝統的な武術を近代的なスポーツへと変貌させていくことである。そのためには、柔術を柔道へ変身させた嘉納治五郎や、テコンドーを近代スポーツとして形を整えた崔泓熙[15]のような人物を中心に協議を重ね、五輪競技種目化への整備を進めることが重要となる。

(3)太極拳に的を絞る

 上記の分析から、武術の五輪への道は先ず、国際的な愛好者の多い太極拳に的を絞って進めることが考えられる。

 現在、世界の太極拳愛好者は億人単位にのぼると言われ、国際的な知名度も好感度も高い。太極拳を五輪種目入りさせるには、以下に挙げる3つのステップが必要であろう。

  • 数多くの流派がある太極拳を、近代スポーツとしての太極拳へと変身させ、その統一的な競技ルールを取り決める。
  • 太極拳を国際武術連盟に属するひとつの種目として留め置くことなく、独立した国際太極拳連盟を設立し、IOCの認可を得る。
  • 国際的な普及を進め、オリンピック正式競技種目として申請する。正式競技種目となった後にも継続して同種目における金メダルの設置数を増やしていく。

 自国の伝統文化をオリンピックの金脈として形作るには、正確な戦略と長期にわたる努力が欠かせない。

5.アジア五輪での新設競技種目はアジアに貢献


 前述したように初開催の1896アテネ五輪大会では9つの競技種目のみであった。当時アジアでは近代スポーツに関する認識がまだ薄かった。これらの種目にもアジア発のものはなかった。

 アジアで、これまで四度行われた五輪のうち、東京五輪とソウル五輪で新設された競技は、10種目にのぼる(公開競技として登場し、その後正式種目になったものを含む)。表1が示すように、これらアジア五輪新設種目は今回の東京五輪の33種目の30%にあたり、その金メダル数も全種目合計339枚の16%に当たる。

 アジア五輪で新設された競技種目のほとんどは、アジア人の身体能力に適した種目である。こうした競技種目の増設により、アジア諸国のオリンピックにおける存在感も高まった。2020東京五輪で金メダル獲得数のトップ3に中国と日本という2つのアジアの国が入ったことは、競技種目の新設努力によるものが大きい。

 表4が示すように1964東京五輪以来、アジア五輪新設競技種目が稼ぎ出した金メダル数は、日本の金メダル獲得総数の40%にものぼった。

表4 アジア五輪の新設競技種目で日本が獲得した金メダル数

出所:2020東京五輪公式サイト、日本オリンピック委員会公式サイトなどより作成。

 表5が示すように、韓国が1964東京五輪以来、アジア五輪新設競技種目で稼ぎ出した金メダル数は、同国の金メダル獲得総数の34%にものぼった。アジア五輪新設競技種目は韓国の五輪の成績にも大きく貢献した。

表5 アジア五輪の新設競技種目で韓国が獲得した金メダル数

注:野球は1988ソウル五輪で公開競技となった。1992バルセロナ五輪で正式競技種目となったが、2012ロンドン五輪で正式競技種目から外された。2020東京五輪で野球・ソフトボールとして正式競技種目になった。本表は便宜のため野球の金メダルを野球・ソフトボール欄に入れた。
出所:2020東京五輪公式サイト、Korean Sport & Olympic Committee公式サイトなどより作成。

 表6が示すように中国は1984ロサンゼルス五輪で初参加して以来、アジア五輪新設競技種目が稼ぎ出した金メダル数は、同国の金メダル獲得総数の26%にのぼった。アジア五輪新設競技種目は中国の五輪成績に大きく貢献した。前述したように卓球とバドミントンがすでに中国の強い競技種目となっていた。それだけではなく、これまでに柔道、テコンドーでもそれぞれ8枚、7枚の金メダルを獲得した。バレーボールも人気が高く、これまでに3枚の金メダルを獲得している。これらのアジア五輪新設競技種目は中国に金メダルをもたらしただけではなく、人気スポーツとして中国での普及も進んでいる。

表6 アジア五輪の新設競技種目で中国が獲得した金メダル数

出所:2020東京五輪公式サイト、中国国家体育総局公式サイトなどより作成。

 アジア五輪新設競技種目には柔道、テコンドー、空手などアジア諸国の歴史文化のバックグラウンドを持つ競技もある。これらの競技種目は、関係国のソフトパワーを世界へ発信する大きなチャンネルとなった。

 特記すべきは、こうした新設競技種目が、アジアにおける人的交流をも一層促進したことである。

6.中国における卓球の「北強南弱構造」


 卓球は1988ソウル五輪から正式競技種目になって以来、合計37枚の金メダルが出た。中国はそのうち86%に当たる32枚を獲得した。卓球はいまやオリンピックおける中国の最強種目となっている。

 中国を、長江を境として北部と南部とに大雑把に分け、これまでの計29人の卓球五輪金メダリストを出身地別に見た。21人が北部出身であり、特に東北地方出身者は10人にのぼった。南部出身者は8人であった。すなわち中国卓球五輪金メダリストの出身地では北部は72%、南部は28%となっている。

表7 中国の卓球五輪金メダリスト出身地

注:金メダリストの中には一人で複数の金メダルをとる選手もいるが、金メダリスト一人として換算する。
出所:中国国家体育総局公式サイト及び中国卓球各オリンピック金メダリストの公開情報により作成。

 中国の卓球オリンピック金メダリストに北部出身者が多いだけではない。興味深いのは、日本のトップクラスの卓球選手の多くが、流暢な北部訛りの中国語を喋ることである。日本の一流選手のコーチに、中国北部出身者が多い故である。

 中国の卓球選手が選手として、そしてコーチとして、世界各国で活躍して久しい。

 この現象はスポーツとしての卓球の世界的普及に大きな役割を果たしてきた。日本でも大勢の中国出身の卓球コーチが日本人選手育成に尽力している。これら中国北部出身のコーチは日本で教えるだけでなく、教え子をふるさと中国での強化合宿に連れて行く。中国での特訓で育てられた日本人選手は、自然と北部訛りの中国語を会得する。

 例えば四度の五輪出場を果たした日本人卓球選手の福原愛は、専属コーチも専属スパーリングパートナーも中国東北地方出身者であった。彼女はまた中国遼寧省にある本渓鋼鉄クラブに所属したことで、東北訛りの中国語にさらに磨きをかけた。

 卓球のオリンピック金メダル分布は、中国で「北強南弱構造」になっているだけではなく、世界的に見ても中国、日本、韓国といった北東アジアに集中する構造となっている。

 これまでのオリンピック大会の卓球競技の結果を見ると、中国は金メダル32枚、韓国は同3枚、日本は同1枚を取り、三カ国合計で同種目97%の金メダルをものにした。唯一の例外は1992バルセロナ五輪でスウェーデンの選手が金メダルを1枚獲得したことである。

 北東アジア三カ国が、オリンピックにおける卓球金メダルを総ナメできたことは、同地域における濃厚な人的交流の賜物である。

 卓球は日本ではオリンピックで決して強い種目ではないものの、人気が高い。これは中国の選手との長い交流や切磋琢磨の歴史が寄与しているといっていい。

 これに加え、卓球を介した歴史的なエピソードも残っている。1971年、愛知県名古屋市で行われた第31回世界卓球選手権に、中国が6年ぶりに出場し、大会終了後に中国がアメリカの卓球選手を自国に招待したことを契機に世界のパワーバランスが大きく変わった。同年7月にキッシンジャー大統領補佐官が極秘に訪中、1972年2月にニクソン大統領が訪中、のちの日中国交正常化もすべてがこの「ピンポン外交」の賜物であった。中国の改革開放そしてソ連の崩壊も、こうしたパワーバランスの変化の結果といえよう。卓球を介したこの歴史的大転換を記念する行事は、いまなお日本で開催されている[16]。

