【激論】中井徳太郎・大西隆・周牧之:コロナ危機を転機に


東京経済大学創立120周年記念シンポジウム
「コロナ危機をバネに大転換」

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【動画】東京経済大学創立120周年記念シンポジウム「コロナ危機をバネに大転換」


■ Session 1 ■ 「コロナ危機を転機に」

司 会   周牧之 東京経済大学経済学部教授
パネリスト 中井徳太郎 環境事務次官
      大西隆 日本学術会議元会長、豊橋技術科学大学前学長

日時    2020年11月21日(土)13:30〜15:00



 周こんにちは。東京経済大学は1900年に、大倉喜八郎という実業家によって創設されました。激動の時代をくぐり抜け、今年で創立120周年を迎えました。

 この記念シンポジウムは本来、海外からも著名な論客を招く予定でしたが、今日の状況に鑑み、オンラインで開催いたします。こうした時期だからこそ、新型コロナウイルスに負けない経済社会をどうつくっていくべきかについて議論して参りたいと思います。

 まず、登壇者をご紹介いたします。東京大学名誉教授、日本学術会議元会長の大西隆先生です。どうぞよろしくお願いいたします。環境省の中井徳太郎事務次官です。よろしくお願いいたします。私は司会を務めます、東京経済大学教授の周牧之です。

 今日の進め方ですが、まず私が問題提起をして、中井さん、大西先生の順に5、6分ずつお話していただきます。なるべく発言の回数を多く回していきたいと思っています。早速、本題に参ります。

 周:第1セッションのテーマは「コロナ危機を転機に」です。今の世の中は大きく変わろうとしています。おそらく、これまで人類が経験したことがないほどのパラダイムシフトが起こっています。

   第1グランドでは「社会の大変革を推し進める三大ファクター」についてお話して参ります。この図1から見られるように、今コロナの新規感染者数が急激に増加しています。感染拡大の局面を再び迎えることになり、世界各地でも再びロックダウンラッシュが起こっています。

   実は、この新型コロナウイルスパンデミックこそ、世の中の変革を促す一ファクターでもあります。新型コロナウイルスの蔓延で人々の意識、生活のスタイルがかなり変化していき、これからも長期にわたり変わっていくのではないかと思います。

   また、もう一つ世の中を変えてきた、今後さらに変えていくファクターは情報革命、そして今日の「DX」つまり「デジタルトランスフォーメーション」です。これも40年間にわたって社会を大きく変えてきています。

   40年前、1980年にアメリカの未来学者アルビン・トフラーが、『第三の波』という本を出しました。トフラーは、情報化社会をかなり予言しました。

 具体的な社会のありようで、ほとんどトフラーのイマジネーションは当たっています。ただし唯一、少なくとも今日まで当たっていなかったのが、都市問題です。

   トフラーは40年前、すでに今日のようなテレワークの時代の到来まで想像していました。しかし彼の予想のように、都市の密度がどんどん低くなり、人々は田舎で生活しながら近代的な仕事をするという場面は、実際には今日まで到来しなかった。

 この図で表しているのは、この本が出版されてから約40年間、つまり1980年から去年まで、世界でどのくらい大都市化が進んだかということです。「100万人都市」というのはそもそも大都市です。世界で人口が100万人以上増えた都市はなんと、326カ所もあります。これらの都市の中で、9.5億人も増えた。つまりこの326都市で増えた人口が、10億人近いわけです。

   さらに1000万人を超える都市のことを、我々は「メガシティ」と呼んでいます。このメガシティは、1980年はたった5つしかなかったのですが、今日では世界に33都市もあります。メガシティに住んでいる人口は6億人近いです。この点に関しては、トフラーの予想に反した大きな動きがありました。

 3点目の、世の中を変えていくこれからの大きなファクターは、2020年10月26日に菅首相が所信表明演説で出された、2050年までに日本の温暖化ガスの排出「実質ゼロ」宣言。これが実は、非常に今後の世の中を変えていく大きなファクターになります。

 第1グラウンドでは、まず中井さん、大西先生の順に、この三大ファクターがこれからの世の中をどう変えていくのか、そしてどう変えていくべきかをお話していただきます。どうぞ、中井さん。



コロナ危機と気候危機問題


  中井ありがとうございます。周先生の提起されました社会大変革の三大ファクターについて、私の方からは新型コロナの問題と、気候危機の問題についてお話ししたいと思います。

   今まさしくコロナ危機であり、日本でも第三波ということですが、同時に気候危機と言われる状況が広がっています。この「環境白書」とは、日本政府が閣議決定して正式な公式見解を出すものです。この中で従来、気候の問題につきまして「気候変動、温暖化」という表現で扱って参りました。しかし、世界でのいろいろな動きを踏まえ、もはやこれは「気候危機」と表現できるということで、正式な政府の閣議決定の文書で作りました。

   これを6月12日に発表いたしまして、即座に小泉環境大臣から環境省として「気候危機宣言」というかたちで宣言をした。コロナ危機と気候危機、まさしくこの2つの危機に今、我々は直面しているのです。

 この気候変動でありますが、この図6は世界の異常気象の状況です。2019年、2020年を振り返りましても、昨年ヨーロッパではフランス南部で46度という観測史上最高気温が出ました。

   今年はアメリカのカリフォルニア州のデスバレーで、54.4度。シベリアでも38度、南極でも18度という、史上最高気温です。そうした中で、森林火災などもアメリカ、オーストラリアで大変な問題になっている状況です。

   日本におきましても、皆さんも日々実感する危険な状況にあります。昨年は台風10号、19号と、房総半島や東北地方を中心に大変な災害がありました。

   今年は台風こそあまり来ていませんが、梅雨の時期である7月に豪雨となり、西日本では大変記録的な台風・大雨で大きな被害が出ました。こうした激甚な災害になってしまう大雨、暴風に常に直面する環境であると同時に、温暖化の中で熱中症の危険にもさらされています。

   新型コロナについて、どこから発生したのかという議論はいろいろあります。国立環境研究所の五箇先生など知見を有する人によると、この感染症が人間の生物多様性に対する破壊や、気候変動をもたらした今に至るまでの状況と大きく関連している。いわば人間と自然生態系との生物界の棲み分けの状況が変わったため、そうした中で感染症が起きているという文脈で捉えるべきであります。

   したがって今回、コロナを何とか乗り越えたとしても、さらに次のコロナ感染症のような危機を我々は常に考えながら、暮らしを築いていかなければならないのです。

   過去80万年にわたり、自然の二酸化炭素濃度のサイクルがあります。これが産業革命以降250年、急に上がっている状況が見てとれると思います。300 ppm を超えることがなかったものが、一気に今400 ppm を超えています。

   この地球の状況を分かりやすく人間の身体に例えますと、地球が病気で悲鳴を上げている状態です。健康診断で私どもが人間ドックに入って、ガンマGTPの数値が上がる。異常値が出ている。その異常時の明らかな症状として、先ほどのような災害、自然災害の多発です。これはつまり、地球に病気の症状が出ているという発想になろうかと思います。

   分かりやすく地球全体の気候危機の問題を自分の身体と捉えると、慢性病の状況であります。これから、どう体質改善をすることができるのか、どう病気と付き合うことができるのか?こうした状況であります。

   そうした中で、世界はこの問題に踏み出しております。2015年に気候変動枠組条約を締約する「パリ協定( COP 21)」が開催されました。地球の病気の症状を止めるために、増えた二酸化炭素を増えない状況にしなければいけない。

   ただし産業革命以降、すでに1℃の温暖化が進んでいます。これでは病状がなかなか止まらないということで、2℃目標が設定されました。21世紀にあと1℃温暖化することを何とか食い止めたい。

   そのために森林など地球の生態系において、植物が光合成で二酸化炭素を酸素に変えてくれる。しかし、このメカニズムを超えて人間が人間活動で化石燃料、地下資源を地上に持ち上げて移動し、燃やし、先ほどの都市化の中で大量の森林、いわば地球の肺に当たるところを切り刻んでいる。そうした中での崩れてしまったバランスを戻そうということです。

   ただ、このあと1℃の温暖化に人間が耐えられるか。こうした問題意識の中で、今は1.5℃。あと0.5℃で何とか食い止めたい。それが科学的な知見で可能なのかということは今、ギリギリです。あと30年で二酸化炭素の排出と吸収のバランスを保つ地球の健康体まで行けば、何とかあと0.5℃で留まるのではないか。

   こうした中で今、世界中が1.5℃に向かって、2050年までにカーボンフリーにしようという動きがあります。

   先ほども周先生が紹介されましたが、まさしく日本は「2050年カーボンニュートラル」の宣言に踏み込みました。菅総理が所信表明演説で、2050年までにカーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指すことを高らかに宣言しました。

   これは大変大きなメッセージであります。これから産業を支えるさまざまなエネルギーや技術の構造を変えていくと同時に、環境省としては特に地域や生活者、そういう日々の暮らしに直面する視点からカーボンニュートラルの絵を描き、社会変革を目指す。こうしたことを総理のご指示を受けてやっていく渦中の状況です。

    この目標がいかに大変かというと、5年連続で二酸化炭素は減っていますが、2030年までに26%減です。現在、これをさらに深掘りする議論を始めました。

   そして2050年までに実質ゼロということで、あと30年までにCO2が増えない状況に持っていけるかどうか、体質改善ができるのか?ということであります。

   これが経済の足かせになるのかという視点ですが、従来とは発想を変えております。経済が成長する、まさしく移行することで二酸化炭素を減らす。経済と環境の両立という文脈で、この問題に当たっていく発想であります。

   まさしく産業革命以降の今までの発想とは全然違うパラダイムシフトであります。冒頭の発言とさせていただきます。

 周ありがとうございます。大西先生、どうぞ。

テレワークの普及と展望


   大西ありがとうございます。冒頭に周先生からいくつかキーワードが与えられました。新型コロナウイルスパンデミック、情報革命、低炭素社会、そして大都市の問題も提起されました。

   実は、スライドの2番目にアルビン・トフラーの写真が出てきたので思い出しました。テレワークはここ半年で急に取り上げられ、しかも定着していったライフスタイル、あるいは仕事のワークスタイルでもあると思います。私は、日本ではかなり最初の1992年だったと思いますが、実はテレワークに関する本を出版したのです。

   当時はテレワークという言葉が日本語にも、確か英語にもなく、『テレコミューティングが都市を変える』というタイトルで出版しました。要するに、通勤コミューティング。通勤の代わりに遠隔通勤と言いますか、情報手段を使って仕事をするということです。

   よって通勤はしないわけですが、自宅から働く、あるいはサテライトオフィスから働くという時代が来る。そういう時代をつくろうという趣旨の本を書きました。

   本を書いただけではなく、そのために学会を創り、テレワークを進めようといろんな社会運動もしてきたわけです。最初の狙いは、過密大都市をどう防ぐのか。私は都市計画を専門とする研究者でしたので、過密大都市を防ぐためにテレワークが有効ではないかと思いました。

   皆がオフィスの集まる都心に向かって通勤することを前提に、都市に住む必要がなくなれば郊外から、あるいはもっと離れた郊外、もしくは地方からいろんな仕事ができるようになるのではないか? そう思ったのです。

   同時に、通勤をしなければ少なくとも交通に関するエネルギーを使いませんので、エネルギーの節約、低炭素にも繋がる。

   しかし実際、日本でテレワークが普及したのはその2つの理由ではなく、新型コロナウイルスの影響を避けるためでした。オフィスで皆が密になって仕事をするのを避ける。あるいは通勤電車も大変密な状況ですが、それを避けようとテレワークが急速に普及していったのです。

   したがって、私にとっては自分が追求していたテーマ、しかもその狙いであった情報通信をうまく活用して大都市化を防ぐことにより、かつ低炭素な社会生活も実現できることとは全然違う回路です。この新型コロナパンデミックに関連してテレワークが普及したことで、少し意表を突かれたと言うか、こういう展開もあるのかと認識させられたのであります。

   改めて考えていくと、現代社会が「第三の波」という一つの社会評論の側面をもっているとすれば、現代社会を捉える時にやはり工場のある場所に皆が集まって働く。工場というのは原材料があるところ、あるいは積出港が近いところが適地だとされていました。

   一方では、オフィスで働くというのは人口の集積する場所が適地で、集積が集積を呼ぶという格好で大都市が膨れ上がっていったのです。

   このように皆が集まって情報が集中するメリットは残しつつ、しかし皆が集まること自体は避けられるのではないかというのが、テレワークに込められたアイデアだったのです。アイデアとしては存在したのですが、実際に日本の社会で急速に普及していったのは、新型コロナウイルスによるものでした。

   将来を展望すると、テレワークが日本社会に本当に定着していくのかどうか。つまり新型コロナが解消された段階で、皆が元の生活に戻ろうと思ったら戻れるという時に、テレワークで享受したさまざまな良い点を忘れることなく新しい生活スタイルとして、あるいは仕事のスタイルとしてテレワークを維持し続けるのかどうかです。

   これは一つの大きな鍵を握っていると思います。情報通信手段をいろんな意味で身近に活用していくことと、できるだけ人が移動するために使われるエネルギーを節約してくことも考えていく。

   これはテレワークの良い点として残るわけです。これをうまく使いながら、テレワークを社会に定着させていけるかが、非常に大きなこれからの鍵を握ると思います。

   私もそういう意味では、自分が研究・発表してきたテーマがなかなかうまくいかなかったわけですが、ここで勢いが出てきたので、ぜひテレワークをさらに普及することをしていきたいと思います。

   ただ、もう一つだけ付け加えると、日本はこの3つの社会を変革させるファクターに加えて「人口減少社会」という極めて大きな問題があります。日本は現在、出生者が90万人を切っています。やがて人口が毎年100万人くらいずつ減っていく時代が、10年か20年後にはやって来るとされています。

   こうして、目に見えて人口が減っている社会が訪れる恐れがあり、今挙げたようなテレワークの活用、情報手段の活用、あるいは低炭素社会の中でどう人口維持する構造をつくっていくか。人口は少し増えるぐらいの方がやがて良くなるのかもしれませんが、そうした構造をどうつくっていけるかです。

   おそらく経済問題から考えていくと、皆がある程度の所得を得て安定した家族生活を営めることが前提になると思います。そうしたことを含めた総合的な政策を、これを機会に考えていくことが大事だと思います。どうもありがとうございます。

   周:大西先生、ありがとうございました。大西先生は、日本の初代のテレワーク学会の会長でした。トフラーと同じ夢を見て、テレワークを一つの研究テーマとして追いかけられてきました。

周牧之 東京経済大学経済学部教授

   第2グラウンドは「大都市の時代と大都市の未来」をテーマに、お二方からお知恵を頂きたいです。実は20年前、私は一つの予測をして、これが当たったのです。

   どう予測したかと言うと、中国で「メガロポリス」の時代が来ると予測しました。メガロポリスというのは聞き慣れない言葉かもしれませんが、大都市がいくつかくっついて、中小都市も堆積した大きな都市の塊を表現しています。このメガロポリスが中国で3つ大きなものが沿海部で形成されると、2001年に予言しました。20年後の今は、右のグラフが表しています。中国の人口移動の地図です。グラフの赤いところは、人口をたくさん受け入れているところで、高さはその量を表しています。「三大メガロポリス」と私が名付けている地域は数千万人単位の人口を受け入れ、大きなメガロポリスがすでにこの20年かけて形成されました。私の予測は当たったと喜んでいます。実際になぜそれが出来たかを今日は皆さんに簡単に紹介します。

 今から、この中国都市総合発展指標を使って皆さんに紹介していきます。この指標作りに関しては大西先生、中井次官から多大な協力を頂いております。

 次の図にあるのは、中国の製造業輻射力のトップ10の都市と、IT産業輻射力のトップ10の都市の地図です。製造業のトップ10の都市は、ほとんど沿海部にあります。この10都市だけで、中国の輸出の半分稼いでいます。

   これら製造業輻射力のトップ10都市は今すべて、世界的なスーパー製造業都市になっています。面白いのは、そのうち7つは20年前まで小さい地方都市で、ごく普通の地方都市、あるいは40年前には、ただの村でした。今や沿海部で巨大なスーパー製造業都市になったのです。

   隣の図のIT 産業の輻射力からは、IT産業の2つの特徴が見えます。

   まずIT産業の集約度は製造業以上にあります。つまりIT産業は、地方分散型ではないです。

   2点目は、IT産業輻射力のトップ10の都市は、深圳以外は全部古くからある中心都市です。首都や地域の中心都市、省都など。これは非常にパターン化しています。この2つの特徴は、実は日本でも同じです。

 日本の製造業輻射力と、IT産業輻射力を表した図12から見ると、製造業に強い都道府県は、地方が多いです。IT産業の場合は、東京が断トツ強い。その後はちょいと大阪、神奈川です。IT産業の方が、より中心都市を求める傾向が日本でも中国でも顕著に表れています。

   さらに企業の本社所在地の集積パターンはどうでしょうか。中国では香港、深圳、上海の三大金融マーケットがあります。この三大マーケットのメインボードに上場している企業の本社所在地が、トップ10の都市は63%を占めています。

   日本の場合はもっと進んでおり、トップ10の都道府県には85%も、東証1部上場企業の本社が集まっています。

 最近、フランスの経済学者ジャック・アタリ氏が、多くの企業がこれから大都市を離れて本社を中堅都市に移すということを、おそらくコロナを意識して話して話題を呼んでいます。これは10年後に検証する時どうなっているか、私もちょっと楽しみにしています。大都市に関しては、CO2の排出量も一つ大事な指標です。日本の47都道府県におけるGDPあたりのCO2の排出量からみると、成績が一番いいのは東京です。

 その東京におけるGDPあたりCO2排出量は、日本全国平均の8分の1しかないのです。何が言いたいかというと、大都市はさまざまなメリットがあり、特にCO2削減のメリットが今まで軽視されてきたのではないか。我々がCO2削減の話をする時、その多くは技術の話になるのですが、実は都市構造の話も大きなファクターになるのではないかと思います。

   大都市に関しての話は、お二方にも伺いたいです。大都市の時代は私から見ると情報革命がつくり出したものです。この流れは止められないし捨てたものではない。そうなる理由もあるし、CO2の削減にも非常に寄与するところもあります。

   これからの大都市をどう展開していくべきなのかを、中井さんから大西先生の順にお願いします。

「3つの移行」による経済社会のリデザイン


   中井ありがとうございます。周先生とはずっとこのメガロポリス化、大都市化の話を20年近くやっているのですが、やはり私は大都市化、メガロポリス化は必然だという捉え方をしています。

   大都市の中でIT技術も含め、さまざまな効率的なものが多くのビジネスモデルを生んでここに至っている。ところが、そこに至る中で獲得したものを使いながら大都市化、メガロポリス化が生んだ、ある意味でのさまざまな病変に対応するのがこれからです。大都市自体も変わるし、大都市以外の国土も変わります。

   今、この状況は地球全体が病気で、大きく変わらなければいけない。大きく社会が変わるのは間違いない。では、どういう方向に変わるのかということで、環境省では現在、小泉大臣を先頭に『「3つの移行」による経済社会のリデザイン(再設計)』として発信しています。今年はCOP26が条約の交渉延期になりましたので、9月にオンラインで会議を行いました。これは、その中でも強く発信して共感を得たところです。

 この「3つの移行」とはどういうものか。一つは、このスタンスでカーボンニュートラルを目指す。再生エネルギーなど、エネルギーの構造や技術イノベーションを使って脱炭素を目指す。

   これを暮らしや地域の面から言いますと、循環経済(サーキュラーエコノミー)。プラスチックの問題や、ありとあらゆる物質の循環も含めて適切に、効率的に回っていくというものです。そして、新型コロナや災害の多発という状況から踏まえると、ある意味での分散型社会です。

   この脱炭素、循環経済、分散型社会。これらの3つで、一つの社会の方向感が出るのではないかと私どもは強く主張しています。これが究極、噛み合うと後ほどのテーマになります「地域循環共生圏」という理想像になる。これを支えるためにはこの地球上、大都市も含めて企業、地域、そうしたすべての暮らしがどう変容していくかが大事になっていきます。

   環境省としては現在、人々の生活の場である地域や自治体で、いろいろなお話させていただいています。日本では政府がカーボンニュートラル宣言をいたしました。それに至るプロセスでこの一年、カーボンニュートラルを表明する自治体は、昨年の9月の時点で4自治体だったのが、今や170自治体を超えました。

   人口から見ると、8000万人を超えている。こういう文脈の中で、日本としても政府全体でカーボンニュートラルにコミットする動きになっています。

   そしてもう一つ。脱炭素、カーボンニュートラルの文脈に、大きなお金の流れでドライブをかけようという動きが今、世界中に広がっています。これを「ESG金融」と申します。世界でESGの市場が拡大していますが、日本もこの3年で約6倍になりました。世界から日本は大変な注目を浴びています。

   日本には兼ねてから地域に信用金庫、地銀がありますが、これからはそうしたところも含めてESGというかたちで、社会を変えるドライブになるお金の流れが広がっていくということです。

   そのお金を受けて活動する事業体という観点においても、脱炭素経営が大きなうねりになっています。この「TCFD」は、世界に広がる気候変動の情報開示の枠組みです。

   自治的な枠組みですが、このコミットメントは日本が世界一です。パリ協定などを踏まえて科学的に目標設定し、中長期の削減を目指す企業。これも、日本が世界で2位、アジアで1位。

   また、事業活動全体を再生ネルギー、つまりカーボンニュートラルにしていこうというコミットメントで取り組む企業も、日本は世界で2位、アジアで1位という状況です。

   この第2グラウンドの話からすると、大都市になってもまだ発展途上のベースでさらに進む世界があります。先進国中心に、ここで獲得したさまざまな人間の叡智を活用して、大都市も含めて地球に暮らしている人間が今、大きく方向転換しようとしています。

   その中には地域という側面から見ても、経済を回している企業の側面から見ても、経済に血を流す金融の側面から見ても、すべて大きく動いている。こういうことであろうかと思います。

   ありがとうございます。大西先生、どうぞ。

 

大都市問題と産業・民生・交通


   大西お二人から素晴らしい詳細のスライドを使ってご説明がありました。私は今日、スライドを一枚も使わずに評論するという、わりと気楽な立場におりますが、今のテーマについて2点だけコメントさせていただきたいと思います。

   一つは、大都市の問題です。なぜ大都市がさらに大きくなっていくのかは、やや謎めいたところがあります。というのは、初めて大都市問題が世界で取り上げられたのは、おそらく戦後の1960年代です。

   この時の大都市とは、ロンドン、パリ、ニューヨーク、東京が中心でした。先進工業国の中心都市の中でも、今挙げたような都市は特に集積が大きい。そこで、いろんな社会問題が出てきたわけです。住宅難、あるいは混雑現象です。

   これを解決しなければいけないということで、例えば郊外にニュータウンをつくる。あるいはもうちょっと大胆に地方に拠点をつくり、そこで機能を分担するという政策を、国を挙げて展開したところもあります。特にイギリス、フランスが積極的に取り組んだと思います。

   アメリカはどちらかと言うと、そういった国土政策はあまり関心がなかったと思います。日本もイギリスやフランスと同じように、そうした政策に取り組みました。しかし、結果としてどうなったでしょうか。ロンドン、パリ、ニューヨークは、だいたいその頃の水準から集積の規模、人口の規模はあまり変わっていません。それに対し、東京だけがどんどん伸びていったわけです。

   先ほど周先生が紹介してくださいましたが、世界の他の地域、アジアであれば中国、あるいは東南アジア、そしてアフリカでも巨大都市が出てきています。さまざまなところから巨大都市が出現し、いわば最初の時代の巨大都市問題の一員であった東京は、引き続き次の時代の巨大都市問題の一員にもなっているのです。

   なぜ、ヨーロッパやアメリカの大都市はそれほど大きくなり続けずに、アジアやアフリカ、特にアジアの都市が大きくなり続けているのか? これはなかなか、きちんとした説明ができない問題です。

   人と人との距離を人間はどのくらい好むか、嫌がるかという研究があります。西洋人はあまりよく知らない人とは距離を取りたがるけど、よく知っている人とは非常に近い距離で付き合う。物理的な距離です。

   しかし東洋人、特に日本人は、知らない人同士で満員電車にぎゅうぎゅう詰めにされても文句は言わない。けれども親しい者同士、最近は違うかもしれませんが、ちょっと距離を置いて三歩下がって歩くなど、そうした習慣もあります。

   よって、人間の性格、習性が違うからではないかという説明もありましたが、まだ決着がついてないかもしれません。

   ただ、先ほど周先生が大都市に関して少し別の見方をされました。例えば、低炭素という観点から見ると、けっこう成績がいいのではないか。つまり大都市化のメリットもそこにあるのではないかというお話がありましたが、私はちょっとこの点については異論があります。

   私もある時期、環境省のお手伝いをしていました。まずは都市をいかに低炭素にしていくかというデータを取り、そのデータに基づいて議論することをやってきました。

   都道府県におけるGDPあたりのCO2排出量ですが、GDPと人口はニアリーイコールです。それほど大きく違わないとすれば、人口あたりと考えてもいいでしょう。日本では大分県、山口県、岡山県などがすごく成績が悪いと言いますか。

   これらの場所は結局、工場が相対的に多い。人口に比べて、あるいはGDPに占める製造業の割合が高いところです。都市ごとに整理するとより顕著で、コンビナートがある都市がどうしても成績が悪くなるわけです。

   そうした問題をどう考えるかです。工場で物を作るということは結局、世界のどこかで行わなければならない作業です。CO2の観点からすれば、最も低炭素に作ることができる低エネルギーと言ってもいいかもしれませんが、エネルギー効率良く作ることができる場所で行うのが一番いい。

   世界的に見ればどこでCO2を出しても同じですから、そこで集約的に作るのが一番その製品については世界中のCO2の排出を抑制できるわけです。そう考えると、最も進んだ工場地帯が生産の大部分を引き受けて、そこで生産するのは良いことだと思います。

