【対談】小手川大助 VS 周牧之(Ⅵ):アジア経済の成長が日本のチャンスに

対談を行う小手川氏と周牧之教授

■ 編集ノート: 
 小手川大助氏は、財務官僚として1990年代終わりの日本の金融機関の破綻処理や公的管理を担った。その後、産業再生機構を設立し、日本企業の再生を行った。また、2008年秋以降はIMF日本代表理事としてリーマンショック後の世界金融危機に尽力した国際通でもある。東京経済大学の周牧之教授の教室では2025年5月22日、小手川氏を迎え、激動する世界情勢の現状と行方について伺った。

※前回の記事はこちらから


2025年1月20日、ワシントンDCの米国議会議事堂のロタンダで行われたトランプ大統領就任式

■ トランプ政権で「Don’t panic!」


小手川:トランプ政権になったことで、日本はあまり心配する必要はない。ハガティ前駐日大使は1980年代ボストンコンサルティンググループの東京支店で働いた。当時非常に元気がよかった日本の企業の工場を、自分の出身地であるテネシー州に誘致した。彼はずっとトランプを応援し、2016年トランプが勝った選挙後に、誰を政府の重要な地位につけるかを決める非常に少人数の委員会のトップになった。彼は希望すればどんなポジションでもつくことができたが、彼は自分を駐日大使に指名した。ハガティは1980年代の日本駐在の経験で、日本に対していいイメージを持っていたため、もう一度日本に行きたいと思っていたのである。3年務め、選挙の準備でアメリカに帰り、地元から立候補し、上院議員になった。

 ハガティが上院議員になりバイデン政権下で最初にやったことがある。共和党も民主党も全員賛成で、中国との間で問題になっている尖閣列島について「日米安保条約の対象内である。」すなわち尖閣列島について必要があれば、アメリカ軍は尖閣列島を守るとの決議をアメリカ上院下院で通した。それの仕掛け人がハガティだった。

 今回の選挙後もハガティは国務長官か財務長官になるのではないかといろいろと言われたが、結局、彼はどれにもならなかった。その代わり、ハガティはトランプに一番近い人たちが集まるキッチンキャビネット、台所の内閣と言われる5人から10人の集まりの中心人物になった。

 昔ポルトガル大使をしていた新しい駐日大使のグラスは、別荘がトランプの近隣だとのことで、トランプとはツーカーの仲だ。グラスは御子息が英語の先生として神戸に20年住んでいることもあり、生まれた初孫の顔を見たいと駐日大使として来日した。トランプ大統領と近い関係にあるので、何か問題があったらすぐに電話できる。ハガディとも毎日のように連絡を取っている。

 東京の米国大使館でのハガディのメッセージはずっと変わっていない。最初の3カ月間のメッセージは「Don’t panic!」慌てるな、騒ぐな、全然心配する必要はない、という言葉だった。淡々と交渉をやっていけばいいということだ。ただ、心配なのは、トランプの頭の中が、2000年に書いた自著当時の認識から、あまり進んでない可能性がある。

ローレンス・サマーズ米財務長官と小渕恵三首相

■ アメリカの交渉ターゲットは日本から中国に


小手川:今、日本政府が一生懸命トランプに言っているのは、当時とは違うということだ。私がアメリカと交渉をした1991年初め頃はアメリカの貿易赤字の3分の2、すなわち67%が対日だった。だから日本との交渉は、アメリカにとって本当に重要だった。

 ところが現在はがらりと変わり、日本が占める赤字の割合は、昔の10分の1で、6%しかない。中国との間の赤字はアメリカ赤字全体の26%で、EUとの間の赤字は同20%だ。これだけでもアメリカの貿易赤字の半分ぐらいになる。基本的にはアメリカのターゲットは、この2つの地域だ。

 しかも日本は6%で、それでもアメリカに対して貿易黒字を約8.6兆円持っているが、実は、日本人が使っているGoogleなどデジタル対米赤字が6.6兆円ある。8.6兆対6.6兆円で、実質はアメリカの赤字が2兆円に過ぎないということになる。

