【講演録】米中貿易摩擦、そして新型コロナウィルスパンデミックの衝撃下にある中国経済


国立研究開発法人科学技術振興機構
中国総合研究・さくらサイエンスセンター 第134回研究会


■ 研究会開催 ■
「米中貿易摩擦、そして新型コロナウィルスパンデミックの衝撃下にある中国経済」

・講師:周 牧之:東京経済大学教授、経済学博士
・日時:2020年9月29日(火)15:00〜16:00
・開催方法:WEB セミナー(Zoom利用)


【動画】「米中貿易摩擦、そして新型コロナウィルスパンデミックの衝撃下にある中国経済」


【講演概要】

 講演は中国都市総合発展指標を用いながら、以下の3点を柱に行う。

1.なぜ大都市医療能力は、新型コロナパンデミックでこれほど脆弱に?
 武漢は新型コロナウィルスの試練に世界で最初に向き合った都市であった。武漢は「中国都市医療輻射力 2019」全国ランキング第6位の都市である。なぜ、武漢のこの豊富な医療能力が新型コロナウィルスの打撃により一瞬で崩壊したのかについて解説する。

2.コロナショックでグローバルサプライチェーンは何処へいく?
 中国で最強の製造業力をもった都市が、米中貿易摩擦とコロナ禍で大打撃を受けた。伝統的な輸出工業の発展モデルはどのような限界に突き当たったのか?製造業そしてグローバルサプライチェーンはどこに向かうのかについて、「中国都市製造業輻射力2019」で解説する。

3.加速化する IT 産業の発展
 ロックダウン、テレワークなどによる生活様式の変化は、アリババ、騰訊を代表とするIT産業の躍進をもたらしている。その実態について「中国都市IT産業輻射力2019」を用いて解説する。


【講演録】

司会:これから第 134 回中国研究会を始めさせていただく。今回もオンラインでのウェブセミナーとして開催する。

 今回は東京経済大学経済学博士の周牧之先生にご登 壇いただく。講演タイトルは「米中貿易摩擦、そして新型コロナウィルスパンデミックの衝撃下にある中国経済」である。先生のご経歴の詳細は割愛させていただく。周先生の研究の専門は、中国経済論、都市経済論等である。それでは先生、どうぞよろしくお願いいたします。

周:東京経済大学の周です。よろしくお願いします。

 本日は3つの話で、中国の経済社会が直面している状況と課題を皆さんと一緒に整理していきたいと思っている。

 1つ目は中国の新型コロナウィルスへの対応。2つ目は製造業の直面している課題。3つ目は IT 産業の状況。これらを輻射力という指数で整理して話したい。

 輻射力とは、それぞれの都市をある産業の能力を計る指数である。輻射力が高い場合は、その産業の輸出力がある。輻射力が低い場合はこの都市ではその産業の製品やサービスは輸入しなければならないということだ。本日は、医療輻射力、製造業輻射力、IT輻射力の 3つの輻射力を使って迫っていきたい。これらの輻射力は全て中国都市総合発展指標の中に全て出てきている指数である。

中国都市総合発展指標

 そもそも中国都市総合発展指標がどのようなものかというと、中国の都市を評価するためのある種の分析ツールである。ご存知のように中国では改革開放以来、地域間の競争で成長を引っ張ってきた。いわゆるGDP(国内総生産)という指標のもとで地域間競争してきた。これがある意味中国の今日までの経済成長の一つの原動力になっていたが、あまりにも単一な指標のもとでの競争ということで、経済・社会・環境に大きな歪も持たせていた。そういうものを是正するために国家発展改革委員会という中国の経済政策の司令塔と一緒に環境・社会・経済の3つの軸で中国の都市を評価する分析の政策ツールを開発した。

