横山 禎徳
県立広島大学経営専門職大学院経営管理研究科研究科長、東京大学総長室アドバイザー、マッキンゼー元東京支社長
都市の始まりを考えてみる。まず、最初に、人々が行きかう道があった。そして、すぐに2つの道が交差することが起こったに違いない。その交差点では、多くの人々が立ち止まったり、一息入れたりしただろう。そして人々が出会う。お互い知っているどうしだけではなく、これまで知らなかった人たちと出会うことも起こる。自然にモノのやり取り、交換を始めたであろう。それが相対の取引からから数人の取引に広がっていったに違いない。
そのようにして、モノのやり取りだけでなく、世間の出来事を語り、人の噂話をし、自分たちの足しになる情報のやり取りをするようになった。便利な場所という噂は広がり、だんだんとやり取りをするグループが広がっていったであろう。そして、そこが市場になったのは自然の成り行きだ。その四つ辻には商売をする人、食事を提供する人、宿を提供する人、そして、賑わいに惹かれて何となく集まってくる人々ができてくる。そう、それが都市の始まりである。すなわち、都市の原初的形態は出会いと交易の場である。日本語の市(いち)とは道の交差するところというのが語源らしい。ちなみにフランスの大手スーパーマーケットである、カルフール(Carrefour)は十字路という意味である。まさに四つ辻なのだ。
そうやって街並みがだんだんと出来上がってくる。そして、農業や、漁業も交易も直接やらないで、そういう人たち相手に商売をするまちびと、都市生活者がだんだんと増えてくる。その人たちは、経済力もついてきて、都市だけが提供できる便利さを求め、それに十分な対価を払うようになる。そうやって段々と都市らしい生活とそれを支える規律、価値観、センス、美意識が形成されてきた。そういう過程を経て現代の都市が出来上がったのである。
そうしたかたちで出来上がってきた都市の文脈を考えると、住みやすく(リバブル)、衰退することなく長く繁栄する(サステイナブル)という要素は絶対に譲れない基本である。また、多くの都市と都市は交換、交易を通じてだけでなく、都市機能や役割の分担など、お互いに依存をしているだけでなく、都市とそこに交易のための品物、多くは農水産物を持って集まってくる人たちの多くが住んでいる周辺地域との関係も大事であり、相互依存(サポーティブ)という要素も重要だ。
シルクロードを例にとってみよう。大陸の遊牧民の歴史を専門にする学者は、実は日本に多いのだが、彼等が主張しているのは、シルクロードは、実はシルクネットワークであるという事実である。中国の長安を出発したラクダの隊商が中東へ向かって砂漠をとぼとぼと歩いている姿を、なんとなく子供のころ見た記憶があるが、実態はそうでもなかったらしい。
中央アジアは南側には砂漠もあるが、北側の大半は草原であり、草原には最初に説明したような経緯で出来上がったたくさんの交易都市が存在していた。そこには多くの人たちが住み、いろいろなものを売る店やものを作る職人がいて、仕立て屋、床屋、運び屋、食事処、宿屋などの仕事をし、消費をする。すなわち都市生活をしていたのである。隊商も中国から中東までの長旅をしたわけでもなく、交易用の商品である絹や銀器などをもって、そのような都市の間を移動していただけであった。すなわち、中央アジアの諸都市の起源もほかの都市と同じように交易の場であった。
そういう過程で出来上がった都市生活者という集団は都市だけに期待されるもの、すなわち、都市のアメニティを享受したいという期待値は大きいはずだ。しかし、そのような都市のアメニティは必ずしも数字にならない、すなわち、定量化できないものが多くある。例えば、ニューヨークでいうポケットパークとか東京の公開空地など、あるいは建物の周りの緑の多さ、そのデザインの質、道路の幅、歩道の広さ、その舗装の質、夏の暑さを避ける日陰の配置や冬の寒い風を避ける風よけ、一休みするベンチなどのストリート・ファニチャーの豊富さ、街路や広場での騒音の少なさ、また、公衆トイレの利便性、安全性、清潔性、そして、何よりも、どこをどの時間帯に歩いても身の危険を感じない安心感などである。
また、現代の都市においては交通事故の少なさ、特に歩行者が車に対する身の危険を感じることなく、安心して動き回れることも大事である。それは目に見えない形、すなわち、飲酒運転の厳しい規制でも達成できることは、数年前の日本での規制強化とその後の交通事故死の大幅な減少でも見て取れる。しかし、目に見える形である都市デザインという形でも達成可能である。アメリカの有名なランドスケープ・アーキテクトであったローレンス・ハルプリンがデザインしたミネアポリスのニコレット・モールは、車を主とし、人間を従に扱いがちの都市内道路を、美的にも心地よい形で人間を主に逆転してみせたことは画期的であった。
