【論文】周牧之:マグニフィセント・セブンが牽引するムーアの法則駆動産業 ―「半導体・半導体製造装置」、「ソフトウェア・サービス」、「テクノロジー・ハードウェアおよび機器」を中心に

A comparative analysis of top 100 companies by market value in US, China, and Japan: Performance of Moore’s Law-driven Industries

周牧之 東京経済大学教授

■ 編集ノート: 
 マイクロソフト、アップル、エヌビディア、アルファベット、メタ、アマゾン、テスラといったマグニフィセント・セブンは、世界経済において圧倒的な存在感を示している。周牧之東京経済大学教授は、論文『時価総額トップ100企業の分析から見た日米中のムーアの法則駆動産業のパフォーマンス比較』で、これらテックカンパニーの成長パターンを「L字型成長」と解明した。論文の前半では、ムーアの法則駆動産業としての「半導体・半導体製造装置」、「ソフトウェア・サービス」、「テクノロジー・ハードウェアおよび機器」の日米中パフォーマンスを比較分析した。


 日米中三カ国の時価総額トップ100企業を比較し、各国におけるムーアの法則駆動産業パフォーマンスについて分析した。

1.マグニフィセント・セブンが牽引するムーアの法則駆動産業


 世界の産業構造がいま激しく変化している。時代が昭和から平成へと切り替わった1989年、世界時価総額ランキングトップ10企業のうち日本企業が7社を占めていた。GICS(世界産業分類基準)[1]の産業中分類[2]から同トップ10企業を見ると、「銀行」が日本興業銀行、住友銀行、富士銀行、第一勧業銀行、三菱銀行の 5社、「石油・ガス・消耗燃料」がエクソン(Exxon)、シェル(Shell)の2社、「電気通信サービス」がNTTの 1社、「公益事業」が東京電力の1社、「ソフトウェア・サービス」がIBMの1社となっている[3]。このうち第6位のIBMだけがテックカンパニーであった。

 これに対して35年後の2024年、世界時価総額ランキングトップ10企業の構成[4]は、完全に塗り替えられ、テックカンパニーの存在感が一気に高まった。GICS産業中分類で見ると首位のマイクロソフト(Microsoft)は「ソフトウェア・サービス」、第2位のアップル(Apple)は「テクノロジー・ハードウェア及び機器」、第6位のエヌビディア(NVIDIA)は「半導体・半導体製造装置」である。いずれもGICSでは「情報技術」大分類に属している。

 「メディア・娯楽」に中分類される第4位のアルファベット(Alphabet、グーグル)の親会社と第7位のメタ(Meta、旧Facebook)は歴然としたIT企業である。第5位のアマゾン(Amazon)は「一般消費財・サービス流通・小売」に中分類されているものの、ネット販売、データセンター、OTTのリーディングカンパニーである。第9位のテスラ(Tesla)は「自動車・自動車部品」に中分類されているが、こちらも自動運転の先駆者としてIT企業の色彩が濃い。以上5社はすべて情報技術を用い、既存業界の在り方を転換させたテックカンパニーである。

 上記テックカンパニー7社の時価総額合計は、12.2兆ドルに達し、世界時価総額合計96.5兆ドルの12.6%を占める。これは東証時価総額[5]6.3兆ドルの約2倍に相当する。テックカンパニー7社の存在感は計り知れない。アメリカでは「Magnificent 7」(マグニフィセント・セブン、M7と略称)という表現で、市場におけるこれら企業の圧倒的な存在感を示している[6]

 世界の産業構造にこうした大変革をもたらしたのは、「ムーアの法則」の駆動に他ならない。アメリカの未来学者アルビン・トフラーは1980年、著書『第三の波』で来るべき情報化社会の具体像を描いてみせた。驚くべきことに今から見ればトフラーの未来社会予測はほとんど当たっていた。トフラーの未来社会予測の想像力の源泉こそが「ムーアの法則」であった。

 後にインテル社の創業者の一人となるゴードン・ムーアは1965年、半導体集積回路の集積率が18カ月間(または24カ月)で2倍になると予測した。これがすなわち「ムーアの法則」である。ムーアの法則を信じ、多くの技術者出身の企業家が半導体産業に投資し続けた結果、半導体はほぼムーアの法則通りに今日まで進化した。その結果、世の中は激動の時代に突入した。筆者は、この間の人類社会を「ムーアの法則駆動時代」と定義する。

 産業別でいうと、電子産業はまさしくムーアの法則駆動産業として最初に爆発的な成長を見せた。同産業は1980年代以降、世界で最も成長が速く、サプライチェーンをグローバル展開させた。電子産業のこうした性格がアジアに新工業化をもたらしたと仮説し、筆者は『メカトロニクス革命と新国際分業―現代世界経済におけるアジア工業化―』と題した博士論文を書いた[7]

 ムーアの法則駆動産業は電子産業だけに留まらない。電子産業はGICSの分類では、「情報技術」大分類の中分類「テクノロジー・ハードウェア及び機器」に当たる[8]。現在、アップルはその代表的な企業である。同大分類に属する「ソフトウェア・サービス」、「半導体・半導体製造装置」のほか二つの中分類産業も、典型的なムーアの法則駆動産業であり、マイクロソフト、エヌビディアがそれぞれ代表的な企業である。

 さらに今、アルファベット、メタ、アマゾン、テスラが、情報通信技術を用いて「メディア・娯楽」、「一般消費財・サービス流通・小売」、「自動車・自動車部品」など産業のリーディングカンパニーとなった。DXでこれら伝統的な産業をムーアの法則駆動産業へと置き換えたのである。

 ムーアの法則駆動産業になったことで、上記産業の製品やサービスの性能は飛躍的に向上した。と同時に、製品やサービスにかかるコストを激減させた。市場も地球規模へと急速に拡大した。ムーアの法則駆動産業になった分野では、業界の従来秩序が一気に崩れ、多くのスタートアップ企業が新しい製品・サービス、新ビジネスモデルを用いて登場したことで、産業そのものが急速に成長した。

 マイクロソフト、アップル、エヌビディア、アルファベット、メタ、アマゾン、テスラのM7は、すべてスタートアップテックカンパニーであった。ムーアの法則駆動産業となった分野が猛成長したことで、これらのリーディングカンパニーも一気に飛躍した。

2.L字型成長


 スタートアップテックカンパニーが大きな成功を収めるには、新しい製品・サービス及びビジネスモデルの開発と、既存の産業の再定義が必要となる。

 既存業界の再定義は容易ではない。先ず、ムーアの法則のもと、斬新な製品・サービス及びビジネスモデルを描く想像力が要となる。これらの開発は膨大な時間とリソースを必要とする。企業を起こし自らリスクを引き受けられるリーダーシップと、それを支えるチーム力が欠かせない。リスクテイクが苦手な既存の大企業は組織の性格上、こうした想像力、開発力、リーダーシップそしてチーム力を備えるのは極めて困難である。

 スタートアップテックカンパニーは、リスキーで長いトンネルをくぐり抜けた後にようやく成功に漕ぎ着けられる。M7はすべてそうしたパターンを経験している。株価で見るといずれも長い低迷期を経た後、一気に飛躍した形だ。成功に至るまでの株価曲線が、左側に倒れた“L”字に見えるため、筆者はこれを「L字型成長」と定義する。

 1989年の世界時価総額ランキングトップ10企業で第6位のIBMは、唯一のテックカンパニーであった。しかし1911年創業のIBMは1989年当時すでに巨大な古参企業となっており、斬新な製品・サービス及びビジネスモデルにチャレンジできる体質を持ち合わせていなかった。世界に君臨したIBMはその後、業績が低迷し現在、世界時価総額ランキング第79位に後退した。

 これに対し、M7は、鮮度が高い。創立年次順で、マイクロソフトが1975年、アップルが1976年、エヌビディアが1993年、アマゾンが1994年、アルファベットが1998年、テスラが2003年、メタ Platformsが2004年である。7社の平均企業年齢は、32歳である。特に創業者がCEOを務めるテスラ 、エヌビディア、メタの 3社は勢いがある。これら企業の鮮度の良さはイノベイティブな体質を保つカギである。

 本論では、2024年1月の世界時価総額ランキングトップ10企業中のテックカンパニー7社が、ムーアの法則駆動時代を牽引することに注視する。前述の問題意識を用い、M7が其々属する「ソフトウェア・サービス」、「半導体・半導体製造装置」、「テクノロジー・ハードウェア及び機器」、「メディア・娯楽」、「一般消費財・サービス」、「自動車・自動車部品」の6分野において、日米中企業のパフォーマンスを比較分析し、世界経済のパラダイムシフトのリアリティを描く。

 なお同トップ10企業内の非テックカンパニーは、第3位のサウジアラムコ(Saudi Aramco)が「石油・ガス・消耗燃料」、第7位のバークシャー・ハサウェイ(Berkshire Hathaway)が「金融サービス」、第10位のイーライリリー(Eli Lilly)が「医薬品・バイオテクノロジー・ライフサイエンス」に属している。これら3分野は、本論の分析対象外とする。

3.日米中3カ国の時価総額トップ100企業


 本論では日米中3カ国の時価総額トップ100企業における、ムーアの法則駆動6産業のパフォーマンスを比較分析する。

(1)時価総額トップ100企業の絶大な存在感

 米国の時価総額トップ100企業の時価総額合計は、49兆4,406億ドルに達している。これは米国企業全時価総額の61%に相当する。中国の時価総額トップ100企業の時価総額合計は、5兆7,948億ドルである。これは中国企業全時価総額の88.2%に相当する。日本の時価総額トップ100企業の時価総額合計は、4兆6,450億ドルである。これは日本企業全時価総額の78.5%に相当する。

 日米中3カ国における時価総額トップ100企業の存在感は極めて大きい。米国、日本、中国の順でその国内におけるシェアは高い。高シェアのトップ100企業をピックアップし、全体像を掴む本論のアプローチは妥当であろう。

図1 日米中3カ国時価総額トップ100企業のシェア比較

注:時価は2024年1月15日時点のものである。
出典:CompaniesMarketcap.com及びYahoo! Financeのデータなどより作成。

(2)過大評価される米国と、過小評価される中国

 日米中3カ国トップ100企業の時価総額において、アメリカを100%とした場合、中国と日本はそれぞれ僅か17%と12.1%となっている。米国の存在感は圧倒的である。

 米著名投資家のウォーレン・バフェット氏が投資対象国を検討する際に用いるとされるバリュエーション指標にバフェット指標(Buffett Indicator)がある。バフェット指標は、当該国全企業時価総額から当該国名目GDPを割るものである。同指標は100%を適正評価とし、100%を超える場合は過大評価と見做す。逆に100%を下回った場合は過小評価と見做される。

 図2で確認できるように2022年の時点で、米国のバフェット指数は158.4%と、明らかに過大評価されている。日本の同指数は126%でやや高い評価となっている。中国は63.8%で明らかに過小評価されている。世界全体のバフェット指数はほぼ100%に近くなっている。

 すなわち、企業価値で見ると、過大評価される米国と過小評価される中国という構図になっている。

図2 日米中3カ国バフェット指数の推移

出典:CompaniesMarketcap.com、Yahoo! Finance及び世界銀行のデータなどより作成。

(3)米国企業はムーアの法則駆動時代を牽引

 米国が過大評価され、中国が過小評価されるのは何故か?そこには為替レートの問題を除き、ムーアの法則駆動時代を牽引する米国のテックカンパニーの存在がある。

 1971年世界初のCPU「4004」を発売したのはインテル、1976年世界初のパーソナルコンピューター「Apple I」を発売したのはアップル、2007年世界初のスマートフォン「iPhone」を発売したのもアップルである。アマゾンは1995年にネットブックマーケットを、Googleは1998年に検索エンジンサービスを、フェイスブックは2004年SNSサービスを開始した。エヌビディアは1999年に第一世代のGPU「GeForce256」を、テスラは2008年に電気自動車(EV)「Roadster」を発売した。

 米国のパイオニア的なテックカンパニーは画期的なイノベーションでムーアの法則駆動時代を引っ張ってきた。もちろんそれらの企業もトップランナーとして莫大な利益を稼ぎ出し、米国企業全体の価値を持ち上げた。

図3 2024年世界トップ10証券市場の時価総額

注:時価は2024年1月31日時点のものである。出典:India Briefingのデータなどより作成。

 中国企業が過小評価されるもう一つの理由は、中国資本市場の未熟さにある。中国で資本市場が確立したのは改革開放以降で、上海証券取引所と深圳証券取引所はともに1990年に開所した。1812年にニューヨーク証券取引市場を開いた米国、1878年に東京証券取引所を開業した日本と比べ、中国の資本市場の未熟さは際立っていた。

 幸いにして1891年に開業した香港証券取引所は、中国企業IPO[9]の一大受け皿となっている。また中国企業はニューヨーク証券市場やナスダックなどの国際市場に上場することで、企業ガバナンスも徐々に鍛えられてきた。中国証券市場と中国企業の双方が成熟するにつれ、その評価は高まっていくであろう。

4.半導体・半導体製造装置


 半導体産業はまさしくムーアの法則駆動産業の代表格である。米国時価総額トップ100には「半導体・半導体製造装置」産業が10社も名を連ねている。これらの企業の時価総額は、3兆ドルを超え、米国トップ100企業全時価総額の10%に達している。

 この分野における米国の競争力は圧倒的である。中国と日本それぞれの時価総額トップ100企業において、「半導体・半導体製造装置」企業は中国2社、日本5社となっている。その時価総額の合計は、米国の上記10社合計の僅か1.6%、6.2%に過ぎない。

 米国国内の半導体産業の競争も激烈である。2024年8月30日にインテルは15%の雇用者を退職させると公表し、世間を騒がせた。インテル56年間の歴史上最大規模のレイオフとなり、1.5万人が失職するもようだ。パソコンの時代をリードしたCPU(Central Processing Unit)王者、インテルの衰退は、スマホ及びAI時代における半導体競争の敗北に起因する。

表1:日米中3カ国時価総額トップ100における「半導体・半導体製造装置」企業

注:時価は2024年1月15日時点のものである。
出典:CompaniesMarketcap.com及びYahoo! Financeのデータより作成。

(1)米国はAIブームで繁栄を謳歌

 米国では、「半導体・半導体製造装置」企業としてエヌビディアをはじめ10社が同国時価総額トップ100に入っている。同産業は名実ともにアメリカのリーディング産業となっている。そうした企業の中には、1930年創業のテキサスインスツルメントのような老舗もあれば、1993年創業のエヌビディアのようなスタートアップ企業もある。裾野の広さが特徴で、人材の蓄積も分厚い。

 従来、半導体企業は、半導体設計部門と生産部門双方を抱え込んできた。1987年、台湾積体電路製造( TMSC:Taiwan Semiconductor Manufacturing Company)は、半導体の設計部門と生産部門を分割したビジネスモデルを創出し、半導体生産のOEM[10]に特化し、その後猛成長した[11]。これにより、アップルとエヌビディア、AMDなどは、半導体設計に資源を集中させ、スマホやAI時代の半導体競争に勝利した。現在のAIブームにおいて、その計算力に不可欠なGPU(Graphics Processing Unit)開発でリードするエヌビディアなどは繁栄を謳歌している。これに対して設計部門と生産部門双方の抱え込みに頑なだったインテルは敗北を喫した。

 米国半導体企業の株価高騰の背景には、AIブームがある。エヌビディアはまさしくAIに特化したGPUメーカーとして急成長している。しかし、自国の半導体生産の大半を東アジアのファウンドリー[12]が担うようになったことに米国は危機感を抱いている[13]。米国は2022年8月に、CHIPS[14]および科学法を成立させた。同法を通じ今後5年間で連邦政府機関の基礎研究費に約2,000億ドル、国内の半導体製造能力の強化に約527億ドルを充てると決めた。ファウンドリー最大手のTSMCの半導体工場をアリゾナ州に誘致するなど、米国での半導体生産力の新たな構築を急いでいる。

(2)中国は国産化で追い上げを急ぐ

 中国では、「半導体・半導体製造装置」企業として中芯国際集成電路製造 (SMIC:Semiconductor Manufacturing International Corporation)と、LONGi Green Energy Technologyの2社が時価総額トップ100企業に入っている。中国の半導体分野への進出は遅れた。2社とも創業は2000年である。

 中国企業の同分野における世界の存在感はまだ小さいものの、米国の警戒心は非常に高い。米国は現在、中国への先端半導体の輸出規制だけでなく、半導体生産の設備や技術の対中輸出も厳しく制限している[15]。さらに米国の対中規制は日本、オランダなど西側諸国を巻き込む形で進んでいる[16]

 これに対して、中国は世界最大の半導体マーケットをベースに国産化を急ピッチで進めている。中国半導体産業の投資は、2019年の約300億人民元から2021年の約3,876億人民元へと一気に約13倍に膨らんだ。その結果、中国は2023年、世界半導体輸出におけるシェアを26%へと向上させ、急激な追い上げを見せた。

 中国のファーウェイ(HUAWEI)は2023年8月、自社設計の回路線幅7ナノメートル(nm)の高性能半導体を搭載したハイエンドスマホ「Mate 60シリーズ」を発売した。アメリカの制裁を乗り越え、同社がハイエンド携帯電話の生産発売に復帰を果たした背景には、中国最大のファウンドリーとしてのSMICの存在がある。米国の制裁以後、SMIC はTSMCの代わりにファーウェイのチップを生産している。

 ファーウェイがアップル「iPhone16」の対抗馬として2024年9月に発売した「Mate XT」は、主要な半導体からOSまで全てを国産化で作り上げた。

 AI半導体での中国の追い上げも急ピッチで進んでいる。ファーウェイの自主開発したAIチップ「Ascend 910C」の性能はエヌビディアが昨年披露した「H100」と同等の水準だとの報道もある[17]

 ファーウェイ半導体国産化の立て役者である子会社の海思(HiSilicon Technology)は、既に同業界で大きな存在感を見せているものの、未上場企業である。国産化の成果はいずれ中国半導体企業の時価総額に反映されるだろう。

(3)日本は製造装置と素材で存在感

 日本では、「半導体・半導体製造装置」企業として東京エレクトロンを始め5社が、時価総額トップ100企業に入っている。家電製品で世界を席巻していた時代の日本は、半導体大国であった。特に日本はDRAM(Dynamic Random Access Memory)メモリが強かった。

 1980年代半ばには半導体の世界シェアのトップ3はNEC、日立、東芝といった日本企業が独占していた。家電製品からパソコン、スマホ、AIへと時代が移り変わったことで、CPU、GPU等演算用半導体の投資巨大化が進んだ。しかし日本の半導体メーカーは設計部門と生産部門双方の抱えこみに固持し、これら分野での競争力を持てなかった。メモリの分野においても投資に追いつかず、韓国企業の追い上げに負け越した。

 いま日本の「半導体・半導体製造装置」企業は、半導体の製造装置と素材とで稼いでいる。特に半導体製造装置において日本は、米国、オランダと並ぶ一大輸出大国になっている。

 半導体生産を日本で復権させるため近年、日本政府が巨額の資金を投入しTMSCの工場を熊本に誘致したことが話題を呼んでいる[18]。さらにTMSCの日本版を作るため、日本政府はラピダスというトヨタ自動車、デンソー、ソニーグループ、NTT、NEC、ソフトバンクグループ、キオクシア、三菱UFJ銀行の8社出資の半導体メーカーに、巨額の政府支援を行っている。同社は2027年の先端半導体量産開始を目指し、北海道で工場を建設している。総額5兆円の資金が必要とされ、政府はこれまで合計9,200億円の支援を決めており、残りの4兆円規模の資金確保が必要となっている[19]。資金のみならず生産技術の確立、マーケットの確保など課題が累積している。ラピダスプロジェクトの成功の可否は、日本の半導体産業の命運を左右する。

5.ソフトウェア・サービス


 ソフトウェア産業は半導体産業と並び、ムーアの法則駆動産業のもう一つの代表格となっている。米国時価総額トップ100企業には「ソフトウェア・サービス」企業が9社も名を連ねている。これらの企業の時価総額は4兆ドルを超え、米国トップ100企業全時価総額の14.4%に達している。

 この分野における米国の競争力は圧倒的である。中国と日本の各々の時価総額ランキンングトップ100企業内の「ソフトウェア・サービス」企業は、中国1社、日本4社となっている。その時価総額の合計は、上記米国9社の合計の僅か0.4%、1.8%に過ぎない。

表2:日米中3カ国時価総額トップ100における「ソフトウェア・サービス」企業

注:時価は2024年1月15日時点のものである。
出典:CompaniesMarketcap.com及びYahoo! Financeのデータより作成。

(1)世界をリードする米国

 米国では、ソフトウェアに関して、突出しているマイクロソフトだけでなく、オラクル(Oracle)、アドビ(Adobe)など10社も同国時価総額トップ100に入っている。OS[20]をはじめ、ソフトウェアの世界でリードするのはほとんど米国企業である。莫大な利益を稼ぎ出す米国の「ソフトウェア・サービス」企業は、同国時価総額トップ100企業において、企業社数、時価総額は共に最大となっている。

(2)国産OS開発に励む中国

 中国の「ソフトウェア・サービス」企業として、ディディ(DiDi)一社だけが同国時価総額トップ100企業に入っている。配車アプリを開発運営する同社は、中国トップ100企業の時価総額におけるシェアは0.4%に過ぎない。

 セキュリティソフトウェアのアップデートが原因で2024年7月、世界で約850万台のWindowsデバイスにシステム障害が発生し、多くの国で大パニックが起こった。しかし、中国はほとんどその影響を受けなかった。この出来事の背後には、中国産OSの普及がある。現在中国には、9億台のHarmonyディバイスを有するファーウェイのOSを始め、麒麟のKylinOS、シャオミのHyperOS、OPPOのColorOS 、VivoのOriginOS、AlibabaのAliOSなどコンピューター、スマートフォン、自動車、家電製品及び設備などを作動できる独自のOSシステムが開発されている。

 「ソフトウェア・サービス」分野において、中国は米国依存からの脱出を急いでいる。

(3)国内市場で健闘する日本

 日本では、「ソフトウェア・サービス」企業として富士通、NTTデータを始め4社が、同国時価総額トップ100企業に入っている。日本のトップ100企業における4社の時価総額シェアは2.2%である。

 「ソフトウェア・サービス」分野で圧倒的な強さを持つ米国企業に対して、日本企業は細分化された国内市場において健闘している。

6.テクノロジー・ハードウェアおよび機器


 「テクノロジー・ハードウェアおよび機器」産業も代表的なムーアの法則駆動産業である。同産業の主製品が家電からパソコンそして通信機器、スマートフォンへと移り変わる中で、主役たる企業も変化してきた。

 米国時価総額トップ100企業には「テクノロジー・ハードウェアおよび機器」企業がアップルとのシスコ(Cisco)2社しかない。とはいえ両企業の時価総額は、3兆ドルを超え、同国トップ100企業全時価総額の10.2%に達している。

 この分野は、中国と日本を始め東アジアが世界のメイン生産基地となっているにもかかわらず、時価総額においては米国企業の存在感に遠く及ばない。中国と日本それぞれの時価総額トップ100企業において、同分野の企業は中国6社、日本5社となっている。時価総額の合計は其々、米国の上記2社合計の僅か6%、10.4%に過ぎない。

表3:日米中3カ国時価総額トップ100企業における「テクノロジー・ハードウェアおよび機器」企業

注:時価は2024年1月15日時点のものである。
出典:CompaniesMarketcap.com及びYahoo! Financeのデータより作成。

(1)アップルでリードする米国

 世界時価総額ランキング第2位のアップルはスマホ時代の王者である。同社は2023年2.4億台のスマートフォンを販売し、世界シェアが21.1%を占めた。世界初のパソコンとスマートフォンを開発したアップルは、PCとスマホ時代の開拓者であった。創業者のジョブス亡き後も、同社は生産工場を持たないビジネスモデルで設計とマーケティングに特化し、高い利益率を維持している。

 世界時価総額ランキング第54位のシスコは情報通信機器メーカーである。現在、中国のファーウェイと熾烈な競争を展開している。

(2)生産大国中国

 中国では、「テクノロジー・ハードウェアおよび機器」企業としてシャオミ(Xiaomi)をはじめとする6社が同国時価総額トップ100企業に入っている。

 時価総額ランキング世界第390位のシャオミは2023年、1.5億台のスマートフォンを販売し、世界第3位の12.5%シェアを獲得した。同社は2024年3月、初のEV車「SU7」で電気自動車市場に参入し、大きな注目を集めている。

 ハイクビジョン(Hikvision)は世界最大の監視カメラメーカー、またBOEテクノロジー(BOE Technology)は世界最大の液晶ディスプレイメーカーである。フォックスコン・インダストリアル・インターネット(Foxconn Industrial Internet)とリシャープ・パーメーション(Luxshare Precision)は共にアップル製品の生産を請け負う主なOEMメーカーである。ZTE はファーウェイと並び中国を代表とする大手通信機器メーカーである。

 ファーウェイは、アメリカの制裁を乗り越え、中国国内市場においてはアップルの「iPhone」を抑え、ハイエンド携帯電話の王者となり、世界市場に再び進出し始めた。米国の対中制裁は結局「より強いファーウェイ」という結果を生んだ。なお同社は未上場であるため、時価総額ランキングには反映されていない。

(3)部品で健闘する日本

 日本は「テクノロジー・ハードウェアおよび機器」企業としてソニーをはじめとする5社が時価総額トップ100企業に入っている。家電製品及びパソコン時代を謳歌した日本企業は勢いを失った。時価総額ランキング世界第113位のソニーグループはすでに映画、音楽、ゲームを中心としたコンテンツ企業に変身している。同社は「テクノロジー・ハードウェアおよび機器」企業としていま、イメージング&センシング・ソリューションで名を馳せている[21]

 キーエンス、村田製作所、キャノン、パナソニックの4社もセンサー、画像処理機器、セラミックコンデンサー、電池を始めとする部品製造を現在、大きな収益源としている。

※後編に続く


 本論文は東京経済大学個人研究助成費(研究番号24-X)を受けて研究を進めた成果である。 
 (本論文では日本大学理工学部助教の栗本賢一氏がデータ整理と図表作成に携わった)


 本論文は、周牧之論文『時価総額トップ100企業の分析から見た日米中のムーアの法則駆動産業のパフォーマンス比較』より抜粋したものである。『東京経大学会誌 経済学』、323号、2024年。


[1] GICS(世界産業分類基準)は、S&Pダウ・ジョーンズ・インデックスとMSCIが1999年に共同開発した、先進国及び発展途上国を含む世界中の企業を一貫して分類できるよう設計された分類基準である。

[2] 2023年現在、GICSは11のセクター(大分類)、25の産業グループ(中分類)に分類され、産業構造の変化等に伴い定期的に見直されている。GICS中分類は、企業の多くの事業から代表的な分野を抽出し表現している。例えば半導体からハードウェア、そしてソフトまで手がけるIBMはソフトウェア・サービスに分類されている。Amazonは現在、ネット販売だけではなく、データセンターからOTTまで手がけるが、一般消費財・サービス流通・小売に分類されている。こうした限界はあるものの、本論では同中分類を用いて業界分析を行う。

[3] 1989年世界時価総額ランキングトップ10企業は、米ビジネスウィーク誌『THE BUSINESS WEEK GLOBAL 1000』1989年7月17日号に因る。

[4] 本論の2024年の時価総額データは2024年1月15日現在のもので、CompaniesMarketcap.com及びYahoo! Financeから収集整理した。

[5] ここでの東証時価総額とはプライム、スタンダード、クローズ市場の合計時価総額である。

[6] マグニフィセント・セブンについて詳しくは、Cedric Thompson “Magnificent 7 Stocks: What You Need to Know” in Investopedia 27 June 2024 (https://www.investopedia.com/magnificent-seven-stocks-8402262)を参照。

[7] 周牧之著『メカトロニクス革命と新国際分業―現代世界経済におけるアジア工業化―』、ミネルヴァ書房、1997年。

[8] ここでいう電子産業はGICS中分類の「テクノロジー・ハードウェア及び機器」に当たる。1980~90年代当時の代表的な製品は家電製品、パソコンであった。現在の代表的な製品は、通信機器、スマートフォンなどである。