中国都市総合発展指標・指標構造

 中国都市総合発展指標には、いくつかの特徴がある。まず構造上の特徴としては環境・社会・経済という3つの大項目となっている。一つの大項目においては3つの中項目があり、一つの中項目には3つの小項目がついている。非常に美しい「3・3・3構造」となっている。また、日本の場合は政府と都道府県と市町村の3つのレイヤーだが、中国の行政は日本と違って5つのレイヤーがある。我々が評価するのは省のレイヤーに属する直轄市とその下のレイヤーにある地区級地方政府。地区級地方政府の中で都市とみなされているものが294あり、プラス4の直轄市があるので298の都市が我々の評価対象となる。これは中国のこのレベルのエリアの88%の行政単位をカバーしており、基本的に日本の都道府県ベースと考えてよいと思う。「中国都市総合発展指標・指標対象都市」のこの地図で見るとよくわかるが、桜色のエリアは中国都市総合発展指標の対象であり、赤いところは直轄市である。灰色のエリアは人口密度の低いところで中国政府が都市と認めていないので除外している。要するに「中国都市総合発展指標」は、ほとんどの中国の経済社会の活動を網羅しているということが言える。

中国都市総合発展指標・評価対象都市

 中国都市総合発展指標における指標構造のデータにも特徴がある。基本的に27の小項目があり、その下に小項目を支えている178の指標がある。本日使用する3つの指標がこの中のものになる。さらにこの178の指標を支えているのが785のデータである。これらのデータの構成も非常に特徴がある。今までの中国やほかの国をみてもそうだが、統計データだけでは都市を捉えるにはまだまだ不完全である。

中国都市総合発展指標・指標構成

 中国都市総合発展指標は統計データだけではなく、衛星リモートセンシングデータやインターネットのビッグデータを3分の1ずつ取り入れている。ある意味では五感で都市を感知するマルチモーダルインデックスとなっている。これは世界でも初めてのタイプのインデックスである。こういうスーパーインデックスを用いて、我々は都市という細胞を一つずつ分析することができる。中国のように多様性に満ちた国のほぼすべてのことが細胞レベルで分析できる。つなげていけば中国全土の動きが見える。また時系列的にも捉えてきているので変化も見える。これによって中国の 経済社会の動きは非常に的確に捉えられるようになった。

 この指標の開発にはたくさんの人々に参加いただき議論し知恵をいただいた。中国や日本でたくさんの会合を行い、議論を重ね、ようやくこの分析ツールが出来上がった。2016 年に発表し、中国では、2017 年、2018 年と3つの年度にわたって発表を続けてきた。2019 年版も発表を始めたところである。2018 年の日本語版は10月に発表される予定で、英語版は 2 カ月前にアメリカで発表された。

【なぜ大都市医療能力は、新型コロナパンデミックでこれほど脆弱に?】

 このような分析ツールを使って、まず中国の新型コロナウィルスパンデミックの対応がどうなっているのかというのを皆さんと一緒に分析してみたい。

 ご存知のように昨年の年末から新型コロナウィルスの話が出始め、1月23日に武漢市がロックダウンされた。新型コロナウィルスが一気に武漢から中国、中国から世界へと広がった。このような状況の中で、私も何か貢献できないかと自問自答する中で、どうもオゾンがこのウィルス対策に役に立てるのではないかと研究を始めた。2月18日には新型コロナウィルス対策にオゾン利用を提唱する論文を中国語版で発表し、その後英語版、日本語版と発表し、これにはかなり大きな反響があった。

 私の発表した論文の中で書かれていることは、今日は時間の制約があるので詳しく言えないが、3つの仮説をまとめると、①自然界の低濃度オゾンが地球上の 細菌やウィルスといった微生物の過度な増殖を抑制してきた。②ウィルスは季節によって活力の違いがある。 例えばインフルエンザは冬に威力が強くなり、夏になると消えてしまう。今までの学者は気温や湿度に因果関係があるのではないかと研究してきたが、うまく結論に至っていない。私はオゾンが原因ではないかと仮説をたてた。オゾンは季節によって濃度が変化するので、この酸化力を持つオゾンこそがウィルスを抑制する神の手ではないか。③オゾンは低濃度でも新型コロナウィルスに対して不活性化させる威力を持つ。低濃 度で有人の空間に流すことによって、ウィルスを不活性化することができ、ウィルス対策にかなり有力な武器となるのではないか―という3つの仮説である。

