■ 編集ノート:
東京経済大学の周牧之教授の教室では、リアルな学びの一環として第一線の経営者をゲスト講師に招き、最新の産業経済を議論している。2021年末は、日本のコンテンツ産業最大手、ぴあ株式会社の白井衛取締役を迎え、新型コロナウイルス禍にあって大きな打撃を受けた日中のエンターテイメント産業について対談した。
1.若者による起業の先駆的存在
周牧之(以下周) 白井さんに毎年ゲスト講義をしていただいている私のゼミの学生は今年度、新型コロナウイルス蔓延の影響でキャンパス外での活動が殆どできませんでした。
白井衛(以下白井) 周ゼミはこれまでぴあのインターンシップや小田原市などで調査をされていましたね。
周 ぴあのインターンシップでは学生がコンサート興行やイベントなどを経験し、かなり刺激を受けました。ローカルサミットにも毎年参加し、街頭調査などを活発にしていました。今年はそうした活動の代わりに、大学最寄りの国分寺駅にある百貨店マルイと周ゼミとで議論を始めました。国分寺市も巻き込んで、「国分寺の街を変え、大学でのキャンパスライフを変えよう」というコンセプトでやっています。
マルイはいま、アイカサという傘のシェアリングサービス会社を応援しています。周ゼミがSDGsとシェアエコノミーを学内で実践するために、キャンパスでこのサービスを導入しました。アイカサ社長は若い起業家で、ゼミ生と年齢差があまりないです。
白井 そんなに若い方が起業された。
周 ぴあも若者による起業の先駆的存在として知られている。
白井 ぴあは、今のオーナーが若い仲間を集めて雑誌を作ったのが始まりです。雑誌の中身は、まさに今のインターネットと同じ、映画、コンサートと芝居の情報です。例えばある映画がどこの映画館でいつ何時に上映されるかチケット代はいくらか、を載せた文化の時刻表を作ったのです。
1972年にぴあが創業をし、雑誌を作った。その後チケットぴあというビジネスを始め、ぴあカードというクレジットカード機能をつけ、大阪、名古屋、北京に進出し、たくさんの事業をしてきました。
私は新規事業担当で、チケットや出版以外に、ホテルぴあでホテル予約システム、グルメぴあでレストランの予約システム、結婚ぴあで式場の予約システムを作ったりしました。これらの原点は、その時代時代に自分たちが一番欲しいと思ったものを作ることでした。こんなものがあったら便利だと思うものを作っただけです。
周 白井さんはぴあの新規事業をずっと開拓し、北京の子会社も作ったのですね。
2.起業の極意とは
周 起業はいまや社会のキーワードとなっています。私が社外取締役をしているある会社の過去10年間の成長分野を分析すると、多くの新規事業は子会社によって成長しています。
白井 買収によって子会社になった会社が、伸びているのですね。
周 新しいサービスを展開するスタートアップ企業を買収し、本社が持つノウハウ、資金力、マーケットを提供し、伸ばしている。数字を見てみるとこうしたパターンは、成長が早い。ただ、現在の若手の起業家を見ると、事業予測が甘く、仕事の詰めが甘いケースが実に多い。創業には、何が一番大切でしょうか。
白井 一番は、自分がやりたいことを形に表すことです。映画や芝居が好きな若者がたくさんいるのは昔も今変わらない。1972年すなわち昭和47年のぴあ創業当時はインターネットも携帯もない。大学に行き、映画にもライブにも行きたいが、情報を調べる方法がない。それを解決するにはどうすればいいのかを考えた。情報を一覧表にまとめて雑誌スタイルにして印刷し出したら売れるのではないか、という発想でした。
次いで、チケット買うにはどうすればいいのかを考えた。有名ミュージシャンのコンサートチケットはプレイガイドを見るとほとんど売り切れ。渋谷は売り切れでも八王子の窓口では残っていたなどのアナログシステムを、コンピューターで在庫管理するシステムへと変えた。これも要は自分たちが不便だと思うことを捉え、これがあれば便利だ、を作ったのです。グルメぴあも同様で、どこにどんなレストランがあり値段はどうかの情報を本にまとめた。車に乗る人のためにぴあマップという今のGoogleマップのような地図を作った。カーナビのない時代に、地図を見ながら店を探せるようになった。
周 まず自分たちから見て「これが必要だ」というスタンスに立ち、手持ちの資金で、手持ちの人脈で、やれるところまでやったのですね。伺ったところ、ぴあはTBSでアルバイトをしていた学生が集まって創業した会社で、各人のバイト経験が事業に活かされたとのことです。事業はシビアである、ということを知っていた?
