森本 章倫
早稲田大学教授、博士(工学)
1. 未来の都市モデル
国連(UN)によると、2019年の世界人口は約77億人であり、2050年には97億人に達する。また、都市居住人口の割合も増加を続け、現在は約半数の55%であるが、2050年には68%となり全体の3分の2に達すると予測されている。今後、世界の多くの都市が過密化や肥大化による問題に悩まされ続ける。一方で、出生率が低下し、少子高齢化により人口減少が進み、都市規模の縮退を余儀なくされている都市もある。
世界規模での人口分布の急激な再編に対処するためには、それを支える都市自体も未来を予見し、成長と衰退への対応が不可欠である。都市計画の視点でも、様々な持続可能な都市モデルが提案されている。代表的なものとして、無秩序な郊外開発を抑制し、中心市街地の活性化を図りつつ、公共交通を活用した持続可能な都市として「コンパクトシティ」が提唱されている。コンパクトシティでは、公共交通を中心とした開発を意味するTOD(Transit Oriented Development)が拠点を形成し、次世代型路面電車システムLRT(Light Rail Transit)や自動運転車によってその拠点のネットワーク化を図る。また、近年では情報通信技術(ICT)を活用した都市モデルとして「スマートシティ」が世界各地で出現している。スマートシティでは、モノのインターネットIoT (Internet of Things)や人工知能AIなどの先端技術を用いた各種サービス提供や効率化によって、環境や生活、交通など様々な都市問題の解決を目指している。
前者はフィジカル空間における都市空間の再構築を主眼として、後者はサイバー空間を対象としたサービスの連携と効率化を目指している。どちらも持続可能な社会の構築を目的としているが、各都市モデルが部分的な最適化を目指すと、トレードオフの状況になるケースも見られる。例えば、スマートフォンの利用拡大はUberやLyftといったTNC(Transportation Network Companies)を誕生させ、自動車の相乗りサービス(ライドシェア)が急速に普及した。利用者の利便性は確かに向上したが、その影響によって道路の交通量が増加し、渋滞を悪化させ、地下鉄などの公共交通の利用者が減少する現象が世界各地の大都市で生じた。さらに、Uber/Lyftがカープールサービス(目的地が同じ複数人を乗せる「相乗りサービス」)を開始(2014年)したことで、サンフランシスコの駅徒歩5分以下の不動産価値が相対的に低下したと報告された。ICTの活用により、駅から離れた土地のモビリティが向上する一方で、駅を中心とした街づくり(TOD)に対してブレーキをかけたことになる。
2. コンパクトシティとスマートシティの融合
コンパクトシティとスマートシティを上手に連携させるためには、その両者の関係を把握し、マネジメントする仕組みが必要となる。ここではフィジカル空間とサイバー空間の両者を融合するためのフレームを提案したい(図1参照)。
図1 コンパクトシティとスマートシティの連携
まずはフィジカル空間において、コンパクト化の計画である立地適正化計画と、ネットワーク化を進める公共交通網形成計画の両者の融合を図ることから始める。土地利用と交通の将来計画を法的に定め、未来の都市像の共有化を市民合意の上で進めることが肝要である。またサイバー空間における各種情報の統合を図ることも重要である。交通分野においては、自家用車以外のLRTなど多様な交通機関の利用を統合化して、移動(モビリティ)を1つのサービスとして扱うMaaS (Mobility as a Service)の構築がその一例である。また、エネルギー分野では、電力の流れを供給・需要の両側から制御し、最適化できる送電網としてスマートグリッドなどが挙げられる。
次にフィジカル空間での各種事業と、サイバー空間でのプロジェクトの両者の進行管理(PDCA)をするマネジメントフレームを構築する必要がある。フィジカル空間は数年から十年単位の中長期で変動するのに対して、サイバー空間ではリアルタイムから数日単位で短期的に変動する。短期的な動きを見極めつつ、長期的なフィジカルプランへ反映するためのマネジメント組織が必要となる。行政的な公益性を担保しつつ、民間事業の効率性や収益性を高める組織体が全体を調整する役割を担う。最後はこれらを包括する政策統合フレームである。ここでのキーワードは、科学的根拠に基づく政策立案を意味するEBPM(Evidence-based policy making)にある。これらの4つのフレームは互いに独立して存在するのではなく、相互依存の関係にあるため、総合的に組み立てていく必要がある(図2参照)。
