【書評】井上定彦:『中国都市ランキング2018』〜現代をとらえる新体系方法を提示〜

井上定 島根県立大学名誉教授

 NTT出版 2020年10月/刊『中国都市ランキング2018』は、中国の客観データを素材にして、現代の経済社会文化の展開・発展過程を、大都市化とその連携関係(メガロポリス)を科学的・計量的あるいは図示し、視覚としても明らかにしたものである。内容を読んではじめて、これまでの社会科学・都市工学の全域にまたがるおどろくべき内容=分析体系を凝縮した大作であることが理解できる。応用力が高く、いずれの国にも適用可能。だから、もっと注目されてしかるべき著作である。
 これまで、英語版、中国版、日本語版が出され、今回が三年目となる。それなのに、日本ではまだそれほど知られていない。

 というのも、見出しが「都市ランキング」だし、年次は2018年と表記されている。私たちは、大学の偏差値とか「何でもランキング」ということには、食傷気味である。また年次が2 ~3年も前のものについて興味はわかない。年次白書ならば、政府の経済白書のように最新版を読みたいものだからである。

 ところが、本書は実は最新のもの、ついこないだの2020年10月発行なのである。
 たとえば、ここにはこのコロナ渦に見舞われた世界に関わるいくつかの優れた分析の論稿を含んでいる。つまり、社会経済分析の方法論にも言及した多数の論稿がここにはおさめられ、深く考えさせられる大著なのである。つまり、無味乾燥な年次系列の統計数字、特定の年について並列的に列記したものとは、まったく違う。そうではなくて、中国の代表的な大都市に関して、手に入りうるかぎり系統的で多様な最新のデータを使っている。そのデータは、最新が2018年までが多いわけだ。そこで計量化できた客観データをふまえ、総合的に指標化した(だから表紙には2018年と記されている)ということだ。

◆ 全国総合開発計画を超え、国連開発計画・UNDP報告にならぶような視野

 本研究に多少とも類似したものを例示すれば、たとえば、第四次全国総合発展計画(四全総 1987年)とその都道府県版(含む資料篇)、あるいは少し前の時点での「首都圏白書」を、辛うじてあげることができるかもしれない。しかし、これも本書に比すれば、視角は多くは「ハード」面に限定され、全国的データを網羅はしてはいるが、現代社会経済の力、大きな源である「情報力」、また他地域や世界との「連結力」という視点(いわば広義の「ソフト・パワー力」)やその系統的なアセスメントは含まれていない。当時の日本の「国土計画」というものの限界であったともいえよう。

 だから、これにならぶようなものとしては、紹介者が知る限り、国際連合UNDPの「人間開発報告書(1990 年以来今日まで毎年発行)しかないように思う。このSDGs(持続可能な開発)につながる分析と指標は、ずっと発行され、継続性はあるが、それだけではなく、つねに新たな方法論・視点を加えて改良され(たとえばジェンダー指数の追加)続けている。だから、毎回新鮮な驚きがある。
 三冊目となる本書も、同様に、毎回大きな改良が加えられ進化している。

◆ 発展のダイナミズムを体系的にとらえる

 この大規模な研究プロジェクトは、いわば中国版の「ゴスプラン」の一部にあたる中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司の協力により、はじめてこれだけ系統的な計量データについて、年次ごとの提供が可能になったのだろう。同じく中央集権的な日本の内閣府でも、省庁横断的にこれだけのデータが系統的に集められ、整理されているとは聞いていない。

 この研究を主導した周牧之さんは、国際開発問題のシンクタンクを経て、ながらく東京経済大学の教授としてだけでなく、国際的な都市研究者として、アメリカ(MITなど)、中国、東南アジアにまたがり活躍しておられる。もともとは情報工学系の出身で、経済学・社会学・行政学をふまえており、日本では例外的な「文・理総合型」の研究者、プロジェクト・リーダーである。

◆ 「指標」の現代化 壮大な広がり

 通常は、都市力、地域力を把握するときには、とかく経済・産業中心になりがちである(地域経済分析など)。本書は、そうではなく、自然生態・環境品質・空間構造という「環境」という大項目、ステータス・ガバナンス、伝承・交流、生活品質という「社会」という大項目、また経済品質、経済活力、都市影響という「経済」の大項目が、「総合化」され示されている。だから、そのデータの出所は、1)統計データ(3割の比重)、2)衛星リモートセンシングデータ(3割強)、3)インターネット・ビッグデータ(4割)にわたるものだ。

