【激論】 船橋洋一・加藤紘一・海江田万里・周牧之:東アジア時代へのイマジネーション

■ 編集ノート:16年前の2010年、中国は金融危機を乗り越え世界経済の牽引車となった。当時は中国経済規模が日本経済のそれを超えたところで、アメリカを始め国際的に「中国期待論」が高まっていた。新しいアジアの時代への高揚感が膨らむ中、周牧之教授は東京経済大学主催シンポジウムで、船橋洋一、加藤紘一、海江田万里の各氏とアジアの時代のイマジネーションについて語った。2026年現在、中国経済の規模は日本経済の4.5倍前後にまで成長している。今日の日米中関係に照らして往時の議論を振り返る。

周牧之教授、海江田万里氏、加藤紘一氏、船橋洋一氏
周牧之教授、海江田万里氏、加藤紘一氏、船橋洋一氏(左から)

東京経済大学創立110周年記念
「次の10年」を考える環球国際シンポジウム
~ 東アジア改革の行方 ~

■ Session 4 ■「東アジア時代へのイマジネーション」

司 会   船橋洋一 朝日新聞社主筆、法学博士
パネリスト 加藤紘一 衆議院議員、元内閣官房長官 
      海江田万里 衆議院議員、内閣府特命担当大臣 
      周牧之 東京経済大学教授、経済学博士
                 (肩書きは当時)

日時 2010年10月1日(金)10:00~18:00(開場9:30)
会場 六本木ヒルズ森タワー アカデミーヒルズ49


司会を務める船橋洋一氏
司会を務める船橋洋一氏

■ 東アジア時代は果たして可能か?


船橋洋一:船橋でございます。よろしくお願いいたします。もう最後のセッションになりましたので、だいぶお疲れと思いますけれども、いちばん最後は少し長期的な時間の長いスパンでもって東アジア時代というものが果たして可能なのだろうか、どのように可能なのだろうか、そもそもそれはどういうものなのだろうかというようなこととか、今日の「次の10年」を考える環球国際シンポジウム~東アジア改革の行方~ですから、改革ということを今日締めくくりに少ししっかりと考えてみたいとも思います。
 私のほうからは、今まで3つのセッションでそれぞれ相当深い議論が既にございましたので、前置きは一切抜きにして、早速3人のパネリストの方々に最初のプレゼンテーションを、お一人最初は10分ということでお願いします。
 それでは最初に、加藤紘一さん、お願いいたします。

パネリストを務める加藤紘一氏
パネリストを務める加藤紘一氏

加藤紘一:加藤でございます。21世紀は私はアジアの世紀になるだろうと思っています。いや、もうなっている、なり始めていると皆さんお思いだと思います。全世界68億の人口のうち、トルコまで入れますと52~53%はアジア。東アジアをどこまで定義するかですが、中国、日本、南北朝鮮、台湾、ここだけを見ても優に15億ぐらいになるはずでございます。
 アジアの人々、特に東アジアの今後の強みは、私、人口の多さだけではなくて教育水準だと思います。具体的にまず第1に、識字率というところから言えるのではないかと思います。東アジアの約15億程度の人口の人々が自分の国の母国語で読んだり書いたりできる率はどの程度あるか。おそらく95%以上になるのではないかと思います。これはほかの発展途上地域とは大きな違いがあります。例えば機械を備え付けるときに、取扱説明書はなかなか面倒くさいものですけれども、それを自国語で読める。読めなければ作業できないわけです。若い医学生が看護師さんに説明する。医療機器の使い方の説明書を看護師さんが読めなければ、その国の医療水準は上がっていかないわけです。などから考えると、われわれはものすごいアドバンテージを持っているのではないかと思います。
 さあ、そこでその国々がしっかりとした協力関係を今後もてるかどうか。将来はもちろんもてると思うのですけれども、なかなかまだフラジャイル(脆弱、壊れやすい)という点があることは事実であります。第1は、朝鮮半島がまだ分裂して安定していないということです。きょうは時間が限られておりますので、端的に申しますれば、やはり北朝鮮が国際社会の通常の一員としてジョインしてくるという状況が早くこなければいけません。今度、金正恩という人がどういう政治をするのか、またその保護者たちがどういうかじ取りを新しい指導者に対してするのか、そこはよく分かりませんけれども、やはり北朝鮮の核の脅威がある段階ではいろいろな北東アジアの協力関係はできない。
 では、早くそれについて話し合いをすればいいではないか。六者会談が行われてもなかなかそれがうまくいかない。私はその1つの鍵はやはり日朝関係にあると思っています。日朝関係がなかなかスムースにいかない。特に、六者会談をやるときに、北朝鮮側が「日本がいないほうが会議が早く進む」などと失礼なことを言っている限りにおいては、それはなかなかうまくいかないのですけれども、わが国のほうも考えなければならないのは、北東アジアの非核の状況をつくるという話と拉致の話が同時並行的に議論する雰囲気がなければいけないのではないかと思います。拉致の問題の解決がない限り……。もっと具体的に言えば、めぐみさんの遺骨の問題が解決できなければ核の討議に入れないという形になりますと、これはなかなかデッドロックを乗り切れないのではないか。韓国政府も拉致の話と核の話は同時に話し合いのテーブルに載せるという態度をとっておって、日本にもそのようにやってほしいと言っていますけれども、日本はなかなかそこに乗り切れない。ここはわがほうが考えなければならない1つのテーマではないかと私は思います。
 もう1つは中国をめぐる関係ですけれども、中国が経済的に大変台頭してきているということで、いろいろな意味で、あまりにも速度が速いのでフリクションが起きているようなところがございます。実は大平正芳さんが総理のときに、ですから今から25年ぐらい前ですかね、鄧小平さんが国連総会に出席する往路か復路のどっちかで、日本に寄られました。そのときに、私は大平首相の下で内閣官房副長官というバッジを付けた秘書官みたいな仕事をしておりました。首相官邸の小さな食堂で、大平さんが鄧小平さんに昼ご飯を差し上げながら、日本と中国を話し、そして中国の経済を話していました。そのときに大平さんが鄧小平さんに「われわれも協力する。おたくの国づくりに協力する。ただ、あまり経済発展のスピードを早くすると、いろんな問題が出ますよ」と説教しているのですね。中国問題を習ってきた私にしてみれば鄧小平さんは偉大な存在だったのですが、その鄧小平さんにわが親分説教してらいと非常に驚き、ある意味では誇らしげに思ったのをきのうのように覚えていますけれどね。やはり経済発展のスピードが早すぎることが中国国内でもこれから問題になるでしょうし、また諸外国、周辺諸国、日本も含めて(including our country )いろいろ構えるところが出てきたのではないかと思います。
 今回の尖閣(釣魚島)事件も、そういった中でわがほうは一生懸命中国に対して負けてはいけない、自主性を持たなければならないという感じで一生懸命頑張るし、一方中国のほうは尖閣(釣魚島)という非常にセンシティブな問題の現状を日本が打破しにきたなという感じで、異常なる反応を示して、結果的には両方が損した。日本も大変損しました。中国は、自分たちの外交政策・経済政策のためには、通常の経済活動のために行っている日本の社員4名、社員さえ簡単に逮捕してしまうのか、本当に怖い国だなあ、というふうなイメージを一般庶民まで持ってしまった。また、中国も損したと思います。領土に関してあそこまで強い態度をとるならば、今後、南沙諸島、西沙諸島についてもめている東南アジアの国々に対しても、同じ態度をとってくるのかもしれないというふうに思うのかもしれません。
 したがって、今いちばん重要なのは、今回の件はお互いをお互い強く見過ぎて、そしていろいろな過剰反応をした結果生じている摩擦でありますので、やはり日中の指導者が率直にしゃべる率直さのレベルをもっともっと深くする。そうしない限り、日中の友好関係といっても非常に壊れやすいものになっているのではないか。ある意味では、両国にとって非常に大きないいレッスンを与えてくれたのではないかなと思っています。
 今、いくつか問題点を挙げました。しかし、総体的に言えば、日中韓が一緒になって平壌を国際社会のステークホルダーの一員として引っ張り出すことができれば、私は北東アジアの今後の発展は世界のリーディングリージョンになるぐらいの大きな希望のある地域になってくるのではないかと思います。ありがとうございました。

