中国都市総合発展指標2019

 雲河都市研究院は、「中国都市総合発展指標2019」を発表した。これは2016年以来4度目の「中国都市総合発展指標」に基づいた中国都市ランキングの発表となる。同指標が中国全国297の地級市及び以上の都市をカバーしたことで、全ての都市が自らの立ち位置や成績を見ることができるようになった。

 中国都市総合発展指標は雲河都市研究院と中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司が共同で開発した都市評価指標システムである。同指標の特徴は環境、社会、経済の3つの大項目から中国の都市発展を総合的に評価するところにある。各大項目の下に3つの中項目を置き、各中項目は3つの小項目に支えられる。見事な3×3×3構造になっている。また、小項目は数多くの指標データにより構築される。2019年度ではさらに、これらの指標データが878組の基礎データより構成されることとなった。

  これら基礎データは、統計データだけではなく、衛星リモートセンシングデータやインターネットのビッグデータを3分の1ずつ取り入れている。「中国都市総合発展指標」はある意味では五感で都市を感知するマルチモーダルインデックス(Multimodal Index)である。これは世界でも初めての斬新なスーパーインデックスである。


1. 総合ランキング


北京が4年連続総合ランキングで第1位を獲得。上海が第2位、深圳は第3位

 「中国都市総合発展指標2019」総合ランキングトップ10都市は、北京、上海、深圳、広州、重慶、杭州、成都、天津、南京、武漢である。この10都市は5つのメガロポリスに分布している。長江デルタメガロポリスに3都市、珠江デルタメガロポリスに2都市、京津冀メガロポリスに2都市、成渝メガロポリスに2都市、長江中游メガロポリスに1都市ある。

 総合ランキングではトップ4の北京、上海、深圳と広州は、総合実力が抜群で、連続4年間各々の順位を守り抜いた。4都市其々で見ると、首都北京は社会大項目で他の追随を許さない優位性を持つ。魔都上海は経済大項目で全国トップの座を揺るぎないものとした。新興スーパーシティ深圳は経済大項目におけるパフォーマンスに特に秀でている。由緒ある貿易都市広州は三大項目それぞれの成績のバランスが良い。

 重慶は総合ランキングで天津と杭州を超え、2018年の第7位から第5位に上り詰めた。相反して天津は、2018年の第5位から第8位へと後退した。成都と南京は各々順位を1つずつ上げて第7位、第9位になった。これに対して武漢は順位を一位下げて第10位となった。杭州は第6位の座を守り抜いた。

中国都市総合発展指標2019 総合ランキングトップ30都市分布図
中国都市総合発展指標2019 総合ランキングトップ30都市
中国都市総合発展指標2019 総合ランキングトップ51-100位都市
中国都市総合発展指標2019 総合ランキングトップ101-200位都市
中国都市総合発展指標2019 総合ランキングトップ201-297位都市

2. 環境大項目ランキング


深圳は環境大項目で連続4年首位、上海と広州は各々第2位、第3位へと躍進

 二酸化炭素排出量を中国の都市評価に取り入れることは、「中国都市総合発展指標2019」の一大進化である。長年の努力により雲河都市研究院は、衛星リモートセンシングデータの解析とGISの分析を用いて各都市の二酸化炭素排出量を正確に算出した。これにより都市評価の精度と分析幅を大幅に上げた。勿論、二酸化炭素排出量を取り入れたことにより総合ランキング、とりわけ環境大項目ランキングに一定の影響を及ぼした。

 「中国都市総合発展指標2019」環境大項目ランキングトップ10都市は深圳、上海、広州、林芝、昌都、廈門、三亜、北京、日喀則、海口である。

 深圳は4年連続環境大項目で第1位に輝いた。上海と広州は其々2018年の第8位、第7位から2019年には第2位、第3位に躍進した。対する北京は2018年の第5位から第8位へと転落した。

  環境大項目ランキングで、チベットの林芝、昌都、日喀則の3都市がトップ10入りしたことは注目に値する。これはチベット各都市のデータ整備が進んだことから、「最後の浄土」であるチベットの、環境における優位性が現れた結果である。

 これまで3年間、廈門、三亜と海口は、環境大項目ランキングの上位に名を連ねる沿海3都市であった。チベット勢3都市のトップ10入りのショックを受けてもなおトップ10内に留まった廈門、三亜、海口3都市は、其々第6位、第7位、第10位に踏みとどまった。

中国都市総合発展指標2019 環境ランキングトップ30都市分布図
中国都市総合発展指標2019 環境ランキングトップ30都市
中国都市総合発展指標2019 環境ランキングトップ1-100位都市

3. 社会大項目ランキング


北京、上海が連続4年間、社会大項目ランキングの首位、第2位に輝き、広州が連続3年間第3位に

「中国都市総合発展指標2019」社会大項目ランキングトップ10都市は、北京、上海、広州、深圳、杭州、重慶、成都、南京、武漢、天津である。

 社会大項目ランキングでは連続4年間、北京が首位を、上海が第2位に輝いた。広州は連続3年間第3位を守り抜いた。

 社会大項目は深圳のウィークポイントであった。本年度は大きな進歩を見せ、2018年の第8位から第4位へと躍進した。南京も前年の第10位から第8位へとアップした。

 重慶、成都、武漢は社会大項目ランキングで2018年の順位を保持し、其々第6位、第7位、第9位であった。

 杭州は前年比一位下がって第5位、天津は前年比で五位も下げて第10位へと転落した。

中国都市総合発展指標2019 社会ランキングトップ30都市分布図
中国都市総合発展指標2019 社会ランキングトップ30都市
中国都市総合発展指標2019 社会ランキングトップ1-100位都市

4. 経済大項目ランキング


上海が4年連続経済大項目ランキングで首位、北京、深圳も第2位、第3位を不動に

「中国都市総合発展指標2019」経済大項目ランキングトップ10都市は、上海、北京、深圳、広州、天津、蘇州、重慶、杭州、成都、南京である。

3つの大項目の中でも特に実力本位である経済大項目では、ランキング順位の変動幅が最も少ない。第1位から6位までの上海、北京、深圳、広州、天津、蘇州6都市が連続4年間、各々の順位を守った。杭州は連続2年間、第8位であった。

 重慶は前年比で二位上げて第7位へ、南京は同一位上げて第10位となった。これに対して成都は二位下げて第9位へと滑落、武漢はトップ10外の第11位へと下がった。

中国都市総合発展指標2019 経済ランキングトップ30都市分布図
中国都市総合発展指標2019 経済ランキングトップ30都市
中国都市総合発展指標2019 経済ランキングトップ1-100位都市

【講演録】米中貿易摩擦、そして新型コロナウィルスパンデミックの衝撃下にある中国経済


国立研究開発法人科学技術振興機構
中国総合研究・さくらサイエンスセンター 第134回研究会


■ 研究会開催 ■
「米中貿易摩擦、そして新型コロナウィルスパンデミックの衝撃下にある中国経済」

・講師:周 牧之:東京経済大学教授、経済学博士
・日時:2020年9月29日(火)15:00〜16:00
・開催方法:WEB セミナー(Zoom利用)


【動画】「米中貿易摩擦、そして新型コロナウィルスパンデミックの衝撃下にある中国経済」


【講演概要】

 講演は中国都市総合発展指標を用いながら、以下の3点を柱に行う。

1.なぜ大都市医療能力は、新型コロナパンデミックでこれほど脆弱に?
 武漢は新型コロナウィルスの試練に世界で最初に向き合った都市であった。武漢は「中国都市医療輻射力 2019」全国ランキング第6位の都市である。なぜ、武漢のこの豊富な医療能力が新型コロナウィルスの打撃により一瞬で崩壊したのかについて解説する。

2.コロナショックでグローバルサプライチェーンは何処へいく?
 中国で最強の製造業力をもった都市が、米中貿易摩擦とコロナ禍で大打撃を受けた。伝統的な輸出工業の発展モデルはどのような限界に突き当たったのか?製造業そしてグローバルサプライチェーンはどこに向かうのかについて、「中国都市製造業輻射力2019」で解説する。

3.加速化する IT 産業の発展
 ロックダウン、テレワークなどによる生活様式の変化は、アリババ、騰訊を代表とするIT産業の躍進をもたらしている。その実態について「中国都市IT産業輻射力2019」を用いて解説する。


【講演録】

司会:これから第 134 回中国研究会を始めさせていただく。今回もオンラインでのウェブセミナーとして開催する。

 今回は東京経済大学経済学博士の周牧之先生にご登 壇いただく。講演タイトルは「米中貿易摩擦、そして新型コロナウィルスパンデミックの衝撃下にある中国経済」である。先生のご経歴の詳細は割愛させていただく。周先生の研究の専門は、中国経済論、都市経済論等である。それでは先生、どうぞよろしくお願いいたします。

周:東京経済大学の周です。よろしくお願いします。

 本日は3つの話で、中国の経済社会が直面している状況と課題を皆さんと一緒に整理していきたいと思っている。

 1つ目は中国の新型コロナウィルスへの対応。2つ目は製造業の直面している課題。3つ目は IT 産業の状況。これらを輻射力という指数で整理して話したい。

 輻射力とは、それぞれの都市をある産業の能力を計る指数である。輻射力が高い場合は、その産業の輸出力がある。輻射力が低い場合はこの都市ではその産業の製品やサービスは輸入しなければならないということだ。本日は、医療輻射力、製造業輻射力、IT輻射力の 3つの輻射力を使って迫っていきたい。これらの輻射力は全て中国都市総合発展指標の中に全て出てきている指数である。

中国都市総合発展指標

 そもそも中国都市総合発展指標がどのようなものかというと、中国の都市を評価するためのある種の分析ツールである。ご存知のように中国では改革開放以来、地域間の競争で成長を引っ張ってきた。いわゆるGDP(国内総生産)という指標のもとで地域間競争してきた。これがある意味中国の今日までの経済成長の一つの原動力になっていたが、あまりにも単一な指標のもとでの競争ということで、経済・社会・環境に大きな歪も持たせていた。そういうものを是正するために国家発展改革委員会という中国の経済政策の司令塔と一緒に環境・社会・経済の3つの軸で中国の都市を評価する分析の政策ツールを開発した。

中国都市総合発展指標・指標構造

 中国都市総合発展指標には、いくつかの特徴がある。まず構造上の特徴としては環境・社会・経済という3つの大項目となっている。一つの大項目においては3つの中項目があり、一つの中項目には3つの小項目がついている。非常に美しい「3・3・3構造」となっている。また、日本の場合は政府と都道府県と市町村の3つのレイヤーだが、中国の行政は日本と違って5つのレイヤーがある。我々が評価するのは省のレイヤーに属する直轄市とその下のレイヤーにある地区級地方政府。地区級地方政府の中で都市とみなされているものが294あり、プラス4の直轄市があるので298の都市が我々の評価対象となる。これは中国のこのレベルのエリアの88%の行政単位をカバーしており、基本的に日本の都道府県ベースと考えてよいと思う。「中国都市総合発展指標・指標対象都市」のこの地図で見るとよくわかるが、桜色のエリアは中国都市総合発展指標の対象であり、赤いところは直轄市である。灰色のエリアは人口密度の低いところで中国政府が都市と認めていないので除外している。要するに「中国都市総合発展指標」は、ほとんどの中国の経済社会の活動を網羅しているということが言える。

中国都市総合発展指標・評価対象都市

 中国都市総合発展指標における指標構造のデータにも特徴がある。基本的に27の小項目があり、その下に小項目を支えている178の指標がある。本日使用する3つの指標がこの中のものになる。さらにこの178の指標を支えているのが785のデータである。これらのデータの構成も非常に特徴がある。今までの中国やほかの国をみてもそうだが、統計データだけでは都市を捉えるにはまだまだ不完全である。

中国都市総合発展指標・指標構成

 中国都市総合発展指標は統計データだけではなく、衛星リモートセンシングデータやインターネットのビッグデータを3分の1ずつ取り入れている。ある意味では五感で都市を感知するマルチモーダルインデックスとなっている。これは世界でも初めてのタイプのインデックスである。こういうスーパーインデックスを用いて、我々は都市という細胞を一つずつ分析することができる。中国のように多様性に満ちた国のほぼすべてのことが細胞レベルで分析できる。つなげていけば中国全土の動きが見える。また時系列的にも捉えてきているので変化も見える。これによって中国の 経済社会の動きは非常に的確に捉えられるようになった。

 この指標の開発にはたくさんの人々に参加いただき議論し知恵をいただいた。中国や日本でたくさんの会合を行い、議論を重ね、ようやくこの分析ツールが出来上がった。2016 年に発表し、中国では、2017 年、2018 年と3つの年度にわたって発表を続けてきた。2019 年版も発表を始めたところである。2018 年の日本語版は10月に発表される予定で、英語版は 2 カ月前にアメリカで発表された。

【なぜ大都市医療能力は、新型コロナパンデミックでこれほど脆弱に?】

 このような分析ツールを使って、まず中国の新型コロナウィルスパンデミックの対応がどうなっているのかというのを皆さんと一緒に分析してみたい。

 ご存知のように昨年の年末から新型コロナウィルスの話が出始め、1月23日に武漢市がロックダウンされた。新型コロナウィルスが一気に武漢から中国、中国から世界へと広がった。このような状況の中で、私も何か貢献できないかと自問自答する中で、どうもオゾンがこのウィルス対策に役に立てるのではないかと研究を始めた。2月18日には新型コロナウィルス対策にオゾン利用を提唱する論文を中国語版で発表し、その後英語版、日本語版と発表し、これにはかなり大きな反響があった。

 私の発表した論文の中で書かれていることは、今日は時間の制約があるので詳しく言えないが、3つの仮説をまとめると、①自然界の低濃度オゾンが地球上の 細菌やウィルスといった微生物の過度な増殖を抑制してきた。②ウィルスは季節によって活力の違いがある。 例えばインフルエンザは冬に威力が強くなり、夏になると消えてしまう。今までの学者は気温や湿度に因果関係があるのではないかと研究してきたが、うまく結論に至っていない。私はオゾンが原因ではないかと仮説をたてた。オゾンは季節によって濃度が変化するので、この酸化力を持つオゾンこそがウィルスを抑制する神の手ではないか。③オゾンは低濃度でも新型コロナウィルスに対して不活性化させる威力を持つ。低濃 度で有人の空間に流すことによって、ウィルスを不活性化することができ、ウィルス対策にかなり有力な武器となるのではないか―という3つの仮説である。

 これらの仮説によりウィルス対策にオゾンを使用しようと国内外に提唱した。これはかなりの反響があった。

 また武漢市の医療体制がなぜ医療崩壊に至ったかについて研究し、4月20日に発表した。

 武漢は人口規模が1,400万人であり、東京都と同じ程度の人口規模と密度を持つ街である。この街は医療のリソースが実は豊かな街である。我々が発表した2019年度の中国医療輻射力の中では、武漢は中国の298の都市の中で、上から6位であった。実際にどのくらいリソースを持っているかというと、東京とニューヨークと比較してみると、武漢の1,000人当たりの医師数は4.9人であり、東京の3.3人、ニューヨークの4.6人よりも多い。また1,000人あたりの病床数も武漢は8.6床。これはニューヨークの2.6床よりはるかに多く、東京の9.4床に近い。武漢は非常に豊かな医療のリソースを持っていることが分かる。

 問題は一瞬にして医療崩壊に至ったことだ。原因については、限られた情報をもとに私が分析をした結果、 ①医療現場がパニックに陥った、②医療従事者が大幅に減員された、③病床が足りなかった、という3点だと考えられる。

 具体的にみてみると、オーバーシュートの時には武漢では大勢の人々が病院に駆け込んだ。これが医療現場に大混乱をもたらして、医療リソースを重症患者に与えられなかったため致死率が一気に上がった。

 さらに病院の院内感染により大勢の人たちが病院で感染してしまった。中国での今回の新型コロナウィルス感染による死者数を見てみると、約83%が武漢に集中している。これらの死者の大半は医療現場のパニッ クによるものではないかと考えられる。

 2点目は医療従事者の大幅な減員だ。当時は未知のウィルスに対して知識や装備がなかったということと、検査や治療を行う際の医療行為に危険を伴うものがあり、これにより大勢の医療従事者が感染した。中国では、なかなか良いデータが見つからなかったが、国際看護 師協会が5月6日に出した30カ国の報告データによると、その時点ですでに9万人の医療従事者が感染していた。イタリアの4月26日までのデータを見てみると、2万人弱の医療従事者が感染。東京都の発表では、1月〜6月までに48の医療機関で院内感染が発生し、 医師、看護師そして患者計889人が感染、うち140人が亡くなった。院内感染者数は都内同期間の感染者の14%に相当した。

 もう一つの問題は病床が足りなかったことである。当時、マスクから呼吸器まで様々な医療機器が不足していた。さらに深刻なことは、病床が激しく不足していた。これだけ感染力の強いウィルスなので、しっかりとした体制を整えた病床が簡単に作れず、一気に増えた 患者数に追い付けなかった。これらの問題に対して、中国はどのような対策をとったかというと、まず1月23日に武漢市をロックダウンした。翌日の24日には、武漢市がある湖北省を公衆衛生上の緊急事態対応(Emergency response)レベル1級にした。1級レベルとは、工場、仕事、教育機関をすべてシャットダウンし、人の移動を極力抑えるというものである。ある意味では人と人との接触を極力シャットダウンするという体制であった。

 実は中国には2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)をきっかけに整備した国家的公衆衛生上緊急事態の対応体制があり、それに基づき一気に最高レベルまで引き上げた。1月29日には中国全土を1級となった。 これにより中国では感染者の爆発的な増加がシャットダウンされた。また医療従事者の不足に対しては全国から武漢を含む湖北省へ医療従事者 42,000人を派遣した。これにより、武漢の医療崩壊も食い止められた。感染地域に迅速かつ大規模な援軍を送れるかどうかというのが非常に大きなポイントになる。

 3番目の病床の不足については、武漢で重傷患者者用の専門病院を10日間で2棟建て、さらに軽症患者用の病院を16カ所開設し、病床不足の問題は一気に解決された。

 また、我々のオゾンの研究もかなり生かされていた。一緒にオゾン研究をしていた中国の大手エアコンメーカー遠大グループの創業者である張躍氏が私の友人であり、二人で毎日のように電話で情報を共有し、研究を行っていた。遠大グループは武漢の病院にオゾンの発 生機能を持つ空気清浄機を数多く送り込んだ。これにより、かなり院内感染を防ぐことができたという報告があった。

 2月21日に、早くも甘粛省は対応レベルを1級から3級へと引き下げた。武漢市も4月 8日にロックダウンを77日ぶりに解除した。6月13日には、中国全土のほぼすべての地域が緊急対応3級に引き下げられた。よって、中国は全土をロックダウンに近い緊急事態対 応第1級にして感染拡大を封じ込めたとして、その後、6月13日までに徐々に緊急対応3級に引き下げた。3級というのは、条件付きで普通の生活・仕事ができるようになると理解してよいと思うが、ただし感染状況によって、局地的に上がったり下がったりすることが繰り返されている。例えば6月16日に北京では、クラスター感染があり3級から2級に上げ、1カ月後には3級に引き下げた。そういうことを繰り返しながら、現在の中国国内では、ほぼ普通に生活できるようになっている。

【コロナショックでグローバルサプライチェーンは何処へいく?】

 まず私のバックグラウンドを少し自己紹介する。

 私は大学で工学系、大学院で経済学を勉強していたが、最初のテーマは「IT革命がアジアの新工業化にどのような影響を与えるか」であった。そうした中で、サプライチェーンのグローバル化ということに興味を持ち始め、かなり研究を進めた。さらに研究を深めていく うちにグローバルサプライチェーンは中国や東南アジアで新しいタイプの都市クラスターを作り始めるのではないかと気が付いた。

 その後は、自分の生涯の研究は情報革命、グローバルサプライチェーン、そして都市化の一つの到達点としてのメガロポリスという3点セットとした。2007年の私の著書『中国経済論』の第1章はまるごとグローバルサプライチェーンに費やした。そうしたバックグラウンドの中で、今から約20年前に私は、中国ではメガロポリスの時代が到来すると予測した。グローバルサプライチェーンによって大きなメガロポリスが中国の珠江デルタ、長江デルタ、京津冀の3つのエリアで誕生するとの予見だ。ただし当時、都市化は、アンチ都市化政策を数十年続けてきた中国の皆さんにとってはまだタブーであった。一気にメガロポリスというとんでもない話を持ち込んだことで、メディアも非常に大々的に取り上げた。その後、メガロポリスは政策的にも取り上げられ、今や中国の国家戦略となった。

 10年前、ちょうど中国の経済規模が日本を超えたときに、私は『ジャパン・アズ・ナンバーワン』の著者エズラ・ヴォーゲル教授と対談した。この対談はニューズウィークにも掲載された。その中で中国の経済成長は輸出の拡大と都市化という2つの原動力で実現したと私は述べた。ここで気を付けなければいけないのが、中国の輸出拡大は、日本高度成長期のフルセット型サプライチェーンと違って、グローバルサプライチェーンの上にたったものだというのが私の一貫した認識であ る。WTO(世界貿易機関)加盟直前から今日までの約 20 年で中国の輸出規模は10倍になった。輸出総額で世界第7位であった中国がいまや断トツ1位の輸出大国になった。また輸出に引っ張られてGDPが5倍になり、さらに都市化も猛烈に進んだ。都市の面積(アーバンエリア)でみると3倍弱になった。要するに20年でアーバンエリアは3倍になったのだ。しかしDID(人口集中地区)人口という1 m² 5,000人以上の人口で捉えてみると20%しか増加しておらず、ここに非常に大きな問題がある。

 またこの間、CO2(二酸化炭素)の排出量も3倍以上になった。「中国の流動人口分析図」をみてみると赤い部分はプラスになったところであり、高さは偏差値である。この分析図を見ると一目瞭然だが、珠江デルタ、長江デルタ、京津冀エリアにたくさんの人たちが移動し たことが確認できる。

 2001年の予測と2019年の現実を比較すると、非常にピタッとはまり予言が的中したと言える。社会学、経済学の予見はだいたい当たらないことが多いが、大当たりした。

 輸出と都市化の両輪によって中国は世界経済に占めるシェアを急速に回復させた。200 年前には3割以上あった世界経済における中国のシェアはどんどん落ちてきて、1990年には最低の1.7%になったが、その後徐々に回復し、WTO加盟後にはまさにV字回復が実現し、今では16.3%に至った。

 しかし、中国の成長は沢山の課題に直面している。一つは米中貿易戦争である。もう一つが、突如現れてきた新型コロナウィルスショックである。これによってグローバルサプライチェーンも相当寸断されている。

 5月に私はグローバルサプライチェーンのゆくえに関する論文を発表した。雲河都市研究院は「中国都市製造業輻射力2019」を公表した。中国の各地域・各都市は数十年間にわたり工業化を進めてきたが、必ずしもすべてが成功したわけではない。中国は「世界の工場」 になったが、中国そのものが世界の工場になったというよりは、一部の都市だけが本当の「世界の工場」になっただけで、それ以外のところはむしろ工業化に失敗 したと言えるかもしれない。中国298都市の中で、「中国都市製造業輻射力2019」のトップ10 都市は中国の貨物輸出の半分をつくり出している。これはとんでもない集中度である。しかもこのトップ10都市のうち、深圳・蘇州・東莞、仏山・寧波・無錫・厦門の7都市が、省都市でもなく、直轄市でもない普通の都市だ。全て沿海部にある。これらの都市はグローバルサプライチェーンによって大きな集積地になった。そこで人口も都市の機能もどんどん拡大し、「世界の工場」ともいえるスーパー製造業都市になった。これらの工業都市の現状がどうなっているのかというと、そもそも米中貿易摩擦や新型コロナウィルスがなくても、これまでの成 長パターンは限界に達しているということが我々の分析により分かった。

 2000年から今日までのこれらの都市の平均賃金は、 深圳は5倍、上海は9倍以上になった。成都も8.5倍になり、ほとんどの都市が5倍以上になった。昔のように安い賃金を売りものにして労働集約的な成長は、もはやあり得ない状況になってきた。また実際、今年1月から6月の半年間のこれらの都市の税収を見てみると、軒並み全てマイナスである。しかも2桁マイナスの都市もあり、米中貿易摩擦とコロナショックによる大きな痛手を受けた。ある意味では中国の製造業発展のモデルチェンジを、今、しなければならない状況にある。この話は少し置いておいて、もう一つ重要な産業のエンジンを見てみたい。

【加速化するIT産業の発展】

 IT 産業は中国だけではなく、世界経済を牽引するエンジンとなっている。30年前、平成の幕開けの時、世界の時価総額のランキングトップ10を見ると、1位のNTTをはじめ日本企業が7社入っている。またIT企業はIBMくらいしか入っていなかった。ランクインした日本の7つの企業は国民経済を舞台にしていた企業であった。

 これに対して、2020年8月末の世界の時価総額のランキングを見ると、顕著になっているのはIT企業が目立つということだ。このトップ10の中に、IT企業は7社もあり、ほとんどが世界を舞台にしている企業である。そういう意味では舞台の大きさが違うし、ITという非常に斬新なコンセプトで、集金力の桁が違う。今年の5月にはGAFAM(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン、マイクロソフト)5社の時価総額の合計は東証1部2,170社の時価総額の合計を超えてしまった。1位のアップルは30年前1位であったNTTの時価総額の13.5倍になっている。面白いのは、テスラが10位に食い込んだことだ。テスラは自動車産業の企業だと思っている人が多いが、実はIT産業の側面も持っている。確かトヨタの売上の11分の1、販売台数は30分の1の企業が、このようなとんでもない評価を 受けたのはIT企業としての側面が強かったからだ。また、ちょうど今、話題になっているが、アメリカで中国のIT企業が制裁を受けている。一つはウィーチャット(WeChat)、もう一つはティックトック(TikTok)である。ティックトックはアメリカ1億人のユーザーを 持っている。ウィーチャットは2,000万人のユーザーを持っている。アメリカの制裁議論の中で、今まで中国はモノしか輸出していなかったと皆さん思っていたのが、アプリの輸出がここまでできたということに気づき驚いているだろう。雲河都市研究院が発表した「中国 都市IT産業輻射力2019」をみると、北京、深圳、上海がトップ3になっているが、トップ10都市への集約度は製造業以上である。トップ10の都市はIT産業の従業者数の6割を占めている。また、香港、深圳、上海の3つのマーケットのメインボードに上場しているIT企業のほぼ4分の3の企業本社がこの10都市にある。とんでもない集約度である。

 製造業輻射力トップ10都市には沿海部の普通の都市が7つも食い込んだことに対して、IT産業輻射力の場合はトップ10の都市は、ほとんど行政中心都市である。製造業とIT産業では繁栄の条件が違う。繁栄の条件が違うのでこのように違うアバターが見られる。これからIT産業でスーパーシティになる都市と、昔、製造業でスーパーシティになった都市はかなり違うのではないかと推測できる。

 もう一つ大切なことは、中国の製造業がどこに行くのか?これについてはいろいろな可能性がある。深圳を見てみると、製造業輻射力は1位であり、IT産業輻射力でも2位まで上り詰めた。深圳にはアメリカの制裁で有名になった企業がたくさんある。例えばZTEとファーウェイ、そしてウィーチャットの親会社のテンセントだ。さらにドローンの世界トップシェアを持っているDJI。これらの企業は全て深圳発のベンチャーIT企業だ。これらの企業の存在は深圳が「世界の工場」 から「IT産業スーパーシティ」へ脱皮している一つのシグナルとしてとらえられるのではないか。中国の製造業はITの力を借りて更なる変化を遂げているのでは ないかと、ある種の楽観的な期待を込めて講演を終わりにしたいと思う。

 最後に中国都市総合発展指標日本語版『中国都市ランキング』を3冊、NTT出版から出していることを紹介したい。このシリーズは毎年メイン報告テーマが違い、2016年度は「メガロポリス戦略」、2017年度は「中心都市戦略」、2018年度は「大都市圏戦略」をテーマとした報告書である。2018年度の本は10月10日に発売される。

 また、今日の話の関連情報は中国都市総合発展指標公式ウェブサイトに日本語・英語・中国語の3つのバージョンで掲載してある。中国語はウィーチャットのサイトもあるので、ぜひ使ってほしい。