[9] IPOとは、Initial Public Offeringの略語で、新規公開株式や新規上場を表す。

[10] OEMとは、Original Equipment Manufacturingまたは Original Equipment Manufacturerの略語で、委託者のブランドで製品を生産することを指す。

[11] 1987 年創業のTMSCは世界で初めてファブレス (設計専門企業) とファウンドリ (ウェハプロセス受託製造企業) の分業モデルを構築し、半導体業界の在り方を置き換えた。

[12] ファウンドリーとは、他社からの委託で半導体チップの製造を請け負う製造専業の半導体メーカーを指す。その先駆者は、TMSCである。

[13] SIA(Semiconductor Industry Association:米国半導体工業会)によれば、世界の半導体生産に占める米国の比率は2020年ごろには12%に下がった。

[14] CHIPSはCreating Helpful Incentives to Produce Semiconductorsの略称。

[15] 2019年5月、米国商務部は「国家安全」を理由にファーウェイなどの中国企業に半導体関連の製品と技術の輸出規制を発動した。その後、米国による対中規制は厳しさを増し、先端半導体の輸出を規制するだけではなく、半導体関連技術と生産設備の輸出まで広く規制するようになった。

[16] 米国は、露光装置メーカーのASML、薄膜形成用装置メーカーの東京エレクトロンなどオランダ企業、日本企業の対中輸出にも制限を掛けている。中国半導体生産能力の向上を阻止するために半導体サプライチェーンの上流にある装置の対中輸出を実施している。

[17] ファーウェイのAIチップについて詳しくは「ウォールストリートジャーナル」2024年10月16日を参照。

[18] 経済産業省は、TSMCの熊本第一・第二工場招致のため、1兆2,000億円を支出した。

[19] ラピダスの資金繰りについて詳しくは「日本経済新聞」2024年10月11日を参照。

[20] OSとは、Operating System(オペレーティングシステム)の略称、コンピュータのオペレーション(操作・運用・運転)を司るシステムソフトウェアである。例えば、パソコンのOSには、Windows OS、mac OSなどがある。スマートフォンのOSには、android、iOSなどがある。

[21] 2023年、ソニー「イメージング&センシング・ソリューション」事業の売上と営業利益は16,027億円と1,935億円に達し、グループの売上と営業利益に占めるシェアは各々12.3%、16%であった。

【論文】周牧之:イノベーティブな起業家精神は繁栄を呼ぶ―「メディア・娯楽」、「一般消費財・サービス流通・小売」、「自動車・自動車部品」を中心に

A comparative analysis of top 100 companies by market value in US, China, and Japan: Performance of Moore’s Law-driven Industries

周牧之 東京経済大学教授

■ 編集ノート: 
 マイクロソフト、アップル、エヌビディア、アルファベット、メタ、アマゾン、テスラといったマグニフィセント・セブンは、世界経済において圧倒的な存在感を示している。周牧之東京経済大学教授は、論文『時価総額トップ100企業の分析から見た日米中のムーアの法則駆動産業のパフォーマンス比較』で、これらスタートアップテックカンパニーが世界経済のパラダイムシフトを如何に引き起こしたかについて解明した。論文の後半では、ムーアの法則駆動産業としての「「メディア・娯楽」、「一般消費財・サービス流通・小売」、「自動車・自動車部品」の日米中パフォーマンスを比較分析した。

 (※前半はこちら


1.メディア・娯楽


 「メディア・娯楽」産業は、伝統的な産業であるが、近年ムーアの法則駆動産業へと大きな変身を遂げつつある。米国時価総額トップ100には「メディア・娯楽」企業が4社、名を連ねている。これらの企業の時価総額は、3兆ドルを超え、米国トップ100全時価総額の10.4%に達している。「メディア・娯楽」産業はまさしく米国のリーディング産業であり、同分野における米国の競争力は圧倒的である。

 中国時価総額トップ100企業において、同分野の企業は5社で、その時価総額の合計は、上記米国4社合計の僅か15.6%となっている。日本時価総額トップ100企業の中で、同分野の企業は4社で、その時価総額の合計は、米国の同5.4%に過ぎない。

表4:日米中3カ国時価総額トップ100における「メディア・娯楽」企業

注:時価は2024年1月15日時点のものである。
出典:CompaniesMarketcap.com及びYahoo! Financeのデータより作成。

(1)米国はパイオニアカンパニーが引っ張る

 「メディア・娯楽」産業におけるリーディングカンパニーはネット検索のアルファベット(Google)とSNSのメタ(Facebook)である。それぞれ世界時価総額ランキングの第4位と第7位となっている。

 アルファベットとメタが当初からのテック企業であるのに対して、世界時価総額ランキング第48位のネットフリックス(Netflix)と第71位のウォルト・ディズニー(Walt Disney)は、元は非テック企業であった。ネットフリックスはオンラインでのDVDレンタル事業からスタートし、ストリーミング配信サービス(OTT)で、大きく成長した企業である。ウォルト・ディズニーは伝統的なメディア企業であるが、近年OTT事業にも参入している。その意味ではネットフリックスとウォルト・ディズニー共に、DXによって、伝統的な企業からムーアの法則駆動企業へと変身でき得た。

(2)米国の後を追う中国

 中国では、「メディア・娯楽」企業として世界時価総額ランキング第25位のテンセント(Tencent)をはじめとする5社が、同国時価総額トップ100企業に入っている。同トップ100企業の時価総額におけるシェアは9.6%を占め、中国のリーディング産業となっている。5社は揃ってインターネットをベースにしたメディア企業である。

 中国では、SNSのテンセント、検索エンジンのバイドゥ(Baidu)からOTT、オンラインゲームまでネットメディアの各分野において活力のあるテックカンパニーが存在している。これら企業は海外展開にも意欲的である。例えば、テンセントのウィーチャット(Wechat)のユーザーは2023年、全世界で13.4億に達している。未上場のティックトック(TikTok)は世界で19億人のユーザーを有し、地球上最も影響力のあるSNSの一つとなっている。

(3)日本はゲームで健闘

 日本では、「メディア・娯楽」企業として世界時価総額ランキング257位のリクルートと、同267位の任天堂をはじめとする4社が、同国時価総額トップ100企業に入っている。同国のトップ100企業の時価総額におけるシェアは4.7%である。

 人材派遣などITソルーションサービスを手がけるリクルートと、LINE・ヤフーをベースにしたZホールディングスが日本国内市場中心であるに対して、ゲーム機及びゲームソフトの開発で名を馳せた任天堂とオンラインゲームのネクソンは、海外でも強い競争力を持つ。

 なお中国と同様、テレビ、映画などの伝統的なメディア企業は日本の時価総額トップ100企業には入っていない。

2.一般消費財・サービス流通・小売


 「一般消費財・サービス流通・小売」産業は、伝統的な産業であるが、ネット販売などでいま大きく変貌している。ムーアの法則がかなり浸透している産業である。

 米国時価総額トップ100に同産業は4社、名を連ねている。4社の時価総額は2兆ドルを超える。この分野においても米国の競争力は高い。

 中国の時価総額トップ100企業において、「一般消費財・サービス流通・小売」企業は7社ある。その時価総額の合計は、上記米国4社合計の26.8%に相当する。

 日本の時価総額トップ100企業において、同分野の企業は4社ある。その時価総額の合計は、上記米国4社合計の6.9%に過ぎない。

表5:日米中3カ国時価総額トップ100における「一般消費財・サービス流通・小売」企業

注:時価は2024年1月15日時点のものである。
出典:CompaniesMarketcap.com及びYahoo! Financeのデータより作成。

(1)米国ではアマゾンが牽引

 アメリカでは「一般消費財・サービス流通・小売」企業としてアマゾンを始め、4社が時価総額トップ100入りしている。4社は、同国トップ100企業時価総額の7.3%を占めている。

 1994年に創業したアマゾンは、電子取引だけではなく、クラウド事業やOTT事業も手掛けるテック企業である。

(2)中国ではECが席巻

 中国では、「一般消費財・サービス流通・小売」企業としてピンドゥオドゥオ(Pinduoduo)を始めとする7社が時価総額トップ100企業に入っている。同7社の時価総額は、中国の同トップ100企業の11.5%を占める。特にピンドゥオドゥオ、アリババ(Alibaba)、メイトゥアン(Meituan)、ジンドン(Jingdong Mall)などのEC企業は、中国消費市場の在り方を大きく変えている。「一般消費財・サービス流通・小売」分野は、まさしく同国のリーディング産業となっている。

 シーイン(SHEIN)、ティームー(Temu)など中国越境ECサイトの海外展開も、注目されている。ピンドゥオドゥオのティームーは2023年7月に日本市場上陸後、ユーザー数が毎月220万人のペースで増加し、勢いを強めている。ティームーの日本ユーザー数は2024年1月に1,500万人を突破した。ビジネスモデルの刷新により、中国の越境ECサイトは伝統的な小売業界の壁を打破し、海外市場とMade in Chinaとを直接つなげ、海外の消費者に便利で割安且つ多様な選択肢をもたらしている。

 ファーストファッションを越境ECサイトで展開するシーインは2021年にアマゾンを抜き、アメリカで最もダウンロードされたショッピングアプリになった。2022年にはバイトダンス、スペースXに次ぎ3社目に企業価値1,000億ドルを突破した未上場の巨大ベンチャーとなった。

 中国系企業のビジネスモデルのイノベーションに対して2024年10月10日、ファーストリテイリングの柳井正会長は決算説明会の質疑応答でシーイン、ティームーといった中国のECビジネスは長続きしないと明言した。この発言は、ムーアの法則駆動時代における日中の認識のギャップの大きさを物語っている。

(3)日本では伝統的な業態がなお主流

 ビジネスリーダーの認識は、リアルに産業のあり方を示している。日本では、「一般消費財・サービス流通・小売」企業としてファーストリテイリングを始め4社が時価総額トップ100企業に入っている。ファーストリテイリングはカジュアル衣料の生産販売を手掛ける。大手流通企業のセブンイレブンとイオン、インテリア・家具小売業のニトリが続く。4社とも伝統的な小売業社で、ムーアの法則の浸透度が低い事業展開が特徴的だ。その意味では日本の「一般消費財・サービス流通・小売」分野でのテック企業の存在感は薄い。

 なお日本資本のEC最大手である楽天は、同国時価総額トップ100企業内には入っていない。

3.自動車・自動車部品


 日米中3カ国それぞれの時価総額トップ100にランクインした自動車企業は、日本7社、米国1社、中国6社となっている。米国の1社すなわちテスラは、EVのリーディングカンパニーとして現在、大きな存在感を示している。中国6社の合計時価総額はテスラの27.2%に過ぎない。日本7社の合計時価総額もテスラの63.7%となっている。

 今や自動車産業もEV化によってムーアの法則駆動産業となり、猛烈なスピードで進化している。ガソリン車の王者であるトヨタは最高益を更新しているが、実情は厳しい。現在、自動車産業はEVへの取り組み如何がその企業価値を定めている。テスラは2020年7月、時価総額でトヨタを上回った。当時、テスラの販売台数は、トヨタの30分の1、売上高はトヨタの11分の1だった。資本マーケットは自動車企業の販売台数より電気自動車への取り組みをより評価した。

 EVは自動車駆動エネルギーをガソリンから電気へと変え、自然エネルギーをよりふんだんに使用可能とした。これは一大エネルギー革命だと言えよう。またAIによる自動運転は、より安全且つ安価での移動手段を人類に与える。さらに、ガソリンエンジンを無くすことで、自動車部品を大幅に減らし、自動車生産プロセスを一気に簡素化し、大幅なコスト削減を実現できた。

 2023年世界で最も売れたEV車種ランキングトップ20の中で、テスラは第1位のModel Yと第3位のModel 3を合わせて1,740,888台販売した。これは、同トップ20合計の28.8%を占める。中国の自動車メーカーはBYDを始めとする16車種が同トップ20入りし、合計で3,978,363台を販売した。同トップ20合計の65.7%を占めた。なかでもBYDの7車種は2,490,191台を販売し、同トップ20合計の半数に迫る41.2%を占めるに至った。

 米中両国のEVメーカーが、同トップ20の販売台数の94.5%を占め、世界EV車市場をほぼ独占する形で、突出した米中2強態勢を作り上げた。

表6:日米中3カ国時価総額トップ100における「自動車・自動車部品」企業

注:時価は2024年1月15日時点のものである。
出典:CompaniesMarketcap.com及びYahoo! Financeのデータより作成。

(1)米国ではテスラ一強による独走状態

 米国の自動車産業は、テスラ一強となっている。米国製造業の象徴的な存在だったビッグ3は同国時価総額トップ100企業から脱落した。ガソリン車はまだ売れているものの、米国におけるガソリン車メーカーの価値は、大きく下がっている。

 テスラの将来性について特筆すべきは、AI自動運転への取り組みである。自動運転が人類の輸送手段を、より安全かつ低コストにする。

 ARK Investの年次レポート『BIG IDEAS 2024』[1]によると1871年、馬車による移動コストは、1マイルが1.7ドルであった。1934年、量産自動車の登場で移動コストは大幅に下がり、同コストは1マイルが0.7ドルとなった。その後長い間、移動コストに変化は無く、2016年になっても1マイルは0.7ドルだった。しかし自動運転の導入で2030年、移動コストは1マイルが0.25ドルまで下がると同レポートでは予測されている。

 上記の移動コストには運転手のコストは加味されていない。同レポートによれば、現在、欧米諸国でのタクシー及びウーバーによる移動コストは1マイル2〜4ドルとなっている。これが、自動運転によって1マイル0.25ドルとなれば、コストが急激に下がり、タクシーなどによる移動マーケットは現在の毎年340億ドルから一気に11兆ドルへと膨れ上がる。

 テスラの自動運転ソフトFSDは世界の自動運転技術をリードしている。2024年10月10日、テスラが発表したロボットタクシーは、この展開を一気に加速している。テスラはこの日、ハンドルの無い無人タクシーや無人大型バンの試作車を公開し、2026年の量産を目指すと公表した。テスラは、自動車を車の形をしたロボットに再定義したことで、同社は、エンジンを無くしたEV 時代の確立に次いで、自動車業界のあり方を再度覆した。

 安全性でも自動運転への期待は高まっている。上記のARK Investレポートによると、現在、人類による運転では19.2万マイルに一度、自動車事故が発生している。これに対して、グーグルの自動運転ソフトWaymoを使う場合は、平均47.6万マイルに一度、自動車事故が発生する。テスラのFSDを使用した場合、事故発生確率はさらに低下し、320万マイルに一度まで発生率が下がる。つまりFSDの安全性は、人類による運転の16.7倍に及ぶ。これは2023年のデーターであり、FSDの進化によって自動運転の安全性は日進月歩で高まっている。

 これに対してほとんどのガソリン車メーカーは、自動運転への取り組みが未だ遅れている。例えばGMの自動運転ソフトCruiseは、平均4.3万マイルで一度の事故発生率となっている。この安全性は人類による運転にも及ばない。

 ガソリン車メーカーが、潤沢な資金を有しながら自動運転への取り組みが遅れた最大の原因は、企業の体質として、ムーア法則駆動型進化への理解が欠如していることにある。

 テック企業のバックグラウンドがあるテスラや、ファーウェイ、シャオミなど新勢力は、自動運転に莫大な投資をしている。テック企業によるこのような先行投資は、旧来の自動車メーカーには理解の及ばない新しい時代を創り上げている。

 テスラは時価総額では世界最大の自動車メーカーに成長したものの、未だ米国トップ100企業全時価総額の2.3%に過ぎない。現在のテスラの時価総額には、上記のような自動運転関連要素への評価は、未だ加味されていない。自動運転時代への流れと共に、テスラの存在感は益々大きくなっていくだろう。

(2)中国ではEV新勢力が群生

 中国は世界最大の自動車生産大国及び自動車市場になって久しい。EV化が進み、中国自動車産業の新勢力の伸びは著しい。米国同様、中国でも自動車産業において大きな構造変化が起きている。

 中国では、「自動車・自動車部品」企業としてBYDをはじめとする6社が同国時価総額トップ100企業に入っている。6社はすべてEVの波に乗った企業である。なかでもBYD、リ・オート(LI Auto)、ニーオ(NIO)の3社は、EVに特化した新勢力である。

 これに対して従来、中国自動車産業の王者だった第一自動車、東風(第二自動車)が同国時価総額トップ100企業から脱落した。上記6社合計時価総額は、中国トップ100企業全時価総額の3.7%に達している。

 2023年中国の自動車輸出台数は初めて日本を超えて世界第1位となった。2024年になって中国国内新車販売台数におけるEV車の割合は50%を超えた。

 電気自動車の発展には、最重要部品であるバッテリーの競争力が欠かせない。現在、世界で車載バッテリーの主導権を握るのは中国企業だ。販売台数で昨年テスラを超え、EVの世界最大手になったBYDは元々バッテリーメーカーだった。2022年6月、BYDの時価総額はフォルクスワーゲン(VW)を抜いて世界第3位に躍進した。

 EVのもう一つの生命線である自動運転においても、中国企業はテスラとしのぎを削っている。

 アップルは2024年3月27日、10年がかりで進めてきたEV開発計画から撤退した。数十億ドルを投じた「アップル・カー」プロジェクトは終了した。翌3月28日、中国のシャオミが初のEV車「SU7」でEV市場に参入し、僅か27分間で5万台を販売した。シャオミは、EVプロジェクトを立ち上げて僅か3年で、新車発売にこぎつけた。中国自動車産業のサプライヤーの裾野の広さを見せつけた。シャオミはアップルが成し遂げられなかったEVへの進出を見事に叶えた。

 ファーウェイ、シャオミなどテックカンパニーの、業種の壁を超えたEV市場進出で、中国自動車業界はさらに大きく変化するだろう。EVをベースに躍進する中国自動車産業の世界進出への勢いは、止まるところを知らない。

(3)日本はガソリン車が今なお主流

 日本では、「自動車・自動車部品」企業としてトヨタ、ホンダ、デンソー、ブリジストン、スズキ、日産自動車、スバルが同国時価総額トップ100企業に入っている。この7社はすべて伝統的なガソリン車の完成車メーカー及び部品メーカーである。同7社の合計時価総額は、日本トップ100企業全時価総額の12.2%に達し、日本経済において大きな存在感を示している。

 しかし上述のARK Investレポートが明らかにしたように、1934年から2016年までに1マイル当たりの自動車の移動コストは、0.7ドルと変わりがなかった。これは、この間、ガソリンエンジンをベースにした自動車産業に決定的なイノベーションが無かったことを意味している。ガソリンエンジン時代の自動車メーカーは現在、電気自動車時代のEVメーカーによる衝撃を、もろに受けている。

 トヨタは2023年、販売台数が初めて1千万台を超え、世界最大の自動車メーカーとしての地位を誇示した。しかし、時価総額で見ると、テスラやBYDなどEVメーカーの躍進と比べ、トヨタの時価総額は相対的に低迷し、世界第35位に甘んじている。

 他の日系完成車メーカーの時価総額はさらに低い。ホンダ、スズキ、日産自動車、スバルの時価総額の世界順位は、それぞれ第338位、第842位、第1100位、第1165位に甘んじている。かつての世界自動車大国日本のトップメーカーとして、時価総額パフォーマンスに芳しいものは最早見られない。最大の理由は、日本の自動車メーカーがEV化への取り組みに、軒並み遅れをとっていることにある。

 テスラのCEOイーロン・マスクは2024年8月15日、X(旧ツイッター)で「自動運転問題を解決出来ない全ての自動車メーカーは倒産する」と述べた[1]。EVの流れに遅れた日本の自動車メーカーが衰退すれば、日本経済に対する打撃は甚大なものとなりかねない。

4.まとめ:イノベーティブな起業家精神は繁栄を呼ぶ


 これまでの分析で、ムーアの法則駆動産業を牽引するトップ企業は、すべて米国企業だったことが明らかになった。

(1)米国経済がムーアの法則駆動産業を牽引

 米中日3カ国時価総額トップ100企業における「情報技術」大分類の3つの産業、すなわち「半導体・半導体製造装置」、「ソフトウェア・サービス」、「テクノロジー・ハードウェア及び機器」の3産業の時価総額の合計を比較すると、米国100%に対して中国と日本は僅か2.4%と5.6%に過ぎない。米国の圧倒的な存在感は、同国の情報技術産業における絶大のリーダーシップを表している。

表7 日米中情報技術分野3産業

注:時価は2024年1月15日時点のものである。
出典:CompaniesMarketcap.com及びYahoo! Financeのデータより作成。

 米中日3カ国時価総額トップ100企業における「メディア・娯楽」、「一般消費財・サービス流通・小売」、「自動車・自動車部品」というDXによりムーアの法則駆動産業化された3産業の時価総額の合計で比較すると、米国が100%なのに対して中国と日本は21%と12.7%である。これら産業においても米国企業が先導し、中国と日本は後追いしている。

 注目すべきは、米国と中国がテックカンパニーの活躍によってこれら産業をムーアの法則駆動型に置き換えたのに対して、日本は未だDXに遅れをとっていることである。

 AI技術の発展が、いま産業におけるムーアの法則駆動化を一層加速させている。中国社会は新テクノロジーへの関心度と許容度が高く、AI社会浸透率は、世界でもトップクラスにある。AI技術では米国との間にまだ一定の開きはあるものの、中国のAIの社会実装はより進んでいる。

表8 日米中DXでムーアの法則駆動化した3産業

注:時価は2024年1月15日時点のものである。
出典:CompaniesMarketcap.com及びYahoo! Financeのデータより作成。

(2)米国が既にムーアの法則駆動経済

 米国、中国、日本3カ国のトップ100企業の時価総額において、「半導体・半導体製造装置」、「ソフトウェア・サービス」、「テクノロジー・ハードウェア及び機器」という「情報技術」3産業の合計シェアはそれぞれ、34.6%、4.9%、16%となっている。

 情報技術産業は米国経済を牽引するリーディング産業へと成長した。同産業は中国でも存在感を増しつつあるが、資本市場での評価は未だ極めて低い。日本の情報技術産業は、従来の国際競争力は失いつつあるものの、国内経済においてまだ大きなシェアを維持している。

 米国、中国、日本3カ国のトップ100企業の時価総額において、「メディア・娯楽」、「一般消費財・サービス流通・小売」、「自動車・自動車部品」のDX3産業の合計シェアはそれぞれ、20%、24.8%、21.1%と、いずれも大きな存在となっている。米国と中国は、テックカンパニーの活躍によってこれら産業がムーア駆動産業に置き換わった。対する日本はDXに遅れをとり、伝統的な産業の性格が色濃い。

 特筆すべきは、米国のトップ100企業の時価総額において上記の6つの産業の合計シェアが54.6%に達し、同国がまさしくムーアの法則駆動経済となっていることである。

(3)スタートアップ企業は世界経済のパラダイムシフトを起こす

 米国と中国では新たなテック企業が次々誕生している。L字型成長を実現したテック企業が群生しつつある。

 日本の場合は、スタートアップのテックカンパニーが少ない。このため一時優位に立っていた「半導体・半導体製造装置」、「ソフトウェア・サービス」、「テクノロジー・ハードウェア及び機器」の「情報技術」分野では、いま遅れが目立つ。

 「メディア・娯楽」、「一般消費財・サービス流通・小売」、「自動車・自動車部品」の3産業においても、ムーアの駆動産業には成り得ず、米中企業の強さに圧倒されている。

 日本の時価総額トップ100社のうち1980年以降の創業は5社のみで、21世紀創業はゼロである。大企業の官僚化は、投資リスクのある新規事業に消極的になりがちだ。結果、ムーアの法則駆動産業の発展が遅れ、日本は海外のテックカンパニーに支払うデジタル赤字が、2023年に5.5兆円にまで膨らみ、5年で2倍増となった[2]

 対照的に、米国トップ100企業のうち、1980年以降の創業は32社で、そのうち21世紀創業は8社ある。これら鮮度の高いスタートアップカンパニーこそ、世界のムーアの法則駆動産業を牽引している。

 中国トップ100企業のうち1980年以降の創業は82社に達し、そのうち21世紀創業は25社にものぼる。中国のトップ企業の鮮度の良さは顕著であり、創業者のリーダーシップでイノベーションや新規事業への取り組みが素早い。

 上記の分析からわかるように、今日の世界における企業発展のロジックは完全に変わった。技術力と起業家精神に秀でたイノベーティブスタートアップ企業が、世界経済パラダイムシフトを起こす主要勢力となっている。

(4)証券市場依存の功罪

 クリントン政権のルービン財務長官が1995年、これまでのドル安政策からドル高政策へと切り替えたことで、米国製造業は大きな打撃を受け国際競争力を弱めた。それは同時に、米国証券市場のバフェット指数を持ち上げ、ITバブルを誘発した。結果、スタートアップテック企業が潤沢の資金を得て、急成長した。

 ヘッジファンドがスタートアップ企業に投資し、上場させ、大きく膨らませる。これが、米国テック企業の資本調達のメイン手段となっている。

 後にそのパターンは、中国でも再現された。米国系ヘッジファンドが中国のスタートアップテック企業に投資し、米国で上場させるケースが多数見られるようになった。

 これに対して製造業の場合は、どこの国でも銀行からの資金借り入れが、メインの調達手段となっている。

 米国のドル高政策による高金利に、銀行から資金調達する製造業が苦しめられている。これが米国製造業衰退の一因ともなっている。

 これに対して中国も日本も、銀行からの低金利資金調達で製造業が持続的に発展してきた。だが、これら製造業企業の資本市場での評価は低い。

 米国は高金利で世界中の資金を自国へ集め、証券市場で潤沢な資金を調達する発展パターンが、スタートアップテック企業に大発展の道筋をつけた。しかしその反動として製造業の衰退がもたらされた。

 トランプ元大統領が2024年の大統領選において、ドル安政策により製造業をアメリカに取り戻すスローガンを高く掲げている。尤も、30年前のルービン財務長官が掲げたドル高政策をひっくり返し、米国の製造業を再生させることはそう容易いものとは言えない。

(5)世界を「分断」する米中デカップリング

 産業はムーアの法則駆動型になることで技術進歩が加速し、投資規模が巨大化し、世界市場とグローバル分業に依存せざるを得なくなる。つまり、ムーアの法則駆動産業は、グローバリゼーションを後押しする。

 本論では、ムーアの法則に沿った半導体の進化と世界貨物商品輸出の拡大との相関関係を分析した。図4は両者の高い相関関係を表している。同図から、グローバリゼーションが、ムーアの法則の駆動で急拡大していることが見てとれる。

図4 半導体の進化と世界貨物商品輸出の拡大との相関関係

出典:Our Word in Data、国連貿易開発会議(UNCTAD)等のデータベースにより作成。

 しかし米国は中国に対し現在、ハイテク分野での貿易規制など制裁を発動し、中国テック産業の成長を阻止することで、グローバリゼーションに急ブレーキをかけている。

 とはいえ現状では、米国による対中制裁が最も厳しい半導体分野においてさえ、必ずしも米国の思惑通りにはなっていない。2024年上半期、中国の半導体輸出は5,427.4億人民元(11.2兆円[3])に達し、25.6%の成長を実現した。半導体は、いまや自動車、携帯電話を超え、中国の一大輸出製品となった。

 進む米中デカップリングは、世界を二つのシステムに分断しかねない。


 本論文は東京経済大学個人研究助成費(研究番号24-X)を受けて研究を進めた成果である。 
 (本論文では日本大学理工学部助教の栗本賢一氏がデータ整理と図表作成に携わった)


 本論文は、周牧之論文『時価総額トップ100企業の分析から見た日米中のムーアの法則駆動産業のパフォーマンス比較』より抜粋したものである。『東京経大学会誌 経済学』、323号、2024年。


[1] 自動運転技術のインパクトについて、ARK Invest “BIG IDEAS 2024” in Annual Research Report 31 January 2024、pp122-132を参照。

[2] 2024年8月15日付イーロン・マスクによるX(旧ツイッター)上の原文は“Any car company that fails to solve self-driving will die”。