船橋:加藤さん、ありがとうございました。それでは引き続き、海江田万里さんにお願いしたいと思いますが、海江田さんは私が紹介するまでもなく、この菅政権のマクロ経済政策の司令塔でいらっしゃいます。よろしくお願いいたします。

パネリストを務める海江田万里(左)
パネリストを務める海江田万里(左)

■ 東アジア共同体の実現に向けて


海江田万里:ご紹介いただきました海江田でございます。私も中国との関係は、最初の訪中が1975年でしたか、それ以来何度も中国にお邪魔をしておりますが、やはりこの21世紀、これからの20年、30年先のことを考えると、日中関係がこの地域の安定、あるいは発展のために非常に重要な位置を占めているのではないだろうかと思います。そんな中で今回の尖閣列島(釣魚島)の問題でございますが、ご承知のように尖閣列島(釣魚島)の問題では、1970年代の初めに中国側が尖閣列島(釣魚島)の領有権をまず主張してきています。ところがこの70年代は、まさに周恩来総理の尖閣列島(釣魚島)の問題を日中間でことさら自分たちの主権を主張しあわないということで収まって、それから80年代に入ってまたこの尖閣列島(釣魚島)の問題が出てきたときに、これは今、加藤先生からお話があったまさに鄧小平さんが、自分たちの次の世代はもっと賢いはずだ、だから次の世代にこの問題の解決を委ねようではないかとおっしゃったと私は記憶しております。
 それから四半世紀たって、今回の状況はどうであったかということで言うと、私はこの周恩来総理、あるいは鄧小平さん――あのときは最高実力者ですか――の言っていたこととずいぶん違ってきたのではないだろうかと思っております。何が違ってきたのかというと、経済的な結び付きなどでは、これはもちろん日中間の結び付きは70年代、80年代と比べると飛躍的に緊密になっているわけでございます。にもかかわらず、こういうような大変大きな亀裂が生まれてきた。どこが違っているのか考えると、今日は率直に物を言いますけれども、やはり中国の中での民族の問題、あるいは国境の問題が大きくなっているのではないだろうかと私は思っております。チベットの問題もございますし、あるいはウイグルの問題もございますし、そういう問題の中で、やはり領土の問題は非常にセンシティブになっているということが1つあるのではないでしょうか。
 それからもう1つは、中国が経済発展をする中で、当然資源・エネルギーが大切になってくる。特に海洋権益という形で呼ばれておりますけれども、その海洋での権益を守ろうという意識が非常に強くなっているわけでありまして、ですから私は、本当の意味で日中間がまさに体制の違いを乗り越えて仲良くしていくためには、中国が今抱えている問題を一定程度解決しなければ根本的な解決はないのではないだろうかと思っております。
 これは私どもがどうこうすることではありません。中国自身がその問題を解決しなければいけないわけでありますが、これは今の社会主義の体制の中でも解決できる問題だと私は思っておりますので、やはり一日も早くこの問題を解決してもらいたい。そうすることによって、本当に日本と中国の関係が安定して、日本と中国の関係が安定すると、この東アジアの発展、平和と安定がさらに増進するのではないだろうかと思っております。
 それから、今回の問題もそうでありますが、もう少し前からこれから20年先、30年先を考えますと、今の若い人たち、20代でありますとか、あるいは10代でありますとか、こういう人たちがそれぞれお互いの国をどういうふうに思っているかが非常に大切になってくるだろうと思います。この10代、20代の人たちの中の中国の日本観、日本人観、あるいは日本人の中国観は二通りの流れがあろうかと思います。
 1つは特に中国の方たちで、日本の文化ですね。ファッションとか、音楽とか、あるいはアニメとか、そういうものに非常に親近感を持って、台湾の人たちがいち早くそういう形で日本の文化を取り入れた。それから、韓国との間でも、これは日韓の不幸な歴史もありましたから、なかなか韓国には日本の文化が入っていくことが難しかったわけでありますが、しかし最近になってそれも韓国の人たちが日本文化を受け入れるようになったということもありまして、それが中国にも影響して、中国の若い人たちがそういう日本を高く評価しています。英語でCool Japan=格好いいと呼んでいます。
 その一方で、日本に対して非常に嫌悪感、嫌日感というのが、増していることも重大でありまして、この問題がやはり今回の尖閣列島(釣魚島)の問題でも影響を与えたということ、これは否めない事実だろうと思います。
 ですから、今回の問題を本当に教訓化するというか、まず日本と中国がどういうお互いの共通の利益があるのかということ、日本ももう一度中国と経済的に結び付く、あるいは政治的に交流を不断に続けることによって、どういうメリットがあるのか。先ほど、加藤先生から北朝鮮の拉致の問題の話もありました。あるいは、北朝鮮の非核化の問題もあります。そういった政治的な面、それから経済的な面、経済的な面についてはもう言うまでもないことでありますけれども、そういうことをもう1回しっかりと点検してみる必要があるのではないだろうか。
 これは中国にとっても同じことでありまして、日本と密接な関係を持っていくことの意味をぜひ検証していただきたいと思うわけでございますから、事態は日々刻々推移しておりますので、これらはなかったことにして、忘れたいという思いもあるかもしれませんが、ここは今回の事態がここまで大きな問題になってきたわけですから、私たちはその問題から目をそらすことなくしっかりと、この問題の本質はなんなのか、この問題の解決のための方策はなんなのかということを、少し時間がかかってもいいですから、やり直すべきではないだろうと思っております。その中から初めてこの東アジアの将来が開けてくるのではないだろうかと思っております。
 それから、東アジアの将来ということで言うと、私は言うまでもなく民主党所属の議員でございますが、特に鳩山総理のときに東アジア共同体をアピールいたしました。この東アジア共同体は、ヨーロッパのまさに今EUという形で形成されております歴史を学んで、東アジアでもなんとかそういう共同体がつくれないかという構想であります。私は鳩山総理と何度かこのことで膝を交えて議論しましたけれども、この場合東アジアという地理的なくくりを、さっき加藤先生がおっしゃった、厳密に言いますと、やはり日本、韓国、北朝鮮、中国、ファーイーストということで言えばそのあたりが地域的に入るのではないだろうか。そこからだんだん広げていって、ASEANのところまで入っていくのではないだろうかと思いますけれども、私どもはまずいろいろな形で東アジアで、特に経済的、あるいは政治的な議論を進めていくうえでは、1つはやはりインドもその中に入れる必要があるのではないだろうか。あるいは、オーストラリアとニュージーランドということでありますが、これらの国々も一体化をして、そしてそこでいろいろな議論をしていくべきではないだろうかというようなお話をしました。
 このインド、オーストラリア、ニュージーランドを入れるということは、1つはアメリカという太平洋の向こう側に大変大きな国がありまして、もちろんアメリカの力も総体的に低下はしておりますが、まだまだ大きな力を持っております。このアメリカが東アジアの国々だけで、特にASEANとプラスした日本、中国、そして朝鮮半島の韓国、北朝鮮に対して、やはりそれなりの警戒感を持つこともあるだろうということから、オーストラリア、ニュージーランドあるいは将来的な潜在的な成長力、もうすでにテイクオフはしておりますけれども、インドを入れたアジアを念頭に置いて、この中でどういうふうに経済を一体化していくべきか、あるいは政治的な協調の枠組みをつくっていくかを考えようではないだろうかということであります。
 いずれにしましても、この21世紀、とりわけ21世紀の前半が東アジアの時代だということはまごうことなき事実であります。その東アジアの時代が本当に安定した、そして地域全体として繁栄した時代になるか、あるいは東アジアが不安定な地域として見られるのか、経済的にも問題のある地域として見られるのかは、まさにこれからの私どもの努力にかかっているのではないだろうかと思っております。
 だいたい10分ぐらいのお話をいたしました。少し10分には足りないかもしれませんが、とりあえず最初の発言はここまでにしておきます。

