【対談】岩本敏男 VS 周牧之(Ⅱ):パラダイムシフトをもたらすテクノロジーパワーの爆発

■ 編集ノート:東京経済大学の周牧之教授の教室では2025年11月6日、NTTデータグループ元社長の岩本敏男氏を迎え、「デジタル技術の本質」をテーマに話を伺った。
  対談では、パクス・アメリカーナの終焉や世界秩序の揺らぎを背景に、CPU・ストレージ・ネットワークが同時進化するIT革命の本質、そしてデータが意思決定へと昇華する「情報の三階層理論」について議論した。

※前回記事【対談】岩本敏男 VS 周牧之(Ⅰ)はこちらから

岩本敏男 周牧之 対談
2025年11月6日、周牧之ゼミでゲスト講義する岩本敏男氏

■ AIと人類が生物学的存在を超える「シンギュラリティ」の到来 


周牧之:パラダイムシフトをもたらすのは、テクノロジーパワーの爆発だ。

岩本敏男:これは今日、皆さんに伝えたい本題の一つだ。おそらく周先生からも聞いていると思うが、「ITの三大要素技術」について、専門外の方にも分かるように話したい。
「シンギュラリティ」という言葉を直訳すると「技術的特異点」だ。この概念を提唱したのは、「レイ・カーツワイル(Ray Kurzweil)」だ。私は約10年前、シリコンバレーで彼と直接話をした。彼の代表的な著書が『シンギュラリティは近い(The Singularity Is Near)』で、原著は2005年、日本語訳は2年後の2007年に出版されている。
 この本の副題には、「When Humans Transcend Biology(人類が生物学を超えるとき)」とある。つまり、人類が生物学的存在を超えるとき、シンギュラリティが到来するという主張だ。
 この話をすると、「人間の脳にチップを埋め込むのか」と聞かれることがある。実際、イーロン・マスクは、サルの脳にチップを入れ、手を動かさずに思考だけでゲームを操作させる実験を行っている。ただし、カーツワイルが言うシンギュラリティは、そうした単純な話ではない。
 分かりやすく言えば、AIと人類が高度に協働し、従来の生物学的な人間像を超える状態に至ったとき、それがシンギュラリティだということだ。彼は当初、その時期を2045年頃と予測していたが、その後「2035年」「2025年」と前倒しされ、今では「すでに始まっている」と考える人もいる。

岩本敏男 周牧之 対談

■ サグラダ・ファミリアに見る指数関数的進化


岩本:ここで重要なのが、「指数関数的変化」だ。カーツワイル氏との対談で、私が強く共感したのは、この指数関数的進化がもたらす“暴力的”とも言える変化だ。指数関数的変化は、ある時点までは直線的変化より小さく見えて気づきにくい。しかし、ある転換点を超えた瞬間、一気に世界を変えてしまう。

岩本敏男 周牧之 対談

その例として、スペイン・バルセロナのサグラダ・ファミリアを挙げる。バルセロナを訪れる人が必ず行く、今も建設中の教会だ。現在の建設責任者は、日本人彫刻家の外尾悦男氏で、30年以上現地で、この教会の建設に関わっている。NHKでも何度か紹介された。
 サグラダ・ファミリアを設計したのは建築家アントニ・ガウディだ。彼はリウマチを患い、工事現場に寝泊まりしていたが、ある雨の日、路面電車にひかれて亡くなった。当初は身元不明の老人として扱われたが、後にガウディと分かり、スペイン中が彼の死を悼んだという有名な逸話がある。
 この教会は1882年に着工され、当初は2180年完成と見込まれていた。ところが2014年、責任者が「ガウディ没後100年にあたる2026年完成」を宣言した。指数関数的進化を前提にした判断だ。コロナ禍で多少遅れたが、完成は目前だ。
 工期が大幅に短縮された理由は主に三つある。第一に、構造計算だ。かつては時間をかけて精密なミニチュア模型を作り、それを逆さ吊りすることで、重力を利用した力学的な検証していたが、現在は3Dプリンターで簡単に模型を製造することができるし、3D CADなどを使いデジタルでの構造解析・設計が行われている。第二に、石材加工に数値制御(NC)加工機が導入され、製造工程が飛躍的に効率化された。第三に、世界遺産としての観光収入だ。コロナ前には年間で約50億円の収益があり建設費に充てられている。
 このように、指数関数的進化は、長年不可能と思われていたことを一気に現実へと変えてしまう。

