■ 編集ノート:2026年春から続くアメリカとイランとの戦争で、原油輸送の大動脈であるホルムズ海峡が遮断され、日本の石油輸入は大きなダメージを受けている。多様なエネルギー調達ルートの重要性が改めて示された。
20世紀末、周牧之教授は石油・天然ガス資源をパイプラインでカスピ海・中央アジア及び新疆から中国の沿海部まで運び日中韓でシェアする「ユーラシアランドブリッジ構想」を打ち立てた。
同構想は、パイプラインだけではなく、中国の沿海部からオランダのロッテルダムまでをつなぐユーラシア大陸横断広域インフラ(鉄道、高速道路、航空網、光ファイバーなど)を整備し、その沿線開発も進める。交流と繁栄をもたらしたシルクロード(絹の道)の現代版であった。
1998年秋、中国の江沢民国家主席が日本を訪問した際、同構想は「日中両国の二十一世紀に向けた協力強化に関する共同プレス発表」の中で、今後の両国経済協力の目玉の一つに取り上げられた。
しかし、日本はその後、同構想から降りた。他方、中国は同構想を「西気東送」そして「一帯一路」戦略へと発展させた。
現在、ホルムズ海峡封鎖で困窮する日本とは対照的に、多様なエネルギーの調達ルートを確保した中国は、混沌とする世界の中でその強靭さを際立たせている。周教授が1999年4月1日付日本経済新聞朝刊「経済教室」欄に寄稿した同構想について、改めて振り返る。

日本経済新聞 経済教室 1999年4月1日
(1)日本と中国の大型協力案件として欧州から日本に至るユーラシア大陸横断の広域インフラ(パイプライン、鉄道、道路、光ファイバー網など)整備と沿線開発を進める構想がでてきた。
(2)現代版「絹の道」といえるこの構想が進めば、エネルギー資源や食糧の輸送が効率化でき、それらの世界的な需給ひっ迫も防げる。
(3)計画が大掛かりなだけに、公的な資金だけでは賄えず、民間の長期資金を呼び込む工夫が求められる。
■ 中央アジアの問題解決のカギ
中国の江沢民国家主席が昨秋日本を公式訪問した際に行われた「日中両国の二十一世紀に向けた協力強化に関する共同プレス発表」の中で「ユーラシアランドブリッジ構想」が、今後の両国経済協力の目玉の一つとしてとり上げられた。
この構想は、直接には中国の江蘇省連雲港を中心とする東部沿海地域からオランダのロッテルダムまでをつなぐユーラシア大陸横断広域インフラ(鉄道、高速道路、航空網、光ファイバー、パイプラインなどで構成)を整備し、その沿線開発も進めるものである。政府レベルでの青写真づくりはこれからで、それに向け筆者の考えを述べたい。
ユーラシア(日本を含む)は人口、国内総生産(GDP)、エネルギー資源確認埋蔵量で世界の約四分の三を占める最大の大陸である。冷戦時代、ユーラシアは、その東・西端に市場経済体制の国を有し、中間の広大な地域は計画経済体制下にあった。冷戦後中央アジアはソ連から解放されたが、民族主義、宗教などをめぐる問題が噴き出している。
その意味でユーラシアでの広範なインフラ整備は、中央アジアはもちろん域内全体、及び域外との連携を強め、「開かれたユーラシア」の実現に重要な役割を担う。ユーラシアランドブリッジ(以下ランドブリッジ)は、ユーラシア大陸の東西の基軸を成すものである。古代ユーラシアに交流と繁栄をもたらしたシルクロード(絹の道)の現代版として、日本を含むユーラシア諸国の産業構造、貿易構造を大きく変えうる。
カスピ海・中央アジアには巨大なエネルギー資源が眠っている。この地域の多くの国にとっては、資源輸出が当面の開発戦略のなかで唯一けん引力を期待しうる分野となっている。欧州では石油、天然ガスの需要増が当面既存の供給者からの調達で賄えるうえ、複雑な国際政治・民族問題により中央アジアから欧州へのパイプライン建設が阻まれる状況では、東向けのルートがより現実的だろう。
中央アジア諸国の国民経済の形成、市場経済への移行、民族問題の沈静化は、各国の資源輸出戦略の成否にかかっているといっても過言ではない。

