東京経済大学は2022年11月12日、学術フォーラム「供給サイドから仕掛ける地域共創の可能性」を開催した。和田篤也環境事務次官、南川秀樹元環境事務次官、新井良亮ルミネ元会長をはじめ産学官のオピニオンリーダー16人が登壇し、周牧之ゼミによるアンケート調査をネタに、新しい地域共創の可能性を議論した。中井徳太郎・前環境事務次官がセッション2「地域経済の新たなエンジン」のパネリストを務めた。
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学術フォーラム「供給サイドから仕掛ける地域共創の可能性」
セッション2:地域経済の新たなエンジン
会場:東京経済大学大倉喜八郎進一層館
日時:2022年11月12日(土)
■ コロナ世代大学生の高いSDGs意識
周牧之(司会):今回、周ゼミが実施した東京経済大学の学生へのアンケートは、大学生活のほとんどを新型コロナ禍で過ごした学生が対象となった。まさしくコロナ世代の意識調査で、コロナは大半の学生に大きな影響を与えているという調査結果が出た。また、今回の調査で明らかになったのは、学生のSDGsに関する意識の高さだ。SDGs世代とも言えるだろう。さらに驚いたのが将来地方で過ごしたい学生の割合は高かった。地方出身の学生の55.9%が地方で暮らしたいと希望していた。都市出身の学生の17.6%も、地方で暮らしたいと答えた。東京の大学に来て、東京で就職するというかつての構図が変わってきているようだ。これはコロナとSDGsの影響が大きいと思われる。実際、彼らが暮らしたい場所への要望を見ると、都市派にせよ、地方派にせよ、まず挙がるのは生活のしやすさだ。
都市派は、さらに娯楽と交流に重心を置き、地方派は、自然環境と子育てへの意識が高い。地方の活性化はこうした若い人たちの要望に応え、地域との関係性を強めることが大切なアプローチとなる。これについては、中井さんが提唱する「地域循環共生圏」に私は大いに賛同している。2015年、パリ協定の直後に行われた東経大の国際シンポジウム「環境とエネルギーの未来」では、中井さんと和田さんは共に周ゼミの学生の問題提起に応える形で、環境で地域を元気にする構想を披露された。中井さんと和田さんのご努力で、現在こうした構想は「地域循環共生圏」という政策になった。
コロナが発生した初年度の2020年、東経大の創立120周年記念シンポジウムでは、中井さんは地域循環共生圏について大西隆先生と共に議論した。今日はこのセッションで、まず中井さん、コロナの世代の若者、地域を元気にする話をいただきたい。
中井徳太郎:周先生から学生のアンケートの紹介があった。学生はまったく「SDGsネイティブ」だというデータが出た。都市と地方でどちらに暮らすかというところで、地方出身者のかなり多くが地方に戻りたいという。
ただ、全体の数字からいうと65%が都市に住みたい、35%が地方となっている。SDGsに関心あるのがほぼ8割近く、SDGsに対する関心はあるけれども、ではどこに住むかというと、都市に住むほうがやはり生活しやすいと。
昔よりは地方を選好する方向にいっている。若い世代の意識はSDGsの大事さ、地球の危機など、自然環境をはじめさまざまな危機への問題意識はあるが、いざ自分が暮らすとなると、やはり快適な生活が必要になる。これは非常に正直なところが出ているのではないか。
■「地域循環共生圏」への3つの移行
中井徳太郎:周先生からご紹介いただいたように、「地域循環共生圏」の構想が今、環境政策、サステナビリティ、GX、SXの環境省が提唱している根本的な概念ということになる。ちょっと難しい言葉だが、これはまさしくSDGsができた2015年の前から、環境省が英知を結集して作った概念だ。これには3つの移行があり、3つの切り口で考えるのが分かりやすい。ひとつが脱炭素社会、カーボンニュートラル。この前提として、エネルギーを化石燃料、地下資源に依存して熱帯雨林を伐ったので、CO₂が増えてこの異常気象になっていると科学的にも証明された状況の中で、エネルギーの使い方を地球に負荷が掛からないようにする。このメルクマールはCO₂がもう増えない世界、カーボンニュートラルと、こういうことだ。これを2050年まで達成しようということで、エネルギーを地球の生態系システムからもたらす再生エネルギーとか、さまざまなものを使って、もうCO₂が増えない形で回していこうということだ。
