【対談】初岡昌一郎 Vs 周牧之(Ⅲ):日本政治の行方

2019年8月29日、サハリン視察にて、初岡昌一郎氏と周牧之教授

■ 編集ノート:

 アメリカ大統領選挙の混迷、ロシアのウクライナ侵攻、イスラエルのガザ侵攻など世界情勢は揺れ動いている。東京経済大学の周牧之ゼミは2024年5月23日、国際関係研究者の初岡昌一郎姫路独協大学元教授をゲストに迎え、戦後の長いスパンで国内外の政治情勢について解説していただいた。

(※第一弾第二弾はこちらから)


■ 戦後民主主義の始まりは三大改革


初岡:岩波の雑誌『世界』が1960年の安保闘争後に「3分の1の壁をどう破るか」と題した座談会を開いた。『世界』は当時、左翼やリベラルの間で読まれていた。私が社会主義青年同盟を作っていた時で、5人の論者の一人に呼ばれた。なぜ3分の1の壁を破らなければいけないか、どう破るか議論した。  

 私達は当時、一つのイデオロギー、一つの綱領を持った政党のようなものでなく、共同戦線党を作るしかないと考えた。今からすれば空論だと言われるかもしれないが私は当時も今も考えは同じで、軍事同盟に属さず軍備を持たない日本、民主主義を徹底させる日本を目指そうとした。

 日本の民主主義は憲法ができたからだけが出発点ではない。三つの大きな改革があったからだ。一つは農村改革。地主制度を解体し、土地を耕す人に分配した。私は田舎の地主の一家に生まれ、祖父は村で一番大きな地主で村長もやっていた。だから自分の生活基盤が戦後解体していくプロセスがよくわかった。ただ、不徹底な改革で、山だけは地主の手に残った。

 二番目は教育改革。私は小学校4年まで戦時中で、天皇家の歴史を神武天皇から暗記させられた。そのような歴史教育が戦後全部変わった。

 三番目は、労働改革。労働三法ができ労働組合が認められ、労働基準法ができた。日本の労働法は全て戦後の改革の中で出来上がったものだ。

周:軍事同盟に属さず軍備を持たず、民主主義を徹底させる日本という理想像は、大勢の人が共感を持っているはずだ。

岩波書店『世界』

■ 立場の弱い人々の受け皿は?


周:社会党と公明党はなぜ組めなかったのか? 

初岡:政策では社会党と公明党が一番近い。平和主義、福祉、格差是正。支持階層で、公明党と一番競り合ったのは共産党だ。社会党には広い層がいた。支持基盤は労働組合が一番だった。社会党の基盤は特に公共企業の労働者。なかでも郵便電信電話と国鉄の労働組合は一番行動力があった。組織としては教員と地方公務員の方が多い。

周:アメリカでは民主党は労働組合に支えられているが、ラストベルトの白人が共和党のトランプを強烈に支持している。日本でも似た構図になっているようだ。昔の社会党、いまの立憲民主党は労働組合が支持基盤になっているが、組織されていない弱い立場の人たちをケアしていない。その人たちは共産党や公明党に流れているのではないか?

初岡:当初、公明党のスリートップは全員個人タクシー運転手だった。当時東京都の個人タクシー運転手に公明党が非常に多かった。公明党は、彼らにとって自分の社会的ステータスを得る梯子になっていた。

 しかし公明党も高齢化だ。共産党と同じで若い人が入っていない。まず学生の中で決定的に人気がない。

 私は元から社会党と公明党が組むべきだと思っていた。私が支持していた江田三郎さんも同意見だった。綱領を突き合わせてみると、公明党は基本的に平和主義で、当時の社会党と近かった。また、公明党は社会保障を充実させ格差をなくしたい点で社会党と一致した。    

 ところが政策だけで政治は動かされるのでなく、人間が介在する。人間の意見や欲も介在するので公明党は本来近くない自民党と組んだ。それで創価学会が自民党を推し、民主党の足を引っ張るようになった。民主党が労働組合に支配されていることはなく、むしろ民主党の議員は労働組合以上に選挙で新興宗教に頼るようになった。

周:自民党は公明党をうまく抱き込むことで政権取りゲームに勝ったわけだ。

 日本社会の格差が広がっている中で、弱い立場の人々を宗教はすくい上げ、将来は大きな受け皿になるかもしれない。本来、日本憲法は政教分離だが、創価学会が政治力を持つ前例を作った。その意味では宗教は日本の政治で益々力を持つようになる。

