【対談】岩本敏男 VS 周牧之(Ⅳ):「失われた30年」の中、快進撃を続けた経営者

■ 編集ノート:東京経済大学の周牧之教授の教室では2025年11月6日、NTTデータグループ元社長の岩本敏男氏を迎え、「デジタル技術の本質」をテーマに対談が行われた。
 ドメスティック企業であったNTTデータをグローバル展開し、海外売上比率を50%へと引き上げ、売上規模を2兆円へと倍増させた。「失われた30年」下、快進撃を続けた経営者の時代認識、経営戦略そしてメンタリティを問うた。

※前回記事【対談】岩本敏男 VS 周牧之(Ⅲ)はこちらから


■ エンジニア出身経営者がもたらした快進撃


周牧之:NTTデータ元社長の岩本敏男さんは工学出身の経営者だ。日本の大企業のトップにはエンジニア出身者が意外に少なく、総務や人事、法務系の出身者が多い。これが日本企業のパフォーマンス低下の一因ではないか、と私は思っている。私自身も工学系出身の経済学者で、やはり日々進化するテクノロジーの躍動感を理解するには工学出身経営者の方が有利だと感じる。岩本さんは膨大な情報をインテリジェンスへと昇華し、常に世の中の変化を見極め、判断し続けてきた稀有な経営者だ。
 岩本さんが社長に就任された当時、NTTデータは売上が1兆円強だった。それがご退任時には2兆円を突破していた。更に官公庁を顧客とするドメスティック企業だった同社の売上は、半分が海外となった。直近の2025年3月期の連結決算における売上高は、約4兆3,700億円となり、岩本さんの社長就任時と比べ13年間で売上規模は3.5倍以上に拡大した。「失われた30年」の中でこのような快進撃を実現した日本企業は、なかなか見られない。
 NTTデータの時価総額を見ると、2025年1月15日時点での時価総額ベースの世界順位は第745位、日本国内での順位は第43位。しかも、昨年1年間で世界順位を100位も上げた。一方で、その間大半の日本企業は世界的な順位を下げている。例えばトヨタは過去1年間で世界順位を9位落として第44位になった。トップ50位圏内を維持できるかが懸念されている。NTT、つまりNTTデータの親会社もこの1年間で順位を88位も落とし、現在は世界第220位だ。
 岩本さんにお聞きしたいのは、なぜNTTデータはこれほどの持続力、成長力があるのか。

■ 民営化そして分社化の背景


岩本敏男:周先生からいろいろな課題をいただいたので、私なりに整理しながらお話しする。私が1976年に入社したのは日本電信電話公社(以下、電電公社)で、もう50年ほど前になる。当時、「三公社五現業」という言葉があり、三公社というのは電電公社、専売公社、日本国有鉄道だ。
 当時、電電公社と専売公社は経営上ほとんど問題がなかったが、国鉄は大きな課題を抱えていた。 戦後処理の影響もあり、南満州鉄道からの引き受けなどで従業員数は約45万人。電電公社でも30万人超あった。その後、土光敏夫氏の臨時行政調査会で、三公社をできるだけ民営化しようという流れが生まれる。私はその直前、電電公社時代に入社した。

周:「三公社五現業」とは、かつて日本に存在した主要な公共企業体と国営事業の総称だ。すなわち日本国有鉄道(国鉄)、日本電信電話公社(電電公社)、日本専売公社、郵便、森林管理、通貨製造、印刷、アルコール専売だ。
 1981年にアメリカ大統領になったレーガン氏は、「小さい政府」を目指す「新自由主義(ネオリベラリズム)」を掲げた。イギリスでは経済停滞を打破するためサッチャー首相が新自由主義を旗印に思い切って民営化を進めた。
 こうした新自由主義の潮流に乗っかり、1982年に日本の総理大臣となった中曽根康弘氏は民営化を推し進めた。この流れの中、電電公社は1985年に日本電信電話(NTT)となった。
 土光敏夫氏が会長を務めた第二次臨時行政調査会(土光臨調)は、日本の財政危機に対し、「増税なき財政再建」を掲げ、行政改革を断行し、国鉄、電電公社、専売公社の民営化の方針を打ち出した。財界人として大きな役割を果たした。中曽根首相が土光臨調をうまく使ったことも大きかった。