 これらの仮説によりウィルス対策にオゾンを使用しようと国内外に提唱した。これはかなりの反響があった。

 また武漢市の医療体制がなぜ医療崩壊に至ったかについて研究し、4月20日に発表した。

 武漢は人口規模が1,400万人であり、東京都と同じ程度の人口規模と密度を持つ街である。この街は医療のリソースが実は豊かな街である。我々が発表した2019年度の中国医療輻射力の中では、武漢は中国の298の都市の中で、上から6位であった。実際にどのくらいリソースを持っているかというと、東京とニューヨークと比較してみると、武漢の1,000人当たりの医師数は4.9人であり、東京の3.3人、ニューヨークの4.6人よりも多い。また1,000人あたりの病床数も武漢は8.6床。これはニューヨークの2.6床よりはるかに多く、東京の9.4床に近い。武漢は非常に豊かな医療のリソースを持っていることが分かる。

 問題は一瞬にして医療崩壊に至ったことだ。原因については、限られた情報をもとに私が分析をした結果、 ①医療現場がパニックに陥った、②医療従事者が大幅に減員された、③病床が足りなかった、という3点だと考えられる。

 具体的にみてみると、オーバーシュートの時には武漢では大勢の人々が病院に駆け込んだ。これが医療現場に大混乱をもたらして、医療リソースを重症患者に与えられなかったため致死率が一気に上がった。

 さらに病院の院内感染により大勢の人たちが病院で感染してしまった。中国での今回の新型コロナウィルス感染による死者数を見てみると、約83%が武漢に集中している。これらの死者の大半は医療現場のパニッ クによるものではないかと考えられる。

 2点目は医療従事者の大幅な減員だ。当時は未知のウィルスに対して知識や装備がなかったということと、検査や治療を行う際の医療行為に危険を伴うものがあり、これにより大勢の医療従事者が感染した。中国では、なかなか良いデータが見つからなかったが、国際看護 師協会が5月6日に出した30カ国の報告データによると、その時点ですでに9万人の医療従事者が感染していた。イタリアの4月26日までのデータを見てみると、2万人弱の医療従事者が感染。東京都の発表では、1月〜6月までに48の医療機関で院内感染が発生し、 医師、看護師そして患者計889人が感染、うち140人が亡くなった。院内感染者数は都内同期間の感染者の14%に相当した。

 もう一つの問題は病床が足りなかったことである。当時、マスクから呼吸器まで様々な医療機器が不足していた。さらに深刻なことは、病床が激しく不足していた。これだけ感染力の強いウィルスなので、しっかりとした体制を整えた病床が簡単に作れず、一気に増えた 患者数に追い付けなかった。これらの問題に対して、中国はどのような対策をとったかというと、まず1月23日に武漢市をロックダウンした。翌日の24日には、武漢市がある湖北省を公衆衛生上の緊急事態対応(Emergency response)レベル1級にした。1級レベルとは、工場、仕事、教育機関をすべてシャットダウンし、人の移動を極力抑えるというものである。ある意味では人と人との接触を極力シャットダウンするという体制であった。

 実は中国には2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)をきっかけに整備した国家的公衆衛生上緊急事態の対応体制があり、それに基づき一気に最高レベルまで引き上げた。1月29日には中国全土を1級となった。 これにより中国では感染者の爆発的な増加がシャットダウンされた。また医療従事者の不足に対しては全国から武漢を含む湖北省へ医療従事者 42,000人を派遣した。これにより、武漢の医療崩壊も食い止められた。感染地域に迅速かつ大規模な援軍を送れるかどうかというのが非常に大きなポイントになる。

