【ランキング】〈中国都市総合発展指標2019〉全297都市ランキング


 中国の春節(旧正月)が明けた直後、雲河都市研究院は、中国地級市及びそれ以上の297都市 (都道府県に相当)の中国都市総合発展指標2019における総合ランキングを発表、環境、社会、経済三大項目のトップ100都市ランキングも公表した。趙啓正、楊偉民、周其仁、邱暁華、杜平、明暁東等著名な専門家が特別に寄稿し、中国都市総合発展指標の意義と中国都市発展への期待を寄せた。


趙啓正
中国人民大学新聞学院院長、中国国務院新聞弁公室元主任

 中国都市総合発展指標は都市を理解し、マネジメントするための理念、コンセプト、フレームワークを提供したと、私は確信している。私は同指標が、中国の各都市の市長をはじめとする政策担当者にとって非常に有用な参考書となると思う。1990年代には私自身、上海市副市長を務め、浦東新区の主任及び書記を兼務し、浦東新区開発の重責を負っていた。残念なことに当時は、同〈指標〉のような良い参考書はなかった。

 今日、人間の成長は数多くの指標によって表される。私たちが人間ドックを受ける際には、少なくとも数十の指標を用いる。今なら一般市民にとって馴染み深い健康指標も、30年前の中国では我々自身はもとより医師でさえ、それについて知識を持たなかった。つまり、自分の体を「科学的に管理」しようがなかった。

 30年前、中国人の平均寿命は70歳に至らなかった。それが今は、80歳に近づいている。健康指標の功績は大きい。

 同様に、数十年前、私たちは都市という「大きな体」を、どのような指標で測るかについてあまり意識していなかった。ただごく単純に政治、経済、文化などのマクロ的視点で、都市発展の計画を制定した。今振り返れば一種粗雑で、独断的ですらあった。

 今日、もし都市について緻密な計画と管理とで臨もうとすれば、まず都市に対しての明晰な理念と研究が必要である。そのための、総合的な指標による分析が欠かせない。従って、中国の都市発展には〈中国都市総合発展指標〉が提供する理念、合理性そして総合分析のフレームワークが貴重である。このような指標の精密なデータをもとに、研究を重ね、都市をどうマネジメントしていくかを模索するべきである。これは時代の要請である。


図1 中国都市総合発展指標2019 総合ランキング1-100位都市


楊偉民
中国全国政治協商会議常務委員、中国共産党中央財経領導小組弁公室元副主任

 中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司と雲河都市研究院の研究成果である中国都市総合発展指標は、これまで私が目にした中国都市発展状況を測るものの中で、最も時代性、国際性、実用性に富んだ総合評価である。同〈指標〉は、中国都市の健康状況を見極める総合的な「健診報告」と言ってもいいだろう。そこから各都市は自分のどの指標が健全で、どこが劣っているか、あるいは不健全であるかが見て取れる。各都市はこれによって健康を保持し、都市病を予防し、病症をいち早く治すことができる。

 「健診報告」である以上、毎年「健診」を重ねることが肝要である。新しい指標を絶えず追加し、新しい状況を反映させ、新たな課題を見出すことも大切である。

 都市化は中国経済社会発展の原動力である。中国の都市化の道のりはまだ遠く、長い。中国経済はすでにハイクオリティを目指す発展段階に至った。都市は経済発展の主体であり、またハイクオリティ発展の空間でもある。都市のハイクオリティな発展が、中国全体のハイクオリティな発展につながる。

 中国都市総合発展指標は、環境、社会、経済の3つの視野で都市の発展を評価し、都市空間における均衡発展を重視する真の意味での都市の総合発展評価である。このような都市発展評価は、まさしく科学的かつ包括的な評価であり、中国の都市の持続的な発展に大きく寄与する。

 中国の都市は、生態文明の理念を堅持し、生態環境を重視する都市発展を進めなければならない。土地、水、エネルギー等の資源を節約し、自然へのダメージを最小限に抑えなければならない。生態安全を重視し、森林・湖沼・湿地などの環境生態空間の比重を増やし、さらには汚染物質の排出総量を減らすことも肝要である。

 中国都市総合発展指標は、応用可能な環境、社会、経済指標を体系的に示している。各都市は自らの指標を精査し、どの分野で滞りがあるかを見出し、改善に向けて努力すべきである。中国都市総合発展指標はただの評価指標ではなく、都市の今後進むべき道を指し示すものでもある。


周其仁
北京大学国家発展研究院教授

 都市間の競争は、都市文明を向上させる原動力である。故に都市間で何を比較し、競争するのかが都市発展の方向とクオリティに関わる一大事である。

 これまでの経験では、正しい目標の選択が行われた場合、いわゆる正しい“指揮棒”を手に入れた場合、都市は順当に発展し、強い競争力を獲得できる。その意味では、周牧之教授が率いるチームが貢献した中国都市総合発展指標は、中国都市のハイクオリティ発展に貴重な礎を打ち立てた。各地の市民、観光客、ビジネスマン等は同指標が描く“都市画像”から、生活やビジネスの決め手となる参照を得られる。各都市の政策担当者も同指標を使い、より正確な都市発展の目標や競争戦略を描き、中国都市を一層健全に発展させるであろう。


図2 中国都市総合発展指標2019 総合ランキング101-200位都市


邱暁華
マカオ都市大学経済研究所所長、中国国家統計局元局長

 中国都市総合発展指標は、大変意義のある取り組みである。私なりに下記の4つの意義をまとめた。

 第1に、これは都市発展の羅針盤である。同指標は中国の都市発展にディレクションと目標を示したことで、都市発展の方向性を指導している。

 第2に、これは都市発展の年鑑である。毎年出し続けられる同指標は、中国都市発展の軌跡を記述し、都市発展の変化を記録している。

 第3に、これは都市発展の診断書である。同指標は毎年、都市の「健康診断」を実施している。各都市の健康状況を明らかにし、都市政策の当事者や研究者の状況判断を助けている。

 第4に、これは都市発展の成績表でもある。さまざまな指標から都市の成績を明確に示し、且つ、297都市の違いを一目瞭然にしている。

 中国都市総合発展指標2019の全ランキング公開は中国都市の年度総括であり、年度健診でもある。こうした総括と診断によって中国都市発展の進展と不足が認識できる。これを踏まえ各都市は未来志向で不足を解決し、一層の発展を促し、中国と世界のさらなる良好な関係を築き上げるであろう。


杜平
中国国家戦略性新興産業発展専門家諮詢委員会秘書長、中国国家信息センター元常務副主任

 今回が第4回目の発表となった中国都市総合発展指標は、国内外で好評を博している指標システムである(すでに中国語版、英語版、日本語版が出版)。同指標は、中国の政策担当省庁、地方政府、学界および経済界に重要な参考と啓発を与え続けている。

 中国都市総合発展指標の独自の長所について私なりにまとめてみた。

 一つは、データの欠陥と歪みの問題を解決したことである。これまで中国での指標研究のほとんどは、統計データやアンケートデータにしか使えなかった。これらデータの設計、採集、集計から来るデータの欠陥と歪みは問題が大きかった。

 結果、同指標では、データ源の約30%は統計データ、約30%が衛星リモートセンシングデータ、約40%がインターネット・ビックデータとなっている。これによって、統計データで生じる歪みを是正することができた。さらに、これまで統計データではカバーしきれなかった領域も数字化できるようになった。こうした努力により中国都市総合発展指標が都市を評価するために必要なデータは、質量ともに確保できた。

 二番目に、中国都市総合発展指標の「3×3×3構造」が挙げられる。中国春秋時代の思想家老子は、「一から二が生まれ、二から三が生まれ、三から万物が生まれる」という宇宙観を説いた。都市という複雑かつ巨大なシステムをはかる指標の「3×3×3構造」はこのような思想に合致している。

 中国都市総合発展指標は、そのデザイン理念、指標間のロジック、システムにおいて、実に簡潔かつ合理的である。環境、社会、経済という3つの大項目を立て、9つの中項目、そして27の小項目を置き、878のデータで定量化した。

 よって、同指標は都市の変化を趨勢として捉えると同時に、細部までの変化も網羅する。これは都市の現状や課題を明らかにし、戦略や政策の策定の大きな助けになる。

 三番目は、中国都市総合発展指標がこれまで中国にはなかった指標を開発し、都市発展の趨勢を促す手立てとなったことである。例えば、「DID人口」を用いて、都市発展の規模と質を見極めた。また、「輻射力」という概念を提起し、都市の外部への影響力を様々な分野から検証できた。さらに輻射力と都市機能との相関関係の分析により、各産業がそれぞれ求める都市の機能を明らかにした。

 四番目は、国際比較である。中国都市総合発展指標は中国だけでなく、海外の都市も評価可能となっている。例えば、北京と東京両大都市圏の比較がリアルにできることで、中国の都市発展の目標が一層定まった。

 以上述べたように中国都市総合発展指標は先見性と戦略性を持ち、ハイクオリティな発展を求める中国の都市にとって実用性の高い政策・計画ツールである。


図3 中国都市総合発展指標2019 総合ランキング201-297位都市


明暁東
中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司元一級巡視員、駐日中国大使館元公使参事官

 中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司と雲河都市研究院が共同で研究開発した中国都市総合発展指標(以下〈指標〉と略称)の、2019年度ランキングが、正式に発表された。これは2016年度の初めての発表以来4度目になる。〈指標〉は近年、中国の都市発展の歴史を記録し、都市の高品質発展、空間構造の進化などプロセスをも捉えている。

 ハイクオリティ発展において、〈指標〉は環境、社会、経済の3つの軸から878のデータを精選し、都市の持続発展能力を総合的に表現している。とりわけ〈指標〉は、イノベーション、産業構造の高度化などについて経済大項目の中に「イノベーション・起業」という小項目を置き、都市の新たな活力を捉えている。指標の公表以来5年間、中国の都市発展のクオリティは明らかに向上し、都市化率も上昇し、約1億の農業人口が都市へ移動した。毎年1,300万人を超える都市部への就業増が実現した。都市の軌道交通も迅速に発展し、運行距離は5,500キロメートルに達した。都市の環境マネジメント力も強化し、汚水処理率は95.6%に達した。生活ゴミの無害処理率も大幅に上昇した。スマート化、グリーン化は、人文化への追求によって都市の在りようは一新された。

 空間構造において、〈指標〉は297の地級市およびそれ以上の都市を網羅し、中国都市の空間的な分布をすべてカバーし、中心都市とメガロポリスを軸にした中国の空間構造をきちんと捉えている。〈指標〉は、「輻射力」指標のシリーズを設定し、さまざまな分野における都市の影響力を顕にした。過去5年間で、人口集積と産業集積においてメガロポリスの存在が更に顕著になってきた。現在19のメガロポリスは75%の都市人口をかかえ、80%以上のGDPを貢献している。都市圏も急速に形成されている。中心都市の輻射力は増大し、圏域内におけるインフラ整備、公共サービスの提供、産業の連携は進んでいる。

 都市と農村の関係において、中国の都市行政区域の中には都市空間と農村空間双方が存在しているため、〈指標〉は都市を対象としているが、環境、社会、経済各大項目の中に農業、農村、農民に関わる指標を数多く設置している。とくに、経済大項目の中に「都市農村共生」という小項目を置き、都市の発展と農村の振興とのバランスを測っている。過去5年間で中国における都市と農村との協調発展の政策体系がより整備され、都市と農村における基本公共サービスの連携が一層深まった。農村部での水、電力、道路、ネットワークなどのインフラ整備水準が向上し、都市と農村の住民の収入比は2014年の2.75から2019年の2.64へと縮小した。

 中国都市総合発展指標2019は、中国都市発展の新たな変化も捉えている。前年度と比べ、東北地域の長春、ハルビン両市は総合ランキングのトップ30から転落した。主な原因は社会大項目での指標成績が悪化したことにある。相対して中部地域は、南昌と西部地域の貴陽の両市は、同トップ30への仲間入りを果たした。

 中国都市総合発展指標2019で、CO2排出量への評価を導入したことにより、環境大項目においてはランキングの変動が大きい。前年度と比較し、上海、広州両市の順位が向上し、深圳に次いで全国第2位と第3位を勝ち取った。これは、環境マネジメントの強化でメガシティでも環境問題を改善できることを示した。相対して温州、龍岩、黒河、天津、南平、莆田、泉州、フルンボイル、臨滄など都市はトップ30から転落した。

 社会大項目においては、そのランキングは経済大項目との相関度が高い。これは経済成長が社会発展の礎であることを意味する。相対して、海口、石家荘、南昌、ラサ、ウルムチ、蘭州、呼和浩特、銀川、西寧など省都・自治区首府がトップ30入り出来なかった。

 経済大項目においては、順位の変化はあったものの、トップ30の都市には古参メンバーが多く見られた。強いものが常に強いという局面が現れている。相対して、常州と煙台両都市はトップ30から脱落した。

 中国都市総合発展指標2019ランキングにおける変化からいくつかの構造的な特徴が見て取れる。①中国の経済分布が基本的に安定し、経済の重心が依然として東南地域に偏っている。②生態環境が全体として改善されたものの、個別では伝統的に環境が優れていたいくつか都市の環境データが悪化した。③社会発展が安定的に進んでいるものの、経済発展への依存が依然として強い。

 以上から見て取れるように、よく体系化され、適切な指標を選定した中国都市総合発展指標は、都市の主な発展分野を網羅し、中国都市発展の方向性を明確に示す重要な政策ツールである。


図4 中国都市総合発展指標2019 環境ランキング1-100位都市


図5 中国都市総合発展指標2019 社会ランキング1-100位都市


図6 中国都市総合発展指標2019 経済ランキング1-100位都市


中国網日本語版(チャイナネット)」2021年3月11日

【ランキング】「中国中心都市&都市圏発展指数2019」都市ランキング 〜36中心都市発展パフォーマンス大公開〜

 国際シンクタンクの雲河都市研究院が作成した中国中心都市&都市圏発展指数2019がこのほど発表された。総合ランキングのトップ3は北京、上海、深圳。第4位から第9位は順に広州、天津、成都、杭州、重慶、南京となった。

 2018年のトップ10都市と比べ2019年は第1位から第9位まで順位の変化は無かった。中心都市ではない蘇州が第10位に仲間入りしたことで武漢がトップ10から転落した。トップ10以外の都市では、寧波、鄭州、済南、福州、貴陽、石家荘、南寧、銀川などの都市の順位が上がった。

 中国中心都市&都市圏発展指数は中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司の依頼で開発された中国都市総合発展指標をベースにバージョンアップされ、同計画司と雲河都市研究院が共同で開発した中国都市総合発展指標の派生指数として、36の中心都市の評価に特化したものである。今回は、2017年以来の3度目の発表になる。

 中国中心都市&都市圏発展指数2019のランキングでは東北三省の転落が目立つ。前年度と比べ、同地域における瀋陽、長春、ハルビンの3省都はそれぞれ2つ、1つ、3つ順位を下げ、それぞれ第21位、第26位、第29位となった。新中国の重化学工業基地としての雄姿と今日の中心都市間競争における落ち込みぶりとが大きなギャップを感じさせる。

 中国中心都市&都市圏発展指数の大きな特徴は、中国の4大直轄市、22省都、5自治区首府、5計画単列市の計36都市を「中心都市」とし、全国297の地級市以上の都市の中で評価した点にある。同指標の分析によると、これら36の「中心都市」は全国GDP規模の40.5%、貨物輸出の51.3%、特許取得数の48.6%を占め、全国の常住人口の24%、DID人口の42%、メインボード上場企業の67.5%、全国の981&211高等教育機関(トップ大学)の94.8%、5つ星ホテルの57.8%、三甲病院(最高等級病院)の48.1%を有している。

 中国中心都市&都市圏発展指数2019は「都市地位」、「都市圏実力」、「輻射能力」、「広域中枢機能」、「開放交流」、「ビジネス環境」、「イノベーション・起業」、「生態環境」、「生活品質」、「文化教育」の10大項目と30の小項目、114組の指標からなり、包括的かつ詳細に、中心都市の都市圏発展を指数で診断し、中国中心都市の高品質発展を促す総合評価システムである。

 中国中心都市&都市圏発展指数中国都市総合発展指標の878の基礎データから438の基礎データを精選し、中心都市の都市圏発展を評価するための指標システムを構築した。これら基礎データは、統計データだけではなく、衛星リモートセンシングデータやインターネットのビッグデータも取り入れている。中国中心都市&都市圏発展指数はある意味では五感で都市を感知するマルチモーダルインデックス(Multimodal Index)である。例えば衛星リモートセンシングデータによるDID(Densely Inhabited District:人口集中地区)分析は、都市圏人口の規模、分布、密度を正確に把握し、それらと経済発展、インフラ整備、ガバナンス、生態環境マネジメントとの関係を多面的に分析でき、都市圏研究レベルを一挙に引き上げた。これはまさしく斬新なスーパーインデックスである。

 二酸化炭素排出量を中国の都市圏評価に取り入れたことは、中国中心都市&都市圏発展指数2019の一大進化である。長年の努力により雲河都市研究院は、衛星リモートセンシングデータの解析とGISの分析を用いて各都市の二酸化炭素排出量を正確に算出した。これにより都市圏評価の精度と分析幅を格段に上げた。

1.「都市地位」大項目

 北京、上海は「都市地位」大項目ランキングのトップ2であり且つ偏差値の高さで他都市を大きく引き離している。ランキング第3位から第10位までは順に天津、重慶、広州、深圳、南京、杭州、成都、武漢が入った。2018年と比べ北京、上海の順位は不動であり、天津、重慶、深圳の順位は上昇した。とくに深圳は、2018年の第9位から2019年には第6位へと躍進した。

 「都市地位」大項目は行政機能のレベルだけでなく、メガロポリスにおける中心都市の役割、そして“一帯一路”、“長江経済ベルト”、“京津冀協調発展”など国家戦略におけるパフォーマンスをも評価する。

 そのため、同大項目は「行政機能」、「メガロポリス&都市圏」、「一帯一路」の3つの小項目指標を設置し、「行政階層」、「大使館・領事館」、「国際組織」、「メガロポリス階層」、「中心都市階層」、「都市圏階層」、「一帯一路指数」、「歴史的地位」など8組の指標データで構成される。

 (1)「行政機能」小項目:北京、上海、重慶は同小項目のトップ3である。第4位から第10位までの中心都市は天津、瀋陽、広州、杭州、南京、成都、武漢であった。首都、直轄市、省都が行政機能小項目において優勢であった。

 (2)「メガロポリス&都市圏」小項目:北京、上海、深圳が同小項目のトップ3を飾った。第4位から第10位までの中心都市は広州、天津、杭州、南京、成都、重慶、合肥であった。メガロポリス&都市圏小項目では、長江デルタ、珠江デルタ、京津冀、成渝の四大メガロポリスの都市の得点が高い。

 (3)「一帯一路」小項目:北京、上海、深圳は同小項目のトップ3であった。第4位から第10位までの中心都市は広州、ウルムチ、昆明、南京、ラサ、西安、天津だった。2018年と比べ北京、上海、深圳、南京の順位は維持されたものの、広州、ウルムチ、昆明、ラサ、西安の順位が上がり、一帯一路の拠点都市であることに加え、貿易・投資や人の往来の活発な都市の得点が高い。

2.「都市圏実力」大項目

 「都市圏実力」大項目ランキンングトップ3は北京、上海、深圳である。偏差値からみると他都市と比べ、この3都市の優位性が突出している。他にトップ10入りした中心都市は広州、重慶、天津、杭州、成都、武漢の6都市であった(トップ10内に36中心都市ではない都市が含まれる場合がある。以下同)。

 2018年と比べトップ10都市のうち北京、上海、深圳、広州の順位は不動だった。重慶は1位、杭州は2位順位を上げた。このほかにも寧波、鄭州、福州、済南、昆明、貴陽、石家荘、西寧、銀川、フフホト、ラサなど都市の順位が上がった。

 「都市圏実力」大項目は「経済規模」、「都市圏品質」、「企業集積」の3つの小項目を設置し、都市の経済と人口規模、そして都市圏の人口集約度とその構造、さらにはその経済中枢機能を評価する。

 そのため、同大項目は「GDP規模」、「税収規模」、「固定資産投資規模指数」、「電力消費量」、「常住人口」、「DID人口」、「常住人口増加率指数」、「人口流動」、「DID面積指数」、「都市圏人口集中度」、「都市圏構造」、「フォーチュントップ500中国企業」、「中国トップ500企業」、「メインボード上場企業指数」の14の指標データで支えられる。

 (1)「経済規模」小項目:上海、北京、重慶が同小項目のトップ3を飾った。偏差値からみて他都市に比べ同三都市は優位性が明らかである。トップ10ランキング入りの中心都市は他に深圳、広州、天津、成都、武漢、杭州の6都市であった。深圳、広州の経済規模はすでに天津のそれを超え、四大直轄市にひけをとらない経済力を有している。2018年と比べ、2019年は36中心都市中、同小項目のトップ10都市の順位は変わらなかった。鄭州、寧波、長沙、西安、合肥、福州、済南、昆明、太原、ウルムチ、蘭州、フフホト、銀川、西寧、ラサなど都市の順位は上がった。

 (2)「都市圏品質」小項目:上海、深圳、北京が同小項目のトップ3を飾った。ランキングトップ10入りした中心都市は他に、広州、天津、武漢、成都、杭州の5都市であった。297の地級市以上の都市のうち、2019年は重慶が同小項目で順位が第31位と振るわなかったものの、2018年の第43位と比べると上げ幅は大きく、これが「都市圏実力」大項目での順位アップの由来であった。同小項目では杭州が2018年の第13位から2019年には第10位に上がったことが、同市の「都市圏実力」大項目での順位上昇につながった。

 (3)「企業集積」小項目:北京、上海、深圳は同小項目において圧倒的な優位でトップ3位を占め、同3都市の企業本社集積規模の強大さは突出していた。ランキング10位入りした中心都市は他に広州、杭州、南京、寧波、重慶、福州の6都市であった。36中心都市全体からみると、2018年に比べ広州、寧波、福州、アモイ、済南、青島、鄭州、銀川、フフホトなど都市が順位を上げた。

3.「輻射能力」大項目

 「輻射能力」大項目ランキング第1位の都市は北京であり、そのゆるぎない力で、同大項目における各小項目ランキングでも軒並み1位を獲得した。上海、深圳、広州、成都、杭州、南京、武漢、西安の8中心都市もトップ10入りした。2018年と比較し、トップ10のうち北京、上海、深圳、杭州、南京の順位は不動で、広州、武漢の順位は僅かに上がり、成都、西安は順位を下げた。天津はトップ10から弾き出された。

 中心都市が「中心都市」たる所以は、周辺地域や全国への輻射力の大きさにある。このため、都市の輻射力をはかることが中心都市評価のキーポイントとなる。「輻射能力」大項目は、まさに中心都市の各機能が全国及び周辺地域に与える影響力の強弱をはかる指標である。同大項目は、都市の産業、科学技術、高等教育など分野の輻射力をはかるだけでなく、都市での生活サービス分野の輻射力を特に注視し明らかにしている。

 同大項目では「産業輻射力」、「科学技術・高等教育輻射力」、「生活文化サービス輻射力」の3つの小項目指標を立て、「製造業輻射力」、「IT産業輻射力」、「金融業輻射力」、「科学技術輻射力」、「高等教育輻射力」、「文化・スポーツ・娯楽輻射力」、「医療輻射力」、「卸売・小売輻射力」、「飲食・ホテル輻射力」など9組の指標データから構成される。

 (1) 「産業輻射力」小項目:北京、深圳、上海がトップ3の雄姿を示した。トップ10入りした中心都市は他に成都、広州、杭州、南京、アモイの5都市であった。36中心都市全体からみると、2018年と比べ北京、深圳、上海、成都、アモイ、福州、寧波の順位は維持された。広州、重慶、武漢、合肥、海口、瀋陽、太原、石家荘、西寧、ウルムチ、南寧、フフホトなど都市の順位は上がった。

 (2) 「科学技術・高等教育輻射力」小項目北京、上海、深圳は同小項目のトップ3を占め、とくに北京の優位性が際立った。ランキング第4位から第10位までの都市は広州、南京、天津、成都、杭州、武漢、西安であった。36中心都市全体からすると2018年と比べ北京、上海、長沙、大連、合肥、瀋陽、太原の順位は変わらず、深圳、南京、天津、杭州、済南、青島、寧波、長春、アモイ、福州、石家荘、銀川など都市の順位は上がった。

 (3)「生活文化サービス輻射力」小項目:北京、上海、成都が小項目のトップ3を占め、北京の同小項目での優勢が突出していた。ランキング第4位から第10位までに入った中心都市は広州、杭州、武漢、南京、深圳、天津、西安の7都市だった。深圳は第7位から第8位へと順位を下げた。

4.「広域中枢機能」大項目

 「広域中枢機能」大項目ランキングの第1位は水路輸送、陸路輸送、航空輸送いずれも上海が優勢を誇り、偏差値から見て他都市を大きく引き離した。ランキング第2位から第10位までの中心都市は広州、深圳、北京、天津、青島、寧波、アモイ、重慶、南京だった。2018年と比べ第5位までの都市に変化はなく、青島、アモイの順位はやや上がり、重慶は2018年の第11位から2019年には第9位へと上昇し陸路輸送の貢献が大きかった。

 交通中枢は中心都市の重要な機能で、これは他のセンター機能が成り立つ土台でもある。広域中枢機能は都市の水路輸送、陸路輸送、及び航空輸送のインフラ条件と輸送量を測る大項目である。

 同大項目は「水路輸送」、「航空輸送」、「陸路輸送」の3つの小項目を設置し、「コンテナ利便性」、「コンテナ取扱量」、「水運輸送指数」、「空港利便性」、「航空輸送指数」、「鉄道利便性」、「鉄道密度指数」、「高速道路密度指数」、「国道・省道密度指数」、「道路輸送指数」など10組の指数データで構成される。

 (1)「水路輸送」小項目:上海、深圳、寧波は同小項目のトップ3をとなった。ランキング10位内に入った中心都市は他に、広州、青島、天津、アモイ、大連の5都市で、臨海都市が同小項目の上位を占めた。

 (2)「航空輸送」小項目:上海、北京、広州が同小項目のトップ3であった。いずれも中国最大の航空輸送中枢都市であり、偏差値から見た優位性が顕著である。深圳、成都、昆明、重慶、西安、杭州、鄭州は第4位から第10位までを占めた。西南・西北地域の航空輸送依存の高さが、成都、昆明、重慶、西安など都市の航空中枢地位を高めた。

 (3)「陸路輸送」小項目:広州、深圳、貴陽が同小項目のトップ3であった。ランキング10入りした中心都市は他に、北京、上海、南京、重慶、武漢の5都市であった。同小項目の中で西南地域の貴陽のパフォーマンスは目を見張るものがあった。

5.「開放交流」大項目

 「開放交流」大項目ランキングトップ10入りした中心都市は上海、深圳、北京、広州、重慶、天津、成都、寧波、杭州の9都市である。2018年と比べ、トップの上海は首位の座を維持し、深圳、重慶、成都、寧波は順位をあげた。

 開放交流はグローバリゼーションを背景に、都市と世界との人、カネ、モノの交流交易を推し量る重要な指標である。同大項目は「国際貿易」、「国際投資」、「交流業績」の3つの小項目指標を立て、「貨物輸出」、「貨物輸入」、「実行ベース外資導入指数」、「対外直接投資」、「海外旅行客」、「国内旅行客」、「国際旅行外貨収入」、「国内旅行収入」、「世界観光都市認定指数」、「国際会議」、「展示会業発展指数」など11組の指数データから成る。

 (1)「国際貿易」小項目:上海、深圳、北京が同項目でトップ3を飾った。トップ10入りした中心都市は他に広州、寧波、天津、アモイの4都市だった。2018年と比べ、寧波、成都、合肥、長沙、済南、昆明、南寧、海口など都市の順位が上がった。

 (2)「国際投資」小項目:上海、深圳、北京がトップ3だった。ランキング第4位から第10位までの中心都市は順に天津、重慶、寧波、青島、成都、大連、武漢であった。2018年と比べ、ランキングトップ10入りした中心都市の中で、上海、深圳、寧波、成都、大連、武漢の順位が上がった。

 (3)「交流業績」小項目:上海、北京、広州が同項目のトップ3となった。偏差値から見ると、トップ3都市の値が他都市を大きく引き離した。ランキング第4位から第10位までの中心都市は順に、深圳、重慶、成都、杭州、武漢、西安、アモイだった。2018年と比べ、ランキングトップ10入りした都市では、杭州、武漢、西安、アモイの順位がアップした。

6.「ビジネス環境」大項目

 「ビジネス環境」大項目ランキングトップ3の都市は、北京、上海、広州であった。深圳、成都、南京、天津、武漢、杭州、重慶が順に第4位から第10位となった。2018年と比べ、トップ10入りした中心都市の中で北京、南京、武漢、杭州の順位が上がった。

 ビジネス環境は、都市の交流交易経済を開花させる大切な要素である。同大項目は純粋なビジネスサポートを測るだけでなく、都市の政策的なサポートも評価する。市内交通を、ビジネス環境を測る重要な指標としている点は特記すべきである。

 同大項目は、「園区支援」、「ビジネス支援」、「都市交通」の三つの小項目指標を設置し、「国家園区指数」、「自由貿易区指数」、「平均賃金指数」、「事業所向けサービス業従業員数」、「ハイクラスホテル指数」、「トップクラスレストラン指数」、「1万人あたり公共バス利用客数」、「都市軌道交通距離」、「都市歩道・自転車道密度指数」、「公共交通都市指数」など10組の指数データで構成する。

 (1)「園区支援」小項目:深圳、上海、アモイがトップ3都市となった。トップ10入りした中心都市は他に、海口、天津、重慶、西安の4都市あった。2018年と比べ、トップ10中心都市の中で深圳、海口、天津の順位が上がった。

 (2)「ビジネス支援」小項目:北京、上海、深圳がトップ3となった。トップ10入りした中心都市は他に、広州、成都、杭州、天津、南京、重慶の6都市であった。2018年と比べ、トップ10都市のうち深圳、南京の順位が上がった。

 (3)「都市交通」小項目:北京、上海、広州がトップ3を占めた。ランキング第4位から第10位までの都市は順に深圳、武漢、成都、南京、蘭州、杭州、ウルムチだった。2018年と比べ、北京が上海に代わって第1位となった。成都、蘭州、杭州の順位が上がった。

7.「イノベーション起業」大項目

 「イノベーション・起業」大項目では深圳が北京を追い落として第1位を獲得した。トップ10入りした中心都市は他に、北京、上海、広州、杭州、成都、南京、天津、武漢の8都市だった。2018年と比べ、トップ10都市の中で深圳、広州、成都の順位が上がった。

 イノベーション・起業は交流交易経済の融合、再編の重要手段であり、都市発展の主要な原動力である。よって同大項目は研究開発への投入だけでなく、その成果も重視する。また起業の活力を見据え、さらに政策支援も評価した。

 よって同大項目には「研究集積」、「イノベーション・起業活力」、「政策支援」の3つの小項目指標を置き、「R&D内部経費支出」、「地方財政科学技術支出指数」、「R&D要員」、「中国科学院・中国工程院院士指数」、「創業板・新三板上場企業指数」、「特許取得数指数」、「国家改革試験区指数」、「国家イノベーション模範都市認定指数」、「情報・知識産業都市認定指数」、「国家重点研究所・工学研究センター指数」など10組の指標データから構成される。

 (1)「研究集積」小項目:同小項目ランキングトップ3を飾った都市は、北京、深圳、上海だった。偏差値からみると同3都市のパフォーマンスが他都市をはるかに上回った。トップ10入りした中心都市は他に広州、南京、杭州、天津、武漢、成都の6都市だった。2018年と比べると、トップ10都市の中で、深圳、広州、南京、杭州、成都の順位が上がった。

 (2)「イノベーション起業活力」小項目:トップ3の都市は深圳、北京、上海であった。中でも深圳、北京両都市の偏差値は他都市を大きく引き離した。トップ10入りした中心都市は他に広州、杭州、成都、南京の4都市だった。2018年と比べ、トップ10入りした中心都市には順位をあげた都市はなかった。

 (3)「政策支援」小項目:同小項目ランキングトップ3都市は北京、上海、重慶であった。トップ10入りした中心都市は他に天津、成都、武漢、青島、西安、深圳の6都市で、直轄市の政策支援の手厚さが目立った。2018年と比較すると、トップ10入りした中心都市では成都、武漢、西安、深圳の順位が上がった。

8.「生態環境」大項目

 上海、深圳、北京が「生態環境」大項目のトップ3を飾った。トップ10入りした中心都市は他に広州、重慶、成都、アモイ、武漢の5都市だった。2018年と比べ、36中心都市の中で深圳、重慶、成都、武漢、南京、長沙、貴陽、昆明、ラサ、西寧の順位が上がった。

 都市にとっては、生態環境の品質や資源利用の効率の重要性はますます高まっている。同大項目指標は環境品質と資源効率を重視すると同時に、都市の環境努力への評価も行う。特記すべきは、今年度、初めて二酸化炭素排出量の評価を導入した点である。

 これにより、同大項目は「環境品質」、「環境努力」、「資源効率」の3つの小項目指標を置き、「気候快適度」、「空気質指数」、「1万人当たり水資源」、「森林面積」、「自然災害による直接的経済損失指数」、「地質災害による直接的経済損失指数」、「災害警報」、「公園緑地面積」、「環境努力指数」、「環境配慮型建築設計評価認定項目」、「国家環境保護都市認定指数」、「DID人口指数」、「GDP当たりCO2排出量」、「一人当たりCO2排出量」、「市街地土地産出率」など15組の指標データで構成される。

 (1)「環境品質」小項目:36中心都市の中で同小項目トップ30入りしたのは、3都市に限られ、海口の第15位、ラサの第17位、昆明の第27位であった 同項目において中心都市の成績は芳しくなかった。2018年と比べ、36中心都市の中で、重慶、寧波、南寧、杭州、成都、南京、蘭州、西寧、合肥、長沙、武漢の順位が大幅に上がった。

 (2)「環境努力」小項目:北京、上海、深圳が同小項目のトップ3を飾った。トップ10入りした中心都市は他に重慶、広州、鄭州、南京、天津、成都の6都市だった。2018年と比べると36中心都市の中で深圳、鄭州、南京、成都、アモイ、済南、寧波、西安、貴陽、長春、銀川、太原、ウルムチ、フフホト、海口、西寧の順位が上がった。

 (3)「資源効率」小項目:上海、深圳、北京が同小項目でトップ3を飾った。トップ10入りした中心都市は他に、広州、武漢、成都、長沙、南京の5都市だった。2018年と比べ、36中心都市の中で、長沙、重慶、貴陽、ラサの順位は上がった。

9.「生活品質」大項目

 「生活品質」大項目では北京、上海、広州がトップ3となった。杭州、成都、重慶、南京、武漢、天津、深圳が順に第4位から第10位までとなった。2018年と比べ、トップ10のうち前から3位までは不動だった。杭州、成都、重慶、武漢の順位は高くなった。

 ハイクオリティな生活は都市を評価する最重要ポイントのひとつである。高い生活水準を支えるサービス業も都市発展の重要な支柱となる。また都市の住みやすさや安全性も一大関心事である。生活消費水準の評価や医療福祉の水準も重視する。

 同大項目は都市の「住みやすさ」、「生活消費水準」、「医療福祉」の3小項目指標を設置し、「住みやすい都市認定指数」、「文明衛生都市認定指数」、「安全安心都市認定指数」、「中国幸福感都市認定指数」、「交通安全指数」、「1万人当たり社会消費財小売消費額」、「海外高級ブランド指数」、「1万人当たりホテル飲食業営業収入額」、「1万人当たり通信費額」、「1万人当たり住民生活用水量」、「平均寿命」、「医師数」、「三甲病院(最高等級病院)」、「高齢者福祉施設ベッド数」など14組の指標データで構成される。

 (1)「住みやすさ」小項目:同小項目では上海が首位、成都が第3位だった。ランキングトップ10入りした中心都市は他に、杭州、北京、寧波、南京、西安、長沙の6都市だった。2018年と比べ、トップから第4位までの順位は変わらなかった。36中心都市の中で、多数の都市が順位を上げた。特に西安、広州、鄭州、昆明、済南、福州、ラサ、貴陽、ハルビン、南昌、フフホト、蘭州、太原、西寧の順位の上げ幅が高かった。

 (2)「生活消費水準」小項目:北京、上海が同小項目の1位2位を獲得した。トップ10入りした中心都市は他に広州、海口、ラサ、アモイ、深圳、南京の6都市だった。2018年と比べ、トップ10都市の中で北京、上海の上位は変わらず、海口、ラサ、アモイが順位を引き上げた。

 (3)「医療福祉」小項目:北京、上海、重慶が順に同小項目のトップ3だった。広州、成都、天津、杭州、武漢、済南、南京が順に第4位から第10位となった。2018年と比べ、トップ10都市では重慶、成都、済南の順位が上がった。

10.「文化教育」大項目

 「文化教育」大項目のランキングでは北京、上海、広州が上位3位を占めた。特に北京、上海の偏差値は他都市を大きく引き離し、両都市の文化教育資源の厚みが突出していた。南京、武漢、成都、杭州、天津、重慶、深圳が順に第4位から第10位となった。2018年と比べ、36中心都市中、前から6番目までの順位は変わらなかった。杭州、深圳、鄭州、合肥、福州、昆明、石家荘、太原、ラサの順位が上がった。

 文化教育は都市の精神世界を形作る。「文化教育」大項目は都市文化娯楽生活の場所と関連消費を測るだけでなく、国際性、全国的な文化パフォーマンス、教育投資と傑出人材育成も評価する。

 同大項目では「文化娯楽」、「文化パフォーマンス」、「人材育成」の三つの小項目を立てた。同大項目は、「映画館・劇場消費指数」、「博物館・美術館指数」、「スタジオ指数」、「動物園・植物園・水族館」、「公共図書館蔵書量」、「世界トップ大学指数」、「傑出文化人指数」、「オリンピック金メダリスト指数」、「地方財政教育支出指数」、「1万人当たり幼稚園在園児童数」、「インターナショナルスクール」、「高等教育指数」、「傑出人物輩出指数」など13組の指標データから成る。

 (1)「文化娯楽」小項目:北京と上海は同小項目で1位と2位を飾った。両都市の偏差値は他都市を大きく引き離した。両都市の文化娯楽分野での突出ぶりが明らかである。トップ10入りした中心都市は他に重慶、広州、深圳、成都、杭州、南京、天津の7都市だった。2018年と比較し、36中心都市の中で北京、上海の王者ぶりは変わらなかった。重慶、南京、鄭州、長沙、済南、寧波、福州、ラサの順位はアップした。

 (2)「文化パフォーマンス」小項目:北京、上海、南京がトップ3を飾った。とりわけ北京の高偏差値は他都市を引き離し、北京はその分野で突出していた。第4位から第10位までは広州、武漢、西安、長沙、天津、杭州、成都であった。2018年と比べ、36中心都市の中で、深圳、太原、昆明、寧波の4都市の順位の上げ幅が高かった。

