【フォーラム】新井良亮:川下から物事を見る発想で事業再構築

ディスカッションを行う新井良亮・ルミネ顧問

 東京経済大学は2022年11月12日、学術フォーラム「供給サイドから仕掛ける地域共創の可能性」を開催した。和田篤也環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、中井徳太郎前環境事務次官をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、周牧之ゼミによるアンケート調査をネタに、新しい地域共創の可能性を議論した。新井良亮・ルミネ顧問・元会長、JR東日本元副社長がセッション2「地域経済の新たなエンジン」のパネリストを務めた。

 

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学術フォーラム「供給サイドから仕掛ける地域共創の可能性」
セッション2:地域経済の新たなエンジン

会場:東京経済大学大倉喜八郎進一層館
日時:2022年11月12日(土)


■ 「地域共創」はもはや実行の段階、時間的猶予はない


周牧之(司会):学術フォーラム開催に当たって実施した周ゼミによる東経大の学生の意識調査のアンケートの中で中央線沿線の「将来住みたい場所」を聞いてみた。吉祥寺や東京が圧倒的人気だった。あとは三鷹、立川が続いた。しかし、昔人気あった国立が今の若い人たちにはあまり人気がないようだ。もちろん、今回は東京経済大学学生のアンケート結果なので、国立に立地する大学の学生から聞くと答えが違ってくると思うが、中央線を運営するJR東日本の元副社長、またルミネの元社長・会長の新井さんは、このような結果をどうご覧になるか。また新井さんがこれまで手がけてきた地域活性化への取り組みに関しても、ぜひご紹介ください。

新井良亮:私は昭和41年に八王子国鉄の八王子管区の機関助士、機関士、電車運転士として三鷹、中野で電車運転しましたから、ここはすべて知り尽くしている。昭和40年代からこのエリアでずっとお付き合いをしていて、なぜこのように国分寺が学生たちにとって不人気なのかは大変理解しづらい。実は国分寺はホテルメッツ(JR東日本のホテルチェーン)ができたのが、たしか武蔵境と共に初めての第1号だ。さらに、駅付きの託児所(保育所)ができたのも国分寺が第1号。そういう意味では住みやすい町だ。それをどう活用していくのか、もっとポテンシャルを上げていくのかに、関わっていくことが大切なことだ。

 今日の表題は「地域共創の可能性」だ。可能性というより、実行する時期に差し掛かっている、もうそんなに時間的な猶予はないと率直に感じている。供給側と需要側がまさにコミュニケーションをとり、連携しながら何を作り出していくのかがものすごく大切だ。そこに個人なり、組織なり、社会なり、国がどう関わっていくのか。その根幹は個人がどのように強い意志をもって考え、実践をしていくかだ。

 混迷する時代、ビジネスは正解がない。成長していくことがすべての問題を解決するという認識の上に立って、一人ひとりが覚悟をしていくことが大切だ。

第2セッション・ディスカッション風景

■ 鉄道事業におけるターニングポイントとパラダイムシフト


新井良亮:コロナ時代の地方創生ということで、JR東日本とルミネの話をさせていただきたい。パラダイムシフトが始まって産業が一変し、人と金が動かなくなった時代の中で、鉄道の役割を考えると、1987年に新会社(国鉄分割民営化)になって以来35年間黒字で来たのが、コロナになった途端に5,000億円を超える赤字になった。ようやく今年上期は黒字になったが、果たして第8波が来た時にどうするのかという危機的な状況にあるのがひとつ。

 もうひとつは、鉄道が明治5年にスタートしてから150年を迎え、ひとつの産業構造として鉄道はこのままでいいのか、大きなターニングポイントを迎えている。新会社以前に国鉄で採用された人たちがいなくなり新しい世代交代を迎えている。

 さらにもうひとつは、鉄道は技術が進歩しないと成長はないわけで、これから鉄道会社が新しい路線を造ることはもうほとんどない。これ以上、環境を破壊してまでスピードアップすることが、何千億という金を使い5分短縮することに血眼になって取り組むことに、どれほどの価値を見出すのか。

 そうなると、社会でどう妥当性を作っていくのかも含めて考えていかなければならない。鉄道はどうするのか。ひとつはやはり地域との共生・共創をしっかり取り組む。これは限りなく地域貢献をしていくことだ。観光・農業・まちづくりを、経済合理性だけではなく社会妥当性をしっかり作ってやっていくことに尽きる。

 そういう意味ではビジネスは得して、得して、大損をするのではなくて、損して、損して、損して、得を取ると。その得は経済上の損得もあるが、企業としての人徳を含めて考えていかなくてはいけない時代に入っている。駅を考えた時に、ステーションという駅があり、もうひとつはベネフィットする社会益を作る役割をしっかり果たすことが、まさに企業価値として存在理由になる。そのことを会社の中でどれほどオーソライズされ、一人ひとりの社員の心の中に納得性を持たせられるかが大切だ。

