【論文】周牧之:アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準

周牧之 東京経済大学教授


▷CO2関連論文①:周牧之『世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題』
▷CO2関連論文②:周牧之『二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧』
▷CO2関連論文③:周牧之『中国の二酸化炭素排出構造及び要因分析


 一般的には、経済成長がCO2排出を増大させていると思われがちである。現に中国はそのようなパターンで突き進んでいる。他方、同じ経済大国でもアメリカは近年、経済成長を維持しながらCO2排出を削減するパターンを作り出している。もちろんその他の先進諸国のほとんども、CO2の排出量を削減してきている。但し、それら諸国の経済規模は米中と比べて小さく、またその大半が現在、低成長に喘いでいる。本論ではアメリカと中国の、成長とCO2排出の関係について分析し、異なる経済水準の実態を明らかにする。


1.6大要素から見た世界のCO2排出状況


 一国のCO2排出水準を左右する最も決定的な要因は何だろうか。拙論『世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題』で基本的な6大要素を提示した[1]。一国のCO2排出状況は、下記の6大要素を指標として、総合的に評価する必要がある。

① エネルギー消費量当たりCO2排出量(carbon intensity of energy、エネルギー炭素集約度)[2]

 この指標は、一次エネルギー源の品質と効率に関連している。例えば、現在、石炭が一次エネルギーの主役である中国のようなエネルギー構造では、エネルギー消費量当たりCO2排出量が多い。今後、火力発電の一次エネルギーを石炭から天然ガスに転換することや、風力、太陽光、水力などの再生可能エネルギーの割合が増えること、また原子力発電の発展などにより、エネルギー消費量当たりCO2排出量は減少していくと考えられる。エネルギー炭素集約度を引き下げるためには、炭素の少ないエネルギー源を選択することが必要となる。

② GDP当たりエネルギー消費量(energy intensity、エネルギー効率)[3]

 この指標は、工業化の初期においては悪化するが、工業化の進展に伴う産業構造の高度化、低効率生産能力の淘汰、技術の向上などにより、エネルギー効率は好転する。したがって、長期的には、一国のGDP当たりエネルギー消費量の曲線は、工業化の初期には急上昇し、工業化が順調に進めば、いずれ減少傾向を迎える。エネルギー効率を引き下げるためには、省エネルギーの推進などが必要となる。

③ GDP当たりCO2排出量(carbon intensity、炭素強度)[4]

 この指標は、一国の経済とCO2排出量の関係を示す重要な指標である。エネルギー消費量当たりCO2排出量とGDP当たりエネルギー消費量の相互作用により、炭素強度のレベルが決まる。炭素強度は、技術進歩や経済成長に伴い低下していく。 

 ④ 一人当たりGDP[5]

 生活水準の向上はCO2排出に大きな影響を及ぼす。一人当たりGDPは経済発展の度合いを測る指標である。経済発展の初期では、産業活動が拡大し、衣食住および交通など生活パターンの近代化をもたらす。よって、一人当たりエネルギー消費量が増加し、それに相まってCO2排出量も増加する。しかし、現在の先進諸国は既にこの段階を卒業し、産業構造の高度化やクリーンエネルギーの発展などにより、一人当たりGDPを成長させながら、CO2排出量を削減している。

人口の規模[6]

 人口規模がCO2排出に直接影響を与える。人口が多くなるほど経済規模も大きくなり結果としてCO2排出量も多くなる。また、人口構造がエネルギー消費に与える影響も無視できない。

一人当たりCO2排出量[7]

 この指標は、上記5つの要素の相互作用の結果を反映する。実際、これは一国におけるCO2排出量をはかる最も重要な指標である。一人当たりCO2排出量の変曲点がCO2排出量の本当の意味でのピークアウトとなる。

図1 世界におけるCO₂排出量および6大要素の推移(1990-2020年)

出所:Global Carbon Project (GCP)データセット、国連データセット、BPデータセットより作成。

 図1は、1990年を起点とし、1990年の値に対するそれぞれの指標の変化率で、世界全体における6大要素及び年間CO2排出量の経年的な相対変化を示した。過去30年間、世界全体は人口増加以上にGDPを大きく成長させた。これによって、一人当たりGDPが151.3%成長し、人類にとって最も富の創出がなされた時期となった。但し、世界全体の人口増、そして経済規模の拡大により、CO2排出量も50.6%増加した。

 この間、技術進歩や省エネルギーへの努力、そして自然エネルギーの導入などにより、世界全体のGDP当たりエネルギー消費量(エネルギー効率)は55.8%減少し、エネルギー消費量当たりCO2排出量(エネルギー炭素集約度)は8.2%減少した。それにより、GDP当たりCO2排出量(炭素強度)も59.4%減少した。世界は総じてよりCO2をより出さない成長へと向かっている。しかし、CO2排出総量はいまだ増え続け、その排出規模自体が現在の地球生態にとって耐え難いものとなっている。「2℃目標[8]」と「1.5℃の追及[9]」の達成には、更に抜本的な取り組みが急がれる。

 上記の分析から分かるように、CO2排出水準は、人口動態だけでなく、経済成長そして産業構造、エネルギー効率、一次エネルギー構成などからなる成長パターンと大きく関係している。

 経済成長とCO2排出水準の関係は、上記期間での二つの世界的な経済危機がCO2排出量に与えた影響からも、明らかである。2008年の金融危機の後、世界のCO2排出量は大きく減少した。さらに、新型コロナウイルス・パンデミックによって、2020年に世界のGDPが前年比2.8%減少したことで、CO2排出量も前年比で6.3%減少した。

 人口動態、経済成長そして成長パターンがどう複雑に絡み合って各国のCO2排出水準に影響を与えているかを、個別に見ていく必要がある。本論では、世界最大のCO2排出大国である中国とアメリカを取り上げ、6大要素を用いて分析する。

2.アメリカ:CO₂排出量削減と共に成長を実現


 上述したように、世界全体で見た場合、経済成長とCO₂排出量には、強い相関関係がある。多くの場合、国が豊かであれば、より多くのCO2を排出する。これは、化石燃料を燃やすことで得られるエネルギーをより多く使っていることに由来する。

 しかし現在、先進国では自然エネルギーや原子力発電の導入、また省エネルギーへの努力や産業構造の高度化により、CO2排出量を削減しながら経済成長を実現している。その最たる例が、アメリカである。

 図2でアメリカにおけるCO₂排出6大要素推移をみると、1990年から2020年までの30年間で同国の一人当たりGDPは158.7%と著しく拡大した一方、CO₂排出量は減少した。アメリカのCO₂排出量は1990年代にはまだ増加傾向にあり、2005年をピークに減少傾向に反転した。現在同国のCO₂排出量は、1990年よりも下回っている。2005年以降、アメリカではGDPが上昇しながらCO₂排出量は大きく減少している。

 アメリカでCO2排出量を削減できた主な理由は2つ考えられる。1つ目は、グローバリゼーションを積極的に推し進め、産業の高度化を図った結果である。すなわち、サプライチェーンのグローバル展開により、国内ではエネルギー使用量が少なく付加価値の高い部門に特化する努力がなされた。アメリカでは、経済のエネルギー集約型から知識集約型へのシフトがかなり成功したと言えよう。

 2つ目は、エネルギー革命がある程度成功した結果である。アメリカは、クリントン大統領の時代から再生エネルギーの開発とCO2排出量削減のための政策を打ち出した。その後大統領の交代により何度か浮き沈みはあったものの、エネルギーミックスの高度化が図られてきた。2017年にアメリカ西部の11州では、総電力量の42%もが再生可能エネルギーで賄われている。対照的に、CO2を大量に出す石炭火力は同国で衰退し続けている。特筆すべきは、カーター大統領時代に始まった小規模天然ガス火力発電を開発する政策によって、2002年には小規模天然ガス火力発電がアメリカの電源構成で最大のシェアを占めるまでになった。シェールガス革命はこの傾向をさらに強めた[10]。小規模天然ガス火力発電は、石炭火力と比べCO2排出量を削減できると同時に、消費地に近い立地が可能なことで、発電に伴う廃熱を熱源として消費地に供給できるコージェネレーション(熱電併給)[11]の構築に有利である。これにより、エネルギー効率はかなり向上させられる。

 こうした努力の結果、アメリカではCO2排出量だけでなく、エネルギー消費量当たりCO2排出量、GDP当たりエネルギー消費量、GDP当たりCO2排出量、および一人当たりCO2排出量が共に減少した。

図2 アメリカにおけるCO₂排出量および6大要素の推移(1990-2020年)

出所:Global Carbon Project (GCP)データセット、国連データセット、BPデータセットより作成。

3.中国:CO₂排出量削減と共に成長する経済水準に至らず


 中国は世界CO₂排出量におけるシェアを1990年の10.9%から2020年の30.7%へと急拡大させた。図3は6大要素推移で中国CO₂排出状況を分析している。まず圧倒的な変化は、一人当たりGDPの成長である。中国の一人当たりGDPは、この30年間で約30倍の規模にまで膨れ上がった。

 一方、大規模な産業発展、急速な都市化、巨大な人口の生活パターンの近代化により、エネルギー消費量が急拡大し、中国のCO2排出量は30年間で4.3倍の規模にまで増加、いまだピークに達していない。一人当たりCO2排出量も3.5倍に拡大した。つまり中国は、アメリカのように、経済成長とCO2排出量の削減を同時に実現させる経済水準にはまだ至っていない。

 しかしながら、中国ではエネルギー当たりCO2排出量(エネルギー炭素集約度)、GDP当たりエネルギー消費量(エネルギー効率)、GDP当たりCO2排出量(炭素強度)のいずれもがすでに変曲点に達し、明確な減少傾向を示している。エネルギー当たりCO2排出量では、中国は1990年に比べて2020年に16.3%減少した。この間、GDP当たりエネルギー消費量とGDP当たりCO2排出量も其々86.2%と88.4%も減少した。これらは、中国が近年、省エネの奨励、クリーンエネルギーの開発に多大な努力を払ってきた結果である。中国が推進する「循環低炭素型の発展」政策[12]は、すでに一定の成果を上げている。とはいえ、世界の「2℃目標」を達成するためには、CO2排出量最大国としては速度不足の感が否めない。

 2020年12月12日開催の国連気候野心サミットで発表した「2030年までにCO₂排出量のピークアウトに努め、2060年までにカーボンニュートラルを目指す」中国の公約[13]を達成するには、各都市が主役となり競い合って努力することが肝要となる。

図3 中国におけるCO₂排出量および6大要素の推移(1990-2020年)

出所:Global Carbon Project (GCP)データセット、国連データセット、BPデータセットより作成。

(本論文では栗本賢一、甄雪華、趙建の三氏がデータ整理と図表作成に携わった)


[1] 周牧之『世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題』、東京経大学会誌(経済学)、2021年12月、311号、pp.55-78。

[2] エネルギー消費量当たりCO2排出量は、エネルギー消費量に対するCO2の排出量を表す指標であり、エネルギー源による環境負荷を表す重要な指標である。エネルギー消費量当たりCO2排出量を減らすことで、気候変動を引き起こす原因であるCO2の排出量を抑えることができる。これにより、環境負荷を軽減することができる。エネルギー消費量当たりCO2排出量を減らすためには、エネルギー源を変えることが有効である。例えば、化石燃料を使わないエネルギー源を使うことで、CO2の排出量を減らすことができる。また、同じ化石燃料の中でも石炭、石油、天然ガスの、CO2の排出量は異なるため、石炭から石油、天然ガスに切り替えるだけでもエネルギー消費量当たりCO2排出量を低減できる。さらに、エネルギー効率を高めることで、エネルギー消費量を減らすことができる。これにより、エネルギー消費量当たりCO2排出量も減少できる。また、CO2を吸収する植物を増やすことや、温室効果ガスを地下に封じ込むことなども同指標の改善につながる。

[3] GDP当たりエネルギー消費量は、経済成長とエネルギー消費の関係を表す指標である。同指標は、産業構造がエネルギー多消費型産業の製造業から、知識産業やサービス産業へと高度化することにより、改善される。また、技術と設備の高度化により、エネルギー効率が向上し、同指標の改善が図られる。さらに、コンパクトシティの推進、省エネ建築・省エネ器具などの導入も同指標の改善につながる。そうした努力によって、経済成長を維持しつつも、エネルギー消費を抑制することができる。

[4] GDP当たりCO2排出量は、GDPに対するCO2の排出量を示し、経済活動による環境負荷を表す重要な指標である。同指標を改善するためには、農業や林業の振興で、CO2を吸収する植物を増やすこと。また、サービス業や情報技術分野の振興で、経済活動を資源やエネルギーをより使わない分野へシフトすること。さらに、エネルギー源のクリーン化や、省エネの推進なども同指標の改善につながる。

[5] 一人当たりGDPは、それぞれの国の一人あたりの生産能力を示す指標であり、経済発展度を表す重要な指標とされている。一人当たりGDPを高めることで、国民の生産能力が高まり、購買力も高まる。

[6] 人口の規模とは、ある地域や国の人口を表す指標で、経済や文化、政治などに大きく影響を与える重要な指標である。人口の規模は、出生率や死亡率、人口移動など様々な要因によって変化する。人口激増、少子化、高齢化、人口縮小、移民問題など人口にまつわるイシューは、世界各国のさまざまな発展段階で、大きな課題となっている。当然、人口規模とエネルギー資源との関係は深い。人口規模の多い方がよりエネルギー消費が多い。

[7] 一人当たりCO2排出量は、ある地域や国の一人当たりのCO2排出量を示す指標であり、環境負荷を表す重要な指標である。発展段階によって同指標は変化する。経済発展の初期は、同指標は大きく伸びる。経済発展の高度化の段階では、エネルギー源のクリーン化、省エネ推進、産業構造の変化などにより、同指標は改善される。

[8] 2℃目標とは、気候変動による地球温暖化を防止するために、地球全体の平均気温の上昇を、産業革命前(すなわち人為的な温暖化が起きる前)と比べて2℃未満に抑えることを目指す国際的な目標である。この目標は、2015年、気候変動枠組条約締約国会議(COP)にて、「パリ協定(国連気候変動枠組条約)」が発効した際に採択された。2℃目標を達成するためには、温室効果ガスの排出を大幅に減らすことが必要とされる。これには、脱化石燃料の推進や省エネの取り組み、温室効果ガス吸収技術の開発などが含まれる。世界の主要各国では、2℃目標の達成に向けて、温室効果ガスの排出削減を目指す政策が採用されている。

[9] 1.5℃の追求は、2015年の「パリ協定」が発効した際に、世界全体の長期目標として、2度目標とともに、1.5度に抑える努力の追求(1.5度目標)も示された。平均気温上昇を1.5℃に抑えると、2℃上昇する場合と比べて極端な豪雨や熱波が少なくなり、2100年までの海面上昇は約10cm低くなるといわれている。2018年には、国連の気候変動に関する政府間パネル(IPCC)より「1.5℃」目標に関する特別報告書が発表された。

[10] アメリカのエネルギー政策に関して詳しくは、小林健一著『米国の再生エネルギー革命』、日本経済評論社、2021年2月25日を参照。

[11] コージェネレーション(熱電併給)とは、火力発電に伴う余熱を工業プロセスや建物の空調、温水供給などに使う熱エネルギーとして利用するシステムである。コージェネレーションは、熱エネルギーを効率的に利用することで、エネルギー効率が高く、環境に優しい技術とされている。従来の火力発電システムでは、一次エネルギー利用率は40%程度なのに対し、コージェネレーションシステムは70〜80%の利用率となる。環境負荷の低い小型天然ガス発電所を消費地に隣接し、コージェネレーションを効率的に進めることが肝要である。

[12] 2012年中国共産党第18回党大会は「グリーン発展、循環発展、低炭素発展」をベースにした「生態文明建設」を打ち出した。2017年中国共産党第19回党大会では「循環低炭素型の発展」を正式に打ち出し、中国新時代社会主義建設の一大戦略と位置付けた。詳しくは、中国共産党第18回党大会コミュニケ(中国語版)http://cpc.people.com.cn/n/2012/1118/c64094-19612151.html(最終閲覧日:2022年10月19日)及び第19回党大会コミュニケ(中国語版)http://www.gov.cn/zhuanti/2017-10/27/content_5234876.htm(最終閲覧日:2022年10月19日)を参照。

[13] 中国の習近平国家主席は2020年12月12日、同日開幕した国連気候野心サミットの演説で、「GDPを分母とした二酸化炭素の原単位排出量を2030年までに2005年比65%削減する」との目標を新たに発表した。


 本論文は、周牧之論文『都市から見た中国の二酸化炭素排出構造と課題―急増する中国とピークアウトした日米欧―』より抜粋したものである。『東京経大学会誌 経済学』、317号、2023年。

【論文】周牧之:二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧

周牧之 東京経済大学教授


▷CO2関連論文①:周牧之『世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題』
▷CO2関連論文②:周牧之『アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準』
▷CO2関連論文③:周牧之『中国の二酸化炭素排出構造及び要因分析


 エジプトのシャルム・エル・シェイクで、2022年11月6日から11月20日まで開催された国連気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)は、閉会予定を48時間も超過する長丁場の交渉を行った。交渉の焦点は、二酸化炭素(CO2)排出量の責任問題であった。とくに累積排出量でトップのアメリカと、現在の排出量でトップの中国の存在が目立った。CO2をはじめとする温室効果ガスは、長期にわたって残存する[1]。そのため、気候変動の責任について考える際は、歴史をさかのぼって累積の排出量を考慮しなくてはならない。

 CO2の累積排出量ではアメリカが群を抜く最大の排出国であり、EU及びイギリスと合わせれば、全排出量の46%を占める。欧米は化石燃料をエネルギーとして数世紀にわたり経済成長を謳歌してきた。他方、中国を始めとする途上国は、急速な経済成長を実現し、CO2の排出を急拡大している。こうした複雑な構図は、CO2削減における国際的な議論と合意を困難にしている。

 世界における二酸化炭素排出構造を明らかにするためには、産業革命以来今日までの長いスパンで、各国の二酸化炭素排出状況を分析する必要がある。本論はこうした地球規模のCO2排出構図を、産業革命以来のデータを用いて解明する。


1.地球温暖化が確実に進行


 地球温暖化が確実に進行している。図1が示すように、陸域における地表付近の気温と海面水温の平均からなる世界の平均気温は、1961〜1990年の30年平均値の基準値から2019年までの偏差が、+0.74℃と急激に上がった。世界の平均気温は、産業革命以前に比べ1℃以上も上昇している。

図1 世界平均気温の変化(1850-2019年)

出所:Met Office Hadley Centre「HadCRUT4」データセットより作成。

 地球の長い歴史の中で、気温と温室効果ガス、特にCO2の濃度には強い相関のあることが、IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change:気候変動に関する政府間パネル)で、立証され[2]産業革命後、著しく増加した温室効果ガスが世界平均気温の急激な上昇をもたらしている。地球温暖化を抑えるには、人為起源のCO2の排出量を抑えなければならない。2015年12月の「国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)」は気候変動緩和策について協議し、「パリ協定」を締結した。世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保つとともに、1.5℃に抑える努力を追求すること、いわゆる「2℃目標」と「1.5℃の追及」が示された。


  また、2018年10月のIPCCでは、『1.5℃特別報告書』[3]が採択された。地球温暖化がかつてない勢いで進行する中、世界は「産業革命後の気温上昇を1.5℃に食い止める」目標に向かって邁進している。

2.急増するCO2濃度が地球温暖化をもたらす


 世界を急進的なCO2削減目標へと向かわせたのは、CO2濃度の大幅かつ急激な上昇が、地球温暖化を加速し、地球規模の気候災害や生態破壊をもたらしているからである。図2が示すように、世界平均の大気中CO2濃度は過去80万年間変動はあったものの、300ppmを超えることはなかった。しかし、産業革命が起こり、化石燃料の燃焼による人為的なCO2排出が増加したことで、この状況は一変した。過去数世紀、特にここ数十年間に、地球上のCO2濃度は急上昇している。

 20世紀半ばまで、排出量の増加は比較的緩やかで、1950年の世界全体におけるCO2排出量は60億トンであった。それが1990年になると約4倍の220億トン以上に拡大した。その後も排出量は急増し、現在では毎年340億トン以上が排出されている。その結果、世界の大気中CO2濃度は80万年間300ppm以内で推移した局面が崩れ、現在では400ppmをはるかに超える濃度に達している。新型コロナウイルス・パンデミックの影響により、直近の2年間は世界全体のCO2排出量の伸びが鈍化しているものの、いまだピークアウトしていない。

