周牧之 東京経済大学教授
要旨:中国の「長江経済ベルト」は、「一帯一路」、「京津冀(北京市、天津市、河北省)一体化」とともに習近平政権が進める「三大国家戦略」のひとつである。中国の東部・中部・西部を貫く長江経済ベルトは、国土の21.4%を占め、人口と域内総生産はいずれも中国の40%を超えている。
本稿では、規模の巨大さ故に実態が見えにくい長江経済ベルトの現状と課題を、「中国中心都市&都市圏発展指数」で分析する。
1.長江経済ベルト政策のフレームワーク
「長江経済ベルト」とは、長江流域に位置する上海市、江蘇省、浙江省、安徽省、江西省、湖北省、湖南省、重慶市、四川省、雲南省、貴州省の9省2直轄市をカバーする巨大経済圏である。
中国国家発展和改革委員会(以下、発改委)地区経済司が2016年9月に公布した「長江経済ベルト発展計画要綱」では、「一軸、三極、多点」を計画のフレームワークとし、「一軸」を長江、「三極」を長江デルタ・成渝・長江中游の三つのメガロポリス、「多点」を上海、武漢、成都など12の中心都市と定めた(図1)。
図1 長江経済ベルトとその中心都市
2.メガロポリス、中心都市、都市圏政策
本誌2017年7月号の小稿「長江経済ベルト発展戦略」では、「三極」である長江デルタ・成渝・長江中游の三つメガロポリスの視点で分析した。今回は「多点」である中心都市の視点から長江経済ベルトを分析する。
中国では現在、都市化を経済社会発展の要に据え、メガロポリスを都市化の基本形態としている。発改委は2019年2月、「現代化都市圏の育成と発展に関する指導意見」を発表した。同意見では、新型都市化推進の重要な手段として、中心都市をコアにした都市圏建設を唱えた。
また、習近平国家主席は2019年8月、党中央財経委員会で経済発展における中心都市とメガロポリスの重要性に言及し、それらを中国経済発展のエンジンとすると述べた。中国では中心都市をコアに都市圏を形成し、都市圏をコアにメガロポリスを構築して社会経済を発展させる都市政策が国是となった。
中国での中心都市とは、4つの直轄市(北京市、天津市、上海市、重慶市)、27の省都・自治区首府(石家荘市、太原市、フフホト市、瀋陽市、長春市、ハルビン市、南京市、杭州市、合肥市、福州市、南昌市、済南市、鄭州市、武漢市、長沙市、広州市、南寧市、海口市、成都市、貴陽市、昆明市、ラサ市、西安市、蘭州市、西寧市、銀川市、ウルムチ市)、5つの計画単列市注[1](大連市、青島市、寧波市、廈門市、深圳市)の計36都市を指す。
長江経済ベルトには、上海市と重慶市の2つの直轄市、南京市、杭州市、合肥市、南昌市、武漢市、長沙市、成都市、貴陽市、昆明市の9省都、さらに計画単列市の寧波市の、12の中心都市がある。
3.「中国中心都市&都市圏発展指数」とは
現在、世界規模で大都市化、メガシティ化が進んでいる。その本質は、中心都市間の国際競争にある。中心都市は、地域的、国家的かつ世界的なセンター機能の強化により人材、資本、企業の吸引力を高め、競い合っている。中心都市こそ地域、国家の発展を牽引するエンジンである。従って、中心都市のセンター機能を正確に評価することが極めて重要である。
雲河都市研究院は2017年、発改委発展計画司から中心都市および都市圏を定量的に評価するシステムの構築を依頼された。筆者を中心とする専門家チームは、〈中国都市総合発展指標〉注[2]を基礎に〈中国中心都市&都市圏発展指数〉(以下、CCCI)を研究開発した。都市圏の主要なセンター機能を評価する手法を確立し、同評価を2017年度、2018年度の2回発表した。
CCCIは〈中国都市総合発展指標〉の中で、センター機能評価に関連する指標を抽出し、新たに「都市地位」「都市実力」「輻射能力」「広域中枢機能」「開放交流」「ビジネス環境」「イノベーション・起業」「生態環境」「生活品質」「文化教育」の10大項目に組み直した。また同10大項目ごとに3つの小項目を置き、各小項目指標を複数の指標データで支え、中心都市と都市圏を評価する指標体系を構築した(図2)。
図2 中国中心都市&都市圏発展指数構造図
4.CCCI 2018からみた長江経済ベルト
今回、CCCI2018年度版のデータを活用し、中心都市の視点から長江経済ベルトを分析する。
(1) CCCI2018総合ランキングでみる長江経済ベルトの中心都市
CCCI2018の総合ランキングで、上位20位以内に長江経済ベルトから上海市(第2位)、成都市(第6位)、杭州市(第7位)、重慶市(第8位)、南京市(第9位)、武漢市(第10位)、寧波市(第13位)、長沙市(第16位)の8都市がランクインし、長江経済ベルトにおける強力な中心都市の存在を示した。特に上海市は長江経済ベルトという龍の“頭”として他市をリードしている。
一方、合肥市(第22位)、昆明市(第24位)、貴陽市(第29位)、南昌市(第30位)は低い順位に甘んじている。これら都市の牽引力向上が長江経済ベルト全体の発展上の課題となっている(図3)。
図3 中国中心都市&都市圏発展指数総合ランキング
(2) 10大項目でみる長江経済ベルト中心都市
図4は10大項目における中心都市の順位と偏差値を表している。本稿では、特に「輻射力」、「広域中枢機能」、「生態資源環境」の三大項目について分析した。
図4 10大項目12中心都市ランキング・レーダーチャート
①【輻射力】大項目