船橋:海江田さん、ありがとうございました。引き続き、周牧之先生にお願いいたします。

パネリストを務める周牧之教授
パネリストを務める周牧之教授

■ 中国経済成長の背後にある中華文明の早熟さと強靱さそして開放性


周牧之:はい。最初の10分間、長いスパンでお話をするということで、僕は百年のスパンと千年のスパン、2つの話を用意しました。
 まず、百年のスパンからお話しましょう。今の中国の発展がそれなりに続いていけば、これからの30年は間違いなく中国の時代になってきます。少なくとも東アジアにおける中国の時代になると思います。中国社会はより活力を増し、公正や平等を重んじる社会になるでしょう。しかし、中国だけでは寂しいです。やはり日本、朝鮮半島、ASEANと一緒に本当の東アジアの時代をつくることこそ大切です。実はここは中国も努力しなければいけないし、日本も努力しなければなりません。日本は第二次大戦後、アメリカへの戦後処理は非常に素早く行いました。これで日本は冷戦時代の寵児となり、その後の60年間の平和と繁栄を勝ち取りました。
 問題は、対アジアの戦後処理は必ずしも徹底していなかったことです。中国および東アジアの国々の経済的な台頭によって、戦後処理の曖昧さが今、さまざまなレベルで問題になってきています。今回の中国船長の逮捕も、この延長線上に出てきた問題ではないでしょうか。日本が対アジアの戦後処理をきちんと行えば、東アジアとの本当の信頼関係が築かれ、戦争の呪縛から解放され、東アジアの共同体は早く、そしてうまく進むと確信しています。
 千年単位のスパンの話にまいります。日本では、中国の30年間の高度成長は幸運な出来事、あるいは偶然の出来事としてとらえがちですが、私から見ると実は幸運でも偶然でもありません。中華文明の強靱さがその背後にあると認識しなければなりません。中華文明は、世界の古代文明の中で唯一今日まで綿々と続いてきました。これには理由があります。中華文明は非常に早熟で、かつ活力のある文明です。
 私なりに3つの特徴を整理してみました。まず、中華文明は早い時期から、神と人との関係において、人の優位性を確立しました。殷の時代は神への信仰が絶対視されていました。約3000年前、殷を倒した周王朝は、民を幸せにすることを天命としました。それによって中国王朝の天命は神から民へとシフトしました。これは非常に大きな出来事で、それ以後中国では神を絶対視する王朝は誕生しませんでした。大きな宗教戦争の時代もありませんでした。中国に神を巡る大きな争いがなかったことは、東アジアにも大きな影響を与えました。今、世界の宗教戦争を見渡すと、中華文明がいかに早熟であったかがお分かりになるでしょう。
 第2の特徴は開放性のある文明だったことです。中華文明は外のものを受け入れ、従来のものを進化させる歴史の連続でした。シルクロードを通じて西域から多くのものを手に入れました。ご存じのように、インドから入ってきた仏教も、その後中華文明の神髄の一部分となりました。歴代王朝の半分は実は漢民族以外の民族が興しました。多数の民族がお互いに混合吸収しあい、1つ大きな中華文明を築き上げました。その意味では、外の良いものを飲み込んでいく開放性が中華文明の生命力ではないでしょうか。漢民族と一言で言っても、実際さまざまな血と文化が混ざっています。第1セッションで申し上げましたが、改革開放の30年間は、改革より開放のほうがうまくいきました。それは中華文明の開放性がうまく機能した結果だと私は思っています。
 第3の特徴は、中華文明の政治システムです。約2200年前、秦の始皇帝は郡県制をつくりました。貴族を排除し、政治と地方の統治を試験や推薦によって選ばれた官僚に任せるシステムを始めました。その後の歴代王朝はそのシステムを進化させてきました。王朝は民をきちんと治めているかどうかを巡って数十年、あるいは数百年単位で易姓革命が繰り返してきました。いわば易姓革命の頂点に立つ皇族と試験で選ばれた官僚との組み合わせが、中華政治システムの神髄でした。明治維新のあと日本がようやく廃藩置県や官僚の選抜を始めたところから見ると、中華文明の政治システムがいかに早熟だったかが分かります。
 私から見ると、現在の中国の政治システムはその延長線にあります。共産党は当初民衆の支持を得て政権を勝ち取りました。その後は共産党のトップと、選抜された官僚との組み合わせで国を治めてきました。これからの30年、中国では政治家を選ぶシステムの民主性、そして透明性を高め、さらに官僚システムとどう組み合わせていくのかが、大きな課題として出てきます。解決しなければいけないです。そして、このような改革がうまくいけば、新しい中国政治モデルが誕生するでしょう。日本でも今や、試験で選ばれた官僚と選挙で選ばれた政治家との組み合わせがうまく機能していないことが大きな問題となっています。日中双方、政治システムの改革における模索はしばらく続くでしょう。

