【レポート】ゼロ・コロナ対策により成長を続ける中国都市

周牧之 東京経済大学教授


編集ノート:
2020年からの中国における都市政策や都市のパフォーマンスを語るには新型コロナウイルスパンデミックとその対策の分析が避けられない。本稿では様々な情報を収集・分析し、中国また各方面の動向をふまえながら、中国のコロナ下における都市の動静についてマクロ的・ミクロ的観点から考察を加える。


 2020年の中国における都市政策や都市のパフォーマンスを語るには新型コロナウイルスパンデミックとその対策の分析が避けられない。

 2020年1月23日に、中国政府は新しい感染症の爆発を封じ込めるために湖北省の省都武漢を始め3都市をロックダウン(都市封鎖)した。このニュースは世界を震撼させた。翌24日に、湖北省全域が緊急対応レベルを1級にする措置を取った。その後緊急対応1級措置は中国全土に及んだ。

 新型コロナウイルスに襲われた大都市・武漢は、医療崩壊に陥り、数多くの感染者と死者を出した。武漢のみならず世界中数多くの大都市で、医療崩壊危機が起こった。3月11日にWHOが同ウイルスの脅威に対してパンデミック宣言をした。

 筆者はこうした緊迫した状況に鑑み、逸早く武漢の医療崩壊及びその後の対応について研究し、数少ない情報を収集しながら世界各国の動向を踏まえ、4月20日に新冠疫情冲击全球化:强大的大都市医疗能力为何如此脆弱?をテーマとした文章を発表した。同文は、豊かな医療リソースを持つ大都市が、なぜ新型コロナウイルスにより一瞬で医療崩壊に陥ったのかについて解析し、ロックダウンを始めとするゼロ・コロナ対策を検証した。中国語だけでなく、英語、日本語でも発表され、内外の多くのメディアに転載、未知のウイルスとの闘いに苦しむ多くの都市の政策当事者に一定の示唆を与えた。

 2020年11月11日には全球抗击新冠政策大比拼:零新冠感染病例政策Vs.与新冠病毒共存政策という論文を発表し、中国の厳しいコロナ対策を “ゼロ・COVID-19 感染者対策”と位置づけ、日本及び欧米がとってきた “ウイズ・COVID-19 対策”と比較し、そのパフォーマンスを評価した。同論文も中国語だけでなく、英語、日本語でも発表し、内外の多くのメディアに転載された。

1.感染抑制を優先するゼロ・コロナ対策

 2002年〜2003年に起きたSARSの経験を踏まえ、中国政府は『中華人民共和国伝染病防治法』に基づき、『突発公共衛生事件応急条例』、『国家突発公共事件総体応急預案』、『国家突発公共衛生事件応急預案』など公共衛生に関わる突発的な事態に対する条例やガイドラインなどを整備した。さらに、『中華人民共和国突発事件応対法』をもって、上記の法律、条例、応急預案を法的に体系化した。武漢をロックダウンするのに先立ち、2020年1月20日、中国国家衛生健康委員会が、2020年第1号公告をもって、新型コロナウイルス感染症を『中華人民共和国伝染病防治法』で定めた乙類伝染病に該当させ、且つ甲類伝染病の予防、抑制措置を取ることとした。これで、新型コロナウイルス禍との闘いの幕が切って落とされた。

 武漢でのロックダウン及び各地域への緊急対応1級措置の実施は、こうした法的整備があったゆえに可能となった。しかも、これら法律、条例、応急預案は、感染症抑制を優先する傾向が強い。これに該当させ、発動させた以上は、経済と感染抑制の両立の議論は成り立たなくなった。実際、地方政府から、経済の落ち込みを避けるため経済活動の早期再開を求める声はあったものの、新規感染ゼロ状態を待たなければならなかった。

 中国では武漢のロックダウンの解除には厳しかった。解除は、新規感染者がゼロになるだけでなく、ゼロ状態が16日間も続いた後にようやく実施された。徹底的なゼロ・COVID-19 感染者政策である。

 武漢だけではなく他の地域でも、新型コロナウイルス感染症の低リスク地域とするまでには、新規感染者ゼロ状態を14日間以上も継続させる厳しいハードルを設けた。 

 新型コロナウイルス流行第1波を制圧した後も、中国は全国各地でゼロ・COVID-19 感染者状況維持に心血を注いでいる。新規感染者が見つかるたびに、大量検査、厳しい行動制限などの措置を局地的に実施してきた。モグラ叩きのように感染エリアを潰していく厳しい管理政策である。例えば、2020年10月11日、山東省青島市に3人の新型コロナウイルスの無症状感染者が出たことを受け、同市は市内全員を対象とするPCR検査を実施した。すでに市外に移動した者も追跡検査する徹底ぶりだった。同16日までに実施したPCR検査数は1,000万人を超えた。