 (3)「人材育成」小項目:北京と上海が同小項目の1位、2位を飾った。両都市の偏差値の高さは他都市を引き離していた。第3位から第9位までは順に広州、天津、南京、杭州、成都、武漢、深圳だった。2018年と比べ、前5位までの都市の順位は変わらなかった。36中心都市のうち、杭州、成都、深圳、鄭州、合肥、石家荘、ラサ、長春、大連、太原の順位が上がった。

 2019年2月19日、中国国家発展改革委員会が公布した『現代化都市圏育成発展に関する指導的意見』は、中心都市を都市圏発展政策の中核とし推進することを謳った。

 東京経済大学の周牧之教授は、「中国都市化は都市圏の時代に突入した。高密度人口集積の優位性への認識をさらに重視し、より良質なDIDを作り上げることが、都市圏政策の一番の要である。同政策のもう一つの重点は、中心都市と周辺中小都市の相互発展である。第三の政策ターゲットは中心機能の輻射力を向上し強化させることだ。とりわけ強調すべきは、中心都市を国際交流プラットフォームの中心舞台に据えることである。今日のグローバル時代、国際競争と国際交流が国の命運を決める根本である。一国の国際競争力、国際交流水準の高低が、最終的に都市圏の国際性を決定づける。『中国中心都市&都市圏発展指数はまさに以上の意義に基づき、マルチの角度から都市を評価し、中心都市の都市圏発展のために開発された斬新な政策ツールである」と力説した。


中国網日本語版(チャイナネット)」2021年2月26日

【激論】武田信二・鈴木正俊・周牧之:コロナ危機で加速する産業のデジタル化


東京経済大学創立120周年記念シンポジウム
「コロナ危機をバネに大転換」【第2弾】

※画像をクリックするとシンポジウムの動画がご覧になれます

■ 特別Session ■ 「コロナ危機で加速する産業のデジタル化」

司 会   周牧之 東京経済大学経済学部教授
パネリスト 武田信二 TBSホールディングス取締役会長
                  鈴木正俊 ミライト・ホールディングス取締役相談役、NTTドコモ元代表取締役副社長

日時    2020年12月19日(土)16:00〜18:00



 :本日は、東京経済大学創立120周年記念シンポジウム「コロナ危機をバネに大転換」のオンライン配信をご視聴いただきありがとうございます。特別セッションの司会を務めます、東京経済大学の周牧之です。

 まず、パネリストをご紹介いたします。TBSホールディングスの武田信二会長です。そして、ミライト・ホールディングスの鈴木正俊相談役です。どうぞよろしくお願いします。

 今年は新型コロナウイルス感染症の感染拡大を防止するため、YouTubeのライブでシンポジウムの配信を行って参ります。

 特別セッションでは、「コロナ危機で加速する産業のデジタル化」というテーマを設定しています。今日は特に、メディアの「DX」を中心にディスカッションを進めて参りたいと思います。さて早速、本題に参ります。


 最初の問題提起です。コロナパンデミックで、世の中のリモート化が急激に進みました。まずは皆さんの身近な映画の新作公開を事例にして、リモート化のリアリティを検証してみたいです。

   ご存知のように従来、映画の新作はまず映画館で放映され、しばらく経ってからレンタルの開始。そして間を置いてようやく地上波テレビで流すものでした。最近は「OTT」というネットで配信するサービスができたことで、レンンタルがかなりOTTに取って変わりつつあります。

 さらに、新型コロナウイルスのパンデミックの中で、非常にこの OTT の配信が前倒しされてきた事例があります。まず、それを検証していきたいと思います。

 このグラフの一番左のポスターは『Lost in Russia』という映画です。中国では春節映画が一番稼ぐものになっており、この映画は今年の春節の大作として期待されていました。しかし、春節の直前に新型コロナの問題が起こり、映画館での上映が中止されたのです。

   そこで、この映画は思い切って1月25日(中国の春節の元日)にネットで配信され、大変な話題を呼びました。しかし、これは中国語の世界での話題で、外ではほとんど知られていない話でした。

   次は『ムーラン』です。『ムーラン』はDisneyが撮った映画です。制作費に2億ドル、ざっと200億円をかけて中国の古代の物語をベースにした映画です。これもやはり、劇場公開がコロナで中止されました。そして9月にOTTのオンライン配信になり、世界的に話題になったのです。

   さらに12月になると、今度はWarnerが2021年公開の映画17本すべての劇場公開と、OTT配信を同時にやることを発表したのです。これは今までの流れをひっくり返すような大きな話であり、皆びっくりしています。

 そもそもOTTとはどういうものなのか。英語では「Over The Top」です。インターネットを通じてコンテンツを配信するサービスですが、「Netflix」や「Apple TV」といった事業者がOTTを代表する存在です。

   では、OTT とテレビとの違いは何なのか。視聴者から見ると、テレビは限られた時間、限られた場所で、限られたコンテンツしか受信できないものです。しかしOTT の場合は、いつでもどこでも瞬時に、無限大のコンテンツにアクセスできる利点があるのです。

   事業者から見ると、テレビの場合はコストが高い。やはり限られた圏域の中で流すことで、効率は決してそれほど高くはない。OTTの場合は超低コスト、超効率と言われます。国境を越える流し方もできるため、非常に効率が良いのです。

   では今、世界でOTTのオーディエンスはどう増えているのか。なんと、過去4年間で3倍になったのです。この図は2019年のデータですが、今6.4億人もOTTのサービスを受けています。このOTT のサービスが、新型コロナパンデミックの中でも大変勢い付いてきているのです。

   先ほどの話を新型コロナ感染者の累積の図に合わせて落としてみると、さらにこのリアリティが見えてきます。例えば『ムーラン』と同じくらいの制作費、2億ドルをかけて作った『TENET テネット』という大作映画があります。

   この映画は最初、やはり劇場公開にこだわったのです。コロナ禍でも劇場公開に踏み込んだのですが、なかなかうまくいかずに興行収入をあまり稼げなかった。そして、ようやく12月16日にOTT配信をしたのです。

 私も実は昨夜、OTTで買って観てみました。非常に謎めいた内容ですが、なかなか良い作品でした。新型コロナの大流行の中で、今どんどんOTTの公開は前倒しされています。さらに将来コロナが終わっても、この流れは終わらないのではないかと私は思っています。

   それでぜひ、鈴木さんから順でお二方に大所高所から、このリモート化はどこまで世の中を変えていくのかをお話いただきたいです。どうぞ、鈴木さん。

生活様式の変化で露呈した「使えるのに使わなかった技術」


   鈴木ありがとうございます。それでは、新型コロナについて身近なところから振り返ってみたいと思います。

 今回「2020年コロナ感染症と日常生活」としてまとめています。左の図で1から順に、こうしてコロナ感染症を防御しましょうという項目です。例えば、「オンライン帰省」や「マスク」はもちろん、「在宅勤務」など10点の指摘がありました。

   そのうち〇がついている7カ所は、ほとんど IT 活用なのです。それで、あっと気がつきました。今回の主な変化は何だったかと身近なことから考えると、「リモートワーク」がありました。

   あと「ネット通販・宅配」、特に「キャッシュレス」が実は非常に進んできた。現金で受け渡ししないようにするためのキャッシュレスです。これは、日本は非常に遅れていた現象です。中国がものすごく進んでいますが、こういう変化がある。

   あとは、「巣ごもり生活・娯楽」です。テレビには釘付けになったのですが、はっと気がついた時に今、周先生からもありました Netflixのようなネット配信の需要が隠れたところで急速に高まってしまった。

   テレビは番組が決まって番組欄、あるいは毎日の放送で観ていく。あとで武田さんのほうから出てくると思いますが、毎週の放送で定時にドラマを観ている。このパターンでした。

   しかし1日家にいるため、自分の観たい時に観る需要へと変わり、急に膨らんできた。連続ドラマは一つ観ると、次から次へ観てしまうものです。高齢者が夜中の2時から昼の3時までかけて、ずっと観る状況も現れてきた。このように視聴の形態が変わったことも、隠れたところで高まってきた。

   そうして、リモートの生活がスタイルとして定着してきました。今までも、できなかったわけではないのです。やらなかったのです。コロナという針がピッと出てきた瞬間に行動様式が変わり、それが繰り返し体に染み渡ってきた。それが周先生の言うように、これから先続くのかなと思います。

   簡単に、どんな例があったのか追ってみます。大学も会社もそうですが、会議は Web 会議になりました。これは技術的に、非常に複雑な組み合わせではありますが、一人で毎日家にいながら会議に出るのは技術的にはできたのです。でもやらなかった。これが、いきなり花開いた。

   他の例を見てみますと「ヘルスケア」です。リモート遠隔診療のようなスタイルも、実は始まった。

   あるいはニュースでよく出てきますが、どこで人が密になっているのかもデータはたくさんあったのですが、これまで人が集まるか集まらないかを見ても仕方ないとあまり注目されなかった。しかし、自分の命に関わることになった瞬間、突然ニュースで採用された。

   あるいは「物流、流通、通販」です。いかに合理的にやっていくか。手の伝票ではやっていられないと、これも進みました。

   まだ日本では駄目で中国では進んでいるのが、流通です。無人ロボット、あるいは無人流通。具体的には、百度(Baidu)も現実的にやっていますが、病院に自動的に配送することも進んでいます。

   また、違うかたちの例もあります。イギリスでは自分で失業保険を申請しなければいけないのに、なかなか手続きの申請に行くのが難しい。そのため、全部ITを駆使してスマホで対応する動きが急速に増えています。これも今までもできたのですが、やる人はあまりいなかった。

   日本も政府と国民との間をオンライン化し、「デジタル・ガバメント」をやろうと今の内閣も進めていらっしゃいます。これも一気に需要が盛り上がってくることになります。

   いずれにしても、IoTは非常に進んできていると思います。このキーは皆さんあまり言わないですが、「デジタル化って何?」ということです。

   わざと皆さんもご存知のところにペーパーを入れたのですが、単に情報をデジタルにする、集めやすくするということではありません。あるいは、作業が効率化してコストが安くなることでもありません。「跨いでいく」ということです。

   ちょっと変な話ですが、こういうご時世ですから「葬儀の時にどうするのだろう?お通夜は?お葬式は?」と悩んでも、今はほとんど斎場に行って、そのまま家に帰ってくるそうです。葬儀屋さんの仕事がなくなった、お通夜やお葬式の手配がいらなくなった。しかしそれができなくなることで、デジタルでやることとの間のプロセスを縮めていくことができます。

   さらに簡単に言えば、衣服を身につけて毎日会社に通いませんからクリーニングの需要も減ります。電車の需要もそうかもしれません。近所のクリーニング屋で聞いていると、「洗濯物が少なくなりました。皆さん家にいますから」というように、プロセスが縮まることがどんどん起きてきた。

   今までのデジタルという情報を分解することにより、目に見えることでプロセスがものすごく進む。手数が減り、リモートもできる。そうなってきたと思います。

   「Before Corona」として、「デジタル技術があります。デジタル基盤で5Gが出ます。安くなって大容量で、テレビも4K、8Kが観られるようになります」、こうしたところは今まで見ていました。

   しかし技術の変遷ではなく、それぞれ個人や産業、あるいは社会、生活の仕方自体が変わっていくところに具体的に行ってしまった。

   便利になった世界ではなく、生活様式そのものが変わることが技術的に担保される。そうしたものがコロナで急速に、社会に変化を促すことになっていくと思います。

   ありがとうございます。コロナで生活様式が変わったことで、我々の変化は今まで技術はあってもやれなかったのが、社会の惰性をある程度乗り越えて一気に進んだ感じもある。そうしたことをおっしゃいました。ありがとうございます。

   鈴木ちょっとすみません、もう1点だけ。後の話に繋がるので申し上げておきたいです。

 この図は、リモートのWeb会議の構成図を描いたものです。自分たちが見えている世界とは別の世界があります。実際に見えているのは、右下のスマホやPCだと思います。

   皆さんもご存知のZoomの会議などがあります。これはクラウドの中に全部データが収容されていく、このバックボーンがないとできなかった。つまり Wi-Fiです。

   日本が東京オリンピックをやろうとリオで立候補する時、「日本ほどWi-Fiが遅れていたらオリンピックなんか招致できないぞ」という背景がありました。掛け声をかけられてようやく5、6年経って、Wi-Fiが出来上がったのです。そしてWi-Fiが出来上がった時にコロナになったことで、Wi-Fiを使ってWeb会議ができるようになった。

   何を申し上げたいかというと、技術的条件が揃っているものは皆さんも知らないところでたくさん進んでいるのです。スマホは通信のバックヤードがものすごく大きくなりました。進んでいるのですが使わなかった。それがコロナによって、一気に使えるようになってきた。

   気合いだけでやろうとすると政府の支給援助金の話ではないですが、スピードが上がらないのです。上げろと言っても上がらない。でも仕掛けも出来上がっているところに、今回のコロナ問題があったことが後に繋がると思います。そこだけ頭に留めていただければと思います。

   はい。武田さん、どうぞ。

視聴者は飽くなき利便性を求めていく


   武田冒頭に周先生より、中国・アメリカを中心に「コンテンツの公開の流れが急変した」というお話がありました。日本では4月の緊急事態宣言の期間中は、映画館はお休みでした。撮影もできないため次の作品の公開日がどんどん遅れ、1カ月、2カ月と過ぎました。

   その後、映画館が再開されてからは「三密」を避ける状況で続きました。そしてご存知のように、話題の『鬼滅の刃』が公開されたとたん、映画館が満員になる状況が日本では続いています。

 確かにパンデミックで三密を避ける映画館の状況がありましたが、OTT の話はパンデミック以前からずっと続いていたわけです。映画の流れも周先生からご紹介がありましたが、従来型のパターンではなく、映画館公開と同時にOTT配信という時代に来ていることは間違いない。パンデミックが加速させたことも事実だと思います。

   今、欧米で新型コロナウイルスの感染が激しいことで、またロックダウンになっているところが増えている。ロックダウンの時は間違いなくOTTしかないわけです。

   来年もそうした状況が続くであろうことから、映画の大作がOTT配信でスタートすると思います。日本的な事情もいろいろありますが、この流れは続いていくだろうと思っています。

   実はデジタル化については、日本の放送においても古い話であります。地上波放送のアナログからデジタル化が始まったのは、東京や大阪、名古屋は2003年です。2011年には日本全国のテレビはすべてデジタル化しました。

   この時のデジタル化において、我々放送人、あるいはその周辺の人たちの受け止め方に大きな問題があった。これは今や、デジタル庁のデジタル改革担当大臣である平井卓也さんもおっしゃっているそうです。

   我々放送人にとって、デジタル化は莫大な投資を伴うものであり、非常にネガティブな印象です。デジタルの「デ」を聴くだけで体がビクッと硬直するような、そういうことが続いた。デジタル化したら何ができるのか、どうコンテンツの流通が変わるのか。そこまで想いが至らなかった。

   その間にアメリカやヨーロッパ、中国でどんどん進んでいく状況でした。OTTの話もずっと以前から我々も議論はしています。しかし、議論している間にアメリカの巨大資本がどんどんOTTを実現し、日本にも来る。こういう状況が今ではないかと思います。

   ですので、コロナで加速するデジタル化、コンテンツ産業でいえばOTT化の流れは止まらない。ただ、その速度や放送は各国での事情が全く違います。それぞれの事情の中で進んでいくだろうと思います。

   私は何年も前から「3つのanyの流れ」と言ってきました。「any time」「any where」「any device」。やはり視聴者、利用者は飽くなき利便性を求めていく。それに応えられない企業、産業は衰退していく。

   まさにテレビとOTTを比較して、OTTは自分の好きな時間に、自分の好きなものを、自分の好きなところで観られる。こういう時代に向かっていくのは必然だと思います。

 周ありがとうございます。OTTの流れが留まらない。さらに進んでいくのではないかということです。そこで、OTT の成り立ちを皆さんと一緒に整理していきたいと思います。

特別SESSION討論の様子(左から周牧之氏、鈴木正俊氏、武田信二氏)

 OTTとは、まずプラットフォームを提供する業者、コンテンツを提供する業者、さらに我々オーディエンス。この3つの尺度から見ていかないと絵が見えません。今日はいくつかの事例を取り上げて、お二方と一緒に整理していきたいと思います。

   まず、プラットフォームの事例をいくつか取り上げます。今 Netflix は先頭を走っています。実際にNetflixを調べてみると、非常に DX の成功事例として見えてくるのです。

 Netflixは、昔はレンタル会社でした。2002年にナスダックに上場し、しばらく株価が低迷していたのです。ようやく2007年に配信事業を開始しましたが、それでも株価が上がらなかった。

   本格的に株価を上昇傾向に持っていったのは2013年です。『ハウス・オブ・カード』という、アメリカで非常に人気を得たテレビドラマシリーズを自社で制作して流すことで、成功が定着し始めた。

   このコロナ禍で会員数はものすごく伸び、株価も伸びました。OTTの世界をリードする存在になってきたのです。

   もう一つの事例は「AT&T」です。AT&Tは、鈴木さんのNTTグループに近い巨大な通信会社です。今年はNTTが4兆円を投資し、ドコモを完全子会社にしたことが非常に話題を呼びました。AT&Tも2018年に854億ドル、ざっと9兆円規模の資金を投入して「Time Warner」というメディアのコングロマリットを傘下に置いたのです。つまり、横の展開をしたわけです。

 さらに今年は、この傘下の「HBO」というケーブルテレビの放送局をベースに、「HBO Max」というOTT事業を立ち上げました。HBOは、おそらく皆さんご存知の『ゲーム・オブ・スローンズ』という世界的大ブームを起こしたテレビドラマ番組を作った会社です。そのHBOがコンテンツをベースにして、OTT事業を展開したのです。

   私は業界人をインタビューして、話を伺いました。最初に彼らが疑問視していたのは、「なぜHBO Maxがこんなに高い料金の設定をしているのか」ということです。要するに、このOTTのプラットフォームの料金は若干高い。

   実際、12月にWarnerが2021年公開の映画を劇場と同時に全部、このHBO Maxで配信するというニュースを聴いて、私はなるほどと思いました。やはりすごいコンテンツを流そうとするから強気に出たわけです。

   このようにコンテンツを直接OTTで配信するのは、「DTC(Direct to Customer)」という事業モデルです。ですから私から見ると、AT&Tがまず傘下にコンテンツメーカーを置き、さらにコンテンツをどんどんOTTで配信する戦略に出たのではないかと思います。

   続いて、Disneyです。「Disney+(ディズニープラス)」は、ちょうど1年前の2019年11月にサービスを開始しました。これは驚異的に有料会員数を伸ばしています。

 2020年12月には1年で8,000万人以上の有料会員数をすでに獲得しています。これもある意味では、コンテンツやIPが効いています。

   皆さんもご存知のように、ミッキーマウスが1928年に公開されました。実はミッキーマウスの著作権を保護するために、アメリカはずっと著作権法の保護期間を延ばしてきたわけです。ミッキーマウスの著作権が切れそうな時にまた延ばしてきた。

   そのためアメリカの著作権法は「ミッキーマウス法」と揶揄されているくらい、ある意味ではアメリカにとって非常に大事なIPだったのです。この IP はDisneyが持っています。

   さらにDisneyは今、「ピクサー」や「マーベル」、『スター・ウォーズ』など、非常に強力な IP を持っています。これらのIPをベースにして、OTTでDTCをやろうというように見えてくるのです。

   ですから『ムーラン』が2億ドルをかけて作ったものをコロナ禍でOTTで流すのは仕方ないかもしれない。しかし、結果的に戦略的に成功したのではないかとも受け止められると思います。

   武田いいですか、周先生。私も昔からNTTさんが TBS を買収したらどうなるのか。これは資本力から言って無理な話ではないのです。

   制度的にさまざまな制約はありますが、実際に NTT さんの傘下だったドコモさんは、いろんなコンテンツを扱う企業を買収していました。もしも放送局の買収に乗り出せば、こういう話が日本でも起きたかもしれない。そういう恐怖は常にもっていました。

   実は、私がここでAT&Tの事例を出したのは、この質問をしたかったのです。どうぞ、まず鈴木さん。

 

設備面から検証する「放送・通信・インターネット」


   鈴木放送には「放送法」という立派な法律があり、その中で制限されている。通信は「通信事業法」という法律の中で制限されている。その縦の世界です。

   そこにインターネットが現れた。インターネットは何でもありです。設備は通信会社の設備を使いながら、経路を自由に組み合わせて一つのプラットフォームをつくっていく。つまり、放送の世界は「閉じて」いたわけです。

   これはアメリカの例ですが、どのように放送会社が出てきたのか。最初は地上波が戦後からずっとあり、ケーブルテレビが出てきた。これは1980年代。それから衛星が登場して、衛星放送。それから通信会社がようやく2000年代になってから映像サービスを一緒にやり始めた。電話で「もしもし、はいはい」という時代はもう終わり。

   こうして、はっと気がついたらOTTが進んだ。インターネットが広がるに従って、インターネットベースのさまざまな会社が出てきた。

   OTTがなぜできるようになったのか。これは、収入という一つの側面があります。広告型でできるものは、放送で今やっています。

   ところが、その都度お金を払う都度課金や、あるいは今流行りのサブスクリプションといった定額で見放題。この回収モデルは成立するのかどうか、なかなか頭がいかない。やはり広告モデルは駄目になってしまうのではと懸念があったかもしれません。あるいはコンテンツを活かす時に費用をどう回収するのか、そこでいくら利益を出すか。

   このビジネスモデルに十分、本業との間でうまくクロスできなかったのが放送の一つの大きな転換点だったと思います。

   そうして重なってきたわけですが、放送も進んでいます。デジタル放送が始まったのは2011年と書いてありますが、先ほど武田さんの話ですと2003年から始まった。

   これは世界に冠たる成功例なのです。放送会社から家庭まで、いきなり設備が従来のVHF、UHFなどのアナログから急にデジタルに転換したわけです。

   このデジタル転換した時に、なぜ他のモデルを考えなかったのか。技術はあったわけです。画面で放送会社の番組を映すテレビが、テレビという単なる画面にインターネットを通じて映ればいいとジャンプすれば、この領域を越えられた。やはり放送波の範囲内で考えたことで、インターネットのところに手が伸びなかった。

   通信会社も、インターネットをどう見ていたかで言えば「ただ乗り論」です。通信の人が作っている設備の上に乗っかって、インターネットを使ってタダで流している。

   確かに高速道路は道路料金を払い、鉄道は鉄道料金を払っている。しかし、道路に料金を払っていないのと同じです。道路を作っているのはプライベートカンパニーだから「通行料を払ったら?」と言っても「通行料は払わない」ということです。

   これはもう、コンテンツで儲ける方向にビジネスが行っている。どちらかというと競争相手や敵対のように見ている。自分の延長線に組み込めるとは思っていなかったのもあるでしょう。

   放送の歴史も深いので今日はあまりお話しませんが、そのミッションからすると重いものが正直あります。本当に経営ができるかどうかの部分になかなか想いが至らなかったことが、一つの要因だと思います。

   その意味では、今インターネットがここまで進むと、いくらでも可能性が出てくると思います。先ほどの周先生のお話で、AT&TがTime Warnerを買ったことも挙げられました。アメリカの状態を見ていると資本の出し合いです。業界の境が溶けていっている。これは収入の取り方が変わった瞬間、何でもありの状況になっていきます。

   そしてメディアにおいて、放送は一方的に流していくのが基本です。多少の双方向はありますが、基本は放送局が編成していく。

   しかしNetflixをはじめOTTの発想は、選択権がユーザーの方にきます。この番組をまとめて観たい、あるいは見逃し配信もそうかもしれません。放送局よりユーザーの方にシフトしている。番組を組み合わせる事によって、連続ドラマを一つの物語で見通すことができる。そうした新しい編成をユーザーがやってしまう世界に入ったのです。

   そして最後のプラットフォームを誰が持つのか?という競争合戦に今入っている。さまざまな画面があるため、お互いにコンテンツ自体を売り買いしたり、あるいは放送で流したり、OTTを放送会社自ら行うこともあります。

   アメリカではこの辺も二足のわらじで、内容次第です。ユーザーである視聴者の方も、興味に沿って利用している。M&Aはまだ終わらない感じになっていると思います。

鈴木正俊 ミライト・ホールディングス取締役相談役、NTTドコモ元代表取締役副社長

日本でOTTプラットフォームを成功させる条件とは?


   終わらないよりは、私から見ると今のM&Aの流れは始まったばかりではないかと思います。AT&Tは非常に巨大な会社ですが、鈴木さんの会社はこれよりもっと巨大でした。

   皆さん、30年前を思い出してください。平成の始まりの30年前、世界の企業の時価総額トップはNTTだったのです。ですから一番、お金を持っていた会社です。これがまず、第一です。

   第二は、今まで皆さんは、たぶんお金を持っていたもののビジネスが本当に成り立つかどうかを疑問視していたかもしれません。しかしOTTがうまくいき、その方向でいかなければという動きになるとしたら、日本のOTTをNTTも責任を持ってやらなければいけない時代が来るかもしれない。

   そうした想いがどこか、この勉強をしている中で出てきています。ですので、武田さんからそういう話が出たのは私も大賛成です。

   日本でOTT事業を展開している会社はたくさんあります。ないわけではなく、実はたくさんあります。例えば「music.jp」というプラットフォームは、音楽も動画もコミックも、全部サービスとして提供できています。

 もう一つの事業者は「ビデオマーケット」です。ここは25万本の権利はすでに処理済みで、OTTにのせることができるように今なっています。コンテンツホルダーのDTCを支えるバックヤードもきちんとできて提携しています。「Gyao(ギャオ)」を始めとする多くのOTT業者の業務を支える仕事もしっかりできているのです。

   しかもこの二つの会社が今、かなり緊密に連携し始めています。私から見ると今後の展開が非常に面白いし、期待しています。

   そこで、今日のためにビデオマーケットの社長の小野寺さんにインタビューしたのです。「日本のOTTプラットフォームを成功させる一番大事な条件は何か?」と聞いてみました。答えは結構厳しいものになりました。

   小野寺さんは、「配信業界の土地勘があり、グローバル的にコミュニケーションができる人材がトップダウンで進めて動かないといけない」と言います。

   そして、もう一つ厳しい言葉が続き、「従来のTV的な成功体験をすべて捨てられる人でないと駄目だ」とまで言い切っておられます。

   それを含めて鈴木さん、続けてください。

プラットフォームの技術的条件の充実


   鈴木それはおっしゃる通りだという気がします。私も同感です。実は、現実で今、条件が非常に整ってきたのです。

   例えば2000年代初めは、なかなかデジタル放送まで切り替わっていない。それが2011年から去年までの10年間で、デジタル放送が出てきて、急にスマホが出てきた。タブレットが出てきた。そこに Wi-Fi がようやく、オリンピックを迎えることでつくられた。

   光ファイバーもできましたが、まだ5Gもこれから。この5年間、ないしはこれからの5年間かもしれません。

   そのビジネスモデルを組み立てるための後ろの整備といいますか、材料、ネットワーク、あるいはプラットフォームの技術的条件がどんどん充実してきているのです。

   NTTドコモがNTT から分離する時、自動車電話の台数は15万台でした。今、携帯電話はドコモだけで8,000万台。日本全体だと1億8,000万台になります。そういう時代に入り、昔と今では条件が違ってくるのです。

   今のデジタル放送、画面も4K、8Kになって、このビジネスの展開の仕方は非常に大きいです。その時にNTTが配信でビジネスを組み立てていくようになりましたが、実はもっと広がるビジネスがたくさんあるところに条件が差し掛かってきている。そういう時代に今入っていることだけは、ここで見ていただきたいです。

   周先生のおっしゃるご指摘ももっともです。映像配信だけでなく、プラットフォームのお客さん側にあるスマホやテレビ、タブレットなどと、その背後のネットワークや4K、8Kといった技術がこれからどう華咲くのか。本当に映像配信だけでいくのか、もっと飛んでいくのか?

   そうしたところが、これからが一番面白い時代に入っていくのではないかと思います。その時の配信は、指摘の通り重要なところだと思います。

   はい、武田さんどうぞ。

日本の放送局による動画配信サービス


   武田周先生と鈴木さんのお話を聞いていて本当に私、へこむわけです(笑)。ビデオマーケット社長の小野寺さんのお話ですが、「武田は駄目だ」と言っているようなお言葉です。NTTのこれからの潜在的脅威は続くという2つの点で、大変へこむ話でございました。

   成功体験を捨てて、さらなる成功体験を手にする武田さんの精神力に期待しています(笑)。

   武田周先生のお話にあったNetflixとDisney+の最近の動きは、私たちも大変気にしているところです。コロナ禍の日本において、 Netflix は1年前に有料会員数が300万人だったのが一挙に500万人まで伸ばす動きがありました。

   そこにDisney+が去年11月にアメリカで展開を始め、初日に獲得した有料会員数が1,000万人。あれは驚きました。そして今、もう8,000万人。Netflixを窮迫している状況です。

   今までDisneyのコンテンツは、 Netflix にも出していました。契約が切れるたびにそこはもう閉じて、当然自分たちのプラットフォームでやる。

   Netflix も成功しているがゆえに、この闘いの舞台をアメリカよりむしろアジアにシフトしていった。コロナ禍でも話題になった『愛の不時着』のようなドラマを作って、アジアで大変伸ばしている状況です。

   我々、放送局も手をこまねいているわけではありませんが、さまざまな動画配信サービスを始めています。例えば「TVer(ティーバー)」は、東京にある民放キー局を中心に、奇しくも Netflix が日本に上陸した2015年秋から同時期に始めています。

   これはテレビ放送をした直後から見逃し配信して、一週間無料で観られるというサービスです。このアプリダウンロード数は、今1,300万ぐらいになっています。しかし、無料の世界では YouTube に比べると微々たるものという見方もできる。

   有料型では、「Paravi(パラビ)」、「Hulu(フールー)」。Huluはアメリカの本体が日本に渡り、日本では成功せず撤退する時に日本テレビが買った動画配信サービスです。

   Paraviは、 我々TBSとテレビ東京、WOWOWが中心になって始めた有料配信サービスです。そして外資系の Netflix、Amazonプライムビデオ 、DAZN(ダゾーン)、そして来年から本格的にDisney。

   巨大な資本、巨大なコンテンツを持っていているところが来る。今これだけのプレイヤーが日本にいるわけですが、これが何年も続くとは我々も思っていません。

   これからいろんな合従連衡もあるだろうし、さらにはNTTさんのような方々も参入して糾合していくことも、ないわけではないと考えています。

   非常に面白い時代になってきましたよね。

   武田周辺で見ている方は面白いでしょうけど、当事者は大変苦労しております(笑)。

武田信二 TBSホールディングス取締役会長

テレビの黄金時代は取り戻せるか?


   楽しみにしています。テレビ局は実は両面を持っています。放送の業者と同時に、コンテンツメーカーでもあるのです。それでコンテンツの話に移っていきたいです。

   武田会長の TBS は今年、『半沢直樹』の第2作を出しました。これは大変な人気を獲得しました。実は我が家も久しぶりに毎週日曜日の決まった時間に子どもたちが帰ってきて、みんな一緒にこの『半沢直樹』を観て楽しんでいたのです。ある意味ではテレビの黄金時代の風景が戻ったように私は錯覚するぐらいでした。

   問題は、この非常に懐かしい栄光のテレビの時代はこれで取り戻せるかどうか。実はそれを疑問視しており、武田会長に聞きたいです。

   2番目に聞きたいのは、調べてみると『半沢直樹』第1作と第2作の間に、7年間も間が空いているのです。これは非常に不可解だったのです。ビジネスチャンスは本来、こんなに空きがあって良いのか。あわせて聞きたいです。

   3点目に聞きたいのは、この『半沢直樹』のシリーズは、やはりテレビ的な作り方なのです。50話一気に観るものではない。しかも OTT の公開は第1作もしていないですよね?少なくとも私が最近調べた中では。 

 武田Paraviで今、第1弾も第2弾も全部独占で観られます。

   そうですか、独占で? あともう一つ不思議なのは、『半沢直樹』は中国のTencent(テンセント)のOTTにのせていますよね?うちは真面目にレンタル屋さんに行って DVD を借りてきて観ましたが。

   武田ありがとうございます。

   この話を武田さんがしやすいように、もう少し別の事例も出してみます。先ほど武田会長から『鬼滅の刃』の話が出ました。2カ月未満で300億円の興行収入を得たのは史上最速と言われています。

   なぜこれほど人気が出たのか調べてみると、実はけっこうOTTを中心にアニメを放映したのです。しかも日本のほとんどのOTTプラットフォームで流したのは、人気を高めた一つ重要な戦略だったのではないかと思います。

   さらに、先ほど武田さんもお話されました『愛の不時着』も調べてみました。これも、まさしく OTT にのせるために作った作品です。Netflixにのせてアジアで大人気になり、日本でも大人気になりました。Netflix がローカル的なコンテンツを発掘し、制作して国際的に流すという戦略を成功させた事例です。

   その意味では日本のコンテンツを作る生態系は、今までテレビや映画を中心に非常にガッチリしたものができている。しかし、これはOTTの衝撃の中でかなり壊れていくのではないかと思います。壊れてまた作り直していく必要があると思います。

   今回、TBSが作った『半沢直樹』は素晴らしいものです。テレビ局のコンテンツメーカーとしての存在を、これからどう更に高めていくのか?それもぜひ聞きたいです。

 『半沢直樹』7年の空白の理由


   武田では、まず『半沢直樹』の話です。第1作目の最終話は、世帯視聴率42.2%。7年空いて最終話が32.7%。この10%の数字の開きは、OTT と深く関係があります。

   我々はそういうコンペティターとともに視聴者、ユーザーの可処分時間をいかに自分のところにとるかの闘いの中におります。その競争がこの7年間で非常に激しくなったと私自身は解釈しています。

   問1の、栄光のテレビ時代を取り戻せるか。もう取り戻せないと周先生は分かっていてこういう質問をするという、なかなか意地の悪いところもあるような感じもしないわけではないのですが(笑)。そういうことであります。

   2番目の、1作目から7年も空いたという話です。そもそも、我々テレビ局のドラマ制作は、その枠の広告収入だけでは作れません。それほど限られた収入と制作費用だという状況です。

   『半沢直樹』第2作は、今年のコロナ禍で放送してそれなりのインパクトはありました。しかし、おそらく日本のテレビ局が作っているドラマで一番コストをかけていると思います。ですので、必然的に回収はできていないわけです。

   一方で、例えば7年前の第1作でさえ、こういう現象がありました。日曜日の21時に放送し、もう翌日には中国のネットに中国語字幕付きで動画配信されていたのです。

   我々は冒頭に周先生が出してくれた従来の映画の制作方式と同じで、11話が全部終わってからDVDやレンタルに回すには時間がかかるのです。これには著作権の問題や、さまざまな作業があります。

   しかし7年前に中国では、放送が終わった瞬間に違法にアップされた動画がまとめられてDVDで売っていたのです。日本の知り合いの商社マンがDVDを持ってきて、「武田さん、もう売っているよ。すごいね、早いね!」と言われましたが、「それ、違法動画だよ」ということがありました。

   日本では商慣習や権利問題があり、順々にやっていくことがずっと続いていました。しかし、それはもう壊されていたのです。その制度や慣習がある中で、7年間経ったからと我々も今年は終わったらすぐDVDにしようという発想にはならない。すぐ配信しよう、とはならない。

   第2作の今年は途中から、やっとParaviで配信を始めたのです。これは我々もネット上でも、賛否両論がありました。しかし、じらしてからアップすると、ドーンといくのです。そうして、またテレビの視聴に変える。ある種のトライアルをやったのです。

   今も7年前の作品も含めてParaviに置いてあります。ぜひ1000円弱なので、Paraviに入って皆さん観ていただくとありがたい。今日は大変有意義でした、とここで終わっちゃいけないのですが(笑)。

   OTTで『半沢直樹』を観られる場所が皆さん分かりましたね。ありがとうございました。

周牧之 東京経済大学経済学部教授

Netflixの日本での戦略


   武田あと、Netflixの 『愛の不時着』の話です。この戦略は先ほど言いましたように、Disney+(ディズニープラス)との競争が北米では大変激しくなっていることもあり、世界戦略を徐々に変えています。

   この『愛の不時着』の着眼点は、韓国の制作スタジオ「スタジオドラゴン」です。ここで制作されています。韓国はコンテンツ産業を国が支援するぐらい大変盛んなところで、その制作スタジオとして非常に優秀なことを認識しました。

   また、作った瞬間に多言語化して配信し、成功することを今Netflixはアジアで展開しています。なおかつ、もっとこの動きを強化するであろうと思います。

   では、日本ではどうか。やはりNetflixは『鬼滅の刃』のように、アニメの制作も含めた拠点は日本であると見ていると思うのです。

   Netflixはいくつかのアニメ制作会社と包括提携を結んでいます。5年間の契約をしてある種、アニメ制作会社の囲い込み、あるいは作家さんの囲い込みに入ってきている。

   ただ、日本においてアニメは出版社の存在も大きいです。『鬼滅の刃』は集英社ですが、講談社など作家さんとの関係も大変深い。新しい作家さんを発掘するノウハウやネットワークも大変優れているものを持っています。

   ですので、そう簡単にすべてを Netflix が囲い込めるとは思いませんが、日本においてはアニメ制作の拠点という位置づけではないかと見ています。

   もし、OTTの業者が TBS に「OTT的にドラマを作ってください」とオファーがあった場合は引き受けますか?

   武田もうすでに Amazon プライムや Netflix から「良い企画があったら提案してほしい」というオファーはあります。Amazon プライムでは TBS の関連会社が3、4年前に作りました。これは今 Amazon プライム上ではアップされています。

   しかし、それなりの制作費を頂いてやらせてもらいましたが、権利関係は一切ないのです。Amazon プライムがグローバルに配信した結果を知ることができない。

   つまり、どういう国でどういう層の方々が観ているのかといったデータを要求しても、「あなたたちは一制作会社で契約上お金も払ったから、関係のない話だ」と、こういうことなのです。

   やはり、下請けとしては我慢できない条件に今なっているということですね。

   武田そういうことです。

   鈴木さん、どうぞ。

制作と配信の“二足のわらじ”


   鈴木その意味では、一点だけ補足しておきます。「制作と配信」というところですが、今まではかなり独立していたわけです。今のM&A合戦やプラットフォーマーの囲い込みは境がなくなりました。

   たまたま先週、ソニーがクランチロールを買ったという話題がありました。コンテンツ制作をするソニーが、動画の配信プラットフォームの方を買収にいく。これはもうアメリカではどんどん起こっています。

   その意味でいくと、一つは制作と配信。右側が配信で左側が制作。上が無料番組、下が有料版の座標軸で見ていきます。これだけバラけていますが、制作と配信の間がすでに行き来してしまっている。二足のわらじと言いますか、つなぎ合い、せめぎ合いのところに今度は入ってきている。

   今の武田さんのお話の、いわゆる下請けコンテンツ制作会社が配信をして、ビジネスを次に生んでいくかという闘い。これは、やや境目のない状態に突入してきていることだけはご説明しておきたいと思います。

YouTubeがコンテンツ制作に与える影響とは?


