周牧之 東京経済大学教授
編集ノート:“2020年中国国際サービス貿易交易会”の一環として2020年9月6日に行われた“2020北京文化産業発展大会”にて、周牧之東京経済大学教授は、“文化・スポーツ・娯楽輻射力から見た北京の文化産業の発展”をテーマに基調講演した。北京文化産業の発展を総括するとともに、直面する課題を分析し、発展アプローチを模索するヒントを示した。周牧之教授は、同基調講演を基に論文を寄稿した。
1.中国都市文化・スポーツ・娯楽輻射力2019
〈中国都市総合発展指標〉に基づき、雲河都市研究院は中国全297地級市(地区級市)以上の都市(日本の都道府県に相当する行政単位)のすべてをカバーする「中国都市文化・スポーツ・娯楽輻射力2019」を公表した。北京、上海、成都、広州、武漢、南京、杭州、西安、深圳、重慶が、同ランキングトップ10入りを果たした。北京は他に類がない優位性で首位に立った。
長沙、天津、鄭州、蘇州、済南、瀋陽、ハルビン、合肥、青島、長春が第11位〜20位にランクインした。福州、寧波、昆明、無錫、南通、太原、石家庄、大連、南寧、南昌が第21位~30位だった。これらトップ30入りした都市のほとんどは、首都、直轄市、省都、計画単列市などの中心都市であった。トップ30で中心都市でない一般都市は僅か3つで、それらはすべて江蘇省の都市である。文化・スポーツ・娯楽産業(以下文化産業と略称)において中心都市の優位が一目瞭然となり、江蘇省の文化の厚みも際立った。
〈中国都市総合発展指標〉は、雲河都市研究院と中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司(局)が共同開発した都市評価指標である。2016年以来毎年、中国都市ランキングを内外に発表してきた。現在、中国語(『中国城市総合発展指標』人民出版社)、日本語(『中国都市ランキング』NTT出版)、英語版(『China Integrated City Index』Pace University Press)が書籍として出版されている。
同指標の特色は、環境、社会、経済の3つの軸(大項目)で中国の都市発展を総合的に評価したことにある。大項目ごとに3つの中項目を置き、3つの中項目ごとに3つの小項目を置く3×3×3構造となっている。小項目ごとにさらに複数の指標が支えている。“文化・スポーツ・娯楽輻射力”は、こうした指標のひとつである。
これらの指標は、785のデータによって構成されている。指標はまた、統計データのみならず、衛星リモートセンシングデータ、そしてインターネット・ビックデータから成る。
輻射力とは広域影響力の評価指標であり、都市のある産業の製品やサービスの外部への移出・移入の力を測る指標である。輻射力が高いと、当該産業が外部へ製品やサービスを移出する能力を持つ。輻射力が弱い場合は、都市は当該産業の製品やサービスを外部から購入しなければならない。
2.文化産業における北京の比類なき優位性
“中国都市文化・スポーツ・娯楽輻射力2019”は、「収益・フロー」、「劇場など資産」、「人材資源」の3つのカテゴリーから成る。
まず、「収益・フロー」から見ると、同輻射力トップ30都市の文化産業の営業収入合計は、全国の67.9%を占めている。つまり、297都市中上位10%の都市は、全国の文化産業営業収入の7割を稼いでいる。文化産業の上位都市への集約度は非常に高いことが伺える。なかでも首位の北京は、同営業収入における全国のシェアが24.8%にも達している。一つの都市が全国の文化産業営業収入の4分の1を占めたことは、北京の際立った優位性を示している。
「収益・フロー」を構成する一部データから、さらに深く見ていくと、映画館・劇場のチケット収入では、トップ30都市の合計が全国の54.5%に達し、北京が全国の5.7%を占めている。映画館・劇場の観客数では、トップ30都市の合計が全国の52%に達し、北京が全国の4.5%を占めている。博物館・美術館の来場者数では、トップ30都市の合計が全国の46%に達し、北京が全国の6.9%を占めている。
また、「劇場など資産」から見ると、同輻射力トップ30都市の文化産業資産総額の合計は、全国の72.3%を占めている。とくに北京は全国の26.4%と、4分の1超のシェアを誇っている。
「劇場など資産」を構成する一部データから、さらに深く見ていくと、映画館・劇場では、トップ30都市の合計が全国の34.9%に達し、北京が全国の2.7%を占めている。美術館では、トップ30都市の合計が全国の46.8%に達し、北京が全国の6.4%を占めている。博物館では、トップ30都市の合計が全国の38.6%に達し、北京が全国の3.4%を占めている。公共図書館蔵書量では、トップ30都市の合計が全国の53.7%に達し、北京が全国の6.6%を占めた。重要文化財に至っては、トップ30都市の合計が全国の84.2%に達し、北京が全国の46.6%をも占めている。
さらに、「人材資源」から見ると、同輻射力トップ30都市の文化産業従業者数の合計は、全国の53.3%を占めている。北京の全国に占めるシェアは12.8%であった。
なぜ北京は文化産業において全国12.8%の従業者数で、24.8%の営業利益を稼ぎ出すことが出来たのか?
