【対談】岸本吉生 Vs 周牧之(Ⅴ):トランプ関税の爆誕と行方

講義を行う岸本吉生氏

■ 編集ノート:

 岸本吉生氏は経済産業省の官僚として長年第一線で日本の産業政策、国際交渉を担ってきた。退官後はデザインコンサルタントとして輪島塗、播州織など日本のモノづくり文化の継承と発展に力を注いでいる。

 東京経済大学の周牧之教授の教室では、2025年5月23日、岸本吉生氏を迎え、トランプ関税発動後の国際社会への影響と行方について、また現代日本の社会、文化の様相についてお話しいただいた。


■ 米中のグランドデザインの折り合いで決着


周牧之:トランプ大統領は、2025年4月、日本も含めアメリカの貿易相手国に対して「相互関税」として高い関税を課すと発表した。とくに中国に対して145%にのぼる関税をかけるとした。これに対して中国もアメリカへの対等の報復関税を即座に発表した。

 僅か1カ月後の5月12日、米中両国は経済と貿易に関する会談の共同声明を発表し、アメリカが中国に課している相互関税率を大幅に引き下げ、中国側も同様の措置をとるとした。まさにドラマティックな展開だった。アメリカが中国にここまで迅速かつ徹底して関税を引き下げた理由をどう考えるか?

 岸本さんは現役官僚の時、国際交渉をされていた。大半のアメリカの経済学者が反対する中で、トランプは何故高関税を発動したのか?自由貿易を提唱してきたアメリカは、何故ここまで高い関税を武器に世界を相手に喧嘩を売るのか?

岸本吉生:周先生と私は同い年だ。私が大学を出て日本政府の職員になった時、周先生は大学を出て中国政府に入った。私は通商産業省、周先生は機械工業省に入省した。周先生は入省3年で来日し、研究者になられさまざま研究及び社会活動をされている。1990年代から今までの30年、数多くの問題解決に貢献されている。

 私が周先生に出会った頃、中国の社会問題で一番大きいのは三農問題だった。中国に8億人ぐらいの農民がいた。日本では農民は1,000万人以下しかいない。農民を農業以外の仕事に就けるようにすることは、中国社会で最大の問題だった。これに対して、周先生はメガロポリスの政策を提唱し、中国の政策当事者と協力して都市化を推し進めた。

 2023年1月5日、習近平主席の「歴史決議」について周先生と対談した。中国共産党の「歴史決議」は3つしかない。毛沢東と鄧小平、習近平が其々一回ずつ出している。習近平氏の歴史決議は、共産党結党100年目の2021年に発表された。習近平氏は自身の社会運営、グランドデザインを渾身の力で書いたのだと思う。関税が下がったのは、習近平氏のグランドデザインと、トランプ氏の社会運営に折り合いがついたからだと思う。

周:トランプ氏のスローガンはMake America great againだ。習近平氏は「中華民族の偉大なる復興」を掲げている。英語に訳せば「Make China great again」だ。19世紀の初頭、中国は世界最大の経済大国だった。世界経済におけるシェアは1990年にはわずか1.7%であるが19世紀初めは33%を超えていた。

岸本:中国の経済規模はかつて世界最大だった。清朝末期から西洋に侵略された。

周:習近平氏の「共同富裕」もトランプ氏と共通点がある。

岸本:「皆でいい暮らしをしよう」だ。2050年には皆がそう感じるようにしようというのが習近平氏のビジョンだ。トランプ氏は悠長なことは言えず4年の任期を考えて急進的にやるしかない。

1945年「若干の歴史問題に関する決議」と1981年「建国以来の党の若干の歴史問題に関する決議」報告書

産業の勝ち負けが大事


岸本:トランプ氏は移民を合法の移民に制限する。製造業を力強いものにすると言っている。アメリカの製造業を弱くしている国は中国だ。その前は日本だった。私が通産省に入った時に、日本のアメリカに対する貿易黒字は毎年10兆円以上、GDPの5%くらいだった。

周:対米黒字GDP比から見ると、その時の日本は今の中国より更に凄かった。

岸本:日本が戦後得た産業技術の大半はアメリカから得たものだ。アメリカの技術を工業生産に結びつけてアメリカに輸出した。アメリカにとって安全保障上問題が大きい産業は鉄、半導体、飛行機だ。鉄と半導体を日本に依存するのは怖い。

周:アメリカは意外に恐怖心の強い国だ。

岸本:コンピューターネットワークにおいてコンピューターは他国のものでもいいがネットワークは他国のものでは怖い。自動車と繊維産業は、労働者を多く使うため他国に依存したくない。アメリカはこれらの産業競争力を守りたい。中国との間でも同じだ。

