【対談】中井徳太郎 VS 周牧之(Ⅲ): 大陸との葛藤、現代日本の岐路

■ 編集ノート:東京経済大学の周牧之教授の教室では2025年10月9日、日本の環境政策を牽引した中井徳太郎元環境事務次官と周牧之教授が、縄文・弥生のルーツ、「環日本海・環シナ海」交流圏、日中関係やエネルギー政策に至る現代日本の岐路を論じた。

2022年11月12日、東京経済大学学術フォーラム「供給サイドから仕掛ける地域共創の可能性」にて講演を行う中井徳太郎・前環境事務次官

■ 上野村の大自然で過ごした原体験


中井徳太郎:母の実家は群馬県の上野村で、日航機墜落事故の現場として知られる御巣鷹山の周辺だ。子どもの頃から、夏も冬もそこで過ごし、川で遊び、ブヨに刺され、草にかぶれ…そんな自然の中で過ごした。

 その体験が「自然が身に染みついている」「水が恋しい」という感覚につながっているのだろう。その感覚を持ったまま、1985年に社会人になった。ちょうど高度成長期が終わり、しかしバブルはまだ弾けていない時期で、世の中には「サステナブル」「持続可能性」といった問題意識はほとんどなかった。私自身も、正直なところ当時そういうことを深く考えてはいなかった。

周牧之:中井さんの自然への感性は非常に豊かだ。縄文杉などの大木を見た時、大半の人はただ「でかいな」と感じるくらいだ。中井さんは巨木を抱きしめて感動する。滝を見ればその中に入って打たれて感動する。沖縄でも上野村でも私は何度も中井さんに滝の中に連れ込まれた(笑)。

中井:職業選択としては、当時は今よりもずっと「官僚」という仕事にステータスややりがいのイメージがあり、大蔵省に入った。いろいろな仕事を経験しているうちに、「20世紀から21世紀へ、大きな時代の転換点に自分は生命体として立ち会っている」という感覚を強く持つようになった。

 人類全体が、とてつもなくチャレンジングな大転換期に生きている。そこで生命を受けた意味はとても重いし、せっかく生まれてきた以上、ちんけな人生にはしたくない。これが、私のモチベーションの原点だと思う。

群馬県上野村を流れる神流川

■ 日本海を発想の源流に


中井:そうした感覚を持ちながら富山県に出向し、「逆さ地図」と出会った。日本海を中心に、循環と共生の視点で21世紀を捉え直そうと、「日本海学」を立ち上げた。海を中心にした循環共生圏という、一つの生命体のようなイメージがわっと湧いてきて、そこからこの地域総合学を組み立てた。

 富山での勤務が終わって財務省に戻り、その中で周先生と出会った。一方で、自分にとって大きかったのが、2011年の東日本大震災だ。原発事故や放射性廃棄物の処理など環境省が大きな役割を担うことになり、その渦中、私は課長として環境省に出向した。

 そこで地球環境問題、カーボンニュートラルといった大きなテーマのど真ん中に入り込み、11年間環境省に在籍した。最後の2年間は事務方のトップである事務次官を務め、3年前に退官した。振り返ると、環境省で「地球沸騰」とも言われる状況下の政策をつくる際、日本海学の発想がかなり根底で活きた。

周:先ほど少し話したが、20年前に中井さんに富山へ案内されたときのことをよく覚えている。当時一緒にいたのは、私と中井さん、そして三人兄弟のように付き合っているもう一人の楊偉民さん。羽田空港で飛行機に乗る前に、当時中国国家発展改革委員会の五カ年計画担当局長だった楊さんらが中井さんから半ば強制的に環境に関する講義を受けた。そして富山に着くと、雪山に連れて行かれ、雪の壁に積もった黄砂を見せられた。

 日本海を題材に、アジアが直面する環境問題を考えさせられた。楊さんは中国に戻り、「生態文明」政策を大きく打ち出した。後に中国共産党中央財経領導小組弁公室元副主任になった楊さんは、中国の生態文明政策をさらに推し進めた。

 今では中国が環境政策を文明論のレベルにまで高めた国だと評価されることがある。その思想の源流には、実は中井さんの発想や影響が深く関わっている。

 中井さんは楊さんが中国で生態文明政策を体系化したことを喜ぶと同時に、日本でも同じような政策を立てる必要があると、私に何度も言っていた。これが中井さんは財務省から環境省に行き、日本の環境政策に新風を吹き込んだ動機にもなっているはずだ。

2024年11月30日、東京経済大学国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」懇親会にて、左から順に中井徳太郎・前環境事務次官、楊偉民・中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、周牧之・東京経済大学教授、徐林・中米グリーンファンド会長

■ 縄文人・弥生人のルーツ


中井:日本列島の歴史をひもとくと、日本海側には今は人口が少ないが、縄文海進で暖かかった時代には、東北から北海道あたりがむしろ豊かだった。三内丸山遺跡のような大規模集落が示すように、狩猟採集や採集漁労で豊かに暮らしていた時代があり、気候変動とともに人々は九州などへ移っていった。

 そういう長いスパンの歴史を見ていくと、日本海側の意味もまた違って見える。縄文人はどこから来たのか、弥生人はどこから来たのか、ロマンのある仮説もいろいろある。ユダヤ人との関係を説く人もいるし、東北大学名誉教授の田中英道先生のように、思わず納得してしまうような説を唱える人もいる。

 いずれにせよ、地球環境が激しく荒ぶる時代に今、私たちは存在している。その事実は否定できないとなると、すごく意味があるはずだ。「どうせ生きるなら何かいいことをしたい」という感覚が私の原点だ。それは誰もが気づきさえすれば、できることだ。

周:日本人のルーツはそもそも大陸との関わりが深い。大陸で大きなパワーシフトが起きるたびに日本に影響を及ぼした。そうしたロジックと「環日本海・環シナ海」のスケールで考えると、縄文人・弥生人がどこから来たのかという話は凄くドラマチックだ。

 およそ紀元前2500年頃(約4500年前)に、黄帝が率いる黄河文明の部族と炎帝が率いる長江文明の部族が、蚩尤が率いる三苗の部族相手に大きな戦争をした。現在の山東省あたり本拠地の後者が負け、南へ敗退した。これが今日中国の南から東南アジアまで広く分布しているミャオ族のルーツと言われている。自分のアイデンティティを固く守るミャオ族はまさに「生きた化石」だ。彼らの文化は数千年も変わっていない。ミャオ族の村に行くと、「傩(nuo)」という日本の「能」そのもののような芸能があり、「能」の発音もまったく同じだ。

 私は近年よくミャオ族の村々に行く。私の仮説だが、ミャオ族は大陸の南だけでなく、海を渡り日本にも一部逃げてきたかもしれない。大陸から日本列島への人口移動としてミャオ族は最初の一つの大きな波だったと考えられる。

 紀元前1046年の「牧野の戦い」で周の武王が殷の紂王を破り、殷王朝が倒された。敗れた殷の人々はさまざまに散らばり、その一部はベーリング海峡を渡り、北米や南米まで行ったという説もあり、インディアンは殷の子孫だという説も根強い。

 私は、朝鮮半島と日本には、殷の残党がかなり入っていると考えている。紂王の叔父にあたる箕子は、朝鮮半島に渡り、「箕子朝鮮」を建国したという説も、多く歴史文献に残されている。

 そもそも周王朝は殷の人々を完全には滅ぼさず、現在の河南省あたり、宋、陳、衛、鄭など複数の小国として温存した。周王朝の前半(西周)は比較的平和に共存していたが、後半(東周)春秋時代から戦国時代への移行期において、斉、楚、韓、秦、魏など大国の勢力争いに巻き込まれ、次々と滅亡していった。 こうした殷系諸侯の亡国民の一部も朝鮮半島や日本に渡ったはずだ。

 殷の人々がこうして数百年かけて、日本列島へ渡った。これが大陸からの人口移動の第二波だったと考えられる。周は赤色を好む。殷は白が好きだ。大陸では今日、結婚式などのめでたい儀式にはよく赤色を使う。これに対して朝鮮半島や日本はこうした儀式によく白を使う。

 春秋戦国時代はさらに沢山の諸侯国が潰され、最後に秦が中国を統一した。日本では有名な呉越を始め、亡国の民の一部は次々と日本に渡ったはずだ。これは第三波と考えられる。つまり、環シナ海交流圏の中で日本の原型ができていった。

2013年12月27日、中国で開催の「都市と環境国際シンポジウム」主催者として中井徳太郎・元環境事務次官、周牧之・東京経済大学教授、南川秀樹・元環境事務次官

■ 幸運な島国が何故か大陸に侵攻し続けた


周:日本はその後、大陸との交流の中で国として形づくられていった。中国漢王朝の光武帝から「漢委奴国王」に冊封され、卑弥呼が「親魏倭王」の称号をもらい、やがて遣唐使を派遣し唐王朝から政治制度、文化、宗教を直接導入して律令国家を築いた。特に中国との貿易で莫大な富を得た。

 ただし、中国は巨大な内陸国家で、貿易にあまり積極的ではなかった。世界の中でも中国は巨大な富を国内だけで作れる極めて珍しい存在だ。国内だけで完結しようとする内向きの意識が強かったため、貿易で稼ぐよりは国家が管理する傾向があった。

 いわゆる「朝貢貿易」は、冊封される国からの輸入を朝貢と見なし、数倍から数十倍の返礼をする一方、取引量が限られる仕組みだった。

 それでは物足りないと反発する勢力が日本で現れ、密貿易に手を出す。これがいわゆる「倭寇」だ。

 同じユーラシア大陸の両端に位置する島国でも、イギリスはヨーロッパ大陸からの侵略が繰り返し受けた。これと比べ日本は内向きの中国から殆ど侵攻を受けることなくむしろ、大陸に何度も侵攻を試みた。663年の白村江の戦いは日本による最初の大陸侵攻だ。

 倭寇は14世紀半ばから16世紀末頃まで、中国 や朝鮮半島沿岸で略奪と密貿易を行った。この中には日本人だけではなく倭寇に化けて密貿易に関わっていた中国沿海部の人もいた。オランダ支配から台湾を奪還した鄭成功はその代表的人物だった。彼の父親はニセ倭寇で、母親は日本人だ。

 1592年から1598年の秀吉による朝鮮出兵は3度目の大陸侵攻に当たる。

 近代以降、日清戦争から朝鮮・台湾併合、日中戦争、太平洋戦争まで、大陸に侵攻する狂気の時代が続いた。

 一方で、歴史上、大陸側から日本への軍事侵攻は1274年と1281年の蒙古襲来2回のみだ。大陸のすぐそばの島国としてこれは非常に幸運な歴史だ。しかしこの幸せな島国が何故か大陸に侵攻し続けた。

2015年12月19日、東京経済大学「環境とエネルギーの未来 国際シンポジウム」にてディスカッションを行う周牧之・東京経済大学教授(左)、中井徳太郎・元環境事務次官(右)

日本は何故「大陸回避」傾向になったのか


周:大陸との交流は日本にとって常に大きなイシューだった。今の日本はアメリカの方を向いているが、歴史的には大陸との関係がメインだった。

 その点で戦後の動きも興味深い。1972年に田中角栄首相が中国へ飛び、国交正常化を行ったとき、日本国内では激しい論争があった。いわゆる台湾派と中国派の対立だ。しかし台湾派であれ中国派であれ、「中国との関係が大切」というスタンスが根底にあった。要するに中国の誰と付き合うか、の争いだった。

 当時を象徴する政治家として、三木武夫氏、田中角栄氏、福田赳夫氏が思い浮かぶ。三木氏は田中氏より先に一議員として訪中し、当時の周恩来首相との交流を重ね、自らが日本の首相となった暁に訪中する道筋をつけようとした。

 中井さんと同じ群馬県出身の福田赳夫氏は、当時は強い台湾派だった。田中氏の訪中に猛烈に反対した。しかしその息子である福田康夫元首相は、私も関わって立ち上げた「北京―東京フォーラム」などで積極的に中国と交流し、深い信頼関係を築いている。

 つまり、彼らは「台湾か中国か」という立場の差はあっても、「中国との関係」を重視する政治家だったと言える。ところが最近では、日本と中国の関係が経済まで冷え込んでいる。そこに私は強い危機感を覚える。

 しかし現状を見ると、日本には「大陸を無視する」空気が強くなっているように感じる。貿易量で見れば、中国は日本にとって最大の相手国であり続けているのに、心情的には「目をそらす」傾向がある。

 例えば、三菱商事は最近、洋上風力発電事業から撤退した。原因は、欧米企業と組むためのコストが高かったからだ。しかし一方で、中国企業と組む選択肢もあったはずだ。中国の風力設備は現在、ヨーロッパよりも技術力もコスト競争力も高いのに、なぜそこを活用しないのか。

 日本にとって最大の貿易相手国は中国だが、中国にとって日本は最大の相手国ではない。私の感覚では、日本が中国との貿易を伸ばせていない印象がある。世界各国が中国との経済取引を拡大する一方で、日本はむしろ慎重姿勢を強めている。

中井:難しい問題だが、おそらく警戒感が背景にあるのだと思う。

周:その警戒感はどこから生まれるのか。

中井:政治的リスクだろう。結局、アメリカと中国の動きに影響されている。

周:確かに田中角栄氏が中国に行けたのは、アメリカのニクソン大統領が先に中国を訪問して動きやすくなったという背景があった。

中井:中国は、日本がもじもじと取り組んできた資本政策や技術の「良い種」を見つけるのが上手で、それを一気にスケールアップする資本力がある。日本はそこが苦手なので、日本で生まれた良い技術が、あっという間に中国が国を挙げて投資し、巨大な産業にしてしまう。

周:20年前と異なり、現在の中国は特許数、論文数など技術力を測る多くの指標で、桁違いに日本を上回っている。むしろ日本企業は中国へ行き、技術を学ぶくらいの方がいい。技術力でこれだけの格差が広がっているのに、日本のメディアが伝えようとしないのも不思議で仕方がない。

2018年7月19日、日本語版『中国都市総合発展指標』出版パーティにて挨拶を行う中井徳太郎・前環境事務次官(右)と周牧之・東京経済大学教授(左)

■ 米中関係の行方と日本の立ち位置


周:一方で、中国から日本への観光客は急増している。この流れを、より有効な交流としていかにつなげるかが重要だ。大陸が富を生むセンターとして動いたとしても、いまの日本はその恩恵を避けているように見える。これは日本の低成長の原因の一つかもしれない。

中井:企業的な発想だと、競争の中で技術やノウハウを吸い取られ、すべて中国に飲み込まれてしまうのではないかという恐れがあるのだろう。

周:確かにその恐怖心は感じる。これまで日本が得意とした半導体、家電、液晶パネル、太陽光パネルなどの産業が競争に負け、消え去っていった。こうした心理的な問題を、どう払拭するかが重要だ。実際は、中国に飲み込まれるというより、競争に負けた日本企業が中国企業に引き取られたケースが多い。

 さらにアメリカの影響も大きい。第一次トランプ政権の時から米中の対立が激しくなると、日本は優等生としてアメリカに「言われる前に」対中交流を避けようとする傾向がある。

中井:アメリカの顔色を見て慎重に立っている。

周:しかし、アメリカはいずれ必ず中国と折り合いをつけ、大交流を再開する。そのとき、日本は大変なショックを受ける。私は、米中関係そのものはあまり心配していない。両大国は喧嘩しながらも、交流量も質も極めて大きい。そこをどう見極めるかが重要だ。

中井:以前は中国市場を開拓してガンガン儲けてやろうという日本企業があったが、今はそうした元気が見られない。

周:元気な世代は引退したのかもしれない。例えば、日系自動車はかつて中国市場で3割を超えた時期があった。しかし、今ではわずか1割程度だ。厳しい見方をすると、今後さらに急激に縮小する可能性がある。

 その理由は、EV競争に日系自動車メーカーが本気で参加しなかったからだ。これは「時代の読み方」の問題だ。変化を戦略的に読み解く力が、テック時代には必要だと思う。

2020年11月21日、東京経済大学創立120周年記念シンポジウム「コロナ危機をバネに大転換」にてディスカッションを行った、周牧之・東京経済大学教授、大西隆・日本学術会議元会長、中井徳太郎・前環境事務次官(左から順に)

■ 「すでに起こった未来」を確認する姿勢


周:洋上風力の話に戻ると、日本海は波が荒く扱いにくいエリアだが、その分、強い風力という資源を持つ。洋上風力には適した地域だ。

 私は30数年前、日本開発構想研究所というシンクタンクに勤め国土計画関連の仕事をしていた。当時議論していた日本の将来ビジョンの一つに、「日本のエネルギーは洋上風力でかなりの部分を賄える」「そうすれば日本海側地域が豊かになる」という構想があった。それなのに、残念ながら今の日本には洋上風力メーカーが一社もない。

 なぜ30年前には見えていた話を、国策として育てられなかったのか。一つの大きな理由は、中井さんも事故の後始末に大変苦労された原子力の問題にある。

中井:当時、経産省は再生エネルギーにほとんどやる気がなかった。

周:経産省は原子力推進政策に全力を注いだ。が、いざ原発が行き詰まったらお手上げ状態になった。本来なら、「A案」「B案」として並行して進めるべきだったのに、国の政策にも、企業の意思決定にも、日本では「A案しかない」という思考がけっこう見られる。

 水素の話もそうだ。水素技術は非常に重要で、将来のエネルギーとして大きな可能性を持っている。しかし、日本では水素にこだわるあまりEVを軽視する構図になった。日系自動車メーカーは、「水素で行く」と言ってEVをどこか馬鹿にするようなスタンスを長くとってきた。

 実際、「A案とB案を並行して持つ」という視点が必要だ。日本はパックスアメリカーナにしがみつく「A案」の他に、中国をはじめとする近隣国と緊密な関係を築き上げる「B案」も必要ではないか。

 ドラッカーは「すでに起こった未来」を確認することが大切だと言う。その意味では日本は中国に対する警戒心よりも、中国が世界経済の新興センターになった「すでに起こった未来」を見て見ぬふりをする姿勢こそ最も心配だ。特にわざと関心を持たせないようにするメディアの姿勢が良くない。

 だからこそ、日本海学を「環シナ海交流圏」へと広げ、日本がその中で積極的に役割を果たしていくべきだ。それは今の時代にこそ必要な取り組みだ。

2020年11月21日、東京経済大学創立120周年記念シンポジウム「コロナ危機をバネに大転換」にてディスカッションを行う中井徳太郎・前環境事務次官(左)と周牧之・東京経済大学教授(右)

■ 示すべき「調和」のビジョン


中井:おっしゃる通りだ。最終的には、「人類全体が調和する絵」を掲げなければいけまない。宗教やイデオロギーを超え、「何を信じていてもいい、イスラム教でもキリスト教でも何でもいい。でも、みんなが仲良く楽しく、おいしいものを食べ、気持ちよく生きられる世界をつくろう」という、感覚的なものをきちんと享受できるイメージだ。みんな苦しいけど我慢しようなんて、誰も付き合わない。日本の知見がある仲間と、今まさに「三千年の未来会議」で目指しているものでもある。

周:本当にその通りだ。人として楽しさを共有できるのは最高の関係だ。そこから信頼を得られて、事業にもつながる。

中井;日本は、そうした「何でも受け入れて、ふわっと良いものに仕上げる力」がある国だと思う。そのベースには、激しい自然と向き合ってきた歴史がある。地震や噴火、津波の脅威がある一方で、おいしい水や豊かな食材、美しい景色をもたらしてくれるのも同じ自然だ。この「自然との付き合い方」に関する知恵は、日本人が世界に発信できるものだと私は思う。

 自然と真剣に向き合っていれば、「人間同士が排除し合っている場合ではない」という感覚が身につく。日本人は真面目で視野が狭くなりがちな一方、草の根のレベルでは「良いものは良い」と受け入れる柔らかさも持っている。政治的には韓国と対立していても、韓流ドラマやK-POPが日本で大人気になる。こうした「民間レベルの交わる力」は、日本の強みだ。

 だからこそ、視野狭窄で縮こまるのではなく、胸襟を開き、チャレンジ精神を持ち、実利も得ながら世界とつながっていくべきだ。その根底には、日本人の自然観から生まれた融通無碍な発想がある。私はそう信じている。


プロフィール

中井 徳太郎(なかい とくたろう)/日本製鉄顧問、元環境事務次官

 1962年生まれ。大蔵省(当時)入省後、主計局主査などを経て、富山県庁へ出向中に日本海学の確立・普及に携わる。財務省広報室長、東京大学医科学研究所教授、金融庁監督局協同組織金融室長、財務省理財局計画官、財務省主計局主計官(農林水産省担当)、環境省総合環境政策局総務課長、環境省大臣官房会計課長、環境省大臣官房環境政策官兼秘書課長、環境省大臣官房審議官、環境省廃棄物・リサイクル対策部長、総合環境政策統括官、環境事務次官を経て、2022年より日本製鉄顧問。

【対談】中井徳太郎 VS 周牧之(Ⅱ):地域循環共生圏、そして三千年の未来へ

■ 編集ノート:東京経済大学の周牧之教授の教室では2025年10月9日、長年の親友であり元環境事務次官の中井徳太郎氏を迎え、日本海そしてシナ海を一つの生命体として捉える発想から、カーボンニュートラルやネイチャーポジティブ、日本的な自然観と祭りの知恵までをつなぎ、「三千年の未来」を見据えた文明論的ビジョンを伺った。ローカルな足元からグローバルなダイナミズムへと視野を広げるこの構想は、現代の生き方と将来像を問い直す大きなヒントになる。

※前回記事【対談】中井徳太郎 VS 周牧之(Ⅰ)はこちらから

2020年11月21日、東京経済大学創立120周年記念シンポジウム「コロナ危機をバネに大転換」にて講演を行う中井徳太郎・前環境事務次官

■ 地球沸騰の気候危機に直視を


中井徳太郎:今、地球環境は「地球沸騰」とも言われる状況にある。今日も台風が接近していて、幸い本土上陸はしないが、八丈島や伊豆大島などで風速70メートルというとんでもない状況になっている。

その背景にあるのは、海面水温の異常な上昇だ。二酸化炭素(CO₂)などの温室効果ガスは、太陽光が地表で反射した赤外線を吸収し、大気の温度を、人間や生物が生きられる範囲に保つという重要な役割を果たしている。しかし、産業革命以降、人類が化石燃料という地下資源を大量に燃やし続けた結果、CO₂濃度が上昇し、太陽からの熱を吸収する「保温の膜」の厚みが増してしまった。その結果、大気の温度が上がってしまった。

産業革命以降、平均で見ると地球の気温は約1.1度上昇していると言われている。年によっては1.5度近くになる。ここで言う「気温」は主に大気の温度だが、実際、地球には海という巨大な水の塊があり、大気が温まると、その熱は海にも移っていく。熱容量の大きい海水まで温まってしまったのが、現在の深刻な状況だ。

水を沸騰させると、なかなか冷めない。大気であれば比較的すぐ温度は変化するが、海はそうはいかない。熱容量の大きい海水の温度が上がってしまうと、簡単には冷めない。その結果、水蒸気の量も増え、台風や集中豪雨といった「症状」が出やすくなっている。

異常気象が続いているのに、トランプ大統領のように気候変動そのものに対して懐疑的な立場がいまだに存在する。アメリカでは以前から、「人間の活動が本当に気候変動を引き起こしているのか」という議論が続いてきたが、トランプ大統領は特に「温暖化対策は意味がない」と強く主張している。

 しかし、国連を中心に、気候変動についてはすでに膨大な議論と研究が積み重ねられている。気候変動枠組条約に基づき、世界中の科学者の知見を集約したIPCC(気候変動に関する政府間パネル)は、これまで6次にわたり報告書を出している。その内容は、「人間の化石燃料使用によって大気が温まり、現在の気候変動を引き起こしている」という事実を、科学的にほぼ100%の確度で証明している。

 つまり、これは科学的なファクトであり、トランプ大統領が何を言おうと、その科学的結論が揺らぐわけではない。その確立された事実の中で、現在の異常気象は進行している。

周牧之: 気候問題に関するアメリカの政策がバイデンからトランプへの政権交代により大きくブレる中、2024年11月30日開催の東京経済大学国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」で中井さん始め日中の産学官のオピニオンリーダーが両国のGXに関する取り組みを紹介し、議論し合った。アメリカの政策はどうあれ、日中は共にGXを推進していくとの意思を確認し合った。

■ 地球の体質改善にも気候転換点を超えてはならない


中井:地球を人間の身体に例えると、今起きている現象は「慢性病」に近いと言える。メタボリック症候群や、お酒を飲み続けて肝臓が悲鳴を上げている状態だ。ちょっと転んで膝を擦りむいた、という一過性の怪我ではなく、体質改善のために時間をかけて進めないといけない段階に来ている。しかも、すでに症状が出ているので、それが簡単には消えない。だからこそ、今から対処しないと取り返しのつかない「ティッピングポイント(気候転換点)」を超えてしまう危険がある。

 ティッピングポイントとは、例えばシベリアなどの永久凍土が本格的に溶け出し、大量のメタンガスが放出されるような状況だ。そこには、古い菌やウイルスが眠っている可能性も指摘されている。こうした「症状」を放置すれば、まさに肝硬変やがんのように、治療が難しい段階に入ってしまうかもしれない。

 熱中症や異常気象として私たちの目の前に現れているのは、その「症状」の一部だ。海水温が上がり、大きな渦を巻く台風のような現象が起きやすくなっている。もちろん、台風そのものは自然の循環に必要な面もある。

 先週、屋久島に行ってきたが、今年は屋久島周辺で全然魚が獲れないと聞いた。理由の一つは、台風のルートが変わり、屋久島や九州に大きな台風があまり来ていないことにある。台風が来ると、海をかき混ぜる効果があり、表層と深層の水が入れ替わって海の中の代謝が進む。台風が少ないと、温かい表層水がそのまま滞留し、魚にとって適温ではない状態が続いてしまう。自然は非常に微妙なバランスの上に成り立っていることが、こうした現象からも分かる。

2013年12月26日、中国で開催の「中国都市総合発展指標専門家会議」にて議論を行う武内和彦・地球環境戦略研究機関理事長・東京大学特任教授、中井徳太郎・前環境事務次官、南川秀樹・元環境事務次官(左から順に)

■ SDGs、パリ協定そしてカーボンニュートラル


中井:このような状況を受け、2015年には二つの大きな出来事があった。一つは、国連でSDGs(持続可能な開発目標)が採択されたこと。もう一つは、気候変動に対応するためのパリ協定が採択されたことだ。パリ協定では、温暖化の進行を産業革命以降の上昇幅で2度以内に抑えること、できれば1.5度以内に抑えるべきだという目標が掲げられた。

 その3年後の2018年には、IPCCが、2度上昇と1.5度上昇では影響が全く違う、0.5度の違いが人類にとって非常に大きな意味を持つとする報告書を出した。海面上昇による島嶼国の水没リスクや、極端気象の頻度などを考えると、できる限り1.5度に抑えたい。そのためには、2050年までにCO₂排出を実質ゼロ(ネットゼロ)にする必要がある、というのが現在の国際的なコンセンサスだ。

 つまり、残された時間はあと約25年。2050年までに人類全体としてカーボンニュートラルを達成できれば、科学的なシナリオ分析上、1.5度で温暖化を止められる可能性がかなりある。だからこそ、世界中で2050年カーボンニュートラルに向けた努力が行われている。

 一方で、エネルギー需要は増え続けている。スマートフォンだけでなく、AIやブロックチェーンなど、膨大な電力を消費するテクノロジーが次々と社会に組み込まれている。便利さと効率性をもたらす一方で、その裏側で巨大な電力が必要となっている。今の電力供給の多くは、依然として石炭火力やガス火力に依存している。この構造を変えない限り、CO₂排出は減らない。

 日本は2020年、菅総理の時代に、2050年カーボンニュートラルを国としてコミットした。当時、私は環境省の事務次官で、小泉進次郎環境大臣とともに、この目標の実現に向けた議論の最前線にいた。日本は非常に真面目な国なので、一度掲げた目標は守ろうとする。2050年ゼロに向けて、2030年には46%削減という中期目標を掲げ、つい最近は2035年に60%、2040年に73%という新たな目標も設定した。

周:中井さんが環境事務次官として、このカーボンニュートラル宣言を支えたことは、大きな政策貢献だ。

中井:現時点では、日本はおおむねオン・トラックで排出を減らしているが、2030年以降が本当に大変だ。技術革新が鍵となる。私は現在、日本製鉄の顧問も務めているが、鉄をつくるには膨大なエネルギーが必要だ。鉄鉱石を石炭で還元する高炉プロセスは、CO₂排出の象徴のような存在で、日本製鉄は日本で最もCO₂を排出している企業の一つだ。その日本製鉄が「2050年に排出ゼロを目指す」と宣言したことは、日本の産業界にとって非常に大きなインパクトがあった。

 それまで経済界は、「2050年カーボンニュートラル」に対して慎重だった。できないことを軽々しく口にするのは日本的ではない、できる範囲で現実的な目標を掲げるべきだ、という空気があった。しかし、日本製鉄が「鉄の未来を考えたら、CO₂を出さない鉄づくりに挑戦するしかない」と覚悟を決めたことで、経団連も含め、日本の産業界全体がカーボンニュートラルを真正面から受け止めるようになった。

 もちろん、石炭を使わない製鉄や、大量の電力を必要とする電気炉への転換、水素の活用などには、膨大な技術開発と投資が必要だ。政府も税金をベースとした支援を行う必要がある。私はそのあたりも含めてお手伝いをしている。

2013年12月27日、中国で開催の「都市と環境国際シンポジウム」主催者として中井徳太郎・前環境事務次官

■ 日本海学と環境政策をつなげた地域循環共生圏


中井:こうして見ていくと、地球環境、特に日本海学でいう「地図を見た瞬間に、ここが一つの生き物のように見える」という感覚──と、現在の環境政策は深くつながっていることが分かる。国境や県境にとらわれず、日本海側には森があり、豊かな海があり、水の循環があり、その中に生きとし生けるものが存在している。この「循環」「共生」「日本海」の視点が、日本海学の三つの視点として整理された。

 カーボンニュートラルやサステナビリティを考えるときも、結局は「循環」と「共生」に行き着く。そういう意味では、私にとって日本海学で考えたことを、日本全体の環境政策として展開している、という感覚がある。

周:「生き物」そして「循環」と「共生」の3点セットは大事な視点だ。

中井:私が関わった環境省の政策では「地域循環共生圏」という概念を、閣議決定まで持っていくことが出来た。「地域循環共生圏」は目指すべき社会像として位置づけている。カーボンニュートラル(エネルギーの転換)、サーキュラーエコノミー(循環経済)、ネイチャーポジティブ(自然再興)。この三つを組み合わせた社会を目指そう、との構図だ。

 カーボンニュートラルは、「地球に負荷をかけない」というメルクマールであり、2050年までにCO₂排出実質ゼロを目指す。エネルギーを使いながらも、地球全体の健康を損なわない形に変えていく。エネルギーは人間の活動に不可欠だが、その使い方を変えないと、地球という「身体」が持たない。CO₂を増やさないエネルギーの調達・利用構造への転換が求められている。