 また、地球上の大気中のCO2濃度が増加しただけでなく、その変化速度が極めて急激であることにも注目すべきである。CO2濃度の変化は、数百年、数千年、そして数万年単位で起こってきた。しかし、20世紀後半以降のCO2濃度の急上昇は、急速な温暖化をもたらし、地球全体のシステムにとって適応に必要な時間を遥かに超え、気候災害や生態破壊をもたらしている。

図2 世界の大気中CO2濃度の推移(803,720BCE-2022年)

注:土地利用変化は含まない。
出所:アメリカ海洋大気庁(NOAA)データセットより作成。

3.CO2排出量を増やし続ける中国とインド、ピークアウトした日欧米


 CO2排出量の急増をもたらした国はどこだろう?図3は、世界のCO2排出量メインプレイヤーの1750年から2020年における、化石燃料および産業由来のCO2排出推移を分析している。 2020年の時点でCO2排出量の最も多い5カ国は、中国、アメリカ、インド、ロシア、日本である。分析は、これにEU(27カ国合計)[4]とイギリスを加えた。2020年において、これら6カ国とEUは、合計で年間233.6億トンのCO2を排出し、世界の排出量の67.1%を占めた。

 2020年における世界最大の排出国は中国である。中国は、世界貿易機関(WTO)に加盟した2001年から、経済発展と比例するように年間CO2排出量を急増させている[5]。2020年に中国のCO2排出量は106.7億トンに達し、世界の30.7%を占めた。

 2020年、アメリカのCO2排出量は47.1億トンで、世界の13.5%を占め、中国に次ぐ排出大国となっている。次いで、EU(27カ国合計)のCO2排出量は26億トンで、世界の7.5%を占めている。インドは同24.4億トンで世界の7.0%を占め、ロシアは同15.8億トンで世界の4.5%を占めている。日本は同10.3億トンで、世界の3.0%を占めている。産業革命後100年以上にわたりCO2排出量の最も多かったイギリスは同3.3億トンで、世界シェアは0.9%に縮小した。

 これらの国と地域の中で、中国とインドはまだピークアウトしておらず、CO2排出量は増え続けている。他方、日米欧はすでにピークアウトし、CO2排出量は減り続けている。

図3 国・地域別年間CO2排出量の推移(1750-2020年)

注1:化石燃料および産業起原CO2排出量である。
注2:土地利用変化は含まない。
出所:Global Carbon Project (GCP)データセットより作成。

4.パワーシフトを反映するCO2排出量シェアの増減


 時間軸で見ると、これまで、世界のCO2排出量のメインプレイヤーは幾度も変わってきた。図4は、1750年から2020年までの上記国・地域の年間CO2排出量シェア推移を分析している。この分析で、CO2排出量の分布が、時代とともに大きく変化していることが伺える。産業革命発祥の国イギリスは、1888年にアメリカに追い越されるまで、世界最大のCO2排出国であった。イギリスは石炭を大量に燃やし、工業生産と生活水準の向上を成し遂げる工業化モデルを、世界で最初に実現させた国である。

 その後アメリカが、大量生産大量消費の発展モデルを確立し、石油を石炭に代わるエネルギーの主役に置き、モータリゼーションを押し進め、世界最大の経済大国にのし上がった。第二次大戦後、安価の石油、天然ガスを世界中から調達して繁栄を謳歌し、世界経済を牽引した。2000年にはアメリカは世界におけるCO2排出量のシェアを、23.8%とピークにした。なおアメリカのCO2排出量ピークは2005年で、同年の世界シェアは20.7%であった。

 中国は改革開放後、長期にわたる経済成長を実現してきた。石炭を中心とする化石燃料の大量消費によって、世界におけるCO2排出量のシェアも急激に上昇し、2006年に同シェアは21.2%に達し、アメリカを超えて世界最大のCO2排出国となった。

 化石燃料をベースとした近代経済の発展は、世界経済におけるパワーシフトに如実に反映され、各国のCO2排出量シェアを増減させた。こうした状況の打開には、化石燃料をベースとした発展モデルからの脱却が不可欠となる。

図4 国・地域別年間CO2排出量シェアの推移(1750-2020年)

注1:化石燃料および産業起原CO2排出量である。
注2:土地利用変化は含まない。
出所:Global Carbon Project (GCP)データセットより作成。

5.アジア地域は世界CO2排出量急増のメインプレイヤー


 地球温暖化の緊急性を高めたのは、CO2排出総量を急拡大させたアジア地域である。図5は、1750年から2020年までにおける国・地域別のCO2排出量推移を示している。欧米は20世紀中頃まで、世界のCO2の大半を排出していた。1900年には排出量の95.7%が欧米によるもので、1950年時点でも排出量の82.1%を欧米が占めていた。しかし、1980年になると、世界における欧米のCO2排出量シェアは64.4%に下がった。

 一方、アジア地域のCO2排出量は急増し、1980年にはアジア全域での同世界シェアが22.6%を占めるまで上昇した。その後、アジア地域のCO2排出量は拡大し続けた。2001年には、世界におけるアジア全域のCO2排出量シェアは36.4%となり、2020年に同シェアは58.4%に至った。世界の約6割のCO2をアジアが排出する事態となった。

 アジアがCO2排出量を急増させる中、世界における欧米のCO2排出量シェアは相対的に低下した。2001年には、欧米のCO2排出量シェアは47.9%と5割を下回り、2020年に同シェアは27.8%と3分の1を下回った。

 CO2排出量におけるアジアシェアの急拡大は、日本、NEIS、中国、ASEAN、インドが立て続けに行った工業化や都市化に因る。なかでも13億人口を抱える中国の影響は大きい。  

 改革開放政策の初期にあたる1980年、中国の世界CO2排出量におけるシェアは7.7%であった。2001年には、中国の同世界シェアは13.8%となり、20年間で2倍近くになった。それから更に20年後の2020年に中国の同世界シェアは30.7%となり、一国で欧米全体のCO2排出シェアを上回るに至った。

 CO2排出量におけるアジア地域の存在が高まる中、アフリカと南米の両地域は、それぞれ同世界シェアの3〜4%に留め、メインプレイヤーにはなっていない。

 欧米のCO2排出量世界シェアの低下は、アジアの排出量の急増によると同時に、この間の欧米の排出量がピークアウトし、減り続けてきたことも大きな要因である。

 しかし、世界のCO2排出量は1980年から2020年までの40年間で、1.8倍に急増した。図5の分析からわかるように、この間の急増ぶりに最も貢献したのは、アジア地域である。急増するアジアの排出量は、未だピークアウトの兆しを見せていない。

 大気中のCO2濃度を安定させ、さらに削減させるには、大気中に排出される温室効果ガスと大気中から除去される温室効果ガスが同量でバランスが取れている「ネットゼロ」[6]をまず達成する必要がある。そのためには、アジアでの大規模かつ迅速な排出量削減が不可欠である。メインプレイヤーとしての中国のCO2削減圧力は極めて高い。

図5 国・地域別年間CO2排出量推移(1750-2020年)

注1:化石燃料および産業起原CO2排出量である。
注2:土地利用変化は含まない。
注3:国際航空・海運輸送は、国や地域の排出量に含まれていない。
出所:Global Carbon Project (GCP)データセットより作成。

6.累積で最もCO2排出した欧米と、現在CO2を大量排出するアジア


 しかし、産業革命以降、CO2を最も排出している国はどこだろう?上記の分析では1980年代以降、世界におけるCO2排出量を急増させたのがアジア地域であることが明らかになった。但し、CO2の大部分は一度排出されると何百年もの間、大気中に残ることが知られている。CO2の排出問題においては、これまでの累積排出量に関わる議論が必要となる。

 図6及び図7の分析では、いままで長い間CO2を排出してきた欧米諸国と、ごく最近大量にCO2を排出し始めたアジア地域との対立的な構図が見える。

 本論での1750年からの計算により、産業革命以来これまで人類は1兆7千億トンものCO2を排出してきた。大気中にCO2を最も排出してきた国は、CO2問題に取り組む上で最大の責任を負うべきだとのロジックがある。

 図6は、1750年から2020年までにおける国・地域別の累積CO2排出量推移を示している。アメリカは累積で約4,167億トンのCO2を排出し、世界における累積排出量の24.6%も占めた[7]。アメリカの累積CO2排出量は、中国の同13.9%シェアの1.8倍以上である。EU(27カ国)も、累積CO2排出量における世界シェアは17.1%と極めて大きい。産業革命の発祥地であるイギリスの同シェアは4.6%で、日本の同シェアは3.9%[8]である。

 現在のCO2排出量上位に占めるインドやブラジルなどの新興国は、累積CO2における貢献度はまだそれほど大きくない。アフリカ地域の貢献度は、その人口規模に比して非常に小さい。現在においても、アフリカ地域の一人当たりのCO2排出量はまだ少ない。

 過去に大量にCO2を排出してきた欧米諸国は長い時間をかけてピークアウトをした。これに対して、最近大量にCO2を排出し始めた新興国は、短期間でピークアウトしなければならない。そこにCO 2削減に関する国際交渉において、時間軸的ロジックの対立がある。

図6 国・地域別累積CO2排出量の推移(1750-2020年)

注1:化石燃料および産業起原CO2排出量である。
注2:土地利用変化は含まない。
出所:Global Carbon Project (GCP)データセットより作成。

 図7は、1750年から2020年までの国・地域別累積CO2排出量シェア推移を示している。1950年まで、累積CO2排出量の半分以上はヨーロッパによるものであった。とくにイギリスの排出量が大きい。1882年までは世界の累積CO2排出量の半分以上を同国が出していた。

 その後、アメリカが100年以上に渡り、CO2排出量の拡大を牽引した。アジア地域がCO2排出量を伸ばしたのは直近50年ほどのことである。世界に占めるアジア地域のCO2排出量の割合は近年、非常に増加している。

 累積でCO 2を最も排出した欧米諸国のほとんどは、ピークアウトを経て、世界におけるCO2排出量のシェアを急減させた。なかでも長期にわたり大量のCO2を出してきたイギリスは、2020年CO2排出量の世界シェアが1%を切った。これに対して、ごく最近CO2を大量に排出し始めた中国を始めとするアジア地域は現在、世界CO2排出量拡大を牽引している。こうした複雑な構図は、CO2削減における国際的な議論と合意を困難にしている。

図7 国・地域別累積CO2排出量シェアの推移(1750-2020年)

注1:化石燃料および産業起原CO2排出量である。
注2:土地利用変化は含まない。
出所:Global Carbon Project (GCP)データセットより作成。

(本論文では栗本賢一、甄雪華、趙建の三氏がデータ整理と図表作成に携わった)


[1] 温室効果ガスが大気中に残存する時間(大気寿命)は、ガスの種類や放出量によって異なり、一般的には数十年から数百年程度とされている。例えば、二酸化炭素は平均して100年〜1000年程度、メタンは約12年、フッ素化物(HFC)は約15年とされている。ただし、これらの数値はあくまでも平均値であり実際の値はさまざまな要因によって異なる。

[2] IPCC, 2013: Climate Change 2013: The Physical Science Basis. Contribution of Working Group I to the Fifth Assessment Report of the Intergovernmental Panel on Climate Change [Stocker, T.F., D. Qin, G.-K. Plattner, M. Tignor, S.K. Allen, J. Boschung, A. Nauels, Y. Xia, V. Bex and P.M. Midgley (eds.)]. Cambridge University Press, Cambridge, United Kingdom and New York, NY, USA.

[3] 同報告書の正式名称は、『気候変動の脅威への世界的な対応の強化、持続可能な発展及び貧困撲滅の文脈において工業化以前の水準から1.5℃の気温上昇にかかる影響や関連する地球全体での温室効果ガス(GHG)排出経路に関する特別報告書』である。

[4] EUは通常、集団として交渉を行い、目標を設定することから、地域として分析対象に加えた。

[5] WTO加盟後の中国経済の成長について、詳しくは、周牧之・陳亜軍・徐林編著『環境・社会・経済 中国都市ランキング2017: 中心都市発展戦略』、NTT出版、2018年11月、p.167-174を参照。

[6] ネットゼロ(Net-zero)とは、「温室効果ガスの人為的な大気中への排出量と、一定期間における人為的な除去量が釣り合った状態」と定義され、温室効果ガスの排出量が完全にゼロになるように調整された状態のことを指す。また、ネットゼロは、パリ協定の1.5℃目標の達成に整合する排出量削減が求められている。一方、よく似た概念として、カーボン・ニュートラル(Carbon neutral)が存在するが、カーボン・ニュートラルは、温室効果ガスの排出量と吸収量・除去量を均衡させることを指す。

[7] アメリカのCO2排出量データは1800年からである。

[8] 日本のCO2排出量データは1868年からである。


本論文は、周牧之論文『都市から見た中国の二酸化炭素排出構造と課題―急増する中国とピークアウトした日米欧―』より抜粋したものである。『東京経大学会誌 経済学』、317号、2023年。

【ランキング】世界で最も稼ぐ映画大国はどこか? 〜2021年中国都市映画館・劇場消費指数ランキング

雲河都市研究院

2021映画興行収入世界ランキングトップ10入り中国映画

1.中国映画マーケットが2年連続で世界第1位に


 新型コロナウイルスパンデミックで大きな打撃を受けた映画興行は、2021年に回復基調となった。但し、回復には地域差があった。北米(アメリカ+カナダ)の映画興行は2020年の22億ドルから45億ドルに倍増した。日本の映画興行市場は前年の13億ドルから15億ドルへと微増に留まった。

 中国の映画市場は、前年の30億ドルから73億ドルへと急伸した。とくに、2021年の春節(旧正月)に、78.2億元(約1,564億円、1元=20円で計算)の映画興行収入で、同期間の新記録を樹立し、世界の単一市場での1日当たり映画興行収入、週末映画興行収入などでも記録を塗り替えた。

 東京経済大学の周牧之教授は、「2021年は中国のゼロコロナ政策が最も成功した年であった。人々は普通に映画館に通うことができた。結果、前年度比で中国の映画観客動員数はプラス112.7%と倍増し、中国の映画市場は北米の1.6倍に拡がり、2年連続で世界最大の映画興行市場を維持した」と指摘する。

図1 2021各国・地域映画興行収入ランキング トップ20

出典:MPA(Motion Picture Association)『THEME REPORT 2021』より雲河都市研究院作成。

2.映画興行収入世界ランキング


 好調なマーケットに支えられ、2021年映画興行収入世界ランキングトップ10においても、中国映画の『長津湖』、『こんにちは、私のお母さん』、『唐人街探偵 東京MISSION』がそれぞれ2位、3位、6位にランクインした。

 白井衛ぴあグローバルエンタテインメント(株)会長は、「世界のエンタテイメントがコロナパンデミックの影響を大きく受ける中、中国の映画市場は勢いよく回復を続けている。今年も世界映画興行収入ランキングベスト10に3作品が入り、そのすべてが5億ドル以上の興行収入をあげている」とコメントする。

 希肯ぴあの安庭会長は、「映画は演劇と同様、消費者にとっては鑑賞する場へと足を運ぶ必要のあるエンタメである。消費者の熱意は作品の品質と影響力とに大きく左右される。その意味では、市場の規模と持続性は、供給サイドの質量によるものが大きい。動画がいつでもどこでも見られる現状にあって、映画産業は、観客に足を運ぶ理由を与える努力をしなければならない」と語る。

 『長津湖』、『こんにちは、私のお母さん』、『唐人街探偵 東京MISSION』の興行収入の殆どは、中国市場の貢献に依った。これについて周牧之教授は、「一国のマーケットだけで映画興行収入世界ランキングの第2位、第3位そして第6位に就いたことは中国市場の巨大さを物語っている。しかし同時に、これは中国映画のローカル度も表している。中国映画の国際化はこれからの大きな課題であろう」とコメントしている。2021年には『唐人街探偵 東京MISSION』が日本、オーストラリア、ニュージーランドなどの国で上映されたものの、海外での稼ぎは同映画全興行収入の0.2%しかなかった。白井衛会長は、「今後は、より世界的な作品の制作や中国発のアニメ作品の制作が望まれる」と期待した。

 中国は、海外の映画にとっても大きなマーケットになっている。2021年映画興行収入世界ランキングの第5位の『ワイルド・スピード/ジェットブレイク』、第8位の『ゴジラvsコング』は其々中国で、2.2億ドル、1.9億ドルの興行収入を稼ぎ出した。この二つの映画の全世界興行収入に占める中国マーケットのシェアは、其々29.9%、40.1%となった。

 こうした背景下、近年ハリウッドは中国マーケットを意識する映画作りをするようになっている。同時に、中国出身の監督や俳優はもちろん、中国資本もハリウッド映画制作に進出している。中国資本の参入で『レヴェナント: 蘇えりし者』や『グリーンブック』のようなアカデミー賞作品が生み出された。周牧之教授は、「このような国際交流は中国映画のレベルアップに大きく寄与している」と評価する。

図2 2021映画興行収入世界ランキング トップ10

3.中国で最も映画興行収入が多かった都市は?


 中国都市総合発展指標に基づき、雲河都市研究院は中国全297地級市以上の都市(日本の都道府県に相当)をカバーする「中国都市映画館・劇場消費指数」を毎年モニタリングしている。

 『中国都市総合発展指標2021』で見た「中国都市映画館・劇場消費指数2021」ランキングのトップ10都市は、上海、北京、深圳、成都、広州、重慶、杭州、武漢、蘇州、長沙となっている。長沙が西安を抜いてトップ10入りを遂げた。同ランキングの上位11〜30都市は、西安、南京、鄭州、天津、東莞、仏山、寧波、合肥、無錫、青島、瀋陽、昆明、温州、南通、南昌、福州、済南、金華、南寧、長春となっている。

 ゼロコロナ政策で市民生活を取り戻したおかげで、映画観客動員数において、同トップ30都市は、軒並み2〜3桁台の高い回復力を見せた。結果、映画観客動員数は中国全土で前年度より倍増した。

図3 2021中国都市映画館・劇場消費指数ランキング トップ30

出典:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2021』より作成。

4.特定都市に集約する映画館・劇場市場


 「中国都市映画館・劇場消費指数2021」を構成するデータを分析することで、映画館・劇場市場の特定都市集中の実態が見えてくる。

 映画館・劇場数について、「中国都市映画館・劇場消費指数2021」ランキングのトップ5都市が全国に占める割合は12.6%、トップ10都市は20.9%、トップ30都市は39.4%となっている。つまり、上位10都市に全国の映画館・劇場の5分の1以上が立地し、297都市内の上位30都市に、40%弱が立地している。映画館・劇場の集中度は、前年と比較してもほとんど変化していない。

図4 2021中国都市における映画館・劇場の集中度

出典:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2021』より作成。

 映画館・劇場観客者数について、「中国都市映画館・劇場消費指数2021」ランキングのトップ5都市が全国に占める割合は16.9%、トップ10都市は27.4%、トップ30都市は48.9%を占めている。つまり、上位10都市に全国の映画館・劇場観客者数の3分の1近くが集中し、上位30都市に半分以上が集中している。

 周牧之教授は、「映画館・劇場数と比較して、観客者数の特定都市への集中度は、より顕著となっている。なお、映画館・劇場観客者の集中度が僅かながら前年より低下したことは、地方都市での観客者増ゆえと見られる」と指摘する。 

図5 2021中国都市における映画館・劇場観客者数の集中度

出典:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2021』より作成。

 映画館・劇場興行収入について、「中国都市映画館・劇場消費指数2021」ランキングのトップ5都市が全国に占める割合は19.7%、トップ10都市は30.1%、トップ30都市は51.1%を占めている。つまり、上位10都市に全国の映画館・劇場観客者数の3分の1以上が集中し、上位30都市に半分以上が集中している。映画館・劇場興行収入の集中度も、前年よりわずかに低下している。これについて白井衛会長は、「観客数や興行収入の都市部への集中度をみてもトップ30の都市部の比率が下がり、地方都市での観客数が確実に増えてきているのを如実に反映している。これは、今後の映画市場拡大に大きな期待が持てる」とコメントした。

図6 2021中国都市における映画館・劇場興行収入の集中度

出典:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2021』より作成。

5.映画と都市の個性


「中国都市映画館・劇場消費指数2021」からは、さらに次のような都市と映画興行の関係が見えてくる。

 中国で映画興行収入の最多都市:映画興行収入の上位10都市は、上海、北京、深圳、成都、広州、重慶、杭州、武漢、蘇州、長沙である。

 中国で映画鑑賞者数の最多都市:映画鑑賞者数が多い上位10都市は、上海、北京、成都、深圳、広州、重慶、武漢、杭州、蘇州、西安である。

図6 2021中国で最も映画好きな都市ランキング トップ30
(一人当たり映画館での鑑賞回数)

