【フォーラム】北京、上海、深圳がトップ3 中国都市総合発展指標2018が北京にて発表

 中国国家発展改革委員会発展計画司と雲河都市研究院が主催する「中国都市総合発展指標2018フォーラム」が2018年12月27日、北京市で開催された。会議では中国都市総合発展指標2018報告書が発表された。報告書は環境・社会・経済という3つの軸から、中国のすべての地級市以上の都市(298都市)を評価した。
 同報告書は中国国家発展改革委員会発展計画司と雲河都市研究院が共同作成。2016年の「メガロポリス発展戦略」、2017年の「中心都市発展戦略」というテーマに続き、2018年の報告書は「大都市圏発展戦略」に焦点を絞った。中国の大都市圏の発展の現状、直面している課題を整理し、論じた。

 


<中国都市総合発展指標2018> 都市ランキング発表


中国都市総合発展指標2018総合ランキング
中国都市総合発展指標2018総合ランキング

 報告書によると、〈中国都市総合発展指標2018〉総合ランキングでは、昨年同様、北京、上海、深圳がトップ3となった。4−10位は広州、天津、杭州、重慶、成都、南京、武漢となった。

中国都市総合発展指標2018環境ランキング
中国都市総合発展指標2018環境ランキング

 「環境」大項目のトップ3は、これも昨年同様に深圳、三亜、海口。4−10位は普洱、北京、アモイ、広州、上海、福州、重慶となった。北京はPM2.5の状況改善により順位を上げた。

中国都市総合発展指標2018社会ランキング
中国都市総合発展指標2018社会ランキング

 「社会」大項目のトップ3は、やはり昨年同様北京、上海、広州。4−10位は杭州、天津、重慶、成都、深圳、武漢、南京であった。

中国都市総合発展指標2018経済ランキング
中国都市総合発展指標2018経済ランキング

 「経済」大項目のトップ3も昨年同様で、上海、北京、深圳となった。4−10位は広州、天津、蘇州、成都、杭州、重慶、武漢であった。

 

各機能が高度に大都市に集中


 中国都市総合発展指標専門家委員長の周牧之東京経済大学教授は、報告書を発表するにあたり「各指標を総合的に見ると、中国では、各種機能が大都市に高度に集中する傾向があり、都市の二極化が非常に顕著だ」と指摘した。
 GDP規模で見ると、上位30都市が全国GDPに占める比率は42.5%となっている。メインボード上場企業数を見ると、上位30都市が全国に占める比率は69.7%で、うち上位3都市は全国の39.6%を占めている。製造業輻射力を見ると、上位30都市の貨物輸出が全国に占める比率は74.9%に達している。空港利便性を見ると、上位30都市の旅客取扱量は81.3%にのぼる。コンテナ港利便性を見ると、上位30都市のコンテナ取扱量は97.8%に達した。高等教育輻射力を見ると、上位30都市の“211大学”・“985大学”(中国トップ校)の数は全国の92.8%をも占めている。医療輻射力を見ると、上位30都市の“三甲病院”(トップ級病院)の数は全国の約50.2%にのぼる。

 

中国都市発展の質的向上のキーはDID


 報告書の大きな特色の一つは、「人口集中地区(DID)」という概念を導入し、中国都市発展の質を分析した。報告書は人口が1平方キロメートル当たり5000人以上の地区をDIDと定義し、DID人口と主要指標との相関関係を分析した。その結果、DID人口と都市発展の活力及び品質の間に、極めて高い関連性があることを確認した。
 周牧之氏は「中国では人口規模・密度が都市の環境及びインフラに及ぼす負荷を過度に強調しており、高密度人口が都市発展活力の重要な基礎であるとの認識に欠けている。中国は今後この誤った認識を正し、DIDの規模と質の向上を通じて都市の活力を高めるべきだ」と指摘した。

 

中国では人口の都市化より都市エリアの拡張が速い


 周牧之氏は「中国経済の真の大発展は21世紀以降に起きた。その大発展を促した2つの原動力は、WTO加盟後の国際貿易と都市化だ」と述べた。
 報告書は2000−16年の中国都市化の重要指標を分析した。分析によると、この期間に中国の実質GDPは約4.3倍に、都市部市街地面積は約2.8倍に膨らんだ。しかし、DID人口は僅か20%しか増加しなかった。周牧之氏は「土地の都市化のスピードが人口の都市化のそれをはるかに上回っていた」と説明した。
 またこの期間中、中国の一人当たり実質GDPが約3.9倍になった。GDP単位あたりのエネルギー消費量は40%減少し、GDP単位あたりのCO2排出量は30%減少した。しかし1人あたりのエネルギー消費量が大幅に増加し、1人あたりの電力消費量は4.3倍になった。その結果、CO2排出量が約3.1倍に激増し、中国は世界最大のCO2排出国になった。周牧之氏は「中国は経済発展と都市建設のクオリティを高める必要がある」と指摘した。

 

北京 VS 東京


 報告書は人口、GDP、CO2排出量、PM2.5など指標について、東アジア2大都市圏である北京都市圏(北京)と東京都市圏(東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県)を比較分析した。それによると、北京市の面積は東京都市圏の約1.2倍であるが、常住人口とDID人口はいずれも東京都市圏の約60%に留まる。北京のGDP規模は東京都市圏の3割程度で、1人あたりGDPも半分前後となっている。しかし北京のGDPあたりエネルギー消費量は東京都の7.4倍で、単位当たりGDPのCO2排出量は東京都市圏の4.7倍となっている。その結果、人口とGDPの規模で東京都市圏を大きく下回る北京だが、CO2排出量はその1.2倍となっている。
 周牧之氏は「東京都市圏と比べると、北京は都市圏発展戦略の実施を通じ、DID空間構造、経済構造、ライフスタイルを改善し、資源効率を高めるべきである」と話した。

 

中国の都市を理解する枠組み


 上海浦東新区管理委員会で初の主任を務めた中国国務院新聞弁公室元主任の趙啓正氏はフォーラムへのメッセージの中で、「報告書は都市を理解する新たな理念と枠組みを提供した。これは中国の市長にとって極めて役立つ参考書だ」と指摘した。
 趙啓正氏はまたメッセージの中で、人の健康を多くの重要指標で測るのと同じように、都市という「大きな体」も指標で測るべきだとした。
 趙啓正氏はまた、「今日の中国都市建設は、中国都市総合発展指標が提供する理念、合理性と総合性の枠組みを必要としている。これは時代の呼び声だ」と述べた。
 中国都市総合発展指標専門家委員会の首席専門家、中国共産党中央財経領導小組弁公室元副主任の楊偉民氏がフォーラムに出席した。楊偉民氏は、「報告書は環境・社会・経済という3つの軸から都市の発展を評価し、どの都市が比較的健康で、どの都市がどういった問題を抱えているかが分かる。その意味では指標は、都市の進むべきディレクションを示した」と述べた。
 北京大学教授の周其仁氏、中国国土資源部(省)元副部長の胡存智氏、中国統計局元局長の邱暁華氏中国国家戦略新興産業発展委員会秘書長の杜平氏中米グリーンファンド会長の徐林氏国家統計局社会科学技術文化産業司司長の張仲梁氏中国国家発展改革委員会発展計画司副司長の周南氏など、都市問題専門家及びメディア関係者50人以上がフォーラムに出席した。

 中国都市総合発展指標の2016年版と2017年版の日本語版は、すでに各々中国都市ランキングー中国都市総合発展指標中国都市ランキング2017―中心都市発展戦略のタイトルで、NTT出版から刊行された。


「中国網日本語版(チャイナネット)」2018年12月30日

【メインレポート】周牧之:中心都市発展戦略

周牧之 東京経済大学教授

1. メガシティ時代


 1980年以降、世界で大都市の人口は爆発的に増大した。1980年から2015年の35年間で、世界の都市人口は、中国の人口に当たる12.7億人増えた。この間、人口が100万人以上増えた都市は世界で274にも上った。なかでも人口が250万人以上増えた都市は92に達し、500万人以上増えた都市は35となり、さらに1,000万人以上増えた都市は11もある(図1を参照)。

図1 都市人口が250万人以上増加した世界の都市(1980−2015年)
出典:国連経済社会局編『世界都市化予測2014(World Urbanization Prospects: The 2014 Revision)』および『世界人口予測2015改訂版(World Population Prospects: 2015 Revision)』より作成。

 注目すべきは、上記92都市における人口の増加分が5億人に達し、同時期、世界の都市人口増加数の約40%をも占めたことだ。こうした数字からうかがえるのは、世界が急激な大都市化、メガシティ化の時代に入ったということだ。

 大都市化、メガシティ化に火をつけたのはグローバリゼーションである。大都市は世界中から人材、企業、資金を引き寄せ、急激に膨張し、地域、国家ないしは世界経済を引っぱり、それを変貌させている。

 閉鎖的な産業構造で成り立つ伝統的な国民経済体制は、一般的には内包的なサプライチェーンを持って営まれていた。急激に進むグローバリゼーションは、このような局面を打ち崩した。

 グローバリゼーションを推し進める最大の原動力は情報革命である。情報革命とは、半導体技術とインターネット技術によって起爆した知識経済の発展を指す。

 情報技術の発展はIT産業を世界経済のリーディング産業に仕立てただけではなく、同時にIT技術はその他の領域にまで浸透し、学術専門領域間の、そして産業技術間の融合を促し、多くの産業を知識集約型のものに変貌させた。

 2001年から2016年までの15年間で、世界の実質GDPは1.5倍に拡大したのに対して、情報・通信サービス業の付加価値額[1]と知識・技術集約型産業[2]の付加価値額はそれぞれ2.1倍と2.3倍に拡大した。IT産業と知識集約型産業が世界経済を牽引していることが見て取れる。

 さらに情報革命は、国民経済の中に閉じこもっていたサプライチェーン、技術チェーン、資金チェーンをグローバル的に再構築した。輸送革命は、こうした生産活動の地理的な再構築を可能にした。

 輸送革命とは、大型ジェット機に代表される高速航空輸送システムと、大型コンテナ船に代表される大規模海運システムの発展を指す。輸送革命は、国際間における人的往来と物流の利便性およびスピードを高めただけでなく、そのコストも大幅に低下させ、グローバリゼーションを促す一大原動力となった。

 1980年から2016年まで世界の実質GDPは6.8倍となった。同時期に世界の港湾コンテナ取扱量[3]は18.9倍に拡大し(図2、図3、図4を参照)、世界の国際旅客数も4.4倍となった。国際間における人的往来や物流の急激な拡大は、世界経済の発展を促した。

図2 各主要国コンテナ取扱量(2016年)
出典:世界銀行(World Bank Open Data)、国際港湾協会(IAPH)『国際コンテナ年鑑(Containerisation International Yearbook)』、国連貿易開発会議(UNCTAD)『世界海運報告(Review of Maritime Transport)』および『Lloyd’s List & Containerisation International(CI-Online)』より作成。
図3 コンテナ取扱量トップ20カ国・地域(2016年) 図4 コンテナ取扱量純増トップ20カ国・地域(1980-2016年)
出典:世界銀行(World Bank Open Data)、国際港湾協会(IAPH)『国際コンテナ年鑑(Containerisation International Yearbook)』、国連貿易開発会議(UNCTAD)『世界海運報告(Review of Maritime Transport)』および『Lloyd’s List & Containerisation International(CI-Online)』より作成。

 1980年代以降、情報革命と輸送革命は凄まじい勢いで産業活動のグローバルな展開を推し進めた。

 学問領域、業界領域そして国境を超えた産業活動の再構築は、イノベーションと創業などの形で行われている。これにより新興産業、新興企業は猛烈に成長し、1980年代以降の世界経済の繁栄を主導した。こうしたなかで旧来型の国民経済は崩れ始めている。交流交易をベースにした経済活動の再構築は、世界経済を急激に変貌させている。大都市は交易交流経済のハブとなって世界経済の新しい主体として台頭してきた。

 もちろん、交易交流経済を推進する関連制度の確立と変革も、グローバリゼーションを後押ししている。もし1995年の世界貿易機関(WTO)設立以前の国際貿易体系を、グローバリゼーションの1.0バージョンとするなら、WTOの時代はグローバリゼーション2.0だと言えよう。

 WTOは交易交流経済を積極的に押し進め、中国の発展に大きく貢献した。中国は2001年にWTOに加盟したことを契機に、一躍「世界の工場」に、そして世界で最大の貿易国となり、中国の沿海都市も爆発的発展を見せた。

 オバマ政権時代のアメリカは環太平洋パートナーシップ協定(Trans-Pacific Partnership Agreement:TPP)を推進した。TPPはWTOと比べ、知的所有権の強化とサービス業、そして金融業の開放をさらに重視し、ISDS条項をもって企業権益保護を図ることを特徴とする。その意味ではグローバリゼーション2.1と言えよう。オバマ政権はTPPを通して、アメリカの知識産業、サービス業、金融業などの領域で優位性を強化しようと目論んだ。

 日本も目下、工業製品輸出大国から投資大国、知的所有権輸出大国へと転換をはかろうとしている。また、実際にこれらの領域で、すでに大きな収益を上げている。日米両国はこの点、利益が一致しており、TPPの提唱者となった。

 グローバリゼーション2.0時代、とりわけ中国がWTOに加盟してから、工業生産メカニズムと分布の世界的なパラダイムシフトが起こった。そうした中で、アメリカの産業資本はより高い利益を得たものの、国内の伝統的な工業地帯は工場倒産や労働者の失業など厳しい状況に陥った。グローバリゼーション2.0はアメリカを受益者と被害者という二つの集団に分け、その分裂を引き起こした。都市の角度から見ると、前者は沿海部の大都市に集中し、後者の大半はさびれた古い工業地帯と内陸部の中小都市に集中している。2016年のアメリカ大統領選挙で、民主党のヒラリー・クリントン候補を支持したのは前者であり、これに対して、共和党のドナルド・トランプ候補を支持したのは後者であった。

 2016年のアメリカ大統領選挙は、グローバリゼーション2.0の受益者と被害者との間の、言い換えれば、沿海大都市と内陸部中小都市の間の政治経済的利益の争奪戦であったと言っても過言ではない。これは、トランプ氏がいくら醜聞や失言を繰り返しても、その支持基盤が揺らがなかった原因でもある。グローバリゼーションによるパラダイムシフトや大都市のストロー効果で、古い工業地帯や内陸部中小都市および農村地域が資本、人材そして活力を吸い取られ苦しめられて久しい。それらの地域で蓄積された不満の大爆発がトランプ氏の勝利につながった。

 2016年には、もう一つ世界を驚かせる出来事があった。それはイギリスが6月23日に行った国民投票で欧州連合(EU)からの離脱を決めたことである。この投票もまたメガシティのロンドンと地方中小都市との対峙が背景にあった。結果、「EU残留」派の大ロンドン地区は、「脱EU」派として不満をぶつけた広大な中小都市および農村地域に敗れた。

 2017年1月23日、トランプ氏がアメリカ大統領となった当日に発令したのが、アメリカのTPP正式離脱であった。トランプ氏は関税と貿易障壁に焦点を当てるTPPを退け、法人税率を大幅に下げてグローバリゼーションを一気に3.0にバージョンアップさせた[4]。これによってアメリカは再び産業資本の新天地となり、事業のアメリカ回帰の流れが出来上がった。

 トランプ大統領は関税と貿易障壁を限りなく低くすることも忘れなかった。このために中国との貿易戦争をも辞さない姿勢を見せている。さらに、国内法人税まで下げることにより、企業が産業活動をより展開しやすくする環境作りに向けて、国際競争をしかけた。企業家出身のトランプ大統領は恐らく、企業活動にとってより低い関税と貿易障壁、より低い国内法人税率、そしてより少ない政府関与を目指しているのであろう。「アメリカ第一」を叫ぶトランプ大統領が結果的にグローバリゼーションを深化させ、加速させたことは、いかにも面白い現象である。

 グローバリゼーションはこれからも失速することなく、さらに加速していくであろう。

 猛烈に進展する交流交易は、大都市化とメガシティ化を促す。巨大都市は世界中から人口、企業、資金を大量に吸い上げると同時に、各国内部の社会経済構造の変革をも誘発する。大都市は世界変革の主役として膨張し続けていく。

 大都市の膨張には、以下の要因が考えられる。

(1)交流交易経済における優位性

 航空、海運、インターネットに代表される人的、物流、情報、金融などグローバルネットワークが高速化し拡大する中で、世界にまたがるサプライチェーンの構築がますます活発化してきた。交流交易経済には港を持つ沿海都市と、行政中心都市が優位である。

 世界史を振り返ると、まず大航海が臨海都市の発展を始動した。その後、そもそも海運の基礎の上で成り立った産業革命は、原材料生産、工業製品生産、そして販売などのプロセスを世界に分担させた。それによって、大陸経済の主導的地位はくつがえされ、産業と人口の臨海港湾都市への集中を引き起こした。数多くの臨海都市は貿易港や工業港を基礎に、すさまじい発展を遂げた。ニューヨーク、ロンドン、東京は、これらの典型である。1980年代以来のグローバリゼーションはさらに人材、企業、情報、資金を臨海都市へと集約させ、たくさんの都市を膨張させた。

 もちろん、今日の臨海大都市の「港」は、もはや狭義の海運港のみを指すものではなくなった。例えばロンドンやサンフランシスコなど先進国の臨海都市は、港湾機能のすでに半分以上を失っている。しかしながら港町としての開放性と寛容性とで、これらの都市はグローバル時代における経済、情報、科学技術、文化芸術の「交流港」として成功を収め、交流交易経済発展の新しいモデルを立ち上げている。こうしたことから見てとれるのは、開放性と寛容性こそが、交流交易経済発展の最も根本的な条件であるということだろう。

 この点では、臨海都市と同じように、首都に代表される行政中心都市の巨大化の要因も、国家あるいは地域の政治経済文化センターが持つ開放性と寛容性にある。そして行政中心都市の巨大化のもう一つの原因は、政治、経済、文化、交通、情報などのセンター機能が持つ威力である。

 世界に29ある人口1,000万人以上のメガシティの分布を見ると、うち19都市が沿海都市であり、8都市が内陸部に立地する首都であり、2都市が内陸部の地域中心都市である。これはまさしく上記の分析に合致する。

(2)大都市の吸引力の拡大

 いわゆるストロー効果とは都市が外部から人口、企業、資金などを吸い取る現象を指す。人的交流、物流、情報、金融などのネットワークが加速かつ拡大するなか、ネットワーク中枢都市のパワーは絶え間なく増強されることで起こる。ますますパワーアップする中枢機能は、大都市の吸引力を強化し、巨大なストロー効果をもたらす。

 大都市の吸引力拡大のもう一つの原因は、知識経済とサービス経済の属性によるものである。1980年以降、急激に発展した知識経済とサービス経済は、寛容性と多様性のある社会環境と、一定の人口規模、人口密度を必要とした。これが中心都市と沿海都市が、知識経済とサービス経済の発展を主導する所以である。経済発展はこれら都市に人口をさらに呼び寄せ、その規模と密度をますます上げる良い循環を生む。

 知識経済とサービス経済は巨大なエンジンとなって、急速な大都市化、メガシティ化を推し進めている。

(3)都市積載力の向上

 インフラ整備水準とマネジメント能力アップにより、都市は人口とその密度に対する積載力を向上させてきた。東京大都市圏を例にすると、1950年前後に1,000万人口を超えた同大都市圏は、環境汚染、交通渋滞、住宅逼迫、インフラ不足などの大都市病にあえぎ、厳しい「過密」問題に見舞われていた。これを受けて政府は人口と産業の東京への集中と集約を阻止する一連の政策措置を講じ、一度は遷都さえ企図されるに至った。しかしその後、インフラ水準とマネジメント能力の向上により、都市の積載力が大幅に改善され、今では東京大都市圏の人口規模は3,800万人に達したものの、「大都市病」はおおむね解消されている。

 この東京にみられるような都市積載力の向上が、世界各国においても巨大都市の一層の膨張を可能にした。

 本レポートでは上記の大都市を膨張させた三大要因を踏まえ、世界最大規模の大都市圏たる東京都市圏を事例に、多様なセンター機能が集まる中心都市が、いかなるプロセスを経て、膨張し、そして大規模高密度都市社会を成功裏に構築できたかを検証してみる。

 

2. 東京大都市圏の経験


 東京大都市圏は東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県の一都三県から構成される。13,562 km2の土地に、東京、横浜、川崎、さいたまの4つの100万人口を超える大都市と数多くの中小都市が密集している[5]。東京大都市圏は世界で最も早くメガシティとなった都市圏の一つで、今日その人口規模は3,800万人に達し、世界で最大の都市圏となった(図5を参照)。東京大都市圏は国土面積の3.6%で日本のGDPの32.3%を稼ぎ出し、政府機関、文化施設、企業本社、金融機関が集中して立地する名実共に日本の政治経済文化の中心である。それだけにとどまらず、東京は世界に名だたる国際都市でもあり、『世界の都市総合ランキング』[6]ではロンドン、ニューヨークに次ぐ第3位のグローバルシティとなっている。

 本レポートでは雲河都市研究院の〈アジア都市総合発展指標2017〉の研究から、東京大都市圏の成功経験は以下の4つの特徴にまとめられる。

図5 東京大都市圏DID分析図
出典:雲河都市研究院「アジア都市総合発展指標2017」より作成。以下、図12まで同様。
注:〈中国都市発展指標2016〉では、日本のDID基準を用い、4,000人/k㎡以上の連なった地区をDIDとして中日両国でDID比較分析を行った。〈中国都市総合発展指標2017〉では、OECD基準を使用し、5,000人/k㎡以上の地区をDIDと定義している。本書では、この新しい基準を用い、中国、日本、および世界の地域を対象にDID分析を行っている。

(1)多様なセンター機能の相互補完

 東京大都市圏は、最も多様なセンター機能を持つグローバルシティである。

 政治行政面では、東京には皇居、国会議事堂、および各中央省庁が高度に集中している。

 大手町、丸の内などの地区には、さらに企業の本社機能が高密度で集積し、58.2%の日本上場企業の本店が、東京大都市圏に立地している。

 同大都市圏はまた、京浜、京葉に代表される世界最大級の臨海工業地帯を持ち、その周辺にすさまじい数の部品企業が林立している。図6が示すように、京浜工業地帯のある神奈川県の貨物輸出額は全国第4位で、京葉工業地帯のある千葉県は同第5位、東京は同第16位となっている。日本の製造業輸出に占める東京大都市圏の割合は29.5%に達し、全国の3分の1弱に当たる。


図6 貨物輸出額広域分析図

 金融センターとしては、東京は日本最大の証券取引所があるだけでなく、金融機関本社機能の大集積地でもある。図7が示すように、金融業輻射力の分析では、47都道府県[6]の中で東京の輻射力があまりにも強いことから、東京以外の地域の同輻射力偏差値指数は全部50(平均値)以下になった。日本の金融機能は極めて高度に東京に集中している。

図7 金融業輻射力広域分析図

 東京大都市圏には、225の大学があり、図8が示すように、47都道府県の中で、大学生数は東京がダントツで第1位、神奈川、埼玉、千葉の3県がそれぞれ第3位、第6位、第9位となっている。その結果、東京大都市圏の大学の教員数と学生数は、それぞれ全国の35.2%、40.8%を占めている。

図8 大学生数広域分析図

 科学技術輻射力を見ると、図9が示すように、東京大都市圏はこれも独り勝ちである。47都道府県で科学技術輻射力指数が偏差値の平均値以上である5カ所のうち、2カ所が同大都市圏にあり、それは東京都と神奈川県である。東京大都市圏には日本の59.8%の研究開発経費と68.7%の研究開発要員が集中し、60.6%の特許を作り出している。

図9 科学技術輻射力広域分析図

 日本は戦後、一貫して「製造業立国」を旗印にしてきた。しかし近年、「観光立国」を国策として推進し、海外旅行客数が上昇しつづけている[7]。急速に増大する外国人旅行客が、東京大都市圏に集中して来訪する現象が露わになっている。図10が示すように、47都道府県の中で10カ所が海外からの宿泊客数偏差値指数が平均値以上となっている、東京の一人勝ちだけではなく、千葉、神奈川両県も第6位と第9位となっている。全国の外国人宿泊者数に占める東京大都市圏の割合は35.6%にも上る。

図10 海外からの宿泊者数広域分析図

 IT産業は交流交易経済の代表格である。海外との盛んな交流で世界都市になった東京は、IT産業を花開かせた。図11は、東京都が強大なIT産業輻射力を持つことを示している。47都道府県でわずか3つの地域が、IT産業輻射力偏差値指数を平均値以上とした。偏差値の高さは東京が際立っている。東京大都市圏では神奈川県のIT産業輻射力も平均値以上で、第3位となった。IT産業は情報社会時代における東京大都市圏の発展を牽引している。

図11 IT産業輻射力広域分析図

 強力な交通中枢機能、多様なセンター機能を持ち、次々と生まれる新産業が強い牽引力となり、東京大都市圏は常に日本の発展センターと位置付けられてきた。図12が示すように47都道府県のGDP偏差値で見ると、12地域が平均値以上となっている。東京都の偏差値が他地域を大きく引き離すと同時に、神奈川、埼玉、千葉の3県も、それぞれ第4位、第5位、第6位となった。東京大都市圏は全国GDPの3分の1を稼ぎ出している。

図12 GDP広域分析図

(2)東京湾の役割

 港湾条件に秀でた東京湾は戦後、東京大都市圏の大発展に大きく作用した。

 第二次世界大戦後、平和な国際環境を利用し、日本は国際資源と国際市場を前提とした臨海工業を推進した。とりわけ東京湾の両翼に京浜、京葉の両大型臨海工業地帯を作ったことが功を奏した。

 原油、鉄鉱石など廉価で良質な世界資源を利用し、世界市場に大規模な輸出攻勢をかけた京浜、京葉の両工業地帯は、臨海型工業のメリットを極限まで発揮させた。東京湾は、一躍世界で最大規模を誇る新鋭輸出工業基地となり、戦後日本の経済復興と高度経済成長を牽引し、日本を世界第2位の経済大国へと押し上げた。

 今日、東京大都市圏の経済主体はすでにサービス業や知識産業に移っているものの、東京湾エリアの貨物輸出量[8]は依然として日本全国の30%近くを占めている。

 輸出工業の急速発展は都市化を起爆し、ベイエリアおよびその後背地では人口が急激に膨張し、東京、横浜、川﨑、さいたまなど100万人を超える大都市がコアとなって東京大都市圏の形成を促した。

 注目に値するのは、ベイエリアの港湾群が臨海工業地帯の発展を支えただけでなく、世界から大量のエネルギー、生活物資、そして食料品を輸入し、膨張し続ける大都市圏の人口規模、そして人々の生活レベル向上のニーズに応えた点である。

 現在、東京湾の貨物輸入量[9]は全国の40%を占めている。臨海型大都市圏に人口を集積させることで、日本は世界資源を効率的かつ存分に利用することができた。

 東京湾における大規模な埋め立て地は、東京大都市圏の空間発展の重要な特徴の一つである。1868年以来、合わせて252.9 km2の埋め立て地が作られ、その大半が戦後に行われた。

 埋め立て地は、大型臨海工業地帯を形作っただけでなく、港湾、空港など交通ハブの建設や、中心業務地区(CBD:central business district)、国際会議場、海浜公園、大型モール、住宅などの大規模開発に、広大な空間を与えた。2020年の東京オリンピック関連施設の多くも、東京湾埋め立て地に建設される。

 図5-13が示したように、埋め立て地は、工業経済からサービス経済、そして知識経済まで、それぞれの時代の要請に応え、新たな都市空間の展開を可能にした。東京大都市圏の空間上の大きな特徴の一つは、埋め立て地にこうした展開を求めたことである。

図13 東京湾臨海部土地利用分布と大型施設の集客状況
出典:(一財)日本開発構想研究所の研究に基づき、雲河都市研究院が最新データをアップデートした。

(3)広域インフラ整備によるセンター機能の拡大

 他の都市ないしは世界につながる港、空港、新幹線、高速道路など広域インフラ設備は、東京のセンター機能効果を高めた。

 戦後、日本は広域インフラ整備の推進を通して、飛躍的成長を実現させた。1964年の東京オリンピックをきっかけに、日本は広域インフラ整備を加速させた。

 新幹線を例にすると、この高速旅客専用鉄道のコンセプトは日本が発明したものである。過去、世界各国の旅客列車は貨物列車も通る同一線路の上を走っていた。ゆえにスピードには限界があった。1964年、東京オリンピック開催前夜、日本は世界初の新幹線を開通させた。東京から名古屋、大阪までの三大都市圏を貫く新幹線は、大小都市を緊密に結び、太平洋メガロポリス(東海道メガロポリスとも言う)を形作った。

 特に注目に値するのは、太平洋メガロポリスの三大都市圏を連結する高速大動脈が、まず新幹線であったことである。三大都市圏を貫く高速道路は、東京オリンピック開催5年後の1969年にようやく開通した。これに対して、ボストン、ニューヨーク、フィラデルフィア、ボルチモア、ワシントンD.C.からなるアメリカ北東部大西洋沿岸メガロポリスはいまだに高速道路に依存している。

 オリンピック後も広域インフラ整備はさらに続いた。1965年には日本全国の高速道路はわずか190 kmで、新幹線も515 kmしかなかった。2,000 m以上の滑走路を持つ空港はたった5つに過ぎなかった。それに対して今日では、高速道路と新幹線はそれぞれ10,492 kmと2,624 kmに達した。2,000 m以上の滑走路を持つ空港は全国66カ所に増えた。

 こうした大規模な広域インフラ整備は、日本国土を高速で便利なネットワークで結んだ。その結果、東京のセンター機能は一層強化された。

 再び新幹線を例にとると、東京駅、東京都内の新幹線駅(3駅)、および東京大都市圏内(7駅)での乗降客数は、全国新幹線乗降客総数に占める割合が各々24.2%、30.5%、39%に達している。つまり、全国新幹線乗降客数の8割近くが、東京大都市圏とその他都市とを往来する客で占められている。これは新幹線の最も重要な役割が、東京大都市圏とその他の都市との往来であることを意味する。言い換えれば、新幹線は地方都市の人々が東京のセンター機能を利用するにあたり大きな利便性を提供している。

 新幹線が航空輸送と最も異なることは、各都市の中心部を直接つないでいる点にある。これは大変に重視すべき特徴である。東京駅を例にすると、5路線の新幹線に毎日平均17.5万人が乗り降りしている。東京駅をつなぐ15路線の電車や地下鉄を、毎日平均83.2万人もの乗降客が利用している。

 このような新幹線と都市鉄道のスムーズな連結が東京と地方の移動の利便性をさらに高め、両者の人的往来を促した。結果、当然、東京のセンター機能が強化され、人口と経済とがなお一層東京に集中した。

 新幹線開通の翌年1965年には、東京大都市圏の人口は2,102万人になり、当時、全国の人口とGDPに占める割合はそれぞれ21.2%、28%となった。半世紀後の2015年、東京大都市圏の人口は3,800万人に達し、全国の人口とGDPに占める割合は、29.9%と32.3%に達した。1972年に田中角栄首相が提唱した「列島改造論」に代表されるように、日本政府は数十年来、国を挙げて地方経済を盛り立て、人口と経済の東京集中阻止を図ろうとした。にもかかわらず、結果として、東京の一極集中現象はますます進んだ。新幹線の影響もそのことの一因だったと思われる。