■ 石油輸送拡充し環境対策も促進
他方、中国の急速かつ大規模な工業化は、深刻な環境問題を招き、その影響は日本を含む周辺諸国に及んでいる。中国の環境問題の原因は同国のエネルギー供給が、汚染度の高い石炭に依存していることにある。
同国の一次エネルギー消費に占める石炭の比率は現在七五%で、石炭需要量は二〇〇〇年には十四億トンを超えると予測されている。抜本的な環境対策は、一次エネルギー構造を石油・天然ガス、水力などクリーンエネルギー主体に転換していくこと以外にない。
ランドブリッジの沿線には、中国国内で最有望視される新疆ウイグル自治区の大油田がある。そこでの石油・天然ガスの開発、及びカスピ海・中央アジアなどからのパイプライン構想が実現すれば、中国のエネルギーの構造転換が加速し、環境汚染は大幅に緩和できる。それは世界の石油市場の安定化にも寄与しよう。
日本に関しては、中国沿海とさらに日本の港まで延びるパイプラインからカスピ海・中央アジア及び新疆産の石油・天然ガスが輸入できれば、石油の中東依存も緩和され、エネルギー源を多様化できるだろう。
膨大な人口と高度な文明を何千年も支えてきた中国の国土が疲弊して久しい。工業化、都市化による耕地の大規模な転用、砂漠化や塩害による耕地の浸食、過度の耕作による地力の低下などは同国の食糧供給能力を下げている。人口増に伴う食糧需要と、経済成長による一人当たりたんぱく質摂取量の増大に伴う飼料需要は、穀物消費量を加速度的に増大させている。
中国内陸部の農業は、過度に地下水に依存するため、地下水の枯渇が穀物生産に深刻な打撃を与えるとみられる。中国での穀物の需給ギャップは将来、相対的に規模の限られた国際穀物市場にも大きな影響を及ぼしかねない。こうした混乱を避けるには、北米・南米に加え、ウクライナや中央アジアなど穀物増産余力のある地域からの開発輸入が重要になる。
ランドブリッジの形成は、中央アジア及びロシアの穀倉地帯と中国さらには日本との輸送ルートの確立も意味する。このルートと、北米・南米からアジアへの穀物・鉱石の大量海上輸送を柱とする「アジアポート構想」とが組み合わされば、北米・南米の穀倉地帯からアジアへの輸送ルートが確保される。
構想の実現は北米はもとより発展途上にある南米とアジアとの経済の結び付きを強め、南米の農業開発、鉱業開発にも貢献し、南米諸国にさらなる発展の機会をもたらす。それは多くの食料を輸入に頼る日本にとって死活問題である国際穀物市場の安定に役立つだろう。
こうした構想は、インフラ整備だけが目的だと思われがちだが、そのインフラを活用して沿線地域の開発を進め、広域経済圏の形成を目指すことが重要だ。

民間資金導入へ日中がけん引
ランドブリッジは、全体でみればユーラシアでの広域市場の形成を促す。今までの地域ごとのワンセット型の産業構造を打破して産業立地の再配置と沿線地域での分業体制づくりを促進するものとなる。
新たな東西軸の形成は、内陸開発と地域格差是正をもたらす。この軸には日本、韓国、中国、中央アジア諸国があり、これらの国々の経済関係強化により、一大広域経済圏が形成される可能性がある。
それは日本では、太平洋側に比べ経済的に比重が小さい日本海沿岸地域の活性化と日本海国土軸の形成を促し、国土の均衡ある発展が可能になる。
日中両国にとって同構想に向けた経済協力は、環境、エネルギー、食糧など世界規模の解決が必要とされる今日的な問題に共同で取り組む点でその意義は大きい。広域経済圏の形成が来世紀の両国の経済発展に寄与することは明らかである。
従来日本は多くの分野で中国に協力してきたが、同構想のような長期的視野に立つ経済協力の展開は、より効果的で、かつ顔の見える援助になり得る。
鉄道面のランドブリッジはすでに、中国の連雲港とカザフスタンを結ぶ国境貿易列車が九二年末開通したことで始まっている。それを機にランドブリッジに関する様々なインフラ計画案が内外の複数の機関から相次いで出された。国連開発計画(UNDP)、世界銀行、アジア開発銀行などの国際機関も同構想に関連した援助を実施または検討している。
問題は資金手当てである。例えばトルクメニスタンから連雲港を経てさらに日本の新潟に至る天然ガスパイプラインを設ける構想がある。その建設に限ってみても、約百億ドルの資金が必要との試算があることからもわかるように、ランドブリッジ構想は、壮大なゆえに巨額の資金を要する。これは到底公的資金だけで賄える規模ではない。
それだけに日中両国の同構想への取り組みは、ビジョンを描いたうえで、民間を含め世界の資金と英知を集めるための環境作りに重点を置くべきであろう。
経済協力はすぐに結果を求められがちであるが、この構想に関しては、二十一世紀のユーラシアの繁栄を左右するだけに、長期的視野で地道に取り組むことが重要であろう。