 サーキュラーエコノミーは、経済・社会の仕組みを「すべてがつながっている」という前提で見直し、それを無駄なく循環させる考え方だ。これまで、あたかも地球に無限の資源があるかのように、中東から石油を、大陸から天然ガスを大量に輸入し、それを使って大量生産・大量消費・大量廃棄を行ってきた。プラスチック製品などが典型で、安く大量に作れるがゆえに、簡単に使い捨てられ、その結果、2050年には海の中のプラスチックの量が魚の量を上回る、とまで言われている。地球上のすべてはつながっており、どこかで捨てたものは、最終的に海に流れ着く。だからこそ、「使い捨て」ではなく、「循環」を前提とした経済社会の仕組みをつくる必要がある。

 ネイチャーポジティブは、自然との共生を重視する考え方だ。生き物や水、森、山、海など、自然界のあらゆる要素と、どのように折り合いをつけて生きていくか。その関係性を改善し、自然の回復力を高めていく発想だ。

周:地域を生命体として捉える大事な発想だ。

中井:それぞれの地域や主体がそれぞれの持ち場で個性を豊かに発揮し、多様性の中から価値を生み出し、全体を調和させていく。「人間は自然を壊してしまった」との認識が世界共通になる一方で、「ならば人間は自然を回復させることもできるはずだ」という前向きな認識も共有されつつある。これが、ネイチャーポジティブのコンセプトだ。

 このとき必要なのは、人間と自然を別々の対象として切り分けるのではなく、「全体が一つの生命体である」という見方だ。

 私たちの身体を例にとると、細胞が基本単位であり、父と母から受け継いだ受精卵1個の細胞が分裂を繰り返し、約37兆個の細胞になる。その細胞が心臓、脳、筋肉になり、毛細血管を通じて酸素や栄養が行き渡り、老廃物が排出される。個々の細胞が元気で、互いに連携しているからこそ、全体として身体は調和して動ける。

 私は、地球環境や社会も同じように捉えるべきだと思う。一つひとつの生き物、一つひとつの地域・コミュニティ、一つひとつの文化が元気で自立的でありながら、全体とつながっている状態。それぞれ個性を発揮しながら、全体として調和する状態が「共生」だ。

2018年7月19日、日本語版『中国都市総合発展指標』出版パーティにて挨拶を行う中井徳太郎・前環境事務次官(左)と周牧之・東京経済大学教授(右)

環境・生命文明社会を目指す


中井:生物学や医学の知見も、今まさにそうした見方に近づいている。こうした発想でものを見ることが、新しい時代のキーワード「環境・生命文明社会」だ。

 エネルギーも食も水も空気も、できるだけ身の回りで賄い、人間の技術と叡智を使って豊かに暮らす。過度な人口集中によって、都市では大量消費と大量廃棄が進み、いわば自然の「内臓」にあたる農山漁村では人が減り、お金も回らず、田畑や森は荒れている。

 このアンバランスを、自立した地域同士の助け合いで是正する。環境省の「地域循環共生圏」は、これを政策として徹底的に進めようとしたものだ。カーボンニュートラル、サーキュラーエコノミー、ネイチャーポジティブを同時に実現していく。

 そして、この軸にある発想の原点が、日本海学だ。日本海学で地図を見たときに「ここは全体が一つの生き物だ」とする感覚と直結している。

 環境省は、この「地域から循環と共生の世界をつくる」考え方を、「森・里・川・海」という図で表現している。山があり、森があり、里(集落・田畑)があり、川が流れ、海に注ぐ。この中で水が循環し、その循環の中にすべての生き物が存在している。

 循環型のシステムは、時間のスケールを伸ばせば、チベットやヒマラヤからガンジス、黄河、長江が流れ出るような巨大な流域の循環にも見えるし、富山なら「山から黒部川を通り富山湾へ」というローカルな循環にも見える。その“流域”というイメージの中に、あらゆる存在が含まれる。だからこそ、「流域」という単位で地域循環共生圏を考えようとしている。

 日本海という一つの円環を通して、「周辺の循環」「地域の循環」「アジア全体の循環」と、階層的に循環を見ていく。小さな循環と大きな循環をどう結びつけるか。その接点を議論することが重要だ。

周:そもそも人類の文明は、「流域」単位で誕生してきた。大小「流域」単位で「地域循環共生圏」を構築していくことが、新しい文明のあり方だ。

地域循環共生圏

■ 人口集中と農山漁村の衰退──バランスの崩れ


中井:もっとも現状では、都市部に人口が集中し、農山漁村から人がいなくなっている。田畑は荒れ、森林は手入れが行き届かず、祭りやコミュニティも維持が難しくなっている。一方で、都市部の人々は、食料やエネルギーを外部から大量に買って生活している。その背後に化石燃料などの大量消費があり、地球という「内臓」に負荷をかけている。

 このバランスを取り戻すために、AIやITといった最先端の技術も活用しながら、「全体が一つの生命体として調和して循環する世界」「個性が輝きながら共生する世界」をつくっていこう、というのが地域循環共生圏の発想だ。環境省では、これを「環境・生命文明社会」と呼んでいる。単なる経済文明ではなく、「生命」を軸にした文明への転換だ。

 もう少し具体的には、「流域」という単位で考えると分かりやすいかもしれない。国土交通省が管理するだけでも、日本には2万以上の河川がある。それぞれの流域で、河川氾濫や集中豪雨による浸水リスクが高まっている。そうしたリスクに向き合いながら、どこに住み、どのように土地利用をしていくのか。流域単位での調和を考える必要がある。

 この「森・里・川・海・流域」という発想と、「地域循環共生圏」というビジョンを組み合わせ、さらに日本海学的な「外に開かれた視点」を重ねると、日本は単に縮小していく国ではなく、「人類のフロントランナー」として新しいモデルを世界に示す実験場になり得る。

 人口は減っていくが、生活の質、文化の厚み、民度は非常に高い。日本のアニメ、食文化、デザイン、ボーカロイドなどの音楽は、今や世界中で人気だ。こうした「日本の良さ」を、ローカルな実践からグローバルに発信していく。これを「ローカル」と「グローバル」を掛け合わせた「グローカル」と呼び、その方向で取り組みを進めている。

 流域の問題は、今まさに差し迫っている。一旦大雨が降れば、一瞬で浸水・氾濫するような状況が各地で起きている。気候変動が「地球沸騰」と言われるまでに進んでいる今、自然との向き合い方が強く問われている。

周:2020年東京経済大学創立120周年記念シンポジウム「コロナ危機をバネに大転換」で中井さんと日本学術会議元会長の大西隆先生を迎え議論した。その時、里山の大切さについて大分話した。純粋な原始林より、自然への人間の適度な介入がもたらした里山の生態系の方がより豊かで災害にも強い。しかし里山のベースである自然集落は今日本で、急激に消えつつある。

2020年11月21日、東京経済大学創立120周年記念シンポジウム「コロナ危機をバネに大転換」にてディスカッションを行った、周牧之・東京経済大学教授、中井徳太郎・前環境事務次官、大西隆・日本学術会議元会長(左から順に)

■ 日本人の自然観と祭り・建築に込められた知恵


中井:私たち日本人は、東日本大震災をはじめ、多くの自然災害を乗り越えてきた。日本列島では、3万5千年~4万年前とされる人骨も見つかっている。この間、地震、火山噴火、津波など、さまざまな自然災害が繰り返し起こったが、それらを乗り越え、自然と賢く付き合ってきた歴史がある。

 日本人は、自然に対して「畏れ」と「感謝」を同時に抱きながら暮らしてきた。富士山のような美しい山の景色に感動し、そこから湧き出る水の恵みに感謝し、その水からおいしい米や酒が生まれる。その一方で、地震や噴火、台風の脅威もよく知っている。こうした感覚が、秋祭りや収穫祭、春の田植えの祭りなどを通じて、文化にビルトインされてきた。

 例えば、伊勢神宮は20年に一度建て替えを行う。祇園祭は、貞観地震の後に京都で疫病が流行したことをきっかけに、「疫病退散」を祈って始まった祭りだ。八坂神社の龍穴に「邪」を封じ込めるという祈りから始まり、毎年7月17日に山鉾が巡行する形で受け継がれている。

 祇園祭のような祭りは、想いを共有する場であると同時に、伝統技術を磨き続ける場でもある。毎年行われることで、技術はどんどん洗練される。また、祭りは「無礼講」の場でもあり、普段は口数の少ない人も自然と関わるようになる。ある意味、「日常の中の防災訓練」、「コミュニティの結束の場」としての機能も果たしている。

 こうした自然との向き合い方、祭りや行事に込められた知恵を、現代にどう活かすか。日本人はそのポテンシャルを十分に持っている民族だと思う。

 法隆寺や奈良・京都の仏教寺院の建築も、本来はインドや中国を経由して伝わってきたものだが、日本に来てから独自に磨き上げられ、最も美しい形で残っている。現代的な例でいえば、カレーライスやラーメンもそうだ。インドの人に日本のカレーを食べさせると「これはカレーじゃない」と言うが、それは日本が独自にアレンジし、別の料理に昇華させてきたからだ。ラーメンも、中国から伝わった麺料理が、日本各地で多様なスタイルに発展し、世界的にも評価される存在になった。

 これは、何でも工夫し、発酵させる「醤油漬け文化」とでも言えるかもしれない。外から来たものを日本流に磨き上げる力が、日本にはある。その力を自覚し、世界に向けて発信していきたいという想いがある。

2015年12月19日、東京経済大学「環境とエネルギーの未来 国際シンポジウム」にてディスカッションを行う周牧之・東京経済大学教授、中井徳太郎・元環境事務次官、安藤晴彦・元内閣官房内閣審議官、和田篤也・元環境事務次官(左から順に)

■ 「三千年の未来」と日本文明の「続ける力」


中井:私は今、「三千年の未来会議」という団体にも関わっている。役人を辞めた後、同時期に事務次官を務めた4人や、テレビ局の代表取締役、民間の人たちと一緒に、長期的な「三千年」というスケールで未来を考えることを試みている。

 三千年先の未来を考えるとは、「続ける力」を持つことだ。細胞が常に生まれ変わりながら全体として生命が続くように、社会や文明も変化しながら存在し続ける。それを、良い形で持続させていく力が日本文明にはある――私はそう考えている。

 奈良や京都の仏教寺院、法隆寺など、1500年近く立ち続けている建物がある。日本に入ってきた思想や文化が、自然との付き合い方と結びつき、長い時間軸で継承されている。そこには、地震や津波、火山噴火といった荒々しい自然への畏れと、富士山から湧き出る水や豊かな海の恵みへの感謝が、同時に織り込まれている。

 秩父夜祭のような秋祭りは、水の恵みへの感謝の収穫祭でもある。祇園祭のような祭りがユネスコの世界無形文化遺産となり、その様式が日本各地の山車祭りにも広がっている。日本には伝統を維持しながら発展してきた歴史がある。

 日本人は、そうした自然への「畏れと感謝」を織り込みながら日本列島で暮らしてきた、多様な出自を持つ人々の集まりだ。「八百万の神」という感覚があり、クリスマスでキリスト教的な顔をし、除夜の鐘を聞き、元旦には神社に参拝し、バレンタインも楽しむ。あらゆる宗教や文化を自然に受け入れる。

 それを単純に「無宗教」と呼ぶのは正確ではなく、むしろ、多様な自然観や文化を包み込んできた“包容力”だと私は思う。人類が千年後も地球で生きているとすれば、最終的にはこのような感覚に行き着くだろう。今のイスラエルとハマスのような紛争を見ても、本来、人間の身体と同じように、どこか一つの源から分かれた細胞であり、「個性は違っても根っこは同じだ」というところに立ち戻らなければならないはずだ。

 日本海学もまた、その一つの流れの中に位置づけられるべきだと思う。

2024年11月30日、東京経済大学国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」懇親会にて、左から順に中井徳太郎・前環境事務次官、楊偉民・中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、徐林・中米グリーンファンド会長、周牧之・東京経済大学教授

■ 富山の雪山から生まれた政策転換


周:中井さんが話してくれた「日本海学」「地域循環共生圏」「三千年の未来」という三つのキーワードは、実はどれも、普通の官僚からはなかなか出てこないコンセプトだ。しかも、この三つをきちんとつなげて構想している。その発想のパワーは一体どこから出てきたのかを考えてみたい。

 おそらく一つのルーツは、中井さんのご実家にあるのかもしれない。中井さんのお母様のご実家は、神社の宮司をされている。そこから来る感覚もあるのではないか。

 コロナ禍の前、毎年のように中井さんに呼ばれ、お母様の故郷の群馬県上野村で一泊し、川で水浴びをしたりして楽しく過ごした。今思えば、上野村は中井さんの「原体験」だった。そこから中井さんの今の発想が育ってきたのではないかと感じる。

 なぜこの話をするかというと、中国の環境政策の話とも関係しているからだ。中国は、環境政策を「生態文明」という文明論のレベルにまで引き上げた唯一の国だ。その原点は、中井さんとも関係ある。

 二十年前、中井さんのご案内で私と当時中国国家発展改革委員会の五カ年計画担当局長だった楊偉民さんと一緒に富山を訪れた。富山の山に登り、雪の上に黄砂が積もっているのを一緒に眺めた。中井さんは、私たちにその光景を「見せつけた」。

 その時のインパクトはとても大きかった。モンゴル高原から飛んできた黄砂が、日本海を越えて富山まで辿り着く。その光景は、「大陸と日本が、良い面でも悪い面でもつながっている」という事実を象徴していた。

 黄砂がなければ日本海の豊かな生態系は成り立たない部分もある。他方、黄砂や大気汚染物質が運ばれてくることは、悪い面でもある。その両面を含んだ「近さ」が、富山の雪山の上で一気に可視化された。その時の経験が、私も今日のような話を考える際の原点になっている。

 楊偉民さんもこの体験を原点にし、後に中国で生態文明政策の原型を作り上げた。

 里山の話の延長線だが、新型コロナパンデミックの中で、欧米諸国と比べ日本の致死率が随分低かった。これはどんな要因なのか?このファクターXについて、たくさんの議論があった。2020年に私は東京経済大学創立120周年記念シンポジウム「コロナ危機をバネに大転換」での中井さんとの議論で、下記の仮説を立てた。

   稲作的な里山は生物多様性をもたらし、ウイルスの病原菌の巨大な繁殖地にもなっている。そこで生活してきた我々の体の中に様々な免疫ができている。もちろん新型コロナウイルスの親戚の各種コロナウイルスからも沢山の免疫ができた。こうした免疫を「交差免疫」と言う。この交差免疫によって、稲作をするアジア諸国の致死率が低くなった。

   日本だけではなく、アジアでは、中国はもちろん、ベトナム、ラオス、カンボジア、タイ等もこの恩恵に預かった。西洋諸国と比べて、これらの国は決して医療のリソースが豊かというわけではない。しかし、揃って致死率が格段に低かった。私はこれが、稲作地域の里山の恩恵ではないかと思っている。

   こうした尺度からも里山を貴重な存在として捉えるべきだ。


プロフィール

中井 徳太郎(なかい とくたろう)/日本製鉄顧問、元環境事務次官

 1962年生まれ。大蔵省(当時)入省後、主計局主査などを経て、富山県庁へ出向中に日本海学の確立・普及に携わる。財務省広報室長、東京大学医科学研究所教授、金融庁監督局協同組織金融室長、財務省理財局計画官、財務省主計局主計官(農林水産省担当)、環境省総合環境政策局総務課長、環境省大臣官房会計課長、環境省大臣官房環境政策官兼秘書課長、環境省大臣官房審議官、環境省廃棄物・リサイクル対策部長、総合環境政策統括官、環境事務次官を経て、2022年より日本製鉄顧問。

【対談】中井徳太郎 VS 周牧之(Ⅰ):日本海学の歩みとスケールアップ

■ 編集ノート:東京経済大学の周牧之教授の教室では2025年10月9日、長年の親友であり元環境事務次官の中井徳太郎氏を迎え、日本海そしてシナ海を一つの生命体として捉える発想から、カーボンニュートラルやネイチャーポジティブ、日本的な自然観と祭りの知恵までをつなぎ、「三千年の未来」を見据えた文明論的ビジョンを伺った。ローカルな足元からグローバルなダイナミズムへと視野を広げるこの構想は、現代の生き方と将来像を問い直す大きなヒントになる。

2020年11月21日、東京経済大学創立120周年記念シンポジウム「コロナ危機をバネに大転換」にて講演を行う中井徳太郎・前環境事務次官

周牧之:人類が「地球沸騰」の時代をどう生き抜き、どんな未来をつくるのか?「日本海学」「地域循環共生圏」「三千年の未来」という3つのキーワードを掲げ、日本の環境政策を牽引してきた中井徳太郎元環境事務次官にゲスト講義していただく。

■ 官僚としての歩みと環境政策の原点


中井徳太郎:私は1985年に大学を卒業して社会人になった。当時の勤務先は、今で言う財務省が、当時は大蔵省という名前だった。大蔵省に入省し、さまざまな経験をさせてもらった。

 1999年に富山県に出向し、富山県庁の部長として3年間お世話になった。その頃、大蔵省は金融と財政が分離され、金融庁と財務省の二つに分かれた。私もその後、富山県から財務省に戻ってすぐに周牧之先生とのお付き合いが始まった。

周:後に金融庁長官になった畑中龍太郎大蔵省文書課長に中井さんを紹介された時の、中井さんの様子を鮮明に覚えている。その後、中井さんに何度も富山県に連れていってもらった。

中井:この富山県での3年間が、20世紀から21世紀への橋渡しとなる重要な局面となった。ローカルな立場から物事を考えるポジションに立つことになり、その中で「日本海学」を、富山県発の地域総合学として県の政策に位置づけた。今日はそのお話をしたい。

 日本海学を立ち上げた後、私は再び財務省に戻り、農業関係予算の主計官を務め、その前に東京大学に出向し、いろいろな仕事をした。

 2011年の東日本大震災では、地震による原発事故が起こり、福島県で放射性廃棄物の問題が深刻化した。これを国としてどう処理するかで、廃棄物を所管する環境省が対応することになった。福島第一原発そのものは東京電力の問題だが、その周辺に大量に飛散した放射性物質については、除染という前代未聞の取り組みを国として行うことになった。今では、原発のすぐそばに国有地を取得し、中間貯蔵施設として運用している。

 こうして環境省が大混乱している時期に、私は環境省に課長として出向した。福島の問題に関わりながら、日本の持続可能な社会をどう描いていくのかという、いわゆる環境政策のビジョンづくりにも携わることになった。日本政府の中で持続可能な社会のビジョンを提示する役割を担うのが環境省であり、その仕事に深く関わることになった。そして11年間環境省に在籍し、3年前の7月に退官した。

2013年12月27日、中国で開催の「都市と環境国際シンポジウム」主催者として中井徳太郎・前環境事務次官(左)と周牧之・東京経済大学教授(右)

■ 政策の根幹にある「循環」と「共生」


中井:振り返ってみると、これからお話しする日本海学の中に、「循環」と「共生」というキーワードがある。この発想をもとに、財務省に戻ってからも、環境省に移ってからも、同僚や後輩たちと議論しながら政策をつくってきた。

 結局、日本海学で構想したことが日本の環境政策、つまり持続可能な社会を描く政策の根幹にある、と今では思う。いろいろな場で話をする際にも、自分にとってのスタート地点は日本海学なのだとお話ししている。

 日本海学は、「地域から、循環と共生の視点で総合的にものを見る」という考え方だ。周先生とのお付き合いを通じて、日本の地域からものを見る視点──ある意味では強くローカルな視点──を持ちながら、一方で北東アジア全体、さらにはアジア全体のダイナミズムを、歴史や交流の蓄積も踏まえ、もっとダイナミックかつリアルに捉えるべきではないか、という問題意識もずっと持ってきた。

 そのことを、今後も周先生と一緒に考えていきたい。そのスタートアップとしての話が、今日のテーマでもある。

2013年12月26日、中国で開催の「中国都市総合発展指標専門家会議」にて議論を行う中井徳太郎・前環境事務次官

■ 「逆さ地図」から読み取る日本海学の発想


中井:この日本海の地図の話から始めたい。1999年に私が富山県に行ったときには、すでにこの地図が存在していた。富山県が平成6年に作った「逆さ地図」で、日本海を中心に南北を逆転させた地図だ。

 この地図を見ると、朝鮮半島と九州、その右側に東シナ海や黄海が見える。当初の地図では、九州から沖縄、台湾にかけてのエリアがギリギリ入るか入らないか、という状態だった。実際には、もっと入っていないバージョンもあった。

 この南北逆転の地図を、日本海を中心に見てみると、まず「物事を逆さに見る」という視点自体が、私たちの頭を柔軟にしてくれる。「一体これは何なのか?」と素朴に考え直すきっかけを与えてくれる。思い込みを外す効果がある。

 1999年に富山県に赴任したとき、私の部下がこの地図を持ってきて、「部長、面白いものがあります」と見せてくれた。もともとは、北陸新幹線や日本海側の高速道路整備を国に訴えるために、土木部が作った地図だ。日本海側にも新幹線や高速道路が必要だ、というロビー活動の道具として作られた。

 しかし、私はこれを見たときに、単に道路や鉄道の整備を訴えるための資料にとどめるのはもったいないと感じた。20世紀から21世紀へと移り変わる時代の中で、この逆さ地図から発想を広げ、もっと大きなことを考えていこうと提案した。

 地域のことを考えるとき、この地図がイメージさせてくれるのは、日本海を中心に、富山県と富山湾はここに位置し、この日本海を囲む全体が一つの「和」の世界として連関している、という姿だ。そして国のことを考えるとき、ここに日本という国があり、北方領土問題を抱えるロシア、朝鮮半島(韓国・北朝鮮)、そして中国があり、国境線が複雑に絡み合っている。

 しかし、国境にとらわれず、もっと長い時間軸で日本列島の成り立ちを考えてみるとどうなるか。地球がいつ生まれ、大陸がどう形成され、プレートがどう動いてきたか。自然科学、特に地学や地理学の発展により、完璧ではないにせよ、大陸や日本列島の成り立ちはかなり分かってきている。

 それによると、この日本列島は、約2500万年前から1700万年前という途方もなく長い時間をかけて、大陸とくっついていたものがプレート運動によって引き離され、しかも曲がりながら今の形になっていったとされる。こうした成り立ちに想いを馳せると、「ここに生きる人間はどうやってこの地にたどり着いたのか」という問いが自然と湧いてくる。

周:壮大なロマンとリアリティーがこの逆さ地図から読み取れる。

逆さ地図

■ 人類の起源と日本列島への移動ルート


中井:人類そのものはどこで生まれたのか。これも自然科学、生物学、とくにDNA解析の発展によってかなり明らかになってきた。アウストラロピテクス、ネアンデルタール人など、さまざまな系統の「仲間」が枝分かれする中で、最終的にホモ・サピエンスが生き残った。そのホモ・サピエンスがアフリカのどこかで誕生し、そこから世界各地に広がっていった、という。

 つまり、私たちも、どこか遠い地で生まれた人類が長い時間をかけてここまで来た結果として、ここに存在している。ここで突然、人間が虫のように湧いて出てきたわけではない。

 では、その人類はどのようなルートでここに来たのか。日本海があり、その周辺に太平洋があり、海流や潮の流れがある。南方から丸木船に乗って海流に乗ってやってきた人々もいれば、気候変動に伴う氷期・間氷期の変動の中で、海面が上がったり下がったりするタイミングで、陸路に近いルートを辿ってきた人々もいる。

 例えば、縄文海進の時期には、現在よりも海面が約5メートル高かったことがわかっている。逆に氷期には海面が低くなり、対馬列島あたりはほとんど歩いて渡れるほどだった時期もあったと言われる。そうなると、朝鮮半島から北九州へ直接渡るルートもあったでだろうし、大きな黒潮に乗って南方から来るルートも考えられる。また、アフリカを出た人々の一部は中央アジア、シベリアを経由し、サハリンなど北から日本列島に入ってきた可能性もある。

 こうしたさまざまなルートや仮説をたどっていくと、「私たちは何者なのか」という問いに自然と行き着く。この問いを学ぶことが、日本海学の重要な視点の一つだ。

2018年7月19日、日本語版『中国都市総合発展指標』出版パーティにて挨拶を行う中井徳太郎・前環境事務次官(左)と周牧之・東京経済大学教授(右)

■ 日本海学の定義と学際的アプローチ


中井:一方で、現代の課題に目を向けると、この地域には北朝鮮という閉鎖的な国があり、日本との交流はほとんどない。ロシアは今、ウクライナと戦争状態にある。中国とは仲良くできるポテンシャルはあるものの、その時々の政治状況によって摩擦が生じることも多い。こうした状況の中で、日本だけで生きていくことはできない。この地域でどのように共存していくのか、という課題がある。

 その答えを探る際にも、歴史や自然環境、地球規模の変化などを踏まえながら、解決策を見出していく必要がある。こうしたさまざまなことを、日本海学という枠組みに込めて、大風呂敷を広げながら議論していこう、ということで、私は富山県で企画書を作った。

 その企画書の中で、日本海学を次のように定義した。
「日本海学は、日本海とその周辺及び関連地域全体を、生命の源である海を共有する一つのまとまりとして捉え、海との関わりを軸に、その自然、文化、歴史、経済などを総合的に研究し、新たな領域を創生するとともに、地域間の交流を促進し、生命の輝きが増す未来を構想する取り組みである」

 これは、県庁の職員たちと議論を重ねながら作り上げたものだ。具体的には、自然科学の知見(すでに蓄積されている地学、気候、海洋などの知識)と、人文社会科学の知見(歴史、考古学、経済交流、文化など)を合わせて総合的に物事を見よう、という学際的な総合学として構想した。

 ちょうど2000年前後は、学際的な総合学という考え方が注目されていた時期でもあった。その流れも踏まえ、「根こそぎ勉強して未来を描こう」という意気込みで、日本海を中心に考える新しい学問を企画した。

 この企画書を持って、当時、東大にいらした比較文明学会会長の伊藤俊太郎先生(トインビーと親交の深かった歴史家)に相談に行った。伊藤先生は地図と企画書をご覧になって、「中井さん、これはとんでもなく、すごいことですよ」と非常に高く評価してくださった。そして「これでやりましょう!」と後押しをしてくださり、歴史学、自然科学など各分野の専門家を紹介していただいた。

 こうして、歴史の専門家、自然科学の専門家、経済の専門家など多様な人々が結集し、日本海学という新しい研究分野が立ち上がった。研究分野としては、大きく「自然環境」「交流」「文化」「危機と共生」という柱を立て、現代的なテーマとして整理した。

2020年11月21日、東京経済大学創立120周年記念シンポジウム「コロナ危機をバネに大転換」にてディスカッションを行う中井徳太郎・前環境事務次官(左)と大西隆・日本学術会議元会長

■ 日本海学から「シン日本海学」へ


中井:日本海学は、富山県の政策に活かすことを目的にスタートした。県庁内に担当課を置くと同時に、「日本海学推進機構」という別組織をつくり、そこに事務局を置いて毎年事業を行う仕組みにした。日本海学をテーマとしたシンポジウムを毎年開催し、さまざまな研究機関と連携して出版も行ってきた。

 私は富山を離れて久しいが、いまも立ち上げメンバーの一人としてアドバイザーを務めている。当初は、非常にユニークな地域学・総合学として注目され、角川書店から毎年1冊ずつ研究総集編を刊行し、8年連続でかなりしっかりした本を出した。東京や大阪で大きなシンポジウムを開き、毎日新聞などの全国紙にも大きく取り上げられた。

周:さまざまな分野の研究者を巻き込み、シンポジウムの形で議論し、角川書店『日本海学の新世紀』シリーズにまとめた。私もシンポジウムに参加し、その内容を同シリーズに載せていただいた。

中井:最近では、考古学や経済学、自然科学など各分野の先生が引き続き関わってくださっているものの、少し落ち着きが出てきており、日本海学の活動全体としてはやや小ぢんまりした印象もある。富山湾を中心とした「富山湾学」のような形に縮小している面もあり、本来のスケールに比べるとやや小さくなってしまったな、という感覚がある。

 活動が落ち着いてくると、どうしても各研究者は自分の専門分野に視野が狭まりがちになる。しかし、地球環境が大きな危機に直面し、本当に持続可能な未来を描かなければならない今こそ、自分たちの足元である日本を見つめ直し、地域から循環と共生の世界を構想する必要がある。

 その意味で、日本海学をもう一度バージョンアップさせたい。『シン・ゴジラ』や安宅和人さんの『シン・ニホン』になぞらえて言えば、「シン日本海学」のような新バージョンを立ち上げたいと、周先生と語り合ってきた。今日は、その想いも込めてお話をしている。

 富山県というのは非常に真面目な県で、一度始めたことは粘り強く続ける県民性がある。これは日本人全体にも共通する、とても良い特性だと思う。「大事だ」と思って始めたことを、愚直に継続していく。その継続性という意味では、日本という国は本当にすごい力を持っている。

周:中国の漢方薬を富山経済の基幹産業に仕上げた富山人の県民性は、まさしくそうだ。

中井:私自身は富山を離れた後、財務省に戻り、その後環境省で気候変動や災害多発という状況の中で、政策の最前線を担う立場になった。

2024年11月30日、東京経済大学国際シンポジウム「グリーントランスフォーメーションにかける産業の未来」懇親会にて、左から順に徐林・中米グリーンファンド会長、中井徳太郎・前環境事務次官、楊偉民・中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、周牧之・東京経済大学教授

■ 環シナ海・日本海交流圏という広域の視点


周:日本海学について、私なりの考えを少し補足すると逆さ地図で日本海を中心に見ることは、とても意味のある発想だ。更に、もう一つの別の地図で見ると、少し視点を変える必要も見えてくる。

 これは衛星データから人口分布を解析した地図で、雲河都市研究院のスタッフが時間をかけて作った。この地図を見ると分かるように、日本海沿岸には人口があまり集まっていない。一方で、ユーラシア大陸の人口が最も集中しているのは、二つのエリアだ。一つはヒマラヤ山脈の麓のインド「亜大陸」だ。もう一つは東シナ海・南シナ海を含む「シナ海」沿岸とその内陸部だ。

環シナ海・日本海交流圏の人口分布図

周:日本海は荒れやすく、人間にとって利用しにくい海でもある。大陸との交流のルートは、九州から日本海側にも伸びていったが、人口の多い太平洋側に回る方がより多かった。なぜなら、太平洋側の海がより穏やかで、海運にとって利用し易い。四国や本州の太平洋側に、交流の拠点が自然と形成されていった。

 例えば、鑑真は中国の揚州を出発し、東シナ海を渡って天平勝宝5年(753年)に薩摩半島(鹿児島)に上陸、難波津(大阪)を経て平城京(奈良)に至った。これはまさしく太平洋側ルートだ。

 広島県福山市にある鞆の浦 に行ったことがある。宮崎駿監督『崖の上のポニョ』の原風景とされている場だ。瀬戸内海のほぼ中央に位置する「潮待ちの港」として、2000年以上にわたる非常に長い歴史を持っている。このような交流の拠点が太平洋側ルートを形成していた。

 その結果、江戸や大阪といった大きな町が太平洋側に並ぶ形になっていた。今日、東京、名古屋、大阪といった大都市の形成について、戦後アメリカとの関係だけで説明する人が多いが、実際は大陸との交流がその下地を作っていた。

 日本海は非常に重要だが、「日本と大陸の交流のメインルート」ではなかった。その意味では、「日本海」だけでなく、「環シナ海・日本海」という、より広いスケールで考える必要があると私は思う。その方が、より大きくて面白い話が展開できる。

2019年1月26日、国際シンポジウム『「交流経済」×「地域循環共生圏」—都市発展のニューパラダイム』懇親会にて閉会挨拶に立った周牧之・東京経済大学教授、楊偉民・中国第十三回全国政治協商会議経済委員会副主任、中井氏(右から順に)

■ 東アジアとASEANを含めた地域連携の重要性


周:私は経済学者なのでやはり数字を見せたい。環シナ海・日本海の交流圏に含まれる国を挙げると、東アジア地域には中国、日本、韓国、北朝鮮、ロシアが含まれる。ロシアの人口は殆どヨーロッパエリアにあり、北東エリアの人口は極端に少ない。

 東アジアとASEANを合わせ、「環シナ海・日本海交流圏」と定義してみると、この地域には約23.5億人が暮らしている。世界人口の約28.7%、3割弱だ。貿易の面では、この地域の輸出額を合計すると年間約8兆ドルになり、これは世界の輸出額の33%、ちょうど3分の1を占めている。輸入も世界シェア約28%、こちらも3分の1弱だ。つまり、人口も貿易も「世界のほぼ3分の1」が、この地域に凝縮されている。

 日本にとっては、この地域とのつながりがどのくらい重要かというと、日本の輸出の45.9%でほぼ半分。輸入もほぼ半分がこの地域との取引になる。さらにインバウンドを見ても、約8割がこの地域から来ている。このスケールで物事を考えることが日本にとっては重要だ。その意味でも、「環シナ海・日本海」という枠組みで議論したら面白い。

中井:おっしゃる通りだ。日本海沿岸に人が少ないことは、もともとよく分かっていた。周先生がおっしゃるように、最初に富山の地図を見たときも、「台湾が入っていないじゃないか」と指摘し、地図の範囲をぐっと広げてもらった経緯がある。

 日本海学という名前で始めたが、実際には「環日本海」「環シナ海」「ASEAN」まで視野を広げて考える必要がある、というのは私も同じ考えだ。

(※【対談】中井徳太郎 VS 周牧之(Ⅱ)はこちらから)

2015年12月19日、東京経済大学「環境とエネルギーの未来 国際シンポジウム」にてディスカッションを行う周牧之・東京経済大学教授、中井徳太郎・環境事務次官、安藤晴彦・元内閣官房内閣審議官、和田篤也・元環境事務次官(左から順に)

プロフィール

中井 徳太郎(なかい とくたろう)/日本製鉄顧問、元環境事務次官

 1962年生まれ。大蔵省(当時)入省後、主計局主査などを経て、富山県庁へ出向中に日本海学の確立・普及に携わる。財務省広報室長、東京大学医科学研究所教授、金融庁監督局協同組織金融室長、財務省理財局計画官、財務省主計局主計官(農林水産省担当)、環境省総合環境政策局総務課長、環境省大臣官房会計課長、環境省大臣官房環境政策官兼秘書課長、環境省大臣官房審議官、環境省廃棄物・リサイクル対策部長、総合環境政策統括官、環境事務次官を経て、2022年より日本製鉄顧問。

【対談】鈴木正俊 VS 周牧之(Ⅲ): 情報化時代の波にどう乗るか?