日本経済新聞に掲載したシンポジウムの広告
日本経済新聞に掲載したシンポジウムの広告

■ 相互信頼関係なしには東アジア時代はない


船橋:周先生、ありがとうございました。これは、「次の10年」を考えるということで、東アジア時代を考えようというセッションですが、先ほど加藤さんが大平元総理のお話をしていらっしゃいましたね。79年なのですね。ちょうど31年前、実は大平総理が79年12月に中国を訪問して、加藤さんが官房副長官として同行される。私も記者として同行いたしまして、取材記者としての中国とのご縁はそれ以来ですが、加藤さんが西安で見事な中国語でスピーチをなさいまして、大平さんが目を細めて「頼もしいな、こいつは」というふうにね、今でも顔を思い出しますけれども。
 それから30年、当時誰も想像もできなかった。どんなにイマジネーションを働かせても、この今の中国とこの今の日本と考えようもない、すさまじい30年だったと思います。最初に、3人の方々に同じ質問をするので、手短に答えていただきたいです。クイズみたいなもので申し訳ないですけれど。
 向こう10年、本当に東アジア時代を育てる、最大の壁といいますかリスクはなんでしょうか。それぞれ皆さんもう触れていらっしゃいますけれども、あれもこれもではなくて1つだけ。周先生からお願いいたします。

周:一言で言えば相互信頼関係ですね。

船橋:日中のですか。

周:日中の間、あるいは日本と朝鮮半島、そして、程度の差はあれASEANとの間も恐らく同じ問題があります。今回の中国漁船の船長の逮捕で、われわれが築いてきた日中関係が一気に悪化しました。多くのイベントが次々とキャンセルされた中でこのシンポジウムが実現できたのは、本当にさまざまな方々の努力と熱意のおかげです。そこで私が改めて感じたのは日中関係のもろさ、と同時に、日中関係を大事にしようとする人々の絆の強さです。ここはやはり皆で努力してこのもろさを強靱さに変え、絆をさらに強靱にしていくことが、われわれのいちばん大きな目標とならなければいけないです。

船橋:相互信頼がまだそこまで育っていないと。10年たっても、その問題が依然として 問題であり続けると。そういうことですか。

周:はい。

船橋:はい。海江田さん、お願いいたします。

海江田:いちばんのリスクは狭隘な愛国主義といいますか、やはりナショナリズムという、もう消えたはずというのはおかしいですけれども、先の戦争で特に日本はしっかり反省して、そしてそういうものがなくなったはず。それから、中国の狭隘な愛国主義は克服したはずでありますが、そういう亡霊がまたよみがえったということ。これが今、まさにこれから、そのまま亡霊として消えてしまうのか、あるいはそれが実体をもっていくのかがいちばん気掛かりですね。

船橋:狭隘な愛国主義、ナショナリズム、民族主義、これが怖いと。加藤さん、お願いいたします。

加藤:中国の人口の多さだと思いますね。世界で68億、現在中国が13億5000万ぐらいかな。これは、1つの共産党という政党、ないし1人の国家主席、党主席、この1人のリーダー、1つの党でコントロールするには多すぎます。当然のことながら、中国はだんだん一人一人が自分の意見を持ち、発言し、豊かさがゆえにいろいろな欲望も開放されていく社会で、そのすべての希望、主張、それから夢、こういうものを1人の指導者がコントロールできるだろうか。その指導者の下で17~18人の政治局員がコントロールしていくシステムがつくれるだろうか。私はかなり難しいのではないかなあと思います。そうすると、よほどいいシステムをまた考えていかない限り中国が不安定になる。そこがリスクになるような気がしますね。

船橋:ただ、中国も2030年とか過ぎてくると、人口も一気にバーストといいますかね。ですから、日本のあとを追って問題も非常に深刻だという、そういう指摘も……。その問題はまた後ほど。ありがとうございました。 海江田大臣、今回の尖閣問題(釣魚島)、特に中国が経済を絡めてきた、レアアースにしても、通関手続きにしても。中国政府はそれはしていないという公式の立場ですけれども、日本のビジネスのほうは、被害が及んでいるということなのですね。日本の中に経済における中国リスク、これは国策として真剣にどうリスクを克服するか考えるべきだという主張が今非常に強くなっておりますけれども、ここはどういうふうにお考えでしょうか。

海江田:ケンカをする場合、この人とは本当に仲良くやっていきたいのだ、だけど一時期ケンカもしなければいけないときもあるのだというケンカのやり方は、相手の本当に嫌がることはやらないですね。ところが今回の場合、中国はまさにレアアースという、日本が98%ぐらい中国に依存していて、しかも日本のハイテク企業のいちばんの、言ってもみると米のようなところを、政府は別に禁輸措置をとっているのではないということですけれども、事実上の禁輸措置がとられたということ。
 日本とすれば当然、それに代わる代替製品を考えなければいけない。あるいは、80年代まではアメリカがずいぶんレアアースの生産をして、日本もそこから輸入していたわけですが、そのとき中国がまさに価格破壊をして、もうアメリカの鉱山は採掘しても経済的に立ちゆかないことになって、全部鉱山が閉鎖した。そこで中国が圧倒的にシェアを占めて、そしてだんだん価格をつり上げていったということがあるわけですから、日本とすればそういうところまでやってくるならば、これは代替製品を開発するか、あるいは別なところから輸入するかというところに入るのは、これはもう経済合理性からいって当たり前のことでありまして、そういう動きは、「これは日中友好が大事だから、それから中国もおそらくこれから安定的に供給するはずだから、前のように」というわけには私はいかないと思いますので、その意味では今回の措置、とりわけ経済的に日本がいちばん弱いところを締めてくるやり方は、本当にこれから仲良くしようといううえでのケンカのしかたではないと思っております。

会場で周牧之教授、海江田万里氏、加藤紘一氏、船橋洋一氏(左から)
会場で周牧之教授、海江田万里氏、加藤紘一氏、船橋洋一氏(左から)

