周牧之 東京経済大学教授
▷CO2関連論文①:周牧之『世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題』
▷CO2関連論文②:周牧之『二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧』
▷CO2関連論文③:周牧之『中国の二酸化炭素排出構造及び要因分析』
一般的には、経済成長がCO2排出を増大させていると思われがちである。現に中国はそのようなパターンで突き進んでいる。他方、同じ経済大国でもアメリカは近年、経済成長を維持しながらCO2排出を削減するパターンを作り出している。もちろんその他の先進諸国のほとんども、CO2の排出量を削減してきている。但し、それら諸国の経済規模は米中と比べて小さく、またその大半が現在、低成長に喘いでいる。本論ではアメリカと中国の、成長とCO2排出の関係について分析し、異なる経済水準の実態を明らかにする。
1.6大要素から見た世界のCO2排出状況
一国のCO2排出水準を左右する最も決定的な要因は何だろうか。拙論『世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題』で基本的な6大要素を提示した[1]。一国のCO2排出状況は、下記の6大要素を指標として、総合的に評価する必要がある。
① エネルギー消費量当たりCO2排出量(carbon intensity of energy、エネルギー炭素集約度)[2]
この指標は、一次エネルギー源の品質と効率に関連している。例えば、現在、石炭が一次エネルギーの主役である中国のようなエネルギー構造では、エネルギー消費量当たりCO2排出量が多い。今後、火力発電の一次エネルギーを石炭から天然ガスに転換することや、風力、太陽光、水力などの再生可能エネルギーの割合が増えること、また原子力発電の発展などにより、エネルギー消費量当たりCO2排出量は減少していくと考えられる。エネルギー炭素集約度を引き下げるためには、炭素の少ないエネルギー源を選択することが必要となる。
② GDP当たりエネルギー消費量(energy intensity、エネルギー効率)[3]
この指標は、工業化の初期においては悪化するが、工業化の進展に伴う産業構造の高度化、低効率生産能力の淘汰、技術の向上などにより、エネルギー効率は好転する。したがって、長期的には、一国のGDP当たりエネルギー消費量の曲線は、工業化の初期には急上昇し、工業化が順調に進めば、いずれ減少傾向を迎える。エネルギー効率を引き下げるためには、省エネルギーの推進などが必要となる。
③ GDP当たりCO2排出量(carbon intensity、炭素強度)[4]
この指標は、一国の経済とCO2排出量の関係を示す重要な指標である。エネルギー消費量当たりCO2排出量とGDP当たりエネルギー消費量の相互作用により、炭素強度のレベルが決まる。炭素強度は、技術進歩や経済成長に伴い低下していく。
④ 一人当たりGDP[5]
生活水準の向上はCO2排出に大きな影響を及ぼす。一人当たりGDPは経済発展の度合いを測る指標である。経済発展の初期では、産業活動が拡大し、衣食住および交通など生活パターンの近代化をもたらす。よって、一人当たりエネルギー消費量が増加し、それに相まってCO2排出量も増加する。しかし、現在の先進諸国は既にこの段階を卒業し、産業構造の高度化やクリーンエネルギーの発展などにより、一人当たりGDPを成長させながら、CO2排出量を削減している。
⑤ 人口の規模[6]
人口規模がCO2排出に直接影響を与える。人口が多くなるほど経済規模も大きくなり結果としてCO2排出量も多くなる。また、人口構造がエネルギー消費に与える影響も無視できない。
⑥ 一人当たりCO2排出量[7]
この指標は、上記5つの要素の相互作用の結果を反映する。実際、これは一国におけるCO2排出量をはかる最も重要な指標である。一人当たりCO2排出量の変曲点がCO2排出量の本当の意味でのピークアウトとなる。
図1 世界におけるCO₂排出量および6大要素の推移(1990-2020年)
図1は、1990年を起点とし、1990年の値に対するそれぞれの指標の変化率で、世界全体における6大要素及び年間CO2排出量の経年的な相対変化を示した。過去30年間、世界全体は人口増加以上にGDPを大きく成長させた。これによって、一人当たりGDPが151.3%成長し、人類にとって最も富の創出がなされた時期となった。但し、世界全体の人口増、そして経済規模の拡大により、CO2排出量も50.6%増加した。