周:テクノロジーパワーの指数関数的進化によりガウディの宿題が一気に終わりそうだ。

岩本敏男 周牧之 対談

■ CPUの進化:ムーアの法則は「まだ終わっていない」


岩本:ITの三大要素技術は、「CPU」「ストレージ」「ネットワーク」の三つだ。重要なのは、これらが同時に指数関数的に進化している点だ。まず、CPUの進化から説明したい。

岩本敏男 周牧之 対談

岩本:CPUは基本的には電気的に動作し、発振器が生む「クロック」と呼ばれるパルスごとにマイクロ命令が一つずつ実行されて計算が進む。2025年現在、CPUの性能はクロック周波数換算で約192GHz相当とされている。1秒間に192GHz、つまり約1920億回分の処理能力がある。ただし実際にその周波数でパルスを出しているわけではなく、設計上の工夫により同等の性能を実現しているため「相当」と表記される。
 CPUの歴史を振り返ると、1969年にIntel 4004が開発され、1971年に商用化された。これは日本の電卓メーカーがインテルに発注したことがきっかけで、日本人技術者も関わっている。当時のクロック周波数は約750kHz、つまり75万Hz程度だった。現在の192GHzと比べると、この約50年間で約25万倍に向上したことになる。
 この進化を支えてきたのが、いわゆる「ムーアの法則」だ。インテル創業者の一人、ゴードン・ムーアが示した法則で、CPU性能が約2年で倍になると言われがちだが、正確には「チップ上に集積できるトランジスタ数が増え続ける」という意味だ。チップ上のトランジスタ数が増えると、一つのトランジスタは小さくなるので、結果として半導体性能も同様に向上するということだ。
 トランジスタの仕組みを簡単に説明する。シリコン基板上にソースとドレインという電極があり、その間にゲート電極がある。ゲートに電圧をかけるかどうかで電流のオン・オフが切り替わり、デジタルで「1か0」を表す。このとき重要なのが、ソースとドレイン間の距離、いわゆる「ゲート長」だ。これを短くすると、チップ上のトランジスタを小さく作ることができ、より多くのトランジスタを集積できる。
 1971年当時は約10マイクロメートルだったが、2021年には5ナノメートルまで微細化された。人の髪の毛が約90マイクロメートル、コロナウイルスが約100ナノメートルであることを考えると、5ナノメートルがいかに小さいかが分かる。
 ただし、ここで物理的な限界が現れる。日本人物理学者・江崎玲於奈氏が発見した「トンネル効果」により、ゲート長が5ナノメートル以下になると、ゲート電極の電圧をオン・オフすることと関係なく電流が漏れてしまい制御できなくなる。トランジスタとして働かなくなるということだ。これは物理法則による限界だ。
 それでも現在は最先端の「2ナノメートル」世代が実現されている。これは平面構造ではなく、フィン型(FinFET)や、ゲートで素子を包み込む「ゲート・オール・アラウンド(GAA)」といった立体構造によるものだ。実際のゲート長は長くても、平面構造に換算すると2ナノメートル相当の性能が得られる、という意味だ。
 今後は1ナノメートル相当まで進むと予測されているが、これはあくまで製造技術による換算値だ。それでも、微細化の工夫により、ムーアの法則はいまだ完全には終わっていない。
 さらに微細化が進むと、原子スケール(約0.1ナノメートル)に近づく。この領域では、ニュートン力学とは異なる量子力学が支配的になる。こうして登場するのが量子コンピュータだ。近い将来、量子の世界を理解せずには、最先端の科学技術を語れなくなる時代が来るであろう。