■ リスクを煽らずチャンスに変える


船橋:もう1つ続けて質問させていただきたいのですけれども、先ほど海江田さんは、「東アジア共同体」理念を追求していく際に、インド、オーストラリア、ニュージーランド、単にASEAN+3のコアだけではなくて、広がりも重要なのだというお話をなさいました。日中の年間貿易額に比べると、日本とインドの貿易額は日中の5%にしかならない。ここ7~8年インド、インドと言いながら、日中の経済は2005年の反日暴動とかいろいろ問題があってもどんどん深まっていく。上海に今5万人住んでいる。日本の企業は3万社中国にある。5兆円日本が直接投資している。なぜ、国策としてはインドと言いながら、インドと日本の経済が、中国ほどはいかないにしても、成長しないのか、発展しないのか、深まらないのか。これはどう考えたらいいのでしょうか。
 
海江田:1つは、地理的な条件があるということはもう言うまでもありませんね。原材料をインドから輸入してくる場合でも、例えば船で持ってくるにしろ、飛行機で持ってくるにしろ、それはコストがかさむということもあります。
 それからもう1つは、先ほど周さんがお話しになった歴史的、あるいは文化的なこれまでの日中間の長い交流もこれありで、基本的に私は日本人は中国人に親近感を持っていると思うのですね。ところが、やはり今回のようなこと、あるいは前回の反日暴動のようなことがあると、いわゆる裏切られたという思いが非常に強いのですね。
 それは、もともと日本とアメリカ、あるいは日本とインドとの関係においてもそうですけれども、例えばアメリカ人とつきあうときは異国の人だ、あるいは異文化を持った人だと思って一定の距離を置いてつきあっていくわけでありますが、だから何かそこで違うことがあっても、「まあ、それはそうだね。歴史も文化も伝統も違うんだから」ということで、腑に落ちることがあるわけです。
 日本の場合、中国とつきあって、そして裏切られたという感情を持つケースが多々あるわけです。それは非常にマイナスになるのではないだろうか。だけど、そこにいく前にしっかりとした手立てを講じると、そこはやはり親近感がありますから、中国のほうと関係を強くしていくことがあろうかと思います。
 
船橋:周先生に1つ伺いたいのですけれど、われわれは今回、チャイナリスクいう言葉で、さっき怖い国だという表現もありましたけれども、まあ危ない国だというようなパーセプションが広がっていますね。しかし中国から見ると、たぶんジャパンリスクも相当あるのではないか、また見えるのではないかと。今回、中国の皆さんの中にもそういうことを感じられる方がいるのではないかと思うのですけれども、周さんから見て最大のジャパンリスクはなんですか。
 
周:まずは、チャイナリスクもジャパンリスクも、煽ってはいけません。戦後処理をもっときちんとやることもリスクの解決になるのです。われわれはリスクよりはチャイナチャンス、ジャパンチャンスを考えるべきです。東アジアを1つの舞台にしたとき、どのくらいチャンスが生まれてくるか、ということなのです。
 世界は過去20年、30年で大きく変わってきています。IT革命、グローバリゼーション、低炭素革命が、人々に次々と大きなチャンスを与えています。ただし、必ずしもすべての国、すべての企業、すべての人々がそれをつかんだわけではない。チャンスと認識した国々、 企業、人々がそれをつかめるのです。だから、日本の企業の中で、これからチャイナチャンスをつかむ企業はたくさん出てきます。おそらく10年後、20年後、30年後は、日本の産業界の構造は徹底的に変わってきます。チャイナチャンスをつかんだ企業、つかんだ人々がどんどん伸びると思います。日本チャンスをつかんだ中国企業、中国の人々も、どんどん伸びてくる。そういう人たちが増えていくことでアジアが安定します。アジアのリスクが取り除かれると思います。これからの10年、30年を展望すると、日本からグローバリゼーションに乗ろうとする優良企業や有能な人材が、たくさん出てくるはずです。こうした企業、人材が大成功を収めれば、日本経済も大きく変わっていくでしょう。反対に時代の流れを無視する企業は停滞します。これから日本の産業界がグローバリゼーションというキーワードで、激しく浮き沈みすることになるでしょう。
 
船橋:海江田大臣に同じ質問をしたいと思います。いちばんのジャパンリスクはなんでしょうか。
 
海江田:ジャパンリスクですね、それは日本の経済が慢性的にだんだん落ち込んでいって、そして日本からの投資が期待できない、あるいは日本の技術はもうすでに過去のものになってしまうということで、これは別に中国から見放されるということだけではありませんけれども、世界から見放されていくことがやはりいちばん大きなジャパンリスクだろうと思います。日本自身が世界から注目される、あるいは世界から資金が流れ込んでくる、世界から観光客が来るというふうに、日本自身を磨いていかなければいけないと思います。
登壇者:周牧之教授、海江田万里氏、加藤紘一氏、船橋洋一氏(左から)
登壇者:周牧之教授、海江田万里氏、加藤紘一氏、船橋洋一氏(左から)

■ 中国の改革開放でドラスチックに変化


船橋:ありがとうございます。加藤さん、先ほどスピードの話をなさいましたね。中国の経済成長はちょっと早すぎるのではないかと。ちょっと突飛な質問で申し訳ないのですけれども、もし大平さんが今生きていらっしゃったとして、これはどうなのですか。円借款は25年間で3兆6000億円です。あのときにより豊かで、より近代化した、そういう中国を一緒になってつくっていきたいと。それが日本の国益にも、アジアのためにも、東アジアのためにもなると。こういうことだったですね。その後のスピードとともに、一種の中国の方向性といいますか、中国はそういう国になったのか。十分になったのかどうか。大平さんがもし生きていらっしゃったら、どういうふうに……。