出典:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2021』より作成。

 中国で最も映画好きな都市:一人当たりの映画館での鑑賞回数が多い上位10都市は、珠海、武漢、杭州、南京、深圳、上海、北京、海口、広州、長沙である。

 中国で最も映画におカネを掛ける都市:一人当たりの映画興行収入の上位10都市は、北京、上海、深圳、杭州、珠海、南京、武漢、広州、三亜、海口である。

図8 2021中国で最も映画におカネを掛ける都市ランキング トップ30
(一人当たり映画興行収入)

出典:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2021』より作成。

 周牧之教授は、「映画興行収入の最多都市、映画鑑賞者数の最多都市、最も映画好きな都市、最も映画におカネを掛ける都市などのランキングから都市の性格やエンターテイメントにかける気質がよく見られる。都市分析のユニークなツールになる」と述べている。

図9 2021中国都市映画館・劇場消費指数ランキング分析図

出典:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2021』より作成。

【日本語版】『【ランキング】世界で最も稼ぐ映画大国はどこか?〜2021年中国都市映画館・劇場消費指数ランキング』(チャイナネット・2023年2月6日)

【中国語版】『谁是全球最赚钱的电影票房大国?』(中国網・2023年1月18日)

【英語版】『China’s movie market: 2021 and beyond』(中国国務院新聞弁公室・2023年2月1日、China Daily・2023年2月1日、China.org.cn・2023年2月1日)

【ランキング】世界で最も経済リカバリーの早い国はどこか? 中国で最も経済成長の早い都市はどこか?〜2021年中国都市GDPランキング

雲河都市研究院

編集ノート:

 世界で最も経済リカバリーの早い国はどこか? 経済成長と新型コロナウイルス被害にはどのような関係があるのだろうか?中国で最も経済成長の早い都市はどこか?2021年中国都市GDPランキングから何を読み取れるのか?雲河都市研究院が、主要国及び中国各都市のデータを駆使し、詳しく解説する。



1.中国経済の持続発展は世界経済のフレームワークを変えた


 世界経済は、2020年に新型コロナウイルスパンデミックにより大きく落ち込んだが、2021年はその反動から大きく伸び、実質GDPは6.0%とプラス成長に転じた。

 図1が示すように、2021年国・地域別名目GDPランキングトップ10は、アメリカ、中国、日本、ドイツ、イギリス、インド、フランス、イタリア、カナダ、韓国と続く。コロナショックの反動により、トップ10の国々における2020年の名目GDP成長率は平均5.7%のプラス成長に転じている。中でも、中国、インドは8%以上の成長率となった。それに対して唯一、日本は1.6%の低成長に喘いでいる。世界経済が大きくリバウンドする中、日本経済の回復の遅れは、極めて深刻である。

図1 2021年世界各国・地域GDPランキングトップ30

出所:国際通貨基金(IMF)データセットより雲河都市研究院作成。

 世界は2021年、新型コロナウイルス感染拡大の波を通年で3度も経験した。2月頃には前年度から引き継いだ波が収束に向かったが、その後、変異株「デルタ株」の影響により、世界的に感染拡大が再び始まり、4月に一度目のピークが、8月に二度目のピークが起こった。その後、一旦、収束傾向が見られたが、11月9日に南アフリカで新たな変異種「オミクロン株」が確認された。以降、年末にかけて爆発的に感染者数が拡大した。結果として、2021年世界の累積感染者数は約2.1億人、累積死亡者数は約356万人に及んだ。致死率は約1.7%となり、2020年の同約2.2%をやや下回った。致死率の低下は新型コロナウイルスの弱毒化、治療法の進展、ワクチンの効果などが考えられる。

 図2が示すように、2021年の中国は、ゼロコロナ政策の徹底により、感染拡大の抑え込みに成功した。そのため中国は世界で最も新型コロナ被害の少ない国となった。中国では、感染者が見つかる度に局所的なロックダウン措置等を実施し、感染拡大を防いだ。こうした政策が奏功し、2021年通年の感染者数は1.5万人に留まり、死亡者数はわずか2人であった。中国は同年、新型コロナウイルス致死率を0.01%まで抑え込んだ。

 周牧之東京経済大学教授は、「2021年は中国のゼロコロナ政策が最も成功した年であった」とする。

図2 2021年末迄国別新型コロナウイルス累積感染者数及び累積死亡者数

出所:Our World in Dataデータセットより雲河都市研究院作成。

 明暁東中国国家発展改革委員会発展戦略和計画司(局)元一級巡視員・中国駐日本国大使館元公使参事官は、「2021年の厳しい国際情勢と新型コロナウイルス禍にありながら、中国はゼロコロナ政策をもって経済のリカバリーを実現し、GDPは110兆人民元を突破した」と指摘。

 図3が示すように、2020年に続き中国は、新型コロナ禍にあってなお経済成長を実現した。中国の長年の経済成長は、世界経済のフレームワークを大きく変えた。1990年から2021年までに、世界の経済規模(名目GDP)は4.1倍に膨らんだ。この間、米国の名目GDPも3.9倍に拡大した。過去30年間、世界経済に占めるアメリカの割合は大きく変化していない。2021年は米国がなお23.7%の世界シェアを維持した。

 一方、中国は、2001年のWTO加盟を機に世界経済における存在感が急速に増してきた。2021年の中国名目GDP 規模は、1990年の44.7倍にまで達した。世界経済に占める中国のシェアも、1990年の僅か1.7%から、2021年は18.3%にまで急拡大した。

 周牧之教授は「その結果、世界経済におけるアメリカと中国の二大巨頭態勢が確立した。米中両国を合わせた経済規模は、2021年の世界経済の42.0%にも達した。日本はGDPランキング世界3位であるものの、世界経済に占める割合はわずか5.1%に過ぎない。米中の経済規模は、3位の日本から25位のスウェーデンまでの23カ国・地域の経済規模の合計に匹敵するほどである」と解説する。

図3 世界GDP及び中国シェアの推移(1990〜2021年)

出所:国際通貨基金(IMF)データセットより雲河都市研究院作成。

2.上海、北京、深圳を始めとするトップ10都市は順位が変わらず


 2021年中国都市GDPランキングでは、順に上海、北京、深圳、広州、重慶がトップ5を飾った。この5都市の経済規模は他都市を大きく引き離している。6位から10位の都市は、順に蘇州、成都、杭州、武漢、南京の5都市であった。

 明暁東元公使参事官は、「2021年GDPランキングトップ10都市の順位は前年度と変わらなかったが、コロナショックでほぼ4%以下を徘徊した前年度より、成長率は大幅に加速した。7%前後の深圳と南京を除き、他の8都市はすべて8%以上の経済成長を実現した。とくにコロナショックを最も受けた武漢市は、前年度4.7%のマイナス成長からリカバリーし、12.2%の高度成長を成し遂げた。

3.一国経済規模に匹敵するまでに至った中国の都市力


 中国では北京、上海、重慶、天津の四大直轄市が人口規模、面積そして中枢機能と産業集積などにおいて他都市と比較して格別である。グローバルサプライチェーンの展開をベースにした沿海部都市の発展は著しい。深圳、広州の経済規模はすでに重慶、天津を超え、北京、上海と並び、中国で「一線都市」と呼ばれるようになった。

 四つの「一線都市」の経済力は、どれほどなのか?周牧之教授は、「2021年上海の経済規模は世界の国別GDPランキング24位のスウェーデンを超えた。北京は同25位のベルギーを、深圳は同32位のナイジェリアを、広州は同33位のエジプトを超えた。いまや中国の都市は一国の経済力に匹敵するまで成長した」と解説する。

 明暁東元公使参事官は、「GDPランキングトップ10都市は、中国の主なイノベーション基地で、国際競争の担い手となっている。この10都市はさらに多くの都市の発展を触発し牽引している」と語っている。

4.中心都市と製造業スーパーシティという二つの大きな存在


 改革開放後とくにWTO加盟以来、中国では都市の逆転劇が激しく起こっている。中でも、一漁村から出発した深圳が、過去20年間でその経済規模を18.4倍へと膨れ上がらせ、GDPランキング3位を不動としたのに対し、直轄市の天津はトップ10から脱落したことが象徴的である。

 GDPランキングは中国全297地級市(地区級市、日本の都道府県に相当)以上の都市をカバーする。このなかでは四大直轄市、22省都、5自治区首府、5計画単列市からなる36「中心都市」の存在感が際立つ。GDPランキングトップ10には9中心都市、トップ30には19中心都市がランクインし、中心都市の優位性も明らかとなった。まさにこの36中心都市が改革開放以来の中国社会経済の発展を主導したことが見て取れる。

 GDPランキング30のもう一つ大きな存在は、「製造業スーパーシティ」である。トップ30には蘇州、無錫、仏山、泉州、南通、東莞、常州、煙台、唐山、徐州、温州といった11の非中心都市がランクインした。とくに蘇州はトップ10の6位に食い込んだ。この11都市は、すべて沿海部に属する製造業スーパーシティである。

 周牧之教授は、「改革開放以降、中国の急速な工業化を牽引してきたこれらの製造業スーパーシティは、グローバルサプライチェーンのハブとなっている」と指摘している。

図4 2021年中国都市GDPランキングトップ30

出所:雲河都市研究院「中国都市総合発展指標」データセットより作成。

■ 集中と協調

 主要都市の重要性はGDPの集中度で見て取れる。2021年のGDPランキングトップ5都市が全国14.9%、トップ10都市が全国23.2%、トップ30都市が全国42.8%のGDPシェアを占めている。中国297都市のうち、上位10%の都市が富の4割以上を稼ぎ出している。

 中国経済は大都市へ集中すると同時に、東部地域への集中度は緩和されている。明暁東元公使参事官は、「GDPランキングトップ10都市の中で、東部地域の7都市は早い回復を見せている。とくに上海、北京、広州の3都市は前年比で5%ポイント以上の加速ぶりだった。中部地域の武漢は、10%ポイント以上の加速だった。西部地域の重慶、成都の4%ポイント以上の加速だった。これら中西部都市の発展は中国の地域格差の縮小に重要な役割を果たしている。2021年東部地域と中部、西部地域の一人当たりGDPは其々2012年の1.69、1.87 から、1.53、1.68へと縮小した」と説明した。

図5 2020年中国都市におけるGDPの集中度

出所:雲河都市研究院「中国都市総合発展指標」データセットより作成。

■ 三大メガロポリスの存在感は顕著

 2021年GDPランキングトップ30では、京津冀(北京・天津・河北)、長江デルタ、珠江デルタの三大メガロポリスの存在が際立っている。同トップ30には京津冀メガロポリスから2位の北京、11位の天津、27位の唐山がつけた。長江デルタメガロポリスから1位の上海、6位の蘇州、8位の杭州、10位の南京、12位の寧波、14位の無錫、19位の合肥、22位の南通、25位の常州、28位の徐州、30位の温州がランクインした。珠江デルタメガロポリスから3位の深圳、4位の広州、17位の仏山、23位の東莞がランクインした。三大メガロポリスから18都市もGDPランキングトップ30入りした。

 周牧之教授は、「これは、製造業スーパーシティが三大メガロポリスに集中した結果である。特に長江デルタ、珠江デルタ両メガロポリスには世界最強のグローバルサプライチェーン型産業集積が展開している」と解説する。

 明暁東元公使参事官は、「三大メガロポリスの北京、上海、蘇州、杭州、南京、深圳、広州のGDPは其々4兆元、4.3兆元、2.3兆元、1.8兆元、1.6兆元、3.1兆元、2.8兆元を実現した。これらの都市の総経済規模は中国全体の17.4%に達し、中国ハイクオリティ発展の最前列に位置している。中西部地域の重慶、成都、武漢のGDPは其々2.8兆元、2兆元、1.8兆元を実現した。これらの都市の総経済規模は中国全体の5.7%に達し、地域経済の発展を牽引している」と述べている。

 徐林雲河都市研究院副理事長・中国国家発展改革委員会発展計画司元司長は、「周牧之教授の研究チームによる世界における経済発展と新型コロナウイルス政策との関係の研究から、コロナ禍での中国経済のパフォーマンスが浮かびあがった。2021年、中国の各都市の努力により、経済成長だけでなく、コロナ禍のダメージコントロールでも良い成績を収めた。2022年も、厳しいオミクロン株の蔓延を抑え、各都市の持続成長と民生の安定が期待される」とコメントした。

図6 2021年中国GDPランキングトップ30都市分析図

出所:雲河都市研究院「中国都市総合発展指標」データセットより作成。

日本語版『【ランキング】世界で最も経済リカバリーの早い国はどこか? 中国で最も経済成長の早い都市はどこか?〜2021年中国都市GDPランキング』(チャイナネット・2022年12月15日)

中国語版『疫情下仍持续增长的中国正在改变世界经济格局』(中国網・2021年4月26日)

英語版『China changes global economic landscape amid COVID-19』(中国国務院新聞弁公室・2022年12月5日、China Daily・2022年12月5日)

【ランキング】世界で最も新型コロナ被害を受けた国は?ゼロコロナ政策は失策なのか? 〜2021年中国都市新型コロナウイルス新規感染者数ランキング

雲河都市研究院

 日本はいま再び新型コロナウイルスが猛威を振るっている。こうした状況下、あえてウイズコロナ政策の色彩を強める日本では、ゼロコロナ政策を採る中国への批判的報道が数多い。中国のゼロコロナ政策はほんとうに失策と考えられるのか?世界主要各国及び中国各都市のデータを用いて検証する。

1.新型コロナウイルス被害の地域差


 2022年8月末までに世界では新型コロナウイルス感染者数が累計6億人近くにのぼった。世界人口の約7.6%が感染し、649万人もの死亡者を出した。

(1)地域別の新型コロナウイルス感染者数比較

 東京経済大学の周牧之教授は、「世界的に見ると、新型コロナウイルス被害には大きな地域差がある」と指摘する。

 図1が示すように、2022年8月迄に新型コロナウイルス感染者数をWHO管轄地域別で比較すると、ヨーロッパ地域が累計2.5億人と最も多く、次いで北米と南米から成るアメリカ地域が1.8億人と続く。つまり世界の全感染者数のうち、この2地域のシェアは70.6%にのぼった。

 中国、日本、韓国、オセアニアなどから成る西太平洋地域の感染者数は0.8億人で、膨大な人口にしては感染者数が比較的少なかった。これは中国がゼロコロナ政策を採ったことが大きく寄与している。

 累計感染者数はさらに、インドと東南アジアから成る南東アジア地域は0.6億人、中東と地中海沿岸から成る東地中海地域は0.2億人、アフリカ地域は0.09億人と続く。アフリカ地域が極端に少ないことは、医療体制の不備で集計が徹底していない為と考えられる。

図1 WHO管轄地域別世界・累計感染者推計数推移(2022年8月末迄)

出所:WHOデータセットより作成。

(2)地域別の新型コロナウイルス死亡者数比較

 新型コロナウイルスによる死亡者数においても、地域差が明らかである。

 図2が示すように、2022年8月迄における新型コロナウイルス死亡者数をWHO管轄地域別で比較すると、アメリカ地域は282万人、ヨーロッパ地域は208万人と続く。また、死亡者数はヨーロッパ地域に比べ、アメリカ地域が高い。すなわち、致死率はアメリカ地域の方がより高い。両地域は世界の新型コロナウイルスによる死亡者数の75.4%を占めた。

 同死亡者数は、南東アジア地域が80万人、東地中海地域が35万人、西太平洋地域が26万人、アフリカ地域が17万人と続く。

図2 WHO管轄地域別世界・累計死亡者推計数推移(2022年8月末迄

出所:WHOデータセットより作成。

(3)主要国の新型コロナウイルス感染被害比較

 表1は2020〜22年における主要国の新型コロナウイルス被害状況を表している。この表から各国の被害の違いが確認できる。

 周牧之教授は、「まず認識すべきは現在、新型コロナウイルスの致死率は下がったものの、その被害状況はいまだ深刻であるということだ。2022年は8月迄で、世界の新型コロナウイルスによる死亡者数はすでに101万人を超えた」と強調する。

 主要各国の3年間に及ぶ新型コロナウイルスによる被害状況は、大きく4つに類型できる。1つ目は、被害状況が世界平均を大きく上回るタイプであり、最も感染者および死亡者を出したアメリカがこれに当該する。周牧之教授は、「アメリカは、2020年のパンデミック初年度から被害が群を抜き、その傾向は3年間継続している。感染者数も死亡者数もその規模は他国と比較して一桁大きい。人口10万人当たり死亡者数で平準化してもその被害は甚大である」と指摘した。

 2つ目は、被害状況が世界平均を上回るタイプで、これは欧州各国が該当する。欧州各国は、アメリカと比較すると被害は小さいものの、人口10万人当たり死亡者数は、2020年から2022年にかけて、すべての期間で世界平均を上回る。特に、2020年のパンデミック初年度は世界平均を大きく超えた。

 3つ目は、被害状況が世界平均を下回るタイプで、日本が該当する。日本は、致死率、人口10万人当たり死亡者数、いずれも世界平均を下回っている。

 4つ目は、被害状況が世界平均を大きく下回るタイプで、中国が該当する。中国は、致死率、人口10万人当たり死亡者数、いずれも世界平均を大きく下回っている。周牧之教授は、「中国の人口規模を考えると、ゼロコロナ政策の感染抑制効果は非常に高い」と言う。

表1 2020-22各年主要諸国新型コロナウイルス感染者数等比較

出所:Our World in Dataデータセットより作成。

 図3は、2022年8月末までの百万人当たり新型コロナウイルスによる累積感染者数および累積死亡者数を国別にプロットした。アジア地域と欧米地域との被害の差が歴然としてある。また、アジア地域の中でも、イスラエル、トルコ、イランといった欧州に近接する地域の被害状況は欧米に近い。行動規制緩和などに伴い東アジアの国・地域も被害が拡大し、欧米諸国のポジションに近づいた。

 国別で見ると、人口当たりの累積感染者数および累積死亡者数が多かったのは、ベルギー、イギリス、イタリア、スペイン、アメリカ等欧米諸国である。 

 2022年8月末迄に世界で累積の感染者数および死亡者数が最も多かった国は、人口規模の大きいアメリカ、ブラジル、インドであった。

 日本のポジションは、2021年末と比べ大きく右上に移動している。感染拡大の中で次々と行動制限緩和などの措置を重ねたことによるものが大きい。

 中国は、ゼロコロナ政策の堅持により被害が抑えられ、最も被害の少ない国としての位置は不動だった。

図3 2022年8月末迄国別新型コロナウイルス累積感染者数及び累積死亡者数

出所:Our World in Dataデータセットより作成。

2.2021年中国ゼロコロナ政策のパフォーマンス


 世界は2021年、新型コロナウイルス感染拡大の波を通年で3度も経験した。2月頃には前年度から引き継いだ波が収束に向かったが、その後、変異株「デルタ株」の影響により、世界的に感染拡大が再び始まり、4月に一度目のピークが、8月に二度目のピークが起こった。その後、一旦、収束傾向が見られたが、11月9日に南アフリカで新たな変異種「オミクロン株」が確認された。以降、年末にかけて爆発的に感染者数が拡大した。結果として、2021年世界の累積感染者数は約2.1億人、累積死亡者数は約356万人に及んだ。致死率は約1.7%となり、2020年の同約2.2%をやや下回った。致死率の低下は新型コロナウイルスの弱毒化、治療法の進展、ワクチンの効果などが考えられる。

 2021年の中国は、ゼロコロナ政策の徹底により、感染拡大の抑え込みに成功した。中国では、感染者が見つかる度に局所的なロックダウン措置等を実施し、感染拡大を防いだ。こうした政策が奏功し、2021年通年の感染者数は1.5万人に留まり、死亡者数はわずか2人であった。中国は同年、新型コロナウイルス致死率を0.01%まで抑え込んだ。

 周牧之教授は、「2021年は中国のゼロコロナ政策が最も成功した年であった」とする。

図4 2021年中国新型コロナウイルス新規感染者数・死亡者数の日別推移

出所:Our World in Dataデータセットより作成。

3.2021年中国で新型コロナウイルス新規感染者数が最も多かった都市は?