白井 ソフトバンクのようにレベルの違う巨大な資金力があれば、他企業を買収して会社の規模を大きくすると手っ取り早い。しかし当時のぴあはそんなことはできなかった。やっと雑誌1冊作りあげ、本屋で販売し、残った雑誌は友達に配り、チケットぴあの事業が始まるぐらいの感じでしたから。
ぴあのメンバーは元々TBSでアルバイトした仲間が土台で、私もある程度サラリーマン時代の会社の規律や仕組みをわかっていた。もっと言うと当時はいきなり新卒をたくさん取れなかった。働いた経験を持ったプロフェッショナル連中が集まって、待遇は全然良くないけれど面白い会社だなと当時ずいぶん言われました。社員みんな会社が楽しくて仕方なかったです。
周 本当に、好きなことやってビジネスに仕上げるとそうなりますね。
さきほどの話に戻りますが、自分で創業しようとしたら、厳しさの感覚を、ある程度持たないと続かない。事業の中身の詰めが杜撰でうまくいかなかったスタートアップ企業が大いにあります。白井さんもそうした経験はおありでしょうか。
白井 起業にとって大切なのは、会社の中にどのくらい資金があり、どれだけの人を投下できるかを考えて展開すること。当時はお金がなく資金繰りをして事業を立ち上げました。小さく産んで大きくした、それがもう一つのポイントです。
さらにひとつ大事なことは、創業したのち途中で「もうこれ以上は続けられない、精神力だけで続けられない」というところに来る。マーケットを読み間違えたり、全くニーズのないところに事業を始めてみたりということは現実に起こる。新たな事業を起こすときに大切なのは、例えば3年後に黒字にし、ユーザー数が東京だけで15万人などという基準を作り、その基準に達しないときには、基本的に事業を撤退する。そうしないと、リーダーの気概、創業者精神だけでやろうとしても、社員はただつらい思いをするだけになります。つまり、創業した後も、状況を見据えて、撤退基準まで考えて決断することが重要です。
3.リーダーも社員も大切
周 白井さんご自身は何故起業したばかりのぴあを選んだのですか?
白井 私は大学を出てヤマハに勤めました。バイク、リゾート、楽器をやる会社です。元々、音楽とエンジンのついたものが大好きで、自分の若い頃のテーマが音楽とバイクの二つでした。バイク扱う企業はホンダもスズキもあるが、両方やる会社は当時ヤマハしかなかった。ヤマハ発動機とヤマハと二つの会社に分かれており、グループ全体で言うとリゾート開発もやる大きな会社です。1979年入社当時、ホンダとヤマハはバイクのシェア争い真最中でした。新入社員は先ず全員営業所に出向させられ私は日本でも最高激戦区の多摩地区に行かされました。オートバイ店に並ぶホンダのバイクを返品させ、いかにヤマハのバイクをおいてもらうかのノルマ競争で、非常に鍛えられました。顧客の小中学生の子供たちに、塾の講師代わりに勉強を教えてあげて、徐々にバイクを買ってもらえる、というようなこともした。
当然会社ですから営業は大切です。ノルマが厳しい会社は沢山あります。ただ私はバイクのプロモーションやマーケティングのことをやりたかった。音楽が好きでバイクが好きで入社したのに、ホンダとの競争ばかり考えている。目の前で辞める先輩もものすごい数でいた。400人新入社員がいたのが、1年後には半分になった。入社当初からふるいにかけ、第1関門でホンダ以上に売る競争に勝ち抜いたやつだけがヤマハ本社に行けた。そんな厳しい世界で頑張っても、ヤマハは結局ホンダに負けました。私はこのままでは駄目だと思い、子供の時から憧れていたバイクのヤマハを辞めました。
周 若手の社員を消耗戦に使う企業はいまも結構あります。
白井 厳しい営業時代を経験し、自分たちでぴあを経営して思ったのは、雇われる社員の気持ちでした。駄目なときは撤退することを早めに言ってやらないと社員が疲弊する。目標が達成できないとボーナス額も減り評価も下がる。目標を達成しているチームへの給料も少なくなり、チーム全体が次第に崩壊していく。要するに弱い野球チームみたいになって、それぞれが殴り合う。もう全く成功につながりません。
自分の好きなものを一生懸命やると言っても、結果が出せなければチームがついてこない。結局、創業者として引っ張るリーダーはたいへんです。創業者を支えるメンバーもしっかりしてない限り事業はできない。