 1960年代から1990年代までのいろいろなアメリカとの摩擦を踏まえ日本の企業はどんどんアメリカに出ていきアメリカに工場を作った。結果、自動車で見ていくとアメリカ国内で日本の会社は1,067万台今生産している。そのうち約3分の1の330万台を、アメリカの車として海外に輸出している。だからむしろ日本の自動車会社はアメリカの貿易赤字の減少に、非常に貢献している。

 その全く逆が韓国だ。韓国にゼネラルモーターズの工場があり、韓国で作られたゼネラルモーターズの車がアメリカに輸出されている。その数が42万台。

 私が最後にアメリカと厳しい交渉をしたのは1994年だが、その後は中国が日本の役割を全部変わってくれた。1995年以降はすべてのアメリカの交渉のターゲットは中国になった。私のカウンターパートだった有名なローレンスサマーズというノーベル賞を取ったゼネラリストがいる。2019年暮れに中国の有名なテレビ局の開催で、北京でシンポジウムがあった。そこに私が行くとサマーズがいて「今のアメリカと中国の交渉の状況は、お前と俺が30年前にやった交渉のデジャブだな」とニコニコしながら私に言った。

周:2024年アメリカの貿易赤字相手国ダントツ1位は中国で、対米赤字規模は日本の4.4倍だ。当然、アメリカの貿易戦争の第1のターゲットになる。日本は対米貿易赤字国で第8位になっているが、同第2位はメキシコ、第3位はベトナムだった。この二つの国の対米輸出の相当の部分が日系、中国系の工場によるものだ。

米国通商代表部(USTR)

■ トランプ式対外交渉術への対処を


周:トランプ関税の観点からすると、小手川さんがおっしゃった通りのトランプの交渉パターンが出ている。2025年4月初め中国との間で最後は140%を超える高関税をかけるとしたものの、その一カ月後には中国との交渉で高関税が見直された。米中会議に参加した人の話では、会議は非常にハッピーだった。トランプの交渉力は現実主義の一つの表れだ。とんでもない要求を出すが、テーブルに座れば相互利益を考える。

小手川:一番大事なことは交渉することであって、交渉の結果ではない。

周:プロセスをエンジョイするタイプだ(笑)。

小手川:そういうことをちゃんとやっていると、自分のサポーターであるアメリカ国民に示したい。だから交渉では一番難しい問題に、任期が切れるまでずっと取り組む姿勢だ。その間トランプは「やっている」ことを、自国民に示している。結果がどうなるかは関係ない。それを日本政府はきちんと辿っていけばいい。

周:日本は今回、トランプ政権との貿易交渉では珍しく頑張った。石破政権がかなり強気で臨んだ印象だ。

小手川:私たちが1994年ぐらいまで日米交渉を担当した時、アメリカから最強硬派として出てきたのはUSTR通商代表だった。当時USTRにはスタッフが75人いた。だが、前回のトランプ一期目は25人しかいなかった。今回は人数がどうなるか?前回USTRスタッフ数が減った時、一番喜んでいたのは日本の外務省だった。アメリカの方から「そろそろ合意したいので、合意の案を作ってくれないか」と言われ、日本の外務省で合意案を作ってアメリカ側に投げると、殆ど変更なしで向こうから「これで良い」と返ってきたからだ。日本はアメリカの下請けをやっていると言われても、実際は日本が欲しいところを外務省は全部書いていた。今回もそういう格好になってくると思う。

周:強気でも通る秘訣をつかんだわけだ(笑)。

小手川:ミャンマーで大地震があった当時、各国がミャンマーに救援隊を出し、アメリカも出した。アメリカ兵がミャンマーに着き飛行機から降りてきたら、大使館から連絡がありそのメンバーの半分がクビになっていた。アメリカの行政改革で人員削減をしていたからだ。出動したアメリカ兵の半分が公務員ではなくなっていたそうだ。

周:実際のところ、どこまで改革ができるのか?