 ご清聴ありがとうございました。


【質疑応答】

司会:「輻射力」という言葉がたくさん出てきていますが、どういう指標なのか。改めて定義などもう少し詳しく教えてほしい。

周:輻射力は一つの都市の一つの産業の移出・輸出する力を測る指標だ。基本的に輻射力の高い都市はこの産業は外に移出・輸出できる。そうではない場合、例えば医療輻射力が低いときには、医療サービスを外から買わなければいけない。または外に出て行かなければいけないとイメージしてもらえればよい。輻射力の算出はそれぞれの産業によって若干違うが、ベースとなっているのは従業者数である。従業者数をベースにするアルゴリズムだが、たくさんの周辺指標で補助している。

司会:今回、コロナによるパンデミックがあった。日本で話題になっていることとして、テレワークなどが進み、地方へ移住するような動きがあるのか。また、関連して中国の新型都市化宣言という政策に与える影響は大きくなっていくものか。

周:今回の新型コロナウィルスのパンデミックで皆さんの仕事の在り方は恒久的にかなり影響があると思う。大手IT企業から中小企業まで、かなり恒久的に働き方を変えようとしている。これは間違いなく、より自由に、 場所を選ばず仕事ができるようになるが、これはイコール大都市化が止まるということにはならない。大都市は職場で仕事をするだけではなく、本日のように会って議論をし、新しい情報やコンテンツが生産されるというのが、大都市のメリットだ。同時に大都市にしかないたくさんの都市機能がある。そういうものを享受するのは大都市でないとできない。地方都市も、しっかりとアメニティの充実化や都市のコンパクト化を進めていけばいろいろチャンスはあるが、決して大都市が縮小することはないと思う。我々はさらに自由になることは間違いがない。

 中国の都市政策に関しては、昨年から大都市圏に関する政策が出された。ようやくメガロポリス、中心都市、大都市圏の3大政策がたて続けに出され、しっかりした体系になってきた。本日は都市の話はメインではなかったが、先ほど少し紹介した過去20年で中国アーバ ンエリアは3倍になった。つまり2000年の時期の都市のエリア規模を、さらに2つも作ったが、人口集約からみるとそれほど増えていない。これは中国の都市構造に大きな問題を抱えていることを意味する。これから10年、20年かけて都市の中身の充実化を進めなければいけないと思っている。

司会:今回のコロナで過密を避けるということ、大気汚染などの環境問題もあると思うが、こういう点の是正もあるのか。

周:コロナをシャットアウトするには人と人の接触を止めることが欠かせないので、中国は極端に人との接触をシャットアウトする措置をとった。それには、大きな代償があったが効果は歴然としている。ただし、こうしたやり方は永久的な措置としてはあり得ない。根本的 に解決する一つの手立てとしてはオゾンがある。オゾンはある程度の濃度になると違和感を訴える人がいるが、私の仮説では0.1ppmくらいの自然界の低濃度でも室内のウィルスを不活性化する可能性が十分あり、これによって三密問題がなくなるということだ。今、 「三密」はネガティブに聞こえるが、「三密」無しには 我々の幸福度も生産性も落ちる。人間は接触の動物であり、コミュニケ―ションの動物、社会動物である。早く「三密」が平気でできる社会に戻したい。その一つの武器はオゾンではないかと思っているのでぜひ、オゾンを使ってみてほしい。

司会:経済の見立てに近い所があるが、製造業輻射力はグローバルサプライチェーンと大きな関連があるという話があった。一方で中国国内の内需を重視する戦略もあるかと思うし、国内のサプライチェーン重視という中で、グローバルサプライチェーンより国内を優先するときに今まで発展してきたメガシティに成長が鈍化するなどの変化はあるのか。

周:マーケットはどこであれ、サプライチェーンの効率を考えると沿海部しかない。やはり深水港が近くにあり、部品調達、素材調達、製品の輸出の導線が短い環境を整備できる地域が伸びる。私は20年前から、中国でメガロポリスになり得る地域は沿海部の三カ所しかないと言い続けてきている。なぜかというと、珠江デルタ、長江デルタ、京津冀の三カ所には深水港があり、昔から一定の産業集積があり、世界的にみても新しい時代にふさわしい最高の産業集積地が作れる場所であるからだ。マーケットがどこであっても、これらの地域は、大きく製造業の発展を遂げるのではないかという気がする。導線をなるべく短くしてグローバル的な効率を上げなければいけない産業は、そういうところに張り付くしかないと考える。


【メインレポート】周牧之:大都市圏発展戦略

周牧之 東京経済大学教授

1. 21世紀の中国経済発展と都市化


(1)二大エンジンで大発展を促進

 中国40年の改革開放は、WTO加盟を境に概ね2つの段階に分けることができる。第一段階は、一方で計画経済から市場経済への制度改革に取り組み、その一方で国際市場への輸出に努めた。だが、中国製品には西側諸国による高い関税の壁が立ちはだかっていた。

 長年の交渉を経て2001年、中国はWTO加盟でついに国際自由貿易体制に入った。国際市場の門戸が中国に向かって大きく開かれた。世界自由貿易体制への参入許可が中国で巨大なエネルギーを生み出した。中国は一瞬にして「世界の工場」となり、世界No.1の輸出大国に躍進した[1]

 WTO加盟までの改革開放第一段階では、中国経済の歩みは困難を極めた。しかし、WTO加盟を機に、中国は一気に大発展の第二段階へ踏み出した。力強い輸出工業の発展が、中国経済を飛躍させた一つ目の原動力となった。

図1 主要国家輸出規模拡大の比較(2000-2019年)
出典:国連貿易開発会議(UNCTAD)データより作成。

 WTO加盟までの改革開放第一段階では、中国経済の歩みは困難を極めた。しかし、WTO加盟を機に、中国は一気に大発展の第二段階へ踏み出した。力強い輸出工業の発展が、中国経済を飛躍させた一つ目の原動力となった。

 図1が示す通り、2000年から2019年までに世界の輸出総額は1.9倍に膨れ上がった。主要諸国の内訳は、ドイツの輸出が5,504億米ドルから1兆4,892億米ドルへと2.7倍になった。アメリカの輸出は7,819億米ドルから、1兆6,456億米ドルとおよそ倍額になった。フランス、イギリス、日本はそれぞれ74%、65%、47%アップした。これらの先進工業国と比べ、中国は2000年にはまだ2,492億米ドルだった輸出額が、2019年には10倍規模に当たる2兆4,990億米ドルへと膨張した。成長速度にしても拡張規模にしても他国にはおよびもつかない凄さだった。改革開放が解き放った活力と、WTO加盟とが組み合わさったことで、中国には巨大な国際貿易ボーナスがもたらされた。

 輸出工業の猛烈な発展により、中国沿海地域に著しい都市化の波が押し寄せた。

 21世紀に入り、中国経済大発展をもたらした2つ目の原動力が急激な都市化である[2]。新中国建国以来、長期にわたってアンチ都市化政策を取ってきたため、人口移動を制限する戸籍制度、および都市空間の拡張を制限する土地利用制度が厳格に実行されてきた。これらの政策は長きにわたり人口の都市化率を低く抑え、同時に都市の空間的拡大を厳しく制限した。改革開放初期でも、中国政府はなお都市化に対して保守的な態度を取ってきた。政策的には、まずは農民に村での「郷鎮企業」[3]興しを勧め、これに続いて「小城鎮政策」[4]を推進し、農民の大都市への流入阻止を図った。

 2001年9月、中国国家発展改革委員会と国際協力事業団などの主催の「中国都市化フォーラム—メガロポリス発展戦略」が上海と広州で相次いで開催された[5]。筆者は基調報告で、「都市化が中国現代化の主旋律であり、大都市圏、メガロポリスが中国都市化の重要な戦略として位置づけられるべきである」と提言した[6]

 これで一挙に「都市化」、「都市圏」、「メガロポリス」が世論の注目を浴び、これまで封じ込められていた中国における都市化問題の議論を一気に解き放った。

 その後、一貫して都市化問題は中国の政策議論の焦点となった。2006年に第11次五カ年計画では「メガロポリス発展戦略」が打ち出され[7]、「メガロポリスを都市化の主要形態とする」方針を明確にし、中国の急速な都市化の引き金となった[8]

図2 主要国都市人口推移の比較(2000年−2019年)
出典:国連データより作成。
図3 主要国都市化率変化の比較(2000年−2019年)
出典:国連データより作成。

 その結果、図2が示すように、2000年に4億6,000万人だった中国の都市人口は、2019年になって8億5,641万人にまで押し上げ、ほぼ倍増した。図3が示すように、中国の都市化率も2000年の36.2%から2019年には60.3%にまで膨れ上がった。

図4 主要国実質GDP成長の比較(2000年−2018年)
出典:国連データより作成。

 輸出と都市化の二大エンジンに引っ張られ、中国経済は奇跡的な大発展を遂げた。2019年、中国のGDPは99兆865億人民元(約14兆1,400億米ドル)を超え、1人当たりGDPも1万米ドルを超えた。

 図4に示したように、2000−2018年の間で、アメリカ、イギリスの実質GDPはともに40%拡大した。ドイツ、フランスの経済規模はともに25%、日本は15%拡大した。これに対して、この間、中国の実質GDPは4.8倍にもなった。中国はアメリカに代わり、世界経済発展に貢献する最大の国となっ[9]。中国経済に牽引され、同時期、世界の実質GDPは70%拡大した。

図5 中国経済&都市化の主要指標(2000年−2018年)
注:CO2排出量は2000−2017年のデータである。
出典:国連、国際エネルギーセンター、〈中国都市総合発展指標2018〉データにより作成。

(2)高速発展の粗放性

 図5が示すように、2000年−2017年、中国のアーバンエリア(Urban Area)[10]は93%も拡大した。この間、中国の人口は10%増えたものの、DID (Densely Inhabited District:人口集中地区)[11]人口は20%しか増えなかった。これらのデータは中国のアーバンエリアが急激に膨張したのに対して、高密度人口の集積が大幅に遅れていたことを示している。すなわち、中国ではこの間、人口の都市化が土地の都市化に遠く及ばなかった。

 猛スピードかつ低密度の都市化は、中国における都市発展のスプロール化と経済発展の低効率化を招いた。

図6 主要国のGDP単位当たり二酸化炭素排出量変化の比較(2000年−2017年)
出典:国際エネルギー機関データにより作成。

 中国都市化のこうした問題を二酸化炭素の排出量で分析すると、図6が示すように、2000年−2017年、中国のGDP単位当たり二酸化炭素排出量は29%下がったものの、なおフランスの9倍、イギリスの7.6倍、日本の5.5倍、ドイツの5.2倍、エネルギー大量消費国アメリカの3.7倍であることがわかる。全世界においては2.4倍であることが報告されている。

 さらに注目すべきは、図7が示すように同時期、先進国の1人当たり二酸化炭素排出量は大幅に下がったにもかかわらず[12]、中国人の1人当たり二酸化炭素排出量が逆に2.7倍になったことである。今日、中国の1人当たり二酸化炭素排出量はすでにフランスとイギリスを超え、ドイツと日本の水準に近づいている。

図8 主要国二酸化炭素排出量変化の比較(2000年−2017年)
出典 : 国際エネルギー機関データにより作成。

 図8で明らかなように、2000−2017年、中国の二酸化炭素排出量は約3倍の規模に拡大した。一次エネルギーの石炭への過度な依存と粗放的な発展により中国は、アメリカを超えて世界最大の二酸化炭素排出大国となった。2017年、中国の二酸化炭素排出量はアメリカの1.9倍、日本の8.2倍、ドイツの12.9倍、イギリスの25.8倍、フランスの30.2倍にも達した。

 中国での著しい大気汚染は、中国の人々の健康を蝕むだけではなく、地球温暖化を加速させている。

 人口、そしてGDPに対する二酸化炭素排出量は、産業水準、生活水準およびインフラ水準を反映する。上記の二酸化炭素排出量に関する分析で、中国の際立つ二酸化炭素排出量は、その急速な発展が極めて粗放的であることが明らかになった。中国経済を質の高い発展へとどう転換させるかが、今後中国の都市化の最大の課題となる。産業構造、人口構造、空間構造、そして生活品質の向上を図っていかなければ、中国都市のさらなる発展は成し得ない。

 

2. 中国都市発展の趨勢:集中と分化


 中国の都市発展には今日、集中と分化というトレンドが非常に明確に表れている。各種機能がトップの都市に高度に集中する現象が日増しに突出し、その機能が高度であるほど集中傾向が強い。

 本報告では〈中国都市総合発展指標2018〉を用いて、12の重要指標で集中度について分析し、中国都市における集中と分化のトレンドを検証した。

図9 GDPランキングトップ30都市

(1)GDPランキングトップ30都市

 図9が示すように、中国298地級市以上の都市のGDPランキングで、トップ10位都市は、上から順番に上海、北京、深圳、広州、重慶、天津、蘇州、成都、武漢、杭州であり、このトップ10都市のGDP総額が全国のそれに占める割合は、23.6%である。さらに同ランキングトップ30都市のGDP総額の全国に占める割合は、43.5%にも達している。

 トップ10%の都市は全国の4割以上のGDPをつくり出し、中国経済発展がGDPランキングトップ30都市に高度に依存していることは明らかである。

 GDPにおけるこうした集中は特定の都市に見られるばかりでなく、地域的にはメガロポリスへの傾斜も顕著である。京津冀、長江デルタ、珠江デルタの三大メガロポリスの全国GDPに占める割合は、8.6%、19.8%、9.0%であり、三大メガロポリスの全国に占めるその割合は37.4%に達している。三大メガロポリスの中国経済発展を牽引する構造は明確である。

図10 DID人口ランキングトップ30都市

(2)DID人口ランキングトップ30都市

 図10が示す通り、中国298地級市以上の都市のDID人口ランキングで、トップ10都市は、上から順に上海、北京、広州、深圳、天津、重慶、成都、武漢、東莞、温州である。トップ10都市のDID総人口が全国のそれに占める割合は、22.8%である。さらに同ランキングトップ30都市のDID総人口は全国の43.2%に上る。つまり、DID人口ランキングのトップ10%の都市に、中国全土の4割超のDID人口が集中している。

 三大メガロポリスで見ると、京津冀、長江デルタ、珠江デルタの三大メガロポリスが全国DID人口に占める比重は各々、7.9%、17.1 %、9.3%に達し、三大メガロポリスの中国全土に占める割合は34.3%と極めて高い。

 中国298地級市以上の都市のGDPとDID人口の相関関係を分析すると、両者の間には高度な相関関係が存在することが分かった。その相関係数は0.93にも達し、いわゆる「完全相関」の関係を示している[13]。しかも、GDPおよびDID人口の両指標ランキングトップ30都市と比較すると、26都市もが重複している(順序不同)。これらの分析結果はGDPにとってのDID人口の重要性を表しており、今後、中国の都市発展については、DID人口の規模と質とを注視すべきであることを示している。

図11 メインボード上場企業ランキングトップ30都市

(3) メインボード上場企業ランキングトップ30都市

 上海、深圳、香港の三大証券取引所のメインボードでの上場企業数ランキングトップ3位の都市は、図11が示すように、上から順に上海、北京、深圳である。この3つの都市の上場企業総数の、全国のそれに占める割合は39.6%に及ぶ。ランキングトップ30都市の上場企業総数となると全国のそれの69.7%にも達する。すなわち今日、上場企業ランキングトップ10%の都市に、全国の上場企業の7割が集中していることになる。

 三大メガロポリスで見ると、京津冀、長江デルタ、珠江デルタの三大メガロポリスが中国の上場企業数に占める割合は、各々15.9%、28%、10.3%に達し、三大メガロポリスの中国全土に占める割合は54.2%と極めて高い。三大メガロポリスに全国の半数以上の上場企業が集中している。

 上場企業が大都市、とりわけ中心都市に高度に集中する傾向は極めて強い。

図12 フォーチュントップ500中国企業ランキングトップ28都市

(4) 「フォーチュントップ500」入り中国企業ランキングトップ28都市

 今から30年前の1989年、「フォーチュントップ500」ランキング内に入った中国企業は僅か3社であった。しかし2018年、中国は105の企業がランクインを果たし、その数はアメリカの126社に迫る第2位であった。特に注目を浴びたのはランキングトップ10に中国企業が3社も入ったことであった。

 図12が示すように、「フォーチュントップ500」にランクインした中国企業は28都市に分布しており、そのうち66.7%が、北京、上海、深圳の3都市に集中している。普通の上場企業に比べ、「フォーチュントップ500」入りの企業は中心都市への集中集約志向がさらに強い。

 三大メガロポリスで見ると、京津冀、長江デルタ、珠江デルタの三大メガロポリスが「フォーチュントップ500」入り中国企業数に占める割合は、各々54.3%、14.3%、11.4%に達し、三大メガロポリスの中国全土に占める割合は80%にも達している。

 メインボード上場企業ランキングトップ30都市と「フォーチュントップ500」中国企業ランキングトップ28都市の分析から見て取れるのは、中国の最優良企業の本社、いわゆる経済中枢管理機能が高度に集中しているのは、北京、上海、深圳に代表される上位の中心都市である。

図13 製造業輻射力ランキングトップ30都市

(5)製造業輻射力ランキングトップ30都市

 図13が示すように、製造業輻射力ランキングトップ10都市は上から順に深圳、上海、東莞、蘇州、仏山、広州、寧波、天津、杭州、廈門である。この10都市は例外なくすべて大型コンテナ港利便性に恵まれている。こうした優位性を背景に、10都市の貨物輸出総額は全国の48.2%を占めている。ランキングトップ30都市の輸出総額はさらに高く、全国の74.9%に達している。つまり中国の今日の製造業輻射力トップ10%の都市が全国の4分の3の貨物輸出を担っている。

 三大メガロポリスで見ると、京津冀、長江デルタ、珠江デルタの三大メガロポリスが中国貨物輸出総額に占める比重は、各々6.2%、32.7%、28.8%に達し、三大メガロポリスの中国全土に占める割合は67.7%と高くなっている。三大メガロポリス、とりわけ長江デルタと珠江デルタが中国輸出工業発展の巨大なエンジンとなっている。

図14 コンテナ港利便性ランキングトップ30都市

(6)コンテナ港利便性[14]ランキングトップ30都市

 図14が示すように、コンテナ港の利便性ランキングトップ10都市は順に、上海、深圳、寧波、広州、青島、天津、廈門、大連、蘇州、営口となっている。この10都市のコンテナ取扱量は全国の82%に達し、ランキングトップ30都市のコンテナ取扱量はさらに高く97.8%を占めている。言い換えれば今日、中国のほとんどのコンテナ取扱が、コンテナ港利便性ランキングトップ10%都市で執り行われている。

 三大メガロポリスで見ると、京津冀、長江デルタ、珠江デルタの三大メガロポリスが中国全土の港湾コンテナ取扱量に占める比重は、各々8.3%、35.2%、26%に達し、三大メガロポリスの中国全土に占める割合は69.5%と高くなっている。三大メガロポリスの優位性は極めて高い。

 本報告では〈中国都市総合発展指標2018〉を用いて、港湾における中国298地級市以上の都市の貨物輸出額とコンテナ港取扱量の相関について分析した。結果、両者の間に極めて高い相関関係があることがわかった。両者の相関係数は0.81と高く、いわゆる「極度に強い相関」関係にある。しかも、製造業輻射力とコンテナ港利便性の両指標ランキングトップ30都市のうち、24都市が重複している(順不同)。これら一切が示しているのは、製造業、特に輸出工業が、優良な港湾条件に高度に依存していることである。今後、中国の製造業、特に輸出工業が港湾条件の整った都市にさらに向かい、高度に集中・集約し続けることが予測できる。 

 工業発展と港湾条件との関係について上記の認識は、中国の工業における立地政策にとって、非常に重要な意義をもつ。中国はこれまで、立地条件を無視し、ほぼすべての都市が工業化を強力に推し進めてきた。都市が工業化の効率を競う今、内陸地域で分散的に推し進められてきた工業化の不合理と低効率とが顕著になってきた。これらの現実を真摯に受け止め、各都市が自らの身の丈にあった産業のあり方を真剣に見直す時期に来ている。

図15 IT産業輻射力ランキングトップ30都市

(7) IT産業輻射力ランキングトップ30都市

 図15が示すように、IT産業輻射力ランキングトップ10都市は順に北京、上海、深圳、成都、杭州、南京、広州、福州、済南、西安で、この10都市のIT産業就業者総数、上海・深圳・香港のメインボード上場IT企業数、中小板上場IT企業数、そして創業板IT上場企業数の全国に占める比重は各々、52.8%、76.1%、60%、81%である。ランキングトップ30都市のIT産業従業者総数、メインボード上場IT企業数、中小板上場IT企業数、そして創業板IT上場企業数の全国に占める比重は各々、68%、94%、78.2%、91.2%である。こうした数字から今日、中国のIT産業が同輻射力ランキングトップの都市に高度に集中集約している状況が明らかである。

 三大メガロポリスで見ると、京津冀、長江デルタ、珠江デルタの三大メガロポリスが中国全土のメインボードIT企業数に占める比重は、各々32.5%、24.8%、14.5%に達し、三大メガロポリスの中国全土に占める割合は71.8%と極めて高い。

 今日、中国の大半の都市がIT産業を重要産業として力を入れ発展への努力を重ねているが、現状ではIT産業は北京、上海、深圳、成都、杭州、南京、広州の7つの中心都市に高度に集中している。IT産業が中心都市に収斂する度合いは製造業が沿海都市に収斂する度合いに比べてなお強くなっている。こうしたことから、IT産業の発展を希求する都市は、IT産業が求める立地条件への事細やかな研究と分析とが欠かせない。

図16 空港利便性ランキングトップ30都市

(8) 空港利便[15]ランキングトップ30都市

 図16が示すように、空港利便性ランキングトップ10都市は順に、上海、北京、広州、深圳、成都、昆明、重慶、杭州、西安、廈門である。この10都市の旅客取扱量と郵便貨物取扱量の全国に占める割合は49.9%、73.5%となっている。ランキングトップ30都市の旅客取扱量と郵便貨物取扱量は、全国に占める量が81.3%と92%と極めて高い。これらの数字は、中国で今日大半の空港運輸が、空港の利便性ランキングトップ10%の都市に高度に集中していることを意味する。

 三大メガロポリスで見ると、京津冀、長江デルタ、珠江デルタの三大メガロポリスが中国全土の空港旅客取扱量に占める比重は、各々11.9%、18.7%、10.9%に達し、三大メガロポリスの中国全土に占める割合は41.5%に上った。

 京津冀、長江デルタ、珠江デルタの三大メガロポリスの中国全土の空港郵便貨物取扱量に占める割合は14.7%、34.6%、18.5%となっており、三大メガロポリスの全土に占める割合はさらに67.8% に達した。

 本報告は〈中国都市総合発展指標2018〉を利用し、中国298地級市以上の都市のIT産業輻射力と空港利便性との相関分析を行った。結果、両者の間には高度な相関関係が見られ、相関係数は0.84と高く、いわゆる「極めて強い相関」関係が示された。ここで注目すべきは、IT産業輻射力と空港利便性との相関関係は、製造業輻射力とコンテナ港利便性との相関関係よりさらに高いことである。

 IT産業輻射力と空港利便性の2つの指標ランキングトップ30都市のうち、21都市が重複している(順不同)。 

 上記の分析が示すのは、交流経済の代表産業たるIT産業の発展が、空港の利便性に高度に依存していることである。今後のIT産業がさらに空港条件の優れた都市に高度に集中集約するであろうことが見て取れる。

図17 高等教育輻射力ランキングトップ30都市

(9) 高等教育輻射力ランキングトップ30都市

 図17が示すように、高等教育輻射力ランキングトップ10都市は順に、北京、上海、武漢、南京、西安、広州、長沙、成都、天津、ハルビンである。この10都市のトップ大学[16]総数、大学在校生総数はそれぞれ全国の69.3%、26.0%となっている。ランキングトップ30都市のトップ大学総数、大学在校生総数は各々全国の92.8%、57.1%となっている。これらの数字は、現在、中国の高等教育資源、特にトップレベルの高等教育資源が、高等教育輻射力ランキングトップの都市に高度に集中している状況を示している。

 三大メガロポリスで見ると、京津冀、長江デルタ、珠江デルタの三大メガロポリスの中国全土のトップ大学数に占める比重は、各々26.8%、20.9%、3.9%に達し、三大メガロポリスの中国全土に占める割合は51.6%に上った。

(10) 科学技術輻射力ランキングトップ30都市

 図18が示すように、科学技術輻射力ランキングトップ10位の都市は上から順に北京、上海、深圳、成都、広州、杭州、西安、天津、蘇州、南京である。この10都市のR&D要員数、特許取得数は全国の36.3%、33.2%である。ランキングトップ30都市のR&D要員数、特許取得数はさらに全国の59.8%、62.6%となっている。中国の科学技術資源が今日、科学技術輻射力ランキングトップの都市に高度に集中する状況は十分明らかである。

 三大メガロポリスで見ると、京津冀、長江デルタ、珠江デルタの三大メガロポリスが中国全土のR&D要員数に占める比重は、各々12.2%、28.5%、12.7%に達し、三大メガロポリスの中国全土に占める割合は53.3%に上った。

 京津冀、長江デルタ、珠江デルタの三大メガロポリスが中国全土の特許取得数に占める比重は、各々10.3%、30.9%、14.4%に達し、三大メガロポリスの中国全土に占める割合は55.6%に上った。

 とりわけ注目に値するのは、R&D要員数の集中度と特許取得数から見ると、科学技術輻射力ランキングトップ30都市にせよ、三大メガロポリスにせよ、これら科学技術資源が集約する都市またはメガロポリスはことごとく、その他の地域と比べて研究開発効率が高く、研究成果の市場化効率も高くなっていることである。

図19 文化・スポーツ・娯楽輻射力ランキングトップ30都市

(11)文化・スポーツ・娯楽輻射力ランキングトップ30都市

 図19が示すように、文化・スポーツ・娯楽輻射力ランキングトップ10位の都市は上から順に、北京、上海、成都、広州、深圳、武漢、杭州、南京、西安、鄭州である。この10都市の興行収入額、観客動員数は各々全国の34%、30.6%を占めている。ランキングトップ30都市の興行収入額、観客動員数は各々全国の57.7%、54.6%を占めている。つまり、トップ10%の都市は、中国全土の興行収入額、観客動員数を半分以上独占している。

 三大メガロポリスで見ると、京津冀、長江デルタ、珠江デルタの三大メガロポリスが中国全土の興行収入額に占める比重は、各々9.6%、23.6%、12.8%に達し、三大メガロポリスの中国全土に占める割合は45.9%に上った。

 京津冀、長江デルタ、珠江デルタの三大メガロポリスが中国全土の観客動員数に占める比重は、各々8.5%、22.8%、11.9%に達し、三大メガロポリスの中国全土に占める割合は43.3%に上った。

 中国では現在、文化・スポーツ・娯楽資源においても、興行収入においても、文化・スポーツ・娯楽輻射力ランキングトップの都市あるいは三大メガロポリスが極めて大きなウエイトを占めている。

図20 飲食・ホテル輻射力ランキングトップ30都市

(12) 飲食・ホテル輻射力ランキングトップ30都市

 図20が示すように、飲食・ホテル輻射力ランキングトップ10都市は上から順に、上海、北京、成都、広州、深圳、杭州、蘇州、三亜、西安、廈門である。この10都市の五つ星ホテル数、国際トップクラスレストラン[17]数は各々全国の35.7%、77.1%を占めている。さらに、同輻射力ランキングトップ30都市の五つ星ホテル数、国際トップクラスレストラン数は各々全国の61.1%、91.8%を占めている。中国のトップクラスのホテルやレストランが同輻射力ランキングトップの都市に高度に集中する状況が十分明らかである。

 三大メガロポリスで見ると、京津冀、長江デルタ、珠江デルタの三大メガロポリスが中国全土の五つ星ホテル数に占める比重は、各々11.4%、29.5%、10.9%に達し、三大メガロポリスの中国全国に占める割合は51.8%に上った。

 京津冀、長江デルタ、珠江デルタの三大メガロポリスが中国全土の国際トップクラスレストラン数に占める比重は、各々20.0%、37.5%、15.4%に達し、三大メガロポリスの中国全土に占める割合は72.9%に上った。

 〈中国都市総合発展指標2018〉を利用し、本報告はIT産業輻射力と飲食・ホテル輻射力との相関分析を行った。結果は、両者の相関係数は0.9と高く、いわゆる「完全相関」関係が示された。交流経済の典型としてのIT産業で、その担い手たちにとって、レストランは紛れもなく彼らの「交流」の場となっている。