   どんどん話が面白くなってきました。もう少し深く話を持っていきたいと思います。

   次は YouTube の話を取り上げて議論して参りたいと思います。なぜYouTube を取り上げるのかと言うと、テレビ局とビジネスモデルが近いところがあるからです。要するに広告をとるのです。

   このグラフは、広告費について示しています。2017、18、19年の3年間で、テレビの広告費はやはりジワジワと削られてきた状況です。インターネットの方は、2桁の成長を実現しています。

   その結果、広告費はついに去年インターネットの方が地上波テレビを越えてしまった。インターネットの広告の中で見てみると、YouTube は2割くらいを占めています。

   この YouTube をもう少し詳しく見ていきます。YouTube も含めて、今テレビとインターネットの時間の消費では、十代、二十代、三十代はテレビよりもネットで時間を消費するほうが多いです。

   さらに今のコロナ禍で、皆さんはけっこうメディアを見る時間が増えてきています。平均では1日当たり0.6時間増えています。テレビは0.2時間伸びています。

 これはテレビ局の武田会長にとっては、非常に喜ぶべき状況です。ただし動画配信サービスの方がさらに倍の、0.4時間も伸びているのです。

   YouTube がエンタメの集積だけではなく、今や「知の集積」もかなり堆積しています。しかもアップロードしてくる量が非常に莫大です。去年1年間で、日本では時間的に換算すると80%もの量がアップしています。

   もう一つはテレビと違い、 YouTube のビジネスモデルはファンビジネスの色彩がより強いです。日本では今、100万人以上の登録者数のチャンネルがなんと240もある。これは凄まじいです。

   その意味でも、今 YouTube が広告をどんどん世界的に取っており、3年間で86%の成長を実現しています。

 それで、先ほど武田会長の話で出たTVer(ティーバー)と YouTube を比べてみると、浸透度はまだまだ太刀打ちできていない状況です。私から見ると、YouTube はコンテンツ制作の生態そのものをけっこう刺激する存在になってきました。

   それも含めて、将来コンテンツ制作の生態をどう育て、そして若いクリエイターを育てていくべきか?ぜひ、武田会長のお考えを伺いたいです。

テレビの制作力を活かしてサポートも


   武田昨年、日本でインターネット広告がテレビ広告を抜く。これは欧米ではすでに抜かれていたので、いつかは日本も訪れるものでした。それが2019年だったということです。その直後に新型コロナとなり、我々も広告が減少する意味で大変苦しい立場に今いるわけであります。

   先ほどを周先生が紹介してくださった、コロナ禍ではテレビ視聴時間も伸びているということですが、日本では一時だけでした。緊急事態宣言の時はテレビもネットも両方とも伸びている。

   ただ、日本においてコロナ禍が少し終息してきた時には、テレビは戻る。しかし、ネットは戻らないで伸びたまま。こういう状況が続いています。

   今の状況は、この後またどうなるか。この年末年始はどうなのか。そうした目先の話はありますが、本質的な話は周先生の質問である、コンテンツ制作にどう影響を与えるか。これは、もうすでに影響が出ていると見るべきだと思っています。

   芸人さんもYouTuberになって大変な年収を得ている方が出ています。子どもたちも YouTuber になりたいと、将来なりたい職業の上位に YouTuber が来ている。この子たちは小中学生ですから、大人になった時はもっと進んでいるのだろうと思います。

   その周辺にいる若いクリエイターたちも、テレビでドラマを作る、あるいはバラエティを作るというのも一つの選択ではある。けれど YouTuber になることが大きな選択肢になっているのだろうと思います。

   我々も YouTuber になりたい芸人さんをサポートしていく、あるいはそのYouTubeチャンネルを作っていく。それなりに観てもらえるものを作るには、やはりそれなりのプロ集団がいないといけないわけです。そこに関わるTBSの人間もおり、そうしたYouTuberの流れも増えていくだろうと見ています。

   確かに YouTube との存在感の比較で言えば、TVer はまだまだです。我々TBSも公式チャンネルを持って、プロモーションでYouTubeを使わせてもらっています。しかし、YouTube上で炎上も含めていろんな話題をとるのは、テレビのコンテンツに基づくケースがまだまだ多いわけです。

   我々テレビはまだ、それほど存在感がないわけではありません。しかし、本当に強いコンペティターが来ている認識で立ち向かわなければいけない。こういう局面だろうと思っています。

   ありがとうございます。鈴木さんも、ひと言お願いします。

 “出口”があれば優秀な人材が育つ


   鈴木もはや YouTube という一つの世界ができている。先ほど大事だなと思ったことがあります。振り返ってみると、昔はテレビという画面、スマホという画面、パソコンという画面、それぞれに境があったのです。

   スマホでは小さいな、あるいは短尺の番組しかできないなとか、テレビだと4K、8Kに画像もきれいになって長い間座って観られる。非常に精神的ストレスがない。

   逆に言うと、観るという“出口”の問題かなと思います。YouTubeはどちらかと言うとスマホやインターネット系で観る。やはり長い時間、あるいは芸術的作品は難しいな、あるいは素人の動画投稿になるので玉石混交でたくさんありすぎて難しいなど、逆の面も出てきます。

   その時にやはりデジタルでどんどん間が繋がってしまうので、いかに今までのテレビの制作力を活かしていくかです。

   プラットフォームだけを放送局が持っているから、それで全部囲い込んでいくのは無理な時代になってきた。やはり制作力のある人たちをどう育てていくか。出口があれば優秀な人が育つ。YouTube ができたことで、優秀な方が育つ余地が大きくなったわけです。

   逆に言うと、そこで育った人間を今度はテレビの制作でスカウトしてきて、いいコンテンツを作る循環を整えていくこともできる。やはり枠の中で考える意味では、もう時代は変わってきてしまった。

   この YouTube の背景となる人材をいかにうまくオペレーション、マネージしていくことで、テレビの制作力も互いに価値が高められるところに入ってきていると思います。

   ですので、敵か味方かではもう世の中なくなってしまっている。そこが今、一つのチャンスの時代かなと YouTube を捉えています。

日本のメディア企業はOTTをどう構築すべきか?


   おっしゃる通りですね。しかも仕掛け人は、やはり鈴木さんのような通信会社です。5Gになってくると YouTube の画質がもっと良くなり、もっと出口が増えてくるのは明白です。ですから一番、通信料をとるのは鈴木さんのところじゃないですか(笑)。

   それは冗談で、次に話をもっていきたいと思います。メディア企業の話をもう少し深く議論して参りたいです。

   これは今の鈴木さんの話に繋がります。テレビは今まで電波を受信するデバイスでした。しかし今年6月の調査では、日本のテレビの半分以上が実は同時にインターネットにも接続しているのです。

   ですから、テレビがインターネットも電波も両方受信するデバイスに今なっている。これはおそらく、次の議論の前提条件になります。

   そこで、いくつかの会社を事例にして検証していきます。Disneyの急成長、特にDisney+(ディズニープラス)の急成長のベースは「IP」というのは先ほど紹介しました。実は12月10日のDisneyの発表は、もっと野心的です。

 年間100本以上の新作のコンテンツを提供するのは、非常に驚異的です。かつDisneyの3つのOTTプラットフォームは12月までに1.4億人近くの会員数を獲得していましたが、2024年までにはなんと、2.3億から2.6億人を目標にしている。非常に野心的に物事を進めようとしています。

   この野心的に進めている理由は「IP」です。もう一つは、強力な「資本」です。2006年にGoogleがYouTubeを16.5億ドルで買収してから、いくつかの動きを捉えてみました。

   2015年にアリババは、Youku(ヨウク)という中国のプラットフォームを37億ドルで買収したのです。AT&TがTime Warnerを854億ドルで買収したのも2年前の話です。去年はDisneyが21世紀FOXを710億ドルで買収したわけです。

   このように強大な資本を使ってOTTプラットフォームや、プラットフォームにのせるコンテンツメーカーを買収する争奪をする。今、始まったばかりだと私は思っています。次の出番はNTTかもしれないと期待も込めて、この話を進めています。

   もう一つ、よりどころは「言語圏」です。中国の場合は、海外も含めて中国語を使う巨大な人口をベースにOTTサービスを展開しています。

 この図で今の予測としては、2025年までにアジアのOTTのマーケットは、中国勢が東南アジアも含めて65%ぐらい占めると見ています。アメリカ勢に対して、ある程度は拮抗できる状態になっています。

   世界的に見てみると、2025年までには半分以上がアメリカのプラットフォーマーです。4分の1は中国系ですが、残りはその他です。

   キーワードとして、私はやはり「IPの強み」「資本の強み」「言語圏の強み」で見ていくべきだと思っています。

質問は、日本のメディア企業は、日本のOTTをどう構築していくべきなのか?です。先ほどの話の延長線で伺いたいです。武田さん、どうぞ。

圧倒的な資本力の差にどう対抗していくか


    武田資本力の問題、言語の問題。周先生がおっしゃった通りだと思います。例えば日本において、今 Netflix がいくら投資しているのか。公開していないので分かりませんが、Netflixはグローバルで2兆円近いです。

   我々、民間放送局においては、年間の番組制作の調達額は4000億円ぐらい。NHK も入れて8000億円ぐらいです。

   ですので、その倍以上のお金を持って Netflix は世界からコンテンツを制作、あるいは調達している。この資本力の圧倒的な差、これは如何ともし難い。

   先ほど鈴木さんのお話にも出ましたが、ソニーグループも一つ注目していかなければいけないだろうと思います。そういう日本企業も含めて、どう資本力的に対抗していくかが一つだと思います。

   もう一つは言語の問題で言うと、確かに英語圏、あるいは中国語圏は圧倒的に有利にあるわけです。先ほど紹介したTBSの関連会社が作った時代劇で、天正時代にヨーロッパへ行く『天正遣欧少年使節』の物語を作りました。

   これは全部で20本弱作り、 Amazon プライムに納品しました。納品したものはすぐニューヨークに送り、そこで多言語化する。字幕や吹き替えも短期間でやってしまう。

   この機械化はどんどん進んでいますし、日本語の不利さも多少は薄まっていく可能性はある。しかし、やはり言語圏は如何ともし難い問題としてついて回るだろうと思っています。

   そうした資本力、および言語圏の問題で対抗しながら、日本のプラットフォームは本当にできるのかどうか。周先生も紹介してくださった music.jp など、いくつかあります。我々TBSも、NHKももちろんやっている。

   それらがどう統合して、強いものに対抗できるようになり得るか。こうした動きは出てくる可能性があると思っています。

   鈴木さん、どうぞ。

ビッグ・テックの先行きも注視


   鈴木資本力の話が今出てきましたので紹介します。これはネットから拾ってきたのですが、たまたま日テレやソニーが、0.52兆円、4.3兆円などと出ています。

ところがAppleや Google、 Facebook、Amazon、Microsoftは桁が違うのです。もう50兆円、70兆円という世界です。なかなか資本力で争うことにはならないと思うのです。

   ちなみに今、NTTグループは?

   鈴木今、10兆円ぐらいです。

   2桁ですね、やはりデカい。

   鈴木ところが、この図を見ていただくと分かります。映像配信の話など出ていますが、これらの会社は映像だけを扱っているわけではありません。

   配車アプリをやったり、ドローンや検索エンジン、ネット通販をやったりしています。Facebook もAmazon プライムもそうです。Amazon は元々、物流をやっていながら映像へ入っていった。いわゆる、みんな複合企業なのです。

   映像のところだけ取り出すと何かあるかもしれませんが、複合企業として大きいことになる。どういう競争形態なのか、必ずしも規模だけではないことが一つ。

   また、言語圏の問題は個人でいろいろな見方があるかもしれません。我々もDisneyをはじめ、中国の『三国志』や『赤壁の戦い』、韓流ドラマ、アメリカも西部劇を英語でやりましたが、コンテンツの魅力は必ずしも言語だけに支配されないと思います。

   コンテンツの素晴らしさは国を超えて飛んでいくものがある。私は、言語の境に悲観していないです。

   要はその中身であり、どう物語なり洞察力で良いものを作っていけるかに差があるのだと思います。あえて逆の面から、水を差すようで申し訳ありません。

   今、非常に大きな複合的企業がネット世界に入ってきています。片方では、敢えてGAFAのところは個人情報保護の問題で完全に闘いになってきて、どこに行くか分かりません。

   やはり個人情報保護の考えで分割しなければいけないのか、企業としての活動を抑えなければいけない各国の政府の闘いになってきています。

   あるいはAppleもこれはまずいなと、まず自ら個人情報保護で制限していく。自動的に先ほどの DTC(Direct to customer)に行くような、情報をとるのが一つのデータ資本主義で伸びています。そのデータの扱いそのものが、もう少し落ち着いていかなければなりません。

   今は小さな企業を買い取って芽を摘んでいく。逆にターゲティング広告で個人情報との問題も出てくると同時に、小さな企業を買収して潰していく独禁法の問題などいろいろあります。

   あえて問題は難しくなりますが、この問題が資本力で行くから一気にずっと行くかと言うと、また議論は絡み合っていきます。いろんなユーザーの権利、あるいは社会のあり方。今アメリカで一番このGAFA対、政府の行方が注目されています。ヨーロッパでも同様です。

   まだ始まったばかりのことが落ち着いていくまでは、先行きを展望していくべき状況でもある。このことだけは頭の片方で見ていただきたいなと思います。

5Gがメディアに与える影響とは?


   鈴木さんの今の話に大賛成です。やはりGAFAをはじめとするビッグ・テックの皆さんが、このまま膨張していくとは私も思っていないです。それと関連して鈴木さんに質問したいです。

   我々の時代は、テクノロジーで大きく変えられてきました。今「超スマート社会」と言われています。先ほど触れたGAFAをはじめとするテックのカンパニーがここまで大きくなったのも、こういう時代の中で膨張したこともある。

   同時に、社会もかなり変わってきたことも否定できません。通信技術はさらにこれから進化していきます。

   そこで、一つは「5G」です。本格の5Gの時代はこれからですが、到来することでメディアにどのような影響を与えるか?さらに5Gの時代でリアルと放送とOTTの関係はどうなってくのか?そうしたことも、ぜひ教えていただきたいです。

   さらに、技術は飛躍的に進んでいます。例えばイーロン・マスクというアメリカの企業家がいます。彼の今の事業の中で、「テスラ」という企業が日本では非常に有名なっています。

    しかし彼個人の投資を見てみると、実は一番投資しているのはテスラよりも宇宙関連のビジネスなのです。

 そこで、スペースX という会社は「Starlink(スターリンク)」という構想をぶち上げています。構想ですが調べてみると、もはや現実になりつつある。

   もうすでに1000基近くの衛星を打ち上げています。2000年代の半ばあたりに地球を覆うような高密度の衛星網を構築して、どこへでもインターネットのサービスを提供できるようにする。

   これが実は、それほど遠くない将来の話になります。そこも含めて鈴木さん、少し展望してください。

 

5Gの価値は技術よりも「何と結びつくか」


   鈴木なるべく手短にお話します。この技術の世界が基本的にどうなるかは、プレイヤーがたくさんいらっしゃるので正直ちょっと分からないです。

   これは少しぼやっとした話だと思われるかもしれませんが、ダボス会議(世界経済フォーラム)です。トランプさんや安倍さんも行かれました。そうした各国首脳や、産業界、金融、大学の先生などいろんな方が集まって毎年開催されます。

   これはもう2000年以降テクノロジーが進んできたらどうなのか?デジタル化の影響でこの社会が変わるのではないか?というので、もの凄いテーマになっています。

   もちろん、先回のセッションでありました「グリーン・リカバリー」の環境問題。これも大きなテーマであり、ずっとやってきた。しかし持続可能な開発をベースに地球を維持していく観点では、この図の左のテクノロジーがどう影響してくるのか。さまざまな産業、各国政府の大テーマです。

   さらにコロナ感染症、パンデミックが始まった。とりあえずリモート化とデジタルのところだけ出てきていますが、どんどん他の産業にも広がっていくでしょう。それが逆に、我々の放送にも影響が出てくる、逆に返ってくる、ということになります。

 図の上の話ですが、とにかくインターネットの登場はものすごく大きかった。これは1980年代半ばですが、その後でスマホです。皆さんはあまり意識されていないかもしれませんが、スマホの能力は1998年当時の IBM の大型コンピュータの4倍ぐらいあるのです。この一個で、です。

   そうして、 iPad の時代です。1990年代の水準でいくと、世界最高速コンピュータが皆さんの手の中にある。消費者の好みやデータ処理量、大型コンピュータの能力を持っているスマホが皆さんのところに一つずつあるわけです。

   まだ世界77億人のうち50~60億台ぐらいかもしれませんが、そこを相手にどんな影響があるのか?というのが周先生のご質問ですね。

   5Gや光通信もそうですが、そうしたインフラは20何年前から着々と進んでいます。「情報スーパーハイウェイ構想」もアメリカであり、日本でもいろいろな構想がありました。

   しかし、それを使いきれていない。使いきれるものがコロナでどうなったかが、実はこのテーマです。

   スマホの存在が、皆さんの知能、知識を強大にしたマーケットであります。それをバックアップするネットワークも出来上がっている。つまり、現実の目の前に見えていることと、サイバー空間の中で処理して結果を出してくるところが、ほとんど一体化しているのです。

   目の前に見えているものとサイバーとで、分けては考えられないです。往復しながら今の現実になります。その意味では、何か調べる時にパッと検索して行動する。このパターンがどうなっていくかで、今後さまざまな課題へ向かっていくのです。

   ですので、この社会構造の話は詳しくしません。人口減少するし、高齢化も進む。あるいは経済成長が苦しい時代も必ずあります。それをどう補えるかという観点です。

 この図は、武田さんの競争相手ですが日本テレビです。近未来にMRを利用し、テレビ画面ではない仮想現実でテレビが観られる世界も当然出てきます。

 これは介護の話です。5 G で映像になりますと、すべて点検は自動的にドローンでやってしまう。

   あるいは今面白いのは、4K、8Kテレビで雨の映像が流れていれば、画面をパッと計測して「今、雨量は何ミリ」と、すぐに数量化できる。画像を見るとすぐデータ化できる技術が進んでいるわけです。

   あるいは、洋服屋さんに行ってパッと写真を画面に撮ると、「あなたの身長や胸囲はこの寸法なので、これが似合いますよ。では着せ替えてみましょう」というように、すでに便利なアプリがどんどんできている。

   人間が介在するよりは、先ほど言った「間を繋ぐ世界」が現実のものとして機能し始めていくだろうと思います。

   これらは画像認識も含めて、まだ始まったばかりです。これから5Gは今の通信ではなく、何と結びつくか。映像と結びつく、あるいはメーターと結びつく、セキュリティと結びつく、産業の機械と結びつく。

   何かと結びつくかによって価値が生まれます。5Gが価値を生むわけではなく、価値を生む道具立てとして揃ってきたのが正解だろうと思います。技術で考えないことが一番のキーになると思います。

   それで、この5Gの映像データトラヒック自体の話です。値段のことを言って恐縮ですが、携帯電話が出た頃の1バイトの情報単位の値段と、今のスマホの1バイト単位の値段は、1万分の1か、1万5000分の1ぐらいに下がっています。それだけ技術が進んだ。

   経済的な値下げの問題で今、携帯会社は大変な騒ぎになっています。このシステムができてから、技術開発の進み方と費用の下がり方は驚異的なのです。2020年は4.4EBという構造化データがあります。音声と動画が1700倍です。

   どんどん広がっていきますが、これは技術が追いつかないといけない。ネットワークは詳しく説明しませんが、今これもクラウドを使っています。ネットワークの構造自体も変わります。

   分かりやすいところでは、 IT の世界に住んでいると今何が起こっているのか。実は電力消費がどんどん上がっていて、エネルギー問題になっています。

   ですから今、NTT、インテル、ソニーで発表した「IOWN構想」というものがあります。この5年、10年のうちに光信号で電気の力を使わずに信号転換する。それができる技術の目途を立てていくことが「オールフォトニクス・ネットワーク」。すべて全光で通信の媒介することを実現していく。

 当然、5Gも組み合わさってくるため、強力な手段が出てくるところです。従って5Gでも、どちらかと言えばエネルギー問題として扱われるような状態になっています。

   続いて、先ほど周先生からもお話があった「スペース X」です。「イリジウム・ネットワーク」というアメリカの衛星通信サービスがあります。日本だと KDDI がおやりになっています。私が話を聞いた時は1992、3年でした。それから27、8年経っています。  

   このサービスは66基の衛星で構成されていますが、なかなか採算を合わせるには大変です。全地球をトランシーバーのような66基の小さな端末機が周回しています。この66基で衛星通信ができるものが、今すでに800 基打ち上がっている。

   1万2000基まではすでに FCC(アメリカの連邦通信委員会)という許可を与えるところに認められました。これが4万基を超えている。

   そうすると、パッと空を見上げると数百基も目に入るわけです、本来なら衛星が。直接インターネットを衛星経由で送ってしまう世界が、実は来年か再来年ぐらいから始まることになります。

   インターネットの後ろの放送波や、通信のネットワークを超え、宇宙を超えていく。ところが今、少し問題があるのです。

 これは60基ずつまとめて打ち上げているのですが、この右の図はイメージです。役目を終えた人工衛星の「デブリ」というものがあります。このデブリがある中で4万基も打ち上げてどうするのか、またゴミをばら撒くのか?という問題があります。

   しかも、衛星は太陽を受けて光ります。夜になってキラキラと光る何百基もの衛星が浮かぶ風景ができるわけです。これは嘘でもなく事実ですが、それを差し引いても衛星をコントロールする技術は難しいです。衛星は必ず落ちていくため、落ちるものをどうコントロールするかには国境がないのです。

   通信においては、実は国境があります。国によって通信事情も違います。ネットでも中国と日本では見られるもの、見られないものがもちろんあります。

   ところがこのサービスが始まった瞬間、すべて透明になります。各国の経済格差、活動格差も全部ネットで見られます。一体どういうことが起こるのか、という社会問題の方の改善、議論がまだ追いついていない。

   しかし来年、再来年あたりにサービスが始まろうとしています。皆さんのスマホと持っているネットが直接、衛星からアメリカなりヨーロッパにいく世界になることを狙っています。これに注目していくことが、とても大事になると思います。

   あまりご質問の答えになっていませんが、技術の進化はものすごいスピードで進んでいます。アメリカ主導ですが、使うのは我々です。社会がどう使うのか。

   今コロナが起こったので突然リモートがパッと始まりましたが、今後この技術の中に自分をどう活かして利用していくか。場合によっては高齢化なり低成長、少子化の世界をうまく解決する道が出てくるかもしれません。それは少し全社会的な議論かなと思っております。

   ありがとうございます。続きどうぞ、武田さん。

ソフトインフラの信頼性をいかに高めるか


   武田今、鈴木さんのお話を聞いて大変勉強になりました。技術は間違いなく進歩していくし、そのスピードも上げている実感はあります。

   私の場合は放送の分野で仕事をしているわけであり、変化に対応する能力が求められています。先ほどのビデオマーケットの小野寺さんではないですが、成功体験が放送局にはあるがゆえに、対応能力が劣ってきている気がするのです。ですので、大変な危機感は持っております。

   鈴木さんのように全世界的、全社会的な変化にももちろん通じるわけですが、その一分野でどう対応していくか。放送局のビジネスとしての対応は一つ。これをずっと今までお話ししてきたわけです。

   それとともに我々は報道機関でもあります。ニュースを日々出しているわけです。「今日は何人コロナの陽性が出た」など、そうした話からさまざまなニュースを出している。

   しかし、インターネット上でのフェイクニュース問題もあります。フェイクニュースかどうかを判断するのは個々人なわけです。そのフェイクニュースをチェックするそれぞれの団体がありますが、チェックしきれていない。

   だから我々はニュースや、社会のある種ソフトインフラだと私は言っているのですが、この信頼性をどう高めていくか。我々、放送局でもいろんな問題を起こして叩かれるわけですが、信頼の高い情報を日本国民にどう提供していくか。

   提供する手段は、はっきり言って放送でなくてもいいわけです。通信でもいいわけで、いかに必要なところに正しい情報が届けられるかも、我々の一つの大きな社会的ミッションだという自覚があります。

   そうした技術の進歩、進展を活かしてより良い社会にしていくか。我々もそれを企業理念に掲げており、より良い社会をつくることに貢献していきたいと考えています。

アジアのマーケットをどう見据え、展開すべきか?


   ありがとうございます。非常に大事なメッセージです。

   それでは、最後の話題に参ります。世界のマーケット、特にアジアのマーケットをどう見据えて展開していくかという話です。

 この図は、過去3年間で日本の映画が中国で上映されたリストです。2017年は10作品が中国で上映され、興行収入135億円を稼いだのです。2018年は、15作品で113億円。去年の2019年は一気に23作品が公開され、282億円を稼いだ。

   これは何が言いたいかというと、日本のコンテンツにとって中国というマーケットがあること。そして中国というマーケットは日本の作品をけっこうオーディエンスとしては好意的に受け入れています。

 実は2016年以降、世界で映画作品がたくさん作られています。けれども、数から見ると5%の作品は100億円を超える制作費をかけています。日本ではなかなか100億円をかけて一作を作ることはできない。しかしこの5%の作品は、実は映画の興行収入の半分以上を獲得しています。

   このビジネスモデルを一番、徹底的にやったのはDisneyです。ですからDisneyは対策をどんどん打ち、高い興行収入を勝ち取るビジネスモデルを実行しています。

   しかし、ここでのミソは、大作を消化できるような大きな市場も取っていることです。ですから『ムーラン』のように、中国マーケットから認識されたい作品をどんどん作っているのです。

   先ほど語学の話が出ましたが、おそらく自動翻訳はすぐ目の前にできるようになってきています。翻訳することは難しくないです。問題は、作品がその文化をベースにしたオーディエンスに向いているかどうか。これが実は、けっこう大きな問題です。

   やはり海外のオーディエンスを意識しなければ、作ったものはそれほど歓迎されないと思います。場合によってはうまくいく。しかし、打率から見るとそれは事故だと思った方がいいと私は思います。

   アジアというマーケットは、40年前はほとんど経済的な有効人口ではないマーケットでした。しかし、今は経済的に見ると非常に有効的なマーケットになっています。

   そこで、これからアジアのマーケットをどう意識してアクセスしていくべきなのか?また、加速するメディアにおける DX が日本をとりまくアジアの社会にどうインパクトを与えるのか? 

   この質問を最後にして、お二方の考えを伺いたいです。鈴木さんからお願いします。

「人材」という資本が一番の強み


   鈴木私は武田さんにお譲りしたい感じですが、前座を失礼します。先ほど周先生のお話にもありましたが、世界・日本のコンテンツ市場は、まだ伸びてはいます。

   ただ、日本の存在感が結果的に、相対的に下がっている。逆に、伸ばす余地があることと、アジアと中東・アフリカ、特にアジアはこれから人口が多くなってくる。

   今は77~78億人ですが、中国・インドだけでもこれから30億人になろうとしています。世界の3分の1の人口です。100億人になっても3分の1は、やはりアジアです。

   この地域で、時差がない中でどうこのビジネスをやっていくかが非常に重要です。多少は文化的なコンテンツに影響を及ぼす地盤も、アジアは似たところもあります。

   マンガ・アニメはすごいですが、それ以外の映像の世界もぜひ頑張ってもらいたいと思います。すみません、64ページ開けますか。

   この図は DX の場合ですが、先ほど資本力の問題が出ました。資本力や、個人データの集積であるデジタル情報収集のような情報データを持っていることが強い。これも資本で信用も資本ですが、やはり「人材」が資本のところが強いです。

   今これだけの世の中になっているので、映像の世界もポイントだと思います。もちろん戦略もなければいけませんが、人材、あるいはデリバリー、テクノロジー、データ、マネジメントなど、やはり根っこになっているのは「人材」です。

   そこで、やはり人だという時に、これから二極化していきます。特に中間の管理をしている層ではなく、これから雇用安定するところは各分野の専門性の高い人や、感性の強い人の需要が非常に高くなる。

    それと同時に、人でないと駄目だという需要もどんどん高くなってくる。その間が実は今一番多いですが、この数字は下がっていきます。

   この図の右側の「人材」を、専門家というわけではなくて全体像を見る。先ほどコンテンツの配信と制作の境がなくなってきたと言いましたが、全体の流れを頭に置き、かつ特定の専門が非常に強い人材をどう育てていくか。それが、これから一番大事なところになると思います。

   先ほど周先生からご指摘がありました。図の左の現状から目指すべき姿ですが、これは AI ロボットの場合です。これは映像ビジネスも同じで、トップに立つ人は内外から集積してこないといけない。やはり分かっている人がコンビネーションで集めてくる。単一文化でない。間に挟む人は専門性があって、共同的にチームが組める人です。

   「単純なことをやればいいや」という人は、AI とロボットに置き替わっていくことになります。今から目指すべきは、内外から集積をして実行すること。今はいいものがあれば、日本人でも優秀な方は海外に出てしまう。中国の方も海外に出ることになります。

   なかなか言葉で「多様性」と言っても難しい。ですから、一番入りやすいビジネスの世界から人を育て、あるいは味方をつくっていく。チーム作りをする。

   そうしたところに金融資本、データ資本主義から人的資本主義の方にシフトしていくことが一番大事な将来像だと思っています。武田さんの前座で、すみません。

   ありがとうございます。武田さん、どうぞ。

積極的なキャリア採用と人材育成を


   武田本当に「人」だと思います。我々はけっこう、海外で番組を売ることをしてきました。『風雲!たけし城』という番組は世界的に売れましたが、そうした「点」での海外展開はけっこう長くやってきました。

   しかし、それでは単価がはかばかしくいかない。連結売上高の海外売上高比率は、1%に満たない現状です。

   それではいかんということで、日本でのOTTとの競争や、少子高齢化の問題、あるいは日本の我々のスポンサーである企業がどんどん海外に展開していくわけです。では我々も、ということで私もけっこうアジアを中心に回り、さまざまな放送局との提携などを模索してきました。

   しかし、どうも提携ではないなという感じはしています。今まで議論してきたコンテンツの力をどう活かせるか。それを活かすには、やはり「人」なのです。

   我々 TBS もそうですが、ほとんどの放送局は10年ぐらい前まではそれほど外部から人をとらなかったのです。大学を出た人材を育てる。育てるには時間がかかるわけですが。

   今ではそれにふさわしい人材、例えば海外展開にふさわしい人材を中途でキャリア採用するといった流れがやっと出てきました。10年ぐらい前まではなかったのです。

   最近、各社ともそうした採用を行っています。例えばIT、あるいはDX人材などは取り合いです。取り合いなので、給与問題、待遇の問題になる。こういう「質」の問題を、人材の育成と人材を取る、という発想にみんながなりつつあります。

   アジアでも展開しようと方針を立てているので、そこは日本人でなくても良いわけです。やはりアジアの人たちが社員になってくれた方が、メリットがあり得るわけです。

   ですので、そうした人材の多様性も含めて、これからますますやっていかなければいけない。同業他社、あるいはOTTもそうなっているわけですから考えていかなければなりません。

   ところで、Netflix JAPAN が経団連に加入したのですね。あのニュースを見て、その意図は何かと聞いてみたいぐらいです。でも、そういう時代なのです。出入りが自由になっていく時代ではあるし、組織、人材にふさわしい体制にしていかないといけないと思っています。

   ありがとうございます。最後はやはり「人材」ですね。この話は我々大学にとっても非常に大きな課題となってくると思います。

   そろそろ終了の時間がきました。今日は武田さん、鈴木さんという二人の素晴らしいビジネスリーダーの深い造詣とイマジネーションをお借りして、メディア産業、そして通信産業が置かれている現状を議論し、整理し、将来を展望しました。

   大学の学生をはじめ、若い世代が未来を描くにあたり、今日の議論は大変参考になるもの、刺激になるものと確信しています。武田さん、鈴木さん、ありがとうございました。

   それではこれをもちまして、特別セッションを終了させていただきます。ご視聴の皆さま、ありがとうございました。

特別SESSION討論の様子(左から周牧之氏、鈴木正俊氏、武田信二氏)

シンポジウム動画

【参考】
東京経済大学創立120周年記念シンポジウム「コロナ危機をバネに大転換」を開催

【書評】中国は大都市圏、そしてメガロポリスの時代を迎えた

J-CASTトレンド・コラム「霞ヶ関官僚が読む本」より掲載

 周牧之さんは、1963年に中国湖南省に生まれ、中国機械工業部(通産省に当たる)勤務を経て88年に日本留学して30余年。東京経済大学で教鞭をとりながら、日本と中国の関係改善、中国の都市政策に多大な貢献をしてきた。本書の中心となる中国都市総合発展指標は、周さんの長年の研究成果をもとに構築された。

 都市と農村の格差など「三農問題」を抱えていた中国は、計画経済の時代から長年、都市部への人口移動を規制してきたが、今や大都市圏、そしてメガロポリスの時代になっている。その転機は2001年のWTO(世界貿易機関)加盟であった。中国沿岸部が一気に「世界の工場」となり、臨海部の主要都市が大規模化した。

 都市住民の生活品質の向上と環境問題の回避という二つの目標を追いながら急速に成長する都市は、人口1000万人を超えるメガシティと周辺都市が複合するメガロポリスへと変貌を遂げた。本書は2018年に初版の中国都市ランキング2016が出版されてから三回目の出版となる。都市データの更新に加え、メガロポリス発展戦略、中心都市発展戦略、大都市圏発展戦略とメインレポートが毎年変わり、2030年に向けて中国の都市がどのように変化していくかを知る手がかりに溢れている。また、トップ10都市の強みが写真付きで紹介されており、特に、杭州市、成都市、南京市は自然、歴史や文化の魅力にあふれ一度訪れて実感してみたい。

三大メガロポリスの課題

 欧州はその歴史から都市人口が1000万人を超えるメガシティはモスクワやロンドンにとどまるが、アジアでは臨海部の都市が製造業と交易で急速に発展したために規模が大きい。世界最大の都市圏は東京圏の3700万人だ。中国では人口1000万人を超える大都市圏は六つもある。これらメガシティを中心に、京津冀(けいしんき)、長江デルタ、珠江デルタの三大メガロポリスが形成されている。複数の大都市圏が連携する連続的な構造だ。人口規模から見ると、京津冀が9106万人、長江デルタが1億5270万人、珠江デルタが6151万人にのぼり、三つのメガロポリスの合計では3億人を超え、中国総人口のシェアは22%にも達する。三大メガロポリスは、世界との交易で成長し、国内の他地域から大量の人口流入があった。現在、当該都市での戸籍を持たない常住人口数だけでも三大メガロポリスで計6244万人にもなる。急激に巨大化するメガロポリスには、都市機能の充実に関して二つの課題がある。 

 一つは、都市住民の生活の質という視点。公共交通網、レストラン、大学など人口が集中して快適な空間構造をどう作るかだ。人口規模が大きい分、欧州や米国には見られない東京圏のような高密度かつ快適なメガシティを目指すことになる。二点目は、周辺の中小都市の核となる中心機能を充実させることだ。とりわけ、国際交流に必要なIT、国際会議、宿泊といった機能が重要だ。製造産業の発展拡大した沿岸部のメガロポリスが、今度は、IT産業と国際交流にふさわしい都市へと姿を変えていくのである。

人間本位のマネジメント

 中国の都市は、人口戸籍制限を緩和して若者を積極的に引き寄せる競争に向かっているという。日本の地方創生とは逆の構図だ。若者からすれば、都市の生産活動と生活環境の双方を見てどの都市に住むかを決めることになる。大都市だからといって生活環境が悪ければ良質な転入者を得ることは難しくなる。利便性を犠牲にせず、緑が生い茂る穏やかな住宅地帯をどう形成するか。人間重視の都市化への転換が急速に進むであろう。製造活動にふさわしい都市から知的な価値を創造する活動にふさわしい都市への変貌である。

 こうした考えが、中国国家発展改革委員会の官僚の言葉で語られていることが、本書が日本語化された意義の最たるものではないだろうか。中国の官僚が、経済、社会、環境の三つの均衡を重視する方針を掲げ、それを測定する数値指標として中国都市総合発展指標の理念と実益を高く評価することは、都市問題の奥深さゆえに、数値をベンチマークとして都市を経営する意義を中国の政策官僚がともに実感しているからであろう。この発展指標が、周さんの知的な献身活動を基礎として、中国の官僚と日本の産学官との協力で生まれたことは、日中の現代史に残る出来事ではないか。

(※データは書評掲載時より更新)

<ドラえもんの妻>


【参考】J-CASTトレンド・コラム「霞ヶ関官僚が読む本

【激論】中井徳太郎・大西隆・周牧之:コロナ危機を転機に


東京経済大学創立120周年記念シンポジウム
「コロナ危機をバネに大転換」

※画像をクリックするとシンポジウムの動画がご覧になれます

【動画】東京経済大学創立120周年記念シンポジウム「コロナ危機をバネに大転換」


■ Session 1 ■ 「コロナ危機を転機に」

司 会   周牧之 東京経済大学経済学部教授
パネリスト 中井徳太郎 環境事務次官
      大西隆 日本学術会議元会長、豊橋技術科学大学前学長

日時    2020年11月21日(土)13:30〜15:00



 周こんにちは。東京経済大学は1900年に、大倉喜八郎という実業家によって創設されました。激動の時代をくぐり抜け、今年で創立120周年を迎えました。

 この記念シンポジウムは本来、海外からも著名な論客を招く予定でしたが、今日の状況に鑑み、オンラインで開催いたします。こうした時期だからこそ、新型コロナウイルスに負けない経済社会をどうつくっていくべきかについて議論して参りたいと思います。

 まず、登壇者をご紹介いたします。東京大学名誉教授、日本学術会議元会長の大西隆先生です。どうぞよろしくお願いいたします。環境省の中井徳太郎事務次官です。よろしくお願いいたします。私は司会を務めます、東京経済大学教授の周牧之です。

 今日の進め方ですが、まず私が問題提起をして、中井さん、大西先生の順に5、6分ずつお話していただきます。なるべく発言の回数を多く回していきたいと思っています。早速、本題に参ります。

 周:第1セッションのテーマは「コロナ危機を転機に」です。今の世の中は大きく変わろうとしています。おそらく、これまで人類が経験したことがないほどのパラダイムシフトが起こっています。

   第1グランドでは「社会の大変革を推し進める三大ファクター」についてお話して参ります。この図1から見られるように、今コロナの新規感染者数が急激に増加しています。感染拡大の局面を再び迎えることになり、世界各地でも再びロックダウンラッシュが起こっています。

