周牧之 東京経済大学教授
▷CO2関連論文①:周牧之『世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題』
▷CO2関連論文②:周牧之『アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準』
▷CO2関連論文③:周牧之『中国の二酸化炭素排出構造及び要因分析』
エジプトのシャルム・エル・シェイクで、2022年11月6日から11月20日まで開催された国連気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)は、閉会予定を48時間も超過する長丁場の交渉を行った。交渉の焦点は、二酸化炭素(CO2)排出量の責任問題であった。とくに累積排出量でトップのアメリカと、現在の排出量でトップの中国の存在が目立った。CO2をはじめとする温室効果ガスは、長期にわたって残存する[1]。そのため、気候変動の責任について考える際は、歴史をさかのぼって累積の排出量を考慮しなくてはならない。
CO2の累積排出量ではアメリカが群を抜く最大の排出国であり、EU及びイギリスと合わせれば、全排出量の46%を占める。欧米は化石燃料をエネルギーとして数世紀にわたり経済成長を謳歌してきた。他方、中国を始めとする途上国は、急速な経済成長を実現し、CO2の排出を急拡大している。こうした複雑な構図は、CO2削減における国際的な議論と合意を困難にしている。
世界における二酸化炭素排出構造を明らかにするためには、産業革命以来今日までの長いスパンで、各国の二酸化炭素排出状況を分析する必要がある。本論はこうした地球規模のCO2排出構図を、産業革命以来のデータを用いて解明する。
1.地球温暖化が確実に進行
地球温暖化が確実に進行している。図1が示すように、陸域における地表付近の気温と海面水温の平均からなる世界の平均気温は、1961〜1990年の30年平均値の基準値から2019年までの偏差が、+0.74℃と急激に上がった。世界の平均気温は、産業革命以前に比べ1℃以上も上昇している。
図1 世界平均気温の変化(1850-2019年)
地球の長い歴史の中で、気温と温室効果ガス、特にCO2の濃度には強い相関のあることが、IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change:気候変動に関する政府間パネル)で、立証された[2]。産業革命後、著しく増加した温室効果ガスが世界平均気温の急激な上昇をもたらしている。地球温暖化を抑えるには、人為起源のCO2の排出量を抑えなければならない。2015年12月の「国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)」は気候変動緩和策について協議し、「パリ協定」を締結した。世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保つとともに、1.5℃に抑える努力を追求すること、いわゆる「2℃目標」と「1.5℃の追及」が示された。
また、2018年10月のIPCCでは、『1.5℃特別報告書』[3]が採択された。地球温暖化がかつてない勢いで進行する中、世界は「産業革命後の気温上昇を1.5℃に食い止める」目標に向かって邁進している。
2.急増するCO2濃度が地球温暖化をもたらす
世界を急進的なCO2削減目標へと向かわせたのは、CO2濃度の大幅かつ急激な上昇が、地球温暖化を加速し、地球規模の気候災害や生態破壊をもたらしているからである。図2が示すように、世界平均の大気中CO2濃度は過去80万年間変動はあったものの、300ppmを超えることはなかった。しかし、産業革命が起こり、化石燃料の燃焼による人為的なCO2排出が増加したことで、この状況は一変した。過去数世紀、特にここ数十年間に、地球上のCO2濃度は急上昇している。
20世紀半ばまで、排出量の増加は比較的緩やかで、1950年の世界全体におけるCO2排出量は60億トンであった。それが1990年になると約4倍の220億トン以上に拡大した。その後も排出量は急増し、現在では毎年340億トン以上が排出されている。その結果、世界の大気中CO2濃度は80万年間300ppm以内で推移した局面が崩れ、現在では400ppmをはるかに超える濃度に達している。新型コロナウイルス・パンデミックの影響により、直近の2年間は世界全体のCO2排出量の伸びが鈍化しているものの、いまだピークアウトしていない。
