【対談】有賀雄二Vs周牧之(Ⅰ)世界を唸らせる甲州ぶどうワイン

2024年6月6日、東京経済大学でゲスト講義をする有賀雄二氏

■ 編集ノート:

 日本産の日本酒、ウイスキーそしてワインがいま世界を魅了している。東京経済大学の周牧之ゼミは2024年6月6日、有賀雄二勝沼醸造代表取締役をゲストに迎え、国際的に高い評価を得るワイン作りの極意とその道程について披露していただいた。


世界をマーケットに


周牧之:きょうは日本ワインの旗手である有賀雄二さんをゲスト講師に迎え、甲州の地から世界へ飛び込み、日本のワインを一気に飛躍させた物語をご披露いただく。

有賀雄二:祖父が製紙業を営む傍ら1937年、勝沼醸造を創業しワイン造りを始め、私で3代目になる。生産量はボトルでワインが年約40万本、ぶどうジュースが同約8万本だ。

 ぶどうは思いっきり絞ると75%ぐらいまでジュースが取れる。ワインボトル1本作るのに必要なぶどうの量は、1kgだ。私共が使う甲州という名のぶどうは、一房が200gから250gなので、1本作るのに4房から5房必要になる。

 ワインとジュースを合わせると約50万本で、毎年500tのぶどうがないと作れない。山梨県には今、約100社のワイナリーが点在している。山梨のぶどうでワインを作る量では、私どもの勝沼醸造ワイナリーが最大になる。

 ワインは、国際商品だ。どこの国のワインを見ても、生産する自国だけではなく、世界をマーケットにしている特性がある。そういう意味ではワインは国際商品だ。ところが長い間日本のワインは、国内だけで消費されてきた為、ワインが持つ本来の国際商品としての特性を備えてなかった。私共は世界に通ずるワイン、世界のマーケットに通じるようなワイン作りを目標にしている。

2012年3月24日、有賀雄二氏が北京で開催の国際シンポジウム「中国の生活革命と日本の魅力の再発見」にて挨拶

■ 新世界の代表はアメリカ


有賀:ワインの伝統的な生産国を旧世界と言う。それに対して新しい生産国をニューワールド、つまり新世界と言う。旧世界はフランス、ドイツ、イタリア、オーストリア。新世界はアメリカ、オーストラリア、ニュージーランドなどだ。

 フランスのワインに次ぐブランドは、いまアメリカのワインと言っても過言ではない。新世界と言われるには一定の法則がある。1976年にイギリス人のワイン商が、アメリカの良いワインを集めた。白はシャルドネというぶどうで作る。赤ワインは、カベルネソーヴィニヨンというぶどうで作る。シャルドネは、フランスのブルゴーニュが産地で、同地の良いワインを全部集めた。カベルネソーヴィニヨンはフランスのボルドー地方が本家本元なので、ボルドーの1級シャトーのワインを集めた。そして、パリでフランス人のワイン専門家を10人集め、前述したアメリカ産ワインとフランスワインを全て目隠しにして並べ、一番いいと思うワインを挙げてもらった。

 結果、選ばれたワインは、白も赤もすべてアメリカのワインだった。フランス人が選んだ結果だから、フランス人はぐうの音も出ない。これが当時ワインの世界で「パリスの審判」と呼ばれた大事件だ。この事件によってアメリカのワインは世界的な注目を集め、ニューワールドの代表になった。

周:それまでの良いワインは基本的に地中海の周辺、すなわち旧世界で作られた。新世界は北米、南米、オーストラリア、ニュージーランドで、そこが植民地の拡張をしていた頃、欧州からワインぶどうが持ち込まれた。本当に認められるワインの味を出せてから歴史的に時間はそれほど経ってはいない。

アメリカワインの一大産地カリフォルニア州ナパ・ヴァレー

■ 甲州ぶどうに特化したワイン作り


有賀:ぶどうは世界に1万種類以上ある。どのぶどうでワインを作っても良いが、問題は産地の風土、つまり自然と、どのぶどうが適合するかを検証していくことだ。それがいわばワイン作りの土台になる。

 ぶどう1万種類を大きく分けると、ワインに向くヨーロッパ系、原産地はジョージア即ちかつてロシア領だった頃のグルジア。一方、ワインに向かないアメリカ系があり、他に東洋系がある。この三つに分かれる。

 東洋系は山ぶどうなどで、アメリカ系はコンコルド、ナイアガラ、デラウェアといったぶどうだ。アメリカがアメリカ系のぶどうでワインを作っていた頃は、アメリカのワインを殊更取り上げて言う人は世界にいなかった。

 ロバートモンダビとスタックスリープというワイナリーが、カリフォルニアにあり、これらのワイナリーがフランスワインをしのぐような良いワインを作ろうということで、ヨーロッパ系の白ワイン用のシャルドネやベルネソービニヨンといったぶどうをアメリカの地に植えた。そうした努力が実ったのが1976年の大事件だ。

 それで私もこのようなぶどうを日本で栽培したいと考え、1990年からヨーロッパのような垣根式栽培で、カベルネソーヴィニヨンを300本、シャルドネを300本植えた。日本の風土で、たとえ一樽でも最高のものが出来ればという思いで、私自ら栽培し、懸命にやってきた。