 新幹線に続いて、日本は目下、東京と名古屋そして近畿三大都市圏をつなぐリニア中央新幹線を建設している[10]。時速500 kmの超高速大動脈は日本のメガロポリスを時空上でさらに緊密に結び、世界の人材、資金、企業にとって、より魅力的な空間が形成される。超高速大動脈は、東京大都市圏の巨大なセンター機能を一層強化するであろう。

(4)高密度発展の成功

 密度は、都市問題を議論する際の重要な焦点の一つである。本レポートでは、5,000人/ km2以上の地域をDID(Densely Inhabited District:人口集中地区)と定義し、人口密度に関する有効な分析を試みた。

 雲河都市研究院の研究によると現在、東京都のDID人口比率は87.3%に達し、東京大都市圏のDID人口比率も58.8%に至っている。それは、同都市圏の大半の住民が人口密集地で生活していることを意味する。

 さらに全国と東京大都市圏の人口比率から見ると、日本全人口の29.9%が東京大都市圏に住んでいることに対して、全国DID人口の55.2%が同大都市圏にいる。両者の間の差は25.3%ポイントもある。要するに同大都市圏においてDID率は全国平均をはるかに上回り、2,336万人のDID人口を抱えている。 

 本レポートは日本各都道府県のDID人口規模と第三次産業付加価値額、R&D内経費支出との相関関係について分析した[11]。結果は、DID人口規模と第三次産業付加価値額との相関係数は0.92と「完全な相関」にあり、DID人口規模とサービス経済との間には、極めて強い相関関係が認められた。また、DID人口規模とR&D内経費支出との相関係数も0.8と高まり、DID人口規模と知識経済との間も「非常に強い相関」関係が確認された。

 まさに膨大なDID人口が東京大都市圏のサービス産業と知識経済産業の発展を支えた。結果、同都市圏には日本の58.2%の上場企業が集中し、60.6%の特許申請受理数を誇っている。

 良質なDIDは、現代経済発展の根本である。図5-14が示すように、日本のDIDは東京、名古屋、近畿の三大都市圏に高度に集中している。三大都市圏で構成される太平洋メガロポリスは、全国の86.3%のDID人口と83.8%のDID面積を持ち、GDPの63.7%を稼ぎ出している。

 現在、日本のDID面積は、すでに3,761 km2に達し、国土面積の10%に当たる。DID人口も4,229万人に上り、全人口の33.3%を占める。なかでも東京大都市圏は日本のDID人口の半分以上を有している。

 以上の分析からわかるように、半数以上のDID人口が各種センター機能が集中する東京大都市圏で暮らしていることが日本経済の強みである。

 しかし、中国では都市の人口密度に関するネガティブな認識が根強い。高い人口密度が交通渋滞を招き、環境汚染を引き起こし、生活の不便をもたらす大都市病の原因だと考えられている。近年、北京などでは一部の地方から来た低所得者を強制的に追い出す動きに出て、物議を醸した。実際は、インフラ整備水準の貧弱さや都市マネジメント能力の欠如こそ、こうした都市病の元凶である。

 他方、大規模なDID人口は、サービス経済と知識経済に不可欠な土壌である。一定の人口規模と人口密度がなければ、数多くの新しい産業は生まれないからだ。

 東京大都市圏の経験はマネジメント能力の向上とインフラの充実とで、都市の積載力を高められることを実証した。こうした経験に真摯に向き合い、中国の為政者は、人口密度に関するネガティブな考えを改めるべきである。

図14 全国DID分析図
出典:雲河都市研究院「アジア都市総合発展指標2017」より作成。

[1] NSF(National Science Fundation)のデータによる。

[2] NSFのデータによる。OECDの分類定義では知識・技術集約型産業は、知識集約型サービス、ハイテクノロジー産業、ミディアムハイテクノロジー産業が含まれる。知識集約型サービスには教育、医療・福祉、ビジネス、金融、情報・通信サービス業が含まれる。ハイテクノロジー産業には航空宇宙、通信機器、半導体、コンピューター関連機器、医薬品、精密機器産業が含まれる。ミディアムハイテクノロジー産業には自動車、機械、電気機器、化学、輸送機器産業が含まれる。

[3] コンテナ取扱量は国際標準規格(ISO規格)20ftコンテナ=1TEU, 40ftコンテナ=2TEUで計算した。

[4] 2017年末、アメリカ国会は税制改革法案を採択し、法人税率を35%から21%に下げた。

[5] 特に註釈のない限り、本章が引用するデータは雲河都市研究院の〈アジア都市総合発展指標2017〉によるものである。

[6] 森記念財団都市戦略研究所『世界の都市総合ランキング Global Power City Index YEARBOOK 2017』。

[7] 日本の行政は中央、都道府県と市町村の3階層に分かれている。全国は1都、1道、2府、43県で、合わせて47都道府県で構成されている。

[8] 2003年、日本は国として初めて「観光立国宣言」をした。2007年、「観光基本法」を全面改正し、「観光立国推進基本法」が制定された。さらに、2008年、その推進を担う「観光庁」が、国土交通省の外局として新設された。

[9] 貨物輸出量は金額ベース。

[10] 貨物輸入量は金額ベース。

[11] リニア中央新幹線は2027年に東京—名古屋間、2037年には名古屋—大阪間が開設される予定である。

[12] 相関分析は、2つの要素の相互関連性の強弱を分析する手法である。「正」の相関係数は0—1の間で、係数が1に近いほど2つの要素の間の関連性が強い。なかでも0.9—1の間は「完全な相関」、0.8—0.9は「非常に強い相関」、0.6—0.8は「強い相関」とする。

『環境・社会・経済 中国都市ランキング2017 〈中国都市総合発展指標〉』掲載


『環境・社会・経済 中国都市ランキング2017 中心都市発展戦略』
中国国家発展改革委員会発展計画司 / 雲河都市研究院 著
周牧之/陳亜軍/徐林 編著
発売日:2018.12.21


【書評】全295都市を精査 データ、図解で活況提示

評者 高橋克秀(国学院大学教授)

 中国のおよそ300の都市を独自の「都市総合発展指標」によってランキングし、上位都市の強みと弱みを分析したリポートである。それぞれの都市を環境、社会、経済など27項目のデータから客観的に評価した点に特徴がある。

 総合ランキング1位は北京市。上海市は僅差の2位となった。北京と上海は別格として、3位に食い込んだのは、いま中国で最も勢いがある新興都市である。長い歴史を誇る広州市と天津市を抑えて、深圳市が堂々の上位に進出した。人口3万人の漁村だった深圳は40年足らずで1000万人都市となり、中国のシリコンバレーに変貌した。

 1980年に経済特区に指定された当初は安価で豊富な労働力を利用した輸出加工拠点として成長し、「世界の工場」のモデルとなった。しかし近年はイノベーション都市に進化した。深圳からはテンセント、ZT E、ドローンのDJI、電気自動車のBYDなど世界的企業が生まれている。

 深圳の強みは若さと起業家精神だ。平均年齢は32.5歳。15歳未満人口は13.4%。生産年齢人口である15歳以上65歳未満が83.2%を占め、65歳以上は3.4%にすぎない。起業マインドが旺盛で、1人当たりの新規登録企業数は北京の3倍だ。

 さらに、広州から深圳を経由して香港に至る広深港高速鉄道が今年9月に全線開通したことで、「珠江デルタ」と呼ばれるこの地域が巨大な経済圏として浮上してきた。東莞、仏山、中山など有力都市も含む珠江デルタの域内GDP(国内総生産)は2025年までに310兆円に達するという試算もある。

 上海の西部に位置する6位の蘇州市は風光明媚な観光地のイメージが強かったが、90年代以降は大規模な工業団地を造成して外資系製造業を造成して外資系積極的に呼び込んで急成長した。しかし、古都の風情は失われた。7位の杭州市も古くから栄えた景勝地だが、99年に設立されたアリババ(中国の情報技術企業)がけん引役となってIT都市へと変貌した。

 一方、8位の重慶市は世界最大級の3000万人の人口を擁しながら人口流出が目立つ。ランキング20位入りした都市は西部沿海部と内陸の拠点都市が大半。東北地方からは大連市が19位に入っただけである。

 現代中国の都市間競争のカギはスタートアップ企業の活力とイノベーションのようだ。本書の残念な点は21位以下のランキング表が載っていないことである。地方都市の情報を盛り込んだ改訂版を期待したい。


【掲載】週刊エコノミスト 2018年10月16日号

【メインレポート】周牧之:メガロポリス発展戦略

周牧之 東京経済大学教授

1. 現状と課題


メガロポリスの時代

 (1)都市の世紀

 21世紀は「都市の世紀」である。国連のデータ[1]によれば、1950年に世界の都市人口は7.4億人であり、世界の総人口に占める都市人口率はわずか29.6%だった。1970年にその割合は36.6%まで上昇し、都市人口も13.5億人へと倍増した。2008年に都市化率は50%に達し、都市人口も33.4億人まで増加した。都市で生活する人口が過半数を超え、地球はまさしく都市の惑星になった。

 2015年、全世界の都市化率は54%を超え、都市人口は39.6億人に達し、都市化の勢いは一段と増している。2030年には都市化率は60 %にまでのぼり、都市人口は約51億人に到達すると推測されている。2050年には先進国地域の都市化率は85.4%の高水準に達し、開発途上国地域の都市化率も63.4%に上昇するという。国によって人口集中の傾向や都市形成のパターンは異なるものの、都市化が21世紀の世界的なメガトレンドとなっている。

 今日、アジアやアフリカの発展途上国は空前の都市化を経験している。特に中国を含む東アジア地域では顕著である。東アジア地域の都市化率は1950年にわずか17.9%であり、当時の発展途上国の平均値19.0%よりも低かった。その後、東アジア地域の都市化率は急上昇し、2010年前後には世界の平均水準を超え、2050年までには77.9%の高水準に達する見込みである。同地域の都市化率と先進国のそれとの差は1950年の36.7%ポイントから2050年には7.5%ポイントへ縮小する[2]

図1 世界および東アジアの都市人口、農村人口、都市化率の変化予測
出典 : 国連経済社会局編『世界都市化予測2014(World Urbanization Prospects: The 2014 Revision)』および『世界人口予測2015改訂版(World Population Prospects: 2015 Revision)』より作成。

 中国では、建国初期1950年の都市化率はたった11.2%であった。しかもその後の長期のアンチ都市化政策により、約30年後の改革開放元年1978年時点での都市化率は依然として17.9%の低水準にあった。しかし、その後都市化が加速し、特に1990年代末からの勢いは凄まじく、2011年には中国人口の過半数が都市住民となった。2015年に都市化率は56.1%に達し、中国も真の都市時代へ突入した[3]

図2 中国の都市と農村の人口変化予測      図3 中国の都市と農村の人口比率変化予測
出典 : 国連経済社会局編『世界都市化予測2014(World Urbanization Prospects: The 2014 Revision)』および『世界人口予測2015改訂版(World Population Prospects: 2015 Revision)』より作成。

 21世紀は都市の世紀であるばかりでなく、メガシティ(人口1,000万人を超える大都市)、あるいはメガロポリス(本文138頁を参照)の世紀とも言えるだろう。1900年の世界の大都市人口ランキング・トップ10は、上位から、イギリス・ロンドン、アメリカ・ニューヨーク、フランス・パリ、ドイツ・ベルリン、アメリカ・シカゴ、オーストリア・ウィーン、日本・東京、ロシア・サンクトペテルブルク、イギリス・マンチェスター、アメリカ・フィラデルフィアである。首位ロンドンすら人口は650万人しかなく、第5位シカゴ以下の都市は、200万人口に至っていなかった[4]

図4 世界の大都市人口ランキング(1900年)
出典 : 国連経済社会局編『世界都市化予測2014(World Urbanization Prospects: The 2014 Revision)』および『世界人口予測2015改訂版(World Population Prospects: 2015 Revision)』より作成。

 半世紀後の1950年、アメリカのニューヨーク(ニューアークを含むニューヨーク都市圏)と日本の東京(東京大都市圏)が人口1,000万人を超え、2つのメガシティが誕生した。しかしメガシティの増殖は緩慢だった。20年を経た1970年は、ニューヨーク(ニューヨーク都市圏)、東京(東京大都市圏)に、新たに一つ大阪(近畿都市圏)が加わり、3都市となったに過ぎなかった[5]

図5 世界の大都市分布と各地域の都市化率(1970年)
出典 : 国連経済社会局編『世界都市化予測2014(World Urbanization Prospects: The 2014 Revision)』および『世界人口予測2015改訂版(World Population Prospects: 2015 Revision)』より作成。

 だが、1980年代以降、急に大都市化の勢いが増した。メガシティは1990年に10都市まで増加し、世界人口の2.9 %に当たる1.5億人がこれら超大都市に住むこととなった[6]。2015年、メガシティは29都市に激増し、居住人口は世界人口の6.4%に当たる4.7億人にまで達した。メガシティの地域分布はアジア17都市、南アメリカ3都市、アフリカ3都市、ヨーロッパ3都市、北アメリカ3都市である[7]。大都市化の傾向はさらに続き、2050年には世界のメガシティの数は40都市を超えるにまで増加する見込みである。

図6 世界の大都市分布と各地域の都市化率(1990年)
出典 : 国連経済社会局編『世界都市化予測2014(World Urbanization Prospects: The 2014 Revision)』および『世界人口予測2015改訂版(World Population Prospects: 2015 Revision)』より作成。
図7 世界の大都市分布と各地域の都市化率(2015年)
出典 : 国連経済社会局編『世界都市化予測2014(World Urbanization Prospects: The 2014 Revision)』および『世界人口予測2015改訂版(World Population Prospects: 2015 Revision)』より作成。

 大都市化の最も重要な特徴は、都市人口規模の巨大化である。2015年世界のメガシティ人口ランキングでは、第1位の東京(東京大都市圏)は人口が3,800万人に達し、第2位のインド・デリーは2,570万人、第3位の中国・上海は、2,374万人、第4位のブラジル・サンパウロは2,107万人、第5位のインド・ムンバイは2,104万人、第6位のメキシコ・メキシコシティは2,100万人、第7位の中国・北京は2,038万人、第8位の日本・大阪(近畿都市圏)は2,024万人、第9位のエジプト・カイロは1,877万人、第10位のアメリカ・ニューヨーク(ニューヨーク都市圏)は1,859万人である。人口1,000万人級のメガシティの出現からわずか半世紀近く、世界最大の都市(都市圏)の人口規模は、すでに4,000万人突破を目前にし、都市人口の巨大化はますます進んでいる[8]

図8 世界のメガシティ人口ランキング(2015年)
出典 : 国連経済社会局編『世界都市化予測2014(World Urbanization Prospects: The 2014 Revision)』および『世界人口予測2015改訂版(World Population Prospects: 2015 Revision)』より作成。

 大都市化のもう一つの特徴は、発展途上国のメガシティ化が猛烈に進んでいることである。1900年、世界の10大都市はすべて先進国の都市であった。1950年と1970年のメガシティも、同様に先進国都市が占めている。しかし、2015年には発展途上国の都市が、世界10大メガシティに7都市も含まれている。

 都市人口規模の予測では、2030年に先進国で東京(東京大都市圏)が世界第1位の地位を維持するものの、第2位から第10位の都市は発展途上国が席巻し、上位からインド・デリー、中国・上海、インド・ムンバイ、中国・北京、バングラデシュ・ダッカ、パキスタン・カラチ、エジプト・カイロ、ナイジェリア・ラゴス、メキシコ・メキシコシティとなり、発展途上国の大都市化傾向がさらに進むとみられる。

(2)臨海都市の大発展

 2015年、OECD(Organization for Economic Co-operation and Development: 経済協力開発機構)諸国における都市の中で、1,000万人級のメガシティは東京(東京大都市圏)、大阪(近畿都市圏)、ニューヨーク、ロサンゼルス、パリ、ロンドンの6都市であり、パリを除いたすべてが海に面した「臨港都市」である。また、世界10大メガシティの中で、OECD諸国では東京(東京大都市圏)、大阪(近畿都市圏)、ニューヨーク(ニューヨーク都市圏)の3都市が、いずれも臨港都市である。

 本レポートでは全世界の1,000万人級以上の29メガシティを3つに分類する。

① 港湾の優位性を活かして発展してきた「臨海型」都市、② 内陸部に位置し国の政治や文化の中心として発展してきた「陸都型」都市、③ 内陸部農業人口密集地域の中心都市として発展してきた「内陸型」都市の3分類である。その類型によれば臨海型都市は18都市となり、世界のメガシティの約7割を占め、臨海型都市の優位性が明確となる。陸都型都市は9都市、最も少ない内陸型都市はわずか2都市で両都市とも発展途上国の都市である[9]

図9 世界のメガシティ分類別分布

 大航海は臨海型都市の発展を始動した。とりわけ産業革命後、海運をベースにした原材料や工業製品の世界での調達や販売が、大陸経済の主導的な地位を覆した。これが産業と人口を、臨海都市へと集積させる要因となった。その後、海運の大型化と高速化、そしてグローバリゼーションの進展により、人材、産業、資金、情報の港湾都市への集積が加速し、たくさんの臨海型大都市が興った。

 古来より多くの都市の発展は、港と密接な関係があった。陸上交通に比べ、水路輸送のコストは低く輸送量は大きいため、水運が発達した地域は交易都市になりやすい。大航海以降、海運技術の発展により大口物流の主体は水運から海運へと変わった。さらにグローバリゼーションの展開により港湾経済の優位性が高まり、貿易港と工業港をベースとした都市が急速に発展した。ニューヨーク、東京、大阪はこれら都市の典型である。

 北京、パリ、モスクワに代表される陸都型メガシティは、内陸部に位置しているものの、おおむね大運河や河川水運の条件を背後に持つ。北京を例に挙げれば、杭州から北京までつながる京杭大運河の水運は、歴史上、北京の発展に極めて重要な役割を果たした。これら内陸首都はかつて大陸経済が盛んだった帝国時代に繁栄した都市であったが、世界経済のエンジンが大陸経済から海洋経済にシフトすると、内陸部に位置する陸都型都市の活力は、一定の打撃と制約を受けた。今日の陸都型メガシティの発展の基礎は、主に政治や文化の中心としての行政機能や、企業の中枢機能、そしてその地政学上の位置にある。また、陸都型メガシティは直接海に面してはいないが、周辺の良好な港に支えられるケースが多い。たとえば、北京の周辺には天津、唐山などの大型港湾がある。

 内陸型メガシティは中国・重慶とインド・バンガロールの2都市である。ともに発展途上国に属し、気候条件に優れた大農業地帯に位置し、高密度の農業人口地域を抱える中心都市である。

 政治・文化の中心として、また地政学上の重要性をてこにして発展した陸都型メガシティと、膨大で高密度の農業人口を背景に発展した内陸型メガシティに比べ、臨海型メガシティは海洋経済の産物である。海洋の大物流、大交易、大交流によって、港湾都市はめざましく発展した。もちろん、今日の臨海型メガシティの「港」はもはや狭義の海運港ではない。港湾経済によって興ったこれらの海浜都市は、その経済主体も進化し、海運港自体の比重は低下し続けている。たとえば、イギリスのロンドン、アメリカのニューヨークやサンフランシスコ等、先進国の臨海型メガシティでは、港湾機能ですら、すでに大半を失っている。しかし、これらの都市は港湾都市の開放性と包容力とで、情報、科学技術、文化、芸術の「交流港」を作り上げ、グローバル時代での交流経済による都市発展のニューモデルを生み出した。

 経済と都市機能の複雑化、多様化、大規模化に従って、港湾都市と後背地の都市機能や都市空間が徐々に一体化し大都市圏が形成される。さらに複数の大都市圏と周辺の中小都市が、広域的な都市連担を形成する。これがメガロポリスの誕生である。世界の代表的なメガロポリスにはニューヨーク、ワシントンD.C.、ボストンを中心とするアメリカ北東部の「大西洋沿岸メガロポリス」や、東京、大阪、名古屋を中心とした日本の「太平洋メガロポリス」がある。中国では上海、江蘇省、浙江省を中心とする「長江デルタメガロポリス」や、香港、広州、深圳を中心とする「珠江デルタメガロポリス」、そして北京、天津、河北省を中心とする「京津冀メガロポリス」が徐々に形成され、中国経済の発展をリードする三大エンジンとなっている。

 (3)メガロポリスの形成

 メガロポリスはメガシティを中心に、複数都市を高速交通ネットワークで一体化した都市連担である。メガロポリスは巨大な人口規模と多くの特色ある産業集積を持ち、国際交易や交流の重要なプラットフォームとなり、政治、経済、文化、情報、科学技術、金融などの機能において、国そして世界をリードしている。

図10 大西洋沿岸メガロポリス

① アメリカ北東部の大西洋沿岸メガロポリス

 アメリカ北東部の大西洋沿岸メガロポリス(ボスウォッシュ〈BosWash〉)はボストン、ニューヨーク、フィラデルフィア、ボルチモア、そしてワシントンD.C.の5大都市と、人口10万人以上の約40の中小都市から成る約970kmに及ぶ帯状の都市連担である[10]。このメガロポリスは、高速道路網と鉄道網で形成された人口4,400万人を抱える巨大な都市有機体である。人口規模は全米の16 %を占めている。

 ボスウォッシュ内の大都市の大半が、海に面した臨港都市である。特にボストン、ニューヨーク、ボルチモアは港湾条件に恵まれ、ヨーロッパ系移民が北米で最も早く上陸した場所である。

 ボスウォッシュは、全米国土面積のわずか2%を占めるにすぎない地で、米国労働人口の約6分の1を有している。膨大で高密度な人口が、商工業と文化・娯楽産業の発展を促し、同地区の都市機能を豊富にし、向上させた。

 ボスウォッシュはアメリカの政治の中心であるだけでなく、その製造業総生産額、GDPは各々全米の30%、20%に達し、米国最大の生産基地、交易・文化の中心地、また、世界の金融センターとなっている。

 ボストンはアメリカ史上最も古い悠久の都として、大学や研究機関が発展し、軽工業都市から世界レベルの知識経済センターへと脱皮した都市である。ニューヨークは世界の金融・情報センターであり、世界的な人材、資金、情報が交差する最大の交流経済体であると同時に、観光経済が発達した文化娯楽の都でもある。フィラデルフィアとボルチモアは港湾と工業によって発展し、豊富な産業資本によって、現在では高等教育、研究開発、文化娯楽、医療健康などの分野において高水準の集積がある。1790年に新しく建設されたワシントンD.C.は、1800年にアメリカ政治の中心となり、都市全体がまるで巨大な公園のように整備された様子は、首都計画の模範となっている。

 総じて、この地域はアメリカ発祥の地だけではなく、アメリカの政治、経済、文化の中枢であると同時に、アメリカと世界との交流の中心でもある。

 メガロポリス(Megalopolis)の概念を最初に提唱したフランス人地理学者ジャン・ゴットマン(Jean Gottmann)は、同メガロポリスが形成された要因として、自然・交通の優れた条件に惹かれて大量の移民が引き寄せられ、大規模な工業集積、消費市場、商業金融機能が出来上がった、としている[11]

図11 太平洋メガロポリス

② 太平洋メガロポリス

 日本の太平洋メガロポリス(東海道メガロポリス)は、東京大都市圏、名古屋都市圏、近畿都市圏によって構成される帯状の都市連担である。この約500 kmに及ぶベルト地帯には、人口100万人以上の8都市(東京、横浜、川崎、さいたま、名古屋、大阪、神戸、京都)と、数多くの中小都市が密集している[12]。日本の国土面積の21.4%を持つ同メガロポリスは、人口規模が7,558万人に達し、全国人口の60%を占め、GDPの66%と製造業付加価値の62.4%を稼ぎ出している。行政機関、文化施設や金融機関が集中し、名実ともに日本の政治、経済、文化の中枢となっている。

 港湾条件に優れた東京湾、大阪湾、伊勢湾は、メガロポリスの発展における礎であった。第二次世界大戦後、日本は平和な国際環境を活かし、国際資源と国際マーケットを前提とした京浜—京葉[13]、阪神、中京の三大臨海工業地帯を造った。

 安価で良質な世界の資源と、自由貿易で活況を呈する国際マーケットを利用し、海運の優位性を極限まで発揮した三大臨海工業地帯は、一躍世界で最も巨大かつ最新鋭の工業製品輸出エンジンとなり、戦後の日本経済回復と高度経済成長を牽引した。結果、日本は世界第2位の経済大国へと上り詰めた。また、工業の発展は急速な都市化をもたらし、三大湾とその後背地の都市人口は急激に膨張し、東京大都市圏、名古屋都市圏、近畿都市圏、その他多くの中小都市が形成された。

 東京、大阪、伊勢の三大湾の港湾群は、三大臨海工業地帯の発展を支えただけではなかった。これらの港湾群を通じて大量のエネルギー、食品、物資を世界中から効率よく輸入でき、三大都市圏が有する膨大な人口の生活需要を満たした。まさに、臨港型大規模都市人口集積の優位性によって、日本は全世界から資源を最適に享受でき、都市経済を効率よく発展できた。今日、日本が94%の一次エネルギーと61%の食品(カロリーベース)を輸入に依存していることは、まさにこれを物語っている。

 ベイエリアの大発展に埋め立ては大きな役割を果たした。たとえば東京湾の場合は、1868年以来252.9 km2にも及ぶ膨大な面積の埋め立てが行われた。しかもその大半は第二次世界大戦後に実施された。大規模な埋め立てによって、東京、大阪、伊勢の三大湾では三大臨海工業地帯を形作っただけでなく、三大都市圏の港湾・空港など大規模な交通ハブを建設した。同時に、それら埋立地は中心業務地区(CBD)、国際会議センター、海浜公園、大型商業施設、親水型住宅など、大規模な都市建設を可能とする開発空間となった。これによって、三大都市圏は工業経済から知識経済、サービス経済に転換する過程で、空間上の多核化の展開が保障された。2020年の東京オリンピックにおける多くの関連施設も、東京湾埋め立て地に建造される予定である。

 三大都市圏を貫く東海道新幹線が1964年に、東名高速道路が1969年に相次いで開業し、三大都市圏が一つのメガロポリスにネットワークされた。

 現在建設中のリニア中央新幹線は近い将来、東京、名古屋、近畿三大都市圏を貫く時速500kmの超高速動脈となり、同メガロポリスをグローバルな人材、資金、情報にとって、さらに魅力的な空間へと押し上げる。

中国経済をリードするメガロポリス

 中国経済の急激な発展は、世界経済のパラダイムシフトと中国の改革開放の巨大な活力が結合した産物であった。情報革命の進展によって、企業間取引と情報往来が電子化された。これにより国際交易コストを大幅に下げ、地域内に閉じこもっていたサプライチェーンが、急速に世界に拡張していった。航空・海運などの高速輸送システムの成熟、そして世界規模の工業製品への関税低減は、サプライチェーンの世界的拡張を促した。

 こうした状況の中、激化する価格・時間競争を勝ち抜くために、先進国の企業は開発、生産から販売にまで至る過程をすべて内包する伝統的なビジネスモデルを放棄した。経営リソースを最も競争力があるコアビジネスに集中させ、地球規模での展開を最適化するサプライチェーンを構築し、より高い利益を求めるようになった。

 幸運なことに、グローバルサプライチェーンのビジネスモデルが普及する時期は、中国改革開放の時期と重なった。中国の沿海部、特に珠江デルタ、長江デルタ、京津冀の三地域では改革開放政策が推し進められた。港、空港、高速道路や鉄道などのインフラ建設が盛んに行われ、巨大な工業用地が開発された。安価で良質な労働力が大量に提供され、グローバルサプライチェーンの新天地が作られていった。

 巨大で開放された空間が、数多くの外国企業からの投資や工場設置を惹きつけ、国内企業にも発展のチャンスをもたらし、夢追い求める人々に新たな舞台を提供した。計画経済時代に抑えられていた人々の巨大なエネルギーは、大規模な人口移動という形で爆発し、これらの地域に集結した。

 外資の流入と国内企業の成長は、これらの地域に巨大なスケールの産業集積と複数の都市にまたがる巨大都市連担—メガロポリスを形成した。

 三大メガロポリスは今日、中国の経済発展の巨大エンジンへと成長を遂げた。中国はまさにグローバルサプライチェーンに開放的な空間を提供し、新たな「世界の工場」となったと言えよう。

 現在、珠江デルタメガロポリス(9都市)[14]、長江デルタメガロポリス(26都市)[15]、京津冀メガロポリス(10都市)[16]の三大メガロポリスは、中国全土のGDPの36 %を占めた。経済規模で比較すると、三大メガロポリスが中国全土に占める貨物輸出額と外資実質利用額の割合は各々44.4%と73.2%に達した。

 (1)地政学的優位性

 内陸地域と比べ、三大メガロポリスはグローバル展開に恵まれた地政学的優位性を持つ。グローバルサプライチェーンは、生産の低コスト化を図るだけではなく、物流、在庫、時間の低コスト化も追求する。グローバルサプライチェーンの高度な専門性とハイスピードな対応を支えるには、港湾と空港の利便性は極めて重要である。

 三大メガロポリスは極めて短期間で大規模な港湾、空港、高速道路そして高速鉄道を建設し、グローバルサプライチェーンが効率よく経営するための良好な環境を整えた。

図12 中国各都市コンテナ港利便性分析図
注 : 本指標で使用する「コンテナ港利便性」とは、都市とコンテナ港の距離、コンテナ港の取扱量や航路など関連している数値を総合的に計算し、コンテナ港の利便性指数として定義している。

① 港の建設

 中国工業化とコンテナ港発展とのタイアップは、驚嘆に値する。今日の世界におけるコンテナ港トップ10のうち、堂々7港を中国が占めている。そのうち、第7位の青島を除き、第1位の上海、第3位の深圳、第6位の寧波─舟山、第8位の広州、第10位の天津は、すべて三大メガロポリスに属している。

 〈中国都市総合発展指標2016〉の分析では、中国295の地級市以上の都市における「コンテナ港利便性」の上位30都市中、三大メガロポリスは22都市を占め、そのうち上海第1位、深圳第2位、寧波─舟山第4位、広州第6位である。三大メガロポリスが中国コンテナ輸送条件で最も優れた地域である[17]。中国全土のコンテナ貨物取扱量で見ると、珠江デルタメガロポリスは中国全土の26.3%、長江デルタメガロポリスは同34.4 %、京津冀メガロポリスは同7.8 %を占め、三大メガロポリスの合計は中国全土の68.5%に達している。このようなコンテナ貨物取扱量および貨物輸出額の高度な集中は、優れた港湾条件こそが、グローバルサプライチェーンのこれら地域での大規模展開の支えであることを示している。

図13 中国各都市空港利便性分析図 
注 : 本指標で使用する「空港利便性」とは、都市と空港の距離、空港の旅客輸送量や航路など関連している数値を総合的に計算し、空港の利便性指数として定義している。