また、地球上の大気中のCO2濃度が増加しただけでなく、その変化速度が極めて急激であることにも注目すべきである。CO2濃度の変化は、数百年、数千年、そして数万年単位で起こってきた。しかし、20世紀後半以降のCO2濃度の急上昇は、急速な温暖化をもたらし、地球全体のシステムにとって適応に必要な時間を遥かに超え、気候災害や生態破壊をもたらしている。
図2 世界の大気中CO2濃度の推移(803,720BCE-2022年)
3.CO2排出量を増やし続ける中国とインド、ピークアウトした日欧米
CO2排出量の急増をもたらした国はどこだろう?図3は、世界のCO2排出量メインプレイヤーの1750年から2020年における、化石燃料および産業由来のCO2排出推移を分析している。 2020年の時点でCO2排出量の最も多い5カ国は、中国、アメリカ、インド、ロシア、日本である。分析は、これにEU(27カ国合計)[4]とイギリスを加えた。2020年において、これら6カ国とEUは、合計で年間233.6億トンのCO2を排出し、世界の排出量の67.1%を占めた。
2020年における世界最大の排出国は中国である。中国は、世界貿易機関(WTO)に加盟した2001年から、経済発展と比例するように年間CO2排出量を急増させている[5]。2020年に中国のCO2排出量は106.7億トンに達し、世界の30.7%を占めた。
2020年、アメリカのCO2排出量は47.1億トンで、世界の13.5%を占め、中国に次ぐ排出大国となっている。次いで、EU(27カ国合計)のCO2排出量は26億トンで、世界の7.5%を占めている。インドは同24.4億トンで世界の7.0%を占め、ロシアは同15.8億トンで世界の4.5%を占めている。日本は同10.3億トンで、世界の3.0%を占めている。産業革命後100年以上にわたりCO2排出量の最も多かったイギリスは同3.3億トンで、世界シェアは0.9%に縮小した。
これらの国と地域の中で、中国とインドはまだピークアウトしておらず、CO2排出量は増え続けている。他方、日米欧はすでにピークアウトし、CO2排出量は減り続けている。
図3 国・地域別年間CO2排出量の推移(1750-2020年)
4.パワーシフトを反映するCO2排出量シェアの増減
時間軸で見ると、これまで、世界のCO2排出量のメインプレイヤーは幾度も変わってきた。図4は、1750年から2020年までの上記国・地域の年間CO2排出量シェア推移を分析している。この分析で、CO2排出量の分布が、時代とともに大きく変化していることが伺える。産業革命発祥の国イギリスは、1888年にアメリカに追い越されるまで、世界最大のCO2排出国であった。イギリスは石炭を大量に燃やし、工業生産と生活水準の向上を成し遂げる工業化モデルを、世界で最初に実現させた国である。
その後アメリカが、大量生産大量消費の発展モデルを確立し、石油を石炭に代わるエネルギーの主役に置き、モータリゼーションを押し進め、世界最大の経済大国にのし上がった。第二次大戦後、安価の石油、天然ガスを世界中から調達して繁栄を謳歌し、世界経済を牽引した。2000年にはアメリカは世界におけるCO2排出量のシェアを、23.8%とピークにした。なおアメリカのCO2排出量ピークは2005年で、同年の世界シェアは20.7%であった。
中国は改革開放後、長期にわたる経済成長を実現してきた。石炭を中心とする化石燃料の大量消費によって、世界におけるCO2排出量のシェアも急激に上昇し、2006年に同シェアは21.2%に達し、アメリカを超えて世界最大のCO2排出国となった。
化石燃料をベースとした近代経済の発展は、世界経済におけるパワーシフトに如実に反映され、各国のCO2排出量シェアを増減させた。こうした状況の打開には、化石燃料をベースとした発展モデルからの脱却が不可欠となる。
図4 国・地域別年間CO2排出量シェアの推移(1750-2020年)
5.アジア地域は世界CO2排出量急増のメインプレイヤー
