【対談】吉澤保幸 VS 周牧之(Ⅰ):SDGsに文化・エンタテインメント・スポーツを

■ 編集ノート:吉澤保幸氏は、日本銀行勤務を経て、ぴあ社専務、ぴあ総合研究所社長を歴任し、日本のエンターテイメント業界を支えている。同時に場所文化フォーラムを立ち上げ、全国各地で新たな交流の場作りと、地域の経済活性化、交流促進、持続可能社会を柱に活動を拡げている。東京経済大学の周牧之教授の教室では2025年6月26日、吉澤氏を迎え、日本のエンターテインメントの現状と行方について伺った。


■ 市民の地方創生活動が「地域循環共生圏」作りへ


周牧之:吉澤さんは日本バブルの後始末に最も働いた日銀マンのお一人だ。その後、環境、金融のアプローチから、そしてエンターテイメントの面から、地域に活力を入れる取り組みに力を注いでこられた(【ディスカッション】吉澤保幸・中井徳太郎・小椋正清・太田浩史・深尾昌峰:地域と金融 を参照)。周ゼミ生の指導にも長年、熱心にお力添えいただいている。

吉澤保幸:私は今年70歳になるから、学生の皆さんの祖父の世代と言ってもいい。1978年から1998年まで日本銀行で仕事をした。1998年は日本で金融危機があった。山一證券に特別融資を出しさまざまトラブルがあり20年勤めた日銀を辞めた。ぴあ社は、映画、演劇などエンタメの様々な情報を出す雑誌が人気を博し、一時は100万部出して「ぴあ世代」と言われた。ぴあが上場する際、お手伝いしたご縁で2000年に入社した。

同時に地域創生を手がけてきた。日本各地で地方創生をやっている仲間たちが集まり、「場所文化フォーラム」を2003年から始め20年以上経った。仲間の中には財務省の官僚や環境省の事務次官がいて、環境省が2017年に第5次環境基本計画で「地域循環共生圏」の構想を立ち上げた。地域が自立するだけでなく、地域と都市と地域を繋ぎ合わせ、それぞれが持っていない地域資源を循環させながら地域同士が連携し地域創生させる。私たち市民がやってきたことをモデルとし、環境省が国の政策として落とし込んだものだ。これが四半世紀の歩みだ。

周:周ゼミにゲスト講師としていらした中井徳太郎元環境事務次官や小手川大助元IMF日本代表理事らが吉澤さんとは日銀時代からのお付き合いだ。

東京経済大学 学術フォーラム:「地域発展のニューパラダイム」にて司会をする吉澤保幸氏
2017年11月11日 東京経済大学 学術フォーラム:「地域発展のニューパラダイム」にて司会をする吉澤保幸氏

■ エンタメは人間生存の本源的価値を持つ


吉澤:学生のみなさんはコロナの時は高校生で、大変だったはずだ。コロナ禍ではエンターテインメントの興行やチケットを扱うぴあは、エンターテインメントは不要不急の産業だからやってはいけない、と国から言われた。
「不要不急ってことはないだろう、文化芸術がなくなったら人間は生きていけないだろう」という思いがあった。コロナ禍で人が集まってはいけないとされた。
ところが、コロナ禍にあって「エンターテイメントは不要不急だから集まってやってはいけない」というのは主要国では日本だけだった。ドイツやイギリスは文化芸術を守るため携わっている人たち、そしてコンサートや舞台芸術をやっている人たちに対する補助金や助成金を出した。一方の日本は、びた一文出さなかった。ぴあ社は2020年当時の売り上げ取扱高で1000億円規模もあったのが、コロナ禍で100億円に減った。8割9割なくなった。

周:日本は欧米諸国と同様、ウイズコロナ対策をやった為、感染拡大の波に次から次へと襲われ、集客エンタメへの傷が大きかった。他方中国は、ゼロコロナ政策を徹底したことで、コロナパンデミックから数カ月で国内のコロナ感染者をなくした。コロナの時期、経済学者の私は必死に各国のコロナ政策を比較研究した。ウイズコロナ政策が如何に失敗だったかを痛感した(【論文】周牧之:比較研究:ゼロコロナ政策とウイズコロナ政策(Ⅰ)2020 ―感染抑制効果と経済成長の双方から検証― を参照)。ゼロコロナ政策のおかげで中国の人々は国内でほぼ普通に映画館をはじめとするエンタメの場に出られ、中国は2020年と2021年は世界最大の映画興行マーケットに躍り出た(【ランキング】世界で最も稼ぐ映画大国はどこか? 〜2021年中国都市映画館・劇場消費指数ランキング を参照)。私が多少お手伝いをしているぴあの中国合弁会社も業績を伸ばした。