周:50年間で能力が約25万倍へと向上したCPUは、パソコンの時代をもたらし、コンピューティングパワーを身近なものにした。NVIDIAのCEOであるジェンスン・フアン(Jensen Huang、黄仁勲)は、同社が手がけるGPUというAIチップの進化スピードが「ムーアの法則」を遥かに凌駕していると公言、これは「Huang’s Law(ファンの法則)」と呼ばれている。GPUの加速度的進化は、同社を時価総額世界一に押し上げ、今日のAIパワーの爆発を支えている。

岩本敏男 周牧之 対談

■ ストレージの進化:持てる情報量が生活を変えた


岩本:次に、ストレージの進化だ。『ローマ人の物語』という、非常に立派な単行本がある。塩野七生氏の著作で、全15巻を並べると約48センチにもなる。私は以前、この本をすべてデータとして保存すると、どれくらいの容量になるのかを調べたことがある。
 1990年頃は、ストレージ容量が約40MBだった。つまり4,000万バイトほどだ。この容量があれば、『ローマ人の物語』を4セットほど、長さにして約2メートル分収納できる計算になる。
 10年後には容量が1000倍の40GBになる。すると、約2キロメートル分の本が、パソコンの円盤1枚に収まる。現在は、32TBだ。テラはギガの上の単位で、32兆バイトに相当する。これを本に換算すると、『ローマ人の物語』を並べた距離は約1,666キロメートル。札幌から鹿児島までの距離が約1,600キロだから、ほぼ同じ長さになる。
 さらに驚くべきは、これがハードディスクではなくSSD、つまり半導体ストレージの場合だ。近い将来300TBを超えるクラスが実現する。367TBのSSDに換算すると、なんと3,985万セットもの『ローマ人の物語』が入る。地球上に並べると、ほぼ地球半周分に相当する長さだ。
 私自身も、今では2TB程度のSSDを普通に持ち歩いているが、それでもこれほどの情報量が収まる世界になっている。さらにサーバ用のストレージ装置では、1.6PBという容量も珍しくない。PBはTBのさらに1000倍だ。この規模になると、『ローマ人の物語』15巻セットを並べた長さが、地球を2周するほどになる。
 皆さんが日常的にスマートフォンで動画や写真を大量に撮れるのも、こうした半導体ストレージの圧倒的な容量があるからだ。もちろん限界はあるが、それでもこの進化の凄まじさは驚異的だ。

岩本敏男 周牧之 対談

■ ネットワークの進化:6Gの速度と通信環境


岩本:続いて、ネットワークの進化がなければ、クラウドでサービスを提供するなど到底あり得ない。ここで私の好きな映画の話をする。ヴィヴィアン・リー主演の『風とともに去りぬ』だ。非常に長い映画で、上映時間は約3時間42分ある。
 1988年頃の通信環境はISDNで64kbpsだった。この回線でこの映画を送ろうとすると、1か月ほどかかる。それが現在では、FTTH、つまり光ファイバーが家庭まで届き、ベストエフォートでも10Gbps程度は出る。この速度なら、同じ映画を約16秒で転送できる。
 さらに5Gになると、ベストエフォートで20Gbps程度が出るので、8秒ほどだ。もうすぐ6Gが登場するが、そうなると「一瞬」と言っていいほどの時間で転送が終わる。それでも、まだ遅いと感じる時代が来ると思う。
 ネットワークのすごさは、速度だけではない。4Gでは、1平方キロメートルあたり約10万台の端末が同時接続できる。現在私が使っている5Gでは100万台、さらに、6Gになると、1平方キロメートルあたり1,000万台が接続可能になるとされる。そうなれば、ほとんどストレスを感じない通信環境になる。