その理由のひとつは、同産業における北京の強大な資産力にある。これは全国に占める北京の文化産業での資産総額と営業収入のシェアが同じで、ほぼ4分の1に達していることから伺える。
より重要なのは、文化産業におけるトップ級の人材が、北京に集中していることである。これは「人材資源」を構成する一部データから見て取れる。国家一級俳優では、トップ30都市の合計が全国の95.9%を総占めし、とくに北京が全国の63%を占めるに至った。国家一級美術師では、トップ30都市の合計が全国の75.1%に達し、北京が全国の37.2%を占めている。矛盾文学賞の受賞者では、トップ30都市の合計が全国の91.7%にも達し、北京が全国の47.9%と約半分を占めている。オリンピック金メダリストに至っては、トップ30都市の合計が全国の68.3%に達し、北京が全国の5.7%を占めた。
以上のデータから伺えるのは、北京がまさにスーパースターの煌めく大舞台となっていることである。これらスーパースターと、良質な資産力をもって、北京は中国最大のエンターテイメントメーカーと相成っている。
3.中日比較:文化産業と観光産業の相互発展
2018年3月、中国は文化・旅遊部(省)を設立し、文化と観光両産業を一つの部門で管理することとなった。これは、文化と観光という二つの産業の相互発展を促す重要な措置である。
中国の文化と観光両産業の相互発展の状況を分析するために、本論は「中国都市総合発展指標」を用い、全国297地級市以上の都市の“文化・スポーツ・娯楽輻射力2019”と海外旅行客数との相関関係を分析した。その結果、両者の相関係数は僅か0.55に過ぎなかった。
相関分析は、二つの要素の相関関連性の強弱を分析する手法である。係数が1に近い程、二つの要素の間の関連性が強い。相関係数が0.55であることは、両者の関連性がそれほど高くないことを意味する。
本論はまた、日本の47都道府県の“文化・スポーツ・娯楽輻射力2019”と海外旅行客数との相関関係を分析した。その結果、両者の相関係数は0.82に達した。相関係数が0.8−0.9になると、「非常に強い相関」とされる。つまり、日本では“文化・スポーツ・娯楽輻射力”が強い都市で、インバウンドも盛んである。
上記の中日相関関係の分析から伺えるのは、日本ではすでに文化産業と観光産業において、相互発展の局面が形成されているといえよう。これに対して、中国では文化産業と観光産業の間の連携がまだ乏しい。
戦後、製造業の輸出力を伸ばすことで経済大国に上り詰めた日本は、2003年に突如「観光立国」政策を打ち出した。同年、日本の海外旅行客数は僅か521万人で、世界ランキング中第31位に甘んじていた。
立国政策にまで持ち上げられた日本の観光産業はその後、猛発展を遂げた。2009年には、海外旅行客数は3,188万人に達した。
2003年から2018年までに日本の海外観光客数は5倍も伸びた。その間、海外諸外国の同伸び率は其々、ドイツは1.1倍、中国とアメリカは共に0.9倍、スペインとイギリスは共に0.6倍、フランスは僅か0.2倍であった。
日本ではインバウンド政策が奏功した。海外観光客数世界ランキングにおいても日本は、2003年の第31位から2018年の第11位へと、15年間で20カ国を飛び越える躍進ぶりだった。
相関関係分析の中日比較で、もう一つの違いが明らかになった。中国の海外旅行客数と国内旅行客数との相関係数は僅か0.45であり、両者の間の関連性は低かった。つまり、国内旅行客が大勢詰めかける都市は必ずしもインバウンドの盛んな地域ではなかったのだ。世界に大勢の海外観光客を送り出している中国で、海外観光客と国内観光客の地域嗜好の違いが大きいことは、実に考え深い。
これに対して、日本では海外観光客数と国内観光客数の相関係数は0.87に達し、「完全相関」に近い。すなわち海外観光客も国内観光客もほぼ同じ地域嗜好になっている。これは興味深い発見である。
もちろんこうした違いをもたらした一つの理由は、中国大陸に訪れた海外観光客数の中に、香港、澳門(マカオ)、台湾省の華僑のデータが含まれていることにある。彼らは頻繁に広東省、福建省の沿海の都市を往来している。このような統計コンセプトの特色も、中国における海外観光客数と国内観光客数の二つのデータの「関連性」の低さを助長している。
4.文化産業との関連性比較:IT産業VS 製造業
本論はさらに全国297地級市以上の都市の“文化・スポーツ・娯楽輻射力2019”と“製造業輻射力”との相関関係を分析した。その結果、文化産業と製造業との二つの産業の輻射力の相関係数は、僅か0.43で、関連性は低かった。
日本の47都道府県の“文化・スポーツ・娯楽輻射力2019”と“製造業輻射力”との相関関係も分析した。その結果、両者の相関係数は−0.5であった。つまり、日本では文化産業と製造業との関連性が低いどころか、むしろ相互離反していた。