岩本:NTTデータの母体は、電電公社の「データ通信事業本部」、通称「デ本」だ。当時からさまざまな仕事をしていたが、国の組織である以上、自由に何でもできたわけではない。実は昭和45年頃、電電公社がコンピュータ事業を担うべきかどうか、大きな議論があった。 
 当時、コンピュータ行政は通産省(現在の経産省)、通信は郵政省(現在の総務省)の所管だった。この二つをどう整理するかという議論の中で、先輩方が編み出したのが「データ通信」という概念だ。端末からデータを入力し、通信回線を使って中央のコンピュータに送り、それを処理して結果を再び端末に返す。この一連の流れを「データ通信」と定義した。その結果、通信事業として電電公社がコンピュータを扱えるようになった。
 さらに当時、通信回線は電電公社が独占しており、他に通信事業者はいなかった。そのため、通信と処理を一体で行ってよいという整理がなされた。加えて、新しい技術については国の組織が担うべきだ、という判断もあった。新技術は投資が大きいが、成功するかどうか分からず、民間ではリスクを取り切れない。民間に任せるより電電公社のような公的組織がやるべきだとされたわけだ。
 この結果、当時としては最新鋭の技術だったオンライン・リアルタイム処理を、電電公社が行うことを許された。ここからバンキングシステムが生まれる。当時、都市銀行は13行あり、資金力も人材もあり、IBMや富士通、日立、NECといったコンピュータメーカーを自前で使いこなしていた。

2025年11月6日、周牧之ゼミでゲスト講義する岩本敏男氏
2025年11月6日、周牧之ゼミでゲスト講義する岩本敏男氏

■ 独立できたことが大発展につながった


岩本:一方、地方銀行や信用金庫はそうはいかない。大手の地方銀行も電電公社にシステム開発を依頼してきた。さらに信用金庫は規模が小さく、自前ではシステムを構築できなかった。この頃、全国に信用金庫は約550あったが、その多くが「何とか助けてほしい」と電電公社を頼ってきた。
 そこで私たちは、現在で言うクラウド型の共同利用モデルを作った。一つのコンピュータを複数の信用金庫が共有し、業務を標準化し、データベースを分離する。500以上の金融機関が同時に使える仕組みを構築した。結果として、現在では信用金庫の9割以上が、NTTデータの基盤を使っている。
しかし当時は、金融業界以外、トヨタをはじめ多くの製造業はまだバッチ処理中心の時代で、そうした民間の領域には我々は参入できなかった。その制約が続く中で、最終的に民営化という流れを迎える。
 話を戻すが、民営化直前まで、実はデータ通信事業本部は一度も黒字を出したことがなかった。金融業界や国の仕事では一定の利益は出ていたが、民間向けに展開した科学技術計算や在庫管理の分野では事情が違った。中小企業でも端末を2、3台置けば利用できるよう、大型コンピュータを共同で利用する仕組みを作り、全国に6〜7カ所ものデータセンターを整備した。しかし、利用者である中小企業から高い料金は取れず、結果として大きな赤字を抱えることになった。
 昭和60年に電電公社が民営化されNTTとなった。データ通信事業本部当時の売上は約2,200億円あったが、実態は赤字だった。そのため、メディアや政治家からは「電話事業の利益でコンピュータ事業の赤字を補填しているのではないか」と厳しい批判を受けた。それはまずい、という議論が国会でも起きた。
 そこで、NTTデータの先輩たちも「だったら自由に飛び出して、自分たちでやろう」となったのだ。分社化したのは、民営化から3年後の昭和63年だ。税制上の整理などもあったかもしれないが、スタート時点で売上は2,200億円、利益は100億円を確保していた。今年、NTTに完全統合されたが、実は35年間、NTTデータは一度も減収を経験していない。常に増収を続けており、今年度末では5兆円に迫ろうとしている。