東京経済大学創立120周年記念シンポジウム「コロナ危機をバネに大転換」 で講演を行う鈴木正俊・ミライト・ホールディングス元社長

編集ノート:
 NTTドコモ副社長、ミライトホールディングス社長を歴任された鈴木正俊氏は、日本のインターネットの黎明期を支え、IT時代の発展を一貫して引っ張ってこられた経営者の一人だ。東京経済大学の周牧之教授の教室では2025年6月5日、鈴木氏を迎え、情報技術の急速な進化にどう対処するかについて伺った。

※前回の記事はこちらから


情報の歴史は傍受の歴史


鈴木:情報の歴史とは、傍受の歴史だ。傍受とは、盗聴だ。盗聴の歴史で1つだけ、申し上げておきたいことがある。昔のケーブルでの通信ではイギリスと、ヨーロッパのノーザンテレコムが回線を支配していたが、途中で情報が抜かれてしまった。

 電信は江戸時代までは、のろし、飛脚、伝書鳩、手旗信号、鉄道などでやっていたのが、電気でやると、瞬間に情報が伝わるようなった。天候も関係なく、昼でも夜でも関係なく、情報が通じるようになったのが、明治時代。アメリカなどとの国で結ばれた不平等を解消する予備交渉という大義名分を持って、岩倉使節団が明治4年にヨーロッパを視察した。これからの日本を作るためにはどうしたらいいか勉強に行った。

 その時に、横浜からサンフランシスコにたどり着いた視察団が、「ちゃんと無事にサンフランシスコにつきました」という通信を東京に向けて打った。

 当時どういうルートで東京まで届いたかというと、サンフランシスコから、ニューヨークまで大陸の中の通信を使って、電信を使ってニューヨークに行き、ニューヨークからロンドンまで海底線ケーブルに伝わり、ロンドンからまた海底線ケーブルで、ロシアのサンクトペテルブルにつながり、シベリア大陸をずっと横断してウラジオストックに通信が来て、ウラジオストックから海底線で長崎まで来ているという歴史がある。

 当時、長崎から東京までの間を連絡するのは飛脚だった。だから、サンフランシスコから長崎まで、ほぼ一日で通信が来たが、それを東京に送るのに飛脚でやって、計14日かかっている。日本にはそういう通信がなかった。世界の中で日本は閉じていた。海底線自身も海外の会社を引いているため、通信が東京に行かず長崎に行ってしまった。

周:電信の国際通信と飛脚の国内通信との組み合わせだ。

鈴木:歴史を見ると、通信を持っている人間は、必ず途中で情報を見る。岩倉具視がワシントンに行った時に、条約の交渉をしてもいいが、まずは日本国政府から全権の資格をもらえとアメリカ大統領から言われた。交渉できるのであればもらうと言い、岩倉は全権を取ろうとした。ところが、東京は禁止だと言った。アメリカ大統領は全権をもらえと催促してくる。この時点で岩倉は、通信をアメリカに見られていることに気づいたことが、記録に残っている。東京からの返事がいつもノーだという通信が来ていることをアメリカに知られているから、大統領が催促してくるのだと気づいた。催促をするタイミングが良すぎた。

 通信は必ず盗聴されているのだということを前提にやらないとダメだと岩倉は気づいた。太平洋戦争も同様だが、全部盗聴されていく歴史があり、それを互いに防御し合ってきた。

オープンなだけでは戦えない


鈴木:通信は便利だからいい、公明正大にやればそれで済むとは言うが、本当に今、力のある人、アメリカのトップ、中国トップ、ロシアのトップ、大国のトップは、みんな自分で考え、自分でやり、他人を信用しきってやる感じではない。中国は子供のころにお年寄りから「だまされるなよ。だまされてはいけないよ」としっかり教育される。韓国・朝鮮は「負けるなよ、負けてはいけないよ」と教育される。日本人は「とにかくうそをつくな、他人に迷惑をかけるな」と教育されて育つ。日本はうそをつかず、絶えずオープンの場でものを言うよう教わってきた。しかしそれでは今日の国際競争では勝てないというのは半分冗談話ではある。が、日本は社会に頼ってやっている部分が大きいので、ある面、身内にはオープンだ。でも、それだけでは世界で戦えない。会社をシステムだけで運営するというのではいけない。

周:政府やマスコミの話を信じる日本の国民性はこのようにして出来上がったのかもしれない。しかし政府やマスコミは常に正しいとは限らない。政府やマスコミが誤った事を煽る時、日本の国民性はネガティヴに働く。

鈴木:東京経済大学を創始した大倉喜八郎が非常に苦労し、明治時代に自分で稼いだ財力でいろいろな産業をやり、学校を創ったのがこの東京経済大学の前身の商業高校、専門学校だ。財産を成しただけでなく、お金を使い学校を創ったこのモデルは海外のシステムと同様だ。アメリカの会社も稼ぐが、社会とmentionする。

周:財閥で教育機関を設立し、大学に発展させたのは大倉喜八郎だけではないが日本では極めて珍しい。

鈴木:中国も外で行って稼いだ華僑が故郷に投資し、これから生きていく人の役に立っていく。大倉喜八郎がやったような日本のシステムは、非常に海外との親和性がある。戦後日本で、日本国憲法ができてから、いい意味でも悪い意味でも、平等化社会を目指そうとした。

 でも、現実には社会にはある程度の格差がどうしても出来ていき、そのことによって社会が進展するという事実がある。明治時代の財閥の役員の給与は、どう決まっていたか、ある方に訊くと、昔は、利益の半分は役員、半分は従業員に分けた。半分の役員は数が少ないから給与が高い。明治時代の従業員は数が多いから、1人当たりの給与は少なかった。その代わり役員は自分が使う車の運転手もすべて自分個人で調達したと言う。   

 戦前の財閥世界がいいと言っているわけではないが、今は、日本のサラリーマンは接待費を会社で出さなければならない。接待費の基準や役員の待遇など頭を悩ませられ非常に限られた基準になっている。

 情報というのは、自分の活動のために取ることが多いので、日本の情報は、すべてアメリカが見ている。「スノーデン」の告白を見てもわかるように、インターネットでも全部覗かれている。これが日米交渉のプロセスであったということは、はっきりしている。力の世界だから、仕方がないという感じはするが、情報に対する感性はしっかり持ちながらグローバルな世界の中で生きていかなければならない。若い人はいろいろな情報を取りながら勉強したらいいと思う。

周:情報を収集し判断する力は、今の時代に最も必要な能力だ。実はインターネットで公開されている情報の海から十分価値のある情報をキャッチし、それに基づいてかなりの判断が出来る。

鈴木:通信が広がったことによって、AIで自動翻訳ができ、今はニューヨークタイムズは瞬間に日本語に翻訳できる。フェイクメールも区別がつかない。東京電力や銀行からを語ったフェイクメールかどうか区別のつかないようなものが、東京の中でありふれて流れる。それに対する対策もやっていく必要がある。

 言語でだけ認識すると、現実の世界とは違っている。言葉で理解するアメリカと現実のアメリカは違う。アメリカ人はすごく付き合いやすい。フランクな人が多い。それが歴史の過程で社会が違ってきている。今トランプがアメリカは海外に利用され被害者になっているから国を閉じると言っている。しかし現実的に閉じることはできない。サプライチェーンが回っている。

 自国で自給をしていて明るい国もある。食料自給率100%、エネルギー100%のフランスがそうだ。日本のような食料自給率40%、エネルギー自給率3%の国は、海外との交流を断ち切られたら、もうお手上げ状態になる。日本には納豆があるじゃないかなどというが、大豆は90%以上が輸入だ。そういう中で生活が成り立っていることを理解することが、いろいろな面で大事だ。学校にいる時に、情報を集約すれば、実体験はなくても、社会にいろいろなことがあることを、ぜひ知識として持ち関心を持っていただきたい。

東京経済大学・進一層館と創設者・大倉喜八郎像

信用に足る実践こそ肝要


周:鈴木さんは2012年北京で私が主催したシンポジウムに来てくださった。シンポジウム終了後、レセプションに参加せずに「私はこれからヨーロッパに戻ります」とおっしゃったので驚いた。実はその日、鈴木さんはわざわざ出張先のヨーロッパから北京に飛んできてシンポジウムに参加してくださり、また急いでヨーロッパにお戻りになった。鈴木さんは「信用も資本」とおっしゃった。それを鈴木さんは本当に実践されている。

鈴木:信用は大切だ。半導体の会社の社外取締役をいまやっているが、半導体の世界は、軍事技術もあれば、AIの世界的な競争も激しい。半導体の会社のロジックにはさまざまな種類があるが、アメリカでもCEOをやっている人にはインド系、パキスタン系、イラン系、台湾系のアメリカ人が多く、アングロサクソンの人はあまり見ない。競争が激しいので、頭はいいが社会的には恵まれずエリートコースには乗らない人が半導体の世界を引っ張っていることも多い。

 私が役員を務めていた日本の企業のCEOのところに、海外の相手先CEOが来た時、大抵、昼飯か夕飯を一緒にする。いつも飯を食いながら雑談している。世の中がいまどうなっていて、アメリカとの関係をどう考えていて、中国はどうなっていて、日本の中でどう見ているか等、半導体とは関係のない話をしょっちゅうする。

 CEOがそうやって来るようになるのが1つの大事なところだ。CEOが来るとスピードが速くなる。「この半導体の工場を作れるか」と問われ「問題はあるが、やってみる」と返事をすると、ほぼ話は決まる。その中で、やはりこいつは信用できるなと思うようになる。仕事をよく知っているやつだから任せられる。その代わり、信用で契約をして進めても結果として期限までに完成品が作れないことがある。作れなかったら、もう次はない。信用できない。

 だから、信用というのは事実によって裏付けられないといけない。「知り合いだから受注しているのだ」と外から僻む(ひがむ)人間がいるが、そんな生易しいものではない。互いに依存し合って生きているから、自分が立派な技術を実現していかなければ、もう次のステージでは、仲間に入れてもらえない。厳しい世界だ。

 スタート地点で、従来の技術を説明しているだけでは、最先端のことはできない。今はない新しいモノを作り出す必要がある。「おまえを信用して契約する」という世界だ。半導体のような最先端のところから、そうした事実が現れていると実感している。信用されるということは厳しいことで、実際の力がないと、必ず次はダブル返しで持っていかれてしまう。

周:空間的なバリューチェーンを実際につなげているのが信用だ。

鈴木:勘違いする人がいる。友達の友達は友達だとか、どこの高校出身、大学の出身だからあいつはいいやつだよとか、「俺はあの社長を知っているから頼めばなんとかなる」等は、個人や集団によって違いがあるが、そういうものを手段として使う人が現れるが、そんな甘いものではない。1回か2回成功することがあるが、重なると最後まで続かない。そういう人は各国にいるが、日本は特にそういう人が他国と比べて多い。公と私が分かれていない。仕事とプライベートが正直あまり分かれていない。

周:日本人は出身大学、所属企業のブランドを自分の信用力に安易に置き換えていく傾向が確かに強い。本当の信用は自分で勝ち取るものだと解っていない人たちが多い。それは世界では通用しない。25年前、産業政策の大御所の清成忠男法政大学総長と私は、シリコンバレーにおける日本人と中国人のパフォーマンスの違いに関する議論をした。日本人が組織にしがみつくことを清成先生が随分嘆いていらした。

2012年3月24日、北京で開催の国際シンポジウム「中国の生活革命と日本の魅力の再発見」にて交流する鈴木氏と周教授

ビジネスは技術だけでは進まない


周:東京経済大学の昨2024年11月30日開催のシンポジウムに岩本敏男NTTデータ元社長がいらした(【シンポジウム】岩本敏男:ビッグイノベーションIOWN計画でGXをリード)。NTTグループは、いま取り組むIOWNがうまくいけば、再度、世界企業時価総額トップ10入りにもどってくるかも知れないと思っている。そうなるにはどうしたらいいか? ひと昔前、日本の次のドル箱になるべき半導体、太陽光パネル、液晶などが韓国、台湾、中国などによる圧倒的な投資競争に負けた。本来、資本力は日本の方があったはずだ。しかし資本集約産業で何故か日本は負けた。何か問題があるはずだ。今のIOWNに匹敵するような技術の開発には中国も取り組んでいる。国際競争の中どうしたら勝てるのか?液晶の二の舞にならないような、打つ手があるのか?

鈴木:反省も含めてだが典型的な例がある。1970年に大阪万博で展示し10数年かけて第2世代2G、第3世代3G、第4世代4G、今5Gと10年単位で進めた。私がドコモの副社長をしていた時は3Gだった。当時ヨーロッパに行くと通信事業者の集まりの中で「お前たちは何故3Gという進んだ技術をやるのか?」と文句を言われた。「通信モバイルで電話機が小さくなり持ち運べるようになり今、広まっているではないか。3Gだと基地局の方式を新しく転換しなければいけない。投資が必要になる。放っておけば携帯電話は沢山売れる。通信の投資だけでリターンは大きい」と返した。にも関わらず、「お前らは勝手に最先端技術で便利にし、音声以外に文字もファイルで転送できるようになって便利だというが大きな迷惑だ。お前らはビジネスが分かってない」と相当言われた。

 彼らが何を言っているかというと、「ビジネスというのは技術ではない、技術ではあるけれども、技術ではない」ということだ。需要があって投資をしてもリターンがあるということで、営業力、事業の構想力が大事だ。事業をやるために必要なことは何かというと、ものを作る人、運ぶ人、売る人も必要だ。徳川家康が言ったのは、輿に乗る人、担ぐ人、わらじを作る人など、いろいろな役割を持った人が集合しないと物事は動かないということだ。技術開発があり、それをメーカーの人が理解して作る。それを早く運送できる、販売網がどんどんさばいていく、故障したら問い合わせできるネットワークを作る。それをグローバルでどう作るかの知恵がないといけない。それは、技術力という最初のところを擁護しすぎた。技術が進んでいれば、おのずとついてくるといった思想が若干、日本にはあった。

 家電の世界で、ソニーのウォークマンをやったら凄く売れるようになり、事業力があると言われたが、ソニーの人に言わせると「ソニーなんて技術力がないんだ」と。その代わりに、トータルに事業をデザインすることが上手だ。味方を作り販売店を増やせる。  

 ビジネスの成り立ちは、技術はもちろん大事で、技術がだめだと裏切られたときに全然相手にされない。しかし、技術は必要条件だが十分条件ではない。十分な条件とは、いろいろなビジネスプロセスがあるということだ。

 サプライチェーンもできると同時に、儲けをどこで得るか、販売だけが儲けるのではなく、サプライチェーンの途中で儲けることでいいわけだ。正直言うと、利益は必ずしも売った時だけのものが利益ではなく、事業者間の取引の間に、サプライチェーンが儲けることがある。

周:おっしゃるとおりに、技術力に酔ってしまう場合は、すごく良くない。

鈴木:そうだ。

周:実際はマーケティングが要になる。あとは投資の決定権がどこにあるのか、ということも大事だ。私の親友の1人が、10数年前、中国のTVメーカー最大手TCLの社長をやっていた。この人は液晶をシャープと一緒に組んでやりたいと思った。お金は全部TCLが出し、中国で工場を作って世界を制覇しようとした。一生懸命にシャープを説得したが結局振られた。

 当時シャープは自社の技術力に酔っていたのだと思う。「俺たちの技術は世界一だ」と。しかし、相手は巨大なマーケットを持っていた。その後、あまり時間が経たないうちにシャープの経営は行き詰まり台湾の鴻海精密工業に身売りされた。ちなみにTCLはいま世界の液晶生産のトップメーカーの一つに大成長した。

経営者にはIT技術進歩のリズム感が重要


鈴木:周先生の話は本質をついている。そこに最近は規模というのが出てきた。GAFAM5社は東京証券取引所に出ている約2,000社の時価総額に匹敵する。投資能力が違えば、世界的な規模で投資して回収すると、単価規模が10万、100万、1,000万、億の単位になり1個当たりの単価が全然違ってくる。日本が栄えたのは1億2,000万人口という小さくないマーケットで成功したモデルを持っていたからだ。今それをグローバルマーケットに持っていったらまずい。大規模な百万、千万台を相手にすると、いきなり単価の競争力の違いが生じ、規模の経済力で負けてしまう。そうすると、大きい投資をやって失敗したら自分は当然首を切られ、金も貸してもらえない、会社は倒産する。倒産だけは済まなくなる。日本自体の投資規模が、アメリカの会社などと比べると、殆ど小さくなってきた。世界のGDPの15%だったのが今5%ぐらいになってしまった。世界にとっての日本は小さくなって大きな投資はもちろんできなくなる。自分の体力でできるGAFAMはどんどん広げていき、技術的に優秀で、単価の安いものを作る。                   

 それから、人材が今アメリカに集まっていることも日本とは大きな違いだ。日本は技術力、質で勝るものを探し求めているが、なかなか難しい。本当におっしゃるとおり、競争の質が違ってしまっている。

周:日本の半導体産業や液晶産業が失敗した最大の原因は、投資の決断力が韓国、台湾、中国に負けたことだと思う。例えば、韓国の場合は、自国のマーケットを日本ほど持っていないが積極的な投資を続けた。半導体需要の波(シリコンサイクル)を乗り越え勝ち抜いた。日本の各社は投資に慎重し過ぎ、萎縮した。

鈴木:台湾でも、アメリカのテキサスインストルメントに人材を送り、技術担当の副社長になったのを、今度は台湾に戻した。台湾の中で育成されたのではなくアメリカのビジネスをやり副社長になった人を台湾に引っ張り、産業発展を支えてもらう。アメリカのトランプが「台湾に技術を盗まれた」と言っているが、技術を盗んだのではなく、台湾の人が台湾に戻っただけだ。

周:鈴木さんが指しているのはTSMC(台湾積体電路製造)創業者の張忠謀だ。ただ彼は台湾がアメリカに送り出した人材ではない。中国江蘇省寧波で生まれ、自ら渡米しMITの機械工学学士号と修士号、スタンフォード大学の電気工学博士号を取得し、テキサス・インスツルメンツに入社し、副社長に上り詰めた。まさしく自力でアメリカ半導体の世界でトップになった人だ。台湾は張忠謀氏をヘッドハンティングし、TSMCを作らせた。

 トランプの「盗まれた」という言い方、捉え方が良くない。華人がアメリカの半導体発展に多大な貢献をしている。今、アメリカ半導体トップ4社NIVIDIA、Broadcom、AMD、IntelのCEOはすべてチャイニーズ(華人)だ。

 私自身は元々工学系出身なのでどうしても工学系の人の肩を持ちたくなる。日本企業はテックカンパニーであっても経営トップに工学系ではない人も多い。台湾では企業がお金を出し合って協会を結成し、MIT(マサチューセッツ工科大学)に高額な寄付をして最新の技術動向を台湾の人に伝授してもらうことをやっていた。2008年に当時MIT客員教授だった私に声がかかり、同協会の要請でMITを代表して台湾に講演に行った。講演会には台湾のテック企業大手のオーナーがわんさと来た。全員工学系だった。面白かったのは、息子と娘婿は連れて来てもサラリーマン経営者は連れてこなかった。最高で最新の情報は、息子と娘婿だけに聞かせることを徹底させていた(笑)。

鈴木:技術が何か、ということが再び問い直されている。日本では技術というと、製造業をすぐ連想する。ものづくりのところに技術がある。だから、日本は非常に微細加工というが、国際的に限って今の先端技術の、例えば、3ナノとか2ナノと言ってやっているような事だけが技術ではない。Softwareが大事だ。Softwareで半導体の力をいかに活かせるかがポイントになっている。

 匠の技術だけではなくSoftwareの発想力があるかどうかで、物事が動いている。Softwareの技術とは、技術の範囲をもっと広げて考えなければならない。技術の裾野が変わってきている。システムそのものの組み方も技術になっている。

周:おっしゃる通りだ。日本での技術の捉え方を、IT時代の捉え方に置き換えておかないと、うまくいかない。会社の経営陣に技術者をもっと抜擢した方がいいと私は思っている。IT技術進歩のリズム感は文系出身の人にはなかなか理解できないところがあると思う。例えば半導体の進化には「ムーアの法則」がある。「ムーアの法則」では、半導体が1年半ごとに倍の能力をつけ値段は半分になるという。ハイテク技術出身者の皆さんには常にこのスピード感に追われている感覚がある。これは財務、法務出身の皆さんにはなかなか伝わらない感覚だ。

 半導体、通信、AIなどのIT技術が急速に進むことを前提に物事を考えられる。それが、経営者には物凄く大事だと思う。

【激論】武田信二・鈴木正俊・周牧之:コロナ危機で加速する産業のデジタル化(※画像をクリックすると動画ページに移動します)

課題をイメージし解決の組み立てを


鈴木:大変重要だ。私たち現場サイドで考えると、例えば、自動運転の車は今、サンフランシスコで試験を受けて一時止まっていたのが動き出し、先月からロスアンジェルスで自動運転のタクシーが始まることなった。来年はロサンジェルスだけでなくフロリダでこのサービスが進むことになる。

 3〜4年前ぐらいは、自動運転は実現しないという議論がまだあった。バッテリーだから冬になると、ニューヨークから北の寒い地方はバッテリーを使ったらすぐに寿命が来てしまう。だからニューヨークから北のユーザーには売れない車だと言われた。と同時に、ドローンと同様で爆弾を積んで自動運転で走らせれば、走るテロ兵器になる。そんなものを解禁したら、大変なことになると言う。

 例えば自動運転の車に爆弾をセットし、ビルの1階に突っ込ませるとする。遵法で信号があったら待ち、高速道路へ入ったら一定速度で走ると捕まえようがないが、実は載せているのが爆弾で、最後は突っ込むということになる。そんなものはとてもやれない、自動運転はどうしても利用者側のニーズ、国のニーズから言っても限界がある、したがって、技術が進んでも社会的に受け入れないという議論だった。

 そんな極端なことを考えることはなく、日本であればお年寄りを乗せれば、病院に自動的に行ってくれるから、凄く良いサービスだといってプラスの面だけ考える。アメリカはプラスの面からアプローチする力が強い。技術的な進展上の問題という社会の受け止め方の解決を、同時に自分でどんどんやっていける。

 そういうことがイメージできるかどうかだ。社会に入ると、課題をイメージし、1つずつ解決法を組み立てていけることが非常に大切になる。

周:大変に大事な話をしていただいた。やらない理由を言う人たちが、日本では実は非常に多い。技術開発でも、マーケットの開発でも新しい取り組みをするのでも、やらない理由を強烈に並べる人が沢山いる。

 実際、技術者のリズム感は違う。特にエンジニアは問題解決的思考だ。つい最近まではバッテリーは冬に弱いと言われていたが、いまはそんなことはなくなった。

 ロボタクシーをすでに運営している会社は米中に複数ある。テスラの自動運転ソフトのFSDが物凄いスピードで進んでいる。

自動運転で走行するテスラ車

ネットワーク力が物を言う


鈴木:優秀だということと、仕事ができて仕事をやっている事は、また別の次元という気がする。

周:例えば日本の官僚は優秀だがビジネス経験者からのし上がる人がいない。でかいプロジェクトを実際にやったこともない。だからちょっと違った優秀さだ。

鈴木:それもそうだし、どういう政治家と出会うかといった縁も大事だ。本人が優れているのは基本的なことだが、いい人に巡り合っていくことが大事だ。そういう外的な要因が大きい。かといって、外的な要因で損したとだけ言っている人は多分、本人の力不足がある。私は出会いが大事だったと感じる。

周:鈴木さんのいまの言葉は大事だ。ここで鈴木さんの話が聞ける学生の皆さんは幸せだ。鈴木さんに出会い、そのお話を聞けるということが幸せだ。

鈴木:私は周先生との出会いで学んだことが多い。

周:私が大学生の時に出会った素晴らしい方の一人に、中国の経済学の大御所、于光遠先生がいる。当時の中国の国師のような存在だ。この方との出会いは私の人生を変えた。私が工学から経済学に進んだのは于先生の勧めだった。

 だから学生の皆さんはアンテナを張って鈴木さんの話、さまざまな人の話を聞き、そこから触発されることだ。

中国の著名な経済学者、于光遠・中国社会科学院元副院長(左)と周教授(右)

鈴木:人生でいろいろ出会った他の世界の人に言われたことが、当時はわからなくても、自分がそのことに直面したときに「ああこれを言っていたのか」と分かる時がある。多少記憶に残ったことがあるベースを持っていると腑に落ちる。自分でわかるまでは仕方がない。日本の教育が立派だと思ったことがある。昔アフリカのことが分からないまま、チュニジアに行ったことがあった。当時は、「そういえばイブン・バートゥータと言う人がここにいたと習ったな」くらいに思っていた。

 それで、現地で秘密警察の人が来てなんだか引っ張られそうになった時に、「この銅像はイブン・バートゥータなのか」と言ったら、周りの人が親切にしてくれた。私はイブン・バートゥータという名前しか知らなかったが、その名を口走ったらいきなり世界が変わってきた(笑)。こんなところで役に立つんだなと思った。

 くだらない話だが、ちょっとした引き金があるかどうかは大事だ。日本の教育は大して深くはない。浅く広くダーッと広げていくのを、試験をやるので覚えている。当時は正直、大して思いがあったわけではないが、それが役に立った。

 でもいっぺんには分からない。やはり自分があちらこちらに分け入って、砂漠の真ん中に行ってようやく分かったというようなことだ。後々付いてくる。そういう意味では本を読むのも、読んだ当時はそう思わなくても、経験に出会うことによって或いはある人に出会うことによって、腹に落ちるようにわかる。それはものすごく大きい。ああそうだったのかと気づく。今役に立つかということではない。

周:静かに人生を変えてくれる。

鈴木:良い言葉だ。

周:鈴木さんのような方と出会えるのは周ゼミのいいところだ(笑)。

鈴木:みなさん、周ゼミで小手川大助さんのような人が登場するというのはめったにないことだ(笑)。

周:平成で最も仕事した官僚のひとりだ。先々週5月22日にも周ゼミにゲスト講義にいらした(【対談】小手川大助 VS 周牧之(Ⅲ):トランプ政権でアメリカ復興成るか?)。

鈴木:小手川さんの話を聞くのは面白い。日本人も実際はしっかりやってきているんだと痛感する。そうした人は沢山おられる。私の尊敬する人で経産省を退官された方がいる。彼はヨーロッパで例えば翌日に国際決議をするに当たり本当に困った時は、夕飯に各国の外交官、審議官らを呼び、飯を食わせるという。そうすると、次の日うまくいく。その夕飯にはよくジューリッシュ(ユダヤ人)を呼ぶそうだ。国が違ってもユダヤ人ネットワークがある。そこにつながるのだと言っておられた。そういう付き合いが出来る役人が日本にいる。そうした人的交流を、どう日本のためにやっていくかが大切だ。

周:国際的な仕事はまさしくそうしたネットワーク力が物を言う。

講義を行う鈴木正俊・ミライト・ホールディングス元社長(右)と周牧之・東京経済大学教授(左)

プロフィール

鈴木 正俊 (すずき まさとし)
NTTドコモ元代表取締役副社長、ミライト・ホールディングス元代表取締役社長

 1951年静岡県生まれ。1975年東北大学経済学部卒業、日本電信電話公社入社。NTTドコモ取締役広報部長、同取締役常務執行役員、同代表取締役副社長。ミライト・ホールディングス代表取締役社長、ミライト代表取締役社長、ミライト・ホールディングス取締役相談役などを歴任。

【対談】鈴木正俊 VS 周牧之(Ⅱ): IT革命の本質はテックパワーの民主化

講義を行う鈴木正俊 ミライト・ホールディングス元社長

編集ノート:
 NTTドコモ副社長、ミライトホールディングス社長を歴任された鈴木正俊氏は、日本のインターネットの黎明期を支え、IT時代の発展を一貫して引っ張ってこられた経営者の一人だ。東京経済大学の周牧之教授の教室では2025年6月5日、鈴木氏を迎え、IT革命の本質と行方について伺った。

※前回の記事はこちらから


IT革命が個人の能力を無限大に


周牧之:鈴木さんには前回、デジタル時代、インターネット時代の本質のお話をしていただいた(【講義】鈴木正俊: 激動する時代を生き抜くための要件とは)。この時代の本質は「テックパワーの民主化」だと私は思う。私が通信のパワーを、自分の人生の中で初めて感じたのは1985年、中国の経産省とも言える機械工業部(省)に配属された時だった。自分の机の上に、世界のどこへでもかけられる国際電話があった。当時は、中国ではまだ地域間の通話料金が高く、長距離電話がなかなかかけられなかった。個人が当時、海外へ自由に電話できるような状況にはなかった。机の上から国際電話がかけられるのは凄いパワーだと実感した。

 いまは皆SNSどこへでも通信できる。これは一種の通信パワーの民主化だ。コンピューティングパワーからすると、鈴木さんがおっしゃっていたように今のスマホは、20年前の大型コンピュータの数台分のコンピューティングパワーを持っている。誰でも物凄いテックパワーを持てるようになった。これはテックパワーの民主化だ。

 大学での私の専門はオートメーションだったので、この40年間、IT革命とは何かとずっと考えて研究していた。私はIT革命の本質は、「個人の能力を無限大にすること」と考えている。コンピューティング力、通信力、発信力…。SNSで個人でも数百万のフォロワーを集めることができる。つい最近まで考えられなかったことだ。これは素晴らしい話だ。

 しかし、個人のテックパワーは無限大になったが、格差はむしろ広がっている。大型コンピュータ数台分のパワーを持つ携帯電話を所有するだけで、みんながスーパーマン並みの潜在力を持つこととなった。しかし、このスーパーパワーを十分に使いこなせるかが問題だ。学歴や才覚そして努力を結合させ、テックパワーを活かし、富を作れる人が沢山出てくる。もちろん、こうしたテックパワーを破壊的に使う人もいるだろう。

 テックパワーを活かせる人たちと、潜在力を持っていながら活かせない人たちとの間に、当然格差が起きる。国と関係ない。昔は、日本国民或いはアメリカ国民である以上は、中国やインドの人々よりは、良い生活が保証されていた。今そういう時代ではなくなった。中国にも億万長者はいっぱいいる。インドもいる。新しい産業を興している人たちがどこの国にも現れている。他方、アメリカの白人も貧困化し、スーパーマン的な可能性を持ちながら、貧困が急激に進む人が増えている。こうした中、若い人はどうしたらいいか?