[3] 日本のデジタル収支赤字構造について詳しくは、神田慶司など『貿易・デジタル収支「赤字体質」の構造的課題を検証する』大和総研レポート、2024年5月28日を参照。

[4] 1元=20.55円の為替レートで換算。

【論文】周牧之:世界三大科学技術クラスターパフォーマンスに関する比較分析(Ⅱ)

A Comparative Study of the Science and Technology Innovation Performance of Three Global Science and Technology Clusters

周牧之 東京経済大学教授

■ 編集ノート: 
 イノベーションと企業発展との関係は如何に?周牧之東京経済大学教授が論文の後半で、東京-横浜、広州-深圳-香港、北京の世界三大科学技術クラスターにおける企業発展を比較分析し、それぞれの特色を解き明かす。さらに北京の課題を整理し対策について提案する。

(※論文前半はこちらから)


1.広州-深圳-香港:メインボード上場企業数が最多


 イノベーションと企業との関係を探るため、本論は三大クラスターの企業パフォーマンスも比較した。

 上場企業は最も活力のある経済主体の一つである。上場企業数は地域の総合的な経済力を表している。

 北京証券取引所が2021年11月15日に開設され、上海証券取引所、深圳証券取引所に続く中国本土の3番目の証券取引所となった[1]

 本論は、中国本土の三大証券取引所と香港証券取引所、そして東京証券取引所に上場する三大クラスターの企業数を抽出して比較した。

 メインボードにおいては、広州-深圳-香港の上場企業数は1,596社と最も多く、東京-横浜はそれに続き1,517社であった。一方、北京の上場企業数は447社と、他の二つの科学技術クラスターの三分の一に過ぎなかった。

2.東京-横浜:ベンチャー企業上場企業数が最多


 主要な証券取引所はメインボード以外にも、ベンチャーや中小企業などを受け入れる市場を併設している。上海証券取引所の科創板[2]、深圳証券取引所の創業板[3]、そして東京証券取引所のグロース市場[4]がこれに相当する。本論は、これらの市場に上場する三大クラスターの企業数も抽出し比較した。

 東京-横浜は、東京証券取引所グロース市場の上場企業数が383社に達している。

 一方、広州-深圳-香港と、北京は、上海証券取引所科創板と深圳証券取引所創業板のいずれかに上場する企業数が、それぞれ210社と169社であった。

図1 三大クラスターメインボード上場企業数、グロース上場企業数、フォーチュン・グローバル500企業数比較

注1:ここでのメインボード上場企業数は、日本企業の場合、東京証券取引所のプライム市場に上場する企業のデータを使用している。
注2:ここでのグロース上場企業数は、中国企業の場合、上海証券取引所の科創板、深圳証券取引所の創業板に上場する企業のデータを使用している。
出典:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2021』より作成。

3.北京のフォーチュン・グローバル500企業数:広州-深圳-香港の2.8倍


 世界的に評価されている企業の中で、三大クラスターに立地する企業数を比較した。本論は2022年版「フォーチュン・グローバル500」[5]から、三大クラスターに立地する企業を抽出した。「フォーチュン・グローバル500」は、世界の企業間での収益ランキングとしての認識が高い。同ランキングに名を連ねることは、企業の国際的な競争力と認知度を示している。

 フォーチュン・グローバル500の企業数は、北京が最も多く、56社にのぼる。広州-深圳-香港は20社で、二つのクラスターの同企業数は中国全体145社の半分を占めている。

 一方、東京-横浜の同企業数は36社で、日本全体47社の77%を占めている。

 以上の分析から、三大クラスターの中で、北京の上場企業数は最少だが、フォーチュン・グローバル500企業数は最多であることが見て取れる。

4.北京のユニコーン企業数:東京-横浜の12倍


 ユニコーン企業とは、企業の評価額が10億ドル以上に達しながら上場していないスタートアップ企業を指す[6]。ユニコーン企業の数は、地域が新興企業やベンチャーキャピタルを引き付ける能力を示す指標として注目されている。

 本論は、米国の研究機関であるCB Insights社[7]による2022年のデータに基づき、三大クラスターのユニコーン企業数を抽出し分析した。

 ユニコーン企業数では、北京が圧倒的に多く、61社に達している。広州-深圳-香港地域は30社である。両クラスターが、中国のユニコーン企業全168社の約54%を占めている。東京-横浜のユニコーン企業は5社にとどまり、北京の8%に過ぎない。

5.北京:本社機能が集中する一方で、研究開発への投資は低水準


 大手企業の本社が北京に集中していることは、中国経済の一つの特徴である。前述したように、北京には56社のフォーチュン・グローバル500企業がある。これは中国の同企業数の39%に当たる。政府が所有する大手国有企業、特にいわゆる「中央企業」の半数以上が、北京に本社を構えている。

 しかし、北京に集中する本社機能の中で、研究開発の機能は低い。

 北京市と全国各都市の研究開発経費の内訳を比較分析した結果、2021年の北京の研究開発経費に占める企業、政府研究機関、大学の割合は、それぞれ43.2%、43.6%、11.1%となった。これに対して全国平均の企業、政府研究機関、大学の同割合は、それぞれ76.9%、13.3%、7.8%となっている。

 全国平均と比べ、北京の研究開発経費支出の内訳は、政府研究機関が突出し、企業の比重は低い。

 本論では、GIIのレポートが公表する世界のPCT申請件数トップ50企業の所在地を抽出し、分析した。2021年には、同トップ50に、中国から13社がランクインした。うち深圳は7社で、全国の半数以上を占めた。これに対して本社が集中する北京からは、わずか3社のランクインとなった。

 これに対して、広州-深圳-香港は、実践的なイノベーションが地域の活力を盛り立てている。特に深圳を代表するハイテク企業であるファーウェイ[8]、ZTE[9]、DJI[10]、テンセント[11]などが研究開発への大規模な投資を行い、研究成果の実用化も進んでいる。

6.北京市への提案


 本研究で得られた分析結果や知見をもとに、筆者は北京市政府に改善の政策提案を行った。本論の最後にこれらの提案について簡単に紹介する。

(1)社会実装戦略

 「北京のイノベーションは、学術研究レベルは高いが、実戦能力は相対的に弱い」というジンクスに対して筆者は、社会実装でイノベイティブな企業を育てる戦略を提示した。

 北京は巨大なエリアと経済力を持つ。その強みを活かし、北京で新エネルギーシステム、LRT[12]を始めとする次世代公共交通システム、スマートシティ技術による都市デジタル化[13]、新型省エネ建築[14]などの実装を積極的に進め、北京の都市インフラ水準を向上させると同時に、これらの領域において、イノベイティブな企業を発展させる。

 実装戦略の成功例として、新幹線が挙げられる。1964年に日本が世界で初めて新幹線を実装し、国土経済の高速化を実現するとともに、多数の新幹線関連企業を発展させた。同様に、中国も大規模な高速鉄道(新幹線)の実装を通じて、巨大な高速鉄道経済生態圏を育成した。現在、その高速鉄道システムを海外へも輸出している。一方、アメリカは高速鉄道の実装を行わなかったため、同分野で関連企業をほとんど育てられなかった。 

 新エネルギー産業の発展も実装と密接に関連している。例えば、東京では新エネルギー技術の実装計画が進行中である。現状の、周辺地域で大規模に発電し、それを長距離輸送して東京で消費する電力供給構造に対して、東京都は屋根での太陽光発電パネルを普及させることで、「大規模集中発電+長距離送電」から「電力自産自消」への転換を図る計画を立てている。これによりエネルギー構造の転換、効率と安全性の向上を図りつつ、太陽エネルギー、水素エネルギー、ITなどの関連企業の発展を促す[15]

 北京の電力供給構造が東京と類似していることを考慮し、北京は東京が現在電力構造転換に向けて実施する政策的、制度的な試みを研究し、新エネルギー技術を用いて電力構造を改革する実装案を、早急に実施すべきであると提案した。

(2)税制政策で研究開発機能を強化

 イノベーションの促進には、産学官の連携が欠かせない。日本の経験は、この点で参考になる。

 日本政府は主要な研究開発分野で産学官協力を推進し[16]、企業と研究機関が共同で研究開発体制を築くことを重視している。強力な「国家チーム」の形成、政府資金を投じた研究開発の成果を関連企業で共有、該当分野での技術力の総体的な向上、国際的な競争力の向上などが図られている。

 例として、東京都が水素エネルギーの開発を進める際の取り組みは、注目に値する。福島県にある国の水素エネルギー研究基地と協力し[17]、さらに都内の各区、大学、協会、企業など100以上の団体と共同で「Tokyoスイソ推進チーム」を設立し[18]、産学官間の協力を一層強化している。北京市でも類似の取り組みが検討できる。

 筆者はさらに北京政府に、企業本社機能における研究開発機能を強化するための税制政策を講じるべきであると提案した。

(3)北京証券取引所をイノベイティブな中小企業の資本市場に

 北京の上場企業数は三大クラスターの中で最も少ない。その一因として、北京にはつい最近まで証券取引市場が存在しなかったことが考えられる。東京、香港、深圳にはそれぞれ証券取引所があり企業の成長を引っ張ってきた。資本市場の重要性は無視できない。

 北京のユニコーン企業数は、三大クラスターの中で圧倒的に多い。これは北京のベンチャーキャピタルを引き付ける魅力を示している。北京における証券取引所の設置は、イノベイティブな企業に更なるチャンスをもたらすであろう。

 北京証券取引所の設立から1年以上が経過した。その実績は、上場企業のうち中小企業の割合は93%、民間企業は92%となっている。上場企業の80%以上がいわゆる「戦略的新興産業」[19]や「先進製造業」[20]である。

 北京にはもともと「新三板」と呼ばれる全国中小企業株式移転システムがある[21]。これは、北京証券取引所の上場予備軍として巨大なポテンシャルを蓄えている。実際、これまで北京証券取引所に上場した企業の多くは、新三板から昇格した。2022年の新三板には6,580社が上場しており、総時価総額は約42兆円(2.1兆元)に達している。新三板に上場する北京の企業は913社にのぼり、広州-深圳-香港の1.5倍である。

 筆者は、北京が資本市場の役割を更に重視し、新三板に上場する企業を活かし、北京証券取引所をイノベイティブな中小企業の資金調達市場として発展させることを提案した。そのため、北京証券取引所を中心に、中小企業の発展を支援するベンチャーキャピタル、証券会社、法律事務所などのエコシステムの形成をも重視すべきである。

 さらに、北京証券取引所を「一帯一路」[22]につながる国と地域に開放し、北京を中小企業発展の国際的なプラットフォームとすることが望ましい。

(4)北京をアジア最大の国際会議センターに

 グローバリゼーションが進む時代において、分業を重視する製造業は交易経済であるのに対して、IT産業などイノベーションを重視する産業は、交流経済である。人的交流を重視するイノベイティブな企業はいま、世界経済を牽引し、都市の革新的な発展のエンジンとなっている。2023年6月末現在、世界時価総額企業トップ10の中で、アップル、マイクロソフト、グーグル、アマゾン、NVIDIA、テスラ、フェイスブック、TSMCの8社がまさしくこうしたイノベイティブなIT企業である。

 「中国都市総合発展指標」の「中国都市IT産業輻射力2022」[23]ランキングでは、北京、上海、深圳、杭州、広州、成都、南京、重慶、福州、武漢がトップ10に名を連ねている[24]。首位の北京は中国IT従業者の19%、メインボード上場IT企業の28.7%を占め、圧倒的な優位性を誇っている。

 本論は、「中国都市製造業輻射力」と「中国都市IT産業輻射力」の、都市インフラやサービスとの相関関係分析を行った。両輻射力が都市に求めるインフラとサービスが異なることが明らかとなった。広域交通インフラについては、製造業輻射力は主にコンテナ港との関係が深く[25]、IT産業輻射力は国際空港との関連性が高かった。

 また、製造業輻射力は、貿易との相関関係が高く、IT産業輻射力は国際会議との相関関係が高い。これは、製造業が交易経済で、IT産業が交流経済であることを示している。

 さらに、IT産業輻射力は、飲食・ホテル業輻射力、高等教育輻射力、文化・娯楽輻射力、医療輻射力との関連性も高いのに対して、製造業輻射力は、これらの都市機能との相関関係が低い。

 こうした分析から、交流経済の代表格としてのIT産業従業者による教育水準及び都市サービスへの要求は、製造業従事者のそれと比べ、はるかに高いことがわかった。

 上記の分析に基づき、筆者は、北京をアジア最大の国際会議センターとするよう目指し、国際交流を促し、交流経済を一層発展させるよう提案した。


[1] 現在、中国本土には上海証券取引所、深圳証券取引所、そして北京証券取引所の三大証券取引所がある。上海証券取引所は、1990年11月26日に上海の浦東新区に設立された。同取引所は、主に大手企業や業界の先導的企業を対象とし、メインボード(主板)を中心にサービスを提供している。さらに、2019年にはハイテク企業の成長をサポートするための新しい市場、科学技術イノベーションボード(科創板)が開始された。深圳証券取引所は、1990年12月1日に広東省の深圳市で設立された。同取引所は、中国の多様な経済ニーズに応えるため、メインボード、中小企業ボード、そしてベンチャーボード(創業板)という三つの市場を有している。特に、中小企業や新興企業をサポートすることを重視している。北京証券取引所は、中小企業のイノベイティブな発展をサポートしている。同取引所は、イノベーション型、創業型、成長型の中小企業向けの株式市場として2021年9月2日に設立された。

[2] 上海証券取引所の科創板(科技創新板)は、2019年に新設され、イノベイティブな企業を対象とし、特に新興のテクノロジー企業やスタートアップにとって、資金調達の新たな場となっている。従来の取引板と比べて上場要件が緩和されている。

[3] 深圳証券取引所の創業板は2009年に設立され、成長性の高い中小企業を対象とする。特にイノベイティブなスタートアップにとって、資金調達の場となっている。従来のメインボードに比べ上場要件が緩和され、黒字化していない企業や業績履歴の短い企業でも上場が可能となっている。

[4] 東京証券取引所のグロース市場は、2022年4月4日に導入された新市場区分の一部であり、比較的規模の小さい企業などが参加する市場である。同新市場区分は、企業の流動性、ガバナンス水準、経営成績、財政状態などの項目に基づいて「プライム市場」、「スタンダード市場」、「グロース市場」の3つに区分されている。グロース市場は「高い成長可能性を有する企業向けの市場」と位置づけられている。

[5] フォーチュン・グローバル500は、アメリカの経済誌「フォーチュン」が毎年発表する、総収益を基にランキングした世界の上位500社の企業リストである。同ランキング2022年版では、国別数で1位が中国で136社、2位がアメリカで124社、3位が日本で47社だった。フォーチュン・グローバル500について詳しくは、フォーチュン誌のホームページ(https://fortune.com/ranking/global500/)(最終閲覧日:2023年8月14日)を参照。

[6] ユニコーン企業とは、未上場のスタートアップ企業の中で、創業から10年以内、企業評価額が10億ドル以上で、テクノロジー分野に属するものを指す。

[7] CB Insights社は、テクノロジー産業やスタートアップのトレンド、投資、マーケット動向に関するデータと分析を提供するアメリカの市場調査会社である。同社は、ベンチャーキャピタル、企業、投資家、政府機関などのクライアントに対して、データベース、調査レポート、市場予測などの情報サービスを提供する。CB Insights社について詳しくは、同社ホームページ(https://www.cbinsights.com/)(最終閲覧日:2023年8月14日)を参照。

[8] ファーウェイ(華為技術)は、深圳市に本社を置く、通信機器および情報通信技術ソリューションの提供を行う新興企業である。1987年に創業し、現在はスマートフォン、タブレット、PC、ネットワーク機器、クラウドサービスなどの製品やサービスを提供している。同社は、通信ネットワークや、5G技術、スマートフォンなどにおいて世界の先頭を行く。そのためアメリカからかなり制約をかけられている。それにも関わらず、同社は積極的なイノベーションとグローバル展開を続け、情報通信技術産業における主要なプレイヤーとしての地位を確立している。PCT申請件数ランキングで、ファーウェイは5年連続で世界第1位を維持している。

[9] ZTE(中興通訊)は、深圳市に本社を置く、ファーウェイと並ぶ大手通信機器メーカーである。ZTEは、1985年に創業され、モバイル通信機器、ネットワーク機器、通信ソリューションなどの製品やサービスを提供しており、世界中での通信ネットワークの構築や研究開発において活動している。1997年に深圳証券取引所および2004年に香港証券取引所に上場し、2023年8月11日の時点で、ZTEの市場時価総額は約1,693億元(約3兆3,860億円)である。同社は、約7万人の従業員を抱えている。ZTEは、その技術力とグローバル展開を通じて、情報通信技術産業における主要なプレイヤーとしての地位を確立している。しかし、ZTEもアメリカから制裁を受けた。

[10] DJI(大疆創新科技)は2006年に創業した深圳市に本社を置くドローン製造企業である。同社は、高い技術力とブランド力で世界のドローン産業発展を牽引してきた。

[11] テンセント(腾訊)は、1998年に設立された深圳市に本社を置くハイテクノロジー企業である。同社の事業は、インターネット関連サービスやエンターテインメント、AIに及ぶ。特にソーシャルメディアプラットフォーム「WeChat」やオンラインゲームで知られる。

[12] 次世代型路面電車システム(LRT: Light Rail Transit)は、近年の都市交通の発展とともに注目される交通手段である。LRTは、都市の中心部や郊外を結ぶ軽軌道交通システムを指し、その特徴は、低床設計、環境に優しい電気駆動、そして都市の景観や歩行者空間との調和を重視したデザインにある。次世代型としてのLRTは、従来の路面電車やトラムとは異なり、より高速で効率的な運行を可能とし、騒音や振動が少ないことから、都市部での導入が進められている。また、バスや自動車と比べても大量の乗客を一度に輸送できるため、交通渋滞の緩和や公共交通の利便性向上に貢献している。筆者はLRTの中国での普及を提唱してきた。筆者が総合プロデューサー・総括を務めた「中国江蘇省鎮江生態ニューシティマスタープラン」ではLRTをベースにした100万人都市の計画をまとめた。

[13] スマートシティ技術の導入により、都市の運営やサービスが効率化され、市民生活の質の向上がはかられる。IoT、ビッグデータ、AIのような先進技術を利用した都市管理システムの開発と導入は、都市経済の新しい成長エンジンと成り得る。

[14] 建築のエネルギー消費を削減するための新しい技術や材料の採用は、都市のエネルギー効率を向上させる鍵となる。

[15] 東京都は、2050年までの温室効果ガス排出量を実質0%にする目標「2050年ゼロエミッション」と、2030年までの排出量を2000年基準で50%削減する目標「2030年カーボンハーフの実現」を掲げている。この取り組みの一環として、2025年4月から「新築建物を対象とした太陽光発電の設置義務化精度」を導入する予定である。この制度の対象は、延べ床面積2000平方メートル未満の新築建物で、年間延べ床面積2万平方メートル以上を施工・販売する業者約50社に限定される。地域の日照量に応じて、設置すべき建物の割合が区分され、都心部は30%、区部の大半は70%、市部の多くは85%と定められている。ただし、屋根面積20平方メートル未満の建物や日当たりの不良な建物は対象外とされる。義務達成が困難な場合、罰則は設けられていないが、都が指導や勧告、事業者名の公表を行うこととなっている。また、2000平方メートル以上の大規模建物や駐車場付きの住宅には、電気自動車の充電設備の設置も義務付けられている。

[16] 日本政府は、産学官の連携を強化するため2000年に制定の「産業技術力強化法」をはじめとする、研究者への特許料の減免措置や技術移転の促進など、具体的な施策を実施してきた。さらに、第2期(2001~2005年度)と第3期(2006年~2010年度)の科学技術基本計画では、大学における産学官連携や知財管理の部門設置が進められ、イノベーションの創出を重視している。

[17] 東京都は水素社会の実現を目指しており、その一環として燃料電池自動車の普及や水素ステーションの整備を進めている。さらに2016年5月に東京都は、再生可能エネルギーの導入を推進する先駆けの地として水素の研究開発を行う福島県、そして産業技術総合研究所と共に、CO2フリー水素や再生可能エネルギーの研究開発に関する協定を締結した。

[18] 東京都は水素エネルギーの普及を目的とし、官民連携の「Tokyoスイソ推進チーム」を2017年11月に設立した。同チームは、民間企業、業界団体、自治体、学校など、水素エネルギーの普及に関心を持つ119の団体から成る。都は同チームを通じて水素エネルギーの利活用を拡大し、情報の共有や共通の情報発信を行うことを目指す。

[19] ここでの「戦略的新興産業」とは、重要な先端科学技術の進展を基盤とし、未来の科学技術や産業の新たな方向性を示唆するとして中国政府が指定した産業である。同産業は、省エネ・環境保護、新世代情報技術、生物、ハイエンド設備製造、新エネルギー、新材料、そして新エネルギー自動車の7分野に区分される。

[20] ここでの「先進製造業」は、産業の高度化とイノベーションを代表するものとして中国政府が指定した分野であり、新世代情報技術、新素材、生物医学薬学、ハイエンド医療機器、高品質かつ高機能消費財、新エネルギー、インテリジェントネットワーク自動車などに及ぶ。

[22] 一帯一路は、2017年から中国が提唱する経済協力の枠組みである。具体的には、陸上の「シルクロード経済帯(一帯)」と海上の「21世紀の海上シルクロード(一路)」の2つのルートから成る。同枠組みは、アジア、ヨーロッパ、アフリカを結ぶ広域経済圏の形成を目指し、インフラ整備、貿易、投資、資源開発など多岐にわたる協力が進んでいる。

[21] 「新三板」とは、中国における「全国中小企業株式転換システム」の通称である。これは、中小企業の資本を調達するための非公開株の取引プラットフォームとして、2006年に設立された。新三板は、上海と深圳の証券取引所に上場する前のステップとして、中小企業が資本市場にアクセスするための橋渡しの役割を果たす。

[23] 「中国都市総合発展指標」で使用する「輻射力」とは都市の広域影響力の評価指標であり、都市のある業種の商品やサービス移出・移入量を、当該業種従業者数と全国の当該業種従業者数の関係、および当該業種に関連する主なデータを用いて複合的に計算した指標である。

[24] IT産業輻射力について詳しくは、雲河都市研究院「【ランキング】中国IT産業スーパーシティはどこか?〜2020年中国都市IT産業輻射力ランキング」(https://cici-index.com/3957/)(最終閲覧日:2023年8月14日)を参照。

[25] 製造業輻射力について詳しくは、雲河都市研究院「【ランキング】中国で最も輸出力の高い都市はどこか? 〜2020年中国都市製造業輻射力ランキング」(https://cici-index.com/3888/)(最終閲覧日:2023年8月14日)を参照。


(本論文では栗本賢一、甄雪華、趙建の三氏がデータ整理と図表作成に携わった)


 本論文は、周牧之論文『世界三大科学技術クラスターパフォーマンスに関する比較分析』より抜粋したものである。『東京経大学会誌 経済学』、319号、2023年。

【論文】周牧之:世界三大科学技術クラスターパフォーマンスに関する比較分析(Ⅰ)

A Comparative Study of the Science and Technology Innovation Performance of Three Global Science and Technology Clusters

周牧之 東京経済大学教授

■ 編集ノート: 
 世界で最も集積度の高い科学技術クラスターは何処か?周牧之東京経済大学教授が論文の前半で、東京-横浜、広州-深圳-香港、北京という世界三大科学技術クラスターのパフォーマンスを比較分析し、それぞれの特色を解き明かす。


始めに


 世界知的所有権機関(以下、WIPO)[1]は2022年9月、「グローバル・イノベーション・インデックス(以下、GII)」[2]報告書を公開し、世界の科学技術クラスター(以下、クラスター)のランキングを発表した。これは、各国・地域における科学技術の集積を評価するものである。同年、東京-横浜、広州-深圳-香港、そして北京がこの評価でトップ3に名を連ね、イノベーションにおけるアジアの存在感を示した[3]

 GIIによるクラスター評価は2017年に始まって以来、毎年公表されている。東京-横浜、広州-深圳-香港の2つのクラスターは、これまでのランキングでも常に第1位と第2位を維持してきた。一方、北京は2017年の第7位から2021年の第3位へと大きく順位を上げている。

 GIIランキングは、PCT出願件数[4]とクラリベイト・アナリティクス[5]が提供する「Science Citation Index Expanded(SCIE)」[6]に掲載される科学論文出版数を主要な指標として使用する。

 本論は、この二つの指標に、『中国都市総合発展指標』[7]のデータシステムをも活用し、三大クラスターのイノベーション活動のより包括的な評価を試みた。さらに北京のイノベーションセンターとしての在り方についていくつかの提案を行った[8]

1.異なる強みを示す三大クラスター


 GIIランキングは、発明者や科学論文著者の所在地情報から各クラスターを評価しているのが特徴である。GII の2017年版では、PCT出願件数のみが評価の基準として採用されていた。2018年から科学論文の指標が追加された。

 本論はまず、この二つの指標で、三大科学技術クラスターの実績を詳しく比較分析し、各クラスターの特性を明らかにする。

表1 2018年の三大科学技術クラスターの実績

注:科学論文の発表データは2012年~2016年のものである。
出典:世界知的所有権機関(WIPO)「グローバル・イノベーション・インデックス」報告書より作成。

表2 2022年の三大科学技術クラスターの実績

注:科学論文の発表データは2012年~2016年のものである。
出典:世界知的所有権機関(WIPO)「グローバル・イノベーション・インデックス」報告書より作成。

(1)東京-横浜:科学論文の発表よりも特許申請が活発

 表1および表2に示すように、東京-横浜は、日本のイノベーションセンターとして、特にPCT出願において強みを持つ。

 東京–横浜の特許申請数は2018年には104,746件となり、世界の11%を占め、2位の広州-深圳-香港を約6ポイント上回った。2022年には特許申請件数が122,526件に達し、世界シェア第1位を保持した。但し、広州-深圳-香港の追い上げを受け、同クラスターとの差は2.5ポイントにまで縮小している。

 一方、東京-横浜の科学出版物論文発表数における優位性は近年、著しく低下している。2018年には、141,584件の科学論文が発表され、1.8%の世界シェアで、世界第2位だった。しかし、2022年には同発表数が2018年比で20%減少し、世界シェアも1.6%に下がり、世界第5位にまで落ち込んだ。

 つまり、東京-横浜においては、科学論文の発表よりも特許申請の方がより活発であり、イノベーションの実用性が重視されている。

 三大クラスター間のギャップは、この4年間で縮小している。この傾向は、東アジアにおけるテクノロジー競争の激化を反映している。

(2)広州-深圳-香港:特許申請と論文発表で急速に追い上げ

 広州-深圳-香港は、近年の中国経済の発展により、イノベーションセンターとしての地位を急速に上げてきた。特に深圳は、「中国のシリコンバレー」とも称される。

 同クラスターは、特許と科学論文の両面で急成長している。2018年のPCT出願件数は48,084件、5.1%の世界シェアで、世界第2位であった。2022年には、PCT出願件数が2018年の倍に達し、世界シェアが8.2%となり、東京-横浜との差が大幅に縮まった。

 同クラスターが発表した科学論文は2018年には40,920件で、世界シェアはわずか0.5%、世界第32位だった。しかし、2022年には科学論文の発表数が2018年の3倍以上に激増し、世界シェアが1.9%に上昇、東京-横浜を超えて世界第3位に躍進した。

(3)北京:科学論文の発表で優位に

 中国の首都北京は、国のイノベーションセンターであり、科学論文の発表において圧倒的な強みを持っている。

 北京の科学論文発表数は2018年、197,175件に達し、世界シェア2.5%で、東京-横浜の1.4倍となり、世界第1位を獲得した。2022年には、北京の科学論文発表数は2018年に比べ24%増加し、世界シェアを3.7%に伸ばし、世界第1位を維持した。

 これに対して、北京の特許申請はまだ追い上げ途上にある。2018年のPCT出願件数は18,041件で、世界シェア1.9%、世界第8位だった。2022年には世界シェアを2.8%に伸ばし、世界第6位に上昇した。