   実は、この新型コロナウイルスパンデミックこそ、世の中の変革を促す一ファクターでもあります。新型コロナウイルスの蔓延で人々の意識、生活のスタイルがかなり変化していき、これからも長期にわたり変わっていくのではないかと思います。

   また、もう一つ世の中を変えてきた、今後さらに変えていくファクターは情報革命、そして今日の「DX」つまり「デジタルトランスフォーメーション」です。これも40年間にわたって社会を大きく変えてきています。

   40年前、1980年にアメリカの未来学者アルビン・トフラーが、『第三の波』という本を出しました。トフラーは、情報化社会をかなり予言しました。

 具体的な社会のありようで、ほとんどトフラーのイマジネーションは当たっています。ただし唯一、少なくとも今日まで当たっていなかったのが、都市問題です。

   トフラーは40年前、すでに今日のようなテレワークの時代の到来まで想像していました。しかし彼の予想のように、都市の密度がどんどん低くなり、人々は田舎で生活しながら近代的な仕事をするという場面は、実際には今日まで到来しなかった。

 この図で表しているのは、この本が出版されてから約40年間、つまり1980年から去年まで、世界でどのくらい大都市化が進んだかということです。「100万人都市」というのはそもそも大都市です。世界で人口が100万人以上増えた都市はなんと、326カ所もあります。これらの都市の中で、9.5億人も増えた。つまりこの326都市で増えた人口が、10億人近いわけです。

   さらに1000万人を超える都市のことを、我々は「メガシティ」と呼んでいます。このメガシティは、1980年はたった5つしかなかったのですが、今日では世界に33都市もあります。メガシティに住んでいる人口は6億人近いです。この点に関しては、トフラーの予想に反した大きな動きがありました。

 3点目の、世の中を変えていくこれからの大きなファクターは、2020年10月26日に菅首相が所信表明演説で出された、2050年までに日本の温暖化ガスの排出「実質ゼロ」宣言。これが実は、非常に今後の世の中を変えていく大きなファクターになります。

 第1グラウンドでは、まず中井さん、大西先生の順に、この三大ファクターがこれからの世の中をどう変えていくのか、そしてどう変えていくべきかをお話していただきます。どうぞ、中井さん。



コロナ危機と気候危機問題


  中井ありがとうございます。周先生の提起されました社会大変革の三大ファクターについて、私の方からは新型コロナの問題と、気候危機の問題についてお話ししたいと思います。

   今まさしくコロナ危機であり、日本でも第三波ということですが、同時に気候危機と言われる状況が広がっています。この「環境白書」とは、日本政府が閣議決定して正式な公式見解を出すものです。この中で従来、気候の問題につきまして「気候変動、温暖化」という表現で扱って参りました。しかし、世界でのいろいろな動きを踏まえ、もはやこれは「気候危機」と表現できるということで、正式な政府の閣議決定の文書で作りました。

   これを6月12日に発表いたしまして、即座に小泉環境大臣から環境省として「気候危機宣言」というかたちで宣言をした。コロナ危機と気候危機、まさしくこの2つの危機に今、我々は直面しているのです。

 この気候変動でありますが、この図6は世界の異常気象の状況です。2019年、2020年を振り返りましても、昨年ヨーロッパではフランス南部で46度という観測史上最高気温が出ました。

   今年はアメリカのカリフォルニア州のデスバレーで、54.4度。シベリアでも38度、南極でも18度という、史上最高気温です。そうした中で、森林火災などもアメリカ、オーストラリアで大変な問題になっている状況です。

   日本におきましても、皆さんも日々実感する危険な状況にあります。昨年は台風10号、19号と、房総半島や東北地方を中心に大変な災害がありました。

   今年は台風こそあまり来ていませんが、梅雨の時期である7月に豪雨となり、西日本では大変記録的な台風・大雨で大きな被害が出ました。こうした激甚な災害になってしまう大雨、暴風に常に直面する環境であると同時に、温暖化の中で熱中症の危険にもさらされています。

   新型コロナについて、どこから発生したのかという議論はいろいろあります。国立環境研究所の五箇先生など知見を有する人によると、この感染症が人間の生物多様性に対する破壊や、気候変動をもたらした今に至るまでの状況と大きく関連している。いわば人間と自然生態系との生物界の棲み分けの状況が変わったため、そうした中で感染症が起きているという文脈で捉えるべきであります。

   したがって今回、コロナを何とか乗り越えたとしても、さらに次のコロナ感染症のような危機を我々は常に考えながら、暮らしを築いていかなければならないのです。

   過去80万年にわたり、自然の二酸化炭素濃度のサイクルがあります。これが産業革命以降250年、急に上がっている状況が見てとれると思います。300 ppm を超えることがなかったものが、一気に今400 ppm を超えています。

   この地球の状況を分かりやすく人間の身体に例えますと、地球が病気で悲鳴を上げている状態です。健康診断で私どもが人間ドックに入って、ガンマGTPの数値が上がる。異常値が出ている。その異常時の明らかな症状として、先ほどのような災害、自然災害の多発です。これはつまり、地球に病気の症状が出ているという発想になろうかと思います。

   分かりやすく地球全体の気候危機の問題を自分の身体と捉えると、慢性病の状況であります。これから、どう体質改善をすることができるのか、どう病気と付き合うことができるのか?こうした状況であります。

   そうした中で、世界はこの問題に踏み出しております。2015年に気候変動枠組条約を締約する「パリ協定( COP 21)」が開催されました。地球の病気の症状を止めるために、増えた二酸化炭素を増えない状況にしなければいけない。

   ただし産業革命以降、すでに1℃の温暖化が進んでいます。これでは病状がなかなか止まらないということで、2℃目標が設定されました。21世紀にあと1℃温暖化することを何とか食い止めたい。

   そのために森林など地球の生態系において、植物が光合成で二酸化炭素を酸素に変えてくれる。しかし、このメカニズムを超えて人間が人間活動で化石燃料、地下資源を地上に持ち上げて移動し、燃やし、先ほどの都市化の中で大量の森林、いわば地球の肺に当たるところを切り刻んでいる。そうした中での崩れてしまったバランスを戻そうということです。

   ただ、このあと1℃の温暖化に人間が耐えられるか。こうした問題意識の中で、今は1.5℃。あと0.5℃で何とか食い止めたい。それが科学的な知見で可能なのかということは今、ギリギリです。あと30年で二酸化炭素の排出と吸収のバランスを保つ地球の健康体まで行けば、何とかあと0.5℃で留まるのではないか。

   こうした中で今、世界中が1.5℃に向かって、2050年までにカーボンフリーにしようという動きがあります。

   先ほども周先生が紹介されましたが、まさしく日本は「2050年カーボンニュートラル」の宣言に踏み込みました。菅総理が所信表明演説で、2050年までにカーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指すことを高らかに宣言しました。

   これは大変大きなメッセージであります。これから産業を支えるさまざまなエネルギーや技術の構造を変えていくと同時に、環境省としては特に地域や生活者、そういう日々の暮らしに直面する視点からカーボンニュートラルの絵を描き、社会変革を目指す。こうしたことを総理のご指示を受けてやっていく渦中の状況です。

    この目標がいかに大変かというと、5年連続で二酸化炭素は減っていますが、2030年までに26%減です。現在、これをさらに深掘りする議論を始めました。

   そして2050年までに実質ゼロということで、あと30年までにCO2が増えない状況に持っていけるかどうか、体質改善ができるのか?ということであります。

   これが経済の足かせになるのかという視点ですが、従来とは発想を変えております。経済が成長する、まさしく移行することで二酸化炭素を減らす。経済と環境の両立という文脈で、この問題に当たっていく発想であります。

   まさしく産業革命以降の今までの発想とは全然違うパラダイムシフトであります。冒頭の発言とさせていただきます。

 周ありがとうございます。大西先生、どうぞ。

テレワークの普及と展望


   大西ありがとうございます。冒頭に周先生からいくつかキーワードが与えられました。新型コロナウイルスパンデミック、情報革命、低炭素社会、そして大都市の問題も提起されました。

   実は、スライドの2番目にアルビン・トフラーの写真が出てきたので思い出しました。テレワークはここ半年で急に取り上げられ、しかも定着していったライフスタイル、あるいは仕事のワークスタイルでもあると思います。私は、日本ではかなり最初の1992年だったと思いますが、実はテレワークに関する本を出版したのです。

   当時はテレワークという言葉が日本語にも、確か英語にもなく、『テレコミューティングが都市を変える』というタイトルで出版しました。要するに、通勤コミューティング。通勤の代わりに遠隔通勤と言いますか、情報手段を使って仕事をするということです。

   よって通勤はしないわけですが、自宅から働く、あるいはサテライトオフィスから働くという時代が来る。そういう時代をつくろうという趣旨の本を書きました。

   本を書いただけではなく、そのために学会を創り、テレワークを進めようといろんな社会運動もしてきたわけです。最初の狙いは、過密大都市をどう防ぐのか。私は都市計画を専門とする研究者でしたので、過密大都市を防ぐためにテレワークが有効ではないかと思いました。

   皆がオフィスの集まる都心に向かって通勤することを前提に、都市に住む必要がなくなれば郊外から、あるいはもっと離れた郊外、もしくは地方からいろんな仕事ができるようになるのではないか? そう思ったのです。

   同時に、通勤をしなければ少なくとも交通に関するエネルギーを使いませんので、エネルギーの節約、低炭素にも繋がる。

   しかし実際、日本でテレワークが普及したのはその2つの理由ではなく、新型コロナウイルスの影響を避けるためでした。オフィスで皆が密になって仕事をするのを避ける。あるいは通勤電車も大変密な状況ですが、それを避けようとテレワークが急速に普及していったのです。

   したがって、私にとっては自分が追求していたテーマ、しかもその狙いであった情報通信をうまく活用して大都市化を防ぐことにより、かつ低炭素な社会生活も実現できることとは全然違う回路です。この新型コロナパンデミックに関連してテレワークが普及したことで、少し意表を突かれたと言うか、こういう展開もあるのかと認識させられたのであります。

   改めて考えていくと、現代社会が「第三の波」という一つの社会評論の側面をもっているとすれば、現代社会を捉える時にやはり工場のある場所に皆が集まって働く。工場というのは原材料があるところ、あるいは積出港が近いところが適地だとされていました。

   一方では、オフィスで働くというのは人口の集積する場所が適地で、集積が集積を呼ぶという格好で大都市が膨れ上がっていったのです。

   このように皆が集まって情報が集中するメリットは残しつつ、しかし皆が集まること自体は避けられるのではないかというのが、テレワークに込められたアイデアだったのです。アイデアとしては存在したのですが、実際に日本の社会で急速に普及していったのは、新型コロナウイルスによるものでした。

   将来を展望すると、テレワークが日本社会に本当に定着していくのかどうか。つまり新型コロナが解消された段階で、皆が元の生活に戻ろうと思ったら戻れるという時に、テレワークで享受したさまざまな良い点を忘れることなく新しい生活スタイルとして、あるいは仕事のスタイルとしてテレワークを維持し続けるのかどうかです。

   これは一つの大きな鍵を握っていると思います。情報通信手段をいろんな意味で身近に活用していくことと、できるだけ人が移動するために使われるエネルギーを節約してくことも考えていく。

   これはテレワークの良い点として残るわけです。これをうまく使いながら、テレワークを社会に定着させていけるかが、非常に大きなこれからの鍵を握ると思います。

   私もそういう意味では、自分が研究・発表してきたテーマがなかなかうまくいかなかったわけですが、ここで勢いが出てきたので、ぜひテレワークをさらに普及することをしていきたいと思います。

   ただ、もう一つだけ付け加えると、日本はこの3つの社会を変革させるファクターに加えて「人口減少社会」という極めて大きな問題があります。日本は現在、出生者が90万人を切っています。やがて人口が毎年100万人くらいずつ減っていく時代が、10年か20年後にはやって来るとされています。

   こうして、目に見えて人口が減っている社会が訪れる恐れがあり、今挙げたようなテレワークの活用、情報手段の活用、あるいは低炭素社会の中でどう人口維持する構造をつくっていくか。人口は少し増えるぐらいの方がやがて良くなるのかもしれませんが、そうした構造をどうつくっていけるかです。

   おそらく経済問題から考えていくと、皆がある程度の所得を得て安定した家族生活を営めることが前提になると思います。そうしたことを含めた総合的な政策を、これを機会に考えていくことが大事だと思います。どうもありがとうございます。

   周:大西先生、ありがとうございました。大西先生は、日本の初代のテレワーク学会の会長でした。トフラーと同じ夢を見て、テレワークを一つの研究テーマとして追いかけられてきました。

周牧之 東京経済大学経済学部教授

   第2グラウンドは「大都市の時代と大都市の未来」をテーマに、お二方からお知恵を頂きたいです。実は20年前、私は一つの予測をして、これが当たったのです。

   どう予測したかと言うと、中国で「メガロポリス」の時代が来ると予測しました。メガロポリスというのは聞き慣れない言葉かもしれませんが、大都市がいくつかくっついて、中小都市も堆積した大きな都市の塊を表現しています。このメガロポリスが中国で3つ大きなものが沿海部で形成されると、2001年に予言しました。20年後の今は、右のグラフが表しています。中国の人口移動の地図です。グラフの赤いところは、人口をたくさん受け入れているところで、高さはその量を表しています。「三大メガロポリス」と私が名付けている地域は数千万人単位の人口を受け入れ、大きなメガロポリスがすでにこの20年かけて形成されました。私の予測は当たったと喜んでいます。実際になぜそれが出来たかを今日は皆さんに簡単に紹介します。

 今から、この中国都市総合発展指標を使って皆さんに紹介していきます。この指標作りに関しては大西先生、中井次官から多大な協力を頂いております。

 次の図にあるのは、中国の製造業輻射力のトップ10の都市と、IT産業輻射力のトップ10の都市の地図です。製造業のトップ10の都市は、ほとんど沿海部にあります。この10都市だけで、中国の輸出の半分稼いでいます。

   これら製造業輻射力のトップ10都市は今すべて、世界的なスーパー製造業都市になっています。面白いのは、そのうち7つは20年前まで小さい地方都市で、ごく普通の地方都市、あるいは40年前には、ただの村でした。今や沿海部で巨大なスーパー製造業都市になったのです。

   隣の図のIT 産業の輻射力からは、IT産業の2つの特徴が見えます。

   まずIT産業の集約度は製造業以上にあります。つまりIT産業は、地方分散型ではないです。

   2点目は、IT産業輻射力のトップ10の都市は、深圳以外は全部古くからある中心都市です。首都や地域の中心都市、省都など。これは非常にパターン化しています。この2つの特徴は、実は日本でも同じです。

 日本の製造業輻射力と、IT産業輻射力を表した図12から見ると、製造業に強い都道府県は、地方が多いです。IT産業の場合は、東京が断トツ強い。その後はちょいと大阪、神奈川です。IT産業の方が、より中心都市を求める傾向が日本でも中国でも顕著に表れています。

   さらに企業の本社所在地の集積パターンはどうでしょうか。中国では香港、深圳、上海の三大金融マーケットがあります。この三大マーケットのメインボードに上場している企業の本社所在地が、トップ10の都市は63%を占めています。

   日本の場合はもっと進んでおり、トップ10の都道府県には85%も、東証1部上場企業の本社が集まっています。

 最近、フランスの経済学者ジャック・アタリ氏が、多くの企業がこれから大都市を離れて本社を中堅都市に移すということを、おそらくコロナを意識して話して話題を呼んでいます。これは10年後に検証する時どうなっているか、私もちょっと楽しみにしています。大都市に関しては、CO2の排出量も一つ大事な指標です。日本の47都道府県におけるGDPあたりのCO2の排出量からみると、成績が一番いいのは東京です。

 その東京におけるGDPあたりCO2排出量は、日本全国平均の8分の1しかないのです。何が言いたいかというと、大都市はさまざまなメリットがあり、特にCO2削減のメリットが今まで軽視されてきたのではないか。我々がCO2削減の話をする時、その多くは技術の話になるのですが、実は都市構造の話も大きなファクターになるのではないかと思います。

   大都市に関しての話は、お二方にも伺いたいです。大都市の時代は私から見ると情報革命がつくり出したものです。この流れは止められないし捨てたものではない。そうなる理由もあるし、CO2の削減にも非常に寄与するところもあります。

   これからの大都市をどう展開していくべきなのかを、中井さんから大西先生の順にお願いします。

「3つの移行」による経済社会のリデザイン


   中井ありがとうございます。周先生とはずっとこのメガロポリス化、大都市化の話を20年近くやっているのですが、やはり私は大都市化、メガロポリス化は必然だという捉え方をしています。

   大都市の中でIT技術も含め、さまざまな効率的なものが多くのビジネスモデルを生んでここに至っている。ところが、そこに至る中で獲得したものを使いながら大都市化、メガロポリス化が生んだ、ある意味でのさまざまな病変に対応するのがこれからです。大都市自体も変わるし、大都市以外の国土も変わります。

   今、この状況は地球全体が病気で、大きく変わらなければいけない。大きく社会が変わるのは間違いない。では、どういう方向に変わるのかということで、環境省では現在、小泉大臣を先頭に『「3つの移行」による経済社会のリデザイン(再設計)』として発信しています。今年はCOP26が条約の交渉延期になりましたので、9月にオンラインで会議を行いました。これは、その中でも強く発信して共感を得たところです。

 この「3つの移行」とはどういうものか。一つは、このスタンスでカーボンニュートラルを目指す。再生エネルギーなど、エネルギーの構造や技術イノベーションを使って脱炭素を目指す。

   これを暮らしや地域の面から言いますと、循環経済(サーキュラーエコノミー)。プラスチックの問題や、ありとあらゆる物質の循環も含めて適切に、効率的に回っていくというものです。そして、新型コロナや災害の多発という状況から踏まえると、ある意味での分散型社会です。

   この脱炭素、循環経済、分散型社会。これらの3つで、一つの社会の方向感が出るのではないかと私どもは強く主張しています。これが究極、噛み合うと後ほどのテーマになります「地域循環共生圏」という理想像になる。これを支えるためにはこの地球上、大都市も含めて企業、地域、そうしたすべての暮らしがどう変容していくかが大事になっていきます。

   環境省としては現在、人々の生活の場である地域や自治体で、いろいろなお話させていただいています。日本では政府がカーボンニュートラル宣言をいたしました。それに至るプロセスでこの一年、カーボンニュートラルを表明する自治体は、昨年の9月の時点で4自治体だったのが、今や170自治体を超えました。

   人口から見ると、8000万人を超えている。こういう文脈の中で、日本としても政府全体でカーボンニュートラルにコミットする動きになっています。

   そしてもう一つ。脱炭素、カーボンニュートラルの文脈に、大きなお金の流れでドライブをかけようという動きが今、世界中に広がっています。これを「ESG金融」と申します。世界でESGの市場が拡大していますが、日本もこの3年で約6倍になりました。世界から日本は大変な注目を浴びています。

   日本には兼ねてから地域に信用金庫、地銀がありますが、これからはそうしたところも含めてESGというかたちで、社会を変えるドライブになるお金の流れが広がっていくということです。

   そのお金を受けて活動する事業体という観点においても、脱炭素経営が大きなうねりになっています。この「TCFD」は、世界に広がる気候変動の情報開示の枠組みです。

   自治的な枠組みですが、このコミットメントは日本が世界一です。パリ協定などを踏まえて科学的に目標設定し、中長期の削減を目指す企業。これも、日本が世界で2位、アジアで1位。

   また、事業活動全体を再生ネルギー、つまりカーボンニュートラルにしていこうというコミットメントで取り組む企業も、日本は世界で2位、アジアで1位という状況です。

   この第2グラウンドの話からすると、大都市になってもまだ発展途上のベースでさらに進む世界があります。先進国中心に、ここで獲得したさまざまな人間の叡智を活用して、大都市も含めて地球に暮らしている人間が今、大きく方向転換しようとしています。

   その中には地域という側面から見ても、経済を回している企業の側面から見ても、経済に血を流す金融の側面から見ても、すべて大きく動いている。こういうことであろうかと思います。

   ありがとうございます。大西先生、どうぞ。

 

大都市問題と産業・民生・交通


   大西お二人から素晴らしい詳細のスライドを使ってご説明がありました。私は今日、スライドを一枚も使わずに評論するという、わりと気楽な立場におりますが、今のテーマについて2点だけコメントさせていただきたいと思います。

   一つは、大都市の問題です。なぜ大都市がさらに大きくなっていくのかは、やや謎めいたところがあります。というのは、初めて大都市問題が世界で取り上げられたのは、おそらく戦後の1960年代です。

   この時の大都市とは、ロンドン、パリ、ニューヨーク、東京が中心でした。先進工業国の中心都市の中でも、今挙げたような都市は特に集積が大きい。そこで、いろんな社会問題が出てきたわけです。住宅難、あるいは混雑現象です。

   これを解決しなければいけないということで、例えば郊外にニュータウンをつくる。あるいはもうちょっと大胆に地方に拠点をつくり、そこで機能を分担するという政策を、国を挙げて展開したところもあります。特にイギリス、フランスが積極的に取り組んだと思います。

   アメリカはどちらかと言うと、そういった国土政策はあまり関心がなかったと思います。日本もイギリスやフランスと同じように、そうした政策に取り組みました。しかし、結果としてどうなったでしょうか。ロンドン、パリ、ニューヨークは、だいたいその頃の水準から集積の規模、人口の規模はあまり変わっていません。それに対し、東京だけがどんどん伸びていったわけです。

   先ほど周先生が紹介してくださいましたが、世界の他の地域、アジアであれば中国、あるいは東南アジア、そしてアフリカでも巨大都市が出てきています。さまざまなところから巨大都市が出現し、いわば最初の時代の巨大都市問題の一員であった東京は、引き続き次の時代の巨大都市問題の一員にもなっているのです。

   なぜ、ヨーロッパやアメリカの大都市はそれほど大きくなり続けずに、アジアやアフリカ、特にアジアの都市が大きくなり続けているのか? これはなかなか、きちんとした説明ができない問題です。

   人と人との距離を人間はどのくらい好むか、嫌がるかという研究があります。西洋人はあまりよく知らない人とは距離を取りたがるけど、よく知っている人とは非常に近い距離で付き合う。物理的な距離です。

   しかし東洋人、特に日本人は、知らない人同士で満員電車にぎゅうぎゅう詰めにされても文句は言わない。けれども親しい者同士、最近は違うかもしれませんが、ちょっと距離を置いて三歩下がって歩くなど、そうした習慣もあります。

   よって、人間の性格、習性が違うからではないかという説明もありましたが、まだ決着がついてないかもしれません。

   ただ、先ほど周先生が大都市に関して少し別の見方をされました。例えば、低炭素という観点から見ると、けっこう成績がいいのではないか。つまり大都市化のメリットもそこにあるのではないかというお話がありましたが、私はちょっとこの点については異論があります。

   私もある時期、環境省のお手伝いをしていました。まずは都市をいかに低炭素にしていくかというデータを取り、そのデータに基づいて議論することをやってきました。

   都道府県におけるGDPあたりのCO2排出量ですが、GDPと人口はニアリーイコールです。それほど大きく違わないとすれば、人口あたりと考えてもいいでしょう。日本では大分県、山口県、岡山県などがすごく成績が悪いと言いますか。

   これらの場所は結局、工場が相対的に多い。人口に比べて、あるいはGDPに占める製造業の割合が高いところです。都市ごとに整理するとより顕著で、コンビナートがある都市がどうしても成績が悪くなるわけです。

   そうした問題をどう考えるかです。工場で物を作るということは結局、世界のどこかで行わなければならない作業です。CO2の観点からすれば、最も低炭素に作ることができる低エネルギーと言ってもいいかもしれませんが、エネルギー効率良く作ることができる場所で行うのが一番いい。

   世界的に見ればどこでCO2を出しても同じですから、そこで集約的に作るのが一番その製品については世界中のCO2の排出を抑制できるわけです。そう考えると、最も進んだ工場地帯が生産の大部分を引き受けて、そこで生産するのは良いことだと思います。

   ただし、結果としてその地域はCO2が出ることになります。世界中からその製品についての製造を引き受けるわけですから。それであなたの地域はCO2が出るから駄目だと言われると、やはり世界的な観点、地球規模の観点から優れていることと、地域にそれをブレイクダウンした時に問題があることが矛盾するわけです。

   CO2の問題は、やはり地球規模の話です。どこでCO2が排出されても同じ温室効果があると考えれば、やはり一番優れた生産技術を持っているところで集中的に作り、そこが競争に勝つという原理は重要なのではないかと思います。

   さらに、東京は工場があまりないメリットに加えて、公共交通が発達しているというメリットもあります。これは今のところ、集積がもたらす効果です。人が大勢いることで公共交通が支えられ、公共交通が発達する。いわゆる製造部門と交通移動部門。この2つで今、東京が非常に優れているわけです。

   しかし、例えばこれから自動車のCO2が減っていくことにもなるでしょう。地方都市の移動において、従来の自動車から電気自動車で移動ができるようになれば、やはりCO2排出量もかなり減っていくと思います。

   だから製造業だけで地方都市を悪者にするのではなく、ある意味そこはそこで別勘定をする。そして家庭やオフィスでの民生的な生活で排出されるカーボン、移動によって排出されるカーボンをいかに減らしていくか。

   これは偏りなくすべての地域に適応されるべき技術だと思うので、相当、政策的に取り組んでいく必要があるのではないでしょうか。

   そういう意味では、日本は公共交通が発達し、世界の中の一つのモデルケースを今のところ形成してきていると思います。一方では、公共交通は大量輸送機関という言葉でも表現されるように、人が大勢いないと成り立たない側面があります。そこで、お客さんがあまりいない公共交通機関をどう作っていけるのか、あるいは移動手段をどう作っていけるのか。

   交通についても大きな課題があるし、民生については個々の民生技術の中に低炭素技術をどう入れていくのか、という大きなテーマがあると思います。

   ありがとうございます。大西先生の産業に関する議論に、私は大賛成です。ただしCO2というのがエネルギー消費にイコールなので、基本的に産業と民生と交通、3分の1ずつくらいの配分で考えればいいです。

   大西先生がおっしゃったとおり、大都市は固まって一緒に住むことで交通、民生もエネルギーは節約されます。

   もう一つ、大西先生がおっしゃっていた「三密」、要するに密度の話です。私から見るとどうも大都市の一番のメリットは、三密経済なのです。三密社会がもたらすメリットにあるのではないか。

   今、三密は悪いイメージがありますが、実際は三密がもたらす情報の交換、感情の交換によって、我々は幸福になる。生産性も、特に知的な生産性も高くなることが十分あり得ます。私はむしろ「三密」大賛成で、どのように新型コロナから我々の「三密」の生活を取り戻すかについて、一生懸命に考えようと思っています。

大西隆 日本学術会議元会長、豊橋技術科学大学前学長

   さて、第3グラウンドは、「SATOYAMAイニシアティブ」から、中井さんの取り組む「地域循環共生圏」へ、という話です。

   2010年「SATOYAMAイニシアティブ」として、環境省が立ち上げました。今や世界的なコンセプトになっていますが、中井さんはさらに今「地域循環共生圏」というバージョンアップしたものを世界的な共通コンセプトにしようとしています。

    中井さんの考えを伺う前に私、ひと言だけ話します。私にとって里山の魅力はどこにあるかと言うと、実は里山の生態の多様性です。この多様性は、原始の自然に比べても豊かなのです。

 私のゼミに毎年ゲスト講師としていらっしゃる、NHKのチーフディレクターの小野泰洋さんという方の言葉ですが、「里山は自然に対する人間の適度な介入がもたらした、新しい生態系である」。

   私はこれが里山の本質だと思いますし、非常に素晴らしいコンセプトです。里山は我々の文化、生態系、さらに体の中の構造まで影響を与えているものです。これをどう新しいコンセプトにバージョンアップしてくのかをお話しいただきたいと思います。あと2点、まとめて質問します。里山のベースは自然集落です。問題は、この集落は今、急激に消えつつあることです。過去4年間で、日本では164の集落が消えています。

 これから10年間で500以上消えます。さらに、3000以上は消滅すると予想されています。これが多いか少ないかは、また別の議論ですが、集落が消えていくと里山も持たないのではないか?適度な介入という、人間と自然との関わりがなくなっていくのではないか?

   さらにもう一つは里山に関して、たぶん必ず出てくる話です。先ほどの中井さんのお話の中で出てきた、分散型の話です。我々が分散型になる時に一番キーとなるのは、エネルギーの分散型の供給です。地産地消ができるのかどうか。

   日本の輸入の中で、金額の22%ぐらいを占めるのは、実はエネルギー関連です。海外から化石燃料を買ってきて、日本で燃やすというのは今までのパターンです。

 これをひっくり返してCO2をゼロにするというのが、中井さんがいつも言っていた「自然の恵みをどう活かすか」ということです。それも含めて、よろしくお願いします。

森里川海の恵みを活かす「地域循環共生圏」


   中井ありがとうございます。今、周先生がおっしゃった「SATOYAMAイニシアティブ」とは、名古屋で生物多様性条約第10回集約国会議「COP10」という会議を行った際に、日本から発信した「生物多様性」という文脈で出た言葉です。

   大きく言えば、生物多様性の議論と、脱炭素に向かう気候変動の問題。今や、この2つの根っこは一緒です。SDGsの根っこは全部一緒だという流れになってきています。

   来年は中国で「COP15」が開催されるので、生物多様性についてとても大事な年です。「2020年目標」として日本の名古屋で行ったもののバージョンアップを今、世界中が目指そうという打ち合わせをしています。

   そうした中、私どもは日本の貢献という「SATOYAMAイニシアティブ」をバージョンアップしたいと思っています。そのコンテンツがまさしく「地域循環共生圏」であり、バージョンアップした「SATOYAMAイニシアティブ」というかたちです。

   国内で「地域循環共生圏」をつくり、それを海外へ展開した時には「SATOYAMAイニシアティブ」。世界に通っている言葉がありますので、ベースを移しながらバージョンアップしたいという想いです。

   そこで、「地域循環共生圏」とは何かということをお話したいと思います。資料をお願いします。

 この図の右下の図が分かりやすいと思います。これは、2018年の環境基本計画第五次で閣議決定した概念です。農山漁村と都市。まさしく都市化の状況を前提に置き、今後どうすべきかについて語っています。

   周りにある森、里、川、海という自然資源・生態系サービスは、総称して「森里川海」という言い方をしています。水も空気もエネルギーも、食べ物も観光資源も、人々の健康的なアクティビティの元も、人間はその生態系サービスから頂いています。

   考えてみると人間も自然の一部ですから、人間も生態系サービスの仕組みの中の一環である。この原点をもう一回取り戻さないと、新しい文明社会をデザインする時にはどうにもこうにもなりません。根本的な発想の転換をもう一度する必要があります。

   現在すでに都市という空間ができ、大都市ができ、この図19のようにビルがたくさん立ち並んでいます。しかし、そこに住んでいる人々は自然の一部であることは間違いなくて、エネルギーも食べ物も要る。

   その結果どうなっているかというと、地球に負荷がかかるようなかたちで、中東等の化石燃料を大量に地下から上げて、移動し、燃やす。

   一方では、食べ物も含めてさまざまな便利なものを海外に頼っています。日本の場合、特に衣料はほとんど海外依存です。その衣料を作るために何が起きているかと言うと、海外の森林を破壊していることにもなっている。

   そこで、人間は森里川海の恵みを受けている発想で、自分の身近なところをもう1度見直そうという原点に立ち至るわけです。農山漁村においては、人がいなくなってお金もありません。こうした中で耕作放棄地が広がり、森林には人の手が掛からない。ところが自然の恵みから言うと、豊かな森林がある。しかし土地は空いている。

   そこでは自然エネルギーのポテンシャルが特別高いです。着る物も、実は日本では麻を使っていました。日本の衣料を日本の土地で作ることができないかという課題もあります。

   地域の資源という発想で、農山漁村、都市にはどんな資源があるかを考える。ビルの屋根や家の屋根に太陽が降り注いでいても、それを使っていません。庭やベランダでちょっとした菜園をやる、コンポストで堆肥を作る。こうしたものも、地域資源に入ると思います。

   それぞれが地域資源を活かし、自分が生態系の一部であるというベースで虚心坦懐、見直す。極力、地産地消、自律分散していく発想です。その時に見える化をしてCO2を減らす。例えば、これはCO2が負荷をかけない健康的なものなのかという発想で購買行動をとる。生産行動に責任を持つ。

   そうしたことをそれぞれやった時に、地域で回っていく自律分散型の社会が「地域循環共生圏」のイメージです。今は地球に病気の症状が出ている。それを健康にするための考え方です。この「地域循環共生圏」の農山漁村、都市と言いましたが、もっと分解してみます。人間の体は37兆の細胞から成っています。細胞自体が連携して組織を作り、人間の体をつくっている。地球、地域もすべて生き物である。

   そういう文脈で言いますと、ベースとしてはコミュニティでの地域循環。その上には、さらに広域での市町村、河川流域でのようなエネルギーや食べ物、観光という循環型。さらに上には東北全体や九州などのブロックということがあり、さらに超えると環太平洋、アジア全体。こういう発想でものを見るということです。

   この「地域循環共生圏」のウィズコロナ、アフターコロナの文脈で今考えているのは、やはり都市化は便利だけれど、一極集中で間違いなく感染率が高いところからリスク分散化の方向があります。それと同時に、デジタル化で地方への動きがあります。

   しかし、地方の中で家に閉じこもって物が食べられるのか、エネルギーを供給できるのか? 命の産業としての食べ物やエネルギー、そういうものが地域で回るシステムが必要となります。地域資源が活きるような資本ストックの多様性、健全性を表示していく。それと同時に、分散化と言っても一方的に行政コストやエネルギーコストがかかるようでは非効率です。

 図の一番右のところですが、中長期的には集約することも必要です。これを中央環境審議会で議論しており、いわば一極集中分散化だけどヒューマンスケールの集約化、ネットワーク化していく。地下資源依存からで地上資源で地産地消していく発想で、まさしくこの「地域循環共生圏」を深めていこうという議論です。

   もう少しだけ実例を言います。例えばエネルギーの事例ですが、台風災害で房総半島が停電になっても、睦沢という町ではマイクログリッド化したことにより、電気と温泉が使えたということです。こういう地域をボトムアップ型でどんどん増やしたいと考えています。

   小田原など森里川海の資源豊かなところでは、エネルギーを自分たちでつくっています。これをさらにライフスタイルの移動手段として、EVをシェアリングするというビジネスモデルに投入する動きもあります。

   また、広域の動きからすると、横浜のような300万人都市では自分たちのエネルギーを賄えません。そこで東北の岩手、青森の市町村と連携し、東北の古くなった再生可能エネルギーを入れる動きが、もうすでに起きています。

   こうした活動をどんどん勃発させる。こういうものを作り込むことによって、ゼロカーボンを目指しながら「地域循環共生圏」をつくっていく方向であります。

   ありがとうございます。分散化の中の集約化とネットワーク化をはからなければいけませんね。大西先生、どうぞ。

都市に取り入れる「里山的空間」


   大西「地域循環共生圏」という概念は素晴らしいと思います。ぜひこれが進んでいくといいと思います。おそらく環境省が都市づくり、都市の問題に提案するのは、これが3度目になるのではないかと思います。

   最初は80年代後半に環境省が「アメニティタウン」というものを提唱し、かなり全国に調査しました。それから先ほども出ましたが「低炭素都市」というものがあり、今回さらに都市の生活まで入り込んで「地域循環共生圏」という概念で整理されています。ぜひ、これを自治体の都市行政、一体となって進めていくと良いと思います。

   それで2つ、私からコメントをさせていただければと思います。一つは人口減少という日本が抱える問題からすると、このセッションのキーワードである里山が変わっていくのです。動いていくのだと思います。

   先日、福島の被災地の一つで田村市の都路地区というところに視察に行かせていただきました。そこで持ちかけられたテーマの一つは、別荘地の問題です。百何十人の方が別荘を持っていたものの、誰も使わなくなったのでどうしたらいいか困っているということです。

   実際に行ってみると傾斜地に別荘が建っているものの、今は使われていないとのことです。なかなか平地ではないので行きにくい場所です。「なぜこんな不便な場所を別荘地にしたのですか?」と聞いたら、「キノコや山菜が採れるので、山菜採りや山の生活が好きな人が別荘にしたのです」とおっしゃいました。

   被災で一時は行けなくなったわけですし、さらに高齢になって今は行きづらい。どうしたらいいかと聞かれるので、何人かでいろいろと首をひねって考えました。しかし、なかなか難しい。むしろこの別荘地は、もう山に戻っていくのではないか。そうすると、身近なところでキノコを採るには、もう少し街に近い場所になります。

   つまり、人が減って管理が行き届かない分だけ、山の勢力が強くなっていく。同時にイノシシが出る場所も広がっていくので、そこはイノシシに譲って、もう少し人間のテリトリーが萎んでいくのではないか。

   そうした戦線の再整理が必要だと思います。里山というのは、いわば人間の居住区域と山の動物、植物の居住区域の境のところだと思うので、里山が移動していくことがあるのではないかと思っています。

   そうしたことも考慮し、今まで使っていた土地すべてを守るのではなく、その時代に即した里山の場所や、里山のあり方も考えていく必要があると思います。

   もう一つは逆に、都市の中に「里山的空間」をつくるようになってきています。ちょうど数日前、この近くの立川に機会があって出かけました。立川駅から北へ少し行った、GREEN SPRINGS(グリーンスプリングス)というところです。

   モノレールの下に50 m から60 m のかなり広い、サンサンロードという道路があります。その脇の区画、4haくらいの区画を、ある地元の事業者が買い取って一大開発をしたわけです。一大開発といっても我々のイメージする開発とは違い、500%の容積率があって高層ビルが相当建つはずですが、170%しか使ってないのです。そのグリーンスプリングスのメインは、ソラノホテルという宿泊施設です。プールの向こうに富士山が浮かんで見えるというプールがあるレストランが一番のウリです。

   それ以外にもいろんなウリがあり、エリア全体には緑道があるのです。その緑道と一体化した、自然に極めて近い設計です。すぐ隣は昭和記念公園ですし、都会的な施設やオフィス、店舗、ホテルなどがある。住宅は規制によってできないということで、住宅はありません。

   今、都市開発をする時に考えるべきことは、いかにその開発の中に自然的な要素を取り入れるか。しかも取って付けたような自然ではなく、かなり徹底して自然に近づける。

   徹底していることで言えば、グリーンスプリングスも同様です。もともと雑草地として放置してあった4haの敷地を国が公募し、その会社が買い取ったわけですが、最初に何をしたかというとヤギを21頭連れてきて、ヤギに雑草を食べてもらったのです。草ぼうぼうだった4haの敷地にヤギを放し飼いにして草を食べてもらい、ひとしきり食べ終わったところで開発を始めたのです。

   その間はもちろん開発プランを練る時間となっていたわけですが、ストーリーとしても非常に自然一体的な雰囲気のするものです。

   グリーンスプリングスのみならず、東京で今行われている比較的大規模な開発は、その中に自然をどう入れていくか。しかも恒久的な自然として、そこに住んでいる人や働く人が親しむだけではなく、ある種、管理もするのです。

   お金を出したり、場合によっては管理の仕事にボランティアで参加するような仕組みもつくったりする。自分の生活の中にできるだけ自然空間を取り込むことは、非常に大きなモチベーションになっているのです。

   先ほどイギリスの大都市の話をしましたが、それより少し前の時代では解決策の一つがガーデンシティ、田園都市だったのです。田園都市とは、地方に都市と農村が結合した、結婚したような新しいタイプの空間をつくるということ。日本の場合、そうしたものが大都市の中に今たくさんできていると思います。

   ちょうど、この東京経済大学も郊外に差し掛かるような場所にあります。先ほど周先生に連れていっていただいた崖線沿いには池があり、ちょっとした自然が完全に残っているのです。

   タヌキもいて、タヌキを飼っている先生もいるということでした。みんなと協調しなければいけない問題があるでしょうが、そうしたことができるような場所を積極的に再評価する時代になってきたということです。

   ぜひ、この「地域循環共生圏」という概念をいろんなところで展開していただくと、それぞれ身近なところで自分も参加できるようになっていくのではないかという気がいたします。

 周大西先生、ありがとうございます。まさしく第2グラウンドの話に戻ってきたような議論です。都市の中の里山的な空間、自然を取り入れることは、おそらくこれからの都市や大都市の進化系です。

   ぜひ、「地域循環共生圏」の中にこのコンセプトを取り入れていただければ、さらに普遍的な価値になるのではないかと思っています。

中井徳太郎 環境事務次官

    次の話も、この里山の話の延長線にあります。今パンデミックの中の我々は、まさしく新型コロナウイルスの恐怖感の中で生活しています。

   人口10万人あたりの死亡者数で見てみると、アメリカ、イギリス、イタリア、フランス、スペイン等々、欧米の先進諸国は、軒並み2桁です。74人、85人、65人など、大変な数字を出しています。

   しかし、日本は今1.5人です。これはどんな要因なのか?このファクターXはどういうものなのか? たくさんの研究がなされていますが、私なりの仮説を無理やり里山にくっつけて、今日は大西先生に批判されるように出してみます。

   1997年、ジャレド・ダイヤモンドという人が『銃・病原菌・鉄』という本を出しました。この本で、彼はある仮説を立てています。

   ユーラシア大陸は家畜がたくさんいたことで、これらの家畜と長い間、「三密」的な接触によってユーラシア大陸の人々がたくさんのウイルス感染に繰り返し晒されてきました。よって、ある種の免疫を持っていたのです。

   一方、ヨーロッパ人がアメリカ大陸に上陸した時、家畜をそれまであまり持たなかった原住民が免疫を持っていなかったため、持ち込まれた病原菌に原住民の皆さんがやられて、壊滅的な打撃を与えられたのです。

   私はこの仮設を正しいと思いますが、ただし現在の新型コロナウイルスによる死亡率がヨーロッパの国々と、日本を含めたアジアの国々との間に、大きなギャップがあるのが説明しきれないのです。

   だから私は仮説としてはプラスして、稲作という水田を囲んだ我々の生活が大きなファクターとなると提起します。これも稲作的な里山は実は生物多様性、そしてウイルスの病原菌の多様性ともなっている場所であり、ある種の病原菌の巨大な繁殖地になっています。

 そこで生活してきた我々の体の中にたくさんの免疫ができている。これらの免疫で、どうも今回の新型コロナウイルスに直接かからなくても、ある程度の交差免疫ができているのではないか。それによって、我々アジアの国々の死亡率が低いのではないかという話になるのです。

   日本だけではなく、アジアでは、中国の10万人あたりの新型コロナウイルスによる死亡者数は0.3人です。台湾に至っては、0.03人です。ベトナムは0.04人です。タイは0.9人です。

   西洋諸国と比べて、これらの国と地域は決してすべてが医療のリソースが豊かというわけではない。しかし、なぜこんなにコロナウイルスと闘って成績がいいのか。私はこれが、稲作地域の里山の恩恵ではないかと思っています。

   だからむしろ、この尺度からも里山の貴重な存在を捉えるべきではないかと思っています。中井さんはどうですか?