   ただし、結果としてその地域はCO2が出ることになります。世界中からその製品についての製造を引き受けるわけですから。それであなたの地域はCO2が出るから駄目だと言われると、やはり世界的な観点、地球規模の観点から優れていることと、地域にそれをブレイクダウンした時に問題があることが矛盾するわけです。

   CO2の問題は、やはり地球規模の話です。どこでCO2が排出されても同じ温室効果があると考えれば、やはり一番優れた生産技術を持っているところで集中的に作り、そこが競争に勝つという原理は重要なのではないかと思います。

   さらに、東京は工場があまりないメリットに加えて、公共交通が発達しているというメリットもあります。これは今のところ、集積がもたらす効果です。人が大勢いることで公共交通が支えられ、公共交通が発達する。いわゆる製造部門と交通移動部門。この2つで今、東京が非常に優れているわけです。

   しかし、例えばこれから自動車のCO2が減っていくことにもなるでしょう。地方都市の移動において、従来の自動車から電気自動車で移動ができるようになれば、やはりCO2排出量もかなり減っていくと思います。

   だから製造業だけで地方都市を悪者にするのではなく、ある意味そこはそこで別勘定をする。そして家庭やオフィスでの民生的な生活で排出されるカーボン、移動によって排出されるカーボンをいかに減らしていくか。

   これは偏りなくすべての地域に適応されるべき技術だと思うので、相当、政策的に取り組んでいく必要があるのではないでしょうか。

   そういう意味では、日本は公共交通が発達し、世界の中の一つのモデルケースを今のところ形成してきていると思います。一方では、公共交通は大量輸送機関という言葉でも表現されるように、人が大勢いないと成り立たない側面があります。そこで、お客さんがあまりいない公共交通機関をどう作っていけるのか、あるいは移動手段をどう作っていけるのか。

   交通についても大きな課題があるし、民生については個々の民生技術の中に低炭素技術をどう入れていくのか、という大きなテーマがあると思います。

   ありがとうございます。大西先生の産業に関する議論に、私は大賛成です。ただしCO2というのがエネルギー消費にイコールなので、基本的に産業と民生と交通、3分の1ずつくらいの配分で考えればいいです。

   大西先生がおっしゃったとおり、大都市は固まって一緒に住むことで交通、民生もエネルギーは節約されます。

   もう一つ、大西先生がおっしゃっていた「三密」、要するに密度の話です。私から見るとどうも大都市の一番のメリットは、三密経済なのです。三密社会がもたらすメリットにあるのではないか。

   今、三密は悪いイメージがありますが、実際は三密がもたらす情報の交換、感情の交換によって、我々は幸福になる。生産性も、特に知的な生産性も高くなることが十分あり得ます。私はむしろ「三密」大賛成で、どのように新型コロナから我々の「三密」の生活を取り戻すかについて、一生懸命に考えようと思っています。

大西隆 日本学術会議元会長、豊橋技術科学大学前学長

   さて、第3グラウンドは、「SATOYAMAイニシアティブ」から、中井さんの取り組む「地域循環共生圏」へ、という話です。

   2010年「SATOYAMAイニシアティブ」として、環境省が立ち上げました。今や世界的なコンセプトになっていますが、中井さんはさらに今「地域循環共生圏」というバージョンアップしたものを世界的な共通コンセプトにしようとしています。

    中井さんの考えを伺う前に私、ひと言だけ話します。私にとって里山の魅力はどこにあるかと言うと、実は里山の生態の多様性です。この多様性は、原始の自然に比べても豊かなのです。

 私のゼミに毎年ゲスト講師としていらっしゃる、NHKのチーフディレクターの小野泰洋さんという方の言葉ですが、「里山は自然に対する人間の適度な介入がもたらした、新しい生態系である」。

   私はこれが里山の本質だと思いますし、非常に素晴らしいコンセプトです。里山は我々の文化、生態系、さらに体の中の構造まで影響を与えているものです。これをどう新しいコンセプトにバージョンアップしてくのかをお話しいただきたいと思います。あと2点、まとめて質問します。里山のベースは自然集落です。問題は、この集落は今、急激に消えつつあることです。過去4年間で、日本では164の集落が消えています。

 これから10年間で500以上消えます。さらに、3000以上は消滅すると予想されています。これが多いか少ないかは、また別の議論ですが、集落が消えていくと里山も持たないのではないか?適度な介入という、人間と自然との関わりがなくなっていくのではないか?

   さらにもう一つは里山に関して、たぶん必ず出てくる話です。先ほどの中井さんのお話の中で出てきた、分散型の話です。我々が分散型になる時に一番キーとなるのは、エネルギーの分散型の供給です。地産地消ができるのかどうか。

   日本の輸入の中で、金額の22%ぐらいを占めるのは、実はエネルギー関連です。海外から化石燃料を買ってきて、日本で燃やすというのは今までのパターンです。

 これをひっくり返してCO2をゼロにするというのが、中井さんがいつも言っていた「自然の恵みをどう活かすか」ということです。それも含めて、よろしくお願いします。

森里川海の恵みを活かす「地域循環共生圏」


   中井ありがとうございます。今、周先生がおっしゃった「SATOYAMAイニシアティブ」とは、名古屋で生物多様性条約第10回集約国会議「COP10」という会議を行った際に、日本から発信した「生物多様性」という文脈で出た言葉です。

   大きく言えば、生物多様性の議論と、脱炭素に向かう気候変動の問題。今や、この2つの根っこは一緒です。SDGsの根っこは全部一緒だという流れになってきています。

   来年は中国で「COP15」が開催されるので、生物多様性についてとても大事な年です。「2020年目標」として日本の名古屋で行ったもののバージョンアップを今、世界中が目指そうという打ち合わせをしています。

   そうした中、私どもは日本の貢献という「SATOYAMAイニシアティブ」をバージョンアップしたいと思っています。そのコンテンツがまさしく「地域循環共生圏」であり、バージョンアップした「SATOYAMAイニシアティブ」というかたちです。

   国内で「地域循環共生圏」をつくり、それを海外へ展開した時には「SATOYAMAイニシアティブ」。世界に通っている言葉がありますので、ベースを移しながらバージョンアップしたいという想いです。

   そこで、「地域循環共生圏」とは何かということをお話したいと思います。資料をお願いします。

 この図の右下の図が分かりやすいと思います。これは、2018年の環境基本計画第五次で閣議決定した概念です。農山漁村と都市。まさしく都市化の状況を前提に置き、今後どうすべきかについて語っています。

   周りにある森、里、川、海という自然資源・生態系サービスは、総称して「森里川海」という言い方をしています。水も空気もエネルギーも、食べ物も観光資源も、人々の健康的なアクティビティの元も、人間はその生態系サービスから頂いています。

   考えてみると人間も自然の一部ですから、人間も生態系サービスの仕組みの中の一環である。この原点をもう一回取り戻さないと、新しい文明社会をデザインする時にはどうにもこうにもなりません。根本的な発想の転換をもう一度する必要があります。

   現在すでに都市という空間ができ、大都市ができ、この図19のようにビルがたくさん立ち並んでいます。しかし、そこに住んでいる人々は自然の一部であることは間違いなくて、エネルギーも食べ物も要る。

   その結果どうなっているかというと、地球に負荷がかかるようなかたちで、中東等の化石燃料を大量に地下から上げて、移動し、燃やす。

   一方では、食べ物も含めてさまざまな便利なものを海外に頼っています。日本の場合、特に衣料はほとんど海外依存です。その衣料を作るために何が起きているかと言うと、海外の森林を破壊していることにもなっている。

   そこで、人間は森里川海の恵みを受けている発想で、自分の身近なところをもう1度見直そうという原点に立ち至るわけです。農山漁村においては、人がいなくなってお金もありません。こうした中で耕作放棄地が広がり、森林には人の手が掛からない。ところが自然の恵みから言うと、豊かな森林がある。しかし土地は空いている。

   そこでは自然エネルギーのポテンシャルが特別高いです。着る物も、実は日本では麻を使っていました。日本の衣料を日本の土地で作ることができないかという課題もあります。

   地域の資源という発想で、農山漁村、都市にはどんな資源があるかを考える。ビルの屋根や家の屋根に太陽が降り注いでいても、それを使っていません。庭やベランダでちょっとした菜園をやる、コンポストで堆肥を作る。こうしたものも、地域資源に入ると思います。

   それぞれが地域資源を活かし、自分が生態系の一部であるというベースで虚心坦懐、見直す。極力、地産地消、自律分散していく発想です。その時に見える化をしてCO2を減らす。例えば、これはCO2が負荷をかけない健康的なものなのかという発想で購買行動をとる。生産行動に責任を持つ。

   そうしたことをそれぞれやった時に、地域で回っていく自律分散型の社会が「地域循環共生圏」のイメージです。今は地球に病気の症状が出ている。それを健康にするための考え方です。この「地域循環共生圏」の農山漁村、都市と言いましたが、もっと分解してみます。人間の体は37兆の細胞から成っています。細胞自体が連携して組織を作り、人間の体をつくっている。地球、地域もすべて生き物である。

   そういう文脈で言いますと、ベースとしてはコミュニティでの地域循環。その上には、さらに広域での市町村、河川流域でのようなエネルギーや食べ物、観光という循環型。さらに上には東北全体や九州などのブロックということがあり、さらに超えると環太平洋、アジア全体。こういう発想でものを見るということです。

   この「地域循環共生圏」のウィズコロナ、アフターコロナの文脈で今考えているのは、やはり都市化は便利だけれど、一極集中で間違いなく感染率が高いところからリスク分散化の方向があります。それと同時に、デジタル化で地方への動きがあります。

   しかし、地方の中で家に閉じこもって物が食べられるのか、エネルギーを供給できるのか? 命の産業としての食べ物やエネルギー、そういうものが地域で回るシステムが必要となります。地域資源が活きるような資本ストックの多様性、健全性を表示していく。それと同時に、分散化と言っても一方的に行政コストやエネルギーコストがかかるようでは非効率です。

 図の一番右のところですが、中長期的には集約することも必要です。これを中央環境審議会で議論しており、いわば一極集中分散化だけどヒューマンスケールの集約化、ネットワーク化していく。地下資源依存からで地上資源で地産地消していく発想で、まさしくこの「地域循環共生圏」を深めていこうという議論です。

   もう少しだけ実例を言います。例えばエネルギーの事例ですが、台風災害で房総半島が停電になっても、睦沢という町ではマイクログリッド化したことにより、電気と温泉が使えたということです。こういう地域をボトムアップ型でどんどん増やしたいと考えています。

   小田原など森里川海の資源豊かなところでは、エネルギーを自分たちでつくっています。これをさらにライフスタイルの移動手段として、EVをシェアリングするというビジネスモデルに投入する動きもあります。

   また、広域の動きからすると、横浜のような300万人都市では自分たちのエネルギーを賄えません。そこで東北の岩手、青森の市町村と連携し、東北の古くなった再生可能エネルギーを入れる動きが、もうすでに起きています。

   こうした活動をどんどん勃発させる。こういうものを作り込むことによって、ゼロカーボンを目指しながら「地域循環共生圏」をつくっていく方向であります。

   ありがとうございます。分散化の中の集約化とネットワーク化をはからなければいけませんね。大西先生、どうぞ。

都市に取り入れる「里山的空間」


   大西「地域循環共生圏」という概念は素晴らしいと思います。ぜひこれが進んでいくといいと思います。おそらく環境省が都市づくり、都市の問題に提案するのは、これが3度目になるのではないかと思います。

   最初は80年代後半に環境省が「アメニティタウン」というものを提唱し、かなり全国に調査しました。それから先ほども出ましたが「低炭素都市」というものがあり、今回さらに都市の生活まで入り込んで「地域循環共生圏」という概念で整理されています。ぜひ、これを自治体の都市行政、一体となって進めていくと良いと思います。

   それで2つ、私からコメントをさせていただければと思います。一つは人口減少という日本が抱える問題からすると、このセッションのキーワードである里山が変わっていくのです。動いていくのだと思います。

   先日、福島の被災地の一つで田村市の都路地区というところに視察に行かせていただきました。そこで持ちかけられたテーマの一つは、別荘地の問題です。百何十人の方が別荘を持っていたものの、誰も使わなくなったのでどうしたらいいか困っているということです。

   実際に行ってみると傾斜地に別荘が建っているものの、今は使われていないとのことです。なかなか平地ではないので行きにくい場所です。「なぜこんな不便な場所を別荘地にしたのですか?」と聞いたら、「キノコや山菜が採れるので、山菜採りや山の生活が好きな人が別荘にしたのです」とおっしゃいました。

   被災で一時は行けなくなったわけですし、さらに高齢になって今は行きづらい。どうしたらいいかと聞かれるので、何人かでいろいろと首をひねって考えました。しかし、なかなか難しい。むしろこの別荘地は、もう山に戻っていくのではないか。そうすると、身近なところでキノコを採るには、もう少し街に近い場所になります。

   つまり、人が減って管理が行き届かない分だけ、山の勢力が強くなっていく。同時にイノシシが出る場所も広がっていくので、そこはイノシシに譲って、もう少し人間のテリトリーが萎んでいくのではないか。

   そうした戦線の再整理が必要だと思います。里山というのは、いわば人間の居住区域と山の動物、植物の居住区域の境のところだと思うので、里山が移動していくことがあるのではないかと思っています。

   そうしたことも考慮し、今まで使っていた土地すべてを守るのではなく、その時代に即した里山の場所や、里山のあり方も考えていく必要があると思います。

   もう一つは逆に、都市の中に「里山的空間」をつくるようになってきています。ちょうど数日前、この近くの立川に機会があって出かけました。立川駅から北へ少し行った、GREEN SPRINGS(グリーンスプリングス)というところです。

   モノレールの下に50 m から60 m のかなり広い、サンサンロードという道路があります。その脇の区画、4haくらいの区画を、ある地元の事業者が買い取って一大開発をしたわけです。一大開発といっても我々のイメージする開発とは違い、500%の容積率があって高層ビルが相当建つはずですが、170%しか使ってないのです。そのグリーンスプリングスのメインは、ソラノホテルという宿泊施設です。プールの向こうに富士山が浮かんで見えるというプールがあるレストランが一番のウリです。

   それ以外にもいろんなウリがあり、エリア全体には緑道があるのです。その緑道と一体化した、自然に極めて近い設計です。すぐ隣は昭和記念公園ですし、都会的な施設やオフィス、店舗、ホテルなどがある。住宅は規制によってできないということで、住宅はありません。

   今、都市開発をする時に考えるべきことは、いかにその開発の中に自然的な要素を取り入れるか。しかも取って付けたような自然ではなく、かなり徹底して自然に近づける。

   徹底していることで言えば、グリーンスプリングスも同様です。もともと雑草地として放置してあった4haの敷地を国が公募し、その会社が買い取ったわけですが、最初に何をしたかというとヤギを21頭連れてきて、ヤギに雑草を食べてもらったのです。草ぼうぼうだった4haの敷地にヤギを放し飼いにして草を食べてもらい、ひとしきり食べ終わったところで開発を始めたのです。

   その間はもちろん開発プランを練る時間となっていたわけですが、ストーリーとしても非常に自然一体的な雰囲気のするものです。

   グリーンスプリングスのみならず、東京で今行われている比較的大規模な開発は、その中に自然をどう入れていくか。しかも恒久的な自然として、そこに住んでいる人や働く人が親しむだけではなく、ある種、管理もするのです。

   お金を出したり、場合によっては管理の仕事にボランティアで参加するような仕組みもつくったりする。自分の生活の中にできるだけ自然空間を取り込むことは、非常に大きなモチベーションになっているのです。

   先ほどイギリスの大都市の話をしましたが、それより少し前の時代では解決策の一つがガーデンシティ、田園都市だったのです。田園都市とは、地方に都市と農村が結合した、結婚したような新しいタイプの空間をつくるということ。日本の場合、そうしたものが大都市の中に今たくさんできていると思います。

   ちょうど、この東京経済大学も郊外に差し掛かるような場所にあります。先ほど周先生に連れていっていただいた崖線沿いには池があり、ちょっとした自然が完全に残っているのです。

   タヌキもいて、タヌキを飼っている先生もいるということでした。みんなと協調しなければいけない問題があるでしょうが、そうしたことができるような場所を積極的に再評価する時代になってきたということです。

   ぜひ、この「地域循環共生圏」という概念をいろんなところで展開していただくと、それぞれ身近なところで自分も参加できるようになっていくのではないかという気がいたします。

 周大西先生、ありがとうございます。まさしく第2グラウンドの話に戻ってきたような議論です。都市の中の里山的な空間、自然を取り入れることは、おそらくこれからの都市や大都市の進化系です。

   ぜひ、「地域循環共生圏」の中にこのコンセプトを取り入れていただければ、さらに普遍的な価値になるのではないかと思っています。

中井徳太郎 環境事務次官

    次の話も、この里山の話の延長線にあります。今パンデミックの中の我々は、まさしく新型コロナウイルスの恐怖感の中で生活しています。

   人口10万人あたりの死亡者数で見てみると、アメリカ、イギリス、イタリア、フランス、スペイン等々、欧米の先進諸国は、軒並み2桁です。74人、85人、65人など、大変な数字を出しています。

   しかし、日本は今1.5人です。これはどんな要因なのか?このファクターXはどういうものなのか? たくさんの研究がなされていますが、私なりの仮説を無理やり里山にくっつけて、今日は大西先生に批判されるように出してみます。

   1997年、ジャレド・ダイヤモンドという人が『銃・病原菌・鉄』という本を出しました。この本で、彼はある仮説を立てています。

   ユーラシア大陸は家畜がたくさんいたことで、これらの家畜と長い間、「三密」的な接触によってユーラシア大陸の人々がたくさんのウイルス感染に繰り返し晒されてきました。よって、ある種の免疫を持っていたのです。

   一方、ヨーロッパ人がアメリカ大陸に上陸した時、家畜をそれまであまり持たなかった原住民が免疫を持っていなかったため、持ち込まれた病原菌に原住民の皆さんがやられて、壊滅的な打撃を与えられたのです。

   私はこの仮設を正しいと思いますが、ただし現在の新型コロナウイルスによる死亡率がヨーロッパの国々と、日本を含めたアジアの国々との間に、大きなギャップがあるのが説明しきれないのです。

   だから私は仮説としてはプラスして、稲作という水田を囲んだ我々の生活が大きなファクターとなると提起します。これも稲作的な里山は実は生物多様性、そしてウイルスの病原菌の多様性ともなっている場所であり、ある種の病原菌の巨大な繁殖地になっています。

 そこで生活してきた我々の体の中にたくさんの免疫ができている。これらの免疫で、どうも今回の新型コロナウイルスに直接かからなくても、ある程度の交差免疫ができているのではないか。それによって、我々アジアの国々の死亡率が低いのではないかという話になるのです。

   日本だけではなく、アジアでは、中国の10万人あたりの新型コロナウイルスによる死亡者数は0.3人です。台湾に至っては、0.03人です。ベトナムは0.04人です。タイは0.9人です。

   西洋諸国と比べて、これらの国と地域は決してすべてが医療のリソースが豊かというわけではない。しかし、なぜこんなにコロナウイルスと闘って成績がいいのか。私はこれが、稲作地域の里山の恩恵ではないかと思っています。

   だからむしろ、この尺度からも里山の貴重な存在を捉えるべきではないかと思っています。中井さんはどうですか?

生態系で捉える地球とSDGs


   中井ありがとうございます。周先生の「周仮説」への直接のコメントではないですが、ありとあらゆるものをエコシステム、生命系の発想で見ることが大事だというお話をしたいと思います。

   「SDGs」は、皆さんもいろんなところで聞かれるようになったと思いますが、COP21のパリ協定と同じ2015年にコミットされました。このSDGsは17のゴールとして、環境経済社会についてバランスよく目標設定されています。

   SDGsの前の MDGsという2000年の開発目標は、開発途上の人間の貧困や飢餓、豊かさなど、人間の社会だけで見ていました。これが今回、環境や経済、端的に言うと、13番が気候変動、14番が海の豊かさ、15番が陸の豊かさ、6番がきれいな水、7番がクリーンエネルギーなど、いろいろとたくさん入っています。

   なぜこうなったかという背景にあるのが、地球容量の限界「プラネタリー・バウンダリー」という見解です。先ほどから例えているように地球全体を一つのエコシステム、生態系だと捉えた時、負荷を飲み込む強靭性もあるけれど、ある一点を超えると破滅になる。

   人間の身体で言うと、お酒を適度に飲んでいる時は肝臓の負担もそれほどなく、週末にお酒を抜けばガンマ GTP 値も下がるけれど、一定量を超えると肝硬変や肝癌になってしまう。

   それと同じようなことを地球全体に見立てているのが、今回SDGsの背景にあります。生物の絶滅速度や、リン、窒素、これは人間の都市改変によるもので、気候変動も危なくなってきた。

   こうしたことに今、SDGsが気候変動と同じ文脈で、人類、社会、経済をセットで変えようという動きがあります。「地域循環共生圏」の発想から言うと、まさしく地球が人間と同じ一つの生命体である。では、人間は何か?

 人間は37兆個の細胞からできている。細胞の一個一個が生き物である。一個の生き物が分裂して、一個一個 DNA があり、全部生きる力を持っている。お父さんお母さん、おじいちゃんおばあちゃんまで辿ると、ありとあらゆるものの遺伝情報を入れて今の細胞がある。それが代謝しているという捉え方です。

   そうした、すべてが生き物という発想でものを見ていくことが21世紀のSDGsの、次の世界目標になるのではないかと思います。「地域循環共生圏」と言うとちょっと固い表現ですが、あまねく地球を救うことで広がっていく。

   この時点では、環境基本計画で「環境生命文明社会」という言い方をしています。生命系の発想で文明が変わる、文明という概念と生命を両方入れているのです。

   次はさらに、そのことを深めていく発想です。「地域循環共生圏」を人間の身体に見立てる。一個一個の細胞のところが自立して生きる。

   そこには養分や酸素を入れて代謝をする。それが電気シグナルのネットワーク、つまり神経伝達機能でネットワークしながら、それぞれ全体としては筋肉になり、肺になり、いろんな機能になる。一個一個自立していて、繋がって全体がある。こうしたものの見方は、実は企業のパフォーマンスを上げるティール組織のように、今ありとあらゆるところで語られ、萌芽が出ています。

   こうした「地域循環共生」において、生命生態系の発想でものを見る。SDGsの次の発想はまさしくこれで、今回のパンデミックが問う微生物とウイルスとの共生という観点も、必然の話であろうと思います。

   ありがとうございます。大西先生、どうぞ。

変異種にも備え、いかに自分たちを守るか


   大西周先生のおっしゃった「周仮説」、なかなか興味深いと思います。これはWHOあたりに少し落ち着いた段階で振り返って整理してもらう必要があるでしょう。民族的な食料の習慣や生活習慣、社会習慣などがある種の免疫を作って、それが今回のウイルスにも通用したのかどうかも含めてです。

   ただし渦中の人々にとって、10万人中の死者が1.5人というのは世界水準では随分少ないと言われても、1.5人いるということが重要なのです。やはり今後、いかに自分たちを守るのかが課題になるでしょうし、かつ変異もあり得るわけです。病原菌そのものがどんどん性質を変えていくので、交差免疫が通じない病原菌に変異した場合にどうなるのかという不安もあります。

   これまで、こういう研究がどれくらい蓄積されてきたか。公衆衛生の一つの分野になると思いますが、こうした研究も並行して進めながら、やはり当面のコロナとどう闘うのか。これ自体はなかなか重い課題として、まだ我々の前に存在していく感じがいたします。

SESSION1討論の様子(左から周牧之氏、中井徳太郎氏、大西隆氏)

 新型コロナは今、1年近く経っても未知なところが非常に多いウイルスです。このウイルスに立ち向かうためには、まず自然への畏敬の念、そして知性への敬意を取り戻さなければなりません。

   ダボス会議で有名な世界経済フォーラムという国際機関があります。グローバルエリートたちが集まり、さまざまな発言をするところです。

   そこで発表された「グローバルリスク報告書2020」によると、今後10年間に世界で発生する可能性のある十大リスクのランキングのトップ10に、なんと感染症は入っていなかったのです。さらに今後10年間で世界に最も影響を与える十大リスクのランキングのトップ10では、感染症は入ったけれども、なんと最下位の第10位です。

 不幸にしてこのレポートが出された直後に、彼らの予測に反して新型コロナウイルスパンデミックが起こってしまい、我々人類社会に対してとんでもない打撃を与えています。

   この話をなぜ持ち出したかと言うと、これらのグローバルエリートと称する人たちは、ある意味では自然への畏敬の念が足りなかったのではないかと私は思っています。

 さらにもう一つ、権力の傲慢の話もして参りたいと思います。この写真に載っている方は、于光遠先生という中国の社会科学院の副院長を務めていた方で、40年前に中国の改革開放の設計図の元を描いた方です。

   実は于光遠先生は、私を経済学の世界へ導いてくださった方です。2004年に私は中国のメガロポリスの本を出版する時、巻末に、先生との対談を載せました。対談の中で于光遠先生は、非常に興味深い話をしてくださったのです。権力の傲慢の物語です。

   ソビエトの第3代目の最高指導者フルシチョフが総書記の時に、現代美術の展覧会に間違えて入ったそうです。それで展示作品を理解できず、怒り出してしまった。「こんなとんでもない絵を描いている人たちは、どういう仕事をしているのだ!」と怒ったそうです。芸術家たちも負けていなくて、「あなたには分からない」とフルシチョフに言った。

   そこでフルシチョフはかの有名な話をしたのです。「私は一介の労働者の時は分からなかったかもしれない。下層の幹部の時は分からなかったかもしれない。でも今、総書記になったから全部分かる。私が駄目といったら駄目なのだ!」と言い切って、去ったわけです。

   ここまでなら権力の傲慢の話で留まっていましたが、続きがあります。フルシチョフは亡くなる前に、おそらく遺言を残していたのでしょう。亡くなった後に家族は、喧嘩した芸術家にお墓の設計を依頼しました。現代美術を理解できなかったフルシチョフのお墓は、現代美術の芸術家によって作られた現代美術の作品そのものになったのです。

 今の新型コロナウイルスの感染者の勢いです。11月9日には、世界での感染者数が5000万人を超えています。かつ、この感染拡大のスピードは速まっています。

 これはとんでもないところまで行くのではないかと危惧していまして、この新型コロナウイルスに対して闘うためには、あらゆる偏見と傲慢を捨てなければいけない。

   于光遠先生がフルシチョフの話を持ち出したのは、中国の当時の権威主義に対する警鐘を鳴らしたかったからです。しかし今日、日本を含め世界で権力による傲慢が横行しています。

   新型コロナウイルスとの戦いの中で権力の傲慢、縦割りの傲慢、官僚的な発想の傲慢、いろいろな傲慢を捨てないと、おそらく勝ち抜いていくことはなかなか難しい。特に今一度、さらに自然への畏敬の念を取り戻さないといけない。そう思い込んでいるのですが、お二方はいかがですか?