 3番目の病床の不足については、武漢で重傷患者者用の専門病院を10日間で2棟建て、さらに軽症患者用の病院を16カ所開設し、病床不足の問題は一気に解決された。

 また、我々のオゾンの研究もかなり生かされていた。一緒にオゾン研究をしていた中国の大手エアコンメーカー遠大グループの創業者である張躍氏が私の友人であり、二人で毎日のように電話で情報を共有し、研究を行っていた。遠大グループは武漢の病院にオゾンの発 生機能を持つ空気清浄機を数多く送り込んだ。これにより、かなり院内感染を防ぐことができたという報告があった。

 2月21日に、早くも甘粛省は対応レベルを1級から3級へと引き下げた。武漢市も4月 8日にロックダウンを77日ぶりに解除した。6月13日には、中国全土のほぼすべての地域が緊急対応3級に引き下げられた。よって、中国は全土をロックダウンに近い緊急事態対 応第1級にして感染拡大を封じ込めたとして、その後、6月13日までに徐々に緊急対応3級に引き下げた。3級というのは、条件付きで普通の生活・仕事ができるようになると理解してよいと思うが、ただし感染状況によって、局地的に上がったり下がったりすることが繰り返されている。例えば6月16日に北京では、クラスター感染があり3級から2級に上げ、1カ月後には3級に引き下げた。そういうことを繰り返しながら、現在の中国国内では、ほぼ普通に生活できるようになっている。

【コロナショックでグローバルサプライチェーンは何処へいく?】

 まず私のバックグラウンドを少し自己紹介する。

 私は大学で工学系、大学院で経済学を勉強していたが、最初のテーマは「IT革命がアジアの新工業化にどのような影響を与えるか」であった。そうした中で、サプライチェーンのグローバル化ということに興味を持ち始め、かなり研究を進めた。さらに研究を深めていく うちにグローバルサプライチェーンは中国や東南アジアで新しいタイプの都市クラスターを作り始めるのではないかと気が付いた。

 その後は、自分の生涯の研究は情報革命、グローバルサプライチェーン、そして都市化の一つの到達点としてのメガロポリスという3点セットとした。2007年の私の著書『中国経済論』の第1章はまるごとグローバルサプライチェーンに費やした。そうしたバックグラウンドの中で、今から約20年前に私は、中国ではメガロポリスの時代が到来すると予測した。グローバルサプライチェーンによって大きなメガロポリスが中国の珠江デルタ、長江デルタ、京津冀の3つのエリアで誕生するとの予見だ。ただし当時、都市化は、アンチ都市化政策を数十年続けてきた中国の皆さんにとってはまだタブーであった。一気にメガロポリスというとんでもない話を持ち込んだことで、メディアも非常に大々的に取り上げた。その後、メガロポリスは政策的にも取り上げられ、今や中国の国家戦略となった。

 10年前、ちょうど中国の経済規模が日本を超えたときに、私は『ジャパン・アズ・ナンバーワン』の著者エズラ・ヴォーゲル教授と対談した。この対談はニューズウィークにも掲載された。その中で中国の経済成長は輸出の拡大と都市化という2つの原動力で実現したと私は述べた。ここで気を付けなければいけないのが、中国の輸出拡大は、日本高度成長期のフルセット型サプライチェーンと違って、グローバルサプライチェーンの上にたったものだというのが私の一貫した認識であ る。WTO(世界貿易機関)加盟直前から今日までの約 20 年で中国の輸出規模は10倍になった。輸出総額で世界第7位であった中国がいまや断トツ1位の輸出大国になった。また輸出に引っ張られてGDPが5倍になり、さらに都市化も猛烈に進んだ。都市の面積(アーバンエリア)でみると3倍弱になった。要するに20年でアーバンエリアは3倍になったのだ。しかしDID(人口集中地区)人口という1 m² 5,000人以上の人口で捉えてみると20%しか増加しておらず、ここに非常に大きな問題がある。