周:6Gになると、タイムラグが極限まで抑えられる超低遅延多数同時接続が実現できる。ヒューマノイドロボットや自動運転車などのフィジカルAIが普及され、遠隔ロボット手術も現実なものとなる。

岩本敏男 周牧之 対談

■ 「大容量・低遅延・低消費電力」を実現するIOWN構想


岩本:従来の電子工学では、電子が流れる以上、必ず抵抗が生じ、発熱や速度の限界が避けられない。しかし、IOWN(アイオン:Innovative Optical and Wireless Network)構想はこれとは異なり、フォトニクス、つまり光工学を基盤としている。光電融合技術を用いることで、消費電力を大幅に下げることができ、AIで問題になっている電力消費も、IOWNを使えば約100分の1になると言われている。
 IOWNは「大容量・低遅延・低消費電力」を実現する構想で、現在は4段階で進められている。IOWN1.0にあたるオールフォトニクスネットワークは、すでにサービスが始まっている。大阪・関西万博でも活用されており、かつての千里万博会場と現在の夢洲を結び、土俵を叩いた振動音のような微細な振動まで伝送できることが実証されている。これはすでに実用段階に入っている。
 本当に注目すべきなのは、その先のIOWN2、3、4だ。ロードマップを見ると、IOWN2ではサーバ内部のボードとボードの間を光で接続する。さらに進むと、ボード内部のチップ間、最終的にはIOWN4でチップ内部の素子そのものを光で結ぶ段階に至る。これは、半導体が電子ではなく光で動作する、いわば光半導体の世界だ。
 実験環境はすでに整っているが、実用化の目標は2032年以降、今から7〜8年後とされている。ただし、生産技術や品質の安定、歩留まりの向上、コスト低減といった課題があり、もう少し時間がかかる可能性もある。それでもNTTグループは、世界中のパートナーとともに、この挑戦を続けている。

周:IOWNは素晴らしいプロジェクトだ。2024年11月30日、東京経済大学国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」のセッション2「GXが拓くイノベーションインパクト」で、岩本さんは、IOWNについて詳しく紹介してくださった(【シンポジウム】岩本敏男:ビッグイノベーションIOWN計画でGXをリード を参照)。
 現在、アメリカも中国も光工学で消費電力を大幅に下げることに必死に取り組んでいる。IOWNを成功させるには、技術の指数関数的な爆発に負けないスピード経営の手腕が問われる。

岩本敏男 周牧之 対談

■ 情報の三階層理論:なぜデータが重要なのか


岩本:もう一つ重要な話として「情報の三階層理論」を紹介する。経営の三大資源は「人・物・金」と言われるが、近年はこれに「データ」、あるいは「情報」が加わり、四大経営資源と呼ばれるようになった。
 なぜ情報やデータがそれほど重要なのか。皆さんなりに答えはあるかもしれないが、実は本質的な理解はまだ十分ではない。その象徴的な例が、2010年の『エコノミスト』誌の表紙だ。「データ・デリュージ(Data Deluge)」、つまりノアの箱舟に例えられるような“大洪水”として、データの爆発的増加が描かれた。
 データ量の予測では、2013年時点で約4.4ZB(ゼタバイト)とされ、これはペタバイトのさらに上の単位で、ほぼ天文学的な数字だ。さらに2025年には181ZBに達すると予測されている。これはIDCという調査機関による推計で、正確に証明できるものではないが、昨年までの175ZBという予測から、さらに上方修正されている。
 こうした流れは今後さらに加速する。ネットワークを流れるデータは多様化し、IoTとしてネットワークにつながるデバイスの数は、2022年時点で約348億台とされている。これが2025年、つまり今年には、総務省などの推計でも約416億台に達し、まもなく500億台を突破すると言われる。すでにそのような時代に入っている。
 そこで次に、このような環境を前提としたうえで、なぜ今なお「データが不十分だ」と言われるのか、その理由について考えていきたい。