生態系で捉える地球とSDGs


   中井ありがとうございます。周先生の「周仮説」への直接のコメントではないですが、ありとあらゆるものをエコシステム、生命系の発想で見ることが大事だというお話をしたいと思います。

   「SDGs」は、皆さんもいろんなところで聞かれるようになったと思いますが、COP21のパリ協定と同じ2015年にコミットされました。このSDGsは17のゴールとして、環境経済社会についてバランスよく目標設定されています。

   SDGsの前の MDGsという2000年の開発目標は、開発途上の人間の貧困や飢餓、豊かさなど、人間の社会だけで見ていました。これが今回、環境や経済、端的に言うと、13番が気候変動、14番が海の豊かさ、15番が陸の豊かさ、6番がきれいな水、7番がクリーンエネルギーなど、いろいろとたくさん入っています。

   なぜこうなったかという背景にあるのが、地球容量の限界「プラネタリー・バウンダリー」という見解です。先ほどから例えているように地球全体を一つのエコシステム、生態系だと捉えた時、負荷を飲み込む強靭性もあるけれど、ある一点を超えると破滅になる。

   人間の身体で言うと、お酒を適度に飲んでいる時は肝臓の負担もそれほどなく、週末にお酒を抜けばガンマ GTP 値も下がるけれど、一定量を超えると肝硬変や肝癌になってしまう。

   それと同じようなことを地球全体に見立てているのが、今回SDGsの背景にあります。生物の絶滅速度や、リン、窒素、これは人間の都市改変によるもので、気候変動も危なくなってきた。

   こうしたことに今、SDGsが気候変動と同じ文脈で、人類、社会、経済をセットで変えようという動きがあります。「地域循環共生圏」の発想から言うと、まさしく地球が人間と同じ一つの生命体である。では、人間は何か?

 人間は37兆個の細胞からできている。細胞の一個一個が生き物である。一個の生き物が分裂して、一個一個 DNA があり、全部生きる力を持っている。お父さんお母さん、おじいちゃんおばあちゃんまで辿ると、ありとあらゆるものの遺伝情報を入れて今の細胞がある。それが代謝しているという捉え方です。

   そうした、すべてが生き物という発想でものを見ていくことが21世紀のSDGsの、次の世界目標になるのではないかと思います。「地域循環共生圏」と言うとちょっと固い表現ですが、あまねく地球を救うことで広がっていく。

   この時点では、環境基本計画で「環境生命文明社会」という言い方をしています。生命系の発想で文明が変わる、文明という概念と生命を両方入れているのです。

   次はさらに、そのことを深めていく発想です。「地域循環共生圏」を人間の身体に見立てる。一個一個の細胞のところが自立して生きる。

   そこには養分や酸素を入れて代謝をする。それが電気シグナルのネットワーク、つまり神経伝達機能でネットワークしながら、それぞれ全体としては筋肉になり、肺になり、いろんな機能になる。一個一個自立していて、繋がって全体がある。こうしたものの見方は、実は企業のパフォーマンスを上げるティール組織のように、今ありとあらゆるところで語られ、萌芽が出ています。

   こうした「地域循環共生」において、生命生態系の発想でものを見る。SDGsの次の発想はまさしくこれで、今回のパンデミックが問う微生物とウイルスとの共生という観点も、必然の話であろうと思います。

   ありがとうございます。大西先生、どうぞ。

変異種にも備え、いかに自分たちを守るか


   大西周先生のおっしゃった「周仮説」、なかなか興味深いと思います。これはWHOあたりに少し落ち着いた段階で振り返って整理してもらう必要があるでしょう。民族的な食料の習慣や生活習慣、社会習慣などがある種の免疫を作って、それが今回のウイルスにも通用したのかどうかも含めてです。

   ただし渦中の人々にとって、10万人中の死者が1.5人というのは世界水準では随分少ないと言われても、1.5人いるということが重要なのです。やはり今後、いかに自分たちを守るのかが課題になるでしょうし、かつ変異もあり得るわけです。病原菌そのものがどんどん性質を変えていくので、交差免疫が通じない病原菌に変異した場合にどうなるのかという不安もあります。

   これまで、こういう研究がどれくらい蓄積されてきたか。公衆衛生の一つの分野になると思いますが、こうした研究も並行して進めながら、やはり当面のコロナとどう闘うのか。これ自体はなかなか重い課題として、まだ我々の前に存在していく感じがいたします。

SESSION1討論の様子(左から周牧之氏、中井徳太郎氏、大西隆氏)

 新型コロナは今、1年近く経っても未知なところが非常に多いウイルスです。このウイルスに立ち向かうためには、まず自然への畏敬の念、そして知性への敬意を取り戻さなければなりません。

   ダボス会議で有名な世界経済フォーラムという国際機関があります。グローバルエリートたちが集まり、さまざまな発言をするところです。

   そこで発表された「グローバルリスク報告書2020」によると、今後10年間に世界で発生する可能性のある十大リスクのランキングのトップ10に、なんと感染症は入っていなかったのです。さらに今後10年間で世界に最も影響を与える十大リスクのランキングのトップ10では、感染症は入ったけれども、なんと最下位の第10位です。

 不幸にしてこのレポートが出された直後に、彼らの予測に反して新型コロナウイルスパンデミックが起こってしまい、我々人類社会に対してとんでもない打撃を与えています。

   この話をなぜ持ち出したかと言うと、これらのグローバルエリートと称する人たちは、ある意味では自然への畏敬の念が足りなかったのではないかと私は思っています。

 さらにもう一つ、権力の傲慢の話もして参りたいと思います。この写真に載っている方は、于光遠先生という中国の社会科学院の副院長を務めていた方で、40年前に中国の改革開放の設計図の元を描いた方です。

   実は于光遠先生は、私を経済学の世界へ導いてくださった方です。2004年に私は中国のメガロポリスの本を出版する時、巻末に、先生との対談を載せました。対談の中で于光遠先生は、非常に興味深い話をしてくださったのです。権力の傲慢の物語です。

   ソビエトの第3代目の最高指導者フルシチョフが総書記の時に、現代美術の展覧会に間違えて入ったそうです。それで展示作品を理解できず、怒り出してしまった。「こんなとんでもない絵を描いている人たちは、どういう仕事をしているのだ!」と怒ったそうです。芸術家たちも負けていなくて、「あなたには分からない」とフルシチョフに言った。

   そこでフルシチョフはかの有名な話をしたのです。「私は一介の労働者の時は分からなかったかもしれない。下層の幹部の時は分からなかったかもしれない。でも今、総書記になったから全部分かる。私が駄目といったら駄目なのだ!」と言い切って、去ったわけです。

   ここまでなら権力の傲慢の話で留まっていましたが、続きがあります。フルシチョフは亡くなる前に、おそらく遺言を残していたのでしょう。亡くなった後に家族は、喧嘩した芸術家にお墓の設計を依頼しました。現代美術を理解できなかったフルシチョフのお墓は、現代美術の芸術家によって作られた現代美術の作品そのものになったのです。

 今の新型コロナウイルスの感染者の勢いです。11月9日には、世界での感染者数が5000万人を超えています。かつ、この感染拡大のスピードは速まっています。

 これはとんでもないところまで行くのではないかと危惧していまして、この新型コロナウイルスに対して闘うためには、あらゆる偏見と傲慢を捨てなければいけない。

   于光遠先生がフルシチョフの話を持ち出したのは、中国の当時の権威主義に対する警鐘を鳴らしたかったからです。しかし今日、日本を含め世界で権力による傲慢が横行しています。

   新型コロナウイルスとの戦いの中で権力の傲慢、縦割りの傲慢、官僚的な発想の傲慢、いろいろな傲慢を捨てないと、おそらく勝ち抜いていくことはなかなか難しい。特に今一度、さらに自然への畏敬の念を取り戻さないといけない。そう思い込んでいるのですが、お二方はいかがですか?

自然の恵みをベースに、脱炭素・循環経済・分散型社会へ


   中井ありがとうございます。新型コロナはこれからまだいろいろ大変だと思います。気候危機と新型コロナに直面しているこの状況をリデザインしていくことで、やはり脱炭素、循環経済、分散型社会。とにかく変わってくのだと具現化するのが「地域循環共生圏」という発想です。周先生がおっしゃるように、「地域循環共生圏」を具現化するには、障壁や縦割りなどと言っている場合ではありません。根本的に人間が自然に生かされ、自然を畏れ、自然に畏敬の念を持ち、生態系の一部であるという中で、ありとあらゆる本来の健康的な状況を皆が覚醒して目指して行く必要があります。

 図の一番上に表題で「地域循環共生圏(日本発の脱炭素化・SDGs構想)」と言っていますが、その下は見にくいですが「サイバー空間とフィジカル空間の融合により、地域から人と自然のポテンシャルを引き出す生命系システム」と言っています。

   こういう発想であらゆるものにアプローチしていく局面です。経済を動かす経済主体である事業会社や金融も、自治体も、そしていよいよ政府も本格的に動くことになっています。世界もそういう動きになっています。

   変化していくこと。変わっていかない安定的なところでのパイの取り合いで、こちらが広がると向こう側がへこむという話ではありません。皆、全体が不健康な状況から健康へと移行する。移行するには真のコラボが必要です。協力、縦割り打破、前例踏襲打破。まさしく今、菅総理が声をかけていまして、環境省も一年前から小泉大臣の下、そうした想いで取り組んでいます。この図28は、周りにいろいろ書いてある曼荼羅と言われる図で一見難しいですが、エネルギーのシステム、移動のシステム、衣食住など、ありとあらゆるものを展開するとこうなります。

   これらは全部、連携型の発想です。連携でDXやあらゆる技術を使った中で、人間が叡智を展開して自然の恵みにもう1度ベースを置く。人間も自然の一部であるという原点に価値観を置いて、30年のうちになるべく早くもう一度、人間が次のステージに立つことが問われている。これは使命だと思っています。

   ありがとうございます。大西先生、どうぞ。

社会に対する丁寧な説明と相互理解を


   大西今日は周先生と中井先生のお二人から、豊富な資料でいろいろ勉強させていただいたことにお礼申し上げたいと思います。新型コロナの1年が、あとひと月余りとなっているわけですが、振り返ると自分にとってはものすごく変化と安定が入り混じった1年だったと思います。

   実は、私は今年の3月で学長をしていた大学の仕事が終わり、東京に戻ることが決まっていました。その時に海外の大学の仕事をする話があり、自分の中ではそこに行こうとだいたい決めていたのです。

   だからその予定でいくと、今頃はある国に行って働いていたわけですが、それは途中で立ち消えになりました。そして最後に落ち着いて大学の学長のフィニッシュを迎えるところが、コロナですべての行事が中止になる中で4月に入ったわけです。

   4月に入ってからは比較的、定職がない状態と新型コロナにより、自宅での自粛生活でした。みんな自粛しているので、「毎日が日曜日」状態になっても目立たないと言いますか、他の人も同じなのでわりと落ち着いてすんなり毎日が日曜日の生活に入ることができたのです。

   これはこれでなかなかいいなと思っていたら、少し飛びますが7、8月に会った人から、「あなたは10月から忙しくなりますよ」と言われていたのです。何の話かと思えば、学術会議の問題が9月の終わりから出てきまして、10月2日から私のところにもいろいろ取材連絡が来ました。とにかく在京のすべてのテレビ局に出演して、すべての新聞の取材を受けてという、今までにない体験をこの1カ月半くらいしたわけです。

   その1カ月半は少し外出の機会が増えたものの、全体としてこの1年の自分の生活を振り返ると、自宅中心ですから非常に落ち着いた、ゆったりとした生活をしてきました。そういう意味では変わらない生活と、ある意味では変動した部分があります。行くはずの海外に行かなくなり、テレビに出演するようになった。そういう部分が入り混じっているのです。

   これは開き直って考えれば、こういう生活パターンがある意味、あるべき生活パターンなのかもしれない。人間は落ち着いて生活するというベース、例えば家庭をつくって子どもを育てるなど、そういうベースになる生活の上で波乱万丈のいろんな社会生活がある。この組み合わせが人間にとっては楽しみでもあるし、満足もできる。そういう状態なのかなとも考えるわけです。

   ただ、その社会生活の波乱万丈が何で起こるのか。私にとっては、今年はコロナや学術会議がそうだったわけですが、社会全体として何が起こるかはなかなか分からない。

   それで最初の主題に戻りますが、周先生が問題提起された3つのキーワードがありました。新型コロナ、低炭素社、IT 革命。この中で、もちろん新型コロナみたいにわけの分からない敵が襲って来るのは非常に困るわけですが、IT革命も人を煙に巻くところがあります。もちろん、低炭素の問題も押し付けがましくなってはいけない。

   やはり、それぞれの問題をお互いに理解することが大切です。社会の皆が理解するように丁寧に説明し、社会の変化を皆でともに歩み、それぞれ歩むことで良さを享受できる。そのギャップに伴う付き合いにくさはできるだけ解消していく。そういうことが必要だろうと思います。

   そういう意味では、「権力の傲慢」という言葉は非常に印象的なまとめの言葉であったと思います。やや、政治なり権力を持っている人が、社会に対して説明抜きにいろんなことを押し付けるようになるのは、非常に不健全な社会です。

   やはり社会をリードしていく人は丁寧に説明をして、皆がそれを自らの問題として理解し、進んでいける環境をつくっていくことが非常に重要です。

   大きな変化であればあるほど、丁寧にやっていく。そういう国であって欲しいと思います。

 周ありがとうございました。本当に総括していただいてありがとうございます。権力の傲慢について、さらに一歩踏み込んで申し上げますと、今世の中には自然への畏敬の念に欠け、ウイルスの在り方自体を理解しようとしない指導者が全世界にけっこういます。これが各国の感染状況と対策で、実は成績表にそのまま現れているのです。

   さらに、解決方法に対する知性への理解をしない指導者もたくさんいて、実はけっこう危険な状況です。その意味では、ここで警鐘を鳴らさなければなりません。

   大西先生に非常に綺麗にまとめていただいて、私からはそれ以上のまとめがないのですが、本当に自然への畏敬の念、知性への敬意を具現化している中井さんの「地域循環共生圏」、ぜひ成功させていただきたい。さらにこれを世界に発信していただきたいです。中井次官、大西先生、今日は本当にありがとうございました。

   これをもちまして、「セッション1 コロナ危機を転機に」を終了させていただきます。それではご視聴の皆さん、どうもありがとうございました。

SESSION1登壇者(左から周牧之氏、大西隆氏中井徳太郎氏)

シンポジウム動画

【参考】
東京経済大学創立120周年記念シンポジウム「コロナ危機をバネに大転換」を開催

【コラム】周牧之:エズラ・ボーゲル氏を偲ぶ/『ジャパン・アズ・ナンバースリー』

周牧之 東京経済大学教授

『Newsweek』誌の特別号『ニューズウィークが見た「平成」』

 2020年12月20日、エズラ・ボーゲル氏が亡くなった。ボーゲル氏とは、私が2007年からマサチューセッツ工科大学(MIT)の客員教授として米国ボストンに滞在した当時、親しくお付き合いさせていただいた。氏の自宅によくお邪魔し、密度の高い議論を重ねた。ボーゲル氏の招きで2008年からハーバード大学フェアバンクセンター客員研究員も兼務した。

『ジャパン・アズ・ナンバースリー』


 2009年私が日本に戻る直前、2度にわたり時間をかけてボーゲル氏と対談した。この対談はまず中国新華社『環球』雑誌で3度にわたり連載された。その後、『ジャパン・アズ・ナンバースリー』(以下『対談』と略)と題して日本語版『Newsweek』誌2010年2月10日号にカバーストーリーとして掲載された。当時はちょうど中国のGDP規模が日本を超えたところであり、中国と日本の成長モデルの同異性や日米中の過去、現在と未来を論じた『対談』は大きな話題を呼んだ。

 2019年には『Newsweek』誌の特別号『ニューズウィークが見た「平成」』に『対談』が選ばれた。平成の30年間に同誌で掲載されたコンテンツの中で、最も時代を代表するものを選び、平成の歴史を回顧する特別号企画で、『対談』は2008〜2019(平成20年〜31年)の10年間で選ばれた3本のうちのひとつであった。『対談』が平成の歴史を飾ったことでボーゲル氏も大変喜ばれた。

 ボーゲル氏が亡くなって1カ月が経ち、米、中、日で数多くの記念する催しや回顧する文章が発表された。私がここで取り上げるのは、ボーゲル氏のどこに私が魅了されたか、である。


ひとの運命から社会を見つめる


 ボーゲル氏と私は日本と中国の双方に共通の友人が大勢いた。これら友人のことは、しばしば話題にのぼった。例えば日本では、政治家の加藤紘一とは、ボーゲル氏は長年の付き合いがあり、選挙活動時に山形の地元まで訪ねた。中国では、ボーゲル氏は改革開放政策直後に知り合った中国経済学の大御所の于光遠氏や、広東省のトップを務めた中国共産党元老の任仲夷氏らと交友関係は長く続けた。

 こうした共通する友人の話を通じて、ボーゲル氏との共感が深まったと同時に、友人知人の喜怒哀楽をベースに研究を進めてきた氏の姿勢を見た。人との膝を交えた付き合いが好きで、日中双方に知己を多く持ち、そうした友の運命から、激動時代の鼓動を感じ取るアプローチはボーゲル流である。

 小説家の祖父、父を持つ私も、人の運命から社会を捉えることを好む。私にとってはボーゲルの人間好きが、魅力に感じた。

 人の運命を社会の激動に写して見せる。そうしたボーゲル作品の最たるものが『鄧小平伝』であった。

故・エズラ・ボーゲル氏と筆者

長い激動の戦後時代をくぐり抜けた体験を洞察力に


 ボーゲル氏との議論の中で最も心打たれたのは、彼自身の体験からくる洞察力の鋭さである。

 自身がユダヤ人であることから、自分の体験によりアメリカでのユダヤ人の立場の変化を同国の寛容性の変化ととらえた。このアメリカの寛容性パラメータの変化こそが同国の対日本や対中国の関係性に大きく投影したことに議論が及んだ。

 ボーゲル氏は常に戦前戦後という長いスパンで物事をとらえた。氏が経験してきたこの長い歴史の中での思考で、我々が書物からでしか知らない事象を、自身が潜り抜けた人生そのものをベースに紐解いた。議論の中でこのような印象を強く感じ取った。

 戦後中国と日本は、置かれたスタートラインがかなり違い、社会的水準、産業的水準は中国に比べ日本がはるかに高く、置かれている国際環境も異なり、中国が直面していた課題はさらに複雑で困難に満ちていたとの認識故に、ボーゲル氏は、こうした課題に日々揉まれてきた指導者の、人間的な魅力や力量は大変大きいと感じていた。

 単純なデータをもとに思考するのではなく、イデオロギーを超えた人間力の大きさそのものを氏は、最重要視した。これは、戦後、アメリカ、日本、中国で研究活動を展開してきた氏の、長年の体験から得た洞察力の真髄である。

『ジャパン・アズ・ナンバーワン』と『鄧小平伝』

日米中の三国及びその変化しつつある関係を


 エズラ・ボーゲル氏は、日中米三国を常に比較し、研究を重ねて来た。複数の比較軸を持つことは氏の独自性であった。それが故に他者には見えにくいものが、ボーゲル氏には見えたのである。

 日本で大きな話題を呼んだ著書『ジャパンアズナンバーワン』の英語の原版にはLessons for America(アメリカへの教訓)の副題があった。同書は、戦後の高度成長を遂げた日本経済の要因を分析するだけではなく、アメリカ社会に刺激を与える目的もあった。これは、氏特有の比較軸が無ければ成し遂げられない仕事であった。

 比較研究だけでなく、三国の変化し続けた関係にも常に注目してきた。この三国の関係の動態的な変化は歴史を作ってきた。そして歴史を作っていくということを強く意識してきた。これらの変化をもたらす要因を分析することが、氏自身の大きな関心事であった。

 『対談』から十年、時代はさらに大きく変化した。ボーゲル氏との共通の友人も相次いで亡くなった。そしてボーゲル氏自身もこの世を去った。これは私にとって、一つの時代が終りを告げた象徴的なできごとである。

2021年2月3日


ジャパン・アズ・ナンバースリー


日本語版『Newsweek』誌2010年2月10日号 カバーストーリー

対談:中国が世界第2位の経済大国に
―環太平洋のパワーシフトは3国の関係とアジアの未来をどう変えるのか


  中国13億人市場の躍進はアジアの覇権を競い合ってきた日本、アメリカ、中国の関係を劇的に変化させつつある。『ジャパン・アズ・ナンバーワン』の著者エズラ・ボーゲルが語る「日米中トライアングル」の将来像とは。

  今年、中国はGDP(国内総生産)で日本を抜いて世界第2位の経済大国となる。複雑な国内矛盾を抱える中国は金融危機後も成長軌道を変えず、一方で高い技術力と生産性で「奇跡」を起こした日本経済にかつての活力はない。

 多極化が進む世界でアメリカ、日本、中国の関係はどう変わるのか。アジア太平洋地域の命運を握る3国の未来について、『ジャパン・アズ・ナンバーワン』の著者で日本研究の第一人者であるエズラ・ボーゲル・ハーバード大学名誉教授と気鋭の中国人経済学者、周牧之・東京経済大学教授が対談した。


 第二次大戦後、東アジアでは時間のズレはあるにせよ、日本も中国も高度経済成長を実現してきた。両国の発展には、アメリカ市場依存という共通点がある。09年の金融危機直後にはどこかアメリカの災難を喜ぶような空気もアジアにあったが、今では中国、日本、アメリカ経済が一体であるという意識が共有されている。

ボーゲル 同感だ。99年のNATO軍の旧ユーゴスラビア中国大使館誤爆事件、01年の南シナ海の米中軍用機衝突事故の際には米中関係は緊張した。今はあのときのような緊張感はない。中国の指導者はアメリカ経済がうまくいかなくなることは自分たちにとっても不利だと理解している。

 中国と日本の発展には農村から都市への急速な人口移動があった点で共通している。ただ、日本では農村人口が比較的スムーズに都市に溶け込んだのに対し、中国では出稼ぎ労働者がいまだに都市住民になれず、大きな犠牲を強いられている。金融危機直後、数千万人の出稼ぎ労働者が職を失って農村に戻らざるを得なかった。

ボーゲル 出稼ぎ農民は農村に帰っても構わないと思う。沿海地区のような生活レベルではないが、暮らせないわけではない。沿海地区での経験や学んだ積極性を生かせば新しい仕事を探せるはずだ。

 その後中国では景気が急速に回復し、大半の出稼ぎ労働者が都市部へ戻ることができている。

■日本が活力を失った訳

 中国と日本は社会的活力の沸騰によって経済発展が支えられた点も共通する。しかし日本では90年代にバブル経済が崩壊するとその活力が失われた。なぜか。

ボーゲル 成長が突然止まったことが理由だ。当時の日本人には経済は一貫して成長を続けるものだという認識があった。終身雇用制や年功序列といった高度成長期の組織ルールがその後の時代に合わなくなったこともある。

 日本の社会や企業は経済が右肩上がりで成長する前提でつくられている。

ボーゲル 日本は70年代も毎年10%増の成長をしていくと思われていたが、成長率は実際には5%前後に落ちていた。当時の日本人はそれを受け入れることができた。しかしここ最近、日本経済はあまりにも停滞している。

 日本では従業員利益が重視され、社会保障も充実している。しかしこれに頼る社会的風潮が人々の意欲不足を招いている面も否めない。他方、中国はセーフティーネットの不備によって社会の緊張感が高まり、多くの問題をもたらしている。と同時に、それが経済の活力を刺激している部分もある。

ボーゲル 日本と中国の発展を比較する上で異なるのはその「起点」だ。50年代の日本の技術・教育レベルは既にかなり高かった。(経済開放が始まった)78年の中国の技術レベルは50年代の日本に及んでいなかったと思う。
 対外開放の面でも両国は大きく異なる。日本には島国思想があり、外国人が国内で働くのを好まない。外国企業にも極力進出させないから、本当の意味の「開国」はしたがらない。外国人が果たした役割の大きさという点で、中国は日本をはるかにしのいでいる。

中国の発展は30年続く

 日本は市場こそ国外にあるが、その発展を担ってきたのは主に国内企業だ。

ボーゲル 帰属意識も違う。日本人は1つの企業で働き続けることを望むが、そう考える中国人は少ない。中国では80年代から転職が一般化し、今では学校を卒業して退職するまで同じ企業に勤める人は少ない。

 日本は中央政府が財政の再分配で地方の公共サービスや義務教育、社会保障を支えてきた。中国はそうした発想に乏しかった。

ボーゲル 中国は沿海地区が発展しているとはいえ、まだ貧しい国だ。日本は50年代に社会保障や医療体制も確立されていた。
 中国が勝っているのは、発展がより長く続くという点。日本の50年代から80年代の発展はスピードこそ速かったが労働力のコストも右肩上がりで、最後は製造業の国際競争力が失われた。
 中国は人口が多く、高度成長が30年続いてなお都市に出稼ぎに行く農民がいる。まだ労働力集約型産業が通用する。中国はあと20年から30年は発展の余地があると思う。

「小聡明」なエリート

 経済発展の過程で政府の果たす役割が非常に大きかったことも、日本と中国に共通している。ただし日本と比べて中国は、中央による地方政府へのコントロールがそれほど徹底していない。他方、地方の自主性が少ない日本では、地方政府が積極性に欠けることが、地方経済の衰退を招いた。

ボーゲル 中国のように大きい国で、中央政府が省から鎮、村レベルまで完全にコントロールするのは難しい。鄧小平は地方政府に権力を分け与え、その積極性を高めた。

 (経済開放の必要性を訴えた) 92年の鄧小平の南巡講話以降、地方同士の競争が激しくなった。地域間の競争は経済発展の一大原動力になっている。
 ただ財政の再分配システムが不十分なため地方の格差が広がっている。特に農村の教育が深刻だ。

ボーゲル 50年代には日本の教育は既に高いレベルにあった。50年代から60年代は懸命に外国に学んでいたが、その後内向きになり90年代には外国に注意を払わないようになった。
 日本のもう1つの特徴は国内に文化的な差異がないこと。関東と関西といってもその差は小さい。一方、中国は文化が多様で少数民族も多い。
 私は、毎月1回自宅に日本人を招いている。彼らは日本人同士での意思疎通は非常にスムーズだが、アメリカ人との交流はそれほど得意でない。文化的背景が異なる人と交流する経験が少ないからだ。中国人はその経験がある。文化の多様性の長所だ。
 中国政府が現在行っている高級幹部の留学制度は素晴らしい。外国といかにコミュニケーションするかを学ぶ上で有利だ。

 その多くはハーバード大学に来ている。

ボーゲル 日本人ももちろん来ている。しかし彼らは帰国した後、企業や政府機関に「籠もって」しまう。日本人は聡明は聡明だが中国人が言うところの「小聡明(小才)」。一定の範囲内の聡明さに限られる。中国人のほうが大局的だ。

 社会背景の複雑さが違う。中国に比べて日本のエリート層は対処する問題の複雑さや深刻度が異なり、もまれる機会も相対的に少ない。

ボーゲル 国内問題が複雑でないことが、外国との交渉や国連の場でコミュニケーション力のある日本のリーダーがなかなか生まれない事態を招いている。

中国新華社『環球』雑誌 2009年12月1日号 カバーストーリー(後に3号に渡り対談を掲載)

日本を避ける留学生

 中国は今年GDPで日本を抜くだろうが、日本はまだ多くの分野で中国の前を走っている。

ボーゲル 中国向けの技術移転に際して、日本企業は核心技術の「ブラックボックス化」を進めている。

 技術移転に関して日本企業は欧米企業よりずっと保守的だ。

ボーゲル アメリカ企業の経営者が利益を重視するのに対し、日本企業のリーダーは未来を重視する。核心技術部門は国内にとどめようとする。必ずしも数字の上だけで経営判断をしない。

 グローバル化時代のビジネスモデルが勝敗を決める。金融危機後、巨額赤字を計上したパナソニックが世界で230にも上る製造拠点を抱えるのに対し、アップルは自前の工場を持たず、iPodもiPhoneもほとんどは中国で委託生産している。身軽なため、非常に高い利益率を達成している。
 80年代には優秀な中国人が日本に留学に来たが、今は皆アメリカに行きたがる。これは日本社会が外国人にあまりチャンスを与えないことと関係している。

ボーゲル アメリカは開放されている。われわれユダヤ人がいい例だ。昔は企業でも大学でも職を得ることが難しかった。しかし第二次大戦後は大企業や大学で職を得るだけでなく、指導的地位に就く人も増えた。

 日本の貿易総額に占める中国との貿易のウエートは既に20%に達した。対してアメリカは14%に低下した。日本企業が中国で雇用する中国人労働者は1000万人を超え、両国経済がますます密接になっている。当然摩擦も増える。

ボーゲル 日本では、企業は従業員の待遇を重視している。中国でも日本企業の中国人労働者に対する待遇は一般に悪くないはずだ。

 ただし、大半の日系企業が日本人と中国人の境界をなくしていない。中国に進出した欧米企業の現地法人トップには中国人が多いが、日系企業にはまだ少ない。こうした傾向は、アメリカに進出する日系企業にも見られる。

■米中の新しい関係

 米中は第二次大戦で共に日本と戦い、冷戦期にも共同でソ連に立ち向かった。オバマ大統領は、米中関係を「21世紀で最も重要な2国間関係」と評しているが、これは「3度目の協力関係」を意味するのだろうか。

ボーゲル アメリカ政府は中国との信頼関係を築くことを目指している。ジェームズ・スタインバーグ国務副長官の言う「戦略的再確認」だ。そのためには相互の誠実な交流、とりわけ双方が軍事分野の透明性を拡大することが欠かせない。われわれは両国が排外的なパートナーシップを結ぶことは望んでいない。

 アメリカに明確なアジア政策はあるのか。

ボーゲル アメリカ大統領は基本的なアジア政策を有しているが、必ずしも統一された、連続性がある長期的なものではない。人権問題は(89年の)天安門事件直後こそ重要だったが、今ではかなりトーンダウンしている。

 中国はいわばアメリカ中心の世界システムの「外」で発展した。中国の台頭をアメリカはどうみているのか。

ボーゲル 私は中国がアメリカの「外」にいるとは思わない。中国の発展は米中関係が正常化した後に始まった。われわれが中国への支援を開始した78年当時は冷戦期で米中関係は同盟に近かった。天安門事件以後、関係に変化があったが、それはソ連が崩壊し冷戦が終結したからだ。
 米中関係が最も緊張したのは、李登輝がアメリカを訪れた95年からの数年間だと思う。台湾の独立宣言をアメリカが止めることができるか中国は懸念していた。

 馬英九政権の誕生で両岸関係は完全に変化し、台湾が独立を持ち出すことはなくなった。このような状態はアメリカにとって想定内か?

ボーゲル 想定内だ。だがそのスピードはアメリカの想定を超えている。馬は大陸との良好な関係を望んでおり、これは大陸にとっても台湾にとってもいいことだ。
 台湾と特別な関係を維持してきたと思う日本だけが面白くないだろうが、反対するすべはない。アメリカにとって両岸関係の改善は歓迎すべきものだ。アメリカの対中問題のなかで最も解決困難なのが台湾問題だったからだ。

■日米同盟はどこへ行く

 中国の発展に対する日米の態度の違いはどこにある?