 北京、上海、深圳、成都、杭州、南京、広州は、中国のIT産業輻射力ランキングトップ7都市はすべて中国で「美食」に名高い都市である。今日、「美食」は、都市の交流経済発展上、軽視できない「重要な生産力」となっている。

 相反して、製造業輻射力と飲食・ホテル輻射力の相関係数は0.68でしかない。IT産業に比べると、製造業従事者の「美食」に対する感度は低い傾向があるようだ。

図21 主要指標における三大メガロポリスの全国シェア

 以上の分析から見て取れるのは、今日、中国はGDPにおいてもDID人口においても、また国際交流機能や中枢管理機能においても、ことごとく中心都市、メガシティに高度に集中していることである。

 メガロポリスへの集約も進んでいる。図21が示すように、GDPから国際トップクラスレストランに至るまで、様々な指標において三大メガロポリスは大きなウエイトを占めている。

 さらに、注目すべきは、高度先端機能であればあるほど中心都市やメガロポリスに集中集約する現象がはなはだしいことである。今後もこうした趨勢はさらに強まることが予測される。よって、これら各種中心機能を進化させることが中心都市、メガシティ、そしてメガロポリスの経済構造および空間構造の高度化につながるだろう。

3. DIDと中国都市の高品質発展


 都市を都市たらしめている肝心要は、その高い人口密度の規模と質である。

(1) DID人口の重要性

 本報告では、298地級市以上の都市のDID人口指標と〈中国都市総合発展指標2018〉の9つの中項目指標を用いて、相関分析を行なった。

図22 DID人口と〈中国都市総合発展指標〉中項目、小項目指標との相関関係分析

 結果、図22で示したように、DID人口と経済大項目の「都市影響」、「経済品質」そして「発展活力」の3つの中項目指標の相関係数は、各々0.93、0.91、0.91と高く、すべて「完全相関」関係を表していた。DID人口と社会大項目の「伝承・交流」中項目指標の相関係数も0.9と高く、「完全相関」関係であった。これと社会大項目の、「ステータス・ガバナンス」、「生活品質」の両中項目の相関係数は各々0.85と0.83で、「極めて強い相関」関係であった。

 DID人口と環境大項目の「空間構造」中項目の相関係数も0.82に達し、極めて「強い相関」関係を表した。しかし、これと環境大項目の「環境品質」と「自然生態」の相関係数は0.32と0.05で、相関関係は微弱であった。

 DID人口と9つの中項目指標の相関係数の分析から、DID人口と都市の社会経済発展との関係は非常に重要であり、その都市空間構造も深く関係している。相反して、DID人口と都市の「環境品質」および「自然生態」との間の相関関係は、微弱である。これはいわゆる「人口が多い都市ほど生態環境への圧力が強まる」という伝統的な概念を覆す重要な研究発見である。

 DID 人口指標と〈中国都市総合発展指標2018〉との相関関係分析をさらに27の小項目指標まで進めると、DID人口と「文化娯楽」、「イノベーション・起業」、「経済規模」、「広域輻射力」、「経済構造」、「人的交流」、「広域中枢機能」など小項目の間の相関係数が0.93〜0.91と高く、「完全相関」関係となっている。

 DID人口と「生活サービス」、「開放度」、「コンパクトシティ」、「ビジネス環境」など小項目の間の相関係数は0.88〜0.82と高く、「極めて強い相関」関係となっている。 

 DID人口と「都市インフラ」、「消費水準」、「人口資質」、「交通ネットワーク」など小項目の間の相関係数は、0.79〜0.71と高く、「強い相関」関係にある。

 DID人口と「社会マネジメント」、「都市農村共生」、「経済効率」、「資源効率」、「居住環境」など小項目の間の相関係数も、0.68〜0.43と一定の相関関係にある。

 この一連のデータにより、DID人口の、都市の社会経済発展の各側面における役割の重要度が明確になった。

 相反して、DID 人口と「汚染負荷」、「水土賦存」の小項目の間の相関係数は、僅か0.05、−0.07である。これらデータは、DID人口が環境に与える実際の影響がそれほど強烈ではないことを示している。実際、一般的にDID人口規模が大きいほど都市は富裕で、産業構造も比較的高度である。その社会マネジメントの能力と、環境マネジメントの能力も比較的優れていることが多い。よって、これら都市では汚染負荷を軽減し、自然生態を修復する力が強い。

 これと反対に、産業構造が悪い中小都市の場合は、環境マネジメント能力が低く、環境問題が深刻なケースが多い。

 同時に、人口集積自体も、交通、エネルギーなど都市機能の効率を上げるのに有利である。東京大都市圏の単位当たりGDP二酸化炭素排出量が、日本の全国平均の10分の1に抑えられていることが何よりの証拠である。

 しかし中国では、今日に至るまで依然として多くの都市の政策関係者や学者らが、高密度の人口集積が大きな環境負荷になると懸念している。従って中国では大都市、とりわけメガシティの人口規模の拡大には慎重な姿勢を取り続けている。北京を始めとするいくつかの中心都市に至っては近年、都市の人口規模を規制または圧縮しようとしている。

 DID人口と社会経済発展の相関関係は極めて強く、都市の経済と社会発展に非常に重要である。しかし、この点についての十分な認識が、中国では従来から一貫して欠如していた。DID人口が環境や自然生態および社会マネジメントにもたらす負の影響が誇張されてきた。このような長期にわたる間違った認識が中国の都市の健全な発展を阻んできた。人口集積に関するこのような誤った認識を改めるべきである。〈中国都市総合発展指標〉が中国で初めてDID分析を導入した意味は極めて大きい。

(2) ステータス・ガバナンスと過密

 注意すべきは、同じ高密度の都市であっても、その発展の質は、同一ではないということである。肝心なのは「過密」か否かという点である。

 今日、世界で最も人口を多く抱える都市は東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県から成る東京大都市圏である。同大都市圏の人口規模は3,673万人にも達している。東京大都市圏は日本の3%の国土面積に、日本のほぼ3分の1のGDPと輸出、そして60.6%の特許取得数を有している。さらに同大都市圏は世界のメガシティの中で、最も安全かつ平和で環境の質も高い。

 この東京も過去の一時「過密」に苦しめられた。しかし、今や高密度でありながら「過密」ではない都市へと見事に転身した。 

 これに相反して、ブラジルのサンパウロ、インドのムンバイ、ナイジェリアのラゴスに代表される新興諸国のメガシティは、当該国の中心都市ではあるものの、膨大な貧民街を抱え、貧富の差が激しく、深刻な治安問題と環境汚染とに悩まされている。ここで留意しなければならないのは、これら「過密」に陥った都市の人口規模が、東京大都市圏のそれに遠く及ばないことである。

 新興国の大都市には往々にして大都市病が見られる。何が原因であるかは、熟考すべき問題である。中国では、この問題が「人口の過多」、「高密度」に帰結されている。

 だが、実際はそうではない。大都市病は都市マネジメント力の低下によるものである。都市マネジメント力は都市空間計画、基礎インフラ整備、交通やエネルギーの配備、生活のあり方、生態環境マネジメント、文化教育、開放交流、治安管理、富の分配に至る様々な内容を含んでいる。都市マネジメント力の高低が、直接、都市発展の質の優劣を左右する。

 雲河都市研究院の研究によると、ブラジルの悪名高いリオデジャネイロ貧民窟の最高人口密度は1平方キロメートル当たりわずか1.5万人であった。これに対して同じリオデジャネイロのCBD地区の人口密度は1平方キロメートル当たり2.7万人にものぼる。東京都豊島区、中国の北京市西城区と上海市黄浦区、米ニューヨークのマンハッタンの1平方キロメートル当たりの人口密度が、それぞれ2.4万人、3.8万人、5.9万人、10.9万人で、すべてリオデジャネイロの貧民窟の人口密度よりはるかに高い。

図23 都市智力概念図

 しかも、これら超高密度人口を抱える地域は、すべて同メガシティの中で最も富裕なエリアである。こうしたことからわかるように、人口の高密度集積は決して都市の治安や環境の質を悪くする元凶ではない。肝心なのは、都市マネジメント能力を統括する「都市智力」[18]である(図23)。「過密」は、実際は都市智力の欠如をもたらすという残酷な現実の現れである。

 注目すべきは、多くの状況で、高DIDによる集約と規模が大きなメリットを生んでいることである。例えば東京大都市圏の単位当たりGDP二酸化炭素排出量は日本全国平均の10分の1にすぎない。また、多くの高級サービス業と交流経済産業の発展には、一定の規模の高密度人口の下支えが欠かせない。

 都市病は、大都市の専売特許ではない。それが都市である限り、どの都市でも罹患する可能性はある。大都市の「病状」がより人目を引くということだけである。都市病は途上国だけの専売特許でもない。先進国の都市も昔、都市病に悩まされていた。都市マネジメント力の向上によって、東京大都市圏のような成功の典型が現れただけでなく、先進国の大多数の大都市は概ね都市病の症状を大幅に改善してきた。

 相反して、注意されるべきは、先進国にしろ発展途上国にしろ、中小都市の衰退問題が今日、厳しさを増していることである。

 中国では都市問題において、「高密度人口への警戒」、「技術とハードウエアへの盲信」が横行している。これに対して、雲河都市研究院は「都市智力」を掲げ、都市のマネジメント力の向上を通じて、人口集積の利益を最大化し、都市のハイクオリティな発展を求めるよう提唱している。

図24 北京大都市圏のDID比較分析図
図25 東京大都市圏のDID比較分析図

 

4. なぜ都市圏か


 中国国家発展改革委員会は2019年2月19日、「現代化都市圏の育成と発展に関する指導意見」を公表した。そこでは、メガロポリスを新型都市化の主要形態とし、全土の経済成長を支え、地域の協調発展を促し、国際競争と協力を担う重要なプラットフォームとする、と謳っている。ここでいう都市圏とはメガロポリス内部のメガシティ、あるいは輻射機能の強い大都市を中心とし、1時間通勤圏を基本範囲とした都市空間形態である。この指導意見は、中国で都市圏育成政策を打ち出したことを意味している[19]

 なぜ中国はいま、都市圏育成政策を前面に押し出したのだろうか。

 この問題を解き明かすため、本報告は東アジア地域の両大都市圏—北京大都市圏と東京大都市圏との比較分析を実施した。図24、25で示すように北京大都市圏の範囲は、北京市域であるのに対して、東京大都市圏は東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県から成る。

図26 北京大都市圏と東京大都市圏の重要指標データの比較−1

 本報告では両大都市圏の土地面積、常住人口、DID人口、GDP、二酸化炭素排出量などにおいて数値を比較分析した。図26が示すように、北京市域の面積は東京大都市圏より大きく、1.2倍である。これに対して、北京の常住人口とDID人口はいずれも東京大都市圏の60%であった。北京のGDP規模も概ね東京大都市圏の3割で、1人当たりGDPも東京大都市圏の半分でしかない。しかし、北京の単位当たりGDP二酸化炭素排出量は東京大都市圏の4.7倍にものぼっている。その結果、人口規模とGDP規模で東京大都市圏に遠く及ばない北京が、二酸化炭素排出量では東京の1.2倍になっている。

図27 北京大都市圏と東京大都市圏の重要指標データの比較−2
図28 北京大都市圏と東京大都市圏の重要指標データの比較−3

 本報告がとりわけ高い関心をもつ国際交流に関わる指標においては、両大都市圏の差異は特に顕著である。東京大都市圏を来訪する海外旅行客数は北京の5.6倍にも達している。国際会議開催件数に至っては東京大都市圏は北京の1.1倍となっている。また国際トップクラスレストラン、インターナショナルスクール、留学生数、国際トップブランド店舗数については、各々、北京は東京大都市圏の10%、70%、60%、50%にすぎない。

 北京は、〈中国都市総合発展指標2018〉総合ランキングで全国第一位の都市である。しかし、東京大都市圏との国際比較で明らかになったように、北京はこれから空間構造、経済構造、生活モデル、資源利用効率、国際交流など様々な面で、向上や改善を図らなければならない。

 早くも2001年に筆者は、中国が都市圏政策を実施すべきであると提唱し、都市構造の向上を図り、開発区による低密度乱開発を断つべきだと主張した[20]。しかしながら非常に残念なことに、その後中国の都市化は却って開発区の乱立と不動産乱開発の2つの大きな流れに押されることとなった。結果、先に述べた通り、一方で都市の低密度開発が蔓延し、一方でDID人口の増加が緩慢で、いびつな都市化が進んだ。多くの中国都市が不合理な都市構造、不便な生活、低効率の経済に悩まされている。

 新しい段階に入った中国の都市化はいま、高密度人口集約への認識を改めて重視し、DID人口やDIDエリアの量と質を向上させていくべきである。これがおそらく都市圏政策の第1の意義であろう。

 都市圏政策のもう1つの重点は、周辺の中小都市である。

 「大都市の居住機能と産業集積の拡張を受け止める空間が、周辺の中小都市である。だからこそ、大都市周辺の中小都市は大都市圏の重要構成部分なのである。大都市は周辺に対し、機能と集積の分散を不断に行い、大都市病の緩和をはかるとともに、大都市圏の範囲を徐々に拡大していく。中小都市は大都市圏の近郊、遠郊あるいは衛星都市へ役割を発揮することを通して、発展の原動力を獲得する」[21]。中心都市と、周辺の中小都市の相互発展を推し進めることが、疑いなく都市圏政策の重要な目標の1つとなる。

 都市圏が「都市圏」と称される、その要因の1つは、普通の都市にはない高度な中心機能をもっていることにある。これにより、都市圏政策のもう1つの重要な目標が、いかにして中心

機能の輻射力を育成強化するか、となる。例えば行政中心機能、交通中枢機能、金融センター、科学技術イノベーションセンター、そして、高等教育、文化娯楽、飲食ホテル、卸売・小売、医療保険など領域の輻射力も軽視できない。

 ここでとりわけ強調したいのが国際交流プラットフォームとしての中心機能である。グローバリゼーションの時代にあって、国際競争と国際交流は国の命運を握る根幹である。1つの国の国際競争と国際交流の水準は、最終的にはその大都市圏の国際性に現れる。しかも、ITとコンテンツに代表される交流経済の重要性は、不断に高まっており、国際交流プラットフォーム間の競争は熾烈をきわめている。大都市圏にとって、国際交流機能の向上は何よりも重要である。

 

5. 都市圏とは何か


 都市圏に関しては、国によって、また時期によって各種各様の定義がある。特に国によって都市人口密度の差異があることも、都市圏の定義が多様であることの1つの重要な原因となっている[22]。しかしながら都市圏に関する定義は概ね、以下の3つの要素を含んでいる。1つは、通勤圏[23]、2つ目は都市空間の一定の連続性、3つ目は一定の人口密度である。

 2012年、OECD(Organisation for Economic Co-operation and Development:経済協力開発機構)とEU(European Union:欧州連合)は都市圏を、新しく定義した。連続性と人口密度上でヨーロッパ、日本、韓国、メキシコの都市圏は、1平方キロメートルごとに1,500人以上の人口をもつ連続した地域、と定義した。アメリカ、カナダ、オーストラリアの都市圏の場合は1平方キロメートルごとに1,000人以上人口をもつ連続した地域とした[24]。OECD-EUはさらに人口が50万人以上150万人以下の都市圏を大都市圏と定義し、人口150万人以上の都市圏は巨大都市圏(Large Metropolitan Area)と定義している[25]

 しかしOECD-EUのこうした定義は、人口規模であれ密度であれ、大規模な高密度人口都市をもつ中国ひいてはアジアの現実にとって、ふさわしいとはいえない。さらに増え続ける超大都市を中心に発展する世界の大都市圏の現況にもマッチしない。

 これに対して、雲河都市研究院は、衛星リモートセンシングデータ解析による都市人口の規模と密度の定量分析に成功した。本報告ではそれを基礎に、1平方キロメートルごとに10,000人口以上の地域を超DID地域と、1平方キロメートルごとに5,000人口以上の地域をDID地域[26]と、1平方キロメートルごとに2,500人以上5,000人以下の人口の地域を準DID地域と、それぞれ定義した。さらに都市圏の定義を準DID以上の、基本的に連続した地域と定めた。

 本報告ではこの定義の基礎に立ち、中国の都市圏を全面的に整理し、2018年に公表した「中国中心都市指数」を土台にし、「中国中心都市&都市圏発展指数」を研究開発した。これについて本報告では後半で詳述する。

 密度と連続性における都市圏に対する統一的な定義も、大都市圏間の国際比較を可能とした。上述した北京大都市圏と東京大都市圏の比較分析は、すなわちこの定義に基づいて実施したものである。「大都市圏が今日、グローバリゼーション下の国際競争における基本単位である」[27]故に、大都市圏の国際比較が極めて重要である。

 もちろん、もう1つ見落とせないことは、大都市圏の中身である。IT革命の勃興に基づき、グローバリゼーションは深化し、世界経済を主導するエンジンは交替し続ける。大都市圏はその多様性と抱擁力とで、様々に主役が入れ替わる主役の舞台となる。

 現代的な都市圏は、現代的な経済を中身とする必要がある。ゆえに今日、都市圏の発展は「交流経済」を抱え込まなければならない。

 

6. リーディング産業の交替


(1) 交易経済から交流経済へ

 今から30年前、平成が幕を開けた1989年、世界の企業時価総額ランキングトップ10企業のうち、7社が日本企業で占められていた。当時、日本の製造業は世界を席巻する存在となっていた。しかし、トップ10に名を連ねる日本企業は製造業ではなくすべて金融、通信、電力の企業であった。中でも突出していたのは銀行で、その数は5行にのぼり、バブル経済の凄まじさを推し量る現象であった。当時、電子産業発展を主導とするIT革命バージョン1.0がすでに興っていたものの、「電子立国」として世界に名だたる日本でありながら、電子関連企業は1社も同ランキングトップ10に顔を出していなかった。世界の企業時価総額ランキングで首位となったNTTは、電話業務を主体とする通信会社で、営業範囲は基本的に日本国内に限られていた。これに対してアメリカのIBMは大型コンピューター業界の巨人として同ランキングで6位を獲得し、かろうじて当時のIT業界の存在感を示していた。

 1995年、マイクロソフトのWindows95が世界をインターネット時代に引き入れた。その後、製造業サプライチェーンのグローバル化からなる交易経済の大発展と並行して、情報技術の開発や、情報コンテンツの生産と伝播のグローバル化を代表とする交流経済も勃興し始めた。

 30年後、平成が幕を閉じた2019年4月末には、世界の企業時価総額ランキングトップ10企業のうち、7社がネット関連のIT企業であった。今日のインターネット経済の強靭さが見て取れよう。もう1つ注目すべきは、中国の2つのネット関連企業、アリババとテンセントがそれぞれ同ランキングで第7位、第8位となったことである。

図29 グローバル企業時価総額ランキングトップ10企業(1989年vs 2019年)
出典:1989年のデータは、アメリカ経済週刊誌(1989年7月17日号)『THE BUSINESS WEEK GLOBAL 1000』による。2019年のデータは雲河都市研究院が世界の各証券取引所の同年4月末データから作成。

 30年前と比較して、これら世界の企業時価総額ランキングトップ企業の規模は、計り知れないほど大きくなった。図29で示されるように、2019年首位だったマイクロソフトの時価は30年前に首位だったNTTの4倍以上である。2019年第2位はアマゾン、第3位はアップル、第4位はグーグルで、それぞれ30年前第2位の日本興業銀行、第3位の住友銀行、第4位の富士銀行の13.2倍、13.6倍、12.4倍となった。世界を市場とするインターネット企業の資金吸収能力は、30年前の国民国家を市場としていた企業とは比べられないほどの大きさになっている。

 世界経済の重心はいま、交易経済から交流経済へシフトしている。このシフトは、都市における繁栄条件をも変化させている。

 改革開放40年来、中国は主に交易経済、すなわち製造業サプライチェーンにおける国際大分業がもたらした輸出貿易により、高度経済成長を成し遂げた。数多くの沿海都市が勃興し、珠江デルタ、長江デルタ、京津冀の三大メガロポリスを形成した。

 上述したように、全国貨物輸出額の74.9%は製造業輻射力ランキングトップ30位の都市に集中していた。図13で示されるように、これら30都市の大多数が広東省、江蘇省、浙江省、福建省、天津など東部沿海の省で、特に珠江デルタ、長江デルタ、京津冀三大メガロポリスに集中していた。1970年代末には漁村だった深圳が、今や〈中国都市総合発展指標2018〉総合ランキング第3位のメガシティに成長した。

 グローバルサプライチェーンは、中国の沿海都市を大発展させたといっても過言ではない。問題は、交流経済がすでに世界経済を引っ張る主要なエンジンとなった今日、交流経済の繁栄条件をどう認識するかにある。交流経済が求める環境をつくり出せるかどうかが、都市の未来、ひいては国の未来の発展を左右する。

図30 製造業輻射力と主要都市機能との相関関係分析

(2) 製造業vs IT産業

 産業をどう発展させるのかが、都市の行政トップにとって最重要課題の1つであろう。リーディング産業のシフトに伴い、都市機能への要求の変化を捉えるため、本報告では、交易経済の主体としての製造業と、交流経済の象徴としてのIT産業の、都市の主要な機能との相関関係について比較分析した。

 〈中国都市総合発展指標2018〉を利用し、本報告では、まず中国298地級市以上都市の製造業輻射力と都市の主要機能の相関分析を行った。

 図30で示されるように、広域中枢機能から見ると、製造業輻射力とコンテナ港利便性との相関係数は最も高く、0.70で「強い相関関係」であった。同輻射力と鉄道利便性、空港利便性との間の相関係数はそれぞれ0.68、0.57であった。

 開放交流の分野で見ると、製造業輻射力と貨物輸出入との相関関係は最も強く、相関係数は0.90にまで達し「完全相関」関係を示した。同輻射力と海外旅行客との相関係数は0.78になり「強い相関」関係が存在した。これと実行ベース外資導入額、国際会議、国内旅行客との相関係数は各々0.65、0.53、0.41となった。

 輻射力の分野で見ると、製造業輻射力と科学技術輻射力、金融輻射力との相関関係は高く、その相関係数はそれぞれ0.77、0.72となり「強い相関」関係が見られた。同輻射力と飲食・ホテル輻射力、卸売・小売業輻射力、文化・スポーツ・娯楽輻射力、医療輻射力、そして高等教育輻射力との相関係数はそれぞれ0.68、0.67、0.65、0.53、0.43となった。

 製造業発展はこのようにたくさんの都市機能の支えを要し、必然的に一定規模の高密度人口を必要とする。製造業輻射力とDID人口との相関係数は0.72と高く、「強い相関」関係にある。

 本報告ではさらに、中国298地級市以上都市のIT産業輻射力と上述した都市機能指標について相関分析した。

図31 IT産業輻射力と主要都市機能との相関関係分析

 図31で示されるように、まず交通中枢機能からみると、IT 産業輻射力と空港利便性との相関係数は0.82と高く、「極めて高い相関」関係にあった。同輻射力と鉄道利便性とコンテナ港利便性の間の相関係数はそれぞれ0.63と0.57であった。製造業輻射力と比べIT産業が求める交通中枢とは相当の開きがある。製造業がコンテナ港利便性を重視するのに対して、IT産業が空港利便性により頼っていることが見て取れる。

 開放交流の分野で見ると、IT産業輻射力と国際会議の相関係数は0.80と高く、両者の間には「極めて高い相関」関係が見られた。同輻射力と海外旅行客、貨物輸出入との相関係数はそれぞれ0.76、0.75と高く、「強い相関関係」があった。実際ベース外資導入額、国内旅行客の間の相関係数はそれぞれ、0.58、0.54であった。ここで特に注意すべきは、製造業輻射力と比べて、IT産業輻射力と国際会議、海外旅行客との相関関係は特に強く、IT産業が典型的な交流経済産業であることを示している。

 輻射力の分野で見ると、IT産業輻射力と飲食・ホテル輻射力、文化・スポーツ・娯楽輻射力、卸売・小売輻射力など生活型サービス産業輻射力の相関関係は極めて強く、その相関係数は、各々0.90、0.90、0.83と高い。同輻射力と医療輻射力、高等教育輻射力の相関係数も0.70、0.70に達した。製造業輻射力と比べて、IT産業輻射力とこれら輻射力の相関関係がさらに高くなっている。こうした現象から、IT産業に関わる人々が製造業に関わる人々と比べて収入が高く、生活サービスと医療サービスへの要求も強いことがうかがえる。それゆえにIT産業が中心大都市に集約する傾向は強い。

 多種多様な都市機能の支えを必要とするIT産業は、当然一定の規模の高密度人口を求める。IT産業輻射力とDID人口との間の相関係数は0.75と高く、「強い相関関係」にある。しかも、製造業よりIT産業が必要とする人口の教育水準などはさらに高い。ゆえに、製造業輻射力と比べ、IT輻射力と高等教育輻射力との相関関係ははるかに高くなっている。

 以上の分析からわかるように、製造業とIT産業が都市機能に求めるものはかなり違う。改革開放以来、中国のほとんどの都市は産業発展の重点を製造業に置き、都市の機能も構造も、開発区の設置など製造業を後押しすることに引っ張られていた。しかし、IT産業に代表される交流経済を育成するためには、まったく違うアプローチが必要とされる。

図32 メインボード上場企業と主要都市機能との相関関係分析

(3) 企業誘致から交流イノベーションへ

 改革開放の前期、中国のほとんどの都市では産業発展は、外部からの企業誘致と直接投資によるものであった。21世紀に入ってから、内生メカニズムの活力が高まり、イノベーションや起業が活発になった。広東・深圳・香港という三大マーケットで上場することが、こうした内生型企業の成功のシンボルとなった。成功した企業の本社機能と都市機能との関係を研究するために、本報告では中国の298地級市以上都市のメインボード(広東・深圳・香港)上場企業数および、主要都市機能との相関分析を行った。

 図5-31が示すように、まず交通中枢機能から見ると、メインボード上場企業と空港利便性との相関係数が最も高く0.87で、両者の間に「極めて強い相関」関係があった。同企業数とコンテナ港利便性、鉄道利便性の間の相関係数はそれぞれ0.70、0.63であった。この分析結果から見ると上場企業の本社機能でいえば、世界との交流往来に、空港利便性が極めて重要であることが見て取れた。

 開放交流の分野で見ると、本社機能は典型的な交流経済であり、メインボード上場企業と国際会議との相関関係が0.91と高く、「完全相関」関係にあった。同企業数と貨物輸出入、海外旅行客、実行ベース外資導入額、国内旅行客の相関係数もそれぞれ0.81、0.72、0.70、0.64であった。これら一連のデータから見ると、上場企業の本社機能と国際交流との関係の重要性がわかる。

 輻射力の分野で見ると、メインボード上場企業は金融輻射力との相関関係が最も強く、その相関係数は0.9に達し、両者は「完全相関」関係にあった。次に、同企業数と、文化・スポーツ・娯楽輻射力、飲食・ホテル輻射力、科学技術輻射力、卸売・小売輻射力との相関係数は、各々0.87、0.87、0.86、0.80で皆「極めて強い相関」関係にあった。ここでとりわけ重視したいのは、上場企業と文化・スポーツ・娯楽輻射力、飲食・ホテル輻射力、卸売・小売輻射力との強い関係である。しかしながら、これら生活文化産業の重要性が、中国ではいまだ十分に認識されていない。

 メインボード上場企業と高等教育輻射力、医療輻射力との相関係数も各々0.72、0.71と「強い相関」関係を示した。上場企業の高等教育人材への需要と医療サービスへの要求を反映する結果となっている。

 都市に企業が誕生して成長し、上場するまでには数々の都市機能の支えが必要である。これには当然、一定規模の高密度人口が必要とされる。メインボード上場企業とDID人口との相関係数が0.85と高く、「極めて強い相関」関係が示されたことも当然であろう。

 メインボード上場企業とDID人口との相関係数は、IT産業輻射力と製造業輻射力に比べて大幅に高くなっている。これは、企業中枢管理機能を効率的に動かすためには膨大なDID 人口を必要とすることを意味する。

(4) 交流経済への転換

 中国では、交易経済から交流経済へのシフトも起こりつつある。珠江デルタを例に取れば、これに属する9つの都市は、「粤港澳大湾区」発展の国家戦略の号令による追い風で勢いが増している。しかしこうした都市の間には交流経済へのシフトに関する差異は相当大きい。

 図13で示すように、上述した全国製造業輻射力ランキングトップ30都市に珠江デルタは8都市もランクインした。深圳は第1位を獲得し、東莞、仏山、広州、恵州、中山、珠海、江門はそれぞれ第3位、5位、6位、11位、13位、19位、30位であった。珠江デルタの貨物輸出額が全国に占める割合は高く28.8%に上った。同地域は製造業、とりわけ輸出貿易を代表とする交易経済において繁栄を極めている。