世界で格差問題による分断


鈴木正俊:これは難しい問題だ。いま世界で注目されるトランプ政権の本質的なところは何かを考えたい。アメリカ建国の父が独立宣言で自由と民主主義と書いた。自由で、公平で差別がない世界を目指した。それから200年間経って、差別はなくならない。建国当時は自由と民主主義は、ヨーロッパでは動きがなかった。王がいて、革命勢力がいるかもしれないが、投票で政府が決まっていくこともなかった。アメリカという国を、大きなフロンティアとして、貧しいながらも自由と民主主義の理想的な国を世界に作ると言った。今トランプが掲げた鎖国のような「アメリカンファースト」は、歴史の中でいくつも現れてきた。

周:実はアメリカの独立宣言に民主主義という言葉は書いていない。建国の父とされている人たちの中には、むしろ民主主義に対して強い警戒心や懐疑的な見方を持つ人が多かった。彼らが強調するのは独立だ。一種の「アメリカンファースト」とも言える。

鈴木:モンロー主義のようにアメリカは、ヨーロッパにアメリカの市場を使われているだけだ、関係を断って関与しない、アメリカは独立していなければいけない、と言うことは度々あった。黒人を差別してはいけないとリンカーンは宣言したが、現実を見れば今も相変わらずある。理想と現実のギャップで、みんな悩んでいる。アメリカは、ものすごい金持ちがいる反面、自動車産業の労働者は報われない、いつも差別されている。そこにトランプが登場し、製造業と労働者を主人にしようというギャップを埋める運動が始まった。

周:アメリカの非農業部門の雇用者のうち、製造業で働く人の比率は第二次世界大戦直後の40%弱から一貫して減り続け、現在数%しか残っていない。今からこの傾向を反転させるのはそう簡単ではない。

鈴木:その前の時代の民主党はあまりに理想的だった。米軍の女性士官に日本大使の富田浩司氏が「最近アメリカの女性の司令官がどんどんパージされ、解職させられていく。これは、女性は軍隊にはいられないということなのか」と質問した。「アメリカはDEIすなわちDiversity=Inclusion で、多様性、公平性、公正性を考え、女性士官は勿論、属性を割り当てなければならない。有色人種は黒人も主要なポストに入らなきゃいけない」と答えた。ところがトランプになってから、有色人種の閣僚はいない。黒人の閣僚は1人もいない。女性が軍隊に行っても、女性を登用しなければいけない代わりに、本来登用されるべき男がなれなかったという不満が軍の中でもの凄く多い。しかし世界は変わっている。

 女性を地位につけたことでなるべき人がなれなかったという不満が大変に大きいことで、政府が制度を変えるといったことも起こっている。キャスターが国防長官になるということも出てきた。

 そうした矛盾は、ものすごく出ている。多様性を言ったら建前ばかりになり、そんな政治をするから惨めな人たちが出るとする勢力が大勢いてトランプ革命につながった、と解説をする人が多い。理想と現実のギャップがあり、周先生がおっしゃった格差もある。

 中国も勿論格差がある。インドも世界の金持ち上位10位内に必ずインド人が2〜3人入っている。その格差はものすごく大きい。中国もお金のある方は沢山いる。日本に大勢観光に来ている。

 アメリカも格差が激しい。紙屑だらけの街があり、この通りから向こうは危険なので行ってはいけないとされる街も沢山ある。

周:アメリカの街の中ですら、格差によってかなり分断されている。

鈴木:世界を見れば、微動だにしないような不公平性がある。日本は格差がまだ小さいというが数字的には多少格差が広がってきている。

ニューヨークで行われたDEI支持のデモ

エリートをどう選ぶかが大事


周:鈴木さんは、前の授業で、日本の大卒の初任給がどの人も大体同じことが本当に良いことなのか、と言っていた(【講義】鈴木正俊:通信の世紀、サイバーの時代)。先週、ここでIMFの日本代表理事だった小手川大助さんがゲスト講義をされた時に、日本では相続税が高すぎたかどうかについて学生と議論された。どこの国でも歴史上常に格差と平等の話がある。

 格差を是正するには如何に公平にエリートを抜擢するかが最も大事だ。中国は紀元前356年商鞅の大改革(変法)で秦国に世界で最初の官僚システムをつくった。世襲をする貴族ではなく、官僚が地方を支配し国政をするシステムで、約2370年前のことだ。後に官僚政治の導入で強くなった秦国による中国統一で、秦王朝は官僚制を一気に全国へ導入した。しかし、官僚をどう選ぶかの模索にその後千年もかかった。隋の時代にようやく科挙制度が出来た。科挙試験に参加し成績がよければ、貧乏人でも、外国人でも、選ばれる。遣唐留学生だった阿倍仲麻呂(中国名:晁衡)も科挙に合格した。その後中国では永遠に続く大門閥がなくなった。社会末端の出身者も官僚そして首相にまでなれる道が開かれた。

鈴木:戸籍問題がまだ残っている。

周:中国では戸籍問題は現在だいぶ緩和された。計画経済の中で戸籍問題が一番厳しかった時でさえ、地方貧農の息子でも大学試験に受かれば幹部になれる。試験成績だけではなく、仕事も頑張るヤツが出世するシステムになっている。例えば私は大卒後、機械工業省に入った。何千人ものいる役所の中で課長クラス以上の幹部出身地はどこが多いのかについて、仲間たちが冗談半分で数えたことがある。結果、北京出身の人はほとんどいなかった。地方から出て来た御上りさんたちが出世していたわけだ。

鈴木:日本の役所も一緒だ。

周:日本の初任給が皆な同じことは工業化時代での仕組みだ。しかし情報化時代では 大問題だと思う。才能のある人、結果を出す人を無視するような仕組みは、IT革命以降日本の発展を邪魔している。例えば私は経済学博士号を取っているが、そのことが私の給料に反映したことは一度もない。そうした個人の教育投資を評価しない風潮のせいで、主要国の中でも日本は博士号取得者数が少なく、さらに減少傾向にある。

鈴木:就職する時にアメリカとのギャップで悩むのが、初任給だ。日本では大学を卒業すると、初任給は工学部卒でも経済学部卒でもどの学部でも一緒だ。こんな国は世界にない。IR(Investor Relations:インベスター・リレーションズ)で、仕事に賃金がリンクし、博士号取得者は給与が違うのが当たり前のアメリカやイギリスの投資家に説明に行くときに、日本の初任給の話は通用しない。日本の場合は、会社はドクターだろうがマスターだろうが一律だ。これは海外では説明できない。グローバル化しなければいけないのに困っている状態にある。

 皆さんも就職するときに、会社に行くとしたら、初任給が一律であれば技術を持っている人間は不満なはずだ。日本はいい国だが、非常に特殊なところもたくさんある。

 大学で勉強するときに、国の現実が違うという点は認識をする。日本で働いていても、お客さんは海外かもしれない。遠洋漁業ビジネスもある。近海漁業だけ食べてるわけではない。

2012年3月24日、北京で開催の国際シンポジウム「中国の生活革命と日本の魅力の再発見」にて参加者と交流する鈴木氏と周教授

各国に各社会制度の理由有り


鈴木:確かに平等ではないことがどこの国でもある。イスラム諸国に行ったことがあったが、イスラム文化圏は相続税が無い。だから金持ちの息子に生まれたら金持ちで、いい大学に行けて、社会的地位が高い。日本は三代続くと無一文になる。金持ちの息子は金持ちではなくなる。

周:日本の高い相続税はいいシステムだ。

鈴木:日本はシステム的に珍しい。皇室があるが、こんなに金のない皇室は世界で珍しい。イスラム諸国では大学も国王がお金を出して作っている。自分の私財がある。イギリスの王室も土地を持っている金持ちだ。デンマークもそうだ。国家の予算だけで何も財産を持っていない皇室は珍しい。皇室を讃美するために言っているわけではない。システムとして日本は珍しい国だ。

 力のある人間がいた方がいいと民衆が信じているのは、例えば、ロシアや中国で、トップの人は力がものすごく強い。ある意味独裁制といわれるかもしれない。強い人がいる方が、やはり社会が安定すると思っている。いつも社会が混乱にまみれていると被害を被るのは庶民だと。日本はすぐ内閣総辞職などして総選挙を使ってやるが、人々の間に絶対的な違いのある社会を是とはしない。

周:それぞれの国にそれぞれの社会制度の理由がある。他国の制度を鵜呑みにして導入すると大変なことになる。例えば日本は消費税を上げる議論の時、北欧諸国も消費税が高いじゃないかという話がよく持ち出された。だから日本も消費税を導入するんだ、という結論につなげた。小選挙区導入するときも、北欧の話が取り上げられ根拠にされた。しかしそれは、最初から議論を間違えている。人口数百万人の北欧の国と、人口1億3千万人の日本はサイズが違う。サイズの桁が違う国の制度を一緒に考えてはいけない。これを間違えると大惨事になる。

 中国では、秦という初めての統一帝国があった。官僚制度を導入した帝国だ。秦は中国を統一したが10数年しか持たなかった。なぜ10数年しか持たなかったのか?これはその後2000年間ずっと中国の為政者を悩ませてきた大きなテーマだった。最近、その理由について「サイズ」だという新説が出た。つまり、戦国時代に秦王国は数百年かけて自分の諸侯国で自国の制度を磨いてきた。秦は他の諸侯国を倒し中国を統一したことを機に、自国の制度を一気に中国全土へ導入した。しかし、一諸侯国の制度で、膨らんだ国土と人口を統治しようとした途端、システムはパンクし、王朝崩壊につながった。

 日本は、人口は一億人強だが、人口10億人を超える国の社会制度が自国のそれとはかなり違うことを意識する必要がある。ましてやサイズだけでなく、陸続きのユーラシア大陸の国の在り方と、島国の国の在り方は全然違う。

鈴木:オーストリアの人口は700万人、スイスは900万人。1,000万人以下の国が一国としてみんな成立している。ヨーロッパは、フランス、ドイツ、英国、スペインを除けば小さく少数単位でやっている話し合いの国と、やはり14億人いる国は違う。日本の1億2,000万人は世界で12番目の人口規模で、決して少なくない。

周:少なくない。ただ、小選挙区でうまくいった国はサイズが小さい。村社会型だ。

鈴木:村社会だ。

周:日本は1億人以上が暮らす国で、決して小さい国ではない。税金をたくさん集めてうまくやれるのは小さい国だ。やっていることが皆に見える国だ。人口が1億人ぐらいになると霞ヶ関が、永田町が実際何をやっているのかが人々には見えなくなる。それで予算規模がどんどん大きくなっている。

鈴木:見えない。官僚組織という中間層が多くなって、現場と上の間が全然見えない。台湾ではコロナ禍で、オードリータンというIT大臣がコロナの情報を集約し活躍したが、彼が言っていたのは、台湾は透明性があり、下から見ても上から見ても何をやっているかが分かる。

東京経済大学創立120周年記念シンポジウム「コロナ危機をバネに大転換」 で講演を行う鈴木正俊・ミライト・ホールディングス元社長

小選挙区と消費税導入が日本停滞へ


鈴木:テーマが少しずれてしまうかもしれないが、インターネットの世界ではグローバル化がガンガン進み、国境がないようにも思える。日本企業の例ではカメラのオリンパスは今、主力製品は胃カメラだ。胃カメラで、世界の圧倒的なシェアをオリンパスが持つ。カメラではなく、医療機器でトップを走っている。

 オリンパス本社は東京だが、法務担当はワシントンにいる。何故ワシントンにいるのか?マーケットがグローバルだから、日本の法律担当がいても役に立たない。アメリカの法に触れるかどうかがわかる人が必要だ。健康に対してアメリカは厳しいので、事故が起きて医療機器として安全を守っているかどうか対策をやらなければいけない時に日本でやっていても駄目だ。ワシントンのヘルスケアでOKになれば、グローバルでもOKとなる。だから本社は東京でも、グローバルに適応する法務担当はワシントンにいる。

 マーケットが日本で、会社も日本にあり、社長も日本人で成立するのは、日本に閉じているから成り立つ。だから、Amazonのように、東京で注文すると、注文はアメリカのサーバーに行き、アメリカのサーバーから世田谷に住む鈴木に発送しろという指示だけが千葉の倉庫に飛び、千葉の倉庫に集めたものが配達される。

 政府の審議会で言ったら、それはおかしいと。アメリカに注文したら消費税がかからず日本のスーパーに行ったら消費税がかかるのはどういうことだと。税金を直してもらわなきゃいけないと。当然だが日本の消費税に合わせて、アメリカが修正するわけでもない。税率も違う。

 でもマーケットは世界になり、商品がどこの国のものかよくわからなくなっている。安全、税など社会システムに密着しているものが、国境がグローバルに広がっている中で、端境期の不整合性が今起こっている。

周:日本の消費税は名前と実態がかなりかけ離れていて、実際は取引税だ。関税も取引税だ。これらの取引税金は分業を妨げる。社会の活力を損なわせる。グローバリゼーションで関税が限りなく低くなっていく中、日本は消費税を導入した。その途端、経済成長が止まった。日本の失われた30年の原因についていろいろな人がいろいろな事を言っているが、私はその一番大きな原因は、消費税と小選挙区制の導入だと思う。

【激論】武田信二・鈴木正俊・周牧之:コロナ危機で加速する産業のデジタル化(※画像をクリックすると動画ページに移動します)

■ 利益率低い製造業をアメリカ自ら切り捨てた


周:トランプは持っている帳簿が違う。例えば、日本ではデジタル赤字が今6.7兆円あるが、トランプはその話に触れない。日本のデジタル赤字のほとんどが実はGAFAが稼いでいる。モノの貿易だけに注目しているのが今のトランプ政権だ。アメリカの製造業が衰退したのは、中国のせいでもないし、日本のせいでもない。30年前は日本のせいにして、今は中国のせいにしているがそれは事実ではない。

 クリントン政権の2期目にルービン財務長官がいた。クリントン政権の変質は実に面白かった。1期目は日本の製造業と競争するためドル安円高政策を掲げた。しかし1995年にゴールドマン・サックス会長だったルービンが財務長官になると、ドル高がアメリカの国益だと言い、ドル高政策を進めた。日本では、内閣官房長官だった加藤紘一らがそれに合わせて、円安政策を進めた。

 実はその瞬間、アメリカは製造業を捨てたことになった。つまり、アメリカはお金を世界中から集め、IT産業に突っ込む政策を取った。ITバブルにつながったがIT産業は今やアメリカで大成功した。

 トランプはアメリカ自らが捨てた製造業を、もう一回復活させると躍起になっている。しかしその政策はアメリカの半導体や、ソフトウエアなどの中国への輸出に制約をかけるものとなっている。アメリカのITの王者たちはトランプの政策に困惑している。例えば、INVEDIAのCEOは中国マーケットに入れないことを大いに嘆いている。

鈴木:アメリカのIRを見ればよく分かる。Investor Relationsは、投資家に年に一回、説明に行く。彼らの考えている利益率は違う。利益率が20%ぐらい。日本の中では抜群に高い。しかしアメリカに行くと、お前は経営する能力があるのかと非難される。アメリカの携帯電話会社は利益率30%が当たり前だった。

 日本の当時の製造業の利益率は3%だ。日本の製造業のいろいろなメーカーとはアメリカとはこの辺の価値観が違う。アメリカは利益率が高いところに向かうムーブメントができるのが、経営者として優秀であるとなる。そうすると、製造業は、実際のものを作っているので、利益率が低い。だから、利益率の低いところは、極端に言えば、アメリカにとっては製造業は日本とか中国とかアジアに作らせてやればいい。結局、金融だ。株式投資や投資リターンというものを売る、会社をM&Aをやって買収するなど金融の世界、物の形のない世界の方が、利益率が高い。

廃墟となったデトロイトの自動車工場

周:利益率が低いものづくりをどんどん辞めて利益率が高いハイテクや金融に集中していたのはアメリカ自身の選択でした。

鈴木:モノの形をしたものを製造する時は自分たちで外に出してしまっている。それをトランプになって製造業を戻せと言うが、製造業を戻すとしても技術もないと同時に、経営者としては、そんなに低い利益で国内に持ってくることは出来ない。これは投資家との関係でいけば、自分のポストを自分でクビにするようなものだ。そこでアメリカ自身も矛盾を抱えている。利益率の価値観は国によって、ものすごく違う。

 日本は、稼がなくても社会に貢献しているからいいではないかというのが、十分まかり通っている。逆に、ちょっと利益率が高いと、お前ら暴利を貪っているという。今のコメ騒動もそうだ。なぜ米が出回らない。安くしたら農家が困るからもっと高くしろ、安くすればいいということではない、ということになってしまう。価値観が、国によって物凄く違っているということは、頭に入れておいた方がいい。

周:自国が切り捨てた製造業を取り戻すために全世界に高関税をかけようとするトランプのやり方は理不尽だ。

鈴木:脱線するが、先月息子の嫁さんと孫がカナダのオタワから帰って来た。アメリカではトランプが登場した瞬間に、テスラのイーロンマスクが気に入らないから、アメリカ製品不買運動をやり、テスラは全然売れなくなった。カナダを第51番目の州などと言ったものだから、カナダでは抵抗運動になっている。アメリカ製品のボイコットをやっている。カナダの家の近くのスターバックスはガラガラだ。ボイコットだから、暴力を使っているわけではなく、みんな行かないことで意識を示している。東京に来ると、スターバックスの店が満杯で、日本ではトランプがいいのか悪いのかどうでもいいようで、あまりにも日本人はのんびりしていると言われた(笑)。世の中で起こっていることが、身近なことに置き換えられるというのは、やはり凄いと思う。

周:日本人はもう少し世界の変化に敏感になった方がいいと思う。急激に進むパラダイムシフトは身近な変化につながっている。この自覚のある無しが重要だ。

【対談】鈴木正俊 VS 周牧之(Ⅲ): 情報化時代の波にどう乗るか?に続く)

講義を行う鈴木正俊・ミライト・ホールディングス元社長(左)と周牧之・東京経済大学教授(右)

プロフィール

鈴木 正俊 (すずき まさとし)
NTTドコモ元代表取締役副社長、ミライト・ホールディングス元代表取締役社長

 1951年静岡県生まれ。1975年東北大学経済学部卒業、日本電信電話公社入社。NTTドコモ取締役広報部長、同取締役常務執行役員、同代表取締役副社長。ミライト・ホールディングス代表取締役社長、ミライト代表取締役社長、ミライト・ホールディングス取締役相談役などを歴任。

【対談】鈴木正俊 VS 周牧之(Ⅰ): 通信の世紀、サイバーの時代

講義を行う鈴木正俊 ミライト・ホールディングス元社長

編集ノート:
 NTTドコモ元代表副社長、ミライトホールディングス社長を歴任された鈴木正俊氏は、日本の情報通信業界を引っ張ってきたビジネスリーダーの一人だ。東京経済大学の周牧之教授の教室では2025年6月5日、鈴木氏を迎え、「通信の世紀、サイバーの時代」と題して、情報通信という日本戦後経済史上まったく新しい一時代を、総括していただいた。


牧之きょうは通信業界のビジネスリーダーである鈴木正俊さんに通信史から見た世界と日本の過去、現在そして未来についてお話しいただく。

海底ケーブル切断がもたらす緊張感


鈴木正俊:私はNTTの前身、電電公社に勤めていた。その後、通信建設を行うミライトホールディングスの社長をし、今は半導体企業の社外取締役を務め、一貫して通信関係のそばにいた。

 最近の新聞記事を見ると、海底ケーブルが頻繁に切られている。先々月、台湾の海底ケーブルを切ったのは中国だろうとも言われる。ケーブル切断は、ちょっと古い2018年から23年迄の5年間で、世界で27本切られている。バルト海に中国貨物船がいたということで電力送電線、海底送電ケーブルもバルト海のところで切られた。戦争が始まる前は必ず通信を切るところから始まる。日清戦争の前日も日本海海底ケーブルを切っている。要するに通信を遮断したところから実は戦争が始まっている。通信は非常に大事な情報のためプラスの面もあるが、マイナスの面では戦争時の武器になっている。それが頻繁に今起こっている。

 いまは放送、通信の世界の中で99%が海底光ケーブルだ。そこを切られると情報は全然止まる。皆ネットを普通に日本語で見ているかもしれないが、アメリカのサーバーから経由しているものが非常に多い。だから、通信ケーブルが切れると、パッと見えなくなるサイトがたくさんある。これは日本の中のサイトで見ていてもアメリカ経由できている、あるいはヨーロッパから来ている。通信の状態は、生活の環境が日本で日本語を使っているから日本の活動なのかと言われると、必ずしもそうではない。 あるいは日本で発信し、アメリカ経由で日本に来るということだ。

 Amazonで買い物する時は、今はだいぶ変わったが、当初は注文するとアメリカ大陸のサーバーに行った。靴を買いたいとなってサーバーに入ると、注文が千葉の倉庫に行き、千葉の倉庫から家に宅配される。注文したら翌日すぐに届くため、自分では日本国内で注文し送付されているつもりになる。

 アメリカに注文すると何が違うか?消費税がかからない。日本のリアルのスーパーでは、10%消費税がかかる。ネットであれば国際ルールが消費税で統一されていないため、国の制度設計によって、その分の収入はアメリカに上がる仕組みになっている。それでいいとか悪いとか申し上げているわけでは無く、そうした世界に私たちの生活がかなり深く入っていることを申しあげたい。

 ケーブルの切断事件が最近頻発をしていることは、非常に緊張感があり、軍関係の方はアメリカ軍もそうだが、海底ケーブルが切られたら翌日から戦争が始まるんじゃないかという物凄い緊張感がある。そういうことが歴史の前提としてある。

民間企業がサイバー戦の立役者に


鈴木:ロシアとウクライナ戦争もある。2022年の開戦以来、2014年のクリミア併合をテレビなどで翻って見ると、当時はあっという間にクリミア半島が占領されてしまった。ロシアは元々自分の領土だとし侵略したとは思っていないかもしれないが、ウクライナになっていたところを占領し、セバストポリという海軍の軍港をロシアが取り戻してしまった。そこから戦争が続き、2022年にロシアが攻め込んで徹底的にウクライナの自由革命をひっくり返そうとした。

 2014年の時は、ロシアがまずサイバー戦をやり、軍あるいは政府の情報をみんな遮断した。だから、ウクライナは何が起こっているか分からず気がついたらクリミアにロシアの軍隊がいた状態だった。そこで反省し、アメリカ、イギリスの応援を得て、マイクロソフトなどの民間企業が応援し、サイバー戦への対抗を10年間ずっとやっている。

 従って2020年ロシアは、前段で通信遮断をしようとし、実際の部隊がキーウに進軍すれば終わりだと考えて来た瞬間、反撃に遭い死者を出して撤退した。そこから戦争が続いている。ロシアは2014年に味を占めたが、いわば麻酔が効かず、覚醒剤をソフトで作ったのでロシアの的が外れ、戦いが長引いているのが今の実態だ。軍隊だけでない。マイクロソフトの社内報は、ロシアとウクライナのそれぞれの軍隊組織のあり方の特集を組んでいる。これが民間企業だろうかと思うような状況がある。そこにサイバー戦が出てきているのが実情だ。

 目に見える画像では大砲を撃ったり、ミサイルを打ったりだが、その裏の半分はサイバー戦を戦っている。そこで、通信が遮断されたので、イーロンマスクがスターリンクという低軌道衛星を使い、それをウクライナに開放した。ウクライナは諸外国と交渉なり連絡ができるようになった。陸上経由ではできなくとも低軌道衛星経由で各国と話ができる。イーロンマスクは「赤字だ、費用をもらっていない」と騒いでいるが、それがいまある現象の一つだ。

東京経済大学創立120周年記念シンポジウム「コロナ危機をバネに大転換」 で講演を行う鈴木正俊・ミライト・ホールディングス元社長

■ 身近に広がるサイバー攻撃


鈴木:もう1つは、新聞、週刊誌でたくさん報道されているサイバー犯罪だ。金融機関や政府がDDoS攻撃(Distributed Denial of Service attack/分散型サービス拒否攻撃)をされ通信機能を麻痺させられる。或いは、ランサムウェアという「身代金をよこさないと通信を回復しない」という犯罪被害に遭っている。これは日本で頻繁に起こり昨年は約220件あった。

 インターネット空間を利用した犯罪もある。インターネットバンキングのフェイク画面が出てくる。「Amazonから請求があります」とか、銀行からの「口座を確認しなければいけないので返信してください」の通知に返信した瞬間に情報を取られることが身近に頻繁にある。インターネットバンキングの被害総額が87億円という古い統計があるが、いまはこんなものでは済まなくなっている。フィッシング被害は昨年171万件だった。私もドコモが止まったのでドコモに電話をしたら3件怪しい送金履歴があったので止めた。「そこで買い物した記憶がありますか」と聞かれたが無い。通信会社に止めてもらったお陰で助かったが、アイルランド経由通信だと分かった。現実に身の回りで起こっている。サイバー犯罪の頻発、SNSの拡散、参議院選挙でもどうSNSの不正選挙を防げるのかに取り組んでいる。

 能動的サイバー防御法、アクティブサイバーディフェンス(Active Cyber Defense: ACD)の法律が今年成立した。早く攻撃を受けた発生源を先制的に止めに入り、そのための通信管理を行うものだ。国内通信は対象外だ。サイバー犯罪の99%は国外から来ているからだ。外から日本に、日本から外に行く、あるいは日本をホップして外から日本、日本からまた海外へとサーバーをホップする。その情報を、政府が一元的に救い、情報の内容は見ないという制度を作っている。一応恣意的な運用を始めるための制度がある。情報を先制攻撃して止めるという法律が5月16日に出来た。

 インターネットの利用率は一昨年で86%、9割近い人が使っている。今日話すことは皆さんの身の回りで起こっている、全体で起こっている現象を自分で理解できるように歴史を紐解いていきたい。個別現象と全体の仕組みは、ますます裏表の密接な状態になっている。そういう思考を持っていただくことが大事だ。

電信で世界が1日で情報を伝え合う


鈴木:日本の通信事始めを言うと、電線導線1本で昔の電報のような信号送りが最初にできたのは明治2年、1869年だ。 そこで東京-横浜間で電信網が出来た。その翌翌年、1871年、明治4年、明治政府になってからウラジオストックー長崎―上海まで海底ケーブルができた。ノーザンテレコム社というデンマークの会社が引いた。日本はまだ東京―横浜間ぐらいしかできていなかった。 彼らは国際通信網で、長崎とウラジオストックを結んだ。それは、南回りの回線をイギリスのグレートイースタンテレコム社、オールレッドルートにイギリスが情報網を引いたことに対抗した。ドイツやロシアがこれを承認し自分がアジアに対して通信網を持たなければいけないとしてデンマークの会社がやった。

 デンマーク王室には王女が2人いて、1人はロマノフ王朝に、1人はイギリスの王朝に嫁いだ。デンマークは国が小さいから情報を取っても戦争にならないということで、デンマークの会社が担い、ロンドンからサンクトペテルブルク、ロシアのシベリア大陸を通り、ウラジオストックまで出ていった。

 日本はウラジオストック経由でロシアに発信できる、上海へもノーザンテレコムという会社の投資で通信ができるので認めた。まだ日本国内はそれができない時に、次から次に、イギリス対その他フランス、ロシア、ドイツの戦いが通信網を巡ってあった。

 1980年以降どんどん海底ケーブルが増えてきた。現在、太平洋に光ケーブルが入っていて、いま通信業をやっている人たちにはNTT、ソフトバンク、KDDIなどの通信会社があるが、一番多いのグーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル、マイクロソフトなどいわゆるガーファム(GAFAM)の会社だ。彼らが独自に海底ケーブルを使う。太平洋の海底ケーブルの7割はガーファムが使っている。

周:つまり一番通信需要の多いGAFAMが自ら海底ケーブルを次々敷いている。NTTのような通信インフラをベースとした企業にとっては大変な脅威だ。

鈴木:日本の通信も世界の中に組み込まれている。典型的な通信網がここに象徴されている。ケーブルの結節点がグアムなどいくつかにあり、非常に重要な地域になっている。

 電信が現れたのは早くは1851年と言うが、日本は明治時代からようやく電信が現れた。電信は情報を電気信号に変えることだ。電気信号に変わる前までは狼煙(のろし)、駅伝、飛脚、手旗信号、伝書鳩などが通信手段だった。日本は飛脚と船がほとんどだった。

 船は、例えば長崎から東京まで大体3日は最低かかった。が、電気信号に変えると1時間で行く。世界も1日で行く。目に見える通信は雨の日か晴れの日か天候により見える時と見えない時あった。また、夜になると手旗信号や狼煙は見えにくかった。ところが電気信号は天候も昼夜の別も全く関係なく、瞬間的に伝わる。モールス信号しかりだ。

 日本で言えば1870年の明治が始まって少ししてから、情報伝達が月日単位から時間単位に変わる画期的なことが起こった。国際間をつなぐ海底ケーブルができてから、世界が1日で情報を伝えるようになった。

■ 電信と切っても切れない暗号


鈴木:伝送技術の観点では、有線通信即ち線のある通信か、あるいは電波による無線通信かで、各々長所と短所がある。イギリスが有利になったのは盗聴が出来たからだ。電報が読まれ、信号の途中で情報が抜かれる。情報を持っているところが圧倒的有利になることは、近年までずっと続いている。通信ケーブルにすると高いと言われ、無線にした時代もあったが無線は途中で電波が捕まると聞こえてしまう。情報が取られることになる。