 AI対話アプリを提供するSELFが2020東京五輪の直後に実施した「東京オリンピックに関するアンケート調査」では、「東京オリンピックで、あなたが最も楽しんだ競技は?」の回答で、ダントツ1位に輝いたのは卓球だった。オリンピックで最も金メダルを稼いだ柔道は第3位であった[17]。卓球の絶大な人気には、アジアの人的交流の積み重ねがある。

 歴史のさまざまな要因で北東アジアの国と国との関係と感情には、いまだ対立と不信感が残っている。しかし、長い交流の歴史があるゆえに、北東アジアにおける個人と個人の間には、強い磁力がある。

7.中国におけるバドミントンの「南強北弱構造」


 中国での卓球の「北強南弱構造」と真逆なのが、バドミントンの「南強北弱構造」である。

 バドミントンは1988ソウル五輪で公開競技種目となり、1992バルセロナ五輪で正式競技種目となった。その後のほぼ30年間の五輪大会で、バドミントンは合計39枚の金メダルを出した。中国はそのうち51.2%にあたる20枚をも獲得した。バトミントンは中国にとってオリンピックで金メダルを稼げるもうひとつの強い競技種目であった。

 五輪史上中国の計22人のバドミントン金メダリストの出身を調べると、表8が示すように今度はなんと南部出身者が多かった。具体的には、長江以北が僅か5人で、長江以南が17人に上った。すなわち中国バドミントン五輪金メダリストの出身地では南部は77%、北部は23%となっている。

表8 中国のバドミントン五輪金メダリスト出身地

注:金メダリストの中には一人で複数の金メダルをとる選手もいるが、金メダリスト一人として換算する。
出所:中国国家体育総局公式サイト及び中国バドミントン各オリンピック金メダリストの公開情報により作成。

 視野を中国からアジアに拡げると、オリンピックのバドミントン金メダル数は累積で中国のほかインドネシア8枚、韓国6枚、日本1枚、中華台北1枚となっている。オリンピックのバドミントン金メダルにおけるアジアの国と地域の獲得率は92%にものぼる。ここに、もう1つアジアにおける人的交流の道が見えてくる。

 中国でのバドミントンの発展は、インドネシア華僑の貢献が大きい。1954年王文教ら4人の華僑がインドネシアから中国に帰国したことが、スポーツとしてのバドミントンの中国展開の始まりであった[18]。1960年、インドネシアから湯仙虎、侯家昌、方凱祥、陳玉娘ら青年選手が相次いで帰国したことが、中国のバドミントンパワーのさらなるアップにつながった[19]。これらインドネシア華僑が選手として、またコーチとして中国のバドミントンの礎を築いた。

 上記に鑑みれば、これら華僑のルーツにあたる中国の南部でのバドミントンの人気と強さは当然であろう。

8.新時代におけるさらなる国際交流を


 歴史の流れで見れば、今日のアジア諸国は周辺の国々との交流の中で形作られてきた。中国の北部と北東アジアにしろ、南部と東南アジアにしろ、それぞれ密接な人的交流を重ねてきた。こうした脈絡はオリンピックで活躍する選手の背中から伺える。

 アジアの国家間のセンシティブな関係は多くの場合、歴史的な重荷として捉えられている。だが、いま、アジアにおける濃厚な人的交流をこそ、貴重な歴史遺産として認識すべきである。今日、世界のパラダイムシフトの中で、こうした歴史遺産を活かし、アジアにおける平和と繁栄を築いていくべきである。

 1984年ロサンゼルス五輪以来、テレビ中継をテコに、オリンピックは人気と収益の増大を実現させた。しかし、時代はすでにテレビからネットへ、そして国本位から人間本位へと急速にシフトしている。こうした新時代にふさわしい競技種目の選定、そして五輪の新しいビジネスモデルの確立が大きな課題となっている。IOCもこれを意識し、2021年3月12日の第137次IOC総会で採択された「オリンピック・アジェンダ2020+5」は、「連帯」、「デジタル化」、「持続可能な開発」、「信頼性」、「経済的・財政的なレジリエンス」を訴えている[20]。

 IOCの改革を受けて、ネット時代におけるデジタル交流を含む人的国際スポーツ交流の一層の深まりが期待される。

(本論文では甄雪華、趙建の両氏がデータ整理に携わった)


[1] 周牧之「为 “紧急事态宣言”下的东京奥运会祈福」、『中国網(China.com.cn)』、2021年7月23日(http://www.china.com.cn/opinion2020/2021-07/23/content_77646834.shtml)。

[2] Zhou Muzhi, “Praying for Tokyo Olympics under state of emergency” In China.org.cn, 28 July 2021(http://www.china.org.cn/opinion/2021-07/28/content_77657768.htm)。

[3] 周牧之「奥运金牌攻防战的亚洲之路」、『中国網(China.com.cn)』、2021年8月19日(http://www.china.com.cn/opinion/think/2021-08/19/content_77702955.htm)。

[4] Zhou Muzhi, “Asian path of winning and securing Olympic gold medals” In China.org.cn, 7 September 2021(http://www.china.org.cn/sports/2021-09/07/content_77738406.htm)。

[5] 周牧之「从东京奥运会看亚洲人文交往格局」、『中国網(China.com.cn)』、2021年8月31日(http://www.china.com.cn/opinion/think/2021-08/31/content_77725398.htm)。

[6] Zhou Muzhi, “A look at Asia’s people-to-people exchanges from Tokyo 2020” In China.org.cn, 6 September 2021(http://www.china.org.cn/sports/2021-09/06/content_77736385.htm)。

[7] 野球は1988ソウル五輪で公開競技となり、1992バルセロナ五輪で正式種目となったが、2012ロンドン五輪で正式種目から外された。2020東京五輪で野球・ソフトボールとして正式種目となった。ゆえに本論では野球をソウル五輪での新設競技種目として扱うと同時に、野球・ソフトボールを2020東京五輪での新設種目とする。

[8] 五輪開催国が新設種目で有する提案の権限は、時期によって違いがある。第二次大戦終戦までの10度の五輪大会では、主催国が競技種目数と種目類ついて選択の権限を持っていた。戦後、発展途上国も五輪に相次いで参加するようになり、五輪の影響力が高まった。開催国申請及び競技種目新設“熱”が嵩じ、五輪競技種目数も急速に膨らんだ。2000年以降、競技種目数に対する制限の動きが強まり、2002年メキシコシティーで開催されたIOC総会で今後の五輪競技種目を28種目、金メダル数301枚、参加選手10500人以内に収めることが決議された。これ以降、競技種目の新設は厳しくなった。しかし、2014年のIOC臨時総会は、中長期改革「五輪アジェンダ2020」を承認、開催国は、IOCの承認を条件に1競技を追加提案でき、さらに開催都市がその大会に限り追加種目を提案できることになった。

[9] ピーター・ヴィクター・ユベロス(Peter Victor Ueberroth、1937〜)は、アメリカの実業家、1984年ロサンゼルス五輪の大会組織委員長を務め、テレビ放映権の競売やスポンサープログラムの改革を実施し、赤字続きだった五輪大会を黒字に転換させた。

[10] 「東洋の魔女」は、大日本紡績(のちの、ユニチカ)貝塚工場の女子バレーボールチームからスタートし、活躍した女子バレーボール日本代表チームの呼び名である。1964東京五輪では、圧倒的な力でソ連チームを破って金メダルを獲得し、絶大な人気を得た。

