雲河都市研究院
■ 世界最多の研究者を抱える中国
現在、世界で最も研究者を抱えているのは中国である。図1が示すように、2020年国・地域別研究者数ランキングをみると、トップとしての中国の存在が圧倒的である。中国の研究者数(FTE)は2位のアメリカ、3位の日本と比較すると、それぞれ約1.4倍、約3.3倍の規模にまで達している。さらに8.1%という驚異的な伸び率のもと中国の研究者数は増え続けている。
図1 2020年国・地域別研究者数ランキング
■ 労働人口当たり研究者数ランキング
図2が示すように、2020年国・地域別労働人口当たり研究者数ランキングでは、トップ10の国・地域は、順に韓国、フィンランド、スウェーデン、デンマーク、台湾、ベルギー、ノルウェー、オーストリア、シンガポール、フランスと続く。いずれも人口規模が相対的に小さく、研究開発に熱心な国・地域である。
一方、先進国で最多の人口規模を抱えるアメリカは、世界最大の研究開発投資を続けているものの、労働人口当たり研究者数ランキングでは19位にとどまる。
人口大国の中国は2.9人/千人で同世界順位は36位とまだランキングのトップ30入りは果たしていないものの、労働人口当たり研究者数の伸び率は約12%と非常に大きい。
⽇本は10.1⼈/千⼈で同ランキングの16位となっている。多くの国は⻑期にわたり労働人口当たり研究者数が増加傾向にある中、日本は1998年以降横ばいが続いている。そのため、世界における同ランキングの順位は下降している。
対照的に、国策として研究開発に注力している韓国は、労働人口当たり研究者数において、2008年に⽇本を上回り、2017年に世界1位の座を奪って以降、その座を堅守している。韓国の労働人口当たり研究者数は、2020年で16⼈/千⼈に達した。
図2 2020年国・地域別労働人口当たり研究者数ランキング
■ 研究開発を支える博士号取得者
研究開発力の基盤として博士号取得者の存在は極めて重要である。図3が示すように、2018年における国・地域別科学系博士号取得者数ランキングをみると、トップはアメリカで、2位に中国、3位にインドが続く。アメリカの博士号取得者の伸び率が1.9%なのに対し、中国は6%、インドは15.7%となっている。中国、インドの追い上げが凄まじい。
一方、日本は2017年、韓国に抜かれて11位となり、同ランキングトップ10から陥落している。
図3 2018年国・地域別科学系博士号取得者数ランキング
■ 研究開発2大国:アメリカと中国
科学技術の推進を促す研究開発費は、国の科学技術力を示す重要な指標である。図4が示すように、2020年における国・地域別研究開発費ランキングでは、アメリカがトップ、2位に中国、3位に日本が続く。米中両国の研究開発費規模は、他国・地域を大きく突き放し、研究開発大国としての存在を見せつける。
さらに注目すべきは、研究開発費の成長率である。同ランキングトップ30のほとんどの国は一桁に留まるのに対して、中国は10.8%と2桁台の成長を示している。
同ランキングのトップ10の国・地域の中で、5位の韓国や9位の台湾は、研究開発費においてそれぞれ9.6%、8.8%と高い成長率を示している。また、トップのアメリカ、6位のフランス、8位のロシアも、それぞれ6.2%、3.1、5.0%と堅調な伸びを見せている。
一方、3位の日本は1.1%と成長率が横ばいとなっており、4位のドイツは−2.1%、イタリアは−1.4%とマイナス成長に陥っている。研究開発費におけるこうした国の成長の鈍化の背景には、新型コロナウイルス・パンデミックが多大な影響を与えたことも一因であると推測される。
図4 2020年国・地域別研究開発費ランキング
図5が示すように、2020年の国・地域別研究開発費内訳をみると、中国、アメリカ、日本共に、企業の割合が7割以上を占めていることがわかる。国別の特徴を見ていくと、中国は政府の占める割合が他の国・地域より高く、逆に大学の占める割合が他の国より低い。但し、企業の占める割合が極めて高いことが、中国はアメリカと日本同様である。
図5 2020年国・地域別研究開発費内訳
■ 研究投資実態を示す指標:1人当たり研究開発費ランキング
科学技術の発展には、研究者や研究開発費の規模も重要だが、研究者がどれくらいの研究開発費を使用できるのか、つまり、研究者にどれだけの投資があるのかも重要な指標である。図6が示すように、2020年の国・地域別研究者1人当たり研究開発費ランキングをみると、1位はアメリカで約42.3万ドル(約5,988万円、1ドル=140円で換算)、2位はスイスで約40.8万ドル(約5,705万円)と続く。これらの2国は、3位のベルギーより10万ドル近く高い(ただし、両国共に2019年データ)。