岩本敏男 周牧之 対談
2024年11月30日、東京経済大学 国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」 セッション2「「GXが拓くイノベーションインパクト」にて周牧之教授、小手川大助元IMF日本代表理事、岩本敏男氏、石見浩一エレコム代表取締役社長 (段上左から

■ データとは「人が感知できるもの」


岩本:そもそも「データ」とは何か。私たちは日常的に「データが重要だ」「これは自分のデータだ」といった言い方をするが、その本質を説明できる人は意外と少ないと思う。
 「データ(Data)」という言葉の語源は、ラテン語のDareで、「与える」という意味だ。ただし「与える」では分かりにくい。私はこれを「人が感知できるもの」と理解すると分かりやすいと思う。
 一見関係なさそうだが、地中海の話をする。約600万年前、何が起こったか。NHKのBSでもここ数年で2回ほど紹介された。
地中海は600万年前に、一度干上がった。地中海は現在、ジブラルタル海峡を通じて大西洋とつながっているが、この海峡が閉じると地中海は巨大な塩湖になる。閉じた理由については、アフリカ大陸がユーラシア大陸側に移動したという説や、寒冷化による大西洋の海面低下説などがあるが、後者が有力だと言われている。
 地中海が干上がると何が起こるか。小学校の理科で、塩水を熱して水分を蒸発させる実験をしたことがあるだろう。水が蒸発すると塩が残る。実際、地中海の海底を調査すると、岩塩(塩化ナトリウム)や硬石膏(硫酸カルシウム)、ストロマトライト(藍藻の積層状岩石)などが堆積していることが分かっている。これらが重なった「蒸発岩」が、場所によっては約1000メートルもの厚さで確認されており、地中海は複数回干上がった可能性すら示唆されている。
 干上がるといっても一瞬ではなく、数千年の時間をかけて起こった。その後、ジブラルタル海峡が再び開き、大西洋の水が一気に流れ込んだと考えられている。まさにノアの箱舟に例えられるような「デリュージ(大洪水)」が起きたはずだが、もちろん誰も目撃していない。
 データの話に戻すと、海底に堆積した蒸発岩は、地中海が干上がったという事実を私たちに「伝える」存在だ。つまり、これがデータだ。人間が直接見ていなくても、自然が残した痕跡が過去を教えてくれる。
 宇宙は約138億年前のビッグバンで生まれ、地球は約46億年前に誕生したとされる。地球誕生以来、森羅万象はすべて「自然現象」だった。しかし約30万年前、私たちの直接の祖先であるホモ・サピエンスがアフリカで誕生する。それ以降、人間の営みという「社会現象」が加わった。
 社会現象の例として、フランスのドルドーニュ県にあるラスコー洞窟がある。子どもが遊んでいて偶然発見された洞窟だが、そこには人が描いた壁画が残されていた。これは明らかに社会現象だ。同様に、メソポタミアの楔形文字、エジプトの象形文字、中国・殷王朝の甲骨文字なども、人が残した社会現象だ。
 これら自然現象や社会現象は、すべてアナログな形で存在していた。つまり、これらもデータではあるが、アナログデータだった。
 現在、これらがデジタルデータへと置き換えられている。ここが決定的に重要な点だ。ITの三大要素技術によって、自然現象や社会現象をデジタル化できるようになり、大量のデータを制約なく収集・処理できるようになった。

