【論文】周牧之:増え続ける世界そして中国の人口をどう養うか?(Ⅰ)

How to feed the growing world and Chinese population?

周牧之 東京経済大学教授

■ 編集ノート: 
 ロシア・ウクライナ戦争は、世界の食糧価格に大きな変動を引き起こし、食糧危機が国際社会で再びトピックとなった。周牧之東京経済大学教授が、論文の前半で、増え続ける地球人口を如何に養ってきたか、また世界食糧供給システムの罠、そして脆弱さを解き明かす。


 いまから半世紀前の1972年、ローマクラブという学術団体から『成長の限界』[1]と題したレポートが公開された。地球はこれ以上の人口を支えられないと警告したことで、大きな反響を巻き起こした。人口増加がもたらす食糧問題へのリスク意識を一気に高めた同レポートは当時、各国の政策立案者たちの重要な道標となった。

 『成長の限界』の警鐘にもかかわらず、いま、世界人口は1972年から倍増した。もっとも、世界の食糧供給は人口増を上回るペースで増え続けた。

 世界の食糧供給増大の要因は何か?これによって生じた不利益とは?現在の世界食糧供給システムを脅かす要因は何だろうか?本論は以上の問題意識に基づいて展開する。後半ではさらに中国の食糧問題についても言及する。

1「緑の革命」に支えられた食糧供給


 図1は1800年から今日までの世界人口を各地域別に表したものである。同図が示すように、世界人口は、『成長の限界』が発表された1972年から今日まで2倍以上増加した。同報告書の警鐘をよそに、世界人口はアジアとアフリカを中心に猛スピードで増えた。

図1 世界人口増加の推移と予測(1800〜2100年)

出所:オックスフォード大学「Our World in Data」データセットより作成。

 図2では、1961年を起点として、今日までの世界人口、世界穀物耕地面積、世界穀物生産量、そして世界平均単位面積穀物生産量の推移を整理した。同図が示すように、世界穀物生産量は人口増以上に増えてきた。この間、世界人口は約2.5倍になったのに対し、世界の穀物生産量は約3.5倍となった。しかし穀物耕地面積は僅か14%しか増えていない。つまり、穀物生産量を伸ばした最大の要因は、耕地の拡大ではなかった。

 穀物生産量増大の最大の要因は、単収(単位面積当たりの穀物収穫量)が3.1倍になったことである。言い換えれば、土地の生産性が劇的に向上した。これは「緑の革命」の成果である。

 「緑の革命」については解釈が様々あるが、基本的には、化学肥料や農薬の投入、灌漑施設の整備、遺伝子組み換えを含む高収量品種の開発、そして農業の機械化及び組織化などを指す。これらの取り組みは農業生産性を大幅に向上させた。

 「緑の革命」は『成長の限界』で取り上げられた食糧危機を回避し、増え続けた人口を養った。

図2 世界人口、穀物生産量、穀物耕地面積、単収の推移(1961〜2021年)

出所:国連食糧農業機関(FAO)、オックスフォード大学「Our World in Data」データセットより作成。

2.農業生産性における先進国と途上国の格差拡大


 「緑の革命」は、人口を養う能力を地球規模で大きく高めた。しかし、「緑の革命」が農業への資金投入度を高め、農業を「資本集約産業」にしたことで、先進国と途上国の農業生産性の格差拡大ももたらされた。

 灌漑施設の整備、品種の改良、化学肥料と農薬の大量投入、大規模な農場化、機械化、先進的な農業管理技術の導入などは、膨大な資本力を必要とする。農業、とくに小麦産業を大規模な資本投入産業へと変貌させた結果、資本力と補助金とで強い生産体制を築いたアメリカそしてEUで農業の生産性は高まり、輸出産業にまで成長した。

 一方で、多くの発展途上国、特にアフリカ諸国は、資本力の欠如により「緑の革命」の恩恵から疎外されている。図3は、世界各国を所得別に高所得国、高中所得国、低中所得国、低所得国の四つのグループ[2]に分け、其々の農業就業者一人当たり農業付加価値額、つまり農業の労働生産性を計算したものである[3]。同図が示すように、農業の労働生産性を見ると、所得の高い国ほど高い。最上位の高所得国と最下位の低所得国との間の農業労働生産性の格差が、49倍にもなった。すなわち農業は資本投入により、付加価値も相応に増える「資本集約型産業」になった。これが農業の労働生産性だけでなく、耕地の単収にそのまま反映されている。