 もうひとつ、やはり新しい鉄道ビジョンをどう作るかだ。新しいビジネスを考えると、需要側の問題を、今まで首都圏輸送でやっていたのを都市間輸送に変えていかなければならない。今回、大都市のJRでいえば、都内も含め近郊の輸送はもう100%戻っている。問題は、都市間輸送が4割ぐらいしか戻っていない。赤字の原因を変えていかないと駄目だとなれば、地方にもっと力をつけていかなければならない。県庁がある中核都市は何としても支えていく。そのためのビジネスをやる。そのために人を運び、農業をつけ、環境に対して優しいことを企業として取り組むということではないか。

ディスカッションを行う登壇者。左から、中井徳太郎・前環境事務次官、新井良亮・ルミネ顧問、前多俊宏・エムティーアイ社長、高井文寛・スノーピーク代表副社長

■ 産地の特産物に鉄道事業の強みを活かす


新井良亮:今JRが取り組む施策を紹介すると、新幹線ができて青森市は旧市街地が大変な状況になるということで、旧市街地にリンゴを活用したシードルを作り、農業とタイアップしてさまざまな取り組みをしている。それがフランスで世界有数の1、2位のシードルとして認められ、今13工場、13社が進出し、大変なマーケットを作っている。駅ビルを建て直す中で旧市街地を含め抜本的に見直していく。駅ビルの建った前にシードルの工場があるわけで、新しいまちづくりをしている。

 主要な駅では「のもの」という、農産物を駅の中で販売をしていく取り組みを進めている。今まで新幹線は旅客だけだったのを、旅客だけではなく荷物も運ぶ。やはりこれだけのスペースがあるので、朝採りをそのまま届けて店舗に並べている。

■ ニーズをベースに鉄道資源をさまざま活用する


新井良亮:もうひとつは、北海道などの地方ローカル線が話題になっているが、お客さんが鉄道に乗らないから鉄道をなくすということではなく、鉄道のあり方をもっと考え直していく必要がある。只見線の例では、災害が起きて何年ぶりかに10月1日に運転を再開するが、これは上下分離で、施設を自治体が持ち、運行を鉄道が持つということで、只見線の鉄道は存続させる。おそらくこれは北海道とか四国とかでも活用される。

 あとはBRTだが、被災地の新しいバス路線で鉄道の用地と普通の道路を両方渡れるような形でフリークエンシーを高めていく。エリアへの配車の取り組みをし、その駅から車がない、足がないことがないように利便性を高める。

 新しいビジネスとしては、シェアオフィス。これは建築上問題があるとか、国交省も含めていろいろやったが、可動式にすれば可能だということで認めてもらった。わざわざいろいろなところに出かけなくて済むので、実際、非常に稼働率が高い。隣の西国分寺駅では、スマート健康シティに取り組んでいる。隣でできるのであれば国分寺でもできるというような、ポテンシャルを上げる取り組みをしていったらいい。エンタメもありうるし、ニーズをベースに考えてさまざまな利便性を高めたらいいと思う。

■ もう一度川下から物事を徹底して見ていく


新井良亮:ルミネは今の状況を見ると、2018年ベースではほぼ95%まで来た。対前年比はもう130%になった。それはなぜか。コロナでお客様が来ていないと言うが、買いたいという心はずっと持っておられる。やはり若い女性の購買力はすごい。本当にそういう意味では我々はもっと勉強しなければならない。「供給サイドから」で言えば、ビジネスサイドからもう1回川下から物事を見ていくということだ。

 今、ルミネの中でやろうとしているのは、銀行と同じように「ルミネがなくなる日」を想定して何ができるのか、もう一回考えようということだ。たまたまコロナが来たという問題よりも、平成30年を過ぎた段階で30年企業説があるとすれば、ルミネの企業はもう終わりに近づいている。ビジネスとしてこれでいいのかを考えてもらいたいということだ。

 2つ目は、マーケットを徹底して見ていく。川下から、本当にお客様は何を求めているのか。済んだ過去のことをデータから見るだけでなく、お客様の真実を見た上でマーケットを作っていくことに、我々がどれほどの心血を注いでいけるかだ。

 私たちは、不動産賃貸業をやるつもりはないと明確に宣言している。お客様とショップのスタッフと、賃料をこれだけもらえればいいということでなく、お客様とオーナーさんとWin-Winの関係で、いつも成長していく前提に立って物事を考えている。賃料だけ取れればいいという関係は一切、そこにはない。コロナの時は賃料、最低家賃も全部取っ払った。そういうことも含めて考えていかないと、相手が弱るだけだ。

■ 小売りとは何なのか?何を売っていくのか?


