森本 章倫
早稲田大学教授、博士(工学)
1.未来都市の形
未来都市とはどのような都市像を思い描くであろうか。エベネザー・ハワードは1898年に理想的な都市として、住宅が公園や森に囲まれた緑豊かな田園都市を提唱した。また、ル・コルビジェは「輝く都市」(1930年)の中で、林立する超高層ビル群とそれによって生み出されたオープンスペースによる都市像を示した。全く異なる都市像ではあるが、どちらも当時の急激な都市化によって生じた都市問題を解決する手法として提案された。それから1世紀近くが経過し、当時提唱された都市像は、現在の大都市の都心部や郊外都市などでその片鱗をうかがうことができる。
20世紀の都市では、産業革命以降の様々な科学技術の進歩が都市の生産性を大幅に向上させ、急激な人口増加や都市部への人口流入が続いた。特に自動車の出現は、人々の日常生活を大きく変化させ、緑豊かな郊外に向けての住宅開発が豊かな都市生活を実現させた。しかし、一方で郊外への無秩序なスプロールは、都市構造にも大きな影響を与えた。過度に自動車に依存した都市では、道路渋滞や交通事故などの交通問題が大きな社会問題として捉えられ、現在でもその解決策が講じられ続けている。その対策はかなり早い段階で議論され、例えば近隣住区論(1924年)では、自動車を前提とした安全な居住地区の整備が提案された。その後も自動車と居住環境の望ましい関係を模索する様々な都市像が提案され、世界各地で多くのモデル地区が出現している。
21世紀に入り、我が国の人口増加はピークに達し、人口減少時代を迎えている。また、環境問題が地球規模で議論されるようになり、理想的な都市像にも変化が見られる。特に、現在の都市政策に大きな影響を与えているのは、1987年に国連のブルントラント報告のなかで推奨された持続可能な開発の都市モデルである。過度な自動車社会から脱却し、魅力的な都心を形成し、公共交通や徒歩で暮らすことができるコンパクトなまちづくりが進行している。
2.コンパクトシティ政策
コンパクトシティは行き過ぎた自動車社会に対して、人と環境にやさしい歩いて暮らせる持続可能な都市モデルとして注目を集めている。その定義は様々であるが、総じて以下のような要素を含んだ都市を示す。
(密度)一定以上の人口密度を保ち、市街地の効率性を高める。
(空間)一定エリアに機能集約させ、街中の賑わいを創出する。
(移動)公共交通を活用して、歩いて暮らせる街をつくる。
(資源)既存の資源を上手に活用し、歴史やコミュニティを大切にする。
一方で、日本におけるコンパクトシティは少し異なる文脈のなかで必要性が語られている。その一つは急激に訪れる人口減少社会への対応である。2050年までに総人口の23%が減少すると予測されており、20世紀の人口増加期に拡大した市街地を上手に縮退させて持続可能にすることが、都市行政として急務とされている。超高齢化社会で生産年齢人口が減少し、都市インフラの維持管理に関する財政負担は予想以上に大きい。
3.スマートシティ
一方で、科学技術を活用した新しいまちづくりも模索されている。その一つがスマートシティであり、ICT等の新技術を活用しつつ、全体最適化が図られる持続可能な都市または地区と定義できる。
図5 スマートシティの系譜と事例
もともとスマートシティの概念は、電力の流れを最適化するスマートグリッドのように、エネルギーの効率利用の視点から、2010年頃から民間企業を中心に広がり始めた。特定の分野特化型の取り組みからスタートしたが、近年では環境、交通、エネルギー、通信など分野横断型の取り組みが増えている。国家主導の「Smart Nation Singapore」や、官民連携としてカナダ・トロントの都市開発プロジェクト「Sidewalk Toronto」など多くの事例が出現している。
スマートシティとコンパクトシティは何が異なるのか? 2つの都市モデルを多様な視点から比べてみるとその特徴が見えてくる。まず、コンパクトシティは都市空間を対象としているのに対して、スマートシティは主として情報を対象としている。前者は現実空間に実在するため見ることができるが、後者は仮想空間での情報の動きなので目に見えない。コンパクトシティは計画・マネジメントを通して都市空間の縮退を目指すのに対して、スマートシティは情報技術(Connected Technology)を駆使して、市場の拡張がベースとなっている。どちらも持続可能な社会を目指す点では一致するが、その方法等は大きく異なっている。
図6 コンパクトシティとスマートシティの比較表
4.新しい都市像に向けて
コンパクトシティもスマートシティにも共通する指標として「シェア」がある。市街地を一定のエリアに集約して、都市空間を上手に共有(シェア)するのがコンパクトシティである。人口密度を一定のレベルに保つことは、居住空間の効率的な利用を促していると解釈できる。また、道路空間も私的なマイカーが占有するのでなく、バスや路面電車などの公共交通を利用することで移動空間を効率的にシェアすることになる。つまり、コンパクトシティではシェアによって居住や移動など様々な都市活動の効率性を高めている。
スマートシティでは情報を対象に、ICT技術を活用して情報をシェアすることで、都市活動の効率性を上げる。エリアレベルでのエネルギーの相互利用や分野横断的な取り組みも、異なる業態の情報シェアがカギとなっている。例えば、移動時の情報シェアはMaaS(Mobility as a Service)のような統合型交通サービスを可能とする。
換言すると空間シェアをすすめるコンパクトシティと、情報シェアをすすめるスマートシティの融合が、新しい都市像を生み出していく。歩いて暮らせる範囲にコンパクトな都市空間が形作られ、その空間は定時性を確保した魅力的な公共交通がつないでいく。集約エリアの周辺には緑豊かな市街地や田園風景が広がり、自動運転車がエリアの拠点までの足となる。移動は統合的な交通サービスの中で行われ、様々な交通手段を上手にシェアすることで、交通インフラ全体の効率化と環境負荷低減に寄与する。平常時も非常時もシームレスな情報ネットワークで、都市生活の安全性と快適性を確保する。こんな未来都市の実現がもう近くまで来ているのかもしれない。
(『環境・社会・経済 中国都市ランキング 2017―中心都市発展戦略』に収録)
プロフィール
森本 章倫 (もりもと あきのり)
1964年生まれ。早稲田大学大学院卒業後、 早稲田大学助手、宇都宮大学助手、助教授、教授、マサチューセッツ工科大学(MIT)研究員などを経て、2014年より早稲田大学教授。現在、日本都市計画学会副会長、 日本交通政策研究会常務理事なども務める。博士(工学)、技術士(建設部門)。