自然の恵みをベースに、脱炭素・循環経済・分散型社会へ


   中井ありがとうございます。新型コロナはこれからまだいろいろ大変だと思います。気候危機と新型コロナに直面しているこの状況をリデザインしていくことで、やはり脱炭素、循環経済、分散型社会。とにかく変わってくのだと具現化するのが「地域循環共生圏」という発想です。周先生がおっしゃるように、「地域循環共生圏」を具現化するには、障壁や縦割りなどと言っている場合ではありません。根本的に人間が自然に生かされ、自然を畏れ、自然に畏敬の念を持ち、生態系の一部であるという中で、ありとあらゆる本来の健康的な状況を皆が覚醒して目指して行く必要があります。

 図の一番上に表題で「地域循環共生圏(日本発の脱炭素化・SDGs構想)」と言っていますが、その下は見にくいですが「サイバー空間とフィジカル空間の融合により、地域から人と自然のポテンシャルを引き出す生命系システム」と言っています。

   こういう発想であらゆるものにアプローチしていく局面です。経済を動かす経済主体である事業会社や金融も、自治体も、そしていよいよ政府も本格的に動くことになっています。世界もそういう動きになっています。

   変化していくこと。変わっていかない安定的なところでのパイの取り合いで、こちらが広がると向こう側がへこむという話ではありません。皆、全体が不健康な状況から健康へと移行する。移行するには真のコラボが必要です。協力、縦割り打破、前例踏襲打破。まさしく今、菅総理が声をかけていまして、環境省も一年前から小泉大臣の下、そうした想いで取り組んでいます。この図28は、周りにいろいろ書いてある曼荼羅と言われる図で一見難しいですが、エネルギーのシステム、移動のシステム、衣食住など、ありとあらゆるものを展開するとこうなります。

   これらは全部、連携型の発想です。連携でDXやあらゆる技術を使った中で、人間が叡智を展開して自然の恵みにもう1度ベースを置く。人間も自然の一部であるという原点に価値観を置いて、30年のうちになるべく早くもう一度、人間が次のステージに立つことが問われている。これは使命だと思っています。

   ありがとうございます。大西先生、どうぞ。

社会に対する丁寧な説明と相互理解を


   大西今日は周先生と中井先生のお二人から、豊富な資料でいろいろ勉強させていただいたことにお礼申し上げたいと思います。新型コロナの1年が、あとひと月余りとなっているわけですが、振り返ると自分にとってはものすごく変化と安定が入り混じった1年だったと思います。

   実は、私は今年の3月で学長をしていた大学の仕事が終わり、東京に戻ることが決まっていました。その時に海外の大学の仕事をする話があり、自分の中ではそこに行こうとだいたい決めていたのです。

   だからその予定でいくと、今頃はある国に行って働いていたわけですが、それは途中で立ち消えになりました。そして最後に落ち着いて大学の学長のフィニッシュを迎えるところが、コロナですべての行事が中止になる中で4月に入ったわけです。

   4月に入ってからは比較的、定職がない状態と新型コロナにより、自宅での自粛生活でした。みんな自粛しているので、「毎日が日曜日」状態になっても目立たないと言いますか、他の人も同じなのでわりと落ち着いてすんなり毎日が日曜日の生活に入ることができたのです。

   これはこれでなかなかいいなと思っていたら、少し飛びますが7、8月に会った人から、「あなたは10月から忙しくなりますよ」と言われていたのです。何の話かと思えば、学術会議の問題が9月の終わりから出てきまして、10月2日から私のところにもいろいろ取材連絡が来ました。とにかく在京のすべてのテレビ局に出演して、すべての新聞の取材を受けてという、今までにない体験をこの1カ月半くらいしたわけです。

   その1カ月半は少し外出の機会が増えたものの、全体としてこの1年の自分の生活を振り返ると、自宅中心ですから非常に落ち着いた、ゆったりとした生活をしてきました。そういう意味では変わらない生活と、ある意味では変動した部分があります。行くはずの海外に行かなくなり、テレビに出演するようになった。そういう部分が入り混じっているのです。

   これは開き直って考えれば、こういう生活パターンがある意味、あるべき生活パターンなのかもしれない。人間は落ち着いて生活するというベース、例えば家庭をつくって子どもを育てるなど、そういうベースになる生活の上で波乱万丈のいろんな社会生活がある。この組み合わせが人間にとっては楽しみでもあるし、満足もできる。そういう状態なのかなとも考えるわけです。

   ただ、その社会生活の波乱万丈が何で起こるのか。私にとっては、今年はコロナや学術会議がそうだったわけですが、社会全体として何が起こるかはなかなか分からない。

   それで最初の主題に戻りますが、周先生が問題提起された3つのキーワードがありました。新型コロナ、低炭素社、IT 革命。この中で、もちろん新型コロナみたいにわけの分からない敵が襲って来るのは非常に困るわけですが、IT革命も人を煙に巻くところがあります。もちろん、低炭素の問題も押し付けがましくなってはいけない。

   やはり、それぞれの問題をお互いに理解することが大切です。社会の皆が理解するように丁寧に説明し、社会の変化を皆でともに歩み、それぞれ歩むことで良さを享受できる。そのギャップに伴う付き合いにくさはできるだけ解消していく。そういうことが必要だろうと思います。

   そういう意味では、「権力の傲慢」という言葉は非常に印象的なまとめの言葉であったと思います。やや、政治なり権力を持っている人が、社会に対して説明抜きにいろんなことを押し付けるようになるのは、非常に不健全な社会です。

   やはり社会をリードしていく人は丁寧に説明をして、皆がそれを自らの問題として理解し、進んでいける環境をつくっていくことが非常に重要です。

   大きな変化であればあるほど、丁寧にやっていく。そういう国であって欲しいと思います。

 周ありがとうございました。本当に総括していただいてありがとうございます。権力の傲慢について、さらに一歩踏み込んで申し上げますと、今世の中には自然への畏敬の念に欠け、ウイルスの在り方自体を理解しようとしない指導者が全世界にけっこういます。これが各国の感染状況と対策で、実は成績表にそのまま現れているのです。

   さらに、解決方法に対する知性への理解をしない指導者もたくさんいて、実はけっこう危険な状況です。その意味では、ここで警鐘を鳴らさなければなりません。

   大西先生に非常に綺麗にまとめていただいて、私からはそれ以上のまとめがないのですが、本当に自然への畏敬の念、知性への敬意を具現化している中井さんの「地域循環共生圏」、ぜひ成功させていただきたい。さらにこれを世界に発信していただきたいです。中井次官、大西先生、今日は本当にありがとうございました。

   これをもちまして、「セッション1 コロナ危機を転機に」を終了させていただきます。それではご視聴の皆さん、どうもありがとうございました。

SESSION1登壇者(左から周牧之氏、大西隆氏中井徳太郎氏)

シンポジウム動画

【参考】
東京経済大学創立120周年記念シンポジウム「コロナ危機をバネに大転換」を開催

【コラム】周牧之:エズラ・ボーゲル氏を偲ぶ/『ジャパン・アズ・ナンバースリー』

周牧之 東京経済大学教授

『Newsweek』誌の特別号『ニューズウィークが見た「平成」』

 2020年12月20日、エズラ・ボーゲル氏が亡くなった。ボーゲル氏とは、私が2007年からマサチューセッツ工科大学(MIT)の客員教授として米国ボストンに滞在した当時、親しくお付き合いさせていただいた。氏の自宅によくお邪魔し、密度の高い議論を重ねた。ボーゲル氏の招きで2008年からハーバード大学フェアバンクセンター客員研究員も兼務した。

『ジャパン・アズ・ナンバースリー』


 2009年私が日本に戻る直前、2度にわたり時間をかけてボーゲル氏と対談した。この対談はまず中国新華社『環球』雑誌で3度にわたり連載された。その後、『ジャパン・アズ・ナンバースリー』(以下『対談』と略)と題して日本語版『Newsweek』誌2010年2月10日号にカバーストーリーとして掲載された。当時はちょうど中国のGDP規模が日本を超えたところであり、中国と日本の成長モデルの同異性や日米中の過去、現在と未来を論じた『対談』は大きな話題を呼んだ。

 2019年には『Newsweek』誌の特別号『ニューズウィークが見た「平成」』に『対談』が選ばれた。平成の30年間に同誌で掲載されたコンテンツの中で、最も時代を代表するものを選び、平成の歴史を回顧する特別号企画で、『対談』は2008〜2019(平成20年〜31年)の10年間で選ばれた3本のうちのひとつであった。『対談』が平成の歴史を飾ったことでボーゲル氏も大変喜ばれた。

 ボーゲル氏が亡くなって1カ月が経ち、米、中、日で数多くの記念する催しや回顧する文章が発表された。私がここで取り上げるのは、ボーゲル氏のどこに私が魅了されたか、である。


ひとの運命から社会を見つめる


 ボーゲル氏と私は日本と中国の双方に共通の友人が大勢いた。これら友人のことは、しばしば話題にのぼった。例えば日本では、政治家の加藤紘一とは、ボーゲル氏は長年の付き合いがあり、選挙活動時に山形の地元まで訪ねた。中国では、ボーゲル氏は改革開放政策直後に知り合った中国経済学の大御所の于光遠氏や、広東省のトップを務めた中国共産党元老の任仲夷氏らと交友関係は長く続けた。

 こうした共通する友人の話を通じて、ボーゲル氏との共感が深まったと同時に、友人知人の喜怒哀楽をベースに研究を進めてきた氏の姿勢を見た。人との膝を交えた付き合いが好きで、日中双方に知己を多く持ち、そうした友の運命から、激動時代の鼓動を感じ取るアプローチはボーゲル流である。

 小説家の祖父、父を持つ私も、人の運命から社会を捉えることを好む。私にとってはボーゲルの人間好きが、魅力に感じた。

 人の運命を社会の激動に写して見せる。そうしたボーゲル作品の最たるものが『鄧小平伝』であった。

故・エズラ・ボーゲル氏と筆者

長い激動の戦後時代をくぐり抜けた体験を洞察力に


 ボーゲル氏との議論の中で最も心打たれたのは、彼自身の体験からくる洞察力の鋭さである。

 自身がユダヤ人であることから、自分の体験によりアメリカでのユダヤ人の立場の変化を同国の寛容性の変化ととらえた。このアメリカの寛容性パラメータの変化こそが同国の対日本や対中国の関係性に大きく投影したことに議論が及んだ。

 ボーゲル氏は常に戦前戦後という長いスパンで物事をとらえた。氏が経験してきたこの長い歴史の中での思考で、我々が書物からでしか知らない事象を、自身が潜り抜けた人生そのものをベースに紐解いた。議論の中でこのような印象を強く感じ取った。

 戦後中国と日本は、置かれたスタートラインがかなり違い、社会的水準、産業的水準は中国に比べ日本がはるかに高く、置かれている国際環境も異なり、中国が直面していた課題はさらに複雑で困難に満ちていたとの認識故に、ボーゲル氏は、こうした課題に日々揉まれてきた指導者の、人間的な魅力や力量は大変大きいと感じていた。

 単純なデータをもとに思考するのではなく、イデオロギーを超えた人間力の大きさそのものを氏は、最重要視した。これは、戦後、アメリカ、日本、中国で研究活動を展開してきた氏の、長年の体験から得た洞察力の真髄である。

『ジャパン・アズ・ナンバーワン』と『鄧小平伝』

日米中の三国及びその変化しつつある関係を


 エズラ・ボーゲル氏は、日中米三国を常に比較し、研究を重ねて来た。複数の比較軸を持つことは氏の独自性であった。それが故に他者には見えにくいものが、ボーゲル氏には見えたのである。

 日本で大きな話題を呼んだ著書『ジャパンアズナンバーワン』の英語の原版にはLessons for America(アメリカへの教訓)の副題があった。同書は、戦後の高度成長を遂げた日本経済の要因を分析するだけではなく、アメリカ社会に刺激を与える目的もあった。これは、氏特有の比較軸が無ければ成し遂げられない仕事であった。

 比較研究だけでなく、三国の変化し続けた関係にも常に注目してきた。この三国の関係の動態的な変化は歴史を作ってきた。そして歴史を作っていくということを強く意識してきた。これらの変化をもたらす要因を分析することが、氏自身の大きな関心事であった。

 『対談』から十年、時代はさらに大きく変化した。ボーゲル氏との共通の友人も相次いで亡くなった。そしてボーゲル氏自身もこの世を去った。これは私にとって、一つの時代が終りを告げた象徴的なできごとである。

2021年2月3日


ジャパン・アズ・ナンバースリー


日本語版『Newsweek』誌2010年2月10日号 カバーストーリー

対談:中国が世界第2位の経済大国に
―環太平洋のパワーシフトは3国の関係とアジアの未来をどう変えるのか


  中国13億人市場の躍進はアジアの覇権を競い合ってきた日本、アメリカ、中国の関係を劇的に変化させつつある。『ジャパン・アズ・ナンバーワン』の著者エズラ・ボーゲルが語る「日米中トライアングル」の将来像とは。

  今年、中国はGDP(国内総生産)で日本を抜いて世界第2位の経済大国となる。複雑な国内矛盾を抱える中国は金融危機後も成長軌道を変えず、一方で高い技術力と生産性で「奇跡」を起こした日本経済にかつての活力はない。

 多極化が進む世界でアメリカ、日本、中国の関係はどう変わるのか。アジア太平洋地域の命運を握る3国の未来について、『ジャパン・アズ・ナンバーワン』の著者で日本研究の第一人者であるエズラ・ボーゲル・ハーバード大学名誉教授と気鋭の中国人経済学者、周牧之・東京経済大学教授が対談した。


 第二次大戦後、東アジアでは時間のズレはあるにせよ、日本も中国も高度経済成長を実現してきた。両国の発展には、アメリカ市場依存という共通点がある。09年の金融危機直後にはどこかアメリカの災難を喜ぶような空気もアジアにあったが、今では中国、日本、アメリカ経済が一体であるという意識が共有されている。

ボーゲル 同感だ。99年のNATO軍の旧ユーゴスラビア中国大使館誤爆事件、01年の南シナ海の米中軍用機衝突事故の際には米中関係は緊張した。今はあのときのような緊張感はない。中国の指導者はアメリカ経済がうまくいかなくなることは自分たちにとっても不利だと理解している。

 中国と日本の発展には農村から都市への急速な人口移動があった点で共通している。ただ、日本では農村人口が比較的スムーズに都市に溶け込んだのに対し、中国では出稼ぎ労働者がいまだに都市住民になれず、大きな犠牲を強いられている。金融危機直後、数千万人の出稼ぎ労働者が職を失って農村に戻らざるを得なかった。

ボーゲル 出稼ぎ農民は農村に帰っても構わないと思う。沿海地区のような生活レベルではないが、暮らせないわけではない。沿海地区での経験や学んだ積極性を生かせば新しい仕事を探せるはずだ。

 その後中国では景気が急速に回復し、大半の出稼ぎ労働者が都市部へ戻ることができている。

■日本が活力を失った訳

 中国と日本は社会的活力の沸騰によって経済発展が支えられた点も共通する。しかし日本では90年代にバブル経済が崩壊するとその活力が失われた。なぜか。

ボーゲル 成長が突然止まったことが理由だ。当時の日本人には経済は一貫して成長を続けるものだという認識があった。終身雇用制や年功序列といった高度成長期の組織ルールがその後の時代に合わなくなったこともある。

 日本の社会や企業は経済が右肩上がりで成長する前提でつくられている。

ボーゲル 日本は70年代も毎年10%増の成長をしていくと思われていたが、成長率は実際には5%前後に落ちていた。当時の日本人はそれを受け入れることができた。しかしここ最近、日本経済はあまりにも停滞している。

 日本では従業員利益が重視され、社会保障も充実している。しかしこれに頼る社会的風潮が人々の意欲不足を招いている面も否めない。他方、中国はセーフティーネットの不備によって社会の緊張感が高まり、多くの問題をもたらしている。と同時に、それが経済の活力を刺激している部分もある。

ボーゲル 日本と中国の発展を比較する上で異なるのはその「起点」だ。50年代の日本の技術・教育レベルは既にかなり高かった。(経済開放が始まった)78年の中国の技術レベルは50年代の日本に及んでいなかったと思う。
 対外開放の面でも両国は大きく異なる。日本には島国思想があり、外国人が国内で働くのを好まない。外国企業にも極力進出させないから、本当の意味の「開国」はしたがらない。外国人が果たした役割の大きさという点で、中国は日本をはるかにしのいでいる。

中国の発展は30年続く

 日本は市場こそ国外にあるが、その発展を担ってきたのは主に国内企業だ。

ボーゲル 帰属意識も違う。日本人は1つの企業で働き続けることを望むが、そう考える中国人は少ない。中国では80年代から転職が一般化し、今では学校を卒業して退職するまで同じ企業に勤める人は少ない。

 日本は中央政府が財政の再分配で地方の公共サービスや義務教育、社会保障を支えてきた。中国はそうした発想に乏しかった。

ボーゲル 中国は沿海地区が発展しているとはいえ、まだ貧しい国だ。日本は50年代に社会保障や医療体制も確立されていた。
 中国が勝っているのは、発展がより長く続くという点。日本の50年代から80年代の発展はスピードこそ速かったが労働力のコストも右肩上がりで、最後は製造業の国際競争力が失われた。
 中国は人口が多く、高度成長が30年続いてなお都市に出稼ぎに行く農民がいる。まだ労働力集約型産業が通用する。中国はあと20年から30年は発展の余地があると思う。

「小聡明」なエリート

 経済発展の過程で政府の果たす役割が非常に大きかったことも、日本と中国に共通している。ただし日本と比べて中国は、中央による地方政府へのコントロールがそれほど徹底していない。他方、地方の自主性が少ない日本では、地方政府が積極性に欠けることが、地方経済の衰退を招いた。

ボーゲル 中国のように大きい国で、中央政府が省から鎮、村レベルまで完全にコントロールするのは難しい。鄧小平は地方政府に権力を分け与え、その積極性を高めた。

 (経済開放の必要性を訴えた) 92年の鄧小平の南巡講話以降、地方同士の競争が激しくなった。地域間の競争は経済発展の一大原動力になっている。
 ただ財政の再分配システムが不十分なため地方の格差が広がっている。特に農村の教育が深刻だ。

ボーゲル 50年代には日本の教育は既に高いレベルにあった。50年代から60年代は懸命に外国に学んでいたが、その後内向きになり90年代には外国に注意を払わないようになった。
 日本のもう1つの特徴は国内に文化的な差異がないこと。関東と関西といってもその差は小さい。一方、中国は文化が多様で少数民族も多い。
 私は、毎月1回自宅に日本人を招いている。彼らは日本人同士での意思疎通は非常にスムーズだが、アメリカ人との交流はそれほど得意でない。文化的背景が異なる人と交流する経験が少ないからだ。中国人はその経験がある。文化の多様性の長所だ。
 中国政府が現在行っている高級幹部の留学制度は素晴らしい。外国といかにコミュニケーションするかを学ぶ上で有利だ。

 その多くはハーバード大学に来ている。

ボーゲル 日本人ももちろん来ている。しかし彼らは帰国した後、企業や政府機関に「籠もって」しまう。日本人は聡明は聡明だが中国人が言うところの「小聡明(小才)」。一定の範囲内の聡明さに限られる。中国人のほうが大局的だ。

 社会背景の複雑さが違う。中国に比べて日本のエリート層は対処する問題の複雑さや深刻度が異なり、もまれる機会も相対的に少ない。

ボーゲル 国内問題が複雑でないことが、外国との交渉や国連の場でコミュニケーション力のある日本のリーダーがなかなか生まれない事態を招いている。

中国新華社『環球』雑誌 2009年12月1日号 カバーストーリー(後に3号に渡り対談を掲載)

日本を避ける留学生

 中国は今年GDPで日本を抜くだろうが、日本はまだ多くの分野で中国の前を走っている。

ボーゲル 中国向けの技術移転に際して、日本企業は核心技術の「ブラックボックス化」を進めている。

 技術移転に関して日本企業は欧米企業よりずっと保守的だ。

ボーゲル アメリカ企業の経営者が利益を重視するのに対し、日本企業のリーダーは未来を重視する。核心技術部門は国内にとどめようとする。必ずしも数字の上だけで経営判断をしない。

 グローバル化時代のビジネスモデルが勝敗を決める。金融危機後、巨額赤字を計上したパナソニックが世界で230にも上る製造拠点を抱えるのに対し、アップルは自前の工場を持たず、iPodもiPhoneもほとんどは中国で委託生産している。身軽なため、非常に高い利益率を達成している。
 80年代には優秀な中国人が日本に留学に来たが、今は皆アメリカに行きたがる。これは日本社会が外国人にあまりチャンスを与えないことと関係している。

ボーゲル アメリカは開放されている。われわれユダヤ人がいい例だ。昔は企業でも大学でも職を得ることが難しかった。しかし第二次大戦後は大企業や大学で職を得るだけでなく、指導的地位に就く人も増えた。

 日本の貿易総額に占める中国との貿易のウエートは既に20%に達した。対してアメリカは14%に低下した。日本企業が中国で雇用する中国人労働者は1000万人を超え、両国経済がますます密接になっている。当然摩擦も増える。

ボーゲル 日本では、企業は従業員の待遇を重視している。中国でも日本企業の中国人労働者に対する待遇は一般に悪くないはずだ。

 ただし、大半の日系企業が日本人と中国人の境界をなくしていない。中国に進出した欧米企業の現地法人トップには中国人が多いが、日系企業にはまだ少ない。こうした傾向は、アメリカに進出する日系企業にも見られる。

■米中の新しい関係

 米中は第二次大戦で共に日本と戦い、冷戦期にも共同でソ連に立ち向かった。オバマ大統領は、米中関係を「21世紀で最も重要な2国間関係」と評しているが、これは「3度目の協力関係」を意味するのだろうか。

ボーゲル アメリカ政府は中国との信頼関係を築くことを目指している。ジェームズ・スタインバーグ国務副長官の言う「戦略的再確認」だ。そのためには相互の誠実な交流、とりわけ双方が軍事分野の透明性を拡大することが欠かせない。われわれは両国が排外的なパートナーシップを結ぶことは望んでいない。

 アメリカに明確なアジア政策はあるのか。

ボーゲル アメリカ大統領は基本的なアジア政策を有しているが、必ずしも統一された、連続性がある長期的なものではない。人権問題は(89年の)天安門事件直後こそ重要だったが、今ではかなりトーンダウンしている。

 中国はいわばアメリカ中心の世界システムの「外」で発展した。中国の台頭をアメリカはどうみているのか。

ボーゲル 私は中国がアメリカの「外」にいるとは思わない。中国の発展は米中関係が正常化した後に始まった。われわれが中国への支援を開始した78年当時は冷戦期で米中関係は同盟に近かった。天安門事件以後、関係に変化があったが、それはソ連が崩壊し冷戦が終結したからだ。
 米中関係が最も緊張したのは、李登輝がアメリカを訪れた95年からの数年間だと思う。台湾の独立宣言をアメリカが止めることができるか中国は懸念していた。

 馬英九政権の誕生で両岸関係は完全に変化し、台湾が独立を持ち出すことはなくなった。このような状態はアメリカにとって想定内か?

ボーゲル 想定内だ。だがそのスピードはアメリカの想定を超えている。馬は大陸との良好な関係を望んでおり、これは大陸にとっても台湾にとってもいいことだ。
 台湾と特別な関係を維持してきたと思う日本だけが面白くないだろうが、反対するすべはない。アメリカにとって両岸関係の改善は歓迎すべきものだ。アメリカの対中問題のなかで最も解決困難なのが台湾問題だったからだ。

■日米同盟はどこへ行く

 中国の発展に対する日米の態度の違いはどこにある?