図 中国COVID-19新規感染者数・死亡者数の日別推移(2020年)


 図が示すように中国では、COVID-19感染者をゼロにする徹底的なロックダウン政策を取ったことによって、逸早く新型コロナウイルスの感染拡大を鎮圧した。これにより、国内においてほぼ普段通りの経済活動を再開させることに成功した。長いスパンで見ると、一時的な痛みを伴う劇薬的な措置が、事態を早期収束に導いたと言えよう。

 その結果、2020年、中国の都市別コロナ新規感染者は、初期の混乱で感染が拡大した武漢をはじめとする湖北省に集中した。雲河都市研究院の集計によると中国297地級市以上の都市(日本の都道府県に相当)における新規感染者数ランキングでみると、新規感染者数の8割がトップ10都市に集中した。これらの都市のすべてが湖北省に属した。つまり他都市での爆発的感染が厳しいゼロ・コロナ対策により抑えられた。

 

2.市民生活がいち早く正常化、世界一の映画市場へ

 ゼロ・コロナ対策の中で市民生活が逸早く正常を取り戻した。

 新型コロナウイルスパンデミックで最も打撃を受けた分野の1つは映画興行であった。中国では、2020年の映画興行収入が前年比68.2%も急落した。だが幸いなことに、中国では新型コロナウイルスの蔓延を迅速に制圧したことで、映画市場は急速に回復した。

 一方、これまで世界最大の映画興行収入を誇ってきた北米(米国+カナダ)は、新型コロナウイルスの流行を効果的に抑えることができず、2020年には映画興行収入が前年比80.7%も急減した。

 その結果、世界で最も速く回復した中国の映画市場が、映画興行収入で世界トップに躍り出た。

 雲河都市研究院は、中国都市総合発展指標を元に、中国297地級市以上の都市を対象とした「中国都市映画館・劇場消費指数2020」を公表した。

 2020年、297都市のうち、「映画館・劇場消費指数」の上位10都市は、上海、北京、深圳、広州、成都、重慶、杭州、武漢、蘇州、西安となっている。これら10都市は、中国全土における映画興行収入の28.9%、映画鑑賞者数の32.1%、映画館・劇場数の21%を占めている。つまり、上位10都市で全国の映画興行収入と映画入場者数の3分の1近くを占めた。

 「映画館・劇場消費指数」の第11位から第30位の都市は、鄭州、南京、長沙、東莞、天津、仏山、寧波、合肥、無錫、瀋陽、昆明、青島、温州、南通、南昌、長春、石家荘、ハルビン、済南、南寧となっている。

 上位30都市は、映画興行収入の53.9%、映画鑑賞者数の51.3%、映画館・劇場数の39.3%を占めている。つまり、297都市の10分の1に過ぎない上位30都市が、映画興行収入と映画入場者数の半分を占めた。

 特に注目すべきは、中国では新型コロナウイルスパンデミック下でも、スクリーン数や映画館数が減るどころか増えていたことである。中国のスクリーン数は、2005年の2,668枚から2020年には75,581枚へと、28倍にもなった。

 映画市場の急回復に支えられ、2020年は中国国産映画の興行成績が非常に目を引く年であった。「Box Office Mojo」によると、2020年の世界興行ランキングで中国映画『八佰(The Eight Hundred)』が首位を獲得した。また、同ランキングのトップ10には、第4位にチャン・イーモウ監督の新作『我和我的家郷(My People, My Homeland)』、第8位に中国アニメ映画『姜子牙(Legend of Deification)』、第9位にヒューマンドラマ『送你一朶小紅花(A Little Red Flower)』の中国4作品がランクインした。また、歴史大作『金剛川(JingangChuan)』も第14位と好成績を収めた。中国映画市場の力強い回復により、多くの中国映画が世界の興行収入ランキングの上位にランクインした。

 2005年以来、中国における映画興行収入に占める国産映画の割合は50%から60%の間で推移していたが、2020年には一気に83.7%まで上昇した。

 新型コロナウイルスが効果的に抑制されたことで、中国の映画興行収入は2021年にはさらに上昇すると期待される。世界最大の興行市場の支えで、中国国産映画は輝かしい時代を迎えるだろう。

 

3.グローバルサプライチェーンの寸断から輸出の急回復へ

 2020年は中国の輸出産業にとってアップアンドダウンが大変激しい年であった。

 IT革命、輸送革命、そして冷戦後の安定した世界秩序から来る安全感によって製造業のサプライチェーンは、国を飛び出し、グローバルに展開した。工場やオフィスの最適立地化が世界規模で一気に進んだ。中国の沿海部での急激な都市化、メガロポリス化がまさにグローバルサプライチェーンによってもたらされた。