岩本敏男 周牧之 対談

■ 意思決定の源泉となる「インテリジェンス」


岩本:では、これによって何が起こるのか。その考え方を示すのが「情報の三階層理論」だ。データがインフォメーションになり、さらにインテリジェンスへと昇華していく。この構造を理解することが、これからの議論の鍵になる。
かの有名な、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康にまつわる話がある。鳴かないホトトギスが籠に入れられ、この三人の武将の前に差し出された、という設定だ。
 信長は「鳴かぬなら殺してしまえ」、秀吉は「鳴かせてみせよう」、家康は「鳴くまで待とう」と言った、とされる。ただし、これは史実ではない。後世の人が、三人の性格と「鳴かないホトトギス」を重ねて作った、非常にうまい表現だ。
なぜこの話をしたかというと、人はどのように行動を決めるのか、その判断の源泉が「インテリジェンス」だからだ。信長・秀吉・家康は、それぞれ異なるインテリジェンスを持っていたことを表している。
 皆さんも同じだ。今日ここに私の話を聞きに来たのはなぜか。講義だから、出席が必要だから、出ないと怒られるから、あるいはたまたま時間があったからかもしれない。理由はさまざまだが、人でも企業でも国家でも、何らかの行動を取るときには、無意識であっても情報をインテリジェンスのレベルまで引き上げたうえで判断している。
 アメリカ中央情報局(CIA)は最近よく話題になるが、CIAは「セントラル・インフォメーション」ではなく「セントラル・インテリジェンス・エージェンシー」だ。国家安全保障の文脈で使われるインテリジェンスは、やや専門的な意味を持つが、ここではもっと広い意味でのインテリジェンスとして理解してほしい。
 「情報の三階層理論」とは、世の中で起こるさまざまなデータが、あるフィルターを通ってインフォメーションになり、さらに別のフィルターを通ってインテリジェンスへと昇華され、それが人・企業・国家の意思決定の源になる、という考え方だ。

■ 桶狭間の戦いで見る「情報の三階層理論」


岩本:その具体例として、織田信長のインテリジェンスを見てみよう。桶狭間の古戦場は、今も残っている。桶狭間の戦いでは、今川義元が沓掛城に入り、鳴海城や大高城は今川方に寝返っていた。織田軍は丹下砦、善照寺砦、鷲津砦、丸根砦、中島砦などに分かれて布陣していた。
今川義元は、徳川家康らを大高城に向かわせ、まず鷲津砦と丸根砦を攻略する。今川軍は総勢2万5千とも言われ、大高城には約2万、義元の本隊は4千から5千程度だったとされる。では、信長はどうしたか。今川義元が桶狭間山で休息しているという情報が入ると、わずか2千ほどの兵を率いて出陣し、奇襲ではなく真正面から桶狭間山に登り、今川義元を討ち取った。
 この出来事を情報の三階層理論で見ると、戦場で起きる事象、雨が降ったこと、義元が休息していることなどは「データ」だ。これらは斥候や農民などを通じて集められ、フィルターを経て信長のもとに「インフォメーション」として届いた。そこから先が重要だ。最終的に「桶狭間に出る」という判断に至ったのは、信長自身の経験、価値観、野心といったインテリジェンスによるものだ。実際、この情報を最初にもたらした簗田政綱は、最高の恩賞を受けたと伝えられている。

岩本敏男 周牧之 対談

■ 情報を読み取るフィルターの重要性


岩本:次に、情報の三階層理論を、NTTデータのM&A戦略を例に見てみる。ここで焦点になるのは、取締役のインテリジェンスだ。NTTデータは私が社長になった頃から大きく成長し、海外でも売上を伸ばし、多くの企業を買収してきた。ただ、その初期段階、私の前々社長の時代に、象徴的な出来事があった。
 M&Aを検討する際、取締役にはすべての情報が提供される。しかし、その情報がインフォメーションからどんなインテリジェンスへと昇華するかは、人によって異なる。賛成派のインテリジェンスは、CEOや海外担当を中心に「進めるべきだ」という判断だった。一方、反対派は、財務担当からは「買収の規模が大きすぎて、うまくいかなかった時には大きな減損になり、現在の営業利益ではカバーできない」、人事担当からは「海外で活躍できる人材がまだ不足している」「時期尚早ではないか」といった意見が出た。国内担当からも慎重論があり、結果として、社長提案による約300億円規模の買収案件だったが、3対4で否決された。
 ここで言いたいのは、取締役に与えられたインフォメーションは全く同じでも、最終的な判断、つまりインテリジェンスは、その人の経験、知識、価値観によって大きく変わるということだ。情報の三階層理論では、この「フィルター」が極めて重要になる。