② 空港の建設

 三大メガロポリスにおける空港建設の成果が、衆目を集めている。珠江デルタメガロポリスは現在、香港国際空港、マカオ国際空港、広州白雲国際空港、深圳宝安国際空港、珠海金湾国際空港、恵州平潭空港、仏山沙堤空港の7つの空港態勢を持つ。そのうち、広州白雲国際空港は、旅客乗降数や貨物取扱量が共に中国全国第3位であり、また、フライト数においてもアジア第5位の国際的なハブ空港である。同様に、国際ハブ空港として香港国際空港のフライト数もアジア第7位となっている。

 長江デルタメガロポリスは、上海浦東国際空港、上海虹橋国際空港、杭州蕭山国際空港、南京禄口国際空港、寧波櫟社国際空港、合肥新橋国際空港、無錫蘇南碩放国際空港、常州奔牛国際空港、揚州泰州国際空港、金華義烏空港、南通興東空港、塩城南洋空港、舟山普陀山空港、台州路橋空港、池州九華山空港、安慶天柱山空港の16空港態勢を持つ。そのうち、上海浦東国際空港は旅客乗降数と貨物取扱量が、中国全土でそれぞれ第2位と第1位の空港で、フライト数でもアジア第4位の国際ハブ空港である。

 京津冀メガロポリスは、北京首都国際空港、北京南苑空港、天津浜海国際空港、石家荘正定国際空港、唐山三女河空港、張家口寧遠空港、秦皇島北戴河空港の7空港態勢を持つ。そのうち、北京首都国際空港は旅客乗降数と貨物取扱量がそれぞれ中国第1位と第2位の空港であり、さらにフライト数はアジアで第1位の国際ハブ空港である。

 〈中国都市総合発展指標2016〉の分析によると、三大メガロポリスは中国の航空輸送において最も便利な地域であると言えよう。中国地級市以上の295都市の「空港利便性」上位30都市中、三大メガロポリスに属する都市が12都市を占め、上位4都市は上海、北京、深圳、広州で三大メガロポリスに属する都市が総嘗めにした[19]

 三大メガロポリスが航空輸送旅客取扱量の中国全土に占める割合は43.5%であり、そのうち、珠江デルタメガロポリスが11.2%、長江デルタメガロポリスが19.3%、京津冀メガロポリスが13%を各々占めている。三大メガロポリスが貨物取扱量の中国全土に占める割合は67.8%に達し、そのうち、珠江デルタメガロポリスが18.4%、長江デルタメガロポリスが33.8%、京津冀メガロポリスは15.6%を占めている。優れた航空輸送条件が、三大メガロポリスにおけるグローバルサプライチェーンのスピーディな展開を支え、それが交流交易経済発展の重要なプロモーターとなっている。

③ 高速道路、高速鉄道

 1988年に中国で高速道路[20]が開通して以来、2014年末までに総計11.2万kmの高速道路が建設された。珠江デルタは6,266km、長江デルタは12,949km、京津冀は7,983kmの高速道路網を持つ。三大メガロポリスにおける高速道路の総延長距離は全国の24.3%に達し、中国全土で高速道路密度が最も高い地域である。

 中国はすでに11.2万kmの鉄道網を建設した。珠江デルタは4,027km、長江デルタは9,039km、京津冀は8,509kmの鉄道網がある。三大メガロポリスにおける鉄道の総延長距離は全国の19.3%に達し、中国全土で鉄道密度が最も高い地域である[21]

 〈中国都市総合発展指標2016〉の分析によると、全国の地級市以上295都市における「高速鉄道便数」の上位30都市中、三大メガロポリスに属する都市は19都市を占め、そのうち上位6都市は広州、上海、北京、深圳、天津、南京で、そのすべてが三大メガロポリスの都市である。三大メガロポリスは中国の高速鉄道においても最も利便性が高い地域である。

 高速道路と鉄道交通網が充実していることで、三大メガロポリスと全国各地との時間距離と経済距離は大きく圧縮され、同時に、三大メガロポリス内部もハイスピードのネットワークで緊密に連携している。

 (2)世界資源の大規模利用

 産業革命は、イギリスが西インド諸島で栽培した綿花をマンチェスターまで輸送し、加工することからはじまった。これは近代工業の発展が最初から世界資源の利用を前提としていたことを意味する。グローバルな視点で見ると、工業の発展には、大規模で効率よく世界資源を利用する場所が必要である。そのため産業革命以降、工業の活力がある地域は、沿海部あるいは河川沿いで港湾条件の良い都市に集中している。逆に言えば、港湾について好条件のない地域における大規模な近代工業の展開は、なかなか難しい。

 新中国建国後最初の30年間は、常に米ソ両超大国と交戦の可能性すらある緊迫した国際情勢に置かれていた。当然、当時の重化学工業化は世界資源を利用する条件下にはなかった。このため中国政府は、国内資源をベースにした内陸部での産業立地政策を進めた。これに拍車をかけたのが、大規模な戦争に備えるためとして毛沢東が提唱していた「三線」建設であった。結果、中国重化学工業の大半は当時、内陸部の資源産地および「三線」に配置された。

 産業配置政策が変わったきっかけは、鉄鉱石の海外輸入を前提とした上海宝山製鉄所の建設であった。改革開放で海外への門戸が開いた後も、宝山製鉄所を建設すべきか否かについて依然激しい論争があった。論争の焦点は、なぜ輸入鉄鉱石を前提とする製鉄所が必要なのか?なぜ巨額のコストをかけて地盤の軟らかい長江入り江に製鉄所を建設するのか?であった。経済発展における輸入資源の重要性への理解不足により、宝山製鉄所の建設は一時中断されたこともあった。

 今日、宝山製鉄所は中国最大の鉄鋼メーカーに成長し、世界資源を利用する臨海型発展モデルの優位性を証明した。石油、鉱石などの資源需要が急増し、中国は今や資源輸入大国となった。

 鉄鉱石を例にすると、中国の鉄鉱石輸入は1981年にはじまり、2001年に1億トンの大台を突破した。2003年には日本を抜いて中国は世界最大の鉄鉱石輸入国になった。鉄鉱石輸入量は2015年、9億5,272万トンに達し、鉄鉱石消費量に占める輸入の割合は40.8%に達した[23]

図14 中国の粗鋼生産、鉄鉱石生産、輸入量の変化(1980〜2015年)
出典 : 中国国家統計局『中国統計年鑑』 および中国国土資源部資料より作成。

 運送コストや環境コストへの認識が増すに連れ、輸入鉄鉱石を高効率に利用できる臨海型鉄鋼生産基地の優位性が次第に明らかになった。内陸部に大量に分散していた効率の悪い鉄鋼産業は臨海部に移転し、とりわけ需要が旺盛な三大メガロポリスとその周辺地域に集まるようになった。

 高速経済成長と自動車社会の到来で、中国の原油消費量は急伸した。1993年に中国は原油純輸出国から純輸入国に転換し、その後も原油輸入量は続けて上昇した。2009年には輸入量が国内生産量を超え、2015年の原油輸入量は3億2,800万トンに達し、原油消費量における輸入の割合が60.4%に高まった[24]

図15 中国の原油消費と輸入量の変化(1980年〜2015年)
出典 : 中国国家統計局『中国統計年鑑』 および中国国土資源部資料より作成。

 大型水深港は海外の良質な石油や天然ガスの、大規模で高効率な利用を可能にし、三大メガロポリスにおけるエネルギー効率を高めた。輸入エネルギーの増大は三大メガロポリスの経済効率を押し上げ、内陸部との経済効率の格差を広げた。この傾向は産業と人口の三大メガロポリスへの集中を加速し、中国の国土利用構造を、根本的に変化させた。

 (3)新型産業集積の巨大化

 情報技術の発展で、生産活動に必要な技術や技能などを情報として、スマートマシンが備蓄できるようになった[25]。この産業技術の変革により、発展途上国は先進的な知能型生産設備を導入し、技術レベルの貧弱さと熟練労働者不足とを補えることになった。発展途上国の工業化への敷居が大きく下がった[26]

 産業技術の革命的な変革は、工業活動の空間上の制約を低くした。発展途上国で比較的容易に工業生産活動ができるようになり、サプライチェーンは国境を越え発展途上国へと足場を広げた。効率化の競争を勝ち抜くために、企業は国民経済の壁に温存されていたフルセット型産業集積の不合理性から飛び出し、グローバルサプライチェーンを構築し、世界規模で最適生産を追求するようになった[27]

 これをきっかけに、グローバルサプライチェーン型産業集積も生まれた。アメリカのシリコンバレー、インドのバンガロール、そして中国の三大メガロポリスの新興産業集積はその典型である。グローバルサプライチェーンは三大メガロポリスに巨大な産業投資をもたらし、世界最大規模のエレクトロニクス産業、自動車産業、機械産業などの集積地を作り上げた。

 国を挙げて工業化を進める中国では、全国津々浦々の都市が工業発展を経済振興の最も重要な手段としている。しかし、中国の輸出工業は却って三大メガロポリスに集中している。三大メガロポリスの工業産出額および貨物輸出額が、中国全国で占める割合は、各々37.7%と73.2%に達している[28]。とりわけ中国全国で貨物輸出の占める割合が、工業産出に占める割合よりはるかに高いのは、三大メガロポリスの工業経済の品質が、他地域より高いことの表れである。そのことが、中国の工業経済をさらに三大メガロポリスへ収斂させていくであろう。

 「世界の工場」中国の中でも、三大メガロポリスこそが正真正銘の「世界の工場」であると言うべきであろう。

図16 中国各都市工業産出額分析図
図17 中国各都市貨物輸出額分析図

 (4)文化科学技術とハイエンド・サービスの中心地域

 文化・科学技術とサービス、とりわけハイエンド・サービスの分野において、三大メガロポリスは全国の先駆けとなっている。〈中国都市総合発展指標〉は、都市のある機能を外部が利用する度合いを「力」として定義し、卸売・小売、医療、文化・スポーツ・娯楽、金融、高等教育、科学技術などの分野で評価した。その結果、三大メガロポリスの中心都市は、これらの分野で他の都市とは比較にならないほど強大な輻射力を持つことがわかった[29]。つまり、三大メガロポリスの中心都市はこの分野で、全国に向けてハイエンド的なセンター機能を提供している。

 卸売・小売の輻射力では、全国地級市以上の都市の295都市中、上位6都市は上海、北京、深圳、広州、南京、杭州であり、すべて三大メガロポリスに属する都市である。三大メガロポリスでの大規模かつ高密度の人口集積が、卸売・小売の発達を促した[30]

図18 中国各都市卸売・小売輻射力分析図
注:本指標で使用する「輻射力」とは、広域影響力の評価指標であり、都市のある業種の周辺へのサービス移出・移入量を、当該業種従業者数と全国の当該業種従業者数の関係、および当該業種に関連する主なデータを用いて複合的に計算した指標である。

 医療輻射力における上位3都市は北京、上海、広州であり、三大メガロポリス各々の中心都市がランクインしている。3都市には数多くのハイレベルな医療機関が集積し、他の地域から患者が最も利用する都市となっている[31]

図19 中国各都市医療輻射力分析図

 文化・スポーツ・娯楽輻射力では上位8都市中、6都市が三大メガロポリスに属している。とりわけ上位3都市の北京、上海、広州は、文化・スポーツ・娯楽の中心都市としての地位がずば抜けて高く、なかでも首都北京は全国の文化センターとして位置づけられている[32]

図20 中国各都市文化・スポーツ・娯楽輻射力分析図

 高等教育輻射力の上位2都市も北京、上海であり、三大メガロポリスの中心都市が高等教育分野でも全国をリードしている。なかでも北京は全国における高等教育センターとしてその存在感は突出して強い[33]

図21 中国各都市高等教育輻射力分析図

 科学技術輻射力においては上位30都市の中で、三大メガロポリスに属する都市は18都市にものぼる。とりわけ上位5都市は北京、上海、深圳、広州、蘇州であり、すべて三大メガロポリスの都市が顔を揃えている。特に北京は、全国の科学技術センターとしての地位が際立っている[34]

図22 中国各都市科学技術輻射力分析図

 金融輻射力においては上位9都市の中で、三大メガロポリスに属する都市は7都市ある。そのうち、上海、北京、深圳は中国の三大金融センターとして不動の地位にある[35]

図23 中国各都市金融輻射力分析図

 都市の時代は、都市競争の時代でもある。都市が外部の人材、資金、情報を引き寄せる「吸引力」は、「ストロー効果」と呼ばれる。卸売・小売、医療、文化・スポーツ・娯楽、金融、高等教育、科学技術は、すべて都市の吸引力の要素である。三大メガロポリスはこれらの分野での強大な優位性により、中国全土あるいは全世界から人材、資金、情報を一層引き付け、発展し続けている。

メガロポリス時代の挑戦と課題

 中国には「中国の都市化は中小都市モデルで進むべきだ」と主張する人が多い。多くの学者や官僚が、オーストリア、スイス、チェコ、ハンガリーなどの国が歩んだ中小都市モデルを崇拝している。もっとも、これらの国が中小都市モデルで都市化を進めたのは、工業化が始まった時期が早かったからである。ゆえに農村から都市部への人口移動は、大半が周辺の地域からであった。さらに労働力の移行プロセスも、長い時間をかけて農業から紡績業、機械業、そしてサービス業、情報産業にまで至った。

 これに対して、工業化の後発国は、大都市型の発展モデルを展開するケースが多い。人口も一挙に全国から大都市へと流れる。都市化プロセスの変化は、都市の経済主体としての現代産業の集積能力が、ますます強大になったことから起こった。

 200年余りの近代都市化プロセスは、都市化、大都市化、メガロポリス化の道を一途に辿り、都市の集積規模はさらに大きくなっている。現代産業の集積力が強大になるにつれ、都市規模の経済効率への影響がますます重要になってきた。特に都市のインフラやマネージメント力のレベルアップにより、集積効果が高められ、集積のマイナス効果の低減が可能となってきた。もちろん一部の発展途上国においては、インフラ及び都市のマネージメント力向上に追いつかないほどの人口集積が起こり、渋滞や環境汚染およびスラム街の肥大化など大都市病が発生している。

 中国政府は建国後長い間、人口や産業が都市部に集中する必然性を認識せず分散型重工業化政策、農村工業化政策、そして「小城鎮政策」を進めた。これらの政策は産業立地および人口移動の自由を制限し大都市の発展を抑制した。

 改革開放の深まりで企業立地が自由化され、産業投資は経済効率が高い地域に殺到し、メガロポリスへの大規模な人口移動が誘発された。しかし戸籍制度がもたらした二元社会構造の現実に、政府の政策思考はがんじがらめとなり産業と人口が大都市やメガロポリスに集中する現象をなかなか直視できなかった。

 2001年9月に、中国国家発展改革委員会、中国日報社、中国市長協会、日本国際協力事業団が共同で「中国都市化フォーラム—メガロポリス戦略」を上海市で開催した。中国において初めてメガロポリス政策を提案し[38]、メガロポリスに関する政策討論の口火を切った[39]

 中国政府は2006年、第11次五カ年計画において、メガロポリス発展政策を明確に打ち出した。これは、中国が半世紀にわたって続けてきた大都市抑制政策を放棄し、都市化政策を大転換したことを意味した。

図24 中国メガロポリス戦略イメージ図
出典 : 周牧之主編『城市化:中国现代化的主旋律』(湖南人民出版社〔中国〕、2001年)

 メガロポリスは、フランスの地理学者ジャン・ゴットマンが1961年出版の著書『メガロポリス』で初めて概念として使用した。ゴットマンはアメリカ東海岸の5大都市が組み合わさった人口3,000万人の地域をメガロポリスと称した。

 本レポートで論ずるメガロポリスと、ゴットマンが述べたメガロポリスは、メガロポリスが併せ持つ生産力と発展形態において大きな差異がある。メガロポリス経済の主体は、すでにフルセット型産業構造から世界的な分業構造へとシフトし、かつサービス産業と知識経済の占める比重が著しく増大した。特に注視すべきは、アメリカ大西洋沿岸メガロポリスの人口規模および人口密度が、今日の中国のメガロポリスには遠く及ばない点である。中国のメガロポリスと比較可能なのは、日本の太平洋メガロポリスである。

 本レポートでは、メガロポリスを、複数の大都市圏が緊密に連携する都市連担と定義する。その空間には数多くの大中小都市が存在し、さまざまな都市機能が密集し、有機的に相互連動している。都市間の時間的距離と経済的距離は、高密度かつ高速な交通ネットワークで短縮される。世界と交流交易する中枢機能を備え、世界との交流交易で得た活力を内部で分かち合えることが、メガロポリス発展の所以である。

 メガロポリスはその巨大さゆえに日常生活圏ではない。これに対して、大都市圏は通勤圏として定義できる。

 中国の三大メガロポリスの世界経済への影響力はさらに増大していく。同時に、三大メガロポリスの台頭は中国社会経済構造を大きく変え、大規模で高密度の都市社会をどう形作るかという大きなチャレンジを突きつけている。

 (1)人口大移動

 建国後、最初の30年の計画経済を通じて中国は一定の工業生産力を打ち立て、当時の厳しい国際環境に対応した。しかしこの時期に行われた人口移動への制限、とりわけ農村居住者に対する都市での就業と居住とを制限する戸籍制度は、後の都市化の発展を妨げた。

 中国のメガロポリスが直面する最大の課題は、まず膨大な数の人口移動にどう対処するかである。〈中国都市総合発展指標2016〉によると、全国295の地級市以上の都市における「戸籍人口を超える常住人口数」を持つ上位30都市のうち17都市が、三大メガロポリスの都市である。さらにそのうち上海、北京、深圳、東莞、天津、広州、蘇州、仏山など同上位8都市はすべて三大メガロポリスの都市である。

 珠江デルタメガロポリスは2,569.9万人、長江デルタメガロポリスは2,182.5万人、京津冀メガロポリスは1,259.4万人の非戸籍常住人口をそれぞれ受け入れている。つまり、三大メガロポリスは6,000万人以上の人口の戸籍を伴わない純流入がある。上位3都市を見ると、上海は987.3万人、北京は818.6万人、深圳は745.7万人の純流入人口が各々ある[40]

図25 中国各都市人口流動分析図 : 流入
注: 常住人口が戸籍人口を上回っている都市は、人口流入都市。
図26 中国各都市人口流動分析図 : 流出
注: 戸籍人口が常住人口を上回っている都市は、人口流出都市。

 以上から、膨大な数の外来人口がすでに三大メガロポリスで生活していることがわかる。しかし数千万人にのぼる農村戸籍を持つ出稼ぎ労働者は、仕事や生活上さまざまな制限や差別を受け、都市での社会保障や公共サービスシステムも未だ享受できず、真の意味での都市住民になれていない。戸籍制度によって分割された社会構造は、農村戸籍と都市戸籍という2つの社会集団の間で、収入や社会福祉の格差を広げている。同じ都市空間で生活している2つの集団間の格差が、社会の矛盾と不公平さを浮き立たせている。

 中国には寛容で開放的な都市社会が必要である。そのために、中国は戸籍制度を抜本的に改革し、国民全体に公平な社会保障制度や義務教育、医療、介護などの基本公共サービスシステム作りを急がなければならない。とりわけ人の移動に不利益となる制度を緩和し、都市への移住に伴う人々のストレスを低減させるべきである。

(2)都市の密度

 1990年代以来、熱狂的な開発区“運動”や不動産ブームが、中国の都市化を牽引してきた。猛烈なモータリゼーションも、交通渋滞、環境汚染、長時間通勤などの都市問題に拍車をかけた。よって乱開発、スプロール化が蔓延し、都市の低密度開発が加速した。

 都市は人口が集積する空間である。都市インフラと都市マネージメントが人口密度に追いつかない場合、“過密”などの大都市病が生じる。これに対して都市人口の“過疎”もまた、都市経済、特にサービス経済の発展を阻み、市民生活に影響を与える。中国の都市人口は、都市部と農村部の双方を含む行政単位によって統計される。かつ人口密度の尺度がないため、都市部における正確な人口の実態を反映できない。人口密度と都市との関係を分析できないがため、都市建設および都市化政策に混乱が生じている。

 〈中国都市総合発展指標2016〉は中国で初めてDID(Densely Inhabited District:人口集中地区)という概念を導入し、中国における都市の人口実態および都市化の進展について、より正確な分析を試みた。それを可能にしたのは、衛星データのリモートセンシング解析であった。同〈指標〉では4,000人/km2以上が繋がった地区をDIDとする[41]。このDID定義は日本と同様であるため、人口密度における両国の比較分析が可能となった。

 日本ではいわゆる都市化率とはDID人口の比率を意味する。「国勢調査」では、都市人口をDID人口と定義している。東京都のDID人口比率は現在98.2%に達した。つまりほとんどの人が、人口集中地区で生活している。東京都、埼玉県、千葉県、神奈川県からなる東京大都市圏のDID人口比率も89%にのぼる。東京大都市圏や名古屋都市圏、近畿都市圏で構成される太平洋メガロポリスのDID人口比率は78.9%で、日本全国のDID人口比率の67.3%に達している[42]

 それと比較すると現在の中国全土のDID人口比率は、まだわずか42.6%であり、日本とは25%ポイントほどの差がある。

図27 太平洋メガロポリスDID分析図
出典: 雲河都市研究院衛星リモートセンシング分析より作成。

 ただし大都市を見ると様子が違う。深圳のDID人口比率は全国トップの90.4%であり、三大メガロポリスの他の大都市では、上海は88.6%、北京は85.3%、広州は84.2%、天津は78.7%である。日本の人口100万人以上の12都市の総DID人口比率は93.9%である。これに対して中国のメガシティのDID人口比率はやや低いものの、その差は縮まってきている。

 中国の三大メガロポリスを見ると、DID人口の最高水準の珠江デルタメガロポリスは77.4%[43]、長江デルタメガロポリスは61%[44]、京津冀メガロポリスは51.4%[45]である。日本の太平洋メガロポリスと比較すると、DID人口比率において珠江デルタメガロポリスはかなり接近している。しかし長江デルタおよび京津冀両メガロポリスのDID人口比率はまだ低く、三大メガロポリスの都市化プロセスとの差異が明らかである。

 しかし、インフラ水準と都市マネージメント能力が日本に比べまだ低い中国では、DID人口密度が日本より高いことに注意すべきである。中国全土の平均DID人口密度は8,643人/ km2にも達し、日本のそれを1,885人/ km2も上回っている。

 中国のDIDの人口密度が日本と比べて2,000人/ km2近く高いことに対して、全国のDIDの平均人口比率そのものは、日本より約25%ポイントも低い。両データから伺えるのは、日本と比べ都市インフラが遅れる中国の都市では、DID人口の密度が高すぎる「局部過密」問題と、人口全体における都市化率がまだ低いという問題を、構造的に抱えていることである。特に局部過密問題は、交通渋滞、環境問題など都市問題を引き起こしている。

 都市人口の密度と産業、特にサービス業の生産性には明白な関係性がある。人口密度の過疎は、特にサービス産業の生産性に不利益をもたらす。過疎はまた、都市のインフラと公共サービスのコストや財政負担、そしてエネルギー効率にマイナスの影響を与える。

 ひと昔前は、先進諸国ですら高密度人口のマイナス効果を強調することが、世論や都市政策の主流であった。しかし、インフラ水準や都市マネージメント能力の向上によって、高密度のマイナス効果は抑えられた。と同時に、高密度がもたらす生産性、利便性、多様性などプラス効果への認識が徐々に高まった。  

 中国の都市では、マネージメント能力とインフラ水準を高め、高い人口密度がもたらす生産性、利便性、多様性などのプラス効果を、享受できるようにすることが大きな課題である。

 大規模な人口移動は中国でまだ続いている。今後数十年間、農村の労働力は絶え間なく都市に流入し、都市間の人口移動も速まり、メガロポリスは人口を受け入れる最大の都市空間となるだろう。集積効果を発展の原動力とする中国のメガロポリスは、高密度都市社会の実現に向けた大いなる戦いに挑んでいる。

 (3)知識経済の発展

 中国のメガロポリスの発展は、世界経済のパラダイムシフトの産物である。すなわち、グローバルサプライチェーンの展開の要請に応えて、巨大な工業生産力を蓄えたことによる。しかし今、世界規模の工業製品のデフレに直面し、これらメガロポリスは、工業経済からサービス経済及び知識経済へのシフトを急がなければならなくなった。

① 工業製品の価格下落

 グローバルサプライチェーンの分業は、それを構成する各部門の利益分配の上に成り立っている。中国は安価な労働力で組み立て等の部門を担い、国際競争の優位性を獲得しているものの、サプライチェーンで得られる利益は中国では限られている。大半の利益は海外での研究開発、主要部品の生産、ソフトウェア開発、ブランド経営、物流、販売などの部門の方に分配されている。

 このようなグローバルサプライチェーンの利益分配の特性と、中国が目下サプライチェーンの中で演じる役割とが、中国が30年間に及ぶ高度経済成長を経験しながら、いまだに経済強国へと成長しきれないことの一つの所以である。

 工業製品のデフレは、情報革命が富の分配メカニズムを変えた結果である。産業革命以来、工業生産力は一貫して世界の富の創造と分配の基軸であり続けた。それによって一次産品の貿易条件は絶えず劣化した。工業国は工業製品に有利な国際貿易体制を確立し、世界中から巨大な富を摂取した。

 しかしサプライチェーンが世界に拡がるにつれて、工業化は発展途上国へ及び、特に東アジアの発展途上国へ急速に普及していった。工業製品の生産と輸出は先進国の専売特許ではなくなり、中国をはじめとする途上国の工業生産への大規模参与によって工業製品のデフレが引き起こされ、工業製品の貿易条件はたちまち悪化した。逆に、著作権、特許、ブランド商標、ビジネスモデルなどの知的産品の貿易条件は急速に向上した。知識の創造力は工業生産力に取って替わり、世界における富の創造と分配の基軸となった。

② 集積と集中の激化

 グローバルサプライチェーンは、先進国で産業構造を変革させた。企業は現在、技術開発、ブランド経営、ソフトウェアと中核部品の生産に一層注力している。金融、運輸、通信、小売などのサービス業が、経済発展の主役となっている。映画や出版などの知識経済の象徴として著作権産業の成長が著しい。サービス産業や知識産業はいまや先進国都市の経済の主体となっている。

 工業経済は強い集積効果を持つ。集積効果によって、工業経済は特定の国の特定地域に集中する傾向があった。工業経済のこうした集積特性は、近代国家における地域間の不均衡発展をもたらしただけではなく、地球規模での途上国と先進国間の南北問題も引き起こした。

 工業経済の集積は、産業や人口の都市部、特に大都市への集中を助長した。大都市はその集積効果によって生産効率を大きく高めただけでなく、人々に多彩な都市生活環境を提供した。しかし、都市住民は大気汚染、交通渋滞、長距離通勤など大きな代償も払わざるを得なかった。そのため大勢の人々が、経済の効率化や都市生活の豊かさを求めながら、一方で田園での牧歌的な生活に憧れを抱いていた。

 1980年代に情報革命を察知した未来学者アルビン・トフラー(Alvin Toffler)は著書『第三の波』の中で、情報技術を通して人々は田園牧歌的な生活を楽しむと同時に高効率な経済活動が可能となり、都市の経済的な地位が低下すると予想した。当時、大都市病と不均衡発展に悩まされた人々は、この仮説に大きな期待を寄せた。

 しかし現実は、私たちに正反対の結果を見せつけた。情報社会における大都市の役割は低下するどころか、ますます強大になった。1980年から2015年までに、250万以上の都市人口を増やした都市が、世界で92都市にも及んだ。その中で1,000万人以上人口が増えた都市が11都市もあった。

 知識経済は工業経済に比べ、大都市に人口や産業を集積させるエネルギーがより強大である。日本の状況が、まさにこれを証明した。工業経済時代、日本の経済および人口は、東京、大阪、名古屋、福岡の四大都市圏に集中していた。そして、知識経済への転換過程でも日本では、人口や産業が地方分散へ向かわず、逆に東京一極集中が進んだ。

 一極集中現象の源には、知識経済の強烈な大都市志向がある。工業経済時代、日本では四大都市圏が工業経済の集積地であった。知識経済時代では、東京大都市圏が国際交流機能をベースに、他の追随を許さない巨大な集積を作り上げた。こうした事例からわかることは、情報革命は大都市の地位を弱めるのではなく、かえってその重要性を強めるということである。

③ 接触の経済性

 知識経済の大都市志向は、知識経済の本質に由来する。

 知識経済の根本は、人間という情報キャリアにある。人々が交流を通じて情報を判断し知識を生み出すことが、知識経済の本質である。人の情報交流と創造の効率が、知識経済の生産性の決め手となる。

 人が持つ情報は2種類に分かれる。ひとつはデジタル化、形式化、文字化された情報であり、もうひとつはデジタル化、形式化、文字化ができないアナログ情報、あるいは勝手に公開することができない情報である。前者に比べ後者はさらに複雑である。この意味では、情報の交流が情報技術だけに頼ることは不可能である。人が持つ情報には情報技術を通じて伝える情報があり、また情報技術では伝わらない情報もある。外に伝えられる情報は毎秒30万キロの速さで地球を駆け巡り、それは人々の接触を促し、人の体から切り離せない情報の交換につながる。情報技術の発展は、知識生産における人のface to faceの交流を減少させるどころか、却って増大させている。

 「規模の経済性」で工業経済の効率は決定される。これに対し、「接触の経済性」[46]は知識経済の効率を決める。人と人が膝を突き合わせる交流の効率こそが、知識経済生産性の決定的な要因となる。

 知識経済の生産性について言えば、接触の多様性、利便性と意外性は極めて重要である。情報の均質性を重視する工業経済に比べ、知のバックグラウンドの差異性こそが、知識経済にとって極めて重要である。似通ったバックグラウンドを持つ者同士の交流よりも、異なる知識と文化の背景を持った者同士の交流の方が、さらに知の価値を産みやすい。

 情報キャリアの多様性、接触の便利性と意外性は、知識経済の生産性を決定付ける。知識経済は真の交流経済と言える。巨大な国際交流基盤を持つメガロポリスは、知識経済に最良のプラットフォームを提供する。情報社会でメガロポリスの果たす役割はますます大きくなり、経済や人口は一層メガロポリスに集中していくだろう。

④ 三大メガロポリスが牽引する中国の知識経済

 2012年、中国の発明特許申請件数が初めてアメリカを上回り、世界のトップに躍り出た。今日、世界最大の特許申請国たる中国では、三大メガロポリスが特許ライセンス量の58.9%を占めている。各メガロポリスが全国に占める同割合は、珠江デルタが14.2%、長江デルタが33.5%、京津冀が11.1%である。知識経済のメガロポリスへの集約は中国でもはっきりしている。中国全土の49.6%の研究開発要員が集まる三大メガロポリスは、名実ともに中国の知識経済の牽引車となっている。

 メガロポリスは知識経済時代の交流経済プラットフォームとして、国内外の人々を受け入れる包容力がいる。その意味では、メガロポリスは交流経済をサポートする物理的機能を備えるだけではなく、人々を受け入れる寛容性と多様性とを兼ね備えることが必要である。しかし北京、上海などの都市では今、外来人口への厳しい姿勢や海外とのネット接続規制といった時代の要請と逆行する事態が起こり危惧されている。

 中国の知識経済発展は、メガロポリスの肩に負うところが大きい。工場経済[47]で身を起こしたメガロポリスを、知識経済に向けていかに進化できるか。これが中国の未来をも左右する。