小手川:イーロン・マスク以外にも急進的な行政改革担当をしている人たちがいる。彼らは公務員無しでもほとんどの公務を遂行できると思っている。

ロンドンで開催された芸術と植民地主義の関係を探る展覧会「Entangled-Pasts,-1768–now:Art,-Colonialism-and-Change」

■ コモンウエルス・カントリー


周:インド・パキスタン問題は何故このタイミングで沸騰したのか?

小手川:あまり心配する必要はないと私は思う。一定の期間をおいて両国はそれぞれの存在を世界に知らしめたいと思う。

また、コモンウェルス・カントリーといってオーストラリア、ニュージーランド、カナダなどが加わる英連邦がある。私の友人のカナダ人が言うには、コモンウェルス・カントリーは人事が共通で、カナダ人の彼はイギリスの中央銀行で働いていた。アメリカが加わるのではという意見があったが、彼は有り得ないと言う。アメリカがコモンウェルスに加わることになったら、コモンウェルス・カントリーの間での移動は全部自由になり、いまアメリカが一生懸命やっている移民の完全シャットアウトが壊れてしまうからだ(笑)。コモンウェルスは、英語圏のカナダ、イギリス、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドが全部集まって、一つの国を作っている、ということだ。

周:全部元々はイギリスの植民地だ。

小手川:そう考えておかないと読み間違えると思う。

周:インドとパキスタンはもともとイギリス植民地だが、その対立の根っこはイギリス植民地の禍根とも言える。更に言えば、パキスタンはイスラム教国家だ。中東情勢も絡んでくる。

東京証券取引所

東京を国際金融都市にする条件


小手川:中国関連では、2022年12月頃から中国人がどんどん日本でマンションなどを買っている。昔は投資物件として買っていたがいまはマンションを買った人は一家で引っ越してくる。その人たちが「一家で食事をした後に楽しめる場所を作ってほしい」と言う。私が「東京には世界で一番有名なアーティストがたくさん訪問してきている。コンサート等に行ったら如何か」と言うと、「それをやりたいが一つ問題がある」。「ぴあに中国語版と英語版がない」。ぴあの社長が友人なので「こういう声がある」と伝えた。これから日本の人口は減り、集客にはインバウンドの人たちが重要になる。

 実際いま日本にいる中国人は100万人を越した。これまで在日韓国人が62万人くらいだったのをあっという間に抜いた。これから住宅を買おうと言う人は大変だと思うが、山手線の内側の住宅地価が1年間で二倍になった。次いで大阪が上がり。名古屋が上がっている。いまのところ九州で福岡はあまり人気がなく、長崎や大分の地価が上がっている。熊本はTSMC(台湾積体電路製造)の進出で地価が3倍になった。

周:最近、時折中国の友人から電話があり「東京のこの場所はいい場所か?」と聞かれる。「いいところだ」と言うと彼らは物件を買ってしまう。東京で今山手線の内側で3億円前後の物件が人気だそうだ。

小手川:それに関連して子どもの入試状況が変化した。昨年の入試から始まったが、今年の春の高校入試で判ったのが、東京の有名な開成、麻布、筑波大附属、女子は桜蔭などの高校は、中国人学生が2割いるとのことだ。

周牧之、エズラ・ヴォーゲル対談『ジャパン・アズ・ナンバースリー』『Newsweek 』2010年2月10日号

周:中国人の子弟がこうした名門校にも続々入っているのか?

小手川:入っている。私の姪が九州大学の医学部に入ったが、同級生でトップと2番が共に中国人の子どもだった。

周:東京の金融市場は、アジアの企業がIPO新規上場をし易いようにすれば、アジアの優良企業がわんさと来ると思う。これに関連し、アジアの企業家やその家族は大勢東京に移住することになるだろう。お金も人も、東京に流れることにより、新たな繁栄を呼ぶはずだ。金融政策キーマンの小手川さんが仕掛けたらすごいことになる。

小手川:アメリカのくびきが外れたらやれると思う。マネーロンダリングの問題があるため、日本がやることにアメリカは絶対反対する。

周:マネーロンダリングよりはアメリカにお金がいかなくなってしまうことを恐れているだろう。アジアのお金がアメリカではなく日本に流れてきてしまうとアメリカの金融マーケットに大きな変化が起こるはずだ。