図2 コンパクトシティとスマートシティの統合フレーム
3. スマートシェアリングシティ
コンパクトシティとスマートシティの融合を深めるためには、概念的にも両者の関係を整理したうえで、双方をつなげる新しい都市モデルを提示する必要がある。コンパクトシティとスマートシティの特徴を対象、視認性、原理、手法で比較すると図6-3のように整理できる。
コンパクトシティは空間を対象としているため可視化が可能で、主として行政的な計画手法を用いて、拠点となる市街地を形成するのに対して、スマートシティは情報を対象としているので見ることが困難で、IoTの先端技術の活用によって実現する。最も異なる特徴は、前者は空間の集約や縮退を基本原理としているのに対して、後者は情報の連携、拡張を原理としている。そのため情報の拡張が、空間の縮退を妨げることもあり得る。そこで、それを調整する役目として、賢いシェア(Smart Share)という概念が必要となる。このスマートシェアを念頭に置いた新しい都市モデルでは、人や社会の活動を態度変容やマネジメントによって適正化(中庸)することに主眼を置く。
このような都市モデルを「スマートシェアリングシティ(Smart Sharing City)」という。スマートシェアリングシティとは、「持続可能な社会を実現するために、稼働していない資産を効率的に共同利用している都市」を示す。スマートシェアリングシティでは、個人の便益が増加するだけでなく、社会の便益も一緒に増加する。目指すべき目標は、個人(または団体)が得られる便益をシェアリングによって高めつつ、社会が得られる便益も最大化することにある。
図3 都市モデルの特徴と比較
図4 スマートシェアリングシティの交通体系
4. スマートシェアリングシティの交通体系
どんなに都市をコンパクト化しても、都心部に居住して毎日マイカーで生活していては、渋滞はなくならない。情報技術がライドシェアを実現しても、移動手段が公共交通から車にシフトしただけでは、渋滞は悪化してしまう。重要なのは各個人の行動パターンにある。「足るを知る」という老子の格言は、人々に節制を強要しているのではなく、「満足することを知る人間は豊かである」と説いている。個人の便益をシェアリングによって追求するなかで、社会にとっても便益が増加することが望ましい姿である。
公共交通は多くの利用者が移動空間をシェアリングすることで成り立っている。個人の利用が公共交通システムを支えているといってもよい。需要密度が高い場合は鉄道や地下鉄の持続的な運行を可能とし、中くらいならバス、少なければデマンド交通やタクシーといった具合に適切な交通機関が異なる。鉄道は大量輸送が可能であるが、決められた駅間の移動しかできない。デマンド交通やタクシーは、輸送量は少ないが柔軟なニーズに対応できる。
都市には様々な都市交通が存在し、それぞれ相互依存の関係にある。各交通機関の特性や役割を考慮すると、その適切な関係は図6-4のようになる。都市間を高速に移動する交通から、地区内を低速に移動する交通まで、本来の都市交通は階層性を有している。個別交通では高速道路から生活道路までの道路ネットワークを上手にシェアすることで円滑な移動を実現する。公共交通では多くの人が移動空間をシェアする鉄道から、個別のニーズに合わせたタクシーまでが相互に連携をとっている。自動運転技術の導入はこれからの階層性を壊すことなく、既存の交通機関と連携をとりながら普及することが肝要である。
このように都市空間を上手にシェアする仕組みをつくり、その円滑化や効率性を情報技術が支えていく。無理のない範囲で上手に空間をシェアすることは自分のためでもあるし、それが社会全体のためにもなる。未来の都市像を描いて、人々の日々の生活を豊かにしながら、緩やかにその実現を目指すための仕掛けが大切である
(『環境・社会・経済 中国都市ランキング 2018―大都市圏発展戦略』に収録)
プロフィール
森本 章倫 (もりもと あきのり)
1964年生まれ。早稲田大学大学院卒業後、 早稲田大学助手、宇都宮大学助手、助教授、教授、マサチューセッツ工科大学(MIT)研究員などを経て、2014年より早稲田大学教授。現在、日本都市計画学会副会長、 日本交通政策研究会常務理事なども務める。博士(工学)、技術士(建設部門)。