 しかしながら、図5-15で示すように、IT産業輻射力ランキングトップ30都市の中で、珠江デルタからは僅か3都市がランクインした。深圳、広州、珠海はそれぞれ同ランキングが第3位、第7位、第20位であった。IT産業従業員数から見ると、珠江デルタの全国に占める割合は僅か10.2%で、メインボード(上海、深圳、香港)の上場IT企業数から見ると、珠江デルタは全国の14.5%にすぎない。 

 珠江デルタメガロポリスにおけるIT産業と製造業のパフォーマンスは、相当の差異があることがわかる。

 中国改革開放40年は活力に溢れた時代であった。今日の成果は、グローバリゼーションの恩恵によるものが大きい。珠江デルタ地域は、まさに製造業のサプライチェーンのグローバル展開を受けて成功した典型である。しかし、時代は変化し、いまや世界は交流経済の時代に突入した。IT技術の開発、コンテンツ制作を中心とする交流経済が全世界を席巻し、珠江デルタも例外ではない。

 〈中国都市総合発展指標2018〉の分析によると、中国全土のDID人口比率は30%であるのに対して、珠江デルタ地域のDID人口比率は64.2%にも達している。また、同地域のDID人口も全国のDID総人口の30.9%に達している。すなわち珠江デルタの都市化は全国最高水準にある。しかし同デルタの都市の大半は、交易経済の基礎の上に発展したものであり、人口の大多数が製造業の発展と関係して増えてきた。こうした意味からすると、珠江デルタ各都市の交流経済への転換は簡単ではない。一方で、同地域は中国の工業化そして都市化の先行地域として交流経済への転換が成功すれば、そのモデル効果は絶大である。

 転換の成否を決める鍵は、開放と交流にある。粤港澳大湾区には国際都市の香港と、マカオがある。イノベーション力が強大な深圳、そして包容力の極めて高い中心都市広州がある。同地域が、交流経済発展の潮流の中で、再び大きく跳躍するものであってほしい。


[1] 2009年中国は世界一の輸出大国となった。2019年世界輸出総額ランキングで10位内に入った国と地域は、1位から順に中国、アメリカ、ドイツ、オランダ、日本、フランス、韓国、香港、イタリア、イギリス。

[2] 筆者は早くも2009年の米国ハーバード大学エズラ・ボーゲル教授との対談の中で、輸出と都市化が21世紀以降の中国大発展をもたらした二大原動力だったと指摘。さらにこの時期の中国大発展と日本の高度成長との比較分析を行った。これについて詳しくは『Newsweek』日本語版2010年2月10日号巻頭記事「ジャパン・アズ・ナンバースリー」を参照。

[3] 郷鎮企業の前身は人民公社時代の「社隊企業」。1978年の改革開放以降、社隊企業は急速に発展した。人民公社の解体に伴い、1984年「中国共産党中央4号文件」で社隊企業を正式に郷鎮企業と改称した。その後、郷鎮企業の猛烈な発展に対して、国務院は「国発(1992)19号」および「国発(1993)10号文件」において郷鎮企業の重要性を認めた。1995年には郷鎮企業数は2,460万社に達し、就業人口は1.26億人へと膨れ上がり、中国工業経済の半分を担うに至った。1996年は中国歴史上初めて郷鎮企業を保護する法律「中華人民共和国郷鎮企業法」が制定された。集団企業の形をした郷鎮企業はその後、ほとんどが民営企業と化した。

[4] 農村の余剰労働力の流出を抑制するために、中国政府は農村部における「小城鎮」といった小さな都市集積をつくることを進めた。1978年中国共産党第11回3中全会は「中国共産党中央の農業発展加速における若干の問題に関する決定」を可決し、「小城鎮建設を計画的に発展させ、都市の農村への支援を加速する」とした。1998年、中国共産党第15回3中全会は、さらに「小城鎮発展は、農村経済と社会発展をもたらす大戦略」だとした。これがいわゆる「小城鎮発展戦略」である。

[5] 中国国家発展改革委員会地区計画司と日本の国際協力事業団(JICA、現在名は国際協力機構)は共同で、3年間にわたる中国都市化政策に関する大型協力調査案件を実施した。同調査の成果を公表するため、中国国家発展改革委員会地区計画司、国際協力事業団、中国日報(CHINA DAILY)、中国市長協会による合同主催で「中国都市化フォーラム—メガロポリス発展戦略」が、2001年9月3日に上海、9月7日に広州で相次いで開かれた。両フォーラムで提起された「メガロポリス発展戦略」は、大きな社会的関心を呼び起こした。同調査の責任者を務めた周牧之が、両フォーラム開催を主導した。同調査の内容について詳しくは、中国国家発展計画委員会地区計画司と国際協力事業団による同調査の最終報告書『都市化:中国現代化的主旋律』(湖南人民出版社、2001年8月)を参照。

[6] 「中国都市化フォーラム−—メガロポリス発展戦略」における周牧之の基調報告の主な内容については、2001年9月8日付け『南方日報』、2001年9月12日『人民日報』を参照。同基調報告の全文については周牧之著『歩入雲時代』(人民出版社2010年6月)、pp255-281を参照。

[7] 「第11次五カ年計画」策定担当部署である中国国家発展改革委員会発展計画司が「メガロポリス発展戦略」の策定にあたり、周牧之をはじめとする海外の専門家に助言を求めた。同テーマについて、財務省、国際協力銀行などの協力を得て、日中間で幾度にもわたる意見交換が行われた。これについて詳しくは、日中産学官交流機構報告書「都市創新ワークショップ議事録」、「転換点に立つ中国経済と第11次五カ年計画」、「中国のメガロポリスと東アジア経済圏」、「中国のメガロポリス・ビジョンとインフラ構想研究会」などを参照。

[8] 2006年3月14日に第10回全国人民代表大会第4回会議で批准された「中華人民共和国国民経済と社会発展第11次五カ年計画綱要」を参照。

[9] 第二次世界大戦後、アメリカは大半の時期において世界経済成長への貢献度が最大の国家であり続けた。1991年、1993年と1995年の3つの年度では、中国がアメリカを超えて世界経済成長において最大の貢献国となった。しかし、それでもアメリカは依然として世界経済成長の最大エンジンであり続けた。2001年以降、中国は恒常的に世界経済成長における最大の貢献国となり、その地位は揺るぎないものとなった。

[10] アーバンエリア(Urban Area)とは、一定の建築用地と基礎インフラ用地の水準に達した都市型用地面積である。本報告はアーバンエリアについてEuropean Space Agencyの基準を採用している。

[11] 密度は、都市問題を議論する上での重要なカギである。〈中国都市総合発展指標〉は、5,000人/㎢以上の地域をDID(人口集中地区)と定め、正確で有効な密度分析に努めている。

[12] 2011年3月11日、東日本大震災による原子力発電所の放射能漏れ事故で、日本全国の原子力発電所が全面操業停止となった。この事件で、日本の電源構成は化石燃料火力発電に傾斜し、石炭ガス排出量が大幅に増大した。これにより、2000年−2017年の期間、日本の1人当たり平均二酸化炭素排出量は減るどころかかえって増大した。

[13] 相関関係分析は、2つの要素の相互関連性の強弱を分析した。“正”、“負”の相関関係数が0−1の間で、係数が1に近ければ近いほど両者の関連性は高くなる。0.9−1までを「完全相関」、0.8−0.9を「極強相関」、0.7−0.8を「強相関」、0.4−0.7を「相関」、0.2−0.4を「弱相関」、0.0−0.2を「無相関」という。

[14] コンテナ港利便性は、港湾のコンテナ取扱量(万TEU)、都心から港までの距離(キロメートル)などのデータから算出して作成した。

[15] 空港利便性は旅客取扱量(万人)、郵便貨物取扱量(万トン)、運行数(回)、ダイヤ正確率(%)、滑走路総距離(メートル)、滑走路(本)、都心から空港までの距離(キロメートル)などデータから算出して作成。

[16] ここでのトップ大学とは、いわゆる “211大学”および“985大学”である。“211大学”とは、1995年中国国務院の批准を経て選ばれた中国のトップレベル大学を指す。“985大学”とは、1998年5月4日、江沢民国家主席(当時)が、北京大学創立110周年大会にて、「中国がいくつか世界の先進レベルの一流大学をもつべきだ」と宣言したのを契機に選ばれた大学を指す。現在は211大学、985大学の選定制度はなくなったが、これらの大学が中国のトップレベルの大学であるとの認識は一般的となっている。

[17] 国際トップクラスレストランは、ミシュラン(軒数)、Tripadvisor 国際トップクラスレストラン(軒数)、The Asia’s 50 Best Restaurants国際トップクラスレストラン(軒数)などのデータにより算出し作成。

[18] 都市智力とは、雲河都市研究院が提唱するコンセプトで、都市空間計画、基礎インフラ整備、交通やエネルギーの配備、生活のあり方、生態環境マネジメント、文化教育、開放交流、治安管理、富の分配に至る様々な都市政策と計画を推進する能力を指す。

[19] 詳細は中国国家発展改革委員会「現代化都市圏の育成と発展に関する指導意見」参照(発改計画〈2019〉328号)。

[20] これについて詳細は、中国国家発展改革委員会地域計画司と日本国際協力事業団が編纂した『城市化:中国現代化的主旋律 (Urbanization: Theme of China’s Modernization)』、湖南人民出版社(中国)、2001年8月、周牧之「総論」pp30-31を参照。

[21] 前掲書、周牧之「総論」p27。

[22] 異なる国の異なる時期で、大都市圏の定義は異なる。例えばアメリカでは、1947年に「標準大都市圏(Standard Metropolitan Areas, SMA)」の概念を打ち出した。1959年に「標準大都市統計圏(Standard Metropolitan Statistical Areas, SMSA)」、1983年に「大都市統計圏(MSA :Metropolitan Statistical Area)」へと改称。1990年にMSAが「複合都市統計圏(Consolidated Metropolitan Statistical Area、CMSA)」に改称され、「主要大都市統計圏(Primary Metropolitan Statistical Area PMSA)」と一緒に「大都市圏(Metropolitan Areas, MA)」と総称した。2000年、アメリカはまた「コアベース統計圏(Core based Statistical Area、CBSA)」概念を提起した。イギリスでは、「標準大都市労働圏(Standard Metropolitan Labour Areas,SMLA)」と、「大都市経済労働圏(Metropolitan Economic Labour Area ,MELA)」の概念がおおむね、アメリカの「標準大都市統計圏」と同様である。日本では1960年、東京都および政令指定都市を中心に、通勤通学人口比率を利用して大都市圏とする旨議論された。1975 年には50万人口以上の都市を都市圏の中心都市として考えるようになった。

[23] 「大都市圏(Metropolitan Area)」についてはたくさんの定義がある。その中で比較的簡単な定義は通勤圏である。大都市が近郊や遠郊を構築することにより、通勤距離が20キロメートル、50キロメートル、100キロメートルないしはそれ以上延びる。こうした通勤圏域を大都市圏と呼ぶことができる」。周牧之主編『大転折—解読城市化与中国経済発展模式(The Transformation of Economic Development Model in China)』、世界知識出版社(中国)、2005年5月、p48。

[24] OECD、Redefining “Urban”: A New Way to Measure Metropolitan Areas、OECD Publishing, Paris, 2012

[25] OECD-EUは小都市圏(Small Metropolitan Areas):人口20万以下、中都市圏(Medium-sized Urban Areas):人口20万以上50万以下;大都市圏(Metropolitan Areas):人口50万以上150万以下、超大都市圏(Large Metropolitan Areas):人口150万以上と定義した。

[26] 本報告では超DIDの概念を用いた分析をしていない時は、DID人口には超DID人口部分も含んでいる。

[27] 「グローバライゼーションの意味するところは、グローバル都市圏間の分業、交流、合作、競争関係の激化である。大都市だけが世界の分業、交流が必要とする整った基礎インフラを持ち、大都市だけが十分な集積と集約とで、グローバル都市間競争に参画できる。大都市圏はグローバリゼーション下の国際競争の基本単位である」。前掲書、周牧之「総論」p26。


『環境・社会・経済 中国都市ランキング2018 〈中国都市総合発展指標〉』掲載

環境・社会・経済 中国都市ランキング2018大都市圏発展戦略』

中国国家発展改革委員会発展計画司 / 雲河都市研究院 著
周牧之/陳亜軍 編著
発売日:2020.10.09


【レポート】周牧之:中日比較から見た北京の文化産業 〜中国都市文化・スポーツ・娯楽輻射力2019〜

周牧之 東京経済大学教授

 “2020北京文化産業発展大会”で講演する周牧之教授

編集ノート:“2020年中国国際サービス貿易交易会”の一環として2020年9月6日に行われた“2020北京文化産業発展大会”にて、周牧之東京経済大学教授は、“文化・スポーツ・娯楽輻射力から見た北京の文化産業の発展”をテーマに基調講演した。北京文化産業の発展を総括するとともに、直面する課題を分析し、発展アプローチを模索するヒントを示した。周牧之教授は、同基調講演を基に論文を寄稿した。


1.中国都市文化・スポーツ・娯楽輻射力2019  

 中国都市総合発展指標に基づき、雲河都市研究院は中国全297地級市(地区級市)以上の都市(日本の都道府県に相当する行政単位)のすべてをカバーする「中国都市文化・スポーツ・娯楽輻射力2019」を公表した。北京、上海、成都、広州、武漢、南京、杭州、西安、深圳、重慶が、同ランキングトップ10入りを果たした。北京は他に類がない優位性で首位に立った。

 長沙、天津、鄭州、蘇州、済南、瀋陽、ハルビン、合肥、青島、長春が第11位〜20位にランクインした。福州、寧波、昆明、無錫、南通、太原、石家庄、大連、南寧、南昌が第21位~30位だった。これらトップ30入りした都市のほとんどは、首都、直轄市、省都、計画単列市などの中心都市であった。トップ30で中心都市でない一般都市は僅か3つで、それらはすべて江蘇省の都市である。文化・スポーツ・娯楽産業(以下文化産業と略称)において中心都市の優位が一目瞭然となり、江蘇省の文化の厚みも際立った。

 中国都市総合発展指標は、雲河都市研究院と中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司(局)が共同開発した都市評価指標である。2016年以来毎年、中国都市ランキングを内外に発表してきた。現在、中国語(『中国城市総合発展指標』人民出版社)、日本語(『中国都市ランキング』NTT出版)、英語版(『China Integrated City Index』Pace University Press)が書籍として出版されている。

 同指標の特色は、環境、社会、経済の3つの軸(大項目)で中国の都市発展を総合的に評価したことにある。大項目ごとに3つの中項目を置き、3つの中項目ごとに3つの小項目を置く3×3×3構造となっている。小項目ごとにさらに複数の指標が支えている。“文化・スポーツ・娯楽輻射力”は、こうした指標のひとつである。

 これらの指標は、785のデータによって構成されている。指標はまた、統計データのみならず、衛星リモートセンシングデータ、そしてインターネット・ビックデータから成る。

 輻射力とは広域影響力の評価指標であり、都市のある産業の製品やサービスの外部への移出・移入の力を測る指標である。輻射力が高いと、当該産業が外部へ製品やサービスを移出する能力を持つ。輻射力が弱い場合は、都市は当該産業の製品やサービスを外部から購入しなければならない。


2.文化産業における北京の比類なき優位性

 “中国都市文化・スポーツ・娯楽輻射力2019”は、「収益・フロー」、「劇場など資産」、「人材資源」の3つのカテゴリーから成る。

 まず、「収益・フロー」から見ると、同輻射力トップ30都市の文化産業の営業収入合計は、全国の67.9%を占めている。つまり、297都市中上位10%の都市は、全国の文化産業営業収入の7割を稼いでいる。文化産業の上位都市への集約度は非常に高いことが伺える。なかでも首位の北京は、同営業収入における全国のシェアが24.8%にも達している。一つの都市が全国の文化産業営業収入の4分の1を占めたことは、北京の際立った優位性を示している。

 「収益・フロー」を構成する一部データから、さらに深く見ていくと、映画館・劇場のチケット収入では、トップ30都市の合計が全国の54.5%に達し、北京が全国の5.7%を占めている。映画館・劇場の観客数では、トップ30都市の合計が全国の52%に達し、北京が全国の4.5%を占めている。博物館・美術館の来場者数では、トップ30都市の合計が全国の46%に達し、北京が全国の6.9%を占めている。

 また、「劇場など資産」から見ると、同輻射力トップ30都市の文化産業資産総額の合計は、全国の72.3%を占めている。とくに北京は全国の26.4%と、4分の1超のシェアを誇っている。

 「劇場など資産」を構成する一部データから、さらに深く見ていくと、映画館・劇場では、トップ30都市の合計が全国の34.9%に達し、北京が全国の2.7%を占めている。美術館では、トップ30都市の合計が全国の46.8%に達し、北京が全国の6.4%を占めている。博物館では、トップ30都市の合計が全国の38.6%に達し、北京が全国の3.4%を占めている。公共図書館蔵書量では、トップ30都市の合計が全国の53.7%に達し、北京が全国の6.6%を占めた。重要文化財に至っては、トップ30都市の合計が全国の84.2%に達し、北京が全国の46.6%をも占めている。

 さらに、「人材資源」から見ると、同輻射力トップ30都市の文化産業従業者数の合計は、全国の53.3%を占めている。北京の全国に占めるシェアは12.8%であった。

 なぜ北京は文化産業において全国12.8%の従業者数で、24.8%の営業利益を稼ぎ出すことが出来たのか?

 その理由のひとつは、同産業における北京の強大な資産力にある。これは全国に占める北京の文化産業での資産総額と営業収入のシェアが同じで、ほぼ4分の1に達していることから伺える。

 より重要なのは、文化産業におけるトップ級の人材が、北京に集中していることである。これは「人材資源」を構成する一部データから見て取れる。国家一級俳優では、トップ30都市の合計が全国の95.9%を総占めし、とくに北京が全国の63%を占めるに至った。国家一級美術師では、トップ30都市の合計が全国の75.1%に達し、北京が全国の37.2%を占めている。矛盾文学賞の受賞者では、トップ30都市の合計が全国の91.7%にも達し、北京が全国の47.9%と約半分を占めている。オリンピック金メダリストに至っては、トップ30都市の合計が全国の68.3%に達し、北京が全国の5.7%を占めた。

 以上のデータから伺えるのは、北京がまさにスーパースターの煌めく大舞台となっていることである。これらスーパースターと、良質な資産力をもって、北京は中国最大のエンターテイメントメーカーと相成っている。


3.中日比較:文化産業と観光産業の相互発展

 2018年3月、中国は文化・旅遊部(省)を設立し、文化と観光両産業を一つの部門で管理することとなった。これは、文化と観光という二つの産業の相互発展を促す重要な措置である。

 中国の文化と観光両産業の相互発展の状況を分析するために、本論は「中国都市総合発展指標」を用い、全国297地級市以上の都市の“文化・スポーツ・娯楽輻射力2019”と海外旅行客数との相関関係を分析した。その結果、両者の相関係数は僅か0.55に過ぎなかった。

 相関分析は、二つの要素の相関関連性の強弱を分析する手法である。係数が1に近い程、二つの要素の間の関連性が強い。相関係数が0.55であることは、両者の関連性がそれほど高くないことを意味する。

 本論はまた、日本の47都道府県の“文化・スポーツ・娯楽輻射力2019”と海外旅行客数との相関関係を分析した。その結果、両者の相関係数は0.82に達した。相関係数が0.8−0.9になると、「非常に強い相関」とされる。つまり、日本では“文化・スポーツ・娯楽輻射力”が強い都市で、インバウンドも盛んである。

 上記の中日相関関係の分析から伺えるのは、日本ではすでに文化産業と観光産業において、相互発展の局面が形成されているといえよう。これに対して、中国では文化産業と観光産業の間の連携がまだ乏しい。

 戦後、製造業の輸出力を伸ばすことで経済大国に上り詰めた日本は、2003年に突如「観光立国」政策を打ち出した。同年、日本の海外旅行客数は僅か521万人で、世界ランキング中第31位に甘んじていた。

 立国政策にまで持ち上げられた日本の観光産業はその後、猛発展を遂げた。2009年には、海外旅行客数は3,188万人に達した。

 2003年から2018年までに日本の海外観光客数は5倍も伸びた。その間、海外諸外国の同伸び率は其々、ドイツは1.1倍、中国とアメリカは共に0.9倍、スペインとイギリスは共に0.6倍、フランスは僅か0.2倍であった。

 日本ではインバウンド政策が奏功した。海外観光客数世界ランキングにおいても日本は、2003年の第31位から2018年の第11位へと、15年間で20カ国を飛び越える躍進ぶりだった。

 相関関係分析の中日比較で、もう一つの違いが明らかになった。中国の海外旅行客数と国内旅行客数との相関係数は僅か0.45であり、両者の間の関連性は低かった。つまり、国内旅行客が大勢詰めかける都市は必ずしもインバウンドの盛んな地域ではなかったのだ。世界に大勢の海外観光客を送り出している中国で、海外観光客と国内観光客の地域嗜好の違いが大きいことは、実に考え深い。

 これに対して、日本では海外観光客数と国内観光客数の相関係数は0.87に達し、「完全相関」に近い。すなわち海外観光客も国内観光客もほぼ同じ地域嗜好になっている。これは興味深い発見である。

 もちろんこうした違いをもたらした一つの理由は、中国大陸に訪れた海外観光客数の中に、香港、澳門(マカオ)、台湾省の華僑のデータが含まれていることにある。彼らは頻繁に広東省、福建省の沿海の都市を往来している。このような統計コンセプトの特色も、中国における海外観光客数と国内観光客数の二つのデータの「関連性」の低さを助長している。


4.文化産業との関連性比較:IT産業VS 製造業

 本論はさらに全国297地級市以上の都市の“文化・スポーツ・娯楽輻射力2019”と“製造業輻射力”との相関関係を分析した。その結果、文化産業と製造業との二つの産業の輻射力の相関係数は、僅か0.43で、関連性は低かった。

 日本の47都道府県の“文化・スポーツ・娯楽輻射力2019”と“製造業輻射力”との相関関係も分析した。その結果、両者の相関係数は−0.5であった。つまり、日本では文化産業と製造業との関連性が低いどころか、むしろ相互離反していた。

 改革開放初期、中国では投資誘致のために各地でコンサートやフェスティバルを盛んに開催していた。これについて当時、上海浦東開発の責任者を務めていた趙啓正氏は批判的であった。同氏曰く、「文化人や芸術家が来ても投資しない。企業家が来てもコンサートには足を運ばない」。製造業がメインだった当時、これは冷静かつ正確な判断であった。

 しかし現在、中国経済を牽引するIT産業では、文化産業との関係において異なる風景が見えてくる。全国297地級市以上の都市の“文化・スポーツ・娯楽輻射力2019”と“IT産業輻射力”との相関関係を分析した結果、両者の相関係数は0.94にも達し、「完全相関」関係を示した。

 本論はまた、日本の47都道府県の“文化・スポーツ・娯楽輻射力2019”と“IT産業輻射力”との相関関係を分析した。その結果、両者の相関係数は中国以上に高く0.97であった。

 上記の分析からわかるように、中国にしろ日本にしろIT産業はおしなべて文化産業が発達した都市に身を置いている。IT産業と文化産業はまるで一蓮托生である。


5.北京都市圏VS東京都市圏

 中国では北京の文化産業輻射力が他の追随を許さない優位に立っている。故に、世界のトップクラスの都市と比較しなければ真の意味での課題をあぶり出すことはできない。

 今日、ロンドン、ニューヨーク、パリ、東京といった世界都市では、文化産業がすでにIT産業、金融産業、イノベーション、高等教育、企業本社機能といった交流経済を惹きつける魅力の源泉となっている。とくに、これらの世界都市においては、文化産業と観光産業が相互に刺激し合う大きな存在となっている。

 本論は、東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県からなる“東京都市圏(以下東京圏と略称)”と、北京市の行政エリアを都市圏として捉えた“北京都市圏(以下北京と略称)”とを、比較分析する。

 北京は面積では東京圏と比べ20%大きい。これに対して、常住人口では東京圏の60%に過ぎず、GDPに至っては東京圏の30%しかない。しかし、北京の二酸化炭素の排出量は、東京圏より20%も多い。

 さらに一人当たりの指標で比較すると、北京の一人当たりGDPは東京圏の50%であるにもかかわらず、一人当たり二酸化炭素排出量は東京圏の2.1倍にも達している。単位GDP当たりエネルギー消費量に至っては、北京は東京圏の7.4倍である。

 こうした比較から、産業構造、エネルギー構造、都市構造そして生活様式において北京は東京とはまだ大きな開きがあることが伺える。なかでも、北京の文化産業および観光産業は相互発展の局面には至っておらず、経済社会における比重のまだ低いことが、一つの要因である。その意味では、北京が世界レベルの文化観光都市へと転換することこそ、未来のあるべき姿だろう。

 北京の海外旅行客数は2019年、東京圏の14%に過ぎなかった。且つ、その統計には56万人の香港・マカオ・台湾省の華僑のデータも含まれている。2000年から2019年までの北京の海外旅行客数は282万人から377万人へと34%増加した。この間、東京都に限って言えば海外旅行客数は418万人から1,410万人へと膨れ上がり、237%もの増加を見せた。東京は千客万来の世界都市へと、華麗なる変身を果たした。

 海外旅行客が東京にもたらした巨大な利益は、インバウンドの消費だけではない。さまざまな理由で訪れた海外観光客は、IT産業のような交流経済に大きな刺激を与えている。東京が日本においてIT産業で圧倒的なパワーを誇るのは、こうした交流経済における利便性が大きな一因であろう。

 上記の分析から、海外旅行客の数にしろ増加率にしろ、北京は東京に比べ、なお大きな隔たりがあることが分かった。北京が如何にして世界にとってより魅力ある文化観光都市へと変貌を遂げていくのかが、大きな課題である。

 魅力ある国際都市になるには、世界に通用する理念とロジックおよび手法とで、自身の文化の特色を演出するべきである。

 例えば、“食”は、重要な交流の場でもある。世界的に見てもIT産業が発達した都市のほとんどは美食の街でもある。北京では数多くの中国の特色ある著名なレストランがある。しかし、国際的にトップ級のレストランの数は、東京圏の10%しかない。この点、東京都内では現在、ミシュランの星付きレストランが219軒にものぼり、世界で最もミシュランレストランが密集する都市となっている。しかも、これらレストランの65%は和食で、シェフの多くが海外で修行した経験を持つ。優秀なシェフはグローバルな経験をして和食と洋食のフュージョンを起こしたが、同化は起きていない。和食が現在、世界に歓迎されている要因の一つには、外で得た見識を持ちながら自身の文化的特色を引き出すシェフ達の存在がある。

 世界を理解する努力と、世界に自身を理解してもらう努力とを、同時に行っていかなければならない。これが、世界都市への道のりには、欠かせない認識である。


「中国網日本語版(チャイナネット)」2020年9月22日

【対談】横山禎徳 Vs 周牧之(Ⅰ):コロナ禍で、如何に危を機にしていくか?

編集者ノート:新型コロナウイルスパンデミックで、世界の都市がロックダウンに揺れている。人々はグローバリゼーションの行方を憂いている。今後のビジネスのあり方やサプライチェーンの将来などについて、周牧之東京経済大学教授と横山禎徳東京大学総長室アドバイザーが対談した。


1.グローバルサプライチェーンはどこへ向かうのか?