小手川:そうだ。

周:いま東京都の小池百合子知事が、東京をアジアの国際都市にしようと頑張っても、東京都知事の力だけでは東京金融マーケットの国際化は難しい。

小手川:10年前に、ワンストップサービスで、海外の人が来た時に住宅問題だけでなく学校の問題などを全部相談できるオフィスを作った。それに一番制限を掛けてきたのが、私が元いた金融庁だ。そのバックにいるのがアメリカで、マネロン規制を使い、ぎゅうぎゅうに絞ってくる。日本が日米安保条約を破棄してもいいと言って金融マーケットの国際化を進めないと難しい。

周:東京がアジアの金融センターになれれば、アジアの成長を取り込み、日本はより大きな繁栄を謳歌できるはずだ。

故・エズラ・ボーゲル氏と周牧之教授(詳しくは、【コラム】周牧之:エズラ・ボーゲル氏を偲ぶ/『ジャパン・アズ・ナンバースリー』を参照)

■ 5年毎に中国は日本経済一個分のGDPを新たに作る


周:先週イギリスの『エコノミスト』のカバーストーリーに、「Make China great again」と文字が入ったトランプの帽子を習近平がかぶっているフェイク写真が出た。トランプは「Make America great again」。習近平は言うならば「Make China great again」だ。もう一つ習近平は、「共同富裕」というスローガンを持つ。ボトムアップして中国の底辺層の底上げをしていきたい。この二人をみると同じ政治的な使命を抱えている気がする。

小手川:習近平は中国共産党の存在意義をどう表明するかがポイントだ。中国の弱みは政治、民主主義だ。中国共産党の存在意義を毛沢東は独立、反日闘争に求めた。鄧小平は中国共産党の下でみんな頑張れば生活水準が上がる、党と政府の力が強くなるとした。実際に経済成長には官僚の努力が必要だった。

 習近平はそれをどこに求めたか?一つは、共産党の下で中国が世界の強国になる。問題はそれが一般の人にはなかなかわかりにくい。富裕になったかは分かり易いかもしれない。これをどう上手く分かりやすくするかが、中国のいま最大の問題だと思う。

英『エコノミスト』に掲載されたMake China great again

周:強国になる必要性を、中国人は皆痛切に感じている。中国は1840年にイギリスにアヘン戦争でやられた。当時の中国の経済規模は世界の三分の一、貿易規模は今同様、世界トップだった。なのに、アヘン戦争でイギリスにやられた。経済、貿易をいくら頑張っても大丈夫ではなかった。二度とそういうことにならないよう強国にすることに国民は反対しない。

 共産党は平等な社会づくりを一貫として訴えている。それが、共産党がうまくいっているかどうかの、最大の試金石であるといってもいい。例えば今年、中国で最も経済水準の低い地域の貴州省に行った。ところが同省のミャオ族の街は、アメリカのバンス副大統領の出身地の経済水準よりはるかに高いと感じた。山脈地帯でも高速道路や高速鉄道などの世界的にハイレベルなインフラ整備が整っている。大規模なインフラ整備によって、これまで閉ざされていた少数民族地域が世界に開かれ、豊かになるストーリーが現実となっている。

小手川:トランプは共産主義を特に嫌っているわけではない。

周:今年の春節前後に 3カ月近く中国に戻っていて、貴州省、福建省、広東省は余裕綽々になってきたと感じた。大変な成長ぶりだった。

 ハーバード大学教授のエズラ・ボーゲル氏と「Japan as number three」と題して対談した2009年に、中国の経済規模が日本を超えて大きくなったことが話題になった。いまの中国経済の規模は日本経済規模の4倍になった。つまり対談後、5年毎に中国は日本経済一個分のGDPを新たに作り上げた。その点について日本では余り議論されていない。日本のマスコミにはむしろ中国経済が破綻するといった報道で溢れている。中国の社会経済の発展をきちんと認識し、付き合っていくことが、日本の大きなチャンスにつながるはずだ。

 日本と中国の関係がもっと互いに協力し合うようになるといい。中国の観光客がいま1,000万人規模で日本に来ている。これがさらに3,000万人、5,000万人レベルになれば面白い展開になる。日本の皆さんも、もう少し中国に行けばさらに良くなる。

中国人インバウンドで賑わう東京・浅草寺

■ ひとたび戦争が起これば人類壊滅に


学生:私は台湾出身だ。ウクライナとロシアとの関係は、台湾と中国との関係に影響を及ぼすか?

