J-CASTトレンド・コラム「霞ヶ関官僚が読む本」より掲載
周牧之さんは、1963年に中国湖南省に生まれ、中国機械工業部(通産省に当たる)勤務を経て88年に日本留学して30余年。東京経済大学で教鞭をとりながら、日本と中国の関係改善、中国の都市政策に多大な貢献をしてきた。本書の中心となる中国都市総合発展指標は、周さんの長年の研究成果をもとに構築された。
都市と農村の格差など「三農問題」を抱えていた中国は、計画経済の時代から長年、都市部への人口移動を規制してきたが、今や大都市圏、そしてメガロポリスの時代になっている。その転機は2001年のWTO(世界貿易機関)加盟であった。中国沿岸部が一気に「世界の工場」となり、臨海部の主要都市が大規模化した。
都市住民の生活品質の向上と環境問題の回避という二つの目標を追いながら急速に成長する都市は、人口1000万人を超えるメガシティと周辺都市が複合するメガロポリスへと変貌を遂げた。本書は2018年に初版の『中国都市ランキング2016』が出版されてから三回目の出版となる。都市データの更新に加え、メガロポリス発展戦略、中心都市発展戦略、大都市圏発展戦略とメインレポートが毎年変わり、2030年に向けて中国の都市がどのように変化していくかを知る手がかりに溢れている。また、トップ10都市の強みが写真付きで紹介されており、特に、杭州市、成都市、南京市は自然、歴史や文化の魅力にあふれ一度訪れて実感してみたい。
三大メガロポリスの課題
欧州はその歴史から都市人口が1000万人を超えるメガシティはモスクワやロンドンにとどまるが、アジアでは臨海部の都市が製造業と交易で急速に発展したために規模が大きい。世界最大の都市圏は東京圏の3700万人だ。中国では人口1000万人を超える大都市圏は六つもある。これらメガシティを中心に、京津冀(けいしんき)、長江デルタ、珠江デルタの三大メガロポリスが形成されている。複数の大都市圏が連携する連続的な構造だ。人口規模から見ると、京津冀が9106万人、長江デルタが1億5270万人、珠江デルタが6151万人にのぼり、三つのメガロポリスの合計では3億人を超え、中国総人口のシェアは22%にも達する。三大メガロポリスは、世界との交易で成長し、国内の他地域から大量の人口流入があった。現在、当該都市での戸籍を持たない常住人口数だけでも三大メガロポリスで計6244万人にもなる。急激に巨大化するメガロポリスには、都市機能の充実に関して二つの課題がある。
一つは、都市住民の生活の質という視点。公共交通網、レストラン、大学など人口が集中して快適な空間構造をどう作るかだ。人口規模が大きい分、欧州や米国には見られない東京圏のような高密度かつ快適なメガシティを目指すことになる。二点目は、周辺の中小都市の核となる中心機能を充実させることだ。とりわけ、国際交流に必要なIT、国際会議、宿泊といった機能が重要だ。製造産業の発展拡大した沿岸部のメガロポリスが、今度は、IT産業と国際交流にふさわしい都市へと姿を変えていくのである。
人間本位のマネジメント
中国の都市は、人口戸籍制限を緩和して若者を積極的に引き寄せる競争に向かっているという。日本の地方創生とは逆の構図だ。若者からすれば、都市の生産活動と生活環境の双方を見てどの都市に住むかを決めることになる。大都市だからといって生活環境が悪ければ良質な転入者を得ることは難しくなる。利便性を犠牲にせず、緑が生い茂る穏やかな住宅地帯をどう形成するか。人間重視の都市化への転換が急速に進むであろう。製造活動にふさわしい都市から知的な価値を創造する活動にふさわしい都市への変貌である。
こうした考えが、中国国家発展改革委員会の官僚の言葉で語られていることが、本書が日本語化された意義の最たるものではないだろうか。中国の官僚が、経済、社会、環境の三つの均衡を重視する方針を掲げ、それを測定する数値指標として〈中国都市総合発展指標〉の理念と実益を高く評価することは、都市問題の奥深さゆえに、数値をベンチマークとして都市を経営する意義を中国の政策官僚がともに実感しているからであろう。この発展指標が、周さんの知的な献身活動を基礎として、中国の官僚と日本の産学官との協力で生まれたことは、日中の現代史に残る出来事ではないか。
(※データは書評掲載時より更新)
<ドラえもんの妻>
【参考】J-CASTトレンド・コラム「霞ヶ関官僚が読む本」