周 創業者のリーダーシップとメンバーのサポーティングのバランスが大切ですね。
白井 その意味では、リーダーは1人がいい、ということです。リーダーをダブルキャストにして2人でやるのは駄目で、責任者が誰かひとりきちんと決まっていることが必要です。創業時に代表取締役社長を2名置く会社もなくはないものの、基本は友達を集めて興す会社でも、ぴあの例もそうですが、最初は6人の大学生による経営陣がいましたが、最後に残ったのはいまの社長ひとりです。合議制はできない。引っ張っていくリーダーと、支える経営層がいて、ちゃんと社長を中心にまとまっていることが大事です。反対意見をたくさん言い意見交換をするべきですが、最後に社長が決めたことがあれば、それについていくことが大切です。
4.都市にはエンタメが必要
周 起業について非常に大事な話を聞かせていただきました。続いてエンターテイメントについて伺います。アメリカのデトロイト市に地域調査に行ったところ、デトロイトは戦争直後のごとき退廃ぶりでした。ところが、中心部にあるスポーツ施設、劇場あるいはライブ施設には大勢の観客が集まる。都市が退廃しても周辺の地域から人々がエンタメ施設利用のために訪れる。これを見て、エンタメの力を感じた。デトロイトの復興はエンタメ、さらに大学と医療をベースに展開していくでしょう。
ニューヨークへは、私はボストンにいた2年間よく通っていまして、世界都市としてのコアがエンターテイメントになっている。それにつられて世界中から観光客が来る。ですので、東京もおそらく今後そうした方向に変わる。東京は確かにたくさん素晴らしいエンタメがあるけれども、ただし地域ごとに詳細に見ると、例えば国分寺にはエンタメの場所は見当たらない。映画館もない。国分寺を議論していくにはエンタメも考えなくてはならないと思う。
白井 そうですか。学生さんがたくさん往来する素晴らしい街なのにね。
周 国分寺駅2キロ圏には東京経済大学、東京学芸大学、東京農工大学があり、周辺にはさらに津田塾大学、白梅学園大学、武蔵野美術大学、一橋大学、亜細亜大学、嘉悦大学などがあります。中央線沿線に広げればより多くの大学があります。世界的に見てもこれほど若者に恵まれた立地はなかなかありません。問題は、そのような立地に見合ったエンタメの施設が殆どないことです。
白井 国分寺に映画館を作ることを考えた場合、新宿や渋谷のTOHOシネマのように、例えば8階建ビルの上階をシネコンにし、下階を飲食店やショッピングエリアにする。中国の戦略は非常にこれに近く、中国が今世界一のスクリーン数を持っており、ほとんどがビルの中です。集客効果を上げています。中国は最新の地方都市の計画にこれが入るところが多い。
映画を見る場合、TVや携帯、パソコン画面であれば、話の途中で自由に止めてトイレに行きご飯も食べられる。映画館なら2時間大きな環境の中で座って見続け、トイレに行ったら話がわからなくなる。本当の感動を得るためにはやはり映画館で見たい。
同じ作品を見ても、感動の仕方がインターネットの動画やライブ配信と、ナマのライブでは感動が全然違う。
エンタメは生活になくてはならないものです。動画と映画とをうまくコラボできるといいですね。集積地も作りつつ、映画を見る環境、ライブが見易い場所をもっと開発していく必要を感じます。
5.映画とライブはエンタメの基本
周 映画はやはりエンタメの基本ですね。私が住む「日本で住みたい街ランキング上位」の吉祥寺にもレストランの集積はかなりあるが、映画館はでかいのはひとつだけ。
白井 日本の最大の娯楽は映画でした。1958年にスクリーン数が7,067枚、観客数でのべ11億3,000万人という時代がありました。私が子供の頃は家の近くに映画館が三つも四つもあった。
世界最大の映画市場はアメリカだ、と長く言われていましたが、いまは圧倒的に中国です。中国のスクリーン数が2年前にアメリカを抜いて、コロナ禍の中でなお伸びている。いまや観客数はアメリカの2.5倍です。中国では2020年1月24日から7月19日までほぼ半年にわたって映画館が閉鎖されていたにもかかわらずです。2020年の全世界映画興行収入でダントツが中国映画でした。