 周牧之新型コロナウイルスパンデミックが、グローバリゼーションにどう影響を及ぼすのかについて、関心が高まっている。グローバリゼーションには様々な側面があるが、サプライチェーンはその重要な1つである。

 20年前、私はサプライチェーンのグローバル的拡張が、中国で長江デルタ、珠江デルタ、京津冀にグローバルサプライチェーン型の巨大な産業集積を形成し、その上に三大メガロポリスが出現すると予測した。私の予測は見事に的中し、現在上記の3つの地域に巨大規模のグローバルサプライチェーン型産業集積が出来上がった。三大メガロポリスは、中国の社会経済の発展を牽引するエンジンとなっている。

 しかし新型コロナウイルスショックで、グローバルサプライチェーンは寸断され、さらに米中貿易摩擦やアメリカ政府による企業の呼び戻し政策が追い打ちをかけ、三大メガロポリスがベースとなる産業集積の様相に異変が起こっている。

 横山禎徳グローバリゼーションを補完する概念としてリージョナリゼーションがある。例えば、グローバルに人気のあるドイツの自動車を支える企業群は、バイエルン州に集中していて自動車のエコシステムをしっかりつくっており、州政府もそのシステム育成に注力している。日本でもトヨタの三河、ホンダの栃木などがその例だ。グローバルなサプライチェーンの展開を現在も補完している。多くの製造業のサプライチェーンにおいて同様の傾向がある。リージョナリゼーションがしっかり確立しているから逆説的にグローバルなサプライチェーンを展開できるといえる。

 一方、ナショナリゼーション、あるいはナショナリズムはグローバリゼーションの対立概念だ。それは国家権力と結びつく。すなわち、グローバリゼーションを規制する法律があり、強制力もある。今回のCOVID-19は、グローバリゼーションの一側面として人の自由な移動が世界的蔓延につながったが、その防護として移動制限、入国禁止という国家権力が発動されたのはご存知の通りだ。

 日本は戦後、国家権力の強大化に対する不信というか、アレルギーがあり、中央政府は国民に対して要請はできても命令はできない。その結果、リージョナリゼーションが明確に表れてきた。今回、COVID-19に対する拡大防止として主要な県の知事が独自の対策を打ち出したのがその例だ。

 ひと昔前は、サプライチェーンは国民国家の中に留まっていた。いま横山さんが挙げた例にもあるように、日本のある自動車メーカーのサプライチェーンは、ほぼ半径50キロメートル内に収まっていた。サプライチェーンがグローバル的に拡張する時期は、ちょうど中国の改革開放期と偶然に一致した。その結果、中国はサプライチェーンのグローバル展開の受け皿となり、大きな恩恵に預かった。中国の輸出規模は、2000年から2019年まで10倍に膨らんだ。

 サプライチェーンのグローバル展開を推し進めた三大要因として、IT革命、輸送革命、そして冷戦後の安定した世界秩序から来る安全感が挙げられる。

 グローバルサプライチェーンは、西側工業諸国の労働分配率の高止まりを破り、地球規模で富の生産と分配のメカニズムを大きく変えた。

 中国の経済発展は、グローバルサプライチェーンによってもたらされた部分が大きい。それゆえ2007年に出版された拙著『中国経済論』の中で、第一章を丸ごと使い、中国経済発展とグローバルサプライチェーンとの関係を論じた。

 しかし近年、中国とグローバルサプライチェーンとの関係に多くの摩擦が生じた。

 まず、国際資本にとっては益々強くなってきた中国政府による介入に対して不安感が生じた。日本は早くから、「チャイナプラスワン」の政策を打ち出し、企業の中国以外の国・地域へのサプライチェーンの展開を奨励した。第二には知財保護の問題がある。実際、米中貿易摩擦の焦点の1つも知財問題である。第三に、中国での労働力、土地、税金などコストがかなり上昇したことである。

 当然、アメリカの産業空洞化も大きな圧力となってきた。これが、トランプ大統領を当選に導いた主要な社会基盤でもあった。

 横山中国はあまりにも巨大になった。グローバリゼーションという言葉が出てきたとき私は、それは世界のアメリカ化だ、と言った。1960年代に最もグローバルだった銀行は、アメリカのチェース・マンハッタン・コーポレーション。頭取のデイビッドロックフェラーが、中国へ行き周恩来首相と握手する写真が、当時日本の新聞でも頻繁に取り上げられた。チェース・マンハッタン・コーポレーションはグローバルな銀行だと思っていたが、それは、Americanization of the Globeに乗った形の拡大だった。アメリカーニゼーションが縮むと、この銀行の世界展開も縮んだ。アメリカはいま本当の意味でのグローバリゼーションを身につけなければならないところに、中国が台頭して来た。Chinaization of the Globeになるのではないかと敏感になっている。米中双方がリアクティブに反応しているところが様々な面に影響している。サプライチェーンも同様だ。両国ともナショナリズムの影を引きずったグローバリゼションから脱却する努力をすべきだ。

 すでに述べたようにグローバリズムの補完概念はリージョナリズムだと思っている。リージョナリズムはグローバリズムとともに永遠に存在しているだろう。しかしナショナリズムはグローバリズムに対立するという意味で厄介な思想だ。中国がナショナリスティックに動き、それが国家干渉として出てくると皆は困惑する。中国政府はもうそろそろ干渉をやめた、と外に分からせた方がいい。しかし、アメリカの現政権がナショナリズムになっているので状況はややこしくなっている。

 日本も保護主義といわれ実際保護してきた。それを緩めたときに知財の国外流失につながった。当然中国の緩め方は簡単ではない。知的財産が一部の分野で優位に立ち始めた中国から流れ出て行く可能性がある。ある意味、皆同じ土俵に立ってしまった。中国が干渉しない、といえば様々な意味で世界的な安心感が出てくるだろう。

 ナショナリズムは対立的な主張だ。アメリカにいまある程度ナショナリズムが出ていることの理由は、産業が空洞化したからだ。トランプ大統領が登場した背景には製造業の落ち込みがあった。しかし、なぜうまくいった中国でナショナリズムが前面に出ているのか?

 横山恐らく自分たちへの自信、矜持の回復が、近年の予想以上の大きな成功によりオーバーに出てしまったのではないか。

 中国は2001年のWTO加盟後に急成長した。長い間苦労を重ねた後に成功して初めて自信を得た。しかし世界にはその自信が受け入れられない、という忸怩たる思い、反発だろうか。

 横山それはどこの国もそうだった。日本以前に、アメリカも同様だった。アメリカがアメリカらしくなったのは1950年代だ。アメリカが世界の債権国になったのは第一次世界大戦後1930年代で、それまでヨーロッパがあらゆる意味で世界のセンターだった。新興国のアメリカの人たちは皆ヨーロッパで勉強していた。美術も音楽も超高層建築もアメリカらしいものが出てきたのは1950年代。ノーベル賞受賞者数も膨れ上がった。当時ヨーロッパからアメリカはアグリーアメリカン(Ugly American)といわれた。日本は1980年の半ばごろアグリージャパニーズ(Ugly Japanese)といわれた。いまや中国がアグリーチャイニーズといわれそうになっている。

 世界に認められるのは時間がかかる。そこに、自分の特色と、世界が何を求めているのかを察知するセンスが必要となる。

 横山例えば、中国はデジタル化が強い。日本は文化的な伝統なのだろうが、アナログが強い。例えば、四季の移ろいに敏感だが、まったくアナログの世界だ。昨日まで夏で今日から秋というわけにはいかない。「秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる」という9世紀初頭の和歌がその典型だ。

 日本には日本のやり方があり、製造業に限っていえば、実は日本の生産性は向上している。問題は就業人口の70%を占めるサービス業だ。この生産性は長年停滞している。2000年頃、日本はサービス業に限ると生産性はアメリカの三分の二程度であった。毎年生産性を5%程度向上しても当時のアメリカに追いつくのに15年かかる計算だった。驚くことに20年経った今も状況はそれほど変わっていない。これらはリージョナリズムの問題だ。これら多くのサービス業はグローバルな競争にさらされていないということだ。伝統的なリージョナル発想の業態のままでいる。グローバリゼーションの補完概念として機能するとはどういうことかがまだよく分かっていないのだ。

 例えば、日本のサービスは良いと思われているが、それは「昭和のサービス」でしかない。時代遅れでしかなく、必ずしも顧客が喜んでいないことに気が付いていない。「悪い」サービスではないから、顧客は何もいわない。従って、自己満足になっていて、顧客が評価しているかどうかに敏感ではない。こういうことに中国で行われているデジタル化を採用すれば、生産性の向上で労働時間の短縮になるだけでなく、その浮いた時間で個別顧客が満足しているかということに目を向けるようになり、独りよがりのサービスに気が付くきっかけになるだろう。

 リージョナリズムとグローバリズムが並存していることが、互いを健全化させていく。これに対して、ナショナリズムを前面にした対立的主張は有害だ。

 横山新型コロナウイルスに関していえば都市、国境の封鎖となっていくと、国が干渉するという形になってきて、ナショナリズムが広がる契機にもなり得る。ただし、これは、いずれ収まると思う。技法の共有やサンプルサイズの拡大など各国が共同で対応したほうが効果的であることに気が付くからだ。特に、最も求められている治療薬やワクチンはどこの国から出てくるか予想はできない。そして、開発に成功した国は自国優先ではなく、グローバルな供給体制を早急に確立することを求められ、もし、開発資金の欠如があるのであればグローバルなファイナンス機能が活用できる。 

 

2.製造業の交流経済化

 周いま中国では、アメリカの製造業の自国回帰を推し進める政策について、様々議論を呼んでいる。サプライチェーンに関心をもつ経済学者として、私はトランプ大統領がこのような政策を打ち出さなくても、製造業の先進諸国へのある程度の回帰は発生すると思う。

 歴史的に見ると、サプライチェーンのグローバル化は農産物から始まった。古代の東西貿易の主なアイテムはシルクにしろ、胡椒、綿花、砂糖、茶にしろ、農産物をベースにしたものが多い。他の地域からこうした農産物を獲得することが大航海の原動力であった。その後、食のサプライチェーンはグローバル化の一途を辿った。

 私の故郷、湖南省は稲作文明の発祥地とされている。典型的な自給自足経済であった。ほぼすべての食品は自分で生産したか、あるいは周囲から調達したものであった。フードチェーンは短く、かつ可視であった。

 横山隋の煬帝が大運河で南のコメを北へ持っていこうとした。なぜ、気候も温暖で食料も豊かな南部ではなく、北部に首都を構えたのか私には理解できないが、結果的に、後世に素晴らしい物流ネットワークを残したのは良かったのだろう。

 中国の国土は、北は雨量が少なく、南へ行くに連れて湿潤になっていく。よってその国土は、北方に騎馬民族エリア、小麦をベースにした北部農耕地帯があり、そして南部には稲作地域が広がる。稲作は生産性が高く安定している故に自給自足経済になりがちだ。あまりにも豊かで、小さいエリアで小さい幸せに満足する(笑)。帝国的な軍事力にも政治力にも興味が湧かない。それに対して、北部は、天候に収穫が大きく左右される。騎馬民族の南下にも常に翻弄される。騎馬民族と混ざった軍事的なパワーが巨大化し、王朝交代の原動力になっていく。それゆえに、統一王朝の首都のほとんどは、北部に構えた。

 コメは北部になかったから元も明も清も、運河でコメを北へ運んでいた。新中国では鉄道を使った。私の幼い時は北から石炭を南へ、南からコメを北へ鉄道で運んでいたのをよく目にした。あまりにも北にコメを持って行かれたので、コメの産地湖南省も食糧難に陥ったことさえあった。

 しかし、いまや中国の南の人々も、日本と同様、全国から、さらには世界から食の調達をするようになった。フードチェーンそのものの可視化が不可能となり、追跡もできなくなった。

 日本も典型的な稲作文明で、農村の原風景は湖南省によく似ており自給自足の世界であった。しかし、いま日本の食料供給は、カロリーベースで60%以上を輸入に頼っている。

 横山一方、金額ベースでは輸入依存度は30%程度である。ということは、日本人は値段が高くてあまり栄養のないものを好んで食べているということだろうか。しかも、近年、1人当たりのカロリー摂取量は2,000キロカロリーを切った。OECD諸国では最低である。しかも、輸入食糧を含めて1人当たり、毎日500キロカロリー以上を捨てている。

 そのようなネガティブな面もあるのだが、全体として食のサプライチェーンのグローバル展開は、食の供給の効率を大幅に高めた。しかしこれは、小作農を主体とした日中両国の農村、農業、農民には大きな打撃となった。海外から非難を浴びながら、日本政府は農業の保護政策を続けてきた。1961年に施行された農業基本法も、生産性向上よりは直接的な農家保護に重点があった。それにもかかわらず、というか、生産性向上による競争力の強化がされないまま、日本の農業も輸入食品に圧迫され、大いに苦しんでいる。より深刻なのは、輸入食品の安全管理が困難を極めることである。

 近年、ネットの発達によって、日本では農家が直接消費者と取引するケースが増えてきた。戦後、農産品供給の規模化と効率化を推し進めてきた農協や、スーパーマーケットなどがスキップされる現象が起こっている。コロナ禍で、こうした傾向がさらに強まっている。

 横山スーパーマーケットによる契約農家の効率よい管理を基盤に、国の安全基準を満たし、見てくれのいい大量販売の作物よりも、契約農家が自分の家族に食べさせている作物がみてくれがわるくても、一番安全で味もいいことに消費者が気付き始めた。

 “つくり手が見える農業”は農業生産の上に、コミュニケーション、信頼、品質そして感性まで含まれている。これは農産品の付加価値を高めただけでなく、農業自体をさらに魅力的にしている。近年、農学部に進学する女子学生の割合が日本で増えてきた。まさしく若い人たちによる農業への回帰である。

 横山農業はシステムである。そのシステムがいま生産、加工、消費が連動し、様々な組み合わせで変わろうとしている。しかし、それを、「いわゆる第6次産業化が進んでいる」と捉えるべきではない。「第1次、第2次、第3次産業を一体化し第6次産業化して付加価値を生む」とは言葉だけで具体的な方法論がない。

 「産業」という伝統的な分類に固執せず、産業を横串を通した「社会システム」として発想すれば、付加価値創造の可能性が大量に見えてくる。第6次産業ではなく、食糧供給システムとして捉えるべきだ。現在の漁業もハンティングから「栽培」に変わらないと資源の維持管理ができない。そうなると農業も漁業も同じ食料供給システムという効率的でありかつ多様性を生かすプロセスに乗るのである。

 製造業の生産と消費においても同じ現象が起こっている。

 従来、製造業のサプライチェーンの中で、企業間の交易において、外に出さない、出せない暗黙知が多かった。暗黙知をシェアするため濃厚な企業関係が必要だった。企業間は長期的な協力関係や資本提携のもとに、ピラミッド的な世界をつくり上げた。IT革命が、デジタル化と標準化を進め、暗黙知の比重を大幅に下げてきた。これにより、企業間のやり取りに必要とされる時間、コストが減少した。さらにモジュール生産方式が、デザインルールを公開し、サプライチェーンにおける競争が世界規模で行われるようになった。よって、サプライチェーンは、暗黙知の束縛から解放され、地球規模での展開が可能となった。

 サプライチェーンにおける企業関係も従来の緊密なピラミッド型から、ネットワーク型へと変化した。これで途上国もグローバルサプライチェーンへの参加が可能となった。中国をはじめとする途上国の参入は、工業製品の価格を大幅に下げた。

 こうした暗黙知を最小限に抑えたグローバルサプライチェーンは、典型的な交易経済である。

 しかし時代は常に変化する。消費者は、低価格よりもますます感性、個性、そして生産者とのコミュニケーションを重視するようになってきた。これを可能にした背景には、モジュール生産方式が新たな段階に入ったことがある。

 モジュール生産方式は、非熟練労働者の組み立てなど工業生産活動への参加を可能にした。これは、製造業サプライチェーンの基礎であり、発展途上国の新工業化の前提条件であった。

 しかし、いまやモジュール生産方式が進化し、個性的なデザインと連動することが可能となり、多様化、個性化の少量生産が実現できた。消費者と、生産者とのコミュニケーションによって、個性と感性の豊かな製品が作られるようになった。

 横山モジュール対すり合わせの議論があり、日本はすり合わせが得意ということになっている。まさにデジタル対アナログの議論と似ている。しかし、実は歴史的にみると、日本はモジュール生産方式が発達している。例えば、日本の在来工法による住宅はモジュールで出来ている。木割りという伝統的な基準がある。例えば、部屋の広さは三尺対六尺が基本モジュールだ。部屋の内法はどの住宅でも同じになるように部材の寸法が決まっている。従って、畳はどこで誰が作ってもピタッとハマるようになる。住宅というモジュールがあったから、畳だけを専門的に作る。従って、技術に習熟した職人が存在し、住宅の質の維持向上に貢献した。

 自動車の個性的な注文と流れ作業との組み合わせを、いち早く実現させたのも日本のメーカーだった。いわゆるマス・カスタマイゼーションの実現だ。

 横山製造業に関してトランプ大統領は、サプライチェーンがシステムとして出来上がっていることがわかっていないと思う。他所にあったものをアメリカに持って行ってもすぐ動くわけはない。サプライチェーンはエコシステムとして有機的に連携したシステムとして時間をかけて組み立てられている。一朝一夕にはでき上らない。

 未来の製造業はこのように想像できる。一方で、半導体チップやセンサーなどコアモジュールはこれまで同様、グローバル的な供給となるだろう。日米の企業は現在、これらの分野で高い優位性を誇っている。他方で、一部の最終製品生産者は、これらのモジュールやディバイスをベースに、ユーザーとコミュニケーションを重ね、個性のある商品を提供するよう進化する。暗黙知を最小化してきた旧来のグローバルサプライチェーンは、ここにきてコミュニケーションを重視する方向へ付加価値を高めるようシフトすれば、これは先端製造業の交易経済から交流経済への転換である。

 横山西山浩平というマッキンゼーの後輩がいて、「エレファントデザイン」という企業を興し、消費者参加型の商品化コミュニティサイト「空想生活」を作った。例えば、こんな電子レンジが欲しいという意見を消費者から集め、コーデネートして、いいなと多くの参加者が思うスペックを導き出し、欲しい人の数がメーカーが受けることのできるロットサイズに達すると、製造を依頼する。大きくは伸びていないが30年くらい続けている。

 消費と生産がやり取りするような現場が増えていくだろう。特に若い人たちの消費パターンをみると個性、感性を求めている。これを満足させるためには大量生産の画一規格では収まらない。

 日本のサービス産業は効率が悪いといわれるが、効率が価値であると同時にわがままも1つの価値だ。サービス業も農業も製造業もそういう時代になってくる。

 横山値段の高い寿司屋のようなものだ。日本では、効率も生産性も悪そうだがやっていくという分野がある。それは一種のリージョナリズムだ。そのような効率の悪いサービスが成り立つだけの価格付けをするから生産性がひどく悪いわけではないし、価値を評価してその高い価格に対してお金を払ってくれる顧客がいるから存在できる。そのような寿司屋を評価して日本に来たら寄ってくれる外国からの顧客もできる。リージョナルだからグローバルになるという逆説だ。

 その意味では、目下製造業の先進国への回帰は、その一部分は消費者へより近づく市場への回帰だ。製造業最終製品の生産はますます個性化、ローカル化が進むだろう。トランプ大統領の呼び戻し政策がなくても新型コロナウイルスショックがなくても、こうした製造業の回帰は起こる。これは、製造業が交易経済から交流経済へと進化する流れの一環だ。

 横山中国でも製造コスト、人件費が上がり、生産ロケーションとしての旨味がなくなっている。超ハイテク部分は、ロケーションが重要ではなくなってきている。半導体製造の最先端では「Copy exactly」が最重要になっている。基幹工場の製造プロセスと隅から隅まで全く同じプロセスを持った工場であることが大事で、そうでないと歩留まりなどの生産性が落ちるのだ。それだけでなく、何故そうなるのかを見つけるのも大変なのだ。その作業を省く意味がある。従って、それが世界のどこにあるかは二次的な要素になってきている。そういう意味からもここ数年のうちにアメリカや日本に帰ってくるものもあるだろう。

 2000年から2018年までに、上海の平均賃金は9.3倍に、蘇州、広州はそれぞれ8倍、6.3倍に跳ね上がった。2000年の時点ですでに比較的高かった深圳の平均賃金も、4.8倍になった。安い賃金をベースとした、従来の製造業発展パターンは中国では難しくなった。

 一方、「世界の工場」とはいえ、半導体は輸入に頼っている。中国では現在、半導体輸入の金額が石油輸入のそれを超えている。目下、米中貿易摩擦の焦点の1つは、アメリカが最先端のチップを華為(ファーウェイ)など中国のハイテク企業には売らないと迫ってきていることにある。

 半導体の生産はますます限られた企業しかできなくなり、これはグローバル的調達でずっと行く。

 横山ハイテックの分野では製造現場での人件費よりも、研究開発や設備投資のコストをコントロールすることが重要になってきている。自然な流れとして製造設備の固定費を持たないで研究開発と設計に特化するファブレスが出現した。

 台湾の台積電(TSMC)は世界で初めて、半導体の設計と生産を切り離し、生産だけに専念した。いまやいわゆるファウンドリチップ最大手となった。それによって工場を持たない半導体設計に特化したファブレスが開花できた。

 ファーウェイの子会社、海思半導体(ハイシリコン)が、なかなかいいチップを開発している。設計に特化し、生産はTSMCに委託している。今度、アメリカはこの両者の受託関係にもストップをかけてきたので、ファーウエイはピンチに追い込まれている。

 横山ノンデジタルな技術の大切さも重視しなければならない。例えば光学系だ。レンズはデジタル化がやりにくい。アナログとデジタルの境目にある。ソニーはその強みを自覚し、自分たちの強いことをやろうと決断したようだ。デジカメやスマホのカメラに使われるイメージセンサーでは50%以上のシェアを持っている。

 デバイスを作っている会社はグローバル的にサプライするだろう。最近、私はオゾンの殺菌能力に着目し、オゾンによる「3密問題」解消を提唱している。低濃度のオゾンでも、十分な不活化力がある。ただし、濃度が高くなると、不快感を生じることもある。そのため有人環境でのオゾン利用には、濃度をコントロールするセンサーが必要だ。中国の遠大科技集団(BROAD Group)の張躍社長に高精度かつ安価なオゾンセンサーの開発をしつこく迫っているところだ。これができれば、大型エアコンメーカーの遠大も世界的なデバイスメーカーに変身できるだろう。

 横山日本であれば村田製作所のコンデンサーがある。非常に小さな素子でPCやスマホに大量に使われるがその分野における市場シェアは、世界一だ。

3. 世界への理解と個性の主張

 自動車も電気自動車になった途端に、デザイン性が要になった。デザイン性が時代を引っ張る。

 横山自動車でいえば目に見えるボディのスタイルだけではない。昔からあるのは、ドアを閉めた時のボンという、安物感のない良い音がすることが1つのデザイン要素だった。音の良さが販売に影響した。1970年代になると、自動車のエンジンの音をデザインできるようになった。1960年代まではエンジン音も何故か各々国によって違っていて、イギリス、アメリカ、ドイツ車をエンジン音でわかることができた。それがいまはわからなくなった。特徴があるのはフェラーリーのクォーンという音くらい。

 最近出ているSUVのデザインの軸は、運転席のビューポイントの高さだ。視点の高さは自動車の性能とは関係がないが、視野が広く運転しやすいと感じるのか消費者がそれを選ぶ。目に見える部分と見えない部分の総合的なデザイン能力が問われるようになった。電気自動車がリチウム電池の進歩で現実的になったとき、電気モーターの自動車は内燃機関の自動車より部品も少なく簡単だからある意味誰でもできると思った時期がある。多くの中国の起業家も参入した。しかし、電気自動車はゴルフ場のカートよりはもっと複雑であった。テスラは、このデザイン問題をちゃんと見抜き、アメリカの自動車企業が落ち目になった時に自動車つくりの経験豊富なエンジニアを数多く採用したことが成功している理由の1つである。 

 これからの製造業は相当変わる。感性があり文化的特徴があり個性やこだわりのある製品が出れば、もっと楽しい世界になる

 横山イタリア人は座るための家具を作るのが上手で、とても座り心地の良いソファを作る。長年積み重ねてきた歴史の厚みを簡単なひじ掛けイスやソファに感じる。例えばドイツ人がイタリア人よりいいソファを作ろうと思わなくていい。文化的な積み重ねが違うからだ。ドイツ人は別の意味で魅力的な家具を作ることができる。グローバリズムとは単調で一様な世界ではなくそういう多様なリージョナリズムの集合なのであり、豊かな世界になりうるのである。

 私の家の椅子は、すべてイタリアの友人の著名な建築家マリオ・ベリーニの作品だ(笑)。

 もとは欧州の得意分野だったものだが、最近日本のメーカーが評判になるケースが増えてきた。例えば白ワイン、ウイスキー、チョコレートなどだ。日本の理工系女子学生の就職企業人気ランキングにも食品関連が多くなった。感性豊かな女性が入ることで、文化的・感性的にさらに伸びていく。

 横山日本はフランスより優れたワインをつくる努力をするのではなく、和食に合うワインを作ることが大事だという考え方が出てきた。山梨や長野のワイナリーは実際、そのようなワインづくりを試行錯誤し、最近はなかなか優れた品質に達している。

 友人の有賀雄二氏の勝沼醸造では、和食に合う素晴らしい白ワインを作っている。国際的にも様々受賞している。

 横山和食は醤油をはじめとしてアミノ酸発酵食品が多く日本酒が合うが、ワインは乳酸発酵食品、例えばチーズなどに合うという常識がある。しかし、そのような常識を乗り越え始めた。そういうアナログな感覚が重要な分野では女性の精妙な感性と粘り強さは当然役に立つ。チョコレートも伝統的な世界を抜け出し多種多様な新しい展開を始めたようだ。

 キャベツのようなありふれたものも数百種類のバラエティがあり、日本食に最適な使い方もある。とんかつと一緒に出てくる生キャベツの千切りとか、広島風お好み焼きのキャベツとか、独特の種類が使われている。こういうリージョナルな展開もかえってキャベツの多様性と食のグローバルな発見や認知につながるかもしれない。このようにして各々の地域で得意なことをやって伸びればいい。そして、グローバルな展開との補完関係を見つけることになるだろう。

 国際間で人の往来が猛烈に増えてきた。世界の国際観光客数は、30年前は4億人だったのに対して、2018年に14億人に膨らんだ。日本もこの流れで海外からの観光客が急激に増えてきた。これがコロナショックでパタリと止まった。

 横山ツーリズムの世界は人の流動性が高いが、短期的であり外界の状況ですぐに増えたり減ったりする。ビジネスや、学問の世界の流動性はもっと安定的であって、傾向として今後も増加していく。今回の騒動がある程度鎮静化すれば、人の行き来は回復し増加軌道に乗るだろう。人数的に大きくないかもしれないが、アーティザン(職人)やプロフェッショナルの世界的移動は常に起こっている。職人やプロフェショナルの世界では伝統的にアプレンティス(見習い)としてキャリアがはじまり、その後ジャーニーマンになって幅広く経験し、マスターになる。レオナルド・ダ・ヴィンチもジャーニーマンとしてヨーロッパを旅した。このジャーニーマンのステージのプロフェッショナルや研究者の移動が増えるだろうと私は思っている。建築家は世界を回って技を磨くというのが普通になっていると言ってもいい。今後は医療やハイテックの人材、そして、金融関係の人材がもっと流動的になっていくと思う。

 食の世界も多い。例えばシェフだ。

 横山食の世界はまさにジャーニーマンであることは修業の最も重要なフェーズであり、普通に行われている世界だ。「流れ板」という言葉が日本にある。ある店に入って丁稚奉公やって、包丁が使えるようになり、お澄ましの味をみることができるようになると一人前であり、日本中を旅して様々な店に雇ってもらう。これが流れ板だ。10年程度そうやって修業して、多くは故郷に帰って自分の店をもつ。

 私の友人の子でシェフになった人が何人もいる。トップクラスのシェフに上り詰めた人もいる。彼らの父親は大学教授や、上場企業の社長もいる。

 横山シェフは今世界中を動いている。それを通じて、ある種の食のフュージョンは起きていくだろう。しかし、完全な合体はできないし、それが意味のないことはここ数十年で経験した。フランス料理はフランス料理、日本料理は日本料理であることは変わりないだろう。優秀なシェフはこれまで以上にグローバルな経験をしたうえでリージョナルな料理を守り発展させていくだろう。これはまさにグローバリゼーションとリージョナリゼーションが補完関係にあるという例であろう。

 その意味では漢方薬が西洋にまだ受け入れられないのは、相手が理解できる言葉で語っていないからだ。世界を理解する、そして世界に理解してもらう努力を同時にしなければならない。

 横山これもグローバリゼーションとリージョナリゼーションが補完関係にあるという例になりうるだろう。薬の機能の要素還元的手法による研究開発を通じて西洋医薬はグローバルな普遍性を獲得した。一方、漢方医薬は複雑なシステムの統合体である人間の体のシステム・バランスに作用するのが得意だ。

 すなわち、西洋の医薬はピンポイント・メディシンであり、漢方医薬はシステム・メディシンだといってもいいだろう。当然、お互いは補完関係にあるのであり、今後はそういう展開をしていくのではないか。

 

『中国都市総合発展指標』日本語版出版記念パーティにて、右から、周牧之、大西隆・豊橋技術科学大学学長、横山禎徳、竹岡倫示・日本経済新聞社専務執行役員(2018年7月19日、肩書きは当時)

中国網日本語版(チャイナネット)」2020年7月22日

【対談】横山禎徳 Vs 周牧之(Ⅱ):アフターコロナの時代、国際大都市は何処へ向かう?