 中国科学院[9]、清華大学、北京大学など一流の大学と研究機関が、北京の科学論文力の強固な基盤を作り上げている。科学論文発表数の持続的な増加が、世界的な科学技術クラスターとしての北京の地位を固めている。

2.北京:行政地区の面積が最大、人口規模が第二、経済規模が最小


 図1が示すように、三大クラスターの中で、北京の行政地区面積は最大で、16,410平方キロメートルに達し、広州-深圳-香港の1.3倍、東京-横浜の6.2倍となる。

 人口規模は、広州-深圳-香港の人口が最も多く4,390.5万人で、これは北京の2倍、東京-横浜の2.5倍である。

 経済規模は、広州-深圳-香港のGDPが東京-横浜をわずかに上回り、約171兆円(8兆5,506億元、1元=20円換算、以下同様)に達する。対する北京の経済規模は、広州-深圳-香港の半分程度にすぎない。

 三大クラスターの中では、東京-横浜の人口一人当たりGDPが最も高く、926万円(約46.3万元)である。これに対して、広州-深圳-香港と、北京の一人当たりGDPはそれぞれ約390万円(19.5万元)、約380万円(19.0万元)である。東京-横浜の人口一人当たりGDPはこの二つのクラスターのそれぞれ約2.4倍となっている。

図1 三大科学技術クラスター行政区域面積・人口規模・GDP比較

出典:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2021』などより作成。

3.北京:研究開発強度は最高


(1)研究開発費:東京-横浜が最大

 三大クラスターの中で、東京-横浜の研究開発費が最も多く、105.9兆円(約5兆2,950億元)に達している。これは広州-深圳-香港の1.2倍、北京の2倍である。一方、広州-深圳-香港の研究開発費は北京の1.7倍となっている。

 北京は三大クラスターの中で研究開発費総額が最も少ない。

(2)研究開発強度:北京が最大

 国や地域の経済規模は異なるため、研究開発費を比較する際、研究開発費とGDPの比率、即ち「研究開発強度」[10]という指標が利用されることが多い。

 三大クラスターの中で、北京の研究開発費の総額は最も少ないにも関わらず、その研究開発強度は6.5%と最も高く、東京-横浜をわずかに上回り、広州-深圳-香港を1.2ポイント上回る。

(3)研究開発人員数:北京が最少

 研究開発を推進する上で、人員の投入は非常に重要な要素である。三大クラスターの中で、広州-深圳-香港と東京-横浜の研究開発人員数はそれぞれ643,000人、629,000人と、大きな差は見られない。北京の同人員数は473,000人で、他の2つのクラスターの四分の三に過ぎない。

(4)研究開発人員1人当たり研究開発費:東京-横浜が最多

 研究開発人員1人当たり研究開発費から見ると、東京-横浜が最も多い1,684万円(約84.2万元)である。広州-深圳-香港の約1,368万円(68.4万元)が続き、北京は約1,112万円(55.6万元)と最も少なく、東京-横浜の66%にすぎない。

図2 三大クラスター研究開発人員・研究開発費・研究開発強度比較

出典:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2021』などより作成。

4.北京:アジア随一の大学を持ちながら大学数と大学生数は最少


 大学はイノベーション人材を育成する“ゆりかご”であり、同時に研究開発の重要な拠点である。本論は、三大クラスターの大学リソースについても比較する。

(1)大学数:東京-横浜が最多

 東京-横浜には、大学が159校あり、三大クラスターの中で大学数が最も多い。次いで広州-深圳-香港が113校、北京は92校で東京-横浜の58%に過ぎない。

(2)大学生数:広州-深圳-香港が最多

 広州-深圳-香港は、在籍する大学生数が170.2万人と最も多い。東京-横浜は85.1万人、北京は59万人で広州-深圳-香港の35%に過ぎない。これは、中国が北京での大学設置と定員数を厳しく制約していることを反映している。

(3)北京:トップ500の大学数は最少

 タイムズ・ハイアー・エデュケーション[11]が2022年に発表した「世界大学ランキング」[12]によれば、トップ500にランクインした大学数では、東京-横浜が42校で、広州-深圳-香港の16校、北京の14校を圧倒した。

 北京は同ランキング内でアジアトップ10大学第1位の清華大学と第2位の北京大学を有している。東京-横浜は、同アジアトップ10大学に東京大学が第6位と1校がランクインしている。広州-深圳-香港は、第4位に香港大学、第7位に香港中文大学、第9位に香港科技大学の3校が入った。

 すなわちアジアトップ10大学には三大クラスターから6校も占めている。

図3 三大クラスター大学数・在籍大学生数・世界トップクラス大学数比較

出典:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2021』などより作成。

5.北京:学術研究レベルは高いが、実戦能力は相対的に弱い


 前述までの分析から、北京は、三大クラスターの中で研究開発人員数、研究開発経費、研究開発人員1人当たり研究開発費が最も少ない。しかし、研究開発強度が最も高い。中国の地級市以上の297都市[13]の中でも北京は、研究開発強度が最高である。これは北京のイノベーションに対する積極姿勢を表している。

 さらに北京には、清華大学、北京大学、中国科学院を始めとする一流の大学及び研究機関が集積し、中国の三分の一の「国家重点実験室」[14]を配している。また「二院院士(中国科学院・中国工程院士)」[15]の半数近くが北京に在職している。

 結果、北京は科学論文の発表数で他のクラスターを圧倒し、特許のPCT出願件数でも追い上げている。

 だが、東京-横浜と広州-深圳-香港に比べ、北京のイノベーションの産業界との協働はやや弱い。


[1] 世界知的所有権機関(WIPO: World Intellectual Property Organization)は、国際連合の専門機関として知的所有権に関する国際協力を促進している。WIPOは、1970年に設立され、本部はスイスのジュネーヴにある。

[2] グローバル・イノベーション・インデックス(GII: Global Innovation Index)とは、WIPOや欧州経営大学院、コーネル大学などの協力のもと、2007年から毎年発表され、132国・地域のイノベーション能力や実績を評価する指標である。同インデックスでは、2017年から「科学技術クラスター」の100位までのランキングを公表している。GII科学技術クラスターについて詳しくは、WIPOのホームページ(https://www.wipo.int/about-wipo/ja/offices/japan/news/2022/news_0034.html)(最終閲覧日:2023年8月14日)を参照。

[3] 2022年度版のGII科学技術クラスターランキング上位10地域は、東京-横浜が第1位、広州-深圳-香港が第2位、北京が第3位、ソウルが第4位、サンノゼ-サンフランシスコが第5位、上海-蘇州が第6位、大阪-神戸-京都が第7位、ボストン-ケンブリッジが第8位、ニューヨークが第9位、パリが第10位と続く。日本では他に名古屋が第12位にランクインし、金沢が第80位、浜松が第85位となっている。

[4] PCT出願とは、「特許協力条約(PCT: Patent Cooperation Treaty)」に基づく国際特許出願を指す。PCTは、1970年に締結され1978年に発効、2023年現在、157カ国・地域が加盟。特許出願者が一つの出願を行うことで、PCT加盟国であるすべての国や地域での特許保護を求めることができる国際的な制度である。

[5] クラリベイト・アナリティクス(Clarivate Analytics)は、研究情報や特許情報、学術出版情報などの分析・提供を行う国際的な企業である。同社は、多くのデータベースやツールを提供しており、その中でも学術論文の引用情報を中心にした研究情報データベース「Web of Science」や特許情報の包括的なデータベース「Derwent World Patents Index」などは、学術研究や特許情報の分析に広く利用されている。

[6] Science Citation Index Expandedとは、学術論文の引用情報を中心に収集・提供するデータベースである。SCIEは、クラリベイト・アナリティクス社が提供する「Web of Science」の一部として存在し、自然科学や社会科学の分野における論文の引用情報を広範囲にわたってカバーしている。同データベースは、論文の引用情報を提供することで、研究の影響度や質を評価するための重要なツールとして利用される。また、特定の研究者や研究機関の業績を評価する際の基準としても活用されている。SCIEについて詳しくは、クラリベイト・アナリティクス社のホームページ(https://clarivate.com/products/scientific-and-academic-research/research-discovery-and-workflow-solutions/webofscience-platform/web-of-science-core-collection/science-citation-index-expanded/)(最終閲覧日:2023年8月14日)を参照。

[7] 『中国都市総合発展指標』は、雲河都市研究院と中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司(局)が共同開発した都市評価指標である。2016年以来毎年、内外で発表している。同指標は、環境・社会・経済という3つの軸(大項目)で中国の都市発展を総合的に評価している。評価対象は、中国297地級市以上都市(日本の都道府県に相当)全てをカバーし、評価基礎データは882個に及び、その内訳は31%が統計データ、35%が衛星リモートセンシングデータ、34%がインターネットビッグデータである。その意味で、同指標は、異分野のデータ資源を活用し、「五感」で都市を高度に知覚・判断できる先進的なマルチモーダル指標システムである。同指標は、中国語で『中国城市総合発展指標』人民出版社、日本語で『中国都市ランキング』NTT出版、英語で『China Integrated City Index』Pace University Pressが書籍として出版されている。『中国都市総合発展指標』について詳しくは、周牧之ら編著『環境・経済・社会 中国都市ランキング2018―大都市圏発展戦略』、NTT出版、2020年10月10日を参照。

[8] 北京市人民政府参事室の要請を受け、筆者は2023年4月に『世界三大技術クラスターの技術革新パフォーマンスに関する比較研究(全球三大科技集群科技創新表現比較研究)』レポートを提出した。

[9] 中国科学院(CAS: Chinese Academy of Sciences)は、中国の国立研究機関であり、自然科学と高度技術の研究・開発を行う最も権威ある学術機関である。1949年に設立され、現在は多数の研究所や実験室を持つ。中国科学院は、基礎研究から応用研究、技術革新に至るまでのさまざまな研究活動を行い、国内外の学術交流や協力も積極的に進める。筆者は2012年より中国科学院科技政策与管理科学研究所特任研究員を5年間務めた。

[10] 研究開発強度は、研究開発費をGDPや売上高などの経済指標で割った値として表され、研究開発への投資意欲や技術革新への取り組みの度合いを示す。

[11] タイムズ・ハイアー・エデュケーション(Times Higher Education)は、高等教育に関する専門誌である。同誌は、高等教育機関のニュース、意見、特集記事などを提供しており、教育関係者や研究者、学生などの間で広く読まれている。

[12] 「世界大学ランキング(Times Higher Education World University Rankings)」は、世界中の高等教育機関を評価・ランキングする主要な指標の一つである。同ランキングは、タイムズ・ハイアー・エデュケーション誌が毎年発表している。ランキングは、教育環境、研究(研究のボリューム、収入、評判)、論文の引用数(研究の影響)、国際的展望(スタッフ、学生、研究)、産業収入(知識移転)の指標を基に、大学の総合的な実力や影響力を評価している。特に、研究の質や影響、国際的な連携や協力の度合いなどが重視されている。世界大学ランキングについて詳しくは、タイムズ・ハイアー・エデュケーション誌のホームページ(https://www.timeshighereducation.com/world-university-rankings)(最終閲覧日:2023年8月14日)を参照。

[13] 地級市以上の297都市は、4つの直轄市、27の省都・自治区首府、5つの計画単列市と261地級市から成る。中国の都市の行政区分について詳しくは周牧之など編著『環境・社会・経済 中国都市ランキング−中国都市総合発展指標』NTT出版、2018年6月、p5を参照。

[14] 国家重点実験室とは、中国の特定研究分野や技術領域における先端的な研究を行うための研究機関である。

[15] 院士とは、中国における最高の学術称号であり、二院院士とは、中国科学院(CAS)と中国工程院(CAE)の院士を総称して呼ぶものである。この称号は、科学とエンジニアの分野で特筆すべき業績を上げた研究者や専門家に与えられる。


(本論文では栗本賢一、甄雪華、趙建の三氏がデータ整理と図表作成に携わった)


 本論文は、周牧之論文『世界三大科学技術クラスターパフォーマンスに関する比較分析』より抜粋したものである。『東京経大学会誌 経済学』、319号、2023年。

(※論文後半はこちらから)

【論文】周牧之:増え続ける世界そして中国の人口をどう養うか?(Ⅱ)

How to feed the growing world and Chinese population?

周牧之 東京経済大学教授

■ 編集ノート: 
 誰が中国を養うのか?論文の後半は、中国が巨大な人口を如何に養ってきたか、また世界最大の食糧輸入大国としての中国が何処から何を輸入しているのか、について、周牧之東京経済大学教授が解き明かす。さらに『中国都市総合発展指標』のデータシステムを活用し、衛星データのGIS解析を駆使して、中国における都市レベルの食糧生産に関する実態を分析する。中国の農業生産性が最も高い地域はどこか。そして中国は将来、食糧問題にどう取り組むべきか。

(※論文前半はこちら)


1.『誰が中国を養うのか』の衝撃


 1995年にアメリカの学者レスター・ブラウンが著書『誰が中国を養うのか』[1]を発表した。同氏は、13億人口を持つ中国の食糧供給能力、そして世界の食糧供給網に及ぼす潜在的な影響に対して強い危機感を示した。

 ブラウン氏の主張に煽られ、当時の朱鎔基首相が急進的な食糧生産拡大政策を進めた[2]。しかし、その後中国の主食である小麦とコメの供給力が国内で満たされ、ブラウン氏の予言は当たらなかった。むしろ、食糧増産政策による過度な開墾が環境問題を引き起こした。その後、中国政府は傾斜面など一部の耕地を森林に戻す「退耕還林」政策[3]を採り、朱鎔基農業政策を修正した。

 図1では、1961年を起点とし、今日までの中国の人口、穀物耕地面積、穀物生産量、そして平均単位面積穀物生産量の推移を整理した。同図が示すように、中国の穀物生産量は人口増以上に増えてきた。この間、中国人口は約2.2倍になったのに対し、中国の穀物生産量は約5.9倍となった。しかし穀物耕地面積は僅か12%しか増えていない。つまり、中国で穀物生産量を伸ばした最大の要因は、耕地の拡大ではなかった。

 中国での穀物生産量増大の最大の要因は、単収(単位面積当たりの穀物収穫量)の伸びであった。中国も開墾による耕地の拡大よりは「緑の革命」で食糧供給力を伸ばした。さらに注目すべきは、この間、耕地単位面積当たりの穀物収穫量は、世界平均が3.1倍になったのに対して、中国は同5.3倍になった。言い換えれば、中国は「緑の革命」の優等生として土地の生産性を劇的に向上させた。

図1 中国人口、穀物生産量、穀物耕地面積、単収の推移(1961〜2021年)

出所:国連食糧農業機関(FAO)、オックスフォード大学Our World in Dataデータセットより作成。

 もっともその間、中国の経済発展に伴い、中国の一人当たりカロリー供給量も顕著に増加した。図2では1947年から2018年までの中国一人当たりの一日カロリー供給量(年)を示した。現在一人当たり一日カロリー供給量は食糧難の1960年当時に比べて、2.3倍となった。

 世界の8%の耕地と6%の淡水資源で18%の人口を養えたのは、中国の農業生産性の向上に因るものであった。

 中国の穀物生産性の向上は、中国の食糧供給を安定させ、小麦、コメといった主食の国際価格の安定化にも寄与した。

図2 中国一人当たりの一日カロリー供給量(1947〜2018年)

出所:国連食糧農業機関(FAO)、オックスフォード大学Our World in Dataデータセットより作成。

2.なぜ中国は大豆とトウモロコシの一大バイヤーに


 中国が小麦とコメといった主食で自給自足であるのに対し、大豆とトウモロコシなど飼料穀物に関しては国際市場に依存している。

 図3は、2022年中国の主要穀物輸入量を示している。同図から中国の穀物輸入においては主に大豆、トウモロコシ、高粱といった飼料穀物が主体であることを確認できる。2022年、これら3種の穀物が中国の穀物輸入全体に占める割合は89.7%に達した。

図 3 中国の主要穀物輸入量(2022年)

出所:国連貿易開発会議(UNCTAD)データセットより作成。

 改革開放後、中国で肉の消費量は急激に上がり続けた。図4が示すように、2020年、中国の年間一人当たりの肉の消費量は62キロに達した。世界平均の同42.3キロをはるかに超え、肉食の比重が高いアメリカの同126.7キロには及ばないものの、日本の同54キロを超えている。中国の膨大な人口規模に鑑み、肉の消費量を支える畜産業の大発展が欠かせない。

図4 国・地域別一人当たり食肉消費と一人当たりGDP(2020年)

出所:オックスフォード大学「Our World in Data」データセットより引用、加筆。

 図5は、1979年から2022年までの中国の食肉生産量を表している。1979年改革開放直後の1,062万トンから今日2022年の9,328万トンまで大きく伸びた。

 食肉生産に使用される飼料穀物の成分として、特にトウモロコシと大豆が重要である。中国食肉生産の大きな伸びを支えたのが飼料穀物の海外調達であった。

図 5 中国の食肉生産量 (1979~2022年)

出所:中国国家統計局データセットより作成。

 図6は2022年世界地域別大豆輸入量を示している。同図で中国が78.9%のシェアを持つ世界最大のバイヤーであることが確認できる。中国の大豆輸入の59.7%はブラジルからであり、32.4%がアメリカからである。

 図7は2022年世界地域別トウモロコシ輸入量を示している。同図で中国が37.8%のシェアを持つ世界最大のバイヤーであることが確認できる。中国のトウモロコシ輸入の72.1%はアメリカからであり、25.5%がウクライナからである。

 飼料穀物の最大のバイヤーとして世界穀物貿易に依存する中国にとって、安定的な供給先の確保が重要である。その重要性は米中貿易摩擦や、ロシアによるウクライナ侵攻によって更に強まっている。

図 6 世界地域別大豆輸入量(2022年)

注:HSコード[4]は1201。
出所:国連「UN Comtrade」データセットより作成。

図 7 世界地域別トウモロコシ輸入量

注:トウモロコシのHSコードは1005。
出所:国連「UN Comtrade」データセットより作成。

3.中国穀物生産の都市別実態分析


 中国の国土の中で、経済活動が行われる主なエリアは地級市[5](日本の都道府県に相当)以上の297都市[6]から成る。これらの都市は中国の人口の94.7%、GDPの96.6%を占めている。中国における食糧生産構造を知るには、都市レベルでの実態把握が必要である。本論は、『中国都市総合発展指標』のデータシステムを活用し、衛星データのGIS解析を駆使して、中国における都市レベルの食糧生産に関する実態分析に挑む。『中国都市総合発展指標』は、雲河都市研究院と中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司(局)が共同開発した都市評価指標である。2016年以来毎年、内外で発表してきた。同指標は、環境・社会・経済という3つの軸(大項目)で中国の都市発展を総合的に評価している。評価対象は、中国297地級市以上都市の全てをカバーし、評価基礎データは882個に及ぶ[7]

(1)耕地面積

 図8は、『中国都市総合発展指標』がGISを活用して算出した「耕地面積」[8]のランキングである。上位10都市はチチハル、重慶、ハルビン、ジャムス、綏化、フルンボイル、黒河、通遼、長春、南陽である。また、11位から30位にかけての都市は白城、松原、信陽、臨沂、鶏西、双鴨山、赤峰、駐馬店、塩城、四平、濰坊、大慶、滄州、滁州、吉林、牡丹江、荊州、周口、遵義、菏沢となっている。

 上記トップ10都市の耕地面積は全国の15.4%を、トップ30都市は同31.4%を占めている。つまり297都市の10分の1に当たるトップ30都市は、中国耕地面積の3分の1弱を占める。これら都市は主に黒竜江省、吉林省、内モンゴル自治区、山東省、河北省、河南省、安徽省、江蘇省といった東北・華北の平原地帯に位置している。これらの地域は、小麦の主要な生産地として、食糧供給の基盤となっている[9]。これに対して長江以南は、重慶と遵義の2都市のみがトップ30入りした。そもそも直轄市である重慶の行政エリアは桁違いに大きい。

図8 中国都市耕地面積ランキング トップ30都市

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標』データセットより作成。

(2)穀物生産量

 図9は、中国都市の「穀物生産量」ランキングトップ30を示している。トップ10都市は、ハルビン、チチハル、長春、綏化、ジャムス、重慶、周口、通遼市、駐馬店、菏沢となる。次いで11位から30位にかけては、徳州、商丘、南陽、塩城、松原、赤峰、フルンボイル、鶏西、信陽、双鴨山、聊城、保定、邯鄲、阜陽、黒河、白城、亳州、徐州、石家荘、淮安という順序となる。

 上記トップ10都市の穀物生産量は全国の15.3%を、トップ30都市は同32.9%を占めている。つまり297都市の10分の1に当たるトップ30都市は、中国穀物生産量の3分の1を占める。これら都市は耕地面積トップ30同様、主に東北・華北の平原地帯に位置している。耕地面積トップ30と比べて、穀物生産量トップ30には江蘇省と安徽省の都市が増えたことが目立つ。これに対して、南の都市は、重慶のみになった。

図 9 中国都市穀物総生産量ランキング  トップ30都市

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標』データセットより作成。

(3)耕地生産性

  しかし耕地面積当たりの第一産業のGDPでランキング分析を行うと、様相が一転する。図10は中国都市の耕地面積当たり第一次産業GDPで示した耕地生産性ランキングである。トップ10都市は三明、竜岩、福州、寧徳、舟山、汕頭、南平、漳州、楽山、麗水の順に並ぶ。11位から30位までの都市は、茂名、莆田、潮州、長沙、株洲、三亜、台州、肇慶、海口、巴中、儋州、萍郷、杭州、紹興、寧波、黄山、掲陽、泉州、広州、仏山である。

 このトップ30都市はすべて長江以南にある。名を連ねる福建省、浙江省、広東省、湖南省、海南省、四川省を中心とした南部の都市が上位にある背景として、これらの地域の温暖かつ湿潤な気候が考えられる。穀物生産はコメが中心で、さらに茶、果物、タバコ、野菜など付加価値の高い農産品生産が盛んである。また、これらの地域は北方と比べて耕地面積が小さい。豊かで資金力があるため農業生産に資金と手間を投じる傾向が強い。結果、耕地の生産性は高まる。ランキングではさらに福州、長沙、杭州、紹興、寧波、泉州、広州、仏山といった大都市の名が目立つ。これは、大都市近郊農業の優位性を示している。

図10 中国都市耕地生産性ランキング トップ30都市

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標』データセットより作成。

(4)穀物生産輻射力

 本論はさらに、穀物生産に関連する都市の広域的影響力を分析するため、「穀物生産輻射力」[10]を用いた。図11は、中国都市穀物生産輻射力ランキングトップ30を示す。上位10都市は順にジャムス、チチハル、綏化、ハルビン、長春、通遼、松原、双鴨山、鶏西、周口であり、11〜30位にはフルンボイル、徳州、駐馬店、黒河、白城、赤峰、塩城、菏沢、商丘、四平、大慶、聊城、信陽、鉄嶺、滁州、鶴崗、淮安、亳州、南陽、吉林が続く。

 中国都市穀物生産輻射力ランキングトップ30にも、主に東北・華北の平原地帯の都市が中心であり、且つすべて長江以北の都市である。

 「中国都市穀物生産輻射力」と「中国都市穀物生産量」、「中国都市耕地面積」について相関分析[11]を行ったところ、相関係数は各々0.7、0.6に達した。つまり都市穀物生産輻射力は、穀物生産量と耕地面積と相関関係を持つ。

 一方、「中国都市穀物生産輻射力」と「中国都市耕地生産性」について相関分析を行ったところ、その相関係数は-0.3であった。つまり、穀物生産輻射力が高い都市は、必ずしも土地生産性は高くない。これは小麦生産を中心とする北方の穀物生産地域の収入水準が低いことを示している。北方と比べ、中国南方地域では耕地面積は狭いものの、その収入水準は高い。

図11 中国都市穀物生産輻射力ランキング トップ30都市

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標』データセットより作成。

4.中国穀物供給の安定化を図るには


 上記の分析が明らかにしたのは、穀物生産量を増やすには耕地の拡大よりも農業生産性を高める方が効果的だということである。中国は「緑の革命」の優等生として小麦とコメのほぼ100%の自給を成し遂げた。しかし、過度な化学肥料と農薬使用で、土壌汚染や健康被害などの問題も引き起こした。また、農業収入の南北格差が依然として大きい。今後、農業生産に、より高い投資を注ぎ、技術とインフラレベルの向上で、生産量と品質そして収入の向上を継続して計ることが欠かせない。とくに農業生産性において南北格差が顕著であるため北方地域における農業生産性の向上が肝要である。

 一方、大豆、トウモロコシといった飼料穀物の対外依存構造は、そう簡単に変えることはできない。そのためには安定した輸入先の確保が不可欠である

図12 ユーラシアランドブリッジ構想

出所:周牧之『現代版「絹の道」、構想推進を―欧州から日本まで資源の開発・輸送で協力―』日本経済新聞、1999年4月1日。

 1990年代末、筆者は、ユーラシア大陸における広域インフラ整備構想を考案した。同構想はカスピ海から中国沿岸部に至るガス・石油パイプライン、鉄道、高速道路、光ファイバー網の整備を含み「現代版シルクロード」とも形容された。主な目的は、中国そして東アジアの発展に必要とされるエネルギー資源や食糧の安定供給を図り、来るべき世界の需給ひっ迫を緩和することであった[12]

図13 ユーラシアランドブリッジ構想(英訳版)

出所:Zhou Muzhi, Eurasian Land Bridge carries great promise, The Nikkei Weekly, 1999年5月17日.