加藤:大平さんが今生きていたら、「あー」なんて言ってね、「その質問まあー」なんて答えたと思います。(笑)あの方向性は正しかった。最近になってあれだけ豊かになって日本のライバルになった中国にまだお金を貸しているのか、それも低い金利で、などと時々『週刊新潮』などに書かれたりするのですけれども、でもやはり今みんなこう言っているでしょ。「日本国内の内需は限界がある。内需で経済を発展させようと思ったら限界がある。今これからはアジアの内需が日本の内需であると考えなければいけない」と、経済界もみんな言っているでしょ。そこまで中国とかアジアの購買力が日本の経済にとって将来の発展の道みたいになったわけで、それは、大平さんとか当時の外交政策を決定した人間は、中国がわれわれと同じ経済体制、自由主義体制の国になってくれることを望むと。そして、それは経済発展すればきっと中国はその道に行くと。
 まだ発展段階が中途半端なときには、国家の統制経済が必要かもしれないけれども、発展すれば自然に自由主義経済になっていくのだよと言っていたら、だんだん改革開放になってきたわけですね。途中において社会主義市場経済というから、「なんだろうな、これ。暖房と冷房と一緒にするような言葉、まあ、あるのかなあ」と思ったけれども、まあまあ世の中なんとなく感じは分かるねえと。一挙に市場経済にできないから、社会主義を頭に付けながら混合経済でいくという意味かなあと思いながらもやってみたら、今ワイルドキャピタリズム。ものすごい日本でも驚くような自由主義経済になっているではないか、みたいなことがきたわけですから、方向としては正しかった。
 船橋さんはスピードが早すぎないか。今、大平さんが生きていたらなんて言うだろうというと、「うーん、な、だから言ったろ。スピード早すぎちゃ、近隣諸国も脅威に感じるし、国内もいろいろ不平等が出てきて、それで摩擦が出て、時には汚職もいっぱい出てくるぞ」。温家宝さんが去年の全人代に対して報告したセリフの中に、過去1年間わが中国で汚職で逮捕された官僚の数は4万4000人であったと。はて、これを日本語に直すと、人口10分の1だから4400人だ。ということは相当なもので、日本では年間40人か50人ぐらいではないですかね。(笑)
 だから、やはりこれから中国は平等化の問題と官僚の綱紀粛正、これをやり遂げられるかどうかは、私はかなりの問題になるのではないか。だから、「あんまり急ぐなよ」と、まだ大平さんは言うのではないかなと思います。(笑)

船橋:分かりました。ありがとうございます。調和社会・和解社会ということを中国のリーダーの方もおっしゃっているから、たぶんそういう意識は非常におありになるのではないかと思います。
 海江田先生、時間がもう迫ってまいりました。最後にもう1つだけ伺いたいのですけれども。今、加藤さんがワイルドな一種の西部大開拓史のような、西部みたいなものすごく荒々しい資本主義、自由主義とおっしゃったのだけれども、どうなのでしょうかね。しかし、実際のところは、やはり中国にしてもエマージングな新興国は官も民もない。ある意味では、結局最後は政府がいちばん物を言うような、たぶんそういう時代に入ってきたのではないか。そうすると、在野のエコノミストとして、石橋湛山の流れをくむ民の役割、企業の役割を一貫して主張してこられた海江田さん……。

海江田:そうですね。

船橋:ここは、中国と相対するときに、もっと日本も官民協調というか、官民そろってやる体制が必要になってきているのかどうか。そのへんはどうでしょうか。

海江田:鄧小平さんの改革開放の経済は、どういうふうに私がそれを評価するかというと、1つは政治がしっかりとした方向を出せば世の中は変わるということですね。今から三十数年前、改革開放政策に出る前の中国と、それから今日の中国を見ると、これ、国が違うのではないかと思うような変化です。しかも、それが30年ぐらいの間に行われているということ。日本は実は、30年前の政治と経済のありよう、それから現在の政治と経済のありようは、中国のようにドラスチックに変わっていないということで、やはり政治が正しい方向を示せば経済は変わる、国民生活は変わるだろうと思います。
 その中で今お話のあった官民との協力関係でいうと、日本は特に民間の中国との投資ですとか、あるいは中国とのいろいろな交渉にしても、やはり民間ベースは民間ベースで、あまり政府が後押しをしてこなかったわけでありますが、私も中国でいろいろな所を回っておりまして、南通という上海の北の長江を渡った向こう側の南で、まさに南に通じる南通という市でしたけれども、そこに行って、そこは繊維の工場がたくさんありまして――もう今から12~13年前ですかね、私どもが行くと相手の市のいわゆる政治家が出てきて、そこでいろいろな話をしますから、そのときに民間の人も一緒に入ってもらって、一つ一つの注文を聞いて相手の市につなげたら、その相手の市の政治家がそのあとすぐ直してくれたというような報告も受けました。
 これまで、日本の政府あるいは政治家は、そういうことをあまりやってこなかったのではないだろうかと思っておりますから、これは別に私と中国の関係だけでありませんで、今それぞれの閣僚が政府として各国に対するインフラ輸出などに力を入れていますので、これは特に、これから東アジアの国々の発展と、それから日本経済の活性化を結びつけるうえでは、政府がある程度前に出て、そして民間企業と一緒になって、交渉をやるとか、あるいは民間が出ていく後押しをもっともっと積極的にやる必要があるかなあと思っています。

船橋:ありがとうございました。はい、加藤さんどうぞ。

加藤:今、海江田さんがおっしゃったのは、まさにそう思うので。きょうの朝日新聞でしたかね、日本は、イラン、イラク、あのへんの中近東の油田開発から撤退すると。おそらくほかの国、例えば中国などは海外に出て油田の採掘権を得る、開発権を得るためには政府がバックアップするわけですね。日本も昔バックアップして、アブダビとかサウジアラビアとか、いろいろな所で国家の先兵として、いろいろなアラセキ(アラビア石油?)の人たちが苦労しながら開発した。そうしたときに、そういうのは特定の企業に対する応援だということで、もう政府は手を引くというようなことで、政府は特定産業分野の国際的なプロジェクトを応援しないのだとやってきて、若干開発銀行などが応援しているのはまだあるけれども、その官民のバランスをどうするかというのは、海江田さん、これは大問題ですね。

海江田:はい。まさにそうであります。特に加藤先生は野党の重要人物でございますので、ほとんど加藤先生の言うことには逆らわないで、きょうここに臨んでいるわけですが。
 確かに一時反省がありましたけれども、やはり改めて、特に私は、東アジアあるいは中近東もそうですけれども、いわゆる新興国に日本の企業が出ていくときは、政府がバックアップする必要があろうかと思っています。1つバックアップというのは、対相手国との交渉でバックアップをするやり方と、それから新興国に出ていくことはいろいろな意味でリスクのあることですから、そのリスクをどういうふうに政府が担保するかも考えなければいけない。企業はどんどん出て行けで、出て行って失敗して、それで終わりではいけないので、出ていったときのリスクを国としてどういうふうに担保するかも考えなければいけないと思っています。

会場で海江田万里氏、加藤紘一氏(左から)
会場で海江田万里氏、加藤紘一氏(左から)

■ 荒々しい活力を活かすべし


船橋:先ほど、中国は鄧小平が進めてきた低姿勢路線というか、「能ある鷹は爪を隠す」ではありませんけれども、そういうのが少し変わりつつあるのではないかと、海江田さんはそういう疑問を呈されたわけですけれども、周先生どうなのでしょうか。鄧小平路線、ここからその次のステージに中国は向かいつつあるのかどうなのか。