ボーゲル アメリカ人は単に金を稼ぎたいだけ。金を稼げるなら場所や方法は問わない。現在多くのアメリカ人が上海や北京でビジネスをしているが、彼らは中国を1つのチャンスと捉えている。金を稼げればいいから国家などのことはあまり考えない。
 日本は違う。資源のない島国で工業分野の国際競争力があるだけで、金融分野ではアメリカ、イギリスはもちろん香港にさえ及ばない。アメリカは、何でもうまくやれると楽観的だ。中国の発展を恐れてはいない。

 第二次大戦中、中国人はアメリカ人を偉大な友人と思っていた。だからその後、アメリカが日本と同盟を結んで中国に向かい合っていることを理解し難い。

ボーゲル 第二次大戦後、日本人が謙虚に変わったことが1つの原因だ。戦争が間違いだったと知り、平和を求めるようになった。58年に初めて日本に行って以来日本人と付き合っているが、日本人は礼儀正しく面倒見も良く頼りになる。もう1つの原因はソ連だ。

 冷戦が終わって20年たった今、日米同盟はアメリカにとって何を意味するのか。

ボーゲル 日米同盟はもともとソ連に対抗するものだったが、冷戦後、その意味はアジアでのプレゼンス維持に変わった。われわれには頼れるパートナーが必要だ。
 2つ目の理由は、世界のGDPにおけるアメリカの占める割合の減少が関係している。第3の理由は、日本が協力的なこと。ヨーロッパは日本より大きいが、国の数が多く事情が複雑だ。日本は1人の首相で事が定まる。日本ほど協力的で力量があり、態度が好ましい国はない。

 万一、釣魚島(尖閣諸島)で中国と日本が衝突したらアメリカはどうするか。

ボーゲル 政府内でこの問題を討議したことがある。日本を支持するという者もいたが、大多数は国際法上の結論が出ない以上、日本を支持できないという意見だった。ただし、もし他国が日本を攻撃した場合は別だ。われわれは当然日本を支持する。

日中接近の「根拠」

 日中関係は微妙な状態が長く続いている。今後、米中関係にどのような影響を与えるだろうか。

ボーゲル ホワイトハウス関係者に「日中関係が良くなることは脅威でないのか」と聞いたことがある。彼が言うには、(日中関係は) それほど良くはならない、恐れているのはそのことではない、と。

 おそらく彼はむしろ日中関係が険悪になることを恐れている。

ボーゲル 日中関係が悪くなれば、いろいろ面倒が起きる。ただ20〜30年後は状況が変わるだろう。19世紀末の世界の最強国家はイギリスだった。当時日本とイギリスの関係は非常に良かった。1930年代にはドイツが世界最強国の1つだったが、やはり日本はドイツと関係が良かった。第二次大戦後、日本はアメリカと緊密な関係を築いている。日本の近代史から分かるように、日本は最強国と良い関係を結ぶということだ。

 かつて中国が強かった時代には中国と関係が良かった。

ボーゲル 当然、中国側がどう出るかという問題がある。目指しているのは真の友人関係でなく、「まあまあの友人関係」というところだろう。

 日米関係も最近微妙に変化している。 民主党代表だったときの小沢一郎が「極東の米軍は第7艦隊で十分」と発言した。

ボーゲル 英語には「ヘッジ(リスク回避)」という言葉がある。万一の問題が起きたときの逃げ道を用意するという意味だが、多くの日本人はこのような考え方をしている。万一アメリカとの関係に問題が生じた場合に備えて、中国やほかの国との関係を良くしておかねばならない。

■東アジア構想の狙い

 鳩山政権は対等な日米関係と同時に東アジア共同体構想を提唱している。アメリカが含まれるかについて鳩山由紀夫首相と岡田克也外相の意見は必ずしも一致していないようだ。

ボーゲル 過去50年間で初めて日本に全面的な政権交代が起きた。民主党は与党の経験がなく、内部でそのビジョンも統一されていない。もし夏の参院選で勝って政権基盤が固まれば、きちんとした政策が出てくるだろう。

 中国政府は一貫してASEAN(東南アジア諸国連合)プラス日中韓の東アジア共同体構想を提唱しているが、鳩山政権が示した東アジア共同体構想にはインド、オーストラリア、ニュージーランドも新たに加わっている。その真意はどこにあるのか。

ボーゲル 日本がアジアでさらに重要な役割を果たしたいと思っていることは理解できる。オバマ政権は現在、アメリカがアジアで果たすべき役割を強化しようとし、 そこには当然、アジアにおける重要な議論に参加することが含まれる。アメリカは日本の新政権が新しい政策を固めるのに時間が必要なことは理解しているし、待つこともできる。


エズラ・ボーゲル(Ezra F. Vogel)
 1930年オハイオ州生まれ。67年から00年までハーバード大学教授。58〜60年と75〜76年に日本に滞在し社会構造を研究。79年に『ジャパン・アズ・ナンバーワン』を出版した。93〜95年にはクリントン政権の東アジア担当国家情報分析官を務めた。

周牧之(Zhou Muzhi)
 1963年中国湖南省生まれ。湖南大学卒。中国国務院機械工業部勤務を経て88年に日本留学。07年から東京経済大学教授。07〜09年、マサチューセッツ工科大学客員教授。著書に『中国経済論―高度成長のメカニズムと課題』(日本経済評論社)がある。

(※敬称略。所属・役職等は『対談』当時のもの)

日本語版『Newsweek』誌2010年2月10日号

【参考】中国新華社『環球』雑誌 『対談』掲載記事


周牧之与傅高义对谈:中日经济崛起奇迹的异同 【漫说风云第一季 】

周牧之与傅高义对谈:回顾从老布什到奥巴马时代 中美关系会陷“新冷战 ”吗?【漫说风云第二季 】

周牧之与傅高义对谈:回望中美日三国恩怨纠缠,展望亚洲未来 【漫说风云第三季】

【ランキング】中国都市総合発展指標2019ランキング

 雲河都市研究院は、中国都市総合発展指標2019を発表した。これは2016年以来4度目の「中国都市総合発展指標」に基づいた中国都市ランキングの発表となる。同指標が中国全国297の地級市及び以上の都市をカバーしたことで、全ての都市が自らの立ち位置や成績を見ることができるようになった。

 中国都市総合発展指標は雲河都市研究院と中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司が共同で開発した都市評価指標システムである。同指標の特徴は環境、社会、経済の3つの大項目から中国の都市発展を総合的に評価するところにある。各大項目の下に3つの中項目を置き、各中項目は3つの小項目に支えられる。見事な3×3×3構造になっている。また、小項目は数多くの指標データにより構築される。2019年度ではさらに、これらの指標データが878組の基礎データより構成されることとなった。

  これら基礎データは、統計データだけではなく、衛星リモートセンシングデータやインターネットのビッグデータを3分の1ずつ取り入れている。中国都市総合発展指標はある意味では五感で都市を感知するマルチモーダルインデックス(Multimodal Index)である。これは世界でも初めての斬新なスーパーインデックスである。

1. 総合ランキング


北京が4年連続総合ランキングで第1位を獲得。上海が第2位、深圳は第3位

 中国都市総合発展指標2019総合ランキングトップ10都市は、北京、上海、深圳、広州、重慶、杭州、成都、天津、南京、武漢である。この10都市は5つのメガロポリスに分布している。長江デルタメガロポリスに3都市、珠江デルタメガロポリスに2都市、京津冀メガロポリスに2都市、成渝メガロポリスに2都市、長江中游メガロポリスに1都市ある。

 総合ランキングではトップ4の北京、上海、深圳と広州は、総合実力が抜群で、連続4年間各々の順位を守り抜いた。4都市其々で見ると、首都北京は社会大項目で他の追随を許さない優位性を持つ。魔都上海は経済大項目で全国トップの座を揺るぎないものとした。新興スーパーシティ深圳は経済大項目におけるパフォーマンスに特に秀でている。由緒ある貿易都市広州は三大項目それぞれの成績のバランスが良い。

 重慶は総合ランキングで天津と杭州を超え、2018年の第7位から第5位に上り詰めた。相反して天津は、2018年の第5位から第8位へと後退した。成都と南京は各々順位を1つずつ上げて第7位、第9位になった。これに対して武漢は順位を一位下げて第10位となった。杭州は第6位の座を守り抜いた。

2. 環境大項目ランキング


深圳は環境大項目で連続4年首位、上海と広州は各々第2位、第3位へと躍進

 二酸化炭素排出量を中国の都市評価に取り入れることは、中国都市総合発展指標2019の一大進化である。長年の努力により雲河都市研究院は、衛星リモートセンシングデータの解析とGISの分析を用いて各都市の二酸化炭素排出量を正確に算出した。これにより都市評価の精度と分析幅を大幅に上げた。勿論、二酸化炭素排出量を取り入れたことにより総合ランキング、とりわけ環境大項目ランキングに一定の影響を及ぼした。

 中国都市総合発展指標2019環境大項目ランキングトップ10都市は深圳、上海、広州、林芝、昌都、廈門、三亜、北京、日喀則、海口である。

 深圳は4年連続環境大項目で第1位に輝いた。上海と広州は其々2018年の第8位、第7位から2019年には第2位、第3位に躍進した。対する北京は2018年の第5位から第8位へと転落した。

  環境大項目ランキングで、チベットの林芝、昌都、日喀則の3都市がトップ10入りしたことは注目に値する。これはチベット各都市のデータ整備が進んだことから、「最後の浄土」であるチベットの、環境における優位性が現れた結果である。

 これまで3年間、廈門、三亜と海口は、環境大項目ランキングの上位に名を連ねる沿海3都市であった。チベット勢3都市のトップ10入りのショックを受けてもなおトップ10内に留まった廈門、三亜、海口3都市は、其々第6位、第7位、第10位に踏みとどまった。

3. 社会大項目ランキング


北京、上海が連続4年間、社会大項目ランキングの首位、第2位に輝き、広州が連続3年間第3位に

 中国都市総合発展指標2019社会大項目ランキングトップ10都市は、北京、上海、広州、深圳、杭州、重慶、成都、南京、武漢、天津である。

 社会大項目ランキングでは連続4年間、北京が首位を、上海が第2位に輝いた。広州は連続3年間第3位を守り抜いた。

 社会大項目は深圳のウィークポイントであった。本年度は大きな進歩を見せ、2018年の第8位から第4位へと躍進した。南京も前年の第10位から第8位へとアップした。

 重慶、成都、武漢は社会大項目ランキングで2018年の順位を保持し、其々第6位、第7位、第9位であった。

 杭州は前年比一位下がって第5位、天津は前年比で五位も下げて第10位へと転落した。

4. 経済大項目ランキング


上海が4年連続経済大項目ランキングで首位、北京、深圳も第2位、第3位を不動に

 中国都市総合発展指標2019経済大項目ランキングトップ10都市は、上海、北京、深圳、広州、天津、蘇州、重慶、杭州、成都、南京である。

 3つの大項目の中でも特に実力本位である経済大項目では、ランキング順位の変動幅が最も少ない。第1位から6位までの上海、北京、深圳、広州、天津、蘇州6都市が連続4年間、各々の順位を守った。杭州は連続2年間、第8位であった。

 重慶は前年比で二位上げて第7位へ、南京は同一位上げて第10位となった。これに対して成都は二位下げて第9位へと滑落、武漢はトップ10外の第11位へと下がった。


【掲載】「中国網日本語版(チャイナネット)」2021年2月2日

【書評】井上定彦:『中国都市ランキング2018』〜現代をとらえる新体系方法を提示〜

井上定 島根県立大学名誉教授

 NTT出版 2020年10月/刊『中国都市ランキング2018』は、中国の客観データを素材にして、現代の経済社会文化の展開・発展過程を、大都市化とその連携関係(メガロポリス)を科学的・計量的あるいは図示し、視覚としても明らかにしたものである。内容を読んではじめて、これまでの社会科学・都市工学の全域にまたがるおどろくべき内容=分析体系を凝縮した大作であることが理解できる。応用力が高く、いずれの国にも適用可能。だから、もっと注目されてしかるべき著作である。
 これまで、英語版、中国版、日本語版が出され、今回が三年目となる。それなのに、日本ではまだそれほど知られていない。

 というのも、見出しが「都市ランキング」だし、年次は2018年と表記されている。私たちは、大学の偏差値とか「何でもランキング」ということには、食傷気味である。また年次が2 ~3年も前のものについて興味はわかない。年次白書ならば、政府の経済白書のように最新版を読みたいものだからである。

 ところが、本書は実は最新のもの、ついこないだの2020年10月発行なのである。
 たとえば、ここにはこのコロナ渦に見舞われた世界に関わるいくつかの優れた分析の論稿を含んでいる。つまり、社会経済分析の方法論にも言及した多数の論稿がここにはおさめられ、深く考えさせられる大著なのである。つまり、無味乾燥な年次系列の統計数字、特定の年について並列的に列記したものとは、まったく違う。そうではなくて、中国の代表的な大都市に関して、手に入りうるかぎり系統的で多様な最新のデータを使っている。そのデータは、最新が2018年までが多いわけだ。そこで計量化できた客観データをふまえ、総合的に指標化した(だから表紙には2018年と記されている)ということだ。

◆ 全国総合開発計画を超え、国連開発計画・UNDP報告にならぶような視野

 本研究に多少とも類似したものを例示すれば、たとえば、第四次全国総合発展計画(四全総 1987年)とその都道府県版(含む資料篇)、あるいは少し前の時点での「首都圏白書」を、辛うじてあげることができるかもしれない。しかし、これも本書に比すれば、視角は多くは「ハード」面に限定され、全国的データを網羅はしてはいるが、現代社会経済の力、大きな源である「情報力」、また他地域や世界との「連結力」という視点(いわば広義の「ソフト・パワー力」)やその系統的なアセスメントは含まれていない。当時の日本の「国土計画」というものの限界であったともいえよう。

 だから、これにならぶようなものとしては、紹介者が知る限り、国際連合UNDPの「人間開発報告書(1990 年以来今日まで毎年発行)しかないように思う。このSDGs(持続可能な開発)につながる分析と指標は、ずっと発行され、継続性はあるが、それだけではなく、つねに新たな方法論・視点を加えて改良され(たとえばジェンダー指数の追加)続けている。だから、毎回新鮮な驚きがある。
 三冊目となる本書も、同様に、毎回大きな改良が加えられ進化している。

◆ 発展のダイナミズムを体系的にとらえる

 この大規模な研究プロジェクトは、いわば中国版の「ゴスプラン」の一部にあたる中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司の協力により、はじめてこれだけ系統的な計量データについて、年次ごとの提供が可能になったのだろう。同じく中央集権的な日本の内閣府でも、省庁横断的にこれだけのデータが系統的に集められ、整理されているとは聞いていない。

 この研究を主導した周牧之さんは、国際開発問題のシンクタンクを経て、ながらく東京経済大学の教授としてだけでなく、国際的な都市研究者として、アメリカ(MITなど)、中国、東南アジアにまたがり活躍しておられる。もともとは情報工学系の出身で、経済学・社会学・行政学をふまえており、日本では例外的な「文・理総合型」の研究者、プロジェクト・リーダーである。

◆ 「指標」の現代化 壮大な広がり

 通常は、都市力、地域力を把握するときには、とかく経済・産業中心になりがちである(地域経済分析など)。本書は、そうではなく、自然生態・環境品質・空間構造という「環境」という大項目、ステータス・ガバナンス、伝承・交流、生活品質という「社会」という大項目、また経済品質、経済活力、都市影響という「経済」の大項目が、「総合化」され示されている。だから、そのデータの出所は、1)統計データ(3割の比重)、2)衛星リモートセンシングデータ(3割強)、3)インターネット・ビッグデータ(4割)にわたるものだ。

 後者二つは、日本ではまだ活用がはじまったばかりの分野である。これらにもとづいて、大都市の「輻射力」(影響力)が、立体的に描き出されている。物理的なインフラの整備だけでなく、情報発信力・受容力、そこからもたされる大都市や大都市連合の力量が、図示あるいは視覚的にも理解できるようになっている。あるいは、これを国家大に表現したものが、「一帯・一路」世界経済圏構想の推進なのかもしれない。
 だから、このような分析手法とそこからの政策含意の導出は、いずれの地域、国でも応用可能だと思われる。このような体系をもつ新「指標」の現代化は、疑いもなく有意義である。

◆ 「近代化の圧縮」とその先 社会変容という課題

 日本は、西欧先進国の「近代化」の300 年にわずか100 年で追いつこうとした(「圧縮された近代」)。そしていまや「成熟」を通り越してすでに「老境」にはいりつつあるのかもしれない。それに関わっていえば、韓国はわずか60年にしてすでに人口のピークをこえ、さらにおそらくは中国もこれから10~20年の間には「追いつき」過程を完了し、成熟段階に入る(つまり、わずか40年弱で)。総人口も大都市化の進展も、これから20年内外でピークに達するだろうといわれている(「超圧縮の近代化」)。
 そのとき、もっとも気掛かりなのは、先進社会が経験したように、「都市化」「近代化」がもたらす「社会の変容」、「人間行動の変容」という問題である。たんに少子高齢社会の到来というだけでなく、かつての発展をささえてきた、家族やコミュニティーの力の融解・弛緩が伴うからである。

 第二次大戦前後から、中国は安全保障的な見地からも、ずっと地方分散(独立性をもつ解放区的な考え方)を重視してきたが、それがまた長期にわたる停滞をもたらした大きな背景でもあったと考えられる。そこでこれを転換して「改革開放」し、グローバル化する世界に適応して産業構造をかえてゆく。農村型社会から都市型社会へ、大規模なメガロポリス中心の社会へと社会構造の大転換をとげようとしているのだ。

 家族構造をはじめとして、社会が変容し、殊に人間がその内面でも変容するのではないかという点が重要である。それまでの人間社会を基本的につなぐ連結性(social cohesion)は弱まるだけでなく、「勤勉」・「誠実」・「信頼」そして「助け合い」という、志向性についても変化するのではないか、といわれている。「個人化」「孤立化」「利己主義」化してしまい、そのような群衆が多数者になってしまうのだ、という見方がある(D.リースマン『孤独なる群衆』など)。

 だから、西欧社会の経験は、これに対して新たな自発性・能動性をもつ「市民型コミュニティー」(協同組合、労働組合、さまざまなNPOや非営利組織)の形成が重視されてきた。「社会的経済」という部門が成長したのである。むろん、並行して国家レベルや地方の公的機構としてさまざまな福祉諸制度が発達し、そうした「福祉社会」の構築には、100年もの月日がかかった。そのような制度構築がやや乏しいアメリカは、「個人主義社会」の正の面だけでなく「負」の側面も際立っている。アメリカの「社会分裂」、「トランプ・ポピュリズム」は偶然ではないのだろう。

◆ 持続可能な地球社会をめざして

 さらに根本的に難しい人類共通の課題として、いまや「人新世」(anthropocene)ともいわれるように、人間の活動が(温暖化を含めて)地球環境や地球そのものを変えつつあるかもしれない、という大きな課題がある。都市のみならず、農村地域・地方の山林・森林・原野を含む地球全体の「環境保全」が求められる。「持続可能な地球社会」こそが、いまや目指されようとしているわけだ。

 そしてまた、ひとびとも、その農村や森、自然の景観、またそこでのコミュニティーのなかに生きていゆくことに価値を再び見出そうともしているようにもみえる(二地点居住、グリーン・ツーリズムなどを含めて)。だから、国土全体のクオリティー(質)、アメニティー(快適性)が考えられるべきこととなる。国土のあり方についての、現代的「進化」が求められているのかもしれないのだ。

 周牧之さんが注目する「里山」のような地域形成の視点も、これから段階をおきながら、うまく「指標化」してゆくことができるのかもしれない。
 今後も毎年発行されることになることが期待されている本シリーズが、さらに発展し進化してゆくのが楽しみである。


【掲載】一人ひとりが声をあげて平和を創る メールマガジン「オルタ広場」

【講演録】米中貿易摩擦、そして新型コロナウィルスパンデミックの衝撃下にある中国経済


国立研究開発法人科学技術振興機構
中国総合研究・さくらサイエンスセンター 第134回研究会


■ 研究会開催 ■
「米中貿易摩擦、そして新型コロナウィルスパンデミックの衝撃下にある中国経済」

・講師:周 牧之:東京経済大学教授、経済学博士
・日時:2020年9月29日(火)15:00〜16:00
・開催方法:WEB セミナー(Zoom利用)


【動画】「米中貿易摩擦、そして新型コロナウィルスパンデミックの衝撃下にある中国経済」


【講演概要】

 講演は中国都市総合発展指標を用いながら、以下の3点を柱に行う。

1.なぜ大都市医療能力は、新型コロナパンデミックでこれほど脆弱に?
 武漢は新型コロナウィルスの試練に世界で最初に向き合った都市であった。武漢は「中国都市医療輻射力 2019」全国ランキング第6位の都市である。なぜ、武漢のこの豊富な医療能力が新型コロナウィルスの打撃により一瞬で崩壊したのかについて解説する。

2.コロナショックでグローバルサプライチェーンは何処へいく?
 中国で最強の製造業力をもった都市が、米中貿易摩擦とコロナ禍で大打撃を受けた。伝統的な輸出工業の発展モデルはどのような限界に突き当たったのか?製造業そしてグローバルサプライチェーンはどこに向かうのかについて、「中国都市製造業輻射力2019」で解説する。

3.加速化する IT 産業の発展
 ロックダウン、テレワークなどによる生活様式の変化は、アリババ、騰訊を代表とするIT産業の躍進をもたらしている。その実態について「中国都市IT産業輻射力2019」を用いて解説する。


【講演録】

司会:これから第 134 回中国研究会を始めさせていただく。今回もオンラインでのウェブセミナーとして開催する。

 今回は東京経済大学経済学博士の周牧之先生にご登 壇いただく。講演タイトルは「米中貿易摩擦、そして新型コロナウィルスパンデミックの衝撃下にある中国経済」である。先生のご経歴の詳細は割愛させていただく。周先生の研究の専門は、中国経済論、都市経済論等である。それでは先生、どうぞよろしくお願いいたします。

周:東京経済大学の周です。よろしくお願いします。

 本日は3つの話で、中国の経済社会が直面している状況と課題を皆さんと一緒に整理していきたいと思っている。

 1つ目は中国の新型コロナウィルスへの対応。2つ目は製造業の直面している課題。3つ目は IT 産業の状況。これらを輻射力という指数で整理して話したい。

 輻射力とは、それぞれの都市をある産業の能力を計る指数である。輻射力が高い場合は、その産業の輸出力がある。輻射力が低い場合はこの都市ではその産業の製品やサービスは輸入しなければならないということだ。本日は、医療輻射力、製造業輻射力、IT輻射力の 3つの輻射力を使って迫っていきたい。これらの輻射力は全て中国都市総合発展指標の中に全て出てきている指数である。

中国都市総合発展指標

 そもそも中国都市総合発展指標がどのようなものかというと、中国の都市を評価するためのある種の分析ツールである。ご存知のように中国では改革開放以来、地域間の競争で成長を引っ張ってきた。いわゆるGDP(国内総生産)という指標のもとで地域間競争してきた。これがある意味中国の今日までの経済成長の一つの原動力になっていたが、あまりにも単一な指標のもとでの競争ということで、経済・社会・環境に大きな歪も持たせていた。そういうものを是正するために国家発展改革委員会という中国の経済政策の司令塔と一緒に環境・社会・経済の3つの軸で中国の都市を評価する分析の政策ツールを開発した。

中国都市総合発展指標・指標構造

 中国都市総合発展指標には、いくつかの特徴がある。まず構造上の特徴としては環境・社会・経済という3つの大項目となっている。一つの大項目においては3つの中項目があり、一つの中項目には3つの小項目がついている。非常に美しい「3・3・3構造」となっている。また、日本の場合は政府と都道府県と市町村の3つのレイヤーだが、中国の行政は日本と違って5つのレイヤーがある。我々が評価するのは省のレイヤーに属する直轄市とその下のレイヤーにある地区級地方政府。地区級地方政府の中で都市とみなされているものが294あり、プラス4の直轄市があるので298の都市が我々の評価対象となる。これは中国のこのレベルのエリアの88%の行政単位をカバーしており、基本的に日本の都道府県ベースと考えてよいと思う。「中国都市総合発展指標・指標対象都市」のこの地図で見るとよくわかるが、桜色のエリアは中国都市総合発展指標の対象であり、赤いところは直轄市である。灰色のエリアは人口密度の低いところで中国政府が都市と認めていないので除外している。要するに「中国都市総合発展指標」は、ほとんどの中国の経済社会の活動を網羅しているということが言える。

中国都市総合発展指標・評価対象都市

 中国都市総合発展指標における指標構造のデータにも特徴がある。基本的に27の小項目があり、その下に小項目を支えている178の指標がある。本日使用する3つの指標がこの中のものになる。さらにこの178の指標を支えているのが785のデータである。これらのデータの構成も非常に特徴がある。今までの中国やほかの国をみてもそうだが、統計データだけでは都市を捉えるにはまだまだ不完全である。

中国都市総合発展指標・指標構成

 中国都市総合発展指標は統計データだけではなく、衛星リモートセンシングデータやインターネットのビッグデータを3分の1ずつ取り入れている。ある意味では五感で都市を感知するマルチモーダルインデックスとなっている。これは世界でも初めてのタイプのインデックスである。こういうスーパーインデックスを用いて、我々は都市という細胞を一つずつ分析することができる。中国のように多様性に満ちた国のほぼすべてのことが細胞レベルで分析できる。つなげていけば中国全土の動きが見える。また時系列的にも捉えてきているので変化も見える。これによって中国の 経済社会の動きは非常に的確に捉えられるようになった。

 この指標の開発にはたくさんの人々に参加いただき議論し知恵をいただいた。中国や日本でたくさんの会合を行い、議論を重ね、ようやくこの分析ツールが出来上がった。2016 年に発表し、中国では、2017 年、2018 年と3つの年度にわたって発表を続けてきた。2019 年版も発表を始めたところである。2018 年の日本語版は10月に発表される予定で、英語版は 2 カ月前にアメリカで発表された。

【なぜ大都市医療能力は、新型コロナパンデミックでこれほど脆弱に?】

 このような分析ツールを使って、まず中国の新型コロナウィルスパンデミックの対応がどうなっているのかというのを皆さんと一緒に分析してみたい。

 ご存知のように昨年の年末から新型コロナウィルスの話が出始め、1月23日に武漢市がロックダウンされた。新型コロナウィルスが一気に武漢から中国、中国から世界へと広がった。このような状況の中で、私も何か貢献できないかと自問自答する中で、どうもオゾンがこのウィルス対策に役に立てるのではないかと研究を始めた。2月18日には新型コロナウィルス対策にオゾン利用を提唱する論文を中国語版で発表し、その後英語版、日本語版と発表し、これにはかなり大きな反響があった。

 私の発表した論文の中で書かれていることは、今日は時間の制約があるので詳しく言えないが、3つの仮説をまとめると、①自然界の低濃度オゾンが地球上の 細菌やウィルスといった微生物の過度な増殖を抑制してきた。②ウィルスは季節によって活力の違いがある。 例えばインフルエンザは冬に威力が強くなり、夏になると消えてしまう。今までの学者は気温や湿度に因果関係があるのではないかと研究してきたが、うまく結論に至っていない。私はオゾンが原因ではないかと仮説をたてた。オゾンは季節によって濃度が変化するので、この酸化力を持つオゾンこそがウィルスを抑制する神の手ではないか。③オゾンは低濃度でも新型コロナウィルスに対して不活性化させる威力を持つ。低濃 度で有人の空間に流すことによって、ウィルスを不活性化することができ、ウィルス対策にかなり有力な武器となるのではないか―という3つの仮説である。