周 逸早くコロナの蔓延を制圧したことで、中国映画市場は回復し、多くの中国映画が世界の興行収入ランキングの上位にランクインした。2020年映画の世界興行ランキングで中国映画「八佰(The Eight Hundred)」が首位を獲得した。また、同ランキングのトップ10には、第4位にチャン・イーモウ監督の新作「我和我的家郷(My People, My Homeland)」、第8位に中国アニメ映画「姜子牙(Legend of Deification)」、第9位にヒューマンドラマ「送你一朶小紅花(A Little Red Flower)」の中国4作品がランクインした。また、歴史大作「金剛川(JingangChuan)」も第14位と好成績を収めた。
白井 日本の映画作品としては「鬼滅の刃」が全世界で570億円だったそうです。同ランキングの第5位を獲得した。
周 エンタメのもう一つの基本にライブが挙げられます。吉祥寺には音楽のライブハウスはあっても余り目立たない。音楽家も漫画家もエンタメ関係者もたくさん住んではいますが。
白井 東京から新宿を通って吉祥寺までの中央線沿いに文化人が集積している。
周 世界的に人気の文化施設は吉祥寺周辺ではジブリ美術館が有名ですが、そうした施設が吉祥寺にあと10カ所集積してもよいくらいです。
6.エンタメはいまや都市のメイン産業
白井 エンタメの集積と言えば、ニューヨークのブロードウエイに若い人たちは1度行ってきたらいいと思う。私は小学生のときから、ずっとニューヨークに行きたい、行けば人生変わるのではと思っていました。ブロードウエイは通り全部にミュージカルの看板が出ています。ウェイは道ですから要するに吉祥寺の井の頭通りみたいな道が一本あり、両脇に所狭しに劇場があります。ブロードウェイで公演をすることは、エンターテイメントの世界で一番の夢です。
興行の当たり外れははっきりしています。今から10年前、私はプロジェクトリーダーとしてブロードウェイ作品に投資をしました。一口1億円でプロットつまり作品構成が出た瞬間に買い付け、お金を出す代わりに当たったときは配当をもらう、いわば投資のようなものです。
当たった作品からはいまだに配当が入っています。逆に、全く駄目で始まって1週間で打ち切りの公演もあった。
ブロードウエイの凄さは集積地であり公演を全部見たくなるところです。チケットはなかなか取れないが、すごいなと思うのは、ブロードウェイのタイムズスクエアには、ハーフプライスチケットセンターといって、各劇場が非常に限られた枚数の当日券を、観光客用に売り切らないで持っている窓口がある。そこは長蛇の列です。並んでいると何かのチケットを半値で買えるとのことで何度か行ったりしました。それがアメリカの代表格、ブロードウエイです。
周 ニューヨークのエンタメ集積は都市の魅力となり、観光客だけでなく人材も惹きつけています。ボストンのハーバード大学やMITは世界のトップ大学ですが、ニューヨークに立地している大学との優秀な学生と教員の争奪戦では、かなり苦労しています。IT企業にしても、最近ニューヨークに集まってきた一つの理由は、トップクラスの人材の獲得にある。
白井 イギリスの代表格がロンドンにあるウエストエンド。ここも劇場だらけです。世界ではこれが2大エンタメの発信地。日本もこれに続かなければいけない。日本がうかうかしていると、他国、例えば中国のエンタメ産業にリードされると思う。世界からお客様を呼ぶのは自然のままでは難しい。日本を代表するようなコンテンツは幾つもあるわけで、それをエンタメ集積地で興行していく流れが、今後必要になる。
ニューヨークは東海岸で、アメリカ西海岸にはカジノがあるラスベガスがもう一つのエンタメの集積地です。サーカスでは「シルクドゥソレイユ」の各ショーや「ブルーマン」をはじめ、ものすごい数の演目が出ている。同様なのは中国マカオです。マカオではカジノだけでなく、ラスベガス同様に家族連れも楽しめる場所を作ろうとしている。
日本でこれらに一番近いのは銀座でしょう。銀座には帝国劇場、歌舞伎座や東映も松竹もあるが、規模としてはちょっとまだ小さい。まだエンタメ集積地までいかない。銀座、新橋、日本橋辺りにエンタメ集積を作ることです。
周 映画、音楽、漫画、アニメはもとよりあらゆるエンタメの世界に関心が高まっている現状を受けて、「エンタメは都市のメイン産業の一つだ」との発想にならなければいけません。