中心都市の役割は、周辺ひいては全国に向け輻射力注[1]を持つことにある。都市の輻射能力は中心都市評価の一つの鍵となる。「輻射能力」大項目は、中心都市が全国に及ぼす輻射能力の強弱を測る。
「輻射能力」全国ランキングのトップ10都市には、長江経済ベルトから上海市(第2位)、成都市(第4位)、杭州市(第6位)、南京市(第7位)、武漢市(第9位)の5中心都市がランクインした。
「製造業輻射力」では、上海は北京に次ぐ第2位。全国上位20位以内に上海を含め、寧波市(第7位)、杭州市(第9位)、成都市(第15位)が長江経済ベルトからランクインした。中国の輸出工業は長江経済ベルトに最も集中し、長江経済ベルトが中国全土に占める工業総産出額、貨物輸出額の割合は各々43.4%と42.4%に達している。
長江経済ベルトの「IT産業輻射力」はさらに高い。全国ランキングトップ30都市には寧波市以外の11中心都市が入り、上海市(第2位)、成都市(第4位)、杭州市(第5位)、南京市(第6位)、重慶市(第11位)、長沙市(第16位)、貴陽市(第17位)、合肥市(第21位)、昆明市(第23位)、南昌市(第26位)、武漢市(第27位)だった。メインボードに上場するIT企業の30.8%が長江経済ベルトにあり、うち88.9%の企業が同12中心都市内に立地する。
「科学技術輻射力」も優れ、全国上位20都市に長江経済ベルトから9中心都市がランクインしている。長江経済ベルトの中国全土に占めるR&D内部経費支出、R&D要員、特許取得数は、各々44.6%、46%、50.9%である。
②【広域中枢機能】大項目
「広域中枢機能」は都市の水運、陸運、空運のインフラ水準、輸送量を測る大項目である。
「広域中枢機能」全国ランキングのトップ20都市には、長江経済ベルトから9中心都市がランクインし、上海市(第1位)、寧波市(第6位)、武漢市(第8位)、成都市(第10位)、重慶市(第11位)、南京市(第12位)、杭州市(第13位)、昆明市(第19位)、長沙市(第20位)と続く。
港湾機能では、2018年の世界のコンテナ港上位10位のうち、中国が7港を占め、第1位の上海と第3位の寧波−舟山が長江経済ベルトに属している。 水運貨物取扱量では、長江経済ベルトの中国全土に占める割合が67%と突出し、12中心都市の中国全土に占める割合も13.9%である。
空港機能も長江経済ベルトは好成績を上げている。「空港利便性」では、全国上位20位以内に上海市を筆頭に成都市(第5位)、昆明市(第6位)、重慶市(第7位)、杭州市(第8位)、南京市(第12位)、武漢市(第16位)、長沙市(第18位)、貴陽市(第19位)と、同12中心都市中9都市が含まれた。 空港乗降客数と郵便貨物取扱量では、長江経済ベルトが中国全土に占める割合は各々41.6%と47.4%で、同12中心都市が中国全土に占める割合は各々35.8%、45.3%と、集中集約が進んでいる。
③【生態資源環境】大項目
都市にとって生態環境の品質や資源利用の効率はますます重要になっている。「生態資源環境」全国ランキングのトップ20都市には、長江経済ベルトから7中心都市が入り、上海市(第1位)、重慶市(第6位)、杭州市(第10位)、成都市(第11位)、武漢市(第12位)、南京市(第13位)、長沙市(第18位)となった。
急速な工業化と都市化により、中国では大気質が悪化している。大気質の状況を測るPM2.5指数では、2017年度の中国全土の平均は66μg/m3だったが、長江経済ベルトの平均値は73.5μg/m3と全国平均を上回った。一方、同12中心都市の平均値は66.4μg/m3とほぼ全国平均と同水準であったが、ランキングでは昆明市(第42位)、貴陽市(第92位)、上海市(第102位)、南昌市(第125位)、杭州市(第173位)、南京市(第202位)、重慶市(第213位)、長沙市(第237位)、合肥市(第247位)、成都市(第249位)、武漢市(第257位)と順位が低い。
5.課題と展望
巨大な長江経済ベルトをリアリティのあるデータで相対化すれば、実像が浮かび上がる。12の中心都市のパフォーマンスには凹凸があり、上海市の突出ぶりはすさまじい。長江経済ベルトは、工場経済から都市経済への移行をさらに加速していく。重要なのは、サービス型経済の発展と、都市生活の質の向上や経済活動の効率化であり、ベルト内のエリアや都市ごとの役割分担の明確化である。また、それを丁寧にモニタリングすることである。以上を命題に開発したCCCI、および〈中国都市総合発展指標〉で、筆者及び雲河都市研究院は中国都市発展を今後も続けて注視する。
本論文では雲河都市研究院の栗本賢一、数野純哉両氏がデータ整理と図表作成に携わった。
[1] 計画単列市は、日本の政令指定都市に相当する。
[2] 「中国都市総合発展指標」とは、中国国家発展改革委員会発展計画司と雲河都市研究院が、環境、社会、経済という三つの軸で都市を包括的に評価するシステムを協力して開発したものである。詳しくは、2018年9月号小稿および当該指標についての特設WEBページhttps://cici-index.com/ を参考。2016年度と2017年度の「中国都市総合発展指標」は日本語版がNTT出版より刊行された。
[3] 本指標で使用する「輻射力」とは、広域影響力の評価指標であり、都市のある業種の周辺へのサービス移出・移入量を、当該業種従業者数と全国の当該業種従業者数の関係、および当該業種に関連する主なデータを用いて複合的に計算した指標である。