 (4)サービス経済の高度化

 先進国ではサービス経済はすでに工業経済に取って代わり、大都市の経済主体となった。中国も今まさにこの大転換期に突入している。

 世界の工場として中国は鉄鋼、自動車、電子など多くの工業分野において過剰な生産能力を持つ。しかし、高等教育、医療、介護、文化、娯楽などサービス分野では深刻な供給不足である。

 サービス経済は都市住民の生活を向上し豊かにする肝心要である。と同時に知識経済や工業経済の効率性を高める要素でもある。

 サービス産業の発展は、中国経済の転換を左右する。中国全土のサービス経済の牽引役として、三大メガロポリスは人口密度を適切に高め、規制を緩和し、さらなる開放をもって、サービス産業を大発展させることが望ましい。

 (5)生態環境の課題

 急速な工業化と都市化が中国に深刻な環境危機を引き起こしている。産業、生活、移動による汚染(大気、水質、土壌)、生物多様性の喪失、深刻な水不足などが、都市や周辺の生態環境に重大な影響を及ぼしている。工業化と都市化のフロントランナーとしての三大メガロポリスで、生態環境問題はとりわけ深刻である。

 〈中国都市総合発展指標2016〉によると国連の1人当たり水資源量の定義では[48]、中国の295の地級市以上の都市では、110都市が極度の水不足、45都市が重度の水不足に陥っている。

 そのうち、京津冀メガロポリス10都市の中で8都市が極度の水不足、長江デルタメガロポリスの26都市の中で8都市が極度の水不足、珠江デルタメガロポリス9都市の中で2都市が極度の水不足にある。水資源問題は、明らかに中国のメガロポリスの発展を妨げる重大な要因となっている。工業化、都市化による深刻な水質汚染が、こうした水不足問題に拍車をかけている。

 大気汚染も今日、中国の都市を悩ませる深刻な問題である。〈中国都市総合発展指標2016〉のデータによると、全国地級市以上の295都市のPM2.5の年間平均偏差値では、京津冀メガロポリス10都市の同偏差値は69.9であり、なかでも北京の同偏差値は78.7に達し、全国平均水準の50をはるかに上回っている。これは、同地域の大気汚染が、全国平均よりはるかに深刻であることを示している。長江デルタメガロポリス26都市の同平均偏差値は53.1で、ほぼ全国平均水準である。珠江デルタメガロポリス9都市の平均偏差値は33.3で、全国平均水準より良好である。

 以上の分析からわかるように、京津冀メガロポリスは、水資源問題が非常に深刻であり、大気汚染も長江デルタおよび珠江デルタの両メガロポリスと比べ、より深刻である。気候や地理的な条件を取り除いても、京津冀メガロポリスの工業化と都市化の質は、他の両メガロポリスに比べて劣っていると言えよう。

 こうした課題に鑑み、三大メガロポリスがいかに生態環境友好型の発展を遂げるかが、今日の中国の経済社会発展における至上命題であろう。

 (6)内陸部におけるメガロポリスの発展

 内陸地域と比べて、三大メガロポリスの最も際立つ優位性は、深水港を作れる立地条件である。これによって、世界との大交流、大交易の中枢機能が形成され、開放的な文化が育まれた。内陸部においても、成都、重慶を中心とした長江上流メガロポリスや、武漢を中心とした長江中流メガロポリスなどが形成されつつある。しかし、世界との大交流、大交易の舞台としては、内陸メガロポリスは、三大メガロポリスと同レベルで論じることはできない。

 それにしても、内陸部では経済や人口が大都市に集積・集中する傾向がますます明確になってきた。交通インフラの整備とともに、隣接する複数の大都市と中小都市が関係を深め、徐々にメガロポリス的集積空間を形成しはじめている。メガロポリスは中国内陸部においても発展の基本形態となりつつある。

 内陸地域発展のボトルネックは、深水港から遠いことである。そのため内陸のメガロポリスでは輸送コストの影響が少ない産業を、経済発展のエンジンとする必要がある。

 また、内陸地域は、沿海地域よりも環境容量が小さく、河川下流への環境影響も大きい。環境問題に対してより慎重な対応が必要である。とりわけ、北方地域では、すでに水不足が深刻で、節水型の発展モデルの構築を急がなければならない。

 よって内陸地域では、工業経済よりは知識経済そしてサービス経済への取り組みが重要である。特に内陸の中心都市においては、交通の中枢機能や金融、商業、教育、科学、文化、娯楽、医療等のセンター機能の構築いかんが、地域全体の発展に、大きな影響を及ぼす。つまり中国の内陸の発展は、内陸のメガロポリスそしてその中心都市の行方にかかっている。

メガロポリスの大変革

 〈中国都市総合発展指標2016〉の「ビジネス環境」小項目の全国地級市以上295都市の偏差値において、京津冀メガロポリスの北京が第1位、天津が第7位であり、長江デルタメガロポリスの上海が第2位、杭州が第6位、南京が第9位、寧波が第11位、蘇州が第12位であった。珠江デルタメガロポリスでは広州が第3位、深圳が第4位、東莞が第10位となっている。同偏差値の全国上位12都市で三大メガロポリスに属さない都市は、第5位の重慶と第8位の成都だけであった。ビジネス環境における三大メガロポリスの優位性が際立っている。

 同「開放度」小項目の全国地級市以上295都市の偏差値において、上位20都市のうち三大メガロポリスが15都市を占めている。そのうち、長江デルタメガロポリスは第1位の上海をはじめとして6都市が、京津冀メガロポリスは第2位の北京をはじめとして2都市が、珠江デルタメガロポリスは第3位の深圳をはじめとして7都市が占めている。三大メガロポリスは、中国の開放経済をリードしている。

 同「人的交流」小項目の全国地級市以上295都市の偏差値において、上位20都市のうち三大メガロポリスが10都市を占めている。そのうち、長江デルタメガロポリスでは第1位の上海をはじめ6都市が、京津冀メガロポリスでは第2位の北京をはじめ2都市が、珠江デルタメガロポリスでは第3位の深圳をはじめ2都市が占めている。三大メガロポリスが中国の交流経済のペースメーカーとなっている。

 経済の減速、環境問題の深刻化、伝統的な工業の生産能力過剰など、約40年前の改革開放当時同様、中国はいま、歴史的な変革の瀬戸際にある。メガロポリスは改革開放の騎手として、社会の変革、経済の転換を主導する重責を担っている。

 本レポートの後半は、珠江デルタ、長江デルタ、京津冀の三大メガロポリス、そして内陸部の成渝メガロポリスを取り上げ詳細に分析する。

2. 珠江デルタメガロポリス


 珠江デルタ地域は広東省の一部と香港、マカオの2つの特別行政区から成るエリアである。改革開放初期、香港はイギリスに、マカオはポルトガルに統治されていた。1997年に香港が、1999年にマカオが相次いで中国に返還され、特別行政区となった。本来、珠江デルタメガロポリスは香港とマカオを内包しているが、データの制限によって、本レポートでは両都市を含めていない。本レポートでは中国国家発展改革委員会の定義に従い、広東省の広州、深圳、珠海、仏山、江門、肇慶、恵州、東莞、中山の9都市を珠江デルタメガロポリスと定め、分析を行う。

改革開放政策の試験区

 1980年、広東省の深圳、珠海、汕頭、および福建省廈門の4都市が「経済特区」に指定され、中国の対外開放が幕開いた。

 広東経済発展の起爆剤はまさに、グローバルサプライチェーンの展開であった。1980年代初め、広東省は中国全土に先駆けて原材料や部品を輸入し、加工品を輸出する加工貿易政策を奨励した。多くの海外企業が同地の優遇政策に惹かれ、工場を投資した。当時、グローバルサプライチェーンが発展途上国で展開したビジネスモデルは、「アジア四小龍」と呼ばれる韓国、台湾、シンガポール、香港のNIEs[49]化で成熟した。NIEsの労働力コスト上昇に伴い、香港と隣接する広東省はグローバルサプライチェーンの新天地となった。

 1993年には、80 %以上の香港の製造業企業が、広東省を含む中国華南地域に生産機能を移転し、同エリアに3万カ所以上の工場を建設した。これら香港資本の企業で勤務する大陸の従業員数は、当時300万人に達し、これは香港の製造業従業者数の5倍であった。広東省は香港の製造業の大規模な移転を受けて産業基盤を着実に作り上げ、大きく発展した。

 香港の成熟した金融センター、貿易センター、海運センターは、広東省の産業発展に重要な役割を果たした。また、広東省の経済発展も香港に大陸の関連業務を授け、大発展のチャンスを提供した。これを受けて香港の空港と港湾も、アジアの重要な交通ハブの一つとして発展した。香港の金融市場も多数の大陸企業の上場によって、大いに活気づいた。

 服飾、電子、玩具などの加工貿易で勃興した広東省は、40年の発展を通じて今日、その産業の領域は電子、機械、自動車、鉄鋼、石油、化学工業など工業の全領域に及び、世界最大級の複合型産業集積地の一つに成長した。

 特に広東省の現地企業の急成長は目覚ましい。HUAWEI、中興、TCL、格力、美的に代表される多くの地元企業が、世界に名だたる大企業へと飛躍した。

外来人口の大規模受け入れ

 改革開放政策を率先して実施したことで、広東省は数千万に及ぶ人々を中国全土から呼び寄せた。計画経済で長期間封じ込められていた活力が、「広東ドリーム」によって弾けると、空前規模の人口移動が湧き起こった。

 農民工と呼ばれる出稼ぎ労働者は、広東省に廉価な労働力を大量に提供し、急速な工業化で拡大した労働力需要を満たした。高等教育を受けた大勢の大卒者も、当時の流行語「孔雀が東南へ飛ぶ(人材が広東省へ向かう)」を合言葉に内陸から広東へ向かい、その多くが同地に住み着いた。

 〈中国都市総合発展指標2016〉によると、珠江デルタメガロポリス9都市において、戸籍を持たない常住人口は、深圳市が745.7万人、東莞市が642.9万人、広州市が465.7万人、仏山市が349.5万人、中山市が163.2万人、恵州市が124.2万人だった。江門、珠海の両市の外来人口受け入れは比較的小規模であり、それぞれ57.5万人と51.2万人である。肇慶市は唯一人口が流出した都市であり、その流出規模は30万人である。珠江デルタメガロポリスは現在、戸籍を持たない居住人口が合わせて約2,600万人にのぼり、中国では最も外来人口を受け入れている地域となっている。

 巨大な産業と人口の集積によって、珠江デルタ地域に、人口が密集する都市連担—珠江デルタメガロポリスが形成された。

 新興産業集積は、豊富な人的リソースを必要とする。珠江デルタメガロポリスは開放的で寛容な文化と社会環境とで、大勢の外来人材と労働力とを引きつけ、人的リソース備蓄の制約を克服した。

インフラ整備

 グローバルサプライチェーン型産業集積は、文化や制度上の開放だけでなく、世界と連携するためのインフラ整備も必要としている。

 グローバルサプライチェーンは、何よりも膨大な貿易量を処理できる大型港を必要とする。珠江デルタは地理的に、大型港湾をつくるために必要な深水海岸線に恵まれている。

 また幸運にも広東省で加工貿易政策がはじまったとき、香港はすでに世界屈指のハブ港に成長し、グローバルサプライチェーンが広東省で大展開する条件を提供できた。

 グローバルサプライチェーンによる巨大な海運量を得て、深圳港、広州港も躍進を遂げ、世界第3位と第8位のコンテナ港に成長した。

 〈中国都市総合発展指標2016〉のデータによると、全国295の地級市以上の都市のコンテナ港の利便性ランキングで、珠江デルタメガロポリスは8都市がトップ30に入っている。なかでも深圳は第2位につけている。全国コンテナ港取扱量の26.3%を占める珠江デルタメガロポリスは、中国で最も海運条件に恵まれた地域だと言えよう。

 グローバルサプライチェーンの珠江デルタでの展開は、地域や国境を飛び越えた人的往来を増大させていった。これに対応するために同地域では、今日すでに香港国際空港、マカオ国際空港、広州白雲国際空港、深圳宝安国際空港、珠海金湾国際空港、恵州平潭空港、仏山沙堤空港の7空港が建設された。これら空港の旅客取扱量は中国全国の11.2%、航空貨物取扱量は同18.4%を占めている。

 〈中国都市総合発展指標2016〉によると、全国295の地級市以上の都市の空港利便性ランキングでは、広州と深圳はそれぞれ第3位と第4位である。また、珠江デルタメガロポリスでは、中山、東莞、仏山、珠海の4都市が同ランキング30位以内に入っている。珠江デルタメガロポリスは、世界各地と交流するうえで非常に利便性の高い地域となっている。

 高密度な高速道路、高速鉄道、運河のネットワークが、珠江デルタの都市に張り巡らされ、高度な分業体制を有する連担都市が形成された。

 港、空港、高速道路、高速鉄道、電力などのインフラに膨大な投資を費やしたことで、珠江デルタメガロポリスのインフラ水準は大幅に改善され、グローバルサプライチェーンの高効率な展開が保障された。

空間構造の特色

 産業発展が珠江デルタに人口を大量流入させ、巨大規模の都市人口が集積した。広州、深圳両都市はすでに常住人口がそれぞれ1,308.1万、1,077.9万人のメガシティとなり、東莞、仏山の人口規模も各々834.3万人、735.1万人に達した。また、恵州、江門、肇慶、中山の4都市の常住人口も300〜400万人規模となった。同メガロポリスにおいて、人口規模が最少の珠海すら161.4万人に達している

 珠江デルタメガロポリスに根付いた大規模な人口は、合計5,094.5 km2に及ぶ巨大な人口集中地区(DID)を形成した。本レポートではDID分析を通じて同メガロポリスの空間構造を分析し、以下3つの特徴を明らかにした。

 珠江デルタメガロポリスの空間上の際立った特徴は、人口の都市化率が中国で最も高いエリアであることだ。5,763.4万人の常住人口に対して同メガロポリスのDID人口規模は、4,406.7万人に達し、DID人口比率は77.4%に達している。特に深圳のDID人口比率は90.4%に達し、同比率において中国の都市でトップとなった。広州、東莞、仏山、珠海、中山5都市の同比率も、各々84.2%、83%、82 %、79.9%と74.9%に達している。恵州、江門の同比率は各々63.5%、55.8%である。肇慶の同比率は最も低く42.8%に留まる。

 珠江デルタメガロポリスの空間上の第二の特徴は、「三大三中二小」構造である。「三大」とは広州+仏山、深圳、東莞のDID面積が各々1,787.8 km2、1,128.2 km2、894.5 km2であることを指す。仏山のDIDの大部分が広州のDID地域と隣接し、「大広州」の一角として考えられる。恵州、江門、中山、肇慶、珠海の5都市のDID面積は比較的小さく、また分散している。

 広州と仏山で形成する「大広州」のDID人口規模は1,690.3万人に達し、同メガロポリス内における最大の都市エリアである。深圳のDID人口規模は943.6万人に達し、大広州地区に次ぐ都市エリアである。東莞のDID人口規模も695.2万人に達している。

 「三中」は恵州、江門、中山を指す。DID人口はそれぞれ294.2万人、252.5万人、237.3万人である。「二小」は珠海と肇慶を指し、各々のDID人口規模は200万人以下である[50]

 「三大三中二小」の空間構造において、広州+仏山、深圳、東莞から成る「三大」のGDP規模、貨物輸出額、第三次産業GDPの合計は、それぞれ珠江デルタメガロポリスの80%、83%、84%を占めている。

 珠江デルタメガロポリスの空間構造の第三の特徴は、「一長一短」の二本の都市連担である。「一長」とは、広州、東莞、深圳から香港にまで至る1本の密集した都市連担である。「一短」とは、広州と仏山東部に連なる「大広州」の人口集中地区から、中山の北部と江門の東北部に至るもう1本の都市連担である。

産業構造の特色

 珠江デルタメガロポリスはすでに分厚い工業集積を形成し、中国における第二次産業GDPおよび貨物輸出額において、各々8%、23.7%を占めている。グローバルサプライチェーン型産業集積として輸出志向は濃厚である。

 改革開放初期、香港の空港や港湾の国際ハブ機能、そして貿易、金融などのセンター機能を利用し、広東省の「工場経済」は迅速に発展し、「前は店、後ろは工場」と呼ばれるような、香港と広東がセンター機能と工場機能を補い合うモデルが作られた。しかし、今日では、巨大な産業および人口集積を盾に、珠江デルタメガロポリスには、すでに国際的な空港や港湾、そして貿易、金融、コンベンションなどセンター機能が形成されている。同メガロポリスの工業経済も、単純な工場機能から本社機能、研究開発などの領域へと拡大した。

 〈中国都市総合発展指標2016〉の「輻射力」による珠江デルタメガロポリスの分析では、卸売・小売の分野で深圳、広州の輻射力は突出しており、それぞれ全国第3位と第4位である。両市における商業の高集積に比べ、その他の都市の同集積は相対的に貧弱である。

 科学技術の分野では、深圳と広州は強大な輻射力を持ち、全国の科学技術輻射力ランキングは第3位と第4位である。また、東莞、仏山、中山の3都市は全国の同輻射力トップ30にランキング入りし、それぞれ第14位、第17位、第23位である。深圳、広州は全国のR&D人員数ランキングで、それぞれ第3位と第6位である。珠江デルタメガロポリスは全国のR&D人員数のうち、12.5%も占めている。両都市は全国の特許取得数ランキングでもそれぞれ第4位と第9位で、同メガロポリスは全国の特許取得数のうち14.2%を占めている。深圳と広州の2都市を中心に、珠江デルタメガロポリスはすでに中国の重要な研究開発センターの一つに成長している。

 高等教育の分野では、珠江デルタメガロポリスで広州だけが全国の高等教育輻射力トップ30に唯一ランクインし、第7位である。深圳、東莞の同輻射力は共にマイナスである。これら新興都市の高等教育が、自身の旺盛な人材需要に応えられていないことを表している。同メガロポリスは全国の大学生数の5.7%を有しているものの、京津冀と長江デルタと比べ、高等教育の分野でまだ相対的に弱い。

 1991年に証券取引市場が開設された深圳は、いまや全国三大金融センターの1つになっており、全国金融輻射力は第3位である。珠江デルタメガロポリスでは全国金融輻射力トップ30に広州、珠海もそれぞれ第7位と第12位にランクインしている。

 文化・スポーツ・娯楽の分野では、広州と深圳は全国文化・スポーツ・娯楽輻射力ランキングトップ30入りし、各々第3位と第7位であるものの、北京・上海との差は大きい。同時に、新興都市である深圳は省都の広州に比べ、この分野ではまだ弱い。珠江デルタメガロポリスでは、文化・スポーツ・娯楽の施設と活動が広州に集中している。

 医療分野は、珠江デルタメガロポリスは広州だけが全国医療輻射力トップ30に、唯一第3位でランクインした。多くの都市の同輻射力はマイナスである。これは新興都市での医療サービスが、域内の需要を満たしていないことを意味している。京津冀、長江デルタと比べて珠江デルタメガロポリスは、医療分野において高いニーズがあるにもかかわらずその集積は未だ遅れている。

 香港に隣接する深圳は、中国全土で海外旅行客数(香港、マカオ、台湾からを含む)が最も多い都市であり、広州も全国第3位である。珠江デルタメガロポリスが、中国全土の海外旅行客数に占める割合は27.7%に達している。同メガロポリスはまた、全国の最大のコンベンションセンターに成長した。

 総じて、珠江デルタメガロポリスには、北京、上海に匹敵するほどの中心都市は存在しないものの、広州、深圳は人口1,000万人以上のメガシティにまで成長し、同メガロポリスを牽引する二大エンジンとなっている。

 製造業、金融、研究開発などの分野においては、深圳はすでに広州を超えている。しかし省都である広州は、文化・スポーツ・娯楽、医療、高等教育の分野では依然として高い実力を保っている。

 他都市における製造業の発展は著しく、東莞、仏山、恵州、珠海、中山5都市は全国の貨物輸出トップ30に入り、それぞれ第4位、第13位、第16位、第22位、第23位である。しかし、これらの都市は未だサービス産業の分野が貧弱である。今後サービス経済を充実させることで、「工場経済」から真の意味での都市経済へアップグレードが必要である。

珠江デルタメガロポリスの評価分析

 〈中国都市総合発展指標2016〉の環境大項目では深圳がトップに上がった。また広州は第11位であった。同環境大項目において、珠江デルタメガロポリスは「水土賦存」と「気候条件」小項目での全国における優位性が明らかである。

 大気汚染は、京津冀メガロポリスと比べ、珠江デルタメガロポリスは相対的に軽微であり、たとえば全国地級市以上295都市の中で、PM2.5汚染が最も軽微なトップ30の中で、恵州と深圳はそれぞれ第17位と第30位である。しかしながら、中国で最も工業化が進んだ地域のひとつとして水質汚染、土壌汚染は深刻である。

 環境大項目において、「環境努力」、「資源効率」、「コンパクトシティ」、「交通ネットワーク」、「都市インフラ」などの小項目では、珠江デルタの都市は相対的に上位ランキングにある。

 同〈指標〉で、珠江デルタメガロポリス内9都市の、環境大項目におけるパフォーマンスを評価すると、深圳は優位性が突出している。広州、仏山の偏差値は接近し第2位と第3位である。恵州、中山は第3グループに位置し、江門、東莞、珠海は第4グループ、肇慶は最下位である[51]

図28 珠江デルタメガロポリス 9 都市環境大項目分析図
注:上記は、珠江デルタメガロポリス9都市の偏差値の順位である。以下、図31まで同。

 〈中国都市総合発展指標2016〉の社会大項目のランキングトップ20の中で、広州、深圳は、それぞれ第5位と第11位である[52]

 同〈指標〉で珠江デルタメガロポリス内9都市の、社会大項目におけるパフォーマンスを評価すると、省都である広州は第1位、深圳は続く第2位である。両都市と、他の都市との間には大きな差があり、第2グループは仏山、珠海、東莞、中山で各々第3位、第4位、第5位、第6位である。第3グループは肇慶、江門であり、恵州が最下位である。

 中国で最も早く対外開放政策を実施し、グローバルサプライチェーンと連動発展してきた珠江デルタメガロポリスの経済力には、確かな厚みがある。

図29 珠江デルタメガロポリス 9 都市社会大項目分析図

 〈中国都市総合発展指標2016〉の経済大項目のランキングトップ20都市中、同メガロポリスは4都市がランクインし、深圳、広州、東莞、仏山はそれぞれ第3位、第4位、第13位、第18位となっている。同メガロポリスの経済大項目における実力を誇示している。

 同〈指標〉で、珠江デルタメガロポリス内9都市の、経済大項目におけるパフォーマンスを評価すると、深圳、広州の優位性が際立つ。第2グループの東莞、仏山は、それぞれ第3位、第4位である。第3グループの中山、珠海、恵州はそれぞれ第5位、第6位、第7位である。江門、肇慶は最下位のグループに属してい[53]

図30 珠江デルタメガロポリス 9 都市経済大項目分析図

 〈中国都市総合発展指標2016〉総合ランキングでは、深圳、広州の成績が第3位、第4位とずば抜けて高い。珠江デルタメガロポリスの中心都市としての実力が浮き彫りになっている。また仏山も同第17位につけている。

 同〈指標〉で、珠江デルタメガロポリス内9都市の総合指標を評価すると、深圳と広州両都市の優位性が際立っている。第3位、第4位、第5位、第6位、第7位、第8位は、それぞれ仏山、東莞、中山、珠海、恵州、江門で、最下位は肇慶であ[54]

図31 珠江デルタメガロポリス 9 都市総合指標分析図

次なる挑戦

 〈中国都市総合発展指標2016〉によると、中国で都市化が最も進んだ珠江デルタメガロポリスは、DID人口比率が77.4%であり、全国の最高水準である。この値は日本の太平洋メガロポリスの83.2%に比べ5.8%ポイントの差である。すなわち、珠江デルタメガロポリスでは、22.6%の人口に当たる1,300万人が、今なお非DID地域に生活している。同メガロポリスの空間構造における最大の課題は、人口をさらにDID地域に集約しなければならない点にある。都市化への道のりはいまだ遠い。

 さらに注意すべきは、太平洋メガロポリスと比べ、珠江デルタメガロポリスのDID人口密度が657人/ km2も高くなっていることである。つまり、珠江デルタメガロポリスのDID人口密度は、そのマネージメント能力やインフラ水準と比べ、相対的に高い。そこから生まれる交通渋滞や生活の不便さといった様々な問題をいかに解消するかが、同メガロポリスの空間構造が直面する第2の課題である。

 珠江デルタメガロポリスにおいては、開発区や工業園区などの工場誘致のために設置された政策的な開発エリアがたくさんあり、そこでは低密度の開発が横行していると同時に、大量のDIDが中心市街地の外に分散し点在している状況を作り出した。こうしたエリアにおけるインフラ整備や公共サービスの提供、さらに社会マネージメントは遅れをとっている。これらにどう対処するかが、同メガロポリス空間構造における大きな課題であろう。

 なお、この地域における最大の課題は、香港、マカオとのリンケージの強化である。近年、香港、マカオを巻き込んだ「粤港澳大湾区」計画が浮上してきた。珠江デルタ9都市と香港、マカオとの連携と協働が一気に進むと期待されている。

3. 長江デルタメガロポリス


 長江デルタは中国経済において活力、産業能力、イノベーション能力が最も高く、外から最も人口を受け入れている地域の一つである。同地域は交通条件の利便性が高く、広大な後背地を持ち、多くの都市が密集し、中国の社会経済発展を牽引する重要なエンジンである。本レポートは中国国家発展改革委員会の定義に従い、上海、南京、蘇州、無錫、常州、南通、塩城、揚州、鎮江、泰州、杭州、寧波、嘉興、湖州、紹興、金華、舟山、台州、合肥、蕪湖、馬鞍山、銅陵、安慶、滁州、池州、宣城の26都市を、長江デルタメガロポリスと定め、分析を行う。

浦東開発を契機に大発展

 アヘン戦争後の1843年に開港して以来、上海は常に東アジアの中心都市であった。上海は、アジアの貿易センターおよび金融センターであったと同時に、その長江の入江に立地する地政学的な重要性により、中国最大の交通中枢であった。

 特記すべきは、1865年の江南機械製造総局(略称:江南製造局)、1890年の上海機械織工局の設立により、上海で中国近代機械工業および紡織工業の発展の幕が開かれたことである。その後、中国近代工業の発祥地としての上海は、一貫して全国最大の工業基地であり続けた。

 新中国成立後、計画経済体制のもと、上海は貿易および金融のセンター機能を失ったものの、商工業の厚みと地政学的優位性とにより、軽工業から重工業に至る産業構造を作り上げ、中国随一の商工都市の座を保持し続けた。

 しかし、1980年代以降、改革開放政策の逸早い実施で広東省が高度成長を実現したことに比べ、国営企業を主体とした上海は経済停滞に苦しんでいた。

 だが、当時の国営企業の経営難は、上海周辺地域の郷鎮企業[55]に発展のチャンスを与えた。とりわけ江蘇、浙江両省の郷鎮企業は、上海の国営企業から人材、設備、技術、ブランドまでを譲り受け、急速に発展した。

 上海の産業蓄積と、江蘇、浙江両省の活力とが合わさって、郷鎮企業は発展し、長江デルタに巨大な工業力を作り上げただけでなく、旺盛な企業家精神を育んだ。これが後の同地域の大発展の基礎固めとなった。

 1990年に中国政府は上海浦東新区開発を正式始動し、長江デルタ地域は歴史的な大発展期を迎えた。

 浦東開発を機に、中央政府は上海に積極的な投資受け入れ政策と大胆な国営企業改革を許可した。民営企業も上海に活力に満ちたビジネス層を生み出した。浦東開発は上海を低迷から救い、大発展期へと道を開いた。

 郷鎮企業が繁栄した1980〜1990年代、都市の発展は当時の国策により依然抑制されていたため、「小城鎮」と呼ばれる郷鎮企業の集積が、長江デルタ都市化のトレンドとなった。停滞する都市の周辺に、急速に広がるたくさんの小城鎮が興った。こうした現象は当時「蘇南モデル」と呼ばれ、世間の注目を集めた。

 浦東開発は上海だけでなく、長江デルタ全地域に大きなチャンスをもたらした。中国政府は浦東開発に、長江流域全体の発展をも引っ張られることを期待していた。1992年、政府は長江流域を対象にした「沿江開放政策」を打ち出し、「上海を先頭に、長江流域の協調発展を実現する」と構想し、全国の金融センターや航運センターとして上海の港湾、空港、高速道路など広域インフラ整備に、大規模な投資を実施した。

 浦東開発における政策緩和により、長江デルタ地域の各都市は競って開発区を設置し、各種の優遇政策を打ち出し、積極的に投資を誘致した。さらに1990年代末以降、国は都市の拡張に対する抑制を徐々に緩和し、同地域の都市建設面積は急拡張し、産業と人口が大都市に一気に集積した。

 都市機能と大型インフラの改善によって上海はセンター機能を向上させ、グローバルサプライチェーンに必要なビジネス環境を充実させた。グローバルサプライチェーンの大展開と、中国の最も実力ある産業地帯の開放が幸運にも巡り会い、長江デルタ地域は大発展した。

 長江デルタ地域は今日、電子、機械、自動車、鉄鋼、石油、化学工業にいたる全工業分野において世界で最大規模の複合型産業の集積地となった。産業の急速な発展が都市の成長を牽引した。それぞれ特色のある都市は高密度な交通ネットワークを通じて巨大な都市集合空間—メガロポリスを形成した。長江デルタメガロポリスは今、中国経済発展を牽引する一大エンジンに成長した。

外来人口の大規模受け入れ

 広東省に遅れること10年、1990年代以降長江デルタ地域にも大量の外来人口が流れ込みはじめた。同時に、この地域の内部でも農村から都市、地方都市から大都市へと大規模な人口移動が発生した。

 〈中国都市総合発展指標2016〉によると、長江デルタメガロポリス26都市のうち、上海は現在、987.3万人の非戸籍常住人口を抱え、中国最大規模の外来人口を受け入れている。

 蘇州、寧波、杭州、南京、無錫、嘉興、常州がそれぞれ受け入れた非戸籍常住人口は399.3万人、197.3万人、173.4万人、173万人、172.9万人、108.9万人、101万人である。金華、合肥、紹興、鎮江、湖州、舟山の6都市の受け入れ非戸籍常住人口規模は67万人から17万人の間であった。台州、銅陵、馬鞍山の3都市の人口移動のプラスマイナスは、ほぼゼロであった。揚州、池州、宣城、蕪湖、南通、泰州、滁州、安慶、塩城の9都市は人口流出都市である。とりわけ塩城の流出人口は100万人を超えている。

 膨大な産業と人口の集積が、長江デルタ地域に密度の高い都市連担を形成し、2,586万人にものぼる非戸籍常住人口を受け入れる一大メガロポリスを作り上げた。

 長江デルタメガロポリスは国内外企業と人材に発展的な空間を提供し、その活力を活かし、高度成長をものにした。

大規模インフラ建設

 上海は2004年、中国の国際航運センターに指定された。上海港はいま世界一巨大なコンテナ港となった。長江デルタメガロポリスではさらに寧波─舟山港が世界第6位のコンテナ港となっている。蘇州港と南京港も中国全国コンテナ取扱量ランキングでそれぞれ第11位と第14位である。