 同構想の核心は輸出先の安定した供給能力の開発を前提とした「開発輸入」というコンセプトである。それは、冷戦後のユーラシア大陸における石油や天然ガス資源と、膨大な穀倉地帯の潜在的な可能性に鑑み、国際共同参画を前提とし、その開発と輸出入のインフラ整備を進め、中国及び東アジアのエネルギー及び食糧の安定供給を計るものであった。当時、中国はエネルギーも食糧も輸出国であったが、将来的に一大輸入国に転じると予測していた。

 同構想の国際協力において江沢民政権と小渕恵三政権の間に一時、日中両国の同意が得られたものの、その後日本の参加は見送られた。しかし同構想の予測が見事に当たり、中国はエネルギーそして食糧の一大輸出国に転じた。中国から中央アジア方面へのパイプラインの建設も着々と進んでいる。

 「開発輸入」のコンセプトは、その後中国が提唱する「一帯一路」[13]政策にも取り入れられた。中国が進める「開発輸入」は世界の農産物貿易の拡大と安定に大きく寄与するであろう。


[1] 米国民間シンクタンク・地球政策研究所元所長のレスター・R・ブラウン(Brown)氏が1994年に『ワールド・ウォッチ』誌で論文「誰が中国を養うのか」を発表した。1995年に論文名と同名の著書を発表した。Lester R. Brown, Who Will Feed China? W. W. Norton & Company, Inc., 1995を参照。

[2] 当時中国の朱鎔基首相は中国の食糧安全保障を確保するために、「‘米袋’省長責任制」、「食糧無制限買付け政策」、「食糧リスクファンドの超過備蓄への補填措置」などの制度や政策を急進的に展開した。これらの政策は中国の食糧生産能力の向上と食糧安全保障の強化に寄与したものの、過度な開墾が環境問題も引き起こした。

[3] 「退耕還林」とは、中国の環境保護および土地管理政策の一環として実施された「農地を森に戻す」政策である。同政策は1999年に開始され、一部の耕地に適さない農地を森林や草地に戻すことで、過度な開墾によってもたらされた環境問題を緩和するものであった。中国政府の発表によると1999年から2008年まで、全国で合計2,687万ヘクタール(4億300万畝)の農地が森林に戻された。

[4] HSコード(Harmonized System Code)は、国際的に統一された商品の分類・識別システムである。このコードは、6桁の数字で構成され、世界各国の税関や統計機関で使用されている。HSコードは、世界関税機構(WCO)によって管理され、定期的に見直されている。

[5] 現在、中国の地方政府には省・自治区・直轄市・特別行政区といった「省級政府」と、地区級、県級、郷鎮級という4つの階層に分かれる「地方政府」がある。都市の中にも、北京、上海のような「直轄市」、南京、広州、ラサのような「省都・自治区首府」があり、蘇州、無錫のような「地級市(地区級市)」、昆山、江陰のような「県級市」もある。なお、地級市は市と称するものの、都市部と周辺の農村部を含む比較的大きな行政単位であり、人口や面積規模は、日本の市より都道府県に近い。

[6] 地級市以上の297都市は、4つの直轄市、27の省都・自治区首府、5つの計画単列市と262地級市から成る。

[7]『中国都市総合発展指標』は2016年以来毎年、中国都市ランキングを内外で発表してきた。同指標は環境・社会・経済という3つの軸(大項目)で中国の都市発展を総合的に評価している。同指標の構造は、各大項目の下に3つの中項目があり、各中項目の下に3つの小項目を設けた「3×3×3構造」で、各小項目は複数の指標で構成される。これらの指標は、合計882の基礎データから成り、内訳は31%が統計データ、35%が衛星リモートセンシングデータ、34%がインターネットビッグデータである。その意味で、同指標は、異分野のデータ資源を活用し、「五感」で都市を高度に知覚・判断できる先進的なマルチモーダル指標システムである。現在、中国語(『中国城市総合発展指標』人民出版社)、日本語(『中国都市ランキング』NTT出版)、英語版(『China Integrated City Index』Pace University Press)が書籍として出版されている。『中国都市総合発展指標』について詳しくは、周牧之ら編著『環境・経済・社会 中国都市ランキング2018―〈大都市圏発展戦略〉』、NTT出版、2020年10月10日を参照。

[8] 『中国都市総合発展指標』の耕地面積は、「Copernicus Climate Change Service」の「Land cover classification gridded maps」データセットを用いて算出した。このデータセットは、FAOの土地利用区分22分類に基づいて構成され、解像度は300メートルメッシュである。データセットから「耕地」分類のメッシュデータを、GISを用いて中国各都市の耕地面積を集計した。

[9] 中国の小麦生産の限界緯度は、主に「秦嶺-淮河線」によって示されている。秦嶺-淮河線は中国の自然地理の分界線で、北方の寒冷な気候と南方の温暖な気候に分けている。地域的には、秦嶺-淮河線は秦嶺(Qin Mountains)と淮河(Huai River)によって形成される。秦嶺-淮河線の北側が小麦栽培地域で、南側は主に水稲が栽培されている。

[10] 『中国都市総合発展指標』で使用する「輻射力」とは広域影響力の評価指標であり、都市のある業種の周辺へのサービス移出・移入量を、当該業種従業者数と全国の当該業種従業者数の関係、および当該業種に関連する主なデータを用いて複合的に計算した指標である。穀物生産輻射力は穀物生産量も加味した。

[11] 相関分析とは、二つまたはそれ以上の変数間の関係の強さと方向を評価する統計的手法である。この分析は、変数間の相関係数を計算して行い、相関係数は-1から1の範囲の値を取る。相関係数が1に近い場合、変数間に強い正の関係があることを示し、-1に近い場合は強い負の関係を示し、0は変数間に関係がないことを示す。一般的に、相関係数は、0.9~1が「完全相関」、0.8~0.9が「極度に強い相関」、0.7~0.8が「強い相関」、0.5~0.7が「相関がある」、0.2~0.5が「弱い相関」、0.0~0.2が「無相関」であると考えられる。

[12] 同構想について、1999年4月1日に日本経済新聞の経済教室欄に筆者の署名文『現代版「絹の道」、構想推進を―欧州から日本まで資源の開発・輸送で協力―』を参照。

[13] 一帯一路(Belt and Road Initiative, BRI)は、中国が推進する広域経済圏構想である。同構想は、古代のシルクロードを現代の経済回廊に再構築し、陸上の「シルクロード経済帯」と海上の「21世紀海上シルクロード」を通じて、中国と他の参加国間の貿易と投資を促進し、地域経済の発展を支援することを目的としている。


 本論は東京経済大学個人研究助成費(研究番号21-15)を受けて研究を進めた成果である。

(本論文では栗本賢一、甄雪華、趙建の三氏がデータ整理と図表作成に携わった)


 本論文は、周牧之論文『増え続ける世界そして中国の人口をどう養うか?』より抜粋したものである。『東京経大学会誌 経済学』、321号、2024年。

【論文】周牧之:増え続ける世界そして中国の人口をどう養うか?(Ⅰ)

How to feed the growing world and Chinese population?

周牧之 東京経済大学教授

■ 編集ノート: 
 ロシア・ウクライナ戦争は、世界の食糧価格に大きな変動を引き起こし、食糧危機が国際社会で再びトピックとなった。周牧之東京経済大学教授が、論文の前半で、増え続ける地球人口を如何に養ってきたか、また世界食糧供給システムの罠、そして脆弱さを解き明かす。


 いまから半世紀前の1972年、ローマクラブという学術団体から『成長の限界』[1]と題したレポートが公開された。地球はこれ以上の人口を支えられないと警告したことで、大きな反響を巻き起こした。人口増加がもたらす食糧問題へのリスク意識を一気に高めた同レポートは当時、各国の政策立案者たちの重要な道標となった。

 『成長の限界』の警鐘にもかかわらず、いま、世界人口は1972年から倍増した。もっとも、世界の食糧供給は人口増を上回るペースで増え続けた。

 世界の食糧供給増大の要因は何か?これによって生じた不利益とは?現在の世界食糧供給システムを脅かす要因は何だろうか?本論は以上の問題意識に基づいて展開する。後半ではさらに中国の食糧問題についても言及する。

1「緑の革命」に支えられた食糧供給


 図1は1800年から今日までの世界人口を各地域別に表したものである。同図が示すように、世界人口は、『成長の限界』が発表された1972年から今日まで2倍以上増加した。同報告書の警鐘をよそに、世界人口はアジアとアフリカを中心に猛スピードで増えた。

図1 世界人口増加の推移と予測(1800〜2100年)

出所:オックスフォード大学「Our World in Data」データセットより作成。

 図2では、1961年を起点として、今日までの世界人口、世界穀物耕地面積、世界穀物生産量、そして世界平均単位面積穀物生産量の推移を整理した。同図が示すように、世界穀物生産量は人口増以上に増えてきた。この間、世界人口は約2.5倍になったのに対し、世界の穀物生産量は約3.5倍となった。しかし穀物耕地面積は僅か14%しか増えていない。つまり、穀物生産量を伸ばした最大の要因は、耕地の拡大ではなかった。

 穀物生産量増大の最大の要因は、単収(単位面積当たりの穀物収穫量)が3.1倍になったことである。言い換えれば、土地の生産性が劇的に向上した。これは「緑の革命」の成果である。

 「緑の革命」については解釈が様々あるが、基本的には、化学肥料や農薬の投入、灌漑施設の整備、遺伝子組み換えを含む高収量品種の開発、そして農業の機械化及び組織化などを指す。これらの取り組みは農業生産性を大幅に向上させた。

 「緑の革命」は『成長の限界』で取り上げられた食糧危機を回避し、増え続けた人口を養った。

図2 世界人口、穀物生産量、穀物耕地面積、単収の推移(1961〜2021年)

出所:国連食糧農業機関(FAO)、オックスフォード大学「Our World in Data」データセットより作成。

2.農業生産性における先進国と途上国の格差拡大


 「緑の革命」は、人口を養う能力を地球規模で大きく高めた。しかし、「緑の革命」が農業への資金投入度を高め、農業を「資本集約産業」にしたことで、先進国と途上国の農業生産性の格差拡大ももたらされた。

 灌漑施設の整備、品種の改良、化学肥料と農薬の大量投入、大規模な農場化、機械化、先進的な農業管理技術の導入などは、膨大な資本力を必要とする。農業、とくに小麦産業を大規模な資本投入産業へと変貌させた結果、資本力と補助金とで強い生産体制を築いたアメリカそしてEUで農業の生産性は高まり、輸出産業にまで成長した。

 一方で、多くの発展途上国、特にアフリカ諸国は、資本力の欠如により「緑の革命」の恩恵から疎外されている。図3は、世界各国を所得別に高所得国、高中所得国、低中所得国、低所得国の四つのグループ[2]に分け、其々の農業就業者一人当たり農業付加価値額、つまり農業の労働生産性を計算したものである[3]。同図が示すように、農業の労働生産性を見ると、所得の高い国ほど高い。最上位の高所得国と最下位の低所得国との間の農業労働生産性の格差が、49倍にもなった。すなわち農業は資本投入により、付加価値も相応に増える「資本集約型産業」になった。これが農業の労働生産性だけでなく、耕地の単収にそのまま反映されている。

図3 農業就業者一人当たり農業付加価値額(2019年)

注:アルゼンチンは通貨安の影響により異常値となっていることからランキングから除外。
出所:国連食糧農業機関(FAO)、オックスフォード大学「Our World in Data」データセットより引用、加筆。

3.食糧貿易の光と影


 そもそも各国の気候、地理、風土などの自然条件で農業の生産性は異なる。加えて、上記の資本力と補助金などで農業の生産性はさらに拡大した。こうした農業生産力のギャップを埋めたのは、食糧貿易であった。

 貿易がアフリカを始めとする食糧不足地域の人口増を支えた。しかし安い食糧輸入は、食糧生産コストの高い国の食糧産業を圧迫し、壊滅に追い込みさえした。これらの地域の食糧対外依存は構造的なものとなり、資本が乏しい国々では、先進国への食糧供給依存が深まった。

 なかでもアメリカの穀物生産力の捌け口として、アフリカ諸国は重要だった。しかし、中国をはじめとするアジアの飼料需要の急増や、穀物のバイオ燃料化という新ニーズの出現[4]によって、アメリカにとってのアフリカ市場の重要性が低まった。そこの穴を埋めたのがロシアとウクライナの小麦の輸出であった。

図 4 世界四大食糧輸出量の推移(1961〜2021年)

出所:国連食糧農業機関(FAO)データセットより作成。

 図4は、1961年から2021年までの60年間、世界の小麦、トウモロコシ、大豆、コメの四大穀物の輸出量の推移を表している。小麦は最も輸出比率の高い穀物である。特に、アメリカにおいては、生産される小麦の大半が輸出されている。

 中国を始めとする新興国家の輸入増大などによってトウモロコシや大豆の輸出も急速に拡大している。

 小麦、トウモロコシ、大豆の主要な輸出地域はアメリカ、EU、カナダ、およびオーストラリアであるが、21世紀に入ってからは、ロシアやウクライナも小麦の輸出において重要な地位を占めている。ロシアによるウクライナ侵攻の直前、ロシアとウクライナを合わせた小麦の輸出の世界シェアは30%に達した。また、米中貿易摩擦の影響で最近、大豆の輸出国としてブラジルも大きな存在感を示し始めた。

 一方で、コメの輸出比率は低く、大きな伸びを見ない。これは、コメが、生産地と消費地がほぼ一致する典型的な自給自足型穀物だからである。なお、近年、インドのコメ輸出が増大し、世界最大の輸出国となっているが、輸出規模はまだ限定的かつ不安定である[5]

図 5 世界農産物貿易フロー(付加価値額ベース)(2020年)

出所:英国王立国際問題研究所データベースより引用、加筆。

 図5で、2020年における付加価値額ベースの世界農産物貿易フローを整理した。農産物貿易アイテムとして、金額ベースで多いものから順に、園芸作物(野菜、果樹、花など)、油用種子、穀物、肉類、そして魚介類・水産物となる。

 農産物輸出のトップ5は、多い順にアメリカ、ブラジル、オランダ、ドイツ、中国である。同輸入のトップ5は、多い順に中国、アメリカ、ドイツ、オランダ、日本である。

 二国間の農産物貿易量で最も多いのがブラジルから中国への輸出であり、次いでアメリカから中国、メキシコからアメリカ、オランダからドイツ、そしてカナダからアメリカへの輸出が続く。中国は農産物貿易のバイヤーとしての存在が目立つ。

 各国で農業生産性の格差はあるものの、農産物貿易は世界全体の食糧供給を支えている。しかし、ロシアによるウクライナ侵攻は、世界の食糧供給システムを大混乱させた。図6は、1990年から2023年4月までの世界穀物価格の月別推移を示している。同図で分かるように世界穀物価格は同侵攻によって激しく乱高下した。中でも構造的に食糧を対外依存するアフリカ諸国への打撃が深刻である。国連食糧農業機関(FAO)や世界食糧計画(WFP)の報告[6]によると、2022年に急性飢餓人口[7]は過去最高の2億5,800万人に達し、前年比で6,500万人も増えた。これは、食糧価格の急騰が主な要因として挙げられる。ロシアとウクライナからの食糧輸出の激減で、「食糧危機」という近年忘れ去られていた政策イシューが、再び浮上してきた。

図6 世界穀物価格推移(1990〜2023年)

出所:国連食糧農業機関(FAO)データセットより作成。

4.化学肥料のグローバルトレード


 ロシアによるウクライナ侵攻は、化学肥料のグローバルトレードにも大きな影響を及ぼしている。「緑の革命」の立役者としての化学肥料の供給も国際貿易に依存している。図7は、2020年の化学肥料貿易フロー(付加価値額ベース)を整理したものである。同図によると、化学肥料輸出国のトップ5国は、多い順にロシア、中国、カナダ、モロッコ、アメリカである。一方、化学肥料輸入国のトップ5国は、多い順にブラジル、インド、アメリカ、中国、フランスである。

 二国間化学肥料貿易で最も多いのが、カナダからアメリカへの輸出である。ロシアからブラジルへ、中国からインドへ、アメリカからカナダへ、そしてモロッコからブラジルへの輸出が続く。

 化学肥料貿易の動向から、各国間で化学肥料のトレードが複雑に絡み合っていることが分かる。それは化学肥料生産資源の分布や各国の土壌特性などに因る。ロシアによるウクライナ侵攻はこうした複雑な貿易システムに打撃を与え、世界の農業生産に大きな影響を及ぼしている。

図 7 化学肥料貿易フロー(付加価値額ベース)(2020年)

出所:英国王立国際問題研究所データベースより引用、加筆。

[1] ローマクラブの『成長の限界』は、人口や経済の急激な成長が続けば地球の資源や環境に限界が訪れると予測した​​。同レポートは、資源と地球の有限性に焦点を当て、マサチューセッツ工科大学のデニス・メドウズ(Dennis Meadows)を主査とする国際チームが「システムダイナミクス」の手法を使用してまとめた研究である。詳細はドネラ・H・メドウズら著『成長の限界—ローマ・クラブ人類の危機レポート』、ダイヤモンド社、1972年を参照。

[2] 世界銀行は国々の所得水準に基づいた分類を定義しており、2023年度の基準によれば、1人あたりの国民総所得(GNI)が13,205ドル以上の国を「高所得国」とし、4,256ドルから13,205ドルまでの国を「高中所得国」とし、1,086ドルから4,255ドルまでの国を「低中所得国」とし、1,085ドル以下の国を「低所得国」として分類している​。

[3] 農業就業者一人当たりの農業付加価値額は、農業、林業、漁業から生み出される付加価値を、これらの部門で働く人の数で除したものである。このデータは米ドルで表示されており、インフレ調整済みだが、各国間の生活費の差は考慮されていない。

[4] 2021年、全世界のトウモロコシの16%がバイオ燃料として使われた。アメリカではその比率がさらに高く、34%に達している。

[5] 2023年7月、インドはコメの輸出を部分的に禁止した。同輸出制限措置は、インド国内のコメ価格の安定と供給とを目的に実施されたが、コメの輸入国、特にアフリカ諸国に食糧価格の上昇や飢餓問題の深刻化などの影響を及ぼしかねない。

[6] 「食料危機に関するグローバル報告書(Global Report on Food Crises, GRFC)」は、急性食料供給不安の状況と原因を評価し、提言を行う目的で年次発表されている。同報告書は「食料危機対策グローバルネットワーク」の事業の一環であり、国連食糧農業機関、世界食糧計画、欧州連合、ユニセフ、アメリカ、世界銀行など16のパートナー機関により支援されている。同ネットワークは、人道的および開発行動を促進するための独立したかつ合意に基づいた証拠と分析を提供する。今年5月に発表された2023年版報告書では緊急の食料と生計の支援を必要とする人々の数が増加し、ロシアのウクライナ侵攻や経済不況が影響しているとした。

[7] 急性飢餓人口とは、食料不足や栄養不十分により、健康と生命が直接脅かされている人々を指す。急性飢餓は通常、食料不足、高い食料価格、戦争や紛争、天候変動などの緊急事態により発生する。


本論は東京経大学個人研究助成費(研究番号21-15)を受けて研究を進めた成果である。

(本論文では栗本賢一、甄雪華、趙建の三氏がデータ整理と図表作成に携わった)


 本論文は、周牧之論文『増え続ける世界そして中国の人口をどう養うか?』より抜粋したものである。『東京経大学会誌 経済学』、321号、2024年。

(※論文後半はこちらから)

【論文】周牧之:中国の二酸化炭素排出構造及び要因分析

周牧之 東京経済大学教授


▷CO2関連論文①:周牧之『世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題』
▷CO2関連論文②:周牧之『二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧』
▷CO2関連論文③:周牧之『アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準』


1.中国都市CO2排出量ランキング


 中国の国土の中で、経済活動が行われる主なエリアは地級市[1](日本の都道府県に相当)以上の297都市[2]から成る。これらの都市は中国の人口の94.7%、GDPの96.6%を占めている。中国におけるCO2排出構造を知るには、都市レベルでの実態把握が必要であるが、これまでそのような分析は難しかった。本論は、中国都市総合発展指標のデータシステムを活用し、衛星データのGIS解析を駆使して、中国における都市レベルのCO2排出に関する実態分析に挑む。中国都市総合発展指標は、雲河都市研究院と中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司(局)が共同開発した都市評価指標である。2016年以来毎年、内外で発表してきた。同指標は、環境・社会・経済という3つの軸(大項目)で中国の都市発展を総合的に評価している。評価対象は、中国297地級市以上都市の全てをカバーし、評価基礎データは882個に及ぶ[3]

 中国都市総合発展指標は毎年、衛星データのGIS解析を駆使して、中国各都市のCO2排出状況をモニタリング[4]し、評価している。図1は、新型コロナウイルスパンデミック直前の2019年における中国都市CO2排出量トップ30都市を示している。同ランキングのトップ10都市は、上海、北京、天津、蘇州、広州、唐山、ハルビン、寧波、青島、重慶となった。また、11位から30位は、東莞、無錫、済南、鄭州、徐州、台州、長春、棗荘、張家口、太原、保定、オルドス、武漢、大慶、南通、西安、南京、フフホト、杭州、深圳であった。これら30都市は中国CO2の32.6%を排出している。その排出規模は、世界第3位のインドの排出量の1.3倍にあたる。

 同トップ10都市に限って見ると、そのCO2排出量は中国全体の16.2%を占める。その排出規模は、世界第4位のロシアの排出量の1.1倍に当たり、日本の排出量の1.6倍に相当する。

 その意味では、同30都市のCO2排出構造を分析することには大きな意味がある。

図1 中国都市CO2排出量2019ランキング トップ30

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2020』データセットより作成。

2.CO₂排出量トップ30都市のグルーピング分析


 中国CO2排出量トップ30都市は三つのグループに分類できる。一つは直轄市や省都などから成る中心都市[5]、二つ目は三大メガロポリス[6]を始めとする沿海部で製造業が盛んな都市、三つ目は石油、石炭の産地、または電力、鉄鋼などCO2を大量に排出する産業が盛んなエネルギー・重化学工業都市である。その分類には、上海のように中心都市であると同時に沿海部の製造業スーパーシティでもあり、鉄鋼産業もかなりの規模を有するなど、複数の性質を有し、重複している都市がある。

(1)中心都市

 中国CO2排出量トップ30都市のうち、中心都市としては上海、北京、天津、広州、ハルビン、寧波、青島、重慶、済南、鄭州、長春、太原、武漢、西安、南京、フフホト、杭州、深圳の18都市が数えられる。人口と経済の大集積地として、生活水準の高い中心都市が、CO2排出においても大きな存在となっている。

(2)製造業スーパーシティ

 中国都市総合発展指標では中国都市製造業輻射力も毎年モニタリングしている。輻射力とは都市の広域影響力の評価指標である。製造業輻射力は都市における工業製品の移出と輸出そして、製造業の従業者数を評価したもので、中国各都市で公表された統計年鑑や国民経済和社会発展統計公報を参照し算出した。

 図2が示すように、中国都市製造業輻射力2020ランキングのトップ30都市は、深圳、蘇州、東莞、上海、寧波、仏山、成都、広州、無錫、杭州、厦門、恵州、中山、青島、天津、北京、南京、嘉興、金華、鄭州、珠海、泉州、紹興、煙台、常州、西安、台州、南通、大連、威海である[7]。その中で「中国都市CO2排出量ランキング2019[8]」トップ30にも名を連ねる都市は、深圳、蘇州、東莞、上海、寧波、広州、無錫、杭州、青島、天津、北京、南京、鄭州、西安、台州、南通の16都市である。その中で鄭州、西安を除く都市が三大メガロポリス(京津冀・長江デルタ・珠江デルタ)に所属している。グローバルサプライチェーンで輸出力を誇る製造業スーパーシティが、CO2排出においても大きなプレイヤーになっている。

 ちなみに中国都市製造業輻射力2020ランキングのトップ10入りの成都と仏山は、「中国都市CO2排出量ランキング2019」のトップ30には入っていないものの、33位と42位となっている。

図2 中国都市製造業輻射力2020ランキング トップ30

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2020』データセットより作成。

(3)エネルギー・重化学工業都市

 「中国都市CO2排出量ランキング2019」のトップ30都市には、石油、石炭の産地、または電力、鉄鋼、石油化学などCO2を大量に排出する産業が盛んな、エネルギー・重化学工業都市が多い。本論では『中国都市総合発展指標』の中の「都市発電量」、「都市鉄鋼産業輻射力」、「都市石炭鉱業輻射力」などの指標を使い、これらエネルギー・重化学工業都市の実態を分析する。

① 中国都市発電量ランキング2020

 火力発電はCO2を大量に排出する産業である。中国都市総合発展指標では中国各都市の発電量をモニタリングしている。「中国都市発電量ランキング2020」は、中国各都市で公表された統計年鑑や国民経済和社会発展統計公報を参照し算出した[9]

 図3が示すように、「中国都市発電量ランキング2020」のトップ30都市は順に、楡林、宣昌、オルドス、浜州、蘇州、銀川、上海、嘉興、重慶、深圳、福州、天津、寧波、包頭、煙台、淮南、麗江、成都、唐山、聊城、昭通、陽江、通遼、フフホト、済寧、大連、徐州、ウランチャプ、西寧、寧徳である。

 中国CO2排出量トップ30都市のうち、上記ランキングでトップ30入りした電力生産基地としてオルドス、蘇州、上海、重慶、深圳、天津、寧波、唐山、フフホト、徐州の10都市が数えられる。これらの都市において石炭火力が大量のCO2を排出している。

 ちなみに「中国都市発電量ランキング2020」ランキングのトップ10入りの楡林、宣昌、浜州、銀川、嘉興は、「中国都市CO2排出量ランキング2019」のトップ30には入っていないものの、楡林31位、嘉興44位、浜州78位、銀川84位となっている。宣昌は三峡ダムでの水力発電がメインとなっているためCO2の排出量は少ない。

図3 中国都市発電量2019ランキング トップ30

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2020』データセットより作成。

② 中国都市鉄鋼産業輻射力2020

 鉄鋼産業は製造業の中で最もCO2を排出している産業である。中国都市総合発展指標では中国各都市の鉄鋼産業輻射力をモニタリングしている。鉄鋼産業輻射力は都市における同産業の従業者数、企業集積状況、営業収入、資産などを評価した。中国都市鉄鋼産業輻射力2020は、2019年から2020年にかけて中国各都市で公表された「第4回全国経済センサス」も参照し算出した。図4が示すように、中国都市鉄鋼産業輻射力2020ランキングの上位30都市は順に、唐山、邯鄲、天津、蘇州、無錫、済南、常州、本渓、包頭、武漢、太原、馬鞍山、安陽、上海、中衛、嘉峪関、攀枝花、日照、新余、営口、ウルムチ、石家荘、南京、運城、廊坊、柳州、玉溪、許昌、漳州、仏山である。特に、トップの唐山の同輻射力は抜きん出ている。これらの都市には中国主要鉄鋼メーカの本社や主力工場が立地している。

 中国CO2排出量トップ30都市のうち、上記ランキングでトップ30入りした鉄鋼生産基地として唐山、天津、蘇州、無錫、済南、武漢、太原、上海、南京の9都市が数えられる。これらの都市の鉄鋼産業が大量のCO2を排出している。

 ちなみに中国都市鉄鋼産業輻射力2020ランキングのトップ10入りの邯鄲、常州、本渓、包頭は、「中国都市CO2排出量ランキング2019」のトップ30には入っていないものの、邯鄲38位、常州41位、包頭110位、本渓203位となっている。

図4 中国都市鉄鋼産業輻射力2020ランキング トップ30

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2020』データセットより作成。

③ 中国都市石炭鉱業輻射力2020

 中国の一次エネルギーは著しく石炭に偏っている。現在なお、一次エネルギーに占める石炭の割合は、56%に達している。これは、中国のエネルギー消費量当たりCO2排出量(エネルギー炭素集約度)を悪化させ、CO2を大量に排出する構造要因となっている。また、中国では、石炭の産地で火力発電し、消費地に送電する政策を長年採っている。故に石炭産地の都市はCO2を大量に排出する傾向がある。

 中国都市総合発展指標では中国各都市の石炭鉱業輻射力をモニタリングしている。石炭業輻射力は都市における同産業の従業者数、企業集積状況、営業収入、資産などを評価した。「中国都市石炭業輻射力2020」は、2019年から2020年にかけて中国各都市で公表された「第4回全国経済センサス」も参照し算出した。

 図5が示すように、「中国都市石炭鉱業輻射力2020」ランキングの上位30都市は順に、済寧、オルドス、大同、晋城、長治、呂梁、楡林、晋中、陽泉、臨汾、太原、朔州、淮南、銀川、淮北、鄭州、唐山、泰安、忻州、三門峡、徐州、鶴壁、咸陽、棗荘、畢節、焦作、フルンボイル、延安、銅川、烏海であった。同30都市が排出するCO2は、中国全体の13.9%に相当する。

 中国都市CO2排出量トップ30都市のうち、上記ランキングでトップ30入りした石炭鉱業基地としてオルドス、太原、鄭州、唐山、徐州、棗荘の6都市が数えられる。またCO2排出量ランキングトップ30入りの大慶は、石油鉱業都市として名高い。これらのエネルギー産業都市が大量のCO2を排出している。

 ちなみに「中国都市石炭鉱業輻射力2020」ランキングのトップ10入りの済寧、大同、晋城、長治、呂梁、楡林、晋中、陽泉、臨汾は、「中国都市CO2排出量ランキング2019」のトップ30には入っていないものの、大同57位、晋城61位、済寧70位、長治82位、楡林93位、臨汾114位、晋中121位、呂梁124位、陽泉239位となっている。

図5 中国都市石炭鉱業輻射力2020ランキング トップ30

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2020』データセットより作成。

3.CO₂排出量トップ30都市の6大要素分析


 中国CO2排出量トップ30都市について、前述したCO₂排出評価6大要素、すなわちエネルギー消費量当たりCO2排出量(エネルギー炭素集約度)、GDP当たりエネルギー消費量(エネルギー効率)、GDP当たりCO2排出量(炭素強度)、一人当たりGDP、人口の規模、一人当たりCO2排出量から分析する。

(1)エネルギー消費量当たりCO2排出量(エネルギー炭素集約度)(2019年)

 中国CO2排出量トップ30都市について、「エネルギー消費量当たりCO2排出量」[10]をみると、トップ10都市は、張家口、台州、保定、長春、棗荘、北京、ハルビン、天津、南通、オルドスであった。これら都市の大半は、石炭の産地あるいは火力発電、鉄鋼や石油・石炭製品などの素材産業が盛んな地域である。

 また、11位から30位までは、大慶、東莞、フフホト、西安、太原、寧波、蘇州、上海、鄭州、済南、徐州、青島、無錫、広州、唐山、杭州、重慶、南京、武漢、深圳であった。