地球温暖化の緊急性を高めたのは、CO2排出総量を急拡大させたアジア地域である。図5は、1750年から2020年までにおける国・地域別のCO2排出量推移を示している。欧米は20世紀中頃まで、世界のCO2の大半を排出していた。1900年には排出量の95.7%が欧米によるもので、1950年時点でも排出量の82.1%を欧米が占めていた。しかし、1980年になると、世界における欧米のCO2排出量シェアは64.4%に下がった。
一方、アジア地域のCO2排出量は急増し、1980年にはアジア全域での同世界シェアが22.6%を占めるまで上昇した。その後、アジア地域のCO2排出量は拡大し続けた。2001年には、世界におけるアジア全域のCO2排出量シェアは36.4%となり、2020年に同シェアは58.4%に至った。世界の約6割のCO2をアジアが排出する事態となった。
アジアがCO2排出量を急増させる中、世界における欧米のCO2排出量シェアは相対的に低下した。2001年には、欧米のCO2排出量シェアは47.9%と5割を下回り、2020年に同シェアは27.8%と3分の1を下回った。
CO2排出量におけるアジアシェアの急拡大は、日本、NEIS、中国、ASEAN、インドが立て続けに行った工業化や都市化に因る。なかでも13億人口を抱える中国の影響は大きい。
改革開放政策の初期にあたる1980年、中国の世界CO2排出量におけるシェアは7.7%であった。2001年には、中国の同世界シェアは13.8%となり、20年間で2倍近くになった。それから更に20年後の2020年に中国の同世界シェアは30.7%となり、一国で欧米全体のCO2排出シェアを上回るに至った。
CO2排出量におけるアジア地域の存在が高まる中、アフリカと南米の両地域は、それぞれ同世界シェアの3〜4%に留め、メインプレイヤーにはなっていない。
欧米のCO2排出量世界シェアの低下は、アジアの排出量の急増によると同時に、この間の欧米の排出量がピークアウトし、減り続けてきたことも大きな要因である。
しかし、世界のCO2排出量は1980年から2020年までの40年間で、1.8倍に急増した。図5の分析からわかるように、この間の急増ぶりに最も貢献したのは、アジア地域である。急増するアジアの排出量は、未だピークアウトの兆しを見せていない。
大気中のCO2濃度を安定させ、さらに削減させるには、大気中に排出される温室効果ガスと大気中から除去される温室効果ガスが同量でバランスが取れている「ネットゼロ」[6]をまず達成する必要がある。そのためには、アジアでの大規模かつ迅速な排出量削減が不可欠である。メインプレイヤーとしての中国のCO2削減圧力は極めて高い。
図5 国・地域別年間CO2排出量推移(1750-2020年)
6.累積で最もCO2を排出した欧米と、現在CO2を大量排出するアジア
しかし、産業革命以降、CO2を最も排出している国はどこだろう?上記の分析では1980年代以降、世界におけるCO2排出量を急増させたのがアジア地域であることが明らかになった。但し、CO2の大部分は一度排出されると何百年もの間、大気中に残ることが知られている。CO2の排出問題においては、これまでの累積排出量に関わる議論が必要となる。
図6及び図7の分析では、いままで長い間CO2を排出してきた欧米諸国と、ごく最近大量にCO2を排出し始めたアジア地域との対立的な構図が見える。
本論での1750年からの計算により、産業革命以来これまで人類は1兆7千億トンものCO2を排出してきた。大気中にCO2を最も排出してきた国は、CO2問題に取り組む上で最大の責任を負うべきだとのロジックがある。
図6は、1750年から2020年までにおける国・地域別の累積CO2排出量推移を示している。アメリカは累積で約4,167億トンのCO2を排出し、世界における累積排出量の24.6%も占めた[7]。アメリカの累積CO2排出量は、中国の同13.9%シェアの1.8倍以上である。EU(27カ国)も、累積CO2排出量における世界シェアは17.1%と極めて大きい。産業革命の発祥地であるイギリスの同シェアは4.6%で、日本の同シェアは3.9%[8]である。
現在のCO2排出量上位に占めるインドやブラジルなどの新興国は、累積CO2における貢献度はまだそれほど大きくない。アフリカ地域の貢献度は、その人口規模に比して非常に小さい。現在においても、アフリカ地域の一人当たりのCO2排出量はまだ少ない。
