大西 隆
豊橋技術科学大学学長、元日本学術会議会長、東京大学名誉教授
中国が人口大国であることは日本人の誰もが認識しているだろう。しかし、一人っ子政策の効果もあって、2030年には中国の人口はピークを迎える。その前に、2020年代にはインドに国別人口世界第1位の座を明け渡すと国連は予測している。一方で、中国の都市人口の割合は、国連予測の終年である2050年まで上昇の一途をたどり、都市人口数のピークとなる2045年には10.5億人に達する。2015年から2045年の間に、総人口はほぼ横ばいであるものの、都市人口は2.7億人増加する。つまり、中国では、人口そのものは安定に向かいつつも、農村から都市への人口移動が中国の人々、社会、そして国土や環境に大きな影響を与え続けることになる。
〈中国都市総合発展指標〉が注目されるのは、こうした都市化のうねりが何をもたらしているのかを、総計133の指標で多角的に明らかにしているからである。都市化=農村から都市への人口移動と先に述べたが、それは必ずしも妥当な表現とは言えない。なぜなら、都市であっても、上海市や北京市のように常住人口が戸籍人口を大幅に上回る人口流入都市がある一方で、常住人口が戸籍人口を下回る人口流出都市があるというように都市から都市への人口移動も起こっているからである。中国の都市は、都市化に伴う問題に直面するとともに、かつて筆者が日本の都市で指摘した逆都市化、すなわち都市人口の減少に伴う問題を抱える都市があるという複雑な様相を呈している。
こうした状況の下では、都市を、誰にとってもより豊かで、住みやすく、持続的なものとするための都市政策は、1つのタイプに限定されるべきではない。さらなる都市化の過程にある都市における都市政策と、人口流出に伴う空洞化などに対処しなければならない都市におけるそれとは自ずから目的や内容が異なるからである。
〈中国都市総合発展指標〉は、それぞれの都市の現状を、数字によって示すことを目的としている。そのことを通じて、都市が抱えている問題、解決するべき課題が浮かび上がってくる。すでに中国版が提供され、都市政策のあり方に関する種々の議論を起こしていると聞く。特に、環境、社会、経済という大きく3つに分けた分野で、多数の個別指標を、都市ごとに、可能な限り統一的に掲載しているので、都市の居住環境、社会状況から、経済的な発展に至るまで、各都市の位置を知り、比較しつつ考えることができるというエビデンスベースの都市政策立案に大きな貢献をなすと期待できる。
日本と中国は、文字通り一衣帯水の関係にあり、相互に訪問する機会も多く、それぞれの都市を舞台にしたビジネス活動も今後さらに盛んになる。したがって、日本の企業や研究者にとっても、中国をより深く知ることは大きな関心事であろう。これまで、多くの日本人にとっては、中国を知るとはその長い歴史を知り、日本に与えてきた様々な影響を理解することが中心であったかもしれない。
しかし、本指標は、こうした歴史的理解とは少し異なる切り口、すなわち現代の中国都市社会を客観的に把握する格好の手段を与えてくれる。特に、第2次大戦後の、いや改革開放以降の約40年間において、都市を中心に展開されてきた中国の急速な工業化・近代化が、どのような都市社会を形成してきたのかを理解することは、現代中国を理解するうえで不可欠である。可能な限り統一的にデータを収集、作成するという、種々の困難を伴う画期的な試みによって、本書はこのテーマに挑戦した。本書を通じて、日本人の中国理解がより深まることを期待したい。
プロフィール
大西 隆(おおにし たかし)
1948年生まれ。1980年東京大学工学系研究科博士課程を修了(都市工学専攻)、工学博士。長岡技術科学大学助教授、アジア工科大学院助教授、MIT客員研究員、東京大学工学部助教授等を経て、1995 年から2013年3月まで東京大学大学院工学系研究科教授、その間同先端科学技術研究センター教授、2013年5月から東京大学名誉教授、2013年4月から2014年3月まで慶応義塾大学大学院政策・メディア研究科特別招聘教授。また、2011年10月から2017年9月まで日本学術会議会長。2014年4月から豊橋技術科学大学学長、2015年から2年間、一般社団法人国立大学協会副会長、現同理事。2011年10月から2017年9月まで、内閣府総合科学技術・イノベーション会議議員。専門分野は、国土計画、都市計画。
主な著作に、『逆都市化時代』(2004年、単著、学芸出版社)、『都市を構想する』(2004年、共編著、鹿島出版会)、『東日本大震災 復興への提言−持続可能な経済社会の構築』(2011年、共編著、東京大学出版会)、『東日本大震災—復興まちづくり最前線』(2013年、共編著、学芸出版社)、『日本経済 社会的共通資本と持続的発展』(2014年、共著、東京大学出版会)など。
(『環境・社会・経済 中国都市ランキング ー中国都市総合発展指標』に収録。肩書は当時)