岩本敏男 周牧之 対談

岩本:データからインフォメーションへと上がる過程では、「切り取られ方」によって意味が大きく変わる。例えば、ある英国王子の写真がある。実際には「三人目の子どもが生まれた」という報告だったのが、写真の切り取り方によっては、まったく違う、むしろ誤解を招くポーズに見えてしまう。これは事実でありながら、同時に事実を歪めてしまう例だ。
 もう一つの例が、ギリシャのパルテノン神殿だ。写真で見ると、広い平地に神殿が建っているように見えるが、実際は大きな岡の上に建っている。どちらも嘘ではないが、「本当か」と言われると、受け手に誤った印象を与える可能性がある。こうしたことが、データがインフォメーションになる過程で起こる。

岩本敏男 周牧之 対談
2024年11月30日、東京経済大学 国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」 セッション2「「GXが拓くイノベーションインパクト」にて岩本敏男氏

■ インテリジェンスのフィルターがAIへ移行する時代


岩本:これまで見てきたように、織田信長の判断も、NTTデータのM&Aも、最終的には人間がインフォーメーションから何らかのフィルターを通して昇華したインテリジェンスに基づいて決めてきた。しかし今、その役割が徐々にAIに置き換わり始めている。データがインフォメーションになり、さらにインテリジェンスへと昇華するフィルターをAIが担うようになると、人が判断しなくても自律的に動く世界が生まれる。
 これは、素晴らしい社会を実現する可能性を持つ一方で、間違えれば大きなリスクにもなる。2010年に起きた「フラッシュ・クラッシュ」では、ニューヨーク証券取引所で、わずか数分の間に株価が約600ドル下落し、その後すぐに戻るという事象が起きた。FRBが金利操作をしたわけでもなく、紛争が勃発したわけでもない。実体経済の変化がもたらしたものではなく、多くの自動取引プログラムが相互に関係して引き起こしたものだった。

周:情報の三階層理論から自動運転の様相を見ると、テスラのFSDは世界中で走る数百万台の同社の車から膨大な運転データを日々収集し、AIによって解析し、そこから得たインテリジェンスを自動運転の判断力に反映させている。

岩本:日本でも2020年にホンダがレベル3を実用化したが、現在サンフランシスコでは、アルファベット傘下のWaymoの車両が街中を走り、実際に乗ってみると非常に完成度が高いことが確認できる。

周: 私が過去10年間取り組んできた中国都市総合発展指標(中国都市総合発展指標についてを参照)は、「情報の三階層理論」の実例になると思う。878項目の統計データ、衛星リモートセンシングデータ、インターネット・ビッグデータを収集、クリーンアップ、整理し、中国の297都市を、経済・社会・環境という三つの軸で包括的に評価している。同システムは、まさしくデータから情報そしてインテリジェンスへと昇華したものと言えるだろう。

中国都市総合発展指標構造図

プロフィール

岩本 敏男(いわもと としお)
NTTデータグループ元社長

1976年日本電信電話公社入社。2004年NTTデータ取締役決済ソリューション事業本部長。2005年NTTデータ執行役員金融ビジネス事業本部長。2007年NTTデータ取締役常務執行役員金融ビジネス事業本部長。2009年NTTデータ代表取締役副社長執行役員パブリック&フィナンシャルカンパニー長。2012年からNTTデータ代表取締役社長を務め、海外でのM&Aなどを進めて2018年には売上2兆円を突破した。同年NTTデータ相談役に退き、保健医療福祉情報システム工業会会長に就任。2019年日本精工取締役、IHI監査役。2020年大和証券グループ本社取締役。2022年JR東日本取締役。2023年三越伊勢丹ホールディングス取締役。