労働組合のデモ(出典:情報労連

■ 人工心臓に頼る自民党の脆さ


初岡:自民党が決定的に崩壊し、政権を離れる一番の引き金になるのは、創価学会公明党との関係だと思う。今の自民党は、40%以下の得票率だ。投じられた票の40%で、議席の3分の2を取っている。そのマジックはどこにあるかというと、公明党だ。

 率直に言って小選挙区で勝敗を握っているのは第3党の公明党だ。自民党は、本当の意味では政権を維持できていない。40%を超えたことがないからだ。

 公明党が離れた場合は、自民党の国会議員の半分以上がいなくなる。公明党の元委員長の矢野絢也さんは実力者で、京都大学在学当時、学生運動をやっていた。共産党員だったと思う。ただお父さんが創価学会だったため、矢野さんは大阪で府会議員になった。池田会長とはうまくいかず公明党から追放され、政治評論家になった。自民党と公明党が連立政権を組んだのは、自民党単独では国会で過半数を割り安定してきた政権運営ができなかったからだ。野中さん等の力が大きかったと思う。

周:元共産党員にして自民党と公明党を組ませる矢野絢也氏の発想は、戦略的かつ柔軟だ。

初岡:矢野さんは当時、「自民党は人工心臓をつけた。人工心臓を3日つけたらもう外せない。外したら死んでしまう」と言っていた。

 戦国時代、一向一揆があった。一向宗は親鸞が作り、関西と北陸が強かった。従来の仏教では様々仏典を読み込み、修行しないと成仏できない。それを一向宗は南無阿弥陀仏を唱えれば誰でも天国へ行けるとした。現状に肯定的な当時の仏教を革新する新興宗教として親鸞が作った一向宗はその後社会的に認められて、封建社会の枠組の中で次第に本願寺化した。創価学会の本願寺化は矢野さんが言ったようにはまだされていない。

周:駐日中国大使を務めた程永華氏は、創価大学卒業だ。中国政府派遣で日本留学する際、受け入れ大学が無く、池田大作創価学会会長が引き受けた。

初岡:池田大作以降、公明党は親中国政策が非常に目立つ。おそらく日本の政党の中で親中メッセンジャーのような立ち位置だった。

周:自民党と中国のつながりが無いときも、メッセンジャーとして活躍した。池田さんが平和主義を訴え、世界に積極的に出かけて中国、ソ連、インドなど各国のリーダーに会っていた。外交面において自民党は公明党に頼るところが多々あった。

初岡:しかし、公明党と自民党はいま離れ始めたと思う。今まで民主党を支持していたその他の新興宗教が今や自民党に回帰しているのがその証しだ。

 二大政党は、枠の中に入っている要素と皿が同じでも材料や調理の仕方によって全然違うものになる。二大政党論を枠組みとしていいかどうかを抽象的に議論してもあまり意味がないと私は個人的に思う。 

周:選挙そのものは実利的な面が強い。選挙民にしてみれば親身になって実利的に良くしてくれる人を応援する。特に弱い立場にいる人にとって拠り所となる組織が選挙に強い。選挙区が小さくなればなる程その傾向が強い。小選挙区制改革の結果、公明党にパワーを持たせた。公明党という人工心臓をつけた自民党は変わったのか。

初岡:変わった。今までは3-5名区で自民党の候補者が複数出て、同じ党内で争った。自民党内で争って勝つためには後援会を作らないといけない。自民党の中で何かのスキャンダル人は決定的にアウトになった。

 ところが1名区では公明党の支持があれば誰でも安定的に勝つ。切磋琢磨がなくなり、派閥は弱くなった。派閥を強くするため金を集め派閥内の人に配ることで派閥を維持する安倍方式の一番悪い面が出ていた。

周:ところで、維新の党はなぜ議席をここまで増やせるのか?大阪の地域政党のイメージだが、結構東京まで進出してくる。

初岡:やはり大阪で橋下というスターを作ったのが大きかった。しかし、その遺産は失われつつある。今のトップ層は魅力も見識も政治的経験も知名度にも欠ける。維新は候補者にスキャンダルが多い。しかも考えられない初歩的なスキャンダルだ。大阪万博で大失敗した維新は今度大阪で公明党とバトルだ。維新はかなり後退するはずだ。公明党は実利的な政党だから、維新が一番推してきた大阪万博をガンガンやっつけている。

周:少し長いスパンで見ると、スターのカリスマ性に依存する政党は組織力のある政党には勝てない。

1999年10月5日、自由民主党と公明党が連立政権が誕生(出典:公明党

■ 政権担当能力のあるリーダーはいるのか?