周:通信事業のNTT本体から切り離したことで、コンピュータ事業を主とするNTTデータの経営ロジックを前面に立てられた。独立出来た事がNTTデータの後の大発展につながった。さもなければ苦戦する一事業部としてNTT社内で縮小し、消えていったかもしれない。

■ 国内市場依存からグローバル競争への転換


岩本:もちろん、兆円規模の企業が増収を維持するのは容易ではない。常に新しい打ち手が必要になる。ただ、売上拡大そのものを目的にしてきたわけではない。私は常々、「グロース」と「ディベロップメント」の違いを話してきた。量的な成長は比較的簡単でも、“質を伴っているか”は常に問い続けてきた。企業における成長の「質」とは、最終的には利益だ。
 私の在任中に営業利益は1,000億円を突破した。売上は私の直前で1兆円台、そして私の時代に2兆円規模へと倍増した。その成長の大半は、実はグローバル化によるものだ。
では、なぜグローバル化に踏み切ったのか。当時2012年頃、日本経済を考えれば少子高齢化は避けられない現実となっていた。私は生命保険・損害保険分野の事業立ち上げにも関わり、保険会社の経営層と頻繁に話していたが、日本の人口が減少に向かう未来は誰の目にも明らかだった。
 国内市場だけでは、従来のような成長は見込めない。日本でNo.1のITサービス企業であっても、年0.5%程度の成長が限界で、大きな飛躍は難しい。そう考え、海外に目を向けるしかないと腹をくくった。

周:岩本さんは、日本でITサービスの頂点に立つ企業としての地位に安住しなかった。そのバイタリティが海外へ出る契機となった。

岩本:但し私が入社した電電公社には「公社法」があり、第1条には「国内電気通信に限る」と明記されていた。これは歴史的な経緯によるものだ。電電公社の前身には、電気通信省、さらに前は逓信省があった。電電公社が電気通信省から分かれる際、国内通信は電電公社、国際通信は国際電信電話会社(現在のKDDI)が担う、という特殊な法制度が作られた。そのため、グローバル展開についての知見は、社内にはほとんどなかった。
 私は日本銀行の決済システム構築を手がけた経験から、IBMとの付き合いが深く、部長時代から毎年のようにニューヨークやシリコンバレーを訪れていた。そのため、「何とかなるのではないか」という感覚は持っていた。

周:経営者の経験と見識とメンタリティが企業のバイタリティに大きくつながる。

岩本:また個人のバックグラウンドとしては、日本銀行の決済システムのように、日本の経済のど真ん中で動いている仕組みに関わってきた。1日に200兆円ぐらいのお金が動くような金融決済のシステムや、社会保険庁などを含むナショナルインフラのシステムに携わってきた。

周:若い時に私も岩本さんと似たビックプロジェクト経験がある。大学を卒業してすぐ、中国建国以来最大の国家プロジェクトである宝山製鉄所の建設に関わった。予算規模でも建国以来最大のプロジェクトで、その中で高炉を除くすべての工場のオートメーションシステムを私が国の立場で決める、という役割を任された。内外の協力パートナーを選び、共に進めながら、その過程で国内産業も育てていく、という役割を担った。同プロジェクトは当時、国内の風当たりも強く、何としても成功させなければならないとの政治判断で進み、心臓部たるオートメーションシステムの安全性が非常に問われた。そのため、すべての判断に強い緊張感があった。
 ビックプロジェクトの経験で持つ緊張感はおそらく岩本さんの経営判断に大きな影響を与えただろう。