 最初はイギリスが海底ケーブルでやっていた。無線に転換しても秘密が漏れる。また海底ケーブルに戻る、を行ったり来たりしている。現在は海底ケーブルが99%で、量的にも経済的にも非常に重要な存在になっている。

 有線通信の欠点は、例えば、台湾海峡のケーブルを傷けられると通信ができなくなる。切断されるとつながらなくなる。無線通信は切断されないが、盗聴や傍受には弱く情報戦が非常に複雑になる。暗号を使い分からないようにすると今度は暗号解読の戦いが始まる。第二次大戦も含めずっとこの歴史が続いている。最近ネット見ていると、中国のある大学の方が海底線ケーブルを切断する技術を学会に論文で発表したとあった。そんな技術をどうするのかと思うが、世界はみんなやっている。

 電信にとって切っても切れないのは暗号だ。暗号表を使い、いろいろなことが起こっている。岩倉具視対外使節団の時も世界のこの動きを認識したが、第二次大戦の時もそうだった。一方のタイプライターで打つと、他方のタイプライターには暗号化された情報が出てくる。それを送り合うので第三者が見ても分からない機械式暗号だ。

 日本は、開戦暗号があった。真珠湾攻撃時に「ニイタカヤマノボレ一二〇八」だった。「ひとふたまるはち」という。何言っているかわからないが日本で一番高い山、当時台湾にあった山が新高山だった。

 ドイツのエニグマなど機械式の暗号があった。今インターネットになると秘密キーがある。ネットスケープが組み込んだSNL暗号がある。htttpでなく、htttpsと書いてあるのがある。これはインターネットで疑似的な、秘密暗号式が入っている。これはほとんど解けてしまうので、次世代の暗号合戦が起こっている。通信の裏側には他人に見られるということがある。これは通信が始まった時から起こっている問題だ。

ユダヤ資本が情報をカネに


鈴木:通信社が誕生し、世界にAP通信社、ロイター、アバスなどが出来た。通信社は、国際的な情報で何を送ったのかをみんな収集する。収集された情報の中から国別の各新聞社が情報を拾い、新聞紙面に載せる産業だ。アバスもAP通信もロイターもみんなユダヤ系がやっている。情報が早ければカネになる。相場情報、株価、金、先物の情報は、昔から非常に大事だった。フランクルトの相場が動くと次はロンドンの相場に反映する。ロンドンの相場とパリの相場が連動する。最初は伝書鳩を飛ばし、その日の終値はフランクフルトが引け値だとロンドンで同じ金融商品を買い、この値段から始めるような事をやっていた。通信は非常に金融情報と密接だ。伝書鳩の時は、時間がかかることも着かないこともあった。電信ができたら瞬間的に伝わる。フランクフルトに相場が回ったら、次はロンドンの相場が始まる。 次はニューヨークの相場が始まる。地球は回っているので相場が時差によって生まれてくることが非常に盛んになった。

 最初の1850年代に、ヨーロッパに三大通信社すなわちフランスのアバス通信社 、ドイツのヴォルフ電報局、イギリスのAFPの前身のロイター通信社があった。この三社が 独占した。アジア地域はロイター通信社の管轄範囲にしようと、3社がそれぞれ特派員を派遣するのは無駄だとし、 アジアのロイター通信が発する通信が現実になった。だから、ロイターがどう情報を出すかによって、日本、台湾、香港などアジア全体の情報がヨーロッパやアメリカに伝達されることになっていた。秘密協定でロイター社が日本のことを伝えるのが独占だと知らなかった。これが後に日露戦争に非常に大きな影響をもたらした。日本が有利なのか、ロシアが有利なのかの情報は全部そのロイター社が出す。ロイターが出す情報によって、お金を調達しなきゃいけない。 高橋是清が「借金をしないと戦争が継続できない」と言う。ロンドンやニューヨークで金利をいくらにするか情報で決める。日本が勝っているか勝っていないかで金利が上下に変化する。戦争に対する情報は全てロイター社だったことが日露戦争そのものにも影響が出た。

日本海海戦で日本が世界に先駆けて無線通信


鈴木:明治時代、有線通信で電報しか通じなかった時に日本海海戦で日本が世界に先駆けて無線通信をやった。無線通信で連合艦隊の機動あるいはバルチック艦隊が来ることを探知するのを世界で初めてやった。日本の技術は実用化に向いていた。それまでは手旗信号をしたが手旗信号は晴れていないと見えない。対馬海峡は広い。敵の近くに船を並べるわけにいかないので、発見した船が無線で直ちに連絡する警戒体制を世界で初めて取った。信濃丸が、戦艦三笠に、敵の第二艦隊が二〇三地点に現れたと暗号方式を用いて明治36年製の無線機で連絡をした。これが非常に画期的な通信方式だった。 

 ただ、その旗艦三笠は朝鮮にいて、そこから東京の大本営に連絡しなければならない。この大海戦で負けたら日本は敗戦しロシアの艦隊に蹂躙され滅亡すると危機感で、東京の大本営に海底ケーブルで連絡するが無線ではできなかった。当時できた海底ケーブルを通じて広島まで送り、広島から東京までの陸上ケーブルを使い電信が行き「敵艦隊見ゆとの警報に接し、連合艦隊は直ちに出動、これを撃滅せんとす。本日天気晴朗にて波高し」と海底ケーブルの有線で電報を打った。無線の1世代前の通信方式だった。

 次にバルチック艦隊と戦う時に「皇国の興廃此の一戦に在り、各員一層奮励努力せよ」と指示を発した有名な言葉がある。旗艦三笠にZ旗を掲げると、これから戦闘が始まる合図と認識する。古い方式だ。国際信号旗といって船は国を越えていくので信号機を国際的に取り決めていた。文字型の一次信号の組み合わせでAから順番にBC と続き、最後はZ。それぞれの旗に意味がある。本来のZ旗の意味は、「港に入る引き船をよこしてくれ」だ。日本の軍部が勝手に変えてしまった。これは軍だけでなくて民間でも使っていた信号だ。ちなみに、ニュースで見るとロシア軍がウクライナに侵攻した時、戦車の後ろにZ旗がかかった。昔ウクライナはソ連だったので、ロシアもウクライナも同じ戦車を使った。そうすると、どれが敵かどれが味方か分からないからZ旗を掲げたのがロシア軍で、Z旗が無い戦車はウクライナのだと識別用に使っただけだった。

1890年日本で電話サービス開始、大倉喜八郎は最初の加入者


鈴木:1890年、明治23年に東京―横浜間で電話サービスが始まった。この電話サービスは開始当初、東京で155加入、横浜で42加入だった。お客さんがかけると交換手が出て、相手につなぐ。1番、2番、3番、4番という電話番号だ。今のような03から始まって桁数が多いのではなく、あの人は1番、あの人は2番という具合だった。東京府庁という今の都庁は1番、2番は電報局、 3番は司法省、と役所まで軒並みだった。内務省、外務など。155加入には個人もいた。例えば渋沢栄一とか。その中に159番に大倉喜八郎という名前が出てくる。東京経済大学の創設者、大学に銅像が立っている。最初に電話が始まった当初に入っている個人はごく少数だった。司法省も一回線だけであり、大倉さんも自宅に一回線あった。日本で初めての電話サービスの加入者だ。

周:これはお金を払っているのか? それとも特権なのか?

鈴木:払っているが、ある種の特権だ。ほとんどの財閥が入った。入っているのは官庁すなわち役所、日銀、第一銀行など一部だ。十五銀行が入っていた。軍、新聞社など日本の骨格となるところもだ。一社1本で、渋沢栄一が入っていたのは第一銀行の役員であると同時に、非常に財界の力があったからだ。大倉さんの位置付けも非常に高かった。産業の世界でいろいろなことを手掛けて相談事も引き受けていたからだ。

 様々な通信方式が起こったが、最初は銅線1本だった。マレーシアで見つかったゴムの樹脂のようなものを銅線の周りに巻き海底に沈めると水が入ってこない。それに回線を張って信号を送る。1分間に20文字送れればいい方だ。非常に貴重で、暗号で取り決め通信をやれば通信料が安くなり、非常に便利だったのが有線の歴史だ。無線、有線、衛星、光ケーブルと、いろいろな変遷をたどってきた。

 ようやく1970年の大阪万博の時に、モバイル、携帯電話の原型が、いまから55年前に出た。当時は電話を申し込んでもなかなか全国につながらない。遠距離は交換手がつなげた。

 私は電電公社に入社し、最初は鹿児島に赴任した。郵便局に「3番からかかってきた」と言われて行くと「酒屋の5番だ」と交換手、つまり人が伝えていた。その時代に私は入社した。1970年代で大型の交換機がビルの2フロア全部が1つのシステムだった時代だった。ようやくモバイルの原型が出てきた。 

 1980年代になると自動車電話、モバイル電話が出た。自動車電話は自動車の中で通話ができる。なぜ自動車電話かというとバッテリーが大きくトランクにしか入らないからだ。バッテリーの能力がよくないため、自動車で電話しないとバッテリーがもたない。最大のクレームはバッテリーを自動車電話につけることで、ゴルフバッグが乗らないからゴルフに行けない、なんとかしろというのが1980年代の一番のクレームだった。

モバイルは40年間で通信速度が100万倍に


鈴木:コンピューターが小さくなりネットワーク化され1990年にインターネットの商用利用が始まった。1995年にウインドウズ95という画期的なパソコンOSがあり、そこからはインターネットの革新が始まる。1990年代には携帯電話がどんどん広がった。携帯電話機の最初は、今のようなスマホではなく小さな肩掛けカバンのようなもので新聞社や政治家が提げていた。モバイル電話が出てきてインターネットが始まった。1997年にネットワークがデジタル化した。0と1の記号で、一文字を1ビット8桁で表現する。情報を数字の組み合わせに置き換えられるようになったことが非常に大きい革新だった。ネットワークを整備するNTTが急速に光ケーブルを進めた。2000年代にブロードバンド、ADSLという銅線を使ったインターネットで光ファイバー、モバイルが3Gに進化してきた。2010年のスマホの能力は1970年の大型コンピューターの能力と同等で、電池は小さくなり能力は高くなった。2010年ぐらいから急速にスーパーコンピューターが始まった。2020年になり低軌道衛星でAIが広まり、大阪関西万博にも出ている。サイバーは、インターネットが形成する情報空間で、サイバースペースと呼ぶ。情報空間で起こっているテロをサイバーテロという。サイバーセキュリティは、インターネット空間でのセキュリティ問題、テロ問題で大きくなっている。

 1970年に携帯を出来てモバイルでは40年間で通信速度が100万倍と、情報あたりの速度がもの凄く速くなり映像が使えるようになった。インターネットは1990年代から30年間に急速に進んだ。インターネットが意味するのは、国境のないグローバルな情報、社会のシステムだ。とすれば、日本語、英語、フランス語は表現上いくらでも違うが、システム上はグローバルにつながってしまう。夜中に電話がかかって国番号を見ると、ヨーロッパの国の電話だ。ガチャンと切ると次はポーランド、次はイタリア、次はイギリスの国番号で、犯罪者にとって国境は関係ない。TCP/IPというプロトコル(通信手順)がインターフェースを決めたことにより、世界でこれを統一しさえすれば、通信ができる。一時期、インターネットは原爆を落とされてもアメリカの通信が途絶しないようにするため作ったとの話が出た。これは都市伝説だ。アメリカでも軍用インターネットを民間に開放した。日本では大学で使っていたのを民間の我々が使えるようになったのが1988年だ。

固定通信の仕組みは地域割


鈴木:1990年にようやくWWW(ワールド・ワイド・ウェッブ)の仕組みが出てきた。つい30年ちょっと前のことだ。日本はウインドウズ95で、インターネットが爆発的に広がった。基本的に使っているものは光ファイバー、電線、無線通信、あるいはそこにルーター、サーバーがつながっている。学術あるいは軍のネットワークから日常生活のインフラに転換した。インターネット以前の仕組みは電話だった。それぞれ電話をすると、その都市内の交換局に行く。例えば国分寺市の交換局が大阪に通信し、大阪の高槻市の利用者に電話が入る。順番に回線を辿り通信がいく。東北の例をあげると加入者の方が古河市の電話局を通じて仙台に上げて、仙台から東京に行く。こうした回線を取っていく仕組みが日本全国にある。局番が振られていて、北海道はゼロ1から始まる。東北は02から始まる。 東京は03、04は関東、05号は東海、06は大阪、07は中国地方、09は九州のように番号が土地に応じて振られている。最近、電話による詐欺が起こっている。電話番号が地元の交換局についているので、物理的にお金を取りに行くには、その地域でやらざるを得ない。携帯電話でやるとどこにいるか分からず電話が北海道につながったりするのでお金を取りに行けない。必ず地域ごとに発生するのは固定電話を使うからだ。自宅の地元警察から、「防犯のために固定電話は留守番電話に設定してください」と言われる。「私はこの電話をつける仕事をずっとやってきた」と思わず言いたくなるが、言えずに留守番電話に切り替えて通じないようにしている。固定通信の仕組みは、地域割りになっている。 携帯電話も全国どこでも動けるようになるが、一応その地域の移動通信局があり、そこから通じている。 例えば北海道だと札幌の基地局から光ファイバーで東京まで行き、東京の基地局から個人のところに無線でいき電話をし合う仕組みだ。

 インターネットは無秩序とは言わないが、ルーターがバラバラで、ルーターも日本の中だけでなく世界のルーターがつながっている。アメリカも通じている。世界のルーターがITPCの仕組みの中で、ルーターを使い合って通信ができている。土地にくっついていない。どこにこのルーターがあり、どこにサイバーがあるのかと問われる。金融決済をネットで決済すると、今シンガポールにAmazonのサーバーがあり、互いに隣同士で「周さんが今日これを買います」といった情報を計算し、シンガポールでお金が出たり香港でお金が出たりしている。決して日本で決済しているから日本にお金が入っているわけではない。インターネットの世界は、こういうものが非常に完成されてきている。

現実社会とサイバー空間が融合


鈴木:今まで衛星通信は3万6,000キロの上空にあり、地球の自転と同じで地球が回ると衛星も一緒に同じように回るので、衛星を通じて通信をする。しかし3万6,000キロも離れているので大きなアンテナが必要になり、放送設備は大きいものが要る。3万6,000キロの距離を往復すると、画像が悪かったり、アメリカと国際同時通訳をテレビでやると音声が遅れ、ディレーする。しゃべってるうちに日本語がどんどん遅れていく状態が起こるのは、やはり距離が遠いからだ。

 それに対して、Elon Musk氏が率いるSpaceX社の低軌道衛星スターリンクは、高度550キロぐらいまで上がる。いま地球の周りを7,000基ぐらいのスターリンクが飛んでいる。アメリカの連邦通信委員会FCCの 許可を得ている1万2,000基のうち7,000基だ。さらに許可が下りて、今後4万基まで増やしたいと言っている。

 Amazonも独自に衛星を打ち上げた。1つのロケットに60個ぐらいの衛星を載せ一度に打ち上げ宇宙空間にばらまいている。中国もインドも2030年までにやると言われている。2030年を予測計算すると大体10万機ぐらい上がっているのではないか。今は7000基にならずまだ5,000基ぐらいと思うが日経新聞に載った図を見ると、夜空に衛星の軌道がピュンピュン飛んでいる。これが10万機になるとどんな夜空になるだろうと思う。iPhoneの15、16、17は直接通信する機能が載っている。これからはその510キロの衛星であれば動画はゆっくりになるかもしれないが、ファイルだったら自由に直接できるようになる。

 これだけのものが打ち上がった時、どういうことになるか。情報が途中から入れることになると、当然その会社は見ることが出来る。情報も全部知られることも可能性として高い。

周:衛星で世界のどこでも通信サービスが受けられるとNTTのような通信インフラ企業にとっては大変な脅威になる。

鈴木:今の現実の社会で起こっていることと、自分ではちょっと確認できないサイバー空間で起こっていることが、融合してくる。スマホを使いながら生活すると、リアルな世界からではないサイバー空間が残っていることを認識せざるを得ない。ヘルスケア、自動運転もそうだ。アメリカのロサンゼルスで自動運転が開放され、次にフロリダ、ニューヨークだという。順番に来年、再来年とアメリカで自動運転の車が実際走っていく。タクシーは日本はどうなるか?

周:テスラを始め、いま米中のEVメーカーは争って自動運転のロボタクシーサービスを開始している。タクシーの無人化がすでに現実となっている。問題は規制大国の日本がいつこれを受け入れるかだ。

プライバシー保護の対策が要


鈴木:インターネット社会は、少なくとも概念上は国境がない。利便性が非常に高い。だが、脆弱性を持ちサイバー攻撃があり、社会的なものが麻痺する危険性は非常にある。日本ではあまり身近に感じないがテロ対策が重要だ。インターネットは社会的にも基本的にもまだ安定していない。商取引でもプライバシーをどう守るかが非常に大事な問題だ。インターネットでは多くのサーバーがアメリカにあるということだ。アメリカが確実に情報の中心になっている。政権が変わり様々なことが起きている。通信アプリのシグナルを大統領補佐官が使い、入れてはいけない仲間がシグナルに入りホワイトハウスの情報が漏洩した事件が起こった。脆弱性と隣り合わせだ。通信の秘密は、日本は憲法上検閲してはならない。実際にどうするかを考えていかなければならない。

 ハッカーの世界に簡単に触れたい。ちょうど独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が挙げた情報セキュリティの重大脅威2025が出た。この中で1番目に挙がっているのがランサム攻撃、身代金だ。身代金ビジネスの攻撃と被害が脅威になっている。2番目はサプライチェーンの中から情報を抜いたり紛れ込ませたりすること。3番目はシステムの脆弱性を突いた攻撃だ。最近心配なのは地政学的リスクに起因するサイバー攻撃だ。誰が攻撃しているのか分からないが何となくわかりそうなところがある。ロシアはGDPで言えば日本の二分の一ぐらいの規模しかないがサイバー攻撃が技術的に強い。北朝鮮も韓国の1/30しかGDPがないが、この分野が強い。大元をたどるとロシア、北朝鮮、中国あたりらしいとわかる。日常的な脅威がある。

 一企業からすると毎回起こるわけではないが、社会全体とすると結構な件数だ。サイバー攻撃が進化している。最初は 環境団体がどこかを訴える、或いは中国を攻撃するなどが多かったが、最近は人権侵害、攻撃の右傾化が目立つ。フェイク事件もAIを使った攻撃も多い。少し前はロボットが様々なものを分散する通信が多かったがだいぶ変わってきた。これらが丸ごと起こり ディスコードもランサムウェアもある。

 ランサムコードの例では、サイバー攻撃というと1人か2人でやっていると思われがちだが、基本的には身代金を取る脅しをするのも組織的にやっている。客を集める人、専用の情報を集める人も、事業者が沢山いて、このビジネスが成立している。身代金を請求する者、集める者、攻撃する者など分業体制が、1つの業界を形成している。身代金を払うと次はあまりやらない。警察の人に聞くと仁義がなければ身代金を払ってもなお攻撃が来る。すると新しいお客さんが身代金を払わなくなり効率が悪いという。いったん身代金を払っていただいた方は終わりにし、次の人にする。ビジネスのようだが信用がそれなりに大事な世界だ。サプライチェーンは情報を取ると次の取引先のところにジャンプしていく。その取引先から情報を取るとき一斉に送りつけるとみんなの情報が企業から漏れる。金融機関から漏れていつも申し訳ないと記者会見をしているが、あの情報はいろいろなところに蓄積している。それをポンと投げる先のリストを一生懸命作っている。

 サイバー攻撃は普通の戦争、犯罪と一緒だ。無作為にやることはない。斥候や偵察隊を出し、どこをやれば効果的であるかを考えている。私の友人に聞くと、車は絶対に傷つけられない方法がある。駐車場へ行ったらものすごくゴージャスな車の隣に止める。家を建てる時は、屋敷の隣に小さい質素な家を建てる。犯罪者は絶対に、同時に2つはできず、効率の高いところから行くから、防犯のためにはその逆を行けばいいと言われる。だから目立つやつが横にいると被害が少ない。サイバー攻撃は、ソフトウェアの斥候ファイルのようなものが出て、いろんなところにいて探っていく。そうすると、ある場所の取引額が多くシステムが弱いことがわかる。脆弱性のある企業がわかったら、そこに向かって本体が攻撃に行く。

 サイバー会社の仕事は斥候すなわちソフトが飛んでくるのを如何に早く発見するかにある。発見し偵察隊がいるうちに遮断することだ。警備会社と一緒の仕事だ。パトロールが大事なのは交番と一緒だ。サイバーの世界だからといって、やってることは突拍子もないことではない。現実の世界で人間のやることを置き換えてやっている。手順があり防ぎようがある。と同時に技術的に追いかけるのが大変だ。普通に入社した企業との間のやり取りから入っていき、その企業に穴を見つけ、そこから侵入し斥候隊を送る。この企業のシステムは脆弱だと思えばドーンと入る。偽サイトも含め、サイバーセキュリティについては、アメリカの標準化団体がフレームワークを作っている。それぞれリスクを特定し防御をどんな形でやるのか考え、脅威があれば検知する。検知したら対処法は実はいくらでもあるのでそれで復旧させていく。

被害情報収集からの防御法


鈴木:今の日本の話をすると、サイバーテロで先ほど防御法を話した。サイバーディフェンスの確立について前述したが、今の日本に対するサイバー攻撃では統計を取ると99%は海外からだ。すべて影響があるかどうかわからない。海外の1カ所ではなく何カ所かホップしてくる。被害は年々増加しているのが現実だ。情報通信機構がとった統計では 13秒に一回ずつ攻撃が来ている。攻撃が来てすぐ被害が現れるわけではないが、現実は攻撃が日本でもかなり頻繁になっている。電力設備、銀行の金融システムなどインフラになるところに入られると、影響がものすごく大きい。ウクライナでも攻撃は電力設備、製鉄所、製造工場を狙っていく、あるいは放送局を狙うなど目的はかなり特定されている。

 能動的サイバー防御として防御法が完成した。実を言うと政府、警察では既に起こっていることが分からない。個別の企業や個別の人間に起こっているため被害があると認知できない。そのため認知できるように被害のあった企業は、情報を上げてくださいという法律だ。航空会社、電力会社でも被害があったら知らせ、それを解析し、みんなの情報をひっくるめて相手を特定し、そのサーバーを事前に防御するのが前提の仕組みだ。軍隊のように戦争が起こって戦地に行くというのではない。どこで起こるか分からないのがサイバーの世界に難しいところなので、法律で担保をしないと実際に活動できない。実際に無害化する行動は、警察や自衛隊など専門的なところがやる。前段の状況は国内の協力がないとできないので法律が出来た。とくにインシデント情報、携帯インフラの会社から電子計算機の情報を取る。あるいは通信情報を取る、行政機関の中から被害情報を取るなど、いろいろな情報を集め分析をしていくのは第一歩だ。

遅延の無い新通信技術で文化を体感


鈴木:2025年の3次元の空間を、前の万博をやっていた吹田からNTTパビリオンという夢の島のあるところに3次元伝送をし、空間を伝送する実験をやろうとしている。新しい通信のシステムはどうなるのか。IOWN (Innovative Optical and Wireless Network)構想という光技術、無線のネットワーク技術を革新的にやろうという光電融合だ。電気の信号ではなく光の信号によって通信をやっていく技術を実験的にやっている。吹田でやり、台湾ともやった。台湾は京劇、日本は歌舞伎をIOWNパビリオンでやる。非常に文化的な融合が現実に出てくる。知らないものを目で見ることにより、単なる音声で聞く或いは目で見るだけではなく体感的に感じることができる可能性が非常に大きいと言う。このシステムで実現しようとするのが省電力だ。情報データセンターの電力問題だ。関東周辺では、データセンターを作るのは電力的に限界になりつつある。電力を百分の一ぐらいに抑えるような仕組みを考えなければいけない。これが1つの技術の問題で、伝送容量も125倍、遅延は200倍、 1/200だ。この前、大阪万博で北海道から九州まで日本全国合唱団が歌を歌った。万博会場で1つの音楽にして流したところ違和感が全くなかった。演奏会場の同期の技術だ。次の技術がどうなるか。非常に時間がかかり、2030年までにうまく行けばいいような息の長い話になる。

 通信の歴史はこの150年、インターネットはこの30年で劇的に変わった。150年前の時間と今とは、時間単位が全く違う。岩倉使節団は明治4年、不平等条約を直す手はじめにするため、あるいは欧米の各国の現場を調べるため、日本から52人が船に乗り、120日間で世界を一周してきた。岩倉がサンフランシスコに船が着き、東京の政府に無事にサンフランシスコに着いたと知らせることになった。長崎県知事に向けて日本政府に知らせてくれとの文章を電信で打った。当時は太平洋ケーブルがないので、実はサンフランシスコからニューヨークまでアメリカの陸路を横断して電報を打った。ニューヨークから海底ケーブルでロンドンへ行き、ロンドンから海底ケーブルでロシアのサンクトペテルブルグ、当時のロマノフ王朝の首都に行ってそれからシベリアをイルクーツクからウラジオストックを出て長崎へ行ったので、長崎県知事に送ることになった。この長崎知事宛への電信が一日で来た。ところが長崎から飛脚で東京まで10日間かかった。翻訳をしなければならないから合計14日かかって東京に行き、「サンフランシスコに無事到着した」との知らせが届いた。ネットワーク自体はノーザンテレコム社のネットワークを通じて行っているが、日本はそれくらいの遅れ、ギャップがあって、長崎などの海底線のおかげで、ようやく連絡がついた。飛脚で行ったのが明治の実情だ。そこからたどたどしく開発が始まった。日本の最初の国際通信は、デンマークの会社が日本との通信をやったことに始まる。

 インターネットができてから30年、大変な変化を引き起こした。これからの時代に更にどれくらい変化があるかわからないが、非常に情報量が多い世界になってくる。急速にスピードが速くなっているところに立ち至っている。

サイバーでもリアルでも外と付き合うことで逞しくなる


周:鈴木さんに150年の時間軸で、壮大なスケールで情報の時代を語っていただいた。150年前の人類の情報伝達は本当に限られていた。私の最初の専門はITで、博士論文のテーマは50年前から爆発的に成長した電子産業についてだった。情報の伝達を扱う電子機器機械が今から50年くらい前に爆発的に発展した。テレビ、コンピューター、携帯電話、半導体など、いまは当たり前のものが半世紀前にはほとんど存在しなかった。情報の伝達も早くなったと同時に、それを処理するハードウェアも大発展した。

 アジア工業化を一番引っ張った産業が電子産業だった。電子産業が日本、中国、ASEAN、NIES、NEICSで発展した。地政学的に大きな変化が起こったのは、情報伝達がスピードアップし、さらにそれを扱う電子機器を生産する産業が世界最大産業となったからだ。さらにハードウェア、ソフトウェアのネットワークのスピードが上がり、コンテンツ産業もものすごく発展した。世の中が変わるスピードはどんどんアップし、基礎の部分は、鈴木さんが大きな貢献をしてくださった通信産業だった。今日はこの歴史を非常にクリアにまとめていただいた。

鈴木:日本は難しいなと今思う。通信は、技術的にはものすごく進んだが例えば日本語は非常に特殊な言語だ。日本語は、主語が出てこない。例えば、紫式部が書いた『源氏物語』には主語が出てこない。人との関係で誰が話しているかを判断する。敬語、丁寧語、あるいは命令などの言葉によって、誰が誰に向かって話しているかをはっきりわからせる言語だ。例えば求婚をする時に、英語では「アイラブユー」、日本語の中ではそのフレーズを今の若い人は使うかもしれないが、「 私はあなたを愛しています」ということは言わない。「好きです」とか「結婚してください」だろう。極端な話、互いに向かい合いベンチに座って月を見て夏目漱石のように「今晩の月がきれいだ」など、何を言ってんだろうかと思うわけだ。互いにいい空間にいるねと知らせる。日本語は主語が出てこないゲームだ。

 ところが通信を媒介すると、誰が誰に向かって何をするか、物事を構成をするものが大事になる。皆は親しければ親しいほど同じ空間にいるから分かる。同じ空間にいるからどこかへ行こうとか言うが、違う空間にいた時には通じない。日本語が通じる中にいるから、そうした言葉でしゃべっても非難されない。日本語のように国に1つだけの言語という国は珍しい。中国も最近はマンダリンで統一化しつつあるが、地方によって全然言葉が通じないことはしょっちゅうある。インドの標準語はヒンズー語でも3億人しかしゃべっていないという。英語は3億4,000万人話している。違う言語で話をしていると、例えばジュネーブのお土産屋のおばさんは、フランス語も 英語も完璧にしゃべる。もちろん生活用語だ。そういうことに慣れていないまま日本語だけでやっていると何の違和感もなく会話がパンパン進む。

 だが、サイバーの世界、通信の世界は、誰が何をしているか、はっきりしないとわからない世界だ。ましてや国際間の自動翻訳が出てきた。どうするか? このあいだある会社でCEOが怒り狂っていた。「うちはマーケットの8割が海外なのに、海外の株主からみると日本の経営は解らない」。初任給制度は日本しかなく、経済学部、教育学部、工学部、どこであれ大学を卒業すれば、同じ初任給だ。海外で「一律初任給を2割上げた」と日本人が言ってもそんなことは通じない。要するに職業の能力によってそれぞれ給料が違う。大学を卒業した人も当然ながら給料が違うのは当たり前なのが世界の標準だ。言語の問題以前だ。

 言語の主語の問題も含め、日本のシステムは、いい制度といいシステムがたくさんある。が、日本のシステムは世界とは異なることを、自分の頭の中に認識をしておくことだ。言葉のやりとりを含め、ソフトウェア的なものが 非常にこれから大事になる。技術的な話だけではない。翻訳ができればできるほど分からない。英語でやっていたから互いに通じていた。だが自動翻訳を通じてやると間違える。

周:日本は本当に幸せな島国だ。同じ島国でもイギリスと比べ歴史上攻めてくる外敵もあまりなく外から受けた攻撃があっても神風が吹いて助かると言う。こういう国はユーラシア大陸から来た私から見るとすごく幸せだ。幸せの国で何が起こるか。例えばインドネシアあたりの島で原始人が絶滅した原因は、外と交流しなかったため脳がものすごく小さくなってしまった。外からの攻撃を受けた途端たちまち絶滅した。内に閉じこもる幸せに浸りすぎると思考力がなくなる。だから、そういうサイバー空間でさまざまなところと付き合うことでむしろ若者はさらに鍛えられ、逞しくなっていくと良い。

【対談】鈴木正俊 VS 周牧之(Ⅱ): IT革命の本質はテックパワーの民主化に続く)

講義を行う鈴木正俊 ミライト・ホールディングス元社長(左)と周牧之 東京経済大学教授(右)

プロフィール

鈴木 正俊 (すずき まさとし)
NTTドコモ元代表取締役副社長、ミライト・ホールディングス元代表取締役社長

 1951年静岡県生まれ。1975年東北大学経済学部卒業、日本電信電話公社入社。NTTドコモ取締役広報部長、同取締役常務執行役員、同代表取締役副社長。ミライト・ホールディングス代表取締役社長、ミライト代表取締役社長、ミライト・ホールディングス取締役相談役などを歴任。

【対談】小手川大助 VS 周牧之(Ⅵ):アジア経済の成長が日本のチャンスに

対談を行う小手川氏と周牧之教授

■ 編集ノート: 
 小手川大助氏は、財務官僚として1990年代終わりの日本の金融機関の破綻処理や公的管理を担った。その後、産業再生機構を設立し、日本企業の再生を行った。また、2008年秋以降はIMF日本代表理事としてリーマンショック後の世界金融危機に尽力した国際通でもある。東京経済大学の周牧之教授の教室では2025年5月22日、小手川氏を迎え、激動する世界情勢の現状と行方について伺った。