 またこの間、CO2(二酸化炭素)の排出量も3倍以上になった。「中国の流動人口分析図」をみてみると赤い部分はプラスになったところであり、高さは偏差値である。この分析図を見ると一目瞭然だが、珠江デルタ、長江デルタ、京津冀エリアにたくさんの人たちが移動し たことが確認できる。

 2001年の予測と2019年の現実を比較すると、非常にピタッとはまり予言が的中したと言える。社会学、経済学の予見はだいたい当たらないことが多いが、大当たりした。

 輸出と都市化の両輪によって中国は世界経済に占めるシェアを急速に回復させた。200 年前には3割以上あった世界経済における中国のシェアはどんどん落ちてきて、1990年には最低の1.7%になったが、その後徐々に回復し、WTO加盟後にはまさにV字回復が実現し、今では16.3%に至った。

 しかし、中国の成長は沢山の課題に直面している。一つは米中貿易戦争である。もう一つが、突如現れてきた新型コロナウィルスショックである。これによってグローバルサプライチェーンも相当寸断されている。

 5月に私はグローバルサプライチェーンのゆくえに関する論文を発表した。雲河都市研究院は「中国都市製造業輻射力2019」を公表した。中国の各地域・各都市は数十年間にわたり工業化を進めてきたが、必ずしもすべてが成功したわけではない。中国は「世界の工場」 になったが、中国そのものが世界の工場になったというよりは、一部の都市だけが本当の「世界の工場」になっただけで、それ以外のところはむしろ工業化に失敗 したと言えるかもしれない。中国298都市の中で、「中国都市製造業輻射力2019」のトップ10 都市は中国の貨物輸出の半分をつくり出している。これはとんでもない集中度である。しかもこのトップ10都市のうち、深圳・蘇州・東莞、仏山・寧波・無錫・厦門の7都市が、省都市でもなく、直轄市でもない普通の都市だ。全て沿海部にある。これらの都市はグローバルサプライチェーンによって大きな集積地になった。そこで人口も都市の機能もどんどん拡大し、「世界の工場」ともいえるスーパー製造業都市になった。これらの工業都市の現状がどうなっているのかというと、そもそも米中貿易摩擦や新型コロナウィルスがなくても、これまでの成 長パターンは限界に達しているということが我々の分析により分かった。

 2000年から今日までのこれらの都市の平均賃金は、 深圳は5倍、上海は9倍以上になった。成都も8.5倍になり、ほとんどの都市が5倍以上になった。昔のように安い賃金を売りものにして労働集約的な成長は、もはやあり得ない状況になってきた。また実際、今年1月から6月の半年間のこれらの都市の税収を見てみると、軒並み全てマイナスである。しかも2桁マイナスの都市もあり、米中貿易摩擦とコロナショックによる大きな痛手を受けた。ある意味では中国の製造業発展のモデルチェンジを、今、しなければならない状況にある。この話は少し置いておいて、もう一つ重要な産業のエンジンを見てみたい。

【加速化するIT産業の発展】

 IT 産業は中国だけではなく、世界経済を牽引するエンジンとなっている。30年前、平成の幕開けの時、世界の時価総額のランキングトップ10を見ると、1位のNTTをはじめ日本企業が7社入っている。またIT企業はIBMくらいしか入っていなかった。ランクインした日本の7つの企業は国民経済を舞台にしていた企業であった。