 これらの仮説によりウィルス対策にオゾンを使用しようと国内外に提唱した。これはかなりの反響があった。

 また武漢市の医療体制がなぜ医療崩壊に至ったかについて研究し、4月20日に発表した。

 武漢は人口規模が1,400万人であり、東京都と同じ程度の人口規模と密度を持つ街である。この街は医療のリソースが実は豊かな街である。我々が発表した2019年度の中国医療輻射力の中では、武漢は中国の298の都市の中で、上から6位であった。実際にどのくらいリソースを持っているかというと、東京とニューヨークと比較してみると、武漢の1,000人当たりの医師数は4.9人であり、東京の3.3人、ニューヨークの4.6人よりも多い。また1,000人あたりの病床数も武漢は8.6床。これはニューヨークの2.6床よりはるかに多く、東京の9.4床に近い。武漢は非常に豊かな医療のリソースを持っていることが分かる。

 問題は一瞬にして医療崩壊に至ったことだ。原因については、限られた情報をもとに私が分析をした結果、 ①医療現場がパニックに陥った、②医療従事者が大幅に減員された、③病床が足りなかった、という3点だと考えられる。

 具体的にみてみると、オーバーシュートの時には武漢では大勢の人々が病院に駆け込んだ。これが医療現場に大混乱をもたらして、医療リソースを重症患者に与えられなかったため致死率が一気に上がった。

 さらに病院の院内感染により大勢の人たちが病院で感染してしまった。中国での今回の新型コロナウィルス感染による死者数を見てみると、約83%が武漢に集中している。これらの死者の大半は医療現場のパニッ クによるものではないかと考えられる。

 2点目は医療従事者の大幅な減員だ。当時は未知のウィルスに対して知識や装備がなかったということと、検査や治療を行う際の医療行為に危険を伴うものがあり、これにより大勢の医療従事者が感染した。中国では、なかなか良いデータが見つからなかったが、国際看護 師協会が5月6日に出した30カ国の報告データによると、その時点ですでに9万人の医療従事者が感染していた。イタリアの4月26日までのデータを見てみると、2万人弱の医療従事者が感染。東京都の発表では、1月〜6月までに48の医療機関で院内感染が発生し、 医師、看護師そして患者計889人が感染、うち140人が亡くなった。院内感染者数は都内同期間の感染者の14%に相当した。

 もう一つの問題は病床が足りなかったことである。当時、マスクから呼吸器まで様々な医療機器が不足していた。さらに深刻なことは、病床が激しく不足していた。これだけ感染力の強いウィルスなので、しっかりとした体制を整えた病床が簡単に作れず、一気に増えた 患者数に追い付けなかった。これらの問題に対して、中国はどのような対策をとったかというと、まず1月23日に武漢市をロックダウンした。翌日の24日には、武漢市がある湖北省を公衆衛生上の緊急事態対応(Emergency response)レベル1級にした。1級レベルとは、工場、仕事、教育機関をすべてシャットダウンし、人の移動を極力抑えるというものである。ある意味では人と人との接触を極力シャットダウンするという体制であった。

 実は中国には2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)をきっかけに整備した国家的公衆衛生上緊急事態の対応体制があり、それに基づき一気に最高レベルまで引き上げた。1月29日には中国全土を1級となった。 これにより中国では感染者の爆発的な増加がシャットダウンされた。また医療従事者の不足に対しては全国から武漢を含む湖北省へ医療従事者 42,000人を派遣した。これにより、武漢の医療崩壊も食い止められた。感染地域に迅速かつ大規模な援軍を送れるかどうかというのが非常に大きなポイントになる。

 3番目の病床の不足については、武漢で重傷患者者用の専門病院を10日間で2棟建て、さらに軽症患者用の病院を16カ所開設し、病床不足の問題は一気に解決された。

 また、我々のオゾンの研究もかなり生かされていた。一緒にオゾン研究をしていた中国の大手エアコンメーカー遠大グループの創業者である張躍氏が私の友人であり、二人で毎日のように電話で情報を共有し、研究を行っていた。遠大グループは武漢の病院にオゾンの発 生機能を持つ空気清浄機を数多く送り込んだ。これにより、かなり院内感染を防ぐことができたという報告があった。

 2月21日に、早くも甘粛省は対応レベルを1級から3級へと引き下げた。武漢市も4月 8日にロックダウンを77日ぶりに解除した。6月13日には、中国全土のほぼすべての地域が緊急対応3級に引き下げられた。よって、中国は全土をロックダウンに近い緊急事態対 応第1級にして感染拡大を封じ込めたとして、その後、6月13日までに徐々に緊急対応3級に引き下げた。3級というのは、条件付きで普通の生活・仕事ができるようになると理解してよいと思うが、ただし感染状況によって、局地的に上がったり下がったりすることが繰り返されている。例えば6月16日に北京では、クラスター感染があり3級から2級に上げ、1カ月後には3級に引き下げた。そういうことを繰り返しながら、現在の中国国内では、ほぼ普通に生活できるようになっている。

【コロナショックでグローバルサプライチェーンは何処へいく?】

 まず私のバックグラウンドを少し自己紹介する。

 私は大学で工学系、大学院で経済学を勉強していたが、最初のテーマは「IT革命がアジアの新工業化にどのような影響を与えるか」であった。そうした中で、サプライチェーンのグローバル化ということに興味を持ち始め、かなり研究を進めた。さらに研究を深めていく うちにグローバルサプライチェーンは中国や東南アジアで新しいタイプの都市クラスターを作り始めるのではないかと気が付いた。

 その後は、自分の生涯の研究は情報革命、グローバルサプライチェーン、そして都市化の一つの到達点としてのメガロポリスという3点セットとした。2007年の私の著書『中国経済論』の第1章はまるごとグローバルサプライチェーンに費やした。そうしたバックグラウンドの中で、今から約20年前に私は、中国ではメガロポリスの時代が到来すると予測した。グローバルサプライチェーンによって大きなメガロポリスが中国の珠江デルタ、長江デルタ、京津冀の3つのエリアで誕生するとの予見だ。ただし当時、都市化は、アンチ都市化政策を数十年続けてきた中国の皆さんにとってはまだタブーであった。一気にメガロポリスというとんでもない話を持ち込んだことで、メディアも非常に大々的に取り上げた。その後、メガロポリスは政策的にも取り上げられ、今や中国の国家戦略となった。

 10年前、ちょうど中国の経済規模が日本を超えたときに、私は『ジャパン・アズ・ナンバーワン』の著者エズラ・ヴォーゲル教授と対談した。この対談はニューズウィークにも掲載された。その中で中国の経済成長は輸出の拡大と都市化という2つの原動力で実現したと私は述べた。ここで気を付けなければいけないのが、中国の輸出拡大は、日本高度成長期のフルセット型サプライチェーンと違って、グローバルサプライチェーンの上にたったものだというのが私の一貫した認識であ る。WTO(世界貿易機関)加盟直前から今日までの約 20 年で中国の輸出規模は10倍になった。輸出総額で世界第7位であった中国がいまや断トツ1位の輸出大国になった。また輸出に引っ張られてGDPが5倍になり、さらに都市化も猛烈に進んだ。都市の面積(アーバンエリア)でみると3倍弱になった。要するに20年でアーバンエリアは3倍になったのだ。しかしDID(人口集中地区)人口という1 m² 5,000人以上の人口で捉えてみると20%しか増加しておらず、ここに非常に大きな問題がある。

 またこの間、CO2(二酸化炭素)の排出量も3倍以上になった。「中国の流動人口分析図」をみてみると赤い部分はプラスになったところであり、高さは偏差値である。この分析図を見ると一目瞭然だが、珠江デルタ、長江デルタ、京津冀エリアにたくさんの人たちが移動し たことが確認できる。

 2001年の予測と2019年の現実を比較すると、非常にピタッとはまり予言が的中したと言える。社会学、経済学の予見はだいたい当たらないことが多いが、大当たりした。

 輸出と都市化の両輪によって中国は世界経済に占めるシェアを急速に回復させた。200 年前には3割以上あった世界経済における中国のシェアはどんどん落ちてきて、1990年には最低の1.7%になったが、その後徐々に回復し、WTO加盟後にはまさにV字回復が実現し、今では16.3%に至った。

 しかし、中国の成長は沢山の課題に直面している。一つは米中貿易戦争である。もう一つが、突如現れてきた新型コロナウィルスショックである。これによってグローバルサプライチェーンも相当寸断されている。

 5月に私はグローバルサプライチェーンのゆくえに関する論文を発表した。雲河都市研究院は「中国都市製造業輻射力2019」を公表した。中国の各地域・各都市は数十年間にわたり工業化を進めてきたが、必ずしもすべてが成功したわけではない。中国は「世界の工場」 になったが、中国そのものが世界の工場になったというよりは、一部の都市だけが本当の「世界の工場」になっただけで、それ以外のところはむしろ工業化に失敗 したと言えるかもしれない。中国298都市の中で、「中国都市製造業輻射力2019」のトップ10 都市は中国の貨物輸出の半分をつくり出している。これはとんでもない集中度である。しかもこのトップ10都市のうち、深圳・蘇州・東莞、仏山・寧波・無錫・厦門の7都市が、省都市でもなく、直轄市でもない普通の都市だ。全て沿海部にある。これらの都市はグローバルサプライチェーンによって大きな集積地になった。そこで人口も都市の機能もどんどん拡大し、「世界の工場」ともいえるスーパー製造業都市になった。これらの工業都市の現状がどうなっているのかというと、そもそも米中貿易摩擦や新型コロナウィルスがなくても、これまでの成 長パターンは限界に達しているということが我々の分析により分かった。

 2000年から今日までのこれらの都市の平均賃金は、 深圳は5倍、上海は9倍以上になった。成都も8.5倍になり、ほとんどの都市が5倍以上になった。昔のように安い賃金を売りものにして労働集約的な成長は、もはやあり得ない状況になってきた。また実際、今年1月から6月の半年間のこれらの都市の税収を見てみると、軒並み全てマイナスである。しかも2桁マイナスの都市もあり、米中貿易摩擦とコロナショックによる大きな痛手を受けた。ある意味では中国の製造業発展のモデルチェンジを、今、しなければならない状況にある。この話は少し置いておいて、もう一つ重要な産業のエンジンを見てみたい。

【加速化するIT産業の発展】

 IT 産業は中国だけではなく、世界経済を牽引するエンジンとなっている。30年前、平成の幕開けの時、世界の時価総額のランキングトップ10を見ると、1位のNTTをはじめ日本企業が7社入っている。またIT企業はIBMくらいしか入っていなかった。ランクインした日本の7つの企業は国民経済を舞台にしていた企業であった。

 これに対して、2020年8月末の世界の時価総額のランキングを見ると、顕著になっているのはIT企業が目立つということだ。このトップ10の中に、IT企業は7社もあり、ほとんどが世界を舞台にしている企業である。そういう意味では舞台の大きさが違うし、ITという非常に斬新なコンセプトで、集金力の桁が違う。今年の5月にはGAFAM(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン、マイクロソフト)5社の時価総額の合計は東証1部2,170社の時価総額の合計を超えてしまった。1位のアップルは30年前1位であったNTTの時価総額の13.5倍になっている。面白いのは、テスラが10位に食い込んだことだ。テスラは自動車産業の企業だと思っている人が多いが、実はIT産業の側面も持っている。確かトヨタの売上の11分の1、販売台数は30分の1の企業が、このようなとんでもない評価を 受けたのはIT企業としての側面が強かったからだ。また、ちょうど今、話題になっているが、アメリカで中国のIT企業が制裁を受けている。一つはウィーチャット(WeChat)、もう一つはティックトック(TikTok)である。ティックトックはアメリカ1億人のユーザーを 持っている。ウィーチャットは2,000万人のユーザーを持っている。アメリカの制裁議論の中で、今まで中国はモノしか輸出していなかったと皆さん思っていたのが、アプリの輸出がここまでできたということに気づき驚いているだろう。雲河都市研究院が発表した「中国 都市IT産業輻射力2019」をみると、北京、深圳、上海がトップ3になっているが、トップ10都市への集約度は製造業以上である。トップ10の都市はIT産業の従業者数の6割を占めている。また、香港、深圳、上海の3つのマーケットのメインボードに上場しているIT企業のほぼ4分の3の企業本社がこの10都市にある。とんでもない集約度である。

 製造業輻射力トップ10都市には沿海部の普通の都市が7つも食い込んだことに対して、IT産業輻射力の場合はトップ10の都市は、ほとんど行政中心都市である。製造業とIT産業では繁栄の条件が違う。繁栄の条件が違うのでこのように違うアバターが見られる。これからIT産業でスーパーシティになる都市と、昔、製造業でスーパーシティになった都市はかなり違うのではないかと推測できる。

 もう一つ大切なことは、中国の製造業がどこに行くのか?これについてはいろいろな可能性がある。深圳を見てみると、製造業輻射力は1位であり、IT産業輻射力でも2位まで上り詰めた。深圳にはアメリカの制裁で有名になった企業がたくさんある。例えばZTEとファーウェイ、そしてウィーチャットの親会社のテンセントだ。さらにドローンの世界トップシェアを持っているDJI。これらの企業は全て深圳発のベンチャーIT企業だ。これらの企業の存在は深圳が「世界の工場」 から「IT産業スーパーシティ」へ脱皮している一つのシグナルとしてとらえられるのではないか。中国の製造業はITの力を借りて更なる変化を遂げているのでは ないかと、ある種の楽観的な期待を込めて講演を終わりにしたいと思う。

 最後に中国都市総合発展指標日本語版『中国都市ランキング』を3冊、NTT出版から出していることを紹介したい。このシリーズは毎年メイン報告テーマが違い、2016年度は「メガロポリス戦略」、2017年度は「中心都市戦略」、2018年度は「大都市圏戦略」をテーマとした報告書である。2018年度の本は10月10日に発売される。

 また、今日の話の関連情報は中国都市総合発展指標公式ウェブサイトに日本語・英語・中国語の3つのバージョンで掲載してある。中国語はウィーチャットのサイトもあるので、ぜひ使ってほしい。

 ご清聴ありがとうございました。


【質疑応答】

司会:「輻射力」という言葉がたくさん出てきていますが、どういう指標なのか。改めて定義などもう少し詳しく教えてほしい。

周:輻射力は一つの都市の一つの産業の移出・輸出する力を測る指標だ。基本的に輻射力の高い都市はこの産業は外に移出・輸出できる。そうではない場合、例えば医療輻射力が低いときには、医療サービスを外から買わなければいけない。または外に出て行かなければいけないとイメージしてもらえればよい。輻射力の算出はそれぞれの産業によって若干違うが、ベースとなっているのは従業者数である。従業者数をベースにするアルゴリズムだが、たくさんの周辺指標で補助している。

司会:今回、コロナによるパンデミックがあった。日本で話題になっていることとして、テレワークなどが進み、地方へ移住するような動きがあるのか。また、関連して中国の新型都市化宣言という政策に与える影響は大きくなっていくものか。

周:今回の新型コロナウィルスのパンデミックで皆さんの仕事の在り方は恒久的にかなり影響があると思う。大手IT企業から中小企業まで、かなり恒久的に働き方を変えようとしている。これは間違いなく、より自由に、 場所を選ばず仕事ができるようになるが、これはイコール大都市化が止まるということにはならない。大都市は職場で仕事をするだけではなく、本日のように会って議論をし、新しい情報やコンテンツが生産されるというのが、大都市のメリットだ。同時に大都市にしかないたくさんの都市機能がある。そういうものを享受するのは大都市でないとできない。地方都市も、しっかりとアメニティの充実化や都市のコンパクト化を進めていけばいろいろチャンスはあるが、決して大都市が縮小することはないと思う。我々はさらに自由になることは間違いがない。

 中国の都市政策に関しては、昨年から大都市圏に関する政策が出された。ようやくメガロポリス、中心都市、大都市圏の3大政策がたて続けに出され、しっかりした体系になってきた。本日は都市の話はメインではなかったが、先ほど少し紹介した過去20年で中国アーバ ンエリアは3倍になった。つまり2000年の時期の都市のエリア規模を、さらに2つも作ったが、人口集約からみるとそれほど増えていない。これは中国の都市構造に大きな問題を抱えていることを意味する。これから10年、20年かけて都市の中身の充実化を進めなければいけないと思っている。

司会:今回のコロナで過密を避けるということ、大気汚染などの環境問題もあると思うが、こういう点の是正もあるのか。

周:コロナをシャットアウトするには人と人の接触を止めることが欠かせないので、中国は極端に人との接触をシャットアウトする措置をとった。それには、大きな代償があったが効果は歴然としている。ただし、こうしたやり方は永久的な措置としてはあり得ない。根本的 に解決する一つの手立てとしてはオゾンがある。オゾンはある程度の濃度になると違和感を訴える人がいるが、私の仮説では0.1ppmくらいの自然界の低濃度でも室内のウィルスを不活性化する可能性が十分あり、これによって三密問題がなくなるということだ。今、 「三密」はネガティブに聞こえるが、「三密」無しには 我々の幸福度も生産性も落ちる。人間は接触の動物であり、コミュニケ―ションの動物、社会動物である。早く「三密」が平気でできる社会に戻したい。その一つの武器はオゾンではないかと思っているのでぜひ、オゾンを使ってみてほしい。

司会:経済の見立てに近い所があるが、製造業輻射力はグローバルサプライチェーンと大きな関連があるという話があった。一方で中国国内の内需を重視する戦略もあるかと思うし、国内のサプライチェーン重視という中で、グローバルサプライチェーンより国内を優先するときに今まで発展してきたメガシティに成長が鈍化するなどの変化はあるのか。

周:マーケットはどこであれ、サプライチェーンの効率を考えると沿海部しかない。やはり深水港が近くにあり、部品調達、素材調達、製品の輸出の導線が短い環境を整備できる地域が伸びる。私は20年前から、中国でメガロポリスになり得る地域は沿海部の三カ所しかないと言い続けてきている。なぜかというと、珠江デルタ、長江デルタ、京津冀の三カ所には深水港があり、昔から一定の産業集積があり、世界的にみても新しい時代にふさわしい最高の産業集積地が作れる場所であるからだ。マーケットがどこであっても、これらの地域は、大きく製造業の発展を遂げるのではないかという気がする。導線をなるべく短くしてグローバル的な効率を上げなければいけない産業は、そういうところに張り付くしかないと考える。


【対談】横山禎徳 Vs 周牧之(Ⅰ):コロナ禍で、如何に危を機にしていくか?

編集者ノート:新型コロナウイルスパンデミックで、世界の都市がロックダウンに揺れている。人々はグローバリゼーションの行方を憂いている。今後のビジネスのあり方やサプライチェーンの将来などについて、周牧之東京経済大学教授と横山禎徳東京大学総長室アドバイザーが対談した。


1.グローバルサプライチェーンはどこへ向かうのか?

 周牧之新型コロナウイルスパンデミックが、グローバリゼーションにどう影響を及ぼすのかについて、関心が高まっている。グローバリゼーションには様々な側面があるが、サプライチェーンはその重要な1つである。

 20年前、私はサプライチェーンのグローバル的拡張が、中国で長江デルタ、珠江デルタ、京津冀にグローバルサプライチェーン型の巨大な産業集積を形成し、その上に三大メガロポリスが出現すると予測した。私の予測は見事に的中し、現在上記の3つの地域に巨大規模のグローバルサプライチェーン型産業集積が出来上がった。三大メガロポリスは、中国の社会経済の発展を牽引するエンジンとなっている。

 しかし新型コロナウイルスショックで、グローバルサプライチェーンは寸断され、さらに米中貿易摩擦やアメリカ政府による企業の呼び戻し政策が追い打ちをかけ、三大メガロポリスがベースとなる産業集積の様相に異変が起こっている。

 横山禎徳グローバリゼーションを補完する概念としてリージョナリゼーションがある。例えば、グローバルに人気のあるドイツの自動車を支える企業群は、バイエルン州に集中していて自動車のエコシステムをしっかりつくっており、州政府もそのシステム育成に注力している。日本でもトヨタの三河、ホンダの栃木などがその例だ。グローバルなサプライチェーンの展開を現在も補完している。多くの製造業のサプライチェーンにおいて同様の傾向がある。リージョナリゼーションがしっかり確立しているから逆説的にグローバルなサプライチェーンを展開できるといえる。

 一方、ナショナリゼーション、あるいはナショナリズムはグローバリゼーションの対立概念だ。それは国家権力と結びつく。すなわち、グローバリゼーションを規制する法律があり、強制力もある。今回のCOVID-19は、グローバリゼーションの一側面として人の自由な移動が世界的蔓延につながったが、その防護として移動制限、入国禁止という国家権力が発動されたのはご存知の通りだ。

 日本は戦後、国家権力の強大化に対する不信というか、アレルギーがあり、中央政府は国民に対して要請はできても命令はできない。その結果、リージョナリゼーションが明確に表れてきた。今回、COVID-19に対する拡大防止として主要な県の知事が独自の対策を打ち出したのがその例だ。

 ひと昔前は、サプライチェーンは国民国家の中に留まっていた。いま横山さんが挙げた例にもあるように、日本のある自動車メーカーのサプライチェーンは、ほぼ半径50キロメートル内に収まっていた。サプライチェーンがグローバル的に拡張する時期は、ちょうど中国の改革開放期と偶然に一致した。その結果、中国はサプライチェーンのグローバル展開の受け皿となり、大きな恩恵に預かった。中国の輸出規模は、2000年から2019年まで10倍に膨らんだ。

 サプライチェーンのグローバル展開を推し進めた三大要因として、IT革命、輸送革命、そして冷戦後の安定した世界秩序から来る安全感が挙げられる。

 グローバルサプライチェーンは、西側工業諸国の労働分配率の高止まりを破り、地球規模で富の生産と分配のメカニズムを大きく変えた。

 中国の経済発展は、グローバルサプライチェーンによってもたらされた部分が大きい。それゆえ2007年に出版された拙著『中国経済論』の中で、第一章を丸ごと使い、中国経済発展とグローバルサプライチェーンとの関係を論じた。

 しかし近年、中国とグローバルサプライチェーンとの関係に多くの摩擦が生じた。

 まず、国際資本にとっては益々強くなってきた中国政府による介入に対して不安感が生じた。日本は早くから、「チャイナプラスワン」の政策を打ち出し、企業の中国以外の国・地域へのサプライチェーンの展開を奨励した。第二には知財保護の問題がある。実際、米中貿易摩擦の焦点の1つも知財問題である。第三に、中国での労働力、土地、税金などコストがかなり上昇したことである。

 当然、アメリカの産業空洞化も大きな圧力となってきた。これが、トランプ大統領を当選に導いた主要な社会基盤でもあった。

 横山中国はあまりにも巨大になった。グローバリゼーションという言葉が出てきたとき私は、それは世界のアメリカ化だ、と言った。1960年代に最もグローバルだった銀行は、アメリカのチェース・マンハッタン・コーポレーション。頭取のデイビッドロックフェラーが、中国へ行き周恩来首相と握手する写真が、当時日本の新聞でも頻繁に取り上げられた。チェース・マンハッタン・コーポレーションはグローバルな銀行だと思っていたが、それは、Americanization of the Globeに乗った形の拡大だった。アメリカーニゼーションが縮むと、この銀行の世界展開も縮んだ。アメリカはいま本当の意味でのグローバリゼーションを身につけなければならないところに、中国が台頭して来た。Chinaization of the Globeになるのではないかと敏感になっている。米中双方がリアクティブに反応しているところが様々な面に影響している。サプライチェーンも同様だ。両国ともナショナリズムの影を引きずったグローバリゼションから脱却する努力をすべきだ。

 すでに述べたようにグローバリズムの補完概念はリージョナリズムだと思っている。リージョナリズムはグローバリズムとともに永遠に存在しているだろう。しかしナショナリズムはグローバリズムに対立するという意味で厄介な思想だ。中国がナショナリスティックに動き、それが国家干渉として出てくると皆は困惑する。中国政府はもうそろそろ干渉をやめた、と外に分からせた方がいい。しかし、アメリカの現政権がナショナリズムになっているので状況はややこしくなっている。

 日本も保護主義といわれ実際保護してきた。それを緩めたときに知財の国外流失につながった。当然中国の緩め方は簡単ではない。知的財産が一部の分野で優位に立ち始めた中国から流れ出て行く可能性がある。ある意味、皆同じ土俵に立ってしまった。中国が干渉しない、といえば様々な意味で世界的な安心感が出てくるだろう。

 ナショナリズムは対立的な主張だ。アメリカにいまある程度ナショナリズムが出ていることの理由は、産業が空洞化したからだ。トランプ大統領が登場した背景には製造業の落ち込みがあった。しかし、なぜうまくいった中国でナショナリズムが前面に出ているのか?