ボーゲル アメリカ人は単に金を稼ぎたいだけ。金を稼げるなら場所や方法は問わない。現在多くのアメリカ人が上海や北京でビジネスをしているが、彼らは中国を1つのチャンスと捉えている。金を稼げればいいから国家などのことはあまり考えない。
 日本は違う。資源のない島国で工業分野の国際競争力があるだけで、金融分野ではアメリカ、イギリスはもちろん香港にさえ及ばない。アメリカは、何でもうまくやれると楽観的だ。中国の発展を恐れてはいない。

 第二次大戦中、中国人はアメリカ人を偉大な友人と思っていた。だからその後、アメリカが日本と同盟を結んで中国に向かい合っていることを理解し難い。

ボーゲル 第二次大戦後、日本人が謙虚に変わったことが1つの原因だ。戦争が間違いだったと知り、平和を求めるようになった。58年に初めて日本に行って以来日本人と付き合っているが、日本人は礼儀正しく面倒見も良く頼りになる。もう1つの原因はソ連だ。

 冷戦が終わって20年たった今、日米同盟はアメリカにとって何を意味するのか。

ボーゲル 日米同盟はもともとソ連に対抗するものだったが、冷戦後、その意味はアジアでのプレゼンス維持に変わった。われわれには頼れるパートナーが必要だ。
 2つ目の理由は、世界のGDPにおけるアメリカの占める割合の減少が関係している。第3の理由は、日本が協力的なこと。ヨーロッパは日本より大きいが、国の数が多く事情が複雑だ。日本は1人の首相で事が定まる。日本ほど協力的で力量があり、態度が好ましい国はない。

 万一、釣魚島(尖閣諸島)で中国と日本が衝突したらアメリカはどうするか。

ボーゲル 政府内でこの問題を討議したことがある。日本を支持するという者もいたが、大多数は国際法上の結論が出ない以上、日本を支持できないという意見だった。ただし、もし他国が日本を攻撃した場合は別だ。われわれは当然日本を支持する。

日中接近の「根拠」

 日中関係は微妙な状態が長く続いている。今後、米中関係にどのような影響を与えるだろうか。

ボーゲル ホワイトハウス関係者に「日中関係が良くなることは脅威でないのか」と聞いたことがある。彼が言うには、(日中関係は) それほど良くはならない、恐れているのはそのことではない、と。

 おそらく彼はむしろ日中関係が険悪になることを恐れている。

ボーゲル 日中関係が悪くなれば、いろいろ面倒が起きる。ただ20〜30年後は状況が変わるだろう。19世紀末の世界の最強国家はイギリスだった。当時日本とイギリスの関係は非常に良かった。1930年代にはドイツが世界最強国の1つだったが、やはり日本はドイツと関係が良かった。第二次大戦後、日本はアメリカと緊密な関係を築いている。日本の近代史から分かるように、日本は最強国と良い関係を結ぶということだ。

 かつて中国が強かった時代には中国と関係が良かった。

ボーゲル 当然、中国側がどう出るかという問題がある。目指しているのは真の友人関係でなく、「まあまあの友人関係」というところだろう。

 日米関係も最近微妙に変化している。 民主党代表だったときの小沢一郎が「極東の米軍は第7艦隊で十分」と発言した。

ボーゲル 英語には「ヘッジ(リスク回避)」という言葉がある。万一の問題が起きたときの逃げ道を用意するという意味だが、多くの日本人はこのような考え方をしている。万一アメリカとの関係に問題が生じた場合に備えて、中国やほかの国との関係を良くしておかねばならない。

■東アジア構想の狙い

 鳩山政権は対等な日米関係と同時に東アジア共同体構想を提唱している。アメリカが含まれるかについて鳩山由紀夫首相と岡田克也外相の意見は必ずしも一致していないようだ。

ボーゲル 過去50年間で初めて日本に全面的な政権交代が起きた。民主党は与党の経験がなく、内部でそのビジョンも統一されていない。もし夏の参院選で勝って政権基盤が固まれば、きちんとした政策が出てくるだろう。

 中国政府は一貫してASEAN(東南アジア諸国連合)プラス日中韓の東アジア共同体構想を提唱しているが、鳩山政権が示した東アジア共同体構想にはインド、オーストラリア、ニュージーランドも新たに加わっている。その真意はどこにあるのか。

ボーゲル 日本がアジアでさらに重要な役割を果たしたいと思っていることは理解できる。オバマ政権は現在、アメリカがアジアで果たすべき役割を強化しようとし、 そこには当然、アジアにおける重要な議論に参加することが含まれる。アメリカは日本の新政権が新しい政策を固めるのに時間が必要なことは理解しているし、待つこともできる。


エズラ・ボーゲル(Ezra F. Vogel)
 1930年オハイオ州生まれ。67年から00年までハーバード大学教授。58〜60年と75〜76年に日本に滞在し社会構造を研究。79年に『ジャパン・アズ・ナンバーワン』を出版した。93〜95年にはクリントン政権の東アジア担当国家情報分析官を務めた。

周牧之(Zhou Muzhi)
 1963年中国湖南省生まれ。湖南大学卒。中国国務院機械工業部勤務を経て88年に日本留学。07年から東京経済大学教授。07〜09年、マサチューセッツ工科大学客員教授。著書に『中国経済論―高度成長のメカニズムと課題』(日本経済評論社)がある。

(※敬称略。所属・役職等は『対談』当時のもの)

日本語版『Newsweek』誌2010年2月10日号

【参考】中国新華社『環球』雑誌 『対談』掲載記事


周牧之与傅高义对谈:中日经济崛起奇迹的异同 【漫说风云第一季 】

周牧之与傅高义对谈:回顾从老布什到奥巴马时代 中美关系会陷“新冷战 ”吗?【漫说风云第二季 】

周牧之与傅高义对谈:回望中美日三国恩怨纠缠,展望亚洲未来 【漫说风云第三季】

【ランキング】中国都市総合発展指標2019ランキング

 雲河都市研究院は、中国都市総合発展指標2019を発表した。これは2016年以来4度目の「中国都市総合発展指標」に基づいた中国都市ランキングの発表となる。同指標が中国全国297の地級市及び以上の都市をカバーしたことで、全ての都市が自らの立ち位置や成績を見ることができるようになった。

 中国都市総合発展指標は雲河都市研究院と中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司が共同で開発した都市評価指標システムである。同指標の特徴は環境、社会、経済の3つの大項目から中国の都市発展を総合的に評価するところにある。各大項目の下に3つの中項目を置き、各中項目は3つの小項目に支えられる。見事な3×3×3構造になっている。また、小項目は数多くの指標データにより構築される。2019年度ではさらに、これらの指標データが878組の基礎データより構成されることとなった。

  これら基礎データは、統計データだけではなく、衛星リモートセンシングデータやインターネットのビッグデータを3分の1ずつ取り入れている。中国都市総合発展指標はある意味では五感で都市を感知するマルチモーダルインデックス(Multimodal Index)である。これは世界でも初めての斬新なスーパーインデックスである。

1. 総合ランキング


北京が4年連続総合ランキングで第1位を獲得。上海が第2位、深圳は第3位

 中国都市総合発展指標2019総合ランキングトップ10都市は、北京、上海、深圳、広州、重慶、杭州、成都、天津、南京、武漢である。この10都市は5つのメガロポリスに分布している。長江デルタメガロポリスに3都市、珠江デルタメガロポリスに2都市、京津冀メガロポリスに2都市、成渝メガロポリスに2都市、長江中游メガロポリスに1都市ある。

 総合ランキングではトップ4の北京、上海、深圳と広州は、総合実力が抜群で、連続4年間各々の順位を守り抜いた。4都市其々で見ると、首都北京は社会大項目で他の追随を許さない優位性を持つ。魔都上海は経済大項目で全国トップの座を揺るぎないものとした。新興スーパーシティ深圳は経済大項目におけるパフォーマンスに特に秀でている。由緒ある貿易都市広州は三大項目それぞれの成績のバランスが良い。

 重慶は総合ランキングで天津と杭州を超え、2018年の第7位から第5位に上り詰めた。相反して天津は、2018年の第5位から第8位へと後退した。成都と南京は各々順位を1つずつ上げて第7位、第9位になった。これに対して武漢は順位を一位下げて第10位となった。杭州は第6位の座を守り抜いた。

2. 環境大項目ランキング


深圳は環境大項目で連続4年首位、上海と広州は各々第2位、第3位へと躍進

 二酸化炭素排出量を中国の都市評価に取り入れることは、中国都市総合発展指標2019の一大進化である。長年の努力により雲河都市研究院は、衛星リモートセンシングデータの解析とGISの分析を用いて各都市の二酸化炭素排出量を正確に算出した。これにより都市評価の精度と分析幅を大幅に上げた。勿論、二酸化炭素排出量を取り入れたことにより総合ランキング、とりわけ環境大項目ランキングに一定の影響を及ぼした。

 中国都市総合発展指標2019環境大項目ランキングトップ10都市は深圳、上海、広州、林芝、昌都、廈門、三亜、北京、日喀則、海口である。

 深圳は4年連続環境大項目で第1位に輝いた。上海と広州は其々2018年の第8位、第7位から2019年には第2位、第3位に躍進した。対する北京は2018年の第5位から第8位へと転落した。

  環境大項目ランキングで、チベットの林芝、昌都、日喀則の3都市がトップ10入りしたことは注目に値する。これはチベット各都市のデータ整備が進んだことから、「最後の浄土」であるチベットの、環境における優位性が現れた結果である。

 これまで3年間、廈門、三亜と海口は、環境大項目ランキングの上位に名を連ねる沿海3都市であった。チベット勢3都市のトップ10入りのショックを受けてもなおトップ10内に留まった廈門、三亜、海口3都市は、其々第6位、第7位、第10位に踏みとどまった。

3. 社会大項目ランキング


北京、上海が連続4年間、社会大項目ランキングの首位、第2位に輝き、広州が連続3年間第3位に

 中国都市総合発展指標2019社会大項目ランキングトップ10都市は、北京、上海、広州、深圳、杭州、重慶、成都、南京、武漢、天津である。

 社会大項目ランキングでは連続4年間、北京が首位を、上海が第2位に輝いた。広州は連続3年間第3位を守り抜いた。

 社会大項目は深圳のウィークポイントであった。本年度は大きな進歩を見せ、2018年の第8位から第4位へと躍進した。南京も前年の第10位から第8位へとアップした。

 重慶、成都、武漢は社会大項目ランキングで2018年の順位を保持し、其々第6位、第7位、第9位であった。

 杭州は前年比一位下がって第5位、天津は前年比で五位も下げて第10位へと転落した。

4. 経済大項目ランキング


上海が4年連続経済大項目ランキングで首位、北京、深圳も第2位、第3位を不動に

 中国都市総合発展指標2019経済大項目ランキングトップ10都市は、上海、北京、深圳、広州、天津、蘇州、重慶、杭州、成都、南京である。

 3つの大項目の中でも特に実力本位である経済大項目では、ランキング順位の変動幅が最も少ない。第1位から6位までの上海、北京、深圳、広州、天津、蘇州6都市が連続4年間、各々の順位を守った。杭州は連続2年間、第8位であった。

 重慶は前年比で二位上げて第7位へ、南京は同一位上げて第10位となった。これに対して成都は二位下げて第9位へと滑落、武漢はトップ10外の第11位へと下がった。


【掲載】「中国網日本語版(チャイナネット)」2021年2月2日

【書評】井上定彦:『中国都市ランキング2018』〜現代をとらえる新体系方法を提示〜

井上定 島根県立大学名誉教授

 NTT出版 2020年10月/刊『中国都市ランキング2018』は、中国の客観データを素材にして、現代の経済社会文化の展開・発展過程を、大都市化とその連携関係(メガロポリス)を科学的・計量的あるいは図示し、視覚としても明らかにしたものである。内容を読んではじめて、これまでの社会科学・都市工学の全域にまたがるおどろくべき内容=分析体系を凝縮した大作であることが理解できる。応用力が高く、いずれの国にも適用可能。だから、もっと注目されてしかるべき著作である。
 これまで、英語版、中国版、日本語版が出され、今回が三年目となる。それなのに、日本ではまだそれほど知られていない。

 というのも、見出しが「都市ランキング」だし、年次は2018年と表記されている。私たちは、大学の偏差値とか「何でもランキング」ということには、食傷気味である。また年次が2 ~3年も前のものについて興味はわかない。年次白書ならば、政府の経済白書のように最新版を読みたいものだからである。

 ところが、本書は実は最新のもの、ついこないだの2020年10月発行なのである。
 たとえば、ここにはこのコロナ渦に見舞われた世界に関わるいくつかの優れた分析の論稿を含んでいる。つまり、社会経済分析の方法論にも言及した多数の論稿がここにはおさめられ、深く考えさせられる大著なのである。つまり、無味乾燥な年次系列の統計数字、特定の年について並列的に列記したものとは、まったく違う。そうではなくて、中国の代表的な大都市に関して、手に入りうるかぎり系統的で多様な最新のデータを使っている。そのデータは、最新が2018年までが多いわけだ。そこで計量化できた客観データをふまえ、総合的に指標化した(だから表紙には2018年と記されている)ということだ。

◆ 全国総合開発計画を超え、国連開発計画・UNDP報告にならぶような視野

 本研究に多少とも類似したものを例示すれば、たとえば、第四次全国総合発展計画(四全総 1987年)とその都道府県版(含む資料篇)、あるいは少し前の時点での「首都圏白書」を、辛うじてあげることができるかもしれない。しかし、これも本書に比すれば、視角は多くは「ハード」面に限定され、全国的データを網羅はしてはいるが、現代社会経済の力、大きな源である「情報力」、また他地域や世界との「連結力」という視点(いわば広義の「ソフト・パワー力」)やその系統的なアセスメントは含まれていない。当時の日本の「国土計画」というものの限界であったともいえよう。

 だから、これにならぶようなものとしては、紹介者が知る限り、国際連合UNDPの「人間開発報告書(1990 年以来今日まで毎年発行)しかないように思う。このSDGs(持続可能な開発)につながる分析と指標は、ずっと発行され、継続性はあるが、それだけではなく、つねに新たな方法論・視点を加えて改良され(たとえばジェンダー指数の追加)続けている。だから、毎回新鮮な驚きがある。
 三冊目となる本書も、同様に、毎回大きな改良が加えられ進化している。

◆ 発展のダイナミズムを体系的にとらえる

 この大規模な研究プロジェクトは、いわば中国版の「ゴスプラン」の一部にあたる中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司の協力により、はじめてこれだけ系統的な計量データについて、年次ごとの提供が可能になったのだろう。同じく中央集権的な日本の内閣府でも、省庁横断的にこれだけのデータが系統的に集められ、整理されているとは聞いていない。

 この研究を主導した周牧之さんは、国際開発問題のシンクタンクを経て、ながらく東京経済大学の教授としてだけでなく、国際的な都市研究者として、アメリカ(MITなど)、中国、東南アジアにまたがり活躍しておられる。もともとは情報工学系の出身で、経済学・社会学・行政学をふまえており、日本では例外的な「文・理総合型」の研究者、プロジェクト・リーダーである。

◆ 「指標」の現代化 壮大な広がり

 通常は、都市力、地域力を把握するときには、とかく経済・産業中心になりがちである(地域経済分析など)。本書は、そうではなく、自然生態・環境品質・空間構造という「環境」という大項目、ステータス・ガバナンス、伝承・交流、生活品質という「社会」という大項目、また経済品質、経済活力、都市影響という「経済」の大項目が、「総合化」され示されている。だから、そのデータの出所は、1)統計データ(3割の比重)、2)衛星リモートセンシングデータ(3割強)、3)インターネット・ビッグデータ(4割)にわたるものだ。

 後者二つは、日本ではまだ活用がはじまったばかりの分野である。これらにもとづいて、大都市の「輻射力」(影響力)が、立体的に描き出されている。物理的なインフラの整備だけでなく、情報発信力・受容力、そこからもたされる大都市や大都市連合の力量が、図示あるいは視覚的にも理解できるようになっている。あるいは、これを国家大に表現したものが、「一帯・一路」世界経済圏構想の推進なのかもしれない。
 だから、このような分析手法とそこからの政策含意の導出は、いずれの地域、国でも応用可能だと思われる。このような体系をもつ新「指標」の現代化は、疑いもなく有意義である。

◆ 「近代化の圧縮」とその先 社会変容という課題

 日本は、西欧先進国の「近代化」の300 年にわずか100 年で追いつこうとした(「圧縮された近代」)。そしていまや「成熟」を通り越してすでに「老境」にはいりつつあるのかもしれない。それに関わっていえば、韓国はわずか60年にしてすでに人口のピークをこえ、さらにおそらくは中国もこれから10~20年の間には「追いつき」過程を完了し、成熟段階に入る(つまり、わずか40年弱で)。総人口も大都市化の進展も、これから20年内外でピークに達するだろうといわれている(「超圧縮の近代化」)。
 そのとき、もっとも気掛かりなのは、先進社会が経験したように、「都市化」「近代化」がもたらす「社会の変容」、「人間行動の変容」という問題である。たんに少子高齢社会の到来というだけでなく、かつての発展をささえてきた、家族やコミュニティーの力の融解・弛緩が伴うからである。

 第二次大戦前後から、中国は安全保障的な見地からも、ずっと地方分散(独立性をもつ解放区的な考え方)を重視してきたが、それがまた長期にわたる停滞をもたらした大きな背景でもあったと考えられる。そこでこれを転換して「改革開放」し、グローバル化する世界に適応して産業構造をかえてゆく。農村型社会から都市型社会へ、大規模なメガロポリス中心の社会へと社会構造の大転換をとげようとしているのだ。

 家族構造をはじめとして、社会が変容し、殊に人間がその内面でも変容するのではないかという点が重要である。それまでの人間社会を基本的につなぐ連結性(social cohesion)は弱まるだけでなく、「勤勉」・「誠実」・「信頼」そして「助け合い」という、志向性についても変化するのではないか、といわれている。「個人化」「孤立化」「利己主義」化してしまい、そのような群衆が多数者になってしまうのだ、という見方がある(D.リースマン『孤独なる群衆』など)。

 だから、西欧社会の経験は、これに対して新たな自発性・能動性をもつ「市民型コミュニティー」(協同組合、労働組合、さまざまなNPOや非営利組織)の形成が重視されてきた。「社会的経済」という部門が成長したのである。むろん、並行して国家レベルや地方の公的機構としてさまざまな福祉諸制度が発達し、そうした「福祉社会」の構築には、100年もの月日がかかった。そのような制度構築がやや乏しいアメリカは、「個人主義社会」の正の面だけでなく「負」の側面も際立っている。アメリカの「社会分裂」、「トランプ・ポピュリズム」は偶然ではないのだろう。

◆ 持続可能な地球社会をめざして

 さらに根本的に難しい人類共通の課題として、いまや「人新世」(anthropocene)ともいわれるように、人間の活動が(温暖化を含めて)地球環境や地球そのものを変えつつあるかもしれない、という大きな課題がある。都市のみならず、農村地域・地方の山林・森林・原野を含む地球全体の「環境保全」が求められる。「持続可能な地球社会」こそが、いまや目指されようとしているわけだ。

 そしてまた、ひとびとも、その農村や森、自然の景観、またそこでのコミュニティーのなかに生きていゆくことに価値を再び見出そうともしているようにもみえる(二地点居住、グリーン・ツーリズムなどを含めて)。だから、国土全体のクオリティー(質)、アメニティー(快適性)が考えられるべきこととなる。国土のあり方についての、現代的「進化」が求められているのかもしれないのだ。

 周牧之さんが注目する「里山」のような地域形成の視点も、これから段階をおきながら、うまく「指標化」してゆくことができるのかもしれない。
 今後も毎年発行されることになることが期待されている本シリーズが、さらに発展し進化してゆくのが楽しみである。


【掲載】一人ひとりが声をあげて平和を創る メールマガジン「オルタ広場」

【論文】周牧之:ゼロコロナ政策 Vs ウイズコロナ政策

周牧之 東京経済大学教授

 2020年1月23日に、中国政府は新しい感染症の爆発を封じ込めるために湖北省の省都武漢を始め3都市をロックダウン(都市封鎖)した。このニュースは世界を震撼させた。翌1月24日に、湖北省全域が緊急対応レベルを1級にする措置を取った。その後緊急対応1級措置は中国全土に及んだ。中国国務院は2月8日、記者会見で同感染症を「新型コロナウイルス肺炎(NCP:Novel coronavirus pneumonia)と称した。2月11日には、WHOが同感染症をCOVID-19と命名した。

 新型コロナウイルスに襲われた大都市・武漢は、医療崩壊に陥り、数多くの感染者と死者を出した。武漢のみならず新型コロナウイルスで数多くの大都市で、医療崩壊危機が起こった。3月11日にWHOが同ウイルスの脅威に対してパンデミック宣言をした。

 筆者はこの緊迫した状況に鑑み、早くから武漢の医療崩壊及びその後の対応について研究し、数少ない情報を収集しながら世界各国の動向を踏まえ、4月20日に「新冠疫情冲击全球化:强大的大都市医疗能力为何如此脆弱?」をテーマとしたレポート(以下「4月周レポート」と略称する)を発表した[1]。同レポートは、豊かな医療リソースを持つ大都市が、なぜ新型コロナウイルスにより一瞬で医療崩壊に陥ったのかについて解析し、武漢の対策を検証した。その上でグローバリゼーションそして国際大都市の行方を展望した。中国の大手ネットメディアである中国網での「4月周レポート」の発表は、瞬く間に人民日報(ネット版)、新華通訊社(ネット版)、光明日報(ネット版)を始めとする100を超えるメディアに転載された。

 4月21日には「4月周レポート」の英語版が「COVID-19: Why is the medical system in metropolises so vulnerable?」のテーマで中国網英語版(China.org.cn)にて発表された[2]。中国国務院新聞弁公室(english.scio.gov.cn)、チャイナ・デイリー(China Daily.com.cn)など内外のメディアに転載された。

 そしてその日本語版も5月12日、「新型コロナパンデミック:なぜ大都市医療能力はこれほど脆弱に?」と題して中国網日本語版(チャイナネット)で公表された[3]

 「4月周レポート」はいち早く武漢の教訓と経験を踏まえ、新型コロナパンデミックの中で都市の医療体制が直面する課題を整理し、取るべき対策を内外に広く示した。これは当時、未知のウイルスとの闘いに苦しむ多くの都市の政策当事者に一定の示唆を与えたであろう。

 「4月周レポート」はメディアの性質上、注釈などの制限があったため、本論文では、この「4月周レポート」をベースに注釈と図表を加え、最新情報をアップデートし、同レポートの論点をさらに掘り下げて検証する。

1.中国都市医療輻射力2019

 「中国都市総合発展指標」に基づき 雲河都市研究院は中国全国297の地級市以上の都市を網羅した“中国都市医療輻射力2019”を発表した。北京、上海、広州、成都、杭州、武漢、済南、鄭州、南京、太原が同輻射力の上位10都市にランクインした。天津、瀋陽、長沙、西安、昆明、青島、南寧、長春、重慶、石家庄が第11位から20位、ウルムチ、深圳、大連、福州、蘭州、南昌、貴陽、蘇州、寧波、温州が第21位から30位を占めた。

図1 中国都市医療輻射力2019 ランキングトップ30
出所:雲河都市研究院 “中国都市医療輻射力2019”より作成。

 「中国都市総合発展指標」は、雲河都市研究院と中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司(局)が共同開発した都市評価指標である。2016年以来毎年、中国都市ランキングを内外に発表してきた。現在、中国語(『中国城市総合発展指標』人民出版社)、日本語(『中国都市ランキング』NTT出版)、英語版(『China Integrated City Index』Pace University Press)が書籍として出版されている[4]。筆者は同指標開発の専門家委員会の委員長、そして上記書籍の主編の一人として、指標開発をリードしてきた。

 同指標の特色は、環境、社会、経済の3つの軸(大項目)で中国の都市発展を総合的に評価したことにある。大項目ごとに3つの中項目を置き、3つの中項目ごとに3つの小項目を置く3×3×3構造となっている。小項目ごとにさらに複数の指標が支えている。“中国都市医療輻射力”は、こうした指標のひとつである。

 これらの指標は、785のデータによって構成されている。指標はまた、統計データのみならず、衛星リモートセンシングデータ、そしてインターネット・ビックデータから成る。「中国都市総合発展指標」は、こうした垣根を超えたデータリソースを駆使し、都市を「五感」で感知し高度に判断できるマルチモーダルインデックス(Multimodal Index)である。

 輻射力とは広域影響力の評価指標であり、都市のある産業の製品やサービスの外部への移出・移入の力を測る指標である。輻射力が高いと、当該産業が外部へ製品やサービスを移出・移入する能力を持つ。輻射力が弱い場合は、都市は当該産業の製品やサービスを外部から購入しなければならない。

  “中国都市医療輻射力”において、医療輻射力の高さを表す評価対象の一つとなったのは、都市の医師数と三甲病院(トップクラス病院)数である。輻射力ランキング上位30位の都市に全国の15%の医師、30%の病床と45%の三甲病院が集中している。中国の医療リソース、とりわけ先端医療機関が、医療輻射力ランキング上位都市に集中している状況が顕著である。ランキングの前列にある都市は良質な医師と一流の医療機関に支えられ、市民の衛生と健康を担うだけでなく、周辺地域あるいは全国の患者に先端医療サービスを提供している。

 「4月周レポート」がまず問題提起したのは、なぜ武漢のような医療リソースが豊富で医療輻射力に富んだランキング上位都市が、突如として現れた新型コロナウイルスにしてやられ、医療崩壊状態に陥ったのか、である。

2.新型コロナウイルスが世界の都市医療能力に試練を

 武漢は新型コロナウイルスの試練に世界で最初に向き合った都市であった。武漢は27カ所の三甲病院を持ち、医師約4万人、看護師5.4万人と医療機関病床9.5万床を擁する名実ともに“中国都市医療輻射力2019”全国ランキング第6位の都市である(2018年同ランキング第7位から1位上昇)。

 しかしながら、武漢のこの豊富な医療能力が新型コロナウイルスの打撃により、一瞬で崩壊した。

 国際都市ニューヨークの医療キャパシティも同様、新型コロナウイルスに瞬く間に潰された。2020年4月7日に発出された「緊急事態宣言」を受け、緊急事態措置を実施した東京都も当時、医療システムの崩壊の危機に直面していた。新型コロナウイルスはまさに全世界の都市医療能力に途轍もないプレッシャーを与えた。

 「4月周レポート」は、新型コロナウイルス禍による都市の「医療崩壊」が、以下の三大原因によって引き起こされたと仮説を立て、検証した。

(1) 医療現場がパニックに

 新型コロナウイルス禍のひとつの特徴は、感染者数の爆発的な増大だ。とりわけオーバーシュートで猛烈に増えた感染者数と社会的恐怖感により、武漢では大勢の感染者や感染を疑う人々が医療機関に駆け込み、検査と治療を求めて溢れかえった。

 病院の処置能力を遥かに超えた人々の殺到で医療現場は混乱に陥り、医療リソースを重症患者への救済にうまく振り向けられなくなった。医療救援活動のキャパシティと効率に影響を及ぼし、致死率上昇の主原因となってしまった。

 さらに重大なことに、殺到した患者、擬似患者、甚だしきはその家族が長期にわたり病院の密閉空間に閉じ込められ、大規模な院内感染という災害を引き起こした。

表1 中国、日本及び主要欧米諸国の医療リソース比較
出所:OECDデータベース、カイザーファミリー財団データベース、厚生労働省『厚生統計要覧』、中国国家統計局『中国都市統計年鑑』などより作成。

 表1から伺えるようにアメリカ、日本、中国の1千人あたりの医師数は、各々2.6人、2.5人、2人であり、医療の人的リソースはドイツの4.3人、イタリアとスペインの4人に比べ、はるかに低い水準にある。 

 よくも悪くも中国の医療リソースは中心都市に高度に集中している。武漢は1千人あたりの医師数は4.9人で全国の水準を大きく上回る。しかし、こうした分厚い医療リソースをもってしても、新型コロナウイルスのオーバーシュートによる医療崩壊は防ぎきれなかった。「4月周レポート」の日本語版発表する前日の2020年5月11日までに、中国の新型コロナウイルス感染死者数の累計83.3%が武漢に集中していた[5]。その多くが医療機関への駆け込みによるパニックの犠牲者だと考えられる。

 武漢と同様、医療の人的リソースが大都市に偏る傾向はアメリカでも顕著だ。ニューヨーク州の1千人あたりの医師数は4.6人にも達している。しかし武漢と同様、ニューヨークの豊かな医療リソースをもってしても、医療崩壊の大惨事は防げなかった。

 1千人あたりの医師数でみると、イタリアは4人で、医療の人的リソースは国際的に高い水準にある。しかし新型コロナウイルスのオーバーシュートで医療機関への駆け込みが相次ぎ、医療崩壊を招いた。

 イタリアのミラノ市にあるロンバルディア州の感染者数は3月2日に1千人を突破、同14日に10倍の1万人へ、3月末には4万人、5月上旬には8万人へと膨れ上がり、大勢の重症患者が有効な治療を受けられないまま置かれた。5月11日の時点で、イタリアの感染者は22万人、死者数は3.1万人に達し、致死率(死亡者数/患者数)も14%へと跳ね上がった。

 東京都は人口1千人あたりの医師数が3.3人で、これは武漢、ニューヨーク州より低い。政府は当初から、医療崩壊防止を新型コロナウイルス対策の最重要事項に置いていた。保健所のチェックという制度を設け、新型コロナウイルス検査数を厳しく制限し、人々が病院に殺到しないよう促した[6]。こうした措置は一定の効果を上げ、院内感染によるウイルス蔓延をある程度抑えた。また重症患者に医療リソースを集中させて致死率を下げ、5月11日の時点では致死率を同時期のニューヨーク州の7.9%より低い5.3%に抑え込んでいた。

表2 中国、日本、欧米主要諸国COVID-19感染者数等比較
注:中国感染者数の中に無症状感染者数データは含まれない。
出所:Worldometerデータベース、カイザーファミリー財団データベース、東京都・新型コロナウイルス感染症対策サイト、湖北省衛生健康委員会HPなどより作成。

 表2は「4月周レポート」の日本語版を発表する前日の5月11日と、本論締め切り直前の10月11日という2つの時点における世界平均、中国、日本、欧米主要諸国及び武漢市、東京都、ニューヨーク州の新型コロナウイルスによる感染者数、死者数、致死率、人口10万人当たり死者数を表している。

 人口10万人あたりの新型コロナウイルス死者数でみると、5月11日時点で、スペインの56.9人、イタリアの50.5人、フランスの40.4人、アメリカの24.4人と比べて日本は0.5人に留まった。その意味では日本は新型コロナウイルスの第1波において医療機関でのパニックを封じ込め、医療崩壊を防いだと言えよう。

 5月11日までの時点でのCOVID-19致死率を見ると、フランスの19.1%を始め、イギリス、イタリア、スペインともに2桁に達していた。第1波を鎮圧した中国は5.6%で日本は4%に押さえ込んだ。とは言え、この時点で新型コロナウイルスは世界平均で12.4%という極めて致死率の高い感染症として、社会に強い衝撃を与えていた。

 しかし、5月11日から10月11日までの5カ月間に限った致死率で見ると、各国・都市で軒並み激減したことがわかる。中国はこの間、COVID-19死者数は出なかったため致死率はゼロとなった。日本も1.4%に下がった。とくに当初致死率が極めて高かったフランス、スペインともに1%にまで抑えられた。これまで累積で20万人を超えるCOVID-19死者数を出したアメリカでも、同期間において致死率は2.1%まで下がった。

 これは、新型コロナウイルス流行第1波の混乱による医療現場のパニックが抑えられてきたこと、また、医療キャパシティの逼迫が改善されたことによるものであろう。加えて、特効薬は未だないものの、ある程度有効な治療法が確立されたことにも起因すると考えられる。これにより、致死率は大幅に抑えられた。同時に、PCR検査の普及に因る母数の増大で、致死率がさらに低まった。

 世界平均の致死率は2.2%に下がったことで、致死率だけで見ると、新型コロナウイルスはそれほど怖くない感染症であるとの見方も出てきた。しかし異なる年齢層における新型コロナウイルスの致死率には大きな差異がある。実際は年齢の若い感染者の致死率は低く、高齢者のそれは高い。例えば日本の8月のデータでは全体の致死率は0.9%で、年齢別に見ると0歳〜69歳の致死率は0.2%であるのに対し、70歳以上では8.1%に跳ね上がる[7]

 トランプ大統領は10月14日に行った演説(President Trump Addresses The Economic Club of New York)で、これまでに20万人以上のCOVID-19死者を出したアメリカで、50歳以下の感染者の生存率は99.98%であるのに対し、持病のある高齢者のリスクは高いと述べた。高齢者やリスクの高い人々の保護、医療をいかに充実させるかが致死率を低下させる重要なポイントになる。

(2) 医療従事者の大幅減員

 ウイルス感染がもたらした医療従事者の大幅な減員が、新型コロナウイルス禍のもう一つの特徴である。

 ウイルス感染拡大の初期、各国は一様に新型コロナウイルスの性質への認識を欠いていた。マスク、防護服、隔離病棟などの資材不足がこれに重なり、医療従事者は高い感染リスクに晒された。こうした状況下、PCR検体採取、插管治療など、暴露リスクの高い医療行為への危険性が高まった。これにより各国で現場の医療人員の感染による減員状態が大量に発生した。オーバーシュートで、元より不足していた医療従事者が大幅に減員し危機的状況はさらに深刻化した。

 救護過程のリスクばかりでなく、3月、慶應義塾大学病院の研修医の会食で引き起こされた医療従事者の集団感染とそれに伴う隔離治療は、もともと緊迫していた当時の、東京の医療人的リソースに大打撃を与えた[8]

 国際看護師協会(ICN)が公表した情報によると、2020年5月6日までに報告された30カ国のデータでは、少なくとも9万人の医療従事者が新型コロナウイルスに感染した。個々の状況では、スペインでは5月5日までに、4万3956人(全感染者の18%)の医療従事者が新型コロナウイルスに感染した。イタリアでは、4月26日までに、1万9,942人の医療従事者が感染し、150人の医師と35人の看護師が亡くなった。さらに9月16 日にICNが公表した情報では、世界全体で、300万人近くの医療従事者が感染した可能性があると推測した[9]

 東京都の発表では、1月〜6月までに48の医療機関で院内感染が発生し、医師、看護師そして患者計889人が感染、うち140人が亡くなった。院内感染者数は都内同期間の感染者の14%に相当した。院内感染による死者数は都内同期間感染死者数の43%にも達していた。院内感染は医療関係者の戦力を削いだだけでなく、持病のある患者に院内感染させたことで致死率が格段に上がってしまった。

 10月になっても東京では医療機関の院内感染はまだ頻繁に起こっている。例えば、足立区の大内病院では、同15日時点で患者39人、職員12人の計51人の感染を確認。練馬区にある順天堂大医学部付属練馬病院でも患者23人を含む計58人に感染が広がった。

 強力な感染力を持つ新型コロナウイルスは、医療従事者の安全を脅かし、医療能力を弱め、都市の医療システムを崩壊の危機に陥れている。院内感染をいかに防ぐかが新型コロナウイルス対策の肝心要となっている。

(3)病床不足

 新型コロナウイルス感染拡大後、マスク、防護服、消毒液、PCR検査薬、呼吸器、人工心肺装置(ECMO)などの医療リソースの枯渇状況が各国で起こった。とりわけ深刻なのは病床の著しい不足である。感染力の強い新型コロナウイルスの拡散防止のため、患者は隔離治療しなければならない。とりわけ重症患者は集中治療室( ICU )での治療が不可欠だが、実際、各国ともに病床の著しい不足に喘いでいる。

 人口1千人あたりの病床数データで見ると、日本は13床で世界でも最高水準にある。12万8,000病床数を有する東京は、1千人あたりでみると9.3床となる。そんな東京でも、新型コロナウイルス流行の第1波では病床不足に悩まされた。

 東京と比べイタリアの人口1千人あたりの医師数は若干高いものの、1千人あたりの医療機関病床数では、僅か3.1床でしかない。アメリカの1千人あたりの医療機関病床数は2.9床で、ニューヨーク州はアメリカ全土の平均よりさらに少なく2.6床となっている。病床不足が医療機関の患者収容能力を制約し、新型コロナウイルス患者治療のボトルネックとなっている。

 中国は人口1千人あたりの医療機関病床数が4.3床で、日本の四分の一にすぎないもののイタリアよりは高く、アメリカと同等の水準である。とりわけ9万5,000の病床を持つ武漢市は、1千人あたりの病床数が8.6床と高く、東京の水準に迫っている。しかし、武漢も新型コロナウイルスオーバーシュート期は、深刻な病床不足状態に置かれた。

 特に問題なのは、すべての病床が新型コロナウイルス治療の隔離要求に耐えるものではない点にある。これに、爆発的な患者増大が加わり、病床不足状況が一気に加速した。

3.有効な対策は何か

 しかし、上記のような医療崩壊の大惨事を最初に経験した武漢は、77日間のロックダウンを経て、新型コロナウイルス禍を乗り越えた。早くも2020年6月中旬には条件付きながら中国全土で平穏な日常生活を取り戻した。

 中国は如何にして事態を収拾していったのか?中国の経験の検証は、いまもなおパンデミックに苦しむ世界にとっては極めて貴重である。

(1)ロックダウン政策

 中国政府は2020年1月23日に湖北省の武漢市の公共交通、空港、鉄道駅をシャットアウトし、市民に市外へ移動しないよう要請した。いわゆるロックダウンを開始した[10]。翌24日には『湖北省突発公共衛生事件応急預案』に基づき、湖北省全域に対して緊急対応(Emergency response)レベルを1級にする措置を取った。緊急対応レベルとは認定された感染症エリアに対するロックダウンを含む措置の度合いを規定するもので、1級とは、休業、休講を要請し、交通を遮断し、極力移動と接触を避ける措置である[11]

 『湖北省突発公共衛生事件応急預案』の上位法規である『国家突発公共衛生事件応急預案』は、2003年に起きた重症急性呼吸器症候群(SARS)の経験から整備され、2006年2月26日に公布された国家的対策措置である[12]

 その後他の省・自治区[13]も相次ぎ緊急対応レベルを1級に引き上げる措置が取られた。1月29日、最後にチベット自治区が1級に引き上げられたことにより、緊急対応1級措置は中国全土に及んだ。

図2 武漢でのロックダウンとCOVID-19新規感染者数・死亡者数の日別推移
注:ロックダウン当日の2020年1月23日及び2月11日のデータは無い。2月12日の新規感染者数が極めて多いのは、恐らく前日のデータが加算されたことによると考えられる。
出所:中国湖北省衛生健康委員会HP[14]などに基づいて作成。

 図2は、武漢のロックダウン直前の1月20日からロックダウン解除までの間に同市の新規感染者数及び死亡者数を日々記録したものである。未知のウイルスのオーバーシュートに遭遇し、医療崩壊など大変な困難を経てロックダウンの約3週間後にようやく新規感染者数がピークアウトした。ロックダウン56日後の3月18日には新規感染者数がゼロになった。その後3月23日に新規感染者が一人出たのを最後に、4月8日のロックダウン解除まで16日間新規感染者はゼロが続いた。

 交通を遮断し休業、休講を伴う移動と接触規制を徹底するロックダウンは劇薬であった。武漢ではロックダウンにより、77日間で新型コロナウイルスのオーバーシュートを鎮圧した。

 全国民を対象とした厳しい行動抑制措置が功を奏して中国全土でも新規感染者数が急激に抑えられた。甘粛省が早くも2月21日に緊急事態対応レベルを1級から、条件付きで日常生活が出来る3級へと下げた。その後他の地域も相次ぎ緊急事態対応レベルを1級から、3級へと下げた。6月13日に湖北省が3級へと下がったことを受け、中国全土が緊急事態対応レベル3級となった。経済的損失を度外視した徹底的なロックダウン政策の実施により、中国は新型コロナウイルス禍の第1波を制した。 

 中国はその後、感染状況に応じて各地で緊急事態対応レベルを上げ下げしている。例えば、北京市は6月16日にクラスター感染により3級から2級へと上げて警戒を強め、状況緩和に応じて7月20日には再び3級に下げた。

(2)迅速な人的支援

 武漢の医療従事者大幅減員と深刻な不足に鑑み、中国は素早く全国から大勢の医療従事者を動員し、救援部隊として武漢へ送り込んだ。ロックダウンの翌日、2020年1月24日に早くも上海から医療チームが、最初に武漢に到着した。同チームは、上海の52カ所の病院から集められた呼吸科、感染症疾病科、病院感染管理科、重症医学科の医師及び看護師の136人から成った。最終的に中国全土から武漢を含む湖北省へ346の救援医療チームが送り込まれた。派遣された救援医療従事者は合計4万2,600人に達した。

 3月8日の中国国務院の記者会見によると、全国各地の医療機構で要請を受けてから応援医療チームの結成までに要した時間は2時間以内、チーム結成から武漢到着に要した時間は24時間以内という迅速さであった。

 こうした緊急措置が武漢の医療圧力を緩和し、医療崩壊を有効に食い止めた。感染地域に逸早く有効な救援活動を施せるか否かが、新型ウイルスへの勝利を占う一つの鍵である。

 しかし、全ての国がこうした動員力を備えているわけでない。ニューヨーク、東京の状況からすると、医療リソースがかなり揃っている先進国でさえ救援できるに足りる医療従事者を即座に動員することは難しい。

 さらに深刻なことには、医療リソースに著しく欠ける発展途上国、アフリカはいうに及ばず巨大人口を抱えるアジアの発展途上国の、人口1千人あたりの医師数はインドが0.8、インドネシアは0.3である。1千人あたりの病床数は前者が0.5、後者は1だ。こうした元々医療リソースが稀少かつ十分な医療救援能力を持たない国にとって、新型コロナウイルスのパンデミックで引き起こされる医療現場のパニックは悲惨さを極める。グローバル的な救援力をどう組織するかが喫緊の解決課題となっている。問題は、大半の先進国自体が、目下新型コロナウイルスの被害が深刻で、他者を顧みる余裕を持たないことにある。

(3)専門病院の建設

 武漢は国の支援で迅速に、専門治療設備の整う火神山病院と雷神山病院という重症患者専門病院を建設し、ロックダウン12日後の2020年2月3日には1,000病床のキャパシティを持つ火神山病院が開院した。2月8日には雷神山病院の開院でさらに1,600病床を確保した。このほかに、武漢は体育館などを16カ所の軽症者収容病院へと改装し、2月3日から順次患者を受け入れ、1万3,000床の抗菌抗ウイルスレベルの高い病床を素早く提供して軽症患者の分離収容を実現させた。先端医療リソースを重症患者に集中させ、パンデミックの緩和を図った。武漢の火神山、雷神山そして軽症者収容病院建設により、病床不足は解消された。

 日本は病床数不足により新型コロナウイルス感染流行第1波の時期、感染患者の在宅隔離も実施していた。こうしたやり方は患者の家族を感染の危険に晒し、家庭内での集団感染を生む可能性がある。また、患者は有効な専門治療を施されず、健康状況の把握がされないまま、病状急変により救援治療が間に合わないこともありうる。

 幸いにして、こうした在宅隔離はその後ほぼ改められ、ホテルなどの施設を利用し、軽症患者を収容している。

 東京での更に深刻な問題はICU(集中治療室)の驚くべき不足である。2018年の時点で、日本全国の人口10万人あたりのICU病床数は4.3床でしかない。アメリカの35床、ドイツの30床、フランスの11.6床、イタリアの12.5床、スペインの9.7床に比べても圧倒的に少ない。

 日本国内で最も感染者数を抱える東京都は新型コロナウイルス感染第1波流行期、ICU病床が764床しかなく、人口10万人あたりのICU病床数は5.5床に過ぎない。感染症流行のピーク時における重症患者を受け入れられるだけの病床数の確保が、医療システムの崩壊を避ける鍵となっている。

 新型コロナウイルス治療用病床の確保のため、各国がとった措置は実に様々であった。アメリカに至っては、海軍の医療船まで派遣した[15]

 「緊急輸入病院」も一種新しい選択肢となった。新型コロナウイルスオーバーシュートに伴う深刻な病床数逼迫に喘いだ韓国は、中国企業遠大グループから「病院」を丸ごと輸入した。遠大はステンレス製プレハブ建築方式を用いて、韓国にオゾン技術を活用した空気清浄・陰圧化ユニットで構築された「陰圧隔離病棟」を迅速に輸出した。現地では僅か2日間の工程で、施設の使用が可能となった。

4.経済と感染抑制の両立は可能か?