 これに対して、2020年8月末の世界の時価総額のランキングを見ると、顕著になっているのはIT企業が目立つということだ。このトップ10の中に、IT企業は7社もあり、ほとんどが世界を舞台にしている企業である。そういう意味では舞台の大きさが違うし、ITという非常に斬新なコンセプトで、集金力の桁が違う。今年の5月にはGAFAM(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン、マイクロソフト)5社の時価総額の合計は東証1部2,170社の時価総額の合計を超えてしまった。1位のアップルは30年前1位であったNTTの時価総額の13.5倍になっている。面白いのは、テスラが10位に食い込んだことだ。テスラは自動車産業の企業だと思っている人が多いが、実はIT産業の側面も持っている。確かトヨタの売上の11分の1、販売台数は30分の1の企業が、このようなとんでもない評価を 受けたのはIT企業としての側面が強かったからだ。また、ちょうど今、話題になっているが、アメリカで中国のIT企業が制裁を受けている。一つはウィーチャット(WeChat)、もう一つはティックトック(TikTok)である。ティックトックはアメリカ1億人のユーザーを 持っている。ウィーチャットは2,000万人のユーザーを持っている。アメリカの制裁議論の中で、今まで中国はモノしか輸出していなかったと皆さん思っていたのが、アプリの輸出がここまでできたということに気づき驚いているだろう。雲河都市研究院が発表した「中国 都市IT産業輻射力2019」をみると、北京、深圳、上海がトップ3になっているが、トップ10都市への集約度は製造業以上である。トップ10の都市はIT産業の従業者数の6割を占めている。また、香港、深圳、上海の3つのマーケットのメインボードに上場しているIT企業のほぼ4分の3の企業本社がこの10都市にある。とんでもない集約度である。

 製造業輻射力トップ10都市には沿海部の普通の都市が7つも食い込んだことに対して、IT産業輻射力の場合はトップ10の都市は、ほとんど行政中心都市である。製造業とIT産業では繁栄の条件が違う。繁栄の条件が違うのでこのように違うアバターが見られる。これからIT産業でスーパーシティになる都市と、昔、製造業でスーパーシティになった都市はかなり違うのではないかと推測できる。

 もう一つ大切なことは、中国の製造業がどこに行くのか?これについてはいろいろな可能性がある。深圳を見てみると、製造業輻射力は1位であり、IT産業輻射力でも2位まで上り詰めた。深圳にはアメリカの制裁で有名になった企業がたくさんある。例えばZTEとファーウェイ、そしてウィーチャットの親会社のテンセントだ。さらにドローンの世界トップシェアを持っているDJI。これらの企業は全て深圳発のベンチャーIT企業だ。これらの企業の存在は深圳が「世界の工場」 から「IT産業スーパーシティ」へ脱皮している一つのシグナルとしてとらえられるのではないか。中国の製造業はITの力を借りて更なる変化を遂げているのでは ないかと、ある種の楽観的な期待を込めて講演を終わりにしたいと思う。

 最後に中国都市総合発展指標日本語版『中国都市ランキング』を3冊、NTT出版から出していることを紹介したい。このシリーズは毎年メイン報告テーマが違い、2016年度は「メガロポリス戦略」、2017年度は「中心都市戦略」、2018年度は「大都市圏戦略」をテーマとした報告書である。2018年度の本は10月10日に発売される。

 また、今日の話の関連情報は中国都市総合発展指標公式ウェブサイトに日本語・英語・中国語の3つのバージョンで掲載してある。中国語はウィーチャットのサイトもあるので、ぜひ使ってほしい。

 ご清聴ありがとうございました。


【質疑応答】

司会:「輻射力」という言葉がたくさん出てきていますが、どういう指標なのか。改めて定義などもう少し詳しく教えてほしい。

周:輻射力は一つの都市の一つの産業の移出・輸出する力を測る指標だ。基本的に輻射力の高い都市はこの産業は外に移出・輸出できる。そうではない場合、例えば医療輻射力が低いときには、医療サービスを外から買わなければいけない。または外に出て行かなければいけないとイメージしてもらえればよい。輻射力の算出はそれぞれの産業によって若干違うが、ベースとなっているのは従業者数である。従業者数をベースにするアルゴリズムだが、たくさんの周辺指標で補助している。