彼は歩道を広くし車道を狭くしただけでなく、その車道を波状にくねらせたのである。このデザインの成功によってその後も、車にとっては、スピードを上げられない、そこを通ることはあまり便利でないと感じさせ、広くなった歩道には色々のストリート・ファーニチャーを配置し、時折、そこでイベントを開催したりするなど人が集まりやすい街路空間のデザインが広がっていった。このような街路空間の展開というデザインの質はなかなか数値化することが難しい。
また、バスは鉄道と違ってライト・オブ・ウェー(通行権のある道路)が他の多様な自動車用の道路に重なって存在しているため、その混雑状況によっては「いつ来るかわからない」、「いつ着くかわからない」、「どこを通るかわからない」など乗客の不便があることは都市のアメニティの観点からは大きな問題である。それだけでなく、バスが停留所に止まる際、車道に止まっているために起こる他の自動車交通の妨げも問題であり、停留所には歩道にバスが停車できる切込みをつけることも都市のアメニティの1つである。
これまで述べてきたように、都市の主要な評価指標であるサステイナブルとサポーティブに関する項目は数値化、定量化しやすいし、それをもとに達成目標を明確にすることや、他の都市との比較が可能である。しかし、都市が住みやすい(リバブル)ことを構成する要素は数値化できるものだけでは十分ではなく、アメニティのように数値化できにくいものが多い。特に美観などはかなり主観的な要素が含まれていることもあり、定性的な評価基準も難しいし、皆が妥当と思う評価者を確保することもそう簡単ではない。なぜならば、グローバリゼーションという流れの補完的考え方として、ヴァーナキュラー、すなわち、その土地、地域の気候や、文化風土、そして歴史を組み込んだうえでの住みやすさを評価しないといけないからだ。
このような定性的評価基準はどのようにつくりあげていったらいいだろうか。1つの考え方は、電柱電線の埋設のように美観だけでなく、自然災害時の安全性に関してはどの地域の都市であるかに関係ない普遍性のある要素から地域特有の美意識の要素までの広がりを3つのカテゴリーに分けて捉えることから始めるのがいいだろう。最初から完璧にはいかないが、時間をかけて組み立てていくことをやれば急速に評価の妥当性は改善していくであろう。
都市のアメニティで問題になるのは、あったほうがいいが絶対に必要とは言えないものも含まれていることだろう。例えば、東京も含めて日本中の都市には幹線道路を除いて電柱電線があふれている。多くの日本の都市住民は目が慣れてしまって気に留めないようであり、埋設のペースは遅い。1920年ごろ、東京市は九段坂の電線埋設に苦労し、発展途上国の日本にはぜいたくだとあきらめたと聞いている。
そういうフェーズは終わった現在の日本においても、電柱電線の埋設を推進しようという動きはそれほど大きくない。誰がその資金を出すのか、その見返りはあるのかが相変わらずはっきりしないのだ。電力会社や通信会社が動き出すことは期待できない。彼らは投資に対するリターンがないため株主を説得できないという言い訳ができるのだ。国や地方自治体にとっても、高齢者対策や医療制度の充実に比べると優先順位は高くないという判断だ。
しかし、都市のアメニティは都市生活者自身の意見が反映されるべきであろう。都市のアメニティ評価の妥当性の検証と改善のプロセスに、市の行政官や学者などの専門家だけでなく、市民も参加してはどうだろうか。つまるところ、都市のアメニティとは市民の大きな関心事である。単に受け身の都市生活者から能動的都市生活者に変わるきっかけにもなるだけでなく、長期的には誰の目にも魅力的な都市をつくり上げていくことに貢献するであろう。
(『環境・社会・経済 中国都市ランキング 2018―大都市圏発展戦略』に収録)
プロフィール
横山 禎徳 (よこやま よしのり)
1942年生まれ。東京大学工学部建築学科卒業、ハーバード大学デザイン大学院修了、マサチューセッツ工科大学経営大学院修了。前川國男建築設計事務所を経て、1975年マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社し、同社東京支社長を歴任。経済産業研究所上席研究員、産業再生機構非常勤監査役、福島第一原発事故国会調査委員等を歴任し、2017年より現職。
主な著書に『アメリカと比べない日本』(ファーストプレス)、『「豊かなる衰退」と日本の戦略』(ダイヤモンド社)、『マッキンゼー 合従連衡戦略』(共著、東洋経済新報社)、『成長創出革命』(ダイヤモンド社)、『コーポレートアーキテクチャー』(共著、ダイヤモンド社)、『企業変身願望−Corporate Metamorphosis Design』(NTT出版)。その他、企業戦略、 組織デザイン、ファイナンス、戦略的提携、企業変革、社会システムデザインに関する小論文記事多数。