図3 農業就業者一人当たり農業付加価値額(2019年)

注:アルゼンチンは通貨安の影響により異常値となっていることからランキングから除外。
出所:国連食糧農業機関(FAO)、オックスフォード大学「Our World in Data」データセットより引用、加筆。

3.食糧貿易の光と影


 そもそも各国の気候、地理、風土などの自然条件で農業の生産性は異なる。加えて、上記の資本力と補助金などで農業の生産性はさらに拡大した。こうした農業生産力のギャップを埋めたのは、食糧貿易であった。

 貿易がアフリカを始めとする食糧不足地域の人口増を支えた。しかし安い食糧輸入は、食糧生産コストの高い国の食糧産業を圧迫し、壊滅に追い込みさえした。これらの地域の食糧対外依存は構造的なものとなり、資本が乏しい国々では、先進国への食糧供給依存が深まった。

 なかでもアメリカの穀物生産力の捌け口として、アフリカ諸国は重要だった。しかし、中国をはじめとするアジアの飼料需要の急増や、穀物のバイオ燃料化という新ニーズの出現[4]によって、アメリカにとってのアフリカ市場の重要性が低まった。そこの穴を埋めたのがロシアとウクライナの小麦の輸出であった。

図 4 世界四大食糧輸出量の推移(1961〜2021年)

出所:国連食糧農業機関(FAO)データセットより作成。

 図4は、1961年から2021年までの60年間、世界の小麦、トウモロコシ、大豆、コメの四大穀物の輸出量の推移を表している。小麦は最も輸出比率の高い穀物である。特に、アメリカにおいては、生産される小麦の大半が輸出されている。

 中国を始めとする新興国家の輸入増大などによってトウモロコシや大豆の輸出も急速に拡大している。

 小麦、トウモロコシ、大豆の主要な輸出地域はアメリカ、EU、カナダ、およびオーストラリアであるが、21世紀に入ってからは、ロシアやウクライナも小麦の輸出において重要な地位を占めている。ロシアによるウクライナ侵攻の直前、ロシアとウクライナを合わせた小麦の輸出の世界シェアは30%に達した。また、米中貿易摩擦の影響で最近、大豆の輸出国としてブラジルも大きな存在感を示し始めた。

 一方で、コメの輸出比率は低く、大きな伸びを見ない。これは、コメが、生産地と消費地がほぼ一致する典型的な自給自足型穀物だからである。なお、近年、インドのコメ輸出が増大し、世界最大の輸出国となっているが、輸出規模はまだ限定的かつ不安定である[5]

図 5 世界農産物貿易フロー(付加価値額ベース)(2020年)

出所:英国王立国際問題研究所データベースより引用、加筆。

 図5で、2020年における付加価値額ベースの世界農産物貿易フローを整理した。農産物貿易アイテムとして、金額ベースで多いものから順に、園芸作物(野菜、果樹、花など)、油用種子、穀物、肉類、そして魚介類・水産物となる。

 農産物輸出のトップ5は、多い順にアメリカ、ブラジル、オランダ、ドイツ、中国である。同輸入のトップ5は、多い順に中国、アメリカ、ドイツ、オランダ、日本である。

 二国間の農産物貿易量で最も多いのがブラジルから中国への輸出であり、次いでアメリカから中国、メキシコからアメリカ、オランダからドイツ、そしてカナダからアメリカへの輸出が続く。中国は農産物貿易のバイヤーとしての存在が目立つ。

 各国で農業生産性の格差はあるものの、農産物貿易は世界全体の食糧供給を支えている。しかし、ロシアによるウクライナ侵攻は、世界の食糧供給システムを大混乱させた。図6は、1990年から2023年4月までの世界穀物価格の月別推移を示している。同図で分かるように世界穀物価格は同侵攻によって激しく乱高下した。中でも構造的に食糧を対外依存するアフリカ諸国への打撃が深刻である。国連食糧農業機関(FAO)や世界食糧計画(WFP)の報告[6]によると、2022年に急性飢餓人口[7]は過去最高の2億5,800万人に達し、前年比で6,500万人も増えた。これは、食糧価格の急騰が主な要因として挙げられる。ロシアとウクライナからの食糧輸出の激減で、「食糧危機」という近年忘れ去られていた政策イシューが、再び浮上してきた。