 新型コロナウイルス対策において、経済と感染抑制とのバランスは大きな政策イシューとなっている。中国では強力なロックダウン措置により、“ゼロ・COVID-19 感染者(Zero COVID-19 Case)”状況を実現し、目下多大な努力でゼロ・COVID-19 感染者状況を保とうとしている。他方、日本を含むほとんどの国ではロックダウンや緊急事態宣言などを実施してもゼロ・COVID-19 感染者状況よりは“ウイズ・COVID-19 (Coexisting with COVID-19)”の状況で経済活動の復活を目指している。本論の後半は、感染者ゼロを目指すゼロ・COVID-19 感染者政策(Zero COVID-19 Case Policy)とも言うべき中国の取り組みと、ウイズ・COVID-19政策(Coexisting with COVID-19 Policy)とも言うべき日本及び欧米諸国の取り組みを、比較検証する。

(1)感染抑制を優先する中国

 2002年〜2003年に起きたSARSの経験を踏まえ、中国政府は『中華人民共和国伝染病防治法』に基づき、『突発公共衛生事件応急条例』、『国家突発公共事件総体応急預案』、『国家突発公共衛生事件応急預案』など公共衛生に関わる突発的な事態に対する条例やガイドラインなどを整備した。さらに、『中華人民共和国突発事件応対法』をもって、上記の法律、条例、応急預案を法的に体系化した。武漢をロックダウンするのに先立ち、2020年1月20日、中国国家衛生健康委員会が、2020年第1号公告をもって、新型コロナウイルス感染症を『中華人民共和国伝染病防治法』で定めた乙類伝染病に該当させ、且つ甲類伝染病の予防、抑制措置を取ることとした。これで、新型コロナウイルス禍との闘いの幕が切って落とされた。

 武漢でのロックダウン及び各地域への緊急対応1級措置の実施は、こうした法的整備があったゆえに可能となった。しかも、これら法律、条例、応急預案は、感染症抑制を優先する傾向が強い。これに該当させ、発動させた以上は、経済と感染抑制の両立の議論は成り立たなくなった。実際、地方政府から、経済の落ち込みを避けるため経済活動の早期再開を求める声はあったものの、新規感染ゼロ状態を待たなければならなかった。

 図3が示すように中国では、COVID-19感染者をゼロにする徹底的なロックダウン政策を取ったことによって、逸早く新型コロナウイルス感染症を鎮圧した。これにより、国内においてほぼ普段通りの経済活動を再開させることに成功した。長いスパンで見ると、一時的な痛みを伴う劇薬的な措置が、事態を早期収束に導いたと言えよう。ただ、感染力の極めて強い新型コロナウイルスで新規感染者ゼロの状態を維持するのは大変な緊張感を伴う。中国では新規感染者が見つかるたび局地的に全員へのPCR検査及びロックダウン並みの行動制限を実施し、感染拡大を防いでいる。

図3 中国COVID-19新規感染者数・死亡者数の日別推移
注:中国感染者数の中に無症状感染者数及び海外から輸入感染者数データは含まれない。
出所:中国国家衛生健康委員会HP[16]などに基づいて作成。

(2)Report 9とイギリス、アメリカの対応

 武漢がロックダウンに踏み切った53日後の2020年3月16日、イギリスのインペリアル・カレッジ・ロンドンの理論疫病学者ニール・ファーガソン教授が「Report 9: Impact of non-pharmaceutical interventions (NPIs) to reduce COVID-19 mortality and healthcare demand」(以下Report 9と略称)を発表し、もしイギリスで何も対策を取らなければ僅か4カ月で人口の約8割が感染し、51万人の死者が出ると予測した。たとえ発症者の隔離、その家族の自宅待機、高齢者の外出規制などの施策を講じたとしても、死者数は25万人に及ぶという。Report 9が示した対策として、全国民に厳しい行動制限を要請するロックダウンを実施した場合は、死者は2万人まで抑え込むことが可能だと述べた[17]。ファーガソン氏は、イギリスの下院科学技術委員会で、ある程度の感染を許しながら経済と医療のバランスを保てるか、については否定的で、長期のロックダウン以外の選択肢はないと明言した。Report 9発表の1週間後3月23日に、イギリス政府は事実上の外出禁止令、ロックダウン政策に踏み切った。

 Report 9は、アメリカについても最大220万人の死者が出ると予測した。トランプ政権は同レポートの影響を受け、連邦政府により国民に社会距離を保つためのガイドラインを4月30日まで延長した。

 6月8日に英科学誌ネイチャーのオンライン版に「The effect of large-scale anti-contagion policies on the COVID-19 pandemic」という論文が掲載された。中国、韓国、イタリア、イラン、フランスそして米国の6カ国で実施されたウイルス封じ込め政策の効果を分析し、(1 )旅行制限、(2)イベント・教育・商業・宗教行事の停止、(3)隔離とロックダウン、(4)緊急事態宣言等の封じ込め政策で、2020年1月〜4月6日の3カ月弱で、6カ国だけでも億単位の人のCOVID-19感染を防いだとの試算が報告された[18]

 しかし、ロックダウンなどの厳しい行動制限政策の有効性が明確であったにも関わらず、社会経済にかけるストレスの大きさから反発も大きく、多くの国ではこうした政策は途中で緩めざるを得なかった。

(3)ゼロ・COVID-19 感染者政策Vsウイズ・COVID-19政策

 中国では武漢のロックダウンの解除には厳しかった。解除は、新規感染者がゼロになっただけでなく、ゼロ状態が16日間も続いた後にようやく実施された。徹底的なゼロ・COVID-19 感染者政策である。

 武漢だけではなく他の地域でも、新型コロナウイルス感染症の低リスク地域とするまでには、新規感染者ゼロ状態を14日間以上も継続させる厳しいハードルを設けた[19]。 

 新型コロナウイルス流行第1波を制圧した後も、中国は全国各地でゼロ・COVID-19 感染者状況維持に心血を注いでいる。新規感染者が見つかるたびに、大量検査、厳しい行動制限などの措置を局地的に実施してきた。モグラ叩きのように感染エリアを潰していく厳しい管理政策である。例えば、2020年10月11日、山東省青島市に3人の新型コロナウイルスの無症状感染者が出たことを受け、同市は市内全員を対象とするPCR検査を実施した。すでに市外に移動した者も追跡検査する徹底ぶりだった。同16日までに実施したPCR検査数は1,000万人を超えた。

 中国とは異なり、欧米諸国ではロックダウンの政策は取ったものの、感染拡大の抑制と経済との両立を急いだ。5月13日、ドイツ・IFO経済研究所+ヘルムホルツ感染研究センターが共同研究レポートを出した[20]。これに因ると、経済と感染拡大制御との最適なバランスはRt(実効再生産数:1人の感染者が何人に移すかを表す数字)0.75となる。つまり、Rtを0.75に抑えれば、経済への影響を最小限に留めながら感染拡大を早期に終息できるという。いわゆるウイズ・COVID-19政策の提唱である。しかし、感染力が極めて強い新型コロナウイルスに対してどうRtを0.75に抑え、維持するのかが、見えてこない。レポートの執筆者らが提唱した黄金のバランスも、空虚にしか見えない。しかし、欧米諸国では、同レポートのような学術的な「お墨付き」を得た形で、感染拡大の再来という禍根を残したまま、ウイズ・COVID-19政策を進めた。

 実際、秋になり欧州では、新規感染者が急増している。10月14日に欧州の日別新規感染者数は10万5,000人を超え、アジアの同10万3,200人を上回った。当のドイツも10月15日に、過去24時間の新規感染者数が6,638人だったと公表した。これは春のピークを超え最高記録更新であった。

 Report 9を生み出したイギリスでも、長期のロックダウンによる経済への影響を懸念し、同レポートへの批判の声が強い。何の措置も取らなければイギリスでは51万人の感染死者が出ると予測したのに対して、ロックダウンなどの措置を実施したことにより、10月11日までの死者は4.3万人に留まった。ロックダウンの効果を出したにも関わらず、経済活動再開への圧力により、イギリスでは、全域に及ぶ新規感染者がゼロになるまでのロックダウンは実行しなかった。こうしたウイズ・COVID-19政策の下、秋の新規感染者の急増で10月15日、ロンドンの警戒レベルを「中」から「高い」に程度を引き上げざるを得なくなった。

 イタリアは5月11日までには3.1万人の新型コロナウイルス感染死者を出した。しかし、経済活動の再開を急ぎ、5月上旬に2カ月間のロックダウンを解除した。表2から伺えるように、5月11日から10月11日までの5ヶ月に限ってみるとこれまで14%だった致死率を4%まで大幅に下げた。医療崩壊の最悪の状況から脱出した。しかし、ウイズ・COVID-19政策を取ったイタリアでは、新規感染者は10月14日に7,300人を超え、3月のピーク時を上回った。これを受け、イタリアは向こう約1カ月間、パーティを禁止し、飲食店の営業を深夜0時までに限定するなどの措置をとった。

 10月25日、新型コロナウイルス大流行の第2波に対抗するためスペインは再び全土に緊急事態宣言を発令した。10月29日、スペイン議会は緊急事態宣言を2021年5月9日まで延長した。

 フランスも10月14日、公衆衛生上の緊急事態を閣議決定し、パリなど9都市圏で夜間外出禁止に踏み切った。翌15日に、24時間以内の新型コロナウイルス新規感染者が過去最高の3万人に達したと発表した。フランスは10月30日に全土で外出制限を行い、2度目のロックダウンを実施した。11月6日、フランスの日別新規コロナ感染者数は6万人を突破し記録を塗り替えた。

 アメリカも、トランプ大統領は5月下旬、全米規模の封鎖は長期的な解決策ではないとし、経済活動を取り戻すため、感染拡大の中での、すべての州での経済活動再開に踏み切った。しかし新規感染者の増大に対して、ニューヨーク市では10月4日、区域を限った封鎖を実施した。11月4日から連日、アメリカでは日別新規コロナ感染者数は10万人を超えた。11月7日にはアメリカでの累積コロナ感染者数は1,000万人を超えた。累積死亡者数も24万2,339人に達した。

 ウイズ・COVID-19政策を取ってきた欧米諸国は、いま再びロックダウン措置に踏み切らざるを得ない感染拡大状況にある。ただ、これら諸国は春の感染拡大時には国全体あるいは大きなエリアを対象にしたロックダウンを実施したものの、目下、夜間限定や地域限定など部分的な規制強化に留まっている。

表3 各国・地域 前年同期比実質GDP成長率及び予測の比較
出所:中国国家統計局、日本内閣府、アメリカ商務省経済分析局、イギリス国民統計局、イタリア国家統計局、スペイン国家統計局、ドイツ連邦統計局、フランス国立統計経済研究所、韓国銀行、台湾行政院主計総処、アジア開発銀行、IMFなどのデータから作成。

 ウイズ・COVID-19政策で新型コロナウイルス感染拡大の再来に喘ぐ欧米諸国をよそに、中国は徹底したゼロ・COVID-19 感染者政策の恩恵により、多くの地域では4月後半から経済活動も日常生活もほぼ正常化した。とくに新型コロナ禍で延期していた全国人民代表大会が5月28日に終了後、経済活動は本格的に再開した。国慶節の10月1日から1週間強の長期にわたる連休では、国内観光者数は6.4億人にも達した。2020年の第1四半期はロックダウンで中国の実質GDP成長率は−6.8%に落ち込んだ。しかし、第2四半期から経済は急速に回復し、3.2%の同成長率を実現した。IMFの予測では2020年の通年で、中国の実質GDP成長率は1.9%となる。

 他方、ウイズ・COVID-19政策を取った日本及び欧米諸国は、第2四半期となっても軒並みマイナス成長で、第1四半期よりさらに悪くなっている。なかには2桁のマイナスに喘ぐ国がいくつも出てきた。IMFの予測では2020年の通年で、これら諸国の実質GDP成長率はすべてマイナスとなる。

 韓国、台湾、シンガポール、ベトナムなど中国同様SARSを経験した国・地域は、ゼロ・COVID-19 感染者に近い政策を取った。なかでも台湾、ベトナムの経済パフォーマンスは良くIMFの予測では2020年の通年で、台湾はゼロ成長に踏みとどまり、ベトナムは1.6%の成長を実現する。韓国はIMFの予測では2020年の通年で、実質GDP成長率は−1.9%となるが、日本及び欧米諸国ほどの落ち込みではない。シンガポールは、貿易依存度が高く世界経済に極端に影響されやすい経済構造にあるため、第2四半期になってからの落ち込みが著しい。

 ゼロ・COVID-19 感染者政策に比べ、ロックダウンによる経済の痛みを和らげるためのウイズ・COVID-19政策は、結果的に長期にわたる経済不況をもたらす結果となった。

 新型コロナウイルスの特効薬と有効なワクチンの開発が確実にできるまでは徹底的なゼロ・COVID-19 感染者政策をとるべきである。

 11月8 日に、世界の新型コロナウイルス感染者数は5,000万人を超えた。冬季の到来に向けて第2波の大流行で感染者数の増加ベースが早まっている。とくにウイズ・COVID-19政策をとってきた欧米各国は新型コロナウイルス禍の激震地となった。これに対して筆者は、新型コロナウイルスの特効薬や有効なワクチンが世に出るまでは、各国は新型コロナウイルスの流行を迅速に抑えるゼロ・COVID-19 感染者政策をとるべきだと強く提唱する。

(4)経済と感染抑制に揺れ動く日本

 日本で初めて新型コロナウイルスの感染者を確認したのは2020年1月16日であった。1月29日には乗客206人を乗せた政府のチャーター機第1便が武漢市から帰国した。2月13日には国内で初めて感染による死亡者が出た。2月28日には北海道で独自の「緊急事態宣言」が出された。3月13日に『新型インフルエンザ対策特別措置法』の改正法が成立し、新型コロナウイルス感染症を、新型インフルエンザ等とみなして同特措法を適用した。これにより、「緊急事態宣言」の法的な裏付けができた。

 4月7日に東京、埼玉、神奈川、千葉、大阪、兵庫、福岡において「緊急事態宣言」を発令、4月16日に「緊急事態宣言」の対象を全国に拡大した。「緊急事態宣言」は、中国のような徹底的なロックダウンではなく「人の接触 最低7割極力8割削減」を目標としたいわゆる緩い行動制限要請であった。それでも新規感染者数は急速に減少した。図4で見られるように、緊急事態宣言の感染抑制の効果は顕著であった。しかし、状況改善を受け、政府は5月25日に全国「緊急事態宣言」解除をした。ここでも中国と違い、解除当日も新規感染者は未だ20人いた。新規感染者数がゼロにならない状況でのウイズ・COVID-19的な解除であった。

 中国では感染エリアを低リスク地域とするまでには、新規感染者数を2週間にわたってゼロにする必要がある。相反して、感染症の蔓延を断つことが出来ないままの日本の「緊急事態宣言」解除は、感染力の極めて強い新型コロナウイルスの感染再拡大という禍根を残した。東京では早くも「緊急事態宣言」解除1週間後には「東京アラート」で都民に警戒を呼びかけることになった。

 日本は7月22日に、経済活動を刺激する観光振興策「Go Toトラベル」キャンペーンを東京を除外してスタートさせた。その日、新規感染者は792人も出ていた。これは「緊急事態宣言」時ピークの1.1倍の数字であった。まさしくなり振り構わぬ敢行であった。その結果、日別新規感染者は急増し、10日後には1,575人となった。これは、「緊急事態宣言」の際の新規感染者数ピークの2.2倍の規模であった。

 10月1日、東京都も「Go Toトラベル」キャンペーンに加わった。10月15日、東京都の新規感染者数は284人となり、再び新たな上り坂を見せている。

 11月になると日本は新型コロナウイルス感染拡大が加速し、同18日には1日の新規感染者数が初めて2,000人を超えた。「Go Toトラベル」キャンペーンの一時停止や見直しをせざるを得なくなった。重症患者が増えるにつれ、病床の緊迫状態も生じた。

 表2で示すように、10月11日までの時点で人口10万人あたりの新型コロナウイルス死者数でみると、スペインの70.7人、アメリカの66.3人、イギリスの63人、イタリアの59.8人、フランスの50.1人、ドイツの11.6人と比べて日本は1.3人に留まり、先進諸国の中では最も低かった。しかし、間も無くインフルエンザウイルスが猛威を振るう冬がやってくる。懸念される新型コロナウイルスとの同時流行を、どう乗り越えるか?大きな試練が待ち構えている。同時に長期にわたるウイズ・COVID-19状況は日本経済の活力を萎めている。IMFの予測では2020年の日本の実質GDP成長率はマイナスに陥り、−5.3%となる。

図4 日本COVID-19新規感染者数・死亡者数の日別推移
出所:厚生労働省HP『新型コロナウイルス感染症について・陽性者データベース』、NHK『特設サイト新型コロナウイルス・日本国内の死者数』などにより作成。

5.「ジャレド・ダイヤモンド仮説」と「周牧之仮説」

 2020年11月11日までの、日本の10万人あたり新型コロナウイルス死亡者数は1.5人であった。これはスペインの同85.8人、アメリカの同74.6人、イギリスの同74人、イタリアの同71.1人、フランスの同65.1人、ドイツの同14.1人と比べ、格段に低い数字であった。同じ「ウイズ・COVID-19政策」を取ってきた日本が、欧米先進諸国よりはるかに低い死亡者数に抑えられている理由は、ファクターXとして諸説ある。

 諸説の中で最も説得性があるのは「交差免疫」説である。これまで日本人が持っていた免疫が、新型コロナウイルスにある程度働き、感染予防あるいは感染しても症状を抑えられる、というものである。

 なぜ日本人が交差免疫を持つのだろうか。アメリカの生物学者ジャレド・ダイヤモンド氏が著書『銃・病原菌・鉄』の中で、ユーラシア大陸での家畜との密接な暮らしが、人々にさまざまな病原菌に対する免疫力を持たせたとしている。ヨーロッパ人がアメリカ大陸に進出した際、病原菌を持ち込んだことで、これまで家畜との密接な暮らしを持たず免疫の無い原住民に壊滅的な打撃を与えた。ヨーロッパ人が家畜との長い親交から免疫を持つようになった病原菌を「とんでもない贈り物」と氏は捉えた[21]

 上記「ジャレド・ダイヤモンド仮説」に筆者は賛成する。但し同仮説では、同じユーラシア大陸に位置するヨーロッパ諸国と、日本を含む東アジアの国々の新型コロナウイルスにおける死亡者数の大きな相違を説明仕切れない。11月11日までの、中国、韓国、台湾、香港、ベトナム、タイの10万人あたりの新型コロナウイルス死亡者数はそれぞれ、0.3人、0.9人、0.03人、1.4人、0.04人、0.09人であった。医療リソースの豊かなヨーロッパ諸国の同死亡者数と比べ、極度に低い。中国、台湾、韓国、香港などの好成績には、「ゼロ・COVID-19 感染者政策」が果たした役割もあったものの、交差免疫の恩恵も大きいと考えられる。

 筆者は、稲作の水田を囲んだ湿潤な生活様式こそが、交差免疫をもたらす決定的な要因ではないかとの仮説を立てる。「周牧之仮説」の詳細は下記である。湿潤な稲作地帯の里山は、豊かな生態多様性に恵まれている。里山は、自然に対する人間の適度な介入がもたらした新しい生態系であり、原始の自然に比べ生態の多様性はさらに豊かである。生態の多様性は微生物の多様性を意味する。こうした人間と自然と家畜との密接に影響し合う稲作里山は、病原菌の巨大な繁殖地となることが考えられる。同じユーラシア大陸でも、東アジアの湿潤な稲作地帯はウイルスの多様性に一層富んでいる。さまざまなウイルスと共生してきた稲作地帯の人々は強い交差免疫を持つと推理できる[22]

 新型コロナウイルスに対する交差免疫メカニズムの解明は、まだ始まったばかりであるが、季節性コロナウイルスに感染した経験が新型コロナウイルスへの交差免疫をもたらし、その重症化を防ぐとの研究を、ボストン大学のマニッシュ・サーガル氏が発表した[23]。東京大学先端科学技術センターの児玉龍彦氏は、日本人の新型コロナウイルス感染者50人の血液を分析した結果、その75%が交差免疫を持っていたことから「多くの日本人が新型コロナウイルスに効く交差免疫を持っているのではないか」と考える[24]

 実際、季節性のコロナウイルスは東アジアの湿潤地帯で頻繁に流行を繰り返してきた。季節性コロナウイルスは、新型コロナウイルスに対して交差免疫力をもたらすとすると、まさに稲作地帯の里山暮らしからの「とんでもない恩恵」だと筆者は考える。

 こうした観点から、里山の持つ価値を再考し、これからの生活様式に組み込まなければならない。

6.地球規模の失敗から地球規模での抗ウイルスへ

 感染症は昔から人類の命を脅かす最大の敵であった。例えば、1347年に勃発したペストで、ヨーロッパでは20年間で2,500万もの命が奪われた。1918年に大流行したスペインかぜによる死者数は世界で2,500万〜4,000万人にも上ったとされる。

 100年余りにわたる抗菌薬とワクチンの開発及び普及により、天然痘、小児麻痺、麻疹、風疹、おたふく風邪、流感、百日咳、ジフテリアなど人類の健康と生命を脅かし続けた感染症の大半は絶滅あるいは制御できるようになった。1950年代以降、先進国では肺炎、胃腸炎、肝炎、結核、インフルエンザなどの感染疾病による死亡者数を急激に減少させ、癌、心脳血管疾患、高血圧、糖尿病など慢性疾患が主要な死因となった。

 感染症の予防と治療で勝利を収めたことで、人類の平均寿命が伸び、主な死因も交代した。世界とりわけ先進国の医療システムの焦点は、感染症から慢性疾患へと向かった。その結果、各国は目下感染症予防と治療へのリソース投入を過少にし、同時に現存する医療リソースを主として慢性疾患に傾斜するという構造的な問題を生じさせた。医療従事者の専門性から、医療設備の配置、そして医療体制そのものまで新型ウイルス疾患の勃発に即座に対応できる態勢を整えてこなかった。

 よって、新型ウイルスとの闘いにおいて、武漢、ニューヨーク、ミラノといった巨大な医療リソースを持つ大都市は対策が追いつかず悲惨な代償を払うことになってしまった。

 ビル・ゲイツは早くも2015年には、ウイルス感染症への投資が少な過ぎる故に世界規模の失敗を引き起こす、と警告を発していた。新型コロナウイルス禍は不幸にしてビル・ゲイツの予言を的中させた。

7.科学技術の爆発的進歩

 緊急事態宣言、国境封鎖、都市ロックダウン、外出自粛、ソーシャルディスタンスの保持など、各国が目下進める新型コロナウイルス対策は、人と人との交流を大幅に減少かつ遮断することでウイルス感染を防ぐことにある。こうした措置は一定の成果を上げるものの、ウイルスの危険性を真に根絶させ得るものではない。中国のように強力なゼロ・COVID-19 感染者政策を実施して、ウイルス蔓延をしばらく抑制することができても、非常に脆弱だと言わざるを得ない。次の感染爆発がいつ何時でも再び起こる可能性がある。

 安心安全な世界を取り戻すには、科学技術の進歩に頼るほかない。目下、新型コロナウイルスの特効薬とワクチンの開発を各国は緊急課題として急ぎ取り組んでいる。

 人類は検査、特効薬、抗体の三種の神器を掌握しなければ、本当の意味で新型コロナウイルスをコントロールし、勝利を収めたとは言えないだろう。

 危機はまた転機でもある。近現代、世界的な戦争や危機が起こるたびに人類は重大な転換期に向き合い、科学技術を爆発的に進歩させてきた。第二次世界大戦は航空産業を大発展させ、核開発の扉を開けるに至った。冷戦では航空宇宙技術の開発が進み、インターネット技術の基礎をも打ち立てた。新型コロナ危機も現在、関連する科学技術の爆発的な進歩を刺激すると同時に、社会全般におけるデジタルトランスフォメーション(DX)を強くプッシュしている。

 新型コロナウイルスパンデミックが作り上げた緊迫感は技術を急速に進歩させるばかりでなく、技術の新しい進路を開拓し、過去には充分に重視されてこなかった技術の方向性も掘り起こす。例えば、漢方医学は武漢での抗ウイルス対策で卓越した効き目をみせ、注目を浴びている。漢方医学は世界的なパンデミックに立ち向かうひとつの手立てになりうる。

 オゾンもまた偏見によりこれまで軽視されてきた。筆者は2月18日にはオゾンについてレポートを発表し、新型コロナウイルス対策としてのオゾン抗菌利用を呼びかけた[25]。現在、日本では、感染しやすい環境として「3密」環境が取り上げられている。筆者は、有人環境下でのオゾン利用を積極的に導入し、室内空間のウイルス感染を抑え、3密問題を解消させることを提唱している[26]

8.グローバリゼーションは止まらない

 新型コロナウイルスのパンデミックで、各国はおしなべて国境を封鎖し都市をロックダウンして国際間の人的往来を瞬間的に遮断した。グローバリゼーションの未来への憂慮、国際大都市の行方に対する懸念の声が絶えず聞こえてくるようになった。

 確かに、グローバリゼーションが進むにつれ、国際間の人的往来はハイスピードで拡大し、世界の国際観光客数は30年前の年間4億人から、2018年には同14億人へと激増した。

 グローバリゼーションで、大都市化そしてメガロポリス化も一層世界の趨勢となった。1980年から2019年の間、世界で人口が250万人以上純増したのは117都市、この間これらの都市の純増人口は合計6億3,000万人にも達した。とりわけ、人口が1,000万人を超えたメガシティは1980年の5都市から、今日33都市にまで膨れあがった。こうしたメガシティはほとんどが国際交流のセンターであり、世界の政治、経済発展を牽引している。これらメガシティの人口は合わせて5億7,000万人に達し、世界の総人口の15.7%をも占めている。

 高密度の航空網と大量の国際人的往来は新型コロナウイルスをあっという間に世界各地へ広げ、パンデミックを引き起こした。国際交流が緊密な大都市ほど、新型コロナウイルスの爆発的感染の被害を受けている。

 しかし、新型コロナウイルスが全世界に拡散した真の原因は、国際的な人的往来の速度と密度にあるのではない。人類が長きに渡り、感染症の脅威を軽視してきたことにこそある。これは冷静に認識しておくべきである。

 大航海時代から今日まで、人類は一貫して感染症の脅威に晒され、この間、幾度となく悲惨な代償を払ってきた。

 第二次大戦後は感染疾病対策で効果を上げ、ほとんどの感染症が抑えられた。よって、先進国でも世界機関でも長期にわたり感染症の脅威を軽視してきた。

 世界経済フォーラム(WORLD ECONOMIC FORUM)が公表した「グローバルリスク報告書2020(The Global Risks Report 2020[27])」に並ぶ今後10年に世界で発生する可能性のある十大危機ランキングでも、感染症問題は入っていなかった。また、今後10年で世界に影響を与える十大リスクランキングでは、感染症が最下位に鎮座していた。

 不幸にして世界経済フォーラムの予測に反し、新型コロナウイルスパンデミックは、人類社会に未曾有の打撃を与えた。

 中国、台湾、シンガポール、香港、韓国など、2003年に起きたSARSを経験した国と地域が、新型コロナウイルスの対策において、より良いパフォーマンスを見せたのは、SARS時で得たリスク感覚によるものが大きい。また、中国のようにSARSから得た経験を法律、条例、総体応急預案に反映させ、対策のマニュアル化、ガイドライン化を進めたことで、今回の新型コロナウイルスの感染爆発時に早急かつ有効な対策を講じられた[28]

 その意味では我々は悲観的になる必要もない。新型コロナウイルス禍は、感染症対策への関心と投資を世界的に高め、大幅な技術革新と社会変革をもたらす。人類は必ずや感染症の脅威を克服し、世界規模の失敗を世界規模の勝利へと導くに違いない。

 新型コロナウイルス禍はグローバリゼーションと国際大都市化を阻むものではない。新型コロナウイルスパンデミックを収束させた後には、より健全なグローバリゼーションとより魅力的な国際大都市が形作られるであろう。

(本論文では栗本賢一、甄雪華、趙建の三氏がデータ整理と図表作成に携わった)


[1] 周牧之「新冠疫情冲击全球化:强大的大都市医疗能力为何如此脆弱?」、中国網(China.com.cn)、2020年4月20日(http://www.china.com.cn/opinion/think/2020-04/17/content_75944655.htm)。

[2] Zhou Muzhi, “COVID-19: Why is the medical system in metropolises so vulnerable?” In China.org.cn, 21 April 2020(http://www.china.org.cn/opinion/2020-04/21/content_75957964.htm?from=singlemessage&isappinstalled=0)。

[3] 周牧之「新型コロナパンデミック:なぜ大都市医療能力はこれほど脆弱に?」、In Japanese.China.org.cn、2020年5月12日(http://japanese.china.org.cn/business/txt/2020-05/12/content_76035553.htm)。

[4] 「中国都市総合発展指標」について詳しくは、周牧之ら編著『環境・経済・社会 中国都市ランキング2018―大都市圏発展戦略』、NTT出版、2020年10月10日を参照。

[5] 2020年5月11日以降に武漢では新型コロナウイルスによる死者は出ていない。

[6] PCR検査に保健所による事前チェックを設けたことで、感染者が医療機関に殺到することを防いだ。しかし、検査数の過度の抑制は、軽症感染者及び無症状感染者の発見と隔離を遅らせ、治療を妨げると同時に、莫大な数の隠れ感染者を生むことに繋がる。また、保健所によるPCR検査前のチェックは、保健所のキャパシティをパンクさせたことで多くの批判を生じさせた。

[7] NHK総合テレビ『NHKスペシャル 令和未来会議「新型コロナの不安 どう向き合う?」』、2020年10月11日。

[8] 国および東京都から大人数の会食等の自粛要請が出された中、慶応義塾大学病院では2020年3月に研修医の約40人の集団会食を主な原因として18人がPCR陽性となり物議を醸した。

[9] 2020年9月16 日に国際看護師協会(ICN)が公表した最新の情報では、8月14日までに32カ国の33看護師団体から報告されたデータによると、世界全体では、300万人近くの医療従事者が感染した可能性がある。詳しくはICNのHP(https://www.icn.ch/news/new-icn-report-shows-governments-are-failing-prioritize-nurses-number-confirmed-covid-19-nurse)を参照。

[10] 中国交通運輸部(省)『交通运输部关于做好进出武汉交通运输工具管控全力做好疫情防控工作的紧急通知』、2020年1月23日を参照。

[11] 緊急対応(Emergency response)措置は中国語では「応急反応措施」という。4つのレベルに分けられる。もっとも強力な措置である第1級を実施する場合は、国務院の決定を仰ぐ必要がある。詳しくは中国『国家突発公共衛生事件応急預案』を参照。

[12] 2002年〜2003年に起きたSARSの経験を踏まえ、中国政府は『中華人民共和国伝染病防治法』(1989年9月1日から施行)に基づき、2003年5月7日に『突発公共衛生事件応急条例』を公布した。2006年1月8日には『国家突発公共事件総体応急預案』を公布した。『国家突発公共衛生事件応急預案』とは、こうした法律、条例、総体応急預案に基づき、公共衛生に関わる突発的な事態に対して整備された。2007年8月30日に、中国全国人民代表大会常務委員会は、『中華人民共和国突発事件応対法』を批准し、上記の法律、条例、応急預案をさらに法的に体系化した。武漢をロックダウンするのに先立ち、1月20日に中国国家衛生健康委員会が2020年第1号公告で新型コロナウイルス感染症を『中華人民共和国伝染病防治法』規定の乙類伝染病に該当させ、且つ甲類伝染病の予防、抑制措置を取ることとした。

[13] 中国では、行政階層は5つある。中央政府を頂点とし、省・自治区・直轄市を第2層とする。中国行政の階層について詳しくは、周牧之ら編著前掲書、p.5を参照。

[14] 中国湖北省衛生健康委員会HPで公開された日毎の感染者数及び死亡者数を集計し作成。詳しくは湖北省衛生健康委員会HP(http://wjw.hubei.gov.cn)を参照。

[15] トランプ大統領は3月下旬に医療船マーシー号(USNS Mercy)とコンフォート号(USNS Comfort)をそれぞれロサンゼルスとニューヨークに配備した。各々1千病床を持つ2隻の医療船は、新型コロナウイルス感染者の治療に適していないものの大勢の一般患者を受け入れられる。これにより、現地の総合病院でより多くの病床を新型コロナウイルス治療へと振り当てられる。

[16] 中国国家衛生健康委員会HPで公開された日毎の感染者数及び死亡者数を集計し作成。詳しくは中国国家衛生健康委員会HP(http://www.nhc.gov.cn)を参照。

[17] 詳しくは、Ferguson NM, Laydon D, Nedjati-Gilani G, et al., “Report 9: Impact of non-pharmaceutical interventions (NPIs) to reduce COVID-19 mortality and healthcare demand”, in Imperial College London HP , 16 Mar 2020(http://hdl.handle.net/10044/1/77482)を参照。

[18] 詳しくは、Solomon Hsiang, Daniel Allen, Sébastien Annan-Phan, Kendon Bell, Ian Bolliger, Trinetta Chong, Hannah Druckenmiller, Luna Yue Huang, Andrew Hultgren, Emma Krasovich, Peiley Lau, Jaecheol Lee, Esther Rolf, Jeanette Tseng & Tiffany Wu, “The effect of large-scale anti-contagion policies on the COVID-19 pandemic”, in Nature, 08 June 2020を参照。

[19] 中国国務院は2020年2月18日、『关于科学防治精准施策分区分级做好新冠肺炎疫情防控工作的指导意见』を公布した。同『意見』は、新型コロナウイルス感染症低リスク地域とするまでには、14日間以上の新規感染者ゼロ状態を継続させる厳しいハードルを設けた。 

[20] Wohlrabe Klaus, Peichl Andreas, Link Sebastian ,Leiss Felix, Demmelhuber Katrin, “Die Auswirkungen der Coronakrise auf die deutsche Wirtschaft”, in ifo Schnelldienst Digital, No.7, 18 May 2020。

[21] ジャレド・ダイヤモンド著『銃・病原菌・鉄』、草思社、2000年10月。

[22] 「周牧之仮説」は、2020年11月21日に開催の東京経済大学120周年記念シンポジウム『コロナ危機をバネに大転換』にて発表した。

[23] マニッシュ・サーガル(Manish Sagar)氏の研究に関して詳しくは、Manish Sagar, Katherine Reifler, Michael Rossi, Nancy S. Miller, Pranay Sinha, Laura White, and Joseph P. Mizgerd, “Recent endemic coronavirus infection is associated with less severe COVID-19”, in Journal of Clinical Investigation, 30 Sep 2020を参照。

[24] 児玉龍彦氏の研究に関して詳しくは、東京大学アイソトープ総合センターのHP・「児玉龍彦氏参議院予算委員会提出資料」(https://www.ric.u-tokyo.ac.jp/topics/2020/ig-20200716_1.pdf)、2020年7月16日を参照。

[25] 周牧之《这个“神器”能绝杀新冠病毒》中国網(China.com.cn),2020年2月18日(http://opinion.china.com.cn/opinion_84_217684.html)。同レポートの英語版:Zhou Muzhi, “Ozone: a powerful weapon to combat COVID-19 outbreak” In China.org.cn, 26 February 2020(http://www.china.org.cn/opinion/2020-02/26/content_75747237.htm)。同レポートの日本語版:周牧之「オゾンパワーで新型コロナウイルス撲滅を」、In Japanese.China.org.cn、2020年3月19日(http://japanese.china.org.cn/business/txt/2020-03/19/content_75834590_2.htm)。

[26] これについて詳しくは周牧之「オゾン利用で新型コロナウイルス対策を」、『東京経大学会誌』307号、2020年12月2日を参照。

[27] “The Global Risks Report 2020”,in World Economic Forum HP ,15 Jan 2020 (https://www.weforum.org/reports/the-global-risks-report-2020)。

[28] 中国がSARSから得た経験を法律、条例、総体応急預案に反映させ、対策のマニュアル化、ガイドライン化を進めたのに相反して、アメリカでは5月上旬に米疫病対策センター(CDC)から発表予定だった経済活動再開のための厳格なガイドラインが、トランプ政権から「細かすぎ」だとして却下された。