編集者ノート:新コロナウイルスパンデミックで、ニューヨーク、ロンドン、北京、東京など世界大都市を直撃し、世界の都市がロックダウンに揺れている。人々はグローバリゼーション、そして国際都市の行方を憂いている。今後のサプライチェーンのあり方や交流経済の行方、都市と自然との関係、都市文化の方向性などについて、周牧之東京経済大学教授と横山禎徳東京大学総長室アドバイザーが対談した。

 対談は、二回に分けて中国語、英語、日本語でチャイナ・デイリー、光明日報、チャイナネットなどのメディアに掲載され、好評を博した。


1.グローバリゼーションと大都市化

 周牧之都市は市場から始まり、交易と交流の繁栄で成長する。1950年、人口が1,000万人を超えるメガシティは一都三県からなる東京大都市圏とニューヨークの二都市だけだった。20年後の1970年には、大阪を中心とした近畿圏のみが、メガシティの仲間入りをした。1980年になってもメガシティは僅か5都市に過ぎなかった。しかしその後、猛烈な勢いでメガシティが増えて、いまや33都市になった。これらのメガシティのほとんどは、国際交流の中心地で、世界の政治、経済を牽引する大都会である。メガシティの総人口は、5.7億人に達し、世界総人口の15.7%を占めるに至った。メガシティが爆発的に増えたことの背後にはメカニズムがある。

 横山禎徳18世紀の江戸も大きかった。現代から見るとまだまだのレベルだが、当時の技術による上下水道のインフラが出来たおかげで100万都市人口を支えた。上水は関東平野に流れ込む川の上流から街中に引き込み、下水では生活用水と下肥とを分けて、下肥は千葉の農家に売るシステムが出来ていた。元々広大な湿地帯に作った都市である江戸では運河交通ができた。都市の発展にはインフラのキャパシティーが大切だ。

 我が家の近くにある井の頭公園の泉は、江戸時代の上水“神田川”の源だ。当時、徳川家康は江戸建設のため、水源確保と上水路の敷設に相当力を入れた。

 横山20世紀の初頭、環状線の山手線が業務を開始したことは画期的だった。既に存在した駅である品川、上野、新宿に加えて、池袋、新橋、渋谷、五反田などの駅が出来上がり、私鉄のコミューター・レイルはこれらの駅に結びつく事によって通勤客のモーダル・チェンジ・ポイントとして成長した。これによって丸の内のセントラル・ビジネス・ディストリクト(CBD)だけでなく、多くのミニCBDがこれらの駅の周りにできた。そして、新宿は副都心に拡大した。東京という都市のアクティビティのキャパシティが拡大したのである。

 アメリカの都市はボストンなどが典型的だが、CBDのワンセンターが基本で、そこにすべてが集中する。大きくなれない。東京は都市計画がなく、単に多くの村の寄り集まり、といわれたが、村の集合体でよかった。東京の中に様々な村、すなわち、性格の違うコミュニティが数多く存在している。あるコミュニティは江戸時代からの歴史あるコミュニティであるし、あるコミュニティは戦後の新興コミュニティだ。それらが混然一体となって自律展開をし、都市の有機体的調整機能として働いている。

 インフラのキャパシティーをアップすることが、大都市の重要な対策である。東京大都市圏の人口が1,000万人から3,000万人の間だった時期には、大都市病に最も苦しめられた。いま、人口が3,700万人にも達したのに都市問題は随分緩和された。そこには、高品質のインフラ整備がかなり功を奏した。今回の新型コロナウイルスパンデミックは地球規模で、医療、上下水道、ゴミ処理などの都市公共衛生インフラにおける投資を後押しするだろう。

 当然、都市の物理的なキャパシティと並び、都市の仕事上のキャパシティも重要だ。いいかえれば、人口を吸引する都市の産業力だ。1980年代以降の大都市化を推し進めたエンジンは2つある。1つは製造業サプライチェーンのグローバル的な展開。もう1つは、IT革命の爆発だ。

 33のメガシティの地域的な属性を分析すると、基本的に二種類に分けられる。1つは沿海都市、もう1つは首都をはじめとする中心都市である。東京は両方の側面がある。これは東京が伸び続ける理由の1つだ。

 グローバルサプライチェーンを前提に発展してきた製造業の産業集積は深水港のサポートが必要だ。雲河都市研究院が発表した“中国製造業輻射力2018”のトップ10は深圳、上海、東莞、蘇州、仏山、広州、寧波、天津、杭州、廈門であった。例外なくすべて大型コンテナ港に近い立地優位のある都市だった。このトップ10都市は中国貨物輸出の半分を稼いでいる。

 横山日本の製造業の輸出もこれまで東京、大阪、名古屋の三大都市圏に集中する傾向があった。今後はIntra-Asiaの荷動きがより一層重要になることや、今後、香港の位置づけが変わると予想されるので、その代わり、北九州・博多地域のポテンシャルが重要になるだろう。すでに、長年、北九州地域に自動車関連企業の集積が進んでいるのでサプライチェーンの観点から重要になるだろう。そういう観点からすると太平洋側の東京、大阪、名古屋の港からのランドブリッジが発達していないのは問題だ。

 東シナ海に面する北九州の港湾施設と一旦破棄された福岡の新空港への重点投資が必要ではないか。博多は三大都市に準ずる都市機能を持っているから新しい都市圏として拡大できるだろう。

 実は製造業に比べて、IT産業の大都市集中傾向はさらに強い。

 IT産業は典型的な交流経済として、開放、寛容、多様性の文化環境が求められている。それに対して、沿海都市や中心都市は最もこのような環境を備えている。

 雲河都市研究院が発表した“中国IT産業輻射力2018”のトップ10は、北京、上海、深圳、成都、杭州、南京、広州、福州、済南、西安であった。これらの都市は中心都市と沿海都市のどちらかに限られる。中国のIT産業就業者数、メインボード(香港、上海、深圳)IT企業上場数に占めるこのトップ10都市のシェアは、それぞれ53%、76%に達している。

 横山『現代の二都物語−何故シリコンバレーは復活しボストン・ルート128は沈んだか』という本にあったように、ボストンの周りのルート128と、シリコンバレーをみると、IT関係ベンチャーの展開でシリコンバレーが優位になった。いろいろ理由はあるが、重要なのは人が出会い交流する頻度が、明らかにシリコンバレーの方がルート128より高かったからだ。カリフォルニアの過ごしやすい気候や外向的な人の気質もあるようだ。 

 ソフトウエア開発が重要になるとまた広がって、マイクロソフトがスタートしたシアトルがトップになった。アマゾンも拠点を構えている。いまやニューヨークにも集まり始めた。マンハッタンではいろいろな施設が歩いて行ける範囲内にあることも有利だ。集積都市や地域が時事刻々変わることはあっても、基本的条件は、まず人が出会わなければならない。イノベーションはシュンペーターが言ったように「新しい結合」から生まれるのであれば、それは人と人が出会うことから始まるのだ。かつてGDHDパーティというものを主宰していたことがある。Guzen-no Deai-wa Hitsuzen-no Deai (偶然の出会いは必然の出会い)の意味だ。ことが新しく展開をしたときに振り返ってみると、あの時の出会いから始まったのだと気が付くことがある。

 日本のIT産業はさらに高度に東京に集まっている。東京大都市圏は、東証メインボード上場のIT企業の8割を占めている。これは東京が、様々な人々が出会える素晴らしいプラットフォームであるがゆえにもたらされた。

 製造業輻射力、IT産業輻射力と都市機能との関係を比較するとその秘密がわかる。例えば、広域インフラから見ると、製造業輻射力は、コンテナ港利便性との関係が最も深い。これに対して、IT産業輻射力にとっては人の移動と出会いに不可欠な空港の利便性が最も大切だ。

 都市のその他輻射力との関係から見ると、製造業輻射力との相関関係が深いのは、科学技術輻射力や金融輻射力である。これに対して、IT産業輻射力と最も相関関係が深いのは、飲食・ホテル輻射力、文化・スポーツ・娯楽輻射力であった。まさしく交流経済だ。

 特に注目すべき製造業輻射力は、高等教育輻射力、医療輻射力との相関関係はそれほど深くなかった。それと相反して、IT輻射力と高等教育輻射力、医療輻射力との相関関係は深かった。これは製造業と比べ、IT関係者がより高い教育を受けより高い生活品質を求めていることを意味する。

 要するに、IT産業に集まる人々は、飲食、文化、娯楽、高等教育、医療への要請が高い。これらのアメニティが揃っている大都市が魅力的だ。

 横山ファンドマネージャーは一人でじっくり考える環境を好む。投資の時間軸は比較的長く、時間が比較的ゆっくり流れ、家族とのだんらんを大事にする。一般的に田園的な環境が好みだ。また、そういう気質の人がそういう職能に惹かれる。しかし、ITの関係者は時間がもっと早く流れている。時々刻々の刺激が大事だ。その刺激は同業者だけでなく、芸術、娯楽の世界の人たち、あるいは伝統文化の継承者などからくる。その人たちの催すイベントなどからの刺激も大事だ。だから都市のアメニティが重要なのだ。私は〈中国都市総合発展指標2018〉に都市アメニティの重要性を訴える論文を寄稿した。

2.「里山」式の都市発展を

 新型コロナウイルスパンデミックは、感染症対策関連の技術進歩、イノベーションを加速させるだろう。やがて検査、特効薬、予防接種が出来、ウイルスとの共存が可能になる。そうなるとウイルスが都市に人が集まらない理由ではならなくなる。

 ただし、たとえコロナ禍がなかったとしても、大都市からの脱出願望は根強いものがあった。例えば35年前、アメリカの未来学者、アルビン・トフラーが『第三の波』の中で、情報社会を予測した。彼の予測はほとんど的中し、情報革命によって田舎でも効率よく情報社会での仕事をこなせるようになった。しかし人々の大都市からの脱出は現実にはならなかった。反対に情報革命は、大都市化、メガシティ化を推し進めた。

 横山都市からの脱出はあくまで願望だ。東京への一極集中を激しく批判する建築家と議論したことがある。その人に、今、どこに住んでいるのかと聞くと東京都区内だった。「どこか地方に引っ越しされてから議論しましょう」といったが、このような人たちが結局、最後まで都市に居続けている(笑)。都市には都市特有のアメニティがあるからだ。

 都市づくりには反省すべき点もある。これまで、都市づくりの中で、自然との関係は、うまく処理できなかった。これが、感性豊かな人々に都市からの脱出願望を生じさせたのも当然だろう。

 横山人と自然との関係はある意味では臨界点に達した。人類の過度な開発は、すでに地球というシステムの自己修復能力を超えはじめているようだ。新型コロナウイルスパンデミックには、そうした背景がある。ウイルスも細菌も媒介動物も然りで、昔は一カ所にのみ生存していたのが、分布図が広がった。人の居住範囲が広がりすぎたことも影響しているだろう。その結果としての環境破壊は地球の生態バランスを壊した。

 陸でも海でも異変は起こっている。過度な開発、地球温暖化で、もたらされた。

 横山その通りだ。ウイルスは我々と同じ生命システムの一部であり、撲滅はできない。ワクチンが出来て今回のウイルスを押さえ込み、終息したとしても、今後さらに強いウイルスが出てくる可能性は常にあり、それは昔より広がっていく。インフルエンザも抑え込んだのではない。治療ができるようになり、共存しているというだけだ。一生、徹底的に手に石鹸をつけて洗い続けて行くほかない(笑)。

 最近、オゾンについて研究している。オゾンの濃度は季節によって変わるので、殺菌力をもつオゾンの濃度が高まるにつれ、季節の変化とともにウイルスが一旦終息するだろう。これも一種の地球システムバランスだ。

 ただ、地域によってオゾンの濃度も違う。一番少ないのは赤道付近のアフリカだ。今回のウイルスがアフリカまで蔓延したため、オゾン濃度が薄いアフリカではなかなか収束しないだろう。オゾンが活性化する夏にアジアでいったん終息を見せたとしても、次の冬季にウイルスがアフリカから戻ってくることもありうる。そういう繰り返しになるかもしれない。

 その意味では、ウイルス感染症が地球に与えるダメージに関しての危機感が必要だ。しかし先進国でも世界機関でも長期にわたり感染症の脅威を軽視してきた。

 世界経済フォーラム(WORLD ECONOMIC FORUM)が公表した「グローバルリスク報告書2020(The Global Risks Report 2020)」に並ぶ今後10年に世界で発生する可能性のある十大危機ランキングでも、感染症問題は入っていなかった。また、今後10年で世界に影響を与える十大リスクランキングでは、感染症が最下位だった。

 不幸にして世界経済フォーラムの予測に反し、新型コロナウイルスパンデミックは、人類社会に未曾有の打撃を与えた。

 コロナ禍で、多くの国際都市が被害を受けた。そのためグローバリゼーションや国際都市に対する悲観論が囁かれている。これに対して私が思うのは、ウイルスのパンデミックをもたらしたのは、国際交流や人口密度の多さではない。長期にわたり感染症対策を軽視したことによるものだ。

 横山都市と自然の関係において、考え方を改める必要がある。人は都市の持っている機能とアメニティを捨てる生活を望むことはないだろう。それだけでなく、都市では毎日多くの人が出会い、協力したり、競争したりしながら、事を達成している。もし、分散して住むようなことが起これば人類の持っているエネルギーは段々と衰弱してしまうかもしれない。しかし、多分そういうことは起こらない。今後も都市に人は住み続ける。ただ、今後は新型コロナウイルスの経験を経て格段に賢くなって都市生活を送るだろう。その賢さとは自然に対してもっと素直になることかもしれない。

 「田舎は神がつくり、都市は人間が作った」という人がいる。これには一理あると私は思うが、まったくその通りだとは思わない。

 日本では村落、農地、自然の融合した“里山”がある。里山の生態の多様性が原始の自然に比べて、さらに豊富だ。私の大学ゼミにゲスト講師として来られたNHKのチーフディレクター小野泰洋氏は、「里山は、自然に対する人間の適度な介入がもたらした新しい生態系だ」、という。

 里山は、人間の適度な介入による“人造”と、自然の修復能力という“神がかり”の協働の結果だと、私は考える。

 それに対して、近代都市の建設においては、“人造”の側面が過度に強調され、自然生態との協働が無視された。結果、自然が排除され、都市がコンクリートジャングルとなった。

 横山里山は「適度な介入」という意味で日本的だ。イギリスの自然はもっと人間の手が入っている。しかし、人工的な自然なのだということがわからないように作られている。チャーチルが生まれたマールボロ城(ブレナム宮殿)に行くと、城の背後にホッとする穏やかで綺麗な風景が広がる。昔からあった自然のように見えて、実は3,000人のアイルランド人が連れてこられて人工的に作られた「自然」だ。当然、当時ブルドーザーはなく、スコップとバケツと手押しの一輪車などを使った、大変な労働であったろう。里山を作るのとは比べ物にならない。それだけでなく、自然に対する基本思想が日本とは大きく異なる。

 里山が絶妙なのは、人間の介入と自然回復力の協働で生み出すバランスだ。このバランスは、時に人の想像を超える新しい生態系をつくり出す。ここでのカギは、人工介入の“適度”と“持続”である。近年、農村人口の減少によって、一部の里山が無人化され、自然に戻った。問題は、生物多様性においてこれらの戻った自然が往々にしてそれ以前の里山に比べ、劣ることだ。

 都市の中で自然な空間があることは大切だ。さらに重要なのは、都市の中の自然のあり方だ。自然と人間の絡み合いは欠かせない。例えばいま、北京は周辺部の人々をどかしながら、大規模な緑地を作っている。便宜的に遠いところに緑を植えていて、都市民にとっての憩いにはあまりなっていない。人間のいないところに緑地を広げても面白くない。適切な距離、システムバランスが必要だ。

 横山明治神宮の森は、今から100年前にある構想を持って日本中から集めた木を植えた。いまは自然な景観になっているが、元はそうではなかったのだ。また、皇居には昭和天皇専用の9ホールのゴルフ場があったが、2.26事件の時に反乱兵士の行動に大変怒り、もう二度とゴルフはやらないと天皇は宣言した。そのまま放っておいたら数十年で自然に返った。もはやどこがティーグラウンドでどこがグリーンだったか分からないらしい。そこにトンボもカエルも戻って来た。自然の回復力は驚異的だ。もっとすごいのは、人類が地球から消え、環境破壊を止めると300年程度で緑豊かな地球に戻るらしい。この回復力を理解し、うまく活用したデザインはできると思う。しかし誰もまだやっていない。

 数年前、私は中国江蘇省鎮江市に100万人規模のニューシティのマスタープランを作った。モジュールシティという開発コンセプトを打ち出し、100万人をいくつかのモジュールに分け、モジュールごとに一定の比例で生態空間と人工空間が存在し合うようにして、路面電車でそれらのモジュールをつなげるようにした。

 私の理想は、里山のようなコンセプトを都市の計画に組み入れることだ。

 横山イギリスの田園都市にしろ、オーストラリアの首都キャンベラにしろ、率直にいうと、美しいがなんだかつまらないところだ。なかなか成功したとは言い難い。自然と融合させながら魅力的な場所を作るのは難しい。

3.マスタープランとレアデザイン

 横山グローバリゼーションはやはり何層にもレイヤーが重なった構造になると思う。そのレイヤーをどう定義するかによって、グローバリゼーションの理解に違いが出てくる。例えば、不動産は地域特有で同じものは2つとないが、不動産ベースの金融はグローバルな商品が組み立てうる。その悪い例がアメリカのサブプライム・ローンから始まった世界のリーマンショックだろう。

 サプライチェーンもレイヤーの1つであるし、一方、目に見えない文化のレイヤーもある。都市もマルチレイヤーで出来上がっていて、交通システム、通信、エネルギー供給などのレイヤーのもあるし、食やファッション、芸能など文化のレイヤーも大切。ニューヨークと東京は同じ国際都市だが、生活の違いはあって、個々のレイヤーを見ると違う。都市をレイヤーの重層的集合としてデザインするのが良いのは明らかだが、しかし、そのレイヤーをすべてデザインすることは現実的に不可能だ。

 より大切なのはレイヤーデザインの前のマスタープランだ。

 横山そのために、マスタープランとは何か、の議論を再度する必要がある。伝統的なマスタープランはフィジカルなものが大半であったが、いまやそうではない。街を碁盤の目にするとか五角形にすることを考えることではない。

 デザインの観点で言うと、フィジカルな上水システムや下水システムがある。エネルギー供給はノンフィジカルな側面も重要になっていくかもしれない。文化はフィジカルとノンフィジカル、ヴィジブルとノンヴィジブルなシステムの混合だ。これらのマルチレイヤーを全部デザインするのは、人間の能力ではできないが、今ある都市の中で、いくつかのレイヤーを強化しようという考え方がある。システム間の関係や境界条件は調整しなくていい。都市は自己調整能力を持っているからだ。

 マスタープランは、むしろ思想的、戦略的、コンセプト的なものにしなければならない。

 近年、中国の都市建設を見ると、“新城”あるいは“新区”といった新しい都市エリアをつくりたがる傾向が強い。本来は既存の都市の上にレアの修正を重ねていくべきだったが、これら新区は自然も既存の都市も否定するやり方で展開している。結果、都市はうまく機能せず、生活者も不便さに苦しみ、幸せ感を得られない。

 今までの都市を否定するのでなく、その上にレアの修正を重ねることだ。

 横山そうだ。レアに微調整していく都市デザインはあると思う。

 深圳というのは40年で、村から1,000万人を超えるメガシティに成長した都市だ。日本の同僚を深圳に連れて行くとすぐ帰りたがる。ビルを見るだけではつまらないという。歴史ある広州に連れていくと、口をそろえて魅力的だと言う。

 横山新宿副都心も同様だと思う。魅力を感じない。自律的に展開させてもらえない町だ。広場があっても屋台が出せない。1970年代初頭の学生の暴動に影響されたこともあるが、群衆が集まらないように、都市空間の活用に多くの規制が実施された結果だ。

 文化と生態は同様に、自分で進化し、自分で繁栄する力がある。これを理解し、容認し、誘導していくことが大事だ。

 友人の著名なイタリア人建築家マリオ・ベリーニは私に良いことを言った。「都市は作ろうとして作れるものではなく、壊そうとして壊せるものでもない、都市の背後に文化的なアイデンティティをもつ人々がいるからだ」と。

4. サービス業と交流経済

 日本のサービス業の生産性は低いといわれるが、私はこれこそ日本のサービス業の魅力だと思う。日本ではサービス業、特に飲食や小売で、顧客とのコミュニケーションが多い。このようなコミュニケーションは、標準化、効率化することができない。顧客はこうしたコミュニケーションを楽しんでいる。当然、顧客との交流を通じて、サービスの品質も向上していく。

 横山高級寿司屋に行くのと同じだ。寿司の美味しさはもちろん、寿司屋のオヤジとの会話も大事な楽しみだ。いや、高級寿司屋だけでなく、行きつけのカウンター割烹や小料理屋も同じだ。店主や女将を入れた賑わいも店の魅力でもある。

 勤務先の大学のとある名物大先生が、ある日突然私に「たいへんなことが起こったよ」と言ってきた。学内で政変でも起こったかと聞いてみたところ、行きつけの小料理屋のママが店を畳んだと(笑)。

 ひと昔前、商圏の優劣を評価するときに、チェーン店の数はポジティブなチェックポイントだった。いまや私から見ると、むしろネガティヴなチェックポイントになった。やはり、オーナーや店長が采配を振るうような店がより評価される。こうした店が顧客とのコミュニケーションをより重視し、個性的で面白い。

 私の住んでいる吉祥寺は、日本では住んでみたい街ランキングで常に上位を占める。その評価を詳しく見ると、最も高い評価を得ているのは、商業集積だ。吉祥寺には個人経営の店が多い。最近若者のオーナーも増えていろいろ面白い店が展開されている。個人経営が多いこともあり、吉祥寺の店舗の平均面積は東京の平均のそれより狭い。ただし、商業面積の単位当たりの売り上げは高く、ディズニーランドのそれを超えている。

 日本には400社以上のスーパーがある。地域スーパーが頑張っている。スーパー最大手のイオンさえ、47都道府県の中でシェアがトップになった地域は僅かだ。これをネガティヴに捉える研究者が多い。私は、むしろポジティブに評価したい。地域のニーズを敏感に取り入れ、地域の物産を活かした地域スーパーが日本の地域経済、地域文化そしてコミュニティを保っている面が大きい。

 その意味では、サービス業の将来は、標準化路線よりは個性化路線、コミュニケーション路線をめざすべきではないか。

 横山面白い例にエブリーという広島のローカルスーパーがある。地域の早起きの高齢者に早朝、キャベツ畑にアルバイトに来てもらう。6時から収穫し、8時にエブリーのトラックが来て積んで帰り、10時には店頭に並んで12時には売り切れる。

 東京は世界でミシュランの星付きレストランが最も多い都市だ。これらのレストランは和食だけでなく各国料理を提供している。和食も多様な種類があり、店主のこだわりを反映してかほとんど個性的だ。

 雲河都市研究院が発表した“飲食・ホテル輻射力2018”の中でトップ10都市は、上海、北京、成都、広州、深圳、杭州、蘇州、三亜、西安、廈門である。この10都市の合計五つ星ホテル数や国際トップクラスレストラン数はそれぞれ中国の36%、77%を占めている。

 面白いことに、私たちがIT産業輻射力と、飲食・ホテル輻射力との相関関係を分析したところ、両者の相関関係指数は0.9にも達し、いわゆる「完全相関」だと分かった。要するに、交流経済の典型としてのIT産業の皆さんは、収入が高く、美味しいものが大好きだということになる。もちろん、食事も大切な交流の場だ。中国ではIT産業が強いところは、全部美食の街だ。日本でIT産業がダントツに強い東京もしかり。

 これに対して、製造業輻射力と、飲食・ホテル輻射力との相関関係指数は0.68しかなかった。IT産業に比べて、製造業の皆さんの美食へのこだわりは、少々弱いかな(笑)。

写真:北京の人民大会堂で行われた「国際健康フォーラム」にて、横山禎徳(左一)、周牧之(左二)


「中国網日本語版(チャイナネット)」2020年7月7日

【レポート】周牧之:中心都市から見た長江経済ベルトの発展

周牧之 東京経済大学教授

要旨:中国の「長江経済ベルト」は、「一帯一路」、「京津冀(北京市、天津市、河北省)一体化」とともに習近平政権が進める「三大国家戦略」のひとつである。中国の東部・中部・西部を貫く長江経済ベルトは、国土の21.4%を占め、人口と域内総生産はいずれも中国の40%を超えている。

本稿では、規模の巨大さ故に実態が見えにくい長江経済ベルトの現状と課題を、「中国中心都市&都市圏発展指数」で分析する。


1.長江経済ベルト政策のフレームワーク

 「長江経済ベルト」とは、長江流域に位置する上海市、江蘇省、浙江省、安徽省、江西省、湖北省、湖南省、重慶市、四川省、雲南省、貴州省の9省2直轄市をカバーする巨大経済圏である。

 中国国家発展和改革委員会(以下、発改委)地区経済司が2016年9月に公布した「長江経済ベルト発展計画要綱」では、「一軸、三極、多点」を計画のフレームワークとし、「一軸」を長江、「三極」を長江デルタ・成渝・長江中游の三つのメガロポリス、「多点」を上海、武漢、成都など12の中心都市と定めた(図1)。

出所:雲河都市研究院作成。

図1 長江経済ベルトとその中心都市

2.メガロポリス、中心都市、都市圏政策

 本誌2017年7月号の小稿「長江経済ベルト発展戦略」では、「三極」である長江デルタ・成渝・長江中游の三つメガロポリスの視点で分析した。今回は「多点」である中心都市の視点から長江経済ベルトを分析する。

 中国では現在、都市化を経済社会発展の要に据え、メガロポリスを都市化の基本形態としている。発改委は2019年2月、「現代化都市圏の育成と発展に関する指導意見」を発表した。同意見では、新型都市化推進の重要な手段として、中心都市をコアにした都市圏建設を唱えた。

 また、習近平国家主席は2019年8月、党中央財経委員会で経済発展における中心都市とメガロポリスの重要性に言及し、それらを中国経済発展のエンジンとすると述べた。中国では中心都市をコアに都市圏を形成し、都市圏をコアにメガロポリスを構築して社会経済を発展させる都市政策が国是となった。

 中国での中心都市とは、4つの直轄市(北京市、天津市、上海市、重慶市)、27の省都・自治区首府(石家荘市、太原市、フフホト市、瀋陽市、長春市、ハルビン市、南京市、杭州市、合肥市、福州市、南昌市、済南市、鄭州市、武漢市、長沙市、広州市、南寧市、海口市、成都市、貴陽市、昆明市、ラサ市、西安市、蘭州市、西寧市、銀川市、ウルムチ市)、5つの計画単列市[1](大連市、青島市、寧波市、廈門市、深圳市)の計36都市を指す。

 長江経済ベルトには、上海市と重慶市の2つの直轄市、南京市、杭州市、合肥市、南昌市、武漢市、長沙市、成都市、貴陽市、昆明市の9省都、さらに計画単列市の寧波市の、12の中心都市がある。

3.「中国中心都市&都市圏発展指数」とは

 現在、世界規模で大都市化、メガシティ化が進んでいる。その本質は、中心都市間の国際競争にある。中心都市は、地域的、国家的かつ世界的なセンター機能の強化により人材、資本、企業の吸引力を高め、競い合っている。中心都市こそ地域、国家の発展を牽引するエンジンである。従って、中心都市のセンター機能を正確に評価することが極めて重要である。

 雲河都市研究院は2017年、発改委発展計画司から中心都市および都市圏を定量的に評価するシステムの構築を依頼された。筆者を中心とする専門家チームは、中国都市総合発展指標[2]を基礎に中国中心都市&都市圏発展指数(以下、CCCI)を研究開発した。都市圏の主要なセンター機能を評価する手法を確立し、同評価を2017年度、2018年度の2回発表した。