司会:今回、コロナによるパンデミックがあった。日本で話題になっていることとして、テレワークなどが進み、地方へ移住するような動きがあるのか。また、関連して中国の新型都市化宣言という政策に与える影響は大きくなっていくものか。

周:今回の新型コロナウィルスのパンデミックで皆さんの仕事の在り方は恒久的にかなり影響があると思う。大手IT企業から中小企業まで、かなり恒久的に働き方を変えようとしている。これは間違いなく、より自由に、 場所を選ばず仕事ができるようになるが、これはイコール大都市化が止まるということにはならない。大都市は職場で仕事をするだけではなく、本日のように会って議論をし、新しい情報やコンテンツが生産されるというのが、大都市のメリットだ。同時に大都市にしかないたくさんの都市機能がある。そういうものを享受するのは大都市でないとできない。地方都市も、しっかりとアメニティの充実化や都市のコンパクト化を進めていけばいろいろチャンスはあるが、決して大都市が縮小することはないと思う。我々はさらに自由になることは間違いがない。

 中国の都市政策に関しては、昨年から大都市圏に関する政策が出された。ようやくメガロポリス、中心都市、大都市圏の3大政策がたて続けに出され、しっかりした体系になってきた。本日は都市の話はメインではなかったが、先ほど少し紹介した過去20年で中国アーバ ンエリアは3倍になった。つまり2000年の時期の都市のエリア規模を、さらに2つも作ったが、人口集約からみるとそれほど増えていない。これは中国の都市構造に大きな問題を抱えていることを意味する。これから10年、20年かけて都市の中身の充実化を進めなければいけないと思っている。

司会:今回のコロナで過密を避けるということ、大気汚染などの環境問題もあると思うが、こういう点の是正もあるのか。

周:コロナをシャットアウトするには人と人の接触を止めることが欠かせないので、中国は極端に人との接触をシャットアウトする措置をとった。それには、大きな代償があったが効果は歴然としている。ただし、こうしたやり方は永久的な措置としてはあり得ない。根本的 に解決する一つの手立てとしてはオゾンがある。オゾンはある程度の濃度になると違和感を訴える人がいるが、私の仮説では0.1ppmくらいの自然界の低濃度でも室内のウィルスを不活性化する可能性が十分あり、これによって三密問題がなくなるということだ。今、 「三密」はネガティブに聞こえるが、「三密」無しには 我々の幸福度も生産性も落ちる。人間は接触の動物であり、コミュニケ―ションの動物、社会動物である。早く「三密」が平気でできる社会に戻したい。その一つの武器はオゾンではないかと思っているのでぜひ、オゾンを使ってみてほしい。

司会:経済の見立てに近い所があるが、製造業輻射力はグローバルサプライチェーンと大きな関連があるという話があった。一方で中国国内の内需を重視する戦略もあるかと思うし、国内のサプライチェーン重視という中で、グローバルサプライチェーンより国内を優先するときに今まで発展してきたメガシティに成長が鈍化するなどの変化はあるのか。

周:マーケットはどこであれ、サプライチェーンの効率を考えると沿海部しかない。やはり深水港が近くにあり、部品調達、素材調達、製品の輸出の導線が短い環境を整備できる地域が伸びる。私は20年前から、中国でメガロポリスになり得る地域は沿海部の三カ所しかないと言い続けてきている。なぜかというと、珠江デルタ、長江デルタ、京津冀の三カ所には深水港があり、昔から一定の産業集積があり、世界的にみても新しい時代にふさわしい最高の産業集積地が作れる場所であるからだ。マーケットがどこであっても、これらの地域は、大きく製造業の発展を遂げるのではないかという気がする。導線をなるべく短くしてグローバル的な効率を上げなければいけない産業は、そういうところに張り付くしかないと考える。