周牧之「新型コロナパンデミック : ゼロ・COVID-19 感染者政策Vs ウイズ・COVID-19 政策」、『東京経大学会誌』309号、2021年2月3日

【論文】周牧之:オゾン利用で新型コロナウイルス対策を


Ozone: a powerful weapon to combat COVID-19 outbreak

周牧之 東京経済大学教授
ZHOU Muzhi Professor of Tokyo Keizai University


 2019年12月から、中国の南で重症急性呼吸器症候群(SARS)に似た感染症の流行が取り沙汰されるようになった。湖北省では年明けて2020年1月23日、同感染症を封じ込めるため省都の武漢を始め3都市がロックダウン(都市封鎖)された。その後、湖北省のほぼ全域がロックダウンとなり、中国全土においても多くの都市が封鎖された。中国国務院は2月8日、記者会見で同感染症を「新型コロナウイルス肺炎(NCP:Novel coronavirus pneumonia)と称した。2月11日には、WHOが同感染症をCOVID-19と命名した。

 筆者は1月中旬から新型コロナウイルス対策の打つ手となるオゾン研究に取り組んだ。2月18日に这个“神器”能绝杀新冠病毒をテーマとしたレポート(以下「2月周レポート」と略称する)を発表[1]、オゾンの謎を解き明かして疫病流行の収束メカニズムを探り、新型コロナウイルス対策にオゾンを利用するよう提唱した。中国の大手ネットメディアである中国網での「2月周レポート」の発表は、瞬く間に多くのメディアに転載され、新型コロナウイルス対策におけるオゾン利用に一役買うこととなった。「2月周レポート」の発表は3月11日のWHOによるパンデミック宣言より3週間早かった。

 2月26日には「2月周レポート」の英語版がOzone: a powerful weapon to combat COVID-19 outbreakのテーマで中国網英語版(China.org.cn)にて発表された[2]。そしてその日本語版も3月19日、オゾンパワーで新型コロナウイルス撲滅をと題して中国網日本語版(チャイナネット)で公表された[3]

 「2月周レポート」はメディアの性質上、注釈などの制限があったため、本論文では、この「2月周レポート」をベースに注釈を加え、最新情報をアップデートし、同レポートの仮説をさらに掘り下げて検証する。

1.地球における命の守護神

 新型コロナウイルスが武漢で爆発的に発生して以来、筆者は中国の遠大科技集団(BROAD Group)総裁、張躍氏とオゾンを利用した殺菌消毒について議論を重ねてきた[4]。張躍氏はオゾン利用による殺菌消毒を提唱する先駆者の一人である。しかし世間の反響はこれまで芳しくなかった。筆者も、オゾン利用に関する国内外専門家へのヒヤリングや関連資料の調査を通じて、オゾンについての人々の警戒心を強く感じた。オゾンに関する誤解を取り除き、コロナ禍という緊急事態に、オゾンの積極利用を進めて事態の打開をはかるため、オゾンの極めて解りにくい特性に関して、総合的な整理を試みた。

 地球大気圏約0~10数kmの最低層は対流圏と呼ばれ、そこでの温度と高度の関係は上冷下熱である。対流圏の上部には約10数~50kmの成層圏がある。成層圏では温度と高度との関係が対流圏と相反して上熱下冷である。濃度約10~20ppmのオゾン層はこの成層圏にある。

 オゾン層は地球上の生命にとっては掛け替えのない存在である。紫外線の地球上生物に危害を加える部分を、オゾン層は吸収する[5]。よって、有害な紫外線による生物細胞の遺伝子の破壊を、オゾン層は押し止め、地球上の生命に生存条件を与えている。

 オゾン層の濃度が現在のレベルに達した時期と、地球上の生命が海から上陸した時期はほぼ一致している[6]。言い換えれば、オゾン層がまだ希薄な時期、有害な紫外線を避けるため生命は海の中に潜伏せざるを得なかった。オゾン層の濃度の向上を待ってようやく陸に上がることができた。

 オゾン層の保護がなければ、地球上には微生物一つすら存在不可能であったということになる。もちろん今日の豊かな生命の繁栄もあり得なかった。

 しかし、人類の産業活動によって大量に排出されたフロンガスや揮発性有機化合物(VOC:Volatile Organic Compounds)などが、オゾン層を破壊し[7]、人類の免疫システムを弱め、皮膚ガンや白内障などの発病率を高める被害を及ぼした[8]。オゾンホールは地球温暖化と並び、いまや地球環境問題となっている[9]。オゾン層の破壊問題は同時に、オゾンが一般大衆の視野に入るきっかけともなった。

 オゾン層はその地球生物を保護する性質に鑑み、“アース・ガーディアン”と呼ばれる。

 オゾンは、三つの酸素原子から構成され、酸素の同素体であり、特殊な匂いがする[10]。オゾンは主に太陽の紫外線が酸素分子を二つの酸素原子に分裂させ、その酸素原子がさらに酸素と結合することで作られている。

 紫外線によって作られたオゾンは、高濃度のオゾン層となり天然のバリアとして、地球上の生物を太陽光にある有害な紫外線の攻撃から守り、地球生命の繁栄をもたらしている。実に面白い関係である。

2.天上のGood Ozone,地上のBad Ozone

 オゾンは高い空の成層圏にあるだけではなく、対流圏たる我々の周囲にも存在している。酸素分子は低空で多く、高空では少ない。これに対して、酸素原子は低空で少なく、高空に多い。ゆえに、酸素分子と酸素原子がともにある成層圏に、オゾン層が高濃度で作られている。相反して地面と、オゾン層より高い場所のオゾン濃度は薄い。つまり、大気中のオゾン濃度は地面から約10kmのところより高くなり、成層圏のオゾン層で最大値となる。さらにその上空に行くと、オゾン濃度はまた急激に下がる。

 対流層のオゾン濃度は一般的に0.02〜0.1ppmである。この自然界のオゾン濃度は人類を含む大型生物には無害である。しかし、高い濃度のオゾンは人に不快感を与え、目や呼吸器官などの粘膜組織を刺激することもある。よって、アメリカ食品医薬品局(FDA)は室内環境基準のオゾン最大濃度を0.05ppmに規定している[11]。日本産業衛生学会は産業環境基準のオゾン許容濃度を0.1ppmと規定する[12]。中国衛生部(省)もオゾンの安全濃度を0.1ppmと規定している[13]

 以上のように高濃度オゾンに対する警戒感は元よりあった。加えてオゾンの悪名を轟かせたのは、光化学スモッグ汚染である。光化学スモッグは、目や呼吸器官の粘膜組織に刺激を与え、目の痛み、頭痛、咳、喘息などの健康被害を引き起こす。また植物の成長を抑制し農作物の減産をもたらす。酸性雨の原因ともなっている。

 光化学スモッグの中には一次汚染物質と二次汚染物質が混在する。一次汚染物質とは窒素酸化物 (NOx)や揮発性有機化合物(VOC)などである。一次汚染物質に紫外線が照射されることによって「二次汚染物質」にされたオゾンが発生する。光化学スモッグにおけるオゾン成分は80〜90%までにも達するが故に、光化学スモッグ汚染イコールオゾン汚染だ、と世間は捉えがちである。

    産業革命以来、大量のNOx排出により対流圏のオゾンが増加した[14]。過去100年、対流圏のオゾン全量は4倍になった[15]。とくに近年、中国を始めとする東アジアでの急速な工業化と都市化に伴い、NOxなど光化学スモッグ生成物質排出量は激増し、対流圏のオゾン増加傾向を加速させている。

 対流圏のオゾン量は成層圏の10分の1に過ぎないが、二酸化炭素(CO2)、メタン(CH4)に次ぐ第3の地球温暖化ガスとなっている。温暖化ガスになったことで、オゾンのイメージはさらに悪化した。

 こうした様々な理由により、世間では“対流圏のオゾンは生物に有害な汚染物質である”との認識が広がった。ゆえにオゾンは“天上のGood Ozone,地上のBad Ozone”とも言われている。日本では対流圏オゾンの地球規模の越境汚染に対するモニタリングが、重要な課題となっている。

 本論文で明確にしたいのは、光化学スモッグのオゾン濃度が、対流圏の自然界での正常な濃度ではなく、人的活動の汚染排出でもたらされた非自然的な高濃度であることだ。さらに光化学スモッグのオゾンにはNOxやVOCなど有害物質が多く含まれている。これもまた自然界の澄み切ったオゾンとは全く異なっている。

 オゾン濃度は季節と地域によって高低の差異が生じるが[16]、一般的には対流圏自然界のオゾンが人体に害を及ぼすことはない。自然界のオゾンは無害であるばかりかむしろ有益である。例えば雷の高圧放電では、空気中の酸素を分裂させ、オゾンを作る。高濃度のオゾンは空気を浄化するために、雷の後、往々にして空気はより清々しいものとなる。また、晴天の海岸や森林はオゾンの濃度が高いため空気は一層清らかである。自然界のオゾンと光化学スモッグとの違いを区別しなければならない。

 対流圏のオゾンも、人類生存の守護神である。ただ我々は長い間その恩恵に対する研究と認識を欠いていた。

 対流圏自然界のオゾン濃度は、大型生物に無害であるものの、微生物にとってはスーパーキラーとなる。強い酸化力を持つオゾンは、自然界の微生物の繁殖を抑制し、地球生態バランスを保ってきた。しかし、これまで地球という生命体の中で微生物を抑制するオゾンの役割は十分には重視されてこなかった[17]

 その理由の一つは、一般的に低濃度のオゾンには殺菌作用があまり無いと考えられてきたからである。しかし、実際は、一定の暴露時間をかければ極めて低濃度のオゾンも十分な殺菌消毒力を持つことが確認できている[18]

 低濃度オゾンによる殺菌消毒効果の認識に基づき、筆者は、「自然界の低濃度オゾンが地球上の細菌やウイルスといった微生物の過度な繁殖と拡散を防いできた」と仮説する(以下「仮説1」と略称する)。

 オゾンはまた、自然界においては有害有機物を分解する。さらに、オゾンは動植物に季節の変化を知らせるシグナルであるとも考えられる。

 オゾンのこうした大切な役割から見ると、成層圏のオゾンはもちろん、対流圏のオゾンが無ければ、地球は人類の生存さえあり得ない環境であった。

 実際、オゾンは“天上のGood Ozone,地上のGood Ozone”である。人類がもたらした汚染廃棄物こそが、地上のオゾンを“Bad Ozone”に仕立て上げたのである。

3.“神の手”の仮説:オゾンは疫病を駆逐する?

 2002年冬から2003年春にかけて、SARSの大流行が社会的な大パニックを引き起こした。しかし2003年の5月〜6月になるとSARSは消え去った。

 SARSだけではなく、インフルエンザなど飛沫感染のウイルスのほとんどが秋冬に爆発し、春夏には消滅する。季節ごとにハッキリとした消長パターンが見られる。まさに見えざる“神の手”がこれらの病毒を駆逐しているが如くである。

 世界中の研究者の多くがこれまでウイルスと温度、或いはウイルスと湿度との相関関係を追ってきた[19]。しかし、これらの研究では、ウイルスと気温変化との関係が未だはっきり説明できていない。インフルエンザを例に取れば、一般的に、低温、低湿の環境ではウイルスが比較的長時間活性を保ち、温度と湿度の上昇に従いその活性が抑制されると考えられている。しかし、実験では、湿度を上げることによってインフルエンザウイルスの消滅度が上がったことが確認できた[20]。自然界での温度変化の幅はインフルエンザのウイルスにはあまり影響がなかった。実際、赤道付近では気温が最高であるにもかかわらず、インフルエンザウイルスがむしろ年中蔓延している[21]

 筆者は、上記「自然界の低濃度オゾンが地球上の細菌やウイルスといった微生物の過度な繁殖と拡散を防いできた」との「仮説1」に基づき、さらに「2月周レポート」では「酸化力を持つオゾンこそが、真の“神の手”である」と仮説を立てた(以下「仮説2」と略称する)。

 オゾン濃度は季節により変化する特性を持つ。しかも秋冬が低く、春夏に高い。気象庁のオゾン観測情報によると、オゾン全量[22]は2月から5月の間に、札幌、筑波、鹿児島、那覇と、北から南まで順にピークを迎える。北へ行けば行くほどそのピークの時期は早く訪れる。南ではピークが遅くなる[23]

 地域によってオゾンの濃度も違っている。同じ気象庁の観測情報によるとオゾン全量ピーク時の濃度は北へ行けば行くほど高い。逆に、南では濃度が低くなる。オゾン全量は緯度の変化でその分布も明らかに変化している。赤道近くではオゾン量が最も少なく、南北両半球とも中・高緯度域で多く、緯度60°付近の北方地域で最も多い。また、オゾン量は中緯度では北半球が南半球に比べて多く、とくに日本上空は多い[24]

 本来、紫外線が強いほど酸素分子の分解スピードは早い。赤道付近は太陽の照射が最大であり、オゾンは最も産出し易いはずである。しかし、オゾン濃度の変化をもたらす要素は多く、そのメカニズムも極めて複雑である。紫外線が強いほどオゾンは作り易くなると同時に、オゾン自体の分解も進む。また、オゾンの分解スピードは温度とも関係がある。温度が高いほどその分解スピードは早まる[25]。さらに、地球規模の大気環流も無視できない。その土地で作られたオゾンが他地域に運ばれることもあり得る。

 対流圏オゾンの大半は成層圏のオゾン層から来ている。同時に植物の光合作用が生むオゾンの量や、雷で作られるオゾン量、人類の産業活動が排出するNOxとVOCの量、そして火山噴火によるオゾン破壊なども対流圏のオゾン濃度に影響を与える。

 要するに、酸素分子と原子の奇妙な集合離散によって左右されるオゾン濃度は、秋冬が低く春夏に高いリズムを持つ。また、温度が高いほど、オゾンの分解速度は早まる。さらに、湿度も重要で、湿度はオゾンのウイルスを不活化するパワーを高める。乾燥状態ではオゾンのウイルス不活化力は劇的に落ちる[26]

 よって筆者は大胆に「オゾンこそが、真の“神の手”である」「仮説2」を立てた。つまり季節が冬から暖かくなるにつれ、オゾン濃度は高まり、空気の湿度も増すと同時に、オゾンは“神の手”となって疫病を駆逐する。

 さらにこの仮説を厳密に説き明かすと、ウイルスを抑える主力は季節変化の中で高まるオゾンであり、上昇する温度と湿度はこれの威力をさらに高める。オゾン、温度、湿度の三者は相まってウイルスという病魔を駆逐する。勿論、紫外線も微生物の一大キラーであり、室外の細菌病毒を死滅させる重要なファクターである。

 新型コロナウイルスの大流行によるパンデミックはいつ収束するのか。これがいま、世界の最大の関心事となっている。経済活動の復興や、社会の緊張緩和はこれにかかっている。もし、「仮説2」が成立すれば、今回の新型コロナウイルスもSARSやインフルエンザと同様、季節の変化によるオゾン濃度の向上によって消え去ると、「2月周レポート」は希望的観測をした。

 しかし、夏が過ぎたいまも、新型コロナウイルスは未だ我々を苦しめ続けている。これは恐らく、新型コロナウイルスがSARSと比べ、オゾン濃度が上がる前に地球規模に蔓延したことと関係しているのではないか。但し、実際中国や日本の状況で見ると夏に入ってから新型コロナウイルスの猛威は大分衰えた。自然界のオゾン濃度の高まりが一役買ったことは間違いないだろう。

 「2月周レポート」では、大胆な仮説は精密な立証を必要とするとして、上記の仮説に対して学者、専門家に様々な角度から検証及び批評を呼びかけた。

4.有人空間でのオゾン利用へ

 オゾンは自然界の病毒の駆逐者であるばかりでなく、近代以来、人類にもその強い酸化力を活かし、消毒、殺菌、除臭、解毒、漂白などの分野で広く活用されてきた。

 オゾンは、今回の地球規模でのコロナウイルスとの戦いの中でも活かされるべきである。しかもオゾンには以下の三つの特性がある。

 ①死角無く充満:オゾン発生機などから作られたオゾンは、室内に充満し、空間のすべてに行き届く。その消毒殺菌の死角は無い。これに対して、紫外線殺菌は直射であるため死角が生じる。

 ②有害残留物が無い:オゾンはその酸化力を持って細菌と病毒を消滅させる。有害の残留物は残さない。相反して現在広く使用されている化学消毒剤は人体そのものに有害であるばかりでなく、有害残留物による二次汚染も引き起こす。中国での疫病対策の中で、すでに消毒剤の濫用による深刻な問題がもたらされた。

 ③利便性:オゾンの生成原理は簡易で、オゾン生産装置の製造は難しくない。また、オゾン発生機のサイズは大小様々あり、個室にも大型空間にも対応できる。設置が簡単なためバス、鉄道、船舶、航空機などにも設置が可能である。

 オゾンの殺菌消毒効果は、オゾン自体の濃度だけでなく環境の温度、湿度そして暴露時間とも関係する。さらに、ウイルスの種類とも一定の関係を持つ。

新型コロナウイルスに有効か否かについては、「2月周レポート」の時点では、直接の実験は未だ無いものの、下記の類似の実験で推測した。

 2003年、北京工業大学教授で中国オゾン産業連合会技術委員会の専門家、李澤琳教授が中国国家P3実験室で行ったオゾンによるSARSウイルスの不活化実験結果によると、オゾンはSARSウイルスに対して強い不活化効果があり、総合死滅率が99.22%に達した(以下「李実験」と略称する)[27]。今回の新型コロナウイルスは、SARSウイルスと同様にコロナウイルスに属している。新型コロナウイルスのゲノム序列の80%はSARSウイルスと一致しているという[28]。よって、「2月周レポート」ではオゾンが新型コロナウイルスに対しても相当の除染力を持つことが推理できた。

 自然界でのオゾンの殺菌消毒パワーに関する上記の仮説や、「李実験」の結果などを踏まえ、「2月周レポート」は、「自然界と同じレベルの低濃度のオゾンであっても新型コロナウイルスに対して相当の不活化力を持つ」との仮説を立てた(以下「仮説3」と略称する)。この仮説に基づき、「2月周レポート」では、オゾンは新型コロナウイルスを駆逐し、空気を浄化させ得るとし、広く有人空間で使用するよう提唱した。

 ウイルスに対して、オゾンは非常に優れた除染消毒のパワーを持つが、個人差はあるものの一定の濃度に達した場合に人々に不快感を与え、また、粘膜系統に刺激を与えることもある。そのため、これまで、主に無人の空間で使用されている。これに対して、「仮説3」に基づく低濃度オゾンによる有人環境での利用が、病院、職場、公共空間、公共交通機関、住宅の室内に行き渡れば、ウイルス対策にとって大きな福音になると言えよう。

 コンクリートジャングルの大都市では、そもそもオゾン濃度は低い[29]。人が集まる室内ではなおさらそうである。コロナウイルスが世界的に蔓延している現在、有人空間でのオゾン利用こそ究極の「3密問題」[30]解消対策である。

5.新型コロナウイルス対策におけるオゾン利用と課題

 深刻な病床不足を解消するために、武漢は国の支援で迅速に専門治療設備の整う火神山病院と雷神山病院といった重症患者専門病院を建設し、前者で1,000床、後者で1,600床の病床を確保した。このほかに、武漢は体育館を16カ所の軽症者収容の「方艙病院」へと改装し、素早く1万3,000床の抗菌抗ウイルスレベルの高い病床を提供し、軽症患者の分離収容を実現させた。

 遠大科技集団は火神山病院、雷神山病院、そして方艙病院をはじめ武漢の多くの病院にオゾン発生機能付き空気清浄機を寄付した[31]。特記すべきは、武漢青山方艙病院、武漢楠姆方艙病院に、オゾン発生機能付き空気清浄機を大量に寄付し、病院を開業すると同時に稼働させたことである。体育館などを改装して作られた方艙病院は、大部屋に大勢の患者と医療従事者を集中させているため、院内感染の危険性が極めて高かった。しかし、上記の二つの方艙病院の医療従事者に感染者は出なかった[32]。オゾンが大きな役割を果たしたと思われる。

 新型コロナウイルス感染拡大の初期、同ウイルスの性質への認識を欠き、マスク、防護服、隔離病棟などの資材不足がこれに重なり、医療従事者は高い感染リスクに晒された。これにより武漢では現場の医療人員の感染による減員状態が大量に起こった。そのために中国全土から大勢の医療従事者が武漢を含む湖北省へ駆けつけた。救援に当たった医療従事者は最終的に4万2,000人に達した。幸いにしてこれら応援医療従事者の中から感染者は出なかった。オゾンによる殺菌作用により院内感染が防げられたことが一役かったと思われる。

 オゾン利用の普及にとって最大の課題は、オゾンに対する正しい理解を広めることである。

 2020年3月8日、遠大科技集団は韓国から、オゾン消毒殺菌機能を持つ空気清浄機付きコロナウイルス対策用救急病院の建設を依頼された。その後、遠大の中国工場で作られた緊急病院は、韓国の現地へ運ばれて組み立てられ、4月6日には使用可能となった。しかし、韓国の現場ではオゾン使用に抵抗が強く、結局空気清浄機に付属のオゾン発生機能をOFFすることとなった。こうしたことから伺えるように、オゾンの活用へのハードルはまだ高く、人々にオゾンの安全性を説明する努力が欠かせない。

 9月1日、東京・上野旅館組合の要請を受けて筆者は、台東区上野区民館にて「武漢に学ぶ 今私たちに出来ること」と題した講演会を行った[33]。ホテルやレストランの経営者に対して、オゾンの知識及び新型コロナウイルス対策における活用の可能性について話した。講演会終了後、45枚のアンケートを回収した。「オゾンについて理解を深められたか」の設問に対して、40人が「はい」と答えた。オゾン利用についても説明努力すれば理解が得られるとの感触が得られた。新型コロナウイルスパンデミックが作り上げた緊迫感はオゾンに関する偏見を払拭し、有人環境でのオゾン利用という新しい技術進路を開拓する好機として捉えられよう。

6.低濃度オゾンで新型コロナウイルス不活化を確認

 「2月周レポート」発表から約3カ月後の2020年5月14日に、公立大学法人奈良県立医科大学は、同大学の矢野寿一教授(微生物感染症学)、笠原敬センター長(感染症センター)とMBTコンソーシアム(感染症部会会員企業:クオールホールディングス株式会社、三友商事株式会社、株式会 社タムラテコ、丸三製薬バイオテック株式会社)との研究グループが、世界で初めてオゾンガス曝露による新型コロナウイルスの不活化を確認した(以下「矢野・笠原実験」と略称する)と公表した[34]

 「矢野・笠原実験」は、「2月周レポート」で出された三つの仮説の前提である「オゾンが新型コロナウイルスを不活化できる」とのエビデンスを提供した。但し、「矢野・笠原実験」に使われたオゾン濃度は、6ppmと1ppmと高く、無人状況でのオゾン利用を想定している。

 「2月周レポート」の発表から半年後の2020年8月26日に、学校法人藤田医科大学は、同大学の村田貴之教授(ウイルス・寄生虫学)らの研究グループが、低濃度(0.05 ppmまたは0.1ppm)のオゾンガスでも新型コロナウイルスに対して除染効果があるということを、世界に先駆けて実験的に明らかにした(以下「村田実験」と略称する)と、リリースした[35]

 「村田実験」は、自然界と同じレベル濃度のオゾンであっても新型コロナウイルスに対して相当の不活化力を持つという「2月周レポート」の「仮説3」にとって貴重なエビデンスである。

 さらに「村田実験」は、湿度が上がれば、オゾンの新型コロナウイルスに対する除染効果が向上する実験結果を出したことから、「2月周論文」の「仮説2」で、湿度の向上がオゾンによるウイルス不活化力を高めるとした説に、新型コロナウイルスでのエビデンスを提供した。 

 こうした貴重なエビデンスが揃ったことは、有人環境でのオゾン利用による新型コロナウイルス対策に、大きな後押しとなった。

7.高精度かつ安価なオゾンセンサーの開発がカギ

 しかし、有人環境でのオゾン利用による新型コロナウイルス対策の、本格利用には、もう一つの決め手が必要である。それは、低いレベルのオゾン濃度をコントロールするセンサーである。

 自然界に近い濃度のオゾンを室内に取り入れる場合、人々に不快感を与えることはない。しかし新型コロナウイルスに一定の不活化力を持ちながら、なお人体に影響を及ぼさないよう室内のオゾンの濃度を、例えば「村田実験」同様の0.05ppm〜0.1ppm[36]のレベルに維持させるのは、困難である。オゾンは極めて不安定な性質を持つために、一定の濃度にコントロールするには常に濃度を高精度に測る必要がある。問題は目下、低い濃度のオゾンを高精度に測定するオゾンセンサーが大変高価なことである[37]。高精度のオゾンセンサーが容易に使えないため、安くて低濃度オゾンをコントロールできる普及型のオゾン発生機は未だ世に出ていない。

 もし安価でオゾン濃度を安全にコントロールできれば、オゾン利用は容易に世間に受け入れられ、有人空間におけるオゾン利用も一気に進むであろう。精度を高く保ちながらなお安価なオゾンセンサーの開発に、喫緊の課題として取り組むべきである。もちろん、新型コロナウイルスの脅威に晒されている今現在、安くて正確なセンサーが無くても、さまざまな工夫でオゾンの室内利用を広めていくことが急務である。

 オゾンと微生物との関係は、地球生命体の絶妙なバランスを表している。もしオゾン層の保護が無ければ、ウイルスや細菌などの微生物は存在しえなかった。他方、オゾンの強い酸化力もウイルスの天敵である。人類は未だオゾンに対する認識が不十分である。筆者はオゾンに対する偏見と過度な警戒心を捨て、オゾンにまつわる数々の謎を解き明かし、オゾンの特性を十分に理解し、活かしていくべきであると考える。とりわけこの新型コロナウイルスとの戦いの中では、オゾンの力を十分に発揮させていくことが急務である。


[1] 周牧之「这个“神器”能绝杀新冠病毒」、中国網(China.com.cn)、2020年2月18日(http://opinion.china.com.cn/opinion_84_217684.html)。

[2] Zhou Muzhi, “Ozone: a powerful weapon to combat COVID-19 outbreak” In China.org.cn, 26 February 2020(http://www.china.org.cn/opinion/2020-02/26/content_75747237.htm)。

[3] 周牧之「オゾンパワーで新型コロナウイルス撲滅を」、In Japanese.China.org.cn、2020年3月19日(http://japanese.china.org.cn/business/txt/2020-03/19/content_75834590_2.htm)。

[4] 張躍氏は1988年に遠大科技集団(BROAD Group)を創業し、同社を世界最大手の非電力エアコンメーカーに育て上げた中国を代表とする企業家。2020年1月中旬から筆者が同氏とオゾンに関する議論をオンラインで日夜重ねてきた。

[5] 紫外線は波長によりUV-A(315~400nm)、UV-B(280~315nm)、UV-C (<280nm)に区分され、特に生物に強い害を与えるUV-Bの大部分とUV-Cのすべてがオゾン層によって吸収される。

[6] いまから約28億年前、地球上に原始的な植物(ランソウ類)が発生し光合成が始まった。光合成により大気中の酸素濃度が増加し、今から約4億年前にオゾン層が形成され、生物は水の保護なしで陸上生活ができるようになった。これについて詳しくは、秋元肇「フロンガスと成層圏オゾン」、日本化学会『化学と教育』、36巻6号、1988年12月20日、pp.554-557を参照。

[7] 「人間活動によって塩素原子や臭素原子を含有するオゾン層破壊物質が排出されているこれらの物質の多くは、非常に安定して反応性がなく、雨や海水にも溶解しないため、大気中の寿命が極めて長く、下層の対流圏大気中に蓄積する(大気中寿命の短いものは一部が大気中に蓄積する)。これらは非常にゆっくりではあるが大気の運動を通じて成層圏に輸送され、そこでオゾン層で遮蔽されない短波長の太陽紫外線によって分解され、反応性の高い物質に変換される。生じた反応性物質が、成層圏オゾンを連鎖反応により破壊する」。「第2部 特定物質等の大気中濃度」、環境省『平成30年度オゾン層等の監視結果に関する年次報告書』、2019年8月、p91より抜粋。

[8] 「一般的に、紫外線は波長が短いほど生物に対する有害作用が大きいが、UV-Cは大気圏上部の酸素分子及び成層圏のオゾンによって完全に吸収されてしまうため、オゾン量が多少減少しても地表面には到達せず、生物に対して問題にはならない。また、UV-A の照射量はオゾン量の変化の影響をほとんど受けない。UV-B については、最近の知見によれば、成層圏オゾンが1%減少した場合、特定の太陽高度角(23度)において、約1.5%増加するという結果が得られている。UV-B は、核酸などの重要な生体物質に損傷をもたらし、皮膚の老化や皮膚がん発症率の増加、さらに白内障発症率の増加、免疫抑制など人の健康に影響を与えるほか、陸域、水圏生態系に悪影響を及ぼすことが懸念される」。「第3部 太陽紫外線の状況」、環境省前掲報告書、p.139より抜粋。

[9] 米カリフォルニア大学ローランド教授とモリーナ博士により1974年、クロロフルオロカーボン(CFC)がオゾン層を破壊すると初めて指摘された。これを機にオゾン層保護の取組が進められ、1985 年には「オゾン層保護のためのウィーン条約」が、1987年には「オゾン層を破壊する物質に関するモントリオール議定書」が採択され、主要なオゾン層破壊物質の生産量・消費量が期限を定めて削減されてきた。2016年にはオゾン層破壊物質でないものの高い温室効果を有する代替フロン(HFC)が、段階的削減の対象物質に追加される改正が合意された。改正議定書は 2019年1月1日に発効した。オゾン層保護対策に関する国際的取り組みの経緯について詳しくは、「第4部 巻末資料 1-3. 国際的なオゾン層保護対策」、環境省前掲報告書、pp.188-192を参照。

[10] オゾン( ozone)は、3つの酸素原子からなる酸素の同素体で、分子式はO3。沸点は−111.9℃で、酸化力が強く、常温では特有の臭いを持つ無色の気体である。

[11] FDA以外にも、アメリカ政府は、オゾン暴露の基準または推奨濃度を定めている。アメリカ連邦環境保護庁(USEPA)のホームページに各基準をまとめた表が掲載されている。これについて詳しくは、「Ozone Generators that are Sold as Air Cleaners」、アメリカ連邦環境保護庁(USEPA)HP(https://www.epa.gov/indoor-air-quality-iaq/ozone-generators-are-sold-air-cleaners、最終閲覧日:2020年9月7日)を参照。

[12] オゾン許容濃度の勧告年度は1963年と古く、以来改定されていない。詳しくは、「許容濃度等の勧告」、日本産業衛生学会『産業衛生学雑誌』、61巻5号、2019年5月12日、p.172を参照。

[13] 中国国家衛生部(省)『臭氧発生器安全与衛生標准』、2011年12月30日。

[14] 産業革命以来の対流圏オゾンの増加は、特に南半球に比べて北半球の方が遙かに大きく、対流圏オゾンは北半球ではCH4を凌駕する第2の温室効果気体と成り得るまで増加してきたと報告されている。これについて詳しくは、秋元肇「気候変化と大気環境」、大気環境学会『大気環境学会誌』、44巻6号、2009年12月10日、p.398を参照。

[15] 過去100年間のうちにオゾン濃度が約10 ppbvから、約45ppbvまで増加しているとの報告がある。詳しくは、Alain Marenco, Hervé Gouget, Philippe Nédélec, Jean-Pierre Pagés, Fernand Karcher,“Evidence of a long-term in- crease in tropospheric ozone from Pic du Midi data series: Consequences: Positive radiative forcing”, in Journal of Geophysical Research , Vol.99, 20 Aug 1994, pp.16617-16632を参照。

[16] 太陽紫外線照射の変化やオゾンの大気中輸送メカニズムなどが原因で、緯度・経度や季節によってオゾン量は違う。これについて詳しくは、 環境省前掲報告書「第1部 オゾン層の状況」、pp9-13を参照。

[17] 対流圏自然界のオゾンに関してその役割をポジティブに捉える学術論文や論説は希少である。学術的ではないがエコデザイン株式会社HP(https://www.ecodesign-labo.jp/ozone/ozone/、最終閲覧日:2020年9月6日)に対流圏オゾンに関するポジティブな解説があり貴重である。

[18] 0.025ppm低濃度オゾン暴露によって、浮遊ウイルスの除去効果が認められた報告がある。これについて詳しくは、中室克彦、岡上晃、津田浩司「小型低濃度オゾン発生器による浮遊ウイルスの除去効果」、日本医療・環境オゾン学会『日本医療・環境オゾン学会会報』、22巻3号、2015年8月、pp.73-77を参照。また、ホウレンソウ、レタス、イチゴなどの野菜について、低濃度オゾンによる殺菌・防カビ効果が報告されている。これについて詳しくは、池田彰、河相好孝、江崎謙治、中山繁樹「低濃度オゾンによる低温貯蔵時の野菜の殺菌」、日本生物環境工学会『植物工場学会誌』、10巻4号、1998年12月1日、pp.237-242を参照。

[19] インフルエンザウイルスの流行と季節の関係は相対湿度よりも絶対湿度が相関するとの報告がある。詳しくは、庄司眞「季節とインフルエンザの流行」、国立保健医療科学院『公衆衛生研究』、Vol.48(4)、1999年12月、pp.282-290を参照。また、インフルエンザウイルスの感染率や生存率についての実験結果から、絶対湿度が低いとき、インフルエンザウイルスの生存期間は延長し、感染率が上昇するとの報告もある。詳しくは、Jeffrey Shaman, Melvin Kohn,“Absolute humidity modulates influenza survival, transmission, and seasonality”, in Proc Natl Acad Sci USA, Vol.106, 10 Mar 2009, pp.3243-3248を参照。

[20] オゾンは湿度の影響を受けやすく、低湿度環境下で除染効果率(除染能)が低下するとの報告がある。詳しくは、Miei Sakurai, Ryoji Takahashi, Sakae Fukunaga, Shigefumi Shiomi, Koji Kazuma, Hideharu Shintani,“Several Factors Affecting Ozone Gas Sterilization”,in Biocontrol Science, Vol.8(2), 10 Jun 2003, pp.69-76を参照。

[21] インフルエンザは「北半球では12-3月、南半球では6-9月頃に流行がピークとなる。赤道周辺では明瞭なピークを形成せず、通年性に発生する」、川名明彦「インフルエンザ(季節性)」(2019年7月23日)、日本感染症学会HP(http://www.kansensho.or.jp/ref/d04.html、最終閲覧日:2020年9月6日)。

[22] オゾン全量とは、地表から大気上端までの鉛直気柱に含まれるすべてのオゾンを積算した総量のことで、単位のm atm-cm(ミリアトムセンチメートル)は、その総量を仮に0℃、1気圧の地表に集めたときの厚さを表す。

[23] 気象庁オゾン観測点のデータについて詳しくは、「オゾン層に関するデータ」、気象庁HP(https://www.data.jma.go.jp/gmd/env/ozonehp/info_ozone.html、最終閲覧日:2020年9月7日)を参照。

[24] オゾン量の地球規模の分布について詳しくは、「第1部 オゾン層の状況」、環境省前掲報告書、p.11を参照。

[25] オゾンの半減期は、温度の他に、相対湿度、気流にも依存すると報告されている。詳しくは、「気体オゾンの自己分解速度実測値」、関西オゾン技術研究会『技術ノート』、No.17、2012年7月8日、pp.1-4を参照。

[26] オゾンガスを用いた室内環境除染について、相対湿度の上昇に伴い殺滅対象となるウイルスの死滅率が高まるという報告がある。詳しくは、佐藤浩、渡辺洋二、宮田博規「オゾンによる実験動物ウイルスの不活化」、日本実験動物学会『Experimental Animals』39巻2号、1990年4月1日、pp.223-229を参照。

[27] 李澤琳教授が行ったオゾンによるSARSウイルスの不活化実験について詳しくは、『北京日報』、2003年11月6日付記事を参照。

[28]「新型コロナウイルスの遺伝子はSARSコロナウイルスの遺伝子と相同性が高い(約80%程度)」、松浦善治、神谷亘「新型コロナウイルス感染症について」(2020年2月10日)、日本ウイルス学会HP(http://jsv.umin.jp/news/news200210.html、最終閲覧日:2020年9月6日)。

[29] オゾン濃度は季節性があり、また、高度、気象、観測点近くの地形によって大きく左右されることが報告されている。マウナロワ(ハワイ)、アロサ(スイス)、ロンドン、東京のオゾン濃度比較を行い、マウナロワやアロサに比べ、ロンドン、東京のオゾン濃度が低いことを示した調査報告がある。なお、都市部においては、自動車排気ガスのなどの影響により局部的にオゾン濃度が高い地域が発生する。これについて詳しくは、川村清「大気オゾンの生成機構, 地表面のオゾン濃度とその測定方法」、日本ゴム協会『日本ゴム協会誌』、40巻4号、1967年4月15日、pp.262-269を参照。

[30] 「3つの密(3密)」とは2020年3月、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大期に集団感染防止のため厚生労働省クラスター対策班が掲げた標語。密閉・密集・密接を避けることを、日本政府は新型コロナウイルス感染拡大の予防策として掲げた。

[31] 武漢青山方艙病院と武漢楠姆方艙病院に、寄付および購入された遠大科技集団のオゾン発生機能付き空気清浄機は合わせてTB100(オゾン発生能力1g/h/台)が22台、TA2000(オゾン発生能力7g/h/台)が35台、TD5000(オゾン発生能力14g/h/台)が12台であった。

[32] 遠大科技集団の担当責任者へのヒアリングによる。

[33] 上野旅館組合の渡辺定利組合長は、コロナ禍でホテル業界が集客困難という大打撃を受けている中で、オゾンによる新型コロナウイルス対策に活路を見出したいとして筆者に協力を求めた。2020年9月1日の講演会はこの流れの一環として開催された。講演会の様子は同9月20日『台東区民新聞』1面参照。その後ホテル業界関係者へのオゾン普及の講演会は3度に渡って開かれた。

[34] 「矢野・笠原実験」について詳しくは、奈良県立医科大学プレスリリース(http://www.naramed-u.ac.jp/university/kenkyu-sangakukan/oshirase/r2nendo/documents/press_2.pdf 、最終閲覧日:2020年9月6日)を参照。

[35] 「村田実験」について詳しくは、奈良県立医科大学プレスリリース(https://www.fujita-hu.ac.jp/news/j93sdv0000007394.html、最終閲覧日:2020年9月6日)を参照。

[36] 「村田実験」がオゾンの濃度を0.05ppm〜0.1ppmとしたのは、恐らく日本産業衛生学会が産業環境基準のオゾン許容濃度を0.1ppmと規定しているのを意識してのことであろう。Withコロナ時代に鑑み、オゾンの新型コロナウイルスに対する不活化力を一層高めるため、こうした基準もある程度緩和することが肝要であろう。

[37] アメリカの2B Technologies社のオゾンセンサーは精度が高いものの、高価である。例えば、同社製品の紫外線吸収式オゾンモニターPOM、紫外線吸収式オゾン計 Model 106-Hの日本販売価格は、各々1,120,000 円と960,000 円である。オゾン利用の普及には適さない価格となっている。


周牧之「オゾン利用で新型コロナウイルス対策を」、『東京経大学会誌 経済学』 307号、2020年12月2日