小手川:それは全く無いと思う。プーチンは領土を拡張する欲望はない。東ウクライナのロシア語を話している人たちが「自分たちを守ってくれ、ゼレンスキー政権が酷いことをしているのをストップさせてくれ」と言ってきていた事が今回の侵攻の原因である。プーチンは自分の選挙民、自分を支持してくれる人を幸せにしたいというのが最大の願いだ。今回の戦争は、イギリスとバイデンが仕組んだことなので、台湾と中国とは全然違う。

 もし習近平が本気で台湾をなんとかしようとしたら、台湾の弱みは電力だ。天然ガスを利用しており、天然ガスの備蓄は二週間分しかない。台湾海峡の周りに船を派遣し、天然ガスの輸入をストップすれば台湾は電力がすぐになくなる。しかもアメリカなどがそれを抗議したとしても「これは国内問題である。台湾は中国の一部だから」と言えば済む。このことが、台湾の人からすると一番リスキーだと思う。ただそれだけのリスクを中国が取るかどうか?むしろ一番怖いのは中国国内の政治経済がうまくいかなくなり、外に仮想敵を作って国内をまとめるというナショナリズムに訴えることだ。

 これはあまり知られていないが、軍事力で台湾を攻めることは凄く大変だ。台湾の北は浜辺があるが中国に面している西側は全部断崖だ。上陸することができない。更に台湾を自分のものにしようと思ったら台湾の制空権、空軍力を全部自分のものにしなければならない。そうなると最初に攻撃しなければならないのは沖縄の嘉手納基地だ。これは直ぐに中米戦争に発展する可能性があり物凄くリスキーだ。米台相互防衛条約の対象になっていない金門島と馬祖島の二つの島の占領は、アメリカとの間では問題にはならない。

周:製造業の衰退で、アメリカではいま最新鋭の飛行機を作れない程になっている。造船能力も随分なくなっている。このような国が中国を叩く力があるとは思えない。

小手川:いまアメリカの造船能力は中国の200分の1だ。第2次世界大戦時に日本軍がなぜ負けたか。1つの大きな理由は輸送船が足りなかったから戦争が続かなかった。しかし、今の戦争でそれは関係ない。原爆一発で終わりだ。

周:中国も核保有国で、そこまでアメリカはやるつもりなのか?

小手川:そこまでやるつもりだ。今どこの国の指導者にも言いたいのは、戦争をやったら本当に人類は滅びる、そのひとことだ。

(終)


プロフィール

小手川 大助(こてがわ だいすけ)
大分県立芸術文化短期大学理事長・学長、IMF元日本代表理事 

 1975年 東京大学法学部卒業、1979年スタンフォード大学大学院経営学修士(MBA)。
 1975年 大蔵省入省、2007年IMF理事、2011年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹、2016年国立モスクワ大学客員教授、2018年国立サンクトペテルブルク大学アジア経済センター所長、2020年から現職。
 IMF日本代表理事時代、リーマンショック以降の世界金融危機に対処し、特に、議長としてIMFの新規借入取り決め(NAB)の最終会合で、6000億ドルの資金増強合意を導いた。
 1997年に大蔵省証券業務課長として、三洋証券、山一證券の整理を担当、1998年には金融監督庁の課長として長期信用銀行、日本債券信用銀行の公的管理を担当、2001年に日本政策投資銀行の再生ファンドの設立、2003年には産業再生機構の設立を行うなど平成時代、日本の金融危機の対応に尽力した。