■ グローバルで成長するためのM&A戦略


岩本:とはいえ、独断では進めない。製造業として富士通に話を聞き、商社として三井物産にも相談した。製造業は、技術を持ち、工場と人材を移せば同品質の製品を作ることができる。一方、商社は「ボードコントロール」、つまり海外企業を買収するなら取締役会の過半数を押さえ、意思決定とリスク管理を握ることが重要だと教えられた。金融機関にも話を聞いたが、当時はまだ国内志向が強く、参考になる知見は限られていた。

周:事前リサーチを徹底的にやったわけだ。

岩本:こうして考えた結果、自分たちのビジネスは製造業でも商社でも金融でもない。では、どう成長するのか。方法は一つしかなかった。M&Aだ。
 だから私は、M&Aについて徹底的に勉強した。もちろん、すべてが成功だったわけではない。ただ、これは言いにくいことだが、NTTグループ全体では大きなM&Aの失敗も少なくなかった。2000年前後のITバブル期には、NTTが米国のVerioを買収したが失敗に終わった。ドコモもオランダのKPNモバイルを買収して失敗している。
 これらを合計すると、損失は巨額だ。それほどの失敗をしても、NTTが経営的に大きく揺らいだという話は、ほとんど聞かれない。それだけ基盤が強かったということでもある。
 しかし、NTTデータは違った。先ほど申し上げたように民営化する前は黒字を一度も出しておらず、黒字化しても営業利益はせいぜい300〜400億円という時代だった。失敗は絶対に許されない。 だからこそ、私はM&Aに独自のルールを設けた。何のためにM&Aをするのか。その企業とNTTデータの企業哲学が合致しているのか。上場・非上場にかかわらず、こうした点を厳しく見た。
なかでも最も重視したのが、M&Aの投資規模を「フリーキャッシュフロー以内」に厳格化する規律だ。どんなに魅力的な案件でも、これを超えるものはやらないと決めていた。ただし、例外は一度だけあった。それが、ペロー・システム(Perot Systems)だ。
 最初にペロー・システムを買収したのは、もともとアメリカ・ダラスに本拠を置く米デルだった。創業者はマイケル・デルだ。
 その後、米デルのITサービス部門となっていたペロー・システムを米デルからカーブアウト方式で買収した。私はマイケル・デルとその過程で何度も話をしたが、米デルは今で言うクラウドに近い、サーバーやストレージ、ネットワークといったプラットフォーム系のビジネスが中心だった。一方、ペロー・システムはアプリケーションなどITサービスを提供する部門で、今後のデルの戦略とは少し距離があった。
 そこで、会社を丸ごと買うのではなく事業部分だけを切り出す、いわゆるカーブアウトという形で、NTTデータとしては大きな金額を投じて買収した。これは当時、私が「フリーキャッシュフローを超える買収はしない」と決めていた絶対ルールを破った唯一の案件だ。それでも、これは買うべきだと判断した。
 いずれにしても、NTTデータが生き残るには、海外に出るしかないと私は考えた。そして、海外展開の手段はM&Aしかない。そのため、過去にNTTグループがM&Aで失敗してきた理由を徹底的に検証し、同じ過ちを繰り返さないために何をすべきかを考え抜いた。

周:M&Aで海外展開という方向性を決めた後は、親会社の失敗にもめげずに考え抜いて更にスマートにやってきた。

2024年11月30日、東京経済大学 国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」 セッション2「「GXが拓くイノベーションインパクト」にて岩本敏男氏と石見浩一エレコム社長
2024年11月30日、東京経済大学 国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」 セッション2「「GXが拓くイノベーションインパクト」にて岩本敏男氏と石見浩一エレコム社長