この間、技術進歩や省エネルギーへの努力、そして自然エネルギーの導入などにより、世界全体のGDP当たりエネルギー消費量(エネルギー効率)は55.8%減少し、エネルギー消費量当たりCO2排出量(エネルギー炭素集約度)は8.2%減少した。それにより、GDP当たりCO2排出量(炭素強度)も59.4%減少した。世界は総じてよりCO2をより出さない成長へと向かっている。しかし、CO2排出総量はいまだ増え続け、その排出規模自体が現在の地球生態にとって耐え難いものとなっている。「2℃目標[8]」と「1.5℃の追及[9]」の達成には、更に抜本的な取り組みが急がれる。
上記の分析から分かるように、CO2排出水準は、人口動態だけでなく、経済成長そして産業構造、エネルギー効率、一次エネルギー構成などからなる成長パターンと大きく関係している。
経済成長とCO2排出水準の関係は、上記期間での二つの世界的な経済危機がCO2排出量に与えた影響からも、明らかである。2008年の金融危機の後、世界のCO2排出量は大きく減少した。さらに、新型コロナウイルス・パンデミックによって、2020年に世界のGDPが前年比2.8%減少したことで、CO2排出量も前年比で6.3%減少した。
人口動態、経済成長そして成長パターンがどう複雑に絡み合って各国のCO2排出水準に影響を与えているかを、個別に見ていく必要がある。本論では、世界最大のCO2排出大国である中国とアメリカを取り上げ、6大要素を用いて分析する。
2.アメリカ:CO₂排出量削減と共に成長を実現
上述したように、世界全体で見た場合、経済成長とCO₂排出量には、強い相関関係がある。多くの場合、国が豊かであれば、より多くのCO2を排出する。これは、化石燃料を燃やすことで得られるエネルギーをより多く使っていることに由来する。
しかし現在、先進国では自然エネルギーや原子力発電の導入、また省エネルギーへの努力や産業構造の高度化により、CO2排出量を削減しながら経済成長を実現している。その最たる例が、アメリカである。
図2でアメリカにおけるCO₂排出6大要素推移をみると、1990年から2020年までの30年間で同国の一人当たりGDPは158.7%と著しく拡大した一方、CO₂排出量は減少した。アメリカのCO₂排出量は1990年代にはまだ増加傾向にあり、2005年をピークに減少傾向に反転した。現在同国のCO₂排出量は、1990年よりも下回っている。2005年以降、アメリカではGDPが上昇しながらCO₂排出量は大きく減少している。
アメリカでCO2排出量を削減できた主な理由は2つ考えられる。1つ目は、グローバリゼーションを積極的に推し進め、産業の高度化を図った結果である。すなわち、サプライチェーンのグローバル展開により、国内ではエネルギー使用量が少なく付加価値の高い部門に特化する努力がなされた。アメリカでは、経済のエネルギー集約型から知識集約型へのシフトがかなり成功したと言えよう。
2つ目は、エネルギー革命がある程度成功した結果である。アメリカは、クリントン大統領の時代から再生エネルギーの開発とCO2排出量削減のための政策を打ち出した。その後大統領の交代により何度か浮き沈みはあったものの、エネルギーミックスの高度化が図られてきた。2017年にアメリカ西部の11州では、総電力量の42%もが再生可能エネルギーで賄われている。対照的に、CO2を大量に出す石炭火力は同国で衰退し続けている。特筆すべきは、カーター大統領時代に始まった小規模天然ガス火力発電を開発する政策によって、2002年には小規模天然ガス火力発電がアメリカの電源構成で最大のシェアを占めるまでになった。シェールガス革命はこの傾向をさらに強めた[10]。小規模天然ガス火力発電は、石炭火力と比べCO2排出量を削減できると同時に、消費地に近い立地が可能なことで、発電に伴う廃熱を熱源として消費地に供給できるコージェネレーション(熱電併給)[11]の構築に有利である。これにより、エネルギー効率はかなり向上させられる。
こうした努力の結果、アメリカではCO2排出量だけでなく、エネルギー消費量当たりCO2排出量、GDP当たりエネルギー消費量、GDP当たりCO2排出量、および一人当たりCO2排出量が共に減少した。