 〈中国都市総合発展指標2016〉によると、全国295の地級市以上の都市において、全国コンテナ港利便性で上海はトップとなった。長江デルタメガロポリスは上海の他に12都市が、同利便性全国ランキングトップ30にランクインしている。同メガロポリスは中国全国のコンテナ港取扱量の34.4 %も占め、中国最大の海運センターとなっている。

 東アジアのハブ空港として建設された上海浦東国際空港は、すでに中国旅客乗降数ランキング第2位の国際空港となっている。また、長江デルタメガロポリスは他にも上海虹橋国際空港、杭州蕭山国際空港、南京禄口国際空港という中国旅客乗降数上位30位にランクインする3つの国際空港を持つ。加えて寧波櫟社国際空港、合肥新僑国際空港、無錫蘇南碩放国際空港、常州奔牛国際空港、揚州泰州国際空港、金華義烏空港、南通興東空港、塩城南洋空港、舟山普陀山空港、台州路橋空港、池州九華山空港、安慶天柱山空港の12空港があり、同デルタメガロポリスでは計16空港から成る巨大な航空システムが形成されている。

 〈中国都市総合発展指標2016〉によると、上海は全国295の地級市以上都市の空港利便性ランキングで、首位に立つ。長江デルタメガロポリスは全国空港旅客乗降数および航空貨物取扱量の各々19.3%、33.8%を占め、中国最大の航空輸送センターとなっている。

 世界的なハブ機能を持つ大型空港や港の整備により、長江デルタメガロポリスは、世界との交流・交易のビジネス環境を整えた。さらに至る所に高速道路、高速鉄道、内陸河川航路ネットワークが張り巡らされ、高度に分業した巨大な産業集積を作り上げた。大規模なインフラ投資は、長江デルタメガロポリスの社会経済発展の確たる基礎となった。

空間構造の特色

 1980年代の農村主体の「郷鎮企業」と「小城鎮」発展を経て、長江デルタは1990年代以降、大規模な工業化及び都市の発展段階に入った。同地域は、大量の人口を受け入れ、巨大規模の都市人口集積が出来上がった。なかでも2,426万人の常住人口を持つ上海は、中国最大人口規模を誇るメガシティとなった。

 蘇州も常住人口1,000万を超えるメガシティに成長している。杭州、南京の二つの省都も近い将来、メガシティになる見込みである。

 寧波、合肥、南通、塩城、無錫、台州、金華、安慶の8都市の人口規模は、500万〜800万人規模である。人口100万から500万人の間の都市は、紹興、常州、泰州、嘉興、揚州、滁州、蕪湖、鎮江、湖州、宣城、馬鞍山、池州、舟山の13都市である。人口規模が100万以下の都市は銅陵だけである。長江デルタメガロポリスの常住人口規模は1.5億人にものぼり、中国人口の11.8%をも占めている。

 〈中国都市総合発展指標2016〉によると、長江デルタメガロポリスのDID人口は9,138.6万人であり、全国DID総人口の15.9%を占め、中国最大規模の都市人口集積となっている。しかし、DID人口比率はまだ61%と低く、珠江デルタメガロポリスより16.4%ポイントも低い。

 巨大な産業と人口集積が、長江デルタ地区に総面積10,014.9 km2の人口集中地区(DID面積)を作り上げた。本レポートはDIDを用いてメガロポリスを分析し、以下に挙げる3つの空間構造上の特徴を見出した。

 長江デルタメガロポリスの空間上の第一の特徴は、内部26都市の発展レベルの格差が大きいことである。上海のDID人口比率が88.6%に達していることに対して、メガロポリス内部で計10都市の同比率は50 %以下であり、最下位の池州はわずか13.3%である。

 第二の特徴は、「一大十四中十一小」構造である。「一大」とは、2,076.3万人ものDID人口を持つ上海であり、都市人口規模では中国最大である。その規模と機能は他の都市を遥かに超えている。

 「十四中」とは、DID人口200〜700万規模の都市が、南京、杭州、蘇州、合肥、寧波、無錫、台州、常州、金華、南通、紹興、安慶、揚州、嘉興まで14都市あることを指す。「十一小」とは、DID人口規模200万人以下の11都市で、塩城、鎮江、泰州、蕪湖、馬鞍山、滁州、湖州、宣城、舟山、銅陵、池州がこれに当たる。そのうち宣城、舟山、銅陵、池州4都市は、DID人口規模が100万人以下である[56]

 長江デルタメガロポリスの空間構造の第三の特徴は、「一密一疎」の2本の都市連担があることである。「一密」は、上海から南京を経て蕪州までの長江南岸に形成された比較的密集した都市連担である。

 「一疎」は、上海から杭州湾に沿って杭州を経て寧波に至る都市連担である。前者に比べ、後者は相対的にその密度が緩やかである。

 12都市からなる「一密一疎」の2本の都市連担のGDP、人口規模、DID人口規模とDID面積が、長江デルタメガロポリスに占める割合は、それぞれ71.4%、59.5%、75.8%、72.3%に達している。

産業構造の特色

 長江デルタメガロポリスは、中国で産業力が最も高い地域である。全国の第二次産業GDP、貨物輸出額が占める割合は各々18.3%、44%に達し、中国最大の工業センターかつ輸出基地となっている。

 上海を中心として長江デルタメガロポリスは、金融、貿易、研究開発、文化・スポーツ・娯楽、観光・コンベンションなどのセンター機能を兼ね備えている。

 〈中国都市総合発展指標2016〉の「輻射力」の概念を用いて、長江デルタメガロポリス26都市を分析すると、卸売・小売の分野では、上海は全国最大の商業地であることがわかった。

 全国地級市以上295都市の卸売・小売の輻射力において、南京、杭州、蘇州、合肥は各々第5位、第6位、第17位、第21位であった。だが、この4都市の卸売・小売は、上海の卸売・小売のボリューム、レベル、コンテンツの豊富さに比べると、未だかなり格差があり、地域的な商業センターのポジションに留まっている。

 科学技術分野で、全国の科学技術輻射力ランキング第2位の上海は実力が極めて高い。その他さらに蘇州、杭州、無錫、南京、寧波、常州、合肥、揚州、鎮江、南通の10都市が、同輻射力全国トップ30にランクインしている。

 長江デルタメガロポリスは全国で24.7%のR&D人員数及び33.5%の特許取得数を有し、中国最大の研究開発センターとなっている。

 高等教育の分野では、上海は全国高等教育輻射力ランキングで、北京に次ぐ第2位である。南京、杭州、合肥もそれぞれ第4位、第13位、第14位であり、人材を排出する高等教育基地を担っている。長江デルタメガロポリスの全国大学生数に占める割合は14.3%に達し、中国最大の高等教育センターとなっている。

 1990年に上海証券市場、1999年に上海先物取引市場が相次いで開かれ、上海は全国最大の金融センターとなり、全国トップの金融輻射力を持つ。杭州、南京、寧波、蘇州、無錫の同輻射力ランキングはそれぞれ第4位、第8位、第9位、第13位、第24位である。

 文化・スポーツの分野では、上海は同輻射力ランキング第2位と高位である。省都としての南京、杭州、合肥の同輻射力ランキングはそれぞれ第5位、第8位、第25位であり、いずれも地域的な文化・スポーツセンターとなっている。

 医療分野では、上海は医療輻射力全国第2位で、北京に次ぐ全国的な医療センターの一つとなっている。杭州、南京は第8位と第12位であり、地域的な医療センターである。

 上海は全国海外旅行客ランキング第2位の都市となっており、杭州、蘇州、寧波はそれぞれ第5位、第18位、第19位である。長江デルタメガロポリスは全国海外旅行客数のシェアを18.2%有し、また中国最大のコンベンションセンターの一つともなっている。

 すなわち長江デルタメガロポリスでは、上海が各種の全国的センター機能を発揮している。省都の南京、杭州そして合肥は、地域センターとして機能している。蘇州、寧波、無錫、常州などの都市は急速に発展し、製造業はもちろんサービス業分野でも強力な産業力を形成している。

長江デルタメガロポリスの評価分析

 〈中国都市総合発展指標2016〉の環境大項目ランキングにおいて、長江デルタメガロポリスの26都市の中で、上海と蘇州がトップ20にランクインし、それぞれ第5位と第20位である。国連が定める1人当たりの水資源量の基準で見れば、同メガロポリスでは実に半数の8都市が極度の水不足に陥っている。大規模な工業化と都市化は、同地域の生態環境に大きな負荷を与えている。

 同〈指標〉でメガロポリス内26都市の環境大項目を分析すると、上海の優位性は突出している。蘇州は偏差値で上海と一定の差はあるものの、第2位となっている。

 第2グループの寧波、南京、杭州、台州4都市の偏差値は近接し、それぞれ第3位、第4位、第5位、第6位である。第3グループは金華、無錫、舟山、池州、南通、常州、揚州、嘉興、安慶、泰州、塩城、紹興、合肥で、第4グループは湖州、滁州、蕪湖、宣城、鎮江、銅陵の各都市であり、馬鞍山は最下位となっている[57]

図33 長江デルタメガロポリス 26 都市環境大項目分析図
注:上記は、長江デルタメガロポリス26都市の偏差値の順位である。以下、図36まで同。

 〈中国都市総合発展指標2016〉の経済大項目ランキングの首位は、上海である。長江デルタメガロポリスで全国トップ20にランクインしているのは、第6位の蘇州、第7位の杭州、第9位の南京、第14位の寧波と第15位の無錫である。6都市も経済の全国ランキング上位20都市にランクインしている現象は、長江デルタメガロポリスの経済的な実力の高さを端的に示している。

 同〈指標〉でメガロポリス内26都市の経済大項目ランキングを分析すると、上海はトップ、次いで蘇州、杭州、南京、寧波、無錫5都市が第2グループとなる。第3グループは常州、合肥、南通、嘉興、紹興、鎮江、舟山、揚州、金華、台州、湖州、泰州、蕪湖、塩城の14都市。第4グループは、銅陵、馬鞍山、安慶、宣城、滁州、池州の6都市である[58]

図34 長江デルタメガロポリス 26 都市経済大項目分析図

 〈中国都市総合発展指標2016〉の社会大項目ランキングで、長江デルタメガロポリスの6都市がトップ20にランクインしている。すなわち第2位の上海、第4位の杭州、第7位の南京、第8位の蘇州、第15位の無錫、第17位の寧波で、経済力が同メガロポリスの社会発展の強力な後ろ盾となっている。

 同〈指標〉でメガロポリス内26都市の社会大項目ランキングを分析すると、上海の優位性が突出し、杭州、南京、蘇州の3都市が第2グループである[59]。第3グループは無錫、寧波、紹興、金華、嘉興、揚州、常州、南通、合肥、湖州、鎮江、台州12都市である。第4位グループは泰州、舟山、塩城、宣城、安慶、銅陵、蕪湖7都市となる。最下位グループは池州、馬鞍山、滁州の3都市である。

図35 長江デルタメガロポリス 26 都市社会大項目分析図

 〈中国都市総合発展指標2016〉総合ランキングで、上海の成績は堂々たる第2位だった。また、蘇州、杭州、南京、寧波、無錫の5都市が全国トップ20にランクインし、それぞれ第6位、第7位、第9位、第12位、第15位となり、長江デルタメガロポリスの総合的な実力を誇示している[60]

 同〈指標〉でメガロポリス内26都市の総合指標を分析すると、上海のトップは揺るがない。蘇州、杭州、南京3都市の総合偏差値は接近し第2位グループとなっている。寧波、無錫がその後に続く。

図36 長江デルタメガロポリス 26 都市総合指標分析図

次なる挑戦

 〈中国都市総合発展指標2016〉によると、長江デルタメガロポリスのDID人口比率は珠江デルタメガロポリスに比べて16.4%ポイントも低く、5,850万人が未だ非DID地域に生活し、都市化の道のりはまだ厳しいといえる。

 しかし一方で、長江デルタメガロポリスのDID人口密度は珠江デルタメガロポリスよりも高く9,125人/ km2に達し、日本の太平洋メガロポリスの同密度より1,132人/ km2も高い。都市マネージメント能力やインフラレベルに比べ人口密度は高過ぎる状態で、局部過密現象が深刻である。

 注意すべきは、同メガロポリスにおいて数多く設置されている開発区や工業園区で、低密度の開発が広がっていることである。他方、郷鎮企業の発展をきっかけに鎮や村単位での開発が進み、大量のDIDが中心市街地の外に分散して点在する状況を作り出している。

 長江デルタメガロポリスは一層の都市化の進展を通じて、工場経済から都市経済への移行を必要としている。ゆえに、大都市を中心にサービス業を発展させ、都市生活の質や経済活動の効率を高め、高密度大規模都市社会の構築に挑戦しなければならない。

図37 長江デルタメガロポリス DID分析図
出典: 雲河都市研究院衛星リモートセンシング分析より作成。

4. 京津冀メガロポリス


 中国経済発展の新しいエンジンとして北京、天津を中心とする京津冀メガロポリスが大発展期に入った。本レポートは中国国家発展改革委員会の定義により、北京、天津、石家荘、唐山、秦皇島、保定、張家口、承徳、滄州、廊坊の10都市を京津冀メガロポリスと定め分析する。

北京・天津のダブルコア

 京津冀地域は渤海に面し、背後に太岳山脈が連なり、地政学的に非常に重要な位置にある。同地域は北京、天津の二大直轄市を抱えながら、周辺都市の発展は遅れ、その格差が著しい。

 (1)北京

 首都北京は、京津冀メガロポリスの中核である。紀元前221年、秦の始皇帝が中国を統一して以来、北京は常に中国北方の重鎮かつ中心であり続けた。1272年以降、元、明、清三大王朝は相次いで首都を北京に置き、1949年10月1日に中華人民共和国は北京を首都として正式に定めた。

 建国前、北京は一消費都市にすぎなかった。新中国成立後、政治、文化、教育の中心となった北京は、工業基地と科学技術センターの使命をも与えられた。計画経済下の30年間の重化学工業化により、北京は一時期、中国北方の重工業の要となった。

 改革開放後、北京は知識経済へとかじを切り、ハイテクをはじめとする「首都経済」への転換を図った。とりわけオリンピックを契機とし、「人文北京、ハイテク北京、グリーン北京」の発展理念を掲げ、工業基地からの脱皮を成し遂げた。

 北京には今日、中国の政治経済の中枢機能が集中し、同時に教育、科学技術、文化メディア、医療衛生、国際交流など各種のセンター機能を発揮し、各界のエリートを集めている。

 (2)天津

 京津冀メガロポリスの第二の大都市は、天津である。

 隋朝の大運河開通を皮切りに、天津は「南糧北運(南の食糧を北へ運ぶ)」の中継地となった。元朝以降、天津は北京の玄関として、常に軍事と水運の要所であり続けた。

 天津の近代化は、「洋務運動」を機にはじまった。清政府はいち早く天津に機械製造局を創設し、西洋から技術や設備を導入して外国人技術者を雇用し、近代工業の発展に向けて歩みを進めた。洋務運動期、天津は鉄道、電報、電話、郵便、鉱業、近代教育や司法などで全国に先駆けた。天津は当時中国第二の商工業大都市であり、北方最大の金融商業貿易センターであった。

 新中国成立後、天津は北京、上海と並ぶ直轄市となり、工業基地としての実力をさらに強化した。

 天津経済技術開発区が1984年に設置され、積極的な外資導入がはじまった。2005年に中国政府は「天津浜海新区」を設置し、新区建設を通じて京津冀地区を珠江デルタ、長江デルタに続く新しい成長エンジンに発展させようと努めた。天津に集まったエアバス、シェル、一汽トヨタ、サムスン電子など多くの国内外企業が、いまや、航空、電子情報、石油採掘・加工、海洋化学工業、現代冶金、自動車・装備製造、食品加工、生物製薬にいたる複合的な産業集積地を作り上げた。

外来人口の大規模受け入れ

 〈中国都市総合発展指標2016〉によると、首都北京は、818.6万人の非戸籍常住人口を受け入れている。上海に次ぐ外来人口受け入れ第2の都市である。天津も500.3万人の非戸籍常住人口を受け入れている。京津冀メガロポリスの中では、石家荘、唐山、秦皇島、廊坊4都市は各々36.7万、23.6万、11.4万、1.8万人の人口流入がある。それに対して、張家口、承徳、滄州、保定4都市は人口が流出している。保定の流出人口は50万人近くにのぼる。

 北京、天津の2大直轄市を中心に、京津冀地域では人口が密集する都市連担—京津冀メガロポリスが形作られている。同メガロポリスは現在1,259.4万人の外来人口を受け入れている。これは珠江デルタメガロポリスの半分近くの規模である。

大規模インフラ建設

 首都北京の海の玄関として天津港は、中国コンテナ取扱量ランキングでは第6位、また世界コンテナ取扱量ランキングにおいて第10位で、中国北方で最も重要なハブ港である。

 〈中国都市総合発展指標2016〉によると、天津は京津冀メガロポリスの中で、コンテナ港利便性において全国トップ30に唯一ランクインした都市である。同メガロポリスが全国コンテナ港取扱量に占める割合は7.8 %であり、中国北方最大の海運センターとなっている。

 京津冀メガロポリスは、海運に比べ、航空輸送での優位が際立っている。中国の空の玄関である北京首都国際空港は、中国旅客乗降客数最大の空港であり、アジアにおいても航空便発着数で第1位を誇る国際ハブ空港である。天津浜海国際空港も中国旅客乗降客数で第20位である。北京南苑空港、石家荘正定国際空港、唐山女三河空港、張家口寧遠空港、秦皇島北戴河空港の5空港を加えると、同メガロポリスには、すでに7つの空港から成る巨大な航空網が形成されている。

 中国最大の航空輸送センターの一つとして、京津冀メガロポリスが中国旅客乗降数と航空貨物取扱量における割合は各々13%と15.6%に達している。

 〈中国都市総合発展指標2016〉によると、北京は全国295の地級市以上の都市における空港利便性ランキングで第2位である。ほかに京津冀メガロポリスは天津と廊坊の両都市が同ランキングトップ30に入っている。

 大型の空港や港の整備は、京津冀メガロポリスと世界との交流・交易のネットワークを強化した。さらに高速道路と高速鉄道は、国内の都市連携を緊密にした。大規模なインフラ投資は、同メガロポリスの社会経済発展の基礎を築いた。

空間構造の特色

 京津冀メガロポリスは常住人口規模1,000万人を超えるメガシティを4つも有する。中国都市常住人口規模ランキング第3位の北京、第4位の天津、第7位の保定、第10位の石家荘である。なかでも北京は常住人口2,000万人以上の超メガシティである。唐山、滄州は人口700万人級の都市であり、廊坊、張家口は400万人級、承徳、秦皇島は300万人級の都市である。京津冀メガロポリスの常住人口規模は合計8,947万に達し、全国人口の7%を占めている。

 〈中国都市総合発展指標2016〉によると、京津冀メガロポリスのDID人口は4,379.6万人、全国DID総人口の7.6%にまで達し、巨大規模の都市人口を抱えている。しかしDID人口比率はわずか51.4%であり、珠江デルタメガロポリスより26%ポイントも低く、三大メガロポリスの中で都市化が最も遅れている。

 京津冀地域のDID総面積は4,783.5 km2に達している。本レポートではDIDを用いて同メガロポリスの空間構造を分析し、以下の3つの特徴を明らかにした。

 京津冀メガロポリス空間上の最大の特徴は、10都市の発展水準のギャップが激しいことである。北京と天津のDID人口比率は、各々85.3%と 78.7%に達するものの、同じメガシティである石家荘のDID人口比率は一気に52.3%まで下がる。その他7都市のDID人口比率はさらに40%以下であり、最下位の廊坊はわずか17.6%である。

 同メガロポリスの空間上のもう一つの特徴は、「二大三中五小」構造である。「二大」とは北京と天津を指す。首都北京のDID人口は1,703.2万人に達し、その規模と機能は他都市を超越している。

 天津もDID人口が1,035.5万人に達し、地域的な中心都市となっている。

 「三中」とは石家荘、保定、唐山で、DID人口250万以上600万以下の3都市である。「五小」とは、滄州、秦皇島、張家口、承徳、廊坊の5都市で、DID人口が150万以下である。

 京津冀メガロポリスの空間上の第三の特徴は、“一横一縦”の2本の軸である。「一横」は北京、天津を軸とする地帯、「一縦」は北京から保定、石家荘にまで至る地帯である。二本の軸線は今後、密度を増し都市連担を成すと予測されるものの、いまだ各都市の連なりはまばらである。同メガロポリスの空間構造上、DID面積が合わさる都市連担としての密度には、未だ足りていない。

産業構造の特色

 京津冀メガロポリスの産業集積は分厚く、中国全国に占める第二次産業GDPおよび貨物輸出額はそれぞれ7.5%、5.5%に達し、中国最大級の工業基地の一つとなっている。

 北京を中心とする京津冀メガロポリスには、中国で本社中枢機能が最も集中し、金融、技術イノベーション、文化・スポーツ・娯楽、医療・衛生、コンベンション等においても一級のセンター機能を有している。

 〈中国都市総合発展指標2016〉で用いる「輻射力」の概念で京津冀メガロポリス10都市を分析すると、卸売・小売の輻射力で北京は全国第2位、天津は第13位である。

 北京は中国地級市以上295都市の中で、科学技術輻射力ランキング第1位、天津は同ランキング第8位である。京津冀メガロポリスが全国R&D人員数と全国特許取得数に占める割合はそれぞれ12.3%と11.1%に達し、全国最大規模の研究開発センターの1つとなっている。

 北京は中国地級市以上295都市中、高等教育輻射力が堂々第1位で、北京大学、清華大学をはじめとするトップ校が集まっている。天津は同輻射力で第9位にランクインしている。京津冀メガロポリスの全国大学生数に占める割合は8.1%に達し、中国における重要な高等教育センターとなっている。

 北京は中国地級市以上295都市中、文化・スポーツ・娯楽輻射力第1位で、他都市に抜きん出ている。天津、石家荘、秦皇島は、各々同輻射力ランキングで第22位、第24位、第30位につけ、文化・スポーツ・娯楽の地域的な中心地となっている。

 北京は中国地級市以上295都市中、医療輻射力第1位で、最先端医療機関が多数集まる全国的な医療センターとして、毎年全国各地から大勢の患者を受け入れている。天津、石家荘は同ランキングで第11位と第26位であり、医療の地域的なセンターとなっている。

 北京は中国地級市以上295都市中、金融輻射力第2位で、中国では金融関連の本社機能が最も集約している。天津の同輻射力ランキングは第19位である。

 北京、天津は中国地級市以上295都市中、海外旅行客ランキングで第4位と第6位である。全国海外旅行客において京津冀メガロポリスが占める割合は7.4%に達する。北京、天津は国内旅行客ランキングでは第3位と第6位で、全国国内旅行客数において京津冀メガロポリスが占める割合は7.9%に達する。

 北京は政治、科学技術、文化芸術の都、国際交流の中心であり、しかも全国一のコンベンションセンターであり、同時に全国最大規模の歴史遺産を持つ。交流経済と観光経済の発展が京津冀地区の大きなポテンシャルとなっている。

 北京は中国の政治、文化、科学技術、そして国際交流の中心として、交流経済発展のポテンシャルが極めて高く、京津冀メガロポリスの発展をリードしている。天津は同地域の海の玄関であり、また中国北方地域の工業の重鎮として、科学技術、文化、教育、医療などの方面でも相当の輻射力を持つ。石家荘、唐山、保定は工業の比重が高い産業都市である。省都としての石家荘は、一定の水準の地域センター機能を持つ。同メガロポリスでは北京、天津両市以外の他都市の文化、教育やサービス業は比較的遅れをとっている。

京津冀メガロポリスの評価分析

 京津冀地域は深刻な渇水状況に陥っている。国連の水資源の基準では、京津冀メガロポリス10都市中8都市が、極度の渇水都市に属している。長期にわたる渇水状態は同メガロポリスの発展を制約し、地下水の過剰な汲み上げ問題も深刻化している。同地域の環境汚染問題も際立ち、全国地級市以上295都市におけるPM2.5汚染都市トップ30に、京津冀メガロポリスは5都市も含まれている。

 〈中国都市総合発展指標2016〉で同メガロポリス内10都市の環境大項目の偏差値を分析すると、北京が第1位である。第2グループの天津、秦皇島、石家荘は、それぞれ第2位、第3位、第4位である。第3グループは滄州、廊坊、唐山、承徳、張家口である。保定の評価は最も低く最下位である[61]

図38 京津冀メガロポリス 10 都市環境大項目分析図
注: 上記は、京津冀メガロポリス10都市の偏差値の順位である。以下、図41まで同。

 同〈指標〉経済大項目全国ランキングにおいて、北京は第2位、天津は第5位であり、二大直轄市の経済力が端的に示されている[62]

 さらに同〈指標〉で京津冀メガロポリス内10都市の経済大項目の偏差値を分析すると、北京は言うまでもなく第1位である。天津は第2位であるが、北京とは大きな差がある。その他の都市と北京、天津両大都市との差は、段違いに大きい。

図39 京津冀メガロポリス 10 都市経済大項目分析図

 〈中国都市総合発展指標2016〉の社会大項目の全国ランキングでは、首都北京の優位性が明らかである。天津は同ランキング第3位であり、両直轄市は社会分野で秀でている[63]

 同〈指標〉で京津冀メガロポリス内10都市の社会大項目の偏差値を分析すると、北京は他の都市を引き離してトップ、天津は第2位につけたものの北京に大きく引き離されている。その他の都市は、両大都市との間に著しい格差がある。

 〈中国都市総合発展指標2016〉全国総合ランキング中、北京は首都にふさわしい栄冠を手にし、天津も第5位にランクインしている。

図40 京津冀メガロポリス 10 都市社会大項目分析図

 〈中国都市総合発展指標2016〉全国総合ランキング中、北京は首都にふさわしい栄冠を手にし、天津も第5位にランクインしている[64]

 同〈指標〉でメガロポリス内10都市の総合指標を分析すると、北京の総合的優勢は明らかであり、第2位の天津との間には大差がある。石家荘、秦皇島、滄州、唐山、廊坊、承徳は、それぞれ第3位、第4位、第5位、第6位、第7位、第8位である。保定の環境問題は深刻で、同地域内総合ランキングでワースト2位、張家口は同最下位だった。

 総じて、首都北京は、社会、文化、科学技術、本社機能などの分野において、他の都市とは比較にならないパワーを持つ。直轄市の天津もこれらの分野で秀でている。経済の領域では両大都市が強力であるが、構造的に天津、石家荘、唐山、保定などの都市は工業の比重が大きく、環境を犠牲にして工業化を進めた結果、生態環境に大きな圧力がかかっている。深刻な水資源不足は同地域の環境問題にさらに拍車をかけている。

図41 京津冀メガロポリス 10 都市総合指標分析図

次なる挑戦

 〈中国都市総合発展指標2016〉によると、京津冀メガロポリスのDID人口比率は珠江デルタメガロポリスに比べて26%ポイントも低く、4,568万人が非DID地区に生活し、都市化への道程はいまだ途上にある。

 一方、DID人口密度は9,156人/ km2に達し、日本の太平洋メガロポリスの同密度に比べ1,163人/ km2も高い。都市マネージメントとインフラ整備の水準を鑑みると、同地域の局部過密現象は深刻である。

 さらに京津冀メガロポリスでは、工場誘地のため数多くの開発区や工業園区が設置され、低密度開発が広がっている。他方、鎮や村単位で開発を進めてきた結果、大量のDIDが中心市街地の外に分散して点在している状況となっている。

 河北地域の農村部ではいまだ大量の人口を抱えている。同時に、石家荘、保定、唐山を始めとする同省の都市の産業構造や都市基盤の遅れはかなり深刻である。深刻な大気汚染を吐き出すとともにサービス業を中心とした都市経済がなかなか育たないのが現状である。京津冀メガロポリスの将来は都市化にかかっている。今後サービス経済の発展に注力し、都市生活の質や経済活動効率を上げ、密度の高い都市社会を構築していかなければならない。

図42 京津冀メガロポリス DID分析図
出典: 雲河都市研究院衛星リモートセンシング分析より作成。

5. 成渝メガロポリス


 成渝(成都と重慶)メガロポリスにまたがる四川省と重慶市は、長江上流に位置している。東は湖南・湖北両省に隣接し、南は雲貴高原が連なり、西は青蔵高原に通じ、北は陜西、甘粛両省に接する。東西南北が交わる戦略的要所である。同メガロポリスをリードする重慶と成都両都市は、内陸部農業人口集中地区で発展した典型的な「内陸型」メガシティである。本レポートでは中国国家発展改革委員会の定義に従い、重慶(渝中、万州、黔江、涪陵、大渡口、江北、沙坪壩、九竜坡、南岸、北碚、綦江、大足、渝北、巴南、長寿、江津、合川、永川、南川、潼南、銅梁、栄昌、璧山、梁平、豊都、墊江、忠県、開県と雲陽の一部地域)、四川省の成都、雅安(天全、宝興を除く)、綿陽(北川、平武を除く)、資陽、楽山、瀘州、南充、徳陽、宜賓、広安、遂寧、達州(万源を除く)、自貢、眉山、内江の16都市を成渝メガロポリスと定め、分析を行う。

重慶・成都

 成渝メガロポリスは全国におけるGDP規模と常住人口規模で各々6%と7.7%の割合を占めている。同メガロポリスの発展を牽引するのは重慶と成都両メガシティである。

 (1)重慶

 重慶は長江上流に位置し、長江の重要港として、歴史的に中国西南地域の政治経済および軍事拠点だった。

 近現代において、重慶は「重慶開港」、「戦時首都」、「三線建設」[65]の3度の転換点を経験した。

 1890年、中国とイギリスは「煙台条約」を締結し、重慶を開港し、税関を設置した。以来、各国は重慶に領事館を設置しただけでなく租界を開き、商社や工場などを開設した。これをきっかけに、民族資本も台頭した。中国西部では重慶が最も早く工業都市となった。

 1937年、中華民国政府は「国民政府移駐重慶宣言」を発布し、重慶を戦時首都と定めた。日中戦争時に中国の政治と軍事の中心地として、重慶には大量の人員と産業が移転した。これによって、重慶は一躍世界的な知名度を得た。戦時移民ブームによる外来要素と地元地域文化が合わさり、重慶は多様性に富んだ都市文化を築いた。

 新中国成立後、特に1964年の「三線建設」 戦略実施によって、三線の中核都市としての重慶は、沿海部から鉱工業企業、研究開発機関の人員を再び大量に受け入れ、内陸地域の重要な工業基地となった。

 改革開放以後、とりわけ1997年の直轄市昇格以来、重慶は急速に発展し、西南地域の社会経済発展のペースメーカーとなっていった。特筆すべきは、近年、フォックスコン、ASUS、ヒューレット・パッカードなどの国内外の有名企業が集まり、電子産業の一大集積地となったことである。