吉澤:日本では皆さん方が楽しんでいた興行やイベント、エンターテイメントができなくなった。ぴあは上場企業だが本当に生きるか死ぬかのところを経験し、回復するのに結局5年かかった。今ようやくその時傷んだ財務的な基盤を取り戻し、今年度は六期ぶりに配当を出せる状況まで戻ってきた。私も財務担当役員として本気になってやった。
不要不急だとされてエンターテインメント、スポーツ等が出来なくなり、このままでは本当に日本の文化、芸術やスポーツがなくなる危機感を持った。

周:東京オリンピックも無観客で開催せざるを得なかった。チケッティングサービスを提供する業務委託事業者としてぴあも大変だった。

吉澤:社業を通じた社会貢献として、ぴあ総研というエンタメで唯一のシンクタンクを2000年に発足させた。コロナが明け始めた2022年5月、ぴあ創業50周年も相まってぴあ総研主催シンポジウムを東京・豊洲で開いた。それが第1回で、2回、3回と続き、先日4回目をやった。
ぴあ総研シンポジウムで我々がメッセージしたのは、集客エンタメ産業すなわち人が集まってみんなで賑わい楽しみ、集客産業の場を作り出すことは、全く不要不急ではないということだ。人間が生きていくのに必要で、人間の生存のための本源的な価値を持っている。これを世に問い、さらにはコンサート、イベント、スポーツを、今後の日本の基幹産業にするシュプレヒコールを上げるため第1回目のシンポジウムを行った。

周:吉澤さんがおっしゃる通り、コロナ時に苦労したエンタメ産業の下支えを如何に支援するかが凄く大切だった。例えばエンタメの街であるニューヨークはミュージシャンを支えるため音楽家に随分補助金を出した。ニューヨークの日本人ジャズミュージシャンがコロナ禍で仕事がなくなり苦労して大変だったが補助金で助かった、とのNHKの番組もあった。
エンタメ産業の厚みは実際裏方にある部分が特に大きい。裏方は中小企業と個人事業者が主体となっているため、危機に弱い。コロナ禍の経済対策として日本はGOTOトラベルキャンペーンはやったものの、エンタメ産業の直接的支援は行き届かなかった。
その意味ではいかに政府の支援を引っ張り出せるかについて、リーディングカンパニーとしてぴあの存在は大きい。吉澤さんが主催するぴあ総研シンポジウムはエンタメの重要性をアピールするだけでなく、エンタメ産業を代弁する役割もある。

2017年周牧之ゼミでゲスト講義する吉澤保幸氏
2017年 周牧之ゼミでゲスト講義する吉澤保幸氏

■ SDGsの18番目に文化・エンタテインメント・スポーツを


吉澤:ぴあ総研シンポジウム2回目はSDGsの17の目標、169の小目標がある中で、一言も文化芸術という言葉がないのはおかしいと提起した。もともとSCGsは、国連の世界の発展目標で、いわば途上国、グローバルサウスの国をどうエンカレッジしていくかが柱だ。誰1人取り残さないとし、先進国、途上国を含め誰一人落ちこぼれないよう世界全体をレベルアップし、地球環境にきちんとアタッチメントし、共存できる世界を作ることが、人類が生き残るために必要なことだという目標だ。

しかし、その目標に文化芸術とエンターテイメントがないのはおかしい。そこで我々は第2回目のシンポジウムで、SDGsの18番目に芸術・エンターテイメント、スポーツを掲げることを世界に対して提唱した。

ついこの間京都で、ミュージックアワーズジャパンをやった。矢沢永吉、ヨアソビら有名なミュージシャンが出演した日本版グラミー賞だ。これを推進したのはピンク・レディーの歌を作った作曲家で文化庁長官の都倉俊一さんだ。都倉さんは2021年に文化庁長官就任後いち早く「エンタテインメントは不要不急ではない」と世界にメッセージした。これこそが人間が生きていくための本源的な価値を持っているとのメッセージだった。都倉さんと一緒にSDGsの18番目に文化・エンターテイメント・スポーツを入れようという話をしている。それを第2回目のシンポジウムでやった。

第3回目のぴあ総研シンポジウムではエンタメをどう社会に実装していくかについて、地域創生と絡めた集客エンタメ産業とスポーツの推進事例を集めた。横浜の山中竹春市長のほか、岡田武史日本サッカー前監督が今愛媛県今治でFC今治をJ3からJ1に引き上げるようスポーツでの地域活動を一生懸命やっていらっしゃる。そうした事例を集めた。