周:前回民主党が政権を取った時の政権担当能力はひどかった。今度再び政権を取るチャンスがあった時、任せられるリーダーがいるのか?

初岡:民主党では岡田さんが一番いい。民主党党首だった鳩山氏や菅氏は、野党の党首ならいいが、首相には向かない。岡田さんは外務大臣として立派だった。外務大臣に何が出来て何が出来ないかをよくわかっていた。例えば大臣は機密文書を公開できた。これは大臣権限で国会で決めなくてもやれた。いくつかあった中で覚えているのは、外務大臣の記者会見は事前に届けを出していれば誰でも出られるようにした。岡田さんが辞めたら元に戻ってしまった。

 その程度の改革でも民主党の大臣が誰でもできるわけではなかった。大臣の権限が解らない人が大勢いた。私は当時の労働大臣をよく知っていて、電話をかけて「民主党政権では超過勤務の法的規制をやるべきだ」と言った。その人は国労の出身だが「そういう細かい問題は担当を紹介するからそちらに言ってくれ」と言われた。これが細かい問題だという感覚がもうおかしい。

 超過勤務は、労働問題の一番大きな問題だ。安倍の改革で少し規制するようになったが、国際基準では法的に規制しなければいけないことになっている。日本の労働基準法36条は、超過勤務は従業員の過半数を代表する組合と使用者の間で決めるとしている。公的な法律上の規制を設けていない。これが非常に悪用され、世界的に稀な過度の超過勤務時間が今も残っている。

 ILO(国際労働機関)に160ぐらいの国際条約がある。国際労働法はILOの条約と勧告を指す。労働時間に関する条約を日本政府はこれまで一つも批准していない。超過勤務を公的に規制する条項が日本の法律と合わないからだ。

 日本の超過勤務で今パニックが起きているのは建築業界と輸送業界だ。解決法は移民労働を入れると言う。

周:岡田さんは確かに腹の据わった誠実な人だ。東京・北京フォーラムに来ると自分の出番が終わっても終日ずっと耳を傾けていた。中国にも一緒に行った。私が司会を務めた時にパネリストに制限時間内での発言を求めると、岡田さんはきっちり時間を守る。

初岡:本当におかしいのは、民主党で外務大臣をやり小池百合子氏と組んで希望の党を作って失敗した人だ。彼は京都大学の高坂先生の弟子、京セラ前社長に応援してもらって出た前原氏だ。高坂さんに、学者になるのは無理だから国会議員にでもなるか、と言われたとか。前原はなかなか頭のいい人だが、政治センスが全くない。小池百合子と組んで党を作るなど、誰が考えても無理だ。

周:前原氏が外務大臣を務めた時、日中関係が極めて深刻になった。

2008年9月19日、「東京―北京フォーラム」にて、左から司会を務める周牧之教授、松本健一(麗澤大学教授)、岡田克也(衆議院議員)等。

■ 金と権力で出来上がる世論


初岡:中国やロシアのように日本は露骨な言論統制はしていないが、マスコミ、特にテレビでの国際情勢の解説者を見ると、20年前は大学教員や新聞記者がやっていた。最近は現役の新聞記者や大学の先生がテレビ、新聞に出て発言をする機会が少なくなった。マスコミでウクライナ問題について発言する人の経歴を見ると、防衛省や政府与党系の研究者ばかりだ。学者も外務省の専門員として海外勤務をした人が多い。

 これは実に良いことではない。言論の自由が犯されていると思う。金と権力の力で作られた世論になっている。ウクライナ戦争の報道ではソ連が100%悪くウクライナが100%正しいという世論が構成されつつある。現実とは違う。ヨーロッパのNPOに、世界の政権腐敗度を調査している機関がある。調査結果を見ると、ウクライナもソ連も政権腐敗度ではボトムの方を争っている。