 グローバルサプライチェーンは世界規模に複雑に組み込まれて進化してきた。例えば、アメリカのカリフォルニアで設計され、中国で組み立てられるiPhoneの場合、その部品調達先の上位200社だけとってみても28カ国・地域に及ぶ。

 しかし新型コロナショックによるロックダウン、国境封鎖など強力な措置により、グローバルに巡らされたサプライチェーンは寸断され、これまで当たり前のように動いていた供給体制は機能不全に追い込まれた。激化する米中貿易摩擦はさらに追い打ちをかけた。サプライチェーンの乱れによる海外からの部品供給が止まったことで日本国内の工場も操業停止のケースが相次いだ。

 幸い中国国内におけるコロナの制圧により、生産は再び軌道に乗り、輸出も拡大した。その結果2020年、中国の輸出は4%成長を実現した。

 297都市を俯瞰すると、中国輸出全体の73.7%を占めるトップ30都市の中で、蘇州、東莞、北京、無錫、中山、福州、恵州、大連の8都市の輸出がマイナス成長となったものの、他都市はすべてプラス成長であった。「世界の工場」を支える中国のスーパー製造業都市の実力を見せつけた。

 ちなみに金額ベースで輸出規模トップ10都市の順位は深圳、上海、蘇州、東莞、寧波、広州、北京、金華、重慶、仏山となった。トップ10都市は中国輸出全体の45.3%を占めている。

 輸出規模第11位から第30位の都市は、成都、青島、杭州、廈門、無錫、南京、天津、鄭州、紹興、嘉興、煙台、温州、中山、常州、南通、福州、西安、台州、恵州、大連となっている。

 

4.コロナ禍でのGDPプラス成長の実現

 ウイズ・COVID-19政策で新型コロナウイルス感染拡大の波に喘ぐ諸国をよそに、中国はゼロ・コロナ対策が功を奏した。日本、アメリカをはじめとする世界の主要国が軒並みマイナス成長に陥ったのに対し、2020年中国は2.3%の経済成長を実現した。

 297都市を俯瞰すると、中国GDP全体の43%を占めるトップ30都市の中で、唯一武漢が−4.7%成長となったものの、他都市はすべてプラス成長であった。中国の都市、とくに大都市の強靭さを見せつけた。

 ちなみにGDP規模トップ10都市の順位では上海、北京、深圳、広州、重慶、蘇州、成都、杭州、武漢、南京となった。トップ10都市は中国GDP全体の23.3%を占めている。

 GDP規模第11位から第30位の都市は、天津、寧波、青島、無錫、長沙、鄭州、仏山、泉州、済南、合肥、南通、西安、福州、東莞、煙台、常州、徐州、唐山、大連、温州となっている。

 

5.〈中国都市総合発展指標2020

 中国都市総合発展指標2020は、中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司と雲河都市研究院が共同開発した同指標の5年目の発表に当たる。環境・社会・経済のトリプルボトムライン(TBL:Triple Bottom Line)の観点から都市の持続可能な発展を立体的に評価・分析する同指標は、297地級市以上の都市をすべて網羅し研究分析対象とする。

 中国都市総合発展指標のデータ構成にも工夫がある。従来、都市に関連する指標は、統計データによるものであった。しかし、統計データだけでは複雑な生態系と化した都市を描き切れない。〈中国都市総合発展指標〉は、統計データのみならず、衛星リモートセンシングデータ、そしてインターネット・ビックデータをも導入し、都市を感知する「五感」を一気にアップさせた。現在、指標のデータリソースは、統計、衛星リモートセンシング、インターネット・ビックデータは、各々ほぼ3分の1ずつの分量となった。中国都市総合発展指標は、こうした垣根を超えたデータリソースを駆使し、都市を高度に判断できるマルチモーダルインデックス(Multimodal Index)へと進化した。

 近年、中国では“主体功能区”、“新型都市化” 、“メガロポリス政策” 、“都市圏政策”などの斬新な政策が相次いで出された。中国都市総合発展指標はまさにマクロ的には都市化政策を考案する物差しとして、ミクロ的には、各都市のパフォーマンス評価のツールとして開発された。5年を経て同指標はいま政策と評価をサポートする指標システムとして定着している。

 中国都市総合発展指標2020総合ランキングトップ10の都市は、北京、上海、深圳、広州、成都、重慶、南京、杭州、天津、蘇州である。コロナの爆発的感染を受けた武漢はトップ10から脱落した。

 総合ランキング第11位から第30位の都市は、武漢、廈門、西安、寧波、長沙、鄭州、青島、東莞、福州、昆明、合肥、仏山、無錫、済南、珠海となっている。

 中国経済社会発展の底力は都市にある。都市をきちんと分析することで中国の真の姿が見えてくる。


本稿では雲河都市研究院の栗本賢一、甄雪華、趙建氏がデータ整理と図表作成に携わった。


『日中経協ジャーナル』2022年2月号(通巻337号)掲載