図2 アメリカにおけるCO₂排出量および6大要素の推移(1990-2020年)
3.中国:CO₂排出量削減と共に成長する経済水準に至らず
中国は世界CO₂排出量におけるシェアを1990年の10.9%から2020年の30.7%へと急拡大させた。図3は6大要素推移で中国CO₂排出状況を分析している。まず圧倒的な変化は、一人当たりGDPの成長である。中国の一人当たりGDPは、この30年間で約30倍の規模にまで膨れ上がった。
一方、大規模な産業発展、急速な都市化、巨大な人口の生活パターンの近代化により、エネルギー消費量が急拡大し、中国のCO2排出量は30年間で4.3倍の規模にまで増加、いまだピークに達していない。一人当たりCO2排出量も3.5倍に拡大した。つまり中国は、アメリカのように、経済成長とCO2排出量の削減を同時に実現させる経済水準にはまだ至っていない。
しかしながら、中国ではエネルギー当たりCO2排出量(エネルギー炭素集約度)、GDP当たりエネルギー消費量(エネルギー効率)、GDP当たりCO2排出量(炭素強度)のいずれもがすでに変曲点に達し、明確な減少傾向を示している。エネルギー当たりCO2排出量では、中国は1990年に比べて2020年に16.3%減少した。この間、GDP当たりエネルギー消費量とGDP当たりCO2排出量も其々86.2%と88.4%も減少した。これらは、中国が近年、省エネの奨励、クリーンエネルギーの開発に多大な努力を払ってきた結果である。中国が推進する「循環低炭素型の発展」政策[12]は、すでに一定の成果を上げている。とはいえ、世界の「2℃目標」を達成するためには、CO2排出量最大国としては速度不足の感が否めない。
2020年12月12日開催の国連気候野心サミットで発表した「2030年までにCO₂排出量のピークアウトに努め、2060年までにカーボンニュートラルを目指す」中国の公約[13]を達成するには、各都市が主役となり競い合って努力することが肝要となる。
図3 中国におけるCO₂排出量および6大要素の推移(1990-2020年)
(本論文では栗本賢一、甄雪華、趙建の三氏がデータ整理と図表作成に携わった)
[1] 周牧之『世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題』、東京経大学会誌(経済学)、2021年12月、311号、pp.55-78。
[2] エネルギー消費量当たりCO2排出量は、エネルギー消費量に対するCO2の排出量を表す指標であり、エネルギー源による環境負荷を表す重要な指標である。エネルギー消費量当たりCO2排出量を減らすことで、気候変動を引き起こす原因であるCO2の排出量を抑えることができる。これにより、環境負荷を軽減することができる。エネルギー消費量当たりCO2排出量を減らすためには、エネルギー源を変えることが有効である。例えば、化石燃料を使わないエネルギー源を使うことで、CO2の排出量を減らすことができる。また、同じ化石燃料の中でも石炭、石油、天然ガスの、CO2の排出量は異なるため、石炭から石油、天然ガスに切り替えるだけでもエネルギー消費量当たりCO2排出量を低減できる。さらに、エネルギー効率を高めることで、エネルギー消費量を減らすことができる。これにより、エネルギー消費量当たりCO2排出量も減少できる。また、CO2を吸収する植物を増やすことや、温室効果ガスを地下に封じ込むことなども同指標の改善につながる。
[3] GDP当たりエネルギー消費量は、経済成長とエネルギー消費の関係を表す指標である。同指標は、産業構造がエネルギー多消費型産業の製造業から、知識産業やサービス産業へと高度化することにより、改善される。また、技術と設備の高度化により、エネルギー効率が向上し、同指標の改善が図られる。さらに、コンパクトシティの推進、省エネ建築・省エネ器具などの導入も同指標の改善につながる。そうした努力によって、経済成長を維持しつつも、エネルギー消費を抑制することができる。
[4] GDP当たりCO2排出量は、GDPに対するCO2の排出量を示し、経済活動による環境負荷を表す重要な指標である。同指標を改善するためには、農業や林業の振興で、CO2を吸収する植物を増やすこと。また、サービス業や情報技術分野の振興で、経済活動を資源やエネルギーをより使わない分野へシフトすること。さらに、エネルギー源のクリーン化や、省エネの推進なども同指標の改善につながる。