[11] 「2008北京五輪武術トーナメント」はIOCが承認し、北京オリンピック組織委員会(BOCOG)が主催して実施した。会期はオリンピック期間の最後の4日間にあたる8月21日(木)~24日(日)。会場は北京オリンピック公園内にあるオリンピックスポーツセンター体育館。「武術トーナメント」には43の国・地域から126人(套路86人、散手40人)のトップ選手が参加、世界の注目を集める歴史的な大会となった。「北京武術トーナメント」では套路競技男女5種目計10種目と散手男女計5種目のあわせて15種目が実施される。出場枠と参加資格は2007年11月の「第9回世界武術選手権大会」(北京)の成績によって定められ、日本は男女太極拳、男女南拳、男子長拳の計5種目と散手70㎏級の1種目、計6種目で6人が参加し、銀1、銅2を獲得した。

[12] 世界テコンドー連盟(WTF :World Taekwondo Federation)1973年に設立された。2017年6月23日にワールドテコンドー(WT:World Taekwondo)に改称した。

[13] 1993年に世界空手連合(WUKO:World Union of Karate Organizations)から世界空手連盟(WKF:World Karate Federation,)へ改称された。

[14] 嘉納治五郎(1860〜1938)は、東京大学文学部卒業、1882年講道館を設立、柔術から柔道への理論及びルール作りを手がけた。1909年東洋初のオリンピック委員会委員になった。

[15] 柔術から柔道への変身では嘉納治五郎の役割が大きかったと同様、テコンドーを近代スポーツとして形を整え、国際的に普及させ、さらに五輪競技種目としたのには、崔泓熙(1918〜2002)の役割が大きかった。

[16] 名古屋市を舞台に行われたピンポン外交を記念し、2021年8月26日に「ピンポン外交50周年記念シンポジウム」が盛大に行われた。詳細は2021年8月27日『中日新聞』を参照。

[17] SELFが2020東京五輪の直後に実施した「東京オリンピックに関するアンケート調査」に関してはhttps://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000082.000018339.html を参照。

[18] 1954年にインドネシアから中国に帰国した王文教はもとよりインドネシアのバドミントン若手選手としてスター的存在であった。1972年から中国のバドミントンナショナルチームのコーチとなった。中国のバドミントン競技の礎を築いただけでなく、同氏が率いた中国チームは様々な国際大会で優勝を重ねた。

[19] 1960年、インドネシアから中国に帰国した若手選手の中で特に湯仙虎の業績が秀でていた。選手として国際大会で数々の優勝経験を持つだけでなく1982年から中国チームのコーチとして数多くの若手選手を育成した。

[20] 詳しくは「オリンピック・アジェンダ2020+5」https://www.joc.or.jp/olympism/agenda2020/pdf/agenda2020-5-15-recommendations_JP.pdfを参照。


『東京経大学会誌 経済学』 313号  2022年2月 刊行


『为 “紧急事态宣言”下的东京奥运会祈福』(中国網、2021年7月23日)

『Praying for Tokyo Olympics under state of emergency』(China.org.cn、2021年7月28日)

『奥运金牌攻防战的亚洲之路』(中国網、2021年8月19日)

『Asian path of winning and securing Olympic gold medals』(2021年9月7日)

『从东京奥运会看亚洲人文交往格局』(中国網、2021年8月31日)

『A look at Asia’s people-to-people exchanges from Tokyo 2020』(China.org.cn、2021年9月6日) 

【レポート】周牧之:ゼロ・コロナ対策により成長を続ける中国都市

周牧之 東京経済大学教授


編集ノート:
2020年からの中国における都市政策や都市のパフォーマンスを語るには新型コロナウイルスパンデミックとその対策の分析が避けられない。本稿では様々な情報を収集・分析し、中国また各方面の動向をふまえながら、中国のコロナ下における都市の動静についてマクロ的・ミクロ的観点から考察を加える。


 2020年の中国における都市政策や都市のパフォーマンスを語るには新型コロナウイルスパンデミックとその対策の分析が避けられない。

 2020年1月23日に、中国政府は新しい感染症の爆発を封じ込めるために湖北省の省都武漢を始め3都市をロックダウン(都市封鎖)した。このニュースは世界を震撼させた。翌24日に、湖北省全域が緊急対応レベルを1級にする措置を取った。その後緊急対応1級措置は中国全土に及んだ。

 新型コロナウイルスに襲われた大都市・武漢は、医療崩壊に陥り、数多くの感染者と死者を出した。武漢のみならず世界中数多くの大都市で、医療崩壊危機が起こった。3月11日にWHOが同ウイルスの脅威に対してパンデミック宣言をした。

 筆者はこうした緊迫した状況に鑑み、逸早く武漢の医療崩壊及びその後の対応について研究し、数少ない情報を収集しながら世界各国の動向を踏まえ、4月20日に「新冠疫情冲击全球化:强大的大都市医疗能力为何如此脆弱?」をテーマとした文章を発表した。同文は、豊かな医療リソースを持つ大都市が、なぜ新型コロナウイルスにより一瞬で医療崩壊に陥ったのかについて解析し、ロックダウンを始めとするゼロ・コロナ対策を検証した。中国語だけでなく、英語、日本語でも発表され、内外の多くのメディアに転載、未知のウイルスとの闘いに苦しむ多くの都市の政策当事者に一定の示唆を与えた。

 2020年11月11日には「全球抗击新冠政策大比拼:零新冠感染病例政策Vs.与新冠病毒共存政策」という論文を発表し、中国の厳しいコロナ対策を “ゼロ・COVID-19 感染者対策”と位置づけ、日本及び欧米がとってきた “ウイズ・COVID-19 対策”と比較し、そのパフォーマンスを評価した。同論文も中国語だけでなく、英語、日本語でも発表し、内外の多くのメディアに転載された。

1.感染抑制を優先するゼロ・コロナ対策

 2002年〜2003年に起きたSARSの経験を踏まえ、中国政府は『中華人民共和国伝染病防治法』に基づき、『突発公共衛生事件応急条例』、『国家突発公共事件総体応急預案』、『国家突発公共衛生事件応急預案』など公共衛生に関わる突発的な事態に対する条例やガイドラインなどを整備した。さらに、『中華人民共和国突発事件応対法』をもって、上記の法律、条例、応急預案を法的に体系化した。武漢をロックダウンするのに先立ち、2020年1月20日、中国国家衛生健康委員会が、2020年第1号公告をもって、新型コロナウイルス感染症を『中華人民共和国伝染病防治法』で定めた乙類伝染病に該当させ、且つ甲類伝染病の予防、抑制措置を取ることとした。これで、新型コロナウイルス禍との闘いの幕が切って落とされた。

 武漢でのロックダウン及び各地域への緊急対応1級措置の実施は、こうした法的整備があったゆえに可能となった。しかも、これら法律、条例、応急預案は、感染症抑制を優先する傾向が強い。これに該当させ、発動させた以上は、経済と感染抑制の両立の議論は成り立たなくなった。実際、地方政府から、経済の落ち込みを避けるため経済活動の早期再開を求める声はあったものの、新規感染ゼロ状態を待たなければならなかった。

 中国では武漢のロックダウンの解除には厳しかった。解除は、新規感染者がゼロになるだけでなく、ゼロ状態が16日間も続いた後にようやく実施された。徹底的なゼロ・COVID-19 感染者政策である。