※前回の記事はこちらから


2025年1月20日、ワシントンDCの米国議会議事堂のロタンダで行われたトランプ大統領就任式

■ トランプ政権で「Don’t panic!」


小手川:トランプ政権になったことで、日本はあまり心配する必要はない。ハガティ前駐日大使は1980年代ボストンコンサルティンググループの東京支店で働いた。当時非常に元気がよかった日本の企業の工場を、自分の出身地であるテネシー州に誘致した。彼はずっとトランプを応援し、2016年トランプが勝った選挙後に、誰を政府の重要な地位につけるかを決める非常に少人数の委員会のトップになった。彼は希望すればどんなポジションでもつくことができたが、彼は自分を駐日大使に指名した。ハガティは1980年代の日本駐在の経験で、日本に対していいイメージを持っていたため、もう一度日本に行きたいと思っていたのである。3年務め、選挙の準備でアメリカに帰り、地元から立候補し、上院議員になった。

 ハガティが上院議員になりバイデン政権下で最初にやったことがある。共和党も民主党も全員賛成で、中国との間で問題になっている尖閣列島について「日米安保条約の対象内である。」すなわち尖閣列島について必要があれば、アメリカ軍は尖閣列島を守るとの決議をアメリカ上院下院で通した。それの仕掛け人がハガティだった。

 今回の選挙後もハガティは国務長官か財務長官になるのではないかといろいろと言われたが、結局、彼はどれにもならなかった。その代わり、ハガティはトランプに一番近い人たちが集まるキッチンキャビネット、台所の内閣と言われる5人から10人の集まりの中心人物になった。

 昔ポルトガル大使をしていた新しい駐日大使のグラスは、別荘がトランプの近隣だとのことで、トランプとはツーカーの仲だ。グラスは御子息が英語の先生として神戸に20年住んでいることもあり、生まれた初孫の顔を見たいと駐日大使として来日した。トランプ大統領と近い関係にあるので、何か問題があったらすぐに電話できる。ハガディとも毎日のように連絡を取っている。

 東京の米国大使館でのハガディのメッセージはずっと変わっていない。最初の3カ月間のメッセージは「Don’t panic!」慌てるな、騒ぐな、全然心配する必要はない、という言葉だった。淡々と交渉をやっていけばいいということだ。ただ、心配なのは、トランプの頭の中が、2000年に書いた自著当時の認識から、あまり進んでない可能性がある。

ローレンス・サマーズ米財務長官と小渕恵三首相

■ アメリカの交渉ターゲットは日本から中国に


小手川:今、日本政府が一生懸命トランプに言っているのは、当時とは違うということだ。私がアメリカと交渉をした1991年初め頃はアメリカの貿易赤字の3分の2、すなわち67%が対日だった。だから日本との交渉は、アメリカにとって本当に重要だった。

 ところが現在はがらりと変わり、日本が占める赤字の割合は、昔の10分の1で、6%しかない。中国との間の赤字はアメリカ赤字全体の26%で、EUとの間の赤字は同20%だ。これだけでもアメリカの貿易赤字の半分ぐらいになる。基本的にはアメリカのターゲットは、この2つの地域だ。

 しかも日本は6%で、それでもアメリカに対して貿易黒字を約8.6兆円持っているが、実は、日本人が使っているGoogleなどデジタル対米赤字が6.6兆円ある。8.6兆対6.6兆円で、実質はアメリカの赤字が2兆円に過ぎないということになる。

 1960年代から1990年代までのいろいろなアメリカとの摩擦を踏まえ日本の企業はどんどんアメリカに出ていきアメリカに工場を作った。結果、自動車で見ていくとアメリカ国内で日本の会社は1,067万台今生産している。そのうち約3分の1の330万台を、アメリカの車として海外に輸出している。だからむしろ日本の自動車会社はアメリカの貿易赤字の減少に、非常に貢献している。

 その全く逆が韓国だ。韓国にゼネラルモーターズの工場があり、韓国で作られたゼネラルモーターズの車がアメリカに輸出されている。その数が42万台。

 私が最後にアメリカと厳しい交渉をしたのは1994年だが、その後は中国が日本の役割を全部変わってくれた。1995年以降はすべてのアメリカの交渉のターゲットは中国になった。私のカウンターパートだった有名なローレンスサマーズというノーベル賞を取ったゼネラリストがいる。2019年暮れに中国の有名なテレビ局の開催で、北京でシンポジウムがあった。そこに私が行くとサマーズがいて「今のアメリカと中国の交渉の状況は、お前と俺が30年前にやった交渉のデジャブだな」とニコニコしながら私に言った。

周:2024年アメリカの貿易赤字相手国ダントツ1位は中国で、対米赤字規模は日本の4.4倍だ。当然、アメリカの貿易戦争の第1のターゲットになる。日本は対米貿易赤字国で第8位になっているが、同第2位はメキシコ、第3位はベトナムだった。この二つの国の対米輸出の相当の部分が日系、中国系の工場によるものだ。

米国通商代表部(USTR)

■ トランプ式対外交渉術への対処を


周:トランプ関税の観点からすると、小手川さんがおっしゃった通りのトランプの交渉パターンが出ている。2025年4月初め中国との間で最後は140%を超える高関税をかけるとしたものの、その一カ月後には中国との交渉で高関税が見直された。米中会議に参加した人の話では、会議は非常にハッピーだった。トランプの交渉力は現実主義の一つの表れだ。とんでもない要求を出すが、テーブルに座れば相互利益を考える。

小手川:一番大事なことは交渉することであって、交渉の結果ではない。

周:プロセスをエンジョイするタイプだ(笑)。

小手川:そういうことをちゃんとやっていると、自分のサポーターであるアメリカ国民に示したい。だから交渉では一番難しい問題に、任期が切れるまでずっと取り組む姿勢だ。その間トランプは「やっている」ことを、自国民に示している。結果がどうなるかは関係ない。それを日本政府はきちんと辿っていけばいい。

周:日本は今回、トランプ政権との貿易交渉では珍しく頑張った。石破政権がかなり強気で臨んだ印象だ。

小手川:私たちが1994年ぐらいまで日米交渉を担当した時、アメリカから最強硬派として出てきたのはUSTR通商代表だった。当時USTRにはスタッフが75人いた。だが、前回のトランプ一期目は25人しかいなかった。今回は人数がどうなるか?前回USTRスタッフ数が減った時、一番喜んでいたのは日本の外務省だった。アメリカの方から「そろそろ合意したいので、合意の案を作ってくれないか」と言われ、日本の外務省で合意案を作ってアメリカ側に投げると、殆ど変更なしで向こうから「これで良い」と返ってきたからだ。日本はアメリカの下請けをやっていると言われても、実際は日本が欲しいところを外務省は全部書いていた。今回もそういう格好になってくると思う。

周:強気でも通る秘訣をつかんだわけだ(笑)。

小手川:ミャンマーで大地震があった当時、各国がミャンマーに救援隊を出し、アメリカも出した。アメリカ兵がミャンマーに着き飛行機から降りてきたら、大使館から連絡がありそのメンバーの半分がクビになっていた。アメリカの行政改革で人員削減をしていたからだ。出動したアメリカ兵の半分が公務員ではなくなっていたそうだ。

周:実際のところ、どこまで改革ができるのか?

小手川:イーロン・マスク以外にも急進的な行政改革担当をしている人たちがいる。彼らは公務員無しでもほとんどの公務を遂行できると思っている。

2025年5月4日、インド・ジャンムー・カシミール州スリナガルの街路をパトロールするインド準軍事部隊兵士。4月22日、人気の観光地パハルガムで観光客グループが銃撃され26名が死亡したことを受け、インド領カシミールでは警備が強化された

■ コモンウエルス・カントリー


周:インド・パキスタン問題は何故このタイミングで沸騰したのか?

小手川:あまり心配する必要はないと私は思う。一定の期間をおいて両国はそれぞれの存在を世界に知らしめたいと思う。

また、コモンウェルス・カントリーといってオーストラリア、ニュージーランド、カナダなどが加わる英連邦がある。私の友人のカナダ人が言うには、コモンウェルス・カントリーは人事が共通で、カナダ人の彼はイギリスの中央銀行で働いていた。アメリカが加わるのではという意見があったが、彼は有り得ないと言う。アメリカがコモンウェルスに加わることになったら、コモンウェルス・カントリーの間での移動は全部自由になり、いまアメリカが一生懸命やっている移民の完全シャットアウトが壊れてしまうからだ(笑)。コモンウェルスは、英語圏のカナダ、イギリス、アメリカ、オーストラリア、ニュージーランドが全部集まって、一つの国を作っている、ということだ。

周:全部元々はイギリスの植民地だ。

小手川:そう考えておかないと読み間違えると思う。

周:インドとパキスタンはもともとイギリス植民地だが、その対立の根っこはイギリス植民地の禍根とも言える。更に言えば、パキスタンはイスラム教国家だ。中東情勢も絡んでくる。

東京証券取引所

東京を国際金融都市にする条件


小手川:中国関連では、2022年12月頃から中国人がどんどん日本でマンションなどを買っている。昔は投資物件として買っていたがいまはマンションを買った人は一家で引っ越してくる。その人たちが「一家で食事をした後に楽しめる場所を作ってほしい」と言う。私が「東京には世界で一番有名なアーティストがたくさん訪問してきている。コンサート等に行ったら如何か」と言うと、「それをやりたいが一つ問題がある」。「ぴあに中国語版と英語版がない」。ぴあの社長が友人なので「こういう声がある」と伝えた。これから日本の人口は減り、集客にはインバウンドの人たちが重要になる。

 実際いま日本にいる中国人は100万人を越した。これまで在日韓国人が62万人くらいだったのをあっという間に抜いた。これから住宅を買おうと言う人は大変だと思うが、山手線の内側の住宅地価が1年間で二倍になった。次いで大阪が上がり。名古屋が上がっている。いまのところ九州で福岡はあまり人気がなく、長崎や大分の地価が上がっている。熊本はTSMC(台湾積体電路製造)の進出で地価が3倍になった。

周:最近、時折中国の友人から電話があり「東京のこの場所はいい場所か?」と聞かれる。「いいところだ」と言うと彼らは物件を買ってしまう。東京で今山手線の内側で3億円前後の物件が人気だそうだ。

小手川:それに関連して子どもの入試状況が変化した。昨年の入試から始まったが、今年の春の高校入試で判ったのが、東京の有名な開成、麻布、筑波大附属、女子は桜蔭などの高校は、中国人学生が2割いるとのことだ。

周牧之、エズラ・ヴォーゲル対談『ジャパン・アズ・ナンバースリー』『Newsweek 』2010年2月10日号

周:中国人の子弟がこうした名門校にも続々入っているのか?

小手川:入っている。私の姪が九州大学の医学部に入ったが、同級生でトップと2番が共に中国人の子どもだった。

周:東京の金融市場は、アジアの企業がIPO新規上場をし易いようにすれば、アジアの優良企業がわんさと来ると思う。これに関連し、アジアの企業家やその家族は大勢東京に移住することになるだろう。お金も人も、東京に流れることにより、新たな繁栄を呼ぶはずだ。金融政策キーマンの小手川さんが仕掛けたらすごいことになる。

小手川:アメリカのくびきが外れたらやれると思う。マネーロンダリングの問題があるため、日本がやることにアメリカは絶対反対する。

周:マネーロンダリングよりはアメリカにお金がいかなくなってしまうことを恐れているだろう。アジアのお金がアメリカではなく日本に流れてきてしまうとアメリカの金融マーケットに大きな変化が起こるはずだ。

小手川:そうだ。

周:いま東京都の小池百合子知事が、東京をアジアの国際都市にしようと頑張っても、東京都知事の力だけでは東京金融マーケットの国際化は難しい。

小手川:10年前に、ワンストップサービスで、海外の人が来た時に住宅問題だけでなく学校の問題などを全部相談できるオフィスを作った。それに一番制限を掛けてきたのが、私が元いた金融庁だ。そのバックにいるのがアメリカで、マネロン規制を使い、ぎゅうぎゅうに絞ってくる。日本が日米安保条約を破棄してもいいと言って金融マーケットの国際化を進めないと難しい。

周:東京がアジアの金融センターになれれば、アジアの成長を取り込み、日本はより大きな繁栄を謳歌できるはずだ。

故・エズラ・ボーゲル氏と周牧之教授(詳しくは、【コラム】周牧之:エズラ・ボーゲル氏を偲ぶ/『ジャパン・アズ・ナンバースリー』を参照)

■ 5年毎に中国は日本経済一個分のGDPを新たに作る


周:先週イギリスの『エコノミスト』のカバーストーリーに、「Make China great again」と文字が入ったトランプの帽子を習近平がかぶっているフェイク写真が出た。トランプは「Make America great again」。習近平は言うならば「Make China great again」だ。もう一つ習近平は、「共同富裕」というスローガンを持つ。ボトムアップして中国の底辺層の底上げをしていきたい。この二人をみると同じ政治的な使命を抱えている気がする。

小手川:習近平は中国共産党の存在意義をどう表明するかがポイントだ。中国の弱みは政治、民主主義だ。中国共産党の存在意義を毛沢東は独立、反日闘争に求めた。鄧小平は中国共産党の下でみんな頑張れば生活水準が上がる、党と政府の力が強くなるとした。実際に経済成長には官僚の努力が必要だった。

 習近平はそれをどこに求めたか?一つは、共産党の下で中国が世界の強国になる。問題はそれが一般の人にはなかなかわかりにくい。富裕になったかは分かり易いかもしれない。これをどう上手く分かりやすくするかが、中国のいま最大の問題だと思う。

英『エコノミスト』に掲載されたMake China great again

周:強国になる必要性を、中国人は皆痛切に感じている。中国は1840年にイギリスにアヘン戦争でやられた。当時の中国の経済規模は世界の三分の一、貿易規模は今同様、世界トップだった。なのに、アヘン戦争でイギリスにやられた。経済、貿易をいくら頑張っても大丈夫ではなかった。二度とそういうことにならないよう強国にすることに国民は反対しない。

 共産党は平等な社会づくりを一貫として訴えている。それが、共産党がうまくいっているかどうかの、最大の試金石であるといってもいい。例えば今年、中国で最も経済水準の低い地域の貴州省に行った。ところが同省のミャオ族の街は、アメリカのバンス副大統領の出身地の経済水準よりはるかに高いと感じた。山脈地帯でも高速道路や高速鉄道などの世界的にハイレベルなインフラ整備が整っている。大規模なインフラ整備によって、これまで閉ざされていた少数民族地域が世界に開かれ、豊かになるストーリーが現実となっている。

小手川:トランプは共産主義を特に嫌っているわけではない。

周:今年の春節前後に 3カ月近く中国に戻っていて、貴州省、福建省、広東省は余裕綽々になってきたと感じた。大変な成長ぶりだった。

 ハーバード大学教授のエズラ・ボーゲル氏と「Japan as number three」と題して対談した2009年に、中国の経済規模が日本を超えて大きくなったことが話題になった。いまの中国経済の規模は日本経済規模の4倍になった。つまり対談後、5年毎に中国は日本経済一個分のGDPを新たに作り上げた。その点について日本では余り議論されていない。日本のマスコミにはむしろ中国経済が破綻するといった報道で溢れている。中国の社会経済の発展をきちんと認識し、付き合っていくことが、日本の大きなチャンスにつながるはずだ。

 日本と中国の関係がもっと互いに協力し合うようになるといい。中国の観光客がいま1,000万人規模で日本に来ている。これがさらに3,000万人、5,000万人レベルになれば面白い展開になる。日本の皆さんも、もう少し中国に行けばさらに良くなる。

中国人インバウンドで賑わう東京・浅草寺

■ ひとたび戦争が起これば人類壊滅に


学生:私は台湾出身だ。ウクライナとロシアとの関係は、台湾と中国との関係に影響を及ぼすか?

小手川:それは全く無いと思う。プーチンは領土を拡張する欲望はない。東ウクライナのロシア語を話している人たちが「自分たちを守ってくれ、ゼレンスキー政権が酷いことをしているのをストップさせてくれ」と言ってきていた事が今回の侵攻の原因である。プーチンは自分の選挙民、自分を支持してくれる人を幸せにしたいというのが最大の願いだ。今回の戦争は、イギリスとバイデンが仕組んだことなので、台湾と中国とは全然違う。

 もし習近平が本気で台湾をなんとかしようとしたら、台湾の弱みは電力だ。天然ガスを利用しており、天然ガスの備蓄は二週間分しかない。台湾海峡の周りに船を派遣し、天然ガスの輸入をストップすれば台湾は電力がすぐになくなる。しかもアメリカなどがそれを抗議したとしても「これは国内問題である。台湾は中国の一部だから」と言えば済む。このことが、台湾の人からすると一番リスキーだと思う。ただそれだけのリスクを中国が取るかどうか?むしろ一番怖いのは中国国内の政治経済がうまくいかなくなり、外に仮想敵を作って国内をまとめるというナショナリズムに訴えることだ。

 これはあまり知られていないが、軍事力で台湾を攻めることは凄く大変だ。台湾の北は浜辺があるが中国に面している西側は全部断崖だ。上陸することができない。更に台湾を自分のものにしようと思ったら台湾の制空権、空軍力を全部自分のものにしなければならない。そうなると最初に攻撃しなければならないのは沖縄の嘉手納基地だ。これは直ぐに中米戦争に発展する可能性があり物凄くリスキーだ。米台相互防衛条約の対象になっていない金門島と馬祖島の二つの島の占領は、アメリカとの間では問題にはならない。

周:製造業の衰退で、アメリカではいま最新鋭の飛行機を作れない程になっている。造船能力も随分なくなっている。このような国が中国を叩く力があるとは思えない。

小手川:いまアメリカの造船能力は中国の200分の1だ。第2次世界大戦時に日本軍がなぜ負けたか。1つの大きな理由は輸送船が足りなかったから戦争が続かなかった。しかし、今の戦争でそれは関係ない。原爆一発で終わりだ。

周:中国も核保有国で、そこまでアメリカはやるつもりなのか?

小手川:そこまでやるつもりだ。今どこの国の指導者にも言いたいのは、戦争をやったら本当に人類は滅びる、そのひとことだ。

(終)


プロフィール

小手川 大助(こてがわ だいすけ)
大分県立芸術文化短期大学理事長・学長、IMF元日本代表理事 

 1975年 東京大学法学部卒業、1979年スタンフォード大学大学院経営学修士(MBA)。
 1975年 大蔵省入省、2007年IMF理事、2011年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹、2016年国立モスクワ大学客員教授、2018年国立サンクトペテルブルク大学アジア経済センター所長、2020年から現職。
 IMF日本代表理事時代、リーマンショック以降の世界金融危機に対処し、特に、議長としてIMFの新規借入取り決め(NAB)の最終会合で、6000億ドルの資金増強合意を導いた。
 1997年に大蔵省証券業務課長として、三洋証券、山一證券の整理を担当、1998年には金融監督庁の課長として長期信用銀行、日本債券信用銀行の公的管理を担当、2001年に日本政策投資銀行の再生ファンドの設立、2003年には産業再生機構の設立を行うなど平成時代、日本の金融危機の対応に尽力した。

【対談】小手川大助 VS 周牧之(Ⅴ):激しく揺れ動くヨーロッパ

対談を行う小手川氏と周牧之教授

■ 編集ノート: 
 小手川大助氏は、財務官僚として金融機関破綻後の公的管理を担った。その後、産業再生機構を設立し、バブル崩壊後の処理に当たった。日本の金融危機の対応に継続して努めたのみならず、IMF日本代表理事としてリーマンショック後の世界金融危機に尽力した国際通でもある。東京経済大学の周牧之教授の教室では2025年5月22日、小手川氏を迎え、激動する世界情勢の現状と行方について伺った。

※前回の記事はこちらから


2022年4月9日、ウクライナ・キーウを電撃訪問し、ゼレンスキー大統領と会談したボリス・ジョンソン英首相

■ イギリスの介入が戦争を長期化


小手川:2020年3月29日にイスタンブールでウクライナとロシアが交渉をし、一旦合意した。しかしその5日後にイギリスのボリスジョンソンがキエフに行き、「もっと戦争しろ」と言ったのだ。

 これは本当にひどい話で、あの時もし止めていれば、今ロシアが占領するウクライナ西側のケルソン、東側のマリウポリ、それからザポロージエを、まだ当時ロシアは占領していなかったので、今の状況に比べれば圧倒的にウクライナの領土は大きいままだった。ところが、ジョンソンの介入の結果、今日のようになってしまった

 だから、それはイギリスが責任を全部取るべきだと私は思う。ちなみにこの時のウクライナ側の交渉官は、その1カ月後にキエフの街中で夜、轢死体で発見されている。

周:誰に殺されたかは分かったのか?

小手川:今でも分からない。おそらくネオナチの連中だろうと言われている。

 欧米は嘘ばかりついていたが、ついにトランプが大統領になったこともあり、正直な意見を言う人が出てきた。今年3月の初めに『ザ・ヒル』という信頼できるアメリカの議会雑誌に、アランクーパーという大学教授が正直なペーパーを書いた。この人はもともと民主党のスタッフで反トランプで、軍事戦略と紛争管理が専門だ。

 その人が「ロシアのウクライナ侵攻は防ぐことができた。一番責任があるのはゼレンスキーとバイデンだ」「これまでマスコミが一貫してロシアの侵攻は挑発されたものではないとしてきた論調は、全くの誤りだ」と言い、そこで大事な3つの理由を述べている。「ドイツ、フランスと一緒に打ち方止めの合意をしたのに、それをウクライナのネオナチが壊し、あのような事態になったということ。2つ目はミンスク合意を何回も違反したのは、ゼレンスキーだということ。そして2021年11月と12月にバイデンに対してプーチンが、『そろそろ堪忍袋の緒が切れるから何とかしろ』と何回も警告した。それに対してバイデンは何もしなかった」つまりすべて責任は彼らにあることを公に発表した。

周:ボリス・ジョンソンは、当時イギリスの首相だった。過去数百年、イギリスは一貫してヨーロッパでのまとまろうとする勢力を潰してきた。今回、ロシアとウクライナを戦わせる事に執念を燃やすのも、その一環だと思われる。ちなみに、ボリス・ジョンソンは、2016年イギリスのEU離脱を主導した人物だ。

ノーベル賞授賞式晩餐会の会場・ストックホルム市庁舎

■ 固定化するイギリス階級社会


周:イギリス年金基金の7〜8割が外国株を買っている。恐らく主にアメリカ企業の株を買っている。イギリス国内企業株を買うのは1割もいない。つまり投資先としての良い企業はイギリスに無くなっている。金融立国のイギリスは自国に投資しなくなった。これはイギリス経済の困窮ぶりを表している。

 にもかかわらず、なぜイギリスは、ヨーロッパの中で最も戦争を煽るのか?同じ島国の日本からイギリスはどう見えるのか。

小手川:イギリスに残っている産業は金融業と兵器産業だけだ。イギリス製兵器のパーツを作っているのはスウェーデンだ。だからスウェーデンはいつもイギリスと同じような行動をする。ノーベル賞もそうした観点から選ばれる。例えばノーベル賞を受賞する中国人はことごとく中国政府に反対している人たちだ。

周:ノーベル賞はダイナマイトを開発し戦争で築いた巨万の富を元に設立された。とくにノーベル平和賞や文学賞などは反体制的なイメージも強い。トランプは自分が幾つかの戦争を終結させたことでノーベル平和賞を取ると訴えていたが、それはノーベル平和賞の本質を理解していなかったわけだ(笑)。

小手川:イギリスと日本の1番の違いは、イギリスが階級社会であることだ。貴族の称号を持っている人は、一生どころか永遠に保障される。

 正確に言うと、イギリス人は土地の使用権しか持てない。すべての土地は国王陛下が持っているため、一般国民は使用権しか持ってない。だが、貴族たちは、その所有権を未来永劫何代にわたってずっと持っていられる。王室は表に出ない隠された資産をたくさん持っていて、それを使いWWF等さまざまなNPOの援助をしている。

 日本との違いはイギリスが階級社会で階級間の移動がないため社会がものすごく固定化している点だ。低い階層に生まれた人は希望がない。

 私がいろいろな場面で感じたのは、世界で一番日本人を嫌っているのはイギリス人だという事だ。めったに表に出さないが、何かのきっかけでイギリス人は、彼らが第二次世界大戦前一番進んでいた鉄鋼業、造船業、ミントンという有名な陶磁器さえ、日本との競争に敗れたと、日本側に被害感情を見せることがある。1990年代半ばに「フルモンティー」という映画があった。失業しガス自殺を図った若者が男性ストリップをして何とか暮らしていく悲惨な映画だ。イギリスの昔の工場地帯が舞台になっている。

周:「世界の工場」としてのイギリスにとどめを刺したのは日本だ(笑)。

ウィンストン・チャーチル英国元首相

■ アメリカを上手に抱き込んだチャーチル


小手川:もう少し古い歴史から紐解くと、ロシアの仇敵はイギリスだ。イギリスはロシアが大嫌いだ。イギリスにとって一番重要な植民地だったアメリカが独立したときに、アメリカの独立を一番助けたのがロシアだったからだ。

 もちろんフランスも助けたが、ラファイエット公爵の個人的な感情があったためだ。一方ロシアは、エカテリーナという元ドイツ人だった女帝が有名なフランスの啓蒙思想家ヴォルテールに感化され、民主主義を良しとし、アメリカ独立を支援した。それは百年後、南北戦争時のイギリスの南軍との関係に連なる。南は主たる産業が綿花で、奴隷をたくさん使っていた。その頃のイギリスは奴隷貿易で儲かっていた。産業革命時に、蒸気船を作った有名なアメリカ人フルトンに投資していたのが奴隷商人だった。それに対し当時のロシア皇帝アレクサンドル2世はリンカーンをサポートした。ロシア艦隊をアメリカ東海岸に送り、イギリスの艦隊は南軍と一緒に北を攻められていた。1776年のアメリカ独立以来、アメリカの最大の脅威はイギリス、一番の仲間はロシアとなった。

 これが変わったのは1939年の6月だ。第2次世界大戦が始まろうかという時に首相になったチャーチルは母親がアメリカ人だった。ドイツに勝とうと思ったらアメリカを引っ張り込むしかない。それで当時のイギリス国王に頼み、国王夫妻にカナダに行ってもらっている間に、アメリカ政府と交渉した。ニューヨークのハドソン川にあったルーズベルト大統領の私邸で、アメリカ風のピクニックをやった。これは「ハドソン川のピクニック」という映画にもなっている。

 その時、有名なルーズベルト夫人エレノアが、王妃に対してファーストネームでアメリカ風に名前を呼ぶので、王妃はものすごく嫌な顔をするものの立ち場上ひっくり返すわけにはいかない。その時に初めてイギリスとアメリカの関係が良くなった。それは、ドイツがポーランドに侵入する1カ月前だった。これはイギリスにとっては大博打だった。その一年半後、日本が真珠湾攻撃をした時、喜んでシャンパンを開けたのがチャーチルだった。地団駄を踏んだのがヒットラー。まさに現代化の流れがそのようになっている。そう考えると全体が見えてくる。

周:第二次大戦勝利の一手はチャーチルがアメリカを上手に抱き込んだことだ。これと対極に、日本の真珠湾攻撃は、負け戦の一手だった。蒋介石は真珠湾攻撃のニュースを聞き、興奮のあまり一晩眠れなかった。

ドイツ・ツヴィッカウにあるフォルクスワーゲンの電気自動車工場

■ 恵まれ過ぎて失敗したドイツ


小手川:ヨーロッパがいま大失敗しているのはあまりにも恵まれすぎたからだ。1991年にソ連が崩壊し、東ヨーロッパ、ロシアまでヨーロッパの新しいマーケットになった。モノがどんどん売れた。一番儲かったのがドイツだった。ユーロが出来るまではドイツマルクが強すぎてドイツの人件費がスペインの二倍くらいあった。通貨が統一されたあとユーロでドイツの人件費とスペインの人件費がイコールになった。単に東ヨーロッパの国々がマーケットになっただけでなく、西の貧しかったスペインやポルトガルもモノを買う力がどんどん付いてきた。

 市場は伸び、しかも彼らが買ったのがドイツ製品だったため、これがドイツ人を甘やかしてしまった。緑の党という最悪の党が出来た。私のよく知っている日本人女性でドイツ人と結婚した人が1カ月に2回くらい面白いペーパーをYouTubeに出している。ドイツの環境省次官がいきなり環境NGOのトップになる。環境NGOのトップが環境省の局長になるといった事が頻繁に起こる。非常に腐った関係になる。さらに彼らはつるんでドイツの有名な企業、シーメンスやフォルクスワーゲンに対して「環境規制をごまかしているだろう」などと脅迫をする。「証拠はある。公開されたくなければ緑の党に政治献金を出せ」と迫る。

 このままいけば近々フォルクスワーゲンも潰れる。この前、大分に来たエストニアの有名な指揮者が言っていたのは「ベルリンフィルハーモニーが、今お金がなくなっている。いま中国政府に支援をお願いしている」。今年のバイロイト音楽祭、ザルツブルク音楽祭の予算は3文以下っとになるなど、ドイツは本当に悲惨な状況になった。2024年11月末にフォルクスワーゲンは労使交渉が終わり、合意したが、その内容はひどい。2030年までにフォルクスワーゲンのドイツ国内工場の従業員を30万人クビにする。それを組合が飲んだ。そうでないともうやっていけない。

 その最大の失敗は、中国と組んだことだ。これからはEVの時代だとして中国企業と合弁した。中国の企業にEVのノウハウを全部渡した。その時ドイツは、中国が自分たちの最大のマーケットになると思い、これで成功したと思った。中国政府が国内の自動車会社に補助金を出し、あっという間に中国に物凄い数のEV生産工場が出来て世界最大のEV車生産国になった。ドイツにはEVの分野で将来はない。主要政党である緑の党は少しも問題意識を持っていない。緑の党を応援している人がほとんど公務員で、社会の経済状況の良し悪しは自分たちには関係ないと考えているからだ。

周:ドイツはガソリン車に強いが、EVには弱い。バッテリーにしても自動運転にしても、そもそもドイツの自動車メーカーには技術が無い。中国は逆で、EVが強い。バッテリーは世界で大半のシェアを取っている、自動運転も、テスラと真正面から勝負しているのは、中国企業くらいだ。ドイツの問題は、あまりにも恵まれすぎてIT革命に乗り遅れ、産業技術が何世代も遅れていることだ。もう1つ、ロシアとウクライナの戦争でエネルギー不足が大問題になっている。

小手川:そうだ。ドイツが非常に恵まれていたことの大きな要因は、ロシアからパイプラインで送られる天然ガスが非常に安価だったことだ。それが今度の戦争で全部止めになった。

 ドイツの私の知り合いがベルリンで会議があるから行ってみたら、ベルリンの立派なパーティ会場が暗かった。「もっと明るく」と言ったら「できません。この3年間で電気料金が8倍になったから」。すでに電力がないから使えない状況になっている。

周:知人の経済学者の話では、ドイツでは中国の技術やサプライがないとモノが作れなくなっている。10年前の中国の製造業のイメージとは真逆なことが起こっている。

ベンジャミン・ネタニヤフ・イスラエル首相と会談を行うドナルド・トランプ米大統領

「帝国」のブレが「周辺」と大きな摩擦を生む


周: 外交面においては、トランプはバイデン政権との逆をやっている。バイデン政権は一生懸命に同盟国をまとめようとしたのに対して、トランプは同盟国を「ゆすり集団」として容赦なく高関税を課している。こうした帝国のブレが、関係諸国との大きな摩擦を起こす。

 歴史から見ると、これに似ているパターンが第二次大戦後に2つ事例として取り上げられる。1つは、1956年にソ連のフルシチョフによるスターリン批判が起こった時、中国と東欧の一部がソ連に反発したこと。結果、中国とソビエトとの関係は、とことん悪化し、1969年ウスリー川の珍宝島での中ソ国境紛争に発展した。

 もう1つは、鄧小平が実権を握り毛沢東批判をした時、毛沢東の盟友たる北朝鮮やベトナムとの関係が悪化した。1979年の中越戦争もその延長線上で考えれば見えてくる風景が違ってくる。

 第2次トランプ政権は、ヨーロッパの盟友、そして隣国カナダにも厳しい姿勢を取っている。つまりトランプはヨーロッパの現在の首脳らを、バイデン政権の「代理人」と見做しているところがある。これに対してヨーロッパ諸国やカナダもトランプのアメリカに批判的だ。 

 そもそも帝国とはそういうものだ。帝国内部で起こる大転換は、それまで付いてきた周りの諸国の人々にとっては困惑させられるものだ。いまのヨーロッパの情勢を判断する一つの視点となる。

学生:第1次トランプ政権時、彼を支持するいわゆるユダヤ系の人が政権の中枢を占め、イスラエル問題に強く介入するイメージがあった。今回のガザ地区での紛争に関して、トランプはどの方向へ動くのだろうか?

