横山 禎徳
県立広島大学経営専門職大学院経営管理研究科研究科長、東京大学総長室アドバイザー、マッキンゼー元東京支社長
中国の大都市、とりわけ北京市の大気汚染の状況は近年盛んに報道されている。市内の走行車数の制限など対症療法的、短期的施策は適宜実施され、それなりの効果を上げているようだが、最終的な解決にはならない。排気ガスを減少させるためであろうが、長期的にEVへの転換を強力に推し進める政府方針の発表が最近あったが、それが排気ガスの減少という真の成果を上げるには20~30年はかかるであろう。
EV自体は排気ガスを出さないが、充電をしないといけない。電力需要は増大させるが、一方では電力供給のかなりの部分を占める石炭火力発電を減らしていかないといけない。しかしそれを代替する主要手段としての自然エネルギーは供給量が常に変動する課題を抱えている。需要側も変動するので、その間を絶え間なく微調整する必要がある。そのため蓄電装置が不可欠だが、それを含めて経済的に妥当な価格で提供できる電力供給システムを構築するには、物事の展開のスピードの速い中国でも今後20年はかかるに違いない。
システムはある日突然完成するのではなく、その間、状況はちょっとずつ良くしていくものである。しかし、それは直線的な改善ではなく、いろいろ紆余曲折を経ていくことになるであろう。その間、政府も国民も短期的な諸問題の対策のための議論にかまけて長期的に目指す方向を見失わないようにする必要がある。それにはどうしたらいいだろうか。その一つの答えがグリーン都市環境指標を確立することである。
その指標体系は為政者である政府も生活者である国民も共有でき、毎年、その指標に沿ったデータが公開されることによってその進捗状況を確認できるものであり、また、指標間のバランス、進捗状況など、都市間の比較が可能になり、健全な都市間競争の醸成と、各都市の置かれた歴史、風土、自然環境などの特質に応じた重点施策の立案のための情報源になるはずである。そのような発想と視点をもとに本書〈中国都市総合発展指標〉の指標体系の開発が行われた。
都市環境を評価するための指標は数多く抽出することが可能であり、実際数多く存在し、使われているが、それをすべて取り入れるのではなく、全体のバランスや網羅性を失わないようにしながら、指標全体の数を可能な限り少なくすることを目指した。その結果、全体の指標の数を27個に集約した。それをただ羅列するのではなく、三層構造に組み立てた。すなわち、大項目指標3、中項目指標3、小項目指標3の3×3×3で27になる。一般の生活者が大項目指標の三つを記憶することは可能なはずだ。もっと関心のある人は3×3=9、すなわち、中項目指標の九つを記憶すればより一層この指標体系の理解が進むであろう。そして、専門家は27項目のすべてを記憶し、それぞれの改善を追求するという発想である。
大項目指標は環境、社会、経済の三つから成り立っている。それぞれを三つに分けたのが中項目指標であり、それをまた三つに分け、一層具体的にしたのが小項目指標である。当然のことながら、統計を担当する部署はこれまでそのような視点からデータを取ってきたわけではないので、基本的な三層構造と方向を生かしながら、既存のデータのありようや収集可能性とつきあわせ、大・中・小の指標は修正された。
基本的な思想として、経済活動の発展と都市生活者の生活基盤の質の向上をバランスさせる視点を重視している。生活者それぞれが自分の住んでいる都市がどのように経済を発展させ、雇用基盤を拡充しながら同時に生活環境を改善していくのだろうか、ということに積極的に関心を持つこと。これが都市行政の担当者にフィードバックされ、結果として都市環境の長期的な方向への持続力を維持することになるはずだ。
そのためには指標は専門家だけのものではなく、生活者も容易に理解し、記憶でき、自分の住んでいる地域が将来どうなっていくのかに関心の持てるものにするよう留意した。生活者は大項目指標の示す将来展開に常に注目することで、細部は別として大枠の方向は理解できるであろう。より細かい中指標、小指標がどうなっているかについても年ごとの生活実感の変化を追うことで理解できるはずである。
もう一つ留意した重要な視点を挙げると、都市はそれぞれ独立ではなく、都市間ネットワークが出来上がっていることだ。そのような都市間のお互いの関係は大昔からあった。すなわち、都市と都市は相互依存の関係にあったのである。たとえば、「シルクロード」という表現を聞くと、我々は中央アジアの広大な砂漠をラクダの隊商を組んで一本道をゆっくり進む姿を思い浮かべがちである。しかし実際は、商人たちはシルクロードの起点から終点まで歩んだのではない。沢山の交易都市がきめ細かい道路網というネットワークを組んでいて、そのような都市と都市をつなぐ形で行き来し、商品を売買し、あるいは受け渡していたのである。
それが、近年の交通機関の発達によって、そのネットワークが一層強化され、メガロポリスと呼ばれるような連携と一体化が進んだのである。そのような文脈の中でそれぞれの都市を捉えることに着目している。それは都市間のインターリンケージ(相互連鎖)である。そのインターリンケージが国境を超えて展開する状況を、グローバリゼーションと我々は呼ぶのである。
たとえば、都心に近い空港である虹橋、金浦、羽田の間をシャトルと呼んでいい頻度の航空便が提供される時代であり、それによって、上海、ソウル、東京の間のインターリンケージは増していく。このような現象のポジティブな展開を醸成することが都市の活力を増すのは間違いない。ちなみに、この三つの都市および周辺に住む人口は1億人を超えており、その多くは豊かな生活者であり、世界でも有数の経済活動の活発な地域である。
このような都市のインターリンケージはすなわち、1)都市圏内の中核と周辺、2)都市圏と都市圏、3)都市圏と世界、の三つの様相に分けることができる。そして、今回の都市指標はこの三つのどれかに関係しているといえる。たとえば、「都市農村共生」、「文化施設」、「生活品質」は1)に、「イノベーション・起業」、「広域輻射力」、「ビジネス環境」は2)に、「開放度」、「人的交流」、「広域インフラ」は3)に関係が深いということができるだろう。
それぞれの大都市の行政官はこのような三つの方向を睨みながら、都市環境を改善していくために重点施策を立案し実施していくことが期待される。そして、それは都市間の競争であると同時に相互にメリットのある連携を確認し、拡大していくことであり、それが世界の都市との連携まで広がっていくという実績を積んでいけば、〈中国都市総合発展指標〉は世界に対して普遍性のある新たな指標体系として、認知されていくことになるであろう。
(『環境・社会・経済 中国都市ランキング ー中国都市総合発展指標』に収録)
プロフィール
横山 禎徳 (よこやま よしのり)
1942年生まれ。東京大学工学部建築学科卒業、ハーバード大学デザイン大学院修了、マサチューセッツ工科大学経営大学院修了。前川國男建築設計事務所を経て、1975年マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社し、同社東京支社長を歴任。経済産業研究所上席研究員、産業再生機構非常勤監査役、福島第一原発事故国会調査委員等を歴任し、2017年より現職。
主な著書に『アメリカと比べない日本』(ファーストプレス)、『「豊かなる衰退」と日本の戦略』(ダイヤモンド社)、『マッキンゼー 合従連衡戦略』(共著、東洋経済新報社)、『成長創出革命』(ダイヤモンド社)、『コーポレートアーキテクチャー』(共著、ダイヤモンド社)、『企業変身願望−Corporate Metamorphosis Design』(NTT出版)。その他、企業戦略、 組織デザイン、ファイナンス、戦略的提携、企業変革、社会システムデザインに関する小論文記事多数。