白井 そうですね。アメリカは、日本よりはそうなっている。
周 ニューヨークやラスベガスはもちろん、アメリカではニューオリンズなどもまさしくエンタメが都市のメイン産業になっています。中国では、私のふるさとの湖南省長沙市がエンタメ都市になっています。
白井 中国はライブエンタメ市場の経済規模が、538億人民元(8,328億円)にもなった。農村部でのお芝居や京劇や全部含めて毎年5%伸びている。公演数でいうと300万公演です。公演数の伸びに比べ、観客動員数はさらに増加しています。つまり一つ一つの興行規模が上がっていることを意味します。ミュージカルが好調で、中国の皆さんもどんどん本物志向になり、「キャッツ」、「ウエストサイドストーリー」などブロードウエイのミュージカルを輸入して見せる。上海がミュージカル公演は圧倒的に多いのですが、日本より早いスピードでチケット完売しています。チケットの値段も日本より高い。
7.エンタメを支える層への支援を
周 そういう意味では、コロナで苦労しているエンターテイメント産業の下支えを如何に支援するかが大切です。最近NHKでニューヨークの日本人ジャズミュージシャンの番組を見ました。コロナ禍で仕事がなくなり苦労をして大変だったが、ニューヨークはミュージシャンを応援するため音楽家にかなり補助金を出したようです。
白井 ぴあのシンクタンク、ぴあ総研の数字でライブエンターテイメント市場規模の推移を見ますと、さかのぼって2011年は3,061億円でした。2019年までの約8年間で6,295億円と倍になった。大勢の方が様々なアーティストの全国ツアーを見に行くようになった。ライブをしたいけれど小屋、つまり舞台、ステージが足りない状態でした。
それが2020年はコロナの影響で同3月から公演が全部中止になり、1,106億円へと一気に縮まった。
エンタメ業界は大打撃を受けました。興行が中止されぴあの仕事は払い戻しばかりという状態でした。興行中止で一番困るのは誰か。チケットぴあも困るが、出演アーティストも困る。アーティストは人によって違いますが、大きな事務所に所属し給料制の人もいれば出来高でやってる人もいる。但、実は一番困るのは裏方です。照明、音響、舞台美術など裏方でエンタメを支える人々は、会社組織であってもその小さな会社を自分で経営していると、興行が中止になれば仕事が全くなくなってしまう。
周 音楽産業の厚みは実際裏方にある部分が大きい。コロナ禍の経済対策として日本は、GOTOトラベルキャンペーンは行ったものの、エンタメ産業の裏方の支援は行き届いていないようです。
白井 海外からの日本入国者数は2019年で3,188万人が、20年になると412万人、21年は9月までの累計で1万7,700人くらいです。オリンピックが普通に開催されていれば4,000万人は突破したとみられています。
日本では新型コロナ禍による旅行人口減少に対してGOTOトラベルキャンペーンをしたが、エンタメ産業の人に出したお金は極少です。持続化給付金で、事業を継続するための給付金を会社には最大で250万、最小で100万入れても金額はまったく足りない。国民全員に10万円出したが興行を下支えする人たちへの政府補助は圧倒的に少なかった。とくにエンタメを支えていたミュージシャン、組織に属さず自分でコンサートをやる人たちに対する補助は、最初の10万円と、持続化給付金名目のものしかない。
ぴあが中心になり、エンターテイメント協議会を作り足並みを揃え、2020年から政府にエンタメに対して補助をすべきだと随分言ってきた。政府からするとなかなか線引きが難しいとして、一律の補助以外の個別補助をすることが現段階では何一つない。個々の芸能人、照明の人、音響の人、舞台を作る人は大変苦労した時期だったと思います。
周 その意味ではいかに政府の支援を引っ張り出せるかについて、業界を代弁できるエンタメのリーディングカンパニーとしてのぴあの役割は大きいですね。
8.デジタルの力をエンタメに
周 コロナ禍で、オンラインライブが伸びましたね。動画配信でONE OK ROCKのステージを見ましたが、ZOZOマリンスタジアムでのコンサートをオンラインライブするやり方が大成功しました。