 CCCIは中国都市総合発展指標の中で、センター機能評価に関連する指標を抽出し、新たに「都市地位」「都市実力」「輻射能力」「広域中枢機能」「開放交流」「ビジネス環境」「イノベーション・起業」「生態環境」「生活品質」「文化教育」の10大項目に組み直した。また同10大項目ごとに3つの小項目を置き、各小項目指標を複数の指標データで支え、中心都市と都市圏を評価する指標体系を構築した(図2)。

出所:周牧之・陳亜群・徐林主編、中国国家発展和改革委員会発展計画司・雲河都市研究院『環境・社会・経済 中国都市ランキング2017』(NTT出版社、2018年)。

図2 中国中心都市&都市圏発展指数構造図

4.CCCI 2018からみた長江経済ベルト

 今回、CCCI2018年度版のデータを活用し、中心都市の視点から長江経済ベルトを分析する。

 (1) CCCI2018総合ランキングでみる長江経済ベルトの中心都市

 CCCI2018の総合ランキングで、上位20位以内に長江経済ベルトから上海市(第2位)、成都市(第6位)、杭州市(第7位)、重慶市(第8位)、南京市(第9位)、武漢市(第10位)、寧波市(第13位)、長沙市(第16位)の8都市がランクインし、長江経済ベルトにおける強力な中心都市の存在を示した。特に上海市は長江経済ベルトという龍の“頭”として他市をリードしている。

 一方、合肥市(第22位)、昆明市(第24位)、貴陽市(第29位)、南昌市(第30位)は低い順位に甘んじている。これら都市の牽引力向上が長江経済ベルト全体の発展上の課題となっている(図3)。

出所:CCCI2018より雲河都市研究院作成。

図3 中国中心都市&都市圏発展指数総合ランキング

(2) 10大項目でみる長江経済ベルト中心都市

 図4は10大項目における中心都市の順位と偏差値を表している。本稿では、特に「輻射力」、「広域中枢機能」、「生態資源環境」の三大項目について分析した。

出所:CCCI2018より雲河都市研究院作成。

図4 10大項目12中心都市ランキング・レーダーチャート

①【輻射力】大項目

 中心都市の役割は、周辺ひいては全国に向け輻射力[1]を持つことにある。都市の輻射能力は中心都市評価の一つの鍵となる。「輻射能力」大項目は、中心都市が全国に及ぼす輻射能力の強弱を測る。

 「輻射能力」全国ランキングのトップ10都市には、長江経済ベルトから上海市(第2位)、成都市(第4位)、杭州市(第6位)、南京市(第7位)、武漢市(第9位)の5中心都市がランクインした。

 「製造業輻射力」では、上海は北京に次ぐ第2位。全国上位20位以内に上海を含め、寧波市(第7位)、杭州市(第9位)、成都市(第15位)が長江経済ベルトからランクインした。中国の輸出工業は長江経済ベルトに最も集中し、長江経済ベルトが中国全土に占める工業総産出額、貨物輸出額の割合は各々43.4%と42.4%に達している。

 長江経済ベルトの「IT産業輻射力」はさらに高い。全国ランキングトップ30都市には寧波市以外の11中心都市が入り、上海市(第2位)、成都市(第4位)、杭州市(第5位)、南京市(第6位)、重慶市(第11位)、長沙市(第16位)、貴陽市(第17位)、合肥市(第21位)、昆明市(第23位)、南昌市(第26位)、武漢市(第27位)だった。メインボードに上場するIT企業の30.8%が長江経済ベルトにあり、うち88.9%の企業が同12中心都市内に立地する。

 「科学技術輻射力」も優れ、全国上位20都市に長江経済ベルトから9中心都市がランクインしている。長江経済ベルトの中国全土に占めるR&D内部経費支出、R&D要員、特許取得数は、各々44.6%、46%、50.9%である。

②【広域中枢機能】大項目

 「広域中枢機能」は都市の水運、陸運、空運のインフラ水準、輸送量を測る大項目である。

 「広域中枢機能」全国ランキングのトップ20都市には、長江経済ベルトから9中心都市がランクインし、上海市(第1位)、寧波市(第6位)、武漢市(第8位)、成都市(第10位)、重慶市(第11位)、南京市(第12位)、杭州市(第13位)、昆明市(第19位)、長沙市(第20位)と続く。

 港湾機能では、2018年の世界のコンテナ港上位10位のうち、中国が7港を占め、第1位の上海と第3位の寧波−舟山が長江経済ベルトに属している。     水運貨物取扱量では、長江経済ベルトの中国全土に占める割合が67%と突出し、12中心都市の中国全土に占める割合も13.9%である。

 空港機能も長江経済ベルトは好成績を上げている。「空港利便性」では、全国上位20位以内に上海市を筆頭に成都市(第5位)、昆明市(第6位)、重慶市(第7位)、杭州市(第8位)、南京市(第12位)、武漢市(第16位)、長沙市(第18位)、貴陽市(第19位)と、同12中心都市中9都市が含まれた。 空港乗降客数と郵便貨物取扱量では、長江経済ベルトが中国全土に占める割合は各々41.6%と47.4%で、同12中心都市が中国全土に占める割合は各々35.8%、45.3%と、集中集約が進んでいる。

③【生態資源環境】大項目

 都市にとって生態環境の品質や資源利用の効率はますます重要になっている。「生態資源環境」全国ランキングのトップ20都市には、長江経済ベルトから7中心都市が入り、上海市(第1位)、重慶市(第6位)、杭州市(第10位)、成都市(第11位)、武漢市(第12位)、南京市(第13位)、長沙市(第18位)となった。

 急速な工業化と都市化により、中国では大気質が悪化している。大気質の状況を測るPM2.5指数では、2017年度の中国全土の平均は66μg/m3だったが、長江経済ベルトの平均値は73.5μg/m3と全国平均を上回った。一方、同12中心都市の平均値は66.4μg/m3とほぼ全国平均と同水準であったが、ランキングでは昆明市(第42位)、貴陽市(第92位)、上海市(第102位)、南昌市(第125位)、杭州市(第173位)、南京市(第202位)、重慶市(第213位)、長沙市(第237位)、合肥市(第247位)、成都市(第249位)、武漢市(第257位)と順位が低い。

5.課題と展望

  巨大な長江経済ベルトをリアリティのあるデータで相対化すれば、実像が浮かび上がる。12の中心都市のパフォーマンスには凹凸があり、上海市の突出ぶりはすさまじい。長江経済ベルトは、工場経済から都市経済への移行をさらに加速していく。重要なのは、サービス型経済の発展と、都市生活の質の向上や経済活動の効率化であり、ベルト内のエリアや都市ごとの役割分担の明確化である。また、それを丁寧にモニタリングすることである。以上を命題に開発したCCCI、および中国都市総合発展指標で、筆者及び雲河都市研究院は中国都市発展を今後も続けて注視する。


本論文では雲河都市研究院の栗本賢一、数野純哉両氏がデータ整理と図表作成に携わった。


[1] 計画単列市は、日本の政令指定都市に相当する。

[2] 「中国都市総合発展指標」とは、中国国家発展改革委員会発展計画司と雲河都市研究院が、環境、社会、経済という三つの軸で都市を包括的に評価するシステムを協力して開発したものである。詳しくは、2018年9月号小稿および当該指標についての特設WEBページhttps://cici-index.com/ を参考。2016年度と2017年度の「中国都市総合発展指標」は日本語版がNTT出版より刊行された。

[3] 本指標で使用する「輻射力」とは、広域影響力の評価指標であり、都市のある業種の周辺へのサービス移出・移入量を、当該業種従業者数と全国の当該業種従業者数の関係、および当該業種に関連する主なデータを用いて複合的に計算した指標である。


『日中経協ジャーナル』2020年1月号(通巻312号)掲載

【レポート】周牧之:コロナショックでグローバルサプライチェーンは何処へいく? 〜中国都市製造業輻射力2019〜

周牧之 東京経済大学教授

編集ノート:中国で最強の製造業力をもった都市が、新型コロナウイルスショックで大打撃を受けた。これらの都市の2020年第一四半期の地方税収は、軒並みマイナスに陥った。伝統的な輸出工業の発展モデルはどのような限界に当たったのか?製造業そしてグローバルサプライチェーンはどこに向かうのか?雲河都市研究院が「中国都市製造業輻射力2019」を発表するにあたり、周牧之東京経済大学教授が上記の問題について分析し、展望した。


「中国都市製造業輻射力2019」で深圳が首位、蘇州第2位、東莞第3位


 中国都市総合発展指標に基づき、雲河都市研究院は中国全297地級市(地区級市)以上の都市をカバーする「中国都市製造業輻射力2019」を公表した。輻射力とは広域影響力の評価指標である。製造業輻射力は都市における工業製品の移出と輸出そして、製造業の従業者数を評価したものである。

 深圳、蘇州、東莞、上海、仏山、寧波、広州、成都、無錫、廈門が「中国都市製造業輻射力2019」トップ10入りを果たした。珠江デルタ、長江デルタ両メガロポリスから各々4都市がトップ10に入った。これらの都市は成都を除き、すべて大型コンテナ港を利用できる立地優位性を誇る。10都市の貨物輸出総額は中国全土の47.4%を占めた。

 恵州、杭州、北京、中山、青島、天津、珠海、泉州、嘉興、南京が第11位〜20位にランクインした。鄭州、金華、煙台、南通、西安、常州、大連、紹興、福州、台州が第21位~30位だった。

 トップ30都市の貨物輸出総額は中国全土の74%にも達した。すなわち、製造業輻射力の上位10%の都市が中国の4分の3の貨物輸出を担っている。これらの都市の中で、成都、北京、鄭州、西安の4都市を除いた全都市が沿海部、沿江(長江)部都市であることから、コンテナ港の利便性が輸出工業にとって極めて重要であることが見て取れる。

 輸出工業とコンテナ輸送は相互補完で発展している。中国全297地級市(地区級市)以上の都市の製造業輻射力とコンテナ港の利便性とを相関分析すると、その相関係数は0.7に達し、いわゆる“強相関”関係にある。2018年、中国港湾の海上コンテナ取扱量は、世界の総額の28.5%にも達し、中国は世界のコンテナ港ランキングトップ10に6席をも占めている。

 三大メガロポリスの視点から見ると、京津冀、長江デルタ、珠江デルタの三大メガロポリスが中国全土の貨物輸出総額に占める割合は、それぞれ6%、36.3%、24.5%となっている。三大メガロポリスの合計が全国の66.9%を占めている。三大メガロポリスでもとりわけ、長江デルタ、珠江デルタは中国輸出工業発展のエンジンである。

図:「中国都市製造業輻射力2019」ランキングトップ30位都市

新型コロナウイルスパンデミックが輸出工業に打撃


 2019年に米中貿易摩擦がエスカレートし、グローバルサプライチェーンにとって極めて難儀な一年となった。米中関税合戦の圧力を受けながら、中国の貨物輸出総額は5%(中国税関統計、人民元ベース)成長を実現した。これは、中国輸出工業の発展を牽引する製造業輻射力ランキング上位都市の努力の賜物である。

 しかしながら2020年に入ると、新型コロナウイルスが全世界を席巻し、グローバルサプライチェーンはさらなる大打撃を被った。中国の輸出工業はコロナ休業、海外ニーズの激減、サプライチェーンの寸断など多重な被害を受けることとなった。

 2020年第一四半期、地方の一般公共予算収入から見ると、「中国都市製造業輻射力2019」ランキングトップ10位都市は、軒並みマイナス成長となった。とくに、深圳、東莞、上海、仏山、成都、廈門の6都市の同マイナス成長は二桁にもなった。世界に名だたる製造業都市の大幅な税収低迷は、中国の輸出工業が大きな試練に晒されていることを意味している。

グローバルサプライチェーンが中国輸出工業の大発展をもたらした


 中国輸出工業は製造業サプライチェーンのグローバル化の恩恵を受けて発展した。筆者は20年前、サプライチェーンのグローバル化が、中国の珠江デルタ、長江デルタ、京津冀で新型の産業集積を形成すると予測した。さらに、これらの産業集積をてこに、珠江デルタ、長江デルタ、京津冀地域にメガロポリスが形成されると予想した。今日、これらはことごとく現実となり、三大メガロポリスは、中国の社会経済発展を牽引している。

 従来の工業生産は、大企業であるセットメーカーと部品メーカーとの間にすり合わせなどの暗黙知を軸とした信頼関係が必要とされた。資本提携や人員派遣、長期取引などによって系列関係、あるいはそれに近い関係がつくられてきた。それは、大企業を頂点とし、一次部品メーカー、二次部品メーカーなどで構成されるピラミッド型の緊密な協力システムである。ゆえにその時期の製造業のサプライチェーンは一国の中、あるいは地域の中に留まる傾向が強かった。

 IT革命は、標準化、デジタル化をもって取引における暗黙知の比重を大幅に減少させ、企業間の情報のやりとりに関わる時間とコストも大幅に削減させた。また、モジュール生産方式によるデザインルールの公開で、世界中の企業がサプライチェーンにおける競争に参入できるようになった。よって、サプライチェーンは暗黙知による束縛から解放され、グローバル的な展開を可能とした。サプライチェーンにおける企業関係も、従来の緊密的なピラミッド型から、柔軟につながり合うネットワーク型に変貌した。このような変革は、発展途上国に工業活動への参入の大きなチャンスを与えた。

 サプライチェーンのグローバル化の時期は、中国の改革開放期と幸運にも重なり、中国は大きな恩恵を受けた。サプライチェーンのグローバル化を推し進めた三大原動力は、IT革命、輸送革命、そして冷戦後の安定した世界秩序がもたらした安全感である。

 グローバルサプライチェーンは西側の工業国における労働分配率の高止まりの局面を打破し、世界の富の創造と分配のメカニズムを大きく変えた。

 当然、中国をはじめとする発展途上国の参入によって、工業製品の価格は大幅に下がった。このような暗黙知を最小化したグローバルサプライチェーンは、典型的な交易経済である。

 中国経済大発展の基盤を築いたのは、グローバルサプライチェーンである。これに鑑み、2007年に出版した拙著「中国経済論」において、筆者は第1章を丸ごと使い、中国経済発展とグローバルサプライチェーンの関係について論じた。

 中国40年の改革開放は、WTO加盟を境に二つの段階に分けられる。第一段階は、計画経済制度の改革を中心とし、また西側の国際市場への進出にも努力を重ねた。2001年のWTO加盟で中国はついに国際自由貿易体制に入り、国際市場への大門が開かれた。よって第二段階では、中国改革開放と世界市場の結合で、大きなエネルギーが爆発した。中国は一瞬にして「世界の工場」となり、2009年に世界一の輸出大国に躍り上った。第一段階の艱難辛苦と比べると、WTO加盟後の中国は大発展を遂げた。強力な輸出工業に牽引され、中国の多くの都市が著しい発展を見せた。

 2000年〜2019年、ドイツ、アメリカの輸出はそれぞれ、1.7倍、1.1倍成長した。フランス、イギリス、日本は各々0.7倍、0.6倍、0.5倍成長した。同時期に世界の輸出総額は1.9倍成長したのと比べ、これらの工業国の輸出成長率は、世界の平均以下に留まった。これと比べて、2000年に2,492億ドルしかなかった中国の輸出総額は、2019年には24,990億ドルに達し、10倍規模に膨れ上がった。2000年に世界輸出総額に占める割合が3.9%しかなかった中国のシェアも、2019年には同13.2%に急上昇し、世界のトップの座を不動のものとした。

 改革開放が解き放った活力とWTO加盟は、中国に巨大な国際貿易の利をもたらした。

輸出工業の伝統的発展モデルの限界


 中国輸出工業の成長は、その速度も規模も極めて高速であった。結果、非凡の成果を上げたと同時にアメリカをはじめとする一部の国との間に、巨大な規模の構造的貿易不均衡が生じた。西側諸国での産業空洞化も中国輸出工業の驚異的な発展の結果だと考えられる。アメリカのトランプ大統領の当選は、ある意味、アメリカの産業空洞化の圧力によるものである。これらが、トランプ政権下での米中貿易戦争勃発の背景とも言えよう。

 急に巨大化した中国の存在感も、多くの国の神経を敏感にした。例えば知的財産権の問題は、いまや米中貿易摩擦の大きな焦点のひとつとなっている。また、サプライチェーンの中国へ過度な依存を避けるため、日本は10年ほど前から「チャイナプラス1」政策を進め、自国企業に中国以外の国や地域へのサプライチェーン構築を促した。さらに、日本政府は2020年度の補正予算に生産拠点の国内回帰を促す補助金として2200億円を計上し、その姿勢を鮮明化させている。

 中国の労働力、土地、環境、税収などのコストの上昇も無視できなくなった。労働力コストを例にとり、「中国都市製造業輻射力2019」ランキングトップ10都市の2000年から2018年までの平均賃金の変化を見ると、上海の平均賃金は9.3倍に、成都、蘇州、無錫はそれぞれ8.5倍、8倍、7.5倍に、寧波、仏山、広州、廈門、東莞はそれぞれ6.6倍、6倍、6.3倍、5.7倍、5.6倍、5.1倍に跳ね上がった。2000年の時点ですでに比較的高かった深圳の平均賃金も、4.8倍になった。上記の分析から、中国における労働力コストの上昇がいかに激しかったかが見て取れる。

 グローバルサプライチェーンの中で、中国の労働力の低コストの優位性はもはや失われた。

 これらの理由により、中国輸出工業の伝統的発展モデルはすでに限界に達し、製造業は新しい次元へと進化を余儀なくされた。

交流経済へと進化する製造業


 アメリカの進める自国企業を中国から呼び戻す政策が、いま世論の焦点となっている。しかし、筆者はトランプ大統領の推し進めるこの政策が無くても、製造業の一部がアメリカへと回帰することは必然であると考える。

 まず中国の生産コストの上昇に伴い、利幅の薄い一部の製造業が中国から離れることは不可避である。

 中国がより重視すべきなのは先端製造業の先進国への回帰である。時代の変化の中で、低価格を求めてきた消費者はいま、感性、個性、そして生産者とのコミュニケーションをより重視しつつある。これを可能とした大きな背景には、工業生産のモジュール化が新たな段階に入ったことがある。

 発展途上国の新工業化の前提は、本質的にいえば、モジュール生産方式により非熟練労働者が組み立てなどの工業活動に参加できるようになったことである。これは製造業サプライチェーンのグローバル化の基礎である。しかし今や、モジュール化はすでに個性的なデザインと重なり合い、多品種少量生産を実現できるように進化した。モジュール化の基礎の上で生産者と消費者はコミュニケーションを通じて、よりデザイン性と個性にあふれた製品を生み出すことを可能とした。

 未来の製造業を想像すると、一方では半導体やセンサーなどのハイテクなモジュールやディバイスがこれまで同様、グローバル的に供給される。日米の企業は現在、これらの分野で高い優位性を誇っている。 

 他方、一部の最終製品生産者は、これらのモジュールやディバイスをベースにユーザーとコミュニケーションを重ね、個性のある商品を提供するように進化する。暗黙知を最小化してきた旧来のグローバルサプライチェーンは、ここにきてコミュニケーションを重視する方向へ付加価値を高めるようにシフトしている。これは先端製造業の交易経済から交流経済への転換である。

 このような交流経済へ進化する先端製造業と消費者との動線は、極めて短く、可視化できるものとなるだろう。

 その意味では、目下製造業の先進国への回帰は、その一部分は消費者へより近づく市場への回帰だと言えよう。製造業最終製品の生産はますます個性化、ローカル化が進むだろう。トランプ大統領の呼び戻し政策がなくても新型コロナウイルスショックがなくても、こうした製造業の回帰は起こる。これは、製造業が交易経済から交流経済へと進化する流れの一環である。

 従って、中国の製造業もこれをしっかり認識し、製造業の交流経済化の潮流をつかみ、進化への努力をすべきである。幸いにして、「中国都市製造業輻射力」のトップ都市はすでに製造業の強力な基盤を持ち、それ自身がメガロポリスのような巨大な市場に身を置いている。市場とのコミュニケーションを強化し、製造業の交流経済化の中で道を拓き、新たな奇跡を築くことが可能となろう。


「中国網日本語版(チャイナネット)」2020年5月19日

【レポート】新型コロナパンデミック:なぜ大都市医療能力はこれほど脆弱に?

周牧之 東京経済大学教授

編集ノート:豊かな医療リソースを持つ大都市が、なぜ新型コロナウイルスにより一瞬で医療崩壊に陥ったのか?グローバリゼーションそして国際大都市の行方は?雲河都市研究院による「中国都市医療輻射力2019」が発表されるにあたり、周牧之教授が解析と展望を寄せた。


中国都市医療輻射力2019

 〈中国都市総合発展指標に基づき 雲河都市研究院が中国全国297の地級市以上の都市を網羅した「中国都市医療輻射力2019」を発表した。北京、上海、広州、成都、杭州、武漢、済南、鄭州、南京、太原が同輻射力の上位10都市にランクインした。天津、瀋陽、長沙、西安、昆明、青島、南寧、長春、重慶、石家庄が第11位から20位、ウルムチ、深圳、大連、福州、蘭州、南昌、貴陽、蘇州、寧波、温州が第21位から30位を占めた。

 輻射力とは広域影響力の評価指標である。医療輻射力に富むとして評価されたのは都市の医師数と三甲病院(トップクラス病院)数である。輻射力ランキング上位30位の都市に全国の15%の医師、30%の病床と45%の三甲病院が集中している。中国の医療リソース、とりわけ先端医療機関が、医療輻射力ランキング上位都市に集中している状況が顕著である。ランキングの前列にある都市は良質な医師と一流の医療機関に支えられ、市民の衛生と健康を担うだけでなく、周辺地域あるいは全国の患者に先端医療サービスを提供している。

 疑問なのは、なぜ武漢のような医療リソースが豊富で医療輻射力に富んだランキング上位都市が、突如として現れた新型コロナウイルスにしてやられ、医療崩壊状態に陥ったのか、である。

 都市は繰り返し起こり得る流行疾患の襲来に、どう対処していくべきか?

新型コロナウイルスが世界の都市医療能力に試練を

 武漢は新型コロナウイルスの試練に世界で最初に向き合った都市であった。武漢は27カ所の三甲病院を持ち、医師約4万人、看護師5.4万人と医療機関病床9.5万床を擁する名実ともに「中国都市医療輻射力2019」全国ランキング第6位の都市である(2018年同ランキング第7位から1位上昇)。

 しかしながら、武漢のこの豊富な医療能力が新型コロナウイルスの打撃により、一瞬で崩壊した。

 国際都市ニューヨークの医療キャパシティも同様、新型コロナウイルスに瞬く間に潰された。4月8日に「緊急事態宣言」をした東京都も目下、医療システムの崩壊の危機に直面している。新型コロナウイルスはまさに全世界の都市医療能力を崩壊の危機に晒している。

 新型コロナウイルス禍による都市の「医療崩壊」は、以下の三大原因によって引き起こされた。

 (1)医療現場がパニックに

 新型コロナウイルス禍のひとつの特徴は、感染者数の爆発的な増大だ。とりわけオーバーシュートで猛烈に増えた感染者数と社会的恐怖感により、大勢の感染者や感染を疑う人々が医療機関に駆け込み、検査と治療を求めて溢れかえった。

 病院の処置能力を遥かに超えた人々の殺到で医療現場は混乱に陥り、医療リソースを重症患者への救済にうまく振り向けられなくなった。医療救援活動のキャパシティと効率に影響を及ぼし、致死率上昇の主原因となってしまった。さらに重大なことに、殺到した患者、擬似患者、甚だしきはその家族が長期にわたり病院の密閉空間に閉じ込められ、院内感染という大災害を引き起こした。

 1千人あたりの医師数でみると、イタリアは4人で、医療の人的リソースは国際的に比較的高い水準に達している。しかし新型コロナウイルスのオーバーシュートで医療機関への駆け込みが相次ぎ、医療崩壊を招いた。イタリアのミラノ市にあるロンバルディア州の感染者数は3月2日に1千人を突破、同14日に10倍の1万人へ、3月末には4万人、5月上旬には8万人へと膨れ上がり、大勢の重症患者が逸早く有効な治療を受けられないまま置かれた。5月11日現在、イタリアの感染者は21.9万人、死者数は3.1万人、病死者率(死亡者数/患者数)は13%と高い。

 アメリカ、日本、中国の1千人あたりの医師数は、各々2.6人、2.4人、2人であり、医療の人的リソースはイタリアに比べ、はるかに低い水準にある。

 よくも悪くも中国の医療リソースは中心都市に高度に集中している。武漢は1千人あたりの医師数は4.9人で全国の水準を大きく上回る。武漢と同様、医療の人的リソースが大都市に偏る傾向はアメリカでも顕著だ。ニューヨーク州の1千人あたりの医師数は4.6人にも達している。

 しかし武漢、ニューヨークの豊かな医療リソースをもってしても、新型コロナウイルスのオーバーシュートによる医療崩壊は防ぎきれなかった。5月11日までに、中国の新型コロナウイルス感染死者数の累計83.3%が武漢に集中していた。その多くが医療機関への駆け込みによるパニックの犠牲者だと考えられる。

 東京都は人口1千人あたりの医師数が3.3人で、これは武漢より低く、ニューヨークと同水準にある。日本政府は当初から、医療崩壊防止を新型コロナウイルス対策の最重要事項に置いていた。新型コロナウイルス検査数を厳しく制限し、人々が病院に殺到しないよう促した。

 目下、こうした措置は一定の効果を上げ、院内感染によるウイルス蔓延をある程度抑えた。また重症患者に医療リソースを集中させて致死率を下げ、5月11日現在で死亡率を4%に抑え込んでいる。人口10万人あたりの新型コロナウイルス死者数でみると、5月11日現在、スペインの56.9人、イタリアの50.5人、フランスの40.4人、アメリカの24.4人と比べて日本は0.5人に留まっている。これまでのところ日本は医療機関でのパニックを封じ込め、医療崩壊を防いでいると言えよう。

 しかし、検査数の過度の抑制は、軽症感染者及び無症状感染者の発見と隔離を遅らせ、治療を妨げると同時に、莫大な数の隠れ感染者を生むことに繋がりかねない。軽症感染者、無症状感染者の放置は日本の感染症対策に拭い切れない不穏な影を落としている。緊急事態宣言に伴い、日本も政策を見直しつつあるものの、検査数抑制から検査数拡大への動きはまだ極めて遅い。

(2)医療従事者の大幅減員

 ウイルス感染がもたらした医療従事者の大幅な減員が、新型コロナウイルス禍のもう一つの特徴である。

 ウイルス感染拡大の初期、各国は一様に新型コロナウイルスの性質への認識を欠いていた。マスク、防護服、隔離病棟などの資材不足がこれに重なり、医療従事者は高い感染リスクに晒された。こうした状況下、PCR検体採取、挿管治療など、暴露リスクの高い医療行為への危険性が高まった。これにより各国で現場の医療人員の感染による減員状態が大量に起こった。オーバーシュートで、元より不足していた医療従事者が大幅に減員し危機的状況はさらに深刻化した。

 救護過程のリスクばかりでなく、慶應義塾大学病院の研修医の会食で引き起こされた医療従事者の集団感染とそれに伴う隔離治療は、もともと緊迫していた東京の医療人的リソースに大打撃を与えた。

 国際看護師協会(ICN)が公表した情報によると、5月6日までに報告された30カ国のデータでは、少なくとも9万人の医療従事者が新型コロナウイルスに感染した。個々の状況では、スペインでは5月5日までに、4万3956人(全感染者の18%)の医療従事者が新型コロナウイルスに感染した。イタリアでは、4月26日までに、1万9,942人の医療従事者が感染し、150人の医師と35人の看護師が亡くなった。

 東京では5月11日までに25の医療機関で院内感染が起こった。4月末には、日本での院内感染者は確認された新型コロナウイルス感染者の1割近くにも達した。

 強力な感染力を持つ新型コロナウイルスは、医療従事者の安全を脅かし、医療能力を弱め、都市の医療システムを崩壊の危機に陥れている。

 医療従事者の安全を如何に最優先に守って行くかが、新型コロナウイルス対策の肝心要となっている。

(3)病床不足

 新型コロナウイルス感染拡大後、マスク、防護服、消毒液、PCR検査薬、呼吸器、人工心肺装置(ECMO)などの医療リソースの枯渇状況が各国で起こった。とりわけ深刻なのは病床の著しい不足である。感染力の強い新型コロナウイルスの拡散防止のため、患者は隔離治療しなければならない。とりわけ重症患者は集中治療室( ICU )    での治療が不可欠だが、実際、各国ともに病床の著しい不足に喘いでいる。