今回4回目のぴあ総研シンポジウムで、ちょうど文化庁が京都に移転をしたので都倉長官を呼び、東京藝術大学の日比野克彦学長といった方々も集まり、1回目から4回目までのシンポジウムを取りまとめた。

周:確かにSDGsには文化が抜けている。これをぴあから発信し、SDGsに文化・エンタテインメント・スポーツを加えることが出来れば、世界に大きな貢献となる。

2021年11月24日歓談する新井良亮ルミネ元会長、周牧之教授、吉澤保幸氏、中井徳太郎環境事務次官(左から)
2021年11月24日 歓談する新井良亮ルミネ元会長、周牧之教授、吉澤保幸氏、中井徳太郎環境事務次官(左から)

■ エンタメによって日本の街がさらに魅力的に


吉澤:年間を通じて行ってみたい場所を、これから多く作っていくべきだ。日常的にエンターテインメントに触れられることが、街づくりの中でも力を持つ。政府、企業、金融市場、そして国民1人1人のエコシステムがうまく作られていき、アート、スポーツ、経済、社会の好循環が確立していることが大事ではないか。

つなげる、育てるというところを重視し、さまざまな取り組みの循環の中で集客産業がどう貢献できるのかという考え方も重要になってくると感じている。

コロナの中、人類は人との交わり、温かさに触れることがいかに大切かを、身をもって経験した。人と人の触れ合いそのものが文化芸術であるという心のオペレーティングシステムを整える仕掛けとして、SDGsの18番目に文化、エンタメを加えたい。文化芸術エンターテインメントがあふれている世界は、究極の平和状態だ。人間の生活の客観と主観の裏側にも、エンタメや文化が存在している。

周:コロナ禍の時に周ゼミが学生アンケート調査を実施した。その結果をベースに東京経済大学では2022年11月12日、学術フォーラムを開いた。吉澤さんも参加し、集客エンタメセッションの司会を務めてくださった(【フォーラム】吉澤保幸:集客エンタメ産業で地域を元気に  を参照)。そのアンケートからコロナ時の学生が集客エンタメに非常に飢えていることが浮き彫りになった。また学生たちは大学のホームタウンである国分寺市での映画館など集客エンタメを切望していた。周辺に数多くの大学を立地する学園街たる国分寺ですら映画館を立地していないことは、日本の都市にエンタメがいかに欠けているかを表す事例だ。吉澤さんがエンタメを地域振興の要に置こうとすることは大切なアプローチだ。エンタメによって日本の街がさらに魅力的になる。その意味では文化芸術そしてエンタメの要素を強化していくことが日本の都市の大切な進化方向性だ。

吉澤:その土地の芸術、芸能としてあるもの1つ1つを、楽しんで受け止めると、豊かに暮らしていける。日常的にみんなが集まることを習慣化し、文化芸術の質を上げるため教育、投資がいろいろあると豊かになるのではないか。物質的な成長でなく、文化的な目に見えない資本の成長で、幸せに生きていける。そういう社会に変わっていかないと、必ず行き詰まる。

横浜の素晴らしい町並みを面的に回遊していただき、さまざまなITコンテンツを街の魅力と有機的につなげることに取り組んでいる。お客と一緒になって感動を分かち合える時間と空間を真ん中に据える。ライブ文化は、いろんなものが進化しようとも、人間はそこに戻りたいと思う文化であり、そうした土壌に、もっと手軽に気軽にアクセスできるようにすることがすごく重要だ。

文化芸術がコンテンツとして多様な人たちが自然とつながり合う。そうしたところから発信をしていきたいと思っている。我々が心の豊かさを持っていくこと、それから人と人がつながり合うこと。それが人間の生きることの本質だ。それを取り戻さない限り豊かな明日は来ない。

周:製造業と違い、目下世界経済のエンジンたるテック産業の発展する所は、エンタメと美食の盛んな町であることが多い。いまシリコンバレーで創業したテック企業でもニューヨークなどエンタメ都市に大きなオフィスを構えることが多い。やはりトップ級の人材は、エンタメと美食があるところに集まる。人材獲得のためにも企業は高額な賃料や賃金を払ってでも大都市に集まる。東京や横浜に世界中からテック企業を集めるためにもエンタメの役割が高い。

私は日本の都道府県に相当する中国の297都市を評価する研究をしている(中国都市総合発展指標について を参照)。そこでもテック産業とエンタメには大変強い相関関係があるとの研究結果が出た。