 武漢だけではなく他の地域でも、新型コロナウイルス感染症の低リスク地域とするまでには、新規感染者ゼロ状態を14日間以上も継続させる厳しいハードルを設けた。 

 新型コロナウイルス流行第1波を制圧した後も、中国は全国各地でゼロ・COVID-19 感染者状況維持に心血を注いでいる。新規感染者が見つかるたびに、大量検査、厳しい行動制限などの措置を局地的に実施してきた。モグラ叩きのように感染エリアを潰していく厳しい管理政策である。例えば、2020年10月11日、山東省青島市に3人の新型コロナウイルスの無症状感染者が出たことを受け、同市は市内全員を対象とするPCR検査を実施した。すでに市外に移動した者も追跡検査する徹底ぶりだった。同16日までに実施したPCR検査数は1,000万人を超えた。

図 中国COVID-19新規感染者数・死亡者数の日別推移(2020年)


 図が示すように中国では、COVID-19感染者をゼロにする徹底的なロックダウン政策を取ったことによって、逸早く新型コロナウイルスの感染拡大を鎮圧した。これにより、国内においてほぼ普段通りの経済活動を再開させることに成功した。長いスパンで見ると、一時的な痛みを伴う劇薬的な措置が、事態を早期収束に導いたと言えよう。

 その結果、2020年、中国の都市別コロナ新規感染者は、初期の混乱で感染が拡大した武漢をはじめとする湖北省に集中した。雲河都市研究院の集計によると中国297地級市以上の都市(日本の都道府県に相当)における新規感染者数ランキングでみると、新規感染者数の8割がトップ10都市に集中した。これらの都市のすべてが湖北省に属した。つまり他都市での爆発的感染が厳しいゼロ・コロナ対策により抑えられた。

 

2.市民生活がいち早く正常化、世界一の映画市場へ

 ゼロ・コロナ対策の中で市民生活が逸早く正常を取り戻した。

 新型コロナウイルスパンデミックで最も打撃を受けた分野の1つは映画興行であった。中国では、2020年の映画興行収入が前年比68.2%も急落した。だが幸いなことに、中国では新型コロナウイルスの蔓延を迅速に制圧したことで、映画市場は急速に回復した。

 一方、これまで世界最大の映画興行収入を誇ってきた北米(米国+カナダ)は、新型コロナウイルスの流行を効果的に抑えることができず、2020年には映画興行収入が前年比80.7%も急減した。

 その結果、世界で最も速く回復した中国の映画市場が、映画興行収入で世界トップに躍り出た。

 雲河都市研究院は、〈中国都市総合発展指標〉を元に、中国297地級市以上の都市を対象とした「中国都市映画館・劇場消費指数2020」を公表した。

 2020年、297都市のうち、「映画館・劇場消費指数」の上位10都市は、上海、北京、深圳、広州、成都、重慶、杭州、武漢、蘇州、西安となっている。これら10都市は、中国全土における映画興行収入の28.9%、映画鑑賞者数の32.1%、映画館・劇場数の21%を占めている。つまり、上位10都市で全国の映画興行収入と映画入場者数の3分の1近くを占めた。

 「映画館・劇場消費指数」の第11位から第30位の都市は、鄭州、南京、長沙、東莞、天津、仏山、寧波、合肥、無錫、瀋陽、昆明、青島、温州、南通、南昌、長春、石家荘、ハルビン、済南、南寧となっている。

 上位30都市は、映画興行収入の53.9%、映画鑑賞者数の51.3%、映画館・劇場数の39.3%を占めている。つまり、297都市の10分の1に過ぎない上位30都市が、映画興行収入と映画入場者数の半分を占めた。

 特に注目すべきは、中国では新型コロナウイルスパンデミック下でも、スクリーン数や映画館数が減るどころか増えていたことである。中国のスクリーン数は、2005年の2,668枚から2020年には75,581枚へと、28倍にもなった。

 映画市場の急回復に支えられ、2020年は中国国産映画の興行成績が非常に目を引く年であった。「Box Office Mojo」によると、2020年の世界興行ランキングで中国映画『八佰(The Eight Hundred)』が首位を獲得した。また、同ランキングのトップ10には、第4位にチャン・イーモウ監督の新作『我和我的家郷(My People, My Homeland)』、第8位に中国アニメ映画『姜子牙(Legend of Deification)』、第9位にヒューマンドラマ『送你一朶小紅花(A Little Red Flower)』の中国4作品がランクインした。また、歴史大作『金剛川(JingangChuan)』も第14位と好成績を収めた。中国映画市場の力強い回復により、多くの中国映画が世界の興行収入ランキングの上位にランクインした。

 2005年以来、中国における映画興行収入に占める国産映画の割合は50%から60%の間で推移していたが、2020年には一気に83.7%まで上昇した。

 新型コロナウイルスが効果的に抑制されたことで、中国の映画興行収入は2021年にはさらに上昇すると期待される。世界最大の興行市場の支えで、中国国産映画は輝かしい時代を迎えるだろう。

 

3.グローバルサプライチェーンの寸断から輸出の急回復へ

 2020年は中国の輸出産業にとってアップアンドダウンが大変激しい年であった。

 IT革命、輸送革命、そして冷戦後の安定した世界秩序から来る安全感によって製造業のサプライチェーンは、国を飛び出し、グローバルに展開した。工場やオフィスの最適立地化が世界規模で一気に進んだ。中国の沿海部での急激な都市化、メガロポリス化がまさにグローバルサプライチェーンによってもたらされた。

 グローバルサプライチェーンは世界規模に複雑に組み込まれて進化してきた。例えば、アメリカのカリフォルニアで設計され、中国で組み立てられるiPhoneの場合、その部品調達先の上位200社だけとってみても28カ国・地域に及ぶ。

 しかし新型コロナショックによるロックダウン、国境封鎖など強力な措置により、グローバルに巡らされたサプライチェーンは寸断され、これまで当たり前のように動いていた供給体制は機能不全に追い込まれた。激化する米中貿易摩擦はさらに追い打ちをかけた。サプライチェーンの乱れによる海外からの部品供給が止まったことで日本国内の工場も操業停止のケースが相次いだ。

 幸い中国国内におけるコロナの制圧により、生産は再び軌道に乗り、輸出も拡大した。その結果2020年、中国の輸出は4%成長を実現した。

 297都市を俯瞰すると、中国輸出全体の73.7%を占めるトップ30都市の中で、蘇州、東莞、北京、無錫、中山、福州、恵州、大連の8都市の輸出がマイナス成長となったものの、他都市はすべてプラス成長であった。「世界の工場」を支える中国のスーパー製造業都市の実力を見せつけた。

 ちなみに金額ベースで輸出規模トップ10都市の順位は深圳、上海、蘇州、東莞、寧波、広州、北京、金華、重慶、仏山となった。トップ10都市は中国輸出全体の45.3%を占めている。

 輸出規模第11位から第30位の都市は、成都、青島、杭州、廈門、無錫、南京、天津、鄭州、紹興、嘉興、煙台、温州、中山、常州、南通、福州、西安、台州、恵州、大連となっている。

 

4.コロナ禍でのGDPプラス成長の実現

 ウイズ・COVID-19政策で新型コロナウイルス感染拡大の波に喘ぐ諸国をよそに、中国はゼロ・コロナ対策が功を奏した。日本、アメリカをはじめとする世界の主要国が軒並みマイナス成長に陥ったのに対し、2020年中国は2.3%の経済成長を実現した。

 297都市を俯瞰すると、中国GDP全体の43%を占めるトップ30都市の中で、唯一武漢が−4.7%成長となったものの、他都市はすべてプラス成長であった。中国の都市、とくに大都市の強靭さを見せつけた。