白井 エンタメ業界の売り上げがものすごい勢いで減る中、光が出たのが、2020年の有料オンラインライブでした。一気に448億円の市場に急成長した。コロナの影響で2020年1月〜3月がほとんどなかった有料オンラインライブが徐々に出てきて10月〜12月にかけて373億まで稼いだ。リアルな興行ができずお客さんも呼べない中、横浜アリーナなど大きな会場を使い照明、舞台設計、音響の人も動員し、さもお客さんがいるような形でやるものも出た。ドローンを飛ばして撮影するようなことをやりながら映像配信を始めた。それが爆発的に当たりました。有料オンラインライブの客層は圧倒的に20代の女性、男性も20代です。
周 ソニーの「THE FIRST TAKE」もかなりうまくいきましたね。ライブ業界のDXが一気に進むようになった。
白井 業界にとってこれから大事なのは、DX、デジタルトランスフォーメーションをどう作り込むかだと思う。
野球もコンサートもオリンピックもリアルの方が良いに決まっている。でも例えば、横浜アリーナの2階席からアーティストを見るのであれば、テレビや動画で見るのとほとんど変わらないと感じるかもしれない。1万円ぐらい払ってナマで見れば臨場感は違うが、家にいてオンラインで見れば、3500円で済む。スポーツもテレビで見る方が遥かに見易く、解説もついてわかりやすい利点がある。
周 オンラインライブの将来は、リアルライブでは出来ない見せ方を如何に引っ張り出すのかにかかってくる。
白井 DXが進み、携帯が5Gになり、非常に多くの伝送容量が稼げて、より鮮明な映像を携帯でもテレビでも見ることもできる時代になる。DXはもっと進化させなきゃいけない。リアルを超えるDXは作れないのか。リアルの映像を、ドローンを飛ばして、アーティストの正面まで撮って、ドアップで撮るってカッコいいと思った先を、次はデジタルトランスフォーメーションで5Gの力を使ってどう展開するのか。
例えば乃木坂46をテレビで見る限りは、一人をずっと見ているわけはいかない。自分の好きな一人だけを追いかけたいとすれば、これはDXじゃないとできない。ライブでは一番前の席を取ればいいが、そうでなければ客席から遠すぎて見えない。それを、乃木坂46のカメラDXができて、ドローンから自分の好きな映像だけを選んで見るために5GとDXの力を使う。そうした工夫は、興行側もまだまだ展開できる。
どうしても私はリアルが一番だと言ってしまいがちです。映像がリアルを超えるときは来るのでしょうか。携帯の性能がよくなりパソコンも通信の容量が大きくなることによって、時代は何年後かに変わっていくだろうし、変わっていかなければならないとは思っていますが。
周 いままでとは違う見方が求められる。リアルとオンラインとの棲み分けが必要です。さらに、相乗効果の可能性もあります。例えば映画とOTTの関係では、映画としての「鬼滅の刃」が爆発的に売れた一つの理由は、ほぼ世界中のOTTプラットフォームでアニメ「鬼滅の刃」をことごとく流したから。そのやり方は、後の映画版と大きな相乗効果を生んだ。ライブの場合も、オンラインは今後面白い見せ方をしてリアル作品との相乗効果を作っていくことになるでしょう。
白井 いま日本映画はこの方式が多く導入されている。テレビでまず連続放映し、続きが映画になる。たとえば、テレビ朝日の「相棒」が20シーズンも続き、その都度映画も出来てヒットする。中身そのものは特別に映画だからといって規模感は大きくなっても、仕掛けは変わっているわけではないのに映画も当たる。
周 情が移ることを意識する作戦です。テレビをきっかけに見る側が主人公に情感を得ると、映画も見たくなる。それで映画も当たれば、数字的には食べられるということで、作戦としてはいいですね。
これからデジタルの力でエンタメの新展開が大いに期待できます。
プロフィール
白井 衛
ぴあ株式会社取締役
1955年生まれ、東京都出身。79年ヤマハを経て、ぴあ株式会社入社。広告営業(電通担当)、大阪支社・名古屋支局開設責任者、新規事業開発(グルメぴあなど)、会員事業担当、アメリカ・カナダでの事業開発を経て、現職は、ぴあ株式会社取締役アジア事業開発担当、ぴあグローバルエンターテインメント代表取締役社長、北京ぴあ希肯副董事長。
中国語版『新冠疫情下的中日娱乐产业』(中国网・2022年2月15日掲載)