 〈中国都市総合発展指標2021〉は、中国各都市の新型コロナウイルス新規感染者数(海外輸入感染症例と無症状例を除く)をモニタリングし、評価を行っている。

 図5が示すように、2021年に最も新型コロナウイルス感染者数が多かった10都市は、西安、石家荘、天津、揚州、フルンボイル、綏化、紹興、北京、大連、通化であった。

 また、最も感染者数が多かった11位から30位都市は、ハルビン、黒河、廈門、南京、莆田、鄭州、広州、長春、蘭州、邢台、寧波、張家界、重慶、荊門、武漢、上海、天水、杭州、銀川、成都であった。

 図5が示すように、同年の新規感染者数は、最も多かった10都市が中国の39.9%、同30都市が中国の55.1%を占めた。

 2020年における中国新規感染者数は、湖北省全12都市に約8割が集中していたが、2021年は新規感染者が全国的に拡散している。最も感染者数が多かった30都市のうち、中心都市は20都市であった。また、残りの10都市は、多くが中心都市に隣接する近郊都市、あるいは、陸続きの国境都市であった。いずれも、域外との人的交流が盛んな都市である。

 2021年は、デルタ株による局地的な市中感染が散発的に発生したものの、最も新規感染者が多かった西安でさえ、同年度の新規感染者数は1,468人に留まった。

 周牧之教授は、「都市を単位としたモグラ叩きのようなゼロコロナ政策は、感染抑制の面では極めて効果的であった」としている。

図5 中国都市新規感染者数2021ランキング トップ30

出典:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2021』より作成。

4.ゼロコロナ政策の真価が問われるいま


 一方、中国の新型コロナウイルス対策においても多くの課題は残されている。例えば、無症状を含む感染者を素早く見つけて隔離する「動態清零(ダイナミック・ゼロ)」と呼ばれる手法で、一旦感染者が出れば地域全員にPCR検査をかける。現状では、そのスクリーニングの頻度は高く、人々への負担が大きい。また、大勢の人々を集めるスクリーニングは検査場における二次感染の懸念がある。

 また、ロックダウンエリアへの支援物資の供給にも問題がある。支援物資が居住地域まで届きながら、住民の自宅にまで効率よく届かない状況が、武漢、上海など至るところで発生した。

 さらに一部の地方ではロックダウンあるいはそれに近い行動制限措置を過剰に実施し、大きな混乱をもたらした。

 周牧之教授は、「上記の問題は2022年、上海を始め市中感染が広がったこともあり、緊張感の高まった中国で顕著になってきた。いずれにせよ、感染者が出た地域における高い緊張感が経済活動や市民生活に多大な負担をかけていることは言うまでもない。こうした負担を軽減させる工夫が求められる」と述べている。

 2022年11月11日、中国国務院(政府)は、新型コロナ対策に関する「20条施策」を発表し、ゼロコロナ政策を堅持する一方で、隔離期間の短縮や、リスクエリア区分の見直し、密接接触者の再定義、過度のPCR検査の自粛などの改善策を打ち出した。経済活動や市民生活への負担軽減が期待される。


 本文は、周牧之論文『比較研究:ゼロコロナ政策とウイズコロナ政策 ―感染抑制効果と経済成長の双方から検証―』より抜粋し編集したものである。『東京経大学会誌 経済学』、315号、2022年。


【論文】周牧之:世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題

Global CO2 emissions and China’s challenges

周牧之 東京経済大学教授

編者ノート:

 二酸化炭素(CO2)排出量の急増による地球温暖化は、世界各地で異常気象災害を頻繁に引き起こしている。地球規模の気候変動はもはや人類共通の課題となっている。このような背景から、2021年4月22日開催の気候変動サミット(Leaders’ Summit on Climate)に出席した40カ国・地域の首脳がこぞって、2030年までのCO2排出量削減目標を明確に示した。

 中国は、今回のサミットで、「CO2排出量のピークアウトとカーボンニュートラルを生態文明建設の全体計画に組み込む」と宣言した。中国はすでに2020年9月22日の国連総会で「CO2排出量を2030年までにピークアウトさせ、2060年までにカーボンニュートラルを達成するよう努力する」と誓った。

 本論は、CO2排出量上位30カ国のデータを用いて、現在世界のCO2排出構造はどのようになっているのか?CO2排出量に影響を与える主な要因は何か?各国が直面している課題とは?等問題について、分析する。


▷CO2関連論文①:周牧之『二酸化炭素:急増する中国とピークアウトした日米欧』
▷CO2関連論文②:周牧之『アメリカ vs. 中国:成長と二酸化炭素排出との関係から見た異なる経済水準』


 2021年4月26日に「全球碳排放格局和中国的挑战」と題した中国語レポートを中国の大手ネットメディア『中国網』で発表[1]、好評を得て百を超える中国のメディアやプラットフォームに転載された。5月8日には同レポートの英語版「Global CO2 emissions and China’s challenges」が『China Net』に掲載され[2]、『China Daily』や中国国務院新聞弁公室『China SCIO Online』にも転載された。同レポートの日本語版「世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題」も、5月19日に『チャイナネット』に掲載された[3]

 メディアの性質上、注釈や図表などの制限があったため、本論文では、このレポートをベースに注釈を加え、最新情報をアップデートし、問題提起をさらに掘り下げて検証する。

レポート「世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題」の
中国語、英語、日本語版


 21世紀最初の20年間は人類史上CO2排出量が最も増えた時代である。世界のCO2排出量を、3つに分けて考えると図1が示すように、①1979年までに積み上げた排出量は現在の54%と約半分に相当する。②1980〜1999年の20年間での増加分は現在の15.3%に相当する。③2000〜2019年の20年間での増加分は現在の30.7%を占めている。つまり、今日世界のCO2排出量の半分弱が1980年以降に増えたのである。さらに特筆すべきは、21世紀最初の20年間で増加したCO2排出量は、1980〜1999年の20年間に増加した分量と比べさらに2倍になったことである。21世紀におけるCO2排出量の急増ぶりは凄まじい。

図1 世界におけるCO2排出量拡大の推移

出所:英BPデータベースより作成。

1.世界におけるCO2排出構造


 現在、CO2排出量が明確に把握できる79カ国・地域を概観すると、そのCO2排出量合計は世界の96.7%を占めている[4]

 2000〜2019年の20年間に、上記79カ国・地域のうち、アメリカ、イギリス、ドイツ、ウクライナ、日本、イタリア、フランス、ギリシャ、ベネズエラ、スペイン、チェコ、オランダ、デンマーク、ウズベキスタン、ルーマニア、フィンランド、ベルギー、スウェーデン、ポルトガル、ハンガリー、スロバキア、アイルランド、スイス、ブルガリア、スロベニア、クロアチア、北マケドニア、ノルウェーの計28カ国がCO2排出量を削減している。

 これらの国々は、アメリカ、イギリス、ドイツ、日本、イタリア、フランス、スペイン、オランダ、デンマーク、フィンランド、ベルギー、スウェーデン、ポルトガル、アイルランド、スイス、ノルウェーといった先進諸国と、ウクライナ、ギリシャ、ベネズエラ、チェコ、ウズベキスタン、ルーマニア、ハンガリー、スロバキア、ブルガリア、スロベニア、クロアチア、北マケドニアといった経済的衰退に喘ぐ諸国の2つのグループに概ね大別できる。

 同じようにCO2排出量が減少していても、その原因は異なる。先進諸国グループの場合はCO2削減の努力がCO2排出量の減少に大きく寄与した。他方、後者のグループには東欧や旧ソ連の国々が多く含まれている。これらの国々のCO2排出量の減少は、冷戦後長期にわたる経済低迷によるものである。

 一方、その他51カ国は、この期間CO2排出量が拡大し続けた。この51カ国の大半は発展途上国で、とくに中国を筆頭とした新興工業国のCO2排出量の増加は著しい。特に注目すべきは、これらの国のCO2排出量の増加規模が、前述の28カ国のCO2排出量の削減量よりもはるかに大きいことである。28カ国のCO2排出量削減量は51カ国のCO2排出量増加分のうち、僅か15.7%に過ぎない。つまり、この期間の世界CO2排出量を急増させたのは、中国をはじめとする発展途上国で急速に進む工業化と都市化であった。 

 今日の世界CO2排出構造には、以下の3つの特徴が挙げられる。

 1つ目は、CO2排出量を減らしている国と、いまだに排出量を増やし続けている国に二分できることである。

 2つ目は、世界CO2排出量が上位国に集中していることである。図2が示すように、2019年では、中国、アメリカ、インド、ロシア、日本といったCO2排出量の上位5カ国が、世界CO2排出量の実に58.3%を占めている。つまり、世界CO2排出量の6割近くが、排出量上位5カ国で占められている。もう少し順位を拡大すると、排出量上位10カ国で世界CO2排出量の67.7%、排出量上位30カ国で同87%を占めていることがわかる。気候変動サミットにおいて、第2位のアメリカと第5位の日本は、2030年までにCO2排出量をそれぞれ50〜52%(2005年比)、46%(2013年比)削減すると約束した[5]。両国のチャレンジングな目標は、劇薬としてエネルギー・産業構造の高度化を推し進めるであろう。

図2 CO2排出量上位30カ国パフォーマンス(2019)

出所:英BPデータベースより作成。

 3つ目は、世界CO2排出量シェア28.8%の中国が断トツトップに立っていることである。2019年の中国CO2排出量は、第2位から第5位までのアメリカ、インド、ロシア、日本の4カ国の合計値にほぼ匹敵する。そのため、中国が国連総会で「2060年までにカーボンニュートラルを達成するよう努力する」[6]と表明したことは、意義が大きいと同時に、大変なチャレンジでもある。

2.CO2排出量に関わる6大要素


 CO2排出量を考える上で欠かせない基本的な要素は6つある。

 1つ目は「エネルギー消費量当たりCO2排出量」で、「エネルギー炭素集約度[7]」とも呼ばれる。この指標は、一次エネルギー源の品質と効率に関連している。例えば、現在、石炭が一次エネルギーの主役である中国のようなエネルギー構造では、エネルギー消費量当たりCO2排出量が多い。今後、火力発電の一次エネルギーを石炭から天然ガスに転換することや、風力、太陽光、水力などの再生可能エネルギーの割合が増えること、また原子力発電の発展などにより、エネルギー消費量当たりCO2排出量は減少していくと考えられる。

 2つ目は「GDP当たりエネルギー消費量」で、「エネルギー効率[8]」とも呼ばれる。工業化の初期においてはこの指標は悪化するが、工業化の進展に伴う産業構造の変化、低効率生産能力の淘汰、技術の向上などにより、エネルギー効率は好転する。したがって、長期的には、一国のGDP当たりエネルギー消費量の曲線は、工業化の初期には急上昇し、工業化が順調に進めば、いずれ減少傾向を迎えることになる。

 3つ目は「GDP当たりCO2排出量」で、「炭素強度[9]」とも呼ばれる。この指標は、一国の経済とCO2排出量の関係を示す重要な指標である。エネルギー消費量当たりCO2排出量とGDP当たりエネルギー消費量の相互作用により、炭素強度のレベルが決まる。

 4つ目は、経済発展の度合いを測る「一人当たりGDP」である。経済発展が、産業活動を拡大し、衣食住および交通など生活パターンの近代化をもたらす。よって、一人当たりエネルギー消費量が増加し、それに相まってCO2排出量も増加する。

 5つ目の大きな要因は「人口の規模と構造」である。人口が多くなるほど経済規模も大きくなり結果としてCO2排出量も多くなる。また、人口構造がエネルギー消費に与える影響も無視できない。

 6つ目は「一人当たりCO2排出量」で、上記5つの要素の相互作用の結果が最終的にこの指標に反映される。実際、これは一国におけるCO2排出量をはかる最も重要な指標である。一人当たりCO2排出量の変曲点がCO2排出量の本当の意味でのピークアウトとなる。

 一般的に、社会経済が一定の発展水準に達すると、エネルギー当たりCO2排出量(エネルギー炭素集約度)とGDP当たりエネルギー消費量(エネルギー効率)の変曲点が先に現れ、一人当たりCO2排出量のピークアウトはその後になる。その意味では、CO2排出量の本当のターニングポイントは、一人当たりCO2排出量が持続的に減少し始めたときだと捉えるべきである。

3.中国の成果と課題


 WTO加盟後、中国経済は、輸出と都市化という2つのエンジンを原動力に大きく発展した[10]。図3が示すように、2000年から2019年の間に、中国の輸出規模は10倍、アーバンエリア(建築用地やインフラ用地として一定の基準を満たす都市型用地の面積)[11]は2.9倍、DID(人口集中地区)[12]人口は2割増、そして実質GDPは5.2倍になった。

図3 中国経済パフォーマンス
(2000-2019)

出所:雲河都市研究院〈中国都市総合発展指標〉より作成。

 高い経済成長により、2000年に2,151米ドルだった中国の一人当たり実質GDPは、2019年には9,986米ドルと4.6倍になった。大規模な産業発展、急速な都市化、巨大な人口の生活パターンの近代化により、エネルギー消費量が急速に増加し、それが中国のCO2排出量増加の基本的な原因となっている。

 幸い、中国ではエネルギー当たりCO2排出量(エネルギー炭素集約度)、GDP当たりエネルギー消費量(エネルギー効率)、GDP当たりCO2排出量(炭素強度)のいずれもがすでに変曲点に達し、明確な減少傾向を示している。エネルギー当たりCO2排出量では、中国は2000年に比べて2019年に1割減少した。この間、実質GDP当たりエネルギー消費量とGDP当たりCO2排出量はともに4割も減少した。これらは、中国が近年、省エネの奨励、クリーンエネルギーの開発に多大な努力を払ってきた結果である。中国が推進する循環低炭素型の発展は、すでに一定の成果を上げている。

 しかし中国の一人当たりCO2排出量は、2000年から2019年の間に2.6倍になった。エネルギー当たりCO2排出量、GDP当たりエネルギー消費量、炭素強度のいずれもピークアウトしたが、一人当たりCO2排出量はまだ変曲点に達していない。一人当たりCO2排出量の変曲点にどう早く到達させるかが、「2030年までにCO2排出量のピークアウトに努め、2060年までにカーボンニュートラルを目指す」公約[13]を達成する鍵となる。

4.CO2排出量上位30カ国・地域の分析


 CO2排出量上位30カ国は、世界のCO2排出量の90%近くを占めるだけでなく、世界の人口の69%、GDPの84%を生み出している。さらに、この30カ国は、2000年から2019年の世界のCO2排出量の増加分の92.7%をもたらしている。そのため、まずはこの30カ国のCO2排出状況を徹底的に分析する必要がある。

  (1)CO2排出量の増減

 2000年から2019年にかけて、世界のCO2排出量は4割増加している。図4が示すように、CO2排出量上位30カ国は、アメリカ、日本、ドイツ、イギリス、イタリア、フランス、スペインの欧米主要7カ国ではCO2排出量が減少した。そのうち、イギリスは3割、ドイツ、イタリア、フランスは2割、アメリカ、日本、スペインは1割のCO2排出量削減を実現した。

図4 CO2排出量変化における上位30カ国の比較
(2000-2019)

出所:英BPデータベースより作成。

 他方、中国やインドを筆頭に、CO2排出量が増加している国が23カ国もある。しかも、これらの国のCO2排出量の増加は、上記7カ国の削減効果をはるかに上回った。7カ国のCO2排出量の削減は、23カ国のCO2排出量の増加分の僅か13.2%にしかなっていない。結果、世界のCO2排出量は急増した。

 この間、中国とインドのCO2排出量はそれぞれ2.9倍、2.6倍にも膨らんだ。中国は、2005年にアメリカを抜いて世界最大のCO2排出国となった。インドも、日本とロシアを抜いて世界第3位のCO2排出国となった。CO2排出量では、ベトナムは6.1倍と増加スピードが最も速く、世界第22位のCO2排出国となった。

  (2)一次エネルギー消費量の増減

 2000年から2019年にかけて、世界の一次エネルギー消費量は48%増加した。図5が示すように、中でも中国の一次エネルギー消費量は3.3倍となり、この期間で一次エネルギー消費量が最も拡大した国であった。2009年に中国は一次エネルギー消費量でアメリカを抜いて世界第1位となった。インドの一次エネルギー消費量も2.6倍となり、世界第3位の一次エネルギー消費国となった。一次エネルギー消費量が5.5倍になったベトナムは、この期間の増加スピードが最も速く、一次エネルギー消費量で第22位だった。

図5 一次エネルギー消費量変化におけるCO2排出量上位30カ国の比較
(2000-2019)

出所:英BPデータベースより作成。

 逆に、この期間に一次エネルギー消費を削減させた国は世界で22カ国存在する。そのうち、一次エネルギーの削減量が大きい順に、日本、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、アメリカの6カ国である。これらの国は、すべて先進国でCO2排出量上位30カ国に含まれる。特筆すべきはアメリカがこの期間、実質GDPの45.4%増を実現させたと同時に、一次エネルギー消費削減を達成した。すなわち、先進諸国の省エネとCO2排出削減への取り組みは見事に実を結んだ。

  (3)エネルギー消費量当たりCO2排出量(エネルギー炭素集約度)の増減

 図6が示すように、2000年から2019年にかけて、世界のCO2排出量上位30カ国・地域は、インド、日本、インドネシア、南アフリカ、ベトナム、カザフスタンを除き、エネルギー消費量当たりCO2排出量が減少した。このうち、イギリスとタイは2割、中国、アメリカ、ロシア、ドイツ、イラン、サウジアラビア、カナダ、ブラジル、オーストラリア、トルコ、イタリア、ポーランド、フランス、アラブ首長国連邦、台湾(中国)、スペイン、シンガポールはエネルギー消費量当たりCO2排出量を1割削減した。その間、世界のエネルギー炭素集約度は、若干改善された。

図6 エネルギー炭素集約度変化におけるCO2排出量上位30カ国の比較
(2000-2019)

出所:英BPデータベースより作成。

 アメリカでは、クリントン大統領の時代から再生エネルギーの開発とCO2排出量削減のための政策を打ち出し、その後大統領の交代により何度か浮き沈みはあったものの、エネルギーミックスの高度化が図られている。2017年にアメリカ西部の11州では、総電力量の42%もが再生可能エネルギーで賄われている。対照的に、同国では石炭火力は衰退し続けている。特筆すべきは、カーター大統領時代に始まった小規模天然ガス火力発電を開発する政策によって、2002年には小規模天然ガス火力発電がアメリカの電源構成で最大のシェアを占めるまでになった[14]

 先進国の中で日本は、2011年の福島第一原子力発電所事故により全国の原子力発電所が停止したため、火力発電に傾斜しなければならなかった。特に電源構成における石炭火力の占める割合が31.8%(2019年)にまで高まったため[15]、エネルギー消費量当たりCO2排出量が増加した。

 発展途上国では、石炭火力発電は重要な電源となっている。例えば、東南アジアでは、電源構成に占める石炭火力発電の割合が40%となっている[16]

 現在、如何にして迅速に石炭火力発電から他のクリーンエネルギー発電に移行させていくかが、カーボンニュートラを実現させる最重要課題の1つである。2021年4月21日、アントニオ・グテーレス国連事務総長が日本経済新聞に寄稿し、2030年までに先進国は石炭火力発電を完全に停止し、2040年までにその他の国も石炭火力発電を完全に停止する必要があると提唱した[17]

 中国の電源構成は石炭火力発電に大きく依存している。中国のエネルギー消費量当たりCO2排出量は減少しているものの、一次エネルギー消費構造に占める石炭の割合は依然として57.7%と極めて高い。エネルギー構造の高度化が求められる。

 2021年4月22日に開催された「気候サミット」では、中国は「石炭発電プロジェクトを厳格に抑え、第14次5カ年計画期間中には石炭消費量の増加を厳格に抑制し、第15次5カ年計画期間中には確実に削減していく」と公約した[18]。これは、中国が一次エネルギー構造の高度化を加速させることを意味する。 

 上記30カ国・地域のエネルギー消費量当たりCO2排出量の分析で、技術進歩、設備投資、エネルギーミックスの高度化により、ほとんどの国でエネルギー消費量当たりCO2排出量が減少し続けていることが浮かび上がる。しかし、日本のように原子力発電所の事故によりエネルギーミックスが急激に悪化したことや、インド、インドネシア、ベトナムのように急激な工業化によるエネルギー消費量当たりCO2排出量が増大した例もある。