2025年8月9日、周牧之教授、吉澤保幸氏、李丹ぴあ希肯総経理
2025年8月9日、周牧之教授、吉澤保幸氏、李丹ぴあ希肯総経理

世界から人材を集めるにはエンタメが必須


吉澤:第1回ぴあ総研シンポジウムで中曽宏前日銀副総裁が基調講演をした時にも紹介したのが、東京で国際金融都市をつくろうという構想だ。国際金融都市としての東京に、世界からいろいろな人材を集めていくとき、やはり必要なのは、金融取引などをやった後にリフレッシュし、発想を変えられるようなエンターテインメントのナイトライフエコノミー等だ。それはロンドンやニューヨークを見ればわかる。あるいはカナダのモントリオールでもジャズが盛んだ。そういう例を挙げて、東京にもエンターテイメントの集積地を作らなければならないと話をした。

周:私もかねてから東京を国際金融都市にすべきだと言ってきた。吉澤さんの旧友でIMF元日本代表理事の小手川大助さんが先月ゲスト講師でお見えになった時も、この話をだいぶ議論した(対談】小手川大助 VS 周牧之(Ⅵ):アジア経済の成長が日本のチャンスに を参照)。国際金融都市になるにはエンタメや美食の集積が大事だ。ただ、東京の金融市場に思い切って規制緩和し、世界中の企業とお金が集まって来られるようにしなければならない。

吉澤:都倉長官が2022年、文化大臣会合がローマで開かれた時に、SDGsの18番目に文化芸術エンターテイメントが必要だと発信をしてくれた。日本からは都倉さんが1人で行かれ、欧米のマスコミが応援してくれたと都倉さんがおっしゃった。東京オリンピック、パラリンピックは無観客で行ったが、そういった世界的なグローバルなエンターテインメント、スポーツのイベントは、文字通りダイバーシティ、インクルージョンをやっていく上で必要だと、当時のオリンピック事務総長の武藤敏郎さんがおっしゃった。

ちょうどその時Jリーグ30周年で、Jリーグを仕掛けた川口三郎さんが、Jリーグは元々地域に根ざしたチームをつくることで、Jリーグ百年構想を1992年に作ったとおっしゃった。老若男女がスポーツですぐに集まれる地域の場所作りをするため、Jリーグを地域のホームタウン制で作ったことだと言う。今、結構地方でさまざまな場所でスタジアムが出来ている。ついこの間は長崎が出来、香川でも立ち上がった。Bリーグ、バスケットのチームも、沖縄で出来ている。北海道も前は札幌ドームがあったが今は北広島に新しいスタジアムでエスコンフィールドができて、それが1つの環境になっている。

第1回のぴあ総研シンポジウムではまた、三菱地所の吉田淳一社長は、大手町、丸の内、有楽町で町づくりをやる時にも祭りやスポーツが欠かせないとおっしゃった。それを実行するためにさまざまな人材育成が世代を超えて必要だと、日本総研理事長の翁百合さんが発言された。

第2回目には、さまざまなエンターテイメントに関わっている方々が参加し、ホリプロの堀会長、狂言師の野村万斎さん、瀬戸内芸術祭のアートディレクター北川フラムさん、漫画家の里中満智子さん等が、お話をされた。脳科学者の茂木健一郎さんは、エンターテインメントは人間の脳を活性化し、様々な災害等が起きても生き残れるレジリアンスのための装置だと話された。

地域をさまざまに活性化していく上で経済だけを言いがちだが、根源的にはエンターテイメント、スポーツの楽しさをいかにシェアできるかが必要ではないだろうか。そういうフェーズに入ってきたのではないか。そうした論考で「地域循環共生圏」の中に、ライブ、エンターテイメント、スポーツ等を組み込んでいくことが大事だ。

周:確かに近年、三菱地所の丸の内界隈は随分魅力的になってきた。私も銀座へ行くときは東京駅から降りて界隈を歩いていくのが楽しい。

21世紀の競争は国家の競争より、都市の競争だ。そこではエンタメで如何に地域や都市を魅力的にしていくことが問われる。

2022年11月12日、東京経済大学  学術フォーラム「供給サイドから仕掛ける地域共創の可能性」 後の登壇者集合写真
2022年11月12日、東京経済大学 学術フォーラム「供給サイドから仕掛ける地域共創の可能性」 後の登壇者集合写真

プロフィール

吉澤 保幸(よしざわ やすゆき)

場所文化フォーラム名誉理事、ぴあ総研(株)代表取締役社長  1955年新潟県上越市生まれ、東京大学法学部卒。1978年日本銀行に入行、日本銀行証券課長など歴任。2001年ぴあ(株)入社、現在同社専務取締役。  場所文化フォーラム代表幹事、ローカルサミット事務総長などを歴任し、地域の活性化に尽力。  主な著書に『グローバル化の終わり、ローカルからのはじまり』(2012年、経済界) 等。