■ 経営者には胆力と魅力が必要


周:これだけの経営判断をするには、経営者に大きな胆力と魅力が必要だ。

岩本:やはり社長という存在は、非常に大きな意味を持つ。社長と副社長の距離は、副社長と新入社員の距離より、はるかに大きい。だからこそ、日本企業とは違い、アメリカでは社長の報酬が非常に高い。私は、それはある意味当然だと思う。
 そうであるなら、社長自身が人間的な魅力を持っていなければ務まらない。これは日本人同士、日本語で話すかどうかとは無関係だ。相手は外国人で、スペイン語を話す人もいれば、中国語を話す人もいる。私自身、それらの言語が話せるわけではない。それでも、彼らから「岩本」という人間が、尊敬される存在でなければならない。
 そのためには、自分の人生観や哲学、歴史への認識、価値観について、自分なりの軸を持ち、それを真正面から示すしかない。良い悪いという問題ではなく、自分の考えをしっかり持ち、ぶつけること。それが当時、私がたどり着いた一つの方法論だった。結果として間違っていなかったと思う。
 社長として最後の6年ほど、ヨーロッパをはじめ各国のCEOと一対一で話す機会が多くあった。言語の違いから通訳を介することもあったが、彼らからよく言われたのは、「ミスター岩本にはカリスマ性がある」「オーラがある」という言葉だった。自分ではそんなつもりはなかったが、そう受け止められていることは、ビジネスの現場において肌で感じていた。

周:岩本さんはカリスマ性のある経営者として大きな結果を残した。これに対し、サラリーマン社長の大半は残念ながらリスキーな経営判断を避ける傾向にある。それが日本企業の活力に大きなマイナス影響を与えている。
 なぜNTTデータから岩本さんのような大胆な経営者が出てきたのかを考えると、「国有企業」の寛容性が響いたのではないか?日本や中国の様々な事例を見ると、実際は懐の大きい国有企業だからこそ、破天荒な発想を持つ活きのいい人材を育てられる。その意味では電電公社に入った岩本さんは幸運だった。

■ 原点は高校時代に響いた孟子の言葉


岩本:私の原点はどこにあるのか。振り返ると、それは学生時代にある。私は長野県諏訪市の出身で、諏訪清陵高校を卒業した。今年、その創立130周年記念で講演に招かれ、中高生と話す機会があった。
 高校時代、心に強く残った言葉がある。孟子の「自反而縮、雖千万人吾往矣(自ら省みて直くんば 千万人といえども我行かん)」だ。四字熟語で言えば「真実一路」に近い。意味は、自分の進む道が正しいと分かれば、たとえ千万人が反対してもその道を突き進め、ということだ。
 私は電電公社に入り、その後さまざまな仕事をしてきたが、この言葉は常に頭の中にあった。課長のときも、部長のときも、本部長のときも、自分がやるべきことは分かっていた。ただ、分かっていても実行するのは簡単ではない。それでも「実行することが何より重要だ」と思い続けてきた。
 もっとも、年を重ね、40歳を過ぎて営業や経営に関わるようになり、社長になって強く実感したのは、この言葉には「上の句」と「下の句」があるということだ。下の句は「決めた道を実行する」こと。しかし、それ以上に大切なのが上の句、つまり「自分は今、何をすべきか」「何のために生まれてきたのか」という問いを、本当に腹落ちするまで考えることだ。
 売上や利益、学生の皆さんなら試験の合格、就職先の決定も大切だが、もっと深く掘り下げると、「自分は何のために生き、今何をしているのか」という自己認識が不可欠だ。これが定まった人は、自然と全力で行動する。私はそう思っている。
 グローバルで多くのCEOと話す中で、「岩本にはカリスマ性がある」と言われた背景には、こうした意識があったのかもしれない。結果として、私の在任中に売上は2兆円を超えた。

周:いまふうに解釈すると孟子の「自反而縮、雖千万人吾往矣」は、自分が正しいと思ったことは何があってもやり抜くことを意味する。これがリスキーな経営判断をする時にもっとも必要とされる知力と胆力だ。