 CO2排出量トップ30都市全体のエネルギー消費量当たりCO2排出量平均は2.590(t-CO2/TCE)で、中国全国平均の1.986(t-CO2/TCE)をはるかに上回る。なお、同30都市の中で全国平均を上回った都市は、23都市ある。他方、深圳、武漢、南京、重慶、杭州、唐山、広州、無錫、青島の7都市は全国平均を下回った。

図6 中国CO2排出量トップ30都市におけるエネルギー消費量当たりCO2排出量分析図(2019年)

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2020』データセットより作成。

(2)GDP当たりエネルギー消費量(エネルギー効率)

 中国CO2排出量トップ30都市について、「GDP当たりエネルギー消費量」をみると、トップ10都市は、唐山、棗荘、大慶、フフホト、張家口、太原、オルドス、徐州、武漢、ハルビンであった。これらはすべて資源都市あるいはエネルギー産業や素材産業に傾斜している都市でもある。

 また、11位から30位までは、南京、保定、青島、済南、重慶、無錫、寧波、東莞、杭州、鄭州、蘇州、広州、上海、天津、西安、深圳、台州、南通、長春、北京であった。

 CO2排出量トップ30都市のGDP当たりエネルギー消費量平均は0.551(TCE/万元)で、全国平均の0.569(TCE/万元)を下回る。しかし上記トップ10都市のGDP当たりエネルギー消費量は全国平均を上回った。なお、同11位から30位までの20都市のGDP当たりエネルギー消費量は全国平均を下回った。つまりこれら中心都市や製造業スーパーシティはCO2を大量に排出するものの、エネルギー効率パフォーマンスは全国平均より良い。

図7 中国CO2排出量トップ30都市におけるGDP当たりエネルギー消費量分析図(2019年)

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2020』データセットより作成。

(3)GDP当たりCO2排出量(炭素強度)

 中国CO2排出量トップ30都市について、「GDP当たりCO2排出量」をみると、トップ10都市は、張家口、棗荘、大慶、フフホト、保定、オルドス、ハルビン、太原、台州、唐山であった。これらトップ10都市は台州を除いてすべて中国北部の内陸地域に属する地方都市であり、石炭・石油、鉄鉱石の採掘を中心とした資源都市でもある。これら都市では火力発電、鉄鋼や石油・石炭製品などの素材産業が盛んである。

 また、11位から30位までは、長春、徐州、天津、済南、青島、東莞、寧波、蘇州、西安、南通、無錫、鄭州、上海、北京、広州、南京、重慶、武漢、杭州、深圳であった。

 CO2排出量トップ30都市のGDP当たりCO2排出量平均は1.491(t-CO2/万元)で、中国全国平均の1.043(t-CO2/万元)よりはるかに高い。なお同30都市中で全国平均を上回った都市は、16都市ある。他方、深圳、杭州、武漢、重慶、南京、広州、北京、上海、鄭州、無錫、南通、西安、蘇州、寧波の14都市は、全国平均を下回る。これら中心都市や製造業スーパーシティの炭素強度パフォーマンスは、全国平均より良い。

図8 中国CO2排出量トップ30都市におけるGDP当たりCO2排出量分析図(2019年)

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2020』データセットより作成。

(4)一人当たりGDP

 中国CO2排出量トップ30都市について、「一人当たりGDP」をみると、トップ10都市は、無錫、北京、オルドス、南京、蘇州、深圳、上海、杭州、広州、寧波市であった。オルドスという資源都市を除く他9都市が製造業スーパーシティと中心都市である。

 また、11位から30位までは、南通、武漢、青島、済南、天津、鄭州、唐山、東莞、フフホト、徐州、台州、太原、重慶、西安、大慶、長春、ハルビン、棗荘、張家口、保定であった。

 中国CO2排出量トップ30都市の一人当たりGDP平均は106,490(元/人)で、中国全国平均の72,568(元/人)よりはるかに高い。なお、30都市で全国平均を上回った都市は、26都市にのぼる。他方、ハルビン、棗荘、張家口、保定の北方4都市は、大量のCO2を排出するものの一人当たりGDPが全国平均を下回った。

図9 中国CO2排出量トップ30都市の一人当たりGDP分析図(2019年)

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2020』データセットより作成。

(5)人口規模

 中国CO2排出量トップ30都市について、「人口規模」をみると、そのトップ10都市は、重慶、上海、北京、広州、深圳、天津、西安、蘇州、鄭州、武漢であった。四大直轄市をはじめとする中心都市や、改革開放後人口が膨らんだ製造業スーパーシティである。

 中国で市街地人口が1000万人を超えメガシティ(超大都市)として指定されている上海、北京、深圳、重慶、広州、成都、天津の7都市の中で、6都市が上記のトップ10都市に入っている。

 さらに、常住人口で図る中国都市人口規模ランキングで、トップ30都市は、重慶、上海、北京、成都、広州、深圳、天津、西安、蘇州、鄭州、武漢、杭州、臨沂、石家荘、東莞、青島、長沙、ハルビン、南陽、温州、仏山、邯鄲、寧波、濰坊、合肥、南京、保定、済南、徐州、長春であった。このランキングの中で、重慶、上海、北京、広州、深圳、天津、西安、蘇州、鄭州、武漢、杭州、東莞、青島、ハルビン、南京、保定、済南、徐州、長春の19都市が、CO2排出量トップ30にも名を連ねた。

 上記の分析から、都市の人口規模がCO2排出量に大きく影響していることがわかる。CO2排出量トップ30都市の常住人口合計は3.3億人に達し、中国全人口の23.5%を占める。

 また、人口規模が全国平均水準を下回るオルドス、大慶、フフホト、棗荘、張家口の5都市はすべて北方の地方資源都市で、人口は少ないものの大量にCO2を排出している。

図10 中国都市CO2排出量トップ30都市の人口規模分析図(2020年)

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2020』データセットより作成。

(6)一人当たりCO2排出量

 中国CO2排出量トップ30都市について、「一人当たりCO2排出量」をみると、トップ10都市は、オルドス、大慶、フフホト、棗荘、張家口、太原、蘇州、唐山、無錫、天津であった。蘇州、無錫という二つの製造業スーパーシティを除き、他は中国北部内陸地域に属する石炭、石油そして鉄鉱石を産出する地方都市である。それら都市では火力発電及び鉄鋼や石油・石炭製品などの素材産業が盛んである。

 また、11位から30位までは、台州、寧波、青島、北京、東莞、上海、長春、ハルビン、済南、南通、徐州、南京、広州、鄭州、保定、西安、杭州、武漢、重慶であった。

 CO2排出量トップ30都市全体の一人当たりCO2排出量平均は13.7(t-CO2/人)で、全国平均は、7.4(t-CO2/人)のほぼ2倍にも達している。なお、30都市中で全国同平均を上回った都市は、26都市に及ぶ。他方、重慶、深圳、武漢、杭州の4都市は、全国同平均を下回った。

図11 中国CO2排出量トップ30都市における一人当たりCO2排出量分析図(2019年)

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2020』データセットより作成。

4.中国のCO2問題への取り組みは都市の本気度による


 本論は、中国の都市を網羅したCO2に関する分析で、排出量トップ30都市のCO2排出構造を、グルーピング分析や6大要素分析を通じて明らかにした。こうした分析で、都市のCO2排出には人口規模や生活水準そして産業構造が複雑に絡んでいることが明らかになった。CO2排出量トップ30都市の中には、膨大な人口を抱える中心都市でありながら、上海、天津、武漢に代表されるように、製造業スーパーシティやエネルギー・重化学工業都市の顔も見せる都市が多い。また、深圳、蘇州、東莞、無錫、寧波、青島、南通のように輸出産業をベースに、製造業スーパーシティとして膨大な人口を吸引して猛成長する都市がある。さらに、唐山のような石炭や鉄鉱石の鉱業をベースに、世界最大の鉄鋼シティに成長した都市がある。大慶のように油田をベースに、一大石油化学シティに成った街もある。オルドス、棗荘、フフホト、徐州に代表されるように、石炭鉱業をベースに火力発電基地となった都市もある。

 その意味では、中国都市のCO2問題には、都市問題、産業問題、エネルギー問題の三つの軸が絡んでいる。

 都市問題として、ライフスタイル向上や公共交通の徹底などによる都市構造の進化が、重要となってくる。また、建築物の省エネルギーも一つ大きな課題である。低温地域にCO2排出量が多いのは、建築物の断熱性問題から生じている。過去20年間、急ピッチで進んできた中国の都市化は、これらの問題にまだ対応しきれていない部分が多い[11]。今後、都市化の第二のステージとして、都市の質的な進化を図る必要がある。

 また、産業問題では、世界に冠たる製造業スーパーシティにおける産業構造の高度化を、一層進める必要がある。加えて、石炭・石油鉱業、発電や鉄鋼産業、そして石油化学を始めとするエネルギー・重化学産業の効率化、省エネルギー化も急ぐべきだろう。

 さらに、エネルギー構造問題として、石炭に偏重するエネルギー産業構造を大きく変え、再生エネルギーへのシフトも欠かせない。

 図12は2000-2019年の20年間における中国CO2排出量トップ30都市のCO2排出量の増加率を示している。同じ製造業スーパーシティで蘇州、無錫はこの間のCO2排出量が其々613%増、485%増となったのに対して、深圳は同128%増にとどまった。つまり深圳は、CO2排出量の少ない成長モデルを見せた。中心都市の中でも西安、上海、杭州、南京、寧波、鄭州、天津、北京、武漢、重慶などはCO2排出量を200% 以上増やした。これに対して広州はより少ないCO2排出量の増加の中で長期にわたる成長を実現させた。

図12 中国CO2排出量トップ30都市のCO2排出量増加率(2000-2019年)

出所:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2020』データセットより作成。

 中国都市のトップである書記や市長は選挙で選ばれるのではなく、実績に基づいて抜擢される。これまでGDPが重要な実績であったため、各都市は経済成長を第一に競い合っていた。近年、PM2.5などの環境問題も実績に加わったため、都市レベルにおける環境対策が急速に進んだ。CO2問題について一般市民は、従来なかなか実感できず、数字化もされてこなかった。『中国都市総合発展指標』における「都市CO2排出量ランキング」でのCO2問題の見える化、また本論のような中国全都市のCO2排出構造に関する分析は、意義が大きい。CO2問題への取り組みが目に見える実績となれば、都市の取り組みの本気度も上がるだろう。

 CO2問題に取り組む中国の本気度は、中国の都市の本気度にかかっている。都市問題、産業問題、エネルギー問題での努力を重ねることで、中国はようやく「2060年までにカーボンニュートラルを目指す」公約の達成が可能となる。

(本論文では栗本賢一、甄雪華、趙建の三氏がデータ整理と図表作成に携わった)


[1] 現在、中国の地方政府には省・自治区・直轄市・特別行政区といった「省級政府」と、地区級、県級、郷鎮級という4つの階層に別れる「地方政府」がある。都市の中にも、北京、上海のような「直轄市」、南京、広州、ラサのような「省都・自治区首府」があり、蘇州、無錫のような「地級市(地区級市)」、昆山、江陰のような「県級市」もある。なお、地級市は市と称するものの、都市部と周辺の農村部を含む比較的大きな行政単位であり、人口や面積規模は、日本の市より都道府県に近い。

[2] 地級市以上の297都市は、4つの直轄市、27の省都・自治区首府、5つの計画単列市と262地級市から成る。

[3] 『中国都市総合発展指標』は2016年以来毎年、中国都市ランキングを内外で発表してきた。同指標は環境・社会・経済という3つの軸(大項目)で中国の都市発展を総合的に評価している。同指標の構造は、各大項目の下に3つの中項目があり、各中項目の下に3つの小項目を設けた「3×3×3構造」で、各小項目は複数の指標で構成される。これらの指標は、合計882の基礎データから成り、内訳は31%が統計データ、35%が衛星リモートセンシングデータ、34%がインターネットビッグデータである。その意味で、同指標は、異分野のデータ資源を活用し、「五感」で都市を高度に知覚・判断できる先進的なマルチモーダル指標システムである。現在、中国語(『中国城市総合発展指標』人民出版社)、日本語(『中国都市ランキング』NTT出版)、英語版(『China Integrated City Index』Pace University Press)が書籍として出版されている。『中国都市総合発展指標』について詳しくは、周牧之ら編著『環境・経済・社会 中国都市ランキング2018―〈大都市圏発展戦略〉』、NTT出版、2020年10月10日を参照。

[4] 『中国都市総合発展指標』において、各都市のCO2排出量は、人為的CO2排出量データセット「ODIAC」の推定値を使用している。ODIACデータセットは、人為的CO2排出量を全世界カバーし、約1kmメッシュ(3次メッシュ)で構成され、2000年1月から2019年12月(最新)まで毎月公開されている。『中国都市総合発展指標』では、地理情報システム(GIS)を用いて、年・都市別データに加工・集計している。CO2排出量は、2000年からODIACデータセットについて、詳しくは、ODIACホームページ(https://db.cger.nies.go.jp/dataset/ODIAC/)(最終閲覧日:2022年10月12日)を参照。

[5] 中心都市とは、中国にある4つの直轄市、22の省都、5つの自治区首府、5つの計画単列市、合計36都市を指す。中国の中心都市について詳しくは、周牧之「メインレポート:中心都市発展戦略」、周牧之ら編著『環境・社会・経済 中国都市ランキング2017〈中心都市発展戦略〉』、NTT出版、2018年12月26日、pp167-223を参照。

[6] 三大メガロポリスとは、珠江デルタメガロポリス(9都市)、長江デルタメガロポリス(26都市)、京津冀メガロポリス(10都市)を指す。三大メガロポリス、そして中国のメガロポリス政策について詳しくは、周牧之「メインレポート:メガロポリス発展戦略」、周牧之ら編著『環境・社会・経済 中国都市ランキング 〈中国都市総合発展指標〉』、NTT出版、2018年5月31日、pp129-213を参照。

[7] 「中国都市製造業輻射力2020」について詳しくは、雲河都市研究院「中国で最も輸出力の高い都市はどこか? 〜2020年中国都市製造業輻射力ランキング」、In Japanese.China.org.cn、2022年9月22日(http://japanese.china.org.cn/business/txt/2022-09/22/content_78433666.htm)(最終閲覧日:2022年10月19日)を参照。

[8] 衛星データのGIS解析を駆使して算出した中国都市CO2排出量データは、2019年が最新である。本論では、中国都市製造業輻射力など他のデータを、CO2排出量データと比較する際、データを2019年に合わせず、最新のデータを使用する。

[9] なお、一部都市では、2020年度の発電データが公表されていない。その際は、一番近い年次のデータを参照した。また、データが未公開の都市については、省ベースのデータからGDP及び人口などのデータを用いて推計した。

[10] 中国都市別におけるエネルギー消費量データは公開されていない。『中国都市総合発展指標』では、各都市から公表されている「GDP当たりエネルギー消費量(TCE; ton of coal equivalent、標準石炭換算トンベース)」をそれぞれ収集し、GDPおよびCO2排出量データを組み合わせることで、エネルギー消費量当たりCO2排出量を推計している。

[11] 中国の都市化について詳しくは、周牧之「メインレポート:大都市圏発展戦略」、周牧之ら編著『環境・経済・社会 中国都市ランキング2018―〈大都市圏発展戦略〉』、NTT出版、2020年10月10日、pp170-241を参照。


 本論文は、周牧之論文『都市から見た中国の二酸化炭素排出構造と課題―急増する中国とピークアウトした日米欧―』より抜粋したものである。『東京経大学会誌 経済学』、317号、2023年。

【論文】周牧之:アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準

周牧之 東京経済大学教授


▷CO2関連論文①:周牧之『世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題』
▷CO2関連論文②:周牧之『二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧』
▷CO2関連論文③:周牧之『中国の二酸化炭素排出構造及び要因分析


 一般的には、経済成長がCO2排出を増大させていると思われがちである。現に中国はそのようなパターンで突き進んでいる。他方、同じ経済大国でもアメリカは近年、経済成長を維持しながらCO2排出を削減するパターンを作り出している。もちろんその他の先進諸国のほとんども、CO2の排出量を削減してきている。但し、それら諸国の経済規模は米中と比べて小さく、またその大半が現在、低成長に喘いでいる。本論ではアメリカと中国の、成長とCO2排出の関係について分析し、異なる経済水準の実態を明らかにする。


1.6大要素から見た世界のCO2排出状況


 一国のCO2排出水準を左右する最も決定的な要因は何だろうか。拙論『世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題』で基本的な6大要素を提示した[1]。一国のCO2排出状況は、下記の6大要素を指標として、総合的に評価する必要がある。

① エネルギー消費量当たりCO2排出量(carbon intensity of energy、エネルギー炭素集約度)[2]

 この指標は、一次エネルギー源の品質と効率に関連している。例えば、現在、石炭が一次エネルギーの主役である中国のようなエネルギー構造では、エネルギー消費量当たりCO2排出量が多い。今後、火力発電の一次エネルギーを石炭から天然ガスに転換することや、風力、太陽光、水力などの再生可能エネルギーの割合が増えること、また原子力発電の発展などにより、エネルギー消費量当たりCO2排出量は減少していくと考えられる。エネルギー炭素集約度を引き下げるためには、炭素の少ないエネルギー源を選択することが必要となる。

② GDP当たりエネルギー消費量(energy intensity、エネルギー効率)[3]

 この指標は、工業化の初期においては悪化するが、工業化の進展に伴う産業構造の高度化、低効率生産能力の淘汰、技術の向上などにより、エネルギー効率は好転する。したがって、長期的には、一国のGDP当たりエネルギー消費量の曲線は、工業化の初期には急上昇し、工業化が順調に進めば、いずれ減少傾向を迎える。エネルギー効率を引き下げるためには、省エネルギーの推進などが必要となる。

③ GDP当たりCO2排出量(carbon intensity、炭素強度)[4]

 この指標は、一国の経済とCO2排出量の関係を示す重要な指標である。エネルギー消費量当たりCO2排出量とGDP当たりエネルギー消費量の相互作用により、炭素強度のレベルが決まる。炭素強度は、技術進歩や経済成長に伴い低下していく。 

 ④ 一人当たりGDP[5]

 生活水準の向上はCO2排出に大きな影響を及ぼす。一人当たりGDPは経済発展の度合いを測る指標である。経済発展の初期では、産業活動が拡大し、衣食住および交通など生活パターンの近代化をもたらす。よって、一人当たりエネルギー消費量が増加し、それに相まってCO2排出量も増加する。しかし、現在の先進諸国は既にこの段階を卒業し、産業構造の高度化やクリーンエネルギーの発展などにより、一人当たりGDPを成長させながら、CO2排出量を削減している。

人口の規模[6]

 人口規模がCO2排出に直接影響を与える。人口が多くなるほど経済規模も大きくなり結果としてCO2排出量も多くなる。また、人口構造がエネルギー消費に与える影響も無視できない。

一人当たりCO2排出量[7]

 この指標は、上記5つの要素の相互作用の結果を反映する。実際、これは一国におけるCO2排出量をはかる最も重要な指標である。一人当たりCO2排出量の変曲点がCO2排出量の本当の意味でのピークアウトとなる。

図1 世界におけるCO₂排出量および6大要素の推移(1990-2020年)

出所:Global Carbon Project (GCP)データセット、国連データセット、BPデータセットより作成。

 図1は、1990年を起点とし、1990年の値に対するそれぞれの指標の変化率で、世界全体における6大要素及び年間CO2排出量の経年的な相対変化を示した。過去30年間、世界全体は人口増加以上にGDPを大きく成長させた。これによって、一人当たりGDPが151.3%成長し、人類にとって最も富の創出がなされた時期となった。但し、世界全体の人口増、そして経済規模の拡大により、CO2排出量も50.6%増加した。

 この間、技術進歩や省エネルギーへの努力、そして自然エネルギーの導入などにより、世界全体のGDP当たりエネルギー消費量(エネルギー効率)は55.8%減少し、エネルギー消費量当たりCO2排出量(エネルギー炭素集約度)は8.2%減少した。それにより、GDP当たりCO2排出量(炭素強度)も59.4%減少した。世界は総じてよりCO2をより出さない成長へと向かっている。しかし、CO2排出総量はいまだ増え続け、その排出規模自体が現在の地球生態にとって耐え難いものとなっている。「2℃目標[8]」と「1.5℃の追及[9]」の達成には、更に抜本的な取り組みが急がれる。

 上記の分析から分かるように、CO2排出水準は、人口動態だけでなく、経済成長そして産業構造、エネルギー効率、一次エネルギー構成などからなる成長パターンと大きく関係している。

 経済成長とCO2排出水準の関係は、上記期間での二つの世界的な経済危機がCO2排出量に与えた影響からも、明らかである。2008年の金融危機の後、世界のCO2排出量は大きく減少した。さらに、新型コロナウイルス・パンデミックによって、2020年に世界のGDPが前年比2.8%減少したことで、CO2排出量も前年比で6.3%減少した。

 人口動態、経済成長そして成長パターンがどう複雑に絡み合って各国のCO2排出水準に影響を与えているかを、個別に見ていく必要がある。本論では、世界最大のCO2排出大国である中国とアメリカを取り上げ、6大要素を用いて分析する。

2.アメリカ:CO₂排出量削減と共に成長を実現


 上述したように、世界全体で見た場合、経済成長とCO₂排出量には、強い相関関係がある。多くの場合、国が豊かであれば、より多くのCO2を排出する。これは、化石燃料を燃やすことで得られるエネルギーをより多く使っていることに由来する。

 しかし現在、先進国では自然エネルギーや原子力発電の導入、また省エネルギーへの努力や産業構造の高度化により、CO2排出量を削減しながら経済成長を実現している。その最たる例が、アメリカである。

 図2でアメリカにおけるCO₂排出6大要素推移をみると、1990年から2020年までの30年間で同国の一人当たりGDPは158.7%と著しく拡大した一方、CO₂排出量は減少した。アメリカのCO₂排出量は1990年代にはまだ増加傾向にあり、2005年をピークに減少傾向に反転した。現在同国のCO₂排出量は、1990年よりも下回っている。2005年以降、アメリカではGDPが上昇しながらCO₂排出量は大きく減少している。

 アメリカでCO2排出量を削減できた主な理由は2つ考えられる。1つ目は、グローバリゼーションを積極的に推し進め、産業の高度化を図った結果である。すなわち、サプライチェーンのグローバル展開により、国内ではエネルギー使用量が少なく付加価値の高い部門に特化する努力がなされた。アメリカでは、経済のエネルギー集約型から知識集約型へのシフトがかなり成功したと言えよう。

 2つ目は、エネルギー革命がある程度成功した結果である。アメリカは、クリントン大統領の時代から再生エネルギーの開発とCO2排出量削減のための政策を打ち出した。その後大統領の交代により何度か浮き沈みはあったものの、エネルギーミックスの高度化が図られてきた。2017年にアメリカ西部の11州では、総電力量の42%もが再生可能エネルギーで賄われている。対照的に、CO2を大量に出す石炭火力は同国で衰退し続けている。特筆すべきは、カーター大統領時代に始まった小規模天然ガス火力発電を開発する政策によって、2002年には小規模天然ガス火力発電がアメリカの電源構成で最大のシェアを占めるまでになった。シェールガス革命はこの傾向をさらに強めた[10]。小規模天然ガス火力発電は、石炭火力と比べCO2排出量を削減できると同時に、消費地に近い立地が可能なことで、発電に伴う廃熱を熱源として消費地に供給できるコージェネレーション(熱電併給)[11]の構築に有利である。これにより、エネルギー効率はかなり向上させられる。

 こうした努力の結果、アメリカではCO2排出量だけでなく、エネルギー消費量当たりCO2排出量、GDP当たりエネルギー消費量、GDP当たりCO2排出量、および一人当たりCO2排出量が共に減少した。

図2 アメリカにおけるCO₂排出量および6大要素の推移(1990-2020年)

出所:Global Carbon Project (GCP)データセット、国連データセット、BPデータセットより作成。

3.中国:CO₂排出量削減と共に成長する経済水準に至らず


 中国は世界CO₂排出量におけるシェアを1990年の10.9%から2020年の30.7%へと急拡大させた。図3は6大要素推移で中国CO₂排出状況を分析している。まず圧倒的な変化は、一人当たりGDPの成長である。中国の一人当たりGDPは、この30年間で約30倍の規模にまで膨れ上がった。

 一方、大規模な産業発展、急速な都市化、巨大な人口の生活パターンの近代化により、エネルギー消費量が急拡大し、中国のCO2排出量は30年間で4.3倍の規模にまで増加、いまだピークに達していない。一人当たりCO2排出量も3.5倍に拡大した。つまり中国は、アメリカのように、経済成長とCO2排出量の削減を同時に実現させる経済水準にはまだ至っていない。

 しかしながら、中国ではエネルギー当たりCO2排出量(エネルギー炭素集約度)、GDP当たりエネルギー消費量(エネルギー効率)、GDP当たりCO2排出量(炭素強度)のいずれもがすでに変曲点に達し、明確な減少傾向を示している。エネルギー当たりCO2排出量では、中国は1990年に比べて2020年に16.3%減少した。この間、GDP当たりエネルギー消費量とGDP当たりCO2排出量も其々86.2%と88.4%も減少した。これらは、中国が近年、省エネの奨励、クリーンエネルギーの開発に多大な努力を払ってきた結果である。中国が推進する「循環低炭素型の発展」政策[12]は、すでに一定の成果を上げている。とはいえ、世界の「2℃目標」を達成するためには、CO2排出量最大国としては速度不足の感が否めない。

 2020年12月12日開催の国連気候野心サミットで発表した「2030年までにCO₂排出量のピークアウトに努め、2060年までにカーボンニュートラルを目指す」中国の公約[13]を達成するには、各都市が主役となり競い合って努力することが肝要となる。

図3 中国におけるCO₂排出量および6大要素の推移(1990-2020年)

出所:Global Carbon Project (GCP)データセット、国連データセット、BPデータセットより作成。

(本論文では栗本賢一、甄雪華、趙建の三氏がデータ整理と図表作成に携わった)


[1] 周牧之『世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題』、東京経大学会誌(経済学)、2021年12月、311号、pp.55-78。

[2] エネルギー消費量当たりCO2排出量は、エネルギー消費量に対するCO2の排出量を表す指標であり、エネルギー源による環境負荷を表す重要な指標である。エネルギー消費量当たりCO2排出量を減らすことで、気候変動を引き起こす原因であるCO2の排出量を抑えることができる。これにより、環境負荷を軽減することができる。エネルギー消費量当たりCO2排出量を減らすためには、エネルギー源を変えることが有効である。例えば、化石燃料を使わないエネルギー源を使うことで、CO2の排出量を減らすことができる。また、同じ化石燃料の中でも石炭、石油、天然ガスの、CO2の排出量は異なるため、石炭から石油、天然ガスに切り替えるだけでもエネルギー消費量当たりCO2排出量を低減できる。さらに、エネルギー効率を高めることで、エネルギー消費量を減らすことができる。これにより、エネルギー消費量当たりCO2排出量も減少できる。また、CO2を吸収する植物を増やすことや、温室効果ガスを地下に封じ込むことなども同指標の改善につながる。

[3] GDP当たりエネルギー消費量は、経済成長とエネルギー消費の関係を表す指標である。同指標は、産業構造がエネルギー多消費型産業の製造業から、知識産業やサービス産業へと高度化することにより、改善される。また、技術と設備の高度化により、エネルギー効率が向上し、同指標の改善が図られる。さらに、コンパクトシティの推進、省エネ建築・省エネ器具などの導入も同指標の改善につながる。そうした努力によって、経済成長を維持しつつも、エネルギー消費を抑制することができる。

[4] GDP当たりCO2排出量は、GDPに対するCO2の排出量を示し、経済活動による環境負荷を表す重要な指標である。同指標を改善するためには、農業や林業の振興で、CO2を吸収する植物を増やすこと。また、サービス業や情報技術分野の振興で、経済活動を資源やエネルギーをより使わない分野へシフトすること。さらに、エネルギー源のクリーン化や、省エネの推進なども同指標の改善につながる。