その他のトップ10の国・地域を見ていくと、3位ベルギーから6位台湾までは、およそ約30万ドル前後であり、7位のルクセンブルクは約27.2万ドル、8位のシンガポールは約26.1万ドルである。9位中国と10位韓国は各々約25万ドルで、その数値は拮抗している。
研究者1人当たり研究開発費の伸び率を見ると、3位ベルギー、4位ドイツ、7位ルクセンブルクといった欧州に属する国は軒並みマイナス成長となっている。
一方、アジアの新興国・地域の同伸び率は堅調であった。台湾、韓国、中国は、それぞれ5.9%、5.7%、2.4%とプラス成長である。これらアジアの国・地域は、欧米諸国と比較すると2020年、新型コロナウイルスによる被害を抑えこんでおり、安定した成長を見せている(2020年における新型コロナウイルス各・国地域被害状況について、詳しくは「【ランキング】ゼロコロナ政策で感染拡大を封じ込んだ中国の都市力 〜2020年中国都市新型コロナウイルス新規感染者数ランキング」を参照)。
なお、日本は2020年、中国と韓国に研究者1人当たり研究開発費が抜かれ、トップ10圏外の11位に順位を落とし、またその成長率も−0.1%と落ち込んでいる。
図6 2020年国・地域別研究者1人当たり研究開発費ランキング
■ 科学技術発展の実力を示すアウトカム指標:科学論文数ランキング
科学技術発展の実力を示すアウトカム指標として、科学論文数が挙げられる。図7が示すように、2020年の国・地域別科学論文数ランキングをみると、1位の中国、2位のアメリカと続く。これら2国の論文数は3位以下を突き放しており、2国の論文総数は、世界論文数の38.3%を占め、3位インドから15位イランの総論文数に相当する。中国の論文数は、世界論文数の22.8%にまで増えてきた。それだけでなく、論文数の伸び率は9.7%と驚異的である。このままでは今後さらに他国・地域との差が拡大していくに違いない。
なお、2003年までは論文数で世界2位を誇った日本は、いまや同6位に後退し、且つ論文数は伸び悩んでいる。
図7 2020年国・地域別科学論文数ランキング
■ 科学技術発展の実力を示すアウトカム指標:国際特許出願件数ランキング
科学技術発展の国際的な実力を示すアウトカム指標として、国際特許出願件数も挙げられる。図8が示すように、2020年の国・地域別国際特許出願件数ランキングをみると、1位中国、2位アメリカ、3位日本と続く。国際特許出願件数は、このトップ3が他国・地域を突き放し、3国で世界シェア64.7%を占める。なかでも、中国はその世界シェアが25.1%に達した。さらに、中国は16.5%という驚異的な伸び率でそのシェアを拡大し続けている。
日本はこれに対して、国際特許出願件数が−4.0%とマイナス成長に陥っている。国際特許出願件数トップ10では、ドイツ、フランス、オランダも同様にマイナス成長にある。
図8 2020年国・地域別国際特許出願件数ランキング
東京経済大学の周牧之教授は、「上記の分析から分かるように中国の研究開発における人的及び資金的投入はすでにアメリカと並び世界二強となっているだけでなく、研究開発の成果としての論文及び特許の質量ともにアメリカと肩を並べるまでになってきた」と指摘する。
■ 中国で最も科学技術輻射力が高い都市は?
〈中国都市総合発展指標〉に基づき、雲河都市研究院は中国全297地級市(地区級市、日本の都道府県に相当)以上の都市をカバーする「中国都市科学技術輻射力」をモニタリングしている。輻射力とは特定産業における都市の広域影響力を評価する指標である。科学技術輻射力は都市における研究者の集積状況や国内外特許出願数、商標取得数などで評価した。
図9より、〈中国都市総合発展指標2020〉で見た「中国都市科学技術輻射力2020」ランキングのトップ10都市は、北京、深圳、上海、広州、蘇州、杭州、東莞、南京、寧波、成都となった。特に、トップ2の北京、深圳両都市の輻射力は抜きん出ている。同ランキングの上位11〜30都市は、天津、仏山、西安、武漢、無錫、合肥、長沙、青島、鄭州、紹興、温州、廈門、済南、嘉興、重慶、福州、台州、南通、大連、珠海である。これらの都市には中国の名門大学、主力研究機関、そしてイノベーションの盛んな企業が立地している。
図9 中国都市科学技術輻射力ランキング2020 トップ30
■ イノベーションセンターの立地パターン
図10より、「中国都市科学技術輻射力2020」ランキングトップ30都市の地理的分布をみると、2つの立地パターンが見られる。一つは、名門大学や主力研究機関が集中する中心都市である。もう一つは、イノベーションの盛んな企業が集中する沿海部の製造業スーパーシティである。
京津冀(北京・天津・河北)、長江デルタ、珠江デルタの三大メガロポリスではこの二つのパターンが重なっている故に、研究開発に強い都市が集中している。これらの都市では産学官の協働でイノベーションに牽引される成長パターンへのシフトを目指している。