 人口1千人あたりの病床数データで見ると、日本は13.1床で世界でも最高水準にある。12万8000病床数を有する東京は、1千人あたりでみると9.3床となる。そんな東京でもいま、病床不足に悩まされている。

 東京と比べイタリアの人口1千人あたりの医師数は若干高いものの、1千人あたりの医療機関病床数では、僅か3.2床でしかない。アメリカの1千人あたりの医療機関病床数は2.8床で、ニューヨーク州はアメリカ全土の平均よりさらに少なく2.6床となっている。病床不足が医療機関の患者収容能力を制約し、新型コロナウイルス患者治療のボトルネックとなっている。

 中国は人口1千人あたりの医療機関病床数が4.3床で、日本の四分の一にすぎないもののイタリアよりは高く、アメリカと同等の水準である。とりわけ9万5,000の病床を持つ武漢市は、1千人あたりの病床数が8.6床と高く、東京の水準に迫っている。しかし、武漢も新型コロナウイルスオーバーシュート期は、深刻な病床不足状態に置かれた。

 特に問題なのは、すべての病床が新型コロナウイルス治療の隔離要求に耐えるものではない点にある。これに、爆発的な患者増大が加わり、病床不足状況が一気に加速した。

 武漢は国の支援で迅速に、専門治療設備の整う火神山病院と雷神山病院という重症患者専門病院を建設し、前者で1,000床、後者で1600床の病床を確保した。このほかに、武漢は体育館を16カ所の軽症者収容病院へと改装し、素早く1万3,000床の抗菌抗ウイルスレベルの高い病床を提供し、軽症患者の分離収容を実現させた。先端医療リソースを重症患者に集中させ、パンデミックの緩和を図った。武漢の火神山、雷神山そして軽症者収容病院建設により、病床不足は解消された。

 日本は病床数不足により一時期、感染患者の在宅隔離を実施していた。こうしたやり方は患者の家族を感染の危険に晒し、家庭内での集団感染を生む可能性がある。また、患者は有効な専門治療を施されず、健康状況の把握がされないまま、病状急変により救援治療が間に合わないこともありうる。

 幸いにして現在、こうした在宅隔離はほぼ改められ、ホテルなどの施設を改修し、軽症患者を収容している。

 東京での更に深刻な問題はICU(集中治療室)の驚くべき不足である。2018年の時点で、日本全国の人口10万人あたりのICU病床数は4.3床でしかない。アメリカの35床、ドイツの30床、フランスの11.6床、イタリアの12.5床、スペインの9.7床に比べても圧倒的に少ない。

 日本国内で最も感染者数を抱える東京都は目下、ICU病床が764床しかなく、人口10万人あたりのICU病床数は5.5床に過ぎない。重症患者を受け入れられるだけの病床数の確保が、医療システムの崩壊を避ける鍵となっている。

 新型コロナウイルス治療用病床の確保のため、各国がとった措置は実に様々であった。アメリカに至っては、海軍の医療船も派遣した。トランプ大統領は3月下旬に医療船マーシー号( USNS Mercy)とコンフォート号(USNS Comfort)をそれぞれロサンゼルスとニューヨークに配備した。各々1千病床を持つ2隻の医療船は、新型コロナウイルス感染者の治療に適していないものの大勢の一般患者を受け入れた。これにより、現地の総合病院ではより多くの病床を新型コロナウイルス治療へと振り当てることにつながった。

 「緊急輸入病院」も一種新しい選択肢となった。新型コロナウイルスオーバーシュートに伴う深刻な病床数逼迫に喘いだ韓国は、中国企業遠大グループから「病院」を丸ごと輸入した。遠大はステンレス製プレハブ建築方式を用いて、韓国にオゾン技術を活用した空気清浄・陰圧化ユニットで構築された「陰圧隔離病棟」を迅速に輸出した。現地では僅か2日間の工程で、施設の使用が可能となった。

地球規模の失敗から地球規模での抗ウイルスへ

 感染症は昔から人類の命を脅かす最大の敵であった。例えば、1347年に勃発したペストで、ヨーロッパでは20年間で2,500万もの命が奪われた。1918年に大流行したスペインかぜによる死者数は世界で2,500万〜4,000万人にも上ったとされる。

 100年余りにわたる抗菌薬とワクチンの開発及び普及により、天然痘、小児麻痺、麻疹、風疹、おたふく風邪、流感、百日咳、ジフテリアなど人類の健康と生命を脅かし続けた感染症の大半は絶滅あるいは制御できるようになった。1950年代以降、先進国では肺炎、胃腸炎、肝炎、結核、インフルエンザなどの感染疾病による死亡者数を急激に減少させ、癌、心脳血管疾患、高血圧、糖尿病など慢性疾患が主要な死因となった。

 感染症の予防と治療で勝利を収めたことで、人類の平均寿命が伸び、主な死因も交代した。世界とりわけ先進国の医療システムの焦点は、感染症から慢性疾患へと向かった。その結果、各国は目下感染症予防と治療へのリソース投入を過少にし、同時に現存する医療リソースを主として慢性疾患に傾斜するという構造的な問題を生じさせた。医療従事者の専門性から、医療設備の配置、そして医療体制そのものまで新型ウイルス疾患の勃発に即座に対応できる態勢を整えてこなかった。

 よって、新型ウイルスとの闘いにおいて、武漢、ニューヨーク、ミラノといった巨大な医療リソースを持つ大都市は対策が追いつかず悲惨な代償を払うことになってしまった。

 ビル・ゲイツは早くも2015年には、ウイルス感染症への投資が少な過ぎる故に世界規模の失敗を引き起こす、と警告を発していた。新型コロナウイルス禍は不幸にしてビル・ゲイツの予言を的中させた。

全土支援から世界支援へ

 武漢の医療従事者大幅減員に鑑み、中国は全国から大勢の医療従事者を救援部隊として武漢へ素早く送り込んだ。武漢への救援医療従事者は最終的に4万2,000人に達した。この措置が武漢の医療崩壊の食い止めに繋がった。感染地域に迅速かつ有効な救援活動を施せるか否かが、新型ウイルスへの勝利を占う一つの鍵である。しかし、全ての国がこうした力を備えているわけでない。ニューヨーク、東京の状況からすると、医療リソースがかなり揃っている先進国でさえ救援できるに足りる医療従事者を即座に動員することは難しい。

 さらに深刻なことには、医療リソースに著しく欠ける発展途上国、アフリカはいうに及ばず巨大人口を抱えるアジアの発展途上国の、人口1千人あたりの医師数はインドが0.8、インドネシアは0.3である。1千人あたりの病床数は前者が0.5、後者は1だ。こうした元々医療リソースが稀少かつ十分な医療救援能力を持たない国にとって、新型コロナウイルスのパンデミックで引き起こされる医療現場のパニックは悲惨さを極める。グローバル的な救援力をどう組織するかが喫緊の解決課題となっている。問題は、大半の先進国自体が、目下新型コロナウイルスの被害が深刻で、他者を顧みる余裕を持たないことにある。

科学技術の爆発的進歩

 緊急事態宣言、国境封鎖、都市ロックダウン、外出自粛、ソーシャルディスタンスの保持など、各国が目下進める新型コロナウイルス対策は、人と人との交流を大幅に減少かつ遮断することでウイルス感染を防ぐことにある。こうした措置は一定の成果を上げるものの、ウイルスの危険を真に根絶させ得るものではない。ウイルス蔓延をしばらく抑制することができても、非常に脆弱だと言わざるを得ない。次の感染爆発がいつ何時でも再び起こる可能性がある。

 しっかりとした成果をあげるにはやはり科学技術の進歩に頼るほかない。新型コロナウイルス危機勃発後、アメリカではPCR検査方法を幾度も更新し、検査結果に要する時間を大幅に短縮した。安価で、ハイスピードかつ正確な検査方式が大規模な検査を可能にした。

 アメリカでは迅速な新型コロナウイルス抗体検査方式も確立され、同政府は今、全国民を対象とする新型コロナウイルスの抗体検査実施の動きもある。もちろん、新型コロナウイルスの特効薬とワクチンの開発は各国が緊急課題として急ぎ取り組んでいる。

 人類は検査、特効薬、抗体の三種の神器を掌握しなければ、本当の意味で新型コロナウイルスをコントロールし、勝利を収めたとは言えないだろう。

 危機はまた転機でもある。近現代、世界的な戦争や危機が起こるたびに人類は重大な転換期に向き合い、科学技術を爆発的に進歩させてきた。第二次世界大戦は航空産業を大発展させ、核開発の扉を開けるに至った。冷戦では航空宇宙技術の開発が進み、インターネット技術の基礎をも打ち立てた。新型コロナウイルスも現在、関連する科学技術の爆発的な進歩を刺激している。

 コロナウイルスが作り上げた緊迫感は技術を急速に進歩させるばかりでなく、技術の新しい進路を開拓し、過去には充分に重視されてこなかった技術の方向性も掘り起こす。例えば、漢方医学は武漢での抗ウイルス対策で卓越した効き目をみせ、注目を浴びている。漢方医学は世界的なパンデミックに立ち向かうひとつの手立てになりうる。

 オゾンもまた偏見によりこれまで軽視されてきた。筆者は2月18日にはオゾンについて論文を発表し、新型コロナウイルス対策としてのオゾン抗菌利用を呼びかけた。現在、日本では、感染しやすい環境として「三密」環境が取り上げられている。もしオゾンのセンサーの開発が進展し低価格化が図られれば、有人環境下でのオゾン利用で滅菌抗ウイルスが実現し、室内空間のウイルス感染を抑えることができる。

グローバリゼーションは止まらない

 新型コロナウイルスのパンデミックで、各国はおしなべて国境を封鎖し都市をロックダウンして国際間の人的往来を瞬間的に遮断した。グローバリゼーションの未来への憂慮、国際大都市の行方に対する懸念の声が絶えず聞こえてくるようになった。

 確かに、グローバリゼーションが進むにつれ、国際間の人的往来はハイスピードで拡大し、世界の国際観光客数は30年前の年間4億人から、2018年には同14億人へと激増した。

 グローバリゼーションで、大都市化そしてメガロポリス化も一層世界の趨勢となった。1980年から2019年の間、世界で人口が250万人以上純増したのは117都市、この間これらの都市の純増人口は合計6億3,000万人にも達した。とりわけ、人口が1,000万人を超えたメガシティは1980年の5都市から、今日33都市にまで膨れあがった。こうしたメガシティはほとんどが国際交流のセンターであり、世界の政治、経済発展を牽引している。これらメガシティの人口は合わせて5億7,000万人に達し、世界の総人口の15.7%をも占めている。

 高密度の航空網と大量の国際人的往来は新型コロナウイルスをあっという間に世界各地へ広げ、パンデミックを引き起こした。国際交流が緊密な大都市ほど、新型コロナウイルスの爆発的感染の被害を受けている。

 しかし、冷静に認識しておくべきは、新型コロナウイルスが全世界に拡散した真の原因は、国際的な人的往来の速度と密度ではなく、人類が長きに渡り、感染症の脅威を軽視してきたことにこそある。

 大航海時代から今日まで、人類は一貫して感染症の脅威に晒され、この間、幾度となく悲惨な代償を払ってきた。

 第二次大戦後は感染疾病対策で効果を上げ、ほとんどの感染症が抑えられた。よって、先進国でも世界機関でも長期にわたり感染症の脅威を軽視してきた。

 世界経済フォーラム(WORLD ECONOMIC FORUM)が公表した「グローバルリスク報告書2020(The Global Risks Report 2020)」に並ぶ今後10年に世界で発生する可能性のある十大危機ランキングでも、感染症問題は入っていなかった。また、今後10年で世界に影響を与える十大リスクランキングでは、感染症が最下位に鎮座していた。

 不幸にして世界経済フォーラムの予測に反し、新型コロナウイルスパンデミックは、人類社会に未曾有の打撃を与えた。

 しかし我々は悲観的になる必要もない。新型コロナウイルス禍は、感染症対策への関心と投資を世界的に高め、大幅な技術革新と社会変革をもたらす。人類は感染症の脅威を克服し、世界規模の失敗を世界規模の勝利へと導くに違いない。

 新型コロナウイルス禍はグローバリゼーションと国際大都市化を阻むものではない。新型コロナウイルスパンデミックを収束させた後には、より健全なグローバリゼーションとより魅力的な国際大都市が形作られるであろう。


中国網日本語版(チャイナネット)2020年5月12日

【レポート】周牧之:オゾンパワーで新型コロナウイルス撲滅を

1. 地球における命の守護神

 新型コロナウイルスが中国武漢で爆発的に発生して以来、筆者は遠大科技集団(BROAD Group)の張躍総裁とオゾンを利用した殺菌について日夜電話議論を重ねてきた。張躍氏はオゾン利用による殺菌を提唱する先駆者である。しかし実際の反響はこれまで芳しくなかった。オゾン利用に関する国内外専門家との交流や関連資料調査で、筆者もオゾンについての人々の警戒心を強く感じてきた。オゾンに関する誤解を取り除き、この緊急事態に、オゾンの積極利用を進めるべきとして、オゾンの極めて解りにくい特性に関して系統的な整理を試みた。

 地球大気圏約0~10kmの最低層は対流圏と呼ばれ、そこでの温度と高度の関係は上冷下熱である。対流圏の上部に約10~50kmの成層圏がある。成層圏では温度と高度との関係が対流圏と相反して上熱下冷である。濃度約10~20ppmのオゾン層はこの成層圏にある。オゾン層は紫外線の地球上生物に危害を加える部分を吸収する。よって、有害な紫外線による生物細胞の遺伝子の破壊を押し止め、地球上の生命に生存条件を与えている。

 オゾン層の濃度が現在のレベルに達した時期と地球上の生命が海から上陸した時期はほぼ一致している。言い換えれば、オゾン層がまだ希薄な時期、生命は海の中に潜伏せざるを得なかった。オゾン層の濃度の向上を待ってようやく陸に上がることができた。

 オゾン層の保護がなければ、地球上には細菌一つすら存在不可能であったということになる。もちろん今日の豊かな生命の繁栄もあり得なかった。

 しかし、人類の産業活動によって大量に排出されたフロンガスや揮発性有機化合物(VOC:Volatile Organic Compounds)などによるオゾン層への破壊は、人類の免疫システムを弱め、皮膚ガンや白内障などの発病率を高める被害をもたらした。オゾンホールは地球温暖化と並び、いまや地球環境問題となっている。オゾン層破壊問題は同時に、オゾンを一般大衆の視野に入れるきっかけともなった。オゾン層はその地球生物を保護する性質に鑑み、“アース・ガーディアン”と呼ばれる。

 オゾンは、三つの酸素原子から構成され、酸素の同素体であり、特殊な匂いがする。オゾンは主に太陽の紫外線が酸素分子を二つの酸素原子に分裂させ、その酸素原子がさらに酸素と結合することで作られている。

 高濃度のオゾン層は天然のバリアとなり、地球上の生物を太陽光にある有害な紫外線の攻撃から守り、地球生命の繁栄をもたらしている。

 

2. 天上のGood Ozone,地上のBad Ozone?

 オゾンは高い空の成層圏にあるだけではなく、我々の周囲にも存在している。酸素分子は低空で多く、高空では少ない。これに対して、酸素原子は低空で少なく高空に多い。ゆえに、酸素分子と酸素原子がともにある成層圏に、オゾン層が高濃度で作られている。相反して地面と、オゾン層より高い場所のオゾン濃度は薄い。つまり、大気中のオゾン濃度は地面から約10kmのところより高くなり、成層圏のオゾン層で最大値となる。さらにその上空に行くと、オゾン濃度はまた急激に下がる。

 対流層のオゾン濃度は一般的に0.02~0.06ppmである。この自然界のオゾン濃度は人類を含む大型生物には無害である。しかし、高い濃度のオゾンは人に不快感を与え、目や呼吸器官などの粘膜組織を刺激することもある。よって、アメリカ食品医薬品局(FDA)は室内環境基準のオゾン最大濃度を0.05ppmに規定している。日本産業衛生学会は産業環境基準のオゾン許容濃度を0.1ppmと規定する。中国衛生省もオゾンの安全濃度を0.1ppmと規定している。

 以上のように高濃度オゾンに対する警戒感は元よりあった。加えてオゾンの悪名を轟かせたのは、光化学スモッグ汚染である。光化学スモッグとは、窒素酸化物 (NOx)や揮発性有機化合物(VOC)などの一次汚染物質と、それらに紫外線が照射されることによって発生するオゾンという二次汚染物質からなる。NOxとVOCなどが光化学スモッグをもたらす主な生成物質であるが、光化学スモッグの中のオゾン成分は、80〜90%までにも達する。ゆえに光化学スモッグ汚染イコールオゾン汚染だと世間は捉えがちである。

 光化学スモッグは、目や呼吸器官の粘膜組織に刺激を与え、目の痛み、頭痛、咳、喘息などの健康被害を引き起こす。また植物の成長を抑制し農作物の減産をもたらす。酸性雨の原因ともなっている。

 産業革命以来、大量のNOx排出により対流圏のオゾンが増加した。過去100年、対流圏のオゾン全量は4倍になった。とくに近年、中国を始めとする東アジアでの急速な工業化と都市化に伴い、NOxなど光化学スモッグ生成物質排出量は激増し、対流圏のオゾン増加傾向を加速させている。

 対流圏のオゾン量は成層圏の10分の1に過ぎないが、二酸化炭素(CO2)、メタン(CH₄)に次ぐ第3の地球温暖化ガスとなっている。

 こうした様々な理由により、世間では“対流圏のオゾンは生物に有害な汚染物質である”との認識が広がった。ゆえにオゾンは“天上のGood Ozone,地上のBad Ozone”とも言われている。日本では対流圏オゾンの地球規模の越境汚染に対するモニタリングが重要な課題となっている。

 ここではっきりさせたいのは、光化学スモッグのオゾン濃度は対流圏の自然界での正常な濃度ではなく、人的活動の汚染排出でもたらされた非自然的な高濃度であることだ。さらに光化学スモッグのオゾンにはNOxやVOCなど有害物質が多く含まれている。これもまた自然界の澄み切ったオゾンとは全く異なっている。

 自然界のオゾン濃度は季節と地域によって差異が生じるが、一般的に人体には害を及ぼさない。自然界のオゾンは無害であるばかりかむしろ有益である。自然界のオゾンと光化学スモッグとの違いを区別しなければならない。例えば雷の高圧放電では、空気中の酸素を分裂させ、オゾンを作る。高濃度のオゾンは空気を浄化するために、雷の後、往々にして空気はより清々しいものとなる。また、晴天の海岸や森林はオゾンの濃度が高いため空気は一層清らかである。

 対流圏のオゾンも、人類生存の守護神である。ただ我々は長い間その恩恵に対する研究と認識を欠いていた。

 自然界のオゾン濃度は、大型生物に無害であるものの、微生物にとってはスーパーキラーとなる。強い酸化力を持つオゾンは、自然界の微生物の繁殖を抑制し、地球生態バランスを保ってきた。しかし、これまで地球という生命体の中で微生物を抑制するオゾンの役割は十分には重視されてこなかった。

 その理由の一つは、一般的に低濃度のオゾンには殺菌作用があまり無いと考えられてきたからである。しかし、実際は、一定の暴露時間をかければ低濃度のオゾンも十分な殺菌消毒力を持つ。つまり、自然界の低濃度オゾンが地球上の細菌やウイルスといった微生物の過度な繁殖と拡散を防いできたと言えよう。

 また、オゾンは自然界においては有害有機物を分解する。さらに、オゾンは動植物に季節の変化を知らせるシグナルであるとも考えられる。要するに、対流層のオゾンが無ければ地球は、人類の生存さえあり得ない環境であった。

 実際、オゾンは“天上のGood Ozone,地上のGood Ozone”である。人類がもたらした汚染廃棄物はオゾンを“Bad Ozone”に仕立て上げた。

 

3.“神の手”の仮説:オゾンは疫病を駆逐する?

 2002年冬から2003年春にかけて、SARSの大流行が社会的な大パニックを引き起こした。しかし5、6月になるとSARSは突然に姿を消した。SARSだけではなく、インフルエンザなど飛沫感染のウイルスのほとんどが秋冬に爆発し、春夏には消滅する。見えざる神の手がこれらの病毒を駆逐しているが如くである。

 世界中の研究者の多くがこれまでウイルスと温度、或いはウイルスと湿度との相関関係を追ってきた。しかし、これらの研究では、ウイルスと気温変化との関係がはっきり説明できなかった。インフルエンザを例に取れば、一般的に、低温、低湿の環境ではウイルスが比較的長時間活性を保ち、温度と湿度の上昇に従いその活性が抑制されると考えられている。しかし、実験で証明されたのは、ある程度の温度変化はインフルエンザのウイルスにはあまり影響がなかった。むしろ、湿度をあげることによって同ウイルスの消滅度が上がった。また、赤道付近では気温が最高であるにもかかわらず、インフルエンザウイルスがむしろ年中蔓延している。

 筆者は、酸化力を持つオゾンこそが、真の神の手であると仮説を立てた。

 オゾン濃度は季節により変化する特性を持つ。しかも秋冬が低く春夏に高い。気象庁のオゾン観測情報によると、北から南、札幌、筑波、鹿児島、那覇でオゾン全量は2月から5月の間にピークを迎える。北へ行けば行くほどそのピークの時期は早く訪れる。南ではピークが遅くなる。

 地域によってオゾンの濃度も違っている。同じ気象庁の観測情報によるとオゾン全量ピーク時の濃度は北へ行けば行くほど高い。逆に、南では濃度が低くなる。オゾン量は緯度の変化でその分布も明らかに変化している。赤道近くではオゾン量が最も低く、緯度60°付近の北方地域で最も高い。

 本来、紫外線が強いほど酸素分子の分解スピードは早い。赤道付近は太陽の照射が最大であり、オゾンは最も産出し易いはずである。しかし、オゾン濃度の変化をもたらす要素は多く、そのメカニズムも極めて複雑である。紫外線が強いほどオゾンは作り易くなると同時に、オゾン自体の分解も進む。また、オゾンの分解スピードは温度とも関係がある。温度が高いほどその分解スピードは早まる。さらに、地球規模の大気環流も無視できない。その土地で作られたオゾンが他地域に運ばれることもあり得る。

 対流圏オゾンの大半は成層圏のオゾン層から来ている。同時に植物の光合作用が生むオゾンの量や、人類の産業活動が排出するNOxとVOCの量なども対流圏のオゾン濃度に影響を与える。

 要するに、酸素分子と原子の奇妙な集合離散によって左右されるオゾン濃度は、秋冬が低く春夏に高いリズムを持つ。また、温度が高いほど、オゾンの分解速度は早まる。さらに、湿度も重要である。乾燥状態ではオゾンの殺菌力は劇的に落ちる。

 よって筆者は大胆な予測を以下の仮説を立てた。季節が冬から暖かくなるにつれ、オゾン濃度は高まり、空気の湿度も増すと同時に、オゾンは神の手となって疫病を駆逐する。

 さらにこの仮説を厳密に言うと、殺菌消毒の主力は季節変化の中で高まるオゾンであり、温度と湿度はこれの威力を高める。オゾン、温度、湿度の三者は相まって病魔を駆逐する。勿論、紫外線も微生物の一大キラーであり、室外の細菌病毒を死滅させる重要なファクターである。

 コロナウイルスの大流行によるパンデミックはいつ収束するのかがいま、世界の最大の関心事となっている。経済活動の復興や、社会の緊張の緩和はこれにかかっている。もちろん、目下世界的な株価の大暴落や東京オリンピック開催などの問題もこれに左右されている。もし、上記の仮説が成立すれば、今回の新型コロナウイルスもSARSやインフルエンザと同様、季節の変化によるオゾン濃度の向上によって消え去る。そうであれば現在、コロナウイルス危機の中で苦しむ人々の一つの希望となると同時に、パンデミック対策と復興対策の目処も立てられるだろう。

 大胆な仮説は精密な立証を必要とする。学者専門家の方々にぜひ様々な角度から検証と批判を仰ぎたい。

 

4. 有人空間でのオゾン利用へ

 オゾンは自然界の病毒の駆逐者であるばかりでなく、近代以来、人類もその強い酸化力を活かし、消毒、殺菌、除臭、解毒、漂白などの分野で広く活用してきた。
 ゆえにオゾンは、今回の地球規模でのコロナウイルスとの戦いの中でも活かされるべきである。しかもオゾンには以下の三つの特性がある。

 ①死角無く充満:オゾン発生機などから作られたオゾンは、室内に充満し、空間のすべてに行き届く。その消毒殺菌の死角は無い。これに対して、紫外線殺菌は直射であるため死角が生じる。

 ②有害残留物無し:オゾンはその酸化力を持って細菌と病毒を消滅させる。有毒な残留物は残さない。相反して現在広く使用されている化学消毒剤は人体そのものに有害であるばかりでなく、有害残留物による二次汚染も引き起こす。中国での疫病対策の中で、すでに消毒水の濫用による問題が深刻化している。日本でも十分な注意が必要である。

 ③利便性:オゾンの生成原理が簡易で、オゾン生産装置の製造は難しくない。また、オゾン発生機のサイズは大小様々あり、個室にも大型空間にも対応できる。設置が簡単なためバス、鉄道、船舶、航空機などにも設置が可能である。

 オゾンの消毒殺菌効果は、オゾン自体の濃度だけでなく環境の温度、湿度そして暴露時間とも関係する。さらに、ウイルスの種類とも一定の関係を持つ。新型コロナウイルスに有効か否かについては、直接の実験は未だ無いものの、類似の実験はある。

 中国の李澤琳教授が国家P3実験室で行ったオゾンによるSARSウイルスの殺菌実験結果によると、オゾンはSARSウイルスに対して強い殺菌効果があり、総合死滅率が99.22%に達した。今回の新型コロナウイルスは、SARSウイルスと同様にコロナウイルスに属している。新型コロナウイルスのゲノム序列の80%はSARSウイルスと一致しているという。因って、オゾンは新型コロナウイルスに対して相当の殺菌力を持つことが推理できるであろう。

 オゾンは非常に優れた殺菌消毒のパワーを持つが、個人差はあるものの一定の濃度に達した場合に人々に不快感を与え、また、粘膜系統に刺激を与えることもある。そのため、目下、主に無人の空間で使用されている。

 もし、広く有人空間で使用できれば、オゾンは新型コロナウイルスを駆逐し、空気を浄化させ得る。そうなれば、病院、職場、公共空間、公共交通機関、住宅の室内に到るまで、大きな福音となる。

 これを可能とするには、オゾン濃度のコントロールが必要である。自然界に近い濃度のオゾンを室内に取り入れられれば、人々に不快感を与えることはない。しかし、オゾンは極めて不安定な性質を持ち、一定の濃度にコントロールするには常に濃度を観測する必要がある。問題は、現在濃度観測のセンサーが極めて高価なことである。オゾン濃度センサーが容易に使えないため、オゾン濃度のコントロールは未だ一般的に実現できていない。

 もし廉価でオゾン濃度を安全にコントロールできれば、オゾン利用は容易に世間に受け入れられ、有人空間におけるオゾン利用も進むであろう。よってオゾン濃度センサーのコストの大幅削減を一大課題として取り組むべきである。

 コンクリートジャングルの大都市では、そもそもオゾン濃度は低い。人が集まる室内ではなおさらそうである。コロナウイルスが世界的に蔓延している現在、室内のオゾン濃度基準を上げ、有人空間でのオゾンによる殺菌消毒利用を模索すべきであろう。幸いにして張躍氏は、オゾン生成機能を持つ遠大産の静電空気浄化機を、コロナウイルス対策のために建てられた中国武漢の救急病院である火神山ICU病棟と方艙病院にすでに寄付した。院内感染の防止に役立ったと好評を得ている。最近、遠大グループは韓国からも、オゾン消毒殺菌機能を持つ空気清浄機付きのコロナウイルス対策用救急病院建設を依頼された。

 オゾンと微生物との関係は地球生命体の絶妙なバランスを表している。もしオゾン層の保護が無ければ、ウイルスや細菌などの微生物は存在しなかった。他方、オゾンの強い酸化力もウイルスの天敵である。人類は未だオゾンに対する認識が不十分である。筆者はオゾンに対する偏見と過度な警戒心を捨て、オゾンにまつわる数々の謎を解き明かし、オゾンの特性を十分に理解し、活かしていくべきであると考える。とりわけこの新型コロナウイルスとの戦いの中では、オゾンの力を十分に発揮させていく必要がある。

 

中国網日本語版(チャイナネット)2020年3月19日