図6 世界穀物価格推移(1990〜2023年)

出所:国連食糧農業機関(FAO)データセットより作成。

4.化学肥料のグローバルトレード


 ロシアによるウクライナ侵攻は、化学肥料のグローバルトレードにも大きな影響を及ぼしている。「緑の革命」の立役者としての化学肥料の供給も国際貿易に依存している。図7は、2020年の化学肥料貿易フロー(付加価値額ベース)を整理したものである。同図によると、化学肥料輸出国のトップ5国は、多い順にロシア、中国、カナダ、モロッコ、アメリカである。一方、化学肥料輸入国のトップ5国は、多い順にブラジル、インド、アメリカ、中国、フランスである。

 二国間化学肥料貿易で最も多いのが、カナダからアメリカへの輸出である。ロシアからブラジルへ、中国からインドへ、アメリカからカナダへ、そしてモロッコからブラジルへの輸出が続く。

 化学肥料貿易の動向から、各国間で化学肥料のトレードが複雑に絡み合っていることが分かる。それは化学肥料生産資源の分布や各国の土壌特性などに因る。ロシアによるウクライナ侵攻はこうした複雑な貿易システムに打撃を与え、世界の農業生産に大きな影響を及ぼしている。

図 7 化学肥料貿易フロー(付加価値額ベース)(2020年)

出所:英国王立国際問題研究所データベースより引用、加筆。

[1] ローマクラブの『成長の限界』は、人口や経済の急激な成長が続けば地球の資源や環境に限界が訪れると予測した​​。同レポートは、資源と地球の有限性に焦点を当て、マサチューセッツ工科大学のデニス・メドウズ(Dennis Meadows)を主査とする国際チームが「システムダイナミクス」の手法を使用してまとめた研究である。詳細はドネラ・H・メドウズら著『成長の限界—ローマ・クラブ人類の危機レポート』、ダイヤモンド社、1972年を参照。

[2] 世界銀行は国々の所得水準に基づいた分類を定義しており、2023年度の基準によれば、1人あたりの国民総所得(GNI)が13,205ドル以上の国を「高所得国」とし、4,256ドルから13,205ドルまでの国を「高中所得国」とし、1,086ドルから4,255ドルまでの国を「低中所得国」とし、1,085ドル以下の国を「低所得国」として分類している​。

[3] 農業就業者一人当たりの農業付加価値額は、農業、林業、漁業から生み出される付加価値を、これらの部門で働く人の数で除したものである。このデータは米ドルで表示されており、インフレ調整済みだが、各国間の生活費の差は考慮されていない。

[4] 2021年、全世界のトウモロコシの16%がバイオ燃料として使われた。アメリカではその比率がさらに高く、34%に達している。

[5] 2023年7月、インドはコメの輸出を部分的に禁止した。同輸出制限措置は、インド国内のコメ価格の安定と供給とを目的に実施されたが、コメの輸入国、特にアフリカ諸国に食糧価格の上昇や飢餓問題の深刻化などの影響を及ぼしかねない。

[6] 「食料危機に関するグローバル報告書(Global Report on Food Crises, GRFC)」は、急性食料供給不安の状況と原因を評価し、提言を行う目的で年次発表されている。同報告書は「食料危機対策グローバルネットワーク」の事業の一環であり、国連食糧農業機関、世界食糧計画、欧州連合、ユニセフ、アメリカ、世界銀行など16のパートナー機関により支援されている。同ネットワークは、人道的および開発行動を促進するための独立したかつ合意に基づいた証拠と分析を提供する。今年5月に発表された2023年版報告書では緊急の食料と生計の支援を必要とする人々の数が増加し、ロシアのウクライナ侵攻や経済不況が影響しているとした。

[7] 急性飢餓人口とは、食料不足や栄養不十分により、健康と生命が直接脅かされている人々を指す。急性飢餓は通常、食料不足、高い食料価格、戦争や紛争、天候変動などの緊急事態により発生する。


本論は東京経大学個人研究助成費(研究番号21-15)を受けて研究を進めた成果である。

(本論文では栗本賢一、甄雪華、趙建の三氏がデータ整理と図表作成に携わった)


 本論文は、周牧之論文『増え続ける世界そして中国の人口をどう養うか?』より抜粋したものである。『東京経大学会誌 経済学』、321号、2024年。

(※論文後半はこちらから)