 ちなみにGDP規模トップ10都市の順位では上海、北京、深圳、広州、重慶、蘇州、成都、杭州、武漢、南京となった。トップ10都市は中国GDP全体の23.3%を占めている。

 GDP規模第11位から第30位の都市は、天津、寧波、青島、無錫、長沙、鄭州、仏山、泉州、済南、合肥、南通、西安、福州、東莞、煙台、常州、徐州、唐山、大連、温州となっている。

 

5.〈中国都市総合発展指標2020〉

 〈中国都市総合発展指標2020〉は、中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司と雲河都市研究院が共同開発した同指標の5年目の発表に当たる。環境・社会・経済のトリプルボトムライン(TBL:Triple Bottom Line)の観点から都市の持続可能な発展を立体的に評価・分析する同指標は、297地級市以上の都市をすべて網羅し研究分析対象とする。

 〈中国都市総合発展指標〉のデータ構成にも工夫がある。従来、都市に関連する指標は、統計データによるものであった。しかし、統計データだけでは複雑な生態系と化した都市を描き切れない。〈中国都市総合発展指標〉は、統計データのみならず、衛星リモートセンシングデータ、そしてインターネット・ビックデータをも導入し、都市を感知する「五感」を一気にアップさせた。現在、指標のデータリソースは、統計、衛星リモートセンシング、インターネット・ビックデータは、各々ほぼ3分の1ずつの分量となった。〈中国都市総合発展指標〉は、こうした垣根を超えたデータリソースを駆使し、都市を高度に判断できるマルチモーダルインデックス(Multimodal Index)へと進化した。

 近年、中国では“主体功能区”、“新型都市化” 、“メガロポリス政策” 、“都市圏政策”などの斬新な政策が相次いで出された。〈中国都市総合発展指標〉はまさにマクロ的には都市化政策を考案する物差しとして、ミクロ的には、各都市のパフォーマンス評価のツールとして開発された。5年を経て同指標はいま政策と評価をサポートする指標システムとして定着している。

 〈中国都市総合発展指標2020〉総合ランキングトップ10の都市は、北京、上海、深圳、広州、成都、重慶、南京、杭州、天津、蘇州である。コロナの爆発的感染を受けた武漢はトップ10から脱落した。

 総合ランキング第11位から第30位の都市は、武漢、廈門、西安、寧波、長沙、鄭州、青島、東莞、福州、昆明、合肥、仏山、無錫、済南、珠海となっている。

 中国経済社会発展の底力は都市にある。都市をきちんと分析することで中国の真の姿が見えてくる。


本稿では雲河都市研究院の栗本賢一、甄雪華、趙建氏がデータ整理と図表作成に携わった。


『日中経協ジャーナル』2022年2月号(通巻337号)掲載

【レポート】周牧之:東京オリンピックから見たもう1つの金メダル攻防戦

周牧之 東京経済大学教授

編者ノート:2020東京五輪は、新型コロナウイルスパンデミックによる1年の延期を経て、2021年7月23日から8月8日まで開催された。様々な困難を乗り越え競技自体は順調に展開された。

   同大会での金メダルランキングを見ると、中国は38枚、日本は27枚と、アメリカに次いで第2位、第3位に入った。オリンピック125年の歴史上、金メダルトップ3に、初めてアジアの国が2カ国入った。東京経済大学周牧之教授は、五輪でのアジア躍進の裏にあるもう1つの金メダル攻防戦を解き明かす。



1.  金メダルの鉱脈をどう作る?


 日本は2020東京オリンピックで27枚の金メダル、14枚の銀メダル、17枚の銅メダルを獲得、計58枚のメダル奪取は日本の五輪大会参加史上最高数となった。とくに柔道は、金メダル9枚を奪い、日本の金メダル総数の三分の一を稼ぐ最大のゴールド競技種目となった。

 表1で示すように2020東京五輪は、史上最多の33競技種目が行われ、なかでも柔道は15枚の金メダル数を誇る一大競技種目だった。

   柔道は1964東京五輪で初めて採用された競技種目で、当時の金メダル数は僅か4枚であった。その後、種目メダル数を徐々に増やした柔道は、水泳、陸上、体操、自転車、レスリング、カヌーに次いでメダル数を誇る五輪競技種目となった。まさに「小さく産んで大きく育てた」成功事例である。

表1 2020東京五輪33競技種目における金メダル数

注1:順位は競技種目の金メダル数順、同数の場合は五輪正式種目になった時期順である。
注2:太文字の競技種目は1964東京五輪、1988ソウル五輪、2020東京五輪で初めて正式競技種目及び公開競技となったものである。

出所:2020東京五輪公式サイト、各競技種目国際連盟公式サイトなどより作成。

 柔道は、正式なオリンピック競技種目となって以来、一貫として日本の最大の金メダル競技種目であり続けた。

   表2で示すようにとくに、1992バルセロナ五輪、1996アトランタ五輪、2000シドニー五輪、2004アテネ五輪において柔道は、日本の金メダル総数のそれぞれ67%、100%、80%、50%を稼いだ。柔道は、これらの五輪大会で日本の金メダル争奪戦の支柱であった。

   柔道が競技種目から外された1968メキシコシティ五輪及び日本が参加をボイコットした1980モスクワ五輪を除き、これまでに柔道競技種目のあった五輪大会は計13回あった。日本はこれら13回の大会で獲得した計134枚の金メダルのうち、柔道だけで48枚をも稼いだ。メキシコシティ五輪を入れても、1964東京以降の五輪大会における日本の金メダル獲得総数の中で、柔道種目が占める割合は33%に至った。全体として見ても日本にとって柔道は、五輪で最も貢献度の高い競技種目であった。

   これらの五輪大会での柔道種目の金メダルは計152枚あり、日本はその32%を勝ち取った。同種目における王者ぶりを見せつけた。

表2 各五輪大会において日本が獲得した柔道金メダル数

注1:1968メキシコシティ五輪では柔道は競技種目から外された。
注2:日本は1980モスクワ五輪参加をボイコットしたため金メダル数はゼロである。
出所:2020東京五輪公式サイト、日本オリンピック委員会公式サイトなどより作成。

 2020東京五輪では新たにスケートボード、スポーツクライミング、サーフィン、空手、野球・ソフトボールの5つの競技種目が加わった。これらの新設競技種目も直ちに日本の金メダル獲得に大きく貢献した。

 日本は同新設5競技種目で、金メダル6枚、銀メダル4枚、銅メダル4枚を勝ち取った。これは今大会で日本が得た金メダル総数の22%、銀メダル総数の29%、銅メダル総数の24%に当たる。新設競技種目が果たした効果は絶大であった。

 表3で示すように、1964東京五輪で新設した柔道とバレーボールの2競技種目も加えれば、二度の東京五輪で新設した計7競技種目で、今大会の日本チームに、合わせて15枚の金メダルがもたらされた。これは2020東京五輪における日本の金メダル獲得総数の56%にも相当する。

表3  2020五輪各競技種目における日本の金メダル数

注1:競技種目順は表1同様。
出所:2020東京五輪公式サイト、日本オリンピック委員会公式サイト、各競技種目国際連盟公式サイトなどより作成。
2021年7月24日、東京五輪柔道男子60キロ級決勝で日本選手の高藤直寿(左)が中華台北選手の楊勇緯を破り、金メダルを獲得。