[5] 一人当たりGDPは、それぞれの国の一人あたりの生産能力を示す指標であり、経済発展度を表す重要な指標とされている。一人当たりGDPを高めることで、国民の生産能力が高まり、購買力も高まる。

[6] 人口の規模とは、ある地域や国の人口を表す指標で、経済や文化、政治などに大きく影響を与える重要な指標である。人口の規模は、出生率や死亡率、人口移動など様々な要因によって変化する。人口激増、少子化、高齢化、人口縮小、移民問題など人口にまつわるイシューは、世界各国のさまざまな発展段階で、大きな課題となっている。当然、人口規模とエネルギー資源との関係は深い。人口規模の多い方がよりエネルギー消費が多い。

[7] 一人当たりCO2排出量は、ある地域や国の一人当たりのCO2排出量を示す指標であり、環境負荷を表す重要な指標である。発展段階によって同指標は変化する。経済発展の初期は、同指標は大きく伸びる。経済発展の高度化の段階では、エネルギー源のクリーン化、省エネ推進、産業構造の変化などにより、同指標は改善される。

[8] 2℃目標とは、気候変動による地球温暖化を防止するために、地球全体の平均気温の上昇を、産業革命前(すなわち人為的な温暖化が起きる前)と比べて2℃未満に抑えることを目指す国際的な目標である。この目標は、2015年、気候変動枠組条約締約国会議(COP)にて、「パリ協定(国連気候変動枠組条約)」が発効した際に採択された。2℃目標を達成するためには、温室効果ガスの排出を大幅に減らすことが必要とされる。これには、脱化石燃料の推進や省エネの取り組み、温室効果ガス吸収技術の開発などが含まれる。世界の主要各国では、2℃目標の達成に向けて、温室効果ガスの排出削減を目指す政策が採用されている。

[9] 1.5℃の追求は、2015年の「パリ協定」が発効した際に、世界全体の長期目標として、2度目標とともに、1.5度に抑える努力の追求(1.5度目標)も示された。平均気温上昇を1.5℃に抑えると、2℃上昇する場合と比べて極端な豪雨や熱波が少なくなり、2100年までの海面上昇は約10cm低くなるといわれている。2018年には、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)より「1.5℃」目標に関する特別報告書が発表された。

[10] アメリカのエネルギー政策に関して詳しくは、小林健一著『米国の再生エネルギー革命』、日本経済評論社、2021年2月25日を参照。

[11] コージェネレーション(熱電併給)とは、火力発電に伴う余熱を工業プロセスや建物の空調、温水供給などに使う熱エネルギーとして利用するシステムである。コージェネレーションは、熱エネルギーを効率的に利用することで、エネルギー効率が高く、環境に優しい技術とされている。従来の火力発電システムでは、一次エネルギー利用率は40%程度なのに対し、コージェネレーションシステムは70〜80%の利用率となる。環境負荷の低い小型天然ガス発電所を消費地に隣接し、コージェネレーションを効率的に進めることが肝要である。

[12] 2012年中国共産党第18回党大会は「グリーン発展、循環発展、低炭素発展」をベースにした「生態文明建設」を打ち出した。2017年中国共産党第19回党大会では「循環低炭素型の発展」を正式に打ち出し、中国新時代社会主義建設の一大戦略と位置付けた。詳しくは、中国共産党第18回党大会コミュニケ(中国語版)http://cpc.people.com.cn/n/2012/1118/c64094-19612151.html(最終閲覧日:2022年10月19日)及び第19回党大会コミュニケ(中国語版)http://www.gov.cn/zhuanti/2017-10/27/content_5234876.htm(最終閲覧日:2022年10月19日)を参照。

[13] 中国の習近平国家主席は2020年12月12日、同日開幕した国連気候野心サミットの演説で、「GDPを分母とした二酸化炭素の原単位排出量を2030年までに2005年比65%削減する」との目標を新たに発表した。


 本論文は、周牧之論文『都市から見た中国の二酸化炭素排出構造と課題―急増する中国とピークアウトした日米欧―』より抜粋したものである。『東京経大学会誌 経済学』、317号、2023年。

【論文】周牧之:二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧

周牧之 東京経済大学教授


▷CO2関連論文①:周牧之『世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題』
▷CO2関連論文②:周牧之『アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準』
▷CO2関連論文③:周牧之『中国の二酸化炭素排出構造及び要因分析


 エジプトのシャルム・エル・シェイクで、2022年11月6日から11月20日まで開催された国連気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)は、閉会予定を48時間も超過する長丁場の交渉を行った。交渉の焦点は、二酸化炭素(CO2)排出量の責任問題であった。とくに累積排出量でトップのアメリカと、現在の排出量でトップの中国の存在が目立った。CO2をはじめとする温室効果ガスは、長期にわたって残存する[1]。そのため、気候変動の責任について考える際は、歴史をさかのぼって累積の排出量を考慮しなくてはならない。

 CO2の累積排出量ではアメリカが群を抜く最大の排出国であり、EU及びイギリスと合わせれば、全排出量の46%を占める。欧米は化石燃料をエネルギーとして数世紀にわたり経済成長を謳歌してきた。他方、中国を始めとする途上国は、急速な経済成長を実現し、CO2の排出を急拡大している。こうした複雑な構図は、CO2削減における国際的な議論と合意を困難にしている。

 世界における二酸化炭素排出構造を明らかにするためには、産業革命以来今日までの長いスパンで、各国の二酸化炭素排出状況を分析する必要がある。本論はこうした地球規模のCO2排出構図を、産業革命以来のデータを用いて解明する。


1.地球温暖化が確実に進行


 地球温暖化が確実に進行している。図1が示すように、陸域における地表付近の気温と海面水温の平均からなる世界の平均気温は、1961〜1990年の30年平均値の基準値から2019年までの偏差が、+0.74℃と急激に上がった。世界の平均気温は、産業革命以前に比べ1℃以上も上昇している。

図1 世界平均気温の変化(1850-2019年)

出所:Met Office Hadley Centre「HadCRUT4」データセットより作成。

 地球の長い歴史の中で、気温と温室効果ガス、特にCO2の濃度には強い相関のあることが、IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change:気候変動に関する政府間パネル)で、立証され[2]産業革命後、著しく増加した温室効果ガスが世界平均気温の急激な上昇をもたらしている。地球温暖化を抑えるには、人為起源のCO2の排出量を抑えなければならない。2015年12月の「国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)」は気候変動緩和策について協議し、「パリ協定」を締結した。世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保つとともに、1.5℃に抑える努力を追求すること、いわゆる「2℃目標」と「1.5℃の追及」が示された。


  また、2018年10月のIPCCでは、『1.5℃特別報告書』[3]が採択された。地球温暖化がかつてない勢いで進行する中、世界は「産業革命後の気温上昇を1.5℃に食い止める」目標に向かって邁進している。

2.急増するCO2濃度が地球温暖化をもたらす


 世界を急進的なCO2削減目標へと向かわせたのは、CO2濃度の大幅かつ急激な上昇が、地球温暖化を加速し、地球規模の気候災害や生態破壊をもたらしているからである。図2が示すように、世界平均の大気中CO2濃度は過去80万年間変動はあったものの、300ppmを超えることはなかった。しかし、産業革命が起こり、化石燃料の燃焼による人為的なCO2排出が増加したことで、この状況は一変した。過去数世紀、特にここ数十年間に、地球上のCO2濃度は急上昇している。

 20世紀半ばまで、排出量の増加は比較的緩やかで、1950年の世界全体におけるCO2排出量は60億トンであった。それが1990年になると約4倍の220億トン以上に拡大した。その後も排出量は急増し、現在では毎年340億トン以上が排出されている。その結果、世界の大気中CO2濃度は80万年間300ppm以内で推移した局面が崩れ、現在では400ppmをはるかに超える濃度に達している。新型コロナウイルス・パンデミックの影響により、直近の2年間は世界全体のCO2排出量の伸びが鈍化しているものの、いまだピークアウトしていない。

 また、地球上の大気中のCO2濃度が増加しただけでなく、その変化速度が極めて急激であることにも注目すべきである。CO2濃度の変化は、数百年、数千年、そして数万年単位で起こってきた。しかし、20世紀後半以降のCO2濃度の急上昇は、急速な温暖化をもたらし、地球全体のシステムにとって適応に必要な時間を遥かに超え、気候災害や生態破壊をもたらしている。

図2 世界の大気中CO2濃度の推移(803,720BCE-2022年)

注:土地利用変化は含まない。
出所:アメリカ海洋大気庁(NOAA)データセットより作成。

3.CO2排出量を増やし続ける中国とインド、ピークアウトした日欧米


 CO2排出量の急増をもたらした国はどこだろう?図3は、世界のCO2排出量メインプレイヤーの1750年から2020年における、化石燃料および産業由来のCO2排出推移を分析している。 2020年の時点でCO2排出量の最も多い5カ国は、中国、アメリカ、インド、ロシア、日本である。分析は、これにEU(27カ国合計)[4]とイギリスを加えた。2020年において、これら6カ国とEUは、合計で年間233.6億トンのCO2を排出し、世界の排出量の67.1%を占めた。

 2020年における世界最大の排出国は中国である。中国は、世界貿易機関(WTO)に加盟した2001年から、経済発展と比例するように年間CO2排出量を急増させている[5]。2020年に中国のCO2排出量は106.7億トンに達し、世界の30.7%を占めた。

 2020年、アメリカのCO2排出量は47.1億トンで、世界の13.5%を占め、中国に次ぐ排出大国となっている。次いで、EU(27カ国合計)のCO2排出量は26億トンで、世界の7.5%を占めている。インドは同24.4億トンで世界の7.0%を占め、ロシアは同15.8億トンで世界の4.5%を占めている。日本は同10.3億トンで、世界の3.0%を占めている。産業革命後100年以上にわたりCO2排出量の最も多かったイギリスは同3.3億トンで、世界シェアは0.9%に縮小した。

 これらの国と地域の中で、中国とインドはまだピークアウトしておらず、CO2排出量は増え続けている。他方、日米欧はすでにピークアウトし、CO2排出量は減り続けている。

図3 国・地域別年間CO2排出量の推移(1750-2020年)

注1:化石燃料および産業起原CO2排出量である。
注2:土地利用変化は含まない。
出所:Global Carbon Project (GCP)データセットより作成。

4.パワーシフトを反映するCO2排出量シェアの増減


 時間軸で見ると、これまで、世界のCO2排出量のメインプレイヤーは幾度も変わってきた。図4は、1750年から2020年までの上記国・地域の年間CO2排出量シェア推移を分析している。この分析で、CO2排出量の分布が、時代とともに大きく変化していることが伺える。産業革命発祥の国イギリスは、1888年にアメリカに追い越されるまで、世界最大のCO2排出国であった。イギリスは石炭を大量に燃やし、工業生産と生活水準の向上を成し遂げる工業化モデルを、世界で最初に実現させた国である。

 その後アメリカが、大量生産大量消費の発展モデルを確立し、石油を石炭に代わるエネルギーの主役に置き、モータリゼーションを押し進め、世界最大の経済大国にのし上がった。第二次大戦後、安価の石油、天然ガスを世界中から調達して繁栄を謳歌し、世界経済を牽引した。2000年にはアメリカは世界におけるCO2排出量のシェアを、23.8%とピークにした。なおアメリカのCO2排出量ピークは2005年で、同年の世界シェアは20.7%であった。

 中国は改革開放後、長期にわたる経済成長を実現してきた。石炭を中心とする化石燃料の大量消費によって、世界におけるCO2排出量のシェアも急激に上昇し、2006年に同シェアは21.2%に達し、アメリカを超えて世界最大のCO2排出国となった。

 化石燃料をベースとした近代経済の発展は、世界経済におけるパワーシフトに如実に反映され、各国のCO2排出量シェアを増減させた。こうした状況の打開には、化石燃料をベースとした発展モデルからの脱却が不可欠となる。

図4 国・地域別年間CO2排出量シェアの推移(1750-2020年)

注1:化石燃料および産業起原CO2排出量である。
注2:土地利用変化は含まない。
出所:Global Carbon Project (GCP)データセットより作成。

5.アジア地域は世界CO2排出量急増のメインプレイヤー


 地球温暖化の緊急性を高めたのは、CO2排出総量を急拡大させたアジア地域である。図5は、1750年から2020年までにおける国・地域別のCO2排出量推移を示している。欧米は20世紀中頃まで、世界のCO2の大半を排出していた。1900年には排出量の95.7%が欧米によるもので、1950年時点でも排出量の82.1%を欧米が占めていた。しかし、1980年になると、世界における欧米のCO2排出量シェアは64.4%に下がった。

 一方、アジア地域のCO2排出量は急増し、1980年にはアジア全域での同世界シェアが22.6%を占めるまで上昇した。その後、アジア地域のCO2排出量は拡大し続けた。2001年には、世界におけるアジア全域のCO2排出量シェアは36.4%となり、2020年に同シェアは58.4%に至った。世界の約6割のCO2をアジアが排出する事態となった。

 アジアがCO2排出量を急増させる中、世界における欧米のCO2排出量シェアは相対的に低下した。2001年には、欧米のCO2排出量シェアは47.9%と5割を下回り、2020年に同シェアは27.8%と3分の1を下回った。

 CO2排出量におけるアジアシェアの急拡大は、日本、NEIS、中国、ASEAN、インドが立て続けに行った工業化や都市化に因る。なかでも13億人口を抱える中国の影響は大きい。  

 改革開放政策の初期にあたる1980年、中国の世界CO2排出量におけるシェアは7.7%であった。2001年には、中国の同世界シェアは13.8%となり、20年間で2倍近くになった。それから更に20年後の2020年に中国の同世界シェアは30.7%となり、一国で欧米全体のCO2排出シェアを上回るに至った。

 CO2排出量におけるアジア地域の存在が高まる中、アフリカと南米の両地域は、それぞれ同世界シェアの3〜4%に留め、メインプレイヤーにはなっていない。

 欧米のCO2排出量世界シェアの低下は、アジアの排出量の急増によると同時に、この間の欧米の排出量がピークアウトし、減り続けてきたことも大きな要因である。

 しかし、世界のCO2排出量は1980年から2020年までの40年間で、1.8倍に急増した。図5の分析からわかるように、この間の急増ぶりに最も貢献したのは、アジア地域である。急増するアジアの排出量は、未だピークアウトの兆しを見せていない。

 大気中のCO2濃度を安定させ、さらに削減させるには、大気中に排出される温室効果ガスと大気中から除去される温室効果ガスが同量でバランスが取れている「ネットゼロ」[6]をまず達成する必要がある。そのためには、アジアでの大規模かつ迅速な排出量削減が不可欠である。メインプレイヤーとしての中国のCO2削減圧力は極めて高い。

図5 国・地域別年間CO2排出量推移(1750-2020年)

注1:化石燃料および産業起原CO2排出量である。
注2:土地利用変化は含まない。
注3:国際航空・海運輸送は、国や地域の排出量に含まれていない。
出所:Global Carbon Project (GCP)データセットより作成。

6.累積で最もCO2排出した欧米と、現在CO2を大量排出するアジア


 しかし、産業革命以降、CO2を最も排出している国はどこだろう?上記の分析では1980年代以降、世界におけるCO2排出量を急増させたのがアジア地域であることが明らかになった。但し、CO2の大部分は一度排出されると何百年もの間、大気中に残ることが知られている。CO2の排出問題においては、これまでの累積排出量に関わる議論が必要となる。

 図6及び図7の分析では、いままで長い間CO2を排出してきた欧米諸国と、ごく最近大量にCO2を排出し始めたアジア地域との対立的な構図が見える。

 本論での1750年からの計算により、産業革命以来これまで人類は1兆7千億トンものCO2を排出してきた。大気中にCO2を最も排出してきた国は、CO2問題に取り組む上で最大の責任を負うべきだとのロジックがある。

 図6は、1750年から2020年までにおける国・地域別の累積CO2排出量推移を示している。アメリカは累積で約4,167億トンのCO2を排出し、世界における累積排出量の24.6%も占めた[7]。アメリカの累積CO2排出量は、中国の同13.9%シェアの1.8倍以上である。EU(27カ国)も、累積CO2排出量における世界シェアは17.1%と極めて大きい。産業革命の発祥地であるイギリスの同シェアは4.6%で、日本の同シェアは3.9%[8]である。

 現在のCO2排出量上位に占めるインドやブラジルなどの新興国は、累積CO2における貢献度はまだそれほど大きくない。アフリカ地域の貢献度は、その人口規模に比して非常に小さい。現在においても、アフリカ地域の一人当たりのCO2排出量はまだ少ない。

 過去に大量にCO2を排出してきた欧米諸国は長い時間をかけてピークアウトをした。これに対して、最近大量にCO2を排出し始めた新興国は、短期間でピークアウトしなければならない。そこにCO 2削減に関する国際交渉において、時間軸的ロジックの対立がある。

図6 国・地域別累積CO2排出量の推移(1750-2020年)

注1:化石燃料および産業起原CO2排出量である。
注2:土地利用変化は含まない。
出所:Global Carbon Project (GCP)データセットより作成。

 図7は、1750年から2020年までの国・地域別累積CO2排出量シェア推移を示している。1950年まで、累積CO2排出量の半分以上はヨーロッパによるものであった。とくにイギリスの排出量が大きい。1882年までは世界の累積CO2排出量の半分以上を同国が出していた。

 その後、アメリカが100年以上に渡り、CO2排出量の拡大を牽引した。アジア地域がCO2排出量を伸ばしたのは直近50年ほどのことである。世界に占めるアジア地域のCO2排出量の割合は近年、非常に増加している。

 累積でCO 2を最も排出した欧米諸国のほとんどは、ピークアウトを経て、世界におけるCO2排出量のシェアを急減させた。なかでも長期にわたり大量のCO2を出してきたイギリスは、2020年CO2排出量の世界シェアが1%を切った。これに対して、ごく最近CO2を大量に排出し始めた中国を始めとするアジア地域は現在、世界CO2排出量拡大を牽引している。こうした複雑な構図は、CO2削減における国際的な議論と合意を困難にしている。

図7 国・地域別累積CO2排出量シェアの推移(1750-2020年)

注1:化石燃料および産業起原CO2排出量である。
注2:土地利用変化は含まない。
出所:Global Carbon Project (GCP)データセットより作成。

(本論文では栗本賢一、甄雪華、趙建の三氏がデータ整理と図表作成に携わった)


[1] 温室効果ガスが大気中に残存する時間(大気寿命)は、ガスの種類や放出量によって異なり、一般的には数十年から数百年程度とされている。例えば、二酸化炭素は平均して100年〜1000年程度、メタンは約12年、フッ素化物(HFC)は約15年とされている。ただし、これらの数値はあくまでも平均値であり実際の値はさまざまな要因によって異なる。

[2] IPCC, 2013: Climate Change 2013: The Physical Science Basis. Contribution of Working Group I to the Fifth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [Stocker, T.F., D. Qin, G.-K. Plattner, M. Tignor, S.K. Allen, J. Boschung, A. Nauels, Y. Xia, V. Bex and P.M. Midgley (eds.)]. Cambridge University Press, Cambridge, United Kingdom and New York, NY, USA.

[3] 同報告書の正式名称は、『気候変動の脅威への世界的な対応の強化、持続可能な発展及び貧困撲滅の文脈において工業化以前の水準から1.5℃の気温上昇にかかる影響や関連する地球全体での温室効果ガス(GHG)排出経路に関する特別報告書』である。

[4] EUは通常、集団として交渉を行い、目標を設定することから、地域として分析対象に加えた。

[5] WTO加盟後の中国経済の成長について、詳しくは、周牧之・陳亜軍・徐林編著『環境・社会・経済 中国都市ランキング2017: 中心都市発展戦略』、NTT出版、2018年11月、p.167-174を参照。

[6] ネットゼロ(Net-zero)とは、「温室効果ガスの人為的な大気中への排出量と、一定期間における人為的な除去量が釣り合った状態」と定義され、温室効果ガスの排出量が完全にゼロになるように調整された状態のことを指す。また、ネットゼロは、パリ協定の1.5℃目標の達成に整合する排出量削減が求められている。一方、よく似た概念として、カーボン・ニュートラル(Carbon neutral)が存在するが、カーボン・ニュートラルは、温室効果ガスの排出量と吸収量・除去量を均衡させることを指す。

[7] アメリカのCO2排出量データは1800年からである。

[8] 日本のCO2排出量データは1868年からである。


本論文は、周牧之論文『都市から見た中国の二酸化炭素排出構造と課題―急増する中国とピークアウトした日米欧―』より抜粋したものである。『東京経大学会誌 経済学』、317号、2023年。

【論文】周牧之:世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題

Global CO2 emissions and China’s challenges

周牧之 東京経済大学教授

編者ノート:

 二酸化炭素(CO2)排出量の急増による地球温暖化は、世界各地で異常気象災害を頻繁に引き起こしている。地球規模の気候変動はもはや人類共通の課題となっている。このような背景から、2021年4月22日開催の気候変動サミット(Leaders’ Summit on Climate)に出席した40カ国・地域の首脳がこぞって、2030年までのCO2排出量削減目標を明確に示した。

 中国は、今回のサミットで、「CO2排出量のピークアウトとカーボンニュートラルを生態文明建設の全体計画に組み込む」と宣言した。中国はすでに2020年9月22日の国連総会で「CO2排出量を2030年までにピークアウトさせ、2060年までにカーボンニュートラルを達成するよう努力する」と誓った。

 本論は、CO2排出量上位30カ国のデータを用いて、現在世界のCO2排出構造はどのようになっているのか?CO2排出量に影響を与える主な要因は何か?各国が直面している課題とは?等問題について、分析する。


▷CO2関連論文①:周牧之『二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧』
▷CO2関連論文②:周牧之『アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準』


 2021年4月26日に「全球碳排放格局和中国的挑战」と題した中国語レポートを中国の大手ネットメディア『中国網』で発表[1]、好評を得て百を超える中国のメディアやプラットフォームに転載された。5月8日には同レポートの英語版「Global CO2 emissions and China’s challenges」が『China Net』に掲載され[2]、『China Daily』や中国国務院新聞弁公室『China SCIO Online』にも転載された。同レポートの日本語版「世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題」も、5月19日に『チャイナネット』に掲載された[3]

 メディアの性質上、注釈や図表などの制限があったため、本論文では、このレポートをベースに注釈を加え、最新情報をアップデートし、問題提起をさらに掘り下げて検証する。

レポート「世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題」の
中国語、英語、日本語版


 21世紀最初の20年間は人類史上CO2排出量が最も増えた時代である。世界のCO2排出量を、3つに分けて考えると図1が示すように、①1979年までに積み上げた排出量は現在の54%と約半分に相当する。②1980〜1999年の20年間での増加分は現在の15.3%に相当する。③2000〜2019年の20年間での増加分は現在の30.7%を占めている。つまり、今日世界のCO2排出量の半分弱が1980年以降に増えたのである。さらに特筆すべきは、21世紀最初の20年間で増加したCO2排出量は、1980〜1999年の20年間に増加した分量と比べさらに2倍になったことである。21世紀におけるCO2排出量の急増ぶりは凄まじい。

図1 世界におけるCO2排出量拡大の推移

出所:英BPデータベースより作成。

1.世界におけるCO2排出構造


 現在、CO2排出量が明確に把握できる79カ国・地域を概観すると、そのCO2排出量合計は世界の96.7%を占めている[4]

 2000〜2019年の20年間に、上記79カ国・地域のうち、アメリカ、イギリス、ドイツ、ウクライナ、日本、イタリア、フランス、ギリシャ、ベネズエラ、スペイン、チェコ、オランダ、デンマーク、ウズベキスタン、ルーマニア、フィンランド、ベルギー、スウェーデン、ポルトガル、ハンガリー、スロバキア、アイルランド、スイス、ブルガリア、スロベニア、クロアチア、北マケドニア、ノルウェーの計28カ国がCO2排出量を削減している。

 これらの国々は、アメリカ、イギリス、ドイツ、日本、イタリア、フランス、スペイン、オランダ、デンマーク、フィンランド、ベルギー、スウェーデン、ポルトガル、アイルランド、スイス、ノルウェーといった先進諸国と、ウクライナ、ギリシャ、ベネズエラ、チェコ、ウズベキスタン、ルーマニア、ハンガリー、スロバキア、ブルガリア、スロベニア、クロアチア、北マケドニアといった経済的衰退に喘ぐ諸国の2つのグループに概ね大別できる。

 同じようにCO2排出量が減少していても、その原因は異なる。先進諸国グループの場合はCO2削減の努力がCO2排出量の減少に大きく寄与した。他方、後者のグループには東欧や旧ソ連の国々が多く含まれている。これらの国々のCO2排出量の減少は、冷戦後長期にわたる経済低迷によるものである。

 一方、その他51カ国は、この期間CO2排出量が拡大し続けた。この51カ国の大半は発展途上国で、とくに中国を筆頭とした新興工業国のCO2排出量の増加は著しい。特に注目すべきは、これらの国のCO2排出量の増加規模が、前述の28カ国のCO2排出量の削減量よりもはるかに大きいことである。28カ国のCO2排出量削減量は51カ国のCO2排出量増加分のうち、僅か15.7%に過ぎない。つまり、この期間の世界CO2排出量を急増させたのは、中国をはじめとする発展途上国で急速に進む工業化と都市化であった。 

 今日の世界CO2排出構造には、以下の3つの特徴が挙げられる。

 1つ目は、CO2排出量を減らしている国と、いまだに排出量を増やし続けている国に二分できることである。

 2つ目は、世界CO2排出量が上位国に集中していることである。図2が示すように、2019年では、中国、アメリカ、インド、ロシア、日本といったCO2排出量の上位5カ国が、世界CO2排出量の実に58.3%を占めている。つまり、世界CO2排出量の6割近くが、排出量上位5カ国で占められている。もう少し順位を拡大すると、排出量上位10カ国で世界CO2排出量の67.7%、排出量上位30カ国で同87%を占めていることがわかる。気候変動サミットにおいて、第2位のアメリカと第5位の日本は、2030年までにCO2排出量をそれぞれ50〜52%(2005年比)、46%(2013年比)削減すると約束した[5]。両国のチャレンジングな目標は、劇薬としてエネルギー・産業構造の高度化を推し進めるであろう。

図2 CO2排出量上位30カ国パフォーマンス(2019)

出所:英BPデータベースより作成。

 3つ目は、世界CO2排出量シェア28.8%の中国が断トツトップに立っていることである。2019年の中国CO2排出量は、第2位から第5位までのアメリカ、インド、ロシア、日本の4カ国の合計値にほぼ匹敵する。そのため、中国が国連総会で「2060年までにカーボンニュートラルを達成するよう努力する」[6]と表明したことは、意義が大きいと同時に、大変なチャレンジでもある。

2.CO2排出量に関わる6大要素


 CO2排出量を考える上で欠かせない基本的な要素は6つある。

 1つ目は「エネルギー消費量当たりCO2排出量」で、「エネルギー炭素集約度[7]」とも呼ばれる。この指標は、一次エネルギー源の品質と効率に関連している。例えば、現在、石炭が一次エネルギーの主役である中国のようなエネルギー構造では、エネルギー消費量当たりCO2排出量が多い。今後、火力発電の一次エネルギーを石炭から天然ガスに転換することや、風力、太陽光、水力などの再生可能エネルギーの割合が増えること、また原子力発電の発展などにより、エネルギー消費量当たりCO2排出量は減少していくと考えられる。

 2つ目は「GDP当たりエネルギー消費量」で、「エネルギー効率[8]」とも呼ばれる。工業化の初期においてはこの指標は悪化するが、工業化の進展に伴う産業構造の変化、低効率生産能力の淘汰、技術の向上などにより、エネルギー効率は好転する。したがって、長期的には、一国のGDP当たりエネルギー消費量の曲線は、工業化の初期には急上昇し、工業化が順調に進めば、いずれ減少傾向を迎えることになる。

 3つ目は「GDP当たりCO2排出量」で、「炭素強度[9]」とも呼ばれる。この指標は、一国の経済とCO2排出量の関係を示す重要な指標である。エネルギー消費量当たりCO2排出量とGDP当たりエネルギー消費量の相互作用により、炭素強度のレベルが決まる。