 私は子供が4人いて、一番上は女の子、下の男の子3人がワイナリーを一緒にやっている。長男はフランスのブルゴーニュ、サヴィニー・レ・ボーヌにあるシモンビーズというワイナリーで4年間研修をしてきた。

 長男はフランスから帰ってきて3年後、私がせっかく植えたシャルドネとカベルネを全部抜いて、全て甲州に植え替えてしまった。日本では棚式栽培が一般的だが、シャルドネとカベルネはヨーロッパのような垣根式でやっていた。日本は雨が多く、降った雨の水分が下草から蒸散する。ぶどうはその水分の影響で病気になりやすくなる。長男がこれを抜いた理由に「ここまでやっても、フランスのワインに勝てるようなものは作れない」という思いがあった。「うちは甲州に特化したワイナリーになるんじゃないのか」と息子に諭され、ワイン作りが何かということに、逆に気付かされた。

周:ヨーロッパから持ち込んだワインぶどうを使うこれまでの新世界ワインの作りと違うコンセプトで、世界に通用するワインを作る大きなチャレンジだった。

勝沼醸造ワイナリー前に広がるぶどう畑

■ 感動とブランドで勝負


有賀:日本の風土、あるいは私共の山梨県勝沼の風土は、ぶどう栽培に最適な条件とは正直言い難い。より良い場所を求めれば世界にたくさん良い場所がある。効率だけ求めたら最適な場所に行って作った方がいい。

 少々哲学的な言い方だがワインは自然と人間が向き合うことだ。ぶどうに傘掛けなどの手間をかければ、コストは世界一高くなる。日本産ぶどうでワインを造るには厳しい現状がある。日本のぶどうだけでワインボトルを一本作るなら2000円以上の値段をつけないとワイナリー経営は難しい。

 しかし市場で売れている2000円以上のワインは6%しかない。日本のマーケットで圧倒的に売れているのは、コンビニなどで買える一本500円から700円ぐらいのワインで、それが5割を占める。

周:シビアな日本のワインマーケットでは、感動とブランドで勝負するしかない。

有賀:コストが高いと競争力がないのかといえば、そうではない。物の価値は驚きで決まる。コストよりも驚きや感動が大きいものを作る必要がある。これは一つのポイントだと思う。

 ものの価値を決めるのに、コストで決める部分も常にあるが、やはり驚きや感動に訴えかける物作りをしていかないと続けるのは難しい。

アルガブランカ(出典:勝沼醸造ホームページより)

■ シルクロードで日本に渡来したぶどう


有賀:日本古来のぶどう品種である甲州ぶどうは、1300年前に仏教と一緒にシルクロードを通り中国から日本に渡来したと考えられている。勝沼の町の東に国宝の寺があり、薬師如来がぶどうを携えている。甲州ぶどうは、718年にこの国宝の寺を開いた仏教僧の行基が、当時薬として伝えたとの説が有力だ。

 1300年も前の話だから明確な根拠はないが、最近はDNA鑑定ができるようになり、カリフォルニア大学や、広島の国立の酒類総合研究所でDNA鑑定したところ、甲州は中央アジアのコーカサスが原産地だと証明された。中国で刺ぶどうと呼ばれる、ぶどうの蔓にトゲが出るぶどうがある。それと交配されている。25%それが混ざっているからこそ、日本の厳しい風土、厳しい自然に耐性を持ったと思う。私どもは、この甲州ぶどうで世界に通ずるワインを作る目標でやってきた。

周:甲州ぶどうは、元はヨーロッパからシルクロードを通り中国に来た。甲州は今日に至るまで連綿と栽培されてきた。唐の時代、中国の人々はワインを飲んでいた。唐の偉大な詩人、李白の詩の中にもワインの話題が沢山出てくる。だがやがて中国にワインがなくなってしまった。いま中国の酒となると茅台など白酒や紹興酒など黄酒だ。

 甲州ぶどうは日本での1300年以上の歴史を経て食用ぶどうになった。このぶどうを用いて、日本ワインを世界に認められるものにしようとした有賀さんの発想は凄かった。これを実現するには大変な努力が必要だった。

リニューアルしたワイナリー内部

■ 革新的な冷凍果汁仕込み製法


有賀:白ワイン用であれば有名なシャルドネ、リースリング、ソーヴィニヨンブランなど世界で有名なぶどうは沢山あり、そうしたぶどうとこの甲州ぶどうを比べると、甲州はちょっと糖分が低いデメリットがある。

 山梨にある100社のワイナリーのうち、勝沼町に40社が集中していて、そうしたワイン作りの仲間と話すとき、仲間はいつも「甲州はね」と言う。シャルドネ、リースリング、ソーヴィニヨンブランなど世界で有名なぶどうには敵わないという意味で、「甲州はね」と言っていた。それが私はすごく嫌だった。世界に通用しないワインしか作れないなら、早くこのぶどうを諦めて、他を探す必要がある。だから私は甲州で作るワインが、世界を舞台にできるかどうかを検証したい思いから、他のワイナリーとは違う作り方を考えた。