  (4)GDP当たりエネルギー消費量(エネルギー効率)の増減

 図7が示すように、2000年から2019年の間に、世界のCO2排出量上位30カ国・地域は、イラン、サウジアラビア、ブラジル、タイ、ベトナム、アラブ首長国連邦を除き、GDP当たりエネルギー消費量が減少した。中でも、中国、ロシア、イギリス、ポーランドが4割、アメリカ、日本、ドイツ、韓国、フランス、台湾(中国)、カザフスタンが3割、インド、インドネシア、カナダ、南アフリカ、オーストラリア、イタリア、スペイン、マレーシアが2割、メキシコ、トルコ、シンガポール、エジプト、パキスタンは1割、GDP当たりエネルギー消費量を減少させた。

図7  エネルギー効率変化におけるCO2排出量上位30カ国の比較
(2000-2019)

出所:英BP、国連データベースより作成。

 このように、大半の国では、技術進歩、設備投資、エネルギーミックスの高度化により、エネルギー効率が向上している。その結果、世界のGDP当たりエネルギー消費量は、2000年から2019年の間に2割も大幅に減少した。もちろん、アメリカの制裁により経済状況が悪化したイランや、急速な工業化によりエネルギー効率が悪化したベトナムなど、例外はある。GDP当たりエネルギー消費量は、イランでは5割、ベトナムでは6割増加した。

  (5)GDP当たりCO2排出量(炭素強度)の増減

 図8が示すように、2000年から2019年の間に、世界のCO2排出量上位30カ国・地域は、イラン、サウジアラビア、ベトナム、アラブ首長国連邦を除き、実質GDP当たりCO2排出量は減少している。中でも、実質GDP当たりCO2排出量を5割削減したイギリスとポーランドは、炭素強度の減少幅が最も大きい。また、中国は炭素強度を4割と大幅に削減した。同様に、アメリカ、ロシア、ドイツ、フランス、台湾(中国)も、4割の炭素強度削減を実現させた。韓国、カナダ、オーストラリア、イタリア、スペイン、カザフスタンは3割減、インド、日本、南アフリカ、トルコ、マレーシア、シンガポール、エジプトは2割減、インドネシア、メキシコ、タイ、パキスタンは1割減となった。

図8 GDP当たりCO2排出量変化におけるCO2排出量上位30カ国の比較
(2000-2019)

出所:英BP、国連データベースより作成。

 しかし炭素強度が増加した国は4カ国ある。サウジアラビアとアラブ首長国連邦は1割、イランは4割、ベトナムは8割、実質GDP当たりCO2排出量が増加した。

 主要なCO2排出国の炭素強度が大幅に低下した結果、2000年から2019年の間に、世界の実質GDP当たりCO2排出量は18.1%減少した。

 中国は炭素強度を下げる努力で大きな成果を上げており、現在の炭素強度はインドの76.1%、ロシアの64.9%、ベトナムの60.3%である。しかし、先進国と比較すると未だ大きな隔たりがあり、現在、中国の炭素強度は、アメリカと日本の水準の2.8倍、ドイツの3.6倍、イギリスの5.5倍、フランスの6倍となっている。そのため、第14次5カ年計画では、「GDP当たりCO2排出量の抑制に重点を置き、それを補完する形で二酸化炭素排出総量の抑制を行う」としている。いかにして炭素強度を急速に低減させ、低炭素発展モデルを実現させるかが、極めて大きな挑戦である。

5.CO2排出量上位30カ国・地域におけるCO2排出量のピークアウト分析


 本レポートでは、CO2排出量ピークアウトの分析において、単年度の異常値による混乱を避けるため、「移動平均」の概念を導入し、「移動平均線」によるCO2排出量のピークアウト分析を行っている。移動平均とは、一定期間のデータを平均化し、その平均値を時間軸で結んだ移動平均線によってトレンドを分析する手法である[19]

 本稿では、5年間の移動平均値を算出し、1980年から2019年の間で、各国の一人当たりCO2とCO2排出量という2つの主要指標を分析する。これにより変曲点やトレンドをより正確に判断し、CO2排出量や省エネ・CO2排出削減における各国のパフォーマンスを評価する。

 (1)一人当たりCO2排出量のピークアウト分析

 図9が示すように、一人当たりCO2排出量の5カ年移動平均線の分析から、CO2排出量上位30カ国・地域のうち、アメリカ、ロシア、日本、ドイツ、サウジアラビア、カナダ、南アフリカ、メキシコ、ブラジル、オーストラリア、イギリス、イタリア、ポーランド、フランス、スペイン、マレーシア、エジプトなど17カ国がすでにピークアウトし、一人当たりCO2排出量が継続的に減少する傾向にある。

図9 CO2排出量上位30カ国の一人当たりCO2排出量の5カ年移動平均線

出所:英BP、国連データベースより作成。

 しかし、中国、インド、イラン、韓国、インドネシア、トルコ、タイ、ベトナム、アラブ首長国連邦、台湾(中国)、カザフスタン、シンガポール、パキスタンなどの13カ国・地域では、一人当たりCO2排出量がまだ増加傾向にある。

 世界全体で見ると、一人当たりCO2排出量は2011年にピークを迎え、その後は減少傾向にある。世界の一人当たりCO2排出量が減少しているのは、第一に、先進国での排出削減努力が功を奏していることによる。

 2000年から2019年の間に、イギリスは一人当たりCO2排出量を4割、アメリカ、イタリア、フランス、アラブ首長国連邦は3割、ドイツとスペインは2割、日本、カナダ、オーストラリアは1割削減した。主要先進国では、省エネ・CO2排出削減に目覚ましい成果を上げている。

 しかし、中国に代表される新興工業国では、工業化、都市化、生活様式の高度化に伴うエネルギー消費量の増加により、CO2排出量が拡大している。この間、一人当たりCO2排出量は、中国では2.6倍、インドでは2倍、ベトナムでは5倍になった。カザフスタンは9割、インドネシアは8割、イランは7割、タイは6割、トルコ、マレーシア、シンガポールは4割、韓国、サウジアラビア、エジプト、パキスタンは3割、ブラジルは2割、ロシアと台湾(中国)は1割、一人当たりCO2排出量が増加した。新興工業国・地域の多くは、一人当たりCO2排出量を増加させ続けた。

  特に、現在の中国の一人当たりCO2排出量は、すでにイギリスやフランスを上回っていることは注目に値する。中国は一人当たりCO2排出量の早期ピークアウトを政策目標と据えるべきであろう。

 (2)CO2排出量のピークアウト分析

 図10が示すように、CO2排出量上位30カ国・地域のCO2排出量の5カ年移動平均線を分析したところ、アメリカ、ロシア、日本、ドイツ、南アフリカ、メキシコ、ブラジル、イギリス、イタリア、ポーランド、フランス、スペインなど12カ国が、すでにピークアウトし、CO2排出量が減少傾向にあることが明らかとなった。

図10  CO2排出量上位30カ国のCO2排出量の5カ年移動平均線

出所:英BP、国連データベースより作成。

 一人当たりCO2排出量がピークアウトした17カ国と比較すると、サウジアラビア、カナダ、オーストラリア、マレーシア、エジプトなど5カ国はその中に含まれていない。つまりこの5カ国は、一人当たりCO2排出量はピークアウトしたものの、CO2排出量はまだピークアウトしていない。その主な理由は、人口の大幅な増加によるものと考えられる。2000年から2019年の間に、サウジアラビアは7割、カナダは2割、オーストラリアは3割、マレーシアは4割、エジプトは5割の人口増加となった。人口の大幅な増加は、CO2排出量のピークアウトを遅らせる。

 同じ状況はアメリカでも見られ、同国の人口は2000年から2019年の間に4,735万人増加しており、大量の人口増によって2つのピークアウトにラグが生じている。アメリカは、一人当たりのCO2排出量が2000年にピークアウトしたのに対し、CO2排出量が2007年になってようやくピークを越えた。

 現在、中国のCO2排出量の増大ぶりは鈍化しているものの、まだピークアウトしていない。中国政府は2030年までにCO2排出量をピークアウトする目標を掲げている。目下、各地域、各企業は削減に向かってアクションプラン策定を急いでいる。

6.中国とアメリカはグローバリゼーションの最大の推進者と受益者


 21世紀、世界はグローバリゼーションの新たな段階に入った。

 (1)貿易急拡大による人類史上最大の繁栄期

地球規模で貿易、投資、技術取引、人的交流が飛躍的に拡大している。輸出を例にとれば、2019年までの世界の総輸出量を3分割すると図11が示すように、①1979年の輸出規模は現在の10.8%に過ぎない。②1980〜1999年の輸出純成長分だけで1979年当時の2倍以上になり、現在の総輸出量の23.2%に当たる。③2000〜2019年の輸出はさらに爆発的に伸び、この間の増加分は現在の輸出総額の66%に当たる。つまり、今日の世界の輸出総額の約7割は、21世紀に入ってから増えたものである。富のメカニズムが国民経済からグローバル経済へと急速に移行していることは明らかである。

 2000年以降世界輸出総額の増加分において最も大きなシェアを占めているのは中国であった。そのシェアは17.9%で、同シェア第2位のドイツと第3位のアメリカを大きく引き離した。中国こそは人類史に例を見ない21世紀初頭における世界貿易急拡大の立役者である。

 他方、輸出拡大で世界第2位の経済大国を築き上げた日本は、21世紀世界貿易急拡大期においてのパフォーマンスは芳しくなかった。2000年以降世界輸出総額の増加分における日本のシェアは僅か1.8%であった。同シェアにおける各国の順位の中で日本は18位に過ぎず、世界貿易拡大における貢献では極めて小さい存在でしかなかった。

図11 世界における輸出規模拡大の推移

出所:国連貿易開発会議(UNCTAD)データベースより作成。

 グローバル化が富を爆発的に増加させた。2000年から2019年にかけて、世界の実質GDPは74.5%も増加した。この間、中国の実質GDPは5.2倍となり、世界の経済成長に最も貢献した国となった。他方その間、実質GDPを45.4%拡大させたアメリカは、成長率から見れば、世界平均を下回ったものの、その母数は巨大であるため、富の増大は著しかった。

 結果、図12が示すように、この期間の世界の実質GDP増加分の半分近い49.6%が中国とアメリカによってもたらされた。そのうち、中国は32.2%、アメリカは17.4%で、GDP増加分のシェアで世界第1位と第2位を占めている。第3位から第10位までは、順にインド5.4%、イギリス2.4%、韓国2.3%、ドイツ2.1%、ロシア1.9%、インドネシアと日本1.8%、ブラジル1.7%となっている。第3位以降の国の割合は、中国やアメリカに比べて如何に小さいかがわかる。

図12 世界における実質GDP規模拡大の推移

出所:国連データベースより作成。

 図13が示すように、2000年以降における中国の急成長が、世界経済に占める中国のシェアを急激に4%から17.4%へと押し上げ、見事なV字回復を見せた。突如現れた経済大国に世界は驚いた。

 その結果、2009年に中国の経済規模は日本を超え、世界第2位の経済大国となった。さらに2020年には中国の経済規模は日本の2.9倍となり、その急成長ぶりを見せつけた。

図13 世界経済に占める中国のシェアの変化

出所:Paul Kennedy, The Rise and Fall of The Great Powers, Random House, 1987および国連データベースより作成。

 21世紀初頭、グローバリゼーションを推し進め、人類史上類を見ない富の大爆発時代を作ったのは、中国とアメリカの協働だったと言えよう。中国とアメリカは、グローバリゼーションの最大の推進者であり、最大の受益者でもある。

(2)CO2排出量無き経済成長を目指す

 この間の経済成長と二酸化炭素排出量の関係はどうか。実質GDP成長率とCO2排出量増加率を見ると、CO2排出量の多い上位30カ国・地域は3つのグループに分類できる。

 第1のグループは、実質GDPの成長率が低く、CO2排出量が削減した国で、アメリカ、日本、ドイツ、イギリス、イタリア、フランス、スペインなど先進7カ国が属している。

 第2のグループは、経済成長率が中低速で、CO2排出量の増加が少ない国・地域である。このグループには、ロシア、イラン、韓国、サウジアラビア、カナダ、南アフリカ、メキシコ、ブラジル、オーストラリア、トルコ、ポーランド、タイ、アラブ首長国連邦、台湾(中国)、マレーシア、シンガポール、エジプト、パキスタンの18カ国・地域が含まれる。

 第3のグループは、経済成長が中高速で、CO2排出量が急激に増加している国である。インド、インドネシア、ベトナム、カザフスタンのアジア4カ国が含まれる。特にベトナムのCO2排出量の増加ぶりが際立っている。

 第4グループは、世界でも類を見ない高い経済成長率を持続的に達成している中国である。そのCO2排出量の伸び率は第3グループの平均レベルとほぼ同様である。

図14 実質GDP成長率とCO2排出量増加率(2000-2019)

出所:英BP、国連データベース作成。

 以上の分析から、21世紀の最初の20年間は、イノベーションとグローバリゼーションに推し進められ、世界の富が爆発的に増大した時代であったことがわかる。大分業によって大発展を遂げ、CO2も大排出した人類史上極めて特殊な時期であった。

 これまで築き上げた繁栄を守るため、次の時代、人類は地球規模で協力し、大幅な省エネ・CO2排出削減を進め、グリーン循環経済成長を実現し、気候変動に対処していく必要がある。

 2021年4月、解振華中国気候変動事務特使とアメリカのジョン・ケリー大統領気候問題特使が上海で気候変動問題に関する会談を行った。会談後に発表された共同声明で、中国とアメリカは互いに協力し、他国とも手を携え、気候変動問題に対処することを約束し、パリ協定の実施を強調した。

 国際エネルギー機関(IEA)は、2021年の世界のCO2排出量が昨年に比べて4.8%増加すると予想している[20]。CO2排出量の増加圧力は依然として厳しい。グローバリゼーションの最大の推進者であり、その最大の受益者でもある中国とアメリカは、グリーン循環経済成長の牽引者となる義務を負う。

(本論文では雲河都市研究院主任研究員栗本賢一氏がデータ整理と図表作成に携わった)


[1] 周牧之「全球碳排放格局和中国的挑战」、『中国網(China.com.cn)』、2021年4月日26(http://www.china.com.cn/opinion/think/2021-04/26/content_77441000.htm)。

[2] Zhou Muzhi, “Global CO2 emissions and China’s challenges” In China.org.cn, 8 May 2021(http://www.china.org.cn/opinion/2021-05/08/content_77475411.htm)。

[3]  周牧之「世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題」、In Japanese.China.org.cn、2021年5月19日(http://japanese.china.org.cn/business/txt/2021-05/19/content_77507977.htm)。

[4] 国別CO2データは、英BPデータベースより。

[5] 気候サミットは、地球の平均気温上昇を摂氏1.5度に抑制するために、気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)に向けて主要国の対策強化を図るものである。本サミットにおいて、アメリカは「2030年までに2005年比で温室効果ガス(GHG)50~52%削減」という目標を発表し、日本は2030年度に2013年度比で46%削減に引き上げることを宣言した。

[6] 2020年9月22日、中国の習近平国家主席は国連総会の会合にオンラインで出席し、「CO2排出量を2030年までに減少に転じさせ、2060年までにカーボンニュートラルを目指す」と表明した。中国は、初めて総量としての目標を打ち出し話題を呼んだ。

[7] エネルギー炭素集約度(carbon intensity of energy)は、「炭素集約度」とも呼ばれる。これを引き下げるためには、炭素の少ないエネルギー源を選択することが必要となる。

[8] エネルギー効率(energy intensity)は、「エネルギー集約度」、あるいは「エネルギー消費原単位」とも呼ばれる。これを引き下げるためには、省エネルギーの推進などが必要となる。

[9] 炭素強度(carbon intensity)は、技術進歩や経済成長に伴い低下していく。

[10] WTO加盟後の中国経済の成長について、詳しくは、筆者が中心となってまとめた、中国国家発展改革委員会発展計画司、雲河都市研究院著、周牧之・陳亜軍・徐林編著『環境・社会・経済 中国都市ランキング2017: 中心都市発展戦略』、NTT出版、2018年11月、p.167-174

[11] アーバンエリアについて、詳しくは、中国国家発展改革委員会発展計画司、雲河都市研究院著、周牧之・陳亜軍編著『環境・社会・経済 中国都市ランキング2018: 大都市圏発展戦略』、NTT出版、2020年10月、p.174。

[12] DIDについて、詳しくは、周牧之前掲書、p.174。

[13] 中国の習近平国家主席は2020年12月12日、同日に開幕した国連気候野心サミットの演説で、「GDPを分母とした二酸化炭素の原単位排出量を2030年までに2005年比65%削減する」という目標を新たに発表した。

[14] アメリカのエネルギー政策に関して詳しくは、小林健一著『米国の再生エネルギー革命』、日本経済評論社、2021年2月25日を参照。 

[15] 資源エネルギー庁『エネルギー白書2021』、2021年6月、p.134。

[16] 国際エネルギー機関(IEA)『Southeast Asia Energy Outlook 2019』、2019年11月、p.32。

[17] アントニオ・グテレス事務総長「石炭発電、40年までに全廃を」、『日本経済新聞』、2021年4月21日朝刊。

[18] 気候サミットでは、中国の習近平国家主席は石炭に依存したエネルギーシステムを改善し「グリーン開発」に取り組む考えを示し、2026〜30年の石炭消費量を2021〜25年の水準から段階的に削減する方針を明らかにした。中国は2020年3月にまとめた2021~25年までの第十四次5カ年計画で、石炭の消費量を「厳しく抑制する」と決めたのに続き、2026年以降に石炭消費量の減少にかじを切る方向性を示した。世界最大である中国の石炭消費量は2025年にピークを迎え、その後は減少に転じることになる。

[19] 「移動平均(Moving Average)」とは、時系列データから傾向変動を見出すための方法であり、時系列データを一定区間ごとの平均値を連続的に求めて平滑化することである。本研究は5カ年移動平均を用いており、下式で表す。ここでは、年度における変数である。

[20] 国際エネルギー機関(IEA)は2021年4月20日年次レポート『Global Energy Review 2021』を公開し、2021年のCO2排出量が前年比4.8%増え、2019年とほぼ同水準にまで戻るとの予測を発表した。新型コロナで低迷していた景気が回復してきたことによりエネルギー需要も戻りつつあり、中国を中心に石炭の消費が増加しCO2排出量を押し上げるとの見通しを述べている。


周牧之「世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題」。『東京経大学会誌』、311号、2021年12月1日、pp.55-78


日本語版『世界の二酸化炭素排出構造と中国の課題』(チャイナネット・2021年5月19日)

中国語版『全球碳排放格局和中国的挑战』(中国網・2021年4月26日)

英語版『Global CO2 emissions and China’s challenges』(China Net・2021年5月8日、中国国務院新聞弁公室・2021年5月8日、China Daily・2021年5月9日)

【ランキング】科学技術大国中国の研究開発拠点都市はどこか? 〜中国都市科学技術輻射力ランキング2020

雲河都市研究院

■ 世界最多の研究者を抱える中国


 現在、世界で最も研究者を抱えているのは中国である。図1が示すように、2020年国・地域別研究者数ランキングをみると、トップとしての中国の存在が圧倒的である。中国の研究者数(FTE)は2位のアメリカ、3位の日本と比較すると、それぞれ約1.4倍、約3.3倍の規模にまで達している。さらに8.1%という驚異的な伸び率のもと中国の研究者数は増え続けている。

図1 2020年国・地域別研究者数ランキング

出典:OECD(経済協力開発機構)データベースより雲河都市研究院作成。
注:ここでの研究者数はFTE データである。FTEとは、「full-time equivalent(フルタイム当量)」の略で、1人のフルタイム社員が1週間に処理できる仕事量を指す。当該データは、自然科学・工学系分野のほか人文・社会科学系分野を含んでいる。また、研究開発プロジェクトの科学的・技術的側面をマネジメントする管理者、研究開発活動に従事する博士号レベルの大学院生・研究生を含む。なお、研究者の指導・監督のもとで研究を補助・サポートする研究補助要員、技術的サポートを行う技能要員は含まれない。アメリカ、イギリス、カナダ、アルゼンチン、スイス、シンガポール、南アフリカは2019年時のデータである。

■ 労働人口当たり研究者数ランキング


 図2が示すように、2020年国・地域別労働人口当たり研究者数ランキングでは、トップ10の国・地域は、順に韓国、フィンランド、スウェーデン、デンマーク、台湾、ベルギー、ノルウェー、オーストリア、シンガポール、フランスと続く。いずれも人口規模が相対的に小さく、研究開発に熱心な国・地域である。