周:僕は鄧小平さんを批判するつもりはないのですけれども、イマジネーションが足りなかったのではないでしょうか。鄧小平さんだけではなくて私たちも30年前、20年前に今日の世界と今日の東アジア、今日の中国が想像できただろうか、おそらく鄧小平さんはできなかったと思います。
 中国の経済発展のスピードの話が出ました。今、ここにいらっしゃる楊偉民国家発展改革委員会秘書長は、10年前から今日までずっと中国の経済政策・計画の責任者です。たぶん彼にとって一番悩まされるのは、いかにこのスピードを落としていくかということです。落とす努力をしても10%成長なのです。 日本は頑張っても1%になるかならないかです。これはなぜですか?中国ではいま最初の30年で閉じ込められた活力が一気に吹き出したと、第1セッションで僕は少し申し上げたけれども、みんな豊かになりたい、みんな社長になりたい、みんな世界に飛び出したいという元気良さ、荒々しさは非常にいいと思う。いろいろ問題ももたらしてはいても、この荒々しさこそ元気の素です。アメリカ、中国、日本、僕はこの3つの国の間を飛び回って生活しているのですが、アメリカもウォール街にしても西海岸にしてもかなり荒々しいです。中国もかなり荒々しい。金融危機、環境問題、格差問題、いろいろな問題をもたらしたけれども、元気です。日本に戻ってくると、おとなしい国だと思います。非常に穏やかではあるけれども、何かがちょっと欠けていると感じます。
 私のMITのアメリカ人の同僚が日本に来たときに僕に「日本の景気は本当に悪いですね」と言いました。「なぜ悪いと思うのですか」と言ったら、「電車の中でみんな黙っているじゃないか。みんな厳しい顔をしている」と言うのです。電車の中でみんなに迷惑をかけたくないから、お互いにしゃべらないのが日本のマナーです。また、携帯電話をかけていけないのがある種の規制です。それは外国人から見ると不思議でしょうがないのです。なぜもっと荒々しくならないのかと思わされるのです。
 私は東京の井の頭公園付近に住んでいまして、アメリカから戻ってきて、今年の花見でびっくりしたのは、午後11時に警察が出てきてみんなを追い出してしまうのです。みんな一生懸命陣取って花見をしていたのに、警察は事故防止するために11時ぐらいでみんなを追い出してしまうのです。私のふるさと長沙市は今、中国でエンターテインメントが最も盛んな町ですけれども、そのにぎやかさは11時からですよ(笑)。ようやく皆さんが町に出ていって騒ぐ時間ですけれど、せっかく年に一度しかない花見が11時でおしまいというのは、僕から見ると規制がいきすぎているのではないでしょうか。
 日中の処方箋がお互いに違うのは面白いですね。日本に対しては、もうちょっと規制を緩和して元気を出してもらおう。中国に対しては、もうちょっと荒々しさのマイナス部分を抑え、格差を是正する必要があります。非常に面白いアジアの時代になってきたのではないかと思います。

船橋:はい。加藤さん、お願いいたします。

加藤:荒々しさというのがテーマで討論会が始まったようなものですが、日本も荒々しかったのですよね。それは、目標がはっきりしていて、そして勉強すればいい、それからこうやって努力すれば何かが得られると思うと、人間はエネルギーを出します。30年前初めて中国に行ったときに、「中国共産党の下で発言も自由がないし、政治的な自由もないんだけれど、あんたたち幸せか。開放によって何が得られたんだ」と聞いたら、「<中国語>」と言いました。つまり、「開放されたあと、飯がとりあえず食えて、そして住むところがあって、そして寒いときの衣服がちゃんとあるようになったんだよ。だから、われわれは若干政治的な自由がなくても共産党を認めるんだよ」、こう言っていましたよ。
 さあ、そこで今、この間万博を見に行った。中国館がずーっとあるけれど、わが国の建設はこう進んでいると。ダーッと山の間に高速道路ができて、その建設の具合をずーっと表現するのだけれど、「ああ、これ、われわれの30年前」であって、今この公共事業でいきましょうと言うと、民主党がすぐ票を集めてしまって「コンクリートから人へ」などと言うわけですよ。(笑)だから、フェーズが違うのですね。
 われわれが今なぜ元気ないか。一応アメリカ並みのテレビも持ったし、冷蔵庫も持ったし、セルシオに至っては、アメリカ人も垂涎の的の車だし、だからこのあと何をやるのだという次の目標が見えなくなっているところの悩みの状態なのですね。悩みの先進国なのですよ。(笑)だから、いずれ中国もGNPパーキャピタ、そうねえ、1万から2万になると悩みの先進国になって、「そう考えれば、北京の小さな道も全部コンクリートにしちゃって味はなくなったし、われわれ過去10年、15年のことは間違えたのかもしれないね。特に上海なんかもう本当に、まあ正直言うとコンクリートビルディングの味のない上海になっちゃったね」という議論がこれから中国に出てくると思います。
 今、日本と同じぐらいのGNPですね。人民元高にすると米ドル換算で全体では日本の上をいくと思うけれども、パーキャピタでいったらまだ10分の1ですよ。そこの追い掛けていくエネルギーと、それから次にアメリカのウォール街はワイルドマネーキャピタリズムのエネルギー、これは正しくないはた迷惑なエネルギーだと私は思っているけれども、それとわれわれのようなバブルの一時のエネルギー、この国・社会が持っているエネルギーの質を論じてみる必要があるのではないか。
 そして、悩みの先進国としては、そこに問題があるのだと分かったら、必ず日本人は答えを出します。問題がここにあると分かったら、必ずそのときにはもう答えが出始めているときだと。これは僕が哲学的に言っているのではなくて、僕の師匠 大平正芳が言っていたことですから、お伝えしますけれど。(笑)そういう各国のフェーズの違いではないかという気がします。

船橋:ありがとうございます。周先生は鄧小平さんにはイマジネーションがちょっとなかったのではないかとおっしゃったけれど、鄧小平さんはある意味では古典的なマルキシストで、革命家で、社会主義者で、社会主義体制を最後まで信じていらっしゃった。そういう意味では、その次のものすごくイマジネーションを働かせた中国の将来像までは考えなかったかもしれませんけれども、しかしものすごい知恵と洞察があった指導者ではないかなとつくづく思うのです。それは、このみなぎるエネルギー、言ってみればアニマルスピリッツのようなものがすごく横溢していると思います。方向性はちゃんと与える、それから制御すると。どんなに一国だけエネルギーがあっても、そのエネルギーを世界の何に使うのだ、どういう世界にするのか、ほかの国々とどういうふうに協調してやるのかということがないと、今の加藤さんの言葉を使うと「はた迷惑エネルギー」になってしまいます。そこは別に中国だけの問題ではないのですね。ほかの新興国のインドにしてもブラジルにしても、このエネルギーによって次から次へと新しいグローバリゼーションが駆動してきているわけです。