■ 目標が人を動かす―10年先のビジョンを「語ること」


周:岩本さんが社長になったときの目標は、グローバルサービスの展開や、2020年までに売上2兆円、その半分を海外で稼ぐことだった。
 普通のサラリーマン社長であれば自分の首を絞めるような、そこまで飛躍的な目標を掲げないだろう。バブル崩壊以降の日本では大手企業でそんな経営者は極めて珍しい。その発想力と胆力について、ぜひ伺いたい。

岩本:周先生にそう言われると恥ずかしい気持ちもあるが、例えば公式の中期事業計画で「売上をいくらにするか」という話はコミットメントになる。達成できないと投資家からも怒られるので慎重になる。一方でビジョンを語ることは、自由とまでは言わないが、ある程度語れる余地がある。

周:それにしてもドメスティックな会社をグローバル企業にする目標を思い切って掲げたね。

岩本:はい、言い切っちゃった。ただ、その辺は自分の中で整理しているし、後ろでブレーキをかける人もいるので、いわゆる舌禍事件を起こさないようにしている。それでも、自分が持っているビジョンは、社員にも投資家にも、お客様にも、多くの人に言うべきだと思う。
 「命をかける」と言うと語弊があるかもしれないが、「社長生命をかけてもやる」というくらいの覚悟だ。「自分は何をしなければいけないのか」「そのために生まれてきたんだ」くらいの自覚がないと、大きな会社の社長はできないと思う。

周:努力目標を掲げることが本当に大事だ。例えば「ムーアの法則」も物理的な法則ではなく、ムーアという人のある種の「妄想」だった。しかし、半導体産業全体は、それを一つの目印にして50年、60年かけ、頑張ってきた。結果として半導体の進化スピードはムーアの妄想通りに維持されてきた。
 人間、特に集団にとって、目標を掲げることはものすごく重要だ。周ゼミが今年学内でアンケート調査をやった時、最初はなかなか動かなかった。でも「有効回答を1,000件集める」という明確な目標を立てた瞬間、やる気になり、あっという間に目標を達成できた。目標が定まった途端、集団は動く。それが、リーダーや社長が大きな目標を掲げる意味だと思う。

岩本:例えばスティーブ・ジョブズも、当時は「何を馬鹿なことを言っているんだ」と思われていた。でも、そこでそう感じてしまっては駄目だ。社長の仕事の一つは、「多くの人を動かすこと」にある。
 だから私はよく「ビジョン」という言葉を使う。ビジョンとは、だいたい10年先を見据えた目標だ。かなり遠い目標ではあるが、努力すれば手が届く、絶妙にバランスの取れた設定だと思う。一方で、1年単位の年度計画は、達成できなければ厳しく問われるから、性質がまったく違う。
 重要なのは、「この会社はこの方向に進む」という大きな指針を示すことだ。これは社長にしかできない役割だと思う。私が企業分析をしてきた中でも、優れた企業、あるいは大きな転換点をうまく乗り越えた企業には共通点がある。それは、当時の社長が必ず明確なビジョンを掲げ、それを実現してきたことだ。そうした企業が、結果として成長し、成功している。これは間違いのない事実だと思う。


プロフィール

岩本 敏男(いわもと としお)
NTTデータグループ元社長

1976年日本電信電話公社入社。2004年NTTデータ取締役決済ソリューション事業本部長。2005年NTTデータ執行役員金融ビジネス事業本部長。2007年NTTデータ取締役常務執行役員金融ビジネス事業本部長。2009年NTTデータ代表取締役副社長執行役員パブリック&フィナンシャルカンパニー長。2012年からNTTデータ代表取締役社長を務め、海外でのM&Aなどを進めて2018年には売上2兆円を突破した。同年NTTデータ相談役に退き、保健医療福祉情報システム工業会会長に就任。2019年日本精工取締役、IHI監査役。2020年大和証券グループ本社取締役。2022年JR東日本取締役。2023年三越伊勢丹ホールディングス取締役。