 一方、先進国で最多の人口規模を抱えるアメリカは、世界最大の研究開発投資を続けているものの、労働人口当たり研究者数ランキングでは19位にとどまる。

 人口大国の中国は2.9人/千人で同世界順位は36位とまだランキングのトップ30入りは果たしていないものの、労働人口当たり研究者数の伸び率は約12%と非常に大きい。

 ⽇本は10.1⼈/千⼈で同ランキングの16位となっている。多くの国は⻑期にわたり労働人口当たり研究者数が増加傾向にある中、日本は1998年以降横ばいが続いている。そのため、世界における同ランキングの順位は下降している。

 対照的に、国策として研究開発に注力している韓国は、労働人口当たり研究者数において、2008年に⽇本を上回り、2017年に世界1位の座を奪って以降、その座を堅守している。韓国の労働人口当たり研究者数は、2020年で16⼈/千⼈に達した。

図2 2020年国・地域別労働人口当たり研究者数ランキング

出典:OECD(経済協力開発機構)データベースより雲河都市研究院作成。

■ 研究開発を支える博士号取得者


 研究開発力の基盤として博士号取得者の存在は極めて重要である。図3が示すように、2018年における国・地域別科学系博士号取得者数ランキングをみると、トップはアメリカで、2位に中国、3位にインドが続く。アメリカの博士号取得者の伸び率が1.9%なのに対し、中国は6%、インドは15.7%となっている。中国、インドの追い上げが凄まじい。

 一方、日本は2017年、韓国に抜かれて11位となり、同ランキングトップ10から陥落している。

図3 2018年国・地域別科学系博士号取得者数ランキング

出典:NSF(アメリカ国立科学財団)データベースより雲河都市研究院作成。

■ 研究開発2大国:アメリカと中国


 科学技術の推進を促す研究開発費は、国の科学技術力を示す重要な指標である。図4が示すように、2020年における国・地域別研究開発費ランキングでは、アメリカがトップ、2位に中国、3位に日本が続く。米中両国の研究開発費規模は、他国・地域を大きく突き放し、研究開発大国としての存在を見せつける。

 さらに注目すべきは、研究開発費の成長率である。同ランキングトップ30のほとんどの国は一桁に留まるのに対して、中国は10.8%と2桁台の成長を示している。

 同ランキングのトップ10の国・地域の中で、5位の韓国や9位の台湾は、研究開発費においてそれぞれ9.6%、8.8%と高い成長率を示している。また、トップのアメリカ、6位のフランス、8位のロシアも、それぞれ6.2%、3.1、5.0%と堅調な伸びを見せている。

 一方、3位の日本は1.1%と成長率が横ばいとなっており、4位のドイツは−2.1%、イタリアは−1.4%とマイナス成長に陥っている。研究開発費におけるこうした国の成長の鈍化の背景には、新型コロナウイルス・パンデミックが多大な影響を与えたことも一因であると推測される。

図4 2020年国・地域別研究開発費ランキング

出典:OECD(経済協力開発機構)データベースより雲河都市研究院作成。
注:イギリス、オーストラリア、スイス、シンガポール、南アフリカは2019年データ。

 図5が示すように、2020年の国・地域別研究開発費内訳をみると、中国、アメリカ、日本共に、企業の割合が7割以上を占めていることがわかる。国別の特徴を見ていくと、中国は政府の占める割合が他の国・地域より高く、逆に大学の占める割合が他の国より低い。但し、企業の占める割合が極めて高いことが、中国はアメリカと日本同様である。

図5 2020年国・地域別研究開発費内訳

出典:OECD(経済協力開発機構)データベースより雲河都市研究院作成。

■ 研究投資実態を示す指標:1人当たり研究開発費ランキング


 科学技術の発展には、研究者や研究開発費の規模も重要だが、研究者がどれくらいの研究開発費を使用できるのか、つまり、研究者にどれだけの投資があるのかも重要な指標である。図6が示すように、2020年の国・地域別研究者1人当たり研究開発費ランキングをみると、1位はアメリカで約42.3万ドル(約5,988万円、1ドル=140円で換算)、2位はスイスで約40.8万ドル(約5,705万円)と続く。これらの2国は、3位のベルギーより10万ドル近く高い(ただし、両国共に2019年データ)。

 その他のトップ10の国・地域を見ていくと、3位ベルギーから6位台湾までは、およそ約30万ドル前後であり、7位のルクセンブルクは約27.2万ドル、8位のシンガポールは約26.1万ドルである。9位中国と10位韓国は各々約25万ドルで、その数値は拮抗している。

 研究者1人当たり研究開発費の伸び率を見ると、3位ベルギー、4位ドイツ、7位ルクセンブルクといった欧州に属する国は軒並みマイナス成長となっている。

 一方、アジアの新興国・地域の同伸び率は堅調であった。台湾、韓国、中国は、それぞれ5.9%、5.7%、2.4%とプラス成長である。これらアジアの国・地域は、欧米諸国と比較すると2020年、新型コロナウイルスによる被害を抑えこんでおり、安定した成長を見せている(2020年における新型コロナウイルス各・国地域被害状況について、詳しくは【ランキング】ゼロコロナ政策で感染拡大を封じ込んだ中国の都市力 〜2020年中国都市新型コロナウイルス新規感染者数ランキングを参照)。

 なお、日本は2020年、中国と韓国に研究者1人当たり研究開発費が抜かれ、トップ10圏外の11位に順位を落とし、またその成長率も−0.1%と落ち込んでいる。

図6  2020年国・地域別研究者1人当たり研究開発費ランキング

出典:OECD(経済協力開発機構)データベースより雲河都市研究院作成。
注:アメリカ、スイス、シンガポール、南アフリカ、アイスランド、カナダ、イギリス、チリは2019年データ。

■ 科学技術発展の実力を示すアウトカム指標:科学論文数ランキング


 科学技術発展の実力を示すアウトカム指標として、科学論文数が挙げられる。図7が示すように、2020年の国・地域別科学論文数ランキングをみると、1位の中国、2位のアメリカと続く。これら2国の論文数は3位以下を突き放しており、2国の論文総数は、世界論文数の38.3%を占め、3位インドから15位イランの総論文数に相当する。中国の論文数は、世界論文数の22.8%にまで増えてきた。それだけでなく、論文数の伸び率は9.7%と驚異的である。このままでは今後さらに他国・地域との差が拡大していくに違いない。

 なお、2003年までは論文数で世界2位を誇った日本は、いまや同6位に後退し、且つ論文数は伸び悩んでいる。

図7 2020年国・地域別科学論文数ランキング

出典:NSF(アメリカ国立科学財団)データベースより雲河都市研究院作成。

■ 科学技術発展の実力を示すアウトカム指標:国際特許出願件数ランキング


 科学技術発展の国際的な実力を示すアウトカム指標として、国際特許出願件数も挙げられる。図8が示すように、2020年の国・地域別国際特許出願件数ランキングをみると、1位中国、2位アメリカ、3位日本と続く。国際特許出願件数は、このトップ3が他国・地域を突き放し、3国で世界シェア64.7%を占める。なかでも、中国はその世界シェアが25.1%に達した。さらに、中国は16.5%という驚異的な伸び率でそのシェアを拡大し続けている。

 日本はこれに対して、国際特許出願件数が−4.0%とマイナス成長に陥っている。国際特許出願件数トップ10では、ドイツ、フランス、オランダも同様にマイナス成長にある。

図8 2020年国・地域別国際特許出願件数ランキング

出典:WIPO(世界知的所有権機関)データベースより雲河都市研究院作成。

 東京経済大学の周牧之教授は、「上記の分析から分かるように中国の研究開発における人的及び資金的投入はすでにアメリカと並び世界二強となっているだけでなく、研究開発の成果としての論文及び特許の質量ともにアメリカと肩を並べるまでになってきた」と指摘する。

■ 中国で最も科学技術輻射力が高い都市は?


 中国都市総合発展指標に基づき、雲河都市研究院は中国全297地級市(地区級市、日本の都道府県に相当)以上の都市をカバーする「中国都市科学技術輻射力」をモニタリングしている。輻射力とは特定産業における都市の広域影響力を評価する指標である。科学技術輻射力は都市における研究者の集積状況や国内外特許出願数、商標取得数などで評価した。

 図9より、中国都市総合発展指標2020で見た「中国都市科学技術輻射力2020」ランキングのトップ10都市は、北京、深圳、上海、広州、蘇州、杭州、東莞、南京、寧波、成都となった。特に、トップ2の北京、深圳両都市の輻射力は抜きん出ている。同ランキングの上位11〜30都市は、天津、仏山、西安、武漢、無錫、合肥、長沙、青島、鄭州、紹興、温州、廈門、済南、嘉興、重慶、福州、台州、南通、大連、珠海である。これらの都市には中国の名門大学、主力研究機関、そしてイノベーションの盛んな企業が立地している。

図9 中国都市科学技術輻射力ランキング2020 トップ30

■ イノベーションセンターの立地パターン


 図10より、「中国都市科学技術輻射力2020」ランキングトップ30都市の地理的分布をみると、2つの立地パターンが見られる。一つは、名門大学や主力研究機関が集中する中心都市である。もう一つは、イノベーションの盛んな企業が集中する沿海部の製造業スーパーシティである。

 京津冀(北京・天津・河北)、長江デルタ、珠江デルタの三大メガロポリスではこの二つのパターンが重なっている故に、研究開発に強い都市が集中している。これらの都市では産学官の協働でイノベーションに牽引される成長パターンへのシフトを目指している。

 成都、西安、武漢、合肥、長沙、鄭州、済南、重慶といった内陸の中心都市は、大学と研究機関の集積をベースにイノベーションセンターを懸命に育てている。

図10 2020年中国都市科学技術輻射力ランキングトップ30都市分析図

■ 進む集中集約


 「中国都市科学技術輻射力2020」ランキングを分析することで、科学技術産業における特定都市への集中集約が浮かび上がる。

 図11が示すように、研究者数において、同ランキングのトップ5都市が全国に占める割合は22.9%、トップ10都市は34.1%、トップ30都市は61.0%に達している。

図11 2020年中国都市における研究者数の集中度

 図12が示すように、特許取得総数において、「中国都市科学技術輻射力2020」ランキングのトップ5都市が全国に占める割合は22.8%、トップ10都市は34.4%、トップ30都市は61.0%に達している。研究者数の集積度合いは、特許取得総数の分布とほぼ一致している。

図12 2020年中国都市における特許取得総数の集中度

 図13が示すように、国際特許取得総数において、「中国都市科学技術輻射力2020」ランキングのトップ5都市が全国に占める割合は66.1%、トップ10都市は76.6%、トップ30都市は91.7%に達している。特許取得総数に比べ国際特許取得総数におけるトップ都市の集中度がさらに高いことは、科学技術輻射力が高い都市に国際的なイノベーション力を有する企業が多く集積していることを窺わせる。

図13 2020年中国都市における国際特許取得総数の集中度

■ 科学技術発展の原動力・ベンチャー企業


 ベンチャー企業はその大半がイノベーションの創出のもとで生まれる。と同時に、多くのベンチャー企業はイノベーティブである。ベンチャー企業の中でも、特に「ユニコーン企業」と称される企業価値が10億ドル以上の未上場企業は、創新創業の代表的な存在である。図14が示すように、2022年国・地域別ユニコーン企業数ランキングでトップは圧倒的にアメリカであり、次点で中国が続く。研究者数や研究開発費で群を抜くアメリカと中国は合わせて、ユニコーン企業総計1,178社の68.4%を占めている。国単体でアメリカと中国が世界のユニコーン企業数に占めるシェアは、それぞれ53.7%と14.7%に達している。なお、ユニコーン企業が日本には6社しかなく、同世界順位は17位と低迷している。

図14 2022年国・地域別ユニコーン企業数ランキング トップ30

出典:CB Insights「The Complete List Of Unicorn Companies」より雲河都市研究院作成

 図15が示すように、2022年国・地域別ユニコーン企業時価総額ランキングを見ると、前述のユニコーン企業数ランキングと同様、トップは圧倒的にアメリカであり、次点で中国が続く。現在、世界に1,178社存在するユニコーン企業の時価総額は3兆8338億ドルであり、米中のシェアは71.4%に達している。

 国単体で見ると、アメリカと中国が世界のユニコーン企業時価総額合計額に占めるシェアは、それぞれ53.8%と17.6%となっている。ユニコーン時価総額における中国のシェアは同企業数のシェアよりも高い。これは、時価総額が100億ドルを超える“スーパーユニコーン”の存在が大きい。例えば、動画SNSアプリ「TikTok」を運営するBytedanceは、時価総額が1,400億ドルとユニコーン企業の時価総額で世界トップを誇る。また、ファッションECサイトのSHEINは時価総額が1,000億ドルとなっており、ユニコーン企業の時価総額で世界3位にランクインしている。

 なお、日本における6社のユニコーン企業の合計時価総額は88億ドルであり、同世界順位は26位である。

 周教授は、「中国におけるユニコーン企業の群生は、イノベーションとスタートアップとの相乗作用が極めて良好に働いている結果である。それに世界の投資ファンドが群がっている」と分析している。

図15 2022年国・地域別ユニコーン企業時価総額ランキング トップ30

出典:CB Insights「The Complete List Of Unicorn Companies」より雲河都市研究院作成

 雲河都市研究院が、中国全297都市の「中国都市科学技術輻射力2020」と、中国都市総合発展指標でベンチャー企業数を示す指標「創業板・新三板上場企業指数」、大手上場企業数を示す指標「メインボード上場企業数」との相関係数を分析した。結果、「都市科学技術輻射力」と「創業板・新三板上場企業指数」との相関関係は0.95に達し、都市のイノベーション力と創業との「完全相関」が見られた。

 「都市科学技術輻射力」と「メインボード上場企業数」との相関関係も0.89に達し、都市のイノベーション力と大企業との「強い相関関係」を示した。

 この分析について周教授は、「都市のイノベーション力は、大企業から生まれる研究開発成果より、研究開発成果から生まれるスタートアップ企業との相関関係が強いことが明らかになった。さらに現在、中国都市のイノベーション力は、スタートアップ企業と大企業双方との関係が強く、バランスの良い研究開発大国の姿を示している」と解説する。


【ランキング】ゼロコロナ政策で感染拡大を封じ込んだ中国の都市力 〜2020年中国都市新型コロナウイルス新規感染者数ランキング

雲河都市研究院

 2020年は新型コロナウイルス・パンデミックにより世界の風景が一変した。ロックダウン、緊急事態宣言、ソーシャルディスタンス、リモートワーク、遠隔授業など、これまで想像もつかなかった日常が続いた。

 こうした状況下、中国は徹底的なゼロコロナ政策を採った。これに対して、欧米および日本など諸国ではウイズコロナ政策を採ってきた。東京経済大学の周牧之教授は、2020年11月11日に『ゼロ・COVID-19感染者政策 Vs. ウイズ・COVID-19政策』というレポートの中国語版(以下「11月周レポート」と略称)を公表した。「11月周レポート」最大の特徴は、感染抑制効果と経済成長の双方から検証し、ゼロコロナ政策とウイズコロナ政策における国際比較研究を行ったことである。このレポートは、後に日本語版、英語版も公表され、多くの内外メディアに転載された。詳しくは、同レポートをベースにまとめた『【論文】ゼロ・COVID-19感染者政策 Vs ウイズ・COVID-19政策』を参照されたい。

「11月周レポート」の中国語、英語、日本語版


■ 2020年世界で新型コロナウイルスの人的被害が最も多かった国は?


 図1は、人口で平準化した各国の新型コロナウイルス被害状況を示したグラフである。2020年末まで百万人当たりの新型コロナウイルス累積感染者数および累積死亡者数を国別にプロットし、各国の新型コロナウイルスによる被害を表している。同図では、2020年名目GDP規模の上位30カ国・地域に二重丸をつけ、色分けして地域区分している。グラフの右上に位置する程、人口当たりの感染者数が多く、死亡者数が多い。

 同図から分かるように2020年、欧米地域はアジア地域と比べて新型コロナウイルス被害が突出している。同図が対数ベースのグラフであることからすれば、その差は甚大である。

 国別で、人口当たりの感染者数および死亡者数が多かったのは、ベルギー、イギリス、イタリア、スペイン、アメリカ等欧米諸国であった。

 2020年末迄の累積の感染者数および死亡者数で最も被害が大きかった国は、人口規模の大きいアメリカ、ブラジル、インドであった。

 一方、名目GDP規模の上位30カ国・地域の中で、新型コロナウイルス被害が最も小さかったのは上位から順に台湾、タイ、中国であった。

 2020年アジア地域では、中国だけでなく台湾、韓国などもゼロコロナ政策を採った。ゼロコロナ政策が、欧米諸国との被害差を生んだ大きな理由と考えられる。とくに感染蔓延初期で甚大な被害を出した中国が、人口大国でありながらここまで新型コロナウイルスの被害を食い止めたのはゼロコロナ政策が奏功した故である。

図1  国別百万人当たりの累積感染者数及び累積死亡者数
(2020年末まで)

■ ロックダウンで武漢は早期収束


 2020年1月23日に、中国政府は新しい感染症の爆発を封じ込めるために湖北省の省都武漢を始め3都市をロックダウンした。このニュースは世界を震撼させた。翌1月24日に、湖北省全域が緊急対応(Emergency response)レベルを1級にした。緊急対応レベルとは認定された感染症エリアに対するロックダウンを含む措置の度合いを規定するもので、1級とは、休業、休講を要請し、交通を遮断し、極力移動と接触を避ける措置である。その後緊急対応1級措置は中国全土に及んだ。

 武漢のみならず新型コロナウイルスで世界中の数多くの大都市で、医療崩壊危機が起こった。3月11日にWHOが同ウイルスの脅威に対してパンデミック宣言をした。

 武漢ロックダウン3カ月後の4月20日、周牧之教授は「新型コロナパンデミック:なぜ大都市医療能力はこれほど脆弱に?」と題したレポートの中国語版(以下「4月周レポート」と略称)を発表、武漢で何が起こり、どのような対策が取られたかについて世界に先駆けて検証した。「4月周レポート」の英語版と日本語版も相次ぎ公表され、多くの内外メディアに転載された。

「4月周レポート」の中国語、英語、日本語版

 「4月周レポート」は、医療資源の豊富な武漢市が、なぜ新型コロナウイルスでたちまち医療崩壊に陥ったのかに着目した。さらに、新型コロナウイルスによる医療崩壊の三大原因として、①医療現場がパニックに陥った、②院内感染による医療従事者の大幅減員、③病床不足という仮説を立て、その原因を検証した。

 「4月周レポート」は中国政府が武漢の状況を打開するために取り組んだ対策についても検証した。まず武漢の医療従事者大幅不足を解消するため、中国は全土から武漢へ救援医療従事者を迅速に派遣した。ロックダウン翌日に上海からの救援医療チームが到着した。全土から駆けつけた医療従事者の総数は4万2,000人にまで達した。

 この措置は、武漢の医療崩壊の食い止めに繋がった。しかし、医療従事者の大規模な動員は、日本をはじめ各国ではほとんど実施できなかった。実際は、感染拡大地域に迅速かつ有効な救援活動を施せるか否かが、新型コロナウイルス制圧を占う一つの鍵になる。

 次に、病床不足への対策として中国が取り組んだのは、患者を重症者と軽症者とに分けることであった。医療リソースが重症者に中心的に振り向けられた。重軽症者分離収容措置は、後に他の国でも参照されている。

 さらに、ハイスピードで重症者向けと軽症者向けの仮設病院を建設した。こうした措置は、SARSの経験が活かされた。

 たった10日という短期間で、重症者向け仮設病院が建設され使用が開始された。その3日後、二つ目の重症者向け仮設病院が稼働した。両病院で病床数は計2,600床に達し、一気に重症患者の治療キャパシティが上がった。また、武漢は体育館などを16カ所の軽症者収容病院へと改装し、2月3日から順次患者を受け入れ、1万3,000床の抗菌抗ウイルスレベルの高い病床を素早く提供し、軽症患者の分離収容を実現させた。

 図2は、武漢のロックダウン期間に同市の新規感染者数及び死亡者数を日々記録したものである。未知のウイルスのオーバーシュートに遭遇し、医療崩壊など大変な困難を経てロックダウンの約3週間後にようやく新規感染者数がピークアウトした。ロックダウン56日後の3月18日には新規感染者数がゼロになった。その後3月23日に新規感染者が一人出たのを最後に、4月8日のロックダウン解除まで16日間新規感染者はゼロが続いた。武漢は77日間のロックダウンで新型コロナウイルスのオーバーシュートを鎮圧した。

 2020年武漢の感染者数は、51,042人、死亡者数は3,869人、致死率は7.6%に至った。「4月周レポート」は、初期の混乱が武漢の高い致死率を生じさせたと結論付けた。

図2 武漢ロックダウン期間における新規感染者数・死亡者数

出典:中国湖北省衛生健康委員会HPなどにより雲河都市研究院作成。

■ 状況に即して中国で行動制限を調整


 中国政府は、状況に即して行動制限のレベルの調整を図った。甘粛省は、武漢より一カ月以上も早く2020年2月21日に「公衆衛生上の緊急事態対応レベル」を3級に引き下げた。

 6月13日には、中国全土のすべての地域が「公衆衛生上の緊急事態対応レベル」3級になった。中国は世界に先駆けて日常生活を取り戻すことに成功した。

 その後、感染事例が発生した地域には、再度、緊急事態対応レベルを引き上げる措置も行っている。例えば、2020年6月16日には、北京で感染クラスターが発生し、同市の「公衆衛生上の緊急事態対応レベル」を3級から2級に引き上げて対応、1カ月後の7月20日に3級に引き下げた。

図3 2020年中国新型コロナウイルス新規感染者数・死亡者数の日別推移

出典:中国湖北省衛生健康委員会HPなどにより雲河都市研究院作成。

■ 2020年中国で新型コロナウイルス新規感染者数が最も多かった都市は?