2.アジア四度の五輪における種目新設ゲーム


 初回の1896アテネ五輪大会では陸上、競泳、ウエイトリフティング、射撃、自転車、レスリング、体操、フェンシング、テニスの9競技種目しかなかった。2020東京五輪になると、種目数は33に増え、金メダル数も339枚に上った。1896アテネ五輪から2020東京五輪までの125年間で多くの国が、自国に有利な競技種目をオリンピックに引き入れた。

(1)国際オリンピック委員会と開催国とのパワーバランス

   オリンピックにおける競技種目の新設はハードルが高く、審議の過程が複雑である。しかし競技種目の新設に関しては、時期によって多少違いはあるものの、五輪開催国が一定の提案の権限を持つ。

   大雑把に整理すると、1984ロサンゼルス五輪まで、五輪大会のビジネスモデルが確定せず赤字続きで大会開催国(都市)の確保が困難だった。そのため、国際オリンピック委員会(IOC:International Olympic Committee)と開催国(都市)のパワーバランスはより後者にあり、競技種目の新設に関する主導権も後者に有利だった。

   1984五輪では開催都市の申請はロサンゼルスのみであった。それを契機に、ロサンゼルス五輪ではピーター・ユベロスの主導で放送料権の入札、1業種につき1社に限定でのスポンサー契約など思い切った取り組みが行われ、テレビ放送料権、スポンサード(協賛金)、観戦チケット販売の3本柱からなるビジネスモデルが確立され、五輪大会の収益が急増した。さらに、衛星伝送技術による全世界に向けたテレビ中継により五輪人気が高まった。これにより、IOCのパワーが増大し、新設種目に関するIOCの規制も徐々に強まった。

2021年7月27日、東京五輪の試合で中国女子バレーボール選手、朱婷がスパイク。

(2)アジア五輪での競技種目の新設

   アジアにおいて、初めてのオリンピック開催は1964東京五輪であった。日本は開催国の地位をうまく活かし、柔道とバレーボールを新設競技種目として取り入れることに成功した。

 1964東京五輪で、日本は4枚あった柔道の金メダルのうちの3枚を取った。バレーボールでは2枚の金メダル争いのうち、いわゆる「東洋の魔女」が女子の金メダルに輝き、男子は銀メダルを獲得した。同大会で日本は合わせて16枚の金メダルを獲得し、その四分の一を新設競技種目の柔道とバレーボールが占めた。

 アジアでの二度目のチャンスは、1988ソウル五輪であった。この大会では卓球が新設競技種目入りし、バドミントン、テコンドー、野球も初めて公開競技としてオリンピックの舞台に登場した。

   ソウル五輪で、卓球は直ちに韓国に2枚の金メダルをもたらした。バドミントンと野球はソウル五輪での公開競技を経て1992バルセロナ五輪に、テコンドーは2000シドニー五輪でそれぞれ正式競技種目となり、韓国の金メダル獲得種目となった。卓球、バドミントン、テコンドー、野球の4種目はこれまでの五輪大会で、韓国に合わせて22枚の金メダル、13枚の銀メダル、27枚の銅メダルをもたらした。

 残念ながら2008北京五輪において、競技種目の新設は成らなかった。中国は自ら金脈を掘るチャンスを逃した。

   日本は、競技種目の新設にあたり、1964東京五輪の経験と、その後半世紀の準備期間を踏まえ、2020東京五輪で一挙に5つの競技種目を新設することに成功、金メダル攻防戦における礎をさらに強固にした。

2021年8月7日、東京五輪野球決勝戦で日本チームが優勝を祝う。


3.中国のオリンピック金脈:強くても、メダル数に欠け


 二度の東京五輪とソウル五輪で新設された競技種目は、10種目にのぼる(公開競技として登場し、その後正式競技種目になったものを含む)。この10種目すなわち柔道、バレーボール、卓球、バドミントン、テコンドー、スケートボード、スポーツクライミング、サーフィン、空手、野球・ソフトボールのほとんどは、アジア人の身体能力に適した競技種目である。

   実は、こうした競技種目は中国の金メダル獲得にも多大な貢献を果たした。今回の東京五輪大会で、中国はこの10種目で金メダル6枚、銀メダル8枚、銅メダル2枚を獲得した。

   とりわけ中国は卓球で4枚、バドミントンで2枚の金メダルを奪った。これは、この2つの競技種目の金メダル数の、各々五分の四、五分の二に当たる。

   これまでの五輪大会で、中国は卓球で累計32枚の金メダルを獲得した。これは同競技種目の金メダル数の86%を占めている。バドミントンでは中国は合計20枚金メダルを獲得し、これは同競技種目の金メダル数の51%を占めた。卓球とバドミントンの両競技種目は圧倒的優位で、中国金メダルの大鉱脈となった。

2021年8月5日、東京五輪の卓球女子団体決勝で中国チームの陳夢(上左)/王曼昱(上右)が日本チームと対戦。

   しかし、金メダル数からすると、この二競技種目で獲得できる枚数はなかなか増えていない。その理由は、卓球がソウル五輪以来、金メダル数は4枚に止まり、2020東京大会でようやく5枚となったことにある。

   バドミントンも、1992バルセロナ五輪で正式種目となり、4枚の金メダルを据え、1996アトランタ五輪でバドミントンの金メダル数は5枚になったものの、その後金メダル数に変化はない。

   卓球とバドミントンの金メダル数は、柔道のように当初の4枚から現在の15枚へと大金脈に発展するような展開にはなっていない。

   それにも関わらず、中国のこれまでの五輪での金メダル獲得総数の中で卓球は、水泳、ウエイトリフティング、体操に次いで第4位の競技種目である。バドミントンも同第6位の種目となっている。

   上記の分析から、強い競技種目における金メダル数を如何に増やしていくかについても、オリンピック金メダル攻防戦における一つ重要な課題であることが分かる。

2021年7月27日、東京五輪ソフトボール決勝戦で日本チームが金メダルを獲得。


4.武術の五輪への道程


 武術をオリンピック競技種目にするのは中国人の夢である。特に柔道、テコンドー、空手が相次ぎ五輪正式競技種目となったいま、夢実現への思いはさらに強まっている。

(1)武術はこれまで、なぜ五輪の正式競技種目になれなかったのか。

   武術にとって2008北京五輪は正式競技種目になる絶好のチャンスであった。しかし主催国の「特権」を駆使したにも関わらず、武術は最終的に同五輪期間では「2008北京五輪武術トーナメント」としての特別開催にとどまった。その後の五輪大会においても武術はいまだオリンピック正式競技種目にはなれていない。

 十分な準備期間がなかった故であろうか?