[5] 一人当たりGDPは、それぞれの国の一人あたりの生産能力を示す指標であり、経済発展度を表す重要な指標とされている。一人当たりGDPを高めることで、国民の生産能力が高まり、購買力も高まる。
[6] 人口の規模とは、ある地域や国の人口を表す指標で、経済や文化、政治などに大きく影響を与える重要な指標である。人口の規模は、出生率や死亡率、人口移動など様々な要因によって変化する。人口激増、少子化、高齢化、人口縮小、移民問題など人口にまつわるイシューは、世界各国のさまざまな発展段階で、大きな課題となっている。当然、人口規模とエネルギー資源との関係は深い。人口規模の多い方がよりエネルギー消費が多い。
[7] 一人当たりCO2排出量は、ある地域や国の一人当たりのCO2排出量を示す指標であり、環境負荷を表す重要な指標である。発展段階によって同指標は変化する。経済発展の初期は、同指標は大きく伸びる。経済発展の高度化の段階では、エネルギー源のクリーン化、省エネ推進、産業構造の変化などにより、同指標は改善される。
[8] 2℃目標とは、気候変動による地球温暖化を防止するために、地球全体の平均気温の上昇を、産業革命前(すなわち人為的な温暖化が起きる前)と比べて2℃未満に抑えることを目指す国際的な目標である。この目標は、2015年、気候変動枠組条約締約国会議(COP)にて、「パリ協定(国連気候変動枠組条約)」が発効した際に採択された。2℃目標を達成するためには、温室効果ガスの排出を大幅に減らすことが必要とされる。これには、脱化石燃料の推進や省エネの取り組み、温室効果ガス吸収技術の開発などが含まれる。世界の主要各国では、2℃目標の達成に向けて、温室効果ガスの排出削減を目指す政策が採用されている。
[9] 1.5℃の追求は、2015年の「パリ協定」が発効した際に、世界全体の長期目標として、2度目標とともに、1.5度に抑える努力の追求(1.5度目標)も示された。平均気温上昇を1.5℃に抑えると、2℃上昇する場合と比べて極端な豪雨や熱波が少なくなり、2100年までの海面上昇は約10cm低くなるといわれている。2018年には、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)より「1.5℃」目標に関する特別報告書が発表された。
[10] アメリカのエネルギー政策に関して詳しくは、小林健一著『米国の再生エネルギー革命』、日本経済評論社、2021年2月25日を参照。
[11] コージェネレーション(熱電併給)とは、火力発電に伴う余熱を工業プロセスや建物の空調、温水供給などに使う熱エネルギーとして利用するシステムである。コージェネレーションは、熱エネルギーを効率的に利用することで、エネルギー効率が高く、環境に優しい技術とされている。従来の火力発電システムでは、一次エネルギー利用率は40%程度なのに対し、コージェネレーションシステムは70〜80%の利用率となる。環境負荷の低い小型天然ガス発電所を消費地に隣接し、コージェネレーションを効率的に進めることが肝要である。
[12] 2012年中国共産党第18回党大会は「グリーン発展、循環発展、低炭素発展」をベースにした「生態文明建設」を打ち出した。2017年中国共産党第19回党大会では「循環低炭素型の発展」を正式に打ち出し、中国新時代社会主義建設の一大戦略と位置付けた。詳しくは、中国共産党第18回党大会コミュニケ(中国語版)http://cpc.people.com.cn/n/2012/1118/c64094-19612151.html(最終閲覧日:2022年10月19日)及び第19回党大会コミュニケ(中国語版)http://www.gov.cn/zhuanti/2017-10/27/content_5234876.htm(最終閲覧日:2022年10月19日)を参照。
[13] 中国の習近平国家主席は2020年12月12日、同日開幕した国連気候野心サミットの演説で、「GDPを分母とした二酸化炭素の原単位排出量を2030年までに2005年比65%削減する」との目標を新たに発表した。
本論文は、周牧之論文『都市から見た中国の二酸化炭素排出構造と課題―急増する中国とピークアウトした日米欧―』より抜粋したものである。『東京経大学会誌 経済学』、317号、2023年。