 新型コロナウイルス感染抑制を優先する中国は、まず武漢を始めとするホットスポットを迅速に抑え込み、さらに全国にも強い行動制限をかけた。その後状況が沈静化した地域で制限を順次緩和した。再び感染事例が発生すると、同地域に行動制限をかけ、モグラ叩きのように感染を局所に封じ込めて全国への拡大を阻止した。

 〈中国都市総合発展指標2020〉は、中国各都市の新型コロナウイルス新規感染者数(海外輸入感染症例と無症状例を除く)をモニタリングし、評価した。

 図4が示すように、2020年に最も新型コロナウイルス感染者数が多かった10都市は、武漢とその周辺に集中した。同10都市は、武漢、孝感、黄岡、荊州、鄂州、随州、襄陽、黄石、宜昌、荊門で、すべて湖北省の都市であった。また、図5が示すように、同年の新規感染者数は、武漢市1都市に中国の62.8%、最も多かった10都市が中国の80.8%、同30都市が中国の90.1%を占めた。中国新規感染者数の82.5%が、湖北省全12都市に集中した。

 感染者数が湖北省に集中したことについて、周牧之教授は、「迅速なロックダウン措置とゼロコロナ政策で流行を早期に収束させ、全国での蔓延を食い止めた。結果、湖北省以外の都市では、局地的に感染者が時折出るものの感染爆発はなく、生産活動や市民生活は早期に回復した」と分析する。

 最も感染者数が多かった11位から30位都市の中には、中国GDP規模トップ10都市である上海、北京、深圳、広州、成都、重慶、杭州のほか、ハルビン、長沙、南昌、合肥、ウルムチ、寧波、温州などの省都や地域経済の中心都市が含まれた。これについて、周牧之教授は、「これらの中心都市が膨大な人口を抱えているだけでなく、域外との活発な交流が行われている故である」と話す。

図4 2020年中国都市新型コロナウイルス新規感染者数が
最も多かった
10都市分析図

出典:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2020』より作成。

図5 2020年中国都市新型コロナウイルス新規感染者数が
最も多かった30都市

出典:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2020』より作成。
注:「新規感染者数」に海外輸入感染症例と無症状例は含まない。

図5 2020年中国都市における新型コロナウイルス新規感染者数の集中度

出典:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2020』より作成。

■ ゼロコロナ政策で経済をいち早く回復


 新型コロナウイルスパンデミックは、世界経済に大きく影を落とした。2020年の世界経済の成長率は2018年の6.3%、2019年の1.6%から、一気に-2.6%とマイナス成長に転じた。

 図7が示すように、2020年国別名目GDPランキングトップ10は、アメリカ、中国、日本、ドイツ、イギリス、インド、フランス、イタリア、カナダ、韓国と続く。世界名目GDPの67.7%を占めるこれら10カ国が、中国を除き、軒並みマイナス成長に陥った。逆風の中で中国が3.6 %の成長率を実現したのは、ゼロコロナ政策によるものが大きい。

 2020年の中国GDP規模の上位30都市のうち武漢だけが−4.7%成長であったが他の都市はすべてプラス成長を実現した(詳しくは、【ランキング】2020年中国都市GDPランキングを参照)。これについて、周牧之教授は、「ゼロコロナ政策の有効性と中国主要都市の強靭さが中国の経済成長を支えた」と分析する。

図6 2020年国・地域別名目GDPランキングトップ30

出典:IMFデータベースより雲河都市研究院作成。

■ ゼロコロナ政策・中国モデルの特徴と課題


 3年にわたる新型コロナウイルス禍の中で、現在でもゼロコロナ政策を継続しているのは、中国のみである。本レポートでは「中国モデル」とも言える中国のゼロコロナ政策の特徴を以下の6つにまとめた。

(1)感染症対策の法整備及びマニュアル化

 感染症蔓延に苦しんだ歴史を持つ中国には、感染症に対してある種の大陸的なロジック、あるいは危機感がある。そのためSARSの経験を活かし、ウイルスによるパンデミックに備え、感染症対策の法整備及びマニュアル化を進めた。これが、新型コロナウイルスに対抗する上で、極めて大きな役割を果たした。この点を最も評価すべきである。

(2)感染症対策優先のスピード感

 中国は、感染症対策の法整備及びマニュアル化があるおかげで、感染症対策を優先的且つスピーディに実行できた。ロックダウンなど行動規制による市民生活や経済活動への影響は大きかったものの、結果として市民生活を逸早く取り戻し、ウイズコロナ政策を採った国と比べ、経済パフォーマンスも良かった。

(3)妥協しないゼロコロナへの追及

 中国は、地域ごとに感染者ゼロ目標を徹底したことにより、新型コロナウイルス封じ込めに成功した。

(4)全国総動員体制

 武漢などロックダウンが施された地域には、全国から医療従事者が大量に送り込まれ医療体制が迅速に拡充されることで、医療崩壊を食い止め、多くの人命を救った。

(5)テクノロジーの積極的活用

 中国ではスマホアプリ等に代表されるようにITテクノロジーを積極的に活用した。こうした取り組みは、感染抑制に貢献しただけでなく、IT産業の活性化にも寄与した。

(6)漢方医学の積極的活用

 中国は新型コロナウイルスの予防と治療に漢方医学を積極的に活用した。西洋医学と異なるアプローチでの取り組みは大きな成果を上げただけでなく、漢方医学の重要性の再認識につながった。

 一方、中国の新型コロナウイルス対策においても多くの課題は残されている。例えば、無症状を含む感染者を素早く見つけて隔離する「動態清零(ダイナミック・ゼロ)」と呼ばれる手法で、一旦感染者が出れば地域全員にPCR検査をかける。現状では、そのスクリーニングの頻度は高く、人々への負担が大きい。また、前述の分析で院内感染が武漢での感染爆発の大きな要因と指摘したように、大勢の人々を集めるスクリーニングは検査場における二次感染の懸念がある。

 また、ロックダウンエリアへの支援物資の供給にも問題がある。支援物資が居住地域まで届きながら、住民の自宅にまで効率よく届かない状況が、武漢、上海など至るところで発生した。

 さらに一部の地方ではロックダウンあるいはそれに近い行動制限措置を過剰に実施し、大きな混乱をもたらした。

 周牧之教授は、「いずれにせよ、感染者が出た地域における高い緊張感が経済活動や市民生活に多大な負担をかけていることは言うまでもない。こうした負担を軽減させる工夫が求められる」と話す。


中国都市ランキング−中国都市総合発展指標

【コラム】周牧之:中国のメガロポリス政策につながった開構研での下積み

周牧之 東京経済大学教授

『UEDレポート 研究所が歩んで来た半世紀をふりかえる』、一般財団法人 日本開発構想研究所、2022年

編集ノート:財団法人日本開発構想研究所は1972年7月に設立され、今年2022年に50周年を迎えた。日本の国土政策、東京湾臨海地域開発などにおいて数多くの知的貢献を果たした。同研究所の50周年記念で発行されたレポート『研究所が歩んで来た半世紀をふりかえる』に東京経済大学の周牧之教授が寄稿し、若き日の下積み時代と中国の都市化政策における日中政策協力について回顧した。


 大学院修士課程を終える時、私の政策研究志向をあと押ししようと、東京経済大学の増田祐司教授が日本開発構想研究所を紹介してくださった。

 中国の国土政策、都市政策へ私が多少なりとも力を果たせたとすれば、それは日本開発構想研究所で経験した調査活動から得られた知の蓄積が土台になったことに間違いはない。

1.東京湾臨海部調査で受けた刺激


 阿部和彦さんが増田先生とは東京大学の同窓だったこともあり、1991年4月、私はたいへん温かく研究所に迎えられた。

 開構研で、「臨海工業地域活性化戦略事業」、「川崎臨海部産業整備調査」、「東京湾地域における総合利用と保全に関する調査」、「東京湾南西地域総合再生計画調査」、「東京湾超長期ビジョン策定基礎調査」、「川崎臨海部将来像の在り方に関する調査」、「京浜臨海部再編整備調査」など東京湾関連調査に参加したことが、私の後の研究活動に大きな影響を及ぼした。とりわけ臨海部の企業を数多くヒアリングし、「工場等制限法」のもとでも企業が歯を食いしばるようにして湾岸部にへばりついていた理由をリアルに聞けたことが、大変刺激的だった。   

 中国機械工業部(省)で、新日鉄の君津製鉄所をモデルにした宝山製鉄所プロジェクトに携わっていた私は、臨海部の立地メリットに関心が高かった。宝山製鉄所建設にあたり長江入り江の臨江部に何故立地するかの論争があり、一時期、建設がストップさせられた程であった。開構研での調査は、臨海部における産業集積の性格と重要性を理解するまたとない経験であった。後年私が珠江デルタ、長江デルタ、京津冀など中国の臨海部でグローバルサプライチェーンをベースとした大集積の形成を前提とする「メガロポリス政策」を提唱したのは、まさにこうした調査から得られた確信があったからだ。

 当時はデータベースのソフトもようやく使えるようになった時期で、「桐」という名のデータベースソフトを使い、日経テレコムの新聞検索を利用し東京湾臨海部の企業動向をデータベース化した。これによって臨海部の動きがはっきりわかるようになった。この経験で、私は基礎情報のデータベース化の重要性を強く意識するようになった。後年、中国の297都市をすべて網羅する評価システム『中国都市総合発展指標』を作った遠因のひとつだと思う。

 Windowsが発売され、Word、123、エクセルなどのソフトが普及し始めたころだ。開構研のレポート作成はまだ、専用のワープロでタイピストに打っていただく状況だった。研究所の中で初めてパソコンでレポートを仕上げたのはおそらく私だっただろう。パソコンに大変詳しい杉田正明さんに助けていただきながら取り組んだことが、懐かしく思い起こされる。最新のカラー液晶付き折りたたみ式のパソコンも購入していただいた。しかし重さが10キロを超えていたため携帯用といっても自宅には一度しか持って帰れなかった(笑)。

 開構研で仕事をしながら週に一度東京経済大学に行き、野村昭夫教授へレジュメを出して指導を受ける生活を送っていた。こうした生活を3年ほど続け、博士論文の最終仕上げのために退職した。『メカトロニクス革命と新国際分業―現代世界経済におけるアジア工業化』と題した博士論文を、日本の臨海工業地帯における産業変遷の研究をベースに、東アジアの工業化の性格が情報革命に触発された新国際分業のもと展開されたとする仮説でまとめた。同論文は1997年、ミネルヴァ書房で出版し、日本テレコム社会科学賞奨励賞を受賞した。

『メカトロニクス革命と新国際分業』

周牧之著『メカトロニクス革命と新国際分業―現代世界経済におけるアジア工業化』(ミネルヴァ書房、1997年)

2.楽しかった開構研の日々


 開構研所在地だった霞が関、虎ノ門、日比谷周辺での昼食時は、さまざまなテーマで議論した。仕事後も杉田さんは若い所員を集めて勉強会を開いていた。日本経済、世界情勢の話から、マルクスなど古典を含む経済書の読書会まで、実に幅が広かった。しかしその勉強会のメンバーは次々と脱落し、最後まで残ったのは杉田さんと私だけだった(笑)。

 新橋あたりでの秋山節雄さん、大場悟さん、本多立志さんとの飲み会も大変楽しかった。情緒あふれる飲み屋さんで延々と続く話……意識朦朧のなか帰宅したものだ。

 毎年行われていた研究所の所員旅行にも同行させていただいた。浦東開発が始まったころに行った上海で阿部さんが、著名な哲学者であられるご尊父阿部吉雄先生のご著書を、私の父に手渡してくださった。ふるさと中国を離れ留学後も引き続き日本で暮らす私のことを、父は「阿部さんとお目にかかって安心した」と喜んでいた。

 私の結婚を祝う会を杉田さんの呼びかけと名司会、そして開構研所員の皆さま全員のご参加で、開いていただいた。大変心温まる嬉しい会だった。おかげさまで銀婚式も超えて、我が家の日中関係はいまだ磐石です(笑)!

 理事長の本城和彦先生には結婚祝いとして霞が関ビル最上階のレストランで妻共々ご馳走にあずかった。本城先生は、国際協力事業団(JICA)が中国で実施した初めての地域総合開発調査「海南島総合開発計画調査」の団長を務められた。後に私は中国で実施された同スキームの2回目の「江西省九江市総合開発計画調査」に関わり、その後同スキームの「吉林省地域総合開発計画調査」を始め、「中国中小都市総合開発ガイドライン策定調査」、「中国郷村都市化実験市調査」、「中国西部地域中等都市発展戦略策定調査」など案件形成と実施を、実質主導した。

 開構研初代理事長の向坂正男氏は、改革開放政策実施直後、中国政府の要請で大来佐武郎氏、下河辺淳氏とともに中国に数多くの経済政策や国土政策のアドバイスをされた。私が開構研に入った時はすでに鬼籍に入られていた向坂氏との面識はない。振り返れば中国の国土政策には開構研に繋がるさまざまな方が関わった。

3.中国メガロポリス政策作りへの協力


 1992年に財団法人国際開発センターから中国調査の手伝いの誘いを受けた際、阿部さんが快く承諾してくださったことが、私がODAの仕事に携わるきっかけとなった。博士号取得後、国際開発センターで中国の都市化政策調査を実施した折、開構研の関係者の皆様に大きな力添えをいただいた。

 開構研で知り合った今野修平大阪産業大学教授は、私が中国で取り掛かった都市化調査に数多くのアドバイスをし、現地調査やシンポジウムに度々参加してくださった。今野先生は、私がメガロポリス政策を打ち立てる時の一番の相談相手だった。メガロポリス政策は、今野先生との議論から生まれたといっても過言ではない。

1999年10月6日江蘇省現地調査にて左から今野修平、周牧之

 JICA中国都市化調査の集大成として主編した『城市化―中国現代化の主旋律(Urbanization―Theme of China’s Modernization)』(湖南人民出版社、2001年)に今野先生は阿部さんと共に寄稿された。中国の都市化に関する今野先生と私との対談は拙著『托起中国的大城市群(Megalopolis in China)』(世界知識出版社、2004年)に掲載した。

『城市化―中国現代化の主旋律』と中国メガロポリス戦略イメージ図

周牧之主編『城市化:中国現代化的主旋律 (Urbanization: Theme of China’s Modernization)』(湖南人民出版社、2001年)

 今野先生のご紹介でお目にかかった星野進保元経済企画事務次官にもさまざまな薫陶を受けた。星野先生の事務所に何度も呼ばれて議論を重ね、しばしばご馳走にまでなった。私が企画したシンポジウムにも幾度もご登壇いただいた。星野先生、今野先生との議論から、私は確信を持ってメガロポリス政策を提案することができた。私が主編した『大転折(The Transformation of Economic Development Model in China )』(世界知識出版社、2005年)には星野先生、塩谷隆英元経済企画事務次官がともに寄稿してくださった。

『托起中国的大城市群』と『大転折』

左:周牧之著『鼎―托起中国的大城市群(Megalopolis in China)』(世界知識出版社、2004年) 、右:周牧之編著『大転折―解読城市化与中国経済発展模式(The Transformation of Economic Development Model in China)』(世界知識出版社、2005年)

 拙著『中国経済論―高度成長のメカニズムと課題』(日本経済評論社、2007年)には、星野先生、楊偉民中国国家発展改革委員会副秘書長らと私の「中国メガロポリスの発展と東アジア経済」と題したディスカッションを掲載した。

『中国経済論』日本語版と中国語版

左:周牧之著『中国経済論―高度成長のメカニズムと課題』(日本経済評論社、2007年)、右:周牧之著『中国経済論―崛起的机制与課題 (The Chinese Economy: Mechanism of its rapid growth)』(人民出版社、2008年)

 アンチ都市化政策が採られていた中国で、都市化政策そしてメガロポリス政策を進めるべく政策提案を打ち立てることは実に大変だった。JICA中国事務所の櫻田幸久所長の全面的な支援を受け、于光遠元中国社会科学院副院長ら大御所のバックアップで、中国国家発展改革委員会の楊朝光地区経済司副司長、杜平国土開発与地区経済研究所長らとともに綿密な調査を重ねた。2001年9月3日、同7日に、中国国家発展改革委員会と日本国際協力事業団の主催で、上海と広州の二カ所で「中国都市化フォーラムーメガロポリス発展戦略」を大々的に開催した。

2001年9月3日「中国都市化フォーラムーメガロポリス発展戦略」上海会場

 清成忠男法政大学総長、伊藤滋早稲田大学教授、増田先生、阿部さん、林孝二郎元国土庁大都市圏整備課長らも日本から駆けつけ登壇された。シンポジウム後、メガロポリス政策が一夜にして中国の政策議論の的になった。

China faces challenges in urbanization

2001年9月3日「中国都市化フォーラムーメガロポリス発展戦略」開催当日、チャイナデイリー掲載の周牧之:China faces challenges in urbanization

 その後、メガロポリス戦略については五カ年計画策定担当の中国国家発展改革委員会計画司(局)楊偉民司長との間で現地調査、議論及び専門家会議を重ねた。とくに財務省、国際協力銀行、日中産学官交流機構の協力を得て開かれた「都市創新ワークショップ」の東京会議、北京会議、長江船上会議や、日中産学官交流フォーラム「転換点に立つ中国経済と第11次五カ年計画」、「中国のメガロポリスと東アジア経済圏」で、国土政策における日本専門家を大勢集め、中国国家発展改革委員会発展計画司と、メガロポリス政策に関する意見交換を頻繁に持った。

産学官交流機構フォーラム報告書

報告書『都市創新ワークショップ議事録』、『日中産学官交流フォーラム:転換点に立つ中国経済と第11次五カ年計画』、『都市創新ワークショップ:中国のメガロポリス・ビジョンとインフラ構想研究会(長江船上会議)』、『日中産学官交流フォーラム:中国のメガロポリスと東アジア経済圏』

 上記のワークショップやシンポジウムに日本側から星野進保元経済企画事務次官、福川伸次元通商産業事務次官、保田博元財務次官、塩谷隆英元経済企画事務次官、林正和元財務次官、佐藤嘉恭元中国大使、安斎隆セブン銀行社長、大西隆東京大学教授、寺島実郎日本総合研究所会長、小島明日本経済研究センター会長、船橋洋一朝日新聞社コラムニスト、横山禎徳マッキンゼー元東京支社長、生源寺眞一東京大学教授、森地茂運輸政策研究機構運輸政策研究所所長、石田東生筑波大学教授、谷内満早稲田大学教授、田近栄治一橋大学教授、矢作弘大阪市立大学教授、加藤和畅釧路公立大学教授、城所哲夫東京大学助教授、木南章東京大学助教授、小手川大助財務省関東財務局長、田中修内閣府政策統括官付参事官、鵜瀞由己財務省財務総合政策研究所次長、麻生良文同研究所総括主任研究官、西沢明国土交通省国土情報整備室長、進和久全日本空輸元専務取締役、杉田正明日本開発構想研究所主幹研究員、新屋安正日本設計企画部長、大谷一朗経済政策コンサルタントらが参加し、お知恵をいただいた。中国側から現在副首相を務める劉鶴中央財経領導小組副主任をはじめ、朱之鑫中国国家発展改革委員会副主任、楊偉民同委員会発展計画司長ら大勢の政策責任者が参加した。これだけの専門家を動員した高密度の政策交流は、日中の歴史上初めてだった。