 ソ連も腐敗しているがウクライナもそれに劣らず腐敗しているといった記事は、日本の新聞やテレビには出ない。アメリカの新聞には書かれている。

周:私の友人でIMF日本代表理事を務めた小手川大助さんは、2023年10月のゲスト講義で、「NHKは海外取材の力が無いことを自認し、アメリカのCNNをコピーしている。そのためNHKの海外報道は結果として誤りがあっても、悪いのはCNNだと言える構造になっている。朝日新聞とテレビ朝日は、ニューヨーク・タイムズと契約しており、戦争関連についての記事はニューヨーク・タイムズの翻訳版だ」と嘆いていた(※詳しくは、『【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅰ)転換点で激動の国際情勢を見つめる』を参照)。

初岡:外国特派員クラブで私は若いときアルバイトをして、外国特派員クラブのメンバーをよく知っていた。そこの機関紙「No.1 Shimbun」を見て、笑ったことがあった。アメリカ人の記者が、「日本の記者は大新聞と大テレビの従業員だ。ジャーナリストではない」という意味のことを書いていた。つまり自分で調査して書かない。

 私が労働組合にいた時に経験したことだが、労働省記者クラブでの記者発表で喋ったことよりも、3行か5行でポイントを配ったものだけが翌日記事になっていた。だから読売、朝日、毎日、どの新聞を見ても同じ記事だった。

周:ネット時代の現在、世界から情報を集めて判断し、独自のコンテンツに創り上げる力が求められる。

ウクライナ戦争を報じるNew York Times誌(出典:Wall Street Journal

■ ゆとりある思想、価値観で


周:1966年文化大革命の初期、毛沢東が妻の江青に大変有名な手紙を送った。手紙には、自身はいま左派を率いて文化大革命を手がけているが、いずれ中国に右派が戻ってトップになる。その反動で数十年後は左派勢力が再び台頭し、右派のやることを是正する、と書いてあった。毛沢東は、社会における左派と右派の勢力リバランスで相手の問題点を是正するイマジネーションがあった。

 日本は左派勢力が低迷している今、格差拡大などを是正する政治的な受け皿がどこにあるのか。 

初岡:天動説と地動説はかなり違う。天動説だったら、地球は平面だ。左派と右派は全く相いれないほど距離がある。地動説で地球が丸いと見ると、左派と右派の距離は非常に近くなる場合もある。私の知人が、昔は非常に左派だったのがいまは非常に右派になっている人が多い。真ん中を通らない。左派がずっと歩いて行くと直通で右派に合流してしまう。

 今この年になって思うのは、人間にはイデオロギー以外の要因が介在してくる。人間の要素は非常に可変的だ。人間は可変的な故に、言う意見も変わる。状況によっても立場によっても変わる。イデオロギーなど政治的意見は一夜によって変わることもある。だが人間性は変わらない。15から20歳ぐらいの間に形成された人間性はほとんど変わらない。 

周:人間性をベースにすると、若い人の将来はどうなるのか。

初岡:一つは、昔の左翼のような自分の利害を投げ捨てて目的のためにやろうという人が、今いないということはない。それなりに増えてきている。イデオロギーと政治によって動かされていないだけで、ボランティア活動あるいはNGO、NPOで、自分の進路を昔の左翼学生とは違う形で決定し、生き方を追求する人は少なくない。イデオロギーなど大局観だけでなく、自分の価値観によって生活を見つけようとするのは大事なことだと思う。

 当時の左翼の悪かったところは、自分の価値観を殺してしまうことがあった。ある意味、宗教と似ている。 

周:初岡先生が最初に言われたように、今の日本の左派はマルクス主義一元論のもとで激しくやっていた昔の時代とは違ってきたということだろう。

初岡:自動車でも、本当に安全な自動車は遊びやゆとりのある構造になっている。自分の思想、価値観の中にもそうした良いゆとりが必要だ。ハンドルを左に切ってこれは誤ったと思ったらすぐ右に切るような進路であってはならない。思想の場合も同様だ。常に自分の考え方を修正していく余地の残る学問なり、思想であってほしいと思う。

(了)

2019年8月29日、サハリンで開催のセミナーにて、右から周牧之教授、初岡昌一郎氏、江田五月(元参議院議長)

プロフィール

初岡 昌一郎(はつおか しょういちろう)/国際関係研究者、姫路独協大学元教授

 国際郵便電信電話労連東京事務所長、ILO条約勧告適用員会委員、姫路獨協大学教授を歴任。研究分野は、国際労働法とアジア労働社会論。


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