安斎 隆
東洋大学理事長、セブン銀行元会長
〈中国都市総合発展指標〉日本語版『中国都市ランキング』を手にして、「よくぞかくも斬新なアイデアから生み出されたものだ」と感心し、しばらくすると「当然あってしかるべき研究成果」であり、これからは多くの企業が真剣にこの書を参考にして進出先の選定にあたり、若い学生たちは就職先を選ぶ時の手がかりの一つにするのではないか、との印象をもった。さらに重要なことは指標対象となった都市の行政は、総合指標の改善を目指すのか、特色ある都市発展のために力を入れるべきテーマを絞るのかという、新しい試みが生まれるであろうと、わくわく感を与えてもらった。
ところで私は、鄧小平氏が登場していよいよ中国の改革開放路線が始まろうとしていたとき、ある中国人の国際政治研究者が中国の将来に向けて為政者が自戒すべきことの第一として、「巨象も流砂に倒れる」ということをいつも念頭においておくことを挙げられたのを記憶している。同氏の主張には、流砂になるリスクは自国の人民のみならず、周辺諸国にもあると指摘していた。
その後40年間、中国は激動する世界の政治経済に翻弄されながらも、この戒めから逸れることなく顕著な前進を遂げてきた。とくに経済面では、改革開放路線の下で1990年代から2010年までの成長は著しく、GDPで日本を抜き米国に次ぐ世界第2の大国となった。もちろん歴史を遡れば18世紀ごろまでの、経済が農業主体であった時代には中国が世界第1位の経済大国であった。その後産業革命による技術の発展、分業化・工業化の進展、貿易の活発化により世界の成長センターは欧州、米国へと移っていった。この経済発展は都市化をもたらし、都市化が経済成長をさらに促していった。まさしく農業時代にはほとんど見られなかった経済成長が実現したのは、工業化と都市化の賜物でもある。遅ればせながら中国の世界経済大国への復帰も、この路線に乗るものであった。
しかしこの経済成長は国民経済の厚生上大きな問題を引き起した。公害であり、自然災害の増大等の環境破壊であり、農山村地域と都市地域との貧富の格差拡大、それが誘発する働き手人口の大移動、住居・教育・医療問題のひずみ等である。とくに短期間に高度成長を実現してきた国ほどその問題は深刻なものとなった。まず日本がそうであったし、中国はその日本に輪をかけるほど直面する課題が大きい。国土が広大な中国にとって、地域間の成長や所得の格差をならし、均衡ある発展に導くことは至難である。全体の成長速度を抑えれば格差のより深刻な拡大を抑え込むことはできても、そこからは格差是正の芽は生まれてこない。国家の資金配分機能や国有企業、国有銀行の活用も考えられるが、そうした政策の常態化はモラルハザードを生み、経済の効率性を阻害し、自立的な都市の発展に逆行するであろう。
結局は冒頭でも述べたように本書の報告に沿って、各都市当局が競争的に次回の指標改善の努力を続けることではなかろうか。なお医療や教育分野について指標に加えたことも特に評価に値すると思うと同時に、わが国にも本書の共同研究者のようなチャレンジ精神を持った人材がでてくることを切望する。
プロフィール
安斎 隆(あんざい たかし)
1941年生まれ。1963年日本銀行入行。新潟支店長、電算情報局長、経営管 理局長、考査局長を経て1994年理事。アジア通貨危機に直面しアジア各国を奔走。1998年日本長期信用銀行頭取。2000 年8月イトーヨーカ堂顧問、2001年4月アイワイバンク銀行(現セブン銀行)代表取締役社長。全国に24,000 台超のATMサービスを実現。2010年6月より現職。
(『環境・社会・経済 中国都市ランキング ー中国都市総合発展指標』に収録。肩書は当時)