「日中産学官交流フォーラム−中国のメガロポリスと東アジア経済圏」

2006年5月11日「日中産学官交流フォーラム−中国のメガロポリスと東アジア経済圏」にて、上段左から福川伸次、楊偉民、保田博;第二段左から星野進保、杜平、塩谷隆英;第三段左から船橋洋一、周牧之、寺島実郎;第四段左から中井徳太郎、朱暁明、佐藤嘉恭;下段左から大西隆、小島明、横山禎徳

 こうした日中政策協力において、後に金融庁長官を務めた畑中龍太郎財務省大臣官房文書課長の指示を受け大変な尽力をされた中井徳太郎東京大学教授(当時財務省から出向、後に環境事務次官)の名を特記しておきたい。楊偉民氏、中井徳太郎氏、私の三人の固い友情はいまも引き続いている。楊偉民氏は現在も中国経済政策をまとめるキーパーソンの一人として活躍されている。

2019年1月26日【シンポジウム】『「交流経済」×「地域循環共生圏」—都市発展のニューパラダイム』懇親会にて左から中井徳太郎、楊偉民、周牧之

 2006年から施行の第11次五カ年計画で、メガロポリス戦略が打ち出され、中国は都市化の時代へと舵を切った。五カ年計画が空間計画に踏み込んだことで、中国国家発展改革委員会発展計画司が都市化政策を所管することとなった。楊偉民氏はさらに、「主体功能区」という中国の国土計画の原型を作り上げ、それを同司の所管とした。私の、「発展戦略和計画司」と改称された同司との交流は今日まで続き、『中国都市総合発展指標』を共同開発し、毎年発表している。

『中国都市ランキング−中国都市総合発展指標』

4.ユーラシアランドブリッジ構想から長江航路浚渫提案へ


 中国のメガロポリス戦略には、集約化経済社会、流動化社会、市民社会、持続発展可能社会というビジョンを掲げた。同調査にあたり、モデルとして「江蘇省都市化発展戦略」を策定した。これは中国で初めて省単位で策定された都市化発展戦略であった。長江下流を包む江蘇省は、グローバルサプライチェーン型産業集積形成のポテンシャルが最も高い地域であった。同戦略の中の提案は江蘇省のさまざまな計画に取り上げられた。

「江蘇省都市化発展戦略」における長江デルタメガロポリスイメージ図

周牧之主編『城市化:中国現代化的主旋律 (Urbanization: Theme of China’s Modernization)』(湖南人民出版社、2001年)

 杉田正明さんは専門家として複数の中国調査に参加し、たくさんのお知恵をいただいた。長江沿いの港湾開発調査にあたり杉田さんと議論し、江蘇省南京から入江までの航路について「マイナス12.5メートルまで浚渫する」提案をしたことを特記したい。私たちは長江の下流地域を「湾」として開発すべきであると考えていた。中国政府はこの提案を受け、マイナス12.5メートルの浚渫という大工事を実施し、今日の長江デルタメガロポリスの基礎を打ち立てた。

 江蘇省鎮江市のニューシティマスタープラン策定にも、杉田さんは参加した。大西隆先生を始め大勢の日本の専門家が現地に訪れ、お力添えをいただいた。路面電車をベースとした敷地面積220平方キロメートル、人口100万人規模のスマートシティ計画は高い評価を得て、中国の都市計画の手本となった。

江蘇省鎮江市のニューシティマスタープラン

 今野先生、阿部さんと向かった中国現地調査では、あわやという体験もした。遼寧省営口港で、止まっていた超特大ダンプカーが、私たちが乗る車が後方にいるのに気づかず、急発進でバックし始めた。ダンプカーに潰される寸前に車から逃げ降り、間一髪のところで大事故から免れた。

 1990年代末には、カスピ海から中国沿岸部までパイプラインで天然ガスや石油を運ぶことを念頭に、日本と中国の大型協力案件として、欧州から日本に至るユーラシア大陸横断の広域インフラ (ガス・石油パイプライン、鉄道、道路、光ファイバー網等)整備と沿線開発を進める構想を打ち立てた。「現代版シルクロード(絹の道)」といえるこの構想が進めば、エネルギー資源や食糧の輸送が効率化でき、それらの世界的な需給ひっ迫も防げると考えた。1999年4月1日付日本経済新聞の経済教室欄に『現代版「絹の道」、構想推進を―欧州から日本まで資源の開発・輸送で協力―』とした私の署名文書が掲載され、大きな反響を呼んだ。その直後、下河辺淳先生から「大変いい構想だ。航空路の話も是非加えるように」との鋭いご指摘をいただいた。その後のランドブリッジ構想や、メガロポリス戦略には空港の重要性を鑑みるようにした。

現代版「絹の道」構想推進を

周牧之『現代版「絹の道」、構想推進を―欧州から日本まで資源の開発・輸送で協力―』、日本経済新聞経済教室、1999年4月1日

 改革開放政策を打ち出した直後の中国で、経済政策を指揮した谷牧副首相は、国土事務次官時代の下河辺淳先生と交流があった。この交流から中国で国土計画を作る動きが生まれた。国土司(局)が中国国家建設委員会に出来、後に計画委員会へ移り、いまの中国国家発展改革委員会の地域経済司に繋がった。そうした動きの中で、中国政府はJICAに「海南島総合開発計画調査」を要請した。中国の改革開放政策には実に多くの日本の政策メーカーが貢献した。

結び


 恩師の増田祐司先生は東京経済大学から東京大学そして島根県立大学へ移られ、北東アジア地域研究センターのトップとして第一線で活躍された。日本、中国や韓国でさまざまな調査、研究にご一緒させていただいた。北京でのフォーラムに出てくださったあと、ホテルで朝まで飲んでお話ししたことが昨日のように思い浮かぶ。先生が島根県立大学を退職されるとき、私は米国ボストンに滞在していた。東京に戻ってきてから、増田先生を慕い敬う方々と一緒に、東京での先生の知的活動場となる研究所づくりに動き始めた矢先、先生ご逝去の悲報を受けた。

 いまでも、大学院生だった当時、午後の暖かい日が差す大学の図書館でばったり会ったときの増田先生の笑顔が目に浮かぶ。あの日、増田先生は私の目の前で開構研の阿部さんに電話をかけ、私を紹介してくださった。あの瞬間こそが、開構研とのご縁の始まりであった。

2001年9月7日「中国都市化フォーラムーメガロポリス発展戦略」広州会場にて。左から林孝二郎、阿部和彦、増田祐司、周牧之

(肩書きは当時)


【参考文献】

周牧之著『メカトロニクス革命と新国際分業―現代世界経済におけるアジア工業化』(ミネルヴァ書房、1997年、第13回日本テレコム社会科学賞奨励賞を受賞)

周牧之『現代版「絹の道」、構想推進を―欧州から日本まで資源の開発・輸送で協力―』(『日本経済新聞』経済教室欄、1999年4月1日)

周牧之主編『城市化:中国現代化的主旋律 (Urbanization: Theme of China’s Modernization)』(湖南人民出版社、2001年)

周牧之著『鼎―托起中国的大城市群(Megalopolis in China)』(世界知識出版社、2004年)

周牧之編著『大転折―解読城市化与中国経済発展模式(The Transformation of Economic Development Model in China)』(世界知識出版社、2005年)

議事録『都市創新ワークショップ:東京会議』(日中産学官交流機構、2005年3月18日)

議事録『都市創新ワークショップ:北京会議』(日中産学官交流機構、2005年7月23~24日)

報告書『日中産学官交流フォーラム:転換点に立つ中国経済と第11次五カ年計画』(日中産学官交流機構、2005年11月7日)

報告書『中国経済研究会』(日中産学官交流機構、2005年11月9日)

報告書『中華人民共和国西部地域中等都市発展戦略策定調査専門家活動報告書』(国際協力機構、2006年1月)

報告書『日中産学官交流フォーラム:中国のメガロポリスと東アジア経済圏』(日中産学官交流機構、2006年5月11日)

報告書『都市創新ワークショップ:中国のメガロポリス・ビジョンとインフラ構想研究会(長江船上会議)』(中国国家発展改革委員会、日中産学官交流機構、2006年7月22~24日)

周牧之著『中国経済論-高度成長のメカニズムと課題』(日本経済評論社、2007年)

周牧之著『中国経済論-崛起的机制与課題 (The Chinese Economy: Mechanism of its rapid growth)』(人民出版社、2008年)

周牧之、楊偉民共編著『第三個三十年―再度大転型的中国(The Third Thirty Years: A New Direction for China)』(人民出版社、2010年)

周牧之、徐林共編著『中国城市総合発展指標2016(China Integrated City Index 2016)』(人民出版社、2016年)

周牧之、陳亜軍、徐林共編著『中国城市総合発展指標2017(China Integrated City Index 2017)』(人民出版社、2017年)

周牧之、徐林共編著『中国都市ランキング―中国都市総合発展指標』(NTT出版、2018年)

周牧之、陳亜軍、徐林共編著『中国都市ランキング2017―中心都市発展戦略』(NTT出版、2018年)

周牧之、陳亜軍共編著『中国城市総合発展指標2018(China Integrated City Index 2018)』(人民出版社、2019年)

周牧之、陳亜軍共編著『中国都市ランキング2018―大都市圏発展戦略』(NTT出版、2020年)

Zhou Muzhi, Chen Yajun, Xu Lin (2020.6) China Integrated City Index ― Megalopolis Development Strategy, Development Strategy of Core City, Pace University Press.


プロフィール

周 牧之(しゅう ぼくし)/東京経済大学教授

1963年生まれ。(財)日本開発構想研究所研究員、(財)国際開発センター主任研究員、東京経済大学助教授を経て、2007年より現職。財務省財務総合政策研究所客員研究員、ハーバード大学客員研究員、マサチューセッツ工科大学(MIT)客員教授、中国科学院特任教授を歴任。〔中国〕対外経済貿易大学客員教授、(一財)日本環境衛生センター客員研究員を兼任。

【ランキング】鉄鋼大国中国の生産拠点都市はどこか? 〜2020年中国都市鉄鋼産業輻射力ランキング

雲河都市研究院

■ 世界最大の生産量を誇る中国鉄鋼産業


 世界の鉄鋼産業も新型コロナウイルスパンデミックの影響を受けている。世界粗鋼生産量成長率は、2018年が5.3%、2019年が2.7%だったことに対して、2020年は0.3%にまで減速した。幸い、2021年に世界粗鋼生産量成長率は3.7%に回復し、世界粗鋼生産量も1980年以降、最大規模となった。

 現在、世界の鉄鋼生産をリードしているのは中国である。図1が示すように、2021年国・地域別粗鋼生産量ランキングをみると、トップの中国の存在が圧倒的である。中国の粗鋼生産量はいまや約10.3億トンにも達している。これは、世界粗鋼生産量の約52.9%に当たり、2〜30位の国・地域の合計値の約1.2倍に達している。東京経済大学の周牧之教授は、「かつて「鉄は国家なり」という格言があり、鉄鋼産業が国力を表していたが、時代は変われども中国の圧倒的な粗鋼生産量は、現在の中国における経済規模とその活力を如実に表している」と述べている。

図1 2021年国・地域別粗鋼生産量ランキング

出典:世界鉄鋼協会(WSA)データベースより雲河都市研究院作成。

■ WTO加盟以降、急成長を遂げた中国鉄鋼産業


 図2より、1980〜2021年の世界および中国の粗鋼生産量推移をみると、中国の鉄鋼産業は、改革開放以降、とくにWTOに加盟した2001年以降、急成長を遂げたことがわかる。鋼材は不動産、インフラ建設、自動車、家電等の多分野で用いられる。高度成長を遂げた中国は、鋼材需要が爆発的に増えている。

 1980年、粗鋼生産量の第1位は旧ソ連で、2位が日本、3位が米国であった。旧ソ連、日本、米国の世界シェアは、それぞれ20.7%、15.5%、14.2%で、この3国が世界の半分の粗鋼を生産していた。一方、5位の中国の世界シェアは、僅か5.2%に過ぎなかった。

 1992年になるとソ連崩壊も影響し、日本がはじめて粗鋼生産量の世界第1位となり、中国は米国に次ぐ3位に入った。日本、米国、中国の世界シェアは、各々13.6%、11.7%、11.2%となった。

 1996年には中国が日本を抜き、粗鋼生産量の世界第1位に躍り出た。順位は中国、日本、米国と続き、世界シェアはそれぞれ13.5%、13.2%、12.7%となった。以降、今日まで中国は粗鋼生産量において1位の座を保ち続けている。

 WTOに加盟した2001年、中国の世界シェアは17.8%だった。その10年後の2011年には、中国の同シェアは45.6%へと大きく伸び、2021年には、52.9%にまで及んだ。

図2 1980〜2021年世界および中国の粗鋼生産量推移

出典:世界鉄鋼協会(WSA)データベースより雲河都市研究院作成。

■ 世界をリードする中国鉄鋼メーカー


 図3より、2021年における世界鉄鋼メーカー粗鋼生産量ランキングをみると、トップ30にランクインした中国企業は半数の15企業(26位の台湾系・中国鋼鉄を含む)を数える。中国企業15社の粗鋼生産量世界シェアは、25.7%にも達している。

 巨大市場は巨大企業を生み出す。世界トップの宝武鋼鉄集団(China Baowu Group)は、2位のアルセロール・ミッタル(ArcelorMittal)の生産量の1.5倍の規模を誇り、1社で世界粗鋼生産量の6.1%を占める驚異的な存在である。

 周牧之教授は、「宝武鋼鉄集団の前身のひとつは宝山製鉄で、改革開放のシンボル的プロジェクトとして新日鉄などの技術を導入し造られた」と解説する。

図3 2021年世界鉄鋼メーカー粗鋼生産量ランキング

出典:世界鉄鋼協会(WSA)データベースより雲河都市研究院作成。

■ 鉄鉱石輸入大国


 圧倒的な粗鋼生産量を誇る中国は、海外から製鉄の主原料の鉄鉱石と石炭(原料炭)を大量に輸入している。

 周牧之教授は、「中国は鉄鉱石の産出国であるものの、その品質、生産量ともにオーストラリアやブラジルには及ばない。改革開放までは中国の鉄鋼産業は、ほとんど国内資源を頼っていた。宝山製鉄所は中国で初めて海外鉄鉱石利用を前提とした製鉄所であった。故に、建設当時はこの点で理解されず一時期、建設中断に追い込まれたこともあった」と振り返る。

 図4より、2019年の国・地域別鉄鉱石生産量ランキングをみると、オーストラリアが圧倒的で、その世界シェアは37.4%にまで達している。中国は3位で、世界シェアは14.4%である。

図4 2019年国・地域別鉄鉱石生産量ランキング

出典:アメリカ地質調査所(USGS)データベースより雲河都市研究院作成。

 図5より、2020年の国・地域別鉄鉱石輸入額ランキングをみると、中国は第1位であり、2位以下を引き離し、圧倒的である。中国の鉄鉱石輸入額は、世界の73.4%を占め、その規模は2位日本〜30位フィンランドの合計額の約3倍である。中国は毎年約11億トンの鉄鉱石を輸入し、その約7割がオーストラリア、2割がブラジルからである。

 周牧之教授は、「オーストラリアやブラジルからの品質の高い鉄鉱石の輸入により、中国鉄鋼産業は質量共に支えられ急速に発展している」と強調している。

図5 2020年国・地域別鉄鉱石輸入額ランキング

出典:国連貿易開発会議(UNCTAD)データベースより雲河都市研究院作成。

■ 中国で最も鉄鋼産業輻射力が高い都市は?


 中国都市総合発展指標に基づき、雲河都市研究院は中国全297地級市(地区級市、日本の都道府県に相当)以上の都市をカバーする「中国都市鉄鋼産業輻射力」をモニタリングしている。輻射力とは特定産業における都市の広域影響力を評価する指標である。鉄鋼産業輻射力は都市における同産業の従業員・企業集積状況や企業資本・競争力を評価した。「2020年中国都市鉄鋼産業輻射力」は、2019年から2020年にかけて中国各都市で公表された「第4回全国経済センサス」をも参照し算出した。

 図6より、中国都市総合発展指標2020で見た「2020年中国都市鉄鋼産業輻射力」ランキングの上位10都市は、唐山、邯鄲、天津、蘇州、無錫、済南、常州、本渓、包頭、武漢となった。特に、トップの唐山の輻射力は抜きん出ている。同ランキングの上位11〜30都市は、太原、馬鞍山、安陽、上海、中衛、嘉峪関、攀枝花、日照、新余、営口、ウルムチ、石家荘、南京、運城、廊坊、柳州、玉溪、許昌、漳州、仏山である。これらの都市には中国主要鉄鋼メーカの本社や主力工場が立地している。

図6 2020年中国都市鉄鋼産業輻射力ランキング

出典:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2020』より作成。

■ まだ道半ばの臨海・臨江立地


 図7より、「2020年中国都市鉄鋼産業輻射力」ランキングトップ30都市の地理的分布をみると、2つの立地パターンが見られる。沿海部や長江流域にある輸入鉄鉱石利用を前提とした臨海・臨江立地と、内陸部の国産鉄鉱石利用を前提とした資源立地である。

 周牧之教授は、「中国はいま世界最大の鉄鉱石輸入国になったものの、宝山製鉄所建設から始まった中国の輸入鉄鉱石利用を前提とした鉄鋼産業の臨海・臨江立地は、まだ道半ばである。中国鉄鉱産業の一層の高度化が実現するにはこうした臨海・臨江立地への集約が不可欠である」と解説する。

図7 2020年中国都市鉄鋼産業輻射力ランキングトップ30都市分析図

出典:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2020』より作成。

■ 進む集中集約


 「2020年中国都市鉄鋼産業輻射力」ランキングを分析することで、鉄鋼産業における特定都市への集中集約が浮かび上がる。

 図8が示すように、鉄鋼産業従業者数において、同ランキングのトップ5都市が全国に占める割合は23.1%、トップ10都市は34.3%、トップ30都市は58.4%に達している。

図8 2020年中国都市における鉄鋼産業従業者の集中度

出典:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2020』より作成。

 図9が示すように、鉄鋼産業営業収入において、「2020年中国都市鉄鋼産業輻射力」ランキングのトップ5都市が全国に占める割合は26.2%、トップ10都市は38.1%、トップ30都市は63.5%に達している。

 周牧之教授は、「従業者数と比べ、営業収入におけるトップ都市の集中度がさらに高いことが、トップの都市に収益力の高い大企業が多く集積していることを窺わせる」と解説する。

図9 2020年中国都市における鉄鋼産業営業収入の集中度

出典:雲河都市研究院『中国都市総合発展指標2020』より作成。

■ 大気汚染改善への挑戦


 鉄鋼産業は、二酸化炭素やPM2.5の大量排出という大気汚染の課題を抱えている。「2020年中国都市鉄鋼産業輻射力」ランキングのトップ3都市の唐山、邯鄲、天津は、いずれも大気汚染に苦しんでいる。

 同ランキング第1位の唐山は、2015年の「PM2.5指数」は137.5μg/㎥で、全国平均値77μg/㎥の2倍弱だった。日本のPM2.5大気環境基準が年平均値15μg/㎥以下であることからすると、その汚染度合いの深刻さが伺える。同第2位の邯鄲は、2015年の「PM2.5指数」が175.1μg/㎥で、唐山以上に深刻であった。3位の天津も、同年「PM2.5指数」は129.2μg/㎥であった。

 幸い、近年厳しい環境対策が奏功し、2020年に唐山の「PM2.5指数」は37.3μg/㎥まで改善し、全国平均値33.3μg/㎥と比較しても、わずかに超えたところまで来た。同年、邯鄲と天津両市の「PM2.5指数」も、各々56.2μg/㎥、47.6μg/㎥へと大幅に改善した。

 一方、二酸化炭素排出量についてみると、課題解決への道程はまだ遠い。唐山、邯鄲、天津3都市について、中国都市総合発展指標で2010年と2019年の二酸化炭素排出量を比較すると、唐山は約3.4倍、邯鄲は約2.6倍、天津は約3.8倍も二酸化炭素排出量が増加した。

 周牧之教授は、「これまで乱立していた中国の鉄鋼メーカーは今後、より高い品質、より高い効率、より高い環境対策の三大軸で再編し、産業の高度化を進めるだろう」と展望している。