もうひとつが循環経済、サーキュラーエコノミーという世界になる。これはプラスチックが海に捨てられて大変な問題になっており、2050年には魚の数を超えてしまうぐらいまでプラスチックの量が増えてしまうという推計が出ている深刻さがある。これは同じく化石燃料からプラスチックなどを大量に作り、大量に消費して捨てて、地球は広いから商品にして捨てまくっても大丈夫という発想から、気付いたら地球は有限であって海も有限だったということで、全部がものの繋がりという発想でデザインし直さないとやっていけないことが明確になった。ありとあらゆるものが繋がっているので、「ゴミではない」という考えからすべては「資源である」というぐらいの発想でものをとらえるということだ。
プラスチック、金属素材、そして生物系のバイオマスがすべてゴミという発想ではなく、今のプラスチックも地上資源としてとらえてペットボトルの再生であったり、さまざまな衣服に変えるケミカルリサイクルの技術もある。鉱山から持ってきて作った金属もリサイクル・リユースする、生ゴミも重油を入れて焼却炉で燃やすような無駄なことはせず、堆肥化することもあるわけだ。したがってリサイクル、リユース、リデュースの3Rに、リニューアブルする、を加えた(4R)循環の仕組みができているかの見方でつねに考えていく。
さらにもうひとつは、分散型自然共生社会だ。最近では、これからの世界の潮流である「ネイチャーポジティブ」という言い方に変えようというところもある。自然生態系や地の利をあまりにも無視して都市に人口空間を造ったがために、コロナになった今、いま「三密」だとかリスクが高いということで、一気に分散の方向にいった。それがデジタルツールで可能な時代になった。ここでもう一度人間だけでない自然のメカニズム、生態系、生物のさまざまなものと折り合いをつけて、私たちがこのリアルな空間を使っていくという発想で、生命・生き物と調和する。これはもう分散型だ。
この3つの見方をちゃんと軸に据え、そちらに向いていないものはたぶん駄目、アウトだ。生物、生態系という仕組みに寄り添い、自然の一部であるという発想で、この3つのメルクマールで私たちの地域のことを考えると、都市や地方と分かれてしまったが、身の回りには森里川海の自然の恵みから、エネルギーや食や観光資源や健康になるものが全部ある。デジタル技術などを使い、地産地消・自律分散をネットワーク型でやっていく。これが地域循環共生圏という大きな構想だ。ここは非常に今進み、打ち出してから政策的にも大きな手応えを感じている。
■ 新しい「豊かな暮らし」の未来像への連携
中井徳太郎:ベースとしては、これは冒頭で和田次官が言ったように、CO₂を減らすとか、循環型にするとか、そのこと自体が目的ではない。そのことによって、私たちが豊かで快適でウェルビーイングを実感できる、そちらが目的であり、そういうことをイメージしないと幾らカーボンニュートラルだ、サーキュラーだ、ネイチャーポジティブだとか言ってもどうにもならない。そこで今は、新しい「豊かな暮らし」という視点で、環境省でいうと「森里川海プロジェクト」のような大きなプロジェクトがある。そういうものが結集してわかりやすい未来像に向かって連携していこうという動きも始めている。
まさしく今日のテーマは「供給サイドから仕掛ける」ということで、この供給サイドというものがやはりアウトサイドインと言うか、私たちのベースである暮らしや地域の現場であり、日々、その供給したものを受けるサイドが、どういう立ち位置にあってどういうニーズがあるのか。この方向感は、環境省が今、自然共生型のネイチャーポジティブという言い方をしており、ここら辺がまさしくド真ん中、本流だ。
今日はもうひとつのテーマが集客エンタメ産業ということで、この運動の隊員のようにしてみんなが共有し、供給サイドが仕掛けるターゲットとして、需要サイドの方でこういうことであればみんながハッピーになり、かつその結果、経済事業も回る、そんなところに集客エンタメ産業の未来がある。
■ CO₂を出さない鉄鋼産業へ
周牧之:1985年に私は中国の宝山製鉄所というプロジェクトの担当をやっていた。その時は千葉県にある君津製鉄所をモデルにし、1,000万トンの最新鋭の製鉄所の設備を作ろうとした。その時はいかに国のわずかな予算を使ってこれを実現させるかを精一杯頑張った。当時はまったくCO₂のことは考えなかった。今は、CO₂を出さない製鉄産業をどう作っていくか、まさしく供給サイドからの変革、革命を、どう起こしていくか、だ。中井さんの腕に期待したい(笑)。