 後者二つは、日本ではまだ活用がはじまったばかりの分野である。これらにもとづいて、大都市の「輻射力」(影響力)が、立体的に描き出されている。物理的なインフラの整備だけでなく、情報発信力・受容力、そこからもたされる大都市や大都市連合の力量が、図示あるいは視覚的にも理解できるようになっている。あるいは、これを国家大に表現したものが、「一帯・一路」世界経済圏構想の推進なのかもしれない。
 だから、このような分析手法とそこからの政策含意の導出は、いずれの地域、国でも応用可能だと思われる。このような体系をもつ新「指標」の現代化は、疑いもなく有意義である。

◆ 「近代化の圧縮」とその先 社会変容という課題

 日本は、西欧先進国の「近代化」の300 年にわずか100 年で追いつこうとした(「圧縮された近代」)。そしていまや「成熟」を通り越してすでに「老境」にはいりつつあるのかもしれない。それに関わっていえば、韓国はわずか60年にしてすでに人口のピークをこえ、さらにおそらくは中国もこれから10~20年の間には「追いつき」過程を完了し、成熟段階に入る(つまり、わずか40年弱で)。総人口も大都市化の進展も、これから20年内外でピークに達するだろうといわれている(「超圧縮の近代化」)。
 そのとき、もっとも気掛かりなのは、先進社会が経験したように、「都市化」「近代化」がもたらす「社会の変容」、「人間行動の変容」という問題である。たんに少子高齢社会の到来というだけでなく、かつての発展をささえてきた、家族やコミュニティーの力の融解・弛緩が伴うからである。

 第二次大戦前後から、中国は安全保障的な見地からも、ずっと地方分散(独立性をもつ解放区的な考え方)を重視してきたが、それがまた長期にわたる停滞をもたらした大きな背景でもあったと考えられる。そこでこれを転換して「改革開放」し、グローバル化する世界に適応して産業構造をかえてゆく。農村型社会から都市型社会へ、大規模なメガロポリス中心の社会へと社会構造の大転換をとげようとしているのだ。

 家族構造をはじめとして、社会が変容し、殊に人間がその内面でも変容するのではないかという点が重要である。それまでの人間社会を基本的につなぐ連結性(social cohesion)は弱まるだけでなく、「勤勉」・「誠実」・「信頼」そして「助け合い」という、志向性についても変化するのではないか、といわれている。「個人化」「孤立化」「利己主義」化してしまい、そのような群衆が多数者になってしまうのだ、という見方がある(D.リースマン『孤独なる群衆』など)。

 だから、西欧社会の経験は、これに対して新たな自発性・能動性をもつ「市民型コミュニティー」(協同組合、労働組合、さまざまなNPOや非営利組織)の形成が重視されてきた。「社会的経済」という部門が成長したのである。むろん、並行して国家レベルや地方の公的機構としてさまざまな福祉諸制度が発達し、そうした「福祉社会」の構築には、100年もの月日がかかった。そのような制度構築がやや乏しいアメリカは、「個人主義社会」の正の面だけでなく「負」の側面も際立っている。アメリカの「社会分裂」、「トランプ・ポピュリズム」は偶然ではないのだろう。

◆ 持続可能な地球社会をめざして

 さらに根本的に難しい人類共通の課題として、いまや「人新世」(anthropocene)ともいわれるように、人間の活動が(温暖化を含めて)地球環境や地球そのものを変えつつあるかもしれない、という大きな課題がある。都市のみならず、農村地域・地方の山林・森林・原野を含む地球全体の「環境保全」が求められる。「持続可能な地球社会」こそが、いまや目指されようとしているわけだ。

 そしてまた、ひとびとも、その農村や森、自然の景観、またそこでのコミュニティーのなかに生きていゆくことに価値を再び見出そうともしているようにもみえる(二地点居住、グリーン・ツーリズムなどを含めて)。だから、国土全体のクオリティー(質)、アメニティー(快適性)が考えられるべきこととなる。国土のあり方についての、現代的「進化」が求められているのかもしれないのだ。

 周牧之さんが注目する「里山」のような地域形成の視点も、これから段階をおきながら、うまく「指標化」してゆくことができるのかもしれない。
 今後も毎年発行されることになることが期待されている本シリーズが、さらに発展し進化してゆくのが楽しみである。


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