 横山恐らく自分たちへの自信、矜持の回復が、近年の予想以上の大きな成功によりオーバーに出てしまったのではないか。

 中国は2001年のWTO加盟後に急成長した。長い間苦労を重ねた後に成功して初めて自信を得た。しかし世界にはその自信が受け入れられない、という忸怩たる思い、反発だろうか。

 横山それはどこの国もそうだった。日本以前に、アメリカも同様だった。アメリカがアメリカらしくなったのは1950年代だ。アメリカが世界の債権国になったのは第一次世界大戦後1930年代で、それまでヨーロッパがあらゆる意味で世界のセンターだった。新興国のアメリカの人たちは皆ヨーロッパで勉強していた。美術も音楽も超高層建築もアメリカらしいものが出てきたのは1950年代。ノーベル賞受賞者数も膨れ上がった。当時ヨーロッパからアメリカはアグリーアメリカン(Ugly American)といわれた。日本は1980年の半ばごろアグリージャパニーズ(Ugly Japanese)といわれた。いまや中国がアグリーチャイニーズといわれそうになっている。

 世界に認められるのは時間がかかる。そこに、自分の特色と、世界が何を求めているのかを察知するセンスが必要となる。

 横山例えば、中国はデジタル化が強い。日本は文化的な伝統なのだろうが、アナログが強い。例えば、四季の移ろいに敏感だが、まったくアナログの世界だ。昨日まで夏で今日から秋というわけにはいかない。「秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる」という9世紀初頭の和歌がその典型だ。

 日本には日本のやり方があり、製造業に限っていえば、実は日本の生産性は向上している。問題は就業人口の70%を占めるサービス業だ。この生産性は長年停滞している。2000年頃、日本はサービス業に限ると生産性はアメリカの三分の二程度であった。毎年生産性を5%程度向上しても当時のアメリカに追いつくのに15年かかる計算だった。驚くことに20年経った今も状況はそれほど変わっていない。これらはリージョナリズムの問題だ。これら多くのサービス業はグローバルな競争にさらされていないということだ。伝統的なリージョナル発想の業態のままでいる。グローバリゼーションの補完概念として機能するとはどういうことかがまだよく分かっていないのだ。

 例えば、日本のサービスは良いと思われているが、それは「昭和のサービス」でしかない。時代遅れでしかなく、必ずしも顧客が喜んでいないことに気が付いていない。「悪い」サービスではないから、顧客は何もいわない。従って、自己満足になっていて、顧客が評価しているかどうかに敏感ではない。こういうことに中国で行われているデジタル化を採用すれば、生産性の向上で労働時間の短縮になるだけでなく、その浮いた時間で個別顧客が満足しているかということに目を向けるようになり、独りよがりのサービスに気が付くきっかけになるだろう。

 リージョナリズムとグローバリズムが並存していることが、互いを健全化させていく。これに対して、ナショナリズムを前面にした対立的主張は有害だ。

 横山新型コロナウイルスに関していえば都市、国境の封鎖となっていくと、国が干渉するという形になってきて、ナショナリズムが広がる契機にもなり得る。ただし、これは、いずれ収まると思う。技法の共有やサンプルサイズの拡大など各国が共同で対応したほうが効果的であることに気が付くからだ。特に、最も求められている治療薬やワクチンはどこの国から出てくるか予想はできない。そして、開発に成功した国は自国優先ではなく、グローバルな供給体制を早急に確立することを求められ、もし、開発資金の欠如があるのであればグローバルなファイナンス機能が活用できる。 

 

2.製造業の交流経済化

 周いま中国では、アメリカの製造業の自国回帰を推し進める政策について、様々議論を呼んでいる。サプライチェーンに関心をもつ経済学者として、私はトランプ大統領がこのような政策を打ち出さなくても、製造業の先進諸国へのある程度の回帰は発生すると思う。

 歴史的に見ると、サプライチェーンのグローバル化は農産物から始まった。古代の東西貿易の主なアイテムはシルクにしろ、胡椒、綿花、砂糖、茶にしろ、農産物をベースにしたものが多い。他の地域からこうした農産物を獲得することが大航海の原動力であった。その後、食のサプライチェーンはグローバル化の一途を辿った。

 私の故郷、湖南省は稲作文明の発祥地とされている。典型的な自給自足経済であった。ほぼすべての食品は自分で生産したか、あるいは周囲から調達したものであった。フードチェーンは短く、かつ可視であった。

 横山隋の煬帝が大運河で南のコメを北へ持っていこうとした。なぜ、気候も温暖で食料も豊かな南部ではなく、北部に首都を構えたのか私には理解できないが、結果的に、後世に素晴らしい物流ネットワークを残したのは良かったのだろう。

 中国の国土は、北は雨量が少なく、南へ行くに連れて湿潤になっていく。よってその国土は、北方に騎馬民族エリア、小麦をベースにした北部農耕地帯があり、そして南部には稲作地域が広がる。稲作は生産性が高く安定している故に自給自足経済になりがちだ。あまりにも豊かで、小さいエリアで小さい幸せに満足する(笑)。帝国的な軍事力にも政治力にも興味が湧かない。それに対して、北部は、天候に収穫が大きく左右される。騎馬民族の南下にも常に翻弄される。騎馬民族と混ざった軍事的なパワーが巨大化し、王朝交代の原動力になっていく。それゆえに、統一王朝の首都のほとんどは、北部に構えた。

 コメは北部になかったから元も明も清も、運河でコメを北へ運んでいた。新中国では鉄道を使った。私の幼い時は北から石炭を南へ、南からコメを北へ鉄道で運んでいたのをよく目にした。あまりにも北にコメを持って行かれたので、コメの産地湖南省も食糧難に陥ったことさえあった。

 しかし、いまや中国の南の人々も、日本と同様、全国から、さらには世界から食の調達をするようになった。フードチェーンそのものの可視化が不可能となり、追跡もできなくなった。

 日本も典型的な稲作文明で、農村の原風景は湖南省によく似ており自給自足の世界であった。しかし、いま日本の食料供給は、カロリーベースで60%以上を輸入に頼っている。

 横山一方、金額ベースでは輸入依存度は30%程度である。ということは、日本人は値段が高くてあまり栄養のないものを好んで食べているということだろうか。しかも、近年、1人当たりのカロリー摂取量は2,000キロカロリーを切った。OECD諸国では最低である。しかも、輸入食糧を含めて1人当たり、毎日500キロカロリー以上を捨てている。

 そのようなネガティブな面もあるのだが、全体として食のサプライチェーンのグローバル展開は、食の供給の効率を大幅に高めた。しかしこれは、小作農を主体とした日中両国の農村、農業、農民には大きな打撃となった。海外から非難を浴びながら、日本政府は農業の保護政策を続けてきた。1961年に施行された農業基本法も、生産性向上よりは直接的な農家保護に重点があった。それにもかかわらず、というか、生産性向上による競争力の強化がされないまま、日本の農業も輸入食品に圧迫され、大いに苦しんでいる。より深刻なのは、輸入食品の安全管理が困難を極めることである。

 近年、ネットの発達によって、日本では農家が直接消費者と取引するケースが増えてきた。戦後、農産品供給の規模化と効率化を推し進めてきた農協や、スーパーマーケットなどがスキップされる現象が起こっている。コロナ禍で、こうした傾向がさらに強まっている。

 横山スーパーマーケットによる契約農家の効率よい管理を基盤に、国の安全基準を満たし、見てくれのいい大量販売の作物よりも、契約農家が自分の家族に食べさせている作物がみてくれがわるくても、一番安全で味もいいことに消費者が気付き始めた。

 “つくり手が見える農業”は農業生産の上に、コミュニケーション、信頼、品質そして感性まで含まれている。これは農産品の付加価値を高めただけでなく、農業自体をさらに魅力的にしている。近年、農学部に進学する女子学生の割合が日本で増えてきた。まさしく若い人たちによる農業への回帰である。

 横山農業はシステムである。そのシステムがいま生産、加工、消費が連動し、様々な組み合わせで変わろうとしている。しかし、それを、「いわゆる第6次産業化が進んでいる」と捉えるべきではない。「第1次、第2次、第3次産業を一体化し第6次産業化して付加価値を生む」とは言葉だけで具体的な方法論がない。

 「産業」という伝統的な分類に固執せず、産業を横串を通した「社会システム」として発想すれば、付加価値創造の可能性が大量に見えてくる。第6次産業ではなく、食糧供給システムとして捉えるべきだ。現在の漁業もハンティングから「栽培」に変わらないと資源の維持管理ができない。そうなると農業も漁業も同じ食料供給システムという効率的でありかつ多様性を生かすプロセスに乗るのである。

 製造業の生産と消費においても同じ現象が起こっている。

 従来、製造業のサプライチェーンの中で、企業間の交易において、外に出さない、出せない暗黙知が多かった。暗黙知をシェアするため濃厚な企業関係が必要だった。企業間は長期的な協力関係や資本提携のもとに、ピラミッド的な世界をつくり上げた。IT革命が、デジタル化と標準化を進め、暗黙知の比重を大幅に下げてきた。これにより、企業間のやり取りに必要とされる時間、コストが減少した。さらにモジュール生産方式が、デザインルールを公開し、サプライチェーンにおける競争が世界規模で行われるようになった。よって、サプライチェーンは、暗黙知の束縛から解放され、地球規模での展開が可能となった。

 サプライチェーンにおける企業関係も従来の緊密なピラミッド型から、ネットワーク型へと変化した。これで途上国もグローバルサプライチェーンへの参加が可能となった。中国をはじめとする途上国の参入は、工業製品の価格を大幅に下げた。

 こうした暗黙知を最小限に抑えたグローバルサプライチェーンは、典型的な交易経済である。

 しかし時代は常に変化する。消費者は、低価格よりもますます感性、個性、そして生産者とのコミュニケーションを重視するようになってきた。これを可能にした背景には、モジュール生産方式が新たな段階に入ったことがある。

 モジュール生産方式は、非熟練労働者の組み立てなど工業生産活動への参加を可能にした。これは、製造業サプライチェーンの基礎であり、発展途上国の新工業化の前提条件であった。

 しかし、いまやモジュール生産方式が進化し、個性的なデザインと連動することが可能となり、多様化、個性化の少量生産が実現できた。消費者と、生産者とのコミュニケーションによって、個性と感性の豊かな製品が作られるようになった。

 横山モジュール対すり合わせの議論があり、日本はすり合わせが得意ということになっている。まさにデジタル対アナログの議論と似ている。しかし、実は歴史的にみると、日本はモジュール生産方式が発達している。例えば、日本の在来工法による住宅はモジュールで出来ている。木割りという伝統的な基準がある。例えば、部屋の広さは三尺対六尺が基本モジュールだ。部屋の内法はどの住宅でも同じになるように部材の寸法が決まっている。従って、畳はどこで誰が作ってもピタッとハマるようになる。住宅というモジュールがあったから、畳だけを専門的に作る。従って、技術に習熟した職人が存在し、住宅の質の維持向上に貢献した。

 自動車の個性的な注文と流れ作業との組み合わせを、いち早く実現させたのも日本のメーカーだった。いわゆるマス・カスタマイゼーションの実現だ。

 横山製造業に関してトランプ大統領は、サプライチェーンがシステムとして出来上がっていることがわかっていないと思う。他所にあったものをアメリカに持って行ってもすぐ動くわけはない。サプライチェーンはエコシステムとして有機的に連携したシステムとして時間をかけて組み立てられている。一朝一夕にはでき上らない。

 未来の製造業はこのように想像できる。一方で、半導体チップやセンサーなどコアモジュールはこれまで同様、グローバル的な供給となるだろう。日米の企業は現在、これらの分野で高い優位性を誇っている。他方で、一部の最終製品生産者は、これらのモジュールやディバイスをベースに、ユーザーとコミュニケーションを重ね、個性のある商品を提供するよう進化する。暗黙知を最小化してきた旧来のグローバルサプライチェーンは、ここにきてコミュニケーションを重視する方向へ付加価値を高めるようシフトすれば、これは先端製造業の交易経済から交流経済への転換である。

 横山西山浩平というマッキンゼーの後輩がいて、「エレファントデザイン」という企業を興し、消費者参加型の商品化コミュニティサイト「空想生活」を作った。例えば、こんな電子レンジが欲しいという意見を消費者から集め、コーデネートして、いいなと多くの参加者が思うスペックを導き出し、欲しい人の数がメーカーが受けることのできるロットサイズに達すると、製造を依頼する。大きくは伸びていないが30年くらい続けている。

 消費と生産がやり取りするような現場が増えていくだろう。特に若い人たちの消費パターンをみると個性、感性を求めている。これを満足させるためには大量生産の画一規格では収まらない。

 日本のサービス産業は効率が悪いといわれるが、効率が価値であると同時にわがままも1つの価値だ。サービス業も農業も製造業もそういう時代になってくる。

 横山値段の高い寿司屋のようなものだ。日本では、効率も生産性も悪そうだがやっていくという分野がある。それは一種のリージョナリズムだ。そのような効率の悪いサービスが成り立つだけの価格付けをするから生産性がひどく悪いわけではないし、価値を評価してその高い価格に対してお金を払ってくれる顧客がいるから存在できる。そのような寿司屋を評価して日本に来たら寄ってくれる外国からの顧客もできる。リージョナルだからグローバルになるという逆説だ。

 その意味では、目下製造業の先進国への回帰は、その一部分は消費者へより近づく市場への回帰だ。製造業最終製品の生産はますます個性化、ローカル化が進むだろう。トランプ大統領の呼び戻し政策がなくても新型コロナウイルスショックがなくても、こうした製造業の回帰は起こる。これは、製造業が交易経済から交流経済へと進化する流れの一環だ。

 横山中国でも製造コスト、人件費が上がり、生産ロケーションとしての旨味がなくなっている。超ハイテク部分は、ロケーションが重要ではなくなってきている。半導体製造の最先端では「Copy exactly」が最重要になっている。基幹工場の製造プロセスと隅から隅まで全く同じプロセスを持った工場であることが大事で、そうでないと歩留まりなどの生産性が落ちるのだ。それだけでなく、何故そうなるのかを見つけるのも大変なのだ。その作業を省く意味がある。従って、それが世界のどこにあるかは二次的な要素になってきている。そういう意味からもここ数年のうちにアメリカや日本に帰ってくるものもあるだろう。

 2000年から2018年までに、上海の平均賃金は9.3倍に、蘇州、広州はそれぞれ8倍、6.3倍に跳ね上がった。2000年の時点ですでに比較的高かった深圳の平均賃金も、4.8倍になった。安い賃金をベースとした、従来の製造業発展パターンは中国では難しくなった。

 一方、「世界の工場」とはいえ、半導体は輸入に頼っている。中国では現在、半導体輸入の金額が石油輸入のそれを超えている。目下、米中貿易摩擦の焦点の1つは、アメリカが最先端のチップを華為(ファーウェイ)など中国のハイテク企業には売らないと迫ってきていることにある。

 半導体の生産はますます限られた企業しかできなくなり、これはグローバル的調達でずっと行く。

 横山ハイテックの分野では製造現場での人件費よりも、研究開発や設備投資のコストをコントロールすることが重要になってきている。自然な流れとして製造設備の固定費を持たないで研究開発と設計に特化するファブレスが出現した。

 台湾の台積電(TSMC)は世界で初めて、半導体の設計と生産を切り離し、生産だけに専念した。いまやいわゆるファウンドリチップ最大手となった。それによって工場を持たない半導体設計に特化したファブレスが開花できた。

 ファーウェイの子会社、海思半導体(ハイシリコン)が、なかなかいいチップを開発している。設計に特化し、生産はTSMCに委託している。今度、アメリカはこの両者の受託関係にもストップをかけてきたので、ファーウエイはピンチに追い込まれている。

 横山ノンデジタルな技術の大切さも重視しなければならない。例えば光学系だ。レンズはデジタル化がやりにくい。アナログとデジタルの境目にある。ソニーはその強みを自覚し、自分たちの強いことをやろうと決断したようだ。デジカメやスマホのカメラに使われるイメージセンサーでは50%以上のシェアを持っている。

 デバイスを作っている会社はグローバル的にサプライするだろう。最近、私はオゾンの殺菌能力に着目し、オゾンによる「3密問題」解消を提唱している。低濃度のオゾンでも、十分な不活化力がある。ただし、濃度が高くなると、不快感を生じることもある。そのため有人環境でのオゾン利用には、濃度をコントロールするセンサーが必要だ。中国の遠大科技集団(BROAD Group)の張躍社長に高精度かつ安価なオゾンセンサーの開発をしつこく迫っているところだ。これができれば、大型エアコンメーカーの遠大も世界的なデバイスメーカーに変身できるだろう。

 横山日本であれば村田製作所のコンデンサーがある。非常に小さな素子でPCやスマホに大量に使われるがその分野における市場シェアは、世界一だ。

3. 世界への理解と個性の主張

 自動車も電気自動車になった途端に、デザイン性が要になった。デザイン性が時代を引っ張る。

 横山自動車でいえば目に見えるボディのスタイルだけではない。昔からあるのは、ドアを閉めた時のボンという、安物感のない良い音がすることが1つのデザイン要素だった。音の良さが販売に影響した。1970年代になると、自動車のエンジンの音をデザインできるようになった。1960年代まではエンジン音も何故か各々国によって違っていて、イギリス、アメリカ、ドイツ車をエンジン音でわかることができた。それがいまはわからなくなった。特徴があるのはフェラーリーのクォーンという音くらい。

 最近出ているSUVのデザインの軸は、運転席のビューポイントの高さだ。視点の高さは自動車の性能とは関係がないが、視野が広く運転しやすいと感じるのか消費者がそれを選ぶ。目に見える部分と見えない部分の総合的なデザイン能力が問われるようになった。電気自動車がリチウム電池の進歩で現実的になったとき、電気モーターの自動車は内燃機関の自動車より部品も少なく簡単だからある意味誰でもできると思った時期がある。多くの中国の起業家も参入した。しかし、電気自動車はゴルフ場のカートよりはもっと複雑であった。テスラは、このデザイン問題をちゃんと見抜き、アメリカの自動車企業が落ち目になった時に自動車つくりの経験豊富なエンジニアを数多く採用したことが成功している理由の1つである。 

 これからの製造業は相当変わる。感性があり文化的特徴があり個性やこだわりのある製品が出れば、もっと楽しい世界になる

 横山イタリア人は座るための家具を作るのが上手で、とても座り心地の良いソファを作る。長年積み重ねてきた歴史の厚みを簡単なひじ掛けイスやソファに感じる。例えばドイツ人がイタリア人よりいいソファを作ろうと思わなくていい。文化的な積み重ねが違うからだ。ドイツ人は別の意味で魅力的な家具を作ることができる。グローバリズムとは単調で一様な世界ではなくそういう多様なリージョナリズムの集合なのであり、豊かな世界になりうるのである。

 私の家の椅子は、すべてイタリアの友人の著名な建築家マリオ・ベリーニの作品だ(笑)。

 もとは欧州の得意分野だったものだが、最近日本のメーカーが評判になるケースが増えてきた。例えば白ワイン、ウイスキー、チョコレートなどだ。日本の理工系女子学生の就職企業人気ランキングにも食品関連が多くなった。感性豊かな女性が入ることで、文化的・感性的にさらに伸びていく。

 横山日本はフランスより優れたワインをつくる努力をするのではなく、和食に合うワインを作ることが大事だという考え方が出てきた。山梨や長野のワイナリーは実際、そのようなワインづくりを試行錯誤し、最近はなかなか優れた品質に達している。

 友人の有賀雄二氏の勝沼醸造では、和食に合う素晴らしい白ワインを作っている。国際的にも様々受賞している。

 横山和食は醤油をはじめとしてアミノ酸発酵食品が多く日本酒が合うが、ワインは乳酸発酵食品、例えばチーズなどに合うという常識がある。しかし、そのような常識を乗り越え始めた。そういうアナログな感覚が重要な分野では女性の精妙な感性と粘り強さは当然役に立つ。チョコレートも伝統的な世界を抜け出し多種多様な新しい展開を始めたようだ。

 キャベツのようなありふれたものも数百種類のバラエティがあり、日本食に最適な使い方もある。とんかつと一緒に出てくる生キャベツの千切りとか、広島風お好み焼きのキャベツとか、独特の種類が使われている。こういうリージョナルな展開もかえってキャベツの多様性と食のグローバルな発見や認知につながるかもしれない。このようにして各々の地域で得意なことをやって伸びればいい。そして、グローバルな展開との補完関係を見つけることになるだろう。

 国際間で人の往来が猛烈に増えてきた。世界の国際観光客数は、30年前は4億人だったのに対して、2018年に14億人に膨らんだ。日本もこの流れで海外からの観光客が急激に増えてきた。これがコロナショックでパタリと止まった。

 横山ツーリズムの世界は人の流動性が高いが、短期的であり外界の状況ですぐに増えたり減ったりする。ビジネスや、学問の世界の流動性はもっと安定的であって、傾向として今後も増加していく。今回の騒動がある程度鎮静化すれば、人の行き来は回復し増加軌道に乗るだろう。人数的に大きくないかもしれないが、アーティザン(職人)やプロフェッショナルの世界的移動は常に起こっている。職人やプロフェショナルの世界では伝統的にアプレンティス(見習い)としてキャリアがはじまり、その後ジャーニーマンになって幅広く経験し、マスターになる。レオナルド・ダ・ヴィンチもジャーニーマンとしてヨーロッパを旅した。このジャーニーマンのステージのプロフェッショナルや研究者の移動が増えるだろうと私は思っている。建築家は世界を回って技を磨くというのが普通になっていると言ってもいい。今後は医療やハイテックの人材、そして、金融関係の人材がもっと流動的になっていくと思う。

 食の世界も多い。例えばシェフだ。

 横山食の世界はまさにジャーニーマンであることは修業の最も重要なフェーズであり、普通に行われている世界だ。「流れ板」という言葉が日本にある。ある店に入って丁稚奉公やって、包丁が使えるようになり、お澄ましの味をみることができるようになると一人前であり、日本中を旅して様々な店に雇ってもらう。これが流れ板だ。10年程度そうやって修業して、多くは故郷に帰って自分の店をもつ。

 私の友人の子でシェフになった人が何人もいる。トップクラスのシェフに上り詰めた人もいる。彼らの父親は大学教授や、上場企業の社長もいる。

 横山シェフは今世界中を動いている。それを通じて、ある種の食のフュージョンは起きていくだろう。しかし、完全な合体はできないし、それが意味のないことはここ数十年で経験した。フランス料理はフランス料理、日本料理は日本料理であることは変わりないだろう。優秀なシェフはこれまで以上にグローバルな経験をしたうえでリージョナルな料理を守り発展させていくだろう。これはまさにグローバリゼーションとリージョナリゼーションが補完関係にあるという例であろう。

 その意味では漢方薬が西洋にまだ受け入れられないのは、相手が理解できる言葉で語っていないからだ。世界を理解する、そして世界に理解してもらう努力を同時にしなければならない。

 横山これもグローバリゼーションとリージョナリゼーションが補完関係にあるという例になりうるだろう。薬の機能の要素還元的手法による研究開発を通じて西洋医薬はグローバルな普遍性を獲得した。一方、漢方医薬は複雑なシステムの統合体である人間の体のシステム・バランスに作用するのが得意だ。

 すなわち、西洋の医薬はピンポイント・メディシンであり、漢方医薬はシステム・メディシンだといってもいいだろう。当然、お互いは補完関係にあるのであり、今後はそういう展開をしていくのではないか。

 

『中国都市総合発展指標』日本語版出版記念パーティにて、右から、周牧之、大西隆・豊橋技術科学大学学長、横山禎徳、竹岡倫示・日本経済新聞社専務執行役員(2018年7月19日、肩書きは当時)

中国網日本語版(チャイナネット)」2020年7月22日

【対談】横山禎徳 Vs 周牧之(Ⅱ):アフターコロナの時代、国際大都市は何処へ向かう?