 西南地域の牽引役として、重慶は商業貿易、金融、文化、科学技術、教育、医療などの分野で強大な輻射力を持ち、重要なセンター機能を発揮している。

 (2)成都

 四川省の省都として成都は、成都平原の中心に位置し、物産が豊富で、古来より「天府之国」の誉れ高く、常に中国西南地域の政治・経済・軍事の中心であった。

 1877年、四川総督の丁宝楨は成都に四川機械局を創設し、洋務運動期に近代民族工業と軍事工業の原型を、四川に形作った。

 新中国成立後の鉄道建設は、閉ざされていた四川盆地の大扉をこじ開けた。成渝(成都─重慶)鉄道が1952年に竣工・開通し、宝成(宝鶏─成都)鉄道が1956年に甘粛省へつながり、さらに成昆(成都─昆明)鉄道が1970年に開通した。これらの鉄道の開通によって、中心都市としての成都は新しい時代を迎えた。

 三線建設は成都にも大きな影響を与えた。西南地域の三線建設指令部が設置された成都は、全国各地から鉱工業企業および研究開発機関の人員を大量に受け入れ、工業力や研究開発力が一挙に増した。三線建設によって成都は一大産業都市となった。

 改革開放以降、成都は急速に発展を遂げ、市街地面積は建国初期の18 km2から400 km2超へと膨らみ、230万人以上もの非戸籍常住人口を受け入れ、成渝メガロポリスの中で唯一の人口純流入都市となった。

 中国中西地域において、成都は外国領事館数第1位の都市であるばかりでなく、外資銀行、外資保険機構数、世界トップ500企業の進出数で第1位の都市である。成都はまさしく中国内陸地域に世界との交流プラットフォームを提供している。

 成都では近年、IT産業分野の発展が凄まじく、Cisco、GM、シーメンス、フィリップス、ウィストロン、フォックスコン、デル、レノボなど国内外の企業が進出し、巨大な産業集積を形成した。

 西南地域の中心都市として、成都は商業貿易、金融、文化、科学技術、教育、医療などの分野で強大な輻射力を持ち、重要なセンター機能を発揮している。

大規模人口流出

 成渝地域はもともと人口密度が高く、都市化水準は低かった、成都と重慶両中心都市の人口吸収能力に限りがあるため、人口が外部へ大量に流出している。

 〈中国都市総合発展指標2016〉によると、成渝メガロポリス16都市の中で、成都だけが230万人もの非戸籍常住人口を受け入れている。他の都市は人口が流出し、重慶の人口流出規模は383.8万人にも達している。同メガロポリスの流出人口の合計は1,268.9万人であり、中国で最も人口が流出している地域の1つである。

インフラ整備

 内陸部にある成渝メガロポリスは臨海の優位性を持たず、大量の物資輸送は長江航路や道路、鉄道に頼り、時間と費用がかかる。そのため物流コストが同地域の発展を制約する最大の要因となっている。長江航路を持つ重慶は、この地域の一大物流拠点となっている。

 成渝メガロポリスの航空輸送について、〈中国都市総合発展指標2016〉によると、成都と重慶は全国地級市以上295都市の空港利便性ランキングでそれぞれ第5位と第16位である。今日、この地域には重慶江北国際空港、成都双流国際空港、瀘州藍田空港、綿陽南郊空港、南充高坪空港、宜賓莱壩空港、達州河市空港の7空港がある。同メガロポリスの空港旅客乗降数や航空貨物取扱量は全国で各々8.8%と6.3%に達し、中国内陸部において航空輸送が最も発達している地域となっている。

 1995年に重慶と成都の両都市を結ぶ成渝高速道路が開通した。20年後の2015年に開通した成渝高速鉄道は、両都市間の時間距離と経済距離をさらに圧縮した。

 空港、高速道路、高速鉄道などの交通インフラへの大規模投資は、成渝メガロポリスの外部との交通条件を大幅に改善しただけでなく、メガロポリス内部もより緊密化した。

空間構造の特色

 重慶、成都は、常住人口がそれぞれ2,991.4万人、1,442.8万人のメガシティである。次いで633.4万人の南充、553万人の達州が続く。綿陽、宜賓、瀘州の3都市の人口規模は400万人クラス、内江、資陽、徳陽、遂寧、楽山、広安6都市の人口規模は300万人クラス、眉山と自貢両都市の人口規模は200万人クラスである。人口規模が最小の雅安は154.4万人である。

 成渝メガロポリスではすでに総面積3,770.2 km2の人口集中地区を形成している。本レポートではDIDを用いて同メガロポリスの空間構造を分析し、以下の3つの特徴を見出した。

 成渝メガロポリスの空間上の第一の特徴は、その人口規模の大きさに対して都市化率が低いことである。同メガロポリスは9,749.9万人の常住人口に対し、そのDID人口規模は3,354.5万人、DID人口比率はわずか34.7%であり、珠江デルタメガロポリスより42.7%ポイントも低い。

 同メガロポリスの空間上の第二の特徴は“二大”構造である。二大とは重慶、成都のDID面積が各々966.8 km2、914 km2に達し、その他の都市のDID面積が格段に小さく、かつ比較的分散していることである。

 DID人口規模から見ると、重慶、成都は1,064.7万人と951.2万人に達している。これに対して南充、達州、徳陽、自貢、綿陽、遂寧の6都市のDID人口規模は100万人以上200万人以下である。他の8都市のDID人口規模は100万人以下で、人口規模が最も少ない眉山は32.7万人である。

 成渝メガロポリスの空間構造上の第三の特徴は、重慶と成都の両中心都市がすでに高速道路や高速鉄道で結びついているものの、沿線にはまだ都市連担が形成されていない点にある。

 「二大」の空間構造は、経済指標でも確認でき、成渝メガロポリスにおける重慶と成都両都市のGDP、貨物輸出額、第三次産業GDPの合計は、それぞれ60%、89%、67 %に達している。

産業構造の特色

 成渝メガロポリスはすでに一定の工業集積を形成しており、特に近年IT産業が急速に発展し、重慶と成都に巨大規模のIT産業集積が出来上がっている。同メガロポリスが全国第二次産業GDP、貨物輸出額に占める割合はそれぞれ6.3%、3.4%に達している。

 〈中国都市総合発展指標2016〉の輻射力の概念を利用し、成渝メガロポリス16都市を分析すると、卸売・小売の分野で重慶と成都の輻射力は突出し、全国地級市以上295都市中それぞれ第9位と第10位である。

 成都は全国地級市以上295都市中、科学技術輻射力ランキング第6位、重慶は同第30位である。成渝メガロポリスが全国R&D人員数と特許取得数に占める割合はそれぞれ5.4%と4.9%で、中国内陸地域の重要な科学技術センターの一つとなっている。

 全国地級市以上295都市中、成都、重慶は高等教育輻射力ランキングで各々第8位と第11位である。成渝メガロポリスの全国大学生数に占める割合は9.9%に達し、中国の重要な高等教育センターの一つとなっている。

 全国地級市以上295都市中、成都は金融輻射力ランキングで第23位である。

 成都、重慶は全国地級市以上295都市中、医療輻射力ランキングで各々第5位と第7位であり、重要な地域医療センターとなっている。

 文化・スポーツ・娯楽の分野で、成渝メガロポリスは比較的立ち遅れ、全国輻射力ランキングのトップ30にはどの都市もランクインしていない。

 重慶、成都は全国地級市以上295都市中、海外旅行客ランキングでそれぞれ第9位と第14位であり、全国海外旅行客の中で、同メガロポリスが占める割合は4.2%である。それに対して全国国内旅行客数ランキングでは重慶、成都はそれぞれ第1位と第5位であり、同メガロポリスが占める全国国内旅行客数は9.7%の高いシェアに達している。豊かな自然と悠久の歴史文化を持つ同メガロポリスは、観光経済と交流経済において高いポテンシャルを有している。

 総じて、重慶、成都の両都市はほとんどの分野で周辺へ強力な輻射力を持ち、その他の都市との格差は大きい。

成渝メガロポリスの評価分析

 環境大項目全国ランキングの中で、成渝メガロポリスの都市はトップ20にいずれもランクインしていない。

 同〈指標〉で成渝メガロポリス内16都市の環境大項目を分析すると、重慶は首位で、成都が第2位、雅安が第3位である。資陽、楽山の偏差値は近接し、第4位と第5位である[66]

図43 成渝メガロポリス 16 都市 環境大項目分析図
注: 上記は、成渝メガロポリス16都市の偏差値の順位である。以下、図46まで同。

 〈中国都市総合発展指標2016〉の社会大項目における全国ランキングトップ20で、重慶、成都はそれぞれ第6位と第10位であ[67]

 同〈指標〉で成渝メガロポリス内16都市の社会大項目を分析すると、重慶、成都両市の偏差値は高く、他の都市との格差は大きい。

図44 成渝メガロポリス 16 都市社会大項目分析図

 〈中国都市総合発展指標2016〉の経済大項目における全国ランキングトップ20で、重慶、成都はそれぞれ第8位と第10位である[68]

 同〈指標〉で成渝メガロポリス内16都市の経済大項目を分析すると、重慶、成都両市の偏差値は高く、他都市とは大きな格差がある。

図45 成渝メガロポリス 16 都市経済大項目分析図

 〈中国都市総合発展指標2016〉の全国総合ランキングで、重慶、成都はそれぞれ第8位と第11位であり、成渝メガロポリスの二大中心都市の実力が浮き彫りになる[69]

 同〈指標〉で成渝メガロポリス内16都市の総合指標を分析すると、重慶、成都両市の偏差値は他の都市を引き離している。

図46 成渝メガロポリス 16 都市総合指標分析図

次なる挑戦

 〈中国都市総合発展指標2016〉によると、成渝メガロポリスはDID人口比率がわずか34.7%で、珠江デルタメガロポリスより42.7%ポイントも低い。同地域にはまだ6,395万人が非DID地区に生活している。いかにして都市化水準を大幅に向上させるかが、同メガロポリスの大きな課題である。

 また、成渝メガロポリスはDID人口密度が8,897人/ km2であるが、日本の太平洋メガロポリスの同密度と比べると904人/ km2も高い。高密度の人口集積と低い都市マネージメント能力という矛盾の解消が、同メガロポリスの空間構造上の第二の課題である。開発区や鎮、村単位で進めてきた乱開発がスプロール化をもたらしたと同時に、多くの人口集中地区を都市中心部から離れた場所に点在させている。

 最も大きな問題は、人口の域外への流出である。重慶を始めとする成渝メガロポリスエリアからの大規模人口流出である。都市基盤や生活品質の向上、そして地域の特性にあった産業を育成することで、都市の魅力を高め、人口流出をとどめることが肝要となるだろう。

図47 成渝メガロポリス  DID分析図

[1] 国連経済社会局編 『世界都市化予測2014(World Urbanization Prospects: The 2014 Revision)』および『世界都市化予測2015改訂版(World Urbanization Prospects: The 2015 Revision)』より。

[2] 図1を参照。

[3] 図2、図3を参照。

[4] 図4を参照。

[5] 図5を参照。

[6] 図6を参照。

[7] 図7を参照。

[8] 図8を参照。

[9] 図9を参照。

[10] 図10を参照。

[11] Gottmann,J., 1961, Megalopolis:The Urbanized Northeastern Seaboard of the United States, New York:K.I.P.

[12] 図11を参照。

[13] 厳密に言えば、京浜と京葉は東京湾の両翼に位置する二つの臨海工業地帯である。便宜上、本レポートでは、東京湾に属する臨海工業地帯を京浜-京葉臨海工業地帯とする。

[14] 珠江デルタメガロポリスには本来、香港とマカオが含まれるはずだが、本レポートでは中国国家発展改革委員会の同メガロポリスに関する定義に従い、両都市は入れず、中国本土の広州、深圳、珠海、仏山、江門、肇慶、恵州、東莞、中山の9都市のみを珠江デルタメガロポリスとして分析を行う。

[15] 中国国家発展改革委員会の長江デルタメガロポリスに関する定義では、同メガロポリスは上海、南京、蘇州、無錫、常州、南通、塩城、揚州、鎮江、泰州、杭州、寧波、嘉興、湖州、紹興、金華、舟山、台州、合肥、蕪湖、馬鞍山、銅陵、安慶、滁州、池州、宣城の26都市で構成される。本レポートはこの定義に従って同メガロポリスの分析を行う。

[16] 中国国家発展改革委員会の京津冀メガロポリスに関する定義では、同メガロポリスは北京、天津、石家荘、唐山、秦皇島、保定、張家口、承徳、滄州、廊坊の10都市で構成される。本レポートではこの定義に従って同メガロポリスの分析を行う。

[17] 図12を参照。

[18] ここでは、香港とマカオの両国際空港は含めていない。

[19] 図13を参照。

[20] 1988年10月31日、中国で初の高速道路、上海−嘉定間が開通した。1989年7月、中国交通部(省)は初めて高速道路の建設について政策を交布した。

[21] データの制限によって、高速道路分析で使用する三大メガロポリスのデータは、直轄市と省の単位で計算。

[22] データの制限によって、鉄道分析で使用する三大メガロポリスのデータについては、直轄市と省の単位で計算。

[23] 図14を参照。

[24] 図15を参照。

[25] 半導体技術の急激な進化によって情報通信技術と機械技術を融合したメカトロニクスという新しい技術分野が生まれた。メカトロニクス革命は、工業製品に情報処理と記憶能力を備えることが可能となり、同時に、生産において知能を備えた機械が技術や技能を代替することができるようになった。周牧之著『メカトロニクス革命と新国際分業—現代世界経済におけるアジア工業化』(ミネルヴァ書房、1997年)を参照。

[26] 情報技術と機械技術の融合によってもたらされた産業技術の変革が、発展途上国の工業化にどう影響を与えたかについては、詳しくは、周牧之の上記同著を参照。

[27] グローバルサプライチェーンの理論についての詳細は、周牧之著『中国経済論—高度成長のメカニズムと課題』(日本経済評論社、2007年)の第1章を参照。

[28] 図16、図17を参照。

[29] 図18、図19、図20、図21、図22、図23、図24を参照。

[30] 図18を参照。

[31] 図19を参照。

[32] 図20を参照。

[33] 図21を参照。

[34] 図22を参照。

[35] 図23を参照。

[36] 小城鎮とは、郷鎮企業の発展によって自然発生し、大きいものは県および郷鎮の政府所在地に形成された数万人から十数万人の集積を指す。郷鎮企業とは、農村で村や郷鎮が所有する「集団企業」である。

[37] 人口移動制限のため、国民は戸籍制度によって都市戸籍と農村戸籍との二つのグループに分けられ、農村戸籍者の都市戸籍取得は容易ではない。

[38] 図24を参照。

[39] 国際協力事業団(JICA、現在名は国際協力機構)は、中国国家発展改革委員会と共同で1999年から2002年まで、中国で3年間の都市化政策に関わる合同開発調査を実施した。筆者は同調査の責任者を務め、調査研究及び報告書の作成を担当した。調査研究の一環として、2001年9月に「中国都市化フォーラム—メガロポリス戦略」を開催し、メガロポリスの政策討論を行った。政策研究の成果として、調査団は中国の都市化の社会発展目標として、集約化社会、流動化社会、市民社会、サスティナブル化社会を提示した。また、上記の4つの社会発展の目標実現に向けて、行政区画改革、土地利用改革、地方財政改革、人口移動政策改革、社会保障制度改革、開発区制度改革、交通体係整備など、具体的な政策提言を行った。詳しくは同調査研究の最終報告書『城市化:中国现代化的主旋律』(湖南人民出版社〔中国〕、2001年)を参照。

[40] 図25、図26を参照。

[41] 国によって都市の人口密度の定義は異なる。先進国の中で日本は、都市に対する人口密度の基準が一番高く、都市エリアを人口集中地区(DID)と定め、人口密度が4,000人以上の連なった地区と定義している。

[42] 図27を参照。

[43] 図32を参照。

[44] 図37を参照。

[45] 図42を参照。

[46] 知識経済の「接触の経済性」についての詳細は、周牧之著『中国経済論─高度成長のメカニズムと課題』(日本経済評論社、2007年)、第5章を参照。

[47] 工場経済とは、過度に工場機能に依存し、本社、研究開発、ブランド経営、販売、およびアフターサービスなどの機能が不在な産業構造を指す。

[48] 国連は、年間1人当たり水資源量が500m3以下の地域を極度の水不足地域とし、同500m3以上1,000m3以下の地域を、重度の水不足地域としている。

[49] 経済協力開発機構(OECD)は1979年に発表した報告書『The Impact of Newly Industrializing Countries on Production and Trade in Manufactures』で、ブラジル、メキシコ、スペイン、ポルトガル、ギリシャ、ユーゴスラビア、韓国、台湾、シンガポール、香港の10カ国・地域における工業製品輸出の急増を取り上げ、これらの国・地域をNICs(Newly Industrializing Countries:新興工業国)と称した。しかし1980年代に入ると、経済成長は韓国、台湾、シンガポール、香港などアジアNICsに限定され、ラテンアメリカとヨーロッパのNICsは成長の軌道から外れた。よって、これらアジアNICsの呼称は、 1988年のトロントサミットで、アジア地域のNICsをNIEs(Newly Industrializing Economies:新興工業経済地域)へと変更した。

[50] ここでの「大中小」はあくまで相対的な表現である。人口200万人以下の規模を「小」と称していても、実際はかなり大きい人口集積である。

[51] 図28を参照。

[52] 図29を参照。

[53] 図30を参照。

[54] 図31を参照。

[55] 郷鎮企業とは、農村で村や郷鎮が所有する「集団企業」である。1980年代の中国では資本が私有財産として認められていなかったため個人は民間企業を起業できず、村や郷鎮が所有する集団起業の形にする必要があった。

[56] ここでの「大中小」とは相対的な言い方である。

[57] 図33を参照。

[58] 図34を参照。

[59] 図35を参照。

[60] 図36を参照。

[61] 図38を参照。

[62] 図39を参照。

[63] 図40を参照。

[64] 図41を参照。

[65] 三線建設とは1960年代当時、中国が米ソ両スーパーパワーと対峙する中で毛沢東が提唱した大戦略である。国土を戦場となる可能性の高い第一線地域、兵站を担う後方となる第三線地域、さらに両地域の間の第二線地域とに分けて、第一線地域の東部沿海地域から内陸奥地の第三線地域へ工業生産力を移転させるものであった。第三線地域の範囲は、四川省(現在の重慶市を含む)、貴州省、雲南省、甘粛省、そして河南、河北、湖南3省の西部から成り、その面積は中国国土の約 4分の1に相当する 236万 km2 であった。

[66] 図43を参照。

[67] 図44を参照。

[68] 図45を参照。

[69] 図46を参照。


『環境・社会・経済 中国都市ランキング2016 〈中国都市総合発展指標〉』掲載

『環境・社会・経済 中国都市ランキング 〈中国都市総合発展指標〉』
中国国家発展改革委員会発展計画司 / 雲河都市研究院 著
周牧之/徐林 編著  周牧之 訳
発売日:2018.05.31


【レポート】周牧之:長江経済ベルト発展戦略分析

周牧之 東京経済大学教授

2016年7月、日中ビジネス情報誌である『日中経協ジャーナル』三大地域発展戦略の展望特集に周牧之論文「長江経済ベルト発展戦略分析」掲載された。

NOTE:長江経済ベルトは「一帯一路」、「京津冀(北京市、天津市、河北省)一体化」と同様に、近年中国で最も重要な国家戦略の一つである。中国の東部、中部、西部を貫く長江経済ベルトは、中国経済の「背骨」であり、沿海地域から内陸部までの開発を連動させる役割が大きく期待されている。
長江経済ベルトとは、上海市、江蘇省、浙江省、安徽省、江西省、湖北省、湖南省、重慶市、四川省、貴州省、雲南省の9省と2直轄市をカバーし、長江流域に位置する巨大な経済エリアである。総面積はおよそ205万k㎡で、中国全土の約21%を占める。同ベルト内の地級市以上の都市数は110都市あり、中国全土の地級市以上295都市のうち4割弱を占めている。長江経済ベルトでは2015年、常住人口は5.4億人、域内総生産は30.3兆人民元に達し、前者は全国の42.1%、後者は同42.2%を占めるに至っている。

1.長江経済ベルト政策の概要

  中国国務院は2014年9月25日、「長江黄金水道による長江経済ベルト発展に関する指導意見」及び「長江経済ベルト総合立体交通回廊計画 (2014-2020)」を発表した。また、2016年3月25日には中国共産党中央政治局が「長江経済ベルト発展計画要綱」を審議・採択し、同年9月、中国国家発展和改革委員会地区経済司が「長江経済ベルト発展計画要綱」を正式に配布した。

 長江経済ベルトは「一帯一路」、「京津冀(北京市、天津市、河北省)一体化」と同様に、近年中国で最も重要な国家戦略の一つである。中国の東部、中部、西部を貫く長江経済ベルトは、中国経済の「背骨」であり、沿海地域から内陸部までの開発を連動させる役割が大きく期待されている。

 長江経済ベルトとは、上海市、江蘇省、浙江省、安徽省、江西省、湖北省、湖南省、重慶市、四川省、貴州省、雲南省の9省と2直轄市をカバーし、長江流域に位置する巨大な経済エリアである。総面積はおよそ205万k㎡で、中国全土の約21%を占める。同ベルト内の地級市以上の都市[1]数は110都市あり、中国全土の地級市以上295都市のうち4割弱を占めている。長江経済ベルトでは2015年、常住人口は5.4億人、域内総生産は30.3兆人民元に達し、前者は全国の42.1%、後者は同42.2%を占めるに至っている。

図1 長江経済ベルト概念図
注: 人口集中地区 (DID):人口密度 ≧ 5,000人/ k㎡
出所:雲河都市研究院作成

2.長江経済ベルト発展とメガロポリス政策

 「長江経済ベルト発展計画要綱」では、その発展の重要任務を、新型都市化の推進とする。また発展のフレームワークを、長江黄金水道という「一つの軸」と、長江デルタ、成渝、長江中游の三つのメガロポリスから成る「三つの極」と定めた。

現在、中国では都市化を経済社会発展の要に据え、メガロポリスを都市化の基本形態としている。長江経済ベルト発展計画はまさにメガロポリス化を中心に、都市構造と産業構造の質的な向上を促す政策である。

 中国は建国以来、人口移動を制限する「アンチ都市化」政策をとってきた。アンチ都市化からメガロポリス化への政策大転換には、日本と中国の政策研究における協力事業が大きな役割を果たした。1999年から2002 年までの3年間、日本国際協力事業団(JICA)は中国国家発展計画委員会と共同で中国の都市化政策に関わる開発調査を実施した。調査の責任者を務めた筆者は、中国の国土のあり方について、産業と人口を集中し集約すべきであるとの観点から「メガロポリス構想」を打ち出し、中国政府に提案した。この提案を踏まえて調査団は、2001年9月に中国国家発展計画委員会、チャイナ・デイリー社、中国市長協会と共同で「中国都市化フォーラム:メガロポリス戦略」を開催し、メガロポリス政策を提唱、中国でのメガロポリスに関する政策議論を一気に進めた。さらに同調査研究の最終報告書を『城市化:中国現代化的主旋律 (Urbanization: Theme of China’s Modernization)』として中国国内の一般向け刊行物として出版した。こうした努力が功を奏し、都市化、そしてメガロポリスに関する議論は、その後中国で最もホットな政策議論となった。

 中国政府は、それまでの大都市抑制政策を改め、とくに第11次五カ年計画において、メガロポリス戦略を政策的に打ち出した。この政策転換があったからこそ、今日の中国のメガロポリスの大発展があるといっても過言ではない。

 メガロポリス政策を受けて従来抑制されていた都市化のエネルギーが大噴出し、世界経済低迷の中にあって中国は大成長した。とくに上海・江蘇省・浙江省を中心とする長江デルタ、広東省を中心とする珠江デルタ、北京・天津・河北省を中心とする京津冀の三地域では、いま巨大なメガロポリスが形成されている。三大メガロポリスは2015年、中国のGDPの36.4%、輸出の66.6%を稼ぎ出し、成長センターとして中国経済の高度成長を牽引している 

 上記『城市化:中国現代化的主旋律』で示した中国メガロポリス戦略図(図2)に照らしてみると、戦略図上のメガロポリス及び長江国土軸は、まさしく現在の「長江経済ベルト発展計画要綱」の根幹となる「一つの軸」と「三つの極」の原型として読み取れる。さらに同戦略図と現在の中国の人口移動状況を表したグラフ(図3) とを比べると、外部人口を大規模に受け入れているエリアがまさしく珠江デルタ、長江デルタ、京津冀の三大メガロポリスであることが明白である。当時提唱したメガロポリス構想が、15年後の今日、まさしく現実となっている。

図2 中国メガロポリス戦略図、中国人口移動広域分析図
出所:周牧之主編、中国国家発展計画委員会地区経済司・日本国際協力事業団『城市化:中国現代化的主旋律(Urbanization: Theme of China’s Modernization)』(湖南人民出版社、2001年、中国語・英語対訳版) 、
周牧之・徐林主編、中国国家発展和改革委員会発展計画司・雲河都市研究院『中国城市総合発展指標2016』(人民出版社、2016年)。

3.中国都市総合発展指標で見た長江経済ベルト

  雲河都市研究院は、筆者を開発責任者として、中国国家発展和改革委員会発展計画司の協力で中国都市総合発展指標(China Integrated City Index、以下CICI)[2]を開発、中国の都市化を計るバロメータともなる同指標は2016年末、人民出版社から正式に出版された[3](2020年現在、地級市以上の都市は合計297都市に増加している)。同指標は中国すべての地級都市以上の295都市[4]を網羅している。各都市の環境、社会、経済に関連する数々の指標を用いて都市の状況を様々な角度から可視化し、分析、評価するシステムを、中国で初めて確立した。

  本論の後半は、CICIを利用し、長江経済ベルトの現状と課題を分析する。

  (1) エンジンとしての長江デルタメガロポリス

 CICI2016の全国都市総合ランキングにおいて、上海の成績は抜群で北京に次ぐ第2位であった。また、上位20位以内に上海を含め、蘇州市(第6位)、杭州市(第7位)、重慶市(第8位)、南京市(第9位)、武漢市(第10位)、成都市(第11位)、寧波市(第12位)、無錫市(第15位)、長沙市(第18位)の10都市がランクインし、長江経済ベルトには強力な拠点都市が存在していることを示している。

 国を挙げて工業化を進めている中国では、ほとんどの都市が経済振興の最も重要な手段として工業の発展を挙げており、中国の輸出工業は長江経済ベルトに最も集中している。長江経済ベルトが中国全土に占める工業総生産額、貨物輸出額の割合はそれぞれ42.8%と51.2%に達している。

 長江経済ベルトの各メガロポリスのパフォーマンスからする(表1)と、全国工業生産総額における割合は長江デルタが21.5%、長江中游は11.4%、成渝は5.1%で、長江デルタメガロポリスの圧倒的な強さが読み取れる。貨物輸出額でみるとその強さが更に最たるものであることが確認できる。メガロポリスが全国の貨物輸出総額に占める割合は40%に達している。長江中游と成喩の二つのメガロポリスに占める同割合は、4.7%と4.2%に止まっている。

  外資利用額、特許取得件数、上場企業数において長江経済ベルトが全国に占める割合はそれぞれ48.1%、54.2%、44%である。特に長江デルタメガロポリスが全国に占める同割合はそれぞれ24.2%、35.9%、28.7%に達している。

表1 長江経済ベルト三メガロポリス・経済指標比較(全国比、2015年)
出所:CICI2016より雲河都市研究院作成。

(2) 大規模なインフラ整備

 こうした活発な産業活動の展開を支えてきたのは同ベルト地域のすぐれた輸送条件である。

 2015年の世界におけるコンテナ港上位10位のうち、7つの席を中国が占めている。そのうち、第1位の上海と第6位の寧波−舟山は長江経済ベルトに属している。さらにCICI2016の「コンテナ港利便性」指標の上位30都市中、長江経済ベルトは14都市をも占めている。具体的には、上海市(第1位)、舟山市(第4位)、寧波市(第8位)、蘇州市(第13位)、嘉興市(第14位)、南通市(第15位)、無錫市(第17位)、湖州市(第19位)、常州市(第21位)、紹興市(第22位)、杭州市(第23位)、連雲港市(第24位)、南京市(第27位)、泰州市(第28位)であり、長江経済ベルトは中国におけるコンテナ輸送条件で優れた地域であることを示している。

 水運貨物取扱量で見ると、長江経済ベルトは全国の66.7%をも占めている。各メガロポリスの内訳はデルタが41.3%、長江中游が20.3%、成渝が3.8%となっている。

 長江経済ベルトは現在74の民間旅客輸送用空港を有しており、特に上海浦東国際空港は2015年、乗降客数、貨物郵便取扱量が中国全土でそれぞれ第2位と第1位の空港であり、フライト数でもアジア第4位の国際ハブ空港である。

 CICI2016の「空港利便性」指標の上位30都市中、長江経済ベルトは9都市を含めている。具体的には上海市(第1位)、成都市(第5位)、昆明市(第8位)、貴陽市(第9位)、杭州市(第12位)、重慶市(第16位)、武漢市(第25位)、紹興市(第26位)、長沙市(第27位)であり、長江経済ベルトは中国の航空輸送において最も利便性が高い地域である。

 空港乗降客数では、2015年長江経済ベルトを構成する各メガロポリスが全国に占める割合は、それぞれ長江デルタが19.3%、長江中游が6.4%、成渝が8.9%で、長江経済ベルト全体が中国全土に占める同割合は42.0%に達している。

 2015年の郵便貨物取扱量ランキングでは、長江経済ベルトの中国全土に占める割合は46.5%にも達している。長江経済ベルトを構成する各メガロポリスが全国に占める割合は、それぞれ長江デルタが33.8%、長江中游が2.8%、成渝が6.4%となっており、「世界の工場」である長江デルタメガロポリスの圧倒的なシェアが確認できる。

 大型空港や港を有する長江経済ベルトと国内外との交流・交易のビジネス環境は、航空、内陸河川航路、高速道路、高速鉄道ネットワークが高度に結びつくことによって分業化され、巨大な産業集積の有機体を形成している。長江経済ベルト発展政策でこうした広域インフラがさらに強化され、同経済ベルトの内外とのリンケージがより強固なものとなっていくだろう。

表2 長江経済ベルト三メガロポリス・インフラ指標比較(全国比、2015年)
出所:CICI2016より雲河都市研究院作成。

  (3) 巨大都市の膨張

 長江経済ベルトの地級市以上110都市のうち、常住人口が1000万人を超えるメガシティは5都市もある。具体的には、重慶市が3,017万人、上海市が2,415万人、成都市が1,443万人、蘇州市が1,062万人、武漢市が1,061万人であり、さらに500〜1000万人クラスの特大都市は34都市にのぼる。長江経済ベルトの常住人口規模の総計は5.4億人にのぼり、全国の人口の42.1%を占める。

 中国では人口の都市化率や都市化エリアにおける人口密度的な定義に明確なものがない。それに鑑み、CICIでは人口密度5,000人/km2以上の地域を「人口集中地:Densely Inhabited District」[5]と定め、その地域に属する人口を「DID人口」として定義し、分析を行っている。

 現在の中国全土のDID人口比率はまだわずか31.6%である。三大メガロポリスを見ると、同比率が最高水準の珠江デルタは61.1%であり、長江デルタは39.0%、京津冀は28.7%である。