中井徳太郎:日本製鉄は2050年カーボンニュートラルをコミットし、橋本社長の陣頭指揮で、本気だ。今、周先生がおっしゃったように、鉄なり金属なりは便利なので、人類はこれを求めてきた。文明の発祥から言うと、レバノン杉を切って鉄文明ができ、金属が便利だとわかり、それが広がれば広がるほどもう森が伐られた。けれど今、2050年カーボンニュートラルを全体でやろうとしているわけで、人類文明のパラダイムシフトというか、大きな文明の転換であり、金属文明と木材・森林の調和ができるかという大きな文脈だと思う。
それを可能にするには、供給サイドでやはり技術の進歩、石炭などでCO₂が出る形ではない形で鉄を精錬することにトライする技術の開発。それだけではなく、すでに地上に上がった鉄や金属をリサイクルすること、さらに鉄から出てくるスラグは、実は海の中に入れると鉄分などがあるので、藻場が再生できてCO₂を吸収する効果もある。そういうトータルな循環という発想に立ち、鉄を作るプロセス、そういうものが森林と関わったり、海の吸収と関わったり、自然生態系の話と関わったり、またプラスチックという地上資源をまた活用して鉄の作る時の材料に使うなど、いろいろな絡みが出てくる局面になっている。
周牧之:おっしゃる通りだ。これからの大きなうねりを皆さんの想像力と努力で支えなきゃいけない。
■「地域経営」を地域活性化の根幹に
周牧之:今回のアンケートにあったように、学生の町である国分寺では学生がたくさんいるにも関わらず、この地元と若い人たちとの関係性はそれほど強くない。豊かな地域資源があるにもかかわらず、若い人たちはあまり接していない、使っていない。駅に大型の集合施設があっても、そんなに使っていない。結果、地元の国分寺に対する愛着もそれほど強くはない。
実はこうした現象はおそらく国分寺だけでなく、全国的に起こっている。やはり若い人たちと地元との関係性をいかに強めていくかが、ひとつの地域活性化の根幹に関わる話だと思う。
中井徳太郎:地域経営という形で、長期の視点で、行政や企業だけではなく、みんながそういう発想を持たなければいけないというのはその通りだと思う。先ほどの集客エンタメと絡むと思うが、今の時代は、新井さんがおっしゃったように、根本にみんなが何故こういうものがあるのかとか、こういうものが存在し続けられるのかとか、そういう根本的なテーマについて、これから何十年も生きていく学生の皆さんが頭を使って考え抜くこと、薄っぺらい話でなく真剣に人生をどうするか考えることが必要だ。やはり核になるところが要ると思う。
また、ぴあさんが集客エンタメという産業の分析をしているとなれば、そこにもちろん哲学が欲しい。スポーツも入って、それが健康寿命を延伸し、地域を繋ぐ。先ほどの3つの分析で人間だけの調和というより、自然生態系すべての文明転換点だから奥深い、根源的な問題だが、その集いの仕掛けが集客エンタメであり得ると思う。環境省の森里川海のプロジェクトでは、フェスもやっている。小川町のフェスは、まさしくオーガニックフェスといって新井さんにも出てもらっており、さまざまな仕掛けをやっている。これは集客エンタメそのもので、いろいろ意識喚起をしている。
環境省で今、30by30という自然生態系にちゃんと人が関わって維持されているものを認定し、それに企業が取り組んでいたら株の評価になるような「自然共生サイト」の仕組みを考えている。脱炭素の方は100カ所を5年以内に先行地域でやるつもりだ。
周牧之:せっかくのチャンスなので、最後に一言、コロナ世代の学生へのメッセージを送ってください。
中井徳太郎:海や川に入り森に入っていってもいい。本物の生の自然の、気持ちいいとか心地いい風だとか、リアルなところをぜひみんな体験してほしい。毎日水を浴びるのでもいい。まず、リアルな肌の感覚、これを取り戻そう。
プロフィール
中井 徳太郎(なかい とくたろう)/日本製鉄顧問、前環境事務次官
1962年生まれ。大蔵省(当時)入省後、主計局主査などを経て、富山県庁へ出向中に日本海学の確立・普及に携わる。財務省広報室長、東京大学医科学研究所教授、金融庁監督局協同組織金融室長、財務省理財局計画官、財務省主計局主計官(農林水産省担当)、環境省総合環境政策局総務課長、環境省大臣官房会計課長、環境省大臣官房環境政策官兼秘書課長、環境省大臣官房審議官、環境省廃棄物・リサイクル対策部長、総合環境政策統括官、環境事務次官を経て、2022年より日本製鉄顧問。
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