トランプ大統領

■ 製造業を取り戻す為のトランプ関税


岸本:アメリカ人の勤労者の家庭の日常は仕事が終わったらテレビだった。スポーツ観戦だ。野球、アイスホッケー、アメフト、バスケットボール。アメリカに生まれた人の望みはいろいろあるが、人並みで暮らせたら十分だという人は、仕事が終わったらバドワイザーを飲みテレビを見る。夫婦でおめかしして音楽やダンスに興じる。

 日本はどうか。食品も着る物も中国製、衣食住を担う仕事がなくなっている。

 トランプ大統領は関税を上げる。驚きだ。経済学の教科書と逆だ。物価が上がり貧しくなる。しかし、関税が高くなればアメリカに工場を作ろうかとなる。アメリカは自由貿易を標榜していた頃、ヨーロッパは失業率25%で深刻な不景気だった。12カ国がEUを始めた1992年の合言葉は、Fortress Europeだ。関税はメンバー間にはゼロ、外に対してだけかける。アメリカもかつてのEUと同じことをやろうとしていた。

周:1992年にアメリカ、カナダ、メキシコ3カ国は自由貿易協定(NAFTA: North American Free Trade Agreement)を結んだ。 

岸本:ヨーロッパは12カ国で人口3億人ぐらい。アメリカとカナダ、メキシコ3国のNAFTAは内には自由貿易、外に対しては関税だ。

周:NAFTAは5億人を抱えている

2018年7月19日「『中国都市ランキング−中国都市総合発展指標』出版記念パーティ」にて、前列左から岸本吉生、中井徳太郎(環境省総合環境政策統括官)、清水昭(葛西昌医会病院院長)(※肩書きは2018年当時)

アメリカへの工場誘致は進むのか


岸本:トランプはカナダに「51番目の州」になることを提案している。

周:カナダをさらに取り込もうとしている。

岸本:日本が提唱したのはアジア太平洋経済協力(APEC:Asia-Pacific Economic Cooperation)だ。アメリカも中国もはいっている。

 トランプ大統領は自国だけの関税政策でMake America great againを成し遂げようとしている。うまくいくかどうか分からない。工場が増えるのには何年もかかる。アメリカの政策の先行きを懸念して海外から投資が進まないかもしれない、中間選挙や次の大統領選挙まで信頼が続かないかもしれない。

周:トランプ関税は、世界最大の市場を武器に出来るからやれるが、その効果は狙い通りになるのか誰も分からない。

岸本:共和党が自由貿易を放棄した理由は何か?かつて共和党は自由貿易を提唱し企業が黒字になれば失業は構わないというスタンスだった。労働者を守るのは民主党と労働組合の仕事だった。これが逆転している。いまや民主党が自由貿易と言い、共和党が関税政策を提唱している。

周:グローバリゼーションで繁栄を謳歌する大都市をベースにした民主党に対し、トランプは見捨てられた旧工業地帯や田舎を抱き込む為にそうした挑戦をせざるを得ない。

アジア太平洋経済協力(APEC)2025

■ マンネリ化を産む高関税


周:そもそも高い関税で国を豊かにできるのか? 

岸本:いま皆さんの毎日に、仕事が終わったらプロスポーツをテレビで見るという感覚はないのではないか。見たいものがあれば見たい時間に見る。柔軟だ。働き方もそうではないか?決まった時間に決まった服を着て職場に行き終業時間になれば帰宅するのではなく、インターネットを使い、いろいろな人とコミュニケーションして仕事をする。

周:多様性の時代は選択肢が広がる。グローバリゼーションは一部の人の仕事を奪うと同時に、大勢の人の選択肢を広げる。

岸本:先進国には大学が沢山あり、子供を大学に通わせる余裕がある。大卒は先進国に多くバングラデシュやアフリカには少ない。先進国では大学生が余っている。全ての品目を同率の高関税にするトランプ大統領のやり方は、私のように通商政策に携わった人間からすると、良い雇用や産業競争力の向上に効果があるか疑問もある。

周:トランプ氏は孤立主義だ。輸出するつもりはないかもしれない。

岸本:輸入がなく輸出をしないとなると経済活動が停滞する。製造業がアメリカに戻るようにというトランプ大統領のメッセージに各国は協力できるだろうか。

周:トランプ大統領の4年間の任期でどこまでやれるか。

岸本:戦後80年間誰も思いつかなかったことだ。効果はあるかもしれない。

周:一定の効果はあるはずだがマンネリ化は避けられない。

※後半に続く

講義を行う岸本氏と周牧之教授

プロフィール

岸本 吉生

ものづくり生命文明機構常任幹事

 1985年東京大学法学部卒業後通商産業省入省。経済産業省環境経済室長、中小企業庁経営支援課長、愛媛県警察本部長、中小企業基盤整備機構理事、九州経済産業局長、中小企業庁政策統括調整官、経済産業研究所理事、中小企業基盤整備機構シニアリサーチャー、中小企業庁国際調整官を経て現職。コロンビア大学国際関係学修士、日本デザインコンサルタント協会会員。


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