 CICIの分析によると、長江経済ベルトのDID総人口は1.73億人であり、全国DID人口の41.2%を占め、中国最大の都市人口群体となっている。しかし、同ベルト全体のDID人口比率は29%と全国平均より低く、さらに内部の110都市の都市化における格差が大きい。上海市のDID人口比率は79.3%を達成しているものの、同比率で最低の眉山市はわずか5.6%である。

 都市化のプロセスにおいて現在、人口が各地域内の中心的な大都市に流れていくと同時に、地域外大都市とくに沿海部のメガロポリスに移動していることが顕著になってきている。それによって大都市の膨張がさらに続くであろう。

CICI2016の常住人口と戸籍人口の比較分析によれば、2015年の「流入人口(戸籍人口を超える常住人口数)」の上位30都市中、13都市が長江経済ベルトに属する都市である。同ベルト内各メガロポリスのパフォーマンスからすると、長江デルタは2,190万人を受け入れている。一方、長江中游から847万人、成渝から1,178万人口が流出している。

表3 長江経済ベルト三メガロポリス・人口指標比較(全国比、2015 年)
出所:CICI2016より雲河都市研究院作成。

  (4) 厳しい環境問題への挑戦

 CICI2016の全国の都市における環境分野ランキングにおいて、上位20都市には、上海市(第5位)、麗江市(第9位)、臨滄市(第15位)、普洱市(第17位)、蘇州市(第20位)の長江経済ベルトの5都市がランクインしている。

 急速な工業化と都市化が現在中国で重大な環境危機を引き起こしており、産業、生活、移動による汚染(大気、水質、土壌)、生物多様性の喪失、ごみによる都市の包囲など、都市やその周辺の生態環境にかつてない破壊をもたらしている。

 とくに中国の都市では水不足が非常に深刻な問題となっている。長江経済ベルトも例外ではない。国連の1人当たりの水資源の定義に従えば、2015年、長江経済ベルトには7都市が極度の水不足、23都市が重度の水不足に陥っている。同ベルトでは、著しい水問題に悩まされる都市が三分の一弱に達している。

 大気汚染も見逃せない大問題である。CICIによるPM2.5の年間平均値を分析すると、2015年長江経済ベルトの年間平均値は全国平均値をやや下回っているものの、長江経済ベルトを構成する中心的な12都市のうち6都市が、全国平均値を大きく下回っている。PM2.5の年間平均値におけるその6都市の全国259都市の順位は各々南京市が第173位、重慶市が第203位、長沙市が第205位、武漢市が第220位、合肥市が第221位、成都市が第236位である。ちなみに長江経済ベルトのPM2.5の年間平均値は東京都の同平均値の3倍近くとなっている。

  長江経済ベルトは都市化を進展させつつ、工場経済から都市経済への移行を加速する。そのためには、サービス型経済の発展と、都市生活の質の向上や経済活動の効率化が欠かせない。都市マネジメントレベルやインフラレベルのアップデートを図り、高密度大規模都市社会の構築を模索しなければならない。特に低炭素・節水などの生態環境重視の発展を遂げることが、至上命題であろう。


(本論文では雲河都市研究院の栗本賢一、数野純哉両氏がデータ整理と図表作成に携わった。)


[1] 中国の都市は直轄市、省会都市、計画単列市、地級市そして県級市に分かれる。

[2] 「中国環境都市指標」は、簡潔な三・三・三構造から成る。環境、経済、社会の三大項目が、それぞれ三つの中項目で構成され、九つの中項目指標がさらにそれぞれ三つの小項目で構成されている。

[3] 周牧之・徐林主編、中国国家発展和改革委員会発展計画司・雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2016』(人民出版社、2016年)

[4]「中国都市総合発展指標」は、すべての直轄市、省会都市、計画単列市、地級市を網羅する。2020年現在、地級市以上の都市は合計297都市に増加している。

[5] 日本ではDIDは4000人/km2以上の連続的なエリアと定め、これを都市化エリアとみなしている。CICIでは衛星データなどの解析の都合上、DIDを5000人/km2以上の地域とし、その連続性にはとらわれない。


『日中経協ジャーナル』2017年7月号(通巻282号)掲載

【刊行によせて】周牧之:新型コロナウイルス禍と国際大都市の行方

中国都市総合発展指標2018日本語版・発刊にあたって

周牧之
東京経済大学教授

1. 新型コロナウイルス禍が世界の大都市を直撃


 新型コロナウイルスパンデミックが世界の都市を襲い、大きな被害を与えている。なかでも特にニューヨーク、ミラノ、東京、北京などグローバルシティの感染者が際立って多い。
 外出自粛、休業要請、そしてロックダウンにより、都市生活は一変した。国内はもとより国境を越えた人の往来も止まった。国際都市を支える航空輸送はストップし、滑走路は離陸の機会を失った旅客機で埋め尽くされた。インバウンドの女王ともてはやされた豪華客船は、大規模感染源と化し、地域間を結ぶ高速鉄道(新幹線)は大幅減便され、ひと気の無い車両が行き来している。
 日本は観光立国を掲げ、昨年まで国際観光客数を順調に伸ばしてきた。2019年度の国際観光客数が3,188万人であったことを踏まえ、2020年には4,000万人の受け入れを目指していた。しかし、コロナショックで4月以降、海外観光者数はほぼゼロとなった。
 都市の日常生活も一変した。オフィスワークからテレワークへの強制的な切り替えによりオフィス街は静まり返った。賑やかだった商店街も閑散とした。分業と交流を糧とした高密度の大都市は、「三密」回避の恐怖により「疎の社会」へと化した。

2. 大都市の医療崩壊


 新型コロナウイルスはまず、大都市の医療システムを脅かした。
 中国の武漢市は新型コロナウイルスの試練に世界で最初に向き合った都市であった。同市は27カ所の三甲病院(最高等級病院)を持ち、医師4万人、看護師5.4万人そして医療機関病床9.5万床を擁する。
 雲河都市研究院が公表した「中国都市医療輻射力2019」全国ランキングで武漢は第6位の都市である。しかし、武漢のこの豊富な医療能力が新型コロナウイルスの打撃により、一瞬で崩壊した。
 ニューヨークやミラノといった国際都市の医療キャパシティも同様に、新型コロナウイルスに瞬く間に潰された。第二波にある東京都も目下、医療システム崩壊の危機に直面している。新型コロナウイルスはまさに全世界の都市医療能力を崩壊の危機に晒している。
 新型コロナウイルス禍による都市の「医療崩壊」は、以下の三大原因によって引き起こされた。

(1) 医療現場がパニックに
 新型コロナウイルス禍のひとつの特徴は、感染者数の爆発的な増大だ。とりわけオーバーシュートで猛烈に増えた感染者数と社会的恐怖感とにより、感染者や感染を疑う人々が医療機関に大勢駆け込み、検査と治療を求めて溢れかえった。病院の処置能力を遥かに超えた人々の殺到で医療現場は混乱に陥り、医療リソースを重症患者への救済にうまく振り向けられなくなった。医療救援活動のキャパシティと効率に影響を及ぼし、致死率上昇の主原因となってしまった。さらに重大なことに、殺到した患者、擬似患者、甚だしきはその同行家族さえ長期にわたり病院の密閉空間に閉じ込められ、院内感染という大災害を引き起こした。
 人口1千人当たりの医師数でみると、イタリアは4人で、医療の人的リソースは国際的に比較的高い水準に達している。しかし新型コロナウイルスのオーバーシュートで医療機関への駆け込みが相次ぎ、医療崩壊を招いた。
 アメリカ、日本、中国の人口1千人当たりの医師数は、各々2.6人、2.4人、2人であり、医療の人的リソースはイタリアに比べ、はるかに低い水準にある。
 よくも悪くも中国の医療リソースは中心都市に高度に集中している。武漢は人口1千人当たりの医師数は4.9人で全国の水準を大きく上回る。武漢と同様、医療の人的リソースが大都市に偏る傾向はアメリカでも顕著だ。ニューヨーク州の人口1千人当たりの医師数は4.6人にも達している。
 しかし武漢、ニューヨークの豊かな医療リソースをもってしても、新型コロナウイルスのオーバーシュートによる医療崩壊は防ぎきれなかった。5月31日までに、中国の新型コロナウイルス感染死者数の累計83.3%が武漢に集中していた [1]その多くが医療機関への駆け込みによるパニックの犠牲者だと考えられる。
 東京都は人口1千人当たりの医師数が3.3人で、これは武漢より低く、ニューヨークと同水準にある。日本政府は当初から、医療崩壊防止を新型コロナウイルス対策の最重要事項に置いていた。新型コロナウイルス検査数を厳しく制限し、人々が病院に殺到しないよう促した。目下、こうした措置は一定の効果を上げ、医療崩壊をかろうじて食い止めている。しかし、検査数の過度の抑制は、軽症感染者及び無症状感染者の発見と隔離を遅らせ、治療を妨げると同時に、莫大な数の隠れ感染者を生むことに繋がりかねない。軽症感染者、無症状感染者の放置は日本の感染症対策に拭い切れない不穏な影を落としている。

(2) 医療従事者の大幅減員
 ウイルス感染による医療従事者の大幅な減員が、新型コロナウイルス禍のもう1つの特徴である。
 とくに、ウイルス感染拡大の初期、各国は一様に新型コロナウイルスの性質への認識を欠いていた。マスク、防護服、隔離病棟などの資材不足がこれに重なり、医療従事者は高い感染リスクに晒された。こうした状況下、PCR検体採取、挿管治療など、暴露リスクの高い医療行為への危険性が高まった。これにより各国で現場の医療人員の感染による減員状態が大量に起こった。オーバーシュートで、もとより不足していた医療従事者が大幅に減員し、危機的状況はさらに深刻化した。
 強力な感染力を持つ新型コロナウイルスは、医療従事者の安全を脅かし、医療能力を弱め、都市の医療システムを崩壊の危機に陥れている。

(3) 病床不足
 新型コロナウイルス感染拡大後、マスク、防護服、消毒液、PCR検査薬、呼吸器、人工心肺装置(ECMO)などの医療リソースの枯渇状況が各国で起こった。とりわけ深刻なのは病床の著しい不足である。感染力の強い新型コロナウイルスの拡散防止のため、患者は隔離治療しなければならない。とりわけ重症患者は集中治療室(ICU)での治療が不可欠だが、実際、各国ともに病床の著しい不足に喘いでいる。
 問題なのは、すべての病床が新型コロナウイルス治療の隔離要求に耐えるものではない点にある。これに、爆発的な患者増大が加わり、病床不足が一気に加速した。

3. 迅速な支援がカギ


 武漢の医療従事者大幅減員に鑑み、中国は全国から大勢の医療従事者を救援部隊として武漢へ素早く送り込んだ。武漢への救援医療従事者は最終的に4万2,000人に達した。この措置が武漢の医療崩壊の食い止めに繋がった。
 さらに武漢は国の支援で迅速に、専門治療設備の整う火神山病院と雷神山病院という重症患者専門病院を建設し、前者で1,000床、後者で1,600床の病床を確保した。このほかに、武漢は体育館などを16カ所の軽症者収容病院へと改装し、1万3,000床の抗菌抗ウイルスレベルの高い病床を素早く提供し、軽症患者の分離収容を実現させた。先端医療リソースを重症患者に集中させ、パンデミックの緩和を図った。武漢は火神山、雷神山両病院そして軽症者収容病院建設により、病床不足は解消された。
 感染地域に迅速かつ有効な救援活動を施せるか否かが、新型ウイルスへの勝利を占う1つのカギである。しかし、全ての国がこうした力を備えているわけでない。ニューヨーク、東京の状況からすると、医療リソースがかなり揃っている先進国でさえ救援できるに足りる医療従事者を即座に動員することは難しい。
 最も深刻なことは、医療リソースに著しく欠ける発展途上国、アフリカはいうに及ばず巨大人口を抱えるアジアの発展途上国の、人口1千人当たりの医師数はインドが0.8、インドネシアは0.3である。1千人当たりの病床数は前者が0.5、後者は1だ。こうした元々医療リソースが稀少かつ十分な医療救援能力を持たない国にとって、新型コロナウイルスのパンデミックで引き起こされる医療現場のパニックは悲惨さを極める。グローバルな救援力をどう組織するかが喫緊の解決課題となっている。問題は、大半の先進国自体が、新型コロナウイルスの被害の深刻さにより、他者を顧みる余裕を持たないことにある。

4. グローバルサプライチェーンを寸断


 新型コロナウイルス禍はグローバルサプライチェーンを寸断させ、産業活動に大きな打撃を与えた。
 IT革命、輸送革命、そして冷戦後の安定した世界秩序から来る安全感によって製造業のサプライチェーンは、国を飛び出し、グローバルに展開した。工場やオフィスの最適立地が世界規模で一気に進んだ。中国の沿海部での急激な都市化、メガロポリス化がまさにグローバルサプライチェーンによってもたらされた。
 グローバルサプライチェーンは世界規模に複雑に組み込まれて進化してきた。例えば、アメリカのカリフォルニアで設計され、中国で組み立てられるiPhoneの場合、その部品調達先の上位200社だけとってみても28カ国・地域に及ぶ。
 しかし新型コロナショックによるロックダウン、国境封鎖など強力な措置により、グローバルに巡らされたサプライチェーンは寸断され、これまで当たり前のように動いていた供給体制は機能不全に追い込まれた。海外からの部品供給が止まったことで日本国内の工場は操業停止のケースが相次いだ。
 「世界の工場」中国もサプライチェーンの寸断で大きな被害を受けることとなった。雲河都市研究院が公表した「中国都市製造業輻射力2019」ランキングトップ10位都市の深圳、蘇州、東莞、上海、仏山、寧波、広州、成都、無錫、廈門は、2020年第一四半期の一般公共予算収入が軒並みマイナス成長となった。とくに、深圳、東莞、上海、仏山、成都、廈門の6都市の同マイナス成長は二桁にもなった。中国の貨物輸出額の50%を実現してきた同トップ10都市は、まさに世界に名だたる製造業都市である。これら都市の大幅な税収低迷は、中国の輸出工業が大きな試練に晒されていることを意味している。
 物理的、一時的な寸断よりは、長期的な価値判断の変化がより大きな影響を及ぼす。先行きの不透明さや不確実性により、企業経営は効率と成長一辺倒の姿勢から、もしもの事態に備えた在庫のあり方や資金確保など「冗長性」が重視されるようになった。「Just in time」から「Just in case」へと急転換する経営姿勢が、サプライチェーンのあり方に大きな影響を及ぼしつつある。
 サプライチェーンの過度の海外依存も国の危機管理の脆さを露呈した。例えば、アメリカの医薬品の材料の72%は外国産である。抗生物質に限ると97%が外国産に頼っている。こうした医療資材の海外依存は、オーバーシュート時における医療品不足に拍車をかけた。日本でもマスクの海外からの供給が止まったことで、市場からその姿が消えた。本来、効率を優先して組み立てられたグローバルサプライチェーンは、経済の安全保障化(Securitization)により、再組織の機運が高まっている。
 もとよりグローバルサプライチェーン自体のあり方も変質している。従来のサプライチェーンのグローバル化は、労働集約型の部分と、知識集約型の部分を地理的に分けて最適立地を進めてきた。しかしここに来てむしろ得意の部分と不得意の部分を地理的に分けてつなげ、最適立地を促すようになった。すると、サプライチェーンがさらに複雑かつ高速に絡み合うことになる。そうした変化がサプライチェーンを潤滑に進めるための契約の集約度 [2]を一層高める。よってサプライチェーンに関わる国の法制度の質が、この契約集約的な生産体制の効率を左右することとなる。
 だが、こうした動きはサプライチェーンのグローバル化を止めることはなく、そのより健全な展開を促すであろう。例えば、半世紀前の石油危機では石油のグローバル供給の脆弱性が認識され、それを備蓄で対処した。その後各国は備蓄のキャパシティを高めたが、石油貿易自体は止まらなかった。世界経済の石油貿易に対する依存度はむしろ深まった。
 世界経済のグローバルサプライチェーンへの依存度は今後さらに深まるだろう。ただし、サプライチェーンのグローバル展開はグローバリゼーションの回復力をテコに、冗長性、セキュリティ、法制度の質などをキーワードとして再編され、進化していくだろう。

5. 地球規模の失敗


 大航海時代から今日まで、人類は一貫して感染症拡大の脅威に晒され、この間、幾度となく悲惨な代償を払ってきた。例えば、1347年に勃発したペストで、ヨーロッパでは20年間で2,500万もの命が奪われた。1918年に大流行したスペインかぜによる死者数は世界で2,500万〜4,000万人にも上ったとされる。
 ここ100年余りにわたる抗菌薬とワクチンの開発及び普及により、天然痘、小児麻痺、麻疹、風疹、おたふく風邪、流感、百日咳、ジフテリアなど人類の健康と生命を脅かし続けた感染症の大半は、絶滅あるいは制御できるようになった。1950年代以降、先進国では肺炎、胃腸炎、肝炎、結核、インフルエンザなどの感染疾病による死亡者数を急激に減少させ、癌、心脳血管疾患、高血圧、糖尿病など慢性疾患が主要な死因となった。
 感染症の予防と治療で勝利を収めたことで、人類の平均寿命が伸び、主な死因も交代した。世界の国々の中でもとりわけ先進国の医療システムの焦点は、感染症から慢性疾患へと向かった。その結果、各国は感染症予防と治療へのリソース投入を過少にし、現存する医療リソースを主として慢性疾患に傾斜させる構造的な問題を生じさせた。医療従事者の専門性から、医療設備の配置、そして医療体制そのものまで新型ウイルス疾患の勃発に即座に対応できる態勢を整えてこなかった。
 その意味では、新型コロナウイルスが全世界に拡散した真の原因は、国際的な人的往来の速度と密度ではなく、人類が長きに渡り、感染症の脅威を軽視したことにこそある。
 世界経済フォーラム(WORLD ECONOMIC FORUM)が公表した「グローバルリスク報告書2020(The Global Risks Report 2020)」の、今後10年に世界で発生する可能性のある十大危機ランキングに、感染症問題は入っていなかった。また、今後10年で世界に影響を与える十大リスクランキングでは、感染症が最下位に鎮座していた。
 不幸にして世界経済フォーラムの予測に反し、新型コロナウイルスパンデミックは、人類社会に未曾有の打撃を与えた。新型ウイルスとの闘いにおいて、武漢、ニューヨーク、ミラノといった分厚い医療リソースを持つ大都市さえ対策が追いつかず、悲惨な代償を払うことになった。
 ビル・ゲイツは2015年には、ウイルス感染症への投資が少な過ぎる故に世界規模の失敗を引き起こす、と警告を発していた [3]。新型コロナウイルス禍はビル・ゲイツの予言を的中させた。

6. 科学技術進歩を刺激


 緊急事態宣言、国境封鎖、都市ロックダウン、外出自粛、ソーシャルディスタンスの保持など、各国が目下進める新型コロナウイルス対策は、人と人との交流を大幅に減少かつ遮断することでウイルス感染を防ぐことにある。こうした措置は一定の成果を上げるものの、ウイルスの危険を真に根絶させ得るものではない。ウイルス蔓延をしばらく抑制することができても、その効果は非常に脆弱だと言わざるを得ない。次の感染爆発がいつ何時でも再び起こる可能性がある。
 しっかりとした対策が成果をあげるにはやはり科学技術の進歩に頼るほかない。新型コロナウイルス危機勃発後、アメリカをはじめとする各国でPCR検査方法を幾度も更新し、検査結果に要する時間を大幅に短縮した。安価で、ハイスピードかつ正確な検査方式が大規模な検査を可能にした。特効薬とワクチンの開発においても各国がしのぎを削っている。
 人類は検査、特効薬、ワクチンの三種の神器を掌握しなければ、本当の意味で新型コロナウイルスをコントロールし、勝利を収めたとは言えないだろう。
 危機はまた転機でもある。近現代、世界的な戦争や危機が起こるたびに人類は重大な転換期に向き合い、科学技術を格段に進歩させてきた。第二次世界大戦は航空産業を大発展させ、核開発の扉を開けるに至った。冷戦では航空宇宙技術の開発が進み、インターネット技術の基礎をも打ち立てた。新型コロナウイルスも現在、関連する科学技術の爆発的な進歩を刺激している。
 新型コロナウイルスが作り上げた緊迫感は技術を急速に進歩させるばかりでなく、技術の新しい進路を開拓し、過去には充分に重視されてこなかった技術の方向性も掘り起こす。例えば、漢方医学は武漢での抗ウイルス対策で卓越した効き目をみせ、注目を浴びている。漢方医学は世界的なパンデミックに立ち向かうひとつの手立てになりうる。
 オゾンもまた偏見によりこれまで軽視されてきた。筆者は2020年2月18日にはオゾンについて論文を発表し、「自然界と同レベルの低濃度オゾンであっても新型コロナウイルスに対して相当の不活化力を持つ」との仮説を立て、新型コロナウイルス対策として、オゾンの強い酸化力によるウイルス除去を呼びかけた [4]。オゾンは室内空間のすべてに行き届き、その消毒殺菌に死角は無い。また、酸化力によるオゾンの消毒殺菌は有毒な残留物を残さない。さらに、オゾンの生成原理は簡易で、オゾン生産装置の製造は難しくない。オゾン発生機のサイズは大小様々あり、個室にも大型空間にも対応できる。設置が簡単なため、バス、鉄道、船舶、航空機などどこでも使用可能である。こうしたオゾンの特質を利用し、室内のウイルス感染を抑えることができる。
 オゾンは非常に優れた殺菌消毒のパワーを持つが、個人差はあるものの一定の濃度に達した場合に人々に不快感を与え、また、粘膜系統に刺激を与えることもある。そのため、目下、主に無人の空間で使用されている。有人空間の利用を可能とするには、オゾン濃度のコントロールが必要である。自然界に近い濃度のオゾンを室内に取り入れられれば、人々に不快感を与えることはない。しかし問題は目下、低濃度のオゾンを高精度に測定するセンサーが大変高価なことである。高精度のオゾンセンサーを容易に使えないため、普及型低濃度オゾンのコントロールはいまだ実現できていない。オゾンセンサーの開発にも技術の急激な進歩が期待される。

7. 一気に加速するデジタル化


 新型コロナウイルスショックは世の中の価値判断の基準を一気に変えた。これから成長する企業とそうではない企業に対するジャッジメントは、時価総額により見て取れる。コロナパンデミック以降、投資マネーが次の成長企業を探して急激に動いていることで、時価総額の順位は激しく変動している。
 まず、新型コロナウイルス禍の影響で、他業種は軒並み時価総額を減らしているのに対して、IT企業が大きく伸びた。2020年5月初め、アルファベット(グーグル持ち株会社)、アマゾン、フェイスブック、アップル、マイクロソフトを合わせたGAFAM5社の時価総額は、東証一部約2,170社の合計を上回った。
 今から30年前、平成が幕を開けた1989年、世界の企業時価総額ランキングトップ10企業のうち、7社が日本企業で占められた。通信、金融、電力の企業であった。IBMは大型コンピューター業界の巨人として同ランキングで第6位を獲得し、かろうじて当時のIT業界の存在感を示していた。
 これに対して2020年8月末には、世界の企業時価総額ランキングトップ10企業のうち、7社がネット関連のIT企業となった。特にアップルは2兆ドルを突破し(米国初)、企業時価総額世界第1位に躍り出た。GAFAMに続き、中国のネット関連企業、テンセントとアリババがそれぞれ同ランキングで第7位、第8位だった。
 企業の成長性に対する期待感を表すプライス・トゥー・レベニュー(Price to Revenue:時価総額対売上の倍率)でもIT企業が高く、例えばフェイスブックの場合は9倍となる。それに対して、トヨタを含む自動車メーカーの場合は1倍に割り込むものがほとんどで、産業による明暗が大きく分かれた。しかし同じ自動車メーカーでもテスラの場合、10倍になった。テスラの時価総額が2020年7月、トヨタを抜いて自動車産業のトップに立ったことが話題になった。売上はトヨタの11分の1、販売台数は30分の1でしかない。
 テスラにIT企業並みの成長への期待感が出た最大の原因は、同社が、自動車を、ソフトのダウンロードにより性能のアップデートを可能とした「電気で走るIT機器」へと大変身させたことにある。シリコンバレー発の自動車メーカーと、伝統的な自動車メーカーの発想は違う。発想の斬新さに、投資家がテスラを次代のリィーディングカンパニーとして高く評価した。新興勢力のテスラは既存の王者を追い抜き、自動車業界の時価総額で世界首位となった。8月末、世界の企業時価総額ランキングにおけるテスラの順位は7月の第22位から、第10位へと大躍進した。
 非IT業界でも、デジタルトランスフォメーション(DX)の巧拙が企業の明暗を分けている。DXに遅れた企業は、業績もマーケットの評価も振るわない場合が多い。デジタル化の対応力が企業の運命を左右している。コロナショックで小売業界が厳しい試練に晒される中、アメリカでは5月7日に高級百貨店のニーマン・マーカスが、5月19日には大衆百貨店のJCペニーが、相次ぎ経営破綻した。これに対してウォルマートは2〜4月期の純利益が、前年同期比4%増の39億9,000万ドルに達した。これを牽引したのは売上高が同7割増したネット販売だった。
 メディア業界でも地殻変動が起こっている。娯楽・メディアの王者ウォルト・ディズニーの時価総額世界ランキングが下がったのに対し、動画コンテンツ配信新興勢力のネットフリックスが、時価総額を急上昇させ、同順位は前者のそれを超えた。

8. 接触の経済性が交流経済を後押し


 グローバリゼーションの中で、大都市化そしてメガロポリス化も一層世界の趨勢となった。1980年から2019年の間、世界で人口が100万人以上純増したのは326都市となり、この間これらの都市の純増人口は合計9億4,853万人にも達した。とりわけ、人口が1,000万人を超えたメガシティは1980年の5都市から、今日33都市にまで膨れあがった。こうしたメガシティはほとんどが国際交流のセンターであり、世界の政治、経済発展を牽引している。これらメガシティの人口は合わせて5億7,000万人に達し、世界の総人口の15.7%をも占めている。
 グローバリゼーションが進むにつれ、国際間の人的往来はハイスピードで拡大し、世界の国際観光客数は30年前の年間4億人から、2018年には同14億人へと激増した。しかし、国際間における大量の人的往来は新型コロナウイルスをあっという間に世界各地へ広げ、パンデミックを引き起こした。国際交流が緊密な大都市ほど、新型コロナウイルスの爆発的感染の被害を受けている。
 新型コロナウイルスのパンデミックで、各国はおしなべて国境を封鎖し都市をロックダウンして国際間の人的往来を瞬間的に遮断した。グローバリゼーションの未来への憂慮、国際大都市の行方に対する懸念の声が絶えず聞こえてくるようになった。
 こうした懸念に答えるためには巨大都市化の本質を理解する必要がある。200年余りの近代都市化のプロセスにおいて、都市を支える経済エンジンは実に目まぐるしく変化してきた。この経済エンジンの変化は、巨大都市化を突き動かしている。
 工業社会から情報社会へ急速にシフトする中、情報革命が都市のあり方をどう変えるかについて希望的観測がある。人々は煩わしい大都市から離れ、田舎の牧歌的な生活を楽しみながら、情報社会における高い生産性を実現できるというものである。これであれば、知識経済における大都市の役割と必然性はかなり薄まる。ところが実際には、大都市の役割は薄まるどころか、強まる一方である。産業と人口を大都市へ集中させる力は、工業社会より情報社会の方が格段に強くなっている。
 なぜこのような事態が生じたのか?それに答えるためには知識経済の本質を探らなければならない。知識経済の本質は、人間という情報のキャリアにある。情報キャリアとしての人間が、情報交換や議論の中で、知の生産と情報の判断を行うことが知識経済の本質である。効率的な情報交換と議論こそが、知識経済の生産性の決め手となる。
 しかし、人間の持つ情報は2種類ある。1つはITでやりとりできる「形式知」である。もう1つはITでやりとりできないか、あるいは、人と人との信頼関係によってしか流れない「暗黙知」である。前者と比べ後者ははるかに重要である。その意味では、情報の空間克服技術であるIT のみに頼る情報交換や議論は不完全なものである。つまり、IT を通じて外に出せる情報と、IT 社会においても外に出せない情報を人間は持っている。外に出せる情報は情報革命によって、毎秒30万キロのスピードで世界を駆け巡っている。情報技術の向上はまた外に出せない情報を持つ人と人との接触を増やしている。
 上記の分析に基づけば、工業経済では「規模の経済性」原理が働くのに対して、知識経済では「接触の経済性」[5]原理が働くと言えよう。知識経済の生産性において、接触の多様性、意外性、そしてスピードは非常に重要である。情報の均一性を重んじる工業経済とは対照的に、知の生産においては同質の情報しか持たない人間同士の接触より、異質の情報キャリア間の接触の方が重要性を増す。情報キャリアの多様性と接触の意外性、そして接触のスピードは情報経済の生産性の決め手となる。その意味では、知識経済は正に「交流経済」である。
 知識経済の時代は人と人との触れ合いの時代である。フェイス・トゥ・フェイスコミュニケーションの中で、瞬間的に情報と知識の創造と交換が起こる。多種多様な情報キャリアたる人々が往来し、生活する大都市は、接触の多様性、意外性、そしてスピード性を実現できる格好の空間である。こうした都市で知識は企業、組織の境界を超えてスピルオーバー(漏出)効果が働き、知識の生産性が一層高まる。
 人と人とが触れ合うプラットフォームを提供する場としての重要性が高まる国際大都市の役割は、ますます大きくなっている。これがゆえに、知識経済における大競争に勝ち残った国際大都市への、経済と人口の集中は、より進んできた。
 ジェット機、コンテナ輸送、高速鉄道といった輸送革命が、経済的な地理、心理的な地理を縮めてきた。情報革命もこうした地理感覚をさらに圧縮してきた。コロナ禍で急速に進むオンライン化は、結果的に情報の一層のグローバル化に拍車をかける。よって経済地理、心理的地理は一層縮まるだろう。オンラインとフェイス・トゥ・フェイスとの組み合わせによる新しいコミュニケーションスタイルが生まれ、国際大都市の役割はさらに高まるだろう。