成都、西安、武漢、合肥、長沙、鄭州、済南、重慶といった内陸の中心都市は、大学と研究機関の集積をベースにイノベーションセンターを懸命に育てている。
図10 2020年中国都市科学技術輻射力ランキングトップ30都市分析図
■ 進む集中集約
「中国都市科学技術輻射力2020」ランキングを分析することで、科学技術産業における特定都市への集中集約が浮かび上がる。
図11が示すように、研究者数において、同ランキングのトップ5都市が全国に占める割合は22.9%、トップ10都市は34.1%、トップ30都市は61.0%に達している。
図11 2020年中国都市における研究者数の集中度
図12が示すように、特許取得総数において、「中国都市科学技術輻射力2020」ランキングのトップ5都市が全国に占める割合は22.8%、トップ10都市は34.4%、トップ30都市は61.0%に達している。研究者数の集積度合いは、特許取得総数の分布とほぼ一致している。
図12 2020年中国都市における特許取得総数の集中度
図13が示すように、国際特許取得総数において、「中国都市科学技術輻射力2020」ランキングのトップ5都市が全国に占める割合は66.1%、トップ10都市は76.6%、トップ30都市は91.7%に達している。特許取得総数に比べ国際特許取得総数におけるトップ都市の集中度がさらに高いことは、科学技術輻射力が高い都市に国際的なイノベーション力を有する企業が多く集積していることを窺わせる。
図13 2020年中国都市における国際特許取得総数の集中度
■ 科学技術発展の原動力・ベンチャー企業
ベンチャー企業はその大半がイノベーションの創出のもとで生まれる。と同時に、多くのベンチャー企業はイノベーティブである。ベンチャー企業の中でも、特に「ユニコーン企業」と称される企業価値が10億ドル以上の未上場企業は、創新創業の代表的な存在である。図14が示すように、2022年国・地域別ユニコーン企業数ランキングでトップは圧倒的にアメリカであり、次点で中国が続く。研究者数や研究開発費で群を抜くアメリカと中国は合わせて、ユニコーン企業総計1,178社の68.4%を占めている。国単体でアメリカと中国が世界のユニコーン企業数に占めるシェアは、それぞれ53.7%と14.7%に達している。なお、ユニコーン企業が日本には6社しかなく、同世界順位は17位と低迷している。
図14 2022年国・地域別ユニコーン企業数ランキング トップ30
図15が示すように、2022年国・地域別ユニコーン企業時価総額ランキングを見ると、前述のユニコーン企業数ランキングと同様、トップは圧倒的にアメリカであり、次点で中国が続く。現在、世界に1,178社存在するユニコーン企業の時価総額は3兆8338億ドルであり、米中のシェアは71.4%に達している。
国単体で見ると、アメリカと中国が世界のユニコーン企業時価総額合計額に占めるシェアは、それぞれ53.8%と17.6%となっている。ユニコーン時価総額における中国のシェアは同企業数のシェアよりも高い。これは、時価総額が100億ドルを超える“スーパーユニコーン”の存在が大きい。例えば、動画SNSアプリ「TikTok」を運営するBytedanceは、時価総額が1,400億ドルとユニコーン企業の時価総額で世界トップを誇る。また、ファッションECサイトのSHEINは時価総額が1,000億ドルとなっており、ユニコーン企業の時価総額で世界3位にランクインしている。
なお、日本における6社のユニコーン企業の合計時価総額は88億ドルであり、同世界順位は26位である。
周教授は、「中国におけるユニコーン企業の群生は、イノベーションとスタートアップとの相乗作用が極めて良好に働いている結果である。それに世界の投資ファンドが群がっている」と分析している。
図15 2022年国・地域別ユニコーン企業時価総額ランキング トップ30
雲河都市研究院が、中国全297都市の「中国都市科学技術輻射力2020」と、〈中国都市総合発展指標〉でベンチャー企業数を示す指標「創業板・新三板上場企業指数」、大手上場企業数を示す指標「メインボード上場企業数」との相関係数を分析した。結果、「都市科学技術輻射力」と「創業板・新三板上場企業指数」との相関関係は0.95に達し、都市のイノベーション力と創業との「完全相関」が見られた。
「都市科学技術輻射力」と「メインボード上場企業数」との相関関係も0.89に達し、都市のイノベーション力と大企業との「強い相関関係」を示した。
この分析について周教授は、「都市のイノベーション力は、大企業から生まれる研究開発成果より、研究開発成果から生まれるスタートアップ企業との相関関係が強いことが明らかになった。さらに現在、中国都市のイノベーション力は、スタートアップ企業と大企業双方との関係が強く、バランスの良い研究開発大国の姿を示している」と解説する。