改革開放初期、中国では投資誘致のために各地でコンサートやフェスティバルを盛んに開催していた。これについて当時、上海浦東開発の責任者を務めていた趙啓正氏は批判的であった。同氏曰く、「文化人や芸術家が来ても投資しない。企業家が来てもコンサートには足を運ばない」。製造業がメインだった当時、これは冷静かつ正確な判断であった。
しかし現在、中国経済を牽引するIT産業では、文化産業との関係において異なる風景が見えてくる。全国297地級市以上の都市の“文化・スポーツ・娯楽輻射力2019”と“IT産業輻射力”との相関関係を分析した結果、両者の相関係数は0.94にも達し、「完全相関」関係を示した。
本論はまた、日本の47都道府県の“文化・スポーツ・娯楽輻射力2019”と“IT産業輻射力”との相関関係を分析した。その結果、両者の相関係数は中国以上に高く0.97であった。
上記の分析からわかるように、中国にしろ日本にしろIT産業はおしなべて文化産業が発達した都市に身を置いている。IT産業と文化産業はまるで一蓮托生である。
5.北京都市圏VS東京都市圏
中国では北京の文化産業輻射力が他の追随を許さない優位に立っている。故に、世界のトップクラスの都市と比較しなければ真の意味での課題をあぶり出すことはできない。
今日、ロンドン、ニューヨーク、パリ、東京といった世界都市では、文化産業がすでにIT産業、金融産業、イノベーション、高等教育、企業本社機能といった交流経済を惹きつける魅力の源泉となっている。とくに、これらの世界都市においては、文化産業と観光産業が相互に刺激し合う大きな存在となっている。
本論は、東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県からなる“東京都市圏(以下東京圏と略称)”と、北京市の行政エリアを都市圏として捉えた“北京都市圏(以下北京と略称)”とを、比較分析する。
北京は面積では東京圏と比べ20%大きい。これに対して、常住人口では東京圏の60%に過ぎず、GDPに至っては東京圏の30%しかない。しかし、北京の二酸化炭素の排出量は、東京圏より20%も多い。
さらに一人当たりの指標で比較すると、北京の一人当たりGDPは東京圏の50%であるにもかかわらず、一人当たり二酸化炭素排出量は東京圏の2.1倍にも達している。単位GDP当たりエネルギー消費量に至っては、北京は東京圏の7.4倍である。
こうした比較から、産業構造、エネルギー構造、都市構造そして生活様式において北京は東京とはまだ大きな開きがあることが伺える。なかでも、北京の文化産業および観光産業は相互発展の局面には至っておらず、経済社会における比重のまだ低いことが、一つの要因である。その意味では、北京が世界レベルの文化観光都市へと転換することこそ、未来のあるべき姿だろう。
北京の海外旅行客数は2019年、東京圏の14%に過ぎなかった。且つ、その統計には56万人の香港・マカオ・台湾省の華僑のデータも含まれている。2000年から2019年までの北京の海外旅行客数は282万人から377万人へと34%増加した。この間、東京都に限って言えば海外旅行客数は418万人から1,410万人へと膨れ上がり、237%もの増加を見せた。東京は千客万来の世界都市へと、華麗なる変身を果たした。
海外旅行客が東京にもたらした巨大な利益は、インバウンドの消費だけではない。さまざまな理由で訪れた海外観光客は、IT産業のような交流経済に大きな刺激を与えている。東京が日本においてIT産業で圧倒的なパワーを誇るのは、こうした交流経済における利便性が大きな一因であろう。
上記の分析から、海外旅行客の数にしろ増加率にしろ、北京は東京に比べ、なお大きな隔たりがあることが分かった。北京が如何にして世界にとってより魅力ある文化観光都市へと変貌を遂げていくのかが、大きな課題である。
魅力ある国際都市になるには、世界に通用する理念とロジックおよび手法とで、自身の文化の特色を演出するべきである。
例えば、“食”は、重要な交流の場でもある。世界的に見てもIT産業が発達した都市のほとんどは美食の街でもある。北京では数多くの中国の特色ある著名なレストランがある。しかし、国際的にトップ級のレストランの数は、東京圏の10%しかない。この点、東京都内では現在、ミシュランの星付きレストランが219軒にものぼり、世界で最もミシュランレストランが密集する都市となっている。しかも、これらレストランの65%は和食で、シェフの多くが海外で修行した経験を持つ。優秀なシェフはグローバルな経験をして和食と洋食のフュージョンを起こしたが、同化は起きていない。和食が現在、世界に歓迎されている要因の一つには、外で得た見識を持ちながら自身の文化的特色を引き出すシェフ達の存在がある。
世界を理解する努力と、世界に自身を理解してもらう努力とを、同時に行っていかなければならない。これが、世界都市への道のりには、欠かせない認識である。