小手川:イスラエル問題に関するポジションは、いまのところネタニヤフとの関係を損なわない方が米国の国内政治的にいいとトランプは思っている。トランプはドイツ系とスウェーデン系で、親戚にユダヤ系はあまりいないが娘婿のクシュナーがユダヤ人だ。トランプの父親は不動産業をニューヨークのクイーンズで成功させたが、クイーンズはニューヨークではトップの地区ではない。トップはマンハッタンだ。マンハッタンの不動産は全てユダヤ系が握っている。トランプはマンハッタンに進出しようと自分の娘にユダヤ系の人を選び、娘婿と一緒にマンハッタンの土地開発をやった。娘婿クシュナーは、ユダヤ系の少数派メンバーだ。彼の属する少数派のユダヤ人グループの発祥地は白ロシアの境目のところにある。ユダヤ人ではないが、同地域の出身で有名な作曲家にラフマニノフがいる。ロシアのユダヤ系マフィアはプーチンが大統領になった時、選択肢を与えられた。亡命する等して出ていくか、或いは、経済力を剥奪された。例外は有名なロンドンのサッカーチームのチェルシーを持つアブラモビッチというロシアの大金持ちで、彼も同じユダヤ教の非常に少数の宗派のメンバーで、彼はプーチンとの関係を保っている。

モスクワ国際ビジネスセンター(MIBC)に林立する超高層オフィスビル

ロシア人は日本好き


小手川:私は日本の一番いいところは日本では職業に貴賎がないところだと思う。いい仕事悪い仕事がない。例えば、お手洗いの掃除をしている人の仕事ぶりを周りの人はよく見ていて、その人が真剣にプロフェッショナリズムで任された仕事をきっちりやれば、その人は日本では尊敬される。最高の美徳とされる。

周:社会主義国家中国で育った人間からすると、それは1番素晴らしいことだと思う。階級を無くし平等を訴える毛沢東はまさしくそうした発想を中国社会に植え付けた。私は小学校から農村で農作業をする課外授業を受けていた。農民や労働者に敬意を払うべきであると強く教えられた。

小手川:社会は変わっている。昔と違いGDPが増えたとか、パワーキャピタルがどれだけ多いかが、競争の題材になっている。一度しかない人生をどこでどう過ごすのが幸せか?その選択の時代に入っていると思う。

 新型コロナ明けの人々の行動を見て分かるのは、日本人が認識しているかどうかは別にして、世界の人々の認識は、特にロシア人は、日本が1番いい、日本に来たいという事になっている。日本は清潔で、美味しいものが安く買える。治安の心配がない。夜9時以降の電車に女性が一人で乗っていられる場所を世界中で日本以外に見たことはない。文化的に癒されるものが沢山ある。温泉他さまざまな日本の文化を見て、日本は世界で1番愛される国だとロシア人の84%が言っている。二番目はブラジルだ。ただブラジルは日系人が多いことも影響していると思う。

 ロシア人がなぜ日本を好きかというと、まず、日本製品が信頼できて壊れない。日本人は嘘を言わない。長い関係を重要視している。それから日本の文化が素晴らしいという。古い日本の文化にお茶、お花がある。生け花教室が世界で一番多い都市は、モスクワだ。冬場は雪道がずっと続くので、せめて家の中ぐらいは綺麗な花で飾りたい、ということだ。そうした日本の古い文化だけでなく、アニメとコスプレはロシアの若い人たちにとって最大の憧れだ。

 ロシア人は日本好きで、逆にロシア人が一番嫌いなのは中国だとも言われる。面白いのは、世界各国にいくと必ず中華料理屋があるが、モスクワで中華料理屋を探すのは難しい。日本料理屋はモスクワに山のようにある。モスクワだけで、寿司屋と名が付く店は650件ある。

周:ところがマスコミや外交政策で見ると何故か日本人はロシアが余り好きでは無いようだ。

バンス米国副大統領による著書『ヒルビリー・エレジー』

■ 戦後の社会システムが日本の支え


周:アメリカの友達はアメリカ社会の基盤が壊れていると言う。例えばバンス副大統領の著書『ヒルビリー・エレジー』を読んでみると分かるように地方や家庭が痛々しいほど崩壊している。

 それに対して、グローバリゼーションを経験しある程度の格差社会になった日本では、社会の崩壊は起きていないのは何故かということだ。これは、戦後日本の社会システムがかなり効いているからではないか。この社会システムこそ非常に大きな強みだ。グローバル社会の中でどうしても格差が生じているが、幸いにして日本文化の影響もあり、社会システムそのものの良い面がまだ活きている。

小手川:そうだ。中国政府の方から聞いて面白いなと思った言葉は、「中国は多くを日本から学んだが、1つだけ日本から学べなかったことがある。それは社会主義だ」。日本は今世界で一番社会主義的な国だという。

 これは別に社会主義がいいとかではなく、もともと日本は農業社会だと思う。農業社会はどうしても皆で一緒にいろいろな仕事をしないといけないので、共同意識が強い。確かに、私の出身の九州の田舎は、みんなが自分を見ていて、うるさく感じることがあるが、結果的にそれが平等につながる。いわゆる欧米の狩猟民族的なところとは全然違うところがあると、私は思う。そういう意味で日本人に近いのがロシア人であり、また東ヨーロッパ人であり、双方農耕社会だ。

周:ロシアはソビエトという共産主義国家の70年間で、かなり社会主義的な思想が浸透しているはずだ。それも「社会主義的な日本」に親近感を持つ一つの理由かもしれない。

対談(Ⅵ)に続く


プロフィール

小手川 大助(こてがわ だいすけ)
大分県立芸術文化短期大学理事長・学長、IMF元日本代表理事 

 1975年 東京大学法学部卒業、1979年スタンフォード大学大学院経営学修士(MBA)。
 1975年 大蔵省入省、2007年IMF理事、2011年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹、2016年国立モスクワ大学客員教授、2018年国立サンクトペテルブルク大学アジア経済センター所長、2020年から現職。
 IMF日本代表理事時代、リーマンショック以降の世界金融危機に対処し、特に、議長としてIMFの新規借入取り決め(NAB)の最終会合で、6000億ドルの資金増強合意を導いた。
 1997年に大蔵省証券業務課長として、三洋証券、山一證券の整理を担当、1998年には金融監督庁の課長として長期信用銀行、日本債券信用銀行の公的管理を担当、2001年に日本政策投資銀行の再生ファンドの設立、2003年には産業再生機構の設立を行うなど平成時代、日本の金融危機の対応に尽力した。

【対談】小手川大助 VS 周牧之(Ⅳ):ロシア・ウクライナ戦争が危うく人類滅亡の危機に

講演を行う小手川氏

■ 編集ノート: 
 小手川大助氏は、財務官僚として金融機関破綻後の公的管理を担った。その後、産業再生機構を設立し、バブル崩壊後の処理に当たった。日本の金融危機の対応に継続して努めたのみならず、IMF日本代表理事としてリーマンショック後の世界金融危機に尽力した国際通でもある。東京経済大学の周牧之教授の教室では2025年5月22日、小手川氏を迎え、激動する世界情勢の現状と行方について伺った。

※前回の記事はこちらから


2024年12月16日、労働省で演説するバイデン米大統領

■ 2024年9月の人類滅亡危機


小手川大助:実は私は2024年9月15日、あと3日ぐらいで自分が死ぬと思っていた。なぜか。核戦争が始まると思っていたからだ。核戦争が始まると生き残るのはアメリカ、ロシア、中国のように国土が広い国だ。日本のように狭い場所に人口が集中する所は全滅する。イギリスとウクライナが組んでロシアを挑発し、核戦争を始めようとする事件が9月13日から15日にかけて何回か起こった。

イギリスは、残っている産業がアメリカと同様に兵器産業しかない。金融業も危機に陥っているので戦争するしかない。そこでアメリカの部品で作ったイギリスのミサイルを、ウクライナがロシアに打ち込むようにしたかった。その許可をバイデンにもらうためにワシントンにスターマーが行った。バイデンはアルツハイマーで何の話か分からなかったと思うがNOと言った。その1週間後に、今度はゼレンスキー自身がバイデンのところへ行き、言質を取ろうとした。その時にはアメリカ政府にその話が十分入っていたため政府がバイデンに説明し「ゼレンスキーには絶対NOと言ってください。そうでないと本当に核戦争が始まる」と言ったのが9月13、14、15日だった。

最初の段階でバイデンがYESと言っていたら恐らく私たちは死んでいた。日本全体が核爆弾の犠牲になったからだ。一番困るのはそういう戦争になると、地球の周りに核の雲が出来、全世界の平均気温が10度ぐらい下がる。そして全世界はひどい農業問題が起こり人々は飢餓になる。原爆1発で、人は数日間も経たずに死ぬ恐れがある。生き延びても数年間のうちに飢え死にする。そんな状況が非常に近づいたのが2024年9月だった。

 なんとかその状況は脱した。その状況を知っていた我々の仲間は、11月にトランプが勝った時、「本当によかった、バイデンが勝っていたら核戦争が始まり、人類が滅亡したかもしれない」と、本当に真剣に互いに話し合った。

周牧之:バイデン政権は、何故そこまでやるのか?

小手川:バイデン大統領はあの時脳が動いていなかった。

周:いまのトランプ政権の国務省の中にそうした考えの人はまだいるのか?

小手川:まだそういう考え方を持っている人が、若干残っていることは間違いない。ただ、その人たちの上に国務長官、それから国家情報局長になったハワイ出身の女性トゥルシー・ギャバードが立っている。

周:もともと民主党議員だった人か?

小手川:そうだ。民主党から国会議員になった人でお父さんがポリネシア人、お母さんは白人だが、白人では珍しいヒンズー教徒だ。ギャバード自身は今も軍人で、軍資格を持ったまま議員をやっている。ちょうどバンス大統領がイラクに行った時期とほぼ同じ時に、ギャバードも自ら進んでイラクに行っていた。

 トゥルシー・ギャバードは、CIAなどアメリカの16ぐらいある情報関係局の一番上に立っている。情報関係局は毎日大統領にブリーフィングペーパーで説明する。そのペーパーを全部彼女がチェックし、彼女がOKしたものだけが取り上げられる。極めて重要なポジションだ。彼女がアメリカ議会の承認を得るときは大変な騒ぎだった。いわゆるディープステート、今まで勝手なことをしていたFBIなどの人たちが大反対し、ギャバードに問題があるというキャンペーンをやった。結局、ギャバード本人が非常に素晴らしい人で、人格の良さにより案外順調に承認された。今回はそうした人がいて、目を光らせていることは大きい。

2025年10月17日、トルコ・イスタンブールで開催された「ゼロ・ウェイスト・フォーラム」でスピーチを行う様子ジェフリー・サックス コロンビア大学教授

■ ネオコンに乗っ取られたアメリカの対露政策


周:私が常に疑問視するのは、何故アメリカにロシアを最後まで潰そうという勢いがあるのかだ。

小手川:ロシアの経済改革を後押ししたアメリカの著名な経済学者ジェフリー・サックスがいる。ロシアに行った時は30代初めぐらいだった。そのジェフリー・サックスが、1990年代の初めソ連に行き、ゴルバチョフに会い、エリツィンに会った際の話の内容が少し長いが1時間半ぐらいのインタビューでYouTubeに全部載っている。読む価値がある。彼はポーランドに行き、ポーランドが共産主義をやめれば、アメリカ政府は多額の経済援助をすると言い、それを実践してポーランドは経済が良くなった。それを横目で見ていたロシアは、ゴルバチョフもエリツィンも、同じようなことを自分たちにもやってくれと依頼し、ジェフリー・サックスは了承してワシントンに帰った。ところが、当時ワシントンでブッシュ政権を固めていたのはネオコンのメンバーだった。その人たちのほとんどが東欧圏にいたユダヤ人だ。彼らはソ連への援助に反対しサックスの計画は潰れた。

周:ソビエト政権樹立の中心メンバーの大半はユダヤ人だった。ロシアではユダヤ人が共産主義政権を作ったと思っている人が多い。しかし、スターリンが政権を握るとユダヤ人幹部を大粛清した。レフ・カーメネフ、イオナ・ヤキール、グリゴリー・ソコリニコフ、カール・ラデック、レフ・トロツキーなど著名なユダヤ系の政治家も犠牲になった。とにかくロシア帝国時代以来、ロシアとユダヤとの関係は、非常にややこしくて、酷い。大勢のユダヤ人がこのためロシアからアメリカに移民した。この人たちの流れがいまネオコンの勢力に化け、アメリカという覇権国家を乗っ取りロシアに復讐しているようにも見える。

小手川:ジェフリー・サックスのインタビューの中に、1990年代初めの段階で、ウクライナの2014年クーデターにかかわったビクトリア・ヌーランドが出てくる。面白いので、一度読むといい。

周:ジェフリー・サックスのインタビューYouTubeを見た。前回の講義で小手川さんはビクトリア・ヌーランドがウクライナ問題で果たした役割を詳しく紹介した。彼女はニューヨーク生まれだが、父親が東欧系ユダヤ人移民だ。クリントン政権では国務副長官の首席補佐官、ブッシュ政権では国家安全保障問題担当大統領補佐官首席次官、オバマ政権では国務省報道官、国務次官補、バイデン政権では国務次官を務めた。共和党政権、民主党政権共に仕えた国務畑のディープステイトの代表的存在としてウクライナで反ロシア政策を煽り、反ロシア政権を打ち立てた。

ヴィクトル・ヤヌコヴィッチウクライナ前大統領

■ ウクライナ問題の座標軸は人口


小手川:ウクライナ問題の一番の座標軸は人口だ。ソ連が崩壊した時にウクライナは人口が5,000万人いた。これはヨーロッパでは相当な人口で、スペインより大きい。一番多いのはドイツ、次いでイギリス、フランス、アルメニアだ。ドイツが8,500万、イギリス、フランスが其々6,000万ぐらい。それに続いてウクライナの5,000万、次がスペインの4,000万だ。人口の多いウクライナが、25年後のいまは当時の半分の人口に減った。

 なぜ5,000万人が25年間で半分になったのか。経済が悪いからみんな外国に行ってしまった。戦争開始後、ウクライナから亡命者が増えている。ここまではマスコミは言うが、マスコミが言わないのは、亡命している人の8割が全部ロシアに行っていることだ。当然と言っていい話だ。問題になっている東ウクライナの人たちの母国語はロシア語だ。ゼレンスキー自身も母国語はロシア語。彼は大統領になってから慌ててウクライナ語を勉強したため、今でも彼のウクライナ語は上手くない。

 ヨーロッパでは歴史のこともあり残念ながらウクライナ人は信用されていない。「ウクライナ人は信用できず、何をするか分からない」というのが、ヨーロッパ人が普段ウクライナ人に持つ印象だ。ウクライナがNATOのメンバーになることはない。ロシアが嫌がっているからでなく、今のNATOのメンバーは皆嫌がっているからだ。ウクライナがNATOのメンバーになりどこかで戦争を始めたら、自分たちはそれに共連れになる。ウクライナと一緒に叩かれるのは絶対嫌だとウクライナ以外のヨーロパ人は思っている。

 いまウクライナは厳しい状況なので、東京に最近、若いウクライナ人女性がどんどん増えている。しかも相当いいところの出身で父親が弁護士、医者という人が多い。その人たちは日本でいろいろな学校に入って勉強している。なぜ来たか聞くと、両親から「今のうちだから早く行けと言われた」「今は難民として日本に入れてくれる。戦争が終わったら難民の地位はなくなり、日本に入れてくれなくなる」と言う。ウクライナ人もみんなもうそろそろ戦争が終わると思っている。

 実際に現場で苦労している人と話すと極めてよくわかる。2004年の12月大統領選挙で、ヤヌコビッチという人が当選したが、選挙に不正があった事を西側のマスメディアがどんどん書いた。これはソ連崩壊のいつものパターンの一つだ。世界を支配していると自認するマスメディアがキャンペーンを始め、イギリス政府とジョージ・ソロスという有名なお金持が作った様々なNPOが煽る。

 イギリス政府がやっているのはWWFという環境保全のNPOで、お金を払いデモに参加する人を募る。それでデモが発生すると、その模様を映像にし、民主化の動きが起こっているとしてニュースをどんどん流す。結果、2004年の選挙でユシチェンコが大統領になった。が、このユシチェンコが欧米に接近して経済が破綻した。ウクライナの貿易の3分の2はロシアや旧ソ連諸国が相手だ。その3分の2に代わるだけのお金をEUやアメリカがくれたら、経済は何とかやっていけた。だがそれはやらずに、ちょっかいだけ出して政権を変え、当然経済が破綻した。2010年2月に大統領選をやった結果、もう選ばれなかった。

2013年12月11日、キエフの独立広場における市民抗議運動(「ユーロマイダン」または「尊厳の革命」)

■ プーチンは軍事行動に極めて慎重


小手川:その前、ちょうど私がIMFにいた時に大変な話が起こった。ロシアからウクライナを通ってヨーロッパに天然ガスのパイプラインが引かれている。このパイプラインは、ヨーロッパがあまりガスの必要がない夏の間にロシアから送ってもらう。ウクライナの西の方にガスの貯蔵施設があり、冬になると、天然ガスを必要とするヨーロッパに天然ガスを売る。夏の終わりに最後の輸送をしてから後の約6カ月間、冬まで間隔がある。だから、ウクライナ政府がロシアに天然ガス代金を渡すのを6月まで待ってもらい、いよいよ冬の初め、ヨーロッパにお金が入ってきたら相殺するような格好で、6月まで政策投資銀行、政府関係の金融機関が関わってやっていた。 ところが2009年、この政策投資銀行がいきなり廃止された。一体何が起こったのか?ウクライナとロシアの間の話は、実は国家対国家の話ではなく、ウクライナのマフィアとロシアのマフィアの間のさまざまなグループの間の関係で話し合われ、極めて分かりにくい。そこで私のカウンターパートのロシアの代表に、何が起こるか聞いてみた。明快な答えが返ってきた。

 「2004年の大統領選挙のやり直しで勝った大統領ユーシェンコ、女性首相のティモシェンコの2人が、2008年ぐらいから完全に仲違いした。2009年にティモシェンコ首相が、ウクライナの政策投資銀行のトップがユーシェンコの選挙資金を相当出していることに気付き、政府命令でその銀行を廃止した。」

 そうすると、6月からファイナンスをする人がいなくなった。これで大騒ぎになり、当時のIMFトップのフランス大蔵大臣ドミック・ストラス・カーンが「このまま放っておくとヨーロッパの冬にガスがなくなる。なんとかIMFにお金を出してほしい」ということになった。

 IMFはそもそもウクライナを全然信用しないので、お金を貸したら何時返ってくるか分からない。議論した挙げ句、年明けて2010年の1月の選挙で、ヤヌコーヴィチが帰って来ればロシアとの関係も良くなり、経済も良くなり、普通の状況になるだろう。だからヤヌコーヴィチが帰ってきた後にIMFもお金を出そうということになった。その通りだったのでヨーロッパが破綻することはなかった。

 2013年に、ロシアのプーチンがヤヌコーヴィチに対し、「毎年175億ドル、約2兆円の援助をする」と言い、しかも天然ガスの割引についても、引き続きやると言った。「その代わりEUと自由貿易交渉に入るのはやめなさい。あなたのためにならない。EUと貿易交渉になって例えば農産物を自由化したら、ヨーロッパの農産物は政府の補助金漬けなので、その農産物が山のようにウクライナに入り、ウクライナの主要産業の農業が破綻する。だからやめた方がいい」と言って、双方で約束した。

 ところが、それを見て、ウクライナの西部の人たち、ヨーロッパに近い人たちは反対運動を起こした。2014年2月22日にクーデターが起きた。前日にロシアとフランスとドイツが、再交渉しようと約束したが、それをウクライナが無視してのクーデターだった。2月22日夜に銃撃戦が起こり政府側の警察もデモ隊のメンバーも何人か死んだ。 この死んだ人たちの面倒を見たのが、私の知り合いのウクライナ人の女性医師だった。その人のレポートには、「同じ弾で打たれた」とあった。

周:撃ったのは第三者だったのか?

小手川:そうだ。間違いなくMI6 あるいはCIAが戦争を起こした。

周:昔クリミアで起こったのと同じだ。

小手川:その通りだ。クーデターが起こった途端、クリミアの住民が独立を宣言し、ロシアの一部になる。それから東ウクライナの2つの州、ルガンスク州と、ドネスク州も自分たちで投票し自治をしたいと宣言する。それで内戦になったが、2014年9月にベラルーシの首都ミンスクで停戦合意が成った。これはドイツ、フランス、ウクライナ、ロシアで仕組んだことだ。 アメリカは入っていない。

 最近判ったことが、その時の当事者のドイツのメルケルと、フランスのオランドが、「当時、戦争が始まったが、ウクライナ軍がものすごく弱く、放っておくとすぐにロシアに占領されることが明確だった。そのため時間稼ぎの合意をした。自分たちはミンスク合意にのっとって平和を続けようという気は全くなかった」と、公の席で発表した。 だから何も知らないTVコメンテーターが「プーチンは嘘をついた」「プーチンは騙した」というが、全く逆だ。だましたのは西側で、常にだまされているのはロシアだ。それが1つの原因だ。

 2019年にゼレンスキーは経済を良くしたいと言い、ロシアと仲良くしたら経済が復活すると発表し、73%の票をとって大統領になった。大統領になった途端にゼレンスキーはネオナチから、殺人の脅迫を受けた。その半年後にアメリカの政権がバイデンに変わったことでゼレンスキーは180度姿勢を変えた。ロシア語を禁止するなど、ロシアを次々挑発した。

 プーチンが一番弱いのは、自分が治めている民衆からの陳情だ。特に東ウクライナ、ロシア語を話す人たちが、「なぜこれだけウクライナから砲撃を受けているのに、ロシアは自分たちを助けてくれないのか? 」といった陳情をし、また、東ウクライナに対するウクライナ政府からの砲撃が、ミンスク合意に反して2021年暮れから激しくなった。

 結局この陳情に我慢できなくなり、プーチンは軍事行動を始めてしまった。最初は3日で終わるつもりだった。2014年12月に作戦が成功したので、今回も機動部隊を大型ヘリコプターに乗せ、キエフを急襲し3日で終えるつもりで始めた。ところが、この約10年間に、イギリスのMI6とアメリカのCIAががっちり情報網をキエフの周りに張り巡らせたため、ヘリコプターが全部打ち落とされた。

 それで3日では終わらずに少し長引いたが、やはりロシアが優勢だった。そのため2020年3月29日にイスタンブールでウクライナとロシアが交渉をした。ウクライナを信用してないロシアは事前にウクライナのポジションをペーパーで出すよう要求した。ウクライナ政府の提案には、ウクライナは永世中立としてNATOに入らない、クリミアはロシアの領土として認めるとあった。

周:しかし、イギリスのちょっかいで、せっかくまとまった交渉も破綻し、戦争が今日まで長引いている。

2025年2月28日、ホワイトハウスで、トランプ米大統領とヴァンス副大統領がゼレンスキー大統領と会談

ゼレンスキー大統領は「俳優」?


周:ゼレンスキーは2025年2月28日、アメリカのホワイトハウスでトランプと口論になり、大失敗した。ウクライナとロシアの戦争はゼレンスキーでソフトランディングができるのか。彼はもともと大統領としての任期も終わっているはずだ。トランプは何度もゼレンスキーにこの点を指摘している。

小手川:ソフトランディングとは?

周:例えばウクライナの次の大統領選で平和を望む声が出て、ゼレンスキーが退くような事があり得るか。現実離れした話を持ち出して対ロシア交渉に臨むゼレンスキーの発想は、個人の発想か、それとも後ろ盾のイギリスの発想なのか、或いは周りの誰かが言わせているのか?トランプもずっとゼレンスキーは「俳優だ」と言っている。俳優でも脚本がいる。一体誰が脚本を書いているのか。そもそもゼレンスキーは一体どういう人なのか。

小手川:ゼレンスキーの母語はロシア語だ。ウクライナには、ロシア語でクリボイドローク、ウクライナ語でクリーブイリークという名の、日本でいう広島ぐらいの町がある。ゼレンスキーはその町の出身で、彼は俳優、コメディアンだった。

 2014年2月キーウでネオナチがクーデターを起こし、同年6月に大統領選挙がありポロシェンコが大統領になった。ポロシェンコも欧米寄りであまりロシアとはうまくいってなかったので、どんどん経済が悪くなった。ウクライナは、マフィアというかオリガルヒという大金持ちの人たち、昔の中国でいう地方豪族の集まりで成り立っている。ウクライナで1番大きい町がキーフ、2番目がハリコフ、3番目がオデッサだ。このハリコフという町の知事をやっていたのがコロモイスキーで、名前から分かる通り純粋のユダヤ系だ。コロモイスキーは大金持ちでウクライナのマスメディアを握っていた。彼は最初新しい大統領のポロシェンコとうまくやっていたが、途中で喧嘩を始めた。

 結局、ポロシェンコが大統領在任中にコロモイスキーをクビにし、州知事の地位を失わせたばかりか州知事時代の買収や不法行為の捜索を始めた。身の危険を感じたコロモイスキーは、最初はスイスに逃げ、その後イスラエルに逃げて今イスラエルに住んでいる。コロモイスキーは恨みを晴らしたいと自分が握っていたマスコミを使い、ポロシェンコを茶化す番組を作り、一般国民から凄く受けた。そのコメディの中でポロシェンコ役を演じたのがゼレンスキーだった。ゼレンスキーは完全な傀儡で、周りにいるのはイギリスのMI6とアメリカのCIAだ。彼の個人としての意思は殆ど無い。

2025年10月31日、ウクライナ戦没者墓地で行われた戦没兵士への追悼式

アメリカが本気になれば戦争は終わる


小手川:一番明確なのは、周先生が冒頭おっしゃったようにゼレンスキーがホワイトハウスで大失敗し、その後アメリカが8日間、ウクライナへの援助を全部ストップした。武器援助だけではなく、さらに重要なのは現金の援助だった。アメリカは現金をどんどんウクライナに送っている。もう1つは情報のシェアリングで、ロシアの今の動きなど情報のシェアリングをしていたのも8日間ストップした。

 8日間ストップした間に、あっという間にウクライナはロシアに攻め込まれ、クルスクという都市が完全にロシアの領土に復帰してしまった。

 つまりトランプが本当にこの戦争をやめさせようと思ったら、援助をやめればいい。これに対しウクライナは何もできない。ヨーロッパも力もお金もない。

 なぜ現金が重要かというと、現金は今のウクライナの兵士の給料になるからだ。完全に代理戦争で、ヨーロッパとアメリカがウクライナ人の兵士を雇い、自分たちの代わりにロシアと戦わせている構図だ。

 トランプがプーチンと話をし「もうこれでいい」と思ったらウクライナにその決定を飲ませる。飲まなければ援助をストップすると言えば終わる。

 ちなみにウクライナは今兵隊が足りない。すでに戦死者が58万人いる。私の知り合いのウクライナ人で今招集令状が来ている人は55歳だ。この年齢の人に招集令状が来ている程だ。若者はほとんどが招集を嫌がり国外に脱出している。甚だしい例は、召集を避けるために自分の足を自分の銃で撃ち、病院に入院して兵隊にならずに済ませる。そういう人たちが随分いるのが実情だ。

周:むごい事だ。

ヴァレリー・ザルジニー駐英ウクライナ特命全権大使

■ ゼレンスキー大統領では終わらない戦争


周:ユダヤ人はイギリスを乗っ取り、アメリカを乗っ取ったことで、世界の覇権国家をある程度掌握した。バイデン政権時、セキュリテイ関連のトップは殆どユダヤ人が占めていた。外交政策の対ロシア、対イスラエル問題で、恐らくいまトランプはロシアと仲良くしたいと考えている。ところが、中東問題をどう解決するのか?

小手川:バイデン政権の最大の失敗は、中国をロシアに近づけてしまったことだ。ロシアを中国側に追いやってしまった。なんとかしてロシアを中国から引き剥がし自分たちの方に持ってきたいというのが、トランプの最大の問題意識だ。ウクライナとの戦争を止めさせたいと思っているが、世界中でウクライナの戦争、イスラエルの戦争を絶対にやめたくないと思っている人が二人いる。戦争が終わった途端に自分たちは殺されると思っている二人で、一人はゼレンスキー、一人はネタニヤフだ。

 順番からするとまずゼレンスキーを切って、昨年春にイギリス大使になったウクライナ人が戻ってきて大統領に推されるだろうとされている。

周:ゼレンスキーに解任されたウクライナ軍総司令官のヴァレリー・ザルジニーだ。この人はウクライナでゼレンスキーより人気がある。

小手川:現在ロシアに占領されている地域はそのままにし、朝鮮戦争方式で間に緩衝地帯を起き、現場をそのままにする。それを最終的にやるには戦争を始めたゼレンスキーが大統領のままではまずいので、新しい大統領を立てて掌握する話が2024年11月末、アメリカとロシアの双方から入っている。

 イスラエルに住むユダヤ人は全部で600万から700万人いる。アメリカに住むユダヤ人600万人を加え、世界のユダヤ人は全部で1億人はいない。

 一方アラブ人は全世界に3億人いる。イスラエル全人口900万人の200万人はアラブ人だ。民主主義の数の論理でいけばアラブが優勢だ。ユダヤ人になかなか明るい未来が来ないとされるのは、アメリカの中であまり好かれていないこともある。

対談(Ⅴ)に続く


プロフィール

小手川 大助(こてがわ だいすけ)
大分県立芸術文化短期大学理事長・学長、IMF元日本代表理事 

 1975年 東京大学法学部卒業、1979年スタンフォード大学大学院経営学修士(MBA)。
 1975年 大蔵省入省、2007年IMF理事、2011年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹、2016年国立モスクワ大学客員教授、2018年国立サンクトペテルブルク大学アジア経済センター所長、2020年から現職。
 IMF日本代表理事時代、リーマンショック以降の世界金融危機に対処し、特に、議長としてIMFの新規借入取り決め(NAB)の最終会合で、6000億ドルの資金増強合意を導いた。
 1997年に大蔵省証券業務課長として、三洋証券、山一證券の整理を担当、1998年には金融監督庁の課長として長期信用銀行、日本債券信用銀行の公的管理を担当、2001年に日本政策投資銀行の再生ファンドの設立、2003年には産業再生機構の設立を行うなど平成時代、日本の金融危機の対応に尽力した。

【対談】小手川大助 VS 周牧之(Ⅲ):トランプ政権でアメリカ復興成るか?