9. グローバリゼーション、そして大都市化は止まらない


 IT産業は代表的な交流経済である。雲河都市研究院が公表した「中国IT産業輻射力2019」のトップ10都市は、北京、深圳、上海、成都、広州、杭州、南京、福州、武漢、西安であった。この10都市は中国のIT産業従業者数の6割を有し、73%のメインボード(香港、上海、深圳)に上場するIT企業を持つ。
 この10都市は、共通して中国を代表する国際都市であると同時に、人口流入都市でもある。IT産業は、まさに国際交流を糧に成長し、都市の繁栄と人口増大をもたらしている。
 日本では、一都三県からなる東京圏の人口も、1950年の1,000万人台から今日の3,700万人へと膨れ上がった。そのコアとなる東京都は2020年5月1日に人口が1,400万人を突破した。2009年4月1日の1,300万人突破から11年で、100万人増加した。東京の2019年の合計特殊出生率は1.15と全国最低だ。人口増の7割以上が都外からの転入による社会増だった。
 東京は、日本でダントツにIT輻射力の高い都市である。東京圏には東証メインボード上場のIT企業の8割が集中し、IT産業従業者数は100万人を超えている。
 東京圏は、ITを始め魅力的な仕事が多いだけでなく、225カ所の大学も立地し、全国の4割に当たる118万人の大学生、全国の半数となる15万人の留学生を集めている。
 総務省によると2019年、生産年齢人口(15〜64歳)の東京への転入超過数は、9.6万人に達した。
 日本政府は早い段階から東京圏への一極集中是正にさまざまな政策を打ち出しているが、東京への人口流入を止めることはできなかった。
 コロナパンデミックの中で、東京から地方へ人口が流出する予測が高まっている。しかし、筆者は東京都市圏のシュリンクはそう簡単に進まないと見ている。国際大都市を魅力と感じる人々が集まってくる傾向がこれからも続く。
 さらに注目すべきは、世代を重ねて人口が東京圏に定着してきたことである。現在、首都圏 [6]在住者の7割が東京圏出身であり、地方出身は3割だ。首都圏で生まれた30歳未満の若い世代は、両親とも首都圏出身者が5割に達する [7]。地方との縁の薄い人々が首都圏で増えているなかで、コロナショックがあっても地方への人口の逆流はあまり期待できない。実際、NHKが6月に都民1万人を対象に実施したアンケート調査によると、東京に住み続けたいかとの質問に対して、コロナ禍の真最中にも関わらず、87%が住み続けたいと回答した [8]
 大都市の人口密度がコミュニケーションの密度を高め、効率性、生産性、創造性を促してきた。最も人口集積の高い東京都の一人当たりの所得水準は、日本で最も高く、全国平均の約1.7倍にもなる。この高い所得水準もさらに若者を惹きつけている。
 しかし、新型コロナの影響で3密が危険視され、人と人の距離が隔たった。「疎の社会」がニューノーマルになると考える人も少なくない。これに対して筆者は、より楽観的である。安くて性能に優れたオゾンセンサーが開発できれば、有人空間でオゾン利用が可能になる。これにより、室内における飛沫感染が解消され、3密問題は根本的に解決する。人と人の距離は疎から密に戻すことができると確信している。
 グローバル化に猛進する21世紀はすでに3度のグローバル的なショックを受けている。ひとつは、2001年の9.11のテロ事件で、2度目は2008年リーマンショック、3度目は今回の新型コロナウイルス禍である。しかし、やがて人類は、新型コロナウイルス禍を乗り越える。新型コロナウイルスパンデミックを収束させた後には、より健全なグローバリゼーションとより魅力的な国際大都市が形作られるであろう。

10.〈中国都市総合発展指標2018〉の特色


 中国都市総合発展指標は、データをもって価値判断を実証する側面が強い。環境、社会、経済の三つの側面から都市を評価すると同時に、「DID」「輻射力」などの概念を数字化し、中国で人口密度と輻射力の大切さを植え付けた。筆者が20年前から提唱してきたメガロポリスや都市圏政策も、同指標の力を借りて一層浸透できた。中国都市総合発展指標のメインレポートは、2016年度は「メガロポリス発展戦略」、2017年度は「中心都市発展戦略」、2018年度は「大都市圏発展戦略」として展開してきた。また、こうした戦略を促すために、同指標をベースに「中心都市&都市圏発展指数」をも開発し、公表した。
 現に、中国政府はメガロポリス、中心都市、都市圏などをコアに、都市化政策を展開するようになってきた。同指標に関わった専門家らにはいささかの達成感がある。
 中国都市総合発展指標の評価の公開度もアップしてきた。総合ランキングの公表は2016年度のトップ20都市から、2017年度はトップ150都市へ、そして2018年度になると全298都市になった。
 中国都市総合発展指標のデータ構成にも工夫がある。従来、都市に関連する指標は、統計データによるものであった。しかし、統計データだけでは複雑な生態系と化した都市を描き切れない。中国都市総合発展指標は、統計データのみならず、衛星リモートセンシングデータ、そしてインターネット・ビックデータをも導入し、都市を感知する「五感」を一気にアップさせた。現在、指標のデータリソースは、統計、衛星リモートセンシング、インターネット・ビックデータは、各々ほぼ3分の1ずつの分量となった。中国都市総合発展指標は、こうした垣根を超えたデータリソースを駆使し、都市を高度に判断できるマルチモーダルインデックス(Multimodal Index)へと進化した。
 2020年7月に米PACE大学出版社から中国都市総合発展指標の英語版が出版された。これで、中国語版、日本語版、英語版が揃った。これを契機に、指標をさらに進化させていく所存である。
 コロナ禍のさなか、大切な研究仲間、山本和彦さんの訃報にふれた。山本さんは森ビル副社長の時代から「江蘇省鎮江ニューシティマスタープラン」や中国都市総合発展指標の議論に参加してくださり、国内外での研究会や飲み会でたくさんの叡智を授かり、幾度も楽しい時間を一緒に過ごした。ご退院後にお手紙をいただき、体調が回復したら吉祥寺で飲みましょうとの嬉しいお言葉を頂戴していた。これが実現できなくなったいま、山本さんのご期待に応えるべく一層の研究成果を出し続けるほかない。


[1] 2020年5月31日以降に武漢では新型コロナウイルス感染による死者は出ていない。

[2] 「米ハーバード大学ネイサン・ナン教授は、複雑なサプライチェーンを通して生産される製品は様々な取引を伴うので「契約集約的」という言い方もできると指摘する」、猪俣哲史「制度の似た国同士で分業へ 国際貿易体制の行方」、『日本経済新聞』2020年7月14日朝刊。

[3] ビル・ゲイツ氏、2015年3月「TED TALK」での講演「The next outbreak? We’re not ready」。

[4] オゾンに関する筆者の論文はまず中国語版が2020年2月18日に「这个“神器”能绝杀新冠病毒」とのタイトルで中国の大手メディアである中国網で発表された。その後、英語版はOzone: a powerful weapon to combat COVID-19 outbreakのタイトルで2月 26日に China.org.cnで発表された。日本語版は「オゾンパワーで新型コロナウイルス撲滅を」とのタイトルで2020年3月19日にチャイナネットで発表された。半年後の8月26日に学校法人藤田医科大学は、同大学の村田貴之教授らの研究グループが、低濃度のオゾンガスでも新型コロナウイルスに対して除染効果があるとの実験結果を発表した。この実験は筆者の2月論文の仮説にとって貴重なエビデンスとなった。

[5] 接触の経済性について、詳しくは、周牧之著『中国経済論—高度成長のメカニズムと課題』日本経済評論社、2007年、pp231〜233を参照。

[6] 首都圏整備法は、首都圏を埼玉県、千葉県、神奈川県、茨城県、栃木県、群馬県および山梨県と規定している。

[7] 斉藤徹弥「首都圏出身者は地方を向くか」、『日本経済新聞』2020年7月16日朝刊。

[8] NHK「東京都知事選 都民1万人アンケート」2020年6月21〜24日。

【刊行によせて】南川秀樹:中国大都市の生命力の源泉は何か


南川 秀樹
日本環境衛生センター理事長、中華人民共和国環境に関する国際協力委員、元環境事務次官


-歴史的視点と現状の分析-


 1.都市は国の一部であり、また、国全体の代表でもある。東京、横浜と言えば日本の象徴であり、北京や上海は中国の代名詞でもある。代表的な大都市は、歴史的にも地理的にも、それらが栄えた時代の代表として評価される。

 私の手元には、「清明上河図」(Riverside Scene on Qingming Festival) がある。最も好きな絵の一つである。現在、私は中国政府の環境国際協力委員会の委員を務めており、中国の様々な情報に接する機会が多いが、以前から中国オタクであり、政治や経済はもとより、文化、学問などあらゆる分野の中国の歴史探求が趣味である。上記の絵を評価するのも、そこに示されている宋の都である開封市の経済的な繁栄や、それを支える人々の仕事と遊びが描かれていることにある。この時代から中国の本格的な商工業が成立したと考えており、南宋時代も含めた300年が中国資本主義のスタートと捉えている。そして、その象徴がこの絵に込められている。最も関心を寄せる歴史上の人物は、この宋の時代に変革者として現れ、政治と経済の改革に全力を尽くした王安石である。彼の目指したところは、大商人・大地主などの利益を制限して農民や中小の商人を保護する、そして、経済活動全体を活性化し、政府も納税額を確保しようというものである。中国の長い歴史の中でも特筆すべき新たな経済思想に裏付けられた改革であった。当然のごとく既得権を有するグループからの反対は強く、道半ばにして改革は頓挫したが、こうした挑戦がある程度行われたこと自体が、宋という時代の特徴をなしている。

 開封市、杭州市という二つの首都は、この時代の世界的な大都市であり、経済の中心としてよく機能している。日本でも、初めて武士による政治と経済のリーダーとなった平清盛は、この宋という国と首都の機能を高く評価していた。

 

 2.生産、流通、消費の機能を備えた都市の成立は、中国がヨーロッパに先行した。それは高い経済力とセットであり、世界一の経済力と高度な技術力(火薬、羅針盤、活版印刷の発明)が裏づけとなった。宋、元の時代を経て、明の初期には、鄭和率いる大船団がアフリカにまで達した。優れた工学技術力がその基礎にあった。しかし、その後の、事実上の鎖国政策、片や欧州では保険などの金融システムや株式資本といった文科系技術の導入があり、その結果として欧州、そして遅れてきたアメリカによる世界支配の時代に入った。

 

 3.中国が長期の停滞から脱却したのは、1980年頃からであり、改革開放路線の導入による。北京、上海は当然のこととして、天津、武漢、重慶、瀋陽、広州、仏山、長春などの工業都市、鞍山、撫順、大慶などの鉱業都市の大都市化が進んだ。中国は、「世界の工場」として成長し、重要な労働力として農村部から都市部への人口移動が行われた。そうした地域では、当初、一部地区のスラム化現象が見られたが、徐々に生活環境が整備され、新たに形成された中産階級の生活の舞台として、効率の良い都市となっていった。例外は香港であり、連合王国の監督の下、1960年頃からアジアの金融のハブとして成長を遂げいち早くアジアを代表する大都市となった。

 

 4.現在も、中国は大都市の起爆力を維持しながら経済的な力を増しつつある。その力は、いくつかの源を有する。まず①「世界の工場」であり続けることである。経済成長に伴う賃金水準の急激な上昇により「安かろう悪かろう」の製品作りの時代は終わり、ハイテクを用いたレベルの高い工業製品の製造に転換しつつある。現実に、時代の最先端を行く再生可能エネルギーの製品は、ソーラーパネルを筆頭に中国製品が世界の市場を席巻している。質は日本製と変わらず、値段が圧倒的に安いのである。これは、スマホ生産でも同じである。②ついで、BATと称されるGAFAに匹敵する企業の躍進である。百度、阿里巴巴、騰訊に加え、ネクストBATとしてTMDの成長も見られ、知識集約型の都市の成長も見られる。③AI、IoT分野を中心に大学での研究も世界のトップレベルを走っている。清華大学を始め、北京大学、天津大学、復旦大学、中国科学技術大学、武漢大学、湖南大学などが、大都市区域の中心に位置し、それぞれの都市に活力を与えている。④ユニコーン企業の大都市での誕生と成長が顕著なことも注目される。ユニコーン企業の数では、世界のトップをアメリカと競っている。杭州、北京、上海、深圳などの大都市に更なる魅力と活力を加えている。

 

 5.大都市が抱える課題もまた多い。中国が悩まされている問題の一つに環境汚染がある。報道されることの多い大気汚染については、いまだ不十分だが徐々に改善されつつある。習近平主席のリーダーシップによるものであろう規制が急速に強化された成果だと思われる。水質の分野でも大気汚染と同様にEU並みの厳しい基準が施行されている。しかし、いずれもいまだ改善は不十分であり、全く手のついていない土壌汚染対策を含め一層の対策の充実が必要である。また、廃棄物については都市廃棄物と産業廃棄物を総合的に律する法体系がないことから統計が乏しく、現時点での都市ごとの評価は困難である。衛生面からも課題がある。日本では1900年に廃棄物処理の最初の法制化が行われたが、これの狙いは、廃棄物の散乱や不適正な処理に伴うハエや蚊などの衛生害虫の発生を抑制し、コレラ、ペストなどの感染症の拡大を防ぐことにあった。中国での廃棄物処理の一元的な管理制度の実現が待たれる。

 

 6.衛生といえば、今回のCOVID-19の拡散といった事態を今後未然に防ぐ、あるいは拡大を防ぐ機能は極めて重要である。医師、病院の数の確保、あるいは野味市場(食用の野菜動物を扱う市場)の整備整頓など具体的対策は今後の検討が待たれるが、感染症の発生を未然に防止する、あるいは最小限にとどめるといった衛生状態の改善策は、今後の中国大都市の重要な課題である。

 

 7.文化面も評価を加えたい。私の中国の知り合いで日本を頻繁に訪れる友人は、時間があれば、京都や奈良を訪れる。そして、かつての唐の長安を偲び、唐招提寺では鑑真和上を偲んでいる。中国の大都市に歴史地域の保全と復元を強く希望するものである。

 

 8.本当に人が住みたくなる、そして住んで楽しいと思える場所はどこなのだろうか。それは、その人が自分の持っている才能の全てを出せると実感するところだと考える。人の幸せが何かはそれぞれに異なるが、種田山頭火が詠う「山あれば山を観る 雨の日は雨を聴く 春夏秋冬 あしたもよろし ゆふべもよろし すなほに咲いて白い花なり」という、出逢うもの全て受け入れるという気持ちと、A.Einsteinの言う”Anyone who has never made a mistake has never tried anything new. “に代表される積極的、能動的な気持ちの双方が、時にばらばらに、また同時に、実現できる環境が必要である。人の幸せは、周囲の人の言動や評価にあまり影響されてはいけないし、またあまり断絶していることも良くない。その微妙な線の幅を自らつかんで展望を開きうる環境とは何か、どこか、という難しい問題がある。各人が持つやわらかな頭脳と心意気を大いに伸ばして活躍したい、そんな望みを持つ彼ら、彼女らが、喜んで住み、働ける魅力ある都市づくりを進めていきたいものである。自然環境や人情に溢れた都市を造っていきたい。周牧之教授が中心になって取りまとめられた〈中国都市総合発展指標〉は、以上に述べた私の思考の迷い道に新しい道標を与えてくれるものと期待している。


プロフィール

南川秀樹 (みなみかわ ひでき)

 1949年生まれ。環境庁(現環境省)に入庁後、自然環境局長、地球環境局長、大臣官房長、地球環境審議官を経て、2011年1月から2013年7月まで環境事務次官を務め、2013年に退官。2014年より現職。早稲田大学客員上級研究員、東京経済大学経済学部客員教授等を歴任。地球環境局長の在職中は、地球温暖化対策推進法の改正に力を尽くした。また、生物多様性条約の締約国会議など多くの国際会議に日本政府代表として参加している。
 主な著書に『日本環境問題 改善と経験』(2017年、社会科学文献出版社、中国語、共著)等。

(『環境・社会・経済 中国都市ランキング 2018―大都市圏発展戦略』に収録

【刊行によせて】趙啓正:〈中国都市ランキング〉に寄せて


趙 啓正
中国国務院新聞弁公室元主任、中国人民大学新聞学院院長


 

編集ノート:中国国家発展委員会発展戦略和計画司と雲河都市研究院が合同で主催した中国都市総合発展指標2018シンポジウムが2018年12月27日、北京で行われた。趙啓正氏は祝辞を寄せ、中国都市総合発展指標を高く評価した。祝辞は、同指標の研究開発の意義を称え、今後の方向性についても示唆した。本書では趙啓正氏の祝辞を序言として掲載する。


 周牧之教授をはじめとする都市発展研究に携わる学者の皆さんへ:

 私は周牧之教授から2018年10月、中国都市総合発展指標2017を東京で手渡された。周牧之、陳亜軍そして徐林各氏の序言およびメインレポートを丹念に読んだ。都市発展における著者の「現代的」理念とフロンティア性に富んだ学識に感銘を受けた。中国都市総合発展指標は都市を理解し、マネジメントするための理念、コンセプト、フレームワークを提供したと、私は確信している。

 私はこの一冊が、中国の各都市の市長をはじめとする政策担当者にとって非常に有用な参考書となると思う。1990年代には私自身、上海市副市長を務め、浦東新区の主任及び書記を兼務し、浦東新区開発の重責を負っていた。残念なことに当時は、同「指標」のような良い参考書はなかった。

 今日、人間の成長は数多くの指標によって表される。私たちが人間ドックを受ける際には、少なくとも数十の指標を用いる。今なら一般市民にとって馴染み深い健康指標も、30年前の中国では我々自身はもとより医師でさえ、それについて知識を持たなかった。つまり、自分の体を「科学的に管理」しようがなかった。
 30年前、中国人の平均寿命は70歳に至らなかった。それが今は、80歳に近づいている。健康指標の功績は大きい。

 同様に、数十年前、私たちは都市という「大きな体」を、どのような指標で測るかについてあまり意識していなかった。ただごく単純に政治、経済、文化などのマクロ的視点で、都市発展の計画を制定した。今振り返れば一種粗雑で、独断的ですらあった。

 今日、もし都市について緻密な計画と管理とで臨もうとすれば、まず都市に対しての明晰な理念と研究が必要である。そのための、総合的な指標による分析が欠かせない。従って、中国の都市発展には中国都市総合発展指標が提供する理念、合理性そして総合分析のフレームワークが貴重である。このような指標の精密なデータをもとに、研究を重ね、都市をどうマネジメントしていくかを模索するべきである。これは時代の要請である。

 雲河都市研究院に関わる学者、研究者は今後も、多くの重要な事柄に取り組み、成就させていくと信じている。例えば、現代的な都市学を打ち立て、都市研究に科学的なフレームワークを提供し、世に受け入れられるような基本コンセプト、用語、研究アプローチなどを提起する。また各都市の市長に役立つような手引きや書籍を継続して出版し、論文やオピニオンを世に出していく。毎年、「都市発展フォーラム」を主催し、全国の市長や関係者を招聘し、都市発展の新しい見解について議論し、中国都市発展への道筋を探求し続ける。

 目下、メガロポリスはすでに中国都市化の主体となっている。長江デルタ、珠江デルタ、京津冀の三大メガロポリスについてその輻射力の重要性が、共通認識となっている。中国でのメガロポリス研究にとっては、海外メガロポリスの経験が重要となる。例えば、アメリカのニューヨーク、ボストン、ワシントンといった大西洋沿岸メガロポリス。シカゴ、デトロイト、トロント、モントリオールの北米五大湖メガロポリス。日本の東京、名古屋、大阪の東海道メガロポリス。ヨーロッパのパリ、アムステルダムの西北部メガロポリス。イギリスのロンドン、マンチェスターの中南部メガロポリス。国内外のメガロポリスの比較研究は、メガロポリス発展のメカニズムへの認識を深める。国際シンクタンクとしての雲河都市研究院はこの点、大いにその力を発揮させるだろう。

 上海市長を務めた汪道涵氏は生前、私にこう言ったことがある。「私は長年、長江デルタおよび長江流域の協調発展委員会の主席を務めていた。しかし残念なのはそのエリアの連携発展が緩慢であったことだ」と。

 私が考えるに、その原因の一つは、当時、各地の経済発展が主に政府主導によって進められた点にある。メガロポリス化は市場メカニズムをベースとした原動力を必要とする。もっとも当時は、中国の市場経済のパワーがまだそれほど大きくはなかった。そのため、メガロポリスをどう発展させるかについて、雲河都市研究院に関係する皆さんには多くの研究貢献が期待されている。

 上海を例にすると、中国指導部は最近次の見解を示した。「上海が対外開放においてさらなる重要な役割を果たすための、中央政府の決定:第一、浦東の中国(上海)自由貿易試験区のエリアを拡大すること。その目的は、上海が投資と貿易の自由化と利便性を推し進め、全国での複製と推進が可能となる経験を積み重ねること。二、上海証券取引所にハイテク新興企業向けの新たな株式市場「科創板」を設置する。この目的は、上海国際金融センターと科学技術イノベーションセンターの建設を推し進めることにある。三、上海を始めとする「長江デルタ地域の一体化」を国家戦略へと格上げする。その目的は新発展理念を着実なものとし、現代的な経済システムを構築し、改革を更に推進し、対外開放を一層進めることにある。同時に、「一帯一路」建設、京津冀の連携発展、長江ベルト経済発展、粤港澳大港湾区建設と併せ、中国改革開放の空間構造を完成させる」。

 これまで数多くの中央政府の政策にも、上海の任務が挙げられてきた。

 たとえば、2016年6月に公布された中国国家発展改革委員会の「長江デルタメガロポリス発展計画」は、「長江流域メガロポリスを発展させ、上海を世界都市へ」と述べている。

 また更に2017年12月には「国務院による上海都市総合計画への返答」が「上海をイノベーション都市、文化都市、生態都市、卓越した世界都市にし、また現代化国際大都市へと作り上げるよう努力せよ」と要請した。

 上海はこのように多くの任務を抱え、北京、広州、深圳などの都市も同様に、たくさんのことを成し遂げなければならない。こうした重責は市長、学者、そしてシンクタンクが担うものである。

 雲河都市研究院の絶え間なき新しい貢献に期待するとともに、中国都市総合発展指標が更に世に広がり、都市建設に関わる人々に歓迎されるものとなることを願ってやまない。


プロフィール

趙 啓正 (Zhao Qizheng)

 1940年生まれ。1963年中国科学技術大学核物理学科卒業後、科学技術研究及び設計の仕事に20年間従事する。
 1984年から、上海市共産党委員会組織部長、上海市副市長、浦東新区管理委員会初代主任を歴任。1998年から2005年まで中国国務院(政府)新聞弁公室主任。2005年から2013年まで全国政治協商会議外事委員会副主任・主任。2009年からは全国政治協商会議の第11回二次、三次、四次および五次会議においてスポークスマンを務めた。
 現在、中国人民大学新聞学院院長、南開大学浜海開発研究院院長。

 主な著作に『向世界説明中国(上・下)』、『江辺対話:一位無神論者和一位基督徒者的友好交流』、『浦東逻輯:浦東開発和経済全球化』、『在同一世界—面対外国人101題』、『対話:中国模式』、『公共外交与跨文化交流』、『跨国対話:公共外交的智慧』、『跨国経営公共外交十講』、『直面媒体20年』など多数。以上の中には複数の外国語による翻訳書が多数含まれる。

(『環境・社会・経済 中国都市ランキング 2018―大都市圏発展戦略』に収録

【刊行によせて】楊偉民:都市のハイクオリティ発展を促す指標システム

楊 偉民
全国人民政治協商会議常務委員、中国共産党中央財経領導小組弁公室元副主任


 中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司と雲河都市研究院の研究成果である中国都市総合発展指標は、これまで私が目にした中国都市発展状況を測るものの中で、最も時代性、国際性、実用性に富んだ総合評価である。同指標は、中国都市の健康状況を見極める総合的な「健診報告」と言ってもいいだろう。そこから各都市は自分のどの指標が健全で、どこが劣っているかあるいは不健全であるかが見て取れる。各都市はこれによって健康を保持し、都市病を予防し、病症をいち早く治すことができる。

 「健診報告」である以上、毎年「健診」を重ねることが肝要である。新しい指標を絶えず追加し、新しい状況を反映させ、新たな課題を見出すことも大切である。

 都市化は中国経済社会発展の原動力である。中国の都市化の道のりはまだ遠く、長い。中国経済はすでにハイクオリティを目指す発展段階に至った。都市化とハイクオリティ発展の二つの歴史の潮流が合わさっている。都市は経済発展の主体であり、またハイクオリティ発展の空間でもある。都市のハイクオリティな発展が、中国全体のハイクオリティな発展につながる。

 中国は経済発展、社会発展、持続可能な発展の空間均衡をはからなければならない。
 いわゆる発展の意味について三つにまとめられる。

 1つは経済発展で、主にGDP成長である。2つ目は、人間の開発あるいは社会の発展、とりわけ人々の幸福と、社会の進歩である。3つ目は、持続可能な発展であり、自然再生または生態環境の保護である。

 ハイクオリティな発展は経済発展だけで語るべきものではない。ある都市の経済規模が大きくなったとしても、生態環境が破壊され、街がスモッグに覆われているとしたら、それはハイクオリティな発展とは言い難い。

 同様に、経済指標が良くても、住民の居住問題さえ解決できず、大勢の人々、特に常住外来人口が、住まいを購入できないどころか賃貸さえままならなければ、社会の発展は語るべくもない。こうした都市は「歪(いびつ)」であり、ハイクオリティとは言えない。

 中国は現在、都市のクオリティ向上、効率向上、そして原動力シフトを推し進めている。従来、中国経済のハイスピードな発展は、生産規模の拡大、資本投入の拡大、労働力の無限の提供による輸出の拡大と、不動産投資の拡大に引っ張られてきた。こうした発展は、再生不可能な耕地、エネルギー、鉱山資源を大量に消耗してきた。

 クオリティの向上には、量的な生産拡大に頼った発展から、製品の質的向上による発展へと、転換させなければならない。

 効率を高めるには、要素投入の規模拡大による成長から、労働効率、資本効率、土地効率、エネルギー効率、環境効率の向上へと転換することが必要である。

 原動力も、労働力依存型の成長から、改革開放型成長、科学技術イノベーション型成長にシフトしなければならない。もちろん内需、特に消費拡大という牽引力も欠かせない。

 上記の三大変革の主な舞台は都市にある。ハイクオリティを促す指標システムがあれば、各都市は、単純なGDP競争から発展クオリティの向上、効率の向上、原動力のシフトにおける競争へと切り替えられる。

 中国では、実体経済、イノベーション、現代金融、人的資源などうまく協働できる現代産業体系を作って行く必要がある。

 都市の基礎は産業にあり、都市の繁栄は産業の振興にある。都市の産業発展はフルセット型と決別すると同時に、モノカルチャーになってもいけない。とりわけ製造業と、IT産業との協働が欠かせない。

 科学技術イノベーションと実体経済とのタイアップの発展が大切である。科学技術イノベーションと実体経済が別々のものであってはならない。その意味では、イノベーションを評価する際、研究開発の投資規模だけではなく、研究成果が実際の生産力に置き換えられたか否かに、着目するべきである。 
 金融も実体経済のために役立つことが重要であり、金融の自己循環型発展があってはならない。それゆえGDPに占める金融の比重だけを見て、その都市が金融センターであるかどうかを判断してはいけない。

 その意味では教育は、実体経済、科学技術イノベーション、現代金融の発展潮流に追い付くことが必要だ。経済社会発展のニーズに応えなければならない。

 不動産開発も住民の支払能力に見合ったものとし、また住民のニーズを満たす形で発展させるべきだ。不動産供給が過剰であれば空き家問題が生じ、過少であれば供給不足に陥る。都市機能や人口集積に適合したものにしなければならない。

 中国では、市場メカニズムを有効に働かせ、ミクロが活力に溢れ、マクロコントロールが機能する経済を打ち立てる必要がある。ハイクオリティな発展を推し進めるにはそれに見合った制度環境へのシフトが欠かせない。

 世界銀行は「ビジネス環境の現状2019」で、190カ国・地域のランキングにおける中国の順位が第46位と、昨年より32位高まったことを報告した。これは主に北京と上海の状況を反映している。もちろん、ビジネス環境における都市間の違いは極めて大きい。自然環境の差異を除き、その多くは制度における差異である。各都市は、自身の状況に応じて改革のスピードを速め、ハイクオリティな発展段階に見合ったビジネス環境を整えなければならない。

 中央経済工作会議は昨年、ハイクオリティの発展を促す指標システムの迅速な開発を求めた。このような指標をもってハイクオリティ発展における都市間の競争を促す必要がある。〈中国都市総合発展指標〉はすでにこうした機能を備えている。今後は下記に掲げる改善点に考慮し、さらに完成度を高めて欲しい。

 第一に、さらに一歩、時代性を増すことである。指標は現在、世界の発展潮流と、中国の発展趨勢を反映させ、ハイクオリティ、高効率、協調性、新たな原動力を焦点とする。また、科学技術革新と産業変革の趨勢を反映させ、クラウド、ビックデータ、新エネルギー、スマートシティなどの進歩を焦点とする。さらに、改革開放を反映させ、規制改革、ビジネス環境の改善などを焦点とする。

 第二に、科学性をさらに一歩高めることである。目下、中国では都市に関する評価指標は他にも存在する。しかし、その大半が科学性に欠いている。〈中国都市総合発展指標〉の優位性は、環境、社会、経済の3つの角度から都市の発展を評価していることにある。これに、さらにハイクオリティに関する指標を充実させれば、都市ハイクオリティ発展を総合的に評価する、中国初の指標システムとなる。各都市がこぞってこれを参照するような指標システムとなるだろう。

 第三に、国際性をさらに強化させることだ。中国都市総合発展指標の優位性の1つは、国際比較が可能となっていることである。これは決して容易ではない。都市のエリアに関する定義一つを取ってみても、中国の都市では行政地域、都市内部の区と県レベルの行政地域、建成区という3つのレベルがある。後者の二つのエリアは、なかなか国際比較ができないことで国際間の都市比較研究の大きな妨げとなっていた。〈中国都市総合発展指標〉は、衛星リモートセンシングの技術を用いて、行政地域、アーバンエリア、そしてDIDエリアという3つのコンセプトを持ち、国際間の比較を可能とした。こうした努力を一層重ねてほしい。

 第四は、実用性をさらに一歩、高めることである。今後、指標の価値をさらに一歩高め、必要とする都市にはハイクオリティ発展の「健診報告」を行うと同時に、評価の範疇は上下へと拡張してほしい。上はメガロポリスと都市圏をカバーし、京津冀の協調発展や、長江デルタの一体化、粤港澳大湾区の評価を可能とすること。下は、県級都市の評価も網羅してほしい。指標は発展の結果を評価したものであり、また、都市発展を進める上での基準でもある。中国各都市のニーズに応えるために、中国都市総合発展指標を中国都市のハイクオリティな発展を検証する指標体系として明確に位置付けなければならない。そのために、中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司は、それを上級指導機関へ報告すると同時に、各都市へも中国都市総合発展指標を推薦する。


(『環境・社会・経済 中国都市ランキング 2018―大都市圏発展戦略』に収録


プロフィール

楊 偉民 (Yang Weimin)

 1956年生まれ。中国国家発展改革委員会計画司司長、同委員会副秘書長、秘書長を歴任。中国のマクロ政策および中長期計画の制定に長年携わる。第9次〜第12次の各五カ年計画において綱要の編纂責任者。中国共産党第18回党大会、第18回3中全会、同4中全会、同5中全会の報告起草作業に参与した。同党中央第11次五カ年計画、第12次五カ年計画、第13次五カ年計画提案の起草に関わるなど、重要な改革案件に多数参画した。

 主な著書に、『中国未来三十年』(2011年、三聯書店(香港)、周牧之と共編)、『第三の三十年:再度大転型的中国』(2010年、人民出版社、周牧之と共編)、『中国可持続発展的産業政策研究』(2004年、中国市場出版社編著)、『計画体制改革的理論探索』(2003年、中国物価出版社編著)。