編集者ノート:新コロナウイルスパンデミックで、ニューヨーク、ロンドン、北京、東京など世界大都市を直撃し、世界の都市がロックダウンに揺れている。人々はグローバリゼーション、そして国際都市の行方を憂いている。今後のサプライチェーンのあり方や交流経済の行方、都市と自然との関係、都市文化の方向性などについて、周牧之東京経済大学教授と横山禎徳東京大学総長室アドバイザーが対談した。

 対談は、二回に分けて中国語、英語、日本語でチャイナ・デイリー、光明日報、チャイナネットなどのメディアに掲載され、好評を博した。


1.グローバリゼーションと大都市化

 周牧之都市は市場から始まり、交易と交流の繁栄で成長する。1950年、人口が1,000万人を超えるメガシティは一都三県からなる東京大都市圏とニューヨークの二都市だけだった。20年後の1970年には、大阪を中心とした近畿圏のみが、メガシティの仲間入りをした。1980年になってもメガシティは僅か5都市に過ぎなかった。しかしその後、猛烈な勢いでメガシティが増えて、いまや33都市になった。これらのメガシティのほとんどは、国際交流の中心地で、世界の政治、経済を牽引する大都会である。メガシティの総人口は、5.7億人に達し、世界総人口の15.7%を占めるに至った。メガシティが爆発的に増えたことの背後にはメカニズムがある。

 横山禎徳18世紀の江戸も大きかった。現代から見るとまだまだのレベルだが、当時の技術による上下水道のインフラが出来たおかげで100万都市人口を支えた。上水は関東平野に流れ込む川の上流から街中に引き込み、下水では生活用水と下肥とを分けて、下肥は千葉の農家に売るシステムが出来ていた。元々広大な湿地帯に作った都市である江戸では運河交通ができた。都市の発展にはインフラのキャパシティーが大切だ。

 我が家の近くにある井の頭公園の泉は、江戸時代の上水“神田川”の源だ。当時、徳川家康は江戸建設のため、水源確保と上水路の敷設に相当力を入れた。

 横山20世紀の初頭、環状線の山手線が業務を開始したことは画期的だった。既に存在した駅である品川、上野、新宿に加えて、池袋、新橋、渋谷、五反田などの駅が出来上がり、私鉄のコミューター・レイルはこれらの駅に結びつく事によって通勤客のモーダル・チェンジ・ポイントとして成長した。これによって丸の内のセントラル・ビジネス・ディストリクト(CBD)だけでなく、多くのミニCBDがこれらの駅の周りにできた。そして、新宿は副都心に拡大した。東京という都市のアクティビティのキャパシティが拡大したのである。

 アメリカの都市はボストンなどが典型的だが、CBDのワンセンターが基本で、そこにすべてが集中する。大きくなれない。東京は都市計画がなく、単に多くの村の寄り集まり、といわれたが、村の集合体でよかった。東京の中に様々な村、すなわち、性格の違うコミュニティが数多く存在している。あるコミュニティは江戸時代からの歴史あるコミュニティであるし、あるコミュニティは戦後の新興コミュニティだ。それらが混然一体となって自律展開をし、都市の有機体的調整機能として働いている。

 インフラのキャパシティーをアップすることが、大都市の重要な対策である。東京大都市圏の人口が1,000万人から3,000万人の間だった時期には、大都市病に最も苦しめられた。いま、人口が3,700万人にも達したのに都市問題は随分緩和された。そこには、高品質のインフラ整備がかなり功を奏した。今回の新型コロナウイルスパンデミックは地球規模で、医療、上下水道、ゴミ処理などの都市公共衛生インフラにおける投資を後押しするだろう。

 当然、都市の物理的なキャパシティと並び、都市の仕事上のキャパシティも重要だ。いいかえれば、人口を吸引する都市の産業力だ。1980年代以降の大都市化を推し進めたエンジンは2つある。1つは製造業サプライチェーンのグローバル的な展開。もう1つは、IT革命の爆発だ。

 33のメガシティの地域的な属性を分析すると、基本的に二種類に分けられる。1つは沿海都市、もう1つは首都をはじめとする中心都市である。東京は両方の側面がある。これは東京が伸び続ける理由の1つだ。

 グローバルサプライチェーンを前提に発展してきた製造業の産業集積は深水港のサポートが必要だ。雲河都市研究院が発表した“中国製造業輻射力2018”のトップ10は深圳、上海、東莞、蘇州、仏山、広州、寧波、天津、杭州、廈門であった。例外なくすべて大型コンテナ港に近い立地優位のある都市だった。このトップ10都市は中国貨物輸出の半分を稼いでいる。

 横山日本の製造業の輸出もこれまで東京、大阪、名古屋の三大都市圏に集中する傾向があった。今後はIntra-Asiaの荷動きがより一層重要になることや、今後、香港の位置づけが変わると予想されるので、その代わり、北九州・博多地域のポテンシャルが重要になるだろう。すでに、長年、北九州地域に自動車関連企業の集積が進んでいるのでサプライチェーンの観点から重要になるだろう。そういう観点からすると太平洋側の東京、大阪、名古屋の港からのランドブリッジが発達していないのは問題だ。

 東シナ海に面する北九州の港湾施設と一旦破棄された福岡の新空港への重点投資が必要ではないか。博多は三大都市に準ずる都市機能を持っているから新しい都市圏として拡大できるだろう。

 実は製造業に比べて、IT産業の大都市集中傾向はさらに強い。

 IT産業は典型的な交流経済として、開放、寛容、多様性の文化環境が求められている。それに対して、沿海都市や中心都市は最もこのような環境を備えている。

 雲河都市研究院が発表した“中国IT産業輻射力2018”のトップ10は、北京、上海、深圳、成都、杭州、南京、広州、福州、済南、西安であった。これらの都市は中心都市と沿海都市のどちらかに限られる。中国のIT産業就業者数、メインボード(香港、上海、深圳)IT企業上場数に占めるこのトップ10都市のシェアは、それぞれ53%、76%に達している。

 横山『現代の二都物語−何故シリコンバレーは復活しボストン・ルート128は沈んだか』という本にあったように、ボストンの周りのルート128と、シリコンバレーをみると、IT関係ベンチャーの展開でシリコンバレーが優位になった。いろいろ理由はあるが、重要なのは人が出会い交流する頻度が、明らかにシリコンバレーの方がルート128より高かったからだ。カリフォルニアの過ごしやすい気候や外向的な人の気質もあるようだ。 

 ソフトウエア開発が重要になるとまた広がって、マイクロソフトがスタートしたシアトルがトップになった。アマゾンも拠点を構えている。いまやニューヨークにも集まり始めた。マンハッタンではいろいろな施設が歩いて行ける範囲内にあることも有利だ。集積都市や地域が時事刻々変わることはあっても、基本的条件は、まず人が出会わなければならない。イノベーションはシュンペーターが言ったように「新しい結合」から生まれるのであれば、それは人と人が出会うことから始まるのだ。かつてGDHDパーティというものを主宰していたことがある。Guzen-no Deai-wa Hitsuzen-no Deai (偶然の出会いは必然の出会い)の意味だ。ことが新しく展開をしたときに振り返ってみると、あの時の出会いから始まったのだと気が付くことがある。

 日本のIT産業はさらに高度に東京に集まっている。東京大都市圏は、東証メインボード上場のIT企業の8割を占めている。これは東京が、様々な人々が出会える素晴らしいプラットフォームであるがゆえにもたらされた。

 製造業輻射力、IT産業輻射力と都市機能との関係を比較するとその秘密がわかる。例えば、広域インフラから見ると、製造業輻射力は、コンテナ港利便性との関係が最も深い。これに対して、IT産業輻射力にとっては人の移動と出会いに不可欠な空港の利便性が最も大切だ。

 都市のその他輻射力との関係から見ると、製造業輻射力との相関関係が深いのは、科学技術輻射力や金融輻射力である。これに対して、IT産業輻射力と最も相関関係が深いのは、飲食・ホテル輻射力、文化・スポーツ・娯楽輻射力であった。まさしく交流経済だ。

 特に注目すべき製造業輻射力は、高等教育輻射力、医療輻射力との相関関係はそれほど深くなかった。それと相反して、IT輻射力と高等教育輻射力、医療輻射力との相関関係は深かった。これは製造業と比べ、IT関係者がより高い教育を受けより高い生活品質を求めていることを意味する。

 要するに、IT産業に集まる人々は、飲食、文化、娯楽、高等教育、医療への要請が高い。これらのアメニティが揃っている大都市が魅力的だ。

 横山ファンドマネージャーは一人でじっくり考える環境を好む。投資の時間軸は比較的長く、時間が比較的ゆっくり流れ、家族とのだんらんを大事にする。一般的に田園的な環境が好みだ。また、そういう気質の人がそういう職能に惹かれる。しかし、ITの関係者は時間がもっと早く流れている。時々刻々の刺激が大事だ。その刺激は同業者だけでなく、芸術、娯楽の世界の人たち、あるいは伝統文化の継承者などからくる。その人たちの催すイベントなどからの刺激も大事だ。だから都市のアメニティが重要なのだ。私は〈中国都市総合発展指標2018〉に都市アメニティの重要性を訴える論文を寄稿した。

2.「里山」式の都市発展を

 新型コロナウイルスパンデミックは、感染症対策関連の技術進歩、イノベーションを加速させるだろう。やがて検査、特効薬、予防接種が出来、ウイルスとの共存が可能になる。そうなるとウイルスが都市に人が集まらない理由ではならなくなる。

 ただし、たとえコロナ禍がなかったとしても、大都市からの脱出願望は根強いものがあった。例えば35年前、アメリカの未来学者、アルビン・トフラーが『第三の波』の中で、情報社会を予測した。彼の予測はほとんど的中し、情報革命によって田舎でも効率よく情報社会での仕事をこなせるようになった。しかし人々の大都市からの脱出は現実にはならなかった。反対に情報革命は、大都市化、メガシティ化を推し進めた。

 横山都市からの脱出はあくまで願望だ。東京への一極集中を激しく批判する建築家と議論したことがある。その人に、今、どこに住んでいるのかと聞くと東京都区内だった。「どこか地方に引っ越しされてから議論しましょう」といったが、このような人たちが結局、最後まで都市に居続けている(笑)。都市には都市特有のアメニティがあるからだ。

 都市づくりには反省すべき点もある。これまで、都市づくりの中で、自然との関係は、うまく処理できなかった。これが、感性豊かな人々に都市からの脱出願望を生じさせたのも当然だろう。

 横山人と自然との関係はある意味では臨界点に達した。人類の過度な開発は、すでに地球というシステムの自己修復能力を超えはじめているようだ。新型コロナウイルスパンデミックには、そうした背景がある。ウイルスも細菌も媒介動物も然りで、昔は一カ所にのみ生存していたのが、分布図が広がった。人の居住範囲が広がりすぎたことも影響しているだろう。その結果としての環境破壊は地球の生態バランスを壊した。

 陸でも海でも異変は起こっている。過度な開発、地球温暖化で、もたらされた。

 横山その通りだ。ウイルスは我々と同じ生命システムの一部であり、撲滅はできない。ワクチンが出来て今回のウイルスを押さえ込み、終息したとしても、今後さらに強いウイルスが出てくる可能性は常にあり、それは昔より広がっていく。インフルエンザも抑え込んだのではない。治療ができるようになり、共存しているというだけだ。一生、徹底的に手に石鹸をつけて洗い続けて行くほかない(笑)。

 最近、オゾンについて研究している。オゾンの濃度は季節によって変わるので、殺菌力をもつオゾンの濃度が高まるにつれ、季節の変化とともにウイルスが一旦終息するだろう。これも一種の地球システムバランスだ。

 ただ、地域によってオゾンの濃度も違う。一番少ないのは赤道付近のアフリカだ。今回のウイルスがアフリカまで蔓延したため、オゾン濃度が薄いアフリカではなかなか収束しないだろう。オゾンが活性化する夏にアジアでいったん終息を見せたとしても、次の冬季にウイルスがアフリカから戻ってくることもありうる。そういう繰り返しになるかもしれない。

 その意味では、ウイルス感染症が地球に与えるダメージに関しての危機感が必要だ。しかし先進国でも世界機関でも長期にわたり感染症の脅威を軽視してきた。

 世界経済フォーラム(WORLD ECONOMIC FORUM)が公表した「グローバルリスク報告書2020(The Global Risks Report 2020)」に並ぶ今後10年に世界で発生する可能性のある十大危機ランキングでも、感染症問題は入っていなかった。また、今後10年で世界に影響を与える十大リスクランキングでは、感染症が最下位だった。

 不幸にして世界経済フォーラムの予測に反し、新型コロナウイルスパンデミックは、人類社会に未曾有の打撃を与えた。

 コロナ禍で、多くの国際都市が被害を受けた。そのためグローバリゼーションや国際都市に対する悲観論が囁かれている。これに対して私が思うのは、ウイルスのパンデミックをもたらしたのは、国際交流や人口密度の多さではない。長期にわたり感染症対策を軽視したことによるものだ。

 横山都市と自然の関係において、考え方を改める必要がある。人は都市の持っている機能とアメニティを捨てる生活を望むことはないだろう。それだけでなく、都市では毎日多くの人が出会い、協力したり、競争したりしながら、事を達成している。もし、分散して住むようなことが起これば人類の持っているエネルギーは段々と衰弱してしまうかもしれない。しかし、多分そういうことは起こらない。今後も都市に人は住み続ける。ただ、今後は新型コロナウイルスの経験を経て格段に賢くなって都市生活を送るだろう。その賢さとは自然に対してもっと素直になることかもしれない。

 「田舎は神がつくり、都市は人間が作った」という人がいる。これには一理あると私は思うが、まったくその通りだとは思わない。

 日本では村落、農地、自然の融合した“里山”がある。里山の生態の多様性が原始の自然に比べて、さらに豊富だ。私の大学ゼミにゲスト講師として来られたNHKのチーフディレクター小野泰洋氏は、「里山は、自然に対する人間の適度な介入がもたらした新しい生態系だ」、という。

 里山は、人間の適度な介入による“人造”と、自然の修復能力という“神がかり”の協働の結果だと、私は考える。

 それに対して、近代都市の建設においては、“人造”の側面が過度に強調され、自然生態との協働が無視された。結果、自然が排除され、都市がコンクリートジャングルとなった。

 横山里山は「適度な介入」という意味で日本的だ。イギリスの自然はもっと人間の手が入っている。しかし、人工的な自然なのだということがわからないように作られている。チャーチルが生まれたマールボロ城(ブレナム宮殿)に行くと、城の背後にホッとする穏やかで綺麗な風景が広がる。昔からあった自然のように見えて、実は3,000人のアイルランド人が連れてこられて人工的に作られた「自然」だ。当然、当時ブルドーザーはなく、スコップとバケツと手押しの一輪車などを使った、大変な労働であったろう。里山を作るのとは比べ物にならない。それだけでなく、自然に対する基本思想が日本とは大きく異なる。

 里山が絶妙なのは、人間の介入と自然回復力の協働で生み出すバランスだ。このバランスは、時に人の想像を超える新しい生態系をつくり出す。ここでのカギは、人工介入の“適度”と“持続”である。近年、農村人口の減少によって、一部の里山が無人化され、自然に戻った。問題は、生物多様性においてこれらの戻った自然が往々にしてそれ以前の里山に比べ、劣ることだ。

 都市の中で自然な空間があることは大切だ。さらに重要なのは、都市の中の自然のあり方だ。自然と人間の絡み合いは欠かせない。例えばいま、北京は周辺部の人々をどかしながら、大規模な緑地を作っている。便宜的に遠いところに緑を植えていて、都市民にとっての憩いにはあまりなっていない。人間のいないところに緑地を広げても面白くない。適切な距離、システムバランスが必要だ。

 横山明治神宮の森は、今から100年前にある構想を持って日本中から集めた木を植えた。いまは自然な景観になっているが、元はそうではなかったのだ。また、皇居には昭和天皇専用の9ホールのゴルフ場があったが、2.26事件の時に反乱兵士の行動に大変怒り、もう二度とゴルフはやらないと天皇は宣言した。そのまま放っておいたら数十年で自然に返った。もはやどこがティーグラウンドでどこがグリーンだったか分からないらしい。そこにトンボもカエルも戻って来た。自然の回復力は驚異的だ。もっとすごいのは、人類が地球から消え、環境破壊を止めると300年程度で緑豊かな地球に戻るらしい。この回復力を理解し、うまく活用したデザインはできると思う。しかし誰もまだやっていない。

 数年前、私は中国江蘇省鎮江市に100万人規模のニューシティのマスタープランを作った。モジュールシティという開発コンセプトを打ち出し、100万人をいくつかのモジュールに分け、モジュールごとに一定の比例で生態空間と人工空間が存在し合うようにして、路面電車でそれらのモジュールをつなげるようにした。

 私の理想は、里山のようなコンセプトを都市の計画に組み入れることだ。

 横山イギリスの田園都市にしろ、オーストラリアの首都キャンベラにしろ、率直にいうと、美しいがなんだかつまらないところだ。なかなか成功したとは言い難い。自然と融合させながら魅力的な場所を作るのは難しい。

3.マスタープランとレアデザイン

 横山グローバリゼーションはやはり何層にもレイヤーが重なった構造になると思う。そのレイヤーをどう定義するかによって、グローバリゼーションの理解に違いが出てくる。例えば、不動産は地域特有で同じものは2つとないが、不動産ベースの金融はグローバルな商品が組み立てうる。その悪い例がアメリカのサブプライム・ローンから始まった世界のリーマンショックだろう。

 サプライチェーンもレイヤーの1つであるし、一方、目に見えない文化のレイヤーもある。都市もマルチレイヤーで出来上がっていて、交通システム、通信、エネルギー供給などのレイヤーのもあるし、食やファッション、芸能など文化のレイヤーも大切。ニューヨークと東京は同じ国際都市だが、生活の違いはあって、個々のレイヤーを見ると違う。都市をレイヤーの重層的集合としてデザインするのが良いのは明らかだが、しかし、そのレイヤーをすべてデザインすることは現実的に不可能だ。

 より大切なのはレイヤーデザインの前のマスタープランだ。

 横山そのために、マスタープランとは何か、の議論を再度する必要がある。伝統的なマスタープランはフィジカルなものが大半であったが、いまやそうではない。街を碁盤の目にするとか五角形にすることを考えることではない。

 デザインの観点で言うと、フィジカルな上水システムや下水システムがある。エネルギー供給はノンフィジカルな側面も重要になっていくかもしれない。文化はフィジカルとノンフィジカル、ヴィジブルとノンヴィジブルなシステムの混合だ。これらのマルチレイヤーを全部デザインするのは、人間の能力ではできないが、今ある都市の中で、いくつかのレイヤーを強化しようという考え方がある。システム間の関係や境界条件は調整しなくていい。都市は自己調整能力を持っているからだ。

 マスタープランは、むしろ思想的、戦略的、コンセプト的なものにしなければならない。

 近年、中国の都市建設を見ると、“新城”あるいは“新区”といった新しい都市エリアをつくりたがる傾向が強い。本来は既存の都市の上にレアの修正を重ねていくべきだったが、これら新区は自然も既存の都市も否定するやり方で展開している。結果、都市はうまく機能せず、生活者も不便さに苦しみ、幸せ感を得られない。

 今までの都市を否定するのでなく、その上にレアの修正を重ねることだ。

 横山そうだ。レアに微調整していく都市デザインはあると思う。

 深圳というのは40年で、村から1,000万人を超えるメガシティに成長した都市だ。日本の同僚を深圳に連れて行くとすぐ帰りたがる。ビルを見るだけではつまらないという。歴史ある広州に連れていくと、口をそろえて魅力的だと言う。

 横山新宿副都心も同様だと思う。魅力を感じない。自律的に展開させてもらえない町だ。広場があっても屋台が出せない。1970年代初頭の学生の暴動に影響されたこともあるが、群衆が集まらないように、都市空間の活用に多くの規制が実施された結果だ。

 文化と生態は同様に、自分で進化し、自分で繁栄する力がある。これを理解し、容認し、誘導していくことが大事だ。

 友人の著名なイタリア人建築家マリオ・ベリーニは私に良いことを言った。「都市は作ろうとして作れるものではなく、壊そうとして壊せるものでもない、都市の背後に文化的なアイデンティティをもつ人々がいるからだ」と。

4. サービス業と交流経済

 日本のサービス業の生産性は低いといわれるが、私はこれこそ日本のサービス業の魅力だと思う。日本ではサービス業、特に飲食や小売で、顧客とのコミュニケーションが多い。このようなコミュニケーションは、標準化、効率化することができない。顧客はこうしたコミュニケーションを楽しんでいる。当然、顧客との交流を通じて、サービスの品質も向上していく。

 横山高級寿司屋に行くのと同じだ。寿司の美味しさはもちろん、寿司屋のオヤジとの会話も大事な楽しみだ。いや、高級寿司屋だけでなく、行きつけのカウンター割烹や小料理屋も同じだ。店主や女将を入れた賑わいも店の魅力でもある。

 勤務先の大学のとある名物大先生が、ある日突然私に「たいへんなことが起こったよ」と言ってきた。学内で政変でも起こったかと聞いてみたところ、行きつけの小料理屋のママが店を畳んだと(笑)。

 ひと昔前、商圏の優劣を評価するときに、チェーン店の数はポジティブなチェックポイントだった。いまや私から見ると、むしろネガティヴなチェックポイントになった。やはり、オーナーや店長が采配を振るうような店がより評価される。こうした店が顧客とのコミュニケーションをより重視し、個性的で面白い。

 私の住んでいる吉祥寺は、日本では住んでみたい街ランキングで常に上位を占める。その評価を詳しく見ると、最も高い評価を得ているのは、商業集積だ。吉祥寺には個人経営の店が多い。最近若者のオーナーも増えていろいろ面白い店が展開されている。個人経営が多いこともあり、吉祥寺の店舗の平均面積は東京の平均のそれより狭い。ただし、商業面積の単位当たりの売り上げは高く、ディズニーランドのそれを超えている。

 日本には400社以上のスーパーがある。地域スーパーが頑張っている。スーパー最大手のイオンさえ、47都道府県の中でシェアがトップになった地域は僅かだ。これをネガティヴに捉える研究者が多い。私は、むしろポジティブに評価したい。地域のニーズを敏感に取り入れ、地域の物産を活かした地域スーパーが日本の地域経済、地域文化そしてコミュニティを保っている面が大きい。

 その意味では、サービス業の将来は、標準化路線よりは個性化路線、コミュニケーション路線をめざすべきではないか。

 横山面白い例にエブリーという広島のローカルスーパーがある。地域の早起きの高齢者に早朝、キャベツ畑にアルバイトに来てもらう。6時から収穫し、8時にエブリーのトラックが来て積んで帰り、10時には店頭に並んで12時には売り切れる。

 東京は世界でミシュランの星付きレストランが最も多い都市だ。これらのレストランは和食だけでなく各国料理を提供している。和食も多様な種類があり、店主のこだわりを反映してかほとんど個性的だ。

 雲河都市研究院が発表した“飲食・ホテル輻射力2018”の中でトップ10都市は、上海、北京、成都、広州、深圳、杭州、蘇州、三亜、西安、廈門である。この10都市の合計五つ星ホテル数や国際トップクラスレストラン数はそれぞれ中国の36%、77%を占めている。

 面白いことに、私たちがIT産業輻射力と、飲食・ホテル輻射力との相関関係を分析したところ、両者の相関関係指数は0.9にも達し、いわゆる「完全相関」だと分かった。要するに、交流経済の典型としてのIT産業の皆さんは、収入が高く、美味しいものが大好きだということになる。もちろん、食事も大切な交流の場だ。中国ではIT産業が強いところは、全部美食の街だ。日本でIT産業がダントツに強い東京もしかり。

 これに対して、製造業輻射力と、飲食・ホテル輻射力との相関関係指数は0.68しかなかった。IT産業に比べて、製造業の皆さんの美食へのこだわりは、少々弱いかな(笑)。

写真:北京の人民大会堂で行われた「国際健康フォーラム」にて、横山禎徳(左一)、周牧之(左二)


「中国網日本語版(チャイナネット)」2020年7月7日

【ランキング】「中国中心都市&都市圏発展指数2018」が発表

雲河都市研究院

中国中心都市&都市圏発展指数2018 総合ランキング

 シンクタンクの雲河都市研究院が作成した中国中心都市&都市圏発展指数2018がこのほど、北京市で発表された。総合ランキングのトップ3は北京、上海、深圳、第4位から第10位は順に広州、天津、成都、杭州、重慶、南京、武漢となった。

  同指数の大きな特徴は、中国の4大直轄市、22省都、5自治区首府、5計画単列市の計36都市を「中心都市」として、全国298の地級市以上の都市間で評価した点にある。同指標の分析によると、これら36の「中心都市」は全国GDP規模の39.7%、貨物輸出・輸入の55.2%、特許取得数の48.7%を占め、全国の常住人口の25%、DID人口の41.4%、メインボード上場企業の71.6%、全国の981&211高等教育機関=トップ大学の94.8%、5つ星ホテルの58.1%、三甲病院(最高等級病院)の54.1%を有している。


 中国中心都市&都市圏発展指数2018は都市地位、都市圏実力、輻射能力、広域中枢機能、開放交流、ビジネス環境、イノベーション・起業、生態環境、生活品質、文化教育の10大項目と30の小項目からなり、包括的かつ詳細に、中心都市の都市圏発展を指数で診断し、中国中心都市の高品質発展を促す総合評価である。

中国中心都市&都市圏発展指数構造図

都市地位大項目 


 都市地位大項目ランキングのトップ3は、北京、上海、広州。第4位から第10位は順に天津、重慶、南京、杭州、成都、深圳、武漢。 都市地位大項目は行政機能、メガロポリス、“一帯一路”の3つの小項目指標を設置。行政機能の小項目においては、首都、直轄市、省都の行政機能が高得点となった。長江デルタ、珠江デルタ、京津冀(北京・天津・河北)の3大メガロポリスの都市は、大項目指標において点数が高い。“一帯一路”の小項目では、貿易投資および海外との往来が良好な都市が、上位を占めた。

都市地位ランキング概略図(総合ランキング中心都市トップ20)

都市圏実力大項目 


 都市圏実力大項目ランキンングトップ3は北京、上海、深圳。第4位から第10位は順に広州、天津、重慶、杭州、武漢、成都、南京。都市圏実力大項目は経済規模、都市圏品質、企業集積の3つの小項目指標を設置。面積も人口も規模も特大な4大直轄市が、経済規模のトップ4を占めた。北京、上海、深圳は企業集積小項目で圧倒的優位に立ち、順にトップ3を飾った。上海、深圳、北京は都市圏品質小項目でもトップ3となった。

都市圏実力ランキング概略図(総合ランキング中心都市トップ20)

輻射能力大項目


 輻射能力大項目ランキングトップ3は北京、上海、深圳。第4位から第10位は順に成都、広州、杭州、南京、西安、武漢、天津。

 輻射能力大項目は製造業・IT産業輻射力、金融・科学技術・高等教育輻射力、生活文化サービス輻射力の3つの小項目の指標を設置。北京は3つの小項目の第1位をすべて独占した。上海は金融・科学技術・高等教育輻射力と生活文化サービス輻射力の2つの小項目で第2位、深圳は製造業・IT産業輻射力で第2位だった。広州と成都はそれぞれ金融・科学技術・高等教育輻射力と生活文化サービス輻射力で第3位につけた。

 
輻射能力ランキング概略図(総合ランキング中心都市トップ20)

広域中枢機能大項目 


 広域中枢機能大項目ランキングトップ3は上海、広州、深圳。北京は第4位につけ、第5位から第10位は順に天津、寧波、青島、武漢、廈門、成都。広域中枢機能大項目は水路輸送、航空輸送、陸路輸送の3つの小項目指標を設置。上海、深圳、寧波、広州をはじめとする臨海都市が水路輸送の上位を占めた。上海、北京、広州の3都市は航空輸送でトップ3となった。陸路輸送トップ3は広州、武漢、北京。

 
広域中枢機能概略図(総合ランキング中心都市トップ20)

開放交流大項目


 開放交流大項目ランキングトップ10は上海、北京、深圳、天津、広州、重慶、杭州、成都、青島、寧波。  開放交流大項目は国際貿易、国際投資、交流業績の3つの小項目指標を設置。国際貿易トップ3は上海、深圳、北京。国際投資トップ3は天津、上海、北京。交流業績トップ3は上海、北京、広州だった。

開放交流ランキング概略図(総合ランキング中心都市トップ20)

ビジネス環境大項目 


 ビジネス環境大項目ランキングトップ3は上海、北京、広州。第4位から第10位は順に深圳、成都、天津、南京、廈門、重慶、武漢。  ビジネス環境大項目は園区支援、ビジネス支援、都市交通の3つの小項目指標を設置。園区支援トップ3は上海、深圳、廈門。ビジネス支援トップ3は北京、上海、広州。都市交通トップ3は上海、北京、広州だった。

ビジネス環境ランキング概略図(総合ランキング中心都市トップ20)