 また、みんなが甲州は他のぶどうに敵わないと言うのは、糖分が低いことが原因ではないかと考えた。

 つまり、伝統的な日本のワイン作りはぶどうを搾り、ジュースを作り、糖分が足りないから砂糖を入れる。アルコールの原料は糖分だ。酵母が二酸化炭素とアルコールに分解して、アルコールが出来る。例えば米、麦、芋、そば等の穀類を原料にしている酒は、実は糖分がない。だから穀類のデンプンを一度アミラーゼという酵素で糖分に変え、それをまたアルコールに変えることをする。しかし穀類は水分がない。だから必ず水が必要になる。

 私がよく山梨でワイン作っていると言うと、「山梨は水がいいですものね」と言われるが、ワインは水を使わない。ワインはぶどうを絞ったジュースの中の糖分をアルコールにするだけだ。ぶどうが持つ糖分によって、出来たワインのアルコール度数は決まる。水は一切使わない。糖分が低いぶどうは、ワインにしたときもアルコール度の低いワインしか作れないため砂糖を補ってきた。

 それに対して私が考えたやり方は、冷凍果汁仕込みというやり方だ。一般的なワインは15度ぐらいしかないのを、22度に補填するやり方だ。甲州を絞ってジュースを作ると75%ぐらいまで取れる。私が考えたのは75%取るときに圧力を加えずに取るジュースと、加えて取るジュースを二つに分ける。加えないで取るジュースをあえて凍らせる。凍る時は水分から凍るため、凍った氷を取ってしまい、溶けているところだけを集めると、ジュースは濃くなっている。そうして砂糖を入れず濃いジュースでワインを作ることを私共のワイナリーは1993年からやっている。

周:冷凍果汁仕込み製法は、東京農業大学醸造学科卒の有賀さんだからこそ出来た一大イノベーションだ。

勝沼醸造ワイン工場

■ 国際的に認められるワインに


有賀:世界中にワインコンクールがたくさんある中で、2003年にフランス醸造技術者協会が主催する国際コンクールに初めて出品した。世界35カ国から2300種類も出品される中で、初めて銀賞が取れた。翌2004年にも続けて取れたので、甲州で世界に通ずるワインができると自信がついた。

周:有賀さんのワイン、そして山梨のワインが世界に躍り出た瞬間だった。

有賀:フランスを初め、イギリスやスロベニアなど世界中のワインコンクールで、我々の甲州ワインが入賞することが珍しくなくなった。

 その頃から、「お宅の甲州はおかしい、甲州らしくない、変な甲州」と言われるようになった。変な甲州でないと世界には通じない、あるいは変な甲州を作るのが、我々の目標だと気づかされた。それで、我々は2004年、甲州ワインの新しいブランドを発表した。アルガブランカというシリーズだ。アルガは私のファミリーネームでブランカはポルトガル語で白の意味だ。

 ワインの瓶のラベルをエチケットと言う。ラベルに、何年の収穫で、どこで採れて、何の品種かをしっかり書くのがエチケットだということから来ている。このエチケットにはどこにも甲州とは書いていない。他の甲州ワインの多くが漢字で甲州と書いてある。うちのは変な甲州なので、甲州と書かず、アルガブランカにした。ブランドコンセプトはあくまで変な甲州だ。

勝沼醸造の入賞歴(出典:勝沼醸造ホームページより)

■ テロワールで世界へ


周:私の大学院の学生が、有賀ワインのテロワールを研究して、修士号をとった。テロワール(terroir)とは、もとは「土地」を意味するフランス語terreから派生した言葉で、気象条件(日照、気温、降水量)、土壌(地質、水はけ)、地形、標高などブドウ畑を取り巻くワイン産地の自然環境的特徴を指す。フランスワインは、よくこのテロワールをブランドにしている。例えば、ロマネ・コンティ、ムルソー、モンラッシェなどは産地名をワインの名前にしている。有賀さんは日本で初めてテロワールのコンセプトを使い、アルガブランカ・イセハラというワインを売り出した。

有賀:山梨県内各所に甲州を栽培する場所は沢山あり、少し前までは、収穫場所に因ってできるワインに違いがあり個性があるという考え方はなかった。そこに一石を投じたのは、アルガブランカ・イセハラというワインだ。山梨の笛吹市御坂町の伊勢原というところから取れる甲州でワインを作ると、それまでの甲州ワインの概念を全く変えてしまうような、全く違う形のワインができることを発見した。

 イセハラは、天皇陛下の即位の礼に採用されたワインだ。ANAのファーストでも出している。甲州の中では実に特異で世界の人がびっくりするような良い味わいになっている。

周:イセハラは天皇陛下の即位の礼に採用されたことでまさしく日本ワインの顔になった。

※後半に続く

天皇陛下の即位の礼

プロフィール

有賀 雄二(あるが ゆうじ)/勝沼醸造 代表取締役社長

 東京農業大学卒業後、1981年に勝沼醸造に入社。99年に社長に就任し、2006年に山梨県ワイン酒造組合副会長に就任。2023年から同組合会長。