新井良亮:小売業とは、読んで字の通り小さな売り方をしているということ。小売りとは売る場で小さく売っているだけで、大本は大量に作っている。それを小分けして売り、最後、売れなくなったらバーゲンするわけだ。不動産だったら、家だったら訴訟が起きることが小売だったらまかり通るのは、何かお客様を小馬鹿にしていることにもなりかねない。

 やはり需要に見合ったものづくりをしていく。そうするとものづくりをする人が、利が取れる。大量に作らせておいて、叩くだけ叩いて安売りして、原価割までして売っている姿では、ものづくりする次の世代は辞めますということになる。

 そういうことをやるよりも、個を売る、個性を売る。品物の要素はクオリティであり、モノの価値を売っていく。モノの価値を売るとは、言ってみればお客様の価値を見出していく。モノの価値を売っていく人とものづくりの人たちが関わりながら一緒に共創していくことが大切だ。これに今ルミネは取り組んでいる。

■ 文化は金にならない?ビジネスの真髄とは


新井良亮:文明は金になるが文化は金にならないと言われるが、そうではない。われわれはファッション文化、食文化だ。成長し続けなければ課題が解決しないというスタンスで物事を進める。ひとつひとつをきちんと作っていかない限りビジネスにならない。

 男性のビジネススーツは、背広とワイシャツ、靴が何足、何種かあればいい。女性は毎日替える。あるいは時間によって替える。とてつもなく感性が豊かで、その需要は多い。ここにルミネが耐えられるかどうか。お店に来ていただけることが、ビジネスの真髄だ。私たちは、お客様と寄り添っていくという大きな狙いをもってファッション文化、食文化に取り組んでいる。社員の75%が女性で、平均年齢33歳。私は例外中の例外で、こういう人がいるのかと言われる(笑)。でも、まだ若い人だけの世代だけでは社会はまとまらないので、やはりバランス良く、お互いの存在をきちんと認識しながらビジネスで日々を過ごしている。ぜひルミネの取り組みをいろいろ見ていただきたい。「価値づくり」と、「顧客感動形」でお客様に感動を与えて再来店を促している。

ディスカッションを行う新井良亮・ルミネ顧問

周牧之:私と新井さんとの付き合いは長くなった。毎回新井さんの話を伺うと、問題意識の鋭さとビジネスのセンス、実行力に敬服する。

 新井さんは長年、地域との関係性を強める視点に立ったビジネスを心がけている。単年度ではなく、長いスパンに立ち、大局観で地域を経営すべきだと提唱されている。実は2017年の東京経済大学の学術フォーラムでも、新井さんは長期的なスパンで企業が周りとのネットワークを重視する経営が重要だと話した。今回のアンケートにあったように、学生の町国分寺は学生が大勢いるにも関わらず、地元と若い人たちとの関係性はそれほど強くない。豊かな地域資源があるにもかかわらず、若い人たちはあまり接していない、使っていない。駅に大型の集合施設があっても、そんなに使っていない。結果、地元の国分寺に対する愛着もそれほど強くはない。こうした現象はおそらく国分寺だけでなく全国的に起こっている。若い人たちと地元との関係性をいかに強めていくかが、地域活性化の根幹に関わる。

新井良亮:学生の皆さんがニーズを出す前に、学生の皆さんでまず議論してほしい。頭から血を出すぐらい考えないと、新しいアイデアは生まれない。皆さんでそこのところを1歩でも2歩でも先んじることだ。

 企業側も行政側も、そこに商工会議所や自治会が入ってこないのは、お客様という視点が欠けているがゆえだ。供給サイドという違う面から見ると、上から目線だ。学生の若い世代から、あるいはカスタマーというお客様の目線で、町を、全体を見た時にとてつもない経営資源があることを、それぞれが自覚することだ。

周牧之:最後に一言、コロナ世代の学生へのメッセージを送ってください。

新井良亮:人生100年時代と言われている中でのコロナの3年間、自分の人生の中で何を位置づけたのか、自分なりにしっかり考えてほしい。ただ、100年時代を迎えた時の3年間がどれほどの価値があるのかをもう一度、違った意味で考えてほしい。問題は、そこで自分が何をやるのか、社会に対して自分は何を目指していくのか、あるいは社会のために何を役立てるか明確な目標をしっかり持つことだと思う。


プロフィール

新井 良亮(あらい よしあき、)/(株)ルミネ顧問

 1946年生まれ、1966年日本国有鉄道に入社。八王子機関区に勤務しながら夜学に通い中央大学法学部を卒業。JR東日本取締役・事業創造本部担当部長、同常務、同副社長を経て、ルミネ社長、同会長、取締役相談役を歴任。


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