周牧之、楊偉民主編『第三の三十年 中国のニューディレクション』
周牧之、楊偉民主編『第三个三十年(第三の三十年 中国のニューディレクション)』

■ より平和でより開放された社会システムを目指す

船橋:周先生にちょっと伺いたいのですけれども、どういう東アジアを中国は実は望んでいるのだろうか。そのために中国はどのような役割を果たすのだろうか、どのように汗をかくのだろうかと。それは、グローバルなガバナンス、国際システムとどう連動させて、東アジア時代を中国はつくろうとするのか。単にエネルギーだけではないだろう。格差を是正するのは当然でしょうけれども、対外構想はどうなっているのだろうか。そのへんをちょっと教えてください。

周:私が「鄧小平さんはイマジネーションが足りない」と言うのは、鄧小平さんだけではなくて、われわれみんな30年前、20年前は今日の中国の姿を想像できなかった。ただし、鄧小平さんはディレクションを示してくれたのです。しかし、ディレクションは示してくれたけれども、やり方は教えてくれませんでした。
 中国にとっていちばんありがたいのは平和の環境です。この30年、僕が繰り返し言っているのですけれども、開放はやりました。ただし、政治改革にしろ、戸籍問題にしろ、改革にはまだ残された課題がたくさんあります。それが将来の潜在的な成長力になるに違いありません。改革をやればさらに成長していきます。
 開放によってこの30年、閉鎖的な国が今日までに、世界の企業、世界の有能な人々がそこで夢を実現できる、富を手に入れられる国になったことは、誰にも想像できなかったのです。このおかげで中国は今日の成長があるわけです。われわれはさらなる開放を進め、この開放を制度的に強固なものにしなければいけません。これはおそらくみんな感じているわけです。なぜなら中国は開放の恩恵に最もあずかった国の1つです。30年間の開放がなければ、今日の中国の成長はないわけです。だから、東アジアという時代においては、中国はさらなる開かれた国にしようとする意識が非常に強いです。

船橋:その場合はあれですか、政治改革も視野に入れて向こう10年の中でしっかり位置づける、そういうようなビジョンになりますか。

周:先ほど申し上げたのですが、政治改革は中国が必ずやらなければいけない課題だと思います。ここで私がどうだこうだ、いつかやれと言うのは、とてもそういう立場ではありませんので。ただし、一学者から見ると、あるいは中国の知識人の気持ちを代弁すると、政治改革はもっと早く、もっと徹底的にやってほしいという期待があります。

加藤:キッシンジャーさんが15年ぐらい前によく言っていたことだけれども、社会主義大国は2つあったと。ソビエト・ロシアと中国だ。その改革のやり方、段取りは違う。まずロシアは、政治を自由にした、そして経済はまだ社会主義を続けた。おかげでめちゃくちゃになってしまった。中国は、経済の改革はやった、でも政治のコントロールは残した。こっちのほうがずーっと賢いねと。その後の姿を見ると、なるほどなと思えますよね。それで、キッシンジャーさんはこう言ったのですね。でも、中国が先進国の仲間入りするのはあと何十年もかかるだろうと。これはちょっと間違えていたのですね。
 中国の場合、これから2つテーマがあると思います。それは国内の平等化の問題にどう対応するか。農村戸籍と都市戸籍、これの平等化もまだできないわけですね。これは大きいと思いますよ。
 もう1つは、この間船橋さんと韓国のある新聞社に招かれて、アジアの将来というようなテーマで議論してきたときに、誰かが言っていた。これは船橋さんかな、どこかの学者かな。中国は今までいろいろなことをやっていたけれども、一生懸命国づくりしながら常に被害者(押さえられる立場の人間)のポジションをとることが許されてきた。だから、こうしてほしい、ああしてほしいということを世界に訴えることができたけれども、今度は逆に上に立つ支配者みたいな立場になってきたから、これからは風当たり強いよと。こういうことを言っていた人がいましたね。

船橋:ええ。中国の学者が言っていましたね。

加藤:この視点は中国にとって大変だし、でも分析としては面白い視点だなあと思いました。

周:加藤先生の話にちょっと一言付け加えたいのですが。中国の政治改革というのは、僕が冒頭に申し上げたのは、中華文明の政治システムを意識しなければいけないです。われわれはある意味では、数十年、数百年単位で血と血の争いで選ばれた天命を授かっている皇族と、試験で選ばれた官僚との組み合わせのシステムを2000年以上やってきたわけです。
 いま共産党は、この選ばれた党のシステムのトップと、試験を経て、あるいは楊偉民さんのようにちゃんとコツコツ頑張って育てられた官僚との組み合わせ、これは今日の中国の政治システムです。実は昔のシステムの延長線にあるわけです。中国の人々は、この政治システムの強靭さ、優位性を熟知しているため、アメリカやヨーロッパの政治システムに安易に飛びつくことはできません。中国の近代史の根底に、こうした政治システムへのこだわりと模索があることを皆さんにご理解いただきたいところです。

船橋:それはあれですか。周先生のいちばん眼目とする改革ですか。

周:はい。

船橋:ありがとうございます。時間がなくなってまいりましたので、このへんで終わりたいと思います。お話を伺っていますと、東アジア時代とひと言でくくっても、これはそう簡単ではないなと。中国はたぶん先ほどのエネルギーでもってまだばく進していくだろうという感じがいたします。中国の時代は見えますけれども、果たしてそれが東アジア全体に一緒に成長し、発展し、平和をつくっていくような関係になれるかどうか。これはまだまだ大変大きな課題があります。中国と日本が特にアジアの中でどのように協調して、あえて言えばリーダーシップを共に発揮していけるのか。このへんもほとんどまだ十分に筋道が見えていない。少しずつ始まってきたとは思いますけれども。ですから、そういうことも考えたときに、なかなか東アジア時代というふうに予定調和があるわけではないと感じました。
 いちばん最初に加藤さんがおっしゃった朝鮮半島の問題、これを軽視してはならないと思います。朝鮮半島がいずれ統一したときに、どういう統一ビジョンで中国、日本、アメリカ、ロシア、それから統一朝鮮、この北東アジアの安定ビジョンができるのか、統一後のビジョンを共有できるのか。ここからして非常に大きい課題だと思いますし、もうすでにいろいろな兆候が見えていますけれども、海洋の安定、海洋の体制(マリタイムレジーム)、これをどういう形で一緒につくっていけるか。これはまだまだまったくこれからですよね。その上にエネルギーとか環境とかいう大きな地球的な課題も、アジアの場合は特に深刻な課題を抱えています。ですから、そういうことを考えたときに、イマジネーションがさらに必要になってきているのだと思います。
 きょうは、加藤先生、それから海江田先生、周先生、お三方がいろいろなところからこの大きな課題について光を当ててくださったと思います。改めて感謝をしたいと思います。以上でこのセッションを終えたいと思います。ありがとうございました。

< 拍 手 >

会場で周牧之教授、海江田万里氏、加藤紘一氏、船橋洋一氏(左から)