イノベーション・起業大項目


 イノベーション・起業大項目トップ3は北京、深圳、上海。第4位から第10位は順に広州、杭州、天津、南京、成都、武漢、重慶。イノベーション・起業大項目は研究集積、イノベーション・起業活力、政策支援の3つの小項目指標を設置。研究集積トップ3は北京、上海、深圳。イノベーション・起業活力トップ3は深圳、北京、上海。政策支援トップ3は北京、上海、重慶で、直轄市が政策支援で高評価を得た。

イノベーション・起業ランキング概略図(総合ランキング中心都市トップ20)

生態環境大項目


 生態環境大項目トップ3は上海、北京、深圳。第4位から第10位は順に広州、天津、重慶、廈門、杭州、成都、武漢。  生態環境大項目は資源環境品質、環境努力、資源効率の3つの小項目指標を設置。環境努力トップ3は北京、上海、重慶。資源効率トップ3は上海、深圳、北京で、同3都市はDID人口の規模が大きく密度が高いだけでなく、企業の本社も集積している。しかし、資源環境品質では中国中心都市&都市圏発展指数の対象36都市からは海口と廈門だけが全国トップ20に入り各々第13位と第19位であった。その他の都市は及ばなかった。

生態環境ランキング概略図(総合ランキング中心都市トップ20)

生活品質大項目


 市民と密接に関わる生活品質大項目ランキングは、北京、上海、広州がトップ3、深圳は意外にも第10位へと順位を落とした。第4位から第9位は順に天津、杭州、成都、南京、重慶、武漢。深圳が第10位まで順位を下げたのは、主に医療福祉、住みやすさの2つの小項目が足を引っ張ったためである。住みやすさ小項目のトップ3は上海、蘇州、成都。生活消費水準小項目トップ3は北京、上海、広州。医療福祉小項目トップ3も北京、上海、広州であった。

生活品質ランキング概略図(総合ランキング中心都市トップ20)

文化教育大項目 


 文化教育大項目ランキングでも深圳はいまひとつ振るわず、トップ10から外れた。トップ3は北京、上海、広州。第4位から第10位は順に南京、武漢、成都、天津、西安、重慶、杭州。文化教育大項目は文化娯楽、人材育成、文化パフォーマンスの3つの小項目指標を設置。中でも深圳は人材育成で全国第11位につけたが、文化パフォーマンスでは第73位と落ち込んだ。

文化教育ランキング概略図(総合ランキング中心都市トップ20)

 中国中心都市&都市圏発展指数は、その分析により中心都市の発展状況を各方面から観測・判断し、中心都市の都市圏発展に有益な方向性を提示する。同指数の開発を指揮した東京経済大学の周牧之教授は記者に対し、「全国298の地級市以上の都市の分析研究は、中国の高度な都市機能が中心都市に集中し、かつ高機能であるほど集約度が高いことを示した。中心都市をコアとする都市圏の育成と発展こそが、国際競争での中国の都市の勝敗を決める」と話している。

「中国網日本語版(チャイナネット)」 2019年8月20日


【シンポジウム】「開放と革新 中国都市高品質発展」シンポジウム、北京で開催

 中国インターネットニュースセンター(中国網)と雲河都市研究院による「開放と革新 中国都市高品質発展」シンポジウムが2019年6月11日、北京市で開催された。国務院新聞弁公室元主任の趙啓正氏、全国政協常務委員、経済委員会副主任の楊偉民氏、国家発展改革委員会発展戦略計画司副司長の周南氏らが出席し、スピーチを行った。中国網編集長の王暁輝氏がシンポジウムを主宰。雲河都市研究院長の周牧之氏が、「中国中心都市&都市圏発展指数2018」を発表した。

 国家発展改革委員会は今年2月19日に「現代化都市圏の育成・発展に関する指導意見」(以下「同意見」)を発表した。同意見は、現代化都市圏の建設は新型都市化を推進する重要な手段であり、人口及び経済の空間構造の改善を促し、効果的な投資と潜在的な消費の需要を引き出し、内在的な発展の動力を強化すると指摘した。現代化都市圏の育成を手がかりとし都市の発展品質を高め、高品質の都市化により中国経済の高品質発展を促進することは、現在の中国経済にとって重大な意義を持つ。来賓はこのテーマをめぐり優れたスピーチを行い、白熱した議論を展開した。

 

 国務院新聞弁公室元主任の趙啓正氏
国務院新聞弁公室元主任の趙啓正氏

 国務院新聞弁公室の元主任の趙啓正氏は主旨演説で、20年以上前に上海浦東新区の開発建設に参与した際の経験と体験を語った。趙啓正氏は、浦東の開発当初、「地球儀の縁に立ち浦東の開発を考える」という理念を持っていたと話した。具体的には、開発目標の設定時に浦東の上海における立場、上海の世界経済構造における立場を考える必要があった。趙啓正氏は、「機能計画と形態計画を含む我々の計画を、十分に高い国際レベルにする必要がある。我々は世界の資金と技術を吸収するだけでなく、世界の経済の知恵も吸収しなければいけない」と述べた。また趙啓正氏によると、浦東の開発は経済開発だけでなく、社会開発でもあり、社会の全面的進歩を追求する必要がある。新区は計画実行において、厳格な土地管理、投資密度と効果に重視するなどの措置を採用した。また、「勤政廉政」も重要な投資環境であり、新区において一流の党組織が一流の開発を牽引した。趙啓正氏は、「浦東新区の開発の経験を総括すると、目に見え手で触れられるGDP、税収、輸出入額などのハード面の成果より、経済成長、社会進歩、都市インフラ建設、国家間協力、政府の職能移転、人材育成などの思考と経験の方が貴重」だと話した。

 

全国政協常務委員、経済委員会副主任の楊偉民氏
全国政協常務委員、経済委員会副主任の楊偉民氏

 楊偉民氏は「空間的発展理念を樹立し、都市化の高品質発展を推進する」と題した基調演説の中で、次のように指摘した。工業化の高品質発展と都市化の高品質発展は、経済高品質発展を促す2大任務だ。互いに関連し、互いに促進し、どちらも不可欠だ。都市化の高品質発展の意義は、都市の経済・人口・自然環境のバランスの取れた発展の実現にある。その上で重要になるのは「空間均衡発展」という理念を樹立することだ。これはつまり一定の空間内で、「経済発展、人の全面的な発展、持続可能な発展」という3つの発展のバランスを取ることだ。富が増え、すべての人に公平に分配され、自然再生を維持する。都市化の高品質発展については、戸籍の規制をさらに緩和し、農村建設用地財産権制度を改善し、住宅用地の供給を拡大できる。都市圏を範囲とし、計画、要素流動、インフラ、生態環境、観光、エネルギー、ビッグデータなどの一体化を実現する。また「一枚の青写真」で最後まで推進できる空間計画を策定する。

 

国家発展改革委員会発展戦略計画司副司長の周南氏
国家発展改革委員会発展戦略計画司副司長の周南氏

 周南氏は「メカニズムの革新、現代化都市圏の育成・発展」と題した特別報告の中で、都市圏の概念は何の根拠もなく生じたわけではなく、国際的な経験と国内の実験の結果を合わせ形成された「客観的な法則」であると表明した。同意見は、2035年までに現代化都市圏の構造がさらに成熟し、世界的な影響力を持つ都市圏を形成するとした。周氏は次のように指摘した。現代化都市圏の育成・発展で必要になるのは、インフラ一体化の推進の加速、都市間の分業と協力の強化、統一的な市場の建設の加速、公共サービスの共同建設・共有の推進の加速、生態環境の共同保護・ガバナンスの強化、都市部・農村部融合発展の実現だ。公共サービスの共同建設・共有、生態環境の共同保護・ガバナンスは、現代化都市圏の成熟度を示す重要なものさしだ。政府は都市圏内の社会保障及び公共サービス一体化・均等化の推進を加速し、公共サービス及びインフラの量・構造・配置を調整することで人口増に伴う効果的な需要に適応し、高品質の公共サービス資源の共有により都市圏内の人口移動をけん引するべきだ。

 

東京経済大学教授、雲河都市研究院長の周牧之氏
東京経済大学教授、雲河都市研究院長の周牧之氏

 周牧之氏はシンポジウムにて、雲河都市研究院による中国中心都市&都市圏発展指数2018を発表した。同報告書は科学的な指標体系により中国の地級以上298都市の「身体検査」を行った。かつ都市の地位、都市圏の実力、影響力、広域ハブ、開放・交流、文化教育、ビジネス環境、革新・創業、生態資源環境、生活の質など10のメイン項目と30のサブ項目から順位を確定した。

 同報告書の総合ランキングのうち、北京市、上海市、深セン市がトップ3を占めた。4−10位は広州市、天津市、成都市、杭州市、重慶市、南京市、武漢市。

 経済規模、都市圏の品質、企業集約などで形成された都市圏の実力ランキングを見ると、北京市、上海市、深セン市がトップ3を占めている。4−10位は広州市、天津市、重慶市、杭州市、武漢市、成都市、南京市。製造業、IT産業、金融、科学技術、高等教育、生活文化サービスなどの影響力のランキングを見ると、やはり北京市、上海市、深セン市がトップ3を占めており、成都市が4位につけている。5−10位は広州市、杭州市、南京市、西安市、武漢市、天津市。

 貨物貿易、実行ベース外資導入額、域外観光客、国際会議などの指標からなる開放・交流項目のランキングを見ると、上海市が首位で、北京市と深セン市が後に続いている。4−8位は天津市、広州市、重慶市、杭州市、成都市。青島市と寧波市がトップ10入りしている。ビジネス環境のランキングを見ると、上海市、北京市、広州市が優れており、アモイ市が8位につけている。生態資源環境のランキングを見ると、上海市が北京市を抑え1位で、3位は深セン市。革新・創業のトップ3は北京市、深セン市、上海市。

 周牧之氏は同報告書について、次のように説明した。都市圏政策の要義は、過度に高い人口密度を下げ、人口集中地区(DID)を強化し、中心都市と周辺中小都市の相互発展構造の形成を推進し、都市圏の影響力を拡大することにある。特に国際交流の場としての能力を強化し、世界の都市による大規模な交流と競走の時代により良く参与する。

 

 長江デルタG60科学技術イノベーション回廊連席会議弁公室常務副主任の陸峰氏はシンポジウムにて、同回廊の模索と実践について紹介した。ドイツ、フランス、メキシコ、バングラデシュなどの外国からの出席者は、中国の都市発展の勢いに関する印象を語った。朝陽区長補佐の馮文氏は、中国は古都保護など海外の先進的な経験に学ぶ必要があり、中国の都市建設及び発展の道も世界にその参考事例を提供したと述べた。

 

中国網編集長の王暁輝氏
中国網編集長の王暁輝氏がシンポジウムの司会者を担当。

「中国網日本語版(チャイナネット)」 2019年6月12日


【シンポジウム】「交流経済」×「地域循環共生圏」が新たな時代を創り出す

岡本英男学長と森本英香環境事務次官
開会挨拶する岡本英男学長と森本英香環境事務次官

NOTE:年間訪日外国人数が2018年に初めて3000万人を超え、そこで培われる交流交易は日本の地域活性化の可能性をも広げている。地球規模では、温暖化を主原因とする災害の発生が相次ぎ、循環型社会の構築が人類共通の緊急課題となって久しい。創立120周年を迎えた東京経済大学は2019年1月26日、「交流経済」×「地域循環共生圏」—都市発展のニューパラダイム−と題したシンポジウムを東京・国分寺の同大学キャンパスで開催した。


 楊偉民中国人民政治協商会議常務委員を始めとする中国の政策実務担当者らを招き、日本の中央官庁、地方行政責任者、有識者らと意見を交わした。環境・経済・社会の統合的向上を目指す新しい成長モデルについて、それぞれの立場から今後の多様な方向性が示された。学生、市民、研究者ら約200人が熱心に聴講した。

 冒頭、岡本英男東京経済大学学長が開会挨拶し、同大学創設者で実業家の大倉喜八郎が孫文の支援者として辛亥革命を助けたエピソードに触れ、同大学と中国との深い結びつきを紹介。日中両国の発展にとってプラスになる事業を今後も進め「狭い学問、学内だけに閉じ込もらず行政官そして民間企業とも広く連携したい」と表明した。

 森本英香環境事務次官は、地球温暖化、保護主義、情報化・グローバル化を今の時代の3大不安定要因とし、新しい安定を見出す必要性を述べた上で「地域の資源、文化、人材を活かした交流が必要だ。日中双方の有識者の交流で新しい視点、アイディア、そして未来が生まれる」とシンポジウムの議論に期待した。

 

楊偉民氏と中井徳太郎氏
基調講演をする楊偉民氏と中井徳太郎氏 

 基調講演では、八年ぶりに来日した楊氏が、「巨大な中国、多様性のある中国における空間発展」をテーマに、中国政府が推進する「生態文明」の概念と、今後の発展の道筋について説明した。「中国は、空間の特徴と生態バランスにおける各地域の役割に配慮し、均一的発展モデルを取りやめ、発展すべきところは発展、保護すべきところは保護する考えで“主体功能区”政策に取り組んでいる」と紹介し、中国の目指す空間構造について展望した。

 中井徳太郎環境省総合環境政策統括官は、昨年4月に閣議決定した第5次環境基本計画が、環境だけでなく経済、社会を含め統合的に課題解決を図るビジョンだと説明。具体的には、「自然の恵み、森里川海を見つめ直し、地域の住民、自治体政府、金融、建設など各業界が協力して新技術を活用し、豊かな食、水、空気を確保する。そうした地域資源利用により地産地消を進め、さらに他地域とも連携することがビジネスにもつながる。草の根の国民運動として広げることで、コミュニテイが出来、災害に強いエコシステムが成り立ち、高齢化にも対応できる」と力説した。

 「交流経済」をテーマとしたセッション1では、司会の周牧之同大学経済学部教授が、自ら責任者として開発し日中両国で出版した中国都市総合発展指標(日本語版は「中国都市ランキング」)を使い、1980年代以降今日までの日本、中国そして世界で、大都市に人口が急激に集中した現象を分析。グローバリゼーションと交流交易経済に最も適した場所として成長を謳歌しているのが、日本では東京大都市圏、中国では長江デルタ、珠江デルタ、京津冀の三大メガロポリスだと指摘した。 

 

周牧之教授
問題提起する周牧之教授

 また、周教授は日本と中国で経済成長を実現させた要因が共に「輸出及び都市化の進展」であったとした上で、従来の製造業に代わってリーディング産業として台頭したIT業界を事例に解説。中国では、香港、上海、深圳の三つのメインボードに上場するIT関連企業の94%が、TOPランキング30都市に集中して立地している。都市のIT輻射力は、空港、海外旅行客数、国際会議数はもちろん、科学技術、ホテル・飲食、高等教育などの輻射力との相関係数が高く、グローバル化を進め、人材、資金、生活レベルを不断に高める都市に集中する。日本のIT業界もほぼ同じ様相を見せている。「日本と比べて中国の都市は、市街地の面積が拡大しても都市人口はさほど増えていない。またCO2排出量が膨らみ、環境を著しく悪化させた点で、ロークオリティ成長であった」とし、環境、経済、社会が共に発展するハイクオリティな成長を目指すための方向性について問題提起した。

 これを受けて、前田泰宏中小企業庁次長は、一人ひとりが我が事として環境問題を捉える事が重要であるとし、「日本人も中国人も現在最もお金を払うのはストレス解消への投資だ。自らの生きる環境を改善する事こそが生きる意欲に繋がり、またSDGsの実現に繋がる」と呼びかけた。街づくりの改善で人の往来を増やしたイタリア・ベネチアや東京・谷中の取り組みを事例に、「観光客ら訪問人口の回転率を増やす事で、人口減による経済の落ち込みも補える。交流経済の質の向上が欠かせない」と述べた。

 次いで元IMF理事の小手川大助キャノングローバル戦略研究所研究主幹が、世界でいま海外観光客の最も多い都市はフランスのパリで、その数が年間8000万人である事に比べると、「日本の3000万人はまだ少ない。人口から見ても中国や他の新興国にはまだ圧倒的な成長の余力と市場がある」と述べた。健康食品事業に携わった自らの経験を紹介しながら、「新たな時代の経済成長には新しい製品作りや、それに伴う海外との共同投資、共同研究の拡がりが必須だ」とし、来日時の一人当たり観光消費額がいま最も多いロシアなどへの日本ビザ発給の緩和で、海外との交流交易が一層進展するよう期待した。

 元中国国家統計局長の邱暁華マカオ都市大学経済研究所所長は、中国経済が生産主導から消費主導へ移向する新常態にあ るとし、「中国経済の最も大きな変化は、中間層の拡大による消費動向の変化だ」と説明した。健康、娯楽、文化など新しい需要の拡大が経済を牽引していくに当たり、対外的には一層開放し、国内的には「製品開発などの分野で研究及び経営努力を奨励すべきだ」と述べた。

 続いて、周教授が指標データを使い、西暦2000年以降の東京大都市圏と北京の都市のパフォーマンスを比較した。北京は東京と比べて都市面積が1.2倍、人口が6割、一人当たりGDPは同半分まで追いついたものの、一人当たりCO2排出量は同2.1倍、単位当たりエネルギー消費が同4.7倍に及んだ現状を提示。環境への配慮が都市づくりの今日の最重要課題であるとした上で、さらに東京が、海外観光客数で北京の5.6倍、国際会議開催数で同17.4倍、国際評価トップレストラン数で同10倍と、開放性でも差を広げたことに触れ、「東京は、観光、娯楽、仕事、衣食住全般で訪れる人の多目的行動を満足させ、加えて交流経済のシンボルであるIT輻射力も集中していることから、交流経済の場として極めて秀でた」と分析した。

 

パネリストの前田泰宏氏、小手川大助氏、邱暁華氏
セッション1のパネリストの前田泰宏氏、小手川大助氏、邱暁華氏

 この分析を受けて、前田氏は、「人がITツールを用い、様々なライフスタイルを分割所有できる時代になった。求心力のある人物が色々な地域に住んで交流し、発信し、仕事をする。そうした人をベースにさらに人が集まるような交流経済が量を増やす」と述べた。小手川氏は、東京そして日本の役割を展望し、「貿易、軍事、ITの3つが、米中間の大問題となっている中、日本は、中国への理解を米国に促すなど、米中関係をつなぐ橋渡し役を務めることが肝心だ」と訴えた。また、中国に対して、「経済発展のポテンシャルを大きく持つにもかかわらず、金融面が内向きに閉じている国内の現状を改善してほしい」と投げかけた。邱氏は、「交流交易はすなわち人と人との関係構築である」と述べ、大陸、香港、台湾、マカオを含めると約1500万人もの華人が日本を訪れている一方、日本人の中国渡航が未だ少ない実情を取り上げ、「百聞は一見に如かずだ。実際に訪れてみる事で、中国への認識と実情との隔たりを埋められる。一方通行でない交流交易を進めるためにも、大勢の日本人の中国訪問を歓迎したい」と呼びかけた。

 

尾崎寛直氏、和田篤也氏、小林一美氏、張仲梁氏
セッション2に登壇する尾崎寛直氏、和田篤也氏、小林一美氏、張仲梁氏。

 周教授は、「多様性と開放こそが交流経済の必要条件」とし、マサチューセッツ工科大学(MIT)に赴任していた2007年当時、エネルギー革命に向けてMITが世界中から国籍、出身、背景の異なるエネルギーの専門家をハイスピードで集めたことを目の当たりにした経験を紹介、「MIT自体に大きな魅力があったからこそ人材が集まった。多様性と開放に加えて、都市も拠点も個人も、自分自身を魅力ある存在として高めていくことが、交流経済を形作る」と総括した。

 「地域循環共生圏」がテーマのセッション2では、司会の尾崎寛直同大学准教授が、「地域が自らもつ風土、食、文化を売りにし、イノベーションを続け、外の社会に繋がりグローバルに繋がることを、どう引っ張るのか」と問題提起した。

 和田篤也環境省大臣官房政策立案総括審議官は、グローバルリスクである地球温暖化問題の、50年後100年後を見据えた解決構想として、環境省が描いた大絵図を示しながら説明。地域循環共生圏について、「住民が自分たちの目線でオーダーメードの計画を作り、自律分散型再生可能エネルギーシステムの構築、防災、観光、交通、健康など様々な分野で、独自のビジネスを行う。資源・資金・人の循環と自然との共生をコンセプトにし、得意不得意分野を他地域とのネットワークで補い、技術で支えることを目指す。そうしたステージに今後入っていく」と展望した。

 神奈川県横浜市は、2015年のパリ協定、国連の持続可能な開発目標SDGsを受け、日本の大都市としては初めて地球温暖化対策実行計画「Zero Carbon Yokohama」を掲げ、街づくりに取り組んでいる。同市の小林一美副市長は、「地域循環共生圏」の大都市モデルの事例を紹介。具体的には、持続可能なライフスタイルを子供達に伝えるエコスクールの開催、新横浜一帯に集積するIT企業と連携した次世代のエネルギー自給システムの構築、小・中学校での蓄電池設置による災害時非常用電源の確保など「モデル活動を相次いで実施し、CO2削減を具体的に示している。これを継続して行うことが大事だ」と述べた。また、再生可能エネルギーに関する横浜市と東北の自治体との取り組みを紹介し、国や他の自治体との防災、福祉、教育面での実践的連携の重要性に言及。横浜市が石油精製、火力発電などいわばCO2排出産業に税収、雇用とも支えられている実情のなかで、「脱炭素経済に向けてどう新しい産業構造や市民社会を作っていくか、また、税金を環境対策にどう回すかが課題だ」と述べた。

 中国国家統計局元司長の張仲梁南開大学教授は、京津冀メガロポリスを事例に中国の現状について説明した。同メガロポリスは北京、天津といった巨大で近代的な都市がある一方、周辺の河北省は経済的に遅れを取っている。「北京や天津からの経済的な波及効果が望めないことにより河北省は鉄鋼産業に特化し、深刻な大気汚染を発生させた。結果、北京にも多大な環境被害をもたらした」とし、メガロポリスの発展が中国都市化政策の基本となっている中で、今後目指すべきは「メガロポリス内部の協調発展である」と力説した。

 横浜など大都市と比べ人口や財源が少ない小さな自治体の現状をどう考えるかについて、和田氏は「地域循環共生圏の芽が小さな自治体にも様々出ている」とした上で、「共生圏を支える地域の人材育成を図るため、プラットフォーム作りを環境省で立ち上げる」と宣言した。

 海外との交流激増の時代に即した都市作りに関しては、小林氏が「魅力ある街、環境に配慮した街作りをすれば、観光客が来る。企業が来て、雇用も増え、税収も増す良い循環ができる。そうした循環と、従来から市を支えて来た基幹産業との関係作りを、市民とともに考える。脱炭素を目指す動きを提示しながら課題解決に向けて、国と連携して実施していく」と決意を述べた。小林氏はまた、20年前に実施したゴミ削減30%運動により、当初予想の半分の年月で目標を超える43%削減を実現し、ゴミ焼却工場を二カ所閉鎖、年間20億円のコスト削減と、大きな成果をあげた横浜市の事例を紹介、「のべ1万回に及ぶ住民説明会を開き、市民や企業がゴミ問題を我が事として行動するようになった。私たちはできる、という意識が結果に繋がった」と振り返った。

 張氏は、「中国での環境政策に携わる仲間が、海外の実情から学び、国内の取り組みに生かしている。中国人の海外渡航が増え、実際の交流から優れた思考を受け入れることが、変革をもたらしている」と力説、和田氏も「交流がキーワードだ。交流を契機にプロジェクトを作り、地域の銀行と手をつないで財源不足を補い、現場に密着した技術を導入するアプローチで、動き出すことができる」と強調した。

 

懇親会
懇親会での交流

 シンポジウム終了後は、日中双方のパネリストを囲み、参加者による懇親会が開かれた。

 席上、楊偉民氏は、「私の仕事は生態環境保護につながりのあるものが増えた。本日のシンポジウム参加で、人と人との交流を増やしたいと思った。自分のふるさと、そして世界を美しいものにして行きましょう」と呼びかけた。元環境事務次官の南川秀樹日本環境衛生センター理事長は、「日中が世界の環境政策をリードする時代が来る」と展望し、乾杯の挨拶をした。

 歓談に次いで挨拶した大西隆豊橋技術科学大学学長は、「中国で大都市の時代が幕開けた約20年前に出会って以来のお付き合いの楊さんの話しを聞きたいと駆けつけた」と歓迎し、環境、グローバリゼーション、都市化の課題への日中間協力の重要性を述べた。西正典元防衛次官は、シンポジウムの席上議論された「米中関係の通訳として日本が役割を果たす」意義に改めて言及し、日中合作の進展に期待した。駐日中国大使館を代表して阮湘平公使参事官が、「生態文明重視を掲げる中国と日本との環境保護の面での交流を続けて行きましょう」と述べた。横山禎徳東京大学EMP特任教授は、「交流経済は観光客だけでなく、日常で人が行き来できるようになると一層効果が上がる」と提起し、小島明政策研究大学院大学理事は、環境問題解決は日中共同のミッションであり、「パッション(情熱)とアクション(行動)で共同作業していこう」と続けた。

 シンポジウムで分析資料として多用された中国都市総合発展指標の日本語版『中国都市ランキング』の出版元、NTT出版の長谷部敏治社長は、周教授が責任者となって日中共同で開発した同書の内容について、「中国の都市分析に留まらず、東京大都市圏を始め日本の都市の分析を盛り込んでいる」と、アピールした。前多俊宏エムティーアイ社長は、「中国と日本の人と人との交流から生まれるものの大きさを実感した」と、シンポジウムの成功を祝った。

 閉会挨拶に立った周教授は、楊氏、中井氏とともに肩を並べて立ち「私たち3人は義兄弟と言ってもいいほど大切な仲間。20年間度々顔を合わせ、大きな問題について膝付き合わせて議論し合い、実践してきた」と力説、環境、経済、社会問題の統合的解決の土台は個人と個人の交流にこそある、と述べて会を締めくくった。関口和代同大学教授が総合司会を務めた。

 

中国網日本語版(チャイナネット)2019年1月31日