 4つ目は、経済発展の度合いを測る「一人当たりGDP」である。経済発展が、産業活動を拡大し、衣食住および交通など生活パターンの近代化をもたらす。よって、一人当たりエネルギー消費量が増加し、それに相まってCO2排出量も増加する。

 5つ目の大きな要因は「人口の規模と構造」である。人口が多くなるほど経済規模も大きくなり結果としてCO2排出量も多くなる。また、人口構造がエネルギー消費に与える影響も無視できない。

 6つ目は「一人当たりCO2排出量」で、上記5つの要素の相互作用の結果が最終的にこの指標に反映される。実際、これは一国におけるCO2排出量をはかる最も重要な指標である。一人当たりCO2排出量の変曲点がCO2排出量の本当の意味でのピークアウトとなる。

 一般的に、社会経済が一定の発展水準に達すると、エネルギー当たりCO2排出量(エネルギー炭素集約度)とGDP当たりエネルギー消費量(エネルギー効率)の変曲点が先に現れ、一人当たりCO2排出量のピークアウトはその後になる。その意味では、CO2排出量の本当のターニングポイントは、一人当たりCO2排出量が持続的に減少し始めたときだと捉えるべきである。

3.中国の成果と課題


 WTO加盟後、中国経済は、輸出と都市化という2つのエンジンを原動力に大きく発展した[10]。図3が示すように、2000年から2019年の間に、中国の輸出規模は10倍、アーバンエリア(建築用地やインフラ用地として一定の基準を満たす都市型用地の面積)[11]は2.9倍、DID(人口集中地区)[12]人口は2割増、そして実質GDPは5.2倍になった。

図3 中国経済パフォーマンス
(2000-2019)

出所:雲河都市研究院〈中国都市総合発展指標〉より作成。

 高い経済成長により、2000年に2,151米ドルだった中国の一人当たり実質GDPは、2019年には9,986米ドルと4.6倍になった。大規模な産業発展、急速な都市化、巨大な人口の生活パターンの近代化により、エネルギー消費量が急速に増加し、それが中国のCO2排出量増加の基本的な原因となっている。

 幸い、中国ではエネルギー当たりCO2排出量(エネルギー炭素集約度)、GDP当たりエネルギー消費量(エネルギー効率)、GDP当たりCO2排出量(炭素強度)のいずれもがすでに変曲点に達し、明確な減少傾向を示している。エネルギー当たりCO2排出量では、中国は2000年に比べて2019年に1割減少した。この間、実質GDP当たりエネルギー消費量とGDP当たりCO2排出量はともに4割も減少した。これらは、中国が近年、省エネの奨励、クリーンエネルギーの開発に多大な努力を払ってきた結果である。中国が推進する循環低炭素型の発展は、すでに一定の成果を上げている。

 しかし中国の一人当たりCO2排出量は、2000年から2019年の間に2.6倍になった。エネルギー当たりCO2排出量、GDP当たりエネルギー消費量、炭素強度のいずれもピークアウトしたが、一人当たりCO2排出量はまだ変曲点に達していない。一人当たりCO2排出量の変曲点にどう早く到達させるかが、「2030年までにCO2排出量のピークアウトに努め、2060年までにカーボンニュートラルを目指す」公約[13]を達成する鍵となる。

4.CO2排出量上位30カ国・地域の分析


 CO2排出量上位30カ国は、世界のCO2排出量の90%近くを占めるだけでなく、世界の人口の69%、GDPの84%を生み出している。さらに、この30カ国は、2000年から2019年の世界のCO2排出量の増加分の92.7%をもたらしている。そのため、まずはこの30カ国のCO2排出状況を徹底的に分析する必要がある。

  (1)CO2排出量の増減

 2000年から2019年にかけて、世界のCO2排出量は4割増加している。図4が示すように、CO2排出量上位30カ国は、アメリカ、日本、ドイツ、イギリス、イタリア、フランス、スペインの欧米主要7カ国ではCO2排出量が減少した。そのうち、イギリスは3割、ドイツ、イタリア、フランスは2割、アメリカ、日本、スペインは1割のCO2排出量削減を実現した。

図4 CO2排出量変化における上位30カ国の比較
(2000-2019)

出所:英BPデータベースより作成。

 他方、中国やインドを筆頭に、CO2排出量が増加している国が23カ国もある。しかも、これらの国のCO2排出量の増加は、上記7カ国の削減効果をはるかに上回った。7カ国のCO2排出量の削減は、23カ国のCO2排出量の増加分の僅か13.2%にしかなっていない。結果、世界のCO2排出量は急増した。

 この間、中国とインドのCO2排出量はそれぞれ2.9倍、2.6倍にも膨らんだ。中国は、2005年にアメリカを抜いて世界最大のCO2排出国となった。インドも、日本とロシアを抜いて世界第3位のCO2排出国となった。CO2排出量では、ベトナムは6.1倍と増加スピードが最も速く、世界第22位のCO2排出国となった。

  (2)一次エネルギー消費量の増減

 2000年から2019年にかけて、世界の一次エネルギー消費量は48%増加した。図5が示すように、中でも中国の一次エネルギー消費量は3.3倍となり、この期間で一次エネルギー消費量が最も拡大した国であった。2009年に中国は一次エネルギー消費量でアメリカを抜いて世界第1位となった。インドの一次エネルギー消費量も2.6倍となり、世界第3位の一次エネルギー消費国となった。一次エネルギー消費量が5.5倍になったベトナムは、この期間の増加スピードが最も速く、一次エネルギー消費量で第22位だった。

図5 一次エネルギー消費量変化におけるCO2排出量上位30カ国の比較
(2000-2019)

出所:英BPデータベースより作成。

 逆に、この期間に一次エネルギー消費を削減させた国は世界で22カ国存在する。そのうち、一次エネルギーの削減量が大きい順に、日本、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、アメリカの6カ国である。これらの国は、すべて先進国でCO2排出量上位30カ国に含まれる。特筆すべきはアメリカがこの期間、実質GDPの45.4%増を実現させたと同時に、一次エネルギー消費削減を達成した。すなわち、先進諸国の省エネとCO2排出削減への取り組みは見事に実を結んだ。

  (3)エネルギー消費量当たりCO2排出量(エネルギー炭素集約度)の増減

 図6が示すように、2000年から2019年にかけて、世界のCO2排出量上位30カ国・地域は、インド、日本、インドネシア、南アフリカ、ベトナム、カザフスタンを除き、エネルギー消費量当たりCO2排出量が減少した。このうち、イギリスとタイは2割、中国、アメリカ、ロシア、ドイツ、イラン、サウジアラビア、カナダ、ブラジル、オーストラリア、トルコ、イタリア、ポーランド、フランス、アラブ首長国連邦、台湾(中国)、スペイン、シンガポールはエネルギー消費量当たりCO2排出量を1割削減した。その間、世界のエネルギー炭素集約度は、若干改善された。

図6 エネルギー炭素集約度変化におけるCO2排出量上位30カ国の比較
(2000-2019)

出所:英BPデータベースより作成。

 アメリカでは、クリントン大統領の時代から再生エネルギーの開発とCO2排出量削減のための政策を打ち出し、その後大統領の交代により何度か浮き沈みはあったものの、エネルギーミックスの高度化が図られている。2017年にアメリカ西部の11州では、総電力量の42%もが再生可能エネルギーで賄われている。対照的に、同国では石炭火力は衰退し続けている。特筆すべきは、カーター大統領時代に始まった小規模天然ガス火力発電を開発する政策によって、2002年には小規模天然ガス火力発電がアメリカの電源構成で最大のシェアを占めるまでになった[14]

 先進国の中で日本は、2011年の福島第一原子力発電所事故により全国の原子力発電所が停止したため、火力発電に傾斜しなければならなかった。特に電源構成における石炭火力の占める割合が31.8%(2019年)にまで高まったため[15]、エネルギー消費量当たりCO2排出量が増加した。

 発展途上国では、石炭火力発電は重要な電源となっている。例えば、東南アジアでは、電源構成に占める石炭火力発電の割合が40%となっている[16]

 現在、如何にして迅速に石炭火力発電から他のクリーンエネルギー発電に移行させていくかが、カーボンニュートラを実現させる最重要課題の1つである。2021年4月21日、アントニオ・グテーレス国連事務総長が日本経済新聞に寄稿し、2030年までに先進国は石炭火力発電を完全に停止し、2040年までにその他の国も石炭火力発電を完全に停止する必要があると提唱した[17]

 中国の電源構成は石炭火力発電に大きく依存している。中国のエネルギー消費量当たりCO2排出量は減少しているものの、一次エネルギー消費構造に占める石炭の割合は依然として57.7%と極めて高い。エネルギー構造の高度化が求められる。

 2021年4月22日に開催された「気候サミット」では、中国は「石炭発電プロジェクトを厳格に抑え、第14次5カ年計画期間中には石炭消費量の増加を厳格に抑制し、第15次5カ年計画期間中には確実に削減していく」と公約した[18]。これは、中国が一次エネルギー構造の高度化を加速させることを意味する。 

 上記30カ国・地域のエネルギー消費量当たりCO2排出量の分析で、技術進歩、設備投資、エネルギーミックスの高度化により、ほとんどの国でエネルギー消費量当たりCO2排出量が減少し続けていることが浮かび上がる。しかし、日本のように原子力発電所の事故によりエネルギーミックスが急激に悪化したことや、インド、インドネシア、ベトナムのように急激な工業化によるエネルギー消費量当たりCO2排出量が増大した例もある。

  (4)GDP当たりエネルギー消費量(エネルギー効率)の増減

 図7が示すように、2000年から2019年の間に、世界のCO2排出量上位30カ国・地域は、イラン、サウジアラビア、ブラジル、タイ、ベトナム、アラブ首長国連邦を除き、GDP当たりエネルギー消費量が減少した。中でも、中国、ロシア、イギリス、ポーランドが4割、アメリカ、日本、ドイツ、韓国、フランス、台湾(中国)、カザフスタンが3割、インド、インドネシア、カナダ、南アフリカ、オーストラリア、イタリア、スペイン、マレーシアが2割、メキシコ、トルコ、シンガポール、エジプト、パキスタンは1割、GDP当たりエネルギー消費量を減少させた。

図7  エネルギー効率変化におけるCO2排出量上位30カ国の比較
(2000-2019)

出所:英BP、国連データベースより作成。

 このように、大半の国では、技術進歩、設備投資、エネルギーミックスの高度化により、エネルギー効率が向上している。その結果、世界のGDP当たりエネルギー消費量は、2000年から2019年の間に2割も大幅に減少した。もちろん、アメリカの制裁により経済状況が悪化したイランや、急速な工業化によりエネルギー効率が悪化したベトナムなど、例外はある。GDP当たりエネルギー消費量は、イランでは5割、ベトナムでは6割増加した。

  (5)GDP当たりCO2排出量(炭素強度)の増減

 図8が示すように、2000年から2019年の間に、世界のCO2排出量上位30カ国・地域は、イラン、サウジアラビア、ベトナム、アラブ首長国連邦を除き、実質GDP当たりCO2排出量は減少している。中でも、実質GDP当たりCO2排出量を5割削減したイギリスとポーランドは、炭素強度の減少幅が最も大きい。また、中国は炭素強度を4割と大幅に削減した。同様に、アメリカ、ロシア、ドイツ、フランス、台湾(中国)も、4割の炭素強度削減を実現させた。韓国、カナダ、オーストラリア、イタリア、スペイン、カザフスタンは3割減、インド、日本、南アフリカ、トルコ、マレーシア、シンガポール、エジプトは2割減、インドネシア、メキシコ、タイ、パキスタンは1割減となった。

図8 GDP当たりCO2排出量変化におけるCO2排出量上位30カ国の比較
(2000-2019)

出所:英BP、国連データベースより作成。

 しかし炭素強度が増加した国は4カ国ある。サウジアラビアとアラブ首長国連邦は1割、イランは4割、ベトナムは8割、実質GDP当たりCO2排出量が増加した。

 主要なCO2排出国の炭素強度が大幅に低下した結果、2000年から2019年の間に、世界の実質GDP当たりCO2排出量は18.1%減少した。

 中国は炭素強度を下げる努力で大きな成果を上げており、現在の炭素強度はインドの76.1%、ロシアの64.9%、ベトナムの60.3%である。しかし、先進国と比較すると未だ大きな隔たりがあり、現在、中国の炭素強度は、アメリカと日本の水準の2.8倍、ドイツの3.6倍、イギリスの5.5倍、フランスの6倍となっている。そのため、第14次5カ年計画では、「GDP当たりCO2排出量の抑制に重点を置き、それを補完する形で二酸化炭素排出総量の抑制を行う」としている。いかにして炭素強度を急速に低減させ、低炭素発展モデルを実現させるかが、極めて大きな挑戦である。

5.CO2排出量上位30カ国・地域におけるCO2排出量のピークアウト分析


 本レポートでは、CO2排出量ピークアウトの分析において、単年度の異常値による混乱を避けるため、「移動平均」の概念を導入し、「移動平均線」によるCO2排出量のピークアウト分析を行っている。移動平均とは、一定期間のデータを平均化し、その平均値を時間軸で結んだ移動平均線によってトレンドを分析する手法である[19]

 本稿では、5年間の移動平均値を算出し、1980年から2019年の間で、各国の一人当たりCO2とCO2排出量という2つの主要指標を分析する。これにより変曲点やトレンドをより正確に判断し、CO2排出量や省エネ・CO2排出削減における各国のパフォーマンスを評価する。

 (1)一人当たりCO2排出量のピークアウト分析

 図9が示すように、一人当たりCO2排出量の5カ年移動平均線の分析から、CO2排出量上位30カ国・地域のうち、アメリカ、ロシア、日本、ドイツ、サウジアラビア、カナダ、南アフリカ、メキシコ、ブラジル、オーストラリア、イギリス、イタリア、ポーランド、フランス、スペイン、マレーシア、エジプトなど17カ国がすでにピークアウトし、一人当たりCO2排出量が継続的に減少する傾向にある。

図9 CO2排出量上位30カ国の一人当たりCO2排出量の5カ年移動平均線

出所:英BP、国連データベースより作成。

 しかし、中国、インド、イラン、韓国、インドネシア、トルコ、タイ、ベトナム、アラブ首長国連邦、台湾(中国)、カザフスタン、シンガポール、パキスタンなどの13カ国・地域では、一人当たりCO2排出量がまだ増加傾向にある。

 世界全体で見ると、一人当たりCO2排出量は2011年にピークを迎え、その後は減少傾向にある。世界の一人当たりCO2排出量が減少しているのは、第一に、先進国での排出削減努力が功を奏していることによる。

 2000年から2019年の間に、イギリスは一人当たりCO2排出量を4割、アメリカ、イタリア、フランス、アラブ首長国連邦は3割、ドイツとスペインは2割、日本、カナダ、オーストラリアは1割削減した。主要先進国では、省エネ・CO2排出削減に目覚ましい成果を上げている。

 しかし、中国に代表される新興工業国では、工業化、都市化、生活様式の高度化に伴うエネルギー消費量の増加により、CO2排出量が拡大している。この間、一人当たりCO2排出量は、中国では2.6倍、インドでは2倍、ベトナムでは5倍になった。カザフスタンは9割、インドネシアは8割、イランは7割、タイは6割、トルコ、マレーシア、シンガポールは4割、韓国、サウジアラビア、エジプト、パキスタンは3割、ブラジルは2割、ロシアと台湾(中国)は1割、一人当たりCO2排出量が増加した。新興工業国・地域の多くは、一人当たりCO2排出量を増加させ続けた。

  特に、現在の中国の一人当たりCO2排出量は、すでにイギリスやフランスを上回っていることは注目に値する。中国は一人当たりCO2排出量の早期ピークアウトを政策目標と据えるべきであろう。

 (2)CO2排出量のピークアウト分析

 図10が示すように、CO2排出量上位30カ国・地域のCO2排出量の5カ年移動平均線を分析したところ、アメリカ、ロシア、日本、ドイツ、南アフリカ、メキシコ、ブラジル、イギリス、イタリア、ポーランド、フランス、スペインなど12カ国が、すでにピークアウトし、CO2排出量が減少傾向にあることが明らかとなった。

図10  CO2排出量上位30カ国のCO2排出量の5カ年移動平均線

出所:英BP、国連データベースより作成。

 一人当たりCO2排出量がピークアウトした17カ国と比較すると、サウジアラビア、カナダ、オーストラリア、マレーシア、エジプトなど5カ国はその中に含まれていない。つまりこの5カ国は、一人当たりCO2排出量はピークアウトしたものの、CO2排出量はまだピークアウトしていない。その主な理由は、人口の大幅な増加によるものと考えられる。2000年から2019年の間に、サウジアラビアは7割、カナダは2割、オーストラリアは3割、マレーシアは4割、エジプトは5割の人口増加となった。人口の大幅な増加は、CO2排出量のピークアウトを遅らせる。

 同じ状況はアメリカでも見られ、同国の人口は2000年から2019年の間に4,735万人増加しており、大量の人口増によって2つのピークアウトにラグが生じている。アメリカは、一人当たりのCO2排出量が2000年にピークアウトしたのに対し、CO2排出量が2007年になってようやくピークを越えた。

 現在、中国のCO2排出量の増大ぶりは鈍化しているものの、まだピークアウトしていない。中国政府は2030年までにCO2排出量をピークアウトする目標を掲げている。目下、各地域、各企業は削減に向かってアクションプラン策定を急いでいる。

6.中国とアメリカはグローバリゼーションの最大の推進者と受益者


 21世紀、世界はグローバリゼーションの新たな段階に入った。

 (1)貿易急拡大による人類史上最大の繁栄期

地球規模で貿易、投資、技術取引、人的交流が飛躍的に拡大している。輸出を例にとれば、2019年までの世界の総輸出量を3分割すると図11が示すように、①1979年の輸出規模は現在の10.8%に過ぎない。②1980〜1999年の輸出純成長分だけで1979年当時の2倍以上になり、現在の総輸出量の23.2%に当たる。③2000〜2019年の輸出はさらに爆発的に伸び、この間の増加分は現在の輸出総額の66%に当たる。つまり、今日の世界の輸出総額の約7割は、21世紀に入ってから増えたものである。富のメカニズムが国民経済からグローバル経済へと急速に移行していることは明らかである。

 2000年以降世界輸出総額の増加分において最も大きなシェアを占めているのは中国であった。そのシェアは17.9%で、同シェア第2位のドイツと第3位のアメリカを大きく引き離した。中国こそは人類史に例を見ない21世紀初頭における世界貿易急拡大の立役者である。

 他方、輸出拡大で世界第2位の経済大国を築き上げた日本は、21世紀世界貿易急拡大期においてのパフォーマンスは芳しくなかった。2000年以降世界輸出総額の増加分における日本のシェアは僅か1.8%であった。同シェアにおける各国の順位の中で日本は18位に過ぎず、世界貿易拡大における貢献では極めて小さい存在でしかなかった。

図11 世界における輸出規模拡大の推移

出所:国連貿易開発会議(UNCTAD)データベースより作成。

 グローバル化が富を爆発的に増加させた。2000年から2019年にかけて、世界の実質GDPは74.5%も増加した。この間、中国の実質GDPは5.2倍となり、世界の経済成長に最も貢献した国となった。他方その間、実質GDPを45.4%拡大させたアメリカは、成長率から見れば、世界平均を下回ったものの、その母数は巨大であるため、富の増大は著しかった。

 結果、図12が示すように、この期間の世界の実質GDP増加分の半分近い49.6%が中国とアメリカによってもたらされた。そのうち、中国は32.2%、アメリカは17.4%で、GDP増加分のシェアで世界第1位と第2位を占めている。第3位から第10位までは、順にインド5.4%、イギリス2.4%、韓国2.3%、ドイツ2.1%、ロシア1.9%、インドネシアと日本1.8%、ブラジル1.7%となっている。第3位以降の国の割合は、中国やアメリカに比べて如何に小さいかがわかる。

図12 世界における実質GDP規模拡大の推移

出所:国連データベースより作成。

 図13が示すように、2000年以降における中国の急成長が、世界経済に占める中国のシェアを急激に4%から17.4%へと押し上げ、見事なV字回復を見せた。突如現れた経済大国に世界は驚いた。

 その結果、2009年に中国の経済規模は日本を超え、世界第2位の経済大国となった。さらに2020年には中国の経済規模は日本の2.9倍となり、その急成長ぶりを見せつけた。

図13 世界経済に占める中国のシェアの変化

出所:Paul Kennedy, The Rise and Fall of The Great Powers, Random House, 1987および国連データベースより作成。

 21世紀初頭、グローバリゼーションを推し進め、人類史上類を見ない富の大爆発時代を作ったのは、中国とアメリカの協働だったと言えよう。中国とアメリカは、グローバリゼーションの最大の推進者であり、最大の受益者でもある。

(2)CO2排出量無き経済成長を目指す

 この間の経済成長と二酸化炭素排出量の関係はどうか。実質GDP成長率とCO2排出量増加率を見ると、CO2排出量の多い上位30カ国・地域は3つのグループに分類できる。

 第1のグループは、実質GDPの成長率が低く、CO2排出量が削減した国で、アメリカ、日本、ドイツ、イギリス、イタリア、フランス、スペインなど先進7カ国が属している。

 第2のグループは、経済成長率が中低速で、CO2排出量の増加が少ない国・地域である。このグループには、ロシア、イラン、韓国、サウジアラビア、カナダ、南アフリカ、メキシコ、ブラジル、オーストラリア、トルコ、ポーランド、タイ、アラブ首長国連邦、台湾(中国)、マレーシア、シンガポール、エジプト、パキスタンの18カ国・地域が含まれる。

 第3のグループは、経済成長が中高速で、CO2排出量が急激に増加している国である。インド、インドネシア、ベトナム、カザフスタンのアジア4カ国が含まれる。特にベトナムのCO2排出量の増加ぶりが際立っている。

 第4グループは、世界でも類を見ない高い経済成長率を持続的に達成している中国である。そのCO2排出量の伸び率は第3グループの平均レベルとほぼ同様である。

図14 実質GDP成長率とCO2排出量増加率(2000-2019)

出所:英BP、国連データベース作成。

 以上の分析から、21世紀の最初の20年間は、イノベーションとグローバリゼーションに推し進められ、世界の富が爆発的に増大した時代であったことがわかる。大分業によって大発展を遂げ、CO2も大排出した人類史上極めて特殊な時期であった。

 これまで築き上げた繁栄を守るため、次の時代、人類は地球規模で協力し、大幅な省エネ・CO2排出削減を進め、グリーン循環経済成長を実現し、気候変動に対処していく必要がある。

 2021年4月、解振華中国気候変動事務特使とアメリカのジョン・ケリー大統領気候問題特使が上海で気候変動問題に関する会談を行った。会談後に発表された共同声明で、中国とアメリカは互いに協力し、他国とも手を携え、気候変動問題に対処することを約束し、パリ協定の実施を強調した。

 国際エネルギー機関(IEA)は、2021年の世界のCO2排出量が昨年に比べて4.8%増加すると予想している[20]。CO2排出量の増加圧力は依然として厳しい。グローバリゼーションの最大の推進者であり、その最大の受益者でもある中国とアメリカは、グリーン循環経済成長の牽引者となる義務を負う。

(本論文では雲河都市研究院主任研究員栗本賢一氏がデータ整理と図表作成に携わった)


[1] 周牧之「全球碳排放格局和中国的挑战」、『中国網(China.com.cn)』、2021年4月日26(http://www.china.com.cn/opinion/think/2021-04/26/content_77441000.htm)。

[2] Zhou Muzhi, “Global CO2 emissions and China’s challenges” In China.org.cn, 8 May 2021(http://www.china.org.cn/opinion/2021-05/08/content_77475411.htm)。

[3]  周牧之「世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題」、In Japanese.China.org.cn、2021年5月19日(http://japanese.china.org.cn/business/txt/2021-05/19/content_77507977.htm)。

[4] 国別CO2データは、英BPデータベースより。

[5] 気候サミットは、地球の平均気温上昇を摂氏1.5度に抑制するために、気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)に向けて主要国の対策強化を図るものである。本サミットにおいて、アメリカは「2030年までに2005年比で温室効果ガス(GHG)50~52%削減」という目標を発表し、日本は2030年度に2013年度比で46%削減に引き上げることを宣言した。

[6] 2020年9月22日、中国の習近平国家主席は国連総会の会合にオンラインで出席し、「CO2排出量を2030年までに減少に転じさせ、2060年までにカーボンニュートラルを目指す」と表明した。中国は、初めて総量としての目標を打ち出し話題を呼んだ。

[7] エネルギー炭素集約度(carbon intensity of energy)は、「炭素集約度」とも呼ばれる。これを引き下げるためには、炭素の少ないエネルギー源を選択することが必要となる。

[8] エネルギー効率(energy intensity)は、「エネルギー集約度」、あるいは「エネルギー消費原単位」とも呼ばれる。これを引き下げるためには、省エネルギーの推進などが必要となる。

[9] 炭素強度(carbon intensity)は、技術進歩や経済成長に伴い低下していく。

[10] WTO加盟後の中国経済の成長について、詳しくは、筆者が中心となってまとめた、中国国家発展改革委員会発展計画司、雲河都市研究院著、周牧之・陳亜軍・徐林編著『環境・社会・経済 中国都市ランキング2017: 中心都市発展戦略』、NTT出版、2018年11月、p.167-174

[11] アーバンエリアについて、詳しくは、中国国家発展改革委員会発展計画司、雲河都市研究院著、周牧之・陳亜軍編著『環境・社会・経済 中国都市ランキング2018: 大都市圏発展戦略』、NTT出版、2020年10月、p.174。

[12] DIDについて、詳しくは、周牧之前掲書、p.174。

[13] 中国の習近平国家主席は2020年12月12日、同日に開幕した国連気候野心サミットの演説で、「GDPを分母とした二酸化炭素の原単位排出量を2030年までに2005年比65%削減する」という目標を新たに発表した。

[14] アメリカのエネルギー政策に関して詳しくは、小林健一著『米国の再生エネルギー革命』、日本経済評論社、2021年2月25日を参照。 

[15] 資源エネルギー庁『エネルギー白書2021』、2021年6月、p.134。

[16] 国際エネルギー機関(IEA)『Southeast Asia Energy Outlook 2019』、2019年11月、p.32。

[17] アントニオ・グテレス事務総長「石炭発電、40年までに全廃を」、『日本経済新聞』、2021年4月21日朝刊。

[18] 気候サミットでは、中国の習近平国家主席は石炭に依存したエネルギーシステムを改善し「グリーン開発」に取り組む考えを示し、2026〜30年の石炭消費量を2021〜25年の水準から段階的に削減する方針を明らかにした。中国は2020年3月にまとめた2021~25年までの第十四次5カ年計画で、石炭の消費量を「厳しく抑制する」と決めたのに続き、2026年以降に石炭消費量の減少にかじを切る方向性を示した。世界最大である中国の石炭消費量は2025年にピークを迎え、その後は減少に転じることになる。

[19] 「移動平均(Moving Average)」とは、時系列データから傾向変動を見出すための方法であり、時系列データを一定区間ごとの平均値を連続的に求めて平滑化することである。本研究は5カ年移動平均を用いており、下式で表す。ここでは、年度における変数である。

[20] 国際エネルギー機関(IEA)は2021年4月20日年次レポート『Global Energy Review 2021』を公開し、2021年のCO2排出量が前年比4.8%増え、2019年とほぼ同水準にまで戻るとの予測を発表した。新型コロナで低迷していた景気が回復してきたことによりエネルギー需要も戻りつつあり、中国を中心に石炭の消費が増加しCO2排出量を押し上げるとの見通しを述べている。


周牧之「世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題」。『東京経大学会誌』、311号、2021年12月1日、pp.55-78


日本語版『世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題』(チャイナネット・2021年5月19日)

中国語版『全球碳排放格局和中国的挑战』(中国網・2021年4月26日)

英語版『Global CO2 emissions and China’s challenges』(China Net・2021年5月8日、中国国務院新聞弁公室・2021年5月8日、China Daily・2021年5月9日)