講義を行う小手川氏

■ 編集ノート: 
 小手川大助氏は、財務官僚として金融機関破綻後の公的管理を担った。その後、産業再生機構を設立し、バブル崩壊後の処理に当たった。日本の金融危機の対応に継続して努めたのみならず、IMF日本代表理事としてリーマンショック後の世界金融危機に尽力した国際通でもある。東京経済大学の周牧之教授の教室では2025年5月22日、小手川氏を迎え、激動する世界情勢の現状と行方について伺った。


周牧之:小手川さんは、財務官僚として日本のバブル時代の後始末に尽力された。ある意味では小手川さんは平成時代に最も仕事をした財務官僚だ。バブルの後始末に力を尽くされただけではなく、国際政治経済への知見、視点、そして国際的なコミュニケーション力と情報収集力で小手川さんの上に行く方はいないと思う。

 きょうの講義では、トランプ大統領はなぜ再選できたか、また、これがアメリカの社会、経済に与えたインパクト、そして国際政治に与えた影響について伺いたい。選挙中、トランプ大統領はロシア・ウクライナ戦争について「私が大統領なら1日で終わらせる」と述べた。しかしロシア・ウクライナ戦争の行方はいまだ混沌としている。なぜヨーロッパの方がなかなかこの戦争を終わらせようとしないのか。また、イスラエルのガザ地区への攻撃はどうなるのか、中東情勢はどうなっていくのか。南アジアでは、インドとパキスタンの関係が激化したのは何故か。さらに、トランプ関税の行方も含めて幅広いお話をいただきたい。

IMF(国際通貨基金)本部

■ 国内外の破綻処理に奔走


小手川大助:私は財務省に35年務め、この間スタンフォード大学ビジネススクールに留学し大蔵省の役人としてでは初めてMBAを取った。その後ずっと日本とアメリカの金融や貿易の交渉をした。また、世界銀行のスタッフとして、これも日本人として初めて事務方として、交渉がどう裏側で行われているのかを当時、私の上司のアメリカ人とパキスタン人の2人から徹底的に教えてもらった。

 1996年から大蔵省の金融担当になり2年目に山一証券が破綻した。1998年に大蔵省が分割され金融庁ができ、私が最初のメンバーとして担当したのが長銀、日債銀の破綻処理だ。その後、2002年に産業再生機構を作る話になり、2003年春、同機構を作り40社の再生を担った。

 2007年にIMF国際通貨基金の日本代表として、ワシントンに行った。翌年リーマンショックが起こり、今度はリーマンショックの破綻処理をするために必要なお金を全世界から60兆円を集めた。例えばイギリス経済が破綻してもお金がなくて助けられないということがないようにした。

 私は学生時代アルバイトでロシア語通訳をやっていて、日本人の中には経済がわかりロシア語ができる人間があまりいないということで、2010年に役所を辞めてからはロシアで行われた多くの経済フォーラムに呼ばれた。ほぼ毎年4〜5回はロシアに行く生活が続いた。昔私が通訳の仕事をした時の相手方が有名な音楽家、指揮者、バレエダンサーになっていたことから、ほぼ世界中の有名な指揮者、オペラ歌手と知り合いになった。例えば、ボリショイバレー団のトップ15人のうちの10人が私の親友という非常に楽しい人生をこれまで送ってきた。

周:小手川さんは国内外の破綻処理に奔走し、また人生も謳歌されている。

2016年米大統領選にてヒラリー・クリントン氏とドナルド・トランプ氏が直接対決したテレビ討論会

■ 幅広い人間付き合いが判断力に


小手川:2004年まだ役所にいた頃からマスコミの報道がおかしいと感じた。報道に出る事と私が実際に会った人たちの話が違うからだ。私が最初に感じたのは日本に出稼ぎに来たウクライナ人女性達で、彼女らの意見は普段マスコミで聞く情報と全く違っていた。それで、マスコミ報道を信じてはいけないと思うようになった。その後アメリカに行った時に、世界中の情報が集まるワシントンの中でも最もできる人たちで構成される2つのグループと知り合い、日本に帰ってからも、彼らと毎週2度ZOOM会議をしている。

 一つはトランプに近い親トランプ派、共和党派。もう一つは反トランプ派すなわち民主党系の人たちで、毎週土曜朝と月曜朝にZOOM会議を1時間やっている。その人たちを選んだのは、まずその人たちが言っていることが全部当たっていたからだ。なぜ当たるかいろいろ調べて分かった。彼らはいわゆるアメリカの情報筋、CIA、FBI、軍、国務省、国防省のOBだ。今は皆OBだが昔は相当有名人だった人ばかりだ。

 例えば、自分が仕事している時に、偉くなった大学の先輩から「今君たちはこんな仕事をしていると聞くが、それはこうした理解でいいのか」と聞かれたら、先輩に対して全く嘘を言うわけにはいかない。だから会議の相手方も皆肝心な時は自分の後輩に聞きに行く。後輩は真実を言えないにしても真逆のことは言えないので、ほぼ正しい情報が集まるという訳だ。

 そのおかげで私は2016年に、トランプが大統領選挙で勝つと予測できた。日本では私ともう1人、フジテレビの木村太郎さん2人だけがトランプ勝利を予測した。実は当時、日本の外務省、アメリカの国防省に随分知り合いがいたが、彼らは完全に予測が外れた。トランプの当選が決まった時の日本の外務省、アメリカの国務省の慌てふためきぶり狼狽ぶりは、本当に忘れられない。トランプが4年やり、バイデンになり、昨年11月の大統領選挙になった。

 前回2023年10月の周先生のゲスト講義(【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅱ)複雑な国際情勢をどう見極めるか?)で、2024年大統領選挙を予言したが、私が申し上げたことがそのまま当たったと思う。

周:私の小手川さんとのお付き合いは四半世紀を超えている。私から見ると、小手川さんはそもそも人間が大好きで、さまざまな国のさまざまな立場にある人と幅広く付き合い、それを楽しむと同時に、得てきた事柄をご自身の判断力の強みに置き換えてこられた。

2008年9月15日に倒産したリーマン・ブラザーズ社

■ 全てリーマンショックから始まった


小手川:全て今起こっていることは、2008年のリーマンショックから来る。変だなと思った最初は、リーマンショックの時だ。なぜか。2008年9月にリーマンショックが起こり、11月に共和党政権が倒れ大統領選挙でオバマが勝ち、共和党のブッシュ大統領からオバマ大統領に変わった。

周:リーマンショックそしてオバマが大統領選に出た時、小手川さんはIMFの日本代表理事としてワシントンにいらした。私もMITの客員教授としてボストンにいた。リーマンショックとオバマ大統領誕生という二つの出来事が、アメリカの転換点になったことを現場で強烈に感じた。

小手川:私が担当した1998年の日本の金融危機当時、同時期に起こったアジア経済危機の当時の担当者が逮捕され牢獄に送られ、私の友人を含め何人かが責任を感じ、自殺した。

 アメリカも政権が変わったため、本当はそうした責任追求ができるはずだった。にもかかわらず、新大統領として赴任したオバマは誰1人として責任追及しなかった。政府の人間だけでなく、リーマンショックに一番責任があったウォール・ストリートの銀行マンを1人も捕まえなかった。アジアの政府では、相当数の人たちが捕まった。アジアの政策のトップの人たちだ。日本と同じように自殺する人もずいぶんいた。

 それがアメリカではなぜ起こらなかったか疑問を抱いたのがスタートだった。日本には「銀行を救済するな」と言っていたアメリカが自分自身の問題になると、責任追及が無かったのだ。

 更に、オバマ政府は、ゼネラルモーターズを莫大な金額の税金を使って救済した。これは基準や規則あるいは法律を、自分の場合と他人の場合で全く別の扱いをするダブルスタンダードだ。これで苦労したアジアの人たちは、「俺たちには厳しくしたのに、自分の話になると手のひら返して何でもやる」と、アメリカを全く信用しなくなってしまった。

 大企業と大銀行を税金使って救済していながら、結果、GMは、バランスシートは綺麗になったが、代わりに従業員を大量に解雇した。完全な失業者あるいはパートタイマーになってしまったブルーカラーの人たちの不満が、トランプを大統領にした。今でもトランプはアメリカに工場を戻し、その人たちに仕事を与えていると言っている。

周:オバマ政権でリーマンショックという世界的な金融危機の責任追求が完全に無くなった。なぜこのような金融危機が起こったかについての反省も欠いたまま同じゲームが繰り返されている。

 私は2007年夏にワシントンで小手川さんと会った。その時アメリカの金融市場がおかしいという議論をした。秋に東京に戻った時、小手川さんが産業再生機構の社長に引っ張った斉藤惇さんが東京証券取引所の社長をやっていた。私は斉藤さんにアメリカの金融危機が有り得るから早めに準備した方がいいと申し上げた。斉藤さんは、日本はバブルの債務をきれいにしたところで、大丈夫だと言っていたが、1年後見事にやられ日本経済も大変なことになった。

2025年1月20日、ドナルド・トランプ氏大統領就任式に出席するバラク・オバマ前米国大統領

■ なぜオバマが大統領に選ばれたか


小手川:思い返すと、2016年選挙の前の2008年にオバマが大統領に選ばれた時の対抗馬はヒラリー・クリントンだった。当時は皆ヒラリーが当然勝つと思っていたがオバマが勝った。私もアメリカにいて疑問に思った。しばらくたってその原因が分かった。2008年の選挙時のヒラリー・クリントンは8年後の2016年の選挙時のヒラリー・クリントンとは全く別人だった。2008年の選挙時ヒラリー・クリントンは、ウォールストリートに厳しい立場を取っていた。リーマンが破綻したのは2008年9月で、その半年前の3月にベアースターンズという中堅の証券会社が破綻し、ウォールストリートに暗い雰囲気が漂い始めていた。私の周りの国際通貨基金のアメリカ人スタッフが、アメリカ政府の要請で急遽アメリカの中央銀行や財務省に帰り、ベアースターンズに続く金融危機が起きないよう懸命に頑張っていた。実際、後で聞いたら、3月の事件が起こり、リーマン破綻までの6カ月間、彼らは週末さえ一日も休みがなかった。全休日返上でなんとか金融危機を避けたいと粘ったが、リーマンショックが起こってしまった。そうした雰囲気の中、ウォールストリートとしては自分たちに厳しいヒラリー・クリントンが大統領になると困る。

 もし当選すればアメリカ史上初の女性大統領になるヒラリーに対抗できるような大統領候補は、初のアフリカ系アメリカ人がいいとなった。それで当時、上院議員として唯一のアフリカ系アメリカ人だったオバマが選ばれた。

 オバマが候補になってからは、とにかくオバマに関するイメージ作りをウォール・ストリートが莫大なお金を出して始めた。オバマは新しいタイプの政治家で草の根の活動をしツイッターなどを使ってお金を集めたとのイメージが作られたが、実際はそうでない。オバマの選挙資金の8割はヘッジファンドから来ていた。アメリカはとにかく、選挙が日本とは比較にならないぐらい腐敗している。

周:アメリカにいた時に私は中国新華社の『環球』誌にコラムを書いていた。オバマ政権がなぜ誕生したのか、また、リーマンショックの後始末の不可解さ等について、小手川さんとまったく同じ問題意識を持ち、「オバマは悪魔と取引をした」と結論付けて書いたことがあった。民主党大会でオバマに負けたヒラリーによる敗北スピーチは実に素晴らしかった。それをネタにコラムを書いたこともある。

小手川:安倍派が3年間で5億円を自分のポケットに入れたというキックバック問題があった事を、私がアメリカのZOOM会議の相手方にしたら皆びっくりした。当時のレートで5億円は300万ドルだ。「お前それはジョークだろう」と言うので「アメリカならその1万倍は使うのか?」と聞くと、「その通りだ」との答えだった。

 ZOOM会議の仲間の1人が非常に細かいレポートを作り、私に送ってくれた。2020年の選挙では、大統領選挙と上院議員選挙、下院議員選挙、全部が一緒に行われた。当然お金がかかる。実際選挙に使われた金は20兆円だった。20兆円は、安倍派の問題になった5億円の2万倍だ。

 同選挙でバイデンは10億ドル、1500億円を集めた。バイデンはアメリカ大統領候補の中で、初めて10億ドル以上を集めた候補だ。それに対しトランプは6億ドル。どういう人が、バイデンとトランプに献金したかの調査結果を、私のZOOMグループが全部送ってくれた。非常に明確で、トランプに金を出している人は皆小口で、人数が多かった。一方バイデンはほとんどが大口のウォール・ストリートからで銀行、大金持ちが献金し、件数、人数は非常に少なかったことがはっきり分かった。

2024年9月10日、ドナルド・トランプ氏とカマラ・ハリス副大統領候補によるテレビ討論会

■ 2016年大統領選での3つの敗者


小手川:2016年に勝ったトランプを支持したのは白人労働者だった。トランプは候補の中で唯一、金融機関、銀行業から献金をもらっていなかった。

 一方で完全に負けた3グループがあった。1つはウオール・ストリートだ。2つ目のグループはネオコン。ネオコンとは新しい保守派のことで、この人たちはソ連が崩壊した後もソ連を徹底的にやっつけようと主張した。それがアメリカの国の利益になるからではない。その人たちはほとんどが父親、祖父の代がロシア、あるいはソ連に住んでいたユダヤ人でロシア革命後あるいはスターリン時代に、アメリカに亡命してきた。その個人的な恨みを晴らしたい。それが2つ目のネオコングループだ。今マスコミで出ているネオコンの人の経歴を見ると明らかなのは、ほとんどの出身がロシア、ウクライナ、ポーランド、バルト諸国出身のユダヤ人の子孫だ。したがって、彼らはアメリカの国の利益でなく、自分たちの個人の利益のために戦争を仕掛けている。

 3つ目の敗者は、主要マスメディアだ。アメリカには、ABC、NBC、CBSという三大テレビ網やCNNに加えて新聞のニューヨークタイムズ、ワシントンポストなど有名なマスメディアがある。2016年トランプが勝った時の主要マスメディアの幹部の名前を見ると、みんなオバマの関係者だった。

 当然のことながら、その人たちは正確な情報を報道するわけがない。次の2020年の選挙も同様だった。今回の選挙も同様で、民主党候補カマラ・ハリスを一生懸命持ち上げ、ハリスが勝つイメージを作ったのが、主要マスメディアだった。

 カマラ・ハリスは、選挙演説でどういうことを言っていたのか?一番重要なのは経済問題だったが、「物価が上がっています。パンの値段が上がる。ガス料金が上がる。私たちは、その意味するところを理解したいのであります。それはすなわち自分たちの生活費が上がるということです。人の生活に少しずつ影響があるということです。だからこれは大問題であります」で終わった。インフレ問題をどう解決するのかの主張が全くなく、インフレの定義を述べることしか発言しなかった。

 Perplexityという面白いアプリがある。優秀なアプリで、キーワードを入れるといろいろな話がわっと出てくる。このアプリにカマラ・ハリスと名前を入れ、もう一人ウィリー・ブラウンという有名なサンフランシスコの政治のドンだった人の名を入れる。すると「カマラ・ハリスはどうやって偉くなったか?彼女は弁護士をしていた29歳の時に、当時サンフランシスコ市議会議長をしていた60歳で既婚のウィリー・ブラウンの愛人になった。この愛人関係を利用し、彼女はどんどん上に上がっていった」と回答が出てくる。私の知り合いのロシアの情報筋の人物が「これはすごい話になるよ。人類の歴史上、初めて売春婦が主要国の大統領になる」と言った。

周:この3グループの反発も凄まじかった。それゆえにトランプ政権の1期目はトラブル続きだった。トランプがホワイトハウスに連れて行った最初の側近の大半は、FBIのでっち上げ調査でやられた。メディアはトランプを「妖怪」に仕立て上げただけでなく、大統領選最中の2021年1月にツイッター、グーグル、アップル、アマゾン各社が「暴力行為をさらに扇動する恐れがある」として、トランプ大統領の個人アカウントを永久凍結しサービス提供を停止した。つまりアメリカ大統領としてのトランプのSNS言論封じ込めまで仕出かした。

 2021年にトランプ政権を1期だけで終わらせ、バイデン政権を樹立させた勢力はイデオロギー政治を暴走させた。ロシア・ウクライナ戦争はその「傑作」のひとつである。カマラ・ハリスを副大統領にし、次いでトランプ対抗馬の大統領候補にしたのは、もう一つの「傑作」というべきだ。

『尊敬できるアメリカ(America we deserve)』

■ 労働者に仕事を与えるスローガンで大統領に


小手川:トランプのやりたい一番重要なことは、白人労働者に仕事を与え、彼らの収入を増やすことだ。NAFTA(北米自由貿易協定:North American Free Trade Agreement)は昔アメリカが結んだメキシコとカナダとの協定だ。メキシコやカナダに工場を作ると有利になるので、アメリカ企業そして日本の自動車産業もどんどんメキシコやカナダで工場を作り、そこからアメリカに輸出することになった。今から40年ぐらい前の話だ。

 今は時代が変わり、アメリカの仕事がどんどん逃げている。これを見直そうとしている。メキシコとの国境に壁を作り、賃金が安く白人労働者の競争相手になる人たちのアメリカ入境をSTOPしようというのがトランプの基本的な路線だ。

 さまざまなニュースに惑わされず、次に何が起こるかを見る事が必要だ。トランプを理解するための鍵が、彼が2000年に出した著作『尊敬できるアメリカ(America we deserve)』にある。その中に将来大統領選挙に出て必ず勝つと述べていた。尊敬する歴代大統領はフランクリン・ルーズベルトとニクソンで、両者の共通点はアメリカの労働者に市場を与え、仕事を与えたことだ。

周:不動産屋の大金持ちのトランプが、その対極にある製造業の労働者に目を付けたのは凄い政治的センスだ。グローバリゼーションの中で、金融やハイテクに突き進むアメリカでは、製造業がどんどんなくなり、旧産業地帯が廃れていった。私は何度も自動車産業の中心地だったデトロイトに調査に出かけた。ゴーストタウンや廃墟となった都市と工場の跡地風景は悲哀に満ちていた。日本のような国土政策が無いアメリカでは、その地域の人たちに対するケアは殆ど無い。逃げられる人は逃げ、残された人はどうしようもない状況に置かれている。でも、票田としては大きな政治的価値がある。トランプはここに目を付けた。この結果、労働者に仕事を与えるスローガンでこれらの地域で大勝したトランプが、2016年の大統領選をものにした。しかし、トランプ関税まで発動しても、製造業を今後どれほどアメリカに取り戻し、これら地域を再生できるか?そのリアリティは未知数だ。

リビエラカントリークラブ(HPより)

■ アメリカでの製造業復活は茨の道


小手川:いまトランプがやろうとしている製造業の復活は、プラットフォームとしてはいいと思う。単に貿易赤字を言うのでなく、一番の問題はアメリカが生産をアウトソーシングし海外で作って自分のところへ持ってくることだ。製造業を復活させないといけないとトランプは考えている。新しい動きとしてはいいと思う。実際トランプが就任後100日間でやったことは、バイデンが4年でできなかったことで、それをどんどん進めている。

 しかしおっしゃるように製造業の復活は茨の道だ。例を挙げる。ロシア人の娘さんでロサンジェルスに長らく住み、ヨーロッパ人の大金持ちの為にロスの土地や豪邸を買って商売をしている知り合いがいる。最近大火事が起こった現地にパシフィック・パリセーズという有名な大豪邸群がある。その真中にリビエラカントリークラブという1988年に日本人に買収された最高のゴルフクラブがあり、有名なPGA大会が毎年2月末にそこで開催されている。周りが高いところでゴルフ場は谷底にあったため、大火事で周りは全部焼けたがそこは残った。その時、彼女が言っていたのは、今ロスでいい土地を見つけ、買って設計して家を作り上げるまで最低2年はかかる。日本でいう大工さんがいない。左官がいないからだ。家を作れる人がいないのが今のアメリカの現状だ。

周:私のアメリカの友人も、家を建てる時に大工集めに大変苦労した。

ニューヨーク・マンハッタン島

■ 思い込みが強いオバマとディール好きなトランプ


小手川:トランプがニュヨーク出身であることも見逃せない。ニューヨークと言ってもいろいろなニューヨークがあり、中心となるのはマンハッタン島だ。トランプの出身地はその東側のクイーンズ地区で、南に行くとブルックリン地区があり、もう少し北に行くとブロンクス地区がある。ニューヨークでクイーンズ出身者について何が言われているのかが、トランプを理解するもう一つの鍵になる。「彼が何を言っているかを気にする必要はない。実際どういう行動をするかが重要だ(Don’t listen to him, Watch what he does)」。この言葉通りで、トランプ政権は言っていることと実際の行動が全く違う。

 オバマと違うのは、トランプは現実主義者のビジネスマンだ。とにかく交渉し、ディールをして、双方がプラスになるのが大好きだ。相手をやっつけようとかというのではない。

 オバマは思い込みが強く、人権、環境保護、民主主義など抽象的な話しかしない。オバマの8年間のことをアメリカ人は「ハイスクールボーイ、テキストブックポリシー」と言う。高校生が習うような政治教科書の中に書いてあることしかオバマは言わない。そんなことは誰でもできる、という意味だ。

 オバマはアメリカで初めてのアフリカンアメリカンだったが、大統領在職8年間、奴隷制のことを1つも言わなかった。これを私はおかしいなと思った。偶然、私がワシントンでIMFに勤めていた時、私が今まで会った中でも極めて優秀な同僚のカンボジア人がいた。彼はクメールルージュ時代に親戚が全員殺されてしまった。戦争中日本軍がプノンペンを占領した時に建てた日本語学校で日本語を勉強したので、彼は日本語が出来る。戦後、カンボジアが独立した時に、彼のお父さんが初代の駐ソ連大使になり、一緒にロシアに行ったためロシア語も出来る。彼の父親はカンボジアに戻り総理大臣になるが、その後赤いクメールに処刑されてしまう。本人はカンボジアに戻らずヨーロッパに残り、フランスの大学を卒業後、アメリカに渡りサンランシスコでPHDを取った。その後IMFに入りスタッフになった。サンフランシスコに行く前に、当時ハワイに設立されたイーストウエストセンターという、日本政府も随分関係した新しい学校に、彼はしばらく入っていた。第1期生で、同級生は8人。日本政府から日本銀行、大蔵省の2人が行っていた。その8人の中にいたのがオバマの父親だった。 オバマの父親はアメリカのケニアから来た。オバマの父親は非常に頭が良く、ケニアで一番西にあるビクトリア湖のほとりに住んでいる少数民族で、日本と同じ主食が魚で頭脳明晰な民族として名高い。だが少数民族のため、ケニアの中ではリーダーになれないとして、オバマの父親はアメリカに留学した。

 問題はこの少数民族は奴隷狩りをする民族だったことだ。周りのアフリカ人を捕まえ、場合によっては誘拐し、それを白人の奴隷商人に売るのが、その少数民族の伝統的な仕事になっていた。だからオバマは絶対に奴隷制のことは言えなかった。一方、オバマの妻のミシェル・オバマは、アメリカに連れてこられた奴隷の子孫だった。

 対するトランプは、現実主義者で交渉が大好き、特に1対1の交渉を好む。従来一貫して不動産業で成功してきた自信があるため、1対1の交渉になれば、自分は絶対勝つと思っている。何が一番重要かというと、どう相手を交渉の場に引っ張り出すかだ。相手が交渉の席に着いたら、オレの勝ちだと思っている。

 ではどうすれば相手が交渉の席に出てくるかというと、交渉の席に出ないと大変なことになるという意識を相手に与える必要があり、相手を交渉の席に引っ張り出すためトランプは常にその高いボールを投げる。今回で言うと関税率が何百%になると言うわけだ。相手が交渉の席に出て交渉が始まるとあっという間に現実的になり折れてくる。

周:キッシンジャー元国務長官は、トランプについて、何でも取引として考え、戦略的な発想がないと言っていた。それが本当であれば、トランプの取引大暴走が、アメリカそして世界に何をもたらすのだろうか?

トランプ大統領とバンス副大統領

■ ガラッと変わったトランプ政権2期目のスタッフ


小手川:2期目のトランプ政権に対してそれ程心配する必要はなく、ちょっと頭に置いておくといいと思われるのは、1回目のトランプと今回のトランプは少し違うという点だ。むしろ、いい方に違っている。一番大きいのは人事の失敗がないことだ。2016年の時は、彼は初めてワシントンに来たので、ワシントンにどんな人がいるのか全然知らなかった。そのため誤って戦争好きな人物達を重要なポジションに任命してしまった。国務長官ポンペオ、国務次官ボルトン、国連大使ニッキー・ヘイリー、中国に対する最強硬派のスティーブ・バノンといったメンバーだ。

 今問題の日本製鉄によるUSスティール買収が一度潰れてしまった。当初何が間違っていたかというと、日本製鉄がポンペオをアドバイザーに雇ってしまったことだ。トランプが一番嫌っているポンペオだ。なぜそんなことをしたのか?理由は2つ。1つは、日本製鉄は経済産業省と全く相談せずに話を進めた。発表2日前に、経済産業省に伝えたため、経済産業省に残っているいろいろな知識を日本製鉄に伝え、ポンペオは絶対ダメだと言う時間もなかった。そのため、経済産業省はどうぞ勝手に1人でおやりくださいとのスタンスだった。2つ目は、誰が一体ポンペオを紹介したのか?安倍晋三さんと菅義偉さんのもとで、絶大な権力を持っていた警察官僚の北村滋氏は私と同じ大学出身で、もともと警察官僚で経済の方は全然知らないものの安倍・菅時代に約10年間権力を握っていて、今回、日本製鉄にポンペオを紹介した。「この人を介せばすべてが動き出す」と進言し、日本製鉄がそれを信用し、ポンペオを雇った背景がある。

 アメリカ政府の人事の失敗は今あまりないが、1人だけ危なっかしい人がいる。ヘグセス国防長官だ。もともとテレビのコメンテーターだった。今回の選挙を仕切っていたのはスーザン・ワイルズという女性で、お父さんはアメリカンフットボールのヒーローだった。ニックネームは「氷の女」で、すごく落ち着いている人だ。唯一トランプに対して「Shut up(黙れ」」と言い、トランプがそれに言い返せないという女性だ。彼女がヘグセス以外の重要人物については全部スクリーニングにかけて議会に推薦しうまくいった。ところが、へグセスだけが決まるのが非常に早くスクリーニングを受けていなかった。

 2024年7月13日にトランプ暗殺未遂があり、あの時は1cmの違いでトランプが助かった。実はあの事件の1週間前に、選挙の状況からトランプが絶対勝つだろうとわかってきた。そうなるとイギリスのMI6、アメリカのFBI、CIAに残された道は1つ、それはトランプ暗殺だと私はある公の場所で1週間前に喋っていた。すると本当にその1週間後に暗殺事件が実際に起こったのでみんなびっくりし、「どこからそんな情報がその入った?」と問われた。情報は入ってないが論理的に考えればそうだ。

 その2日後にJDバンスが副大統領候補になった。これはものすごいメッセージになった。JDバンスはトランプ以上に戦争反対だ。だから「俺を暗殺しても、もっとすごい奴がくるぞ!」というのがトランプの明確なメッセージとなった。JDバンスは大変苦労した人で、お母さんが麻薬中毒になり3回離婚した。それでお姉さんと2人で祖父母に、ずっと育てられた。バンスは頭が良かったが、アメリカは日本以上にひどいところで教育についてはお金がないと将来はない。ハーバード、イエールといったアメリカの有名大学はほとんどが私立大学だ。公立大学はせいぜいUCLA、バークレーなどカリフォルニア以外にない。大学に進学したいがお金が無い人たちは軍人になる。JDバンスは志願して軍人になった。軍人になると、軍が大学へ推薦して奨学金を出してくれるからだ。

 バンスは唯一、自分が大学に行ける道として軍に入隊した。バンスが実際に送られたのは戦争が始まったばかりのイラクだった。彼はイラクで2年間過ごし、戦争がいかにひどいものか、身に染みて経験した。2年後にアメリカに帰り、地元のオハイオ州にあるお金がかからないオハイオ州立大学に入る。軍の方からはいい奴だと話が行き、オハイオ州立大学で極めて優秀な成績を取ったため、4年後にスカラシップをもらい、イエール大学法学部に入った。イエール大学でインド系の大金持ちの娘さんと知り合い結婚したのが今の妻だ。

 副大統領JDバンスは戦争が嫌いなことに加え、麻薬の問題解決に極めて熱心だ。今アメリカで問題の麻薬はモルヒネやコカインではない。一番の問題はフェンタニルという強烈な痛み止めだ。歯が痛い時に飲むロキソニンの最も強烈なタイプだ。このフェンタニルはパーツが全部中国で作られ、中国政府が補助金を出している。パーツが東南アジア経由でメキシコとカナダに持ち込まれて最終製品になり、国境を越えアメリカに密輸されている。だからバンスが国境を封鎖しろというのは、まさに自分の母親が麻薬問題の犠牲者だという強い経験から来ている。トランプが高い関税を提案した時に中国、メキシコ、カナダに対しフェンタニル問題を自ら解決しない限り交渉に応じない、と非常に強い態度を取るのもJDバンスの思いがあるからだ。

周:2期目トランプ政権のスタッフは確かに豪華だ。但し、その経験値と団結力については大きな課題がある。すでにイーロン・マスクが政権を離脱し、政権内の喧嘩も絶えない。

対談(Ⅳ)に続く

 

講義(【対談】小手川大助 vs 周牧之:(Ⅰ)転換点で激動の国際情勢を見つめる)をする小手川氏(右)と周牧之教授(左)

プロフィール

小手川 大助(こてがわ だいすけ)
大分県立芸術文化短期大学理事長・学長、IMF元日本代表理事 

 1975年 東京大学法学部卒業、1979年スタンフォード大学大学院経営学修士(MBA)。
 1975年 大蔵省入省、2007年IMF理事、2011年キヤノングローバル戦略研究所研究主幹、2016年国立モスクワ大学客員教授、2018年国立サンクトペテルブルク大学アジア経済センター所長、2020年から現職。
 IMF日本代表理事時代、リーマンショック以降の世界金融危機に対処し、特に、議長としてIMFの新規借入取り決め(NAB)の最終会合で、6000億ドルの資金増強合意を導いた。
 1997年に大蔵省証券業務課長として、三洋証券、山一證券の整理を担当、1998年には金融監督庁の課長として長期信用銀行、日本債券信用銀行の公的管理を担当、2001年に日本政策投資銀行の再生ファンドの設立、2003年には産業再生機構の設立を行うなど平成時代、日本の金融危機の対応に尽力した。