   柔道の場合は、1951年に国際柔道連盟(IJF:International Judo Federation)の設立から1964東京五輪で正式競技種目になるまで13年かかった。テコンドーの場合は、1973年にワールドテコンドー(WT :World Taekwondo)が設立し2000シドニー五輪で正式競技種目となるまで27年かかった。空手は、1970年の世界空手連合(WUKO:World Union of Karate Organizations)設立から2020東京五輪での正式競技種目採用まで50年を費やした。

   武術の場合は、1990年国際武術連盟(IWUF:International Wushu Federation)の設立から2008年の北京五輪まで18年もあった。この時点ですでに柔道の場合より準備期間が長かった。さらに2020東京五輪までは30年の準備期間を擁していた。その意味では決して時間が足りなかったとは言えないだろう。

 実際の問題は、武術の競技種目としての中身の設置戦略にあった。

 武術を北京五輪正式競技種目として申請するにあたり、2001年に国際武術連盟がIOCに提出した設置案の中身には、男子は長拳、南拳、刀術、棍術の4種目が、女子は長拳、太極拳、剣術、槍術の4種目が挙がった。競技種目としての中身が煩雑で統一したルールもなく、審議が通らなかったのも当然であった。

2021年8月6日、東京五輪の空手男子形の決勝で日本選手の喜友名諒が金メダルを獲得。

(2)柔術をスポーツへと生まれ変わらせた柔道

 前述のように、武術と対照的な事例は柔道である。柔道の成功要因には、嘉納治五郎が早くも1882年に柔術理論及び技術の体系をとりまとめ、危険性のある技を取り除き、近代的な訓練方法を制定したことが挙げられる。これにより伝統的な柔術は、近代的な柔道というスポーツへと生まれ変わった。1909年東洋初のオリンピック委員会委員となった嘉納治五郎のような近代スポーツに理解のある人物による柔術のスポーツへの改造が、極めて重要な役割を果たした。

 第二次大戦後、日本は世界に柔道を積極的に広めると同時に、スポーツとしての柔道の規範をさらに改善し、世界に受け入れられる競技へと発展させた。

 1964東京五輪で日本は柔道を金メダル4枚の正式競技種目として、織り込んだ。その後徐々に性別、重量別の金メダル数を増やし、最終的に15枚の金メダルを誇る一大競技種目に仕立て上げた。柔道は、いまや日本のオリンピックにおける大金脈となっただけでなく、日本の歴史文化を世界へ伝える一大ソフトパワーともなっている。

   柔道の経験から見ると、武術の五輪への道は先ず種目の中身をシンプルに絞る必要がある。数多くの武術種目をいくつかの競技種目に分け、段階的にオリンピックに織り込んでいくことが考えられる。

   何より大事なのは、伝統的な武術を近代的なスポーツへと変貌させていくことである。そのためには、柔術を柔道へ変身させた嘉納治五郎や、テコンドーを近代スポーツとして形を整えた崔泓熙のような人物を中心に協議を重ね、五輪競技種目化への整備を進めることが重要となる。

2021年7月 25日、東京五輪のテコンドー男子68キロ級の試合で、中国選手の趙帥(右)が韓国選手の李大勲を破り、銅メダルを獲得。

(3)太極拳に的を絞る

   上記の分析から、武術の五輪への道は先ず、国際的な愛好者の多い太極拳に的を絞って進めることが考えられる。

   現在、世界の太極拳愛好者は億人単位にのぼると言われ、国際的な知名度も好感度も高まっている。太極拳を五輪種目入りさせるには、以下に挙げる3つのステップが必要であろう。

   ① 数多くの流派がある太極拳を、近代スポーツとしての太極拳として、その統一的な競技ルールを取り決める。

   ②  太極拳を国際武術連盟に属するひとつの種目として留め置くことなく、独立した国際太極拳連盟を設立し、IOCの認可を得る。

   ③  国際的な普及を進め、オリンピック正式競技種目として申請する。正式競技種目となった後にも継続して同種目における金メダルの設置数を増やしていく。

   自国の伝統文化をオリンピックの金脈として形作るには、正確な戦略と長期にわたる努力が欠かせない。

2018年4月28日、愛好家がマルタ共和国の首都バレッタで太極扇を披露。


5.
アジア五輪での新設競技種目はアジアに貢献


   前述したように初開催の1896アテネ五輪大会では9つの競技種目のみであった。当時アジアでは近代スポーツに関する認識がまだ薄かった。これらの種目にもアジア発のものはなかった。

   アジアで、これまで四度行われた五輪のうち、東京五輪とソウル五輪で新設された競技は、10種目にのぼる(公開競技として登場し、その後正式種目になったものを含む)。表1が示すように、これらアジア五輪新設種目は今回の東京五輪の33種目の30%にあたり、その金メダル数は全種目合計339枚の16%に当たる。

   アジア五輪で新設された競技種目のほとんどは、アジア人の身体能力に適した種目である。こうした競技種目の増設により、アジア諸国のオリンピックにおける存在感も高まった。2020東京五輪で金メダル獲得数のトップ3に中国と日本という2つのアジアの国が入ったことは、競技種目の新設努力によるものが大きい。

   表4が示すように1964東京五輪以来、アジア五輪新設競技種目が稼ぎ出した金メダル数は、日本の金メダル獲得総数の40%にものぼった。

表4 アジア五輪の新設競技種目で日本が獲得した金メダル数

出所:2020東京五輪公式サイト、日本オリンピック委員会公式サイトなどより作成。

 表5が示すように、韓国が1964東京五輪以来、アジア五輪新設競技種目で稼ぎ出した金メダル数は、同国の金メダル獲得総数の34%にものぼった。アジア五輪新設競技種目は韓国の五輪の成績にも大きく貢献した。

表5 アジア五輪の新設競技種目で韓国が獲得した金メダル数

注:野球は1988ソウル五輪で公開競技となった。1992バルセロナ五輪で正式競技種目となったが、2012ロンドン五輪で正式競技種目から外された。2020東京五輪で野球・ソフトボールとして正式競技種目になった。本表は便宜のため野球の金メダルを野球・ソフトボール欄に入れた。
出所:2020東京五輪公式サイト、Korean Sport & Olympic Committee公式サイトなどより作成。

   表6が示すように中国は1984ロサンゼルス五輪で初参加して以来、アジア五輪新設競技種目が稼ぎ出した金メダル数は、同国の金メダル獲得総数の26%にのぼった。アジア五輪新設競技種目は中国の五輪成績に大きく貢献した。前述したように卓球とバドミントンがすでに中国の強い競技種目となっていた。それだけではなく、これまでに柔道、テコンドーでもそれぞれ8枚、7枚の金メダルを獲得した。バレーボールも人気が高く、これまでに3枚の金メダルを獲得している。これらのアジア五輪新設競技種目は中国に金メダルをもたらしただけではなく、人気スポーツとして中国での普及が進んでいる。

表6 アジア五輪の新設競技種目で中国が獲得した金メダル数

出所:2020東京五輪公式サイト、中国国家体育総局公式サイトなどより作成。

 アジア五輪新設競技種目には柔道、テコンドー、空手などアジア諸国の歴史文化のバックグラウンドを持つ競技もある。これらの競技種目は、関係国のソフトパワーを世界へ発信する大きなチャンネルとなった。

 特記すべきは、こうした新設競技種目が、アジアにおける人的交流をも一層促進したことである。

2009年8月8日、愛好家34,000人が北京の五輪スタジアム前で太極拳を披露。


6.中国における卓球の「北強南弱構造」


 卓球は1988ソウル五輪から正式競技種目になって以来、合計37枚の金メダルが出た。中国はそのうち86%に当たる32枚を獲得した。卓球はいまやオリンピックおける中国の最強種目となっている。

 中国を、長江を境として北部と南部とに大雑把に分け、これまでの計29人の卓球五輪金メダリストを出身地別に見た。21人が北部出身であり、特に東北地方出身者は10人にのぼった。南部出身者は8人であった。すなわち中国卓球五輪金メダリストの出身地では北部は72%、南部は28%となっている。

表7 中国の卓球五輪金メダリスト出身地

注:金メダリストの中には一人で複数の金メダルをとる選手もいるが、金メダリスト一人として換算する。
出所:中国国家体育総局公式サイト及び中国卓球各オリンピック金メダリストの公開情報により作成。

 中国の卓球オリンピック金メダリストに北部出身者が多いだけではない。興味深いのは、日本のトップクラスの卓球選手の多くが、流暢な北部訛りの中国語を喋ることである。日本の一流選手のコーチに、中国北部出身者が多い故である。