過去に大量にCO2を排出してきた欧米諸国は長い時間をかけてピークアウトをした。これに対して、最近大量にCO2を排出し始めた新興国は、短期間でピークアウトしなければならない。そこにCO 2削減に関する国際交渉において、時間軸的ロジックの対立がある。
図6 国・地域別累積CO2排出量の推移(1750-2020年)
図7は、1750年から2020年までの国・地域別累積CO2排出量シェア推移を示している。1950年まで、累積CO2排出量の半分以上はヨーロッパによるものであった。とくにイギリスの排出量が大きい。1882年までは世界の累積CO2排出量の半分以上を同国が出していた。
その後、アメリカが100年以上に渡り、CO2排出量の拡大を牽引した。アジア地域がCO2排出量を伸ばしたのは直近50年ほどのことである。世界に占めるアジア地域のCO2排出量の割合は近年、非常に増加している。
累積でCO 2を最も排出した欧米諸国のほとんどは、ピークアウトを経て、世界におけるCO2排出量のシェアを急減させた。なかでも長期にわたり大量のCO2を出してきたイギリスは、2020年CO2排出量の世界シェアが1%を切った。これに対して、ごく最近CO2を大量に排出し始めた中国を始めとするアジア地域は現在、世界CO2排出量拡大を牽引している。こうした複雑な構図は、CO2削減における国際的な議論と合意を困難にしている。
図7 国・地域別累積CO2排出量シェアの推移(1750-2020年)
(本論文では栗本賢一、甄雪華、趙建の三氏がデータ整理と図表作成に携わった)
[1] 温室効果ガスが大気中に残存する時間(大気寿命)は、ガスの種類や放出量によって異なり、一般的には数十年から数百年程度とされている。例えば、二酸化炭素は平均して100年〜1000年程度、メタンは約12年、フッ素化物(HFC)は約15年とされている。ただし、これらの数値はあくまでも平均値であり実際の値はさまざまな要因によって異なる。
[2] IPCC, 2013: Climate Change 2013: The Physical Science Basis. Contribution of Working Group I to the Fifth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [Stocker, T.F., D. Qin, G.-K. Plattner, M. Tignor, S.K. Allen, J. Boschung, A. Nauels, Y. Xia, V. Bex and P.M. Midgley (eds.)]. Cambridge University Press, Cambridge, United Kingdom and New York, NY, USA.
[3] 同報告書の正式名称は、『気候変動の脅威への世界的な対応の強化、持続可能な発展及び貧困撲滅の文脈において工業化以前の水準から1.5℃の気温上昇にかかる影響や関連する地球全体での温室効果ガス(GHG)排出経路に関する特別報告書』である。
[4] EUは通常、集団として交渉を行い、目標を設定することから、地域として分析対象に加えた。
[5] WTO加盟後の中国経済の成長について、詳しくは、周牧之・陳亜軍・徐林編著『環境・社会・経済 中国都市ランキング2017: 中心都市発展戦略』、NTT出版、2018年11月、p.167-174を参照。
[6] ネットゼロ(Net-zero)とは、「温室効果ガスの人為的な大気中への排出量と、一定期間における人為的な除去量が釣り合った状態」と定義され、温室効果ガスの排出量が完全にゼロになるように調整された状態のことを指す。また、ネットゼロは、パリ協定の1.5℃目標の達成に整合する排出量削減が求められている。一方、よく似た概念として、カーボン・ニュートラル(Carbon neutral)が存在するが、カーボン・ニュートラルは、温室効果ガスの排出量と吸収量・除去量を均衡させることを指す。
[7] アメリカのCO2排出量データは1800年からである。
[8] 日本のCO2排出量データは1868年からである。
本論文は、周牧之論文『都市から見た中国の二酸化炭素排出構造と課題―急増する中国とピークアウトした日米欧―』より抜粋したものである。『東京経大学会誌 経済学』、317号、2023年。