 中国の卓球選手が選手として、そしてコーチとして、世界各国で活躍して久しい。

 この現象はスポーツとしての卓球の世界的普及に大きな役割を果たしてきた。日本でも大勢の中国出身の卓球コーチが日本人選手育成に尽力している。これら中国北部出身のコーチは日本で教えるだけでなく、教え子をふるさと中国での強化合宿に連れて行く。中国での特訓で育てられた日本人選手は、自然と北部訛りの中国語を会得する。

 例えば四度の五輪出場を果たした日本人卓球選手の福原愛は、専属コーチも専属スパーリングパートナーも中国東北地方出身者であった。彼女はまた中国遼寧省にある本渓鋼鉄クラブに所属したことで、東北訛りの中国語にさらに磨きをかけた。

2021年8月25日、「ピンポン外交」50周年記念の友好試合が愛知県名古屋市で開催。福原愛が技を披露。

 卓球のオリンピック金メダル分布は、中国で「北強南弱構造」になっているだけではなく、世界的に見ても中国、日本、韓国といった北東アジアに集中する構造になっている。

 これまでのオリンピック大会の卓球競技の結果を見ると、中国は金メダル32枚、韓国は同3枚、日本は同1枚を取り、三カ国合計で同種目97%の金メダルをものにした。唯一の例外は1992バルセロナ五輪でスウェーデンの選手が金メダルを1枚獲得したことである。

 北東アジア三カ国が、オリンピックにおける卓球金メダルを総ナメできたことは、同地域における濃厚な人的交流の賜物である。

 卓球は日本ではオリンピックで決して強い種目ではないものの、人気が高い。これは中国の選手との長い交流や切磋琢磨の歴史が寄与しているといっていい。

 これに加え、卓球を介した歴史的なエピソードも残っている。1971年、愛知県名古屋市で行われた第31回世界卓球選手権に、中国が6年ぶりに出場し、大会終了後に中国がアメリカの卓球選手を自国に招待したことを契機に世界のパワーバランスが大きく変わった。同年7月にキッシンジャー大統領補佐官が極秘に訪中、1972年2月にニクソン大統領が訪中、のちの日中国交正常化もすべてがこの「ピンポン外交」の賜物であった。中国の改革開放そしてソ連の崩壊も、こうしたパワーバランスの変化の結果といえよう。卓球を介した歴史の大転換を記念する行事は、いまなお日本で開催されている。

 AI対話アプリを提供するSELFが2020東京五輪の直後に実施した「東京オリンピックに関するアンケート調査」では、「東京オリンピックで、あなたが最も楽しんだ競技は?」の回答で、ダントツ1位に輝いたのは卓球だった。オリンピックで最も金メダルを稼いだ柔道は第3位であった。卓球の絶大な人気には、アジアの人的交流の積み重ねがある。

 歴史のさまざまな要因で北東アジアの国と国との関係と感情には、いまだ対立と不信感が残っている。しかし、長い交流の歴史があるゆえに、北東アジアにおける個人と個人の間には、強い磁力がある。

2021年7月30日、東京五輪の卓球男子シングルス決勝で中国選手の馬龍がチームメイトの樊振東を破り、金メダルを獲得。


7.中国におけるバドミントンの「南強北弱構造」


   中国での卓球の「北強南弱構造」と真逆なのが、バドミントンの「南強北弱構造」である。

   バドミントンは1988ソウル五輪で公開競技種目となり、1992バルセロナ五輪で正式競技種目となった。その後のほぼ30年間の五輪大会で、バドミントンは合計39枚の金メダルを出した。中国はそのうち51.2%にあたる20枚をも獲得した。バトミントンは中国にとってオリンピックで金メダルを稼げるもうひとつの強い競技種目であった。

   五輪史上中国の計22人のバドミントン金メダリストの出身を調べると、表8が示すように今度はなんと南部出身者が多かった。具体的には、長江以北が僅か5人で、長江以南が17人に上った。すなわち中国バドミントン五輪金メダリストの出身地では南部は77%、北部は23%となっている。

表8 中国のバドミントン五輪金メダリスト出身地

注:金メダリストの中には一人で複数の金メダルをとる選手もいるが、金メダリスト一人として換算する。
出所:中国国家体育総局公式サイト及び中国バドミントン各オリンピック金メダリストの公開情報により作成。

   視野を中国からアジアに拡げると、オリンピックのバドミントン金メダル数は累積で中国のほかインドネシア8枚、韓国6枚、日本1枚、中華台北1枚となっている。オリンピックのバドミントン金メダルにおけるアジアの国と地域の獲得率は92%にものぼる。ここに、もう1つアジアにおける人的交流の道が見えてくる。

   中国でのバドミントンの発展は、インドネシア華僑の貢献が大きい。1954年王文教ら4人の華僑がインドネシアから中国に帰国したことが、スポーツとしてのバドミントンの中国展開の始まりであった。1960年、インドネシアから湯仙虎、侯家昌、方凱祥、陳玉娘ら青年選手が相次いで帰国したことが、中国のバドミントンパワーのさらなるアップにつながった。これらインドネシア華僑が選手として、またコーチとして中国のバドミントンの礎を築いた。

   上記に鑑みれば、これら華僑のルーツにあたる中国の南部でのバドミントンの人気と強さは当然であろう。

2021年8月2日、東京五輪のバドミントン女子ダブルスの表彰式で、インドネシアのグレイシャ・ポリイ/アプリヤニ・ラハユ組が金メダル、中国の陳清晨/賈一凡組が銀メダル、韓国の金昭映/孔熙容組が銅メダル。


8.新時代におけるさらなる国際交流を


   歴史の流れで見れば、今日のアジア諸国は周辺の国々との交流の中で形作られてきた。中国の北部と北東アジアにしろ、南部と東南アジアにしろ、それぞれ密接な人的交流を重ねてきた。こうした脈絡はオリンピックで活躍する選手の背中から伺える。

   アジアの国家間のセンシティブな関係は多くの場合、歴史的な重荷として捉えられている。だが、いま、アジアにおける濃厚な人的交流をこそ、貴重な歴史遺産として認識すべきである。今日、世界のパラダイムシフトの中で、こうした歴史遺産を活かし、アジアにおける平和と繁栄を築いていくべきである。

   1984年ロサンゼルス五輪以来、テレビ中継をテコに、オリンピックは人気と収益の増大を実現させた。しかし、時代はすでにテレビからネットへ、そして国本位から人間本位へと急速にシフトしている。こうした新時代にふさわしい競技種目の選定、そして五輪の新しいビジネスモデルの確立が大きな課題となっている。IOCもこれを意識し、2021年3月12日の第137次IOC総会で採択された「オリンピック・アジェンダ2020+5」は、「連帯」、「デジタル化」、「持続可能な開発」、「信頼性」、「経済的・財政的なレジリエンス」を訴えている。

   IOCの改革を受けて、ネット時代におけるデジタル交流を含む人的国際交流の一層の深まりが期待される。

2021年8月1日、中国選手陳雨菲が東京五輪のバドミントン女子シングルスで金メダルを獲得。

(本稿では雲河都市研究院主任研究員の甄雪華、趙建の両氏がデータ整理に携わった)


日本語版『東京オリンピックから見たもう1つの金メダル攻防戦』(チャイナネット・2021年10月19日)

中国語版『从东京奥运会看亚洲人文交往格局』(中国網・2021年8月31日)

英語版『A look at Asia’s people-to-people exchanges from Tokyo 2020』(China Net・2021年9月6日)